俺はエクスの紹介を一通り終わり、一旦大食堂に食事に行くと、宴会場のステージで右往左往しながら、ブツブツと一人ごちているギルを見つけた。
夜の催し物の練習なのだろう、集中して予行練習をしているようだ。
その様は鬼気迫る感じがあった為、ちょっと話し掛けることにした。
少し力が入り過ぎているように見えたからだ。
心に余裕が無ければ、上手くはいかないだろう。

「おい!ギル!」
ギルには声が届いて無いようだ。

「おい!ギル!」
腕を掴むと、ギルがやっとこちらを見た。

「何?パパ?」
相当集中していたんだろう、かなり驚いている。

「ギル、力が入り過ぎじゃないか?」

「うう・・・でも完璧にやりたいから・・・」

「そうか・・・でも、どうしてこんなお披露目をしたいと思ったんだ?」

「・・・だって・・・」

「だって?」

「頑張ったんだもん、それに話したいじゃないか!島野一家の凄さをさ!」
おお・・・流石は中二病ということか・・・でも気持ちは分からなくもないな。
自慢の家族のことを話したいのはよく分かる。
それにダンジョンでの出来事は、語るにはうって付けだ。

「そんなに力むなよギル、ちょっといい事教えてやろうか?」

「良い事?」

「ああ、多人数を前に話すテクニックだ」

「そんなのあるの?」

「ある」
俺はとあるテクニックについてギルに説明した。

「え!・・・嘘!・・・なるほど・・・」
ギルは感心していた。

「・・・こんな方法があるんだ・・・」
そのテクニックの意味合いを即座に理解したギルは、これまでの鬼気迫った表情から、ゆとりのある表情へと変化していった。
話の飲み込みが早くて素晴らしですね。
よく出来た息子じゃ。ガハハハ!

「なるほどね、流石はパパだね・・・分かったよ。今日は全力でいくよ!面白くなってきたよ!」
ギルはやる気に満ち溢れていた。
その表情は輝いて見える程だった。



刻一刻と時間が迫ってきており、大食堂には多くの観客がひしめき合う様に、その時を待っていた。
客の顔ぶれを見ると、神様ズを筆頭に、ハンター達の数が多く、またよく知る者達の顔も多かった。
開演を前にして、歓声がどんどんと高まっている。
それだけ、この後に行われるイベントに、期待を寄せているということなんだろう。
観客はざわめきに包まれていた。

そして困ったことに、更に観客の数が増えてきていた。
その原因はカインさんだ。
昨日のギルの語りを聞いた者や、聞けずにいた者達を大勢引き連れて、サウナ島にハンターの大軍勢がやってきた。
もはや大食堂のキャパを超えている。
それでもまだ入りきらないと、スーパー銭湯の受付をストップする始末だ。

暴動でも起こるのではないかという騒ぎになっていた。
これは不味いと、全社員の中から拡声魔法を持った者達が急遽集められた。
スーパー銭湯の入口前にも社員を配置し、ギルの声が届くようにと緊急対応が取られることになった。
俺は到底大食堂には入れず、裏口から入り、厨房の中からギルを見守ることにした。
そして遂に開演の時間を迎えることになった。
ギルのオンステージである。



照明魔法に照らされて、ギルが舞台の真ん中に現れた。
その途端に、とてつもない大歓声がギルに向けられる。

「ギル!」

「待ってました!」

「よ!ギル!」
歓声が巻き起こる。
ギルは直立不動の姿勢で下を向いている。
両手に力を籠め、歓声を受け止めているのが分かる。
ギルは微動だにせずにいた。

そして次第に歓声が止んでいく。
不意にギルが正面を向いた。
それに応える様に、また歓声が沸き起こる。
これは一体・・・
正にアイドルのコンサートの様な様相だった。
ギルの一挙手一投足に客が反応する。
ギルの表情を見るに、それを楽しんでいるのが分かる。
今やギルが眉を動かすだけで、歓声が起こりそうだ。
ギルがゆっくりと両手を挙げ、観客を制した。
そして、観客全体を見まわしたギルが大きく息を吸った後、話し始めた。

「皆、今日は集まってくれてありがとう!」
拡声魔法で大きくなったギルの声が、大きく響き渡る。
それを待ってましたと言わんがばかりに、

「ギル!」

「待ってたぞ!」

「始まったぞ!」
掛け声が飛び交う。
それをギルが頭上で拳を握って制した。

「僕はギル、ドラゴンのギルだよ」
細やかに話だした。
その様に、観衆は息を飲んでいる。

「なあ皆、知ってるかい?昨日、エアルの街のダンジョンは踏破されたんだ・・・」
ギルは淡々と話しだした。
ギルの意外なテンションに、観衆は息を飲んでギルの話を聞こうと、集中しだしていることが分かる。
観客は小声で、

「知っている・・・」

「ああ、そうだな」

「分かってるよ・・・」
観衆も小声になり、ギルのテンションに引きずられている。

「そうだよ、ダンジョンを踏破したのは誰だい?!」
ギルが観衆に問いかける。

「それは・・・島野一家だろ?」

「そうさ、島野一家だ!」

「ああ、島野一家さ!」
観衆が騒めく。
一転して急にハイテンションでギルが叫んだ。

「ダンジョンは僕達!島野一家によって踏破されたんだ!」
ギルは拳を突き上げた。

「ウオオオオオオ!」
会場が割れんかと如く揺れた。
すさまじい歓声になっている。
まるで獰猛な獣が暴れまわっているみたいだ。

「おめでとう!」

「やったぞ!」

「素敵!」
会場全体が一気に沸点に達した。
それにしても、ギルの煽りたるやいなや。
まるで一端のメインイベンターだ。

まあそれもそうだろう、昨日の語りでギルは二つの能力を手にしていた。
『熱弁』と『千両役者』である。
まさか照屋のギルが、こんな能力を手にするとは・・・
中二病ここに極まれりだ。
ほんとどうにかしてるよ。

おそらく今は『千両役者』の能力を使っているのだろ。
ギルの存在感が、とても大きくなっているのが分かる。

「皆!ダンジョン踏破の物語が聞きたいかい?!」
耳に手を当てている。

「聞きたい!」

「教えてくれ!」

「その為に来たんだ!」
完全に客はギルに乗せられている。
それをギルは分かった分かったと、頷きながら辺り一面を見回す。この空間は既に、ギルに支配されていると言ってもいいだろう。
ギルの手の平で踊らされている。

「あれは、およそ五日前の出来事だった。僕達島野一家は、ダンジョン踏破に向けて、エアルの街に降り立った」
今度は能力を『熱弁』に切り替えて、語りを始めたギル。
観衆は押し黙り、ギルの話に耳を傾けている。
ダンジョン踏破物語が今、開幕した。



僕は不思議な感覚に包まれている。
ダンジョンでの出来事を、僕の見て来た事実を、僕の感じた想いを、僕の体験したことを皆に聞かさせている。
僕はパパと同じで、人前に出ることは、あまり好ましくない事だと思っていた。
でも今の僕は、充足感と多幸感に包まれているのが分かる。
大勢のハンター達を目の前にして、考えることよりも先に言葉が浮かんでは、僕の口から発せられる。
そしてその言葉にハンター達が、一喜一憂している。
その興奮が僕を虜にしているのが分かる。

語ることで興奮している?
大勢の注目を浴びて興奮している?
話を聞いて喜んでくれているのが分かるから興奮している?
分からない、でも高揚感が収まらない。
突如パパから話を振られた。
たぶんめんどくさくなったんだと思う。
パパにはそういう節があるからね。
もう慣れっこだよ。
いきなりボールが飛んでくるんだ。

僕はパパと行動をすることが多い。
パパが神様達と話をする時は、邪魔にならない様に、僕は隣で黙っていることがほとんどなんだ。
その時はちゃんと話を聞いているよ。
パパが何を考えて、どう思っているのかを理解する様にしているんだ。
パパの会話はテンポがいいから、決して苦にはならない。
レイモンド様と話している時は別だけど・・・ゆっくりの会話に持っていかれそうになるんだよね。

パパは話をする時は、相手の目をしっかりと見て、話しをしている。
多分相手を観察しているんだと思う。
僕もそれに倣って話をする時は、相手の目を見る様にしているよ。
パパが前に言っていたんだ、目は口ほどに物を言う。ってね。
それはよく分かる。
特にテリーなんかは、疾しい事があると直ぐに目に出るんだ。
ばればれだよ。
ほんと分かり易いよ。

僕は決して話が上手な質ではない。
どちらかというと、苦手な方だと思っていたぐらいなんだ。
でも、今の僕は違うみたいだ。
大好きなダンジョンを、大好きな家族と踏破して、それを皆に話したかったんだ。
そして聞いて欲しかったんだ。
だからパパから話を振られた時には心の中で、待ってましたって叫んでいたんだ。

そして気が付いたら、
「うん、そうだったね。僕達島野一家はトリプルS級だよ!」
と口にしてしまっていたんだ。

そこからは、僕の独壇場になってしまった。
不思議な感覚だった。
ダンジョンで起こったことを僕が話し、ハンター達や、カイン様、エクスやゴンガス様が僕の話しに聞き入っていた。
時折挟まれる質問や疑問も、いいアクセントになったと感じたよ。
一体感が生まれ、とても幸せで満足な時間を過ごすことが出来た。

そして気が付くと、

ピンピロリーン!

「熟練度が一定に達しました、ステータスをご確認ください」

とアナウンスが入った。
僕には『熱弁』と『千両役者』という能力が備わっていたんだ。

驚いたよ、こんな能力はパパでも持っていないと思う。
どうして僕が?と考えもしたけれども、ほんとはちょっぴり嬉しかったんだ。

そして、カイン様に明日も話して欲しいと言われて、僕は今日を迎えている。
朝起きて真っ先に思ったのは、断ればよかったー。
ということ。
勢いで返事するんじゃなかったと後悔していたんだ。
でも、本音を言えば、少し自信があった。

だって『熱弁』と『千両役者』だよ。
だから後悔は直ぐに捨てて、やるからには完璧にこなしてやろうと考えを改めたんだ。
それからは、食事をしながらも頭の中でイメージを繰り返したよ。
これを話して、こう言ってポーズを決める。
始めは何処から話して・・・
とやっていると、パパから声を掛けられたんだ。
いきなり話し掛けられたからビックリしたよ。
パパからは力が入り過ぎだと咎められた。

言われてみて僕は初めて気づいた。
舞台の上で僕は何やってるんだろうってね。
どうやら僕は集中すると、周りが見えなくなる質のようだ。
やっぱりパパの息子だね。
パパにはそんなとこは似なくていいのにって、言われそうだよ。
でもパパに似てるのは嬉しいな。

そしてパパからは面白いアドバイスを貰ったよ。
それはね『話に困ったら、客に話し掛けろ』というものだったんだ。
僕は直ぐにその意味が分かった。
客に話し掛けることで、余裕が生まれて、テンポも崩さなくなる。
それに話の幅が広がって、全体を巻き込むことが出来る。
流石はパパだ。
これは使わせて貰おう。

なんだか急に肩が軽くなった気がした。
視界もはっきりとしてきたよ。
よし、これなら最高のパフォーマンスができそうだ。



「ダンジョンの魔物は恐れを知らない、本来のジャイアントボアであれば、恐れをなして逃げていくのに、魔物のジャイアントボアは向かってくる。でも、そんなことは想定済みさ。だって魔獣化したジャイアントボアも一緒さ。無我夢中で向かってくるんだ。そんなジャイアントボアを、パパが蹴って首の骨を折っていたよ。まったくもって相手にならないよ」
観客がため息をついていた。
考えられないと思っているようだ。

「君達ならどうやって倒すんだい?」
急に話を振られた、戦士風のハンターが戸惑っていた。

「お、俺かい?」

「そうだよ、君ならどうやって無我夢中で向かってくるジャイアントボアを倒すんだい?」

「俺なら、俺のアックスで一撃さ」
と自慢げに話していた。

「それは凄いね、でも魔物も獣も弱点があるんだ、そこを付いたら簡単に倒すことができるよ」

「おおー!」

「なるほどー」
僕の話に感心している。

「話を戻すよ、そして僕達はセーフティーポイントにたどり着き、転移扉と通信用の魔道具を設置したんだ」

「それはどうやって使うんだ?」
観客から質問が入る。

「簡単なことだよ、通信用の魔道具を使ってカイン様に繋がるから、帰りたくなったら転移扉をカインさんが開いてくれるよ」

「そうか、ありがとう」

「そして、降り立った第五階層、そこも草原だった・・・」
不意にアコースティックギターの音が流れる。
僕の口調に合せてメロディーが流れる。
ステージ脇からギターを抱えてオリビアさんが現れた。
たくさんの拍手が巻き起こる。
それを軽いお辞儀で、遠慮気味に受け取るオリビアさん。
今日の主役は僕だと言わんばかりの態度だ。
それを観客達は理解し、拍手の手を止める。

オリビアさんは僕の話し口調、話の流れに沿って、演奏を変えていく。
僕の語りがより勢いを増して加速する。
僕の心情に合わせてテンポを変えてくれる、最高のBGMが加わった。
流石はオリビアさんだ。
ちゃんと今日の趣旨を理解してくれている。
敢えて最高の脇役を、買って出てくれているようだ。
実際僕がこれまで以上に、気持ちよく語っているのが分かる。
もしかしてこれもオリビアさんの能力なのかな?
と思ってしまう程だ。

僕の熱弁は加速する。
そして迎えた壁のおじさんとの遭遇。
オリビアさんの演奏も、コメディータッチに変わっている。

「だ か ら!それは質問じゃなくて、なぞなぞでしょ?!」

「ガハハハ!」

「そうだそうだ!」

「何だそれ!」
笑いも加わっている。
緩急のついた話の流れに、会場も大盛り上がりだ、よしよし。

「去り際にパパが言ってたよ。やれやれだって」

「ガハハハ!」

「でた、島野さんの口癖!」

「またそれだ!」
ム!なんで俺の口癖で皆な爆笑するんだよ!という顔をパパがしていた。
それも従業員全員じゃねえか!って怒っていたよ。
身内ネタは止めなさいって!とパパは叫んでいた。



「遂に十三階層のセーフティーポイントに転移扉と通信用の魔道具を設置し終わり、僕達はこの日のダンジョンを終了したんだ」
ここで合間の拍手が起こった。
ギルは既に汗だくだ。
既に語り出して、一時間以上は経過している。
だが、未だに衰える素振りも無く、その表情は活き活きとしている。

「ごめんね!誰か水を貰えるかな!」
ギルが声を掛けた。
厨房から水が運び込まれる。
その水を俺が受け取り、壇上に上がった。

そうしたのには理由がある。
ギルの神力が底を付きかけていたからだ。
流石にこのまま続けさせる訳にはいかない。
俺はギルに水を渡すと共に、肩に手をやり、神力贈呈を発動する。
それに気づいたギルが二ヤリと俺を見つめる。
神力が行き渡り、更に気合の入ったギルが、俺の手を掴んで俺をステージに留まらせた。

「ねえパパ、ダンジョン踏破の宴会はどうするの?!」
敢えて観衆に聞こえる様にギルは話した。
こいつ!今これをやるかね?!
どうにかしてるぞ!
っていうかやられた!

「う!・・・どうして欲しいんだ?」

「そうだね、どうしよう?」
俺達のやり取りを期待の眼差しで観衆が見つめる。
勘弁してくれよ!
くそう!嵌められた!

「ああ!もう分かった!明日は入島料金もスーパー銭湯の料金も全て無料だ!そして食い物も飲み物も全品半額だ!」

「ウオオオオオオ!」

「やったあ!」

「明日は大宴会だ!」

「明日は仕事サボるぞ!」
大騒ぎが始まった。
はあ・・・これで勘弁してくれよ、全く。
横を見ると、ギルは勝ち誇った顔をしていた。
ギルは怖い子。
やれやれだ。



ギルちゃん・・・凄いわ!
あの子にこんな才能があったなんて、驚きよ!
エクセレントよ!
この興奮、素晴らしいわ!
でもこれはもっとよくなるわ。

ああー、プロデゥースしたい!
オリビアも分かってるじゃない。
いい音奏でるじゃないの。
即座に合わせるって、最高よ!

衣装を着させて、背景を加えて。
ミュージカル調にしてもいいわね。
話の流れも良いし、時折挟むコメディー要素も良い!
あの子はもっと化けるわよ!

そうだ、守ちゃんにお願いしないと。
ここでは設備が間に合ってないわ。
ちゃんとした会場が必要よ。
これは芸術よ!
ギルちゃん・・・エクセレントよ!
ああ・・・疼いてきちゃうわ・・・
芸術が止まらないわ!
もうどんだけー!



「十四階層は恐ろしかった、このダンジョンに潜って始めて生命の危機を僕は感じたよ。何故だと思う?そう、そこは砂漠だったんだ。異常に熱かったよ。ここのスーパー銭湯のサウナよりも熱かったと思う。ここには真面に十分といられないよ。それだけなら未だしも、魔物が襲ってきたんだ。ジャイアントワームというデカいミミズさ。あいつらは獰猛な牙を口一面に携えて、僕達を食べようと襲い掛かってきたんだ」

「すげえー」

「嘘だろ・・・」

「ああ、嘘なんかじゃないよ。僕は思ったよ。これはS級のハンターでも越えられないんじゃないかってね。僕は島野一家でよかったよ、最強のハンター島野守がいるからね。パパに掛ればここの階層も何とか踏破出来たよ。本当に危なかった」
最強のハンター島野守?
やめてくれー、いやだ!もう帰りたい・・・
いい加減にしてくれよ。
周りの視線が・・・痛いぞ!
こっちを見るな!お前ら!

「次の階層もやばかった、今度は氷の階層だよ。火照った体が一瞬にして冷めていったよ。これはこれで生命の危機を感じたよ。でも僕は見逃さなかったよ・・・」

「何をだ?」

「何だ?」

「どういうこと?」

「外気浴場を探すパパをね!」

「ガハハハ!」

「マジか!」

「やべー、流石最強のハンター!」
おい!ギル俺を弄り過ぎなんだって、いい加減止めろ!
確かに一瞬探したけど・・・バレてたか。
しまったな・・・

「流石はパパだろ?息子の僕も呆れたよ!」

「そりゃそうだ!」

「分かるぞ!」

「なんかやばいな!」
もういいって、次行けよ!次!

「とはいっても、ここもパパがいなければ、踏破はできなかったと思うよ。そういえば皆な、あとでカインさんに確認したんだけど。僕達が挑んだダンジョンは、超ハードモードということらしいよ、今後はこの超ハードモードは、封印するってことらしい。だから僕達を参考にはしないでね」

「出来るか!」

「する訳無いだろ!」

「無理無理!」
ギルも呆れられているようだ。
そりゃそうだわな。



語りはいよいよ佳境に迫ってきていいた。

「そして僕達の旅も今日で最後となる。ダンジョン・・・ダンジョンとは何なのか?ある先輩ハンターは言った、ダンジョンはロマンであると・・・またある先輩ハンターは言った、ダンジョンは夢であると・・・そしてあるハンターはこう言った、ダンジョンは修業の場であると・・・恐らく全てが正解だと思う。でも僕にとっては違う。そう僕にとっては、越える必要がある、踏破する必要がある試練なのだと!」
拳を振り上げるギル。

「いいぞ!」

「もっとやれー!」

「超えていけー!」
全く衰えることなく、観客のハイテンションは続いて行く。

「十八機階層、ここは何と、真っ暗だったんだ・・・」

「・・・」

「なんで・・・」

「そんな・・・」
観客はどよめいている。

「始めは暗くて何も見えなかった、右も左も分からない、そこでまずは目を慣らすことにしたんだ。照明魔法で明かりを照らすのは、魔物に存在を知らせることになるから、返って危険と僕達は判断したんだ。そして数分後、僕達の前には墓地が広がっていた・・・」

「墓地か・・・」
何でそんなといった反応だった。

「肝を冷やしたよ、だってお化けとか出そうなんだもん。お化けってどうやって倒したらいいの?分からないよ。でも僕達は進むしかない。そうしたら案の定お化けが出たんだ。どうしよう、と思ったけどやるしかない。ノン兄が爪で抉ろうとしたけど、通り抜けるんだ。火魔法もぶつけてみたけど、これも通過しちゃう。正直困ったよ、だってあいつらの魔法は、こっちには届くんだよ。どうしろってのさ」

「どうするんだ?」

「ああ・・・」

「僕は思ったよ、カインさんやり過ぎってね。だって効くのは神力だけなんだもん」

「そりゃあひでえな」

「俺達のこと無視かよ?」
今度はカインさんまで弄られてるぞ。
ギルの奴、絶好調だな。
矛先が変わってよかったー。

「まあ、全速で走って無視するってこともできるけどね」

「まあなぁ」

「そして、この階層にはなんとボスが居たんだ」

「ボスだって?」

「それって・・・」

「ああ、リッチスケルトンっていう、法衣を着たスケルトンだったよ。死霊魔法を使うようだったよ、呪われては不味いから、速攻で神力で倒したけどね。あっけなかったよ。拍子抜けだったよ。それにドロップ品が呪いの杖だよ、要らないよそんな物、パパが粉々に砕いていたよ」

「間違いないな」

「要らないな」

「趣味悪!」
カインさんに非難が向けられていた。
カインさんも苦虫を噛み潰したような表情をしていた。

「そして迎えた十九階層、ここは歯ごたえがあったよ。ここは魔獣のステージだったんだ。特に僕は魔獣化したワイルドパンサーがお気に入りだね。あいつは速い上に攻撃力も高いんだ。殺りがいがある相手だよ。僕達は楽しくなっちゃって、二周もしちゃったんだ。ハハハ!」
流石にこれには観客も引いていた。
やっぱりギルも一般人から見ると、どこかぶっ飛んでいるらしい。

「そしてここの階層のボスは、魔獣化したワイルドタイガーが十頭だったよ。その内の一頭はキングワイルドタイガーだ。こいつはダンジョンでしか見ない強敵だよ」

「キングワイルドタイガーだって、伝説の獣じゃないか?」

「ああ、そうらしい、昔は居たらしいぞ」

「へえー」
観客も騒めいている。

「でもテンションが上がった僕達には、どうってこと無かったね。皆な好き放題魔法をぶっ放していいたよ、すっきりしたね。久しぶりの本気の魔法を放てたよ」
はい、また観客が引いてます!
ギル君ちょっとは考えてくださいよ。

「そして、遂に最終階層にたどり着いた・・・ここは凄かった・・・今思い出しても興奮が抑えられないよ・・・そこはジャングルだった・・・それはまだいいよ・・・そこには・・・何と・・・恐竜が居たんだ!」

「ええ!」

「恐竜!」

「絶滅種!」
一気に会場が沸き立った。
全く持って意外な存在の出現に、観客が沸き立っている。
その気持ちは分かる。
俺も心が踊ったからな。

「恐竜は強かったよ!それにデカいんだ!獣化した僕よりも大きいんだ!」

「すげー!」

「ギルよりもデカいって、どんだけデカいんだ!」

「恐竜、ロマンだ!」
観客も大騒ぎだ。
よし、ちょっと手を貸すか。
俺は『収納』から恐竜の牙を取り出して、

「ギル!それ!」
恐竜の牙をギルに投げた。

「皆!見てくれ!これが恐竜の牙だよ!」
ギルは恐竜の牙を掲げる。

「うわー!本物!」

「嘘でしょ!」

「凄すぎるぞ!」
興奮度は更に鰻登りだ。
これはやっぱり、スーパー銭湯に飾った方がいいな、うんそうしよう。
これを持ち出す馬鹿はいないだろうが、ちゃんとガラス張りにして展示しよう。
べたべた触られるのは良い気がしない。
ていうか、いっそのこと博物館でも造るか?

「いろいろな恐竜がいたよ、そしてほとんどの恐竜が堅かったんだ、本気で殴ってもダメージが入らない奴もいたよ。ほんとに強かったし、かっこよかったよ!」

「いいなー!」

「恐竜見てみたい!」

「すげー!」

「陸の恐竜だけじゃないよ、空の恐竜とも、海の恐竜とも戦ったよ。でも海の恐竜は倒せなかったけどね。直ぐ海に潜るんだもん、そりゃないよね」

「・・・」
観客は返事に困っているみたいだ。
そりゃそうだろうな・・・

「そしていよいよ最後の時が迫ってきた・・・最終階層のボスがいる神殿に、僕達は辿り着いたんだ・・・直ぐに向かいたかったがそうはいかないよ、なんといってもお腹が空いてしょうがなかったんだ」
お!数人がずっこけていたぞ。
ナイスリアクション!

「ダンジョン最後の食事はかつ丼だったよ、美味しかったー。メルルはまた腕を上げたね、グルメな僕がいうんだから間違いないよ。お腹が減った人は後で注文するといいよ」
何故か不要な宣伝を挟んでいる。
意外に売れたりして・・・かつ丼・・・

「そしてお腹が膨れて、体力と魔力を回復した僕達は、最後の戦いに赴くことになったんだ」
オリビアさんの伴奏も、緊張感のある演奏に変わってきている。
一気に戦闘モードに雰囲気が変わる。

「僕達は歩を進めた、そしてボスが待つ神殿の扉を前にしていた。僕は思わずパパを見ていた。そしてパパが一家全員を見てから言ったんだ。行くぞ!ってね」
緊張感が一気に増した。

「僕達は扉を開いた、そして大きな室内を照明が明るく照らしだした・・・僕は我が目を疑った・・・だって目の前には・・・あの世界最強の生物が居たんだ・・・まさか会えるとは思ってなかったんだ・・・だってあいつは・・・あいつは・・・Tレックスなんだよ!」

「ウオオオオオ!」

「きたー!」

「最強種!」

「僕は圧倒されたよ・・・不覚にも膝を降りそうになったよ・・・だってTレックスだよ・・・それによく見ると・・・黒い瘴気を纏っていたんだ・・・」

「それって・・・」

「まさか・・・」

「あり得ないぞ・・・」

「そう、そのTレックスは魔獣化していたんだ!」

「イイイイイイイ!」

「ギャアアアアア!」

「イヤオオオオオオ!」
観客も言葉になっていない。

「でもここで僕達も引くわけにはいかない、横を見るとノン兄は獰猛な顔をしていたよ、そしてパパも恍惚の表情を浮かべていたよ、でもよく見ると、目元が・・・獲物を見る猛獣の様だったよ。僕は二人を見て気づいたんだ。僕もこの系統なんだって・・・だって笑いが込み上げて、仕方が無かったんだ。血が騒ぐんだ・・・興奮を止められなかったんだ・・・血が沸き立つのを感じたよ。僕の本能が騒ぐんだ。焼き払え、喰いちぎれって!・・・これまでに感じたことの無い何かが・・・自分の中の何かが・・・暴れ出そうとしていたんだ・・・」
観客は静寂に包まれていた。
ギルの発言に心を鷲掴みにされてるかのようだ。

「でも、僕はその興奮を納めることができたんだ・・・冷静になることができたんだ・・・エル姉が僕の左手をそっと包み込んでくれたんだ・・・多分僕は・・・それがなかったら・・・本能のままに暴れまわって・・・もしかしたら・・・魔獣化したTレックスに、負けていたのかもしれない・・・それぐらいあいつらは狡猾だった・・・最強の相手だった・・・エル姉ありがとう・・・」
まさかのギルの懺悔に、会場は静まりかえっていた。
俺の横に立つ当のエルは、静かに涙を流していた。
俺は思わずエルの肩を抱いていた。

「魔獣化したTレックスは強かった、最強と言ってもいいと思う。あいつらは知能が高く、フェイントも通じなかった。ここまでの強敵には、僕は遭遇したことが無かった。でも僕は全力で立ち向かった。そして気が付くと、パパが一番強いと思われる、魔獣化したTレックスを倒していたんだ」

「ウオオオオオオオ!」

「すげー!」

「やったぞ!」
観客が騒ぎだす。

「パパがどうやって魔獣化したTレックスを倒したのか、僕には分からない。でも流石はパパだ。パパが一頭を倒したことで、気分が凄く楽になった。既にパパは観戦モードで一歩後ろから、僕達を凝視していた。ここで無様な恰好は見せられない。僕は気を引き締めた。Tレックス改めて見てみたよ、その背後で僕は、エル姉が最大級の雷魔法を狙っているのを察知したんだ。こうなると僕がやることは、魔獣化したTレックスの気を引くことだ。その誘導に僕は動いた」
観客は静寂に包まれている。

「僕は上半身を揺すって、ステップを踏んで魔獣化したTレックスの気を引く事にした。
あまりに僕がちょろちょろ動くから、あいつは否になったのかもしれない。痺れを切らしたTレックスが、僕に噛みつこうと襲ってきたんだ。そこに僕はブレスを吹いて対応したけど、意に返さず奴は突っ込んで来たんだ。そうなると分かっていた僕は、尻尾で横薙ぎに払った。でも身体を起こして、それをTレックスが躱す、躱すと同時に今度はお返しにとTレックスも、尻尾で僕を叩きにきた。僕は寸での所で何とかそれを躱した」

「・・・」
手に汗握るとはこのことだろう、何人ものハンターがギルの攻防に耳を傾けて、手を握り締めていた。

「そして、それを待っていたエル姉が動き出す。最大化した雷魔法をTレックスに放った!」

「決まったか!・・・いや、流石はTレックスだ、直撃を避けていた。けど、その右前脚は炭化していた。これを躱すのか・・・驚いている暇はない。Tレックスの目が全く死んでないんだ。横を見るとエル姉が信じられないという顔をしていた。不味い!と僕が思ったその時・・・「エル!気を抜くな!」とパパから激励の声が掛かった。今思うと危なかったよ。あの一声がなかったら、僕も動けなかったかもしれない。狙いをエル姉に変えたTレックスが、猛然とエル姉に襲い掛かった。それを察知した僕は、横から尻尾でTレックスの腕を払った。するとTレックスが態勢を崩したんだ。チャンスだ!そう思った僕は一気に畳み駆けることにした。僕は至近距離から神気銃を何発も撃ったんだ!」

「やった!Tレックスは動けなくなっていた、こうなると僕達の勝ちだ。そこからは魔法を連打したよ。そして気が付いたらTレックスは消えていたんだ・・・」

「おお!やった!」

「倒したぞ!」

「勝った!」

「でもこれでお終いではないんだよ、残念ながらね・・・僕達は最後の戦い見守ることにした。ゴン姉とノン兄がTレックスと対峙していた。その様子は今でもはっきりと覚えているよ。膠着状態が続いていて、こともあろうか最後のTレックスは二体が消滅しているのに、まったく気にすることなく。それどこか全員殺ってやるという気概すら感じたよ・・・」

「Tレックスすげー」

「好敵手だな」

「ノン兄が不規則に攻撃を加えていた。それも予想外のところから不意に襲い掛かっているのに、Tレックスにはまったく効いていない。ゴン姉も土魔法で攻撃を加えているけれど、これも効いているとは思えない。ほぼノーダメージだ」

「するとノン兄が急に変な動きをしだしたんだ・・・行こうか・・・行くまいか・・・行こうか・・・行くまいかって、ふざけてるの?ていう動きを始めたんだ。僕は呆気にとられちゃったんだけど。パパは噴き出して笑っていたよ。何この二人って僕は思ったね。案の定おちょくられたと思ったのか、Tレックスが、ノン兄に襲い掛かっていた。ノン兄はそれを待ってましたと、振り向き様に右前脚の爪で首を抉りにいったんだ。緩急が凄いよ、Tレックスの首に一撃が入っていたけど、これも残念ながら浅かった。表面を掠っただけだった」

「おお!」

「すると、ゴン姉が一気に魔力を練り出したんだ。そしてその頭上には水の塊が渦を巻いて、どんどんと大きくなっていったんだ」

「水の塊?」

「なんで?」

「ノン兄は何かを理解したのか、Tレックスを牽制し出した。Tレックスもそれをさせないと、ゴン姉に動きだそうとするけども、ノン兄がそれを許さない。気が付くと水の塊はTレックスの巨体と同じぐらいにまで大きくなっていたんだ。そしてゴン姉が叫んだんだ!ノン!ってね・・・ゴン姉はTレックスに水の塊をぶつけた。怒気を高めたTレックス。その目は何してくれてるんだ?と言わんばかりだった。そこにノン兄が雷撃を放った!」

「バシュウ!という音がした様な気がしたよ。それぐらい強烈な一撃だった。水を浴びたTレックスは、大ダメージでまったく動くことが出来ない。そこからは雷撃と土塊の連撃が始まった。そしてほどなくして最後のTレックスは消えていったんだ・・・」
案外あっけない最後に観客は言葉を失っていた。
実際のところはこんなもんだろう、どれだけ実力が肉薄していても、殴っては、殴られといった、漫画の世界の様な展開になることはあり得ない。ちょっとした綻びから、ワンサイドの展開になるのが、実際の戦いだ。
特に雷撃や神気銃のような、相手の動きを止めてしまう方法を取ってしまえば、そうなるに決まっている。
これが実際の命のやり取りだ。

「ボス部屋は静寂に包まれていた。最後の魔獣化したTレックスの消滅を確信して、やっと終わったのか?終わったね・・・といまいち僕は実感が湧かなかった。するとパパが、いつもの様に皆!お疲れさん!ってまるで仕事明けの時の様に言ったんだ。不思議な一言だった。一気にやり遂げたんだと実感が湧いたよ。僕達はダンジョンを踏破したんだってね!」

「オオオー!」

「おめでとう!」

「やったな!」
観客もここで実感が湧いたようだ。

「そして、ダンジョン踏破の戦利品が、僕達の仲間になったんだ。エクス!こっちに来てくれよ!」

「おうよ!」
と元気な掛け声が返ってきた。
場の空気を読んだのか、エクスが神剣の状態でフワフワと浮いて壇上にやってきた。
ギルはエクスを掴むと、天に掲げこういった。

「皆、紹介するよ、僕達の新たな仲間、神剣エクソダス!」
観客は呆気に取られていた。
それはそうだろう、剣がフワフワと空中に浮いて、ギルの手に収まったのだ、挙句の果てには神剣と呼んでいる。
エクスが急に人化を行い、人型になった。

「おいらは神剣のエクソダス!エクスって呼んでくれ!」
と腰に手を当てて、ポーズを決めている。

「「えええええええ!」」
何とも言えない大オチとなっていた。
やれやれだ。

結局その後、観客のど肝を抜いて終わるという、大オチをかましたギルは、何故か満足そうな顔をしていた。
最後にオリビアさんが気を利かせてギターで、
「チャンチャン!」
と奏でてギルの熱弁は終了した。

なんとも言えない最後だったが、それでも観客の表情は笑顔が多く、満足しているのは分かった。
まあ満足してくれたのならいいか?
ああ、疲れた。
二度とごめんだな。
中二病の熱弁・・・怖!