今は実験を行っている。
内容は簡単なことだ、扉に『転移』の能力を付与したらどうなるか?といいう事だ。
前々から考えてはいた事だった。

ただ扉を開けたら、行きたいところに繋がるというドラちゃんの『どこでも●●』では無い。
それの場合、使用者が制御できないという可能性があると考えた為、返って危険な物になってしまう。
それは望んではいない。
作りたいのは、二つの扉が繋がっている転移の能力がある扉だ。

木製の自立型の扉を二つ準備した。
鉄製のドアノブを扉に取り付け、ドアノブに神石を『合成』で取り付ける。
神石に『転移』の能力を付与するのだが、その時に、もう一つの扉の神石にも同時に『転移』の能力を付与する。
付与する時に両方のドアノブは、連動するイメージを加える。
果たして結果はどうなのか?

片方の扉のドアノブを捻ってみる。
するともう片方の扉のドアノブも捻られていた。
ここまでは順調。

さて、片方の扉をサウナ島の温泉の前に設置した。
もう一つの扉は、いつも食事をする庭先のテーブルの前に設置した。
扉を開いてみる。
おおっ!
扉の先には、湯気を上げる温泉が映っていた。

さっそく扉を潜ってみる。
温泉の前に転移することが出来た。
いいぞ、いいぞ!
扉を締める。

今度は反対に、テーブルの前に繋がるかを確認する。
扉を開くと、テーブルの前に繋がっていた。
念のため、扉を潜る。
テーブルの前に転移できている事が確認出来ていた。

実験成功!
どうやら簡単に転移扉を造ってしまったようだ。

しかし、これは自分で言うのも何だが、この世界の有り様を変えることになる一品だ。
使い方によっては、物流・移動速度を大きく変える。
例えば鍛冶の街の商人が、仮に温泉街ゴロウまで十日の移動日数が掛かるとする。
これを数秒で可能にしてしまう。
その時移動時に、マジックバックを携行していれば、同時に商品も数秒で運んだことになる。

この世界にとって、否、日本にとっても有りない技術だ。
安易に広めてはならない。
さすがにおっちょこちょいな俺でも、それぐらいは直ぐに分かる。

正直作った動機は、毎回五郎さんとゴンガス様のタクシー替わりになっているのが、面倒だというのが本音なのだが。
そこは目を瞑って貰えるとありがたい。
さて、どうしたものか・・・
まずは五郎さんの所から試してみるか?
なんだか怒られそうな気もするが・・・



ワイルドパンサーの報酬を得るべく、五郎さんのところにやってきた。
五郎さんと一緒にハンター協会に出向くと、ガードナーさんと協会の者らしき人が、俺達を待っていた。

「改めて、今回の依頼の達成おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「まずは国からの報酬を、お渡しさせていただきます」

「はい」

「金貨三百枚をお受け取りください」

「では遠慮なく」

「本来であれば、王城に出向いてもらい、国王から直々に褒章を授与するのですが、島野さんは拒否されると考えまして、この様にさせて貰いました」
ガードナーさんも随分分かってくれているようで、助かります。
あざっす!

「ありがとうございます、助かります」

「しかし、そろそろ一度王城にお越しいただけませんか?」

「いえいえ、遠慮させていただきますよ。もう国王とか間に合ってますんで」
はい、充分に間に合ってます。
そんなの会いに行ったら、絶対にフラグが立つに決まってますからね。
面倒事は勘弁です。

「はあ、やはりそうですか・・・」
ガードナーさんは諦めてくれたようだ。
ハンター協会の関係者らしき人が前にでてきた。

「私はここのハンター協会の会長をやっております。レミーという者です。よろしくお願いいたします」

「ええこちらこそ、島野です。よろしくお願いいたします」

「では島野さん、さっそくですが、買取の話をさせてください」

「はい、今回は肉と骨以外は買い取って貰おうかと考えております」

「本当によろしいので?ワイルドパンサーの牙は高級品ですよ」

「そうなんですか?」

「ええ、この牙は堅くて鋭く、武器の素材としても一級品です」

「へえーそうなんですね。五郎さん、ゴンガス様にあげたら喜びますかね?」

「そりゃあ、親父なら大喜びするんじゃねえか」
実は五郎さんとゴンガス様の顔合わせは、サウナ島で既に済んでいた。
たまたま二人ともサウナに入りに来ることになり、鉢合わせをして意気投合していた。
たまたまというよりは、俺が両方とも迎えに行ったんだけどね。

俺も二人に付き合わされて、ベロベロになるまで飲まされたんだよね。
翌日の二日酔いは酷かった、酔いが抜けきるまでにサウナを三セット必要とした。
二度と付き合いたくは無い。
ちなみにエルの回復魔法では、二日酔いは治らなかった。
世界樹の葉は流石に使うのは憚られた。

「じゃあ牙は一本貰っておきます。他は全部買取でお願いします」

「分かりました」
会長は計算を始めた。

「牙が九本で金貨九十枚、毛皮は五枚で金貨五十枚、爪が五体分で金貨四十枚、合計で金貨百八十枚になります、解体費用は国が負担すると聞いてますので結構です」
ガードナーさん、ゴチになります!

「ではこちらをどうぞ、念のため勘定をお願いします」
革袋を渡された。
俺は中身を取り出して、金貨百八十枚を確認した。

「はい、OKです」

「それにしても島野の所は景気がいいな」

「おかげさまで儲かってます」

「ガードナーさん、ではこれで」

「ええ、今回はお世話になりました」



五郎さんの執務室に帰ってきた。

「五郎さん、今日も来ますか?」

「そうだな、そうしようかな?」

「そういえば、五郎さんがいつでも来られるように、転移扉を造ったんですがどう思いますか?」

「どう思いますって、お前え、それ以前に転移扉ってなんでえ?」

「扉に神石をくっ付けて、転移の能力を付与すれば、サウナ島とここが繋がるんじゃないかと考えまして」

「ああ、そうか・・・ってお前え!それ無茶苦茶便利になるんじゃねえか!?」

「はい、そう思います。まずは五郎さんの所で試させて貰おうかと思いまして」

「儂の所で試すって・・・はあ、お前えって奴は・・・」
五郎さんは首を横に振っていた。

「ひとまず、扉は何処に置きますか?」

「そうだな、この執務室以外に置ける訳はねえわな」

「ですね、あと分かってはいるかと思いますが、神力を使いますので、扉の開閉は神様にしか出来ません」

「だな、とは言っても誰かに見られる訳にもいかねえな」

「そうですね、じゃあ出しますね」
『収納』から転移扉を出して設置した。

「開けますね」
扉を開くと、サウナ島のテーブル前の景色が広がっていた。
よし、この距離でも問題ないようだ。
五郎さんは呆気に取られていた。

「やっちまったな」
と呟いていた。
なんかすんません。

「五郎さん、誰か連れてきてくれても構いませんが、ちゃんと身元を保証できる者に限定してくださいね」

「ああ、分かってらあ」

「じゃあ、さっそく運用を開始しましょう」
と言って俺は、転移扉を潜った。
サウナ島から五郎さんに手を振った。
五郎さんは引き攣った顔で、力なく手を振り返していた。

「では、好きな時にきてくださいね」
俺は転移扉を閉めた。



いつも通りの畑作業をしていた所、珍しくアグネスがやってきた。

「アグネス、どうした?随分早くないか?」

「ええ、そうなのよ、ごめんね」

「何かあったのか?」

「ちょっと守に話しておきたいことがあってね」
いつになく真剣な表情のアグネス。
珍しいな。

「どうしたんだ?」

「先日いつもの野菜の叩き売りをしてたらね『魔王国メルラド』の外務大臣っていう、お偉いさんがやって来てね。この野菜を全部売ってくれっていうのよ」

「全部?」

「そう、流石にここの野菜を楽しみにしている街の人達がいるから、それは無理だって答えたら。倍の金額を出すから売ってくれって」

「それでどうしたんだ」

「なんだか訳ありそうな感じだったけど、せめて半分にしてくれって断ったわよ」
半分は売ったんかい。

「そうなのか、儲かったな」

「そうよがっぽりとね!・・・じゃなくて。その外務大臣さんはコロンの街の食料を随分と買い漁っていったらしいのよ」

「それは何でだ?」

「分かんないわよそんなこと、でね、そのお偉いさんがどうしてもこの野菜の生産者を教えてくれって言ってきてね」
アグネスは手を合わせた。

「ごめん、教えちゃった!」

「はあ?」

「だって凄い剣幕だったし、断ろう物なら、何しでかすか分からない雰囲気だったから・・・」
はあ、こいつなりには抵抗はしたんだろうな・・・
まあしょうがないか。
にしても気になるな。どう考えてもそのメルラドって国が食料飢饉になっているとしか考えられんが。
どうする・・・多分これは嫌でも巻き込まれるな。
先回りして、畑を拡張しておくべきか・・・
そもそもどれだけの人口がいる国なんだろうか?

「アグネス、そのメルラドについて知っていることを教えてくれないか?」

「いいわよ、でもあまり詳しくは無いわよ」

「ああ、知ってることだけで構わない」

「まずは、メルラドはコロンの街から南に商業船で、海路で四日ぐらいかかる所にある島国らしいのよ」

「島国か」
だから食料を買い漁りにきたんだな。

「結構大きな島らしいわ」

「どれぐらい大きいんだ」

「え?知らないわよ」
適当な奴だな。

「それでね、魔王が統治している国なんだけど、魔王とは言っても魔人が王様をやっているってことらしいわ」
だから魔王ってか・・・
何か魔王の威厳を損ねているような・・・

「なるほど」

「でね、一年の半分ぐらいが雪に覆われている地域もあるらしいわ」

「雪国ってことか?」

「どうなんだろうね?」

「人口は何人ぐらい要るんだ」

「知らないわよ」

「どんな種族が多いんだ?」

「分からないわ」

「他に知ってることは?」

「特に無いわね」
聞いた俺が馬鹿だった。情報薄すぎ。
まあアグネスだからな、諦めよう。

「そういえば、その外務大臣の名前は?」

「聞かなかったわ」
でしょうね・・・
アグネスにお礼を言ってその場を去っていった。



晩御飯の時に皆に相談することにした。
ちなみに本日のメニューはカツオのたたきと、カツオを漬けにして丼にした物。
大葉と胡麻が散らしてある。

「なあ皆、聞いてくれ」
皆が注目する。

「今日、アグネスから話を聞いたんだが、コロンの街に『魔王国メルラド』の外務大臣が訪れたらしい」

「『魔王国メルラド』の外務大臣が何で?」
メルルが質問してきた。

「どうやらコロンの街にある食料品を買い漁っていったらしい」

「何でそんなことを?」
当然の疑問だな。

「俺の予想では、食料飢饉が起こったんでは無いかと思う」

「食料飢饉って何?」
ギルは知らなくて当然か。

「食料飢饉ってのはな、天候やその他の理由によって、作物が育たなかったりして、食べ物が無くなってしまうことだよ」
ギルは頷いている。
テリー少年が手を挙げた。
俺は手をさして発言を認める。

「島野さん、その他の理由って何ですか?それってこの島でも起こることなんですか?」

「良い質問だ、その他の理由で考えられるのは、作物を荒らす獣や、虫の大量発生がある。そしてこの島でも起きる可能性は有る」

「あるんですか?」

「ああ、だが安心してくれ。対策は出来る」

「どんな対策ですか?」

「まずは俺が結界を張れるし、大量の虫ぐらいだったら、ギルがブレスで焼いてしまえばいいし、この中で火魔法を扱える者は多いからな」

「よかった」
テリー少年は安心したようだ。
テリー少年にしてみたら、好きになったこの島に飢饉が起きることが無いか心配したんだろう。
彼も随分成長したもんだ、もう少年では無いかもしれないな。

「話を続けるが、アグネスがこの島の存在を話してしまったらしい」

「なに!あいつ」
ノンがいきり立っている。

「まあ待てノン、あいつも言いたくて言った訳じゃなさそうだ、それに本当に食料飢饉が起きているのなら、言ってくれて正解だと思わないか?」

「主がそういうなら・・・」

「そこで皆に相談なんだが、どうやらその外務大臣は、俺達の育てた野菜に強い興味を持っていたようだ、俺の予想では早ければ数日中に、遅くとも二週間以内には、島に来るんじゃないかと思っている」
ランドが手を挙げる。

「そう思う根拠は何でしょうか?」

「まず、食料が足らないということと、後は農業の技術指導だな」

「なるほど」

「聞くところによるとメルラドは島国らしい、それも寒い国のようだ、寒さは農業には天敵だからな」

「寒い国でも農業はできるのですか?」
マークが質問をぶつけてきた。

「アイリスさん、お願いします」
アイリスさんが立ち上がった。

「出来ますわよ、でも種類には限りはありますわね、例えば白菜なんかがいい例ですわ」

「なるほど」

「他にもほうれん草や小松菜、アスパラガス等も栽培できそうですわ」

「それに俺の異世界での知識になるが、ハウス栽培という手もある」

「ハウス栽培ですか?」
アイリスさんが食いついてきた。
何であなたが・・・そうかこの世界には無い技術か。

「ええ要は温室を造って、そこで野菜の栽培を行うということです」

「まあ、そんなことが出来るのですね!」

「出来ると思います。何かと工夫は必要だとは思いますが」
どう日光を取り込むかを考え無いといけませんね。
でもこの世界には『照明魔法』があるから何とかなるとは思うが、こればかりはやってみないと分からないな。

「話を戻すが、俺は皆と決めたいことは、先回りして畑を拡張するかどうかということなんだ」

「やればいいのでは?」
ゴンが安直に言う。

「ゴン、簡単に言うが、拡張のサイズによっては、皆昼からの作業にかかれなくなる可能性もあるし、下手をすれば休日が無くなることもあるんだぞ」
ゴンがしまったという顔をした。
マークが手を挙げる。

「島野さん、俺達は休日が無くなる程度なら何とも思いませんよ、今までの待遇が良すぎなんですよ、これは俺の意見ですが、まずは人命を優先すべきだと思うんです。俺は畑の拡張に一票投じます」

「そうか、貴重な意見をありがとうマーク、ただこれはあくまで俺の予想であって、杞憂で終わる可能性もあるということを、視野に入れておいて欲しい」

「島野さんの予想が外れたことを、俺は見た試しがないですけどね」

「そうだよ」

「全くだ」

「主の予想は大体当たる」
と賛同の意見が後押しする。

「ちょっと待て、俺の本心は予想が当たって欲しくないんだがな」

「まあ、そうでしょうな、食料飢饉が起こっているなんて、嫌な事この上ないですからな」
メタンが擁護した。

「まあ、俺の予想の真意は良いとして、どう思う?」
メルルが手を挙げた。

「仮に島野さんの予想が外れたとして、豊富にある作物に問題があるのでしょうか?」

「無い事はない、それは単に俺が食料の廃棄を嫌うということでしかないんだがな」

「それであれば、島野さんの『収納』なら保管は可能ではないでしょうか?」

「確かにそれは一理あるな、だが問題はそこだけでは無くて、拡張した畑をどうするかということだ、せっかく拡張した畑を潰すのは心元無いんでな」

「確かに・・・」
レケが手を挙げた。

「ボス、俺には細かいことは分からねえが、ボスが神力を使わなかったら良いんじゃないのか?」
通常の栽培にするということか、良いかもしれない。

「良い意見だレケ、アイリスさんどうでしょうか?」

「それは拡張した畑は、神気を流さずに栽培するということですか?」

「はいそうです、杞憂に終わった場合には、その畑は潰さずに、通常の栽培にするということです。このサウナ島の野菜は俺とギルの神力によって、成長を促しています。なので畑の作業のほとんどが、収穫になっていると思います、けど今のレケの案だと、それを行わないようにすれば、作業はそこまで負担にならないのではということです」
アイリスさんは考えてるいるようだ。

「確かにそうすれば、作業の負担は減りますが、今よりも負担は増すことに変わりは無いですわ」

「ということは、折衷案としては一番可能性があるということですね」

「そうなりますわね」

「レケ!良く気づいたな」

「へへ!俺も勉強してるからな!」
レケが胸を張っている。
良いじゃないか、皆な成長している。

「じゃあ、拡張する方向で明日から動くがいいか?」

「「「はい!」」」
こうして畑の大幅な拡張が決定した。
更に話を進める。

「ギル、エル、レケ、ロンメル、三日後からでいいから、極力漁に出て、船が現れないか様子を探って欲しい」

「ああ、旦那、任せとけ」

「見つけたらどうするの?」

「何も話をせずに着岸させる訳にはいかない、その時は直ぐに俺を呼んでくれ」

「分かった」
これは更なる先読みになるが、指示をしておいた。

「マークとランドは屋台を三つほど造っておいて欲しい、鉄板使用で無くていい、炊き出し用のを頼む」

「「了解!」」

「次にノン、狩りでいつもより、多めに肉を用意しておいてくれ」

「分かった」

「メルル『体力回復薬』の作成を始めて欲しい、瓶は何本ある?」

「確か百本ぐらいしかないはずです」

「そうか、後でゴンガス様に作るように依頼してくる」

「手の空いた者は、狩りに出れる者は狩りに参加、それ以外の者はメルルを手伝う様に、いいか?」

「「「はい!」」」
これで一連の前捌きは終わったと思う。



それから数日間、畑の拡張と受け入れの準備を整えていった。
そして準備を始めてから、十日が経った時に、ギルから『念話』が入った。

「パパ、お客さんだよ」

「分かった、今から行く」

ヒュン!

俺はギルの横に立っており、目の前の大型商船を眺めていた。

「へえ!立派な商船じゃないか」

「ああ、そうだな」
いつの間にかロンメルが俺の後ろに控えていた。

「さて、じゃあギル行くか?」

「いいよ、乗ってく?」

「ああ、行くぞ」
俺はギルの背に乗り大型商船に向かった。
大型商船の上空でホバリングすると、船は進行を止めた。

船頭に燕尾服のような服を着た、初老の男性が現れた。
俺の方を見ると一礼して、どうぞお入りくださいと、船内に手を向けた。
見た感じの印象としては、話しが出来そうな相手と思えた。
俺は船に降り立ち、人化したギルが俺の隣に並ぶ。
初老の男性が腕を折り曲げて、仰々しく挨拶をした。

「私しは『魔王国メルラド』の外務大臣であります、リチャードと申します、以後お見知りおきを」
なかなかに仕草が堂に入っている。
それにしても、獣型のギルを見ても眉の一つも動かさなかったな。
アグネスの奴、どれだけ情報を流したんだ?

「俺は島野守だ、よろしく頼む」
手を指し出そうと思ったが、まだ早い気がしたので止めておいた。

「それで、俺達の島に何か様ですか?」

「はい、まずは突然の来島、ご容赦ください」
リチャードさんは大きく腰を折った。

「ああ」

「現在『魔王国メルラド』は食料飢饉を迎えており、国が傾きかけております」
ああ・・・予想道りだな。
ハズレて欲しかったのだが・・・

「また国民の不満が爆発し、クーデターが何度か起きかけました」
クーデターまでとなると、末期じゃないか。
大丈夫か?

「幸い『音楽の神』オリビア様の権能によって、クーデターの危機は、今は収まっております」
『音楽の神』オリビア・・・初めて聞く名だな。

「先日コロンの街で大量に食料品を買い付けましたが、まだまだ食料が足りません」
そうだろうな。そうでなければ、この日数では現れないだろうからな。

「そこで、島野様の野菜を売っていただけないかと、来島させていただきました。ご容赦下さいませ」

「分かった、ある程度予想はしていたから食料は多めに準備してある」

「本当でございますか?」
リチャードさんの目が期待の目で輝いている。

「本当だ、天使のアグネスからコロンの街で食料を大量に買い込んでいる一団が居た、と聞いていたからな、それにリチャードさんはアグネスに俺達のことを聞いたんだろ?」

「はい、アグネス様も最初は嫌がっておられましたが、渋々ながらも教えていただけました。ただ・・・」

「ただ?」

「話し出したら止まらない性格のようでして、いろいろと教えていただく羽目になってしまいまして・・・」
あの野郎!自分からペラペラと話してんじゃねえか!
リチャードさんもそこまで教えてくれなくても、といったところか。
個人情報だだ漏れかよ!
アグネスの奴・・・また懲らしめてやろうか、まったく!

「ハハ、そうですか・・・」
笑うしか無いな・・・

「はい、申し訳ありません・・・」
お互い気まずいな。

「それで、メルラドの人口はどれぐらいでしょうか?」

「はい、正確なことろまでは把握しきれておりませんが、ざっと二十万人程度かと」
二十万人か、国を名乗るには少なすぎないか?
いやまてよ、向うの常識で考えてはいけない、なにより地球の人口数が多すぎるというのが本当の所だと思う。
そんなことはどうでもいい、食料が足りるかどうかの問題だ。

「時間的猶予は?」

「今はコロンでの買い付けで急場を凌いでおります、おそらく一週間ぐらいが限界かと」

「分かった、では俺を信用して今すぐ、メルラドに引き返して欲しい」

「引き返すですと?」

「ああ、道々説明するから安心してくれ、今直ぐ舵を切り返してくれ」

「な!」
リチャードさんの動揺が激しい、信じていいものか明らかに心が揺れている。

「時間が惜しいんだろ?」

リチャードさんは逡巡してから
「かしこまりました、あなた様を信用致します」
と言って、船長らしき者に指示を出していた。

船が進路を変えたのを確認した俺は『収納』から転移扉を取り出した。

「リチャードさん、これは転移扉という物です」

「転移扉ですか?」
まじまじと眺めている。

「この扉はサウナ島の扉と繋がってます」
リチャードさんは何を仰ってますか?という表情をしている。
やってみせた方が早いよね。
俺は転移扉を開いてみせた。

「な、なんと!こ、これはいったい・・・」
リチャードさんはあまりの驚きに、尻もちを着いてしまっていた。

「これがあれば、サウナ島に簡単に行き来出来ます、但し、それには条件があります」
リチャードさんはよろよろと立ち上がった。

「条件ですか?」

「はいそうです。この転移扉を開けるのは神力を持った者に限られます」

「それは神様のみということですね、しかし島野様は先ほどこの扉を開けられましたが・・・」

「ああ、俺は神様じゃないけど、神力を持ってますので」

「はい?それはどういうことでしょうか?」

「説明は難しいので省きますが、俺は人間だけど、神力が使えるということです、まあ例外だと思ってください」

「例外ですね、確かに例外中の例外ですね」
リチャードさんは複雑な表情をしていた。

「いずれにしても、理解できましたか?」

「はい、賢明なご判断痛み入ります」

「さて、ここからは時間との勝負となります、話すこともたくさんあります、まずは俺が指揮を執ってもいいですか?」

「是非、お願いします」
リチャードさんは一礼し、一歩下がった。

「ギル、合図をしたら牽引してくれ」

「分かったよ」
俺は船長らしき者に、声を掛けた。

「あなたが船長ですか?」

「はい、そうです」

「合図したらドラゴンが船を牽引します。方向など舵が取りづらくなりますので、上手く合わせてください」

「ドラゴンが牽引ですか?」

「はい、いつもと勝手が違うと思いますので、上手く合わせてください」

「な、なんとかやってみます」

「お願いします、ではいきますよ」
『念話』でギルに同時に指示を出した。
一気に船が加速する。
リチャードさんのところに戻り、一度島に行くように話した。

「よろしいので?」

「ええ、あと念のため人員をこの船に送り込みます。全員海のプロですので安心してください」

「承知いたしました」
俺とリチャードさんは転移扉を開いて、島に転移した。

エルと、ロンメル、レケを船に転移扉で送り込み、船の警護を任せた。
ロンメルには船長の手助けもお願いした。
リチャードさんは、サウナ島をキョロキョロと眺めていた。

「リチャードさん、こちらにどうぞ」
と俺は椅子を勧めた。

「ご丁寧にありがとうございます」
改めてリチャードさんを見て見ると、外務大臣というより、やり手の執事のように見える。
うん、いけオジだな。

「それで、食料飢饉の原因は何ですか?」

「まずは天候不良によるものです。特に今年は雪が降り始めたのが、例年よりも早く、作物も小さくて不作となりました。そこに加えて魔獣による被害です。特に農業地域に魔獣が出現し、畑を荒らされました」
踏んだり蹴ったりだな。
魔獣か・・・狩りを手伝った方がいいのか?

「天候不良に魔獣ですか・・・」

「はい、魔獣に関しては、魔王様自ら陣頭指揮に当たって対応しております」
魔王様自らって、勇猛果敢な魔王様ってことか?
いや、そこまで追い込まれてるってことか?
クーデターが起きそうだったということから考えると、魔王自らが問題に対応してますよのアピールか?

「魔王自らですか、ハンターはいないんですか?」

「メルラドにはハンターはとても少なく、数えるほどしかいません」

「それはどうして?」

「島国特有のことかと存じます」
そうか、ハンターは移動しながら狩りを行うから、島国では移動ができないということか?そもそも島に移動するのが大変ということか?

「狩りには、警備兵と国王の親衛兵で当たってます」

「国軍は無いのですか?」

「メルラドには国軍はありません、これも隣接する国が無い為、必要がないのです」
島国では戦争は考えられないということだな。
なのに日本はかつて戦争をした。人の欲が成せることなのか。
何とも振り返りたくない歴史だな。

「クーデターが起きそうだったということですが『音楽の神様』がどうやってクーデターを収めたんですか?」

「それはオリビア様の歌には、心を静めさせたり、心を勇気づけたりする効果があるからです」

「へえ、それは凄いですね」

「ええ、まったくです、いきり立った国民を、歌の力で宥めてくれました」

「メルラドの神様なんですか?」

「いえ、そうではありません、たまたま居合わせたというかなんというか、流浪の神様が旅で立ち寄り、そのまま居ついていたら、クーデターに巻き込まれたといったとろこでしょうか・・・申し訳なく思っております」
音楽というジャンル的にいったら、流浪の神様なんだろうな。
にしても歌の力でクーデターを回避したって、凄すぎるだろ。

「オリビア様には頭が上がりません」

「でしょうね」

「それにしても島野様、この島の何たる雄大さ、目を疑うばかりです」
辺りに目をやり、感心したようにしている。

「そうですね、気候にも恵まれてとても過ごしやすい環境です」

「羨ましいかぎりです」

「そうなんでしょうね、メルラドは今は雪の時期なんですよね?」

「ええ、例年道りならば後一ヶ月は続くかと」

「なるほど、本当は良くないことなんですが、状況が状況ですので、メルラドに着いたら、俺の能力で天候を操作しようと考えています」

「えっ!天候を操作ですか?」

「はい、本来雨が降るところを晴れにしたり出来ます、ただ懸念するのは、そうすることで、何処にどういう影響がでるのか分からないことです」

「影響ですか?」

「ええ、一説では災害である台風も、世界の自然環境においては、浄化作用であるという考え方もあるのです」

「そうなんですか・・・」

「ただ今回は生命と財産に関わる状況の為、そうは言ってられないと個人的には考えています」

「何とも・・・島野様は本当に人間なのですか?」

「ええ、出鱈目ですよね?」

「失礼ながら、はいと言わざるを得ないです」
ですよねー。

「それでは本題に入りましょう」

「はい」

「どれほどの支援が必要でしょうか?」

「正直にお話させていただきます。現在のメルラド国庫は、コロンの街の食料品の買い付けで、ほとんどなくなっている状況です」

「・・・」

「島野さまから支援とおっしゃっていただきましたが、それに縋ることしかできないのが現状です」
リチャードさんは随分正直な人だ、こんな話でもちゃんと目を見て話してくれる。

「そうですね、こちらとしては今直ぐに金銭を要求することは考えていません」

「そう言って貰えると助かります」

「但し、将来的には何かしらの方法で、返していただきます」

「はい」
リチャードさんの表情は硬い。

「この島の野菜を他でも販売している為、無償にすることはできません。ですが、安くは見積もらせていただきます」

「ありがとうございます」
リチャードさんは立ち上がり、深くお辞儀をした。
俺も立ち上がり、リチャードさんに手を差し出した。
リチャードさんは手を握り返してくれた。
その手は小刻みに震えていた。
リチャードさんを船に返し、この先の準備に取り掛かることにした。



俺は、メルル、リンちゃん、テリー、フィリップ、ルーベンを招集し、炊き出しの準備を始めた。

既に寸胴鍋は五十個作成済で、前もって料理を作っておき、メルラド到着後直ぐに配給を開始する予定だ。
作る料理は決まっている。
トマトスープだ。
なぜトマトスープかというと、トマトが最も早く収穫が出来る野菜の為、量を稼ぐとなると、これ以外の選択肢は無かった。

炊き出しといえば豚汁のイメージがあるが、味噌を大量に作るには時間がかかる。
その為今回は除外した。
調理方法も簡単にする。手の込んだことはしない。
今回重要なことは、この体力回復力のある野菜を、一人でも多くのメルラド国民に届けることだ。
お湯を沸かし、潰したトマトを大量に入れていく。
そこに消化に良いように、小さく刻んだタマネギ、ニンジン、ダイコン、バジルを入れていく。
ひと煮立ちさせたら、胡椒と醤油を加えて完成。
これを寸胴鍋五十個分作成する。
結果この作業に二日掛かった。

一旦『収納』に保管し、更にもう五十個分作成の指示を出し、俺は船に転移扉で移動した。
ギルの様子を見る。
どうやら休憩中のようだ。

「ギル、お疲れさん」

「あ、パパ、ちょっと休憩中」

「ああ、しっかり休んでくれ、差し入れだ」
『収納』からツナサンドを差し出した。
ギルに五人前渡す。

「皆さん差し入れです。休憩にしましょう!」
声を掛けると、船員達がぞろぞろと集まってきた。
一人一人にツナサンドを渡す。

「ウメー!なんだこれ?」
と船員が口にすると、それに合わせて他の船員達も騒ぎだした。

「本当に美味しい!」

「こんなの始めて食べた!」
ロンメルとリチャードさんが揃って現れた。
二人にもツナサンドを渡した。
リチャードさんは申し訳なさそうに頭を下げていた。
食事をしながら状況を確認する。

「ロンメル状況はどうだ?」

「旦那、後でギルを褒めてやってくれ。あいつの頑張りでかなり距離を稼げているし、海獣も蹴散らしやがったからな」

「そうか、分かった、あとどれぐらいかかりそうだ?」

「早ければ、今日の夕方には着くと思うぜ」

「そうなると、ここからの段取りを決めておきましょう」
リチャードさんに向き直ると、リチャードさんが一心不乱にツナサンドを食べていた。
リチャードさんの目の前で手を振ってみた。

「ああ、すいません、あまりの美味しさに我を忘れておりました。申し訳ありません」

「いえいえ、これからの段取りを打ち合わせしましょう」

「はい、よろしくお願いします」

「まず、ロンメルが言うには、早ければ今日の夕方には着くということです」

「ええ、伺っております」

「着いたら真っ先に国民に対して、炊き出しを行う様に知らせて欲しいのですが、どんな方法を取りますか?」

「そうですね、今はおそらく警備兵も全員狩りの最中ですので、方法としては口伝えしかないかと・・・」

「では、拡声魔法を持っている者はおりませんか?」

「拡声魔法ですか?聞いたことがありませんが・・・」

「そうですか、わかりました。仲間に拡声魔法を使える者がおりますので、その者に魔法を掛けさせて、大声で喧伝させましょう」

「他に通信手段等はありませんか?」

「狩りの小屋の通信魔道具とかはないのか?」
ロンメルが補足した。

「申し訳ありません、メルラドにはそういった物はございません」

「ではこうしましょう。まずは一番人が集まる場所に炊き出しの準備をします」
頷いているのを確認する。

「炊き出しは五箇所で行う予定です、器とスプーンを持って集まる様に拡声魔法で促します」

「はい」

「そこで炊き出しを手渡す時に、食事が済んだらまだ知らない人に、ここで食事が貰えると喧伝する様にさせましょう」

「分かりました」

「あと、食べ物を求めて押し合いが始まるかもしれないので、整備する者が必要ですが、人員はいますか?」

「人員となると、少数しかおりません・・・」

「じゃあ、ここの船員達はどうですか?」

「どうでしょう、契約の範囲には入っておりませんので、新たに契約をせねばなりません」

「そうですか」
俺は立ち上がり食事中の船員達に声を掛けた。

「船員達の皆な、聞いてくれ!食事をしながらで構わない。まずは長い旅路お疲れ様!」
俺は一礼した。

「早ければ今日の夕方にはメルラドに到着する。その後速やかに、俺達は国民に炊き出しを行うことになる」
全員が話を集中して聞いている。

「その炊き出しだが、大きな規模で展開させる予定だ。そこで船員の皆さんに協力して欲しいことがある」
ここで一泊貯める。

「炊き出しだが、押し合いになる可能性が高い、そこで皆には列になって並ぶ様に警備を頼みたいが、どうだろうか?」
ざわざわと騒ぎだした。

「俺は協力させて貰うぞ、こんなに美味い飯を食わせて貰ったんだ。当たり前だろう!」

「そうだそうだ、俺もやらせて貰う!」

「私も!」
と全員協力を申し出てくれた。

「ありがとう!もしかしたら、君たちは警護で食事もできなくなるかもしれないから、後でとびっきり上手い物を差し入れさせて貰う」

「おお!」

「まじで!」

「やったー!」
と大騒ぎだ。
振り返ると、リチャードさんが俺に対してお辞儀をしていた。

ピンピロリーン!

「能力が一定に達しました、ステータスをご確認ください」

はあ?このタイミングで何?

確認すると『未来予測LV1』となっていた。
はい?確かに予想道りだったけど・・・
まあいいけど、ちょっとこの能力に今は構ってられないな。
またにしてくれよ。
まったく。
それどころではないっての。