私は今行きつけの『おでんの湯』にて、サウナをサンセット行い『黄金の整い』を行った後の余韻に浸っている。
できればもう少し余韻を感じていたいのだが、あることを思い出していた。
これはある出来事がこのことを思い出させたのだった。



前に、ヒプノセラピーについて詳細を話すと言ってから随分経つが皆さんは覚えているだろうか?
待ってる人がいたらいけないと、ヒプノセラピーについて今回は話をしようと思う。

まずは、私の三十台半ばの頃からの話をしようと思う。
その当時は、金銭的にもゆとりが生まれ始め、仕事も順調にいっており、時間的なゆとりも生まれていたころだった。
激動の二十台とは打って変わり、心にも余裕が生まれ始めていたと思う。

二十台の頃の私は、転職を繰り返し、中にはブラック企業で勤めていたこともあった。
その当時はブラック企業なんて言葉はなかったと思う。
自分で言うものなんだが、彼女も何人か居た。だが結婚にたどり着くことは無かった。ご縁がなかったということだろう。

生活にゆとりが生まれると、不思議なもので、あれほど嫌になっていた勉強がしたいと考えるようになった。
そこで私が学びたいと思ったのは、心理学だった。

とはいっても、今さら大学生に戻る訳にはいかなない。
私が選んだのは、心理カウンセラーの免許取得だった。

まだ、日本において公的な心理カウンセラーの免許は存在していない。
唯一存在するのは臨床心理士。
しかし、その資格を得るには、大学に通わなければ所得は出来ない。

私が選択したのは、社団法人が発行する心理カウンセラーの免許取得だった。
いわゆる企業が心理カウンセラーの養成学校を開いており、そこが提携する社団法人が免許を発行するというシステムだ。
ただ、その心理カウンセラーになる為の勉強内容や、実技などはしっかりとしている。
それそれなりの授業料がかかったのを覚えている。

毎週日曜日の午前中のみ授業が行われ、私は一年半かけて、心理カウンセラーの資格を得た。
そして、その後はせっかく得た資格なので、副業として心理カウンセラーを行うことになった。
しかし、日本にはまだ心理カウンセリングは根付いておらず。需要は低い。

カウンセラー養成学校からの紹介で、クライアントがあてがわれるのだが、月に一、二度心理カウンセリングを行う程度。
それ以外では、私の家の前に『心理カウンセリングオフィス』の看板は出していたので、たまに興味がある人からの、問い合わせが数件あったぐらいだった。

そして私は一年ぐらい経ったころには、心理カウンセリングの壁にぶち当たっていた。

心理カウンセリングは、メインの作業としてクライアントの話を聞くことにある、いろいろな角度から質問し、クライアントの悩みを聞き出す。
そして、悩みを解決する方向にもっていくのだが、それはあくまでクライアント本人が見つけなければならないのが基本となっている。

心理カウンセラーが、アドバイスや自分の考えを伝えることは厳禁とされている。
クライアントを誘導し、自己解決するサポートをすることが、心理カウンセリングなのだ。
心理カウンセリングで行われる会話は、日常の会話ではない。

心理カウンセラーはクライアントと信頼関係を構築し、気持ちに寄り添い、クライアントのことを理解すること、その上でクライアントを自己解決へと導く。
と言葉にしてしまえば単純だが。十数件の心理カウンセリングを行って気づいてしまったことがある。
クライアントは問題解決の前に、問題となった原因を、本人が理解していないことが大半であることに。
また、その原因が本人が気づいていたとしても、本質ではなかったりする。
そうなると自己解決なんてできる訳がない。

問題の原因を知らずして、解決したかの様に感じていても、それは一時的なことでしかなく、数日後には問題は解決していないことに気づく。
つまり、心の悩みを解消するには、心理カウンセリングでは弱すぎるのだった。
もっと何か本質的な方法が無いものかと考えるようになった。

そして、一つの結論にたどりついた。
実は心理カウンセラー養成学校でのデモンストレーションとして、授業であることを私は体験していたのだった。
それがヒプノセラピーだ。

今思えば雑な催眠誘導で、よく催眠の状態に入れたなとは思うが。体験できたことは間違いなかった。

講師がこう言った。
「本日はイメージワークの授業を行おうと思います、この中でトラウマがある人は居ますか?」
周りを見渡したが、誰も手を挙げなかった。
それを確認した上で、私は手を挙げた。

実は私には原因不明のトラウマがあった。
それは何かというと『生き埋め』という言葉だった。

この言葉を聞くだけで、身体に悪寒が走る。
映画やドラマでこのシーンを観るだけで、気分が悪くなった。
この様子を想像するだけで、体が硬直したりしたのだ。

『生き埋め』になったことなど、幼少期を振り返っても一度もなく。
生れてから一度も経験をしたことはないのにだ。

講師に導かれて皆の前に出て、椅子に腰かけた。
皆に見られていると、始めは緊張した。
次第に慣れてきて、準備ができたことを伝えると。
目を瞑って、深く深呼吸を繰り返すことを指示された。
言われた通りに何度も深呼吸を繰り返した。

講師が言った。
「生き埋め・・・生き埋め・・・生き埋め・・・頭の中で繰り返してください」
私は指示された通り、頭の中で何度も繰り返した。

「今度は生き埋めにされている、自分をイメージしてみてください」
生き埋めになっている自分をイメージした、背中に悪寒が走る。だがその時、イメージがまるで映像でも見るかのように変化した。

自分の状態を俯瞰で見ていた。
その自分は今の私ではない。
どこか違う場所で違う自分。姿形は似てもいないが、それが自分だと分かる。
何故だか分かってしまう。

良く見ると、古い時代の中国人が着ているような服を着ていた。
三十歳ぐらいの男性だった。

その男性は生き埋めにされ、あろうことか、土の中で蘇生し、土の中で意識を目覚めさせていた。
それと分かると、とてつもない恐怖感に襲われた。息苦しさも感じる。
怖い、恐ろしく怖い。

横を見ると、少女と女性がいた。
少女は私の娘であると分かる、女性は私の妻であると分かる、なぜか分かってしまった。

二人は絶命していた。
こんな恐怖を味合わせなくてよかったと、私は少しほっとした。

「今何が見えてますか?」
これまでのことを説明した。

「なぜ生き埋めになったのですか?」
すると頭に、言い争うイメージが浮かんだ。
街の権力者と言い争いをする自分と、それを後押しする数名の男性。

「街の権力者に逆らったから」

「その権力者に見覚えはありますか?」
ある、あり過ぎる。

その権力者は二十台の頃勤めていた、ブラック企業の暴力社長だった。
前世でも今世でも人を迫害してるなんて、なんて惨めで弱い人なんだろう。
私は彼をとても哀れに感じた。

講師の質問に答えようとしたら。
「答えたくなければ答えなくていいですよ」
と言われたので、答えるのを止めておいた。



これが私のたどり着いた答えだった。

あのイメージワークはなんだったのか。
その答えを探した。
そして一冊の本と出合う。
「ブライン・L・ワイス博士著『前世療法』」
そして私は、ヒプノセラピーの存在を知った。

だが、当時ヒプノセラピーを学べるところは無く、探す方法も限られていた。
しかし、インターネットの普及により、その問題は数年後に解決することになった。

前世療法の創始者ともいわれる、ブライアン・L・ワイス博士に直々に師事した、日本人のM氏がヒプノセラピストの養成講座を開いていることを知ったのだ。
私は心が震えた。

その時私は、四十歳になったばかりだった。
当然養成講座に申し込んだのだが、地方都市に住む私にとっては結構な負担となった。

毎週末新幹線を使い東京に向かい、ビジネスホテルに泊まり、講義を受けた。
かなりの費用と時間を有したが、何とか工面した。

結果、私はヒプノセラピーを習得し、ヒプノセラピストとしての、活動を行うことになった。
M氏には感謝しかない。
なにより、彼の講義はとても楽しかった。
講義は座学と実技を伴うものだったが、途中途中で挟まれる、彼の実談が面白く、その後の私の指針となったことは、間違いないだろう。

ちなみに実技の催眠ワークによって、私が見た前世の世界は以下の通りであった。

・原始人チャド(知力の低い少年、寿命により死亡)
・日本の城の警備兵(忍びに後ろから首を斬られて殺される)
・インディアンの戦士(戦争にて戦死)
・古代ローマの政治家(意見の合わない主流派から追いやられ、崖から落とされて死亡)
・江戸時代の町娘(事故に巻き込まれて死亡)



前世という言葉を聞くと、有る無し論争が勃発するが、私はその論争には加わらない。
正直言って、有ろうが無かろうがどっちでもいいのだ。
但し、有ると思って人生を送ると、人生は豊かな物になると考えている。

想像してみて欲しい。
今隣にいる奥さんや、ご主人、友人や同僚、両親や子供が前世では、どんな人生を送っており、どんな生き方をし、そして自分とはどんな関係性だったのかを。

私でいうならば、ノンとは魂の繋がりを強く感じる、もしかしたら、前世では兄弟だったのかもしれない、或いは親子だったかも。
そう考えると、よりノンが愛おしくなる。
だから私は論争に付き合う必要はないと考えている。



ヒプノセラピーを日本語にすると、催眠療法となる。

催眠と聞くと身構える日本人は実に多い。
残念ながらこれは、メディアによるイメージが大きい。

催眠と聞くと、催眠ショーを思い浮かべる人が実に多い。
これはテレビで、派手な恰好と奇抜な髪形をした催眠術師が、芸人さんを相手に、したくもないことをやらせたり、嫌いなものを食べさせたりする、といったことを面白可笑しく取り上げてしまったことが原因である。

そもそも催眠ショーと、催眠療法は違うものであると受け止めて欲しい。
催眠という言葉で、一括りにはしないで欲しい。
催眠ショーは、あくまでショーである。
それに相手も芸人さん達や、テレビの向う側の方達だ。
私が言わんとすることを理解して頂けただろうか?

前もって言っておくが、催眠術にかかった状態でも、したくないことは拒否できる。
したくないことは、断ることは出来るのだ。
何故かというのは、この後の解説を聞いて欲しい。



そもそも催眠とは何なのか?
答えは簡単だ、無意識の状態のことだ。
無意識とは何なのか?
解説しよう。

まず人は意識を有しており、その意識が物事を判断して、生活を行っている。
人生のほとんどが、意識の有る状態で過ごしいている、と言っても過言では無いだろう。
この意識の有る状態は、言い換えると顕在意識。
そして意識の薄い状態は潜在意識。

潜在意識は、言い換えると無意識。
常に人はこの顕在意識と、潜在意識の両方で生活している。
普通に食事をし、仕事をするといった。ありふれた日常そのほとんどを顕在意識で行っている。
そして潜在意識は時折現れる。

こんな経験はないだろうか?
いつもの通い慣れた帰り道、気が付いたら家の前に着いて居た。
気が付いたら携帯電話を持っていた、等々。
もっと分かりやすく言えば、朝起きて直ぐのボーっとした状態。
これが潜在意識の状態。

特に何を考えることも無く思わず行動を取ってしまっている、無意識の状態。
催眠とは潜在意識を大きくし、顕在意識を小さくした状態。

つまりは無意識に近い状態のことをいう。
この無意識に誘導を行い。様々なセッションを行う。これが催眠療法。

催眠療法の内容は多岐に渡る。
有名なところでは『前世療法』『年齢退行療法』『暗示療法』
他には『悲観療法』『インナーチャイルド』『ソマティックヒーリング』『未来世療法』等々。
取り上げたらいくつも出てきてしまう。

この先は興味があるようなら自分で調べてみて欲しい、きっと自分合う催眠療法が見つかるだろう。



ある出来事について、それは思いもよらぬ者からの話だった。

「ボス、聞きたいことがあるんだけどいいか?」

「どうした?レケ」

「ボスはさ、異世界人なんだろ?」
ワイングラス片手に、ほろ酔いな感じのレケ。

「ああ、そうだ」

「異世界人ってことは、異世界があるってことだよな?」

「そうだな」

「異世界ってのは、いくつあるんだ?」

「さあ、わからないな。俺が居た世界とこの世界、それ以外の世界もきっとあるんだろうが、俺は行ったことはないな」

「そうなんだ、いろんな世界があるってことは、今生きている俺は、何かの生まれ変わりってこともあるのか?」

「生まれ変わり?」

「ああ、前は違う人生を生きていたことがあるのかなって?」

「あるだろうな、知りたいのか?」

「知りたい!ボス分かるのか?」

「俺がレケの前世を知っている訳がないだろ?」

「なんだ、ボスの能力で分かるのかと思ったぜ」

「まあ、あながち間違っちゃいないが、俺がレケの前世を知るんじゃなくて、レケが知る手助けはできるぞ」

「俺が前世を知る?」

「ああ、そうだ」

「本当か?」

「本当だ」

「どういうことだ?」

「俺は催眠療法を行えるんだ」

「催眠療法?」

「ああ、そうだ、催眠って分かるか?」

「分からねえ」

「催眠ってのはな、無意識の状態にすることなんだ」

「無意識?」

「朝起きてボーっとする時ないか?」

「ある、ほとんど毎朝そうだ」

「その状態だよ、その状態にして、無意識に前世の記憶を見る様に誘導するんだ」

「へえー、なんか凄いな。やってみてくれよ」

「ああ、いいぞ、でも今直ぐは駄目だぞ」

「なんでだよ」

「お前いまそれ何杯目だ?」
ワインの入ったグラスを指刺した。

「これ?・・・確か・・・六杯目だな」

「酒の入った状態では無理だ」

「ええー、いいだろ、やってくれよ」

「駄目だ、それじゃあ催眠じゃなく睡眠になっちゃうだろうが」

「そうか・・・しょうがないか」

「明日だな、今日はアルコールは控えめにしろよ」

「ちぇっ、分かりましたよ」



翌日、俺の忠告が効いたのかは分からないが、レケは寝坊しなかった。

俺は寝室で、レケを待っている。
午前中の畑作業を終え、昼食時にレケに声をかけた。
レケはマグロの様子を見てから行くと言っていた。

ドアがノックされる。

「どうぞ」
レケが入室してきた。
椅子に腰かけるように促す。

「じゃあ、さっそくだが、もう一度簡単な説明をしてから始めるぞ」

「分かったぜ」

「昨日話した様に、俺が催眠の状態へ誘導する」

「ああ」

「俺の誘導に従う様にしてくれればいい」

「うん」

「万が一、嫌だなと感じたり、不快感があるようなら言って欲しい」

「分かった」

「質問はあるか?」

「昨日の話だと、俺が前世の世界を見る、ということであってるかボス?」

「そうだ、イメージとして、見るという感じで捉えてくれて構わない」
レケにはテレビを見る様に、と言っても伝わらないからね。

「イメージとして見る・・・いまいちよく分からねえな」

「まあ、いいだろう、やってみれば分かる。他にはあるか?」

「いや、大丈夫だ」

「そうか、じゃあそこのベットに横になってくれ。ちょっと準備するぞ」
レケはベットに横になり、もぞもぞとしている。
俺はカーテンを閉めて、部屋を暗くした。決して真っ暗にはしない。薄明りは入る程度。
椅子をベットの脇に据え、腰かける。

「じゃあ始めるか?」

「ああボス、よろしく頼むぜ」
ここで俺は声音を変える、いつもより低く響く声に、そして話すテンポをゆっくりにする。いわゆる催眠声というやつだ。

「それでは・・・まず・・・呼吸に意識を向けよう」
レケが二ヤリと口角を上げたが、直ぐに元に戻った。

「深い呼吸を繰り返そう・・・何度も・・・何度も・・・繰り返そう」
レケの状態を見る。大きく胸が上下している。
深く呼吸が出来ているようだ。

「吸う息は・・・鼻から・・・吐く息は・・・口から・・・何度も・・・何度も・・・繰り返そう」
もう一度レケを見る。お腹が上下するのを確認する。
よし、大丈夫。

息を吐くタイミングを見計らって。
「鼻から吸う息は・・・空気中の・・・綺麗な空気・・・体に良い・・・新鮮な空気を・・・取り込むイメージをしよう・・・色は・・・金色・・・」

今度は息を吸うタイミングを見計らって。
「口から吐く息は・・・体の中の・・・悪い物・・・ストレス・・・体のコリ・・・疲れ・・・要らない物を吐くイメージをしよう・・・色は・・・黒色」
と誘導する。

「これを・・・何度も・・・何度も・・・繰り返そう」
レケを確認する。
次第に、神気がレケに吸い込まれる様に、漂いだした。
そうだった、この世界ではこれがあったんだ。わかり易くて丁度いい。

「何度も・・・何度も・・・繰り返そう」

「すると・・・体が・・・どんどんと・・・金色に輝いてくるよ・・・何度も・・・何度も・・・繰り返そう・・・」
神気がレケを完全に覆いつくした。

「この呼吸を・・・繰り返すだけで・・・どんどんと・・・どんどんと・・・催眠の状態に・・・入って・・・いくよ・・・」

「深ーい・・・深ーい・・・催眠の状態に・・・ぐんぐんと・・・ぐんぐんと・・・入って・・・行くよ・・・」

「ただただ・・・呼吸を・・・繰り返す・・・だけで・・・深ーい・・・深ーい・・・催眠の状態に・・・入って・・・いくよ」

「深ーい・・・深ーい・・・催眠の状態に・・・入って・・・いくと・・・体から・・・力が・・・抜けていって・・・とても・・・リラックスした・・・状態に・・・なって・・・いくよ・・・どんどんと・・・どんどんと・・・催眠の状態に・・・入って・・・いくよ・・・もっと・・・もっと・・・力を抜いて・・・いいよ・・・」
レケの状態を確認する。
だいぶ表情が解れているが、まだまだだ。

「頭の・・・力が・・・無くなって・・・いくよ・・・顔の・・・力が・・・無くなって・・・いくよ・・・首の・・・力が・・・無くなって・・・いくよ・・・次は・・・肩の・・・力が・・・無くなって・・・いくよ・・・胸の・・・力が・・・無くなって・・・いくよ・・・腕の・・・力が・・・無くなって・・・いくよ・・・そして・・・腰の・・・力が・・・無くなって・・・いくよ・・・最後に・・・足の・・・力が・・・無くなって・・・いくよ・・・」
レケの状態を確認する。
いい具合に体の力が抜けているようだ。

「ぐんぐんと・・・ぐんぐんと・・・催眠の・・・状態に・・・入って・・・いくよ・・・もっともっと・・・深く・・・もっもと・・・深く・・・さらに・・・深く・・・さらに・・・深く・・・」

「ぐんぐんと・・・深く・・・ぐんぐんと・・・深く・・・これから・・・私が・・・十から・・・ゼロ・・・まで・・・数を・・・数えて・・・いくよ・・・すると・・・さらに・・・深ーい・・・深ーい・・・催眠の・・・状態に・・・入って・・・いくよ・・・催眠の状態に・・・入っても・・・ちゃんと意識を・・・保つことができるよ・・・」
レケが軽くコクリと頷く。
順調、ここで眠っていないことを確認した。

「十・・・さらに深ーく・・・九・・・もっと・・・もっと・・・深ーく・・・八・・・心地の良い・・・催眠の・・・世界に・・・七・・・けど・・・意識は・・・ちゃんと・・・あるよ・・・六・・・催眠の・・・世界でも・・・ちゃーんと・・・意識は・・・あるよ・・・五・・・より深ーく・・・もっともっと・・・深ーく・・・四・・・ぐんぐんと・・・ぐんぐんと・・・入って・・・いくよ・・・三・・・遠慮は・・・要らない・・・もっと・・・入って・・・いこう・・・二・・・もう・・・深い・・・催眠の・・・世界は・・・感じて・・・いるだろう・・・一・・・さらに・・・深い・・・催眠の・・・世界へ・・・次の・・・カウントで・・・最も・・・深い・・・催眠の・・・世界に・・・辿り・・・着くよ・・・ゼロ、はいスーと催眠の世界に・・・辿り着いた・・・」
レケを確認する。
よし、催眠の状態に入っている。

「今・・・どんな・・・状態か・・・教えて?」
一拍おいてから、囁く様にレケが答える。

「ふわふわした・・・感じ・・・宙に・・・浮いてる・・・みたい・・・心地いい・・・」

「そう・・・それは・・・よかったね・・・レケは・・・ここに・・・この・・・安全な・・・場所に・・・いつでも・・・帰って・・・くることが・・・できるよ・・・」
レケの左手を掴み、胸のところに置いた。
レケの声は、いつもと違う、ふわりとした、優しい響きのする声になっている。

「今の・・・様に・・・左手を・・・胸に・・・あてて・・・呼吸を・・・深く・・・繰り返す・・・だけで・・・この・・・安全で・・・心地いい・・・世界に・・・帰って・・・くることが・・・出来るよ」
レケがこくんと頷いた。

「この状態を・・・この余韻を・・・たくさん・・・味わおう・・・気が・・・済んだら・・・教えて・・・」
と言って。レケを見守る。
当然俺も催眠の状態に入っている。
心地よさを堪能する。

数分後

「もう・・・大丈夫・・・」
とレケが呟いた。

「じゃあ・・・ここから・・・前世の・・・世界に・・・入って・・・いくよ・・・」

「うん・・・」

「目の前に・・・階段が・・・あるところを・・・イメージ・・・してみて・・・十段の・・・下りの・・・階段を・・・イメージ・・・できた・・・かな?」
頷くレケ。

「じゃあ・・・これから・・・合図に・・・合わせて・・・ゆっくりと・・・階段を・・・下って・・・いこう・・・一番下の・・・階段の・・・先には・・・大きな・・・扉が・・・まって・・・いるよ・・・じゃあ・・・右足から・・・ゆっくりと・・・降って・・・いこう・・・扉の・・・前に・・・着いたら・・・教えて・・・」
レケの回答を待つ。

「着いたよ・・・」

「OK・・・その・・・扉は・・・どんな・・・扉かな?・・・もし・・・分からなかったら・・・触れて・・・みると・・・分かるよ」

「木の扉・・・」

「ドアノブは・・・あるかな?」

「ある・・・」

「どんな・・・ドアノブ?」

「金属の・・・捻るやつ・・・」

「そう・・・そのドアの・・・先には・・・川岸が・・・あるよ・・・合図と・・・共に・・・ドア
を・・・開けよう・・・そして・・・川岸に・・・移るんだ・・・」

「うん・・・」

「じゃあ・・・いこうか・・・」
レケの状態を確認する。
閉じた目の中で、眼球がぐるぐる動いている。
ちゃんとイメージが出来ているようだ。

「今は・・・どんな・・・状態かな?」

「川岸で・・・川を・・・見てる・・・」

「立っているのかな?・・・座っているのかな?・・・」

「立ってる・・・」

「立っていたければ、そのまま立っていてもいいよ・・・座りたければ・・・座っていいよ」

「座りたい・・・」

「じゃあ・・・座ってごらん・・・川以外に・・・何が・・・見えるかな?」

「橋が・・・見える・・・」

「他には・・・」

「特には・・・なにも・・・」

「川は・・・深いかな?・・・浅いかな?」

「浅いみたい・・・」

「川幅は・・・広いかな?・・・狭いかな・・・」

「広い・・・」

「橋は・・・どんな橋かな?」

「赤くて・・・木できている・・・少し・・・丸みがあるやつ・・・」

「そう・・・ここに・・・見覚えは・・・あるかな?・・・」

「ある気がする・・・でも・・・分からない・・・」

「そう・・・じゃあ・・・川を・・・眺めて・・・みよう・・・」

「うん・・・」

「レケは・・・ただただ・・・川を・・・眺めて・・・いよう・・・ただただ・・・川を・・・眺めて・・・いよう・・・すると・・・周りから・・・前世の・・・世界が・・・ゆっくりと・・・確実に・・・迫って・・・来るよ・・・でも・・・レケは・・・ただただ・・・川を・・・眺めて・・・いるよ・・・前世の・・・世界は・・・レケの・・・背中に・・・ゆっくりと・・・触れているよ・・・でも・・・レケは・・・ただただ・・・川を・・・眺めて・・・いるよ・・・前世の・・・世界は・・・じわりと・・・レケを・・・包み込んで・・・きたよ・・・イメージの・・・世界の・・・目を・・・瞑ろう・・・前世の・・・世界が・・・レケを・・・包み込んで・・・いるよ・・・合図を・・・したら・・・目を・・・開けよう・・・そこは・・・レケの・・・知るべき・・・前世の・・・世界だよ・・・レケが・・・感じるべき・・・前世の・・・世界だよ・・・じゃあ・・・いいかな?」

「うん」

「じゃあ・・・目を・・・開けよう」
と言うと共にレケの肩に優しく手を添えた。

レケの閉じた目の中で眼球がぐるぐる動いている。
前世の世界に入ったことが確認できた。

「何が見えるかな?」

「街が見える・・・知らない街・・・」

「足元をトントンとやってみよう・・・すると、自分のことが強く感じられるよ」
レケの足が動いている。

「今足元に、何が見えるかな?」

「地面がある・・・これは・・・下駄を履いている」

「どんな服装をしている?」

「これは、着物かな?」

「着物を着ているの?」

「うん」

「触ってごらん、より鮮明に感じることができるよ」

「ほんとだ、赤色の着物だ・・・何か模様が入ってるけど・・・分かんないや」
レケの声は、子供の様な声で、口調はレケのそれではない。

「誰か周りに人がいるかな?」

「人がいっぱい要るよ・・・着物の人も居る・・・知らない格好の人もいる」

「君は、何ちゃんかな?もし、分からなかったら胸に手を当てると分かるよ」
既に胸に置かれた手を、軽く動かすレケ。

「シズちゃん、そうシズエ、シズちゃん」

「シズちゃんだね。手はもう降ろしていいよ」
レケは胸に当てた腕を降ろした。

「シズちゃんは何歳かな?だいたいや、何となくでいいから教えて?」

「シズはねー、六才」

「そう、ここは何ていうところなんだい?」

「分かんないや」

「いいんだよ、シズちゃんはなんでここにいるの?」

「お父ちゃんと、お母ちゃんを待っているの」

「そう、そろそろ来るかな?」

「あ、来たよ」

「お父ちゃんかな、お母ちゃんかな?」

「どっちも来たよ、嬉しいな」

「そう、嬉しいんだ。じゃあ、まずはお母ちゃんの目を良く見てごらん、会ったことがある人なら分かるよ」

「うーん、会ったことはないかな・・・」

「そう、じゃあ今度は、お父ちゃんの目を見てみようか」

「うん、えっ!ゴンズの親方だよ、親方だ。分かる、親方だ!似てないよ、まったく似て無いよ。でも分かる、親方だよ」

「そう、それは良かったね」
レケは涙を浮かべていた。

「うん、よかった」

「少し余韻に浸ろうか?」

「うん、ちょこっとだけね」
レケは笑顔になっていた、その表情は女性のそれではなく、少女のようだった。

「もういいよ」

「わかった、この世界でどこか行きたいところとかあるなか?」

「うーん、分かんない」

「そう、じゃあ、この人生において重要な所に行こう、私が合図すると場面が変わるよ、いいかな?」

「うん、わかった」

左手をレケの肩に置くと同時に、
「はい、変わった」
と強めの声で伝える。

レケの閉じた目の中の眼球が、またぐるぐると動いている。

「ここは・・・」
言葉を失っているレケ、いやシズちゃん。

「何が見えるのかな?」

「ここは、酒蔵だよ、ハハハ」
そりゃあ笑えるわな。

「この酒蔵は、お父ちゃんが持っている酒蔵よ」
声が、少女から女性の声に変っている。

「今のシズちゃんはいくつかな?」

「そうね、十六歳ぐらいかしら?」

「そうなんだ、他に何が見えているのかな?」

「隣に男性が、います」

「そうそれは誰かな?」

「私の旦那様になる人」

「そう、目を除きこんでごらん」

「うーん、初めて見る人だわ」

「そう、他には何か気になることはあるかな?」

「他には無いわね」

「じゃあ、次に移ろうか?」

「はい」

「この人生において重要な所にいこう」

レケの肩に合図を送ると共に、
「はい、移った」
と誘導した。
レケの閉じた目の中の眼球が動いている。

「何が見える?」

「これは・・・天井・・・ああ・・・私は死ぬんだわ・・・」

「そうか・・・周りを見てごらん、何が見える?」

「旦那様と二人の子供・・・子供には見覚えがないわね・・・」
声がまた変わっている、声質が重ねた年齢を感じさせている。

「私は、旦那様と酒蔵を守ってきた・・・そして今は息子へと受け継がれているわ・・・満足のいく人生だったわ・・・子供にも恵まれて・・・楽しい人生だったわ・・・ありがとう・・・」
レケはまた静かに泣いていた。

「そろそろ、死を迎えそうかな?」

「ええ、そうですわ・・・」

「じゃあ、私の合図でその体から離れて、上え上えと向かっていこう、いくよ」

レケの肩に合図を送る。
「はい」

「ここでいいと感じることろで止まっていいよ、止まったら教えてね」

「はい、ここで大丈夫です」

「今はどんな状態かな?」

「今は肉体を離れて、魂のような存在となって、宙に浮かんでいますわ」

「今見て来た人生を、どう感じたかな?」

「私は幸せだったと感じています。恵まれた人生であったと・・・何も思い残すことはありませんわ」

「そう、じゃあシズちゃんの魂をレケはどうしてあげたい?」

「このまま抱きしめてあげたい」

「じゃあ、そうしてごらん、声に出さなくていいから、伝えたいことは伝えてあげな」

「うん」
レケは再び涙を流している。

「満足出来たら、教えてね」
コクリと頷く。

「もう、大丈夫です」

「OK、シズちゃんとお別れする前に、シズちゃんから能力を一つ貰うことができるよ、何をもらいたい?」

「うーん、あっ」

「言いたくないなら言わなくていいよ、貰ってみてごらん」

「うん」

「貰い終わったら教えて」
少し間が生れた。

「貰えた」

「じゃあ、シズちゃんとはここでお別れしよう、大丈夫、彼女はレケの一部だ、決して失うことはないよ、お別れ出来たら教えて」

「ああ、分かれは済んだよ・・・」
口調が現世のレケに戻っている。

「何かやり残したことはあるかな?」

「ないな」

「OK、じゃあ、あのフワフワしたところに戻るよ」

レケの肩に合図を送る。
「はい、移った」

「じゃあ、目覚めていこうか、いいかな?」

「大丈夫だ」

「じゃあ、目覚めていくよ、私が一から十まで数えると、すっきり、しゃっきりと目が覚めるよ」
ここで声色を変え、大きな声にボリュームも変える。

「1、2、3、足と手を動かしてみよう!」
レケが足と手をバタバタ動かした。

「4、5、6、腰を動かしてみよう!」
腰を捩じっている。

「7、8、9、大きく伸びをして!」
背伸びをしている。

「10!お帰り!」
と言って、肩に強く手を添える。

レケが目覚めた。

ピンピロリーン!

「熟練度が一定に達しました、ステータスをご確認ください」

これは、いるのかな?
まああってもいいか?
能力に『催眠』が加わっていた。

カーテンを開けて、レケを見る。
「レケ、ゆっくりでいいぞ」

「ああボス、まだボーっとするぞ」
再び伸びをしている。
レケが起き上がってきた。
椅子に座るように誘導する。

レケが腰かけると言った。
「強烈だったよ、前世の世界は」

「そうか、どうだった?」

「ああ、ゴンズの親方がお父ちゃんだったと感じた時は、嬉しかったな」

「そうか」

「それに俺にも前世があったんだな、他の聖獣達もあるのかな?」

「どうだろうな」

「新鮮な感覚だったよ、あっそうだボス『鑑定』してみてくれよ」

「ん?どうしてだ?」

「いいから、いいから」

「まあ、そう言うなら」

【鑑定】

名前:レケ
種族:白蛇Lv16
職業:島野 守の眷属
神力:0
体力:3503
魔力:1999
能力:土魔法Lv15 風魔法Lv16 石化魔法Lv3 人語理解Lv6
   人化Lv5 人語発音Lv6 日本酒作成魔法LV1

「はあ?なんだこれ?日本酒作成魔法?」

「シズちゃんに貰ったんだよ」

「固有魔法だよな?」

「たぶんな」
シズちゃん、これじゃあ益々飲んだくれが激しくなるじゃないか、しかも日本酒って、さすが酒蔵の娘さんです。

「これで、新しく酒が作れるぞ、それもボスの手助け無しで、へへへ」

「ほどほどにしろよ」

はあ、なんなんだろうね異世界って。
参りましたよ。
降参です。