何度か『転移』を繰り返したが、ピンピロリーンは聞こえてこない。
なかなかレベルアップしてくれない。
何故だろう?

俺の求める『転移』とは、五メートル先に瞬時に移動することではない。
はたまた見ているところに、自分が瞬時に移動することでもない。
あくまで、自分が行きたいと思うところに行けなければ意味がない。
今のままでは、ただの瞬間移動でしかない。

ならばと、行きたいところにいるイメージを重ねて『転移』を発動してみたが。

駄目だった。

何が足りない?
イメージが弱い?
イメージとして景色を思い描いているが、もっと強くイメージする?
匂いはどうだ?

肌の感覚・・・味覚・・・聞こえる音を・・・

こうなると、馴染み深いところでないとイメージが鮮明にならない。

景色を・・・匂いを・・・肌に感じる空気を・・・味を・・・音を・・・
強く五感でイメージしてみる。

シュンッという音がした。

家の中にいた。それも日本の我が家に。
うっそーん!

ピンピロリーン!

「熟練度が一定に達しました。ステータスをご確認ください」

久しぶりの我が家だ。
半年以上は帰ってこなかった、我が家。
家の中を見渡すと、懐かしさがこみ上げてくる。

時計の針がカチカチなる音すら懐かしい。
いつも座っていた椅子の感覚。
空気感や匂い、その全てが懐かしい。
五感で我が家を感じた。
何となく、壁に触れてみた。

「帰ってきたんだ」
思わず呟いていた。

意味もなく、家の中をうろうろとしてみた。
電気が付くか確認してみた。
水道も確認してみた。
ガスコンロも付けてみた。
問題なし・・・問題なし?・・・ほんとに?

ふと不安になった。
もしかして日本で能力が使えないんじゃ・・・

怖る怖るやってみた

『転移』

島での様子を五感でイメージした。

シュンッという音がした。

島のいつも昼飯の時に座っている椅子に座っていた。
良かったー!ちゃんと戻れたー!一瞬ビビったー!
そうか、日本の我が家をイメージした俺が悪いんだな・・・
ちょいちょいこういうドジなことをやってしまう俺・・・
異世界に帰れてほっとした。
ふぅ〜危ない、危ない。

でもよかった!
これで日本に戻れることが分かったぞ。

とっ、いうことで、明日にでも行きますか?
久ぶりに行きつけのサウナに!!
よっしゃー!

サーウナ!サウナ!サーウナ!サウナー!

あっ、すいません、はしゃぎ過ぎました。
だって、嬉しいんだもん。
皆に数日日本に戻ると話したら、全員口をあんぐりと開けていた。
ノンは顎が外れたと騒いでいたが、無視しておいた。



戻ってきた我が家を改めていろいろと見て回った。
やはり、埃がたまっている、これは自動掃除機に任せて、さっそく行かせて頂こう。

逸る気持ちを落ち着かせ、玄関の鏡で自分の姿をチェック
『変身』の能力で六十歳の私に変身した。
二十歳のままではサウナフレンズ会った時に、大変なことになる。
うん、落ち着いてるな。よし!

愛車のエンジンを掛けてみたが、掛からなかった、バッテリー切れの様子。
まぁ、そりゃそうか。半年以上経ってるからね。
ならばと、交通機関を使って行きつけのサウナに向かった。

懐かしの行きつけのサウナ『おでんの湯』
お久しぶりです、思わず外から拝んでしまった。
ここに何度来たいと思ったことか・・・

いや、いや、いやー!良いもんですなー、久しぶりの行きつけのサウナ。
日本に帰って来たことを改めて実感した。
日本のスーパー銭湯とは、これほど良い物だったんだと改めて思う。
外観を見ただけで感慨深いものがあった。

受付には顔なじみの店員、受付を済ませ、さっそく脱衣所に向かう。
変わらないロッカーと、鏡、さっそく入浴の準備を済ませる。
浴場に入ると薄っすらと感じる、サウナストーンの焼ける匂い。
変わらない椅子の位置。
いつも見かける掃除する店員。
幸福感でいっぱいになる。
顔がほころんでいるのが自分でも分かる。

まずは、体を洗い、次に髪も洗う、全身隅々まで綺麗にする。
これ最低限のマナー。

お風呂に入る、本日の日替わり湯は湯布院の湯、とても温まる。心地いい。
湯温は四十一度、サウナ前には適温だ。

さて、いただきましょうかサウナを。
では、いただきます。

通い詰めたサウナ室に入る。
おっ!今日は上段が空いている。
珍しいな、もちろん上段に位置を取る。

今日の温度は九十度丁度、湿度はオートロウリュウ前なのか少し低め。
ものの数分で汗をかきだした。

やはり、熱めの風呂の後はパフォーマンスが良い。
島のサウナも良いが、やはりガスストーブのサウナのパワーは違うと感じる。
熱の入りが良い。全身に熱を感じる。

ワンセット目なので無理はせず。物足りなさを残しながらもサウナ室を出る。

掛け水をしてから、水風呂へ入る。
これは絶対的なマナー。
本日の超冷水風呂は七度の設定、グルシンだ(シングル温度の水風呂のこと、サウナ用語である)
痺れるねー。

本当は潜水は禁止されているが、ごめんなさいと心で言いながら、一気に頭まで浸かる。
そして直ぐに超冷水風呂から出る。
タオルで軽く身体を拭く。

外気浴場にはお客が多かったので、残念ながらインフィニティーチェアーはお預け。

椅子に浅く腰かけて、心拍数に意識を向ける。
『黄金の整い』の時間だ。
呼吸に意識を向ける・・・複式呼吸を繰り返す・・・深い自己催眠状態へと入っていく・・・空気中の神気を吸い込み、体の要らない汚れを吐き出していく・・・体に神気を溜めていく・・・体中が神気に満ちていく・・・整ったー・・・余韻を味わう・・・

余韻に浸っていると声を掛けられた。

「あっ、お久しぶりです」
目を開けると見慣れたサウナフレンズがいた。

「おっ!久しぶり」
余韻が消え、即座に反応した。

「どうしてたんですか?全然見かけなくなったから、どうしたのかと心配してましたよ」
サウナフレンズの飯伏君だ。

「おお、悪い、悪い、ちょっと遠出をしててね」
身体を起こして彼を見た。
まさか異世界の無人島にいたとはいえ無いな。

「サウナハットおじさんなんて、もしかして死んじゃったんじゃないか?なんて言ってましたよ」
死んだって唐突な。

「俺の事?」

「ええ、そんな訳無いじゃないですかって、話してたところでしたよ」

「ごめん、ごめん、心配かけちゃったな」
俺の全身を見回して、彼は言った。

「なんかちょっと雰囲気変わりました?」

「そう?自覚はないけど」
変身で六十歳に戻ったけど甘かったか?

「だって、話し方も、今までは私って言ってたのに、俺って、珍しく口調が若返ってるじゃないですか」
しまった!これは良くない。
肉体につられて精神が若返ってしまっていた。
こちらでは言葉使いも、六十歳の自分に戻らないといけない。
初歩的なミス、これはよくないぞ。
気を付けねば。

「ははは、そうだった?」
取り繕うように笑ってみせた。

「そうですよー」

「ハハハ」
笑って誤魔化すしか無かった、顔引きつってるかも?

サウナフレンズの一人の彼の名前は知らないが、私の中では飯伏君で通っている。
なぜ飯伏君かというと、私の好きなプロレスラーの飯伏選手に顔が似ているからだ。
それに彼もプロレスが好きらしい。
だから勝手に飯伏君と心の中で呼んでいる。

多分、同様に彼も私に仇名を付けて、心の中で呼んでいると思う。
私の予想としては、「豊川さん」だと思う。
何故かと言うと、前に
「俳優の豊川なんとかさんに似てるって、言われたことないですか?」
と言われたことがあるからだ。

そう言われて、ネットで調べてみたところ、確かに見たことがある俳優さんで。
いぶし銀でイケメンの俳優さんだったので少し嬉しかった。

実は他でも、その豊川なんとかさんに似ていると、言われたことはあったので、違和感は無かった。
私と同じ仇名センスならばそうなるが、本当の所は彼のみぞ知るである。

そして、サウナ愛好家あるあるだと思うが、付き合いは長いのに、お互いの名前は知らないという現象。
お互いの家族、仕事先、趣味なども知っており、もはや友人と呼べるほど仲は良い。
合えば、必ず挨拶はするし、世間話もする。
時には相談事までするのに、名前は知らない。
そして、勝手につけた仇名を心の中で呼んでいる。

こういった仲間が私には、七人ほどいる。
まずはこの飯伏君、先ほど名前がでた、サウナハットおじさん、師匠、柔道マン、ワクワク君、マリオさん、コラントッテさん、このサウナフレンズ達は会うと必ず挨拶をし、世間話をする。

世間話といっても大半はサウナについてなのだが、それはそれで楽しい。
今日は客数が多いから温度が低い。
今日の水風呂は温度が低め。
今日はサウナの日だから温度が五度高い。
今日の外気浴は寒いからいまいち、等々。
まぁあとは、あそこのサウナ施設が良いとか、ここのサウナはここが良いなど。
耳寄りな嬉しい情報も多々ある。

そして、この飯伏君だが、ほぼ友人関係のような付き合い。
彼の職場や趣味、お勧めのサウナや好きな映画まで知っている、挙句の果てには、奥さんとの関係性まで相談に乗ったことがあるぐらいだ。

彼とは知り合ってから、もはや十年以上経つ。
そんなに長い付き合いなら、名前ぐらい聞いても?と思われるかもしれないが。そうともいかない。

そりゃあ聞こうと思えば、聞けるし、聞かれれば答えるが。
ずっとこの関係で来ていて、今さら聞いてもなぁ、というところだろうか。
名前を聞くのも今となっては、正直恥ずかしいのだ。

多分、私と同様に、向うも私のことを勝手に仇名?名前?をつけて、心のなかで言っていると思うし、今さら名前を聞くのもなと思っていると思う。
でも、この関係が実に心地よかったりもする。
このサウナフレンズとの距離感が、私にとっては心地いいのだ。

「そろそろニセット目行くけど、行く?」

「行きましょう、行きましょう」
二人揃ってサウナ室へと向かった。

さて、まずは一つ気になったのは、やはりこの世界の神気は濃い。
日本での『黄金の整い』で、久しぶりに充実した満足感があった。
異世界では、正直物足りなさがあったのだ。

日本での整いは、何と言ったらいいか表現に困るのだが、あえて言うなら。
神気が上手い、の一言に尽きる。
日本の神気が濃いのか、異世界が薄いのか?創造神様が言う通りならば、異世界が薄いのだろう。

そして後は、こちらでも能力が使える。
ただ、使い道はほとんど無い。

何故なら、下手に使用しているところを誰かに見られたら、とんでもないことになるに決まっている。
それぐらいは深く考え無くても分かるものだ。

『転移』するところを見られたり『自然操作』をしてるところを、見られるどころか、動画を取られてしまったら、とんでもないことになるのは目に見えている。

こちらでは、あくまでも一般人として暮らさないといけない。決して神様修業中な感じを出してはいけない、先ほどの一人称問題も、もっと気をつけるべきなのだ。

もしバレてしまった場合、最悪は異世界に入り浸るという手も無くは無いが。
それは、こちらでのサウナ満喫生活の終焉を意味する。
それは望むところでは全く無い。
というか、あり得ないし、望まない。

まだまだ日本でのサウナ満喫生活を捨てる気などまったく無いのだ。
せっかく帰ってこれたのだから、上手くやっていきたい。



帰宅した。
絶賛日本の物品で島に持ち込んでもいい物を物色中。

とにかくプラスチック製品はNG。
その理由は、あまりに不自然だからだ。
プラスチック用品は、異世界では一切見かけないものであると考えている。
まだ異世界の島以外の世界を知らないが、そう考えた方が、無難だと思っている。
それだけ石油製品は異世界にとっては、異物だといえることは、間違い無いだろう。

ここで俺は、違和感を感じた。
よくよく考えてみると、島の生活では、ゴミというものは一切無かった。
無駄であると考えられる、獣の内臓も、一部はウィンナーの皮に使ったりしている。

それ以外のものは、本当はホルモンなどにもしたいのだが、今はそれほどの余裕が無い為、あえて畑の肥料にしている。
今では、広大になった畑には足りないぐらいだ。

そして、一番利用価値が無いと思っていた獣の骨も、細かく砕けば、良質の肥料として活用出来ている。
更に獣の皮は『合成』で上質な衣服へと変わる。
捨てるところが無いといった具合だった。

だからと言って、獣の乱獲はしない。
沢山あればいいというものでは無いと、分かっているからだ。

そういった感じで見ていくと、持ち込める物はほとんど無かった。
ただし、危険を承知でも持ち込みたい物がいくつかあった。
まずは、歯磨き粉と歯ブラシ。

島では、木から歯ブラシを造って、使っているが、使用感や満足度がとても低い。
正直洗った感覚が薄いのだ、匂いすら残っているのでは?
と感じる時すらある。

毎回念の為『分離』で歯の歯垢を分離しているほどだ。
日本での歯ブラシを知ってしまっている身としては、余りに歯磨きが不完全なのだ。
必ず収納に保管して、バレないように使用することにしようと思う。

あと、どうしても持ち込みたいのが、シャンプーとリンスと洗剤。
いわゆる汚れ落とし物。

島では、貝殻から石鹸を『合成』にて、作成できたのだが。
どうしてもシャンプーとリンスと洗剤はできなかった。
と言うのも、原材料が何なのかさっぱり見当が付かなかった。
前にシャンプーの材料の表記を見たことはあったが、薬品的な響きの表記が大半で、さっぱり分からなかった。

薬品や、石油系の物が含まれていることは前々から知っていたが、改めて造る側に回ってみると、全然作れなかった。
シャンプーやリンスや洗剤は、百円均一で瓶を買ってきて、詰め替えて持っていこう。

唯一、そのままで持ち込めると分かったのは包丁のみ。
これは嬉しい、やはり日本の包丁の切れ味たるや、世界一だと感じる。

『加工』によって造った包丁は島にもあるが、はやり切れ味が違う。
日本の技術はあっぱれである。

しかし、こうして見てみると、現代社会には石油というものが深く関わっていることに、考えれさせられる。
快適で便利な生活には、石油資源が必要ということなのだろうか?

ただ、異世界では、魔法がある為、資源に頼ることはないということなのだろう。
まだまだ異世界を知る必要があると感じる。

もし、この日本のレベルの科学力を持ち合わせ、かつ、そこに魔法の技術が融合した国があったとしたならば、手を付けられない脅威となると思う。
今は無いことを祈ろう。



突然だが、なんてことない話をしよう。
ランクアップ時や能力獲得時に鳴る、自分にしか聞こえないあの音。
ピンピロリーンの音の後に流れるアナウンス

「熟練度が一定に達しました、ステータスをご確認ください」

何か聞いたことがある声だな、誰の声だろうとずっと気になっていたのだが、その答えがやっと分かった。

「ETCカードが挿入されていません」
この人の声だった。
とても聞き慣れていた声だった。
ていうかこの人なの?というぐらい似ている。

本当になんてことない話です。



旅の準備は着々と進んでいる。
現状としては、俺以外の家族の四人は、全員人化のスキルにて、ほぼ完璧な人化ができるようになっていた。
唯一、疑わしいのはギルで、気を抜くと、尻尾が生えてしまうようだ。

まだ時間は充分にある。
焦らず頑張れ!
四人のステータスはこの通り

『鑑定』

名前:エル
種族:ペガサスLv15
職業:島野 守の眷属
神力:0
体力:2304
魔力:4123
能力:風魔法Lv17 浮遊魔法Lv16 氷魔法Lv15 雷魔法Lv15 治癒魔法Lv10 人語理解Lv7 人化Lv7 人語発音Lv6 念話Lv1

『鑑定』

名前:ゴン
種族:九尾の狐Lv15
職業:島野 守の眷属
神力:0
体力:1984
魔力:2893
能力:水魔法Lv18 土魔法Lv16 変化魔法Lv14 人語理解Lv7 人化Lv5 人語発音Lv5 念話Lv1

『鑑定』

名前:ノン
種族:フェンリルLv17
職業:島野 守の眷属
神力:0
体力:4301
魔力:2802
能力:火魔法Lv18 風魔法Lv17 雷魔法Lv17 人語理解Lv7
人化Lv5 人語発音Lv5 念話Lv1

『鑑定』

名前:ギル
種族:ベビードラゴンLv6
職業:島野 守の子供
神力:540
体力:3001
魔力:3203
能力:人語理解Lv5 浮遊魔法Lv4 火魔法Lv6 風魔法Lv7 土魔法LV4 人語発言Lv5 人化魔法Lv4 念話Lv1 念話(神力)Lv1



ゴンが相談してきた、魔法の開発についてだ。
俺が能力開発をしている姿を見て、刺激を受けたということらしい。
ただ魔法の開発と能力の開発がイコールかどうか分からないので、何とも言えないのだが。

「私の特性を生かした魔法を開発したいと思っていますが、何から手を付けたらいいのか分からなくて、主はどのように能力を開発しているのですか?」

イメージとかいろいろだが・・・

「うーん、俺の能力の開発方法が、そのまま魔法の開発に繋がるかどうかは分からないがいいのか?」

「はい、お願いします」
姿勢を正すゴン。

「俺の場合はとにかくイメージを固めること、ここに尽きる」

「イメージですか」
いまいち掴みきれていない様子。

「そう、ちなみにどんな魔法を開発したいんだ」
まずはそこからかな。

「今考えているのは『透明化』です、私は変化が得意ですので、親和性がある魔法かと考えてまして、開発しやすいのかな?と」
確かに『変身』と『透明化』は親和性があるような気はするな。
『透明化』は俺も必要と考えていた能力だから、ちょうど良い機会かもしれない。

「うん、良いアプローチじゃないかな」

「しかし、先に話したとおり、何から行えばいいのか分からず、主はどうしてるのかと思い、聞いてみたのです」
俺はイメージを固めるのが最優先なのだが・・・

「じゃあ、ちょっとやってみるか」
お手本としては、やってみた方が早いということだろう。

「はい、お願いします!」
俺の前にゴンを座らせて、俺も座る。

「まずは、全身の力を抜く、そして、イメージし易いように、目を閉じる。最初に透明化のイメージを造る。自分の体を意識し、自分の体が、どんどん薄くなり、空気中に溶けていくことをイメージする。どんどんどんどん溶けて行って、体が透明になる。だが、ちゃんと意識は保っている。体は空気に溶けて、見ることはできない。だが、ちゃんと意識はある。そして、今度は気配を消す。空気中にまだ、残っている存在感も空気中に溶かしてしまう。まだ足りない。もっと透明にする。ただ、見えないだけでは透明では無い。存在そのものが無くなる。存在その物が無くなっているので、人や物が、その空間を通り抜けることができる。そのイメージをより深く、より深くイメージする。だが意識は保っている。そして最後に神気を全身に纏わせる」
こんな感じかな。

あら?

ピンピロリーン!

「熟練度が一定になりました。ステータスをご確認ください。

「あれ、俺が開発しちゃったみたい」

ゴンが思わず叫んだ。
「えー!置き去りー!勘弁してくださいよ!」
すまぬゴン。



旅の準備を重ねるに連れ、皆がんばっているが、中でも特にノンがとてもがんばっていると思える。

今のノンは、ギルにとって、本当に頼れるお兄ちゃんになっている。
ただ、皆がいないところでは、相変わらず俺に甘えてくるのは、可愛らしいと感じる。
ノンは本質的に甘えん坊なのだ。

ゴンは魔法の研究を始めているが、まだ、成果はでていないらしい。
焦らなくこつこつやっていって欲しい。

エルは、一度天使の村に帰り、無事を兄弟姉妹に知らせにいった。
お見上げに持たせた、食物やアルコール類に、無茶苦茶興味を持たれて、ちょっとした騒ぎになったらしい。
騒ぎを抑えるのに、必死だったと疲れた顔で言っていた。
それだけ島の農作物が品質が良いのだと、改めて実感した。
ありがたいことです。



僕はギル、ドラゴンだよ、まだちっちゃいけどね。
でも獣型になれば、ノンにいちゃんの倍以上大きくなれるんだ。

すごいでしょー。

僕は今、ノン兄ちゃんとゴン姉ちゃんを背中に乗せて、飛ぶ練習をしてるんだ。

これが出来るようになったら、旅に出かけるんだって。

楽しみだなー。
どんな旅になるんだろう?

僕は兄ちゃん達とは違って、神様らしいんだけど、よく分からない。

ゴン姉ちゃんが前に、
「神様は偉い存在だから、ギルは強く逞しく、そして優しいドラゴンになりなさい」
って言ってたけど、よくわかんない。

僕はパパみたいになるんだ。

僕はパパが大好き、パパは強くて逞しくて、そして優しいって、ああ、ゴン姉ちゃんの言ってたことが分かった。
やっぱりパパみたいになればいいんじゃん。
これが正解なんじゃん。

僕の好きなことは食べることと遊ぶこと。

サウナは好き、『黄金の整い』は止められない。
あれはなんというか、神力がググっと満ちて来て、すごく気持ちいいし、強くなれた気がするんだ。

教えて貰ってから毎日やってるよ。

あとね、パパのピザは旨いんだよ、すごく美味しいの。

いろいろあって、トマトのやつとか、カレーのやつとか、味噌のやつとか・・・

僕はトマトのが好きだけどね。
次に好きなのはカレーかな、あのピリッとした味がお気に入りなんだ。
パパがピザ釜でピザを焼いてる姿は、かっこいいんだよ。

僕もピザ焼けるようになるかな?

あっ食べたくなってきちゃった、飛ばなきゃならないのに。

「ノン兄ちゃん、お腹減った。」

「ギル、もうお腹減ったの?さっき食べたばっかじゃん」
呆れた顔でノン兄ちゃんが答えた。

「だって、ピザを思い出したら、食べたくなってきちゃったんだもん」

「ふぅ、困った子ね」
ゴン姉ちゃんがやれやれといった具合で、首を横に振っていた。

「もうあと、三回飛んでからね。ピザなら主は喜んで作ってくれるだろうから『念話』でお願いしておきなさい」

「うん分かったー」
嬉しいなー、やったぁ!

僕はマルゲリータが好きなんだよ。
作ってくれるかなー?

『パパ、今日ピザ作ってくれる?マルゲリータが食べたくなっちゃった』

『いいぞ、準備しておく』
やった、今日はピザだ!



清々しい朝だった、そよ風が心地いい。
いつものごとく、日の出と共に起きた俺は、海岸を散歩中。
あえて裸足で海岸を歩く、海岸の砂を踏む足の裏の感触が心地いい。

そろそろかな?
と考えていると、世界樹からの通信が入った。

「守さん、気持ちの良い朝ですね」

「ええ、そうですね」
何だろうか、予感を感じる。

「守さん、いよいよですよ」

「わかりました、向かいます」
そう言うと俺は、創造神像の隣にある、世界樹の次木へと向かった。
俺がたどり着くと、ちょうど始まったようだ。

次木が白い光を放ち出した。
やがてその光は、金色へと変化した。

そして、金色を通り越して、真っ白な色に世界を染めた。
目が眩んで直視できない。

「生まれますよ」
世界樹が教えてくれた。

まだ視界を失ったままだ。
そして、次第に視界が戻ってきた・・・

そこには一人の女性が俺の前に立っていた。
その女性は、目立つ緑色の髪をしており、頬には見たことがない模様を携えていた。
その表情は朧気で、薄っすらと笑みを含んでいる。
とても上品な大人の女性の雰囲気を醸しだしていた。

「おはようございます、守さん」
声は俺の良く知っている世界樹の声だった。

「おはようございます。そして、誕生おめでとうございます」
と俺は返した。

「そろそろ、お役に立てるころかと、思いましたので」
世界樹さんは、にっこり微笑んでくれた。

「ええ、まったくその通りです。これからお世話になります」
俺は頭を下げた。

「いいえ、こちらこそお世話になります。さっそくなのですが、いろいろ見て回ってもよろしいですか」

「構いませんよ、では、世界樹さん、ご案内させていただきます」
と俺は誘導した。

島を見て回ってみる、俺達が住む所を中心に。
どうやら世界樹さんは畑に一番興味がある様子。

世界樹さんは楽しそうにしているようだ。その表情は微笑を含んでいる。

「ところで守さん、私に名をいただけませんか。世界樹さんでは、心の距離を感じます」
いきなりの申し出に俺は戸惑ってしまった。

「私が名付けていいのですか?」

「もちろん。ぜひお願いします」
世界樹さんはにっこり微笑んだ。

さてどうしようかな・・・

皆がぞろぞろと起きてきた。
こちらを見て何事かと集まってきていた。
世界樹さんを見て、皆んなはビックリしている。

「皆、紹介するよ、世界樹の分身体のアイリスさんです!」

「「「ええー!」」」
皆さん朝から良いリアクションです。
あっ、ノンの顎外れたかも・・・相変わらずいいリアクションだな。
ありゃりゃ、ギルが倒れた・・・ん?二度寝した?
どっちなんだ?
まあいいか。



私くしはエル、ベガサスです。

先日ご主人様の許可を頂き、天使の村に帰省いたしましたの。
久しぶりに会った、兄弟達にものすごく歓迎され、心配を掛けたと改めて思いましたの。

アグネス様から、私は元気だと話しを聞かされていたとはいえ。
悪い事をしたと反省しましたの。

でも、あの子達ったら無いわ、

「無いわったら、無いわ!」

失礼、例の発作が・・・

実は、お土産を持参したところ、奪い合いがおこりましたの。
しまいには、殴る子やら蹴る子までいて、あー、はしたない、はしたないですの。
気持ちはわかりますの、島の野菜は、そりゃー、もう格別ですの。
特に人参は最高!焼いても良し、煮ても良し、蒸しても良し、揚げても良し。

「よし、よし、よし、よーし!」

あっ、ついまた・・・

次はお土産は持参いたしませんの。
あの子達ったら。
チッ!
無いわ!




ほぼ全ての準備が完了した。なので、本日は、島野家の重要な会議。
多少緊張感が漂っている。
アイリスさんもオブザーバーとして参加してもらっている。

「さて諸君、本日は今後の方針を改めて話し会おう思っている、よろしいでしょうか?」
皆が頷く。

「そろそろ準備は整ったと思う。したがって、我々は旅に出る。とは言っても、いつでも直ぐに帰って来れる旅だ。旅の間の、島の畑の管理や家畜の世話、家の管理は、アイリスさんにお願いしてある。アイリスさんよろしくお願いします」
俺はアイリスさんに頭を下げた。

「「「よろしくお願いします」」」
アイリスさんに全員で頭を下げた。

「いいえ、私も畑作業は好きですので、お構いなく」
と手振って答えてくれる。

「アグネス便の方もよろしくお願いします。農作物や調味料等、好きに使ってもらって構いませんし、家も自由に使ってくださいね」
アイリスさんは軽く会釈した。

「では、遠慮なく」

「さて、旅の目的は、前にも話した通り、世界を見ること、知ることと、神様に会うこと。これが大きな趣旨だ」
皆、真剣に聞いている。

「まずはコロンの街から始める予定だ。基本的には旅先の宿に泊まろうとは考えていない為、島に帰ってくる。というより、しょっちゅう帰ってくるつもりだ。」
ノンが手を挙げた。

「なぜしょっちゅう帰ってくるんですか?」
ナイスな質問です。

「いい質問だ、なぜなら毎日サウナに入りたいからだ」

「「おおー!」」
ノンとギルが声を漏らした。

「サウナいいよねー」
ギルがしみじみと話している。
こいつも今では立派なサウナ愛好家だ。

「なので、旅というほどの物にもならないと思うぞ、ただ何が起こるか分からないから、気は引き締めておくように、特にこの島のことと『黄金の整い』と、俺の能力については、厳禁だからな」

「「「はい」」」
皆が口を揃えた。

「あと、訪れる旅先で、簡単な行商人みたいなことをやろうと考えている。まずはこの島で採れた野菜を、販売して旅の資金に充てようと思う」

「うん、良いと思いますの」
エルが言った。

「先日の帰省の時に配った野菜は、とても評判がよかったですの。あと、アグネス様が販売している野菜も、飛ぶように売れていましたの」
エルは誇らしそうにしている。

「まぁそんなところかな。質問はありますか?」

ゴンが手を挙げた。
「食事はどうされるのですか?」

「基本的には弁当を俺の収納に入れておくようにする、でも現地での食事を中心にしたいと思う」

ノンが手を挙げた
「バナナはおやつに入りますか?」

「おまえそれ、どこで覚えたんだ?」

「テヘ!」
ノンがとぼけていた。



やぁ!ノンだよ。
今日は僕にとって、とても大事な日なんだ。

僕の右手には大きなうちわと柄杓が握られている。
そして、左手には水の入った桶を持っている。

僕はこの日の為に主が用意してくれた、Tシャツを着ている。
そのTシャツには

「NO熱波 NOLIFE」

という言葉が書かれている。

緊張を解すために、僕は腹式呼吸をしている。
何でも主が言うには、緊張を解すにはこれが一番いいんだって。

既に皆には、サウナ室に入って貰っている。
そろそろいいころだと思う。

僕は本日『熱波師デビューいたします!』

サウナ室に入るとアイリスさん以外の皆が、待っていた。
アイリスさんは植物だから、高温は駄目なんだって。でもお風呂は好きみたい。

サウナ室に入ると、僕に視線が集まった。
その視線を尻目に、僕は準備にとり掛かる。
準備を終え、皆の様子を伺う、皆いい感じで汗をかき始めている。

「本日は島野サウナにご来店いただきまして、まことにありがとうございます。私しこの時間のアウフグースサービスの担当をさせていただいております、ノンと申します」
皆が拍手で向かえてくれた。
少し嬉しかった。

「ヨッ!」
と主が声を掛けてくれた。主の笑顔が眩しかった。

「では最初にアウフグースサービスについて、ご説明させていただきます」
ギルがニヤニヤしている。

「熱されたサウナストーンに、アロマ水を掛け、発生した蒸気をサウナ室全体に拡散いたします。その後お一人様三回、こちらの巨大うちわにて、熱波を送らさせていただきます。本日のアロマ水はレモンのアロマ水となっております」

「ノンいいぞ!」
主が叫んでいる。

「これを二セット行わせていただきます。その後、お替りをご所望の方は、気が済むまで何度も行なわせていただきます」
最後に、これは絶対言わなければいけないセリフを言う。

「一気に体温が上昇いたしますので、途中で退席していただいても構いません。決して無理はしないようお願いいたします」
皆に言い聞かせるように視線を送った。

「それでは、始めさせていただきます」
桶に入ったアロマ水をサウナストーンに掛ける。
アロマ水が音を立てて蒸発していく。

この時に重要なのは、一か所に集中して掛けないこと。
全体に掛け回すことで、蒸気の発生がよくなる。
これをまずは二廻しする。

そして、巨大うちわで、まずはサウナストーンに向かって風を仰ぐ。
そうすることで蒸気は上方に向かっていく、そこから上方を中心にサウナ室全体に蒸気が行き渡るように、うちわで蒸気を行き渡らせる。

「蒸気が行き渡りましたでしょうか?」

「「「はい」」」
いい返事をいただきました。

まずは最前列のギルから行う。

「ではいきます。1、2、3」
団扇で扇ぐ、お辞儀をする。
ギルが何とか熱波に堪えている様子。

次は隣に座るゴン。
「ではいきます。1、2、3」
団扇で扇ぐ、お辞儀をする。

堪えられなかったようで、ゴンはサウナ室から退席した。

続いては上段の入口傍に座っているエル。

「ではいきます。1、2、3」
団扇で扇ぐ、お辞儀をする。

エルは歯茎をむき出しにしながら耐えていた。

最後に上段の最奥に控えている主。
主は両手を挙げて迎え撃つ状態で待っていた。

「ではいきます。1、2、3」
団扇で扇ぐ、お辞儀をする。

主はゆっくりと頷いている、さすがの貫禄。

「では二回目を行います。」
既に僕も汗だくになっている、けどまだまだいける。

アロマ水をサウナストーンに掛ける、いい匂いを漂わせて再度蒸気が上がる。
サウナ室全体にうちわで蒸気を拡散した。

「もう無理!」
と言ってギルはサウナ室を出た。

本当は、ここで簡単な世間話をするように言われているのだが、そんな余裕は今の僕には無かった。
でもなんとか頑張って。

「初めてのアウフグースサービスはいかがですか?」
とエルに話かけた。

「なかなかよろしいですの」
と返すエル、だが既に虫の息な感じの様子だった。

「蒸気は行き渡りましたでしょうか?」

「「はい」」

まずはエルから。

「ではいきます。1、2、3」
団扇で扇ぐ、お辞儀をする。

エルは脱兎のごとくサウナ室から駆け出していった。

そして、いよいよ主の番。

「ではいきます。1、2、3」
団扇で扇ぐ、お辞儀をする。

主は腕組をして熱波を受けていた。

「これで終了となりますが、お代わりをご所望の方はいらっしゃいますでしょうか?」

「はい!」
と全力で手を挙げる主。

「ノン、三回といわず十回仰いでくれ」
やっぱりそう来たか、さすがは主だ。

僕もそろそろ意識が朦朧としてきたよ、だけど負けない。

「ノン、アロマ水を自分の頭に掛けなさい」
な!その手があったか!

「ただし、これは俺の前だけのことにしなさい。他のお客様の前では止めておきなさい」
お客様って・・・意味は分かるけど・・・流石は主だ・・・サウナに対して妥協が無い。

僕は、アロマ水を頭から被った。
すると、一気にシャキッとした。

「ではいきます。1、2、3、・・・・8、9、10」
主は両手を広げて熱波を受けていた。

「ノン、良い熱波だったぞ」
といって主はサウナ室を出ていった。

僕はサウナ室を片付けた後に、サウナ室を出た。
これにて熱波師デビューいたしました!
あー、しんどい!



この島に来てから一年が経った。
全員で創造神様の石像の前にいる。皆一様に手を合わせている。

「準備はいいな」
アイリスさんに一礼し、俺はエルの背に跨った。

ノンとゴンは獣型のギルの背に乗っている。
ドラゴンの成長は早いもので、獣型の身長は既に六メートル以上になっている。

「じゃ、アイリスさん、留守はお任せしますね」

「気を付けて行ってらっしゃい」
アイリスさんが手を振っていた。

「行ってきます!」
皆がアイリスさんに手を振った。
エルと、ギルが上空に浮かび揚がる。

「さぁ、いこうか!」

東に向けて、俺たちは旅立っていった。