神様のサウナ ~神様修業がてらサウナ満喫生活始めました~

俺とノンはあのラファエルが埋葬されている森に転移した。
最後の修業にはここしかないと俺は想っていたからだった。
特に意味はない。
何となくここが良いと思ったのだ。
静かな森が俺達を迎え入れていた。
僅かな微風すらも吹いてはいなかった。

ノンは早速匂いを嗅いで、この地が安全であるかを確かめていた。
その尻尾が優雅に振れていた。
安全と言う事だろう。
俺は『探索』は行わなかった。
ノンに絶大な信頼をおいているからだ。

「ノン、お前はどうするつもりなんだ?」

「ん?ここで主と一緒にいるよ」

「そうか、好きにすればいいさ。どれぐらい時間が掛かるか分からないから適当に過ごしてくれよ」

「分かった」
ノンは俺の隣に控えていた。
俺の側から離れる気は無いらしい。
好きにしてくれればいい。
ノンには俺は全幅の信頼を置いている。
ノンは絶対に俺に尽くしてくれるのだと。
俺の最高の相棒だからな。

俺は適当に寛げる場所を探した。
近くに寛げそうな樹を見つけた。
樹の根元に腰かけ、足を投げ出して俺は寛いだ。
ノンも俺の脇で獣スタイルで寛いでいる。
さて、始めようか。



俺は呼吸に意識を向ける。
複式呼吸である。
鼻から息を吸い込んで、口から細く長く息を吐き出す。
慣れ親しんだ手慣れた呼吸法だ。
この呼吸法を始めるだけで俺は深い自己催眠状態へと移行する。
そしてイメージを重ねていく。
そのイメージは大地に向けられていた。

俺はこの惑星と同調を始めた。
自分の意識が深く、惑星の中心へと向かっていく。
大地の土を感じ、石を感じ、鉱石を感じ、生物を感じる。
更に無機質な物質、水分、自然その物を感じていく。
そしてラファエルの遺骨も・・・

同調を深めていくと、遂に大地の下に眠るマグマに辿り着く。
俺は意識であるから焼かれることは無い。
でも不思議なもので熱を感じる気がした。
そこから今度は全方位に向けて意識を拡げていく。
するとこれまでの同調で得られた感覚以上に、惑星との繋がりを感じた。
絶大な存在が俺を包み込んでくる。

意識はじわじわと拡がり、惑星とより繋がっていく。
ゆっくりとだが確実に、意識が惑星と同調を始めた。
自分が世界と解け合わさっていくのを感じる。
それはとても心地の良い感覚だった。
自分が自然の一部になっていく。
雄大な温かみを感じる。
絶大な信頼感すらも。
これまでも何度か大地と同調をした事はあったが、これまでには感じられなかった意識の拡がりを感じる。
惑星の壮大感に触れる様な、そんな感覚だった。

『演算』と『最適化』の能力は使わなかった。
特に急ぐ必要がなかったし、なにより自然体でいたかったからだ。
極力能力を使わずに、ただの俺としてこの惑星と向き合いたかったのだ。
自己催眠の極みを知りたかったというのもあった。
その為、今の同調の状態も能力で得た物では無く、自己催眠で得ている同調である。
そしてその同調は、同調を超えて俺は惑星と同化を始めた。

五感を超えて魂で惑星を感じ始めた。
惑星を魂で感じる。
惑星とはこんなにも優しかったのか。
惑星とはこんなにも優雅だったのか。
惑星とはこんなにも力強かったのか。
惑星とはこんなにも深かったのか。
惑星とはこんなにも拡かったのか。
惑星とはこんなにも愛情深かったのか。
惑星とはこんなにも慈悲深かったのかと。
惑星を俺は魂の中心で感じていた。
あまりに大きな存在だった。
そんな存在に抱かれている様な感覚だった。

そして俺の意識はゆっくりとだが、確実に惑星を覆いだしていた。
どれぐらいの時間が経っているかは既に見失っている。
『演算』と『最適化』の能力を使用していたらこうはならなかっただろうが、気にもならなかった。
時間は気にしない。
気にしなくていい。
否、したくも無い。
もう食べずとも、寝なくとも生きていける状態にあるのだから。
身体はもうほとんど神に成っているのだ。
まだ数分しか経っていないかもしれない。
もう一年以上が経過しているのかもしれない。
時間の喪失が起こっていた。
ここまでの時間の喪失は始めてだった。
完全に時間を見失っていた。
でもそんなことはどうだっていいことだ。

俺は更に惑星全体に意識を拡げる。
同化はより深く、より拡がりをみせていた。
そして俺は感じ出していた。
そう、この惑星の意識を。
有ることは分かっていた。
この惑星そのものに意識があるのだと。
惑星は一つの人格を持っているのだと。
アイリスさんやエアーズロックがそうであった様に、自然には意識が宿っている。
そしてそれは一つの人格であると俺は捉えていた。
実際にアイリスさんやエアーズロックは個性を持っている。
であるならば、それは人格以外の何者でもない。
そして俺はこの惑星の意識に辿り着いた。
これを俺は漫然と受け止めていた。
それがまるで当たり前の様に。
こうして惑星との対話が遂に始まろうとしていた。



不意に声が掛けられる。
「守よ・・・この時を待っておったぞ・・・」
穏やかな慈愛に満ちた声だった。
それでいて威厳を感じる。
俺は嬉しくなっていた。
きっと顔は笑顔になっているのだろう。
今は意識として存在しているので自分の肉体を感じない。

「待たせたみたいだな・・・」

「ああ・・・待っておったぞ・・・」

「何と呼べばいい?」

「・・・我に・・・名は無い・・・」

「そうか・・・」

「ここは・・・世界とでも呼んでくれ・・・」

「分かった」

「して・・・守よ・・・お主は創造神になるのか?・・・」

「ああ・・・その為に此処にやってきた」

「そうであるか・・・守よ・・・この世界が出来てから・・・幾万年か分からぬが・・・遂に真の平和が訪れたようだ・・・この世は神気と幸せの気に満ちている。これまでに歴史を辿ってもこんな時代は一度も無かった・・・」

「そうか・・・」

「これまでこの世は・・・常にどこかに争いがあった・・・始めはそうでは無かった・・・自然が出来上がり・・・そして生物が生れ・・・やがて人類が誕生し・・・文明が出来上がった・・・」

「深い歴史があるんだな」

「そうだ・・・創造神様の意思に従い・・・我はその成長を促してきた・・・」

「・・・」

「そして人類が誕生してからは・・・争いが後を絶えなかった・・・」

「そうか・・・儚いな・・・」

「人々はどうしてこうも争うのか・・・創造神様の意思を我は何度も疑った・・・どうして人類などお造りになられたのかと・・・」

「創造神様の意思とは?」

「創造神様の意思は人類を誕生させる事・・・そしてその人類を見守る事・・・我にはそれ以上は慮ることは出来ぬ・・・」

「そうなのか・・・」

「創造神様の意思はもうよいのだ・・・今では何となく分かる気がする・・・」

「そうなのか?」

「ああ・・・お主がおるからな・・・」

「?・・・」
俺は世界との会話を楽しんでいた。

世界はとつとつと話し出した。
「まあよい・・・してお主はこの世をどうするつもりなのだ?・・・」

「どうするも何も・・・俺はもう見守る事しか出来ないと思うのだか?・・・違うか?」

「そうか・・・それならば良い・・・」

「もう充分に俺は与えるだけの物は与えてきたと感じている・・・その背中は見せてきたと・・・アドバイスは与えたと・・・」

「であろうな・・・実際・・・これまでよくぞ創造神様が口を挟まなかったのかと疑う程であったからな・・・」

「そうなのか?・・・」

「守よ・・・気づいておらなんだか・・・」

「何をだ?」

「お主は例外中の例外だったのだぞ・・・」

「それは分かっている・・・」

「ならば良い・・・」

「俺はこの世の神のルールに縛られない唯一の存在だったっていうんだろ?」

「そうだ・・・でもそれだけでは無いぞ・・・」

「それは?・・・」

「お主は人の身でありながら神の能力を使えたな・・・」

「ああ・・・そうだ・・・」

「それが何を意味するのか・・・分かるか・・・・」

「・・・まさか・・・俺はこの世に来た時には既に神であったということなのか?」

「ほう・・・察しがいいようだ・・・正確には少々違う・・・」

「どう違うと?」

「それは・・・次期創造神候補であるということだ・・・厳密には神であって・・・神ではない存在・・・お主の世界の言葉で近いのは・・・そうだな・・・強いて言うならば聖霊だ・・・人類に神意の啓示を行い・・・精神活動を起こさせる存在だ・・・」

「聖霊か・・・」

「謂わば神の意志の統一を示し、許しと希望を与える者である・・・言い換えるならば、人類と神の指導者、この世の導き手ということか・・・」

「そうだったのか・・・何となくは分かっていたよ・・・」

「であったか・・・」

「ステータスは一つの指標であって、全てではないし、本当にそうだとは限らないということだな・・・」

「そこまでとは我には言えんが・・・実際そうなんだろう・・・我に創造神様の意図を理解することなど不可能だ・・・」

「でも納得がいったよ・・・」

「そうか・・・」

「詰まる所、俺は例外だということだな・・・」

「そうだ・・・」

「なあ・・・世界・・・俺は知りたい事がある・・・」

「ほう・・・何をだ?」

「この世の最終地点は何処になるんだ?」

「それは・・・我にも分からぬ・・・でもそれは・・・創造者にも無いのではなかろうか?・・・我にはそう想うのだが・・・」

「だろうな・・・これは究極の質問だからな・・・この世の完結は何処になるのか・・・恐らく無いんだろうな・・・否・・・無くていいよ・・・無い方が良い・・・俺はそう感じている」

「であるか・・・分からなくもない・・・」

「だってそうだろう・・・この世には陽があって陰がある。必ず相反する物が存在するからな。それは分かり易く言えば、善と悪だ」

「そうだな・・・」

「要はこのバランスをどうしていくのかという事が最大のミッションなんだろ?」

「であろうか・・・」

「違うか?」

「我には分からぬ・・・」

「そして今のこの世だが、完全にバランスは善に満ちている・・・ここは否定出来ない・・・多少の悪は残っているが、それはどうでもいいことだ・・・その為の精神活動を俺は行ってきた・・・その自負もある!それに人類は神に成ることに挑み始めた」

「それは分かっている・・・」

「これはこの世が、この先を見透せる段階に入っているのではと俺は考えている・・・」

「それは・・・」

「創造神の爺さんの意図は俺にも分かってはいない・・・でも感じるんだ・・・俺には・・・人類は次のステージに向かおうとしているのだと・・・欲や業に塗れた世を超えた世を、新たに造り出す段階に進みだそうとしているのではないかと・・・新たな世を造り出そうとしているのだと・・・どう思う?世界」

「であろうか・・・」

「今では人々は神に成ろうと努力を始め出した・・・そしてその洗堀者や導き手もいる・・・もし人類の全てが神に至ったら・・・どうなると思う?」

「果たしてそうなるのであろうか?・・・」

「その楔は打てていると俺は感じている・・・違うか?」

「お主の言う通りやもしれぬな・・・その先の未来は何になるのだろうか?・・・」

「それは・・・俺にも分からないな・・・俺はお前の言う通り導き手であり、指導者でしかないのだから・・」

「やもしれぬな・・・」

「さて・・・世界との会話は楽しかったよ・・・でもそろそろ結論を出そうか・・・」

「ほう・・・よいのか?」

「ああ・・・俺の心は決まっている・・・」

「そうか・・・では任せる・・・我が主よ・・・」
俺は世界に加護を与えた。

「お前の名は・・・」
ここで俺の意識は一瞬ブラックアウトした。



意識が戻ると凄まじい程の脱力感に俺は押しつぶされそうになっていた。
これまでに溜めに溜め捲った神力をごっそりと奪われていたのだった。
既に半分以上の神力が奪われているのを感じている。
不味い!
神力計測不能の俺だが、直感的に感じていた。
このペースでは俺は枯渇してしまう。
ここで其れはあり得ない。
なんとしても堪えなければ!
抗わなければ!

俺は意識を身体に戻し『収納』からラファエルの神石を大量に取り出した。
次々に神力を吸収する。
取り込んでは吸い出されている。
今も神石から神力を取り込んでは吸われている。
どこまでこれがもつのだろうか。
これを気が遠くなる程のラリーが続いた。
いったいどれだけの神石を取り出しているのだろうか。
数なんて数えていられない。

もうどれだけこのラリーが続いているのか分からなくなっていた。
もしかしたら数時間であるのかもしれない。
でも本当は数ヶ月かもしれない。
こうなってくると精神力を試されている気分になる。
まるでサウナに一時間以上入っている様な忍耐力と、立ち上がれなくなる程の徒労感を感じる。
でもここは堪え切らなくてはならない。
先は全く見えない。
その事に恐怖心も感じていた。
終わりの無いラリーに心が折れそうになる。
いつまでこれが続くのか・・・
ここまで追い込まれるとは・・・
少々舐めていたのかもしれない・・・
アイルさんの修業が陳腐に感じてしまう。
他に何が出来る?

そうだ!
俺は『黄金の整い』を始めた。
これしかない!
再度俺は自己催眠状態に入り、複式呼吸を始めた。
それと同時にラファエルの神石からの神力の補給も行う。
よし!いいぞ!
少し余裕が生まれてきた。
これなら行けるか?



甘かったみたいだ・・・
最初は此方のペースになったと感じたが、それは徐々に覆されていた。
本当はステータスを見て、数値を見て状況を知りたかった。
でもそんな余裕はない。
未だに終わりが見えない。
畜生!ここで終われる訳が無い!
こんな中途半端なんて許されない!
なんとしてもここは・・・

何度も意識が飛びそうになった。
それを気合で封じ込める。
時折後ろから頭を殴られる様な急激な神力の吸収を感じた。
完全に振り回されている。
でもコントロールなんて出来る筈が無い。
差し出せる物、全てを差し出している気分だった。
それは神力だけではない。
身体の中に眠る細胞の中にある力、爪の先まで差し出している様な、そんな感覚だった。
有りとあらゆる力を俺は差し出している。
生命力その物を奪われている。
そんな感覚だった。

でもそこまでしても堪えれそうにない。
余りに膨大な力に屈しそうになる。
でも俺は退けない。
なんとしてもここで打ち勝たなければならない。
俺は必ず創造神になると決めたのだから。
それに待っている家族や仲間達がいる。
愛しいアンジェリ。
彼女に会いたい。
そう想ってしまった。
そんな余裕は無いのに。
この想いだけが俺を支えていた。
必ず会いに行くと、やっと結ばれたのだから。
ここで屈する訳にはいかないんだと。



いつの間にか俺は走馬灯を見ていた。
生れてから今日に至るまで、ゆっくりとその行いや、その時感じた想いを回顧していた。
そうすると不思議と力が沸いて来ていた。
これまで接してきた者達の想いが神力になっていた。
幾千、幾万の者達の想いが俺を突き動かしていた。
不思議な出来事だった。
俺の身体を通じて皆の想いが、そして愛情が神力になっていた。
その神力が俺を突き動かす。
俺は感じていた。
俺は一人ではない・・・
多くの者達が俺を支えているのだと・・・
ありがとう・・・
俺はこんなにも愛されているのだと。
こんなにも幸せなんだと。
一気に背中を押されていた。

俺は反撃を開始した。
皆の想いが神力に変わり、俺を支えていた。
俺は無敵感を感じていた。
こんなに心強いのか・・・
これで負けるなんてあり得ない。
そう感じていた。
必ず勝てると・・・