神様のサウナ ~神様修業がてらサウナ満喫生活始めました~

結局炭酸泉はサウナ島の住民にとっては人気の風呂になっていた。
三日に一度を待ち詫びる者達が多い。
特に女性陣達に人気だ。
彼女達は長風呂を楽しむ傾向にあるみたいだ。

特にアイリスさんは大のお気に入りのようで、
「今日は炭酸泉はありますか?」
としょっちゅう聞かれる始末だ。
三日に一度と言ってますよね?
ちゃんと俺の話を聞いてますか?

その後ことある事にゴンガス様はサウナ島に来たがった。
サウナ島を気に入ってくれたみたいだ。
別に断る理由も無い為、ゴンガス様はよくサウナ島にやってきた。
毎回レケは酔い潰されていた。
いい加減学べよな・・・
もう敵わないと諦めてくださいよ。
挑むのは止めてください。
レケ・・・迷惑です。
特にゴンが・・・
止めてあげてくれ。

そしてたまに五郎さんもサウナ島にやってくる。
どうやら五郎さんもサウナに嵌っているみたいだ。
フフフ・・・
五郎さん、いらっしゃーい!
五郎さんが来ると、決まってギルがハイテンションになる。
ギルは五郎さんが大好きみたいだ。
ちょろちょろと五郎さんに付いて周っている。
これは孫だな。
爺さんと孫だ。
大いに楽しんでくれ!
俺は何も言うまい。
いいじゃないか、俺は寂しくなんて無いんだぞ!
・・・
ほんとはちょっと寂しい・・・
いつもの納品に五郎さんの所に来ている。
もはや日常といってもいいだろう。
いつもの執務室に通され、お茶を飲みながら世間話をし、適当な所で帰っていく。
通い慣れた取引先だ。

「島野、そういやあお前え、ギル坊から聞いたぞ」

「何をですか?」

「おめえ、炭酸泉を再現したらしいな」
ううっ・・・しまった・・・五郎さんには前に、再現不可だって話してたな。

「出来てしまいました・・・」

「再現不可だって言ってなかったか?」

「はい・・・言ってました・・・」

「お前えって奴は・・・」
呆れられてしまった。

「まあいい、それでどんな仕組みなんだ?」

「ボンベに二酸化炭素をって、そんなことよりサウナ島に来て、見て貰った方が早いですね」

「そうかい、百聞は一見に如かずだな」

「そうですね、ただギルからどう聞いたかは知りませんが、鍛冶の神様に協力して貰って、やっと週に四時間のみ稼働している状況ですので、五郎さんの温泉で行うのは難しいかもしれないですよ」

「週に四時間かあ・・・」
両手を組んで上を見上げている。

「厳しいな、それも鍛冶の神様の協力だって?どういうことでえ?」

「二酸化炭素が発生するのは、火を使うところが多く発生するからです」

「そうか、鍛冶なら火は使いまくるからな」

「ええ、家の台所でもやってみましたが、全然溜まりませんでした、五郎さんの旅館の調理場がどれだけ火を使っているかにもよりますが」

「調理場でも火は使うが、鍛冶場とは比べものにならんぞ。あんなに火は使わねえな」

「そうでしょうね」

「だが炭酸泉は月に一度のイベントとしてみる、ってのも有りだな」

「そういう考えなら、何とかなるかもしれないですね」

「だな、せっかくだ、今から見に行ってもいいか?」

「ええ、いいですよ」
五郎さんは最近では、サウナ島にちょいちょいやってくる、その目的は言わずもがなのサウナである。
サウナに入って、ビールを一杯飲んでから帰っていく。
まるでスーパー銭湯替わりだな。
サウナ島に五郎さんを伴って帰ってきた。

「あれ?五郎さん、どうしたの?」
ギルがお出迎えだ。

「ギル坊、元気にやってるか?ちょっと炭酸泉を見にな」
とギルの頭を撫でている。

「そうなんだね、入ってくの?」

「ああ、そのつもりだ」

「じゃあ僕も一緒に入るよ」

「そうか、じゃあ背中でも流して貰おうかな?」

「いいよ」
露天風呂にやってきた。
まずはボンベを見てもらう。

「ほうこれか?これは神石だな」

「はい、これに『分離』の能力を付与してあります、それで空気中の二酸化炭素をボンベに貯めていく、という仕組みです」

「なるほどな、そういう仕組みとなると、島野の能力無くしてはできねえということだな」

「そうですね」

「このセットを二つほど作ってくれるか?」

「いいですよ、五郎さんには再現不可とか言っちゃってましたので、タダでいいです」

「おっ!話が分かるじゃねえか」
はいはい、後でチャチャっと作っておきますよ。
五郎さんは炭酸泉に入った後、炭酸泉セットを持って帰っていった。
ちゃんとギルに背中を流して貰っていた。
仲が良くて、いいことです。



サウナ島の暮らしとして、俺は平日の午前中は皆と畑作業を行い。
基本的には、月・水・金曜日は五郎さんの所に納品と、メッサーラに『魔力回復薬』の納品の送り迎え。
木曜日はゴンガス様の所に納品と、ボンベの入れ替えといった感じ。
火曜日は小物を中心に作成するのと、食材やアルコール類の仕上げを行う、といった暮らしぶりだ。
時折、休日の社員達に送迎を頼まれ、タクシー替わりとなっている。

平日は大体夕方にはサウナに入っており、夕飯前にビールを一杯飲んでから、晩飯を食べるといった具合だ。
土日曜日はもちろん日本に帰って『おでんの湯』にて『黄金の整い』を行う。
といった、サウナ満喫生活を堪能している。
社員からの相談事等は都度聞いているが、今ではそんなこともほとんど無く、皆な自分自身の役割を理解し、仕事に励んでいる。

俺は今の暮らしぶりにとても満足している。
ノンと二人でこのサウナ島に放り出された時には、想像も出来ない暮らしぶりをしていると思う。
今日は水曜日、リンちゃん達をメッサーラに送り届け、五郎さんのところに納品に来ている。

「五郎さん、炭酸泉の方は順調ですか?」

「いや、芳しくねえな、あんまり二酸化炭素が溜まらねえ、やっぱり月一が限界だな」

「そうですか、何ともテコ入れしようがないですね、もう二セットほど作りましょうか?」

「おっ!いいのか?そうしてくれると助かる。炭酸泉は人気でな、客から次はいつだとせっつかれて困っちまってた所だったんだ」

「次に来る時に持ってきますよ」

「悪いな、そういえば、ちと待っててくれ」
と言うと、執務室を飛び出していった。
数分後、ガードナーさんを伴って、入室してきた。

「ガードナーさん、お久しぶりです」

「島野さんこちらこそ、お久しぶりです」

「島野、悪いがちとガードナーの話を聞いてくれないか?」

「ええ、どうかしましたか?」

「実は、お願いしたいことがありまして」
気まずそうにしているガードナーさん。

「お願いですか?」

「そうなんです、心苦しい話なんですが、狩りをお願いできないかと思いまして」

「狩りですか?」
何でまた・・・

「はい、タイロンの城下町から、東に十キロ行った所に洞窟があるんですが、そこにワイルドパンサーが住み着いてしまいまして・・・」

「ワイルドパンサーですか?」

「それも五匹です、そのワイルドパンサーが街道に降りて来ては、人を襲う様になりまして、少々厄介事になってるんです」

「ハンター達では対応できないのですか?」

「ワイルドパンサーは一頭でもAランクの獣なんです。それが五頭となるとSランクでも厳しいんです。本来なら軍が出て対応するんですが、間違いなく死傷者が出ます。出来ればそれは避けたいのです・・・」
それでお前なら出来るだろ?といった所ですね。やれやれ。
既に人が襲われてると聞かされればやるしかないよな、正直めんどくさいが・・・
しょうがないか。

「お願いできないでしょうか?ということですね」

「はい、無理なお願いとは承知してますが、島野一家ならワイルドパンサーを狩れるのではないかと思いまして・・・」

「被害が出てると聞かされてしまえば、やるしかないでしょう」

「もうし訳ありません、これは国からの依頼でもあります。つきましては、一度国王にお会い頂くことは出来ませんでしょうか?」

「はあ?国王に?」

「はい、そうです」
嫌だ!絶対に嫌だ!

「嫌です!ちゃんと狩りはしますんで、そういうのは止めてください」

「えっ!・・・どうしても駄目ですか?」

「駄目です!」
もうさあ、国家元首とかって、ルイ君で充分だっての!
なんだかんだで、タイロンには十分に貢献したんだからさ、もういいでしょそういうの?

「分かりました、その様に伝えておきます」
諦めてくれたか、よしよし。

「まずはサウナ島に帰ってから皆と相談します、まあ血の気の多い奴らですので、問題ないでしょうが、狩りの前にハンター協会に行けばいいですか?」

「いえ、その必要はありません、これはあくまで国からの依頼ですので、もちろん報酬は弾ませていただきます」

「はあそうですか、分かりました」
なんだかな、やるしかないか・・・
はあ、めんどくさい。



サウナ島に帰ってきた。
晩御飯の時に皆に狩りの話をした。

「皆な聞いて欲しい、今日五郎さんの所に行ったんだが、ガードナーさんが居てな、ある依頼をされたんだ」

「依頼ですか?」
メルルが給仕しながら言った。

「ああ、狩りをして欲しいそうだ」

「狩り?」

「何で?」

「獣はなんですか?」

「狩りですかな」
皆一斉に言われても、答えられませんがな。

「はいはい、狩りの内容は、タイロンから東に十キロほど行った所にある洞窟に、ワイルドパンサーが五頭住み着いてしまったそうだ」

「ワイルドパンサーですか?一頭でもAランクの獣ですよ」
マークが驚いている。

「それも五頭なんて、Sランクでも難しいんじゃないですか?」
ランドも同様の反応だ。

「それで島野一家に狩りの依頼が来たという訳だが、どうする?」

「そんなのやるに決まってるよ」
ギルが意気込んでいる。

「楽勝」
ノンは相変わらずのマイペース。

「海以外での狩りも面白そうだな」
レケもやる気満々だ。

「狩りですか、私も行っていいので?」
アイリスさん、お願いですから止めてください。

「もちろんやります!」
ゴンもやる気十分だ。

隣を見て見ると。
あれ?マーク達・・・やる気になってないか?

「おいマーク、やる気なのか?」

「ちょっと考えさせて貰えませんか?」

「ああ・・・」
こいつらもうハンターに未練が無い、とか言ってなかったか?
なんでやる気になってるんだ?
本当はハンターに戻りたいのか?
マーク達『旧ロックアップ』のメンバー達が集まり、ミーティングを始めてしまった。

一先ず晩飯でも食べましょうかね。
どうしたもんか、なんだかねえ・・・
ミーティングが終わったようだ。

「島野さん、俺達も行かせてください!」

「はあ?マジで?」

「はい、マジです」

「いいけど、何でまた・・・」
マークが目線を反らした。
あっ!こいつなんか隠してやがるな。

「マーク!何を隠している」
睨みつけてやった。

「実は・・・」
と言うと、胸のポケットから世界樹の葉を取り出した。

「はあ、なんで世界樹の葉があるんだ?」

「これは・・・その・・・アイリスさんから貰いました・・・」
アイリスさん、あんた何やってんの?

「アイリスさん、これはどういうことですか?」
これは説教だな。

「何かあった時用に、渡してありますのよ」
何も悪びれていないアイリスさん。

「アイリスさん・・・もしかして全員に渡してないでしょうね?」
流石のアイリスさんも、しまったという顔をしている。

「どうなんですか?!」

「あの・・・その・・・はい」
やっぱりか!何やってくれてんだよ!あんたが一番この価値を分かってんじゃないんですか?

「アイリスさん、良い加減にしてください!やり過ぎです!」
頭を垂れるアイリスさん。

「なあ、お前ら」
全員を見渡す。

「まさか世界樹の葉を、傷薬替わりに使ってないだろうな?」

空気を読めないレケが言った。
「あれ?駄目だったのか?俺は普通に傷薬として使ってるぞ」
アイリスさんが頭を抱えている。

「はあ?・・・お前・・・それがどれだけ貴重な物か分かってるのか?」

「貴重な物なのか?傷薬として使えって・・・アイリスさんがくれたけど・・・」
レケがアイリスさんを見て状況を理解したようだ。

「ええ!駄目だったのか?・・・」

「ええ、駄目です!アイリスさんがね!」
俯いてしまったアイリスさん。
アイリスさんなりの優しさだってことは分かるんですが、もっと考えてくださいよ、もうまったく!。
世界樹の葉の価値は、傷薬代わりではないでしょうが。

「アイリスさん、皆のことが心配なのは分かりますが、もうちょっと考えて貰えませんかね?」

「はい、すいません・・・」

「甘やかせ過ぎもよくありませんよ」

「はい・・・」

「世界樹の葉の価値を考えてください」

「すいませんでした・・・」
まあこれぐらいにしておくか。

「お前達、分かってるな!」
気を引き締めさせるしかないな。

「「「はい!」」」
分かってるならいいが・・・無茶をしてくれるなよ。
本当にもう、勘弁してくれよ。
世界樹の葉頼みでは、狩りは上手くいかないぞ、大丈夫なのか?



装備を整える為にゴンガス様の所に来ている。
狩りの前に、装備を充実させようということだ。

今のマーク達には金銭的に余裕があるらしく、好きに装備を買えると言っていた。
特にマークが余念なく、装備を買い漁っている。

「島野さんのお陰で、お金は足りてますので、装備だけならSランク相当になりますよ」
とのことだった。
ハンターの世界は、金銭を伴う厳しい物だと改めて理解した。

『旧ロックアップ』の皆は、ほぼフル装備で防具や武器を買い直していた。
マークは大盾を、皮から比較的軽い鋼鉄製の大盾に変え、剣を扱いやすい軽量化された物に変えていた。
更にゴンガス様の好意で、刃先をミスリルにして貰った。
マークはゴンガス様に、土下座する勢いで頭を下げていた。
鎧も皮の鎧から、軽量化した鉄製の鎧に変え、ブーツも軽量の物から、鉄板入りの装備に変えていた。

ランドは、斧をピッケルに変えたようで、ピッケルの改良した物を探し当てたようだ。
これもゴンガス様の好意で、先の部分だけミスリルとなっていた。
加えて俺がグリップ部分に使い慣れたゴムにしてやった。
ランドは、家宝にすると涙を流していた。
装備もこれまでの革製の物から、軽量化された鉄製の物に変え、籠手も嵌めているようだ。

ロンメルは、今回は斥候に専念する必要が無いため、斥候とは思えない装備になっている。
見た目は忍者のようだ・・・やはり斥候か。
でも素早さは重視した為、一見変わってないようだが、服の下に楔帷子を仕込んでおり、籠手にも鎖が巻かれている装備だ。
足元はスニーカーの方がしっくりくるということで、そこだけが違和感を感じる。
両手剣も新調し、軽さに重視した装備に変えたようだ。
こちらも刃先はミスリルしようかと、ゴンガス様は申し入れてくれたが、ロンメルは自分には扱え切れないと断っていた。
あいつなりの遠慮なんだと思う。
後は何らかの、飛び道具的な物を買い漁っていた。

メルルは僧侶の服装を魔法士のそれに変え、ローブを新調したようで、ローブは魔法が付与されたものであるらしい、何の魔法かは聞かなかった。
メルルのことだから考え無しな訳がない。
どうやら今回は攻撃に特化するようだ。
そりゃあ世界樹の葉を、皆一枚は持ってるんだから、攻撃的な物になるんだろうな。
杖も随分とお金をかけたようだ。
杖は前のより軽量な上に大きい物になっていた。

メタンもローブを新調し、こちらには物理攻撃を緩和する魔法が付与されているとのことだった。
杖もメルルと同様に、相当な金額を掛けたようだ。
各自満足のいく買い物になったようだ。
ゴンガス様はよく売れたと、終始ご機嫌だった。

「お前さんありがとうな、随分稼がせて貰ったぞ!」
と本音を隠そうともしなかった。
その隣で、メリアンさんも頷いていた。
この人達はそんなにお金に困っているようには見えないが、もしかしたらお酒にお金を掛け過ぎて大変なのかもしれない。
この人達ならあり得るな。
俺達はゴンガス様のお店を後にして、サウナ島に帰った。



晩御飯前に備品の準備をした。
全員にマジックバックを持たせ、その中に『体力回復薬』と『魔力回復薬』をそれぞれ二個づつ入れた。
他にも必要な物は、各自入れておくように指示してある。
晩御飯がてら打ち合わせを行うことにした。

「じゃあ、狩りに行く者達は打ち合わせを行う、いいか?」
皆な頷いている。

「まず移動だが、洞窟の場所が分からないから、タイロンの郊外から歩いて向かうことになる」

「飛んではいけないの?」
ギルが疑問をぶつけてきた。

「ギル、何人いると思ってるんだ?」

「あっ!そうか」

「それで念の為、俺だけが先行して様子を見てくることにする」

「主一人でですか?」
ゴンが気になったようだ。

「ああ、透明化できるのは俺だけだからな」

「誰か一緒に連れて行きませんか?」
マークが心配してくれているようだ。

「いや、この中で気配を完全に絶てる者はいるか?」
ノンが手を挙げた。

「ノンならできるだろうが、同行する意味が無いからな、俺一人でいいだろう、あくまで様子を見に行くだけだ、ちゃんと皆に獲物は残しておいてやるから、安心してくれ」

「本当か?ボス一人でやっつけるなんて、面白くもなんともねえぞ」

「大丈夫だ、そんなことはしないさ」

「約束だからな」

「ああ分かっている。次にこれは一つのシュミレーションだが、五頭いるということは群れのボスがいるはずだ」
皆な頷いている。

「ボスは俺が対処する、出来るだけ速攻で終わらせて、他のワイルドパンサーの戦意を削ぐつもりだ」

「ええ!僕もボスと戦りたいなあ」
ノンが言った。

「駄目だ、お前には一匹任せるからそれで満足してくれ」

「ええー、そうなのー」
ノンには物足りないみたいだ。
どんだけ好戦的なんだか・・・

「ボスの次に強いと感じた奴をお前がやればいい、大事なのは瞬時にボスを消すことだ、俺より早く出来るのか?」

「それは・・・無理だけど・・・」

「じゃあここは我慢しなさい」

「分かった」
ノンはあっさり引いてくれた。

「それで残りの三頭だが、ギルとエルで一頭を狩って、レケとゴンで一頭を狩る、旧ロックアップで一頭を狩るってのが、俺のプランなんだがどうだろう?」

「ええ?俺は一人で一頭狩りたいぜ」
レケが不満を口にした。

「レケ、お前海以外の狩りは初めてなんだろ?あんまり舐めて掛かると痛いめを見る事になるぞ」

「始めてだけど、自信はあるぜ」

「その意気込みは認めるが、ここは自分の力を過信してはいけない所だぞ」

「まあ、ボスがそう言うなら、そうするけど・・・」
不満げな様子だ。

「あとギル、出来ればブレス無しで挑んでみろ」

「何で?」

「お前のブレスは他の皆を撒き込む可能性があるし、お前はブレスに頼り過ぎな所があるからな」

「うう、分かったよ」
どうしようかと、さっそく考えだしているギル。

「島野さん、俺達に一頭を任せてくれるってことでいいんですね?」
マークが念押ししてきた。

「ああそうだ、だが無理そうだと思ったら、遠慮なく介入させて貰うがいいな?」

「もちろんです」

「命大事にで行きたいからな」

「ええ、お願いします」
ロンメルが手を挙げている。

「どうした?ロンメル」

「旦那、ちなみにだが、どうやってボスのワイルドパンサーを倒すつもりなんだ?」

「ああ、それは簡単なことだ。眠らせて首を狩るつもりだ」

「「ええ!」」
あれ?
皆が引いているような・・・

「ズルいぞ!」

「それは酷い!」

「簡単過ぎる!」

「出鱈目すぎますな」

「ちゃんと戦えよ!」
といいように言われているな。

「それが一番簡単だろうが!」
何が悪いんだよ!

「ズル過ぎだよな」

「これだからな」

「もうどうでもいいよ」

「島野さんしかそんなことできないよな」
とこれまた、酷い言われようだ。

「そうは言うがな、気が付いたら死んでいたって方が、ワイルドパンサーも浮かばれるってもんだろうが、俺は慈悲深いんだよ!」

「そうは言ってもねえ」

「物はいいようだな」
駄目だ、こいつらにはもう何を言っても駄目だ。

「まあいい、俺のことはどうでもいいから、自分達のこと考えてください!」
こいつらはほんとに・・・

「分かりましたよ・・・」
ランドがボソッと呟いた。

「いずれにしても、シュミレーションでしかない、本番では各自で対応するしかない、特にコンビで動く者達は、よく打ち合わせをしておくように、いいな!」

「「了解!」」
返事はいいんだよな、返事は。



狩りの日当日。
午前中に五郎さんの所に行き、ガードナーさんに今日狩りを行うとの伝言を頼んだ。
何も無ければいいのだが・・・
早ければ夕方には結果報告をしに伺う予定だ。
再度サウナ島に帰り準備を行う。
とはいっても俺の準備は特に何も無い為、皆の準備を手伝ったりするぐらいだ。

「さて、皆な準備はいいか?」

「大丈夫です」

「OK!」

「問題ありません」
と準備が整ったようだ。

「じゃあ行くぞ」

「「はい!」」

ヒュン!



タイロン国の郊外に転移した。
全員の顔を伺う。
多少緊張している者もいるが、概ね問題は無さそうだ。

「じゃあ、先行するがいいか?」

「ちゃんと仕留めずに帰ってきてくれよ」
とレケはまだ不満げだ。

「分かってるって、そう心配するなよ」

「分かったよ」

「島野さん、俺達はこのまま目的地に進んでいいんですよね?」
ランドが問いかけてきた。

「ああそうしてくれ、じゃあ行くぞ」
という言葉を残して、俺は先行を開始した。



瞬間移動を何度か繰り返して、目的の洞窟へと向かう。
今は森の中だ。
森の中は瞬間移動がしづらい。
木が生い茂って視界を遮るからだ。
それでも、この方法が一番手っ取り早いと思われる。

飛ぶのもありだが、誰かに見られていると厄介だし。明らかに目立つ。
それは良くない。
あくまで様子見で先行しているのだから、飛ぶ訳にはいかない。
そろそろ目的地周辺だが、まだ洞窟は見えてはこない。

すると樹々が減り、広場の様な所へと出た。
恐らくこの先に目的地があるものと思われる。
俺は『透明化』の能力を使用し、気配を消して前に進んだ。
目的地の洞窟に到着した。

周りを伺うが、特に獣の気配を感じない。
洞窟内に入るべきだろうか?
いや、少し様子を見ようと思う。

洞窟内にワイルドパンサーがいて、洞窟内での戦闘になるのは避けたい。
俺達は洞窟内の構造をまったく知らないから、洞窟内の戦闘はあまりに危険だ。
そんなことを考えていると、一頭のワイルドパンサーがゆっくりと洞窟内から現れ、洞窟の入口に座り込んだ。
まるで洞窟の番人だ。
周りの様子を伺っている。

『鑑定』

ワイルドパンサー  獰猛な獣でありジャングルの覇者  とても美味

ここはジャングルではありませんが?・・・でも美味って、期待しちゃうじゃないか!
ワイルドパンサーは、気配を殺して透明になっている俺には気づいていない様子。
なるほどな、こいつが騒げば他の四頭が現れるということなんだろうな。

『探索』を行ったが、洞窟内のマップ表示はされなかった。
流石に無理か・・・

俺はギルに『念話』を繋げた。
「ギル、俺だ」
数秒遅れて返答があった。

「びっくりした、久しぶりの念話だから焦っちゃったよ」

「おいおい、大丈夫か?」

「ごめん、大丈夫だよ」

「よし、今目的の洞窟の前にいる」

「うん」

「洞窟の前に一頭のワイルドパンサーを確認した。恐らく他の四頭も洞窟内に居ると思われる」

「思うなの?」

「ああそうだ『探索』したが、洞窟内の『探索』は出来ないようだ」

「そうなんだね」

「今どれぐらい進んでいる?」

「パパと別れてからまだ一キロも進んで無いと思うよ」

「そうか、一度そっちに戻るぞ」

「分かった」
『念話』を終了して、おそらくこの辺だろうという辺りに『転移』した。

ヒュン!

「おわ!」

「何!」

「ピギャー!」
いきなり俺が目の前に現れて、皆なびっくりしたようだ。
久しぶりにノンのピギャーを聞いたな。
いい反応です。

「予定道りに行けそうだ」

「そうですか」

「一つ気になることがあるんだが、マークいいか?」

「はい、どうしましたか?」

「見張りの一頭が洞窟の前にいる状況なんだが、いきなりこの人数で現れて洞窟の中に引っ込んでしまわないかと思ってな」

「ワイルドパンサーは獰猛な性格と聞いてますので、問題ないかと思います」

「そうか、洞窟内の戦闘だけは避けたいからな」

「多分大丈夫です、中に他のワイルドパンサーが居たら、騒ぎ出して呼ぶことになると思います」
俺と同意見のようだな。

「じゃあ、ここから一気に『転移』で向うが、皆な大丈夫か?」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ旦那、心の準備をさせてくれ」

「お、俺も」

「私も」
と少し待った方がよさそうだ。
数秒後、

「よし、行けます」

「俺も行けます」

「ガンダ●ノン行っきまーす!」
とノンがふざけた。
何処までもマイペースな奴だ。
とりあえず無視した。

「じゃあ行くぞ」

「「おう!」」

「「はい!」」

ヒュン!



洞窟の前に『転移』した。
突然現れた俺達に、ワイルドパンサーは呆気にとられた様子で。
目をぱちくりとさせていた。
数秒後、やっと事態に気づいたワイルドパンサーが雄叫びを上げる。

「ガウー!ガウガウ!!」
それを聞きつけ、洞窟の中から四頭のワイルドパンサーが悠然と現れた。

さてと、戦闘開始だ!



俺は瞬時に最も大きい個体を確認し、瞬間移動でワイルドパンサーの真横に現れた。
胴体に手を当て『睡眠』の能力で眠らせ、体が倒れるタイミングに合わせてミスリルナイフで首を切り落とした。
凄い切れ味だ!これがミスリルか、斬った時の感触がとても軽い。
その様子に他のワイルドパンサーが飛びのく。

その内の一頭に狙いを定めた、獣型のノンが完全に不意を突いた形で、ワイルドパンサーの首を鋭い爪で切り裂いた。
切り口からシューと音を立てて血が噴き出ている、ワイルドパンサーの急所に入ったようで、そのままへたり込むように地面に伏していた。
ノンは爪を舐めてにやけている。

ギルが獣型に変化したのを目の当たりにした一頭が、逃げようとしていた。
それをエルが見逃さない。
先回りする形で行き先を塞ぐ、その時には背後からギルが迫っている。
ワイルドパンサ―はエルの前で立ち止まったのが良くない。
立ち止まった後に背後から、ギルの後ろ脚で身体を掴まれていた。
そのままギルは上空に飛び立つ。
五十メートルほど上空で止まり、エルにサインを送る。
ギルがワイルドパンサーを手放した。
一直線に降下するワイルドパンサーに、地上から飛び立ったエルが、頭の角で迎え撃った。
ズチャ!
ワイルドパンサーの腹部には、ぽっかりと穴が開いていた。
結構えぐい光景だな。

レケとゴンが一頭のワイルドパンサーを挟みこんでいる。
二人とも獣型だ。
レケの獣型は始めて見た。
その名の通り真っ白な身体で、獰猛な鋭い眼つきをしている。
全長は三メートルには届かないぐらいか?トグロを撒いているので、はっきりとはしない。
舌をちょろちょろと出している。

「石化!」
とレケが叫んだ。
するとワイルドパンサーの右足が、つま先からじわじわと石化しだした。
レケから離れようとするワイルドパンサーだが、もう遅い。
目の前にゴンが繰り出した、土魔法の尖った石塊が迫る。
高速回転し、フュンフュンと音が鳴っている。
ズボッ!
ワイルドパンサーの首を貫いていた。

残り一匹となったワイルドパンサーを逃げないように遠巻きに、俺とノンとギルが逃げ道を塞いでいる。
そこから離れた場所で、エルは返り血で全身血まみれとなっており、ゴンに『浄化魔法』を掛けて貰っていた。
その横でレケは人化して、服についた埃を払っている。
もはや用事は済んだということなんだろう。観戦者モードになっていた。

最後の一頭となったワイルドパンサーは、目の前にいる『旧ロックアップ』を倒すか、彼らをすり抜けない限り生存の道は無い。

壁役のマークが、大盾を構えて前に出る。
その左後方にはロンメルが左手には短剣、右手にはクナイを持っていた。
右後方にはランドが、ピッケルを両手で持って構えている。

メタンが叫ぶ、
「崇拝の魔力化!」
メタンが『崇拝の魔力化』を発動させた。
メタンの身体を光が包み込む。
メタンの魔法攻撃の威力が倍増する。
演唱を開始し、火の玉が杖の先に出来上がる。

メルルも演唱を開始し、杖の先に風の刃が出来上がっていく。
風が渦を巻き今にも飛び出して行きそうだ。

ワイルドパンサーは、いつでも飛び掛かれるように、体勢を低くしている。
マークがじわりと滲み寄っていく。

「メルル!」
とマークの指示が飛ぶ。
メルルがマークとランドの隙間から風の刃を放った。
ワイルドパンサーがサイドステップで躱すが、躱しきれず左後ろ脚を、風の刃が掠める。
傷は浅い。血が滲んでいるが、薄皮を剥いだぐらいだ。

そこでロンメルがクナイを投げた。
ワイルドパンサーは右前足でクナイを弾き、バックステップで距離を取る。
更にマークは距離を詰めていく。

「メタン!」
指示と共にメタンの火球が、ワイルドパンサーに向けて投げ込まれる。
それをジャンプして躱すワイルドパンサー。

それを待っていたランドが、まるでダンクシュートを決めるかの如く飛び上がり、上段に構えたピッケルを振り下ろす。
シュッ!
左前足を掠めたに見えたが、ミスリルの威力でそう見えただけで、実際には左前脚を切り裂いていた。
血が大量に流れだす。
左前足を潰したといってもいいだろう。
勝負は決したかに見えるが、傷を負った獣ほど気を抜いてはいけない相手はいない。

「気を抜くな、まだだ!」
俺は激を飛ばした。

「「はい!」」
更にロックアップの集中力が高まっていく。

マークは剣を抜いた。正面に構えていた大盾を横に引いている。
腰を落とした状態で、ワイルドパンサーを見据える。
いつの間にか横に回り込んだロンメルが、再度クナイを投げた。
ワイルドパンサーの右後ろ脚の付け根に刺さる。

だがワイルドパンサーはひるまない。ロンメルの方を見向きもせずに、マークに焦点を定めている。
まるでこいつを殺れば、このパーティーを倒せるといわんばかりの視線だ。
横からランドがけん制に、片手持ちに変えたピッケルを横から払った。
それを嫌がったワイルドパンサーがサイドステップを踏む、これを見逃さなかったマークが距離を詰め、剣を下から上に切り上げた。
スパッ!
と音がした後、プシュッとワイルドパンサーの首から鮮血が飛び散った。

横から倒れ込むワイルドパンサー、体をピクピクと痙攣させている。
勝負ありだ。

「マーク!介錯してやれ」

「はい!」
マークは首を斬り払った。
そしてワイルドパンサーは動きを止めた。

「よっしゃー!」

「やった!」

「勝った!」

「やりましたな!」

「やったぜ!格上に勝ったぞ!」
と喜んでいる旧ロックアップの一同。
俺達は拍手で迎え入れた。

「お疲れさん!」

「マーク、格好良かったよ」
ギルが駆け寄って行った。

「ありがとうな、ギル」
と言って、マークはギルの頭を撫でていた。
よく見るとその手が細かく震えていた。
全力を出し切ったようだ。
よくやった!

こいつらは、また一皮剥けたようだ。
更に逞しく見える。
ワイルドパンサーを回収し、俺達はサウナ島に帰って行った。

「宴会の準備を始めておいてくれ!」
と指示して俺は『温泉街ゴロウ』に向かった。
いつもの五郎さんの執務室に着くと、ガードナーさんが待ち構えていた。

「お疲れ様です島野さん、どうでしたか?」

「ああ、無事に怪我人もでること無く狩りは終わったよ」

「そうですか、それは良かったです」
胸を撫で降ろすガードナーさん。

「で、この先はどうしますか?」

「そうですね、ひとまずハンター協会で解体を行いましょうか?」

「いいけど、そういえばこの温泉街にハンター協会ってありますか?」

「えっ!ありますよ、知らなかったんですか?」

「知らないですね」

「そうですか、では付いてきてください」

「分かりました」
ガードナーさんに付いて行った。
ハンター協会の規模は、カナンの村のハンター協会の規模と同等の物だった。
解体場に通されると見知った者がいた。

「あれっ?大将!」

「おお!島野さん、どうしてここに?」

「いやー、こんな所で大将に会えるとは、ワイルドパンサーを狩ってきたので、解体を依頼しにきたんですよ」

「ワイルドパンサーですって!嘘でしょ!」

「いや本当ですって、ここでいいですか?」
俺は、解体用だと思われる大きなテーブルを指さした。

「ええ、いいですよ」
ガードナーさんが答える。
『収納』からワイルドパンサーを五頭取り出した。

「おいおいおい!本当かよ島野さん、あり得ないでしょこんなの!」
と大将は慄いている。

「そうですか?家の戦力ならこれぐらいはどうってことないですよ」

「そうなんですね・・・」
放心状態の大将。
するとどこからか、五郎さんが現れた。

「ダン!お前え何やってやがる、さっさと仕事しろや!」
と激を飛ばす。
我に返る大将。

「ああ、解体させていただきますね」

「えっ!大将が解体をやるんですか?」

「ええ、そうですよ」

「島野、こいつはここの解体もやってるんだ。腕は一流だ、安心しな」

「ええ、そうでしょうね・・・」
この人結構何でもやるな。

「あっ!そういえば、一頭だけでも直ぐに肉を貰うことは出来ないですかね?」

「一頭分ですか?」

「ええ、どうでしょう?」

「丸々は無理ですが、腿と胸肉なら、一時間貰えれば準備できますよ」

「じゃあ、お願いします」

「分かりました」
これで今日の宴会は、いつも以上に盛り上がるぞ。
美味だって鑑定で出てたし。どう料理しようかな?
まずはやっぱりステーキからかな?

一時間の待ち時間を、温泉街をふらふらして過ごした。
お留守番だった、アイリスさんとリンちゃんとテリー少年達にお土産を買うことにした。
結局これといった物が見つからず、饅頭を買っておいた。
まあ、アイリスさんには鉄板だからね。
これでいいでしょう。
一時間後、肉を受け取りサウナ島に帰ることになった。



サウナ島に帰ると既に準備は万全に整っており、俺の帰りを待っていた状態だった。

「皆、朗報だ!」

「なになに?」
既にハイテンションのノン。

「ワイルドパンサーの肉が手に入りました!」

「マジか!」

「本当!」

「あの美食で有名な肉が・・・」
と反応は上々。

「じゃあ、準備は整っているようだからさっそく始めるか!」

「「おお!」」
やる気満々の一同。

「では、まずはケガも無く、皆無事に狩りを終えれたことに感謝したい、皆!格好良かったぞ!乾杯!」

「「「乾杯!」」」
グラスがガシャンガシャンと音を立てている。
幸せの音が響き渡る。

「よっしゃー!今日は飲むぞー!」
と気合満々のレケ、既に生ビールのジョッキを開けている。

「兄貴どうだったんだよ?教えてくれよ?」
とギルはテリー少年達から武勇伝のおねだりを受けていた。

俺は鉄板を温め、ワイルドパンサーの肉を焼く準備を始めた。
メルルが手伝いにやってきた。

「まずはステーキで味をみてみよう、味付けは塩コショウのみでいこう」

「ええ、それが一番いいかと思います」
鉄板が温まったのを確認して、オリーブオイルを引いて、小さく切り分けた腿と胸肉を焼いてみた。
切り分けた時に肉のポテンシャルが高いのはよく分かった。
刺しが良い感じで入っている。
既に焼けた肉の匂いで、美味なのが分かる。

「良い匂いだな」

「そうですね」
焼き上がった肉を試食してみる。

「んん!」
何だこの肉は?日本の和牛より上手いぞ!
脂身は少ないが、筋ばった箇所は一切無く、それでいて口の中で肉がほどけていく。
最高の食感だ、今まで食べて来た肉の中で断トツの一番だ!

「ああ、美味しい・・・」
メルルは悦に浸っていた。

「おい!皆!ステーキを焼いていくぞ!」

「「よっしゃー!」」

「「やったー!」」

漏れなくワイルドパンサーのステーキを堪能した。
過去最高の賑わいのある宴会となった。
俺は改めて思った。
異世界最高!!
今は実験を行っている。
内容は簡単なことだ、扉に『転移』の能力を付与したらどうなるか?といいう事だ。
前々から考えてはいた事だった。

ただ扉を開けたら、行きたいところに繋がるというドラちゃんの『どこでも●●』では無い。
それの場合、使用者が制御できないという可能性があると考えた為、返って危険な物になってしまう。
それは望んではいない。
作りたいのは、二つの扉が繋がっている転移の能力がある扉だ。

木製の自立型の扉を二つ準備した。
鉄製のドアノブを扉に取り付け、ドアノブに神石を『合成』で取り付ける。
神石に『転移』の能力を付与するのだが、その時に、もう一つの扉の神石にも同時に『転移』の能力を付与する。
付与する時に両方のドアノブは、連動するイメージを加える。
果たして結果はどうなのか?

片方の扉のドアノブを捻ってみる。
するともう片方の扉のドアノブも捻られていた。
ここまでは順調。

さて、片方の扉をサウナ島の温泉の前に設置した。
もう一つの扉は、いつも食事をする庭先のテーブルの前に設置した。
扉を開いてみる。
おおっ!
扉の先には、湯気を上げる温泉が映っていた。

さっそく扉を潜ってみる。
温泉の前に転移することが出来た。
いいぞ、いいぞ!
扉を締める。

今度は反対に、テーブルの前に繋がるかを確認する。
扉を開くと、テーブルの前に繋がっていた。
念のため、扉を潜る。
テーブルの前に転移できている事が確認出来ていた。

実験成功!
どうやら簡単に転移扉を造ってしまったようだ。

しかし、これは自分で言うのも何だが、この世界の有り様を変えることになる一品だ。
使い方によっては、物流・移動速度を大きく変える。
例えば鍛冶の街の商人が、仮に温泉街ゴロウまで十日の移動日数が掛かるとする。
これを数秒で可能にしてしまう。
その時移動時に、マジックバックを携行していれば、同時に商品も数秒で運んだことになる。

この世界にとって、否、日本にとっても有りない技術だ。
安易に広めてはならない。
さすがにおっちょこちょいな俺でも、それぐらいは直ぐに分かる。

正直作った動機は、毎回五郎さんとゴンガス様のタクシー替わりになっているのが、面倒だというのが本音なのだが。
そこは目を瞑って貰えるとありがたい。
さて、どうしたものか・・・
まずは五郎さんの所から試してみるか?
なんだか怒られそうな気もするが・・・



ワイルドパンサーの報酬を得るべく、五郎さんのところにやってきた。
五郎さんと一緒にハンター協会に出向くと、ガードナーさんと協会の者らしき人が、俺達を待っていた。

「改めて、今回の依頼の達成おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「まずは国からの報酬を、お渡しさせていただきます」

「はい」

「金貨三百枚をお受け取りください」

「では遠慮なく」

「本来であれば、王城に出向いてもらい、国王から直々に褒章を授与するのですが、島野さんは拒否されると考えまして、この様にさせて貰いました」
ガードナーさんも随分分かってくれているようで、助かります。
あざっす!

「ありがとうございます、助かります」

「しかし、そろそろ一度王城にお越しいただけませんか?」

「いえいえ、遠慮させていただきますよ。もう国王とか間に合ってますんで」
はい、充分に間に合ってます。
そんなの会いに行ったら、絶対にフラグが立つに決まってますからね。
面倒事は勘弁です。

「はあ、やはりそうですか・・・」
ガードナーさんは諦めてくれたようだ。
ハンター協会の関係者らしき人が前にでてきた。

「私はここのハンター協会の会長をやっております。レミーという者です。よろしくお願いいたします」

「ええこちらこそ、島野です。よろしくお願いいたします」

「では島野さん、さっそくですが、買取の話をさせてください」

「はい、今回は肉と骨以外は買い取って貰おうかと考えております」

「本当によろしいので?ワイルドパンサーの牙は高級品ですよ」

「そうなんですか?」

「ええ、この牙は堅くて鋭く、武器の素材としても一級品です」

「へえーそうなんですね。五郎さん、ゴンガス様にあげたら喜びますかね?」

「そりゃあ、親父なら大喜びするんじゃねえか」
実は五郎さんとゴンガス様の顔合わせは、サウナ島で既に済んでいた。
たまたま二人ともサウナに入りに来ることになり、鉢合わせをして意気投合していた。
たまたまというよりは、俺が両方とも迎えに行ったんだけどね。

俺も二人に付き合わされて、ベロベロになるまで飲まされたんだよね。
翌日の二日酔いは酷かった、酔いが抜けきるまでにサウナを三セット必要とした。
二度と付き合いたくは無い。
ちなみにエルの回復魔法では、二日酔いは治らなかった。
世界樹の葉は流石に使うのは憚られた。

「じゃあ牙は一本貰っておきます。他は全部買取でお願いします」

「分かりました」
会長は計算を始めた。

「牙が九本で金貨九十枚、毛皮は五枚で金貨五十枚、爪が五体分で金貨四十枚、合計で金貨百八十枚になります、解体費用は国が負担すると聞いてますので結構です」
ガードナーさん、ゴチになります!

「ではこちらをどうぞ、念のため勘定をお願いします」
革袋を渡された。
俺は中身を取り出して、金貨百八十枚を確認した。

「はい、OKです」

「それにしても島野の所は景気がいいな」

「おかげさまで儲かってます」

「ガードナーさん、ではこれで」

「ええ、今回はお世話になりました」



五郎さんの執務室に帰ってきた。

「五郎さん、今日も来ますか?」

「そうだな、そうしようかな?」

「そういえば、五郎さんがいつでも来られるように、転移扉を造ったんですがどう思いますか?」

「どう思いますって、お前え、それ以前に転移扉ってなんでえ?」

「扉に神石をくっ付けて、転移の能力を付与すれば、サウナ島とここが繋がるんじゃないかと考えまして」

「ああ、そうか・・・ってお前え!それ無茶苦茶便利になるんじゃねえか!?」

「はい、そう思います。まずは五郎さんの所で試させて貰おうかと思いまして」

「儂の所で試すって・・・はあ、お前えって奴は・・・」
五郎さんは首を横に振っていた。

「ひとまず、扉は何処に置きますか?」

「そうだな、この執務室以外に置ける訳はねえわな」

「ですね、あと分かってはいるかと思いますが、神力を使いますので、扉の開閉は神様にしか出来ません」

「だな、とは言っても誰かに見られる訳にもいかねえな」

「そうですね、じゃあ出しますね」
『収納』から転移扉を出して設置した。

「開けますね」
扉を開くと、サウナ島のテーブル前の景色が広がっていた。
よし、この距離でも問題ないようだ。
五郎さんは呆気に取られていた。

「やっちまったな」
と呟いていた。
なんかすんません。

「五郎さん、誰か連れてきてくれても構いませんが、ちゃんと身元を保証できる者に限定してくださいね」

「ああ、分かってらあ」

「じゃあ、さっそく運用を開始しましょう」
と言って俺は、転移扉を潜った。
サウナ島から五郎さんに手を振った。
五郎さんは引き攣った顔で、力なく手を振り返していた。

「では、好きな時にきてくださいね」
俺は転移扉を閉めた。



いつも通りの畑作業をしていた所、珍しくアグネスがやってきた。

「アグネス、どうした?随分早くないか?」

「ええ、そうなのよ、ごめんね」

「何かあったのか?」

「ちょっと守に話しておきたいことがあってね」
いつになく真剣な表情のアグネス。
珍しいな。

「どうしたんだ?」

「先日いつもの野菜の叩き売りをしてたらね『魔王国メルラド』の外務大臣っていう、お偉いさんがやって来てね。この野菜を全部売ってくれっていうのよ」

「全部?」

「そう、流石にここの野菜を楽しみにしている街の人達がいるから、それは無理だって答えたら。倍の金額を出すから売ってくれって」

「それでどうしたんだ」

「なんだか訳ありそうな感じだったけど、せめて半分にしてくれって断ったわよ」
半分は売ったんかい。

「そうなのか、儲かったな」

「そうよがっぽりとね!・・・じゃなくて。その外務大臣さんはコロンの街の食料を随分と買い漁っていったらしいのよ」

「それは何でだ?」

「分かんないわよそんなこと、でね、そのお偉いさんがどうしてもこの野菜の生産者を教えてくれって言ってきてね」
アグネスは手を合わせた。

「ごめん、教えちゃった!」

「はあ?」

「だって凄い剣幕だったし、断ろう物なら、何しでかすか分からない雰囲気だったから・・・」
はあ、こいつなりには抵抗はしたんだろうな・・・
まあしょうがないか。
にしても気になるな。どう考えてもそのメルラドって国が食料飢饉になっているとしか考えられんが。
どうする・・・多分これは嫌でも巻き込まれるな。
先回りして、畑を拡張しておくべきか・・・
そもそもどれだけの人口がいる国なんだろうか?

「アグネス、そのメルラドについて知っていることを教えてくれないか?」

「いいわよ、でもあまり詳しくは無いわよ」

「ああ、知ってることだけで構わない」

「まずは、メルラドはコロンの街から南に商業船で、海路で四日ぐらいかかる所にある島国らしいのよ」

「島国か」
だから食料を買い漁りにきたんだな。

「結構大きな島らしいわ」

「どれぐらい大きいんだ」

「え?知らないわよ」
適当な奴だな。

「それでね、魔王が統治している国なんだけど、魔王とは言っても魔人が王様をやっているってことらしいわ」
だから魔王ってか・・・
何か魔王の威厳を損ねているような・・・

「なるほど」

「でね、一年の半分ぐらいが雪に覆われている地域もあるらしいわ」

「雪国ってことか?」

「どうなんだろうね?」

「人口は何人ぐらい要るんだ」

「知らないわよ」

「どんな種族が多いんだ?」

「分からないわ」

「他に知ってることは?」

「特に無いわね」
聞いた俺が馬鹿だった。情報薄すぎ。
まあアグネスだからな、諦めよう。

「そういえば、その外務大臣の名前は?」

「聞かなかったわ」
でしょうね・・・
アグネスにお礼を言ってその場を去っていった。



晩御飯の時に皆に相談することにした。
ちなみに本日のメニューはカツオのたたきと、カツオを漬けにして丼にした物。
大葉と胡麻が散らしてある。

「なあ皆、聞いてくれ」
皆が注目する。

「今日、アグネスから話を聞いたんだが、コロンの街に『魔王国メルラド』の外務大臣が訪れたらしい」

「『魔王国メルラド』の外務大臣が何で?」
メルルが質問してきた。

「どうやらコロンの街にある食料品を買い漁っていったらしい」

「何でそんなことを?」
当然の疑問だな。

「俺の予想では、食料飢饉が起こったんでは無いかと思う」

「食料飢饉って何?」
ギルは知らなくて当然か。

「食料飢饉ってのはな、天候やその他の理由によって、作物が育たなかったりして、食べ物が無くなってしまうことだよ」
ギルは頷いている。
テリー少年が手を挙げた。
俺は手をさして発言を認める。

「島野さん、その他の理由って何ですか?それってこの島でも起こることなんですか?」

「良い質問だ、その他の理由で考えられるのは、作物を荒らす獣や、虫の大量発生がある。そしてこの島でも起きる可能性は有る」

「あるんですか?」

「ああ、だが安心してくれ。対策は出来る」

「どんな対策ですか?」

「まずは俺が結界を張れるし、大量の虫ぐらいだったら、ギルがブレスで焼いてしまえばいいし、この中で火魔法を扱える者は多いからな」

「よかった」
テリー少年は安心したようだ。
テリー少年にしてみたら、好きになったこの島に飢饉が起きることが無いか心配したんだろう。
彼も随分成長したもんだ、もう少年では無いかもしれないな。

「話を続けるが、アグネスがこの島の存在を話してしまったらしい」

「なに!あいつ」
ノンがいきり立っている。

「まあ待てノン、あいつも言いたくて言った訳じゃなさそうだ、それに本当に食料飢饉が起きているのなら、言ってくれて正解だと思わないか?」

「主がそういうなら・・・」

「そこで皆に相談なんだが、どうやらその外務大臣は、俺達の育てた野菜に強い興味を持っていたようだ、俺の予想では早ければ数日中に、遅くとも二週間以内には、島に来るんじゃないかと思っている」
ランドが手を挙げる。

「そう思う根拠は何でしょうか?」

「まず、食料が足らないということと、後は農業の技術指導だな」

「なるほど」

「聞くところによるとメルラドは島国らしい、それも寒い国のようだ、寒さは農業には天敵だからな」

「寒い国でも農業はできるのですか?」
マークが質問をぶつけてきた。

「アイリスさん、お願いします」
アイリスさんが立ち上がった。

「出来ますわよ、でも種類には限りはありますわね、例えば白菜なんかがいい例ですわ」

「なるほど」

「他にもほうれん草や小松菜、アスパラガス等も栽培できそうですわ」

「それに俺の異世界での知識になるが、ハウス栽培という手もある」

「ハウス栽培ですか?」
アイリスさんが食いついてきた。
何であなたが・・・そうかこの世界には無い技術か。

「ええ要は温室を造って、そこで野菜の栽培を行うということです」

「まあ、そんなことが出来るのですね!」

「出来ると思います。何かと工夫は必要だとは思いますが」
どう日光を取り込むかを考え無いといけませんね。
でもこの世界には『照明魔法』があるから何とかなるとは思うが、こればかりはやってみないと分からないな。

「話を戻すが、俺は皆と決めたいことは、先回りして畑を拡張するかどうかということなんだ」

「やればいいのでは?」
ゴンが安直に言う。

「ゴン、簡単に言うが、拡張のサイズによっては、皆昼からの作業にかかれなくなる可能性もあるし、下手をすれば休日が無くなることもあるんだぞ」
ゴンがしまったという顔をした。
マークが手を挙げる。

「島野さん、俺達は休日が無くなる程度なら何とも思いませんよ、今までの待遇が良すぎなんですよ、これは俺の意見ですが、まずは人命を優先すべきだと思うんです。俺は畑の拡張に一票投じます」

「そうか、貴重な意見をありがとうマーク、ただこれはあくまで俺の予想であって、杞憂で終わる可能性もあるということを、視野に入れておいて欲しい」

「島野さんの予想が外れたことを、俺は見た試しがないですけどね」

「そうだよ」

「全くだ」

「主の予想は大体当たる」
と賛同の意見が後押しする。

「ちょっと待て、俺の本心は予想が当たって欲しくないんだがな」

「まあ、そうでしょうな、食料飢饉が起こっているなんて、嫌な事この上ないですからな」
メタンが擁護した。

「まあ、俺の予想の真意は良いとして、どう思う?」
メルルが手を挙げた。

「仮に島野さんの予想が外れたとして、豊富にある作物に問題があるのでしょうか?」

「無い事はない、それは単に俺が食料の廃棄を嫌うということでしかないんだがな」

「それであれば、島野さんの『収納』なら保管は可能ではないでしょうか?」

「確かにそれは一理あるな、だが問題はそこだけでは無くて、拡張した畑をどうするかということだ、せっかく拡張した畑を潰すのは心元無いんでな」

「確かに・・・」
レケが手を挙げた。

「ボス、俺には細かいことは分からねえが、ボスが神力を使わなかったら良いんじゃないのか?」
通常の栽培にするということか、良いかもしれない。

「良い意見だレケ、アイリスさんどうでしょうか?」

「それは拡張した畑は、神気を流さずに栽培するということですか?」

「はいそうです、杞憂に終わった場合には、その畑は潰さずに、通常の栽培にするということです。このサウナ島の野菜は俺とギルの神力によって、成長を促しています。なので畑の作業のほとんどが、収穫になっていると思います、けど今のレケの案だと、それを行わないようにすれば、作業はそこまで負担にならないのではということです」
アイリスさんは考えてるいるようだ。

「確かにそうすれば、作業の負担は減りますが、今よりも負担は増すことに変わりは無いですわ」

「ということは、折衷案としては一番可能性があるということですね」

「そうなりますわね」

「レケ!良く気づいたな」

「へへ!俺も勉強してるからな!」
レケが胸を張っている。
良いじゃないか、皆な成長している。

「じゃあ、拡張する方向で明日から動くがいいか?」

「「「はい!」」」
こうして畑の大幅な拡張が決定した。
更に話を進める。

「ギル、エル、レケ、ロンメル、三日後からでいいから、極力漁に出て、船が現れないか様子を探って欲しい」

「ああ、旦那、任せとけ」

「見つけたらどうするの?」

「何も話をせずに着岸させる訳にはいかない、その時は直ぐに俺を呼んでくれ」

「分かった」
これは更なる先読みになるが、指示をしておいた。

「マークとランドは屋台を三つほど造っておいて欲しい、鉄板使用で無くていい、炊き出し用のを頼む」

「「了解!」」

「次にノン、狩りでいつもより、多めに肉を用意しておいてくれ」

「分かった」

「メルル『体力回復薬』の作成を始めて欲しい、瓶は何本ある?」

「確か百本ぐらいしかないはずです」

「そうか、後でゴンガス様に作るように依頼してくる」

「手の空いた者は、狩りに出れる者は狩りに参加、それ以外の者はメルルを手伝う様に、いいか?」

「「「はい!」」」
これで一連の前捌きは終わったと思う。



それから数日間、畑の拡張と受け入れの準備を整えていった。
そして準備を始めてから、十日が経った時に、ギルから『念話』が入った。

「パパ、お客さんだよ」

「分かった、今から行く」

ヒュン!

俺はギルの横に立っており、目の前の大型商船を眺めていた。

「へえ!立派な商船じゃないか」

「ああ、そうだな」
いつの間にかロンメルが俺の後ろに控えていた。

「さて、じゃあギル行くか?」

「いいよ、乗ってく?」

「ああ、行くぞ」
俺はギルの背に乗り大型商船に向かった。
大型商船の上空でホバリングすると、船は進行を止めた。

船頭に燕尾服のような服を着た、初老の男性が現れた。
俺の方を見ると一礼して、どうぞお入りくださいと、船内に手を向けた。
見た感じの印象としては、話しが出来そうな相手と思えた。
俺は船に降り立ち、人化したギルが俺の隣に並ぶ。
初老の男性が腕を折り曲げて、仰々しく挨拶をした。

「私しは『魔王国メルラド』の外務大臣であります、リチャードと申します、以後お見知りおきを」
なかなかに仕草が堂に入っている。
それにしても、獣型のギルを見ても眉の一つも動かさなかったな。
アグネスの奴、どれだけ情報を流したんだ?

「俺は島野守だ、よろしく頼む」
手を指し出そうと思ったが、まだ早い気がしたので止めておいた。

「それで、俺達の島に何か様ですか?」

「はい、まずは突然の来島、ご容赦ください」
リチャードさんは大きく腰を折った。

「ああ」

「現在『魔王国メルラド』は食料飢饉を迎えており、国が傾きかけております」
ああ・・・予想道りだな。
ハズレて欲しかったのだが・・・

「また国民の不満が爆発し、クーデターが何度か起きかけました」
クーデターまでとなると、末期じゃないか。
大丈夫か?

「幸い『音楽の神』オリビア様の権能によって、クーデターの危機は、今は収まっております」
『音楽の神』オリビア・・・初めて聞く名だな。

「先日コロンの街で大量に食料品を買い付けましたが、まだまだ食料が足りません」
そうだろうな。そうでなければ、この日数では現れないだろうからな。

「そこで、島野様の野菜を売っていただけないかと、来島させていただきました。ご容赦下さいませ」

「分かった、ある程度予想はしていたから食料は多めに準備してある」

「本当でございますか?」
リチャードさんの目が期待の目で輝いている。

「本当だ、天使のアグネスからコロンの街で食料を大量に買い込んでいる一団が居た、と聞いていたからな、それにリチャードさんはアグネスに俺達のことを聞いたんだろ?」

「はい、アグネス様も最初は嫌がっておられましたが、渋々ながらも教えていただけました。ただ・・・」

「ただ?」

「話し出したら止まらない性格のようでして、いろいろと教えていただく羽目になってしまいまして・・・」
あの野郎!自分からペラペラと話してんじゃねえか!
リチャードさんもそこまで教えてくれなくても、といったところか。
個人情報だだ漏れかよ!
アグネスの奴・・・また懲らしめてやろうか、まったく!

「ハハ、そうですか・・・」
笑うしか無いな・・・

「はい、申し訳ありません・・・」
お互い気まずいな。

「それで、メルラドの人口はどれぐらいでしょうか?」

「はい、正確なことろまでは把握しきれておりませんが、ざっと二十万人程度かと」
二十万人か、国を名乗るには少なすぎないか?
いやまてよ、向うの常識で考えてはいけない、なにより地球の人口数が多すぎるというのが本当の所だと思う。
そんなことはどうでもいい、食料が足りるかどうかの問題だ。

「時間的猶予は?」

「今はコロンでの買い付けで急場を凌いでおります、おそらく一週間ぐらいが限界かと」

「分かった、では俺を信用して今すぐ、メルラドに引き返して欲しい」

「引き返すですと?」

「ああ、道々説明するから安心してくれ、今直ぐ舵を切り返してくれ」

「な!」
リチャードさんの動揺が激しい、信じていいものか明らかに心が揺れている。

「時間が惜しいんだろ?」

リチャードさんは逡巡してから
「かしこまりました、あなた様を信用致します」
と言って、船長らしき者に指示を出していた。

船が進路を変えたのを確認した俺は『収納』から転移扉を取り出した。

「リチャードさん、これは転移扉という物です」

「転移扉ですか?」
まじまじと眺めている。

「この扉はサウナ島の扉と繋がってます」
リチャードさんは何を仰ってますか?という表情をしている。
やってみせた方が早いよね。
俺は転移扉を開いてみせた。

「な、なんと!こ、これはいったい・・・」
リチャードさんはあまりの驚きに、尻もちを着いてしまっていた。

「これがあれば、サウナ島に簡単に行き来出来ます、但し、それには条件があります」
リチャードさんはよろよろと立ち上がった。

「条件ですか?」

「はいそうです。この転移扉を開けるのは神力を持った者に限られます」

「それは神様のみということですね、しかし島野様は先ほどこの扉を開けられましたが・・・」

「ああ、俺は神様じゃないけど、神力を持ってますので」

「はい?それはどういうことでしょうか?」

「説明は難しいので省きますが、俺は人間だけど、神力が使えるということです、まあ例外だと思ってください」

「例外ですね、確かに例外中の例外ですね」
リチャードさんは複雑な表情をしていた。

「いずれにしても、理解できましたか?」

「はい、賢明なご判断痛み入ります」

「さて、ここからは時間との勝負となります、話すこともたくさんあります、まずは俺が指揮を執ってもいいですか?」

「是非、お願いします」
リチャードさんは一礼し、一歩下がった。

「ギル、合図をしたら牽引してくれ」

「分かったよ」
俺は船長らしき者に、声を掛けた。

「あなたが船長ですか?」

「はい、そうです」

「合図したらドラゴンが船を牽引します。方向など舵が取りづらくなりますので、上手く合わせてください」

「ドラゴンが牽引ですか?」

「はい、いつもと勝手が違うと思いますので、上手く合わせてください」

「な、なんとかやってみます」

「お願いします、ではいきますよ」
『念話』でギルに同時に指示を出した。
一気に船が加速する。
リチャードさんのところに戻り、一度島に行くように話した。

「よろしいので?」

「ええ、あと念のため人員をこの船に送り込みます。全員海のプロですので安心してください」

「承知いたしました」
俺とリチャードさんは転移扉を開いて、島に転移した。

エルと、ロンメル、レケを船に転移扉で送り込み、船の警護を任せた。
ロンメルには船長の手助けもお願いした。
リチャードさんは、サウナ島をキョロキョロと眺めていた。

「リチャードさん、こちらにどうぞ」
と俺は椅子を勧めた。

「ご丁寧にありがとうございます」
改めてリチャードさんを見て見ると、外務大臣というより、やり手の執事のように見える。
うん、いけオジだな。

「それで、食料飢饉の原因は何ですか?」

「まずは天候不良によるものです。特に今年は雪が降り始めたのが、例年よりも早く、作物も小さくて不作となりました。そこに加えて魔獣による被害です。特に農業地域に魔獣が出現し、畑を荒らされました」
踏んだり蹴ったりだな。
魔獣か・・・狩りを手伝った方がいいのか?

「天候不良に魔獣ですか・・・」

「はい、魔獣に関しては、魔王様自ら陣頭指揮に当たって対応しております」
魔王様自らって、勇猛果敢な魔王様ってことか?
いや、そこまで追い込まれてるってことか?
クーデターが起きそうだったということから考えると、魔王自らが問題に対応してますよのアピールか?

「魔王自らですか、ハンターはいないんですか?」

「メルラドにはハンターはとても少なく、数えるほどしかいません」

「それはどうして?」

「島国特有のことかと存じます」
そうか、ハンターは移動しながら狩りを行うから、島国では移動ができないということか?そもそも島に移動するのが大変ということか?

「狩りには、警備兵と国王の親衛兵で当たってます」

「国軍は無いのですか?」

「メルラドには国軍はありません、これも隣接する国が無い為、必要がないのです」
島国では戦争は考えられないということだな。
なのに日本はかつて戦争をした。人の欲が成せることなのか。
何とも振り返りたくない歴史だな。

「クーデターが起きそうだったということですが『音楽の神様』がどうやってクーデターを収めたんですか?」

「それはオリビア様の歌には、心を静めさせたり、心を勇気づけたりする効果があるからです」

「へえ、それは凄いですね」

「ええ、まったくです、いきり立った国民を、歌の力で宥めてくれました」

「メルラドの神様なんですか?」

「いえ、そうではありません、たまたま居合わせたというかなんというか、流浪の神様が旅で立ち寄り、そのまま居ついていたら、クーデターに巻き込まれたといったとろこでしょうか・・・申し訳なく思っております」
音楽というジャンル的にいったら、流浪の神様なんだろうな。
にしても歌の力でクーデターを回避したって、凄すぎるだろ。

「オリビア様には頭が上がりません」

「でしょうね」

「それにしても島野様、この島の何たる雄大さ、目を疑うばかりです」
辺りに目をやり、感心したようにしている。

「そうですね、気候にも恵まれてとても過ごしやすい環境です」

「羨ましいかぎりです」

「そうなんでしょうね、メルラドは今は雪の時期なんですよね?」

「ええ、例年道りならば後一ヶ月は続くかと」

「なるほど、本当は良くないことなんですが、状況が状況ですので、メルラドに着いたら、俺の能力で天候を操作しようと考えています」

「えっ!天候を操作ですか?」

「はい、本来雨が降るところを晴れにしたり出来ます、ただ懸念するのは、そうすることで、何処にどういう影響がでるのか分からないことです」

「影響ですか?」

「ええ、一説では災害である台風も、世界の自然環境においては、浄化作用であるという考え方もあるのです」

「そうなんですか・・・」

「ただ今回は生命と財産に関わる状況の為、そうは言ってられないと個人的には考えています」

「何とも・・・島野様は本当に人間なのですか?」

「ええ、出鱈目ですよね?」

「失礼ながら、はいと言わざるを得ないです」
ですよねー。

「それでは本題に入りましょう」

「はい」

「どれほどの支援が必要でしょうか?」

「正直にお話させていただきます。現在のメルラド国庫は、コロンの街の食料品の買い付けで、ほとんどなくなっている状況です」

「・・・」

「島野さまから支援とおっしゃっていただきましたが、それに縋ることしかできないのが現状です」
リチャードさんは随分正直な人だ、こんな話でもちゃんと目を見て話してくれる。

「そうですね、こちらとしては今直ぐに金銭を要求することは考えていません」

「そう言って貰えると助かります」

「但し、将来的には何かしらの方法で、返していただきます」

「はい」
リチャードさんの表情は硬い。

「この島の野菜を他でも販売している為、無償にすることはできません。ですが、安くは見積もらせていただきます」

「ありがとうございます」
リチャードさんは立ち上がり、深くお辞儀をした。
俺も立ち上がり、リチャードさんに手を差し出した。
リチャードさんは手を握り返してくれた。
その手は小刻みに震えていた。
リチャードさんを船に返し、この先の準備に取り掛かることにした。



俺は、メルル、リンちゃん、テリー、フィリップ、ルーベンを招集し、炊き出しの準備を始めた。

既に寸胴鍋は五十個作成済で、前もって料理を作っておき、メルラド到着後直ぐに配給を開始する予定だ。
作る料理は決まっている。
トマトスープだ。
なぜトマトスープかというと、トマトが最も早く収穫が出来る野菜の為、量を稼ぐとなると、これ以外の選択肢は無かった。

炊き出しといえば豚汁のイメージがあるが、味噌を大量に作るには時間がかかる。
その為今回は除外した。
調理方法も簡単にする。手の込んだことはしない。
今回重要なことは、この体力回復力のある野菜を、一人でも多くのメルラド国民に届けることだ。
お湯を沸かし、潰したトマトを大量に入れていく。
そこに消化に良いように、小さく刻んだタマネギ、ニンジン、ダイコン、バジルを入れていく。
ひと煮立ちさせたら、胡椒と醤油を加えて完成。
これを寸胴鍋五十個分作成する。
結果この作業に二日掛かった。

一旦『収納』に保管し、更にもう五十個分作成の指示を出し、俺は船に転移扉で移動した。
ギルの様子を見る。
どうやら休憩中のようだ。

「ギル、お疲れさん」

「あ、パパ、ちょっと休憩中」

「ああ、しっかり休んでくれ、差し入れだ」
『収納』からツナサンドを差し出した。
ギルに五人前渡す。

「皆さん差し入れです。休憩にしましょう!」
声を掛けると、船員達がぞろぞろと集まってきた。
一人一人にツナサンドを渡す。

「ウメー!なんだこれ?」
と船員が口にすると、それに合わせて他の船員達も騒ぎだした。

「本当に美味しい!」

「こんなの始めて食べた!」
ロンメルとリチャードさんが揃って現れた。
二人にもツナサンドを渡した。
リチャードさんは申し訳なさそうに頭を下げていた。
食事をしながら状況を確認する。

「ロンメル状況はどうだ?」

「旦那、後でギルを褒めてやってくれ。あいつの頑張りでかなり距離を稼げているし、海獣も蹴散らしやがったからな」

「そうか、分かった、あとどれぐらいかかりそうだ?」

「早ければ、今日の夕方には着くと思うぜ」

「そうなると、ここからの段取りを決めておきましょう」
リチャードさんに向き直ると、リチャードさんが一心不乱にツナサンドを食べていた。
リチャードさんの目の前で手を振ってみた。

「ああ、すいません、あまりの美味しさに我を忘れておりました。申し訳ありません」

「いえいえ、これからの段取りを打ち合わせしましょう」

「はい、よろしくお願いします」

「まず、ロンメルが言うには、早ければ今日の夕方には着くということです」

「ええ、伺っております」

「着いたら真っ先に国民に対して、炊き出しを行う様に知らせて欲しいのですが、どんな方法を取りますか?」

「そうですね、今はおそらく警備兵も全員狩りの最中ですので、方法としては口伝えしかないかと・・・」

「では、拡声魔法を持っている者はおりませんか?」

「拡声魔法ですか?聞いたことがありませんが・・・」

「そうですか、わかりました。仲間に拡声魔法を使える者がおりますので、その者に魔法を掛けさせて、大声で喧伝させましょう」

「他に通信手段等はありませんか?」

「狩りの小屋の通信魔道具とかはないのか?」
ロンメルが補足した。

「申し訳ありません、メルラドにはそういった物はございません」

「ではこうしましょう。まずは一番人が集まる場所に炊き出しの準備をします」
頷いているのを確認する。

「炊き出しは五箇所で行う予定です、器とスプーンを持って集まる様に拡声魔法で促します」

「はい」

「そこで炊き出しを手渡す時に、食事が済んだらまだ知らない人に、ここで食事が貰えると喧伝する様にさせましょう」

「分かりました」

「あと、食べ物を求めて押し合いが始まるかもしれないので、整備する者が必要ですが、人員はいますか?」

「人員となると、少数しかおりません・・・」

「じゃあ、ここの船員達はどうですか?」

「どうでしょう、契約の範囲には入っておりませんので、新たに契約をせねばなりません」

「そうですか」
俺は立ち上がり食事中の船員達に声を掛けた。

「船員達の皆な、聞いてくれ!食事をしながらで構わない。まずは長い旅路お疲れ様!」
俺は一礼した。

「早ければ今日の夕方にはメルラドに到着する。その後速やかに、俺達は国民に炊き出しを行うことになる」
全員が話を集中して聞いている。

「その炊き出しだが、大きな規模で展開させる予定だ。そこで船員の皆さんに協力して欲しいことがある」
ここで一泊貯める。

「炊き出しだが、押し合いになる可能性が高い、そこで皆には列になって並ぶ様に警備を頼みたいが、どうだろうか?」
ざわざわと騒ぎだした。

「俺は協力させて貰うぞ、こんなに美味い飯を食わせて貰ったんだ。当たり前だろう!」

「そうだそうだ、俺もやらせて貰う!」

「私も!」
と全員協力を申し出てくれた。

「ありがとう!もしかしたら、君たちは警護で食事もできなくなるかもしれないから、後でとびっきり上手い物を差し入れさせて貰う」

「おお!」

「まじで!」

「やったー!」
と大騒ぎだ。
振り返ると、リチャードさんが俺に対してお辞儀をしていた。

ピンピロリーン!

「能力が一定に達しました、ステータスをご確認ください」

はあ?このタイミングで何?

確認すると『未来予測LV1』となっていた。
はい?確かに予想道りだったけど・・・
まあいいけど、ちょっとこの能力に今は構ってられないな。
またにしてくれよ。
まったく。
それどころではないっての。
メルラドに到着した。
メルラドは雪に覆われており、今も雪が降っている。
俺は天候操作を行い、雪雲を追い払った。
すると太陽が顔を出し、メルラドは光に包まれた。
メルラドの街は白く光っていた。

俺とリチャードさんはギルの背中に乗り、皆より先行して街の中心地を目指した。
リチャードさんは高いことろが苦手なのか、ずっと俺にしがみ付いていた。
おじさんにしがみ付かれても嬉しくはないのだが・・・
街の中心地に降り立つと、騒ぎになった。

「ドラゴンがなんで?」

「神獣さま・・・」

「神獣様、メルラドをお助けください!」
とギルに人が集まってきた。

ギルは唖然としてしまい。身動きが取れなくなっていた。

「ギル!おい、ギル!」
駄目だ、心ここにあらずだ。
しょうがない。

俺はギルの耳元に大声で
「ギル!」
と叫んだ。
我に返ったギルは俺の方を見た。

「ごめん、パパ・・・」

「大丈夫か?」

「ちょっと面食らった・・・」

「おい、せっかくだギル、お前から皆にここで炊き出しを行うと喧伝してくれ」

「えっ!僕が?」

「ああ、せっかく注目を浴びてるんだ、いい喧伝になるぞ、聞いていない他の皆にも伝える様に言うんだ。後、器とスプーンを忘れないことも言うんだぞ!」

「・・・分かった」
腹を決めたのか、ギルはホバリングして、話し出した。

「皆!聞いてくれ!僕はギル!ドラゴンのギルだ!今からここで炊き出しを行うよ!皆は器とスプーンを用意して並んで欲しい。後、聞こえてない人達にも、伝えて欲しい!いいかな?!」

「炊き出し!」

「飯が食えるのか?」

「ああ、救われた・・・」
よし、この調子だ。
もっと広めてくれ!

俺は『収納』から転移扉を取り出して、島に転移した。
すると転移扉の前で全員がスタンバイしていた。

「準備は良いか行くぞ!」

「「おお!」」
全員で転移扉を潜った。

幸いにも、街の広場は騒ぎとなっており、転移扉から俺達が出入りする様子を見ている者は、いないようだった。

「マーク、ランド屋台を頼む!」
俺は指示を飛ばした。

「「了解!」」

「メルル、炊き出し班を仕切ってくれ!」

「はい!」
俺は『収納』から寸胴鍋を取り出していく。
まずは屋台が一台完成した。
早速準備に取り掛かりつつ、周りの状況を確認する。
既に数名が、器とスプーンを手に、遠巻きに俺達を見ていた。
屋台の内部に寸胴鍋を置き、蓋を開け、お玉を用意する。

準備完了!
炊き出し開始だ!
よし!スタートだ!

「炊き出しを開始します!皆さん並んでください!全員に食べていただける量を確保していますので、慌てずに列を作って並んでください!さあどうぞ!」
というと一斉に人々が集まりだした。

「テリー!フィリップ!列を作らせろ!後ろから押させるな!」

「「はい!」」
テリーとフィリップが俺の指示に屋台から飛び出した。

「皆さん!押さないでください!ちゃんと行き渡る量はありますので、安心してください!」
とテリーとフィリップが、列の様子を見ながら声を掛けている。

最初に並んでいたのは、小さな子供を抱いた女性だった。
痩せていて、頬がこけている。子供を大事に抱え、目には涙を浮かべていた。
俺は受け取った器から、零れそうなほどのトマトスープを注ぎ、大事に屋台の天板に置いた。

「熱いので、ゆっくり飲んでくださいね。お体をお大切にね」

「はい・・・ありがとうございます」
と頭を下げると、大事そうに器を受け取っていた。
ここから数名にトマトスープを渡した後、俺はノンに任せて、他の様子を見に行った。

ちょうど二台目の屋台が完成していた。
この屋台はリンちゃんに任せた。
リンちゃんは、さっそくルーベンに指示を出していた。

三台目の屋台の設置を手伝うことにした。
作業中に船員達と、レケ、エル、ロンメルが到着した。

「ボス、すまねえ遅くなった」

「いや、いい手伝ってくれ」

「「了解!」」

「船員の皆、警護を頼む!」

「「了解!」」
ここからは各自が打ち合わせ道りの動きを行い始めていた。
更に炊き出しを拡大して行く。



炊き出し開始から三時間、広場は人で埋め尽くされていた。
ギルとギルの背中に乗ったゴンは拡声魔法を受けており、ゴンのアナウンスが、街の至ることろにまで行き届いていた。
一先ず喧伝は、概ね完了といったところか。
前持って準備していた寸胴百個も、既に半分以上が尽きかけてきている為、新たにトマトスープの作成に追われている。

俺は『念話』でギルに戻ってくる様に伝え。ギルは料理班に加わる様に指示した。ゴンには屋台の手伝いをさせた。
テリーやフィリップ達は警護から戻ってきており、屋台に加わっている。
炊き出し班は、メルル、メタン、ノン、レケ、ルーベンを主軸に、ゴンとテリー、フィリプがサポートに入っている。

リンちゃんとアイリスさんは、新たなトマトスープ作成に追われている。
俺は料理班から離れ、一度全体を把握する為に見回ることにした。
まずはメルルのところに行き、ゴンと変わる様に伝えた。

メルルには街を見て周り、衰弱が激しい者には『体力回復薬』を配る様に指示をした。
これにも人が殺到することが予見された為、それの防止に、リチャードさんの同行と屋台の設置が終わった、マークとランドを同行させた。
リチャードさんはこの国の要人の為、顔が知られていると考えてのことだ、外務大臣の前で荒事を行おうという者は、まず現れないだろう。



ここでちょっとした騒ぎが起こった。

「お前、さっきも並んでただろうが!」

「なんだよ!もう一度並ぶなって言われてないだろうが!」

「まだ、口にしてない者が大勢いるんだぞ、後ろに回れ!」

「なんでお前が仕切るんだよ!」
騒ぎに警護に周っている船員が駆けつける。

「お前達、何を揉めてるんだ!」

「ちょっと聞いてくれよ!こいつまだ炊き出しを貰えて無い奴がいるってのに、また並んでるんだ」

「何が悪いんだよ!」

「分かったから、離れろ!」

「ちっ!」

「言いたいことは分かった、いいか誰もが腹を空かせているんだ、まずはまだ口に出来ていない者達を優先してやってくれ、気持ちは分かるが、今は言い争っている時ではないだろうが!」
警護の船員が宥めているが、上手く収まっていない様子。
そこに一人の女性が姿を現した。

「あら、何事ですか?」
その女性を見て、三人は身を固めた。

「その・・・なんでもないです・・・」
二杯目を求めていた男性があっさり列を離れた。

「オリビア様、助かりました」
と船員が口にした。
その女性は青い髪色をした女性だった。

「私は何もしてはおりませんわ」
オリビアは笑顔で返答した。

「いえ、我々メルラドの国民は、オリビア様の前では粗相など行えません」

「まあそうですか、争いごとはよくありませんことよ」
と優雅に体を回転させながらオリビア様は言った。

「オリビア様だ!」

「おお、オリビア様だ!」

「オリビア様ー!」
と歓喜の声が上がる。
オリビアは歓声に答えることも無く、それが当たり前のことであるかの様に振舞っている。

「皆さん、これは何事ですか?」
広場に人が集まっていることをオリビアは尋ねた。
船員がそれに答える。

「炊き出しを行っております」

「炊き出しですか?」

「はい、サウナ島の島野様が指揮を執っておられます」

「島野様?」

「御存じありませんか?」

「ええ・・・ありがとう、教えてくれて・・・」
オリビアは会釈した。

「いえ、そんな」
と謙遜する船員。
オリビアは屋台を眺めると、優雅に屋台に向けて歩を進めた。



俺の前にこの場にはそぐわ無い、と思われる女性が立っていた。
その女性はエルフなのだろう、耳が尖っている。
何よりもその立ち姿が優雅で、着ている服も白いロングドレスだった。
美しい顔立ちであるのだが、柔らかい印象を受ける口元、親しみを感じる視線に心が高鳴った。
特徴的な青い髪色が存在感を増している。
何だこの女性は・・・

「あなたが島野様ですか?」
声のトーンも心地いいい、声が耳ではなくストンとお腹に入ってくるようだ。

「ええ、俺が島野ですが、あなたは?」

その女性は口元に笑顔を携えて言った。
「私は『音楽の神オリビア』でございます」
と優雅に一礼した。
ああ、この人が音楽の神様か。とても綺麗な人だな。

「俺は島野守と申します、よろしくお願いします」
俺も一礼した。

「まあ、守様とおっしゃいますのね」

「出来れば様は止めてください、照れますので」

「そうですか、では守さんと呼ばせていただきますわね」

「ええ、どうぞ。俺は何とお呼びしたらよろしいでしょうか?」

「オリビアとお呼びください」

「いえいえいえ、神様に対して呼び捨ては流石に・・・オリビアさんで勘弁してください」

「まあ、よろしくて」
はあ、緊張するな。

「守さん、私もお手伝いさせていただけませんか?」

「えっ!本当ですか?」

「はい、この炊き出しのことは先ほど知りました。お恥ずかしい限りです」
これは困ったな、ここで大物登場とは、どうしたもんか・・・
屋台に立って貰うのもありだが、間違いなく偏りができるよな。
この国では知らない人がいない存在となると・・・
どうしようか・・・

「では、オリビアさんには見回りをお願いしてもいいでしょうか?」

「見回りですか?」

「はい、この通りたくさんの人が集まっておりますので、どこで争いごとが起きるか分かりません。オリビアさんならこの場を静めれると思いますので」

「まあ、素晴らしい先見眼ですわね」
と何故か優雅に体を回転させながら言っていた。
ミュージカルなのか?
癖なのか?
少々鼻に突く・・・

「お願いできますか?」

「ええ、喜んで」
とまた回転しながら言っていた。
何とも言えないな・・・綺麗な人だが、癖が・・・
オリビアさんは列に並ぶ民衆を見てもう一度回転した。



炊き出し開始から十時間が経った。
いまやっと最後の一杯を渡し終えた。
ふう、流石に疲れた。

「皆なお疲れさん!集合してくれ!」
俺の号令にサウナ島のメンバーとリチャードさん、船員達も駆け寄ってきた。
全員を見回す。
皆な疲れてはいるが、目はまだまだいけるぞと力が漲っている。

「皆、お疲れさん!本当に助かった」
自然と拍手が起こった。

「リチャードさん、何か一言お願いします」
リチャードさんが前に出てくる。

「皆さん、本当にありがとうございました!」
と言って深くお辞儀をした。
その目には涙も浮かんでいる。

「今日の炊き出しによって、一体何人の者が救われたことでしょう。涙を浮かべる者、感謝を述べる者、これも全て皆さんへの賛辞です。本当にありがとうございます、明日からまたこれが続きますが、どうぞよろしくお願いいたします」
リチャードさんは改めて深くお辞儀をした。
皆な拍手で迎えている。

「では、ひとまず飯にしよう」

「おお!待ってました」

「よっしゃー!」

「腹減った!」
と船員達が騒ぎだした。

「ハハハ!そんなに腹減ってるのか?」

「早く出してくれよ」

「島野さんの飯は最高だからな」
それでは、飯にしましょうかね。
『収納』から寸胴を取り出した。

「あれ?まだ寸胴鍋あったんですか?」
メルルが不思議そうに言った。

「ああ、この為に取っておいたんだ」

「へえ、中身はなんですか?」

「豚汁だよ」

「へえー」
俺は皆に豚汁を取り分けた。

「「「いただきます!」」」
これがこの日最後の炊き出しとなった。
そういえば、オリビアさんは何処へ?



二日目の朝を迎えた。
俺は転移扉を使って、船員達を迎えにいった。その数十五人。
ありがたいことに、畑の収穫の手伝いを申し出てくれたのだった。
本当の狙いは飯なのは知ってはいたが、そこはあえて気にしない。
飯で労働力が得られるのなら、そんなに嬉しいことは無い。

一先ずは天候の確認をする。
雪雲は無い。
天候操作を使い、温度を二度上げた。
これぐらいならいいだろう。
多分・・・

この日の朝食は大勢になる為、ビュッフェ形式にした。
船員達の興奮は朝からマックス状態だった。

「これウメー!」

「最高!」

「こんな物食べたことが無いぞ!」
と賛辞のオンパレードだった。
朝食を終え、収穫作業に入る。
船員達はアイリスさんの指示に従い、てきぱきと作業をこなしている。

俺と、メルル、ギルとエルは朝から寸胴鍋と格闘中。
大分作業には慣れて来たが、やはり量が多いので時間が掛かる。

俺は途中で一人抜けて、五郎さんの所に納品に向かった。
こんな時でもちゃんと商売は継続するのが俺のスタンス、こちらの勝手な都合でこれまでの信用を台無しにはできない。
五郎さんの執務室に通じる転移扉を開くと、五郎さんと大将がいた。

「あれ?今日は大将も一緒ですか?」

「島野さん、お元気そうですね」

「ええ、ちょっと疲れてはいますが元気は元気ですよ」

「へえ、島野さんが疲れるようなことがあるんですか?」

「まあ、ちょっと取り込んでまして」

「ほう、島野、お前えいったい何があった?」
五郎さんと大将にメルラドの一件を話した。

「なんでえそれは?島野お前え水臭えじゃねえか、家から何人か連れていけや!」

「本当ですか?五郎さんも忙しいじゃないですか?」

「お前えなあ、忙しいことは忙しいが、人助けの方が重要だろうが」

「まあ、そう言って貰えるならありがたいですが」

「おいダン!お前えと、後四人ほど行ってこいや」

「分かりました、師匠」
とここで心強い援軍が現れた。
三十分ほど待ち、大将含めて五人が集合した。

「では、よろしくお願い致します」
と頭を下げ、転移扉を開いた。



大将が口を開いた。

「聞いてはいましたが、本当にサウナ島と繋がってるんですね」
他の四人も呆気に取られていた。

「ではさっそくなんですが、炊き出し用にトマトスープを作ってますので、手伝いをお願いします」

「「はいよ!」」
心強い援軍のお陰で、急ピッチでトマトスープが作られていく。
本日のトマトスープには、ジャイアントボアの肉も追加で加えてある。
昨日は初日だったため、消化のいい物として肉は入れてなかったが、今日からは徐々に慣らしていこうという考えだ。

俺はマークとランドに、屋台を二台追加で造る様に指示した。
その後、皆の昼飯を作ることにした。
性が付くようにと、カツ丼を作ることにした。
トンカツはあえて分厚目にした。
人数分作り終えたところで、ちょうど昼飯の時間となった。
全員昼飯にと集まって来る。
カツ丼を振るまっていく。
これまた好評だった。

「上手い!」

「なにこれ!」

「死ぬほど上手い!」
と皆な、丼を掻き込んでいる。
お替りが要りそうなので、どんどんと作っていく。

「島野さん、このカツ丼はどんな味付けですか?」

「ああ、気になりますか?」

「ええ、もちろん」

「それは、俺特製の麺つゆを使ってます」

「麺つゆですか?」

「鰹節から出汁をとって、そこに料理酒と醤油を混ぜた物です」

「鰹節ですか?」

「はい、先日カツオが何本も上がりましたので作りました」

「あの師匠が欲しがっていた、伝説の鰹節ですか?」

「伝説のって・・・まあそうです、何本か持って帰りますか?」

「いいのですか?!」

「どうぞ、遠慮なく」
こりゃまた、五郎さんから小言を言われそうだな。
鰹節は確かに言ってなかったな・・・

「ありがとうございます。しかし、このサウナ島に来ると料理のヒントが満載ですよ、いやー、本当に来てよかった!」

「その調子で昼からもお願いしますよ」
大将は相変わらず、料理に対しての探究心が凄いな。
結局カツ丼は六十人前作ることになってしまった。



転移扉を使ってメルラドに向かった。
リチャードさんの計らいで、転移扉は城門の内側の目立たないところに設置してあった。
転移扉を潜るとリチャードさんが待っていた。

「島野様、本日もよろしくお願い致します」
リチャードさんは深々とお辞儀をした。

「今日は強力な援軍がいますので、期待してください」

「おお!援軍ですか?」

「ええ、大将紹介します。メルラドの外務大臣のリチャードさんです」
大将がリチャードさんに右手を差し出した。

「どうも、温泉街ゴロウの料理長をやっております、ダンです」

「おお!あの温泉街ゴロウの!」
とリチャードさんは握手を返していた。
直ぐに屋台へと向かい、炊き出しの準備を始めた。

今日もギルに乗った拡声魔法を掛けられたゴンが、上空からアナウンスを始める。
すると、あっという間に人だかりが出来上がった。
準備が整った屋台から炊き出しを始める。

俺は『収納』から寸胴鍋を屋台に配布していく。
今回は助っ人には、トマトスープの作成を行って貰いつつ、島のメンバーでトマトスープの配給を行っていく。
助っ人勢は始めは勝手が分からず戸惑っていたが、慣れてくると流石の手際で、どんどんとトマトスープを作っていった。
船員達も昨日経験してるからか、警備に余念がなく、列の整理もしっかりと行われていた。

よし、順調順調。
でも気になったことがあったので、リチャードさんに話し掛けにいった。

「リチャードさん、そういえば狩りの方はどうなってますか?」
リチャードさんの表情が暗くなった。
嫌な予感がする・・・

「それが・・・魔王様と連絡が途絶えてまして・・・昨日も隙を見ては、王城に伺い魔王様の状況を聞いて周ったのですが、どうやら、島の南にある森まで狩りを進めていたらしく、そこから先の状況がつかめないのです」

「南にある森ですか?」

「ええ、本来そこまで狩りを進める必要は無いのですが、魔王様は少しでも狩りを行って食料になればと、考えたのでしょう」

「そうですか、捜索に出た方がよさそうですか?」

「行って貰えるのですか?」

「ええそうですね、今日は援軍がいますので可能かと」

「ああ、本当に助かります、お願いできますでしょうか?」

「分かりました行ってみましょう、ただ先に屋台の状況を見てからでもいいですか?」

「はい、お願いします」
屋台の状況は順調その物だった。
一度島に帰り、屋台の増台状況をみて見ることにした。

「島野さん、一台完成です」

「よし、ひとまずそれを持ってメルラドに応援に行こう」
屋台の材料を『収納』に収めて、マークとランドを伴って、メルラドに転移した。

「マーク、ランド組み立てを頼む、その後の屋台の指示も任せる。あとマーク、余裕が出来たら全体を見て周ってくれ、俺は野暮用を済ませてくる」

「野暮用ですか?」

「ああ、そうだ」

「分かりました、任せてください」
俺はアナウンスの終わったギルと、ノンとゴンをスイッチさせて、ギルとノンと魔王捜索に出かけることにした。

「ギル、ノン、今の状況を伝える。この国の魔王が南の森で狩りを行っているようだが、行方知れずらしい。その捜索に今から出かけるが、場合によっては魔獣との戦闘になるかもしれない」

「そんなの楽勝」
と相変わらずマイペースのノン。

「魔王を探せばいいんだよね?」

「ああそうだ、とりあえず行こうか」
とギルの背中に俺とノンは乗って、南に向かった。

「ノン、流石に上からじゃあ匂いは厳しいか?」

「そうだね、上空じゃあ匂いは拾えないね」

「そうか、分かった」
俺は『探索』を行いマッピングを行った。
すると反応があった。
魔獣らしき、光点が一つとハンターらしき光点が七つ。

「ギル、そのまま進んでくれ、反応があった」

「了解!」
光点に向かって進んで行く。
目視できるほどに近づいてきた。
既にノンは獣型に変わっている。

ん?んん?
なんでオリビアさんがいるの?
鎧に身を包んだ一団に守られる様に、オリビアさんがいた。

魔獣はジャイアントベアーだ。大物だ。
魔獣化しているからSランククラスだろう。
全身銀色の鎧に身を包んだ剣士が、ジャイアントベアーと対峙していた。

「ギル、あそこだ!」

「了解!」
ギルは急降下を開始した。不意にノンがギルの背から離れる。

「おい!ノン!」

「主、任せて!」
というとノンはそのまま急降下を始めた。
やれやれ。
ノンは獣型のままジャイアントベアーに向かい、左腕を折り曲げて、ジャイアントベアーの首にフライングエルボーをかました。
そのまま何も理解すること無く、ジャイアントベアーは絶命していた。
俺もノンに続いて地面に降りた。

「あーあ、ノン、もうちょっとなんかあってもいいんじゃないか?」

「えー、早く終わらせたほうがいいかと思って?」

「それじゃあ、面白くないだろ?」

「あ、そっか」

「だろ?」
等と話していたら。

「お、お前達は何者だ!」
と声を掛けられた。
鎧を着た剣士が全員抜刀し、こちらに剣を構えている。
あれ?

一先ず俺は両手を上げ、降参の意思表示をした。
すると、声を掛けられた。

「守さん?」
オリビアさんだった。

「オリビアさん。なんでここにいるんですか?」
オリビアさんが駆け寄ってくる。
勢いのままに抱きつかれた。

「ちょ、ちょっとオリビアさん?どうしたんですか?」

「怖かったのです」
強い力で抱きしめられていた。
悪い気はしない、うん。
そのまま数秒がんじがらめにされていた。

「オリビアさん、そろそろいいでしょうか?・・・」

「あら、このままでも私はいいのですが・・・」
ぐいっと引き剥がす。

「いやいやいや、周りをよくみてくださいよ」
周りからジト目で見られていた。

「あら、まあ」
と少し照れたオリビアさんは、少しだけ距離を取ってくれた。
なんとも天真爛漫な女神様だな。

「ええと・・・」
改めて周りを見回してみた。
五人の護衛兵に、ひと際目立つ銀色の鎧を着た剣士、おそらくこの人が行方不明の魔王なのだろう。

「あなたが、魔王ですか?」
その言葉を得て、前に踏み出した剣士が言った。

「いかにも、余は魔王国国王メリッサである」

「はあ・・・」
顔まで鎧で隠れているせいか、威光も何も感じなかった。
そうでなくともオリビアさんの対応が酷い。

「メリッサちゃん、助けてもらったんだから、まずはありがとうございますでしょ?仮面を取りなさい!」
と頭を撫でていた。

「うん」
と言ってメリッサは仮面を取った。

おいおいおい!仮面の下には少女の顔があった。
その少女は魔人特有の角を、二本こめかみから生やしており、まだあどけない表情で俺を見ていた。
これが魔王?はあ?
女子高校生と言われても違和感はないぞ。

「ありがとーございましたー」
お遊戯会の発表後の挨拶ごとく、お礼を言われた。

「あの・・・オリビアさん?・・・彼女が魔王ですか?」

「ええ、そうですわ。魔王メリッサですわよ」
当然といわんばかりの回答だった。
リチャードさん・・・教えておいてくれよ・・・

「それで、なんでオリビアさんがここに?」

「ここで炊き出しが貰えますよと、皆さんに言って周っていたら、いつのまにか森にいまして、気が付いたらメリッサちゃんと合流してましたのよ」
喜々として話していた。
はあ?もしかして極度の方向音痴?なんだそれ?
勘弁してくれよ、まったく。

「ノン、ギル、俺は今すぐ帰りたい・・・」

「だね」

「僕もそう思う」
同意のようだが、そうともいかない。

「あの、もう狩りは終わりでいいんですよね」
護衛の一人が全速力で俺の前にきた。

「はい、終わりにしてください」
というと、他の四人もそれに続いた。

「はい、分かりました。じゃあ広場に帰りますよ」
ジャイアントベアーを回収し、転移した。

ヒュン!

広場に帰ってきた。
いきなり広場への転移に、一同が驚いている。
ジャイアントベアーを警護兵に渡した。

はあ、なんか疲れた。
一先ずリチャードさんに、事のあらましを伝えておくことにした。
リチャードさんには、無茶苦茶頭を下げられた。
気を取り直してから、屋台に集中することにした。



二日目を終え、島に帰ってきた。
ちゃっかりと船員達も着いてきている。
魔王とオリビアさんのインパクトのダメージを引きずってはいるが、まずは皆の腹を満たさなければいけないが、そんな余裕は無かったので、ひとまず皆には風呂に入ることを勧めた。
メルルとギル、エル以外の皆は風呂に入りにいった。

「はあ、疲れた、今日の晩御飯は何にする?」

「もうなんか手抜きでいいかも・・・」
ギルもダメージを引きずっているようだ。

「そうともいかないでしょう、皆頑張ってくれてるんですから」
メルルの優等生発言だ。

「でも、なんだかやる気が乗らないな・・・」

「じゃあ、お茶漬けとかどうですの?」
エルの助け船だ。

「いいね!それにしよう、梅や、海苔、カツオも残ってるし、具になりそうな物をふんだんに出して、ビュッフェ形式でお茶漬けにしよう」

「うん、それがいいね」
ギルは賛同してくれたが、メルルは不満そうだった。

「まあ、いいですけど、今回だけですからね・・・」
ああ、この子の教育方法を俺は間違ったんだろうか・・・
な訳ありません、この子が正解です・・・はあ、本当に疲れた・・・
なんとかお茶漬けでやり過ごした。
ただ、船員達と大将達はお茶漬けに大興奮していた。



三日目
船員達を迎えに行った。
今日もやる気満々のようだ。

今日も朝食はビュッフェ形式だ。
大人数にはこれが一番いいだろう。
本日のメルラドも雪雲は無かった。
天候操作で、また二度ほど温度を上げておいた。



トマトスープの具材にシーフードを入れようと、朝食を終え、レケと漁師の街ゴルゴラドに来ている。
ゴルゴラドは朝から市がある為、人で賑わっていた。

「レケ、新鮮なイカと小エビを中心に買い付ける予定だが、どの屋台がいいかな?」

「イカと小エビね、ゴンズの親方に聞いた方がいいんじゃねえか?俺はあんまり詳しくはないぞ、ボス」

「そうか、でもこんな朝からゴンズ様は起きてるか?」

「どうだろう、早朝から漁に出てる時は起きてるぞ」

「じゃあ、ひとまず覗いてみるか」

「おう」
俺達はゴンズ様がいる、いつもの酒場に向かった。

「お!レケ、島野じゃねえか!こんな朝からどうした?」
ゴンズ様がいた、既に一杯始めている様子。

「おはようございます」

「親方、おはよう!」

「ああ、おはようさん!」

「ちょっと買い付け来ました」

「何を買うんだ?」

「イカと小エビを大量に買おうかと」

「大量に?」

「はい、ちょっと訳ありで」

「訳ってなんだよ?」
メルラドの件を話した。

「そうか、そんなことになってたのか・・・」

「そういうことで、大量にシーフードを買っていこうかと、それでどの屋台が良いか教えて貰えませんか?」

「ああ、そんなことぐらい、どれだけでも教えてやる、ちょっとついてこい」
ゴンズ様が屋台に案内してくれることになった。
屋台に向かうまでの間、レケがゴンズ様にあんなことがあった、こんなことがあったと近況報告をしている。

「でな、あっ!そうだ、親方すげえんだぜ。ボスが作った転移扉は、一瞬でメルラドに着いちまうんだ」
あー、言っちゃった・・・しまった口止めして無かった。
絶対なんか言われるぞ。

「はあ、なんだそれ?転移の能力を付与してある扉ってことか?島野お前やり過ぎじゃないのか?」

「ええ、実験的に作ってみたんですが、そこにメルラドの件が重なって、やむなく使用を開始しました」
ゴンズ様が何かを考えている様子。
嫌な予感しかしない。

「島野、ここにもその転移扉を置いてくれ」
そらきたよ。
あーあ。

「要りますか?」

「ああ、いや実はな、先日シーサーペントの目撃情報があってな、明日の早朝に漁に出るつもりなんだ、これはたらればだが、狩れたらメルラドに寄付したい」
おお!
これはありがたい。

「それは助かります、いっそのことゴンズキッチンをやってくださいよ?」

「それはいいな!盛り上がるぞ!」

「ああ、間違いねえぞ!」
レケも賛同した。

「ところでシーサーペントって、何ですか?」
ゴンズ様とレケはずっこけていた。

「なんだ島野、知らないのか、シーサーペントってのは、分かりやすく言えば、デッカい海蛇だ。大きい物だと体長二十メートルは有るぞ」

「二十メートル!」

「ああ、これがまた美味いんだよな、俺の好物だ」

「へえ、デカい海蛇ですか、いいですね、そろそろ肉質の物も必要だと考えてましたので、助かります」

「肉質の物もって、どういうことだ?」

「消化のいい物から提供していかないと、と考えてメニューを作ってましたので」

「はあ?お前そんなことまで考えているのか?関心するぞ、まったく!」

「いや、せっかく支援するならちゃんとやりたいですからね」

「そうか気持ちは分かるぞ。ただ、たらればだからあんまり期待するんじゃねえぞ。漁は博打だからな」

「ええ分かってます、明日の朝一番に顔を出しますよ」

「ああ、そうしてくれ」
その後、ゴンズ様に目利きを行って貰い、大量のイカと小エビを買い漁った。

「では、また明日」

「おう、任せとけ!」
俺とレケは、サウナ島に帰った。



「大将、イカと小エビを買い漁ってきました、トマトスープに入れてください」

「了解、これは新鮮でいいですね」

「今朝揚がったばかりです」

「なるほど、これはいい、小エビは剥かずにそのままの方がよさそうだ」

「そうですね、このサイズなら殻も食べられるでしょう。カルシウムいっぱいですね」

「カルシウムですか?」

「ああ、気にしないでください」

「イカの骨はどうしますか?」

「肥料に使いますので、アイリスさんに渡してください」

「了解!よし、お前達!始めるぞ!」

「「おう!」」
ここは大将に任せて、俺は転移扉を作ることにした。

いっそのことと思い、五対作った。
この流れはどうせここにもくれってなるんでしょ?どうせね。

転移扉を潜って広場に行くと、既に大勢の人が待ち受けていた。
三日目ともなると作業は手早く行われ、各自が己の役割を手惑うことなくこなしていった。
中には手を貸したいと、申しでる国民も現れた。
全てが上手く運び、夕方には終了した。

「シーフードトマトスープ」は評判が良く、これまでは体力回復に努めていた人達も、味の良しあしに目が向くようになってきた。
街の復興も徐々に始まっている様に見受けられた。
まだまだ気は抜けないが、順調に事は運んでいる様に思われる。
気温を操作したせいか、気が付いたら街を覆っていた。雪が解けていた。



四日目
この日も船員達を迎えに来た時にまだ肌寒さを感じた為、気温をまたニ度上げておいた。
そして、待望のイベントが始まろうとしていた。

これまでの三日とは雰囲気が違うことを察した、民衆がざわついていた。
そして、そんなことはお構いなしにとイベントが始まった。

「おまえら!ゴンズキッチンだ!!」
民衆が集まりだした。

「何だ?」

「何が始まるんだ?」

「どういうこと?炊き出しじゃないの?」
ゴンズ様の部下達が、一斉に動き出す。
各々が自分の仕事を把握しているあの動きだ。
流石の手際と言っていい。

大きな布が道に広げられた。そこに先ほど仕留めたシーサーペントが運ばれてきた。
そして、ゴンズ様が大剣を持って現れた。

「そりゃ!そりゃ!!」
と掛け声と共に、シーサーペントをスパスパと下ろしていく。
下ろした部位を、部下たちが更に細かく刻んでいく。
すると、大量の油の入った大鍋が準備され、細かく刻んだシーサーペントの身を鍋にぶち込んでいく。

「始まったな」
後ろから声がした。
振り返ると大将がいた。
まるでデジャブだ。
前にもあったよなこれ。

「今日は炊き出しは、必要ないかもしれませんね」

「かもしれないが、念のため作ってあるんだから、二台は稼働しよう」

「了解です、任せて下さい」
今日は早朝にゴンズ様の所に訪れ、シーサーペントが狩れたことを知ったので、ギルに『念話』でそのことを伝えた。ただ、魚が食べられない人が居るかもしれないので、屋台二台分のトマトスープを作るように指示はしていた。

そして手の空いた者は畑作業に、従事して貰った。
本日のトマトスープはウィンナー入りにしてある。
それにしても凄い盛り上がりだ。
流石はゴンズ様と言える。
豪快なパフォーマンスに民衆は沸き、渡された食事を堪能して大騒ぎ。
まるで街が揺れているようだ。

「あら?ゴンズじゃない?」
後ろ振り返ると、オリビアさんと魔王メリッサと親衛兵がいた。

「オリビアさんは、ゴンズ様とお知り合いですか?」

「ええ、存じてますわよ、ゴンズキッチンは久しぶりに見ますわね」
へえー、知り合いなのか、流浪の神様だから知り合いでも可笑しくはないか。

「守様、どうしてゴンズがここに?」

「それは、事情を説明したら、協力を申し出れてくれまして」

「まあ、守さんが連れてきてくださったんですね」
と言いながら、優雅に舞っていた。

「メリッサちゃん、食べに行くわよ」
と言って、オリビアさんは魔王メリッサの手を引いて、列に並びに行った。
親衛兵も慌てて後を付いていく。
ゴンズ様にシーサーペントの頭は捨てると聞いた俺は、頭の骨を遠慮なく頂くことにした。

そのやり取りを聞いていた大将が、料理人魂に火が付いたのか、頭はこれから料理させてくれと、鯛のあら汁ならぬ、シーサーペントのあら汁を作りだした。
頭を砕いてお湯に沈め、じっくりと出汁を取って行く、そこに料理酒と醤油で味付けをし、俺から提供された。三葉とほうれん草を入れていく。
シーサーペントのあら汁はとても上品な味わいで、体も温まり好評だった。
流石は大将だ。

その日の夜、当然のごとくサウナ島で宴会となった。
島の皆に加えて、大将達、船員達と、ゴンズ様御一行、そして、いつの間に付いてきたのか、オリビアさんまでいた。
先に風呂に入って貰い、こちらは宴会の準備。
今日は手抜きは許されない。
ゴンズ様には大いに食って飲んで貰おう。

ということで、本日のメニューはピザである。
それもピザ窯は三台もある。
こうなることを予想した俺は、予めピザ窯を二台追加で作成しておいた。
焼き手は、俺とギル、そして、メルルとエルが交互に行う。
ピザの種類は適当にリクエストを聞きながら作って行く。
サイドメニューとして、ポテトフライとから揚げもある。
大宴会が始まった。

音頭を取ったのはオリビアさんだった。
「皆さん、お疲れ様でした。まだまだ予断を許しませんが、これで、メルラドの飢饉も去っていくことでしょう、感謝申し上げますわ!」
拍手が起こった。
オリビアさんがグラスを掲げる。

「カンパーイ!」

「「「カンパーイ」」」
グラスが心地よく音を立てた。

宴会は大盛り上がりだった。
笑顔と笑い声が止まらない。
そこに輪を掛ける様に、オリビアさんが歌いだした。
それは心躍る、歌声だった。
その歌声は大きく、まるで島全体にまで届いているかの様だった。
思わず踊り出したくなるような軽快なリズムと、ワクワクするような思いに駆られた。

音楽の神の歌声は幸せの歌声だった。
興の乗った俺は、酒樽を叩いてリズムを取った。
それに合わせるかの様に、皆が足踏みでスタンプを始める。
更に踊り出す者も現れ、興奮が更にエスカレートした。
鳴りやまない歓声に、オリビアさんがクルリと周りながら、優雅なお辞儀をした。
最高に楽しい夜だった。


縁もたけなわといったタイミングで、ゴンズ様が近寄ってきた。

「島野、今回はありがとよ、お前のお陰で最高に楽しめたぞ!」

「何をいいますのやら、こちらこそゴンズ様にはお世話になりましたよ」

「しかしお前はいろいろ呼び込む体質のようだな」

「そうですか?」

「ああそうだろうが、お地蔵さんの件といい、内のレケも引き取ってくれたこともそうだ、それでいてメルラドの一件だ、そうじゃなくて何だってんだ!」

「ハハハ、確かにそうですね」
渦中の栗を拾いに行ってる訳ではないんですがね。

「でも、それだけ前に進んでるってことだ、現にレケは随分成長した様だしな、助かってるぞ」

「そういえば話は変わりますが、オリビアさんとは知り合いなんですね?」

「ああそうだ、あいつはふらりと現れてはどっかに行っちまう、流浪の神だからな」

「流浪の神様が、今回はメルラドを救ったという話でしたよ」

「だろうな、あいつの歌の力は強力だからな、不思議と気が付いたら気分が変わっちまってるからな」

「さっきも凄かったですね、俺も思わずリズムを刻んでましたよ」

「ハハハ、そうだったな」
ふとゴンズ様の表情が変わった。

「それで島野、お前はこの先どうするつもり何だ?」

「どうするとは?」

「今回の件もそうだが転移扉だ。使い方によってはこの世界が変わるぞ」

「ええ分かってます。五郎さんにも言われました」

「五郎ってあの温泉街のか?」

「はい、五郎さんとは同郷なんです」

「へえー、そうなのか」

「はい、良くして貰ってます」

「その五郎ともここで会おうと思えば、会えるということだな」

「そうなります」

「なあ、これはお前がこの先考えることなんだが、一度集めれるだけの神を集めてみたらどうだ?」

「はい、神気の件ですね」

「ああそうだ、だいぶ濃くはなってきてはいるが、まだまだだ、根本的な解決が出来ているとは思えねえ」
やはりそう感じるか。

「そうですね。ただ今はこれといった情報が無いので、動くのはまだ先かと思いますが・・・」

「いずれにしてもお前が決めることだ。何かあったら言ってくれ、相談には乗らせて貰うぞ。それにここの風呂はいいな。最高だぞ!」

「ありがとうございます。サウナは試しましたか?」

「いやまだだ、取っておいてある」

「楽しみは取っておくタイプなんですね?」

「ああ、また来させてもらうつもりなんでな」

「ええ、いつでもどうぞ。レケも喜びますよ」

「あとそうだ、今度養殖場を見せてくれ。どうにも気になってな」
恥ずかしいのか、頭をポリポリ掻いている。

「そういうと思ってましたよ」

「レケの自慢が煩いんだぞ、知ってるか?」

「あいつは養殖にそうとう自信を持ってますからね」

「その様だな、それに盗める技術は盗みたいのも本音だ」
正直な神様だ。

「いいですよ、いくらでも盗んでください」

「ハハハ、軽いな」

「ええ、囲い込むつもりは毛頭ありませんから、独占なんて俺の性に合わないんですよ、有効な技術は広めるべきなんです」

「やっぱりお前は神の素質に溢れてるな」

「えっ!そうですか、照れるじゃないですか」

「けっ!そんなことで照れるんじゃねえよ」
とここで、オリビアさんが混じってきた。

「あら、本日の主役がこんな所にいた」
随分と飲んでいる様だ。フラフラだ。

「オリビア、飲みすぎなんだよお前。なに浮かれてやがる、らしくもねえな」

「へへ、良いじゃないの、そんな日もあってもさ。どうせ私達は寿命なんて無いんだからさ」

「けっ!まあ気持ちは分かるがな」

「守さん、私本当に嬉しかったのよ、あなたが来てくれて」
ジャイアントベアーのことかな?

「いえいえ、たまたま居合わせただけですよ」

「そうじゃなくて、ヒック!」

「はあ・・・」

「私は一度失敗してますわ、ヒック!」

「失敗ですか?」

「ええ、ヒック!戦争を・・・止められなかった」
戦争を止められなかった?

「えっと・・・それは・・・」

「百年近く前のことよ、ヒック!・・・北半球で起こった大規模な戦争を止められなかったのよ」
百年前・・・北半球での戦争・・・神気の件に関係があるのか?

「だから・・・今回も失敗するかと怖かった・・・ヒック!」

「・・・」

「でも、あなたは来てくれた・・・嬉しかったわ・・・ありがとう」
ここまで言うと、急にすやすやと寝てしまった。
ゴンズ様を見ると、両手を挙げていた。

また一つピースが現れた。
神気問題に、北半球の戦争が関係しているのか?
世界樹の件と偶然重なった?
でも百年前から神気が薄くなっていったことは間違いない。
北半球に何があるのか・・・
今はまだ分からないな。
謎を残して宴会は終了した。



炊き出しは開始から十日で終了した。
七日目あたりから、街の様子が大きく変わっていた。
天候を操作したことが、大きかったのかもしれない。
雪が解けると体力を回復した人々は、自分の仕事を始めだした。
中には食材を買い取りたいと言い出す者まで現れた。
いい傾向だ。

メルラドの人々は決してお金が無いわけではない、ただ単に買える食材が無いだけなのだから。
既に炊き出しは、美味しい物がただで貰えるから、貰いに行く物に変わってきていた。
食料飢饉は脱したと言ってもいいだろう。

あとは、この国が独り立ちできることをサポートをすることだ。
明日からは炊き出しを止め、野菜の販売に切り替えることにした。
日持ちのする根菜を中心に販売する予定だ。

そこで、誰が屋台の販売をおこなうのか?ということになったのだが、船員の中から四人が手伝いたいと言い出した。

「嬉しい話だが、船の方はいいのか?」

「船は当分の間出ることはありません。今は国の復興に尽くすべきだと思うのです」
こういうのはリーダー格のジョシュアだ、魔人の男性である。見た目は人間とほぼ変わらない。

「それに打算もあります」

「打算?」

「ええ、サウナ島の食事は美味しいし、風呂もサウナも最高です!」

「随分正直だな」

「へへ」

「まあいいだろう、その正直さに免じてお前達に託すとしよう」

「ほ、本当ですか?」

「やった!」

「よし!」

「ああ本当だ、ちゃんと給料も出そう」

「うおお!」

「島野さん、恩にきます!」

「ひとまず打ち合わせが必要だ、島に行くぞとその前に、リチャードさんを呼んで来てくれるか?」

「了解です!」
四人は王城に向かった。
リチャードさんを待ちつつ、最後の炊き出しを終了した。
数分後リチャードさんが現れた。

「島野様、お待たせしました」

「いえいえ、今日で炊き出しは終了しようと思います」

「これまで本当にありがとうございました」

「それで、今後のことなんですが」

「ちょっと待って下さい、場所を変えましょうか?」
とリチャードさんに誘われた。
人目に付くところは避けようという気遣いかな?

「そうですね、こいつらも連れて行っていいですか?」

「ええ、どうぞ」
王城の中に歩を進める。
王城とは言っても質素な建物だった。
装飾品の類は見当たらない。
石造りの重厚感はあるが、城とは言いづらい質素な建物だった。

「失礼かもしれませんが、随分と質素な城ですね」

「ええ、お恥ずかしながら」

「いえ、質素倹約という言葉もありますから」

「そう言って貰えると助かります」
部屋の中に通された。
リチャードさんの執務室なのだろうか、大きな木製の机に、四人掛けのテーブルとソファーが置いてあった。

「こちらにどうぞ」
とソファーに手を向けている。
船員達は座らずに俺の後ろに立っていた。

「まずは島野様、これまで本当にありがとうございました」
リチャードさんは深々とお辞儀した。

「どういたしまして」

「それで、この先についてお話させてください、本来であれば私の方から出向かなければいけない所、申し訳ありませんでした」
リチャードさんは堅いな。
でもこれがリチャードさんということなんだろう。
嫌いじゃないよ。

「いえ、さっそく始めましょう」

「はい、お願いします」

「まず今日で炊き出しは終了と考えています」

「はい、同意いたします」

「明日からはサウナ島の野菜や、その他の食料品の販売を始めようと思います」

「よろしくお願いいたします」

「それと並行して、農家に対して技術提供と、寒い地域でも育つ野菜の種を提供しようと考えております」

「えっ!そんなことまでよろしいのですか?」

「ええ、せっかく乗り掛かった船です。ちゃんと独り立ち出来るまで、面倒をみさせて頂きますよ」

「おお!なんとお礼を言ったらよいのやら」

「お礼なんて要りません、出来る者が出来ない者に知恵を共有することは、当たり前のことです」

「なんと・・・島野様には独占するという考えは無いご様子」

「独占なんてなんの意味も持ちません。独占は独立を生みますが、孤独も生みます。孤独は寂しいものです。私はそんな人生は歩みたくはないのでね」

「ああ、やはり島野様は別格です。オリビア様が認める訳です」
オリビアさんが認める?
俺を?

「それで話を戻しますが、食品の販売をこの四人に任せる予定です」
船員の四人が頭を下げた。

「「よろしくお願いします!」」
リチャードさんも軽く頭を下げた。

「この者達であれば問題ないでしょう、私も船の中でこの者達の働きをみておりましたが、しっかりしたものでした。取り立ててジョシュアは人望も厚く、一生懸命に働いておりました。周りを見る目も持っている」
ジョシュアが再度頭を下げた。

「ありがとうございます。リチャード様」
リチャードさんは笑顔で返した。

「さて、まずは技術提供に関してですが、まずは集めれるだけの、農家の代表を一ヶ所に集めて欲しいのですが、段取りを任せてもいいですか?」

「はい、それしきのこと当然です」

「お願いします。それでここはお金の掛かることになりますので、相談になりますが、メルラドは気温の低い国であると聞いております」

「おっしゃる通りです」

「そこで私の異世界の知識でハウス栽培という物がありますが、これを試してみてはと思うのですが、どうでしょうか?」

「島野様、少々お待ちいただけませんでしょうか?」

「ええ」
リチャードさんが退室した。
数分後、一人の女性を伴って入室してきた。

「島野様、この者はメルラドの農政大臣のピコです」
と言うと、ピコさんがお辞儀をした。

「島野様、農政大臣のピコと申します。この度はお力添えいただきありがとうございます。島野様の野菜は本当に素晴らしい物であることを、私は存じております。恥ずかしくも私も炊き出しの美味しさに魅了された一人でございます、本日も並ばせていただきました」
低身長な女性だった。
可愛らしい容姿をしている。
なんか見たことあるなこの人。
思い出した!毎回炊き出しを受け取った時に、涙を流していた人だ。
確かさっきもそうだったような・・・

「先ほどのハウス栽培について提案があった話を軽くしてあります、詳細をお願いします」

「ピコさん、ハウス栽培とは分かりやすく言えば、気温を落とさず、適切な温度を管理する施設です」

「えっと、それはどうやって」
ピコさんはいまいち分かっていないようだ。

「たとえば、ガラス張りの施設を造るとかですかね」

「・・・」
ピコさんは驚くほどに目を見開いている。

「そんな考え方があったとは!」
ピコさんが突然騒ぎだした。

「ああ!凄い!天才!そうか、そんなことが・・・」
と言って、右往左往している。
ちょっと落ち着いてくださいな。

「ピコ!落ち着きなさい!」

「はいー!」
ピコさんが我に返ったようだ。

「ピコさんまずは座ってください」

「すみません、取り乱しました」
ピコさんはやっと座ってくれた。
なかなかの癖すごさんのようだ。

「そんな考え方があったとは、しかし島野様、ガラスは高価な物です。金額として釣り合う物なのでしょうか?」

「高価な物とは思えません、というのもガラスの質にもよりますが、安く仕上げる自信がありますし、こちらには鍛冶の神様もついてますのでね」

「鍛冶の神様・・・かの有名なゴンガス様でしょうか?」

「ええ、ドワーフのおじさんです」

「・・・」

「いや、おのおじさんはよくサウナ島に遊びに来ますよ」

「・・・」

「あれ?どうかしましたか?」

「島野さま・・・ゴンガス様といえば、鍛冶のみならず物作りの神ともいわれる著名なお方です。ドワーフのおじさんなどと・・・」

「そうなんですか?あの酒飲みおじさんが著名なんですか、へえー」

「う!・・・」

「まあ、ゴンガス様のことは置いといて、費用面として、そこまで心配は無いかと思います」

「そうですか・・・」

「それで、実験的に始めて見る気があるのかどうかということです」
ピコさんもリチャードさんも考え込んでいた。

「決めかねるのですが・・・」

「ではこうしませんか、半分を私が持ちますので、収穫できた農作物を折半しませんか?実験が上手くいくかどうかに、俺も興味がありますので」

「おお、折半ですか、であれば可能かもしれません」

「ただし、これはあくまでこちらからの発案ですので、労働力は提供頂くことになります」

「それはもちろんです、そこまで甘えるつもりはありません」

「では決定ということでいいですね?」

「ええ、お願いします」
ちょっと強引だったか?
まあいいや。

「じゃあその方向で、場所の選定はお任せします」

「「かしこまりました」」

「あと、アイリスさんから農業の手ほどきも行ってもらいますので、その予定でいてください」

「アイリスさんとは?」

「サウナ島の農業を取り仕切っている人で、食物栽培の専門家です」

「食物栽培の専門家ですか?その様な方がおられたとは、いやはや何とも心強いですね」
アイリスさんそういうことになってますので、よろしくお願いします。

「では日程が決まりしたらご連絡ください。明日より野菜の販売を始めますので、ジョシュアに言伝ください」

「その様にさせていただきます」
俺はジョシュア達を連れて席を立った。



サウナ島にジョシュア達を連れて帰ってきた。

「さて、屋台販売の打ち合わせだ」

「「「はい!」」」

「まずは座ってくれ」
全員が腰かけた。

「まず、次に出航するまで何ヶ月あるんだ?」

「およそ三ヶ月ほどです」

「じゃあ三ヶ月間の契約社員だな」

「契約社員ですか?」

「ああ、期間を限定した社員だ」

「なるほど」

「それで雇用条件だが、月に金貨十枚でどうだ?」

「そんなに貰っていいのですか?」

「ああ、その分しっかりと働いて貰うからな」

「「「はい!」」」

「あと福利厚生として、三食の食事と風呂やサウナも自由に使って貰って構わない」

「すいません、話の腰を折る様で申し訳ないのですが、福利厚生とはなんでしょうか?」

「そうだったな、この世界の人達には聞き馴染みがない言葉だったな、福利厚生とは社員が受けるサービスのことだと考えて貰っていい。労働に対してただ賃金を支払うだけでは無く、様々なサービスを受けれるといった物だ」

「そんなものがあるんですね?」

「ああ、俺がいた世界では一般的だったから、島野商事の皆はそういった待遇を受けている」

「なんだか凄いですね・・・」

「ちなみに先ほど話した食事の提供に加えて、一人二杯まで無料でビールを飲むことが出来る。それ以降は自分で買ってくれ」

「マジですか!あの美味いビールが!」

「最高だな!」

「おいおい、ちゃんと働いてから言ってくれ。この野菜の屋台販売は、分かってはいるとは思うが、メルラドの復興という側面もあるから、気を引き締めて掛かるようにしてくれよ」

「もちろんです!」

「任せてください!」

「それでだ、この中に読み書き計算が出来る者はいるか?」

「全員できます」
ジョシュアが代表して答えた。
へえー、全員とはちょっと意外だな。

「そうか、各野菜の金額や保存方法などは、管理チームのゴンとメタンに教わってくれ」

「「「はい!」」」

「じゃあ早速行こうか」

「「「了解です!」」」
ゴンとメタンを引き合わせた。
ゴンには屋台の使用方法なども教える様に指示した。
ジョシュア達には、本当は寮を与えたかったが、今は部屋の空きが無い為、通いで勤めて貰うことにした。

まあ朝と夕に、俺かギルが転移扉を開けるだけなんだけどね。
あとは一度サウナ島に来て以来、オリビアさんがしょっちゅう遊びに来るから。
タイミングが会ったら彼女にも転移扉を開けてもらおうと思う。
今はタダ飯食いだから、それぐらいはして貰いたい。
でも毎回歌ってくれるから、タダではないのかな?
オリビアさんの歌は格別だからな、あれは良い。
というか凄く良い!
何度でも聞きたくなる。
ただバラードだけは、勘弁して欲しい。
サウナ島の皆が大泣きを始めるからな・・・



さて、俺はゴンガス様の所に向かった。
納品とハウス栽培についての相談だ。
お店の中に入ると、珍しく受付にゴンガス様がいた。

「あれ?ゴンガス様が受付にいるとは、珍しいですね」

「へ!たまにはいだろう」

「メリアンさんはどうしたんですか?」

「お前さんを見習って、休日を取らせることにしたんだ」

「へえ、良いですね」

「まあのう、あいつは働き詰めだったからのう、たまにはな、で今日は納品か?」

「ええ、それもありますが、一つ相談がありまして」

「そうか、先に納品を終わらせようかのう」
というと、酒工房に誘導された。
この酒工房には初めて入る。
中に入ると、蒸留用の機材が並んでいた。

「おおー!壮観ですね!」

「ん?始めてだったか?」

「ええ始めてです。蒸留用の機材は見ごたえありますね」

「ああ、儂の自慢の設備だの」

「いいですね」

「ここに置いてくれ」
指定された所に大麦とトウモロコシを置いた。
俺達は店に戻ってきた。

「それで、今度は何なんだ?」

「実はですね・・・」
これまでのメルラドのことを話した。

「そんなことになっておったのか・・・お前さん、何で一声かけてくれんかったんだ?連れないのう」

「いや、そうしようかとも思ったんですが、とにかくドタバタでして、それに五郎さんの所からも援軍がありましたので」

「くっ!五郎に良いとこ持ってかれたのか?」
ありゃまあ、そう言って貰えると助かります。

「それでですね、ここからはゴンガス様の手を借りたいと考えていまして」

「おお!儂の出番もあるってのか?」

「はい、ここからはゴンガス様の出番です」

「そうかそうか、聞こうじゃないか」
髭を触りながら、満足そうな顔をしている。

「メルラドで実験的に、ハウス栽培を始めて見ようということになりまして」

「ハウス栽培?」

「そうです、ハウス栽培です」
俺はハウス栽培についての詳細を話した。

「そこで、ガラスの作成をお願いしようと思いまして」

「なるほどのう、今回はこれまでの瓶と違って質が重要だの、透明度を高めないと意味がないってことだ」

「その通りです、それに強度も重要になります」
ゴンガス様は膝を叩いた。

「いいだろう!やってやろう」
と自信を覗かせた。

「それにしてもお前さん、儂は前に言ったよな、お前さんの異世界の知識が面白いと、こういうところが面白いんだ」

「ハハハ、確かにそうですね」
確かにこの世界の人にとっては、面白い知識なんだろうな。

「そこでまずは、これなんですが」
と言いつつ『収納』から転移扉を取り出した。

「何だこの扉は?」

「これは転移能力を付与した扉です」
ゴンガス様は目を丸くした。

「お前さん、いよいよやりおったな」
しっかり睨まれた。

「はいやらせて貰いました。これからもやらせて貰います」

「ほう、その心は?」

「今回のメルラドの件で、俺も思う所がありまして」

「そうか思う所があるか。まあいいだろう自由にやればいい、お前さんを支持してやろう。とは言いつつも、儂も好きに使わせて貰うがのう、ガハハハ!」
ゴンガス様は話が早い、全てを言わずとも理解してくれる。

「よし、数日中に一度メルラドの建設予定地を見に行くとするかの」

「ありがとうございます!」

「で、これからはお前さんに伺うこと無く、サウナ島に行けるってことだの、もう店は締めてさっそくサウナに入りに行かせて貰うぞ」

「ご自由にどうぞ」
いの一番に仕事以外で使われてしまった。
この親父さんからそんなもんか。
やれやれだな。



まずはアイリスさんに、メルラドの農業に関する技術指導について話をした。
アイリスさんは大喜びで、本に纏めると言ってどっかにいってしまった。
本が出来上がったら要チェックだな。
やり過ぎるに決まっている。

次に屋台班の様子をチェックしに行った。
ジョシュア達は、ゴンとメタンから言われたことをちゃんと理解してる様子で、今は屋台のチェックをしている。
使う屋台は二つで、野菜が見やすい様に天板が外してある。
こちらも問題はなさそうだ。

明日の販売は初日ということもあり、ギルとテリーを同行させる予定だ。
ギルはメルラドでは人気者だし、テリーも警護に当たった経験がある為、二人には屋台の列の警護をさせるつもりだ。
炊き出しほどでは無いだろうが、ここでも押し合いが始まったら危険だ。
目を光らせておく必要はある。



屋台販売初日。
朝に転移扉で迎えに行き、朝食を済ませてから屋台の準備を行う。
十個のマジックバック全部に、大量の野菜が詰め込まれている。
準備完了とのことで、さっそくメルラドへ向かうことにした。

既に数名の商人風の者や、飲食店の関係者らしき者達が、今か今かと待ち構えていた。
後で聞いたのだが、リチャードさんが宣伝を行ってくれていたらしい。
ご配慮に感謝です。

屋台を組み上げ野菜を並べる。
俺は屋台販売の様子を、遠目に見学することにした。
どれだけ彼らが上手く捌くことができるのか?
見ものであるし期待もしている。
ジョシュアの力量に期待値が上がる。

販売が開始した。
列を作るようにギルとテリーが誘導する。
沢山量はあるから、安心しろとのアナウンスを入れている。
テリーも仕事が出来るようになったもんだ。
関心関心。
一方屋台の方は、てんやわんやではあるが、一人一人と丁寧に話をしながら販売を進めていた。

一時間ほど屋台販売を眺めた所で、リチャードさんがやってきた。

「野菜の販売は順調そうですね」

「ええそのようです、ジョシュアが上手く他の者達をコントロールできているようですね」

「やはりあの者は使えます。王城に取り立てたいぐらいです」

「おっと、今は家の契約社員ですので諦めてください」

「ええ、存じております」

ここで、身を正したリチャードさんは、
「島野様、王城に来て貰えませんか?」
と俺を誘った。

「いいですが、どうしてでしょうか?」

「魔王様が感謝の意を伝えたいと仰っております」

「ああ、そういうのはいいですよ。気にしないでください」

「そうはいきません。これはケジメです。国の恩人にお礼の一つもしていないとなると、国の威信に関わります」

「そんなもんですかね?」

「そんなもんです、ささ、付いて来てください」
有無を言わさずといった様子で、リチャードさんが強引に腕を引いてきた。

「分かりましたから、手を放してください」
と言うと渋々手を放してくれた。
ふう、リチャードさんは何気に強引なところがあるんだよな・・・

リチャードさんに付いて行くと、王の間に通された。
王の間には、玉座に座る魔王メリッサと、その脇にはオリビアさんが控えていた。
親衛兵が左右に二人ずつ配置されている。
玉座から赤い絨毯が敷き詰めてあり、俺はその上を歩いて行く。
魔王メリッサは可愛らしい高校生の様な顔を綻ばせて、こちらを見ていた。
やはり女子高生にしか見えんな。
鎧は来ておらず、タキシードの様な服装をしていた。
俺が近づくと、オリビアさんがこっそりと手を振った。
視線で返事をする。

いい距離感の所で止まると、リチャードさんは跪いた。
俺は跪かない。
そりゃあそうだろう、俺はこの国の国民ではないからね。
すると、親衛兵からきつい視線が浴びせられた。
これは無視しよう。
あー、やだやだ、怖い怖い。

「守さん、この度はメルラドをお救いくださり、ありがとうございました」
オリビアさんが頭を下げた。

「いえいえ、やるべきことをやったまでです」

「そうご謙遜なさらず」

「はあ、そう言われましても・・・」
とここでメリッサさんが話しだした。

「島野さん・・・私聞きました・・・島野さんがしてくれたこと・・・この先もしてくれようとしていること・・・どうお礼を言ったらよいか・・・」
あれ?始めて会った時の尊大な態度は何処え?

「ああ、そんなに重く受け止めてくれなくていいから、俺は単にお節介なだけですから」

「とは言っても・・・あなたはこの国にとっては救世主です・・・何でもおっしゃってください。私に出来ることなら、何でも致します」

「何でもって・・・」
おいおい、こういうのが要らないんだよな・・・

「ただ申し訳ないことに、今はこの国には、恩返しを出来るほどの国力が無いのが現状です・・・」

「まあ、それはおいおい考えていきましょう。ちょっと考えていることもありますので」

「考えていることですか?」

「ええ、考えが纏まったらお話しさせて貰いますよ」

「そうですか・・・」
オリビアさんが何か言いたそうにもぞもぞしている。

「オリビアさん、何かありましたか?」
話を振られて嬉しそうな表情を浮かべたオリビアさん。

「守さん、一つお願いしたいことがあるのですが」

「なんでしょう?」
嫌な気がする・・・

「あの、メリッサちゃんをサウナ島に連れていってもいいですか?」

「はい?」

「ちょっとこの子に世界を見せてあげたいんです」

「世界ですか?サウナ島は世界の中心ではありませんが・・・」

「今はですよね?」

「・・・」
ああ、オリビアさん・・・勘弁してくれよ。先手を打つなんてひどいじゃないか・・・

「オリビアさん・・・いいですが・・・ひどくないですか?」

「そうですか?守さんならどうってことないでしょう?」

「はあ・・・もう・・・好きにしてください・・・」

「ウフフ」
何で神様って先読みをしたがるんだろうね・・・やだやだ!

「いつでもどうぞ、転移扉はオリビアさんにしか開けられませんからね。とはいっても身元の分からないような者は、連れて来ないでくださいね」

「分かっていますわ」
オリビアさんの勝ち誇った顔がちょっとムカついた。
天真爛漫女神め!
くそぅ!
俺は王城を後にした。



屋台に戻ると、概ねの販売は終了していた。

「ジョシュアお疲れさん、どうだった?」

「島野さんお疲れ様です。順調ですが、ちょっと野菜が足りないですね、初日のことですので、様子は見た方がいいかとは思いますが」

「そうかジョシュアに任せるよ、増やした方が良いと思うのならそう言ってくれ」

「はい、ありがとうございます!」
ジョシュアは仕事を任されて嬉しいようだ。

「よしお前ら、サウナ島に帰るぞ!」

「あざっす!」

「お疲れっす!」

「風呂入りたい!」
とお疲れのご様子。
サウナ島で癒されてくださいな。
お疲れさん!



サウナ島に帰ると、アイリスさんが待ち構えていた。

「アイリスさん、どうしましたか?」

「守さん、書きあげました!」
と誇らしげにしているアイリスさん。
えっ!もう出来たの?

「これがそうです!」
アイリスさんに紙束を渡された。
おお!仕事が早い。

「アイリスさん、ではチェックさせて頂きますね」

「ええ、お願いします。渾身の一作になりました!」
と興奮冷めやらぬといったアイリスさん。
サラッと見て見る。
いきなり駄目だろう・・・
やれやれ、明日は添削作業に追われそうだ・・・



その予想は正しく、俺は一日掛けて添削作業に追われた。
まずはいきなりここから始まる。

「アイリスの初心者から始める農家入門教本」
はあ・・・初心者ってことは中級者や上級者があるってことなのか?
更に一ページ目にはこう記されていた。

「作物の声を聞け!そこから道は開ける!」
・・・はい、削除しました。
作物の声を聞けるのはアイリスさんぐらいですって。

でもここから先が凄かった。
作物の特徴、水やりの方法から、最適な温度や与える必要がある肥料、果ては雑草の処分方法まで、有りとあらゆる農業のことが記されていた。
これは正にバイブルと言っていい。
内容はとてもわかり易く、素人が始めるには、正にうって付けだ、プロでも知らない知識が満載であった。

こんな物を世に出していいんだろうか?
否、いいんだろう。ここからこの世界の農業改革が始まると思う。
作物が変わるということは、食事が変わる。
食事が変われば、人が変わる。
人が変われば、世界が変わる。
この世界がよりよくなることは間違いない。
喜ばしいことに違いない。
そう俺は考えていた。
この世界がより良くなることに期待したい。


三日後
アイリスさんの農業に関する技術指導が始まった。
それと同時に、ハウス栽培の候補地の視察を行う。
アイリスさんは、主だった農家達に俺が『複写』で作った本を配り、畑の視察を行っている、そして念の為ギルがサポートについている。
まあ荒事にはならないだろうがね。

俺はゴンガス様がメルラドは始めてということなので、そっちに同行している。
ゴンガス様に、リチャードさんとピコさんを紹介した。
リチャードさんとピコさんは始めて会う、ゴンガス様に緊張していたが、俺が間に入ることで徐々に打ち解けていった。

候補地は国が管理する畑がある為、そこで行うということだった。
広大な敷地の畑だが今はなにも作物を育ててはいない。

「お前さん、この広さ全部使うつもりか?」

「いえ、まずは実験的にと考えてますので、一部にしようと思います。後は資金的な面も考慮しませんといけませんので・・」

「そうだのう、これ全部となると相当に金がかかるわい」

「ええ、まずはそうですね。横幅二十メートル、縦幅五十メートルぐらいの広さからどうでしょうか?」

「高さはどうする?」

「リチャードさん、この国の人達の平均的な身長はどれぐらいでしょうか?」

「そうですね、百七十センチぐらいでしょうか?」

「であれば、二メートル五十センチぐらいでどうでしょうか?」

「まあ妥当な線だの、よし、連結部分はどうする?」

「ゴムか木でどうですかね?」

「ゴムでは強度の心配があるのう、木製にした方がよいな」

「分かりましたこちらで準備しましょう。ガラスの厚みはどれぐらいにしましょうか?」

「リチャードさんとやら、この辺は風は強く吹くのか?」
お!お前さんじゃないのか。

「今の季節ですとそうでもありませんが、冬場は強風が吹くこともあります」

「そうか、なら厚さは五センチぐらいだの、それでどうだ?お前さん?」

「いいと思います」

「よし決まったの、さっそく工房に帰って準備に取り掛かろう。サイズがデカいから少々時間を貰うぞ、よいか?」

「大丈夫です、リチャードさんとピコさんも大丈夫ですよね?」

「はい、問題ないです」
ピコさんは何度も頷いていた。

「じゃあ俺はアイリスさんの所を覗いてきますね」

「ああ、行ってこい」
三人を残してアイリスさんの所に向かった。
アイリスさんは実に活き活きとしていた。
土に触れ、農家の皆さんに囲まれてにこやかだった。
俺はギルの横に立った。

「順調そうだな」

「パパ、やっぱりアイリスさんは凄いよ。農家の皆さんも最初は懐疑的な感じだったけど、あっという間に信用されてたよ」

「アイリスさんはプロだな」

「うん、プロだよ」
この後も日が暮れるまでアイリスさんの技術指導は続いた。



アイリスが配った教本は、数年後には「アイリスの書」として農家には欠かせない書物とされ、中には先祖代々受け継がれる家宝とする者も現れるのだったが、今の守達には知る由もなかった。



更に五日後
ハウスが完成した。
ガラスの土台部分は木材を使用し、ガラスの連結部分にも木材を嵌め込んである。
これは俺がチャチャっと作成し、一通りのガラスをはめ込み完成した。

まずは内部と外部での温度差を計測してみることから始める。
これはピコさんに任せることになった。
朝昼晩各一回ずつ計測し、天気も記載してもらう。
そのデータを元に、アイリスさんが何をどう栽培するのかを決めていく。

今回のハウス建設に、アイリスさんが大はしゃぎしていた。
ちゃっかりと、サウナ島でもやってみたいとおねだりもされた。
構いませんが、まずは実験を優先してくださいな。

そしてオリビアさんと共に、魔王メリッサを訪れ、お地蔵さんの寄贈と教会の石像の改修を行う許可を貰った。
お地蔵さんは十体寄贈し、教会は三カ所改修した。

ここからメルラドが変わっていく、俺は大きな期待と少しの不安の入り混じった、そんな気分に包まれていた。
今後メルラドは大きく変わっていくだろう。


メルラドの復興開始から三ヶ月が経ったある日。

そういえば能力の『未来予測』が置き去りになっていたことを思い出し、さっそくどんな物かと試してみた。
LV1ということもあるんだろうが、結論から言うと、今日一日に起こる出来事を予測できる能力だった。
そして俺は既にこの能力を封印することを決めている。
何故かというと、つまらないからだ。
今日一日に起こる出来事として、ロンメルが晩飯の席で

「今日は笑ったぜ!レケの奴、もう昼過ぎだってのに二日酔いが抜けなくて、養殖場に落ちてやがんの。ハハハ!」

「ウッソ!」

「笑える!」

「ハハハ!」
と皆で爆笑している中、俺一人が笑えなかった。
笑えなかった理由は、レケが養殖場に落ちたことは知っていることだったからだ。

皆と笑えない、こんな能力は封印するに限る。
面白くない人生なんてつまらない。
先のことを知りたいと思う事はよくあったが、いざ体験してみると。
まったく違った。
先の事など知らないに限る。
ということであっさりと封印を決意したのだった。
でも本当に必要と思う時には、使うかもだけどね。

さて、神社が完成した。
出来は素晴らしい物だった。

宮造りの神社の存在感は圧倒的だった。
マークとランドに任せて正解だったようだ。
メタンが朝からそわそわしている。早く神社に行きたくてしょうがないようだ。

俺達は全員で神社へと向かう。
神社に着くと、まずは手を洗い、創造神様を祭ってある祭壇に向かう。
ここで皆に二礼二拍手一礼を教えた。
メタンがそんな作法が合ったのかと感心していたが、これは日本での物なので、こちらの世界ではどうなんだろうか?

皆で二礼二拍手一礼を行い、祈りを捧げた。
世界が平和でありますように・・・
聖者の祈りで、神気が濛々と立ち上っている。
メタンの信仰心が更に深くなりそうだ。

メタンはこの後、畑の創造神様の石像に祈る時も、二礼二拍手一礼を行う様になった。
パンパン、パンパンと煩い。
正直迷惑だ。
教えたのは俺だから文句は言えまい。



メルラドの復興だが、もはや完成したと言ってもいいだろう。
これは全てアイリスさんのお陰というところだ。
農場の技術改革が進み、またこれまで育ててこなかった野菜の品種も増え。
収穫量は大いに増えている。

既に、屋台の販売も終えている。
島の野菜のファンがついており、屋台終了には延期を望む声が多数寄せられたが、ジョシュア達が契約期間満了を迎えた為、やむなく終了となった。
人員を増やせばいいのだが、なかなかそうも行かない。



あと、ハウス栽培が順調に進んでおり、今ではイチゴ、小松菜、アスパラガスなどが収穫を迎えている。
流石はアイリスさんといったところだ。

ゴンガス様に、またハウス建設の依頼をしなければいけないのだが、こればかりは俺の一存という訳にはいかない。リチャードさんとピコさんと相談だな。
メルラドの復興はもはや終わりを告げていた。



俺はサウナで蒸されている、蒸されながらあることを考えている。
行うべきか、止めておくべきか。
汗をかきながらそんなことを考えていた。
よし!
俺は決心を固めた。
やろう!
いや、やってやろう!!


今日は五郎さんとゴンガス様にサウナ島に来てもらい、相談に乗って貰う手筈となっている。
まずは連れ立って、風呂とサウナを堪能し、晩飯を済ませて、晩酌がてらの話となった。

場所は俺の家のリビングである。あまり人に聞かれたくは無い為、あえてそうした。
俺はワインを飲み、ゴンガス様はトウモロコシ酒、五郎さんはビールを飲んでおり、つまみには枝豆だ。
そして、なぜかオリビアさんがいる。
呼んで無いのに・・・
普通にワインを飲みながら混じっている。まるでここにいて当然といわんばかりに。

「あの・・・オリビアさん?何故ここに?」

「え?何か面白そうな話を聞けそうな気がしたからですわ」
何という嗅覚だ!あんた何者なんだよ。
勘が鋭すぎるぞ!
怖いったらありゃしないよ!
まあ・・・いいんだけどね・・・

「それで、お前さんどうしたんだ?」

「ゴンガスの親父、そうせっつくなって」
五郎さんが咎める。

しかしこの二人も気が付いたら、随分と仲良くなったもんだ。
五郎さんはゴンガス様をゴンガスの親父と呼び、ゴンガス様は五郎さんのことをお前さんと呼ぶ。
ていうか、ゴンガス様は誰でもお前さんとしか呼ばない。
複数人の会話に合わないんだよな、誰のこと言ってるのか、分からない時があるんだっての。

「五郎さんいいんですよ、そろそろ話そうと思ってましたので」

「そうなのか?じゃあ始めてくれや」

「今このサウナ島と転移扉で繋がっているのは、五郎さんの所とゴンガス様の所、あとはゴンズ様とメルラドです」

「オリビアの所と言ってくだいさいませんの?」
女神に覗きこまれた。
あー、めんどくさい。

「オ、オリビアさんの所です」
そう言うと、オリビアさんは笑顔になった。
やれやれ。

「そこで、これから先は転移扉の設置個所を拡げようと考えています」

「ほう」

「そうか」

「ウフフ」
概ね理解を得れそうな雰囲気だ。

「これまでは、このサウナ島に来る人はかなり限定してきたつもりです」

「そうだな、そうする理由があったからのう」

「ええ、しかし、これからは方針を変えようと思うんです」

「それで、どうすると?」

「これからは、転移扉の設置個所を増やし、サウナ島に神様であれば、誰でも来れるようにしようと思うんです」

「なるほど」

「ただ、これは俺が会ったことがある神様に限定されます」

「どうしてだ?」

「転移扉が設置できないからです」

「ああ、そういうことか・・・」

「今後設置できるのは、コロン街と、カナンの村と、ボルンの街です。あとメッサーラの設置はできますが、あそこには神様がいませんので何ともです。タイロンは・・・今のところ積極的には考えていません」

「そうか、何でそうしようと思うんでえ?」

「まずはこの世界の流通を変えようと思うんです」

「流通ですの?」

「そうです、このサウナ島を起点に様々な物や人が、行き来できるようにしようということです」

「ほう、物や人をか・・・いいんじゃねえか」

「今でいえば、ゴンガス様はメルラドにもいかれましたし、五郎さんの温泉街に行くことも可能です」

「そうだな、現に儂はメルラドに行ったからのう」

「ゴンガスの親父、いい加減に儂の温泉街に来いよな?」

「おお悪い悪い、近いうちにきっとな」

「ああ?本当だろうな?」

「ああ、約束だ」

「私も五郎の温泉街に行きたいわ」

「おお、いいじゃねえか、オリビアも来てくれや」
話が脱線しておりますがな・・・

「あの・・・よろしいでしょうか?」

「ああ、すまねえ島野、続けてくれや」

「それで、物と人が僅かな時間で移動可能というのは画期的なことです。これのネットワークを、今後は積極的に広げていこうと考えています」

「ちょっと待て島野、例の件はどうするんだ?」

「世界樹のことですか?」

「ああ、そうだ」

「そこですが、あくまで転移扉を開けれるのは神様だけです。逆にいえばここは神様が集まる場所です。そんな所で悪さをしようとする者が紛れ込むことは、無いんじゃないかと思いますが、どうでしょう?」

「確かにそうだな。そんな不届き者が紛れ込むことはまず無いだろうな」

「それに言ってなかったかもしれませんが、世界樹には俺が結界を張ってあります」

「そうなのか?なら万が一にも、世界樹の葉を取ることなんて出来無いだろうのう」

「守さんはそんなこともできますのね」
オリビアさんに関心されてしまった。

「ええ、それにこのサウナ島は聖獣と神獣がいます。戦力は充分かと」

「それは間違えねえな、お前えらと相対出来るのは、この南半球にはどこにもねえな、ガハハ!」
五郎さんが豪快に笑っている。

「それにこのサウナ島に来れるのは、神様がこいつなら連れて行ってもいいと判断した者に限られます」

「なるほどのう、身元も確かな者に限定されるということだの」

「ええ、そうです」

「そこで、相談したいのは、どういうルールを設けるかということなんです」

「ルールか・・・難しいのう」

「ああそうだ。お前さんのことだ、腹案があるんだろう?」

「ありますが、ものすごくざっくりした物ですよ」

「島野、いいから言ってみろや」

「では言いますが、フリーにしようと考えています。各自の神様の判断に任せようと思っています」
場が一瞬凍り付いた。

「お前さんそれは、やり過ぎじゃないか?」

「ええ、そうですわ」

「いや、それぐらいでいいと思うんです。ただ、扉を出たら即サウナ島という造りにはしないようにと考えています」

「ほう?どういうことでえ?」

「今は扉を開いたら、サウナ島の中心に繋がりますが、転移扉の設置場所を変えて、扉を開いたら、囲われた場所を経てから、その先の用途に合わせた利用が出来る様にしようと考えています」

「一度、門番のチェックと受けるということだのう」

「いえ、警備兵なんて物々しい者は配置しません」

「じゃあ、どうするんだ?」

「受付を設けます」

「受付だと?不用心じゃねのか?」

「そこは、神様達を信じようと思います。間違ってもこの島に仇名す者など連れて来ないでしょうし」

「そうは言うがな、万が一ってこともあるだろうが?」

「それを言い出したら、切りが無いので、何も出来なくなりますよ」

「まあ、そりゃあそうだがな」
五郎さんなりの優しさだな。
それに万が一があっても対応できる気がする、身内を褒める訳では無いが、うちは優秀な者達ばかりだからね。

「俺はこれまでに何ヶ国訪れましたが、入国する際の対応は様々でした。はやり入国時の対応はその国や村の顔です、物々しくしたくはないんです。良い印象を与えたいんですよ」

「そういう考え方か・・・嫌いじゃないがな」

「ええ、分かって貰えると助かります」

「私は、いいと思いますわ」

「ありがとうございます」

「お前さんがそういうなら、そうすればいい」

「それに、この島に訪れる人の目的は五種類になると思います」

「五種類ですか?」

「ええ、まずは商売で商談や、商品のやり取りを行うケース。これは実は迎賓館を作って、そこで行っていただく様にしようと考えてます」

「迎賓館か、考えたな」

「迎賓館って何だ?」

「お客をお迎えすることに特化した建物、と考えて貰っていいかと」

「ほう、具体的にはどうなんだ?」

「商談が出来る個室や、フロアーを作ります。そこでお茶やコーヒー等を飲みながらゆっくりとして貰い、じっくりと商談を行って貰います。さらに宿泊施設も作ろうと思ってます」

「なるほどのう、それは良いかもしれんのう」

「そこで、様々な国や村の代表者や商人が交流を図ってもらい、商品のやり取りだけでは無く、文化の発信地となるのではないかと思うんです」

「文化か・・・国と国が交われば、そうなって行くんだろうな」

「それに技術の交流も出来るようになるとも思えます」

「技術交流っていうと、アイリスちゃんがやってる農業指導の様な物なのかしら?」

「そうですね、分かりやすく言えばですが」

「アイリスさんのって、何やってんだ?島野?」

「それは、また今度説明します」

「儂も聞きたいのう」

「だから、また今度にしてくださいって」
この親父達は本当に、何度も話の腰を折るんじゃないよ、まったく。

「話を戻しますよ」

「ああ、悪りい」

「次に移動手段としての利用です」

「まあ、そうなるわな」

「これまで移動に何十日も掛かったのが、数分で済み、更に安全で移動できるのは驚異的な発展です」

「間違いねえな、しかしこれはとんでもねえ価値だな。日本の高速道路よりも価値がある。遂に日本を超えるな。これは面白れえ。ガハハハ!」
確かに現代日本を超える便利さだ。

「次に観光です」

「それはまあ、そうだろうのう」

「観光はあるわな」

「そうですわ」

「まあ、これは普通のことです、特に何をする訳でもありませんが、俺の予想としては、畑を見たいという人達が多いかと思います」

「それはそうだろう、ここの畑は特別だからのう」

「お褒め頂き光栄です」

「けっ!こればっかりは間違えねえな、とはいってもアイリスさんが凄えんだけどな」

「分かってますよ、ありがとうございます、それで次が一番大事なことなんですが・・・」

「何だ?」

「大事って?」

「何があるのかしら?」
俺は全員を見回してから言った。
しっかり間を作って、言い放った。

「この島にスーパー銭湯を造ります!!」
全員が目を見開いた。
そして、笑顔の花が咲き乱れた。

「おお!遂にやるのか!」

「五郎から聞いてはいたが、いよいよ造るのか!」

「スーパー銭湯とは、何て甘美な響きなのかしら!」

「やります!いえ、やらせて頂きます!島野守!最高のスーパー銭湯を、ここサウナ島に造ります!」
俺は立ち上がって、ガッツポーズをして宣言した。
遂に造ることにした、念願の?念願なのか?そうなのか?いや、ここは念願としておこう。
俺は異世界に念願のスーパー銭湯を造るぞ!
何故か拍手で迎えられた、気分が良いな。
ああ、悦に浸りそうだ。
そして整いそう・・・

「そうか、そうなると話が変わってくるな・・・」

「そうだな、変わってくるのう・・・」

「ええ、そうなりますわね・・・」
何故だか、考え込みだした三人の神様達。
あれ?話しが変わる?ん?どゆこと?
俺はもっとこう、文化交流とか、物流革命とか・・・
ん?まあいっか。

一先ずブツブツ言っている神様達を眺めて過ごした。
この人達は・・・はよ終わらんかあ!
待ち切れず手を叩いた。
パンパン!

「そろそろいいですか?」

「ああ、すまん、いろいろ考えてしまった」

「私も我を忘れてしまいましたわ」

「すまん島野、この世界にスーパー銭湯は・・・嬉しいじゃねえか!ええ!」

「はい、ありがとうございます。全力で行います!」

「頼むぞ!」

「そうしてくれ!」

「お願いしますわよ!」
期待の眼差しを一身に受け止めた。
五郎さんとゴンガス様はともかく、オリビアさんはスーパー銭湯を知ってるのか?
まぁいいや、この人のことはよく分からん。

「そして、最後にこの島に来る、理由としてはその他になりますかね」

「その他か、ってそりゃそうだろ」

「そうだのう」

「ただ、どんなその他があるのかは、正直分かりませんが」

「相談事とかがあるんだろうのう」

「ああ、相談事が持ち込まれるのは間違えねえだろうな」

「といいますと?」

「なんだお前さん、分からんのか?」

「ええ、どういうことでしょうか?」

「お前さんは異世界人だろうが、その知識を求めて相談事があるに違いない」

「ちょっと待ってください。この島は解放する方向にしますが、俺自信のことを吹聴する気はありませんよ」

「そんなことは分かっておる。そうでは無く、お前さんは既にメルラドやメッサーラ、タイロンで活躍しておる。素性が分かるのも時間の問題だと思うがのう?それにこのサウナ島を解放するとなると尚更じゃないのか?」

「言われてみれば、そうですね・・・」
でもここにきて引くことは出来ないしな。
まあいいか、なんとかなるだろう。

「まあ、どうにかなるでしょう」

「急に雑だな、お前えらしいといえば、らしいがな、ガハハハ!」
俺らしいのか?五郎さんが言うんだから、そうなんだろうな。

「他にも考えられることはありますか?」

「どうだろうな、神が集まる場所となれば、各神に依頼ごとがあるやもしれんのう?」

「そうなったら、各自の判断で行ってください」

「まず間違えなくそうなるな、ゴンガスの親父に一番仕事が回ってきそうだな」

「そうなのか?」

「そりゃあそうだろうがよ、儂なんか、親父が打つ包丁が欲しくて仕方がねえんだぞ」

「ハハハ、お前えさんがそこまで言うのなら、お前さん専用に打ってやろうか?」

「ほんとうか?まけておいてくれよ」

「ああ、任せとけ」
ゴンガス様の包丁は高いからな、俺でも買わなかった一品だからな。

「そういえば、入島時に用途に分けて、お金を貰うようにします」

「えっ!いくら取るんだ?」

「まだ金額は決めてませんが、神様達からは取りませんよ」

「「本当か!」」
何でここはハモルかね・・・

「それは何でなんですか?」
オリビアさんからの質問だ。

「神様達はいわばツアーコンダクターですからね」

「何でえそれは?」

「要は、この島にお金を落としてくれる人達を連れて来てくれる方々ですので、お金を取らないということです。但し、食事やアルコール類は、お金を支払って貰います」

「何?それはどうにかならんのか!これまで道りとはいかんのか?」
ゴンガス様にはどれだけ飲み食いされたことか・・・いやそれを言うならオリビアさんか・・・五郎さんはそこまででもないか・・・

「まあ、ビールの二杯ぐらいならいいですよ」

「そこを何とか!もう一声!」
ゴンガス様が手を合わせて頭を下げている。
この人そんなにお金に困ってるのか?

「親父もう、充分じゃねえか」

「それじゃあ神様料金ということで、半額にしますよ」

「おお!流石はお前さんだのう」

「太っ腹過ぎじゃねえか」
やれやれだな。これからもお世話になるから良しとしよう。

「まあ、完成までには随分時間が掛かるとは思いますが、期待しておいてください」

「そうだのう」

「期待しておりますわ」

「楽しみが増えたじゃねえか」
こうして俺の決意表明は終わった。



転移扉の設置と、迎賓館とスーパー銭湯の建設、そして新たな社員寮の建設依頼に、大工の街ボルンに来ている。
お供はマークとランドだ。

「ランドール様は何処にいるかな?」

「この時間なら現場か事務所でしょうね」

「事務所があるのか?」

「はい、設計事務所とでもいいましょうか、設計や製図の作成はそこで行っていますね」

「そうなのか、じゃあその事務所に行ってみようか」

「分かりました、付いてきてください」

「ああ」
俺達はマークに着いて行った。
ランドール様は事務所にいた。
ランドール様は、一心不乱に製図を書いていた。

なんか、声かけずらいな・・・
空気を読まずにランドが声を掛ける。

「ランドール様、こんちわっす!」

「おお、ランドか、あっ!島野さんまで、お久しぶりです」

「ランドール様お久しぶりです。すいませんお仕事中に」

「いえいえ、どうしましたか?」

「ちょっと、込み入った話がありまして」

「込み入った話ですか?」

「はい、まずは見て貰いたい物があります」

「どういった物でしょうか?」
『収納』から転移扉を取り出した。

「これは転移扉です」

「転移扉ですか?その名の通り転移する扉ということですか?」

「はい、そうです」
ランドール様は驚愕の表情を浮かべていた。

「島野さん、世界が変わりますね」

「ええ、変わりますよ」

「おお、何という・・・」
言葉にならないようだ。

「これをまずはランドール様に寄贈します、これでランドール様は、いつでもサウナ島に来ることが出来ます」

「素晴らしい、何ということだ。本当に世界が変わるな」

「今から時間はありますか?」

「ああ、何を差し置いても、島野さんの話を聞いた方がよさそうだ」

「そう言って貰えると助かります」

「それで、どうすればいい?」

「ひとまずはサウナ島に来ませんか?」

「行っていいのか?」

「はい、もちろんです」

「じゃあこの扉を使えばいいのか?」

「はい、そうしましょう」
ランドール様は恐る恐る扉を開いた。
その視線の先には、サウナ島が広がっていた。

「なんということだ・・・」

「では、行きましょう」
ランドール様の背中を押して、サウナ島に転移した。



「言葉にならんな・・・本当に転移してしまったようだ」
まだ実感が薄い様子。

「まずはこちらにお掛けください」
と椅子を勧めた。

「ああ、そうさせて貰うよ」

「メルル、ちょっといいか?」
メルルが駆け寄ってくる。
ランドール様はメルルを見ると、一瞬だけ鼻の下を伸ばした。
この人は変わらんな、反射的に鼻の下を伸ばしていたぞ。

「すまないがアイスコーヒーをお願いできるか?ランドール様は何にしますか?」

「申し訳ない、何があるのかな?」

「水にお茶に、コーヒーと後はジュースとか、大体何でもありますよ」

「じゃあ、飲んだことはないが、島野さんと同じものをお願いできるかな?」

「はい、マークとランドは?」

「俺もアイスコーヒーで」

「俺も」

「はいはい、皆さんブラックでいいですか?」

「俺はミルクと砂糖を」
甘党のランドが言った。

「俺はブラックで」

「俺も」

「では私もそうしよう」

「了解です」
メルルは調理場に向かった。

「なあ、可愛い子だな」
とランドール様がマークに言った。

「そうですか?元チームメンバーとしては、何とも思いませんがね」

「お前達のメンバーだったのか・・・残念だ・・・」
何が残念なんだよ!このエロ神め!

「ランドール様改めまして、サウナ島にようこそ」

「島野さんありがとう、ランド達からここの噂は聞いてはいたが、素晴らしい島ですね、気持ちがいいよ」

「ありがとうございます。ここの島風は気持ちいいんですよ、湿り気も無く、最高の環境だと自負しております」

「その気持ちはわかるよ、羨ましい限りだ」

「さて、話を始めましょうか」

「ええ、お願いします」

「まず端的な話をさせて貰います」

「どうぞ」

「この島でこれから建設ラッシュを迎えます」

「建設ラッシュですか?」

「そうです大規模な建設工事を行います、それをランドール様に手伝って欲しいのです」

「具体的には何を造っていこうと?」

「はい、順を追って説明させて頂きます。少し長くなりますがいいでしょうか?」

「お願いします」

「まず、このサウナ島に神様が集まる様に、この転移扉を国や街や村に、どんどん展開していきます」

「・・・」

「分かっているとは思いますが、この転移扉は神様にしか開けることは出来ません」

「それはさっき気づいたよ、神力が減ったのを感じたからね」

「それで、今はボルン含めて五カ所繋がっています。今後随時転移扉の設置先を増やしていく予定です」

「ちなみに今はどこと繋がっているのかな?」

「今はメルラド、ゴロウ、鍛冶の街、漁師の街、そしてボルンです」

「広範囲に繋がっているようだ」

「はい、この先はコロンの街と、養蜂の村カナンに繋げる予定です。メッサーラとタイロンは考え中です」

「なるほど」

「この先も俺は旅を続けて、転移扉の設置先を増やしていこうと考えています」

「そうなのか・・・」

「そこで、このサウナ島に集まる人達の為に、迎賓館とスーパー銭湯を造ろうと考えています」

「ちょっと待ってくれ島野さん、迎賓館は何となく分かるが、スーパー銭湯とは何なのかな?」

「それは後で体験して貰おうと思います」

「体験ですか?」

「はい、そうです。期待していてください」

「ほう、それは楽しみだ」

「それで、後は社員寮も作ります」

「社員寮ね、それは流石に分るよ」

「ということで建設ラッシュになります。そこで、設計段階からランドール様に手伝って貰えないかという相談なんです」

「なるほど・・・」
ランドール様が腕を組んで考えている。
メルルがコーヒーを持って現れた。
各自にコーヒーを給仕してくれる。
コーヒーをランドール様が、ちょろっと口につけた。

「ん!何とも表現に困るが、複雑な味ですね。でも奥深い味を感じる・・・」
始めてコーヒーを飲んだ時の感想はまちまちだが、大体こんな感じだろう。

「島野さん、メッサーラの学校はどんな状況なんだろうか?そことバッティングしたら流石に難しいと思うのだが・・・」

「それは大丈夫かと思います。あそこはまだまだ下準備が始まったばかりですので」

「であれば問題無いと思うが、問題は島野さんがいうスーパー銭湯がどういう物かということだな」

「スーパー銭湯と迎賓館に関しては、俺が積極的に手を入れて行くつもりなので、多分上手くいくのではないかと考えています」

「そうなのか?」

「はい、今回の工事は、木材やその他必要な材料に関しても、惜しげなく俺の能力をフル稼働するつもりです」

「そうか、実はあれからいろいろと試してはいるんだが、いまいちまだ私も新能力を会得出来ていなくてね、この機会にいろいろ見させて貰えるとありがたいな」

「ええ、一切手を抜くこと無くやろうと思ってますので、どれだけでも観察してください」

「それは助かる」

「個人的には『加工』は、ランドール様には取得して欲しいと思っていますので、そうして貰えると嬉しいです」

「島野さん、ありがとう・・・」
ランドール様は頭を下げた。

「では、まずはイメージが出来る様に、風呂とサウナを体験して貰いましょうか」

「サウナですか?」

「ええそうです。スーパー銭湯とは、お風呂やサウナ等を中心とした施設です。食事もできますし、横になって寛ぐこともできます」

「そんな施設を造ろうというのですね、これはまた壮大な建築物になりますね」

「ええ、成し遂げましょう」

「ええ、是非!」
俺達は堅い握手を交わした。



脱衣所で海パンに着替えて、シャワーで体を洗ってから、露天風呂に入った。
ランドール様は終始、シャワーの構造や、水道に関して質問し、特に上下水道に関してはそうとうな興味を持っていた。

「ああー」

「気持ちいい」

「これは素晴らしい」
と皆で声を漏らす。

「島野さん、この露天風呂だけでも素晴らしい施設です。何より水がこうもふんだんに使えることが素晴らしい。私もたまに温泉は入るが、ここまで透明感のある水は見たことが無い」

「大工の神様に褒められるとは、嬉しいですね」

「実際に素晴らしいですよ、この風呂の構造もしっかりしている。この石の隙間を無くす加工はなかなかできるもんじゃないですよ」

「ありがとうございます。これも異世界の知識と、俺の能力で出来たものです」

「どんな能力ですか?」

「これは『合成』という能力で、引っ付ける能力です」

「なるほど『合成』ですか、興味が尽きないですね」

「これもランドール様には、親和性がある能力かもしれないですね」

「そうかもしれませね」
ここで人の気配を感じて振り返ってみると、水着姿のオリビアさんとゴンとリンちゃんが居た。

「あれ?守さんも露天風呂ですか?」

「オリビアさん、またいらしてたんですね」

「良いじゃない、減るもんじゃないんだし」
減るもんじゃないって・・・あんた結構飲み食いしてるよね。

「あ、ああ!」
振り返るとランドール様が声を漏らしていた。
おいおいおい!鼻血出てんじゃないか!
下似た顔で鼻血を垂らすランドール様がいた。

「ちょ、ちょっとランドール様、大丈夫ですか?」

「ああ、駄目だ・・・刺激が強すぎる・・・」
これは何とも・・・
一先ず鼻血が収まるまで、女性陣には露天風呂から出てもらった。
何やってんだよ、このエロ神!



気を取り直してサウナに向かう。
女性陣達には申し訳ないが、時間をずらして入浴する様にお願いした。
俺はスーパー銭湯は、完全に男女別々にすると固く決意した。

「うわ!熱っ!」
ランドール様が騒いでいる。

「ここでじっくり汗を流すんですよ」

「そうなんですね、しかし熱い。もう汗が滲み出ている」

「まだまだですよ」

「そうなのか、これは忍耐力が付きそうですね」

「いえいえ、我慢のし過ぎは返ってよくないので、ほどほどにしましょう」

「なるほど、匙加減が難しいですね」

「慣れてくるとそうでもありませんよ」

「そうなんですね・・・」
五分後に俺達はサウナを出た。
掛け水をしてから水風呂に入る。

「・・・寒い・・・が気持ちいい・・・」
ランドール様が声を漏らしていた。
水風呂を出て外気浴を行う。

「ああ・・・これはいい・・・解放感が凄い・・・癖になりそうだ・・・内側から暖かくなっていく」
新たなサウナジャンキー神様の誕生だな。
その後二セット行い終了した。



「サウナは凄い解放感でした、これは素晴らしい娯楽になりますね」

「そうでしょう、これは癖になるんですよ」
マークが自慢げに言う。

「もはやこれが無いと、生きていけませんよ」
ランドも自慢げだ。

「中には苦手な人も居ますが、好きな人は本当に好きですからね。癖になるのは分かります」

「それで、このサウナやお風呂を中心とした施設を造るということですね、どれぐらいの規模感で考えてますか?」

「そうですね、構想はこれからランドール様と詰めていこうと考えていますが、この際ですから、お金に糸目は付けないつもりですし、皆が喜んでくれるよう大規模な物にしようと考えています」

「なるほど、木材などの材料はどうするつもりなんですか?」

「はい、この島の木材を利用しますし、当然次木をして環境保護にも勤めます。更に必要な材料も俺の『万能鉱石』を使って、何でも揃えることは出来ます」

「何でも?ちょっと待ってくれ『万能鉱石』とは何のことなんだ?」

「そう言えば話して無かったですね、せっかくですので見て貰いましょうか」

「ああ、頼むよ」
俺は、現在マーク達が住んでいる社員寮にアテンドした。

「まずこの基礎ですが、コンクリートを使用しております」

「コンクリート?」
と言ってランドール様は、コンクリートを触ったり、叩いたりしている。

「コンクリートは、砕いた石灰石に砂と砂利を混ぜて、水を混ぜ合わせた物です。それが固まると、この様な堅い石の様になります。そして、実はこの中に格子状の鉄を入れることによって、更に強度の強い基礎になっています」

「凄い技術じゃないか!島野さんあなたはとても博識だ、もっと教えてくれ!」

「ええ、あと、ちょっと見にくいですけれど、屋根にはガルバ二ウム合金という素材を利用しています。そして、これらの素材を俺の能力で確保しているんです」

「そうなのか。その『万能鉱石』とやらを見させて貰えないだろうか?」

「ええ、いいですよ」
俺は『万能鉱石』を出して見せた。

「今は何とも言えない鉱石なんですが、自分の欲しい鉱石をイメージしながら触れるとその通りの代物に代わります」

「なんとも・・・あまりに便利な能力だ・・・」

「でも例えば、金にしようとしたら、現在の価値などによって質量が変化しますので、今の大きさのままでは無く、小さな物になってしまうんですけどね」

「その辺は、上手く出来ているということか・・・これで、スーパー銭湯建設の部材は全て調達できるということか、それも一瞬で」

「はい、出鱈目でしょ?」

「ああ、出鱈目だ・・・」

「あとは、どういった構造で、どういった建物にしていくのか。そんなところから打ち合わせを重ねて行って。作図をして構造計算をしていければと考えています」

「島野さんは構造計算も出来るのか?」

「いえ、そこはお任せできればと・・・」

「そうか、それは任せて貰おう。だが俄然面白くなってきたぞ。何かと夢が広がるな、島野さん」

「はい、夢が広がります!」
それから、候補地を視察し、サウナ島をアテンドして夜を迎えた。



晩御飯がてらも話は尽きない。
今日のメニューはから揚げ他、野菜の揚げ物とを中心にした御飯となった。

から揚げは島の皆の大好物、一瞬で売れていく。
料理番の面々は、せっせと揚げ物を作ってくが、それよりも皆が食べるスピードが速い為、揚げ物渋滞を起こしている。
皆そうなることは分かっているので、誰も文句は言わない。
それよりも揚げたての揚げ物が、食べれることの方が嬉しい様だ。
ランドール様もから揚げには舌鼓を打っていた。

「それにしても、始めてこの島に来たが、あまりに魅了的な島だ、マークとランドが羨ましく思えてきたよ」

「でも、これからはランドール様もこのサウナ島にいつでも来られますよ、それに既に何人もの神様が、この島には転移扉を使って訪れています。ほら普通に島の皆に交じってますが、彼女は音楽の神様ですしね」
オリビアさんを指さした。
オリビアさんは、一心不乱にから揚げを頬張っている。

「彼女はなんて綺麗なんだ」
ランドール様がエロ神の顔をしていた。

「はは、話を進めてもいいですか?」

「ああ、すまない。続けて貰おう」

「それで、職人の数はどれぐらい集めれそうですか?」

「おそらく今は建設中の者達は少ないし、メッサーラの学校もまだまだ先となれば、二十人近くは揃えられると思う」

「それは心強いです、今回はスーパー銭湯だけでなく、社員寮と迎賓館もありますので、職人の人数は一人でも多くいて貰えると助かります」

「タイミングが良かったよ、ちょうど大きな仕事を終えた所だったんでね」

「後、工事中の食事はこちらで提供しようと考えてます」

「そこまでやってくれるのか?」

「はい、建築部材も俺の能力をフル稼働しますので、大工道具一式と職人さえ提供して貰えればいいと考えています」

「これは至れり尽くせりというか・・・そんな現場は始めてだよ」

「ありがとうございます、その分作業に集中してもらえれば、工期も短縮できるかと思いますが、どうでしょうか?」

「間違いなくそうなるね、正直一番大変なのは、建築部材の調達なんだよ、それが一瞬で調達できるなんて、そんなありがたいことはないな。後、明日でいいから上下水道の視察をさせて貰えないか?」

「ええ、大丈夫です。これから数週間は喧々諤々と打ち合わせをしていきましょう」

「楽しみだな」

「そうですね」
その後酔っぱらったランドール様は、オリビアさんに絡み、オリビアさんの歌で眠らされていた。
あんな撃退法があるなんてな。
凄!



翌日、朝食を終え、さっそく上下水道の視察を行う。

「そうか、こんな仕組みになっていたんだな。納得がいったよ」

「コツは浄水池を造ることなんです。これが無いと、綺麗な水にはなりませんからね」

「それに、このプリコという魚。初めて見るな」

「この魚は繁殖力も高く、食べても美味しい魚です。まさに一石二鳥の魚なんです」

「実は水道には前から興味があって、私の街にも導入を検討していた所だったんだよ。目の前にその正解があるんだ、再現は可能だ。ありがとう島野さん」

「いえ、どういたしまして」
こうやって技術交流を深めていくことも、転移扉を設置した意味があると言う事だ。

「じゃあ、大体の所は把握出来たから、簡単なスケッチを用意しようと思うんだが、その前に、どの建物から手を付けるんだい?」

「そうですね、完成の順番としての理想は、社員寮が一番先で、その次にスーパー銭湯、最後に迎賓館という順番です。後すいません伝え漏れてました」

「何をだい?」

「転移扉を設置する館の作成も必要でした」

「転移扉を設置する館?」

「はい、今はダイレクトに島の中心に繋げてますけど、設置個所は変える必要があるんです、いきなりダイレクトに島の中心では、安全面などを考えても不味いかと」

「それはそうだろう、転移扉を出て、門を通過してから島に入るということだね」

「はい、そうです、それ専用の館です」

「そうであれば、簡単に出来ると思うよ。検問所の室内版といった所なんだろ」

「そこまで物騒な物では無いですが、平たく言えばそうですね」

「じゃあ心配には及ばない、それ含めてラフ案を作っておくよ」

「ありがとうございます」

「三日ほど貰えるかな?」

「はい、よろしくお願いします」

「ああ、その間にも遊びに来させて貰うよ」

「是非そうしてください。お待ちしています」

「ああ、よろしく頼むよ」
ランドール様は転移扉を使って帰っていった。
頼もしい協力者を得て、順風満帆な心持となった。
さて、面白くなってきたぞ!
スーパー銭湯!造っちゃうぞ!

一人盛り上がる守であった。
建設ラッシュが始まっている。
現在のサウナ島は、大工職人で大賑わいとなっている。
大きな掛け声と共に、次々と組み上げられていく建造物。
そのペースは速い、現場監督の指示の元、建築部材が運び込まれていく。
ある者はトンカチを片手に、ある者はのこぎりを片手に、そしてまたある者は図面と睨めっこをし、作業進めて行く。
サウナ島は活気に満ち溢れていた。



遡ること数ヶ月前
ランドール様のスケッチを元に、現地にて確認作業を行っている。

「場所はここでいいとして、大体の建坪としては、参百坪ぐらいですかね?」

「そうなりますね、島野さんが言っていた収容人数が、広々と使える施設となると、それぐらいが妥当かと、後風呂やサウナは本当に二階で大丈夫ですか?」

「ええ、問題ありません。もし水量不足が起きてもいいように、水道管の引き込みは一本増やしますし、水圧も低くなるようでしたら、解決策はありますので」
これは俺の拘りの一つである。
日本のとあるスーパー銭湯で一階がスーパー銭湯、二階がボーリング場という施設があった。
そこでの整いは満足のいく物では無かった。
二階の物音が一階に響き渡り、外気浴場でも音がうるさかったからだ。
やはり整っている時は、要らない音は避けたいのだ。
その為、風呂やサウナを二階に持っていくことにした。

「島野さんがそういうのであれば、いいでしょう」

「サウナや風呂に関しては、俺が前面に立って造りますので任せてください」

「元よりそのつもりですよ、この世界にサウナはここでしか無いはずですからね」

「そのようですね、サウナ文化が広がって欲しいんですけどね」

「今回の件によって、サウナが広がるってことも、あるんじゃないですか?」

「そうかもしれませんね」
この異世界でもサウナ文化が広がって欲しいと切に願います。
サウナの可能性は無限大ですから。
あー、サウナに入りたくなってきた。

「それでこの入島受付場ですが、どうですかね?」
ランドール様がスケッチした入島受付場は、少々無機質な造りに見える。
前にも述べたが、島の玄関口となる為、良い印象を与えたい。

「もう少し派手にして貰いたいですね。こことか、こことか」

「わかりました」

「受付を後二つ増やしてください。受付渋滞は少なくしたいので」

「なるほど、他にはどうでしょう?」

「そうですね、天井の高さを挙げましょう。巨人族のような大きな人達でも、狭く感じない造りにしたいですので」

「そうか、すまない、見落としていた」
イラストにメモを加えていく。

「いえいえ、これは実際にメッサーラで俺が感じたことですので、気にしないでください」

「島野さんのホスピタリティーは凄いですね、脱帽です」

「いえいえ、見た目はこんなですけど、実際の年齢は結構いってますので、それなりに人生経験を積んでますので」

「ほう、そうなのですね。あえて年齢は聞きませんがね」

「そうなんですか?聞いて貰っても構いませんよ」

「えっ!いいんですか?」

「はい、六十二歳です」

「・・・はい?」

「見えないでしょ?」

「まったく見えませんね」
ランドール様は、俺の顔をまじまじと覗き込んでいる。
やだ、イケメンに見つめられてるわ。
なんてね。

「実はこの世界に来る時に、創造神様と交渉して、若い肉体にして貰うようにしたんです」

「交渉してって・・・」

「なかなかズルいでしょ?」

「ええ、ズルいとしか言いようがないですね。でも合点が行きましたよ、あまりに落ち着いているし、知識が豊富な所は、年齢を重ねているところに帰結するんですね」

「まあでもこの肉体になってから、精神的には随分と若くなったと思いますよ」

「そうなんですか?」

「ええ、言葉遣いも雑になったような気がします」

「島野さんと会話して、私はそうは感じませんがね」

「そう言って貰えるとありがたいです。話を戻しましょう」

「おお、これは失敬」

「後は、天井の一部にガラスを使用して、日光を取り込んで明るく見せたいですね」

「天井にガラスをね」
ランドール様が更にメモを加えていく。

「横壁は警備上外が見えない様にして貰って、後は入場扉をもっと大きくして貰って、両開きのドアにしてもらうのはどうでしょうか?その方が豪華に見えませんかね?」

「それは良い考えですね、扉も意匠の凝った物に仕上げましょう」

「玄関口はその土地の顔ですので、精一杯威勢を張らせて貰いますよ」

「この扉を開けたら、島の風景が一望できるというのも、いい発想だと思いますよ」
入島受付の建物はあえて、石の階段を組んで高い位置にしてある。
島を一望とまでは行かないが、上からの景色は心を掴むものである。
はやり第一印象は大切だとの考えから、この様にしている。

「あとは、もう一回り大きくしましょう。万が一入場が重なったら、収容できない可能性がありますので」

「一回り大きくと」

「入島受付の建物はそんなところで、次に行きましょうか?」

「はい、迎賓館ですね」

「ええ」
迎賓館は先ほどの建物から出て、階段を下った後に右側に位置する場所に、造ることになっている。

「この建物は格式の高い造りにして欲しいです」

「格式高くですね、意匠を隅々にまで行き渡らせるということですか?」

「それもいいんですが、重厚な造りにしたいんです。もっとこう高級感が漂う様に、入口の前に大きな石造りの柱を置くような感じですかね」

「なるほど、イメージは掴めました」

「この迎賓館では商人が商談をし、各街や村の代表達が会談を行う所にするのがコンセプトです。ここに訪れることを誇りに感じるような、ここで商談を行うことがステータスになるような建物にしたいんです」

「それはいいですね」

「あっ!そうだ、ランドール様は家具は作れますか?」

「家具ですか?」

「はい、ここに置くソファーやテーブルも、重厚な物を揃えたいんですよ」

「そういうことなら多少はできますが、そこはやはりその道のプロに頼んだ方が良いかもしれませんね」

「その道のプロですか?」

「ええ、ゴンガス様ですよ」
えっ!あのおっさんそんなことも出来たのかよ・・・知らなかった。

「ゴンガス様は武器等はもちろんですが、家具の作成も一流ですよ」

「知りませんでした」

「とは言っても鉄製の物が中心で、木製は俺の方が腕があると自負していますがね」

「なるほど鉄製と木製ですか・・・どちらかに統一するべきなんでしょうか?」

「いや、そこはセンスが分かれるところですね。どちらも良い物は良いですし」

「そうですね・・・ひとまず家具のことは置いておきましょうか」

「ですね、まずは建物の完成が先ですね」
一度ゴンガス様の家具を見てこようかな?
次に社員寮だ。

「社員寮は設備として、トイレと台所、洗濯場、後は簡単なシャーワールームを設けようと考えています。後は個室ということで」

「島野さん、シャーワールームは本当に必要でしょうか?」

「もちろん要りますよ」

「それはどうしてですか?スーパー銭湯で充分では?」

「そこはほら、女の子には月に一度あるじゃないですか。その期間は風呂には入れないかと・・・」
納得がいった表情のランドール様。

「ああ、そうだった、これは余計なことを聞いた。そこまで考えているとは・・・」

「案外重要なことですよこういった所は、我々男性は女性に対してもっと気を遣うべきだと思います」

「そうですね・・・参考になります」

「あと、本当は寮も男女別々にしたかったんですが、どれぐらいの男女が集まるか分からないのでそこは一旦断念ですね。使用の仕方で分けていくしかないと思います」

「そういえば従業員はどうやって集めるんですか?」

「いろいろ考えていますが、メルラドで募集しようと考えています」

「メルラドが国民を手ばなすことを良しとしますかね?」

「どうでしょうか?まあメルラドには大きな借りがありますし、別に通いでもいいので、その辺はどうとでもなるかと思います」

「そうですか・・・そう言ったことに煩い国もあると聞いたことがあります、まあ島野さんなら上手にやるんでしょうが、気をつけてくださいね」

「ええ、ありがとうございます」
そういった国もあるんだな、それだけ税収が上手くいってないということか?

「それで、二階建てにしてもらって、三階の屋上を洗濯場にしてはどうかと」

「なるほど、では三階は事実上屋上として、手すりを造るぐらいですかね?」

「そうなりますね、シャワールームは二階でと考えています」

「シャワールームは二階と」
ランドール様はメモを余念無く書き込んでいく。

「これは、二階を女性専用にする為です」

「なるほど」

「トイレは上下階共に完備で、もちろん水洗式です」

「そうだ、ここの水洗トイレはいいですね。ビックリしましたよ。こんな衛生的なトイレがあるなんて知りませんでしたよ」
日本のトイレはもっと衛生的なんですけどね、流石にあのレベルをこの世界で再現するのは難しいな。

「衛生面は重要です。病気の原因のほとんどが衛生面から来ていると言っても、過言ではないですからね」

「そうなんですね、我々神には病気は無縁ですが、そうは言ってられないですからね」

「ええ、重要な要素です」

「肝に銘じておきます」

「あと、台所は小さな規模でいいです。恐らく使うことはあまり無いかと思いますので、念のための設備です」

「台所は、規模は小さくと」

「寮に関しては、そんなところですかね」

「島野さん、従業員達はどこで食事を取るんですか?」

「それは、スーパー銭湯の大食堂でと考えています」

「なるほど、いいですね。余計な施設は要りませんからね」

「当初は職員食堂も考えていましたが、よく考えたらその必要はないかと思いましてね」

「うん、それでいいと思いますよ。それにマーク達に聞いたんですが、島野さんの所は三食無料で食べれるらしいじゃないですか、それにビールも二杯まで無料だとか、この世界でそんな好待遇な話は、聞いたことがありませんよ」

「これは俺の持論なんですが、職場環境は従業員達にとっては重要で、ある程度好待遇にすることでモチベーションが上がると思うんです。やはり気持ちが乗ってないと、良い仕事はできないですからね」

「それはそうだが、現実として難しいものですよ」

「そうなんでしょうね、でもやっぱり福利厚生というか、従業員達にとってやりがいとなる物は必要だと思いますよ」

「やりがいか・・・」
ランドール様が顎に手をやっている。
彼の考える時の癖だな。

「話を戻しましょうか」

「ですね、それにしても島野さんと話していると、何かと考えされられますよ、本当に参考になります」

「ありがとうございます。次はいよいよスーパー銭湯ですね、向かいましょうか?」

「行きましょう」
スーパー銭湯の候補地は、入島受付の館から階段を降りて左に向かった所になっている。
スーパー銭湯までの道も、石造りの道を整備するつもりだ。
土のついた靴で上がられると、掃除が大変なのは間違いない。

「まずは一階の施設ですが、大食堂がメインですが、横になって仮眠が取れる場所も重要です」

「仮眠室ということですね」

「この仮眠室ですが、実はまだ悩んでいる部分があります」

「ほう、どういった点でしょうか?」

「まず仮眠を取るにしても、その質が問題なんです」

「質ですか?」

「はい、雑魚寝で物足りるのか、物足りないのか・・・」

「なるほど、でも宿泊施設ではないので、そこまで拘る必要はないのでは?」

「確かにそうなんですが・・・経験上そうとも言えないんですよね」
多くのスーパー銭湯では、個別の仮眠室があったほうが寛げたなと思うことがあったのだ。
どうしたものか・・・

「ひとまず保留とさせてください」

「分かりました」

「次にトイレと、簡単な遊戯施設は要りますね」

「トイレは分かりますが、遊戯施設ですか?」

「はい、今のサウナ島の遊戯施設までは距離がありますので、そこに行くこともできますが、やはり子供達は親とは違う、楽しめる場所が要ると思うんです」

「子供ですか・・・」
これも自分の経験談になってしまうが、遊戯スペースで楽しく遊んでいる子供達を何度も見かけた、子供達にとっては、風呂が楽しい場所とは限らないのだ。
ただ親に付き合っているではもったい無いと思ってしまう、子供には子供のスーパー銭湯の楽しみがあっても良いと思うのだ。

「ちなみに遊戯スペースでは、何をしようと考えているんですか?」

「これはいくらでも案はあります」

「ほう、例えば?」

「水を張った大きな桶を用意して、そこに小さな魚を泳がせて、紙で作ったスプーンの形をしたもので掬って遊ぶとか、後は、オモチャを並べておくとか、いくらでも考えられます」
そう、金魚すくい一つだけでも、充分に楽しめるのは間違いないのだ。

「流石です。俺にはそういったことは考えつかないですよ」

「いえいえ、俺は子供にも楽しめる施設にしたいと思っているだけのことです。ちなみに小さい子供には、サウナは入れない様にしようと考えています」

「それはどうしてですか?」

「子供にとってはサウナの意味は分かりづらいと思うのです、何度かサウナに入る子供を見かけたことがあるんですが、直ぐに出て行ってしまいますので、返って他の利用者にとっては、迷惑になる可能性がありますので」

「なるほど、年齢制限を設けるということですね」

「はい、適正年齢は今後考えますが、そうしようと考えています」
大事なことは、いかにすべての世代の方々が、楽しめる施設になるのかということだ。それには拘る必要がある。

「あとは、これは考え処ですが、ステージを作ろうと思います」

「ステージですか?」

「はい、大食堂に加える形でお願いします・・・」

「それはどうして?」

「オリビアさんが・・・どうしても私が歌う場所を作って欲しと・・・」

「ああ・・・分かりました」
ランドール様も理解してくれたらしい、まあこの人にとっては、何度もオリビアさんにちょっかいを掛けては、毎回歌で眠らされてるから、その効果のほどは実感があるのだろう。逆に挑み続けるガッツに俺は引いているのだが・・・

「まあ、そういうことです・・・」

「理解しました・・・」

「次に二階ですが、ここは俺の独壇場ということで話をしますが、まず一階も二階もまず天井が低いのでもっと上げてください」

「わかりました」

「特に内風呂は天井が高ければ高いほどいいと考えています」

「それはどうして?」

「まずは湿度の問題です。当然水蒸気は上に向かいます、それによって風呂自体の温度は下がっていきます」

「はい」

「でも湿度は一定の湿度を保ちます」

「ほう」

「そうなると、室内自体が一定の湿度を保つことで、室内に一定の温度感を保つことが出来ます。それが、重要と考えています」

「といいますと」

「浴室に入った時の第一印象です」

「第一印象ですか?」

「はい、浴室に入った際に何が迎えてくれるのか・・・これが大事なことなんです」

「レベルが高すぎて私には理解できません」

「かもしれませんが、ここは拘らせてください。天井高を、四メートルは作ってください、お願いします」

「分かりました」

「サウナルームに関しては、俺に一任してください。ただ、十段の階段は設けてください、これは必須です」
俺のサウナの拘りをここにぶつける。
これまでにないサウナを作りたい。
どうしたものか・・・考えはあるが・・・今はまだ言うべきではないだろう・・・

「シャワーは四十機、内風呂は大きく作って三十人以上は入れる広さにしてください。そして角には電気風呂を造ります」

「電気風呂とは?」

「はい、魔石に微量な雷魔法を付与して、マッサージ効果を得る風呂です」

「おお!マッサージ効果ですか?」

「はい、そうです」
あれ?この人のマッサージはこれで合ってるのか?
まあいいや。

「後は大事な部分として水風呂ですね。二か所必ず設けて貰います」

「二か所ですか?」

「はいそうです、超冷水風呂と普通の水風呂が必要です」

「温度帯で分けるということですね」

「そうです正解です。これが重要なんです」
俺はこれの重要性をいやというほど知っている。
おでんの湯で、超冷水風呂をどれだけ堪能してきたことだろうか。
これまでに超冷水風呂に関しては、試行錯誤してきたことは間違いない。



突如突きつけられた超冷水風呂・・・
あれはおでんの湯がリニューアルした時だった。
おでんの湯のリニューアルのメインは、オートロウリュウだった。
そこに目を奪われ過ぎてしまっていた。

リニューアル初日、俺はオートロウリュウに満足し、いつも通り通常の温度帯の水風呂を使っていた。
その翌日、

「超冷水風呂はなかなかの破壊力ですよね?」
と飯伏君に尋ねられた。
超冷水風呂?

「何のこと?」

「あれ、まだ試してないんですか?」

「嘘、そんなのあるの?」

「ええ、水風呂の隣に、ほら前は運動浴があったところですよ」
頭を抱えてしまった、またやっちまった。
おっちょこちょいにもほどがあるな。
超冷水風呂を見落としてしまっていた。
我ながら嫌になる。

「ありがとう、試してみるよ」

「温度帯はグルシンですよ」

「そうなのかい?それは期待できるね」

「ええ、最高ですよ」
見に行ってみると超冷水風呂があった。温度はなんと七度。
期待値が爆上がりした。

確か名古屋市栄のフィンランドサウナの名店の冷水風呂が、水温五度前後だったはず。
一度だけ入りに行ったことがある。
余りの寒さに、一瞬手足が動かなくなったのを覚えている。
あの名店のクオリティーとまではいかなくとも、それに近しいクオリティーを地方都市のスーパー銭湯で体験できるなんて、なんてお得なんだ。

この日から超冷水風呂の、最もサウナトランスに良い入り方の研究が始まった。
飯伏君とも、どう入ったらいいのかという談義が数日続いた。
最終的に俺が落ち着いた入り方は、一セット目は超冷水風呂に数秒、二セット目は通常の水風呂で数十秒、三セット目は超冷水風呂に数秒の後に、通常の水風呂を数十秒の、から揚げの二度揚げならぬ、水風呂の二度入りだ。
俺にとってはこの入り方が、最もサウナトランスが深かった。



「後は外気浴場と露天風呂と塩サウナですね」

「そうなりますね」

「露天風呂に加えて、温泉をここまで引き込もうと考えています」

「今の温泉はどうするのですか?」

「潰そうと思ったんですが、そのままにしておきます」
これはノンからのたっての望みだった。
何かに使いたいとのことだった。
余りの懇願だったので、あまり深くは聞かないことにした。

「そうですか」

「引き込み自体は対して負担な作業にはならないので、問題は有りません」

「負担な作業にはならないと、簡単に言ってしまう島野さんに脱帽です」

「いえいえ、俺は能力に恵まれているだけです」

「なんとも・・・」

「後、炭酸泉用の風呂も外側スペースに設けようと考えています」

「そうなると、外気浴スペースを狭くする必要がありますね」

「そうするのは偲びないので、二階を一階よりも広く設ける様に柱を組んで貰えないかと考えているんですが、どうでしょうか?」

「出来なくはないです。そうなると構造計算が変わってくるので一度持ち帰らせてください」

「お願いします、出来れば海を見渡せる箇所に、外気浴場を設けたいと考えてますがどうでしょうか?」

「そこは工夫でカバーしましょう」

「助かります」

「いえいえ、今回の建設は私にとっても大きな経験になります。なにせこの世界初だらけですからね、歴史に名を刻めます」

「言い過ぎですよ、ランドール様は」

「何をいってるんですか島野さんは、自分がどれだけのことをしようとしているのか分かってないのですか?」
どれだけのことって言われてもねえ・・・

「あなたはこの世界の有り様を変えようとしているのですよ」

「と言われましても、あまり実感がないのが正直な所でして・・・」

「ふう、まあ島野さんらしいということでしょうね」
またらしいと言われてしまった。
俺らしいってなんなんだろうね?

「さて、ひとまずはこれで確認は済みましたね」

「あとの細かいところは、修正後にまたということで」

「はい、そうしましょう。今日も入っていかれますよね?」

「ええ、そうさせていただきます」
最近のランドール様は、ほぼ毎日サウナに入っている。
既にサウナジャンキーだな。
さてさて、今日の晩飯はなんだろうな。



ゴンガス様の所にやってきている。
さっそく受付のメリアンさんから、ワインの購入の催促があった。

「メリアンさんもワインが好きなんですね」

「ええ、島野さんのワインは格別ですから」
と言って代金を支払ってくれた。

「ゴンガス様はいますか?」

「今は工房かもしれません、覗いてきますね」

「お願いします」
数分後ゴンガス様が現れた。

「お前さん納品か?」

「はい、それもありますが、見させて貰いたい物がありまして」

「見たい物があるのか?」
ゴンガス様が二ヤリと笑った。
金の匂いを嗅ぎつけた顔をしている。

「家具を見させて貰えませんか?」

「おお、家具か!何に使うんだ?」

「迎賓館とスーパー銭湯に置けるような物があれば買いたいなと」

「なるほどのう、付いてこい」
と言うと、ゴンガス様は工房の更に先にある倉庫に俺を誘導した。
倉庫の鍵を開けると中に入っていった。
そこにはたくさんの家具や、武器類が所狭しと並んでいた。

「これまた凄い数ですね」

「ああ、自慢の作品達だ、遠慮なく見ていってくれ」

「そうさせて頂きます」
鉄製なせいか、重厚な雰囲気を感じさせるテーブルや椅子、カウンターテーブルの様な物も置いてあった。

「ちなみにお勧めはどれですか?」

「迎賓館に置くにはこれだの」
ひと際目立つテーブルセットだった、所々にある意匠が良い仕事をしている。
椅子を引いてみた。

「あれ?思いの他軽いですね」

「ああ、見た目とは違って軽量の鉄を使っておる、毎日使う物なら軽く無ければなるまい」

「確かに、ちなみにいくらですか?」

「これはセットで金貨四十八枚だな」

「結構しますね」

「ふん!自慢の一品だからのう」

「まあ、たくさん購入しますので、その時はまけてくださいね」

「おお!そうかそうか、お前さんのたっての願いとなれば、受けてやらんとのう、ガハハハ!」

「あと、オーダーメイドでお願いしたい物がありますので、時間を貰えますか?」

「いいだろう」
ニコニコのゴンガス様だ。
倉庫の中を一通り見て周って倉庫を出た。
まずは納品を済ませて、いつもの部屋にいる。

「それで、何をオーダーメイドするんだ?」

「ロッカーを作って欲しいのですが?」

「ロッカーとな?」

「はい、そうです」
俺はロッカーの構造や、鍵の部分などについて説明した。

「ほうほう、それなら作れるが、ここまでの数となるとちょっと時間が掛かるのう」

「どれぐらいかかりますか?」

「そうだのう、全部で八百個となると、うーん」
髭を撫でながら考え込んでいる。

「鍵の部分に時間が掛かりそうだのう、弟子達を使ったとして、一ヶ月は欲しいのう」

「一ヶ月ですね、じゃあそのタイミングになったら声を掛けます。あと最後の組み立ては現地でお願いできますか?多分そうしないとサイズ的に入らないと思いますので」

「そうか、そうだな、出来たは良いが、入らんとなっては意味が無いからのう、ガハハハ!」
今日はお金になる話の為か、終始上機嫌のようだ。

「また材料は『万能鉱石』を使うのか?」

「はい、でもゴムは島にありますのでそれを使ってください」

「そうか、サウナ島にはゴムの木があったな、ゴムだがな、ちょっと多めにくれんか?」

「いいですが、何に使うんですか?」

「この世界ではゴムは貴重でな、さっき見た家具なんかにも本当は使いたいんだが、なかなかそうもいかなくてのう」

「なるほど、いいですよ、せっかくですので帰ったら新しくゴムの木を植えておきますよ」

「本当か?ガハハハ!お前さんには頭が上がらんのう」
しょっちゅう頭は上がってると思いますが?
俺はサウナ島に帰ってゴムの木を新しく植えた。



建設工事は順調に進んでいる。
俺も大工の皆に交じって作業を行っている。
もはやガテン系と言ってもいいのかもしれない。

ランドール様は流石と言わざるを得ない、工程の管理から細かな作業に関してまで指示は的確で、大工の皆も全幅の信頼を置いているのが分かる。
エロい一面が無かったらとは思うが、最近はあの下卑た顔にも慣れて来た。
ただ、この島の女性陣はランドール様に黄色の声を向ける者は一人もいない、というより下卑た顔をしたランドール様を、レケが酔いに任せて殴っていた。
俺はあえて無視したのは言うまでも無いだろう。



今日は、特別な来客があった。
オリビアさんが、魔王一団を引き連れてサウナ島にやって来た。
彼らがサウナ島に来てから、そんな約束があったなと思いだしたぐらい、俺は建設工事に集中していた。

「いらっしゃい!」

「この度はお招きいただきありがとうございます」
リチャードさんが仰々しく頭を下げた。
こちらから招いた訳では無いのだが・・・まあいっか。

「島野さん、オリビア様から聞いてはおりましたが、凄い規模の建設工事が行われているのですね」

「ええ、圧巻でしょ?」

「はい、なんだかワクワクします」

「あ、そうだ、前もって言っておきますが、このサウナ島では身分や立場は関係なくをモットーにしておりますので、失礼があったら前もって謝っておきますよ」

「はい、聞いておりますので大丈夫です」
親衛兵達がざわめいた。

「あと、親衛兵の方達には悪いが、武器はこの島には厳禁なんだ。戻って置いてくるか、なんならこちらで預かろうか?」

「いえ、そういう訳には行きません」

「そうです」
と親衛兵達は引かない。

「なら悪いが帰ってくれないか?」

「えっ!」
絶句している。
こいつらは堅いんだよな、分からんでもないが。
前もそうだったが・・・

「だから、このサウナ島のルールに従えないのなら帰ってくれるかな?」

「それは・・・」

「君達、島野様に従いなさい。そもそもオリビア様からそう聞いていたはずです」

「しかし」

「では島野様が言う通りあなた達は帰りなさい。オリビア様お願いします」
一連のやり取りを、にやけ顔で眺めていたオリビアさん。

「だから言ったでしょう、あなた達はお堅いのよ。ねえリチャード」

「ええその通りです。ここは敵地ではありません。それに私達は勉強に来させていただいていることを分かってないようだ、君達は!」
おお!厳しい態度のリチャードさんは始めてみるな。

「分かりました、では武器を預かってください」
リーダーであろう男性が諦めたように言った。

「お前達もそうしろ!」
と一喝する。
その指示に従い、武器と鎧を脱ぎだした。
やれやれ、なんでこんなことになるのかね?
何かそうさせる過去でもあるのか?
俺は武器類を預かると、最近勝手にオリビアさんが使いだしたロッジの部屋に置いた。

「守さん、何もここに置かなくても・・・」

「オリビアさんが勝手に自分の部屋にしてるようですが、俺が知らないとでも?」

「うう、良いじゃないですか」

「いいですけど、せめて一声かけてくださいよ」

「じゃあ、この部屋を貰ってもよろしいので?」

「そうは言ってません」
項垂れるオリビアさん。
どうせほかっといても、勝手に住み着くんでしょ?
まったく・・・

「さて、何処から見たいですか?」

「島野さん、畑から見たいです」
メリッサさんが目を輝かせている。

「では行きましょうか」

「はい、是非!」
俺達は連れ立って畑に向かった。

畑に着くと、
「これは、凄い・・・」
とメリッサさんは声を失っていた。
親衛兵達も同様に言葉を失っている。
アイリスさんがこちらに気づいて駆け寄ってきた。

「メリッサさん、紹介しますね。アイリスさんです」

「あなたがあのアイリスさん・・・ああ・・・会いたかったです。本当に・・・」
メリッサさんは泣き出してしまった。
アイリスさんは、はて?と首を傾けている。

「どうしたんですか?」

「メリッサちゃんはアイリスちゃんの大ファンなのよ」

「大ファン?」

「ええ、国の復興に大活躍しただけで無く、アイリスの書は彼女にとっては、バイブルなのよ」

「へえー、アイリスさんの本の・・・」

「メリッサちゃんは、本当は農家になりたかったのよね?」
オリビアさんが話を振った。

「はい、そうです。農家になりたかったんです」

「なるほどね」
農家になりたいならアイリスさんの大ファンになっても、なんら不思議はないな、しかしそんな彼女が何で魔王になったんだ?
聞いてみたいが・・・
アイリスさんがメリッサさんの手を取り、引き寄せてハグした。
小さく振えるメリッサさん。

「いいんですよ」
と言って、背中を優しく撫でている。
やっと泣き止んだメリッサさん。

「すいません、気持ちが抑えられなくて」

「いえ、いいんですよ」

「メッリサと申します、よろしくお願いいたします」

「はい、こちらこそ」
と握手を交わしている。

「畑を見て貰えますか?」

「ええ、お願いします」
立ち直ったメリッサさんはアイリスさんに付いて周り、畑のイロハを教わっていた。
何とも楽しそうである。
オリビアさんが俺の横に並んで話しだした。

「あの子はもともと農家の一人娘だったのよ」

「そうなんですね」

「ええ、彼女は両親が育てている畑が大好きで、自分も将来はその畑で両親と一緒に農家として暮らすことを、当然の様に受け止めていたわ」

「・・・」

「でも十五歳の『鑑定の日』に彼女に膨大な魔力量があることが露呈し、慣習に則り彼女は、三年の準備期間を経て魔王となることになったのよ」

「魔王になる条件は、魔力量ということですか?」

「ええ、それに彼女の魔法は万能で、火・水・土の属性があるのよ。メルラドのみならず、自然属性の魔法が三種類も使えるなんて、異例の話だわ」
家の聖獣達は普通に三属性ありますけど?
人では無いから関係ないのか?

「その準備期間には、魔王は威厳に満ちた存在でなければならない、と教え込まれるらしいのよ」

「旧世代の考えと思えますね」

「守さんもそう思いますでしょ、私が出会ってからはそうじゃないと再教育しておりますの」

「そうなんですね」

「威厳では国は守れませんからね、そんなことは私も散々見てきましたわ」
この人も苦労して来たんだな。

「ちなみに、なんで親衛兵達はああもお堅いんですか?」

「彼らも同じですわ、親衛兵たる者、魔王の安全を最優先で確保すべきってね」

「職務に忠実であることには、間違いはないんですけどね・・・」

「でも、あれはあれでメリッサちゃんも良くないのですわ」

「どういうことですか?」

「あの子、何度か王城を抜け出してしまったことがあるのよ」

「へえ、それはどうして?」

「両親に会う為よ」

「ちょっと待ってください。魔王になったからって親に会えなくなるんですか?」

「ええ、今のメルラドはそうなのよ・・・」

「それに意味はあるんですか?」

「・・・無いわね・・・」

「だったら・・・」
ああ、他国の有り様に口を出すべきではないな・・・
全く意味の無い理不尽は、少なからず存在するが・・・
こちらの世界でもあるのか・・・
どうしたもんか・・・
まあ今は何も言うまい。



その後、サウナ島の施設をアテンドして周り、風呂に行くことにした。
風呂やサウナに関しては、オリビアさんに任せた。
もうオリビアさんは風呂や温泉、サウナに関しては常連なので、俺が出しゃばる必要は無い。
その間に俺は料理班に加わり、晩御飯の準備をすることにした。

「メルル、今日のメニューは何の予定なんだ?」

「今日はてんぷらにしようかと考えてました」

「そうか、急で悪いんだが焼き肉に変更したいんだが、いいかな?」

「いいですけど、どうしてですか?」

「メルラドからお客さんが来てるし、大工達にも精を付けて欲しいからな。それにメルラドとボルンの交流を図るには、焼き肉が良いかと思ってさ」

「いいですね。ちょうどノンが今日ジャイアントピッグを狩ってきていましたから、それを使いましょう」

「解体は済んでいるのか?」

「ええ、終わってます」

「そうか、じゃああれも出せそうか?」

「ええ、いけます」

「了解、ちょっと味付けを変えた物も作っておくよ」

「また新たな味の登場ですか?」

「そこまでではないが、味は保証するよ」

「島野さんがそういうのなら間違いはないでしょうね、他の準備はやっておきますよ」

「頼む」
俺は解体した肉を見に行った。
なるほど、良い状態で保存されている。
もはやこのサウナ島には、なんちゃって冷蔵庫は普通に使われている常備品となっている。
俺はさっそく仕込みを始めた。



晩飯時
メルラドの一団とボルンの大工達が集まっている。

「今日はメルラドからお客さんが来ておりますが、ここサウナ島では皆さんご存じの通り、身分や立場は関係無くをモットーにしておりますので、遠慮なく食って飲んで、そして新たな仲間との交流を楽しみましょう、カンパーイ!」

「「「カンパーイ!」」」
焼き肉パーティーが始まった。
空気を呼んだのかランドール様が、メリッサさんに話し掛けに行っていた。
その横でオリビアさんが鉄壁のガードを展開していた。
何をやっているのやら・・・
賑やかに食事は進んでいく。

「皆さん、今日は新メニューをご披露させていただきます」

「おお!島野さんの新メニューか!」

「なんだ、絶対上手いに決まってるだろ!」

「早く、食わせてくれ!」
と声援が凄い。

「皆な、これは俺の故郷の食べ物でとんちゃんという食べ物だ。遠慮なく食ってくれ」

「よっしゃー!」

「早く早く!」

「俺にも!」
と大賑わいだ。

「これはホルモンの味噌味ですね」
メルルが関心していた。

「ああ、一味唐辛子をアクセントにしている。味噌の甘い味と唐辛子の辛さが合わさって絶妙な味になる上に、ホルモン独自の噛み応えが癖になるんだよ」

「ええ、そうですね。これは癖になる味ですね」

「主、これは上手いです」
ゴンが舌鼓を打っていた。

「それにしても、この島は飽食だな」
大工の一人が話掛けてきた。

「お陰げさんでね」

「ここにこれから南半球に住む全員の注目が集まるんだろうな」

「だろうね、ただ神様達は大忙しになるだろうがね」

「ハハ、違いねえな。我らのランドール様も大層この島を気に入っているようだから、それはそれで良いんじゃねえか。ハハハ!」
ランドール様に目をやると、既に眠らされていた。
早すぎないか?・・・
俺はオリビアさんと、メリッサさんに話し掛けにいった。
そろそろ話しておかないといけない件があるからな。

「メリッサさん、オリビアさんちょっといいですか?」

「ええ、どうぞ」
俺は二人の対面に座った。

「相談なんですが、食料飢饉と復興の褒美の件ですが、メルラドの国民を何人かこのサウナ島で雇うことで手打ちにしてもらいたんですが」

「島野さん、それはどういうことでしょうか?国民を譲れということでしょうか?」

「いえ、そういうことではありません。国民の中から公募を行い、意志のある者のみをこのサウナ島で働いてもらい、従業員用の寮も建設しておりますが、転移扉を使ってメルラドから通っていただくことも可能です」

「国民はメルラドの国民のままということでしょうか?」

「そうです、分かりやすく言えば出稼ぎみたいなもんです」

「なるほど出稼ぎですか。であればまったく問題ありませんが、それではこちらに理がある話になりませんか?」
メリッサさんはちゃんと話を理解できているようだ。

「そうなりますが、こちらとしては人手が足りないことも事実です。ですのでどちらに理があるというよりは、ウィンウィンの関係ということで」

「ウィンウィンですか?」

「はい、お互い徳するといった所ですね」

「しかし・・・これで手打ちとは寛大すぎますわ」

「そこは・・・」
俺は周りを見て、こちらに注目が集まってないことを確認した。
顔を二人に寄せると、二人も察してこちらに顔を寄せてきた。

「俺は神様になる修業中の身ですので、これぐらいがちょうどいいんですよ」
と言って、顔を離した。
二人は顔を見合わせていた。
オリビアさんが口を開く。

「まあ、そんな事情がありましたのね、私はてっきり創造神様が。守さんに変身しているのかと思っておりましたわ」

「・・・」
なんだか、近しい様で怖いな。

「それでは、甘えさせて頂きます」
とメリッサさんは頭を下げていた。

「それで、何人ほど必要でしょうか?」

「そうですね、多くて百人、少なくても六十人は欲しいですね」

「どの様に手配致しましょうか?」

「そうですね、まずは国民に公募があることを伝えてください。その上で面接を行い決めて行こうと考えています。募集要項はこちらで纏めておきますので、後日お渡しさせていただきます」

「分かりました」
どうやら上手く話は纏まったようだ。
重畳なことです。
メルラドに伺い、リチャードさんに募集要項を手渡した。

「そういえば、この国の識字率は高いようですが、学校があるんですか?」

「学校ですか?」

「ええ」

「学校がどういう物かは存じ上げませんが、識字率が高いのは、小さい子供は教会で、読み書き計算を習わなければいけないことになっているのです」
教会が学校の替わりをしているということか。
なるほどね。

「そういうことだったんですね」

「ええ、それにしても今回の公募ですが、どこから情報が漏れたのか分かりませんが、既にちょっとした騒ぎになっております」

「そうなんですか?」

「メルラドを救った島野様の所で働けると、大人気です。いったい何人が応募することやら、私も応募に参加させて頂こうかと思ってしまいましたよ」

「勘弁してくださいよ、リチャードさん」

「ハハハ、サウナ島は魅力に溢れる島ですからね」
外務大臣にスーパー銭湯で働せる訳にはいかんだろう・・・
流石に似合わないな。

「募集要項は大丈夫そうですかね?」
リチャードさんは募集要項に目を通した。

「問題ないかと・・・」
と言いつつも、顔が引き攣っている。

募集要項の内容は職種によって変えている、スーパー銭湯の職員は火・水魔法が使える者、浄化・照明魔法が使える者は優先的に採用するということにしてある、ただ魔法が使えないからと言って面接が受けられないことは無い、これはあくまでそうあってくれたらいいな、という程度の物でしかない、採用の条件は人間性を鑑みて決めるが原則である。
次にスーパー銭湯の食堂及び、迎賓館の食堂の調理師も経験者歓迎にしているが、これもそうであったら助かるという程度の物である。
畑作業の職員も経験者歓迎としている。

他には、受付や給仕係の募集については、礼儀作法に詳しい者としているが、これも同様でしか無い。
後は給料の金額と、寮があることが記載され、休日は週に二日あることも記載している。
福利厚生については、どう記載するのか悩んだが、三食風呂付、その他有とだけ記載しておいた。
細かいことは、今はいいだろう。

大事なことはその人の人間性や、やる気の問題である。
ただし、年齢制限だけはさせて貰うことにした。
リチャードさんにメルラドの成人年齢は十五歳と教えて貰ったので、年内に十五歳以上になる者としておいた。
今は五月の為、十二月の末日までに十五歳になるのであれば、問題は無い。
少しでも、裾の尾は広げておきたい。

必須なのは履歴書を持参することだ。
書式は問わない。

「どれぐらいの応募人数になるんでしょうか?」

「どうでしょうか?想像もつかないですね。この内容を見る限りかなりの人数が集まるのは目に見えてますが・・・」
リチャードさんは眉間に皺を寄せていた。

「何か気になりますか?」
話していいものかと、躊躇っているようだ。

「聞かせてください」
一つ咳払いをしてからリチャードさんが口を開いた。

「まず、給料が高すぎます。メルラドの平均月収の倍以上はあります。それに週に二日も休日があり、この福利厚生も待遇が良すぎます」
やはりそうなのか・・・マーク達の話からそうだろうなとは思っていたが・・・だからといって今いる者達と、新たに加わる社員達の間に、あまり差は空けたくないとは思うのだが・・・

「せめて給料だけでも、もう少し下げませんか?月に金貨二十枚は多すぎます」

「そうなんですかね・・・いくらぐらいが妥当ですかね?」

「本来であれば、金貨五枚でも充分過ぎます」

「そんなに低いんですか?」

「はい、これはおそらくメルラドに限った話では無く、南半球の各国でも、給与水準は対して変わらないと思います」
そうなのか・・・まいったな・・・まああまり給料が良すぎるってのも、問題なんだろうな。
しょうがないか。

「分かりました、じゃあ金貨十枚に変更します」

「そうしてください、それでも良すぎることは胸に控えておいてくださると、助かります」

「わ、分かりました」
従業員達には裕福になって欲しいとまでは言わないが、せめて食べていくことに困らない程度にはなって欲しいと思うのだが、俺の金銭感覚がまだこの世界に追いついていないのだろうか。
募集要項を修正し、リチャードさんに再度手渡した。



サウナ島に帰ると、あまり嬉しくない来客があった。
エンゾさんである。
最近は接する機会があまりなかった為、久しぶりとなるのだが・・・絶対嫌味の一つも言われてしまうだろう。

「エ、エンゾさんご無沙汰してます・・・」

「島野君、ご無沙汰ね・・・」
おかんむりのご様子、頭から湯気が出てきそうだ。
怖いぐらい睨まれている。

「あの・・・どうしてここへ?」

「どうしてって、あなたね!もう、何で私にも教えてくれなかったのよ!酷いじゃない!そんな連れない仲でしたっけ?」
やっぱりか・・・拗ねてると思ったよ・・・

「すいません、なかなか会う機会が無かったもので・・・」

「それに、何あの転移扉って!無茶苦茶してくれるじゃない!あんな物を造られたらタイロンの経済が傾きかねないわよ!」

「そ、そうなんですか?」
そうなのか?タイロンは大国だろ?

「はあ、あのね島野君」
こんこんと経済についての説明を受ける羽目になった。
転移扉による流通革命は俺が考える以上に、経済に与えるインパクトが大きいとのことだった。
使用者が神様に限定されるから、そこまででも無いかと気楽に考えていたが、どうやらそうでもないらしい。
基本的に神様は慈悲深い為、頼まれたことをなかなか断れないようだ。特に自分が管理している街の者達の申し入れとなると、尚更みたいだ。

それと、この島にあまりにお金が集まることが問題らしく、経済として健康的な状態では無いとのことだった。
これについては俺も危惧していた点でもある、そういった面もある為、給料などを高めにしたかったんだが・・・
なかなか上手くいかないな。

問題点は、このサウナ島は輸入に頼ることが無いのが大きく、逆に輸出が多いということが原因なのだが、なかなかこの問題の解消は難しいのが現状だ。
使わなくていい所にお金を掛けるのは、性に合わないし、無駄使いはしたくない。
俺は貧乏性なのだろうか?
まあそんなこんなでエンゾさんから、きついお灸を据えられてしまった。

「それで、タイロンには転移扉は設置してくれないの?」

「はあ、やっぱり要りますか?」

「ええ、居るに決まってますわ!」
エンゾさん、そんなに凄まないでくださいよ・・・
出来ればタイロンには設置したくないんだよな・・・

「島野君、そんなにタイロンがお嫌いなの?」

「いえ、そういう訳じゃあ・・・」

「何が気になるのよ?」

「それが・・・何が気になるのか分からないから困ってるんですよ」

「はあ?何それ、禅問答じゃあるまいし」
禅問答ってこの世界にそんな言葉があっていいのか?
あっ!どうせ五郎さんから聞いたんだろうな。

「まあ、設置してもいいですけど、エンゾさんがちゃんと管理してくださいよ、それと王様とか連れてこないでくださいね」

「島野君、あなた聞くところによると、メッサーラの賢者や、メルラドの魔王とも懇意にしてるって聞いてるわよ、何でタイロンは駄目なのよ!」
それは確かにそうなんだけど・・・変なことに巻き込まれるに決まってるからじゃないですか?ってエンゾさんに言っても理解してくれないんだろうな・・・

「いや大国の王様ともなると気が引けるというか、なんというか・・・」

「まあ、何となく言いたいことは分かるけど、挨拶ぐらい受けて頂戴ね。嫌われてるんじゃないかと言ってたわよ」
あらー、これは詰んだのか?
逆に悪い印象になってしまってるじゃないか・・・大国には睨まれたくないんだが・・・

「いい加減勘弁なさい!」

「・・・分かりました・・・でもせめて落ち着いてからにしてくださいね」

「それは考慮しますわ、見る限り忙しいのは私でも分かるわよ、こんな時に国賓は迎えたくないでしょうからね」

「恩にきます」

「でも、スーパー銭湯に迎賓館ってよくそんなこと思い付くわね」

「はあ、そういう性分なんで・・・」

「後でお風呂とサウナは入らせて貰いますからね、五郎からどれだけ自慢されたことか、もう!」
そんなことで怒らないでくださいよ。

「分かりました、堪能していってください」
俺は結局タイロン用に転移扉を造る羽目になった。
もうどうにでもなれだ。
ここは開き直ろう・・・うんそうしよう・・・はあ



晩御飯を食べていると、ゴンから手紙を手渡された。
ルイ君からの直筆の手紙だ。

「ルイ君からです、絶対に渡してくれと懇願されました」

「はあ?懇願された?」

「はい、ルイ君は仕事詰めで、相当参っている様子でした」

「そうなのか?まあ当分の間は収まらんだろうな」
手紙を開けてみた。
そこにはお願いだから、サウナ島に行かせて欲しいということと、流浪の神様がメッサーラにやって来たから、会ってみて欲しいという内容だった。
流浪の神様か・・・どんな神様だろう・・・これは会わない理由はないな、ついでにルイ君にもリフレッシュして貰うか。たまには息抜きも必要だからな。



翌日ギルを連れて、ルイ君の所に向かった。
メッサーラは活気に溢れていた。
国として大きく変わってきているのを肌で感じる。
街には笑い声が溢れ、喧騒に満ちていた。

それにしても、ルイ君に会うのも久しぶりのような気がするが、どれぐらいぶりだろうか?
既に俺とギルも顔パスになっている為、ルイ君の執務室までノンストレスで向かうことができた。

コンコン!

「どうぞ」
弱々しい声が返ってきた。
随分お疲れのご様子。

「ルイ君、ご無沙汰だな」

「島野さん!ああ、やっと来てくれた!待ちに待ってましたよ」
ルイ君が駆け寄ってきた。
無理やり握手をさせられた。
おいおい、大丈夫か?

「おお、元気そうじゃ・・・なさそうだな・・・」

「はい・・・公務に追われて・・・」
ルイ君は肩を落としていた。

「まあこれでも飲んで元気を出してくれ」
『収納』から体力回復薬を手渡した。

「ありがとうございます・・・」
と言うと、一気に飲み干した。
あれまあ・・・豪快だこと。

「ああ、少し元気になりました。ありがとうございます」
落ち着きを取り戻したルイ君。

「それで、流浪の神様は何処にいるんだ?」

「今は何処いるのか・・・ちょっと待ってて貰えますか?」
ルイ君は警備兵に指示を出すと、警備兵は立ち去って行った。
神様を呼んで来てくれるのだろう。

ルイ君は戻ってくると、激務となっている現状について話し出した。
聞く限りではそうとう忙しいのは分かるが、前のルイ君とは違って責任感を負い過ぎている様に感じる。自分一人で抱え込んでしまっている様子だ。
さて、どうしたものか。

「ルイ君、ちょっといいか?」

「はい、どうしましたか?」

「ルイ君ちょっと抱え過ぎじゃないのか?」

「抱え過ぎですか?」

「ああ、そうだ。国家元首である自覚に目覚めて、責任感を持ったことはメッサーラの国民にとって、とても喜ばしいことだ」

「はい」

「でも、匙加減を間違ってないか?」

「それはどういうことでしょうか?」

「例えば、一日の『魔力回復薬』の販売数をルイ君が把握する必要なんてないんだよ。導入当初は必要なことだが、既に通常運転となっている今では、その必要は一切ないんだ。それを把握しておくことを仕事にするのはオットさんで、ルイ君では無い」

「ならば僕はどうしろと?」

「簡単なことだよ、時々報告を貰って、問題がある時だけ声を掛けて貰えばいいんだよ。国として判断するのかどうかを求められている時に、方向性を考え、判断を下すのが君の仕事なんだよ」
ルイ君は俯いてしまった。

「僕は間違っていたということでしょうか?」

「いや、それは違う、必要なことだったと思うぞ、大臣達やその他の官僚達が行っている仕事はこれで把握出来たんじゃないのか?」

「はい、それはもう充分に」

「それでいいんだよ。その経験が重要だったんだ。だから君は、大臣達から相談された時に的確な判断が出来る様になる」

「なるほど」
ルイ君の目に力が戻り出した。

「ここからは、もう下積みは終わりということだよ」

「そ、そうですね」

「但し、任せっぱなしは良くないから、時々状況は確認するようにしたらどうかな?メッサーラは優秀な人材に溢れているからな」

「そうですね」

「昔のルイ君は何も分からずに任せていたと思うが、今は違う、分かった上で任せるんだ、この差は大きい」

「ありがとございます、そうさせて頂きます」
ルイ君はやっと笑顔になった。
手の掛かる国家元首なこと。
やれやれだ。

コンコン!
ドアがノックされた。

「どうぞ!」
ルイ君が答える。

扉を開けると猛スピードで人が突っ込んできた。
俺達の前で急ブレーキをかけると、俺に向かって、
「あなたが噂の島野ちゃんね」
舐め回すように俺を見ていた。
実際、舌なめずりをしている。

「ウー!エクセレント!その顔良し、その佇まい良し。エクセレント!」
と叫んでいる。

なんなんだこの人は・・・
今度はギルを舐め回すように見た。

「エクセレント!僕も良いわね。エクセレント!」
とまた叫んでいる。

とんでも無いインパクトの人だな。
どこからどう見てもそっちの人だ。
ど派手なピンクのスーツを着込んでおり、内股に立つ立ち姿。
ギラギラの視線に、青髭が生えている。
とんでも無いのが出て来たな・・・勢いと癖が凄い。
どんだけーとか言い出しそう。

「ちょっと、神様落ち着いてください」
ルイ君が制止する。

「あらルイちゃん、あなたもエクセレントよ、ウフ!」
会話になっていない。

「あの・・・島野さん・・・お気づきかと思いますが、神様です・・・」

「ああ・・・ちょと面食らってる・・・」

「あら、島野ちゃんどういうことよ」
体をくねくねしている。
いや、あんたのインパクトが凄いんですって。
だめだ、こんなんでも相手は神様だ、気を取り直そう。
俺は立ち上がった。

「始めまして島野守です」
と言って、右手を差し出した。

「あら、こちらも始めましてよね、私は『芸術の神』マリアよ」
嘘だ、絶対嘘だ、そんな名前な訳がない。

マリア様は差し出した右手を両手で握り返し、手の甲を擦っていた。
今直ぐ右手を払いたい・・・うう・・・

「マリア様は『芸術の神様』なんですね」
と言いつつ、タイミングを外して右手を引っ込めた。
セーフ、これなら失礼は無いはずだ。

「あらっ、上手くいなされたわね」
ぎらついた視線で見つめられた。

「あと、マリア様は止めて、マリアでいいわマリアで、さんとかも無しよ、ちゃんなら許してあげます」
と勝手な二択を迫られた。
理不尽過ぎる。

「うう、残酷な二択ですね・・・」

「ウフ!」
肩を狭めてポーズを取っていた。
ああ・・・疲れる・・・

「マリア様、ちょっといいでしょうか?」

「ルイちゃん、様は止めてと言ってるでしょうに」
ルイ君を睨んでいる。

「そうはいきません、神様相手に様を付け無いなんて僕にはできませんよ、いい加減分かってくださいよ」
おお!ルイ君が強気に出ている。ルイ君はこういうタイプには強いのか?

「もう、ルイちゃんったら、いけずねー」

「あのマリア・・・さん・・・」

「もう島野ちゃんも、駄目よ」

「駄目じゃありません、敬意を払っているんです、理解してください」
俺も強気に出て見た。援軍現るだ。

「もうー」
マリアさんは体をもじもじとさせていた。

「話をさせてください、流浪の神様ということを聞いてますが、どういうことでしょうか?」

「それはね、私は国々を渡って、芸術を広める活動をしているのよ」
芸術?ゲイ術?止めておこう。

「芸術とは具体的にはどんな物ですか?」

「それは色々よ、絵画、彫像、文学、有りとあらゆる物が芸術よ」

「ちなみに音楽は芸術の範疇には、ならないのですか?」

「音楽も芸術の範疇だけど、そこはオリビアの土俵ね」

「オリビアさんをご存じなんですか?」

「オリビアは私のマブよマブ」
マブ達ってことね。

「オリビアさんはしょっちゅう俺達のサウナ島に来てますよ」

「そうなの?久しぶりに会いたいわね、オリビア」

「でしたら、さっそく行きましょう」

「えっ!今直ぐに?」

「はい、今直ぐにです」
このままここに居たらペースを乱される。ここはサウナ島に行って、リセットしよう。

「ほら、ルイ君も行くぞ、さあ早く!」
と言って急かした。

「ちょっと待ってください、せめて一声かけさせてください」
警備兵に声を掛けに行った。

「さあ、ギルも行くぞ」
ギルは呆気に取られていた。

「島野ちゃんなになに?」
と嬉しげにマリアさんは騒いでいる。

ルイ君が戻ってきた。
問答無用で転移した。

ヒュン!



サウナ島に帰ってきた。

「ワオ!」
両手を頬に当てて驚いているマリアさん。
ドタバタはこれで一段落か・・・

「あっ!島野さんお帰りなさい、げえ!」
作業中のランドール様がこちらを見て言った。

「なんでマリアが・・・」
ランドール様が後ずさりしている。

「あら、ランドール・・・」
獲物を捕らえた獣のごとく、マリアさんの目が光った。
全速力で走り出したランドール様、それを追いかけるマリアさん。
何だこれ?

「島野さん!なんでマリアがここにいるんですかー!」
本気で走りながら絶望の声を上げるランドール様。
それをとても人とは思えない動きで追うマリアさん。
うーん、知り合いだったか・・・しめしめ・・・ランドール様、あなたは生贄となりました。ご容赦ください。
よし、切り替えよう。

「ルイ君、今のサウナ島の状況は何処まで聞いているんだ?」

「ええ、あれはほっといてもいいのでしょうか?」

「ああ、いいんだ。切り替えよう」

「そ、そうですね・・・」

「で、ゴンから聞いてるんだろ?」

「はい、このサウナ島を転移扉で繋いで、神様が集まる施設を造ると聞いています」

「なんかざっくりだな、ひとまず風呂とサウナに入ろうか?」

「やった!この時を待ちわびてましたよ!」

「お!ルイ君も立派なサウナジャンキーだな」

「サウナジャンキーですか?」

「ああ、誉め言葉だ、気にしないでくれ」

「そうなんですね」

「じゃあ行こうか?」

「お願いします!」

「ギルはどうする?」

「後で行くよ・・・」

「大丈夫か?」

「いや・・・ちょっと時間が必要だよ・・・」
ギルには刺激が強かったようだ・・・世界にはいろいろな人がいることを学ぶには、早すぎたか?



「ああー、島野さんこの温泉に入りたかったんですよ・・・ああ・・・気持ちいい・・・」
ルイ君は温泉を味わっているようだ。

「それでだ、マリアさんはメッサーラにはどれぐらい滞在する予定なんだ?」

「ちゃんと話し合ってはいませんが、多分それなりに長い期間滞在してくれるとは思いますよ、この国には芸術を広めなければいけないわ、と鼻息荒く仰ってましたので」

「そうなのか・・・じゃあメッサーラにも転移扉を設置した方がいいのか?」

「是非お願いします!」

「いいが、神様じゃないと開けない扉だが、大丈夫なのか?」

「はい、そこは何とか頑張ります!」

「ならいいが、しかし凄いインパクトの神様だな」

「ええ、でも大丈夫です。最近は扱いに慣れてきてますので・・・」
おお!ルイ君はそっち系には強いのか?
意外な特技だな。

「じゃあ準備しておくよ」

「それで、ちゃんと話を聞きたいんですが、島野さんの構想はどうなっているんですか?ゴンちゃんからは聞いてはいますが、何とも説明が分かりずらくて・・・」

「ああ、そうなのか・・・何となくそんな気がしてたよ」

「すいません・・・」

「ルイ君が謝ることでも無いだろう、まずは俺が訪れた街や国、村に転移扉を設置するつもりだ」

「はい」

「それを利用して、このサウナ島にネットワークを構築する。そこでは、様々な文化交流や、商談などが行われ、又、流通の革命を起こす中心地を、このサウナ島が担うことになるんだ」

「なるほど、その活動の中心はあくまで神様達ということですね」

「ああそうだ、神様が連れてきて良いと思える者しかこの島には来ることが出来ない、逆を言えば、神様のお眼鏡にかなった者にしか、このサウナ島に来ることは出来ない」

「ということは、安全性は抜群ですね」

「そうなるな、でも神様も万能ではないから、細心の注意は払うつもりだ」

「なるほど、今の僕ならこの構想の可能性が良く分かります。島野さんは大きく世界を変えるつもりなんですね」

「まあ、そこまでのつもりはないんだが、そうなるだろうな」

「何と無くそうしてしまう、ってことなんでしょうが、島野さんで無いとできないことですね」

「どうかな、俺と同じ能力を持った者なら出来ることだと思うぞ。それにもっと上手な使い方もあるかもしれないしな」

「もっと上手な使い方ですか?」

「ああ、俺の発想に無いだけであって、ほかにも可能性はあるかもしれないしな」

「でもまずはここから変えていくということですね」

「ああ、そうだな」
その後、ランドール様が灰色になって帰ってきた。マリアさんに引きずられて・・・
何があったのかな?知らぬが仏だな。



転移扉を適当に渡す訳にはいかないので、マリアさんともちゃんと話をしなければならない。
まずは一番気になる、神気の件からだ。

「マリアさん、お話しいいですか?」

「ええ、いいわよ」

「真面目な話なんですが、まず、神気が薄くなっていることはご存じですか?」
マリアさんは急に表情を改めた。

「ええ、島野ちゃん、あなたは本当に人の身で神力を持っているようね、まあさっきの転移で、もう分かってはいたけど」

「はい、俺は人間ですが、神気を扱うことができます」

「それは分かったけど、この世界の神気が薄くなってることはどうして知ってるの?」
やはりというか、勘がするどいな『黄金の整い』を持ち出す訳にはいかないよな。

「実は、この島に創造神様が来たことがあるんですよ」
マリアさんの口があんぐりと開かれた。

「はあ?嘘でしょ・・・」

「本当です、その時にこの世界の神気が薄くなっていると話してくれたんです」

「そういうことなのね・・・あなたどこまで把握しているのよ?っていうか創造神様が来たってどういうことよ?」

「創造神様が島にやって来たことは置いといて。俺が神気不足の件で分かっていることは、百年前に何かがあり、この世界の神気がだんだんと薄くなっていったということ、それを解消する為に、俺は世界樹を復活させたこと、創造神様の石像を使って、神気不足を補っているってことです」

「もしかしてあのお地蔵さんを造ったのって・・・島野ちゃんなの?」

「はい、そうです」
マリアさんが鼻息を荒くしている。
マリアさん怖いんですけど・・・

「エクセレントよ!島野ちゃん!」
マリアさんが大声で叫んだ。
煩さ!

「メッサーラで見た時には感動で打ち震えたわよ、芸術が爆上げよ!」
爆上げって・・・何それ。

「お褒めいただきありがとうございます。話を戻しましょう、俺が聞きたいのは神気が薄くなっている原因を、マリアさんは知っているのか?ということです」
真面目な表情に戻ったマリアさんは答えた。

「私には原因が何なのかは分からないわ・・・でも、百年前にはちょうど北半球で大きな戦争があったのも事実なのよ。それが何か関係してるのかもしれないわね」
そうなるのか・・・

「あと、この世界に神気を増やす方法って、他に何か無いんでしょうか?」

「分からないわ、よくこれまで世界樹を復活させたり、お地蔵さんを広めてくれたわね。島野ちゃんには本当に感謝してもしきれないわ。島野ちゃんありがとう」
マリアさんは頭を下げた。
急に真面目に頭を下げられると正直照れるな、てかこの人の変わり身の早さが尋常ではないんだが・・・

「止めてください。これは俺にとっても大事なことなので気にしないでください」

「あら、何で大事な事になるの?」

「ギルですよ」

「ギルちゃんがどうしたのよ?」

「人化してるから、分からなかったかもしれませんが、ギルはドラゴンなんですよ」

「えっ!ウッソ!」
と急に低い声で言った。
地声出てんじゃん・・・

「本当ですよ」

「マジで!もしかしてエリスの息子なの?」
またエリスか・・・このエリスさんは、今どこで何をやってるんだろうか?

「ドラゴンのエリスですか?」

「ええ、そうよ」
まだ地声のままだ。

「ギルがそのエリスさんの息子かどうかは知りませんが、ギルがドラゴンであることに間違いはありませんし、俺の息子です」

「はい?島野ちゃん、あんた揶揄ってるの?人間がドラゴンの親になるなんて非常識でしょうが」

「非常識と言われましても、事実なんですよ。俺が神気を使って卵から孵化させたんですから」
マリアさんは手をおでこに置いていた。

「そうだった、島野ちゃんは使えたんだったわね・・・」

「あの、ところでそのエリスさんのことは、どれだけ知ってるんですか?」
マリアさんはじっと俺の目を見据えている。

「オリビアからは、何か聞いてるかしら?」
オリビアさんからは何も聞いてはいないが・・・

「いえ、特には・・・」

「じゃあ私からは、何も言うことは無いわね」
どういうことだ?
そもそもオリビアさんは、ギルがドラゴンであることは当然知っている。
でもオリビアさんからは、ドラゴンのエリスの話は聞いたことは無い。
マリアさんはオリビアさんが言っていないのならば、話はしないと・・・
オリビアさんに聞いた方がいいんだろうか?
けどマリアさんの視線からは、オリビアには聞いてくれるなという意思を感じる。

「分かりました、俺からオリビアさんに聞くことは止めておきます」

「はあ、島野ちゃんに理解があって助かったわ。よろしくお願いね」

「はい、それで話は変わりますが、メッサーラにはどれぐらい滞在する予定なんですか?」

「そうねえ、とくに決めてはないけど、まだメッサーラでは芸術活動は出来てないから、まだまだルイちゃんのお世話になろうとは思っているわよ」
ルイ君のお世話って、どういう関係なんだ?

「あら、ルイちゃんとの関係が気になるの?」

「まあ、ええ」

「ルイちゃんからは、メッサーラでの芸術活動の支援を約束して貰ったのよ。住む家も与えてくれたしね」
へえー、ルイ君も懐が深くなったもんだな。関心関心。

「それはよかったですね。では、ちょっと預けたい物があるんですが」
と言って『収納』から転移扉を取り出した。

「これは転移扉です」

「転移扉?」

「はい、さっきの俺の転移の能力を付与した扉です。この扉を開くとこのサウナ島の転移扉に繋がってますので、いつでもこのサウナ島に訪れることができます」
マリアさんが目を見開いている。

「島野ちゃん・・・あんた・・・なんて物造ってくれちゃったのよ・・・」
あれ?想像してた反応と違うな・・・
マリアさんがうっとりとしている。

「これがあれば・・・いつでもランドールを可愛がってあげれるわね・・・ムフフ!」
ああ、ランドール様ごめんなさい!俺のせいじゃない、いや俺のせいか・・・まあエロ神様にはちょうどいいか。

「お手柔らかにお願いします・・・ハハハ」
マリアさんは急に表情を変えた。

「でもこれって、恐ろしい物ね・・・繋げ先は間違えちゃ駄目よ。島野ちゃん!」

「えっ!」
マリアさんの目を見る限り、冗談でないのは分かる。

「わ、分かりました」

「約束よ!」

「ええ、分かりましたって」
この世界は神様が顕現している世界なんだろ?そんな繋げちゃいけない場所なんてあるのか?
まあいいか。



その後、風呂と飯という流れになり、女性用の脱衣所に平然と入ろうとするマリアさんを現行犯逮捕した。
晩御飯時には、マリアさんは、終始ランドール様を愛でておりランドール様は半失神状態になっていた。

マリアさんは飯を食べるたびに
「この御飯エクセレント!」
と叫んでいた。
いい加減煩い。

今日もやって来たオリビアさんと、旧交を深めていたマリアさんの隙を見て、ランドール様は大工の街に猛ダッシュで逃げていった。
おいおい、大工の面々を置いて行くなよ。
オリビアさんも俺の方を気にかけているのは分かっていたが、俺はあえて気づかない振りをした。

たぶんドラゴンのエリスの話は、重い話だと思う。
そうでなければ、マリアさんがああいう対応をするとは思えない。
今日のこの雰囲気では、そういう話をするべきでは無いと思ったからだ。
話を聞くにしても、俺一人で聞くべきことなんだろうか?ギルを同席させるべきなんだろうか?
こればっかりはオリビアさんに任せるしかない。
今は来たるべき時を待とうと思う。



翌日にはコロンの街を訪れた。
ドラン様に会い、転移扉を渡すためだ。
ドラン様とは久しぶりに会う事になるが、会ってみると相変わらずのカールおじさん感全開だった。
転移扉の設置の件を話し、これからの展望について話をすると。

「いつか島野君なら、画期的なことをすると思っていたよ、ハハハ!」
と褒められているのかどうか、分からないことを言われた。
ドラン様はこれでいて、したたかな一面のある神様だから、腹の底ではどう考えているのかはいまいち掴めないところがある。

いずれにしても、コロンの街にとっては助かることだと、お礼を言われた。
俺は本格稼働は、施設の完了後にして欲しいことを伝え、ドラン様の元を去った。
その後、リズさんの教会に訪れると、アグネスが居たので、今後はドラン様に言えば、転移扉を使わせて貰えると教えたことろ、目を輝かせていた。
今後は半日かけてサウナ島まで飛んでくる必要がなくなると、喜んでいた。

その後、また調子に乗って偉そうにしたので、
「お前には転移扉は使わせない」
といったら土下座されたので、許してやった。

アグネスはどこまでいってもアグネスだった。
リズさんにはジャイアントラットの肉を三体ほど寄付して、コロンの街を後にした。



更に翌日、
養蜂の村カナンに訪れている。
レイモンド様に転移扉を渡す為だ。
レイモンド様も相変わらずデカいプーさんだった。

よくよく考えて見ると、レイモンド様とは一番コミュニケーションが薄いかもしれない。
会うのも一年ぶりだ。
俺のことを覚えているだろうかと、不安になったが。
会ってみると、ちゃんと覚えていてくれた。
そんなレイモンド様の第一声は

「君ー凄い強いー人だったよねー」
だった。
相変わらず間延びした話し方は健在だ。
釣られて俺も思わずゆっくりと話をしていることに途中で気づいたが、楽しくなってきてしまったので、スローペースの会話を楽しんだ。
転移扉の話をした時は、

「君はー神様なんだねー」
と言っていた。

「違いますよ。俺は人間ですよ」
訂正したが、その後も

「君はー神様だよー」
と何度も言われてしまい。
俺はめんどくさくなって、否定しないことにした。
気が付くと会話がスローペースなせいか、一通りの話をするのに、二時間近く掛かっていた。
ハチミツを大量に購入して、カナンの村を後にした。

ハチミツは消費期限が長いから、重宝するし、料理の隠し味としても使っているからいい買い物をしたと思う。
レイモンド様からは
「そんなに買ってもーいいのー、あーりーがーとー」
と言われてしまった。
全然構いませんよ。



メルラドでの社員募集はとんでも無い倍率となる応募人数となった。
その数なんと二千十三人、今回雇う予定の人数はおそよ百名、採用倍率二十倍という結果にメルラドでの人気が伺えた。
全ての面接を終えるのに一週間を要した。

面接官は俺と、メルル、マークとランドで行った。
余りの応募人数の為、十人ワンセットの面接を行うことにした。
雑な面接になってしまったのは申し訳ないが、こうしないとスケジュールをこなすことが出来ない。
まあとは言ってもちゃんと採用に関する打ち合わせは、面接官の間でも何度も行って決めた。

ありがたかったのは、ジョシュア達船員の面々が応募してくれたことだった。
当然採用したのだが、ジョシュアに大型船の方は大丈夫なのかと聞いた所、船長から今回の応募に募集するように言われたのだということだった。

「一度の人生好きな事を思いっきりやれ!」
と送り出してくれたらしい。
船長の粋な計らいに感謝だ。



建設途中ではあるが、連日神様達はサウナ島を訪れていた。

五郎さんは三日に一度のペース。
ゴンガス様は週に二度のペース。
ランドール様は建設の為、ほぼ週五だが、マリアさんが現れる前は毎日だった・・・
申し訳ないとは思う。

オリビアさんはほぼ毎日。
マリアさんは週に二度程度。
味を占めたエンゾさんは、二日に一度は来ている。
以外にゴンズ様は週に一度程度だが、毎回大所帯で現れる。
漁師を大量に連れてくるから大賑わいになる。
でもゴンズ様は決まって何かしらの魚介類を手土産に持ってきてくれるから、大変助かっている。
案外常識的な一面を持つゴンズ様だった。
ドラン様は週一ぐらい。
レイモンド様も週一程度だった。
本格稼働してからだって言ったような気がするが・・・

以外だったのは、レイモンド様が始めてサウナ島に来た時に、カナンのハチミツをサウナ島で販売させて欲しい、と申し入れがあったことだった。
俺はてっきりそんなことを言い出すのは、ドラン様だと思っていたが、ドラン様よりも前にレイモンド様が商売人根性を発揮していた。
カナンのハチミツは本当に美味しい、もしかしたら日本のハチミツよりも美味しいんじゃないかと思う。
当然快く快諾した。

それを見ていた、ドラン様が俺もと追随したのは記しておこう。
風呂明けの牛乳は定番だから、そもそも考えていたことなのでこれも快諾した。
それに、チーズもたくさん使用したいから、仕入れとしても話を進めている。

それにしても、神様達のコミュニケーション能力の高さには驚かされた。
気が付くとほとんどの神様達が親しくなり、あーだこーだと親交を深めていた。
それに神様達は、俺が思う以上に娯楽に飢えていたようだ。
全ての神様が我先にと風呂やサウナを楽しんでいた。

遊技場にも顔を出す神様は多く、ドラン様はロンメルを見かけるとビリヤードに誘う様になっていた。
遊技場だが、たまに賭場に変わってしまうことがある。
五郎さんの要望で花札を何セットか作ってみたら、五郎さん主催の賭場がいつの間にか経ち上がっていた。
こういう側面も悪くは無いだろうと、俺は黙認した。
五郎さんからは更にサイコロも作ってくれと言われた。
丁半博打が始まることは間違いないだろう。
どうせ同元の五郎さんの一人勝ちになるだろう。
問題にならない限り、俺は関わらないことにすると決意した。

そんな遊技場に、なんちゃって卓球が誕生した。
何故になんちゃってなのかというと、玉がゴム製だからだ。
プラスチック製品を持ち込まないと決めた俺が、生み出した苦肉の策だ。
とは言ってもスーパーボウルの様な、よく跳ねる物では無く。
小さなゴム毬の様な玉だ。
だから思いの外、弾まない。
それに結構変則的な動きをする。
これにたくさんの者達が食い付いた。
卓球は一大ブームを迎えていた。

更に俺が適当に作った人生ゲームが何故か受けた。
出来事が適当な上に、雑な造りなのになぜか受けた。
理由は分からない。

そして、いつの間にかランドがどこで手を回したのか、バスケットボールチームが四チームも出来ていた。
交流戦はかなり盛り上がり、これは一時的なブームでは済まないぐらい活気に包まれていた。
これはバッシュを大量に作る必要があるのか?

スーパー銭湯オープンに向けて、サウナ島は盛り上がっていた。

俺は、なぜここにいるのだろう・・・
いまいちよく分かっていない・・・
何だかふわふわとした気分だ。
足取りがおぼつかない。
どういうこと何だろうか?

俺の左手には紅白の花に象った紙のテープが握られており、今まさに掛け声と同時に右手に握られたハサミで、これをカットすることになっている。
異世界でまさかのテープカット。

これは必要なのだろうか・・・
それに神様達から送られてきた、たくさんの花輪。
これは全て五郎さんの計らいであろうことは間違いない。
この世界でこういった風習があるとは思えない。
五郎さんは粋なおじさんだ。
やってくれる。

勿論ありがたく頂戴した。
本日やっと、スーパー銭湯のグランドオープンを迎える。

この世界に来て凡そ二年ぐらいだろうか、まさか異世界に来てスーパー銭湯を造り、そして運営することになろうとは、人生とは不思議なものである。
ただのサウナ好きな定年を迎えた男性が、神様の能力を使えるようになり、たくさんの家族や仲間が出来、こうして晴れの日を迎えている。
これから先、一体何が待ち受けているのだろうか、神様の修業はまだまだ続きそうだ。



およそ一ヶ月前、
採用者を決定し、メルラドの街の掲示板で発表が行われた。

採用に歓喜する者、不採用に漠然とする者、その光景はまるで大学受験の合格発表を見ているかのようだった。
中には数名がどうしても納得がいかなかったのか、俺達を見つけると何がいけなかったのか、不採用の理由はなんなのかと言いよる者達もいたが、これはまともに受け答え出来ることでは無い為、平謝りするしかなかった。
本当に申し訳ない。

ここまでのやる気をみせてくれるのはありがたいが、こちらとしても厳正な判断で採用者を決めたとしか言いようがない。
何とか受け入れて欲しいものだが。
幸い騒ぎを聞きつけたリチャードさんが間に割って入ってくれて、事なきを得ることができた。
本当は全員を雇ってあげたいが、そこまでする理由は今のところ見当たらない。
本当に申し訳ないと思う。
またのご縁を期待したい。



さて、採用した者達をメルラドの王城の一角に集めて、簡単な今後の流れを説明することにした。

「えーと、まずは採用おめでとうございます」
会場は拍手に沸いている。
鳴り止む雰囲気が無かったので、俺はそれを手で制した。

「これから先のことを皆さんに話しておきたいと思う」
全員を見渡す。
一瞬にして全員の眼つきが変わった。
流石は倍率二十倍を勝ち残った猛者達だ、切り替えが早い。

「まずは明日から一週間、サウナ島で自由に暮らして貰うことにします」

「「「おおー!」」」

「やった!」

「よっしゃー」
と反応は上々だ。

「その意図はこれから働くサウナ島に慣れて貰うことと、これから先に訪れるであろうお客様の気持ちを知ってもらう為だ、決して遊ばせているつもりは俺にはない」
最後の一言が聞いたのか、身を正す者が多かった。
ここまでは順調だ。

「接客を担当する者達だけでなく、厨房で働く者であっても、お客様からサウナ島のことを尋ねられた時に、私には分かりませんとは言って欲しくない、その為の一週間だ。心して欲しい。既にサウナ島には寮が完備している為。そこで寝泊りして貰っても構わないし、通いが希望であれば、遠慮なく伝えて欲しい、ここまではいいかな?」
全員が首を縦に振っていた。
まだ緊張感が漂っている。

「では今日は準備があるだろうから、明日の朝一番にここに集合すること、そこでサウナ島に出発することになる、以上で解散とするが、もし質問がある者はこの場に残って欲しい。では解散!お疲れ様!」
ぞろぞろと解散しだした。
数名が残っている、何かしらの質問があるということなんだろう。

「あれ?お前達、何か質問があるのか?」
ジョシュア達、元船員の面々が残っていた。

「いえ、質問はありませんが、俺達は直接島野さんにお礼を言いたくて」

「なんだ、そんなことか気にするな、戦力としてお前達には期待しているからな」

「はい、期待を裏切らないように、粉骨砕身頑張ります。よろしくお願いします」
粉骨砕身って、気合い入ってますなあ。

「「よろしくお願します!」」
ジョシュア達は頭を下げた。
実際こいつらの働きを俺はよく知っているから、採用するのは当たり前のことだ。
決して知っている顔だから採用したということでは無く、俺は彼らの人となりや、仕事振りを知っている。
応募してくれたのは、こちらとしても大助かりなのだよ。

「お前達も準備があるんだろう?早く行けよ」

「はい!」

「ありがとうございます!」

「恩にきます!」

「明日から、またよろしくお願いします!」
と言って立ち去っていった。

そして一人の女性が残っていた。

「島野様、質問よろしいでしょうか?」

「ええと、確かスーザンさんでしたよね、どうしましたか?」
スーザンさんは、下向き加減である。

「あの・・・どうして私を採用してくださったのでしょうか?」
どうやら自分が何故採用されたのか、知りたいようだった。

「スーザンさんの能力と、やる気を買わせて貰いましたよ」

「でも、私には小さな子供が二人もいて、仕事に差し支えるかもしれません」
スーザンさんは旦那さんに先立たれ、小さな子供を二人持つシングルマザーだ。
ただ、この人を採用したのは、そういった環境の施しとは一切考えていない。
彼女の経歴は結婚するまでは王城に勤めていたこともあり、風紀を正すだけの物腰を持っていると考えたからだ。
実際、肝っ玉母ちゃんのような雰囲気を持っている。

「ああ、そのことですが、実はスーザンさんに任せようとしている仕事は、寮母さんを任せようと思っています」

「寮母ですか?」

「はい、分かりやすく言えば、寮の管理人です。寮の掃除や、場合によっては、寮に住む従業員達の相談に乗って貰ったり、寮の規則を正す様な役割を担ってもらう、多岐に渡る仕事です」

「はあ?」

「それで、スーザンさんの子供達も一緒に寮に住んでみては、どうかと考えています」

「えっ!いいのですか?」

「はい、そうして貰ったほうが助かります」
訝し気な表情になったスーザンさん。

「それはどうしてでしょうか?」

「先ほどお話した通り寮母さんは、仕事が多岐に渡る為、何時にこれをするといったことに縛られない仕事です」

「はい」

「であることから、ある意味、四六時中寮にいて欲しい仕事なんですよ」

「なるほど、だから子供を一緒に寮に住むように、ということですね?」

「その通りです」
理解が早くて助かります。

「分かりました、ではその様にさせて頂きます」
と笑顔に戻ったスーザンさんは、俺の元を去っていった。



サウナ島に戻ると、仕事が立て込んでいた。
まずは入島受付室、迎賓館、スーパー銭湯の建物の引き渡しを受けることになった。

想像以上の出来栄えと言わざるを得ない。
とは言っても、俺も建設に携わっていたこともある為、実は自画自賛だったりもする。
そこは見逃して欲しい。
細かくすべての施設を隈なくチェックしていく。

「島野さん、どうかな?」

「ランドールさん、良い感じですね」
ランドールさんとは、今回の建設を通じて随分と親しくなった。

そこで
「いい加減様呼びは止めて貰えないか」
と言われてしまった。
それ以降はランドールさんと呼ぶようになった。
五郎さんとのズブズブの関係とまではいかないが、ランドールさんとは胸襟を開いて話せる仲になったとは思う。
実際話し口調は、お互い砕けた物になっている。

「いいにはいいですが、何かが足りない気もするんですよね、何だろう?」

「何がかが物足りないと?」

「ええ、満足はしているんですが、何だろう・・・」
すると突然マリアさんが現れた。

「げ!マリア!」
恐れ慄くランドールさん。

「守ちゃん、その物足りなさ、分かるわよ」
あれ?いつもなら一目散にランドールさんを追いかけるのに、いつもと雰囲気が違うような・・・
ちなみにマリアさんも俺の呼び方が、島野ちゃんから守ちゃんに変わっている。
これはオリビアさんの影響だと思う。

「どう分かるんですか?」

「芸術が足りないわ」

「芸術ですか?」

「そうよ、あなた何となく気づいてるんでしょ?」

「確かに何かが足りないとは思うんですが・・・芸術ですか?」

「いいから守ちゃん、見てなさい」
というとマリアさんが彫刻刀を持ち出した。

「ランドール、あなたも見てなさい、お手本よ」
と言うと、柱の一つを彫刻刀で掘り出した。
みるみる柱が姿を変えていく。

「おお!おおお!」
あっという間に、柱に絶世の美女が現れた。
んん?

「あれ?これはオリビアさん?」

「そうよ、芸術には遊び心が必要よ」

「そうか、何か足りないと思ったら、遊びが足りなかったんだ!」

「守ちゃん、私の手で遊びという名の芸術を、披露してもいいかしら?」
これは嬉しい申し入れだった。
それにしても芸術の神様という名は、伊達ではない。
恐ろしい完成度と迫力だ、動き出さんかの如く、躍動感に満ちている。

「是非、お願いします!」

「任せなさい!」
というと、マリアさんが次々に様々な装飾や意匠を施していった。
柱に神様達の似顔絵が削られていく。
これで完成度がぐっと増す。
ランドールさんも、真剣にマリアさんの仕事を見ていた。
普段からこういう関係ならいいのに・・・

それにしても神様という生き物は、オンオフが激しい。
それだけ精神力が強いということなんだろうか?
一先ず引き渡しは終了した。



次に向かったのは調理場だ。
さっそく俺の能力全開で、なんちゃって業務用冷蔵庫をいくつも作っていく。
そして、たくさんの調理道具や、調理器具を作製する。
これだけで二日を有してしまった。

ただ、これで完成ではない。
お皿や、フォーク、スプーンといった食器類を大量に作成した。
これでさらに二日を有した。

いい加減働き過ぎだが、ここで手は抜けない。
迎賓館にも厨房がある為、同様の作業に追われた。
ここでも二日間掛かった。

そろそろ、一息着こうと、俺は日本に帰ってきた。
二日間に渡り、休日を取ることにした。
勿論朝からおでんの湯に行き、鋭気を養う。
日本の神気は本当に美味しい。
美味である。
この二日間は何も考えず、ただただ体を休めることに集中した。
やはり休日は大事だと実感した。



翌日からは、すっきりとした頭と体で、業務に挑むことが出来た。
ここからは、俺だけではなく、皆と力を合わせる必要がある。

まずは、入島受付室からだ。
ここの責任者にはランドを指名した。サポートにはメタンだ。
ランドには、入島受付室の新たな従業員達の、教育を任せることにした。
ランドには、受付と言った華やかな部署は適任ではない、と思う節もあったが、バスケットボールチームを纏め上げた実績を見てきた俺としては、問題ないと判断した。
ただし物足りなさはある為、ここは俺がサポートするしかない。

次に迎賓館の責任者はマークを指名した。ここでのサポートはロンメルだ。
一見マークは、迎賓館の様な格式ばった所は似合わないとも思えるが、マークはあれでいて、どこでもやって行ける、引き出しの多い男だ。それにロンメルは情報収集の達人だ。こいつのサポートはどうしても必要となる。

迎賓館には実は裏の側面がある、それは各国の情報収集の役割がある。
これが意味するところは、この世界のどこで何が行われているかを、把握するということだ。
そこから神気減少問題のきっかけを得られれば、との考えがある。
これは誰にも明かしてはいない。
知るのは俺とロンメルのみである。

次はメルルだ。
勿論彼女には料理長を任せることになる。副料理長はエル。彼女達には、スーパー銭湯と迎賓館の調理場両方を見て貰うのだが、迎賓館での食事はサンドイッチ程度にしか出さない為、ほとんどがスーパー銭湯の調理場での作業になると思う。
ある意味一番大変な部署だと思うが、がんばって欲しい。

スーパー銭湯の館長は俺が行うことになるが、サポートにはギルとジョシュアが付いている。
ジョシュアに関しては、異例の抜擢と言ってもいい。
一部の新入社員達からは、既にねたむ声も上がっているようだが、そんなことを気に掛けてはいられない。

ジョシュアには主に、ホールと受付、ギルには風呂場周りと、サウナの管理という割り振りだ。
特に温度管理は重要な要素となる。
今回は風呂やシャワーなどの温度管理は、魔石や魔法道具でおこなうことにした。
もちろん魔石の購入先はメッサーラだ。

幸いにも新入社員達はメルラドの人間ということもあり、魔力量が高い者達が多い。
この世界には温度計が無い為、日本で大量に購入した。
温度計の側は木製の物なので、こちらの世界でも違和感はないだろう。
手作りで出来なくはないが、面倒な作業はしたくない。

今回のスーパー銭湯の唯一の悩みは、炭酸泉だ。
やはり、ゴンガス様のところだけでは、二酸化炭素を貯めきることは難しい。
そこで新たに考えたのは、サウナ室に設置するという、灯台元暮らしの解決策だった。
何故にそこに思案が及ばなかったのかと、自分で自分を残念に思えた。
どうやらやらかし体質は治らないらしい。

その後、サウナストーブの脇には二酸化炭素吸収用のボンベが、随時設置されるようになった。
これにより、二日に一度は炭酸泉を提供できるようになった。
やれやれである。

最後に畑部門の責任者は当然アイリスさんだ。
今回の件で、今後は午前中に畑作業を行うことが難しくなると予想した為、農作業の社員を二十人採用した。
実家が農家という者が多い、実は今回の応募の一番人気の高かった部署は、この畑部門だっだ。
既にアイリスさんはメルラドでは知らない者がいないぐらいの超有名人で、凄腕の作物の専門家としても知られている。

彼女の下で働きたいという者達が多いのは、ある意味当然と言える。
だが、メルラドの人達はアイリスさんの本当の姿を知らない。
今後も知られないで欲しいと思うが・・・どっかで、自分から正体を明かすような気がする・・・
取り越し苦労であることを祈ろう。



スムーズに新入社員研修は進んでいった。
このサウナ島で一週間のフリータイムを味わった新入社員のほとんどは、すでにこの島の虜になっていると、報告を受けている。

一番の好反応なのは食事だ、胃袋を掴んだと言ってもいいだろう。
次にサウナと風呂が好まれているが、そこは現在のお風呂渋滞現象が解消されれば、もっと受け入れられると思う。

今のお風呂設備では、最大三十人程度が限界で、知らぬ間にお風呂シフトなる、時間に応じて使う人数を制限するシステムが出来上がっていた。
まあスーパー銭湯の風呂とサウナが直に完成する為、この問題は解消されるのだが。

そして、多くの新入社員達は自ら意思で、畑の作業を手伝っていた。
ありがたいことである。

新入社員を受け入れてから十日が経ち、いいよ本格的な作業が開始された。
まず最初におこなったのは、火災訓練だった。
各自配置につき、新入社員以外の者達はお客さんに扮して、火災訓練を行った。
これは定期的に行っていきたい。

もしこれが日本であった場合、まずスーパー銭湯は、防火対象物の建物になる為、防火対象物の点検報告を市町村が管理する、消防庁または、消防署長に報告する義務がある。
ここは異世界の為、そんな義務はないが、火を取り扱う施設である為、火災訓練はやらなければならない。

『拡声魔法』で大声になった俺がアナウンスを始める。
今日のどの時間で訓練を始めるのかは、あえて社員達には教えていない。

「訓練火災!訓練火災!速やかに作業を行ってください!」
サウナ島にアナウンスが響き渡る。

「出火元はスーパー銭湯調理場!繰り返す!出火元はスーパー銭湯調理場!」
新入社員達が慌ただしく動き出した。
お客様の誘導を担う者、要救助者を運び出す者、魔道具で消火活動を行う者。
全員てきぱきと自分の役割に応じた動きを見せていた。
判定員のメルルとゴンが、隈なく全員の動きを観察している。
ゴンから終了の合図が送られてきた。

「終了します!全社員スーパー銭湯の大食堂に集まってください!」
俺は大食堂に移動した。
少し待つと、全員が集まった。

「みんなお疲れ様、まずは座ってくれ、では判定員のメルルとゴンから意見をどうぞ」

メルルが前に出た。
「大体は上手くできていたと思うけど、急のことであたふたしている人を何人か見かけたわ、火災も突然起こる物だから、今回の様にアナウンスは流れないものとして考えて欲しいわね」
うん、素晴らしい意見だ。

ゴンが立ち上がった。
「メルルの言った通り、本番はもっと大変なことになると思って欲しい、特にお客様が多くいる時では、今日の様には上手くは行かないし、火災の煙で視界が悪くなっていたりする事もあると、考えておいてください」
こちらも素晴らしい意見だ。

「貴重な意見を二人ともありがとう、まずは二人に拍手だ」
拍手に二人は照れていた。

「さて、今日ここからの時間は五人一組になって、今行った訓練の振り返りと、実際の火災の時にどうすればいいのかを話し合って欲しい。実際に各自の現場に行ってもらっても構わない。以上とする、始め!」
と指示を出して、二時間ほど、火災訓練の重要性や火災が起きた時にどうするのかを各自で考えて貰った。
各自でチームを作って考えてもらったのは、こういうところからもチームワークが生れるのではないかとの考えだ。
チームワークが生れれば、仕事がより楽しくなるだろう。



翌日は、新入社員を除く全社員がお客様となっての、ロープレが開始された。
ギルと俺は神様役だ、実際ギルは神様なんだが・・・
ギルと俺で別れて、各自お客様に扮する。
俺は大工の街ボルンで、ノンとレケ、メタン、マーク、アイリスさんを連れてスタートする。

「じゃあ行くか、俺達がお客第一号だ、思いっきり楽しもう」

「第一号か、良い響きだな」

「しかし、俺達でよかったんですか?」

「ああ、俺達が初風呂、初サウナを味わうべきだろう?」

「そうだそうだ!」
とノンもハイテンションだ。

「じゃあ、行くぞ!」
と転移扉を開いた。



転移扉を開くと、
「いらっしゃいません、サウナ島にようこそ!」
という爽やかな掛け声に迎えられた。

「おお!ここがサウナ島か?」
ノンがお客様ごっこを楽しんでいるみたいだ。

なら俺も
「やあ、私はランドール、大工の神様だよ、お嬢さん方」
と言うと。

「ギャハハハ!島野さん似てないって」

「はあ?何だそれボス。全然似てねえぞ!」
と散々の言われようだった。
駄目だったか・・・自信あったのにな。とほほ。

気を取り直して。
「六名様ですね。こちらに必要事項をご記入ください」
と五枚の紙と魔法筆を渡された。
これでOK!神様には必要事項の記入は不要である。

各自用紙に記入をしていく。
もし、文字が読めない者や、文字が書けない者は、口頭で伝え、受付の者が代筆することになっている。
記入内容は、島に来た目的を記入すること。
スーパー銭湯の使用、迎賓館の使用(商談込)他の国や街への移動、観光及び視察、その他となる。
目的に応じて、〇印を記入して、名前と来た国や街の名前を記入する。
ここで、まずは他の国や村への移動以外の場合は、入島料を頂くことになる。
十五歳以上は銀貨五枚、十四歳以下は銀貨二枚、五歳以下は無料となる。

実は、まだ神様達には話してはいないが、ここで得た金額の半分を月末締めにして、渡そうと考えている。
これは、転移扉を開けるという作業に対する報酬だ。
ただ、転移扉を開けるだけとは言っても、時間の調整や、自分の抱える仕事を一旦中止して行わなければならないという、裏事情を考えての物だった。
神様達は慈悲深いから、お願いされると断れない質の方々が多い。
無償でとは到底考えられない。

何故公表していないかというと、単にサウナ島の実力を計ってみたいからだ。
居ないとは思うが、報酬目当てにたくさんの人を送り込んでくる神様もいるかもしれない。
まあゴンガス様は怪しいが・・・
初月だけはどれぐらいの入島があるのか、純粋に知り合いのだ。
俺としては、サウナ島の真の実力を知っておきたい。

そして、大変なのは他の国や街への移動の場合だ。
この場合には転移する行先によって、頂く金額を変えている。
どういうことかというと、距離的に本来掛かる時間を買うことになる為、その分の料金は頂きますよ、ということ。

例えば、温泉街ゴロウからメルラドに行くには、本来陸路と海路で一ヶ月以上がかかる。
どれだけ上手くやりくりしても一日に銀貨一〇枚は、食費や移動費で掛かる為、一ヶ月分となると金貨三枚となる。
その金貨三枚は、受付で納めなければならないということだ。
使用者のメリットとしては、時間と安全性の担保といったこところになる。
本来の移動では、獣や魔獣が出る森を抜けなければならないし、メルラドに関しては海路もある、だから実際には金貨三枚は格安である。

という様に実際の陸路や海路にかかる金額を、格安で受付に支払うといった内容になる。
ここでも頂いた金額の半分は、神様にキックバックする予定だ。
なので他の街へと繋がる転移扉も、神様達が空けないといけないことにしている。
そうした場合、たいして時間は掛からないものの、時間的拘束が生れるから報酬は払って当たり前と考えているし、神力に対しての報酬とも言える。
仕事を抜けてまで来ているとしたら、なおのこと報酬を受け取る権利はあるということになる。

受付の業務はこういった、全ての利用者を適切に誘導しつつ、記録をちゃんとつけなければならないという、重要な作業になっている。
まあ多少食い違いがあっても文句を言う神様は居ないだろうが、こういう処は手を抜いてはならない。
あとはやはり、このサウナ島の顔となる為、むっつり顔では困るというところだ。
スマイルゼロ円とまでは言わないが、愛想の一つも添えて欲しいと思う。

随時六名がこの受付に立ち、待たせること無く、スムーズに業務を行わなければならない。
とても重要な仕事だ。
今日はランドはお客様役の為、受付内にはいないが、本来であれば、ここで彼が目を光らせるという役目もある。

得に気にかけているのは、武器の持ち込み禁止という点だ、身体検査とまではいかないが、怪しと思われる者は、ボディーチェックを行わせてもらうこともある。
神様達が前もって武器の持ち込みは禁止なのは、伝えてはくれてはいるが、念のための処置は必要である。
ランドの迫力であれば、大抵の者が文句は言うまい。
ただ、ランドには常ににこやかにしていろよ、とは伝えてある。
奴なら上手くこなしてくれるだろう。



今日はロープレ初日の為、本来であれば、来島の目的を全員違う物にして、受付の職員の力を試すべきだが、全員の目的をスーパー銭湯にした。
実際にお金のやり取りもして、サウナ島の入口に誘導される。

「ちゃんと、後で返してくれよ」
とレケが凄んでいた。

「レケ、ちゃんと返すから安心しろ」
こら!受付のスタッフがビックリしてるじゃないか、まったく。

入口の扉を開き、サウナ島に入島した。
やはり入口を高い所にしたのは正解だった。
島の景観が素晴らしい。
ナイスビュー!

「さて、まずは迎賓館でコーヒーとサンドイッチだな」

「またお金立て替えるのかよ」

「なんだレケ、お前そんなにお金ないのか?」

「そんなことはないけど・・・」
何とも困った奴だ。
迎賓館に入ると、スタッフに声を掛けられる。

「何名様でしょうか?」

「六人です」

「かしこまりました、こちらへどうぞ」
と誘われる。

スタッフの服装は、男性はバトラー風の衣装で、女性はメイド風だ。
建物の雰囲気からいくと、これがいいだろうと考えた。
服飾はメルラドで購入した。
俺は知らなかったが、メルラドでは服飾が特産品らしい。
これはオリビアさんが教えてくれた。

「ご注文はいかがなさいますか?」
とバトラー風の衣装を見に纏った男性スタッフが、注文を取りに来た。

「俺は、アイスコーヒーとミックスサンド」

「私も同じ物をお願いできますかな」

「俺も同じで」

「私も同じで」

「僕はバナナジュースとタマゴサンド」

「俺はアイスティーとツナサンドだな」

「かしこまりました、しばらくお待ちください」
と言って、スタッフが厨房に消えていく。
ここまでは順調、ホールに立つ他のスタッフも物腰柔らかく控えている。

「マーク、ここまでは順調だな」

「はい、ここのスタッフはしっかりとした者達が多いですよ、礼儀や言葉遣いなんか、俺よりもしっかりしてますしね」

「そうかそうか、期待できるな」

「ええ」
実際に執事やメイドの経験者を数名雇っている為、信頼度は高い。
メルラドは、人材の宝庫だと言っても過言ではなかった。
実力のある者が、まだまだ野に居るということだ。

数分後、注文した品物が運ばれてきた。
今度は女性のスタッフだ。
一度お盆ごと、テーブルの上に置き、そこから注文道りに分配されていく。
丁寧な対応だ、グッジョブです。

「では、いただこうか」

「「「いただきます!」」」
味はいつものミックスサンドだが、迎賓館で食べるミックスサンドは、上品な味がすると感じた。
おかしなものである、環境によって味が違うと感じるとは。
アイスコーヒーもよく冷えている。
食事を堪能し、会計を終えてスーパー銭湯へと向かった。



スーパー銭湯に入ると、
「「いらっしゃいませ!」」
と元気な掛け声で迎えられた。

「こちらは土足厳禁となっておりますので、靴はあちらのロッカーに入れてください」
とジョシュアが言う。

「ジョシュア、板に付いてるな」

「ありがとうございます!」
ジョシュアは軽く一礼した。
ロッカーキーを持って、受付に持参する。

「大人一名様ですので、銀貨五枚になります」
と受付で言われる。

「残念、今日の俺は神様役だから、無料だよ」

「あ、そうでした。申し訳ありません」

「いやいや、次から気をつける様に」

「では、ロッカーキーをお渡しください」
俺はロッカーキーを手渡す。
そして新たなロッカーキーを受け取る。

「こちらが、脱衣所のロッカーキーになります、帰りにまた、受付にお渡しください」

「はい」
これは、現在の入館数を把握する為の仕組みだ。
想定の収容人数は最大で四百人を予定している。
まず無いとは思うが、それ以上になった時に入館規制を行わなければならない。

「じゃあ、初風呂と初サウナを楽しむか?」

「そうしましょう」

「やっと入れるのかよ」

「楽しみですな!」
と皆で脱衣所に向かった。
これまでのサウナ島と違って、風呂や露天風呂、サウナの全てが男女別々となっている。
すなわちマッパで入るということである。

慣れていないせいか、マークとメタンがもぞもぞとしていた。
ノンは通常運転で、普通にぶらぶらさせていた。

「マークもメタンも恥ずかしいなら、タオルで隠せばいいじゃないか?」

「ああ、その手がありましたね」

「なるほどですな」
とタオルを腰に巻いていた。

さて、まずはシャワーで全身を洗う。
水圧よし、満足の出来る水圧だ。
引き渡し時にどれだけ同時に使ったら、水圧が落ちるのかを試してみたが、七割ほどが同時に使うと水圧が落ちた。
そこで、利用者が多い場合には、水道管に風魔法が付与してある魔石を埋め込んでいる為、利用者の数を見て使用するように、ギルには教えてある。

まずは内風呂に入る。
この内風呂は、最大で二十人が入れる広さだ。
今回の風呂すべてが、お湯は常にかけ流しの状態にすることと、風呂の水位と同じ高さに排水溝を見えない様に作ってある。
これはお湯に浮いた髪の毛やゴミが自動的に流れていく仕組みとなっている。

とはいっても、全てのゴミが自動的に流れる訳では無いから定期的にスタッフがチェックを行い、必要に応じて髪の毛などを綺麗に掬い挙げなければならない。
ここは異世界ということもあって、特に獣人の方々は髪の量が多い、身体全体を髪で覆っている人もいる。

小まめな清掃は肝心要である。
ちなみにこれまで俺達が使っていた風呂と露天風呂は、今後は風呂は子供風呂、露天風呂は家族風呂として提供する予定だ。
泳げる水風呂はプールとして使用することにしている。

残念ながらスーパー銭湯の風呂の年齢制限は設ける必要がある。
これは、俺の経験則からそうさせて貰った。
過去に何度か小さな子供が風呂の中でおもらしをしてしまい、風呂に入れなかったことがあった。
こればかりはしょうがないことだ。
ここではそれを避けるため、この様にさせて貰うことにした。
ちなみに五歳以下はスーパー銭湯の風呂には入れないことにする予定だ。

そして、この内風呂の角には電気風呂がある。
微弱の雷魔法が込められている魔石を設置してある。

「メタン、すまないが魔石に魔力を込めてくれないか?」

「かしこまりました」
というと、メタンが魔石に魔力を込めた。

「おお!これは効くな」
腰と背中にピリピリと電気を感じる。マッサージ効果だ。

「おお!こんなに気持ち良いとは・・・」
隣でマークも電気風呂を堪能している。

「島野さんこれは発明ですね、実に気持ちいいです、始めはちょっとチクっとしますが慣れると心地よくなってきますよ」

「だろ?これが電気風呂だ」
俺は多分どや顔をしているだろうな。
でも本当に気持ちいい。

電気風呂を堪能し、外風呂に向かう。
まずは温泉に浸かる。
温度帯は四十一度前後、俺は魔力が無いので、魔力の回復効果は分からないが、温泉特有の匂いがたまらない。
この温泉は十五人ぐらいが入れる広さだ。

その後は炭酸泉だ、温度帯は三十九度、低めの温度帯で長く入れる様にしてある。
ものの数分で体が赤くなってきている。
本当は一番この炭酸泉を広く作りたかったが、二酸化炭素が上手く集めれないので、ここは最大で十人しか入れない。

二酸化炭素問題が解決したら、拡張しようと思う。
その時は来るのだろうか・・・
そしてこの外風呂の最大の良さは、その景色にある。
二階であることと、海に向けて景色が広がる造りなっている為、サウナ島の海が一望できる。
日の角度によっては海が光って見える。
最高の眺めだ。

「島野様、素晴らしい景色ですな」

「ああ、この景色を見にくるだけでもここに来る価値があるな」

「さようですな」
俺達は炭酸泉を堪能した。

「さて、そろそろ行こうか?」

「ええ、行きましょう」
俺達はまずは塩サウナ室に向かった。塩サウナ室は、外風呂の隣にある。

「おおー、良い湿度だ」

「ですね」
まずはじっくりと全身が湿り気を纏うまで我慢する。

「よし、そろそろだな」
部屋の中心にある、塩のタワーから塩を片手いっぱいに掴む。
全身を隈なくマッサージしながら塩を擦り込んでいく。
全身を塩で纏ってから、じっくりと間を置く。
塩のマッサージよって、ピーリング効果を肌が感じている。
お肌つるつるだな。

外にでて、塩を流す専用のシャワーを浴びる。
身体に着いた塩を隈なく落としていく。
その後は外気浴で、少し体の火照りを冷ます。

「ああ、もう整いそうだ・・・」
思わず声が漏れる。

身体が冷えたのを感じ、いよいよサウナ室へと向かう。
拘りぬいたサウナ、サウナストーブは五台設置してある。
席は十段あり、各段五人が座れる広さを確保してある。

今回もオートロウリュウ機能がある。
このオートロウリュウには、魔石を使用している。
ギルとゴンと試行錯誤して造った誉れ高き一品だ。

ギルが苦労したのは、オート機能だった。
自動で三十分毎に熱風と水が流れるということが難しく、時間を意識して魔石に魔法を付与することに手間取っていたが、ギルの努力によって何とか完成した。
流石は俺の息子と言っておこう。

温度帯は八十五度、俺が一番好きな温度帯だ。
そして今回のサウナでは、オートロウリュウだけでは無く、セルフロウリュウも行うことができる。
これは実は意外な盲点ともいえる。

日本のサウナでは、オートロウリュウ機能のあるサウナには、セルフロウリュウを行うことを禁止しているサウナがほとんどだ。
その理由としては、ガスストーブを使用している為、というところなのだろう。

これは個人的な感想でもあるが、オートロウリュウの問題点は、その時間に合わせてサウナに入る時間を考えなければならないことにある。
そして、時間合わせを行っている俺以外の客も当然おり、サウナ渋滞が生じることが時々ある。
サウナ渋滞は俺としては、ストレスでしかない。

オートロウリュウとセルフロウリュウの両方出来るサウナは何処にあるのかと、真剣に探したこともあるぐらいだ。
そういった経験もあり、今回は両方できるサウナにしたという拘りだ。

サウナ室は湿度も程よく、熱を全身に感じる出来だった。
もちろん俺は最上段に位置を取る。
マークとメタンが隣にやってきた。

「良いサウナだな」

「ですね、広くてもこの温度を保てる物なんですね」

「ああ、サウナストーブ五台の出力は半端ないな」

「そうですね」

「でも、これが、客が多いと温度が落ちるから、その時にどうするかなんだよな」

「扉が二枚あっても温度が落ちるんもんなんですね」
温度の下降を防ぐためにサウナ室の扉は二枚ある。まずは一枚目の扉を開けると、サウナマットが取れるようになっている。サウナマットを取った後に、更に奥にある扉を開けるとサウナ室に入るという構造になっている。

「そうなんだ、俺の経験則では間違いなくそうなるな」

「なるほど」

「これはオートロウリュウ後に、スタッフがサウナストーブに加熱をする様にするしかないな」

「ひと手間要るということですね」

「サウナは温度が命だからな」

十分ほどサウナを堪能し、まずは掛け水をした後に、超冷水風呂にダイブした。
キリッと身体が引きしまる。
温度帯は七度前後。
最高に気持ちいい。

直ぐに超冷水風呂を出て、体を拭いて外気浴を行う。
勿論インフィニティーチェアーを使用する。
インフィニティーチェアーは十台あるが、これもまた奪い合いになるかもしれない。
インフィニティーチェアーは、人を駄目にする椅子と言われているが、サウナ愛好家にとっては、倍率の高い整いの椅子として有名である。
これの気持ちよさに目覚めたら最後、もう味あわずにはいられなくなる。
最強の椅子である。

「ふうー」

「ああー」

「・・・」
もう何も言うまい。

俺は遠慮なく『黄金の整い』を味わった。
これまでにない、満足感のある整いだった。
この整いは達成感を感じる整いだった。
その後二セット行い。俺はこれまでとは違う、格別の整いを得たのだった。



更衣室にもどり、着替えを行う。
備品として、綿棒があり、それで耳の中を掃除する。
更衣室には大きな鏡があり、ここで風魔法を付与した、なんちゃってドライヤーがある。持ち帰って貰っては困ると、ちゃんと鎖で繋げてある。
俺は残念ながらこれを使用することは出来ないが、好評を得ることは間違いないだろう。



俺達は大食堂に向かった。
手を挙げてスタッフを呼び込む

「ビールを三つで」

「かしこまりました」
と元気よく受け答えをするスタッフ。
スタッフは全員、島野標の入った法被を着ている。
即座にビールが給仕される。

「では、乾杯!」

「「乾杯!」」
ゴクゴクと喉を潤すビールが腹に落ちてくる。

「ああ、上手い!」

「最高ですな!」

「これが飲みたかった!」
ビールのほとんどを飲み干していた。
再度スタッフを呼びこむ。

「ビールをもう一杯と俺はカツカレー、お前達はどうする?」

「俺もビールをもう一杯と、カツカレーで」

「私もビールをもう一杯と、ツナマヨ丼を」

「かしこまりました!」
スタッフの元気な声が木霊する。

提供する食事のメニューについては、喧々諤々メルルとエル、ギルと会議を重ねた。
メニュー決定の問題点は、獣の肉の安定供給が出来る保証がないという点だった。
ノンが狩ってくる獣の種類は、その日によって違う、肉の種類を統一することはできない。
カツカレーのカツも、今日はジャイアントピッグだが、その日によってはボアやラット、ブルに変わる。
その為、安定的に供給できるメニューとなると、野菜に限定される。

ツナマヨ丼も、一日に限定五十食となっている。
その為、安定的に提供できるメニューといえば、マルゲリータピザとポテトフライ、ペペロンチーノ、ミックスサラダと野菜炒めぐらいとなる。
とは言ってもマルゲリータピザは大人気なので、これだけでも事足りるという意見もあったが、俺としてはそれではなにか物足りない。

そこで、その日にある食材で、刺身やから揚げなどを中心とした、日替わり定食も提供することにした。
常に二種類ぐらいは提供できるように努めていきたい。
それにしても日本は、ほとんどの食材が安定的に供給できている。
現代の日本は、飽食の国だと改めて知ってしまった。

飲み物に関しては、種類は多く、量も十分に足りている。
ビール、ワイン、日本酒、トウモロコシ酒がアルコール。
ノンアルコールはお茶、コーヒー、紅茶、ジュース各種。
水は無料で提供される。
他には魔力回復薬と、体力回復薬もある。

そして、ロープレという名のサウナ満喫を行った一同は、反省会を行うことにした。
何処がよくで、何が足りないのか?
様々な意見が出され、検討されていく。
中には俺が気にかけていない物が、提案されたりもする。

特に女性陣の意見が参考になった。
例えば、女子のトイレには汚物入れを置いた方がいいという意見だ。
女性特有の問題点と言える。
当然意見に賛同し、汚物入れを全ての女子トイレに加えることにした。

こうやってオープン前からロープレを行って、改善を繰り返していくことは重要であると言える。
その後、全スタッフにも、交代しながら施設を利用させて、一人一つ以上は意見や感想を纏める様にさせた。

施設の使用後に用紙に記入し、翌朝纏まった用紙が俺に届けられる。
それに目を通し、検討を重ねていく。
こんなことを一週間近く行った。

これからはプレオープンを一週間行い、ブラッシュアップさせていく。
プレオープンには参加できる全ての神様に、お客を連れて来てもらう予定だ。
さて、どうなることか・・・



グランドオープンの一週間前、プレオープンを開始した。
神様達には五名前後のお客を連れてきて欲しい、とお願いしてある。
営業時間は十五時から二十時の時短営業。

プレープン後は、各班に分かれて反省会をする為だ。
今日はプレオープン初日の為、俺も入島受付室に控えている。
まだ一五時には早い。

ガチャ!
不意に転移扉が開かれた。

「お前さん来てやったぞ!」
と万遍の笑みを浮かべたゴンガス様が、弟子達を連れてやってきた。

「ゴンガス様、早くないですか?」

「はあ?丁度の時間だと思うが?」
んん?そうか、時差だ!これは営業時間の修正が必要になるかもしれない。

「多分時差ですね」

「ああ、そういうことか」

「まあ、それは良いとして、いらっしゃいませ!」

「「いらっしゃいませ!」」
スタッフ達が続く。

プレオープン初日が始まった。
この後も続々と神様達に率いられたお客様がくる予定だ。
プレオープンに関しては、全ての料金を半額としている。
神様に関しては全て無料としている。
但し、全員にアンケートに答えるという条件を付け加えている。

この意見を参考に、更にブラッシュアップしていくつもりだ。
社員達の意見も参考になったが、やはりダイレクトにお客様の意見を聞きたい。
忖度無しの意見が欲しい。
この後も繋がっている全ての神様達が、お客を率いてサウナ島に来てくれた。
順調にプレオープンが進んでいった。