メルラドに到着した。
メルラドは雪に覆われており、今も雪が降っている。
俺は天候操作を行い、雪雲を追い払った。
すると太陽が顔を出し、メルラドは光に包まれた。
メルラドの街は白く光っていた。

俺とリチャードさんはギルの背中に乗り、皆より先行して街の中心地を目指した。
リチャードさんは高いことろが苦手なのか、ずっと俺にしがみ付いていた。
おじさんにしがみ付かれても嬉しくはないのだが・・・
街の中心地に降り立つと、騒ぎになった。

「ドラゴンがなんで?」

「神獣さま・・・」

「神獣様、メルラドをお助けください!」
とギルに人が集まってきた。

ギルは唖然としてしまい。身動きが取れなくなっていた。

「ギル!おい、ギル!」
駄目だ、心ここにあらずだ。
しょうがない。

俺はギルの耳元に大声で
「ギル!」
と叫んだ。
我に返ったギルは俺の方を見た。

「ごめん、パパ・・・」

「大丈夫か?」

「ちょっと面食らった・・・」

「おい、せっかくだギル、お前から皆にここで炊き出しを行うと喧伝してくれ」

「えっ!僕が?」

「ああ、せっかく注目を浴びてるんだ、いい喧伝になるぞ、聞いていない他の皆にも伝える様に言うんだ。後、器とスプーンを忘れないことも言うんだぞ!」

「・・・分かった」
腹を決めたのか、ギルはホバリングして、話し出した。

「皆!聞いてくれ!僕はギル!ドラゴンのギルだ!今からここで炊き出しを行うよ!皆は器とスプーンを用意して並んで欲しい。後、聞こえてない人達にも、伝えて欲しい!いいかな?!」

「炊き出し!」

「飯が食えるのか?」

「ああ、救われた・・・」
よし、この調子だ。
もっと広めてくれ!

俺は『収納』から転移扉を取り出して、島に転移した。
すると転移扉の前で全員がスタンバイしていた。

「準備は良いか行くぞ!」

「「おお!」」
全員で転移扉を潜った。

幸いにも、街の広場は騒ぎとなっており、転移扉から俺達が出入りする様子を見ている者は、いないようだった。

「マーク、ランド屋台を頼む!」
俺は指示を飛ばした。

「「了解!」」

「メルル、炊き出し班を仕切ってくれ!」

「はい!」
俺は『収納』から寸胴鍋を取り出していく。
まずは屋台が一台完成した。
早速準備に取り掛かりつつ、周りの状況を確認する。
既に数名が、器とスプーンを手に、遠巻きに俺達を見ていた。
屋台の内部に寸胴鍋を置き、蓋を開け、お玉を用意する。

準備完了!
炊き出し開始だ!
よし!スタートだ!

「炊き出しを開始します!皆さん並んでください!全員に食べていただける量を確保していますので、慌てずに列を作って並んでください!さあどうぞ!」
というと一斉に人々が集まりだした。

「テリー!フィリップ!列を作らせろ!後ろから押させるな!」

「「はい!」」
テリーとフィリップが俺の指示に屋台から飛び出した。

「皆さん!押さないでください!ちゃんと行き渡る量はありますので、安心してください!」
とテリーとフィリップが、列の様子を見ながら声を掛けている。

最初に並んでいたのは、小さな子供を抱いた女性だった。
痩せていて、頬がこけている。子供を大事に抱え、目には涙を浮かべていた。
俺は受け取った器から、零れそうなほどのトマトスープを注ぎ、大事に屋台の天板に置いた。

「熱いので、ゆっくり飲んでくださいね。お体をお大切にね」

「はい・・・ありがとうございます」
と頭を下げると、大事そうに器を受け取っていた。
ここから数名にトマトスープを渡した後、俺はノンに任せて、他の様子を見に行った。

ちょうど二台目の屋台が完成していた。
この屋台はリンちゃんに任せた。
リンちゃんは、さっそくルーベンに指示を出していた。

三台目の屋台の設置を手伝うことにした。
作業中に船員達と、レケ、エル、ロンメルが到着した。

「ボス、すまねえ遅くなった」

「いや、いい手伝ってくれ」

「「了解!」」

「船員の皆、警護を頼む!」

「「了解!」」
ここからは各自が打ち合わせ道りの動きを行い始めていた。
更に炊き出しを拡大して行く。



炊き出し開始から三時間、広場は人で埋め尽くされていた。
ギルとギルの背中に乗ったゴンは拡声魔法を受けており、ゴンのアナウンスが、街の至ることろにまで行き届いていた。
一先ず喧伝は、概ね完了といったところか。
前持って準備していた寸胴百個も、既に半分以上が尽きかけてきている為、新たにトマトスープの作成に追われている。

俺は『念話』でギルに戻ってくる様に伝え。ギルは料理班に加わる様に指示した。ゴンには屋台の手伝いをさせた。
テリーやフィリップ達は警護から戻ってきており、屋台に加わっている。
炊き出し班は、メルル、メタン、ノン、レケ、ルーベンを主軸に、ゴンとテリー、フィリプがサポートに入っている。

リンちゃんとアイリスさんは、新たなトマトスープ作成に追われている。
俺は料理班から離れ、一度全体を把握する為に見回ることにした。
まずはメルルのところに行き、ゴンと変わる様に伝えた。

メルルには街を見て周り、衰弱が激しい者には『体力回復薬』を配る様に指示をした。
これにも人が殺到することが予見された為、それの防止に、リチャードさんの同行と屋台の設置が終わった、マークとランドを同行させた。
リチャードさんはこの国の要人の為、顔が知られていると考えてのことだ、外務大臣の前で荒事を行おうという者は、まず現れないだろう。



ここでちょっとした騒ぎが起こった。

「お前、さっきも並んでただろうが!」

「なんだよ!もう一度並ぶなって言われてないだろうが!」

「まだ、口にしてない者が大勢いるんだぞ、後ろに回れ!」

「なんでお前が仕切るんだよ!」
騒ぎに警護に周っている船員が駆けつける。

「お前達、何を揉めてるんだ!」

「ちょっと聞いてくれよ!こいつまだ炊き出しを貰えて無い奴がいるってのに、また並んでるんだ」

「何が悪いんだよ!」

「分かったから、離れろ!」

「ちっ!」

「言いたいことは分かった、いいか誰もが腹を空かせているんだ、まずはまだ口に出来ていない者達を優先してやってくれ、気持ちは分かるが、今は言い争っている時ではないだろうが!」
警護の船員が宥めているが、上手く収まっていない様子。
そこに一人の女性が姿を現した。

「あら、何事ですか?」
その女性を見て、三人は身を固めた。

「その・・・なんでもないです・・・」
二杯目を求めていた男性があっさり列を離れた。

「オリビア様、助かりました」
と船員が口にした。
その女性は青い髪色をした女性だった。

「私は何もしてはおりませんわ」
オリビアは笑顔で返答した。

「いえ、我々メルラドの国民は、オリビア様の前では粗相など行えません」

「まあそうですか、争いごとはよくありませんことよ」
と優雅に体を回転させながらオリビア様は言った。

「オリビア様だ!」

「おお、オリビア様だ!」

「オリビア様ー!」
と歓喜の声が上がる。
オリビアは歓声に答えることも無く、それが当たり前のことであるかの様に振舞っている。

「皆さん、これは何事ですか?」
広場に人が集まっていることをオリビアは尋ねた。
船員がそれに答える。

「炊き出しを行っております」

「炊き出しですか?」

「はい、サウナ島の島野様が指揮を執っておられます」

「島野様?」

「御存じありませんか?」

「ええ・・・ありがとう、教えてくれて・・・」
オリビアは会釈した。

「いえ、そんな」
と謙遜する船員。
オリビアは屋台を眺めると、優雅に屋台に向けて歩を進めた。



俺の前にこの場にはそぐわ無い、と思われる女性が立っていた。
その女性はエルフなのだろう、耳が尖っている。
何よりもその立ち姿が優雅で、着ている服も白いロングドレスだった。
美しい顔立ちであるのだが、柔らかい印象を受ける口元、親しみを感じる視線に心が高鳴った。
特徴的な青い髪色が存在感を増している。
何だこの女性は・・・

「あなたが島野様ですか?」
声のトーンも心地いいい、声が耳ではなくストンとお腹に入ってくるようだ。

「ええ、俺が島野ですが、あなたは?」

その女性は口元に笑顔を携えて言った。
「私は『音楽の神オリビア』でございます」
と優雅に一礼した。
ああ、この人が音楽の神様か。とても綺麗な人だな。

「俺は島野守と申します、よろしくお願いします」
俺も一礼した。

「まあ、守様とおっしゃいますのね」

「出来れば様は止めてください、照れますので」

「そうですか、では守さんと呼ばせていただきますわね」

「ええ、どうぞ。俺は何とお呼びしたらよろしいでしょうか?」

「オリビアとお呼びください」

「いえいえいえ、神様に対して呼び捨ては流石に・・・オリビアさんで勘弁してください」

「まあ、よろしくて」
はあ、緊張するな。

「守さん、私もお手伝いさせていただけませんか?」

「えっ!本当ですか?」

「はい、この炊き出しのことは先ほど知りました。お恥ずかしい限りです」
これは困ったな、ここで大物登場とは、どうしたもんか・・・
屋台に立って貰うのもありだが、間違いなく偏りができるよな。
この国では知らない人がいない存在となると・・・
どうしようか・・・

「では、オリビアさんには見回りをお願いしてもいいでしょうか?」

「見回りですか?」

「はい、この通りたくさんの人が集まっておりますので、どこで争いごとが起きるか分かりません。オリビアさんならこの場を静めれると思いますので」

「まあ、素晴らしい先見眼ですわね」
と何故か優雅に体を回転させながら言っていた。
ミュージカルなのか?
癖なのか?
少々鼻に突く・・・

「お願いできますか?」

「ええ、喜んで」
とまた回転しながら言っていた。
何とも言えないな・・・綺麗な人だが、癖が・・・
オリビアさんは列に並ぶ民衆を見てもう一度回転した。



炊き出し開始から十時間が経った。
いまやっと最後の一杯を渡し終えた。
ふう、流石に疲れた。

「皆なお疲れさん!集合してくれ!」
俺の号令にサウナ島のメンバーとリチャードさん、船員達も駆け寄ってきた。
全員を見回す。
皆な疲れてはいるが、目はまだまだいけるぞと力が漲っている。

「皆、お疲れさん!本当に助かった」
自然と拍手が起こった。

「リチャードさん、何か一言お願いします」
リチャードさんが前に出てくる。

「皆さん、本当にありがとうございました!」
と言って深くお辞儀をした。
その目には涙も浮かんでいる。

「今日の炊き出しによって、一体何人の者が救われたことでしょう。涙を浮かべる者、感謝を述べる者、これも全て皆さんへの賛辞です。本当にありがとうございます、明日からまたこれが続きますが、どうぞよろしくお願いいたします」
リチャードさんは改めて深くお辞儀をした。
皆な拍手で迎えている。

「では、ひとまず飯にしよう」

「おお!待ってました」

「よっしゃー!」

「腹減った!」
と船員達が騒ぎだした。

「ハハハ!そんなに腹減ってるのか?」

「早く出してくれよ」

「島野さんの飯は最高だからな」
それでは、飯にしましょうかね。
『収納』から寸胴を取り出した。

「あれ?まだ寸胴鍋あったんですか?」
メルルが不思議そうに言った。

「ああ、この為に取っておいたんだ」

「へえ、中身はなんですか?」

「豚汁だよ」

「へえー」
俺は皆に豚汁を取り分けた。

「「「いただきます!」」」
これがこの日最後の炊き出しとなった。
そういえば、オリビアさんは何処へ?



二日目の朝を迎えた。
俺は転移扉を使って、船員達を迎えにいった。その数十五人。
ありがたいことに、畑の収穫の手伝いを申し出てくれたのだった。
本当の狙いは飯なのは知ってはいたが、そこはあえて気にしない。
飯で労働力が得られるのなら、そんなに嬉しいことは無い。

一先ずは天候の確認をする。
雪雲は無い。
天候操作を使い、温度を二度上げた。
これぐらいならいいだろう。
多分・・・

この日の朝食は大勢になる為、ビュッフェ形式にした。
船員達の興奮は朝からマックス状態だった。

「これウメー!」

「最高!」

「こんな物食べたことが無いぞ!」
と賛辞のオンパレードだった。
朝食を終え、収穫作業に入る。
船員達はアイリスさんの指示に従い、てきぱきと作業をこなしている。

俺と、メルル、ギルとエルは朝から寸胴鍋と格闘中。
大分作業には慣れて来たが、やはり量が多いので時間が掛かる。

俺は途中で一人抜けて、五郎さんの所に納品に向かった。
こんな時でもちゃんと商売は継続するのが俺のスタンス、こちらの勝手な都合でこれまでの信用を台無しにはできない。
五郎さんの執務室に通じる転移扉を開くと、五郎さんと大将がいた。

「あれ?今日は大将も一緒ですか?」

「島野さん、お元気そうですね」

「ええ、ちょっと疲れてはいますが元気は元気ですよ」

「へえ、島野さんが疲れるようなことがあるんですか?」

「まあ、ちょっと取り込んでまして」

「ほう、島野、お前えいったい何があった?」
五郎さんと大将にメルラドの一件を話した。

「なんでえそれは?島野お前え水臭えじゃねえか、家から何人か連れていけや!」

「本当ですか?五郎さんも忙しいじゃないですか?」

「お前えなあ、忙しいことは忙しいが、人助けの方が重要だろうが」

「まあ、そう言って貰えるならありがたいですが」

「おいダン!お前えと、後四人ほど行ってこいや」

「分かりました、師匠」
とここで心強い援軍が現れた。
三十分ほど待ち、大将含めて五人が集合した。

「では、よろしくお願い致します」
と頭を下げ、転移扉を開いた。



大将が口を開いた。

「聞いてはいましたが、本当にサウナ島と繋がってるんですね」
他の四人も呆気に取られていた。

「ではさっそくなんですが、炊き出し用にトマトスープを作ってますので、手伝いをお願いします」

「「はいよ!」」
心強い援軍のお陰で、急ピッチでトマトスープが作られていく。
本日のトマトスープには、ジャイアントボアの肉も追加で加えてある。
昨日は初日だったため、消化のいい物として肉は入れてなかったが、今日からは徐々に慣らしていこうという考えだ。

俺はマークとランドに、屋台を二台追加で造る様に指示した。
その後、皆の昼飯を作ることにした。
性が付くようにと、カツ丼を作ることにした。
トンカツはあえて分厚目にした。
人数分作り終えたところで、ちょうど昼飯の時間となった。
全員昼飯にと集まって来る。
カツ丼を振るまっていく。
これまた好評だった。

「上手い!」

「なにこれ!」

「死ぬほど上手い!」
と皆な、丼を掻き込んでいる。
お替りが要りそうなので、どんどんと作っていく。

「島野さん、このカツ丼はどんな味付けですか?」

「ああ、気になりますか?」

「ええ、もちろん」

「それは、俺特製の麺つゆを使ってます」

「麺つゆですか?」

「鰹節から出汁をとって、そこに料理酒と醤油を混ぜた物です」

「鰹節ですか?」

「はい、先日カツオが何本も上がりましたので作りました」

「あの師匠が欲しがっていた、伝説の鰹節ですか?」

「伝説のって・・・まあそうです、何本か持って帰りますか?」

「いいのですか?!」

「どうぞ、遠慮なく」
こりゃまた、五郎さんから小言を言われそうだな。
鰹節は確かに言ってなかったな・・・

「ありがとうございます。しかし、このサウナ島に来ると料理のヒントが満載ですよ、いやー、本当に来てよかった!」

「その調子で昼からもお願いしますよ」
大将は相変わらず、料理に対しての探究心が凄いな。
結局カツ丼は六十人前作ることになってしまった。



転移扉を使ってメルラドに向かった。
リチャードさんの計らいで、転移扉は城門の内側の目立たないところに設置してあった。
転移扉を潜るとリチャードさんが待っていた。

「島野様、本日もよろしくお願い致します」
リチャードさんは深々とお辞儀をした。

「今日は強力な援軍がいますので、期待してください」

「おお!援軍ですか?」

「ええ、大将紹介します。メルラドの外務大臣のリチャードさんです」
大将がリチャードさんに右手を差し出した。

「どうも、温泉街ゴロウの料理長をやっております、ダンです」

「おお!あの温泉街ゴロウの!」
とリチャードさんは握手を返していた。
直ぐに屋台へと向かい、炊き出しの準備を始めた。

今日もギルに乗った拡声魔法を掛けられたゴンが、上空からアナウンスを始める。
すると、あっという間に人だかりが出来上がった。
準備が整った屋台から炊き出しを始める。

俺は『収納』から寸胴鍋を屋台に配布していく。
今回は助っ人には、トマトスープの作成を行って貰いつつ、島のメンバーでトマトスープの配給を行っていく。
助っ人勢は始めは勝手が分からず戸惑っていたが、慣れてくると流石の手際で、どんどんとトマトスープを作っていった。
船員達も昨日経験してるからか、警備に余念がなく、列の整理もしっかりと行われていた。

よし、順調順調。
でも気になったことがあったので、リチャードさんに話し掛けにいった。

「リチャードさん、そういえば狩りの方はどうなってますか?」
リチャードさんの表情が暗くなった。
嫌な予感がする・・・

「それが・・・魔王様と連絡が途絶えてまして・・・昨日も隙を見ては、王城に伺い魔王様の状況を聞いて周ったのですが、どうやら、島の南にある森まで狩りを進めていたらしく、そこから先の状況がつかめないのです」

「南にある森ですか?」

「ええ、本来そこまで狩りを進める必要は無いのですが、魔王様は少しでも狩りを行って食料になればと、考えたのでしょう」

「そうですか、捜索に出た方がよさそうですか?」

「行って貰えるのですか?」

「ええそうですね、今日は援軍がいますので可能かと」

「ああ、本当に助かります、お願いできますでしょうか?」

「分かりました行ってみましょう、ただ先に屋台の状況を見てからでもいいですか?」

「はい、お願いします」
屋台の状況は順調その物だった。
一度島に帰り、屋台の増台状況をみて見ることにした。

「島野さん、一台完成です」

「よし、ひとまずそれを持ってメルラドに応援に行こう」
屋台の材料を『収納』に収めて、マークとランドを伴って、メルラドに転移した。

「マーク、ランド組み立てを頼む、その後の屋台の指示も任せる。あとマーク、余裕が出来たら全体を見て周ってくれ、俺は野暮用を済ませてくる」

「野暮用ですか?」

「ああ、そうだ」

「分かりました、任せてください」
俺はアナウンスの終わったギルと、ノンとゴンをスイッチさせて、ギルとノンと魔王捜索に出かけることにした。

「ギル、ノン、今の状況を伝える。この国の魔王が南の森で狩りを行っているようだが、行方知れずらしい。その捜索に今から出かけるが、場合によっては魔獣との戦闘になるかもしれない」

「そんなの楽勝」
と相変わらずマイペースのノン。

「魔王を探せばいいんだよね?」

「ああそうだ、とりあえず行こうか」
とギルの背中に俺とノンは乗って、南に向かった。

「ノン、流石に上からじゃあ匂いは厳しいか?」

「そうだね、上空じゃあ匂いは拾えないね」

「そうか、分かった」
俺は『探索』を行いマッピングを行った。
すると反応があった。
魔獣らしき、光点が一つとハンターらしき光点が七つ。

「ギル、そのまま進んでくれ、反応があった」

「了解!」
光点に向かって進んで行く。
目視できるほどに近づいてきた。
既にノンは獣型に変わっている。

ん?んん?
なんでオリビアさんがいるの?
鎧に身を包んだ一団に守られる様に、オリビアさんがいた。

魔獣はジャイアントベアーだ。大物だ。
魔獣化しているからSランククラスだろう。
全身銀色の鎧に身を包んだ剣士が、ジャイアントベアーと対峙していた。

「ギル、あそこだ!」

「了解!」
ギルは急降下を開始した。不意にノンがギルの背から離れる。

「おい!ノン!」

「主、任せて!」
というとノンはそのまま急降下を始めた。
やれやれ。
ノンは獣型のままジャイアントベアーに向かい、左腕を折り曲げて、ジャイアントベアーの首にフライングエルボーをかました。
そのまま何も理解すること無く、ジャイアントベアーは絶命していた。
俺もノンに続いて地面に降りた。

「あーあ、ノン、もうちょっとなんかあってもいいんじゃないか?」

「えー、早く終わらせたほうがいいかと思って?」

「それじゃあ、面白くないだろ?」

「あ、そっか」

「だろ?」
等と話していたら。

「お、お前達は何者だ!」
と声を掛けられた。
鎧を着た剣士が全員抜刀し、こちらに剣を構えている。
あれ?

一先ず俺は両手を上げ、降参の意思表示をした。
すると、声を掛けられた。

「守さん?」
オリビアさんだった。

「オリビアさん。なんでここにいるんですか?」
オリビアさんが駆け寄ってくる。
勢いのままに抱きつかれた。

「ちょ、ちょっとオリビアさん?どうしたんですか?」

「怖かったのです」
強い力で抱きしめられていた。
悪い気はしない、うん。
そのまま数秒がんじがらめにされていた。

「オリビアさん、そろそろいいでしょうか?・・・」

「あら、このままでも私はいいのですが・・・」
ぐいっと引き剥がす。

「いやいやいや、周りをよくみてくださいよ」
周りからジト目で見られていた。

「あら、まあ」
と少し照れたオリビアさんは、少しだけ距離を取ってくれた。
なんとも天真爛漫な女神様だな。

「ええと・・・」
改めて周りを見回してみた。
五人の護衛兵に、ひと際目立つ銀色の鎧を着た剣士、おそらくこの人が行方不明の魔王なのだろう。

「あなたが、魔王ですか?」
その言葉を得て、前に踏み出した剣士が言った。

「いかにも、余は魔王国国王メリッサである」

「はあ・・・」
顔まで鎧で隠れているせいか、威光も何も感じなかった。
そうでなくともオリビアさんの対応が酷い。

「メリッサちゃん、助けてもらったんだから、まずはありがとうございますでしょ?仮面を取りなさい!」
と頭を撫でていた。

「うん」
と言ってメリッサは仮面を取った。

おいおいおい!仮面の下には少女の顔があった。
その少女は魔人特有の角を、二本こめかみから生やしており、まだあどけない表情で俺を見ていた。
これが魔王?はあ?
女子高校生と言われても違和感はないぞ。

「ありがとーございましたー」
お遊戯会の発表後の挨拶ごとく、お礼を言われた。

「あの・・・オリビアさん?・・・彼女が魔王ですか?」

「ええ、そうですわ。魔王メリッサですわよ」
当然といわんばかりの回答だった。
リチャードさん・・・教えておいてくれよ・・・

「それで、なんでオリビアさんがここに?」

「ここで炊き出しが貰えますよと、皆さんに言って周っていたら、いつのまにか森にいまして、気が付いたらメリッサちゃんと合流してましたのよ」
喜々として話していた。
はあ?もしかして極度の方向音痴?なんだそれ?
勘弁してくれよ、まったく。

「ノン、ギル、俺は今すぐ帰りたい・・・」

「だね」

「僕もそう思う」
同意のようだが、そうともいかない。

「あの、もう狩りは終わりでいいんですよね」
護衛の一人が全速力で俺の前にきた。

「はい、終わりにしてください」
というと、他の四人もそれに続いた。

「はい、分かりました。じゃあ広場に帰りますよ」
ジャイアントベアーを回収し、転移した。

ヒュン!

広場に帰ってきた。
いきなり広場への転移に、一同が驚いている。
ジャイアントベアーを警護兵に渡した。

はあ、なんか疲れた。
一先ずリチャードさんに、事のあらましを伝えておくことにした。
リチャードさんには、無茶苦茶頭を下げられた。
気を取り直してから、屋台に集中することにした。



二日目を終え、島に帰ってきた。
ちゃっかりと船員達も着いてきている。
魔王とオリビアさんのインパクトのダメージを引きずってはいるが、まずは皆の腹を満たさなければいけないが、そんな余裕は無かったので、ひとまず皆には風呂に入ることを勧めた。
メルルとギル、エル以外の皆は風呂に入りにいった。

「はあ、疲れた、今日の晩御飯は何にする?」

「もうなんか手抜きでいいかも・・・」
ギルもダメージを引きずっているようだ。

「そうともいかないでしょう、皆頑張ってくれてるんですから」
メルルの優等生発言だ。

「でも、なんだかやる気が乗らないな・・・」

「じゃあ、お茶漬けとかどうですの?」
エルの助け船だ。

「いいね!それにしよう、梅や、海苔、カツオも残ってるし、具になりそうな物をふんだんに出して、ビュッフェ形式でお茶漬けにしよう」

「うん、それがいいね」
ギルは賛同してくれたが、メルルは不満そうだった。

「まあ、いいですけど、今回だけですからね・・・」
ああ、この子の教育方法を俺は間違ったんだろうか・・・
な訳ありません、この子が正解です・・・はあ、本当に疲れた・・・
なんとかお茶漬けでやり過ごした。
ただ、船員達と大将達はお茶漬けに大興奮していた。



三日目
船員達を迎えに行った。
今日もやる気満々のようだ。

今日も朝食はビュッフェ形式だ。
大人数にはこれが一番いいだろう。
本日のメルラドも雪雲は無かった。
天候操作で、また二度ほど温度を上げておいた。



トマトスープの具材にシーフードを入れようと、朝食を終え、レケと漁師の街ゴルゴラドに来ている。
ゴルゴラドは朝から市がある為、人で賑わっていた。

「レケ、新鮮なイカと小エビを中心に買い付ける予定だが、どの屋台がいいかな?」

「イカと小エビね、ゴンズの親方に聞いた方がいいんじゃねえか?俺はあんまり詳しくはないぞ、ボス」

「そうか、でもこんな朝からゴンズ様は起きてるか?」

「どうだろう、早朝から漁に出てる時は起きてるぞ」

「じゃあ、ひとまず覗いてみるか」

「おう」
俺達はゴンズ様がいる、いつもの酒場に向かった。

「お!レケ、島野じゃねえか!こんな朝からどうした?」
ゴンズ様がいた、既に一杯始めている様子。

「おはようございます」

「親方、おはよう!」

「ああ、おはようさん!」

「ちょっと買い付け来ました」

「何を買うんだ?」

「イカと小エビを大量に買おうかと」

「大量に?」

「はい、ちょっと訳ありで」

「訳ってなんだよ?」
メルラドの件を話した。

「そうか、そんなことになってたのか・・・」

「そういうことで、大量にシーフードを買っていこうかと、それでどの屋台が良いか教えて貰えませんか?」

「ああ、そんなことぐらい、どれだけでも教えてやる、ちょっとついてこい」
ゴンズ様が屋台に案内してくれることになった。
屋台に向かうまでの間、レケがゴンズ様にあんなことがあった、こんなことがあったと近況報告をしている。

「でな、あっ!そうだ、親方すげえんだぜ。ボスが作った転移扉は、一瞬でメルラドに着いちまうんだ」
あー、言っちゃった・・・しまった口止めして無かった。
絶対なんか言われるぞ。

「はあ、なんだそれ?転移の能力を付与してある扉ってことか?島野お前やり過ぎじゃないのか?」

「ええ、実験的に作ってみたんですが、そこにメルラドの件が重なって、やむなく使用を開始しました」
ゴンズ様が何かを考えている様子。
嫌な予感しかしない。

「島野、ここにもその転移扉を置いてくれ」
そらきたよ。
あーあ。

「要りますか?」

「ああ、いや実はな、先日シーサーペントの目撃情報があってな、明日の早朝に漁に出るつもりなんだ、これはたらればだが、狩れたらメルラドに寄付したい」
おお!
これはありがたい。

「それは助かります、いっそのことゴンズキッチンをやってくださいよ?」

「それはいいな!盛り上がるぞ!」

「ああ、間違いねえぞ!」
レケも賛同した。

「ところでシーサーペントって、何ですか?」
ゴンズ様とレケはずっこけていた。

「なんだ島野、知らないのか、シーサーペントってのは、分かりやすく言えば、デッカい海蛇だ。大きい物だと体長二十メートルは有るぞ」

「二十メートル!」

「ああ、これがまた美味いんだよな、俺の好物だ」

「へえ、デカい海蛇ですか、いいですね、そろそろ肉質の物も必要だと考えてましたので、助かります」

「肉質の物もって、どういうことだ?」

「消化のいい物から提供していかないと、と考えてメニューを作ってましたので」

「はあ?お前そんなことまで考えているのか?関心するぞ、まったく!」

「いや、せっかく支援するならちゃんとやりたいですからね」

「そうか気持ちは分かるぞ。ただ、たらればだからあんまり期待するんじゃねえぞ。漁は博打だからな」

「ええ分かってます、明日の朝一番に顔を出しますよ」

「ああ、そうしてくれ」
その後、ゴンズ様に目利きを行って貰い、大量のイカと小エビを買い漁った。

「では、また明日」

「おう、任せとけ!」
俺とレケは、サウナ島に帰った。



「大将、イカと小エビを買い漁ってきました、トマトスープに入れてください」

「了解、これは新鮮でいいですね」

「今朝揚がったばかりです」

「なるほど、これはいい、小エビは剥かずにそのままの方がよさそうだ」

「そうですね、このサイズなら殻も食べられるでしょう。カルシウムいっぱいですね」

「カルシウムですか?」

「ああ、気にしないでください」

「イカの骨はどうしますか?」

「肥料に使いますので、アイリスさんに渡してください」

「了解!よし、お前達!始めるぞ!」

「「おう!」」
ここは大将に任せて、俺は転移扉を作ることにした。

いっそのことと思い、五対作った。
この流れはどうせここにもくれってなるんでしょ?どうせね。

転移扉を潜って広場に行くと、既に大勢の人が待ち受けていた。
三日目ともなると作業は手早く行われ、各自が己の役割を手惑うことなくこなしていった。
中には手を貸したいと、申しでる国民も現れた。
全てが上手く運び、夕方には終了した。

「シーフードトマトスープ」は評判が良く、これまでは体力回復に努めていた人達も、味の良しあしに目が向くようになってきた。
街の復興も徐々に始まっている様に見受けられた。
まだまだ気は抜けないが、順調に事は運んでいる様に思われる。
気温を操作したせいか、気が付いたら街を覆っていた。雪が解けていた。



四日目
この日も船員達を迎えに来た時にまだ肌寒さを感じた為、気温をまたニ度上げておいた。
そして、待望のイベントが始まろうとしていた。

これまでの三日とは雰囲気が違うことを察した、民衆がざわついていた。
そして、そんなことはお構いなしにとイベントが始まった。

「おまえら!ゴンズキッチンだ!!」
民衆が集まりだした。

「何だ?」

「何が始まるんだ?」

「どういうこと?炊き出しじゃないの?」
ゴンズ様の部下達が、一斉に動き出す。
各々が自分の仕事を把握しているあの動きだ。
流石の手際と言っていい。

大きな布が道に広げられた。そこに先ほど仕留めたシーサーペントが運ばれてきた。
そして、ゴンズ様が大剣を持って現れた。

「そりゃ!そりゃ!!」
と掛け声と共に、シーサーペントをスパスパと下ろしていく。
下ろした部位を、部下たちが更に細かく刻んでいく。
すると、大量の油の入った大鍋が準備され、細かく刻んだシーサーペントの身を鍋にぶち込んでいく。

「始まったな」
後ろから声がした。
振り返ると大将がいた。
まるでデジャブだ。
前にもあったよなこれ。

「今日は炊き出しは、必要ないかもしれませんね」

「かもしれないが、念のため作ってあるんだから、二台は稼働しよう」

「了解です、任せて下さい」
今日は早朝にゴンズ様の所に訪れ、シーサーペントが狩れたことを知ったので、ギルに『念話』でそのことを伝えた。ただ、魚が食べられない人が居るかもしれないので、屋台二台分のトマトスープを作るように指示はしていた。

そして手の空いた者は畑作業に、従事して貰った。
本日のトマトスープはウィンナー入りにしてある。
それにしても凄い盛り上がりだ。
流石はゴンズ様と言える。
豪快なパフォーマンスに民衆は沸き、渡された食事を堪能して大騒ぎ。
まるで街が揺れているようだ。

「あら?ゴンズじゃない?」
後ろ振り返ると、オリビアさんと魔王メリッサと親衛兵がいた。

「オリビアさんは、ゴンズ様とお知り合いですか?」

「ええ、存じてますわよ、ゴンズキッチンは久しぶりに見ますわね」
へえー、知り合いなのか、流浪の神様だから知り合いでも可笑しくはないか。

「守様、どうしてゴンズがここに?」

「それは、事情を説明したら、協力を申し出れてくれまして」

「まあ、守さんが連れてきてくださったんですね」
と言いながら、優雅に舞っていた。

「メリッサちゃん、食べに行くわよ」
と言って、オリビアさんは魔王メリッサの手を引いて、列に並びに行った。
親衛兵も慌てて後を付いていく。
ゴンズ様にシーサーペントの頭は捨てると聞いた俺は、頭の骨を遠慮なく頂くことにした。

そのやり取りを聞いていた大将が、料理人魂に火が付いたのか、頭はこれから料理させてくれと、鯛のあら汁ならぬ、シーサーペントのあら汁を作りだした。
頭を砕いてお湯に沈め、じっくりと出汁を取って行く、そこに料理酒と醤油で味付けをし、俺から提供された。三葉とほうれん草を入れていく。
シーサーペントのあら汁はとても上品な味わいで、体も温まり好評だった。
流石は大将だ。

その日の夜、当然のごとくサウナ島で宴会となった。
島の皆に加えて、大将達、船員達と、ゴンズ様御一行、そして、いつの間に付いてきたのか、オリビアさんまでいた。
先に風呂に入って貰い、こちらは宴会の準備。
今日は手抜きは許されない。
ゴンズ様には大いに食って飲んで貰おう。

ということで、本日のメニューはピザである。
それもピザ窯は三台もある。
こうなることを予想した俺は、予めピザ窯を二台追加で作成しておいた。
焼き手は、俺とギル、そして、メルルとエルが交互に行う。
ピザの種類は適当にリクエストを聞きながら作って行く。
サイドメニューとして、ポテトフライとから揚げもある。
大宴会が始まった。

音頭を取ったのはオリビアさんだった。
「皆さん、お疲れ様でした。まだまだ予断を許しませんが、これで、メルラドの飢饉も去っていくことでしょう、感謝申し上げますわ!」
拍手が起こった。
オリビアさんがグラスを掲げる。

「カンパーイ!」

「「「カンパーイ」」」
グラスが心地よく音を立てた。

宴会は大盛り上がりだった。
笑顔と笑い声が止まらない。
そこに輪を掛ける様に、オリビアさんが歌いだした。
それは心躍る、歌声だった。
その歌声は大きく、まるで島全体にまで届いているかの様だった。
思わず踊り出したくなるような軽快なリズムと、ワクワクするような思いに駆られた。

音楽の神の歌声は幸せの歌声だった。
興の乗った俺は、酒樽を叩いてリズムを取った。
それに合わせるかの様に、皆が足踏みでスタンプを始める。
更に踊り出す者も現れ、興奮が更にエスカレートした。
鳴りやまない歓声に、オリビアさんがクルリと周りながら、優雅なお辞儀をした。
最高に楽しい夜だった。