神様のサウナ ~神様修業がてらサウナ満喫生活始めました~

島野一家は新クルーザーに乗り込んだ。
大勢の人達が見送りに来てくれていた。
まったく、全員勢ぞろいかってぐらい賑わっている。

珍しくタイロンのマッチョな国王まで来ている。
なにやってんだ?あの人?
礼の如くポージングを決めていた。
何処でもやるんだな。
エンゾさんが延髄蹴りを決めていた。
お!決まったか?
マッチョな国王は頭から倒れ込んでいた。
ありゃりゃ、あれは意識を刈り取られているな。
エンゾさん・・・こんな残念女神ではなかったはずでは?

マリアさんが投げキッスをしていた。
決してここまで届きませんように。
レケとエクスが号泣していた。
なんでかな?
君達は俺の説明をちゃんと聞いていたのかな?
夜には帰ってくるのだよ?
それも毎日。
残念な家族みたいだ。

さて、目指すは北半球。
まずはボイルの街の北側の港に転移する予定。
予め現地は視察済だ。
オリビアさんの話にあった北半球への出発地点だ。
俺の予想としては、北半球までの旅路は五日間だ。
これもオリビアさんの話を参考に計算してみた。
でも所々で遊びを行うつもりだから、もう少し長い日程になるのかもしれない。
ただ船を進めるだけなんて、俺の性に合わない。
海上で出来る遊び道具は既に『収納』と新クルーザーに積み込んである。
はっきり言ってしまえば、遊びに行く気分である。
これまで船旅はしたことがない。
ワクワクとドキドキが大半を占めている。
さて、そろそろ出発しようかな。

俺は大声で叫んだ。
「行ってきまーーーす!!!」

声が返ってくる。
「「「「「いってらっしゃーーーーい!!!」」」」」

俺は『転移』の能力を発動した。

フュン!

さあ、旅の始まりだ!
旅を命一杯楽しもう!
ボイルの港に転移した俺達は船旅を開始した。
まずは俺がハンドルを握る。
方角は北西、風速はおよそ二キロメートル。
追い風が吹いている。
幸先良好だ。

俺は神石に神力を込めて、クルーザーを走らせていく。
クルーザーが音を立てて進んで行く。
ギルは穂先に立って、海上を眺めていた。
ノンは絶賛お昼寝中。
エルは早くも台所に立って、理料を始めていた。
ゴンは読書に夢中になっている。
皆リラックスしているみたいだ。
俺の運転に全幅の信頼を寄せているようだ。

ならばと俺は速度を上げる。
クルーザーが壊れない程度に、最高速度で走らせていった。
海中のスクリューが途轍もない音を立てていた。
たぶんこれぐらいなら問題ないだろう。
と安易な俺。

最悪壊れても、スペアは準備されているしね。
それに直ぐに造れるし。
海上の暴走族と化したクルーザーは、進路をグングン進めていった。

潮風が気持ちよかった。
船旅は順調と言える。
二時間すると運転をノンにスイッチした。
こいつも遠慮なく速度を上げている。

その後、ギル、ゴン、エルの順に操縦者を変更する。
途中何度かカモメのような鳥が並行することがあった。
これぞ船旅と楽しくなってしまった。

さっそく暇になったので、釣りでも行うことにした。
クルーザーの速度を時速二十キロぐらいに落として貰う。
今の操縦者はエルだ。

『探索』を行ってみたところ、魚群があった為、釣りを開始した。
狙いの魚かどうかは釣ってみないと分からない。
今回は大物狙いではない。

俺としては、俺以外の家族に釣りを経験させたかったのだ。
俺とエルを除くその他の家族達は、釣り竿を垂らして、今か今かと当たりに集中している。

今回のエサは疑似餌を選択している。
海老で鯛を釣るにしようかとも考えたが、疑似餌を選択した。
だって、何度も同じ疑似餌で釣れた方が、エコでしょ?
間違ってるかな?

疑似餌は一般的にタイラバと呼ばれている物で。
派手な装飾に、触手の様なヒラヒラが付いた物だ。
ロッドはカーボン製の頑丈な一品だ。
仕掛けなどは赤レンガ工房で、俺がせっせと造った物だ。
糸やリールなども拘った使用になっている。

後日トローリングを行うつもりだが、まずは前哨戦である。
家族の中で釣り初心者はノンとゴンだ。
エルとギルはロンメル達との漁で、時々釣りを行っていたらしい。
ただ釣り竿等の仕掛けは、ここまで豪華な物ではなかったらしく。
これならばばらすことは無いだろうと、鼻息は荒い。
俺はノンとゴンに釣りのやり方を教えてから、早速釣り糸を垂らすことにした。

釣り方は簡単で、着底させてから巻くだけだ。
着底させたままだと、根が掛かりしてしまう。
時々タックルと呼ばれる疑似餌を上下させる方法を取る。
さてどうなることやら・・・

真っ先に当たりがあったのはノンだ。
お!ビギナーズラックか?
本人が予想する以上の引きだったのか、面食らっているノン。

「ノン、落ち着いて」

「ん!」
明らかに力んでいる。

「ゆっくり巻きながら、時折竿を上に挙げるんだ。ゆっくりとだぞ」

「うん」
ノンはぎこちなくも、リールを巻きながら、時々竿をしゃくっている。
俺は網を持ってノンに近づく。
魚影が見えてきた。

「お!真鯛か?」

「嘘!」

「いきなり!」
ギルとゴンも驚いていた。
俺は魚を網に捉えて引き上げた。
本命の真鯛をビギナーのノンが釣り上げていた。

「ノン!真鯛だぞ!やったな!」
疑似餌を外して、鯛の口を掴んでノンに差し出した。

「いいよ、持たなくても・・・」
こいつ始めて釣れた感動は無いのか?
ていうか魚が苦手なのか?

「お前、持ってみろよ」

「いいよ、僕は食べ専なの」
はあ?
よく分からんが、これ以上は止めておこう。
ノンの顔は忌避感満々だ。
こいつのことはよく分からん。

そうこうしていると、ギルとゴンの竿にも当たりがあったみたいだ。
俺はゴンのサポートに向かった。
何とかして釣り上げたゴン。
ゴンが釣り上げた魚はブリだった。

「ゴン、やったな!真鯛ではないけど立派なブリだぞ!」

「はい、やりました!釣りって楽しいですね!」
眼を輝かせているゴン。
釣れれば嬉しいよね。
今後はギルから声が挙がる。

「パパ、こっちも!」
網を持って駆け寄ると、魚影が見えてきた。
今度はどの魚なんだ?

「よし!」
俺は魚を網で掬った。
平目だった。
高級魚だ!
これは今日は刺身パーティーだな。
豪勢でいいじゃないか。

「ギル、平目だ!やったな!」
平目の尻尾を持って渡すと、ギルは大事そうに平目を抱えていた。

「主!またこっち!」
ノンが叫んでいた。
網を持って駆け寄る俺。

結局俺は網役になってしまい、まともに釣りが出来なかった。
俺以外は全員入れ食いだった。
もう!
俺にも釣らせてくれよな!

この日の晩飯は豪華刺身の盛り合わせになった。
それにしても旨い!
最高だ!
普段は魚をあまり食べないノンだが、今日は自分で釣ったからか、たくさん刺身を食べていた。

ちくしょう!
明日は絶対に俺が釣るぞ!

晩飯を終え、俺はクルーザーに『結界』を張って、念の為『探索』で海獣が居ないのを確認してから転移扉を開いた。
この転移扉は社長室に繋がっている。
だって入島受付にする理由は無いしね。

今日の見張り当番は俺とゴンの為、俺はゴンと二人で先にサウナ島に帰ってきた。
社長室にはマークがおり、疲労感たっぷりの顔をしていた。

「ただいま」

「あ、島野さんお帰りなさい」
マークが席から立ち上がって迎えてくれる。

「どうした?疲れた顔して?」
いきなりトラブルか?
大丈夫か?

「いえ、そうでもないです・・・」
マークの表情は変わらない。

「何かあったのか?」

「いえ、商人達の相手をして疲れただけです」
そういうことね。
洗礼を受けたって訳だな。

「相手が俺だからか、無理難題を言われまして。困ったものです」

「そうか、そんな輩は遠慮なく追い出していいぞ」
無理難題を言う輩は追いだすに限る。
二度と敷居を跨ぐんじゃない!ってね。

「そう言われましても・・・」
ここはちょっと葉っぱをかけておこう。

「マーク、お前は俺の代理なんだぞ、お前が舐められるってことは、俺を舐めてるってことなんだぞ?お前それでいいのか?」
マークは顔を上げた。
その眼には炎が灯り出していた。

「そうですね、島野さんが舐められるのは許せませんね!」
拳を握っている。
これで大丈夫だろう。
マーク性格から考えて、自分より他者を優先する。
それが俺となれば血相を変えるだろうことは分かっている。

「じゃあ俺は風呂に行くけど、一緒に行くか?」

「はい、お供します」
俺達は連れ立って、スーパー銭湯に向かった。
今日もスーパー銭湯は繁盛していた。
未だ俺と一緒にサウナに入ろうとする者達がいた。
俺はもう気にしないことにした。
やれやれだ。



ゴンとクルーザーに戻り、三人と交代した。
今日はこのまま俺とゴンはクルーザーの見張り番だ。
『結界』が張られているので、安全は担保されている。
これと言って心配はないのだが、放置って訳にはいかない。

俺は星空を眺めて見た。
満天の星空だった。
日本ではこうはいかない。
日本では星空を眺めるなんて無かったな。
センチな気分になりそうだ。

俺達は仮眠室で寝ることにした。
お休みなさい。
いい夢が見られますように。
ターラーラーラーラッタッター。



翌日。
転移扉を潜ってギル達がクルーザーに乗り込んできた。

「おはようさん」

「「おはよう」」

「おはようですの」
挨拶を終え、朝食作りに取りかかる。
朝の散歩を行っていないのは久しぶりだ。
たまにはいいよね。

今日は久しぶりに俺が料理を作ることにした。
メニューはノンのリクエストがあり、味噌汁は外せないことになった。
どんだけ犬飯が好きなんだか・・・
昨日釣れた魚を焼いて、お米を炊く。
焼き魚定食だ。
焼き揚がったブリが油を滴らせている。
旨そうだ。

「「「「「いただきます!」」」」」
久しぶりの島野一家の大合唱。

ノンが骨がめんどくさいと文句を言いながら食べていた。
好き嫌いは良くないですよ、ノン君。
ゴンは綺麗に魚を食べていた、骨のみが残っている。
お上手なことで。
ギルは骨ごとボリボリと食べていた。
まぁ豪快!
エルは大根おろしで食べていた。
なんとも皆さん個性的ですな。

朝食を終え、本日も順番にクルーザーを走らせていく。
そして今日は念願のトローリングを行うことにした。
腕がなるぜ。
遂にこの時がきたな・・・

竿はクルーザーの床板に装備してある金具に装着してある。
これで竿が持っていかれることはないだろう。
こちらもエサは疑似餌だ。
昨日のタイラバよりも倍以上の大きさだ。

速度を時速三十キロぐらいに落として貰い、レッツフィッシュ!
俺は敢えて『探索』は行わなかった。
始めぐらいちゃんとトローリングを楽しみたい。
まずはズル無しからだ。

竿先を眺めてみる。
軽く撓っているのが分かる。

一時間後。
当たりは全く無かった。
ただただ海面を眺めている。
自己催眠に入ってしまいそうだ。

昔テレビで見た、大物俳優がトローリングをする番組『世界を釣る』を思い出していた。
トローリングとはこんなものなのだろう。
半日近く経っても当たりが無いなんてことはざらの様だ。

そんなことを考えていると念願の当たりがあった。
ビッグヒット!
レッツファイト!

えぐい角度でロッドがしなっている。
俺は一度竿をしゃくって併せた。
これで獲物は掛かったはず。

その後も糸がグイグイと引かれていく。
クルーザーの速度を落として貰い、巻き上げを開始した。
巻いては引かれて、巻いては引かれてを繰り返す。
無茶苦茶楽しい!
これがトローリングか?!

結局三十分間格闘し、釣り上げることに成功した。
俺は『身体強化』等の能力は一切使わなかった。
純然とトローリングを楽しみたかったのだ。

釣り上げた獲物はカジキマグロだ。
二メートル越えのサイズだ。
良い戦闘(バトル)だった。
少し腕に疲労感を感じる。

「パパ凄えー!」

「主、やりましたね!」

「大きいですの!」
賛辞が続いた。

ノンは、
「へえー」
と無感動だった。
こいつはほんと・・・マイペースが過ぎるな。

「僕もやりたい」
ギルの申し入れに答えることにした。
竿をギルに渡す。
俺はギルにトローリングのやり方を教えた。

気合の入ったギルが、トローリングを開始した。
俺はカジキマグロを千貫してから『自然操作』の氷で凍らせて、『収納』に保管しておいた。
今日の晩御飯はマグロ尽くしか?

でも昨日の夜も、今日の朝も魚だったから辞めておこうかな?
するとギルの竿にいきなり当たりがあった。
恐ろしい程の引きだった。
ロッドのしなりが半端ない。
ボキッといってしまいそうだ。
リールも煙を発生しそうなぐらいだ。
猛烈な勢いで引かれている。

でもご安心ください。
糸はワイヤーと呼べるぐらい頑丈な物だし。
針も『合成』で張り付けてあるから切れることはまず無い。
そしてロッドとリールは実はミスリル製なのだ。
実に金貨五百枚掛かった装備なのだよ。
破壊の心配は不要なのです。
フフフ。

無駄使いと言いたければ言ってくれ。
最高の娯楽には、お金の糸目は付けてはいけないと、俺は学んだのだよ。
それにしても・・・引きが強すぎるような・・・
絶対カジキマグロでは無い・・・

俺は『探索』を発動した。
ん!・・・マジか?・・・

「おーい!皆手伝ってくれ!」
全員を集合させた。
ギルは必死に竿を引いている。

「どうやら海獣が掛かったみたいだ、全員で引くぞ!」

「嘘!」

「海獣?!」

「やるねー」
俺達は全員で竿を引きリールを巻くことになった。
ギル君やビギナーズラックが過ぎませんかね?
始めてのトローリングで海獣に当たるなんて・・・

結果、一時間の格闘の末、シーサーペントを釣り上げることに成功したのだった。
あー、疲れた。
いや、ほんと。

「やったー!」

「疲れた」

「釣れましたの!」
騒いでいるのはいいのだが、このシーサーペント、どうしようか?
リリースする訳にはいかないしな。
にしても腕がパンパンだ。
明日は筋肉痛確定だな。
いや、今日の夜か?

俺は『自然操作』の氷で固めて『収納』に放り込んでおいた。
どうしたものか?
サウナ島に持って帰る?
ゴンズキッチンでもやって貰うか?
まぁいいや。
とりあえず『収納』の中に塩漬けにしておこう。

その後も、途中でマリンスポーツを楽しみつつ北半球を目指した。
特に海上のホバーボードを皆なやりたがった。
船旅は実に楽しいものだった。
俺達は大いにエンジョイしたのだった。

そして分かったのは、小島が所々にあったが、これといった人が生息できるような島は無かったということ。
それにしても天候に恵まれたな。
一度だけ雨が降ったことがあったが、嵐に巻き込まれるようなことにはならなかった。
ありがたいことです。



そして遂に俺達は北半球にたどり着いていた。
やっと辿りついた。
実に六日間の船旅だった。
大半は遊んでいた様な気もするが・・・
まあ許してくださいな。

その海岸はサウナ島の海岸とは違い、断崖絶壁の崖が連なっていた。
クルーザーを何処に接舷しようかな?・・・
接舷できなくてもいいか?
錨を降ろして、沖にクルーザーを固定することにした。
念の為『結界』は張っておいた。
これで大丈夫だろう。

見張りを置こうかとも考えたが、止めておいた。
やんちゃはされないと思う。
そんな不届き者は成敗してやるしね。

俺達はいつもの飛行スタイルで、崖を登っていく。
そこには開けた広場があり、その先には森が広がっていた。
誰かに遭遇した時に怖がらせない様に、全員人化スタイルになった。
そして森に入ろうかと歩を進めた時。

ガザッ!
という音がした。
一人の人?
魔物?が現れた。

それは全身が薄緑色で、貧相な体つきをしていた。
まるでユニセフの宣伝に出てくるような、恵まれない子供達の様な体躯。
ガリガリの身体に、お腹だけがポッコリと飛び出している。
腰布を纏っただけの服装。
尖った耳と尖った鼻。
右手にはこん棒?
角材?
の様な木材を持っていた。

これは・・・
間違いない、異世界物の雑魚キャラの定番のゴブリンだった。
嘘だろ?!
ここに来てまさかのゴブリン?
第一村人がゴブリン?
オーマイガー!
世界観変わり過ぎじゃね?
北半球ってなんなの?
うーん差し詰めこいつはゴブリンのゴブオ君だな。
多分男性だろう。
胸が無いしね。

するとゴブオ君が話した。
「ダレ、ダべ?」
・・・
話せるんだ・・・
無茶苦茶たどたどしいぞ・・・
ダべって・・・
どうしよう・・・
知性はあるんだ・・・
ここでの正解が分からない・・・

そうだ!
ここは無害な神様アピールをしよう!
それなら怖がられることは無いだろう。
俺は身体に神気を纏って話し掛けた。

「やあ!始めまして!」
ゴブオ君は固まってしまった。
木材を落としている。
そして一目散に逃げだしてしまった。

「ビエエエエーーーー!」
と叫んでどっかに行ってしまった。
ゴブオ君・・・何処え・・・
想定外の第一村人であった。
俺はゴブオ君が落としていった、木材を拾った。
ポイ捨てはいけませんよ。
いや落とし物かな?
ゴブオ君は『探索』で簡単に補足することができた。
ゴブオ君・・・足遅すぎだって・・・
もっと早く走りなさいな。

俺達は怖がらせては不味いと、ゆっくりと後を付けることにした。
森の中を進んでいく。
俺は『探索』を行った。
あれまあ。

どうやら五百メートル先に集落があるみたいだ。
それもゴブオ君と同じ青色の光点を発している光が百ぐらいある。
ゴブオ君を俺が敵では無いと認識したから青色なんだろう。
だって意思の疎通が出来るのなら、敵や獣と見做す訳にはいかないでしょ?
とはいっても襲われたら敵になるかもだけどね。

ゴブオ君は集落に向かっているみたいだ。
逃げ帰ったのか、応援を呼びにいったのか?
今の段階としては何とも言えないな。
俺達は歩を進めて、ゴブオ君の後を追った。

そろそろ集落にたどり着く。
集落に入る前に、ゴブリンの集団が俺達を待ち受けていた。
とても貧相な集団だった。
ボロボロの布を纏い、手にしている武器も木材や、錆び付いた剣。
折れたナイフ等だ。
全員漏れなく栄養失調の体格をしている。
だが顔などは個性が出ていて、全員似てはいるが、違う個体だとは認識はできる。
そして杖を突いている、よぼよぼの老人までいた。

全員が震えていた。
恐怖で顔が引き攣っている。
明らかにゴブリン達は腰が引けていた。

「ギギ」

「ググ」

「グゲ」
等と呻いている。

杖を突いたゴブリンが前に出てきた。
ワナワナと震えている。
稀にこういうお爺さんを見かけるよね。
常にワナワナと震えている。
俺はプルプル爺さんと脳内ネーミングしているけどね。
たぶんこの爺さんが族長なんだろう。
眼を見る限り、一番知性を感じる。

「ナニ、ゴヨウ、ショウカ?」
やっぱりこのプルプル爺さんも、意思の疎通が出来そうだ。
どうしようかな?
今は神気を纏って無いけど、無害な神様アピールは必要だろう。
でもゴブオ君は逃げちゃったんだよな。
まあいっか。
とりあえずやってみよう。
俺は神気を纏ってみた。

ゴブリン達が騒ぎだした。
「ガミ」

「グガ」

「ギギ!」
声になって無い。
この反応は・・・分かりずらいな・・・
どうにかならないのか?

「カミ、オシヅメクダサイ」
プルプル爺さんが頭を下げながら呟いた。
あれ?無害な神様アピールは失敗なのか?
さっぱり分からん。
でも神って言ったよね?

「俺は島野だ、よろしくな」
俺は手を挙げて挨拶した。

「オオ!シマノサマ・・・オシズメ・・・クダサイ・・・」
また沈めてくれと言われてしまった。
神様アピールは違ったみたいだ。
俺は神気を纏うのを止めた。

「アリガトウ、ゴザマス」
プルプル爺さんがそう言うと、ゴブリン達は全員平伏しだした。
どうなってるんだ?
さっぱり分からん。

「あの・・・どういうこと?」
と聞くのが精一杯だった。

プルプル爺さんが言った。
「ワレラ、マモノ、チョクシ、ムリ」
ということらしい。

どうやら魔物には神気を直視できないらしい。
そうか、それは悪いことをした。

「まず話しづらいから顔をあげてくれ、平伏しなくてもいいから立ち上がってくれよ」
ゴブリン達は顔を見合わせて、俺がそう言うなら、といった感じで立ち上がった。

そういえば。
俺は第一村人のゴブオ君を探した。
落とし物の木材を渡してやらなければ。
おお、いた。
俺はゴブオ君に手招きして近づいてこいと誘った。
恐る恐るゴブオ君が近づいてくる。
眼の前にやって来たので、俺は落とし物の木材を手渡した。

「ゴブオ君、落とし物だぞ」
俺がそう言うと、ゴブオ君が木材を受け取ると共に、俺の中の神気がゴブオ君に微量ながらも流れ出した。
なんだこれは?
どうなっている?

「主、何を?」

「ググ!」

「ギガ!」
この場にいる全員が驚いている。
俺も何がなんだかさっぱりだ。
すると神気がゴブオ君を包み込んだ。

そしてゴブオ君の気配が変わった。
顔つきや体形などはあまり変化が無かったが、何よりもその眼が知的に変化していた。
始めてあった時の印象からは、あり得ないぐらいの知性を感じる。

「おお、島野様ありがとうございますだべ!」
ゴブオ君が歓喜の表情を浮かべていた。
そして流暢に話していた。
ゴブオ君は今にも小躍りしそうだ。

「主、これは?」
ゴンが疑問をぶつけてきた。
でも俺にも何が何だか分かっていない。
考えられることは二つだ。
木材を渡したことと、脳内ネームを口を滑らせて言ってしまったことだ。
木材を渡してこうはならないだろう・・・たぶん・・・
となると・・・

「主、ネーミングしてしまったからでしょうか?」

「たぶんな・・・」

「もしかして眷属になったのでしょうか?」
ゴンが忌避感満載の表情をしている。

「しょうがない『鑑定』させて貰うか、ゴブオ君『鑑定』してもいいか?」

「『鑑定』って何だべ?」
ゴブオ君は『鑑定』を知らないようだ。
首を捻っている。
まあいい、やってしまえ。

『鑑定』

名前:ゴブオクン
種族:ゴブリンLv3
職業:ゴブリン兵士
神気:0
体力:256
魔力:120
能力:木材投げLv1 島野守の加護

俺の加護?
何それ?
すまない、ゴブオクンってカタカナ表記になっている・・・
どこかの筋肉芸人みたいになってしまったな。
ゴブオクン君って呼ばないとな。
呼ばないけど・・・煩わしい。

「ゴン、眷属にはなっていないようだ」
ゴンは胸を撫で降ろしていた。

「でもな、俺の加護が付いたらしい・・・」

「主の加護ですか?」

「ああ・・・」

「どういうこと?」
ギルも疑問に思っているみたいだ。
俺は能力欄にある、島野守の加護に触れた。
説明が表示される。

島野守の加護 全てのステータスの向上(個人差あり) 知力が上がる

「どうやら俺の加護でゴブオクンは全てのステータスと知力が上がって、流暢に喋れるようになったみたいだ」

「「「ええええ!!!」」」
全員が仰け反っていた。
俺も仰け反りたいよ・・・俺はまたやってしまったようだ・・・
口を滑らせて脳内ネームを口にしてしまったからな。
ゴブリン達が羨望の眼差しで俺を眺めていた。
そりゃあそうなるよね・・・
ハハハ・・・

「パパ、どうするの?」

「・・・そうだな・・・どうしよっか?」
正解が分からない。

「全員名付けるしかないんじゃない?」

「そうだそうだ」

「そうですの、そうすれば意思の疎通が上手くいきますの」
エルの言う通りかもしれない。
てか、軽く言ってくれるよなこいつら。
どうしたものか・・・
プルプル爺さんが言った。

「オタス、クダサイ・・・」
助けろってことか?

「何をだ?」

「ワレラ、トラレ、スベテ」
全て取られる?だよな?

「それは誰からだ?」

「オーク、コボルト」
うーん、とりあえずたどたどし過ぎて会話のテンポが悪いな。
とりあえずこのプルプル爺さんも名付けしとこうかな?
このままでは会話が上手くいかないかもしれない。
でも、プルプル爺さんが名前では可哀そうだよな。
どうしようか・・・

「そうだな、お前の名前はプルゴブだ」
俺から神気がプルゴブに流れ出した。
プルゴブは神気を纏うと、震えるのを止めた。
そして背筋を伸ばして、若返った様に見えた。
もう杖を必要としないぐらいだ。
眼には知的な光を宿している。
更に体系も健康な体形に変わっていた。
身長も少し伸びた。
プルプル震えていた爺さんが、ナイスミドルに変化していた。
ゴブオクンとの違いが・・・これが個人差か・・・

話を戻そう。
ゴブリン達が騒めいている。

「それでプルゴブ、詳細を教えてくれ」

「ありがとうございます島野様!畏まりました、お話させて頂きます」
プルゴブは跪いた。
すると全てのゴブリンが跪いた。
プルゴブはまるで別人のように流暢に話している。

「我らゴブリンの村は今、危機的状況にあります」

「それで」

「我らの低いながらも知性に従って、農業や狩り、森の実りを収穫し生活を行っております。そしてあろうことか、オークとコボルトが我らの食物を搾取し、我らの暮らしを脅かしております」
弱肉強食色が強いな北半球は。
南半球とは大違いだ。
魔物と言っていたが、魔物の世界はこんな物なんだろうか?
ちょっと引くな。

「続けてくれ」

「はい、奴らは収穫の時期に合せて、我らの村を襲撃してくるのでございます!」
プルゴブの慟哭が響き渡った。
とても悔しそうだ。
眼には涙が浮かんでいる。

「そうか・・・」

「島野様、お力添えください、よろしくお願いします!」
ゴブリン達がまた平伏した。

「オネガイ!」

「ヨロシク!」

「宜しくだべ!」
懇願し出した。

すると、
「いいでしょう、その願い我が主が引き受けました!」
勝手にゴンが引き受けてしまった。
おい!何やってるんだ。

「そうだよ、パパなら御茶の子さいさいさ!」

「御主人に任せるですの」

「主なら楽勝~」
余計な追撃が加わる。
なんでお前達が引き受けるんだよ!
安請け合いしていいものなのか?
まあいいか。

「ということだ・・・」
こうい言うしかないよね?

「ありがとうございます!」

「島野様、感謝だべ!」

「アリガト」
平伏したままゴブリン達が感謝を述べた。
はあ・・・しょうがないな。
やれやれだ。



俺達はゴブリンの村に招待された。
とても貧相な村だ。
まるで家とは呼べない、掘っ立て小屋以下の住居。
そして驚くほどに臭くて汚い。
鼻の利くノンが苦悶の表情を浮かべている。

「じゃあ、まずは全員に名前を付けて俺の加護を与える、いいな?」

「「「ハイ!!!」」」
俺は総勢百二十四名のゴブリンの名づけを始めた。
五十人ぐらいまでは、考えながら行ったが、それ以降は適当になってしまった。
だって飽きてきちゃったんだもん、ごめんよ。
それに思いつかなくなってきちゃったし・・・
なんとか全員の名づけを終えた。

念の為、俺のステータスを確認したが、やっぱり神気は測定不可のままだった。
結局の処、俺の神気の総量っていくつなの?
全く分かりません。
膨大にあるってことなんでしょうね?
恐らく・・・
俺のことはいいとして。

「じゃあまず今後の方向性の話をしよう」
ゴブリン達を整列させた。
全員が片膝をついて俺の言葉を待っている。
あれま壮観。
偉い人になったみたいだ。
ちょっと照れるな。

「まず今から結界を張る」
俺は『結界』を張って『限定』でゴブリンと、島野一家しか行き来できない様にした。
範囲はゴブリンの村を一回り大きくした範囲だ。
ちゃんと要らない者が入り込んでいないか『探索』でチェックはしましたよ。
問題ありませんでした。

「島野様、結界とはなんでしょうか?」
ゴブタロウから質問された。
ゴブタロウは青年といったいで立ちをしている。
たぶんゴブリンの中ではイケメンなんだろう。
引き締まった身体と顔付きをしている。
とても好感が持てるゴブリンだ。

「良い質問だ、結界とはこの村を守る物だ、この村から一回り先に結界を張った、この結界の中には、ゴブリン達と俺達しか潜り抜けることは出来ない。この結界にオークやコボルトは潜り抜けることは出来ない」

「「「おお!」」」
ゴブリン達は慄いていた。

「ということはこの村はもう、搾取されることは無いということでしょうか?」

「ゴブタロウ、そういうことだ」

「やった!」

「なんてことだ!」

「この村は守られた!」
大騒ぎとなっていた。
歓喜し涙する者。
俺に土下座する者。
安堵して途方に暮れる者。
様々な反応を見せていた。

俺は静まるのを待った。
その時間およそ十五分。
「お前達、そろそろいいか?」
俺の呆れ顔に数名は恐縮した顔をしていた。

さて、これはギルにとっていい機会になると俺は考えていた。
争いごとの仲裁だ。
ギルにとっては、今後のテーマともなる事態だ。
どちらに付くことも無く、争いごとを納めなければならない。
従って争いごとが起こった場合、仲間意識が芽生えつつあるゴブリン達の肩を持つことはできない。
ここでギルには良い事例を見せておきたい。

俺には考えがあった。
それを実践し、まずは見せることにしたい。
それを参考にして、今後に生かして欲しいと思う。

「君達、よろしいかな?」
ゴブリン達が押し黙った。
俺の発言を聞き逃さまいと集中している。

「まずは、この村を大改造します!」

「「「おおお!!!」」」
またゴブリン達が騒ぎ出した。
その様を俺は冷ややかに眺めていた。
それを嗅ぎ取ったゴブオタロウやプルゴブが他者を窘める。

「いちいち興奮しない!」

「ごめんなさい」

「すいません」

「だって・・・」
気持ちは全く分からんが、人の話を遮るのはよくありませんよ。
ちゃんと最後まで聞くこと。
これはマナーです。

「まずはこの村の文明を各段に飛躍させます!」
俺は宣言した。

「「「おおおおお!!!!!」」」
さっきの俺の話は何処え・・・
また大興奮が始まった。
もう・・・いいや・・・
好きに騒げ!
やれやれ!
やっちまえ!



俺はてきぱきと指示を与えていった。
まず最初に取り組んだのは掃除だった。

「皆さん、聞いてください。知性を得た君達にはもう分かっていることだとは思いますが、この村は汚いし臭い!」
ガーン!
と衝撃を受けたゴブリン達が数名倒れ込んでいた。
俺は正直に話したまでだ。

「なので、まずはこの村の掃除を開始します。いいですか?」

「「「はい!」」」
俺は適当に箒や塵取りを木材から『加工』で作り、せっせとゴブリン達に手渡していった。
彼らはそれを受け取ると、各々掃除を始めた。

これまでのゴブリンの村は、本当に酷かった。
こう言ってはなんだが、鼻がひん曲がるぐらい臭かった。
ゴンにしれっと『浄化魔法』を俺の周りに使ってくれと言ったぐらいだ。
でなければ、完全にこの匂いにノックダウンされていただろう。
現にそこら辺で糞尿の跡が散見されていた。
知能が低い魔物だったのだからしょうがないとも言えるが、こればかりは放置出来ない。
だってこのままでは、いつ病気にかかっても可笑しくないぐらいに酷かったからだ。

そして知性を得たゴブリン達はそれを恥じていた。
今だからこそ分かる行いだったのだろう。
全員が俯きながらも精一杯掃除を行っていた。
よしよし。
まずは掃除からだ、頑張れ!
村を綺麗にしましょうね。
一通りの掃除を終えて、最初に行ったことはトイレの建設だった。
今後のことを考えて、畑の候補地の側に造っていく。

建設系のこととなるとマークとランドの手を借りたいところだが、そういう訳にもいかない。
今はまだ北半球と南半球の交流を行う段階ではないと、俺は判断したからだ。
あいつらにとっては未知との遭遇だ。
あまりに種族差があり過ぎる。
驚愕することは眼に見えている。

ゴブリン達を率いて、俺はトイレの建設を行っていく。
本当は水洗式にしたかったのだが、プルゴブに川の所在を聞いてみたところ。

「川は随分と離れておりますし、オークたちの生息地に近く、近づかないほうがよろしいかと」
ということだった。

それでも取れる方法はあるが、面倒事は今は避けるべきだろう。
残念ながら半水栓トイレになってしまった。
そこでまずは井戸を掘ることにした。

俺は地面に座り込み『同調』を行う。
大地と同化し、地下水脈を辿る。
地下水脈は直ぐに発見できた為、その箇所の地面を『自然操作』の土で掘り起こしていく。
ものの十メートルほど掘り起こしたところで、地下水源に達した。
その作業を観察していたゴブリン達は、またもや大騒ぎだ。

「井戸がこうも簡単に!」

「これで雨乞いをしなくて済む!」

「水が湧き出ている!」
どうやらこれまでは、雨水を樽に貯め込んで凌いでいたみたいだ。
それはそれで凄いな。
そんな水を飲んだら一発でお腹を壊すんだろうな。
俺は勘弁願いたい。

井戸はポンプ式の組み上げ方式にした。
これで、水を組み上げるのは容易になるだろう。
水を得たゴブリン達は、文明が一段階上がったことになる。
まずは第一歩だ。

更に俺はもう一つ井戸を組み上げていった。
『鑑定』で確認したところ、水質が飲めるレベルにあったが、心元無い為。
一度組み上げた水を浄化するスペースを設けて、そこに『浄化魔法』を付与してある魔石を嵌め込んでおいた。
これで確かな水質の水になったであろう。
水の確保は急務だしね。

一先ず腹が減ったので、飯にすることにした。
まずは木から『加工』を駆使して、大量の木皿と器とフォークを作製した。
『収納』に塩漬けになっているシーサーペントがあるので、これでいいだろう。
『収納』の片付けに打って付けだ。

ゴブリン達がどれだけ食べるのかは分からないが、充分に足りるだろう。
なにせゴンズキッチン一回分だからね。
『収納』から調理道具を一式を取り出し、足りない道具はクルーザーにギルが取りにいった。

俺はギルとエルに手伝って貰い、調理を開始した。
『収納』からシーサーペントを取り出すと、ゴブリン達がどよめいた。

「し、島野様、その巨大な蛇はなんでしょうか?」
プルゴブが目を見開いて尋ねてきた。

「これはシーサーペントっていう海獣だ」

「海獣でございますか?」

「そうだ、海に生息する獣だ」

「おお!そんな生き物がいるのですね?」

「ああ、プリっとした身が美味しいぞ」

「左様でございますか」
プルゴブは下舐めずりをしている。
そうとう腹が減っているみたいだ。
更にお腹を鳴らしていた。

俺はシーサーペントを『分離』で調理していく。
千貫を行い、皮を剥ぎ、骨を取る。
本当は包丁を使って、調理する姿を見せて学ばせたいところだが、今はそれだけの余裕はない。
今はパフォーマンスを優先する時だ。

更に『分離』で身を切り、刺身にする。
ゴブリン達は行儀よく、整列して並んでいる。
ゴンが口酸っぱく行儀を教育していた。
流石は生徒会長兼風紀委員長だ、ゴブリン達の風紀や行儀、作法に関する教育はこいつに任せておけば間違い無いだろう。

寸胴鍋に大量の油を入れ、エルが素揚げを作り出していた。
ギルは刺身を炙って、たたきにしていた。
俺は刺身を配るのをノンに任せて、もう一品作ることにした。
やはり汁物は欲しいだろう。

料理を受け取ったゴブリン達は、涎を垂らしながら俺の方をちらちらと見ていた。
何をやってるんだこいつら?
早く食えよ。
あれ?もしかして・・・

「おい!お前達、早く食べろよ」

「しかし・・・」

「でも・・・」

「いや・・・」
歯切れが悪いな。
俺が口をつけて無いから食べられないのだろう。
ゴンめ、躾が過ぎるんだよ。
俺は刺身を一口食べた。

「お前達!ささっと食え!」
我先にとゴブリン達が食事を開始した。
それにしてもこいつらどれだけ知力が高くなったんだ?
行儀まで身に付いているなんて・・・
いや、これはゴンの教育の賜物だな。
ゴンちゃんやり過ぎです!
ゴブリン達は、

「旨い!」

「こんな美味しいなんて」

「最高だべ!」
と騒いでいる。
たんとお食べ。
まだまだあるよ。

俺は寸胴鍋で味噌汁を作ることにした。
当然シーサーペントの身入りである。
出汁になるだろうと、シーサーペントの頭と骨、尻尾を砕いてから茹でる。
灰汁が出るので、灰汁を取って捨てていく。
出汁が出たら、頭と尻尾、骨を取り出して、シーサーペントの切り身をぶち込む。

『収納』内にある野菜を取り出し『分離』で刻んでいく。
ダイコン、ニンジン、タマネギ等。
そして味噌を加えて味を調えていく。
隠し味で醤油を少々加えていく。
よし、完成。
せっかくなのでノンに味見をさせた。

「主!美味しいよ!」
ノンの太鼓判を頂いた。
味噌汁の味見に関しては、こいつの右に出る者はいない。

器に味噌汁を注ぎ、ゴブリン達に手渡していく。
ゴブリン達は喜び勇んで味噌汁を飲んでいた。
相当口に合ったみたいだ。
何度もお替わりに並んでいる。
もしかして塩分不足だった?

それにしても・・・
よく食う奴らだ。
この調子では今日中にシーサーペントの半分は無くなりそうだ。
ここぞとばかりにむしゃむしゃ食っている。
かなり腹が減っていたのかな?
全員満足そうな顔をしていた。
食いたいだけ食ってくれ!



一通りの食事を終え、俺は作業に戻ることにした。
次に取り掛かったのはテントの建設だ。
一気に家とまではいかない。
まずは雨風を防げればいい。

木から『加工』で大量の糸を造り『合成』でテントを造る。
このテントは大きめの物で、無理やり詰めれば五十人は雑魚寝できるだろう。
骨組みは木材だ。
万能鉱石は使わない。

俺は極力この村の物で取れる物から、工作物を作ることを心掛けることにした。
南半球から参考程度の物は持ってはくるけどね。
その後、大量の糸と木材を造り、後は任せるとゴブコに無茶ぶりをした。
すまんな、俺は他にやることがあるんだ。
完成形を見て学んでくれ、お前なら出来るはずだ。

適当に針等を渡して、簡単な使い方を教えておいた。
ゴブコは女性型のゴブリンで、最も知性の高さを感じさせるゴブリンだった。
容姿も他のゴブリン達よりも抜きに出て可愛い。
ひと際大きな胸が存在感をアピールしている。
ちょっと眼のやり場に困るぐらいだ。
そんなことは置いといて。

俺は畑を造ることにした。
この人数になるとそれなりに大きな畑を造る必要がある。
俺はゴブリン達に指示を出して、まずは雑草を毟らせた。
総勢五十名のゴブリンが、我先にと雑草を毟っている。
皆働けることが嬉しいのだろう。
笑顔で作業を行っている。
誰一人作業を手抜きする者はいない。
知性を兼ね備えたゴブリン達は働き者のようだ。

そして雑草を抜き終えた地面を『自然操作』の土で耕して『万能種』を植えていく。
これは俺にしかできない作業だ。
俺は一つ一つ植えることはせずに『念動』を駆使して、種を一気に植えた。
そうとうズルをしているが、今はそんな事には構ってはいられない。

全ての種を植え終えた俺は『自然操作』で雨を降らせて畑を湿らせていく。
天候を操る俺にゴブリン達は平伏していた。
でしょうね・・・
そしてシーサーペントの骨などの残骸や、初めに纏めた糞等のゴミを『分離』
と『合成』で混ぜ合わせて、畑に『念動』で撒いた。
これは肥料になるだろう。

そして遂にあの上級神からパクった能力を使うことになった。
まさかこの能力を使うことになろうとはな。
使うことは無いと思っていたのだが・・・

「『豊穣の祈り』」
俺は両手を広げて顎を挙げ、それっぽく格好をつけてみた。
すると畑が光輝きだした。
一気に農作物が成長し、ほとんどの農作物が収穫できる状態に育っていた。
その光景にゴブリン達は驚愕し、平伏して俺を拝んでいた。
引いている者もいた。
ハハハ・・・
まあそうなるよね・・・無茶苦茶なことだもんな。
この能力は常識を飛び越え過ぎているからね。
分かるよ・・・上級神の能力だしね。

収穫作業を指示し、俺は備蓄倉庫の建設に入ることにした。
急ぎで仕上げなければならない為、雑な造りになってはいるが、今は収穫物の保管庫が急務の為、仕上げは後日ということにして貰おう。
何とか備蓄倉庫が完成した。

ゴブリン達が収穫物を備蓄倉庫に運んでいる。
時々勝手に収穫物を味見をするゴブリンがいたが、ゴンに見つかっては説教をされていた。
流石は風紀委員長だ。
ゴンの眼を掻い潜ることは不可能に近いだろう。
これでやっと急場は凌げたと言えるだろう。
水と食事を得られたからね。



そして俺はゴブリン達を集めた。
話をしなければならない。
とても大事な話しだ。
ゴブリン達は片膝をついて俺の言葉を待っている。
それにしてもちょっと躾過ぎじゃないですか?ゴンちゃん。
ゴンはドヤ顔でゴブリン達を眺めていた。
まあいいや。
俺もこの光景に慣れないといけないみたいだ。

「諸君顔を上げてくれ、そして寛いでくれ」
そう言うと、ゴブリン達は顔を上げ、座り込みだした。
ゴンが眼を皿のようにしてゴブリン達を観察している。
無礼な態度を取った奴は許さんぞ、といった感じだ。
ゴンよ・・・ちょっとは抑えてくれよ・・・
やり過ぎはいけませんよ。

「一先ずはこれで急場は凌げたと思う、どうだろうか?」
俺の問いにゴブリン達が答える。

「充分過ぎます!」

「ありがとうございます!」

「愛してます!」
要らん発言もあったが、それは無視して、肯定的な反応だった。
よしよし。

「お前達、俺の話を良く聞いて欲しい」

「「「は!!!」」」
大合唱が返ってきた。
軍隊かよ!

「お前達は俺の加護によって、急激に知力を得た。そのことでまだ戸惑う者もいるのかもしれない」
ゴブリン達が集中して話を聞いている。
全員の視線が俺に集まっている。

「そして今日、最低限の文明を手に入れた」

「・・・」
全員が頷いている。

「大事なのはここからだ、お前達分かるか?」
ほとんどのゴブリンが首を傾げていた。

「要は、お前達は賢くなってしまった。それはオークやコボルトでは、もうお前達に太刀打ちできなくなったということだ」
ゴブリン達は戸惑っている。
騒めきが止まらない。

「本当でしょうか?」

「しかし・・・」

「でも・・・」
俺は手を挙げて制した。

「いいか、知力は最強の武器だ。よく考えてくれ。ゴブタロウ、お前ならどうやってオークを退治する?」
ゴブタロウが姿勢を正して答える。

「は!俺ならば、ゴン様から教えて貰った水魔法を使って地面を泥濘にし、足が止まったところで仕留めます」
いい方法だな。
にしてもゴンは魔法まで教えていたのか・・・
でゴブタロウは直ぐに習得したのか?
知性を得たゴブリンは魔法の適正もありそうだな。
いいじゃないか。
ていうか進化が凄すぎないか?

「ゴブオクンならどうする?」

「おでは一人ではできないから、三人で三角状に囲んで、おでが引き付けている間に仲間に背後から仕留めてもらうだべ」
なるほどとゴブリン達が聞き及んでいる。
妥当な戦略だな。

「どうだ?分かるだろ?お前達は強くなったんだ。もうオークやコボルトに引けは取らないだろう。そこで俺から守って欲しい重要な話がある」
ゴブリン達は息を飲んで俺の言葉を待っている。

「これからは他者や他種族を見下さないで欲しい、そして許す心を持って欲しい」

「・・・」
ゴブリン達はなんとも言えない顔をしている。
意味は理解しているみたいだ。

「これまでお前達は迫害され、搾取されてきた。奪われるばかりの人生だったかもしれない。それでもそれを行ってきた者達すらも許す、そんな大らかな心を持って欲しい・・・これは俺の望みでもある」
難しことだとは思うが、出来ればそうして欲しい。
復讐の連鎖だけは認められない。
力を得た今だからこそ、この話をする意味がある。

「思う処はあるだろう。もしかしたらこれまでに大事な存在を手に掛けられた者もいるかもしれない、自分にとっては許せない何かがあるのかもしれない。どうしても気持ちを抑えられない時は、俺に相談しにきてくれないか?どうだろうか?」
数名のゴブリンは俯いていた。

「・・・」

「もしこの俺の提案を受け入れてくれるのなら、これを受け取って欲しい」
俺は『収納』からワインを取り出した。
ゴブリン全員の視線がワインに向かう。

「主、盃を受け取れということですね」
ゴンが要約してくれた。
その通りだ、誓いの儀式を行いたい。

「そういうことだ。そしてもし、俺の盃を受け取って、それを蔑ろにした者には神罰が降ることになるだろう」

「「「おお!!!」」」
ゴブリン達が慄いる。
ほんとに神罰が降るかどうかは俺には分からない。
でも何となくそうなる様な気がする。

この場合の神罰は、俺の加護が無くなるということだ。
わざわざ盃で誓わなくとも、そう出来ることも実は直感的に感じている。
俺の意に背いた時点で、俺の加護を剥奪できるのだと・・・
でもこういう体裁は必要だと俺は考えている。
こうすることで、こいつらの意思を確認したい。
各自思う処はあるはずだからだ。
それに覚悟を固めて貰いたい。
ちゃんと俺の口から話しておきたかったのだ。

プルゴブが立ち上がった。
「島野様、我ら誰一人掛けることなく、あなた様の意に従いましょう!」

「「「「「は!!!」」」」」
ゴブリン達は再び片膝をついて俺に頭を下げた。
こいつら・・・
聞き分け良すぎじゃないか?
まあいいか?
ならば俺も覚悟を決めよう。
やってやろうじゃないか!

「ではお前達、先ほど配った器を持参してきてくれ」
俺はゴブリン達全員の器に、ワインを注ぎ周った。
全員が頭を垂れていた。
俺は宣言した。

「今日の良き日に、誓いを交わそう。乾杯!」

「「「「「乾杯!!!」」」」」
大歓声と拍手が入り乱れた。
ゴブリン達は一気にワインを煽り、全員が器をひっくり返して、全部飲んだとアピールしていた。
それに答えて俺も器を逆さにして見せた。
そして一斉に器を地に投げつけた。
ゴリ!パリ!グリ!
と器が破損する音が響き渡った。
誓いの儀はこれにて終了した。

ゴブリン達は眼を輝かせていた。
中には泣き出す者までいた。
大笑いをする者、拳を握りしめる者。
各々が心の中で何かを誓っていた。

島野一家の面々はこれを感極まる想いで眺めていた。
ノンはにやけて、ゴンは眼光鋭く、エルは歯茎を剥き出しに、ギルは顎を挙げて腰に手を当てていた。
こうしてゴブリンの街の初日は終了した。
何ともヘビーな一日だった。



その後俺達は、転移扉を使ってサウナ島に帰ることにした。
サウナ島に帰るとマークとランド、ロンメルが迎え入れてくれた。
サウナ島に帰ってくるとどっと疲れが押し寄せてきた。
それにしても本当に疲れた。

「島野さん、お疲れ様です」
そう言うとマークはおしぼりを手渡してくれた。

「おお、サンキューな」
おしぼりで手を拭い、思わず顔を拭いてしまった。
あまり褒められたことでは無いかもしれないが・・・
あー、気持ちいい・・・

「北半球はどうでしたか?」

「ああ、またゆっくり話すよ。まずは風呂に入って、サウナに入りたいな」
これ以外言えることは無かった。

「そうですか、楽しみにしてます」

「すまんな」
俺達は連れ立ってスーパー銭湯に向かうことにした。
風呂に浸かり、サウナに入る。
今日の整いは深いものだった。

俺は明日からの事に想いを馳せていた。
さて、どうしたものか・・・
やることは満載だ。
やれやれだな。
翌日。
朝食を大食堂で済ませて、さっそくゴブリンの村に向かうことにした。
既に気合の入った島野一家の面々は勢ぞろいしていた。
なんで気合が入っているのだろう?
全員がやる気に満ち溢れている表情をしている。
よく分からん。

俺は『転移』で一気にゴブリンの村に転移した。
突然現れた俺達に数名のゴブリンが腰を抜かしていた。
ああ、ごめん。
慣れてくれると助かる。
今後もこのスタイルになると思う。

今日は役割を分担して作業をおこなっていく、そして今日は心強いアドバイザーを帯同している。
アイリスさんである。
もはや島野一家のご意見番兼相談役と言える存在だ。
それにアイリスさんなら、種族の違いとか全く気にしなさそうだしね。
こんなに心強いアドバイザーは居ない。
俺はプルゴブに命じて全員を集めさせた。

「お前達、この人はアイリスさんだ。農業の専門家だ。失礼の無い様にな。彼女の言葉は俺の言葉と思って欲しい。いいな!」

「「「「「は!!!」」」」」
ゴブリン達は片膝を付きながら答えた。
ひとりゴブオクンはアイリスさんを見てうっとりしていた。
こいつの頓珍漢ぶりは見てて気持ちがいいな。
俺としては好感が持てる。
でもゴンにこっぴどく怒られるんだろうな。
もはや見慣れた光景だ。

それにしてもいい加減この片膝を付くスタイルは止めてくれないかな?
型っ苦しいったりゃありゃしないよ。
アイリスさんが満更でもないからいいけど・・・

まあいい、役割を説明しよう。
まずは狩りの担当は言わずもがなのノンだ。
ゴブリン達に狩りを教えることを主としている。
まだまだ武器は揃ってはいないが、それは無くとも狩りは出来る。
一応森の木から簡単な木剣と槍は作ってやった。
今はこれで充分だろう。
ノンには狩りの基本から教える様に話しはしてある。
まあノンに任せておけばいいだろう。
ノンは案外面倒見はいいみたいだからな。

ゴンは変わらず魔法の指導と、礼儀作法や行儀を教えることを任せている。
特に生活魔法から教える様にゴンには伝えてある。
浄化魔法と照明魔法は急務だ。
生活魔法は生活を豊かにするからね。
ゴンに言わせると、以外にもゴブリン達には魔法が使える者達が多く。
それなりにセンスもあるらしい。
ちょっと期待が持てる。
既にゴンは先生と呼ばれている。
ゴンも満更でもないようで、鼻が伸びていた。

もはやゴブリンは最下層の魔物では無くなっているようだ。
俺は嬉しかった。
ゴブリン達がこの先活躍できるのではないか?と思えたからだ。
最弱の魔物だなんてもう言わせない。
こいつらの活き活きする姿を俺はもっと見たい。

そしてエルは料理を教えることになっている。
副料理長の腕を決して舐めてはいけない。
エルは料理の心得から教えていた。
ここまで心強いとは正直意外だ。
エルは天然系100%の子だと思っていたのだが・・・
包丁とは何のか?
料理とは真心である。
そんな処から熱心に説明していた。
不思議な指導力を感じた。
今後はもっとこいつに何かと任せてみよう。

そしてギルは、俺と一緒に作業を行うことになっている。
俺とギルが行う作業はロッジの建築だ。
これは時間が掛かる作業だ。
根気よく行っていかなければいけない。
建設には体力と知力が要る。
一石二鳥とはいかない。
力自慢のゴブリン達が俺に任せろと言わんかの如く、各自大工道具を肩に担いている。
おお!これは期待できるな。

因みにこの大工道具は、俺が適当に造ってゴブリン達に配っておいた。
鋸やハンマー等いろいろ。
始めは武器と勘違いするゴブリンが多かった為、ちゃんと大工道具だと説明しておいた。
確かに武器に転用は出来るが・・・
ランドはピッケルを武器にしていたな・・・
そんなことはおいといて。

「今日からお前達の力を借りることになる、いいな!」

「「「おいっす!」」」
ガテン系の掛け声が木霊した。
良いじゃないか!嫌いじゃないぞ俺は。

俺は現場監督と化して、作業を指示していった。
丁張を掛け、高さと範囲を示していく。
そして簡易な水平器を使って、簡単なレベル測量を行う。
高低差は間違う訳にはいかない。
知能の高くなったゴブリン達は、その指示に抗うことも無く、黙々と作業を行っていく。
大したものだ、的確に作業をおこなっている。
時々質問もしていた。
建築に随分と関心があるみたいだ。
熱心でなによりです。

やはり知力を得たゴブリン達は、もはや人族と変わらないと言える。
建設作業はハイペースで進んでいく。
想像以上に。

そして急報が入った。

「島野様!大変だべ!」
ゴブオクンが飛び込んできた。
何かあったかのか?

「どうした?ゴブオクン」

「結界の所にオークの一団が現れたべ!」

「そうか、で?」
だから何だ?

「でって・・・だべ?」

「何か問題あるか?」
ゴブオクンはキョトンとしている。

「・・・」

「オークでは結界は破れないぞ」
そう言ったよね?

「そうだべか・・・それはよかった・・・」
ゴブオクンは安心した表情を浮かべていた。
どうやらまだ負け癖は治らないみたいだな。
オークにまだまだビビっているみたいだ。
まあ、じきに治るだろう。

「オーク達は外っておけばいいさ、でもちょっと見ておこうかな」
少し興味が沸いた。

「島野様が行くだべか?」

「ああ、どんな奴らか見ておきたい」

「分かったべ、案内するだべ」
俺はゴブオクンと連れ立って、結界の縁までやってきた。

「ナンダ!」

「コレ?」

「グガ!」
大きな豚さん達が騒いでいた。
豚さんとは言っても、大きな牙と武器を持参している。
それに二足歩行だ。

想像以上にオークはデカかった。
オークも腰布を纏うスタイルだ。
野生が満ち溢れている。
そして漏れなく臭い。
『結界』に『限定』で匂いの非通過も付け足そうかな?
鼻がひん曲がりそうだ。

俺は結界に『限定』で匂いを通さない様にした。
臭いの嫌いなんだもん・・・

オーク達は俺を見つけると、
「オマエ!」

「ダレ!」

「ギギ!」
俺を睨んでいた。
結界を壊そうと、こん棒でガンガンと叩いている。
全くもって結界はビクともしていない。
君達では無理ですって、諦めなさいな。

それにしても、オークも一定の知性はあるみたいだ。
意思の疎通は出来るみたいだ。
どうしたものか・・・
こいつらにはゴブリン達の様に接する訳にはいかない。
こいつらは搾取する側の奴らだからな。
まずは反省を促さないと。
ちょっとビビらせてやろうかな?

「ゴブオクン、ちょっと眼を瞑っていて貰えるかな?」

「なんでだべか?」

「いいから」
俺はそう言うと、身体に神気を纏ってオーク達に近づいた。

「アア!」

「グガ!」

「ガミ!」
始めてゴブリン達に遭遇した時と同じ反応だった。
俺に恐れ慄き、俺を直視出来ることなく眼を塞いでいる。
オーク達は脱兎のごとく逃げ出していった。
ずっこけて顔を擦りむいている者もいた。
あらあら、痛そう。
まずは追っ払っておこう。
今は構ってられない。
やることだらけだっての、こっちはさ!



オークのことはおいといて。
俺は建設作業を再開した。
俺とギルは説明を加えながらロッジを建てていく。
ギルもちょくちょくお手伝いしていた所為か、ロッジの建設に精通していた。
ギルは木材確保にゴブリン達と森に入っていった。
ちゃんと次木をするように俺は教えてある。
自然破壊はいけませんよ。
アイリスさんに叱られますよ。

そのアイリスさんは余念無く、畑の開墾作業を行っていた。
何処まで畑を拡張するつもりなのだか・・・
結構広大なんですけど・・・
一先ずは静観しよう。
やり過ぎないことを祈ろう。
アイリスさんは喜々として畑作業をゴブリン達に教えていた。

その隙に俺はゴブロウに、ロッジの建設の知識を教えていく。
このゴブロウだが、親方と呼べるぐらいのガテン系の身なりと知力を有している。
必死に俺から学ぼうと、余念なく俺の話を聞いている。
集中力が半端ない。

俺達は時々質問に解説を交えながらロッジ建設を進めて行く。
それにしても知力を得たゴブリン達はとても熱心だった。
今や働くことに喜びを感じているみたいだ。
良いじゃないか、俺は安心した。

昼になり、一旦作業は休憩する。
いい加減腹が減った。
今日はバーベキューコンロを持ち込んでいた為、全員でバーベキューを食べることにした。
エルからはもうちょっと手の込んだ料理がしたいと言われたが、食事スペースさえままならない今の状況では、これしか出来なかった。

だがこれにゴブリン達は大興奮していた。
収穫の済んだ野菜と、昨日の残りのシーサーペントを焼いていく。
そして俺は、塩やマヨネーズ等の調味料をお披露目した。

「この味はいったい・・・」

「こんなに美味しい食べ方があったとは・・・」

「味とはこんなに幸せなものだったのか・・・」
ゴブリン全員が驚愕していた。
感動して涙を流す者達もいた。
大騒ぎは止まらない。

「島野様、おで感動が止まらないだべ!大好きだべ!」

「島野様、今直ぐ死んでも私は構わないです!」
ゴブオクンとプルゴブがコメントに困る発言をしていた。
やれやれだ。
食とはここまでに幸せを運んでくれるみたいだ。
気持ちは分かるぞ。
特に神気を与えた野菜は格別だからな。
たんとお食べ。
全員が喜んで食事を行っていた。



さて、ロッジの建設を一旦ギルに任せて、俺は風呂の建設に乗り出した。
サウナはおいおいということで今はいいだろう。
今は生活基盤を優先すべきだ。
まずは公衆浴場を造らなければならない。

知性を得たこいつらには、清潔感をちゃんと学ばせておきたい。
今はゴンの浄化魔法で清潔は保てているが、風呂ぐらいの娯楽は享受してあげないといけないだろう。
どんな造りにしようかな?
思案のし処である。

そうだ・・・
俺は男女共用の海外スタイルの露天風呂を造ることにした。
それも敢えて結界から見える位置にした。
それには意味がある。
それは・・・また今度にしておくよ。

俺はゴブリン達に指示を出して、岩を集めさせた。
その間に俺は排水について考える。
今回は自然に帰るシステムにしようと思う。
畑に向かってとも考えたが、少々気が引けた。
アイリスさんの邪魔にはなりたくない。

排水溝を造り、それを一本の道に繋げる。
その先には絶壁の崖があり、排水は海へと帰っていく。
道は『自然操作』の土で造っていく。
ペースは速い。

今回の水の供給は水魔法を使い、火魔法で温度調節、又は火魔法を付与している魔石を利用する。
そして浄化の魔法を付与された魔石も嵌め込む使用だ。
今のゴブリン達なら上手く使いこなすだろう。

岩が集まってきた為、俺は岩風呂を造っていくことにした。
俺の指示に従って、ゴブリン達が岩を並べていく。
サイズ感としてはかなり大きい。
凡そ四十名が入れる大きさだ。
最後に万能鉱石のコンクリートで隙間を埋めて完成。
これで風呂自体は完成した。

そして、柱を立てて屋根造っていく。
全部木製だ。
ゴブロウを伴い、作業を進めていく。
その後も細かい作業をおこなっていく。

何とか夜までに露天風呂は完成した。
まあ屋根付き洗い場までの代物だけどね。
多少の手直しはまた明日以降だな。
一先ずはこれでいいだろう。
にしても終日働いたな。
少々疲れたな。



さあ、まずは晩飯にしよう。
夜もバーベキューになった。
ノンと狩り班のゴブリン達が、ジャイアントピッグ二頭を仕留めて来ていた。
ノンが言うには二頭とも魔獣化していたようだった。
魔獣とは穏やかではないな。
ノン曰く楽勝だったらしい。
それもゴブリン達でだ。
俺は心強く感じた。
あんな竹やりみたいな装備で、よくもまあ狩れたものだ。

俺はさくっとジャイアントピッグの解体だけ行い、後はエルに任せた。
ギルがエルの手伝いに入る。
安定の二人だ。
俺は調理場から離れた。

俺はゴブリン達を二班に分けて、食事をする者達と風呂に入る者達に分けた。
そして前もって作製を指示しておいた水着を着用させることにした。
この水着を作製する作業だが、ゴブコに参考に与えた水着を基に作らせた。
ゴブコはかなり優秀だ。
余裕が出来たら足で漕ぐタイプのミシンを造ってやろうと思う。

余談になるのだが、この足で漕ぐタイプのミシンだが、カベルさんにプレゼントしたところ。
大漁発注を受ける始末となってしまったことがあった。
俺は連日ヘロヘロになるまで赤レンガ工房に入り浸って、作業を行う羽目になっていた。
今では親父さんに引き継がれて安定したのだが・・・
苦い記憶だ。
もう勘弁して欲しい。

ゴブコは女性ゴブリン達を従えて、裁縫の作業を行っていた。
勿論針などは俺が提供した。
今後の衣服等の裁縫系は、ゴブコに一任するつもりだ。
服やズボンなどいろいろと作ってくれそうだ。
なんとかテントも完成させていたからね。
優秀な者がいると助かるね。
特に立ち上げ時にはさ。
後は参考程度に、南半球で販売されている衣服や、布団等を持ち込むだけだ。

俺は洗い場にゴブリン達を誘導し、まずは石鹸を与えて身体を洗うことを教える。
知性を得たゴブリン達は身体を洗えたことが嬉しかったみたいだ。

「島野様、この石鹸という物はいいですね!」

「島野様、清潔になるってこんなに気持ち良いのですね!」

「あー!さっぱりした!」
と言っていた。
そして湯舟に浸かる。

「おおーーー」

「ああーーー」

「ふうーーー」
声を漏らしている。

「お風呂最高」

「身体が解れる」

「はあーーー」
初めての風呂に満足したみたいだ。
もしかしたらこいつらにとっては、初めての娯楽になったのかもしれないな。
皆が皆笑顔だ。
ゴブリン達は風呂を満喫した。
中には風呂に浸かり過ぎて、湯当たりを起こしている者もいた。
気持ちは分からなくもないが、ほどほどにな。

そして今日は特別にビールを振舞うことにした。
こいつらの反応を見て見たかったからだ。

「お前達、至高の飲み物を飲みたくはないか?」

「至高でございますか?」

「ああ、幸せになれる飲み物だ」

「それはいったい・・・」
俺は『収納』からキンキンに冷えたビール樽を取り出した。
添付られている蛇口を捻って、ビールを注いでいく。

俺はまずプルゴブにビールの入ったジョッキを渡して、
「プルゴブ、飲んでみろ」
と言い放った。

プルゴブは一度唾を飲み込み、ビールの匂いを嗅いだ。
一気に表情が崩れていく。

「島野様、よろしいので?」
舌なめずりをしている。

「じゃあ乾杯といこうか?」
俺は自分のビールを準備した。

「は!」
俺とプルゴブは乾杯をして一気にビールを飲み干した。
最高に旨い!
特に今日は肉体労働の一日だったからか、身体に染み渡る。
これがサウナ明けならもっと旨かっただろう。
でもこれはこれで充分に美味しい。
プルゴブは幸せそうな顔をしていた。
口の周りに泡が付いている。
幸せそうな顔をしやがって。

「ああー、最高ー」
プルゴブが昇天しそうな表情をしていた。
これに騒めくゴブリン達。

「お前達!飲みたいか?」
俺は煽る様に言い放った。

「飲ませてください!」

「一生のお願いです!」

「後生な!」
フフフ。
良いだろう!
飲ませてやろう!
これが至高の飲み物だ!

「全員並べ!」

「「「「「は!」」」」」
俺は全員にジョッキを渡し、並々とビールを注いでいく。

「初ビール!大いに味わえ!乾杯!」

「「「「「乾杯!!!」」」」」
グビグビとビールを味わうゴブリン達。

「おお!」

「なんと!」

「だべ!」
どうやら口に合ったみたいだ。
皆な笑顔だ。
そして食事を開始する。
ゴブリン達は食事とビールを謳歌していた。
たくさん飲んで、たくさん食べてくれ!
明日からも頑張れよ!
にしてもビール旨!

一週間が経っていた。
既にロッジは四棟完成し、衣服等の生活必需品もだいぶ揃ってきた。
もはや露出が多いゴブリン達は子供以外にはいない。
畑はアイリスさんのお陰で、立派な農場となっていた。
今ではゴムや綿、麻の食品以外の栽培まで始まっている。
かなりなハイペースだ。

そこで俺はこれまでサウナ島でも行ってこなかった、田んぼを造ることにした。
特に理由はない。
何となくである。
あっても良いかな?
といった具合だ。

アイリスさんからは。
「なんでこれまで教えてくれなかったんですか?!」
と怒られてしまった。

だって・・・畑でも米は育っていたから・・・
それでいいでしょ?
この田んぼをサウナ島でも作るとアイリスさんが言い出してきかなかった為、俺はサウナ島でも田んぼを造る羽目になってしまった。
アイリスさん・・・あなたなら田んぼは作れるでしょ?
なんで俺にやらせたのかな?
意趣返しかな?
ごめんなさい。
反省します・・・

サウナ島でも田んぼを作り終えると、アイリスさんはニコニコしていた。
機嫌が治ってくれたみたいだ。
よかった、よかった。
でも疲れたー。

俺が急に帰ってきて田んぼを作り出したことにマーク達は驚いていた。
俺はチラリとアイリスさんを見やると。
マーク達は納得したのか、ゆっくりと頷いていた。
アイリスさんは怒ると怖いからな。
この人は決して怒らせてはいけない。
アイリスさんの眉間に皺の寄った顔は・・・本当に怖い・・・。
修羅の形相だ。
前に次木を行うのを忘れた時に怒られたのだが・・・無茶苦茶怖かった。
二度とごめんだ。



ゴブリン達は、せっせと働いていた。
全員働くことに熱心だ。
誰一人としてサボる者などいない。
と言いたいが・・・たまにゴブオクンが怠けていた。
こいつは結構肝が据わっている。
目聡いゴンに捕まって説教を受けていた。

「先生!二度としねえだ!許してくれだべ~!」
という言葉をよく耳にする。
まあこんな奴も居ていいだろう。
気が紛れて丁度いい。

でも意外とゴブオクンは見どころがあるらしく。
ノンに言わせると、狩りのセンスは抜群に高いということだった。
ノンがそう言うからには、何かしらの光る物があるということだろう。
案外ゴブオクンは天才肌なのかもしれないな。

今日も俺達は役割に応じて、作業を進めていく。
俺はギルにロッジの建設を任せて、主に備品の製作を行っていく。
ロッジに関しては、あと十棟は建てたい。

この備品の製作だが、細かい作業の得意なゴブスケと共に行っている。
ゴブスケは、ゴンガスの親父さんに弟子入りさせたいぐらいの逸材だ。
手先が器用な上に、何かを製作することに強い興味を持っている。
物作りに異常な意欲を見せていた。
今は食器や家具を中心に物造りを行っている。
既に陶器の作成用の釜は稼働中である。

実は粘土は簡単に採集できた。
近くに良い土層があったからだ。
ゴブスケは陶器の製作を頑張っていた。
こいつは良い職人になるだろう。

最近では料理を覚えたゴブリン達が弁当を作ってくれている。
その為昼飯は各自の持ち場で取る事にしている。
今日の弁当は野菜炒め弁当だ。
どうにも鶏と牛がいない為、野菜と肉に食事が偏りがちだ。

新クルーザーで漁を行うことはできるが、今はまだ新クルーザーを見せる段階ではないと俺は考えている。
何度かどうやってこの村に来たのか?
と聞かれたことがあったが、俺は適当に答えておいた。

新クルーザーは今のゴブリン達にとっては、文明が進み過ぎている気がする。
いきなり高度な文明を見せ付けるのはよくないだろう。
ことは慎重に進めるべきだ。
まだ先と思って欲しい。

そしてその時は急に訪れた。
プルゴブが俺の所にやってきた。
何とも言えない表情をしている。

「島野様、オーガの首領が挨拶に現れました、如何いたしましょうか?」
オーガなのか?
オークやコボルトじゃなくて?
はて?

「オーガの首領なのか?」

「はい」

「どうしてだ?」

「恐らくはこの村の噂を聞いてやってきたのかと思われます。そもそもオーガはこのモエラの大森林の覇者ですから」
え?
モエラの大森林の覇者?
そもそもこの森ってモエラの大森林っていうんだ。
それに覇者が居たんだ・・・
まだ北半球を知らなさ過ぎるな。
挨拶か・・・なんか面倒臭そうだな。
でも挨拶と言うからには会わない訳にはいかないよな。
めんどくさ。

俺はプルゴブに誘われるが儘に歩を進めた。
すると結界の際にオーガと思わしき三人組がいた。
真ん中にいるのが首領なのだろう。
鋭い眼つきでこちらを睨んでいた。
知性を感じさせる眼をしている。

そしてその服装が異彩を放っていた。
なんと着流しの男性用の着物を着ていた。
腰には小刀を帯剣している。
どう見ても筋者にしか見えなかった。
頭に角が無ければただの昭和初期の任侠にしか見えない。
髪形はシルバーのオールバックだ。

それとは真逆に両脇に控えるオーガはこれぞオーガという、筋骨隆々のがたいに、金棒を担いていた。
正に鬼だな。
おー怖。
俺が結界の脇に現れると、オーガの首領が頭を下げた。

「島野様でございますね、儂はオーガの首領を勤めておりますソバルと申します。以後お見知りおきを」
というと、股を割って右手を開き仁義を切ってきた。
今にもお控えなすってと言い出しそうだ。
それにしても流暢だ。
それに名前もある。
どうして名があるのか?
よく分からんな・・・
今は構ってられないな。

「そうか、俺は島野だ。俺のことは知っているみたいだな」

「へい、お名前は先ほど存じ上げました」

「へえー、そうなんだ」
仁義のポーズをソバルは止めた。

「こちらに向かう最中に聖獣様にお会い致しまして、名を教えて頂きました」
ノンかな?
まあ別にいいけど。

「それで、何か用か?」

「へい、モエラの大森林を統べる者として、挨拶すべきかと思い、馳せ参じました次第でございます」
モエラの大森林を統べる者ねー、へえー。
お粗末な統治者だな。
ゴブリン達の扱いをどう考えていたのだか・・・
これは様子見だな。
いきなり心は許せないな。

「そうか、それはご苦労だったな」

「へい、お褒め頂きありがとうございます」
別に褒めてないけど・・・
なんだこいつ・・・
何か勘違いしてないか?

「じゃあこれでいいか?ちょっと立て込んでるんだ」
俺は立ち去ろうとした。

「少々お待ちを、島野様」
懇願する表情をソバルはしている。

「なんだ?」
鬱陶しいな。
お前に構っていたくはないのだけど?

「ゴブリンの村を見学させては頂けませんでしょうか?」
何でだ?
まあ見るぐらいいいか。
勝手にしろ。

「分かった、プルゴブ。相手をしてやってくれ」

「は!」
プルゴブが頭を下げた。
俺は結界に『限定』でソバルとその他二名が通過出来るようにした。

「ありがとうございます!」
ソバルはお辞儀をしていた。
それにしてもモエラの大森林の統治者ね、へえー。
どうしたもんかね。
まあ今のところオーガの首領とはいっても、たかが知れているな。
とても統治者としての風格を感じない。
残念だけど、こんなもんだろう。

俺はオーガ達の世話をプルゴブに任せて、ゴブスケと小物作成にとりかかった。
テーブルや椅子を中心に、家具を作っていく。
そして狩りに役立つだろうと、武器を造ることにした。
というのも、鉄鉱石をゴブオクンが持ってきたからだ。
どこから持ってきたのか分からないが、ゴブオクンが。

「島野様、これは何だべ?綺麗な石だべ?」
と一抱えの鉄鉱石を持参してきた。
もしかしたら近くに鉱山があるのかもしれない。
であるとしたならば、こんなありがたいことは無い。

ならばとまずは工房をつくることにした。
とは言っても、赤レンガ工房ほどの豪華な物は作らない。
ゴブスケの工房だ。
拘ったのは釜だ。
赤レンガ工房を造った時のノウハウがあるからお手の物だった。
ゴブスケはこれに大興奮していた。

「島野様!本当に僕にこの工房を任して貰ってよろしいので?」

「ああ、好きに使え。皆の役に立つ道具を沢山お前が造るんだ。頑張れよ!ゴブスケ!」

「は!」
ゴブスケは片膝を付いて頭を下げていた。
感動で身体が震えていた。
涙を堪えているのも分かる。
まあ頑張ってくれ。
期待してるぞ、ゴブスケ。
お前なら出来る。

その後、俺の知りうる限りの鍛冶の知識をゴブスケに伝授して、俺は次に向かった。
ゴブスケは鼻息荒く作業を開始していた。
鍛冶道具は適当に赤レンガ工房にある物を真似て造っておいた。
これで武器や様々な道具が作られていくことだろう。

俺はゴブオクンに、もっと鉄鉱石を持ってくるように指示した。
こうしてまたゴブリンの村の文明が発達した。
ゴブリンの村の文明化は止まらない。

俺はギルを手伝うことにした。
今日にも五棟目のロッジが完成しそうだ。
総勢二十五名のゴブリン達が建設作業に取り掛かっている。
建設スピードは速い。

ゴブリン達はロッジ建設のノウハウを得たといえる。
各自が自分の枠割を理解し、スムーズに作業を行っている。
たいしたものだ。
大工作業が板に付いて来ている。
ランドールさんのところの大工達にも引けは取らないだろう。
ゴブリン達は優秀だ。
知識の吸収スピードが速い、正にスポンジに水だ。

ゴブロウが親方として手腕を振るっていた。
こいつも一端の親方と言える。
ギルも上手くサポートしていた。
今やこいつらは師弟関係だな。
ギルもやるな。
ゴブロウのギルに対する信頼感が見て取れる。

腹が減ったので、ランチにすることにした。
昼飯の弁当を皆で食べることにした。
わいわいがやがやと賑やかな昼飯となった。

この休憩中にも、俺やギルから学ぼうと、ゴブリン達は質問や疑問をぶつけてくる。
学ぼうとする意欲が半端ない。
ゴブリン達はちゃくちゃくと進む文明化に、興奮しているともとれる。
この気持ちが続く限りこいつらの進歩は止まらないだろう。
もっともっと文明化して欲しい。
こちらとしても教えがいがあるというものだ。
関心、関心。

俺は昼飯を終え、畑を見にいくことにした。
それにしてもアイリスさんは・・・
どれだけ広大な畑を作ってくれたんだろうか。
田んぼも拡張されたような気がする・・・
だったら俺がサウナ島の田んぼを作る必要はなかったよね?
まあゴブリン達はよく食べるから問題はないだろうけど。

畑では熱心にソバル一行が視察を行っていた。
プルゴブが自慢げに説明をしている。
プルゴブが活き活きとしていた。

「プルゴブ、どんな感じだ?」

「島野様、順調でございます」
ソバルは何か言いたそうな顔をしていたが、俺は敢えて視線を合わさずに無視した。
何を言いたいのかは何となく分かる。

「じゃあまたな」

「は!」
ソバルのことはプルゴブに任せておいた。
今はソバルとは真面に会話すべきではないだろう。

そして俺は風呂場にやってきた。
細部の調整を行うことにした。
屋根付きの岩風呂もいいが、もう少し手を加えたい。
洗い場の脇に大きな樽を造る、その樽に大量の水が入るようにする。
その樽を『念動』で浮かし、足場を造っていく。
その樽を何個も造っていく。
その樽には水魔法の付与してある魔石と、火魔法を付与してある魔石を組み込んである。
その樽からゴムチューブを繋げていき、その先にはシャワーが繋がっている。
シャワーの手元にはオン、オフの蛇口が付いている。
これにて、なんちゃってシャワーが完成した。
とりあえずはこれでいいだろう。
風呂に入る前に、ちゃんと身体を洗ってくださいな。
大事なマナーですよ。

次に俺は調理場にやってきた。
この調理場だが、言ってしまえば屋根付きのバーベキュー場に近い。
まだ全員分のロッジの完成が出来ていない今は、ほとんどが屋外での食事となっている。
屋根付きの食事場はまるで海の家の様にも思える。
俺はエルの要望に応えて、調理場の充足を図っていく。

まずはピザ窯だ。
レンガを大量に作り、ピザ窯を造っていく。
ピザ窯は二つ造ることにした。

そして台所を設置していく。
これもちゃんと井戸から組み上げた水を利用できるように工夫を加えていく。
浄化池からパイプを引っ張ってきて、最終的には蛇口に繋がっている。
そして排水は風呂の排水に繋がるようになっている。
これで料理に必要な要素が格段に上がったと言えるだろう。

そしてカスタマイズしたなんちゃって冷蔵庫を造った。
さらに棚を造っていく。
調味料などを保管する棚だ。
そうこうしていると晩飯の時間となっていた。

「御主人様、晩御飯の時間ですの」
エルに台所を使わせてくれと催促されてしまった。
ほんとうはもう少し作業をしたかったのだが・・・
まあいいだろう。

「今日の晩飯は何にするんだ?」

「とんかつ定食にしようかと思いますの、ノンがジャイアントピッグを二頭仕留めてきましたの」

「そうか、俺も手伝おうか?」

「大丈夫ですの、ゴブリン達で出来ますの」

「分かった、任せるよ」
エルの教え甲斐があってか、ゴブリン達の料理の腕はめきめきと上達している。
ここは任せるべきだろう。
にしても、とんかつか・・・旨そうだな。
それにしてもジャイアントピッグがよく狩れるな。
繁殖地でもあるんだろうか?
調査すべきかな?
ノンには狩り過ぎないように指示はしてある。
このモエラの大森林に、どれだけの獣が生息しているのかは分からないが、一定の制限は必要だろう。
狩りたいだけ狩るという訳にはいかないだろう。

晩飯が始まった。
調理場に各自トレーを持って行き、晩飯を貰うスタイルだ。
俺はとんかつ定食を貰って食事を始めた。

食事の時には決まって食事をしながら、俺に話を聞かせてくれとゴブリン達が集まってくる。
ゴブリン達は各自質問を持ち寄って、俺に集まってくる。
聞かれることは多岐に渡っている。
生活面や建設に関すること、道徳的なことから、はたまた帝王学に至るまで。
俺は全ての質問や疑問に丁寧に、分かり易く話を重ねた。
ゴブリン達が納得できるまで話は終わらない。
俺はこの時間を『知識の時間』と呼んでいる。

ゴブリン達はこの時間が大好きらしく、俺だけじゃなく島野一家に大挙していた。
島野一家の面々もこの時間を謳歌しているみたいだ。
ゴブリン達は熱心に知識や知恵を得ようとしている。
それに答えて俺達も本気で話をする。
熱を帯びた時間だ。

ほとんどのゴブリンが、読み書き計算を学びたいと言っていた為。
今では晩飯後にゴン先生とギル先生による、読み書き計算教室が行われている。
ほとんどのゴブリンが参加していた。

そしてそれに割って入ってくる者がいた。
ソバルである。
こいつまだいたのか。
何がしたいのだか・・・
ことによっては叩き出すぞ!
知識の時間を邪魔するんじゃないよ。

「どうしたソバル、何か聞きたい事でも?」
ソバルが申し訳なさそうに割って入ってきた。
さて何が始まることやら。

「島野様、私は感銘を受けております。まさかゴブリンにここまでの文明を築けるとは思ってもみませんでした」
まさかゴブリンにだと?
まだゴブリンを舐めているみたいだな。
態度に現れている。
気に入らないな。

「それで」

「儂はモエラの大森林の統治者と考えておりましたが、どうやら間違っていたようです」

「へえー」
どういう考えなのか?

「儂はモエラの大森林の統治者の座を、貴方様に譲ろうと考えております」
こいつ馬鹿か?

「断る!」
俺は速攻で答えた。

「な・・・」
ソバルは眼を見開いていた。

「俺はそもそもこのゴブリンの村の首領でもないんだぞ、なんで俺がこの大森林の統治者にならなければいけなんだ?」

「それは・・・」
ソバルは驚愕の表情を浮かべている。

「あのな、お前は色々と勘違いしているみたいだ。教えといてやるが、まず俺はこの村のアドバイザーでしかない」

「そんな・・・」

「それに俺はそもそもこの村に居続ける神ではない」

「・・・」
ソバルはフリーズしている。

「いうならば俺は流浪の神だ」
ソバルは何も分かっていないみたいだ。
空を掴んでいるようだ。
話についてこれているとは思えない表情をしている。

「なあソバル、お前は俺にこのモエラの大森林の統治者だといったよな?」

「へい・・・」

「それは何を持ってお前が統治者になったんだ?俺に教えてくれないか?」

「それは・・・」
真面な回答はなさそうだ。
だと思ったよ。
全く・・・

「なあソバル、もう一度言うがお前勘違いしてないか?」

「といいますと?」

「お前何となく分かってるんだろ?違うか?」

「滅相もございません!まったく考えに至りません!」
ソバルは平伏した。

「お前はこのモエラの大森林の統治者だと言ったよな?それにしてはあまりにお粗末すぎるんだよ」

「・・・」

「お前に一度チャンスをやる、今日はもう帰って、明日もう一度ここにやってくるがいい。どうしても分からなければ、相談に乗ってやる。いいな!」

「へい!島野様の寛大な御処置、痛み入ります!」
ソバルはお付きの者を従えて帰っていった。
その背中は迷いに満ち溢れていた。
儂は間違っておったようだ。
圧倒的な知力を前にもはや屈することしかないようじゃ。
何がどうなってしまったのか?
儂には分からぬ。
ついて行けぬ・・・

そもそも儂はオーガの首領であり、オーガはモエラの大森林の覇者じゃ。
モエラの大森林の統治者として、儂は君臨しておった。
魔物の世界は弱肉強食じゃ。
そのルールに従って、儂は他者を従えておった。
だが今はどうじゃ?
下等種族と気にも留めていなかったゴブリン達の、あの変貌ぶりは。
身振るいが止まらんわい。

まだ一対一では遅れは取らぬだろうが、相手が複数となると、儂も無事では済まぬな。
じゃがそれはあくまで武器を持たない相手を想定してのことじゃ。
おそらく今後は・・・間違いなくゴブリン達は、立派な武器を手にすることじゃろうて。
それぐらいの知性を感じたわい。
そうなってはもう敵わぬやもしれぬな。

あのプルゴブとやらもただ者ではないのう。
儂を案内しつつも、常に警戒を怠ってはおらなんだ。
何度か試しに仕掛けようかとも思ったが、絶妙な距離感を保っておったわ。
上手く間を外されたな。
いなされたのやもしれぬな。

知性を持ったゴブリンとはここまで脅威なのか?
決して敵には廻したくない相手となってしまった。
冷や汗が止まらぬわい。

ゴブリンの村の発展は末恐ろしいのう。
もはや我らの里よりも文明は進んでおる。
あの畑のなんと立派なことか・・・
生産力も測り知れぬ。
これだけの畑があれば、それだけでもどれだけの者を養うことができようか・・・

もはや儂が統治者だとはとても言えぬ。
オーガ全員を引き連れて対峙したとしても、勝てるイメージが想い浮かばぬ。
オークやコボルトを引きつれたとしてもどうだ?
もし島野様の配下の誰か一人が居ただけでも、我らに勝ちはあり得ぬな。
間違いなく蹴散らされてしまうじゃろうて。

あの聖獣様のプレッシャーは恐ろしかったのう。
あれが伝説の聖獣フェンリルなのか?
会った瞬間死を感じた。
ちびるかと思った・・・
敵に周ったら気が付いた瞬間、儂は絶命しているのは間違い無かろう。
無茶苦茶怖い!

それにしてもあの島野様は何者なのだ?
神であることは間違いない。
圧倒的過ぎるわい。

この世にあんな存在がいて良いのだろうか?
一見人族だが、不気味なぐらいの強者のプレッシャーを感じた。
存在が大きすぎる。
フェンリルも恐ろしかったが、また違う恐ろしさを感じた。
直視することすら憚られてしまう。

しかし儂もモエラの大森林の覇者じゃ。
目一杯威勢は張らせて貰ったが・・・
間違っていたのか?

島野様は物腰は柔らかく、ゴブリン達に囲まれて、妙に親切丁寧に話を重ねておった。
何を考えているのかが儂には全く分からぬ。
あの人に睨まれたら儂達は生きて行けぬな
一瞬にして儂らは壊滅するだろう。

温厚な方なのは分かる、そして思慮深くもあろう。
島野様にお粗末と言われてしまったが、何を指しておるのだろか?
儂が何を勘違いしておるのか?
分からぬな。

儂がモエラの大森林の統治者のはずだった。
・・・
はたしてほんとうに?
何を持ってと、島野様は仰っておった。
確かに儂は何を持って、この大森林の統治者だというのか?
考えたことも無かった。
オーガの首領であるから当然と思っておった。
この考えがそもそも違うのか?
分からぬ・・・

儂はあの御方から名を貰い、今の地位に伸し上がった。
それまではただの一兵卒でしか無かった。
じゃから知力を得ることが、どれだけの進化を遂げるのかを儂は知っておる。
儂は会ってはならぬお方にお会いしてしまったのじゃろうか?
相談に乗ってくれると仰ってくれたのが唯一の望みじゃ。

でも浅い考えのままに伺う訳にはいかぬ。
じゃが考えが纏まらぬ。
ああ・・・熱が出てきたようじゃ。
フラフラするわい。
くそう、踏みとどまれ。
こんなことで倒れてはおられぬ。
儂は・・・



どうやら倒れてしまったようじゃな。
明るいな・・・
もう朝か・・・
行かねばならぬ・・・
島野様・・・
ご教授くださいませ・・・



翌日の昼過ぎに、ソバルはお付きの者達を従えてやってきた。
とても顔色が悪い。
青ざめている。
こいつ大丈夫か?
心配なぐらい顔色が悪いぞ。

ソバルは俺の元に近づくと片膝を付き、頭を下げた。
それに倣ってお付きの二人のオーガも片膝を付く。
俺はギルを伴ってソバルを相手取ることにした。
どうなることか・・・

「ソバル、顔色がよくないな」
「は!・・・お気遣い感謝致します」

「まあそう堅くなるな、これでも飲めよ」
俺は『収納』から体力回復薬を渡してやった。
ソバルは手に取ると不思議そうにしていた。

「島野様、これはいったい・・・」

「いいから飲んでみなよ」
ギルが促す。

「では・・・」
ソバルは恐る恐る体力回復薬を飲んだ。

「こ・・・これは!」
ソバルはみるみる顔色を変え、健康な肌色に変わっていた。

「島野様、体力がグングンと回復しております!」
ソバルは興奮していた。
想像を超える現象に気持ちが抑えられないみたいだ。
お付きのオーガ達は何が起こったのか分からず、挙動不審になっている。

「まあ落ち着けソバル」

我に返ったソバルは、
「は!失礼致しました。あまりの出来事に我を忘れて興奮してしまいました」
と再度片膝を付いていた。

「それで、どうなんだ?」

「は!昨日あの後、儂なりにいろいろと考えておりました。ですが知恵熱を出してしまい。今日に至っております・・・もうし訳ありませぬ・・・」
ソバルなりには努力はしたみたいだな。
ならば話を重ねようか・・・
その資格はあると俺は判断した。

「そうか、なあソバル、一つ聞かせてくれないか?」

「へい!何をでございましょうか?」
ギルも興味深々で話を聞いている。

「お前は昨日このゴブリンの村にやってきたが、それは何度目なんだ?」

「回数でございますか?」

「そうだ」

「ゴブリンの村にやってきたのは・・・初めてでございます・・・」
ソバルは下を向いていた。

「へえー」
ギルが漏らしていた。

「そうか・・・それは統治者としてはどうなんだ?」
は!っと顔を上げたソバルは何か思い至ったみたいだ。
恥じている表情をしている。

「恥ずかしながら・・・」
ソバルは今にも消え入りそうだ。

「ソバル、教えてくれ。お前は俺に統治者を名乗った、お前にとっての統治者とは何なんだ?」

「・・・」
ソバルは答えに窮している。
また顔色が悪くなりそうだ。

「この世界が弱肉強食であることは俺も理解している」
隣でギルが頷く。

「・・・」

「それをとやかく言うつもりはない」

「・・・」

「でもな、統治者とは人の上に立つ者だよな?纏める者だよな?どういう想いでお前がいたのかを俺は知りたいんだ」

「・・・それは・・・纏める者だと・・・考えたこともございませんでした・・・滅相もございません」
ソバルの精一杯の回答だった。
正直でよろしい。

「ソバル、お前は名がある。誰が与えたのかは今はいいとして、お前は知性を持っているよな?そんなお前が何を考えているのかを俺は知りたいんだ。俺の言いたいことはわかるよな?」

「へい!」
ソバルは恐縮している。

「それでどうなんだ?」

「儂は・・・間違っていたと思います・・・オーガはゴブリンやオーク達とは違い、力ある種族でございます・・・特にゴブリンなどは相手にする必要が無いとすら考えておりました・・・今は・・・自分を恥じるばかりでございます・・・」

「そうか・・・お前は何を恥じているんだ?」

「今のゴブリン達は・・・ほとんど儂と変わりません・・・それにこの村はオーガの里よりも発展しております」
だろうな。
なにも腕っぷしばかりが力じゃない。

「そうか」

「儂は何処から間違ってしまったのでしょうか?」
知らんがな・・・自分で考えてくれよ。

「格下だと思っていた相手が、今では脅威でしかありませぬ・・・」
これが本心だろうな。

「それでお前が望むことは何なんだ?」
これが一番聞きたい。

「儂の望むことでございますか?」

「そうだ」

「儂の望むことは・・・このモエラの大森林の平和でございます」
其れが聞きたかった。
良い回答だ。
ギルも頷いている。
ならば。

「分かった。その望み叶えてやろう」

「左様でございますか?」

「ああ、お前はプルゴブと五分の盃を交わすんだ」
ギルが驚いた顔をしていた。

「それは・・・」
ソバルは窮していた。

「何だ?プライドが許さないのか?」

「いえ、そういう訳では・・・」
逡巡が感じられる。

「おいソバル、いい加減ゴブリン達を舐めないことだな、こう言ってはなんだが、オーガがどれだけ強いか知らないが、今のゴブリン達ならお前達の里を滅ぼすことは容易いぞ」
これは事実だ。
この戦力差は覆せない。

「・・・分かっております・・・」
ソバルは戦力差を理解しているみたいだ。

「それになあ、俺はこう思うんだ、武力に偏った統治は本当の統治ではない。お互いの理解を得ることが本当の共存なんだとな・・・それに統治とは一人の優れた者が作り上げる物では無く、皆で作り挙げる物ではないだろうか?俺はそう考えるんだが、ソバルお前はどう考える?」
ソバルが前を向いた。
その眼は輝きに満ちていた。

「その様な考え、まったく至りませんでした・・・でもその未来は楽しそうでございます」
ソバルは理解できたようだ。
興奮した顔をしている。

「ゴブリン、オーガ、オーク、コボルトが手を取り合って、発展していくんだ。このモエラの大森林に魔物の同盟国を設立するんだ、どうだろうか?ソバル?」

「素晴らしいお考えかと」

「左様でございます」
途中から同席していたプルゴブも同意した。

「なるほどね」
ギルが声を漏らしていた。

「ソバル、後日でいいからオークとコボルトの首領を連れて来てくれ」

「へい!承りました!」

「あと、多分出来るだろうからするけど、ソバル。お前に俺の加護を与えよう」

「本当でございますか?」
ソバルの眼がランランとしていた。

「ああ、どうだ?」
ソバルは平伏した。

「ありがたき幸せでございます!」

「ソバル、その名を大事にするんだぞ」
俺から神気が流れ出して、ソバルを包み込んだ。
するとソバルが一回り大きくなり、顔つきがシャープに変形した。
あらまあ。
昭和初期の任侠が平成の企業舎弟に早変わりだ。

「我が忠誠を島野様に捧げます!」
ソバルが片膝を付いて言った。
ソバルは溢れる涙を拭おうともしなかった。
その想いや如何に。



こうして俺の立ち合いの元、ソバルとプルゴブの五分盃の儀が執り行われた。
ソバルもプルゴブも誇らしげだ。

「これからよろしく頼む兄弟!」

「ああ、共にな!」
堅く握手を交わしている。
この出来事にゴブリン達は蜂の巣を突いたかの如く大騒ぎしていた。
全く、騒ぐのが好きな奴らだ。
でもこれまでは手の出せない様な存在が、兄弟格となったんだ。
嬉しくてしょうがないのだろう。
大興奮している気持ちは分からなくも無い。

「パパ、宴会やる?」
ギルからの申し入れだ。

「やるしかないだろうな」

「だね」

「さて、どうしようかな?」

「僕はピザを焼くよ」

「おお!ギル気合入ってんな」
ギルが万遍の笑顔をしている。

「まあね、だって嬉しいじゃないか」

「そうだな」
俺は大声で皆に聞こえる様に言った。

「お前達!今日は宴会だ!」

「おお!」

「やった!」

「酒が飲めるだべ!」
また大騒ぎとなった。
ええい!騒げ騒げ!
もっと騒げ!



宴会は大盛況となった。
ここは大盤振る舞いだ。
南半球から日本酒を三樽用意し、食材もこれまで持ち込んでいなかった食材をふんだんに持ち込んだ。

メルルには迷惑を掛けてしまった。
メルルは文句を言う事無く、宴会用の食材を提供してくれた。
調理はこちらで行うことにした。

ゴブリン達も大興奮だ。
ソバルも日本酒に舌鼓を打っていた。
お付きの二人もたくさん食っては、ゴブリン達と交流を深めていた。
こいつらには『ソモサン』と『セッパ』の名を与えておいた。
二人共ソバルと同じく企業舎弟風に変化していた。
結局オーガは任侠者のようだ。

エルとギルがせっせと食事を作っていた。
食事班のゴブリン達も、忙しそうにしている。

「島野様、ずっと気になっておったのですが、あの風呂に入らせて貰ってもよろしいでしょうか?」
ソバルからの催促だ。

「何を言っているんだ?あれはゴブリン達の物だぞ、お前の兄弟に聞いてみろよ?」

「左様でございますか?おい兄弟よ、儂にもあの風呂とやらを使わせてくれんか?」

「好きにしてくれ、遠慮など無意味だ」

「そうか、ならお構いなく」

「ソバル、風呂で飲む日本酒はまた格別だぞ」
俺は徳利ごと渡してやった。
ソバルは嬉しそうに受け取っていた。
飲み過ぎるなよ。

「左様でございますか?それは楽しみでございます。ささ兄弟よ、共に行こうぞ!」

「ああ、付き合うとするか」
仲の良い兄弟になりそうだ。
二人は肩を組んで風呂に向かって行った。

ギルの焼くピザに大行列が出来ていた。
ギルの奴、また腕を上げたな。
というよりゴブリン達はピザに大興奮しているのか?
まあギルの腕が上がったという事にしておこう。

エルがここぞとばかりにカツカレーを作っていた。
ここも大行列だ。
張り合わんでもいいのでは?エルさんや?

ゴンは生徒達に捕まってここでも魔法教室を行っていた。
いいから、はよ飯食え。
御飯が冷めるぞ。

ノンはゴブリンの子供達と遊んでいた。
お前はそれでいい。

平和でなによりだ。
俺はというと、ゴブリン達からのお酌地獄に巻き込まれていた。
多くのゴブリン達が俺にお酌をしようと待ち構えている。
まさかの北半球でのお酌攻撃だ。

勘弁してくれよ。
もう南半球で堪能したからさ・・・
でも俺には・・・毒消しの丸薬があるからな・・・
フフフ・・・
あまり薬には頼りたくなのだが・・・
まぁいいだろう。

それにしても、こいつら本当に騒ぐのが好きなんだな。
ゴブリン達は食っては飲んで大騒ぎだ。
魔物の性か?
まぁいいか。
やれやれだな。

翌朝、案の定俺は毒消しの丸薬を飲む嵌めになっていた。
一度南半球に帰り、風呂とサウナを満喫した。
頭と身体をリセットしたかったからだ。
朝から風呂とサウナを決め込む俺に、ランドが心配そうな顔をしていた。
宴会明けはこんなもんさ。

どうやらしこたま飲まされた俺は、ゴブリン達と雑魚寝をしてしまっていたらしい。
ロッジの一室で眠りこけてしまっていた。
朝起きた時には、俺の周りに多くの女性のゴブリン達が寝ていたことに驚いてしまった。
何もなかったよね?
たぶん・・・うん無いと思う。
なにより俺の隣にノンとギルが居たから、おいたは無いだろう。
セーフ!
おー怖!

それにしてもさっぱりした。
やっぱり風呂とサウナは格別だね。
身体と頭がシャキッとしたよ。
島野一家を連れて、俺はゴブリンの村に向かった。

ゴブリン達は今日もせっせと働いている。
するとゴブオクンが俺を見つけて駆け寄ってきた。

「島野様!大変だべ!頭が痛いし、気持ち悪いだべ!おら病気だべか?おら死ぬだべか?」
と騒いでいた。
ただの二日酔いだっての。
煩い奴だな。
俺は胃薬と、毒消しの丸薬を渡してやった。

三十分後には回復したゴブオクンは、
「おら復活だべ!」
と大騒ぎ。
例の如くゴンに叱られていた。
やれやれだ。

俺はゴブコを探した。
脚踏み式のミシンが赤レンガ工房に眠っているのを思い出し、持ってきたからだ。

「おーい!ゴブコはいるか?」

「はーい!ここに」
ゴブコが駆け寄ってくる。
ブルンブルンと揺れる胸に視線が向きそうになる。
駄目だ、セクハラは良くないぞ。
反射的に見てしまうのはセーフにしてくれ。
これ男の性。
治るもんじゃない。

「脚踏み式のミシンを持ってきた、使ってくれ」

「嬉しい!島野様大好き!」
嬉しい事を言ってくれる。
俺は上機嫌で脚踏み式ミシンの使い方を教えた。
ゴブコは熱心に解説を聞いていた。
そしてやはり知能の高さが光る。
俺の拙い解説のみで、既にミシンの構造や使い方をゴブコはマスターしていた。
こいつ天才か?

もう数台欲しいと言われたので、三台ほど造っておいた。
これで服飾の生産性が格段に上がるだろう。
これでまた格段に文明が発達したのは間違いない。
もはや衣食住は手に入れた。
あとは焦らずにブラッシュアップを行っていこう。
進化するこの村に俺は喜びを隠せなかった。
そして俺はプルゴブを呼び出した。

「プルゴブ、何人か使って岩を八個ほど集めて来てくれ、大きいに越したことはないが、無理はするなよ」

「は!お任せくださいませ!」
というのも、俺はお地蔵さんを設置することを考えているのだ。
北半球初のお地蔵さんだ。
ゴブリン達に『聖者の祈り』が出来るかは分からないが、あったに越したことはないだろうと思う。

俺は待っている間、手持無沙汰になり、ホバーボードを造ることにした。
ランドールさんが建設現場で使っていると言っていたからね。
これで作業効率があがることだろう。

手慣れたもので、速攻で十個造った。
後はギルに渡して、魔石に浮遊魔法を付与してもらうだけだ。
建設現場に立ち寄りギルにホバーボードを渡す。
理解の早いギルは俺が何も言わずとも、魔石に浮遊魔法を付与し、ゴブリンの作業員達に説明を行っていた。
出来た息子で助かりますなあ。
ええ子じゃな。
親バカでごめん。
そうこうしていると、プルゴブ達が岩を持ってきた。

「島野様、どうなさるおつもりで?」

「ああ、お地蔵さんを造ろうと思ってな」

「お地蔵さんとは?」

「まあ見てろ」
俺は『加工』でサクッとお地蔵さんを造る。
その様を見てプルゴブが慄いていた。

「なんと、石像が一瞬にして・・・」

「これはなプルゴブ、創造神様だ」
プルゴブが首を傾けている。

「創造神様?はて?」
あれ?創造神様を知らない?

「創造神様は一番偉い神様だぞ」

「そう言われましても・・・実感が湧きませんな。威厳のあるお姿をしているのは分かりますが・・・」
これは期待はずれか?
とても『聖者の祈り』は発動出来ないだろう。
でも試してはみよう。

「プルゴブ、この石像に祈りを捧げてみてくれないか?」

「はあ、そんなことでよろしいのですか?」

「ああ、頼む」

「分かりました」
プルゴブは跪き両手を合わせて祈りを捧げた。
『聖者の祈り』は発動しなかった。
駄目か・・・ん?待てよ・・・
実感が湧かないと言っていたよな、もしかして・・・
自分で言うのもなんだが・・・

「プルゴブ・・・この石像を俺だと思って祈ってみてくれないか?」

「は!畏まりました!」
気合の入ったプルゴブが祈りを捧げた。
すると・・・

おいおいおい!
神気が放出されてるじゃないか?
マジか?

「おお!これは凄い!」
プルゴブは大喜びだ。

「おい、お前達!この石像を島野様だと思って祈りを捧げてみるのだ!」
近くにいたゴブリン達が祈りを捧げた。
神気が濛々と立ち上っている。
嘘だろ?
メタン並みじゃないか!

神気発生装置がここに誕生した。
何ということだ・・・
俺はお地蔵さんをあと七体造り、村の周りを覆う様に正八角形に配置した。
樹齢千年の樹がある訳ではないので、結界が張られないことは分かっているが、それが良いと感じたからだ。

その後『聖者の祈り』がゴブリン達の間で大ブームになった。
正直ありがたい。
というのも、北半球は南半球に比べて神気が薄いと感じていたからだ。
俺は始めてこの異世界に来た時に感じた神気の薄さよりも、神気が薄いと感じているぐらいだ。
実際ギルも同様のことを言っていた。

やはりこの北半球に神気を減少させている何かがあるのは間違いなさそうだ。
早くその答えに辿り着きたいが、焦りは禁物だ。
一歩一歩着実に進んで行きたい。
闇雲に進むべきではない。
今はまず魔物の同盟国を設立するのが先だ。
その後、建設現場を手伝って、俺達はこの日を終えた。



翌日。
ソバルがオークの首領とコボルトの首領を伴って現れた。
ソバルは今日もソモサンとセッパを引きつれている。
こいつらも、もはや手慣れたもので、俺を見てニコニコしている。
ウィース、とでも言いそうだ。

首領達も、二人づつお付きの者を引きつれていた。
俺は『結界』を解いて、両者を迎えることにした。
今後はもう結界は必要ないだろう。

俺はギルと、プルゴブとで対峙する。
俺を見つけるなり、オークとコボルトの首領がいきなり土下座をした。

「モウシワケ、ゴザイマセン!」

「ゴメンナサイ!」
スライディング土下座だ。
膝が擦りむけている。
痛そう。
ちょっと待て、違うだろ。

「おい!ソバル!お前何を教えているんだ?」
敢えて俺は言い放った。

俺の意を汲んだソバルが、
「へい!島野様!申し訳ございません!お前達、謝る相手を間違えるな!島野様では無く、ゴブリン達に謝るべきじゃろうが!そんなことも分からんか?!」
と言うと。
はっと頭を挙げた二人は、プルゴブに頭を下げた。
だがそうはいかない。
ギルも憤然としている。

「違うよ」

「足りませんな」
プルゴブの言う通りだ。

「そうだな、プルゴブ。お前の言う通りだ、全員集めて来い」

「は!」
ゴブリン達が全員集まってきた。
狩りに出ている者達も全員集まっている。
手には武器が握られていた。

オークとコボルトにしたら、途轍もないプレッシャーだろう。
建設作業に従事していた者達は、大工道具を肩に乗せているしな。
二人はワナワナと震えていた。
お付きの者達は今にも泡を吹いて失神しそうだ。

「「ゴベンナサイ!!!」」
オークとコボルトの首領の声が響き渡った。
もはや慟哭だ。
お付きの者達も土下座をしていた。
それにしても土下座が様になっているな、さてはソバルの奴の入れ知恵だな。

「フン!」

「まあいいだろう」

「二度とするなよ!」

「俺達は島野様の教えに従うのみだ!」

「そうだぞ!感謝しろよ!」
ゴブリン達は寛容に受け止めていた。
誰一人として俺の意に背く者はいなかった。
でもまだ気は抜けない。
いつ怒りが再燃するかは分からない。

だが俺はゴブリン達を信じることにした。
こいつらは俺を裏切らないだろう。
何となくそんな気がする。
俺も甘いな。
もう愛着が沸いてしまっている。

「さて、それでソバル。まずはこいつらを立ち上がらせてくれ」

「へい!」
ソバルは二人を立ち上がらせていた。
二人は申し訳なさそうに下を向いている。

「お前達、俺を見ろ」
二人は俺に向き直った。
今にも泣き出しそうな眼をしていた。
一度だけビビらせてやろう。

「フン!」
俺は神気を纏って、二人を睨みつけた。

「アア!」

「ウグ!」
と慄く二人。
膝がガクガクと震えている。
直視できることも無く、顔を背けている。

「おい!」

「ちゃんと見ろよ!」

「目を背けるな!」
ゴブリン達が騒いでいる。
まぁ、こんな事が意趣返しになる訳ではないが、これでゴブリン達の溜飲が少しでも下がるのならそれでいい。
ちょっと大人気ないか?

俺は神気を纏うのを止めた。
ちょっと気が晴れた気がする。

俺は知っていた。
こいつらの部下がこっそりとゴブリンの村を覗いていたことを。
そうなるだろうと思ったから、敢えて結界の外から見える場所で食事をし、風呂を造ったのだから。

文明を見せ付ければ格の違いを知るだろうと考えたからだ。
その予想が当たっていたことは、この二人を見れば分かる。
もはやゴブリンの村は脅威でしかないだろう。
そしてこの村の文明に憧れを抱いたはずだ。
あわよくばその文明を享受したいと。

それにソバルからいろいろと聞かされてもいるだろう。
ソバルのことだ、相当ビビらせているに違い無い。
企業舎弟だからね。
さて話を進めようか。

「お前達、まずは名を与えてやろうと考えているが、居るか?」

「オネガイシマス」

「アリガトウゴザイマス」
だろうな。
恐怖の眼から羨望の眼差しに変わっていた。

ゴブリン達からは、誰一人として反対する視線は感じなかった。
どうしようか?
オークの首領だからな。
分かり易くいこう。

「オークの首領よ、お前はこれからオクボスを名乗れ」
俺から神気が流れ出す。
オクボスが神気に包まれた。

「は!拝名致します!」
オクボスが跪いた。

次はコボルトか・・・
コボボスは言いづらいな・・・

「よし、お前はこれよりコルボスを名乗れ」
俺から神気が流れる。
コルボスを神気が包み込む。

「は!承知いたしました!」
コルボスも跪いて頭を垂れた。
ここで名付けは一旦終了。
お付きの者達はまた今度だ。

二人は体形こそあまり変化が無かったが、その眼には知性が宿っていた。
そして二人は泣いていた。
地獄から一転天国だからな。
安堵の気持ちを抑えられないのだろう。

そして儀式が執り行われることになった。
プルゴブ、ソバル、オクボス、コルボスによる五分の盃の儀だ。
俺はこの儀式用に準備した、ゴブスケが造った盃を手渡す。
四人は大事そうに盃を受け取る。

俺は『収納』から日本酒を取り出し、四人に注いでいく。
俺はこの場にいる全員に聞こえる様に言った。

「いいかお前達!今この時からお前達は五分の兄弟分だ、その誓いは血よりも濃いものであると肝に命じろ、兄弟を助け、支え合い、共に生きるのだとここに誓え。種族こそ違えど、お前達は魂を分け合った兄弟であると心に刻み込め。いいな!」

「「「「は!」」」」
四人は一気に飲み下した。

「「「「「「おおおおおお!!!!!」」」」」」
大歓声が巻き起こった。
ゴブリンの村が揺れていた。
まるで地響きだ。
拍手喝采が巻き起こっていた。
またも大騒ぎだ。

これにて魔物同盟が締結された。
モエラの大森林に新たな勢力が誕生した。
これによりモエラの大森林に新時代が訪れようとしていた。



ギルが駆け寄ってきた。

「パパ、やったね」
ギルは笑顔だ。

「作戦通りだな」

「作戦?」

「ああ」
俺はギルに説明した。
俺が仕掛けた作戦はこうだ。
『ランチェスター戦略からのなし崩し的な盃、更に文明見せびらかし作戦』だ。
長いよね・・・作戦名。

まずは全てのゴブリン達に知力を与えて、個の力を強くする。
そうすることによって、どの勢力でも太刀打ちできないようにする。
これすなわちランチェスター戦略だ。
強い個が弱い個を撃破していく戦法だ。
そうした上で、なし崩し的に首領による五分の関係を締結させ、上下関係を無くさせる。

恐らくはオークもコボルトもオーガも、全員名付け終えてしまえば、その勢力はゴブリン達を凌ぐだろう。
だが一度知力を得てしまったら最後。
俺の教えに背いて神罰を受けようなんて考える奴は一人もいないはずだ。
それに気づいたとしても、もう遅いのである。

更に文明を見せつけることで、格の違いを分からせ。
文明を享受したいと思わせる。
その為には和睦するしかない。
我ながら完璧だな。
もっと褒めてくれてもいいのだよギル君?

「そうか・・・パパはそうやって争いごとを収束させたんだね」
その通りです。

「そうだ、力に力では意味が無い。俺は文明と名づけを上手く利用したんだ」

「そうか・・・文明か・・・」
ギルは考え込んでいた。

「少しでも参考になったか?」

「うん」

「そうか、よかったな」
少しは父親の背中を見せられたようだ。
これを得てギルがこの先どうしていくのかは見守るしかないだろう。
でもこれで大きなヒントは与えられたはずだ。
何も解決策はど真ん中に答える必要はないのだ。
力に対抗するのは、力では無いのだと。
それを学んでくれたなら俺は本望だ。
まだまだ先は長い。

これからについて魔物同盟で会議が行われることになった。
議題は多岐に渡る。
魔物同盟の今後を左右する重要な会議だ。
議長はソバルが務めることになった。

これは俺が指名した。
だが議長とは言っても、決して魔物同盟の代表では無い。
あくまで話し合いのファシリテーターでしかない。
四人が五分の関係であることに変わりは無いのだ。
話し合いが円滑に上手くいく為の処置でしかない。

俺はアドバイザーとして同席している。
俺は席を外して、後で報告のみ聞こうと思っていたのだが、プルゴブとソバルからどうしても同席して欲しいとお願いされてしまった。
初めてのことで不安があるのかもしれない。
でも俺は極力口は挟まないつもりだ。
たぶん・・・
ソバルが仕切り出す。

「兄弟達、議題は多岐に渡る。長丁場になるかもしれないが、今後の魔物同盟の行く末に関わる会議じゃ。気を引き締めて話合おうぞ」

「分かっておる」
プルゴブが答える。
オクボスとコルボスも頷いていた。
全員真剣な表情を浮かべている。

「まず我らは何処で居住を構えるか、からじゃな」

「それは考えがある、いいかな兄弟?」
プルゴブが先導する。

「プルゴブの兄弟、話してくれ」

「いいか兄弟達、まずこのゴブリンの村は島野様の指導の下、文明が発展し出している。それは今後も然りだ」
三人が頷く。

「そこでこれを参考に各集落の中心に、国を築くのはどうだろうか?」

「なるほど」

「中心という事は中間地点ということだな?」

「そうだ、今の各自の集落は場合によっては取り潰しても良いのかもしれん。新たに造るのがいいと思う。既に建設や農業、狩りや衣服の製作に関しての知識は、島野様や聖獣様から教わっておる。もはや衣食住に困ることは無い。これらの技術を兄弟達の配下に伝えていけば、時間は掛かるかもしれないが、国として認められる程の街が出来ると思うのだが。ソバルの兄弟はどう思う?」

「プルゴブの兄弟がいう通りじゃろう、儂らには島野様一行という力強い後援者がおる。学びの場を提供してくれておるのだ。命一杯学ばせて頂こうぞ」
おいおい、俺達だのみでは駄目だぞ。
だがせっかくだ。
少し口を挟ませて貰おう。

「お前達、ちょっといいか?」

「何でございましょうか?」

「まず、川は何処にある?それと海岸はあるか?」

「川は俺達の村の側にあります」
オクボスが答える。

「その川には魚は生息しているか?」

「はい、ですが上手く魚を取るすべがございません」

「そこは俺達が教える」

「有りがたき幸せ」
オクボスが頭を下げる。

「海岸はコボルトの村から離れたところにございます」
今度はコルボスだ。

「分かった。となると海産業もいけるな」

「海産業でございますか?」
コルボスが期待に満ちた表情をしていた。

「ああ、こちらもちゃんと教えてやるから安心しろ、因みにコボルト達は泳げるのか?」

「泳ぎですか?試したこともございません」

「一度トライしてみるか?」
全員泳ぎも教えないといけないな。

「これで新たにまた盤石な食の基盤が出来上がりますな」
ソバルは嬉しそうだ。

「海産業とは魚ですか?」
プルゴブからの質問だ。

「魚だけじゃないぞ、貝や海藻、蟹や海老等もあるぞ。海や川は食の宝庫だぞ。それに海藻や海苔も造れる」

「おお!宝庫でございますか?」

「そうだ、漁のやり方を教えてやるし、船の作り方も教えてやる。海苔の作り方もな」

「なんと・・・そこまで」

「それはありがたい」

「更に文明が上がりますな」

「泳ぎをまずは覚えませんと」
全員やる気になっている。
良い傾向だ。

「話を戻そうか」
全員が頷く。

「はい」

「お願いします」

「どうぞ」

「助かります」
全員が活き活きとした表情をしている。
次に移ろう。

「まず新しく造る街だが、川から水を引き込んで、上下水道を完備させる」

「上下水道でございますか?」

「ああ、そうだ」
俺は上下水道について解説した。
全員が真剣に話を聞いている。
時々質問を交えながらの話となった。
特にオクボスが上下水道に興味があるみたいで、際立って質問を行っていた。
建設に関してはこいつに任せた方がいいのかもしれないな。

「造るのは難しいようですが、完成したらこんな便利な物はなさそうですね」

「全くだ、是非とも完備させたい」

「これぞまさに文明ですな」

「井戸を掘れただけでも充分だと考えておりました」
各自思う処があるみたいだ。

「実はな、この上下水道を造る一番の理由は健康被害に直結するからなんだ」
全員が不思議そうな表情をしている。

「なんですと?」

「健康に?」

「なぜ?」

「本当に?」
俺は話を受けて解説を始める。

「ああ、まず健康被害になる一番の原因は清潔感にある。だから俺は一番初めにゴブリン達に村の掃除をさせた」

「そうでしたな」
プルゴブが頷く。

「でもそれだけでは不十分なんだ。一定の清潔感は得られたが、やはり排泄物などもより清潔に取り扱う必要がある。今のゴブリンの村のトイレは半水洗式だ、これを機に完全水洗式にするほうがより清潔だ。清潔イコール健康ということなんだ。病気の原因のほとんどが不衛生から発生するものだ。それに飲み水は綺麗である必要がある。目には見えないが、小さな微生物などが潜んでいる可能性がある、そんな水を摂取すると腹を壊したり、病気になる可能性がある」
全員が眼を見開いている。

「そんなことが・・・」

「なんと・・・」

「目に見えない生物・・・」
知らない知識に驚愕しているみたいだ。

「今ではゴンが浄化魔法を教えているから、オークやコボルトもゴンから教えを乞うがいい」

「「は!」」
そしてここからが大事な所だ。

「そして俺は全員に名づけを行うつもりだ」
全員が驚愕していた。

「なんと!」

「島野様!」

「よろしいので?」

「嘘?」
どうやら考えられない事態のようだ。

「島野様のお身体に障るのでは?」

「身体に障る?」
俺は全然大丈夫だと思うのだか?

「はい、儂に名を授けて頂いた神様は、儂に名を与えるのが精一杯とおっしゃっておりました」

「そうなのか?」

「ええ・・・」

「大丈夫だろう、俺はゴブリン全員に名付けたけど何ともなかったぞ」
未だ計測不可だしね。

「確かに・・・」
ソバルは何とも言えない顔をしていた。

「俺のことはいいとして、そうする必要があるだろ?」

「必要でございますか?」

「ああ、これからお前達は建設を中心とした多くの作業や知識を得ないといけない。知力を得ない訳にはいかないだろう?」
会話も儘ならないでは支障があるからね。

「ですが・・・」
心配してくれるのはありがたいことだが、そんなことには構ってられないだろう。

「これは決定事項だ、俺はお前達全員に加護を与える!」

「「「「は!」」」」
四人が席を立ち、跪いて頭を垂れた。
どうせ俺の神気量は計測不能から変わらないだろう。
最悪の場合『黄金の整い』をしに日本に帰ってもいい。
俺は全員を着席させた。
そして話を先に進める様に促した。

「後は役割を決めてみてはどうだ?兄弟達よ」
ソバルが先導する。

「そうだな、儂もそう考えておった」

「役割となると何があるのだ?」

「兄弟、それはまずは建設、農業、先ほど島野様が仰った海産業、服飾に関する物になるのではないか?」

「そうじゃな、外にはあるか?」
俺は口を挟むのを止めた。

「後は料理と備品の作製じゃな」

「なるほど、そうなると一人一つという訳にはいかんな」

「出来れば俺は建設を受け持ちたい、先ほど島野様から教わった上下水道に興味がある。是非任せて欲しい」
オクボスが言う。

「儂は構わんぞ」

「俺もだ」

「任せよう」
建設に関してはオクボスが受け持つことになった。
積極的でいいじゃないか。

「俺は海産業が気になるな、泳げるかは分からんが、俺に任せてはくれないだろうか?兄弟達よ」
コルボスは海産業が気になるみたいだ。

「俺はいいと思うぞ」

「儂も賛成じゃ」

「いいだろう」
こちらも賛同を得られたみたいだ。
順調、順調。

「こうなると儂は農業だな、此処は魔物同盟の基幹部門だ、任せてはくれんか?」
プルゴブなら問題ないだろう。
というよりこいつ意外は考えられないな。

「プルゴブの兄弟が適任だろう」

「そうじゃな」

「兄弟に任せよう」
後はソバルだな。

「残りは料理と服飾と備品作製の製造関係じゃな、儂に出来るかは分からんが任せて貰おうか」

「だな」

「そうだな」

「任せよう」
これで役割が決まったみたいだ。
まだまだ決めることは沢山あるが、そろそろ腹が減ってきたな。

「よし、一先ず飯にしようか」

「「は!」」

「待っておりましたぞ」

「今日の昼飯はなんじゃろな?」
全員眼を輝かせていた。
せっかくだ、沢山食べてくれ。



俺達は連れ立って食堂に向かった。
既に食事が開始されていた。
弁当の者達以外のゴブリン達が集まっていた。
そうだ!あれがあったな。
せっかくだから出してやろう。
少しは参考になるだろう。

「コルボス、海産業で取れる物を出してやろう」

「ほんとうでございますか?」
コルボスの眼にやる気が灯った。

「ああ、期待してくれ」

「はい!期待しております!」
俺は調理場に向かった。
コルボスも見たいということだったので見学を許可した。
カジキマグロを見たコルボスは腰を抜かしそうになっていた。

エルに了承を得て、カジキマグロを解体していく。
もはや手慣れた作業だ。
能力を駆使して解体を行っていく。
そしてカジキマグロの刺身が出来上がる。

「コルボス、食べて見ろ。この醤油と山葵をつけて食べると格別だぞ。山葵は付け過ぎないようにな」
匂いを嗅いだコルボスはにやけていた。
今にも涎を垂らしそうだ。

「では、島野様、頂きます」
唾を飲み込んだコルボスは、マグロの刺身に醤油と山葵を付けて口に入れた。
眼が見開かれる。

「う、旨い!なんだこの油の乗りは?最高だ!口のなかで解けるぞ!」
好評のようだ。

「せっかくだ、皆に振舞ってやろう。プルゴブ!皆を集めてくれ」

「は!」

「兄弟、儂も手伝おう!」

「俺も手伝うぞ!」
プルゴブ達はゴブリン達を呼びに行った。
俺は刺身を配ることをエル達に任せて、カマから出汁をとり、汁物を作ることにした。

寸胴鍋に骨、カマ、尻尾を砕いてぶち込み、グツグツ煮込んでいく。
灰汁を取り除いて、一度味見をする。
よし、良い出汁がでている。
そこに人参、大根、玉葱を入れて軽く煮込む。
刺身をそのままぶち込んで、味噌を混ぜていく。
どうだろうか?
味見をしてみる。
良いな、ここに今後はワカメが加わるだろう。
更に上手くなるのは間違いない。

「コルボス、飲んでみるか?」

「宜しいので?」
今さら恐縮されてもね。

「ああ、海産業の可能性を大いに感じてくれ」

「は!」
コルボスは大事そうに味噌汁の入った器を受け取っていた。

「い、頂きます」
コルボスはゆっくりと味わっていた。
表情がどんどん緩んでいく。

「ああ~、染みわたる~、こんな美味しい汁物は始めて食べる。何とも味わい深い、絶妙だ~」
幸せが表情に浮かんでいた。
今にも昇天しそうだ。
こいつも犬飯派なんだろうか?
そんな気がする。
犬飯はノンに教わってくれ。

「皆、味噌汁も出来たぞ。並べ!」

俺が宣言すると、
「やった!」

「味噌汁だ!」

「味噌汁上手いよね~」
との声が挙がる。
どうやら前回のシーサーペントの味噌汁が好評だったみたいだ。
やっぱりこいつらは塩分が足りてないのかな?
ゴブリン達は、弁当に加えてカジキマグロをペロッと一匹平らげていた。
なんという食欲だろうか。
いよいよギルも大食いチャンピオンを脅かされるのか?
流石にそれはないか。
ギルの大食いは未だ成長中だしね。
朝から米を丼五杯は食べるからね、力士かっての。
でも太らないんだよな。
羨ましいことです。



昼食を終えて会議を再開した。
全員が幸せを噛みしめた表情をしている。

「この美食を今後も享受できるのか・・・」

「感謝以外何もないな」

「儂らは恵まれておる」

「兄弟・・・これが文明だ・・・」
各々が感動していた。
早く会議を始めろ。
いいからさ。

「兄弟達、余韻に浸るのは今度にしよう、儂らにはまだまだ決めねばならぬ事が山ほどもある」

「おお、そうだった」
ソバルが仕切り出す。

「次にまずこの会議だが、儂は毎週行う必要があると思うのだがどうだろうか?」

「そうだな」

「それぐらいが丁度いいだろう」

「だな」
合意が得られたようだ。

「そして、合意についてだが、今後議題に対して賛同が得られるのはどれだけにしていこうか?」

「それは議題に対してどれだけの賛同を得られたら合意と見做すということか?」

「ああ、そうだ」

「それは全員一致しかないだろう?兄弟」
当たり前の様にオクボスが言う。

「そうだ、一人でも認めなければそれは我らの合意とは言えまい」

「だな」

「では、議題に対して全員一致をもって賛成とするでいいのじゃな?」

「ああ」

「そうしてくれ」

「そうだ」
ソバルが急に緊張しだした。

「次に・・・これは島野様への質問になりますが・・・いつまで我々の元にいて頂けるるのでしょうか?島野様は儂に流浪の神と仰った。こんなことを聞いても良いのか迷いましたが、儂らにとっては重要な事なのです。申し訳ございません・・・」
この発言にコルボスとオクボスがあり得ないぐらい悲しい顔をしていた。
プルゴブは下を向いている。
三人とも人生が終わったというぐらいの表情をしている。
すまんなお前ら。
俺にはやることがあるんだ。

「それは、俺がもうこの街を離れてもいいと感じたらだ。俺は流浪の神だ、詳しくは言えないが、俺はこの世界の行く末を握る謎を追っている。だからお前達が造る街に居続ける訳にはいかないんだ。悪いな・・・」
全員が下を向いていた。
プルゴブは静かに泣いていた。

「神の所業・・・我らには理解など及びませぬ・・・とてもお停めすることなど叶いませぬ。ですが・・・」

「しかし・・・」
気持ちはありがたいが。
ここはハッキリと言わなければならない。

「大丈夫だ、お前達が誇れる街を造るまで俺達は協力しよう。もう俺達が居なくともお前達の国が他国に認められるぐらいまで発展するまで、俺はちゃんと付き合ってやる。安心しろ!」

「「「「島野様!」」」」
四人は号泣し出した。
おいおい大丈夫か?
やれやれだな。