会場に足を踏み入れると場内は緊張感に満ちていた。
特に『サファリス』と『オーフェルン』そして『イヤーズ』の代表者達の表情は硬い。
それを分かってかスターシップも困った表情を浮かべていた。
俺は中央の席に座り、ダイコクさんとポタリーさんは末席に控えていた。
口は挟まないということだろう。
俺だけ中央に位置している事に少々違和感を感じるのだが・・・
まあ良いだろう。

さて、これは雰囲気が良く無いな。
ここは一つ腹でも満たしましょうかね。
腹が満たされれば気分が変わるってね。
先ずは流れを変えよう。
それに限るな。

「ソバル、オクタに通信用の魔道具を繋げてくれ」

「はっ!」
俺は勝手に仕切り出した。
ソバルは胸から通信用の魔道具を取り出して俺の脇に控える。

「オクタで御座います」
オクタと繋がったみたいだ。
俺は横から話し掛ける。

「オクタ、俺だ」

「島野様!お待ち申し上げておりました」

「そうかオクタ、ひつまぶしを人数分頼む、人数はクロマルに聞いてくれ。例のタレを使ってくれていい」
オクタの逡巡が間を留めた。

「島野様・・・本当に宜しいので?・・・」

「ああ、構わない」
一瞬間を置いてから返事があった。

「畏まりました、少々お時間を頂きます」

「オクタ、頼んだぞ」
このやり取りを全員が息を飲んで聞き入っていた。
そしてダイコクさんが口を挟む。

「島野はん、例のタレって・・・まさか・・・」
俺はほくそ笑んでいた。

「そうです、遂に完成しました!」

「おおー!ほんまかいな!ボン!これは一大事やで、あのエンシェントドラゴンの為に島野はんが長年を掛けて開発して出来上がった、伝説の鰻のタレやで!」
スターシップが机を叩いて立ち上がる。

「嘘でしょ!やったー!」
おいおい、スターシップさんや、あんたそんなキャラだったかい?

「なんと!」

「遂にですか?」

「伝説のタレ!」
妙な興奮が場を支配していた。

これはしめしめだ。
俺は有頂天になってタレの開発の苦労話をした。
場繋ぎにはちょうどいいだろう。
全員が話に聞き入っていた。
そしてベストタイミングでオクタがお重を持って現れた。
やるなオクタ、流石は料理長だ。

会場は拍手でオクタ一同を迎え入れていた。
それに一瞬戸惑うオクタ。
しかし気を取り直すと料理長の顔に変わり、給仕をすると共に、食事の仕方を教えていた。
ひつまぶしは鰻重とは違うからね。
最後のお茶漬けは絶品なのだよ。
出汁には鰻の骨と頭のエキスも含まれているからね。
最高の一品であるのだよ。
ひつまぶしを食べた者達から、そこらじゅうで声が挙がっている。

「幸せの味!」

「このタレは・・・甘さの奥に味の深みを感じる」

「山椒掛け過ぎた!クシャミが止まらん!」

「鰻とはこんなに美味しい魚だったのか・・・」

「身がフワフワして旨い!」

「焼き目の皮がパリパリして最高だ!」

「無茶苦茶旨い!」
オクタがしたり顔をしていた。
よく分かるぞ、うんうん。
どうやら場の雰囲気が変わったみたいだ。
しめしめだな。

全員が幸せそうな顔をしていた。
俺はスターシップに眼で合図を送った。
場は温まったみたいだ。
さて、会議を始めようか。

「皆さん本当に美味しかったですね。ではここからは同盟国に関する会議を始めます。既に会議の参加国の代表者達の挨拶は済んでおります。先ずは現在の同盟に関する概要を説明させて頂きます、宜しいでしょうか?」
全員が無言で頷く。

「現在の同盟ですが、加盟国は『ルイベント』『ドミニオン』『シマーノ』となります『ドラゴム』に関しては『シマーノ』の延長線上であると考えてください」
アリザが手を挙げた。

「アリザ殿お願いします」

「『ドラゴム』は魔物の国です、そして元は『シマーノ』に住んでいた魔物達が大半です。我等リザードマンは『シマーノ』と友誼を結んでおります。それに転移扉で繋がっており交流は頻繁に行われています。従って『ドラゴム』は『シマーノ』の一部と考えて貰って宜しいかと、ゼノン様にも了承は頂いております」
ケレスが手を挙げる。
スターシップが手を向けて発言を認める。

「失礼、転移扉とは何でしょうか?」
その発言を受けてソバルが答える。

「ケレス殿、転移扉とはその名の通り転移出来る扉のことじゃ、その扉を開ける事は神様にしか出来ぬことじゃ」

「何と・・・そんな伝説の神具が存在したのですね」
スターシップが説明を加える。

「現在転移扉を所有し、繋がっているのは、『シマーノ』と『ドラゴム』そして『ルイベント』と『ドミニオン』に限られている。因みに『ルイベント』と『ドミニオン』は国王間を繋ぐホットラインとして使用しています。そして『シマーノ』にある転移扉は南半球にある島野様一同が開発された『サウナ島』と繋がっている」
この発言に初参加国の者達がどよめく、

「嘘だろ?南半球とだって?」

「島野様一同の島?」

「考えられない・・・」

「あり得ない・・・」
一部の者達はざわついていた。
そしてそれを魔物達がドヤ顔で眺めていた。

「ネットワークの現状はこの通りです」
スターシップが纏める。
初参加の代表者達は驚きと共に唖然としていた。
狐に摘ままれたかの様になっている者もいた。
始めて転移扉の存在を知った時には大体こんな反応だよな。

「さて、ここで躓くわけにはいきませんよ、気を引き締めて下さい」
その言葉に初参加の代表者達は表情を改めた。

「次に同盟の内容に関してですが、メインは文化交流と技術交流となります。特に『シマーノ』には高い技術力と洗練された文化があります。そして何より娯楽に溢れています。我らは学び、その恩恵を受けております」

「ですね『シマーノ』には頭が上がりませんよ」
ベルメルトも続く。

「いやいや、その技術力も文化も娯楽も、我等は島野様や島野一家、南半球の神様方に学ばせて貰っただけのことです、感謝すべきはその様な機会を与えてくれた島野様かと存じます」
プルゴブが嬉しそうに語った。

「そうだな間違いない」
コルボスも続く。

「おそらく今後もこの技術交流と文化交流は盛んになると思われます。現に『ルイベント』も『ドミニオン』も文明化の波が押し寄せて来ていますからね。暮らしが便利になったと国民達の満足度は鰻登りですよ、鰻と言えば先程の鰻は本当に美味しかった・・・これは失敬、次に国家防衛に関する条約も結んでいます。これは軍事的な侵攻を受けた際に相互に協力してこれに当たることになっています。これは今回の一件で不要になるかと思われますが、それは時期早々と考えられます。いつ何時我々は争いに巻き込まれるか分かった物ではありませんからね」
流石はスターシップだ、分かっているな。
この考えは妥当だろう。
他の参加者も頷いていた。

「そして細かい所では犯罪に関する取扱いですとか、通貨に関する物であったりとか、物価に関して等、多岐に渡って行っております。そして毎月会議は開催され、各国議題を持ち寄り協議を行っております」

「開催地は殆ど『シマーノ』なんですけどね」
ベルメルトが嬉しそうに言っていた。
ルミルが手を挙げた。
スターシップが頷いて発言を許す。

「どうして開催地は『シマーノ』なのでしょうか?」

「ハハハ、簡単な事ですよ『シマーノ』には娯楽が溢れていますし、タイミングが合った時には『サウナ島』に行けますからね」
ベルメルトが当たり前の事と発言する。
タイミングが合った時とはその儘の事で『シマーノ』に神様が居た時には帰る時に同行を許されていたからだ。

「なるほど」
ルミルが頷いていた。
スターシップが先を進める。

「そして議題の採決についてですが、同盟では満場一致を持って可決とすることがルールです、一人でも否決した場合、それは合意には至りません」
初参加者達は唸っていた。
その表情を見る限り納得しているみたいだったが、それと同時に大丈夫なのかと不安の表情も浮かべていた。

「後は毎回会議は議事録に残し、全員の押印で持って完了としています。そしてその議事録は同盟国の国民全員が観覧可能です。今後は抜け漏れが無いように魔水晶にて撮影を行おうということになっています」
今では魔水晶は結構な数が揃っている。
というもの『ドミニオン』の鉱山の採掘場にて、たくさんの魔水晶が発掘されたからだ。

「大体の概要はこんな所になりますが、ここまでで質問はありますか?」
全員が押し黙って周りを見回していた。
ラズベルトが遠慮気味に手を挙げた。
スターシップが手を挙げて発言を許す。

「それは同盟に加入するにも全員一致の可決が必要ということでしょうか?」

「そうなりますね」
この回答にラズベルトとケレスが凍り付く。

「ちゃんと同盟に加入したい動機や想いなどを発言する時間はしっかりと設けます、是非思いの丈をぶつけてみて下さい」
ラズベルトは天を仰いでいた。
その隣でケレスは項垂れていた。
それを見て『サファリス』と『オーフェルン』の代表者達は何とも言えない表情を浮かべていた。

「他にはどうでしょうか?」
ルミルが手を挙げた。
スターシップは頷いて発言を許した。

「同盟に加入するには条件はありますか?」
妥当な質問だな。

「特に設けてはおりません、どの国でも加入は可能ですが、同盟国の満場一致の可決は必須です」
ルミルは頷いていた。

「他にはどうでしょうか?」
スターシップは全体を見まわした。
どうやら質問は無さそうだ。

「さて、先ずは同盟国に加入をする意思があるのかを新規参加国に問わせて頂きます、宜しいでしょうか?」
初参加国の代表者達が一斉に頷く。

「では『サファリス』国の代表者、同盟に参加する意思はありますでしょうか?」
レインが立ち上がる。

「参加させて頂きたいと存じます!」
その発言を受けて同盟国は拍手で迎えていた。

「ありがとうございます、次に『オーフェルン』国の代表者、同盟に参加する意思はありますでしょうか?」
ルメールが立ち上がった。

「是非参加させて頂きたいと思います!」
こちらも拍手で迎えられていた。

「続いて『エスペランザ』国の代表者、同盟に参加する意思はありますでしょうか?」
ルミルがガバっと立ち上がる。

「勿論です!よろしくお願い致します!」
その真摯な態度に数名の魔物達は頷いていた。
こちらも拍手で迎えられていた。

「最後に『イヤーズ』の代表者、同盟に参加する意思はありますでしょうか?」
ラズベルトが緊張の面持ちで立ち上がった。

「どうぞよろしくお願い致します!」
しっかりとお辞儀をしていた。
そしてこちらも拍手で迎えられていた。
ラズベルトは頭を下げたままの姿勢でその拍手を受け止めていた。



ここで一旦小休憩となった。
要は初参加国に時間を与えようとする配慮だ。
小休憩時にはおやつが配られていた。
内容は多岐に渡っているが、一番人気が高いのはポテチだった。
リザオとアリザが嬉しそうに食べていた。
次に人気なのはチョコレートだった。
甘い物が好きなアラクネ達には欠かせないおやつである。
そしてこちらも甘い物好きなマーヤが、ニコニコ顔でチョコレートを食べていた。
ソバルとプルゴブは大福が好きな様子。
二人で仲良くこの味が良いとかこちらの味が良いとか話しているのをよく耳にする。
オクボスとコルボスはせんべいを頬張っていた。
実に『シマーノ』は食の宝庫となっている。
北半球一と言ってもいいだろう。
何より魔物達は勉強熱心なのだ。
最近では魔物達が『エアーズロック』のフードコートで働いている所を見かけるぐらいだ。
南半球で学び『シマーノ』にその調理法を持ち帰っているのだ。
オクタ料理長もあの大将のダンが認める腕前になっている。
そしてその技術が『ルイベント』や『ドミニオン』に受け継がれていく。
同盟はこの様にして機能しているのである。

初参加国は別室を与えられ、入念な打ち合わせを行っていた。
おそらく準備されているおやつにも手を付けていないだろう。
特に『イヤーズ』の二人は悲壮感に満ちた表情をしていたからな。
他の大臣達も巻き込んで喧々諤々とやっているのだろう。
そして早くも一時間が経過していた。



初参加国の代表者達が集められた。
此処からはプレゼンの時間となる。
各国が思いの丈をぶちまけてくれるだろう。
熱意ある時間を期待したい。



最初は『オーフェルン』国だった。
ルメールが緊張の面持ちで立ち上がった。

「最初にこの様な機会を頂き島野様始め、皆様には感謝を述べたい。本当にありがとう御座います」
頷く一同。

「我が国は長年に渡り戦争を続けて参りました、本当に苦しかった。もう二度と戦争なんて繰り返したくない。島野様は仰った、戦争相手を憎むのではなく、戦争そのものを憎めと・・・始めは何を言っているのか理解出来ませんでした。でもその言葉を何度も何度も心の中で反芻し、その言葉の意味を、その言葉の想いを受け止めることがやっと出来たのです・・・」
ルメールは一度涙を拭った。

「すまない・・・余りに心を打たれたんだ。私はこの言葉を一生忘れない。この想いを胸にこの先の人生を歩んで行こうと思います」
プルゴブが感動したのか拍手をしていた。
釣られて数名が拍手を送っていた。

「ありがとう・・・そして長年に渡る戦争は国力を奪い、国民の笑顔を奪った、今の我々は自らの力で立ち上がる程の力を有していないのが嘘偽らざる現状です。救って欲しとまでは言わない、でも手助けして欲しい。国民は自らの意思で戦争を終わらせるという選択をしました。長年の恨みを捨てて前に進むと、どうか同盟の仲間入りを許可して欲しい。恥ずかしげも無く言わせて貰います、私と我が国の大臣達では復興にどれだけの時間が掛かるか分からない。是非我が国民達の為に力を貸して欲しい!」
お付きの大臣も立ち上がり頭を下げていた。

「簡単ではありますが、以上となります。よろしくお願い致します!」
ルメールは深々と頭を下げていた。

一つ頷くとスターシップが参加者に問いかけた、
「ルメール国王、ありがとう、さて、同盟国の皆さん、質問は御座いますでしょうか?」
プルゴブが手を挙げた。

「ルメール殿下、素晴らしかったですぞ。それに島野様の金言・・・胸に染みますなあ・・・」
これに魔物達が頷く。

「してルメール国王、実は『シマーノ』はクロマル殿を始め優秀な暗部がおる、その暗部から『オーフェルン』の現状は報告を受けておってな、貴国には儂は農業を広めたいと考えておるが如何かな?」

「おお!左様で御座いますか?」
ルメールは一気に興奮する。

「島野様はかつて仰られた、何よりも腹が満たされれば人は前を向けると、そうは思わんかな?」
云々と頷くルメール。

「幸いアイリス様という農業の専門家から儂ら『シマーノ』の魔物達は農業の技術指導を受けておる。良質で美味しい野菜は心を豊かにする。終戦間もない貴国にはこれが一番必要と儂は思うのだが」

「有難き申し入れ!是非ご教授下さい!」
ルメールは今にも泣き出しそうだった。

「プルゴブ殿・・・気が早すぎますよ・・・」
流石にスターシップが止めに入る。

「いやー、スターシップ殿下。これはすまん!気が急いてしまったようだ!ナハハハ!」
プルゴブは実に簡単だ。
守が褒められればそれだけで有頂天になるからだ。
先が思いやられるとため息を付きそうになるスターシップだった。

「他には質問はありますか?」
魔物達は全員プルゴブと同じ想いであることがその表情で分かる。
結局魔物達は守が全てである事に変わりは無いのだ。
その様子を気だるそうに守は眺めていた。
出来レースだなと。
ソバルが手を挙げる。

「伺いたい、『オーフェルン』と『サファリス』は元はとても親しき間柄であったと聴いておるが、実かな?」
ルメールが答える。

「その様に聞いております」

「それを示す様な文献とか歴史的な証拠などはあるのじゃろうか?」

「それは・・・恐らくは破棄されているかと思われます。しかし、王族や貴族の中には先々代前の親が婚因関係である間柄であったことは間違いはありません」

「なるほど・・・それが証明となるのか・・・国民達はそれを知っているのじゃろうか?」

「おそらくは大半の国民は知っている事かと存じます」

「ありがとう、ならば良いのじゃ」
ソバルは頷いている。
おそらくソバルの意図は、元は親しい間柄をあることが両国間を結び付ける切っ掛けになると考えたのだろう。
ソバルならではの視点と言える。

「他にはよろしいでしょうか?」
一同は静まり返った。

「では採決に移りたいと思います、『オーフェルン』国の同盟入りを認める者は挙手を願います」
ルメールは緊張でガチガチになっていた。
思わず目を瞑ってしまっていた。
そして目を開けるとそこには満場一致で挙手の手が挙がっていた。

「やった・・・やったぞー!」
ルメールの歓喜が響き渡る。

「おめでとう!」

「おめでとうございます!」

「これで仲間じゃな」
賛辞が響き渡った。
気が抜けたのかルメールは膝を付いてしまっていた。
それをオクボスが駆け寄って支えた。
そしてオクボスはルメールの手を掴み天へと掲げた。
拍手喝采が巻き起こっていた。