一通りの掃除を終えて、最初に行ったことはトイレの建設だった。
今後のことを考えて、畑の候補地の側に造っていく。

建設系のこととなるとマークとランドの手を借りたいところだが、そういう訳にもいかない。
今はまだ北半球と南半球の交流を行う段階ではないと、俺は判断したからだ。
あいつらにとっては未知との遭遇だ。
あまりに種族差があり過ぎる。
驚愕することは眼に見えている。

ゴブリン達を率いて、俺はトイレの建設を行っていく。
本当は水洗式にしたかったのだが、プルゴブに川の所在を聞いてみたところ。

「川は随分と離れておりますし、オークたちの生息地に近く、近づかないほうがよろしいかと」
ということだった。

それでも取れる方法はあるが、面倒事は今は避けるべきだろう。
残念ながら半水栓トイレになってしまった。
そこでまずは井戸を掘ることにした。

俺は地面に座り込み『同調』を行う。
大地と同化し、地下水脈を辿る。
地下水脈は直ぐに発見できた為、その箇所の地面を『自然操作』の土で掘り起こしていく。
ものの十メートルほど掘り起こしたところで、地下水源に達した。
その作業を観察していたゴブリン達は、またもや大騒ぎだ。

「井戸がこうも簡単に!」

「これで雨乞いをしなくて済む!」

「水が湧き出ている!」
どうやらこれまでは、雨水を樽に貯め込んで凌いでいたみたいだ。
それはそれで凄いな。
そんな水を飲んだら一発でお腹を壊すんだろうな。
俺は勘弁願いたい。

井戸はポンプ式の組み上げ方式にした。
これで、水を組み上げるのは容易になるだろう。
水を得たゴブリン達は、文明が一段階上がったことになる。
まずは第一歩だ。

更に俺はもう一つ井戸を組み上げていった。
『鑑定』で確認したところ、水質が飲めるレベルにあったが、心元無い為。
一度組み上げた水を浄化するスペースを設けて、そこに『浄化魔法』を付与してある魔石を嵌め込んでおいた。
これで確かな水質の水になったであろう。
水の確保は急務だしね。

一先ず腹が減ったので、飯にすることにした。
まずは木から『加工』を駆使して、大量の木皿と器とフォークを作製した。
『収納』に塩漬けになっているシーサーペントがあるので、これでいいだろう。
『収納』の片付けに打って付けだ。

ゴブリン達がどれだけ食べるのかは分からないが、充分に足りるだろう。
なにせゴンズキッチン一回分だからね。
『収納』から調理道具を一式を取り出し、足りない道具はクルーザーにギルが取りにいった。

俺はギルとエルに手伝って貰い、調理を開始した。
『収納』からシーサーペントを取り出すと、ゴブリン達がどよめいた。

「し、島野様、その巨大な蛇はなんでしょうか?」
プルゴブが目を見開いて尋ねてきた。

「これはシーサーペントっていう海獣だ」

「海獣でございますか?」

「そうだ、海に生息する獣だ」

「おお!そんな生き物がいるのですね?」

「ああ、プリっとした身が美味しいぞ」

「左様でございますか」
プルゴブは下舐めずりをしている。
そうとう腹が減っているみたいだ。
更にお腹を鳴らしていた。

俺はシーサーペントを『分離』で調理していく。
千貫を行い、皮を剥ぎ、骨を取る。
本当は包丁を使って、調理する姿を見せて学ばせたいところだが、今はそれだけの余裕はない。
今はパフォーマンスを優先する時だ。

更に『分離』で身を切り、刺身にする。
ゴブリン達は行儀よく、整列して並んでいる。
ゴンが口酸っぱく行儀を教育していた。
流石は生徒会長兼風紀委員長だ、ゴブリン達の風紀や行儀、作法に関する教育はこいつに任せておけば間違い無いだろう。

寸胴鍋に大量の油を入れ、エルが素揚げを作り出していた。
ギルは刺身を炙って、たたきにしていた。
俺は刺身を配るのをノンに任せて、もう一品作ることにした。
やはり汁物は欲しいだろう。

料理を受け取ったゴブリン達は、涎を垂らしながら俺の方をちらちらと見ていた。
何をやってるんだこいつら?
早く食えよ。
あれ?もしかして・・・

「おい!お前達、早く食べろよ」

「しかし・・・」

「でも・・・」

「いや・・・」
歯切れが悪いな。
俺が口をつけて無いから食べられないのだろう。
ゴンめ、躾が過ぎるんだよ。
俺は刺身を一口食べた。

「お前達!ささっと食え!」
我先にとゴブリン達が食事を開始した。
それにしてもこいつらどれだけ知力が高くなったんだ?
行儀まで身に付いているなんて・・・
いや、これはゴンの教育の賜物だな。
ゴンちゃんやり過ぎです!
ゴブリン達は、

「旨い!」

「こんな美味しいなんて」

「最高だべ!」
と騒いでいる。
たんとお食べ。
まだまだあるよ。

俺は寸胴鍋で味噌汁を作ることにした。
当然シーサーペントの身入りである。
出汁になるだろうと、シーサーペントの頭と骨、尻尾を砕いてから茹でる。
灰汁が出るので、灰汁を取って捨てていく。
出汁が出たら、頭と尻尾、骨を取り出して、シーサーペントの切り身をぶち込む。

『収納』内にある野菜を取り出し『分離』で刻んでいく。
ダイコン、ニンジン、タマネギ等。
そして味噌を加えて味を調えていく。
隠し味で醤油を少々加えていく。
よし、完成。
せっかくなのでノンに味見をさせた。

「主!美味しいよ!」
ノンの太鼓判を頂いた。
味噌汁の味見に関しては、こいつの右に出る者はいない。

器に味噌汁を注ぎ、ゴブリン達に手渡していく。
ゴブリン達は喜び勇んで味噌汁を飲んでいた。
相当口に合ったみたいだ。
何度もお替わりに並んでいる。
もしかして塩分不足だった?

それにしても・・・
よく食う奴らだ。
この調子では今日中にシーサーペントの半分は無くなりそうだ。
ここぞとばかりにむしゃむしゃ食っている。
かなり腹が減っていたのかな?
全員満足そうな顔をしていた。
食いたいだけ食ってくれ!



一通りの食事を終え、俺は作業に戻ることにした。
次に取り掛かったのはテントの建設だ。
一気に家とまではいかない。
まずは雨風を防げればいい。

木から『加工』で大量の糸を造り『合成』でテントを造る。
このテントは大きめの物で、無理やり詰めれば五十人は雑魚寝できるだろう。
骨組みは木材だ。
万能鉱石は使わない。

俺は極力この村の物で取れる物から、工作物を作ることを心掛けることにした。
南半球から参考程度の物は持ってはくるけどね。
その後、大量の糸と木材を造り、後は任せるとゴブコに無茶ぶりをした。
すまんな、俺は他にやることがあるんだ。
完成形を見て学んでくれ、お前なら出来るはずだ。

適当に針等を渡して、簡単な使い方を教えておいた。
ゴブコは女性型のゴブリンで、最も知性の高さを感じさせるゴブリンだった。
容姿も他のゴブリン達よりも抜きに出て可愛い。
ひと際大きな胸が存在感をアピールしている。
ちょっと眼のやり場に困るぐらいだ。
そんなことは置いといて。

俺は畑を造ることにした。
この人数になるとそれなりに大きな畑を造る必要がある。
俺はゴブリン達に指示を出して、まずは雑草を毟らせた。
総勢五十名のゴブリンが、我先にと雑草を毟っている。
皆働けることが嬉しいのだろう。
笑顔で作業を行っている。
誰一人作業を手抜きする者はいない。
知性を兼ね備えたゴブリン達は働き者のようだ。

そして雑草を抜き終えた地面を『自然操作』の土で耕して『万能種』を植えていく。
これは俺にしかできない作業だ。
俺は一つ一つ植えることはせずに『念動』を駆使して、種を一気に植えた。
そうとうズルをしているが、今はそんな事には構ってはいられない。

全ての種を植え終えた俺は『自然操作』で雨を降らせて畑を湿らせていく。
天候を操る俺にゴブリン達は平伏していた。
でしょうね・・・
そしてシーサーペントの骨などの残骸や、初めに纏めた糞等のゴミを『分離』
と『合成』で混ぜ合わせて、畑に『念動』で撒いた。
これは肥料になるだろう。

そして遂にあの上級神からパクった能力を使うことになった。
まさかこの能力を使うことになろうとはな。
使うことは無いと思っていたのだが・・・

「『豊穣の祈り』」
俺は両手を広げて顎を挙げ、それっぽく格好をつけてみた。
すると畑が光輝きだした。
一気に農作物が成長し、ほとんどの農作物が収穫できる状態に育っていた。
その光景にゴブリン達は驚愕し、平伏して俺を拝んでいた。
引いている者もいた。
ハハハ・・・
まあそうなるよね・・・無茶苦茶なことだもんな。
この能力は常識を飛び越え過ぎているからね。
分かるよ・・・上級神の能力だしね。

収穫作業を指示し、俺は備蓄倉庫の建設に入ることにした。
急ぎで仕上げなければならない為、雑な造りになってはいるが、今は収穫物の保管庫が急務の為、仕上げは後日ということにして貰おう。
何とか備蓄倉庫が完成した。

ゴブリン達が収穫物を備蓄倉庫に運んでいる。
時々勝手に収穫物を味見をするゴブリンがいたが、ゴンに見つかっては説教をされていた。
流石は風紀委員長だ。
ゴンの眼を掻い潜ることは不可能に近いだろう。
これでやっと急場は凌げたと言えるだろう。
水と食事を得られたからね。



そして俺はゴブリン達を集めた。
話をしなければならない。
とても大事な話しだ。
ゴブリン達は片膝をついて俺の言葉を待っている。
それにしてもちょっと躾過ぎじゃないですか?ゴンちゃん。
ゴンはドヤ顔でゴブリン達を眺めていた。
まあいいや。
俺もこの光景に慣れないといけないみたいだ。

「諸君顔を上げてくれ、そして寛いでくれ」
そう言うと、ゴブリン達は顔を上げ、座り込みだした。
ゴンが眼を皿のようにしてゴブリン達を観察している。
無礼な態度を取った奴は許さんぞ、といった感じだ。
ゴンよ・・・ちょっとは抑えてくれよ・・・
やり過ぎはいけませんよ。

「一先ずはこれで急場は凌げたと思う、どうだろうか?」
俺の問いにゴブリン達が答える。

「充分過ぎます!」

「ありがとうございます!」

「愛してます!」
要らん発言もあったが、それは無視して、肯定的な反応だった。
よしよし。

「お前達、俺の話を良く聞いて欲しい」

「「「は!!!」」」
大合唱が返ってきた。
軍隊かよ!

「お前達は俺の加護によって、急激に知力を得た。そのことでまだ戸惑う者もいるのかもしれない」
ゴブリン達が集中して話を聞いている。
全員の視線が俺に集まっている。

「そして今日、最低限の文明を手に入れた」

「・・・」
全員が頷いている。

「大事なのはここからだ、お前達分かるか?」
ほとんどのゴブリンが首を傾げていた。

「要は、お前達は賢くなってしまった。それはオークやコボルトでは、もうお前達に太刀打ちできなくなったということだ」
ゴブリン達は戸惑っている。
騒めきが止まらない。

「本当でしょうか?」

「しかし・・・」

「でも・・・」
俺は手を挙げて制した。

「いいか、知力は最強の武器だ。よく考えてくれ。ゴブタロウ、お前ならどうやってオークを退治する?」
ゴブタロウが姿勢を正して答える。

「は!俺ならば、ゴン様から教えて貰った水魔法を使って地面を泥濘にし、足が止まったところで仕留めます」
いい方法だな。
にしてもゴンは魔法まで教えていたのか・・・
でゴブタロウは直ぐに習得したのか?
知性を得たゴブリンは魔法の適正もありそうだな。
いいじゃないか。
ていうか進化が凄すぎないか?

「ゴブオクンならどうする?」

「おでは一人ではできないから、三人で三角状に囲んで、おでが引き付けている間に仲間に背後から仕留めてもらうだべ」
なるほどとゴブリン達が聞き及んでいる。
妥当な戦略だな。

「どうだ?分かるだろ?お前達は強くなったんだ。もうオークやコボルトに引けは取らないだろう。そこで俺から守って欲しい重要な話がある」
ゴブリン達は息を飲んで俺の言葉を待っている。

「これからは他者や他種族を見下さないで欲しい、そして許す心を持って欲しい」

「・・・」
ゴブリン達はなんとも言えない顔をしている。
意味は理解しているみたいだ。

「これまでお前達は迫害され、搾取されてきた。奪われるばかりの人生だったかもしれない。それでもそれを行ってきた者達すらも許す、そんな大らかな心を持って欲しい・・・これは俺の望みでもある」
難しことだとは思うが、出来ればそうして欲しい。
復讐の連鎖だけは認められない。
力を得た今だからこそ、この話をする意味がある。

「思う処はあるだろう。もしかしたらこれまでに大事な存在を手に掛けられた者もいるかもしれない、自分にとっては許せない何かがあるのかもしれない。どうしても気持ちを抑えられない時は、俺に相談しにきてくれないか?どうだろうか?」
数名のゴブリンは俯いていた。

「・・・」

「もしこの俺の提案を受け入れてくれるのなら、これを受け取って欲しい」
俺は『収納』からワインを取り出した。
ゴブリン全員の視線がワインに向かう。

「主、盃を受け取れということですね」
ゴンが要約してくれた。
その通りだ、誓いの儀式を行いたい。

「そういうことだ。そしてもし、俺の盃を受け取って、それを蔑ろにした者には神罰が降ることになるだろう」

「「「おお!!!」」」
ゴブリン達が慄いる。
ほんとに神罰が降るかどうかは俺には分からない。
でも何となくそうなる様な気がする。

この場合の神罰は、俺の加護が無くなるということだ。
わざわざ盃で誓わなくとも、そう出来ることも実は直感的に感じている。
俺の意に背いた時点で、俺の加護を剥奪できるのだと・・・
でもこういう体裁は必要だと俺は考えている。
こうすることで、こいつらの意思を確認したい。
各自思う処はあるはずだからだ。
それに覚悟を固めて貰いたい。
ちゃんと俺の口から話しておきたかったのだ。

プルゴブが立ち上がった。
「島野様、我ら誰一人掛けることなく、あなた様の意に従いましょう!」

「「「「「は!!!」」」」」
ゴブリン達は再び片膝をついて俺に頭を下げた。
こいつら・・・
聞き分け良すぎじゃないか?
まあいいか?
ならば俺も覚悟を決めよう。
やってやろうじゃないか!

「ではお前達、先ほど配った器を持参してきてくれ」
俺はゴブリン達全員の器に、ワインを注ぎ周った。
全員が頭を垂れていた。
俺は宣言した。

「今日の良き日に、誓いを交わそう。乾杯!」

「「「「「乾杯!!!」」」」」
大歓声と拍手が入り乱れた。
ゴブリン達は一気にワインを煽り、全員が器をひっくり返して、全部飲んだとアピールしていた。
それに答えて俺も器を逆さにして見せた。
そして一斉に器を地に投げつけた。
ゴリ!パリ!グリ!
と器が破損する音が響き渡った。
誓いの儀はこれにて終了した。

ゴブリン達は眼を輝かせていた。
中には泣き出す者までいた。
大笑いをする者、拳を握りしめる者。
各々が心の中で何かを誓っていた。

島野一家の面々はこれを感極まる想いで眺めていた。
ノンはにやけて、ゴンは眼光鋭く、エルは歯茎を剥き出しに、ギルは顎を挙げて腰に手を当てていた。
こうしてゴブリンの街の初日は終了した。
何ともヘビーな一日だった。



その後俺達は、転移扉を使ってサウナ島に帰ることにした。
サウナ島に帰るとマークとランド、ロンメルが迎え入れてくれた。
サウナ島に帰ってくるとどっと疲れが押し寄せてきた。
それにしても本当に疲れた。

「島野さん、お疲れ様です」
そう言うとマークはおしぼりを手渡してくれた。

「おお、サンキューな」
おしぼりで手を拭い、思わず顔を拭いてしまった。
あまり褒められたことでは無いかもしれないが・・・
あー、気持ちいい・・・

「北半球はどうでしたか?」

「ああ、またゆっくり話すよ。まずは風呂に入って、サウナに入りたいな」
これ以外言えることは無かった。

「そうですか、楽しみにしてます」

「すまんな」
俺達は連れ立ってスーパー銭湯に向かうことにした。
風呂に浸かり、サウナに入る。
今日の整いは深いものだった。

俺は明日からの事に想いを馳せていた。
さて、どうしたものか・・・
やることは満載だ。
やれやれだな。