「アイシャー。」
「ん…?」
ある昼下がり、目を覚ませば隣にはフィンが立っていた。
「朝ごはん作るけど食べる?」
時間は15時。時間は少し早いが、起きてもいい時間だ。
「うん…。」
そう言って起き上がった。自動で朝食が出てくるなんて…。少しだけフィンとの同居生活も悪くないかもしれない。それに、一度は好きになった相手だし…。
フィンが部屋を出たのを見送ってから、パジャマを脱いだ。
わたしは一度、フィンに惹かれてしまった。それは間違いない。だが、わたしの仕事上、わたしはわたしに恋愛禁止を言い渡している。どうするべきなのだろうか。新しい服を用意して熟考する。
とりあえず、フィンには好きじゃない・なんでもないようなフリをしておく。そして、仕事もそれを隠してしまえばいい。何事もなかったかのような、綺麗なアイシャを作る。
服に着替え、顔を洗ってある程度身支度を整える。
リビングに入ると、そこにはトーストの香りが待っていた。
「…ちゃんと作れるんだ。」
「まあな。」
二人で手を合わせ、まずはトーストをかじる。さっくりとしているが中はふっくらしていて、食べ慣れつつもやっぱり美味しい味が口を満たした。フィンが淹れたらしいコーヒーにはミルクを注ぐ。
「…ブラック飲めねえんだ〜。」
「うるさい。」
だって苦いんだもん…。チラッと見ると、確かにフィンは何も淹れずにブラックで飲んでいた。
わたしの冷蔵庫には、いつも何かの野菜が入っている。そのため、フィンもそれを気にしてかサラダを作ってくれていた。一応ドレッシングもあるが、滅多にかけない。いつもはそのまま食べてしまうのだ。
「…かけないの?」
「ドレッシングって油じゃん。」
意外に美味しかった朝ごはんを食べ終わり、髪を整える。まあ、普段から入念に手入れをしているのと元々の髪質で、セットは解かすだけで終わってしまうけど。
持ち物を確認したら、ローズの香水を両手首につける。
「香水?いい匂いだね。」
「ありがと。」
「そろそろ仕事行くの?行ってみたいな〜。」
「無理。評判に関わるから。」
「つめたっ…。どこで働いてんの?」
「…3番通りの『Daria』って店。」
「あーあそこか。へぇ…。」
「なによ。」
「やっぱそっち系なんだな〜って思って。」
「…鍵、そこに置いてあるから出かける時は閉めて。…いってきます。」
「いってらっしゃ〜い。何時くらいに帰ってくる?」
「…長くて3時。」
「わぁ長すぎ〜。俺だったらとっくのとうに退職してるね。」
誰かに「いってきます」と言ったのは何年ぶりだろう。
少しだけ不思議な感覚になった。
午後11時。あと1時間で閉店だ。ラストスパート。
バックヤードでいつも通り口紅を塗り直す。
「アイシャさん。指名客、6番テーブルです。」
「はーい。」
黒服の子に声をかけられ、バックヤードを出た。多分これでラスト。頑張るしかない。
だが、6番テーブルの客を見て唖然としてしまった。
「あ、白バニーだ〜。ほんとにここで働いてるんだね〜。」
「な、なんで…!」
「おっと、今はお客さまだよ〜。」
「…こんばんは〜。」
なんとか笑みを浮かべて隣に座る。
わたしを指名したということは、指名料を払ったということ。わたしの指名料、結構かかるはずなのに払ったのか…。多分、経済的に余裕があるんだ。ある程度儲かっている。
「なに飲む?ソフトドリンクとかもあるからね。」
「ん〜それじゃあ…。これで。」
「…ありがとう!」
こいつ、一番高いやつ頼んだ〜!実は結構お金持ちなのか!?なんの職業なんだよ!
いつもならそばに寄れるところ、フィンなので少し気恥ずかしく、寄ることができない。
いや、ちょっと待て。わたしを誰だと思ってる?こんなんじゃ1位に相応しくない。
フィンのすぐ隣に寄った。
「…頑張ってるね〜。」
「ありがと。」
「清廉潔白に見えるよ。」
「実際にそうだから。」
「いやぁ?実際は腹黒じゃない?」
「そんなことないよ〜。」
届いたものを口に含む。今日何杯目か分からない。
フィンも耐性があるらしく、そこそこ強いやつなのに嫌な顔を一切しなかった。
そのまま閉店間際まで他愛のない話を続けた。
「…今日、この後どう?」
フィンから誘われる。いや、流石にフィンとは気まずい。断っておいた。そして別れ間際。なにかして印象を残したいわたしは、フィンに上目遣いをしてこう言った。
「また来てくれるの…待ってるから。」
本当は、もう来なくてよかった。
仕事を済ませ、その後も済ませ、午前3時、言った通りにドアを開けた。だが、そこには誰もいない空間が広がっていた。確かにフィンの荷物はある。けど、フィンはいなかった。
逃げられた?所詮は盗人だったか?いや、ただフィンが消えていた。
バルコニーに出て、下の方で煌めいている建物たちを見つめた。
月も今日は隠れてしまっている。軟風だけがわたしの髪を揺らした。
まあ、別に分かっていたことだ。一炊の夢だったんだ。そう思い、部屋に戻った刹那、ガチャリという音が聞こえた。
見上げると、そこにはフィンがいた。鍵を閉めて、廊下にあがる。そのままリビングに入ってくれた。
「おかえり…。」
その風貌にドキッとした。
右手が血に染まっている。服にも血が飛び散ったような跡があり、明らかに普通ではない。
「ただいま。お風呂入っていい?匂い落としたいんだよね〜。」
「いいけど…仕事?」
「うん。急に入っちゃって。」
それだけを残して、フィンは洗面所へと入っていった。絶対に触れてはいけないような部分を見た気がする。仕事だと言っていたが、あんな血まみれになる仕事なんて思いつかない。わたしとは世界が違う。一気に壁を覚えた。
お風呂からあがり、一緒に夜ご飯を食した。
やっぱり何か気まずくて、話すことに二の足を踏んでしまう。口火を切ったのはフィンだった。
「…俺の仕事、聞こうか迷ってるでしょ。」
「うん。」
「別にそんなに身構えなくてもいいんだけどな〜。俺、掃除屋なんだよ。」
「掃除屋…。」
「そう。普段はまあ普通にゴミ集めて捨てたり、落書き消したりしてんだけど、たまに人の掃除屋もやってるんだよね〜。いや、むしろそっちがメインかも。」
「へぇ…。」
「ま、そんなに気にしないでよ。」
確かに、昨日のあの気配の消し方は異様だった。あれは掃除屋で使っていたものだったのか。独り合点していると、フィンが空になった食器たちを流しへ運んでしまう。
「ありがと。」
「…感謝とかできたんだ。」
「うるさい。感謝くらいできるし。」
ぼーっとしているだけで、フィンは食器を洗い終わってしまった。
なんだか気まずいし、もじもじしたままソファにうずくまった。フィンもなにを考えているのかわからない顔で隣に座る。
「…アイシャは、死にたい?」
「死にたくない。たくさんお金を集めて、いつかこんなところ出ていってやるんだから。」
「…そっか。」
どこから取り出したのかも分からない銃が隣にあった。
息が止まりそうだった。
治安の悪い西地域では、確かにこんなものも流通してはいる。でも、実際に見たのは数年ぶりだった。
頭が真っ白になって、指先が小刻みに震え出した。わたしの本能が『逃げろ』と言っている。相手を安心させるための無意識な笑みも苦笑になってしまう。
「…逃げないの?」
「…っ…!」
やっとの思いで、足に力を込め、家から飛び出した。上着を着ていないとか靴下を履いていないとかはどうでもよかった。出る前、ちらりと見えた時計は5時を指していた。
エレベーターを待っている時間も逃げたくて、ほとんど使われていない階段を駆け下りた。振り返ると追いつかれる気がして、振り向けなかった。普段からあまり運動はしていないせいで、すぐに息が切れてきた。
ビルとビルの間の細い道を駆けた。外は煙雨が降っていて、少しずつ、少しずつ、髪と服を濡らしていった。
雨で濡れた道に足を取られ、みっともなく転んだ。肩を上下させて振り向くと、まだ銃を持ったままのフィンがゆっくりと歩いてきた。
「いやぁ、まさか本当に逃げるとはね〜。驚いたよ。」
「……。」
フィンは、地面に座り込んでしまうわたしと同じ目線になった。怖くなって縮こまってしまう。まるでライオンに睨まれたウサギだ。
「あのね?本当は仕事で君に近づいたんだよ。『アイシャを殺してくれ』ってお願いされてさ〜。…でも、別に悪いやつじゃなさそうだしやめたんだ。」
「わたし、別にいい子じゃないけど…。」
「え〜?可愛いじゃん。」
フィンの言う『可愛い』は、容姿ではなく性格のことだったらしい。
まだ額に銃口を突きつけられたままだ。どうにかしてこれから逃げたい。
「お願いしてくれた人は怒ってたけど、しょうがないよね。俺が掃除したいのは悪いやつだけだから。」
「…じゃあ、なんでこれを?」
「…こうするともっと可愛いからかな。」
「変態じゃないの…?」
「うわ、傷ついた〜。撃っちゃおうかな〜。」
「え、やだ。やめて。」
「…で、どうしよう。この先のこと考えてなかったや。」
「…なら…。」
勇気を出してフィンにキスをした。そして仕事のテンションで微笑む。大丈夫。今度はいつも通りの作り笑いだ。
「…メンタル強いね〜。」
「ありがと。それ、下ろしてくれる?」
「いいよ。面白いし。」
「さ、帰ろう。服も髪も濡れちゃったし。」
「そうだね。」
気づけば雨は止んでいた。わたしたちの後ろでは太陽が顔を覗かせていた。
彼は誰時、もっとフィンについて気になった。
「アイシャ、それで悪いんだけどさ…。その白いシャツ、濡れて透けてるけど大丈夫?」
「バカ!こっち見んな!」
「ごめんって。いや〜ずっと言おうか迷ってたんだよね〜。ほら、俺の上着貸すから許してよ。」
「…あとで絶対殺す…。」
「それ、掃除屋に言う?アイシャくらいだったら生捕りにできる自信あるよ、俺。」
「…ばか…。」
「なんとでも。」
謎の青年フィンが、また少しだけかっこよく見えた。
「ん…?」
ある昼下がり、目を覚ませば隣にはフィンが立っていた。
「朝ごはん作るけど食べる?」
時間は15時。時間は少し早いが、起きてもいい時間だ。
「うん…。」
そう言って起き上がった。自動で朝食が出てくるなんて…。少しだけフィンとの同居生活も悪くないかもしれない。それに、一度は好きになった相手だし…。
フィンが部屋を出たのを見送ってから、パジャマを脱いだ。
わたしは一度、フィンに惹かれてしまった。それは間違いない。だが、わたしの仕事上、わたしはわたしに恋愛禁止を言い渡している。どうするべきなのだろうか。新しい服を用意して熟考する。
とりあえず、フィンには好きじゃない・なんでもないようなフリをしておく。そして、仕事もそれを隠してしまえばいい。何事もなかったかのような、綺麗なアイシャを作る。
服に着替え、顔を洗ってある程度身支度を整える。
リビングに入ると、そこにはトーストの香りが待っていた。
「…ちゃんと作れるんだ。」
「まあな。」
二人で手を合わせ、まずはトーストをかじる。さっくりとしているが中はふっくらしていて、食べ慣れつつもやっぱり美味しい味が口を満たした。フィンが淹れたらしいコーヒーにはミルクを注ぐ。
「…ブラック飲めねえんだ〜。」
「うるさい。」
だって苦いんだもん…。チラッと見ると、確かにフィンは何も淹れずにブラックで飲んでいた。
わたしの冷蔵庫には、いつも何かの野菜が入っている。そのため、フィンもそれを気にしてかサラダを作ってくれていた。一応ドレッシングもあるが、滅多にかけない。いつもはそのまま食べてしまうのだ。
「…かけないの?」
「ドレッシングって油じゃん。」
意外に美味しかった朝ごはんを食べ終わり、髪を整える。まあ、普段から入念に手入れをしているのと元々の髪質で、セットは解かすだけで終わってしまうけど。
持ち物を確認したら、ローズの香水を両手首につける。
「香水?いい匂いだね。」
「ありがと。」
「そろそろ仕事行くの?行ってみたいな〜。」
「無理。評判に関わるから。」
「つめたっ…。どこで働いてんの?」
「…3番通りの『Daria』って店。」
「あーあそこか。へぇ…。」
「なによ。」
「やっぱそっち系なんだな〜って思って。」
「…鍵、そこに置いてあるから出かける時は閉めて。…いってきます。」
「いってらっしゃ〜い。何時くらいに帰ってくる?」
「…長くて3時。」
「わぁ長すぎ〜。俺だったらとっくのとうに退職してるね。」
誰かに「いってきます」と言ったのは何年ぶりだろう。
少しだけ不思議な感覚になった。
午後11時。あと1時間で閉店だ。ラストスパート。
バックヤードでいつも通り口紅を塗り直す。
「アイシャさん。指名客、6番テーブルです。」
「はーい。」
黒服の子に声をかけられ、バックヤードを出た。多分これでラスト。頑張るしかない。
だが、6番テーブルの客を見て唖然としてしまった。
「あ、白バニーだ〜。ほんとにここで働いてるんだね〜。」
「な、なんで…!」
「おっと、今はお客さまだよ〜。」
「…こんばんは〜。」
なんとか笑みを浮かべて隣に座る。
わたしを指名したということは、指名料を払ったということ。わたしの指名料、結構かかるはずなのに払ったのか…。多分、経済的に余裕があるんだ。ある程度儲かっている。
「なに飲む?ソフトドリンクとかもあるからね。」
「ん〜それじゃあ…。これで。」
「…ありがとう!」
こいつ、一番高いやつ頼んだ〜!実は結構お金持ちなのか!?なんの職業なんだよ!
いつもならそばに寄れるところ、フィンなので少し気恥ずかしく、寄ることができない。
いや、ちょっと待て。わたしを誰だと思ってる?こんなんじゃ1位に相応しくない。
フィンのすぐ隣に寄った。
「…頑張ってるね〜。」
「ありがと。」
「清廉潔白に見えるよ。」
「実際にそうだから。」
「いやぁ?実際は腹黒じゃない?」
「そんなことないよ〜。」
届いたものを口に含む。今日何杯目か分からない。
フィンも耐性があるらしく、そこそこ強いやつなのに嫌な顔を一切しなかった。
そのまま閉店間際まで他愛のない話を続けた。
「…今日、この後どう?」
フィンから誘われる。いや、流石にフィンとは気まずい。断っておいた。そして別れ間際。なにかして印象を残したいわたしは、フィンに上目遣いをしてこう言った。
「また来てくれるの…待ってるから。」
本当は、もう来なくてよかった。
仕事を済ませ、その後も済ませ、午前3時、言った通りにドアを開けた。だが、そこには誰もいない空間が広がっていた。確かにフィンの荷物はある。けど、フィンはいなかった。
逃げられた?所詮は盗人だったか?いや、ただフィンが消えていた。
バルコニーに出て、下の方で煌めいている建物たちを見つめた。
月も今日は隠れてしまっている。軟風だけがわたしの髪を揺らした。
まあ、別に分かっていたことだ。一炊の夢だったんだ。そう思い、部屋に戻った刹那、ガチャリという音が聞こえた。
見上げると、そこにはフィンがいた。鍵を閉めて、廊下にあがる。そのままリビングに入ってくれた。
「おかえり…。」
その風貌にドキッとした。
右手が血に染まっている。服にも血が飛び散ったような跡があり、明らかに普通ではない。
「ただいま。お風呂入っていい?匂い落としたいんだよね〜。」
「いいけど…仕事?」
「うん。急に入っちゃって。」
それだけを残して、フィンは洗面所へと入っていった。絶対に触れてはいけないような部分を見た気がする。仕事だと言っていたが、あんな血まみれになる仕事なんて思いつかない。わたしとは世界が違う。一気に壁を覚えた。
お風呂からあがり、一緒に夜ご飯を食した。
やっぱり何か気まずくて、話すことに二の足を踏んでしまう。口火を切ったのはフィンだった。
「…俺の仕事、聞こうか迷ってるでしょ。」
「うん。」
「別にそんなに身構えなくてもいいんだけどな〜。俺、掃除屋なんだよ。」
「掃除屋…。」
「そう。普段はまあ普通にゴミ集めて捨てたり、落書き消したりしてんだけど、たまに人の掃除屋もやってるんだよね〜。いや、むしろそっちがメインかも。」
「へぇ…。」
「ま、そんなに気にしないでよ。」
確かに、昨日のあの気配の消し方は異様だった。あれは掃除屋で使っていたものだったのか。独り合点していると、フィンが空になった食器たちを流しへ運んでしまう。
「ありがと。」
「…感謝とかできたんだ。」
「うるさい。感謝くらいできるし。」
ぼーっとしているだけで、フィンは食器を洗い終わってしまった。
なんだか気まずいし、もじもじしたままソファにうずくまった。フィンもなにを考えているのかわからない顔で隣に座る。
「…アイシャは、死にたい?」
「死にたくない。たくさんお金を集めて、いつかこんなところ出ていってやるんだから。」
「…そっか。」
どこから取り出したのかも分からない銃が隣にあった。
息が止まりそうだった。
治安の悪い西地域では、確かにこんなものも流通してはいる。でも、実際に見たのは数年ぶりだった。
頭が真っ白になって、指先が小刻みに震え出した。わたしの本能が『逃げろ』と言っている。相手を安心させるための無意識な笑みも苦笑になってしまう。
「…逃げないの?」
「…っ…!」
やっとの思いで、足に力を込め、家から飛び出した。上着を着ていないとか靴下を履いていないとかはどうでもよかった。出る前、ちらりと見えた時計は5時を指していた。
エレベーターを待っている時間も逃げたくて、ほとんど使われていない階段を駆け下りた。振り返ると追いつかれる気がして、振り向けなかった。普段からあまり運動はしていないせいで、すぐに息が切れてきた。
ビルとビルの間の細い道を駆けた。外は煙雨が降っていて、少しずつ、少しずつ、髪と服を濡らしていった。
雨で濡れた道に足を取られ、みっともなく転んだ。肩を上下させて振り向くと、まだ銃を持ったままのフィンがゆっくりと歩いてきた。
「いやぁ、まさか本当に逃げるとはね〜。驚いたよ。」
「……。」
フィンは、地面に座り込んでしまうわたしと同じ目線になった。怖くなって縮こまってしまう。まるでライオンに睨まれたウサギだ。
「あのね?本当は仕事で君に近づいたんだよ。『アイシャを殺してくれ』ってお願いされてさ〜。…でも、別に悪いやつじゃなさそうだしやめたんだ。」
「わたし、別にいい子じゃないけど…。」
「え〜?可愛いじゃん。」
フィンの言う『可愛い』は、容姿ではなく性格のことだったらしい。
まだ額に銃口を突きつけられたままだ。どうにかしてこれから逃げたい。
「お願いしてくれた人は怒ってたけど、しょうがないよね。俺が掃除したいのは悪いやつだけだから。」
「…じゃあ、なんでこれを?」
「…こうするともっと可愛いからかな。」
「変態じゃないの…?」
「うわ、傷ついた〜。撃っちゃおうかな〜。」
「え、やだ。やめて。」
「…で、どうしよう。この先のこと考えてなかったや。」
「…なら…。」
勇気を出してフィンにキスをした。そして仕事のテンションで微笑む。大丈夫。今度はいつも通りの作り笑いだ。
「…メンタル強いね〜。」
「ありがと。それ、下ろしてくれる?」
「いいよ。面白いし。」
「さ、帰ろう。服も髪も濡れちゃったし。」
「そうだね。」
気づけば雨は止んでいた。わたしたちの後ろでは太陽が顔を覗かせていた。
彼は誰時、もっとフィンについて気になった。
「アイシャ、それで悪いんだけどさ…。その白いシャツ、濡れて透けてるけど大丈夫?」
「バカ!こっち見んな!」
「ごめんって。いや〜ずっと言おうか迷ってたんだよね〜。ほら、俺の上着貸すから許してよ。」
「…あとで絶対殺す…。」
「それ、掃除屋に言う?アイシャくらいだったら生捕りにできる自信あるよ、俺。」
「…ばか…。」
「なんとでも。」
謎の青年フィンが、また少しだけかっこよく見えた。