結局のところ、グランドオープン初日の賑わいは閉店間際まで続いた。
サウナ島に訪れた人の数は、この日は八百人を超えた。
プレオープンを通じて、ここまで人が集まったことはこれまでに無い。
皆よく頑張ってくれたと思う。
怒涛の一日と言えた。

俺もほぼ一日エンドレス紹介ループに嵌っていた。
もはや誰が何さんかは分かっていない。
遅い晩飯を皆で食べることになった。

メニューはお茶漬けだった。
メルルから
「島野さんの気持ちがよく分かりました」
と言われた。

お茶漬けでもいいじゃないか、十分に美味しいよ。
皆でお茶漬けを食べつつも、程よい疲れと達成感に、体の疲れとは反比例して気分は高揚したままだった。

「皆な、聞いてくれ、まずはお疲れ様、明日以降も連日まだまだこの調子が続くと思う、今日は早く寝て明日に備えてくれ」

「分かりました」

「そうします」

「了解です」
と返事が返ってくる。
気力は続いているようで、心配はなさそうだ。
明日の朝『体力回復薬』を皆に配ろう、なんだかドーピングのようで気は引けるが、倒れられるよりはましだろう。

スタッフ達が
「お先に失礼します」

「お先です」
と俺に声を掛けて解散していった。

俺はそんな皆を見送ってから、なんだか飲みたくなってきたので、一人で大食堂でワインを飲み始めていた。
すると隣にノンがやってきた。
久しぶりにノンとまたっり過ごすのも悪くない。
ノンは獣型になり、体を擦り付けて来た。
甘えたい時のサインである。

体を撫でてやる。
久しぶりのノンのモフモフを堪能する。
こうしてノンを撫でるのも久しぶりのような気もする。
気持ちよさそうに横になるノンを愛でながら、俺はワインを味わった。

「なあ、ノン、気持ちいいか?」

「うん主、気持ちいいよ」

「そうか・・・スーパー銭湯造っちゃったな」

「そうだね」
ノンも今日は大活躍だった。
熱波師として、イベントを何回も行っていた。
熱波イベントは大好評で、テリーとフィリップとルーベンも誇らしそうにしていた。

「なあノン、日本が恋しいか?」
何となく聞いて見たくなった。

「うんたまにね」

「そうか・・・」
ノンの毛並みを堪能している。
あれから二年以上か・・・
早いような遅いような・・・
そうだよな、俺達は今異世界にいるんだよな・・・

「なあノン、俺達は異世界にいるんだよな・・・」

「そうだね、主・・・」

「お前、今楽しいか?」

「うん・・・楽しいよ・・・主は?・・・」

「・・・ああ・・・楽しいよ・・・」

「良かった・・・」

「ああ・・・そうだな・・・」
なんとも言えない気持ちが押し寄せて来た。
この気持ちをどう表現したらいいんだろうか・・・

「なあノン・・・俺達はこの先どうなるんだろうな・・・」

「分からないよ・・・でも僕は、主に付いていくだけだよ・・・」

「そうか・・・そうだよな・・・」
気が付いたらノンを枕に俺は眠ってしまったようだった。
誰が被せてくれたのか、俺とノンには毛布が被さっていた。
なにか心地の良い夢を見たような、そんな気分だった。
俺は満たされていると感じる事が出来た。
そんなグランドオープン初日だった。



グランドオープン二日目
オープン前からたくさんの人がサウナ島を訪れていた。

スーパー銭湯の営業開始時間前ではあるが、入島は行われている。
入島したお客達は、観光として畑を見たり、神社に訪れていた。
畑の見学人にアイリスさんが、身振り手振りを交えながら、農作業の説明をしている。
畑はサウナ島の観光名所となりつつある。
実際、アリスさんの管理する畑は、外では見られないからだ。
特にメルラドからの観光客が多いようだ。
アイリスさんはメルラドでは、神格化されている存在とも言える。
人気が絶大だ。

神社ではメタンが鼻息荒く、二礼二拍手一礼を教えていた。
そうとう嬉しいのだろう、メタンの表情は悦に浸っていた。
メタンはいつどこで揃えたのか、神主の格好をしていた。
まったく、よくやるよ。

プレオープンは終了しているが、お客様からの声は届くように、スーパー銭湯の受付にアンケートボックスを設置してある。
その中に二つほど採用すべき意見があった為、俺は今、厨房にいる。

まずはつまみとなる料理が食べたいという意見だ。
サウナ後のビールが主流となっているが、ビールを飲みながらつまみを食べたいということなのだろう。
これも俺の盲点で、俺はアルコールを飲んでいる時は、めったに食べ物を口にしない主義だ。
これは単純な理由で、たまに飲みながら寝てしまうことがある為、虫歯になりたくないからだ。
俺がつまみを食べない飲み方をしているから、目を向けていなかったということだ。
はやり様々な意見を聞くべきである。
こういった意見から更なるブラッシュアップを行っていく必要がある。

まずは簡単なところから手を加える。
沸騰したお湯に、塩を多めに入れる。
その中に枝豆を入れ茹でる。
湯切りをして冷ましたら、塩ゆで枝豆の完成だ。
塩ゆで枝豆はビールに合う、ド定番のつまみなので、間違いないだろう。

次に塩もみしたキュウリと、ダイコンを『熟成』で軽く撓らせる。
短冊切りして、漬物の出来上がりだ。
キュウリとダイコンの漬物。
これも定番中の定番だ、外れることはないだろう。
漬物はあまり摂取してこなかった俺には、有っても無くてもよい食事だった為、今まで作ってはこなかった。
これまでは、無くても困らなかったということだ。

次に冷ややっこだが、豆腐はこれまでにも何度か作ってきた食材なので、生姜とネギを刻んで、醤油はお好みの分量を掛けて貰って、提供するようにしようにした。

まずは簡単に提供できる、この三品をメニューに加えることにした。
メルルにもそれは伝えてあり、厨房のスタッフ全員がまずは試食をし、味を確認した上で、調理方法の確認作業をしていた。
素人でもできる調理法なので、家のスタッフ達にとっては、楽勝だろう。
直ぐに新たなメニューとして採用した。

そして俺はもう一つの意見に取り掛かる。
それは子供向けのお菓子が欲しい、という意見だった。

俺が真っ先に思いついたのは、飴だった。
古いと言われるかもしれないが、ドロップ飴が頭に浮かんだのだ。
お砂糖をお湯に溶かして、そこにかき氷のシロップを混ぜて、冷やして固める。
余りに簡易的ではあるが、飴が完成した。

俺は『万能鉱石』でブリキを造り、ドロップ缶を作った。
懐かしい、これを懐かしいと感じるのはこの世界では、俺と五郎さんだけだろうなと思う。
ブリキ缶に装飾はされていないが、それでも懐かしさがこみ上げてくる。
小学生時代に大事にしていたブリキの缶詰、何に使える訳でもないのだが、このブリキ缶を大事に集めていたことを思い出した。
最後には、ブリキ缶の内側に着いた砂糖が欲しくて、水を入れて飲んだ覚えがある。
たいして美味くもないのだが、そんなことをしていた記憶がある。

この世界の子供達にとって、このブリキ缶はどういう物になるんだろうか・・・
感慨深い想いが込み上げてきた。
ブリキの缶を大事にしてくれると嬉しいが・・・
俺はドロップ飴を五十個作り、受付の備品販売のスペースに並べることにした。

ちなみにこの備品販売のブースだが、余裕が生れたら拡充するつもりだが、今はここに並んでいるのは、タオルとバスタオルとサウナハットのみである。
本当はサウナ水を作りたいのだが、今はまだそれが出来るだけのゆとりがない。
タオルとバスタオルとサウナハットは、メルラドで作って貰っている。

リチャードさんから服飾職人を紹介して貰い、大量に作って貰った。
当初は大量に在庫を抱えていたものの、それでもタオルの売れ行きはものすごく、今では生産を増やして貰ってるところだ。

このタオルブームはいつまで続くのだろうか?お土産にと、十枚も買っていく者がいたため、いまではお一人様一枚までと制限を設けているぐらいだ。
一通りの作業が終わったところで、スタッフから急なお客さまからのご依頼があると、声を掛けられた。
駆けつけてみると、レイモンド様が、あたふたと落ち着きなく俺の到着を待っていた。

「どうしましたか?レイモンド様」

「あー、みつけたー、きみー、たすけてよー、まじゅうがー、でたんだー」

「魔獣ですか?」

「そうだよー、むらのー、ちかくにー、つよいのがー、でたんだー」
細かいことを聞いている余裕は無さそうだった。

「分かりました、任せてください」
と答えると『念話』でギルに事情を説明し、ノンに『念話』で入島受付までくるように伝えさせた。
俺も入島受付へと急ぐ。
数分後、ギルとノンが到着した。

「二人で行けるな?」

「うん、行けるよ」

「僕一人でも大丈夫だよ」
ノンが強がる。
実際ノン一人でも大丈夫なのは分かってはいるが。

「どうやって帰ってくるつもりだ?」

「あ、そっか」

「だろ?」

「ノン兄はせっかちなんだよ」
ギルの方がしっかりしているな。

「めんごめんご」

「またそれだよ」
ギルは呆れている。
俺はマジックバックを収納から二つ取り出し、二人に渡した。

「細かい事情は聴いてないから二人に任せるけど、まずはカナンの村のハンター協会にでも行って、状況を確認してみてくれ」

「分かった」

「あと、狩った魔獣はマジックバックに入れて持って帰ってきて欲しい」

「「了解!」」

「じゃあ、行ってこい」
二人はカナンへと繋がる転移扉を開いて、カナンの村へと急行した。

今回の騒動は本音をいえば、大いに助かることだった。
じつは、あまりの賑わいに、肉が足りなくなってきているからだった。
現状はほぼ毎日ノンに狩りをさせているが、一日に一体までとしている。
その理由は乱獲すると獣不足になるのではないか?との考えからだった。
そう考える根拠の一つに、ここは島であることが挙げられる。
陸続きでは無い為、生態系には限りがある。
狩り尽くしてしまったら、それまでなのである。
どうした物か・・・

そんなことを考えていると、うってつけの相談相手が転移扉から現れた。
エンゾさんである、五十名近いお客様を連れて来てくれたようだ。
毎度ありがとうございます。

「エンゾさん、いらっしゃいませ」

「あら、島野君、今日は受付業務なのかしら?」

「いえいえ、そうではありません。ちょっとした出来事がありましたので、急遽ここに来ることになったんです」
エンゾさんは不敵に口元を緩めた。

「へえ?出来事ねー、何があったのよ?」

「大したことではありませんよ」

「いいから教えなさいよ」
おー怖、この人まだ根に持ってんのか?
くわばら、くわばら。

「カナンの村に魔獣が出たらしく、レイモンド様が助けてくれーと、救援要請があっただけですよ」

「そう、何の魔獣なの?」

「知らないです」

「はあ?どれぐらいの規模なの?」

「分からないです」

「・・・舐めてるの?」

「いえ、決してそんなことは・・・」
ジト目で見られてしまった。

「あのね、あなた簡単に魔獣退治に乗り込んで、これまでどれだけの人が死んでいったことか分かってるの?」

「大丈夫ですよ」
と俺は平然と答える。

「どうしてそんなことが言えるのよ?」

「だって、滅法強いドラゴンと、馬鹿みたいに狩りの上手いフェンリルが向かったんですよ。あいつらなら怪我の一つも無く帰ってきますよ」
それを聞いて頭を抱えるエンゾさん。

「・・・そうね・・・」

「でしょ?」

「そうだったわね・・・あなたは聖獣たらしだったわね」
たらしって、酷い言われようだな。

「それに神獣が居たんだったわ・・・はあ・・・心配して損した」
へえー、心配してくれたんだ。ちょっと嬉しい。

「それで、そんなことは置いといて、エンゾさんちょうど相談したいことがあったんですけど、お時間頂戴できますか?」

「相談ねー、高いわよ」
なんでそんなに顎を挙げているのでしょうか・・・急に態度が変わってますがな・・・

「まけておいて下さい」

「じゃあ、何を奢って貰おうかしら?」
得意げな笑顔になるエンゾさん。

「そうだ、特別なパンケーキを俺が作るってのはどうでしょうか?」

「特別なパンケーキ?」
訝し気な表情に変わっている。

「はい、絶対上手いと言わせる自信があります」

「へえー、そうなの?私の舌は肥えてるわよ」
疑いの目が半端ないな・・・

「まあ、任せてください」

「島野君がそこまで言うなら、それで手を打ちましょう」

「じゃあ早速大食堂に行きましょう」
俺達は連れ添って、大食堂へと向かった。

「適当にそこらへんで座っててください」

「分かったわ、早く作ってね」

「そう急かさないでくださいよ」

「はいはい」
もう本当に上からなんだから、いい加減慣れてきてるけど。
厨房に入ったらメルルと目が合った。

「メルル、ちょっと厨房を借りるぞ」

「どうぞ」

俺は材料をかき集めた。
まずはコロン産の牛乳を手に取り『分離』で乳脂肪分のみにする。
そこに若干の砂糖を加えてかき混ぜる。
少し粘り気が強い為、先ほど分離した、牛乳を加えて味を確認しながら、さらに混ぜ合わせていく。
よし、生クリームの完成だ。

後は、パンケーキを焼き、自然操作の風で少し冷やす。
そこに生クリームを敷き詰めて、イチゴをトッピングする。
出来た。

「生クリームとイチゴのパンケーキ」が完成した。
これで唸らせてやるぞ。
お盆に乗せ、フォークとナイフを乗せてエンゾさんに持っていった。
エンゾさんの所に行くと、何故かオリビアさんもいた。
こちらに手を振っている。
この人の嗅覚は異常だな・・・また作れと言われるのは間違い無いな。

「お待たせしました、生クリームとイチゴのパンケーキです」

「なにこれ?守さん、凄い美味しそう!」
オリビアさんの目がハートマークになっている。

「これはエンゾさんのです、欲しければエンゾさんに言ってください」

「ええー、私の分も作ってよー」
ほらきた、今はそんな時間は有りませんよ。

「今は駄目です、さあ、エンゾさんどうぞ」
エンゾさんも目を見開いていた。

「これは・・・興味をそそるわね・・・」
涎が垂れそうな表情をしている。
俺は既に勝利を確信してしまった。

「いただきます」
ナイフで切って、フォークでパンケーキを刺した。
一切れを口に運ぶ。
更に目を見開いたエンゾさん。
と今度は顔を緩め出した。

「ふうー、おいし・・・」
勝った!上から女神を唸らせてやったぞ!

「ねえ、エンゾ、私にも一口頂戴よ?」
と言いながらエンゾさんの服を引っ張るオリビアさん。

「否よ、これは誰にも渡さない!」

「そんなこと言わないで、いいでしょ一口ぐらい?」

「ちょっと、オリビア服を引っ張らないで」
とじゃれ合う女神達、遠目に男性陣が目の保養をしてらっしゃる。
結局、鉄壁のガードで食べきったエンゾさん。
口にクリームが付いてますよ・・・

「満足して貰えましたか?」

「そうね・・・」
と降参を口にしていた。

「では、本題に入っていいですか?」
隣ではオリビアさんが、ブーブー言ってらっしゃるが気にしない。

「いいわよ、それで相談とはどんなことかしら?」
いつも通りのキリッとした顔に戻ったエンゾさん。
うん、こっちの方がお綺麗ですよ。

「現在のスーパー銭湯の人気なんですが、ちょっと予想をはるかに超えてまして、想像以上に客数が多いんですよ」

「良い事ではなくて?」

「嬉しい悲鳴なのは承知しているんですが、その分一部の食材の確保が儘ならなくなってきてまして・・・」

「一部の食材ってなんなの?」

「肉です」

「肉ね」
眉間に眉を寄せているエンゾさん。

「はい、どうしてもお客さんは肉料理が食べたい人が多くて、でもここは島なので乱獲は控えているんですよ」

「そういうことね、肉の需要が高いけど、供給する肉が足りていない。一時的に獣をたくさん狩ることは出来るけど、ここは島だから乱獲すると、生態系に影響がでるかもしれない、と懸念しているということね」
流石の理解力だ、大正解です。

「おっしゃる通りです。魚介類に関してはゴンズ様の所と、家の養殖でどうにかなるんですが、肉に関しては、今は在庫を切り崩して捌いている状況でして」

「そうなのね」

「そこで相談したいのは、ハンターを専属で雇って、この島に肉を卸させることとか出来ないか?ということなんです」
腕を組みだしたエンゾさん。

「それは止めておいた方がいいわね」

「どうしてでしょうか?」

「まず、この世界での肉の流通を教えとくわね」

「はい、お願いします」

「ハンターが狩った獣の多くは、ハンター協会が買い取ることがほとんどよ」

「なるほど」

「中には直接肉屋に卸しているハンターも居るけど、あまり褒められたことではないのよ」

「それはどうしてでしょうか?」

「ハンター協会にしてみれば、狩りの報酬を与えるからには、それ以上の利益を収められた獣から得る必要があるわ」
それは分かる。

「はい」

「報酬だけ払って、得る物が無いとなると、ハンター協会は立ち行かなくなるのよ」

「そうなりますね」

「本来の大義名分は、獣や魔獣から国民を守る為だから、本当はそれでもいいのだけど、やはり利益が出ないと本音はきついものよ。国からの補助はあるけど微々たるものよ、だから獣をハンター協会に納めないハンターには、あまり狩りの斡旋は行わなくなってしまうのよ」

「大義名分ばかりとは言ってられない、ということですね?」

「痛し痒しね、それでハンター協会に収められた獣の肉は、ハンターから買い取るけど、その代金に色を付けて、肉問屋に販売するのね。そこから更に、街の食堂や、商店に肉を卸していく、という仕組みになってるのよ」

「分かりました、そうなると肉を確保するには、肉問屋から買うのが一番スマートということですね」

「そうなるわね、でもここで扱う量が足りるほど肉が残っているのかは、何とも言えないところではあるわね」

「そうなりますか・・・」
量の問題ということか・・・

「できれば、島野君には経済を回す意味でも、肉問屋から肉を買って欲しいけど、問題はそこね」

「そうですか」
ということは、この世界では肉は慢性的に足りないということなのかもしれないな。

「ひとまず何人かの肉問屋に声を掛けておくから、相談してみたら?」

「ありがとうございます」
まてよ・・・ドラン様なら。
確か『畜産食物加工』の能力があったはずだ。

「コロンの街のドラン様なら、肉を確保できるんじゃないでしょうか?」

「まず無理ね、彼は『畜産食物加工』の能力でハムとか作ってるけど、あれは家畜を潰して作っている訳じゃないわ」
あっさりと却下されてしまった。

「そうなんですか?」

「あたりまえよ、あれは寿命を迎えた家畜にのみ行っているのであって、敢えて潰せるほど私達神は出来てはいないのよ、それに彼は家畜の声が聞こえるのよ、潰せる訳無いじゃない」
そうだったのか、だからあまりコロン産のハムが出回ることは無いって訳か、それに俺もこの島で飼っている鶏や牛を、潰そうとは考えたことは一度も無いからな。
気持ちは痛いほど分かる。
どうしたものか・・・正直困った。

「あと・・・これはちょと信憑性に問題がある話なんだけど、一度賢者ルイと話してみたらどうかしら?」

「ルイ君とですか?それは何でですか?」

「あの国には魔獣の森があるでしょ?」

「ええ、聞いたことはあります」
魔獣の森があるから、魔石には事欠かないという話だったような気がする。

「真意のほどは定かではないのだけど、魔獣の森の魔獣たちはとても繁殖力が強くて、どれだけ狩っても、キリがないと聞いたことがあるわ」

「それが本当だとしたら、いつかは魔獣がメッサーラに、攻め込んでくるってことですか?」

「いや、そうはならないわね」
ん?何故?

「どういうことでしょうか?」

「魔獣は気性が荒いから、魔獣同士で殺し合ってるからよ」

「ああ、そういうことですか」
納得だな。お互い殺し合ってたら、人間に目が行くこともないということだな、それに魔獣は気性が荒いからなおさらということだ。

「だから魔獣の森なら、乱獲しても良いかもしれないわね」

「それはどうしてですか?」

「獣と違って魔獣よ、人に危害を与えることに間違いのない生き物なら、私達神でも慈悲を与えることは難しいわよ」

「なるほど、魔獣だけは別物ってことですね」

「そうなるわね、ひとまず肉問屋に声を掛けとくから、そこから積極的に購入してよね、お金は回さないとね、それもタイロンに積極的にね」
ハハハ、釘を刺されてしまった。
タイロンに肩入れする理由は、俺には無いのだが・・・

「では、肉問屋の紹介をお願いします」

「分かったわ」
エンゾさんは、お風呂に入ると言って、脱衣所に向かった。
彼女は炭酸泉にド嵌りしているようだ。
エンゾさんを見送ると、後ろから服を引っ張られた。
振り向くとオリビアさんがいた。
この人まだいたのかよ・・・

「私にも生クリームとイチゴのパンケーキを作ってください」
やれやれ、甘味に対する執念が凄いな。
結局オリビアさんにも、生クリームとイチゴのパンケーキを作ることになった。
作製中にメルルとエルにもジト目で見られたので、三人前作ることになってしまった。
案の定エルが
「これぞ神食!」
とへんな子モード全開になっていた。

もし甘味の神様がいたらモテモテなんだろうな・・・
異性とどうこうなんて、どうせ俺には縁遠い話ですよ。
あー、やだやだ。
俺には連れ合いはいないけど、息子と娘には恵まれているから文句はない。
健全な家族の形ではないかもしれないが、そんなことはどうでもいい。
面白楽しくやっていくだけさ。
でもいつかは、彼女が出来たらいいな・・・グスン。
ほんとはちょっと寂しい・・・



ギルとノンが帰ってきた。

「お疲れさん、どうだった?」

「楽勝!」
といつも通りのノン。

「楽勝だったよ」
とギルは自慢げだ。

「それで、獲物はなんだったんだ?」

「ジャイアントボアだと思うけど、大きいんだよね」
とギルが感想を述べた。

「うん、島にいるジャイアントボアよりも、一回りはデカかったよ」
ノンが同意する。

「そうのか?」

「うん」

「ひとまず厨房に行こうか」

「分かった」
厨房で、ノンがマジックバックから魔獣を取り出した。

「おお!確かにデカいな、鑑定してみるか」
ジャイアントボアよりも確かにデカい、というより明らかにデカい。

『鑑定』

キングワイルドボア

ボアの最上位種、狂暴でとても気性が荒い。とても美味。

ボアの最上位種って、これはAランクの獣なんだろうな。
それの魔獣って・・・
それにとても美味って、期待してしまうじゃないか。
ワイルドパンサー以来の特上肉の登場か?

「キングワイルドボアみたいだな、ボアの最上位種らしいぞ」

「へえ、これが最上位種なんだ、たいして強く無かったけどね」
流石は狩りの天才ノンだな。
もはやこいつに狩れない魔獣はいないだろう。

「パパ、まだあるよ」

「まだあるのか?」

「うん、出していい?」

「ああ、ちょっと待て」
魔獣を置くスペースが無い為、俺はひとまずキングワイルドボアを『収納』に収めた。

「ここに出してくれ」
ギルが魔獣をマジックバックから取り出した。
これまたキングワイルドボアだった。

「もしかしてまだあるんじゃないか?」

「あともう一匹あるよ」

「そうか・・・」
これは助かる、一週間分の肉を確保できた。
この際だから、魔獣退治を受け持つ仕組みを考えようかな?
そうすれば肉不足解消にもなるかもしれない。

「それにしても、お前達強くなったな」

「へへ、まあね」
ノンがお道化ている。

「まだまだノン兄とパパには勝てないけどね」
ギルはコメントこそ謙虚だが、その表情は嬉しそうだ。

「じゃあ、解体するか、お前達はレイモンド様に報告に行ってくれ」

「デカいプーさんに報告して参ります」
ノンがふざけて敬礼している。

「デカいプーさん、言うな!」

「へへ」
こいつはほんとに・・・

「はいはい、行ってこい」
俺は解体作業を始めた。
それにしても助かった、ひとまずはこれで何とかなりそうだ。



グランドオープン二日目も大盛況の賑わいで終わった。
初日ほどではなかったが、七百名近い来客となった。

ランドールさんが
「サウナ島に連れてくる人選が大変になってきたよ」
と漏らしていた。

すんません、大変でしょうが、よろしくお願いします。
どうやら、噂が噂を呼び、連れて行って欲しいと相当数の要望があるようだった。
嬉しい事です。
恩にきます。



グランドオープン三日目
この日も朝早くから、来島者が多い、待たせるもの悪いと、スーパー銭湯の営業開始時間を二時間も早く開けることになった。
朝からバタバタだ。

エンゾさんが肉卸業者を三人連れてきてくれた。
仕事が早くて助かります。
三人を迎賓館に誘引し、個室へと案内する。

「島野君、この者達は信用していいわよ、ちゃんとした肉卸業者だから」
ちゃんとしてない所もあるってことか?
なんだかな・・・世知辛いね。

「エンゾさんありがとうございます」

「じゃあ、私はお風呂に入りに行くわね、あとはよろしく」
とエンゾさんは、そそくさと立ち去ってしまった。
せめてちゃんと紹介ぐらいしてくださいよ、まったく。

「なんだかすいません、何処まで聞いてますか?」
狐の獣人が答えてくれた。

「はい、大量に獣の肉を仕入れたいと聞いております」
ざっくりとしてるな・・・
三人ともエンゾさんの紹介だけあって、身なりはしっかりとしている。
堅実な商売をしているということか。

「それだけですか?」

「はい、それだけです」
エンゾさん、雑すぎませんかね?
もう少し背景というかなんというか・・・もういいです。

「まあだいたい、そういうことですが、どうでしょうか?」

「正直言って、なかなか難しいのが現状です」

「それはどうしてでしょうか?」

「はい、まずはこれまで贔屓にしている肉屋や飲食店を飛び越えて、島野様に卸すことはできません」

「でしょうね」
やはりちゃんとしている者達のようだ、けっして優先的にこちらにとは俺も思ってはいない。

「それに肉は慢性的に足りていないのが、現状ですので・・・」

「そうなんですね」
そうなのか、予想が的中してまったな、当たって欲しくはなかったが。

「エンゾ様の紹介ですので、優先的に卸したい思いはあるのですが、なかなかそうともいきませんので・・・」
まともな商人だからこその発言だな、無理は言えないな。

「狩りは博打みたいな物ですので、たくさん肉が集まる時はあります。でもあまり期待をされても困るのも現状です」
言いたいことは分かる。

「では、無理の無い範疇でいいですから、こちらにも肉を卸してくださいませんでしょうか?」

「ええ、それはもちろん、そうさせて頂きます」

「ありがとうございます」
俺はスーパー銭湯の無料券を三人に渡して、商談を終えた。
どうにも不発に終わってしまった。

こうなると、一時的にハンター業に復帰した方が話が早いのかもしれないな。
でも俺にはそんな時間はないが・・・
ノンとギルに任せるか?
それも悪くはないが・・・
これは保留だな。
どうしたものか・・・
一旦肉問題は棚上げすることにした。



次に待っていたのは、ゴンズ様だった。

「なあ島野、今日も養殖場を見にいってもいいか?」

「ええ、どうぞ」

「ちょっと付いて来てくれるか?」
付きて来てくれとは珍しい。

「分かりました」
いつになく真剣な表情のゴンズ様だ。
養殖場に着くと、レケが駆け寄ってきた。

「親方、こんなところでサボってていいのかよ?」

「馬鹿言え、サボってなんかないわい」

「ならどうしたってんだよ」
そう言いつつも嬉しそうなレケだった。

「島野、この養殖だが、マグロとカツオ以外でも出来る物なのか?」

「どうでしょう・・・トライしてみてもいいとは思いますが・・・」

「そうか、実はな、ゴルゴラドでも養殖が出来ないか、検討したいんだ」
なるほど、それで付いてこいということね。

「ちなみに何を養殖しようと考えているんですか?」

「蛸だな」

「蛸ですか、どうでしょう・・・」
採算が合わないとは思うが・・・

「蛸なら壺を準備すれば、出来ないかと考えてな」

「蛸壺ですね」

「ああ、どう思う?」

「こればっかりは、やってみないと分からないですね、確か蛸は小さな魚や海老をエサにしてるんじゃなかったかな?」
これはうる覚えの知識だが・・・

「そうか、ここでマグロに与えているエサを食べると思うか?」

「それはやってみないとなんとも言えないですね」

「そうなるか・・・」

「まずは蛸を数匹捕まえて、生け簀で飼ってみて、エサを与えて様子をみてはどうでしょうか?それが妥当なところかと思いますが」

「生け簀か・・・やってみるか」
ゴンズ様は手をポンと叩いた。
いい試みだと思う。
ただ蛸は安いから、採算が合うのかは微妙なところだけど、まずはやってみてから考えたほうがいいだろう、せっかく興味を持ってくれているんだから、話の腰を折るような発言は控えよう。
その後ゴンズ様は、エサについてレケからレクチャーを受けていた。
レケもゴンズ様が養殖に興味を持ったことが、相当嬉しかったみたいだ。
喜々として話している。
ここから更に養殖の輪が広がると良いなと思う。



スーパー銭湯に戻ると、マリアさんに捕まった。

「守ちゃん、これはエクセレントよ!」
といってドロップ飴を気持ち悪い舐め方で舐っていた。
おいおい、止めてくれよ。
気持ち悪・・・

「そうだ!このブリキ缶にデザインを加えてくれませんか?」

「いいわよ、それぐらい。でも三つはタダで貰うわよ」
お安い御用です。

「構いませんよ、お願いします、これは子供向けのお菓子ですので、ポップにして下さいね」
マリアさんはあっさりと、ブリキ缶にデザインを施した。
凄い!ポップなデザインもマリアさんの手にかかれば芸術性を感じる。
奪い合いにならないかな?と思えるほどの仕上がりになっていた。
これは俺も一つ自分用に買っておこう、と思える程だった。

「凄いですね、流石はマリアさんだ」

「でしょ、芸術よ芸術」
と誇らしげにしている。

「そういえば、話は変わりますが、今日はルイ君は来てますか?」

「今日はルイちゃんは来てないわよ、用事でもあるのかしら?」

「ええ、急ぎではないのでまた今度でいいです」

「あそう、じゃあ私はサウナに入ってくるわね」
そそくさと立ち去ろうとするマリアさんを、俺は止めた。

「いいですけど、そういやあマリアさん、聞いてますよ」
もの言いたげに睨んでやった。
マリアさんはビクッと身体を硬直させていた。

「何をかしら・・・」
完全に目が泳いでいる。

「サウナ室やお風呂で、ニヤニヤしながら男性の身体を見るのは止めてください、出入り禁止にしますよ!」

「そんなー、私の楽しみを取らないでよ、守ちゃん、お願いよ!」

「駄目です、苦情として挙がってます、風呂やサウナを使うなとはいいませんが、男性の身体をじろじろ見るのは止めてください」

「ええー!」
と座り込んでしまったマリアさん。

「駄目なものは駄目ですからね」
ここはきつくお灸を据えることにした。

「分かりました・・・」

「約束ですよ!」

「はい・・・」
神様の癖に何やってんですかあなたは、まったく!



いろいろあったが、何とか時間を確保できた。
俺は客に交じって、サウナを満喫することにした。
いつも通りのルーティーンで、サウナを楽しんでいく。

我ながら、このスーパー銭湯の完成度には満足している。
風呂やサウナに入りながらもお客様の観察を行ってみるが、皆が皆、楽しそうにしている姿に満足感を覚えた。
この笑顔を見れただけでも、よかったとすら思えてくる。
この景色は忘れられないものだろうと思う。

三セット目の外気浴を迎えた。
ギルのいう『パパとギルの部屋』に入り、『黄金の整い』を行うことにした。

この部屋はあえて薄暗い設計にしてある。
それは、サウナトランスを深くすることと、自己催眠状態に入りやすくする為だ。
俺は薄暗い雰囲気の中、いつもの呼吸法を始める、じきに自己催眠の状態へと移行する。
すると何故だか、これまでのことが走馬灯のように頭を過った。

五郎さん達にスーパー銭湯を造ると宣言した俺・・・
ランドールさんと打ち合わせている俺・・・
建設作業をする俺・・・
準備に奔走する俺・・・
面接をしている俺・・・
火災訓練を指揮している俺・・・
ロープレをしている俺達・・・
プレオープンをしている俺達・・・
そしてテープカットをしている俺達・・・
・・・
ああこうやって実感は湧いてくるんだ・・・
俺は異世界にスーパー銭湯を造ったんだな・・・
一つの夢が形になったんだな・・・

いつもとは違う何とも歯がゆい、達成感に満ちた整いだった。
こんな整いも悪くは無い。
これが五郎さんの言う実感だと、感じた瞬間だった。