俺達は社に向かって順調に歩いている、ゴンが言うには、ゆっくり歩いて行くには、半日近くはかかるとのことで、ゴンの足で走っていけば、三時間ということらしい。
まぁ、特に急ぐことでもないので、ゆっくり四人で歩きで向かっている。さすがに四人でいるからか、周りに獣の気配はほとんどない。
時々気配を感じても、直ぐにどっかにいってしまう。
順調、順調。
よほど楽しいのかウキウキのノン、先頭を歩く生真面目なゴンは、周辺の警戒を怠らない。性格が出てますね。
そして、マイペースのエル、何を考えているのかよく分からないが、なんだか嬉しそうではある。
獣型のノンが甘えてきた、俺の右腕に絡んでくる。
よしよしと、頭を撫でてやる、すると負けじと左腕にからんでくる獣型のエル、こちらもよしよしと鬣を撫でてやる。
先頭を歩いていたゴンが突然立ち止まり、振り返ってノンとエルを睨みつける。
一向に気にしない二人。
ゴンは何か言いたそうだが、歩き出す。
何歩か歩くと、またゴンが立ち止まり二人を睨む。
これを何度か繰り返す。
「ゴン、後でお前も撫でてやるからな」
というと、さっと前を向いてゴンが歩きだした。
ゴンは照れているのだろう、九本の尻尾がすごい勢いで左右に振られている。
目的地に到着した。
この社は前にも見たが、まったくもって日本の神社にそっくりだ。
これは日本人が建てたんじゃないか?と思えてしまう。
社の真ん中に扉があり、その扉は両開きに出来ている。
恐らくここから入るのだろう。
「主、この扉です。結界が張られています、見てください」
そう言うと、ゴンは扉に触れた。
すると、透明な壁が薄っすら見えた。
「なるほど、そういうことね」
俺は手で触れてみた。抵抗を感じる。
俺は両手を結界に触れて、結界の存在を強く感じてみる。
目を閉じて意識を集中する。
社の外郭に沿って、結界が張られているのを感じる。
これが中級神が張った結界か・・・
神様が張った結界ということは、神気を流せばいけるか?
神気を結界に流し込んでみた。
「よし!」
パリンと音がなったような気がした。
結界が崩れていた。
まぁ、そりゃあそうだよな。
簡単なことだ、神様が張った結界なら、神様以外が入れないようにするための物だ。
ならば、神気を流せば解除ができて当然ということ。
俺は観音開きの扉を開けた。
木造で造られた床、その先に、簡単な祭壇のような物があった。
その祭壇の上に、祭る為の箱のような物があり、その上に楕円形の何かが置いてある。
俺はその何かに近づいた。後ろから三人が続く。
手の届く距離で立ち止まり、観察してみる。
光の加減なのか、すごく硬い物のような気がする。
すると、見間違いなのか、少し動いたような気がした。
「今動いた?」
「すいません、わかりませんでした」
ゴンが答える。
もう一度見てみる、何か意思を感じるが、よく分からない。
触れてみたほうがいいような気がする。所謂、俺の直感。
俺は両手で触れてみた。
すると少し動いた。
今度は気のせいでは無い、振動を両手に感じた。
神気を流し込んでみた。
揺れる、更に強く流し込む、更に揺れる、神気を一気に流し込んだ。
ピキッ、割れる音がした。
ピキッピキ!
割れた!
「ピィー!」
そこには見たことのない獣の子供?のような生き物が、俺を真っすぐに見ていた。
何だかわからないが、とても可愛く思えた、俺は思わずその子の頭を撫でていた。
「ピィー!、ピピピィー!」
なんだか嬉しそうだ。
両脇の下に手を入れて、手前に引き込んで抱っこした。
ゴンが俺の右側に並んで覗き込んだ。
「ド、ドラゴン?!」
えっ!そうなの?
抱っこしているのを、前に持ってきて改めて見てみる。
言われてみればそうなのか?
俺はドラゴンを見たことはないしな、でもこの子無茶苦茶可愛いぞ、ずっとピィーピィー泣いてるけど。何だ?エサか?
取り合えず頭に手を置き、神気を流してみた。
「ピィー!」
更に嬉しそうにしている。
「主、これ、ドラゴンの赤ちゃんですよ!」
ゴンが興奮意味に話している。
「へぇー、そうなんだ、なんか可愛いな」
「うん、可愛い、可愛い!」
ノンも興奮気味な感じで言う。
エルも頷いている。
あっ!そうだ。
『鑑定』
名前:
種族:ベビードラゴンLv1
職業:島野 守の子供
神力:30
体力:230
魔力:442
能力:人語理解Lv1
マジか・・・島野守の子供って。
これって、あれか?生まれて初めて見た物を親だと思うってやつか?
俺まだ、結婚もしてないのに、ましてや、人間の子供すら育てたことないのにな・・・
親になってしまった・・・それもドラゴンの・・・しょうがないか・・・異世界なんでもありだな・・・
俺は皆に宣言した。
「え~君たち、弟ができました!おめでとう!」
「「「えー!」」」
一斉に驚きの声が上がった。
ひとまず家に帰ってきた。とりあえず食事にしたい。
さてと、どうするか?
「ベビードラゴンって何食うんだ?赤ちゃんだからミルクか?」
牛乳が無難なところかな?たぶん・・・
「ドラゴンは結構雑食だって聞いたことがありますが・・・赤ちゃんですからね・・・」
ゴンはまじまじとベビードラゴンを見ている。
「とりあえず、ミルクを出してやろう」
器にミルクを出してやった。
するとベビードラゴンが、ミルクを飲みだした。
よしよし、飲んでる、飲んでる。
俺達も晩飯の準備だ。
「簡単なものでいいか?」
皆に問いかけた。
「いいよー」
ノンが答えた。ベビードラゴンにちょっかいを出している。
ノンはベビードラゴンが可愛くて仕方がない様子だ。
収納から、ワカメサラダとご飯、味噌汁を取り出して。テーブルに置いた。
「先食ってていいからな」
俺は三人に声をかけた。
ジャイアントピッグの肉を取り出して、カットしていく、生姜と醤油、玉ねぎを用意し、薄く刻んでいく。
フライパンを温め、ゴマ油を引く、程よい温度になったところに、まずは肉を焼く、両面しっかり焼けたところで、薄切りした玉ねぎを投入、生姜を入れ、フライパンを返して混ぜていく。最後に醤油を垂らし、再度混ぜ合わせたところで完成。
ジャイアントピッグの生姜焼き。
お皿に取り分けてから、改めて食事開始。
先に、食べ始めている三人が軽く会釈をして皿を受け取る。
足元にいるベビードラゴンに目をやると、皿が空になっていた。
「お代わりいるか?」
というと、俺の足元によって来て。上に上がろうとして来たので、抱き上げてやった。
すると手を伸ばして、皿に触れようとしていた。
「ん?食べるのか?」
「ピィー!」
そうだと言わんばかりにドラゴンが泣く。
「そうか、待ってろよ」
ジャイアントピッグの生姜焼きを、小皿に取り分けて、小さく割いて足元に置いてやった。
ベビードラゴンを降ろす。
すると、ベビードラゴンが、ジャイアントピッグの生姜焼きを食べ始めた。
「本当に雑食なんだな」
上手そうに食べている。何だかその姿が可愛らしい。
「そのようですね」
「そういえば、主、弟ができたって言ってましたけど」
改まった様子でゴンがこちらを見ている。
「ドラゴンは私たち聖獣と違って、神獣です。さらに主の子供となると、弟扱いというわけには・・・」
ゴンの話を俺は遮った。
「何言っているんだゴン、お前達も俺の子供みたいなもんだろ?違うのか?」
ゴンとエルが驚いた表情をして、後ろに仰け反っている。
「主・・・」
「それにノンに至っては、既に弟扱いする気満々だぞ」
ノンは我関せずに、ベビードラゴンにちょっかいを掛けている。
ノン君、気持ちは分かるが、食事中は止めなさい。
「俺はお前達にとってどんな存在なんだ?俺はお前達を家族と思っているが、違うのか?お前達は俺に魂を預けているんだろ?そんな関係で主従関係なんて俺は嫌だな。いわば一心同体だろ、それは家族以外何だってんだ?」
そう言うと、ゴンとエルが涙ぐんでいた。
「いいですの?」
「そんな・・・」
俺は構わずに言った。
「ノンもゴンもエルも、新しくできた弟を大事にするんだぞ」
「「「はい!」」」
三人揃って答えていた。
また新たな家族ができた。
さて、これはお代わりがいる流れだろうな、作りましょうかね。
まあ生姜焼きは簡単なんで、全然いいんですけど。
新しい家族の名前?
「ギル」君です。
よろしくね。
庭先で考え事をしていると、アグネスがやってきた。
視線を向けると、アグネスが固まっていた。
何度も目を擦っている。
その視線の先にはギルと戯れるノンとエルがいた。微笑ましい光景だ。
我に返ったアグネスが言った。
「ドラゴンよね?」
「ん?ああ、そうだな」
適当に答えた。正直うっとおしい。
「ちょっと、守!聞いてるの?ちょっと!」
「ああ、悪いちょっと考え事をしてた、で何?」
「で何って、ドラゴンがいるんですけど」
まだ驚いた表情のアグネス。
「知っているよ、だって俺の息子だからな」
「はぁ?・・・」
言葉を失っている様子。
「で、今日もアグネス便か?」
面倒なことになりそうだから、やり過ごしたいな。
そうはいかないんだろうけど。
「ええ、ってちょっとどういうこと?説明しなさいよ!」
「やだよ、めんどくさい」
アグネスが睨みつけてくる。
はぁ~、本当にめんどくさい。
「ノン!エル!ギル!おいで!」
駆けよってくる三人、俺はギルを抱き上げた。
「はい、ベビードラゴンのギル君です。よろしくね!」
アグネスに向かってギルを見せた。
「ア、ア、アグネスです、よろしくお願いします」
アグネスがギルにへこへこしている。
俺はギルを降ろし、
「はい、遊びに行っていいよー、遠くへは行くなよー」
「「はーい」」
とノンとエルが返事をした。
三人はまた仲良く遊びだした。
なんとも微笑ましい。
「お前何でギルにへこへこするんだよ」
アグネスが俺を睨んでいる。
「だって、神獣様よ、あんた分かっているの?獣とは言っても神様なのよ」
「へぇー、そうなんだ、神の使いとしては頭が下がるってことなのか?」
神獣ってそんなに偉いのか?へえー。
「当たり前じゃない、ほんと、あんた、どんだけ獣たらしなのよ、もういい、説明なんていらない、どうせ聞いても、はぐらかすんでしょ・・・はぁー、もうお手上げよ」
そう言うと、野菜を集めにゴンの所にアグネスは飛んでいった。
さて、今考えているのは、島の北側について。
ゴンの話としては、そもそもこの島には、百年前までは人が暮らしていたらしい。
そのほとんどは、島の北側に居を構えていたとのことだった。
しかし、その暮らしは百年前に一変した。
急にすべての人々が、この島から離れていったらしい。
それも中級神様と共に。
百年経っているので、当時のままとまではいかないが、現在でもその当時の暮らしを伺えるものが、残っているらしい。
それを聞いた俺は、島の北側に行くべきかどうかを考えている。
ゴンは百年前に、何があったのかは、よく分からないらしく、人々がなぜこの島を離れたのかは分からないらしい。
気になるところではあるが、もしそれが、その集落内の何かが原因であったとするならば、そして、それがまだ残っているとするのならば、俺達にとって危険である可能性がある。
何せ、島民が島を離れるほどの原因なのだから。
行くべきか、行かざるべきか。
ただ、何かしら危険なものがこの島にあるのというのなら、俺としては見過ごすことは出来ない。
行くしかないか・・・
まだこの島について知らないことが多すぎる。
みんなで行くには危険があるかもしれないと思い、全員参加は控えておいた。
百年前を知るゴンには来て貰おうかとも思ったが、最小人数の方が良いと考え、俺とエルの二人だけで北の街に行くことにした。
俺にはこの島の歴史を知る必要がある。そして、もし危険の可能性があるならば、早急に確認し対処する必要がある。
エルの背中に乗って、いざ北の街に出発だ。
エルには高度を上げて、島全体を見えるように飛んでもらうように頼んだ。
島全体を見るのは始めてだ。
こうやって見てみると、俺の想像よりも遥かに大きい島であることがよく分かった。
また、地形などもよく見えて、島の形状が随分把握できた。
全体を見渡すということの、重要性を俺に理解した。
島の中心にある山は、中腹から上は植物等はまばらで、頂上に向かうにつれて、岩山になっている。
いわゆる禿山といった様相だった。
頂上には、特にこれといったものは見当たらなかった。
約一時間の空の飛行を楽しんで、現地に到着した。
周りを見渡してみる、やはり建物のほとんどは予想通り半壊していた。
ただ、ここからでも当時の暮らしは充分に想像できる。
まず、建物のほとんどが、石と木材を使用した建造物だった。
文化レベルとしては、現在の日本と比べるとかなり低い。
産業革命前のヨーロッパといったところだろうか。
いや、断言するのはまだ早い。
上空から見た感じ、建物は恐らく三百棟はあったかと思われる。
一家族三人ぐらいと考えると、千人近くの人口であったと思われる。
いろいろ周りを見回しながら、俺達は歩を進める。
すると、ひと際目を引く建物があった。第一印象としては、教会だ。
よく観察すると、ガラス細工のような意匠も見られた。
教会らしき建物の中で気配を感じたが、おそらく獣だろう。
先ほどジャイアントラットが走っているのを見かけた。
巣でもあるのだろう。そっとしておこう。
教会の中には、石像のような物もあったが、ほとんど原型を留めてはいなかった。
この世界には教会があるということは確認できた。
この世界には宗教があるのだろうか?
神様が顕現している世界のようだから考えづらいが・・・
石像のような物は原型を持ち合わせていなかった為、何の神様を祭っているのかは分からなかった。
一通り街を見周ってみた。
どうやら危険視するようなものは、無いようだ。
考えすぎだったか・・・
北の海岸に出た。
石を積み上げた防波堤のようなものがあるが、おそらく船の発着場だと思われる。
なるほど、南の海岸に比べて、こちらの海岸の方が、浅瀬が少ない。
船を付けるには、こちらからの方が安全なんだろう。
至る所に井戸を見つけた、水は井戸によって賄っていたようだ。
水道のようなインフラは見受けられない。
家の中も覗いてみた。
トイレらしき物があったが、ぼっとん式の物であった。どうやって汲み取っていたのだろうか?もしかして汲み取りすらして無かったかもしれない。不衛生だな。
その他に気になる所は無かった。
文化的な暮らしはあまり感じられなかった。
百年前の暮らし様は理解することができた。
「よし、エル!帰ろうか」
「はい、ご主人様」
エルに跨って、帰宅の途に就いた。
帰宅した
「主、どうでしたか?」
ゴンが声をかけてきた。
「うん、いろいろと参考になったよ」
「そうですか・・・」
ゴンが神妙な顔をしている。
とりあえず本人から何か言ってくるまで待とう。
「みんな!晩御飯にするぞ!」
ノンがギルと楽しそうに遊んでいた。
僕はノン、フェンリルだよ。
僕に弟ができたんだよ、とっても可愛いの。
主が弟を大事にしろと言って、初めてギルを抱っこさせて貰った時は、感動して泣いてしまった。
僕は思った。
頼れる兄ちゃんになる。
これまでの甘えん坊のノンは卒業するんだ。
ゴンは、ドラゴンは神獣で、僕たち聖獣の兄弟なんて、恐れ多いなんて言ってたけど、僕はそんなことは気にしない。
僕は強くなる。
ギルを、そして主を守れるようになる。
主が声を掛けてくれた。
「ノン成長したな」
嬉しかった、でも今は泣かない。
だってもっと強く逞しいお兄ちゃんになるんだもん。
でも、こっそり主には甘えちゃうかもしれないけど・・・
あっそういえば、主には黙ってるんだけど。
僕にはちゃんと犬だった、あっちの世界での記憶があるんだ。
内緒だよ。へへへ・・・
ギル可愛いな・・・
ギルはサウナ入るかな?
一緒に入りたいな。
ギルはね、日に日に大きくなっているみたい。
どれだけ大きくなるんだろうね、楽しみだね。
大きくなったら、ギルの背中に乗って空を飛んでみたいな。
風をいっぱいに受けて空を飛ぶんだ、気持ちいいんだろうな。
そうだ、ギルには狩りを教えてあげないといけないね。
あと犬飯も食べさせてあげないといけないね。
あとは何を教えてあげようかな?
そうだな、主の好きな所をたくさん話そうかな。
でもこっそりとだよ。
へへへ。
僕は立派なお兄ちゃんになるよ!
北の集落の視察からだいたい十日後、いつも通りの充実した毎日を暮らしている。
畑当番はゴンが行っているが、アグネス便などもあり畑を拡張した為、今は手の空いた者は畑の作業を手伝うようにしている。
ノンは狩りが中心だが、今は三日に一度ぐらいに制限している。
また、ギルが家族になってからというもの、森の獣を近くで見ることが、少なくなったような気がする。
畑が荒らされることは、おそらくまず無いだろう。
エルは上空からの警備を行ってもらっているが、午前中のみとしている。
ここ数ヶ月の間に何も無かったことから、エル事件のようなことはまず無いとの判断をしている。
ギルはというと、俺は基本的に好きにさせている。
ただ、まだよちよち感がある為、俺の傍にいることが多い。
ギル自身もそうしたいようだ。
そして、ギルの成長は早い。
現在のステータスはこんな感じです。
『鑑定』
名前:ギル
種族:ベビードラゴンLv2
職業:島野 守の子供
神力:60
体力:456
魔力:582
能力:人語理解Lv3 浮遊魔法Lv1 火魔法Lv1 風魔法Lv1
ギルを取り巻く環境だが、しょっちゅうかまってくれるのがノン兄ちゃん。
それをサポートして一緒になって、遊んでくれるのがエル姉ちゃん。
悪さをした時に叱られるが、頼りになるのがゴン姉ちゃんといった感じで、毎日を謳歌しているようで俺も嬉しい限りだ。
ただ、まだ子供のギル。
やはり一番に甘えたいのは俺のようで、ことあるごとに俺について周っている。
寝る時は決まって、俺の寝室に潜り込んでくる。
何故だか、俺の腹の上で寝るのがお気に入りらしく。
朝、目覚めると、決まって俺の腹の上で寝ている。
さすがに倍ぐらいの大きさになった今では、正直俺の方がしんどい。
そろそろ俺の腹の上で寝てはいけないと告げた日には、ギルは一日中寂しそうにしていた。
俺が思う以上に、俺の腹の上はお気に入りの場所だったようだ。
その日以降はちゃんと隣で寝るようになったが、今の成長速度からしたら、一ヶ月後には隣では、寝れ無くなりそうだ。
ギルの食事の量は結構なもので、今では一番大食いのノンよりも食べている。
競うように量を食べようとするノンはどうなんだろう・・・
たくさん食べればいいというものでもないのだが・・・
ノンもまだ子供だなと感じる。
幸せな瞬間とはこういったことなのかもしれないと、俺はしみじみと想った。
今考えているのは、新しく建設予定の家の間取り。
ギルも加わって、今のログハウスでは少々手狭になってきているのだ。
ギルがどれだけ成長するか分からない為、改築か、新設かを悩んでいたところ、人化が最も得意なエルが、人化のレッスンをギルにしているのを見かけた。
ならば気分新たにと、新築にすることにした。
人化ができるようになれば、人並みの大きさになるので、デカすぎる家はいらないだろうとの考えだ。
今のログハウスから東の位置に、更地を作成すると共に、木材を確保した。
その後、自然操作の土で地面を頑丈に固める。
木材と糸を使って、丁張を作成する。
向きや長さが有っているのか、エルに頼んで上空からチェックしてもらう。
高さは水平器で何度もチェックした。
ちなみに水平器は、石の器に水を張った簡易的なものを作成した。
木材を切り出し、コンクリートの型枠を作成する。
ちなみに、一階に今回は半水栓トイレを造る為、配管部分にも木枠が作られている。
型枠完了後、万能鉱石にてコンクリートを確保。
水にコンクリートを混ぜ合わせて、型枠の高さ半分ぐらいまで入れていく。
コンクリートが乾いたのを確認後、今度は、万能鉱石で鉄を確保。
『加工』にて、格子状に鉄を加工し、コンクリートの上に敷いていく。
更にコンクリートを加えて、後は乾くのを待つ。
不思議そうにその様子をノンとギルが見ていた。
「これは鉄筋コンクリートって言うんだぞ」
鉄が中に入ることによって、コンクリートの強度が増すことを教えてやったが、多分分かっていないような気がする。
二人とも首を傾けていた。
今回の家は頑丈にしたいと考え、基礎には鉄筋コンクリートを採用したのだ。
コンクリートが乾いたので、仕上げに入る。
まずは木枠を外していく。
水平器を用いて、外周をチェック。
『加工』で高さと横幅の差を埋めていく。
最後に確認の為、真ん丸な鉄の球体を作成し。
いろんな個所に置いて、鉄球が転がらないかをチェックする。
これで家の基礎は完成した。
ここからは、人海戦術で行っていく。
まずは必要な木材を俺が作成していく、木材の運搬を四人にお願いした。
ただし、ギルが戦力になったかどうかは、あえて触れないでおこう。
必要な分の木材を確保後、柱の組み立てに入る。
やはり人数がいると早い、どんどんと組み上がっていく。
柱が組み上がったので先に屋根を造っていく。
屋根の素材はガルバ二ウム合金のトタンにした。
これは前職の知識が役にたった。
ガルバ二ウム合金は錆びにくく、耐久年数が長いのが特徴の一つだ。
その後二階の床を作成し、側面の柱と柱の間にⅩ状に木材を固定していく。
間取りに従って、壁となる部分に柱を組んで、更にⅩ状に木材を固定していき。窓枠を固定した。
そして、最後に壁板を張り合わせて完成。
五人で正面から新居を眺めて見た。
皆で造った家を前に、嬉しさがこみ上げてくる。
「ここで、楽しい思い出をたくさん作ろうな!」
「「「「はい!」」」」
皆の声が揃っていた。
今日はお引越しと、新居の微調整、カーテンやら絨毯やらを作成しては設置していく。
間取りとしては、一階には玄関を入ってすぐにリビング。
随分大きなリビングになった。ちなみに土足厳禁。
右側に進むとキッチンがあり、キッチンからはあえて、リビングが見える構造にしている。料理を待っている時の皆の様子が見たいからだ。
キッチンには簡易的な換気扇が作成してあるが、換気扇を回すには、風魔法が必要となっている。
自走で回る換気扇はまだまだ先のようだ。
キッチンの横にはトイレがある。
これは排水官が設置されており、外の畑の下まで繋がるようになっている。
便座は頑張って石から『加工』で作成した。
水タンクは無いので大きな水瓶を設置し、使用後は桶で水を流すようにしている。
将来的には水を引き込み、完全な水栓状態にしたいと考えている。
今はまだ半水栓式だ。
便座はカバー有りの、蓋有りだ。
玄関正面から左手には俺の寝室兼書斎となっていて、二階は四人の個室と物置部屋となっている。
まだまだ快適とは言えないが、自慢の家だと自負している。
『鑑定』
名前:島野 守
種族:人間
職業:神様見習いLv5
神力:計測不能
体力:957
魔力:0
能力:加工Lv5 分離Lv4 神気操作Lv3 神気放出Lv3 合成Lv4 熟成Lv3 身体強化Lv2 両替Lv1 行動予測Lv1 自然操作Lv2 結界Lv1 初心者パック
預金:2684万1747円
お金がそれなりに掛かったが、それは気にしない。
アグネスに言って、アグネス便の回数を増やしてもらおうかな?
新居にも慣れ、いつもの日常を取り戻しつつあるころ。ゴンからこんな申し入れがあった。
「主、鍛錬を付けてください!」
なんと鍛錬を付けてくれとの申し入れだ。
でも俺って、鍛錬付けれるほど強かったっけ?
と思いつつも、まずはやってみることにした。
稽古の内容はこの通り
基本的に一対一で行う。
戦闘不能及び、戦意喪失したら負け。
武器は無し、人型でも獣型でも良い。
魔法は火魔法のような周りに被害がでるものは禁止、飛行は認めるが五秒以内に攻撃、又は、地上に着地すること。
舞台から場外に出た時点で負けとする。
浜辺に適当に十五メートル×十五メートルの線を引き、これを舞台とした。
最初の挑戦者はゴン。
目の前でゴンが身構えている。どうやら人型を選択したようだ。
他の三人が固唾を飲んで見守っている。
「ゴンいつでもいいぞ」
っと、いい終える前に、真っすぐゴンはこちに向かってきた。
左に回り込みつつ、右足でけん制。
それを寸前のところでジャンプしたゴンに、くるっと身体を回し、左足で回し蹴りを脇腹に決めた。
「ウッブ・・・」
ゴンが脇腹を抱えて倒れ込んだ。
まぁこんなところかな。
一瞬遅れて
「「ウォー!」」
と叫ぶノンとエルの声がした。
なるほど、身体強化と行動予測を使うと、こうもあっさりと、決まるものなんだな。
正直、自分でもびっくりしてしまった。
ゴンの動きがゆっくりと見えたし、どんな動きをしようとしているのかが、手に取る様に分かったのだ。
「ゴン立てるか?」
俺は手を差し出した。
「はい・・・なんとか」
ゴンの手を掴んで体を起こしてやる。
「エル、ゴンに回復魔法をかけてやってくれ」
「はいですの」
エルが駆け寄ってきた。
「ご主人様の戦闘は初めてみましたけど、お強いですの」
俺は肩を竦めてみた。
「まぁ、たまたまだよ」
「いえ、隙をついたつもりが、まったく通用しませんでした・・・痛たぁ・・・」
エルが治癒魔法を使い始めた。
ゴンには、人型では躱し方を考えるようにアドバイスを与えた。
次は、ギル、やる気満々だ。
まだ人化はできないので、当然獣型。
開始と同時に火を噴いてくるのが、バレバレだったので。
開始と同時に、自然操作で水をぶっかけて終了。
ギル君はまずルールから覚えましょう。
一時間は下を向いて、悔しがっていた。
生後数週間で親父越えは、さすがに無いでしょ。
まぁその気持ちは買いましょう。
次のチャレンジャーはノン、いつにも増して、気合が入っている。
目を見るとおふざけ無しの、真剣モード、ならばこちらも手抜きは無し。
ノンは獣型を選択、フェンリルの姿にて対峙している。
ノンの狩りは何度も見ているから、攻撃のパターンは想定済。
開始後、一旦距離を取る、ノンがゆっくりと右に回りこんでくる。それに合わせてこちらも前に出る。
ノンの射程距離、前足の爪で襲いかかってくるノン。
爪を振り下ろすタイミングに合わせて、振り下ろす前足に、更に上から勢いをつけるように、上から前足を下に叩く。
勢いの増した前足に耐えられず。でんぐり返しになるノン。
倒れたノンの顔に、寸止めで拳を当てて終了。
ノンには様々なパターンの攻撃を考えるように指導した。
最後はエル、以外にも人型でのチャレンジ。
人型とはちょっと意外だった。人型で飛べるのか?
開始前にエルが叫びだした。
「よっしゃー!やってやろうじゃないの!」
あっ変な子モードになってる。
開始、背中に羽を広げて飛行姿勢。
どうやら、人型でも翼だけ出すことができるようだ。
俺はあえて飛び上がるのを制止せず、上空からの攻撃を迎え撃つ。
上空からの蹴りをギリギリで躱し、そのまま足を掴んで、勢いのままに浜辺に叩きつける。
終了。
とここで
ピンピロリーン!
「熟練度が一定に達しました、ステータスを確認ください」
どうやら当分の間は、チャンピオンでいられるようです。
『鑑定』
名前:島野 守
種族:人間
職業:神様見習いLv5
神力:計測不能
体力:957
魔力:0
能力:加工Lv5 分離Lv4 神気操作Lv3 神気放出Lv3 合成Lv4 熟成Lv3 身体強化Lv2 両替Lv1 行動予測Lv2 自然操作Lv2 結界Lv1 初心者パック
預金:2684万1247円
変な子モードになった意味は、何だったんだろう?
ただ単に興奮したのかな?
やれやれ。
困った娘だな。
新居完成からおよそ一ヶ月が経ったころ。
「ゴン、そろそろ話してもいいんじゃないか?」
俺はタイミングを見て声を掛けた。
本当は言い出すまで待とうと思っていたが、真面目なゴンは抱え込んで言い出さないのでは無いかと思ったからだ。
「えっ、何をでしょうか?」
「前に、創造神様が来たことがあっただろ?その時からお前、ずっと何かを考え込んでないか?」
ゴンが下を向いた。何とも話しずらそうにしている。
「あっ、そのことですか・・・私が話をして良いことか、ずっと分かりかねてまして」
分かってましたよ、だから今話を振ってるんだよ。
「せっかくだから言ってみろよ。創造神様の話って、あれだろ、この世界の神気が薄くなっているってやつだろ」
「えっ!どうして分かるんですか?」
ゴンはこちらを向いた。
「分かるに決まってるだろ、あの話があった時に、お前の表情が変わってたもん、もろバレだよ」
「そうですか、察してらしたんですね。分かりました、ではお話しさせていただきます」
ゴンが姿勢を正した。
「実はこの島の山の頂上には、世界樹があります」
世界樹ってなんだ?
「ほぉー、それで」
「世界樹は、世界に神気を循環させる樹なんですが、私には細かい事は分かりませんが、百年ほど前に、その世界樹が枯れてしまったようなのです」
百年前ということは、人々がこの島から居なくなったタイミングだな。
「枯れた?」
「何故だか枯れて、世界樹の葉を付けなくなったんです」
世界樹というからには樹なんだろう、ならば葉は付けるだろうな普通は。
「世界樹の葉?」
「はい、世界樹の葉はとても貴重な植物で、煎じて飲めば、万病にも傷にも効いて、中には欠損した手まで生えてくるとさえ、言われています」
欠損した手まで生えてくるって、どんな治癒力だよ。
さすが異世界なんでもありだな。
「ふーん。そういうことね」
神気を循環させる樹か、そんな樹が枯れてるから、神気が減っているってことなのかな?ちょっと安直すぎやしませんかね・・・でもまぁ、ゴンはそう考えたってことで、そんな大事な事を自分で告げていいのかと、悩んでいたということね。
まだまだ真面目過ぎる性格は治らないというか、遠慮があるんだろうな。
「いいんだよゴン。よく教えてくれた。ありがとう、辛かっただろう、そういうことは気にせずに話してくれていいんだぞ。家族なんだからな」
ゴンは申し訳なさそうにしていた。
「はい、ありがとうございます」
行ってみますかね、世界樹の処へ。
しかし、そんな貴重な物があるのか、そうなると・・・
俺はエルに跨り、頂上までやってきた。
前に上空から山の頂上を見た時には、何も気にならなかったが、言われてみると確かに枯れ木が一本植わっていた。
目の前には、俺の腰ほどぐらいの高さしかない、小さな枯れ木があった。
これが、世界樹か・・・ただの枯れ木にしか見えないけど・・・良く見渡すと確かに違和感はある。
頂上付近には、木や植物は一切無く、生命の息吹をまったく感じない。
世界樹を良く眺めてみる。根本や枝の部分に傷などは見当たらない。
土に触れてみたが、多少の湿気はある。
植物にとって重要なのは、水と土壌。
水に関しては、土に触った感じからして、問題はないと思うが、土壌についてはさっぱり分からない。
ゴンの話によると、神気を循環させる樹ということだったが、神気を発生するということは、神気を与えても意味がないということになるだろう。
何と循環させているのか?
神気の反対に位置するもの・・・思いつくのは大気の汚れや地中の汚れなど。
又は、この世界そのものの汚れ。
いまいちピンとこない。
それに、ゴンのニュアンスとしては、百年前に急に枯れたという話だった。
土壌が理由で枯れたとは考えづらい・・・
分からないことは本人に聞くしかないか・・・
俺は腹を決めた。
「エル、これから少しの間集中するから、物音を立てないでもらえるか?」
「分かりましたの」
エルは答えると、俺から距離をとった。
俺はその場に座り込んだ、胡坐をかき、腕の力を抜いた。
背筋は真っすぐ、だが、力は込めない。
呼吸に意識を集中する、複式呼吸開始だ。
吸って、吐いてを何度も何度も繰り返す。
どんどんと自己催眠状態へと入っていく。
呼吸と共にまずはこの世界樹に人格があることをイメージする。
植物といえども同じ生き物だ、意識があっても決して不思議ではない。
世界樹というほどの立派な木なら、意識があると考えてもいいはず。
催眠の状態になれば、意識を同調することができると思う。
吸う息に、目の前の世界樹が吸う空気をイメージする。
そして吐く息も、世界樹が吐く息をイメージする。
更に自分の足が、根となり、地面と同化していくイメージを強くする、
胴体は幹となり、腕は枝へと変わっていく。
俺自身が、目の前の世界樹になることを強く、より強くイメージする。
世界樹となり、風を感じ、土を感じ、生命を感じる。
あともう少し、
世界樹の生命の波長を感じる・・・
世界樹の波動を感じる・・・
世界樹の意識を感じる・・・
すると遠くで音が聞こえた。
ピンピロリーン・・・
世界樹の意識と繋がった。
話かけてみる。
「聞こえるかい?・・・」
回答は無い。
更に話かけてみた
「聞こえるかい?・・・」
「わ・・・・せ・・・を・・め・・・ば・・・い」
返事とも言えない言葉が返ってくる。
もっと同調しなければ・・・
俺の意識を、世界樹の意識にもっと近づくように、イメージを深める。
世界樹の波動を強く感じる。
「わた・は・・ちょう・とめな・・ば・けない」
世界樹と波長を合わせる。
「わたしはせいちょう・とめな・れば・けない」
「私は成長を止めなければいけない」
はっきりと聞こえた。
「君は成長を止めなければいけないのか?」
俺は聞いてみた。
「私は成長を止めなければいけない」
「それはなぜ?」
「私が成長を止めなければ、人々が争うから」
世界樹の気配が変わった。
こちらの存在に気付いたようだ。
「あなたは?・・・」
「俺は守・・・今あなたと意識を同調している・・・人間だよ」
「守・・・同調・・・人間」
「そうだ、君と同調することで、話ができないかと試してみたところ、どうやら上手くいったみたいだ」
「・・・あなたからは・・・神の気を・・・感じる」
「ああ、ずいぶん体に溜まっているらしい」
「本当に人間?」
「ああ、本当に人間だよ、ただ訳あって、ちょっと普通の人間とは違うらしい」
「・・・」
「それで、何で君は成長してはいけないんだ?」
「私は、成長すると、世界樹の葉を付けてしまう」
「それで?」
「世界樹の葉をめぐって争いが起きてしまう」
「争いが?」
「そう、かつて人々は、世界樹の葉を求め、この島までやってきた。世界樹の葉を使って体を癒し、傷の手当てをした。人々の役に立てたと、私も満足だった。しかし、人々は過剰に世界樹の葉を採取するようになった。やがて、世界樹の葉を求めて争いがおこるようになり。奪い合いが始まり、せっかく癒した傷も、また傷になった。争いは激化し、人々は互いを傷つけあった。暴力の連鎖がはじまり、そして命を落としていった者も・・・」
「・・・」
「私は思った、世界樹の葉で争うなら、葉を付けなければいい」
「・・・」
「だから、私は成長を止めなければいけない」
「そうか・・・あなたは自らの意思で、成長を止めたのですね?」
「そうです、私は人々に争って欲しくないのです」
「では、私を通じて今のこの島を感じてみてください・・・」
世界樹の意識が俺の中に流れこんで来る。
「・・・ああ・・・随分変わりましたね・・・どうやら島に平和が訪れたようですね・・・」
「今、島にいる人間は私だけです・・・あと私の家族もいますが・・・」
「おや?そのようですね。まぁ、神獣様もいらっしゃる・・・」
「ベビードラゴンのギルですね、やんちゃで困ってますよ」
「ありがとう、どうやら私は元に戻ってもいいようですね・・・」
「どうぞ、そうしてください。今後、島であなたをめぐって争いが起きないように、私の家族達で見張っておきますよ」
「ありがとう・・・守さん・・・ひとつお願いしたいことがあります・・・」
「何でしょう」
「このあと、枝を持ち帰って、あなたの許で次木をしてはもらえませんでしょうか?」
「いいですが、どうして?」
「やがてその木は成長し、生れるべき時に生まれてくるでしょう、きっとあなたのお役にたつでしょう。その子は私の分身ですので・・・」
「そうですか、私にはよく分かりませんが、そうさせていただきます」
「では、私は成長させていただきます」
ふいに視界が明るくなった。
目を開けてみる。
俺の目の前で、世界樹は光輝き、ゆっくりと、葉を付けた。
そして、神気を大気中に放出し出した。
俺は一番太い枝を貰い、世界樹に結界を張ってから、家族のもとに帰った。
帰宅した俺は、まず創造神様の石像の傍に、次木を植えた。
神気を土に流すと、次木が根を張った。
皆を集めて、世界樹での出来事を話すことにした。
以外だったのは、誰よりも真剣にギルが話を聴いていたこと。
彼はもう既に言語理解を取得している。
全てを話し終わったところで、ゴンが話し出した。
「納得がいきました、百年前、人々が島から離れていったのは、世界樹が葉を付けなくなり、島にいる意味が無くなったと、いうことなんでしょう。同時に中級神様が島を離れたのも分かります。犠牲者が出たことに責任を感じ、無事島を離れるのを見守る為に同行したんでしょう。そして、自分の代わりにと、ドラゴンの卵を社に奉納し、島の新たな守り神になるようにと、考えたんだと思います」
ゴンの意見は、あながち間違ってはいないだろう。筋は通る。
だが、それではあまりにも、ギルに対して無責任だ。
それにゴンを置いてきぼりにした事も、許しがたい。
「その中級神は元々この島の守り神だったのか?」
「そうです、ただし、初めは下級神として、この島の守り神をしていました。それが、いつの間にか、中級神になっていました」
どうやって昇格したのか・・・
「そうか、下級神から中級神に、どうやってなったかは分からないとうことか?」
「そうです、申し訳ありません」
「いや、謝ることではない」
少し引っかかるところはあるが、大筋はそういうことなんだろう。
だが、正直気に入らない。
中級神の行動に理解はするが、ギルとゴンに対して無責任過ぎる。
もし本人に会う事があったら、問いただしてやりたい。
お前本当に神なのかと。
余りにも慈悲が無さすぎる。
とにかくドラゴンの成長スピードは速い、まるでスポンジが水を吸い込むように、どんどんと成長していく。
ギルが家族になってから二ヶ月ぐらいだろうか。
獣型だとノンよりも頭一つは大きい、俺が面と向かって話すには、見上げないといけないほどだ。
既に人化はできるようになっているが、尻尾や角は、まだ人化しても残っている。
人化すると、身長は俺よりも低く、百六十センチぐらいかと思われる。
金髪で、顔つきはやんちゃ小僧そのもの、相変わらずノンとじゃれ合っているのは微笑ましい。
人語発言も無事習得し、今ではスムーズな会話ができるようになった。
ここは、エルお姉ちゃんの献身によるところ、ただし、今だに納得できないことが、一つある。
初めて発した言葉が「ノン」だったことだ・・・
そりゃあ嫉妬もするでしょうよ、悪かったね、親バカで。
まぁ冷静に考えてみれば、誰も俺のことを「パパ」や「お父さん」なんて言わないし。
実際ギルが初めて俺のことを言った言葉は「アルギ」って、言ってたもんな。
全力で、違うよ「パパだよ」「パパ」と言いって訂正したけどね。
ちなみに今のギルのステータスはこんなんです。
『鑑定』
名前:ギル
種族:ベビードラゴンLv3
職業:島野 守の子供
神力:309
体力:1563
魔力:2053
能力:人語理解Lv5 浮遊魔法Lv3 火魔法Lv3 風魔法Lv3 土魔法LV2 人語発言Lv3 人化魔法Lv2
せっかくなので、他の3人も
『鑑定』
名前:エル
種族:ペガサスLv12
職業:島野 守の眷属
神力:0
体力:1936
魔力:3567
能力:風魔法Lv17 浮遊魔法Lv16 氷魔法Lv14 雷魔法Lv14 治癒魔法Lv5 人語理解Lv7 人化Lv5
『鑑定』
名前:ゴン
種族:九尾の狐Lv13
職業:島野 守の眷属
神力:0
体力:1414
魔力:2459
能力:人語理解Lv6 水魔法Lv17 土魔法Lv15 変化魔法Lv14 人化Lv4 人語発音Lv5
『鑑定』
名前:ノン
種族:フェンリルLv15
職業:島野 守の眷属
神力:0
体力:3843
魔力:2304
能力:人語理解Lv6 火魔法Lv14 風魔法Lv17 雷魔法Lv16 人化Lv4 人語発音Lv5
みんな順調に成長しています。
ちなみにギルは他の三人と違い、神力を保持することができる。
神獣と聖獣の違いということなんだろう。
今度ギルに神気操作を教えようと考えている。
俺はどうなっているのかって?それはまた、おいおい・・・
今、非常に重要なことを考えている。
最重要事項と言っても過言ではない。
その内容はと言うと、どうサウナを改築するのかである。
前にサウナ建設の話をしてから、実はいろいろと手は加えている。
順を追って説明していこう。
まずは、露天風呂を造った、もちろん屋根付き、岩をふんだんに使った広めの風呂、家族全員で入れる。
岩の隙間にコンクリートを流し込み、最後に『合成』で仕上げた。
後は細かい話だが、水風呂に屋根を付けた。
そのおかげで水風呂の水の温度が、十六度前後を保てるようになった。
さらに行ったのは、レモン・カモミール・オレンジ・ジャスミンの栽培、これをロウリュウに使う水に混ぜて、アロマ水として使っている。
やはり、匂いが在るのと無いのとでは大きく違う、特に女性陣に人気だ。
さて、今回考えているのは、サウナの拡張と、塩サウナの建設。
特に塩サウナは重要案件と捉えている。
何故かというと、塩サウナ後のサウナのパフォーマンスは、格段に違うことを、俺はその身を持って知っている。
塩サウナの塩で肌の角質を取り除き、更に毛穴の汚れを除いた肌から流れる汗は、サラサラの汗となる。
すなわち、塩サウナ後のサウナは、短時間で大量の汗がかけるというメリットがあるのだ。
パフォーマンスを中心に考えるならば、これは非常に重要な要素と言える。
ただ、塩サウナを、現サウナの近くに設置ができないのが難点。
その理由は畑に近いからだ。
塩サウナから流れ出る大量の塩が、三十メートル近くは離れる位置にはなるものの、風が吹いて塩が飛べば、畑に影響するのでは?と考えたからだ。
それで、距離は離れるが、いっそのこと、浜辺に一番近い森の一部を切り開いて、そこに設置してしまおう、という結論に行きついた。
塩サウナの後は、しっかりと体に付いた塩を流す必要がある為、大きな瓶も用意した。
そして、サウナ本体の改装を行う。
今回、贅沢にもサウナストーブを一台増設する予定、サウナ室自体も倍の広さにしたいとの考えからだ。
サウナストーブ一台では、さすがに高温になるまでに、時間が掛かり過ぎるだろうと考えた結果だ。
出費は痛いが、ここにはお金を掛ける意味がある。
というのも、人型になれるようになったギルが、サウナデビューしたからだ。
まだまだ『黄金の整い』は浅いが、それでも楽しめているようだ。
あと、世界樹が活動を再開したせいか、大気中の神気の濃さが少し増したような気がする。
これで少しでも、この世界の崩壊が、遅くなってくれたのであればいいのだが・・・今の俺の知るところではない。
ちなみに、ノンは俺の指導の下、現在熱波師の猛特訓中です。
頑張れノン!良い熱波を期待しています。
ただいま絶賛サウナの改築を行っている最中である。
予定道り順調に進んでいる。
既に、サウナ室の拡張と二台目のサウナストーブは設置済み。
今は、塩サウナの建設中だ。
先にも考えを述べたように、サウナから離れた所に建設の予定だ。
木を切り、設置場所を確保する。
自然操作にて地面を造っていく、草を刈り、土を耕す。
不要な石などを取り除き、その後耕した土を固めていく。
ここで一つ手を加えなけばならない。
サウナルームを設置する箇所は平行にするが、それ以外の地面は、海に向かって下がっていくように傾斜をつけなければならない。
大量の塩が発生する為、少しでもその塩が海に流れ込むようにしたいからだ。
自然操作を使用し、地面を造った。
そしてここからは塩サウナの建設。
塩サウナにとって、最も大事な要素は、湿度の高さだ。
その為、木製では心もとない、そこで、外部は木製のままだが、内側の床から壁、更には天井までをタイル張りにすることにした。
ありがたいことに万能鉱石は粘土にもなる、それを『加工』にてタイルを造っていく。
そのタイルを『合成』で、木目に張り合わせていく。
これをサウナルーム内の床、天井、壁に行う。
更にサウナストーブにも手を加える、加熱部分の上盤の上に水が入るように、容器を造った。
これで湿度は早い段階から高くなると考えている。
最後に、大きな瓶をサウナルーム内の中心に設置し、大量の塩を入れて完成した。
これで整いは深くなるだろう。
さっそく皆で塩サウナを体験してみた。
予定通り、湿度の高いサウナルームとなっていた。
肌がツルツルになると、女性陣は大喜びだ。
ギルは普通にサウナとしても楽しいと感じている様子。
ノンに至っては、気合を入れ過ぎて、
「塩が目に入った!」
と大騒ぎしていた。
塩は目に入れるものではありません。
サウナ満喫生活は順調に行っていると言っても、過言ではないだろう。
満足度が日に日に増していっている。
重畳、重畳。
雨の日の過ごし方について話をしよう。
基本的に雨の日は、家の中で過ごす。
狩りにも行かないし、畑にも行かない。
そもそも雨の日は珍しく、週に一度降るか降らないという程度で、降っても一日中雨が降ることはまずない。
半日もすれば止んでしまう。
ゴンによると、年中こんな感じらしく、特に雨期なども無いらしい。
身体にとっては、とても良心的な天候であるといえる。
気温も特に変化がなく、大体日中は二四度前後、身体に優しく大いに結構。
雨の日は少ない為、雨の日は持て余し気味だった。
そこで、雨の日限定のゲーム大会を行うようになった。
ゲームと言っても、一番行う頻度が高いのはジェンガ。
その次にやるのはダーツ、たまに行うのは、暗算大会。
まず、ジェンガだが、特別ルールが設けられている。
それは、五秒以内にパーツを抜かなければならないということ。
きっかけは、慎重になり過ぎたゴンが長考し、苛立った俺が追加ルールを加えた。
次にダーツだが、これは通常通りに行っている。
追加ルールは無し。
そして、異色の暗算大会は、実は、ギルが人型になったのを機に、俺が皆に読み書き計算を教えだしたのがきっかけだった。
夕食後に、三十分間の勉強の時間を設け、計算を中心に授業を行っている。
エルとゴンは、元々足し算と引き算はできていたが、掛け算と割り算はできていなかった。
今は特に覚える必要はないかもしれないが、学んでおいたほうが何かと今後役に立つだろう。
基本的な算数は会得しておいて欲しい。
そして、意外や意外、ここ三回連続で暗算大会のチャンピオンはノンだった。
ものの見事に計算を行う。二桁と二桁の掛け算の問題では、出題後直ぐに答えてしまう俊才ぶりだった。
それに負けじと、負けず嫌いの我が家の息子と娘達は。
今ではたまに、思い立っては、地面に数字を書いては、計算をしている。
良い傾向だ。
後、読み書きも順調に覚えていっている。
基本的な勉強は、今後何かしらの役に立つと俺は思うのだ。
今から勉強をする習慣をつけて欲しいとも思う。
夕食後、今日は授業は止めて、お話をしようと皆に伝えた。
片付けを終え皆でテーブルを囲んでいる。
「なぁ皆、この先やりたいこととか、あったりするのか?」
問いかけてみる事にした。
突然の俺の問いかけに、皆、考えこんでいる様子。
するとノンが話しだした。
「僕は、強くなりたい。まだ、主には一度も稽古で勝ったことは無いけど、主を守れるような男になりたい!」
ふぅ、あの甘えん坊だったノンが、こうまで成長するとは・・・少し寂し気もするが・・・
空気感としては違うが、思わずノンの頭を撫でてしまった。
俺は親バカだ。
ゴンが続けて話し出した。
「私も強くなりたいですが、私は魔法の研究というか、鍛錬というか、主が能力の開発を行っているように、私は魔法の開発を行いたいと、思っております」
「ほう」
思わず関心してしまった。
「私には、主のように神力を扱うことはできないです。でも魔法は使えます。魔法には適正があると言われていますが、それだけでは無いんじゃないかと、主を見て思うのです。ですので、私は魔法の研究がしたいです」
ゴンらしいといえばそれまでだが、それはそれで良いと感じた。
「いいじゃないか、やってみろよ」
「はい」
すると、エルが俺を見ながら徐ろに話しだした。
「私くしは、一度天使の村の兄弟達に、会いたいと思いますの」
「うん」
「村を飛び出して、そのままこの島にずっといますので、心配しているのではないかと、気にかけてますの」
そうだな、今まで気遣え無くて、申し訳無いとすら思う。
一度帰らせるべきだな、ただ、この村の秘密は伏せて貰うように話しをすべきだな。
「そうだな、一度帰ったほうがいいだろう」
頷くエル。
そして、ギルは下を向いていた。
他の皆が、次はお前だとギルに視線を送っている。
ギルが意を決したという表情で、俺を見た
「僕は・・・僕は・・・パパの様になりたい!」
ギルが振り絞る様に言った。
「そうなのか?」
意外な発言だった。
「うん、パパの様になりたい・・・パパは人間で・・・でも神様なんだ」
ギルが一生懸命話そうとしているのが分かる、必死に言葉を探している様子。
「そうなのか?」
「そうだよ、パパはいろんな能力を持っていて、強いし、何よりも凄いじゃないか、僕もそうなって、この島を、世界樹を守らないと・・・」
やはりそう想うのか・・・
「どうして世界樹を守ろうと思うんだ?」
「どうしてって、僕、世界樹の話を聴いた時に思ったんだ。おそらく僕は、中級神様がこの島の守り神として、僕をここに置いていったんだって。ゴン姉ちゃんもそう言ってたし、だったらそうしないと、いけなんじゃないかって・・・それに世界樹がまた、酷い目に合わないように守ってあげなきゃって・・・」
思った通りだな・・・ギルがそう思うのはしょうがないが、本当にそれでいいのか?
「そうなのか?」
「そうだと・・・思うんだ・・・」
下を向いて、何かに耐えているような表情を浮かべている。
「そうか、ギル、お前は優しいな、俺はお前のパパになれて本当に良かったよ。ありがとう。でもなギル、中級神の目論見通りになる必要なんてあるのか?お前は自分の好きなようにしたら良いと、俺は思うんだけどな・・・」
ギルが顔を上げてこちらを見る。
「そうなの?」
「そうだよ、中級神には中級神なりの考えがあったのかもしれない。でもな、俺から言わせてもらえば、まだ生まれても無いお前を社に置いて、あとはよろしくってのは、無いと思うんだ。はっきりと言わせてもらえば、無責任なんだよそいつは。それにゴンを置き去りにしやがって、腹が立つんだよ。そんな奴の思う通りになんてなって欲しくないな。俺は」
ギルはまた下を向いた。
「・・・」
ギルは言葉に詰まっている。
更に俺はたたみ掛けた。
「違うか?ギル、勝手に役目を背負う必要なんて無いと思うぞ。お前はお前の好きなように生きなさい。全てはこのパパが引き受けてやる。いいな!」
言いたいことを言ってやった。
もしかしたら、俺の自己満足かもしれない。
しかし、これを間違っていると俺は一切思わない。
思いたくもない、だってそうだろう?
生れてすぐに、何にも分からないまま、勝手に自分の知ら無い所で、勝手に役目を与えられる。
こんな勝手があるもんか!
生きとし生ける者、その全ての者が、自分の思うが儘に、目指したい自分があっていいと思う。
それすらも無いなんて、あまりに一方的な話は、俺は容認できない。
ましてや、自分の家族にそれは許せない。
勝手な奴だと思われてもいい。
でも、生まれながらに自由を奪われるのは、俺には絶対に許せない。
「うん!分かった!」
ギルは目を輝かせていた。
「よし、いい返事だ!」
見回すと、皆の目が輝いているのが分かった。
ゴンはうっすらと涙を浮かべていた。
「じゃあ、俺からいいか?」
皆が俺の方を向く。
「今のすぐじゃないから心配しないで欲しいんだが、この島を出ようと思う」
「「「「えっ!」」」」
四人が固まっていた。
「いやいやいや!驚きすぎ」
皆が正気を取り戻すまで待った。
「いいか、皆、俺は人間だ」
四人がブンブンと縦に首を振り回している。
「でも、普通の人間じゃない、自分で言うのもどうかと思うが・・・まぁ、皆の知っている通り、神様の修業中だ。そして、この体にはたくさんの神力を宿している。そして、いろんな能力も持っているし、今後も開発していくつもりだ。でも俺が思うに、これ以上の能力の開発には、そろそろ限界が来ていると感じている。そしてなにより、この世界の神様達に会ってみたいんだ。一人で旅に出ようかとも考えたが、俺には皆を残して旅にでることは出来ない。だから、皆と旅に出たいんだ。それに神様に会う事は俺だけじゃなくて、ギルにも必要なことだと俺は考えている」
ギルが頷いていた。
「なので、準備が整い次第、この島を出ようと思っている」
間をおいてから、ゴンが言った。
「それはいつなんでしょう?」
「だから準備が整い次第って」
ギルが体を乗り出して言った。
「世界樹はどうなるの?」
明らかに四人はまだ動揺している。
一度手を叩いてみせた。
「はい、注目!島からの旅出は、ちゃんと準備が整ってから。万全の態勢を整えてからとなります。いいですか?」
「「「「はい」」」」
少しは落ち着いたかな?
大丈夫そうだな。
「なので、早くても半年後、になります」
「「「「おおー!」」」」
皆で顔を見回している。
「準備にはしっかりと時間をかけます」
頷く四人。
「そこで、皆に前持って話しておきたいことがある」
「何?」
ノンが食い気味で反応した。
「まず、これだけは守って欲しいルールが三つある」
皆が姿勢を正した。
皆を見回してから、俺は話し出した。
「まずは、世界樹については、絶対に外部には話さないでくれ、特に世界樹の復活については言ってはならない。下手に漏れて、また、同じ悲劇は繰り返さない必要がある。世界樹とも約束したしな・・・分かるだろ?」
皆、集中して話を聞けているようだ。
「次に、これは創造神様との約束だから絶対に守って欲しい、『黄金の整い』の方法を明かさないこと」
フムフムといった様相。
「最後に、俺についてだ、俺の能力についてだが、お前達以外の人の前では、使わないようにしているのは分かっているな?分かりやすい話しとしては、アグネスだ。俺は、アグネスの前では、『収納』の能力以外を見せていない。あえてそうしている。ただの転移者の人間だと思われるようにしている」
ノンがそうだったのかという表情をしていた。
マジかノン、お前以外は皆なは分かってたみたいだぞ。
ギルですら頷いてるぞ。
「以上だが、守ってもらえるか?」
「「「「はい」」」」
口を揃えて返事が返ってきた。
「あっ、次いでだから話しておくと、世界樹なんだけど、俺の結界に守られているから問題ないと思う。神力を扱えない者は、近づけ無いようにしてある。あと、前に世界樹と同調してから、世界樹とは交信が行えるようになったんだ。何でも世界樹が言うには、この世界のほとんどが、地下で根っこが繋がっているらしい。だから俺の近くに草花があれば、どこでも交信は可能らしいんだ。今は毎朝、世界樹に話し掛けれられているよ。とは言ってもほとんどが天気の話だけどな。だから、この島を離れても、何かあれば連絡が取れるってことだ」
皆が胸を撫で下ろしていた。
まだまだ先のこととはいえ、島を離れることに俺は少し、興奮してる。
新たな出会いを求めて、そして刺激を求めて、見たことの無い景色を見てみたい。
こいつらとなら、もっともっと楽しめそうだ。
旅立ちの準備が進められている。その中心は俺の能力の開発と、この世界の勉強。
無理なく順調に進んでいる。
この世界の常識の話しをすると、一年は三百六十日、一週間は七日、一ヶ月は三十日とほとんど地球と変わらない。
時間も十二進法で何も問題はない。距離と重さの単位は街や国によって違うので、一概には言えなく、世界の共通の単位はないらしい。
以外だったのは休日という概念が無いらしく。又、祝日も無いということらしい。
祭りや祝祭は、各街や村で行われることはあるらしいが、年に一度程度。
この世界の人々は働き者なのか?遊びを知らないのか?休みたいと感じないのか?どうしてもこれには違和感を感じる。
もしかしたら娯楽が少ないからなのか?
生活様式は街によって随分違うらしく、特に、全世界共通というものは無いらしい。
まぁ多種族が暮らす世界だから、そうなのだろう。
礼儀作法もあるにはあるが、それを気にするのは一部の者達だけらしい。
その点は助かる。
不作法ですいません。
こんなところだろうか。
今は、俺以外の四人はエルを中心に、人化のレベル上げと、更にギルは浮遊のレベル上げを頑張っている。
獣耳や尻尾がなかなか消せないようだ。
俺はというと、いくつかの能力を獲得していた。
『変身』『念話』『探索』
『変身』は同調で得た感覚をもとに、自分の体が変わっていくことをイメージしていたらあっさりと身に付いた。
ノンにフェンリルの格好に変身したところを見せた時には、無茶苦茶ビビられた。
やっぱりノンのリアクションは、ハズレがない。
いつも楽しませてくれてありがとう。
『念話』は、世界樹との交信の延長みたいなもので、直ぐに身についたし。
今では四人全員との『念話』が可能になった。
ただいくつか、条件があって、少し不憫さはある。
まず、能力の発動には神力が必要な為、ノン・ゴン・エルは神力が切れている時は、使えない。
彼らは神力を体内に保っていられないのだからしょうがない。
全員通話は『黄金の整い』後の、数時間に限定されている。
これでは、俺とギル間でしか、無制限で繋がれない為、ゴンに魔法による『念話』を取得するように話してみた。
俺のサポートを受ける形で、魔法開発を行ったところ、無事に成功した。
全員と繋がる時は、神力と魔力の両方を持っている、ギルを介して『念話』を行うようにしている。
使用時に若干のタイムラグがあるが、無いよりはよっぽどましだ。
というより、この能力は島を離れる上では必須の能力だ。
人前で話してはいけない時があることが、考えられるからだ。
そして『探索』も狩りの中で身についた。
脳内マップをイメージし、獣の気配を辿ることを繰り返し行っていたら、脳内マップに気配を感じた獣が示されるようになった。
今は獣しかマッピング出来ていないが、レベルを上げていくことで、その対象を広げれるようになると考えている。
いやー、順調!順調!
順調ではなくなっていた。
壁にぶち当たっている、今獲得を目指している能力が『転移』
既に開発を始めて一ヶ月以上が経っている。
まったくもって獲得できる気がしない、気配すら感じない。
この能力の獲得無くして、島を離れることはできない、と言うより離れられない。
島への行き来が、片道切符では何かあった時に困るからだ。
なにより、島を離れるといっても、一時的なものと考えている。
なんなら、毎日島に帰ってくるぐらいに俺は思っている。
時には、現地で宿泊するのも良いとは思うが。
お金もかかるだろうし、旅とは言っても日帰りぐらいにしか考えていない。
なので、転移はないと話にならない。
旅の目的はあくまで神様に会うことと、この世界を見ることだ。
厳しい長旅なんてする気はサラサラない。
能力の獲得に向けて、いろいろなイメージをしてみた。
五メートル前にいる自分をイメージした。
目に見える場所に移るイメージをした。
行きたいところを強くイメージし、そこに自分がいるところをイメージした。
扉をイメージし、別の場所にある、もう一つの扉に繋がっているイメージをした。
イメージした時に全身に神気を纏ってみた。
自己催眠の状態でもやってみた。
思いつくことは大半やった。
だが決定的な何かが足りないと自分でも感じる。
一体何が足りないのか?
時に脱線して『転移』と『転送』の違いについても考えてみた。
『転移』は自分自身が移動すること。
『転移』は物が移動すること。
どうなんだろうか?あっているのだろうか?微妙だな・・・
それはさておき。
能力の獲得には、強いイメージ、具合的なイメージが必須であることは、これまでの経験から分かっている。
でも『転移』に関しては、それだけでは通用しない。
何かが足りない?
こうなったら、一から考え直してみる。
まず言葉の意味『転移』とは、一瞬にして自分が移動すること。
転は転がる、移は移動のこと、いまいち飲み込めない。
どういうこと何だろう・・・
あれ?何かが引っかかる。
一瞬にして移動する・・・一瞬とは・・・ゼロ秒・・・時間!
分かった気がした。
時間をイメージに重ねる必要があるということか?
又は、それをトリガーにするということなのか。
まずはやってみる、五メートル前に自分がいることを強くイメージした。加えて時間をイメージする。過去・現在・未来、イメージは現在。
時計の針をイメージする、その時計の針がゼロ秒を指す時に能力が発動する。
更に、全身に神気を纏わせる。
ゼロ秒を時計の針が刺した。
シュンッという音がしたような気がした。
五メートル先に自分がいた。
ピンピロリーン!
「熟練度が一定に達しました。ステータスをご確認ください」
やった・・・何だかどっと疲れた気がする。
気晴らしにノンでも驚かせてこよう。
ノンの前に突然現れてみた。
「ピギャー!!」
ノンは素晴らしいリアクションをしていました。
やっぱりこれ好き。
何度か『転移』を繰り返したが、ピンピロリーンは聞こえてこない。
なかなかレベルアップしてくれない。
何故だろう?
俺の求める『転移』とは、五メートル先に瞬時に移動することではない。
はたまた見ているところに、自分が瞬時に移動することでもない。
あくまで、自分が行きたいと思うところに行けなければ意味がない。
今のままでは、ただの瞬間移動でしかない。
ならばと、行きたいところにいるイメージを重ねて『転移』を発動してみたが。
駄目だった。
何が足りない?
イメージが弱い?
イメージとして景色を思い描いているが、もっと強くイメージする?
匂いはどうだ?
肌の感覚・・・味覚・・・聞こえる音を・・・
こうなると、馴染み深いところでないとイメージが鮮明にならない。
景色を・・・匂いを・・・肌に感じる空気を・・・味を・・・音を・・・
強く五感でイメージしてみる。
シュンッという音がした。
家の中にいた。それも日本の我が家に。
うっそーん!
ピンピロリーン!
「熟練度が一定に達しました。ステータスをご確認ください」
久しぶりの我が家だ。
半年以上は帰ってこなかった、我が家。
家の中を見渡すと、懐かしさがこみ上げてくる。
時計の針がカチカチなる音すら懐かしい。
いつも座っていた椅子の感覚。
空気感や匂い、その全てが懐かしい。
五感で我が家を感じた。
何となく、壁に触れてみた。
「帰ってきたんだ」
思わず呟いていた。
意味もなく、家の中をうろうろとしてみた。
電気が付くか確認してみた。
水道も確認してみた。
ガスコンロも付けてみた。
問題なし・・・問題なし?・・・ほんとに?
ふと不安になった。
もしかして日本で能力が使えないんじゃ・・・
怖る怖るやってみた
『転移』
島での様子を五感でイメージした。
シュンッという音がした。
島のいつも昼飯の時に座っている椅子に座っていた。
良かったー!ちゃんと戻れたー!一瞬ビビったー!
そうか、日本の我が家をイメージした俺が悪いんだな・・・
ちょいちょいこういうドジなことをやってしまう俺・・・
異世界に帰れてほっとした。
ふぅ〜危ない、危ない。
でもよかった!
これで日本に戻れることが分かったぞ。
とっ、いうことで、明日にでも行きますか?
久ぶりに行きつけのサウナに!!
よっしゃー!
サーウナ!サウナ!サーウナ!サウナー!
あっ、すいません、はしゃぎ過ぎました。
だって、嬉しいんだもん。
皆に数日日本に戻ると話したら、全員口をあんぐりと開けていた。
ノンは顎が外れたと騒いでいたが、無視しておいた。
戻ってきた我が家を改めていろいろと見て回った。
やはり、埃がたまっている、これは自動掃除機に任せて、さっそく行かせて頂こう。
逸る気持ちを落ち着かせ、玄関の鏡で自分の姿をチェック
『変身』の能力で六十歳の私に変身した。
二十歳のままではサウナフレンズ会った時に、大変なことになる。
うん、落ち着いてるな。よし!
愛車のエンジンを掛けてみたが、掛からなかった、バッテリー切れの様子。
まぁ、そりゃそうか。半年以上経ってるからね。
ならばと、交通機関を使って行きつけのサウナに向かった。
懐かしの行きつけのサウナ『おでんの湯』
お久しぶりです、思わず外から拝んでしまった。
ここに何度来たいと思ったことか・・・
いや、いや、いやー!良いもんですなー、久しぶりの行きつけのサウナ。
日本に帰って来たことを改めて実感した。
日本のスーパー銭湯とは、これほど良い物だったんだと改めて思う。
外観を見ただけで感慨深いものがあった。
受付には顔なじみの店員、受付を済ませ、さっそく脱衣所に向かう。
変わらないロッカーと、鏡、さっそく入浴の準備を済ませる。
浴場に入ると薄っすらと感じる、サウナストーンの焼ける匂い。
変わらない椅子の位置。
いつも見かける掃除する店員。
幸福感でいっぱいになる。
顔がほころんでいるのが自分でも分かる。
まずは、体を洗い、次に髪も洗う、全身隅々まで綺麗にする。
これ最低限のマナー。
お風呂に入る、本日の日替わり湯は湯布院の湯、とても温まる。心地いい。
湯温は四十一度、サウナ前には適温だ。
さて、いただきましょうかサウナを。
では、いただきます。
通い詰めたサウナ室に入る。
おっ!今日は上段が空いている。
珍しいな、もちろん上段に位置を取る。
今日の温度は九十度丁度、湿度はオートロウリュウ前なのか少し低め。
ものの数分で汗をかきだした。
やはり、熱めの風呂の後はパフォーマンスが良い。
島のサウナも良いが、やはりガスストーブのサウナのパワーは違うと感じる。
熱の入りが良い。全身に熱を感じる。
ワンセット目なので無理はせず。物足りなさを残しながらもサウナ室を出る。
掛け水をしてから、水風呂へ入る。
これは絶対的なマナー。
本日の超冷水風呂は七度の設定、グルシンだ(シングル温度の水風呂のこと、サウナ用語である)
痺れるねー。
本当は潜水は禁止されているが、ごめんなさいと心で言いながら、一気に頭まで浸かる。
そして直ぐに超冷水風呂から出る。
タオルで軽く身体を拭く。
外気浴場にはお客が多かったので、残念ながらインフィニティーチェアーはお預け。
椅子に浅く腰かけて、心拍数に意識を向ける。
『黄金の整い』の時間だ。
呼吸に意識を向ける・・・複式呼吸を繰り返す・・・深い自己催眠状態へと入っていく・・・空気中の神気を吸い込み、体の要らない汚れを吐き出していく・・・体に神気を溜めていく・・・体中が神気に満ちていく・・・整ったー・・・余韻を味わう・・・
余韻に浸っていると声を掛けられた。
「あっ、お久しぶりです」
目を開けると見慣れたサウナフレンズがいた。
「おっ!久しぶり」
余韻が消え、即座に反応した。
「どうしてたんですか?全然見かけなくなったから、どうしたのかと心配してましたよ」
サウナフレンズの飯伏君だ。
「おお、悪い、悪い、ちょっと遠出をしててね」
身体を起こして彼を見た。
まさか異世界の無人島にいたとはいえ無いな。
「サウナハットおじさんなんて、もしかして死んじゃったんじゃないか?なんて言ってましたよ」
死んだって唐突な。
「俺の事?」
「ええ、そんな訳無いじゃないですかって、話してたところでしたよ」
「ごめん、ごめん、心配かけちゃったな」
俺の全身を見回して、彼は言った。
「なんかちょっと雰囲気変わりました?」
「そう?自覚はないけど」
変身で六十歳に戻ったけど甘かったか?
「だって、話し方も、今までは私って言ってたのに、俺って、珍しく口調が若返ってるじゃないですか」
しまった!これは良くない。
肉体につられて精神が若返ってしまっていた。
こちらでは言葉使いも、六十歳の自分に戻らないといけない。
初歩的なミス、これはよくないぞ。
気を付けねば。
「ははは、そうだった?」
取り繕うように笑ってみせた。
「そうですよー」
「ハハハ」
笑って誤魔化すしか無かった、顔引きつってるかも?
サウナフレンズの一人の彼の名前は知らないが、私の中では飯伏君で通っている。
なぜ飯伏君かというと、私の好きなプロレスラーの飯伏選手に顔が似ているからだ。
それに彼もプロレスが好きらしい。
だから勝手に飯伏君と心の中で呼んでいる。
多分、同様に彼も私に仇名を付けて、心の中で呼んでいると思う。
私の予想としては、「豊川さん」だと思う。
何故かと言うと、前に
「俳優の豊川なんとかさんに似てるって、言われたことないですか?」
と言われたことがあるからだ。
そう言われて、ネットで調べてみたところ、確かに見たことがある俳優さんで。
いぶし銀でイケメンの俳優さんだったので少し嬉しかった。
実は他でも、その豊川なんとかさんに似ていると、言われたことはあったので、違和感は無かった。
私と同じ仇名センスならばそうなるが、本当の所は彼のみぞ知るである。
そして、サウナ愛好家あるあるだと思うが、付き合いは長いのに、お互いの名前は知らないという現象。
お互いの家族、仕事先、趣味なども知っており、もはや友人と呼べるほど仲は良い。
合えば、必ず挨拶はするし、世間話もする。
時には相談事までするのに、名前は知らない。
そして、勝手につけた仇名を心の中で呼んでいる。
こういった仲間が私には、七人ほどいる。
まずはこの飯伏君、先ほど名前がでた、サウナハットおじさん、師匠、柔道マン、ワクワク君、マリオさん、コラントッテさん、このサウナフレンズ達は会うと必ず挨拶をし、世間話をする。
世間話といっても大半はサウナについてなのだが、それはそれで楽しい。
今日は客数が多いから温度が低い。
今日の水風呂は温度が低め。
今日はサウナの日だから温度が五度高い。
今日の外気浴は寒いからいまいち、等々。
まぁあとは、あそこのサウナ施設が良いとか、ここのサウナはここが良いなど。
耳寄りな嬉しい情報も多々ある。
そして、この飯伏君だが、ほぼ友人関係のような付き合い。
彼の職場や趣味、お勧めのサウナや好きな映画まで知っている、挙句の果てには、奥さんとの関係性まで相談に乗ったことがあるぐらいだ。
彼とは知り合ってから、もはや十年以上経つ。
そんなに長い付き合いなら、名前ぐらい聞いても?と思われるかもしれないが。そうともいかない。
そりゃあ聞こうと思えば、聞けるし、聞かれれば答えるが。
ずっとこの関係で来ていて、今さら聞いてもなぁ、というところだろうか。
名前を聞くのも今となっては、正直恥ずかしいのだ。
多分、私と同様に、向うも私のことを勝手に仇名?名前?をつけて、心のなかで言っていると思うし、今さら名前を聞くのもなと思っていると思う。
でも、この関係が実に心地よかったりもする。
このサウナフレンズとの距離感が、私にとっては心地いいのだ。
「そろそろニセット目行くけど、行く?」
「行きましょう、行きましょう」
二人揃ってサウナ室へと向かった。
さて、まずは一つ気になったのは、やはりこの世界の神気は濃い。
日本での『黄金の整い』で、久しぶりに充実した満足感があった。
異世界では、正直物足りなさがあったのだ。
日本での整いは、何と言ったらいいか表現に困るのだが、あえて言うなら。
神気が上手い、の一言に尽きる。
日本の神気が濃いのか、異世界が薄いのか?創造神様が言う通りならば、異世界が薄いのだろう。
そして後は、こちらでも能力が使える。
ただ、使い道はほとんど無い。
何故なら、下手に使用しているところを誰かに見られたら、とんでもないことになるに決まっている。
それぐらいは深く考え無くても分かるものだ。
『転移』するところを見られたり『自然操作』をしてるところを、見られるどころか、動画を取られてしまったら、とんでもないことになるのは目に見えている。
こちらでは、あくまでも一般人として暮らさないといけない。決して神様修業中な感じを出してはいけない、先ほどの一人称問題も、もっと気をつけるべきなのだ。
もしバレてしまった場合、最悪は異世界に入り浸るという手も無くは無いが。
それは、こちらでのサウナ満喫生活の終焉を意味する。
それは望むところでは全く無い。
というか、あり得ないし、望まない。
まだまだ日本でのサウナ満喫生活を捨てる気などまったく無いのだ。
せっかく帰ってこれたのだから、上手くやっていきたい。
帰宅した。
絶賛日本の物品で島に持ち込んでもいい物を物色中。
とにかくプラスチック製品はNG。
その理由は、あまりに不自然だからだ。
プラスチック用品は、異世界では一切見かけないものであると考えている。
まだ異世界の島以外の世界を知らないが、そう考えた方が、無難だと思っている。
それだけ石油製品は異世界にとっては、異物だといえることは、間違い無いだろう。
ここで俺は、違和感を感じた。
よくよく考えてみると、島の生活では、ゴミというものは一切無かった。
無駄であると考えられる、獣の内臓も、一部はウィンナーの皮に使ったりしている。
それ以外のものは、本当はホルモンなどにもしたいのだが、今はそれほどの余裕が無い為、あえて畑の肥料にしている。
今では、広大になった畑には足りないぐらいだ。
そして、一番利用価値が無いと思っていた獣の骨も、細かく砕けば、良質の肥料として活用出来ている。
更に獣の皮は『合成』で上質な衣服へと変わる。
捨てるところが無いといった具合だった。
だからと言って、獣の乱獲はしない。
沢山あればいいというものでは無いと、分かっているからだ。
そういった感じで見ていくと、持ち込める物はほとんど無かった。
ただし、危険を承知でも持ち込みたい物がいくつかあった。
まずは、歯磨き粉と歯ブラシ。
島では、木から歯ブラシを造って、使っているが、使用感や満足度がとても低い。
正直洗った感覚が薄いのだ、匂いすら残っているのでは?
と感じる時すらある。
毎回念の為『分離』で歯の歯垢を分離しているほどだ。
日本での歯ブラシを知ってしまっている身としては、余りに歯磨きが不完全なのだ。
必ず収納に保管して、バレないように使用することにしようと思う。
あと、どうしても持ち込みたいのが、シャンプーとリンスと洗剤。
いわゆる汚れ落とし物。
島では、貝殻から石鹸を『合成』にて、作成できたのだが。
どうしてもシャンプーとリンスと洗剤はできなかった。
と言うのも、原材料が何なのかさっぱり見当が付かなかった。
前にシャンプーの材料の表記を見たことはあったが、薬品的な響きの表記が大半で、さっぱり分からなかった。
薬品や、石油系の物が含まれていることは前々から知っていたが、改めて造る側に回ってみると、全然作れなかった。
シャンプーやリンスや洗剤は、百円均一で瓶を買ってきて、詰め替えて持っていこう。
唯一、そのままで持ち込めると分かったのは包丁のみ。
これは嬉しい、やはり日本の包丁の切れ味たるや、世界一だと感じる。
『加工』によって造った包丁は島にもあるが、はやり切れ味が違う。
日本の技術はあっぱれである。
しかし、こうして見てみると、現代社会には石油というものが深く関わっていることに、考えれさせられる。
快適で便利な生活には、石油資源が必要ということなのだろうか?
ただ、異世界では、魔法がある為、資源に頼ることはないということなのだろう。
まだまだ異世界を知る必要があると感じる。
もし、この日本のレベルの科学力を持ち合わせ、かつ、そこに魔法の技術が融合した国があったとしたならば、手を付けられない脅威となると思う。
今は無いことを祈ろう。
突然だが、なんてことない話をしよう。
ランクアップ時や能力獲得時に鳴る、自分にしか聞こえないあの音。
ピンピロリーンの音の後に流れるアナウンス
「熟練度が一定に達しました、ステータスをご確認ください」
何か聞いたことがある声だな、誰の声だろうとずっと気になっていたのだが、その答えがやっと分かった。
「ETCカードが挿入されていません」
この人の声だった。
とても聞き慣れていた声だった。
ていうかこの人なの?というぐらい似ている。
本当になんてことない話です。
旅の準備は着々と進んでいる。
現状としては、俺以外の家族の四人は、全員人化のスキルにて、ほぼ完璧な人化ができるようになっていた。
唯一、疑わしいのはギルで、気を抜くと、尻尾が生えてしまうようだ。
まだ時間は充分にある。
焦らず頑張れ!
四人のステータスはこの通り
『鑑定』
名前:エル
種族:ペガサスLv15
職業:島野 守の眷属
神力:0
体力:2304
魔力:4123
能力:風魔法Lv17 浮遊魔法Lv16 氷魔法Lv15 雷魔法Lv15 治癒魔法Lv10 人語理解Lv7 人化Lv7 人語発音Lv6 念話Lv1
『鑑定』
名前:ゴン
種族:九尾の狐Lv15
職業:島野 守の眷属
神力:0
体力:1984
魔力:2893
能力:水魔法Lv18 土魔法Lv16 変化魔法Lv14 人語理解Lv7 人化Lv5 人語発音Lv5 念話Lv1
『鑑定』
名前:ノン
種族:フェンリルLv17
職業:島野 守の眷属
神力:0
体力:4301
魔力:2802
能力:火魔法Lv18 風魔法Lv17 雷魔法Lv17 人語理解Lv7
人化Lv5 人語発音Lv5 念話Lv1
『鑑定』
名前:ギル
種族:ベビードラゴンLv6
職業:島野 守の子供
神力:540
体力:3001
魔力:3203
能力:人語理解Lv5 浮遊魔法Lv4 火魔法Lv6 風魔法Lv7 土魔法LV4 人語発言Lv5 人化魔法Lv4 念話Lv1 念話(神力)Lv1
ゴンが相談してきた、魔法の開発についてだ。
俺が能力開発をしている姿を見て、刺激を受けたということらしい。
ただ魔法の開発と能力の開発がイコールかどうか分からないので、何とも言えないのだが。
「私の特性を生かした魔法を開発したいと思っていますが、何から手を付けたらいいのか分からなくて、主はどのように能力を開発しているのですか?」
イメージとかいろいろだが・・・
「うーん、俺の能力の開発方法が、そのまま魔法の開発に繋がるかどうかは分からないがいいのか?」
「はい、お願いします」
姿勢を正すゴン。
「俺の場合はとにかくイメージを固めること、ここに尽きる」
「イメージですか」
いまいち掴みきれていない様子。
「そう、ちなみにどんな魔法を開発したいんだ」
まずはそこからかな。
「今考えているのは『透明化』です、私は変化が得意ですので、親和性がある魔法かと考えてまして、開発しやすいのかな?と」
確かに『変身』と『透明化』は親和性があるような気はするな。
『透明化』は俺も必要と考えていた能力だから、ちょうど良い機会かもしれない。
「うん、良いアプローチじゃないかな」
「しかし、先に話したとおり、何から行えばいいのか分からず、主はどうしてるのかと思い、聞いてみたのです」
俺はイメージを固めるのが最優先なのだが・・・
「じゃあ、ちょっとやってみるか」
お手本としては、やってみた方が早いということだろう。
「はい、お願いします!」
俺の前にゴンを座らせて、俺も座る。
「まずは、全身の力を抜く、そして、イメージし易いように、目を閉じる。最初に透明化のイメージを造る。自分の体を意識し、自分の体が、どんどん薄くなり、空気中に溶けていくことをイメージする。どんどんどんどん溶けて行って、体が透明になる。だが、ちゃんと意識は保っている。体は空気に溶けて、見ることはできない。だが、ちゃんと意識はある。そして、今度は気配を消す。空気中にまだ、残っている存在感も空気中に溶かしてしまう。まだ足りない。もっと透明にする。ただ、見えないだけでは透明では無い。存在そのものが無くなる。存在その物が無くなっているので、人や物が、その空間を通り抜けることができる。そのイメージをより深く、より深くイメージする。だが意識は保っている。そして最後に神気を全身に纏わせる」
こんな感じかな。
あら?
ピンピロリーン!
「熟練度が一定になりました。ステータスをご確認ください。
「あれ、俺が開発しちゃったみたい」
ゴンが思わず叫んだ。
「えー!置き去りー!勘弁してくださいよ!」
すまぬゴン。
旅の準備を重ねるに連れ、皆がんばっているが、中でも特にノンがとてもがんばっていると思える。
今のノンは、ギルにとって、本当に頼れるお兄ちゃんになっている。
ただ、皆がいないところでは、相変わらず俺に甘えてくるのは、可愛らしいと感じる。
ノンは本質的に甘えん坊なのだ。
ゴンは魔法の研究を始めているが、まだ、成果はでていないらしい。
焦らなくこつこつやっていって欲しい。
エルは、一度天使の村に帰り、無事を兄弟姉妹に知らせにいった。
お見上げに持たせた、食物やアルコール類に、無茶苦茶興味を持たれて、ちょっとした騒ぎになったらしい。
騒ぎを抑えるのに、必死だったと疲れた顔で言っていた。
それだけ島の農作物が品質が良いのだと、改めて実感した。
ありがたいことです。
僕はギル、ドラゴンだよ、まだちっちゃいけどね。
でも獣型になれば、ノンにいちゃんの倍以上大きくなれるんだ。
すごいでしょー。
僕は今、ノン兄ちゃんとゴン姉ちゃんを背中に乗せて、飛ぶ練習をしてるんだ。
これが出来るようになったら、旅に出かけるんだって。
楽しみだなー。
どんな旅になるんだろう?
僕は兄ちゃん達とは違って、神様らしいんだけど、よく分からない。
ゴン姉ちゃんが前に、
「神様は偉い存在だから、ギルは強く逞しく、そして優しいドラゴンになりなさい」
って言ってたけど、よくわかんない。
僕はパパみたいになるんだ。
僕はパパが大好き、パパは強くて逞しくて、そして優しいって、ああ、ゴン姉ちゃんの言ってたことが分かった。
やっぱりパパみたいになればいいんじゃん。
これが正解なんじゃん。
僕の好きなことは食べることと遊ぶこと。
サウナは好き、『黄金の整い』は止められない。
あれはなんというか、神力がググっと満ちて来て、すごく気持ちいいし、強くなれた気がするんだ。
教えて貰ってから毎日やってるよ。
あとね、パパのピザは旨いんだよ、すごく美味しいの。
いろいろあって、トマトのやつとか、カレーのやつとか、味噌のやつとか・・・
僕はトマトのが好きだけどね。
次に好きなのはカレーかな、あのピリッとした味がお気に入りなんだ。
パパがピザ釜でピザを焼いてる姿は、かっこいいんだよ。
僕もピザ焼けるようになるかな?
あっ食べたくなってきちゃった、飛ばなきゃならないのに。
「ノン兄ちゃん、お腹減った。」
「ギル、もうお腹減ったの?さっき食べたばっかじゃん」
呆れた顔でノン兄ちゃんが答えた。
「だって、ピザを思い出したら、食べたくなってきちゃったんだもん」
「ふぅ、困った子ね」
ゴン姉ちゃんがやれやれといった具合で、首を横に振っていた。
「もうあと、三回飛んでからね。ピザなら主は喜んで作ってくれるだろうから『念話』でお願いしておきなさい」
「うん分かったー」
嬉しいなー、やったぁ!
僕はマルゲリータが好きなんだよ。
作ってくれるかなー?
『パパ、今日ピザ作ってくれる?マルゲリータが食べたくなっちゃった』
『いいぞ、準備しておく』
やった、今日はピザだ!
清々しい朝だった、そよ風が心地いい。
いつものごとく、日の出と共に起きた俺は、海岸を散歩中。
あえて裸足で海岸を歩く、海岸の砂を踏む足の裏の感触が心地いい。
そろそろかな?
と考えていると、世界樹からの通信が入った。
「守さん、気持ちの良い朝ですね」
「ええ、そうですね」
何だろうか、予感を感じる。
「守さん、いよいよですよ」
「わかりました、向かいます」
そう言うと俺は、創造神像の隣にある、世界樹の次木へと向かった。
俺がたどり着くと、ちょうど始まったようだ。
次木が白い光を放ち出した。
やがてその光は、金色へと変化した。
そして、金色を通り越して、真っ白な色に世界を染めた。
目が眩んで直視できない。
「生まれますよ」
世界樹が教えてくれた。
まだ視界を失ったままだ。
そして、次第に視界が戻ってきた・・・
そこには一人の女性が俺の前に立っていた。
その女性は、目立つ緑色の髪をしており、頬には見たことがない模様を携えていた。
その表情は朧気で、薄っすらと笑みを含んでいる。
とても上品な大人の女性の雰囲気を醸しだしていた。
「おはようございます、守さん」
声は俺の良く知っている世界樹の声だった。
「おはようございます。そして、誕生おめでとうございます」
と俺は返した。
「そろそろ、お役に立てるころかと、思いましたので」
世界樹さんは、にっこり微笑んでくれた。
「ええ、まったくその通りです。これからお世話になります」
俺は頭を下げた。
「いいえ、こちらこそお世話になります。さっそくなのですが、いろいろ見て回ってもよろしいですか」
「構いませんよ、では、世界樹さん、ご案内させていただきます」
と俺は誘導した。
島を見て回ってみる、俺達が住む所を中心に。
どうやら世界樹さんは畑に一番興味がある様子。
世界樹さんは楽しそうにしているようだ。その表情は微笑を含んでいる。
「ところで守さん、私に名をいただけませんか。世界樹さんでは、心の距離を感じます」
いきなりの申し出に俺は戸惑ってしまった。
「私が名付けていいのですか?」
「もちろん。ぜひお願いします」
世界樹さんはにっこり微笑んだ。
さてどうしようかな・・・
皆がぞろぞろと起きてきた。
こちらを見て何事かと集まってきていた。
世界樹さんを見て、皆んなはビックリしている。
「皆、紹介するよ、世界樹の分身体のアイリスさんです!」
「「「ええー!」」」
皆さん朝から良いリアクションです。
あっ、ノンの顎外れたかも・・・相変わらずいいリアクションだな。
ありゃりゃ、ギルが倒れた・・・ん?二度寝した?
どっちなんだ?
まあいいか。
私くしはエル、ベガサスです。
先日ご主人様の許可を頂き、天使の村に帰省いたしましたの。
久しぶりに会った、兄弟達にものすごく歓迎され、心配を掛けたと改めて思いましたの。
アグネス様から、私は元気だと話しを聞かされていたとはいえ。
悪い事をしたと反省しましたの。
でも、あの子達ったら無いわ、
「無いわったら、無いわ!」
失礼、例の発作が・・・
実は、お土産を持参したところ、奪い合いがおこりましたの。
しまいには、殴る子やら蹴る子までいて、あー、はしたない、はしたないですの。
気持ちはわかりますの、島の野菜は、そりゃー、もう格別ですの。
特に人参は最高!焼いても良し、煮ても良し、蒸しても良し、揚げても良し。
「よし、よし、よし、よーし!」
あっ、ついまた・・・
次はお土産は持参いたしませんの。
あの子達ったら。
チッ!
無いわ!
ほぼ全ての準備が完了した。なので、本日は、島野家の重要な会議。
多少緊張感が漂っている。
アイリスさんもオブザーバーとして参加してもらっている。
「さて諸君、本日は今後の方針を改めて話し会おう思っている、よろしいでしょうか?」
皆が頷く。
「そろそろ準備は整ったと思う。したがって、我々は旅に出る。とは言っても、いつでも直ぐに帰って来れる旅だ。旅の間の、島の畑の管理や家畜の世話、家の管理は、アイリスさんにお願いしてある。アイリスさんよろしくお願いします」
俺はアイリスさんに頭を下げた。
「「「よろしくお願いします」」」
アイリスさんに全員で頭を下げた。
「いいえ、私も畑作業は好きですので、お構いなく」
と手振って答えてくれる。
「アグネス便の方もよろしくお願いします。農作物や調味料等、好きに使ってもらって構いませんし、家も自由に使ってくださいね」
アイリスさんは軽く会釈した。
「では、遠慮なく」
「さて、旅の目的は、前にも話した通り、世界を見ること、知ることと、神様に会うこと。これが大きな趣旨だ」
皆、真剣に聞いている。
「まずはコロンの街から始める予定だ。基本的には旅先の宿に泊まろうとは考えていない為、島に帰ってくる。というより、しょっちゅう帰ってくるつもりだ。」
ノンが手を挙げた。
「なぜしょっちゅう帰ってくるんですか?」
ナイスな質問です。
「いい質問だ、なぜなら毎日サウナに入りたいからだ」
「「おおー!」」
ノンとギルが声を漏らした。
「サウナいいよねー」
ギルがしみじみと話している。
こいつも今では立派なサウナ愛好家だ。
「なので、旅というほどの物にもならないと思うぞ、ただ何が起こるか分からないから、気は引き締めておくように、特にこの島のことと『黄金の整い』と、俺の能力については、厳禁だからな」
「「「はい」」」
皆が口を揃えた。
「あと、訪れる旅先で、簡単な行商人みたいなことをやろうと考えている。まずはこの島で採れた野菜を、販売して旅の資金に充てようと思う」
「うん、良いと思いますの」
エルが言った。
「先日の帰省の時に配った野菜は、とても評判がよかったですの。あと、アグネス様が販売している野菜も、飛ぶように売れていましたの」
エルは誇らしそうにしている。
「まぁそんなところかな。質問はありますか?」
ゴンが手を挙げた。
「食事はどうされるのですか?」
「基本的には弁当を俺の収納に入れておくようにする、でも現地での食事を中心にしたいと思う」
ノンが手を挙げた
「バナナはおやつに入りますか?」
「おまえそれ、どこで覚えたんだ?」
「テヘ!」
ノンがとぼけていた。
やぁ!ノンだよ。
今日は僕にとって、とても大事な日なんだ。
僕の右手には大きなうちわと柄杓が握られている。
そして、左手には水の入った桶を持っている。
僕はこの日の為に主が用意してくれた、Tシャツを着ている。
そのTシャツには
「NO熱波 NOLIFE」
という言葉が書かれている。
緊張を解すために、僕は腹式呼吸をしている。
何でも主が言うには、緊張を解すにはこれが一番いいんだって。
既に皆には、サウナ室に入って貰っている。
そろそろいいころだと思う。
僕は本日『熱波師デビューいたします!』
サウナ室に入るとアイリスさん以外の皆が、待っていた。
アイリスさんは植物だから、高温は駄目なんだって。でもお風呂は好きみたい。
サウナ室に入ると、僕に視線が集まった。
その視線を尻目に、僕は準備にとり掛かる。
準備を終え、皆の様子を伺う、皆いい感じで汗をかき始めている。
「本日は島野サウナにご来店いただきまして、まことにありがとうございます。私しこの時間のアウフグースサービスの担当をさせていただいております、ノンと申します」
皆が拍手で向かえてくれた。
少し嬉しかった。
「ヨッ!」
と主が声を掛けてくれた。主の笑顔が眩しかった。
「では最初にアウフグースサービスについて、ご説明させていただきます」
ギルがニヤニヤしている。
「熱されたサウナストーンに、アロマ水を掛け、発生した蒸気をサウナ室全体に拡散いたします。その後お一人様三回、こちらの巨大うちわにて、熱波を送らさせていただきます。本日のアロマ水はレモンのアロマ水となっております」
「ノンいいぞ!」
主が叫んでいる。
「これを二セット行わせていただきます。その後、お替りをご所望の方は、気が済むまで何度も行なわせていただきます」
最後に、これは絶対言わなければいけないセリフを言う。
「一気に体温が上昇いたしますので、途中で退席していただいても構いません。決して無理はしないようお願いいたします」
皆に言い聞かせるように視線を送った。
「それでは、始めさせていただきます」
桶に入ったアロマ水をサウナストーンに掛ける。
アロマ水が音を立てて蒸発していく。
この時に重要なのは、一か所に集中して掛けないこと。
全体に掛け回すことで、蒸気の発生がよくなる。
これをまずは二廻しする。
そして、巨大うちわで、まずはサウナストーンに向かって風を仰ぐ。
そうすることで蒸気は上方に向かっていく、そこから上方を中心にサウナ室全体に蒸気が行き渡るように、うちわで蒸気を行き渡らせる。
「蒸気が行き渡りましたでしょうか?」
「「「はい」」」
いい返事をいただきました。
まずは最前列のギルから行う。
「ではいきます。1、2、3」
団扇で扇ぐ、お辞儀をする。
ギルが何とか熱波に堪えている様子。
次は隣に座るゴン。
「ではいきます。1、2、3」
団扇で扇ぐ、お辞儀をする。
堪えられなかったようで、ゴンはサウナ室から退席した。
続いては上段の入口傍に座っているエル。
「ではいきます。1、2、3」
団扇で扇ぐ、お辞儀をする。
エルは歯茎をむき出しにしながら耐えていた。
最後に上段の最奥に控えている主。
主は両手を挙げて迎え撃つ状態で待っていた。
「ではいきます。1、2、3」
団扇で扇ぐ、お辞儀をする。
主はゆっくりと頷いている、さすがの貫禄。
「では二回目を行います。」
既に僕も汗だくになっている、けどまだまだいける。
アロマ水をサウナストーンに掛ける、いい匂いを漂わせて再度蒸気が上がる。
サウナ室全体にうちわで蒸気を拡散した。
「もう無理!」
と言ってギルはサウナ室を出た。
本当は、ここで簡単な世間話をするように言われているのだが、そんな余裕は今の僕には無かった。
でもなんとか頑張って。
「初めてのアウフグースサービスはいかがですか?」
とエルに話かけた。
「なかなかよろしいですの」
と返すエル、だが既に虫の息な感じの様子だった。
「蒸気は行き渡りましたでしょうか?」
「「はい」」
まずはエルから。
「ではいきます。1、2、3」
団扇で扇ぐ、お辞儀をする。
エルは脱兎のごとくサウナ室から駆け出していった。
そして、いよいよ主の番。
「ではいきます。1、2、3」
団扇で扇ぐ、お辞儀をする。
主は腕組をして熱波を受けていた。
「これで終了となりますが、お代わりをご所望の方はいらっしゃいますでしょうか?」
「はい!」
と全力で手を挙げる主。
「ノン、三回といわず十回仰いでくれ」
やっぱりそう来たか、さすがは主だ。
僕もそろそろ意識が朦朧としてきたよ、だけど負けない。
「ノン、アロマ水を自分の頭に掛けなさい」
な!その手があったか!
「ただし、これは俺の前だけのことにしなさい。他のお客様の前では止めておきなさい」
お客様って・・・意味は分かるけど・・・流石は主だ・・・サウナに対して妥協が無い。
僕は、アロマ水を頭から被った。
すると、一気にシャキッとした。
「ではいきます。1、2、3、・・・・8、9、10」
主は両手を広げて熱波を受けていた。
「ノン、良い熱波だったぞ」
といって主はサウナ室を出ていった。
僕はサウナ室を片付けた後に、サウナ室を出た。
これにて熱波師デビューいたしました!
あー、しんどい!
この島に来てから一年が経った。
全員で創造神様の石像の前にいる。皆一様に手を合わせている。
「準備はいいな」
アイリスさんに一礼し、俺はエルの背に跨った。
ノンとゴンは獣型のギルの背に乗っている。
ドラゴンの成長は早いもので、獣型の身長は既に六メートル以上になっている。
「じゃ、アイリスさん、留守はお任せしますね」
「気を付けて行ってらっしゃい」
アイリスさんが手を振っていた。
「行ってきます!」
皆がアイリスさんに手を振った。
エルと、ギルが上空に浮かび揚がる。
「さぁ、いこうか!」
東に向けて、俺たちは旅立っていった。
おれ達は空を飛んでいる。無人島から東の方面に向かって。
風は微風、時折塩の香りを強く感じる。
水面がキラキラと輝いていた。
なんだか気分が良い。
「エル、大丈夫か?」
俺は声を掛けた。
もうかれこれ一時間以上飛び続けている。
「ええ、大丈夫ですの」
「パパ、もっとスピード出せるよ」
ギルが嬉し気に話かけてきた。
「そうか、無理するなよ」
「ギル、無理しなくていいんだよ」
ノンが優しく声をかけている。
「へん!楽勝だよ」
そう言うとギルは一気にスピードを上げた。
「ギル、あなたどこに向かっているか分かってるの?」
ギルの背中をゴンが叩きながら言った。
「あっ、そっか」
スピードを下げ、後ろの俺達を待っている。
ギルが振り返ったが、そこには俺とエルはいない。
「えっ、いない、嘘、パパはエル姉ちゃんは?」
パニクッているギル。
すると、ギルの真下から、エルが猛スピードで現れた。
「うわっ!」
驚くギル。ゴンとノンが、ギルから落ちそうになっていた。
「危ない、ちょっと!ギル何してるのよ」
ゴンが騒いでいる。
「ハハハ!大丈夫かー!」
俺とエルはその様を見て爆笑した。
「もー、パパ!」
ギルが拗ねている。
皆で顔を見合わせて笑った、
「ワッハッハッハー!」
「面白い!」
「ギャッハッハー!」
我ら仲良し島野一家です。
俺は指をさして言った。
「皆、見えてきたぞ、コロンの街だ!」
コロンの街が見えてきた。
さぁ旅の始まりだ。
いったいどんな人に出会い、どんな事が起こるのだろうか?
年甲斐も無くワクワクしている俺がいる。
崖の上に広がる牧草地帯、その先に見える小さな村。
すると遠くから声が聞こえた。
「おーい、おーい!守ー!」
どうやらアグネスが出迎えに来てくれたようだ。
「わざわざお出迎えか?」
「そうよ、神様が迎えに行ってくれって言うからさー。エルちゃんがいるから大丈夫だって言ったんだけど。それでも行ってくれっていうからさ」
「そうか、悪かったな」
そう答えると、横からノンが横やりを入れる。
「本当は主に早く会いたかったんじゃないの?」
冷やかして遊んでいるようだ。
「ふん、なによノン。そんなこと無いんだからね!」
アグネスが赤くなっている。
「そうか、アグネスは俺のことが好きなのかー」
「ふんだ!守のバーカ、バーカ!」
「冗談だよ、分かった、分かった」
コロンの街へと向かった。
空の旅はとても楽しかったし、心地良かった。
なんとも気持ちのいい時間を過ごした。
コロンの街に着いた。
牧草地は広く、雄大な景色に心が躍る。
そして同時に、牧歌的な雰囲気に心が和む。
草の匂いが鼻を衝くが、決して嫌な臭いではない。
牛の群れが草をむさぼり、その近くを犬が見守っている。
ヤギの群れも同様に草をむさぼっていた。そして、それを警護するように天使達が上空から見守っていた。
天使達に手を振ると、天使達が手を振り替えしてくれた。
「アグネス、あれが、天使達の仕事なのか?」
「あれも仕事の一つね、でも一番の仕事は街の警護なんだけどね」
警護ということは、それなりに天使達も強いってことなのかな?
「それにしても、聞いてはいたけど、牧歌的でいいな」
アグネスが胸を張って、自慢げにしてる。
「そりゃそうよ、前にも言ったかもしれないけど。コロンの街は畜産で有名な街なのよ。特に牛乳は有名でね、中には収納持ちの商人に、買いに来させる王族までいるぐらいなんだから」
王族?いるんだ。
「本当は、もっと販売を拡げたいんだけど、牛乳は足が速いからね」
消費期限が速いってことね、分かるよ。
俺も日本では牛乳を何度も駄目に仕掛けたからな。
その度に牛乳入りの料理に取り掛かったものだ。
「どれぐらい持つんだ?」
「そうね、保存状態にもよるけど、日光に当てなければ、だいたい十五日ぐらいかな?」
思いのほか長いな、というより、日本の衛生管理が厳しいってことなのかもしれない。
「なぁ、容器はどんな物なんだ」
「容器?瓶に詰めてるわよ?」
「それは、真空にしてるのか?」
首を傾げている。
「要は、腐食は空気に触れることで発生するから、出来る限り空気の入らないように工夫することで、消費できる期限が伸びたりするものなんだよ」
「それはどういうことなの?」
「簡単に言えば、容器に蓋をせずに放置するとしたら、空気が牛乳によく触れてしまうだろ?」
「うん」
「そうすると牛乳は腐りやすくなるんだ」
「そうなんだ」
「例えば、鉄は錆びるだろう?あれは、鉄が空気にふれることによって腐食する。鉄にとっての腐食が錆びるということなんだよ」
「なるほどね」
アグネスは深く頷いている。
「だから、牛乳の消費期限を延ばしたければ、瓶に蓋をする際に、少しでも空気を含まない工夫をすれば、期限が伸びると考えられる。そうすれば、ちょっとでも長く牛乳を食することができるんじゃないかな?ってことだよ」
「どんな工夫ができるかしら」
「いくつかあるけど、それはまず自分達で考えてみてくれ。何でも聞いてしまったら面白くないだろ?」
「えー、教えてよ。ケチー!」
むくれた顔でこちらを見ている。
「お前なぁ、この街の神様は畜産の神様じゃなかったのか?神様にも面子ってもんがあるだろうが、ここまでは良かれと思って俺は話しているだけであって、神様の領域に勝手に踏み込むのもどうかと思うんだがね」
しまったという顔でアグネスがこちらを見ている。
「あっ、そうでした。すいません・・・」
下を向いて反省している様子。
「お前また調子に乗ってんのか?」
ノンが凄みながら割り込んできた。
「そんなことはありません、ごめんなさい」
へこへこしているアグネス。
その様子を、他の皆が鼻で笑っていた。
やれやれこの子は、少しでも街の為にと考えてのことなんだろうけど、常々考えが浅いんだよな。
そういうところ嫌いじゃないけどさ。
「じゃあ念の為、あと一つだけ教えておく、さっき日光に当たらないようにって、話をしてたけど、常温で保存しているのか?」
アグネスは背筋を伸ばして緊張気味に話しだした。
「だいたいそうであります。日差しが良くないことは分かってますので」
おいおい、いきなり敬語になってるよ、分かりやす過ぎるだろ。
駄目天使全開だな、まぁ可愛らしいってことにしておきましょうか。
「冷やして保存した方がいいぞ、ただ凍らせちゃまずいけどな」
「凍らせちゃ不味いでありますか?」
軍隊かよ・・・ありますか?って、もはやアホだな。
敬礼でもしそうな雰囲気だ。
「牛乳は凍らせると、解凍した後に分離しちゃうからな」
「そうでありますか、理解いたしました」
本当に俺に向かって敬礼しているアグネス、これってもしかして馬鹿にしている?
いやあの子の最大級の尊敬の表現がこれなんだろう。
まさに残念天使。
しかし、地球でのごく当たり前の知識で、誰でも分かっていることを、話してみただけなんだけど、ここまで文化レベルが低いってことなのか?
そうとも考えづらいな、ただ単にアグネスの知識レベルが・・・ってこともある。
ただ純粋に、冷やして保存する技術が無い、という可能性の方が高そうだけど。
神様ならこれぐらい知っていて当然と思うが、技術が無いってことかな?
だからあえて、知らしめていないとか?
まぁ、いずれにしても俺が首を突っ込むのは憚られるな。
「とにかく一度、神様と相談してみてくれ」
「了解いたしました!」
まだ敬礼してるよ・・・
天使って皆アホなのか?
アズネスだけであることを祈ろう。
アグネスの手配で、早速、神様と会うことになった。
神様の見た目の印象としては、カールおじさん。
麦わら帽子に、口髭、農作業を行う服装に、朗らかな顔つき。
そしてふくよかな体形。
「始めまして。島野守と申します、転移者です。よろしくお願い致します」
頭を下げて挨拶した。
「おー、君がそうか、アグネス君から話は聞いてるよ。私はドラン、ここコロンの街で下級神をやっている。よろしく頼むよ、ハッハッハッ!しかし、面白いパーティーだね。転移者、フェンリル、九尾の狐、そしてうちのペガサスに、ドラゴンとは、ハッハッハッ!」
笑う度に、ドラン様のお腹が揺れている。
何とも豪快な笑い声だ、辺り一面に木霊しているよ。
俺はおもむろに『収納』からお土産を取り出した。
「こちらお近づきの標です、よかったらどうぞ」
野菜の詰め合わせと、ワインを三本差し出した。
「おー、ありがとう、遠慮なくいただくよ。おっ、これはアグネスの野菜かな?嬉しねー、これ美味しいよねー。ん?なんと!ワインじゃないか。ありがたいねー。いやー。ありがとう。ハッハッハッ!」
かなり喜んでいただけている様子。
出だしは順調っと。
本当はここでこっそり『鑑定』をしてみたいところだが、止めておいた。
というのも、前にアグネスに『鑑定』してみていいか?
と聞いたことがあったが、あの子にしては珍しく、本気で止めて欲しいと言われたことがあった。
何でも、勝手に『鑑定』をすることが、罪になる国があるとのことだった。
恐らくこれは俺の想像だが、個人の能力や体力や魔力は、秘匿すべき個人情報であり。『鑑定』の能力を持った者が、好き勝手にそれを除き見ることは、個人の尊厳を脅かす可能性があり、かつ許されざる行いであると、いうことではないかと思う。
それはそうだと思う、個人情報を覗き見ることは、日本でも犯罪だとの認識は間違っていないと思う。
俺としては、そういったことは遵守したいと思う。
「しかし、上から拝見させて頂きましたけど、大きな牧草地帯ですね。驚きましたよ」
「おー、そうか、そうか、まぁこう見えても私は、畜産の神だからね。ハッハッハッ!」
こう見えてって、まんまですけど・・・
「畜産の神様なんですね」
「そうだよ、畜産の実績が認められて、神様になったんだ、今は下級神だよ」
実績が認められて・・・
「そうなんですか?実績が認められてとうことは、その前は何を?」
馬の背を撫でながら、ドラン様が答えた。
「実は、私は元々人間でね、ただ、ちょっと特殊だったんだ」
「特殊とは?」
「私には、一部の動物とコミュニケーションがとれる、力があってね。ハッハッハッ!」
特殊能力持ちだったってことか。
「そうなんですね」
「元々、この町は畜産の街では無かったんだよ、私のこの能力で畜産を始めて、今の畜産の街コロンになったんだ。ハッハッハッ!それが評価されて、神になったんだよ」
前に創造神様が、実績が云々って言っていたような気がする。
「実績が評価されると、神様になれるんですか?」
「ああ、そこからか・・・この世界では、私の知る限り、神になるには、創造神様が造った神と、私の様に実績が評価されて神になる、この二通りだね。それ以外は聞いたことはないね。ハッハッハッ!」
良く笑う神様だ・・・嫌いじゃないけど、少々鬱陶しい。
「このコロンの街には、ドラン様が神様になる前には、神様はいらっしゃらなかったんですか?」
下級神というのは何なのか?俺がゴンから聞いた話では、氏神様のイメージなんだが。
「ああ、いたよ。私が神になった時に前の神様は中級神になって、街を出て行ったよ。ハッハッハッ!」
ゴンの知っている、中級神とは若干事情が違うようだな。こちらがオーソドックスなのかな?
「島野君はこれから街を見て周るんだってね」
「はい、その予定です」
じゃれてくる牛をあやしながら、ドラン様は言った。
「そのあとでいいから、もう一度私のところに寄ってくれないかな?ちょっと話したいことがあってね」
どうやら何かが含まれている様子。
「そうですか、分かりました。では後ほど」
ドラン様に手を振られながら、牧草地帯を後にした。
頭に鉢巻を巻き、気合満々のアグネスが、フンス!
と言わんぐらいの気合を漲らせていた。
簡単な屋台と言っていいのか、雨よけも無いテーブルに、ところ狭しと、野菜が積み上げてられていた。
すると、三白眼のアグネスが、力強く、机を叩いた。
ドンドン!ドンドン!
「さぁさぁ皆さんお立合い、私くし天使のアグネスにてございます!そして、ここにありますのが、今話題沸騰のアグネスの野菜にてございます。さぁさぁ見てっておくんなまし、よぉ、そこの兄ちゃんどうだい、どうだい、アグネスの野菜だよ。数量限定だよ!この野菜は本日限りの販売だよ。見てっておくんなまし!」
おいおい、叩き売りかよ・・・てか、なましって何だよ?
「さぁどうだい、さぁどうだい!」
道行く人々に声を掛けていくアグネス。
しかし、これが凄かった。
待ってましたと言わんばかりに集まる人々、まさに飛ぶようにアグネスの野菜は売れていった。
アグネスが意気揚々と野菜を販売していた。
正直びっくりした。
「ふう、今日も売り切ったわ、どうよ、守!」
勝ち誇った表情のアグネス。
「お疲れさん、毎回こんな感じなのか?」
「そうよ、どうよ!」
胸を叩いてふんぞり返っている。
「いや、これって、アグネスが凄いんじゃなくて、島の野菜が凄いんじゃないの?」
あらら、ギルが真っ当なこと言っちゃったよ。
「なによ、私だって頑張ってるんだからね」
「まぁ、まぁ」
エルが宥めている。
「まぁ、でもよく分かったよ、ありがとなアグネス」
お礼はちゃんとしないとね。
「ふん!もっと感謝してくれてもいいんだけどね!」
「お前、調子に乗ると、また締めるぞ!」
ノンが脅した。
「ウッ!」
急に態度が変わったアグネス。
可哀想にとエルが慰めていた。
「まぁまぁまぁ」
何はともあれ、島の野菜の価値は充分に分かった。となると、旅の資金の現地調達は、問題無さそうだ。
ただあまりに爆発的な売れ行きには、なにか理由があるようにも感じる。
この街の野菜は美味しくないとか?
とりあえず、今は気に掛けてもしょうがないのだが。
その後、街の散策に出かけた。
街の中心地では、食べ物中心の屋台が立ち並んでいて、ちょいちょい買い食いしながら、楽しく過ごした。
やはり俺の予想は正しかった。
屋台の料理は、肉系が中心ではあったが、いつくか野菜の食べ物もあった。
食べてみたのだが、美味しいとはお世辞にも言えなかった。
あと、何よりも野菜が小さくて色が薄い。
野菜の栄養が感じられなかった。
アグネスが、島の野菜をたらふく食べたがるのも、理解できるというもの。
畑の土壌が違うのかな?などと考えてはみたが、畑を見ない限り分からない。
まぁ人の畑のことを気に掛けても仕方がないのだが。
街の中心に差し掛かってくるにつれて、家の形も、木造から、石作りに変わっていく様も見ることができた。
街の中心ともなると、人の数が増え、賑わいを感じることができた。
見た感じとして、人間が四割、獣人が四割、残りニ割がそれ以外、といったところだろうか。
獣人は特にミノタウロスが多い様に感じた。おそらく牧場関係の従事者ではないかと思う。
とても平和でのどかな街だと思う。
これもあの牧歌的な神様の影響なのかもしれない。
そして、最後に教会に立ち寄った。
小さな教会だった、見たところ。老朽化が激しく雨漏りをしていても、おかしくないと思えるほどの痛みようだった。
中に入ると、思った通りの、狭くて小さい教会だった。
祭壇があり、その上には石像が置かれているが、劣化が激しいのか、石像の形が、はっきりとしていない。
何の神様なんだろうか?
周りを見渡してみたが、誰もいない。
「あのー、すいません!どなたかいますか?」
ゴンが声を掛けた。
すると、少し経ってから、
「はぁーい、ごめんなさいね。いま行きますねー」
と声が返ってきた。
俺の腰ぐらいの身長の、老齢のネズミの獣人が現れた。
法衣を纏っており、眼鏡をかけている。おそらくここのシスターなのだろう。
「お待たせしました。それで何か御用ですか?」
「突然伺ってすいません。私は島野守と申します。そして、こちらが、私の家族です」
「はぁ」
と言って、シスターが俺たちを見上げていた。
「私たちは旅の者でして、コロンの街を見学させて頂いております。今回は俺の要望で教会に寄りたいとお願いしまして、こちらに寄らせていただきました」
「私が連れて来たのよ」
アグネスが前に出てきた。
「あら天使様。お元気そうで」
どうやら知り合いのようだ。
「久しぶりね、リズ、元気してた?」
アグネスが話し掛ける。
「ええ、元気だけが取り柄ですから・・・それで・・・その・・・」
俺から話掛けた、
「リズさん、教えて欲しいんですが、こちらの石像はどの神様なのでしょうか?」
俺は石像を指さした。
「ああ、お恥ずかしい限りなんですが、こちらは、元々は創造神様の石像だったんです。今では劣化が激しくて・・・」
「島の石像の方が相当」
ゴンがギルの脇腹をつついたと同時に、俺が割って入った。
「そうなんですね。なるほど、教会では創造神様を崇拝するものなんでしょうか?」
「そうですね、教会では創造神様を祭ってるところがほとんどですが、中には上級神様を祭っている教会もありますよ」
なかなか顕現化しない神様を崇拝しているってことなのかな?
「ここでは創造神教ってことなんでしょうか?」
リズさんが何のこと?という具合に首を捻っている。
「創造神教?って何ですか?」
何ですかって?ん?
待てよ、そうか、宗教という概念が日本とは違うということか。
神様を崇拝することを、宗教という枠に捕らわれていないということなんだろう。
神様が顕現している世界なんだから、日本と違って当然ということか。
すると、リズさんの後ろから、ぞろぞろと子供たちが現れた。
「シスターどうしたの?」
「この人たち誰?」
「シスターお腹減った」
子供達が、次々に話しだす。
「あっ、ちょっと、出てきちゃ駄目でしょ。奥に行ってなさい」
リズさんが困惑していた。
「あれー!元気な子供がいっぱいだなー、お前達、お腹減ってるのかな?」
との問いかけに返事が殺到した。
「減ってるー!」
「ペコペコー!」
「何か食べたいー!」
俺はノンに合図をした。
「分かった、分かった!そこまで言うなら食べさせてあげるから。皆ついて来て」
と言って、ノンは教会の中庭に子供達を誘導した。
「お前達、飯が食いたいかー!」
「おおー!」
ギルが煽っている。
「上手い飯が、食いたいかー!」
「おおー!」
拳を上に突き出している子もいる。
「じゃあちょっと待っててね」
そういうと、ノンが俺に合図を送ってきた。
その様子をリズさんが尚も困惑しながら見ていた。
俺は『収納』からテーブルとイスを取り出した。
実はこんなこともあろうかと、昨日シチューを仕込んでおいたのだ。
俺達はシチューをとりわけ、パンをテーブルの中心に大量に置き。サラダも取り出した。
「さぁ皆、食べよう!」
「手を合わせてください」
ゴンが仕切っている。
「いただきます」
「「「「いただきます」」」」
大合唱であった。
子供達が我先にと食べ物に手を付けている。
リズさんはまだ困惑している様子。
「そんな、いただいても・・・」
「ご一緒にリズさんもどうですか?」
俺はリズさんに食事を勧めた。
「よろしいので」
「皆、遠慮なく食えよ!お代わりもあるぞ」
「「「やったー」」」
子供達が嬉しそうにしている。
すると、獣人の男の子三人組が現れた。
「お!旨そうなもん食ってんじゃんよ、俺にも食わせてくれよ」
「こら!テリーお行儀が悪い、すいません島野さん」
リズさんがテリーと呼ばれた子に近づいて、背中を叩いていた。
「痛てーな、シスター止めてくれよ!」
テリーが逃げ回っている。
見たところテリー少年はこの中では最年長なのか、顔つきは子供ではなく、少年の顔つきだった。
恐らく狼の獣人だと思う。
十二歳前後だろうか、一緒に来た二人を引き連れている印象があった。
他の二人はというと、猫耳があるところからこちらも獣人のようだ。
「テリー、あんたどこふらついてたのよ」
「どこだっていいだろってか、アグネスいるじゃん」
「なによ、いたっていいでしょ」
アグネスが返す。
「なぁ、とにかく食事にしないか?」
俺は助け舟を出してやった。
「お、話が分かる兄ちゃんだな。へへ」
俺は自分の席をテリー少年に譲ってあげた。
二人の獣人の少年にも手招きをして席に座らせた。
シチューを取り分けてやり、三人に差し出してやると、勢いよくがっつきだした。
良い食いっぷりです。
するとテリー少年が話し掛けて来た。
「で、兄ちゃんは何者?」
こらこらスプーンで人のことを指すんじゃない、本当にお行儀の悪い坊主だなぁ。
まぁ精神年齢定年の俺は、こんなことでは、腹が立つことはありませんがね。
「俺かい?俺は島野守だよ、よろしくなテリー」
「へ、そうかよ」
その態度にムッときたのか、ギルが食ってかかった。
「おいお前、僕のパパになんて態度取ってんだよ」
テリー少年はギルを一瞥するや、何だよと言わんばかりに立ち上がろうとした。
それを察知して、ゴンがテリー少年の肩を抑えて立ち上がらせなかった。
「今は食事中でしょ?止めなさい」
さすがにこれをやられると、座るしかないよね。
ナイス!ゴン。
テリー少年は観念した様子で食事を再開した。
「本当に申し訳ありません」
リズさんがまた謝っていた。
「いやいや、元気でいいじゃないですか」
その様子をアグネスはにっこりしながら、眺めていた。
「アグネス、手伝ってくれよ」
おっと、という様子で手伝いだしたアグネス。
「わかったわよ」
皆で食事を楽しんだ。
とても楽しい食事だった。
大人数の食事ってたまにはいいよね。
「それで、リズさんこの子達は・・・」
リズさんが答えた。
「この子達は、いろいろな事情で親と離れ離れになった、可哀想な子達なんです。ある子は親が魔獣に殺され。ある子は口減らしでという具合で、やむにやまれずここに預けられた子達です」
「そうですか、教会の運営状況はどうですか?」
俺はずばり聞いてみた。
「正直ぎりぎりなんとかやっていますよ、幸い援助してくれる方もちらほらいましてね」
リズさんは足元にいた、子供の頭を撫でながら話していた。
子供に良く懐かれている、信頼されているシスターだ。
「良かったらこちらをこの子達の為に使ってください。あと、雨漏りも直したほうがよいかと思います」
袋に入れた、金貨百枚を渡した。
「えっ!こんなに!良いんですか?」
リズさんがビックリしている。
「遠慮なく使ってください」
家族の皆とアグネスが、こちらを見て微笑んでいた。
「あと、もし良かったらなんですけど、教会の中にある石像なんですが、俺が手直しをしてもよろしいでしょうか?手先には自信がありまして」
周りに聞こえないようにリズさんに耳打ちした。
一瞬ためらったリズさんだったが。
「ええ、お願いします」
と快く答えてくれた。
皆が食事を取るなか、俺は一人教会の中へとやって来た。
石像の前に立ち、当たりを見渡して、誰もいないことを確認してから『加工』の能力で創造神様の石像を改修した。
改修した石像にお辞儀をしてから、俺はこの場を立ち去った。
石像は結構な自信作となった。
ドラン様のところにやってきた。
話しがあるということだったが、何だろうか?
「遅くなりました、お待たせしてすいません」
「ハッハッハッ、かまわん、かまわん。こちらこそ、呼び立ててすまなかったね」
ドラン様と一緒に三人の男性が控えていた。
「島野君、紹介させてくれ。こちらがこの町の農業組合の会長のモラン君だ」
一人の男性が、前に出た。
こちらもドラン様と同じく、カールおじさん風の体形と恰好をしていた。
髭は無かったが。
「モランと申します、よろしくお願いいたします」
続いて二人をモランさんから紹介された。
副会長らしく、二人とも獣人で、こちらも農業従事者とすぐわかる服装をしていた。
ドラン様が口を開いた。
「島野君、担当直入にお願いしたい。この町の農業にアドバイスを貰えないだろうか?」
やっぱりそう来たか。
「アドバイスですか?」
「ハッハッハッ、そうだよ。アグネスの野菜は、島野君が作ってるんだろ?その腕を見込んで、お願いできないだろうか?」
やっぱり、筒抜けだったか。
まぁ、今さらどうってこともないけどね。
「構いませんが、ひとまず今日は時間も遅いので、明日まずは一度畑を見せていただけないでしょうか?」
農業組合の三人が胸を撫で降ろしていた。
「そうか、すまないねー。ハッハッハッ」
俺たちはドラン様のもとを後にした。
コロンの街で一泊と考えていたが、手ごろな宿が見当たらなかった為、結局島に転移で戻ることにした。
「あらー、お帰りなさい。結局帰って来られたのですね」
アイリスさんが、出迎えてくれる。
皆口々に「ただいまー」と声を掛けている。
「宿が決まらなかったので、帰ってきちゃいました」
「まぁ、そうでしたの。食事は済んでますか?」
お気遣いありがとうございます。
「ええ、大丈夫です。ありがとうございます」
「皆、とりあえず風呂にして、もうだいぶ遅いけど、サウナはどうする?」
エルが片手を挙げた。
「私くしは、お風呂のみにしておきます。少々疲れましたですの」
「僕も今日はいいや」
ノンが答えた。
「じゃあ今日は風呂のみでいいな?」
「はーい」
と皆が口々に答えた。
俺は、ビールを『収納』から取り出し、一口飲んだ。
あー、旨!
風呂の準備は皆に任せて、何かつまみでもと考えていたところ、正面にアイリスさんが着席した。
「ご相伴に預かろうかと思いまして」
俺は『収納』からビールを出して、アイリスさんに渡した。
ついでに、燻製にしたベーコンも数切れ皿に盛った。
「どうぞ」
「ありがとうございます。それで、どうでしたか?」
アイリスさんが、興味深々といった具合で尋ねてくる。
そりゃあ、そうだろう。一人で留守番だからな。
気になら無い訳がない。まぁそれもあって帰って来たんだけどね。
「いろいろありましたよ、ドラン様という下級神にお会いして。街を散策したり、牧場を見学したりして、あと教会にも行きました」
教会では子供達と食事ができて楽しかったな。
あとこの世界の宗教感が把握できてよかった。
「まぁ、そうでしたか。何か守さんが興味を引くような物はありましたか?」
「たくさんあり過ぎて、困ってしまいましたよ。あっそうだ、アイリスさんにちょっと相談事があるんですが」
「相談事ですか?」
アイリスさんが喜んでいる。
頼られて嬉しいのだろう。
「ええ、実は、ドラン様から三人の農業組合員を紹介されまして、何でも農業に関するアドバイスが欲しい、ということらしいんです。明日畑を見させてもらう予定なんですが、アイリスさんの能力で、コロンの街の畑の様子って分かったりします?」
目を閉じて何やら考え込んでいる?探している?といった具合のアイリスさん。
「ええ、おそらくコロンの街でしたら、距離としては大丈夫かと思いますが、少々お時間を頂けますか?」
「もちろんです、あんまり無理はしないでくださいね」
ビールを飲み切った俺は、風呂に入ることにした。
アイリスさんは、目を閉じて集中していたので、声を掛けるのは、止めておいた。
翌日
約束通り、コロンの街の畑を見せて貰っている。
「収穫した作物を見させて貰えませんか?」
会長のモランさんにお願いすると、副会長の一人が取りに向かってくれた。
収穫物を手渡された。
これは、おそらくジャガイモだろうが、サイズがうちの作物より半分ぐらいしかなかった。
「他にはありますか?」
「こちらもどうぞ」
手渡してくれたのは、キュウリだろうか?こちらもサイズが小さく、更に色も薄く感じる。
「初めてアグネス様が野菜を販売してるところを見て、正直驚きました。何より野菜の大きさや色つや、そして実際に口にしてみたら、味がとても濃かった」
モランさんが興奮気味に話しだした。
「なるほど」
「アグネス様にどこで育てたんだ!どこで仕入れたんだって!何度も何度も聞いても、企業秘密だって、答えてくれなかったんですよ」
「それで」
「まぁ、アグネスの野菜は数量が少ないので、我々の市場や、生活を脅かすほどではありませんから、販売をやめて欲しい、ということではないのです。それに楽しみにしている街人も多いので・・・ただ我々農業従事者としては、いてもたってもいられず。ドラン様に相談したところ、この様な機会を頂けた、ということなんです」
「そういうことだったんですね」
アグネスなりには気遣ってくれてたんだと分かった。
下手に無人島産だって漏らして、注目されないようにしてくれてたみたいだ。
少し見直したよ。
言うなとは言ってないから、言ってくれてもよかったんだけどね。
でもさすがに神様には報告していたってことかな。
「ではさっそく教えて頂きたいことが一つ。普段農家の方々はどのように農作業をしておられるのでしょうか?」
モランさんが前に出てきた。
「それはまず種まき、水やり、雑草を見つけたら抜いて。後は虫が付いたら除去といったところですね、当然収穫もですが・・・」
「他には有りませんか?」
モランさんが、副会長達と話し合っている。
「特には無いかと思います」
「分かりました、では肥料を撒いたり、間引きを行うといったことはされない、ということですね?」
三人は首を傾げている。
「あの、それはなんでしょうか?肥料とは?・・・」
アイリスさんの言う通りのようだ。
「説明します。まず肥料とは土に栄養を与えるものです。豊富な栄養のある土からしか、栄養豊富な作物はできません」
三人の反応を見るといまいち理解できていない様子。
「土に栄養ですか・・・」
「はいそうです。同じ畑でも、土が肥えている土と、そうでない土とでは、作物のできが違います」
副会長の一人が、何か思い当る節があったのか、目を見開いている。
「うん分かる気がします。色の濃い土の方が、成長が良いのは何となく分かっていました」
「例えばこのコロンの街は畜産業が盛んです。牛糞が大量にあると思いますが、その牛糞が肥料になります」
三人が明らかに嫌そうな顔をした。
「それは、衛生的にどうなんでしょうか?」
「衛生的とはどういうお考えですか?」
何か固定観念があるようだ。
「いや、牛とはいっても糞ですよね」
「イメージだけが先行して。大事なことを分かってらっしゃらない、では牛は水を飲み、草を食べます、そして、糞をだす。そのどこに衛生的に悪い部分がありますか?」
三人は、考え込んでいる。
「確かに衛生意識が高いのは良いことですが、大事な面を見失っては本末転倒ですよ。あとアグネスの野菜ですが、肥料は何だと思いますか?当然牛糞を使用しておりますし、もっと言うと、人糞も一部混じっておりますよ」
三人はびっくりして目を見開いている。
「ではこれまでに、アグネスの野菜で健康トラブル等はありましたか?」
副会長の一人が、何かを思い出したようだ。
「あっ!そういえば、前に牧草から脱走した牛が、畑で糞をしてしまったことがありました。言われたように、その土から育った作物は大きくて、色も良かった。ただ・・・衛生的ではないと判断して、捨ててしまいました・・・」
ドラン様はちゃんと気づける機会は、与えていたってところかな。
なるほどね。
「もし疑う様でしたら、一部の小さな畑から試してみてください」
三人は腕を組んで、難しい顔をしていた。
「もう一つ間引きですが、これは元気のない枝や、小さい作物をあえて伐採するということです。そのほうが残った実に栄養が蓄えられて、大きく、色鮮やかになるんです」
「なるほど」
モランさんが答える。
「まぁ、あとは実際に試してみてから、考えてください」
「分かりました、貴重なアドバイスありがとうございました」
ついでに連作障害についても教えておいた。
実は、昨日の間にアイリスさんから、コロンの畑の現状とアドバイスは聞いていたから、これは受け売りでしかないんだけどね。
アイリスさんは畑のプロだから、お見通しということだ。
アイリスさん、あざっす!
ひとまずドラン様からの相談ごとは片付いたので、その報告にと、俺とギルの二人で、ドラン様の所にやってきた。
アドバイスの内容と、そのやり取りについて報告した。
「島野君ありがとう助かったよー、ハッハッハッ。何か私にできることがあったら言って欲しい、出来ることはしてみせよう」
ではお言葉に甘えさせて貰いましょうかね。
「ありがとうございます。ではさっそくですが、神様のことについて教えて貰えませんか?」
「ほう、神についてか、それはどういうことかな?」
ギルの肩に手を置いた。
「まず私にはギルがおります。親である以上知っておきたいのです。その存在や行いについて、例えば私が感じたのは今回の畑の件について、ドラン様は前から、農家の方々にヒントをお与えになっておりましたよね?」
ドラン様が一瞬ビックとして、その後考え込んでいた。
「なんだか君は勘が良いね、恐れ入ったよ。いいだろう、私が話せる範囲で話をしよう。まぁ座りたまえ」
椅子を勧められ、俺とギルは着席した。
「まず、神と言っても様々だから、全てが同じではないことを承知して欲しい。やはり例外という物が存在するのは、どこの世界でも一緒だろう?」
日本でも例外はあったような、なかったような。
まぁとりあえず合わせておこう。
「そうですね、分かります」
「私の場合は前にも話した通り、元は人間で、畜産の実績が評価されて神になった。私がやること、というかやれることは限られている。まずは私は畜産の神だから、畜産に関することは、その能力内において手出しすることは許されている」
「と言いますと?」
「そうだな、島野君、君は転移者だから『鑑定』を持っているだろう?私に使用してみてくれ」
ちょっとビックリした、ドラン様は随分オープンな性格だな。
「いいんですか?」
「ああいいとも、ただし他の神様には本人の了承が無い限り厳禁だぞ。やはりそこはプライベートなところだからな。ハッハッハッ」
「では遠慮なく」
『鑑定』
名前:ドラン
種族:下級神
職業:畜産の神
神力:640
体力:1432
魔力:0
能力:畜産動物思念伝達Lv3 畜産動物治癒Lv2 畜産食物加工Lv2 神気操作Lv3
ドラン様が話し出した。
「いいかい、私の能力として『畜産動物思念伝達』『畜産動物治癒』『畜産食物加工』『神気操作』とある、まず『畜産動物思念伝達』は前に話した通り、一部の動物とコミュニケーションが取れる力だ『畜産動物治癒』とは、畜産に関する動物であれば、どの子でもケガや病気を治癒してあげれる力、ただ畜産に関係の無い動物には及ばない力だ」
ここで一旦間を置いた。
理解できているかと俺とギルを見ている。
「次に『畜産食物加工』は牛乳やチーズやヨーグルト、ハム等、畜産からとれる食物を加工して造れる力のこと、そして最後に『神気操作』とはその名の通り神気を扱う力、ここまでいいかな?」
畜産に関係する能力内であれば行使できるということか。
「ええ、大丈夫です」
「この能力内においては、ある程度直接手出しが可能だが、それ以外においては、直接的な手出しは許されていない」
ドラン様が周りを見て、誰もいないことを確認した。
「従って今回のように農業に関して、直接的なアドバイスは許されていない、だが私も畜産の神として、牛糞が肥料になることぐらい知っている、でも・・・ということだよ」
概ね予想通りだな。
「牛に畑で糞をさせたりと、気づく切っ掛けを与えることは何とか許してもらえる、又は他の誰かに代わりを務めてもらう、ということですね」
ドラン様が頭を掻いている。
「まぁ今回の島野君の件は、ギリギリのところだけど、ハッハッハッ」
「分かりました。能力で直接手をだす時には、この神気が必要ということなのでしょうか?」
ドラン様が右手を差し出し神気を見せた。
「そう、この神気によって能力を使っている。ただね・・・最近ではちょっと都合が変わってきててね、どうにも神気が集まりづらいんだ。だから『畜産食物加工』は、今は極力控えるようにしている」
この世界の神気が薄くなってきていることと関係してそうだな。
「集まりづらいとは?」
「『鑑定』で見たとおり、私の今の神力は640、最大で877まで集めることができる」
集めるとは?
「どうやって集めるのですか?」
「うーん、自然と集まってくる感じかな」
それが集まりづらくなってきているということか。
「あと、例えばなんですけど、その能力を増やしたりすることは可能なのでしょうか?」
ドラン様が驚いている、そして急に頭を抱え込んだ。
と思ったら万遍の笑顔になった。
「なんて素晴らしい発想なんだ。島野君!君はすごいね、考えたことも無かったよ。ハッハッハッ」
「そうなんですね」
能力開発は創造神限定のことなのか?とは思えない。
いや、これまでのことを考える限り、創造神限定では無いと思われる。
ドラン様で考えるならば、能力はもっと獲得できるはずだ。
例えば『畜産動物治癒』は、畜産動物に限定しているが、治癒という能力に変わりはない。治癒の対象を広げることは可能なはず。
更に、俺の予想では、新たな能力の獲得によって、直接やれることの幅が広がる、これが下級神から中級神へと昇格するシステムだと予想している。
とりあえずこの予想は、ドラン様には話さないでおこうと思っているが。
「あと確認したいことが、ひとつあります。下級神様は土地に縛られると聞いたことがあるんですが、どうなんでしょうか?」
ドラン様は怪訝そうな顔をした。
「表現が良くないな、それでは誤解を生むね。決して土地に縛られるようなことはないよ。ただ先ほど話した通り、能力がある分その能力に見合う土地以外に行っても、出来ることがないんだよ。ほんとにただ見てるだけになる。例えば、隣街に養蜂の村のカナンがあるが、カナンは養蜂に特化した村だ。私に出来ることはカナンの街にはなんにも無いんだよ。下手すりゃ蜂に刺されて痛い思いをするだけだよ。畜産に関する能力を持っているからコロンにいるんだ。コロンは畜産の街だからね」
俺は、ギルの肩を抱いた。
ギルが、万遍の笑顔でこちらを向いた。
「よかった・・・」
ギルが小さく、呟いた。
「ちなみにギル君は、神獣だから、中級神以上だぞ」
「えっそうなの?」
思わずギルが反応した。
「ああ、私みたいに評価されて神になった訳では無いからね。ドラゴンは創造神様から生まれたと言ってもいい存在だから、創造神様が生み出した存在は、最低でも中級神以上だよ」
どうやら、ギルの不安要素は解決したようだ。嬉しそうにしている。
俺たちはドラン様のもとをあとにした。
まだまだ謎の多い神様システムだが、とりあえずは一端を掴めたと言ってもいいだろう。
ひとまず島に戻ってきた。
興奮冷めやらぬギルは、アイリスさんや兄弟達に、ことの顛末を興奮気味に話している。
しかし、これで神様システムの一部がはっきりした。この解明は大きな一歩になる。
こうなると、更なる能力の開発に力を入れる必要がある。
次は何にするか・・・
何て考えていたら、万歳三唱から、胴上げが始まっていた。
俺も混じろうかと、一歩踏み出したところで、ギルが地面に落ちた。
大人の皆さん、小さい子供にそれは辞めてあげてよー。
更なる能力の開発に取り組んでいる、今行っているのは『浮遊』の能力開発。
要は飛ぶということ、ギルとエルは魔法によって既に取得している能力、ならば俺もといった具合だ。
まずは、自然操作で風をおこして浮かんでみる。手のひらと、足の裏から風が地面に打ち付けて浮かぶ方法。
何とか、三十センチほど浮いたが、なかなかバランスが上手くとれない。更に風を強くしてみたが、思うほど浮かばなかった。
ただ、宙に浮く感覚は何となく分かった気がする。
次に今の感覚をイメージして、体に神気を纏ってみた。
駄目だった。
ならばと、今度は自分の体から質量が無くなったところをイメージしてみた。
駄目だった。
ここはプロに聞いてみようということで、エルに聞いてみる。
「浮遊のコツって何だと思う?」
「コツですか?そうですの。私くしの場合は、浮かぶというより、上に引っ張られるような感じで浮かび、翼でバランを取るようにしておりますの」
なるほど、上に引っ張られるイメージ、そして体重移動でバランスを取るということか。
上に引っ張られるイメージを強く持ち、体に神気を纏ってみた。
体が宙に浮かんでいる、更に体重を前に移し、前に進む。
左に体を傾けて左に進んだ。
ピンピロリーン!
「熟練度が一定に達しました、ステータスをご確認ください」
よし!これで飛べるぞ!
ファンタジー世界である意味最もやりたかったことだ。
『鑑定』
名前:島野 守
種族:人間
職業:神様見習いLv9
神気:計測不能
体力:1233
魔力:0
能力:加工Lv5 分離Lv5 神気操作Lv4 神気放出Lv3 合成Lv4 熟成Lv4 身体強化Lv3 両替Lv1 行動予測Lv2 自然操作Lv3 結界Lv2同調Lv2 変身Lv1 念話Lv1 探索Lv1 転移Lv2 透明化Lv1 浮遊Lv1 初心者パック
預金:2793万7734円
俺たちは養蜂の村「カナン」に訪れている。
コロンの街から北に一時間ほどの距離、当然エルとギルに乗って移動した。
カナンの村は、森に囲まれた集落が集まった村といったことろか、森林地帯独特の匂いがする。
それにしてもこの村は獣人が多い、それもいろいろな獣人がいる。
体の一部だけ獣の獣人がいれば、ほぼ獣といった獣人もいる、二足歩行で衣服がなければ、獣か?と疑ってしまうほどだ。
中には人間も見かけるが、圧倒的に獣人が多い。
聞くところによると、カナンの下級神様は元獣人とのことらしく。それが影響しているのだろう。
まずは下級神様にご挨拶をと、道行く人にどこにいるかと尋ねてみたたところ、養蜂場にいけば、デカい熊がいるから、行けば分かると言われた。
デカい熊?なんのことやら。
養蜂場に行くと、ひと際お腹の出た、デカい熊がいた。
デカい熊のプーさんじゃん!
なんでよりによって、赤色の服を着てるのかな?
笑いを堪えるのに必死だった。
不味い、さすがに挨拶で笑うなんて失礼過ぎる。
落ち着くために一呼吸置いてから挨拶に向かった。
「僕ー、レイモンドだよー、養蜂のー神様だよー」
なんで間延びした話し方するんだよ。
ワザとだろ!寄せ過ぎだって!
「ククッ!」
しまった、笑ってしまった。
「面白かったー?」
「あっ、すいません知り合いによく似てましたので、思わず」
何とか胡麻化せたか?
「申し遅れました。俺は島野守と申します。村の見学に来させていただきました。こちらは手土産です。どうぞ」
野菜の詰め合わせとワインを三本手渡した。
「ありがとー、美味しそうだねーぜひ見学していってねー」
少し慣れて来た、なんとか大丈夫だろう。
「あと、この野菜の販売をしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「あーそれはー商人組合にー聞いてくれるかなー、僕では決められないからねー」
組合があるのか?コロンでは、アグネスが普通に販売してたけど、アグネスは組合員ってことなのかな?
「分かりました、ありがとうございます」
一礼して、その場を立ち去った。
距離が離れてからノンが呟いた。
「デッカイ熊のプーさんだな」
「ププッ!それは言っちゃ駄目!」
笑いのお替りが始まってしまった。
村人に声を掛け、商人組合の場所を聞いた。
早速行ってみる事にした。
大きな建物だった『商人組合』と看板がある。
ドアをノックする。
ドンドン!
ドアを開けて、中から犬の獣人が出てきた。
「どうしましたか?」
「突然すいません、俺は島野と申します。この村で野菜の販売をしたく、許可を貰いにこちらに参りました」
こちらの犬の獣人はほぼ犬だった。ビーグル犬かな?
「あーそうでしたか、では中へどうぞ」
誘われるがままに家の中に入った。
高い天井の家だ、数人が机に向かって何かしらの作業をしていた。
事務仕事かな?
中央にあるテーブルに誘導される。
「こちらにどうぞ」
俺だけ椅子に腰かけた。
「で、どんな野菜の販売をお考えで?」
『収納』から野菜の詰め合わせを取りだす。
「こちらなんですが」
犬の獣人が目を丸くしていた。
「これはまた、立派な野菜ですねー、すごい大きさに色つやですね。絶対に売れますねこれは凄い」
野菜をまじまじと眺めている。
「どのように販売する予定ですか?」
「簡単な屋台でと考えておりまして、いかがでしょうか?」
屋台ならば、何かと都合がいいと考えての選択だった。
店舗を構えて行うつもりなどさらさら無い。コストが掛かる上に腰を据えて商売するつもりなど毛頭無いからだ。
好きな時に、好きなだけ野菜を売るとしか考えてない。
そうなると屋台が一番都合が良い。
「そうですかいいですよ、ではこちらの書類にサインをお願いします」
サインをすると、いくつかのルールを説明された。
販売高の一割を商人組合に収めること、販売場所は定められたところのみ、価格の設定は各自自由、商人同士のもめ事に商人組合は一切関与しない。
等々・・・普通サインする前に説明するよね?
まぁいいや。
どうやら商人協会の会員に登録するということになってしまったらしい。
会員証のような物を手渡された。
販売場所へと移動した。
結構人が多く、賑わっている。
これは期待できる。
指定の場所に大きな長いテーブルを準備し、白いシーツを広げた。
野菜を取り出す前に、周りの状況を見る。
ほとんどが屋台で、売っている商品は食料品が多いが、中には陶磁器や衣類なども見うけられた。
簡素な市のような雰囲気だ。
野菜を取り出し、並べていく。
これでもかと、高く積み上げる。
「さあさあ皆さん、美味しい野菜はいかがですかー!こちらの野菜の販売は本日のみとなっております。まずは見てやってください。大きくて、美味しい野菜ですよー!」
俺はあえて大きな声で話し掛けた。
なんだなんだと、市がざわついている。
遠巻きに見ていた人達がこちらに注目しだした。
やはり大きな声は注目を集める、商売の基本だ。
「良かったら、こちらを試食していってください、試食は無料ですよ、どうぞどうぞ!」
数名が無料に反応したのか、近づいてきた。
日本では定番のセールストーク、これが上手くいかない訳が無い。
「こちらの試食をどうぞ、こちらはスイカと言いまして、みずみずしくて、甘くて美味しいですよ」
「無料でいいのかい?」
狐の獣人女性が話し掛けてきた。
「もちろん無料でいいですよ、気に入ったらぜひお買い求めください」
俺は、試食用のスイカの一切れを、爪楊枝に刺して渡した。
獣人女性が軽く頭を下げてから、スイカを食べた。
「なにこれ・・・美味しい!・・・一つ頂戴!いくらなの?」
よし、狙い道りだ。
「銀貨十枚になります。」
「じゃあ二つ頂くわ」
「ありがとうございます!」
これを機にお客の波は止まらなかった。
ものの三十分も掛からずに完売してしまった。
見知らぬ新参者で、敬遠されるだろうからと、試食販売にしてみたが、大当たりだった。
気が付けば、持ってきた野菜が全部売れてしまった。
念の為と多めに持ってきていたが、まったく足りなかった。
結果としては、アグネス便の三倍以上の売上になった。
「すごい売れてたねー、すごいねー」
振り返るとデカいプーさん、じゃなくて、レイモンド様がいた。
「ありがとうございます。いやー、疲れましたよ。ハハハ」
本当に疲れた、たったの三十分の出来事だったが、怒涛の勢いとはこのことかと実感した。
「たいしたもんだねー、試食なんてー初めてみたよー、頭いいねー、君ー」
デカいプーさんに褒められた。
悪い気はしない。
「あっ、そういえば、はちみつはどこに行けば、買えますか?」
「じゃあー、僕に付いておいでよー」
「ありがとうございます」
早速屋台の片づけをして、レイモンド様の後を付いていった。
すると、何か村が騒がしくなってきていた。
人があちらこちらと走り周っている。
「何かあったのでしょうか?」
レイモンド様に尋ねてみた。
「多分ー魔獣が出たんじゃーないかなー」
「魔獣ですか?大変じゃないですか」
魔獣とは穏やかじゃないな、人的被害がでないといいが。
「そうだねー、でも僕は何もできないからねー、でもーハンターがー対処してくれると思うよー」
ハンターとは?そのままの意味で狩人ってことかな?
「ハンターですか?」
「うんー、魔獣や獣を狩るー専門の職業だよー、知らないのー」
そんな職業があってもおかしくはないか、獣や魔獣がいる世界だからな。
「興味があるな、見学に行ってもいいですか?」
「いいけどー、気を付けてねー。魔獣はー獣より強いからねー」
「ありがとうございます」
ゴンとエルに、はちみつの買い付けは任せて、騒ぎのする方に、ノンとギルを伴って向かった。
森の中に入っていった。
『探索』で状況を把握する、魔獣が三匹にハンターらしき者が五名、二百メートル先にいる。ノンは気配で察知しているようだ。
ギルには状況を伝えた。
「もしハンターが劣勢なら、手を貸そう、そうじゃなければ、見学だな」
頷く二人。
距離二十メートル、ハンターと魔獣が対峙していた。
『鑑定』
グレートウルフ(魔) 森の奥に住む獣 食用可
グレートウルフは身を低くして、ハンターに今にも飛び掛からんとしている。
黒い瘴気を身に纏っている。
なんとも禍々しい。
ハンターはグレートウルフの周りを円状に囲み、包囲している状態。
一頭のグレートウルフが、一人のハンターに狙いを定めて、一気に距離を詰めた。
頭から猛然と突っ込んでいる、ハンターは盾でその突進を受けたが、後ろに吹っ飛ばされていた。
後ろの木に背中を打ち付けている。
おー痛そう。
それを機に、他の二頭のグレートウルフも動き出した。
明らかにハンターの劣勢、ノンとギルにサインを送る。
吹っ飛ばされたハンターを、今にも噛みつこうとしているグレートウルフに、俺は『転移』で距離を詰め、背後から首を掴んで一気に首の骨を折った。
ゴリッという音が、腕から伝わって来る。
獣化したノンは、風魔法でグレートウルフを巻き上げ、爪で首を切断していた。
ギルは体当たりでグレートウルフを吹っ飛ばし、倒れたグレートウルフの首にエルボードロップで、息の根を止めていた。
五人のハンターは固まっていた。
何が起きたか分かっていない様子。
ひとまず片付けたグレートウルフを一か所に纏めて、五人の様子を眺めて見た。
未だフリーズ中。
うーん、ちょっと待ったほうがいいのかな?
すると、一人が正気に戻ったようで、こちらに近づいてきた。
「ありがとうございます!」
いきなり泣かれた。
目の前で両膝をついたハンターが大泣きしだした。
あーあ、勘弁してよ・・・
徐々に正気を取り戻した他のハンター達が、同じように大泣きしだした。
こりゃあ時間がかかるぞー、やっちまったか?
泣くほどのことなのか?
少し、冷静になったハンター達が次々に
「ありがとう、本当に助かった、死ぬかと思った」
「こんなところにグレートウルフが出るなんて、運が悪すぎるって」
「グレートウルフに襲われた時、ノエルちゃんにもっと強引に迫るべきだった、と思いました」
うん、お前は何かが違う・・・
口々に感謝の念を伝えてくれた。
恐らくこの人達には、魔獣化したグレートウルフはかなり格上だったようだ。
相当な覚悟で挑んだことだろう。
窮地を脱したといったところかな?
「で、この先はどうしましょうか?」
ハンター達に問いかける。
「失礼しました、私はこのハンターグループ『サンライズ』のリーダーをしております。ライドと申します。この度はお助けいただきまして、本当にありがとうございました。この獲物らはそちらで、お納めください」
ライドさんは牛の獣人で、力には自信があるといった風貌の男性だった。
頭に角が生えていて、筋骨隆々だ。
おそらくミノタウロスだろう。
「俺は島野です。こちらは、ノンとギルです。ところで、お納めくださいって何ですか?ハンターのことは何も知らないので・・・」
はい私達は通りすがりの一般人です。
「そうですか、ハンターの流儀として仕留めた者が、獲物を確保できるということです、なのでこの三匹のグレートウルフはそちらでお納めください」
そういえば、食用可ってなってたな。
「これは、どちらかで買い取っていただけるのでしょうか?」
「ハンター協会買取可能です、グレートウルフは貴重で、その牙は、高値で取引されています。他にも癖はありますが肉は上手く、毛皮も高く買い取ってもらえます。あと、魔獣は魔石を持っておりますので、こちらはかなり高く買い取って貰えますよ」
どうやら狩った獣がお金になるらしい。
ありがたいことだ。
ひとまずグレートウルフを三匹を回収して『サンライズ』の方達とハンター協会に向かうことにした。
ハンター協会も大きな建物だった。
入口に入ると奥に大きなカウンターがあり、職員の方が受付をしていた。
左側にもカウンターがあるが、こちらは、飲食店の様な雰囲気、椅子とテーブルが適当に配置されており、好きに使ってください的な雰囲気だった。
そして何人かのハンターが自由に飲み食いしていた。
「島野さん、こちらです」
正面奥にあるカウンターに招かれた。
「メイちゃん、こちら島野さん、なんと魔獣化したグレートウルフを三匹も倒したんだぜ」
と先程助けた猿の獣人が自慢げに言っている。
話が聞こえたのか、他のハンター達がざわめきだした。
「えっ、すごい!」
メイちゃんと呼ばれた、兎の獣人が驚いていた。
とりあえず名乗ることにした。
「あのー、初めまして、俺は島野といいます。ハンター協会は初めてでして・・・」
ハンター達が耳をそばだてている気配がする。
あんまり注目されたく無いのだが、しょうがないか。
「そうなんですね、こちらこそ初めまして、私は受付を担当してますメイです。初めてということですと、ハンター登録はされていないということでしょうか?」
こちらも商人組合と一緒で登録制のようだ。
「ええ、そうです。何かまずかったですか?」
商人組合と同じ仕組みなのかな?
「いえ、そんなことはないです。ではさっそくグレートウルフを見せて頂けますでしょうか?」
メイさんがカウンターの上に手をやった。
『収納』から三匹のグレートウルフを取り出すと、回りから声が漏れてきた。
「すげー」
「本物見るの始めてだぜ!」
「ただのウルフの間違いじゃないか?」
メイさんがグレートウルフをしげしげと眺めている。
「うん、間違いないですね。グレートウルフ三匹、こちらは買い取りでよかったでしょうか?」
「ええ、そうしてください」
「では先にハンター登録をしてはいかがでしょうか?ハンター登録しますと、解体費用が半額になりますので」
はやりその流れになるのか。
「なるほど、ちなみに解体費用はいくらぐらいでしょうか?」
解体は自分でもできるが聞いてみることにした。
「解体は物にもよりますが、このサイズのグレートウルフですと、一匹で銀貨五十枚ぐらいですね」
だいたい五千円ぐらい、三匹で一万五千円か、結構するな。
半額でも七千五百円か、解体は自分で出来るけど。
この流れに乗らないのは良くないな。
頼んだ方が正解だろう。
「あと、ハンター登録することで、何か義務とかが発生したりするのでしょうか?」
これがとても重要な気がする。
「そういったことは無いですが、稀に魔獣が大量発生したりした時には、協力を依頼することはあります」
基本的に縛られることは無いか。
「分かりました、じゃあ登録でお願いします」
サインしてハンター登録した。
買い取りの清算は明後日ということになった。
ちなみにパーティー名は『島野一家』にした。
登録すると商人組合と同様に、会員証のような物を渡された。
ハンター協会を出ようとしたところで『サンライズ』の面々に呼び止められた。
なんでもお礼に晩御飯を奢ってくれるということらしい。
あと二人増えますが大丈夫ですか、と伝えたが全然構わないと言ってくれた。
はちみつの買い付けに行っていた。ゴンとエルと合流し、まずは商人組合に売上金の一割を納めにいった。
「本当にこんなに売れたんですか?」
と驚かれたが、こちらとしては何も誤魔化してはいない。
組合側としても、上納金が少しでも多い方が良いに決まっている。
何を疑うことがあるのか?もし誤魔化すのなら低く言うに決まっている。
「多いに越したことがないのでは?」
と言うと
理解できたのか
「そうですね、すいませんでした」
と犬の獣人が頭を下げていた。
商人組合出て、待ち合わせの酒場に到着した。
お店に入ると、すごい賑わいだった。
真ん中のテーブルに既に『サンライズ』御一行が席を取ってくれていた。
「すいません、遅くなりました」
「いえいえ、こちらも今着いたところですよ」
とライドさんが答える。
「島野さん、紹介させてください。こちらが斥候のウィル。魔法使いのジョー、こっちが剣士のカイ、回復役のジュース、そして最後に俺が、盾役のライドですよろしくお願いします」
ウィルさんは猿の獣人、とても身軽そうだ。
ジョーさんは人間、見た目は魔法使いというより商人の雰囲気だ。
カイさんは、ゴリラの獣人で、ごつい剣士そのもの。
ジュースさんは、人間で神官のような出で立ちだ。
皆なそれなりのベテランハンターらしい。
こちらも、一家全員を紹介した。
「島野さんは、テイマーなのか?」
ジョーさんが聞いてきた。
「いや、そうではないです」
テイマーって獣使いってことだよな、そんな者では断じてありません。
「そうなのか?テイマーでも無いのに、聖獣を従えてるってどういうことだよ」
横からライドさんが口を挟んできた。
「ジョーお前、何言ってんだよ、ハンター同士は詮索しないのが礼儀だろ」
そうだったと言わんかの如く、ジョーさんが顔の前で両手を揃えた。
すまなかったということなんだろう。
「しかし、島野さん達は本当に強えーよな。ノン君なんて、爪で首をサクッ、だもんな」
ウィルさんに褒められて、ノンが照れている。
「まぁとりあえず、注文しようぜ。皆エールでいいか?」
ライドさんが取り纏めるようだ、仕切り役なのかな?
「ギルはエールは駄目だぞ、まだ早い」
横目でギルに目線を送った。
「えー、いいじゃん」
ギルは駄々を捏ねている。
駄目なもんは駄目です。
「駄目だ、別の物にしろ」
そうだそうだと言わんばかりに、他の家族達が頷いている。
「じゃあ、お茶で」
食事と酒が運ばれてきた。
「ライドさんはこの世界のことには詳しいですか?」
「この世界とは?」
「ああ、すいません。実は俺達はずっと島暮らしでして、世情のこととかほぼ知らないもので・・・」
横からカイさんが割り込んできた。
「だったら俺に任せな、噂好きのカイとは俺のことだぜ」
「誰も言ってねえよ」
ライドさんがツッコんでいた。
「へへ、まあ聞きなよ、島野さん」
顎の周りを触りながらカイさんは話しだした。
「そうだな、まずは南半球最大の王国『タイロン』その名の通り、王政の国さ、王様は『ハノイ十三世』って言って、ふざけた名前の割には、腕っぷしがめっぽう強いって噂だ。あと軍隊もあるってよ。それから南半球最強と呼ばれる剣士がいるっていう噂だ。次は魔法国『メッサーラ』だな、この国はなんといっても、魔法の研究が盛んで、魔法が得意な人なら、この国に行けなんていわれるほどさ」
ゴンがビクッと反応している。
それにしても、ここは南半球だったんだな、初めて知った。
「ただ、さっきの『タイロン』とはあまり上手くいっていないらしい、国境ではちょっとした小競り合いが、ちらほらとあるみたいだ。まぁ、とは言っても死人がでるほどでは無いらしいがな」
「何が原因で揉めてるんですか?」
気になるので、聞いてみた。
「それがどうやら、剣が最強か?魔法が最強か?で揉めているらしい。何とも、揉めるほどのことかと俺は思うがね」
確かにそう思う、どっちが強いかなんてどうでもいいと思うが、当人達にとってはそうはいかない、ということなんだろう。
だが、答えは簡単じゃないか、両方極めた者が一番最強に決まってるでしょうが。
「他にはどんな国があるんですか?」
情報収集は欠かせない。
「そうだな、いろいろあるが、魔王国の『メルラド』他には国と呼べるほどの規模の街はないかな。あとは、漁師の街『ゴルゴラド』ここの海鮮は絶品だぞって、行ったことのある奴に自慢されたよ。何でも生で魚が食えるって話だ。考えられねえだろ普通。なんだかそういった技術が開発されたって噂だ。他には、大工の街『ボルン』ここの街の家は歴史的な遺産レベルだって聞いているが、何が凄いのかよく分からねえな。他にもエルフの村、鍛冶師の街、ダンジョンの街などいろいろだな。他にもいろいろあるが、切りが無いかな、あぁでもこれは話しておきたいな、最後に温泉街『ゴロウ』なんでもここの神様は、転移者だって話だぞ」
「えっ!温泉があるんですか?」
ワクワクする!
それにゴロウってどう考えても日本人ですよね!
「ああ、そうだよ、なんだい島野さんは温泉を知ってるのかい?」
「知ってるも何も、大好きです。ありがとうございます。絶対に行きます!」
俺は思わずガッツポーズをした。
やっべー、興奮してきた。
早く行きたいなー。どんな温泉なんだろう。
サウナあるかな?あるよね?あってくれよ!
と物思いに耽ってしまっていた。
あっ、『サンライズ』の皆さんが引いてる。
気を取り直して、情報収集再開。
「ところで、今日狩ったグレートウルフなんですが、どれぐらいの脅威なんですか?」
ライドさんが答えてくれた。
「脅威というかなんというか、正直俺達は死ぬ気で挑みましたよ」
「というと?」
「いやぁ、自分達これでもベテランのBランクハンターなんですけどね、さすがに魔獣化したグレートウルフ三匹は無理ですよ」
強さがランクで管理されているということかな?
「すいません、Bランクとは?ランクがあるんですか?」
「ああ、そうかすまない、島野さんはハンターすらも知らなかったんですよね。俺達ハンターにはランクがあって、最高はSランク、最低でEランクです。討伐できる獣や数でランクが決まるんです。今回の魔獣化したグレートウルフ三匹の討伐となると、Aランクの仕事なんですよ、下手すりゃあSランクかも」
ということは、俺達はAランク以上ということだな。
「なので魔獣化したグレートウルフなんて、一匹でもAランクの仕事なのに・・・たまたまハンターで直ぐ出れるのが、俺達しかいなくて・・・本当にこれで人生終わったと思いましたよ・・・討伐に出ないわけにもいかないしって」
勇気を振り絞って行くしかないと、いうことだった訳だ。
改めて『サンライズ』の皆さんを見ると、狩りには装備を揃えた方が良いのかな?と思ってしまうが、これはまた今度でいいだろう。
「そういえば、魔獣ってよくでるもんなんですか?」
「いやいや、魔獣なんて滅多にでるもんじゃないですよ」
「そうなんですね」
「ただ最近よく出るようになったって、ハンター協会の職員が言ってましたけど、どうなんでしょうね?」
なんだか、ここ最近ってのが気になるけど、まぁいっか。
いろいろありましたが、楽しい飲み会となりました。
翌日
寝て冷静になった俺は、温泉行について考えた。
魔獣の買い取りの清算は明日なので、今のすぐには行けない。
なので、とりあえず後回しにしていた、畑の拡張を行った。
アイリスさんに畑の拡張を行うことを伝えたところ、せっかくなので倍にして欲しいと言われたが、さすがに管理に手が回らないと思い。
五割増し程度にしておいた。
今回は販売用の根菜と葉物野菜を中心に増やしている。
屋台販売の売れ行きを見る限り、次の屋台販売も飛ぶように売れることは、間違いないと思う。
温泉街『ゴロウ』の場所は『タイロン』王国の北側にあるということで、結構距離がある。
カイさんが言うには、歩いていけば、一ヶ月近くはかかるんじゃないか、ということだった。
また厄介なことに『タイロン』王国の城下町を通過しないと、行けない場所にある。
上空を飛んで行って大丈夫なのだろうか?
あと温泉の神様は転移者ということなので、念には念をいれて、ある能力を開発しておく必要がある。
とりあえず先にそちらに取り掛かろうと思う。
能力開発は早々に終了した。
自分がもう一人いるところをイメージし、その俺から『鑑定』を受けるイメージ、そこに透明の何も通さない壁をイメージし、神気を纏って、簡単に成功した。
『鑑定無効』を開発した。
とりあえず移動には、まずは転移で『タイロン』王国に一番近い『カナン』まで行き、そこからはエルとギルに乗って移動。
『タイロン』王国内には、普通に旅人として通過することにした。
余裕があったら、野菜の販売も行う予定。
もし、空の移動が可能であったらそちらを使うが、これは許可されるかは聞いてみないと分からない。
あとは道中での食事が必要なため、弁当をたくさん作っておこうと思う。
メニューとしては、おにぎりを中心に、ハンバーグやから揚げ辺りかな。
温泉街『ゴロウ』は高地にある為、ここより少し寒いとカイさんが言っていたので、上着も作っておこうと思う。
今では、綿なども豊富に育っている為、材料にはことかかない。
そういった要領で、温泉の街『ゴロウ』に向かうこととした。
さてまずは弁当作りから開始だな。
カナンの村のハンター協会に来ている。
前に買い取りをお願いした、グレートウルフの清算の為だ。
受付で、要件を伝えると、奥の部屋へと案内された。
中に入ると、ウィルさんに似た猿の獣人がいた。
「島野さんですね、ウィルの兄のフェルです。ここのハンター協会の会長をやっております。この度は弟を救っていただきまして、ありがとうございました」
どうりで似ているわけだ。
「いえいえ、たまたまですので、お気になさらず」
「早速ですが、買い取りの金額なんですが、よろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」
「まず、討伐報酬として金貨金貨四十五枚、毛皮が三匹で金貨十二枚、牙が三匹で金貨十五枚、肉が三匹で金貨二十四枚、最後に魔石が三個で金貨七十二枚、の合計金貨百六十八枚となります。後、残りの骨なんですが、こちらで廃棄してしまってもよろしいでしょうか?」
金貨百六十八枚?結構な臨時収入じゃないか、ありがたくいただきましょう。
「骨はこちらで回収させてください、畑の良い肥料になりますので」
「肥料ですか?」
「ええ畑には必要なんですよ」
コロンと一緒で、ここも畑は大したことはなかったもんな、知らなくて当然だな。
「畑のことは良く分かりませんが、わかりました。あとでご案内させていただきます」
その後報酬を頂き、骨の回収を行ってから。カナンの村を後にした。
早く温泉に浸かりたい。
今『タイロン』王国の城壁の外いる。
国内に入場できるのを今か今かと待っている。
結構な数の行列ができていた、これは並ぶしかないようだ。
同じ様に並んでいる人達を見てみると。
荷馬車を牽いている商人風の人が多く、ハンターや旅人の様な方達もちらほら。
随分待たされているが、入国には厳重な検査でも行っているのだろうか?
やっと順番が回ってきた。
門番に話し掛けられる。
「入国の目的はなんだ?」
随分威圧的な態度だな。
「行商をおこなっておりまして、立ち寄らせて頂きました」
じろじろと上から下まで見られている。
「荷物がないようだが?」
「俺は『収納』持ちなものでして」
といって『収納』から野菜を取り出して見せてみた。
さらに何度も上から下まで見られた。
「いいだろう、行ってよし」
それにしても終始高圧的な態度だな。
事件か何かがあって、警備が厳重ということなのか?
街の中に入ると、すごい賑わいだった。
道行く人の多さ、街の喧騒、これまで見て来た街とは比べものにならない。
道行く人は圧倒的に人間が多い、よく見ると街のいろいろな所に、鎧を着た兵士を見かける。
警備が行き届いているということなのだろう。
この光景をみるだけで、この国の治安レベルが高いと認識できる。
それにしても、まったくこれまでに情報が入らなかったが、この国にも神様がいるのだろうか?
訪ねてみたいが、通行人に聞くこうにも、これだけ警備が厳重な状況で、下手な聞き込みは憚られる。
俺達は歩を進めた。
とりあえず食事にしようと、適当に選んだお店に入った。
「いらっしゃいませ、こちらにどうぞ」
可愛らしいおさげの女性店員さんに席へと誘導された。
着席する間に聞いてみた。
「この店のお勧めはなんですか?」
「チキン料理です」
即答された。
うんいいね。テンポが気持ちいい。
「じゃあそれを五人分」
「かしこまりました」
こじんまりした店だが、店員の接客は良いようだ。
店内を見回してみたが、残念ながら他に客はいないようだ。
噂話でも聞きたかったが、ここは店員さんに聞いてみよう。
「すいません」
返事と共に先ほどの店員さんが駆けつけてくれた。
「ちょとお尋ねしたいんですけど、よろしいでしょうか?」
「はい、何でしょう?」
「実は俺達初めてこちらの国に訪れたんですけど。こちらの国に神様はいらっしゃるんでしょうか?」
「神様はいらっしゃいますよ、たしか三人ほど、ただ、王宮にいますので、私はお会いしたことは無いですね」
三人もいるのか、国であって街ではないから当然なのかもしれないな。
「そうですか」
何の神様なんだろうか?
「ちなみに何の神様か分かりますか?」
定員さんが腕を組んで考えている。
「たしか法律の神様と、警護の神様と、経済の神様だったかと思います」
法律に警護に経済か、国家運営には欠かせない役どころだね。
ということは、ここの神様達も現役バリバリで働いてらっしゃるんでしょうね。
恐れいります。
興味はあるけど、響きからして簡単に会えそうな神様達ではなさそうなので、ご挨拶は無しという方向で行きましょう。
「ありがとうございます」
お礼にチップを渡しておいた。
そういった文化が無いのか、ちょっと驚ろかれた。
決して怪しい者ではありませんよ。
「あと行商をおこなっているんですが、商人組合はどちらにありますか?」
丁寧に道順を教えてもらった。
後で行ってみようと思う。
しばらくすると料理が運ばれてきた。チキンのソテーだった。
味はまあまあ、強いて言うならば、スパイスがもの足りないな。
この世界の食事はこれまでもそうだったが、少々物足りない。
やはり日本人の食に対する拘りが、素晴らしいということなんだと思う。
そう思うと日本の料理が恋しくなる。
まぁいつでも帰れるんだけどね。
店をあとにし、商人組合に向かった。
コロンの街の商人組合とは、比べものにならないぐらいの、人と職員の数だった。
職員さんを捕まえて、要件を伝えた。
会員証を見せてくれとのことだったので、会員証を手渡すと。
「わかりました、屋台での販売ですね」
と会員証を返され、販売場所の指定を受けた。
一応念の為、その他のことも確認してみた。
その他の内容はコロンの街とまったく同じだった。
世界共通ということなのだろうか?
今回の屋台販売も、前回の時と同じ様に試食販売を行った。
反応は前回と同じで、始めは遠巻きに見ていた人達が、試食を始めた途端に長蛇の列が生れた。
今回は前回の反省も踏まえて、前回の倍の量の野菜を準備していたが、それでも全て売れてしまった。
島の野菜恐るべし。
あと販売中に一瞬だが、頭にチクッとした感覚があったが、あれは一体何だったんだろう。
よく分からない、たまに意味も無く体のどこかが一瞬痛くなる、あれなんだろうか?まさかの成長痛?
商人組合に手数料を支払ったところ、職員さんに初めてでこんなに売れたんですか?
とすごく驚かれてしまった。
まあコロンの街で免疫はつきましたから、その反応は気にしない。
多分在庫があったら、もっと売れてましたよ、とは言わずにおいた。
変な注目を集めるのは憚れる、あたり触らず過ごしたい。
ひとまず島に帰島した。
結局まだ一度も宿に泊まったことはない・・・やっぱり我が家がいいんです。
最近恒例になりつつある、帰宅後のアイリスさんとの、まったり一本飲みましょうの時間。
こういう時間って必要ですよね?同意を得られたなら光栄です。
「タイロン王国はどうでした?」
両手でグラスを抱えるアイリスさん、可愛らしいですね。そういうの嫌いじゃないですよ。
「そうですね、国の強さを感じました。警備兵の数、街の人々の活気、どれをとっても王国が盤石なのだと思いました。ただ、何かが引っかかるんですよね」
そう、まだはっきりしないのだが、俺は何かに違和感を感じている。
「引っかかるですか?」
「うん、言葉にするのは難しんですけど、なんか違和感を感じるんです。何なんでしょうかね?・・・」
「分かるといいですわね」
まぁいつか気づくでしょう。
「そういえば、畑を拡張しましたけど、本当に大丈夫なんですか?」
そう、いくら何でも一人でできるのかと、拡張後に思ったんだよな。
「守さん、私を誰だと思っているんですか?いい加減分かって欲しいですわ」
アイリスさんの視線が痛い。そんなに怒らないでくださいな。
「すいません分かってますよ。アイリスさんは植物のプロですもんね。いやー、どうしても無理をさせたくないと思ってしまいまして・・・」
アイリスさんは微笑みを返してくれた。
「あら、お優しいのですね」
これでも紳士のつもりですので。
そういえばアイリスさんの野菜の栽培は、正にプロそのもので、彼女のお陰で島の野菜の味が更にレベルアップしていた。
水やりから、肥料の選別まで指示が的確で。
彼女曰く野菜の声が聞こえるらしい。
なんとも凄い能力である。
翌日、まずは透明化した俺が、転移にて王国内に移動。
誰もいないか、誰かに見られてないかを確認してから皆を転移した。
移動開始、もう売る物が無くなってしまっている為、本日は野菜の販売は行わない、街を見学しつつ先へと急ぐ。
やっぱり足での移動は遅すぎる、空での移動に早く切り替えたい。
警備兵に空の移動は出来るのかを訪ねてみたところ、ハンター協会に聞いてみてくれとのことだった。
空の移動は王国の警備に関わることだから、王国警備隊の管轄では?という疑問が生じたが。
ひとまず他人様の都合なので、そこはツッコまないことにした。
ハンター協会に来てみた。
ここもかなりの人がいた。
随分待たされたが、やっと出番が回ってきた。
「あの、空の移動をしたいのですが、可能でしょうか?」
受付の犬の獣人女性に聞いてみた。
「はぁ?空の移動ですか・・・少々お待ちください・・・上の者に確認してまいります」
何のことやらといった感じの受付嬢が、いそいそとこの場を立ち去って行った。
んーん、かなり待たされている。
これは放置プレイか?などと、どうでもいいことを考えていたところ、ドタドタと音を立てながら、先ほどの受付嬢を伴って、壮年の男性が俺達の前に現れた。
「おい!お前らよく聞け!緊急依頼だ!この中で空中戦が出来る奴らはいるか?これは緊急依頼だから、ハンター会員に拒否権はないぞ!」
先ほどの受付嬢がギンギンに俺の方を見ている。
嫌だー、今出たら絶対に目立つに決まっている。
あー、嫌だ。本当に嫌だ。勘弁して欲しい。
でも・・・まだこちらをガン見してんだよね・・・はあ・・・間が悪すぎるっての!
「あのー、空中戦出来ますが・・・」
壮年の男がホっとした表情でこちらを見た。
「よし良いかよく聞いてくれ、今この国に向けて、魔獣化したジャイアントイーグルが十匹飛行中だ!」
周りのどよめきが凄い。
「やべえよ、逃げなきゃ」
「俺の寿命もここまでか」
「そんなん勝てっこねえよ!」
ジャイアントイーグル?デッカイ鷹ってこと?そりゃあ空中戦でしょうね。
やりますよ、やるしかないんでしょ。
拒否権無しだからね。
「そこで、飛行できる者達に討伐を依頼する、いいか、俺は今から国軍に討伐を依頼するから、時間を稼いでくれればいい。もし可能なら討伐してくれてもいい、だが無理はするな、今すぐ出てくれ。分かったな!」
あーあ、いきなり会員の義務が発生してるじゃん。
ハンター登録ってはずれだったのか?
しょうがないから行くか。行かないとこの国に被害がありそうな話しみたいだし。
目立ちたくないなー、あーヤダヤダ。
早く温泉街に行きたいのに、もう!
ひとまず俺はエルに乗り込み、ギルにゴンとノンを乗せるいつもの飛行スタイル。
ジャイアントイーグルが向かってくるという、方角に飛んだ。
振り替えって確認してみたが、飛び出したのは俺達だけっぽい。
見られなくていいのなら、それはそれで都合がいい。
戦闘するなら被害がでないように、王国からは距離をとるようにと、飛行役の二人に指示を出した。
ギルとエルが速度を上げる。
視界にそれらしき影が見えて来た。
どうやらあれが、ジャイアントイーグルのようだ。
特に編隊を組むことも無く、こちらに向かっている。
『鑑定』
ジャイアントイーグル(魔) まず出会うことが無い 奥深い山間部に住む獣 食用可
まず出会うことが無いって、普通に出会ってますけど・・・
まぁいいや、さっさと片づけましょうかね。
「とりあえず一人二匹な、どうだ?」
「楽勝」
ノンが嬉しそうに笑っている。
「パパ、三匹はやらせてよ」
欲張るねー、ギル君。
「それは駄目だろ、五人いるんだからさ」
ノンがツッコんだ。
「そうだね、皆一緒がいいね」
ゴンが纏めた。
「だろー」
などと話していたところ、戦闘が始まった。
まず、俺は最初に飛び出すと共に、
「俺飛ぶから、ノン、スイッチな」
とノンに指示を出し、攻撃してくる前に無駄な雄たけびを挙げている、ジャイアントイーグルが見えたので。
その隙に後ろに回り込んで首を折った。
続けてそれを見てびっくりしている、もう一匹も同じ方法で仕留めた。
戦闘前に余計なことをするからだよ。
楽勝ですな。
雄叫び挙げる暇があったらとっととかかってきなさいよ。
ノンはというと、エルの背に乗ったと思いきや、人型のままジャイアントイーグルに飛び掛かった。
ぶち当たる直前に指をくいっと動かし、風魔法でジャイアントイーグルの顎を挙げ、そこに拳を一撃。
ゴリッという音と共に、もう一匹にも同じ攻撃で、仕留めていた。
魔法も織り交ぜるとは、何とも逞しくなりましたね。
ギルはブレスを吐いて二匹同時に丸焦げにしていた。
ブレス攻撃って酷いよね。
これは毛皮の買取りは無いな。
ギルの背に乗ったゴンは、試すように持てる様々な魔法を放ち、結局最後は尻尾でぶん殴って仕留めていた。
うん、何でも試そう、良い試みです。
さすがゴン、優等生です。
エルは何故だか急に変な子モードに突入していた。
「私の見せ場はないのか!オラ!」
と叫ぶと、既に逃走をはかろうとしていた。一匹の背中を角で串刺し。
邪魔だといわんばかりに、ジャイアントイーグルをぶん投げ、最後の一匹に追いつくと、蹴り飛ばして仕留めていた。
何故に変な子モードになったの?
案外あっけらかんとした空中戦となった。
速攻で終わりましたとさ。
とっとと帰ろう。
ていうか早く温泉街に行きましょう。
というか行かせてください。
ジャイアントイーグルの死骸を一か所に纏めて、国軍の到着を待った。
結構待った。一時間ぐらい?
暇になったノンとギルは獣型でふざけ合っていた。
どうにも腹が減ったので、皆でお弁当を食べた。
やはり青空の下で食べるお弁当は格別ですな。
我ながら弁当は美味しかったと思う。
『収納』って本当に便利だと、改めて思う。
温かい食事が直ぐ食べれるって、本当に最高だと言える。
だって電子レンジのないこの世界では、これ無しでは物足りない食事になっているはずだ。
食後のお茶を嗜んでいると、ここに向かってくる一団が見えて来た。
やっとご到着のようだ。
遠目に国軍が百名ほどの集団でこちらに向かって来ているのが見えた。
始めはスピードが出ていたが、近づくにつれスピードが落ちている。
最後には恐る恐るこちらを見つめていた。
「ノン、ギルもうやめろ」
こいつらが暴れているのが良くないのかな?
何で恐る恐るになってるの?
国軍の一番前にいた男性が、背筋を伸ばし、それでいて恐縮しながら話し掛けて来た。
「あのー、もしかして倒してしまいましたか?」
「ええ、そうですよ。駄目でした?」
と答えて、ジャイアントイーグルの死骸を指さした。
すると国軍の後方から、
「やったぁ!死なずにすんだ!」
「すげえ、すげえよ!」
「おお、これはまさに神のご加護」
などと口々に興奮の声が上がった。
そんなに脅威だったのかな?もしかして俺達ってやり過ぎなのかな?などと考えていたところ。
話しかけて来た男性が、我に返った感じで話しだした。
「すいません、魔獣化したジャイアントイーグルが十匹ともなると、国軍百名がかりで、半分以上は死にますので・・・・あっ、失礼しました。私はタイロン王国軍第四団隊の隊長をやっております、ガルフと申します」
うーん、いまいち要領を得ない発言だが、何となく言いたいことは分かった。
っていうか、ジャイアントイーグルって、そんなに強いの・・・これはやっちまったかな?
「こちらこそ始めまして島野と申します。それでこの後はどうすればよろしいでしょうか?」
さっさと、話を進めたほうがいいでしょ。
しれっと終わらせたいのだが・・・たぶん無理だな。
それに答えてガルフさんが、
「ハンター協会にお戻り頂き、報告を行ってください」
とのことだった。
「分かりました、ではさっそく行かせて頂きます」
はいはい、行きますよ、さっさと片づけましょうね。
俺はジャイアントイーグルの死骸を回収し、エルに乗ってハンター協会に向かおうとした。
そんな俺達に隊長は何かを言いたそうにしていたが、しらんと言った感じで飛ぶ準備に入った。
行きは飛んで行かされて、帰りは駄目とは言わないでしょうね?
ここまでしてそんなこと言われたら俺は暴れるぞ。
「ではお先に」
と声を掛けて俺達は飛び出した。
早く温泉街に行きたいなー!
まだかなー!
ハンター協会に付いて報告をすると、先ほどの国軍と同じ反応だった。
「一命を取り留めた」
「やったー!」
「凄いぞ、なんてこった!」
等と、なんとも騒がしい。
皆ほぼ一撃だったけどな・・・そんなに強いのかジャイアントイーグルって・・・結構間抜けな相手だったけどな。
会長を見つけたので、
「ジャイアントイーグルの死骸はどちらに置けばいいですか?」
と尋ねた。
「そうだな、ここではなんだから裏の倉庫に回ってくれるか?」
ということだったので、裏の倉庫に移動。
大きなテーブルを見つけたので、次々にジャイアントイーグルを出していった。
ジャイアントイーグルの山を見て職員の一人が、
「ジャイアントイーグルなんて初めてみたぞ、それも十匹なんて、前代未聞だな、はは」
と声を漏らしていた。
「素材や、肉などはどうすればいい?」
と会長に尋ねられた。
「じゃあ、せっかくなので一匹分の肉と、一番大きな魔石は回収させてください。他は全部買取でお願いします」
会長が満面の笑顔で喜んでいた。
なぜにそんなに嬉しいの?
何がそんなに嬉しいのか、俺にはよく分からなかった。
清算にどれだけ日数がかかるかを聞いたところ、これほどの大物になると、三日は欲しいと言われた。
はぁ、早く温泉に行きたいのに。いいかげんにして欲しいね。
まったく!
預かってもらって、温泉帰りに引き取ろうかとも考えたが諦めた。
それになんだか騒ぎになっている雰囲気があるので、早々に立ち去りたいし、日を改めたほうがよさそうだ。
ちなみに空の移動は了承されたが、王宮から離れて飛んで欲しいとのことだった。
とりあえず島に帰りましょうかねってことで、倉庫の裏口から移転した。
なんだか疲れました。
温泉街が遠く感じる。
温泉街よ、俺から離れないでくれ!
俺はランページ、ハンターだ。
今日は『タイロン』王国の外にある。森の調査をソロで行っている。
つい先日まで、パーティーで狩りに出ており、そこそこ稼ぐことができた。
パーティーの他のメンバーは、骨安めにと温泉街『ゴロウ』へと向かっていった。
本当であれば、俺もそこに合流する予定だったのだが、せっかく狩りで稼いだ金を、博打で掏ってしまった。
残念ながら温泉は次の機会にしよう。
くそう!
何もしないでいるもの暇なので、ハンター協会に行ったところ、森の調査依頼があったので、ソロで調査を行っている。
俺は斥候役のハンターだから、森の調査はお手の物。
ただ、それでも決して気は抜かない。
この森には慣れている、これまで何度も調査に入っている。
何かあった時の連絡小屋の場所や獣道は、ほとんど頭に入っている。
周辺に意識を向けながら、獣や魔獣の気配が無いかを確認しながら、森の中を調査していた。
そろそろ森の開けたところに出る。
開けた場所は休憩場所として適しているので、着いたら軽く昼飯を食べようと思う。
マジックバックから干し肉を取り出して、口に放り込んだ。
しょっぱくて硬い肉。
まぁハンターの仕事中の飯といえば、これが定番だ。
何だかやり切れねえな、くそう。
すると、突然大きな気配を感じた。それも複数。
これはまずいと開けた場所から森に移り身を隠した。
森の開けたところの上空に、俺はとんでもない物を見てしまった。
ありえねー。
魔獣化したジャイアントイーグルが十匹、タイロン王国に向かって飛翔していた。
俺はすぐさま手にしていた干し肉を放り投げ、全速力で連絡小屋に向かった。
連絡小屋に入ると、連絡用の魔道具が置いてある。
魔道具に魔力を流しこみ相手の返事を待つ、
「こちらハンター協会本部、どうした?」
男の声が返答する。
「おい!大変だ!魔獣化したジャイアントイーグルが十匹そちらに向かっている!聞こえるか!おい!」
少し間をおいてから返答があった。
「それは本当か?」
「何言ってやがる!本当に決まっている!俺はランページだ!森の調査依頼で森に入っている、嘘なんかじゃない!確認してみろ!」
「分かった、確認する」
少し経ってから返答があった。
「確認がとれた、ありがとう。魔獣化したジャイアントイーグルが十匹だな、軍に派遣を要請する。無理はするなよ」
「了解!」
どうしたものか、とんでもない大物だ。
あんなのに暴れられたら、タイロン国はどうなっちまうんだ。
くそう!戻るしかないじゃないか。
俺は何度も躓きながらも、全速力でタイロン国を目指した。
森を抜け、草原地帯へと足を踏み入れた時、俺は我が目を疑った。
あれは、人間か?
人らしき者がジャイアントイーグルの背後におり、首を折っていた。
その後はなぜか人間が空中に浮いている。
神様か?
他の戦闘の気配を感じ、目を移すと大きな男がジャイアントイーグルの首をぶん殴っていた。
なんじゃそら・・・えっ、ドラゴンがブレスでジャイアントイーグルを丸焦げにしている。
あれは九尾か?
ユニコーン?いやペガサスだ・・・
とんでもない光景を見てしまった。
はっ!
俺は立ったまま気を失っていたようだ。
ジャイアントイーグルの死骸の傍で、先ほどの者達がいた。
随分と暇そうにしている。
だめだ、絶対に近寄っちゃだめだ。
俺は踵を返して、森の中に入っていった。
ああ、今日は森の中で野宿だな。
ちくしょう、温泉に入りたい。
博打なんか二度とやるもんか!
ちくしょう!
あれからの二日間、俺達は島でのんびりと暮らした。
そろそろアイリスさんの手伝いも必要そうだし。
畑の世話、家畜の世話を行い、昼過ぎにはサウナに入った。
晩飯はピザを焼くと皆に伝えたところ、皆のテンションが上がっていた。
テンションが上がって変な子モードになったエルが
「神飯!神飯!」
と騒ぎ出し、皆で爆笑してしまった。
はやりこの島の生活は楽しいと改めて思う。
始めは何かと大変だったが、今では大変さより楽しみが勝っている。
なによりサウナ満喫生活ができていることが、この充実感をより際立たせているのかもしれない。
創造神様に感謝だ。
そういえば、最近お供え物をしていないことに気づいた。
アイリスさんに聞いてみたところ。アイリスさんが代わりにやってくれているようだった。
まぁ、でも久しぶりにやってみようと思い。ワインを五本供えてみた。
五本のワインが一瞬にして消えた。
飲み過ぎるなよ、爺さん。
さて、今後について少し考えてみる。
明日は『タイロン』のハンター組合に行って清算金を受け取る。
前回の騒ぎで注目されているだろうから、その後は直ぐに飛んで温泉街へ向かうとしよう。
しかし『ゴロウ』って絶対日本人だよな。
先輩にはちゃんと挨拶はしないといけない。
お土産は多めに持っていこう。
温泉街があるということは、旅館もあるだろう、これは初のお泊り決定だな。
日本人の転移者が造った旅館ならば、料理も期待できるだろう。
今から楽しみだ。
後はサウナだな、最近では温泉にはサウナが付き物だから、どんなサウナがあるのか楽しみだ。
期待大!
そろそろ晩飯の準備でもしましょうかね。
うーん、温泉とサウナ楽しみ!
タイロンの街にいる。
ハンター協会に、転移では直接近づけないほどの人だかりだった為、少しハンター協会から離れたところに転移した。
人込みをかき分けて、なんとかハンター協会に入っていった。
しかし、すごい反応だった。
俺達を見て拝む人、歓声を上げる人、何やら話し掛けてくる人、正直迷惑です。
お出迎えは会長だった。
どうぞ、どうぞと奥へと誘われた。
「すごい歓声だな、タイロン国の救世主様だって、恐ろしい人気だなあんた」
「ああ、いい迷惑だよ」
会長は笑っていた。
「えーと、まずはこれが今回のジャイアントイーグルの一匹分の肉と、一番大きな魔石だ。受け取ってくれ」
受け取ると即座に『収納』に入れた。
「そして、まずは今回の緊急依頼の報酬の金貨百枚、続けて素材の買い取りだが、まず毛皮が八匹分で金貨二十四枚、爪が十匹分で金貨七十枚、肉が九匹で金貨九十枚、魔石が九個で金貨二百四十枚、全部で五百二十四枚だ、今回は緊急の依頼だったから解体費用はこちらで持たせてもらう、数えてくれ」
というと、皮袋ごと渡してきた。
それなりに重たい。
皆で手分けして金貨の枚数を数えた。
うん問題ない、それにしても一気にお金が手に入ってしまったな。
これはこれでどうなんだろうか・・・まぁ温泉街でたくさん使わせていただきましょうかね。
へへへ。
「骨はこちらで廃棄でいいか?」
「いや回収させてもらう」
「骨なんて何に使うんだ」
「ちょとね」
めんどくさいので誤魔化すことにした。
「じゃあついてきてくれ」
解体現場に連れてこられた。
ここでも好奇の目で迎えられた。
「これだ」
指さした先には積み上げられたジャイアントイーグルの骨があった。
さっそく『収納』に入れていく。
「じゃあ、悪いけど先を急ぐから、行かせてもらうよ」
と言うと、
会長が慌てて、
「ちょ、ちょっと待ってくれ、あんたにはお礼がしたいと、いろんなところから問い合わせが来ててな。ちょと付き合って欲しいんだが」
俺は振り返って言った。
「やだ!絶対にやだ!」
すごんでしまっていた。
「えっと・・・駄目かい?」
明らかに会長はビビッている。
「駄目!絶対駄目!急いでますので!じゃあ!」
勝手に裏口から外に出て、エルの背に跨った。
「近いうちに必ず寄ってくれよな」
と会長が、すがるような眼で言っていた。
「気が向いたらな」
こんなに騒がれるなら二度と来るもんか!
さぁ、行きましょうかね。
やっと温泉に入れるぞ!
イエーイ!
上空から見るタイロンの町並みは立派なものだった。
人口数の多さ、建物の数、城壁の高さ、そのすべてが国力の高さを物語っていた。
特に王宮は立派で、大きくて頑丈そうな城だった。
よく見ると王宮からペガサスに乗った一団が、こちらに向けて近寄ってくる気配があったので、全速力で撒かせてもらった。
もういい加減諦めてくれよ・・・
俺の温泉とサウナを邪魔する者は、何人たりとも許さんぞ!
タイロンを経ってから半日、途中全速力で飛んだのが良かったのか、結構早く着いた気がする。
温泉街「ゴロウ」の町並みが見えてきた。
終盤にはエルが少々息切れ気味だったので、俺は下から見えないように、エルの背中に隠れるように飛んでいた。
ギルはよほど空の旅が楽しいのか、終始ご機嫌の様子、まだまだ飛べるよ!と張り切っていた。
ふと、鼻を衝く独特の香りがした。
これは硫黄だ!
「皆、温泉の匂いがするぞ!」
「これが温泉の匂いですか?なんとも言えない匂いですね」
とゴンが答えた。
「これは硫黄といってな、温泉の成分なんだ、慣れるまではちょっと臭いかもしれないが、これが慣れるとなんともいい匂いに変わってくるんだよな」
「本当に?普通に臭いよ」
ノンが眉間に皺を寄せている。
「まぁすぐ慣れるさ」
やっと着きました、温泉街「ゴロウ」!
入場門のすぐ前に降り立った。
数名の旅行者らしき人々が、上空から現れた俺達にビックリしていた。
俺達はというと、そんなことには構わず我先に入場の列に並んだ。
入場はスムーズに行われた。
さすが温泉地、待たせないように警備兵の数が、タイロンの入口の警備兵の数よりも多い、旅行者を待たせない気遣いが感じられる。
入口を入って直ぐに、風情ある町並みが出迎えてくれた。
建物はまさに日本建築、瓦の屋根の木造建築、随所に自然と街になじむように石や岩が設置されている。
これぞまさしくといった温泉街の町並みだ。
街の関係者っぽい人に声を掛けてみた。
「すいません、この街の神様はどちらにおい出ででしょうか?」
法被を着た狸の獣人さんだ。
「そうですね、五郎さんならここから真っすぐ行ったところにある、松風旅館にいると思いますよ。松風旅館はこの街で一番大きい旅館だから、直ぐに分かると思います」
と丁寧に教えてくれた。
今直ぐに伺いましょう!
松風旅館の前にいる。
凄い!
これぞ一流旅館といった佇まい。
遠くに鹿威しの音が聞こえる、入口の両側には松の木が植えられていた。
開けっ放しの重厚な両開きの扉。
良い!すごく良い!
両側にならぶ、法被を着た従業員達のお出迎え。
万歳旅気分!
受付に伺う。
素晴らしい笑顔の従業員達に迎えられた。
「五名の宿泊でお願いしたいんですが」
受付も従業員が五名いて、お客様を待たせない心配りを感じる。
「晩御飯と翌日の朝食はいかがなさいますか?」
気持ちの良いテンポでの会話、これぞまさしくプロの受付といった仕事ぶりだ。
「込みでお願いします」
「少々お待ちください」
てきぱきと従業員さんが働いている。その姿すら感動的に見える。
あー、温泉宿に来たって感じが凄くする。
それにしても、日本の温泉宿でもこのレベルのクオリティーは無いのでは?と思ってしまうほど完成度が高い。
「ええと、お部屋が結構埋まっておりまして、少々お高くなりそうですが、如何いたしましょうか?」
ん?
ああそうか、俺達の格好は普通の一般人だからな、そこまで気を使ってくれるんだ。
素晴らしい!
「どれぐらい掛かるんでしょうか?」
「えっと、お一人様金貨五枚となります」
おおー、日本円としては一人五万円ですね、そりゃあ聞きますよね。
「それでお願いします」
懐は温かいので即決した。
受付嬢が軽くお辞儀をした。
「前払い清算となりますが、よろしいでしょうか?」
「もちろん、お願いします」
先ほどハンター協会から貰った袋を『収納』から出して、金貨二十五枚を支払った。
「あっ、ちょっと待ってください。お部屋の数はいくつですか?」
ゴンたちと一緒に寝るのは気が引けるのだが。
「二部屋ご用意しております」
お気遣いありがとうございます。
「そうですか、ありがとうございます」
「では、こちらがお部屋の鍵になります。お部屋までご案内いたしますので、少々お待ちください」
パーフェクトな接客でございます!
いいよ!いいよ!
異世界での温泉旅行、最高です!
部屋は畳敷の和室だ、畳の匂いが鼻をくすぐる。
外が見える窓もあり、街の景色がよく見える。
四台の座椅子に木目のテーブル、中央には茶菓子が置いてあった。
これぞ温泉旅館といった部屋。
そして中居さんの対応も素晴らしかった。
晩飯の時間、翌日の朝食の時間、当日の風呂の使用時間から、翌朝の風呂の使用時間まで、気持ちのよいアナウンスをし、浴衣の場所までそつなくお伝えしてくれた。
まずはどうぞと、おしぼりとお茶まで入れてくれるホスピタリティー。
私し感動でございます!
この素晴らしい対応にチップで銀貨二十枚を渡したら、無茶苦茶驚かれてしまった。
もしかしてこの世界ではチップ文化は無いのか?
チップの意味が分からなかったのか?
金額が多すぎたのか?
チップは少しやり過ぎたかもしれない。
俺も少々浮かれてしまっているのだろう。
いけないいけない、否!こんな時ぐらいいいじゃないか!
中居さんに神様は現在どこにいるのか尋ねてみたところ、この時間であれば、露天風呂にいるだろうとのことだったので、さっそく皆を誘って露天風呂へと向かった。
男女別々になっていることに驚いたゴンとエルに、本来そういうもんだからと話した時には、島での彼女らの風呂での扱いに、少し反省した。
島では水着で一緒に入っていたからね。
まあ海外ではそういうもんらしいけど・・・
当然ここでは水着は着用してはならないことを伝えると、彼女達は顔を真っ赤に染めていた。
女性同士なのに何を照れることがあるのだろうか?
男性の私には分かりません。
ちなみにノンとギルは
「へぇー、そうなんだー」
で解決した。
脱衣所には、木の棚がいくつかあり、大きめの籠が用意されていた。
その籠の中に、脱いだ浴衣を入れていく、部屋の鍵を入れておくロッカーを探したが、さすがに無かった。
タオルを取り出したら、いざ温泉にゴー!
脱衣所から中に入ると。浴場の中心に二つの大きな風呂があった。
そして壁に沿ってL字型に洗面台が並んでいる。
俺は気づいてしまった・・・ない・・・ない・・・サウナが無い・・・
残念!
まぁ温泉があるのだからと、早合点したのは俺なんだが・・・
やはりショックだ!
項垂れる俺にノンが
「主どうしたの?」
と問いかけてきた。
「サウナが無いんだよ」
「えっ無いの?」
ノンもショックだったらしい。
気を取り直して、まずは体を洗う。
全身入念に洗う、やはりこの世界にはまだ石鹸しかないようだ。
自分のシャンプーを取り出そうかと悩んだが、止めておいた。
へたに目立つのは得策では無い。
まずは、室内の内風呂から入る。
一つは温度が高め、もう一つは低めの温度設定になっていた。
俺は低めの温泉から入ることにした。
そういえばと周りを見渡したが、神様らしき人物は見当たらなかった。
となると露天風呂にでもいるのだろう。
はしゃぐギルを窘めて、ゆっくり温泉を味わった。
素晴らしい泉質だと思う。肌にふれる水の感触が柔らかい。
匂いはするが、気にならない程度、なにより水が綺麗だ。
温泉の管理者の拘りを感じる。
はぁー、最高の気分だ。
とのんびりしていたら。
通りすがりのおっさんに呼び止められた。
「お!おめえ、もしかして日本人か?」
見た目の印象としては五十代の男性、引き締まった肉体に、白髪交じりの髪の毛、明らかに日本人の顔立ち。
おお!
温泉街の神様か?
「はい!そうです、日本人です。もしかして、温泉街の神様ですか?」
「おー!そうだ、そうだ、いやー!こっちの世界で同郷者に会えるとは思わなかったぞ!てことはあれかい、おめえも転移者かい?」
「はい、そうです」
俺は、右手を差し出した。
温泉街の神様ががっちりと握り返してくれた。
「俺は島野守と言います、よろしくお願いします、神様」
温泉街の神様がニンマリと笑った。
「儂は山野五郎だ、よろしく頼む。あと儂のことは神様とは言わねえでくれ。五郎で頼む。どうにも神様って呼ばれることが嫌でな。体がくすぐったくなっちまう。ちと用事があるから先に行かせて貰うが、後で落ち着いたら部屋に寄らせてもらうが、いいか?」
「もちろんです!」
と答えて、部屋番号を伝えた。
五郎さん、いぶし銀の温泉旅館の番頭さんといった感じだ。
これは良い出会いをしたと思う、出会う予感はしていたが。
いろいろ話が聞きたいし、いろいろと話がしたい。
ん?頭にチクりとした感触があった。
何だ?またか?まぁいいや。
では、露天風呂に入りましょうかね。
あー、露天風呂も最高!
晩御飯は部屋で五人で頂いた。
これまた最高の料理だった。
温泉卵に釜めし、ほうれん草と胡麻のお浸し、茶わん蒸し、澄まし汁、そしてメインは石焼きのボア肉。
赤身の状態から自分の好みで、熱々に焼かれた石につけて、好みの焼き具合で召し上がる石焼き料理。
絶品だった。
そして、なんと日本酒があった。
せっかくなので冷酒にして、味を吟味させて貰ったが、透き通る感じのなんとも味わい深い日本酒だった。
四人も満足そうにしている。
「どうだ温泉旅館は?いいもんだろ?」
「「「「はい」」」」
「明日の朝も温泉に入ろうな?」
「もちろんです」
とボア肉を頬狩りながら、ゴンが答えた。
「朝も入るの?やったー!」
と喜ぶノン。
「そういえば、お湯の肌触りがいつものお風呂と違いましたの、温泉とはそういうものなのでしょうか?」
エルが肉を石焼きしながら尋ねてきた。
「ああそういうもんだよ、それはそれでなかなかいいもんだろ?」
エルはこくりと頷く。
「温泉はその泉質によって、効果効能が違っていて、中には美容や健康にもいいなんて温泉もあるんだぞ」
エルとゴンが顔を見合わせて、目を輝かせていた。
「あの、具体的には・・・」
「悪いが俺は温泉については一般的なことしか知らないんだ。それに温泉施設には、お湯の効能を解説している看板なんかがあるものだから、施設内をよく見てみるといい」
「「はい」」
二人が嬉しそうに声を揃えて返事をした。
美容に良いが気になっているのだろう。
それにしても、最高の料理だった。
晩御飯を終え、しみじみと一人晩酌をしていた。
朝風呂は五時から使用可能らしい、朝風呂も気持ちいいんだろうなあ。
明日の朝飯はなんだろうか?
などと考えていたところに客人が現れた。
五郎さんだ。
「おー島野、温泉はどうだった?最高だっただろう?」
その手には一升瓶を持っている。
「ええ最高でした!おかげさまで疲れが取れました」
俺は五郎さんに向き直った。
「どれ、一杯どうでい?」
一升瓶を差し出してくる。
「ありがとうございます、いただきます」
お猪口を手にすると、五郎さんが注いでくれた。
五郎さんから一升瓶を受け取り、今度はお返しにこちらが注がせてもらう。
お互い目を合わせ、お猪口で乾杯した。
一口付けると五郎さんが話し出した。
「しかし、何でえ!この世界で同郷者に会えるとは思ってもみなかったぞ。ええ!」
嬉しそうにみえる。
よかった、よかった。
「ええ、俺も考えていませんでしたが、この街のことを聞いた時に、街の名前を聞いて絶対に日本人だ、会いに行こうと思いましたよ」
「そうか、まぁ五郎なんて名前を聞いちゃあ、日本人はピンとくるわな。それに日本人には温泉と聞いちゃあ行かない訳にはいかねえよな、分かるぜ」
日本酒をくいっと煽る。
「しかし、お前えあれだな。どうにも変わった仲間内の様だな。ええ!」
やっぱり『鑑定』されてたか、あの頭にチクっとしたのは妨害したよの合図だったのね。
なるほど、ではタイロンでもどこかの誰かに『鑑定』されてたってことね、こんな感じだから、違和感があるんだよな。
あの国には・・・
「ペガサスはまだしも、フェンリルに九尾の狐、しまいにゃあドラゴンときたもんだ、お前えさん国でも興そうってか?」
さすがに国興しなんて考えてないですよ。
「いえいえ・・・そんなそんな・・・」
「とんでもねえ戦力じゃねえか、小国ならあっちゅう間に滅ぼせるぞ、ハッハッハッ!」
豪快に笑ってますね、俺達の戦力ってやっぱりそんなに凄かったのか、何となくそう思ってたけど・・・
「すまねえが『鑑定』させて貰ったぞ。こちとら客につまらねえ者が混じってやしないか、確かめる義務があるからな。お行儀が悪いってえことは分かっちゃいるが、我慢してくれや」
なるほど、それはしょうがないか。
職務上当然の対応なんだろう。
「それはしょうがないですね。でもこれで身の潔白は証明されたということですね」
「しかしおめえなんでえ鑑定不能って。こんなの初めてだぞ、何やったらそうなるんでえ」
鑑定不能って出るんだ、鑑定妨害は上手く働いているようだ。
「まぁそこは、触れないで頂けると助かります」
五郎さんに頭を下げた。
「そんなこったろうと思ったぞ、儂にもわからあ、訳ありなんだろどうせ?儂も転生者だ、つまらねえ詮索はしねぇよ」
話が分かる人で良かった。
「そうしてもらえると助かります」
俺達の話を四人は黙って聞いていた。
「五郎さん、うちの家族を紹介させてください」
「おう!」
「まずフェンリルのノン、九尾の狐のゴン、ペガサスのエル、最後にドラゴンのギル。よろしくお願いします!」
「「「「よろしくお願いします!」」」」
全員が頭を下げた。
「おう!よろしくな。しかしドラゴンかー、始めてみるが、人化している分には普通の子供にみえるな、鑑定した時はびっくりしたぞ、ええ!」
「ドラゴンはそんなに珍しいんですか?」
予想はしていたが、やはりドラゴンは珍しいようだ。
「ああ、儂もこちらの世界に来て百年近く経つが始めてみるな。竜種ってのは、神獣の中でも数が特に少ねえって話だ。詳しくは知らねぇがな」
ギルが興味深々に聞いている。
「まぁ、そもそも神獣自体が珍しいんだけどな」
「五郎さん聞いていいですか?」
ギルが五郎さんに問いかけた。
「何でえ?」
「神獣ってのは、何をする神様なんですか?」
単刀直入な質問だった。
だがギルとしては当然の疑問でもある。
「ああ、すまねぇなギル坊。儂はあんまり神様のことは知らねぇんだ。神様をやってはいるけどよ。ただ神獣ってのは、この世界を守る役目を負っている、みたいなことは聞いたことがあるぞ。それも本当かどうかなんてわかっちゃいねえながな」
「そうですか、ありがとうございます」
ギルが何かしら考えこんでいる様子。
五郎さんが、お酌をしてくれながら言った。
「そういやあ島野、日本は戦争に勝ったのかい?」
戦争?もしかして・・・
五郎さんって戦時中からこの世界に来たのか?
「五郎さん、それは何の戦争でしょうか?」
「何のってお前え・・・米軍とに決まってるだろうが」
第二次世界大戦か・・・時間軸がどうなっている?
五郎さんはかれこれ百年はこちらにいるとのことだったが、たしか第二次世界大戦が始まったのは八十五年前のはず。
計算が合わない・・・どういう事だ?
とりあえず今は置いておこう。
「五郎さん、日本は負けました。アメリカに敗北しました。そして戦争は終結しました。俺がこの世界に来る八十年近く前に」
五郎さんは目を見開いたあとに、天井を見上げた。そして少し寂し気な顔をした。
俺には五郎さんの心を慮ることは出来そうも無かった。
「そうか、やっぱり負けたか・・・そうだろうな・・・それで戦争が終わったんなら、いいじゃあねぇか。戦争なんていらねぇもんな」
ぼそりと五郎さんが呟く。
そう戦争なんていらない、あってはならない。
戦争を体験した五郎さんの言葉は、とても重く圧し掛かってきた。
だがこの世界にも戦争はあるということだ、まだ今はその影も見えてはこないのだが。
「戦争なんていらないですよね」
「ああ、いらねえな」
俺達は朝日が昇るまで語り合うこととなった。
そして、俺は五郎さんの壮絶な人生を知ることになった。
儂の名は山野五郎、まぁなんでえ、神様なんてもんをやらせて貰ってる。
柄でもねえが、まあそこんとこはよう、成っちまったもんは仕方があるめえ。
どうにかやるさ、だが神様呼ばわりされるのは、未だに慣れねえもんだな。
どうにも照れちまいやがるし、なんだか体がこそばゆくなっちまう。
まあそんなことはいいとしてだ。
儂は日本の温泉街で次男坊として生まれた。
温泉街とはいっても立派な観光地でな、随分な人で賑わっていたもんよ。
一般人から豪商まで、客は絶えることはなかったさ。
儂の爺さんが言うには、
「お前の産湯は儂が掘り当てた温泉の湯じゃ、かっかっか!」
てなことらしい。
そりゃ誇りたくなるってなもんよ。
儂はこの爺さんが大好きで、大の爺さん子だった。
儂は爺さんが話す温泉の話が大好きで、もちろん温泉にもよく一緒に入ったもんさ。
それになによりこの温泉街は、爺さんが造ったと言っても過言じゃねえらしい。
そりゃ温泉を引き当てたんだから、そうなるわな。
泉源を引き当てた時は、大層な大ごとになったらしく、何かと大変だったと爺さんが言っていたな。
爺さんは相当な温泉好きで、この街以外の温泉地にもしょっちゅう訪れていたそうだ。
その度に婆さんからは口酸っぱく怒られてたもんよ。
爺さんは視察だなんだと、よく言い訳してたもんさ。
一度だけ儂も着いて行ったことがあったが、あれは視察なんかじゃねえ、ただ温泉が好きで行ってるだけだったな。大した温泉馬鹿の爺さんだったよ。
まあそんなこんなで、儂も子供のころからの、根っからの温泉好きになっちまったてな訳だ。
それになにより、この爺さんが造った温泉街が儂は大好きだった。
いつしか爺さんも亡くなり、儂も成人を迎えてからというもの。
儂は温泉旅館の手伝いをするようになっちまってた。
跡取りは兄貴がいたから、儂は気ままなもんで、隙をみては温泉旅行によく繰り出したものさ。
いろいろ周ったなあ、全国津々浦々いろんな温泉に浸かりに行ったさ。
路銀が切れる頃には実家に帰って、温泉旅館の手伝いよ。
手伝いと言っても、儂は旅館の業務のほぼ全てができるってなもんで、兄貴からはいい加減腰を据えて手伝ってくれ、なんて言われたもんさ。
受付から、接客、裏方仕事全般、挙句の果てには料理もできた、板前長さんからは、本格的にやってみないかと何度か誘われたもんさ。
そりゃだって、そうだろう。
小さい頃からこの温泉街の全部を見て来たし、なにより爺さんには、温泉旅館の仕事はみっちり仕込まれてたからな。
儂にとってはできて当然ってなもんよ。
まぁ温泉旅館のこと以外は、何にもできねえけどな。
ハッハッハッ!
儂もそろそろ五十歳を迎えるころ、暮らしは随分変わっちまってた。
戦争だ。
何を日本のお偉いさん方は考えているのか、儂には全くわかりゃしねえ。
だがよ、どうして同じ人間同士が殺し合わなきゃなんねえんだ?
戦争に勝ったからって、何になるってんだい?
儂にはさっぱり分からねえ。
最初は、戦勝戦勝って騒いでいたが、次第に雲行きが悪くなっていったもんよ。
当然温泉旅館なんて、真っ先に煽りを受けちまって、今じゃあ閑古鳥が鳴いてらあ。
そりゃあそうだろう。今や日本国民全員、誰一人として贅沢なんてできやしねえ。
しまいにゃあ食事も配給制だ。
こんなんじゃあ、仮にお客が来たって、ろくな食事も出せやしねえ。
そして、あれはいつだったか。
遠くの空からそいつは急に現れやがった。
B29だ。
街の皆が血相変えて、防空壕に一目散で駆けていったさ。
儂も今まで感じたことがねえほど、恐ろしかったのを覚えてらあ。
今でもたまに夢に見るぐれえだ。
あの恐怖は百年経った今でも忘れねえ。
儂も防空壕にまっしぐらに駆けていったもんさ。
だがよ、本当の地獄はここからだったのさ。
防空壕の中ってのは、そりゃあ狭くて埃っぽくて、人が居れるような場所じゃねえんだ。
だが、そんな贅沢はいってらんねえ、なんたって命が掛かってんだからな。
皆で息を殺して、音だけを頼りに外の気配を感じていたさ。
そしたらな、揺れるは揺れる、轟音はするはで、この防空壕も持たねえじゃねえかって、半ば諦めそうになったもんよ。
結局なんとか凌いだようで、儂は死なずに済んだがこの後がいけねえ。
外に出ると儂は我が目を疑った。
儂の愛した温泉街が、爺さんが造った温泉街が、瓦礫と化した姿を見ちまったのさ。
恐らく儂は何時間も何もせず、その場に立ち尽くしていたと思う。
目の前の光景を受け入れられなかったのさ。
じきに時間が経ち、やっと、考えれるようになった時に、
「いよいよ廃業だな・・・」
いつの間にか隣にいた兄貴が、ぼそっと呟きやがった。
そうか、そうなんだな、儂が愛した・・・爺さんが愛情を持って造ったこの温泉街が・・・終わっちまうのか・・・くそう・・・くそう!くそう!くそう!
儂らが何をしたってえんだい、人様に恨まれるようなことは何にもしちゃあいねえ!
なんなんだよ・・・なんだってんだよ!
畜生!畜生!畜生!
儂は面白おかしく、大好きな温泉に浸かって、温泉街に携わって、楽しく生きていたかっただけだってのに。何がいけねえってんだよ!
終わっちまったのか?・・・本当に終わっちまったのか?・・・諦めきれねえ。
儂にはまだ!
それは突然の出来事だった。
「五郎や・・・聞こえるか?・・・」
ん?なんでえ、頭の中に声がしやがった。
儂はいよいよ可笑しくなっちまったのかい?
「いいや・・・そうではない・・・五郎よ・・・声に耳を傾けるんじゃ」
おいおい何だってんだい?また声がしやがるぞ。
「五郎・・・お前に選択肢を与えたくてな・・・聞く気はあるか?」
なんだってんだい、選択肢?なんのことでえ。
そう思うと儂はなんだが急に、冷静になっていく自分を感じた。
何だか分からねえが聞いてみるか、で、選択肢ってのはなんだってんだい?
「五郎や・・・お前の能力を見越して一つ提案してみたいことがあるんじゃ」
能力?よく分からねえが、聞こうじゃねえか。
「お主、自分の温泉旅館いや、自分の温泉街を造ってみたくはないか?」
はあ?そんなもん、あたりめえじゃねえか、それができるんなら儂は何だってやってやるさ!
「そうか、はっはっはっ、よかろう、ではお主には今から異世界に転移してもらう、よいかな?」
異世界?転移?なんのことだってんだ?
「そのまんまじゃ、異世界に渡って、そこで温泉街を造って欲しいのじゃ、その世界はな、お主の住んどる日本とは全く違う世界なんじゃがな、実は娯楽が少ない世界なんじゃ」
まったく違う世界?娯楽が少ない?何だってんだ。
「そこで、温泉街を知り尽くしておるお主に、その文化を広めて欲しいのじゃ、いかがかな?」
うーん、異世界に行って、温泉街を造れってことか?合ってるのか?
「そう、それで正解じゃ」
そうか、そりゃあ行かねえ理由が無えじゃねえか!やってやるよ!否!やらせて貰うさ!
「そうか、ではよろしくな」
声の主がそう言うと、儂は意識を失った。
目を覚ますと、そこにはまったく知らねえ世界があった。
石造りの城壁に、広がる町並み、道行く彫の深い人間、獣人。
そのありとあらゆる視界から入ってくる物が、儂の知っている世界ではなかった。
知らねえ匂いもした、肌に受ける風の感覚すら違ってらあ。
儂は直ぐに実感する、ここは異世界だ!日本では無い世界。
儂は先ほどの、見知らぬ声の主との会話を振り返る。
ここは異世界・・・娯楽が少ない世界・・・温泉街を造る・・・だったな。
いいじゃあねえか、やってやるよ、やってやるさ。
造ってやろうじゃねえか、異世界で温泉街をよ!
さあ、これからどうしようか?試案のしどころだな。
まずはこの世界を知らねえとな、ひとまず誰かと話してみるか。
周りを見回してみると、たくさんの人が行き来していた。
ここはどうやらどこかの街の通りのようだな、よく見ると人間やら、獣と人が混じったような者や、あれは何でえ?やけに耳の長い綺麗な肌をした姉ちゃんだな、えらい別嬪さんじゃねえか。
こりゃあこの人からって、いやいや、いけねえもっとちゃんと観察しねえとな。
鎧を来た洋式の戦士みたいなのもいるな。
すると肩を叩かれた、振り向くと、鎧を纏った図体のでけえあんちゃんがいた。
「あのー、見かけない顔ですが、この街にはどういったご用件でお越しですか?」
言葉遣いは柔らかいが、その目には決して隙は無え。
儂は考える。
取り繕おうにも何もねえ、というよりまだ何もわかっちゃいねえ、何かしら怪しまれてるのは、目をみりゃあよく分かる、どうしたもんか?手筈は何もねえ、ええい!何を考えてやがる、できることはなにもねえじゃねえか。
「儂はな、先ほど違う世界からこの世界に来たばっかでな、どうしたもんかって悩んでたところでな。そしたらおめえさんが話し掛けて来たってことよ」
え!といった表情で男は仰け反った。
「もしかして、転生者ですか?」
転生者?そういやあ、それらしいことを声の主が行っていたな。
「ああ、そのようだな、で、ここは何ていう街なんでえ?」
「ここは『タイロン王国』の城下町です」
「そうかい、ありがとよ」
「あの、すいません、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「儂かい?儂は山野五郎ってもんだ。よろしくな」
「山野五郎さんですか、分かりました。では、私に着いて来ていただけますでしょうか?」
真っすぐな目で見つめられた、それは拒否はさせないという意思に満ちたものだった。
こりゃあ着いて行くしかなさそうだ。さてどうなることやら。
「ああ、よろしく頼む」
誘われるがままに、この男に着いて行った。
聞いてみたところ、このあんちゃんはこの国の警備兵をやっている者だったようだ。
そして、この世界には稀に異世界からの転移者が現れるらしい。
この世界では、異世界人は重宝されるようで、何でもこの世界の人達の知らない知識や知恵を持ってることが、その理由らしい。
まあ儂にその知識や知恵があるのかはさておき、大事にされるってんなら、ありがてえってなもんよ。
このあんちゃんの名前はなんだったかな?
百年以上前のことだからな、覚えちゃあいねえなあ、ああそうだ、エルドラドだったな。そうだそうだ。
そうこうすると、部屋に通された。
「五郎さん、飲み物と食事をお持ちしますので、少々お待ちください」
そう告げて、エルドラドは部屋を後にした。
しっかしまあ、異世界とは恐れ入った、本当に来ちまったな、さてこの先はどうなることか?楽しませて頂こうじゃあねえか。
などと考えていると、エルドラドがお茶を持って来てくれた。
一口飲んでみた。
薄い茶じゃあねえか、もっと香り立つように茶は入れねえと駄目だろうが、と言いたかったが、止めておいた。
そこまで出しゃばるのはよろしくねえな、せっかくのもてなしだ、ありがたく頂こうじゃねえか。
グイっとお茶を飲むも、やっぱり物足りなさを覚えた。
「これから面談を行いますが、中級神様のエンゾ様が行うとのことです」
そうエルドラドが告げた。
はあ?中級神?なんのことでえ、中級神ってことは神様ってことか?この世界には神様がいるってえことかよ?
「なあエルドラドよ、この世界には神様が居るってえことなんかい?」
「ええ、そうですよ」
当たり前のように話すエルドラドに違和感を感じつつも、疑問に思う事を聞いてみた。
「なんでえそりゃあ、この世界には神様が居て、儂らと共に暮らしてるってえことかい?」
「はい、そうです。この世界は神様達の権能無くしては、世界が成り立ちませんからね」
なんでえそりゃあ、どういうことでえ?権能?なんのことでえ。
しかし、神様が普通に一緒に暮らしているって、どんな世界だよここは、こりゃあ今までの常識を全て無くさないと、やっていけそうもねえじゃねえか、儂は氏神様すら見たこともねえってのに、なんなんだよいってえ。
「権能ってのは何でえ?」
「権能とはいわゆる能力です、神様それぞれが持つ力のことです」
神様が持つ能力?訳が分かんねえな。
扉がノックされた。
「どうぞ、お入りください」
と応えるエルドラド。
一人の女性が入ってきた。
その女性はまるで行司の様な恰好をしていた、透き通る肌に、薄っすらと紅が入った唇、切れ長の目、これはまた別嬪さんじゃあねかよおい!
儂の対面に座り、その女性が話し掛けてきた。
「山野五郎さんで間違いないでしょうか?」
声には高い知性を感じさせる風格があり、儂は少し萎縮する自分を感じた。
儂は賢い女は苦手だ。
「ああ、儂が山野五郎だ。してお前さんは誰でえ?」
「申し遅れました、私はエンゾと言います、このタイロン王国の財務大臣をしております」
「てえと、さっきエルドラドから聞いたんだが、中級神様ってやつかい?」
口元を袖で隠して、薄っすらと笑うエンゾ。
「はい、仰る通りです」
「かあー、聞いちゃあいたが、本当に神様が顕現してるんだな。こりゃあ、えれえこったぜ」
儂は膝を叩いて笑った。
これが笑わずにいられるかってんだ。
なんでえこの世界はよ。
その様子に更に微笑むエンゾ。
「我々神が一緒に暮らすのは、そんなに可笑しいことですか?」
「そりゃあ可笑しいってなもんよ、儂がいた世界ではな、神様なんて想像の産物とさえ考えられてるからな、それが直接会って、こうやって会話までしているってんだからよ、これが可笑しくなくてなんだっていうんだい、ガッハッハッハッ!」
「あらまあ、そういった世界もありますのね」
「しかし、なんだな。この世界にきてまだ数時間ってことは、この先も驚きの連続になるかもしれねえな、結構なことだな」
間をおいてから、エンゾが尋ねてきた。
「それで山野五郎さん、どうやってこの世界にお越しになられたんですか?」
「ああ、そうかそうか、まず儂のことは五郎と呼んでくれ、堅苦しいいのは苦手でな。それで、この世界に来たのはな。突然頭の中に声が聞こえてよお、その声の主が言うには、この世界は娯楽が少ねえから、儂にこの世界で温泉街を造ってみねえかと言われてな。まあ儂にとっちゃあ願ってもない話だから、そりゃあやるぜと答えたら、急にこの世界に来ちまったってことよ。分かるかい?」
腕を組んで押し黙るエンゾ、エンゾの後ろで護衛の様に立っていた、エルドラドも何かを考えている雰囲気だった。
「五郎、教えて欲しいのですが、その声の主は誰でしょうか?」
そういやあ、そんなことは何にも考えていなかったな、誰だろう?分からねえな。
「分からねえな、そんなこと考える暇もなかったからな」
「そうですか、あと、温泉街ってなんでしょうか?」
こいつ温泉街を知らねえ?そうか、もしかしてこの世界には温泉がねえのか?
「温泉街っちゃあ、温泉がある街のことさ、温泉って分かるか?」
「温泉ですか?エルドラド、聞いたことはありますか?」
「いえ、私も初めて聞く言葉ですね」
「そうか、そういうことか、面白れえじゃねえか」
この世界にはまだ、温泉がねえってことだな、又は、泉源があってもどうにもできちゃあしねえってことだな、そうなりゃあ儂が造る温泉街は、この世界での第一号ってことじゃあねえか、ありがてえ話だ。
やりがいがあるってなもんだ。
「いいかい、よく聞いてくれや。温泉ってのはな」
温泉と温泉宿、そして温泉街について五郎は熱く語った、温泉なだけに・・・
「話はわかりました、その温泉街を造るのを『タイロン王国』として、全面的に支援しましょう」
エンゾがそう宣言した。
儂は『タイロン王国』の支援のもと、温泉街を造ることになった。
まず最初に行うことは泉源の探索だ。
これが無ければ始まらねえ。泉源なくして温泉は出来ねえ。
そこで儂が考えついたのは、歩き周っても見つけることは難しい。まずは聞き込みを行うことにしてみた。
儂には補助員として、エルドラドが同行することになった。
まずは、エルドラドに酒場に連れて行って貰うことにした。
聞き込みといやあ酒場だろう、当然この国の酒や食事にも興味があったしな。どんなもんか・・・
この世界の酒場は日本のそれとはまったく違う物だった。
そもそも家や建物その物が違った。
屋根は瓦ではなく、レンガが主流、柱も木よりもレンガや石造りが多い、細部には木も使われてはいるが、木造建築は数えるほどしか見かけねえ。
この世界の酒場は、なんというか賑やかが過ぎるな。
どうにも畳が恋しいってなもんだ。
酒や食事の注文はカウンターと呼ばれる受付で頼み、出来上がったら自分で取りに行かなくちゃいけねえ。
そして、各々にテーブルで好きに食えというものだった。
店員が注文を取りに来るということは無えようで、雑多な雰囲気が酒場にはあった。
儂はひとまず適当に誰彼構わず声を掛けることにしてみた。
戦士風の一団を見つけ、エルドラドと共に向かった。
「やあ、あんちゃん達突然すまねえな、ちょっと聞きたいことがあるんだが、ちょいといいかい?」
五郎の方を一瞥すると、その内の一人がどうぞと椅子を進めてくれた。
案外この世界の者達は協力的なんかい?
「ああ、ありがとよ、聞きてえんだがよ、おめえら硫黄の匂いを嗅いだことはあるかい?」
一同は眉を潜めた。
「硫黄ってなんだ?」
一人が他の者達を代表するように言った。
「硫黄ってのはな、火薬の原料にもなる物で、独特な臭いを発している物なんだ」
「独特な臭い?」
「ああ、なんて説明したらいいのか・・・おならのような匂いか?」
「おならの匂い?」
「ああ、卵を食べた後にする、おならの様な臭いだなあれは」
キョトンとする一同。
「でな、そんな匂いのする場所を知らねえか、聞きてえってことよ」
「そりゃあ便所だろ?」
大爆笑する戦士の一団、手を叩いて笑う者もいた。
「いやいや、そうじゃなくてよ、便所以外でそんな匂いのする場所は知らねえかってことよ」
「そんなとこ知らねえな、ハハハ!」
「俺のパンツがそんな匂いがするな!ハッハッハッ!」
こりゃあ駄目だ、埒が明かねえ、だが他の表現がわからねえ、どうしたもんか。
まだ大爆笑をしている一団を無視して、エルドラドと他の客に話し掛けにいった。
だが、他の者達の反応も似たり寄ったりで、まったくもって話しにならなかった。
どうしたものか、聞き込みを続けるか・・・方法を変えてみるか。
ただ、他の方法といったら、もう限られている、まったく爺さんはどうやって泉源を見つけたってえんだい?
結局儂らは、聞き込みを続けるしかなかった、時には、ターゲットを変えて、道すがら商人に話を聞いたり、一件一件家を訪ねて話を聞いたりもした。
まったくもって話は空振りを続けた。結局こんな生活を三ヶ月送ることとなっちまった。
「五郎さん、聞き込み以外の方法は無いんでしょうか?」
困った顔でエルドラドが言った。
「そりゃあ、方法があるにはあるが、そうなると何かと物入りでな」
「お金が掛かるということでしょうか?」
「ああ、そうだ、それに時間もかかるぞ」
「なるほど、お金が掛かるうえに、時間もかかると」
「ああ、時間はいいとして、金がな・・・」
「一度、エンゾ様に相談してみては如何でしょうか?このままでは成果が出るとは思いづらいですし」
そうだわな、手詰まり感があるのは儂も分かっちゃいるんだが、まあ駄目元で相談してみるか?
「そうするか」
エルドラドにエンゾとの会談の用意をしてもらうことにした。
翌日、エンゾは快く会談に応じてくれた。
「エンゾすまねえな、時間を貰ってよ」
笑顔でエンゾが応える。
「いえいえ、温泉街の進捗はいかがでしょうか?」
「いやー、それがな、芳しくねえんだよ」
儂は頭を掻いて、気まずさを誤魔化した。
「といいますと」
「それがな、聞き込みをここ三ヵ月続けたんだがな、まったくもって埒があかねえ、全然泉源の場所のヒントすら掴めねえ状況さ」
儂はすまなそうにエンゾを見つめた。
笑顔を崩さないエンゾ、
「そうですか、それで次なる手はありますか?」
やっぱりそうくるよな、ああ、話しづれえな。
「あるにはあるのだがな、エルドラドよ」
ズルいのは分かっているのだが、エルドラドに振っていた。
「ええ、エンゾ様、在るには在るのです、しかし・・・」
話しづらそうにしている儂らに、エンゾは笑顔を崩さずに言った。
「五郎、遠慮なく話してください、私は全面的に支援すると言ったはずです、それは今でも変わりません」
そうか、そうだったな、駄目元で話してみるか。
ままよ!
「エンゾよ、そこまで言ってくれるなら、話させてもらうがな、次の手はある、だが金が掛かる上に時間がかかるんだ」
「それはどれぐらいですか?」
「正直検討もつかねえ、見つかるまで掛かるってのが、本当のところだ」
「それはどういうことですか?」
「旅に出て、泉源を探すしかねえってことなんだよ」
「なるほど」
「だからな人手もいる、そうなりゃあ当然金も掛かる、いつ泉源が見つかるか分からねえってことよ」
腕を組んで考え込むエンゾ、目を瞑って何かしら考えている様子。
何かを決したのか、正面から儂に目を向けたエンゾが語った。
「分かりました、いいでしょう。出来るだけのサポートは致します。」
「「ええ!」」
儂とエルドラドは口を揃えていた。
「ですから、遠慮なく、進めてください」
「本当かおめえ?」
思わず呟いていた。
「ええ、実はね五郎、私はこの温泉街に望みを感じているのです、あなたが初めて会った時に話していた通り、この世界には娯楽が少ないのは事実なのです、少なからず私はそう感じています。ですが私自身も娯楽という物がどういった物なのか?という本質は掴めてはいないのです、五郎がこの世界に来たのは、創造神様の意思ではないのかと思うのです」
創造神様の意思?何のこってえ。
「創造神様ってなんでえ?」
「ああ、ごめんなさいね、五郎はまだこの世界に馴染みは無いから知らないでしょうけど、この世界の最高神は創造神様なのです、そして私は、創造神様があなたを遣わしてくださったのではと考えているのです」
最高神が儂をここに遣わしたってことなのか?本当にそうなのかい?
えれえ話じゃねえか。
「ですので、その意を組んで私は全力であなたを支える所存です」
そうなのか・・・ああ・・・エンゾが女神に見えてきた・・・あっ女神だったな・・・何だかな・・・今だに慣れねえな・・・
エンゾが最高の笑顔でこちらを見ていた。
この日から、綿密な打ち合わせが始まった。
儂と、エルドラド、そしてエンゾ、三者会談が始まった。
まずは、どこにどうやって旅を行うかということだ。
そして、旅のお供について、当然儂とエルドラドだけというのは、現実的では無え。
そこでお供に考えられたのはハンターだった、残念ながら、国軍を使わせては貰えなかった。
あくまで国軍は国防の為、そして国益の為の組織であって、そこは神様とはいってもどうにかできるものではねえ。
今回の旅は、森を抜けることになるし、獣にも遭遇することは必須だ。だからこそ、人員がいる。
ハンターを雇い入れるには勿論賃金が発生する、それ以外にも旅には費用が掛かる、その費用を『タイロン王国』が肩代わりすることになった。
ほんとすまねえな・・・
ここで大事なのは肩代わりということで、将来的には返済しなければならねえ。
すなわち一日でも早く泉源を探し出し、更に温泉街を完成させて、利益を出さなければいけねえということだ。
儂は思い出そうとしていた、爺さんと交わした温泉に関する会話を。
必ずここに泉源を探すヒントがあると儂は考えた。
爺さんとは数限りなく温泉に関する話をしたもんよ、泉源に関する話もしたはずだ、思い出せ、何かあるはずだ。
「五郎や、温泉の源泉ってのはな、いわば湧き水みたいなもんよ。地球の地熱や地下に流れる溶岩層からの熱を受けて、地下水が温まって出てきたものなんだ、その湧き水が発生している場所を泉源というのじゃ。わかるか?」
「五郎や、泉源にも自然に噴出しているものと、掘削して掘り当てるものとあるのじゃ」
「五郎や、泉源には水と地熱が必要ということだ、わかるか?」
儂は考える、水と地熱、海側か、山側か、いずれにしても、加水する必要がある場合を考えると、川から離れ過ぎない方がいいのかもしれねえ。まずは川岸から始めるか・・・あと儂はこの世界のことを学んだ、なんでもこの世界には魔法が溢れているようだ、土魔法ってのが掘削に役立つかもしれねえ。
「エルドラドよ、ハンターには土魔法を使える奴を何人か加えておいてくれや、あと旅のルートは川岸からだ」
「分かりました、手配しておきます」
「五郎、これを持っていきなさい」
手渡された物は地図だった。
「『タイロン王国』は広いわ、この国の中からその泉源が見つかることを期待しているわね」
「ああ、徹底的にやってやらあ」
自信たっぷりに儂は言った。
こうして、泉源を探す旅が始まった。
旅のお供はエルドラド、他ハンターが七名、人間と獣人とエルフのパーティーだった。
なんでもエルフという種族は、魔法が得意な種族らしく、本来であれば、ハンターは五名体制が一般的らしいが、今回はここに土魔法を使えるエルフがニ名加わったパーティーとなったようだ。
旅の工程は、予定通り川岸から始めることになった。
作業としては、川岸からおそよ百メートルほど離れた場所を中心に森を切り開いていく。そして、地面を十メートルほど掘削する。
これが結構な重労働となった、森の様相によっては、地面が見えていない箇所があり、そういった場所の場合は、草を刈り地面をむき出しにしてから作業を行う必要があったからだ。
更に岩盤層による抵抗もあり、そういった層があった時は時間を有するからだった。
あー、めんどくせえ。
ただ考えようによっては、泉源が見つかった時には、そこが温泉街の中心となる為、将来的にはタイロンの城下町へと街道を繋げなければならねえ。その足掛かりになるのだと捉えればいいってことよ。
そんな作業を含む為、一日に調査出来るのは、五十メートル足らずの範囲となっちまった。
今調査を行っている川の名前は、ヨーラン川というらしく、その川幅は五十メートルほどあり、日本では恐らく一級河川ぐらいの規模の河川だったな。
今は作業を中断し、昼食を取っていた。
食事に関しては、儂の『収納』を使って、タイロンの城下町で買った様々な食材で、現地調理して儂が振舞っていた。
たまに警護がてら、ハンター達が獣を狩ってきてくれていたので、それの肉を振舞うこともしたさ。
儂の料理はハンター達に絶賛された。
それはそうだろう、温泉旅館での手伝いで厨房に立ち、料理長にもその才能を認められていたぐらいだからな。
更に儂は作業がてら、果実や自生しているキノコ類なども、日本で知りえた知識と『鑑定』でもって、食材に加えていた。
逆に儂にしてみれば、自生している食材の多さに驚いたほどだったぞ。
そして、儂は週に一度は休暇を取るようにした、これは儂の拘りでもあった。
儂は知っていたんだよ、作業を続ける毎日を繰り返すよりも、休暇を挟んで行ったほうが、作業がはかどるという事をな。
休暇の過ごし方はそれぞれに一任している。
儂はというと、釣りをして過ごすことが多かったな。
エルフの一人が、釣りをしているのを見かけたのがきっかけだった。
儂は、日本ではほとんど釣りを行ってこなかったが、まさかこの世界で釣りを学ぶことになるとは思わなかったぞ。
釣りとはこんなに面白い物であったのかと、儂は関心した。
そんな具合での旅となった為、旅の期間としては、予定よりも長く続けることができた。
ありがてえ話だ。
ハンター達とも打ち解けて、旅は順調に進んでいた。
たが、難点もあった、それは雨だ。
雨の日は調査がほとんどできねえ。さらに川に近いこともあって、雨量によっては河川の氾濫を見守らなければなら無らねえ。
日本とは違い、河川の護岸には何も対策は立てられていねえ。
自然のままの状態だ。
従って、雨の日はただただ体力を削られる。
しかし、儂は考える。そんな中でも出来ることがあるのではねえかと。
そこで儂は、雨の日は今後のことを考え、料理を作り置くことに専念した。
これも、少しでも早く泉源を見つける為の作業だ。
更に儂は、ハンター達と話しをし、この世界を知ることに専念した。
そうこうしていると、食料が尽きだし、タイロンの城下町に帰らなければならなくなった。これにて旅は一端終了となる。
これまでのルートを地図に写し、以降の旅に向けて今後の旅程を考える。
そんなことを繰り返すこと数十回、気が付けば、既に三年の月日が経っていた。
そして、いよいよ儂に、念願の時がやって来る。
儂はこれまでに何度も行っている作業に取り掛かった。
メンバーは入れ替わりを得てはいるが、概ね変更はねえ。
エルドラドも慣れたもんで、作業に交じっている。
そんななか、儂は懐かしい匂いを嗅いだ。
一瞬にして儂の心が叫びだす。
儂は我も忘れ走り出していた。
木の枝が頬を掠めていたが、そんなことは気にしてられねえ、嗅ぎなれた匂いのする方へ。
そこには自然噴出する泉源があった。
儂は我先にと泉源に近づき、源泉に触れてみた。
「熱っちぃー!」
喜びの叫びだった。
「やったー!、見つけたぞー!」
何があったのかと、エルドラドが全速力で駆けて来た。
「見つけたのですか?」
「ああ、エルドラド!そうだ、源泉だ!触ってみろ。やったぞ!」
儂は両手を挙げてガッツポーズをしていた。
「熱っちぃー!これが源泉、すごい、水が熱い!」
エルドラドも興奮していた。
ハンター達も追いつき、同様の反応をしていた。
やったぞ、遂にやったぞ。儂の温泉、儂の温泉街が出来るぞ。
「遂にやりましたね、これまで三年以上、長い旅でした」
「エルドラド、おめえ何を言ってやがる、忙しいのはこれからじゃあねえか」
「そうなんですか?もういい加減、国軍に帰らせてくださいよ」
そう言いつつも、笑顔のエルドラド。
「おめえさん、そりゃあ本心かい?違うだろう?」
「ハッハッハッ、どうでしょう?」
エルドラドは頭を掻いている。
遂にここまできた、いやこれからだ!
儂は心の中の熱い想いを噛みしめていた。
一度、タイロン王国に帰ることとなった。
ここからは、温泉街の建築に向けて、本格的に動きだすことになる。
建設にはやり直しがきかねえ、と思った方がいいと、儂は考えている。
小さなミスが、大きな時間的金銭的なロスを生むなと。
実際そうであろうな、特に街の根幹となる上下水道に関しては、やり直しは大きなロスとなるだろう。
「エンゾよ、遂にやったぞ!」
儂ははエンゾの目を正面に見て言った。
「そのようですね、おめでとうございます」
というエンゾを遮って儂は
「いや、そうじゃあねんだ、これからが大事なんでえ。嬉しいが、祝いの言葉はまだ待ってくれや」
エンゾは微笑みながら頷いた。
「そうですね、ここからですね」
「五郎さん、それでここからはどのようにに進めていきましょうか?」
エルドラドが先を促す。
「ああ、それだがな、儂なりにいろいろ考えたんだがよ、ここからは人海戦術になりそうだな」
「人がたくさんいるということですね」
そういうと、エンゾは考え込みだした。
「そうだ、それにまずは、この国の建築技術がどれだけのものかを知る必要があるな」
腕を組んでエルドラドは考えている。
「大工を招集した方が、いいですかね?」
「ああ、そうだな、それだけじゃあねえ、建築士が必要だな、設計を間違えることはあってはならねえ、特に温泉は水が命だ、給排水を間違う訳にはいかねえのさ」
「なるほど」
「ちなみにこの国の上下水道はどうなっているんでえ?」
エンゾが応える。
「この国の水道は、まだ発展途上といった方がいいわね。まだ井戸で汲みだしているところが大半よ、というかね、今回を機にその技術を学びたいと考えているわ」
儂は目を瞑って上を向いた。
そうかい、一からってことじゃあねえか、それは指南のしどころってことだな。やってやらあよ。
「分かった、やってやろうじゃねえか、まずはこの国の主だった建築士達を集めてくれや、どうでえ?」
「そうしましょう」
エンゾは儂に向き直ってそう答えた。
ここから儂は、建築に関しての一切を取り仕切ることになった。
インフラとなる上下水道の技術、日本建築の技術、温泉街に必要となる物、ありとあらゆる技術を惜しみなく伝えた。
そのこともあり、タイロンの建築技術やインフラは、この後飛躍的な発展をすることになった。
儂は、爺さんとの会話を思いだしていた。
温泉の構造、温泉街を造った時の話、その仕組みから細部まで、果ては温泉旅館の接客についてまで、全てを際限なく思い出していた。
儂は想う、爺さんとの会話が無ければ、この温泉街の完成は無かったのだなと。
そして、タイロンの国軍まで巻き込み、一大事業が始まった。
なんと完成までおよそ四年の年月が掛かることになった。
異世界に来てからおよそ八年、遂に念願の温泉街の完成と相成ったのだ。
しかし、これで儂は終わらない。
更なる進化を求めて、やっと満足のいく温泉街となるには、その後十年の歳月を有したのだった。
そして、その功績が神達に認められ、儂は温泉街の神様となった。
ちなみに、まだ『タイロン王国』への支援金の返済はまだ続いている。完済までにはあと二十年は掛かりそうだ。
俺は、考えている。
五郎さんとの会話を思い出していた。
五郎さんはあまりにも壮絶な人生を送っている。
だが同時に羨ましいとも思うのだった。
自分の好きなものに熱中し、そしてそれをやり遂げている。
これは、なかなかできることではない。
一説には自分のやりたいことをやっている人は、人類全体の一割にも満たないとのこと、更にそれをやり遂げた人は、更に一割しかいない。夢に生き、夢を叶えた人はわずか1%ということらしい。
自分のやりたいことを見つけられず、人生を終える人がほとんどであるということだ。
俺はどうなんだろうか?
自分が何をしたいのかについて、色々と悩んだ時期も確かにあった。
だが、しかし今は、それすらも超えた何かを見据えようとしている自分がいるの。
上手くは表現できないが、自分を突き動かす何かを感じているのだ。
それにしても五郎さんは凄いな、ほんと感心するよ。
俺もスーパー銭湯でも造ってみようかな?
なんてことはさておき、上下水道に関しては、俺もどうしたものかと考えていた。
やっぱり、インフラを整えるべきなんだろうか?
正直今はそこまでは困ってはいないし、必要性も感じない。だがあったら便利だろうなとは思う。
畑の水撒きや風呂の水、特にトイレが水洗式になるのは嬉しい。
だが、あまりに人手が足りない為、今から上下水道工事を行うには、掛ける時間とのバランスが、合わないように感じる。
即決することでも無い為、今はとりあえず置いておこうか・・・
手元に目をやり、今やるべきことに切り替えることにした。
今から行うのは、なんちゃって家電の作成だ。
造るのは、なんちゃって冷蔵庫。
日本から電力を持ち込むことは容易ではあるが、今は控えている。
太陽光パネルを購入し、家電を持ち込み利用することは可能で、電力を持ち込めなくはないのだ。
若干不便だけど、楽しい生活を満喫したいという想いがある。
詰まるところ、俺は何かを一から作り上げることが好きなのだ。
現代日本の科学力を、極力使わないことを俺は決めている。
まあとはいっても、今はだけどね。
さて、俺の持論はいいとして、作業を開始しよう。
『万能鉱石』を購入し、アルミを作製する。
百センチ×八十センチの板状のアルミを八枚。
八十センチ×八十センチの板状のアルミを四枚。
後は、五センチ×三百六十センチの同じく板状のアルミを四枚と、五センチ×三百二十センチの物を二枚用意した。
残る材料はゴム、畑で育てたゴムの木からゴムを抽出してある。
まずは八枚造ったアルミ板をつがいとして、その周りに五センチ幅のアルミ板を撒いていく。これを四枚分行う。
そして同じ要領で八十センチのアルミ板も、五センチ幅のアルミ板を撒いていく。
撒く作業には『合成』を使い、隙間なく完成した。
これにてアルミの立方体が出来上る。
そして全てのアルミ板に手を翳し『分離』にて、中の空気を抜きアルミ板の内部を真空にする。
冷蔵庫の扉となる部分の内側の縁に、ゴム付ける。
ここから細部の作業が始まる。
蝶番を作製し接地面に『合成』で扉に付ける。
冷蔵庫内部に区切りのとなるアルミ板をはめ込み『合成』で中板を設置する。
あとは勝手に扉が開かないようにヒンジを取りつけて。
なんちゃって冷蔵庫の完成となった。
魔法瓶の構造を利用した、なんちゃって冷蔵庫である。
真空は熱を通さない性質があるらしく。これを利用したという訳だ。
『収納』がある俺は、いつでも冷えた物が飲めるし、食事を保存することができるが、他の家族達はそうともいかない為、便利になるのではないかと造ってみた。
早速、なんちゃって冷蔵庫を開け、区切りのアルミ板の上に『自然操作』にて氷を作成し、お茶やらジュースやらの飲み物を『収納』から移し変えておいた。
最近では、俺がこの島にいないことが多い為、皆には役立てて欲しい。
このなんちゃって冷蔵庫だが、勢いに任せて四台作成した。
いつも島にいるアイリスさんがとても喜んでくれた。
畑の横に置きたいと言われたが、まあ良しとしておいた。
土が混入したり、不衛生になるのではないかと思ったのだが、メインで使うのはアイリスさんなので、許可することにした。
アイリスさんは畑仕事の後に飲む麦茶が大好物らしい、これからはキンキンに冷えた麦茶が飲めると、嬉しそうにしていた。
とまあこんな感じで、文化レベルが更に上がったのだが、これにはピンピロリーンは鳴らない。
鳴って欲しい気分だったので、俺は心の中でピンピロリーンと呟いた。
俺の名前はマーク、人間だ。
俺はハンターをやっている。
俺達のハンターチームの名前は『ロックアップ』俺はリーダーをやっている。
『ロックアップ』は五名編成で、俺は盾役をやっている。
その他のメンバーは斥候役のロンメル、アタッカー役のランド、魔法士のメタン、回復役のメルル。基本的なハンターグループの構成だ。
ロンメルは犬の獣人で、ランドはミノタウロス、他の二人は俺と同じ人間だ。
俺はハンター歴十年を迎える、他のメンバーも大体同じ様なものだ。
このメンバーになってからは約五年になる。
いわゆるベテランの部類に入り、ハンターランクはBランク。
まあ、自分で言うのもなんだが、それなりに顔も売れている。
獣であれば、だいたい狩れる自信がある。
だが魔獣化した獣は別だ、魔獣化した獣は手に負えない。
異常にその強さが増すからだ。
例えば、Dランクのジャイアントボアが魔獣化するとBランクの獣となる。これが、複数体となるとAランクでは利かない時もあるぐらいだ。
まあ魔獣化した獣に会うこと自体が稀なのだが、狩りに出た際には俺は一切気は抜かないようにしている。
ハンターは常に危険と隣合わせの職業だ、これまでにも何人ものハンターが、目の前で死んでいったり、四肢を欠損するところを見た。
その場で死ねれば良いと俺は考えている。
何故ならば、片腕のハンターは使い物にならないと見られるのが、ほとんどだからだ。
それに片腕の仲間に背中を任せるのは正直言って、心もとない。
実際片手を欠損したハンターは引退することが多く、又、再就職先はほとんどないのが現状だ。
そうならない為にも、狩りの最中は決して気を抜けない。
詰まるところハンターとは、狩るか狩られるかという職業だ。
最近の『ロックアップ』は、ハンター活動は控えめとなっている。
というのはメルルが病気がちで調子を崩しているからだ、メルル抜きでも狩りには行けるが、獲物次第では回復役抜きでは厳しいからだ。
ランクの低い獣を狙うという手もあるにはあるが、そこはあまり具合が良くない。
低ランクの獣を狩ってばかりいると、ハンター協会から目を付けられかねないからだ。
紳士協定といったところで、低ランクの獣は新人や、低ランクの冒険者に任せるというのがマナーとなっている。
従って俺達のランクとなると、Eランクの獣のジャイアントラビットに遭遇しても、狩らずにスルーするのがハンターとしての礼儀となっている。
今日はメルルが体調が良いということなので、狩りに出ることにした。
まずはハンター協会に顔を出した所、グレートウルフが出たということだった。
グレートウルフならば、これまでにも何度か狩ったことがある為、狩りを行うことを決意した。
最悪二体までなら何とか出来ると思う。グレートウルフは気性が荒く、つがいであったとしても、連携など取らないことで有名な獣の為、二体同時までなら何とか出来ると考えた。
俺達は狩りの準備を整えて、森へと入っていった。
「メルル、体調はどうだ」
こちらを睨むようにしてメルルが応える。
「だから大丈夫だっていってるでしょ?何回聞けば気が済むの?」
「何度も言ってるじゃないか、こいつの心配性はもはや病気なわけよ、なあメタン」
と同意を求めるロンメル。
「まあそう言わず、リーダーは我々のことを気遣っているのですからな」
メタンがメルルを宥めている。
ほんとにメルルは回復役のくせして気が強いって、なんの冗談だと呆れてしまうが、風魔法も使えるのでそういった面では心強くもある。
まあこれだけ元気ならば今日は大丈夫だろう。
「ハハハ、元気でいいじゃないか」
と、ランドも同意見のようだ。
まあ毎回こんな調子で、もう慣れっこといったところだった。
まだ、遭遇予定先には距離がある為、一旦休憩をすることになった。
各々用意した干し肉を食べ、水を飲んでいる。
「そういやあ、こないだ酒場で聞いたんだがよ、捨てられた島って知ってるか?」
ロンメルが皆を見回して言った。
「捨てられた島?」
「ああ、そうだ」
「なんか聞いたことがあるわ、あっ、百年前に無人になったっていう島があるって、なんか聞いたことがあるような気がするわ」
「そう、その捨てられた島なんだけどな、なんで無人になったか知ってるか?」
「俺は知らないな、そもそもそんな島があることすら知らん」
干し肉を齧っているランド、不味そうに食べている。
「でそれがどうかしたのか?」
話を先に勧めるように促した。
「実はなその島には世界樹があるらしい、だが百年前に世界樹の葉を付けなくなったらしい」
「ほう、世界樹の葉とな」
メタンは興味があるようだ。
「ちょっと待ってよ、世界樹の葉って伝説の回復薬じゃない」
メルルも食いついたようだ。
ロンメルはいつもこの調子で、どこで何をやっているのか、都市伝説や噂話を仕入れてきては、狩りの前にメンバーに話す。
これはこいつの趣味なんだろうか?と思うのだが、これはこれで助かっている面はある。
副リーダーでもあるこいつなりの、気遣いなのだろうと俺は思っている。
緊張感のある狩りの前のリラックスタイムとしては、とても有効なのだ。
副リーダとしての役割をきっちり果たしてくれている。
俺としてもそんなロンメルを頼りにしている。
「世界樹の葉って言ったら、切り傷はもとより、病気や欠損した四肢まで元通りっていう伝説のアイテムなのよ、あんた本気で言ってんの?」
メルルは相当気になるようだ。
「ああ本気だ、それでな、葉を付けなくなってから百年経っている今、葉を付けるようになっていても、おかしくはないじゃないかって話だ」
「それはちょっと安易じゃないですかな?」
メタンは冷静に答えている。
「そうよあんた、適当なこと言ってんじゃないわよ」
メルルが食って掛かっている。
「いやーそうは言うがよ、百年だぞ、そんなことがあってもおかしくないと思うんだがな」
鼻白むロンメル。
「そうは言っても、そもそも何で葉を付けなくなったのよ?」
「そりゃあ・・・分からねえ」
「ロンメルよ、それが分からなくては何ともならんぞ。その理由が勝手に年月で解消することなのかなんて、俺達のような者には分からんだろうが」
ウンウンと頷く仲間達。
「いやー俺にもそんなことは分からねよ、だがよ、もし本当に世界樹の葉があったとしたら、一攫千金も夢じゃねえだろ?」
「まあそうですが、現実味は薄いですな」
メタンがバッサリと言い放った。
「で、その話の出どころは何処なのよ?」
メルルが追及する。
「そりゃあ、酒場の世間話さ」
ニタリ顔でロンメルが応えた。
「やっぱりね、そんなことよりそろそろじゃないのリーダー」
呆れ顔でメルルが促してきた。
「そうだな、そろそろいいか?」
食事を終え、狩りを再開した。
そろそろ遭遇予定地点まで、あと一キロというところから緊張度が増す。
「そろそろ気を引き締めるぞ」
これが俺達の合図である。
その言葉と共に斥候のロンメルが先行して駆け出す。
匂いを頼りに、獣の気配を探る。
ロンメルは、地面に鼻が付きそうなぐらいの態勢だ。
ロンメルの探索には癖があり、尻尾をピンと上に向けている。
その尻尾の揺れ具合でロンメルの緊張感が分かる。長年組んできて分かった癖だ。
その尻尾が、いつになく上に向いているのが俺には気になった。
ここまで緊張したロンメルを見るのは、いつ以来だろうかなどと考えていた。
すると、そんなことは脇に置いとけ、とばかりにロンメルから合図が入る。
その右手には三本の指が立てられていた。
この合図は獲物が三体いるという合図だ、ということはグレートウルフが三体いるということを指している。
グレートウルフが三体、これまでの中で最大の強敵となる。
二体までなら、遭遇した経験があるし、実際狩ったことがある。
三体となれば、撤退も考えなければならない事態だ。
皆の顔を見る、皆が皆どうしたものかと考えているのが分かる。
そんな中、メルルが言った。
「いいんじゃない、いっちゃう?」
強気な発言だ。
「そうですな、行きましょう」
珍しくメタンも強気になっている。
「準備は出来ているぞ、リーダー」
このランドの言葉が、最後の一押しとなった。
「野郎ども行くぞ!」
この決断が、この後の俺達の人生を大きく変えることになった。
俺達は一気に戦闘態勢に入った。
態勢を低くして、各々武器を構える。
俺は左手に大楯を構え、右手に剣を握る。
この剣は、鍛冶の街にわざわざ出向いて買った代物で、詳しくは知らないがそれなりの業物であると、お店の主人のドワーフが言っていた。
現に俺の手によく馴染み、この剣を得てからというもの、狩りの効率も良くなった。
これまで数回は打撃を与えないと倒せなかった獲物が、一撃で倒せるようにもなった。
ロンメルが、斥候の役割を果たして、戻ってきた。
ここからの前衛は盾役の俺が務める、大盾を前に構え、ゆっくりと歩を進めていく。
距離百メートル、グレートウルフを三匹視界に捉えた。
この時俺は違和感を覚えた、それはグレートウルフが等間隔で並んでいたからだ。
本来グレートウルフは連携を取らないはず、何故?と思ったが、一瞬にして考えを変える。
たまたまだろうと。
俺の右後ろには、アタッカー役のランドがアックスを構えて、息を殺している。
そして、左後ろには戻ってきたロンメルが、両手に短剣を持って構えていた。
その更に後方には杖を構え、演唱を始めるメタン、その横でこちらも演唱を始めるメルル。
距離三十メートル、ここで一旦グレートウルフが動きを止める。
ん?何故?と思ったと同時にグレートウルフが動きだした。
真っすぐに動きだしたかと思いきや、三匹が縦一列になり、こちらに向かって来た。
不味い!直感的に思った。
しかし、時既に遅し。
先頭に居たグレートウルフが、真っ先に俺の大楯に突進してきた。
その突進が決まったと同時に、俺を飛び越え二匹目のグレートウルフがランドに飛び掛かる。更に三匹目のグレートウルフが、俺の脇を潜り抜け、演唱中のメタンに向かった。
まさかの連携に動きを止めてしまった俺達。
ランドとメタンに無慈悲な一撃が入った。
その攻撃で、ランドは左腕を噛まれていた。いつものランドなら噛まれたことなど気にせずに、アックスをグレイトウルフに向けて打ち下ろしていただろう。
だが虚を突かれたランドは、一番やってはいけない行動をしてしまう。
左腕を振ってしまったのだった。グレートウルフは腕を振られてもその腕に突き刺った牙を離さない。
更に牙がランドの左腕にめり込む。
ここでランドはもっととってはいけない行動にでてしまった。
アックスをグレートウルフの頭めがけて振り落としたのだ。
まさにそれを待ってましたと言うが如く、グレートウルフが腕から離れた。
グチャ!
嫌な音がした、ランドは自分で自分の腕を切り落としてしまっていた。
グレートウルフは、ランドの体から離れた左腕を口に咥え、後ろに飛び去った。
ランドの腕を咥え、これは俺の物だと言わんかの如く、こちらを睨んでいる。
間をおいて、後ろから悲鳴が聞こえた。
しかし、後ろを振り返る余裕は無い。
俺は目の前のグレートウルフから距離をとってから、後ろを振り返った。
その時、三匹目のグレートウルフが今まさにメルルに飛び掛からんとしていた。
ロンメルの投げた短剣が、そのグレートウルフの腹に突き刺さる。
勢いを無くし、その場に倒れるグレートウルフ。
メルルの表情が目に入った。
その顔は蒼白で、恐怖に引き攣っていた。
「撤退だ!」
ここでやっと事態を把握した俺は、大声で叫んでいた。
ここからの撤退戦は苛烈を極めた。
壁役の俺と、ロンメルが殿を務める。ランドの腕とメタンの顔に回復魔法をかけながら必死に後退するメルル。
一匹を仕留められ逆上した、二匹のグレートウルフが、猛攻を加えてくる。
盾を避け横に回りこんでくる、その上で牙と爪での攻撃が何度も加えられる。
本来両手に短剣を持っているロンメルは完全な防戦一方で、なんとかグレートウルフの攻撃を捌いているが、その体はぼろぼろだ。
まさに死線の上を歩いている俺達。
その時、たまたま居合わせたハンター達がこちらに向かって来た。
やっとグレートウルフが撤退を始めた。
グレートウルフの姿が見えなくなってから、気が付くと俺は尻から地面に座り込んでしまっていた。
結果は散々だった。
俺達は駆けつけたハンター達に介抱された。
やっと緊張が解けた時に、俺は自分の指が三本無くなっていることに気づいたのだった。
何処で間違った。
ロンメルの指が三本立った時に撤退すべきだったのだ、ここが始めの間違いだった。
次にグレートウルフが、等間隔で並んでいた時に違和感を覚えた、ここが最後の撤退の意思を伝えるチャンスだったと思う。
後悔の想いが俺を何度も何度も打ちのめす。
どうしてそんなことをした?
どうして気づけなかった?
いや気づいてはいた、なのに何故?
くそう!
俺の責任だ。
俺の決断のせいであいつらの人生を終わらせてしまった。
畜生!
右手を眺めて見た、小指と薬指、そして中指の第一関節から先が無くなっていた。
「俺は終わったな」
思わず呟いていた。
幸い治癒魔法で欠損した箇所に痛みは無い。
あれから一週間が経っていた。
ランドは左腕の肘から先を失い、メタンは顔に傷を負っただけで無く、視力を失っていた。
更にこの狩りから生還はできたが、メルルの体調は急激に悪化していった。
恐らく今回の狩りで終わりを告げた『ロックアップ』の現状が、メルルの身体を更に追い詰めたのだろうと思う。
幸いロンメルは深い傷は無く、今では何も問題なく過ごせている様子。
だがその表情は暗い。
本来の明るい性格は影を潜め、今ではいつも通っていた、酒場にまで顔を出さないようだ。
俺達は終わった・・・それなりに名前も売れ・・・それなりに稼ぐことも出来た・・・ハンターとしてはこれまで順風満帆に過ごしてこれた。
幸い蓄えもそれなりにあるが・・・ただし再就職となると・・・
気が付くと右手を眺めていた。
多分この先出来ることは限られている・・・貯金を切り崩し、なんとかギリギリの生活をしながら日銭を稼いでいければ・・・畜生!・・・本当にそれでいいのか?・・・本当に俺達は終わってしまったのか?・・・『ロックアップ』は俺の人生その物だった・・・終われない・・・終わらせたくない・・・俺にはあいつらを・・・くそう!くそう!・・・何か手段は無いのか?・・・そういえば・・・いや・・・それは・・・都市伝説だろ・・・でも・・・いいのか?・・・そんなことに望みを抱いて・・・馬鹿げている・・・こんなことは・・・畜生!・・・何だってんだ・・・俺は何で諦めきれないんだ・・・ああ・・・俺はあいつらが・・・『ロックアップ』が好きなんだ・・・そうだ俺の全てだ!
俺はメンバーを集めた。メルルの見舞いに皆で集まろうと。
翌日、俺はメルルの所に行った。
すると、珍しく俺よりも先に全員が既に集まっていた。
こんな珍しいことがあるもんだなと思うと共に、皆の表情を伺う。
皆が皆な、何かしらの想いを秘めているのが分かった。
「お前ら、何だよ」
「何だよって、何だよ」
「何だよって、そんなことより、メルル体調はどうなんだ?」
「また、それ?何回聞きゃあ気が済むの?」
「またそれか・・・」
ロンメルは思わずぼやいていた。
場が一気に重くなる気配がした。
「あっ、いやすまない・・・」
なんだか居心地が悪い空気になってしまった。
「まあよう、それにしても実際どうなんだいメルル?」
ロンメルが言った。
「んーん、どうだろうね?」
明らかに誤魔化そうとしているメルル。
「良くはないわよ」
メルルの体調は明らかに悪くなっているのが分かる。顔色は青白く、痩せてしまっているのが分かる。頬がこけてしまっており、唇の色も悪い。
本当は活発で元気いっぱいのメルルだが、今ではそのかけらも無い。
「それで、お見舞いに来ただけってことは無いわよね?」
メルルが俺に向かって言った。
「まあ解散ってことなんだろ?」
ランドが隣から口を挟む。
「そうなのか?」
ロンメルが嘘だろと言った具合にツッコんだ。
「いや、俺は解散は考えていない」
「何故かな?」
いつもは、話し合いの場ではまず口を挟まないメタンが珍しく口を挟んできた。
その顔には目を覆うように包帯が撒かれている。
「俺達このまま終っていいのか?」
まずは皆に今の気持ちを聞いてみようと思った。
「このまま終わるって、終わらなくていいなら終わりたく無いに決まってるだろ」
吐き捨てるようにロンメルが言う。
「そりゃあそうだ」
ランドが同意する、その無くした左腕は痛々しい限りだ。
「この中でそう思わない者は、一人もいないでしょうな」
今日のメタンは積極的だ。目が見えないせいで、話をして無いと不安なのかもしれない、などと慮ってみる。
メルルを見るとその目が同意を示していた。
「だよな、お前達ならそう言うだろうと思っていたよ」
皆が苦笑いしていた。
「そこで、賭けに出ないか?」
何のことかと、訝し気な表情をしたメルルが聞いてきた。
「賭けってなんの」
途中で言葉を制してロンメルが口を開く。
「おい、リーダーお前もしかして、世界樹の葉を取りに行くってんじゃあ、ねえだろうな?」
「ああ、そのつもりだ」
全員口を閉ざしている。
静寂を終わらせるようにメタンが口を開く。
「でも、リーダー、あれは都市伝説ではないのですかな?」
「ロンメルお前どう思う?」
「どう思うってどういうことだよ」
「話の信憑性はどうなんだってことだよ」
「ああそういうことか、前の狩り以降、実は世界樹の葉のことについては聞き周ってたんだよ」
やはりか、ロンメルの性格上そんなことだろうと思っていた。
「それで、分かったのは、世界樹が捨てられた島にあるってことは、紛れもない事実だ。それに百年前に枯れてしまったことも本当のことだ」
話の一部は事実だと、俺は少し希望を感じた。
「それで、百年経ったいまどうなっているのか・・・ということですな」
静まり返る一同、全員が賭けの意味を理解した様子。
「俺は掛けに出ようと思う、いろいろ考えてみたんだ。俺も利き手の指を三本持ってかれた、正直前ほどの威力で剣を振うことは出来ない。恐らく良くてⅭランク程度だ。ハンター以外の職にもと考えてはみたが、肉体労働には向かないだろう、ハンター協会に事情を話して、ハンターランクを下げてもらうのも一つの手だが、そうはいかないんだよな」
話を受けてランドが言葉を繋ぐ。
「分かるよ、俺もまったく一緒だ」
「私はこんな感じだし、このまま死んでいくぐらいなら、最後に掛けに出るってのもいいんじゃないかな?」
メルルが寂しげに言った。
「今や私は、誰かの手を借りなければ生活できないありさまです。乗らないという選択肢はありませんな」
「ロンメルお前はどうする?」
「はあ?どういう意味だよ?」
ロンメルが食って掛かる勢いで迫ってきた。
「はっきり言うが、お前は負傷者じゃないんだ、こんな賭けに乗らなくてもいいんだぞ」
「ふざけるな!なんだよ、ここにきて、何で俺だけ外様なんだよ!」
ロンメルがいきり立つ。
「そりゃあそうだろう、お前にはメリットが無いんだぞ」
「はあ?メリットってなんだよ、損得で俺は生きてねえんだよ!」
睨みつけてくるロンメルが悲し気に見えた。
「ねえロンメル、言いたいことは分かってるんでしょ?」
優しくメルルが話し掛けた。
天を仰ぎ見たロンメルが、一息つくように、胸を撫で降ろした。
「ああ、言いたいことは分かってるよ、だがな、俺は賭けに乗るぜ。大体よく考えてみろよ。唯一の五体満足の俺が居なくて、そもそも捨てられた島にたどり着けるのか?それに船で行くんだろ?この中で誰が操船できるってんだよ」
俺は、ロンメルならこう言うだろうことは分かっていた、俺はただ確認しておきたかっただけなんだ、優しいこいつは、絶対に俺達を見放したりはしない。
俺達のムードメーカーで、頼もしい副リーダー。
こいつは決して仲間を見捨てない。
「そうだな、そう言ってくれると思ってたよ、ありがとな、ロンメル」
俺はロンメルに面と向かって感謝を伝えた。
「へ、分かってんなら余計なこと言うんじゃねえよ」
頭を掻きながらロンメルは照れている。
「それで、どうやって捨てられた島まで向かう予定ですかな?」
今日は本当に積極的で珍しい、メタンが仕切り出している。こいつ何か変わったのか?とすら思えてしまう。
「ロンメルが言う通り、海路以外は無いな、そこで俺はそれなりに蓄えがあるが、お前達はどうだ?ロンメル、お前には期待していないが」
二ヤリと笑ってロンメルを見た。
「お!分かってんな、リーダー!俺は蓄えなんてあるわけねえよ」
一同が笑いに包まれた。
一気に場の雰囲気が和んだ。
さすがロンメル、ムードメーカーだ。
「で、どんな工程になりそうなのよ?」
「俺が聞き及んだ限りでは、コロンの街から西に向かって進み、中型船で四日ってところかな」
「四日ですな・・・私は船に乗った経験がありませんので、検討もつきませんな」
「でだ、一つの策として、大型船に途中まで便乗させて貰えれば、三日に短縮できるかもしれない。ただ、その分旅費は掛かるぞ」
「それが良いだろう、どうせ賭けに出るんだ、出し惜しみは意味が無いだろう」
俺は、思ったままを口にした。
どうせ片道切符になるぐらいで挑まないと、上手くはいかないだろう。
それぐらい危険な賭けであるということは承知している。
まずは天候、嵐に巻き込まれたら恐らく命はないだろう。
加えて俺達には海戦の経験は一切ない。
聞くところによると、海には海獣がおり、海域によってはSランクの海獣がうようよしているという話だった。
俺は海獣のことは良く知らないが、遭遇したら即死亡と考えていいだろう。戦った経験が無いのだからそう考えて間違い無いだろう、まさに命を懸けた賭けだ。
その後、俺達は全員の蓄えを持ち寄り、綿密な旅の打ち合わせをすることになった。
そして、導き出された答えは、まずはコロンの街に行き、中古の中型船を購入し、大型船に便乗できるタイミングを計るというものだった。あとは行き当りばったりであることは否めない。
そうこうして、俺達は、何とか準備を整えるのに、一ヶ月近い時をかけることになった。
ロンメル曰く、こんなに順調にいくとは思わなかった、とのことだった。
幸運の女神が俺達に微笑んでくれているのかもしれないと思えた。
幸先が良いのは願ってもないことだ。
遂に出航の日を迎えた。
天候は良好。風は微風、出航日和だ。
俺達は自分達の船に乗り込み、大型船の出航を待つ。
大型船に連結し、引っ張って貰う形で、俺達は出航した。
始めはのんびりした旅路だった。
だが次第に、船速を上げ、思いのほか早い速度で航路は進む。
順調にいっていると言っていいだろう。
初日を終え、既に予定の航路より早く進めている。いい兆しであると言える。
この調子でいけば、半日は工程を縮めれるかもしれないペースだ。
旅路のスタートとしてはありがたいとしか言いようがない。
しかし、ここで聞きたくもない一報が届く。
「『ロックアップ』の皆さん、そろそろ約束の海域になりますが、索敵魔法を行ってみたところ、海獣の影がいつくか見えるとのことですが、どうしましょうか?」
顔を付き合わせる俺達、互いの目を見て確認する。
今さら引ける訳がないと、全員の目が語っている。
「このまま行かせていただきます、ありがとうございます」
牽引具を外し、大型船から切り離された俺達の船は、自走を開始した。
この船には動力は無い、帆を使って進むのが基本となっている。
ただ念の為にオールも準備されているが、聞くところによると、風が止むような海域では無い為、おそらく風だけで凌げるだろうということだった。
船の舵はロンメルの役割、帆の向きを変えるのに余念がない。
俺は船頭に立ち海獣がいないかを確認する。
メルルは体調を崩し、今は眠っている。そんなメルルをメタンが看病している。
ランドは大きな銛を片手に、俺の後ろで控えている。
俺達は海獣を知らない、前情報として、漁師の街で育ったロンメルから話は聞いているが、遭遇しないことを祈るばかりだ。
「大型船がだいぶ距離を稼いでくれたようだから、順調にいけば、あと一日半といったところだな」
「一日半か、長いのやら短いのやら」
俺がそうつぶやくと、
後ろからランドが
「既に半日以上稼いでるんだから、御の字ってことだろうな」
と返事をした。
「ああ、だいぶ助かっている、あとは海獣に遭遇しないことを祈るばかりだ」
「違いない」
「それから、俺はこの通り舵に掛かりっきりになるから、索敵は頼んだぜ」
「ああ、任せとけ」
と言い、俺は海岸線を見つめた。
やがて夜を迎えた。
夜は穏やかなものだった。ロンメルからは夜行性の海獣もいると聞かされてていたので、緊張感はあったが、特に海獣の襲撃は無かった。
ランドと二時間交代で見張りを行った。
途中で、ロンメルから操船を教わり、ロンメルにも少し休憩を取ってもらった。
夜が明けた。
上手く行けば、あと一日で捨てられた島に着く。
順調に進んでいる、ロンメルが言うには、風が強く、良い速度が出ているということらしい。
昼飯にと、干し肉を口にした。
ここで吉報と凶報が同時にやってきた。
望遠鏡を覗いていたロンメルが
「島が見えたぞ」
と言うと同時に
船尾で見張りを行っていたランドが
「海獣が出たぞ、シャークが二体だ」
くそっと呟いたロンメルが
「メルル、悪いが付き合ってくれ」
メルルが、何とか起き上がろうとしている、メタンがそのメルルを支える。
俺は急いで船尾に移動した。
そこには二体のシャークがいた、体長はおよそ二メートルぐらいといったところだろうか。
すると、そのシャークが船の周りを時計周りで回りだした。
「リーダー、シャークの弱点は鼻だ、近づいてきたら、銛で突いてくれ」
俺は銛を手に今度は船頭に移った。
「メルル、きついところ悪いが、風魔法で風を帆に当ててくれ。スピードを上げるぞ」
メルルは何とか膝立ちになり、風魔法で風を帆に当てだした。
すると、船の推進力が増した。
「いいか、もう島は見えてんだ、浅瀬までいけば、シャークは襲ってこねえ。二体ぐらいなら、何とかなる。絶対島までたどり着くぞ!」
「「おお!」」
船の上ではロンメルがリーダーだ、的確な指示と、皆をまとめる力を発揮している。
流石だな。まったく頼りになる。
すると、ランドが声を挙げる。
「そりゃ!」
ランドがシャークの鼻先に銛を突き立てた。
血を流して、海中へと沈むシャーク。
「よし、やった!」
俺は思わず声を挙げていた。
喜ぶ俺達を尻目にそいつは、いきなり現れた。
海中から、銛の当たったシャークを口に咥えた。ジャイアントシャークが、海上に現れ、空中に躍り出た。あまりの出来事に俺達は動きを止めていた。
六メートルはあろうかというジャイアントシャークが、海中に戻っていく。
水しぶきが全身を濡らす。
そして船が、大きく傾く。
「気を抜くな!」
ロンメルの一声に俺は我に返る。
「くそう、メルル!」
「分かってるわよ」
メルルが弱弱しく答える。
俺は、グレートウルフの時に感じた、死線以上の脅威を感じていた。
いつの間にか、もう一体いた、シャークはその姿を消している。
海中から、とてつもなく恐ろしい気配を感じる。
俺達の行く手を塞ぐ圧倒的なプレッシャー。
すると、目の前の海面が浮き上がり、ジャイアントシャークが海上に跳ねた。
ジャイアントシャークの無機質な目が、俺達を睨みつけているように見える。
海中に戻ると、また水しぶきが全身を覆い、船が大きく揺れた。
駄目だ、さすがに無理だ、だが、ここまで来たんだ、もう少しじゃないか、弱気になるな!まだやれる!
俺は銛を左手に持ち替えて次の攻撃に備えた。
すると、ジャイアントシャークが、今度は船底に攻撃を加えて来た。
ドン!!!
という強い衝撃と共に、体が宙に浮かんだ。
既に船は推進力を失い、海上に泊まったままとなっていた。
船の動きを止められた、こいつ、慣れてやがる。
そう感じたのは俺だけでは無かった。
ロンメルが呟いた。
「こいつ、分かってやがる」
その一言を聞いた俺は、完全なる敗北を感じた。
それは、俺だけではなく『ロックアップ』の全員が感じていただろう。
ああ、ここまでか・・・
絶望を感じていた。
「やあ、大変そうだね」
それは、何とも言えない、この現状とは違う、まったくもって緊張感のない気の抜けた一言だった。
俺達はその声のする方に目をやった。
そこにはドラゴンがおり、その背には、一人の男性が居た。
そして、その男は万遍の笑顔をしていた。