一週間が経っていた。
既にロッジは四棟完成し、衣服等の生活必需品もだいぶ揃ってきた。
もはや露出が多いゴブリン達は子供以外にはいない。
畑はアイリスさんのお陰で、立派な農場となっていた。
今ではゴムや綿、麻の食品以外の栽培まで始まっている。
かなりなハイペースだ。

そこで俺はこれまでサウナ島でも行ってこなかった、田んぼを造ることにした。
特に理由はない。
何となくである。
あっても良いかな?
といった具合だ。

アイリスさんからは。
「なんでこれまで教えてくれなかったんですか?!」
と怒られてしまった。

だって・・・畑でも米は育っていたから・・・
それでいいでしょ?
この田んぼをサウナ島でも作るとアイリスさんが言い出してきかなかった為、俺はサウナ島でも田んぼを造る羽目になってしまった。
アイリスさん・・・あなたなら田んぼは作れるでしょ?
なんで俺にやらせたのかな?
意趣返しかな?
ごめんなさい。
反省します・・・

サウナ島でも田んぼを作り終えると、アイリスさんはニコニコしていた。
機嫌が治ってくれたみたいだ。
よかった、よかった。
でも疲れたー。

俺が急に帰ってきて田んぼを作り出したことにマーク達は驚いていた。
俺はチラリとアイリスさんを見やると。
マーク達は納得したのか、ゆっくりと頷いていた。
アイリスさんは怒ると怖いからな。
この人は決して怒らせてはいけない。
アイリスさんの眉間に皺の寄った顔は・・・本当に怖い・・・。
修羅の形相だ。
前に次木を行うのを忘れた時に怒られたのだが・・・無茶苦茶怖かった。
二度とごめんだ。



ゴブリン達は、せっせと働いていた。
全員働くことに熱心だ。
誰一人としてサボる者などいない。
と言いたいが・・・たまにゴブオクンが怠けていた。
こいつは結構肝が据わっている。
目聡いゴンに捕まって説教を受けていた。

「先生!二度としねえだ!許してくれだべ~!」
という言葉をよく耳にする。
まあこんな奴も居ていいだろう。
気が紛れて丁度いい。

でも意外とゴブオクンは見どころがあるらしく。
ノンに言わせると、狩りのセンスは抜群に高いということだった。
ノンがそう言うからには、何かしらの光る物があるということだろう。
案外ゴブオクンは天才肌なのかもしれないな。

今日も俺達は役割に応じて、作業を進めていく。
俺はギルにロッジの建設を任せて、主に備品の製作を行っていく。
ロッジに関しては、あと十棟は建てたい。

この備品の製作だが、細かい作業の得意なゴブスケと共に行っている。
ゴブスケは、ゴンガスの親父さんに弟子入りさせたいぐらいの逸材だ。
手先が器用な上に、何かを製作することに強い興味を持っている。
物作りに異常な意欲を見せていた。
今は食器や家具を中心に物造りを行っている。
既に陶器の作成用の釜は稼働中である。

実は粘土は簡単に採集できた。
近くに良い土層があったからだ。
ゴブスケは陶器の製作を頑張っていた。
こいつは良い職人になるだろう。

最近では料理を覚えたゴブリン達が弁当を作ってくれている。
その為昼飯は各自の持ち場で取る事にしている。
今日の弁当は野菜炒め弁当だ。
どうにも鶏と牛がいない為、野菜と肉に食事が偏りがちだ。

新クルーザーで漁を行うことはできるが、今はまだ新クルーザーを見せる段階ではないと俺は考えている。
何度かどうやってこの村に来たのか?
と聞かれたことがあったが、俺は適当に答えておいた。

新クルーザーは今のゴブリン達にとっては、文明が進み過ぎている気がする。
いきなり高度な文明を見せ付けるのはよくないだろう。
ことは慎重に進めるべきだ。
まだ先と思って欲しい。

そしてその時は急に訪れた。
プルゴブが俺の所にやってきた。
何とも言えない表情をしている。

「島野様、オーガの首領が挨拶に現れました、如何いたしましょうか?」
オーガなのか?
オークやコボルトじゃなくて?
はて?

「オーガの首領なのか?」

「はい」

「どうしてだ?」

「恐らくはこの村の噂を聞いてやってきたのかと思われます。そもそもオーガはこのモエラの大森林の覇者ですから」
え?
モエラの大森林の覇者?
そもそもこの森ってモエラの大森林っていうんだ。
それに覇者が居たんだ・・・
まだ北半球を知らなさ過ぎるな。
挨拶か・・・なんか面倒臭そうだな。
でも挨拶と言うからには会わない訳にはいかないよな。
めんどくさ。

俺はプルゴブに誘われるが儘に歩を進めた。
すると結界の際にオーガと思わしき三人組がいた。
真ん中にいるのが首領なのだろう。
鋭い眼つきでこちらを睨んでいた。
知性を感じさせる眼をしている。

そしてその服装が異彩を放っていた。
なんと着流しの男性用の着物を着ていた。
腰には小刀を帯剣している。
どう見ても筋者にしか見えなかった。
頭に角が無ければただの昭和初期の任侠にしか見えない。
髪形はシルバーのオールバックだ。

それとは真逆に両脇に控えるオーガはこれぞオーガという、筋骨隆々のがたいに、金棒を担いていた。
正に鬼だな。
おー怖。
俺が結界の脇に現れると、オーガの首領が頭を下げた。

「島野様でございますね、儂はオーガの首領を勤めておりますソバルと申します。以後お見知りおきを」
というと、股を割って右手を開き仁義を切ってきた。
今にもお控えなすってと言い出しそうだ。
それにしても流暢だ。
それに名前もある。
どうして名があるのか?
よく分からんな・・・
今は構ってられないな。

「そうか、俺は島野だ。俺のことは知っているみたいだな」

「へい、お名前は先ほど存じ上げました」

「へえー、そうなんだ」
仁義のポーズをソバルは止めた。

「こちらに向かう最中に聖獣様にお会い致しまして、名を教えて頂きました」
ノンかな?
まあ別にいいけど。

「それで、何か用か?」

「へい、モエラの大森林を統べる者として、挨拶すべきかと思い、馳せ参じました次第でございます」
モエラの大森林を統べる者ねー、へえー。
お粗末な統治者だな。
ゴブリン達の扱いをどう考えていたのだか・・・
これは様子見だな。
いきなり心は許せないな。

「そうか、それはご苦労だったな」

「へい、お褒め頂きありがとうございます」
別に褒めてないけど・・・
なんだこいつ・・・
何か勘違いしてないか?

「じゃあこれでいいか?ちょっと立て込んでるんだ」
俺は立ち去ろうとした。

「少々お待ちを、島野様」
懇願する表情をソバルはしている。

「なんだ?」
鬱陶しいな。
お前に構っていたくはないのだけど?

「ゴブリンの村を見学させては頂けませんでしょうか?」
何でだ?
まあ見るぐらいいいか。
勝手にしろ。

「分かった、プルゴブ。相手をしてやってくれ」

「は!」
プルゴブが頭を下げた。
俺は結界に『限定』でソバルとその他二名が通過出来るようにした。

「ありがとうございます!」
ソバルはお辞儀をしていた。
それにしてもモエラの大森林の統治者ね、へえー。
どうしたもんかね。
まあ今のところオーガの首領とはいっても、たかが知れているな。
とても統治者としての風格を感じない。
残念だけど、こんなもんだろう。

俺はオーガ達の世話をプルゴブに任せて、ゴブスケと小物作成にとりかかった。
テーブルや椅子を中心に、家具を作っていく。
そして狩りに役立つだろうと、武器を造ることにした。
というのも、鉄鉱石をゴブオクンが持ってきたからだ。
どこから持ってきたのか分からないが、ゴブオクンが。

「島野様、これは何だべ?綺麗な石だべ?」
と一抱えの鉄鉱石を持参してきた。
もしかしたら近くに鉱山があるのかもしれない。
であるとしたならば、こんなありがたいことは無い。

ならばとまずは工房をつくることにした。
とは言っても、赤レンガ工房ほどの豪華な物は作らない。
ゴブスケの工房だ。
拘ったのは釜だ。
赤レンガ工房を造った時のノウハウがあるからお手の物だった。
ゴブスケはこれに大興奮していた。

「島野様!本当に僕にこの工房を任して貰ってよろしいので?」

「ああ、好きに使え。皆の役に立つ道具を沢山お前が造るんだ。頑張れよ!ゴブスケ!」

「は!」
ゴブスケは片膝を付いて頭を下げていた。
感動で身体が震えていた。
涙を堪えているのも分かる。
まあ頑張ってくれ。
期待してるぞ、ゴブスケ。
お前なら出来る。

その後、俺の知りうる限りの鍛冶の知識をゴブスケに伝授して、俺は次に向かった。
ゴブスケは鼻息荒く作業を開始していた。
鍛冶道具は適当に赤レンガ工房にある物を真似て造っておいた。
これで武器や様々な道具が作られていくことだろう。

俺はゴブオクンに、もっと鉄鉱石を持ってくるように指示した。
こうしてまたゴブリンの村の文明が発達した。
ゴブリンの村の文明化は止まらない。

俺はギルを手伝うことにした。
今日にも五棟目のロッジが完成しそうだ。
総勢二十五名のゴブリン達が建設作業に取り掛かっている。
建設スピードは速い。

ゴブリン達はロッジ建設のノウハウを得たといえる。
各自が自分の枠割を理解し、スムーズに作業を行っている。
たいしたものだ。
大工作業が板に付いて来ている。
ランドールさんのところの大工達にも引けは取らないだろう。
ゴブリン達は優秀だ。
知識の吸収スピードが速い、正にスポンジに水だ。

ゴブロウが親方として手腕を振るっていた。
こいつも一端の親方と言える。
ギルも上手くサポートしていた。
今やこいつらは師弟関係だな。
ギルもやるな。
ゴブロウのギルに対する信頼感が見て取れる。

腹が減ったので、ランチにすることにした。
昼飯の弁当を皆で食べることにした。
わいわいがやがやと賑やかな昼飯となった。

この休憩中にも、俺やギルから学ぼうと、ゴブリン達は質問や疑問をぶつけてくる。
学ぼうとする意欲が半端ない。
ゴブリン達はちゃくちゃくと進む文明化に、興奮しているともとれる。
この気持ちが続く限りこいつらの進歩は止まらないだろう。
もっともっと文明化して欲しい。
こちらとしても教えがいがあるというものだ。
関心、関心。

俺は昼飯を終え、畑を見にいくことにした。
それにしてもアイリスさんは・・・
どれだけ広大な畑を作ってくれたんだろうか。
田んぼも拡張されたような気がする・・・
だったら俺がサウナ島の田んぼを作る必要はなかったよね?
まあゴブリン達はよく食べるから問題はないだろうけど。

畑では熱心にソバル一行が視察を行っていた。
プルゴブが自慢げに説明をしている。
プルゴブが活き活きとしていた。

「プルゴブ、どんな感じだ?」

「島野様、順調でございます」
ソバルは何か言いたそうな顔をしていたが、俺は敢えて視線を合わさずに無視した。
何を言いたいのかは何となく分かる。

「じゃあまたな」

「は!」
ソバルのことはプルゴブに任せておいた。
今はソバルとは真面に会話すべきではないだろう。

そして俺は風呂場にやってきた。
細部の調整を行うことにした。
屋根付きの岩風呂もいいが、もう少し手を加えたい。
洗い場の脇に大きな樽を造る、その樽に大量の水が入るようにする。
その樽を『念動』で浮かし、足場を造っていく。
その樽を何個も造っていく。
その樽には水魔法の付与してある魔石と、火魔法を付与してある魔石を組み込んである。
その樽からゴムチューブを繋げていき、その先にはシャワーが繋がっている。
シャワーの手元にはオン、オフの蛇口が付いている。
これにて、なんちゃってシャワーが完成した。
とりあえずはこれでいいだろう。
風呂に入る前に、ちゃんと身体を洗ってくださいな。
大事なマナーですよ。

次に俺は調理場にやってきた。
この調理場だが、言ってしまえば屋根付きのバーベキュー場に近い。
まだ全員分のロッジの完成が出来ていない今は、ほとんどが屋外での食事となっている。
屋根付きの食事場はまるで海の家の様にも思える。
俺はエルの要望に応えて、調理場の充足を図っていく。

まずはピザ窯だ。
レンガを大量に作り、ピザ窯を造っていく。
ピザ窯は二つ造ることにした。

そして台所を設置していく。
これもちゃんと井戸から組み上げた水を利用できるように工夫を加えていく。
浄化池からパイプを引っ張ってきて、最終的には蛇口に繋がっている。
そして排水は風呂の排水に繋がるようになっている。
これで料理に必要な要素が格段に上がったと言えるだろう。

そしてカスタマイズしたなんちゃって冷蔵庫を造った。
さらに棚を造っていく。
調味料などを保管する棚だ。
そうこうしていると晩飯の時間となっていた。

「御主人様、晩御飯の時間ですの」
エルに台所を使わせてくれと催促されてしまった。
ほんとうはもう少し作業をしたかったのだが・・・
まあいいだろう。

「今日の晩飯は何にするんだ?」

「とんかつ定食にしようかと思いますの、ノンがジャイアントピッグを二頭仕留めてきましたの」

「そうか、俺も手伝おうか?」

「大丈夫ですの、ゴブリン達で出来ますの」

「分かった、任せるよ」
エルの教え甲斐があってか、ゴブリン達の料理の腕はめきめきと上達している。
ここは任せるべきだろう。
にしても、とんかつか・・・旨そうだな。
それにしてもジャイアントピッグがよく狩れるな。
繁殖地でもあるんだろうか?
調査すべきかな?
ノンには狩り過ぎないように指示はしてある。
このモエラの大森林に、どれだけの獣が生息しているのかは分からないが、一定の制限は必要だろう。
狩りたいだけ狩るという訳にはいかないだろう。

晩飯が始まった。
調理場に各自トレーを持って行き、晩飯を貰うスタイルだ。
俺はとんかつ定食を貰って食事を始めた。

食事の時には決まって食事をしながら、俺に話を聞かせてくれとゴブリン達が集まってくる。
ゴブリン達は各自質問を持ち寄って、俺に集まってくる。
聞かれることは多岐に渡っている。
生活面や建設に関すること、道徳的なことから、はたまた帝王学に至るまで。
俺は全ての質問や疑問に丁寧に、分かり易く話を重ねた。
ゴブリン達が納得できるまで話は終わらない。
俺はこの時間を『知識の時間』と呼んでいる。

ゴブリン達はこの時間が大好きらしく、俺だけじゃなく島野一家に大挙していた。
島野一家の面々もこの時間を謳歌しているみたいだ。
ゴブリン達は熱心に知識や知恵を得ようとしている。
それに答えて俺達も本気で話をする。
熱を帯びた時間だ。

ほとんどのゴブリンが、読み書き計算を学びたいと言っていた為。
今では晩飯後にゴン先生とギル先生による、読み書き計算教室が行われている。
ほとんどのゴブリンが参加していた。

そしてそれに割って入ってくる者がいた。
ソバルである。
こいつまだいたのか。
何がしたいのだか・・・
ことによっては叩き出すぞ!
知識の時間を邪魔するんじゃないよ。

「どうしたソバル、何か聞きたい事でも?」
ソバルが申し訳なさそうに割って入ってきた。
さて何が始まることやら。

「島野様、私は感銘を受けております。まさかゴブリンにここまでの文明を築けるとは思ってもみませんでした」
まさかゴブリンにだと?
まだゴブリンを舐めているみたいだな。
態度に現れている。
気に入らないな。

「それで」

「儂はモエラの大森林の統治者と考えておりましたが、どうやら間違っていたようです」

「へえー」
どういう考えなのか?

「儂はモエラの大森林の統治者の座を、貴方様に譲ろうと考えております」
こいつ馬鹿か?

「断る!」
俺は速攻で答えた。

「な・・・」
ソバルは眼を見開いていた。

「俺はそもそもこのゴブリンの村の首領でもないんだぞ、なんで俺がこの大森林の統治者にならなければいけなんだ?」

「それは・・・」
ソバルは驚愕の表情を浮かべている。

「あのな、お前は色々と勘違いしているみたいだ。教えといてやるが、まず俺はこの村のアドバイザーでしかない」

「そんな・・・」

「それに俺はそもそもこの村に居続ける神ではない」

「・・・」
ソバルはフリーズしている。

「いうならば俺は流浪の神だ」
ソバルは何も分かっていないみたいだ。
空を掴んでいるようだ。
話についてこれているとは思えない表情をしている。

「なあソバル、お前は俺にこのモエラの大森林の統治者だといったよな?」

「へい・・・」

「それは何を持ってお前が統治者になったんだ?俺に教えてくれないか?」

「それは・・・」
真面な回答はなさそうだ。
だと思ったよ。
全く・・・

「なあソバル、もう一度言うがお前勘違いしてないか?」

「といいますと?」

「お前何となく分かってるんだろ?違うか?」

「滅相もございません!まったく考えに至りません!」
ソバルは平伏した。

「お前はこのモエラの大森林の統治者だと言ったよな?それにしてはあまりにお粗末すぎるんだよ」

「・・・」

「お前に一度チャンスをやる、今日はもう帰って、明日もう一度ここにやってくるがいい。どうしても分からなければ、相談に乗ってやる。いいな!」

「へい!島野様の寛大な御処置、痛み入ります!」
ソバルはお付きの者を従えて帰っていった。
その背中は迷いに満ち溢れていた。