いつもの納品に五郎さんの所に来ている。
もはや日常といってもいいだろう。
いつもの執務室に通され、お茶を飲みながら世間話をし、適当な所で帰っていく。
通い慣れた取引先だ。

「島野、そういやあお前え、ギル坊から聞いたぞ」

「何をですか?」

「おめえ、炭酸泉を再現したらしいな」
ううっ・・・しまった・・・五郎さんには前に、再現不可だって話してたな。

「出来てしまいました・・・」

「再現不可だって言ってなかったか?」

「はい・・・言ってました・・・」

「お前えって奴は・・・」
呆れられてしまった。

「まあいい、それでどんな仕組みなんだ?」

「ボンベに二酸化炭素をって、そんなことよりサウナ島に来て、見て貰った方が早いですね」

「そうかい、百聞は一見に如かずだな」

「そうですね、ただギルからどう聞いたかは知りませんが、鍛冶の神様に協力して貰って、やっと週に四時間のみ稼働している状況ですので、五郎さんの温泉で行うのは難しいかもしれないですよ」

「週に四時間かあ・・・」
両手を組んで上を見上げている。

「厳しいな、それも鍛冶の神様の協力だって?どういうことでえ?」

「二酸化炭素が発生するのは、火を使うところが多く発生するからです」

「そうか、鍛冶なら火は使いまくるからな」

「ええ、家の台所でもやってみましたが、全然溜まりませんでした、五郎さんの旅館の調理場がどれだけ火を使っているかにもよりますが」

「調理場でも火は使うが、鍛冶場とは比べものにならんぞ。あんなに火は使わねえな」

「そうでしょうね」

「だが炭酸泉は月に一度のイベントとしてみる、ってのも有りだな」

「そういう考えなら、何とかなるかもしれないですね」

「だな、せっかくだ、今から見に行ってもいいか?」

「ええ、いいですよ」
五郎さんは最近では、サウナ島にちょいちょいやってくる、その目的は言わずもがなのサウナである。
サウナに入って、ビールを一杯飲んでから帰っていく。
まるでスーパー銭湯替わりだな。
サウナ島に五郎さんを伴って帰ってきた。

「あれ?五郎さん、どうしたの?」
ギルがお出迎えだ。

「ギル坊、元気にやってるか?ちょっと炭酸泉を見にな」
とギルの頭を撫でている。

「そうなんだね、入ってくの?」

「ああ、そのつもりだ」

「じゃあ僕も一緒に入るよ」

「そうか、じゃあ背中でも流して貰おうかな?」

「いいよ」
露天風呂にやってきた。
まずはボンベを見てもらう。

「ほうこれか?これは神石だな」

「はい、これに『分離』の能力を付与してあります、それで空気中の二酸化炭素をボンベに貯めていく、という仕組みです」

「なるほどな、そういう仕組みとなると、島野の能力無くしてはできねえということだな」

「そうですね」

「このセットを二つほど作ってくれるか?」

「いいですよ、五郎さんには再現不可とか言っちゃってましたので、タダでいいです」

「おっ!話が分かるじゃねえか」
はいはい、後でチャチャっと作っておきますよ。
五郎さんは炭酸泉に入った後、炭酸泉セットを持って帰っていった。
ちゃんとギルに背中を流して貰っていた。
仲が良くて、いいことです。



サウナ島の暮らしとして、俺は平日の午前中は皆と畑作業を行い。
基本的には、月・水・金曜日は五郎さんの所に納品と、メッサーラに『魔力回復薬』の納品の送り迎え。
木曜日はゴンガス様の所に納品と、ボンベの入れ替えといった感じ。
火曜日は小物を中心に作成するのと、食材やアルコール類の仕上げを行う、といった暮らしぶりだ。
時折、休日の社員達に送迎を頼まれ、タクシー替わりとなっている。

平日は大体夕方にはサウナに入っており、夕飯前にビールを一杯飲んでから、晩飯を食べるといった具合だ。
土日曜日はもちろん日本に帰って『おでんの湯』にて『黄金の整い』を行う。
といった、サウナ満喫生活を堪能している。
社員からの相談事等は都度聞いているが、今ではそんなこともほとんど無く、皆な自分自身の役割を理解し、仕事に励んでいる。

俺は今の暮らしぶりにとても満足している。
ノンと二人でこのサウナ島に放り出された時には、想像も出来ない暮らしぶりをしていると思う。
今日は水曜日、リンちゃん達をメッサーラに送り届け、五郎さんのところに納品に来ている。

「五郎さん、炭酸泉の方は順調ですか?」

「いや、芳しくねえな、あんまり二酸化炭素が溜まらねえ、やっぱり月一が限界だな」

「そうですか、何ともテコ入れしようがないですね、もう二セットほど作りましょうか?」

「おっ!いいのか?そうしてくれると助かる。炭酸泉は人気でな、客から次はいつだとせっつかれて困っちまってた所だったんだ」

「次に来る時に持ってきますよ」

「悪いな、そういえば、ちと待っててくれ」
と言うと、執務室を飛び出していった。
数分後、ガードナーさんを伴って、入室してきた。

「ガードナーさん、お久しぶりです」

「島野さんこちらこそ、お久しぶりです」

「島野、悪いがちとガードナーの話を聞いてくれないか?」

「ええ、どうかしましたか?」

「実は、お願いしたいことがありまして」
気まずそうにしているガードナーさん。

「お願いですか?」

「そうなんです、心苦しい話なんですが、狩りをお願いできないかと思いまして」

「狩りですか?」
何でまた・・・

「はい、タイロンの城下町から、東に十キロ行った所に洞窟があるんですが、そこにワイルドパンサーが住み着いてしまいまして・・・」

「ワイルドパンサーですか?」

「それも五匹です、そのワイルドパンサーが街道に降りて来ては、人を襲う様になりまして、少々厄介事になってるんです」

「ハンター達では対応できないのですか?」

「ワイルドパンサーは一頭でもAランクの獣なんです。それが五頭となるとSランクでも厳しいんです。本来なら軍が出て対応するんですが、間違いなく死傷者が出ます。出来ればそれは避けたいのです・・・」
それでお前なら出来るだろ?といった所ですね。やれやれ。
既に人が襲われてると聞かされればやるしかないよな、正直めんどくさいが・・・
しょうがないか。

「お願いできないでしょうか?ということですね」

「はい、無理なお願いとは承知してますが、島野一家ならワイルドパンサーを狩れるのではないかと思いまして・・・」

「被害が出てると聞かされてしまえば、やるしかないでしょう」

「もうし訳ありません、これは国からの依頼でもあります。つきましては、一度国王にお会い頂くことは出来ませんでしょうか?」

「はあ?国王に?」

「はい、そうです」
嫌だ!絶対に嫌だ!

「嫌です!ちゃんと狩りはしますんで、そういうのは止めてください」

「えっ!・・・どうしても駄目ですか?」

「駄目です!」
もうさあ、国家元首とかって、ルイ君で充分だっての!
なんだかんだで、タイロンには十分に貢献したんだからさ、もういいでしょそういうの?

「分かりました、その様に伝えておきます」
諦めてくれたか、よしよし。

「まずはサウナ島に帰ってから皆と相談します、まあ血の気の多い奴らですので、問題ないでしょうが、狩りの前にハンター協会に行けばいいですか?」

「いえ、その必要はありません、これはあくまで国からの依頼ですので、もちろん報酬は弾ませていただきます」

「はあそうですか、分かりました」
なんだかな、やるしかないか・・・
はあ、めんどくさい。



サウナ島に帰ってきた。
晩御飯の時に皆に狩りの話をした。

「皆な聞いて欲しい、今日五郎さんの所に行ったんだが、ガードナーさんが居てな、ある依頼をされたんだ」

「依頼ですか?」
メルルが給仕しながら言った。

「ああ、狩りをして欲しいそうだ」

「狩り?」

「何で?」

「獣はなんですか?」

「狩りですかな」
皆一斉に言われても、答えられませんがな。

「はいはい、狩りの内容は、タイロンから東に十キロほど行った所にある洞窟に、ワイルドパンサーが五頭住み着いてしまったそうだ」

「ワイルドパンサーですか?一頭でもAランクの獣ですよ」
マークが驚いている。

「それも五頭なんて、Sランクでも難しいんじゃないですか?」
ランドも同様の反応だ。

「それで島野一家に狩りの依頼が来たという訳だが、どうする?」

「そんなのやるに決まってるよ」
ギルが意気込んでいる。

「楽勝」
ノンは相変わらずのマイペース。

「海以外での狩りも面白そうだな」
レケもやる気満々だ。

「狩りですか、私も行っていいので?」
アイリスさん、お願いですから止めてください。

「もちろんやります!」
ゴンもやる気十分だ。

隣を見て見ると。
あれ?マーク達・・・やる気になってないか?

「おいマーク、やる気なのか?」

「ちょっと考えさせて貰えませんか?」

「ああ・・・」
こいつらもうハンターに未練が無い、とか言ってなかったか?
なんでやる気になってるんだ?
本当はハンターに戻りたいのか?
マーク達『旧ロックアップ』のメンバー達が集まり、ミーティングを始めてしまった。

一先ず晩飯でも食べましょうかね。
どうしたもんか、なんだかねえ・・・
ミーティングが終わったようだ。

「島野さん、俺達も行かせてください!」

「はあ?マジで?」

「はい、マジです」

「いいけど、何でまた・・・」
マークが目線を反らした。
あっ!こいつなんか隠してやがるな。

「マーク!何を隠している」
睨みつけてやった。

「実は・・・」
と言うと、胸のポケットから世界樹の葉を取り出した。

「はあ、なんで世界樹の葉があるんだ?」

「これは・・・その・・・アイリスさんから貰いました・・・」
アイリスさん、あんた何やってんの?

「アイリスさん、これはどういうことですか?」
これは説教だな。

「何かあった時用に、渡してありますのよ」
何も悪びれていないアイリスさん。

「アイリスさん・・・もしかして全員に渡してないでしょうね?」
流石のアイリスさんも、しまったという顔をしている。

「どうなんですか?!」

「あの・・・その・・・はい」
やっぱりか!何やってくれてんだよ!あんたが一番この価値を分かってんじゃないんですか?

「アイリスさん、良い加減にしてください!やり過ぎです!」
頭を垂れるアイリスさん。

「なあ、お前ら」
全員を見渡す。

「まさか世界樹の葉を、傷薬替わりに使ってないだろうな?」

空気を読めないレケが言った。
「あれ?駄目だったのか?俺は普通に傷薬として使ってるぞ」
アイリスさんが頭を抱えている。

「はあ?・・・お前・・・それがどれだけ貴重な物か分かってるのか?」

「貴重な物なのか?傷薬として使えって・・・アイリスさんがくれたけど・・・」
レケがアイリスさんを見て状況を理解したようだ。

「ええ!駄目だったのか?・・・」

「ええ、駄目です!アイリスさんがね!」
俯いてしまったアイリスさん。
アイリスさんなりの優しさだってことは分かるんですが、もっと考えてくださいよ、もうまったく!。
世界樹の葉の価値は、傷薬代わりではないでしょうが。

「アイリスさん、皆のことが心配なのは分かりますが、もうちょっと考えて貰えませんかね?」

「はい、すいません・・・」

「甘やかせ過ぎもよくありませんよ」

「はい・・・」

「世界樹の葉の価値を考えてください」

「すいませんでした・・・」
まあこれぐらいにしておくか。

「お前達、分かってるな!」
気を引き締めさせるしかないな。

「「「はい!」」」
分かってるならいいが・・・無茶をしてくれるなよ。
本当にもう、勘弁してくれよ。
世界樹の葉頼みでは、狩りは上手くいかないぞ、大丈夫なのか?



装備を整える為にゴンガス様の所に来ている。
狩りの前に、装備を充実させようということだ。

今のマーク達には金銭的に余裕があるらしく、好きに装備を買えると言っていた。
特にマークが余念なく、装備を買い漁っている。

「島野さんのお陰で、お金は足りてますので、装備だけならSランク相当になりますよ」
とのことだった。
ハンターの世界は、金銭を伴う厳しい物だと改めて理解した。

『旧ロックアップ』の皆は、ほぼフル装備で防具や武器を買い直していた。
マークは大盾を、皮から比較的軽い鋼鉄製の大盾に変え、剣を扱いやすい軽量化された物に変えていた。
更にゴンガス様の好意で、刃先をミスリルにして貰った。
マークはゴンガス様に、土下座する勢いで頭を下げていた。
鎧も皮の鎧から、軽量化した鉄製の鎧に変え、ブーツも軽量の物から、鉄板入りの装備に変えていた。

ランドは、斧をピッケルに変えたようで、ピッケルの改良した物を探し当てたようだ。
これもゴンガス様の好意で、先の部分だけミスリルとなっていた。
加えて俺がグリップ部分に使い慣れたゴムにしてやった。
ランドは、家宝にすると涙を流していた。
装備もこれまでの革製の物から、軽量化された鉄製の物に変え、籠手も嵌めているようだ。

ロンメルは、今回は斥候に専念する必要が無いため、斥候とは思えない装備になっている。
見た目は忍者のようだ・・・やはり斥候か。
でも素早さは重視した為、一見変わってないようだが、服の下に楔帷子を仕込んでおり、籠手にも鎖が巻かれている装備だ。
足元はスニーカーの方がしっくりくるということで、そこだけが違和感を感じる。
両手剣も新調し、軽さに重視した装備に変えたようだ。
こちらも刃先はミスリルしようかと、ゴンガス様は申し入れてくれたが、ロンメルは自分には扱え切れないと断っていた。
あいつなりの遠慮なんだと思う。
後は何らかの、飛び道具的な物を買い漁っていた。

メルルは僧侶の服装を魔法士のそれに変え、ローブを新調したようで、ローブは魔法が付与されたものであるらしい、何の魔法かは聞かなかった。
メルルのことだから考え無しな訳がない。
どうやら今回は攻撃に特化するようだ。
そりゃあ世界樹の葉を、皆一枚は持ってるんだから、攻撃的な物になるんだろうな。
杖も随分とお金をかけたようだ。
杖は前のより軽量な上に大きい物になっていた。

メタンもローブを新調し、こちらには物理攻撃を緩和する魔法が付与されているとのことだった。
杖もメルルと同様に、相当な金額を掛けたようだ。
各自満足のいく買い物になったようだ。
ゴンガス様はよく売れたと、終始ご機嫌だった。

「お前さんありがとうな、随分稼がせて貰ったぞ!」
と本音を隠そうともしなかった。
その隣で、メリアンさんも頷いていた。
この人達はそんなにお金に困っているようには見えないが、もしかしたらお酒にお金を掛け過ぎて大変なのかもしれない。
この人達ならあり得るな。
俺達はゴンガス様のお店を後にして、サウナ島に帰った。



晩御飯前に備品の準備をした。
全員にマジックバックを持たせ、その中に『体力回復薬』と『魔力回復薬』をそれぞれ二個づつ入れた。
他にも必要な物は、各自入れておくように指示してある。
晩御飯がてら打ち合わせを行うことにした。

「じゃあ、狩りに行く者達は打ち合わせを行う、いいか?」
皆な頷いている。

「まず移動だが、洞窟の場所が分からないから、タイロンの郊外から歩いて向かうことになる」

「飛んではいけないの?」
ギルが疑問をぶつけてきた。

「ギル、何人いると思ってるんだ?」

「あっ!そうか」

「それで念の為、俺だけが先行して様子を見てくることにする」

「主一人でですか?」
ゴンが気になったようだ。

「ああ、透明化できるのは俺だけだからな」

「誰か一緒に連れて行きませんか?」
マークが心配してくれているようだ。

「いや、この中で気配を完全に絶てる者はいるか?」
ノンが手を挙げた。

「ノンならできるだろうが、同行する意味が無いからな、俺一人でいいだろう、あくまで様子を見に行くだけだ、ちゃんと皆に獲物は残しておいてやるから、安心してくれ」

「本当か?ボス一人でやっつけるなんて、面白くもなんともねえぞ」

「大丈夫だ、そんなことはしないさ」

「約束だからな」

「ああ分かっている。次にこれは一つのシュミレーションだが、五頭いるということは群れのボスがいるはずだ」
皆な頷いている。

「ボスは俺が対処する、出来るだけ速攻で終わらせて、他のワイルドパンサーの戦意を削ぐつもりだ」

「ええ!僕もボスと戦りたいなあ」
ノンが言った。

「駄目だ、お前には一匹任せるからそれで満足してくれ」

「ええー、そうなのー」
ノンには物足りないみたいだ。
どんだけ好戦的なんだか・・・

「ボスの次に強いと感じた奴をお前がやればいい、大事なのは瞬時にボスを消すことだ、俺より早く出来るのか?」

「それは・・・無理だけど・・・」

「じゃあここは我慢しなさい」

「分かった」
ノンはあっさり引いてくれた。

「それで残りの三頭だが、ギルとエルで一頭を狩って、レケとゴンで一頭を狩る、旧ロックアップで一頭を狩るってのが、俺のプランなんだがどうだろう?」

「ええ?俺は一人で一頭狩りたいぜ」
レケが不満を口にした。

「レケ、お前海以外の狩りは初めてなんだろ?あんまり舐めて掛かると痛いめを見る事になるぞ」

「始めてだけど、自信はあるぜ」

「その意気込みは認めるが、ここは自分の力を過信してはいけない所だぞ」

「まあ、ボスがそう言うなら、そうするけど・・・」
不満げな様子だ。

「あとギル、出来ればブレス無しで挑んでみろ」

「何で?」

「お前のブレスは他の皆を撒き込む可能性があるし、お前はブレスに頼り過ぎな所があるからな」

「うう、分かったよ」
どうしようかと、さっそく考えだしているギル。

「島野さん、俺達に一頭を任せてくれるってことでいいんですね?」
マークが念押ししてきた。

「ああそうだ、だが無理そうだと思ったら、遠慮なく介入させて貰うがいいな?」

「もちろんです」

「命大事にで行きたいからな」

「ええ、お願いします」
ロンメルが手を挙げている。

「どうした?ロンメル」

「旦那、ちなみにだが、どうやってボスのワイルドパンサーを倒すつもりなんだ?」

「ああ、それは簡単なことだ。眠らせて首を狩るつもりだ」

「「ええ!」」
あれ?
皆が引いているような・・・

「ズルいぞ!」

「それは酷い!」

「簡単過ぎる!」

「出鱈目すぎますな」

「ちゃんと戦えよ!」
といいように言われているな。

「それが一番簡単だろうが!」
何が悪いんだよ!

「ズル過ぎだよな」

「これだからな」

「もうどうでもいいよ」

「島野さんしかそんなことできないよな」
とこれまた、酷い言われようだ。

「そうは言うがな、気が付いたら死んでいたって方が、ワイルドパンサーも浮かばれるってもんだろうが、俺は慈悲深いんだよ!」

「そうは言ってもねえ」

「物はいいようだな」
駄目だ、こいつらにはもう何を言っても駄目だ。

「まあいい、俺のことはどうでもいいから、自分達のこと考えてください!」
こいつらはほんとに・・・

「分かりましたよ・・・」
ランドがボソッと呟いた。

「いずれにしても、シュミレーションでしかない、本番では各自で対応するしかない、特にコンビで動く者達は、よく打ち合わせをしておくように、いいな!」

「「了解!」」
返事はいいんだよな、返事は。



狩りの日当日。
午前中に五郎さんの所に行き、ガードナーさんに今日狩りを行うとの伝言を頼んだ。
何も無ければいいのだが・・・
早ければ夕方には結果報告をしに伺う予定だ。
再度サウナ島に帰り準備を行う。
とはいっても俺の準備は特に何も無い為、皆の準備を手伝ったりするぐらいだ。

「さて、皆な準備はいいか?」

「大丈夫です」

「OK!」

「問題ありません」
と準備が整ったようだ。

「じゃあ行くぞ」

「「はい!」」

ヒュン!



タイロン国の郊外に転移した。
全員の顔を伺う。
多少緊張している者もいるが、概ね問題は無さそうだ。

「じゃあ、先行するがいいか?」

「ちゃんと仕留めずに帰ってきてくれよ」
とレケはまだ不満げだ。

「分かってるって、そう心配するなよ」

「分かったよ」

「島野さん、俺達はこのまま目的地に進んでいいんですよね?」
ランドが問いかけてきた。

「ああそうしてくれ、じゃあ行くぞ」
という言葉を残して、俺は先行を開始した。



瞬間移動を何度か繰り返して、目的の洞窟へと向かう。
今は森の中だ。
森の中は瞬間移動がしづらい。
木が生い茂って視界を遮るからだ。
それでも、この方法が一番手っ取り早いと思われる。

飛ぶのもありだが、誰かに見られていると厄介だし。明らかに目立つ。
それは良くない。
あくまで様子見で先行しているのだから、飛ぶ訳にはいかない。
そろそろ目的地周辺だが、まだ洞窟は見えてはこない。

すると樹々が減り、広場の様な所へと出た。
恐らくこの先に目的地があるものと思われる。
俺は『透明化』の能力を使用し、気配を消して前に進んだ。
目的地の洞窟に到着した。

周りを伺うが、特に獣の気配を感じない。
洞窟内に入るべきだろうか?
いや、少し様子を見ようと思う。

洞窟内にワイルドパンサーがいて、洞窟内での戦闘になるのは避けたい。
俺達は洞窟内の構造をまったく知らないから、洞窟内の戦闘はあまりに危険だ。
そんなことを考えていると、一頭のワイルドパンサーがゆっくりと洞窟内から現れ、洞窟の入口に座り込んだ。
まるで洞窟の番人だ。
周りの様子を伺っている。

『鑑定』

ワイルドパンサー  獰猛な獣でありジャングルの覇者  とても美味

ここはジャングルではありませんが?・・・でも美味って、期待しちゃうじゃないか!
ワイルドパンサーは、気配を殺して透明になっている俺には気づいていない様子。
なるほどな、こいつが騒げば他の四頭が現れるということなんだろうな。

『探索』を行ったが、洞窟内のマップ表示はされなかった。
流石に無理か・・・

俺はギルに『念話』を繋げた。
「ギル、俺だ」
数秒遅れて返答があった。

「びっくりした、久しぶりの念話だから焦っちゃったよ」

「おいおい、大丈夫か?」

「ごめん、大丈夫だよ」

「よし、今目的の洞窟の前にいる」

「うん」

「洞窟の前に一頭のワイルドパンサーを確認した。恐らく他の四頭も洞窟内に居ると思われる」

「思うなの?」

「ああそうだ『探索』したが、洞窟内の『探索』は出来ないようだ」

「そうなんだね」

「今どれぐらい進んでいる?」

「パパと別れてからまだ一キロも進んで無いと思うよ」

「そうか、一度そっちに戻るぞ」

「分かった」
『念話』を終了して、おそらくこの辺だろうという辺りに『転移』した。

ヒュン!

「おわ!」

「何!」

「ピギャー!」
いきなり俺が目の前に現れて、皆なびっくりしたようだ。
久しぶりにノンのピギャーを聞いたな。
いい反応です。

「予定道りに行けそうだ」

「そうですか」

「一つ気になることがあるんだが、マークいいか?」

「はい、どうしましたか?」

「見張りの一頭が洞窟の前にいる状況なんだが、いきなりこの人数で現れて洞窟の中に引っ込んでしまわないかと思ってな」

「ワイルドパンサーは獰猛な性格と聞いてますので、問題ないかと思います」

「そうか、洞窟内の戦闘だけは避けたいからな」

「多分大丈夫です、中に他のワイルドパンサーが居たら、騒ぎ出して呼ぶことになると思います」
俺と同意見のようだな。

「じゃあ、ここから一気に『転移』で向うが、皆な大丈夫か?」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ旦那、心の準備をさせてくれ」

「お、俺も」

「私も」
と少し待った方がよさそうだ。
数秒後、

「よし、行けます」

「俺も行けます」

「ガンダ●ノン行っきまーす!」
とノンがふざけた。
何処までもマイペースな奴だ。
とりあえず無視した。

「じゃあ行くぞ」

「「おう!」」

「「はい!」」

ヒュン!



洞窟の前に『転移』した。
突然現れた俺達に、ワイルドパンサーは呆気にとられた様子で。
目をぱちくりとさせていた。
数秒後、やっと事態に気づいたワイルドパンサーが雄叫びを上げる。

「ガウー!ガウガウ!!」
それを聞きつけ、洞窟の中から四頭のワイルドパンサーが悠然と現れた。

さてと、戦闘開始だ!



俺は瞬時に最も大きい個体を確認し、瞬間移動でワイルドパンサーの真横に現れた。
胴体に手を当て『睡眠』の能力で眠らせ、体が倒れるタイミングに合わせてミスリルナイフで首を切り落とした。
凄い切れ味だ!これがミスリルか、斬った時の感触がとても軽い。
その様子に他のワイルドパンサーが飛びのく。

その内の一頭に狙いを定めた、獣型のノンが完全に不意を突いた形で、ワイルドパンサーの首を鋭い爪で切り裂いた。
切り口からシューと音を立てて血が噴き出ている、ワイルドパンサーの急所に入ったようで、そのままへたり込むように地面に伏していた。
ノンは爪を舐めてにやけている。

ギルが獣型に変化したのを目の当たりにした一頭が、逃げようとしていた。
それをエルが見逃さない。
先回りする形で行き先を塞ぐ、その時には背後からギルが迫っている。
ワイルドパンサ―はエルの前で立ち止まったのが良くない。
立ち止まった後に背後から、ギルの後ろ脚で身体を掴まれていた。
そのままギルは上空に飛び立つ。
五十メートルほど上空で止まり、エルにサインを送る。
ギルがワイルドパンサーを手放した。
一直線に降下するワイルドパンサーに、地上から飛び立ったエルが、頭の角で迎え撃った。
ズチャ!
ワイルドパンサーの腹部には、ぽっかりと穴が開いていた。
結構えぐい光景だな。

レケとゴンが一頭のワイルドパンサーを挟みこんでいる。
二人とも獣型だ。
レケの獣型は始めて見た。
その名の通り真っ白な身体で、獰猛な鋭い眼つきをしている。
全長は三メートルには届かないぐらいか?トグロを撒いているので、はっきりとはしない。
舌をちょろちょろと出している。

「石化!」
とレケが叫んだ。
するとワイルドパンサーの右足が、つま先からじわじわと石化しだした。
レケから離れようとするワイルドパンサーだが、もう遅い。
目の前にゴンが繰り出した、土魔法の尖った石塊が迫る。
高速回転し、フュンフュンと音が鳴っている。
ズボッ!
ワイルドパンサーの首を貫いていた。

残り一匹となったワイルドパンサーを逃げないように遠巻きに、俺とノンとギルが逃げ道を塞いでいる。
そこから離れた場所で、エルは返り血で全身血まみれとなっており、ゴンに『浄化魔法』を掛けて貰っていた。
その横でレケは人化して、服についた埃を払っている。
もはや用事は済んだということなんだろう。観戦者モードになっていた。

最後の一頭となったワイルドパンサーは、目の前にいる『旧ロックアップ』を倒すか、彼らをすり抜けない限り生存の道は無い。

壁役のマークが、大盾を構えて前に出る。
その左後方にはロンメルが左手には短剣、右手にはクナイを持っていた。
右後方にはランドが、ピッケルを両手で持って構えている。

メタンが叫ぶ、
「崇拝の魔力化!」
メタンが『崇拝の魔力化』を発動させた。
メタンの身体を光が包み込む。
メタンの魔法攻撃の威力が倍増する。
演唱を開始し、火の玉が杖の先に出来上がる。

メルルも演唱を開始し、杖の先に風の刃が出来上がっていく。
風が渦を巻き今にも飛び出して行きそうだ。

ワイルドパンサーは、いつでも飛び掛かれるように、体勢を低くしている。
マークがじわりと滲み寄っていく。

「メルル!」
とマークの指示が飛ぶ。
メルルがマークとランドの隙間から風の刃を放った。
ワイルドパンサーがサイドステップで躱すが、躱しきれず左後ろ脚を、風の刃が掠める。
傷は浅い。血が滲んでいるが、薄皮を剥いだぐらいだ。

そこでロンメルがクナイを投げた。
ワイルドパンサーは右前足でクナイを弾き、バックステップで距離を取る。
更にマークは距離を詰めていく。

「メタン!」
指示と共にメタンの火球が、ワイルドパンサーに向けて投げ込まれる。
それをジャンプして躱すワイルドパンサー。

それを待っていたランドが、まるでダンクシュートを決めるかの如く飛び上がり、上段に構えたピッケルを振り下ろす。
シュッ!
左前足を掠めたに見えたが、ミスリルの威力でそう見えただけで、実際には左前脚を切り裂いていた。
血が大量に流れだす。
左前足を潰したといってもいいだろう。
勝負は決したかに見えるが、傷を負った獣ほど気を抜いてはいけない相手はいない。

「気を抜くな、まだだ!」
俺は激を飛ばした。

「「はい!」」
更にロックアップの集中力が高まっていく。

マークは剣を抜いた。正面に構えていた大盾を横に引いている。
腰を落とした状態で、ワイルドパンサーを見据える。
いつの間にか横に回り込んだロンメルが、再度クナイを投げた。
ワイルドパンサーの右後ろ脚の付け根に刺さる。

だがワイルドパンサーはひるまない。ロンメルの方を見向きもせずに、マークに焦点を定めている。
まるでこいつを殺れば、このパーティーを倒せるといわんばかりの視線だ。
横からランドがけん制に、片手持ちに変えたピッケルを横から払った。
それを嫌がったワイルドパンサーがサイドステップを踏む、これを見逃さなかったマークが距離を詰め、剣を下から上に切り上げた。
スパッ!
と音がした後、プシュッとワイルドパンサーの首から鮮血が飛び散った。

横から倒れ込むワイルドパンサー、体をピクピクと痙攣させている。
勝負ありだ。

「マーク!介錯してやれ」

「はい!」
マークは首を斬り払った。
そしてワイルドパンサーは動きを止めた。

「よっしゃー!」

「やった!」

「勝った!」

「やりましたな!」

「やったぜ!格上に勝ったぞ!」
と喜んでいる旧ロックアップの一同。
俺達は拍手で迎え入れた。

「お疲れさん!」

「マーク、格好良かったよ」
ギルが駆け寄って行った。

「ありがとうな、ギル」
と言って、マークはギルの頭を撫でていた。
よく見るとその手が細かく震えていた。
全力を出し切ったようだ。
よくやった!

こいつらは、また一皮剥けたようだ。
更に逞しく見える。
ワイルドパンサーを回収し、俺達はサウナ島に帰って行った。

「宴会の準備を始めておいてくれ!」
と指示して俺は『温泉街ゴロウ』に向かった。
いつもの五郎さんの執務室に着くと、ガードナーさんが待ち構えていた。

「お疲れ様です島野さん、どうでしたか?」

「ああ、無事に怪我人もでること無く狩りは終わったよ」

「そうですか、それは良かったです」
胸を撫で降ろすガードナーさん。

「で、この先はどうしますか?」

「そうですね、ひとまずハンター協会で解体を行いましょうか?」

「いいけど、そういえばこの温泉街にハンター協会ってありますか?」

「えっ!ありますよ、知らなかったんですか?」

「知らないですね」

「そうですか、では付いてきてください」

「分かりました」
ガードナーさんに付いて行った。
ハンター協会の規模は、カナンの村のハンター協会の規模と同等の物だった。
解体場に通されると見知った者がいた。

「あれっ?大将!」

「おお!島野さん、どうしてここに?」

「いやー、こんな所で大将に会えるとは、ワイルドパンサーを狩ってきたので、解体を依頼しにきたんですよ」

「ワイルドパンサーですって!嘘でしょ!」

「いや本当ですって、ここでいいですか?」
俺は、解体用だと思われる大きなテーブルを指さした。

「ええ、いいですよ」
ガードナーさんが答える。
『収納』からワイルドパンサーを五頭取り出した。

「おいおいおい!本当かよ島野さん、あり得ないでしょこんなの!」
と大将は慄いている。

「そうですか?家の戦力ならこれぐらいはどうってことないですよ」

「そうなんですね・・・」
放心状態の大将。
するとどこからか、五郎さんが現れた。

「ダン!お前え何やってやがる、さっさと仕事しろや!」
と激を飛ばす。
我に返る大将。

「ああ、解体させていただきますね」

「えっ!大将が解体をやるんですか?」

「ええ、そうですよ」

「島野、こいつはここの解体もやってるんだ。腕は一流だ、安心しな」

「ええ、そうでしょうね・・・」
この人結構何でもやるな。

「あっ!そういえば、一頭だけでも直ぐに肉を貰うことは出来ないですかね?」

「一頭分ですか?」

「ええ、どうでしょう?」

「丸々は無理ですが、腿と胸肉なら、一時間貰えれば準備できますよ」

「じゃあ、お願いします」

「分かりました」
これで今日の宴会は、いつも以上に盛り上がるぞ。
美味だって鑑定で出てたし。どう料理しようかな?
まずはやっぱりステーキからかな?

一時間の待ち時間を、温泉街をふらふらして過ごした。
お留守番だった、アイリスさんとリンちゃんとテリー少年達にお土産を買うことにした。
結局これといった物が見つからず、饅頭を買っておいた。
まあ、アイリスさんには鉄板だからね。
これでいいでしょう。
一時間後、肉を受け取りサウナ島に帰ることになった。



サウナ島に帰ると既に準備は万全に整っており、俺の帰りを待っていた状態だった。

「皆、朗報だ!」

「なになに?」
既にハイテンションのノン。

「ワイルドパンサーの肉が手に入りました!」

「マジか!」

「本当!」

「あの美食で有名な肉が・・・」
と反応は上々。

「じゃあ、準備は整っているようだからさっそく始めるか!」

「「おお!」」
やる気満々の一同。

「では、まずはケガも無く、皆無事に狩りを終えれたことに感謝したい、皆!格好良かったぞ!乾杯!」

「「「乾杯!」」」
グラスがガシャンガシャンと音を立てている。
幸せの音が響き渡る。

「よっしゃー!今日は飲むぞー!」
と気合満々のレケ、既に生ビールのジョッキを開けている。

「兄貴どうだったんだよ?教えてくれよ?」
とギルはテリー少年達から武勇伝のおねだりを受けていた。

俺は鉄板を温め、ワイルドパンサーの肉を焼く準備を始めた。
メルルが手伝いにやってきた。

「まずはステーキで味をみてみよう、味付けは塩コショウのみでいこう」

「ええ、それが一番いいかと思います」
鉄板が温まったのを確認して、オリーブオイルを引いて、小さく切り分けた腿と胸肉を焼いてみた。
切り分けた時に肉のポテンシャルが高いのはよく分かった。
刺しが良い感じで入っている。
既に焼けた肉の匂いで、美味なのが分かる。

「良い匂いだな」

「そうですね」
焼き上がった肉を試食してみる。

「んん!」
何だこの肉は?日本の和牛より上手いぞ!
脂身は少ないが、筋ばった箇所は一切無く、それでいて口の中で肉がほどけていく。
最高の食感だ、今まで食べて来た肉の中で断トツの一番だ!

「ああ、美味しい・・・」
メルルは悦に浸っていた。

「おい!皆!ステーキを焼いていくぞ!」

「「よっしゃー!」」

「「やったー!」」

漏れなくワイルドパンサーのステーキを堪能した。
過去最高の賑わいのある宴会となった。
俺は改めて思った。
異世界最高!!