クモスケ達が魔物の街に合流を果たしてから一ヶ月が経とうとしていた。
アラクネ達は魔物の国に完全に馴染んでいた。
もはやこの国に無くてはならない存在になったと言っても過言ではない。
アラクネ達は人気者になった。

それはそうだろう、こいつらの糸は最高級品となっており、その使用用途も多岐に渡っており、無くてはならない物になっていたからだ。
その恩恵を享受している住民がほとんどだ。
これまでに無い柔軟性と丈夫さを兼ね備えた衣服は画期的といえた。
驚くことに撥水機能まであった。
それに通気性も良く、触った感触もサラサラして気持ち良い。

ユニ●ロみたいだ。
その内ウルトラライトダウンとか出来たりして・・・
南半球でもここまでの素材は見たことがない。
注目すべき素材だ。
正直南半球に持ち込みたいぐらいだ。
今のとこその気はないけど・・・

今では、ほとんどの魔物達の家が完成し、自分の家を持ち、自分の部屋を得た者達がほとんどだ。
魔物達はこれに感謝し、これまでにはあり得ないことだと騒いでいた。
まさか個人の部屋を持てるなんて考えてもみなかったみたいだ。

個人のプライベートの時間を持てることは究極の娯楽のようだった。
気持ちは分からなくも無い。
一人の時間は大切だからね。
一人で変なことはしないようにね。

大工班達は、今は町中を歩き易い様にと、石畳を敷いている。
排水溝や側溝なども建設している。
石の加工に余念がない。
これが地味に手間暇の掛かる作業だった。

完成には数ヶ月は掛かることだろう。
石の加工には手間がかかる。
俺の能力でコンクリートを造れば簡単なことなのだが、俺はそうしなかった。
自分達で街を造って欲しい。
もうある程度の技術は教えた。

ここからはこいつらの作業だ。
でも石畳や側溝があると無いとでは雲泥の差がある。
見栄えは勿論のこと、実用性でも格段に違いがある。
排水は街にとっては重要なファクターだ。
清潔感を得るには欠かせない。

それに魔物の国では雨が降ることが多い。
これはなんとしても完成させなければならない。
オクボスとゴブロウが鼻息荒く指揮を執っていた。
こいつらに任せておけば問題ないだろう。



魔物同盟国の文明化は進んでいる。
今では街の至る所に屋台があり、魔物達は好きに食べ物を食べることが出来ることになっている。

その内容は様々だ。
たこ焼き、焼きそば、カレー、おにぎり、サンドイッチ、ピザ等々。
好きに選ぶことができる。

そして一番人気はラーメンだ。
ジャイアントピッグがよく捕れることから、豚骨ラーメンをよく作ることになっていた。その所為か豚骨ラーメンが際立って注目を浴びている。

これまでの海の家の様な食堂は、定食屋へと変化していた。
俺はハイルーティーンでこの定食屋を使っている。
もはやこの魔物の国も飽食の国となっていた。
そして今はスイーツの店が望まれている。
だが、現状は上手くはいっていない。

実は捕獲したジャイアントチキンはその後繁殖を繰り返し、卵の確保ができることになったのだが、ジャイアントブルはまだ牛乳を取れるにまで至っていないのだった。
ジャイアントチキンの卵は大きい、鶏の卵の十倍ぐらいだ。
実に助かっている。

クモスケが愛して止まないクレープやアイスクリームは、牛乳を必要としている為、まだ生産出来ていない。
でも大福や饅頭は出来ており、アラクネ達は毎食後に大福か饅頭を食べていた。
アラクネ達は甘味が本当に好きなようだ。
その他にも作れるスイーツは多々あるが、正直そこまで手が周っていない。
小豆や餅米は畑で採れているからね。

衣服もゴブコ用に服屋を造り、普段着や作業着なども必要に応じて配布されるようになっている。
そして靴もスニーカーが好まれている。
はやりゴム素材のソールは好まれるみたいだ。
グリップが効くと好評だ。
魔物達の足の形は随分と違う為、作製には苦労した。
足型を造るのにも試行錯誤した。

ゴブスケが鍛冶作業で造った家具や武器、食器などもお店を造って配布するようになっている。
実は店や屋台を造ったのは今後のことを考えてのことだ。
決して趣味で造った訳ではない。

国として認めて貰う為には、この国に訪れる人達にとって魅力的な街を造る必要がある。
まだ誰もこの街に訪れる者はいないが、いつ誰が来てもいいように準備は進めておく必要がある。

そのことは魔物達全員が理解しており、今後を見据えての街造りであることは分かっている。
魔物達にとっても重要な要素だった。

まだ交流は持ててはいないが、リザードマンと蟲族達が合流すれば、新たな家屋の建設も行わなければならない。
リザードマンに関してはオクボスに任せており、蟲族に関してはクモマルに任せている。

これまで受けている報告としては、リザードマンに関しては、合流したいとの話だが、最終的な回答は時間が欲しいということだった。
何を迷うことがあるのだろうか?

そして蟲族に関しては難航しているみたいだった。
というのも、意思の疎通が出来たのは今のところジャイアントキラービーのみであり、その他の蟲族はいまいち意思の疎通に困難があるとのことだった。
正直判断に悩むところだ。

そして今、魔物同盟国の会議を行っている。
各首領陣達が意見を活発に戦わせている。
そして俺に質問が飛び込んできた。

「島野様、ジャイアントキラービーに関しては、どうお考えでしょうか?」
クモマルからの質問だ。
アドバイザーも楽ではない。

「そうだな、まずはジャイアントキラービーの女王に加護を与えてみようと思う、でもその他のジャイアントキラービーはいったい何体いるんだ?」
それなりにいそうだからね。

「恐らく三百ぐらいかと・・・」

「そんなにか?」
流石に多いな、他の種族とのバランスを考えるとどうなんだろうか?
最も数の多い種族になるな。
ジャイアントキラービーが飛び交う街になりそうだ。

「はい・・・ただこれは私の考察になりますが、ジャイアントキラービーは女王が統率している種族です、女王に加護を与えるだけで充分かと存じます」
ということはだ、

「それは女王に加護を与えるだけで、種族全体にその効果が及ぶということか?」

「私はそう考えております」
その眼を見る限り、クモマルには確信があるみたいだ。

「そうか、それでそもそも合流の意思はあるのか?」

「はい、魔物の国に加わりたいと言質を取っております」
言質って・・・硬くないか?

「因みにジャイアントキラービーって何を食うんだ?」

「小さな虫や花蜜や樹液などかと思われます」
それならば、畑の害虫駆除など任せれそうだな。
ありがたい事だ。
労働力として期待できそうだ。

「そうか、じゃあそれ用に樹木や花等を準備しておいたほうがいいな」

「そうして頂けますと助かります」
クモマルは頭を下げていた。

「それで他の蟲族はその後どうなんだ?」

「私では判断が付かないのが正直なところです。一度島野様に見て貰った方が良いかもしれません」
見て貰うって・・・俺にそんなこと分かるのか?

「そうなのか?」

「申し訳ございませんが・・・」
クモマルは下を向いていた。

「まあそうするしかなさそうだな」

「よろしくお願いします」
クモマルは申し訳なさそうに頭を下げていた。
まあ、なる様になるか。

「一先ず今度ジャイアントキラービーの女王を連れてきてくれ」

「承知いたしました」

「では次にリザードマンですが、正式に魔物同盟国に合流したいと打診がありました」
やっとか。
寄らば大樹のなんたらかだな。
魔物が魔物の国を造ると言われてしまえば、その恩恵に預かりたいに決まっている。
友好的に合流が果たせる今を逃す訳にはいかないだろう。
それぐらいの知性はあるだろう。

「こちらもまずはリザードマンの首領を連れて来てくれ」

「了解しました」
オクボスは頷いていた。

「そうなると、家屋の建設が急務になるな、リザードマン達もロッジでいいのか?」

「実はそこがちょっと問題でして・・・」
オクボスが困った顔をしていた。

「どうしたオクボス?遠慮なく言ってくれ」

「島野様・・・リザードマンは湿気のある場所を好みます、ロッジではもしかしたら乾燥して不憫かもしれません」
なるほどな。

「湿気か・・・何とでもなるだろう」

「ほんとですか?」
要は塩サウナの要領で造ればどうとでもなる。

「じゃあこれは前捌きだ、まず粘土と大量の貝殻を集めさせてくれ」

「粘土と貝殻ございますか?」
オクボスにはその意味が分からないみたいだ。
そりゃあそうだろう。
タイルを知らないからな。

「そうだ、タイルを造る必要があるからな、詳しくはゴブスケに造り方を教えておくからそこから学んで欲しい」

「は!準備致します」
ソバルが答えた。

「あと、一段落着いたら、俺はこの街に娯楽を持ち込もうと考えている」
一気に場が明るくなった。
パッと花が咲いたみたいだ。

「娯楽ですか?」

「なんと!」

「本当ですか?」

「やった!」
皆な、嬉しいようだ。
全員喜々としている。

「ああ、娯楽はいいぞー!人生を華やかにするからな」

「おお!」

「華やか!」

「嬉しいですな」
期待値が更に挙がったな。

「今は娯楽といっても食事と酒と風呂しかないからな、これだけでは面白くはないだろう?もっと人生を謳歌しないと駄目だろ?」
全員が沸き立ちだした。

「素晴らしいです!娯楽、最高です!」

「ワクワクしますな」

「きっと楽しいのでしょう」
今にも踊り出しそうだ。

「何も働いてばかりが人生じゃないだろ?楽しんでこその人生だ!」

「「「「「おお!」」」」」
これ以上言うと大騒ぎになりそうだ。
これぐらいにしておこう。

「まあ落ち着け、良いから先を進めろ」
その後、会議は白熱し、熱を帯びたものになっていた。
もしかして娯楽発言に当てられたか?
現金な奴らだ。



後日、クモマルがジャイアントキラービーの女王を伴って俺の元に現れた。
確かにジャイアントだ。
蜂にしては相当にデカい。
俺の膝ぐらいまである身長をしていた。

ダンジョンで見た蜂とはちょっと違った。
女王は俺を見ると、地に伏せていた。
何とも健気である。
よく見ると、蜂とはいっても可愛げがある。
いいじゃないか、もしかして俺は蟲族に寛容なのだろうか?
蜘蛛達も可愛いと感じてしまったからな。

「まずは加護を与えようと思うがどうだ?」
俺の問いに女王は眼を輝かせていた。
眼がキラキラとしている。

「そうだな・・・お前はマーヤだ」
始めはハッチと名付けようかと思ったが、女王にそれはないだろうと、マーヤにした。
名前の由来は年相応の人には分かるだろう。

マーヤは神気を纏い進化した。
シャープな装いになり、羽が大きくなっていた。
だが、残念ながら声帯を得ることは出来なかった。

クモマルは何とか必死に人化魔法を教えようとしていた。
でもなかなか上手くいかないみたいだ。
途中から見てられなくなり、ゴンを呼び出した。
ここは先生に期待しよう。

「ゴン、人化魔法を教えてやってくれ」

「はい、楽勝です主。お任せください!」
その言葉の通りゴンの指導の元、あっさりとマーヤは人化魔法を取得していた。
どうやら段階的に教えると上手くいくみたいだ。
それをみてクモマルは驚いていた。

速攻で人化魔法を教えたゴンは鼻が高くなっていた。
ピノキオか?
というぐらい高くなっている。

「ゴン様、流石です」
クモマルにもゴンの魔法教え方が参考になったみたいだ。
クモマルは羨望の眼差しでゴンを見ていた。
ここでも師弟関係が出来上がっていたみたいだ。

マーヤのその姿は華麗な少女だった。
マッパだけど・・・

「クモマル、速攻で服を作れ!」
俺はクモマルに慌てて指示をだした。

「は!」
だって、これはよくないだろう。
マッパの少女が俺に土下座をしている。
これが日本なら俺は速攻で警察のお世話になっていることだろう。
今頃留置場だ。
見方によっては鬼畜だ。
人の所業では無い。
俺は狼狽えるしか無かった。

「島野様、私しマーヤ、感謝の言葉もありません。何なりとお申し付けくださいませ!」
さらに鬼畜度が増してしまった。
変態が過ぎるぞ。
俺は後ろを向くことにした。
勘弁してくれよ。
クモマル!早く服を造れっての!



そしてクモマルの予想通り、ジャイアントキラービー全体に俺の加護の効果は及んでいた。
後日観たことのない子供達を街の至るところで見かけることになった。
人でいうなら五歳児ぐらいだろうか、子供達がせっせと畑作業を行い。
害虫を貪り食っていた。
それもボリボリと・・・
ちょっとしたホラーだ。
たまに俺が新たに植えた樹木や花の蜜を啜る子供を見かける。
これも常識の斜め上をいっていた。
でも不思議なもので、ものの数日でこの光景に俺は慣れてしまった。
俺も何処か壊れてきてしまっているのだろうか?
この子供達は思いの外雑食で、何でも食べていた。

そしてマーヤからの申し入れで蜂小屋を造ることになった。
要は養蜂作業を行おうということだ。
これで蜂蜜が手に入る。
ありがたい事だ。
甘味が大好きなアラクネ達が大喜びする様が浮かびそうだ。
ジャイアントキラービー達はせっせと蜜を運んでいた。
にしてもデカい養蜂場だ。
どれだけの蜂蜜が捕れるんだろうか?
期待大だな。



そして俺はクモマルと共に蟲族達のところに訪れた。
デカいカマキリやクワガタ、カブトムシがいた。
結論としては俺には何とも分からなかった。

意志の疎通はいまいち出来なかった。
だからといって敵意を感じなかったし、脅威にも感じなかった。
その為、俺は保留にすることにした。
今は何とも言えない。
というより判断が出来ないのが本音だ。

クモマルとはとりあえず放置しておこうということになった。
本当に意思の相通が出来るのであれば、先方から何かしらのアクションが今後あるだろう。
無理に仲間を増やす必要もないだろうしな。



後日、オクボスがリザードマンの首領を連れて現れた。
リザードマンの首領は俺を見つけると、近づくなり膝を付いた。

「シマノサマ、オセワナリマス」
片言で話し掛けられた。

「おう、お前がリザードマンの首領だな。魔物国の合流嬉しく思うぞ。この国の力になってくれ」

「アリガタキ」
リザードマンが頭を垂れている。

「お前は・・・男性か?」
男女の違いがまったく分からん。
そもそも性別があるのか?

「ハ!」

「だったら・・・お前はリザオだ!」
安易な名づけで悪いな。
俺から神気がリザオに移る。
リザオが神気に包まれた。

「拝命致します!」
リザオは少し筋肉質になり、眼に知性を宿した。
何とも立派な兵士に見える。

「これで我らも魔物国の仲間入りです」

「リザオ、励めよ」

「は!」
リザオはやる気に満ちた表情をしていた。
その後リザードマンの名づけを行うことになった。
その数約百五十名。
後半は適当になってしまった。

こちらの身にもなって欲しい。
俺の名づけのボキャブラリーは、あって無いものなんだからさ。
そしてリザードマン達の家にはロッジの内壁、天井、床にタイルを張り、水を汲んだ瓶が置かれることになった。
これで一定の湿度は保てるだろう。
この家屋にリザードマン達は歓喜していた。

「家屋に湿気があるぞ!」

「なんて快適なんだ!」

「夢のマイホーム!」
喜んでくれて何よりだ。
じめっとした布団は・・・まあ好みだな・・・
俺はご勘弁願う。

リザードマン達は主に川での漁と海での漁を手伝い、田んぼをメインで管理することになった。
やはりリザードマンは水辺の作業を好んでいた。
そしてリザードマンから意外な上納品を頂くことになった。

それは鱗である。
時期が来ると生え変わるらしい。
とても堅い材質だった。
これは上質な武器や防具になりそうだ。
ゴンガスの親父さんに渡せば、喜ばれることは間違いないだろう。
だが、ここはまずはゴブスケに渡すべきだろう。

ゴブスケはリザードマンの鱗に大興奮していた。
そして、ゴブスケにとっては最高の素材だったみたいだ。
ゴブスケは連日工房に籠り、リザードマンの鱗を武器や防具、そして建築部材に加工していた。
確かにここまで堅ければ、建築部材にはもってこいだ。
ゴブスケの奴、ここに気づくとは腕を上げたな。

更にゴブスケはリザードマンの鱗を加工し、食器を造った。
これは素晴らしい。
落としても割れない上に、思いの外軽い。
これは南半球にも持ち込みたい一品だ。
これまで南半球との交流は、俺が食材と酒を適当に南半球から持ち込んだだけである。

どうしたものか・・・真剣に悩まされる。
リザードマンの鱗と、アラクネの糸は南半球に持ち込みたい。
重宝されることは間違いない。
でも・・・今はまだ躊躇してしまう。
南半球との交流はまだ早い気がする。
今度神様ズと相談してみようかな?
でもな・・・



そして遂にマーヤのハチミツがお披露目となった。
マーヤは俺にまずは食して欲しいと、貢物の様に蜂蜜を持参してきた。

「島野様、我らの自慢の蜂蜜です、お納めください」
とマーヤは跪きながら俺に蜂蜜を献上してきた。
見た目だけでも充分に分かる。
これは最高級のハチミツだ。
レイモンド様には悪いが、こちらの方が高級品に感じる。
純度が段違いに高い。

俺はまずは試食してみることにした。

「こ、これは・・・いいぞ!」
ギルとエルも試食したがったので渡してやった。

「う・・・旨い!」

「これは・・・美味しい」
ギルとエルのお墨付きだ。
最高級品には違いない。
これは何といったらいいのだろうか・・・プロポリスが豊富だ!
これは健康食品に近い。
ハチミツというよりもプロポリスの塊に近い。

薬になると考えられた。
試しに風邪をひいたゴブオクンに飲ませてみたところ、半日後には完全回復していた。

「治っただべ!」
とゴブオクンも興奮していた。
でもこれは南半球には持ち込めない。
レイモンド様に申し訳が立たない。
デカいプーさんが落ち込む処は見たくない。
残念だが、北半球限定にしよう。
うん、そうしよう。
やれやれだな。