神様のサウナ ~神様修業がてらサウナ満喫生活始めました~

翌日。
朝食を大食堂で済ませて、さっそくゴブリンの村に向かうことにした。
既に気合の入った島野一家の面々は勢ぞろいしていた。
なんで気合が入っているのだろう?
全員がやる気に満ち溢れている表情をしている。
よく分からん。

俺は『転移』で一気にゴブリンの村に転移した。
突然現れた俺達に数名のゴブリンが腰を抜かしていた。
ああ、ごめん。
慣れてくれると助かる。
今後もこのスタイルになると思う。

今日は役割を分担して作業をおこなっていく、そして今日は心強いアドバイザーを帯同している。
アイリスさんである。
もはや島野一家のご意見番兼相談役と言える存在だ。
それにアイリスさんなら、種族の違いとか全く気にしなさそうだしね。
こんなに心強いアドバイザーは居ない。
俺はプルゴブに命じて全員を集めさせた。

「お前達、この人はアイリスさんだ。農業の専門家だ。失礼の無い様にな。彼女の言葉は俺の言葉と思って欲しい。いいな!」

「「「「「は!!!」」」」」
ゴブリン達は片膝を付きながら答えた。
ひとりゴブオクンはアイリスさんを見てうっとりしていた。
こいつの頓珍漢ぶりは見てて気持ちがいいな。
俺としては好感が持てる。
でもゴンにこっぴどく怒られるんだろうな。
もはや見慣れた光景だ。

それにしてもいい加減この片膝を付くスタイルは止めてくれないかな?
型っ苦しいったりゃありゃしないよ。
アイリスさんが満更でもないからいいけど・・・

まあいい、役割を説明しよう。
まずは狩りの担当は言わずもがなのノンだ。
ゴブリン達に狩りを教えることを主としている。
まだまだ武器は揃ってはいないが、それは無くとも狩りは出来る。
一応森の木から簡単な木剣と槍は作ってやった。
今はこれで充分だろう。
ノンには狩りの基本から教える様に話しはしてある。
まあノンに任せておけばいいだろう。
ノンは案外面倒見はいいみたいだからな。

ゴンは変わらず魔法の指導と、礼儀作法や行儀を教えることを任せている。
特に生活魔法から教える様にゴンには伝えてある。
浄化魔法と照明魔法は急務だ。
生活魔法は生活を豊かにするからね。
ゴンに言わせると、以外にもゴブリン達には魔法が使える者達が多く。
それなりにセンスもあるらしい。
ちょっと期待が持てる。
既にゴンは先生と呼ばれている。
ゴンも満更でもないようで、鼻が伸びていた。

もはやゴブリンは最下層の魔物では無くなっているようだ。
俺は嬉しかった。
ゴブリン達がこの先活躍できるのではないか?と思えたからだ。
最弱の魔物だなんてもう言わせない。
こいつらの活き活きする姿を俺はもっと見たい。

そしてエルは料理を教えることになっている。
副料理長の腕を決して舐めてはいけない。
エルは料理の心得から教えていた。
ここまで心強いとは正直意外だ。
エルは天然系100%の子だと思っていたのだが・・・
包丁とは何のか?
料理とは真心である。
そんな処から熱心に説明していた。
不思議な指導力を感じた。
今後はもっとこいつに何かと任せてみよう。

そしてギルは、俺と一緒に作業を行うことになっている。
俺とギルが行う作業はロッジの建築だ。
これは時間が掛かる作業だ。
根気よく行っていかなければいけない。
建設には体力と知力が要る。
一石二鳥とはいかない。
力自慢のゴブリン達が俺に任せろと言わんかの如く、各自大工道具を肩に担いている。
おお!これは期待できるな。

因みにこの大工道具は、俺が適当に造ってゴブリン達に配っておいた。
鋸やハンマー等いろいろ。
始めは武器と勘違いするゴブリンが多かった為、ちゃんと大工道具だと説明しておいた。
確かに武器に転用は出来るが・・・
ランドはピッケルを武器にしていたな・・・
そんなことはおいといて。

「今日からお前達の力を借りることになる、いいな!」

「「「おいっす!」」」
ガテン系の掛け声が木霊した。
良いじゃないか!嫌いじゃないぞ俺は。

俺は現場監督と化して、作業を指示していった。
丁張を掛け、高さと範囲を示していく。
そして簡易な水平器を使って、簡単なレベル測量を行う。
高低差は間違う訳にはいかない。
知能の高くなったゴブリン達は、その指示に抗うことも無く、黙々と作業を行っていく。
大したものだ、的確に作業をおこなっている。
時々質問もしていた。
建築に随分と関心があるみたいだ。
熱心でなによりです。

やはり知力を得たゴブリン達は、もはや人族と変わらないと言える。
建設作業はハイペースで進んでいく。
想像以上に。

そして急報が入った。

「島野様!大変だべ!」
ゴブオクンが飛び込んできた。
何かあったかのか?

「どうした?ゴブオクン」

「結界の所にオークの一団が現れたべ!」

「そうか、で?」
だから何だ?

「でって・・・だべ?」

「何か問題あるか?」
ゴブオクンはキョトンとしている。

「・・・」

「オークでは結界は破れないぞ」
そう言ったよね?

「そうだべか・・・それはよかった・・・」
ゴブオクンは安心した表情を浮かべていた。
どうやらまだ負け癖は治らないみたいだな。
オークにまだまだビビっているみたいだ。
まあ、じきに治るだろう。

「オーク達は外っておけばいいさ、でもちょっと見ておこうかな」
少し興味が沸いた。

「島野様が行くだべか?」

「ああ、どんな奴らか見ておきたい」

「分かったべ、案内するだべ」
俺はゴブオクンと連れ立って、結界の縁までやってきた。

「ナンダ!」

「コレ?」

「グガ!」
大きな豚さん達が騒いでいた。
豚さんとは言っても、大きな牙と武器を持参している。
それに二足歩行だ。

想像以上にオークはデカかった。
オークも腰布を纏うスタイルだ。
野生が満ち溢れている。
そして漏れなく臭い。
『結界』に『限定』で匂いの非通過も付け足そうかな?
鼻がひん曲がりそうだ。

俺は結界に『限定』で匂いを通さない様にした。
臭いの嫌いなんだもん・・・

オーク達は俺を見つけると、
「オマエ!」

「ダレ!」

「ギギ!」
俺を睨んでいた。
結界を壊そうと、こん棒でガンガンと叩いている。
全くもって結界はビクともしていない。
君達では無理ですって、諦めなさいな。

それにしても、オークも一定の知性はあるみたいだ。
意思の疎通は出来るみたいだ。
どうしたものか・・・
こいつらにはゴブリン達の様に接する訳にはいかない。
こいつらは搾取する側の奴らだからな。
まずは反省を促さないと。
ちょっとビビらせてやろうかな?

「ゴブオクン、ちょっと眼を瞑っていて貰えるかな?」

「なんでだべか?」

「いいから」
俺はそう言うと、身体に神気を纏ってオーク達に近づいた。

「アア!」

「グガ!」

「ガミ!」
始めてゴブリン達に遭遇した時と同じ反応だった。
俺に恐れ慄き、俺を直視出来ることなく眼を塞いでいる。
オーク達は脱兎のごとく逃げ出していった。
ずっこけて顔を擦りむいている者もいた。
あらあら、痛そう。
まずは追っ払っておこう。
今は構ってられない。
やることだらけだっての、こっちはさ!



オークのことはおいといて。
俺は建設作業を再開した。
俺とギルは説明を加えながらロッジを建てていく。
ギルもちょくちょくお手伝いしていた所為か、ロッジの建設に精通していた。
ギルは木材確保にゴブリン達と森に入っていった。
ちゃんと次木をするように俺は教えてある。
自然破壊はいけませんよ。
アイリスさんに叱られますよ。

そのアイリスさんは余念無く、畑の開墾作業を行っていた。
何処まで畑を拡張するつもりなのだか・・・
結構広大なんですけど・・・
一先ずは静観しよう。
やり過ぎないことを祈ろう。
アイリスさんは喜々として畑作業をゴブリン達に教えていた。

その隙に俺はゴブロウに、ロッジの建設の知識を教えていく。
このゴブロウだが、親方と呼べるぐらいのガテン系の身なりと知力を有している。
必死に俺から学ぼうと、余念なく俺の話を聞いている。
集中力が半端ない。

俺達は時々質問に解説を交えながらロッジ建設を進めて行く。
それにしても知力を得たゴブリン達はとても熱心だった。
今や働くことに喜びを感じているみたいだ。
良いじゃないか、俺は安心した。

昼になり、一旦作業は休憩する。
いい加減腹が減った。
今日はバーベキューコンロを持ち込んでいた為、全員でバーベキューを食べることにした。
エルからはもうちょっと手の込んだ料理がしたいと言われたが、食事スペースさえままならない今の状況では、これしか出来なかった。

だがこれにゴブリン達は大興奮していた。
収穫の済んだ野菜と、昨日の残りのシーサーペントを焼いていく。
そして俺は、塩やマヨネーズ等の調味料をお披露目した。

「この味はいったい・・・」

「こんなに美味しい食べ方があったとは・・・」

「味とはこんなに幸せなものだったのか・・・」
ゴブリン全員が驚愕していた。
感動して涙を流す者達もいた。
大騒ぎは止まらない。

「島野様、おで感動が止まらないだべ!大好きだべ!」

「島野様、今直ぐ死んでも私は構わないです!」
ゴブオクンとプルゴブがコメントに困る発言をしていた。
やれやれだ。
食とはここまでに幸せを運んでくれるみたいだ。
気持ちは分かるぞ。
特に神気を与えた野菜は格別だからな。
たんとお食べ。
全員が喜んで食事を行っていた。



さて、ロッジの建設を一旦ギルに任せて、俺は風呂の建設に乗り出した。
サウナはおいおいということで今はいいだろう。
今は生活基盤を優先すべきだ。
まずは公衆浴場を造らなければならない。

知性を得たこいつらには、清潔感をちゃんと学ばせておきたい。
今はゴンの浄化魔法で清潔は保てているが、風呂ぐらいの娯楽は享受してあげないといけないだろう。
どんな造りにしようかな?
思案のし処である。

そうだ・・・
俺は男女共用の海外スタイルの露天風呂を造ることにした。
それも敢えて結界から見える位置にした。
それには意味がある。
それは・・・また今度にしておくよ。

俺はゴブリン達に指示を出して、岩を集めさせた。
その間に俺は排水について考える。
今回は自然に帰るシステムにしようと思う。
畑に向かってとも考えたが、少々気が引けた。
アイリスさんの邪魔にはなりたくない。

排水溝を造り、それを一本の道に繋げる。
その先には絶壁の崖があり、排水は海へと帰っていく。
道は『自然操作』の土で造っていく。
ペースは速い。

今回の水の供給は水魔法を使い、火魔法で温度調節、又は火魔法を付与している魔石を利用する。
そして浄化の魔法を付与された魔石も嵌め込む使用だ。
今のゴブリン達なら上手く使いこなすだろう。

岩が集まってきた為、俺は岩風呂を造っていくことにした。
俺の指示に従って、ゴブリン達が岩を並べていく。
サイズ感としてはかなり大きい。
凡そ四十名が入れる大きさだ。
最後に万能鉱石のコンクリートで隙間を埋めて完成。
これで風呂自体は完成した。

そして、柱を立てて屋根造っていく。
全部木製だ。
ゴブロウを伴い、作業を進めていく。
その後も細かい作業をおこなっていく。

何とか夜までに露天風呂は完成した。
まあ屋根付き洗い場までの代物だけどね。
多少の手直しはまた明日以降だな。
一先ずはこれでいいだろう。
にしても終日働いたな。
少々疲れたな。



さあ、まずは晩飯にしよう。
夜もバーベキューになった。
ノンと狩り班のゴブリン達が、ジャイアントピッグ二頭を仕留めて来ていた。
ノンが言うには二頭とも魔獣化していたようだった。
魔獣とは穏やかではないな。
ノン曰く楽勝だったらしい。
それもゴブリン達でだ。
俺は心強く感じた。
あんな竹やりみたいな装備で、よくもまあ狩れたものだ。

俺はさくっとジャイアントピッグの解体だけ行い、後はエルに任せた。
ギルがエルの手伝いに入る。
安定の二人だ。
俺は調理場から離れた。

俺はゴブリン達を二班に分けて、食事をする者達と風呂に入る者達に分けた。
そして前もって作製を指示しておいた水着を着用させることにした。
この水着を作製する作業だが、ゴブコに参考に与えた水着を基に作らせた。
ゴブコはかなり優秀だ。
余裕が出来たら足で漕ぐタイプのミシンを造ってやろうと思う。

余談になるのだが、この足で漕ぐタイプのミシンだが、カベルさんにプレゼントしたところ。
大漁発注を受ける始末となってしまったことがあった。
俺は連日ヘロヘロになるまで赤レンガ工房に入り浸って、作業を行う羽目になっていた。
今では親父さんに引き継がれて安定したのだが・・・
苦い記憶だ。
もう勘弁して欲しい。

ゴブコは女性ゴブリン達を従えて、裁縫の作業を行っていた。
勿論針などは俺が提供した。
今後の衣服等の裁縫系は、ゴブコに一任するつもりだ。
服やズボンなどいろいろと作ってくれそうだ。
なんとかテントも完成させていたからね。
優秀な者がいると助かるね。
特に立ち上げ時にはさ。
後は参考程度に、南半球で販売されている衣服や、布団等を持ち込むだけだ。

俺は洗い場にゴブリン達を誘導し、まずは石鹸を与えて身体を洗うことを教える。
知性を得たゴブリン達は身体を洗えたことが嬉しかったみたいだ。

「島野様、この石鹸という物はいいですね!」

「島野様、清潔になるってこんなに気持ち良いのですね!」

「あー!さっぱりした!」
と言っていた。
そして湯舟に浸かる。

「おおーーー」

「ああーーー」

「ふうーーー」
声を漏らしている。

「お風呂最高」

「身体が解れる」

「はあーーー」
初めての風呂に満足したみたいだ。
もしかしたらこいつらにとっては、初めての娯楽になったのかもしれないな。
皆が皆笑顔だ。
ゴブリン達は風呂を満喫した。
中には風呂に浸かり過ぎて、湯当たりを起こしている者もいた。
気持ちは分からなくもないが、ほどほどにな。

そして今日は特別にビールを振舞うことにした。
こいつらの反応を見て見たかったからだ。

「お前達、至高の飲み物を飲みたくはないか?」

「至高でございますか?」

「ああ、幸せになれる飲み物だ」

「それはいったい・・・」
俺は『収納』からキンキンに冷えたビール樽を取り出した。
添付られている蛇口を捻って、ビールを注いでいく。

俺はまずプルゴブにビールの入ったジョッキを渡して、
「プルゴブ、飲んでみろ」
と言い放った。

プルゴブは一度唾を飲み込み、ビールの匂いを嗅いだ。
一気に表情が崩れていく。

「島野様、よろしいので?」
舌なめずりをしている。

「じゃあ乾杯といこうか?」
俺は自分のビールを準備した。

「は!」
俺とプルゴブは乾杯をして一気にビールを飲み干した。
最高に旨い!
特に今日は肉体労働の一日だったからか、身体に染み渡る。
これがサウナ明けならもっと旨かっただろう。
でもこれはこれで充分に美味しい。
プルゴブは幸せそうな顔をしていた。
口の周りに泡が付いている。
幸せそうな顔をしやがって。

「ああー、最高ー」
プルゴブが昇天しそうな表情をしていた。
これに騒めくゴブリン達。

「お前達!飲みたいか?」
俺は煽る様に言い放った。

「飲ませてください!」

「一生のお願いです!」

「後生な!」
フフフ。
良いだろう!
飲ませてやろう!
これが至高の飲み物だ!

「全員並べ!」

「「「「「は!」」」」」
俺は全員にジョッキを渡し、並々とビールを注いでいく。

「初ビール!大いに味わえ!乾杯!」

「「「「「乾杯!!!」」」」」
グビグビとビールを味わうゴブリン達。

「おお!」

「なんと!」

「だべ!」
どうやら口に合ったみたいだ。
皆な笑顔だ。
そして食事を開始する。
ゴブリン達は食事とビールを謳歌していた。
たくさん飲んで、たくさん食べてくれ!
明日からも頑張れよ!
にしてもビール旨!

一週間が経っていた。
既にロッジは四棟完成し、衣服等の生活必需品もだいぶ揃ってきた。
もはや露出が多いゴブリン達は子供以外にはいない。
畑はアイリスさんのお陰で、立派な農場となっていた。
今ではゴムや綿、麻の食品以外の栽培まで始まっている。
かなりなハイペースだ。

そこで俺はこれまでサウナ島でも行ってこなかった、田んぼを造ることにした。
特に理由はない。
何となくである。
あっても良いかな?
といった具合だ。

アイリスさんからは。
「なんでこれまで教えてくれなかったんですか?!」
と怒られてしまった。

だって・・・畑でも米は育っていたから・・・
それでいいでしょ?
この田んぼをサウナ島でも作るとアイリスさんが言い出してきかなかった為、俺はサウナ島でも田んぼを造る羽目になってしまった。
アイリスさん・・・あなたなら田んぼは作れるでしょ?
なんで俺にやらせたのかな?
意趣返しかな?
ごめんなさい。
反省します・・・

サウナ島でも田んぼを作り終えると、アイリスさんはニコニコしていた。
機嫌が治ってくれたみたいだ。
よかった、よかった。
でも疲れたー。

俺が急に帰ってきて田んぼを作り出したことにマーク達は驚いていた。
俺はチラリとアイリスさんを見やると。
マーク達は納得したのか、ゆっくりと頷いていた。
アイリスさんは怒ると怖いからな。
この人は決して怒らせてはいけない。
アイリスさんの眉間に皺の寄った顔は・・・本当に怖い・・・。
修羅の形相だ。
前に次木を行うのを忘れた時に怒られたのだが・・・無茶苦茶怖かった。
二度とごめんだ。



ゴブリン達は、せっせと働いていた。
全員働くことに熱心だ。
誰一人としてサボる者などいない。
と言いたいが・・・たまにゴブオクンが怠けていた。
こいつは結構肝が据わっている。
目聡いゴンに捕まって説教を受けていた。

「先生!二度としねえだ!許してくれだべ~!」
という言葉をよく耳にする。
まあこんな奴も居ていいだろう。
気が紛れて丁度いい。

でも意外とゴブオクンは見どころがあるらしく。
ノンに言わせると、狩りのセンスは抜群に高いということだった。
ノンがそう言うからには、何かしらの光る物があるということだろう。
案外ゴブオクンは天才肌なのかもしれないな。

今日も俺達は役割に応じて、作業を進めていく。
俺はギルにロッジの建設を任せて、主に備品の製作を行っていく。
ロッジに関しては、あと十棟は建てたい。

この備品の製作だが、細かい作業の得意なゴブスケと共に行っている。
ゴブスケは、ゴンガスの親父さんに弟子入りさせたいぐらいの逸材だ。
手先が器用な上に、何かを製作することに強い興味を持っている。
物作りに異常な意欲を見せていた。
今は食器や家具を中心に物造りを行っている。
既に陶器の作成用の釜は稼働中である。

実は粘土は簡単に採集できた。
近くに良い土層があったからだ。
ゴブスケは陶器の製作を頑張っていた。
こいつは良い職人になるだろう。

最近では料理を覚えたゴブリン達が弁当を作ってくれている。
その為昼飯は各自の持ち場で取る事にしている。
今日の弁当は野菜炒め弁当だ。
どうにも鶏と牛がいない為、野菜と肉に食事が偏りがちだ。

新クルーザーで漁を行うことはできるが、今はまだ新クルーザーを見せる段階ではないと俺は考えている。
何度かどうやってこの村に来たのか?
と聞かれたことがあったが、俺は適当に答えておいた。

新クルーザーは今のゴブリン達にとっては、文明が進み過ぎている気がする。
いきなり高度な文明を見せ付けるのはよくないだろう。
ことは慎重に進めるべきだ。
まだ先と思って欲しい。

そしてその時は急に訪れた。
プルゴブが俺の所にやってきた。
何とも言えない表情をしている。

「島野様、オーガの首領が挨拶に現れました、如何いたしましょうか?」
オーガなのか?
オークやコボルトじゃなくて?
はて?

「オーガの首領なのか?」

「はい」

「どうしてだ?」

「恐らくはこの村の噂を聞いてやってきたのかと思われます。そもそもオーガはこのモエラの大森林の覇者ですから」
え?
モエラの大森林の覇者?
そもそもこの森ってモエラの大森林っていうんだ。
それに覇者が居たんだ・・・
まだ北半球を知らなさ過ぎるな。
挨拶か・・・なんか面倒臭そうだな。
でも挨拶と言うからには会わない訳にはいかないよな。
めんどくさ。

俺はプルゴブに誘われるが儘に歩を進めた。
すると結界の際にオーガと思わしき三人組がいた。
真ん中にいるのが首領なのだろう。
鋭い眼つきでこちらを睨んでいた。
知性を感じさせる眼をしている。

そしてその服装が異彩を放っていた。
なんと着流しの男性用の着物を着ていた。
腰には小刀を帯剣している。
どう見ても筋者にしか見えなかった。
頭に角が無ければただの昭和初期の任侠にしか見えない。
髪形はシルバーのオールバックだ。

それとは真逆に両脇に控えるオーガはこれぞオーガという、筋骨隆々のがたいに、金棒を担いていた。
正に鬼だな。
おー怖。
俺が結界の脇に現れると、オーガの首領が頭を下げた。

「島野様でございますね、儂はオーガの首領を勤めておりますソバルと申します。以後お見知りおきを」
というと、股を割って右手を開き仁義を切ってきた。
今にもお控えなすってと言い出しそうだ。
それにしても流暢だ。
それに名前もある。
どうして名があるのか?
よく分からんな・・・
今は構ってられないな。

「そうか、俺は島野だ。俺のことは知っているみたいだな」

「へい、お名前は先ほど存じ上げました」

「へえー、そうなんだ」
仁義のポーズをソバルは止めた。

「こちらに向かう最中に聖獣様にお会い致しまして、名を教えて頂きました」
ノンかな?
まあ別にいいけど。

「それで、何か用か?」

「へい、モエラの大森林を統べる者として、挨拶すべきかと思い、馳せ参じました次第でございます」
モエラの大森林を統べる者ねー、へえー。
お粗末な統治者だな。
ゴブリン達の扱いをどう考えていたのだか・・・
これは様子見だな。
いきなり心は許せないな。

「そうか、それはご苦労だったな」

「へい、お褒め頂きありがとうございます」
別に褒めてないけど・・・
なんだこいつ・・・
何か勘違いしてないか?

「じゃあこれでいいか?ちょっと立て込んでるんだ」
俺は立ち去ろうとした。

「少々お待ちを、島野様」
懇願する表情をソバルはしている。

「なんだ?」
鬱陶しいな。
お前に構っていたくはないのだけど?

「ゴブリンの村を見学させては頂けませんでしょうか?」
何でだ?
まあ見るぐらいいいか。
勝手にしろ。

「分かった、プルゴブ。相手をしてやってくれ」

「は!」
プルゴブが頭を下げた。
俺は結界に『限定』でソバルとその他二名が通過出来るようにした。

「ありがとうございます!」
ソバルはお辞儀をしていた。
それにしてもモエラの大森林の統治者ね、へえー。
どうしたもんかね。
まあ今のところオーガの首領とはいっても、たかが知れているな。
とても統治者としての風格を感じない。
残念だけど、こんなもんだろう。

俺はオーガ達の世話をプルゴブに任せて、ゴブスケと小物作成にとりかかった。
テーブルや椅子を中心に、家具を作っていく。
そして狩りに役立つだろうと、武器を造ることにした。
というのも、鉄鉱石をゴブオクンが持ってきたからだ。
どこから持ってきたのか分からないが、ゴブオクンが。

「島野様、これは何だべ?綺麗な石だべ?」
と一抱えの鉄鉱石を持参してきた。
もしかしたら近くに鉱山があるのかもしれない。
であるとしたならば、こんなありがたいことは無い。

ならばとまずは工房をつくることにした。
とは言っても、赤レンガ工房ほどの豪華な物は作らない。
ゴブスケの工房だ。
拘ったのは釜だ。
赤レンガ工房を造った時のノウハウがあるからお手の物だった。
ゴブスケはこれに大興奮していた。

「島野様!本当に僕にこの工房を任して貰ってよろしいので?」

「ああ、好きに使え。皆の役に立つ道具を沢山お前が造るんだ。頑張れよ!ゴブスケ!」

「は!」
ゴブスケは片膝を付いて頭を下げていた。
感動で身体が震えていた。
涙を堪えているのも分かる。
まあ頑張ってくれ。
期待してるぞ、ゴブスケ。
お前なら出来る。

その後、俺の知りうる限りの鍛冶の知識をゴブスケに伝授して、俺は次に向かった。
ゴブスケは鼻息荒く作業を開始していた。
鍛冶道具は適当に赤レンガ工房にある物を真似て造っておいた。
これで武器や様々な道具が作られていくことだろう。

俺はゴブオクンに、もっと鉄鉱石を持ってくるように指示した。
こうしてまたゴブリンの村の文明が発達した。
ゴブリンの村の文明化は止まらない。

俺はギルを手伝うことにした。
今日にも五棟目のロッジが完成しそうだ。
総勢二十五名のゴブリン達が建設作業に取り掛かっている。
建設スピードは速い。

ゴブリン達はロッジ建設のノウハウを得たといえる。
各自が自分の枠割を理解し、スムーズに作業を行っている。
たいしたものだ。
大工作業が板に付いて来ている。
ランドールさんのところの大工達にも引けは取らないだろう。
ゴブリン達は優秀だ。
知識の吸収スピードが速い、正にスポンジに水だ。

ゴブロウが親方として手腕を振るっていた。
こいつも一端の親方と言える。
ギルも上手くサポートしていた。
今やこいつらは師弟関係だな。
ギルもやるな。
ゴブロウのギルに対する信頼感が見て取れる。

腹が減ったので、ランチにすることにした。
昼飯の弁当を皆で食べることにした。
わいわいがやがやと賑やかな昼飯となった。

この休憩中にも、俺やギルから学ぼうと、ゴブリン達は質問や疑問をぶつけてくる。
学ぼうとする意欲が半端ない。
ゴブリン達はちゃくちゃくと進む文明化に、興奮しているともとれる。
この気持ちが続く限りこいつらの進歩は止まらないだろう。
もっともっと文明化して欲しい。
こちらとしても教えがいがあるというものだ。
関心、関心。

俺は昼飯を終え、畑を見にいくことにした。
それにしてもアイリスさんは・・・
どれだけ広大な畑を作ってくれたんだろうか。
田んぼも拡張されたような気がする・・・
だったら俺がサウナ島の田んぼを作る必要はなかったよね?
まあゴブリン達はよく食べるから問題はないだろうけど。

畑では熱心にソバル一行が視察を行っていた。
プルゴブが自慢げに説明をしている。
プルゴブが活き活きとしていた。

「プルゴブ、どんな感じだ?」

「島野様、順調でございます」
ソバルは何か言いたそうな顔をしていたが、俺は敢えて視線を合わさずに無視した。
何を言いたいのかは何となく分かる。

「じゃあまたな」

「は!」
ソバルのことはプルゴブに任せておいた。
今はソバルとは真面に会話すべきではないだろう。

そして俺は風呂場にやってきた。
細部の調整を行うことにした。
屋根付きの岩風呂もいいが、もう少し手を加えたい。
洗い場の脇に大きな樽を造る、その樽に大量の水が入るようにする。
その樽を『念動』で浮かし、足場を造っていく。
その樽を何個も造っていく。
その樽には水魔法の付与してある魔石と、火魔法を付与してある魔石を組み込んである。
その樽からゴムチューブを繋げていき、その先にはシャワーが繋がっている。
シャワーの手元にはオン、オフの蛇口が付いている。
これにて、なんちゃってシャワーが完成した。
とりあえずはこれでいいだろう。
風呂に入る前に、ちゃんと身体を洗ってくださいな。
大事なマナーですよ。

次に俺は調理場にやってきた。
この調理場だが、言ってしまえば屋根付きのバーベキュー場に近い。
まだ全員分のロッジの完成が出来ていない今は、ほとんどが屋外での食事となっている。
屋根付きの食事場はまるで海の家の様にも思える。
俺はエルの要望に応えて、調理場の充足を図っていく。

まずはピザ窯だ。
レンガを大量に作り、ピザ窯を造っていく。
ピザ窯は二つ造ることにした。

そして台所を設置していく。
これもちゃんと井戸から組み上げた水を利用できるように工夫を加えていく。
浄化池からパイプを引っ張ってきて、最終的には蛇口に繋がっている。
そして排水は風呂の排水に繋がるようになっている。
これで料理に必要な要素が格段に上がったと言えるだろう。

そしてカスタマイズしたなんちゃって冷蔵庫を造った。
さらに棚を造っていく。
調味料などを保管する棚だ。
そうこうしていると晩飯の時間となっていた。

「御主人様、晩御飯の時間ですの」
エルに台所を使わせてくれと催促されてしまった。
ほんとうはもう少し作業をしたかったのだが・・・
まあいいだろう。

「今日の晩飯は何にするんだ?」

「とんかつ定食にしようかと思いますの、ノンがジャイアントピッグを二頭仕留めてきましたの」

「そうか、俺も手伝おうか?」

「大丈夫ですの、ゴブリン達で出来ますの」

「分かった、任せるよ」
エルの教え甲斐があってか、ゴブリン達の料理の腕はめきめきと上達している。
ここは任せるべきだろう。
にしても、とんかつか・・・旨そうだな。
それにしてもジャイアントピッグがよく狩れるな。
繁殖地でもあるんだろうか?
調査すべきかな?
ノンには狩り過ぎないように指示はしてある。
このモエラの大森林に、どれだけの獣が生息しているのかは分からないが、一定の制限は必要だろう。
狩りたいだけ狩るという訳にはいかないだろう。

晩飯が始まった。
調理場に各自トレーを持って行き、晩飯を貰うスタイルだ。
俺はとんかつ定食を貰って食事を始めた。

食事の時には決まって食事をしながら、俺に話を聞かせてくれとゴブリン達が集まってくる。
ゴブリン達は各自質問を持ち寄って、俺に集まってくる。
聞かれることは多岐に渡っている。
生活面や建設に関すること、道徳的なことから、はたまた帝王学に至るまで。
俺は全ての質問や疑問に丁寧に、分かり易く話を重ねた。
ゴブリン達が納得できるまで話は終わらない。
俺はこの時間を『知識の時間』と呼んでいる。

ゴブリン達はこの時間が大好きらしく、俺だけじゃなく島野一家に大挙していた。
島野一家の面々もこの時間を謳歌しているみたいだ。
ゴブリン達は熱心に知識や知恵を得ようとしている。
それに答えて俺達も本気で話をする。
熱を帯びた時間だ。

ほとんどのゴブリンが、読み書き計算を学びたいと言っていた為。
今では晩飯後にゴン先生とギル先生による、読み書き計算教室が行われている。
ほとんどのゴブリンが参加していた。

そしてそれに割って入ってくる者がいた。
ソバルである。
こいつまだいたのか。
何がしたいのだか・・・
ことによっては叩き出すぞ!
知識の時間を邪魔するんじゃないよ。

「どうしたソバル、何か聞きたい事でも?」
ソバルが申し訳なさそうに割って入ってきた。
さて何が始まることやら。

「島野様、私は感銘を受けております。まさかゴブリンにここまでの文明を築けるとは思ってもみませんでした」
まさかゴブリンにだと?
まだゴブリンを舐めているみたいだな。
態度に現れている。
気に入らないな。

「それで」

「儂はモエラの大森林の統治者と考えておりましたが、どうやら間違っていたようです」

「へえー」
どういう考えなのか?

「儂はモエラの大森林の統治者の座を、貴方様に譲ろうと考えております」
こいつ馬鹿か?

「断る!」
俺は速攻で答えた。

「な・・・」
ソバルは眼を見開いていた。

「俺はそもそもこのゴブリンの村の首領でもないんだぞ、なんで俺がこの大森林の統治者にならなければいけなんだ?」

「それは・・・」
ソバルは驚愕の表情を浮かべている。

「あのな、お前は色々と勘違いしているみたいだ。教えといてやるが、まず俺はこの村のアドバイザーでしかない」

「そんな・・・」

「それに俺はそもそもこの村に居続ける神ではない」

「・・・」
ソバルはフリーズしている。

「いうならば俺は流浪の神だ」
ソバルは何も分かっていないみたいだ。
空を掴んでいるようだ。
話についてこれているとは思えない表情をしている。

「なあソバル、お前は俺にこのモエラの大森林の統治者だといったよな?」

「へい・・・」

「それは何を持ってお前が統治者になったんだ?俺に教えてくれないか?」

「それは・・・」
真面な回答はなさそうだ。
だと思ったよ。
全く・・・

「なあソバル、もう一度言うがお前勘違いしてないか?」

「といいますと?」

「お前何となく分かってるんだろ?違うか?」

「滅相もございません!まったく考えに至りません!」
ソバルは平伏した。

「お前はこのモエラの大森林の統治者だと言ったよな?それにしてはあまりにお粗末すぎるんだよ」

「・・・」

「お前に一度チャンスをやる、今日はもう帰って、明日もう一度ここにやってくるがいい。どうしても分からなければ、相談に乗ってやる。いいな!」

「へい!島野様の寛大な御処置、痛み入ります!」
ソバルはお付きの者を従えて帰っていった。
その背中は迷いに満ち溢れていた。
儂は間違っておったようだ。
圧倒的な知力を前にもはや屈することしかないようじゃ。
何がどうなってしまったのか?
儂には分からぬ。
ついて行けぬ・・・

そもそも儂はオーガの首領であり、オーガはモエラの大森林の覇者じゃ。
モエラの大森林の統治者として、儂は君臨しておった。
魔物の世界は弱肉強食じゃ。
そのルールに従って、儂は他者を従えておった。
だが今はどうじゃ?
下等種族と気にも留めていなかったゴブリン達の、あの変貌ぶりは。
身振るいが止まらんわい。

まだ一対一では遅れは取らぬだろうが、相手が複数となると、儂も無事では済まぬな。
じゃがそれはあくまで武器を持たない相手を想定してのことじゃ。
おそらく今後は・・・間違いなくゴブリン達は、立派な武器を手にすることじゃろうて。
それぐらいの知性を感じたわい。
そうなってはもう敵わぬやもしれぬな。

あのプルゴブとやらもただ者ではないのう。
儂を案内しつつも、常に警戒を怠ってはおらなんだ。
何度か試しに仕掛けようかとも思ったが、絶妙な距離感を保っておったわ。
上手く間を外されたな。
いなされたのやもしれぬな。

知性を持ったゴブリンとはここまで脅威なのか?
決して敵には廻したくない相手となってしまった。
冷や汗が止まらぬわい。

ゴブリンの村の発展は末恐ろしいのう。
もはや我らの里よりも文明は進んでおる。
あの畑のなんと立派なことか・・・
生産力も測り知れぬ。
これだけの畑があれば、それだけでもどれだけの者を養うことができようか・・・

もはや儂が統治者だとはとても言えぬ。
オーガ全員を引き連れて対峙したとしても、勝てるイメージが想い浮かばぬ。
オークやコボルトを引きつれたとしてもどうだ?
もし島野様の配下の誰か一人が居ただけでも、我らに勝ちはあり得ぬな。
間違いなく蹴散らされてしまうじゃろうて。

あの聖獣様のプレッシャーは恐ろしかったのう。
あれが伝説の聖獣フェンリルなのか?
会った瞬間死を感じた。
ちびるかと思った・・・
敵に周ったら気が付いた瞬間、儂は絶命しているのは間違い無かろう。
無茶苦茶怖い!

それにしてもあの島野様は何者なのだ?
神であることは間違いない。
圧倒的過ぎるわい。

この世にあんな存在がいて良いのだろうか?
一見人族だが、不気味なぐらいの強者のプレッシャーを感じた。
存在が大きすぎる。
フェンリルも恐ろしかったが、また違う恐ろしさを感じた。
直視することすら憚られてしまう。

しかし儂もモエラの大森林の覇者じゃ。
目一杯威勢は張らせて貰ったが・・・
間違っていたのか?

島野様は物腰は柔らかく、ゴブリン達に囲まれて、妙に親切丁寧に話を重ねておった。
何を考えているのかが儂には全く分からぬ。
あの人に睨まれたら儂達は生きて行けぬな
一瞬にして儂らは壊滅するだろう。

温厚な方なのは分かる、そして思慮深くもあろう。
島野様にお粗末と言われてしまったが、何を指しておるのだろか?
儂が何を勘違いしておるのか?
分からぬな。

儂がモエラの大森林の統治者のはずだった。
・・・
はたしてほんとうに?
何を持ってと、島野様は仰っておった。
確かに儂は何を持って、この大森林の統治者だというのか?
考えたことも無かった。
オーガの首領であるから当然と思っておった。
この考えがそもそも違うのか?
分からぬ・・・

儂はあの御方から名を貰い、今の地位に伸し上がった。
それまではただの一兵卒でしか無かった。
じゃから知力を得ることが、どれだけの進化を遂げるのかを儂は知っておる。
儂は会ってはならぬお方にお会いしてしまったのじゃろうか?
相談に乗ってくれると仰ってくれたのが唯一の望みじゃ。

でも浅い考えのままに伺う訳にはいかぬ。
じゃが考えが纏まらぬ。
ああ・・・熱が出てきたようじゃ。
フラフラするわい。
くそう、踏みとどまれ。
こんなことで倒れてはおられぬ。
儂は・・・



どうやら倒れてしまったようじゃな。
明るいな・・・
もう朝か・・・
行かねばならぬ・・・
島野様・・・
ご教授くださいませ・・・



翌日の昼過ぎに、ソバルはお付きの者達を従えてやってきた。
とても顔色が悪い。
青ざめている。
こいつ大丈夫か?
心配なぐらい顔色が悪いぞ。

ソバルは俺の元に近づくと片膝を付き、頭を下げた。
それに倣ってお付きの二人のオーガも片膝を付く。
俺はギルを伴ってソバルを相手取ることにした。
どうなることか・・・

「ソバル、顔色がよくないな」
「は!・・・お気遣い感謝致します」

「まあそう堅くなるな、これでも飲めよ」
俺は『収納』から体力回復薬を渡してやった。
ソバルは手に取ると不思議そうにしていた。

「島野様、これはいったい・・・」

「いいから飲んでみなよ」
ギルが促す。

「では・・・」
ソバルは恐る恐る体力回復薬を飲んだ。

「こ・・・これは!」
ソバルはみるみる顔色を変え、健康な肌色に変わっていた。

「島野様、体力がグングンと回復しております!」
ソバルは興奮していた。
想像を超える現象に気持ちが抑えられないみたいだ。
お付きのオーガ達は何が起こったのか分からず、挙動不審になっている。

「まあ落ち着けソバル」

我に返ったソバルは、
「は!失礼致しました。あまりの出来事に我を忘れて興奮してしまいました」
と再度片膝を付いていた。

「それで、どうなんだ?」

「は!昨日あの後、儂なりにいろいろと考えておりました。ですが知恵熱を出してしまい。今日に至っております・・・もうし訳ありませぬ・・・」
ソバルなりには努力はしたみたいだな。
ならば話を重ねようか・・・
その資格はあると俺は判断した。

「そうか、なあソバル、一つ聞かせてくれないか?」

「へい!何をでございましょうか?」
ギルも興味深々で話を聞いている。

「お前は昨日このゴブリンの村にやってきたが、それは何度目なんだ?」

「回数でございますか?」

「そうだ」

「ゴブリンの村にやってきたのは・・・初めてでございます・・・」
ソバルは下を向いていた。

「へえー」
ギルが漏らしていた。

「そうか・・・それは統治者としてはどうなんだ?」
は!っと顔を上げたソバルは何か思い至ったみたいだ。
恥じている表情をしている。

「恥ずかしながら・・・」
ソバルは今にも消え入りそうだ。

「ソバル、教えてくれ。お前は俺に統治者を名乗った、お前にとっての統治者とは何なんだ?」

「・・・」
ソバルは答えに窮している。
また顔色が悪くなりそうだ。

「この世界が弱肉強食であることは俺も理解している」
隣でギルが頷く。

「・・・」

「それをとやかく言うつもりはない」

「・・・」

「でもな、統治者とは人の上に立つ者だよな?纏める者だよな?どういう想いでお前がいたのかを俺は知りたいんだ」

「・・・それは・・・纏める者だと・・・考えたこともございませんでした・・・滅相もございません」
ソバルの精一杯の回答だった。
正直でよろしい。

「ソバル、お前は名がある。誰が与えたのかは今はいいとして、お前は知性を持っているよな?そんなお前が何を考えているのかを俺は知りたいんだ。俺の言いたいことはわかるよな?」

「へい!」
ソバルは恐縮している。

「それでどうなんだ?」

「儂は・・・間違っていたと思います・・・オーガはゴブリンやオーク達とは違い、力ある種族でございます・・・特にゴブリンなどは相手にする必要が無いとすら考えておりました・・・今は・・・自分を恥じるばかりでございます・・・」

「そうか・・・お前は何を恥じているんだ?」

「今のゴブリン達は・・・ほとんど儂と変わりません・・・それにこの村はオーガの里よりも発展しております」
だろうな。
なにも腕っぷしばかりが力じゃない。

「そうか」

「儂は何処から間違ってしまったのでしょうか?」
知らんがな・・・自分で考えてくれよ。

「格下だと思っていた相手が、今では脅威でしかありませぬ・・・」
これが本心だろうな。

「それでお前が望むことは何なんだ?」
これが一番聞きたい。

「儂の望むことでございますか?」

「そうだ」

「儂の望むことは・・・このモエラの大森林の平和でございます」
其れが聞きたかった。
良い回答だ。
ギルも頷いている。
ならば。

「分かった。その望み叶えてやろう」

「左様でございますか?」

「ああ、お前はプルゴブと五分の盃を交わすんだ」
ギルが驚いた顔をしていた。

「それは・・・」
ソバルは窮していた。

「何だ?プライドが許さないのか?」

「いえ、そういう訳では・・・」
逡巡が感じられる。

「おいソバル、いい加減ゴブリン達を舐めないことだな、こう言ってはなんだが、オーガがどれだけ強いか知らないが、今のゴブリン達ならお前達の里を滅ぼすことは容易いぞ」
これは事実だ。
この戦力差は覆せない。

「・・・分かっております・・・」
ソバルは戦力差を理解しているみたいだ。

「それになあ、俺はこう思うんだ、武力に偏った統治は本当の統治ではない。お互いの理解を得ることが本当の共存なんだとな・・・それに統治とは一人の優れた者が作り上げる物では無く、皆で作り挙げる物ではないだろうか?俺はそう考えるんだが、ソバルお前はどう考える?」
ソバルが前を向いた。
その眼は輝きに満ちていた。

「その様な考え、まったく至りませんでした・・・でもその未来は楽しそうでございます」
ソバルは理解できたようだ。
興奮した顔をしている。

「ゴブリン、オーガ、オーク、コボルトが手を取り合って、発展していくんだ。このモエラの大森林に魔物の同盟国を設立するんだ、どうだろうか?ソバル?」

「素晴らしいお考えかと」

「左様でございます」
途中から同席していたプルゴブも同意した。

「なるほどね」
ギルが声を漏らしていた。

「ソバル、後日でいいからオークとコボルトの首領を連れて来てくれ」

「へい!承りました!」

「あと、多分出来るだろうからするけど、ソバル。お前に俺の加護を与えよう」

「本当でございますか?」
ソバルの眼がランランとしていた。

「ああ、どうだ?」
ソバルは平伏した。

「ありがたき幸せでございます!」

「ソバル、その名を大事にするんだぞ」
俺から神気が流れ出して、ソバルを包み込んだ。
するとソバルが一回り大きくなり、顔つきがシャープに変形した。
あらまあ。
昭和初期の任侠が平成の企業舎弟に早変わりだ。

「我が忠誠を島野様に捧げます!」
ソバルが片膝を付いて言った。
ソバルは溢れる涙を拭おうともしなかった。
その想いや如何に。



こうして俺の立ち合いの元、ソバルとプルゴブの五分盃の儀が執り行われた。
ソバルもプルゴブも誇らしげだ。

「これからよろしく頼む兄弟!」

「ああ、共にな!」
堅く握手を交わしている。
この出来事にゴブリン達は蜂の巣を突いたかの如く大騒ぎしていた。
全く、騒ぐのが好きな奴らだ。
でもこれまでは手の出せない様な存在が、兄弟格となったんだ。
嬉しくてしょうがないのだろう。
大興奮している気持ちは分からなくも無い。

「パパ、宴会やる?」
ギルからの申し入れだ。

「やるしかないだろうな」

「だね」

「さて、どうしようかな?」

「僕はピザを焼くよ」

「おお!ギル気合入ってんな」
ギルが万遍の笑顔をしている。

「まあね、だって嬉しいじゃないか」

「そうだな」
俺は大声で皆に聞こえる様に言った。

「お前達!今日は宴会だ!」

「おお!」

「やった!」

「酒が飲めるだべ!」
また大騒ぎとなった。
ええい!騒げ騒げ!
もっと騒げ!



宴会は大盛況となった。
ここは大盤振る舞いだ。
南半球から日本酒を三樽用意し、食材もこれまで持ち込んでいなかった食材をふんだんに持ち込んだ。

メルルには迷惑を掛けてしまった。
メルルは文句を言う事無く、宴会用の食材を提供してくれた。
調理はこちらで行うことにした。

ゴブリン達も大興奮だ。
ソバルも日本酒に舌鼓を打っていた。
お付きの二人もたくさん食っては、ゴブリン達と交流を深めていた。
こいつらには『ソモサン』と『セッパ』の名を与えておいた。
二人共ソバルと同じく企業舎弟風に変化していた。
結局オーガは任侠者のようだ。

エルとギルがせっせと食事を作っていた。
食事班のゴブリン達も、忙しそうにしている。

「島野様、ずっと気になっておったのですが、あの風呂に入らせて貰ってもよろしいでしょうか?」
ソバルからの催促だ。

「何を言っているんだ?あれはゴブリン達の物だぞ、お前の兄弟に聞いてみろよ?」

「左様でございますか?おい兄弟よ、儂にもあの風呂とやらを使わせてくれんか?」

「好きにしてくれ、遠慮など無意味だ」

「そうか、ならお構いなく」

「ソバル、風呂で飲む日本酒はまた格別だぞ」
俺は徳利ごと渡してやった。
ソバルは嬉しそうに受け取っていた。
飲み過ぎるなよ。

「左様でございますか?それは楽しみでございます。ささ兄弟よ、共に行こうぞ!」

「ああ、付き合うとするか」
仲の良い兄弟になりそうだ。
二人は肩を組んで風呂に向かって行った。

ギルの焼くピザに大行列が出来ていた。
ギルの奴、また腕を上げたな。
というよりゴブリン達はピザに大興奮しているのか?
まあギルの腕が上がったという事にしておこう。

エルがここぞとばかりにカツカレーを作っていた。
ここも大行列だ。
張り合わんでもいいのでは?エルさんや?

ゴンは生徒達に捕まってここでも魔法教室を行っていた。
いいから、はよ飯食え。
御飯が冷めるぞ。

ノンはゴブリンの子供達と遊んでいた。
お前はそれでいい。

平和でなによりだ。
俺はというと、ゴブリン達からのお酌地獄に巻き込まれていた。
多くのゴブリン達が俺にお酌をしようと待ち構えている。
まさかの北半球でのお酌攻撃だ。

勘弁してくれよ。
もう南半球で堪能したからさ・・・
でも俺には・・・毒消しの丸薬があるからな・・・
フフフ・・・
あまり薬には頼りたくなのだが・・・
まぁいいだろう。

それにしても、こいつら本当に騒ぐのが好きなんだな。
ゴブリン達は食っては飲んで大騒ぎだ。
魔物の性か?
まぁいいか。
やれやれだな。

翌朝、案の定俺は毒消しの丸薬を飲む嵌めになっていた。
一度南半球に帰り、風呂とサウナを満喫した。
頭と身体をリセットしたかったからだ。
朝から風呂とサウナを決め込む俺に、ランドが心配そうな顔をしていた。
宴会明けはこんなもんさ。

どうやらしこたま飲まされた俺は、ゴブリン達と雑魚寝をしてしまっていたらしい。
ロッジの一室で眠りこけてしまっていた。
朝起きた時には、俺の周りに多くの女性のゴブリン達が寝ていたことに驚いてしまった。
何もなかったよね?
たぶん・・・うん無いと思う。
なにより俺の隣にノンとギルが居たから、おいたは無いだろう。
セーフ!
おー怖!

それにしてもさっぱりした。
やっぱり風呂とサウナは格別だね。
身体と頭がシャキッとしたよ。
島野一家を連れて、俺はゴブリンの村に向かった。

ゴブリン達は今日もせっせと働いている。
するとゴブオクンが俺を見つけて駆け寄ってきた。

「島野様!大変だべ!頭が痛いし、気持ち悪いだべ!おら病気だべか?おら死ぬだべか?」
と騒いでいた。
ただの二日酔いだっての。
煩い奴だな。
俺は胃薬と、毒消しの丸薬を渡してやった。

三十分後には回復したゴブオクンは、
「おら復活だべ!」
と大騒ぎ。
例の如くゴンに叱られていた。
やれやれだ。

俺はゴブコを探した。
脚踏み式のミシンが赤レンガ工房に眠っているのを思い出し、持ってきたからだ。

「おーい!ゴブコはいるか?」

「はーい!ここに」
ゴブコが駆け寄ってくる。
ブルンブルンと揺れる胸に視線が向きそうになる。
駄目だ、セクハラは良くないぞ。
反射的に見てしまうのはセーフにしてくれ。
これ男の性。
治るもんじゃない。

「脚踏み式のミシンを持ってきた、使ってくれ」

「嬉しい!島野様大好き!」
嬉しい事を言ってくれる。
俺は上機嫌で脚踏み式ミシンの使い方を教えた。
ゴブコは熱心に解説を聞いていた。
そしてやはり知能の高さが光る。
俺の拙い解説のみで、既にミシンの構造や使い方をゴブコはマスターしていた。
こいつ天才か?

もう数台欲しいと言われたので、三台ほど造っておいた。
これで服飾の生産性が格段に上がるだろう。
これでまた格段に文明が発達したのは間違いない。
もはや衣食住は手に入れた。
あとは焦らずにブラッシュアップを行っていこう。
進化するこの村に俺は喜びを隠せなかった。
そして俺はプルゴブを呼び出した。

「プルゴブ、何人か使って岩を八個ほど集めて来てくれ、大きいに越したことはないが、無理はするなよ」

「は!お任せくださいませ!」
というのも、俺はお地蔵さんを設置することを考えているのだ。
北半球初のお地蔵さんだ。
ゴブリン達に『聖者の祈り』が出来るかは分からないが、あったに越したことはないだろうと思う。

俺は待っている間、手持無沙汰になり、ホバーボードを造ることにした。
ランドールさんが建設現場で使っていると言っていたからね。
これで作業効率があがることだろう。

手慣れたもので、速攻で十個造った。
後はギルに渡して、魔石に浮遊魔法を付与してもらうだけだ。
建設現場に立ち寄りギルにホバーボードを渡す。
理解の早いギルは俺が何も言わずとも、魔石に浮遊魔法を付与し、ゴブリンの作業員達に説明を行っていた。
出来た息子で助かりますなあ。
ええ子じゃな。
親バカでごめん。
そうこうしていると、プルゴブ達が岩を持ってきた。

「島野様、どうなさるおつもりで?」

「ああ、お地蔵さんを造ろうと思ってな」

「お地蔵さんとは?」

「まあ見てろ」
俺は『加工』でサクッとお地蔵さんを造る。
その様を見てプルゴブが慄いていた。

「なんと、石像が一瞬にして・・・」

「これはなプルゴブ、創造神様だ」
プルゴブが首を傾けている。

「創造神様?はて?」
あれ?創造神様を知らない?

「創造神様は一番偉い神様だぞ」

「そう言われましても・・・実感が湧きませんな。威厳のあるお姿をしているのは分かりますが・・・」
これは期待はずれか?
とても『聖者の祈り』は発動出来ないだろう。
でも試してはみよう。

「プルゴブ、この石像に祈りを捧げてみてくれないか?」

「はあ、そんなことでよろしいのですか?」

「ああ、頼む」

「分かりました」
プルゴブは跪き両手を合わせて祈りを捧げた。
『聖者の祈り』は発動しなかった。
駄目か・・・ん?待てよ・・・
実感が湧かないと言っていたよな、もしかして・・・
自分で言うのもなんだが・・・

「プルゴブ・・・この石像を俺だと思って祈ってみてくれないか?」

「は!畏まりました!」
気合の入ったプルゴブが祈りを捧げた。
すると・・・

おいおいおい!
神気が放出されてるじゃないか?
マジか?

「おお!これは凄い!」
プルゴブは大喜びだ。

「おい、お前達!この石像を島野様だと思って祈りを捧げてみるのだ!」
近くにいたゴブリン達が祈りを捧げた。
神気が濛々と立ち上っている。
嘘だろ?
メタン並みじゃないか!

神気発生装置がここに誕生した。
何ということだ・・・
俺はお地蔵さんをあと七体造り、村の周りを覆う様に正八角形に配置した。
樹齢千年の樹がある訳ではないので、結界が張られないことは分かっているが、それが良いと感じたからだ。

その後『聖者の祈り』がゴブリン達の間で大ブームになった。
正直ありがたい。
というのも、北半球は南半球に比べて神気が薄いと感じていたからだ。
俺は始めてこの異世界に来た時に感じた神気の薄さよりも、神気が薄いと感じているぐらいだ。
実際ギルも同様のことを言っていた。

やはりこの北半球に神気を減少させている何かがあるのは間違いなさそうだ。
早くその答えに辿り着きたいが、焦りは禁物だ。
一歩一歩着実に進んで行きたい。
闇雲に進むべきではない。
今はまず魔物の同盟国を設立するのが先だ。
その後、建設現場を手伝って、俺達はこの日を終えた。



翌日。
ソバルがオークの首領とコボルトの首領を伴って現れた。
ソバルは今日もソモサンとセッパを引きつれている。
こいつらも、もはや手慣れたもので、俺を見てニコニコしている。
ウィース、とでも言いそうだ。

首領達も、二人づつお付きの者を引きつれていた。
俺は『結界』を解いて、両者を迎えることにした。
今後はもう結界は必要ないだろう。

俺はギルと、プルゴブとで対峙する。
俺を見つけるなり、オークとコボルトの首領がいきなり土下座をした。

「モウシワケ、ゴザイマセン!」

「ゴメンナサイ!」
スライディング土下座だ。
膝が擦りむけている。
痛そう。
ちょっと待て、違うだろ。

「おい!ソバル!お前何を教えているんだ?」
敢えて俺は言い放った。

俺の意を汲んだソバルが、
「へい!島野様!申し訳ございません!お前達、謝る相手を間違えるな!島野様では無く、ゴブリン達に謝るべきじゃろうが!そんなことも分からんか?!」
と言うと。
はっと頭を挙げた二人は、プルゴブに頭を下げた。
だがそうはいかない。
ギルも憤然としている。

「違うよ」

「足りませんな」
プルゴブの言う通りだ。

「そうだな、プルゴブ。お前の言う通りだ、全員集めて来い」

「は!」
ゴブリン達が全員集まってきた。
狩りに出ている者達も全員集まっている。
手には武器が握られていた。

オークとコボルトにしたら、途轍もないプレッシャーだろう。
建設作業に従事していた者達は、大工道具を肩に乗せているしな。
二人はワナワナと震えていた。
お付きの者達は今にも泡を吹いて失神しそうだ。

「「ゴベンナサイ!!!」」
オークとコボルトの首領の声が響き渡った。
もはや慟哭だ。
お付きの者達も土下座をしていた。
それにしても土下座が様になっているな、さてはソバルの奴の入れ知恵だな。

「フン!」

「まあいいだろう」

「二度とするなよ!」

「俺達は島野様の教えに従うのみだ!」

「そうだぞ!感謝しろよ!」
ゴブリン達は寛容に受け止めていた。
誰一人として俺の意に背く者はいなかった。
でもまだ気は抜けない。
いつ怒りが再燃するかは分からない。

だが俺はゴブリン達を信じることにした。
こいつらは俺を裏切らないだろう。
何となくそんな気がする。
俺も甘いな。
もう愛着が沸いてしまっている。

「さて、それでソバル。まずはこいつらを立ち上がらせてくれ」

「へい!」
ソバルは二人を立ち上がらせていた。
二人は申し訳なさそうに下を向いている。

「お前達、俺を見ろ」
二人は俺に向き直った。
今にも泣き出しそうな眼をしていた。
一度だけビビらせてやろう。

「フン!」
俺は神気を纏って、二人を睨みつけた。

「アア!」

「ウグ!」
と慄く二人。
膝がガクガクと震えている。
直視できることも無く、顔を背けている。

「おい!」

「ちゃんと見ろよ!」

「目を背けるな!」
ゴブリン達が騒いでいる。
まぁ、こんな事が意趣返しになる訳ではないが、これでゴブリン達の溜飲が少しでも下がるのならそれでいい。
ちょっと大人気ないか?

俺は神気を纏うのを止めた。
ちょっと気が晴れた気がする。

俺は知っていた。
こいつらの部下がこっそりとゴブリンの村を覗いていたことを。
そうなるだろうと思ったから、敢えて結界の外から見える場所で食事をし、風呂を造ったのだから。

文明を見せ付ければ格の違いを知るだろうと考えたからだ。
その予想が当たっていたことは、この二人を見れば分かる。
もはやゴブリンの村は脅威でしかないだろう。
そしてこの村の文明に憧れを抱いたはずだ。
あわよくばその文明を享受したいと。

それにソバルからいろいろと聞かされてもいるだろう。
ソバルのことだ、相当ビビらせているに違い無い。
企業舎弟だからね。
さて話を進めようか。

「お前達、まずは名を与えてやろうと考えているが、居るか?」

「オネガイシマス」

「アリガトウゴザイマス」
だろうな。
恐怖の眼から羨望の眼差しに変わっていた。

ゴブリン達からは、誰一人として反対する視線は感じなかった。
どうしようか?
オークの首領だからな。
分かり易くいこう。

「オークの首領よ、お前はこれからオクボスを名乗れ」
俺から神気が流れ出す。
オクボスが神気に包まれた。

「は!拝名致します!」
オクボスが跪いた。

次はコボルトか・・・
コボボスは言いづらいな・・・

「よし、お前はこれよりコルボスを名乗れ」
俺から神気が流れる。
コルボスを神気が包み込む。

「は!承知いたしました!」
コルボスも跪いて頭を垂れた。
ここで名付けは一旦終了。
お付きの者達はまた今度だ。

二人は体形こそあまり変化が無かったが、その眼には知性が宿っていた。
そして二人は泣いていた。
地獄から一転天国だからな。
安堵の気持ちを抑えられないのだろう。

そして儀式が執り行われることになった。
プルゴブ、ソバル、オクボス、コルボスによる五分の盃の儀だ。
俺はこの儀式用に準備した、ゴブスケが造った盃を手渡す。
四人は大事そうに盃を受け取る。

俺は『収納』から日本酒を取り出し、四人に注いでいく。
俺はこの場にいる全員に聞こえる様に言った。

「いいかお前達!今この時からお前達は五分の兄弟分だ、その誓いは血よりも濃いものであると肝に命じろ、兄弟を助け、支え合い、共に生きるのだとここに誓え。種族こそ違えど、お前達は魂を分け合った兄弟であると心に刻み込め。いいな!」

「「「「は!」」」」
四人は一気に飲み下した。

「「「「「「おおおおおお!!!!!」」」」」」
大歓声が巻き起こった。
ゴブリンの村が揺れていた。
まるで地響きだ。
拍手喝采が巻き起こっていた。
またも大騒ぎだ。

これにて魔物同盟が締結された。
モエラの大森林に新たな勢力が誕生した。
これによりモエラの大森林に新時代が訪れようとしていた。



ギルが駆け寄ってきた。

「パパ、やったね」
ギルは笑顔だ。

「作戦通りだな」

「作戦?」

「ああ」
俺はギルに説明した。
俺が仕掛けた作戦はこうだ。
『ランチェスター戦略からのなし崩し的な盃、更に文明見せびらかし作戦』だ。
長いよね・・・作戦名。

まずは全てのゴブリン達に知力を与えて、個の力を強くする。
そうすることによって、どの勢力でも太刀打ちできないようにする。
これすなわちランチェスター戦略だ。
強い個が弱い個を撃破していく戦法だ。
そうした上で、なし崩し的に首領による五分の関係を締結させ、上下関係を無くさせる。

恐らくはオークもコボルトもオーガも、全員名付け終えてしまえば、その勢力はゴブリン達を凌ぐだろう。
だが一度知力を得てしまったら最後。
俺の教えに背いて神罰を受けようなんて考える奴は一人もいないはずだ。
それに気づいたとしても、もう遅いのである。

更に文明を見せつけることで、格の違いを分からせ。
文明を享受したいと思わせる。
その為には和睦するしかない。
我ながら完璧だな。
もっと褒めてくれてもいいのだよギル君?

「そうか・・・パパはそうやって争いごとを収束させたんだね」
その通りです。

「そうだ、力に力では意味が無い。俺は文明と名づけを上手く利用したんだ」

「そうか・・・文明か・・・」
ギルは考え込んでいた。

「少しでも参考になったか?」

「うん」

「そうか、よかったな」
少しは父親の背中を見せられたようだ。
これを得てギルがこの先どうしていくのかは見守るしかないだろう。
でもこれで大きなヒントは与えられたはずだ。
何も解決策はど真ん中に答える必要はないのだ。
力に対抗するのは、力では無いのだと。
それを学んでくれたなら俺は本望だ。
まだまだ先は長い。

これからについて魔物同盟で会議が行われることになった。
議題は多岐に渡る。
魔物同盟の今後を左右する重要な会議だ。
議長はソバルが務めることになった。

これは俺が指名した。
だが議長とは言っても、決して魔物同盟の代表では無い。
あくまで話し合いのファシリテーターでしかない。
四人が五分の関係であることに変わりは無いのだ。
話し合いが円滑に上手くいく為の処置でしかない。

俺はアドバイザーとして同席している。
俺は席を外して、後で報告のみ聞こうと思っていたのだが、プルゴブとソバルからどうしても同席して欲しいとお願いされてしまった。
初めてのことで不安があるのかもしれない。
でも俺は極力口は挟まないつもりだ。
たぶん・・・
ソバルが仕切り出す。

「兄弟達、議題は多岐に渡る。長丁場になるかもしれないが、今後の魔物同盟の行く末に関わる会議じゃ。気を引き締めて話合おうぞ」

「分かっておる」
プルゴブが答える。
オクボスとコルボスも頷いていた。
全員真剣な表情を浮かべている。

「まず我らは何処で居住を構えるか、からじゃな」

「それは考えがある、いいかな兄弟?」
プルゴブが先導する。

「プルゴブの兄弟、話してくれ」

「いいか兄弟達、まずこのゴブリンの村は島野様の指導の下、文明が発展し出している。それは今後も然りだ」
三人が頷く。

「そこでこれを参考に各集落の中心に、国を築くのはどうだろうか?」

「なるほど」

「中心という事は中間地点ということだな?」

「そうだ、今の各自の集落は場合によっては取り潰しても良いのかもしれん。新たに造るのがいいと思う。既に建設や農業、狩りや衣服の製作に関しての知識は、島野様や聖獣様から教わっておる。もはや衣食住に困ることは無い。これらの技術を兄弟達の配下に伝えていけば、時間は掛かるかもしれないが、国として認められる程の街が出来ると思うのだが。ソバルの兄弟はどう思う?」

「プルゴブの兄弟がいう通りじゃろう、儂らには島野様一行という力強い後援者がおる。学びの場を提供してくれておるのだ。命一杯学ばせて頂こうぞ」
おいおい、俺達だのみでは駄目だぞ。
だがせっかくだ。
少し口を挟ませて貰おう。

「お前達、ちょっといいか?」

「何でございましょうか?」

「まず、川は何処にある?それと海岸はあるか?」

「川は俺達の村の側にあります」
オクボスが答える。

「その川には魚は生息しているか?」

「はい、ですが上手く魚を取るすべがございません」

「そこは俺達が教える」

「有りがたき幸せ」
オクボスが頭を下げる。

「海岸はコボルトの村から離れたところにございます」
今度はコルボスだ。

「分かった。となると海産業もいけるな」

「海産業でございますか?」
コルボスが期待に満ちた表情をしていた。

「ああ、こちらもちゃんと教えてやるから安心しろ、因みにコボルト達は泳げるのか?」

「泳ぎですか?試したこともございません」

「一度トライしてみるか?」
全員泳ぎも教えないといけないな。

「これで新たにまた盤石な食の基盤が出来上がりますな」
ソバルは嬉しそうだ。

「海産業とは魚ですか?」
プルゴブからの質問だ。

「魚だけじゃないぞ、貝や海藻、蟹や海老等もあるぞ。海や川は食の宝庫だぞ。それに海藻や海苔も造れる」

「おお!宝庫でございますか?」

「そうだ、漁のやり方を教えてやるし、船の作り方も教えてやる。海苔の作り方もな」

「なんと・・・そこまで」

「それはありがたい」

「更に文明が上がりますな」

「泳ぎをまずは覚えませんと」
全員やる気になっている。
良い傾向だ。

「話を戻そうか」
全員が頷く。

「はい」

「お願いします」

「どうぞ」

「助かります」
全員が活き活きとした表情をしている。
次に移ろう。

「まず新しく造る街だが、川から水を引き込んで、上下水道を完備させる」

「上下水道でございますか?」

「ああ、そうだ」
俺は上下水道について解説した。
全員が真剣に話を聞いている。
時々質問を交えながらの話となった。
特にオクボスが上下水道に興味があるみたいで、際立って質問を行っていた。
建設に関してはこいつに任せた方がいいのかもしれないな。

「造るのは難しいようですが、完成したらこんな便利な物はなさそうですね」

「全くだ、是非とも完備させたい」

「これぞまさに文明ですな」

「井戸を掘れただけでも充分だと考えておりました」
各自思う処があるみたいだ。

「実はな、この上下水道を造る一番の理由は健康被害に直結するからなんだ」
全員が不思議そうな表情をしている。

「なんですと?」

「健康に?」

「なぜ?」

「本当に?」
俺は話を受けて解説を始める。

「ああ、まず健康被害になる一番の原因は清潔感にある。だから俺は一番初めにゴブリン達に村の掃除をさせた」

「そうでしたな」
プルゴブが頷く。

「でもそれだけでは不十分なんだ。一定の清潔感は得られたが、やはり排泄物などもより清潔に取り扱う必要がある。今のゴブリンの村のトイレは半水洗式だ、これを機に完全水洗式にするほうがより清潔だ。清潔イコール健康ということなんだ。病気の原因のほとんどが不衛生から発生するものだ。それに飲み水は綺麗である必要がある。目には見えないが、小さな微生物などが潜んでいる可能性がある、そんな水を摂取すると腹を壊したり、病気になる可能性がある」
全員が眼を見開いている。

「そんなことが・・・」

「なんと・・・」

「目に見えない生物・・・」
知らない知識に驚愕しているみたいだ。

「今ではゴンが浄化魔法を教えているから、オークやコボルトもゴンから教えを乞うがいい」

「「は!」」
そしてここからが大事な所だ。

「そして俺は全員に名づけを行うつもりだ」
全員が驚愕していた。

「なんと!」

「島野様!」

「よろしいので?」

「嘘?」
どうやら考えられない事態のようだ。

「島野様のお身体に障るのでは?」

「身体に障る?」
俺は全然大丈夫だと思うのだか?

「はい、儂に名を授けて頂いた神様は、儂に名を与えるのが精一杯とおっしゃっておりました」

「そうなのか?」

「ええ・・・」

「大丈夫だろう、俺はゴブリン全員に名付けたけど何ともなかったぞ」
未だ計測不可だしね。

「確かに・・・」
ソバルは何とも言えない顔をしていた。

「俺のことはいいとして、そうする必要があるだろ?」

「必要でございますか?」

「ああ、これからお前達は建設を中心とした多くの作業や知識を得ないといけない。知力を得ない訳にはいかないだろう?」
会話も儘ならないでは支障があるからね。

「ですが・・・」
心配してくれるのはありがたいことだが、そんなことには構ってられないだろう。

「これは決定事項だ、俺はお前達全員に加護を与える!」

「「「「は!」」」」
四人が席を立ち、跪いて頭を垂れた。
どうせ俺の神気量は計測不能から変わらないだろう。
最悪の場合『黄金の整い』をしに日本に帰ってもいい。
俺は全員を着席させた。
そして話を先に進める様に促した。

「後は役割を決めてみてはどうだ?兄弟達よ」
ソバルが先導する。

「そうだな、儂もそう考えておった」

「役割となると何があるのだ?」

「兄弟、それはまずは建設、農業、先ほど島野様が仰った海産業、服飾に関する物になるのではないか?」

「そうじゃな、外にはあるか?」
俺は口を挟むのを止めた。

「後は料理と備品の作製じゃな」

「なるほど、そうなると一人一つという訳にはいかんな」

「出来れば俺は建設を受け持ちたい、先ほど島野様から教わった上下水道に興味がある。是非任せて欲しい」
オクボスが言う。

「儂は構わんぞ」

「俺もだ」

「任せよう」
建設に関してはオクボスが受け持つことになった。
積極的でいいじゃないか。

「俺は海産業が気になるな、泳げるかは分からんが、俺に任せてはくれないだろうか?兄弟達よ」
コルボスは海産業が気になるみたいだ。

「俺はいいと思うぞ」

「儂も賛成じゃ」

「いいだろう」
こちらも賛同を得られたみたいだ。
順調、順調。

「こうなると儂は農業だな、此処は魔物同盟の基幹部門だ、任せてはくれんか?」
プルゴブなら問題ないだろう。
というよりこいつ意外は考えられないな。

「プルゴブの兄弟が適任だろう」

「そうじゃな」

「兄弟に任せよう」
後はソバルだな。

「残りは料理と服飾と備品作製の製造関係じゃな、儂に出来るかは分からんが任せて貰おうか」

「だな」

「そうだな」

「任せよう」
これで役割が決まったみたいだ。
まだまだ決めることは沢山あるが、そろそろ腹が減ってきたな。

「よし、一先ず飯にしようか」

「「は!」」

「待っておりましたぞ」

「今日の昼飯はなんじゃろな?」
全員眼を輝かせていた。
せっかくだ、沢山食べてくれ。



俺達は連れ立って食堂に向かった。
既に食事が開始されていた。
弁当の者達以外のゴブリン達が集まっていた。
そうだ!あれがあったな。
せっかくだから出してやろう。
少しは参考になるだろう。

「コルボス、海産業で取れる物を出してやろう」

「ほんとうでございますか?」
コルボスの眼にやる気が灯った。

「ああ、期待してくれ」

「はい!期待しております!」
俺は調理場に向かった。
コルボスも見たいということだったので見学を許可した。
カジキマグロを見たコルボスは腰を抜かしそうになっていた。

エルに了承を得て、カジキマグロを解体していく。
もはや手慣れた作業だ。
能力を駆使して解体を行っていく。
そしてカジキマグロの刺身が出来上がる。

「コルボス、食べて見ろ。この醤油と山葵をつけて食べると格別だぞ。山葵は付け過ぎないようにな」
匂いを嗅いだコルボスはにやけていた。
今にも涎を垂らしそうだ。

「では、島野様、頂きます」
唾を飲み込んだコルボスは、マグロの刺身に醤油と山葵を付けて口に入れた。
眼が見開かれる。

「う、旨い!なんだこの油の乗りは?最高だ!口のなかで解けるぞ!」
好評のようだ。

「せっかくだ、皆に振舞ってやろう。プルゴブ!皆を集めてくれ」

「は!」

「兄弟、儂も手伝おう!」

「俺も手伝うぞ!」
プルゴブ達はゴブリン達を呼びに行った。
俺は刺身を配ることをエル達に任せて、カマから出汁をとり、汁物を作ることにした。

寸胴鍋に骨、カマ、尻尾を砕いてぶち込み、グツグツ煮込んでいく。
灰汁を取り除いて、一度味見をする。
よし、良い出汁がでている。
そこに人参、大根、玉葱を入れて軽く煮込む。
刺身をそのままぶち込んで、味噌を混ぜていく。
どうだろうか?
味見をしてみる。
良いな、ここに今後はワカメが加わるだろう。
更に上手くなるのは間違いない。

「コルボス、飲んでみるか?」

「宜しいので?」
今さら恐縮されてもね。

「ああ、海産業の可能性を大いに感じてくれ」

「は!」
コルボスは大事そうに味噌汁の入った器を受け取っていた。

「い、頂きます」
コルボスはゆっくりと味わっていた。
表情がどんどん緩んでいく。

「ああ~、染みわたる~、こんな美味しい汁物は始めて食べる。何とも味わい深い、絶妙だ~」
幸せが表情に浮かんでいた。
今にも昇天しそうだ。
こいつも犬飯派なんだろうか?
そんな気がする。
犬飯はノンに教わってくれ。

「皆、味噌汁も出来たぞ。並べ!」

俺が宣言すると、
「やった!」

「味噌汁だ!」

「味噌汁上手いよね~」
との声が挙がる。
どうやら前回のシーサーペントの味噌汁が好評だったみたいだ。
やっぱりこいつらは塩分が足りてないのかな?
ゴブリン達は、弁当に加えてカジキマグロをペロッと一匹平らげていた。
なんという食欲だろうか。
いよいよギルも大食いチャンピオンを脅かされるのか?
流石にそれはないか。
ギルの大食いは未だ成長中だしね。
朝から米を丼五杯は食べるからね、力士かっての。
でも太らないんだよな。
羨ましいことです。



昼食を終えて会議を再開した。
全員が幸せを噛みしめた表情をしている。

「この美食を今後も享受できるのか・・・」

「感謝以外何もないな」

「儂らは恵まれておる」

「兄弟・・・これが文明だ・・・」
各々が感動していた。
早く会議を始めろ。
いいからさ。

「兄弟達、余韻に浸るのは今度にしよう、儂らにはまだまだ決めねばならぬ事が山ほどもある」

「おお、そうだった」
ソバルが仕切り出す。

「次にまずこの会議だが、儂は毎週行う必要があると思うのだがどうだろうか?」

「そうだな」

「それぐらいが丁度いいだろう」

「だな」
合意が得られたようだ。

「そして、合意についてだが、今後議題に対して賛同が得られるのはどれだけにしていこうか?」

「それは議題に対してどれだけの賛同を得られたら合意と見做すということか?」

「ああ、そうだ」

「それは全員一致しかないだろう?兄弟」
当たり前の様にオクボスが言う。

「そうだ、一人でも認めなければそれは我らの合意とは言えまい」

「だな」

「では、議題に対して全員一致をもって賛成とするでいいのじゃな?」

「ああ」

「そうしてくれ」

「そうだ」
ソバルが急に緊張しだした。

「次に・・・これは島野様への質問になりますが・・・いつまで我々の元にいて頂けるるのでしょうか?島野様は儂に流浪の神と仰った。こんなことを聞いても良いのか迷いましたが、儂らにとっては重要な事なのです。申し訳ございません・・・」
この発言にコルボスとオクボスがあり得ないぐらい悲しい顔をしていた。
プルゴブは下を向いている。
三人とも人生が終わったというぐらいの表情をしている。
すまんなお前ら。
俺にはやることがあるんだ。

「それは、俺がもうこの街を離れてもいいと感じたらだ。俺は流浪の神だ、詳しくは言えないが、俺はこの世界の行く末を握る謎を追っている。だからお前達が造る街に居続ける訳にはいかないんだ。悪いな・・・」
全員が下を向いていた。
プルゴブは静かに泣いていた。

「神の所業・・・我らには理解など及びませぬ・・・とてもお停めすることなど叶いませぬ。ですが・・・」

「しかし・・・」
気持ちはありがたいが。
ここはハッキリと言わなければならない。

「大丈夫だ、お前達が誇れる街を造るまで俺達は協力しよう。もう俺達が居なくともお前達の国が他国に認められるぐらいまで発展するまで、俺はちゃんと付き合ってやる。安心しろ!」

「「「「島野様!」」」」
四人は号泣し出した。
おいおい大丈夫か?
やれやれだな。
魔物同盟が締結されてから一ヶ月が経とうとしていた。
これまでを掻い摘んで振り返ると。
まず俺はオーガ、オーク、コボルト全員に加護を与えた。
全員進化したと言っても過言はないだろう。
オーガに関しては角さえなければ、もはや人と変わらない。
魔人と言われても納得できてしまう。
もしかして魔人はオーガの進化した姿なのだろうか?
それは今は良いとして。

ゴブリンの村を発展させつつも、魔物同盟国の建設が本格的に始まった。
とても慌ただしかった。
俺達の役割はこれまでとあまり変わらない。

建設に関しては俺とギル。
狩りはノン。
料理はエル。
魔法教室及び風紀委員長はゴンだ。

そして連日、読み書き計算教室をゴンとギルが受け持っている。
後、備品の製作や服飾に関して、鍛冶仕事に関しては俺がちょくちょく指導を行っている。
ゴブコもゴブスケもとても頼りになる。

魔物達はとても仕事熱心だ。
たまにサボる者もいるが、目聡いゴンに見つかって叱られている。
しょっちゅうゴブオクンがゴンに叱られているのを見かけるのだが。
全く懲りない奴だ。
手を変え、品を変えサボろうとしている。
その情熱を違う事に使いなさいっての。
どうしてゴンはあんなにサボっている者を見つけるのが上手いのだろうか?
何かしらコツがあるのかもしれないな。

既に上下水道の引き込みは完成し、浄化池と排水の浄化池も完成している。
今は家屋の建設を急いでいる段階で、魔物総勢二百人態勢で取り掛かっている。
人海戦術とは上手く言ったもので、まさにその通りだ。
人が波の様に押し寄せてきては、どんどんと家が建設されていく。
ランドールさんのところの大工達も形無しだ。

知力を得た魔物達は覚えが早く、又、パワフルだ。
重機など無くても充分に力を発揮してくれている。
そして魔法の適正を持っている者も多い。
土魔法を取得している大工達が結構いた。
その所為もあってか、上下水道も早く設置することができた。

俺とギルは極力手は貸さずに、監督することだけを心掛けた。
その理由は、自分達がこの街を造ったんだという、達成感を得て欲しかったからだ。
島野様ご一行に造って貰ったでは意味が無い。
自分達が自らの手で造るからこそ、愛着も沸くだろうし、誇りに思えるものだろう。
俺達はあくまでアドバイザーに徹した。

それに俺達はここに居続ける訳にはいかない。
離れることを想うと、名残惜しさがあるが、俺達には成さなければいけないことがある。
北半球に来た目的を忘れてはいない。
だが今はこいつらを全力でサポートしようと思う。
魔物とはいっても、俺からみれば案外可愛いものだ。

今では小さな子供達でさえ、
「島野様だ!」
と駆け寄ってくる。

因みに子供からの人気者はギルとノンだ。
ギルは相変わらず子供が大好きで、ノンもよく子供と遊んでいるのを見かける。
ギルはたまに獣スタイルになって、子供達を乗せて空を飛んでいる。
ちょっと冷や冷やするが、たぶん大丈夫だろう。
それを真似てか、ノンも獣スタイルになって子供達を乗せて、走り周っていた。
埃が舞ってちょっと迷惑だが、まあいいだろう。

俺は建設現場をギルに任せて、今では船の建設に勤しんでいることが多い。
船の建設となると、クルーザーはお手の物だが、木製の船となると案外うまくいかない。
それでも思考錯誤しながら、コルボスと船の建設を行っており。
先日やっと最初の船が完成した。

そして魔物は泳げるか問題についてだが、ほぼ全員が難なく泳ぐことができた。
一部を除いては・・・
なぜかゴブオクンは泳げなかった。
なんでこいつだけ?
理由は分からん、もしかして悪魔の実でも食べてしまったのだろうか?
おっと、止めておこう。

そして潜水式を済ませ、今は漁に出ている。
俺は一通りの漁の方法をコボルト達に教えて、船に同行している。
コルボスがマグロを捕獲すると息を撒いている。
マグロは無理だと思うのだが・・・
案外ビギナーズラックというのもあり得るのか?

まずは簡単な地引網から始めた。
流石にマグロは掛からなかったが、大漁となった。
特にアジや平目、海老がよく捕れた。
これまで誰も漁をしてこなかった所為か、素晴らしい漁場となっている。
これは幸先がいい。
今日は旨い海産物が晩飯に並ぶことだろう。
コルボスの興奮が止まらない。

「島野様!やりました!大漁です!」
と大騒ぎしていた。
やれやれだ。

翌日には二艘目の船の建設に取り掛かり、今後は追い込み漁を行えるように指導していくつもりだ。
そうなればマグロも夢ではない。
コルボス船長は鼻が高くなっていた。
昨日は外の首領陣達に褒められていたからな。
今後も頑張って欲しい。



そして遂に魔物同盟国の象徴とも言える建設物が完成した。
その名も『魔物同盟国記念館』だ。
ネーミングはさておき、この建物の意味は実に奥深い。
今後のことを考えて、様々な部屋が取り揃えてある。

まずは来賓室。
これは今後魔物以外の者達が訪れることを想定しての部屋だ。
国を謳うのなら、来賓を迎え入れる部屋は必須だ。
最低限のおもてなしを行うことを目的としている。

そして会食場だ。
ここも用途としては国賓を迎え入れる為の部屋となる。
とは言っても、それ以外の用途として、宴会場も兼ねているのだが・・・
こいつらは本当に飲み食いが好きだからな。

更に会議室や、ゲストの寝所等。
備品保管庫や今後の事を考えて図書館なども造った。
そしてメインとなる事務所も兼ねている。
事務所に関してはゴンが口を挟んできた。
ゴンは事務のスペシャリストだから文句はあるまい。
ゴンの意見をふんだんに付け加えた。

そして料理についてだが、圧倒的に足りない要素があった。
それは牛と鶏であった。
要は牛乳と、卵である。
何度かエルからどうにかならないかと言われてはいた。

しかし、プルゴブやソバルに聞いても牛や鶏に関しては、魔獣化したジャイアントチキンとジャイアントブルしか知らないということだった。
そこで俺は興味本位であることを試すことにした。

魔獣化したジャイアントチキンとジャイアントブルを、通常化したら飼育できるのだろうか?ということだった。
俺は連日ノンの狩りに同行した。
何とかしてジャイアントチキンとジャイアントブルを捕獲したかったのだ。
でも連日ハズレを引いてしまった。

ほとんどが魔獣化したジャイアントピッグとジャイアントラットばかりだった。
こいつらを通常化させても意味はない。
飼育出来たとしても、そもそも潰すことが俺には出来ない。
魔物達ならできるだろうか?
メッサーラの魔獣の森に行くことも考えてはみたが、止めておいた。

そこで意を決して、オーガでも踏み込まないという、大森林の最新部に俺とノンは向かうことにした。
俺とノンの二人なら間違っても殺られることはないだろう。
島野一家の最高戦力の二人だからね。

俺はノンと鼻歌混じりに最深部へと向かっていった。
途中何度もノンに甘えられた。
何度も頭を撫でてやった。
久しぶりのモフモフが気持ちいい。
相変わらず誰もいない処ではノンは甘えん坊さんだ。
そして俺達は不思議な出会いを果たすことになった。



これは・・・蜘蛛かな?
俺よりも大きな蜘蛛が俺達と対峙していた。
まかさ蜘蛛に見下されることになろうとは・・・

なんとなくだが、意思の疎通が可能の様な気がした。
相手からも殺気や敵対心をまったく感じない。
そこで俺は一先ず話し掛けることにした。

「やあ、蜘蛛君、いや蜘蛛さんかな?俺は島野だ、俺の言葉が分かるかな?」

「僕はノンだよー」
そう尋ねると、蜘蛛は前足を挙げた。
おお?分かるみたいだ。

「喋れるか?」
挙がった手が左右に振れた。
出来ないなと。
どうしようか?
とりあえず確認だけはしておこう。

「一応尋ねたいことがある、いいかな?」
下がった前足が再び挙がった。

「敵意はあるのか?」
前足が左右に振られた。
敵意はないと。

「ここに住んでいるのか?」
また前足が挙がった。
住んでるなと。

「俺達はジャイアントブルとジャイアントチキンを探しているのだが、この付近の森には生息しているか?」
前足が少し挙がった。
これは・・・どちらかは居るということなんだろう。

「ジャイアントブルが居るのか?」
前足が左右に振られた。

「じゃあジャイアントチキンが居るのか?」
前足が挙がった。

「そうかありがとう、魔獣化したジャイアントチキンを捕獲したいのだがいいかな?」
前足が挙がった。
意思の疎通がイエスとノーだけでは煩わしな。
どうにかならないかな?
そうだ。

「なあ、もし俺の加護を与えたらお前は喋ることが出来るようになるのか?」
顔の前で前足を左右に振っていた。
これは分からないということだろう。

「そうか・・・どうしようか?俺の加護を欲しいか?」
ここまで知力があるなら加護を与えても、無害だろう。
前足がこれまで以上に上に挙がっていた。
相当欲しいのね。
では、差し上げましょう。
安易すぎるかな?
まあいいか。

「そうだな、お前の名前はクモマルだ」
そう言うと、俺から神気がクモマルに流れ出した。
あれ?
何時もよりも結構な量が流れた様な・・・
するとクモマルが神気に包まれて、急激に変化した。
下半身は蜘蛛だが、上半身が人の様な姿になっている。

よかった、男性だった。
おっぱいが無い。
性別を考えずに名付けてしまったからな。
今になってやってしまったのかと思ってしまった。
にしても、なんだこれは?・・・
ちょとした怪物だな。

「島野様、ありがとうございます。私はアラクネに進化しました」
おお!流暢に話しているぞ!
よしよし!

「そうか、よかったな」

「こんな名誉なことはありません、今後あなた様にお仕えさせて頂きます!」

「いや、それはいい。足りている」
俺は即答した。
クモマルはこれでもかというぐらい、落ち込んでいた。
これが漫画ならガーン!!!という吹き出しがついているだろう。
それにしても、いろいろと聞かなければならないが、まずはこの姿は中途半端過ぎるな。
人化魔法を覚えさせようかな?

「クモマル、人化は出来るか?」

「人化でございますか?これ以上は出来ません」

「じゃあ、ノン教えてやってくれないか」

「いいよー」
とノンは言うと人化した。

「なんと・・・ノン様・・・これはいったい?」

「人化の魔法だよ、やってごらん、人になることをイメージするんだよ」

「イメージでございますか?」

「うん、そうだよ」
ここからノンの人化魔法講座がおよそ一時間行われた。
案外ノンも魔法を教えるのが上手なのかもしれない。
クモマルが人化に成功していた。
マッパだけど・・・

そして意外な真実を知ってしまった。
クモマルは男性でも女性でもなかった。
シンボルが無かったのだ。
蜘蛛ってそんな生態だったか?
異世界だからか?
まあいいや。

それにしても結構なイケメンだ。
ノンに教わった所為か、銀髪だった。
クモマルは自分の腕から蜘蛛の糸を撒きだして、服を作製しだした。
俺の着ている服装を参考に作っていた。
おお!これは凄い。
あっと言う間にクモマルが衣服を纏っていた。

「クモマル、凄いじゃないか!」

「お褒めに預かり恐悦至極に存じます」
まんとまあ、難しい言葉を使えるようになったことだ。
そうではないか。
もともと知性はあったみたいだから、ただ単に声帯が無かっただけかな?

「クモマル、お前はここでずっと暮らしているのか?」

「そうでございます」

「魔物の国に加わる気はあるか?」

「私の様な者がよろしいので?」

「紹介してやるよ」

「そんな・・・嬉しいです・・・・」
クモマルは泣きだしてしまった。
落ち着いたクモマルに話を聞いたところ、この森の最深部で、ほとんど一人でこれまで暮らしていたらしく。
たまに訪れるオーガやオーク達も、交流を持つことなく、クモマルを見ると、逃げ帰っててしまっていたらしい。
自分の家族だけで暮らしていて、寂しかったみたいだ。
その家族も全員巣立ってしまったらしい。

「クモマル、どうする?家族を集めてから魔物の国に行くか、それともお前ひとりでいくか。どうしたい?」

「そうですね・・・今ではこの姿を得ましたので、いつでも魔物の国に訪れることは可能かと愚考します、その為まずは家族を纏めてから訪れさせて貰おうかと思います」

「そうか、因みにその家族達の居所は分かるのか?」

「大まかには存じております」

「そうか、協力してやろうか?」

「よろしいのですか?」

「ああ、魔獣化したジャアントチキンとジャアントブルを探す次いでだ」

「ありがとうございます」
クモマルは仰々しくお辞儀をした。
俺は大体の位置をクモマルに教えて貰い。
『探索』を駆使して、狩りの次いでにクモマルの家族を探した。

魔獣化したジャイアントチキンはクモマルの協力のお陰で捕獲は簡単だった。
クモマルの糸はかなり高性能だ。
頑丈な上に解くことは容易ではない。
ゴブリン達では太刀打ちできないだろう。

魔獣化したジャイアントチキンは煩いので、神気を流して、魔獣化を解いておいた。
三匹ほど捕獲した時に運ぶのがめんどくさくなって、俺は一度ジャイアントチキンを持って魔物の国に転移で帰った。

既に指示してあった鶏小屋は出来上がっていた為、ジャイアントチキンを放逐した。
デカい鶏が、エサを啄んでいる。
俺はソバルを呼び出した。

「ソバル、後でゲストを連れてくるから、紹介させてくれ」

「ゲストでございますか?」

「ああ、森の最深部で出会ったんだ。今はアラクネという種族らしい」

「アラクネでございますか?・・・何と・・・」
ソバルは恐れ慄いていた。

「もしかして島野様・・・エンペラースパイダーを手懐けてしまったのでございましょうか?」

「たぶんな、クモマルは良い奴だぞ。今では人化も出来るようになったぞ」
ソバルは首を振っていいた。

「・・・すいません・・・ついていけませぬ・・・」

「まあ、よろしく頼む、じゃあ急いでいるから後でな」
俺はノンとクモマルの元に転移した。
去り際にソバルの困った顔を見てしまった。
何を困っているのだか。



「すまんな、待たせたな」

「ねえ、主お腹減ったよ」

「そうか・・・そうだな、何か取ってこようか?」

「じゃあ犬飯がいい」

「ノン、それ以外は?」

「何でもいいよ」

「そうはいかんだろう、クモマルは食べたい物はあるのか?」

「食べたい物でございますか?」

「そうだ」

「私は何でも食べられますが・・・」

「でも好みとかがあるだろ?」

「好みでございますか?・・・強いていうなら甘い物が好きでございます」

「そうか、ちょっと待ってろよ」
俺はサウナ島のスーパー銭湯の調理場に転移した。
いきなり俺が現れても、こいつらはビクともしない。
もはや慣れっこのようだ。

察しのいいメルルからは、
「何がいるんですか?」
と言われてしまう始末だ。
よくできた従業員です。

俺は適当に見繕って『収納』に食べ物を入れて、ノンとクモマルの元に戻ってきた。

「待たせたな」

「主、はやく出して」
ノンに催促されてしまった。
ノンには味噌汁とご飯、とんかつとエビフライを渡してやった。
クモマルにはアイスクリームとパンケーキとクレープを渡してやった。
これで腹が膨れるのだろうか?

念のため、ミックスサンドを二人前準備している。
俺はミックスサンドを食べることにした。
ノンは相変わらず犬飯にして、ガツガツ食べていた。
問題はクモマルだ。

「あり得ない!」

「これは神の食事だ!」

「甘みの先に草原が見える!」
と大騒ぎしていた。
どんな食レポだよ。
そうとう口に合ったみたいだ。

よかったな、クモマル。
クモマルは感動で打ち震えていた。
大袈裟過ぎないか?



その後、俺は『浮遊』し『念動』でノンとクモマルを連れて、クモマルの家族の捜索をおこなった。
この方法なら直ぐに見つかるだろう。
ちょっと力業が過ぎるかな?
まぁいっか。

クモマルの家族は簡単に見つけることができた。
我ながら天晴だ!

『探索』を行ったところ、青色の標が直ぐに表示された。
大きな光点が四つ。
クモマルの家族で間違いないだろう。
思いの外、離れたところではなかった。

空中での瞬間移動を繰り返して、光点に近づいていく。
ノンはこの移動に慣れているが、クモマルは移動酔いもなかった。
クモマルは驚きこそすれ、直ぐに慣れていた。
案外肝は据わっているみたいだ。

クモマルの家族達は、上空から突如現れた俺達に全員フリーズしていた。
まあそうなるわな。
警戒を解くため、クモマルは今はアラクネの姿をしている。
そうでないと、いきなり襲撃を受けたのだと勘違いされかねない。
俺はこいつ等とはことを構えたくないしね。

こいつらにしてみれば脅威以外の何物でもないだろう。
驚いて当然だろう、いきなり上空から人をとフェンリルとアラクネが降ってくるのだから。

クモマルが家族達に説明をしていた。
どうやら『念話』が使えるみたいだ。
巨大蜘蛛達の反応は様々だった。
仰け反る者。
プルプル震える者。
万歳する者。
肯定的に受け止めているみたいだ。
よかった、よかった。

全員集まったところで俺は加護を与えた。
全員がよろこんでいるのが何となく分かった。
念のため、クモマルに性別を聞いてみたが、やはり無いとのことだった。

クロマル、シロマル、アカマル、アオマルと名付けた。
漏れなくアラクネに進化していた。
因みにこいつらはクモマルの子供らしい。
全員クモマルに従順だ。

ノンとクモマルによる人化魔法の講義が始まった。
どれだけの時間が掛かるか分からない為、俺はその隙に俺はジャイアントブルを探すことにした。
やっとジャイアントブルを二頭捕獲することができた。
結構時間が掛かったな。

二頭とも魔獣化していた。
はやり北半球は魔獣が多いみたいだ。
というよりほとんどが魔獣化している。
いったいどうなっているんだ?
俺は北半球に来てから魔獣化していない獣を見たことがない。
ノンも同じような事を言っていたし。

ジャイアントブルを二頭とも魔物の国に『転移』で運んだ。
いきなり現れた俺に、数名のオークが飛び退いていた。
目ん玉が飛び出ている様は笑えた。
すまん、すまん。

牧場に二頭を放逐してノン達の所に転移した。
放逐されたジャイアントブルは、何が起きたのかは分かっておら、ずキョトンとしていた。
ジャイアントブルのことは魔物達に任せておけばいいだろう。
それにしてもジャイアントブルは闘牛に近い。
牛乳が出るのだろうか?
なんとも分からん。
異世界パワーに期待したい。

ノン達の処に戻ると、皆な人化していた。
おおー。
ここは盛大な拍手だな。
全員中性的な顔出だちをしていた。
美男美女とも言える。
男性とも女性とも見える。
不思議な顔立ちだ。
どうにも中性的な顔立ちは美しく見えるみたいだ。
神秘的とも受け取れる。

「皆な、無事に習得できたみたいだな」

「「「「「は!」」」」」
とアラクネ達が片膝を付いて頭を下げた。
もはや見慣れた光景だ。
そろそろノンがふざけ出しそうだ。
こいつらもか・・・まあいいけど。

「じゃあ行くか?」

「行こう、行こう」
ノンは早く帰りたいみたいだ。

「よろしくお願い致します」
クモマルが嬉しそうだった。



俺達は『転移』で魔物の国に帰ってきた。
アラクネ達を見て魔物達がざわついている。

プルゴブを呼びだして、首領陣を集める様に指示した。
プルゴブはアラクネ達に相当ビビっていた。
何でだろう?
怖いのかな?
見た目かな?
アラクネ達はもはや人と変わらないからな。

ソバルとオクボス、コルボスが恐る恐る、近づいてきた。
全員腰が引けている。

「お前達、何をビビってるんだ?」
クモマルに敵愾心は全くないのだが。

「島野様、そう言われましても・・・」

「だよな・・・」

「ねえー」
と回答になっていない。
クモマル達は良い奴なんだけどな。
直ぐに意思の疎通を行えたしな。
それに始めから友好的なんだけど・・・
まだまだ弱肉強食感が拭えないのかな?

「お前達、紹介しよう。アラクネの一団だ、仲良くしてやってくれ」

「「「「「よろしくお願いします!」」」」」
クモマル達はお辞儀をしていた。
板に付いているな、友好的な態度に変わりは無い。
よしよし。
幸先は順調だ。
プルゴブ達は困った様な、何とも言えない表情をしていた。

「お前達、こっちは名乗っているのだぞ。何をやっている?無礼じゃないか?」
プルゴブがしまったという顔をしてから、勇気を振り絞るかの如く前に出てきた。

「これは失礼致しました、儂はゴブリンの首領をしております、プルゴブと申します。以後お見知りおきを」
プルゴブは頭を下げていた。
続けて他の三人が名乗りを上げた。

「儂はソバルじゃ、よろしく頼む」

「俺はオクボスだ、こちらもよろしく」

「俺はコルボスだ」
やっと我に返ったみたいだ。
でもその表情は硬い。

「なあ、なんでお前達はそんなに表情が堅いんだ?」

「そうは言われましても島野様、エンペラースパーダーでございますよ、ソバルから話は聞いてはおりましたが、彼らは儂らよりも上位種でございます」
プルゴブが答えた。

「だから?」

「だから?ですか?」
プルゴブは分かっていないみたいだ。

「上位種だから何なんだ?別に事を構えようとしている訳でも無い、ましてやお前達を従えようって訳でもないんだぞ?なあ、クモマル」
クモマルがずいっと前に出てきた。

「皆さん、聞いてください。私達アラクネはそもそも争いを好みません。ましてや貴方達を傷つける気も無ければ、従えるつもりもありません。今では島野様のご厚意により、人の姿を得ましたが、これは人化の魔法の結果にすぎません」
そう言うと、クモマルは人化の魔法を解いた。

その姿に一同は、
「なんと・・・」

「その姿は・・・」

「ありえん・・・」

「嘘だろ?」
プルゴブ達は声を挙げた。
信じられないという顔をしていた。

「この姿も、島野様の加護を頂き得たものです。これまでは声帯を持たない身であった為、誤解を招いたのかもしれません」
クモマルは悲しい眼をしていた。
その気持ちは分からなくもない。
もどかしくてしょうが無かったのだろう。
意志の疎通がしたくても出来なかったのだからな。
友好的なこいつらからしたら、尚のことだ。

「ですが、元のエンペラースパイダーの姿の頃から、私達は貴方がたとは友誼を結びたいと考えていたのです」
その発言にプルゴブ達は打ち震えていた。
彼らにとっては創造の斜め上のことだったらしい。
まさか上位種である者が友誼を求めているとは思ってもみなかったようだ。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。クモマル殿といったか、それは本心か?」
オクボスが尋ねていた。

「はい、ですが、たまに私達の縄張りに踏み込んできた、オークやオーガ達は恐れ慄いて立ち去ってしまう始末。そしてやっとこの様にして、皆さんと会話が出来るようになったのです」
嘘だろ?という表情をオクボスとソバルはしていた。
外の二人は呆気に取られている。

「そんな・・・」
プルゴブとコルボスは頭を抱えていた。

「これで分かったか?お前達は良き隣人を、上位種であるとか、その姿だけを理由に、勝手に恐れていたんだ。相手は友好的に思っていたのにだ」

「何ともお恥ずかしい・・・」
ソバルは項垂れていた。

「これは偏見というものだ、今後は眼に見えるものだけで判断するなよ。それに蜘蛛の姿だってよく見て見ろよ。可愛いじゃないか。なあ?」
アラクネ達は照れていた。
其れとは逆にソバル達は笑顔が引き攣っていた。
なんでかな?

「可愛いよねー」
とノンは俺に賛同のご様子。

「どうやら儂らは、持ってはならぬ偏見を抱いていたようじゃ、これは恥じねばならんな、兄弟達よ」

「ああ」

「そうだな」

「全くだ」
クモマルは人化した。

「やっと分かって貰えたようです、これも全て島野様のお陰です」
とアラクネ達が片膝を付いた。
もういいってそれ。
これに倣ってソバル達も片膝をついた。

「ああ、もうそういうのいいから、立ってくれ」

「主、照れてるの?」

「煩い!ノン!」
こいつは余計なこと言うんじゃない!

「やっぱり照れてるんじゃん」

「グヌヌ!」
調子が狂うな。
まあいいか。

「よし、今後について話し合うぞ。後、ノンはゴンとエルとギルにアラクネ達を紹介してきてくれ。クモマルは残れよ」

「分かったー」

「承知しました」
やれやれだな。
ソバル達は未だ反省しているみたいだ。
沈痛な面持ちをしていた。



会議室で今後について話し合いが行われることになった。

「それでクモマル。こいつらと五分の盃を交わすことになるが、いいんだな?」

「嬉しく思います。初めて兄弟を得ます。最高です!」
クモマルは笑顔だ。
本当に嬉しいみたいだ。
ソバル達も喜んでいる。

「あとせっかくだからお前達にいくつか聞きたいことがあるんだがいいか?」

「何なりと」
プルゴブが答えた。

「このモエラの大森林にはあと他には魔物はいるのか?」
オクボスが手を挙げた。
俺はオクボスを促した。

「俺が知る限りでは、リザードマンが北側の森林地帯の沼地にいます」

「リザードマン?」
沼地に住む、トカゲみたいな奴か?

「はい、あいつらも一定以上の知性を持っています。仲間に成れるかと思います」
知性を持っているのならば、声を掛けても良いかもな。
合流を果たすのかは彼ら次第だ。
だが魔物の国を立ち上げると聞いてしまっては、加わらないという選択肢は考えづらいだろうけどな。
同じ魔物だ、親しくしたいだろう。

「そうか、外にはどうだ?」

「蟲族がちらほらといますが、彼らに知性があるのかは少々疑いがあります」
蟲族?
アラクネは蟲族じゃないのか?

「というと?」

「何度か襲われたことがあるのです」
オクボスはバツが悪そうに頭を掻いていた。
襲われたとは穏やかじゃないな。

「襲われた?」

「はい、ですが今考えてみると、何か理由があって襲われたのかもしれないなと、クモマル殿の件で気づかされましたので・・・それにこちらを追い払う様にしていたように思います」
良い傾向だな。
経験からちゃんと学んでいる。
種族間での偏見が無くなっていってくれると俺としても嬉しい。

「そう考える根拠は?」

「はい、根拠とまではならないかもしれませんが、知らずに巣を荒らしてしまっていたり、なにかしらその種族の禁忌に触れていたのかもしれません」
考察はできているようだな。
大いに結構!

「なるほどな・・・」
でも無くはなさそうだな。

「クモマル、どう思う?」
クモマルは眉間に皺を寄せている。
クモマルにしては珍しい顔付きだ。
そんな顔付きでも、美しく見えるのは無性別の所為なのか?

「そうですね・・・会ってみないと何とも・・・」
歯切れの悪い返事だ。

「じゃあ蟲族はクモマルに任せよう、リザードマンはどうする?」

「俺に任せて貰えませんでしょうか?」
オクボスが再び手を挙げた。

「いいのか?」
オクボスは積極的だな。

「はい、オークとリザードマンは交流がありますので」
そういうことね、ならば任せよう。

「分かった、オクボスお前に任せる」

「は!」
オクボスの返事が響き渡った。

「あと、アラクネ達の役割についてだが、お前達で話し合って決めてくれ。だが、アラクネの糸は、今後この街にとって、とても大きな意味を持つ事になると俺は考えているんだ」
ソバルが手を挙げた。

「島野様、それはどういうことでしょうか?」
活発な質問が飛び交っている。

「アラクネの糸は強靭な上に柔軟性がある、素材としては一級品だ。これは衣服だけでは無く、外にも使える用途が多岐に渡るだろう」
ソバルは頷いている。

「なるほど、今後の魔物同盟国としての特産品になるということですな」

「ソバル、理解が早いな」

「お褒め頂き光栄です」
ソバルは恐縮していた。

「じゃあ後は任せる」

「「「「「は!」」」」」
後は当事者に任せて立ち去ることにした。
有意義な会議を期待したい。



俺はノン達の処にやってきた。
ノン達はアラクネ達と交流をしていた。
話に花が咲いているみたいだ。

「あ、島野様」
俺を見つけるとアラクネ達がお辞儀をした。

「お前達、紹介は済んだのか?」

「はい」
シロマルが答える。

「これからこの街の施設を案内しようかと思います」
ゴンが得意げにしている。

「ゴンに任せるよ」

「パパ、僕も付いていっていい?」

「好きにしろ」
アラクネ達はゴンとギルに任せることにした。



俺は前もって貰っておいた、クモマルの糸を持参してゴブコの所へ向かった。
裁縫場では魔物達が熱心に作業を行っていた。
ゴブコを探すと、ゴブコは一心腐乱にミシンと向き合っていた。
この集中力はまるで一蘭だな。
麺とスープに真正面から向き合っている。
声を掛けるのが憚られる。

「ゴブコ、ちょっといいか?」
声に反応してゴブコが俺を見上げる。

「島野様、どうかなさいましたか?」

「この糸なんだがな」
俺はゴブコにクモマルの糸を手渡した。

「これは・・・」
と言いながらゴブコは入念に糸を触っていた。
余念無く糸を確認している。

「素晴らし糸ですね、強靭な上に、柔軟性がある。これは素材として一級品です。是非これを私達に使わせてください」
元よりそのつもりだよ。

「ああ、好きにしてくれ」
やっぱりこいつは天才だ。
一瞬でアラクネの糸の潜在能力を見抜いたな。
ゴブコのことだ、これで最高の衣服が出来ることだろう。
もはやカベルさんでもゴブコには敵わないかもしれない。
それぐらいこいつの技術は抜きに出ている。



俺はクモスケの糸を持って、ゴブスケの工房にやってきた。
ゴブスケは鍛冶作業に没頭していた。
弟子の者達も一生懸命鍛冶仕事を行っている。
弟子の一人が俺に気づいた。

「島野様、お疲れ様です」

「お疲れさん。俺を気にせず仕事に戻ってくれ」

「は!」
俺に気づいたゴブスケが駆け寄ってきた。

「島野様、如何なさいましたか?」

「ゴブスケ、お疲れさん、ちょっとお前に見せたい物があってな」

「お疲れ様です、見せたい物とは何でしょうか?」

「ああ、これだ」
俺はクモマルの糸を手渡した。

「これは・・・糸ですか?」

「そうだ、アラクネの糸だ」

「アラクネの糸ですか?信じられない!」
ゴブスケが興奮していた。

「アラクネといえば、エンペラースパイダーの上位種、その糸なんて・・・考えられない!そんな高級品、僕に扱えと?」
ゴブスケは糸を入念にチェックしている。

「ああそうだ、お前ならこれをどう扱うか気になってな」

「そんな・・・嬉しいです!必ず最高の品物に仕上げてみせます!」

「期待してるぞ、ゴブスケ」

「は!」
ゴブスケは跪いていた。
それに倣って弟子達も片膝を付く。
各自の作業が一旦中止され、ゴブスケを中心にアラクネの糸で何が出来るのかを話し合うセッションが始まった。
俺はこっそりとその場を離れた。
後は任せるぞ、ゴブスケ。
頑張ってくれ。
お前ならやれる。



その後出来上がった品物は、漁の網、狩りに使う網だった。
どちらも好評だった。
特に漁に使う網は破れない上に引き上げやすいと、コボルトの漁師達から大絶賛だった。
これで連日大漁だとコボルト達は騒いでいた。
現にその後大漁の日が続いた。

伊勢海老と蟹が捕れた時は大興奮していた。
蟹は結構デカかった。
俺の身体の倍ぐらいのデカさがあった。
流石は異世界、何でもありだな。
でもこれが旨かった。
プリプリの身が締まっており、ポン酢とよく合った。
腕一本で十人は満足できるだけの量になっていた。
これは海獣じゃないのだろうか?
多分そうだよな?
まあいいか。



その後アラクネの糸は建設部材や、家具などにも転用された。
特に寝具に関しては、南半球の物よりも質がよかった。
やはり思った通り、アラクネの糸の使用用途は多岐に渡る。

アラクネ達は魔物の国での重要度がぐっと挙がった。
これにクモスケ達は大喜びしていた。
魔物の皆の役に立っていると誇らしくしていた。
良いじゃないか。
支え合ってより発展していってくれ。

アラクネは特に甘い物に目が無く、果物を特に好んで食べていた。
リンゴやバナナが大好物で、以前にクモマルが食べたクレープは奇跡の食事としてアラクネの中で語り継がれていた。
卵が手に入る様になったら作ってやるからな。
まだジャイアントチキンが卵を産んだという報告は受けていない。
まぁ気長にやっていこう。
クモスケ達が魔物の街に合流を果たしてから一ヶ月が経とうとしていた。
アラクネ達は魔物の国に完全に馴染んでいた。
もはやこの国に無くてはならない存在になったと言っても過言ではない。
アラクネ達は人気者になった。

それはそうだろう、こいつらの糸は最高級品となっており、その使用用途も多岐に渡っており、無くてはならない物になっていたからだ。
その恩恵を享受している住民がほとんどだ。
これまでに無い柔軟性と丈夫さを兼ね備えた衣服は画期的といえた。
驚くことに撥水機能まであった。
それに通気性も良く、触った感触もサラサラして気持ち良い。

ユニ●ロみたいだ。
その内ウルトラライトダウンとか出来たりして・・・
南半球でもここまでの素材は見たことがない。
注目すべき素材だ。
正直南半球に持ち込みたいぐらいだ。
今のとこその気はないけど・・・

今では、ほとんどの魔物達の家が完成し、自分の家を持ち、自分の部屋を得た者達がほとんどだ。
魔物達はこれに感謝し、これまでにはあり得ないことだと騒いでいた。
まさか個人の部屋を持てるなんて考えてもみなかったみたいだ。

個人のプライベートの時間を持てることは究極の娯楽のようだった。
気持ちは分からなくも無い。
一人の時間は大切だからね。
一人で変なことはしないようにね。

大工班達は、今は町中を歩き易い様にと、石畳を敷いている。
排水溝や側溝なども建設している。
石の加工に余念がない。
これが地味に手間暇の掛かる作業だった。

完成には数ヶ月は掛かることだろう。
石の加工には手間がかかる。
俺の能力でコンクリートを造れば簡単なことなのだが、俺はそうしなかった。
自分達で街を造って欲しい。
もうある程度の技術は教えた。

ここからはこいつらの作業だ。
でも石畳や側溝があると無いとでは雲泥の差がある。
見栄えは勿論のこと、実用性でも格段に違いがある。
排水は街にとっては重要なファクターだ。
清潔感を得るには欠かせない。

それに魔物の国では雨が降ることが多い。
これはなんとしても完成させなければならない。
オクボスとゴブロウが鼻息荒く指揮を執っていた。
こいつらに任せておけば問題ないだろう。



魔物同盟国の文明化は進んでいる。
今では街の至る所に屋台があり、魔物達は好きに食べ物を食べることが出来ることになっている。

その内容は様々だ。
たこ焼き、焼きそば、カレー、おにぎり、サンドイッチ、ピザ等々。
好きに選ぶことができる。

そして一番人気はラーメンだ。
ジャイアントピッグがよく捕れることから、豚骨ラーメンをよく作ることになっていた。その所為か豚骨ラーメンが際立って注目を浴びている。

これまでの海の家の様な食堂は、定食屋へと変化していた。
俺はハイルーティーンでこの定食屋を使っている。
もはやこの魔物の国も飽食の国となっていた。
そして今はスイーツの店が望まれている。
だが、現状は上手くはいっていない。

実は捕獲したジャイアントチキンはその後繁殖を繰り返し、卵の確保ができることになったのだが、ジャイアントブルはまだ牛乳を取れるにまで至っていないのだった。
ジャイアントチキンの卵は大きい、鶏の卵の十倍ぐらいだ。
実に助かっている。

クモスケが愛して止まないクレープやアイスクリームは、牛乳を必要としている為、まだ生産出来ていない。
でも大福や饅頭は出来ており、アラクネ達は毎食後に大福か饅頭を食べていた。
アラクネ達は甘味が本当に好きなようだ。
その他にも作れるスイーツは多々あるが、正直そこまで手が周っていない。
小豆や餅米は畑で採れているからね。

衣服もゴブコ用に服屋を造り、普段着や作業着なども必要に応じて配布されるようになっている。
そして靴もスニーカーが好まれている。
はやりゴム素材のソールは好まれるみたいだ。
グリップが効くと好評だ。
魔物達の足の形は随分と違う為、作製には苦労した。
足型を造るのにも試行錯誤した。

ゴブスケが鍛冶作業で造った家具や武器、食器などもお店を造って配布するようになっている。
実は店や屋台を造ったのは今後のことを考えてのことだ。
決して趣味で造った訳ではない。

国として認めて貰う為には、この国に訪れる人達にとって魅力的な街を造る必要がある。
まだ誰もこの街に訪れる者はいないが、いつ誰が来てもいいように準備は進めておく必要がある。

そのことは魔物達全員が理解しており、今後を見据えての街造りであることは分かっている。
魔物達にとっても重要な要素だった。

まだ交流は持ててはいないが、リザードマンと蟲族達が合流すれば、新たな家屋の建設も行わなければならない。
リザードマンに関してはオクボスに任せており、蟲族に関してはクモマルに任せている。

これまで受けている報告としては、リザードマンに関しては、合流したいとの話だが、最終的な回答は時間が欲しいということだった。
何を迷うことがあるのだろうか?

そして蟲族に関しては難航しているみたいだった。
というのも、意思の疎通が出来たのは今のところジャイアントキラービーのみであり、その他の蟲族はいまいち意思の疎通に困難があるとのことだった。
正直判断に悩むところだ。

そして今、魔物同盟国の会議を行っている。
各首領陣達が意見を活発に戦わせている。
そして俺に質問が飛び込んできた。

「島野様、ジャイアントキラービーに関しては、どうお考えでしょうか?」
クモマルからの質問だ。
アドバイザーも楽ではない。

「そうだな、まずはジャイアントキラービーの女王に加護を与えてみようと思う、でもその他のジャイアントキラービーはいったい何体いるんだ?」
それなりにいそうだからね。

「恐らく三百ぐらいかと・・・」

「そんなにか?」
流石に多いな、他の種族とのバランスを考えるとどうなんだろうか?
最も数の多い種族になるな。
ジャイアントキラービーが飛び交う街になりそうだ。

「はい・・・ただこれは私の考察になりますが、ジャイアントキラービーは女王が統率している種族です、女王に加護を与えるだけで充分かと存じます」
ということはだ、

「それは女王に加護を与えるだけで、種族全体にその効果が及ぶということか?」

「私はそう考えております」
その眼を見る限り、クモマルには確信があるみたいだ。

「そうか、それでそもそも合流の意思はあるのか?」

「はい、魔物の国に加わりたいと言質を取っております」
言質って・・・硬くないか?

「因みにジャイアントキラービーって何を食うんだ?」

「小さな虫や花蜜や樹液などかと思われます」
それならば、畑の害虫駆除など任せれそうだな。
ありがたい事だ。
労働力として期待できそうだ。

「そうか、じゃあそれ用に樹木や花等を準備しておいたほうがいいな」

「そうして頂けますと助かります」
クモマルは頭を下げていた。

「それで他の蟲族はその後どうなんだ?」

「私では判断が付かないのが正直なところです。一度島野様に見て貰った方が良いかもしれません」
見て貰うって・・・俺にそんなこと分かるのか?

「そうなのか?」

「申し訳ございませんが・・・」
クモマルは下を向いていた。

「まあそうするしかなさそうだな」

「よろしくお願いします」
クモマルは申し訳なさそうに頭を下げていた。
まあ、なる様になるか。

「一先ず今度ジャイアントキラービーの女王を連れてきてくれ」

「承知いたしました」

「では次にリザードマンですが、正式に魔物同盟国に合流したいと打診がありました」
やっとか。
寄らば大樹のなんたらかだな。
魔物が魔物の国を造ると言われてしまえば、その恩恵に預かりたいに決まっている。
友好的に合流が果たせる今を逃す訳にはいかないだろう。
それぐらいの知性はあるだろう。

「こちらもまずはリザードマンの首領を連れて来てくれ」

「了解しました」
オクボスは頷いていた。

「そうなると、家屋の建設が急務になるな、リザードマン達もロッジでいいのか?」

「実はそこがちょっと問題でして・・・」
オクボスが困った顔をしていた。

「どうしたオクボス?遠慮なく言ってくれ」

「島野様・・・リザードマンは湿気のある場所を好みます、ロッジではもしかしたら乾燥して不憫かもしれません」
なるほどな。

「湿気か・・・何とでもなるだろう」

「ほんとですか?」
要は塩サウナの要領で造ればどうとでもなる。

「じゃあこれは前捌きだ、まず粘土と大量の貝殻を集めさせてくれ」

「粘土と貝殻ございますか?」
オクボスにはその意味が分からないみたいだ。
そりゃあそうだろう。
タイルを知らないからな。

「そうだ、タイルを造る必要があるからな、詳しくはゴブスケに造り方を教えておくからそこから学んで欲しい」

「は!準備致します」
ソバルが答えた。

「あと、一段落着いたら、俺はこの街に娯楽を持ち込もうと考えている」
一気に場が明るくなった。
パッと花が咲いたみたいだ。

「娯楽ですか?」

「なんと!」

「本当ですか?」

「やった!」
皆な、嬉しいようだ。
全員喜々としている。

「ああ、娯楽はいいぞー!人生を華やかにするからな」

「おお!」

「華やか!」

「嬉しいですな」
期待値が更に挙がったな。

「今は娯楽といっても食事と酒と風呂しかないからな、これだけでは面白くはないだろう?もっと人生を謳歌しないと駄目だろ?」
全員が沸き立ちだした。

「素晴らしいです!娯楽、最高です!」

「ワクワクしますな」

「きっと楽しいのでしょう」
今にも踊り出しそうだ。

「何も働いてばかりが人生じゃないだろ?楽しんでこその人生だ!」

「「「「「おお!」」」」」
これ以上言うと大騒ぎになりそうだ。
これぐらいにしておこう。

「まあ落ち着け、良いから先を進めろ」
その後、会議は白熱し、熱を帯びたものになっていた。
もしかして娯楽発言に当てられたか?
現金な奴らだ。



後日、クモマルがジャイアントキラービーの女王を伴って俺の元に現れた。
確かにジャイアントだ。
蜂にしては相当にデカい。
俺の膝ぐらいまである身長をしていた。

ダンジョンで見た蜂とはちょっと違った。
女王は俺を見ると、地に伏せていた。
何とも健気である。
よく見ると、蜂とはいっても可愛げがある。
いいじゃないか、もしかして俺は蟲族に寛容なのだろうか?
蜘蛛達も可愛いと感じてしまったからな。

「まずは加護を与えようと思うがどうだ?」
俺の問いに女王は眼を輝かせていた。
眼がキラキラとしている。

「そうだな・・・お前はマーヤだ」
始めはハッチと名付けようかと思ったが、女王にそれはないだろうと、マーヤにした。
名前の由来は年相応の人には分かるだろう。

マーヤは神気を纏い進化した。
シャープな装いになり、羽が大きくなっていた。
だが、残念ながら声帯を得ることは出来なかった。

クモマルは何とか必死に人化魔法を教えようとしていた。
でもなかなか上手くいかないみたいだ。
途中から見てられなくなり、ゴンを呼び出した。
ここは先生に期待しよう。

「ゴン、人化魔法を教えてやってくれ」

「はい、楽勝です主。お任せください!」
その言葉の通りゴンの指導の元、あっさりとマーヤは人化魔法を取得していた。
どうやら段階的に教えると上手くいくみたいだ。
それをみてクモマルは驚いていた。

速攻で人化魔法を教えたゴンは鼻が高くなっていた。
ピノキオか?
というぐらい高くなっている。

「ゴン様、流石です」
クモマルにもゴンの魔法教え方が参考になったみたいだ。
クモマルは羨望の眼差しでゴンを見ていた。
ここでも師弟関係が出来上がっていたみたいだ。

マーヤのその姿は華麗な少女だった。
マッパだけど・・・

「クモマル、速攻で服を作れ!」
俺はクモマルに慌てて指示をだした。

「は!」
だって、これはよくないだろう。
マッパの少女が俺に土下座をしている。
これが日本なら俺は速攻で警察のお世話になっていることだろう。
今頃留置場だ。
見方によっては鬼畜だ。
人の所業では無い。
俺は狼狽えるしか無かった。

「島野様、私しマーヤ、感謝の言葉もありません。何なりとお申し付けくださいませ!」
さらに鬼畜度が増してしまった。
変態が過ぎるぞ。
俺は後ろを向くことにした。
勘弁してくれよ。
クモマル!早く服を造れっての!



そしてクモマルの予想通り、ジャイアントキラービー全体に俺の加護の効果は及んでいた。
後日観たことのない子供達を街の至るところで見かけることになった。
人でいうなら五歳児ぐらいだろうか、子供達がせっせと畑作業を行い。
害虫を貪り食っていた。
それもボリボリと・・・
ちょっとしたホラーだ。
たまに俺が新たに植えた樹木や花の蜜を啜る子供を見かける。
これも常識の斜め上をいっていた。
でも不思議なもので、ものの数日でこの光景に俺は慣れてしまった。
俺も何処か壊れてきてしまっているのだろうか?
この子供達は思いの外雑食で、何でも食べていた。

そしてマーヤからの申し入れで蜂小屋を造ることになった。
要は養蜂作業を行おうということだ。
これで蜂蜜が手に入る。
ありがたい事だ。
甘味が大好きなアラクネ達が大喜びする様が浮かびそうだ。
ジャイアントキラービー達はせっせと蜜を運んでいた。
にしてもデカい養蜂場だ。
どれだけの蜂蜜が捕れるんだろうか?
期待大だな。



そして俺はクモマルと共に蟲族達のところに訪れた。
デカいカマキリやクワガタ、カブトムシがいた。
結論としては俺には何とも分からなかった。

意志の疎通はいまいち出来なかった。
だからといって敵意を感じなかったし、脅威にも感じなかった。
その為、俺は保留にすることにした。
今は何とも言えない。
というより判断が出来ないのが本音だ。

クモマルとはとりあえず放置しておこうということになった。
本当に意思の相通が出来るのであれば、先方から何かしらのアクションが今後あるだろう。
無理に仲間を増やす必要もないだろうしな。



後日、オクボスがリザードマンの首領を連れて現れた。
リザードマンの首領は俺を見つけると、近づくなり膝を付いた。

「シマノサマ、オセワナリマス」
片言で話し掛けられた。

「おう、お前がリザードマンの首領だな。魔物国の合流嬉しく思うぞ。この国の力になってくれ」

「アリガタキ」
リザードマンが頭を垂れている。

「お前は・・・男性か?」
男女の違いがまったく分からん。
そもそも性別があるのか?

「ハ!」

「だったら・・・お前はリザオだ!」
安易な名づけで悪いな。
俺から神気がリザオに移る。
リザオが神気に包まれた。

「拝命致します!」
リザオは少し筋肉質になり、眼に知性を宿した。
何とも立派な兵士に見える。

「これで我らも魔物国の仲間入りです」

「リザオ、励めよ」

「は!」
リザオはやる気に満ちた表情をしていた。
その後リザードマンの名づけを行うことになった。
その数約百五十名。
後半は適当になってしまった。

こちらの身にもなって欲しい。
俺の名づけのボキャブラリーは、あって無いものなんだからさ。
そしてリザードマン達の家にはロッジの内壁、天井、床にタイルを張り、水を汲んだ瓶が置かれることになった。
これで一定の湿度は保てるだろう。
この家屋にリザードマン達は歓喜していた。

「家屋に湿気があるぞ!」

「なんて快適なんだ!」

「夢のマイホーム!」
喜んでくれて何よりだ。
じめっとした布団は・・・まあ好みだな・・・
俺はご勘弁願う。

リザードマン達は主に川での漁と海での漁を手伝い、田んぼをメインで管理することになった。
やはりリザードマンは水辺の作業を好んでいた。
そしてリザードマンから意外な上納品を頂くことになった。

それは鱗である。
時期が来ると生え変わるらしい。
とても堅い材質だった。
これは上質な武器や防具になりそうだ。
ゴンガスの親父さんに渡せば、喜ばれることは間違いないだろう。
だが、ここはまずはゴブスケに渡すべきだろう。

ゴブスケはリザードマンの鱗に大興奮していた。
そして、ゴブスケにとっては最高の素材だったみたいだ。
ゴブスケは連日工房に籠り、リザードマンの鱗を武器や防具、そして建築部材に加工していた。
確かにここまで堅ければ、建築部材にはもってこいだ。
ゴブスケの奴、ここに気づくとは腕を上げたな。

更にゴブスケはリザードマンの鱗を加工し、食器を造った。
これは素晴らしい。
落としても割れない上に、思いの外軽い。
これは南半球にも持ち込みたい一品だ。
これまで南半球との交流は、俺が食材と酒を適当に南半球から持ち込んだだけである。

どうしたものか・・・真剣に悩まされる。
リザードマンの鱗と、アラクネの糸は南半球に持ち込みたい。
重宝されることは間違いない。
でも・・・今はまだ躊躇してしまう。
南半球との交流はまだ早い気がする。
今度神様ズと相談してみようかな?
でもな・・・



そして遂にマーヤのハチミツがお披露目となった。
マーヤは俺にまずは食して欲しいと、貢物の様に蜂蜜を持参してきた。

「島野様、我らの自慢の蜂蜜です、お納めください」
とマーヤは跪きながら俺に蜂蜜を献上してきた。
見た目だけでも充分に分かる。
これは最高級のハチミツだ。
レイモンド様には悪いが、こちらの方が高級品に感じる。
純度が段違いに高い。

俺はまずは試食してみることにした。

「こ、これは・・・いいぞ!」
ギルとエルも試食したがったので渡してやった。

「う・・・旨い!」

「これは・・・美味しい」
ギルとエルのお墨付きだ。
最高級品には違いない。
これは何といったらいいのだろうか・・・プロポリスが豊富だ!
これは健康食品に近い。
ハチミツというよりもプロポリスの塊に近い。

薬になると考えられた。
試しに風邪をひいたゴブオクンに飲ませてみたところ、半日後には完全回復していた。

「治っただべ!」
とゴブオクンも興奮していた。
でもこれは南半球には持ち込めない。
レイモンド様に申し訳が立たない。
デカいプーさんが落ち込む処は見たくない。
残念だが、北半球限定にしよう。
うん、そうしよう。
やれやれだな。
モエラの大森林から北東に進んだところに、商業都市『ルイベント』があり、その人口数はおよそ四万人とされている。
距離としては、大人の足で二日程度の距離だ。
北半球随一の商業の国として栄華を極めていた。

この都市に訪れる者達は後を絶たず、その目的は多岐に渡る。
だがそのほとんどがその名の通り、商業に関するものだ。
『ルイベント』では手に入らない物は無いと言われているほど、物と活気に溢れている都市だ。
様々な人種が交流を図っており、人間、エルフ、ドワーフ、獣人等、人族が大半だ。

だがここには魔物は居ない。
この国に関わらず北半球では魔物は知性の低い種族であると忌み嫌われていた。
魔物を魔獣と変わらないと軽視する者もいる。
討伐対象とすべきとの意見もぐらいだ。

魔物が跋扈するモエラの大森林に隣接しているのは『ルイベント』王国だ。
『ルイベント』王国では魔物の取り扱いに関して、意見が分かれている。
一定の知性があるのだから交流をはかるべきだという意見と、魔獣と変わらない劣等種であり、そんな者達とは距離を置くべきだという意見だ。
今の所、意見は平行線を辿っている。
どちらかに偏ることはまずない。

『ルイベント』は王政を布いている国だ。
要は国王が支配する国ということだ。
その国王『スターシップ』は秀逸と謳われる存在で『ルイベント』は盤石な国家運営をおこなっている。
それも百年近くに渡って。

王政の国にしては滅多にない出来事と言える。
王政は国王の人間性や手腕、能力に応じて大きく国が左右される。
有能な国王であれば安泰の時世を送れるが、そうでなければ・・・
従って『ルイベント』は異例の国だと伺い知ることができる。
それだけ歴代の国王は優秀であったのだろう。
もしくはそれを支える誰かがいたのかもしれない。

また『ルイベント』は永世中立国としても知られている国だった。
先の大戦でも、中立を貫き通した。
当時の国王は現国王の曾祖夫である。
現国王に並び英雄と謳われた逸材だ。
傾きかけた『ルイベント』国を一代にして復興させた轟然たる人物である。

だがその活躍の裏には、実はある一人の神が存在していたことをあまり知られてはいない。
その神は表に出ることを嫌った。
それもその通りである、彼は商売の神であった。
商売は出し引きが肝要である。
自ら表に出ればいいとは限らないのだ。
彼はそれを熟知していた。
随分と頭のきれる神である。

その神の名は『ダイコク』商売の神である。
『ダイコク』は元々貧民街に生まれた人間だ。
それ以外の出自は分かっていない。
貧民であった彼は、ゴミ拾いから商売を始めた。
人間関係を構築し、コツコツと信頼を勝ち取り、商会を造り上げ、国全土に渡る影響力を手に入れ、財を築き上げた。
様々な逸話を持つ神様だ。

彼を慕う者達は多い。
今では『ルイベント』に現存する一柱である。
この国で商売を行う上では、彼の存在は外せない。
というより、彼に認められない限り、商売は行えないということだ。

『ルイベント』では『ダイコク』は絶大なる権力を持っていた。
それは国王『スターシップ』を凌ぐかもしれない程に。
『ルイベント』は王政の国であることに変わりは無いが、そう言った側面を持った国なのだった。

そして『ルイベント』では今、ある噂が囁かれている。

「モエラの大森林の様子がおかしい」

「モエラの大森林の魔物達に異変が起こっている」

「魔物の大侵攻があるかもしれない」

「スタンピートが起こるぞ!」
その噂は様々で、いろいろな憶測も飛び交っている。
今の『ルイベント』ではモエラの大森林の噂を耳にしない日は無い。
それ程にモエラの大森林は注目を浴びていた。
だがモエラの大森林に足を踏み込もうとする者は、今のところ現れてはいない。
誰もが他人事と高を括っていた。

それにモエラの大森林は、素人が足を踏み入れてはいけない危険な森というのが定説だ。
実際、魔獣の肥やしになってしまった者達も後を絶たない。
皆が皆、誰かがどうにかするだろうと、自分事とは考えていなかった。
その甘い認識が、この先訪れる好機を逃すことになるとは誰も知る由もなかった。



王城の一室。
この部屋は厳重な警備が行われており、極一部の人間しか立ち入ることが許されていない。
その扉が不意に開かれた。

「よー、ぼん!入るでー」
遠慮も無く一人の男が厳重な警備を素通りし、部屋に立ち入ってきた。
黒いローブを纏い、杖を突いている。
杖を突いてはいるが、背は曲がっておらず背筋はピンとしている。
眼にはひょうきんさが漂っている。
誰からも好かれる、そんな印象を持つ顔立ちをしていた。

「いい加減そのぼんっての、止めて貰えませんかね?これでも一国の王ですよ」
ため息をついて言い放ったのは『ルイベント』国の現国王『スターシップ』その人である。

「せやった、せやった、しかしな、こんな小さい頃からじぶんを知っとんねん。なかなか治らんわ」
男は床に向かってに手をやった。
小さな子供の頃からということだろう。

「それでダイコク様。どうされましたか?」
ダイコクと呼ばれた男が、当たり前の様にソファーに腰かける。
遠慮は無い関係のようだ。
ごく自然とやり取りが行われている。

「そう急くなや、急いては事を何とやらやで、スターシップ」

「はいはい、分かりましたよ」
スターシップもソファーに腰かける。
ダイコクは空間に手を挙げると、まるでそこに別空間があるかの如く手を突っ込んで、ワインボトルとワイングラスを二つ取り出した。

「飲むやろ?」

「ええ、勿論頂きますよ」
ダイコクはワイングラスに並々とワインを注ぎ、スターシップに手渡す。

「まずは乾杯やな」

「「乾杯」」
二人はグラスを重ねた。
軽快な音が響き渡る。
二人は一度ワインの匂いを嗅いでから、ワインに口をつけた。

「ふうー、渋みがあって、それでいて奥に甘みを感じる。今年は当たり年ですね」
スターシップは饒舌だ。
ワインが口に合ったみたいだ。
表情が綻んでいる。

「せや、まずはぼんに飲ませなあかんと思ってな」
再びぼんと呼ばれたことが気に入らなかったみたいだ。
スターシップは肩眉を上げている。
それを敢えて無視してダイコクは続ける。

「城でこのワインどれだけいるんや?今年は豊作とはいかんかった。例年よりも今年のワインは高いで」
スターシップは顎に手をやり、考え込んでいる。

「そうですか・・・でも例年通りの量を頂きますよ。臣下達の志気は下げたくありませんので」
自信に満ちた表情でスターシップは答えた。

「ほぉ、分かっとるやないか。ちびったこと言ったらど突いたろうかと思ってたんやがな。いらん心配やったな」
ダイコクはにやけている。

「ダイコク様に鍛えられましたからね」
スターシップも負けてはいない。

「そうか」
一つ咳をしてスターシップが場を改める。

「う!うん!それで、本命は何ですか?わざわざワインの為にいらっしゃった訳ではないでしょ?」
当然の様に問いかけた。

「分かるんか?」
意外だなと言わんばかりの表情を浮かべるダイコク。

「どれだけの付き合いだと思ってるんですか?流石に分かりますよ」

「そうか?噂は聞いとるんやろ?」
ダイコクは少し斜に構えた。

「噂ですか?」

「せや、モエラの大森林や」

「ああ、あれですか。どうにも眉唾な噂ばかりですね」
怪訝な顔のスターシップだ。

「せやからわいが調査に行ってみようと思ってな」
事も投げにあっさりとダイコクは言った。

「モエラの大森林に行くんですか?大丈夫なんですか?」
ダイコクは神だ、だから死ぬことはまずない。
だからといって、安易に行かせて良い物かとスターシップは考えているみたいだ。

「あそこには儂が加護を与えたオーガの首領がおるから大丈夫や、心配せんでええ」

「そうですか・・・でもお付きの者は連れていくのでしょ?」

「いや、そのつもりはないな」

「ですが・・・」
スターシップは心配な表情を浮かべている。

「ぼん、わてなら大丈夫や、それにそろそろモエラの大森林の恵の季節や、山菜やキノコを大量に仕入れてこなならん、今年は野菜は何処も不作や、食料飢饉まではならんが、食料の高騰は避けたい。国民が困るのはあかんやろ?ちゃうか?」
ダイコクは同意を求めた。

「ですが・・・噂の中には気になる物もありますので、せめてライルを連れていってください」
ダイコクは苦い顔をしている。

「ライルか・・・まあええやろ」
スターシップはほっとした表情をしている。

「モエラの大森林に何が起こっとるかは確かめんとあかん。だがわいには間違っても魔物達が侵攻してくることは考えられん。ソバルがそれを許すとは思えんのや」

「例のオーガの首領ですね」
スターシップがソバルを知っているのはこのやり取りで伺うことができる。

「せや、わてが唯一加護を与えた魔物や。ソバルは賢いし、わてに従順や、わてに弓を引くことはあり得んのや」
ダイコクは確信している。

「そうですか、それでいつ向かうのですか?」

「せやな、明日にでも行くつもりや」

「明日ですか?」
スターシップは驚いている。

「早いに越したことはないやろ?ちゃうか?」

「分かりました・・・ライルには私から伝えておきます」
スターシップはいやはやという感じだ。

「さようか、ほなわては帰るで」

「もう行くのですか?」

「せや、準備せなあかんからな」

「そうですか・・・また起こしください」
スターシップは歯切れが悪い。

「ほなまたな」
せっかちなダイコクは席を立ち、王城を後にした。
それを茫然と見守るスターシップであった。



翌日。
不意にドアがノックされる。
ドンドンドン!!!
荒々しい音が響き渡る。
ダイコクは思っていた。
(きおったか、ライルらしいノック音やな、ちっとは情緒を学ばんかい)

「チワーッス!ダイコク様、ライルっす!入るっすよ!」
大声が響き渡った。
これだけでこのライルが遠慮の無い者であることが分かる。

「ライル、静かにせんかい!近所迷惑を考えんか!」

「ダイコク様も大声を出さないでくださいっすよ!」

「喧しい!」
朝から大声を出し合う二人であった。

「ライル・・・自分は遠慮という言葉を知らんのかいな?」

「はて、俺は遠慮がちな性格だと思いますが?」
この返答だけでもこのライルという者のガサツさが伺える。

「あほか自分・・・まあええ。行けるんかいな?」

「モエラの大森林の調査と、森の恵の集荷ですよね?楽勝っすよ!」

「ライル・・・舐めて掛かると痛い目みるで」
ダイコクは呆れている。

「なんの、モエラの大森林でしたら何度も狩りで訪れております、大丈夫っす。ナハハハ!」
怪訝な表情でダイコクはライルを眺めていた。
だが、その眼差しの中には一定の信頼が混じっている。
このライルという男、実は国王親衛隊の副隊長であり、その剣技に関しては『ルイベント』国内において右に出る者はいないと謳われている。
凄腕剣士だった。
それを知っているダイコクは一定の信頼を置いていた。
性格はともかくとして・・・

今回は調査目的の為、防具は手軽な物になっている。
腰には剣を携え、皮の胸当てと鉄製の籠手、麻のズボンの中には膝当てが隠されている。
本来の彼ならば、鉄製の鎧を纏っているところだ。
今回の目的を分かっての装備だった。

「まあええわ、ほな行こか?ライル」

「了解っす!」
ダイコクも似たような服装をしていた。
違いは剣が短剣であること。
そしてダイコクのトレードマークとも言える、丸形の頭巾を被っている。
それにダイコクは特徴的な顔をしていた。
耳朶がデカかった・・・とても。
肩に付こうかという程にデカかった。
ダイコクは旅の準備もそこそこに、ライルをお供にモエラの大森林へと歩を進めた。



ダイコクとライルはモエラの大森林の中に足を踏み入れていた。
目的地まではまだまだ遠い。
ダイコクにとってもライルにとっても、モエラの大森林は何度も訪れた、通い慣れた場所であった。

だが今回は何かが違った。
それをダイコクはひしひしと感じていた。
モエラの大森林は深い場所を覗いては、低ランクの魔獣が跋扈している森だ。
大森林に足を踏み入れたら最後、魔獣との遭遇は必至だ。
モエラの大森林に足を踏み入れてから約一時間、まったく魔獣と遭遇しなかったのだ。
これまでにはない出来事だった。

ダイコクは本来単独でこのモエラの大森林に入る際には、魔獣避けの鈴を必ず帯同している。
この魔獣避けの鈴の音色には、一定の魔獣を寄せ付けない効果がある。
でも今回はライルが同行している為、魔獣避けの鈴は持参していない。

その理由は魔獣をライルに狩らせて、魔獣の肉や魔石を持ち帰るという意図があり、ライルを働かせるにはうってつけだからだ。
ライルの腕ならば、単独でもBランク相当の魔獣なら狩ることができる。
よほどの事が無い限り、危険な状況になることは考えられない。
調査を兼ねて一石二鳥を考えての行動だった。

だが現状はどうだ?
魔獣の気配すら感じない。
どうなっているのか、判断に迷うダイコクだった。

「ライル・・・いつものモエラの大森林ではないで」
ダイコクは警戒している。

「その様っすね、ここまで魔獣に遭遇しないなんて・・・ちょっと考えられないっすよ」
能天気なライルも違和感を感じていた。
二人の警戒レベルが一段階上がった。

「これは・・・魔獣の生息域に変化があったちゅうことやな」
ダイコク同意を求めた。

「そうっすか?」
こいつそんなことも分からんのか?という表情をダイコクはしている。

「自分・・・まあええわ。警戒しろや」

「はい!」

「声がデカいねん!」

「ダイコク様こそ」
調子が狂わされていらいらしているダイコクであった。
前にも似たようなやり取りをしたよな・・・と思っているダイコクだ。

「それにしても・・・どうなっとんのや?さっぱり分からん」

「と、いいますと?」

「だから・・・魔獣の生息域が変わるほどの何かがあったちゅうことや、でもそれがよく分からん・・・魔獣の生息域が変わるっちゅうことは大変なことやで、生態系に変化が訪れる程の何かがあったちゅうことや、これは一筋縄ではいかんのかもしれん・・・」

「そうっすね・・・」
こいつ絶対わかっとらんなという視線をダイコクはライルに向けていた。
実際ライルは何も分かってはいない。
事の重大さに気づかずに、空返事をしているだけだ。
その後もモエラの大森林の中へと二人は歩を進めた。

ダイコクはこれまでにない落ち着かない胸の騒めきを隠せなかった。
この違和感が間違いであることを祈りながら。



リザードマンとジャイアントキラービーが魔物同盟国に合流を果たしてから、早くも三ヶ月が経っていた。
今では各自が自分の役割を理解し、共存共栄が成り立っていた。
衣食住に恵まれ、魔物達は笑顔が絶えない。
そして更に国を発展させようと、魔物達は更なる高みを目指していた。

島野一家の役割も依然として変わらない。
特に忙しくしているのはゴンだ。
魔物達は魔法を習得したがった。
生活魔法を中心として、自然操作系魔法なども覚えたいと要望は絶えず、ゴンはてんやわんやだ。

ゴンは俺に救援を求めたが、俺には魔法の事は分からない為、外を当たってくれと断っておいた。
その為、エルやギルまで魔法教室を手伝っている始末だ。
というのも、建設系や料理に関しては、そのほとんどを魔物達は既に技術を習得出来ていた。
知力を得た魔物達は優秀だ。
その為、二人は手が離れたということだ。

俺は相変わらず、質問のある魔物達に囲まれることが多い。
一日の時間のほとんどを『知識の時間』に費やしている状況だ。
そして魔物達は読み書き計算をほとんど習得していた。
知力を得た魔物達は覚えが早い。
まさにスポンジに水だ。
魔物同盟国は日に日に発展していっていた。

今の唯一の問題点は牛乳だった。
やはりジャイアントブルからは牛乳は取れなかったのだ。
そろそろ諦める頃かもしれない。
ジャイアントブルは、ジャージー牛とは違うということみたいだ。
牛をサウナ島から持ち込むべきか悩ましいところだ。
でも今は南半球の手を借りるべきではないだろう。
何とも悩ましい・・・



突然の話で恐縮だが、今の魔物同盟国で流行っているのは蕎麦だ。
蕎麦に何をトッピングするかで意見が分かれている。

個人的にはアカモクから作った、ネバネバ蕎麦がお気に入りだが、こればかりは個人の意見が分かれるところだ。
アラクネ達はまさかのハチミツ入り蕎麦を好んで食べていいた。
俺には・・・無理だな。
蕎麦に甘みって・・・なんだろうね?

トッピングは無限大だ。
揚げ物が人気だが、貝や魚の切り身を乗せる者達も多い。
ちょとビックリしたのは、アワビを当たり前の様にトッピングしていたことだ。
鮑はバターで炒めるべきだろう・・・
だが牛乳が無い・・・
無念だ。

大多数は普通に天ぷら蕎麦を好んでいた。
やはりかき揚げに限る。
個人的には海老天も好きだが・・・
それに好まれたのはザル蕎麦だ。
蕎麦つゆはカツオと昆布のだしに醤油と酒を混ぜた物だ。
結局は上手けりゃ何でもいいでしょ?
そうに決まっている。



俺は魔物同盟国が一定の発展をしたと判断した。
そこで娯楽を取り入れることにした。

俺が真っ先に取り入れた娯楽は勿論サウナだ。
それ以外何があるというのだろうか?
ここでは拘りよりも利便性を優先した。

なんと言っても、魔物同盟国の住民は今では千名を超える集団となっていたからだ。
安定の生活を得た魔物達の繁殖力を舐めてはいけない。
あっと言う間に妊娠する者達が増えた。
そしてその出産までの日数も早い。
勿論種族間での違いはあるのだが、人間の様に十月十日と、お腹の中で長々と育てる訳ではない。
ゴブリンに関してはものの三ヶ月で臨月を迎えてしまうのだった。
それも一気に五体ほど生んでしまう。

その為、魔物同盟国の人口数は鰻登りにその数を増やしていた。
そしてその度に行われる名づけの儀式に、俺も忙しくしていた。
これは加護の問題では無く。
魔物達はとにかく俺に名を授けて貰いたがった。
加護に関しては何故だか俺の加護を受けた魔物達から生まれた子供であれば、自動的に加護を授かっていた。
仕組みはよく分からない。
加護が遺伝するとは正直考えてもみなかった。
加護が先なのか、知力が先なのかという、鶏か卵が先か現象なのかもしれないと俺は思っている。

そして俺が造ったサウナは何と百名収納可能な大サウナだった。
サウナストーブは十台完備している。
常時扉が開け閉めされる為、奥の上段は大人気だ。
まあ、そうなるよね。

オートロウリュウ機能も付いている。
そしてノン師匠の元、ゴブオクンが熱波師の修業を積んでいる。
良い熱波を期待したい。
このサウナ導入に魔物同盟国は揺れた。
最高の娯楽であると、老若男女楽しんでいる。

更に俺は『同調』で土に同調し、水脈を探った。
実は前に井戸を掘り当てた時に、温泉があるのではないかと思われたからだ。
その為、土と同調して水脈だけでは無く、温泉があるかを探ってみた。
案の定その勘は当たっており、泉源を探し出していた。
街の北部に温泉が出来上がった。

泉質の状態は分からないが、触ってみた感触としては肌に纏わりつく感触と、確かな硬水の感触があった。
これはいい温泉だろう。
一度五郎さんに見て欲しいぐらいだ。
サウナ島の温泉とは違った良さを感じる。

温泉も大規模な物を造った。
百人が入れるサイズだ。
正に大温泉場だ。
魔物達は温泉が大好きのようで、毎日楽しんでいた。

そして水風呂は泳げる水風呂だ。
ノンにプールと言われたあの水風呂だ。
こうでもしないと、キャパが釣り合わない。

外気浴場は人数が多すぎる為、ちょっと雑な造りになってしまった。
適当に椅子を沢山置いておいた。
拘りは後日改めよう。
それで勘弁してくれ。
魔物達は大いに整っていた。
良いじゃないか。
好きに整ってくれ。
俺も整わせてもらうさ。