十二階層に辿り着いた。
先程の神殿とは風景が違う。
これはどう見ても迷路だ・・・
辺りは壁一面だった。
入口は一カ所しか無く、ここから入るしかなさそうだ。
ここでも魔物の気配は感じない。
『探索』を行うと簡単に迷路の様子が見て取れた。
知力が試されるとは聞いていたが・・・こんなものなんだろうか?
簡単過ぎる・・・ここまでがブラフってことは・・・考えずらいな・・・
どうにも解釈に困る。
俺達は『探索』が導くままに迷路を進んでいった。
少し厄介だったのは、正規ルートと思われる箇所にも罠があり、何度か落とし穴に落ちそうになった。
でもここは飛行能力を持っている者が俺を含め三人いる為、危なげなく罠を看破していた。
気が付くと早くも十三階層へと繋がる階段にたどり着いていた。
少々味気ない。
というか呆気なさ過ぎる。
階段を降りていく俺達。
十三階層は、これまた先ほど見た神殿だった。
「おいおい、またこれかよ・・・」
「またおじさんがいるのかな?」
「どうかな?」
「あの壁のおじさん、うざかったよね」
「ああ、まったくだ」
長い通路を歩いていく。
無駄に通路が長いんだよな。
これに意味はあるのか?
やっと最深部まで辿り着いた。
また先ほどと同様に、壁からおじさんの顔が現れた。
またあいつだ。
いい加減否になるな。
「勇敢なる者達よ、よくぞここまで辿り着いた」
「また会いましたね・・・」
「・・・」
ってなんか言えよ。
「聞こえてますか?」
「聞こえておる」
あれ?
ちょっと声質が違うようだ。
十一階層のおじさんとは違うのか?
でも同様に態度と顔はムカつくな。
「それで、何をすればいいんですか?」
「・・・ちょと余韻に浸らせてくれ・・・」
余韻?
またか・・・
いい加減にしろよ!
腹が立ってきた。
「はぁ・・・」
壁のおじさんが目を瞑り、余韻に浸っている。
だから何の余韻なんだよ!
いい加減にせい!
「あの・・・百年ぶりに人と話すことの余韻に浸ってるんですよね?」
壁のおじさんは目を開き、以外そうにこちらを見ていた。
「なんで知っておる?」
「十一階層でも同様のやり取りがありましたので・・・」
「そうか、あいつか・・・」
と気に入らない表情を浮かべている。
「どうやら別人みたいですね?」
「あんな奴と一緒にするな!」
と吐き捨てていた。
「はあ・・・」
「儂は、あいつほど間抜けではない!」
何なんだよいったい!
たいして変わらん気がするが?
ていうか十一階層の壁のおじさんを知ってるんだな。
「十一階層の壁のおじさんを知ってるんですか?」
「知ってるも何も、しょっちゅう会っておる」
それで人とは久しぶりってことか・・・
壁のおじさん同士ではお話してたってことね、これが業務上の秘密なのか?
「それで、今回はどんな質問なんですか?またなぞなぞですか?」
「いいや、違う。そんな簡単な物ではないぞ」
「へえー」
どうだかな・・・
どうにも信用ならん。
「ここでは計算を行って貰う、それも時間厳守でだ、どうだ?難しいだろ!」
と壁のおじさんはどや顔をしていた。
計算って・・・まさか足し算とか引き算ってことなのか?
であれば簡単過ぎるな。
まあいい、さっさとやっちゃいましょうか。
「では、お願いします」
「ちょっと待ってくれ、そう急かすな。儂も十一階層のあいつと同様、百年ぶりの人との会話なんだ、もう少し会話を楽しませてくれ。ところで最近の世情などはどうだ?」
何がところでだ、付き合い切れん。
というか話にならん。
「あのな、十一階層の壁のおじさんにも伝えたが、今は事情が変わって、カインさんも神力が充分に確保できる状況に変わったから、ちょいちょい覗きに来ると思うぞ?」
「そうなのか?」
「そうだ、だから先を急がせてくれ」
「・・・嘘じゃないよな・・・」
壁のおじさんは眉を潜めている。
「疑うのか?」
「・・・疑う・・・」
めんどくさい!
こうなったら。
「よし!帰ろうか。戻ってカインさんに言いつけてやろう」
「そうだね、そうしよう」
「そうするですの」
「やだやだ」
「おじさん、知らないよー」
と、全員俺の意を汲み取ったようだ。
「何!待った!待った!悪かった!ごめんこの通りだ!」
ただの不毛なやり取りじゃないか、まったく。
「それで、早く問題を出してくれないか?」
「分かった、そうする!ちょっと待ってくれ、心の準備をさせてくれ」
何が心の準備だ、早くしろよな。
壁のおじさんは深呼吸をしていた。
「よし、準備は整った。よいか、先ほど話した通り、ここでは計算をして貰う。それも決められた時間内に回答して貰う。時間切れや間違った回答をしたら、十階層のセーフティーポイントにまで一度帰ってもらうことになる」
「へえー、それは転移するってことか?」
「いや、違う。歩いていってもらう」
なんだそれ?
まあいいや、こんなことで時間を潰したくない。
突っ込まないことにしよう。
早く先に進みたい。
「まあいい、始めてくれ」
「そうか?質問があるなら受け付けるが?」
と、壁のおじさんは質問してくれと書いてある顔をしていた。
こいつ、結局は話しをしたいだけじゃないか。
ただのお喋りなおじさんじゃないか。
付き合いきれん。
「いや、いい、始めてくれ」
「・・・そうか・・・」
壁のおじさんはつまらなさそうな顔をした。
「では始めるが、回答時間は十秒以内だ、いいな?」
「ああ」
「では、第一問」
このおじさんも要らない間を設けている。
早くしろっての!まったく!
「二十三足す二十四は?」
「四十七!」
と暗算キングのノンが速攻で答える。
「・・・正解!・・・」
おいおい、ほんとうに簡単な足し算じゃないか。
ここもちょろいのか?
何かの罠か?
分かりかねる。
「お主、やるのう。速攻で答えられたのは始めてだぞ」
「まあねー」
とノンは気にも留めていない様子。
「では行くぞ、第二問!」
「チャンチャン!」
とノンがふざけている。
ノンの奴、実は正解したのが嬉しいのかもしれない。
よく見ると尻尾を振っていた。
分かり易い奴だ。
「九十一引く四十三は?」
「四十八!」
「正解!」
「イエーイ!」
圧倒的なノンの暗算の速さだ。
秒読みのカウントが全くされなかった。
一秒未満だ。
「ノン兄だけずるいぞ!」
とギルが悔しがっている。
そんな悔しがることじゃないでしょうが。
さっさと終わらせようよ、ここはさ。
「お主、凄いな!圧倒的な速さだ」
壁のおじさんが関心している。
「へへ!」
と余裕をかましているノン。
今にも踊り出しそうだ。
「さて、次からはそうはいかないぞ。一気に難しくなるからな、余裕なのもここまでだ!」
と壁のおじさんは自信満々だ。
「楽勝!」
とノンもやる気満々だ。
「では行くぞ。第三門!」
「チャンチャン!」
ノンは絶好調のようだ。
もはや楽しんでいる。
「十四掛ける二十四は?」
「三百三十六!」
「正解!」
「早っや!」
俺は思わず呟いてしまった。
「凄いでしょー」
「まったく凄いな、ノン!」
二桁の掛け算を解くスピードとしては最速だといえる。
これも一秒と掛かっていない。
「くっそう!何でノン兄は計算がそんなに早いんだよ!」
ノンはふざけて頭を指で示している。
それをギルが悔し気に睨んでいた。
もうここは張り合わなくても、ノンに任せたらいいんじゃないか?
間違えたらそれはそれでめんどくさい事になりそうだし。
「ムムム・・・お主・・・やるではないか」
壁のおじさんも唸っている。
ノンの計算の速さは圧倒的だ。
「では最後の問題だ、いいかな?」
「いいよー」
と余裕を崩さないノン。
これまた要らない間を取る壁のおじさん。
いい加減止めて欲しい。
「千五百三十六割る九十六は?」
「十六!」
「正解!」
「おお!」
「早い!」
「断トツ!」
とノンへの賞賛が止まらないが、ギルだけは悔しがっていた。
ギルは地団駄を踏んでいる。
「それにしてもお主凄いな。ここまで正確で速いのはこれまでにもいなかった。断トツだぞ!暗算キングだ!」
「イエーイ!」
と更に調子に乗るノン。
どうやらクリアしたようだ。
それにしてもノンの計算の速さは凄かった。
一問目と二問目は未だしも、三問目と四問目の速さは秀逸だった。
俺でも数秒は掛かったと思う。
それにしても、やれやれだ。
やっと終わったよ。
「勇敢なる者よ、先に進む名誉を与えよう、行くがよい」
と壁のおじさんが言うと、壁が開き十四街道への階段が現れた。
「ちょっと待った!セーフティーポイントは何処なんだ?」
「ああ、そうかそっちも必要か」
と言うと横の壁が開き、セフティーポイントが現れた。
ここのセーフティーポイントは、これまでの小屋の部屋とは違い、石造りの部屋となっていた。
台所とトイレは付いている。
中に入ると、入口の扉が閉まった。
テーブルがあったので、一先ずそこに腰かけた。
何だか妙に疲れた。
「それにしても疲れたな?」
「だね、ここのおじさんもうざかったね」
「全くだ」
ノンは活躍出来たのが嬉しいのか、まだ調子に乗っている。
一人で変てこなダンスを踊っている。
さてと、転移扉を設置しなければならない。
これまで通り転移扉を『加工』で床に設置する。
通信用の魔道具も設置済だ。
「ゴン通信を頼む」
「了解です、主」
ゴンは通信用の魔道具を掴むと交信を開始した。
「こちら十三階層のセーフティーポイントです。カイン様聞こえますか?」
少しして、返信があった。
「聞こえてるよ、ちょっと今までよりも声が小さいが、ちゃんと聞こえている」
「そうですか、距離が関係しているのかもしれないですね、どうですか?主?」
俺は横から話し掛けた。
「そうかもしれないな、カインさん一先ずおやつタイムにしますので、こっちに来てください」
「了解、行かせて貰うよ」
と通信を切ると。
ほどなくしてカインさんが現れた。
「島野君おつかれ様、おやつタイムとは何なんだい?」
「こういうことです」
と、俺は言うと『収納』から、最近新作として作った、シュークリームと、なんちゃって水筒を取り出した。
「これは最新作のスイーツです。シュークリームといいます。是非食べてみてください。あとは飲み物は何にしますか?」
「毎度毎度すまないね。飲み物は何があるんだい?」
「天然水と、お茶と、オレンジジュース、コーヒーですね」
「では、お茶を頂こう」
「お前達はどうする?」
「僕はオレンジジュース」
「僕も」
「私しはお茶ですの」
「私はコーヒーで」
俺は各自に飲み物の入ったなんちゃって水筒を渡し、シュークリームを配っていった。
シュークリームは一人二個づつだ。
カスタードクリームのシュークリームと、生クリームのシュークリームだ。
好みが分かれるところだが、俺はカスタード派だ。
シュークリームの皮の作成には、これまで何度もトライした。
最適な薄さを求めるのに苦労した。
苦労して作り上げた一品である。
「これは旨い!それに甘い!」
とカインさんは叫んでいた。
「そういえばカインさん、十一階層の壁のおじさんと、ここの壁のおじさんが寂しがってましたよ?」
「そうなのか・・・」
と、ちょっとカインさんが嫌そうな顔をした。
「人と話すのは百年ぶりだって、粘られましたよ」
「やっぱり・・・いや分かってはいるんだよ私も、だがあいつ等は・・・喋り出すと止まらないんだ。それにいつもあいつらは亜空間に住んでいるから、決して独りぼっちではないからね・・・そうか・・・あとで顔を出しておくよ」
やっぱりそうか。
ゴンとは違うということだ。
甘やかす必要は感じないな。
ただのかまってちゃんのようだ。
「話が長く続きそうなら、十七階層に設置する予定の、通信用の魔道具を持っていってくださいね」
「そうだな・・・」
気が進まないようだ。
確かにおじさん達はお喋りだったからな。
うざいことは間違い無い。
「まあ、気が向かないとは思いますが、一度は行ってやってくださいね」
「そうだな、そうするよ」
とカインさんは浮かない顔をしていた。
片付けをして、要を済ませてと準備をしていると、カインさんに話し掛けられた。
「島野君、ここからは大変な階層が続くけど、頑張ってくれよ」
「大変ですか?」
「ああ、島野君なら大丈夫とは思うが一応ね」
と警告された。
大変とはなんだろう?
まあ、行ってみれば分かるか。
とこの時の俺は安易に考えていた。
本当に大変だった。
正直ヘトヘトだ。
ここまで追い込まれるとは思わなかった。
作り手の悪意を感じる。
決して舐めてはいなかったが、ここまでとは思わなかった。
勘弁して欲しいよ、いい加減さ。
俺達は十四階層に降り立つと唖然としてしまった。
まさかの砂漠地帯だった。
異常に熱い。
サウナで暑さには慣れているが、これは違う熱さだった。
肌がヒリヒリする。
これは良くない。
間違いなく百度以上の温度がある体感だ。
俺は昔に味わった、百十度のサウナを思いだした。
あれは酷かった。
サウナは熱ければいいという物ではない。
やはり適温というものがある。
百十度のサウナの全身にビリビリする感覚は、危機感すら覚えたものだった。
真っ先に俺は結界を張り、そこに『限定』の能力を付与して、温度を通さないようにしたのだが。
地面の熱さは遮断できず、汗だくになっていた。
それに加えてジャイアントワームという、かなりデカいミミズからの襲撃を受けることになった。
めんどくさい事この上ない。
こいつらは牙が鋭くて気持ち悪い。
奴らが厄介なのは、地面から湧き出てくることで『探索』にもなかなか引っかかってくれない。
いきなり地面から口を開けて襲い掛かってくる。
苛々させられる。
これは良くないと、俺は瞬間移動の移動を問答無用で行った。
ものの数分の移動で済んだが、全員汗だくだ。
サウナに慣れ切った俺達でこれなんだから、他のハンター達がこれに耐えれるとは到底思えない。
これはカインさんが何かしら手を加えてるのか?
という疑問すら伺える。
どう考えても、これをS級のハンターが踏破出来るとは考えづらい。
先程会ったハンター達が、この階層を超えれるとは思えないからだ。
それぐらい辛い階層だった。
もう二度と挑みたくは無い。
あえてもう一度言う、二度とごめんだ。
そして、そんな火照った体を冷やしてくれる心使いなのか。
十五階層は氷の世界だった。
いい加減にして欲しい・・・
ものの数秒で身体は冷めていた。
何で外気浴場が無いんだ!
と言いたかったが、ここはダンジョンであることを思い出した。
思わず外気浴出来る場所を探してしまったのは、条件反射という事で・・・
いやはや、俺の脳みそはサウナに支配されているようだ。
それはさておき。
ここでも結界を張るしか無かった。
先程と同様に『限定』で温度を通さないようにしたが、やはり地面からの温度は抑えきれず。
異常に寒かった。
足に霜焼けが出来るかと思ったほどだ。
この階層では、アシカだか、オットセイだかの魔物が襲いかかってきたが、無視して先を急ぐことにした。
すまないと思うが構ってられない、というのが正直な感想だ。
魔物はスルーしたが許して欲しい。
ここまで寒いのは生命の危機を感じる。
十六階層は暴風雨のステージだった。
一見ただの草原なのだが、そうはいかないということだった。
とにかく雨風が強い。
身体を持っていかれそうになる。
気を抜くと身体が宙に浮かびそうになる。
そこに加えて、これまでの草原ステージの魔物達が襲いかかってくる。
だが魔物達も強風に身体を持ってかれて、おかしなことになっている。
魔物達が俺達にたどり着くことは無かった・・・
これって何なの・・
意味があるのか?
余りに間抜けだった。
全く意味が分からない。
ここでも瞬間移動を繰り返して先を進むしか無かった。
かつてのS級ハンターがよくもここまで辿り着いたものだと、俺は関心してしまった。
その精神力には天晴だ!
でも昔のダンジョンと今のダンジョンが同じものだとは限らない。
そう思うのは、あまりに過酷過ぎるからだ。
これはカインさんに聞いてみないといけない。
俺の予想ではカインさんが、何かしら弄っているのは間違いないと思っている。
あの人ならやりかねない。
やっと十七階層に辿り着いた。
ここの風景はまるで禿山のようだった。
そして気づいたことがある。
空気が薄い・・・
標高何メートルかは分からないが、三十台後半の頃に登った富士山の山頂よりも、空気は薄いと思う。
こんなに息苦しかった覚えは無い。
肉体的にはあの頃よりも若いのだから、間違い無いだろう。
標高三千八百メートル以上はあるということだ。
なんとも忍耐力を試される。
数メートル歩くと息が切れそうになる。
だが思いの外、楽な階層となってしまった。
ほとんど魔物を見かけなかったからだ。
それはそうだろう、魔物にとってもこの環境は辛いはずだ。
稀にデカいカモシカの様な魔物に遭遇したが、動きが遅く簡単に倒すことができた。
ドロップ品は角だった。
『鑑定』 ジャイアントカモシカの角 高価な薬の材料
となっていた。
高価な薬が何の薬なのかは分からないが、とりあえず回収しておいた。
そして、飛行はしんどいだろうと、瞬間移動を繰り返してセーフティーポイントにたどり着いた。
やっと着いた・・・はあ・・・
セーフティーポイントに入ると、息苦しさが無くなっていた。
どうなっているのだろうか?
仕組みがまったく分からない。
まあダンジョンだから考えるだけ無駄なことだ。
このダンジョンという処は、ファンタジーが過ぎる。
何でもありと言わざるを得ない。
常識で考えると頭がパンクする。
もはやルーティーン、の転移扉の設置と通信用の魔道具を設置する。
これが最後のルーティーンとなる。
全てのセーフティーポイントの、転移扉と通信用の魔道具の設置が完了した。
「ゴン、通信を頼む」
「主、了解です」
ゴンは通信用の魔道具を使った。
「こちら十七階層のセーフティーポイントです。カイン様聞こえますでしょうか?」
少しして返信があった。
「こっらカッン、かなりきっえ、づっらい」
あれ?
通信状況が悪いようだ。
「ゴン切っていいぞ、どうやら通信状況が良くないようだ」
「そのようですね」
「もう転移扉を使って帰ろう」
「了解です」
「お前ら、帰るぞ。今日はここまでだ」
「分かったよ」
「疲れた」
「やっと終わりましたですの」
と流石のこいつらも疲れたようだ。
俺は転移扉を開いて、ダンジョンの入口に戻った。
俺達が突然現れたことに、カインさんは少し驚いていたが。
「島野君、お疲れ様」
と声を掛けてくれた。
「いやー、ほんとに疲れましたよ。でもこれで転移扉と魔道具の設置は完了しましたね。コンプリートです」
「ありがとう、助かるよ」
「でも十七階層の通信用の魔道具だけは、通信状況が良くありませんね」
「そのようだね、でも通信があれば、こちらから伺うことができるから御の字だよ」
「そうですね、通信用の魔道具の意味合いは、迎えに来てくれとのメッセージを送ることですからね」
「ああ、そうだな」
「そういえば、一つ聞きたいことがあるんですが、いいでしょうか?」
「何だい?」
「今のダンジョンと昔のダンジョンって、同じ物なんでしょうか?」
カインさんの顔が引き攣っている。
「気づいちゃったかな?」
「・・・やっぱり・・・」
どうやら俺の予想通り、違う物のようだ。
今はかなり過酷になっているみたいだ。
「何でまた?」
「島野君達以外に、賞金をもってかれる訳にはいかないと思ってね・・・」
カインさんなりの気遣いのようだが、正直いらん世話を焼かれた気分だ。
まあ今となっては、どうでもいいことではあるのだが・・・
それにしても、賞金のことはすっかり忘れていたな。
これで賞金は払わなくても、いいということになったようだ。
「お気遣いありがとうございます、もう疲れたので帰りますね」
「お疲れ様」
と俺達は転移扉を使う事無く、俺の能力の転移でサウナ島に帰っていった。
今日は充分に汗をかいたから、サウナは止めておいた。
精神的に疲れたので、シャワーと風呂だけ浸かって直ぐに眠りについた。
翌日の朝
この先はどうしようかとの話になった。
朝食を済ませると社長室に島野一家が集まっていた。
「主、ここまで来たからには踏破しましょう!」
とゴンはやる気満々だ。
「そうだよ、やろうよ!」
とギルもその気だ。
「僕はどうでもいいよ」
とノンはあまり拘っていない様子。
エルは、
「ご主人様に任せますの」
と自分の意見は有って無いような雰囲気だった。
どうしたものか・・・正直めんどくさいのだが・・・
でもここまでやったのだから、ここで終わらせるのもなんだか気が引けるな。
せっかくだからやるか?
随分期待されてるみたいだしな。
「よし、やるか!」
「やった!」
「やりましょう!」
と気合の入った返事が返ってきた。
「でも今日は休もう、挑むのは明日にしよう」
「「了解!」」
少しは休憩したい。
特に肉体的に疲れが残っている訳ではないが、一拍置きたい気分だ。
翌日
朝食を済ませ、準備を整えてから、ダンジョンの街エアルに向かった。
一日置いたにも関わらず、熱狂的な歓声で迎えられた。
至る処で歓声が挙がっている。
早速調子に乗ったノンが、例の如く変てこダンスを披露している。
もはやツッコむ気にもなれない。
ゴンがノンを睨んでいるが、ノンは気にも留めていない。
よかったのは、囲まれたり、道を塞ぐ者がいなかったことだ。
ただの歓声だけなら、ダンジョンの入口にたどり着けば終わるだろう。
ダンジョンの入口に辿り着くと、カインさんに迎えられた。
予想道りとはならず、ここでも歓声が煩い。
カインさんは何が嬉しいのか、ニコニコしている。
「おはようございます」
「やあ、おはよう」
カインさんの声が聞こえづらい。
それを察したのかカインさんは手を挙げて、歓声を制した。
「とうとうこの日がやってきたようだ」
とカインさんは目を輝かせている。
「今日で終わらせますよ」
「頼んだよ」
とカインさんは右手を差し出してきた。
俺は握り返すと、何故だかまた歓声が挙がった。
いい加減に止めて欲しい。
「では行きますね」
と俺達は復活の指輪を受け取り、十七階層に繋がる転移扉へと向かった。
転移扉を開いて、扉を潜った。
十七階層のセーフティーポイントにたどり着いた。
「じゃあいこうか」
「「はい!」」
十八階層に繋がる階段を降っていく。
十八階層は薄暗かった。
月明り程度の明かりしかない。
ゴンに照明魔法を使わせようかと思ったが、止めておいた。
光が目印になり、魔物が寄ってくるかもしれないかと思ったからだ。
「まずは目を慣らそう、少し待機だ」
「「了解!」」
俺達は五分ほど十八階層の入口で佇んでいた。
そして目が慣れて来たころに分かったのは、ここは墓地だということだった。
所々に墓石のような物があり、空気が冷たいのを感じる。
一先ず『探索』を行ってみたが、これまでと様子が違った。
十九階層に繋がる階段が見当たらなかったのだ。
どうなっている?
これまでの傾向からここら辺にあるだろうという場所には、ぽっかりと空白があった。
この空白は何だろうか?
まあ行ってみれば分かるか、一先ずはこの空白を目指そうと思う。
それにしても、この空気感で出てくる魔物といえば、ゴーストのような魔物なのだろうか?
そうなると物理的な攻撃は当たるのだろうか?
と考えていると、さっそくその答えを導き出す魔物が現れた。
ゴーストである。
フワフワと浮いた、霊魂のようなものがこちらに迫ってきた。
それに向かって、ノンが動いた。
爪で抉るが、空を切っていた。
早くも答えが出てしまった。
物理攻撃は効かない。
それを見て俺はさっそく自然操作の火をぶつけてみた。
おお!これは効いたようだ。
ゴンは土塊をぶつけていたが空を切っていた。
こうなるとあとは何が有効なのか探るしかない。
結果として分かったのは物理も、魔法も聞かない。
どうやら俺の自然操作のみ効いたみたいだ。
ここから導き出される答えは、神力しか効かないということだ。
おい!それはないだろう!
神力を持たない者がほとんどのこの世界で、この様は無いんじゃないか?
待てよ、そういえばメルルの鎮魂歌があったな。
でもあれは怒らく固有魔法だと思うのだが・・・
まあいいか。
ズルいと感じるのは、ゴーストは魔法を使ってくる。
これは俺達には効くのだ。
通常のハンターでは太刀打ちできないぞ。
島野一家では俺とギルが神力を使える為、対応は可能だが、ここもカインさんが弄っているのか?
それとも俺が知らない対応可能な魔法があるのだろうか?
「ギル、ここは神力を持ってる俺とギルで対処するしかないようだ、神気銃を打ってみろ。有効なはずだ」
「分かった」
とギルは神気銃をゴーストに向かって撃っていた。
ゴーストが消滅していく。
そしてムカつくことにドロップ品は無かった。
倒し損でしかない。
ふざけるな!
その後、骸骨の襲撃を受けた。
こいつらは簡単だった。
物理攻撃が効いたのだ。
頭を砕くとあっけなく崩れていった。
その名は鑑定によるとスケルトンとなっていた。
まんまである。
外には武具や剣を装備したスケルトンに遭遇した。
こちらはスケルトンソルジャーとなっていた。
スケルトンシリーズはハッキリ言って弱い。
そしてこれもムカつくことにドロップ品は骨だった・・・
要らんわ!
誰が好き好んで骨を集めるというのか。
念のため鑑定してみたが、ただの骨となっていた。
その他にも、アンデットやらが襲ってきたが、漏れなく火魔法で焼いて処理した。
焼いてしまった所為か、ドロップ品は出なかった。
ここの階層は只々魔力や体力、そして神力を削られるだけのようだ。
見返りは全くない。
悪意を感じる。
腹が立って仕方が無い。
そして遂に空白ポイントに辿り着いた。
そこには神殿のような建造物が鎮座していた。
壁のおじさん達が居た神殿とは雰囲気が違う。
石造りであることは同じだが、あまりに空気感が違う。
禍々しさを感じる。
これはもしかしてボス部屋ということなんだろうか?
ここを進むしかないのは分かる。
神殿に足を踏み入れると、直ぐに両開きの大きな扉に辿り着いた。
やっぱりそうなんだろう、ここを空けるとこの階層のボスが居るということなんだろうと思う。
「皆な、多分この扉を開くとこの階層のボスが居ると思う、心して掛かって欲しい」
「そうなの?」
とギルの疑問だ。
「多分な」
「そうなんだね」
とギルは臨戦態勢に入っていた。
「じゃあ行くぞ」
「「おう!」」
「「了解!」」
と気合が入っている。
俺は勢いよく扉を開けた。
中に入っていくと、案の定ボスの様な魔物が待ち構えていた。
その魔物は高貴な僧侶のような衣服を纏った、スケルトンだった。
その手には杖が握られている。
『鑑定』 リッチスケルトン 死霊魔物の最高位に属する魔物 死霊魔法を得意とする
死霊魔法?
聞いたことがない・・・それに響きが怖い。
呪われるってことなのか?
これは一気にやっつけたほうがいいだろうな。
「死霊魔法という物を使ってくるらしい、一気に片付けるぞ!」
「おう!」
「了解です」
というと、俺とギルはリッチスケルトンに対して、神気銃を連発した。
するとあっさりとリッチスケルトンが消えて行った。
何だったんだ・・・
ちょっと可哀そうに思えてきた。
ドロップ品は杖だった。
『鑑定』 呪いの杖 呪うことが出来る杖
・・・要らないな。
放置するのも良くないと、自然操作の火で焼いて。
念のため踏みしだいて、粉々にしておいた。
誰が呪いなんてしたいんだよ。
ふざけるな!
ほんとにやれやれだ。
リッチスケルトンの残念なインパクトに、今さらながらに首を傾げたくなるのを我慢して。
俺達は十九階層に繋がる階段を降りていった。
「パパ、さっきのスケルトンは何だったんだろうね?」
「何だったんだろうな、神気銃であっさりだったな。ちょっとだけ死霊魔法を見てみたかったけど、呪われるとかあり得んからな」
「だね、十八階層はハズレだね」
「そうだな」
「そうだギル、神力は足りてるか?」
「ちょっと使い過ぎたかな」
「そうか、分けてやるよ」
と俺はギルの肩を掴んで、神力贈呈を行った。
「もう大丈夫、満タンだよ!」
「そうか」
そうこうしていると、十九階層に辿り着いた。
十九階層は、草原ステージだった。
ここでの魔物はこれまでの草原ステージでの魔物が、全て魔獣化していた。
魔物達は無茶苦茶好戦的だ。
とにかく出会う魔物全てが、引っ切り無しに俺達に向かってくる。
かなり荒い。
休む暇がないほど、魔物が押し寄せてくる。
その数も多い。
捌くのにも大忙しだ。
まるで魔物のスタンピートだ。
それでも歩を進めて行く俺達、徐々に前が開けてくる。
そしてそこには十八階層と同じ、神殿のような建造物が鎮座していた。
一先ず、皆なの意見を聞くことにした。
というのも、ここの階層のありがたかったことは、全ての魔物のドロップ品が魔石だったことだった。
魔石はとても利用価値がある。
大いに結構だ。
もう一周してもいいぐらいだ。
現に、
「主、ここは歯ごたえが有ります!」
「ここ良いよ、パパ!」
「いいですの!」
「もう一周やろうよ、主!」
と皆な楽しかったようだ。
「そうか、じゃもう一周行こうか?」
と俺も気を良くしてしまった。
瞬間移動を繰り返して、入口からもう一度踏破することになってしまった。
気が付くと魔石は三百個以上になっていた。
大漁大漁!
ここでも神殿でボスが待っていた。
魔獣化した、ワイルドタイガーが十頭だった。
その内の一頭は明らかに様相が違った。
外のワイルドタイガーよりも一回り大きい。
鑑定してみるとこんな感じだった。
『鑑定』 キングワイルドタイガー(魔) とても狂暴で、好戦的な魔獣、ダンジョンでしか拝めない
ということらしい・・・
ダンジョンでしか拝めないって・・・
だが、テンションの挙がった島野一家には、へでも無かった。
其々が好き放題魔法をぶっ放し、あっと言う間に殲滅していた。
見せ場が無くて申し訳ない・・・
過剰戦力を持つとこんなもんなんだろうね・・・
ごめんなさい。
我らはとても強いのです。
ハハハ・・・
俺達は遂に最終階層を迎えることになっていた。
いよいよ降り立った最終階層。
そこは開けたジャングルだった。
そして俺達はあり得ない光景を見ていた。
とても心が高鳴る。
「きょ、恐竜!」
「嘘でしょ!」
ギルとゴンが思わず声に出していた。
その気持ちはよく分かる。
現にプテラノドンと思わしき恐竜が、大空を舞っている。
それに、そこかしこから恐竜の気配を感じる。
また遠くには、ブラキオサウルスが悠然と闊歩していた。
デカい、あまりにデカい。
全長二十五メートルはありそうだ。
そして思ってしまった。
カッコいい!
男心を擽る!
俺は少年の頃、恐竜の図鑑を飽きることなく、何時間も眺めていたことを思い出した。
なんで恐竜は、こんなにも心惹かれる存在なんだろう。
出来ることならペットとして飼ってみたい。
ヴェロキラプトルぐらいなら、飼えると思うのだが・・・肉食獣だから無理か?
なんてことを考えていると、アロサウルスの集団がこちらに向かってきた。
デカい上に速い。
おお!良いじゃないか!
掛かってこいよ!恐竜!
男のロマンを一旦脇に追いやり、俺達は戦闘に意識をスイッチした。
獣化したギルがさっそくブレスをぶちかましたが、怯むこと無く、数匹のアロサウルスが突っ込んでくる。
俺は瞬間移動で、先頭を走る一匹の首の後ろに移動し、首にミスリルのナイフを突きつけた。
「ギュエエエ!!」
と蠢くアロサウルス。
だがまだ浅い、もっとナイフを突き立てないといけない。
俺は更にナイフを首に突き立てる。
それにしても堅い。
いつもの様にスパッといかない。
流石は恐竜だ!
こうでなくては!
するとアロサウルスは体を捻って俺を落とそうとして来た。
まるでロデオの様に俺はアロサウルスに跨り、振り落とされない様に、股に力を込めた。
そして更にナイフを突き立てる。
ナイフが深く入り込むと共に、首から鮮血が飛び散る。
ほどなくして、アロサウルスは力付きていた。
一方、ギルは向かって来た一匹に、尻尾でビンタを加えていた。
更に追撃でショートレンジから、顔面に火魔法をぶつけた。
「ギョウエエエ!」
と叫ぶアロサウルスに、更にもう一発最大火力の火魔法をぶっぱなす。
シュルシュルとアロサウルスが消えて行く。
そして、もう一匹のアロサウルスには、ゴンがお得意の土魔法の塊を口の中にぶち込んでいた。
土塊がいつもよりのデカい上に、高速回転をしており、ヒュンヒュンという音がしている。
土塊が空けている口から頭を貫いて、アロサウルスが消えていく。
後方にいる複数のアロサウルスに対して、ノンが最大級の雷撃を放っている。
直撃に耐えているアロサウルスに、更にエルが最大級の風の刃を放つ。
胴体を刻まれたアロサウルスはゆっくりと消えていった。
ふう!
なんとかアロサウルスの一団を撃破したようだ。
ここの階層では、力加減は必要なさそうだった。
ノン達の魔法も、最大威力の物になっている。
十メートルもあるアロサウルスには、手加減は出来ないとも言える。
これまでとはレベルがダンチだ。
因みにドロップ品は牙だった。
『鑑定』 アロサウルスの牙 武器の材料になる
武器にするものいいが、俺としてはコレクションとして持っていたいな。
恐竜の牙なんてロマン中のロマンだろう。
棚を作って、部屋に飾っておきたい。
是非とも自慢してみたい一品だ。
当然全部を回収した。
やったね!
まさか自分の家に恐竜の牙を飾れるとは。
それにしてもアロサウルスは堅かった。
ミスリスのナイフで、これまでのようにスパッと切れなかった。
ここまで堅い魔物には、これまで遭遇したことは無かった。
皆も今の攻防では、それなりに魔力を使ってしまったようだ。
一度立て直した方がいいだろう。
俺は結界を張り『収納』から体力回復薬と、魔力回復薬を取り出し皆に配った。
「流石は最終階層ということだな、いきなりアロサウルスの一団が向かってくるとは思わなかったぞ」
「主、こいつら堅かったよ!」
「そうですの、風の刃も最大級でないと効かなかったですの!」
「私も辺り処が良かっただけのようです」
「ここからは、体力と魔力の温存は一切出来ないと考えたほうがいいな」
「そのようです」
「ギル、お前よりデカい奴なんてビックリだろ?」
「うん、興奮するよ!」
とギルは楽しんでいる様子。
「ハハハ、そうか。体力と魔力の回復が終わったら、先を進もう」
「「はい!」」
ひと休憩終えて、先に進んでいくことにした。
困ったことに、草食の恐竜達も襲い掛かってきた。
まさかトリケラトプスやステゴザウルフに、襲われるとは思ってもみなかった。
やはりそこは魔物ということなんだろう。
トリケラトプス突進はなかなかの衝撃だった。
一匹で猛然と突っ込んできたので、皆で人化して角を掴んで力比べをしてみたが、適わなかった。
俺を含めて皆、吹っ飛ばされていた。
これはこれで楽しい!
その後オリハルコンのナイフに持ち替えて、トリケラトプスをあっさりとやっつけてしまったのだが、これもご愛好ということで・・・
ここでも牙がドロップされた為、漏れなく回収していく。
そして、待ちに待った空中戦。
プテラノドンは、意外とあっさりしたものだった。
翼を破壊すると、こいつらは全く相手にならない。
簡単に狩ることが出来た。
でも楽しかったのは、ケツァルコアトリスだった。
全長十メートル近い恐竜で、尖った嘴で抉ろうと狙ってくる。
それに大きな体からは、考えられないほど動きが速い。
だが行動予測を駆使した俺にとっては、何てことない動きだ。
サクサクと首を撥ねていった。
それにしてもオリハルコンのナイフの切れ味は半端ない。
どんな恐竜の皮も、紙を切る様にスパスパと切れていく。
このナイフに切れない物は無いのではないか?と思えてしまう。
多分石や岩でも簡単に切れるだろう。
正に伝説の一品だ。
そして嬉しいことに、ちゃんと海を越えないといけない場所があった。
海?湖?どっちでもいいのだが、飛んで超えて行こうとしたのだが、何度か海中からの襲撃を受けた。
リオプレウロドンが海中から、俺達に向かって飛び跳ねてきたのには感動すら覚えた。
水中に入っての戦闘も考えたが、止めておいた。
水中での戦闘は全員不向きと思われる。
タゴサウルスも見かけたが、襲ってくることは無かった。
水中の恐竜を見られただけでも感動だ。
終始感動し、皆で声を上げていた。
先を進むと陸に辿りついた。
少し名残惜しい気持ちがあるが、そうとも言ってはいられない。
今度はタルボサウルスが襲い掛かってきた。
これまたデカい。
全長十二メートルはありそうだ。
「グワオオオオオー!!」
と叫んでいる。
大きな口を開けて、咥えようと向かってくる。
瞬間移動で首の下に入り込んで、一気にオリハルコンのナイフで首を撥ねる。
「ギュオオ!!」
とタルボサウルスが悲鳴を挙げた。
そこにギルがブレスをぶつける。
嫌がるタルボサウルスに、ノンが雷撃を追加した。
雷を纏いながら、タルボサウルスが消えていった。
ドロップ品はこちらも牙だった。
勿論回収する。
さて、楽しい狩りもそろそろ終わりを迎えそうだ。
俺達は神殿に辿り着いていた。
「ひとまず、立て直そう」
俺は神殿の階段で立ち止まり、結界を張った。
体力回復薬と魔力回復薬を配っていく。
「さあ、いよいよ最後のボス戦だな」
「だね、最後のボスはどんな奴だろうね?」
多分・・・言わないでおこう。
俺の予想は・・・
「何だろうな?」
「パパ、恐竜ってカッコいいよね!」
「そうだな」
異世界でも恐竜のかっこよさは、共通のようだ。
「次で最後だから全力で暴れていいからな!」
「「はい!」」
「でも、その前に腹ごしらえだな」
「やったね、なになに?」
俺は『収納』から昼飯を取り出した。
「今日の昼飯は、ゲン担ぎでかつ丼だ!」
「やった!」
「イエーイ!」
「よっしゃ!」
と皆な妙にハイテンションになっている。
恐竜に当てられたか?
ウン!いい味だ。
メルルはまた腕を上げたようだ。
カツの柔らかさが絶妙だ。
これは蕎麦屋のかつ丼だな。
甘さ控えめだ。
間違いなく俺の好みだ。
皆なお替りをしていた。
ギルに至ってはかつ丼を七杯も平らげていた。
流石は島野一家が誇るフードファイターだ。
気持ちいいぐらい、ガツガツ食べていた。
俺達は食後のお茶で一服タイム。
結界の外では、アロサウルスが突進してきたが、結界に弾かれて倒れ込んでいた。
何が起こったかという顔をしているアロサウルスが、とても笑えた。
その後何度か突進していたが、最後には諦めてどっかに行ってしまった。
休憩を終えて、神殿の中に入っていく。
すると直ぐに扉の前に出た。
この扉を開けたらボスバトルが始まる。
ダンジョン最後の戦いだ。
俺は気を引き締めると共に、身体強化と行動予測を発動させる。
横を見て全員の表情を確かめる。
よし、いい具合に気合が入っているな。
「行くぞ!」
「「おう!」」
「了解!」
「ですの!」
「OK!」
俺は扉を開けた。
直ぐに緊張感が高まってくるのが分かる。
俺達は一歩中に踏み込んだ。
すると、壁に設置されている照明が一斉に明るくなる。
その明かりに照らされて、ラスボスが姿を現した。
やっぱりか!
待ってたぜ!
俺はその姿に感動を覚えた。
興奮が止まらない!
恐竜と言えばこいつだろう!
俺達の目の前に三頭のTレックスが荒い息と、威喝を籠めた視線を送ってくる。
その視線に全身の肌がヒリヒリするのが分かる。
そして全身の毛が逆立つかのようだ。
これまでの恐竜達も強烈だったが、それとは比べ物にならない存在感と圧倒的な力を感じる。
それはそうだろう、よく見ると黒い瘴気を纏っており、目が真っ赤になっている。
Tレックスが魔獣化していたのである。
カインさん・・・やってくれる!
これは全力でいかないと流石の俺達でも、殺られかねない。
一切気を抜けない。
この局面で『睡眠』の能力を使う気にはなれない。
そうすれば楽勝なのは分かっているが、それをやってはこいつらに、何を言われるのか分かったもんじゃない。
数年は文句を言われそうだ。
それに俺としても全力バトルを楽しんでみたい。
魔獣化したTレックスなら相手として不足はないだろう。
やっと本気を出せるということだ。
「グアアアアア!!」
とTレックスは威嚇を始めた。
それに共鳴する様に、ノンが叫び出した。
「ワオオオオオオーーーーー!!」
ノンを見ると獰猛な眼つきでTレックスを睨んでいる。
威嚇合戦が始まったようだ。
それにつられてギルも叫び出した。
「ギャオオオーーー!!」
こちらも獰猛な眼つきで睨んでおり、口元には威圧的な笑みが浮かんでいる。
強敵に出合えて、喜んでいるのが分かる。
こいつらもやっと全力で挑める相手に出会えたということなんだろう。
身体から野生が溢れているのが分かる。
ゴンもエルも同様だった。
ゴンに至っては実際に全身の毛が逆立っていた。
本性を剥き出しだ。
エルはやはり変な子モードに入っていて。
「殺すぞおら!掛かってこいや!恐竜は偉いのか?ああ!」
と叫んでいた。
エルだけ何か違う気がするのだが・・・
まあいいでしょう。
「行くぞ!」
と俺は叫ぶと、瞬間移動で一気に真ん中のTレックスへの距離詰めて、オリハルコンのナイフで首に一撃を加えた。
「グアアアア!!」
と叫ぶTレックス。
オリハルコンのナイフはやはり切れ味が違う。
だが一撃で仕留めるとはいかない、まだまだ浅い。
そして俺は驚愕していた。
僅かながらではあったが、魔獣化したTレックスは、俺の瞬間移動に反応したのだった。
野生の勘なのか?
凄い!あり得ないぞ!
俺は興奮していた。
最強の恐竜に俺は挑んでいる。
それも魔獣化している状態だ、力も俊敏性も反応速度も格段に上がった状態だ。
胸が高まる。
俺は矢継ぎ早に瞬間移動を繰り返し、オリハルコンのナイフでTレックスを切り刻む。
狙いは全身だ。
とにかく予測できない箇所に一撃を与える。
首ばかりを狙っていると、こいつには通用しない気がする。
時折あり得ないタイミングで反撃が行われる。
反撃を受けるなんて始めてだ。
何だか楽しい!
間違いなくアドレナリンが出ているのだろう。
俺らしからぬ好戦的な気分だ。
俺はナイフだけに頼ること無く、自然操作の雷を交えた攻撃にでた。
雷にはTレックスの反応を鈍くする効果があり、一瞬動きを止めるのだ。
その隙を見計らってオリハルコンのナイフを突きつける。
これを何度も繰り返した。
そして、一度距離を取ってTレックスを眺めてみる。
満身創痍のTレックスがこちらを睨んでいる。
その顔は掛かって来いというかの如く、こちらを凝視している。
俺はそれに答えなければならない。
王者に対して、遠慮はいらない。
一気に決めてやろう。
「行くぞ!」
と俺が叫ぶと。
「グアアアア!!」
と答えるかの如く咆哮を挙げるTレックス。
まるで受けて立つと言っているかのようだ。
俺は瞬間移動すると見せかけて、一気にTレックスとの最短距離を詰める。
それに戸惑ったTレックスが、俺を咥えようと顔を前に突き出してきた。
それを潜る様にして、俺は一気にオリハルコンのナイフで、顎から腹までを一気に掻っ捌いた。
ブショー!!
と勢いよく鮮血が飛び出す。
「グ、グガ・・・!」
と生命の灯を一気に失ったTレックスが、ゆっくりと消えていった。
その様を俺は少し寂し気に眺めていた。
ありがとうTレックス・・・
なんとも言えない感傷に浸ってしまった。
終わっちゃったな・・・
左右を見ると構図がはっきりとしていた。
ゴンとノンが共同戦線を張っており。
同じくギルとエルが安定のコンビを組んでいた。
だが、なかなか膠着している模様。
こいつらのいつもの勢いを感じない。
それだけ魔獣化したTレックスが強敵ということだ。
今にも弾けそうな緊張感が漂っている。
俺は距離を取って静観することにした。
勿論気は抜かない。
加勢しようかとも思ったが、止めておいた。
充実した表情をするこいつらに、手出しは無用ということだ。
ここで水を差す訳にはいかない。
俺はこいつらの勝利を信じるのみだ。
どうやら極大の雷魔法をエルが狙っている様子。
それをギルが注意を引いて、サポートしているようだ。
ギルが頻りに行こうか行かまいかと、フェイントをしている。
魔獣化したTレックスは知能が高いのか、このフェイントをちゃんと警戒してる。
それに何度もエルに視線を送っている。
駆け引きができる恐竜って・・・何だかズルい。
ここまでくると最強の一言では、片付けられない。
痺れを切らしたTレックスが、ギルに噛みつこうと前傾姿勢を取った。
それを見逃さないギルが、お得意のブレス攻撃を行う。
しかしそれを意に返さないTレックスが、更に前傾姿勢を深くする。
それに対応する様にギルは振り向き様に、尻尾でTレックスの顔を狙った。
それを身を引いて躱したTレックスは、今度はお返しにと同様に、尻尾で攻撃を加えていた。
その尻尾を今度はギルが飛んで躱す。
それを待っていたエルが、最大化した雷魔法をTレックスに放った。
最大化された雷がTレックスを襲う。
流石に躱し切れなかったTレックスだが、その攻撃のほどんどを右前脚で防いでいた。
右前脚がシューと音を出して、炭化している。
まさか躱されると思っていなかったんだろう。
エルは驚愕の表情を浮かべていた。
これは不味い。
「エル!気を抜くな!」
俺はエルに激を飛ばす。
しまったとエルが気を取り戻すと同時に、Tレックスが動き出す。
狙いをエルに変えたTレックスが、エルに向かって左前脚を横薙ぎに払った。
これをギルがカバーに入る。
Tレックスの左前脚を尻尾で払った。
なんとかギリギリの処で、エルに攻撃は当たらなかった。
エルは危なかったという表情をしている。
そして、ギルが更に畳みかける。
態勢を崩したTレックスに、神気銃を放った。
これが決めてとなった。
Tレックスは神気銃を受けて、動けなくなっていた。
ここからはワンサイドだ。
各種攻撃魔法をギルとエルがこれでもかと打ち込み。
気が付くとTレックスは声を挙げること無く、消えていった。
「よっしゃー!」
「やった!」
とギルとエルが抱き合って健闘を讃えていた。
その様子を俺は微笑ましく眺めていた。
よかったよかった。
それにしてもギルがこの局面で神気銃を使うとは思ってもみなかった。
それだけ追い詰められたということなんだろ。
技のバリエーションが広がっている。
成長の証だな。
そして最後の戦いを見守ることにした。
ノンとゴンの、犬猿の仲コンビの戦いだ。
こいつらは未だに犬飯論争を繰り広げている。
いい加減仲良くして欲しいものだ。
どうなることか・・・
ここでも膠着状態が続いていた。
やはりTレックスは知能が高い。
ノンがのらりくらりと不規則に攻撃を加えるが、全てを凌いでいる。
ゴンも隙を見て、土塊を打つがあまりダメージを与えるには至っていない。
こちらも皮膚が堅いということだ。
見た感じほぼノーダメージだ。
Tレックスは外の二体が消滅したことに、一切の動揺を示していない。
それどこか俺が全員殺ってやる、という気概すら感じる。
俺の横で、エルが甲斐甲斐しくも、ギルに回復魔法で傷を癒している。
それをギルが今は良いからと、遠慮がちに手当てを受けている。
エルは優しいお姉さんだな。
未だにギルを子供扱いだ。
兄弟とはそんなものかもしれないな。
こいつらは完全に観戦モードだが、ちょっと気を抜き過ぎじゃないか?
流れ弾がきても知らないぞ。
ノンがTレックスから距離を取り、行こうか行かないかを何度も繰り返していた。
何やってんだあいつ?
俺はある芸人さんのネタを思い出して、不謹慎にも思わず笑ってしまった。
それを振り返って俺を見て、にやけ顔になるノン。
おいおい、余裕過ぎないか?
案の定Tレックスが、ノンに向けて襲い掛かってきた。
それを待ってましたと言わんかの如く、ノンは振り向き様に、右前脚の爪で首を抉りにいった。
Tレックスの首に一撃が入るが、これは浅い。
決め手とまではいかない。
やはりTレックスは堅い。
そのノンに対して、Tレックスは右前脚で掴みに行くが、ゴンが土塊でそれをさせない。
犬猿の仲にしても、コンビネーションは抜群だ。
やはりこいつらの格闘センスは本物だ。
不意にゴンが尻尾を逆立させていた。
九本の尻尾が天を突くかの如く立ち上がっている。
何かを狙っている?
それをチラリと見たノンは、何かを感じ取ったのか、後ろに体重をかけて身構えた。
それに対してTレックスも、何が来るのかと身構えているのが分かる。
ゴン頭上に水の塊が出来上がっていた、その塊がどんどんと大きくなっていく。
それをさせないとTレックスが動き出す。
だがそれに動きを合わせてノンも前に出る。
行かせないとノンがTレックスを牽制する。
ゴンの頭上でどんどん水の塊が大きくなっている。
既にゴンの身体の倍ぐらいの塊になっている。
Tレックスとノンの牽制は続いている。
水の塊が更に大きくなる。
「ノン!」
とゴンが叫んだ。
それを聞いてノンが後ろに飛ぶ。
それに合わせてゴンが、水の塊をTレックスにぶつけた。
Tレックスは全身水びたしだ。
水をぶっかけられて、怒気を強めるTレックス。
ゴンに掴み掛ろうと前傾姿勢になった所で、ノンが雷撃を放った。
「ドドン!」
という轟音と共にTレックスの身体を雷撃が貫く。
全身に水を被っている所為か、Tレックスのダメージが大きい。
動けずに固まっている。
Tレックスの身体から、プスプスという音が漏れてきそうだ。
でもまだ、Tレックスは息絶えてない。
その目が死んでいない。
そこからは雷撃と土塊の追撃が始まった。
ドシャドシャとぶつけていく。
そして、連撃を受けたTレックスが遂に消滅していった。
「やっと終わったか・・・」
「終わったね」
「そのようですの」
終わったことの実感がいまいち感じられないままに、俺達は全階層を踏破していた。
「皆お疲れさん!」
俺は声を掛けた。
「終わったんですね」
とゴンは未だ夢現の様子。
ノンは、
「踏破ー!」
とご機嫌だった。
そしてドロップ品が現れた。
これは・・・剣だった。
鞘の無い抜き身の剣が現れた。
その剣は光輝いていた。
素人の俺でもこの剣がただの剣では無い事が分かる。
剣なのに雰囲気や知性を感じる。
この剣はいったい・・・
思わず俺は剣を拾い上げて柄に手を掛けていた。
凄い!
無茶苦茶手に馴染む、まるで柄に吸い付かれているかの様な感覚まである。
『鑑定』
名前:神剣 エクソダス
種族:インテリジェンス ウエポン
職業:鍛冶神ゴンガスの眷神
装備者:島野 守
神力:399
体力:456(耐久値)
魔力:782
能力:人語理解Lv3 浮遊魔法Lv3 火魔法Lv3 念話 念動 能力共有(装備者) 鍛冶神の加護
神剣って・・・何?
ツッコミどころ満載なんだけど・・・
剣であって神なの?
分からん、まったくもって分からん。
これは親父さんに聞くしかないな。
すると不意に地面が揺れた。
何だ?地震か?
ゴゴゴゴという音を立てて、神殿の壁が動きだした。
そして、階段が現れた。
「これを登っていけということか?」
「多分そうなんじゃない?」
と俺の疑問にギルが答える。
「じゃあ、行こうか」
「「はい!」」
と俺達は階段を登っていった。
神剣だが、流石に『収納』にしまう気にはならなかった。
武器剥き出しで申し訳ないが、しょうがないということで勘弁して欲しい。
それにしても随分長い階段だった。
何百段登ったか分からない。
そして、やっと出口に辿りついた。
階段はダンジョンの入口に繋がっていた。
階段を出ると、俺達は大歓声に迎えられた。
「やったー!」
「島野一家最高!」
「遂に踏破だ!」
と声援が凄い。
俺達に駆け寄ってくるカインさん。
その表情から興奮しているのが分かる。
「島野君!」
とカインさんが叫ぶと、いきなり抱きつかれた。
「やったな!遂にやったな!」
とカインさんの興奮が止まらない。
それに声援が輪をかけて大きくなっていく。
「おめでとう!」
「流石です!」
「何てことだ!」
と賛辞が止まない。
これはいったい・・・
おいおい、騒ぎ過ぎだっての。
またノンが調子に乗るぞ・・・
案の定、気を良くしたノンが、例の変てこダンスを始めていた。
もはや突っ込む気にもなれない。
否、それよりも凄すぎじゃないか?
ちょっと皆さん・・・騒ぎ過ぎだっての!
ここまでの騒ぎになったのは今までにも無かったぞ。
タイロンの時よりも数段に凄い。
ダンジョン踏破って、そんなに凄いことなのか?
空前絶後のお祭り騒ぎが始まりそうな気配を俺は感じた。
今直ぐ日本に帰りたい・・・
駄目だよね・・・
はあ・・・やれやれだ・・・
俺達はまともに会話が出来ないぐらいの歓声と、賑わいに囲まれていた。
いい加減にして欲しい。
でも一向に歓声は鳴りやむ雰囲気が無い。
どうしたらいいんだろうか?
これほどの規模感となると正直怖い。
ここまでの観衆に取り囲まれるのは忌避感すら感じる。
頼りのカインさんも興奮状態から、まったく持って冷める感じがしない。
もしかしたらこの人が一番興奮しているのかもしれない。
訳の分からない言葉をずっと叫んでいる。
これは・・・俺達はサウナ島に帰れるのか?
疑わしいが、俺としてはさっさと帰りたい。
俺は押し寄せる観衆を押し返して。
未だ興奮しているカインさんを、何とか捕まえてきた。
「カインさん!帰ってもいいですか?!」
大声を出さないと聞こえないだろう。それなりに大きな声で話し掛けた。
なんたって周りの歓声が凄い。
「何だって?」
どうやらこれでも聞こえない様だ。
身体を寄せてもう一度大声を出す。
「帰ってもいいですか?!」
お前は何てことを言うんだ、という顔をカインさんはしている。
「駄目だよ!今日は付き合って貰うよ!」
と最悪の回答が返ってきた。
でも神剣のこともあるし、はやく親父さんに会いに行きたいのだが・・・
今も刀身を剥き出しで持ってるし。
「カインさん!神剣のこともあるので、ゴンガスの親父さんの所に行きたいんですけど!」
カインさんはそうだった、と悔しそうな顔をしている。
「そうか・・・そうだよな・・・でもな・・・」
諦めきれないようだ。
こうなったら、最終手段だ。
「じゃあ、俺とギルは行きますので、他のメンバーを残していきますね!」
「・・・分かった・・・」
俺はゴンとエルに残る様に伝えて、ギルと転移することにした。
ゴンだけ少し嫌そうな顔をしていたが、エルは観衆の興奮が感染したのか、変な子モードになりそうになっていた。
現に歯茎剥き出しで笑っている。
ノンはまだ変てこダンスを踊っている。
あいつは外っておいてもいいだろう。
「ギル行くぞ!」
「分かった!」
とギルは俺と同じで、この場を離れたいようだった。
流石は俺の息子だ。
俺は直接転移でサウナ島に帰ってきた、それもゴンガスの親父さんのお店の前に。
いきなり現れた俺とギルに、数名のお客さんがびっくりしていた。
なんだかごめんなさい。
店の中に入ると、メリアンさんがいた。
「メリアンさん、親父さんは何処にいますか?」
「多分赤レンガ工房にいると思うわよ?」
よかった、あそこなら作業中でも中に入ることができる。
俺の施設だしね。
「ありがとうございます」
問答無用で、赤レンガ工房に転移する。
すると親父さんは一心不乱に鍛冶仕事を行っていた。
これは・・・待つしかなさそうだ。
適当に椅子に腰かけて、親父さんが気づくまで待つことにした。
ギルがお腹が減ったということだったので『収納』から食事を取りだして、食事を取ることにした。
今回はチャーハンだ。
ギルは十杯も食べていた。
俺は疲れていたこともあって、二杯食べてしまった。
ちょうど食べ終わったところで、親父さんがこちらにやっと気づいたようだ。
「お前さん、何をやっておる」
と手を止めて、こちらにやってきた。
俺は徐に神剣を見せた。
「おお!エクソダス!」
と親父さんは走り寄ってきた。
神剣を俺から取り上げ、大切そうに撫でている。
不意に親父さんが固まった。
「お前さん・・・踏破したのか?!」
と興奮気味に話しだした。
「そうですよ」
「そうか!やったか!」
と親父さんが興奮している。
なんでこの世界の人達は、こうもダンジョンの踏破に対して興奮するのだろうか?
「お前さんならやってくれると思っておったぞ!よかったよかった!」
よかった?何でだ?
興奮する親父さんを無視して、疑問を投げかけることにした。
「親父さん、聞きたいことだらけなんですけど?」
「おお!そりゃあそうだろう、分かっておる皆まで言うな」
察しがよくてありがたいです。
「この神剣についてじゃろ?」
「そうです」
「ちょと待っておれ」
と言うと、親父さんは神剣をブンブンと振り回した。
「エクス!おい起きろ!エクス!」
と叫び出した。
ていうか寝てんの?
「おい!エクス!いい加減起きんか!」
と更に神剣を振り回している。
すると、神剣が起きた気がした。
何故だか俺には分かった。
「ん?・・・親父!・・・なんで親父がいるんだ?」
と『念話』が聞こえて来た。
「やっと起きたか、久しいのうエクス」
と神剣を振るのを止めて、親父さんは神剣から手を離した。
すると神剣は床に落ちること無く、宙に浮いた状態でピタッと止まった。
おお!なんだこれは?
「親父!・・・ってここは何処だ?」
見えてるのか?
何とも不思議な出来事だ。
剣が宙に浮いており、喋る上に周りが見える様だ。
「ここは工房だ、島野ののな」
「島野?・・・誰?・・・」
「俺だよ、始めましてエクソダス様?さん?」
ん?どう対応したらいいんだ、神様なんだよな?
「お前さん、こやつはエクスでええぞい」
ということらしい。
「おお・・・って、何?おいらのマスター!嘘!なんてことだ!・・・親父説明してくれよ!」
と興奮しているのが手に取る様に分かる。
剣なのに・・・
「説明も何も分かっておろう、お前の装備者だ」
「・・・」
神剣は固まっているようだ。
「こやつはダンジョンの踏破者だ、やっとお前にも主人が出来たということだの」
主人?俺が?
装備者だからか?
「そうか・・・んん!・・・嘘だろ・・・あり得ない・・・何だこの人は・・・」
と神剣が驚愕している。
何が起こっているんだ?
さっぱり分からんぞ・・・
「エクス・・・分かったか、お前の主人の出鱈目さが」
「ああ・・・親父・・・こんな人間いるんだな・・・」
と神剣は半ば放心状態だ。
「あの・・・どうなってるんですか?」
と俺は親父さんに問いかける。
「お前さん、この神剣エクソダスは、装備者のステータスが分かるのだ、そしてお前さんのステータスを見て驚愕しておるのだ」
へえー、そうなんだ・・・っておい!
勝手に人のステータスを見るんじゃない!
個人情報保護法に抵触するぞ!
ってここは異世界か・・・
はぁ・・・どうしたもんかね?
「マスター!おいらはエクソダス!よろしく!」
といきなり自己紹介された。
なんだこの変わり身は。
「ああ・・・俺は島野だ・・・よろしくな・・・」
「マスター!あんた何者だ?何でこのステータスで神じゃないんだ?」
おいおい、遠慮の無い奴だな。
ていうか、一から教えてくれないとさっぱり分からん。
「ちょーっと待ってくれ!親父さん。一から説明してくれませんかね?」
とにかく状況を整理したい。
勝手に興奮されたり、ステータスを見られたりして何とも付いていけてない。
そもそもからお願いします。
そもそもから・・・
「そうじゃったな、すまんすまん、まずはこのエクスだが、儂が造った」
でしょうね。
「そしてこやつもその名の通り、神だ・・・」
マジか・・・物に神が宿るって・・・まさに八百万の神だな。
「てことは、親父さんは神を造ったということですか?」
「そうなるな、こ奴を造るのは大変だったのう、十日間飲まず食わずで、一心不乱に鍛冶に没頭しておったぞ」
十日間?
普通に凄!
よく餓死しなかったな・・・あ?神様だった・・・
死ななくて当然か。
「そして、こ奴は誕生し、儂は名前を与えた」
ふむふむ。
「名前を与えるということは、非常に大事なことだ」
はあ?・・・ネームドってこと?
よく聞くアイテムなんかに名前を与えると、強くなるみたいな?
「名前を与えるということは、それ即ち加護を与えることにもなるんでのう」
はい?名前を与えるだけで何でそんなことになるの?
強くなるとか進化するとかじゃなかったっけ・・・
「名前を与え、加護を付与することによって、より強力な存在へと成るのだ」
「はぁ・・・」
「因みに儂の加護には、武具を再生する力がある」
そうなんだ。
てことはある意味エクスは最強ってことか?
そもそもオリハルコンなんだから、削れることもないだろうしな。
そういえば、ゴン達に俺は名前を付けたけど、加護なんてつかなったな。
眷属にはなったけど。
まあ俺人間だけどね。
生き物とアイテムとは違うというところなんだろうね、きっと。
「そしてエクスだが、もともとはカインがダンジョンを踏破した時のドロップ品だったのだ」
「ん?オリハルコンのナイフじゃなかったんですか?」
たしか親父さんからそう聞いたけど。
「始めはロングソードだったんだ、それを儂の鍛冶仕事で、ナイフと剣にしたんだ」
「へえー」
「カインはダンジョンの神に成ったはいいが、踏破者に与えるドロップ品が無いと困っておっての、それで儂のところにやってきたんだ」
「なるほど」
「それで、せっかくならとエクスを造ることにしたんだ」
「そうだぜマスター、そうやっておいらは親父から生まれたんだ」
と誇らしげにしている。
顔無いけど・・・
「そして、カインにエクスを任せたということだの」
「へへ、分かったかよ?」
「それと、エクス、分かっておるな」
「何をだ?」
「お前さん、約束したよな?」
「・・・!」
「なんだ、忘れておったのか、まあよい。約束は約束だ。お前さんは島野に仕えるんだぞ。文句はあるまい?」
「ああ、マスターは人間だけど、どうやら本物みたいだしな。おいらは全然構わないぞ」
「ちょと待って、俺に仕えるってどういうこと?」
「そのままだ、エクスはお前さんに仕えるということだの」
「はあ・・・」
「雑用なり何なり、好きに命じればよかろう」
「そうですか・・・」
いきなり、神剣が部下に加わっちゃったよ。
やれやれだな。
「それとなエクス、装備者だが、ギルに変更せい」
「何でだ?」
「お前さん、能力共有でこ奴の能力を使おうと考えておるのだろ?」
「そうだぜ」
「こ奴の能力は万能だが、お前さんには使いこなすことは難しいと思う、それに神力の量から見ても直ぐにお前さん枯渇するぞ」
「そうなのか?」
「ああ、お前さんの神力は決して多くはない。こ奴の能力はこ奴だからこそ、使いこなせる代物だ、それとギルに装備者を換えればお前さんの夢が叶うぞ」
夢?
何の事だ?
「本当か?親父!」
「そうだ、ギルが装備すれば分かるが、こ奴はドラゴンだ」
「何!・・・中級神様かよ・・・格下かと思ってたぜ」
「格下ってなんだよ、そんなこと言うと装備者になってあげないぞ」
とギルは憤慨していた。
「ごめん、悪気は無かったんだ。すまない許してくれ!」
とまるで手を合わせているかの様に感じた。
「・・・どうしたものかな・・・」
ギルの気持ちは分かる。
エクスは終始舐めた態度を取っている様に感じる。
こいつはただの生粋な小僧だな。
「ギル、許してやったらどうだ?」
「流石はマスター!分かってるう」
こいつお調子者もいいところじゃないか。
「まあ、パパがそういうなら・・・で、どうしらいいの?」
「おいらの柄を持ってくれ、そうすれば変更可能だ」
「うん」
とギルはエクスを握り締めた。
するとエクスが、
「よし、変更できた。ギル、これからよろしくな」
「ああ、分かったよ」
というが、ギルは不服そうだ。
「それでエクスの夢って何ですか?」
とギルが親父さんに尋ねる。
「こ奴の夢はな、酒を飲むことだ」
なんだそれ・・・剣が酒を飲めるのか?
「ギルは人化の魔法が使えるだろ、エクスが人化すれば飲み食いが出来る様になる」
嘘でしょ?
どういう仕組み?
「なんだ、不思議か?」
「そりゃあそうでしょ、剣が人化したからといって、飲み食い出来るものなんですか?」
「お前さんには分からんかもしれんが、ギルよ、獣型の時と人化の時では味が違ったりするもんだろ?」
「そうだね、まったくの別ものだね」
「だろ?前にエリスとそんなことを話したことがあってのう。だからエクスを造った時に、その可能性を含めておいたんだ。だが儂は人化の魔法は持っておらん。そこで人化魔法を持つ者が装備者となった時に、飲食できるように仕掛けを施しておいたんだ。だがあくまで可能性だ、実際には口にしてみないと分からんがのう」
「・・・何だそれ・・・」
「ガハハハ!お前さんに呆れられたか!儂も一廉ということだな。これは面白い!ガハハハ!」
そもそも神様を生み出すことが出来るって時点で、一廉なんだけどな。
にしても、ゴンガスの親父さんはとんでもないな。
ただの酒飲みの、悪だくみ親父では無いということか。
流石は鍛冶の神様だ。
「では、さっそく」
とエクスが人化した。
おお!
茶褐色の青年だった。
心なしかギルに似ている。
というよりギルの兄弟といっても、疑う者はいないだろう。
特徴的な顔をしている。
だが、明らかに違うのは目だ、エクスの性格が影響しているのだろう、人を小馬鹿にするような含みをその視線から感じる。
「パパ、僕にそっくりじゃ・・・」
「だな・・・ギルの能力を使ってるんだから、そうなるんじゃないか?」
「だね・・・」
「どうだ?親父?成功か?」
「だと思うがのう」
ということで試してみましょうかね。
俺は『収納』からおにぎりを取り出した。
「エクス、食べてみるか?」
「いいのか?マスター?」
「試すしかないだろ?」
「そ、そうだな・・・」
エクスは恐る恐るおにぎりを手にした。
「いけ!エクス」
と親父さんが鼓舞する。
それに答えて、エクスは一気におにぎりを口にした。
「もしゃもしゃもしゃ・・・」
始めは探るような感じだったが、エクスの顔が歓喜に満ち溢れだした。
「お、お、味がする・・・これが味・・・何ていうんだ・・・おお!」
ポロポロと溢しながらも、おにぎりを頬張るエクス。
「う・・・うう・・・親父・・・マスター・・・そしてギル・・・ありがとう・・・おいら・・・おいら・・・」
とエクスは涙を流し出した。
エクスは相当嬉しいみたいだ。
でもこれで食せれたということなのか?
後でお腹痛くなるとかないのか?
その疑問を察したのか、親父さんが。
「大丈夫そうだのう、後はあまり人化を解かないことだの。この調子なら当分は剣には戻らんだろうがのう」
剣になった時にどうなるんだろうか?
俺が心配することでもないか?
自己責任ということでやっていこう。
「さて、エクスこうなるといよいよだな」
「そうだな親父・・・酒が待ってるな・・・」
「ちょっと待った!エクス、カインさんに挨拶しなくてもいいのか?」
「うう!・・・そうだった・・・カイン様には話をしないといけなかった・・・」
エクスは残念そうにしている。
「エクスや、酒は逃げてはいかん。そう肩を落とすな」
「親父・・・」
とエクスはしょんぼりしている。
「挨拶だけしてから、帰ってこい。儂は大食堂で待っておるぞ」
今のカインさんが直ぐに帰してくれるとは思えないのだがな・・・
「親父さん、エアルの街は今飛んでも無いことになってるので、早々に帰って来れるとは思えないのですが・・・」
親父さんは何?と言わんばかりの顔をしてる。
「そうだったのう。念願のダンジョン踏破だったの・・・今頃街を挙げての大宴会になっておろう」
「だったらそこで一緒に飲んだら?」
ギルからの建設的な意見だった。
「そうだな!ギル!良い事を言った。待っておれ、儂の上等の酒を準備する。お前さん!お前さんも酒と食事の準備をしろ!」
おいおい、勝手に仕切るんじゃないよ。全く!
でも俺もこのまま家に帰るとはいかないよな・・・ノン達も迎えに行かないといけないしな。
なんとかどんちゃん騒ぎが収まっていることを、祈るしかないな。
そんなに甘くは無いだろうけどね。
やれやれだ。
俺は大食堂の厨房に入ると、大歓声で迎えられた。
ここまで辿りつくまでにも、同様の待遇を受けた。
すれ違う人から
「おめでとうございます!」
「やりましたね!」
「やっぱり島野さんは規格外だ!」
等と声を掛けられた。
どうやら俺達がダンジョンを踏破したことが、早くも伝わっているらしく、興奮したエアルの住民が、いろんなところで吹聴しているみたいだ。
後から知ったんだが、俺とギルが親父さんやエクスと、話をしている隙に、カインさんが転移扉を開けて、入島受付に入ってきたらしく。
「島野一家がダンジョンを踏破したぞー!皆に伝えてくれ!」
と騒いだらしい。
一体何をやっているんだかあの人は・・・
事情をメルルに話したところ、さっそく食事の用意を開始した。
彼女も相当嬉しかったらしく。
「やってくれると思ってました!任せてください。腕に縒りをかけて準備します。さあ料理班!気合いれてけよ!」
とフンスと言わんばかりに力を籠めていた。
メルルの親方化は留まることを知らないな。
俺はその間に、お酒の準備をする。
どうしようかと考えていたが、めんどくさくなって。
ワインを樽ごと持っていくことにした。
そうこうしている間に、食事がどんどんと作られていく。
これは・・・オードブルだな。
揚げ物中心だが、パーティー使用のオードブルが作られていく。
何人分用意したらいいのだろうか?
まあ、適当でいいか。
最悪は島野一家と親父さんとカインさんと、エクスの分があればどうにかなるだろう。
酒を樽ごと大判振舞するんだからいいだろう。
文句は言わせないぞ。
ていうか俺が準備していることが、間違っていると思うのだが・・・
祝って貰う側なはず・・・
なんだかな・・・
食事の準備を終え、ギルとエアルの街に向かうことにした。
どうやら親父さんとエクスは、既に先に向かったらしい。
「パパ、エアルの街はどうなってるんだろうね?・・・」
ギルも恐る恐るといったところなんだろう、心配が顔に出ている。
「まず普通ではないだろうな」
「だよね・・・」
「まあ、付き合わん訳にもいかんだろう?」
「はあ・・・」
俺達は入島受付に辿り着いた。
案の定、興奮したランドから歓待を受けた。
「やりましたね!島野さん!」
「お、おう」
「やってくれると思ってましたよ!」
「そ、そうか・・・」
「ギル!お前凄いじゃないか!ダンジョンを踏破だぞ!」
ギルの両肩を掴んで揺すっている。
ランドの興奮は止みそうにない。
案外褒められて嬉しいのか、ギルは照れていた。
ギルは俺に付き合ってめんどくさそうにしているが、案外本心は違うのかもしれないな。
「へへ!」
と胸を張っている。
「ランド、すまんがエアルに行かないといけないんだ。悪いな」
「いえいえ!行ってくださいよ。宴会ですよね!良いなー、俺も行きたいな。てか後日サウナ島でも宴会をやりましょうよ!」
と聞きたくない台詞が耳に飛び込んできた。
俺は顔に出ていたんだろう。
「島野さん、俺達にも祝わせてくださいよ!連れないじゃないですか!」
と言われてしまった。
こう言われてしまえば、宴会を開くしかなさそうだ。
「そうか・・・分かった・・・」
「よっしゃ!ちゃんと聞きましたからね!」
言質を取られてしまったな。
やれやれだ。
「じゃあ行くからな」
「「いってらっしゃいませ!」」
とランド以外の従業員達からも大声で送り出されてしまった。
エアルの街は大騒ぎだった。
ハチの巣を突いた状態といってもいいだろう。
てんやわんやの大賑わいだった。
そこらじゅうで繰り広げられる宴会。
中には地面に直接腰かけている者達もいた。
花見かよ!
どこでどう準備されているのか、酒を片手に食事をする人達。
漏れなく大声で騒いでいる。
ひと際目立って騒いでいる集団の中心には、ノンがいた。
ノンはへらへらとしながら、酒を飲んでいた。
あら珍しい。
その脇でゴンが顔を真っ赤にしていた。
随分飲まされたご様子。
エルは歯茎むき出しで笑っていた。
こちらも相当飲まされたようだ。
ノンが俺とギルを見つけて駆け寄ってきた。
「ギルー、お前も飲めよー」
と上機嫌で絡んでいる。
ゴンとエルもこちらに来ては、
「主ー、飲まされちゃいましたー」
「そうですのー、フラフラしますのー」
と完全に出来上がっている。
「お前達、珍しく出来上がってんな。大丈夫か?」
「大丈夫だよー」
「平気ですー」
「ですのー」
と随分ご機嫌なご様子。
「カインさんの所に行くが、付いてくるか?」
「行くー」
「行きますー」
「ですのー」
ということだったので、フラフラになっている三人を連れて、カインさんを探すことになった。
道中珍しくエルがギルに甘えていた。
ノンとゴンは俺から離れようとしない。
こいつらも俺に甘えたいようだ。
二人の頭を撫でてやると、
「へへへ」
「フフ」
と喜んでいた。
道行く酔っ払いに声を掛けて、カインさんのところまで辿り着くと、親父さんとエクスも既にいた。
場所はダンジョンの入口だった。
簡単なシートが敷かれており、花見スタイルだった。
カインさんのところだけでは無く、それを取り囲むかの様に、花見スタイルで人々が酒を煽っている。
俺達は拍手で迎えられた。
「お待たせしました!」
「やっと来おったか」
「マスター、遅せえよ!」
と言われてしまったが、しょうが無い。
こちとら道行く人々に、絡まれてきたんだからね。
途中で何度声を掛けられたことやら。
「ここまで辿り着くのにどれだけ苦労したことか・・・」
「しょうがないのう、この調子だしの」
そう思うんなら、やっと来たとか言うな!
「じゃあ、まずは食事の準備からですね」
と俺は言うと『収納』からオードブルを取り出した。
それを見てカインさんが、
「待ってました!」
と大声で騒いでいる。
ほんとにこの人は・・・
「「いただきます!」」
と勝手に食事を始める各々。
すると周りの人達も気になったんだろう。
こちらに期待の籠った視線を送ってくる。
はあ・・・どれだけあるのかな・・・
足りなくなっても知らないからな。
『収納』から食事を取り出して、
「欲しい方は居ますか?」
というと、
「こっちください!」
「俺も!」
「では遠慮なく!」
と殺到したので、適当に渡していく。
「喧嘩しないで、分け合って食べてくださいね」
と声を掛けておいた。
案の定、
「これは俺のだろ!」
「あ!酷い!何で食べちゃうの!」
とやっている。
やれやれだ。
これ以上はもう知らん!
俺は『収納』からワインの樽を取り出した。
「おお!」
「樽ごと!」
「よ!太っ腹!」
と声が掛かる。
誰も奢るなんて言ってませんが・・・まあ奢るんだけど。
「皆さん適当に飲んでください。喧嘩しないでくださいよ」
と最後に注意しておく。
これまた人が殺到し、適当にやってくれと柄杓だけおいて、俺はその場を離れた。
所々で、
「ワイン旨!」
「これ美味しい!」
「最高!」
等と騒いでいる。
俺はこっそりとウコンエキスを飲み込んだ。
やれやれだな。
「さて、マスター、ギル、親父、カイン様、念願の酒、不肖神剣エクス行かせて貰います!」
とエクスがワインの入った、木製のコップを天に掲げた。
「いけ!エクス!」
「一気に飲め!」
と親父さんとカインさんが煽り出す。
グビっとワインを飲んだエクス。
すると、わなわなと体を揺すりだした。
「これが酒か・・・美味い・・・親父のいう通りだ・・・無茶苦茶上手い!」
と叫びだした。
「エクス、そうだろう、上手いだろう!ガハハハ!これが酒だ!大いに飲め!」
「エクス、人化出来て良かったな!」
とカインさんも嬉しそうにしていた。
隣では、食事をがっつくギルに膝枕されているエルがいた。
どうやら眠ってしまったらしい。
ギルも嫌な訳ではなさそうだ。
仲の良い姉弟でよかったです。
「あれ?もう一人ギルがいるよ」
とノンが出来上がっている。
「あ、ほんとだ」
とゴンも同様になっている。
それを見たギルは、今話しても埒が明かないと思ったのだろう。
やれやれといった顔をしていた。
俺にワインを飲まそうと、次々に人々が殺到した。
これは・・・社員旅行の時よりひどくないか?
救援のサインを親父さんに送ると、親父さんが割って入ってきた。
「お前さん達、儂にも飲ませろ!」
と一気に注目を浴びている。
神様からのお酌のおねだりだ、無視する訳にはいかない。
それにしても凄い人の渦だ。
人酔いしそうだ。
中には見かけたことがある者達も見かけたが、その者達は遠慮しているようで、こちらを気にかけるのだが、近寄ってこようとはしなかった。
ああ、そんな・・・助けてくれてもいいんだぞ・・・遠慮するなよな・・・
あれ?餅ハンター。
俺は餅ハンターに向かって手を振って、こいこいと手招きした。
待ってましたと頷く餅ハンター。
よし、あいつらには悪いが、ここは盾になって貰おう。
到底身体がもたんのでね。
「よう!ブルーエッグ!こっちだ!」
と周りの者達を牽制する為に、あえて声を掛けた。
ドリルが今だと、割り込んできた。
俺に声を掛けられたブルーエッグの面々への、妬みの視線が所々から放たれている。
「島野さん!おめでとうございます!」
「ああ、ありがとう」
ドリルに続いて他のメンバーも声を掛けてきた。
「島野さん、おめでとうございます!」
「島野さん、やりましたね!」
「島野一家なら踏破すると思ってました!」
と賛辞が止まない。
俺は小声でブルーエッグの面々に伝える。
「すまんが、壁になってくれ。このままじゃ身体がもたない」
「「分かりました」」
と俺の目の前に座り込む。
後ろから、
「何だよ!」
「後ろが痞えてるだろ!」
等と声が挙がるが気にしないブルーエッグの面々。
なかなか肝が据わっている。
「島野さん、それでどうでした?」
「ああ、あの後結構大変でな」
「それはどんな?」
「七階層までは話したよな」
「はい、聞いております」
とダノンが頷く。
「八階層はな、ジャングルだったんだ」
「「ジャングル!」」
意外だったようだ。
「デカい蟻やらが多くて、大変だったぞ」
これまで文句を言っていた後方の者達も、ダンジョン情報が気になったのか。
「ちょっと静かにしてくれ」
「ここまで聞こえない」
「押すなよ!」
と雰囲気が変わった。
そうかこの手があったか、しめしめだ。
「後はデカい蛾やデカいカマキリも居たな、カマキリはそれなりに素早かったし、腕の鎌がデカかったぞ」
「「おお!」」
どよめきが凄い。
「それでそれで」
と意を汲んだドリルが急かしてくる。
「まあそう急かすなよ、次階層までの道のりは大体二キロぐらいだったな。そして九階層目もジャングルだった」
「「またジャングル!」」
「そうか」
「なるほど」
と皆が皆聞き耳をたてている。
終いには知っているに決まっている、カインさんまで混じっていた。
「九階層のジャングルは八階層よりも乾いていたな。湿気をあまり感じなかった。そしてこの階層で出会った魔物は、まずはジャイアントパンサーだろ」
「ジャイアントパンサーか、各上だ」
「お前うるせえって、黙ってろ」
「おお、すまん」
等と外野が煩い。
「後はジャイアントタイガーだろ、それからジャイアントベアーだな」
「ここはもうA級でも難しかもしれませんね」
とダノンが考え込む。
「そうかもしれないな、あ!そうそう、この階層でS級のハンター達に遭遇したよ」
「なんと?」
「ほんとですか?」
ドリルまで騒いでいる。
「ああ、追い込まれてたようだから、手出しさせて貰ったよ。いくらダンジョンとは言っても流石にな」
「うおー!S級を助けた?!」
「規格外だ!」
「考えられない!」
と外野が煩い。
このままでは俺もしんどいのでギルにも話を振る。
「なあギル、そうだったよな?」
「うん、そうだったね。僕達島野一家はトリプルS級だよ!」
と何故かギルが高らかに宣言した。
「「トリプルS?!」」
「うおおおおお!」
「そりゃすげえ!」
と騒いぎ出したと思いきや、今度は
「「「トリプルS!」」」
「「「トリプルS!」」」
と大合唱が始まった。
流石のノンもここで踊ることは出来ず、酔いつぶれて寝ていた。
今回はノンの変てこダンスはお預けだ。
それにしても大合唱が止まらない。
こうするつもりではなかったのだが・・・
何故にギル君や、君はトリプルSを宣言したんだい?
しまった!そうだった、ギルには中二病的なところがあったんだった。
やれやれだ。
その後、興が乗ったギルが、身振り手振りを交えて、ダンジョンでの出来事を詳しく語りだした。
まるで英雄譚でも語るかの如く、ギルは活き活きと話していた。
後ろにまで聞こえる様にと、敢えて大きな声で話している。
ギルは喜々としてダンジョンでの出来事を話していた。
やっぱりこれは中二病だな。
中二病ここに極まれり!
結局ダンジョンの打ち上げは、後日サウナ島で行われることとなり。
何故か、ダンジョン物語を、ギルが再度サウナ島でお披露目することになっていた。
多分テリー達に聞かせたいのだろう。
それにギルの昨日の観衆への語りは、満足の行くものだったようだ。
実際に上手に話せていたと思う。
当のギルも満更ではないご様子。
というよりご機嫌ともいえる。
その所為か、今日のスーパー銭湯の客入りは、通常の倍以上になっていた。
昨日は機転?を効かせて、エンドレスお酌からは解放されたが、今日も今日で気が抜けないのが俺である。
そこでダンジョンで手にいれた薬の原料を持ち込んで、さっそく薬を作って貰おうと考えている。
スーパー銭湯のエルフの薬ブースで、見慣れたエルフの店員に声を掛けた。
「ちょっといいかい?」
「あ、どうも島野さん。ダンジョン踏破おめでとうございます。それで何か御用ですか?」
「ありがとう。実はな、ちょっと見て欲しい物があるんだ」
と俺は『収納』から薬の原料となる。熊の胆嚢、ジャイアントイーグルの爪、キラーアントの牙、ジャイアントカマキリの鎌、ジャイアントカモシカの角等を取り出していった。
「おお!どれも状態がいいですね」
オットセイは・・・止めておいた。
ちょっと恥ずかしいし・・・ね。
「これで薬が作れるんじゃないかな?」
「ええ、どれもいい素材です、是非買い取らせてください」
「実は熊の胆嚢だけ、優先的に薬を作ってくれないだろうか?もちろん熊の胆嚢の材料費はいらない」
「いいんですか?胃薬で良ければ直ぐに作れます。後で寄ってください。他の材料も査定しておきます」
「いやいいよ、薬の材料はエルフの村に寄贈させてもらうよ」
「ほんとですか?」
「ああ、その代わり、何かいい薬が出来たら、今後は優先的に回して欲しい」
「もちろんです」
俺はエルフの薬ブースを後にした。
次に向かったのは、赤レンガ工房だ。
武具の材料になる材料を親父さんにプレゼントする為だ。
中に入ると、親父さんとエクスが何やら話をしていた。
「おお、お前さん、丁度いいところに来たの」
「ん?どうしましたか?」
「いやな、エクスをお前さんに仕えさせるはよいが、何をやらせたらよいのか分からんくてのう」
エクスもまだ俺に遠慮があるのだろう、本当なら俺に相談に来る内容だ。
現にエクスは俺に対して、申し訳なさそうにしている。
「それなら俺に考えがありますから大丈夫です」
「マスター、本当か?」
エクスは分かりやすく目を輝かせている。
「ああ、お前にはドアボーイをやって貰おうと考えている」
「ドアボーイ?」
「そうだ、昨日入島受付には行ったよな?」
「行ったぜ」
「そこで働いて欲しいと思っている」
「そうか、お迎え問題だの」
と親父さんは理解したようだ。
「そうです」
実は、神様ズからサウナ島に向かう一団を送り込むこと自体は問題ないが、迎えに行くのが大変だと前々から言われていたのだ。
神様ごとに各自のルールを設けて、転移扉の運用を行っているが、中には急なトラブルなどで、そのルール内の運用が出来ず、四苦八苦していることもあったようなのだ。
例えば五郎さんの場合、最後の迎えの時間は二十二時としているが、その時間に温泉街であったトラブルで、迎えに来られなかったことが何度かあった。
俺かギルをランドが呼び出して対応したのだが、五郎さんはとても申し訳なさそうにしていた。
なので、エクスには十三時から二十二時までの勤務で、ドアボーイをして貰おうということなのだ。
「まずエクス、お前は島野商事の社員になってもらう」
「島野商事?」
「ああ、俺達の会社だ」
「会社?・・・」
「まあいい、細かい事はギルに聞いてくれ。それとこの島では働かない者は、飲み食い出来ないからな」
「え!そんな・・・」
「お前どう思ってたんだ?ただ飯が食えるとでも思ってたのか?」
「いや、マスターが普通に飲み食いさせてくれるもんだとばっかり・・・」
「あのな、俺はそんなに甘くはないぞ」
「でも昨日はそうしてくれたじゃないか、それにほとんどの奴らに奢ってただろ?」
「あれは宴会だから別物だ」
確かにやり過ぎたとは思うがな。
そう思われてもしょうがないのか?
「そうなのか・・・」
「ちゃんとお前には仕事があるし、それによってちゃんと給料を貰えるから、自分でやりくりするんだぞ」
「分かったぜ・・・」
「細かい事はこれから覚えつつ、ギルからも教わってくれ、後で俺と入島受付にいくぞ、責任者のランドに合わせるからな」
「おう!」
「よかったの、エクスや」
「おう!」
親父さんも胸を撫で降ろしているようだ。
「それはさておいて、親父さんにプレゼントがありますよ」
「なんだと!プレゼントだと?」
俺は『収納』から武具の素材となる、ワイルドタイガーの牙等を次々と取り出していった。
「おお!これはいいな。貰ってもよいのか?」
「どうぞ、遠慮なく」
「こ・・・これは・・・まさか・・・恐竜の牙か?」
数個ではあるが、せっかくなのであげることにした。
でも俺の鑑賞用と、スーパー銭湯に飾る分はあげないけどね。
まあ、エクスを造ってくれたお返し?かな?
「嬉しいな、これであれが造れる、いやこれにもいいのう」
等と親父さんはさっそく鍛冶師モードに突入していた。
俺はエクスを連れて、入島受付へと向かうことにした。
「エクス、これからお前はいろいろと学ぶことがある、まずは相手を立てて、謙虚にするんだぞ」
「なんだよマスター、あんたもカイン様と同じことを言うのかよ」
「カインさんまでそう言ったという事は、そうする必要があるんじゃないのか?二人から言われるとなると、本気で改める必要があるんじゃないのか?」
「う!・・・確かに・・・」
「特にこのサウナ島は特別だから、気を引きしめてかからないと大変なことになるぞ。何よりこの島には、神様達が集まってくるからな」
「嘘!」
「嘘じゃねえよ、これからお前は神様達の相手をするんだぞ。それも十人近くのな」
「・・・嘘だろ・・・」
エクスは頭を抱えていた。
「だから謙虚にしろと言ってるんだ」
「分かったよ、マスター・・・」
腹を決めたエクスと共に、入島受付へと入っていった。
俺はランドを呼びこんで。
「ランド、新入りだ。教育してくれ」
「新入りですか?」
「ああ、神剣のエクスだ」
というと、ランドが一瞬体を硬直させた。
「神剣って・・・」
「よう!おいらはエクス。よろくしくな!獣人!」
とエクスが偉そうに挨拶をした。
俺は問答無用でエクスに肘鉄をかました。
「ウグ!」
と蠢くエクス。
こいつは何も分かっちゃいないようだ。
「マスター!何するんだよ!」
「エクス、お前、俺の話を聞いて無かったのか?」
「・・・」
「謙虚にしろといったよな・・・」
俺の怒気にたじろぐエクス。
「・・・ごめんなさい・・・」
これはまずはちゃんと言って聞かせなきゃ駄目だな。
「エクス、一つ言っておく。このサウナ島では絶対的に守らなければならないルールがある」
「・・・」
「それは、この島では立場や身分は一切関係なく、皆平等というルールがある」
「・・・だったら前持って教えてくれよな、マスター・・・」
「だから教えただろうが、謙虚にしろと、それを理解できないぐらい、お前は人を舐めているってことだ。分かるか?」
「うう・・・」
これで気づいてくれるだろうか?
こいつの上から目線は本物だからな、ここは鼻っ柱をへし折るしかない。
「俺も注意した、カインさんも注意した。なのにお前は始めて会う、先輩のランドに偉そうにしやがった。なんだお前、神だからって偉いと思ってるのか?どうなんだ?」
「・・・」
エクスは縮こまっていた。
「おまえはどこか人を舐めてるところがある、これは俺にとっては、看過することは出来ない、何故だか分かるか?」
「・・・分からない・・・」
「そうか・・・であれば、学ぶことだな」
「そんな・・・」
「今日明日とお前は様々な神様に出会うことになる、その中から大いに学ぶことだ」
「・・・分かった・・・頑張ってみる」
「お前には期待している、お前はそんなもんじゃないと、俺は分かっているぞ!」
あえて出鼻をくじいてやったが、エクスがやる気になったのを俺は感じた。
神様初心者を導くことすら俺の仕事になるとは・・・
やれやれである。
多少昭和感があるのは勘弁して欲しい。
精神年齢定年なもんでね。
後は出来たら褒めてやらないとな。
「さあ、もう一度ちゃんとランドに挨拶をするんだ」
「分かった、ランド。さっきはすまない。おいらはエクソダス。エクスと呼んで欲しい」
「おうエクス、よろしくな!」
とランドが右手を差し出す。
エクスが笑顔で握り返す。
「ちゃんと出来るじゃないかエクス!」
「へへ!」
やってみせ、言って聞かせてやらせてみて、出来たら褒めてあげなければ、人は動かない。
とある偉人の名言だな。
これで少しは、エクスの上から目線が治るといいのだが、後は神様ズと接する姿勢をみれば、分かってくれるはずだ。
それにしても、エクスが勘違いしてしまうのも、分からなくはない。
エクスは親父さんの手から生れて、世間を知ることなく、カインさんに預けられてしまった。
カインさんもダンジョンから離れられない生活を続けていたから、まともにエクスを教育していられなかったんだろう。
エクスは自分で実績を造って、神に成った訳ではない。
そしてギルの様に家族に囲まれて、育ってきた訳でも無い。
神が人よりも偉いものだと、勘違いしてしまうのも分からなくはない。
どうやら俺はこいつの新たな保護者になってしまったようだし、ここからはちゃんと教育していかないといけないな。
まあこのサウナ島で暮らす限り、良き神様性?を学べることだろう。
周りは立派な先生だらけだしね。
入島受付で神様ズを待っていると、さっそくゴンズ様がやってきた。
この時間に来たということは、早朝の漁を終えてきたということだな。
「おう!島野!聞いたぞお前、やったらしいな!」
既にゴルゴラドにまで話は周っているようだ。
「ありがとうございます」
「お前なら楽勝だっただろ?」
「いえいえ、そんなことは有りませんでしたよ。そんなことよりも、新人を紹介させてください」
「新人?」
俺はエクスの背中を押す。
「お、おいらは神剣のエクソダス、エクスと呼んでください」
ゴンズ様は興味深げにエクスを眺めている。
「ほお、神剣かー、噂には聞いていたが実在したんだな」
「・・・」
エクスは明らかにビビッている。
ゴンズ様の迫力に押されているようだ。
「で、新人ってことは、こいつは島野のところで働くってことか?」
「はい、それで今後なんですが、お迎えを週に五日はしなくてもいいようにしようかと、ここでドアボーイを任せることにしました」
「お!そうか!それは助かるな。エクス!よろしくな!」
とゴンズ様はぐいっとエクスに近寄った。
「は、はい!頑張ります!」
とたじたじのエクス。
始めにこの人は強烈過ぎたみたいだ。
エクスは完全に腰が引けている。
「ゴンズ様、ちょっとやり過ぎです」
「ガハハハ!そうか、悪いな。気合入れてやろうと思ってよ」
逆にビビッてますがな。
「ハハハ・・・」
と愛想笑いをするエクス。
「詳細は後日お話します。あとギルが今日何かやるみたいなんで、よかったら見ていってやってくださいね」
「そうか、分かった、よし、お前ら行くぞ!」
「「うぃっす!」」
と部下を引き連れてゴンズ様は、サウナ島に入っていった。
未だ顔が引き攣っているエクス。
これはこの先が楽しみだな。
逆に出鼻がゴンズ様でよかったのかも?
次に訪れたのはドラン様だった。
この時間ということは、今日は牛乳ブースの準備の日のようだ。
「ドラン様、おはようございます」
「島野君おはよう!ガハハハ!」
「さっそくですが、紹介させてください。新人です」
まだ少し困惑気味のエクスが、
「おいらは神剣のエクソダス、エクスと呼んでください」
「・・・神剣?」
ドラン様は神剣を知らないようだ。
「実はダンジョンを踏破したら、俺に仕えることになりまして」
「へえー、それはそれは・・・ん?そうか!島野君おめでとう!ガハハハ!」
と背中をバシバシと叩かれた。
ハハハ・・・カールおじさん・・・思いの外痛いですよ・・・
「それで、詳細は後日話しますが、エクスは週五でドアボーイをしますので、迎えは不要になります」
「そうなのか、それはありがたいね。ガハハハ!」
後ろから恐る恐るアグネスが顔を出した。
「よう!アグネス」
「守・・・あんた今度は神様たらしなの?」
何でたらしなんだよ?
「知るか!アグネスは置いておいて、今日ギルが何かやるみたいなんで、よかったら見ていってやってください」
アグネスが睨んできたが無視することにした。
相変わらずうざい。
「そうか、それは楽しみだ!ではエクス君、よろしく!ガハハハ!」
と大笑いキャラ全開のドラン様だった。
入島を見送った後、ぼそりとエクスが呟いた。
「マスター・・・神様って強烈なんだな・・・」
「エクス、これで驚いていたら身が持たんぞ」
「う!・・・マジか・・・」
まあ、そうなるよな。
次に訪れたのはアンジェリっちだった。
アンジェリっちは営業日は、決まってこの時間だ。
ただサウナ島に泊まってない時に限るけどね。
「守っち、おはよう!」
俺は島野っちから、守っちに知らぬ間に昇格していた。
昇格であってる?
「アンジェリっち、おはよう」
「この時間に受付にいるなんて珍しいじゃん、どうしたの?」
「それは新人を紹介する為だよ、エクス挨拶しなさい」
エクスはボケっとアンジェリっちを眺めていた。
心ここに有らずだ。
「おい!エクス!」
「ああ・・・お、お、おいらはエクスです。よ、よろしくお願いします」
ん?こいつどうしたんだ?
なんだか余所余所しいぞ。
「へえー、エクスっていうんだ。私はアンジェリよ、よろしくね。ねえ守っち、ギル君に似てないこの子?」
「そうなるよね、まあ詳しくは今度話すよ、エクスには今後転移扉のドアボーイを任せるから、お迎え問題は解消できそうだよ」
「ほんと?ムッチャ嬉しい!エクスやるじゃん!」
思いの外照れているエクス。
こいつ・・・もしかして・・・
「あ!そうそう、守っちさあ、今度手が空いた時でいいから美容室に寄ってくんない?」
「いいけど、どうした?」
「その時でいいわよ」
「分かった、あと今日ギルが何かやるみたいだから、時間が合ったら見にいってやってくれないかな?」
「いいよ、じゃあまたね」
と手を振りながら、アンジェリっちはサウナ島に入っていった。
今日も美容室の予約で手一杯なんだろうと思う、もはや美容室アンジェリは、予約の取れないお店として有名だからね。
隣を見ると、エクスが夢見心地の表情を浮かべていた。
やれやれだ。
その後直ぐ現れたのは、オズとガードナーだった。
この時間から現れるとは珍しい。
俺を見つけると二人は、
「「島野さん!おめでとうございます!」」
と駆け寄ってきた。
「おお、ありがとな、やっぱり聞いてたか」
「聞かない訳ないでしょ?遂にやりましたね、島野さんなら絶対やってくれると思ってましたよ!で、お祝いはどうするんですか?絶対駆けつけますから教えてくださいよ!絶対ですよ!」
と二人の圧が凄い!
こいつらはほんとに・・・
さては祝いの席に出席したいからこの時間に来たな?
タダ飯狙いかよ。
「オズ、ガードナー、新人を紹介させてくれ。神剣のエクソダスだ」
エクスが前に出る。
「おいらは神剣のエクソダス、エクスって呼んで欲しい。よろしくお願いします」
とエクスがちゃんとお辞儀をしていた。
良いじゃないか、エクスも分かってきたかな?
「島野さん、新人って・・・それも神剣って・・・」
とわなわなとし出した二人。
「おお!実在したのか!」
「凄い!流石は島野さん!」
と騒ぎだした。
「おいおい!騒ぎ過ぎだって!」
「いやいや、これが興奮せずにいられますか?」
おい!オズ!お前こんなキャラじゃなかったよな?
「いいから落ち着け、それにエクスが名乗ったのに、大人のお前らが何をやってるんだ。挨拶ぐらい返してやれよ」
しまったという顔をした二人は、背筋を正した。
「すまなかったエクス君、私は法律の神のオズワルドだ、よろしく頼む」
とオズは軽く会釈をした。
「私もすまなかったね、私は警護の神のガードナーだ、今後ともよろしく」
とガードナーも会釈をする。
「はい・・・」
と二人の急な変わり身に、エクスは面食らっていた。
「今日は部下は連れて来なかったのか?」
この二人は最近では、部下を連れてくるようになったのだ。
ガードナーはまだしも、オズが部下を労う為だと、連れて来た時には俺も嬉しかった。
徐々にではあるが、オズの周りの反応も変わりつつあるのが分かる。
「今日は連れて来てないです」
「そうか、まあゆっくりしていってくれ。あと今後は迎えの必要は週五で要らなくなるからな。詳細はまた後日だ」
「それはどういうことで?」
「エクスがドアボーイをすることになったんだ」
「なるほど、それは助かりますね。私達もエンゾまでとはいきませんが、今後はタイロンの国民を連れて来れる様にしようと、話してた所だったんですよ」
この二人の目利きならまず間違いないだろう。
こういってはなんだが、エンゾさんよりも目利きは上だろう。
「そうか、あと今日ギルが何かやるみたいだから、時間があったら見てやってくれ」
「分かりました、ゴンは今日は何処ですか?」
「今日も事務所じゃないか?顔出してくのか?」
「はい、前に相談があると言われてまして」
ゴンがオズに相談?
俺じゃなくて?
まあいいか。
「そうか、まあよろしくな」
興奮冷めやらぬ感じで、二人はサウナ島に入っていった。
次に現れたのは、マリアさんだった。
マリアさんはこちらを見つけると、一目散に駆けてきた。
エクスの目前でビタリと止まり、いろいろな角度からエクスを、舐め回すように見つめている。
エクスは恐怖で身体が動かないみたいだ。
緊張で脂汗を掻いているのが分かる。
「守ちゃん!ちょっとこの子!エクセレンとよ!」
といつものノリを始め出した。
やれやれ、毎度毎度この人は・・・それにエクスもビビり過ぎだ。
いや、マリアさん相手じゃしょうがないか。
「マリアさん、紹介しますね。新人の神剣エクソダスです」
「お、お、お、おいら、エ、エ、エクソダス。よ、よろしくお願いします」
エクスはマリアさんの顔を直視すること無く、挨拶をしていた。
本当は行儀悪いのだが、こればっかりはしょうがない。
初マリアで直視はハードルが高いだろう。
「あらま、エクスちゃんね。よろしこ!」
とマリアさんは、体をくねくねとしている。
「・・・はい・・・」
エクスはなんとか踏ん張って返事をしている。
返事としては心許ないのだが、しょうがないか。
「マリアさん、今後エクスは週五でドアボーイをしますので、お迎え問題は解消できそうです」
「ほんと、嬉しいじゃない!」
と更にエクスに詰め寄っている。
もう止めてあげてくれ!今にもエクスの目ん玉が白眼になりそうだ。
「あと、ギルが今日なにかやるみたいなんで、時間があったら是非見に行ってやってください」
「ギルちゃんが?何をやるっての?」
やっとこっちを見てくれたか、これでエクスが少しは回復するだろう。
「それは見てのお楽しみです、マリアさんは好きなジャンルだと思いますよ?」
「あらま!それは芸術寄りってことね。ムフ!」
「そうですね、あいつにあんな才能があったなんて驚きですよ」
「へえー、守ちゃんがそんなに褒めるなんて、ギルちゃんやるじゃない、お姉さん期待しちゃうわ!」
と目をハートマークにしていた。
その後、もう一度エクスを舐める様に見た後に、マリアさんはメッサーラに帰っていった。
エクスは放心状態から回復するまでに、それなりの時間を有することになった。
頑張れエクス!
次に現れたのは五郎さんだ。
「おう、島野!おはようさん!で、おめでとさん!」
「五郎さん、おはようございます。ありがとうございます」
「なんでえ、お前えがここにいるなんて珍しいじゃねえか、どうした?」
「新人を紹介させてください」
俺はエクスの背中を押す。
「おいらは神剣のエクソダスです、エクスと呼んでください。よろしくお願いします」
エクスは挨拶が大分板に付いてきたな。
「ほう、お前えがエクスか、ゴンガスの親父から聞いてるぜ。よろしくな」
と五郎さんが右手を差し出す。
親父さんから聞いてたんだ・・・この人の情報収集力には舌を巻くな。
「はい!」
と差し出された右手を握り返すエクス。
五郎さんがゴンガスの親父さんから、前もって聞かされてたことが嬉しかったんだろう。
エクスは今日一の笑顔だ。
「それで何でえ、こいつも島野のところで働くってか、お前えのとこばっかり人が集まりやがるな、儂のところにもちっとは回せ」
「ハハハ、家の新戦力を渡す訳にはいきませんよ」
「ちぇ!連れねえな」
「まあ、それはさておき、今日はギルが何かやるらしいので、見に来てやってくださいね。五郎さんが見に来てくれたらギルは喜びますので」
「何?ギル坊がか・・・何時からだ?」
「確か二十時だったと思います」
「そうか、その時間なら何とかならあ、じゃあ済まねえが儂は戻らさせて貰うからな。またなエクス!」
「はい!」
と五郎さんは帰っていった。
その後五郎さんと入れ違う様にやって来たのは、オリビアさんだった。
「守さん、おはよ」
と未だ眠そうに目を擦っている。
「オリビアさんおはようございます。昨日はメルラドで泊まったんですね」
「だって、昨日は守さん居なかったじゃない。私が居なくて寂しかった?」
「昨日の夜はそれどころじゃありませんでしたよ・・・」
ほんとに大変だった。
「もう、そうじゃなくて・・・」
ん?何だ?
「そうそう、紹介させてください、新人のエクスです」
エクスはガチガチに緊張していた。
何でだ?緊張する相手なのか?
「は、は、は、始めまして、神剣のエクソダスです!エクスって呼んでください!」
と直立不動の姿勢で自己紹介していた。
「へえー、ねえ守さん、この子ギル君に似ていない?」
「そうですね、ギルが装備者なのでそうなのかもしれないですね」
「へえー」
とオリビアさんが近い距離でエクスを眺めている。
顔を赤らめたエクスが更に姿勢を正している。
かあー、エクス君、照れてますねー。
「あ、そうそう今日ギルが何かやるみたいなんで、良かったら見ていってやってくださいね」
「ギル君が?」
「はい、たぶんオリビアさんは好きなジャンルだと思いますよ?」
「わたしが好きって音楽ってこと?」
「直接的ではないですが、オリビアさん好みだと思いますよ」
「そうなんだ、なんだか楽しみね。見に行くわ。じゃあ今日はお店の手伝いだから行くね守さん、またねー」
とオリビアさんはサウナ島に入っていった。
隣を見ると、エクスが未だに顔を赤らめていた。
このお色気小僧め!
次にランドールさんが、やってきた。
今日は珍しく早い時間だ。
「やあ島野さん、おはよう。ダンジョン踏破おめでとう!」
「ランドールさん、おはようございます。ありがとうございます。今日は早いですね」
「今日は、何人か移動で使わせてもらうからね。その後直ぐにメッサーラだよ」
「もう二校目ですか?」
「打ち合わせだけどね」
「なるほど、じゃあ夕方からはまた来られるんですか?」
「そのつもりだよ」
「今日は夜にギルが何か催し物をやるみたいなんで、よかったら、見に来てやってください」
「ギル君が?へえー、催し物だなんて意外だね」
ランドールさんにとっては意外なようだ。
まあ気持ちは分かる、俺も最初は意外と感じた。
でも昨日の様子を見る限り、そうでもないと思えたけどね。
「あと、新人を紹介しますね。神剣のエクスダスです」
「おいらは神剣のエクソダス、エクスと呼んでください」
とエクスは大きく腰を折っている。
「エクス君だね、よろしく」
とランドールさんは右手を差し出す。
その差し出された右手を、嬉しそうに握り返すエクス。
「神剣か、噂で聞いているよ。やはりゴンガス様は凄いな。私にはまだそこまで辿り着かないよ、まだ加工も出来ないしね。後ちょっとから、なかなか進まないんだよな」
「ランドールさんなら絶対に出来る様になると、俺は思うんですけどね」
「ありがとう島野さん。じゃあ早速で悪いが行かせて貰うよ」
「じゃあ、また」
とランドールさんは、メッサーラに向かっていった。
見送るとエクスが、
「マスター、ランドール様はかっこいいな」
と尊敬の眼差しを向けていた。
エロ神であることを話そうかどうか悩んだが、止めておいた。
青年の心を折るにはまだ早いだろう。
そうこうしていると、今度はエンゾさんがやってきた。
「あら島野君、おはよう。そしておめでとう」
「エンゾさん、おはようございます。そしてありがとうございます」
「今日はどうしたのよ?」
「新人を紹介しようと思いまして、神剣エクソダスです」
これまたエクスが真っ赤な顔をして、もぞもぞとしている。
こいつはどんだけ女神に弱いんだ?
「お、お、おいらは神剣、エ、エクソダス、エクスって呼んで・・・」
エンゾさんが揶揄うかの様に、エクスの顔を覗き込んだ。
やっぱりこの女神は意地が悪いな。
「へえー、エクスね。よろしく」
「は、はいー!」
と今にも卒倒しそうなエクス。
「エンゾさん、揶揄わないでやってくださいよ」
「そう?そんなことないわよ」
「ふう、それで、今からサウナ島ですか?」
「いや、今日は一度帰って夕方からまた来るわ。ちょっと仕事を残してるから」
「そうですか、夜にギルが催し物を行うので、よかったら来てやってください」
「そう、いいわよ。じゃあまたね島野君、エクス」
と颯爽とタイロンに帰っていった。
最後に現れたのは、デカいプーさんだった。
「やあ、君ー、おはようー」
「おはようございます」
相変わらずのペースで話す、レイモンド様だ。
「そういえばー、おめでとうー」
おお!レイモンド様からこの一言を貰うとは、ダンジョン恐るべし!
「ありとうございます。それで今日はこれからサウナ島ですか?」
「違うよー、皆を送ったらー、カナンに戻るよー」
「そうですか、今日夜にギルが何か催し物をやるので、よかったら来て下さいね」
「へえー、そうなんだー。行けたらー、行くねー」
「あと、紹介しますね、神剣のエクソダスです」
「おいら神剣のエクソダスです。エクスって呼んでください!」
「へえー、エクスって言うんだー。僕はー、レイモンドー、よろしくねー」
とテンポの合わないエクスは、何も出来ずにわなわなしていた。
こればっかりは慣れるしかないな。
結局エクスは、神様ズからなかなかの洗礼を受けたようだ。
頑張れエクス!
今後に期待だ!
俺はエクスの紹介を一通り終わり、一旦大食堂に食事に行くと、宴会場のステージで右往左往しながら、ブツブツと一人ごちているギルを見つけた。
夜の催し物の練習なのだろう、集中して予行練習をしているようだ。
その様は鬼気迫る感じがあった為、ちょっと話し掛けることにした。
少し力が入り過ぎているように見えたからだ。
心に余裕が無ければ、上手くはいかないだろう。
「おい!ギル!」
ギルには声が届いて無いようだ。
「おい!ギル!」
腕を掴むと、ギルがやっとこちらを見た。
「何?パパ?」
相当集中していたんだろう、かなり驚いている。
「ギル、力が入り過ぎじゃないか?」
「うう・・・でも完璧にやりたいから・・・」
「そうか・・・でも、どうしてこんなお披露目をしたいと思ったんだ?」
「・・・だって・・・」
「だって?」
「頑張ったんだもん、それに話したいじゃないか!島野一家の凄さをさ!」
おお・・・流石は中二病ということか・・・でも気持ちは分からなくもないな。
自慢の家族のことを話したいのはよく分かる。
それにダンジョンでの出来事は、語るにはうって付けだ。
「そんなに力むなよギル、ちょっといい事教えてやろうか?」
「良い事?」
「ああ、多人数を前に話すテクニックだ」
「そんなのあるの?」
「ある」
俺はとあるテクニックについてギルに説明した。
「え!・・・嘘!・・・なるほど・・・」
ギルは感心していた。
「・・・こんな方法があるんだ・・・」
そのテクニックの意味合いを即座に理解したギルは、これまでの鬼気迫った表情から、ゆとりのある表情へと変化していった。
話の飲み込みが早くて素晴らしですね。
よく出来た息子じゃ。ガハハハ!
「なるほどね、流石はパパだね・・・分かったよ。今日は全力でいくよ!面白くなってきたよ!」
ギルはやる気に満ち溢れていた。
その表情は輝いて見える程だった。
刻一刻と時間が迫ってきており、大食堂には多くの観客がひしめき合う様に、その時を待っていた。
客の顔ぶれを見ると、神様ズを筆頭に、ハンター達の数が多く、またよく知る者達の顔も多かった。
開演を前にして、歓声がどんどんと高まっている。
それだけ、この後に行われるイベントに、期待を寄せているということなんだろう。
観客はざわめきに包まれていた。
そして困ったことに、更に観客の数が増えてきていた。
その原因はカインさんだ。
昨日のギルの語りを聞いた者や、聞けずにいた者達を大勢引き連れて、サウナ島にハンターの大軍勢がやってきた。
もはや大食堂のキャパを超えている。
それでもまだ入りきらないと、スーパー銭湯の受付をストップする始末だ。
暴動でも起こるのではないかという騒ぎになっていた。
これは不味いと、全社員の中から拡声魔法を持った者達が急遽集められた。
スーパー銭湯の入口前にも社員を配置し、ギルの声が届くようにと緊急対応が取られることになった。
俺は到底大食堂には入れず、裏口から入り、厨房の中からギルを見守ることにした。
そして遂に開演の時間を迎えることになった。
ギルのオンステージである。
照明魔法に照らされて、ギルが舞台の真ん中に現れた。
その途端に、とてつもない大歓声がギルに向けられる。
「ギル!」
「待ってました!」
「よ!ギル!」
歓声が巻き起こる。
ギルは直立不動の姿勢で下を向いている。
両手に力を籠め、歓声を受け止めているのが分かる。
ギルは微動だにせずにいた。
そして次第に歓声が止んでいく。
不意にギルが正面を向いた。
それに応える様に、また歓声が沸き起こる。
これは一体・・・
正にアイドルのコンサートの様な様相だった。
ギルの一挙手一投足に客が反応する。
ギルの表情を見るに、それを楽しんでいるのが分かる。
今やギルが眉を動かすだけで、歓声が起こりそうだ。
ギルがゆっくりと両手を挙げ、観客を制した。
そして、観客全体を見まわしたギルが大きく息を吸った後、話し始めた。
「皆、今日は集まってくれてありがとう!」
拡声魔法で大きくなったギルの声が、大きく響き渡る。
それを待ってましたと言わんがばかりに、
「ギル!」
「待ってたぞ!」
「始まったぞ!」
掛け声が飛び交う。
それをギルが頭上で拳を握って制した。
「僕はギル、ドラゴンのギルだよ」
細やかに話だした。
その様に、観衆は息を飲んでいる。
「なあ皆、知ってるかい?昨日、エアルの街のダンジョンは踏破されたんだ・・・」
ギルは淡々と話しだした。
ギルの意外なテンションに、観衆は息を飲んでギルの話を聞こうと、集中しだしていることが分かる。
観客は小声で、
「知っている・・・」
「ああ、そうだな」
「分かってるよ・・・」
観衆も小声になり、ギルのテンションに引きずられている。
「そうだよ、ダンジョンを踏破したのは誰だい?!」
ギルが観衆に問いかける。
「それは・・・島野一家だろ?」
「そうさ、島野一家だ!」
「ああ、島野一家さ!」
観衆が騒めく。
一転して急にハイテンションでギルが叫んだ。
「ダンジョンは僕達!島野一家によって踏破されたんだ!」
ギルは拳を突き上げた。
「ウオオオオオオ!」
会場が割れんかと如く揺れた。
すさまじい歓声になっている。
まるで獰猛な獣が暴れまわっているみたいだ。
「おめでとう!」
「やったぞ!」
「素敵!」
会場全体が一気に沸点に達した。
それにしても、ギルの煽りたるやいなや。
まるで一端のメインイベンターだ。
まあそれもそうだろう、昨日の語りでギルは二つの能力を手にしていた。
『熱弁』と『千両役者』である。
まさか照屋のギルが、こんな能力を手にするとは・・・
中二病ここに極まれりだ。
ほんとどうにかしてるよ。
おそらく今は『千両役者』の能力を使っているのだろ。
ギルの存在感が、とても大きくなっているのが分かる。
「皆!ダンジョン踏破の物語が聞きたいかい?!」
耳に手を当てている。
「聞きたい!」
「教えてくれ!」
「その為に来たんだ!」
完全に客はギルに乗せられている。
それをギルは分かった分かったと、頷きながら辺り一面を見回す。この空間は既に、ギルに支配されていると言ってもいいだろう。
ギルの手の平で踊らされている。
「あれは、およそ五日前の出来事だった。僕達島野一家は、ダンジョン踏破に向けて、エアルの街に降り立った」
今度は能力を『熱弁』に切り替えて、語りを始めたギル。
観衆は押し黙り、ギルの話に耳を傾けている。
ダンジョン踏破物語が今、開幕した。
僕は不思議な感覚に包まれている。
ダンジョンでの出来事を、僕の見て来た事実を、僕の感じた想いを、僕の体験したことを皆に聞かさせている。
僕はパパと同じで、人前に出ることは、あまり好ましくない事だと思っていた。
でも今の僕は、充足感と多幸感に包まれているのが分かる。
大勢のハンター達を目の前にして、考えることよりも先に言葉が浮かんでは、僕の口から発せられる。
そしてその言葉にハンター達が、一喜一憂している。
その興奮が僕を虜にしているのが分かる。
語ることで興奮している?
大勢の注目を浴びて興奮している?
話を聞いて喜んでくれているのが分かるから興奮している?
分からない、でも高揚感が収まらない。
突如パパから話を振られた。
たぶんめんどくさくなったんだと思う。
パパにはそういう節があるからね。
もう慣れっこだよ。
いきなりボールが飛んでくるんだ。
僕はパパと行動をすることが多い。
パパが神様達と話をする時は、邪魔にならない様に、僕は隣で黙っていることがほとんどなんだ。
その時はちゃんと話を聞いているよ。
パパが何を考えて、どう思っているのかを理解する様にしているんだ。
パパの会話はテンポがいいから、決して苦にはならない。
レイモンド様と話している時は別だけど・・・ゆっくりの会話に持っていかれそうになるんだよね。
パパは話をする時は、相手の目をしっかりと見て、話しをしている。
多分相手を観察しているんだと思う。
僕もそれに倣って話をする時は、相手の目を見る様にしているよ。
パパが前に言っていたんだ、目は口ほどに物を言う。ってね。
それはよく分かる。
特にテリーなんかは、疾しい事があると直ぐに目に出るんだ。
ばればれだよ。
ほんと分かり易いよ。
僕は決して話が上手な質ではない。
どちらかというと、苦手な方だと思っていたぐらいなんだ。
でも、今の僕は違うみたいだ。
大好きなダンジョンを、大好きな家族と踏破して、それを皆に話したかったんだ。
そして聞いて欲しかったんだ。
だからパパから話を振られた時には心の中で、待ってましたって叫んでいたんだ。
そして気が付いたら、
「うん、そうだったね。僕達島野一家はトリプルS級だよ!」
と口にしてしまっていたんだ。
そこからは、僕の独壇場になってしまった。
不思議な感覚だった。
ダンジョンで起こったことを僕が話し、ハンター達や、カイン様、エクスやゴンガス様が僕の話しに聞き入っていた。
時折挟まれる質問や疑問も、いいアクセントになったと感じたよ。
一体感が生まれ、とても幸せで満足な時間を過ごすことが出来た。
そして気が付くと、
ピンピロリーン!
「熟練度が一定に達しました、ステータスをご確認ください」
とアナウンスが入った。
僕には『熱弁』と『千両役者』という能力が備わっていたんだ。
驚いたよ、こんな能力はパパでも持っていないと思う。
どうして僕が?と考えもしたけれども、ほんとはちょっぴり嬉しかったんだ。
そして、カイン様に明日も話して欲しいと言われて、僕は今日を迎えている。
朝起きて真っ先に思ったのは、断ればよかったー。
ということ。
勢いで返事するんじゃなかったと後悔していたんだ。
でも、本音を言えば、少し自信があった。
だって『熱弁』と『千両役者』だよ。
だから後悔は直ぐに捨てて、やるからには完璧にこなしてやろうと考えを改めたんだ。
それからは、食事をしながらも頭の中でイメージを繰り返したよ。
これを話して、こう言ってポーズを決める。
始めは何処から話して・・・
とやっていると、パパから声を掛けられたんだ。
いきなり話し掛けられたからビックリしたよ。
パパからは力が入り過ぎだと咎められた。
言われてみて僕は初めて気づいた。
舞台の上で僕は何やってるんだろうってね。
どうやら僕は集中すると、周りが見えなくなる質のようだ。
やっぱりパパの息子だね。
パパにはそんなとこは似なくていいのにって、言われそうだよ。
でもパパに似てるのは嬉しいな。
そしてパパからは面白いアドバイスを貰ったよ。
それはね『話に困ったら、客に話し掛けろ』というものだったんだ。
僕は直ぐにその意味が分かった。
客に話し掛けることで、余裕が生まれて、テンポも崩さなくなる。
それに話の幅が広がって、全体を巻き込むことが出来る。
流石はパパだ。
これは使わせて貰おう。
なんだか急に肩が軽くなった気がした。
視界もはっきりとしてきたよ。
よし、これなら最高のパフォーマンスができそうだ。
「ダンジョンの魔物は恐れを知らない、本来のジャイアントボアであれば、恐れをなして逃げていくのに、魔物のジャイアントボアは向かってくる。でも、そんなことは想定済みさ。だって魔獣化したジャイアントボアも一緒さ。無我夢中で向かってくるんだ。そんなジャイアントボアを、パパが蹴って首の骨を折っていたよ。まったくもって相手にならないよ」
観客がため息をついていた。
考えられないと思っているようだ。
「君達ならどうやって倒すんだい?」
急に話を振られた、戦士風のハンターが戸惑っていた。
「お、俺かい?」
「そうだよ、君ならどうやって無我夢中で向かってくるジャイアントボアを倒すんだい?」
「俺なら、俺のアックスで一撃さ」
と自慢げに話していた。
「それは凄いね、でも魔物も獣も弱点があるんだ、そこを付いたら簡単に倒すことができるよ」
「おおー!」
「なるほどー」
僕の話に感心している。
「話を戻すよ、そして僕達はセーフティーポイントにたどり着き、転移扉と通信用の魔道具を設置したんだ」
「それはどうやって使うんだ?」
観客から質問が入る。
「簡単なことだよ、通信用の魔道具を使ってカイン様に繋がるから、帰りたくなったら転移扉をカインさんが開いてくれるよ」
「そうか、ありがとう」
「そして、降り立った第五階層、そこも草原だった・・・」
不意にアコースティックギターの音が流れる。
僕の口調に合せてメロディーが流れる。
ステージ脇からギターを抱えてオリビアさんが現れた。
たくさんの拍手が巻き起こる。
それを軽いお辞儀で、遠慮気味に受け取るオリビアさん。
今日の主役は僕だと言わんばかりの態度だ。
それを観客達は理解し、拍手の手を止める。
オリビアさんは僕の話し口調、話の流れに沿って、演奏を変えていく。
僕の語りがより勢いを増して加速する。
僕の心情に合わせてテンポを変えてくれる、最高のBGMが加わった。
流石はオリビアさんだ。
ちゃんと今日の趣旨を理解してくれている。
敢えて最高の脇役を、買って出てくれているようだ。
実際僕がこれまで以上に、気持ちよく語っているのが分かる。
もしかしてこれもオリビアさんの能力なのかな?
と思ってしまう程だ。
僕の熱弁は加速する。
そして迎えた壁のおじさんとの遭遇。
オリビアさんの演奏も、コメディータッチに変わっている。
「だ か ら!それは質問じゃなくて、なぞなぞでしょ?!」
「ガハハハ!」
「そうだそうだ!」
「何だそれ!」
笑いも加わっている。
緩急のついた話の流れに、会場も大盛り上がりだ、よしよし。
「去り際にパパが言ってたよ。やれやれだって」
「ガハハハ!」
「でた、島野さんの口癖!」
「またそれだ!」
ム!なんで俺の口癖で皆な爆笑するんだよ!という顔をパパがしていた。
それも従業員全員じゃねえか!って怒っていたよ。
身内ネタは止めなさいって!とパパは叫んでいた。
「遂に十三階層のセーフティーポイントに転移扉と通信用の魔道具を設置し終わり、僕達はこの日のダンジョンを終了したんだ」
ここで合間の拍手が起こった。
ギルは既に汗だくだ。
既に語り出して、一時間以上は経過している。
だが、未だに衰える素振りも無く、その表情は活き活きとしている。
「ごめんね!誰か水を貰えるかな!」
ギルが声を掛けた。
厨房から水が運び込まれる。
その水を俺が受け取り、壇上に上がった。
そうしたのには理由がある。
ギルの神力が底を付きかけていたからだ。
流石にこのまま続けさせる訳にはいかない。
俺はギルに水を渡すと共に、肩に手をやり、神力贈呈を発動する。
それに気づいたギルが二ヤリと俺を見つめる。
神力が行き渡り、更に気合の入ったギルが、俺の手を掴んで俺をステージに留まらせた。
「ねえパパ、ダンジョン踏破の宴会はどうするの?!」
敢えて観衆に聞こえる様にギルは話した。
こいつ!今これをやるかね?!
どうにかしてるぞ!
っていうかやられた!
「う!・・・どうして欲しいんだ?」
「そうだね、どうしよう?」
俺達のやり取りを期待の眼差しで観衆が見つめる。
勘弁してくれよ!
くそう!嵌められた!
「ああ!もう分かった!明日は入島料金もスーパー銭湯の料金も全て無料だ!そして食い物も飲み物も全品半額だ!」
「ウオオオオオオ!」
「やったあ!」
「明日は大宴会だ!」
「明日は仕事サボるぞ!」
大騒ぎが始まった。
はあ・・・これで勘弁してくれよ、全く。
横を見ると、ギルは勝ち誇った顔をしていた。
ギルは怖い子。
やれやれだ。
ギルちゃん・・・凄いわ!
あの子にこんな才能があったなんて、驚きよ!
エクセレントよ!
この興奮、素晴らしいわ!
でもこれはもっとよくなるわ。
ああー、プロデゥースしたい!
オリビアも分かってるじゃない。
いい音奏でるじゃないの。
即座に合わせるって、最高よ!
衣装を着させて、背景を加えて。
ミュージカル調にしてもいいわね。
話の流れも良いし、時折挟むコメディー要素も良い!
あの子はもっと化けるわよ!
そうだ、守ちゃんにお願いしないと。
ここでは設備が間に合ってないわ。
ちゃんとした会場が必要よ。
これは芸術よ!
ギルちゃん・・・エクセレントよ!
ああ・・・疼いてきちゃうわ・・・
芸術が止まらないわ!
もうどんだけー!
「十四階層は恐ろしかった、このダンジョンに潜って始めて生命の危機を僕は感じたよ。何故だと思う?そう、そこは砂漠だったんだ。異常に熱かったよ。ここのスーパー銭湯のサウナよりも熱かったと思う。ここには真面に十分といられないよ。それだけなら未だしも、魔物が襲ってきたんだ。ジャイアントワームというデカいミミズさ。あいつらは獰猛な牙を口一面に携えて、僕達を食べようと襲い掛かってきたんだ」
「すげえー」
「嘘だろ・・・」
「ああ、嘘なんかじゃないよ。僕は思ったよ。これはS級のハンターでも越えられないんじゃないかってね。僕は島野一家でよかったよ、最強のハンター島野守がいるからね。パパに掛ればここの階層も何とか踏破出来たよ。本当に危なかった」
最強のハンター島野守?
やめてくれー、いやだ!もう帰りたい・・・
いい加減にしてくれよ。
周りの視線が・・・痛いぞ!
こっちを見るな!お前ら!
「次の階層もやばかった、今度は氷の階層だよ。火照った体が一瞬にして冷めていったよ。これはこれで生命の危機を感じたよ。でも僕は見逃さなかったよ・・・」
「何をだ?」
「何だ?」
「どういうこと?」
「外気浴場を探すパパをね!」
「ガハハハ!」
「マジか!」
「やべー、流石最強のハンター!」
おい!ギル俺を弄り過ぎなんだって、いい加減止めろ!
確かに一瞬探したけど・・・バレてたか。
しまったな・・・
「流石はパパだろ?息子の僕も呆れたよ!」
「そりゃそうだ!」
「分かるぞ!」
「なんかやばいな!」
もういいって、次行けよ!次!
「とはいっても、ここもパパがいなければ、踏破はできなかったと思うよ。そういえば皆な、あとでカインさんに確認したんだけど。僕達が挑んだダンジョンは、超ハードモードということらしいよ、今後はこの超ハードモードは、封印するってことらしい。だから僕達を参考にはしないでね」
「出来るか!」
「する訳無いだろ!」
「無理無理!」
ギルも呆れられているようだ。
そりゃそうだわな。
語りはいよいよ佳境に迫ってきていいた。
「そして僕達の旅も今日で最後となる。ダンジョン・・・ダンジョンとは何なのか?ある先輩ハンターは言った、ダンジョンはロマンであると・・・またある先輩ハンターは言った、ダンジョンは夢であると・・・そしてあるハンターはこう言った、ダンジョンは修業の場であると・・・恐らく全てが正解だと思う。でも僕にとっては違う。そう僕にとっては、越える必要がある、踏破する必要がある試練なのだと!」
拳を振り上げるギル。
「いいぞ!」
「もっとやれー!」
「超えていけー!」
全く衰えることなく、観客のハイテンションは続いて行く。
「十八機階層、ここは何と、真っ暗だったんだ・・・」
「・・・」
「なんで・・・」
「そんな・・・」
観客はどよめいている。
「始めは暗くて何も見えなかった、右も左も分からない、そこでまずは目を慣らすことにしたんだ。照明魔法で明かりを照らすのは、魔物に存在を知らせることになるから、返って危険と僕達は判断したんだ。そして数分後、僕達の前には墓地が広がっていた・・・」
「墓地か・・・」
何でそんなといった反応だった。
「肝を冷やしたよ、だってお化けとか出そうなんだもん。お化けってどうやって倒したらいいの?分からないよ。でも僕達は進むしかない。そうしたら案の定お化けが出たんだ。どうしよう、と思ったけどやるしかない。ノン兄が爪で抉ろうとしたけど、通り抜けるんだ。火魔法もぶつけてみたけど、これも通過しちゃう。正直困ったよ、だってあいつらの魔法は、こっちには届くんだよ。どうしろってのさ」
「どうするんだ?」
「ああ・・・」
「僕は思ったよ、カインさんやり過ぎってね。だって効くのは神力だけなんだもん」
「そりゃあひでえな」
「俺達のこと無視かよ?」
今度はカインさんまで弄られてるぞ。
ギルの奴、絶好調だな。
矛先が変わってよかったー。
「まあ、全速で走って無視するってこともできるけどね」
「まあなぁ」
「そして、この階層にはなんとボスが居たんだ」
「ボスだって?」
「それって・・・」
「ああ、リッチスケルトンっていう、法衣を着たスケルトンだったよ。死霊魔法を使うようだったよ、呪われては不味いから、速攻で神力で倒したけどね。あっけなかったよ。拍子抜けだったよ。それにドロップ品が呪いの杖だよ、要らないよそんな物、パパが粉々に砕いていたよ」
「間違いないな」
「要らないな」
「趣味悪!」
カインさんに非難が向けられていた。
カインさんも苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
「そして迎えた十九階層、ここは歯ごたえがあったよ。ここは魔獣のステージだったんだ。特に僕は魔獣化したワイルドパンサーがお気に入りだね。あいつは速い上に攻撃力も高いんだ。殺りがいがある相手だよ。僕達は楽しくなっちゃって、二周もしちゃったんだ。ハハハ!」
流石にこれには観客も引いていた。
やっぱりギルも一般人から見ると、どこかぶっ飛んでいるらしい。
「そしてここの階層のボスは、魔獣化したワイルドタイガーが十頭だったよ。その内の一頭はキングワイルドタイガーだ。こいつはダンジョンでしか見ない強敵だよ」
「キングワイルドタイガーだって、伝説の獣じゃないか?」
「ああ、そうらしい、昔は居たらしいぞ」
「へえー」
観客も騒めいている。
「でもテンションが上がった僕達には、どうってこと無かったね。皆な好き放題魔法をぶっ放していいたよ、すっきりしたね。久しぶりの本気の魔法を放てたよ」
はい、また観客が引いてます!
ギル君ちょっとは考えてくださいよ。
「そして、遂に最終階層にたどり着いた・・・ここは凄かった・・・今思い出しても興奮が抑えられないよ・・・そこはジャングルだった・・・それはまだいいよ・・・そこには・・・何と・・・恐竜が居たんだ!」
「ええ!」
「恐竜!」
「絶滅種!」
一気に会場が沸き立った。
全く持って意外な存在の出現に、観客が沸き立っている。
その気持ちは分かる。
俺も心が踊ったからな。
「恐竜は強かったよ!それにデカいんだ!獣化した僕よりも大きいんだ!」
「すげー!」
「ギルよりもデカいって、どんだけデカいんだ!」
「恐竜、ロマンだ!」
観客も大騒ぎだ。
よし、ちょっと手を貸すか。
俺は『収納』から恐竜の牙を取り出して、
「ギル!それ!」
恐竜の牙をギルに投げた。
「皆!見てくれ!これが恐竜の牙だよ!」
ギルは恐竜の牙を掲げる。
「うわー!本物!」
「嘘でしょ!」
「凄すぎるぞ!」
興奮度は更に鰻登りだ。
これはやっぱり、スーパー銭湯に飾った方がいいな、うんそうしよう。
これを持ち出す馬鹿はいないだろうが、ちゃんとガラス張りにして展示しよう。
べたべた触られるのは良い気がしない。
ていうか、いっそのこと博物館でも造るか?
「いろいろな恐竜がいたよ、そしてほとんどの恐竜が堅かったんだ、本気で殴ってもダメージが入らない奴もいたよ。ほんとに強かったし、かっこよかったよ!」
「いいなー!」
「恐竜見てみたい!」
「すげー!」
「陸の恐竜だけじゃないよ、空の恐竜とも、海の恐竜とも戦ったよ。でも海の恐竜は倒せなかったけどね。直ぐ海に潜るんだもん、そりゃないよね」
「・・・」
観客は返事に困っているみたいだ。
そりゃそうだろうな・・・
「そしていよいよ最後の時が迫ってきた・・・最終階層のボスがいる神殿に、僕達は辿り着いたんだ・・・直ぐに向かいたかったがそうはいかないよ、なんといってもお腹が空いてしょうがなかったんだ」
お!数人がずっこけていたぞ。
ナイスリアクション!
「ダンジョン最後の食事はかつ丼だったよ、美味しかったー。メルルはまた腕を上げたね、グルメな僕がいうんだから間違いないよ。お腹が減った人は後で注文するといいよ」
何故か不要な宣伝を挟んでいる。
意外に売れたりして・・・かつ丼・・・
「そしてお腹が膨れて、体力と魔力を回復した僕達は、最後の戦いに赴くことになったんだ」
オリビアさんの伴奏も、緊張感のある演奏に変わってきている。
一気に戦闘モードに雰囲気が変わる。
「僕達は歩を進めた、そしてボスが待つ神殿の扉を前にしていた。僕は思わずパパを見ていた。そしてパパが一家全員を見てから言ったんだ。行くぞ!ってね」
緊張感が一気に増した。
「僕達は扉を開いた、そして大きな室内を照明が明るく照らしだした・・・僕は我が目を疑った・・・だって目の前には・・・あの世界最強の生物が居たんだ・・・まさか会えるとは思ってなかったんだ・・・だってあいつは・・・あいつは・・・Tレックスなんだよ!」
「ウオオオオオ!」
「きたー!」
「最強種!」
「僕は圧倒されたよ・・・不覚にも膝を降りそうになったよ・・・だってTレックスだよ・・・それによく見ると・・・黒い瘴気を纏っていたんだ・・・」
「それって・・・」
「まさか・・・」
「あり得ないぞ・・・」
「そう、そのTレックスは魔獣化していたんだ!」
「イイイイイイイ!」
「ギャアアアアア!」
「イヤオオオオオオ!」
観客も言葉になっていない。
「でもここで僕達も引くわけにはいかない、横を見るとノン兄は獰猛な顔をしていたよ、そしてパパも恍惚の表情を浮かべていたよ、でもよく見ると、目元が・・・獲物を見る猛獣の様だったよ。僕は二人を見て気づいたんだ。僕もこの系統なんだって・・・だって笑いが込み上げて、仕方が無かったんだ。血が騒ぐんだ・・・興奮を止められなかったんだ・・・血が沸き立つのを感じたよ。僕の本能が騒ぐんだ。焼き払え、喰いちぎれって!・・・これまでに感じたことの無い何かが・・・自分の中の何かが・・・暴れ出そうとしていたんだ・・・」
観客は静寂に包まれていた。
ギルの発言に心を鷲掴みにされてるかのようだ。
「でも、僕はその興奮を納めることができたんだ・・・冷静になることができたんだ・・・エル姉が僕の左手をそっと包み込んでくれたんだ・・・多分僕は・・・それがなかったら・・・本能のままに暴れまわって・・・もしかしたら・・・魔獣化したTレックスに、負けていたのかもしれない・・・それぐらいあいつらは狡猾だった・・・最強の相手だった・・・エル姉ありがとう・・・」
まさかのギルの懺悔に、会場は静まりかえっていた。
俺の横に立つ当のエルは、静かに涙を流していた。
俺は思わずエルの肩を抱いていた。
「魔獣化したTレックスは強かった、最強と言ってもいいと思う。あいつらは知能が高く、フェイントも通じなかった。ここまでの強敵には、僕は遭遇したことが無かった。でも僕は全力で立ち向かった。そして気が付くと、パパが一番強いと思われる、魔獣化したTレックスを倒していたんだ」
「ウオオオオオオオ!」
「すげー!」
「やったぞ!」
観客が騒ぎだす。
「パパがどうやって魔獣化したTレックスを倒したのか、僕には分からない。でも流石はパパだ。パパが一頭を倒したことで、気分が凄く楽になった。既にパパは観戦モードで一歩後ろから、僕達を凝視していた。ここで無様な恰好は見せられない。僕は気を引き締めた。Tレックス改めて見てみたよ、その背後で僕は、エル姉が最大級の雷魔法を狙っているのを察知したんだ。こうなると僕がやることは、魔獣化したTレックスの気を引くことだ。その誘導に僕は動いた」
観客は静寂に包まれている。
「僕は上半身を揺すって、ステップを踏んで魔獣化したTレックスの気を引く事にした。
あまりに僕がちょろちょろ動くから、あいつは否になったのかもしれない。痺れを切らしたTレックスが、僕に噛みつこうと襲ってきたんだ。そこに僕はブレスを吹いて対応したけど、意に返さず奴は突っ込んで来たんだ。そうなると分かっていた僕は、尻尾で横薙ぎに払った。でも身体を起こして、それをTレックスが躱す、躱すと同時に今度はお返しにとTレックスも、尻尾で僕を叩きにきた。僕は寸での所で何とかそれを躱した」
「・・・」
手に汗握るとはこのことだろう、何人ものハンターがギルの攻防に耳を傾けて、手を握り締めていた。
「そして、それを待っていたエル姉が動き出す。最大化した雷魔法をTレックスに放った!」
「決まったか!・・・いや、流石はTレックスだ、直撃を避けていた。けど、その右前脚は炭化していた。これを躱すのか・・・驚いている暇はない。Tレックスの目が全く死んでないんだ。横を見るとエル姉が信じられないという顔をしていた。不味い!と僕が思ったその時・・・「エル!気を抜くな!」とパパから激励の声が掛かった。今思うと危なかったよ。あの一声がなかったら、僕も動けなかったかもしれない。狙いをエル姉に変えたTレックスが、猛然とエル姉に襲い掛かった。それを察知した僕は、横から尻尾でTレックスの腕を払った。するとTレックスが態勢を崩したんだ。チャンスだ!そう思った僕は一気に畳み駆けることにした。僕は至近距離から神気銃を何発も撃ったんだ!」
「やった!Tレックスは動けなくなっていた、こうなると僕達の勝ちだ。そこからは魔法を連打したよ。そして気が付いたらTレックスは消えていたんだ・・・」
「おお!やった!」
「倒したぞ!」
「勝った!」
「でもこれでお終いではないんだよ、残念ながらね・・・僕達は最後の戦い見守ることにした。ゴン姉とノン兄がTレックスと対峙していた。その様子は今でもはっきりと覚えているよ。膠着状態が続いていて、こともあろうか最後のTレックスは二体が消滅しているのに、まったく気にすることなく。それどこか全員殺ってやるという気概すら感じたよ・・・」
「Tレックスすげー」
「好敵手だな」
「ノン兄が不規則に攻撃を加えていた。それも予想外のところから不意に襲い掛かっているのに、Tレックスにはまったく効いていない。ゴン姉も土魔法で攻撃を加えているけれど、これも効いているとは思えない。ほぼノーダメージだ」
「するとノン兄が急に変な動きをしだしたんだ・・・行こうか・・・行くまいか・・・行こうか・・・行くまいかって、ふざけてるの?ていう動きを始めたんだ。僕は呆気にとられちゃったんだけど。パパは噴き出して笑っていたよ。何この二人って僕は思ったね。案の定おちょくられたと思ったのか、Tレックスが、ノン兄に襲い掛かっていた。ノン兄はそれを待ってましたと、振り向き様に右前脚の爪で首を抉りにいったんだ。緩急が凄いよ、Tレックスの首に一撃が入っていたけど、これも残念ながら浅かった。表面を掠っただけだった」
「おお!」
「すると、ゴン姉が一気に魔力を練り出したんだ。そしてその頭上には水の塊が渦を巻いて、どんどんと大きくなっていったんだ」
「水の塊?」
「なんで?」
「ノン兄は何かを理解したのか、Tレックスを牽制し出した。Tレックスもそれをさせないと、ゴン姉に動きだそうとするけども、ノン兄がそれを許さない。気が付くと水の塊はTレックスの巨体と同じぐらいにまで大きくなっていたんだ。そしてゴン姉が叫んだんだ!ノン!ってね・・・ゴン姉はTレックスに水の塊をぶつけた。怒気を高めたTレックス。その目は何してくれてるんだ?と言わんばかりだった。そこにノン兄が雷撃を放った!」
「バシュウ!という音がした様な気がしたよ。それぐらい強烈な一撃だった。水を浴びたTレックスは、大ダメージでまったく動くことが出来ない。そこからは雷撃と土塊の連撃が始まった。そしてほどなくして最後のTレックスは消えていったんだ・・・」
案外あっけない最後に観客は言葉を失っていた。
実際のところはこんなもんだろう、どれだけ実力が肉薄していても、殴っては、殴られといった、漫画の世界の様な展開になることはあり得ない。ちょっとした綻びから、ワンサイドの展開になるのが、実際の戦いだ。
特に雷撃や神気銃のような、相手の動きを止めてしまう方法を取ってしまえば、そうなるに決まっている。
これが実際の命のやり取りだ。
「ボス部屋は静寂に包まれていた。最後の魔獣化したTレックスの消滅を確信して、やっと終わったのか?終わったね・・・といまいち僕は実感が湧かなかった。するとパパが、いつもの様に皆!お疲れさん!ってまるで仕事明けの時の様に言ったんだ。不思議な一言だった。一気にやり遂げたんだと実感が湧いたよ。僕達はダンジョンを踏破したんだってね!」
「オオオー!」
「おめでとう!」
「やったな!」
観客もここで実感が湧いたようだ。
「そして、ダンジョン踏破の戦利品が、僕達の仲間になったんだ。エクス!こっちに来てくれよ!」
「おうよ!」
と元気な掛け声が返ってきた。
場の空気を読んだのか、エクスが神剣の状態でフワフワと浮いて壇上にやってきた。
ギルはエクスを掴むと、天に掲げこういった。
「皆、紹介するよ、僕達の新たな仲間、神剣エクソダス!」
観客は呆気に取られていた。
それはそうだろう、剣がフワフワと空中に浮いて、ギルの手に収まったのだ、挙句の果てには神剣と呼んでいる。
エクスが急に人化を行い、人型になった。
「おいらは神剣のエクソダス!エクスって呼んでくれ!」
と腰に手を当てて、ポーズを決めている。
「「えええええええ!」」
何とも言えない大オチとなっていた。
やれやれだ。
結局その後、観客のど肝を抜いて終わるという、大オチをかましたギルは、何故か満足そうな顔をしていた。
最後にオリビアさんが気を利かせてギターで、
「チャンチャン!」
と奏でてギルの熱弁は終了した。
なんとも言えない最後だったが、それでも観客の表情は笑顔が多く、満足しているのは分かった。
まあ満足してくれたのならいいか?
ああ、疲れた。
二度とごめんだな。
中二病の熱弁・・・怖!
ひと騒動あったその後、風呂に入る者、食事をする者に分かれ、何とか全員をスーパー銭湯に、入場させることができた。
それにしても騒がしい。
いつも以上に客で混雑している。
それにもういい加減遅い時間だ、閉店時間が迫ってきている。
そして問題となるのは明日だ。
言ってしまったからには、やらなければいけない。
明日はスーパー銭湯の無料開放だ。
間違いなく大人数が、駆けつけるだろう。
入場制限は当たり前におこることだろう。
それだけで終わる訳はないのだが・・・
選択を間違ってしまったか?
それにしても、そもそも俺は祝われる側であって、何で俺がサービスする側に周らなければいけないのか?
いっそのこと、全員分の入場料をカインさんに請求してやろうか?
ふう・・・まあ皆が喜んでくれるのならいいか?
これは慈悲深いってことなのか?
違うと思うのだが・・・
まあいい、こうなったからにはやるまでだ。
俺はサービス精神の塊ということにしておこう。
これ以上の解釈を、俺は出来そうもない。
それにしても今日はもう遅いからもう寝るか、明日は朝から大変だな。
やれやれだ。
翌朝。
いつも通りの朝の散歩に向かうと、多くの従業員から話し掛けられた。
「今日は無料開放って、ほんとですか?」
「ああ、そうだ」
「今日は休みなんですが、手伝いますので指示してください」
「そうか・・・すまんな」
「島野さん、無料開放ってことは、屋台とか出しますよね?」
「その予定だ」
「俺にやらせてください、やってみたかったんです」
「そうか、何の屋台をやるんだ?」
「ラーメンがいいかと思うんですが?どうでしょう?」
「いいが、メルルの許可をちゃんと取るんだぞ」
「分かりました、場所は何処にしましょうか?」
「そうだな、スーパー銭湯の入口付近しかないだろうな」
「ですよね」
とよくできた従業員達で助かります。
皆が皆、自主的に考えて行動している。
なんとも逞しい限りである。
ランドからは、
「島野さん思い切りましたね。入島料と入泉料無料ですか?」
「まあな、そうでも言わんとあの場では、納得してもらえなかっただろうしな、ギルにやられたよ」
「にしもギルの奴、好き放題やってましたね」
ほんとだよ。
「だな、これで気が済んだんじゃないか?」
「ですかね?まだまだやりそうな気がしますよ」
「おいおい、勘弁してくれよ。ギルはいいとして、無料でもちゃんと受付業務は行ってくれよ。何かあった時には頼むぞ。あとエクスもちゃんと指導してくれよ。舐めたこといったら締め上げてくれな」
あいつには強めの指導が必要だからな。
「締めあげてくれって、俺に出来ますかね?」
「簡単なことだ、俺に言いつけるって言えばいいさ」
「それでいいなら楽勝です」
「あいつはまだまだ子供だから、一から教育しないといけないからな」
「それは分かります」
「昨日でだいぶ分かったとは思うが・・・根が人を舐めている上に、お調子ものだからな」
「そのようですね」
「困ったものだ」
「気苦労が絶えませんね」
「全くだ」
俺達は散歩を終えて、朝食を取る為に大食堂に向かった。
大食堂では既に多くの従業員が朝食を取っていた。
いつもよりも多いな。
皆なありがたいことだ、今日の状況を理解している。
最近の朝食は、バイキング形式となっている。
各自が好きな物を食べれるのが好評だ。
所謂ホテルの朝食ってやつだな。
「皆、食事しながらでいいから聞いてくれ」
全員がこちらに注目している。
「今日は無料開放することになったのは、聞いていると思う。悪いが休日の者で手伝うことが出来る者は出勤して欲しい。もちろん休日手当は支給させて貰う。あと、この場にいない従業員にも、声を掛けてやってほしい。本来なら残業もさせないが、今日に限っては、残業出来る者は残ってくれ、当然残業手当は支給する」
本当は、休日出勤や残業は認めたくないのだが、今日ばかりはどうしようもない。
無念だ!
「やった!」
「よっしゃ!」
「やりますよ!」
こいつらはほんとうに働き者だな。
ありがたや、ありがたや。
「あと、テリーはいるか?」
「はい!ここです」
とテリーが手を挙げる。
「ちょっといいか?」
「はい、今向かいます」
とテリーが席を並べる。
「テリー、おはようさん」
「おはようごいます」
「今日のキャンプ場はどんな感じだ?」
「夜の予約は既に満席です」
「昼は大丈夫だよな?」
「はい、特には。何かしますか?」
「たぶんお客で溢れるから、昼からバーベキューを行えるようにしておいてくれ。下手すると朝からかもしれん。飲み物と食べ物も、多めに準備しておいてくれ」
「分かりました」
「頼んだぞ」
「了解です!」
うん、良い返事です。
にしてもテリーも頼れる存在になったもんだ。
俺としても誇らしいよ。
俺は朝食を終えて厨房に入った。
さっそくメルルを捕まえる。
「メルル、今いいか?」
「はい、屋台ですよね?」
話が早くて素晴らしいです。
「そうだ、何台いける?」
「四台ですね?」
「そうか、内容は任せるが、アルコール類も提供できるように手配してくれ」
「分かりました、いつから始めますか?」
「落ち着いてからでいいぞ、俺も手伝うから言ってくれ」
「否、それには及びません。それよりも来賓のお相手をしてください。島野さんにしか出来ませんよね?」
うう・・・メルルにはバレているようだ。
それが一番したくないんだよな。
流石に昼から飲まされることは無いとは思うが、気は抜けないな。
俺は念のため、各施設を巡ってみた。
至るところで、
「大丈夫です」
「手は足りてますから」
「ちゃんと分かってますから」
と誰も取り合ってはくれなかった。
俺の存在意義って・・・
自分の仕事をやれということなんだろう。
うん、きっとそうだ。
要はお前は自分の仕事をしろと、手伝いと言う名のサボりは許さんぞ、ということだな。
それが一番めんどくさいんだよね!
そうこうしていると『念話』が入った。
「マスター、聞こえるか?」
「ああ、エクスどうした?」
「マスター大変だ、もう入島受付がいっぱいなんだよ。どうすればいい?」
はあ?もう?
まだ八時前だぞ。
しょうがないか、開けるか。
「しょうがない、開けてくれ」
「分かった。じゃあ受付を開始するぞ」
「頼んだ」
始まったか・・・激動の一日になりそうだ。
入島受付を解放してから僅か三十分後。
サウナ島は人で溢れていた。
嘘だろ?!
途轍もない数の人々が、大挙して訪れていた。
早くもスーパー銭湯の入口には長蛇の列が並び、今か今かと入口の扉が開くのを待っていた。
それだけでは無い、入島受付からスーパー銭湯まで敷かれている、石畳の両脇に設置を開始している屋台にまで、列が作られている。
まだ、屋台は建設中だというのに・・・
流石に見かねて俺も屋台の設置を手伝うことにした。
ありがたいことに、数名のお客も作業を手伝ってくれた。
手数が多いお陰か、僅か数十分で四台の屋台が完成した。
その後も手伝おうとしたのだが、
「もう大丈夫です」
と追いやられてしまった。
うう、やっぱり駄目か・・・
また『念話』が入る。
今度はギルだ。
「パパ、スーパー銭湯開けてもいいかな?」
「開けるしかないだろう」
「だよね、じゃあ開けるね」
「任せた」
とスーパー銭湯も入場を開始した。
そして、ものの三十分でお風呂の入場制限が行われていた。
入場制限が行われる最短記録である。
そして、大食堂を覗くと既に満席となっていた。
それだけならまだしも、朝から宴会を開始している客が多数いた。
これは・・・カオスだな・・・
手が付けられない・・・
そして、スーパー銭湯自体にも、入場制限が行われていた。
無料開放恐るべしだ!
外を見に行くことにした。
案の定キャンプ場では、バーベキューが開始されていた。
テリー達もてんやわんやだ。
ここでも宴会が開かれていた。
どんだけ朝から飲みたいんだよ!こいつら!
一旦これは事務所に避難だな。
俺は事務所に行くと、マリアさんとオリビアさんが、俺を待ち受けていた。
「守さん、おはよ」
「守ちゃん、おはよう!ムフ!」
「お二方おはようございます、二人揃ってどうしたんですか?」
二人を社長室に通した。
「守ちゃん、お願いがあるのよ」
マリアさんが話し出す。
「お願いですか?」
「そうよ守ちゃん、歌劇場を造ってちょうだい!」
「歌劇場ですか?」
「いいでしょ?」
オリビアさんも追随する。
さては昨日のギルの一件で火がついたな。
でも、はいそうですかとはいかないな。
「歌劇場で何をする気なんですか?」
「ライブよ!」
「ミュージカルよ!」
「・・・」
揃ってませんがな・・・
「どっちもよね、マリア・・・」
「そう、そうねオリビア・・・」
なんだかな・・・
「あれですか?昨日のギルの熱弁で火が付いたんですか?」
「そうよ!ギルちゃんはエンターテイナーよ。あの子はもっと伸びるわ。私がプロデュースすればもっともっとよくなるわ!」
マリアさんは必死だ。
「それに私も、もっといい環境で歌いたいのよ!」
オリビアさんも必死だ。
なんだかな・・・まあ別にいいけど・・・けどな・・・
「別にいいですけど、どれぐらいの規模で考えてるんですか?」
「そうね・・・五百人が入れるぐらいかしら?」
「駄目よ!そんなんじゃ、もっとよ!」
「ちょっと待ってください。適当に言わないで貰えますか?まさか何も考え無しにここに来てないですよね?」
二人は分かり易く下を向いていた。
おいおい、いい加減にせいよ。
丸投げは許さんぞ。
「あのですね、俺は何でも屋ではありませんよ、ただやりたいで、何でも叶えるランプの魔人じゃありませんからね」
「そ、そうよね」
「だよねー」
視線すら合わせない二人。
「ちゃんとそれなりに話を纏めてから来て貰えませんか?別に協力しないとは言わないですから、丸投げは止めてください」
「う・・・」
「ムフ・・・」
ほんとにこの人達は・・・甘やかし過ぎたか?
「それにやるからにはちゃんと、利益が出る構造にしないと続きませんから、ちゃんと考えてくださいね」
「利益って・・・」
絶望な表情を浮かべるオリビアさん。
「そ、そうよね・・・」
考え込むマリアさん。
「歌劇場を造るのにいくらかかるのか?誰が管理して、どういった興行を行うのか?どうやって客を集めるのか?考えることは山ほどありますよ、ほんとに分かってますか?」
「うう・・・」
「・・・」
二人は小さくなっていた。
「せめてそれぐらいは考えを纏めてからにして下さい。俺に丸投げは絶対に無しです。特にオリビアさん、いいですね?」
「・・・分かりました・・・」
二人は肩を落として帰っていった。
歌劇場か・・・大食堂のステージで充分だと思うのだが・・・物足りないということなのかな?
まぁいいや。
そういえば、アンジェリっちが話があると言っていたことを思い出し、俺は美容室に行くことにした。
それにしても凄いことになっている。
島の至る所で、宴会が開かれていた。
準備がいいとい言うのかなんと言うのか、こうなることを見越していた者達が多いようだ。
なんと御座を敷いて、宴会を行っている。
そこまでして朝から飲みたいのかね?
絶対にこいつらは、努力の方向性を間違っている。
もっと違うことに頭を使ってくれよ。
お店街では宴会を行っている者達は居なかった。
いたら追い出してやろうと思っていたが、それぐらいの配慮は有るみたいだ。
返って面倒だな。
なんなんだよ全く!
美容室に入ると、アンジェリっちが。
「守っち、お帰り」
と独特な歓迎を受けてしまった。
この人達のノリは独特だ。
メグさんとカナさんも、
「お帰りなさい」
「お帰り」
と俺に挨拶を行っている。
俺の家ではないのだが・・・
でも何だか悪い気はしない。
身内と感じてくれているということなんだろう。
であれば遠慮なく。
「ただいま、アンジェリっち、話があるっていってなかった?」
「そうそう、奥で待ってて」
「はいはい」
と俺は奥の控室で待つことにした。
確かに俺はこの控室に慣れている。
お帰りなさいとは言いえて妙だな。
俺は『収納』からアイスコーヒーを取り出して、アンジェリっちを待つことにした。
それにしても、今日はこの先どうなるんだろうか?
サウナ島は大宴会場と化している。
無料開放がここまでのインパクトになるとは思わなかった。
夜まで持つんだろうか?
幸い今のところ、お酌攻撃は始まってないが、気は抜けないな。
どこでどう捕まるか分かったもんじゃない。
そういえば、エルフの胃薬を貰ってなかったな。
後で貰いに行こう。
等と考えていると、アンジェリっちが控室にやってきた。
「守っち、お待たせ」
「お疲れさん、で話って?ああ待った、何か飲む?」
「ありがとう、同じ物を貰うわ」
俺は『収納』からアイスコーヒーを取り出して渡した。
「それで、今は大丈夫なの?」
「うん、丁度手が空いたから」
「それで?」
「あのね、こんなこと守っちに聞くことでも無いかもしれないけど、もしかしたら異世界の知識で何とかなるかも?と思っての相談なんだけどね」
「望み薄ってこと?」
「そう、でもせっかくだからする相談なんだけど、エルフの村全体、否、エルフ全体に関わる話なんだけどね、実はエルフって妊娠率が低いのよね」
「妊娠率?」
「そう、種族的なことなんだと思うんだけど、簡単にいうとエルフは妊娠しづらいのよね」
「へえー」
「それでも、これまで何とか血を絶やすことなく、種族を存続させてきたんだけど、最近は特に妊娠率の低下が著しくてね。どうにか出来ないかと思ってね」
これは俺にはどうにもできないな。
俺は産婦人科医では無いし、ましてや誰かを妊娠させたことすらない。
それに妊娠率を上げるような手立ては、まったくもって思いつかない。
これは現代日本にとっても、問題となっている課題だ。
正に少子化問題だ。
到底どうにかできるとは思えない。
アンジェリっちには悪いが、力になれるとは思えないな。
「すまないがこればかりはどうすることも出来ないな・・・」
「そうよね・・・」
ん?ちょっと待てよ?・・・でもこれでどうにか出来るのだろうか?
でも有ったに越したことはないのか?
どうなんだろう?
俺は『収納』からオットセイの牙を取り出した。
「よかったらこれをあげるけど、妊娠率を上げる効果があるかは分からないな」
オットセイの牙をアンジェリっちに手渡した。
「ちょっと・・・」
何故だかアンジェリっちは顔を真っ赤に染めていた。
ん?どういうこと?
「どうした?」
「・・・」
アンジェリっちは、らしくも無く照れた表情をしていた。
「ん?」
「・・・守っち・・・知らなかったんだろうから、いいんだけどね・・・・」
アンジェリっちにしては歯切れが悪いな。
「何が?」
「・・・あのね・・・エルフの風習でね・・・オットセイの牙を男性が女性に渡すのはね・・・結婚してくださいってことなのよ・・・」
アンジェリっちは下を向いて話していた。
・・・嘘でしょ!
いやいやいや!
「ちょっ・・・そんなつもりは・・・ねえ?」
「分かってるわよ・・・」
俺も顔が赤くなってきているのが分かる。
無茶苦茶恥ずかしい!
ちょっと、ちゃんと教えといてよ!
これはいかんよ。
「あの・・・何だかごめんなさい・・・」
「うん・・・ちょっとビックリした・・・」
あれ?満更でもない?
もしかしてアンジェリっち・・・いやいやいや!
勘違いは良くない。
俺としても嬉しいな・・・
駄目だ、俺は何を勘違いしている・・・
冷静になろう・・・そうだ複式呼吸だ。
鼻から吸って・・・口から吐く・・・鼻から吸って・・・口から吐く・・・
はあ・・・これは何とも・・・
ちっとも落ち着かない。
心臓がバクバクする。
「それで、このオットセイの牙で妊娠率は上がるのかな?」
「・・・多分ね・・・」
「あといくつかあるけど・・・エルフの村に寄贈しようか?」
「そ・・・そうね・・・貰えるなら・・・」
「分かった・・・何だかごめん・・・」
「いいのよ・・・」
気まずい!
無茶苦茶気まずい!
逃げ出したい!
「じゃあここに置いておくね」
俺は四個オットセイの牙を置いておいた。
「ごめん・・・じゃあ行くわ・・・」
「うん・・・」
俺はそそくさと美容室を後にした。
ああ・・・まだ顔が赤くなっているのが分かる。
俺は年甲斐も無く何をやっているんだか・・・
この齢でアオハルかよ!
でも悪い気はしないな・・・
いやいや、何を考えているんだ。
その後エルフの薬ブースに立ち寄って、俺は胃薬を受け取った。
事務所に帰ると、社長室でオズとガードナーが待っていた。
「島野さん、お祝いに来ました!」
「おめでとうございます!」
二人は既に一杯始めていた。
どうやらワインを持ち込んでいるみたいだ。
ワインの瓶が五本も置かれている。
どんだけ飲むつもりなんだ?こいつらは?
なんだか俺も飲みたくなってきた。
まだ気が動転しているみたいだ。
とにかく落ち着きたい。
「じゃあ俺も飲ませて貰おうかな?」
「もちろんですよ、ゴンすまないがグラスをもう一つ貰えるか?」
オズが受付に向かって話し掛ける。
「分かりました」
ゴンの返事が返ってくる。
「あれ?島野さん顔が赤くないですか?」
「そ、そうか?まだ飲んでないぞ・・・」
いやいやいや、オズそこはツッコまないでくれよ。
「にしてもお前達、朝からここに居ていいのか?」
「何を言ってるんですか?祝いに絶対に駆けつけるって、言ったじゃないですか?」
「そうですよ島野さん、祝いなんですから、今日は仕事は無しです」
笑顔で答える二人。
そんなに祝いたいのか?
何でなんだ?
「なあ、なんでそんなにこの世界の人達は、ダンジョンを踏破したことに、そこまで興奮するんだ?俺にはちょっと分からんぞ」
「島野さん、ダンジョンの踏破は歴史的な快挙なんですよ。カイン様がダンジョンを踏破したのは、今より二百年以上も前なんです。それにカイン様が踏破したダンジョンは、今のダンジョンとは違って、十階層までしか無かったということらしいです、現在のダンジョンを踏破するのは、簡易モードであってもS級ハンターでも無理と言われていたんです。そりゃあ興奮するに決まってます。ましてや超ハードモードとなると、真の勇者にしか踏破出来ないと言われてきたんですから」
勇者って・・・これを聞いたら、またギルが何かやらかしかねないぞ。
あいつの中二病は治りそうもないからな。
「勇者ってさあ、いちいち大袈裟なんだって」
「何を言ってるんですか?もっと誇ってくださいよ」
「とはいってもな・・・そもそも島野一家は過剰戦力なだけなんだって」
「それが良いんじゃないですか?私にとっては誇り以外の何物でもないですよ。だって友人二人とゴンがいるんですよ!これ以上に嬉しいことはないですよ!」
オズはギル並みに熱弁していた。
オズにしてみればそうなのかもしれないが、なんだかね・・・
ここでゴンがグラスを持ってやってきた。
グラスを受け取ると、並々とワインが注がれる。
「ゴンは飲まないのか?」
「私は今日は止めておきます。先日飲み過ぎてやらかしましたので」
「そうか、じゃあまた飲もうな」
「はい」
オズとゴンは親し気にしていた。
こいつらは再会時にはいろいろとあったが、今ではいい関係性を保てているようで、なによりだ。
「では、ダンジョン踏破おめでとうございます!乾杯!」
「「乾杯!」」
ワイングラスを持ち上げた。
グビグビと飲みだす、オズとガードナー。
ちょっとペース早いって・・・
俺は一口ワインを舐めた。
朝から飲む罪悪感ったら、ありゃしないよ。
「そういえばゴン。ダンジョンを踏破して更に強くなったんじゃないか?」
オズは誇らしげだ。
オズにとってはゴンが強くなることが嬉しい様で、興味津々らしい。
確かにダンジョンを踏破してから、ステータスを確認してなかったな。
正直気にもかけて無かった。
そもそもこいつらのステータスを、長い事確認していない。
ギルからは『熱弁』と『千両役者』を、手に入れたとは聞いたけど。
俺はどうなっているのだろうか?
今は止めておこう。
到底そんな気分にはなれない。
気を抜くとアンジェリっちのことを考えてしまいそうだ。
たぶんダンジョン踏破で、レベルが上がってはいるだろうけどね。
何度もアナウンス入ってたし。
でもゴンのステータスはちょっと気になるな。
せっかくだから見てみようかな?
「ゴン『鑑定』してもいいか?」
「いいでよ」
「そうか」
『鑑定』
名前:ゴン
種族:九尾の狐Lv23
職業:島野 守の眷属
神力:0
体力:2556
魔力:3457
能力:水魔法Lv23 土魔法Lv20 変化魔法Lv16 人語理解Lv9 人化Lv8 人語発音Lv8 念話Lv3 照明魔法Lv2 浄化魔法Lv2 契約魔法Lv2 付与魔法Lv2 空間収納魔法LV2
そこまで上がってないような・・・
まあ、そもそもこいつらは、レベルが高いような気がする。
すでにカンスト状態か?
これ以上はそうそう上がらないだろうな。
充分に強いしな。
水魔法が特出しているのは、一時期畑の水やりをゴンに任せていたからだろうか。
特にゴンは強さに拘っていないように思える。
こいつが今求めるのは生活魔法の類だろうし。
多分強さを求めているのはギルぐらいだろう、ノンに関してはよく分からん。
エルは・・・もっと分からん。
せっかくだから他のメンバーも見てみるか。
俺は『念話』でギルに社長室に、ノンとエルと集合する様に伝えた。
こいつらのステータスを見るのも久しぶりだな。
どうなっていることやら。
『鑑定』
名前:ノン
種族:フェンリルLv30
職業:島野 守の眷属
神力:0
体力:5448
魔力:4985
能力:火魔法Lv19 風魔法Lv22 雷魔法Lv25 人語理解Lv8 人化Lv7 人語発音Lv7 念話Lv3
ノンが一番レベルが高いな、しょっちゅう狩りをやっているから、そんなもんか。
でもこいつも頭打ちっぽいな。
『鑑定』
名前:エル
種族:ペガサスLv21
職業:島野 守の眷属
神力:0
体力:3043
魔力:5002
能力:風魔法Lv23 浮遊魔法Lv18 氷魔法Lv19 雷魔法Lv18 治癒魔法Lv15 人語理解Lv8 人化Lv8 人語発音Lv7 念話Lv3
エルも強くなってるな。
でもエルも頭打ちのように感じるな。
『鑑定』
名前:ギル
種族:ドラゴンLV3
職業:島野 守の子供
神力:2843
体力:6504
魔力:5434
能力:人語理解Lv7 浮遊魔法Lv7 火魔法Lv18 風魔法Lv17 土魔法LV17 人語発言L18 人化魔法Lv7 神気操作LV4 念話Lv3 念話(神力)Lv3 神気解放Lv1 神気放出Lv2 熱弁Lv1 千両役者Lv1
おお!遂にギルがドラゴンに成ったぞ!
いよいよ大人の仲間入りか?
「ギル!遂にお前ドラゴンになったじゃないか!おめでとう!」
「おお、ギル君おめでとう!」
「「おめでとう!」」
ギルは照れていた。
「これで僕も大人の仲間入りさ!」
せっかくだから俺のステータスも見ることにした。
『鑑定』
名前:島野 守
種族:半人半神
職業:神様見習いLv51
神気:計測不能
体力:2404
魔力:0
能力:加工L7 分離Lv7 神気操作Lv7 神気放出Lv4 合成Lv6 熟成Lv5 身体強化Lv5 両替Lv2 行動予測Lv3 自然操作Lv7 結界Lv2 同調Lv2 変身Lv2 念話Lv3 探索Lv4 転移Lv5 透明化Lv3 浮遊Lv4 照明LV2 睡眠LV2 催眠LV3 複写LV4 未来予測LV2 限定LV2 神力贈呈Lv1 神力吸収Lv1 初心者パック
預金:6432万4355円
ああ・・・いよいよ俺は人では無くなったようだ・・・
さらば人類・・・さらば人間としての俺・・・
一気にレベルが上がったのは、ダンジョンを踏破したからなのか?
否、エアルの再興に協力したからだろうな。
それなりに徳を積んだという事かな?
やれやれだ。
「なあ、遂に俺も人では無くなったみたいだ」
「「「「ええー!!」」」」
全員が仰け反っていた。
その後酔っぱらったオズが、俺への賛辞と感謝を語り出し。
隣にいるガードナーが、それを聞いて大号泣。
何とも言えない気持ちになっていたところに、なし崩し的に神様ズが現れて、結局会議室で宴会となってしまった。
今回もアホほど飲まされて、気がついたら会議室の机に突っ伏すようにして、俺は寝てしまっていた。
起きるとさっそく頭痛と吐き気に襲われた。
息が酒臭い。
完全な二日酔いである。
ありがたい事にエルフの胃薬はとても良く効いた。
胸焼けが一瞬で治っていた。
でも、当分の間はアルコールは控えたい。
あー、しんど。
周りを見ると地獄絵図となっていた。
床には裸にされたランドールさんが寝ており、よく見ると顔に落書きをされていた。
そのランドールさんに、後ろから抱きつくようにマリアさんが眠っており、そのマリアさんに後ろから抱きつくように、オリビアさんが寝ていた。
この人達はなにやってんだか・・・
机にはタイロンの三柱が突っ伏して寝ており、その足元ではゴンズ様が大鼾をかいて寝ており、そのゴンズ様を枕にレケが酒瓶を抱えて寝ていた。
社長室のソファーでは剣化したエクスを抱えて、ゴンガスの親父さんが鼾をかいて寝ており、その足元でカインさんが大の字を書いて寝ていた。
どうやら五郎さんと、ドラン様とデカいプーさんは帰っていったみたいだ。
そこら中に酒瓶が散らかっている。
俺はため息をつくしか無かった。
酒を抜こうとスーパー銭湯に行くと、エルフの薬ブースで、顔見知りの店員に話し掛けられた。
「島野さん、ゾンビみたいな顔してますよ。大丈夫ですか?」
「いや、大丈夫じゃない。二日酔いで死にそうだ」
ほんとにしんどい・・・
「そんな感じですね。あっ!そうだ。これ飲んでください」
丸薬を手渡された。
「これは毒消しです。二日酔いにはこれですよ」
おお!そんな薬があったとは!
これは助かる!
「ありがとう!いくつかストックも貰えるか?」
「ええ、いいですよ。島野さんにはお世話になってますので」
更に丸薬を貰った。
俺は丸薬を口に入れ、自然操作の水を口にダイレクトに入れて飲み込んだ。
ものの数分後、頭痛が治っていた。
エルフの薬、恐るべし!
エルフの伝統に感謝です!
でも当分の間は、アルコールを控えたい。
肝臓君が心配でなりませんよ。
無料開放は相当なインパクトを残していた。
過去最高の客入りとなり、入場制限も常に行われることになっていた。
夕方に来島したお客が、スーパー銭湯に入るのに、最大二時間待ちとなっていたらしい。
スーパー銭湯だが、現場の判断で、閉店時間が深夜二時まで延長されたらしい。
当分の間俺は、無料開放は行わないことを俺は心に誓った。
というより二度とやりたくない。
本当にやれやれだ。
無料開放の余波が未だ押し寄せていた。
無料開放で初めてサウナ島に訪れ、スーパー銭湯を体験した人達が一定数いたみたいだ。
無料開放は新たな顧客の獲得になっていたようだ。
行った意味があって、よかったー。
ただ騒いで終わることになると思っていたのだが・・・
これまでサウナ島の話は聞いており、スーパー銭湯の存在も知ってはいたが、経済的な理由で、訪れることが出来なかった者達が結構いたみたいだ。
そのような方々が我先にとサウナ島に訪れ、スーパー銭湯を楽しんでくれたようだった。
これは嬉しい誤算だった。
俺としては、お風呂やサウナをもっと広めたい。
娯楽をもっとこの世界に蔓延させたいと考えているからだ。
そして一度訪れたことによって、また行きたいと思って貰えたみたいで、新たなリピーターの獲得に繋がったということだ。
経済的に大丈夫なのだろうか?
俺が心配してもしょうがないか?
娯楽は重要だが、ほどほどにね。
適度に娯楽は行ってくれ。
酔いつぶれていた神様ズは、漏れなく二日酔いになっていた。
見てられなかった為、胃薬と毒消しの丸薬をあげることにした。
ゴンガスの親父さんだけはケロッとしていた。
あの人は酒に強すぎるんだよ。
どんな身体してんだ?
あのおっさんは異常だな。
剣化したエクスがフラフラと歩いていた為、
「おいエクス、危ないだろうが」
と注意しておいた。
「そうだった」
と人化したエクスは、まだ酒が抜けて無いのか、千鳥足だった。
かなり笑えた。
俺はエクスに無理やり毒消しの丸薬を飲ませた。
今はサウナ島を挙げてゴミ拾いをしている。
結構なゴミが出ていた。
ちゃんとゴミ箱を設置しておくべきだった。
このゴミはその後、良質な肥料に変わる。
この異世界にはゴミ問題は起こらないだろう。
廃棄された構造物なども、リサイクルされることになっている。
今ではこの島の北部にある廃棄された集落も、建築部材はリサイクルされ。
一面広場になっている。
この世界の再生能力は実に高い。
とてもエコで助かっている。
地球もそうあって欲しと切に願う俺だった。
プラがある以上そうはいかないだろうが・・・
科学技術に期待だ!
ふと思いつき、エクスを呼びだすことにした。
念話でエクスに話し掛ける。
「エクス、ちょっと来てくれ」
「分かった、何処にいけばいいんだ?」
「事務所に来てくれ」
「了解!」
エクスが元気よく事務所に駆け込んできた。
「マスター、何か用か?」
「ああ、ちょっと試したいことがあってな」
「何をやるんだ?」
「一時的に装備者を俺にしてもいいか?」
「いいけど、どうしてだ?」
「いいから、いいから」
「ちゃんとギルに戻してくれよ」
「分かってるって」
エクスは怪訝そうな表情をしている。
「いいけど・・・」
人化を解いたエクス。
例の如く、剣になりフワフワと浮いている。
俺はエクスの柄を握り締めた。
「俺になったか?」
「ああ、なってるぜ」
「よし!」
俺はエクスを手放した。
「エクス、そのままフワフワ浮かんでいてくれ」
「そんなことでいいのか?」
「ああ」
俺はエクスとの繋がりに意識を向ける。
そして、念動で動いているエクスに意識を集中する。
「ちょっと、マスター、何をしてるんだ。ぞくぞくするぞ」
「いいから、そのまま浮いてろ」
更に意識を集中する、そして全身を神気で纏う。
ピンピロリーン!
「熟練度が一定に達しました、ステータスをご確認ください」
よし!パクったぞ!
俺は『念動』を取得した。
「もういいぞエクス、お疲れさん」
「マスター、何したんだよ?」
「お前の念動をパクったんだよ」
「パクった?嘘だろ?」
「本当だ、見てろよ」
と俺は社長室にある、椅子に意識を向け、念じて動かしてみた。
椅子がフワフワと上下に動いている。
「嘘だろ!マジか!」
「マジだ、もういいぞ。装備者をギルに戻していいぞ」
「・・・マスター・・・出鱈目過ぎだって・・・」
俺はそんなエクスを無視して、いろいろな物を念動で動かして、感触を確かめていた。
ウン!これは使える!
便利な能力だな。
赤レンガ工房に籠って、俺は念動の能力を神石に付与していく。
そして革張りの椅子を作製し、骨組みに神石を『合成』で設置していく。
その神石にはゴムで出来たローラーが付いており『限定』と『念動』で動きを制限していく。
そのゴムローラーは主に肩と背中、そして腰周りを中心に動くことになっている。
そして微調整を繰り返し、遂に出来上がった。
「自動マッサージ機」が完成した!
やった!
遂に出来た!
この日をどれだけ待ち焦がれていたことか。
使い道が薄いと思われた『限定』も、ここに生きてくるとは思わなかった。
神様ズにしか使えないが、これは喜ばれると思う。
それにしても気持ちがいい。
特に腰周りは最高だ!
よく逸れているのが分かる。
思わず声が漏れる。
「ああああああああああ」
そんな俺を不思議そうに、親父さんが眺めていた。
「お前さん、何をやっておるのだ?」
「親父さん、ちょっと座ってみてくださいよ」
俺は親父さんに席を譲る。
「ここに座ればよいのか?」
「ここの神石に神力を流してください」
「そうか・・・ん?」
親父さんがマッサージ機を堪能していた。
その様はちょっと笑えた。
ドワーフのおっさんが、マッサージ機で繕いでいる。
「ああああああああああ」
親父さんは声を漏らしていた。
「でしょ?」
「おお・・・・止められんな・・・」
親父さんはマッサージ機を堪能した様だった。
その後、マッサージ機は、スーパー銭湯の休憩室の片隅に、神様ズ専用として、ひっそりと置かれることになった。
神様ズは我先にと、このマッサージ機を使う様になった。
気持ちいいよねマッサージ機、気持ちは良く分かる。
神様ズはご満悦のようだった。
連日奪い合いが続いている。
神様ズの間で、ちょっとしたブームになった。
特に五郎さんが、これで腰痛が治ると大喜びだった。
治るかどうかは分からんが・・・
にしても、サウナ明けのマッサージ機は格別だよね。
分かるよ、大いに分かる。
ほんとに気持ちが良い。
最近のアンケートを見ると結構な確率で、サウナに関するものが増えていた。
どうやらこの世界にも、サウナ文化が根付きつつあるようで、俺としては嬉しい限りである。
まだこの世界の全員が、スーパー銭湯に訪れた訳ではないが、相当数の方々が、この島にやってきている。
この先もまだまだ様々な人々が、やってくるだろう。
アンケートにもあったサウナに関する声として、サウナの温度についての意見が多かった。
もっとサウナの温度を上げて欲しいとか、もっとサウナの温度を下げて欲しいとかがほとんどだ。
その気持ちはよく分かる。
サウナの温度については、好みが分かれるところだ。
俺は九十前後の温度帯が好きだし、個人的な意見としては、最もパフォーマンスが良い温度ではないかと考えている。
そこでサウナに特化した施設の建設を行おうと、今は思案している。
もっともっとサウナを楽しんでもいいと思うのだ。
森の一部を切り開いて、自然の中でサウナを大いに楽しんで貰いたい。
そこでは様々な温度帯のサウナを用意し、また水風呂も温度帯を変えるだけではなく、川から引いた水をそのまま使うことも検討している。
そこでは男女問わず水着を着用し、外気浴ではポンチョを着ることにしようと思う。
そして足元にはサンダルを使用する。
休憩所も造るが、スーパー銭湯ほどの大きな物とは考えていない。
休憩所とは言っても要は外気浴場だ。
この休憩所は、雨の時に使用する程度との考えだ。
その為簡単な屋根を設けるぐらいで、壁は造らないつもりだ。
もしかしたら、日に焼けたくない人も使うかもしれないが、好きにしてもらったらいい。
食堂も併設するが、最大で五十名ぐらいが使用できる施設にしようとの考えだ。
コンセプトとしては『サウナ好きによるサウナ好きの為のサウナ施設』だ。
従ってここではお風呂は設けない。
簡単なシャワー室は設けるが、これはあくまでサウナ前後に身体を洗って貰う為でしかない。
そしてログハウスを建設し、泊まることも可能とする。
終日サウナを楽しんでもらう施設だ。
今回の建設には、ランドールさんの手を借りることはできない。
彼は既にメッサーラの学校建設で、手一杯の状況だからだ。
その為今回の建設は、俺がゆっくりと造ろうと考えている。
まあ休日の従業員達が、また赤レンガ工房の時の様に、手伝うと言い出すだろうしね。
それにどうせマークとランドは、勝手に手伝うに決まっている。
俺一人でコツコツと、とはならないだろう。
でも急いで建設するつもりは全くない。
ゆっくりとじっくりと、手作り感剥き出しの施設にしようと思う。
スーパー銭湯は公衆浴場として、多くの人々に使っていただくことを前提に造った施設だが、こちらは違う。
こちらはサウナが好きな人が、終日サウナを楽しむだけの施設だ。
当然宴会場なんて設けない。
食堂で宴会を勝手に始められてしまうことはありそうだが・・・
まあ好きに使ってくれればいいさ。
俺はまず森の一部を切り開きだした。
場所としては、入島受付から北に百メートルほどの位置だ。
『加工』をひたすら繰り返して、木を木材へと変える。
木の根は自然操作の土で剥き出しにし、後で一部は肥料に変え、その他は薪になる。
広さは適当にする。
敢えて成型にはしない。
整った造りに見えると、手造り感を損なうからだ。
そしてまずはサウナを造っていく。
サウナは一見ログハウスに見えるかもしれない。
今は無きサウナ一号機を広くしたものだ。
このサウナの最大収容人数は十名ほど。
ここではセルフロウリュウを行うことが出来る。
温度帯は八十度にする予定だ。
サウナの入口には、アロマ水の入ったバケツを設置する。
使いたい人が好きに使ってくれといった具合だ。
セルフロウリュウをしたい人はお好きにどうぞ。
そして更にサウナをもう一棟建設していく。
サウナの造りはほとんど同じだが、先ほどのサウナよりも少し大きめに造っていく。
最大の収容人数はおよそ十五名だ。
こちらは温度帯を九十度にする予定。
今のスーパー銭湯と同じ温度帯だ。
その為、一番利用者が多いのではないか?
というのがその理由だ。
このサウナでも先ほどと同様に、セルフロウリュウを行うことが出来。
入口にはアロマ水の入ったバケツを設置する予定だ。
そして更にもう一棟サウナを建設する、こちらのサウナはこれまでのサウナと多少造りを変えることにした。
簡単に言うと、吹き抜けのある二階建てとしたのだ。
こちらのサウナの温度帯は七十度にする予定だ。
そしてセルフロウリュウが出来、これまで同様にアロマ水も、入口にバケツを置いておくようにする。
こちらは二階建ての為、最大の収容人数は二十名程度。
先程のサウナよりも多く収容できる造りとなってしまったが、それはご愛敬。
まあ特に困ることも無い為、これで良しとしようと思う。
そしてここからはまず三棟を繋げる様に、石畳みを地面に設置していく。
石は『万能鉱石』は使わず、東の海岸から運んできた。
そして石を『加工』で成型して地面に埋めていく。
この作業が地味に日数が掛かった。
作業に関しては、案の定マークとランドは、常に手伝いをしており。
また、時間を持て余している従業員達が、手伝いを申し入れてきた。
俺が森を切り開きだした時には、既にマークが目聡くやってきて。
「島野さん、今度は何を造るんですか?」
興味深々の顔をしていた。
「今度はサウナ好きの施設を造ろうと思ってな」
「サウナ好きの施設ですか?」
いまいち理解できていないみたいだ。
そりゃあそうだろう、そんな施設にはこの世界にはないからな。
まぁ楽しみにしていてくれ。
「ああ、サウナに特化した施設だ」
「へえー、面白そうですね」
「ランドも誘うのか?」
「そりゃ声を掛けないと、恨まれますからね」
「そうか、任せる」
といった具合だ。
その後更に森を切り開き、休憩所兼外気浴場を造る。
ここにはインフィニティーチェアーを二十五台設置した。
加えて屋根を設けて、こちらには屋根の有る部分だけは、地面をコンクリートで固めた。
その他の場所はあえて土剥き出しにしている。
これは使用してみて、具合が悪ければ変更しようと思うのだが、サンダルを履いて使用する為、問題ないと今は考えている。
そして水風呂だが、まずは浄水池から分岐する形で水を引き込み。
その先には更に分岐する形で、ドラム缶を五台設置した。
今回の水風呂は、温度帯を変えることを検討していたのだが、雰囲気を第一優先としてこの様に変更した。
この案にランドは、
「これは面白いですね、水風呂を独り占めってのは嬉しいですね」
と感心していた。
マークは、
「流石はサウナ上級者だ、発想が違う」
と褒めてくれたのかどうか、よく分からないことを言っていた。
俺としては五右衛門風呂を、水風呂にしてみただけだったのだが。
これが良いとのことだった。
そしてこの水風呂で一番苦労したのは、排水をどう流すのかということだった。
その為、ドラム缶は簡単に言えば、大きな側溝の上に設置することになった。
そして、スーパー銭湯の排水施設からは離れている為、新しく排水施設も造ることになった。
とはいっても俺達は排水施設を、これまでも何度も造ってきている為、決して手間とはならない。
マークとランドも手慣れたもので、排水施設を造るのに数日で完成していた。
建設中には神様ズが、何度も視察に訪れていた。
皆な今度は何を始めたのか?と興味津々だった。
オリビアさんからは、
「そんなことよりに歌劇場を造ってよ」
とまたおねだりをされたが、
「計画がちゃんと出来たら考えます」
きっぱりとお断りしておいた。
そして一番熱心に通っていたのはランドールさんだ。
「ランドールさん、学校の建設はいいんですか?」
「大丈夫だよ、二校目ともなるとノウハウは共有済だからね、弟子たちだけでもなんとかなるよ」
とのことだった。
だったら最初からこの人に頼ればよかったな、と思ってしまった。
無理だろうと決めつけずに、声を掛ければよかった。
「それで、今度は何を造ってるんだい?」
「今回はサウナに特化した施設を造ってます」
「サウナに特化か・・・面白そうだね」
ランドールさんもサウナに嵌ってるからな。
完成したら使ってくださいな。
「まあ、サウナ好きにしかウケないでしょうがね」
「そうなのかい?」
ランドールさんには意外そうだ。
「だと思いますよ」
「でも、この世界では既にサウナは認知されてるからね。流行るんじゃないかな?」
「だといいんですけどね」
「島野さんが外すなんて想像できないね」
「ハハハ」
俺を買い被り過ぎなんだって。
それに今回もただの思いつきといってもいいぐらいだ。
まあ外したとしても、多いに結構なんだけどね。
俺としてはサウナ満喫生活を、よりグレードアップさせるだけなんだから。
「『加工』がもう少しでどうにかなりそうなんだよ」
「へえー」
「見れば、ヒントがあるかもしれないだろ?」
「確かに」
俺も見てパクったからな。
念動なんかはそうだろう、でもエクスとの繋がりがあったから違うのか?
よく分からんな。
「そういえば、能力を得る時に、俺は神気を全身に纏うようにしてますが、ランドールさんはどうですか?」
「全身に神気を纏う?やってないね」
と答えるとランドールさんは考え込んでいた。
もしかして全身に神気を纏うことが出来ないのだろうか?
「島野さん、ちょっとやって見せてくれないか?」
「いいですよ」
それぐらい楽勝です。
俺は全身に神気を纏って見せた。
「うわ!」
ランドールさんが仰け反っている。
「これは・・・私にも出来るのだろうか?・・・」
ん?どういうことだ?
「島野さん、多分その全身に神気を纏うのって、かなり神力を消費すると思う・・・恐らく私では、完全に神力が溜まった状態でないと出来ないな」
あらら・・・神力お化けの俺だから簡単に出来るってことか・・・
でも『黄金の整い』を教える訳にはいかないからな。
「でも、満タンの時なら出来そうなんですよね?」
「多分どうにか・・・ちょっと怖いけど」
そうだよな、神力切れになるのは怖いだろうな。
俺も神力が無くなったらと思うと怖いもんな。
「でも今度試してみるよ。その時は一緒にいて貰っていいかな?」
「ていうか、よかったら神力分けましょうか?」
「はい?君はそんなことができるのかい?」
「ええ、カインさんからパクりましたので。神力贈呈っていう能力です」
「おお・・・凄いな・・・」
ランドールさんはちょっと引いている。
「今からやってみますか?」
「いいのかい?」
「せっかくですので、やってみましょう」
「そうだね、お願いするよ」
前向きになっているランドールさん。
「ちょっと、それ見学させて貰っていいですか?」
「俺も!」
マークとランドが興味を持ったようだ。
「俺は構わないけど、ランドールさんは?」
「ああ、構わないよ」
俺はまずランドールさんの肩を掴んで、神力贈呈を行った。
俺の中の神力がランドールさんに流れていく。
「凄い!ほんとうに神力が溜まっていく」
ランドールさんは両手を凝視していた。
「じゃあ、ちょっと待ってくださいよ」
俺は適当に地面に転がる石を掴んだ。
それをランドールさんに手渡す。
「まず、この石に意識を集中してください」
「ああ」
「次にこの石が、真っ二つになる所を想像してください。それも強く!」
「・・・」
ランドールさんが石に集中している。
「もっと強く!」
ランドールさんの集中力が高まっているのが分かる。
「今だ!身体に神気を纏って!」
ランドールさんが神気を身体に纏った。
すると石が少し欠けた。
「どうですか?」
「・・・駄目だ・・・」
項垂れているランドールさん。
相当神力を使ったのか、肩で息をしている。
何が足りなかった?
ランドールさんはちゃんと集中出来ていた。
それは見ていたから良く分かる。
イメージも良く出来ていたと思う。
何でだ?
あれ?
ちょっと待てよ。
俺の時と何が違うんだ?
もしかして・・・
「ランドールさん、もう一度やってみましょう、ちょっと俺に考えがあります」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
というと、まだランドールさんは肩で息をしていた。
これは息が整うまで待つしかないな。
数分待つと、ランドールさんが。
「待たせた、再トライだ!」
俺に手を差し出した。
俺はその手を握り返して、神力贈呈を行う。
俺の身体から、神力がランドールさんに移っていく。
「島野さん、もう大丈夫だ」
神力は充分に溜まったようだ。
「ランドールさん、ちょっと腰かけましょう」
俺は地面に腰かけた。
それに倣ってランドールさんも地面に腰掛けた。
二人で胡坐を掻いて、正面に座っている状態。
「俺の能力を使って、ランドールさんの状態を無意識の状態にします」
「無意識ですか?」
「そうです、おそらくここが能力開発の鍵では無いかと思います」
「なるほど」
神妙な表情のランドールさん。
「これは俺の直感と経験則からの予想なんですが、能力開発はイメージだけでは無く、潜在意識に関係していると思うんです」
「潜在意識ですか?」
「そうです、俺は実は自己催眠が得意なんです。なので俺は常に無意識に自己催眠の状態に、なっている可能性が高いです。その状態を作り出せば、能力開発が可能かと考えたのです」
「・・・」
「実験するようで悪いですが、今はやってみましょう」
「島野さんがそういうのなら、私は君に任せるよ」
不安な顔をしているランドールさん。
そりゃあ怖いよな。
でも任せてくれるんだから、目一杯やりましょう。
「ありがとうございます」
ランドールさんはコクリと頷く。
「じゃあ俺の誘導に従ってください」
マークとランドが息を飲んで俺達を見守っている。
「行きますよ『催眠』」
俺は『催眠』の能力をランドールさんに使った。
するとランドールさんが一気に力を抜いて、リラックス状態に入ったのが分かった。
よし、いいぞ!
「ランドールさん、この石に意識を集中してください」
俺は石をランドールさん手渡す。
すると先ほど以上にランドールさんが、集中して石に意識を向けていた。
でも身体はリラックス状態だ。
さっきとは明らかに集中力が違う、全身全霊で石に意識を集中しているのが分かる。
「では今度は、この石が真っ二つに分かれるところをイメージしてください」
更にランドールさんが石に集中する。
「ではそのイメージを保ちながら、身体に神気を纏ってください」
ランドールさんが神気を全身に纏った。
すると、石が真っ二つに割れていた。
やったか?
ランドールさんが不意に糸の切れた操り人形の様に、パタンと倒れた。
嘘だろ!
生きてるか?
俺は思わず『鑑定』を使用していた。
『鑑定』
名前:ランドール
種族:大工の神 (下級神)
職業:大工の神Lv5
神気:16
体力:2824
魔力:234
能力:土魔法Lv5 大工道具使用Lv8 測量Lv7 製図Lv6 構造計算Lv5 加工Lv1
おお!
『加工』があるぞ!
俺は神力贈呈をランドールさんに行った。
多分急激に神力を失ったから、気絶したと思うがどうだろうか?
身体をビクっと震わせたランドールさんが、意識を取り戻した。
「ああ・・・」
「ランドールさん、大丈夫ですか?」
未だ夢現なランドールさん。
まだ眼に力が無い。
「ランドール様!」
マークが心配している。
「どうですか?」
「・・・ああ・・・ちょっと休憩させて貰えないかな・・・」
俺達はランドールさんの回復を待つことにした。
ランドールさんが急激に回復していくのが分かる。
「おお・・・島野さん・・・これは何といったらいいのか・・・」
と回復したランドールさん。
「どうですか?大丈夫ですか?」
「ああ・・・心配させてすまない、もう大丈夫だ。ありがとう」
ランドールさんは顔を振っていた。
「どうですか?」
と敢えて振ってみた。
能力の取得が出来ていることは分かっているのだが。
「・・・おお!やっと『加工』が手に出来たようだ・・・ああ・・・ありがとう、島野さん・・・やっと・・・やっとだ!」
ランドールさんにとっては念願の能力獲得なんだろう。
涙目になっているランドールさんは、泣きながら笑っていた。
それにしても・・・この人にとってはある意味、命を懸けた能力開発の様に俺は思えた。
簡単に能力開発を行ってきた俺って・・・
何とも申し訳ない。
でも能力開発のヒントが、ここに来て大いに分かった気がする。
結局のところ、能力開発にはイメージ力だけでは無く、潜在意識にアクセスすることが重要なようだ。
俺は自己催眠に慣れているから、潜在意識を解放することは、無意識に行っていたんだと思う。
それにしても・・・ランドールさんには、辛い思いをさせてしまったのかのしれない。
だが、その俺の想いとは裏腹に、ランドールさんは万遍の笑顔をしていた。
よかった、よかった。
「じゃあちょっと試してみましょう」
「そうだね、まずはどれからにしようか?」
「そこの木なんかどうですか?」
俺は木材の切れ端を手渡した。
「これをどう加工するかをイメージして能力を発動してみてください」
「分かった、やってみよう」
ランドールさんは木材に集中している。
「『加工』」
とランドールさんが唱える。
すると木材が三つに分かれていた。
「成功ですか?」
木材を拾うとランドールさんが呟いた。
「だと思うが、木材の表面がイメージよりも荒いね」
「俺も始めはそうでしたよ、レベルが上がると表面がツルツルになる様になりますよ」
「そうか・・・あと思いの外神力の減りが多いね。これでは一日に仕える回数が限定されるな」
「使いどころを見極めないといけないようですね」
「そうだな、でもまずは能力の獲得を喜ぶとするよ、島野さんありがとう」
右手を指し出された。
勿論俺は握り返す。
俺達は力強い握手を交わした。
更に作業を進めて行く。
まずは一旦、寮の増築を行った。
今回の施設の運営に、従業員を増やさないといけないのは、目に見えている。
先にそちらに手を付けようということだ。
今後どれだけの従業員を増員するのかは、まだ決めていないが、多少多くても良いように、五十名が住める寮を建設することにした。
場所は現在の寮の隣である。
この寮の建設はとても早く行われた。
というのも『加工』を取得したランドールさんが、寮の建設の手伝いを、買って出てくれたからだった。
彼にしてみれば、一度造った寮の小規模サイズを、もう一度造るだけのことなので、なんてことはない作業だ。
更に当時の資料も残っていることから、お手の物だろう。
相当な急ピッチで作業は進められた。
だが、彼の本音は少し違っていたと思う。
『加工』を沢山試したいということなんだろうが、神力の量からいって乱発は出来ない。
けど俺が近くにいれば、どうにかなるだろうし、最悪サウナ島は外の場所よりも神気が濃いから、どうにかなると考えているのだろう。
詰まるところ『加工』のレベルアップ上げがしたいんだと思う。
俺としてはそれでも全く構わない。
そういった下心があっても一向に問題は無いのだ。
レベルアップに努めたい気持ちは充分に分かるし、実際彼にはもっとレベルアップして欲しいとすら思う。
彼がレベルアップするということは、今後の様々な建築物が早くて、良質な物になるということだからだ。
おそらく彼は、今はサウナ島に修業にやってきている気分なんだと思う。
実際そういった眼をしている。
エロ神モードは完全に封印し、真剣に作業に没頭しているのが分かる。
大いに結構だ。
ここは使わせて貰うほかない。
恩にきます。
次に取り掛ったのは、食堂兼宿泊施設の建設だ。
まず一階は食堂がメインとなっているが、入口を入って直ぐに受付がある。
この受付で手続きを行わないと、中には入れないことになる。
受付を通過すると、まずは更衣室に入ることが出来る。
ここで着替えを済ませてから、サウナに向かうことが出来るし、食堂に行くことも出来る造りとなっている。
そして二階と三階は宿泊施設となっており、一部屋で最大四名が寝泊り出来ることになっている。
部屋の数は十部屋だ。
最大で四十名が寝泊り出来ることになる。
少ないのでは?と思われるかもしれないが、日帰りの方もいることだろうし、これぐらいが丁度いいと考えている。
それに宿泊料金は決して安くはしない予定だ。
五郎さん温泉旅館ほどは掛からないが、迎賓館のビジネスホテルほど、リーズナブルにするつもりはない。
どちらかというと、バカンスに使って貰うという方が、意味合いが近いと思われる為、その様にしようと考えた。
宿泊部屋には二段ベットが二つと、遊び心を擽る設備にしており、談笑が出来るテーブルも設置されている。
俺は二段ベッドを使ったことは無いが、寮生活のようで楽しんで貰えることだろう。
そして外周を簡単な木の枠で囲っていく。
特に測量や、丁張などは張らず、手作り感満載の木枠だ。
ぱっと見、素人の手作り感をあえて演出している。
木枠は当初無くても良いかと考えていたが、獣が紛れ込む可能性がゼロでは無い為、止む無く造ることにした。
最後に、入島受付までの道を石畳みで繋げて、完成と相成った。
「サウナ好きのサウナ好きによるサウナ施設」
俺はこの施設を、
「サウナビレッジ」
と名付けることにした。
自然の中で、ただ単にサウナを楽しむ。
贅沢な時間を過ごして欲しいと思う。
ある人は、自分自身の人生を振り返る時間となるだろう。
ある人は、この先の人生を考える時間となるだろう。
サウナの可能性は無限大だ。
大いに整って頂きたい。
俺ももちろん整わせていただくけどね。
サウナビレッジ、よろしくお願い致します!
まずは身内で、サウナビレッジを堪能することにした。
営業を開始するのはまだまだ先だ。
施設自体は造ったが、備品などは持ち込んでいない。
ここからは時間が掛かる作業が多いし、従業員をどうするかもこれからである。
俺は新しいサウナを、まずはじっくりと堪能したい。
今日は三種類のサウナを二セットづつは行いたい。
俺は旧メンバーに声を掛けて、サウナビレッジのサウナに入ることにした。
神様ズはどうせ遠慮なく混ざってくるだろう。
あの人達は外っておけばいい。
気を使う必要は全くない。
好きにしてくれればいい。
メルルには適当に食べ物と、飲み物を準備してくれとお願いしてある。
エルと一緒に携帯用のなんちゃって冷蔵庫に、いろいろと詰めていた。
ギルとノンには既に、サウナの火入れは指示してあり、アロマ水も準備してある。
ポンチョとサンダルに関しては、既に手配してある為、メルラドの服屋にマークが取りに行っている。
まずは一通り巡回して、サウナビレッジを見て周る。
個人的な感想になるのだが、何といってもこの手作り感がいい。
村と形容するにはぴったりだ。
森の中に佇むロッジ風のサウナ達、心が踊る。
ギルからそろそろいいよと『念話』が入った為、まずは更衣室で水着に着替えた。
水着着用のサウナは久しぶりだ。
期待で胸が高まる。
ちょうどマークがポンチョとサンダルを持ってきた為、受け取ると、タオルを持ってサウナに向かった。
その道すがら、皆には好きにしていいからなと声をかけて行く。
最初にシャワーを浴びて、体を洗う。
これは当たり前のマナー。
まず俺は九十度のサウナから入ることにした。
サウナ室の入口にポンチョとサンダルを置いて、アロマ水の入ったバケツと柄杓を持って中に入る。
俺はこのサウナの最初の利用者だ。
今後ともよろしくお願いしますと、俺はサウナに一礼した。
サウナ室に入ると、まだ木の香りが充満していた。
これがアロマの匂いに包まれるサウナになるのだろう。
俺はサウナ一号機を思い出していた。
彼を今は五郎さんが使ってくれている。
はやり少人数で入れるサウナは良い。
スーパー銭湯が出来る前までは、少人数用のサウナを使っていたからか、懐かしさがある。
とてもいい雰囲気だ。
パフォーマンスも悪くない、まだ入って三分と経ってはいないが、汗をかきだしている。
とてもいい感じだ。
雑多な雰囲気が無く、自問自答を行うには打って付けだな。
スーパー銭湯のサウナではこうはいかない。
どうしても周りに目が行きがちだ。
するとギルがサウナ室に入ってきた。
「パパが一番乗り?」
「そうだ、役得だろ?」
「なんか昔のサウナを思い出すね」
「そうだな」
「スーパー銭湯のサウナもいいけど、これもやっぱりいいね」
ギルの奴、分かってるじゃないか。もはやこいつも一端の上級サウナーだな。
「じゃあそろそろやろうか?」
と俺は柄杓を握り、アロマ水をサウナストーンにかけた。
アロマ水が音を立てて蒸気に変わっていく。
これはレモンの香りだな、いいね。
湿度が上がって、一気に体感温度を上げていく。
ああ・・・気持ちいい・・・
「おお・・・いいねー・・・」
ギルが呟いていた。
だいぶ汗をかいてきたな、でももう少し粘ろう。
そこにノンが入ってきた。
「あれ?ロウリュウやっちゃった?」
「ああ、さっきな」
「アウフグースする?」
「いや、いい。そろそろ俺は出るから」
「そう」
とノンは腰かけた。
「じゃあお先に」
と俺はサウナ室から出た。
サンダルを履いて、ポンチョを持って水風呂へと向かう。
ちょっと煩わしいな。
インフィニティーチェアーにポンチョを置いて、水風呂へと向かう。
サンダルを脱いで、掛け水を行う。
おお!思った以上に冷たいな。
一気に水風呂に入る。
「ああ・・・」
思わず声が漏れる。
身体から熱が奪われていく。
いいねー、気持ちいい。
最高だ!
水風呂を出てサンダルを履き、インフィニティーチェアーに向かう。
ポンチョを着て腰かける。
体重を後ろにかけて、一気に横になる。
「ふううー、これはこれでいいねー」
おじさんの独り言が木霊する。
って見た目は若いのか・・・
今回は敢えて、俺とギルの整い部屋は造っていない。
それは純粋にサウナを楽しもうと考えたからだ。
でもこれは・・・自己催眠に入らなくても、神気を吸収できそうだ。
ああ・・・やっぱりいい。
俺は整いを堪能した。
余韻も素晴らしい。
どうやら意識すること無く。神気を吸収できたようだ。
よし、今度は八十度のサウナだな!
俺はサウナビレッジを存分に堪能した。
今はサウナを終え、外気浴場で焚火を囲んでいる。
夕方になり、少し肌寒くなってきたからだ。
これはこれで良いものだ。
「島野さんどうぞ」
とランドがビールを持ってきていた。
「おお、ありがとう」
と俺はジョッキを受け取った。
「「乾杯!」」
ランドと乾杯した。
じっくりサウナ六セット明けのビール、最高だな。
のど越したるやいなや・・・ああ、身体に染み渡る。
充実感が半端ないな。
至極の一杯だ。
「昔のサウナを思い出しましたよ」
こいつもか、まあ皆なそうなんだろうな。
「分かるぞ」
「ですよね、これはこれで俺は好きですね」
続々と皆なが集まり出した。
ちょっとしたキャンプだなこれは。
「島野さん、こうなったらバーベキューにします?バーべキューコンロを持ってくれば直ぐですし」
メルルからの提案だ。
「ああ、任せるよ」
「じゃあ準備しますね、エル、ギル手伝って?」
「分かった」
「ですの」
と三人はバーベキューの準備に向かった。
眼の前の焚火に俺は眼を奪われていた。
外の皆なも、ゆっくりとしている。
不意にロンメルが問いかけて来た。
「なあ旦那、この施設は誰が面倒みるんだ?」
「ああそれか、サウナビレッジはマークに任せるよ」
「俺ですか?」
「そうだ、迎賓館はロンメルが仕切ってくれ」
「そうか分かった。サウナビレッジは旦那の肝いりだ、リーダーがやるべきだろうな」
「そうなのか?」
「妥当な人選だと思うぜ」
「そうだ、とは言っても立ち上げは俺も手伝うから、安心してくれ。あとついでに言っておくと、マークとランドは副社長も兼任してくれ。お前らは昇進だ!」
「嘘でしょ?!」
「マジかよ!」
と二人は驚いている。
だがこれは前々から考えていたことだった。
今はのんびりとしているが、いつかは俺は、北半球に乗り込まなければいけない。
何も情報の無い今の状況としては、万が一を考えなければいけない。
それに聖獣勢は経営には向いていないし、北半球に向かうとなったら、付いてくるというに決まっている。
「そんな・・・本当によろしいのですか?」
「そうですよ、俺達じゃなくても、ゴンとかギルとか・・・」
「よく考えてくれよ、ゴンもギルも柄じゃないだろ?それにノンなんて絶対に向かないし、エルもレケもそうだろ?」
「まあ、そうだろうな」
とロンメルも同意見のようだ。
「お前達は神様ズからも顔が売れてるし、問題ないだろう?なんだ?断るつもりなのか?」
「ちょっと、それはないでしょう!受けるに決まってますよ!」
「そうですよ、やりますよ!」
「だったらこの不毛なやり取りはなんなんだよ?」
とロンメルがツッコんでいる。
まあ、多少は驚いたんだろうが、謙虚さが先だったということだろうな。
こいつららしいな。
「じゃあそういうことで、あとロンメルとメルルも昇進だ。お前らは専務だ。よろしく頼むぞ」
「ああ、分かったぜ」
ロンメルは謙虚さを見せないみたいだ。
まあこいつらしくて分かりやすいな。
「お前達は昇格に伴って給料も増えるから、今度俺に奢るようにな」
「やった!」
「もちろんです!」
「ちゃっかりしてんな、旦那は」
と嬉しさを隠すことは無かったようだ。
そうこうしていると、バーベキューが始まった。
案の定、神様ズが乱入してきた。
神様ズはサウナを後日じっくりと堪能したいと、ちゃっかりと予約していた。
ご自由にどうぞ。
サウナを楽しんでくださいな。
どうぞ骨抜きになってくれ。
やれやれだ。
俺はマークと打ち合わせを行っている。
サウナビレッジの運営についてだ。
まずは人材をどうするのか?というところだ。
話し合う順番としては人・物・金と言ったところか。
まぁ前後しても構わないが。
「マーク実はな、声を掛けたい人材がいるんだ」
「へえー、島野さんが目を付けるって、相当使える人材なんでしょうね?」
「ああ、あいつらは使えると思う。特にリーダーのドリルは空気が読めるし、逸材だな。他にもダノンとサルーも、仕事が出来るタイプだな」
「そうですか」
「あいつらは確か・・・餅・・・いやブルーエッグだったな」
「餅?」
どうしても餅ハンターとしての印象が強い。
餅ハンター改め、ブルーエッグだ。
そうだブルーエッグ・・・覚えれたかな?たぶん・・・
餅の印象が強すぎるよ。
「そこは忘れてくれ。あいつらは二日に一度はスーパー銭湯に来てるみたいだから、俺から声を掛けてみるよ。でもあいつらが、ここで働くことになるかは分からないけどな」
「そうですか・・・ではそこは島野さんに任せます」
俺は確信があった。
前にブルーエッグと話をしていた時に、あいつらはサウナにド嵌りしていて、ダンジョンで得た儲けを、全てサウナに費やしていると言っていた。
更にここで働きたいと漏らしていたからな。
まあ最終的にはどうなるかは、話してみないと分からないけどね。
「それで、外はどうしますか?」
「また客から募集するか?」
「そうですね、それがいいでしょう」
「出来ればサウナ好きな奴に拘りたいな」
「ですね、サウナビレッジですからね。サウナ好き以外は考えられんでしょう」
「後は厨房は、マット君に任せようと思うがどうだ?」
「マットなら問題ないでしょう、ただメルルが何というかは、聞いてみないと分からないですけど」
「メルルなら大丈夫だろう、料理班はめきめきと育っていると言っていたからな」
「そうですか、じゃあ大丈夫でしょう」
「何人雇うかだが、全員で三十名ぐらいでどうだ?」
「多くないですか?」
「いやサウナビレッジに雇うのは二十五名ぐらいで、あとは外の部署に補充したらどうかと思うがどうだ?」
「そうですね、何処に補充しますか?」
「それは今度の会議で聞いてみよう」
「分かりました」
「料金とかはどうしますか?」
「料金もそうだが、今回は時間制も導入しようと考えている」
「時間制ですか?」
「そうだ、朝から終日いられるのもどうかと思ってな」
「なるほど、スーパー銭湯とは、棲み分けを行うということですね」
「それもあるが、サウナビレッジは収容人数を敢えて絞っているだろ?でも出来る限り多くの人に、使って欲しいとも思うんだ」
「・・・」
「だから時間制を導入してみようということさ」
「そうですか、そうなるとどれぐらいの時間にしますか?」
「そうだな、三時間ぐらいでどうだろうか?」
「それは受付から退店するまでですか?」
「そうだ」
「個人的には食事と、少しゆっくりすることを考えると、もう一時間ぐらいは欲しいところですね」
「そうか、そうするか?じゃあ四時間制にして、泊りの客に関してはフリーにするってことでどうだ?」
「そうですね、そうなるとほとんどの客が、泊まりになりませんか?」
「そこは泊りの客は、最大でも四十名だから大丈夫じゃないか?」
「確かに」
「最大の収容人数を百名にすれば、じっくりとサウナを堪能してもらえると思うがどうだろうか?」
「その人数ならじっくりと出来そうですね、たまに渋滞はするかもしれませんけど」
「そこはどうにかなるだろう、あとサウナビレッジは完全予約制にするつもりだ」
「随分強気ですね?」
「そうか?」
「そうですよ、完全予約って、そこまでして客は集まりますかね?」
「どうかな?俺としては別にここで、収益を得ようとは考えていないからな」
「そうですか、そういう考えならば、いいかもしれませんが」
「というよりは、サウナをこの日は楽しみたいと、その日に向けて仕事を頑張ろう、という客が結構いるような気がするけどな」
「それは分からなくはないですね」
「あと、ちょっと心苦しいが、ここは従業員の福利厚生には含めたくないな」
「ですね、そうしないと夜は従業員で、いっぱいになりますからね」
「でも、休日に予約を取って利用する分には構わないけどな、ちゃんと料金は貰うけど」
「それはそうでしょう、社員割引もいらないでしょう」
「そうしないと、従業員の保養所になりかねないしな」
「全くです」
「あとは料金ですが、どうしますか?」
「そうだな・・・まずは四時間で銀貨三十枚、泊りは金貨一枚でどうだ?」
「うーん、悩ましいですね」
「この世界の水準としてはちょっと高めだが、それぐらいでいいと俺は思うんだ。それぐらいの価値が、サウナビレッジにはあると俺は思っている」
「そうですか・・・ではそうしましょうか」
「そう構えなくてもいいだろう、それにこの世界にも、サウナ文化が随分根付いている様だし、成るようになるさ」
「それでしたら、いいんですけどね」
マークは真面目だな。
まあ、それがこいつの良いところなんだけどね。
「後は設備だが、厨房は俺とマット君で造っていくよ、備品については任せるが、出来るだけ手作り感のある物に拘ってくれ」
「手作り感ですか?」
「そうだ、高級感は一切いらない。田舎の村をイメージしたいからな」
「なるほど、そういうことですね」
「落ち着く感じが欲しいんだ、だからテーブルとかは木とかの方が良いかもしれないな」
「そうなりますね」
「一先ずはそんなところだな、後は追々詰めていこう」
「分かりました」
その後スーパー銭湯に行くと、案の定ブルーエッグがいたので誘ってみた。
すると、無茶無茶喜ばれた。
サルーに至っては、
「サウナ島に永久就職します!」
と泣いていた。
サウナ島と結婚するつもりか?
そんなになのか?
こちらとしては嬉しいのだが・・・
メルルにマット君の異動について話すと。
「いいですよ、あの子は厨房を仕切れるレベルに達していますので」
と快く受け入れてくれた。
俺はその足でマット君の元に向かい、異動を告げた。
「ほんとですか?ありがとうございます!」
とマット君はガッツポーズを決めていた。
皆な前向きで助かります。
俺はマット君と厨房の作成を行っている。
今回の厨房では、魔道具を大いに使うことになった。
実験的な意味合いもある。
まずはコンロだ。
魔道具のコンロは、親父さんに手伝って貰って、造ることにした。
日本の簡易コンロを参考に、親父さんと開発を進めていく。
親父さんは魔道具の作成にも高い知識を持っており、大いに助かった。
そして換気扇も魔石を埋め込み、常時換気を行う事になっている。
今では魔石と神石は充分の数を確保できている。
魔石は魔獣の森で、ノンとギルが確保してきているし。
神石に関しては、ランドールさんが役立ててくれと、たくさん寄贈してくれていた。
大いに助かっている。
まあ今回に関しては、神石は必要無いのだが・・・
厨房の作りに関しては、極力マット君の意見を取り入れるようにした。
実際に働く者の意見を参考にした方が、良いに決まっている。
そしてマット君からは、意外な申し入れがあった。
それは婚約者がマット君にはおり、一緒に働かせて貰えないかというものだった。
リア充かよ・・・
将来を見越して、連れ合いにも料理を学ばせたいということだった。
まあ好きにしてくれ。
そう言われれば断れる訳がない。
マット君には独立という夢があるのだから、協力しない訳にはいかない。
そして厨房が出来上がると、今度は新メニューの開発に着手した。
というのも、ここではサ飯を提供しようと考えたからだ。
俺の趣味ではないのだが、日本でウケているということは、何かしらの理由があるのではないか?と思ったからだ。
どうしても俺には体を綺麗にした後に、また汗をかくことに抵抗があるのだが・・・
俺の趣味を押し付けるのは良くない。
ここは俺以外の者達の反応を見てみようと思う。
「マット君、新メニューだが、辛い物を中心に行おうと考えている」
「辛い料理ですか?」
「そうだ、俺のいた異世界ではサ飯というんだが、サウナ明けに辛い料理を食べるのが流行っているんだ」
「へえー、そうなんですね。でも何となく分かる気がします」
「そうなのか?」
「はい、サウナ明けには塩分が欲しくなるので、それならば汗をまたかける辛い物を、食べたくなるのは理解できます」
へえー、そうなんだ。
「それに実際、スーパー銭湯の一番人気のメニューは、不動のカツカレーですしね」
「それはそうだが・・・」
確かに実績を兼ね備えているな。
そう言われてみればそうだな。
それにサウナ明けは妙に腹が空くしな。
「そこで俺からいつくか新メニューを伝授する、心して掛かってくれ」
「了解です!」
とマット君は期待に満ちた眼差しをしていた。
俺はまず麻婆豆腐を伝授した。
それも山椒を効かせまくった一品だ。
鼻から抜ける山椒の香りが辛さを助長させる。
「こ、これは・・・山椒のピリッとした辛さが舌に残って癖になりますね」
「だろ?これを米にかけて、マーボー飯として提供しようと考えている」
「お米に合うのは間違いないですね、辛さをマイルドにしてくれるでしょうし」
流石はマット君だ、分かっているな。
マーボー飯は大いにウケるだろう。
そして俺は次に、台湾ラーメンを作った。
台湾ミンチが程よい辛さを引き出している、それにニンニクは増し増しだ。
「おお!これは後を引く辛さです!凄い!こんな料理があったとは」
マット君は一気に平らげていた。
その気持ちはよく分かる。
台湾ラーメンは癖になるよね。
台湾ミンチをちゃんと漏れなく食べれる様に、俺は穴あきスプーンを大量に作成した。
台湾ミンチを全部食べ切るにはこれは必須だ。
無くてはならないとも言える。
そして俺の拘りのスパイシーピザを作った。
これはチリソースをベースに、唐辛子を練り込んだソーセージとハラピーニョ、そしてアンチョビをトッピングしたピザだ。
俺はハラピーニョの辛さが好きだ。
某バーガー店のスパイシーチリドッグに、トッピングされている、ハラピーニョを始めて食した時の衝撃は、今でも忘れない。
こんな辛さがあるのかと、連日リピートしたことを覚えている。
これにマット君は大興奮していた。
「この辛さは異次元です!」
と少々分かりづらい食リポをしていた。
まあ気に入ってくれたということだろう。
そして更に、石焼きチーズカレーを伝授した。
表面をカリっと焼き上げる、このチーズカレーにマット君は唸りまくっていた。
「チーズをこんに感じる料理は始めてです」
とのことだった。
いやピザがあるだろう、とはツッコまなかった。
マット君のケアレスミスという事で・・・
最終的にこの四品を軸に、定番のカツカレーを加えたメニューを提供することにした。
ただ、辛い食事が苦手な人もいる為、通常の辛くないメニューも加えることにした。
だが塩分が過多の料理が多いのは、趣旨をちゃんと理解したマット君の考えだ。
特に塩おにぎりは、分かり易くてちょっと笑えた。
そして遂にある商品の作製に成功した。
それは『サ水』である。
とは言っても、分かり易いところのスポーツ飲料だ。
もっと分かり易く言えば、オロポのポの方である。
サウナ好きにしか通用しないかな?
ほんとはオロポを作りたかったが、オロの方が作れなかった。
小さな巨人は作るのが難しいということだ。
ネタが古くてすいません。
精神年齢が定年なもんで・・・
塩分と糖分のバランスに相当頭を悩ませた。
最終的には味の良しあしにまで拘り、これでどうだ!
という一品が完成した。
これは売れるだろう。
俺は『サ水』の満足感で整いそうだった。
かくして準備は進められていった。
再度マークと打ち合わせを行っている。
「人員に関しては、ほとんど完了しました」
「そうか、受け入れ態勢は問題ないか?」
「はい、ほとんどの者が既にサウナ島で住んでいます」
「なるほど、実際の業務についてはどうなんだ?」
「ほとんどの者がレクリエーションを終了し、後は配置を待つばかりです」
「そうか、じゃあ配置に着かせてくれ。いよいよプレで実施だな」
「ですね、プレはどうします?」
「そうだな、まず三日間は旧メンバーと神様ズで良いんじゃないか?神様ズに関しては勝手に使ってるんだろう?」
「はい、困ったことに、遠慮は全くありませんね」
「・・・」
あの人達は全く・・・
ちょっとは遠慮ってもんを覚えて欲しいものだ。
まあいいけど・・・
もう慣れたし。
「その後一週間は、休日の従業員達に客役をやって貰おう」
「そうしましょう、皆な喜びます」
「そうか、でも旧メンバーも、使いたい奴は使ってもいいぞ、人数的にもその方がいいだろうしな」
「そうですね、そうしましょう」
「神様ズはどうします?」
「好きにさせてやってくれ」
「ですね」
恐らくほぼ全員が入りにくるだろう。
既に何人かの神様ズが、そういった反応を示している。
それに本格稼働したら、神様ズでも予約をして、料金を払わないと使えないと宣告している。
そりゃあそうだろう、俺でも予約を取らなければ、入れないとしているのだ。
ここは役得は通じない。
特別配慮は俺であっても無しということだ。
その所為か、皆が皆こぞって、連日サウナビレッジに訪れている。
特にド嵌りしているのが、オズとガードナーで、本格稼働し出しても、週一はマストで通うと豪語していた。
後、余談として五郎さんが、従業員を数名連れて来ていいかと申し入れがあった。
外の神様ズには同行は許していない。
その理由は明らかで、何人連れてくるか分かったもんじゃないからだ。
スーパー銭湯のプレオープンで、俺は懲り懲りしている。
あの人達の遠慮の無さは、折紙付きだ。
だが五郎さんは別なのには理由がある。
それは温泉街『ゴロウ』でサウナを導入するという案が、浮上しているからだった。
俺は遠慮なくサウナ導入してくれと、五郎さんに話している。
そして、それをアドバイザーとして、サポートして欲しいと言われている。
遂に島野守プロデュースのサウナが、サウナ島以外の場所でもお披露目となるかもしれない。
俺は嬉しくて溜まらなかった。
今はどんなサウナにしようかと、思案中である。
いくつか案が既にあるのだが、サウナビレッジが一段落ついてから、話し合おうということになっている。
まだまだ楽しみがあるようだ。
嬉しいなー!
三日間のプレを終え、一度反省会を行うことになった。
「では皆さんお疲れ様」
場所はサウナビレッジの食堂だ。
「いつくかの意見を元に、これから反省会を行う」
「「「はい!」」」
と良い返事が木霊する。
今回の募集倍率は、なんと五十倍という異例の数字を叩きだした。
面接官が足りなくなり、急遽ランドとロンメルにも手伝って貰う事態となっていた。
それを潜り抜けた精鋭達である。
皆が皆、優秀で助かる。
それにサウナジャンキーが、ここまでいたのかと、俺は嬉しくもあった。
面接に訪れた者達の多くがサウナ愛を語り、俺はそれに耳を傾けた。
頷ける話がほとんどだった。
是非サウナフレンズになりたいものだ。
そして数名から、俺はサウナの神様であると、大衆に言われていることを知った。
悪い気はしなかった、というより本位である。
サウナの神様・・・照れるじゃないか。
でも厳密には全くもって違うのだが、気が大きくなった俺は、敢えて否定しないでいた。
だって嬉しいんだもん。
俺はアンケート用紙に目を通した。
「まずはサウナの温度が、思いの外低かったように感じたという意見だ、温度管理班どうだ?」
ブルーエッグのドリルが手を挙げる。
「どうしても、扉の開閉が多いと温度が落ちるようです」
「そうか・・・二重扉に変えるか?どう思うマーク?」
「スーパー銭湯の二重扉と同じにするということですよね?温度管理という点では良いと思いますが、手作り感からはちょっと離れる気がします」
「そうだよな・・・そこは譲れないな・・・ドリル、温度管理の見回りを倍に出来るか?」
「多分問題ないかと・・・」
「じゃあ、一先ずはそれで様子見だな」
「はい、分かりました」
「次に・・・これは要らんな」
その意見は台湾ラーメンが辛すぎるという意見だった。
この文字は・・・ノンだな。
無視でいいだろう。
あいつは何がしたいのだか・・・
よく分からん。
「今度は清掃に関してだ、外気浴場の地面の土がむき出しなのが気になる、という意見だ。お前達はどう思う?」
ダノンが手を挙げる。
「これは私の意見ですが、水風呂の後にはどうしても水が身体に着くので、ポンチョを着ても地面が濡れて、ビショビショになってしまいます。それはそれで気持ちは分かりますが、自然の中でサウナを楽しむ、というコンセプトを考えると、それすら楽しんでくれと思うのですが、いかがでしょうか?」
「うーん、その意見は妥当だが、実は俺もこれに関しては思った部分だから、石畳みを敷こうと思う、ダノン良い意見だ、ありがとう。マーク明日には対応を始めるぞ」
「了解です、この中でも手の空いた者は手伝うように」
「「「はい!」」」
このようにして反省会は行われていった。
五郎さんが従業員を連れてやってきた。
案の定大将も紛れていた。
俺は絶対に大将が来ると思っていた。
大将は当然のように厨房に入り、マット君と新メニューについて話をしていた。
大将はハラピーニョに目を付けたご様子で。
「島野さん、このハラピーニョは仕入れできますよね?!」
と大興奮していた。
まったくこの人はブレないな。
関心するよ、全く。
料理馬鹿一筋だ。
好きにしてください。
「それで、五郎さん。サウナ計画はその後どんな感じですか?」
「サウナを導入することは、概ね了承なんだがな。今のお前えから貰ったサウナや、ここのサウナと同じじゃ面白くねえだろ?どうしたもんかと思ってな」
「それなら俺が良いアイデアがありますので、任せてください」
「そうなのか?」
「こことも被らない、斬新なサウナをプロデュースしますよ」
「本当か?なら島野に任せるか?」
「ありがとうございます」
「お前え以上にサウナを知り尽くしている奴はいねえからな、それに島野が知恵を貸してくれたと言えば、宣伝効果にもなるってなもんよ」
「ハハハ、そうですね。どうやら巷では俺は、サウナの神様って言われてるみたいですからね」
「らしいな、笑ったぞ!」
ですよねー。
「まあ、本格稼働は落ち着いてからになりますが、任せてください」
「ああ、期待してるぞ!」
と五郎さんの温泉街にも、サウナ文化は広がりつつあるようで俺は嬉しかった。
その後、従業員達のプレを経て、サウナビレッジの最終調整が行われていった。
最後にサウナビレッジの従業員達が、自分達で使ってみるという過程を、今は行っている。
やはり自分達で使ってみると、感じるものがあるだろうということだ。
そしてその効果は絶大で、ほぼ全ての従業員達が、感じるものがあったようで。
顔つきが変わっていた。
そもそもサウナを好きな者達だから、尚更だろう。
ほとんどの従業員から、
「島野さん、サウナビレッジは最高です!」
「俺はここに就職が出来て光栄です!」
「サウナは宇宙です!」
と声を掛けられた。
まあ、頑張って欲しいものだ。
さて、いよいよ明日から予約受付となるが、どうなることだか・・・
俺は期待と不安が入り混じった想いを抱えていた。