神様のサウナ ~神様修業がてらサウナ満喫生活始めました~

建設ラッシュが始まっている。
現在のサウナ島は、大工職人で大賑わいとなっている。
大きな掛け声と共に、次々と組み上げられていく建造物。
そのペースは速い、現場監督の指示の元、建築部材が運び込まれていく。
ある者はトンカチを片手に、ある者はのこぎりを片手に、そしてまたある者は図面と睨めっこをし、作業進めて行く。
サウナ島は活気に満ち溢れていた。



遡ること数ヶ月前
ランドール様のスケッチを元に、現地にて確認作業を行っている。

「場所はここでいいとして、大体の建坪としては、参百坪ぐらいですかね?」

「そうなりますね、島野さんが言っていた収容人数が、広々と使える施設となると、それぐらいが妥当かと、後風呂やサウナは本当に二階で大丈夫ですか?」

「ええ、問題ありません。もし水量不足が起きてもいいように、水道管の引き込みは一本増やしますし、水圧も低くなるようでしたら、解決策はありますので」
これは俺の拘りの一つである。
日本のとあるスーパー銭湯で一階がスーパー銭湯、二階がボーリング場という施設があった。
そこでの整いは満足のいく物では無かった。
二階の物音が一階に響き渡り、外気浴場でも音がうるさかったからだ。
やはり整っている時は、要らない音は避けたいのだ。
その為、風呂やサウナを二階に持っていくことにした。

「島野さんがそういうのであれば、いいでしょう」

「サウナや風呂に関しては、俺が前面に立って造りますので任せてください」

「元よりそのつもりですよ、この世界にサウナはここでしか無いはずですからね」

「そのようですね、サウナ文化が広がって欲しいんですけどね」

「今回の件によって、サウナが広がるってことも、あるんじゃないですか?」

「そうかもしれませんね」
この異世界でもサウナ文化が広がって欲しいと切に願います。
サウナの可能性は無限大ですから。
あー、サウナに入りたくなってきた。

「それでこの入島受付場ですが、どうですかね?」
ランドール様がスケッチした入島受付場は、少々無機質な造りに見える。
前にも述べたが、島の玄関口となる為、良い印象を与えたい。

「もう少し派手にして貰いたいですね。こことか、こことか」

「わかりました」

「受付を後二つ増やしてください。受付渋滞は少なくしたいので」

「なるほど、他にはどうでしょう?」

「そうですね、天井の高さを挙げましょう。巨人族のような大きな人達でも、狭く感じない造りにしたいですので」

「そうか、すまない、見落としていた」
イラストにメモを加えていく。

「いえいえ、これは実際にメッサーラで俺が感じたことですので、気にしないでください」

「島野さんのホスピタリティーは凄いですね、脱帽です」

「いえいえ、見た目はこんなですけど、実際の年齢は結構いってますので、それなりに人生経験を積んでますので」

「ほう、そうなのですね。あえて年齢は聞きませんがね」

「そうなんですか?聞いて貰っても構いませんよ」

「えっ!いいんですか?」

「はい、六十二歳です」

「・・・はい?」

「見えないでしょ?」

「まったく見えませんね」
ランドール様は、俺の顔をまじまじと覗き込んでいる。
やだ、イケメンに見つめられてるわ。
なんてね。

「実はこの世界に来る時に、創造神様と交渉して、若い肉体にして貰うようにしたんです」

「交渉してって・・・」

「なかなかズルいでしょ?」

「ええ、ズルいとしか言いようがないですね。でも合点が行きましたよ、あまりに落ち着いているし、知識が豊富な所は、年齢を重ねているところに帰結するんですね」

「まあでもこの肉体になってから、精神的には随分と若くなったと思いますよ」

「そうなんですか?」

「ええ、言葉遣いも雑になったような気がします」

「島野さんと会話して、私はそうは感じませんがね」

「そう言って貰えるとありがたいです。話を戻しましょう」

「おお、これは失敬」

「後は、天井の一部にガラスを使用して、日光を取り込んで明るく見せたいですね」

「天井にガラスをね」
ランドール様が更にメモを加えていく。

「横壁は警備上外が見えない様にして貰って、後は入場扉をもっと大きくして貰って、両開きのドアにしてもらうのはどうでしょうか?その方が豪華に見えませんかね?」

「それは良い考えですね、扉も意匠の凝った物に仕上げましょう」

「玄関口はその土地の顔ですので、精一杯威勢を張らせて貰いますよ」

「この扉を開けたら、島の風景が一望できるというのも、いい発想だと思いますよ」
入島受付の建物はあえて、石の階段を組んで高い位置にしてある。
島を一望とまでは行かないが、上からの景色は心を掴むものである。
はやり第一印象は大切だとの考えから、この様にしている。

「あとは、もう一回り大きくしましょう。万が一入場が重なったら、収容できない可能性がありますので」

「一回り大きくと」

「入島受付の建物はそんなところで、次に行きましょうか?」

「はい、迎賓館ですね」

「ええ」
迎賓館は先ほどの建物から出て、階段を下った後に右側に位置する場所に、造ることになっている。

「この建物は格式の高い造りにして欲しいです」

「格式高くですね、意匠を隅々にまで行き渡らせるということですか?」

「それもいいんですが、重厚な造りにしたいんです。もっとこう高級感が漂う様に、入口の前に大きな石造りの柱を置くような感じですかね」

「なるほど、イメージは掴めました」

「この迎賓館では商人が商談をし、各街や村の代表達が会談を行う所にするのがコンセプトです。ここに訪れることを誇りに感じるような、ここで商談を行うことがステータスになるような建物にしたいんです」

「それはいいですね」

「あっ!そうだ、ランドール様は家具は作れますか?」

「家具ですか?」

「はい、ここに置くソファーやテーブルも、重厚な物を揃えたいんですよ」

「そういうことなら多少はできますが、そこはやはりその道のプロに頼んだ方が良いかもしれませんね」

「その道のプロですか?」

「ええ、ゴンガス様ですよ」
えっ!あのおっさんそんなことも出来たのかよ・・・知らなかった。

「ゴンガス様は武器等はもちろんですが、家具の作成も一流ですよ」

「知りませんでした」

「とは言っても鉄製の物が中心で、木製は俺の方が腕があると自負していますがね」

「なるほど鉄製と木製ですか・・・どちらかに統一するべきなんでしょうか?」

「いや、そこはセンスが分かれるところですね。どちらも良い物は良いですし」

「そうですね・・・ひとまず家具のことは置いておきましょうか」

「ですね、まずは建物の完成が先ですね」
一度ゴンガス様の家具を見てこようかな?
次に社員寮だ。

「社員寮は設備として、トイレと台所、洗濯場、後は簡単なシャーワールームを設けようと考えています。後は個室ということで」

「島野さん、シャーワールームは本当に必要でしょうか?」

「もちろん要りますよ」

「それはどうしてですか?スーパー銭湯で充分では?」

「そこはほら、女の子には月に一度あるじゃないですか。その期間は風呂には入れないかと・・・」
納得がいった表情のランドール様。

「ああ、そうだった、これは余計なことを聞いた。そこまで考えているとは・・・」

「案外重要なことですよこういった所は、我々男性は女性に対してもっと気を遣うべきだと思います」

「そうですね・・・参考になります」

「あと、本当は寮も男女別々にしたかったんですが、どれぐらいの男女が集まるか分からないのでそこは一旦断念ですね。使用の仕方で分けていくしかないと思います」

「そういえば従業員はどうやって集めるんですか?」

「いろいろ考えていますが、メルラドで募集しようと考えています」

「メルラドが国民を手ばなすことを良しとしますかね?」

「どうでしょうか?まあメルラドには大きな借りがありますし、別に通いでもいいので、その辺はどうとでもなるかと思います」

「そうですか・・・そう言ったことに煩い国もあると聞いたことがあります、まあ島野さんなら上手にやるんでしょうが、気をつけてくださいね」

「ええ、ありがとうございます」
そういった国もあるんだな、それだけ税収が上手くいってないということか?

「それで、二階建てにしてもらって、三階の屋上を洗濯場にしてはどうかと」

「なるほど、では三階は事実上屋上として、手すりを造るぐらいですかね?」

「そうなりますね、シャワールームは二階でと考えています」

「シャワールームは二階と」
ランドール様はメモを余念無く書き込んでいく。

「これは、二階を女性専用にする為です」

「なるほど」

「トイレは上下階共に完備で、もちろん水洗式です」

「そうだ、ここの水洗トイレはいいですね。ビックリしましたよ。こんな衛生的なトイレがあるなんて知りませんでしたよ」
日本のトイレはもっと衛生的なんですけどね、流石にあのレベルをこの世界で再現するのは難しいな。

「衛生面は重要です。病気の原因のほとんどが衛生面から来ていると言っても、過言ではないですからね」

「そうなんですね、我々神には病気は無縁ですが、そうは言ってられないですからね」

「ええ、重要な要素です」

「肝に銘じておきます」

「あと、台所は小さな規模でいいです。恐らく使うことはあまり無いかと思いますので、念のための設備です」

「台所は、規模は小さくと」

「寮に関しては、そんなところですかね」

「島野さん、従業員達はどこで食事を取るんですか?」

「それは、スーパー銭湯の大食堂でと考えています」

「なるほど、いいですね。余計な施設は要りませんからね」

「当初は職員食堂も考えていましたが、よく考えたらその必要はないかと思いましてね」

「うん、それでいいと思いますよ。それにマーク達に聞いたんですが、島野さんの所は三食無料で食べれるらしいじゃないですか、それにビールも二杯まで無料だとか、この世界でそんな好待遇な話は、聞いたことがありませんよ」

「これは俺の持論なんですが、職場環境は従業員達にとっては重要で、ある程度好待遇にすることでモチベーションが上がると思うんです。やはり気持ちが乗ってないと、良い仕事はできないですからね」

「それはそうだが、現実として難しいものですよ」

「そうなんでしょうね、でもやっぱり福利厚生というか、従業員達にとってやりがいとなる物は必要だと思いますよ」

「やりがいか・・・」
ランドール様が顎に手をやっている。
彼の考える時の癖だな。

「話を戻しましょうか」

「ですね、それにしても島野さんと話していると、何かと考えされられますよ、本当に参考になります」

「ありがとうございます。次はいよいよスーパー銭湯ですね、向かいましょうか?」

「行きましょう」
スーパー銭湯の候補地は、入島受付の館から階段を降りて左に向かった所になっている。
スーパー銭湯までの道も、石造りの道を整備するつもりだ。
土のついた靴で上がられると、掃除が大変なのは間違いない。

「まずは一階の施設ですが、大食堂がメインですが、横になって仮眠が取れる場所も重要です」

「仮眠室ということですね」

「この仮眠室ですが、実はまだ悩んでいる部分があります」

「ほう、どういった点でしょうか?」

「まず仮眠を取るにしても、その質が問題なんです」

「質ですか?」

「はい、雑魚寝で物足りるのか、物足りないのか・・・」

「なるほど、でも宿泊施設ではないので、そこまで拘る必要はないのでは?」

「確かにそうなんですが・・・経験上そうとも言えないんですよね」
多くのスーパー銭湯では、個別の仮眠室があったほうが寛げたなと思うことがあったのだ。
どうしたものか・・・

「ひとまず保留とさせてください」

「分かりました」

「次にトイレと、簡単な遊戯施設は要りますね」

「トイレは分かりますが、遊戯施設ですか?」

「はい、今のサウナ島の遊戯施設までは距離がありますので、そこに行くこともできますが、やはり子供達は親とは違う、楽しめる場所が要ると思うんです」

「子供ですか・・・」
これも自分の経験談になってしまうが、遊戯スペースで楽しく遊んでいる子供達を何度も見かけた、子供達にとっては、風呂が楽しい場所とは限らないのだ。
ただ親に付き合っているではもったい無いと思ってしまう、子供には子供のスーパー銭湯の楽しみがあっても良いと思うのだ。

「ちなみに遊戯スペースでは、何をしようと考えているんですか?」

「これはいくらでも案はあります」

「ほう、例えば?」

「水を張った大きな桶を用意して、そこに小さな魚を泳がせて、紙で作ったスプーンの形をしたもので掬って遊ぶとか、後は、オモチャを並べておくとか、いくらでも考えられます」
そう、金魚すくい一つだけでも、充分に楽しめるのは間違いないのだ。

「流石です。俺にはそういったことは考えつかないですよ」

「いえいえ、俺は子供にも楽しめる施設にしたいと思っているだけのことです。ちなみに小さい子供には、サウナは入れない様にしようと考えています」

「それはどうしてですか?」

「子供にとってはサウナの意味は分かりづらいと思うのです、何度かサウナに入る子供を見かけたことがあるんですが、直ぐに出て行ってしまいますので、返って他の利用者にとっては、迷惑になる可能性がありますので」

「なるほど、年齢制限を設けるということですね」

「はい、適正年齢は今後考えますが、そうしようと考えています」
大事なことは、いかにすべての世代の方々が、楽しめる施設になるのかということだ。それには拘る必要がある。

「あとは、これは考え処ですが、ステージを作ろうと思います」

「ステージですか?」

「はい、大食堂に加える形でお願いします・・・」

「それはどうして?」

「オリビアさんが・・・どうしても私が歌う場所を作って欲しと・・・」

「ああ・・・分かりました」
ランドール様も理解してくれたらしい、まあこの人にとっては、何度もオリビアさんにちょっかいを掛けては、毎回歌で眠らされてるから、その効果のほどは実感があるのだろう。逆に挑み続けるガッツに俺は引いているのだが・・・

「まあ、そういうことです・・・」

「理解しました・・・」

「次に二階ですが、ここは俺の独壇場ということで話をしますが、まず一階も二階もまず天井が低いのでもっと上げてください」

「わかりました」

「特に内風呂は天井が高ければ高いほどいいと考えています」

「それはどうして?」

「まずは湿度の問題です。当然水蒸気は上に向かいます、それによって風呂自体の温度は下がっていきます」

「はい」

「でも湿度は一定の湿度を保ちます」

「ほう」

「そうなると、室内自体が一定の湿度を保つことで、室内に一定の温度感を保つことが出来ます。それが、重要と考えています」

「といいますと」

「浴室に入った時の第一印象です」

「第一印象ですか?」

「はい、浴室に入った際に何が迎えてくれるのか・・・これが大事なことなんです」

「レベルが高すぎて私には理解できません」

「かもしれませんが、ここは拘らせてください。天井高を、四メートルは作ってください、お願いします」

「分かりました」

「サウナルームに関しては、俺に一任してください。ただ、十段の階段は設けてください、これは必須です」
俺のサウナの拘りをここにぶつける。
これまでにないサウナを作りたい。
どうしたものか・・・考えはあるが・・・今はまだ言うべきではないだろう・・・

「シャワーは四十機、内風呂は大きく作って三十人以上は入れる広さにしてください。そして角には電気風呂を造ります」

「電気風呂とは?」

「はい、魔石に微量な雷魔法を付与して、マッサージ効果を得る風呂です」

「おお!マッサージ効果ですか?」

「はい、そうです」
あれ?この人のマッサージはこれで合ってるのか?
まあいいや。

「後は大事な部分として水風呂ですね。二か所必ず設けて貰います」

「二か所ですか?」

「はいそうです、超冷水風呂と普通の水風呂が必要です」

「温度帯で分けるということですね」

「そうです正解です。これが重要なんです」
俺はこれの重要性をいやというほど知っている。
おでんの湯で、超冷水風呂をどれだけ堪能してきたことだろうか。
これまでに超冷水風呂に関しては、試行錯誤してきたことは間違いない。



突如突きつけられた超冷水風呂・・・
あれはおでんの湯がリニューアルした時だった。
おでんの湯のリニューアルのメインは、オートロウリュウだった。
そこに目を奪われ過ぎてしまっていた。

リニューアル初日、俺はオートロウリュウに満足し、いつも通り通常の温度帯の水風呂を使っていた。
その翌日、

「超冷水風呂はなかなかの破壊力ですよね?」
と飯伏君に尋ねられた。
超冷水風呂?

「何のこと?」

「あれ、まだ試してないんですか?」

「嘘、そんなのあるの?」

「ええ、水風呂の隣に、ほら前は運動浴があったところですよ」
頭を抱えてしまった、またやっちまった。
おっちょこちょいにもほどがあるな。
超冷水風呂を見落としてしまっていた。
我ながら嫌になる。

「ありがとう、試してみるよ」

「温度帯はグルシンですよ」

「そうなのかい?それは期待できるね」

「ええ、最高ですよ」
見に行ってみると超冷水風呂があった。温度はなんと七度。
期待値が爆上がりした。

確か名古屋市栄のフィンランドサウナの名店の冷水風呂が、水温五度前後だったはず。
一度だけ入りに行ったことがある。
余りの寒さに、一瞬手足が動かなくなったのを覚えている。
あの名店のクオリティーとまではいかなくとも、それに近しいクオリティーを地方都市のスーパー銭湯で体験できるなんて、なんてお得なんだ。

この日から超冷水風呂の、最もサウナトランスに良い入り方の研究が始まった。
飯伏君とも、どう入ったらいいのかという談義が数日続いた。
最終的に俺が落ち着いた入り方は、一セット目は超冷水風呂に数秒、二セット目は通常の水風呂で数十秒、三セット目は超冷水風呂に数秒の後に、通常の水風呂を数十秒の、から揚げの二度揚げならぬ、水風呂の二度入りだ。
俺にとってはこの入り方が、最もサウナトランスが深かった。



「後は外気浴場と露天風呂と塩サウナですね」

「そうなりますね」

「露天風呂に加えて、温泉をここまで引き込もうと考えています」

「今の温泉はどうするのですか?」

「潰そうと思ったんですが、そのままにしておきます」
これはノンからのたっての望みだった。
何かに使いたいとのことだった。
余りの懇願だったので、あまり深くは聞かないことにした。

「そうですか」

「引き込み自体は対して負担な作業にはならないので、問題は有りません」

「負担な作業にはならないと、簡単に言ってしまう島野さんに脱帽です」

「いえいえ、俺は能力に恵まれているだけです」

「なんとも・・・」

「後、炭酸泉用の風呂も外側スペースに設けようと考えています」

「そうなると、外気浴スペースを狭くする必要がありますね」

「そうするのは偲びないので、二階を一階よりも広く設ける様に柱を組んで貰えないかと考えているんですが、どうでしょうか?」

「出来なくはないです。そうなると構造計算が変わってくるので一度持ち帰らせてください」

「お願いします、出来れば海を見渡せる箇所に、外気浴場を設けたいと考えてますがどうでしょうか?」

「そこは工夫でカバーしましょう」

「助かります」

「いえいえ、今回の建設は私にとっても大きな経験になります。なにせこの世界初だらけですからね、歴史に名を刻めます」

「言い過ぎですよ、ランドール様は」

「何をいってるんですか島野さんは、自分がどれだけのことをしようとしているのか分かってないのですか?」
どれだけのことって言われてもねえ・・・

「あなたはこの世界の有り様を変えようとしているのですよ」

「と言われましても、あまり実感がないのが正直な所でして・・・」

「ふう、まあ島野さんらしいということでしょうね」
またらしいと言われてしまった。
俺らしいってなんなんだろうね?

「さて、ひとまずはこれで確認は済みましたね」

「あとの細かいところは、修正後にまたということで」

「はい、そうしましょう。今日も入っていかれますよね?」

「ええ、そうさせていただきます」
最近のランドール様は、ほぼ毎日サウナに入っている。
既にサウナジャンキーだな。
さてさて、今日の晩飯はなんだろうな。



ゴンガス様の所にやってきている。
さっそく受付のメリアンさんから、ワインの購入の催促があった。

「メリアンさんもワインが好きなんですね」

「ええ、島野さんのワインは格別ですから」
と言って代金を支払ってくれた。

「ゴンガス様はいますか?」

「今は工房かもしれません、覗いてきますね」

「お願いします」
数分後ゴンガス様が現れた。

「お前さん納品か?」

「はい、それもありますが、見させて貰いたい物がありまして」

「見たい物があるのか?」
ゴンガス様が二ヤリと笑った。
金の匂いを嗅ぎつけた顔をしている。

「家具を見させて貰えませんか?」

「おお、家具か!何に使うんだ?」

「迎賓館とスーパー銭湯に置けるような物があれば買いたいなと」

「なるほどのう、付いてこい」
と言うと、ゴンガス様は工房の更に先にある倉庫に俺を誘導した。
倉庫の鍵を開けると中に入っていった。
そこにはたくさんの家具や、武器類が所狭しと並んでいた。

「これまた凄い数ですね」

「ああ、自慢の作品達だ、遠慮なく見ていってくれ」

「そうさせて頂きます」
鉄製なせいか、重厚な雰囲気を感じさせるテーブルや椅子、カウンターテーブルの様な物も置いてあった。

「ちなみにお勧めはどれですか?」

「迎賓館に置くにはこれだの」
ひと際目立つテーブルセットだった、所々にある意匠が良い仕事をしている。
椅子を引いてみた。

「あれ?思いの他軽いですね」

「ああ、見た目とは違って軽量の鉄を使っておる、毎日使う物なら軽く無ければなるまい」

「確かに、ちなみにいくらですか?」

「これはセットで金貨四十八枚だな」

「結構しますね」

「ふん!自慢の一品だからのう」

「まあ、たくさん購入しますので、その時はまけてくださいね」

「おお!そうかそうか、お前さんのたっての願いとなれば、受けてやらんとのう、ガハハハ!」

「あと、オーダーメイドでお願いしたい物がありますので、時間を貰えますか?」

「いいだろう」
ニコニコのゴンガス様だ。
倉庫の中を一通り見て周って倉庫を出た。
まずは納品を済ませて、いつもの部屋にいる。

「それで、何をオーダーメイドするんだ?」

「ロッカーを作って欲しいのですが?」

「ロッカーとな?」

「はい、そうです」
俺はロッカーの構造や、鍵の部分などについて説明した。

「ほうほう、それなら作れるが、ここまでの数となるとちょっと時間が掛かるのう」

「どれぐらいかかりますか?」

「そうだのう、全部で八百個となると、うーん」
髭を撫でながら考え込んでいる。

「鍵の部分に時間が掛かりそうだのう、弟子達を使ったとして、一ヶ月は欲しいのう」

「一ヶ月ですね、じゃあそのタイミングになったら声を掛けます。あと最後の組み立ては現地でお願いできますか?多分そうしないとサイズ的に入らないと思いますので」

「そうか、そうだな、出来たは良いが、入らんとなっては意味が無いからのう、ガハハハ!」
今日はお金になる話の為か、終始上機嫌のようだ。

「また材料は『万能鉱石』を使うのか?」

「はい、でもゴムは島にありますのでそれを使ってください」

「そうか、サウナ島にはゴムの木があったな、ゴムだがな、ちょっと多めにくれんか?」

「いいですが、何に使うんですか?」

「この世界ではゴムは貴重でな、さっき見た家具なんかにも本当は使いたいんだが、なかなかそうもいかなくてのう」

「なるほど、いいですよ、せっかくですので帰ったら新しくゴムの木を植えておきますよ」

「本当か?ガハハハ!お前さんには頭が上がらんのう」
しょっちゅう頭は上がってると思いますが?
俺はサウナ島に帰ってゴムの木を新しく植えた。



建設工事は順調に進んでいる。
俺も大工の皆に交じって作業を行っている。
もはやガテン系と言ってもいいのかもしれない。

ランドール様は流石と言わざるを得ない、工程の管理から細かな作業に関してまで指示は的確で、大工の皆も全幅の信頼を置いているのが分かる。
エロい一面が無かったらとは思うが、最近はあの下卑た顔にも慣れて来た。
ただ、この島の女性陣はランドール様に黄色の声を向ける者は一人もいない、というより下卑た顔をしたランドール様を、レケが酔いに任せて殴っていた。
俺はあえて無視したのは言うまでも無いだろう。



今日は、特別な来客があった。
オリビアさんが、魔王一団を引き連れてサウナ島にやって来た。
彼らがサウナ島に来てから、そんな約束があったなと思いだしたぐらい、俺は建設工事に集中していた。

「いらっしゃい!」

「この度はお招きいただきありがとうございます」
リチャードさんが仰々しく頭を下げた。
こちらから招いた訳では無いのだが・・・まあいっか。

「島野さん、オリビア様から聞いてはおりましたが、凄い規模の建設工事が行われているのですね」

「ええ、圧巻でしょ?」

「はい、なんだかワクワクします」

「あ、そうだ、前もって言っておきますが、このサウナ島では身分や立場は関係なくをモットーにしておりますので、失礼があったら前もって謝っておきますよ」

「はい、聞いておりますので大丈夫です」
親衛兵達がざわめいた。

「あと、親衛兵の方達には悪いが、武器はこの島には厳禁なんだ。戻って置いてくるか、なんならこちらで預かろうか?」

「いえ、そういう訳には行きません」

「そうです」
と親衛兵達は引かない。

「なら悪いが帰ってくれないか?」

「えっ!」
絶句している。
こいつらは堅いんだよな、分からんでもないが。
前もそうだったが・・・

「だから、このサウナ島のルールに従えないのなら帰ってくれるかな?」

「それは・・・」

「君達、島野様に従いなさい。そもそもオリビア様からそう聞いていたはずです」

「しかし」

「では島野様が言う通りあなた達は帰りなさい。オリビア様お願いします」
一連のやり取りを、にやけ顔で眺めていたオリビアさん。

「だから言ったでしょう、あなた達はお堅いのよ。ねえリチャード」

「ええその通りです。ここは敵地ではありません。それに私達は勉強に来させていただいていることを分かってないようだ、君達は!」
おお!厳しい態度のリチャードさんは始めてみるな。

「分かりました、では武器を預かってください」
リーダーであろう男性が諦めたように言った。

「お前達もそうしろ!」
と一喝する。
その指示に従い、武器と鎧を脱ぎだした。
やれやれ、なんでこんなことになるのかね?
何かそうさせる過去でもあるのか?
俺は武器類を預かると、最近勝手にオリビアさんが使いだしたロッジの部屋に置いた。

「守さん、何もここに置かなくても・・・」

「オリビアさんが勝手に自分の部屋にしてるようですが、俺が知らないとでも?」

「うう、良いじゃないですか」

「いいですけど、せめて一声かけてくださいよ」

「じゃあ、この部屋を貰ってもよろしいので?」

「そうは言ってません」
項垂れるオリビアさん。
どうせほかっといても、勝手に住み着くんでしょ?
まったく・・・

「さて、何処から見たいですか?」

「島野さん、畑から見たいです」
メリッサさんが目を輝かせている。

「では行きましょうか」

「はい、是非!」
俺達は連れ立って畑に向かった。

畑に着くと、
「これは、凄い・・・」
とメリッサさんは声を失っていた。
親衛兵達も同様に言葉を失っている。
アイリスさんがこちらに気づいて駆け寄ってきた。

「メリッサさん、紹介しますね。アイリスさんです」

「あなたがあのアイリスさん・・・ああ・・・会いたかったです。本当に・・・」
メリッサさんは泣き出してしまった。
アイリスさんは、はて?と首を傾けている。

「どうしたんですか?」

「メリッサちゃんはアイリスちゃんの大ファンなのよ」

「大ファン?」

「ええ、国の復興に大活躍しただけで無く、アイリスの書は彼女にとっては、バイブルなのよ」

「へえー、アイリスさんの本の・・・」

「メリッサちゃんは、本当は農家になりたかったのよね?」
オリビアさんが話を振った。

「はい、そうです。農家になりたかったんです」

「なるほどね」
農家になりたいならアイリスさんの大ファンになっても、なんら不思議はないな、しかしそんな彼女が何で魔王になったんだ?
聞いてみたいが・・・
アイリスさんがメリッサさんの手を取り、引き寄せてハグした。
小さく振えるメリッサさん。

「いいんですよ」
と言って、背中を優しく撫でている。
やっと泣き止んだメリッサさん。

「すいません、気持ちが抑えられなくて」

「いえ、いいんですよ」

「メッリサと申します、よろしくお願いいたします」

「はい、こちらこそ」
と握手を交わしている。

「畑を見て貰えますか?」

「ええ、お願いします」
立ち直ったメリッサさんはアイリスさんに付いて周り、畑のイロハを教わっていた。
何とも楽しそうである。
オリビアさんが俺の横に並んで話しだした。

「あの子はもともと農家の一人娘だったのよ」

「そうなんですね」

「ええ、彼女は両親が育てている畑が大好きで、自分も将来はその畑で両親と一緒に農家として暮らすことを、当然の様に受け止めていたわ」

「・・・」

「でも十五歳の『鑑定の日』に彼女に膨大な魔力量があることが露呈し、慣習に則り彼女は、三年の準備期間を経て魔王となることになったのよ」

「魔王になる条件は、魔力量ということですか?」

「ええ、それに彼女の魔法は万能で、火・水・土の属性があるのよ。メルラドのみならず、自然属性の魔法が三種類も使えるなんて、異例の話だわ」
家の聖獣達は普通に三属性ありますけど?
人では無いから関係ないのか?

「その準備期間には、魔王は威厳に満ちた存在でなければならない、と教え込まれるらしいのよ」

「旧世代の考えと思えますね」

「守さんもそう思いますでしょ、私が出会ってからはそうじゃないと再教育しておりますの」

「そうなんですね」

「威厳では国は守れませんからね、そんなことは私も散々見てきましたわ」
この人も苦労して来たんだな。

「ちなみに、なんで親衛兵達はああもお堅いんですか?」

「彼らも同じですわ、親衛兵たる者、魔王の安全を最優先で確保すべきってね」

「職務に忠実であることには、間違いはないんですけどね・・・」

「でも、あれはあれでメリッサちゃんも良くないのですわ」

「どういうことですか?」

「あの子、何度か王城を抜け出してしまったことがあるのよ」

「へえ、それはどうして?」

「両親に会う為よ」

「ちょっと待ってください。魔王になったからって親に会えなくなるんですか?」

「ええ、今のメルラドはそうなのよ・・・」

「それに意味はあるんですか?」

「・・・無いわね・・・」

「だったら・・・」
ああ、他国の有り様に口を出すべきではないな・・・
全く意味の無い理不尽は、少なからず存在するが・・・
こちらの世界でもあるのか・・・
どうしたもんか・・・
まあ今は何も言うまい。



その後、サウナ島の施設をアテンドして周り、風呂に行くことにした。
風呂やサウナに関しては、オリビアさんに任せた。
もうオリビアさんは風呂や温泉、サウナに関しては常連なので、俺が出しゃばる必要は無い。
その間に俺は料理班に加わり、晩御飯の準備をすることにした。

「メルル、今日のメニューは何の予定なんだ?」

「今日はてんぷらにしようかと考えてました」

「そうか、急で悪いんだが焼き肉に変更したいんだが、いいかな?」

「いいですけど、どうしてですか?」

「メルラドからお客さんが来てるし、大工達にも精を付けて欲しいからな。それにメルラドとボルンの交流を図るには、焼き肉が良いかと思ってさ」

「いいですね。ちょうどノンが今日ジャイアントピッグを狩ってきていましたから、それを使いましょう」

「解体は済んでいるのか?」

「ええ、終わってます」

「そうか、じゃああれも出せそうか?」

「ええ、いけます」

「了解、ちょっと味付けを変えた物も作っておくよ」

「また新たな味の登場ですか?」

「そこまでではないが、味は保証するよ」

「島野さんがそういうのなら間違いはないでしょうね、他の準備はやっておきますよ」

「頼む」
俺は解体した肉を見に行った。
なるほど、良い状態で保存されている。
もはやこのサウナ島には、なんちゃって冷蔵庫は普通に使われている常備品となっている。
俺はさっそく仕込みを始めた。



晩飯時
メルラドの一団とボルンの大工達が集まっている。

「今日はメルラドからお客さんが来ておりますが、ここサウナ島では皆さんご存じの通り、身分や立場は関係無くをモットーにしておりますので、遠慮なく食って飲んで、そして新たな仲間との交流を楽しみましょう、カンパーイ!」

「「「カンパーイ!」」」
焼き肉パーティーが始まった。
空気を呼んだのかランドール様が、メリッサさんに話し掛けに行っていた。
その横でオリビアさんが鉄壁のガードを展開していた。
何をやっているのやら・・・
賑やかに食事は進んでいく。

「皆さん、今日は新メニューをご披露させていただきます」

「おお!島野さんの新メニューか!」

「なんだ、絶対上手いに決まってるだろ!」

「早く、食わせてくれ!」
と声援が凄い。

「皆な、これは俺の故郷の食べ物でとんちゃんという食べ物だ。遠慮なく食ってくれ」

「よっしゃー!」

「早く早く!」

「俺にも!」
と大賑わいだ。

「これはホルモンの味噌味ですね」
メルルが関心していた。

「ああ、一味唐辛子をアクセントにしている。味噌の甘い味と唐辛子の辛さが合わさって絶妙な味になる上に、ホルモン独自の噛み応えが癖になるんだよ」

「ええ、そうですね。これは癖になる味ですね」

「主、これは上手いです」
ゴンが舌鼓を打っていた。

「それにしても、この島は飽食だな」
大工の一人が話掛けてきた。

「お陰げさんでね」

「ここにこれから南半球に住む全員の注目が集まるんだろうな」

「だろうね、ただ神様達は大忙しになるだろうがね」

「ハハ、違いねえな。我らのランドール様も大層この島を気に入っているようだから、それはそれで良いんじゃねえか。ハハハ!」
ランドール様に目をやると、既に眠らされていた。
早すぎないか?・・・
俺はオリビアさんと、メリッサさんに話し掛けにいった。
そろそろ話しておかないといけない件があるからな。

「メリッサさん、オリビアさんちょっといいですか?」

「ええ、どうぞ」
俺は二人の対面に座った。

「相談なんですが、食料飢饉と復興の褒美の件ですが、メルラドの国民を何人かこのサウナ島で雇うことで手打ちにしてもらいたんですが」

「島野さん、それはどういうことでしょうか?国民を譲れということでしょうか?」

「いえ、そういうことではありません。国民の中から公募を行い、意志のある者のみをこのサウナ島で働いてもらい、従業員用の寮も建設しておりますが、転移扉を使ってメルラドから通っていただくことも可能です」

「国民はメルラドの国民のままということでしょうか?」

「そうです、分かりやすく言えば出稼ぎみたいなもんです」

「なるほど出稼ぎですか。であればまったく問題ありませんが、それではこちらに理がある話になりませんか?」
メリッサさんはちゃんと話を理解できているようだ。

「そうなりますが、こちらとしては人手が足りないことも事実です。ですのでどちらに理があるというよりは、ウィンウィンの関係ということで」

「ウィンウィンですか?」

「はい、お互い徳するといった所ですね」

「しかし・・・これで手打ちとは寛大すぎますわ」

「そこは・・・」
俺は周りを見て、こちらに注目が集まってないことを確認した。
顔を二人に寄せると、二人も察してこちらに顔を寄せてきた。

「俺は神様になる修業中の身ですので、これぐらいがちょうどいいんですよ」
と言って、顔を離した。
二人は顔を見合わせていた。
オリビアさんが口を開く。

「まあ、そんな事情がありましたのね、私はてっきり創造神様が。守さんに変身しているのかと思っておりましたわ」

「・・・」
なんだか、近しい様で怖いな。

「それでは、甘えさせて頂きます」
とメリッサさんは頭を下げていた。

「それで、何人ほど必要でしょうか?」

「そうですね、多くて百人、少なくても六十人は欲しいですね」

「どの様に手配致しましょうか?」

「そうですね、まずは国民に公募があることを伝えてください。その上で面接を行い決めて行こうと考えています。募集要項はこちらで纏めておきますので、後日お渡しさせていただきます」

「分かりました」
どうやら上手く話は纏まったようだ。
重畳なことです。
メルラドに伺い、リチャードさんに募集要項を手渡した。

「そういえば、この国の識字率は高いようですが、学校があるんですか?」

「学校ですか?」

「ええ」

「学校がどういう物かは存じ上げませんが、識字率が高いのは、小さい子供は教会で、読み書き計算を習わなければいけないことになっているのです」
教会が学校の替わりをしているということか。
なるほどね。

「そういうことだったんですね」

「ええ、それにしても今回の公募ですが、どこから情報が漏れたのか分かりませんが、既にちょっとした騒ぎになっております」

「そうなんですか?」

「メルラドを救った島野様の所で働けると、大人気です。いったい何人が応募することやら、私も応募に参加させて頂こうかと思ってしまいましたよ」

「勘弁してくださいよ、リチャードさん」

「ハハハ、サウナ島は魅力に溢れる島ですからね」
外務大臣にスーパー銭湯で働せる訳にはいかんだろう・・・
流石に似合わないな。

「募集要項は大丈夫そうですかね?」
リチャードさんは募集要項に目を通した。

「問題ないかと・・・」
と言いつつも、顔が引き攣っている。

募集要項の内容は職種によって変えている、スーパー銭湯の職員は火・水魔法が使える者、浄化・照明魔法が使える者は優先的に採用するということにしてある、ただ魔法が使えないからと言って面接が受けられないことは無い、これはあくまでそうあってくれたらいいな、という程度の物でしかない、採用の条件は人間性を鑑みて決めるが原則である。
次にスーパー銭湯の食堂及び、迎賓館の食堂の調理師も経験者歓迎にしているが、これもそうであったら助かるという程度の物である。
畑作業の職員も経験者歓迎としている。

他には、受付や給仕係の募集については、礼儀作法に詳しい者としているが、これも同様でしか無い。
後は給料の金額と、寮があることが記載され、休日は週に二日あることも記載している。
福利厚生については、どう記載するのか悩んだが、三食風呂付、その他有とだけ記載しておいた。
細かいことは、今はいいだろう。

大事なことはその人の人間性や、やる気の問題である。
ただし、年齢制限だけはさせて貰うことにした。
リチャードさんにメルラドの成人年齢は十五歳と教えて貰ったので、年内に十五歳以上になる者としておいた。
今は五月の為、十二月の末日までに十五歳になるのであれば、問題は無い。
少しでも、裾の尾は広げておきたい。

必須なのは履歴書を持参することだ。
書式は問わない。

「どれぐらいの応募人数になるんでしょうか?」

「どうでしょうか?想像もつかないですね。この内容を見る限りかなりの人数が集まるのは目に見えてますが・・・」
リチャードさんは眉間に皺を寄せていた。

「何か気になりますか?」
話していいものかと、躊躇っているようだ。

「聞かせてください」
一つ咳払いをしてからリチャードさんが口を開いた。

「まず、給料が高すぎます。メルラドの平均月収の倍以上はあります。それに週に二日も休日があり、この福利厚生も待遇が良すぎます」
やはりそうなのか・・・マーク達の話からそうだろうなとは思っていたが・・・だからといって今いる者達と、新たに加わる社員達の間に、あまり差は空けたくないとは思うのだが・・・

「せめて給料だけでも、もう少し下げませんか?月に金貨二十枚は多すぎます」

「そうなんですかね・・・いくらぐらいが妥当ですかね?」

「本来であれば、金貨五枚でも充分過ぎます」

「そんなに低いんですか?」

「はい、これはおそらくメルラドに限った話では無く、南半球の各国でも、給与水準は対して変わらないと思います」
そうなのか・・・まいったな・・・まああまり給料が良すぎるってのも、問題なんだろうな。
しょうがないか。

「分かりました、じゃあ金貨十枚に変更します」

「そうしてください、それでも良すぎることは胸に控えておいてくださると、助かります」

「わ、分かりました」
従業員達には裕福になって欲しいとまでは言わないが、せめて食べていくことに困らない程度にはなって欲しいと思うのだが、俺の金銭感覚がまだこの世界に追いついていないのだろうか。
募集要項を修正し、リチャードさんに再度手渡した。



サウナ島に帰ると、あまり嬉しくない来客があった。
エンゾさんである。
最近は接する機会があまりなかった為、久しぶりとなるのだが・・・絶対嫌味の一つも言われてしまうだろう。

「エ、エンゾさんご無沙汰してます・・・」

「島野君、ご無沙汰ね・・・」
おかんむりのご様子、頭から湯気が出てきそうだ。
怖いぐらい睨まれている。

「あの・・・どうしてここへ?」

「どうしてって、あなたね!もう、何で私にも教えてくれなかったのよ!酷いじゃない!そんな連れない仲でしたっけ?」
やっぱりか・・・拗ねてると思ったよ・・・

「すいません、なかなか会う機会が無かったもので・・・」

「それに、何あの転移扉って!無茶苦茶してくれるじゃない!あんな物を造られたらタイロンの経済が傾きかねないわよ!」

「そ、そうなんですか?」
そうなのか?タイロンは大国だろ?

「はあ、あのね島野君」
こんこんと経済についての説明を受ける羽目になった。
転移扉による流通革命は俺が考える以上に、経済に与えるインパクトが大きいとのことだった。
使用者が神様に限定されるから、そこまででも無いかと気楽に考えていたが、どうやらそうでもないらしい。
基本的に神様は慈悲深い為、頼まれたことをなかなか断れないようだ。特に自分が管理している街の者達の申し入れとなると、尚更みたいだ。

それと、この島にあまりにお金が集まることが問題らしく、経済として健康的な状態では無いとのことだった。
これについては俺も危惧していた点でもある、そういった面もある為、給料などを高めにしたかったんだが・・・
なかなか上手くいかないな。

問題点は、このサウナ島は輸入に頼ることが無いのが大きく、逆に輸出が多いということが原因なのだが、なかなかこの問題の解消は難しいのが現状だ。
使わなくていい所にお金を掛けるのは、性に合わないし、無駄使いはしたくない。
俺は貧乏性なのだろうか?
まあそんなこんなでエンゾさんから、きついお灸を据えられてしまった。

「それで、タイロンには転移扉は設置してくれないの?」

「はあ、やっぱり要りますか?」

「ええ、居るに決まってますわ!」
エンゾさん、そんなに凄まないでくださいよ・・・
出来ればタイロンには設置したくないんだよな・・・

「島野君、そんなにタイロンがお嫌いなの?」

「いえ、そういう訳じゃあ・・・」

「何が気になるのよ?」

「それが・・・何が気になるのか分からないから困ってるんですよ」

「はあ?何それ、禅問答じゃあるまいし」
禅問答ってこの世界にそんな言葉があっていいのか?
あっ!どうせ五郎さんから聞いたんだろうな。

「まあ、設置してもいいですけど、エンゾさんがちゃんと管理してくださいよ、それと王様とか連れてこないでくださいね」

「島野君、あなた聞くところによると、メッサーラの賢者や、メルラドの魔王とも懇意にしてるって聞いてるわよ、何でタイロンは駄目なのよ!」
それは確かにそうなんだけど・・・変なことに巻き込まれるに決まってるからじゃないですか?ってエンゾさんに言っても理解してくれないんだろうな・・・

「いや大国の王様ともなると気が引けるというか、なんというか・・・」

「まあ、何となく言いたいことは分かるけど、挨拶ぐらい受けて頂戴ね。嫌われてるんじゃないかと言ってたわよ」
あらー、これは詰んだのか?
逆に悪い印象になってしまってるじゃないか・・・大国には睨まれたくないんだが・・・

「いい加減勘弁なさい!」

「・・・分かりました・・・でもせめて落ち着いてからにしてくださいね」

「それは考慮しますわ、見る限り忙しいのは私でも分かるわよ、こんな時に国賓は迎えたくないでしょうからね」

「恩にきます」

「でも、スーパー銭湯に迎賓館ってよくそんなこと思い付くわね」

「はあ、そういう性分なんで・・・」

「後でお風呂とサウナは入らせて貰いますからね、五郎からどれだけ自慢されたことか、もう!」
そんなことで怒らないでくださいよ。

「分かりました、堪能していってください」
俺は結局タイロン用に転移扉を造る羽目になった。
もうどうにでもなれだ。
ここは開き直ろう・・・うんそうしよう・・・はあ



晩御飯を食べていると、ゴンから手紙を手渡された。
ルイ君からの直筆の手紙だ。

「ルイ君からです、絶対に渡してくれと懇願されました」

「はあ?懇願された?」

「はい、ルイ君は仕事詰めで、相当参っている様子でした」

「そうなのか?まあ当分の間は収まらんだろうな」
手紙を開けてみた。
そこにはお願いだから、サウナ島に行かせて欲しいということと、流浪の神様がメッサーラにやって来たから、会ってみて欲しいという内容だった。
流浪の神様か・・・どんな神様だろう・・・これは会わない理由はないな、ついでにルイ君にもリフレッシュして貰うか。たまには息抜きも必要だからな。



翌日ギルを連れて、ルイ君の所に向かった。
メッサーラは活気に溢れていた。
国として大きく変わってきているのを肌で感じる。
街には笑い声が溢れ、喧騒に満ちていた。

それにしても、ルイ君に会うのも久しぶりのような気がするが、どれぐらいぶりだろうか?
既に俺とギルも顔パスになっている為、ルイ君の執務室までノンストレスで向かうことができた。

コンコン!

「どうぞ」
弱々しい声が返ってきた。
随分お疲れのご様子。

「ルイ君、ご無沙汰だな」

「島野さん!ああ、やっと来てくれた!待ちに待ってましたよ」
ルイ君が駆け寄ってきた。
無理やり握手をさせられた。
おいおい、大丈夫か?

「おお、元気そうじゃ・・・なさそうだな・・・」

「はい・・・公務に追われて・・・」
ルイ君は肩を落としていた。

「まあこれでも飲んで元気を出してくれ」
『収納』から体力回復薬を手渡した。

「ありがとうございます・・・」
と言うと、一気に飲み干した。
あれまあ・・・豪快だこと。

「ああ、少し元気になりました。ありがとうございます」
落ち着きを取り戻したルイ君。

「それで、流浪の神様は何処にいるんだ?」

「今は何処いるのか・・・ちょっと待ってて貰えますか?」
ルイ君は警備兵に指示を出すと、警備兵は立ち去って行った。
神様を呼んで来てくれるのだろう。

ルイ君は戻ってくると、激務となっている現状について話し出した。
聞く限りではそうとう忙しいのは分かるが、前のルイ君とは違って責任感を負い過ぎている様に感じる。自分一人で抱え込んでしまっている様子だ。
さて、どうしたものか。

「ルイ君、ちょっといいか?」

「はい、どうしましたか?」

「ルイ君ちょっと抱え過ぎじゃないのか?」

「抱え過ぎですか?」

「ああ、そうだ。国家元首である自覚に目覚めて、責任感を持ったことはメッサーラの国民にとって、とても喜ばしいことだ」

「はい」

「でも、匙加減を間違ってないか?」

「それはどういうことでしょうか?」

「例えば、一日の『魔力回復薬』の販売数をルイ君が把握する必要なんてないんだよ。導入当初は必要なことだが、既に通常運転となっている今では、その必要は一切ないんだ。それを把握しておくことを仕事にするのはオットさんで、ルイ君では無い」

「ならば僕はどうしろと?」

「簡単なことだよ、時々報告を貰って、問題がある時だけ声を掛けて貰えばいいんだよ。国として判断するのかどうかを求められている時に、方向性を考え、判断を下すのが君の仕事なんだよ」
ルイ君は俯いてしまった。

「僕は間違っていたということでしょうか?」

「いや、それは違う、必要なことだったと思うぞ、大臣達やその他の官僚達が行っている仕事はこれで把握出来たんじゃないのか?」

「はい、それはもう充分に」

「それでいいんだよ。その経験が重要だったんだ。だから君は、大臣達から相談された時に的確な判断が出来る様になる」

「なるほど」
ルイ君の目に力が戻り出した。

「ここからは、もう下積みは終わりということだよ」

「そ、そうですね」

「但し、任せっぱなしは良くないから、時々状況は確認するようにしたらどうかな?メッサーラは優秀な人材に溢れているからな」

「そうですね」

「昔のルイ君は何も分からずに任せていたと思うが、今は違う、分かった上で任せるんだ、この差は大きい」

「ありがとございます、そうさせて頂きます」
ルイ君はやっと笑顔になった。
手の掛かる国家元首なこと。
やれやれだ。

コンコン!
ドアがノックされた。

「どうぞ!」
ルイ君が答える。

扉を開けると猛スピードで人が突っ込んできた。
俺達の前で急ブレーキをかけると、俺に向かって、
「あなたが噂の島野ちゃんね」
舐め回すように俺を見ていた。
実際、舌なめずりをしている。

「ウー!エクセレント!その顔良し、その佇まい良し。エクセレント!」
と叫んでいる。

なんなんだこの人は・・・
今度はギルを舐め回すように見た。

「エクセレント!僕も良いわね。エクセレント!」
とまた叫んでいる。

とんでも無いインパクトの人だな。
どこからどう見てもそっちの人だ。
ど派手なピンクのスーツを着込んでおり、内股に立つ立ち姿。
ギラギラの視線に、青髭が生えている。
とんでも無いのが出て来たな・・・勢いと癖が凄い。
どんだけーとか言い出しそう。

「ちょっと、神様落ち着いてください」
ルイ君が制止する。

「あらルイちゃん、あなたもエクセレントよ、ウフ!」
会話になっていない。

「あの・・・島野さん・・・お気づきかと思いますが、神様です・・・」

「ああ・・・ちょと面食らってる・・・」

「あら、島野ちゃんどういうことよ」
体をくねくねしている。
いや、あんたのインパクトが凄いんですって。
だめだ、こんなんでも相手は神様だ、気を取り直そう。
俺は立ち上がった。

「始めまして島野守です」
と言って、右手を差し出した。

「あら、こちらも始めましてよね、私は『芸術の神』マリアよ」
嘘だ、絶対嘘だ、そんな名前な訳がない。

マリア様は差し出した右手を両手で握り返し、手の甲を擦っていた。
今直ぐ右手を払いたい・・・うう・・・

「マリア様は『芸術の神様』なんですね」
と言いつつ、タイミングを外して右手を引っ込めた。
セーフ、これなら失礼は無いはずだ。

「あらっ、上手くいなされたわね」
ぎらついた視線で見つめられた。

「あと、マリア様は止めて、マリアでいいわマリアで、さんとかも無しよ、ちゃんなら許してあげます」
と勝手な二択を迫られた。
理不尽過ぎる。

「うう、残酷な二択ですね・・・」

「ウフ!」
肩を狭めてポーズを取っていた。
ああ・・・疲れる・・・

「マリア様、ちょっといいでしょうか?」

「ルイちゃん、様は止めてと言ってるでしょうに」
ルイ君を睨んでいる。

「そうはいきません、神様相手に様を付け無いなんて僕にはできませんよ、いい加減分かってくださいよ」
おお!ルイ君が強気に出ている。ルイ君はこういうタイプには強いのか?

「もう、ルイちゃんったら、いけずねー」

「あのマリア・・・さん・・・」

「もう島野ちゃんも、駄目よ」

「駄目じゃありません、敬意を払っているんです、理解してください」
俺も強気に出て見た。援軍現るだ。

「もうー」
マリアさんは体をもじもじとさせていた。

「話をさせてください、流浪の神様ということを聞いてますが、どういうことでしょうか?」

「それはね、私は国々を渡って、芸術を広める活動をしているのよ」
芸術?ゲイ術?止めておこう。

「芸術とは具体的にはどんな物ですか?」

「それは色々よ、絵画、彫像、文学、有りとあらゆる物が芸術よ」

「ちなみに音楽は芸術の範疇には、ならないのですか?」

「音楽も芸術の範疇だけど、そこはオリビアの土俵ね」

「オリビアさんをご存じなんですか?」

「オリビアは私のマブよマブ」
マブ達ってことね。

「オリビアさんはしょっちゅう俺達のサウナ島に来てますよ」

「そうなの?久しぶりに会いたいわね、オリビア」

「でしたら、さっそく行きましょう」

「えっ!今直ぐに?」

「はい、今直ぐにです」
このままここに居たらペースを乱される。ここはサウナ島に行って、リセットしよう。

「ほら、ルイ君も行くぞ、さあ早く!」
と言って急かした。

「ちょっと待ってください、せめて一声かけさせてください」
警備兵に声を掛けに行った。

「さあ、ギルも行くぞ」
ギルは呆気に取られていた。

「島野ちゃんなになに?」
と嬉しげにマリアさんは騒いでいる。

ルイ君が戻ってきた。
問答無用で転移した。

ヒュン!



サウナ島に帰ってきた。

「ワオ!」
両手を頬に当てて驚いているマリアさん。
ドタバタはこれで一段落か・・・

「あっ!島野さんお帰りなさい、げえ!」
作業中のランドール様がこちらを見て言った。

「なんでマリアが・・・」
ランドール様が後ずさりしている。

「あら、ランドール・・・」
獲物を捕らえた獣のごとく、マリアさんの目が光った。
全速力で走り出したランドール様、それを追いかけるマリアさん。
何だこれ?

「島野さん!なんでマリアがここにいるんですかー!」
本気で走りながら絶望の声を上げるランドール様。
それをとても人とは思えない動きで追うマリアさん。
うーん、知り合いだったか・・・しめしめ・・・ランドール様、あなたは生贄となりました。ご容赦ください。
よし、切り替えよう。

「ルイ君、今のサウナ島の状況は何処まで聞いているんだ?」

「ええ、あれはほっといてもいいのでしょうか?」

「ああ、いいんだ。切り替えよう」

「そ、そうですね・・・」

「で、ゴンから聞いてるんだろ?」

「はい、このサウナ島を転移扉で繋いで、神様が集まる施設を造ると聞いています」

「なんかざっくりだな、ひとまず風呂とサウナに入ろうか?」

「やった!この時を待ちわびてましたよ!」

「お!ルイ君も立派なサウナジャンキーだな」

「サウナジャンキーですか?」

「ああ、誉め言葉だ、気にしないでくれ」

「そうなんですね」

「じゃあ行こうか?」

「お願いします!」

「ギルはどうする?」

「後で行くよ・・・」

「大丈夫か?」

「いや・・・ちょっと時間が必要だよ・・・」
ギルには刺激が強かったようだ・・・世界にはいろいろな人がいることを学ぶには、早すぎたか?



「ああー、島野さんこの温泉に入りたかったんですよ・・・ああ・・・気持ちいい・・・」
ルイ君は温泉を味わっているようだ。

「それでだ、マリアさんはメッサーラにはどれぐらい滞在する予定なんだ?」

「ちゃんと話し合ってはいませんが、多分それなりに長い期間滞在してくれるとは思いますよ、この国には芸術を広めなければいけないわ、と鼻息荒く仰ってましたので」

「そうなのか・・・じゃあメッサーラにも転移扉を設置した方がいいのか?」

「是非お願いします!」

「いいが、神様じゃないと開けない扉だが、大丈夫なのか?」

「はい、そこは何とか頑張ります!」

「ならいいが、しかし凄いインパクトの神様だな」

「ええ、でも大丈夫です。最近は扱いに慣れてきてますので・・・」
おお!ルイ君はそっち系には強いのか?
意外な特技だな。

「じゃあ準備しておくよ」

「それで、ちゃんと話を聞きたいんですが、島野さんの構想はどうなっているんですか?ゴンちゃんからは聞いてはいますが、何とも説明が分かりずらくて・・・」

「ああ、そうなのか・・・何となくそんな気がしてたよ」

「すいません・・・」

「ルイ君が謝ることでも無いだろう、まずは俺が訪れた街や国、村に転移扉を設置するつもりだ」

「はい」

「それを利用して、このサウナ島にネットワークを構築する。そこでは、様々な文化交流や、商談などが行われ、又、流通の革命を起こす中心地を、このサウナ島が担うことになるんだ」

「なるほど、その活動の中心はあくまで神様達ということですね」

「ああそうだ、神様が連れてきて良いと思える者しかこの島には来ることが出来ない、逆を言えば、神様のお眼鏡にかなった者にしか、このサウナ島に来ることは出来ない」

「ということは、安全性は抜群ですね」

「そうなるな、でも神様も万能ではないから、細心の注意は払うつもりだ」

「なるほど、今の僕ならこの構想の可能性が良く分かります。島野さんは大きく世界を変えるつもりなんですね」

「まあ、そこまでのつもりはないんだが、そうなるだろうな」

「何と無くそうしてしまう、ってことなんでしょうが、島野さんで無いとできないことですね」

「どうかな、俺と同じ能力を持った者なら出来ることだと思うぞ。それにもっと上手な使い方もあるかもしれないしな」

「もっと上手な使い方ですか?」

「ああ、俺の発想に無いだけであって、ほかにも可能性はあるかもしれないしな」

「でもまずはここから変えていくということですね」

「ああ、そうだな」
その後、ランドール様が灰色になって帰ってきた。マリアさんに引きずられて・・・
何があったのかな?知らぬが仏だな。



転移扉を適当に渡す訳にはいかないので、マリアさんともちゃんと話をしなければならない。
まずは一番気になる、神気の件からだ。

「マリアさん、お話しいいですか?」

「ええ、いいわよ」

「真面目な話なんですが、まず、神気が薄くなっていることはご存じですか?」
マリアさんは急に表情を改めた。

「ええ、島野ちゃん、あなたは本当に人の身で神力を持っているようね、まあさっきの転移で、もう分かってはいたけど」

「はい、俺は人間ですが、神気を扱うことができます」

「それは分かったけど、この世界の神気が薄くなってることはどうして知ってるの?」
やはりというか、勘がするどいな『黄金の整い』を持ち出す訳にはいかないよな。

「実は、この島に創造神様が来たことがあるんですよ」
マリアさんの口があんぐりと開かれた。

「はあ?嘘でしょ・・・」

「本当です、その時にこの世界の神気が薄くなっていると話してくれたんです」

「そういうことなのね・・・あなたどこまで把握しているのよ?っていうか創造神様が来たってどういうことよ?」

「創造神様が島にやって来たことは置いといて。俺が神気不足の件で分かっていることは、百年前に何かがあり、この世界の神気がだんだんと薄くなっていったということ、それを解消する為に、俺は世界樹を復活させたこと、創造神様の石像を使って、神気不足を補っているってことです」

「もしかしてあのお地蔵さんを造ったのって・・・島野ちゃんなの?」

「はい、そうです」
マリアさんが鼻息を荒くしている。
マリアさん怖いんですけど・・・

「エクセレントよ!島野ちゃん!」
マリアさんが大声で叫んだ。
煩さ!

「メッサーラで見た時には感動で打ち震えたわよ、芸術が爆上げよ!」
爆上げって・・・何それ。

「お褒めいただきありがとうございます。話を戻しましょう、俺が聞きたいのは神気が薄くなっている原因を、マリアさんは知っているのか?ということです」
真面目な表情に戻ったマリアさんは答えた。

「私には原因が何なのかは分からないわ・・・でも、百年前にはちょうど北半球で大きな戦争があったのも事実なのよ。それが何か関係してるのかもしれないわね」
そうなるのか・・・

「あと、この世界に神気を増やす方法って、他に何か無いんでしょうか?」

「分からないわ、よくこれまで世界樹を復活させたり、お地蔵さんを広めてくれたわね。島野ちゃんには本当に感謝してもしきれないわ。島野ちゃんありがとう」
マリアさんは頭を下げた。
急に真面目に頭を下げられると正直照れるな、てかこの人の変わり身の早さが尋常ではないんだが・・・

「止めてください。これは俺にとっても大事なことなので気にしないでください」

「あら、何で大事な事になるの?」

「ギルですよ」

「ギルちゃんがどうしたのよ?」

「人化してるから、分からなかったかもしれませんが、ギルはドラゴンなんですよ」

「えっ!ウッソ!」
と急に低い声で言った。
地声出てんじゃん・・・

「本当ですよ」

「マジで!もしかしてエリスの息子なの?」
またエリスか・・・このエリスさんは、今どこで何をやってるんだろうか?

「ドラゴンのエリスですか?」

「ええ、そうよ」
まだ地声のままだ。

「ギルがそのエリスさんの息子かどうかは知りませんが、ギルがドラゴンであることに間違いはありませんし、俺の息子です」

「はい?島野ちゃん、あんた揶揄ってるの?人間がドラゴンの親になるなんて非常識でしょうが」

「非常識と言われましても、事実なんですよ。俺が神気を使って卵から孵化させたんですから」
マリアさんは手をおでこに置いていた。

「そうだった、島野ちゃんは使えたんだったわね・・・」

「あの、ところでそのエリスさんのことは、どれだけ知ってるんですか?」
マリアさんはじっと俺の目を見据えている。

「オリビアからは、何か聞いてるかしら?」
オリビアさんからは何も聞いてはいないが・・・

「いえ、特には・・・」

「じゃあ私からは、何も言うことは無いわね」
どういうことだ?
そもそもオリビアさんは、ギルがドラゴンであることは当然知っている。
でもオリビアさんからは、ドラゴンのエリスの話は聞いたことは無い。
マリアさんはオリビアさんが言っていないのならば、話はしないと・・・
オリビアさんに聞いた方がいいんだろうか?
けどマリアさんの視線からは、オリビアには聞いてくれるなという意思を感じる。

「分かりました、俺からオリビアさんに聞くことは止めておきます」

「はあ、島野ちゃんに理解があって助かったわ。よろしくお願いね」

「はい、それで話は変わりますが、メッサーラにはどれぐらい滞在する予定なんですか?」

「そうねえ、とくに決めてはないけど、まだメッサーラでは芸術活動は出来てないから、まだまだルイちゃんのお世話になろうとは思っているわよ」
ルイ君のお世話って、どういう関係なんだ?

「あら、ルイちゃんとの関係が気になるの?」

「まあ、ええ」

「ルイちゃんからは、メッサーラでの芸術活動の支援を約束して貰ったのよ。住む家も与えてくれたしね」
へえー、ルイ君も懐が深くなったもんだな。関心関心。

「それはよかったですね。では、ちょっと預けたい物があるんですが」
と言って『収納』から転移扉を取り出した。

「これは転移扉です」

「転移扉?」

「はい、さっきの俺の転移の能力を付与した扉です。この扉を開くとこのサウナ島の転移扉に繋がってますので、いつでもこのサウナ島に訪れることができます」
マリアさんが目を見開いている。

「島野ちゃん・・・あんた・・・なんて物造ってくれちゃったのよ・・・」
あれ?想像してた反応と違うな・・・
マリアさんがうっとりとしている。

「これがあれば・・・いつでもランドールを可愛がってあげれるわね・・・ムフフ!」
ああ、ランドール様ごめんなさい!俺のせいじゃない、いや俺のせいか・・・まあエロ神様にはちょうどいいか。

「お手柔らかにお願いします・・・ハハハ」
マリアさんは急に表情を変えた。

「でもこれって、恐ろしい物ね・・・繋げ先は間違えちゃ駄目よ。島野ちゃん!」

「えっ!」
マリアさんの目を見る限り、冗談でないのは分かる。

「わ、分かりました」

「約束よ!」

「ええ、分かりましたって」
この世界は神様が顕現している世界なんだろ?そんな繋げちゃいけない場所なんてあるのか?
まあいいか。



その後、風呂と飯という流れになり、女性用の脱衣所に平然と入ろうとするマリアさんを現行犯逮捕した。
晩御飯時には、マリアさんは、終始ランドール様を愛でておりランドール様は半失神状態になっていた。

マリアさんは飯を食べるたびに
「この御飯エクセレント!」
と叫んでいた。
いい加減煩い。

今日もやって来たオリビアさんと、旧交を深めていたマリアさんの隙を見て、ランドール様は大工の街に猛ダッシュで逃げていった。
おいおい、大工の面々を置いて行くなよ。
オリビアさんも俺の方を気にかけているのは分かっていたが、俺はあえて気づかない振りをした。

たぶんドラゴンのエリスの話は、重い話だと思う。
そうでなければ、マリアさんがああいう対応をするとは思えない。
今日のこの雰囲気では、そういう話をするべきでは無いと思ったからだ。
話を聞くにしても、俺一人で聞くべきことなんだろうか?ギルを同席させるべきなんだろうか?
こればっかりはオリビアさんに任せるしかない。
今は来たるべき時を待とうと思う。



翌日にはコロンの街を訪れた。
ドラン様に会い、転移扉を渡すためだ。
ドラン様とは久しぶりに会う事になるが、会ってみると相変わらずのカールおじさん感全開だった。
転移扉の設置の件を話し、これからの展望について話をすると。

「いつか島野君なら、画期的なことをすると思っていたよ、ハハハ!」
と褒められているのかどうか、分からないことを言われた。
ドラン様はこれでいて、したたかな一面のある神様だから、腹の底ではどう考えているのかはいまいち掴めないところがある。

いずれにしても、コロンの街にとっては助かることだと、お礼を言われた。
俺は本格稼働は、施設の完了後にして欲しいことを伝え、ドラン様の元を去った。
その後、リズさんの教会に訪れると、アグネスが居たので、今後はドラン様に言えば、転移扉を使わせて貰えると教えたことろ、目を輝かせていた。
今後は半日かけてサウナ島まで飛んでくる必要がなくなると、喜んでいた。

その後、また調子に乗って偉そうにしたので、
「お前には転移扉は使わせない」
といったら土下座されたので、許してやった。

アグネスはどこまでいってもアグネスだった。
リズさんにはジャイアントラットの肉を三体ほど寄付して、コロンの街を後にした。



更に翌日、
養蜂の村カナンに訪れている。
レイモンド様に転移扉を渡す為だ。
レイモンド様も相変わらずデカいプーさんだった。

よくよく考えて見ると、レイモンド様とは一番コミュニケーションが薄いかもしれない。
会うのも一年ぶりだ。
俺のことを覚えているだろうかと、不安になったが。
会ってみると、ちゃんと覚えていてくれた。
そんなレイモンド様の第一声は

「君ー凄い強いー人だったよねー」
だった。
相変わらず間延びした話し方は健在だ。
釣られて俺も思わずゆっくりと話をしていることに途中で気づいたが、楽しくなってきてしまったので、スローペースの会話を楽しんだ。
転移扉の話をした時は、

「君はー神様なんだねー」
と言っていた。

「違いますよ。俺は人間ですよ」
訂正したが、その後も

「君はー神様だよー」
と何度も言われてしまい。
俺はめんどくさくなって、否定しないことにした。
気が付くと会話がスローペースなせいか、一通りの話をするのに、二時間近く掛かっていた。
ハチミツを大量に購入して、カナンの村を後にした。

ハチミツは消費期限が長いから、重宝するし、料理の隠し味としても使っているからいい買い物をしたと思う。
レイモンド様からは
「そんなに買ってもーいいのー、あーりーがーとー」
と言われてしまった。
全然構いませんよ。



メルラドでの社員募集はとんでも無い倍率となる応募人数となった。
その数なんと二千十三人、今回雇う予定の人数はおそよ百名、採用倍率二十倍という結果にメルラドでの人気が伺えた。
全ての面接を終えるのに一週間を要した。

面接官は俺と、メルル、マークとランドで行った。
余りの応募人数の為、十人ワンセットの面接を行うことにした。
雑な面接になってしまったのは申し訳ないが、こうしないとスケジュールをこなすことが出来ない。
まあとは言ってもちゃんと採用に関する打ち合わせは、面接官の間でも何度も行って決めた。

ありがたかったのは、ジョシュア達船員の面々が応募してくれたことだった。
当然採用したのだが、ジョシュアに大型船の方は大丈夫なのかと聞いた所、船長から今回の応募に募集するように言われたのだということだった。

「一度の人生好きな事を思いっきりやれ!」
と送り出してくれたらしい。
船長の粋な計らいに感謝だ。



建設途中ではあるが、連日神様達はサウナ島を訪れていた。

五郎さんは三日に一度のペース。
ゴンガス様は週に二度のペース。
ランドール様は建設の為、ほぼ週五だが、マリアさんが現れる前は毎日だった・・・
申し訳ないとは思う。

オリビアさんはほぼ毎日。
マリアさんは週に二度程度。
味を占めたエンゾさんは、二日に一度は来ている。
以外にゴンズ様は週に一度程度だが、毎回大所帯で現れる。
漁師を大量に連れてくるから大賑わいになる。
でもゴンズ様は決まって何かしらの魚介類を手土産に持ってきてくれるから、大変助かっている。
案外常識的な一面を持つゴンズ様だった。
ドラン様は週一ぐらい。
レイモンド様も週一程度だった。
本格稼働してからだって言ったような気がするが・・・

以外だったのは、レイモンド様が始めてサウナ島に来た時に、カナンのハチミツをサウナ島で販売させて欲しい、と申し入れがあったことだった。
俺はてっきりそんなことを言い出すのは、ドラン様だと思っていたが、ドラン様よりも前にレイモンド様が商売人根性を発揮していた。
カナンのハチミツは本当に美味しい、もしかしたら日本のハチミツよりも美味しいんじゃないかと思う。
当然快く快諾した。

それを見ていた、ドラン様が俺もと追随したのは記しておこう。
風呂明けの牛乳は定番だから、そもそも考えていたことなのでこれも快諾した。
それに、チーズもたくさん使用したいから、仕入れとしても話を進めている。

それにしても、神様達のコミュニケーション能力の高さには驚かされた。
気が付くとほとんどの神様達が親しくなり、あーだこーだと親交を深めていた。
それに神様達は、俺が思う以上に娯楽に飢えていたようだ。
全ての神様が我先にと風呂やサウナを楽しんでいた。

遊技場にも顔を出す神様は多く、ドラン様はロンメルを見かけるとビリヤードに誘う様になっていた。
遊技場だが、たまに賭場に変わってしまうことがある。
五郎さんの要望で花札を何セットか作ってみたら、五郎さん主催の賭場がいつの間にか経ち上がっていた。
こういう側面も悪くは無いだろうと、俺は黙認した。
五郎さんからは更にサイコロも作ってくれと言われた。
丁半博打が始まることは間違いないだろう。
どうせ同元の五郎さんの一人勝ちになるだろう。
問題にならない限り、俺は関わらないことにすると決意した。

そんな遊技場に、なんちゃって卓球が誕生した。
何故になんちゃってなのかというと、玉がゴム製だからだ。
プラスチック製品を持ち込まないと決めた俺が、生み出した苦肉の策だ。
とは言ってもスーパーボウルの様な、よく跳ねる物では無く。
小さなゴム毬の様な玉だ。
だから思いの外、弾まない。
それに結構変則的な動きをする。
これにたくさんの者達が食い付いた。
卓球は一大ブームを迎えていた。

更に俺が適当に作った人生ゲームが何故か受けた。
出来事が適当な上に、雑な造りなのになぜか受けた。
理由は分からない。

そして、いつの間にかランドがどこで手を回したのか、バスケットボールチームが四チームも出来ていた。
交流戦はかなり盛り上がり、これは一時的なブームでは済まないぐらい活気に包まれていた。
これはバッシュを大量に作る必要があるのか?

スーパー銭湯オープンに向けて、サウナ島は盛り上がっていた。

俺は、なぜここにいるのだろう・・・
いまいちよく分かっていない・・・
何だかふわふわとした気分だ。
足取りがおぼつかない。
どういうこと何だろうか?

俺の左手には紅白の花に象った紙のテープが握られており、今まさに掛け声と同時に右手に握られたハサミで、これをカットすることになっている。
異世界でまさかのテープカット。

これは必要なのだろうか・・・
それに神様達から送られてきた、たくさんの花輪。
これは全て五郎さんの計らいであろうことは間違いない。
この世界でこういった風習があるとは思えない。
五郎さんは粋なおじさんだ。
やってくれる。

勿論ありがたく頂戴した。
本日やっと、スーパー銭湯のグランドオープンを迎える。

この世界に来て凡そ二年ぐらいだろうか、まさか異世界に来てスーパー銭湯を造り、そして運営することになろうとは、人生とは不思議なものである。
ただのサウナ好きな定年を迎えた男性が、神様の能力を使えるようになり、たくさんの家族や仲間が出来、こうして晴れの日を迎えている。
これから先、一体何が待ち受けているのだろうか、神様の修業はまだまだ続きそうだ。



およそ一ヶ月前、
採用者を決定し、メルラドの街の掲示板で発表が行われた。

採用に歓喜する者、不採用に漠然とする者、その光景はまるで大学受験の合格発表を見ているかのようだった。
中には数名がどうしても納得がいかなかったのか、俺達を見つけると何がいけなかったのか、不採用の理由はなんなのかと言いよる者達もいたが、これはまともに受け答え出来ることでは無い為、平謝りするしかなかった。
本当に申し訳ない。

ここまでのやる気をみせてくれるのはありがたいが、こちらとしても厳正な判断で採用者を決めたとしか言いようがない。
何とか受け入れて欲しいものだが。
幸い騒ぎを聞きつけたリチャードさんが間に割って入ってくれて、事なきを得ることができた。
本当は全員を雇ってあげたいが、そこまでする理由は今のところ見当たらない。
本当に申し訳ないと思う。
またのご縁を期待したい。



さて、採用した者達をメルラドの王城の一角に集めて、簡単な今後の流れを説明することにした。

「えーと、まずは採用おめでとうございます」
会場は拍手に沸いている。
鳴り止む雰囲気が無かったので、俺はそれを手で制した。

「これから先のことを皆さんに話しておきたいと思う」
全員を見渡す。
一瞬にして全員の眼つきが変わった。
流石は倍率二十倍を勝ち残った猛者達だ、切り替えが早い。

「まずは明日から一週間、サウナ島で自由に暮らして貰うことにします」

「「「おおー!」」」

「やった!」

「よっしゃー」
と反応は上々だ。

「その意図はこれから働くサウナ島に慣れて貰うことと、これから先に訪れるであろうお客様の気持ちを知ってもらう為だ、決して遊ばせているつもりは俺にはない」
最後の一言が聞いたのか、身を正す者が多かった。
ここまでは順調だ。

「接客を担当する者達だけでなく、厨房で働く者であっても、お客様からサウナ島のことを尋ねられた時に、私には分かりませんとは言って欲しくない、その為の一週間だ。心して欲しい。既にサウナ島には寮が完備している為。そこで寝泊りして貰っても構わないし、通いが希望であれば、遠慮なく伝えて欲しい、ここまではいいかな?」
全員が首を縦に振っていた。
まだ緊張感が漂っている。

「では今日は準備があるだろうから、明日の朝一番にここに集合すること、そこでサウナ島に出発することになる、以上で解散とするが、もし質問がある者はこの場に残って欲しい。では解散!お疲れ様!」
ぞろぞろと解散しだした。
数名が残っている、何かしらの質問があるということなんだろう。

「あれ?お前達、何か質問があるのか?」
ジョシュア達、元船員の面々が残っていた。

「いえ、質問はありませんが、俺達は直接島野さんにお礼を言いたくて」

「なんだ、そんなことか気にするな、戦力としてお前達には期待しているからな」

「はい、期待を裏切らないように、粉骨砕身頑張ります。よろしくお願いします」
粉骨砕身って、気合い入ってますなあ。

「「よろしくお願します!」」
ジョシュア達は頭を下げた。
実際こいつらの働きを俺はよく知っているから、採用するのは当たり前のことだ。
決して知っている顔だから採用したということでは無く、俺は彼らの人となりや、仕事振りを知っている。
応募してくれたのは、こちらとしても大助かりなのだよ。

「お前達も準備があるんだろう?早く行けよ」

「はい!」

「ありがとうございます!」

「恩にきます!」

「明日から、またよろしくお願いします!」
と言って立ち去っていった。

そして一人の女性が残っていた。

「島野様、質問よろしいでしょうか?」

「ええと、確かスーザンさんでしたよね、どうしましたか?」
スーザンさんは、下向き加減である。

「あの・・・どうして私を採用してくださったのでしょうか?」
どうやら自分が何故採用されたのか、知りたいようだった。

「スーザンさんの能力と、やる気を買わせて貰いましたよ」

「でも、私には小さな子供が二人もいて、仕事に差し支えるかもしれません」
スーザンさんは旦那さんに先立たれ、小さな子供を二人持つシングルマザーだ。
ただ、この人を採用したのは、そういった環境の施しとは一切考えていない。
彼女の経歴は結婚するまでは王城に勤めていたこともあり、風紀を正すだけの物腰を持っていると考えたからだ。
実際、肝っ玉母ちゃんのような雰囲気を持っている。

「ああ、そのことですが、実はスーザンさんに任せようとしている仕事は、寮母さんを任せようと思っています」

「寮母ですか?」

「はい、分かりやすく言えば、寮の管理人です。寮の掃除や、場合によっては、寮に住む従業員達の相談に乗って貰ったり、寮の規則を正す様な役割を担ってもらう、多岐に渡る仕事です」

「はあ?」

「それで、スーザンさんの子供達も一緒に寮に住んでみては、どうかと考えています」

「えっ!いいのですか?」

「はい、そうして貰ったほうが助かります」
訝し気な表情になったスーザンさん。

「それはどうしてでしょうか?」

「先ほどお話した通り寮母さんは、仕事が多岐に渡る為、何時にこれをするといったことに縛られない仕事です」

「はい」

「であることから、ある意味、四六時中寮にいて欲しい仕事なんですよ」

「なるほど、だから子供を一緒に寮に住むように、ということですね?」

「その通りです」
理解が早くて助かります。

「分かりました、ではその様にさせて頂きます」
と笑顔に戻ったスーザンさんは、俺の元を去っていった。



サウナ島に戻ると、仕事が立て込んでいた。
まずは入島受付室、迎賓館、スーパー銭湯の建物の引き渡しを受けることになった。

想像以上の出来栄えと言わざるを得ない。
とは言っても、俺も建設に携わっていたこともある為、実は自画自賛だったりもする。
そこは見逃して欲しい。
細かくすべての施設を隈なくチェックしていく。

「島野さん、どうかな?」

「ランドールさん、良い感じですね」
ランドールさんとは、今回の建設を通じて随分と親しくなった。

そこで
「いい加減様呼びは止めて貰えないか」
と言われてしまった。
それ以降はランドールさんと呼ぶようになった。
五郎さんとのズブズブの関係とまではいかないが、ランドールさんとは胸襟を開いて話せる仲になったとは思う。
実際話し口調は、お互い砕けた物になっている。

「いいにはいいですが、何かが足りない気もするんですよね、何だろう?」

「何がかが物足りないと?」

「ええ、満足はしているんですが、何だろう・・・」
すると突然マリアさんが現れた。

「げ!マリア!」
恐れ慄くランドールさん。

「守ちゃん、その物足りなさ、分かるわよ」
あれ?いつもなら一目散にランドールさんを追いかけるのに、いつもと雰囲気が違うような・・・
ちなみにマリアさんも俺の呼び方が、島野ちゃんから守ちゃんに変わっている。
これはオリビアさんの影響だと思う。

「どう分かるんですか?」

「芸術が足りないわ」

「芸術ですか?」

「そうよ、あなた何となく気づいてるんでしょ?」

「確かに何かが足りないとは思うんですが・・・芸術ですか?」

「いいから守ちゃん、見てなさい」
というとマリアさんが彫刻刀を持ち出した。

「ランドール、あなたも見てなさい、お手本よ」
と言うと、柱の一つを彫刻刀で掘り出した。
みるみる柱が姿を変えていく。

「おお!おおお!」
あっという間に、柱に絶世の美女が現れた。
んん?

「あれ?これはオリビアさん?」

「そうよ、芸術には遊び心が必要よ」

「そうか、何か足りないと思ったら、遊びが足りなかったんだ!」

「守ちゃん、私の手で遊びという名の芸術を、披露してもいいかしら?」
これは嬉しい申し入れだった。
それにしても芸術の神様という名は、伊達ではない。
恐ろしい完成度と迫力だ、動き出さんかの如く、躍動感に満ちている。

「是非、お願いします!」

「任せなさい!」
というと、マリアさんが次々に様々な装飾や意匠を施していった。
柱に神様達の似顔絵が削られていく。
これで完成度がぐっと増す。
ランドールさんも、真剣にマリアさんの仕事を見ていた。
普段からこういう関係ならいいのに・・・

それにしても神様という生き物は、オンオフが激しい。
それだけ精神力が強いということなんだろうか?
一先ず引き渡しは終了した。



次に向かったのは調理場だ。
さっそく俺の能力全開で、なんちゃって業務用冷蔵庫をいくつも作っていく。
そして、たくさんの調理道具や、調理器具を作製する。
これだけで二日を有してしまった。

ただ、これで完成ではない。
お皿や、フォーク、スプーンといった食器類を大量に作成した。
これでさらに二日を有した。

いい加減働き過ぎだが、ここで手は抜けない。
迎賓館にも厨房がある為、同様の作業に追われた。
ここでも二日間掛かった。

そろそろ、一息着こうと、俺は日本に帰ってきた。
二日間に渡り、休日を取ることにした。
勿論朝からおでんの湯に行き、鋭気を養う。
日本の神気は本当に美味しい。
美味である。
この二日間は何も考えず、ただただ体を休めることに集中した。
やはり休日は大事だと実感した。



翌日からは、すっきりとした頭と体で、業務に挑むことが出来た。
ここからは、俺だけではなく、皆と力を合わせる必要がある。

まずは、入島受付室からだ。
ここの責任者にはランドを指名した。サポートにはメタンだ。
ランドには、入島受付室の新たな従業員達の、教育を任せることにした。
ランドには、受付と言った華やかな部署は適任ではない、と思う節もあったが、バスケットボールチームを纏め上げた実績を見てきた俺としては、問題ないと判断した。
ただし物足りなさはある為、ここは俺がサポートするしかない。

次に迎賓館の責任者はマークを指名した。ここでのサポートはロンメルだ。
一見マークは、迎賓館の様な格式ばった所は似合わないとも思えるが、マークはあれでいて、どこでもやって行ける、引き出しの多い男だ。それにロンメルは情報収集の達人だ。こいつのサポートはどうしても必要となる。

迎賓館には実は裏の側面がある、それは各国の情報収集の役割がある。
これが意味するところは、この世界のどこで何が行われているかを、把握するということだ。
そこから神気減少問題のきっかけを得られれば、との考えがある。
これは誰にも明かしてはいない。
知るのは俺とロンメルのみである。

次はメルルだ。
勿論彼女には料理長を任せることになる。副料理長はエル。彼女達には、スーパー銭湯と迎賓館の調理場両方を見て貰うのだが、迎賓館での食事はサンドイッチ程度にしか出さない為、ほとんどがスーパー銭湯の調理場での作業になると思う。
ある意味一番大変な部署だと思うが、がんばって欲しい。

スーパー銭湯の館長は俺が行うことになるが、サポートにはギルとジョシュアが付いている。
ジョシュアに関しては、異例の抜擢と言ってもいい。
一部の新入社員達からは、既にねたむ声も上がっているようだが、そんなことを気に掛けてはいられない。

ジョシュアには主に、ホールと受付、ギルには風呂場周りと、サウナの管理という割り振りだ。
特に温度管理は重要な要素となる。
今回は風呂やシャワーなどの温度管理は、魔石や魔法道具でおこなうことにした。
もちろん魔石の購入先はメッサーラだ。

幸いにも新入社員達はメルラドの人間ということもあり、魔力量が高い者達が多い。
この世界には温度計が無い為、日本で大量に購入した。
温度計の側は木製の物なので、こちらの世界でも違和感はないだろう。
手作りで出来なくはないが、面倒な作業はしたくない。

今回のスーパー銭湯の唯一の悩みは、炭酸泉だ。
やはり、ゴンガス様のところだけでは、二酸化炭素を貯めきることは難しい。
そこで新たに考えたのは、サウナ室に設置するという、灯台元暮らしの解決策だった。
何故にそこに思案が及ばなかったのかと、自分で自分を残念に思えた。
どうやらやらかし体質は治らないらしい。

その後、サウナストーブの脇には二酸化炭素吸収用のボンベが、随時設置されるようになった。
これにより、二日に一度は炭酸泉を提供できるようになった。
やれやれである。

最後に畑部門の責任者は当然アイリスさんだ。
今回の件で、今後は午前中に畑作業を行うことが難しくなると予想した為、農作業の社員を二十人採用した。
実家が農家という者が多い、実は今回の応募の一番人気の高かった部署は、この畑部門だっだ。
既にアイリスさんはメルラドでは知らない者がいないぐらいの超有名人で、凄腕の作物の専門家としても知られている。

彼女の下で働きたいという者達が多いのは、ある意味当然と言える。
だが、メルラドの人達はアイリスさんの本当の姿を知らない。
今後も知られないで欲しいと思うが・・・どっかで、自分から正体を明かすような気がする・・・
取り越し苦労であることを祈ろう。



スムーズに新入社員研修は進んでいった。
このサウナ島で一週間のフリータイムを味わった新入社員のほとんどは、すでにこの島の虜になっていると、報告を受けている。

一番の好反応なのは食事だ、胃袋を掴んだと言ってもいいだろう。
次にサウナと風呂が好まれているが、そこは現在のお風呂渋滞現象が解消されれば、もっと受け入れられると思う。

今のお風呂設備では、最大三十人程度が限界で、知らぬ間にお風呂シフトなる、時間に応じて使う人数を制限するシステムが出来上がっていた。
まあスーパー銭湯の風呂とサウナが直に完成する為、この問題は解消されるのだが。

そして、多くの新入社員達は自ら意思で、畑の作業を手伝っていた。
ありがたいことである。

新入社員を受け入れてから十日が経ち、いいよ本格的な作業が開始された。
まず最初におこなったのは、火災訓練だった。
各自配置につき、新入社員以外の者達はお客さんに扮して、火災訓練を行った。
これは定期的に行っていきたい。

もしこれが日本であった場合、まずスーパー銭湯は、防火対象物の建物になる為、防火対象物の点検報告を市町村が管理する、消防庁または、消防署長に報告する義務がある。
ここは異世界の為、そんな義務はないが、火を取り扱う施設である為、火災訓練はやらなければならない。

『拡声魔法』で大声になった俺がアナウンスを始める。
今日のどの時間で訓練を始めるのかは、あえて社員達には教えていない。

「訓練火災!訓練火災!速やかに作業を行ってください!」
サウナ島にアナウンスが響き渡る。

「出火元はスーパー銭湯調理場!繰り返す!出火元はスーパー銭湯調理場!」
新入社員達が慌ただしく動き出した。
お客様の誘導を担う者、要救助者を運び出す者、魔道具で消火活動を行う者。
全員てきぱきと自分の役割に応じた動きを見せていた。
判定員のメルルとゴンが、隈なく全員の動きを観察している。
ゴンから終了の合図が送られてきた。

「終了します!全社員スーパー銭湯の大食堂に集まってください!」
俺は大食堂に移動した。
少し待つと、全員が集まった。

「みんなお疲れ様、まずは座ってくれ、では判定員のメルルとゴンから意見をどうぞ」

メルルが前に出た。
「大体は上手くできていたと思うけど、急のことであたふたしている人を何人か見かけたわ、火災も突然起こる物だから、今回の様にアナウンスは流れないものとして考えて欲しいわね」
うん、素晴らしい意見だ。

ゴンが立ち上がった。
「メルルの言った通り、本番はもっと大変なことになると思って欲しい、特にお客様が多くいる時では、今日の様には上手くは行かないし、火災の煙で視界が悪くなっていたりする事もあると、考えておいてください」
こちらも素晴らしい意見だ。

「貴重な意見を二人ともありがとう、まずは二人に拍手だ」
拍手に二人は照れていた。

「さて、今日ここからの時間は五人一組になって、今行った訓練の振り返りと、実際の火災の時にどうすればいいのかを話し合って欲しい。実際に各自の現場に行ってもらっても構わない。以上とする、始め!」
と指示を出して、二時間ほど、火災訓練の重要性や火災が起きた時にどうするのかを各自で考えて貰った。
各自でチームを作って考えてもらったのは、こういうところからもチームワークが生れるのではないかとの考えだ。
チームワークが生れれば、仕事がより楽しくなるだろう。



翌日は、新入社員を除く全社員がお客様となっての、ロープレが開始された。
ギルと俺は神様役だ、実際ギルは神様なんだが・・・
ギルと俺で別れて、各自お客様に扮する。
俺は大工の街ボルンで、ノンとレケ、メタン、マーク、アイリスさんを連れてスタートする。

「じゃあ行くか、俺達がお客第一号だ、思いっきり楽しもう」

「第一号か、良い響きだな」

「しかし、俺達でよかったんですか?」

「ああ、俺達が初風呂、初サウナを味わうべきだろう?」

「そうだそうだ!」
とノンもハイテンションだ。

「じゃあ、行くぞ!」
と転移扉を開いた。



転移扉を開くと、
「いらっしゃいません、サウナ島にようこそ!」
という爽やかな掛け声に迎えられた。

「おお!ここがサウナ島か?」
ノンがお客様ごっこを楽しんでいるみたいだ。

なら俺も
「やあ、私はランドール、大工の神様だよ、お嬢さん方」
と言うと。

「ギャハハハ!島野さん似てないって」

「はあ?何だそれボス。全然似てねえぞ!」
と散々の言われようだった。
駄目だったか・・・自信あったのにな。とほほ。

気を取り直して。
「六名様ですね。こちらに必要事項をご記入ください」
と五枚の紙と魔法筆を渡された。
これでOK!神様には必要事項の記入は不要である。

各自用紙に記入をしていく。
もし、文字が読めない者や、文字が書けない者は、口頭で伝え、受付の者が代筆することになっている。
記入内容は、島に来た目的を記入すること。
スーパー銭湯の使用、迎賓館の使用(商談込)他の国や街への移動、観光及び視察、その他となる。
目的に応じて、〇印を記入して、名前と来た国や街の名前を記入する。
ここで、まずは他の国や村への移動以外の場合は、入島料を頂くことになる。
十五歳以上は銀貨五枚、十四歳以下は銀貨二枚、五歳以下は無料となる。

実は、まだ神様達には話してはいないが、ここで得た金額の半分を月末締めにして、渡そうと考えている。
これは、転移扉を開けるという作業に対する報酬だ。
ただ、転移扉を開けるだけとは言っても、時間の調整や、自分の抱える仕事を一旦中止して行わなければならないという、裏事情を考えての物だった。
神様達は慈悲深いから、お願いされると断れない質の方々が多い。
無償でとは到底考えられない。

何故公表していないかというと、単にサウナ島の実力を計ってみたいからだ。
居ないとは思うが、報酬目当てにたくさんの人を送り込んでくる神様もいるかもしれない。
まあゴンガス様は怪しいが・・・
初月だけはどれぐらいの入島があるのか、純粋に知り合いのだ。
俺としては、サウナ島の真の実力を知っておきたい。

そして、大変なのは他の国や街への移動の場合だ。
この場合には転移する行先によって、頂く金額を変えている。
どういうことかというと、距離的に本来掛かる時間を買うことになる為、その分の料金は頂きますよ、ということ。

例えば、温泉街ゴロウからメルラドに行くには、本来陸路と海路で一ヶ月以上がかかる。
どれだけ上手くやりくりしても一日に銀貨一〇枚は、食費や移動費で掛かる為、一ヶ月分となると金貨三枚となる。
その金貨三枚は、受付で納めなければならないということだ。
使用者のメリットとしては、時間と安全性の担保といったこところになる。
本来の移動では、獣や魔獣が出る森を抜けなければならないし、メルラドに関しては海路もある、だから実際には金貨三枚は格安である。

という様に実際の陸路や海路にかかる金額を、格安で受付に支払うといった内容になる。
ここでも頂いた金額の半分は、神様にキックバックする予定だ。
なので他の街へと繋がる転移扉も、神様達が空けないといけないことにしている。
そうした場合、たいして時間は掛からないものの、時間的拘束が生れるから報酬は払って当たり前と考えているし、神力に対しての報酬とも言える。
仕事を抜けてまで来ているとしたら、なおのこと報酬を受け取る権利はあるということになる。

受付の業務はこういった、全ての利用者を適切に誘導しつつ、記録をちゃんとつけなければならないという、重要な作業になっている。
まあ多少食い違いがあっても文句を言う神様は居ないだろうが、こういう処は手を抜いてはならない。
あとはやはり、このサウナ島の顔となる為、むっつり顔では困るというところだ。
スマイルゼロ円とまでは言わないが、愛想の一つも添えて欲しいと思う。

随時六名がこの受付に立ち、待たせること無く、スムーズに業務を行わなければならない。
とても重要な仕事だ。
今日はランドはお客様役の為、受付内にはいないが、本来であれば、ここで彼が目を光らせるという役目もある。

得に気にかけているのは、武器の持ち込み禁止という点だ、身体検査とまではいかないが、怪しと思われる者は、ボディーチェックを行わせてもらうこともある。
神様達が前もって武器の持ち込みは禁止なのは、伝えてはくれてはいるが、念のための処置は必要である。
ランドの迫力であれば、大抵の者が文句は言うまい。
ただ、ランドには常ににこやかにしていろよ、とは伝えてある。
奴なら上手くこなしてくれるだろう。



今日はロープレ初日の為、本来であれば、来島の目的を全員違う物にして、受付の職員の力を試すべきだが、全員の目的をスーパー銭湯にした。
実際にお金のやり取りもして、サウナ島の入口に誘導される。

「ちゃんと、後で返してくれよ」
とレケが凄んでいた。

「レケ、ちゃんと返すから安心しろ」
こら!受付のスタッフがビックリしてるじゃないか、まったく。

入口の扉を開き、サウナ島に入島した。
やはり入口を高い所にしたのは正解だった。
島の景観が素晴らしい。
ナイスビュー!

「さて、まずは迎賓館でコーヒーとサンドイッチだな」

「またお金立て替えるのかよ」

「なんだレケ、お前そんなにお金ないのか?」

「そんなことはないけど・・・」
何とも困った奴だ。
迎賓館に入ると、スタッフに声を掛けられる。

「何名様でしょうか?」

「六人です」

「かしこまりました、こちらへどうぞ」
と誘われる。

スタッフの服装は、男性はバトラー風の衣装で、女性はメイド風だ。
建物の雰囲気からいくと、これがいいだろうと考えた。
服飾はメルラドで購入した。
俺は知らなかったが、メルラドでは服飾が特産品らしい。
これはオリビアさんが教えてくれた。

「ご注文はいかがなさいますか?」
とバトラー風の衣装を見に纏った男性スタッフが、注文を取りに来た。

「俺は、アイスコーヒーとミックスサンド」

「私も同じ物をお願いできますかな」

「俺も同じで」

「私も同じで」

「僕はバナナジュースとタマゴサンド」

「俺はアイスティーとツナサンドだな」

「かしこまりました、しばらくお待ちください」
と言って、スタッフが厨房に消えていく。
ここまでは順調、ホールに立つ他のスタッフも物腰柔らかく控えている。

「マーク、ここまでは順調だな」

「はい、ここのスタッフはしっかりとした者達が多いですよ、礼儀や言葉遣いなんか、俺よりもしっかりしてますしね」

「そうかそうか、期待できるな」

「ええ」
実際に執事やメイドの経験者を数名雇っている為、信頼度は高い。
メルラドは、人材の宝庫だと言っても過言ではなかった。
実力のある者が、まだまだ野に居るということだ。

数分後、注文した品物が運ばれてきた。
今度は女性のスタッフだ。
一度お盆ごと、テーブルの上に置き、そこから注文道りに分配されていく。
丁寧な対応だ、グッジョブです。

「では、いただこうか」

「「「いただきます!」」」
味はいつものミックスサンドだが、迎賓館で食べるミックスサンドは、上品な味がすると感じた。
おかしなものである、環境によって味が違うと感じるとは。
アイスコーヒーもよく冷えている。
食事を堪能し、会計を終えてスーパー銭湯へと向かった。



スーパー銭湯に入ると、
「「いらっしゃいませ!」」
と元気な掛け声で迎えられた。

「こちらは土足厳禁となっておりますので、靴はあちらのロッカーに入れてください」
とジョシュアが言う。

「ジョシュア、板に付いてるな」

「ありがとうございます!」
ジョシュアは軽く一礼した。
ロッカーキーを持って、受付に持参する。

「大人一名様ですので、銀貨五枚になります」
と受付で言われる。

「残念、今日の俺は神様役だから、無料だよ」

「あ、そうでした。申し訳ありません」

「いやいや、次から気をつける様に」

「では、ロッカーキーをお渡しください」
俺はロッカーキーを手渡す。
そして新たなロッカーキーを受け取る。

「こちらが、脱衣所のロッカーキーになります、帰りにまた、受付にお渡しください」

「はい」
これは、現在の入館数を把握する為の仕組みだ。
想定の収容人数は最大で四百人を予定している。
まず無いとは思うが、それ以上になった時に入館規制を行わなければならない。

「じゃあ、初風呂と初サウナを楽しむか?」

「そうしましょう」

「やっと入れるのかよ」

「楽しみですな!」
と皆で脱衣所に向かった。
これまでのサウナ島と違って、風呂や露天風呂、サウナの全てが男女別々となっている。
すなわちマッパで入るということである。

慣れていないせいか、マークとメタンがもぞもぞとしていた。
ノンは通常運転で、普通にぶらぶらさせていた。

「マークもメタンも恥ずかしいなら、タオルで隠せばいいじゃないか?」

「ああ、その手がありましたね」

「なるほどですな」
とタオルを腰に巻いていた。

さて、まずはシャワーで全身を洗う。
水圧よし、満足の出来る水圧だ。
引き渡し時にどれだけ同時に使ったら、水圧が落ちるのかを試してみたが、七割ほどが同時に使うと水圧が落ちた。
そこで、利用者が多い場合には、水道管に風魔法が付与してある魔石を埋め込んでいる為、利用者の数を見て使用するように、ギルには教えてある。

まずは内風呂に入る。
この内風呂は、最大で二十人が入れる広さだ。
今回の風呂すべてが、お湯は常にかけ流しの状態にすることと、風呂の水位と同じ高さに排水溝を見えない様に作ってある。
これはお湯に浮いた髪の毛やゴミが自動的に流れていく仕組みとなっている。

とはいっても、全てのゴミが自動的に流れる訳では無いから定期的にスタッフがチェックを行い、必要に応じて髪の毛などを綺麗に掬い挙げなければならない。
ここは異世界ということもあって、特に獣人の方々は髪の量が多い、身体全体を髪で覆っている人もいる。

小まめな清掃は肝心要である。
ちなみにこれまで俺達が使っていた風呂と露天風呂は、今後は風呂は子供風呂、露天風呂は家族風呂として提供する予定だ。
泳げる水風呂はプールとして使用することにしている。

残念ながらスーパー銭湯の風呂の年齢制限は設ける必要がある。
これは、俺の経験則からそうさせて貰った。
過去に何度か小さな子供が風呂の中でおもらしをしてしまい、風呂に入れなかったことがあった。
こればかりはしょうがないことだ。
ここではそれを避けるため、この様にさせて貰うことにした。
ちなみに五歳以下はスーパー銭湯の風呂には入れないことにする予定だ。

そして、この内風呂の角には電気風呂がある。
微弱の雷魔法が込められている魔石を設置してある。

「メタン、すまないが魔石に魔力を込めてくれないか?」

「かしこまりました」
というと、メタンが魔石に魔力を込めた。

「おお!これは効くな」
腰と背中にピリピリと電気を感じる。マッサージ効果だ。

「おお!こんなに気持ち良いとは・・・」
隣でマークも電気風呂を堪能している。

「島野さんこれは発明ですね、実に気持ちいいです、始めはちょっとチクっとしますが慣れると心地よくなってきますよ」

「だろ?これが電気風呂だ」
俺は多分どや顔をしているだろうな。
でも本当に気持ちいい。

電気風呂を堪能し、外風呂に向かう。
まずは温泉に浸かる。
温度帯は四十一度前後、俺は魔力が無いので、魔力の回復効果は分からないが、温泉特有の匂いがたまらない。
この温泉は十五人ぐらいが入れる広さだ。

その後は炭酸泉だ、温度帯は三十九度、低めの温度帯で長く入れる様にしてある。
ものの数分で体が赤くなってきている。
本当は一番この炭酸泉を広く作りたかったが、二酸化炭素が上手く集めれないので、ここは最大で十人しか入れない。

二酸化炭素問題が解決したら、拡張しようと思う。
その時は来るのだろうか・・・
そしてこの外風呂の最大の良さは、その景色にある。
二階であることと、海に向けて景色が広がる造りなっている為、サウナ島の海が一望できる。
日の角度によっては海が光って見える。
最高の眺めだ。

「島野様、素晴らしい景色ですな」

「ああ、この景色を見にくるだけでもここに来る価値があるな」

「さようですな」
俺達は炭酸泉を堪能した。

「さて、そろそろ行こうか?」

「ええ、行きましょう」
俺達はまずは塩サウナ室に向かった。塩サウナ室は、外風呂の隣にある。

「おおー、良い湿度だ」

「ですね」
まずはじっくりと全身が湿り気を纏うまで我慢する。

「よし、そろそろだな」
部屋の中心にある、塩のタワーから塩を片手いっぱいに掴む。
全身を隈なくマッサージしながら塩を擦り込んでいく。
全身を塩で纏ってから、じっくりと間を置く。
塩のマッサージよって、ピーリング効果を肌が感じている。
お肌つるつるだな。

外にでて、塩を流す専用のシャワーを浴びる。
身体に着いた塩を隈なく落としていく。
その後は外気浴で、少し体の火照りを冷ます。

「ああ、もう整いそうだ・・・」
思わず声が漏れる。

身体が冷えたのを感じ、いよいよサウナ室へと向かう。
拘りぬいたサウナ、サウナストーブは五台設置してある。
席は十段あり、各段五人が座れる広さを確保してある。

今回もオートロウリュウ機能がある。
このオートロウリュウには、魔石を使用している。
ギルとゴンと試行錯誤して造った誉れ高き一品だ。

ギルが苦労したのは、オート機能だった。
自動で三十分毎に熱風と水が流れるということが難しく、時間を意識して魔石に魔法を付与することに手間取っていたが、ギルの努力によって何とか完成した。
流石は俺の息子と言っておこう。

温度帯は八十五度、俺が一番好きな温度帯だ。
そして今回のサウナでは、オートロウリュウだけでは無く、セルフロウリュウも行うことができる。
これは実は意外な盲点ともいえる。

日本のサウナでは、オートロウリュウ機能のあるサウナには、セルフロウリュウを行うことを禁止しているサウナがほとんどだ。
その理由としては、ガスストーブを使用している為、というところなのだろう。

これは個人的な感想でもあるが、オートロウリュウの問題点は、その時間に合わせてサウナに入る時間を考えなければならないことにある。
そして、時間合わせを行っている俺以外の客も当然おり、サウナ渋滞が生じることが時々ある。
サウナ渋滞は俺としては、ストレスでしかない。

オートロウリュウとセルフロウリュウの両方出来るサウナは何処にあるのかと、真剣に探したこともあるぐらいだ。
そういった経験もあり、今回は両方できるサウナにしたという拘りだ。

サウナ室は湿度も程よく、熱を全身に感じる出来だった。
もちろん俺は最上段に位置を取る。
マークとメタンが隣にやってきた。

「良いサウナだな」

「ですね、広くてもこの温度を保てる物なんですね」

「ああ、サウナストーブ五台の出力は半端ないな」

「そうですね」

「でも、これが、客が多いと温度が落ちるから、その時にどうするかなんだよな」

「扉が二枚あっても温度が落ちるんもんなんですね」
温度の下降を防ぐためにサウナ室の扉は二枚ある。まずは一枚目の扉を開けると、サウナマットが取れるようになっている。サウナマットを取った後に、更に奥にある扉を開けるとサウナ室に入るという構造になっている。

「そうなんだ、俺の経験則では間違いなくそうなるな」

「なるほど」

「これはオートロウリュウ後に、スタッフがサウナストーブに加熱をする様にするしかないな」

「ひと手間要るということですね」

「サウナは温度が命だからな」

十分ほどサウナを堪能し、まずは掛け水をした後に、超冷水風呂にダイブした。
キリッと身体が引きしまる。
温度帯は七度前後。
最高に気持ちいい。

直ぐに超冷水風呂を出て、体を拭いて外気浴を行う。
勿論インフィニティーチェアーを使用する。
インフィニティーチェアーは十台あるが、これもまた奪い合いになるかもしれない。
インフィニティーチェアーは、人を駄目にする椅子と言われているが、サウナ愛好家にとっては、倍率の高い整いの椅子として有名である。
これの気持ちよさに目覚めたら最後、もう味あわずにはいられなくなる。
最強の椅子である。

「ふうー」

「ああー」

「・・・」
もう何も言うまい。

俺は遠慮なく『黄金の整い』を味わった。
これまでにない、満足感のある整いだった。
この整いは達成感を感じる整いだった。
その後二セット行い。俺はこれまでとは違う、格別の整いを得たのだった。



更衣室にもどり、着替えを行う。
備品として、綿棒があり、それで耳の中を掃除する。
更衣室には大きな鏡があり、ここで風魔法を付与した、なんちゃってドライヤーがある。持ち帰って貰っては困ると、ちゃんと鎖で繋げてある。
俺は残念ながらこれを使用することは出来ないが、好評を得ることは間違いないだろう。



俺達は大食堂に向かった。
手を挙げてスタッフを呼び込む

「ビールを三つで」

「かしこまりました」
と元気よく受け答えをするスタッフ。
スタッフは全員、島野標の入った法被を着ている。
即座にビールが給仕される。

「では、乾杯!」

「「乾杯!」」
ゴクゴクと喉を潤すビールが腹に落ちてくる。

「ああ、上手い!」

「最高ですな!」

「これが飲みたかった!」
ビールのほとんどを飲み干していた。
再度スタッフを呼びこむ。

「ビールをもう一杯と俺はカツカレー、お前達はどうする?」

「俺もビールをもう一杯と、カツカレーで」

「私もビールをもう一杯と、ツナマヨ丼を」

「かしこまりました!」
スタッフの元気な声が木霊する。

提供する食事のメニューについては、喧々諤々メルルとエル、ギルと会議を重ねた。
メニュー決定の問題点は、獣の肉の安定供給が出来る保証がないという点だった。
ノンが狩ってくる獣の種類は、その日によって違う、肉の種類を統一することはできない。
カツカレーのカツも、今日はジャイアントピッグだが、その日によってはボアやラット、ブルに変わる。
その為、安定的に供給できるメニューとなると、野菜に限定される。

ツナマヨ丼も、一日に限定五十食となっている。
その為、安定的に提供できるメニューといえば、マルゲリータピザとポテトフライ、ペペロンチーノ、ミックスサラダと野菜炒めぐらいとなる。
とは言ってもマルゲリータピザは大人気なので、これだけでも事足りるという意見もあったが、俺としてはそれではなにか物足りない。

そこで、その日にある食材で、刺身やから揚げなどを中心とした、日替わり定食も提供することにした。
常に二種類ぐらいは提供できるように努めていきたい。
それにしても日本は、ほとんどの食材が安定的に供給できている。
現代の日本は、飽食の国だと改めて知ってしまった。

飲み物に関しては、種類は多く、量も十分に足りている。
ビール、ワイン、日本酒、トウモロコシ酒がアルコール。
ノンアルコールはお茶、コーヒー、紅茶、ジュース各種。
水は無料で提供される。
他には魔力回復薬と、体力回復薬もある。

そして、ロープレという名のサウナ満喫を行った一同は、反省会を行うことにした。
何処がよくで、何が足りないのか?
様々な意見が出され、検討されていく。
中には俺が気にかけていない物が、提案されたりもする。

特に女性陣の意見が参考になった。
例えば、女子のトイレには汚物入れを置いた方がいいという意見だ。
女性特有の問題点と言える。
当然意見に賛同し、汚物入れを全ての女子トイレに加えることにした。

こうやってオープン前からロープレを行って、改善を繰り返していくことは重要であると言える。
その後、全スタッフにも、交代しながら施設を利用させて、一人一つ以上は意見や感想を纏める様にさせた。

施設の使用後に用紙に記入し、翌朝纏まった用紙が俺に届けられる。
それに目を通し、検討を重ねていく。
こんなことを一週間近く行った。

これからはプレオープンを一週間行い、ブラッシュアップさせていく。
プレオープンには参加できる全ての神様に、お客を連れて来てもらう予定だ。
さて、どうなることか・・・



グランドオープンの一週間前、プレオープンを開始した。
神様達には五名前後のお客を連れてきて欲しい、とお願いしてある。
営業時間は十五時から二十時の時短営業。

プレープン後は、各班に分かれて反省会をする為だ。
今日はプレオープン初日の為、俺も入島受付室に控えている。
まだ一五時には早い。

ガチャ!
不意に転移扉が開かれた。

「お前さん来てやったぞ!」
と万遍の笑みを浮かべたゴンガス様が、弟子達を連れてやってきた。

「ゴンガス様、早くないですか?」

「はあ?丁度の時間だと思うが?」
んん?そうか、時差だ!これは営業時間の修正が必要になるかもしれない。

「多分時差ですね」

「ああ、そういうことか」

「まあ、それは良いとして、いらっしゃいませ!」

「「いらっしゃいませ!」」
スタッフ達が続く。

プレオープン初日が始まった。
この後も続々と神様達に率いられたお客様がくる予定だ。
プレオープンに関しては、全ての料金を半額としている。
神様に関しては全て無料としている。
但し、全員にアンケートに答えるという条件を付け加えている。

この意見を参考に、更にブラッシュアップしていくつもりだ。
社員達の意見も参考になったが、やはりダイレクトにお客様の意見を聞きたい。
忖度無しの意見が欲しい。
この後も繋がっている全ての神様達が、お客を率いてサウナ島に来てくれた。
順調にプレオープンが進んでいった。
順調にプレオープン初日を終えた。
遅めの晩飯を大食堂で食べている。
スタッフ達の顔を見ると、皆な緊張感から解放された、ほっとした表情をしていた。
後で風呂にでも入って、ゆっくりと寛いでくださいな。
皆さんお疲れさんです。

よくよく考えて見ると、この世界初の娯楽施設となるスーパー銭湯なのだ、スタッフの緊張も相当なものなのだろう。
でも、ここで息切れしてもらっては、到底この先やってはいけないだろう、がんばり処である。



プレオープン二日目。
俺はまず皆を大食堂に集めた。

「皆、急な招集に答えてくれてありがとう」
全員が息を飲んで俺の言葉を待っている。

「これが、昨日のプレオープンの結果だ。今からアンケートの内容を、一部読み上げようと思う、よく心して聞いて欲しい」
スタッフ全員が固唾を飲んでいる。

「本当に癒されました。お風呂は気持ちよかったし、店員さんの対応も心地よく、最高に楽しめました」

「「「おお!」」」
スタッフは歓喜に沸いている。
皆で称え合っていた。

「初めての転移で驚きましたが、受付の皆さんの笑顔に迎えられて嬉しかったです。また来たいです」

「「「よっしゃー!」」」
入島受付班がガッツポーズをしていた。

「食事が無茶苦茶美味しかったです、またカツカレーを食べに来ます。次はお代わりもします、絶対に来ます」

「「「よし!」」」
厨房班のスタッフが、お褒めの言葉に沸いていた。

「概ねこの様な、お褒めの言葉を頂いている、皆の頑張りがお客様に届いているということだ、引き続きよろしく頼む。では配置についてくれ。今日も昨日同様に全力でお客様を迎えてくれ、以上!解散!」
スタッフ達には励みになったのだろう、自信満々の表情で、各自の持ち場についていった。

これで志気が高まったと思う。
各自の持ち場でそれぞれ頑張って欲しい。
実は一件だけ苦情めいた意見があったのだが、内容としては、超冷水風呂が寒すぎて心臓が凍えるかと思ったという意見だった。
次からは普通の水風呂を使ってください、と心の中で言って終わっておいた。
こういうのは何とも取り合いようがない。
やれやれだ。



二日目のプレオープンを終え、アンケートを見ると俺は愕然とした。
そうか、俺の好みに偏り過ぎていたんだな・・・
俺は猛省した。
俺は自分の舌の求める物しか作ってこなかったんだと。
その意見はこうだった。

「甘味が欲しいです」
そうか、そうだよな・・・
俺は甘党ではない、もっと言うと、甘みに幸福感をあまり感じないタイプだ。
これはよろしくない。
断じてよろしくない。
精神年齢定年の俺にはない盲点だ。

早速甘味作りに取り掛かる。
まずはこれだろうとかき氷機を作り、かき氷を作った。
味は、イチゴ、レモン、リンゴ、ミカン、イチゴミルクの五種類。
煮詰めて、砂糖を混ぜてシロップを作った。

もっとフレーバーを増やすことは可能だが、これぐらいが妥当との判断を下した。
多ければその分スタッフの負担になるからだ。
結果。試食したスタッフからは嘘でしょ!というぐらい大いに受けた。
有頂天となった俺は、さっそく手を加え、果物をふんだんに乗せたかき氷を作り、半端なく受けた。

このサウナ島は、砂糖は充分に足りている。
これは更なる開発が必要そうだ・・・でもフレーバーは増やさない方が良いと考えた矢先にこれかよ・・・とほほである。

次はホットケーキだ、速攻で試食品が無くなった。
予想はしていたが、予想以上に完食されるまでが早かった。
メルルが目をハートマークにして、もっと甘みをとせがんでいる。
彼女は甘未中毒になっていた。
ハチミツはカナンの物を使った。
レイモンド様ありがとう。

更に今度はアイスクリームを作った。
フレーバーはかき氷と同じ種類に、バニラを加えた。
これのベースは、ドラン様から牛乳を購入して作った。
神様ネットワークが上手く機能していると言っていいだろう。

本当はソフトクリームを作りたいが、温度の管理が難しい。
今はトライアンドエラーを繰り返している。

そして、ほとんどの神様から、サウナ島に連れてくる人数が、五人前後では少ないから、人数を増やせないかと言われた。
当然受け入れはしたが、ほどほどにして欲しいとは伝えてある。
ほどほどにと。



プレオープン三日目、
大変なことになっていた。
この世界の神様達は、人の話をちゃんと聞かないのだろうか?
俺はほどほどにして欲しいと言ったのに・・・これがあの人達のほどほどなのだろうか?・・・違う、ちゃんと人の話しを聞いてないのだ。

来客数が大幅に多くなっていた、入場制限の手前までくる人数が、一気に押し寄せて来た。
始めの入島受付室からてんやわんやの大賑わいで、その数はピーク時で三百人以上にも上った。
危なかった、時差のお陰で何とかしのげた。入島時間がばらけたお陰で凌ぐことができた。
結果的には大賑わいの大盛況ではあったが、こちらとしても心構えという物があるってもんだろう。
スタッフにとってはいいトレーニングになったとは思うが、この調子では明日以降が大変なことになりそうだ。

それにしても・・・疲れた。
というか疲れてしまった。予想外は良くないと、珍しく真面目に思った。

そして俺はこの日のアンケートにも、気づかされる点が多かった。
まずはトイレの使い方が分からないという意見があった。
これは使い方を紙に書いて、張り出すことで対応することにした。
確かにこの世界でのおトイレ事情は、著しく劣っている。
不衛生な上に匂いも酷い。
水洗トイレを始めて見る者が大半だろう。

次にサウナの最もいい入り方を教えて欲しい、という意見があった。
それはそうだと思う、まったくこれまでに無い文化だから、分からなくて当然だし、マナーや、使用の方法も分からないだろう。
これまでは小人数であり、神様達の側近と言ってもいい人達だった為、前持って話を聞いていたんだろう。
この様な意見はこれまでには無かった。
今日は、大所帯であった為、こういった意見があって当然とも考えられる。
プレオープンを行って正解だった。
正に目から鱗である。

ここはマリアさんにお願いし、水風呂の一番目立つ所にイラスト付きで、サウナの入り方やマナーの説明を書いて貰った。
マリアさんには感謝だ。
尻を振りながら、ノリノリで書いてくれた。
マリアさんの能力の一つで『どこでもペイント』というが有るらしく、仕組みはよく分からないが、何処でも固形物の上ならば、思い通りに文字やイラストを描き込める能力らしい。
俺はとんでもない能力だと感心した。
更にイラストも上手な上に、伝えたいことが分かり易く、芸術の神様は伊達ではないと言えた。

他にも、何故靴を脱がないといけないのか?とか、タオルを湯船に付けてはいけないのか?といった意見や、体を洗わずに風呂に入ってはいけないのか?という我が目を疑う意見もあったが、これは無視してもいいだろうと考えた。
いくらお風呂文化が根付いて無いとはいえ、こんなことを分からないようでは、たかが知れている。
そういった方々は、今後はご遠慮いただくことにしたい。

だが、そうとも言ってられないと感じた出来事が起こっていた、タオルを持参する人があまりに少なかったのだ。
まずはスーパー銭湯の受付で販売している、〇島マークの入ったタオルがと飛ぶ様に売れてしまった。
中にはタオルも買わずに風呂に入ってしまい、ビショビショのまま脱衣所を出る人までいたようだ。
先が思いやられる・・・

でもこれが現実、彼らにとってはお風呂やサウナは元より、このサウナ島自体が、未知との遭遇なのである。
たかが知れている、ご遠慮いただこう等と考えてしまったことを俺は大いに反省した。
ここが異世界であることを、俺は改めて思い知らされた出来事だった。
この後は、スーパー銭湯の受付でタオルの有無の確認という、要らないひと手間がかかる様になってしまった。
致し方あるまい。

お風呂・サウナ文化を広めると同時に、そのマナーや、使用方法も広めなければならないと痛感した。
まだまだ先は長い・・・

そして当然のごとく甘味が大ヒットした。
アイスクリームの在庫が、全て無くなってしまった。
中には全てのフレーバーを食べた猛者まで現れたらしい。
お腹を壊してないといいのだが・・・

既にメルルに率いられた料理班が増産体制に入っている。
この調子では、グランドオープン後はどうなることかと、心配で仕方がない。
だが一つ一つコツコツとやっていくしかないとも感じている。

五郎さんが温泉街を作った時はどうだったんだろうか?
今度暇が出来たら聞いてみるか?
それにしても疲れたな・・・



プレオープン五日目
お風呂とサウナの見回りを増やしたことで、マナーや、使い方の問題はなんとかうまく回り始めているようだ。
スタッフには、こちらから積極的に声を掛ける様にさせている。
聞いたところでは、既にリピーターが多数おり、そのリピーター達も知ったかぶりをして、サウナはこう入るんだとか、風呂はこう入るんだと、聞いてもいないのに語り出す者が出始めたということだった。
昔はスーパー銭湯でも、よくそういった指導をしている、おじいさんを見かけたもんだ。
最近ではあまり見かけくなった・・・

テレビの影響なのだろう、日本のサウナ事情は数年前から随分と変わってきている。
正に空前のサウナブームと言ってもいいだろう。
様々なサウナ施設が登場し、利用者の平均年齢も低くなってきている。
指導をしなくても入り方を弁えた若者が実に多い。
稀に指導が必要な若者も見かけるが、それを注意する者は、ほとんどいなくなってきている。
ちょっと寂しさを感じるが、これも時代の変化なのだろう。

三日後にはグランドオープンを迎える、スタッフ達の動きは日を追うごとに良くなってきている。
流石は倍率二十倍を潜り抜けた、選ばれし者達というところか。
誰一人として、気を抜いていない。
実際一番気を抜いているのは、もしかしたら俺かもしれない。
というよりは、ほとんどの業務が神様達からの相談事や、人を紹介されて、話し込むといったことになってしまっている。
要は自分の仕事ができない状態に陥っているということだ。

本当はスタッフの仕事ぶりを見て周りたい所なのだが、やっと解放されたと思っても、次々に紹介させてくれという人が現れてしまう。
せっかくサウナ島に来てくれているので、邪険にする訳にもいかない。
困ったものだ・・・

相談事のほとんどが、このサウナ島で商売がしたいという物なのだが、今は神様が直接行う形式以外は受け付けていない。
とは言っても、神様が直接商売を行うことはまずない。
いわば直営店と言ったら分かりやすいだろうか。
カナンのハチミツと、コロンの牛乳を販売するブースを設けて、そこで販売を行って貰っているというとことだ。

個人的にはゴルゴラドの海鮮を売るブースが欲しいところなのだが、今のところそういった申し入れはない。
ちょっと残念ではあるが、魚介類の仕入れはしっかりと行っている。
リチャードさんからは、服飾を扱うブースを設けて欲しいと言われているが、スペースの空き問題もあって、今は保留としている。
服飾は食品以上に、場所を取ることになってしまうからだ。
リチャードさんは神様ではないが、信用のおける人物なので許可してあげたいところなのだが、今はそこに手を回すだけの余裕がない。
少し時間を頂きたいと思う。
腹案はあるのだが、今はとにかくスーパー銭湯を無事に、オープンさせることに集中したいと考えている。

そんなことを行っていると、遂にあの大物がやって来た。
来るだろうとは思っていたが、案の定だった。
口元に笑みを含んだエンゾさんが、異常にごつい男性を連れてきた。

「そなたが島野か、会いたかったぞ!」
とやたら大きな声で、どすどすと近寄ってきた。
はあ、来やがったか・・・

「はあ、どなたでしょうか?」
俺の言を受けて、エンゾさんが紹介してくれた。

「島野君、お気づきでしょうが、タイロン王国の国王ハノイ十三世ですわ」

「余がハノイ十三世である、ガハハハ!」
と無駄にデカい声で、その男性は言った。
体はガチムチのマッチョで、何故かポージングをしていた。
上腕二頭筋をアピールしている。
こいつアホだな・・・
なんでタンクトップなんだ?
本当に国王なのか?

「して、島野とやら、お主やたら強いと聞いておる、余と手会わせ願えな」

「やですー」
食い気味で言ってやった。

「余と手」

「やですー」
まだ言うかこのアホ。

「余」

「やですー」

「・・・」

「ごゆっくりとお過ごしください」
と愛想笑いを添えて、俺はその場を去ることにした。

背中でエンゾさんが
「このアホマッチョが!」
と言いながらハノイ十三世にローキックを入れているのを感じながら、そそくさと俺は立ち去った。
アホのマッチョの相手なんかしてられるか、まったく。
こちとら忙しいんだよ、ふざけんな!
やだやだ、次行こう次。



やっとエンドレスの紹介ループから抜け出せた。
まだ閉店時間までは一時間以上あるが。せっかくだから客に紛れてサウナに入ることにした。
挨拶しようとするスタッフに、口に手を当てて制する。
その様子に、それではと立ち去るスタッフ。
察しが良くて助かります。

いつものルーティーンを終えて、サウナに入る。
サウナは八割方が埋まっていた。
俺は最上段が空いていたので、もちろん最上段に陣取る。
温度計に目をやると八十だった。湿度も申し分ない。
個人的にはあと五度欲しいところだが、文句は言うまい。

丁度オートロウリュウが始まるところだった。
オートロウリュウに、サウナ内のお客達がどよめく。

すると知ったかぶったエルフの男性が
「これはオートロウリュウだ、三十分に一回起こるイベントみたいなもんだよ」
と常連ぶって語っていた。

隣の獣人の男性が
「そうなのか、良く知っているな?」
と問い返すと

「俺も昨日知ったんだ」
と素直に答えていた。

面白い光景だった。
こうやって見てみると、なんだか笑いそうになる。
人間、魔人、エルフ、獣人、ドワーフ、魚人が黙ってサウナで蒸されている。
異世界ならではの光景だ。
少し独特な汗の匂いもするが、これはご愛敬だ。恐らく獣人さんだろう。

二つ前の席にガードナーさんがいた。
そういえば、彼には転移扉は渡してなかったな、欲しいと言われるのだろうか?・・・言われるまでは待っておこう。
おや?
隣に座っている男性に目が留まった。
小声でガードナーさんと何か話しをしていた。
後ろで黒髪を纏めた男性で、神経質そうな顔立ちをしている。
細身で、白い肌をしていた。
彼の存在感に違和感を感じる。
はて?

そんなことを考えていると、ガードナーさんとその男性は連れ立ってサウナを出て行ってしまった。
オートロウリュウがきつ過ぎたようだ。そそくさと退散していった。
その後、俺はお客様の動向を眺めながら、サウナを堪能した。

ちなみにこのスーパー銭湯の外気浴場には、俺とギルしか入ることが出来ない。秘密の整い部屋がある。
これは『黄金の整い』を、俺とギルが行う為に用意した、専用のVIPルームである。
当然内にはインフィニティーチェアーが二台設置してある。
その部屋の名は『パパとギルの部屋』とそのままである。
名前はギルが勝手につけていた。
俺は特に文句はない。

ノン達には悪いが、俺とギルは神力を蓄えておく必要がある。
まだまだ他の神様達には『黄金の整い』を教える訳にも、見せる訳にもいかないので、この部屋を作った。
この部屋のドアノブは、神石が付いており、その扉を開くことは、俺とギル以外の神様でも、開けることは出来ないように、能力を付与してある。

神石に俺とギルのみが、扉を空けれるイメージをしたら、普通にその様になった。
念のため、ランドールさんにドアノブを回してみて貰ったが、回すことすらできなかった。
こんなことも出来るのかと、神石の可能性に驚かされた。
と思っていたら、

ピンピロリーン!

「熟練度が一定に達しました、ステータスをご確認ください」
とアナウンスがあった。

能力に『限定LV1』とあった。
限定ってなんだ?
てか、神石ではなく俺の能力だったのね・・・
限定?まったく分からん・・・
まあ時間の有る時にでもいろいろ試してみるか・・・
にしてもまったく分からん限定って・・・なんなんだ?

俺は『パパとギル部屋』で『黄金の整い』を堪能した。



プレオープン最終日
今日はプレオープン開始前に、各リーダー達と打ち合わせを行うことになっている。
メンバーはマーク、ランド、メルル、ギル、ジョシュア、そして、サポートメンバーとして、メタン、ロンメル、ゴンが集まっている。

「皆な、お疲れさん」

「「お疲れ様です」」
全員リラックスした表情を浮かべている。

「遂にプレオープンも今日で最終日となった、そこで打ち合わせを行って、現状の把握と今後の問題点の洗い出しを行なおうと思う」
皆一様に砕けた感じでの打ち合わせとなっていた。
このメンバーで畏まることはほとんど無い。
飲み物を飲みながら、遠慮なく意見が交わされる。

「まずは、現状の報告を頼む、マークからだ」

「はい、迎賓館の現状ですが、既にリピーターもおり、テーブルもほとんどの時間、半分以上が埋まっている状況です。利用客はやはり商人が多く、商談に来ている者が多いようです。個室の利用は、まだそこまででもありませんが、VIPがこの先利用する様になってくれればと考えています」

「そうか、商人の中でおかしな行動をとるような者はいなかったか?」

ロンメルが手を挙げる。
「旦那、そこは俺が話させて貰おう、今のところ怪しい動きをする者はいないが、オープンして、慣れた頃から注意を高めていく必要はあると思うぞ、今は注目度が高いから、おかしな行動は取るに取れないと思うぜ」

「そうだな、ロンメルの意見は一理あるな、まあ、神様が認めた者達しか入れないのが、このサウナ島の現状だが、神様も万能じゃないから、潜り抜けてくる者は必ず現れるだろうから、気にかけておいて欲しい」

「ああ、任せてくれ」

「あとは、今はまだ未稼働だが、宿泊施設が稼働しだしたら、特に注意は必要になってくるかもしれない」

「分かっている、泊りともなれば、動きは変わってくるからな」

「でも、実際はずっと張り付いて動向を見て周ることは出来ないから、こいつはという者が現れたら注意する程度で構わないからな」

「そうさせてもらうさ」
ロンメルが心強く頷いた。

「次にランド、報告を頼む」

「はい、なんとか捌いているっていうのが、正直なところですね。どうしても入島のタイミングが重なると、渋滞がおきますね」
ランドは頭をポリポリと掻いている。

「どれぐらい待たせてしまってるんだ?」

「そうですね、最大で十五分ぐらいでしょうか?」
微妙だな、多いとも少ないとも言えない。

「一五分かー、微妙なところだな、でも雑な対応になるぐらいなら、ちょっと待たせても問題無いと割り切った方が、良いかもしれないな」

「私もそう思いますよ」
メルルが賛同した。

「私もそう思いますな」
メタンも同意見のようだ。

「どうしても待たせる様になるなら、人員を増やすことも視野にいれておこう、その必要がある時は遠慮なく言ってくれ」

「分かりました、そうさせて頂きます」
どうしたものかと、ランドは腕を組んで考えていた。

「じゃあ、メルル」

「はい、食事の提供に問題はありませんが、やはり、甘未の売れ行きが良すぎて、スタッフの大半が、そちらに割かれてしまうのが問題かと、カツカレーやツナマヨ丼は提供に時間が掛からないからいいですが、日替わり定食の内容によっては、お客様を待たせてしまう可能性があります」
日替わり定食か・・・

「そうか・・・考えどころだな」

「人を増やしたいのもありますが、スタッフの数の問題だけでもない様に思えます」
それ以外の問題ということか?

「そうか、質は落とさずに、提供の時間は早めたいということか・・・なかなか難しところだな」

「いっそメニューを変えてみては?」
ゴンの意見だ。

「いや、このタイミングでの変更は、スタッフには負担でしかないだろう」

「ですね」
メルルが同意する。

「ただ、提供までに時間の掛からないメニューを増やすことは在りかもしれないぞ」

「といいますと?」

「俺達は正直言ってこの世界では、食に恵まれている方で、グルメになっていると思うんだ」

「そうなの?」
ギルには実感はない様だ。

「そうだと思う、マーク達はこの島に来た時のことをよく思い返してみて欲しい。俺は今回のプレオープンで、いろいろ気づかされる点があって、自分の常識が他人にとっては非常識となっていることに気づいたんだ」

「確かにそうですな、我々もこの島に来て一年以上が経っておりますが、今では当然の様に食事の味や、はたまた飾り付けにまで目を向けておりますが、もとは堅いパンを普通に食べていた身ですぞ、贅が過ぎると言われても文句は言えませんな」
メタンは理解しているようだ。

「ああそうだ、旦那の言うことはよく分かる。俺達は旦那のお陰で今では食うに困らない処か、これまでにない贅沢な生活を送っている、数年前の俺達には考えられないことじゃないか?」
ちょっと褒め過ぎじゃありませんかね、ロンメル君。

「まあ、思う所は人其々でいいと思うが、俺達はちょっとこの世界では、高すぎるレベルの食事環境にあって、他から見るとやり過ぎて無いかと思うんだ」

「それは分かる気がします、正直に言いますと、ちょっとついて行けないと思う時も俺にはあります、良すぎるっていうんですかね」
これがジョシュアの本音のようだ。
この意見はありがたい、ジョシュアは異例の抜擢をされてはいるものの、やはり新人に代わりはない。彼の意見は貴重な物なのだ。
ある意味ではこの異世界に住む者達の、代表としての意見となっている。

「そうか、ジョシュアでもついて来れないとなると、他の者達にとっては尚更だろう。ここでちょっと、ペースを落としたほうがいいかもしれないな」

「そうかもしれませんね」
メルルは考え込んでいるようだ。下を向いている。

「実はな、前にちょっと違和感を覚えたことがあったんだ」

「それはどういうことですか?」
メルルが顔を上げた。

「メルル、覚えているか?メルラドの件で、へとへとになった時に、晩飯をお茶漬けで済ました時があっただろ?」

「ええ、ありましたね」

「その時に俺達サウナ島の者達は、物足りないと感じたみたいだが、ジョシュア達は違っていた。こいつらはこんな上手い物があったのかと、何度もお替りをしていたし、上手い上手いと連呼していたんだよ」

「ああ・・・」
メルルは何かを理解した様だ。

「俺もその時のことは良く覚えています、こんな無茶苦茶上手い食事をしているのに、何でこの人達は不満げ何だと思いましたよ」
この意見を言えるジョシュアは大した者だと思う。これがこいつの優れている処だといえる。

「と言うことなんだよ、だから今丁度お茶漬けが話に出たが、お茶漬けをメニューに加えるというのも有りなんじゃないか、ということなんだよ。他にもせっかくカレーがあるんだから、カレーうどんとかだったら、スタッフの負担にはならないし、提供時間も早いだろ?」

「確かに、加えてみます」

「言われてみれば納得です。俺達はちょっと頭に乗っていたのかもしれませんね」
マークらしいコメントだ。

「頭に乗っているとまでは言わないが、この世界の水準に合わせていくことが大事な事だと思うんだ、どうだろうか?」

「「「賛成!」」」
全員が俺の言いたいことを理解してくれたようだった。

俺達が当たり前の様にしている土足厳禁や、お風呂に入る前に体を洗うということがこの世界の人達にとっては、当たり前では無いということなんだろう。
ここは頭を垂れて謙虚に受け止めなければならない。
ハイクラスが良いとは限らないのだ。

プレオープンの最後にして、良い確認が出来たと思う。
俺達の進む道はゆっくりで良い、徐々に受け入れて貰えればありがたいという気持ちでやって行こうと思うのだった。



そして俺は今、テープカットの掛け声を待っている。
まだフワついている感覚はある。
いい加減普段の俺に戻って欲しい。

そうだ、複式呼吸だ。
ゴンではないが、それが一番良い。
俺は人知れず、複式呼吸を行った。
鼻から吸って、口から吐く。
そう、それだけの単純な作業だ。

でも不思議だ・・・このやり慣れた作業がいつもの俺に戻してくれる。
ああ・・・こんな簡単なことだったんだと、今さらではあるが思い出した。
やっと、いつもの自分に戻れた気がした。

それで・・・オリビアさんのテープカットの掛け声を待っているのだが・・・
オリビアさん・・・まだですか?

「皆さん!ご注目!テープカットは置いといて、まずは私が一曲歌いまーす」
マジか!
これ絶対確信犯でしょ?
ワザとだよね?
嵌められたー!
他の神様達も唖然としていた。
オリビアさんの独壇場が始まった。
この注目される一時を、まさに自分の為に使っていると言ってもいいだろう。好き勝手やってくれる。

一曲歌って気が済んだのか
「では、テープカットお願いします!」
と雑に振られた。
オリビアさんの掛け声に、テープを持った神様達が、一斉にハサミでテープを切った。
切れ端の紅白の花を皆で掲げる。

「「「おめでとうございます!」」」

「オープンだー!」

「やったぞ!」
と歓喜の声と共に大きな拍手が巻き起こった。
止まない拍手と声援に、俺は照れを隠せなかった。
本当にありがとうございます。

不意に後ろから誰かに掴まれた。
振り返ると、ゴンズ様が俺の肩を掴み、皆を呼び込んだ。
俺は宙を舞うことになった。
神様達に胴上げされている。
俺が宙を舞うと

「「「バンザーイ!」」」
と掛け声がする。

そしてお決まりの三回目ドスンは・・・無かった。
神様達は慈悲深いということか、俺の背中は守られたのだった。
何とも言えない奇妙なグランドオープンとなった。



スーパー銭湯の入り口が開けられ、ギルが大きく宣言した。

「スーパー銭湯守!開店しました!」

「おお!」

「やっとか!」

「待ってました!」
と騒がしい。
それにしてもスーパー銭湯守って何?
聞いてないんだけど・・・ギルのアドリブか?

「ギル、スーパー銭湯守って何だ?」

「えっと、五郎さんから名前を付けた方がいいって言われて、皆と相談して決めたんだよ」
皆って・・・俺抜きかよ・・・

「ごねんね、面白いからパパには言うなって五郎さんが・・・」
思わず目を瞑って上を向いてしまった。
まあ確かに面白いでしょうね、あなた達にとってはね!
俺には面白くもなんともないんですけどね!

「そうか、ギル面白かったか?」

「そうでもないよ、でもあっち見て」
そこにはにやけ顔の五郎さんと、ゴンガス様とオリビアさんがいた。
はぁ?神様ってなんなんでしょうね?
参りました、降参です。
俺は両手を挙げて降参の意を示すと、三人は大爆笑していた。
やれやれ・・・

さあ、仕事仕事!
俺は頭を切り替えて、受付業務を手伝うことにした。
あー、忙しい。



グランドオープン初日から大盛況だった。
開始一時間で、入場制限を設けることになってしまっていた。

初日から三日までは、オープンセールとして、入泉料が半額と島野印入りのタオルが無料で配られることになっている。
実はこのタオルだが、ちょっとしたブームになっているらしく、このタオルを首に巻いたり、肩に掛けたり、腕に巻いたりするのが、トレンドになっているようだった。
既に模造品も出回っているとかいないとか、このタオルを持っていることが、神様に認めらたということの、証になっているということらしい。

意味合いとしては間違ってはいないが、拡大解釈しすぎなのではないだろうか?
でも俺にしても、サウナフレンズの飯伏君も、サウナの名店に行っては、そこのお店のタオルを買って、そこに行ったと見せびらかしていたので、ある意味では、同類なのかもしれない。
まあ、このスーパー銭湯守が名店扱いされるのであれば、嬉しい話ではあるのだが。

入場制限とはいっても、これは風呂場に限った話しで、脱衣場の入り口でスタッフが規制線を張っている状態だ。
館内への入場そのものは出来る為、食事をして時間を潰す人たちが多かった。

一時は暴動でも起きるのではないかと緊張感があったが、大食堂に隣接しているステージで、楽しくなったオリビアさんが歌い出し、あっさりと危機から脱した。
オリビアさんの歌に助けられたのかもしれないな。
でもテープカットでは、やってくれちゃってましたけどね!

ステージの最前列で、なんとも言えないクネクネした踊りをしているマリアさんを見かけたが、俺はあえて見てない振りをした。
「これは芸術よ!」
と踊り狂いながら叫ぶマリアさんをみて、泣き出す子供がいたとかいなかったとか・・・
まあ好きにやってくれ。

また今日もエンドレス紹介ループが始まりそうな気配がしたので、そそくさと逃げようとしたところ、五郎さんに話し掛けられた。

「島野、オープンおめでとさん!」
まだにやけ顔をしている。

「五郎さん、やってくれましたね」
睨みつけてやった。

「ガハハハ!そう怖い顔するなって、なかなか面白かったぞ」

「でしょうね」

「それにしてもスーパー銭湯守って、ギル坊達もセンスがねえなあ」

「まあ、家の者達ならそんなもんでしょう」

「ちげえねえ」

「そういえば、五郎さんの温泉街のオープンの時はどんな感じだったんですか?」

「儂の時か?」

「はい、興味があって」

「あれだろう、島野、いまいちピンと来てねえんだろ?」

「分かりますか?」

「ああ、儂もそうだったからな、オープンした時はなんだこんなもんか、ってな感じだったんだがな、後でじわじわ実感が湧いてきたもんさ」

「そうなんですね・・・」
俺も一緒ということかな?
後で実感と言われてもな・・・
まあいいか。

「それで、この後はどうするんですか?」

「おお、今日はダンと連れの連中が一緒に来ているんだがな、ちょっと厨房を見させてもらえねえか?と思ってな」

「もちろんいいですよ、でも大将はメルルに手伝えって、捕まるかもしれませんよ」

「それはそれで構わねえ、それもあいつにとっては勉強の一つだ」

「であればいいんですが」
俺は大将達を連れて、厨房に向かった。
このメンバーはメルラドの時に手伝ってくれたメンバーだ、ひょっとして・・・

「島野さん、オープンおめでとうございます、にしても凄い物造っちゃいましたね」
と周りを見渡す大将。

「じゃあ、厨房に入りましょうか?」

「お願いします」
厨房はちょっとした戦争状態だった。
動き回るスタッフ、怒号に満ちた厨房内、メルルがスタッフに檄を飛ばしている。

こちらに気づいたメルルは
「大将、お願い手伝って?」
と遠慮も無く言う。

「合点承知!」
と腕まくりをした大将達が案の定助っ人参戦していた。
やっぱりこうなったか・・・
というよりはこれは五郎さんからの粋な計らいで、大変な初日の助っ人を厨房の視察と言いながらも、送り込んでくれたという訳だ。

ありがたいことだ、持つべきは粋な隣人というところか。
でも、料理馬鹿の大将が、次は何を作りたいといいだすのか・・・
多分甘味だろうな。
ありがたく使わせていただきます。

その後俺はエンゾさんに捕まった。

「島野君ちょっといいかしら」

「エンゾさん、どうしました?」

「まずは開店おめでとう」

「ありがとうございます」

「先日はすまなかったわね」
国王のことか?

「国王は悪気の無いアホなのよ・・・」
悪気の無いアホって、凄い言われようだな。

「はあ・・・」

「悪い人ではないんだけど、強いと言われる人を見ると、すぐ立ち合いをしたがる癖があってね」

「癖ですか・・・」

「ええ、まったく、本当はこれまでのことをお礼するのが筋なんだけど、そんなことも忘れて、直ぐあんなことになっちゃうのよ、あのアホマッチョは」
今度はアホマッチョか・・・

「でね、ちゃんと叱っておいたから、ちゃんとお礼を言わせて頂戴。じゃないと私の気が済まないのよ」
あんたの気なんかい。

「でも、また会うと、立ち合いをなんて言い出すんじゃないんですか?」

「流石にもう大丈夫、次に島野君にそんなことやったらタイロンを出るって言ってあるから」
タイロンを出るって、言い過ぎでしょ。

「そうなんですか・・・あまり気が乗らないですが・・・」

「お願い島野君、私の為を思って、ね、いいでしょ?」
両手を合わせて懇願しているエンゾさん。

「まあ、エンゾさんがそこまでいうならいいですけど・・・」

「ありがとう、恩に着るわ、このままだとタイロンは、恩知らずな国だと言われかねないからね」

「そんなもんなんですかね?」

「そんなもんなのよ」
なんか前にも似たような話をしたような気がするな・・・
エンゾさんに連れられてハノイ十三世のところに向かった。
ハノイ十三世はポージングを行っていた。
警護の者達と思わしきマッチョの軍団が、ハノイ十三世に掛け声を掛けている。

「肩がメロン!」

「あなたは肉柱です!」

「キレてるよ!」

「ナイスバルク!」
とまるでボディービル大会の様相だった。
額に手をやるエンゾさん。

「止めなさい!」
とエンゾさんの怒号が響き渡った。
一様に動きを止めた面々。
辺り一体に緊張感が走る。

ハノイ十三世が前に出て来た。
今日もタンクトップ姿だった。

「島野とやら、先日は失礼した。詫びよう」
と頭を下げた。

「かまいませんよ、でも立ち合いは絶対しませんからね」

「そうか、それは残念だ」
と項垂れている。

「そんなことより、ハノイ王、島野君に言うことがあるでしょ?」

「おおそうであった。島野とやら、いや島野、タイロンでの複数に渡る功績、感謝する」
と再び頭を下げた。

「たまたまですよ、たまたま」

「そう謙遜せんでもよい、そなたが強いことはガードナーからも聞き及んでおる。そこで、褒美を取らそうと思うのだが、何か所望する物はあるか?」

「欲しい物ですか?」

「そうだ」
欲しいものと突然言われてもなあ・・・
特に無いんだよな・・・

「今は特に見当たりませんね」

「そうか・・・」

「じゃあ、島野君、欲しい物が出来たら言ってくれる?」

「そうですね、そうします」
とは言ってみたが、本当に何も思いつかないな・・・
あっ!

「エンゾさん、ちょっとよろしいでしょうか?」

「何?」
俺はエンゾさんにしか聞こえない様に、エンゾさんの耳元であることを囁いた。

「ん!本当にそれでいいの?」

「可能ですか?」

「ちょっと考えさせてらえる?」

「ええ、お願いします」
エンゾさんは眉間に皺を寄せて考えだしていた。

「では、ごゆっくりとお過ごしください」
とハノイ十三世に軽く一礼して、俺はその場を去ることにした。
さて、あとはエンゾさんの快い返事を待つとしよう。
それにしても異世界って変な人が多いな。
なんだかな。
結局のところ、グランドオープン初日の賑わいは閉店間際まで続いた。
サウナ島に訪れた人の数は、この日は八百人を超えた。
プレオープンを通じて、ここまで人が集まったことはこれまでに無い。
皆よく頑張ってくれたと思う。
怒涛の一日と言えた。

俺もほぼ一日エンドレス紹介ループに嵌っていた。
もはや誰が何さんかは分かっていない。
遅い晩飯を皆で食べることになった。

メニューはお茶漬けだった。
メルルから
「島野さんの気持ちがよく分かりました」
と言われた。

お茶漬けでもいいじゃないか、十分に美味しいよ。
皆でお茶漬けを食べつつも、程よい疲れと達成感に、体の疲れとは反比例して気分は高揚したままだった。

「皆な、聞いてくれ、まずはお疲れ様、明日以降も連日まだまだこの調子が続くと思う、今日は早く寝て明日に備えてくれ」

「分かりました」

「そうします」

「了解です」
と返事が返ってくる。
気力は続いているようで、心配はなさそうだ。
明日の朝『体力回復薬』を皆に配ろう、なんだかドーピングのようで気は引けるが、倒れられるよりはましだろう。

スタッフ達が
「お先に失礼します」

「お先です」
と俺に声を掛けて解散していった。

俺はそんな皆を見送ってから、なんだか飲みたくなってきたので、一人で大食堂でワインを飲み始めていた。
すると隣にノンがやってきた。
久しぶりにノンとまたっり過ごすのも悪くない。
ノンは獣型になり、体を擦り付けて来た。
甘えたい時のサインである。

体を撫でてやる。
久しぶりのノンのモフモフを堪能する。
こうしてノンを撫でるのも久しぶりのような気もする。
気持ちよさそうに横になるノンを愛でながら、俺はワインを味わった。

「なあ、ノン、気持ちいいか?」

「うん主、気持ちいいよ」

「そうか・・・スーパー銭湯造っちゃったな」

「そうだね」
ノンも今日は大活躍だった。
熱波師として、イベントを何回も行っていた。
熱波イベントは大好評で、テリーとフィリップとルーベンも誇らしそうにしていた。

「なあノン、日本が恋しいか?」
何となく聞いて見たくなった。

「うんたまにね」

「そうか・・・」
ノンの毛並みを堪能している。
あれから二年以上か・・・
早いような遅いような・・・
そうだよな、俺達は今異世界にいるんだよな・・・

「なあノン、俺達は異世界にいるんだよな・・・」

「そうだね、主・・・」

「お前、今楽しいか?」

「うん・・・楽しいよ・・・主は?・・・」

「・・・ああ・・・楽しいよ・・・」

「良かった・・・」

「ああ・・・そうだな・・・」
なんとも言えない気持ちが押し寄せて来た。
この気持ちをどう表現したらいいんだろうか・・・

「なあノン・・・俺達はこの先どうなるんだろうな・・・」

「分からないよ・・・でも僕は、主に付いていくだけだよ・・・」

「そうか・・・そうだよな・・・」
気が付いたらノンを枕に俺は眠ってしまったようだった。
誰が被せてくれたのか、俺とノンには毛布が被さっていた。
なにか心地の良い夢を見たような、そんな気分だった。
俺は満たされていると感じる事が出来た。
そんなグランドオープン初日だった。



グランドオープン二日目
オープン前からたくさんの人がサウナ島を訪れていた。

スーパー銭湯の営業開始時間前ではあるが、入島は行われている。
入島したお客達は、観光として畑を見たり、神社に訪れていた。
畑の見学人にアイリスさんが、身振り手振りを交えながら、農作業の説明をしている。
畑はサウナ島の観光名所となりつつある。
実際、アリスさんの管理する畑は、外では見られないからだ。
特にメルラドからの観光客が多いようだ。
アイリスさんはメルラドでは、神格化されている存在とも言える。
人気が絶大だ。

神社ではメタンが鼻息荒く、二礼二拍手一礼を教えていた。
そうとう嬉しいのだろう、メタンの表情は悦に浸っていた。
メタンはいつどこで揃えたのか、神主の格好をしていた。
まったく、よくやるよ。

プレオープンは終了しているが、お客様からの声は届くように、スーパー銭湯の受付にアンケートボックスを設置してある。
その中に二つほど採用すべき意見があった為、俺は今、厨房にいる。

まずはつまみとなる料理が食べたいという意見だ。
サウナ後のビールが主流となっているが、ビールを飲みながらつまみを食べたいということなのだろう。
これも俺の盲点で、俺はアルコールを飲んでいる時は、めったに食べ物を口にしない主義だ。
これは単純な理由で、たまに飲みながら寝てしまうことがある為、虫歯になりたくないからだ。
俺がつまみを食べない飲み方をしているから、目を向けていなかったということだ。
はやり様々な意見を聞くべきである。
こういった意見から更なるブラッシュアップを行っていく必要がある。

まずは簡単なところから手を加える。
沸騰したお湯に、塩を多めに入れる。
その中に枝豆を入れ茹でる。
湯切りをして冷ましたら、塩ゆで枝豆の完成だ。
塩ゆで枝豆はビールに合う、ド定番のつまみなので、間違いないだろう。

次に塩もみしたキュウリと、ダイコンを『熟成』で軽く撓らせる。
短冊切りして、漬物の出来上がりだ。
キュウリとダイコンの漬物。
これも定番中の定番だ、外れることはないだろう。
漬物はあまり摂取してこなかった俺には、有っても無くてもよい食事だった為、今まで作ってはこなかった。
これまでは、無くても困らなかったということだ。

次に冷ややっこだが、豆腐はこれまでにも何度か作ってきた食材なので、生姜とネギを刻んで、醤油はお好みの分量を掛けて貰って、提供するようにしようにした。

まずは簡単に提供できる、この三品をメニューに加えることにした。
メルルにもそれは伝えてあり、厨房のスタッフ全員がまずは試食をし、味を確認した上で、調理方法の確認作業をしていた。
素人でもできる調理法なので、家のスタッフ達にとっては、楽勝だろう。
直ぐに新たなメニューとして採用した。

そして俺はもう一つの意見に取り掛かる。
それは子供向けのお菓子が欲しい、という意見だった。

俺が真っ先に思いついたのは、飴だった。
古いと言われるかもしれないが、ドロップ飴が頭に浮かんだのだ。
お砂糖をお湯に溶かして、そこにかき氷のシロップを混ぜて、冷やして固める。
余りに簡易的ではあるが、飴が完成した。

俺は『万能鉱石』でブリキを造り、ドロップ缶を作った。
懐かしい、これを懐かしいと感じるのはこの世界では、俺と五郎さんだけだろうなと思う。
ブリキ缶に装飾はされていないが、それでも懐かしさがこみ上げてくる。
小学生時代に大事にしていたブリキの缶詰、何に使える訳でもないのだが、このブリキ缶を大事に集めていたことを思い出した。
最後には、ブリキ缶の内側に着いた砂糖が欲しくて、水を入れて飲んだ覚えがある。
たいして美味くもないのだが、そんなことをしていた記憶がある。

この世界の子供達にとって、このブリキ缶はどういう物になるんだろうか・・・
感慨深い想いが込み上げてきた。
ブリキの缶を大事にしてくれると嬉しいが・・・
俺はドロップ飴を五十個作り、受付の備品販売のスペースに並べることにした。

ちなみにこの備品販売のブースだが、余裕が生れたら拡充するつもりだが、今はここに並んでいるのは、タオルとバスタオルとサウナハットのみである。
本当はサウナ水を作りたいのだが、今はまだそれが出来るだけのゆとりがない。
タオルとバスタオルとサウナハットは、メルラドで作って貰っている。

リチャードさんから服飾職人を紹介して貰い、大量に作って貰った。
当初は大量に在庫を抱えていたものの、それでもタオルの売れ行きはものすごく、今では生産を増やして貰ってるところだ。

このタオルブームはいつまで続くのだろうか?お土産にと、十枚も買っていく者がいたため、いまではお一人様一枚までと制限を設けているぐらいだ。
一通りの作業が終わったところで、スタッフから急なお客さまからのご依頼があると、声を掛けられた。
駆けつけてみると、レイモンド様が、あたふたと落ち着きなく俺の到着を待っていた。

「どうしましたか?レイモンド様」

「あー、みつけたー、きみー、たすけてよー、まじゅうがー、でたんだー」

「魔獣ですか?」

「そうだよー、むらのー、ちかくにー、つよいのがー、でたんだー」
細かいことを聞いている余裕は無さそうだった。

「分かりました、任せてください」
と答えると『念話』でギルに事情を説明し、ノンに『念話』で入島受付までくるように伝えさせた。
俺も入島受付へと急ぐ。
数分後、ギルとノンが到着した。

「二人で行けるな?」

「うん、行けるよ」

「僕一人でも大丈夫だよ」
ノンが強がる。
実際ノン一人でも大丈夫なのは分かってはいるが。

「どうやって帰ってくるつもりだ?」

「あ、そっか」

「だろ?」

「ノン兄はせっかちなんだよ」
ギルの方がしっかりしているな。

「めんごめんご」

「またそれだよ」
ギルは呆れている。
俺はマジックバックを収納から二つ取り出し、二人に渡した。

「細かい事情は聴いてないから二人に任せるけど、まずはカナンの村のハンター協会にでも行って、状況を確認してみてくれ」

「分かった」

「あと、狩った魔獣はマジックバックに入れて持って帰ってきて欲しい」

「「了解!」」

「じゃあ、行ってこい」
二人はカナンへと繋がる転移扉を開いて、カナンの村へと急行した。

今回の騒動は本音をいえば、大いに助かることだった。
じつは、あまりの賑わいに、肉が足りなくなってきているからだった。
現状はほぼ毎日ノンに狩りをさせているが、一日に一体までとしている。
その理由は乱獲すると獣不足になるのではないか?との考えからだった。
そう考える根拠の一つに、ここは島であることが挙げられる。
陸続きでは無い為、生態系には限りがある。
狩り尽くしてしまったら、それまでなのである。
どうした物か・・・

そんなことを考えていると、うってつけの相談相手が転移扉から現れた。
エンゾさんである、五十名近いお客様を連れて来てくれたようだ。
毎度ありがとうございます。

「エンゾさん、いらっしゃいませ」

「あら、島野君、今日は受付業務なのかしら?」

「いえいえ、そうではありません。ちょっとした出来事がありましたので、急遽ここに来ることになったんです」
エンゾさんは不敵に口元を緩めた。

「へえ?出来事ねー、何があったのよ?」

「大したことではありませんよ」

「いいから教えなさいよ」
おー怖、この人まだ根に持ってんのか?
くわばら、くわばら。

「カナンの村に魔獣が出たらしく、レイモンド様が助けてくれーと、救援要請があっただけですよ」

「そう、何の魔獣なの?」

「知らないです」

「はあ?どれぐらいの規模なの?」

「分からないです」

「・・・舐めてるの?」

「いえ、決してそんなことは・・・」
ジト目で見られてしまった。

「あのね、あなた簡単に魔獣退治に乗り込んで、これまでどれだけの人が死んでいったことか分かってるの?」

「大丈夫ですよ」
と俺は平然と答える。

「どうしてそんなことが言えるのよ?」

「だって、滅法強いドラゴンと、馬鹿みたいに狩りの上手いフェンリルが向かったんですよ。あいつらなら怪我の一つも無く帰ってきますよ」
それを聞いて頭を抱えるエンゾさん。

「・・・そうね・・・」

「でしょ?」

「そうだったわね・・・あなたは聖獣たらしだったわね」
たらしって、酷い言われようだな。

「それに神獣が居たんだったわ・・・はあ・・・心配して損した」
へえー、心配してくれたんだ。ちょっと嬉しい。

「それで、そんなことは置いといて、エンゾさんちょうど相談したいことがあったんですけど、お時間頂戴できますか?」

「相談ねー、高いわよ」
なんでそんなに顎を挙げているのでしょうか・・・急に態度が変わってますがな・・・

「まけておいて下さい」

「じゃあ、何を奢って貰おうかしら?」
得意げな笑顔になるエンゾさん。

「そうだ、特別なパンケーキを俺が作るってのはどうでしょうか?」

「特別なパンケーキ?」
訝し気な表情に変わっている。

「はい、絶対上手いと言わせる自信があります」

「へえー、そうなの?私の舌は肥えてるわよ」
疑いの目が半端ないな・・・

「まあ、任せてください」

「島野君がそこまで言うなら、それで手を打ちましょう」

「じゃあ早速大食堂に行きましょう」
俺達は連れ添って、大食堂へと向かった。

「適当にそこらへんで座っててください」

「分かったわ、早く作ってね」

「そう急かさないでくださいよ」

「はいはい」
もう本当に上からなんだから、いい加減慣れてきてるけど。
厨房に入ったらメルルと目が合った。

「メルル、ちょっと厨房を借りるぞ」

「どうぞ」

俺は材料をかき集めた。
まずはコロン産の牛乳を手に取り『分離』で乳脂肪分のみにする。
そこに若干の砂糖を加えてかき混ぜる。
少し粘り気が強い為、先ほど分離した、牛乳を加えて味を確認しながら、さらに混ぜ合わせていく。
よし、生クリームの完成だ。

後は、パンケーキを焼き、自然操作の風で少し冷やす。
そこに生クリームを敷き詰めて、イチゴをトッピングする。
出来た。

「生クリームとイチゴのパンケーキ」が完成した。
これで唸らせてやるぞ。
お盆に乗せ、フォークとナイフを乗せてエンゾさんに持っていった。
エンゾさんの所に行くと、何故かオリビアさんもいた。
こちらに手を振っている。
この人の嗅覚は異常だな・・・また作れと言われるのは間違い無いな。

「お待たせしました、生クリームとイチゴのパンケーキです」

「なにこれ?守さん、凄い美味しそう!」
オリビアさんの目がハートマークになっている。

「これはエンゾさんのです、欲しければエンゾさんに言ってください」

「ええー、私の分も作ってよー」
ほらきた、今はそんな時間は有りませんよ。

「今は駄目です、さあ、エンゾさんどうぞ」
エンゾさんも目を見開いていた。

「これは・・・興味をそそるわね・・・」
涎が垂れそうな表情をしている。
俺は既に勝利を確信してしまった。

「いただきます」
ナイフで切って、フォークでパンケーキを刺した。
一切れを口に運ぶ。
更に目を見開いたエンゾさん。
と今度は顔を緩め出した。

「ふうー、おいし・・・」
勝った!上から女神を唸らせてやったぞ!

「ねえ、エンゾ、私にも一口頂戴よ?」
と言いながらエンゾさんの服を引っ張るオリビアさん。

「否よ、これは誰にも渡さない!」

「そんなこと言わないで、いいでしょ一口ぐらい?」

「ちょっと、オリビア服を引っ張らないで」
とじゃれ合う女神達、遠目に男性陣が目の保養をしてらっしゃる。
結局、鉄壁のガードで食べきったエンゾさん。
口にクリームが付いてますよ・・・

「満足して貰えましたか?」

「そうね・・・」
と降参を口にしていた。

「では、本題に入っていいですか?」
隣ではオリビアさんが、ブーブー言ってらっしゃるが気にしない。

「いいわよ、それで相談とはどんなことかしら?」
いつも通りのキリッとした顔に戻ったエンゾさん。
うん、こっちの方がお綺麗ですよ。

「現在のスーパー銭湯の人気なんですが、ちょっと予想をはるかに超えてまして、想像以上に客数が多いんですよ」

「良い事ではなくて?」

「嬉しい悲鳴なのは承知しているんですが、その分一部の食材の確保が儘ならなくなってきてまして・・・」

「一部の食材ってなんなの?」

「肉です」

「肉ね」
眉間に眉を寄せているエンゾさん。

「はい、どうしてもお客さんは肉料理が食べたい人が多くて、でもここは島なので乱獲は控えているんですよ」

「そういうことね、肉の需要が高いけど、供給する肉が足りていない。一時的に獣をたくさん狩ることは出来るけど、ここは島だから乱獲すると、生態系に影響がでるかもしれない、と懸念しているということね」
流石の理解力だ、大正解です。

「おっしゃる通りです。魚介類に関してはゴンズ様の所と、家の養殖でどうにかなるんですが、肉に関しては、今は在庫を切り崩して捌いている状況でして」

「そうなのね」

「そこで相談したいのは、ハンターを専属で雇って、この島に肉を卸させることとか出来ないか?ということなんです」
腕を組みだしたエンゾさん。

「それは止めておいた方がいいわね」

「どうしてでしょうか?」

「まず、この世界での肉の流通を教えとくわね」

「はい、お願いします」

「ハンターが狩った獣の多くは、ハンター協会が買い取ることがほとんどよ」

「なるほど」

「中には直接肉屋に卸しているハンターも居るけど、あまり褒められたことではないのよ」

「それはどうしてでしょうか?」

「ハンター協会にしてみれば、狩りの報酬を与えるからには、それ以上の利益を収められた獣から得る必要があるわ」
それは分かる。

「はい」

「報酬だけ払って、得る物が無いとなると、ハンター協会は立ち行かなくなるのよ」

「そうなりますね」

「本来の大義名分は、獣や魔獣から国民を守る為だから、本当はそれでもいいのだけど、やはり利益が出ないと本音はきついものよ。国からの補助はあるけど微々たるものよ、だから獣をハンター協会に納めないハンターには、あまり狩りの斡旋は行わなくなってしまうのよ」

「大義名分ばかりとは言ってられない、ということですね?」

「痛し痒しね、それでハンター協会に収められた獣の肉は、ハンターから買い取るけど、その代金に色を付けて、肉問屋に販売するのね。そこから更に、街の食堂や、商店に肉を卸していく、という仕組みになってるのよ」

「分かりました、そうなると肉を確保するには、肉問屋から買うのが一番スマートということですね」

「そうなるわね、でもここで扱う量が足りるほど肉が残っているのかは、何とも言えないところではあるわね」

「そうなりますか・・・」
量の問題ということか・・・

「できれば、島野君には経済を回す意味でも、肉問屋から肉を買って欲しいけど、問題はそこね」

「そうですか」
ということは、この世界では肉は慢性的に足りないということなのかもしれないな。

「ひとまず何人かの肉問屋に声を掛けておくから、相談してみたら?」

「ありがとうございます」
まてよ・・・ドラン様なら。
確か『畜産食物加工』の能力があったはずだ。

「コロンの街のドラン様なら、肉を確保できるんじゃないでしょうか?」

「まず無理ね、彼は『畜産食物加工』の能力でハムとか作ってるけど、あれは家畜を潰して作っている訳じゃないわ」
あっさりと却下されてしまった。

「そうなんですか?」

「あたりまえよ、あれは寿命を迎えた家畜にのみ行っているのであって、敢えて潰せるほど私達神は出来てはいないのよ、それに彼は家畜の声が聞こえるのよ、潰せる訳無いじゃない」
そうだったのか、だからあまりコロン産のハムが出回ることは無いって訳か、それに俺もこの島で飼っている鶏や牛を、潰そうとは考えたことは一度も無いからな。
気持ちは痛いほど分かる。
どうしたものか・・・正直困った。

「あと・・・これはちょと信憑性に問題がある話なんだけど、一度賢者ルイと話してみたらどうかしら?」

「ルイ君とですか?それは何でですか?」

「あの国には魔獣の森があるでしょ?」

「ええ、聞いたことはあります」
魔獣の森があるから、魔石には事欠かないという話だったような気がする。

「真意のほどは定かではないのだけど、魔獣の森の魔獣たちはとても繁殖力が強くて、どれだけ狩っても、キリがないと聞いたことがあるわ」

「それが本当だとしたら、いつかは魔獣がメッサーラに、攻め込んでくるってことですか?」

「いや、そうはならないわね」
ん?何故?

「どういうことでしょうか?」

「魔獣は気性が荒いから、魔獣同士で殺し合ってるからよ」

「ああ、そういうことですか」
納得だな。お互い殺し合ってたら、人間に目が行くこともないということだな、それに魔獣は気性が荒いからなおさらということだ。

「だから魔獣の森なら、乱獲しても良いかもしれないわね」

「それはどうしてですか?」

「獣と違って魔獣よ、人に危害を与えることに間違いのない生き物なら、私達神でも慈悲を与えることは難しいわよ」

「なるほど、魔獣だけは別物ってことですね」

「そうなるわね、ひとまず肉問屋に声を掛けとくから、そこから積極的に購入してよね、お金は回さないとね、それもタイロンに積極的にね」
ハハハ、釘を刺されてしまった。
タイロンに肩入れする理由は、俺には無いのだが・・・

「では、肉問屋の紹介をお願いします」

「分かったわ」
エンゾさんは、お風呂に入ると言って、脱衣所に向かった。
彼女は炭酸泉にド嵌りしているようだ。
エンゾさんを見送ると、後ろから服を引っ張られた。
振り向くとオリビアさんがいた。
この人まだいたのかよ・・・

「私にも生クリームとイチゴのパンケーキを作ってください」
やれやれ、甘味に対する執念が凄いな。
結局オリビアさんにも、生クリームとイチゴのパンケーキを作ることになった。
作製中にメルルとエルにもジト目で見られたので、三人前作ることになってしまった。
案の定エルが
「これぞ神食!」
とへんな子モード全開になっていた。

もし甘味の神様がいたらモテモテなんだろうな・・・
異性とどうこうなんて、どうせ俺には縁遠い話ですよ。
あー、やだやだ。
俺には連れ合いはいないけど、息子と娘には恵まれているから文句はない。
健全な家族の形ではないかもしれないが、そんなことはどうでもいい。
面白楽しくやっていくだけさ。
でもいつかは、彼女が出来たらいいな・・・グスン。
ほんとはちょっと寂しい・・・



ギルとノンが帰ってきた。

「お疲れさん、どうだった?」

「楽勝!」
といつも通りのノン。

「楽勝だったよ」
とギルは自慢げだ。

「それで、獲物はなんだったんだ?」

「ジャイアントボアだと思うけど、大きいんだよね」
とギルが感想を述べた。

「うん、島にいるジャイアントボアよりも、一回りはデカかったよ」
ノンが同意する。

「そうのか?」

「うん」

「ひとまず厨房に行こうか」

「分かった」
厨房で、ノンがマジックバックから魔獣を取り出した。

「おお!確かにデカいな、鑑定してみるか」
ジャイアントボアよりも確かにデカい、というより明らかにデカい。

『鑑定』

キングワイルドボア

ボアの最上位種、狂暴でとても気性が荒い。とても美味。

ボアの最上位種って、これはAランクの獣なんだろうな。
それの魔獣って・・・
それにとても美味って、期待してしまうじゃないか。
ワイルドパンサー以来の特上肉の登場か?

「キングワイルドボアみたいだな、ボアの最上位種らしいぞ」

「へえ、これが最上位種なんだ、たいして強く無かったけどね」
流石は狩りの天才ノンだな。
もはやこいつに狩れない魔獣はいないだろう。

「パパ、まだあるよ」

「まだあるのか?」

「うん、出していい?」

「ああ、ちょっと待て」
魔獣を置くスペースが無い為、俺はひとまずキングワイルドボアを『収納』に収めた。

「ここに出してくれ」
ギルが魔獣をマジックバックから取り出した。
これまたキングワイルドボアだった。

「もしかしてまだあるんじゃないか?」

「あともう一匹あるよ」

「そうか・・・」
これは助かる、一週間分の肉を確保できた。
この際だから、魔獣退治を受け持つ仕組みを考えようかな?
そうすれば肉不足解消にもなるかもしれない。

「それにしても、お前達強くなったな」

「へへ、まあね」
ノンがお道化ている。

「まだまだノン兄とパパには勝てないけどね」
ギルはコメントこそ謙虚だが、その表情は嬉しそうだ。

「じゃあ、解体するか、お前達はレイモンド様に報告に行ってくれ」

「デカいプーさんに報告して参ります」
ノンがふざけて敬礼している。

「デカいプーさん、言うな!」

「へへ」
こいつはほんとに・・・

「はいはい、行ってこい」
俺は解体作業を始めた。
それにしても助かった、ひとまずはこれで何とかなりそうだ。



グランドオープン二日目も大盛況の賑わいで終わった。
初日ほどではなかったが、七百名近い来客となった。

ランドールさんが
「サウナ島に連れてくる人選が大変になってきたよ」
と漏らしていた。

すんません、大変でしょうが、よろしくお願いします。
どうやら、噂が噂を呼び、連れて行って欲しいと相当数の要望があるようだった。
嬉しい事です。
恩にきます。



グランドオープン三日目
この日も朝早くから、来島者が多い、待たせるもの悪いと、スーパー銭湯の営業開始時間を二時間も早く開けることになった。
朝からバタバタだ。

エンゾさんが肉卸業者を三人連れてきてくれた。
仕事が早くて助かります。
三人を迎賓館に誘引し、個室へと案内する。

「島野君、この者達は信用していいわよ、ちゃんとした肉卸業者だから」
ちゃんとしてない所もあるってことか?
なんだかな・・・世知辛いね。

「エンゾさんありがとうございます」

「じゃあ、私はお風呂に入りに行くわね、あとはよろしく」
とエンゾさんは、そそくさと立ち去ってしまった。
せめてちゃんと紹介ぐらいしてくださいよ、まったく。

「なんだかすいません、何処まで聞いてますか?」
狐の獣人が答えてくれた。

「はい、大量に獣の肉を仕入れたいと聞いております」
ざっくりとしてるな・・・
三人ともエンゾさんの紹介だけあって、身なりはしっかりとしている。
堅実な商売をしているということか。

「それだけですか?」

「はい、それだけです」
エンゾさん、雑すぎませんかね?
もう少し背景というかなんというか・・・もういいです。

「まあだいたい、そういうことですが、どうでしょうか?」

「正直言って、なかなか難しいのが現状です」

「それはどうしてでしょうか?」

「はい、まずはこれまで贔屓にしている肉屋や飲食店を飛び越えて、島野様に卸すことはできません」

「でしょうね」
やはりちゃんとしている者達のようだ、けっして優先的にこちらにとは俺も思ってはいない。

「それに肉は慢性的に足りていないのが、現状ですので・・・」

「そうなんですね」
そうなのか、予想が的中してまったな、当たって欲しくはなかったが。

「エンゾ様の紹介ですので、優先的に卸したい思いはあるのですが、なかなかそうともいきませんので・・・」
まともな商人だからこその発言だな、無理は言えないな。

「狩りは博打みたいな物ですので、たくさん肉が集まる時はあります。でもあまり期待をされても困るのも現状です」
言いたいことは分かる。

「では、無理の無い範疇でいいですから、こちらにも肉を卸してくださいませんでしょうか?」

「ええ、それはもちろん、そうさせて頂きます」

「ありがとうございます」
俺はスーパー銭湯の無料券を三人に渡して、商談を終えた。
どうにも不発に終わってしまった。

こうなると、一時的にハンター業に復帰した方が話が早いのかもしれないな。
でも俺にはそんな時間はないが・・・
ノンとギルに任せるか?
それも悪くはないが・・・
これは保留だな。
どうしたものか・・・
一旦肉問題は棚上げすることにした。



次に待っていたのは、ゴンズ様だった。

「なあ島野、今日も養殖場を見にいってもいいか?」

「ええ、どうぞ」

「ちょっと付いて来てくれるか?」
付きて来てくれとは珍しい。

「分かりました」
いつになく真剣な表情のゴンズ様だ。
養殖場に着くと、レケが駆け寄ってきた。

「親方、こんなところでサボってていいのかよ?」

「馬鹿言え、サボってなんかないわい」

「ならどうしたってんだよ」
そう言いつつも嬉しそうなレケだった。

「島野、この養殖だが、マグロとカツオ以外でも出来る物なのか?」

「どうでしょう・・・トライしてみてもいいとは思いますが・・・」

「そうか、実はな、ゴルゴラドでも養殖が出来ないか、検討したいんだ」
なるほど、それで付いてこいということね。

「ちなみに何を養殖しようと考えているんですか?」

「蛸だな」

「蛸ですか、どうでしょう・・・」
採算が合わないとは思うが・・・

「蛸なら壺を準備すれば、出来ないかと考えてな」

「蛸壺ですね」

「ああ、どう思う?」

「こればっかりは、やってみないと分からないですね、確か蛸は小さな魚や海老をエサにしてるんじゃなかったかな?」
これはうる覚えの知識だが・・・

「そうか、ここでマグロに与えているエサを食べると思うか?」

「それはやってみないとなんとも言えないですね」

「そうなるか・・・」

「まずは蛸を数匹捕まえて、生け簀で飼ってみて、エサを与えて様子をみてはどうでしょうか?それが妥当なところかと思いますが」

「生け簀か・・・やってみるか」
ゴンズ様は手をポンと叩いた。
いい試みだと思う。
ただ蛸は安いから、採算が合うのかは微妙なところだけど、まずはやってみてから考えたほうがいいだろう、せっかく興味を持ってくれているんだから、話の腰を折るような発言は控えよう。
その後ゴンズ様は、エサについてレケからレクチャーを受けていた。
レケもゴンズ様が養殖に興味を持ったことが、相当嬉しかったみたいだ。
喜々として話している。
ここから更に養殖の輪が広がると良いなと思う。



スーパー銭湯に戻ると、マリアさんに捕まった。

「守ちゃん、これはエクセレントよ!」
といってドロップ飴を気持ち悪い舐め方で舐っていた。
おいおい、止めてくれよ。
気持ち悪・・・

「そうだ!このブリキ缶にデザインを加えてくれませんか?」

「いいわよ、それぐらい。でも三つはタダで貰うわよ」
お安い御用です。

「構いませんよ、お願いします、これは子供向けのお菓子ですので、ポップにして下さいね」
マリアさんはあっさりと、ブリキ缶にデザインを施した。
凄い!ポップなデザインもマリアさんの手にかかれば芸術性を感じる。
奪い合いにならないかな?と思えるほどの仕上がりになっていた。
これは俺も一つ自分用に買っておこう、と思える程だった。

「凄いですね、流石はマリアさんだ」

「でしょ、芸術よ芸術」
と誇らしげにしている。

「そういえば、話は変わりますが、今日はルイ君は来てますか?」

「今日はルイちゃんは来てないわよ、用事でもあるのかしら?」

「ええ、急ぎではないのでまた今度でいいです」

「あそう、じゃあ私はサウナに入ってくるわね」
そそくさと立ち去ろうとするマリアさんを、俺は止めた。

「いいですけど、そういやあマリアさん、聞いてますよ」
もの言いたげに睨んでやった。
マリアさんはビクッと身体を硬直させていた。

「何をかしら・・・」
完全に目が泳いでいる。

「サウナ室やお風呂で、ニヤニヤしながら男性の身体を見るのは止めてください、出入り禁止にしますよ!」

「そんなー、私の楽しみを取らないでよ、守ちゃん、お願いよ!」

「駄目です、苦情として挙がってます、風呂やサウナを使うなとはいいませんが、男性の身体をじろじろ見るのは止めてください」

「ええー!」
と座り込んでしまったマリアさん。

「駄目なものは駄目ですからね」
ここはきつくお灸を据えることにした。

「分かりました・・・」

「約束ですよ!」

「はい・・・」
神様の癖に何やってんですかあなたは、まったく!



いろいろあったが、何とか時間を確保できた。
俺は客に交じって、サウナを満喫することにした。
いつも通りのルーティーンで、サウナを楽しんでいく。

我ながら、このスーパー銭湯の完成度には満足している。
風呂やサウナに入りながらもお客様の観察を行ってみるが、皆が皆、楽しそうにしている姿に満足感を覚えた。
この笑顔を見れただけでも、よかったとすら思えてくる。
この景色は忘れられないものだろうと思う。

三セット目の外気浴を迎えた。
ギルのいう『パパとギルの部屋』に入り、『黄金の整い』を行うことにした。

この部屋はあえて薄暗い設計にしてある。
それは、サウナトランスを深くすることと、自己催眠状態に入りやすくする為だ。
俺は薄暗い雰囲気の中、いつもの呼吸法を始める、じきに自己催眠の状態へと移行する。
すると何故だか、これまでのことが走馬灯のように頭を過った。

五郎さん達にスーパー銭湯を造ると宣言した俺・・・
ランドールさんと打ち合わせている俺・・・
建設作業をする俺・・・
準備に奔走する俺・・・
面接をしている俺・・・
火災訓練を指揮している俺・・・
ロープレをしている俺達・・・
プレオープンをしている俺達・・・
そしてテープカットをしている俺達・・・
・・・
ああこうやって実感は湧いてくるんだ・・・
俺は異世界にスーパー銭湯を造ったんだな・・・
一つの夢が形になったんだな・・・

いつもとは違う何とも歯がゆい、達成感に満ちた整いだった。
こんな整いも悪くは無い。
これが五郎さんの言う実感だと、感じた瞬間だった。
そよ風が気持ちよかった。
頬を薙ぐそよ風が眠気を払ってくれる。
いつもの朝の散歩だ。
俺は伸びをして、体を解す。
上半身を左右に振り、腰周りをリラックスさせる。

これはスワイショウと言う運動だ。
このスワイショウは、何度行っても良いと、ヒプノセラピーから派生した。リセットⓇという心身療法の講座で教えて貰った運動だ。
コツは全身の力を抜くこと、軽く顎を引くこと、そして、猫背にならないように注意が必要だ。
何度も何度も行うことで、体の中心、要は軸を感じることが出来る。
更にはお腹周りも引き締める効果があるとのことだが、その真意は不明だ。
俺はこれでお腹周りが引き締まった、という実感は特に無い。

でも俺はこの運動が好きだ。
このスワイショウを何度何度も行い、体の軸を感じてから、散歩を行うようにしている。
その方が自然と出来てしまう、体のばらつきが無くなるような気がするからだ。
人にはどうしても癖があり、気が付くと体に左右差が生れてしまう。
それが原因で肩が凝ったり、腰が重くなったりするようになると、昔、整体師の先生に教えて貰った。
そんな考えもあり、スワイショウを行って、一度体の左右差をリセットしてから、一日を始める様にしているのだ。

最近はこの朝の散歩に付き合う者達が増えた。
このサウナ島に来てからずっと、散歩は俺一人のルーティーンだったが、自然と人数が増えていった。
とは言っても人数はその日によってバラバラだし、三日坊主で止めてしまった者達もいる。
特に強制したり、勧めたりした訳でもないのだが、散歩を行う者達が出来て来た。

今日はマークと、メタンが散歩に付いて来ている。
そういえば、マークとランドにスワイショウを教えたところ、彼らも良く時間を見つけてはスワイショウを行っているところを見かける。
特にランドは、バスケットボールの練習や試合の前には、必ずと言っていいほど行っている。
ランド曰く、体の中心を感じてからバスケットボールをプレイすると、パフォーマンスが上がるのだとか。
何となくその仕組みは分からなくも無い。
本当はそうではなかったとしても、本人がそう感じているのであれば、それで良い事だと思う。

今日も天気は良好で、雲一つ無い晴れ模様だった。
朝日が海に反射して、少し眩しいぐらいだ。
さて、今日もサウナを満喫させていただきましょうかね。
スーパー銭湯がオープンしてから一ヶ月以上が経過していた。
最近では、客数も落ち着いて来てはいるものの、家のスタッフ達は皆な、慌ただしくしている。
スーパー銭湯の一日の客数は、大体四百人前後で、その日によって若干のばらつきがある程度だ。
ここ最近では、迎賓館の使用者と他の街へ移動する者達が増えてきている。
それだけ転移扉が商売に根を張り出しているということだろう。

特に移動手段として用いるケースは、安全な上に格安であると理解した商人がここぞとばかりに使用している。
ただ、難点もある。
行きはよいのだが、帰りが上手くいかないというケースがあるということ。
行きは顔なじみの神様に送ってもらえるが、帰りは迎えにいくということまではどの神様も行ってはいない。
そこまで神様も暇ではないということだ。

その点を何とかして欲しいとの相談も受けたが、そこまで面倒をみる必要は感じなかったので、丁重にお断りした。
何でもかんでも頼られるのは、正直あまり気持ちの良いものではなかった。
自分で考えて欲しい物だ。
行く先の神様にどうしたら認められるかぐらい、自分でも考えつくだろう、楽をしようという魂胆が透けて見えている。
俺から言わせて貰えば、そんな浅い考えならば、片道だけでも充分でしょうが、というのが本音のところだ。
俺は何でも屋では無いってえの。
と語気を強めたくもなる。



さて月末を間近に迎える為、神様達への報酬を計算しなければならない。
プレオープンを含む、今月の二十日までの、来島者から得た入島料と、移動に掛かった通行料の半分を神様達に渡そうと思う。
その計算を俺は今、黙々と行っている。
金額に関しては、金貨以下の物は全部繰り上げ計算としている。
さてどれぐらいになるのか、興味は尽きない。
まだ、神様達には報酬を渡すことは話していない為、どんな反応をするのだろうか?
大いに楽しみである。



まず最初の五郎さんは金貨九十二枚、これは、移動に掛かった交通料が一番多い結果だ。
主にタイロンやメッサーラから温泉街ゴロウに保養に来て、帰りに転移扉を使うというお客様が増えてきているようだ。
なかなか賢い利用方法と言える。
移動目的であれば、一見さんでも転移扉は潜らせてもいいと、五郎さんは判断したようで、見知らぬ人もいると言っていた。
ルールは各自の判断に任せることになっているから、異論は勿論無い。
ただ、五郎さんは結構こっそり鑑定を行うから、まず間違いはないだろうとも考えている。
決して褒められた事では無いが、俺はそこには口を挟まないことにしている。
五郎さんの判断で行っていることを咎める理由もない。



ゴンガス様は金貨六十枚、金に執着のあるゴンガス様のことだから、喜んでもらえることは間違いないだろう。
だいたいほぼ毎日スーパー銭湯に通っている。
ゴンガス様が連れてくるお客様は、鍛冶職人とドワーフが多い、ドワーフに関しては、トウモロコシ酒を水のようにガバガバと飲み、大食堂で宴会を始めてしまうのが、たまに傷である。

ちなみにスーパー銭湯への飲食物は、持ち込みOKとしている。
オーストラリアでいう処のBYO(手数用を払えばお酒を持参してもよい制度)だ、だけど手数料は頂かない。というより貰う必要はないと考えている。
なのでゴンガス様は、自分で作ったアルコールを持ち込んでよく飲んでいる。
俺は二度とゴンガス様の酒は飲まないと誓っている。
あんな高濃度のアルコールを飲んだら、いつか肝臓が破裂してしまうと思う。
一度飲まされたスピリタスのことは、俺は今でも忘れない。
あれは、とんでもない代物だった。
一瞬で喉が焼かれたし、一口で酔っ払い、帰りは千鳥足になったことを覚えている。
やれやれだ。



ゴンズ様は金貨六十三枚。
ゴンズ様は二日に一度のペースでやってくるのだが、一気に八十人近く連れてくるので入島渋滞が起きてしまう。
とは言っても文句は言えないので、こちらとしてはてきぱきと働くしかない。
大事なお客様をお連れしてくれていることに、変わりはないのだ。
お客様達も事情は承知の為、渋滞しても文句は言わないので助かっている。
お客様の半分は漁師で、ゴンズキッチンで見かけた者達が多い。
ゴンズ様と漁師達は、大食堂でレケと一緒に漏れなく酒盛りを行っている。
ドワーフ達と被った時の賑わいは半端なく、隣の人との会話もままならない時があるほどだ。
何とも困ったものだ。



ドラン様は金貨四十八枚。
とは言っても、牛乳とヨーグルトの販売で他にも収入は得ているし、スーパー銭湯で牛乳の仕入れを行っているから、もっと利益は得ていると思う。
特に牛乳の仕入れ量は多い、アイスクリームが定番の売れ筋となっている為、切らすことは出来ないのだ。
サウナ島でも、牛乳は取れるが、量がまったく足りていない。
こちらとしても多いに助かってる。

ドラン様は販売ブースの管理もあり、ほぼ毎日顔を出している。
そして、三日に一度はアグネスもやってくる。
アグネスはこれまで通り、コロンの街で野菜の叩き売りを継続している。
もはや彼女のワイフワークとなっていると言える。
これまで通り、食事は無料で提供しているが、入島料と入泉料は半額だが払わせている。
これまでのサウナ島とは違い、神様だらけのサウナ島の現状に、アグネスは終始ビビッている。
偉そうな態度を取られるよりは増しなので、俺達は放置している。
このまま、ずっとビビッてくれてたら楽なのだが。
どうせアグネスのことだ、慣れたら偉そうになるに決まっている。
あれは治らんもんかね?



レイモンド様は金貨三十一枚。
カナンの村は人口数が少ない為、これでも多いと言えると思う。
カナンのお客様はリピーターが多く、すでに何度も見かける人達が多い。
何よりもレイモンド様がサウナにド嵌りしており、サウナジャンキーのデカいプーさんとなっている。

カナンのハチミツも販売は好調のようで、良く売れるとレイモンド様は喜んでいた。
商売目的にやってくる商人も、カナンのハチミツを仕入れたい者達が多く、商談に訪れる商人が多い。
商談にはレイモンド様は立ち会わず、お付きのカナンの商人が行っているようだ。
レイモンド様には毎回会う度に、お礼を言われるのだが。俺としてはそろそろ止めて欲しいのだが、言っても治らないだろうから、言わないことにした。
未だに俺のことを神様と思っているようだから、言っても治らないのは間違いないだろう。



マリアさんは金貨五十二枚。
俺の一言が効いたのか、風呂場やサウナでのジロ見事件は収まったが、それ以外のところでは相変わらずの暴れっぷりだ。
ランドールさんを見つけては追いかけ回しているし、しょっちゅう
「エクセレントよ!」
と騒いでいる。

そして、ルイ君が週に一度は同行してくるようになった。
まだ、魔獣の森については話をしていないが、そろそろ話した方が良いのかもしれない。
現在ではタイロンの肉卸業者が頑張ってくれており、一時的に肉問題は解消している。
だが、これも時間の問題と俺は見ている。
ルイ君にはおりを見て話をしようと思っている。

少し話は脱線するが『魔力回復薬』はすでに落ち着きつつあり、今ではリンちゃん達の納品も三日に一度で収まっている。
学校用の資金も集まりつつあるらしく、早ければ半年後に一校目の着工ができるかもしれないと言っていた。
メッサーラは着実に進化を遂げているようで、なによりだ。
学校が出来上がれば、また国としても大きく変わっていくのだろうし、国民からの期待は大きい。

ランドールさんは金貨五十五枚。
サウナ島の魅力を知った大工達が、ほぼ毎日といっていいほどスーパー銭湯に来ている。
彼らはここの建設に携わったという誇りもあるのだろう、たまに他のお客様にここの柱は俺が立てた等と、自慢しているのを見かける。
ランドールさんはマリアさんを恐れて、入島受付で帰ってしまうことがあるが、大体二日に一度はスーパー銭湯に入りに来ている。

俺がマリアさんを注意して以降、風呂やサウナの中ではおとなしくなったマリアさんには追いかけられないと、彼は長湯を楽しんでいるようだ。
いい加減あの人達は普通に出来ないものなんだろうか・・・
口を挟むと巻き込まれかねないので、俺は何も言わないが・・・
最近はちょっと、ランドールさんが可哀そうに思えてきた。



オリビアさんだが、なんと金貨九十二枚の最高額を叩きだした。
だが実はこれはオリビアさんが頑張ったというよりは、アイリスさんが凄いのだ。
メルラドからくる来島者は、アイリスさんの畑の見学者が半数以上で、これは完全に他人のまわしで相撲を取ったという典型だろう。

だが、実際に転移扉を開けているのは間違いなくオリビアさんなので、文句は言えない。
そして、お忍びで魔王メッリサさんもこっそりと来ては、アイリスさんと親しくしているようだ。
彼女にはもっと自由を謳歌して欲しいと思う。
メリッサさんは未だ両親には会えていないと、オリビアさんが教えてくれた。
俺に何かを期待しているのかもしれないが、内政干渉は控えたい。
まだまだ古い体質のあるメルラドだが、メッサーラと同じで、大きく舵を切り出した感はある。

それだけ、アイリスさんが行った農業改革が凄いということなんだろう。
ハウス栽培も成功しており、リチャードさんとピコさんが二つ目に取り掛かりたいと言っていた。
またゴンガス様と打ち合わせしなければならない。
金の事になるとゴンガス様のにやけ顔が目に浮かびそうだ。
メルラドにはまだまだ問題が多いようだが、頑張って欲しい。
前回の飢饉の教訓なのか、リチャードさんが勢力的に迎賓館で、商談を行っている姿を見かける。
今年の冬は何とかなりそうだと安堵していたが、来年以降の仕込みに既に動いているのは、外務大臣としての責務なのだろう、頭が下がる思いだ。



最後にエンゾさんだが、金貨六十二枚となった。
俺の予想としてはエンゾさんが一番お客様を連れてくると思っていたが、一番とはならなかった。

エンゾさん曰く、
「人選が難しい」
とのことだった。

責任感の強いエンゾさんは、間違っても変な輩を連れてくる訳にはいかないと考えてくれていたようで、こちらとしては心強いとも感じる。
基本的に上から女神のエンゾさんだが、実は細かいところにも気が回る人だと俺は分かっている。
やはりガードナーさんにも、転移扉を渡しておくべきなんだろうか?

エンゾさんは生クリームとイチゴのパンケーキと、炭酸泉と塩サウナにド嵌りしているご様子、これなしではもう生きていけないと漏らしていた。
ちなみに気を利かせてくれたのか、マッチョのアホ国王はその後スーパー銭湯には現れていない。
個人的にはもう来てくれなくてもいいと思っているのだが・・・
たぶんそうはいかんよね?



さて、俺は神様達に話があると、神様の面々を集めた。
場所は迎賓館の会議室だ。

まずは全員集まったことを確認し、話を始めた。
「まずは皆さん、お集り頂きありがとうございます」
俺は一礼する。
それに応え、数名の神様が軽く頭を下げた。

「それで、全員集めて何するんだ?」
ゴンガス様が堪えきれず、話し出す。

「だから、ゴンガスの親父はせっかちが過ぎるんだ、島野に任せときゃあいいんだ」
と五郎さんがツッコむ。

「ああ、そうだった、そうだった」
とゴンガス様が頭を掻いていた。

「まずは今日のサウナ島の繁栄は、皆様のご協力があってのものです、改めましてお礼申し上げます」
俺は改めて深く頭を下げた。

「まずは、皆さんにお渡しする物がありますので手渡しさせていただきます」
俺は人数分の革袋を取り出し、名前に照らし合わせて、渡していく。
革袋を受け取ると、神様達が中を確認し、絶句する者、眉を潜める者と反応は様々だ。
そんな中ゴンガス様は、一人にやけていた。

「どういうこと島野君?」
エンゾさんが説明を要求してくる。
まあ当たり前だよね。

「これは、皆さんが連れてきてくださったお客様から頂いた、来島料金と移動料金の半額の合計です。期間はプレオープンから先月末日までのものです」

「それで、なんでこれを私達に?」
ランドールさんは不思議がっていた。

「これは、労働の対価です」

「労働の対価?」

「はい、転移扉を開けて貰った労働の対価です、これはお渡しして当然の物と俺は考えています」

「なるほどね」
とエンゾさんは合点がいったようだ。

「皆さんがお客様を連れてきてくれなければ、このサウナ島に人は集まりませんし、連れてくる人の選別まで行って貰っています。中には自分の仕事の手を止めてまで、転移扉を開いてくれる方もいたと俺は知っています、これぐらいは渡して当然ということです」

「島野、お前え粋なことしてくれるじゃねえか」

「儂はなんであれ、金が貰えるならいくらでも貰ってやるぞ」

「ありがたく受け取らせて貰うわ」

「エクセレントよ、守ちゃん」
と皆が騒ぎだした。
こうなると収集が付かなくなる。

「今後もこれは続けますので、よろしくお願いいたします」
と言うと、

「嬉しい小遣いだ」

「ありがとー」

「ガハハハ!」

「まあ、貰って当然よね」
と騒がしさは止まらない。

「ちょっと皆さん、いいですか?」

「どうした?」

「なになに?」
と場が閉まらなくなっている。
俺は注目を集める為に立ち上がった。
皆の注目が集まる。

「今日は宴会にしましょう!大食堂で二時間後に集合です。俺の奢りです!」

「「おお!」」

「宴会だ!」

「エクセレントよ!」

「今日は飲むわよ!」
と早くもエンジン全開の神様ズ。
これは先が思いやられるな。
でも神様ズを労わる必要はあるからね。
俺達は連れ立って、スーパー銭湯に向かった。



既にスーパー銭湯を使い慣れている神様ズは、各々の楽しみを堪能しているようだった。
俺は俺で、自分の好きにスーパー銭湯を堪能した。

最近は外気浴とサウナの間に、炭酸泉を挟むようにしている。
その理由はサウナでのパフォーマンスを上げる為だ。
身体が温まった状態からサウナを始めると、汗をかきだすまでが早くなる。
短時間で汗を沢山かくということだ。
この先の宴会だが、どうなることやら・・・
まあ、全力で神様ズをもてなしてみましょうかね。

そろそろ時間となる為、俺は大食堂へと向かった。
既に何名かの神様ズが、今か今かと他の神様ズの到着を待っていた。
直に全員が集まり、宴会が雪崩式に始まっていく。
各々が好きに注文をし、飲み食いが始まっていく。
俺はひとまずビールを流し込む、サウナ明けのビールが喉に心地よい。

「プハア!」

「やっぱりサウナ明けはビールだな、島野!」
上機嫌の五郎さんだ。

「ですね、こればかりは止められない!」

「にしても、島野、なんで報酬の件は黙ってたんでえ」

「それは、単純にサウナ島にどれぐらい人が集まる実力があるか、知りたかったんですよ」

「なるほどな」

「下手に話してしまうと一部の人が、張り切っちゃわないかと思いまして・・・」
俺はゴンガス様を見ると、五郎さんもつられて見ていた。

「ああ、親父ならやりかねねえな」
当のゴンガス様は

「儂はサウナ明けは、キンキンに冷やしたワインが好きだ」
などとレイモンド様に語っていた。

「ぼくはービールー」
とデカいプーさんが、ビールをジョッキで飲んでいた。
日本の少年少女達には、決して見せられない姿だ。
プーさんがハチミツじゃなく、ビールをジョッキで飲んでるとこなんて見せられる訳がない。

「でも、まあ助かったぞ。ありがとうな」

「いえいえ、当然の報酬ですよ」

「とは言ってもな、なかなか出来ることじゃああるめえ」

「そうですか?」

「この世界の者達にとっては、金銭の価値は大きい、儂ら神だって一緒だ」

「そうなんですね」

「ああ、儂ら神は、究極は食わんでも生きてはいけるが、腹は減るし、眠くもなる。寿命が無いってだけで、たいして人間と変わりゃしねえんだ。金銭がなけりゃあ、ひもじい想いもするってことよ」

「・・・」

「まあ、儂は詳しいことはしらんが、所詮そんなもんよ」
と吐き捨てて、五郎さんは注文の為に手を挙げた。

「おい若いの、日本酒を持ってきてくれ、燗で頼むぞ!」

「かしこまりました」
とスタッフが受け答えする。

「そういえば、ずっと気になってたんですが、温泉街の客足はどうなんですか?」
ずっと気になってたことがある、スーパー銭湯と温泉は別物だが、似て非なる物である。客がどちらかに偏ることは考えられるのだ。

「ああ、正直にいやあ、ちっとばかし減ってはいらあ、だがな島野、そんなことは気にするな。温泉には温泉の良さがある。スーパー銭湯とは似てはいるが別物だ。案外客も分かってるってなもんよ」
五郎さんならそういうとは分かっていたが、多少の申し訳なさはある。

「それにあれだ、おめえがくれた塩サウナとサウナが好評でな、上手くいってる」
実は、前使っていた塩サウナとサウナを五郎さんに寄贈させて貰った、潰すのは心元無いと、五郎さんに貰って欲しいことを伝えると、喜んで引き受けてくれた。
愛着のある塩サウナとサウナだったから、俺としてもとても嬉しかった。
今は五郎さんが大事に使ってくれている。

「実はな、儂もちょっと考え方を変えたんだ」

「と、いいますと」

「ここサウナ島は温泉街ゴロウの別館と考えてるってことよ」

「別館ですか?」

「ああ、転移扉を開きゃあ、違う風呂が楽しめるってな感じよ」
五郎さんらしい考え方だ、ここサウナ島は温泉街ゴロウの、第二の温浴施設ということだ。
素晴らしい考えだ、天晴だ!

「それにあれだ、帰りは安全に帰れるって、転移扉の移動も好評よ、格安だってハンター達も言ってたな」
これに気づいた五郎さんの商才は本物だと思った。
もしかしたら安全に家路につくまでが、温泉街の仕事と考えているかもしれないが・・・
遠足では無いけどね。

「あれ!五郎さん?」
ギルがサウナ明けなのか、タオルを首に巻いて現れた、テリーと、フィリップ、ルーベンも一緒だ。

「おお、ギル坊!こっちに来いや」
五郎さんがギルを呼び寄せる。

「何で神様達が集まってるの?」

「ああ、まあそれはいいとしてだ、もう飯は食ったのか?」

「まだだけど」

「じゃあ、好きな物食っていいぞ、おめえらも食っていけ、今日は島野の奢りだ、ガハハハ!」
と適当なことを言ってくれている。
ギルが本当にいいの?という視線を向けてくる。
いいも何も、お前達は福利厚生で、そもそもタダだから別にどうでもいいのだが・・・

「ああ、俺の奢りだ、好きなだけ食え!」
と五郎さんに乗っかっておいた。
やれやれだ。

俺は他の神様ズに話掛けることにした。
ランドールさんはマリアさんに捕まっており、灰色と化していた。
マリアさんはランドールさんを愛でており、上機嫌だった。
流石に可哀そうなので、声を掛けることにした。
折角の宴会なのだ、正直見ているこっちも嫌になる。
いい加減にして欲しい。

「マリアさん、いい加減止めて貰えないですかね。宴席ですよ?」
凄むマリアさん。

「いいじゃないのよ!好きにさせてよね!」
俺は引かずに睨み返す。

「あのですねマリアさん、はっきり言いますけど、見ているこっちも気分が悪くなりますよ。それによく見てやってくださいよ、ランドールさんが廃人になってるじゃないですか?そんな廃人になってるランドールさんを相手にして面白いですか?」
マリアさんが怯む。

「でしょ?いつものカッコいいランドールさんならともかく、もっと良くみてやってくださいよ。涎垂れてますよ」
というと

「涎?」
と言って、マリアさんはランドールさんから飛びのいた。

「ほらもっとよく見てくださいよ、こんなランドールさん見てられないですよ」

「・・・確かに・・・」
マリアさんはランドールさんをのぞき込むが、ランドールさんはピクリとも反応しない。
まるで魂が抜けているようだ。

「悪かったわ、守ちゃん・・・」

「いや、いいんですよ、今後はせめて時と場所を考えてくださいよ」

「分かったわよ・・・」
マリアさんは下を向いてオリビアさんのところに向かった。
俺はランドールさんの肩を掴み揺すった。

「ランドールさん、起きてますか?大丈夫ですか?」
まだ、ランドールさんは廃人のままだ。
困ったな、どうしたもんか・・・
横を見るとエンゾさんが上機嫌でワインを飲んでいた。

「エンゾさん、ちょっといいですか?」

「ん?島野君、どうかしたの?」

「あの、ランドールさんに話掛けてもらえませんか?」

「いいけど、どうして?」

「見てくださいよ、放心状態から解放してやって欲しいんですよ」

「あらそう、じゃあ」
とエンゾさんは手をランドールさんの手に添えて。

「ランドール、起きなさい!」
と声を掛けた。
ビクッと体を震えさせたランドールさんは、何事も無かったかの様に復活した。
おお!
流石はエロ神、女性の声なら届くんだな。

「エンゾさん?おはようございます」
とよく見ると手を握り返していた。
どんだけ現金な奴なんだ。美女の掛け声で一瞬で復活かよ。
アホか・・・
まあいいや、

「ランドールさん、起きたようですね?」

「ああ、島野さん、すまない、最近ではマリアの隣にいる時は、無意識に気絶する様になってしまってね」
なんだそれ?
心の自己防衛機能か?

「そうなんですね・・・」

「ランドール、そろそろ手を放してくれるかしら?」

「おっと、失礼。エンゾさんの手はとても柔らかいのでつい」
と下卑た顔をしたランドール。
エンゾさんは強引に手を引き離した。

「ふん!ランドールいい加減におし!」
と一喝する。
するといつもの顔になったランドールさん。

「すいません、つい・・・」

「何がついなんですか?ランドールさん。まあいいとして、それで飲んでますか?」

「いや、全然、これから飲ませて貰うよ、島野さんありがとう」

「何を飲みますか?」

「では、ワインを貰おうかな」
俺は手を挙げてスタッフを呼んだ。

「エンゾさんもお替り要りますよね?」

「あら、気が利くじゃない」
スタッフが駆け寄ってきた。

「ワインを二杯貰えるかな?」

「かしこまりました!」
爽やかに受け答えするスタッフ。

「それにしても、二人にはたくさんのお客様を連れてきていただきありがとうございます」
俺は改めてお礼を言った。

「でもこうやって労ってもらえるなら、やりがいはあるわよ」

「そうです、こちらがお礼を言いたいぐらいですよ」
二人の優しさに感謝だ。

「それにしてもランドール、この島に連れてくる人選はどうしてるのよ?」

「それは、そもそも家の大工達はこの島の建設に携わっていますから、大工連中は顔パスですね、後は、街の者達も小さなころから知ってる者達ばかりですので、大体の者は安心して連れてこれますよ、エンゾさんは違うのですか?」

「私は人選が難しいのよね?」

「それはどうしてですか?」

「タイロンの国民を信じてはあげたいけど、サウナ島に行きたいという者の中には、初めて見る顔の者達も多いから、そんな者を連れてくる訳にはいかないでしょ?」

「それはそうですね、大国なりの悩みですね。私は街の者達はほとんど顔なじみですから」

「そうなのよね・・・どうしたらいい?島野君?」
といきなり話を振られた。

「俺ですか?」

「そうよ、何かいい案はない?出来るだけたくさんの国民に、娯楽は味わって欲しいと思ってはいるのよ」

「そうですね・・・まあ、娯楽に拘らなくても、エンゾさんなら商人の知り合いが多いでしょうから、迎賓館を沢山使って貰ったらいいのでは?」

「島野君、そんなことは分かってるわよ、その商人達の人選が一番難しいのよ、タイロンの商人は海千山千の猛者ばかりなのよ、中には無理難題を言い出す者達もいるわ」
確かにいたな、転移扉の移動の帰りのことを持ち出したのも、タイロンの商人だったよな。

「実際言われましたよ・・・」
肩を落とすエンゾさん、ごめんと目で訴えてきた。

「気にしないでください、まともに相手しませんでしたから」

「ね?難しいでしょ?」
スタッフがワインを持ってきた。
丁度中座するにはいいタイミングだ。
二人に再度お礼を言って。
次の神様ズを目労いにいくことにした。

ゴンズ様とドラン様がゲラゲラ笑っていた。
お!雰囲気がよさそうだ。
こういうところから混じろう。

「それにしても、ドランのところの牛乳は上手いな、ハハハ!」

「それを言うならゴンズのところの魚介類も最高だ、ガハハハ!」
おっと、お互い褒めちぎってるな。

「何を褒め合ってるですか?」

「おお島野、お前飲んでるか?」

「島野君、座ってくれよ」
ウエルカムな雰囲気で助かります。

「じゃあ遠慮なく」

「島野、ありがたく報酬は頂くぞ」

「ええ、そうしてください」

「私も遠慮なく頂くよ」

「どうぞどうぞ、それで何の話をしてたんですか?」

「ああ、今では転移扉を使って頻繁に街の行き来ができるようになったからな。そんな話をしてたんだ」
笑ってはいたが、ビジネスモードだったのね。

「でも、コロンとゴルゴラドはこれまでも交流はあったんではないんですか?」

「確かに交流はあったが、物品のやり取りは鮮度の問題で出来ていなかったからね」
牛乳と魚介類となれば、鮮度が命だから当然か。

「それが今ではどうだ。コロンの乳製品がゴルゴラドで販売され、ゴルゴラドの魚介類がコロンで販売される。ありがてえことだぞ」

「まったく、島野君には頭が上がらないよ」

「そうだな」

「いえいえ、これも全て神様達がこの島に人を連れて来てくれるからですよ」

「何言ってやがる。その仕組みを作ったのはお前だろうが」

「本当に何かやってくれるとは思っていたが、ここまでのことをやってくれるとは思わなかったよ、ハハハ!」
なんだか照れるな。
これは早々に退散した方がいいな。
褒め殺しは苦手なんだよな。これは話を変えた方がいいな。

「ゴンズ様、今年もフードフェスはあるんですか?」

「どうだろうな、毎年のことだから、今年もやると思うぞ。島野はまた屋台を出すのか?」

「どうですかね、今サウナ島を離れるのはちょっと難しいですよ。それこそドラン様が牛乳を使って、何か出品したらいいんじゃないですか?」

「私がかね?」

「ええ、どうですか?」

「そうだな・・・考えてみるか・・・」
そろそろかな。
二人に改めてお礼を言って、場を離れた。

さて次は、ゴンガス様とレイモンド様だな。
どんな会話をしていることやら。

「だからなお前さん。酒ってのは、こうやって作るんだ」
とゴンガス様は酒作りについて語っていた。
あちゃー、これは長くなるぞ、上手く立ち回ろう。

「ゴンガス様、何を語ってるんですか?」

「ああ、お前さんか、いやな、レイモンドに酒作りについて話してたところだの」

「へえー、でレイモンド様は、話を理解できたんですか?」

「・・・わーかーらーなーいー・・・」
ゴンガス様と俺はずっこけそうになった。

「そういえば、ハチミツを使ったお酒ってどうなんでしょうかね?」
確かハチミツ酒があったような・・・

「ほう、ハチミツを使った酒か・・・」

「おもしろいねー」
レイモンド様も乗っかってきた。

「ハチミツの甘さを使ってみれば、女性受けするお酒ができるんじゃないでしょうか?」

「あーまーさーねー」

「なるほどの、レイモンドよ、そもそもハチミツはどうやって作っておる?」

「そーれーはーねー」

「もっと早くしゃべってくれ」
せっかちなゴンガス様らしい、ツッコミだ。
それに酔っているのか、いつも以上に間延びしている。

「むーりー」
ありゃりゃ・・・
さて、退座しますか。
俺はここでも二人に改めてお礼を言って。
この場から離れた。

後は、オリビアさんだが、さて何処にいることやら・・・
あれ?オリビアさんとマリアさんが見当たらないが・・・
何処行った?
まあ、その内戻ってくるだろう。

と考えていたら。
ステージから声がした。

「皆ー!今日も歌うわよー!」
いつの間にか、オリビアさんがステージに立っていた。

「そして、私は踊るわよー!」
とマリアさんもステージに立っていた。

オリビアさんの掛け声に答えて、お客様が集まってきた。
皆オリビアさんの歌が聞きたいのだろう。
始まってしまったか・・・こうなると埒が明かない。
どんちゃん騒ぎが加速する。
皆オリビアさんの権能に支配されてしまう。
まあ楽しい気分になるのだから、いいのだけどね。

歌が始まった。
いつにも増して、ノリノリのオリビアさん。
美声が大食堂を木霊する。
それに合わせて、体を揺する者、手拍子を行う者、皆楽しそうにしている。
オリビアさんの隣で、何とも表現に困る踊りを披露しているマリアさん。
やたらと体をくねくねしている。

俺は大食堂の端に行き、皆の様子を眺めることにした。
最近は慣れてしまったせいか、オリビアさんの権能に、俺は支配されなくなっていた。
皆の笑顔が微笑ましい。
次第にテンポが加速していく。
オリビアさんは、踊りを交えながら歌い上げていく。
神様ズもノリノリだ。
皆が躍り出した。
各々好きに踊っている。
今日のオリビアさんは絶好調のようだ。
いつもよりも声量がある。
いよいよ大詰めだ。
会場のボルテージもマックス状態にある。
大拍手に迎えられて、オリビアさんのステージが終了した。

こうして神様ズの大宴会は幕を下ろした。
来月はご遠慮願おう。
宴会のホストって正直気疲れました。

サウナ島が日常を取り戻しつつあると言っていいだろう。
スーパー銭湯は相変わらず連日大賑わいで、迎賓館も今では空席が無い時もあるほどになっている。
スタッフ達も、仕事に慣れ、各々の仕事をしっかりとこなしている。

ここで俺は更にスタッフを増やすことを決定した。
そのきっかけとなったのは、週二回の休日を取得できない者が、数名現れたからだ。
当初の目論見以上に盛況になったあおりが、スタッフ達に出ていると思われた。
これは見逃せない。
ブラックな労働環境は認められない。

そこで、急遽リーダー陣を集めて会議を行うことにした。
メンバーは俺を筆頭に、ノン、ギル、エル、ゴン、レケ、メルル、マーク、ランド、メタン、ロンメル、アイリスさん、リンちゃんの旧メンバーにジョシュアを加えた。面子となる。
所謂幹部連だ。

「まずは、皆お疲れ様」

「「お疲れ様です!」」

「急な招集に応じてくれてありがとう」
数名が軽く会釈した。
場所は大食堂。

「実は、数名だが、週二回の休日を取得できなかった、ということが先日判明した。これは由々しき事態だ」
頷く一同。

「そこで、従業員を増やそうと思う」

「「おお!」」
好反応だ。

「幸い寮にはまだ空き室がある、そこでざっくりとだが五十名近く増員しようと考えている」

「そんなに増やして大丈夫なんですか?」
メルルからの疑問だ。

「ああ、全然構わない」
そうなのだ、全然構わないのだ。
詳細は後日報告させて貰うが、利益がとんでも無いことになっていた。

「それで、どの部署が何人増員したいのかを教えて欲しい」
マークが手を挙げる。

「島野さん、それはどれぐらいの規模で考えればいいですか?」
妥当な質問だな。

「それは、少々シフトがダブついてしまうぐらいで構わない、これを気に余裕を持ってスタッフ達に、仕事を行って貰えるようにしたいと考えている」

「そんなにですか?」

「ああ、遠慮はいらない」
全員が考え込んでいる。
ノンが手を挙げた。

「僕のところは要らない」
でしょうね、君のところは始めから増員なんて考えていませんよ。

「お前が増員は要らないのは分かっている」
ノンは当たり前といった表情を浮かべている。
メルルが手を挙げた。

「島野さん、増員できるのならこれを気に、メニューにも手を加えてもいいですか?」

「ああ、構わない、それを見越した上で考えてみてくれ」

「わかりました」
メルルはエルと相談を始めた。
ギルが手を挙げた。

「どうしたギル?」

「パパ、僕もせっかくだから提案したいことがあるんだけど」

「ほお何だ、言ってみろ」

「リンちゃんには悪いんだけど、テリー達をスーパー銭湯班に、移籍させて欲しいんだ」

「それはどうしてだ?」

「テリー達は熱波師の仕事もあるから、こっちに来て貰ったほうが、シンプルになるんじゃないかと思って、それに簡単な火魔法とかが、テリー達は使える様になったんだよ。こっちの方が戦力になるかと思って」

「なるほど、言っていることはよくわかるが、リンちゃんとしてはどうなんだ?」

「できれば、直ぐに移籍されるのは困るので、新たに雇う新人が物になりしだいであれば、問題ありません」

「分かった、ではそうしよう」
レケが手を挙げた。

「ボス、出来れば船を扱える者が二人は欲しいな」

「分かった、二人だな」
俺はメモを取った。

「五人欲しいです」
とジョシュアが言う。
これもメモを取っていく。
ランドが手を挙げる。

「七名欲しいです。いっそのこと受付の人数を、今の四人態勢から五人態勢に変更します」
その方がいいだろう、大いに賛成だ。

「OK、良いだろう」

「俺も七人欲しいです」
とマークが続く。

「僕は、テリー達以外に五人欲しいな」
ギルが言った。
メタンが何かを言いたそうにしている。

「メタンどうしたんだ?」

「島野様よろしいでしょうか?」

「ああ、どうした?」

「せっかくなので、神社に人員を配置してもよろしいでしょうか?」

「何を仕事にするんだ?」

「それは・・・神社の管理とかですかな・・・」

「まあいいだろう、何人いるんだ?」

「三人お願いします」
メタンが笑顔になっていた。

「分かった」
これはいるのか?
祝詞でも挙げるってのか?
まあいいだろう。好きにやってくれ。

リンちゃんが手を挙げる。
「テリー達の移籍を考慮して、五人は欲しいですね」

「分かった」
ゴンが手を挙げる。

「管理チームに読み書き計算ができる者を、四人は欲しいです」
これまで管理チームには無理をさせてきたからな、見直したいところだ。
大いに結構。

「あと、事務所が欲しいです。もう倉庫では手狭ですので」

「そうか、分かった」
ランドールさんと後日相談だな。

メルルが手を挙げた。
「調理版とホール班で十人は欲しいです」

アイリスさんが手を挙げた。
「これを機に野菜の販売をサウナ島でも始めたいので、十人欲しいですわ」
これは禁じ手だが、始めるか・・・
このサウナ島での野菜の販売は、イコール畑の拡大だ。
これまた、俺とギルの仕事が増えるが・・・
いつかは始めると言い出すと思っていたのだが、こうなったらやるしかなさそうだ。

全部で五十八人か、妥当なところだろう。

「よし、募集だが、どんな方法を取りたい?意見はあるか?」
レケが手を挙げる。

「ボス、声を掛けたい奴がいるんだけど、どうかな?」

「知り合いに声を掛けるのか?」

「ああ、船を扱える奴に当てがあるんだ」

「そうか、構わない。そうしてくれ。他にも声を掛けたい者がいる者は、直接声を掛けてくれて構わない」
縁故のほうが、信用できる者達が揃いやすいだろう。
悪い考えではないと思う。

メルルが手を挙げた。
「お客様から募集してはどうでしょうか?サウナ島を利用してくれたことがある人の方が、勝手が良いのではないでしょうか?」

「良い考えだ、では、知り合いに声を掛けて集めるのと、お客様には張り紙で募集をおこなうようにしよう。雇用条件は現スタッフ達と同じで、採用は二週間後から、面接は十日後ぐらいに設定するようにしよう」

「募集の張り紙は、何処に張り出しますか?」
マークからの質問だ。

「入島受付と、迎賓館の会計所、後はスーパー銭湯の受付でいいんじゃないか?この三カ所であれば、見落としは無いだろう。あまりたくさん張り出しても、みっとも無いしな、どうだ?」

「「「分かりました!」」」
賛同を得られたようだ。

「それで、今回の面接だが、全てお前達に任せる」

「えっ!」

「嘘でしょ?」

「どうして?」
動揺している者達がいるな。

「まてまて、お前達は各班のリーダーなんだ、もっと胸を張ってくれよ。それにお前達は人を見る目があると俺は考えている。どうしてもという時は相談に乗ろう。問題は無いだろう?」
全てを俺が仕切っているうちは、これ以上の発展は無いだろう。
俺はそろそろ第一線からは離れるべきだ。
現場のことは現場に任せるべきなんだ、高みの見物とまではいかないが、俺は困った時の知恵袋的なポジションに収まるべきだろうし、まだまだ出会ってない神様達もいる。
神様修業中であることは忘れてはいないのだ。
今後はできる限りの仕事は手放していこうと考えている。

「じゃあそういうことで、よろしく。解散!」
俺達は大食堂を後にした。



俺は事務所建設の相談をしようと、ランドールさんを探している。
この時間であれば、そろそろサウナ島に来る時間だ。

俺は入島受付で、ランドールさんを待つことにした。
入島受付では、ちょうどゴンガス様の所からの入島者が受付を行っていた。
手際よく、入島作業が行われている。

ゴンガス様が俺を見かけて話し掛けに来た。
「お前さんが受付にいるなんて珍しいな、どうした?」

「ランドールさんを待ってるんですよ」

「ランドール?てことはまた何か建てるのか?」
目ざとく食いついてきた。

「はい、事務所を建てようと考えています」

「事務所かー、そうなるとあまり儂の出番はなさそうだのう」
確かに今回は、あまりゴンガス様の世話になることはなさそうだな。

「ですね、ちょっとした家具ぐらいですかね」

「だな、でも家具は儂のところから買ってくれよ」

「そうさせて貰います」
相変わらず、抜け目がない人だな。
そういえば、今はゴンガス様への野菜の納品は、サウナ島で行う様になっている。
なかなかサウナ島から離れられない俺は、マジックバックをゴンガス様にプレゼントし、来島した際に、管理チームから野菜を買い付ける様にお願いした。

ゴンガス様はマジックバックが貰えるならと、快く受け入れてくれた。
ちなみにマジックバックはゴンのお手製だ。
本当にゴンガス様は分かり易くて助かる、お金か、物か、酒があれば大体のことは受け入れてくれる。
神としてそれでいいのか?と思う事もあるのだが、それが彼の個性だから俺はそれを否定することは一切ない。
付き合う身としては、ちょろくて助かるのが本音だが、たまに鋭いところがあるので舐めて掛かることは絶対にしない。
敬意を払って付き合っている。

「じゃあ、またの」
とゴンガス様は、サウナ島に入っていった。
これからスーパー銭湯にいくんだろう、右手にはタオルが握られている。

ランドールさんが入島した。
さっそく話掛けに行く。
「ランドールさん、こんちは」

「島野さん、どうも」

「ランドールさん時間ありますか?」

「ええ、どうしました?」

「事務所を作ろうと考えてまして、ご協力いただけないかと」

「事務所ですか?」

「そうです」

「どれぐらいの規模です?」

「そこら辺含めて相談しようかと、ただそんなに大きな物とは、考えてはないんですけどね」

「分かりました」
俺達は迎賓館の個室に入った。
二人ともアイスコーヒーを注文した。
何事かとマークも顔を出した。

「マークも同席するか?」

「ええ、事務所の件ですよね?」

「そうだ」

「であれば、興味がありますので同席させてください」

「ああ」
マークはスタッフにアイスコーヒーを追加で注文し、俺の隣に腰かけた。

「それで、どんなイメージですか?」

「そうですね、入口入って直ぐに受付があって、受付の中では管理チームが資料などを使って作業が出来るスペースがあって、その奥に資料保管庫があるイメージですね。後は簡単な台所とトイレがあればと」

「随分シンプルですね、本当にそれだけでいいのですか?」

「といいますと?」

「サウナ島には島野さんと商談や、話をする為に来ている者達もいるのでしょ?」

「ええ、そうですが」

「であれば、応接室がいるのではないでしょうか?」

マークが横から割り込んで来た。
「あと、島野さんの部屋も要りますね」

「俺の部屋?」

「はい、社長室とでも言うんでしょうか?必要ですね」

「そうなのか?」

「はい要りますね、この際ですからはっきり言わせてもらいますが、これまで島野さんの仕事用の部屋が無いことがまず間違っていると思うんです。島野さんはこれまで、だいたいは現場を見回ったり、手の足りないところを手伝ったりしてましたけど、人も増えるのですから、今後はその必要はなくなるかと。それに島野さんの家の執務室は、あくまで島野さんの家じゃないですか?家で仕事して貰うものどうかと思いますし、俺達旧メンバーならともかく、新しい社員達では、なかなか島野さんの家には伺えないですよ」
そうか、マークの言う通りだな、俺はこれまで何となく社長という立場を、あまり出したく無かったから、無意識に社長然とすることを避けていたと思う。
それは従業員達にとっては、働きづらいことになっていたんだな。
ちゃんと反省すべきだ。
流石はマークだ、こいつでなければ言えない意見だろう。
社長室か・・・この際だから造ってみるか。

「分かったマーク、大事な意見をありがとう、お前の言う通りだと思う。これまですまなかった」
俺はマークに頭を下げた。

「ちょっと、島野さん止めてくださいよ」
マークは立ち上がって制止した。

「いや、まったくもってお前の言う通りだ、これからは人も増えて俺の有り様も変わらなければいけない、ちょうどそんなことを考えていたにも関わらず、そこまで考えが及ばなかった、良い意見をありがとう」

「そ、そんな止めてくださいよ」
マークは謙遜していた。

「せっかくだから会議室も造ろう、大食堂で会議というのも締まらんからな」

「そうですね」

「じゃあ、社長室と会議室を追加と、それで会議室の規模はどれぐらいにしますか?」
ランドールさんが話を進めて行く。

「二十人ぐらいが座れる程度でお願いします」

「それで、応接室はどうしますか?」

「応接室は、無しでお願いします」

「それはどうして?」

「あまり永居されると困るので、今まで道り迎賓館で対応させて貰います。特に商人を相手にする時はね」
これまでも商人達には迎賓館で対応したが、あれが応接室でとなると、結構粘られたと思う。
追い返す訳にはいかないからな。
応接室はいらないな。
無駄な時間を過ごしたくはない。

「分かりました、そうなると平屋でいいですね」

「そうしてください」

「じゃあスケッチが出来たら、また打ち合わせしましょう」

「お願いします」

「また材料は島野さんが準備しますか?」

「そうしましょう」
安く仕上げるに、越したことは無いだろう。
それに工期の問題もある、早く出来たにこしたことは無いからな。

「であれば、工期もそんなに掛からないでしょう」

「ちなみにどれぐらいですか?」

「まだ、何とも言えないけど、十日もあれば十分かと思いますよ」

「分かりました、家具もお願いできますか?」

「もちろんです」
こうして打ち合わせは終了した。
二日後、スケッチを現地で確認し、建設工事の発注をした。

どうやら新しい従業員を、事務所が完成した状態で迎え入れることができそうだ。
各々の班のリーダー達が順調に面接等を行い、新しい従業員が決まっていっているようだ。
今回の応募も凄い人気で、倍率は三十倍近くにもなったらしい。

ここから先、俺は極力手も口も要望が無い限り、出さないと決めている。
今後は各リーダー達が、報連相を行ってくれることだろう。
又、週に一度リーダー達を集めて、会議を行うことにした。
サウナ島は次の段階に入り出している。



これまでは忙しさにかまけて、島野商事がどれだけの利益を上げているのかを、見て見ぬ振りをしてきたが、ここら辺で決算報告をさせて貰わなければいけないだろう。
心して聞いて欲しい。
とは言っても決算月がある訳ではないのだが、雰囲気として捕らえて貰えればと思う。
なにせここは異世界なんでね。

最初に一言いわせて貰うと、ここが異世界で良かったということと、サウナ島で良かったということ。
日本であれば、どれだけの税金を払うことになったのか。
また仮にタイロン王国内であったとしたら、固定資産税を払わなければいけない上に、商人組合に上前を跳ねられていたことだろう。
税金を払うのは国民の義務であるから、払うのは当然なのだが、出来れば払わないに越したことは無いと思ってしまう。
根が貧乏性なのは許して欲しい。

まずはどこで売上が立っており、どれぐらいの利益が出ているのかから、おさらいしようと思う。

一番初めにこのサウナ島にお金を落としてくれたのはアグネスだ。
半ば強引に物にしたのは、目を瞑ってもらうとしよう。
今でも毎月だいたい金貨三十枚ぐらいの利益となっている。

アグネスは相変わらずミックスサラダを、てんこ盛り食べている。
アグネスとは、ここまで長い付き合いになるとは思ってもみなかった。
まあ、相変わらず彼女は駄目天使であることには変わりはない。
今は、サウナ島では神様が大勢いるからおとなしくしているが、時間の問題だろうと思っている。
あの鬱陶しさと偉そうな態度は、治らんだろう。

次にこのサウナ島に大きな利益をもたらしたのは、五郎さんといっても過言ではないだろう。
今でも五郎さんの温泉街には、野菜を始め果物や、味噌や醤油やマヨネーズ等の調味料類や、ビールなど日本酒を除くアルコール類も卸している。

五郎さんとはズブズブの関係を継続している。
毎月の売上は金貨五百枚ぐらいだ、実はこれでもだいぶ売上が落ち着いた方で、スーパー銭湯オープン前までは、金貨七百枚を超えた月もあったぐらいだ。
本当に助かっている。

スーパー銭湯を造ると考えた時は、五郎さんのところのお客様を奪ってしまうのではないかと、心配したが、そこまで影響は出ていない様子。
長年に渡って掴んだお客様は、そう簡単には離れないということだ。
流石は五郎さんだ。

とはいっても多少は影響が出ている訳で、そのことを五郎さんに話した時は、そんなもん気にするんじゃねえ、儂を舐めんな。
と一喝されてしまった。
本当に豪胆な人だ。
頭が下がります。

なんちゃって冷蔵庫の販売も、その後も順調に売れているのだが、今ではなんちゃって冷蔵の製造は、ゴンガス様に移行している。
目聡いゴンガス様が、なんちゃって冷蔵庫を見つけては、意味深に構造や内容を聞いてきたのでピンときた。
ここでも稼ぎたいのが見え見えだった。
俺はそれを察して、製造を任せる様にした。

こちらとしても、なんちゃって冷蔵庫の製造が、多少負担にはなっていた為、快くお願いすることにした。
ただ、真空にする技術は、ゴンガス様は持ち合わせて無い為、そこだけは俺が仕上げを行っている。
材料も、万能鉱石とサウナ島産のゴムを使用している。
ゴンガス様は、鍛冶の街フランでも、なんちゃって冷蔵庫を販売している。

これまではなんちゃって冷蔵庫は、金貨九枚で五郎さんのところに卸し、金貨十五枚で販売してきた。
なんちゃって冷蔵庫一台当たりの材料となる万能鉱石は、金貨二枚となる。ゴンガス様には万能鉱石とゴムを一台当たり、金貨四枚で卸している。従ってこちらの利益は一台当たり金貨二枚とだいぶ利益率は下がったが、ほとんど手間がかかっていない為、特に文句は無い。

その先の五郎さんに卸す価格は、これまで道り金貨九枚として貰っている。
急に卸し値が変わってしまうのは良くない。
ここはゴンガス様には口酸っぱく話をさせて貰った。
なんちゃって冷蔵庫は、毎月百台近く売れている為、ここでも毎月金貨二百枚近くの利益が出ている。
今後も続くとありがたいが、ハード商品の為、一家庭に一台持ってしまえば、もう購入の必要はなくなる為、どこかで販売が止まることは間違いないだろう。

そして魔力回復薬だが、今では随分と落ち着いて来ている。
魔力の回復に、スーパー銭湯を訪れる人も中にはいて、魔力回復薬を購入する必要が無い人も出始めている。
それに瓶入りの魔力回復薬を買う人も、随分といなくなってきており、樽での納品がほどんどだ。
納品頻度も週に二回程度。

売上は今月に関しては金貨四百三十四枚、利益としては、金貨四百一枚となっている。
魔力回復薬班のリーダーのリンちゃんは、俺の見込んだ通りの働きをしてくれていると言ってもいいだろう。
テリー達からの信頼も厚く、また働き者の彼女は、手が空いたら管理チームを積極的に手伝ってくれている。
今でもゴンとは大の仲良しだ。
メッサーラとの関係も、リンちゃんが上手く取りもっているとも言える。
やはり出身者がいるのは心強い。

ここまでで、既に金貨千百三十一枚の利益となるが、ここからがとんでも無いことになっていた。

まずは、今月の入島料金と移動費だが、金貨五百五十枚となった。
神様ズと折半とはいえ、大きな金額だ。
俺は今後は移動費が大きくなっていくと予想している。

エンゾさん曰く、この転移扉での移動は、南半球の国々を、今よりも豊かにする大きなネットワークだ、ということだ。
移動が楽になり、安全と時間が安価に買えるということの意味は、相当にして大きいということだ。
今まさに流通革命が起ころうとしている。

そして、迎賓館の売上は金貨百八十七枚、これは飲み物と食事代を高めに設定しているのが大きいのと、宿泊施設の利用者が多かったことが、要因だろうと考えられる。

宿泊施設は、ベットにトイレと簡易な造りになっており、部屋も一人用としての広さしか無い。
ビジネスホテルといったところか、使用用途としては、主に宿泊以外は無いという、至ってシンプルなものだが、商談にきた商人達がこぞって使いたがった。
どうやら連日の商談には、宿泊した方が安上がりだと考えているようだ。
実際宿泊費は銀貨三十枚と、格安と言える金額だ。

迎賓館の価値は日を追うごとに挙がってきており、当初の目論見通り、迎賓館に訪れることが、商人達にとってはステータスとなっている。
商人達にとっては憧れの施設になっているようだ。
ここまで上手くいくとは正直思ってはいなかった。
迎賓館の価値が伝わるのには、時間が掛かるものと思っていたからだ。
この世界の商人達も、どうやら面子に拘る傾向があるようだ。

そしてスーパー銭湯の入泉料だが、金貨四百八十四枚となった。
後は備品の販売も上手くいっており、金貨五十五枚の売り上げとなっている。
ただし、タオルなどの備品はメルラドから仕入れている為、実際の利益は金貨二十五枚となっている。
受付だけで、金貨五百九枚もの利益となっていた。
更に今後は備品の拡充を行おうと考えている。

一ヶ月間の利用者は約一万二千人、既にリピーターも多く見かける。
サウナ文化がこの異世界で根付き始めているようで、俺としては嬉しい限りである。

後は他にも、遊戯施設に訪れる人達もいて、娯楽がこの世界に浸透しだしているとも言える。
特にバスケットボールは人気で、ランドが頑張ってバスケットボールを拡めた成果が表れている。
来月にはサウナ島対ボルンの対抗戦が控えており、ランドは血気盛んに練習を行っている。

遊びから新たな文化が開けてくることに、俺は期待している。
遊びは重要で、息抜きというだけでは無く、暮らしを豊かにするものだと俺は考えている。
真面目に働くだけではなにも面白くはない。
人生には余白が必要だと思う。
俺は今後もたくさんの娯楽を広めていこうと考えている。

最後に大食堂の売上が異常なことになっていた。
売上がなんと金貨二千三百四枚、破壊力満点の売上となっていた。

仕入れで掛かるのはコロンの乳製品と、カナンのハチミツとゴルゴラドでの魚介類だが、全部足しても金貨八十枚以下となる為、利益としては金貨二千二百二十四枚となる。
全部を足すと金貨四千六百一枚となってしまった。
利益の半分を大食堂で賄っているということだ。

人の食に対する欲求は測り知れない。
三大欲求の一つは伊達ではないということだ。
旨い物には際限なく人が集まる。

ちなみに食事の一番人気は、カツカレーだ。
この世界にはこれまでカレーは無かったが、一度食べると病みつきになると、定番の人気メニューとなっている。
飲み物の一番人気は言わずもがなのビールだ。
サウナ明けの一杯を男女分け隔てなく楽しんでいるし、神様ズも皆んなビールが大好きだ。
まさに神ドリンクだ。
これを味わったが最後、この呪縛からは逃れることは不可能と言える。

売上から支払う経費としては人件費しかないのだが、人件費は一ヶ月で約金貨千四百枚しかかかってない為、最終的な利益は金貨三千二百枚となってしまった。
なんとも恐ろしい数字である。

喜ぶというよりも引いてしまうというのが、偽らざる感想だ。
こんなに稼ぐ気は全くなかったのだが・・・
お金がお金を呼ぶとはこのことだろう・・・
なんだか申し訳なく思ってしまう。

そして、今回の初期投資だが、建設に使った万能鉱石は約金貨千八百枚、ランドールさん達に支払う人件費は金貨三千枚となっている。

実は、ランドールさん達に払う金額も、予定よりもだいぶ大きく払うことにして貰ったのだ。
本当は金貨二千枚という話であったが、これすらも通常の倍近い金額とのことだったが、俺が半ば強引に金貨三千枚を押し付けた形だ。
こうなることが何となく分かっていた俺が、少しでも回避しようと無理やり捻じ込んだことだった。

他には家具などの備品やら、ゴンガス様に頼んでいたロッカー等に金貨千二百枚近くかかった、結局のところ初期投資に掛かったのは約金貨六千枚で、このままでは初期投資の投資回収をわずか二ヶ月で達成することになってしまう。

新たに従業員を六十名近く増やしたが、焼け石に水とはこのことである。
人件費に金貨六百枚増えたぐらいでは、まったくもって揺るがない。
そして初期投資に掛かった金額も、すでに半額以上は支払が済んでしまっている為、来月には初期費用は完済してしまう。
これから先が思いやられるのは間違いないのである。

そして、俺の預金額も遂に五千万円を超えており、どう見繕ってもサウナ満喫生活は当初考えていた三十年を、はるかに上回りそうであった。
この先エンゾさんが言う、経済として不健康な状態は続きそうで、今のところこれと言った打開策も考えついていない。
痛し痒しである。

どうしても俺の性分として、無駄なことや要らないことに、無駄にお金は掛けたくないし、従業員の給料もこれ以上上げるのも良くないようだ。
どうしたものか・・・
何ともしがたいのが現状だ。

寄付でとも考えたが、前にオットさんから咎められたことが頭を過り、莫大な金額の寄付は返って良くない事だと思い留まった。

考え方を変えれば、これで盤石な運営基盤が出来たとも言える。
お金の心配がまったく無くなったとまでは言わないが、今後は経済的に悩むことは少なくなりそうだ。
後は何にお金をかけていくことにするのかということだ。
贅沢な悩みとはこのことだろう。
俺にとっては頭が痛い話なのだが・・・

エンゾさんには到底話すことは出来ない。
無茶苦茶文句を言われるに決まっている。
本気で怒ったエンゾさんは鬼人かと思えるほどに怖い。
やれやれだ。

新たな新入社員を受け入れてからというもの、俺の仕事は随分と楽になってきていた。
朝はこれまで通り、畑に神気を与えに行くのだが、ギルも随分と上手になってきているので、俺の負担は随分と減ってきている。

ギルは成長著しく、今では魔力と神気を上手に使い分けて作業を行っている。
俺は昼前には身軽になるのだが、未だ貧乏性が抜けず、何かとやれることが無いかと見回ってしまうのだが、俺の隙いるところなど無いため、だいたい徒労に終わる。
結局のところ現場感が抜けきらないのだ。

昼からは面談依頼の商人達の相手をすることが多いのだが、これは、サラリと終わらせてしまうことがほとんどだ。
現在サウナ島には、様々な相談や依頼が持ち込まれているのだが、その大半は商人達からのものが多く、その内容は、専属商人にして欲しいという物と、サウナ島で商売をさせて欲しいという物だった。

専属商人はそのままのことで、このサウナ島で行われる商売の全てをその商人が一括で行うというもので、それをするメリットは全く思いつかない為、そうそうに丁重にお断りさせて頂いている。
どういう神経で申し入れているのかが理解できないのが本音だ。
何故にこのサウナ島の商売を取り仕切れると、考えているのかがよく分からない。
根拠のない自信ということなんだろうか?
正直言って呆れてしまっている。

そして、サウナ島で商売がしたいという申し入れは、大体が屋台を開きたいという申し入れなのだが、内容を聞くと、肉の串料理やらがほとんどで、中には試食を持ち込む熱心な者もいたが、お眼鏡に敵う者は一人もいなかった。
残念だが、これは旨いと思える物は今までにはなかった。
アドバイスをしようかとも思ったが、そこまでする必要はないと止めておいた。

中には武器類を販売したいという耳を疑う申し入れもあった、武器の所有を禁止しているのに、何故に武器類の販売が出来ると考えたのだろうか?頭のネジが相当に緩んでいるとしか考えられなかった。
もちのろんで速攻で帰って貰った。

残念な話であったが、この様な素っ頓狂な申し入れをする商人の大半はタイロンからの商人が多かった。
エンゾさんに苦情を入れようかとも思ったが、人選で悩んでることは分かっていたので、止めておいた。
エンゾさんなりに試行錯誤してくれているのだろう。
生温かく見守ろうと思う・・・

はっきりと言わせてもらえば、無駄な時間を過ごしている。
でも、この者達は神様達の信用を勝ち取った者達なのだから、無下には出来ないことは事実だ。
本当にこれが社長業なのか?と考えさせられるのだが・・・

他には雇って欲しいという者や、何の為の売り込みかよく分からない者も多く、どうとも身を結ばない日々を過ごすことになっていた。
まあ、これまでも同様の話は多く、上手に逃げまわっていただけなのだが、時間が出来た今となっては改めて無駄と感じてしまう。

何ともこの世界の商人達の我儘を、俺はひらりと躱し続けるしかないのだろうか・・・
せめて相手にとってのメッリトであったり、受け入れられるだけの工夫をして欲しいと思うのだが・・・
残念としか言いようがない。

そんな中懐かしい人達との再会があった。
『サンライズ』御一行である。
噂を聞きつけ、サウナ島にやって来てくれたのだった。

「皆さんお久しぶりです!」

「島野さん、元気そうですね」
ライドさんが握手を求めてきた。
当然に俺はそれに答える。

「島野さん、どういうことだよ?ここが島野さんの島だってのかよ?」
カイさんも変わらない物言いだ。

「噂を聞いた時には嬉しかったぜ!島野さんが、あのサウナ島の盟主だって話を聞いたからよ」
とサンライズの面々は、会うなり興奮気味だった。
俺も嬉しくなり、これ以降の予約を全部キャンセルして、サンライズの皆さんにサウナ島をアテンドし、サウナを堪能して貰うことになった。
サンライズの皆さんは相変わらずで、俺にとってもいい気分転換となった。
俺にとってはありがたい来島者だった。

「それにしても島野さんが、噂のサウナ島の盟主だったとは思いもしなかったぜ」
カイさんは相変わらずの口調で話し掛けてくれる、嬉しい限りだ。

「それで島野さん、なにがどうしてこんなことになっているんですか?」
ライドさんが尋ねてきた。

「俺もいろいろありまして、どこから何を話したらいいのやら、答えに困ってしまいますよ」
本当に説明に困ってしまう、いろいろとあり過ぎている。

「そんな雰囲気ですね、にしてもあの頃から、この人は何か違うと思っていましたが、まさかここまでのことをやってしまうとは、俺達には想像も出来なかったですよ、なあお前ら!」

「そうだよ、島野さん、何をどうしたらこんな事になるんだよ」
カイさんの遠慮のない物言いが心地よい。
まるで旧友と話しているみたいだ。

「なにをどうって言われても、こんなことになっちゃいましたよ」

「それ説明になってないだろ?島野さん」

「まったくだ」

「島野さんも変わりませんね」
とこんな他愛もない会話が俺には嬉しかった。

サウナと風呂を堪能した俺達は、大食堂に移り、食事とアルコールの時間となっていた。

「そういえば、サンライズの皆さんはどこでサウナ島の噂を聞いたんですか?」

「メッサーラですよ」
ライドさんが答えてくれる。

「メッサーラですか?ということは、最近はメッサーラで狩りを行っているのですか?」
メッサーラとはちょっと意外だ。

「ああ、最近は俺達もA級に昇格したんだ、魔獣の森にチャレンジ中ってところですよ」
お!魔獣の森、そうだったそうだった。あそこには魔獣の森があったんだった。

「魔獣の森の狩りはどうなんですか?」

「島野さん興味があるのか?」
しっかりありますよ。

「ええ、ありますね」
ルイ君にはまだ許可をもらってないが、先に情報収集を行っておこう。

「まあ、島野さん達ならどうってことない狩場でしょうね」
あれ?いきなり梯子を外された様な気がする。

「そうなんですか?」

「魔獣とは言ってもジャイアントピッグとかジャイアントブル、後はジャイアントボアやジャイアントラットが中心で、島野さん達が遅れを取るなんてことはないでしょう」
ああ、そのぐらいでは脅威にもならないな。

だが、今の俺達にとっては・・・
「それは魅力的な狩場ですね」

「でも、間違っても魔獣だから気は抜けませんけどね」

「でしょうね、他の種類の魔獣は出ないんですか?」

「どうだろう、森の奥の方まで潜っていけば、いろいろと出くわすかもしれないけど、だいたい浅いところでも狩れちゃうからな」

「でも家が欲しい獣ばかりですね」

「欲しいってどういうことなんだ?」
ジョーさんも相変わらずグイグイくるな。

「実は、慢性的な肉不足に悩まされているんですよ」

「肉不足?」

「そうです、このサウナ島で得られる肉には限りがあって、でもここの利用者は肉を所望しているということなんです」
俺は掻い摘んでこれまでの経緯を話した。

「てことはだ、島野さんは安定的に肉が欲しい、でもそうともいかないのが現状ということだな」
ウィルさんが話を纏めてくれた。

「そういうことです、なので時間がある時にルイ君と話をしようと考えていたところなんですよ」
俺の発言を受けて、サンライズの一行が引いていた。
どうして?

「島野さん、今さらっとルイ君と言ったけど、もしかして賢者ルイのことなのか?」

「はい、そうですけど・・・」
あれ?
俺は何か間違ってしまったらしい・・・そうか!

「いやいや彼はここの常連なんですよ、それで仲良くなって・・・」
ルイ君は甥っ子みないな感じなんだよな・・・

「まあ、島野さんの出鱈目は今に始まったことではないしな」

「そうだな」

「間違いない」
やはりそういう反応なのね・・・

「それで、ルイ君に許可を貰って魔獣の森で狩りをしようと、俺も考えていたんです」

「島野さん達なら相当数狩れるんじゃないか?」

「ああ、そうだろうな」

「なんなら一緒に狩りに出てみるかい?」
ライドさんからの申し入れだ。
ありがたい申し入れだが、どうなんだろうか・・・
マーク達の時とは事情が違うしな・・・
正直足で纏いな感じがするな、特に今のノンなら一人でも充分過ぎる戦力だしな。

「ありがたい申し入れですが、ちょっと考えさせてください」

「そうか、そうしてくれて構わない」

「俺達じゃあ足で纏いになっちゃうかもな?」
ジュースさんが横から割り込んできた。

「だろうな!ハハハ!」
ライドさんは笑い飛ばしている。

「でもよう、島野さんハンター協会には話を通さなくていいのか?」
ハンター協会か!忘れてた・・・

「そうだな、一応話は通しておいた方がいいかもな。ハンター協会にも面子ってもんがあるだろうしな」
面子ねー、やだやだ。

「討伐報酬とかいらないんですけどね」

「討伐報酬が要らないって?」

「はい、ただ単に肉が欲しいだけですから」

「であっても、一応話はしておいたほうがいいと思うぞ」

「そんなもんなんですかね?」

「そんなもんなんですよ」
面倒くさいがしょうがないか、まずはルイ君に話して、その後にハンター協会に話をしにいくか。
この後、サンライズの面々と何気ない話に盛り上がり、会話を楽しんだ。
旧友との何気ない会話には大きなリセット効果があった。
俺は気分が晴れて前向きになれたような気がした。
時間に余裕が生まれた俺はさっそくメッサーラに訪れていた。
ルイ君の所には顔パスで行くことが出来る。
何度か顔を合わせたことがある警備兵に会釈をし、ルイ君の執務室へと向かう。
ルイ君の執務室に入ると、オットさんもいた。

「島野さん、どうしたんです?」

「今は外したほうが良かったか?」
俺は二人に尋ねてみた。

「いえいえ、大丈夫です。ちょうど話が終わったところです」

「お久しぶりです、島野様」

「オットさん、ご無沙汰です」
俺達は握手を交わした。

「お元気ですか?」

「元気ではありますが、最近はサウナ島にもなかなか行けなくて、難儀しております」

「そうなんですか?」
オットさんは相変わらず忙しくしているようだ。
でもオットさんなら大丈夫だろう。安心と信頼のオットさんだからな。

「ええ、遂に学校の建設がまじかに迫ってきておりますので」
そうか、遂に始まるのか・・・
ランドールさんと何度も打ち合わせしてしている姿を、サウナ島で見て来た俺としては、やっとかと思えてしまうのだが・・・いよいよか。

「資金は集まってますか?」

「ええ、なんとか。予定道りにいっております」

「それは良かったです」
学校が出来れば、メッサーラも変わっていくだろう。まだまだ成長段階にある国だ、大きく羽ばたいて欲しい。

「それで今日はどうしたんですか?」
ルイ君が問いかけて来た。

「ああ、実はちょっとお願いしたいことがあってね」

「島野さんが僕にですか?」

「そうだ、この国には魔獣の森があるよな?」

「ありますね」

「その魔獣の森で狩りをさせて欲しいんだ」

「狩りをですか?」
ルイ君は不思議そうな表情を浮かべていた。

「スーパー銭湯の大食堂で扱う肉が足りて無くて、困ってるんだよ」

「どれぐらい足りてないのですか?」

「慢性的に足りてないと言えるな、今はタイロンの商人達に頑張って貰って、なんとか凌いでいるが、時間の問題になりそうなんだ」

「そうですか」

「島にも獣がいるんだけど、狩り尽くしてしまわないかと心配でな、今ではノンに狩りを制限させているんだよ」

「島だから狩り尽くしてしまえば、それまでだということですね?」

「そうだ、それに生態系にも異常が現れるかもしれない。そんな時に魔獣の森の魔獣は、いくら狩っても湧き出てくるといった噂を聞いてね」

「それで魔獣の森で狩りをしたいということですね」

「そういうことだ」

「確かにどういう仕組みなのか分かりませんが、魔獣の森の魔獣はどれだけ狩り尽くしても、直ぐに増えてくるんですよ、メッサーラの悩みの種でもあるんです」

「悩みの種?」

「はい、いつか魔獣が国民に被害を与えるかもしれないと、これまでに何度か掃討作戦を行ったことがあるんです」
掃討作戦か・・・

「ほう、それで?」

「結論から言って、掃討できませんでした。一時的には魔獣の数は減ったようではありますが、上手くいった試しはありません」

「・・・」

「ですので、魔獣を狩ってくれるのは一向にかまいませんが、ハンター協会には話しておく必要はありますね。狩りは彼らの領分ですので」

「やっぱりそうなるか・・・」

「やっぱりですか?」

「ああ、ハンター協会を通すと報酬を貰うことになるだろうし、肉や素材を卸してくれって言われちゃうだろ?」

「それはそうですね」

「正直言って、肉が欲しいだけで、報酬はまったくもって要らないし、肉以外の素材も何かと使えるからあんまり卸したくはないんだよな・・・」

「そういうことですか、でも報酬が要らないって島野さん、サウナ島でいったいいくら稼いでいるんですか?」
ルイ君それを聞くかね?

「うーん、内緒」

「内緒って・・・」
訝し気な表情のルイ君。

「個人的には勝手に狩りをしに行くってことも考えたが、あまりやんちゃなことはしたくないからな、相談に来たってところなんだよね」

「でも聞く限り、こちらにとっては悪い話では無いので、あとはハンター協会がどう思うのかということだけですね」

「ということで、ズルい手だとは思うが、ルイ君からちょちょっと手を回しては貰えないだろうか?」
ルイ君は目を瞑って腕組をしてしまった。

「大恩ある島野様の申し入れとあっては、断ることはできません、私で良ければ、お手伝いさせて貰いましょう」
とオットさんから嬉しい言葉をいただいた。

「ありがとうございます!」

「いえいえ、ルイ様では立場が高すぎます。私ぐらいならハンター協会も話しやすいということです」
なるほど、地位や立場というものは俺にはよく分からない。
そういうことはオットさんのいう事が正しいのだろう、オットさんが居てくれて助かったー。

「それではオットさん、よろしくお願いします」

「承りました」
これで何とかなるだろう。

「じゃあ帰るけど、ルイ君とオットさんはまだ仕事中かな?」

「いや、ちょうど終わりましたので、サウナ島に行かせていただきます」

「私も同席させていただきます」
この二人もサウナ島に嵌っているようだ。
俺は二人を連れて、サウナ島に帰った。



二日後
仕事の早いオットさんから、メッサーラのハンター協会に来て欲しいとの話があった。
俺はさっそく伺うことにした。
受付で要件を話すと、奥の部屋へと誘われた。
部屋に入ると、オットさんとハンター協会の会長と思われる人物が待ち受けていた。

「島野様、お呼び経て致しまして申し訳ありません」
とオットさんが立ち上がってから言った。

「こちらにお掛けください」
言われるが儘に、俺はソファーに腰かけた。

「こちらはメッサーラのハンター協会会長のオルカです」

「オルカです、よろしくお願いいたします」
とオルカさんが軽く会釈をした。

「島野です、こちらこそよろしくお願いいたします」
オルカさんは壮年の男性で、片目に眼帯をしていた。
歴戦の猛者といった風貌だ。
真面にみれば、やくざ者だな。

「島野さん、オットからだいたいの話は聞いています」

「そうですか」
流石オットさんだ、仕事が早い。

「できれば、魔石だけでも卸して貰えないでしょうか?あと本当に報酬が要らないのですか?」

「報酬は要らないです、魔石ですか・・・」
魔石は使い道が多いから貯め込んでおきたいんだよな。
譲歩したい思いはあるのだが・・・

「どうでしょうか?」

「出来れば魔石は欲しいですね、こちらとしては、肉と魔石と骨が一番欲しいんです」

「肉と魔石はまだしも骨もですか?」

「はい、獣の骨は畑のいい肥料になりますので」

「肥料ですか・・・知らなかった」
どうにもこの世界の人達は、農業に関する知識が低いようだ。
かくいう俺も、アイリスさんから教わるまではまったくの素人だったんだけどね。

「ちなみにこれまでは、獣の骨はどうしてたんですか?」

「廃棄してました」

「それはもったい無い・・・」

「そのようですね・・・」
がっくりと項垂れるオルカさん。

「もし今後も処分に困るようでしたら、こちらで引き取らせて貰いましょうか?」

「そうですね、ちょっと考えさせてください」
もし引き取れたらアイリスさんは大喜びするだろうな。
アイリスさんが小躍りするのが目に浮かぶようだ。

「牙や皮は引き取って貰ってもいいんですが・・・」
本当は使い道があるから嫌なんだけどな。

「それはありがたいですが・・・ちなみに狩りはどれぐらい行うつもりなんでしょうか?」

「今考えているのは、週に二回ぐらい行おうと思っています。ジャイアントボアとジャイアントブルとジャイアントピッグを各三体は、毎回狩れればと思っています」

「う!・・・・そうですか・・・」
あれ?欲張りすぎたかな?

「でも、あの伝説の島野一家なら可能か・・・」
伝説って、どうなってるの?
噂が一人歩きしてないか?

「分かりました、それだけの数を狩れるのなら、牙と皮だけでもいいです」

「良かったです」
なんとか纏まったな。
想定内に収まったので、これで良しとしよう。
こうなってくればさっさと話しを纏めてしまいましょうかね。

「解体はどうしますか?」

「解体はこちらで行います」

「そうですか・・・そもそも無報酬で狩りを行ってくれるのですから、これ以上の申し入れは失礼ということでしょう、今後ともよろしくお願いします」
オルカさんは頭を下げていた。

「こちらこそ、無理を言ったようで、すいません」
俺達は握手を交わして腰を上げた。

「いえいえ、こちらこそすいませんでした」
無事話は着地できたようだ。
さて、これで肉の安定供給ができるようになりそうだ。
そうなるとやれることが増えてくるな。
あれを開始するとしよう。



サウナ島に帰ると『念話』でギルにノンと一緒に社長室にくるように伝えた。
余談になるのだが、旧メンバー以外のだいたいのスタッフ達は、いつの間にか俺のことを社長と呼ぶようになっていた。
あまり呼ばれ方を気にしない俺だが、この呼ばれ方は今でも若干抵抗感がある。
正直苦手だ。
できれば社長とは呼ばれたくない・・・何だか距離感を感じる・・・でも社長に変わりはないのだが・・・いつか慣れるのだろうか?・・・役職で呼ばれるのは何か違う気がする。せめて島野さんぐらいで呼ばれたいのだが・・・

「主どうしたの?」
マイペースなノンがドアをノックもせずに部屋に入ってきた。

「ギルは?」

「まだ来てないの?」

「こっちが聞いているのだが?」
分からないとお道化るノン。

「パパ、お持たせ」
とギルが部屋に入ってきた。

「ノン、お前マイペース過ぎやしないか?」

「そんなことないよ」
とノンのマイペース発言は変わらない。

「いいからまずは座れ」

「はーい」
と腰を掛けた二人。

「明日だが、メッサーラの魔獣の森に狩りに行くことになった」

「魔獣の森?」

「へえ」

「明日は空けとくように、いいか?」

「はーい」

「分かったよ、でもパパ、三人で行くの?」

「ああ、そうだ充分だろう?」

「だね」

「以上!」

「じゃあねー」
と集めるまでも無い打ち合わせは終わった。



翌日
俺達は一応ハンター協会の会長のオルカさんに挨拶だけを済まして、さっそく魔獣の森に入っていった。
魔獣の森はこれまでの森とは雰囲気が明らかに違った。
一言でいうと、森が暗いのだ。
何とも得体のしれない不気味さを感じる。
森全体を気持ちの悪い空気が漂っている。

「この気持ち悪さは何だろうな?」

「主、これ多分あれだよ、魔獣が纏ってる瘴気だよ」
敏感なノンは直ぐに察知したようだ。
よく見ると確かに薄っすらと瘴気が漂っているのが分かる。

「これはお前達には影響は無いよな?」

「多分・・・」
間違っても魔獣化したノンと戦うなんて止めてくれよ。
一歩間違えたらこっちが殺られかねないぞ。

「パパ、これはこの森自体に瘴気があるみたいだね。でもこれぐらいなら僕やノン兄がどうにかなることはないよ」
ギルが断言した。
まあ息子の言うことを信じよう。
俺にはそれしか出来ない。

「さあ、お客さんが現れたようだ」
俺達の前に鼻息の荒いジャイアントボアが二体現れた。

「毛皮はハンター協会に納めないといけないから、ブレスは無しだぞギル」

「そうなの?まあ楽勝だけどね」
ギルが身体を伸ばして準備運動を始めた。
視線は獲物からは離していない。
ノンは口元を緩めて、にやついている。
ほんとにこいつは狩りが好きなようだ。
ノンはこんな好戦的な奴だったか?
もしかして瘴気の影響か?
よく分からん・・・

「さて、どっちがやるんだ?」

「「僕!」」
何はもってんだよ。

「じゃあ、じゃんけんするか?一人一体づつだな」

「じゃあ一体づつでいいよ」

「分かったよ」
言い終わるやないなや、ノンは駆け出した。
ジャイアントボアに一直線に向かった。
獣化することも無く、人型のままで思いっきり顔面に拳を見舞っていた。
おお!痛そうな一撃。
声も無く崩れ落ちるジャイアントボア。

今度はギルが悠然ともう一匹に向かって歩んでいく。
尻尾のみ獣化していた。
あと一歩で間合いという距離で、ギルは体を回転させて顔面に尻尾を叩きつけていた。
ゴリッ!という音と共に、ジャイアントボアは絶命していた。
ギルもやるねー。

「二人とも一発だったな、やるじゃないか!」

「へへ!」

「あたりまえだよ」
余裕な表情を浮かべる二人。
なんとも心強くなったものだ。
これは俺の出番は無さそうだ。

「さてと、回収しますかね」
俺は『収納』にジャイアントボアを二体回収した。
そうしている間にも魔獣の気配を数カ所から感じる。
この森は魔獣だらけというのは本当のようだ。
これは入れ食いだな。

「主ー!、次はこっち!」
とノンが既にジャイアントピッグを狩っていた。
俺は回収作業に徹した方がよさそうだ。
結局ものの数十分で、予定していた数に達してしまった。
なんとも張り合いの無い狩りだ。

狩り過ぎは良くないなと、魔獣の森を立ち去ることにした。
帰り道で向かってくる魔獣が数体いたが、ギルが追い返していた。



報告の為にハンター協会のオルカさんの所に向かった。
先程挨拶をしてまだ数時間しか経っていない。
受付の方に事情を話し、オルカさんを呼んでもらう。
階段を足早に降りて来たオルカさん。

「島野さん、随分早いお帰りですね」
と期待の眼差しで見つめられた。

「ええ、予定の数が狩れましたのでご挨拶だけして帰ろうかと」

「もう予定の数を狩ったのですか?」
オルカさんは驚きの表情に変わっていた。

「はい、ジャイアントボアが三体と、ジャイアントピッグが三体と、ジャイアントブルが三体、しっかりと狩らせていただきました。なんなら見せましょうか?」

「いえ、流石にそこまでは結構です。それにしても噂以上の強さですね、それだけの数をこんな短時間で狩ってしまうなんて」

「まあ、こいつらが出鱈目に強いんですけどね」
ノンとギルの肩を叩いてやった。

「えへへ」

「そうだよ」
照れるギルと、マイペースなノン。

「フェンリルとドラゴンとは・・・反則ですね」
ですよねー、俺もそう思いますよ。

「ええ、よく言われます。それで今後なんですが、狩りには俺は同行しないのでこの二人に任せます」

「そうですか、かしこまりました」

「約束の素材ですが、次に来る時に二人に持たせますので、狩りの前にこちらに寄らせて貰います」

「そうして貰えると助かります」

「狩りが終わったら、今日みたいに挨拶に寄らせて貰います」

「ありがとうございます、もし私が居ないようでしたら、受付の者に言っておきますので、預かった素材の料金を受け取ってください」

「ということだ、ノン、ギル頼んだぞ」

「分かった」

「OK」

「では、そんな感じで週に二度ほど伺いますので、今後ともよろしくお願いします」

「こちらこそ、ご丁寧にありがとうございます」
これであとはノンとギルに任せるだけだ。
オルカさんに見送られて俺達はハンター協会を後にした。



さて、肉の安定供給が約束された今、サウナ島は次の段階に進むべきである。
それは、キャンプ場を併設させることだ。
肉の安定供給が出来るイコール、バーベキューが出来る。
ならばキャンプ場を作ろうということだ。

悩みは、テントを張るタイプのキャンプ場にするのか、それともロッジタイプのキャンプ場にするのか、どっちにしようか?ということ。
ここは若い者の意見を聞こうと、ギル、テリー、フィリップ、ルーベンを社長室に呼び出した。

「お前達、キャンプをしたことはあるか?」

「キャンプですか?」
テリーもすんなりと敬意をもって話を出来るようになったものだ、前のこいつなら。ええ!キャンプ!とでも言っていたのだろう、ちゃんと語尾にですかを付けれる様になった。

「そうだキャンプだ」

「俺はないです」

「僕もない」
フィリップとルーベンも首を横に降っている。

「そうか、じゃあ今度簡単なキャンプをしてみるか?」

「やった!キャンプって野宿するってことですよね?」
テリーが喜んでいる。

「野宿って、どんなイメージだよ。まあ野宿には違いないが、ちゃんとテントを張ってテントの中で寝るんだぞ」

「テントは使った経験はないです」

「お前らもか?」

「「はい」」

「分かった、テントが出来たらキャンプだな」

「分かりました」

「楽しみだな」

「面白そう」
興味深々といった感じだな。
でもこの世界ではキャンプをするのはハンターぐらいなのだろうか?旅の商人も行うよな?
キャンプというよりは、テリーではないけど野宿なのかもしれないな。
この世界ではキャンプはもしかして受けないのか?
とりあえずメルラドの懇意にしている裁縫職人のところにいって、テントの構造を教えてテントの発注と、寝袋の発注をしてきた。

この裁縫職人には実は、サウナ島で採れる綿と麻を提供している。
いろいろな服飾に使ってみて欲しと渡しているのだ。
裁縫職人の名前はカベルさん、いぶし銀の職人さんだ。
材料を提供しているのは、所謂先行投資といった所だ。
カベルさんは時折俺を尋ねて来ては、なにか異世界の技術を教えて欲しいとせがまれるのだが、俺は服飾には疎い為、これといって教えれることは何もない。
次に日本に帰った時に、参考になりそうな服でも買ってこようと思う。

この世界でもテントはあるようだが、あまり使われることは無いらしい。
俺は柱となる骨組みを造ることにした。
素材はカーボン、しなやかさもある素材だ。
金額はするが、気にしない。
テントの完成は早くても一週間後になる。
この世界での始めてのキャンプ、いったいどうなることやら。



テントが完成した為、始キャンプ開始だ。
とはいっても、やることは限られている。
まずはテントを張る。
俺は四人に任せて、だた見てるだけ。

椅子に腰かけて温かく見守る。
ギルとテリーが積極的に、こうなんじゃないか?ああなんじゃないか?とテントを組み立てている。
結局テントを張るのに三十分近くかかっていた。
まあ最初はこんなもんだろう。
日本のキャンプ道具は一瞬で組み立てれるテントとか様々あるが、ここは異世界だからテントを張るのも、一つのイベントなのである。
楽しそうにしていたからそれで良い。

更にこの日の為に、バーベキューコンロを新たに造っておいた。
敢えてレンガ造りでの仕様となってる。
網を張って、薪を組み始める。
そして火を熾す。

そして前もってメルルにお願いしておいた、バーベキューセットを持ってきて貰った。
セットの内容は、三種の肉と野菜各種、ウィンナーに今回はゴルゴラドで仕入れた、海老も加えてある。
更に飯盒にて米を炊く。
まずは飯盒を火にくべる。

「始めちょろちょろ中パッパだったよね?」
とギルが言った。

「兄貴何それ?」

「ご飯を炊く時のおまじないみたいなものさ」

「へえ、兄貴は物知りなんだな」

「パパに教えて貰ったんだよ」

「そうだ、よく聞けよお前ら、始めちょろちょろ中パッパ、じゅうじゅう吹いたら火を引いて、一握りの藁燃やし、赤子泣いても蓋取るなだ」

「へえ、赤ちゃんが泣いたからといって何で蓋を取ってはいけないんだろう?」
テリーの純粋な質問だ。

「ハハ、それはどんなことがあっても蓋を取ったら駄目だという例えだ。炊きあがった米を蒸らすと美味しくなるからな」

「へえー、そうなんだ」
こんな他愛もない会話も、バーベキューの醍醐味だな。

「さあ、飯盒はギルに任せてテリー、フィリップ、ルーベンは肉や野菜を焼いていきなさい」

「はい、分かりました」
テリー達はバーベキューを始めた。
わいわいがやがやと賑やかに、バーベキューを楽しんでいる。
そこに両手にビールジョッキを持った、マークが現れた。

「島野さん、どうぞ」
ビールジョッキを渡された。

「おお、悪いな」

「お疲れさん」
マークと乾杯した。

「なんだか賑やかにしてるなと思って、覗きにきましたよ、ついでに一杯必要かなと」

「気が利くじゃないか、ありがとうな」

「いえいえ、どういたしまして」

「パパ、肉が焼けたよ」

「ああ、適当に分けてくれ」

「分かった」

「島野さん、野菜は?」

「任せる」

「了解です」

「賑やかでいいですね」

「バーベキューはこんなもんだろ、賑やかでちょうどいいのさ」

「ですね、それにしてもテントですか・・・何でまた?」

「今日はこいつらとテントで寝ようと思ってな、キャンプってやつだよ」

「なるほど、今日なら星が綺麗でしょうね、雲一つない晴天ですから」

「そうだな、キャンプの醍醐味はいくつもあるが、星を眺めるってのもいいよな」

「ですね。俺は火を眺めるのも好きですね」

「それもいいな、後は語らいだな、火を囲みながらする語らいは、いつもとは違うちょっとした異空間だからな」

「ですね・・・キャンプかー・・・もう長い事やってませんでしたよ」

「そうなのか?」

「はい、ハンターの暮らしは半分キャンプ生活みたいなものでしたから。でもこんな感じに気は抜けませんでしたよ、いつ獣が現れるかと内心冷や冷やしながらでしたから、こうやって酒を飲みながらなんて、絶対できませんでしたよ。こんな安全なキャンプなら、また違った楽しみがあるんでしょうね」

「だろうな、サウナ島ならではのキャンプを楽しもうと思ってな、それにこいつらはキャンプ経験が無いらしぞ」

「ほお、それはもったいない」

「パパ出来たよ、ここに置いておくよ」

「分かったギル、ありがとう」
俺は食事を取りにいった。

「マーク、食事は済んだのか?」

「はい、済ませてきました」

「今日のまかないは何だったんだ?」

「ジャイアントボアのカツ定食でした」
肉の供給が安定してから、肉の提供は上手く回り出したようだ。
でもタイロンの肉卸業者からは、ちゃんと肉は仕入れている。
止めてもいいけど、せっかくの付き合いができたんだから、今後も上手くやっていこうと思っている。
それに彼らはジャイアントチキンをよく仕入れてくれるから助かっている。
魔獣の森ではジャイアントチキンは見かけないからな。
一度ノンに捜索させたけど、見つからなかったようだった。
棲み分けは上手くいっているということだ。

「肉の一番人気は何肉なんだろうな?」

「どうでしょうか・・・俺はブルが好きですが、あの時は凄かったですよね」
そうだった、オープン二日目に手にしたキングワイルドボアの肉がうま過ぎて、お客の大半がキングワイルドボアのステーキを注文して、一週間もつ想定がものの三日で売り切れてしまったことがあった。
キングワイルドボアのステーキは、日本の和牛を超える旨さだったといえた。
あれほどの肉はもう手に入らないのかもしれない。
魔獣の森にはいるのだろうか?
もう一度食べてみたいと思わせるほど旨かった。

「あれはもう一度食いたいな」

「ですね、驚くほどに美味かった」
マークは遠い眼をしていた。
気持ちは痛いほどに分かる。俺ももう一度食いたい。
ギル達も楽しそうにしている。
バーベキューはどの世界でも共通に楽しいもののようだ。

「お、もうビールが無くなってしまった。島野さんももう一杯要ります?」

「ああ、頼む」
マークにジョッキを渡すと、マークはお代わりを取りにいってくれた。

「パパ、ご飯炊けたけど、どうするの?」

「じゃあ、焼きおにぎりで頼む」

「分かった、テリー達は?」

「じゃあ俺も」

「僕も」

「同じく」
と皆焼きおにぎりとなった。

「醤油が無いから取ってくるよ、ルーベンはお米を冷ましといて」

「兄貴、どうやって冷ますんだ?」

「団扇があったはず・・・あった」
ギルがルーベンに団扇を渡していた。
それにしても、こいつらも気が付いたらこのサウナ島の主要メンバーといってもいいぐらいの仕事をしている。
もはや少年ではない顔つきだ。
今でも孤児院には顔を出し、寄付まで行っているという話だった。
俺は素直に関心した。
若者の成長は早い、こう思う時点で俺は精神年齢が老けているのかもしれない。
でも、こいつらの成長を見守るのも嬉しく思ってしまう。
俺は見守る楽しさにも目覚めつつあった。



最近は社長業が板に付いてきたのか、見守るということの楽しさを感じ始めていた。
最初は俺にとっては見守るということは苦痛でしかなかった。
どうしても自分でやってしまいたい衝動に駆られる。
でも、それを乗り越えると今度は違う感覚が頭を過る。
駄目になっても、間違ってもいいから、経緯と結果を見てみたいと思えるようになってくる。
不思議なものだ、どうしてそんな余裕が生まれてくるのか・・・
どこかで俺はリカバリーが出来るという想いがあるのかもしれない・・・
いや、そうではないな・・・
仮に失敗してもそれはそれで笑えるんじゃないか、と思っている俺がいるからだろう。
たぶんそうに違いない。
他者の間違いを笑って許せる、そんな気がするのだ。

いつから俺はそんな様に思える様になったのだろう・・・
分からないが、これまでの経験や出来事が、そんな俺に変えてしまったのかもしれない。
それはそれでいいことかは分からないが、俺はそれでいいと受け止めてしまっている。
なんだろう、俺は見守る怖さを手放せたということなんだろうか?
特に最近は「任せる」が口癖になっているように思う。
それも勝手に口から漏れ出る様に、そう言ってしまっているように思う。
なにか一つ乗り越えたような、そんな気もする。
不思議な感覚だ。



おいおい、何がどうしてこうなったんだ?
あれよあれよと人が集まってきて、結構な大所帯となっていた。
それにバーベキューが、既に三回戦が始まっている。

気が付けば、俺達の周りには屋外の宴会が始まっていた。
歌を歌うオリビアさん。
狂ったように踊りまくるマリアさん。
トウモロコシ酒を浴びる様に飲むゴンガス様。
女の子相手に鼻の下を伸ばすランドールさん。
ハチミツ酒を飲んで、いつも以上に間延びして話すレイモンド様。
ガハハハと笑い続けるドラン様。
酒を煽りまくるゴンズ様。
阿鼻叫喚とはこのことかもしれない、大騒動になっていた。

俺達の始めてのキャンプは何処へ・・・
もっとしっとりとこう・・・
神様ズの遠慮のなさに、キャンプはフェスへと変わっていた。
なんだかなー、まあこういうのもキャンプの醍醐味かな。
毎日これだと疲れてしまうが。

「どうなってやがる、島野」
五郎さんが日本酒片手にやってきた。

「いやー、どうなってるんでしょうね。気が付いたらこんなことになってまして」

「こいつらまったく遠慮がねえな」

「ですね、まあ賑やかなのも悪くないんですけどね」

「それで、このテントは何だってんだい?」

「本当はキャンプをするつもりだったんですけど、それもしっとりと」

「興味深々のこいつらに捕まっちまったってことか?」

「そういうことです」

「まあ、こいつらの気持ちも分からなくはねえな」

「・・・」

「お前えはこの世界の有り様を変えちまった、それもいい方向にだ。さて次は何をしでかしてくれるんだと、興味がつきねえ。島野が何を考えて、何をやるのか、儂ら神は見たくて溜まんねえのさ」
なんともコメントに困る五郎さんからの発言だった。

「その通りよ、もう目立ちたくないなんて言ってられないわよ、今や注目度ナンバーワンなんだから、島野君は」
いつのまにか、エンゾさんまで加わっていた。

「そうなんですか?」

「何がそうなんですか?だ、お前自覚ないだろ?」
今度はゴンズ様まで会話に交じりだした。

「自覚と言われましても・・・」

「俺にとってもそうだ、お前から目を反らすなんてことは出来ない。次に何をやるのか知りたくて溜まんねえ」

「・・・」

「それで、次は何をするつもりなのかしら?」

「見て頂いた通り、キャンプ場を造ろうかと思ってます」

「そういうことね」

「はい、まずはギルとか若者達の反応を見ようとキャンプを始めたら、この有様です」

「ハハハ!皆、外っといてはくれなかった訳だな」

「はい・・・」

「でもこれで分かったんじゃねえか?大成功するってよ」

「そうなんでしょうか?」

「間違えねえな、見て見ろよ、皆楽しそうにしてるじゃねえか」
五郎さんの言う通り、皆笑顔に溢れている。
会話に花が咲き、楽しそうにしている。
この笑顔が大成功ということなんだろう。
五郎さんらしいや。
でもあながち間違っちゃいないな、利益も大事だが、それよりも優先すべきことがあるということなんだろう。
こういった考え方には同意できる。
その後、自然と解散し始め宴会は終了した。

今はまったりと火を囲んでいる。
メンバーは俺とギルとテリー、そしてマークだ。
ルーベンとフィリップは風呂に入りにいったようだ。
焚火を囲み、特に何をする訳でもなく、火を眺めている。
不思議と火を眺めているだけで、楽しい気分になれる。
何かしらの浄化作用でもあるのか、心が落ち着く。

「パパ、火を見てるだけなのに、なんとも癒されるね」

「ああ、そうだな」

「火がいろいろな形に変わって面白いよ」

「だな」

「これも一つの催眠効果だろうな、力を抜いて一点を眺める、すると体はリラックスするが、集中力は高まってくる」

「なるほど、催眠効果か・・・島野さんの得意とするところですね」
マークが応えた。

「そうだな、それにしても皆な集まってきちゃたな」

「知り合いの神様ほぼ全員でしたよ。相当気になるんでしょうね?」

「何がだ?」

「島野さんが何をするのかですよ」

「ああ、五郎さんも同じことを言ってたよ」

「思うところは皆な同じなんですね」

「パパは人気者ってことだよ」

「人気者?」

「人が集まってくるからさ、僕は嬉しいよ」

「そうか」

「俺も嬉しいです」
テリーがギルに賛同する。

「そうか、テリーも嬉しいか」

「はい、島野さんに俺はこの先も付いていきます」

「テリーも変わったな」
テリーはマークに褒められていた。

「変わったというより、成長しただろ?」

「そうか、成長か」
テリーは照れていた。

「テリーもフィリップもルーベンも、サウナ島に来た頃とは比べ物にならないぐらい成長したと思うぞ、この先もサウナ島を頼んだぞ」

「はい!」
元気いっぱいの返事が返ってきた。

「それにしてもキャンプ場か・・・また流行りそうですね」

「だな、まあ利益ド外視しても、皆が笑顔になるならやらないとな」

「ええ、それで具体的にはどうするんですか?」

「そうだな、テントを張るパターンとロッジで寝るパターンとどっちも用意した方が面白そうだな」

「欲張りますねー」

「せっかくだからいろいろやってみたいじゃないか?」

「そうですね」

「それに雨が降ることも考えて、バーべキュー場には屋根が必要だろうしな。今は俺も時間があるからのんびりと造っていこうかな?」

「俺も手伝いますよ」

「俺も」

「僕も」

「ハハ、結局俺の出番は無いかもな、じゃあ今回のプランはギルとテリーに任せる」

「えっ!いいの?」

「ほんとですか?」

「ああ、修正はしてやるから、お前達で考えてみろ。コンセプトは一つ、笑顔の集まるキャンプ場にする、どうだ?」

「うん、やってみるよ。なあテリー!」

「うん、頑張ります!」

「マークもサポートしてやってくれよ」

「もちろんです」
皆なで笑い合った。
あとは気ままにやっていこう。
現場は若い者に任せよう。
さて、俺は寝袋で寝るかな・・・いい夢が見れそうだ。

「じゃあ、お休み」

「「お休みなさい」」
寝袋は思いの外寝やすかった。
翌朝はとても目覚めが良かった。