サウナ島の俺の家の前に転移すると、ギルとゴンが家から飛び出してきた。
どうにも忙しない。
「パパ!早く!」
「主!さあ早く!」
ギルとゴンが血相を変えて俺を家の中に誘導した。
いったいどうしたってんだ?
「ギル!何があったんだ?」
ギルが事も無げに答える。
「パパ!生まれるんだよ!」
「はあ?何が?」
「パパの子供だよ!」
はいー?何ですとー?
俺の子供?
何の事だ?・・・
まさか・・・
思い当たる節はある・・・
でもエルフは妊娠しずらいって言ってなかったか?・・・
そんなことはどうでもいいか・・・
突拍子もない出来事に俺も気が動転しているみたいだ。
どうでもいい事を考えている。
こんなんが創造神でいいのか?
まあいいか。
そんなことよりも。
俺とアンジェリの子供か。
最高じゃないか!
俺の寝室の扉を開けると、アンジェリが今正に出産に入ろうとしていた。
彼女は俺の顔を見るとほっとした表情を浮かべていた。
その表情を見て俺は全てを察した。
苦労を掛けてしまったなと。
申し訳ない・・・
一人で寂しいかっただろうに・・・
ここからはずっと一緒にいような。
俺はいったいどれぐらいの時間、カノンと対話していたのだろうか。
こんな事になっていようとは・・・
俺は『演算』の能力を発動して時間を意識した。
まじか・・・一年って。
余りに長い旅になっていたみたいだった。
時間の喪失は確かに強烈だったからな。
にしても・・・急展開過ぎるだろ!
いい加減にしてくれよ。
どうにも翻弄されるな。
「守よ!良いからこちらに来るのじゃ、アンジェリの手を握ってやらぬか!」
アースラさんに怒られてしまった。
俺はアンジェリの隣に瞬間移動し、彼女の手を握りしめた。
安心したのか彼女の表情は穏やかになった。
心配かけてごめんな。
心細かったよな。
そんな俺の想いを察してか彼女はこう言っていた。
「守・・・間にあってくれてありがとう・・・会いたかった・・・」
「ごめん・・・待たせたみたいだ」
「大丈夫・・・こうして来てくれたから・・・」
「そうか・・・」
俺はアンジェリを抱きしめたい想いだった。
愛しいアンジェリ・・・愛している。
時は遡る。
最後の旅に出た守を見送ったアンジェリはいつもの生活を続けていた。
止めどなく訪れるお客の髪を切り、美容の相談に乗る。
髪を染めて、パーマをかける。
今では弟子も増えて、現場に入ることは減ったが、彼女の忙しさは変わらない。
引っ切り無しに訪れるお客をアンジェリは対応していた。
時にアンジェリは相談を受けることが多い。
それは恋愛や家族の事や、仕事に至るまで。
実に様々な相談が後を絶たなかった。
彼女は優雅に髪を切りながらも、その相談事に真摯に受け答えした。
時に人を紹介したり、何かを斡旋したり、懇切丁寧に対応していた。
彼女の接客は正に神業と称されていた。
全ての接客業の基本となると崇め奉られていた。
でもそれは彼女にとっては当たり前の事に過ぎない。
彼女の慈悲深さは本物である。
実に姉御肌の彼女ではあるのだが、こういった細かい事もそつなくこなす事が出来るのが彼女の強みであった。
それはじんわりと訪れた。
守との逢瀬から実に三ヶ月が経っていた。
体調の変化に違和感を感じつつも、彼女はたまたまの事であると高を括っていたのである。
しかし余りにこれはおかしいと彼女は考えだしていた。
体調の不調を繰り返している現状に、ちゃんと向き合おうと考えたのだ。
それはそうだろう。
彼女は神なのだ、病気なんてあり得ないのだから。
こうなると思い当たる事は一つしかない。
彼女は真っ先にアースラに相談する事にした。
ディープな相談となると彼女以外にはあり得なかった。
彼女はアースラとアイリスに事の顛末を話した。
アースラの診断は明確だった。
「アンジェリや、おめでたじゃよ!」
アンジェリはこの言葉にこれまでにない最高の幸福感を得ていた。
最愛の者の子供を身籠る事が出来たのだ。
嬉しくて涙が止まらなかった。
無上の喜びを噛みしめていた。
天地が引っ繰り返る程の幸福感だった。
早くあの人に会いたいとその想いは募るばかりだった。
でも現実はそうはいかない。
最愛のあの人は今正に最後の旅に出ているのだから。
全身全霊で戦っていたのだから。
それにオリビアの事もある。
どうしようかと不安とプレッシャーに苛まれていた。
それを察したのかアースラからは気遣の一言が掛けられた。
「アンジェリや・・・ここは極秘じゃな?」
「はい・・・そうして下さい。迷惑を掛けます」
「よいのじゃよ・・・それよりも身体を大切にするのやえ」
こう答えるしかなかった。
数日後、
アンジェリは決断した。
こうなってしまったからには正直に話すしかない。
隠し通せるものでは無いからだ。
妹には辛い思いをさせるのかもしれない。
でもそれ以外には考えられなかった。
辛い時間を過ごすのかもしれない。
唇を噛みしめて彼女は腹を決めた。
オリビアに全てを話そうと。
アンジェリはいつもの様に普通にオリビアを呼び出した。
一緒に夕食を食べようと。
そこに違和感は無かった。
アンジェリは実はそれなりに料理が得意である。
彼女の料理はエルフの伝統に則った料理である。
エルフの料理の特徴はその味付けにある。
日本でいう処の生姜を使った物が多いだった。
冷えた身体を温めようと先祖代々受け継いだレシピが多い。
その中でもアンジェリが得意としたのは、大根にジャイアントピッグの肉、そこにゆで卵を加えて煮込んだ料理である。
生姜と共に煮込むことによって味に深みが増し、健康に良いとされていた。
それだけではない。
守を真似てアンジェリはいろいろな料理に手を出していた。
テーブルにはたくさんの料理が並んでいた。
実はそれなりに食べる二人には、食事はいくらあってもいいのだ。
それに今ではなんちゃって冷蔵庫等、保存方法は多岐に渡る。
守が造ったゴムの保存容器も、今では当たり前の様に各家庭で使われていた。
食材が長持ちすると各家庭では重宝されていたのである。
豪華な食事がテーブルを満たしていた。
「お姉ちゃん、今日は力入り過ぎじゃないの?」
「そんなことないじゃんね」
「そう?嬉しからいいけど」
「でしょ?」
オリビアはニコニコしていた。
いつも通りの姉妹の夕食をするつもりであったのだから。
「じゃあ食べようか?」
「だね」
「「いただきます!」」
二人は合唱した。
「ねえ、お姉ちゃん。このいただきますって、守さんが広めたんだよね・・・面白いね。今では皆な言ってるよね?」
「そうね・・・守っちは影響力が凄いじゃんね」
「だよね!流石は守さんね!」
オリビアは嬉しそうにしている。
「ねえ・・・オリビア・・・」
「何?お姉ちゃん」
「あんたは本当に守っちが好きなのね・・・」
「お姉ちゃん、今更何を言ってるの?当たり前でしょ?」
オリビアは平然としている。
不意にアンジェリの表情が曇る。
「・・・オリビア・・・ごめんね・・・」
アンジェリは箸を止めた。
「ん?何?」
何かを感じ取ったのかオリビアの表情は一変した。
「私・・・守っちと・・・結ばれたの・・・」
オリビアの眼が大きく見開かれた。
「それって・・・」
「ごめん・・・オリビアが守っちの事が大好きなのは分かってたの・・・でも私もあの人が大好きなの・・・」
オリビアは言葉を失った。
上を向いて一度肩を落としてから、ため息を付いた。
「そんなこと・・・分かってるわよ・・・」
「分かってたんだ・・・」
アンジェリは真面にオリビアを見ることが出来なかった。
彼女は下を向いている。
「当たり前でしょ?」
「そうか・・・そうね・・・」
「で?・・・」
オリビアの眼は座っていた。
ここでアンジェリはオリビアをしっかりと見据えた。
何かを決心した眼差しであった。
「私は・・・私の中には・・・あの人の・・・」
「まさか・・・」
「身籠ったのよ・・・」
オリビアは天を見上げた。
そして静かに涙を流していた。
それは美しい涙だった。
その涙の意味する処は・・・
「お姉ちゃん・・・おめでとう!」
オリビアは涙を拭う事無くアンジェリを見つめていた。
とても慈悲に満ちた目をしていた。
最大限の賛辞だった。
「・・・オリビア・・・ありがとう・・・ごめんね・・・」
アンジェリはオリビアの手を握りしめた。
申し訳無いと。
「いいのよ・・・」
「・・・」
アンジェリに罪悪感が募る。
「守さんが振り向いてくれない事は分かっていたから・・・それに守さんはお姉ちゃんの事が好きな事もね・・・」
「オリビア・・・」
聡明な妹は全てを察したいのだとアンジェリは気づいた。
「はああ・・・もうやんなっちゃうな・・・まさかこんな振られ方をするとはね・・・どうせ守さんは一夫多妻制なんて認めてくれないだろうから・・・第二夫人なんて認めてくれないだろうし・・・もう言い寄れないわね」
「だろうね・・・あれでいて守っちは案外お堅いじゃんね」
「分かってるよ・・・」
「それで、どっちなの?男の子?女の子?」
「分からないわよ」
「お姉ちゃんの直感はどっちなの?」
「どうだろう?・・・」
「こういう時は大体直感通り当たるらしいよ、そうマリアが言ってたわ」
「マリアが言ってたの?一番当てにならないじゃない!」
「アハハ!そうね!」
「もう!オリビアったら」
一頻笑った後に、急にオリビアが真顔になった。
「お姉ちゃん、守さんと幸せにね」
「オリビア・・・ありがとう・・・」
アンジェリは涙を流していた。
「こうなると・・・私はワインを飲むけどお姉ちゃんはお預けよ」
「だね・・・」
「大丈夫、お姉ちゃんの分も飲んであげるから」
「オリビアったら・・・」
「ねえお姉ちゃん、私は格好いい叔母さんになるわよ!」
「あんたならなれるわよ」
「分かってるわよ!」
二人は幸せな時間を過ごしていた。
俺の手にはアンジェリの手が握られていた。
とても暖かく優しい手だった。
そしてアンジェリは笑顔だった。
俺は彼女の心強さに打ち震えそうになった。
出産を控えたこの状況にあって、何で笑顔でいられるのだろうかと。
俺の存在がここまでの安心感を与えているとは思えなかった。
彼女の何かがそうさせたのだろう。
余りに自然な笑顔だった。
母は強いということなのだろうか?
この笑顔を見て俺は冷静に成ることが出来た。
カノンとの余りに長いラリーを終え、アカシックレコードを読み解き、創造神になったと思いきや、急に我が子の出産である。
怒涛の展開に驚きを隠せなかったのだから。
少し浮足立っていたみたいだ。
俺もまだまだだな・・・創造神なのに。
でもよかった、よかった。
そしてアースラさんから声が掛けられる。
「守や、あとは余とアイリスに任せるやえ」
「そうです、守さんは外で待っていて下さい」
この二人に任せておけば大丈夫だろう。
何かがあったとしても世界樹の葉があるだろうしね。
俺は忠告に従って部屋を後にした。
リビングでは島野一家とオリビアさんが俺を待っていた。
誰も何も言わずにいた。
俺は全員の顔を見て一度頷いた。
皆は俺を見てほっとした表情を浮かべていた。
そして俺達は待つことにした。
我が子の誕生を。
心待ちにして。
どれぐらい待っただろうか?
何度も中に入ろうかと思ったが、思い留まった。
ここはアースラさんとアイリスさんに任せたんだから、出しゃばってはいけない。
でも身体が動きそうになる。
ここは待つんだ・・・
それにしても・・・俺とアンジェリの子供か・・・
男の子なのか?女の子なのか?
どちらでもいいよな・・・
子育ては既に経験している・・・
ん?ドラゴンと人間では違うのか?
あれ?そもそも人が生れてくるのか?
・・・絶対違うよな。
まあ人であれ神であれ、我が子に変わりは無い。
慈悲深く育てよう、最大限の愛情を込めて。
でも本当は・・・まあいいか。
異世界だしな。
俺の寝室から元気な赤子の無く声がした。
「ウエーン!ウエーン!ウエーン!」
鳴き声がおかしくないか?
普通はオギャーじゃないか?
どうなってんだ?
寝室の扉が開けられる。
アイリスさんが顔を出して俺を呼び込んだ。
寝室に入るとアンジェリが赤子を抱えていた。
彼女は汗だくだが笑顔だった。
そして俺はアンジェリと唇を重ねた。
それが意外だったのか、一瞬アンジェリは驚いていた。
そして俺は生まれたばかりの赤子を眺めた。
玉の様な赤ん坊だった。
俺は一瞬にして心を奪われていた。
ああ・・・愛している・・・
愛しい我が子よ・・・始めまして・・・
俺がパパだよ!
そして驚く事が起こっていた。
赤子が俺に向かって話し掛けてきたのだった。
「パパー!」
万遍の笑みで俺に向かって赤ん坊が両手を差し出している。
嘘でしょ!なにこれ!
俺は釣られて思わず赤子を抱っこした。
「パパ!会いたかったよ!」
「・・・ああ、俺もだ」
「やっと会えたね!」
「そうだな・・・」
「テヘへ!」
アンジェリが言葉を添える。
「やっぱり守の子ね。この子は妊娠八ヶ月ぐらい経った頃には『念話』で話掛けてきたのよ」
「そうなのか・・・」
流石は異世界、何でもありだな。
でももうこんな事にも慣れてきたな。
「パパ!大好き!」
完全に振り回されていた。
カノンに挑むよりも驚愕する出来事だった。
やれやれである。
でもちょっと笑えてしまった。
「ハハハ!なんか面白いな!」
「そうね、もう何でもありじゃんね!」
アンジェリはアイリスさんに貰った世界樹の葉で急速に回復していた。
我が子の驚きの誕生に、俺達はこの先どうなる事やらである。
ええ、笑って下さいな!
どうにも忙しない。
「パパ!早く!」
「主!さあ早く!」
ギルとゴンが血相を変えて俺を家の中に誘導した。
いったいどうしたってんだ?
「ギル!何があったんだ?」
ギルが事も無げに答える。
「パパ!生まれるんだよ!」
「はあ?何が?」
「パパの子供だよ!」
はいー?何ですとー?
俺の子供?
何の事だ?・・・
まさか・・・
思い当たる節はある・・・
でもエルフは妊娠しずらいって言ってなかったか?・・・
そんなことはどうでもいいか・・・
突拍子もない出来事に俺も気が動転しているみたいだ。
どうでもいい事を考えている。
こんなんが創造神でいいのか?
まあいいか。
そんなことよりも。
俺とアンジェリの子供か。
最高じゃないか!
俺の寝室の扉を開けると、アンジェリが今正に出産に入ろうとしていた。
彼女は俺の顔を見るとほっとした表情を浮かべていた。
その表情を見て俺は全てを察した。
苦労を掛けてしまったなと。
申し訳ない・・・
一人で寂しいかっただろうに・・・
ここからはずっと一緒にいような。
俺はいったいどれぐらいの時間、カノンと対話していたのだろうか。
こんな事になっていようとは・・・
俺は『演算』の能力を発動して時間を意識した。
まじか・・・一年って。
余りに長い旅になっていたみたいだった。
時間の喪失は確かに強烈だったからな。
にしても・・・急展開過ぎるだろ!
いい加減にしてくれよ。
どうにも翻弄されるな。
「守よ!良いからこちらに来るのじゃ、アンジェリの手を握ってやらぬか!」
アースラさんに怒られてしまった。
俺はアンジェリの隣に瞬間移動し、彼女の手を握りしめた。
安心したのか彼女の表情は穏やかになった。
心配かけてごめんな。
心細かったよな。
そんな俺の想いを察してか彼女はこう言っていた。
「守・・・間にあってくれてありがとう・・・会いたかった・・・」
「ごめん・・・待たせたみたいだ」
「大丈夫・・・こうして来てくれたから・・・」
「そうか・・・」
俺はアンジェリを抱きしめたい想いだった。
愛しいアンジェリ・・・愛している。
時は遡る。
最後の旅に出た守を見送ったアンジェリはいつもの生活を続けていた。
止めどなく訪れるお客の髪を切り、美容の相談に乗る。
髪を染めて、パーマをかける。
今では弟子も増えて、現場に入ることは減ったが、彼女の忙しさは変わらない。
引っ切り無しに訪れるお客をアンジェリは対応していた。
時にアンジェリは相談を受けることが多い。
それは恋愛や家族の事や、仕事に至るまで。
実に様々な相談が後を絶たなかった。
彼女は優雅に髪を切りながらも、その相談事に真摯に受け答えした。
時に人を紹介したり、何かを斡旋したり、懇切丁寧に対応していた。
彼女の接客は正に神業と称されていた。
全ての接客業の基本となると崇め奉られていた。
でもそれは彼女にとっては当たり前の事に過ぎない。
彼女の慈悲深さは本物である。
実に姉御肌の彼女ではあるのだが、こういった細かい事もそつなくこなす事が出来るのが彼女の強みであった。
それはじんわりと訪れた。
守との逢瀬から実に三ヶ月が経っていた。
体調の変化に違和感を感じつつも、彼女はたまたまの事であると高を括っていたのである。
しかし余りにこれはおかしいと彼女は考えだしていた。
体調の不調を繰り返している現状に、ちゃんと向き合おうと考えたのだ。
それはそうだろう。
彼女は神なのだ、病気なんてあり得ないのだから。
こうなると思い当たる事は一つしかない。
彼女は真っ先にアースラに相談する事にした。
ディープな相談となると彼女以外にはあり得なかった。
彼女はアースラとアイリスに事の顛末を話した。
アースラの診断は明確だった。
「アンジェリや、おめでたじゃよ!」
アンジェリはこの言葉にこれまでにない最高の幸福感を得ていた。
最愛の者の子供を身籠る事が出来たのだ。
嬉しくて涙が止まらなかった。
無上の喜びを噛みしめていた。
天地が引っ繰り返る程の幸福感だった。
早くあの人に会いたいとその想いは募るばかりだった。
でも現実はそうはいかない。
最愛のあの人は今正に最後の旅に出ているのだから。
全身全霊で戦っていたのだから。
それにオリビアの事もある。
どうしようかと不安とプレッシャーに苛まれていた。
それを察したのかアースラからは気遣の一言が掛けられた。
「アンジェリや・・・ここは極秘じゃな?」
「はい・・・そうして下さい。迷惑を掛けます」
「よいのじゃよ・・・それよりも身体を大切にするのやえ」
こう答えるしかなかった。
数日後、
アンジェリは決断した。
こうなってしまったからには正直に話すしかない。
隠し通せるものでは無いからだ。
妹には辛い思いをさせるのかもしれない。
でもそれ以外には考えられなかった。
辛い時間を過ごすのかもしれない。
唇を噛みしめて彼女は腹を決めた。
オリビアに全てを話そうと。
アンジェリはいつもの様に普通にオリビアを呼び出した。
一緒に夕食を食べようと。
そこに違和感は無かった。
アンジェリは実はそれなりに料理が得意である。
彼女の料理はエルフの伝統に則った料理である。
エルフの料理の特徴はその味付けにある。
日本でいう処の生姜を使った物が多いだった。
冷えた身体を温めようと先祖代々受け継いだレシピが多い。
その中でもアンジェリが得意としたのは、大根にジャイアントピッグの肉、そこにゆで卵を加えて煮込んだ料理である。
生姜と共に煮込むことによって味に深みが増し、健康に良いとされていた。
それだけではない。
守を真似てアンジェリはいろいろな料理に手を出していた。
テーブルにはたくさんの料理が並んでいた。
実はそれなりに食べる二人には、食事はいくらあってもいいのだ。
それに今ではなんちゃって冷蔵庫等、保存方法は多岐に渡る。
守が造ったゴムの保存容器も、今では当たり前の様に各家庭で使われていた。
食材が長持ちすると各家庭では重宝されていたのである。
豪華な食事がテーブルを満たしていた。
「お姉ちゃん、今日は力入り過ぎじゃないの?」
「そんなことないじゃんね」
「そう?嬉しからいいけど」
「でしょ?」
オリビアはニコニコしていた。
いつも通りの姉妹の夕食をするつもりであったのだから。
「じゃあ食べようか?」
「だね」
「「いただきます!」」
二人は合唱した。
「ねえ、お姉ちゃん。このいただきますって、守さんが広めたんだよね・・・面白いね。今では皆な言ってるよね?」
「そうね・・・守っちは影響力が凄いじゃんね」
「だよね!流石は守さんね!」
オリビアは嬉しそうにしている。
「ねえ・・・オリビア・・・」
「何?お姉ちゃん」
「あんたは本当に守っちが好きなのね・・・」
「お姉ちゃん、今更何を言ってるの?当たり前でしょ?」
オリビアは平然としている。
不意にアンジェリの表情が曇る。
「・・・オリビア・・・ごめんね・・・」
アンジェリは箸を止めた。
「ん?何?」
何かを感じ取ったのかオリビアの表情は一変した。
「私・・・守っちと・・・結ばれたの・・・」
オリビアの眼が大きく見開かれた。
「それって・・・」
「ごめん・・・オリビアが守っちの事が大好きなのは分かってたの・・・でも私もあの人が大好きなの・・・」
オリビアは言葉を失った。
上を向いて一度肩を落としてから、ため息を付いた。
「そんなこと・・・分かってるわよ・・・」
「分かってたんだ・・・」
アンジェリは真面にオリビアを見ることが出来なかった。
彼女は下を向いている。
「当たり前でしょ?」
「そうか・・・そうね・・・」
「で?・・・」
オリビアの眼は座っていた。
ここでアンジェリはオリビアをしっかりと見据えた。
何かを決心した眼差しであった。
「私は・・・私の中には・・・あの人の・・・」
「まさか・・・」
「身籠ったのよ・・・」
オリビアは天を見上げた。
そして静かに涙を流していた。
それは美しい涙だった。
その涙の意味する処は・・・
「お姉ちゃん・・・おめでとう!」
オリビアは涙を拭う事無くアンジェリを見つめていた。
とても慈悲に満ちた目をしていた。
最大限の賛辞だった。
「・・・オリビア・・・ありがとう・・・ごめんね・・・」
アンジェリはオリビアの手を握りしめた。
申し訳無いと。
「いいのよ・・・」
「・・・」
アンジェリに罪悪感が募る。
「守さんが振り向いてくれない事は分かっていたから・・・それに守さんはお姉ちゃんの事が好きな事もね・・・」
「オリビア・・・」
聡明な妹は全てを察したいのだとアンジェリは気づいた。
「はああ・・・もうやんなっちゃうな・・・まさかこんな振られ方をするとはね・・・どうせ守さんは一夫多妻制なんて認めてくれないだろうから・・・第二夫人なんて認めてくれないだろうし・・・もう言い寄れないわね」
「だろうね・・・あれでいて守っちは案外お堅いじゃんね」
「分かってるよ・・・」
「それで、どっちなの?男の子?女の子?」
「分からないわよ」
「お姉ちゃんの直感はどっちなの?」
「どうだろう?・・・」
「こういう時は大体直感通り当たるらしいよ、そうマリアが言ってたわ」
「マリアが言ってたの?一番当てにならないじゃない!」
「アハハ!そうね!」
「もう!オリビアったら」
一頻笑った後に、急にオリビアが真顔になった。
「お姉ちゃん、守さんと幸せにね」
「オリビア・・・ありがとう・・・」
アンジェリは涙を流していた。
「こうなると・・・私はワインを飲むけどお姉ちゃんはお預けよ」
「だね・・・」
「大丈夫、お姉ちゃんの分も飲んであげるから」
「オリビアったら・・・」
「ねえお姉ちゃん、私は格好いい叔母さんになるわよ!」
「あんたならなれるわよ」
「分かってるわよ!」
二人は幸せな時間を過ごしていた。
俺の手にはアンジェリの手が握られていた。
とても暖かく優しい手だった。
そしてアンジェリは笑顔だった。
俺は彼女の心強さに打ち震えそうになった。
出産を控えたこの状況にあって、何で笑顔でいられるのだろうかと。
俺の存在がここまでの安心感を与えているとは思えなかった。
彼女の何かがそうさせたのだろう。
余りに自然な笑顔だった。
母は強いということなのだろうか?
この笑顔を見て俺は冷静に成ることが出来た。
カノンとの余りに長いラリーを終え、アカシックレコードを読み解き、創造神になったと思いきや、急に我が子の出産である。
怒涛の展開に驚きを隠せなかったのだから。
少し浮足立っていたみたいだ。
俺もまだまだだな・・・創造神なのに。
でもよかった、よかった。
そしてアースラさんから声が掛けられる。
「守や、あとは余とアイリスに任せるやえ」
「そうです、守さんは外で待っていて下さい」
この二人に任せておけば大丈夫だろう。
何かがあったとしても世界樹の葉があるだろうしね。
俺は忠告に従って部屋を後にした。
リビングでは島野一家とオリビアさんが俺を待っていた。
誰も何も言わずにいた。
俺は全員の顔を見て一度頷いた。
皆は俺を見てほっとした表情を浮かべていた。
そして俺達は待つことにした。
我が子の誕生を。
心待ちにして。
どれぐらい待っただろうか?
何度も中に入ろうかと思ったが、思い留まった。
ここはアースラさんとアイリスさんに任せたんだから、出しゃばってはいけない。
でも身体が動きそうになる。
ここは待つんだ・・・
それにしても・・・俺とアンジェリの子供か・・・
男の子なのか?女の子なのか?
どちらでもいいよな・・・
子育ては既に経験している・・・
ん?ドラゴンと人間では違うのか?
あれ?そもそも人が生れてくるのか?
・・・絶対違うよな。
まあ人であれ神であれ、我が子に変わりは無い。
慈悲深く育てよう、最大限の愛情を込めて。
でも本当は・・・まあいいか。
異世界だしな。
俺の寝室から元気な赤子の無く声がした。
「ウエーン!ウエーン!ウエーン!」
鳴き声がおかしくないか?
普通はオギャーじゃないか?
どうなってんだ?
寝室の扉が開けられる。
アイリスさんが顔を出して俺を呼び込んだ。
寝室に入るとアンジェリが赤子を抱えていた。
彼女は汗だくだが笑顔だった。
そして俺はアンジェリと唇を重ねた。
それが意外だったのか、一瞬アンジェリは驚いていた。
そして俺は生まれたばかりの赤子を眺めた。
玉の様な赤ん坊だった。
俺は一瞬にして心を奪われていた。
ああ・・・愛している・・・
愛しい我が子よ・・・始めまして・・・
俺がパパだよ!
そして驚く事が起こっていた。
赤子が俺に向かって話し掛けてきたのだった。
「パパー!」
万遍の笑みで俺に向かって赤ん坊が両手を差し出している。
嘘でしょ!なにこれ!
俺は釣られて思わず赤子を抱っこした。
「パパ!会いたかったよ!」
「・・・ああ、俺もだ」
「やっと会えたね!」
「そうだな・・・」
「テヘへ!」
アンジェリが言葉を添える。
「やっぱり守の子ね。この子は妊娠八ヶ月ぐらい経った頃には『念話』で話掛けてきたのよ」
「そうなのか・・・」
流石は異世界、何でもありだな。
でももうこんな事にも慣れてきたな。
「パパ!大好き!」
完全に振り回されていた。
カノンに挑むよりも驚愕する出来事だった。
やれやれである。
でもちょっと笑えてしまった。
「ハハハ!なんか面白いな!」
「そうね、もう何でもありじゃんね!」
アンジェリはアイリスさんに貰った世界樹の葉で急速に回復していた。
我が子の驚きの誕生に、俺達はこの先どうなる事やらである。
ええ、笑って下さいな!

