現在の暮らしぶりについて話をしよう。
日々満たされていると言える。
何一つ不満なんてない。
こんなこと言ったら罰が当たるかもしれないが、実際そうなのだから許して欲しい。

不満というと、強いていえば時々やってくる、無茶を言う商人の相手をしなければならないことぐらいだ。
まあ、暇つぶしにはなっているからいいのだが。
いい加減扱いにも慣れて来た。
体よく愛想笑いをして、少し威圧を目に宿しながら相槌を打つと、たいていは帰っていく様になった。
どこでどういった噂が流れているのか、俺は怒らせてはいけない人というレッテルを張られているらしい。
それでもこの様に無茶をいう商人が現れるのだから、何とも御し難い。
商魂逞しいとしておこう。



朝起きたら、浜辺の散歩。
今では大所帯だ。
俺に付き会って散歩をする従業員が多い。
好きにしてくれればいいのだが、多分そう言ったら。
自分たちの意思でそうしていると言われてしまうだろう。
であれば、それはそれでいい。

朝飯を済ませたら、歯を磨いて出勤。
服装は適当。
間違ってもスーツにネクタイなんてことは無い。
この好きな服で出勤出来ることは地味に嬉しい。
俺は背広に疲れてしまっていたということだと思う。
服装に特に拘りもなければ、気にすることもない。

前にオリビアさんから、
「守さんはもっと派手な服装が似合うと思うな」
とメルラドの服屋で派手な服を勧められたが、趣味ではなかった為、止めてくことにした。

隣にいたリチャードさんからは、
「オリビア様から勧められて、購入しなかった人は始めてかもしれない」
と驚愕されてしまったのだが、これはなんだったのかと思える出来事だった。

俺は要らない物を買うことはしない主義なので、勘弁して欲しい。
俺にとって勧められたから買うという選択肢は、無いのだからしょうがない。
それに派手な服はそもそも苦手だ。
目立つことはあまり好きではない。
趣味ではありませんということだ。
これで矛を収めて欲しい。

出勤したら、社長室にて報告書に目を通す。
そこに気になることがあれば、現場に出向いて状況を確認するが。
今ではそんなことはほとんどない。
更にブラッシュアップされているということだ。

お客様アンケートも引き続き行っており、これを確認するのが俺の趣味といえるのかもしれない。
概ね好意的な内容がほとんどだが、中には気づかされる意見もまだまだある。
最近で一番気になった意見は、大食堂の食事のレシピを公開して欲しい、という意見だったのだが。

俺は良いじゃないかと、メルルに意見を求めにいったが、
「お願いだから辞めてください!」
と言われてしまった。
もはや一流料理人としての彼女の意見は絶大で、聞かない訳にはいかなかった。

彼女曰く、
「味を知りたければ、盗みに来い!」
ということだった。

一流ラーメン店の店主を彷彿とさせる意見に、俺は賛同するしかなかった。
一理あると、認めざるを得ない。
メルルの迫力たるや否や・・・
おー、怖!

そして俺は来客は基本的に、午前中にしか受け入れない方針の為、来客があったら対応することになる。
現在では、来客のほとんどが雇って欲しいという者達が多い。
申し訳ないとは思うのだが、残念ながらご縁がなかったと、全員引き取って貰っているのが現状。
過剰人員を雇う程、俺もお気楽では無い。

利益は相変わらず鰻登りだが、要らないものは要らないのだらからどうしようも無いのが現状だ。
無駄な人員は不要ということ。
中にはこんな経歴ですと、履歴書持参でアピールする者や、推薦状を持参する者もいる。
推薦状に関しては、そもそも推薦者を俺は知らないので、勝手に推薦されても困るだけである。
恐らく過去に面談した誰かだろうが、知らないものは知らない。
いい迷惑である。
いい加減止めて欲しい。
神様ズや、俺のよく知る人達で、推薦状など書く人は一人も居ないことは分かっているし、彼らが本当に推薦するのなら、こんな面倒なことはせずに直接言ってくるに決まっている。
遠慮がない人達が大半だしね。
それはそれで問題なのだが・・・
必死な気持ちは受け止めるが、それまでということだ。
お気持ちだけ受け取っておきます。

島野商事の従業員の満足度は相当に高いようだ。
中にはこのサウナ島で働けることは、ステータスだ。
と言う者達もいるようで、こちらとしては鼻が高くなる。
実にありがたいことだ。

これまでに、退職者は一人もいない。
現在の島野商事の従業員数は、二百五十人を少し下回るぐらいだが、これが日本であれば異例中の異例である。
賞賛されること間違いなしだ。
テレビの取材が来てもおかしくないレベルだ。
これだけの人数の従業員を抱えていて、退職者が一人もいないなんてことは常識ではありえないことである。
過去にも聞いたことがない事態だ。
その要因の一つは、恐らく福利厚生ではないかと俺は勝手に考えている。
今まで聞いてきたこの世界の職場環境としては、寮があり、三食付いていて、風呂も無料で入れる職場は皆無だった。
さらにビールが二杯までは無料というおまけが、駄目押しとなっているのではないかと考えている。
まあ、旧メンバーからも散々待遇が良すぎると言われてきたから、実際そうなんだろうと思う。

それにいろいろ聞く限り、この世界の常識として朝食は無いものらしい。
だが俺の知る限り、朝食を取ることは重要な健康管理だという認識がある。
それをこの世界の人達は理解していないのだろうか・・・
たぶんそういった知識がないのだろう。

五郎さんの温泉街では普通に朝食を提供していたな・・・
まあ、今さら三食を変える必要も無いし、変えるつもりも無いのだが・・・
従業員満足度が高いことは良い事で、今後もそうあって欲しいと思う。
嬉しい限りだ。
満足度が高いということは、やりがいを感じて仕事をしてくれている、ということだろうしね。
やる気を持って仕事が出来ているということだろう。

でもいつかは独立したり、退職を申し入れる者もいるだろうが、その時はそれを受け入れるしかないと思う。
というよりそうありたいと思う。
特に独立したいという想いを持って働いてくれている、マット君なんかは実力をつけて巣立って欲しいと思う。
独立の際には、俺は全力でサポートをしたいと考えている。
職業選択の自由はあって当然ということだ。

それにしても、利益の鰻登りに関しては頭痛の種でもある。
またエンゾさんから、懇々と経済を周せ、と叱られるのではないかと冷や冷やしているのだ。
結局クルーザーの購入金額も、万能鉱石をふんだんに使ったが、たいした出費にならなかったし、マウンテンバイクの出費も微々たるものでしかなかった。
そもそも質素倹約を行ってきた俺としては、大きな出費をすることはハードルが高いのだ。
どうにかしたいのだが・・・

エンゾさんを見る度に、ビクついてしまう俺は小市民だな。
何とかならない物なんだろうか・・・
やれやれだ。

そういえば、話は脱線するが、遂に豚骨ラーメンが完成した。
今では一番人気のあるラーメンとなっている。
豚骨シャーシュー麺が最も売れている。
トッピングはネギに、紅ショウガだ。
完成には構想からなんと、三ヶ月も掛かってしまった。
ラーメンは奥深い。
今後も改良は必要だ。

話しを戻そう。
まあ、こんな感じで午前中が終わり、昼食を挟んで午後を迎える。
午後からはフリーと言っても過言では無いが、週に一度はちゃんと仕事をしている。
それは俺の能力でしか出来ない仕上げを行う業務だ。
特にアルコール類や、調味料などの仕上げを行う作業だ。
いい加減これも引き継ぎたいのだが、現状ではそれは叶わない。
『熟成』魔法が無いのだからどうしようも無い。
『熟成』無しで作ってみるのもありなのだが、能力をもっているのだから、使わない手はないだろう。
それに時間があまりにかかる。

少し話は変わるが、スーパー銭湯に定休日を設けようかという事を検討してみたことがあった。
五郎さんはどうしているのかと、尋ねてみたが。
「温泉街は公衆浴場の側面もあるから、休む訳にはいくめえ」
と回答されてしまった。

確かにその通りだ。
特にこの世界の人達は風呂を持っていない人が大半だ。
流石は温泉街の神様だ。
利用者を優先に考えるということだ。
その言を受けて、スーパー銭湯の定休日は設けないことにした。
でも年に一度ぐらいはどうかとは考えている。

実は社員旅行に行きたいと思っているのだ。
場所は温泉街『ゴロウ』
泊りで行くとなると、ここしかない。
従業員を労ってやりたいし、大きな買い物になるのではないかと考えたからだ。
人数が多い為、前もって計画して、五郎さんに相談する予定だ。
その際は温泉街『ゴロウ』を貸し切りにすることになると思う。
社員旅行は是非行いたい。
あと忘年会もね。

あと最近少し取り組みだしたのは、季節感を演出できないかということだった。
切っ掛けは十二月に入ったからだ。
イベントが多い月に、何か出来ないかと考えたからだ。
まずは、桜の木を万能種で植えた。
春には桜を見てみたい。
俺としては桜見がしたい。
場所はキャンプ場だ。
ここならば、花見が可能だ。

さらに銀杏の木を植えた。
こちらも紅葉が見ものだ。
銀杏も取れるし、理に敵っていると言える。
ただこのサウナ島は気温の変化があまりない為、ちゃんと季節にあった花の付き方をするのかは、実際に咲いてみないと分からないのだが、何とかなるだろう。
と安易に考えている。

そして、年末年始は特別なイベントを行う予定だ。
詳細は後日ということで勘弁して欲しい。
だいたい想像は着くと思うのだが・・・
けどクリスマスは行わない。
神様が顕現しているこの世界には似合わないだろう。

午後からの俺の過ごし方はその日によって違うが、一番多いのは野球に誘われることが多い。
マークが休みの日は決まってお昼時に誘いにくる。
マークは現在『島野サウナーズ』の選手であり、キャプテンだ。
そして俺は、俺の意思とは関係なく、選手権監督をさせられている。
そもそも勝手に『島野サウナーズ』と俺の名前を使われている。
何故にというところなのだが・・・

そして『山野オンセンズ』との試合を行うことになっており、相手チームの監督はもちろん五郎さんだ。
五郎さんは、選手は行わない。
やればいいと思うのだが、
「儂は走ったり、飛んだりはごめんだ」
と言っていたが、飛ぶことはないと思うのだが・・・

前に一度試合を行った時には、五郎さんの監督としての采配は素晴らしかったと言っておこう。
とにかく裏をかいてくる。
ここでバントは無いだろうというタイミングで仕掛けてくる。
まるで山師だ。
だが『島野サウナーズ』は負けることは無かった。
『島野サウナーズ』は盤石だ。

そして残念なことに、俺はほとんど試合には出しては貰えなくなってしまった。
以前マークから、
「島野さんが試合に出ると、試合がワンサイドゲームになって、試合が成立しなくなる」
と言われてしまった。

「島野さんはここぞという時の切り札としてお願いします」
と体良く、お預けされてしまったということだ。

その為、今はほとんど監督として指揮することしか出来なくなってしまった。
そもそも俺が監督の筈なのだが・・・
何故だ?
そう言われてしまえば、しょうがないと飲みこむしかない。
俺は監督業に専念することになったのだった。

それにしても『島野サウナーズ』はそもそもズルい。
というか反則だ。
外野に飛行能力を持った、ギルとエルがいる時点で相手チームのホームランはあり得ないのだ。
俺もそうだが、この二人も選手にするのは考えものだと思う。
五郎さんから抗議がありそうなものだが、ギルのこととなると優しくなる五郎さんからは抗議はない。
祖父は孫に甘いということだろう。
これには俺も意見を言う事すら憚られる。
やれやれだ。
ほんとにこれでいいのだろうか?
先が思いやられる・・・

次に俺を誘いに来るのはランドだ。
こちらはバスケットボールだ。
こちらも勝手に『島野ブルズ』と、俺の名を冠するチームを結成しており、俺はこちらでも監督をすることになっている。

まあ、ランドに関しては長い事俺の指導を受けていたこともあり、今ではバスケットボールプレイヤーとしてのポテンシャルも高い。
俺としては監督業も板に付いている始末だ。
ただ、野球と違ってこちらは選手としても俺は現役である。

理由は簡単で、相手チームが強力だからだ。
バスケットボールは特に、大工の街ボルンとの対抗戦が熱を帯びている。
『ボルンレイカーズ』は強敵だ。
二メートル越えの選手が多く、また大工達は手先が器用なせいか、ボールの扱いが上手い。
毎回接戦となっている。
それに何度か負けたこともある。

ランドに続いて頑張っているのがリンちゃんで、大きな身体を生かしてチームを盛り立てている。
そのリンちゃんの出身地のメッサーラには『メッサーラサンズ』があり、こちらは全員巨人族のチーム。
それは強いに決まっている。
全員二メートル越えの選手しかいない。
もはや反則だ。
ちなみにこのチームのキャプテンは、リンちゃんのお兄さんのバット君である。
リンとバットって・・・
あの漫画を転写して無くてよかったと思う。
世紀末・・・

そして、バスケットゴールは、今では俺が訪れたほとんどの街や、村に設置されている。
その為、ほとんどの街や村にバスケットボールチームがある。
ランドの普及活動が実ったということだろう。
特にボルンとメッサーラは、バスケットボール人気が高いと言える。
そりゃあそうだろうなと思わざるを得ない。
こいつらは押しなべて身長が高いのだから・・・

メルラドの服屋でも、バッシュが良く売れている。
微力ながらもゴムの木をサウナ島では提供している。
今ではいろいろなタイプのバスケットシューズがあり、普段から履いている人も見かけるほどだ。

ランドはどうしたら興行ができるかを必死に考えてるらしい。
ここまでこればあと一歩だ。
是非頑張ってみて欲しい。

そして、週に一度はメンテナンスの日としている。
この日にまず行うのは、紙を木から造ることから始める。
かなり大量に造っている。
これも俺にしか出来ない作業の為、しょうがない。
でも一本の木から相当数の紙が出来上がる為、作業的には大したことではない。
造った紙は備蓄倉庫にしまっておく。

そして生クリームを大量に作る。
その後、浄化池を見て周る。
今でもプルコは飼育してる為、大量発生していないかを確認する必要がある。
そして念のため、下に溜まった石やゴミを取り出しておく。
最近ではそれもほとんど無く、石などは溜まっていない。
誰かが代わりに作業を行ってくれている様だ。

是非お礼を言いたいものだが、誰が代わりをしてくれているのかは定かではない。
犯人探しをするものどうかと思い、捜索は止めている。
サウナ島は誰かの善意で成り立っているということだ。

その後、施設を全部見て回り、ほころびや傷などが無いかをチェックする。
メンテナンスが必要な個所を見つけたら、その場で補修を行う。
これまでに補修した箇所は少なく、簡単なものでしかなかった。
まだ一年も経っていないのだから、逆に補修箇所が多くあっては問題だ。
リコール問題となるしね。

この見回りをしている時に、従業員から声を掛けられることが多くある。
ほとんどが挨拶程度だが、中には相談に乗って欲しいという事もある。
相談の大半は仕事の内容についてで、作業の効率化といったことが多い。
皆さん仕事熱心で頭が下がります。

俺は各リーダー達に、従業員は全員、直接俺に意見させる様に伝えてある。
中には萎縮してしまう者もいるようだが、サウナ島では立場や地位は関係なくがモットーであり。
それは従業員達にも当てはまる。
その為、今では俺のことを社長と呼ばないことが徹底されている。
ほとんどの者が俺のことを島野さんという。

これまでと違い、従業員との心の距離が近くなったと感じている。
俺はヒプノセラピーを行う際にも、必ず相手の愛称を聞き出し、それで呼ぶ様にしている。
これは一気に心の距離を詰めるテクニックの一つで、通常の心理カウンセリングでも必ずおこなうことだ。
だが流石に俺に対して、敬語を使わない者は少ない。
TPOを弁えているということだろう。
皆さんとても優秀です。

砕けた物言いをするのは、ロンメルとレケぐらいだろうか?
ノンとギルとエルは・・・砕けて当たり前だな。
ゴンは相変わらずの優等生キャラなので、敬語であることが多い。
マークとランドは、何だかんだいっても敬語を使っている。
まあ旧メンバーは昔からのことなので、好きにしてくれればいいし、他の従業員達も敬語に拘ってくれなくてもいい。
好きにやってくれということだ。
まあそんな感じで日々を過ごしている。

あと余談として、管理チームから離れたメタンが、神社で神主を行うことになった。
妥当な判断だと思う。
それに本人経っての希望の為、断る理由はない。
これまで管理チームをサポートしてくれていたことに感謝だ。
メタンはある意味、神気減少問題の立役者だし。
こいつはもはや神気発生装置といえる。
実際このサウナ島の神気が濃いのは、もしかしたらこいつのお陰かもしれない。
この先も彼の聖者の祈りに期待することにしよう。



決まって休日は日本に帰り、日本で過ごしている。
一度だけ、ノンが同行したことがあったが、ノンは一日中を家の中で過ごし、そのほとんどがテレビを見ていた。
何となく帰ってきてみたかったんだろう。
特に外には出たいとも言わなかった。
外で獣化されたら大事になることも分かっているのだろう。

「やっぱり、サウナ島のほうが楽しいや」
とノンは言っていた。

ノンにとっては異世界の方が楽しいらしい。
その日の夜にはサウナ島に帰りたいと言い出したので、サウナ島に送ることになった。
俺は相変わらず、日本では朝から『おでんの湯』に行き、サウナを満喫している。
飯伏君を筆頭に、サウナフレンズとの交流を楽しんでいる。
先日の飯伏君はどこか元気がなかったので、

「何かあったのかい?」
と尋ねたところ。

「なかなか子供が出来なくて悩んでいるんですよ」
と、結構ヘビーな悩みを打ち明けられてしまった。
俺には妻がいないので、何とも回答に困った。
でも知っている知識だけはあったので、おこがましくも披露することにした。

「なんでも、私が通っていた接骨院の先生が言うには、一人目の子供が出来ない理由の大半は、精子に対してアレルギーを持っていることが原因らしいよ」

「そうなんですか?」

「らしいよ、その先生はちょっと変わった人でね、私は腰の治療に通っていたんだけど、アレルギーの治療も行っているんだよ」

「へえー」

「まあ何なら一度通ってみたらどうだい?」

「そうですね・・・」
イエスともノーとも言えない返事だな。
後は飯伏君が決めればいいことだ、この世界では子供がいない俺の言うことなんだから、信憑性に欠けると言えるだろう。
一応、接骨院の名前と場所は教えておいた。
彼の家庭に幸あれ。

昼前には家に帰り、昼飯を適当に済ませて、ビールを飲む。
二本ほど空けたところで眠くなり、昼寝をする。
夕方からは大体はサブスクの映画やドラマ、アニメを見て過ごす。
そして適当に料理をはじめるが、ここで日持ちのする様な料理はしない。
一週間空けてしまう為、煮込み系やシチューやカレーはご法度だ。
大抵は炒めもので済ましてしまうことが多い。

たまに買い物ついでに総菜を買って帰ってくる。
夜には晩酌を始めて、サブスクを見ることを再開する、
気が付くとソファーで眠ってしまうことが多い。
不健全な暮らしぶりだとは思うが、この暮らしが俺には大事な時間だ。
これで心が充電できた気分になる。

気分というのは大事で、これ一つで成果や結果が変わることがあるのを俺は知っている。
なにより、休日を過ごしたと実感が持てる。
そんな暮らしぶりをしている。



五郎さんに相談をすることにした。
相談内容は慰安旅行兼忘年会に関する件だ。

「五郎さん、どうでしょう?」
場所は社長室だ。

「ありがてえ話だが、全員一緒にとはいくめえよ」

「やはりそうですか・・・」

「そうだな・・・最大で百名ぐらいならなんとかなるな・・・」

「となると、三回に分けてということになりますね」

「そうなるな、後よ、一つの宴会場で纏めてとはいかねえな、ここの大食堂みたいな宴会場は儂のところにはねえからな」

「最大でどれぐらいになりますか?」

「家で一番でけえ宴会場で、最大五十名ってところだ。次にでけえところで三十名弱だな」

「八十名ですね・・・ぎりぎりの数字ですね」

「それとな、時期だがこの年末という訳にはいかねえな」

「予約で埋まってますか?」

「ああ、早くて年明けてから十日後だな」
忘年会が新年会に変更か・・・でもやりたいな。
せっかくだ、決行しよう。

「わかりました、そこでお願いします」

「おお、分かった、三日連荘だな」

「そうなりますね」

「にしても羽振りがいいじゃねえか、ええ!」

「お陰様で、それなりに儲けてますので」

「この三日間は島野のところで温泉街は占拠されちまうな」

「団体の利用は少ないですか?」

「あまりねえな。あっても年一だ」

「そうなんですね」

「ありがてえ話だな、でお前えの会社が全部支払うのか?」

「はい、そのつもりです」

「お前えどんだけ稼いでやがるんだ、まったく」

「ちなみに宿泊費と食事代でどれぐらいになりますか?」

「そうだな、食事内容にもよるが、一人金貨三枚ぐらいでどうでえ?」

「では一人金貨四枚にして、部屋と食事のグレードを上げてください」

「かあ!お前えはいちいちやることが大胆だな!」
金貨千枚、楽勝です!
こうやってお金を使えばいいんだよな、それに温泉街『ゴロウ』はタイロン国内だから、エンゾさんには文句は言わせないぞ。
しめしめだ。
上から女神をぎゃふんと言わせてやる。

「にしても助かるぜ、島野」

「いえいえ、これぐらいはさせてください、それにこれは五郎さんの為ではなくて、家の従業員の為なんですから、気にしないでください」

「そうか、なら遠慮はいらねえな」

「はい」

「じゃあはっきりとした日にちが決まったら、教えにくるぜ」

「ええ、よろしくお願いします!」

「じゃあ儂は行くぞ」

「はい、忙しい所ありがとうございました」

「じゃあな」
と片手を挙げて五郎さんは社長室を後にした。
良いお金の使い方ができそうだ。
よかった、よかった。

後日話を聞きつけたリーダー陣から、社員旅行中の休みは必要ないとの意見が多数出され、結局定休日は設けないことになった。
どうやら年中無休は変わらないようだ。
リーダー陣達によると、そもそもシフトはダブついているので、問題ないとのことだった。
三百六十日営業は続いている。



そして俺は、年末年始の仕込みを開始した。
今回の年始の行事の目玉は餅つき大会だ。
どうやら餅はこの世界にはこれまで無いようだった。
年始の行事といえば、ご近所さんが集まって、餅つきを行ったものだが。
今の日本ではもはやそのような風景は見られなくなった。
少し寂しさを覚える。

俺はさっそく畑でもち米を栽培し、神気を流し込んで、成長を促進した。
アイリスさんがこれは何だと興味深々。
もち米はアイリスさんでも知らない植物であったようだ。
アイリスさんには収穫後に、餅を振舞うことを約束した。

数日後には収穫を行い、もち米が手に入った。
臼と杵を準備し、これからもち米を蒸す。
珍しくアイリスさんが、調理を見に来ていた。
俺は力自慢のマークとランドを呼び、もち米が蒸しあがるのを待つ。
マークとランドに餅つきの手順を教え、大食堂の一角で餅つきの準備を開始した。
すると興味を覚えたお客達が、何が始まるのかと集まってきた。

どうやら場所を間違えてしまったらしい。
まあしょうがないか、今さら変えれないしな。
もち米が蒸しあがり、臼に入れる。
まずは俺が手本として、杵を振う。

「よいしょ!」
メルルがもち米を返す。

「よいしょ!」
更にメルルがもち米を返す。

「よいしょ!」
お客達が俺に合わせてよいしょコールを始めた。

「よいしょ!」
少し楽しくなってきた。

「よいしょ!」
そうそう、こんな感じだった。

「よいしょ!」
楽しいな!

「よいしょ!」
独り占めは良くないと、マークに杵を渡す。

「よいしょ!」
まだまだ、よいしょコールは続く。

「よいしょ!」
十数回マークが打ち終えたところで、今度はランドにチェンジした。

「よいしょ!」
まだまだよいしょコールは止みそうにない。
よく見ると、人が随分集まってきていた。
これは参ったな・・・
餅を振舞うしかなさそうだ・・・

その後餅が出来上がり、お客含めて餅を振舞うことになった。
味付けは、醤油に海苔を撒いたシンプルな物にした。

口々に、
「美味しい!」

「旨い!」

「伸びるぞ!」

「いくらでも食べられるぞ!」
と大反響だった。

但し、それほど量を準備していなかった為、一人一つまでとなってしまった。
俺はちゃっかりと、
「正月から三日間餅つき大会を開催しますので、是非お起こしくださいね」
とアナウンスをしておいた。

「必ず行く!」

「また食べたい!」

「絶対行く!」
と三賀日は忙しくなりそうだ。
試食したアイリスさんが、これは美味しいと大絶賛。

「甘未になりそうな食材ですね」
と言われてしまい、さっそくきな粉を準備することになってしまった。

まあ好みは分かれるが、俺は断然醤油マヨ派だ。
場所を変えて再度餅を作り直した。
メルルにぜんざいとお雑煮を伝授した。
お雑煮は日本全国各地で随分違う料理なのだが、俺は簡単に醤油ベースの、出汁は鰹節、具は餅とほうれん草にした。
お雑煮に関しては地方によっては、具材や調理法がほんとうに違う、どれも美味しいのだが好みは分かれる。
以前にバターを入れたお雑煮を食べたことがあったが、それはそれでおいしかった。
いくらでも手を加えることができるが、シンプルイズベストにしてみた。

ぜんざいに関しては小豆は既にある為、こちらも簡単なものにした。
メルルはぜんざいを食べて大興奮。

「なんで今まで教えてくれなかったんですか!」
と逆ギレされてしまった。
そんなこと言われても・・・
どうもすいません・・・
甘味はあまり好みではないので・・・

俺は先回りし、五郎さんの所にもち米を持っていった。
「島野、分かってるじゃねえか」
と案の定の反応だった。
その数時間後には、大将が大食堂にやってきて。
試食をおこなっていた。

「これはまた料理界に革命が起きる!」
と騒いでいた。
革命って・・・言い過ぎだろ!毎度毎度!
まあ、大将らしい反応だけど。
もう好きにしてくれ。

大将はメルルから調理方法を教わり、満足して返っていった。
餅は保存食の一面もあるから、今後は定期的に作ることになった。
まずは鏡餅を作って、正月に備えておいた。
ここにたどり着くまで随分回り道をしたようだ。
やれやれだ。

次に取り掛かったのは門松をつくることだった。
これは簡単だった。
竹は既にある為、松を海岸沿いに数本植えた。
そこから松の枝を採取し、門松の基礎は出来上がった。
あとは適当に花や色鮮やかな枝を採取し、門松が完成した。

問題は年末だった。
一つ決まっていることは、年越しアウフグーズだ。
年跨ぎに行うサービスだ。
従って大晦日は閉店時間は深夜二時となる。
あと年末で思い着くのは除夜の鐘とか、紅白歌合戦ぐらいだが。
どうなんだろうか?

紅白歌合戦を喜ぶのはオリビアさんぐらいだと思うのだが・・・
一先ずメタンに除夜の鐘の話をしたことろ、

「是非、お願いできますかな」
ということだったので、鐘を神社に造った。
これで、年越し時には壱百八の鐘が打たれることになるのだろう。

紅白歌合戦か・・・
オリビアさんに話すことは憚られた。
紅白歌合戦ではオリビアさんに対抗できる者はいない為。
いっそのこと、のど自慢にしてしまえば、オリビアさんは審査員になるし、上手く纏まらないかと思えた。
でもこれであのオリビアさんが収まるのだろうか?
そうとは思いづらい・・・
どうしたものか・・・

これは企画倒れにした方が良いような気がするな。
年末に関しては、年越しアウフグースと除夜の鐘のみにすることにした。
スーパー銭湯にしても深夜二時まで営業する訳だし、充分なイベントとも言えるだろうしね。

後は、従業員に対して、いつもは手入れをしないようなところも掃除する様に指示した。
大掃除といったところだが、ある程度掃除は行き届いている為、特に変化はなかった。
無理して特別感を出すこともないと思い知らされた。

後は正月用にコマをキッズムールに用意した。
キッズルームの担当者には使い方は伝授済だ。
正月にはコマ大会を子供用に行う。
参加費は貰わないし、優勝しても何も差し上げることはないのだが。

餅つき大会にしても同様で、参加費は頂かない、でも餅は無料で振舞われる。
さて、どうなることやら。
楽しみである。



大晦日当日を迎えた。
この世界には休日の概念が薄いせいか、特にこれといっていつもと変わらない日常だった。
大晦日気分なのは俺だけなのかもしれないな。
お客さんの流れも通常営業だ。
若干少ない気がしないこともないのだが、特に変化は見られなかった。

そして、年越しアウフグースサービスを行うことになった。
俺はお客として参加した。
サウナ室は満席だった。
夜の九時頃までは通常運転だったのだが、急にスーパー銭湯の客が増えだした。
気が付いたら、入場制限の一歩手前までになっていた。
年越しアウフグース恐るべしだ。

ノンが口上を始める。
「皆さん、賑わってますねー」
お客は拍手で迎える。

「さて、本日は年越しアウフグースにご参加いただきまして、誠にありがとうございます」
更に拍手が起こる。

「今回のイベントは初の開催となります、見たところ見慣れた方々ばかりですので、特にアウフグースの説明は行いません」

「よ!いいぞ!」
と声が掛かる。

「早速ではありますが、時間となりそうです。では皆さんで年越しのカウントダウンを行いましょう」

「五!」

「四!」

「三!」

「二!」

「一!」

「明けまして!おめでとうございます!」
と叫ぶと共に、サウナストーンにアロマ水を掛ける。
ところ処で、おめでとうございますと挨拶が行われている。

どうやらノンがアウフグーズサービスの度に、新年の挨拶はこうするんだと、話をしていたらしく。
アウフグースを受けたお客さんの間では新年の挨拶は浸透していたみたいだ。
また、新年の挨拶を知っていた五郎さんのところの人達も、新年の挨拶を広めだしたらしい。
後で知ったのだが、そのお客さんから更に話が広がり、新年の挨拶がこの世界に広まりつつあるとのことだった。
俺にとっては不思議な現象だった。
結果年越しアウフグースサービスは大反響を呼び、早くも来年の開催を望む声まで上がっていた。
この世界の人々もなんだかんだ言ってイベント事は好きなようだ。
よかった、よかった。