神様のサウナ ~神様修業がてらサウナ満喫生活始めました~

時を同じくしてオーフェルン国とサファリス国は静まり返っていた。
守とゼノンの絶叫に時が止まったかの様だった。
人々は二人の言葉を心の中で反芻し、心で受け止めていた。
それは心に突き刺さっていた。
それも深く奥深い所で。
その言葉を、その想いを国民達は魂の中心で受け止めていた。
心が打ち震え、全身を駆け巡っていた。

国中を静かな時が流れていた。
そして次第に時が動き出す。
それはまるで一度灯を得た炎が瞬く間に伝播する様であった。
辺り一面に炎が広がり、縦横無尽に焼き尽くしていく。
そうそれは平和を望む炎だった。
燃え広がる炎は留まることを知らない。
全てを焼き尽くそうとしていた。

「そうだ!」

「その通りだ!戦争自体を憎むべきなんだ!」

「もう終わりにしよう!」

「やっと解放されるんだ・・・」

「次に進める・・・」

「遂にか・・・」

「戦争を終結しよう!」

「もう振り返らないぞ!」

「戦争なんて止めだ!」
国民達は前に進むことを選択していた。
もう戦争は終わらせるのだと。
恨みの連鎖は断ち切ろうと選択したのだ。
両国の国民達は歓喜と笑顔に包まれていた。
それはまるでこの時の解放を待っていたかの如く、凄まじい歓声に沸いていた。
両国が歓声で揺れていた。
涙に暮れる者もいた。
何かを決心した者もいた。
泣きながら笑顔の者もいた。
歓喜に沸いていた。
それぞれが思い思いに前を向いていた。
もう戦争を終わらせるのだと。

それをルメール一同とレイン一同は嘘だろという表情で眺めていた。
国民達の決断を受け止めきれずにいるみたいだ。
国の上層部とはそんなものなのかもしれない。
国民の真意を汲み上げれているようで、実際の所本音までは引き出す事は出来ていないのだ。
本当の想いとは裏腹に、挙げられてくる陳情や意見等は本音とは違い表層でしかないのだから。
これまでそれを気づかずして国家運営をしてきたのだろう。
だがそれを一概に責める訳にはいかない。
国家運営とはそんなものなのだからだ。
その様に守は考えていた。
やっぱり国民は戦争にいい加減疲れていたという事が本音なのだと、守は見抜いていたのだ。
それは何も守だけに限らない。
ゼノンもそれを分かっていたのだ。
今回はその本音をぶち撒けるきっかけを与えたに過ぎないのだと。
本音しか語れない状況にしてしまえば言いたいことを言えるだろうと。
国民達はまるで待ってましたと言うが如く騒然と騒ぎ出した。
もうこれは留まることはないだろう。
箍が外れたかの如く好きに騒ぎ出していた。

「俺は次に進むぞ!」

「もう過去は振り返らない!」

「いい加減止めようや!」

「これでお終いだ!」

「恨むのはいい加減疲れたんだよ!」

「争いはもうたくさんだ!」
本音が駄々洩れだった。
始めは戸惑いを隠せない国の上層部だったが、この思いを真摯に受け止めようと勤めだしていた。
それはそうだろう。
両国民全員が潜在意識剥き出しなのだから。
それは国の上層部も同じである。
実の所思いは一緒なのだ。
本音以外何も語れない状況に陥っていたのだから。
これを守始め、ギル、ゼノン、エリスはしめしめと眺めていた。
その様子を我が物顔で見守っていた。
ギルは胸を張って腰に手を当てて。
エリスは手を叩いて。
ゼノンはウンウンと頷いていた。

そして守は禁じ手の能力を発動する。
それは『多重存在』であった。
これまでに誰にも見せたことが無い能力である。
ヒュン!
能力発動と共に、守は多重存在をサファリス国に転移した。
守は当然とばかりにゼノンの横に立っている。
興奮した国民達はそれに気づいていない。
気づいたのは予め知っていたゼノンとエリスのみである。

守はゼノンに問いかける、
「よう!ゼノン、予定通りか?」

「まあのう、上手くいった様じゃな」

「じゃあ行くか?」

「じゃな、行こうか」
守は周りを一瞥すると『転移』の能力を発動した。
ヒュン!



ルメール一同とレイン一同は一瞬にして転移させられていた。
問答無用で、誰に何をされたのかも解らず。
その正体は当然守であった。
守以外にはあり得ない。
守はルメール一同とレイン一同を同時に魔物同盟国『シマーノ』に強制的に転移させていたのである。
転移させられてきた者達は何が起こったのか全く把握出来ていない。
挙動不審に狼狽えていた。
余りの出来事に尻もちを付いている者もいる。
中には腰が砕けてへたり込んでしまった者もいた。
全員が顔面蒼白になっていた。
身体を震わせている者もいる。
全員が現状を把握出来ぬ儘に打ち震えていた。

そしてそこには予め計画されていたのであろう者達が、両国の一同を待ち構えていた。
それは魔物同盟国『シマーノ』の首領陣と魔物の一団『ルイベント』のスターシップとその一団、更に『ドミニオン』のベルメルトとその一団である。
北半球の同盟国の主要メンバーが集結していたのである。
当然糸を引いたのは守である。
守は事に当たるにおいて、ソバルやプルゴブに前もって話をし、ダイコクを通じて同盟国の主要メンバーを集める様に指示していたのである。
勿論同盟国のリーダー達は二言返事で頷いていた。
これで北半球の平和が約束されるのだから。
断ることなんてあり得ない事だ。
後日談として。

スターシップは、
「あの神様は規格外が過ぎる・・・」
とぼやいており。

守を崇拝するベルメルトに至っては、
「よーし!よし!流石は島野様だ!よっしゃー!」
と騒いでいた。

同盟国の主要メンバーはしたり顔でルメールとレインを迎え入れていた。
その顔に余裕の表情が見受けられる。
しかしソバルとプルゴブは其処には眼を向けてはいなかった。
やはりこの二人は真っ先に守を見てしまうのである。
それは本能的な事であった。

「なんと!島野様が二人も?」

「我が神が増えておるぞ!」
その発言に魔物達が釣られる。

「おお!島野様が増えたぞ!」

「何で二人も、これは分身か?」

「あり得ない!」
今度はその声に全員が釣られている。
しまったと守は『多重存在』を解除した。

「すまん、すまん。驚かせたな」
一拍遅れて他の者達もそれに気づいた。

「ええー!」

「嘘でしょ!」

「島野様・・・あり得ませんて・・・」

「流石っす!」
何故かライルだけは親指を立てて褒めていた。
なんの事やらである。
騒ぎ出す一同を守が手を挙げて制した。

「俺の事はいいから、早く始めろよ!お客さんが困っているだろうが!」
他に眼を向けさせて、自分のやらかしを帳消しにしようとする守であった。
そうとは気づかず、ソバルとプルゴブはしまったと我を取り戻していた。
従順過ぎるのも考えものである。

「そうでしたな、これは失敬!」

「兄弟、気を引き締めようぞ!」
スターシップとベルメルトも我に返っていた。

「すまない事をした」

「そうだった」
スターシップが前に出てきた。
やはり纏め役はスターシップである。

「私は永世中立国『ルイベント』の国王スターシップです、どうぞよろしく」

ここは負けじとベルメルトも続く、
「私は武装国家『ドミニオン』の国王ベルメルトです」

仰々しくお辞儀をしながらソバルが名乗る、
「儂は魔物同盟国のソバル、オーガの首領じゃ」

「ゴブリンの首領のプルゴブにて御座います、以後お見知りおきを」

「俺はオクボス、オークの首領だ」

「私はマーヤ、ジャイアントキラービーの女王よ」

「俺はコルボス、コボルトの首領をしている」

「リザードマンの首領のリザオだ」

「同じくドラゴムのリザードマンの首領のアリザだ」

「私はクロマル、島野様の影だ」
クロマルだけニュアンスが違っていた。
でもここは普通にスルーされていた。
守だけにやけていたのだが・・・
放置でいいだろう。

突然の転移だけに留まらず、北半球の重要人物が勢揃いしていた。
その事に未だにルメールとレインは戸惑っていた。
これは時間が掛かるだろう。
当人達にしてみれば、国民が声高に終戦を謳い出したと思ったら、知りもしない所に突然連れてこられたのである。
発狂しないだけ益しである。

訳も分からずルメールが呟く、
「島野様・・・これは一体・・・」
膝から崩れそうになるのを何とか気力で保っている。

レインも続く、
「ゼノン様・・・ここは何処でしょうか?」
こちらも気力を振り絞って震える身体を押し留めていた。
話し出そうとする守を制してゼノンが話し出す。

「ここは魔物同盟国『シマーノ』じゃよ、そして同盟国の盟主達がお主達を待っておったのじゃよ。ハハハ!これは愉快じゃ!」
ゼノンは声高に笑っている。

「なっ!同盟国の盟主」

「そんな・・・」
二人は狼狽えるばかりだ。
今度は俺がと守が前に出てきた。

「驚かせて悪いが、お前達はいい加減戦争を終わらせる必要がある。だよな?そこで平和を確たるものにする為に同盟を結んではどうかと思ってな、お節介を焼かせて貰う事にしたよ」
その発言に二人は更に混乱する。

「嘘でしょ!」

「急展開過ぎる・・・」
両者のお付きの者達も付いて来れてはいない様子。
未だ青ざめている者もいた。

不意に人化したエリスがレインの肩に手を置いて、
「いい加減終わりにしようや!」
笑顔で問いかけていた。

今度は人化したギルがルメールの正面に位置どると、
「平和になろうよ!」
と声を掛けた。

「そうだそうだ!平和が一番!」

「笑顔になろう!」

「手を取り合おう!」

「仲良くしようや!」
何処からかこんな声が掛けられていた。
いつの間にか当たり一面に人々が集まり、歓声が沸き上がっていた。
多くの声が掛けられ、拍手喝采となっていた。
その有り様に我を取り戻したルメールとレインは、自然と笑顔になっていた。
お付きの者達も何とか我を取り戻していた。
こちらも周りの喝采に乗せられて笑顔になっている。
引き攣った笑顔の者もいたが、そこはご愛敬だろう、どうにも乗り遅れる者はいるのである。



俺は場の雰囲気を見て状況を見極めていた。
そろそろかと思った俺は、ルメールの肩に手を置きルメールごと瞬間移動した。
ルメールをレインの真横に転移し、その間に俺は転移した。
そして多重存在を発動しギルを『オーフェルン』に転移し、エリスを『サファリス』に転移させた。
二人の手には魔水晶が握られている。
多重存在を解除し『収納』から更に魔水晶を取り出した。
その魔水晶をゼノンに手渡す。

「監督、任せるぞ」
嬉しそうにゼノンは魔水晶を受け取ると魔力を流して、撮影を始めた。

「ライブ配信開始じゃ!」
実はこの三つの魔水晶はゼノンの同調魔法で繋がっているのだ。
ゼノンが撮影する映像はオンタイムでギルとエリスの持つ魔水晶に映像が映し出されることに成っている。
ゼノンには同調魔法を俺の同調を参考に、取得して貰っていた。
修業の成果がここに発揮されたのである。
ゼノンは催眠の能力の取得の時とは打って変わって、こちらの魔法の獲得には喜々として行っていた。
これでまた新たな映像の革命が起きるとゼノンはノリノリであった。

俺は驚く両者を無視して無理やり手を掴み、俺の眼の前でその手を握らせた。
そして宣言する。

「皆の者!聞くがよい!サファリスとオーフェルンの王は此処に手を取り合った!!!これにて戦争は終結した!!!」
俺の勝手な終戦宣言に魔物同盟国は沸いた。
否、無茶苦茶大興奮していた!
騒ぎが爆発していた。
興奮の坩堝と化している。
魔物同盟国が揺れに揺れていた。
飛んでもない騒ぎになっている。

「遂にやったぞ!」

「島野様が戦争を止めたぞ!」

「島野様だけじゃない!ゼノン様も天晴だ!」

「ギル様!平和の使者だ!」

「エリス様!やりましたね!」

「俺達の神は最高じゃねえか!」

「皆!愛してます!」
魔物達だけではない、この場にいる人族も全員大興奮している。
留まることを知らない大興奮となっていた。
そして熱に当てられたのか、ルメールとレインも驚きの表情を浮かべていたが、自然と笑顔に変わっている。
その手も握り直されて、がっちりと握られていた。
両手を挙げて二人は答えていた。
実に誇らしげにしている。

「これで北半球に平和が訪れたぞ!」

「戦争反対!」

「戦争終結宣言!」

「最高だ!」

「今日は吐くまで飲むぞ!」
観衆は止まない。
止みようがない。

そしてオンタイムでこの映像が『オーフェルン』と『サファリス』にも届けられていた。
両国の国民はお祭り騒ぎとなっていた。
両国は大きく揺れ、歓喜の表情に沸いていた。
胸を撫で降ろす者、涙に暮れる者、ガッツポーズを決める者。
様々な喜びの感情が爆発していた。
もうこれは誰にも止められない。
それをギルとエリスは笑顔で見守っていた。



その喜びを受けてギルとエリスは人化を解いてドラゴンスタイルに戻っていた。
二人は魔水晶を国民に手渡してホバリングを開始した。
ゼノンも撮影をアリザに任せて、ホバリングを始める。
そして三体のドラゴンが一斉に大空を舞い出した。
神々しい光景が三国に訪れていた。
平和の使者が、平和を祝おうと大空を舞っていたのだ。
神話でも語られない様な勇健あらたかなる風景がそこには広がっていたいたのである。
これを感慨深い思いを胸に抱いて、ルメールの一団とレインの一団とそして『オーフェルン』と『サファリス』の国民達は眺めていた。
やっと百年に及ぶ戦争が終わりを告げたのだと。
苦しい年月が終わりを迎えたのだと。
心が解放たれたのだと。
『サファリス』と『オーフェルン』に平和が訪れた。
ルメールは涙を浮かべていた。
レインは拳を握りしめていた。
魔物同盟国に集まった者達はそれを温かく見守っていた。
北半球に平和が訪れていた。



俺は空に浮かび上がると『集団催眠』の能力を解除した。
もうここからは不要だと思えたからだ。
充分本音は聞かせて貰った。
その想いは受け取られて貰ったと。
さて祝いの儀式を始めようか。

俺は笑顔で声を掛ける、
「首領陣!祝杯を用意しろ!」

「「「「「ハッ!!!」」」」」
首領陣が慌ただしく動き出す。
指示を受けた魔物達が一斉に準備を始める。
次々とグラスが配られていく。
そしてこの日の為に準備されていた、シャンパンが配られていく。
皆が皆、並々とシャンパンを注いでいた。
全員笑顔だ。
ゼノン達も人化して混じってきた。
俺の隣に並んでいる。

「島野様、完了致しました!」
ソバルが俺に告げた。
俺はグラスを上に掲げる。

「平和を迎えた今日この日を祝おう!乾杯!!!」

「「「「「乾杯!!!」」」」」
グラスがガシャンガシャンと幸せの音を奏でていた。
皆の笑顔が眩しかった。
そして次々と声が掛けられていた。

「おめでとう!」

「ありがとう!」

「嬉しい!」

「平和が来た!」

「最高だ!」

「私はこの日を忘れない!」

「幸せだ!」
『シマーノ』『サファリス』『オーフェルン』国を覆う様に金色の幸せな神気が舞っていた。
それは『黄金の整い』で得られる以上の充足感に満ちた神気だった。
世界が金色に包まれていた。
宴会ムードもそこそこに同盟国会議は始まった。
本当は俺は混じる気はさらさらなかったが、どうしても同席して下さいと、ルメールに懇願されてしまったのだった。
断ることもできたのだが、こいつらの現状を慮ると無下にも出来なかった。
しょうがないのでこっそりと末席で見守ろうと思っていたのだが、何故か俺は中心に席を譲られてしまった。
でも極力口を出さない様に努めたい・・・
無理だろうな・・・
はあ・・・やれやれだ。

ここは我先にと弁えたスターシップが音頭を取った。
とても好感が持てる。
ここは英雄に期待したい。
俺はアドバイザーに徹したい。
出来るかな?
出来るよね?
最近気づいたのだが、俺はお節介らしい。
何を今更と言われる覚悟は出来ている。
でもこれが本心なので許して欲しい。
それぐらい自分の事は分かっていないという事だと、達観して見守って下さいな。
ほぼ神と言っても所詮そんなもんなんです・・・



スターシップが口火を切った。
「ルメール殿下、そしてレイン殿下、戦争の終結おめでとうございます」

出席者一同は拍手でこれを迎えていた。
歓迎ムードが辺りを包む。

「さて、ここからは政治の世界となってきます。気を改めましょう」
スターシップの発言に身を引き締める一同。
因みにこの席に同席を許されたのは国王以外は大臣一人だけである。
それはどの国も同じである。
これ以上を許すと発言が多岐に渡り、収取が付かなくなるからだ。
でも魔物同盟国に関しては全首領が出席している、それは公然の事実と受け止められていた。
極稀にクロマルが席を外すことがあるが、それは暗黙の了解と受け止められていた。
というもの、クモマルは俺の陰に徹する事を前提としている事を皆が分かっていたからだった。
本当はそれを許す訳にはいかない。
でもクロマルにとっては魔物同盟国の行く末よりも、俺の陰に徹することが優先されている事なのだ。
それを外の出席者達は当然の事と受け止めていた。
というより、そうしてくれという風潮の方が強い。
それをまじまじと感じて俺は唸ってしまっていた。
これはどうなんだろうか?
有難いのだが・・・ちょっと違わないか?
まあいい。
先に進んでくれ・・・

スターシップが話を進める。
「さて、ルメール殿下、そしてレイン殿下、一応確認させて貰いますが、同盟の仲間入りの意思有ということでよかったんですよね?」
ルメールとレインは同時に頷いた。

「よろしくお願いしたい」

「よろしくお願いします」

「さて、同盟の現状について話をさせて貰おうと思う、因みに私は便宜上同盟国の会議においては議長を務めさせて貰っている、所謂進行役です。私がこの同盟のトップという訳では無い事は強調させて貰いたい」
とは言っても事実上スターシップが旗振り役であることも参加者全員が分かっている。
だがここは平等な立場であることを強調したかったということだろう。
スターシップらしい謙虚さである。

「スターシップ、話の腰を折って悪いが、少し待ってみないか?何度も同じ話をするのも面倒だろ?」

「そんな面倒だなんて・・・でも島野様の仰る通りですね。待ちましょう、少々気が急いてしまったようです」
スターシップは苦い顔をしていた。



時は少し遡る。
ゴンとエルは『魔道国エスペランザ』に向かっていた。
二人は獣スタイルで空を駆けていた。
その光景は神々しく、それを見かけた者達は思わず手を止めていた。
声も出せず、ただただ茫然と眺めていた。
空を駆ける二体の聖獣は、迷うことなく一直線に王城を目指している。
その光景をエスペランザの国民は息を飲んで見守っていた。

王城の入口に差し掛かるとゴンとエルは飛行を止めて地上に降り立った。
護衛の兵士達が慌てて二人に駆け寄る。

「聖獣様、どのような御用でしょうか?」
ゴンは護衛兵を一瞥すると答えた。

「我が主の命に従い、この国の代表者に会いに来ました」
無遠慮にゴンとエルは王城の中に入ろうとする。

「お待ちください!ただいま執り成して参ります!」
護衛兵達は腰が引けながらも二人を止めようとした。
それを見てエルが護衛兵達を一睨みする。

「それには及びませんですの、中に入らさせて貰いますの!」
護衛兵達が二人を押し留めようとする。

「何ですか?邪魔ですよ!あなた達に私達を止められるとでも思っているのですか!」
ゴンに一括されて護衛兵達はたじろいでいた。

「そうですの!時期創造神様の島野様の命にて私達は此方に伺っているのですの、逆らう気ですの?!角で刺してあげましょうか?!」
エルの恫喝にビビると共に、護衛兵達は島野の噂を聞いているのだろう、その名を聞いてに青ざめていた。

「め、滅相もございません!し、失礼しました!」
護衛兵は二人に道を開けていた。
悠然と王城の中に歩を進めるゴンとエル。
王城の中が騒然となっている。
そこかしこで驚きの声が挙がっていた。
王室の前に辿り着くと、大臣と思わしき一団が頭を下げて二人を待っていた。

「聖獣様、お待ち申し上げておりました」
一人の大臣が腰を折って挨拶を行った。

「ふん!邪魔です!どきなさい!」
ゴンは大臣一同を睨みつけた。
その迫力に慄く大臣一同。
場に不穏な空気が漂っていた。
エスペランザの大臣達は『イヤーズ』の一件を伝え聞いている。
聖獣の不機嫌な態度に全員が青ざめていた。

実は『魔道国エスペランザ』からは、守宛てに親書が届いていたのである。
その内容としては、兼ねてから守の噂を聞いており、時間がある時に一度立ち寄って貰えないかとのものであった。
守としては立ち寄る必要も無い為、放置していたに過ぎない。
本当はただ単に面倒臭がっていたことと、何でこちらから伺わなければならないのだと機嫌を損ねていたのである。
大事な話があるのなら他っておけば、勝手に向うからやってくるだろうと、守は高を括っていたのだ。
その経緯を知っているゴンとエルも少々機嫌が悪い。
それに加えて守から王様の鼻っ柱をへし折っても良いぞ、と言われていたのだ。
喧嘩腰になるのも無理はない。
特に礼儀に煩いゴンは王様を締め上げる気満々である。
我が主を呼びつけるとは何様だと、腹の中では怒り心頭なのだ。

それを分かっていない大臣一同を睨みつけるゴンとエル。
数名の大臣は発狂し出しそうな程怯えていた。
エルが頭の角で王室の扉を強引に開いていた。
否、扉を破壊していた。
その有り様に王室から悲鳴が挙がっている。
ずかずかと歩を進めるゴンとエル。
王様の前に仁王立ちするとゴンが高圧的話し出した。

「お前がこの国の王か?」

「は、はい・・・」
国王は余りのゴンとエルの迫力に気圧されている。
見た目としては初老の男性だった。
少し神経質そうな顔をしている。
ちょび髭が小物感を増長していた。
細長の眼が軽薄にも見える。
しかしよく見ると横に控える男性はひと際異彩を放っていた。
先ず身長が高かった、大男とも言える。
引き締まった身体に柔和な表情をした、話の分かりそうな視線を宿した男性だった。

「・・・お前は・・・何で我が主を呼びつける様な親書を寄越したのだ!」
ゴンが凄んでいた。
その様に国王はワナワナと震えていた。
そして大男は国王を一瞬睨んでいた。

「それは・・・」
国王は答えになっていない。

「何様だお前は!回答次第では噛み千切りますよ!」

「そうですの、角で抉って差し上げますの!」
先程の大男が突然国王の腕を捕って、王座から引きずり降ろすと。
ゴンとエルの前にやってきて、土下座をさせていた。

「「申し訳ありませんでした!」」
大男も同様に土下座している。

「家の兄貴が余計な事をした様です、申し訳ありませんでした!」
その発言と行動にゴンは眉を潜める。

「何のことですか?」

「はっ!恐らく大臣の誰かにそそのかされて兄が行った事だと思われます、決して他意は御座いません!」

「ほう、他意なく出来る行動では無いと思いますが?」

「国王の兄は悪い者ではありませんが、一部の大臣を取り立てる癖がありまして、自分で国政を行おうとしないのです、なんともお恥ずかし限りです」

「であれば、あなたが国王に成りなさい!」

「えっ!・・・それは・・・」
この場に守がいたら頭を抱えていたことだろう。
内政干渉はなはだしい出来事である。
ただゴンにとってはそんな事は関係ないことだ。
ゴンは話が出来る相手と話がしたいだけである。
特にゴンとエルはサウナ島での生活が長い為、立場や地位等は意に返さ無いのだ。
ゴンの内政干渉発言に大臣達が騒めく。

「そんな・・・あり得ない」

「嘘でしょ?」

「どうしたら良いんだ?」

「あり得ない出来事だ」
するとそれまで土下座していた国王が徐に話しだした。
何故か少々嬉しそうな顔をしている。

「じゃあそうしよう、そもそも僕は国王なんてやりたくなかったんだ。弟のルミルに王の座を譲るよ」
国王はあっさりと玉座を譲ると言い出してしまった。
その発言に大臣達はあっけらかんとしている。

「では、そうなさい」
ゴンは満足げに頷いていた。
エルも歯茎を剥き出しにしている。

「ちょっと待ってくれ兄貴!そうはいかないだろう?」
流石にルミルが止めに入る。

「いいじゃないか、聖獣様もそう仰っているんだし。そうですよね?聖獣様?」

「そうですの、それでいいですの。そんなことよりあなた達に大事な話がありますの」
そんなことと吐き捨てられてルミルは茫然としてしまった。
そんなルミルの背中を叩いて、兄は満足そうにしている。
その有り様を見る限り、本当に国王には成りたくなかったみたいだ。
一度がっくりと項垂れたルミルは、腹を決めたのか表情を改めてエルに質問をした。

「大事な事とは何でしょうか?聖獣様」
話を受けてゴンが空間から魔水晶を取り出した。

「この魔水晶に我が主からのメッセージが入っています。心して聞きなさい!」
その発言を受けてルミル一同は跪いて、姿勢を正していた。
その様子を確認してからゴンが魔水晶に魔力を込め出した。

其処には心なしか緊張の面持ちの守が立体映像として浮かび上がっていた。
ゼノンの言う通り、大根役者感が半端ない。

「よお!俺は島野だ、どうせ噂とかで俺の事は知ってるんだろう?それで、どうして俺がそっちに足を運ばなければいけないんだ?国王に要らない事を吹き込んだ馬鹿大臣が居るみたいだな。俺の情報網を舐めるなよ」
その発言にひと際肩を震わせている大臣がいた。
それを目聡くゴンがチェックしていた。
後でゴンからお灸を据えられる事確定である。

「それで、ここは寛容な俺はそんな些細な事は無視することにした。感謝するんだな」

「はい!感謝致します!」
ルミルが思わず言葉を発していた。
実に真面目な男である。

「さて、今回家の聖獣達を送り込んだのは、お前達にチャンスを与える為だ。心して聞いて欲しい。俺達は今日『サファリス』と『オーフェルン』の戦争を終わらせる事にした。そして現在『ルイベント』『ドミニオン』『シマーノ』で締結されている同盟に『サファリス』と『オーフェルン』を加える予定だ」

「嘘だろ?」

「あり得ない」

「あの戦争が終わるのか・・・」
数名の大臣達が声を漏らしていた。

「そこでその同盟にお前達は加わる気があるのか?ということだ。返事はこれから一時間以内に家の聖獣に伝える様に、以上だ。新たな仲間に加わってくれることを期待する。じゃあな!」
ここでメッセージは終わった。
王の間は静寂に包まれていた。



一方、ノンは人化したクモマルを背中に乗せて天を駆けていた。
ご機嫌にも鼻歌交じりである。
ノンは大好きなアニメのテーマソングを歌っていた。
そんな呑気なノンをクモマルは呆れ顔で見つめていた。
二人が向かっているのは『イヤーズ』である。
真面目なクモマルは守から与えられた使命を遂行しようと、余念無く頭の中でイメージトレーニングを行っている。
そんなクモマルがノンに話し掛けた。

「ノン兄さん、少々余裕過ぎやしませんか?」

「そんなことないよ、クモマルも歌いなよ。楽しいよ。マジンガーZ!」
ノンのご機嫌は変わらない。

「そんな・・・もういいです」
クモマルは首を振っていた。

「クモマルは相変わらず糞真面目だね、面白くないなあ」

「はあ?ノン兄さんがお気楽過ぎるんですよ」

「そんな事ないよ」

「何でそんなにお気楽なんですか?主からの使命を達成しないといけないんですよ」
クモマルは納得がいかない様だ。

「クモマル、よく考えてごらんよ。今回の使命なんて楽勝じゃないか」

「楽勝ですか?」

「そうだよ『イヤーズ』に僕達は二度に渡って襲撃を行っているんだよ」

「そうですね」

「もうあの国には宗教は無いし、ラファエルも死んだんだよ」

「はい」

「あの国が僕達に逆らう事をすると思う?」

「・・・確かに」

「だから今回の使命なんて楽勝じゃないか」
クモマルは意外そうにノンを見つめている。
案外考えているじゃないかと言いたげな表情をしている。

「あの国はもう傾きかけているんだから同盟に加わるしか生き残る道は無いんだからね」

「そうですね・・・」

「でしょ?さあ、クモマルそろそろ着くよ」
『イヤーズ』の町並みが迫ってきていた。
クモマルは気を改めようと首を振っていた。

ノン達は街のどよめきを無視して、王城にあるベランダに突入した。
国民達は阿鼻叫喚となっていた。
それはそうだろう、これまで聖獣と神獣に二回も襲撃を受けているのだから。
それをノンとクモマルは飄々とした顔で受け流す。
迷うことなくズカズカと進んで行く。
この時クモマルもノンの背から降りて獣化している。
聖獣二体の来訪に王城はパニック状態に陥っていた。
所々で叫び声がする、

「ぎゃあー!」

「フェンリルが出たぞ!」

「アラクネだ!逃げろ!」

「また暴れにきたぞ!殺されるぞ!」
王城でも阿鼻叫喚になっていた。
そんな事はお構いなしにノン達鼻歌交じりに進んで行く。
そして何の抵抗も無く王の間に辿り着いていた。

其処では王様と大臣の一団がブルブルと震えて腰砕けになっていた。
ノンがマイペースに話し掛ける、
「やあ、僕はノンだよ。よろしくね」

「私はクモマル」
国王一同の震えは止まらない。

「王様は誰かな?」
遠慮も無くノン達はずかずかと踏み込んでいく。

「早く答えなさい!」

「誰かなー」
大臣の一団が一斉に国王を指さした。
国王は裏切られたとショックを受けている。
その行動に少しは落ち着いたみたいで、国王は震えが止まっていた。

「わ、私がラズベルト・フィリス・イヤーズと申します、こ、国王で御座います」
国王が前に出てきた。
国王は未だ目に脅えが浮かんでいるが、自分を取り戻した様だ。
そして国王は徐に跪いた。
その光景を見て、しまったと我に返った大臣の一団も後に続く。
ノンとクモマルに全員が跪いていた。
ノンはマジックバックから魔水晶を取り出した。

「主からのメッセージが入ってるから流すよー」
この発言に一同に緊張が走る。

「聖獣様お待ちください、主とは島野様でしょうか?」
ラズベルトが口を挟む。

「それ以外誰が居るっての?分かってるでしょ、いいから聞きなよ」

「も、申し訳ありません!よ、よろしくお願い致します!」
更に場の緊張が高まる。
ノンが魔水晶に魔力を流すと守の立体映像が浮かび上がった。
こちらは上がった様子は無く、力が抜けている。
撮影も二回目となると慣れてきたみたいだ。
だがよく見ると大根役者感はあった。
多少眼が泳いでいる。

「よう!俺は島野だ。家の聖獣と神獣がお世話になったな」
ノンとクモマルがにやけている、世話になったの意味が面白かったのだろう。
だが国王の面々はそうはいかない、数名は身体をビクつかせていた。

「先ず最初に教えておく、お前達の教祖のラファエルは死んだぞ、俺があいつの死に立ち会ったからな」

国王達が呟く、
「そうなのか・・・」

「やはり・・・」

「ですか・・・」

「これで・・・」

「まあ、そんなことは良いとしてだ。今回家の聖獣達を送り込んだのは、お前達にチャンスを与える為だ。心して聞いて欲しい。俺達は今日『サファリス』と『オーフェルン』の戦争を終わらせる事にした。そして現在『ルイベント』『ドミニオン』『シマーノ』で締結されている同盟に『サファリス』と『オーフェルン』を加える予定だ」
誰かが唾を飲んでいる音がした。

「戦争の終結・・・」

「そんなことが・・・」

「同盟・・・」
数名の大臣達が声を漏らしていた。

「そこでその同盟にお前達は加わる気があるのか?ということだ。選択は一択しかないと思うが、返事はこれから一時間以内に家の聖獣に伝える様に、以上だ。新たな仲間に加わってくれることを期待する。じゃあな!」
ここで映像は途絶えた。
ゴンとノンから『念話』が入った。
迎えに来てくれということだ。
準備は整ったみたいだ。
さて、タクシー代わりに成りましょうかね。

「スターシップ、今連絡が入った、迎えに行ってくる」

「はっ!お待ちしております」
スターシップは席から立ち上がった。
それに倣って全員が席を立つ。
魔物達が実に誇らしそうな表情をしていた。

「じゃあ、後でな」
フュン!
ニヒルな笑顔を残して俺は転移した。



先ずはゴン達を迎えに行くことにした。
ゴンの元に転移すると、国王と思わしき者と数名のお付きの者達が跪いて俺を待っていた。
流石は生徒会長兼風紀委員長のゴンだ、躾が成っている。
礼儀に煩いゴンの事だから、こんな事だろうなとは思っていたが、案の定だ。
国王でも締め上げたに違いない。
国王らしき男性がこちらを見上げていた。

「島野様、私はルミル・ノワール・エスペランザで御座います、先ほど王位を継いだ者となります」
はて?先ほど王位を継いだ?

「ちょっと待て、先程王位を継いだとはどういうことだ?」
誇らしそうな表情でゴンが前に出てきた。

「主、それは前の国王は無礼者であり、こいつの方が話が分かると判断した為、その様にすることにさせました」
はあ?ゴンお前何やってくれてんだ?
思いっきり内政干渉してるじゃないか!

「・・・」
俺は困った顔をしていたのであろう。
大臣の一人が助け船を出してきた。

「島野様、ご安心ください。先の王は政治に興味が無く、自らも国王を止めたいと申しておりました。また、我々としても弟のルミル様の方が断然国王になるべきと考えていた所存で御座います」

「そうなのか?」

「はっ!『エスペランザ』は代々長男が国王を世襲する慣習でしたが、これによって不毛な慣習は撤廃出来そうです」
あれまぁ、やっちまったなあ。

「左様で御座います」

「仰る通りかと」

「感謝致します」
他の大臣達も続く。
それを困った表情でルミルが眺めていた。

「ルミル、お前本当にそれでいいのか?」
思わず尋ねてしまっていた。

「・・・こう言われてしまうと私がやるしか無いようです」
ルミルは首を横に振っていた。

「そうか、じゃあお前も腹を決めるんだな!」
ルミルは切り替えの早い奴みたいだ。

「はっ!やってやります!」
やる気の表情に変わっていた。
にしても、ゴンがやる気を出すとなんかちぐはぐになるんだよな。
前にも似たような事がなかったっけ・・・
気の所為か?
まあいいや。

「悪いが人を待たせている、早速転移するがいいか?」

「御意に」
俺はゴンとエル、国王とその一団を連れて『シマーノ』の記念館にある会議室の前に転移した。
ルミル国王とその一団が慄いていた。
初めての転移はこんな物だろう、最早見慣れた光景だ。
直に慣れるよってね。

「入って良いのは、国王と付き人一人までだ、俺は先を急ぐ、ゴン、エル後は任せる」

「はい!」

「はいですの!」
二人の返事を聞いてから、今度はノン達を迎えに行くことにした。
この調子じゃあ、こっちも何かありそうだな。
やれやれだ。
フュン!



ノンとクモマルの所に転移すると何故か大歓迎で迎えられてしまった。
それも国王と思わしき人物と大臣の一団はウェーブを行っている。
当然の様にノンがそのウェーブの中心におり、指揮を執って煽っていた。
その一団の脇でクモマルが頭を抱えていた。
ノンはほんとにふざけている。
やりたい放題だな。
何が楽しいんだろう。

でも実はこれは俺の狙いだったりもするのだ。
『イヤーズ』はこれまでの他国とは違い、今や存続の危機を迎えている国だからだ。
暗くて当然だ。
少しでも明るくしたい。
それぐらい宗教の解散はインパクトがデカかったのだ。
ラファエルが居なくなったことで、インフラも使用を制限しているとクモマルからは報告を受けていた。
まだラファエルに遠慮があるのだろう。
それぐらい洗脳から抜け出せたとしても、影響は残り続けるということだ。
実際国の大半をラファエルが支配していたのだから。
それに洗脳が解けたと言っても、その後遺症はあるものだ。

その為、国の重鎮達は半端なく落ち込んでいるだろうと考えた。
であればノンぐらいのお調子者が騒ぎ立てるぐらいで丁度良いと思ったからだ。
ここは気分を変えようということだ。
実際吹っ切れたのか、国王達は嬉しそうにしている。
笑顔が溢れていた。

「島野様!お待ち申し上げておりました!」

「歓迎致します!」

「遂に御尊顔を見ることが叶いました!」
何とも奇妙な歓迎を受けてしまっていた。

「分かったからもう止めろ!そこまでだ!」
ノンが食い気味で突っ込んだ。

「ええー、もうちょっとやろうよー」
物足りないのかそう言っていた。

「駄目だ、それよりも少し話をしよう。いいか?」
動くのを止めた一団は俺に向き直った。
数名が跪こうとしたのを俺は手を挙げて制した。
この国はさっさと行こうかという訳にはいかない、全く事情が違う。

「メッセージでも伝えたが、ラファエルは死んだ。そのことで国に混乱が有ると思うがどうなっているのか説明して貰えないか?」
大臣の一人であろう初老の男性が前に出てきた。

「島野様、私し『イヤーズ』の内務大臣をしております、ケレスと申します」
ケレスは仰々しくお辞儀をしていた。

「そうか」

「私しめがご説明させて頂きます」

「分かった」
俺は頷いた。

「教祖の行方が分からなくなってからおよそ半年になります、死亡した事は先ほど存じ上げました。教祖が所有していた財産や土地は今後国が管理することになりますが、問題はインフラになります」

「というと?」

「死亡した事により、土地や貨幣に関しては国が接収することが可能ですが、契約魔法の契約を基に造られた上下水道や、馬車の定期便や魔道具等の利権は国が接収することが出来ないのです」

「それは契約魔法で縛られているからということか?」

「そうなります、契約魔法はその内容にも拠りますが、契約者本人が死亡した際の覚書が無ければ永久的に権利が行使されます。教祖と結んだ契約では死亡した際の覚書は締結されておりませんので」
なるほどな。

「であれば契約魔法を無効化すればいいじゃないか?」

「それを出来る程の腕前の魔法士が『イヤーズ』にはおりません」
ここはゴンの出番だな。
先程はやらかしてくれたから働きなさいよ、ゴンさんや。

「大丈夫だ、家の聖獣で契約魔法が得意な者が居る、その契約は破棄しよう」
この発言に国王一同がざわつく。

「おお!それは!」

「何としたことか!」

「これで国が復興出来るぞ!」

「ああ・・・やっと解放される」
ノンがへらへらと前に出てきた。

「よかったね!」

「おお!ノン様!」

「ありがとうございます!」

「嬉しいです!」
そんなノンを理解不能と無表情でクモマルが見つめていた。
俺が来る前に何があったっていうんだ?
まあいいだろう。

「ということだ、他に問題はあるか?」
ここで国王が前に出てきた。

「申し遅れました、私は『イヤーズ』の国王、ラズベルト・フィリス・イヤーズと申します」
少し草臥れた印象を受ける男性だった。
これまでラファエルには洗脳されたり、無理難題を押し付けて来られたのだろう。
その表情に苦労が滲み出ていた。

「そうか」

「島野様には感謝しかありません、ラファエルから救って貰い、その上この様なご処置まで・・・『イヤーズ』の国民を挙げて感謝致します!」
そう言うとラズベルトは跪いた。
それに倣って他の者も跪く。

「私共はあなた様に従います!何なりとお申し付け下さいませ!」
勘弁してくれよ、もういいってそういうのはさ。

「止めてくれ!もうそういうのは要らない、充分足りてるから!」

「いえ!そんなことはおっしゃらず!」

「そうです!遠慮しないで下さい!」

「何なりと!」
こいつら・・・分かってないなあ。

「そうじゃなくて・・・あーもう!お前達はやっとラファエルの支配から逃れられたんだろう?ここからが大事なんだろ?俺のことなんて構ってちゃいけないだろうが!国を立て直す必要があるだろうが!」

「それはそれです、それに同盟を結べれば国の立て直しは可能です」
くそぅ、胡麻化せれなかったか。
なかなか食い下がってくれなさそうだな。

「じゃなくてさ・・・崇拝とか忠誠とか、そういう物から一端距離を置いたらどうなんだ?」

「それは・・・」

「確かに・・・」

「盲目になっておりましたな」
やったか?
ケレスが立ち上がって狼煙を挙げた。

「否!島野様、失礼ながら申し上げます!我等は偽の神を崇拝していた身ではあります、しかしながら我々はそれを知っているからこそ、本物を分るのです!忠誠を誓わせて下さい!」
この発言で風向きが変わってしまった。
この野郎!・・・はあ・・・しょうがないか・・・

「そうです!本物万歳!」

「我が忠誠を捧げます!」

「真なる神!」
ここでこれまで控えていたクモマルが前に出てきた。

「お前達!いい加減にしなさい!我が主が困っているのが分かりませんか!それぐらいになさい!それよりもお客様がお待ちです、先を急ぎましょう」
おお!クモマル!良い仕事するねー!
グッジョブだ!

「と言う事だ、俺の事はどうでもいいから『シマーノ』に行くぞ!同盟に加入出来るかはお前達次第なんだからな、分かっているのか?」
不意に会場に沈黙が流れた。

「・・・」

「と、いいますと?」

「えっ!」
そうか!
こいつらも知らないんだった。
あー、もう面倒臭いなあ!

「あのなあ、教えておくけど『サファリス』と『オーフェルン』の戦争を引き起こしたのは、何を隠そうあのラファエルなんだぞ」

「「「ええーーー!!!」」」
驚きを隠せないみたいだ。
中には仰け反っている者もいた。

「今は『サファリス』と『オーフェルン』は終戦を迎えて歓迎ムードだが、事の次第によっては、お前達は戦争の責任を問われる可能性があるんだからな、分かっているのか?とても重要なことなんだぞ」

「・・・そうだったのか」

「知らなかった・・・」

「嘘でしょ」
全員茫然としていた。
やっと現状を理解できたみたいだ。
話しておいて良かったー、何もせず乗り込んでいたら終わっていたな。

「だから入らせて欲しいからと言って、同盟国に成れるとは限らないんだぞ。いい加減気を引き締めろ!」
そう言う俺にノンが割って入った。

「大丈夫だよ、主が居るからさ」
ノンさんや、勝手な事を言わないでくれるかな?
何でも俺に任せるではいけませんよ。

「ノン兄さん!いい加減にして下さいよ!」
クモマルは気合が入ってるなー。

「何言ってるのさ、クモマル、主に策がない訳ないでしょ?」
この野郎!・・・はあ・・・もういいや。
先回りされるのって、なんか無気力になるな。

「そうなのですか?我が主?」

「まあ・・・無い事は無い・・・」

「ほらね」
ノンは勝ち誇った顔をしていた。
なんかノンの奴、変な所で神様ズに似て来てないか?
驚きの表情でクモマルが俺を見ていた。

「いいから行くぞ!良いな!」
不安を隠せない表情で『イヤーズ』の一同は俺を見ていた。

「返事は?!」

「「「「「はい!!!!!」」」」」
俺は一同を伴って『シマーノ』に転移した。



『シマーノ』にイヤーズの一団を従えて戻ってくると、そこにはクロマルが控えていた。
何時もの如く跪くクロマル。
忍者スタイルは変わらない。

「島野様、ご報告があります」
クロマルは眼も会わせない、忍者スタイルは徹底されている。

「どうした?」

「ダイコク様とポタリー様がお越しです、今は別室で控えて貰っておりますが、如何なさいましょうか?」
おっと!ダイコクさんは未だしも、ポタリーさんまで来るとはな。
少々以外だ。
でも北半球の行く末が気になったんだろう、あの人も慈悲深い人だからね。

「そうか、会いに行こう」

「はっ!仰せの儘に」
俺は『イヤーズ』の一団に声を掛けた、

「ちょっと急用が出来たみたいだ、一先ず国王とお付きの者は一人だけ中に入っていてくれ、他の者達は好きにしてくれていいぞ」
ルミルが答える。

「承知しました」
俺はクロマルとダイコクさん達が控える別室に向かうことにした。



別室に着くと我物顔のダイコクさんが寛いでいた。
ポタリーさんはそんなダイコクさんを残念そうに見つめている。

「お二人も来たんですね?」

「それはそうやで、来ん訳にはいかんがな」
いつものひょうきんな顔で答えていた。

「旦那、すまないね。あたいもどうしても気になってね」
それはそうだろうな。

「ちょうど出揃った所です、行きましょうか?」
ダイコクさんが姿勢を正した。

「ちょっと待ちいな、島野はん、あんた何を考えとんねん」

「というと?」

「『イヤーズ』やがな、あそこまで同盟に交じる必要があるんかいな?」

「旦那、あたいもそこが気になってねえ」
なるほどな、言いたいことは分かる。

「必要はありますよ」

「どういう事やねん」
ポタリーさんも前のめりになっている。

「ここで戦争の影を全て払拭する為には『イヤーズ』の参加無くしては始まらないですよ、終戦したとしてもまだまだ禍根は残っています。それにここでラファエルの件の後始末を終わらせたいんですよ」

「・・・」
二人は無言だった。

「戦争の原因がここに来て詳らかになりました、原因はラファエルです『イヤーズ』は見方によってはこれに加担した事になります」

「そうやな」

「責任を問われかねないねえ」

「そう思われる節はあるでしょう、でもそれは百年以上前に居た者達であって、その子孫までそこに加えるのはおかしいでしょう?」
二人は顔を見合わせていた。

「それにここでラファエルのやったことを全部清算しておく必要があると俺は考えています」

「旦那、言いたいことは分かるが、旦那は何であのラファエルのケツまで拭こうってんだい?」

「それは・・・」
何でと言われてもなあ・・・
何でだろう?
こう言っては何だが、俺もあいつも似た者だと思う処があるからだろうな。
変な友情みたいなものが生れてしまったしね。
それに俺は『イヤーズ』をラファエルに託されたと感じていた。
迷惑この上ない話なのだが。
まあここは俺はとびっきりのお人好しということにしておきましょうかね?
そんな事を言ってもこの二人には分からないでしょうし。

「創造神に成る為にはこれは避けては通れない道だからです、それに俺はラファエルの最後に立ち会いました。あいつも何だかんだ言っても良い死に顔をしてましたよ」

「はあ・・・旦那って人は・・・」

「島野はん・・・何やねん」
二人は呆れた顔で俺を見ていた。

「俺はお人好しって事ですね」

その後気分を変えたのか、
「しょうがない、旦那の言う事だ。あたいは信じるよ」

「まあええわ、なる様になるやろ」
二人も同盟国に関する会議に参加することに成った。
さて、どうなることやら。

会場に足を踏み入れると場内は緊張感に満ちていた。
特に『サファリス』と『オーフェルン』そして『イヤーズ』の代表者達の表情は硬い。
それを分かってかスターシップも困った表情を浮かべていた。
俺は中央の席に座り、ダイコクさんとポタリーさんは末席に控えていた。
口は挟まないということだろう。
俺だけ中央に位置している事に少々違和感を感じるのだが・・・
まあ良いだろう。

さて、これは雰囲気が良く無いな。
ここは一つ腹でも満たしましょうかね。
腹が満たされれば気分が変わるってね。
先ずは流れを変えよう。
それに限るな。

「ソバル、オクタに通信用の魔道具を繋げてくれ」

「はっ!」
俺は勝手に仕切り出した。
ソバルは胸から通信用の魔道具を取り出して俺の脇に控える。

「オクタで御座います」
オクタと繋がったみたいだ。
俺は横から話し掛ける。

「オクタ、俺だ」

「島野様!お待ち申し上げておりました」

「そうかオクタ、ひつまぶしを人数分頼む、人数はクロマルに聞いてくれ。例のタレを使ってくれていい」
オクタの逡巡が間を留めた。

「島野様・・・本当に宜しいので?・・・」

「ああ、構わない」
一瞬間を置いてから返事があった。

「畏まりました、少々お時間を頂きます」

「オクタ、頼んだぞ」
このやり取りを全員が息を飲んで聞き入っていた。
そしてダイコクさんが口を挟む。

「島野はん、例のタレって・・・まさか・・・」
俺はほくそ笑んでいた。

「そうです、遂に完成しました!」

「おおー!ほんまかいな!ボン!これは一大事やで、あのエンシェントドラゴンの為に島野はんが長年を掛けて開発して出来上がった、伝説の鰻のタレやで!」
スターシップが机を叩いて立ち上がる。

「嘘でしょ!やったー!」
おいおい、スターシップさんや、あんたそんなキャラだったかい?

「なんと!」

「遂にですか?」

「伝説のタレ!」
妙な興奮が場を支配していた。

これはしめしめだ。
俺は有頂天になってタレの開発の苦労話をした。
場繋ぎにはちょうどいいだろう。
全員が話に聞き入っていた。
そしてベストタイミングでオクタがお重を持って現れた。
やるなオクタ、流石は料理長だ。

会場は拍手でオクタ一同を迎え入れていた。
それに一瞬戸惑うオクタ。
しかし気を取り直すと料理長の顔に変わり、給仕をすると共に、食事の仕方を教えていた。
ひつまぶしは鰻重とは違うからね。
最後のお茶漬けは絶品なのだよ。
出汁には鰻の骨と頭のエキスも含まれているからね。
最高の一品であるのだよ。
ひつまぶしを食べた者達から、そこらじゅうで声が挙がっている。

「幸せの味!」

「このタレは・・・甘さの奥に味の深みを感じる」

「山椒掛け過ぎた!クシャミが止まらん!」

「鰻とはこんなに美味しい魚だったのか・・・」

「身がフワフワして旨い!」

「焼き目の皮がパリパリして最高だ!」

「無茶苦茶旨い!」
オクタがしたり顔をしていた。
よく分かるぞ、うんうん。
どうやら場の雰囲気が変わったみたいだ。
しめしめだな。

全員が幸せそうな顔をしていた。
俺はスターシップに眼で合図を送った。
場は温まったみたいだ。
さて、会議を始めようか。

「皆さん本当に美味しかったですね。ではここからは同盟国に関する会議を始めます。既に会議の参加国の代表者達の挨拶は済んでおります。先ずは現在の同盟に関する概要を説明させて頂きます、宜しいでしょうか?」
全員が無言で頷く。

「現在の同盟ですが、加盟国は『ルイベント』『ドミニオン』『シマーノ』となります『ドラゴム』に関しては『シマーノ』の延長線上であると考えてください」
アリザが手を挙げた。

「アリザ殿お願いします」

「『ドラゴム』は魔物の国です、そして元は『シマーノ』に住んでいた魔物達が大半です。我等リザードマンは『シマーノ』と友誼を結んでおります。それに転移扉で繋がっており交流は頻繁に行われています。従って『ドラゴム』は『シマーノ』の一部と考えて貰って宜しいかと、ゼノン様にも了承は頂いております」
ケレスが手を挙げる。
スターシップが手を向けて発言を認める。

「失礼、転移扉とは何でしょうか?」
その発言を受けてソバルが答える。

「ケレス殿、転移扉とはその名の通り転移出来る扉のことじゃ、その扉を開ける事は神様にしか出来ぬことじゃ」

「何と・・・そんな伝説の神具が存在したのですね」
スターシップが説明を加える。

「現在転移扉を所有し、繋がっているのは、『シマーノ』と『ドラゴム』そして『ルイベント』と『ドミニオン』に限られている。因みに『ルイベント』と『ドミニオン』は国王間を繋ぐホットラインとして使用しています。そして『シマーノ』にある転移扉は南半球にある島野様一同が開発された『サウナ島』と繋がっている」
この発言に初参加国の者達がどよめく、

「嘘だろ?南半球とだって?」

「島野様一同の島?」

「考えられない・・・」

「あり得ない・・・」
一部の者達はざわついていた。
そしてそれを魔物達がドヤ顔で眺めていた。

「ネットワークの現状はこの通りです」
スターシップが纏める。
初参加の代表者達は驚きと共に唖然としていた。
狐に摘ままれたかの様になっている者もいた。
始めて転移扉の存在を知った時には大体こんな反応だよな。

「さて、ここで躓くわけにはいきませんよ、気を引き締めて下さい」
その言葉に初参加の代表者達は表情を改めた。

「次に同盟の内容に関してですが、メインは文化交流と技術交流となります。特に『シマーノ』には高い技術力と洗練された文化があります。そして何より娯楽に溢れています。我らは学び、その恩恵を受けております」

「ですね『シマーノ』には頭が上がりませんよ」
ベルメルトも続く。

「いやいや、その技術力も文化も娯楽も、我等は島野様や島野一家、南半球の神様方に学ばせて貰っただけのことです、感謝すべきはその様な機会を与えてくれた島野様かと存じます」
プルゴブが嬉しそうに語った。

「そうだな間違いない」
コルボスも続く。

「おそらく今後もこの技術交流と文化交流は盛んになると思われます。現に『ルイベント』も『ドミニオン』も文明化の波が押し寄せて来ていますからね。暮らしが便利になったと国民達の満足度は鰻登りですよ、鰻と言えば先程の鰻は本当に美味しかった・・・これは失敬、次に国家防衛に関する条約も結んでいます。これは軍事的な侵攻を受けた際に相互に協力してこれに当たることになっています。これは今回の一件で不要になるかと思われますが、それは時期早々と考えられます。いつ何時我々は争いに巻き込まれるか分かった物ではありませんからね」
流石はスターシップだ、分かっているな。
この考えは妥当だろう。
他の参加者も頷いていた。

「そして細かい所では犯罪に関する取扱いですとか、通貨に関する物であったりとか、物価に関して等、多岐に渡って行っております。そして毎月会議は開催され、各国議題を持ち寄り協議を行っております」

「開催地は殆ど『シマーノ』なんですけどね」
ベルメルトが嬉しそうに言っていた。
ルミルが手を挙げた。
スターシップが頷いて発言を許す。

「どうして開催地は『シマーノ』なのでしょうか?」

「ハハハ、簡単な事ですよ『シマーノ』には娯楽が溢れていますし、タイミングが合った時には『サウナ島』に行けますからね」
ベルメルトが当たり前の事と発言する。
タイミングが合った時とはその儘の事で『シマーノ』に神様が居た時には帰る時に同行を許されていたからだ。

「なるほど」
ルミルが頷いていた。
スターシップが先を進める。

「そして議題の採決についてですが、同盟では満場一致を持って可決とすることがルールです、一人でも否決した場合、それは合意には至りません」
初参加者達は唸っていた。
その表情を見る限り納得しているみたいだったが、それと同時に大丈夫なのかと不安の表情も浮かべていた。

「後は毎回会議は議事録に残し、全員の押印で持って完了としています。そしてその議事録は同盟国の国民全員が観覧可能です。今後は抜け漏れが無いように魔水晶にて撮影を行おうということになっています」
今では魔水晶は結構な数が揃っている。
というもの『ドミニオン』の鉱山の採掘場にて、たくさんの魔水晶が発掘されたからだ。

「大体の概要はこんな所になりますが、ここまでで質問はありますか?」
全員が押し黙って周りを見回していた。
ラズベルトが遠慮気味に手を挙げた。
スターシップが手を挙げて発言を許す。

「それは同盟に加入するにも全員一致の可決が必要ということでしょうか?」

「そうなりますね」
この回答にラズベルトとケレスが凍り付く。

「ちゃんと同盟に加入したい動機や想いなどを発言する時間はしっかりと設けます、是非思いの丈をぶつけてみて下さい」
ラズベルトは天を仰いでいた。
その隣でケレスは項垂れていた。
それを見て『サファリス』と『オーフェルン』の代表者達は何とも言えない表情を浮かべていた。

「他にはどうでしょうか?」
ルミルが手を挙げた。
スターシップは頷いて発言を許した。

「同盟に加入するには条件はありますか?」
妥当な質問だな。

「特に設けてはおりません、どの国でも加入は可能ですが、同盟国の満場一致の可決は必須です」
ルミルは頷いていた。

「他にはどうでしょうか?」
スターシップは全体を見まわした。
どうやら質問は無さそうだ。

「さて、先ずは同盟国に加入をする意思があるのかを新規参加国に問わせて頂きます、宜しいでしょうか?」
初参加国の代表者達が一斉に頷く。

「では『サファリス』国の代表者、同盟に参加する意思はありますでしょうか?」
レインが立ち上がる。

「参加させて頂きたいと存じます!」
その発言を受けて同盟国は拍手で迎えていた。

「ありがとうございます、次に『オーフェルン』国の代表者、同盟に参加する意思はありますでしょうか?」
ルメールが立ち上がった。

「是非参加させて頂きたいと思います!」
こちらも拍手で迎えられていた。

「続いて『エスペランザ』国の代表者、同盟に参加する意思はありますでしょうか?」
ルミルがガバっと立ち上がる。

「勿論です!よろしくお願い致します!」
その真摯な態度に数名の魔物達は頷いていた。
こちらも拍手で迎えられていた。

「最後に『イヤーズ』の代表者、同盟に参加する意思はありますでしょうか?」
ラズベルトが緊張の面持ちで立ち上がった。

「どうぞよろしくお願い致します!」
しっかりとお辞儀をしていた。
そしてこちらも拍手で迎えられていた。
ラズベルトは頭を下げたままの姿勢でその拍手を受け止めていた。



ここで一旦小休憩となった。
要は初参加国に時間を与えようとする配慮だ。
小休憩時にはおやつが配られていた。
内容は多岐に渡っているが、一番人気が高いのはポテチだった。
リザオとアリザが嬉しそうに食べていた。
次に人気なのはチョコレートだった。
甘い物が好きなアラクネ達には欠かせないおやつである。
そしてこちらも甘い物好きなマーヤが、ニコニコ顔でチョコレートを食べていた。
ソバルとプルゴブは大福が好きな様子。
二人で仲良くこの味が良いとかこちらの味が良いとか話しているのをよく耳にする。
オクボスとコルボスはせんべいを頬張っていた。
実に『シマーノ』は食の宝庫となっている。
北半球一と言ってもいいだろう。
何より魔物達は勉強熱心なのだ。
最近では魔物達が『エアーズロック』のフードコートで働いている所を見かけるぐらいだ。
南半球で学び『シマーノ』にその調理法を持ち帰っているのだ。
オクタ料理長もあの大将のダンが認める腕前になっている。
そしてその技術が『ルイベント』や『ドミニオン』に受け継がれていく。
同盟はこの様にして機能しているのである。

初参加国は別室を与えられ、入念な打ち合わせを行っていた。
おそらく準備されているおやつにも手を付けていないだろう。
特に『イヤーズ』の二人は悲壮感に満ちた表情をしていたからな。
他の大臣達も巻き込んで喧々諤々とやっているのだろう。
そして早くも一時間が経過していた。



初参加国の代表者達が集められた。
此処からはプレゼンの時間となる。
各国が思いの丈をぶちまけてくれるだろう。
熱意ある時間を期待したい。



最初は『オーフェルン』国だった。
ルメールが緊張の面持ちで立ち上がった。

「最初にこの様な機会を頂き島野様始め、皆様には感謝を述べたい。本当にありがとう御座います」
頷く一同。

「我が国は長年に渡り戦争を続けて参りました、本当に苦しかった。もう二度と戦争なんて繰り返したくない。島野様は仰った、戦争相手を憎むのではなく、戦争そのものを憎めと・・・始めは何を言っているのか理解出来ませんでした。でもその言葉を何度も何度も心の中で反芻し、その言葉の意味を、その言葉の想いを受け止めることがやっと出来たのです・・・」
ルメールは一度涙を拭った。

「すまない・・・余りに心を打たれたんだ。私はこの言葉を一生忘れない。この想いを胸にこの先の人生を歩んで行こうと思います」
プルゴブが感動したのか拍手をしていた。
釣られて数名が拍手を送っていた。

「ありがとう・・・そして長年に渡る戦争は国力を奪い、国民の笑顔を奪った、今の我々は自らの力で立ち上がる程の力を有していないのが嘘偽らざる現状です。救って欲しとまでは言わない、でも手助けして欲しい。国民は自らの意思で戦争を終わらせるという選択をしました。長年の恨みを捨てて前に進むと、どうか同盟の仲間入りを許可して欲しい。恥ずかしげも無く言わせて貰います、私と我が国の大臣達では復興にどれだけの時間が掛かるか分からない。是非我が国民達の為に力を貸して欲しい!」
お付きの大臣も立ち上がり頭を下げていた。

「簡単ではありますが、以上となります。よろしくお願い致します!」
ルメールは深々と頭を下げていた。

一つ頷くとスターシップが参加者に問いかけた、
「ルメール国王、ありがとう、さて、同盟国の皆さん、質問は御座いますでしょうか?」
プルゴブが手を挙げた。

「ルメール殿下、素晴らしかったですぞ。それに島野様の金言・・・胸に染みますなあ・・・」
これに魔物達が頷く。

「してルメール国王、実は『シマーノ』はクロマル殿を始め優秀な暗部がおる、その暗部から『オーフェルン』の現状は報告を受けておってな、貴国には儂は農業を広めたいと考えておるが如何かな?」

「おお!左様で御座いますか?」
ルメールは一気に興奮する。

「島野様はかつて仰られた、何よりも腹が満たされれば人は前を向けると、そうは思わんかな?」
云々と頷くルメール。

「幸いアイリス様という農業の専門家から儂ら『シマーノ』の魔物達は農業の技術指導を受けておる。良質で美味しい野菜は心を豊かにする。終戦間もない貴国にはこれが一番必要と儂は思うのだが」

「有難き申し入れ!是非ご教授下さい!」
ルメールは今にも泣き出しそうだった。

「プルゴブ殿・・・気が早すぎますよ・・・」
流石にスターシップが止めに入る。

「いやー、スターシップ殿下。これはすまん!気が急いてしまったようだ!ナハハハ!」
プルゴブは実に簡単だ。
守が褒められればそれだけで有頂天になるからだ。
先が思いやられるとため息を付きそうになるスターシップだった。

「他には質問はありますか?」
魔物達は全員プルゴブと同じ想いであることがその表情で分かる。
結局魔物達は守が全てである事に変わりは無いのだ。
その様子を気だるそうに守は眺めていた。
出来レースだなと。
ソバルが手を挙げる。

「伺いたい、『オーフェルン』と『サファリス』は元はとても親しき間柄であったと聴いておるが、実かな?」
ルメールが答える。

「その様に聞いております」

「それを示す様な文献とか歴史的な証拠などはあるのじゃろうか?」

「それは・・・恐らくは破棄されているかと思われます。しかし、王族や貴族の中には先々代前の親が婚因関係である間柄であったことは間違いはありません」

「なるほど・・・それが証明となるのか・・・国民達はそれを知っているのじゃろうか?」

「おそらくは大半の国民は知っている事かと存じます」

「ありがとう、ならば良いのじゃ」
ソバルは頷いている。
おそらくソバルの意図は、元は親しい間柄をあることが両国間を結び付ける切っ掛けになると考えたのだろう。
ソバルならではの視点と言える。

「他にはよろしいでしょうか?」
一同は静まり返った。

「では採決に移りたいと思います、『オーフェルン』国の同盟入りを認める者は挙手を願います」
ルメールは緊張でガチガチになっていた。
思わず目を瞑ってしまっていた。
そして目を開けるとそこには満場一致で挙手の手が挙がっていた。

「やった・・・やったぞー!」
ルメールの歓喜が響き渡る。

「おめでとう!」

「おめでとうございます!」

「これで仲間じゃな」
賛辞が響き渡った。
気が抜けたのかルメールは膝を付いてしまっていた。
それをオクボスが駆け寄って支えた。
そしてオクボスはルメールの手を掴み天へと掲げた。
拍手喝采が巻き起こっていた。
レインは青ざめていた。
国王とは言っても彼はまだ幼い。
否、そう言ってしまっては失礼かもしれないが、まだまだ政治を知らないし、人生経験が乏しいのだ。
齢一五歳にして国王に即位してからまだ三年も経ってはいない。
先の国王は病気がちであり、四十歳を迎えることなくその生を遂げてしまっていた。
それに彼には外交の経験も無ければ、政治の手腕も学び始めたばかりと言っても過言では無いのだ。
これまでは政治や外交に関しては、大臣達が替わりを勤めてきた。
この様な大舞台は全く経験が無いのだ。
でもここは国王が話をしなければならない。
国の最高責任者のみが発言を許されているのだから。

それでも彼は立ち上がる。
意を決して。
遂に得たチャンスである。
次の機会など無い事はよく理解している。
振える膝を気合で封じ込め、鳴りそうな歯を無理やり閉じ込めていた。
そこに不意に声が掛けられた。

「レインだったよな?」

「え?」

「緊張するなってのが一番堪えるよな?」

「はあ・・・」

「こういう時はな、複式呼吸をするといいんだぞ?オクボス、教えてやってくれ」
声の正体は守であった。
余りに拍子抜けした声のトーンだった。
間を外れたかの様にスターシップは感じていた。
彼は直ぐにでも会議を再開しようとしていたのだから。
オクボスは喜び勇んでレイン国王に複式呼吸を教えていた。
何が始まったのかと他の参加者達も興味深々で聞き入っていた。

「ほれ、全員でやってみろよ」
また守である。
完全にペースを持ってかれてスターシップは困った表情を浮かべていた。

突如始まった複式呼吸教室に場は可笑しな雰囲気になっていた。
セミナーでも開催されているかの様な風景であった。
でもこれを初参加組は喜んで受けていた。
どんどんと心が落ち着いてきたことを体感しているのだろう。
緊張で凝り固まっていたレインも、解れて来て自然な笑顔になっていた。
そして頃合いと見るとスターシップが声を掛けた。

「さて、皆さん。そろそろ緊張も解れてきたことでしょう、会議を再開させて頂きます」
会場は不思議な一体感に包まれていた。



レインは一度きつく目を瞑り、顔を両手で覆うと大きく目を見開いた。
先程までの怯えたレインはもういなかった。
何かを覚悟した成年がそこにはいた。

「ではレイン国王、よろしくお願いします」
スターシップが促す。

「私は・・・否、僕は・・・まだ国王として余りに幼い事は承知しています。経験値も威厳も全くありません。僕には・・・国を動かす程の指導力も発言力もまだありません。でも僕は国王だ。僕の言葉は国の代弁であり、国の総意であります。言葉足らずであったらごめんなさい。僕は戦争が終われたことを本当に嬉しく思っています。だって、何で人が憎しみあう必要がどこにあるか?同じ人だよ?でも先祖の恨みは晴らさないといけないと大臣達からは何度も聞かされてきたから・・・言いたいことは分かる。僕のお爺さんは、先代の恨みを晴らさないといけないと毎日言っていたから・・・どうして戦争なんて起るんだろう?何度も何度も考えてきたことだった。そして今日やっとその答えが分かった、正直ほっとしてしまったんです。だって国の意思として戦争が起こった訳ではないと知ったから。であれば『サファリス』は変わることが出来る。今よりもより笑顔溢れる国になれる、僕は確信しています『サファリス』の国民は平和を愛する者達だと、だって国王の僕がそうなんだから・・・ごめんなさい、やっぱりまだ上手く話せないや」
レインは頭を掻いていた。

「否、その心意気や良し!俺は応援するぞ!」
オクボスが宣言してしまった。
これに頭を抱えるスターシップ。

「俺もだ!」
今度はコルボスが言い出した。
こうなると止まらない。

「私も!」

「儂も!」

「儂もじゃ!」

「私は影・・・」
一人おかしな奴がいるが無視して良いだろう。
実に魔物達は人情深いのだ。
これは守の影響であるとしか言い様がない。

「もう、分かりました!採決を取ります!」
少々投げやりな気分になったスターシップだった。

「『サファリス』国の同盟入りを認める者は挙手をお願いします」
満場一致で手が挙がっていた。
それを感極まる想いでレインは眺めていた。
初めての外交で最高の成果が出たのである。
隣に並ぶ大臣は涙を流していた。
周りを憚ることなく嗚咽を漏らして。



ルミルは先程覚えた複式呼吸で深く息を吸い込んで、長く息を吐き出した。
其れと同時に集中する自分を自覚していた。
良し!
心の中で決意を固め、席を立ち上がった。

「魔道国『エスペランザ』ルミル国王、よろしくお願い致します」

「はい!」
ルミルは大きく返事をした。
それだけでこの者が好感の持てる者であることが参加者達には伝わっていた。
こうなると既に結果は見えていた。

「私は魔道国『エスペランザ』のルミルです、どうぞよろしく!」
大声が響き渡る。

「実は私は数時間前に国王に成りました!」

「何と?」
思わずベルメルトが答えてしまった。
スターシップから視線を向けられてしまったと口を噤むベルメルト。

「というのも、先の王は私の兄でした。兄は全く国政に興味が無く、政治も大臣に任せてばかり、悪い人間ではないのですが、余りに国王という立場に向かない者でした。でも言っておきますと、兄は絵画の才能は素晴らしく、兄の描く絵画は一見の価値はあると思います。もし機会がありましたら、兄の絵画を見てやってください」
この話で先の国王が悪い者では無い事は伝わったみたいだ。
ちゃんと兄を立てるルミルに感心する者もいた。

「さて、そんな兄では心元無かったのでしょう、九尾の聖獣様が話の分かりそうな私が国王になりなさいといきなり振られてしまったのです。急な話で無茶苦茶驚いてしまいました」

「ゴン様らしいのう」
プルゴブが呟いた。

「まさかの展開に驚きを隠せませんでした、大臣達からも、そもそもそうあって欲しかったと言われてしまい。実は少々嬉しくもありました」
ルミルは頭を掻いて照れていた。

「国王に成りたかった訳では無いのですが、頼られている様で嬉しかったのです」
素直なルミルにソバルは笑顔になっていた。

「さて、こうなってしまっては国王としての最初で最大のミッションを達成しなければならない、でも私に出来ることは限られている。ここは嘘偽ることなく本音を語る事と考えています。皆さんであれば私の本気を受け止めて貰えると勝手に考えています」
数名が頷いていた。

「本音を言います・・・無茶苦茶同盟に入りたいです!だってそもそも同盟を知っていたし、どうやったら入れるのかをずっと考えていたんだから!『ドミニオン』が羨ましかった!だってある日突然島野様御一行が現れて、馬鹿貴族共を一掃し、国を綺麗にしてくれただけでなく『シマーノ』や『ルイベント』と同盟を結んだって聞いたんだから!」
この発言に守は苦い顔をしていた。

「羨ましくもなるってもんでしょ?間違っていますかね?だって島野様はもう噂の絶えない神様だし、早く会いたいとずっと熱望していたのだから・・・そしてやっと会えた。遂に私達はこの日を迎えた、同盟よりも何よりも私は島野様と出会えた事が嬉しい!」
これは不味いとスターシップが感じるよりも先に、魔物達が動いてしまった。

「ルミル殿下!その気持ちはよく分かる!」

「そうじゃ!よいぞ!」

「正解だな!」

「分かっているね!」

「そうであるに決まっている!」
魔物達の賛辞が始まってしまった。
実にルミルは策士であった。
こうなることを分かっての発言だったのだから。
魔物達の守に対しての絶大とも思える信仰心を煽ることが正解であると、先の二国のプレゼンで分かっていたのだ。
これも一つの処世術である。

スターシップも分かってはいた。
此処を抑えられたら取り返しがつかないと。
でもそれを止められる状況にはない。
それを止めようものなら『シマーノ』の首領陣から何を言われるか分かった物では無いからだ。
それに頼りのベルメルトも大の守信者である。
ある意味孤軍奮闘するしかないのだから。
スターシップの心配事が的を得てしまっていた。
こうなっては後はもう見守るしかない。
ルミルは我物顔で話を進める。

「島野様!要らない親書を兄が送ってしまったようですが、破棄して下さい。でも一度でいいですので我が国にお越し下さい!おもてなしをさせて下さい!」
ルミルは守に対して深々と頭を下げた。

「分かった、また今度な」
守はやれやれと頷いていた。

「やったー!皆聞いたよね?よっしゃー!」
ルミルは本気で喜んでいた。
それをうんうんと頷いて見守る魔物の首領陣達。

「ルミル殿良かったですな」

「おめでとう!」

「ホホホ!」

「やるじゃねえか!」
賛辞が続く。

「島野様!ありがとうございます!」
ルミルは再び頭を下げていた。
いいから先を進めろと守が手を振っていた。

「はっ!魔道国『エスペランザ』は健全な国かと問われれば、そうでもないとしか言えなのが本音です。でも約束致します!同盟国に恥じない国造りをすると、ここに誓います!よろしくお願い致します!」
ルミルの宣言に会場は拍手喝采となった。

「では採決を行います、魔道国『エスペランザ』の同盟加入に賛成の方は挙手をお願いします」
本来であれば質問タイムとなるのだが、結果がみえている現状にスターシップは割愛したみたいだ。
当然全員の手が挙がっていた。
それを見て笑顔のルミルが叫んだ。

「よっしゃー!!!」
ルミルの慟哭が響き渡っていた。

「おめでとう!」

「よくやった!」

「いいぞ!」

「新たな仲間じゃな」
こうして魔道国『エスペランザ』も同盟の仲間入りを果たした。



ラズベルトは何度も何度も複式呼吸を繰り返していた。
それでも完全に緊張を解すまでには至らなかった。
それはそうだろう。
『イヤーズ』は他の同盟に新規加入を果たした国とは事情が違う。
なんと言っても戦争の原因を引き起こした国なのである。
厳密には戦争を引き起こしたのはラファエルなのだが、第三者にとっては、それは同一と映っていても可笑しくはない。
それをラズベルトは先程知ったばかりである。
少々可哀そうである。
だがそんな事を言ってはいられない。
現実は残酷なのである。
同盟の仲間入りを果たすにはこれからのプレゼンテーションを成功させなければならない。
力が入らない訳がないのだ。

ラズベルトは決して愚鈍な王ではない。
どちらかと言えば、実力はある方なのだ。
でもそんな彼にとってもハードルはとても高い。
唯一の望みは守に策有とのノンからのありがたいパスがあったことだ。
でもラズベルトは分かっていた。
全力を尽くす姿勢を見せなければ、守は決して手を貸してはくれないのだと。
その考えは間違ってはいない。
それほど守も甘くは無いのだ。
努力をしない者の肩を持つ事は無いのだ。
かつてのソバルがそうであった様に、努力をしない者を手助けする守ではない。
これを見抜けただけでもラズベルトが優秀であるといえる。
もし『イヤーズ』にラファエルが居なければ、また違った経緯を辿る国であったことは間違いはないのだ。

スターシップが会議を進める。
「最後に『イヤーズ』のラズベルト国王、よろしくお願い致します」
一度深く頷くとラズベルトは勢いよく立ち上がった。

「私は『イヤーズ』の国王ラズベルトで御座います。よろしくお願い致します!先にこの様なチャンスを島野様に頂けましたこと、深く感謝致します!」
ラズベルトは守に向かって深々と頭を下げていた。

「『イヤーズ』は御承知の通り、半年前まで新興宗教国家を名乗っておりました。その理由は明らかで宗教が国の根幹を担っていたからで御座います」
数名は頷いていた。

「宗教とは何なのかを考える余裕はなく、これまで過ごしてきました・・・そうです我々は教祖のラファエルに支配されていたのです。洗脳魔法で自由意志を奪われて、洗脳を受けていたのです。その洗脳が解けたきっかけは神獣と聖獣の襲撃を受けたからです・・・とても恐ろしかった。でも襲撃があったのはラファエルの神殿だけでした。その衝撃で私は洗脳が解けていたのです。今思うとあれが無ければ今でも私達は操られ続けていたのだと思うとゾッとします。その時に初めて宗教という物に疑問を持ちました。生まれてこの方感じたことが無い違和感でした。物心付いた時には私はラファエルを崇拝していました。そういう物だと誰からも教え込まれてきて、それを全く疑う事無く全うしていたのです。なのにあの時に感じた違和感は何とも言えない気持ちの悪いものでした。信仰を強制させられている・・・自分の大事な何かを奪われている・・・そんな感覚でした」
お付きの者も深く頷いていた。

「今では完全に洗脳は解けてはおりますが、未だにラファエルに強要されられる夢を見ます。もういい加減終わりにしたい。先程島野様からラファエルは死んだと聞かされました・・・とてもほっとしました。やっと悪夢から解放されるのだと・・・『イヤーズ』を覆っていた禍々しいものが無くなったのだと・・・」
全員が話に聞き入っていた。

「『イヤーズ』は復興しなければならない・・・もう偽の神は居なくなったのだから・・・しかし『イヤーズ』にはもうその力は無いのかもしれません・・・」

「それはどういうことなんじゃ?」
ソバルが尋ねる。

「国民の数が三分の一以下に減っているからです。いくらラファエルが死んだと知れ渡ったとしても、帰ってくる国民は少ないでしょう・・・」

「であろうな」

「はい・・・これまで宗教に頼り切ってきた弊害が現れています。しかしそれでも残ってくれた国民達が居ます、お願いです。復興に力を貸して下さい!」
ラズベルトは深々と頭を下げていた。
その姿は悲壮感でとても痛々しい。

「ではここからは質問の時間としましょう」
スターシップが話を先に進める。
ベルメルトが手を挙げる。
スターシップがどうぞと顎を引く。

「ラズベルト殿下、貴国の惨状はよく理解できた。苦しい年月を過ごしてきたのでしょう、しかし宗教によって得た利益もあるのではないでしょうか?聞くに『イヤーズ』は上下水道が完備されており、街中の街道の整備も整っているとか。何も悪い事ばかりでは無いと思われるのだが、どうだろうか?」
ラズベルトが苦い顔をする。

「そういった側面は確かにあります、ラファエルの異世界の知識で『イヤーズ』は他国とはまた違う文明を享受してきたことは事実です」

「であればそれを目当てに国民が帰ってくるのではないでしょうか?」

「ベルメルト殿下、失礼ながらそれは甘い認識と思われます、一度嫌気が指した国民が戻るには相当のインパクトが居ると思われますし、それ以前に過去を思い出す様なことをするとは思えません、国王の私がこんな事を言うのはいけない事と分かっていますが、出来る事ならば、私も国を離れたいのが本音です・・・」

「何と・・・そこまでなのか・・・」
ベルメルトは慄いていた。

「それ程に洗脳を受けていたことは私達の心を蝕んでいるのです、どうかご理解頂けると助かります」
全員が押し黙っていた。
そこに手が挙げられる。
レインであった。

「ラズベルト殿下、お答え下さい。貴国の惨状はよく理解できたが、我が国からしてみれば、貴国は戦争を引き起こしたラファエルを保護していた様にも見えるのです、貴国はラファエルを幇助していた事になりませんか?自由意志を奪われていたとは言っても、戦争を引き起こす事を手助けしたことに間違いはありませんよね?」
ラズベルトはきつく目を瞑っていた。
守から聞かされていた事が現実に起きていた。
大臣達とこの質問に対する回答をどうするべきかと話を重ねたが、その答えは出ていなかった。

「レイン殿下、そう思われてもしょうがない事と思われます、ですが実は戦争の原因を創ったのがラファエルであるとの事も、先程島野様から教えて貰ったことなのです・・・お恥ずかしい限りでは御座いますが・・・ご承知おき下さい・・・」
本当はラズベルトは言いたいことはいくつもあった、しかしそれを言う事は無責任と捉えられる可能性が高い為ここは口を噤むしか無かった。
事は五代前の国王の事であり、百年以上経った今、その責任を問われることに意味はあるのかと本音はそう言いたかった。
しかし先程まで『サファリス』と『オーフェルン』は戦争をしていたのも事実なのである。
彼らからしてみれば、誰かに戦争の責任を問わせたいと思う気持ちも充分に分かるのだ。
ここは下手な言い訳はすべきでは無いと考えられた。
歯痒さにラズベルトは見悶えする思いであった。
そこに思わぬ援軍が現れた。
ルミルであった。

「レイン殿下、私には貴殿達の気持ちを慮ることは出来ようもないが、先祖の行いを子孫が受け持つ必要があるのだろうか?それも百年も前となるとその先祖の顔すらも知らない事になる」
そこにレインが食って掛かる。

「言いたいことは分かります、過去の出来事だと気持ちを改めろと仰りたいのでしょう・・・しかし過去の経緯があって今がある、何処かで誰かがけじめをつける必要があるのではないでしょうか?」

「しかし・・・」
ルミルは黙ってしまった。
今度はルメールが手を挙げる。

「レイン殿下、その気持ち・・・よく分かる・・・実に我々は百年に渡って不毛な戦争を行ってきている、誰かに責任を取らせたいとは思う・・・だが・・・前を向くと決めた今・・・もうよいのでは無いのか?そうは思わないか?」

「その想いもあります・・・しかし・・・」
こうなってくると収取が付かなくなってきていた。
こうなることは守にとっては想定内であった。
そして場が混迷してくると共に守に視線が集まってきていた。
だが守は動かなかった。
まだまだお前達で考えろとその視線が語っていた。
それを察知した魔物達が動き出す。

「レイン殿、私達は戦争を知らない。本音を言えば知りたくもない。長年抱えてきた思いがあるのだろうが、その想いは手放せないものなのだろうか?」
コルボスが問いかける。

「そうじゃ、第三者の儂らが言っていい事かは分からぬが、ここは気持ちを静めて欲しいと思うのじゃがのう」
今度はソバルが想いを伝えた。
思案顔のプルゴブが口を開いた。

「レイン殿下、けじめと仰ったが、因みにどんなけじめをつけろというのだろうか?本音を教えては下さらんか?」

「それは・・・」
そこに答えは無い。
ここは感情でしかないのだから。
実に感情は厄介である。
それはその時の気分で右左されるのだから。
でもその気分で人は動いてしまう傾向にある。
これは切り離すにはそれなりの精神力が必要である。
しかしまだまだそれを制御できないレインは戸惑うばかりだ。
この場の高揚感が彼を突き動かしているかもしれない。
それぐらい実は薄い話でしかないのだ。
そして遂に守が動く。

絶妙なタイミングで守が話し出す。

「よお、お前ら、楽しそうだな」
不意に守から声が掛けられる。
楽しい訳が無い。
だが真逆の事を言われて全員がキョトンとしていた。
そして当の守は実際に楽しそうに笑顔だったのである。
意味が分からなく、全員が固まっていた。

「こうやって話し合うことに意味があるってな」
守は笑顔を崩さない。

「島野様」

「我が神よ、ご教授下さい」
ソバルとプルゴブが頭を下げる。
不意に守は表情を正し、レインを見つめた。
その眼差しは優しい慈愛に満ちていた。

「なあレイン、誰かに戦争の責任を取らせたいのか?本当にそう想うのか?」

「それは・・・」
レインは困った表情をしていた。

「レインよ、けじめだの責任だのと言うが、本当にそれが必要だってんなら、前向きなけじめや責任を取ろうじゃないか」
レインは眉を潜めた。

「前向きとは?・・・」
レインには守の意図が理解出来ないみたいだ。

「簡単な話だ、『イヤーズ』にはインフラを整備する技術がある、それを広めればいい、それに他にもラファエルが開発した魔道具の作製の技術であったり、馬車の定期便のノウハウを『サファリス』と『オーフェルン』に提供するってものいいな。どうだ?レイン、誰かが不利益を被る必要なんてないだろう、違うか?こういう責任の取り方も有るんじゃないか?」
この発言に賛同者が相次いだ。

「確かに!」

「それは名案じゃな、流石は島野様!」

「素晴らしい!」

「前向き最高!」
こうなると話の矛先が変わってきていた。
守の思惑通りである。
話の筋道が見えたのかレインも笑顔になってきていた。
これまで黙って見守っていたダイコクとポタリーも呟いてしまっていた。

「島野はん・・・敵わんで・・・」

「旦那・・・あんたって人は・・・よくもまあどうしてそんな事を思いつくんだい?」
スターシップが割り込んできた。

「こうなると決まりですね」
にやけ顔で守はスターシップを見つめていた。

「せっかくだからもう少しいいか?スターシップ」

「どうぞお構いなく、もう先は見えてますから。好きにやって下さい」
スターシップはやれやれと首を振っていた。
これは一本取られたと言いたげだ。
本来であればここで採決を取らなければならない。
もうそんな必要は無いと場の空気が認めてしまった事を、スターシップは理解したのである。

「なあ、ラズベルト『イヤーズ』の復興だが俺が知恵を貸そう」

「本当で御座いますか!」
ラズベルトはガバっと立ち上がっていた。
相当興奮しているのだろう。
目が血走っている。

「ああ、本当だ。ラファエルの尻拭いを俺がしてやるよ」

「ありがとう御座います!」
ラズベルトは頭を打ち付けるかという程に頭を下げていた。
頭を挙げると万遍の笑顔で泣いていた。
それを参加者達は驚きと笑顔で受け入れていた。

「しかし、どうして島野様はそこまでなさるのですか?ラファエルは大罪人で御座いますよ」
レインの純粋な疑問だ。

「それはな、ラファエルは俺と同じ異世界からの転移者なんだ、あいつは大馬鹿者だよ。それに困った奴でな、やりたい放題やった挙句、俺に尻拭いをしてくれときたもんだ、面倒臭い事この上ないよな」
守は笑顔で答えていた。

「いまいちよく分かりませんが・・・」

「だろうな、別に同意なんて求めてないよ。まあ俺はお人好しなんでね」

「はあ・・・」

「まあ良いじゃないか、何も悪い事しようってんじゃないんだからさ」

「ですが・・・」

これに魔物達が呟く、
「レイン殿は分かってはおらんな」

「島野様は慈悲深いのじゃ」

「兄弟の言う通りだな」

「我等の神は最高神だ、理由なんて要らないのだよ」
守信者の魔物達は当然の事と受け止めているみたいだ。

ベルメルトも続く、
「ラズベルト殿も島野様に救われるのですね」
こいつがこれを言うと重みがある。
実際ラズベルトはルミルに羨ましがられていたぐらいだ。

場は完全に守のペースになっていた。
こうなると守劇場の始まりである。
我物顔で守が勝手に仕切り出していた。

「お前達!質問だ!『イヤーズ』を復興させる上で一番重要な事は何だと思う?分かる奴はいるか?」
全員が一様にして考え込む。
ソバルが我先にと手を挙げる。
自信に満ちた表情を浮かべていた。
守が顎で発言を許す。

「島野様、それは資源ではないでしょうか?」

一度守は頷く、
「資源も重要な要素だが違うな」
続いてプルゴブが手を挙げる。

「資金力で御座いましょうかな?」

「資金力は確かに要る、資金が無いと何も造れないからな。でもそこじゃあないんだよな」
ルミルが手を挙げる。
ルミルは積極的な性格みたいだ。
それに何とかして守に気にいられようと必死だ。

「技術力でしょうか?」

「ルミル、それは何に関する技術力だ?」

「それは・・・建築であったり、国造りであったり、はたまた調理であったりとか?」

「ルミル・・・質問を質問で返すんじゃないよ、全く」

「すいません・・・」
ルミルは頭を掻いていた。

「技術力に関しては『イヤーズ』はそれなりに有している。そこでは無いぞルミル」
ルミルは名前を呼ばれて嬉しい様だ。
万遍の笑顔をしている。

「他にはいないか?」
全員が辺りを見回している。
そしてベルメルトが手を挙げる。

「島野様、宜しいでしょうか?」

「良いぞベルメルト、もし当たったら今度エアーズロックで寿司を奢ってやる」
この発言に全員が色めき立った。

「本当ですか?良し!絶対当てるぞ!」

「ちょっと待って下さい!私にも答えさせて下さい」

「狡いですぞベルメルト殿」

「もう少しお時間を頂戴頂けませんか!」

「アハハハ!お前達そんなに奢って欲しいのか?分からなくは無いけどな。五郎さんの所の大将の握る寿司は別格だからな!」
守は実に楽しんでいた。
守劇場ここに極まれりである。

「ベルメルト、良いから答えろ!」

「はっ!では早速・・・思いますに、娯楽ではないでしょうか?如何でしょうか?」
守がにやける。

「ベルメルト・・・正解だ!」

「よっしゃー!」
ベルメルトはガッツポーズを決めていた。

「そうだったのかー」

「ベルメルト殿が羨ましい!」

「娯楽でしたか、納得です」

「当てられてしまったか・・・」
ルミルが睨みつけるかの如く鬼の形相でベルメルトを睨んでいた。
相当羨ましいらしい。
それを見て守がやれやれと首を振る。

「ルミル・・・お前そんなに羨ましいのか?」

「そりゃあそうですよ!羨ましいに決まってますよ!」

「そうか、しょうがないなあ、お前も連れてってやるよ」

「やったー!夢が叶ったぞ!」
ルミルがガッツポーズを決める。
それを外の参加者達が黙っていない。
スターシップまで身を乗り出していた。

「島野様!二人だけ狡いですよ!」

「そうで御座います、是非ご相伴に預からせて下さい!」

「大将の寿司!食べたいです!」
次々と騒ぎだしてしまった。
これは収集が付きそうもない。
守もしまったなと苦い顔をしていた。
分かったと守が手を挙げていた。

「分かったから騒ぐな!全員奢ってやる!」

「やったー!」

「よっしゃー!」

「一度行きたかったんです!」

「これは一大事だ!」
守は首を振りながら通信用の神具を取り出した。
繋げる先は五郎だ。

「おう島野、どしたってえんだい?」

「五郎さん、お疲様です」

「おうよ」

「五郎さん、エアーズロックの寿司屋なんですが、近々貸し切りに出来ませんか?」

「貸し切りか?お前え相変わらず景気がいいじゃねえか、ええっ!」

「いやー、めでたい事がありまして、どうにもまた奢らないといけなくなりましてね。特上寿司を四十名程お願いしたいんですけどどうでしょうか?」

「かあー!お前えはいちいちやる事が大胆じゃねえか、よっしゃ待ってろ、確認してから折り返すからな。ちと待ってな!」
そう言うや否な通信が一方的に切れてしまった。
期待の眼差しで守を見守る参加者達。
守はいつのも様に飄々としている。
誰かが唾を飲み込む音がした。
ものの数分で五郎からの返信があった。

「島野!明後日はどうでえ?夜でいいんだよな?」

「はい、そうです。後、日本酒もたくさん用意して貰えると助かります」

「そうか、特級品を準備しとくとするか!ええっ!」

「よろしくお願いします」

「おうよ、じゃあな!」

「では」
このやり取りを聞いていた参加者はまた騒ぎ出した。

「早く明後日が来てくれ!」

「明日から俺は食事を抜くぞ!」

「特級品の日本酒とは?」

「特上寿司!万歳!」
どうやら騒ぎは収まる事は無さそうだ。



騒ぎを納める為に俺は一度手を叩いた。
「いいかお前達、話を戻すぞ!いい加減切り替えろ!」
俺の一喝に全員が顔色を変えた。
やれば出来るじゃないか。
場を荒らしたのは俺か?
まあいいや。

「良く聴けよ『イヤーズ』は長年ラファエルに支配されてきた。娯楽を求める暇が有ったら祈りを捧げろと強要されてきたんだ」
ラズベルトが返事をした。

「その通りで御座います」

「だよな、でもな俺はこう思うんだ、娯楽は人生を豊かにする。娯楽は人生を幸せにする。息抜きはとても重要で、これが無い人生なんてつまらないだろうってな」

「そうですぞラズベルト殿、娯楽を我等は島野様から教わり人生が明るくなりましたからな」
プルゴブは誇らし気だ。

ソバルも続く、
「そうじゃな、娯楽は最高じゃよ」
魔物達が好き放題言い出した。

「そうだぞ、サウナは最高だし、温泉も良い。漫画も面白いからな」

「俺はスキーが好きだな」

「私はビリヤード!」

「俺はキャンプだな」

「やっぱりボードゲームだな」
徐にスターシップが手を挙げた。

「島野様、因みにどんな娯楽を広めるおつもりでしょうか?少々気になりますが・・・」

「スターシップ、聞きたいか?」
ここは焦らしてみようかな?

「当たり前ですよ、教えて貰えないんですか?」

「どうしたもんかな?・・・」

「ここに来てそれは無いでしょう?焦らさないで下さいよ・・・」
スターシップも随分と砕けたものだな。

「しょうがないな・・・教えてやるか、ラズベルト、ラファエルの神殿は今はどうなっている?」

「はっ!今は崩壊したままで御座います」
本当はそんなことは知ってるけどね。

「じゃあそこだな」

「と言いますと?」

「『イヤーズ』にとっては象徴となる建物だった神殿の跡地に、とある施設を建設するんだ」

「それは?・・・」

「その施設は『イヤーズ』の新たな象徴、否、北半球の象徴となるんだ、これを機に『イヤーズ』はこれまでと違う娯楽と魅惑に溢れる国に変わるんだ」

「おお!・・・」

「それは一体・・・」

「新たな象徴とは?」
全員がこちらに意識を向けていた。

「とある施設とは、この北半球において初めての施設となる」
スターシップが痺れを切らした。

「いい加減教えて下さいって!」
俺は思わず笑いそうになってしまった。
にやけ顔で俺は話した。

「スーパー銭湯を建設するぞ!」
場に静寂が訪れていた。
まるで時が止まったかの様に静まり返っていた。
だがそれは一瞬の出来事であった。

「遂に北半球にスーパー銭湯が!」

「宜しいので!」

「いよいよか!」

「あの魅惑のサウナ島のスーパー銭湯がこの北半球で!」
実は前に『シマーノ』でスーパー銭湯建設に関しての話が持ち上がった事があったのだ。

その際には魔物達からは、
「サウナ島に我々は行けますので充分です」

「魅力的な話ですが、我々は島野様のスーパー銭湯に行きたいのです」

「そんな滅相も御座いません!」

「嬉しくはありますが恐れ多いです!」

「我々には温泉とお風呂がありますので大丈夫です」
『シマーノ』の魔物達にとっては、サウナ島に行けるから充分で、自分達でスーパー銭湯を建てるなど恐れ多いと恐縮されてしまったのだった。
魔物達は俺がスーパー銭湯とサウナを愛して止まないことを知っている。
こいつらにとってはスーパー銭湯は特別な施設であるみたいだ。
それが遂に北半球に建設されることになったのだ。
それも北半球の新たな平和の象徴として。
そしてスーパー銭湯の事もどうやら噂になっていたみたいだ。
初参加の者達も目を輝かせていた。
ラズベルトに至っては、笑顔で泣いていた。
ルミルに関しては興奮していた。
他の者達も似た様なものである。
俺は更に捲し立てる。

「いいかお前達、スーパー銭湯は皮きりに過ぎない。他にも俺は沢山の娯楽を持ち込むぞ、それも『イヤーズ』だけじゃない、同盟の参加国全てにだ!」
一瞬の間の後に歓声が挙がった。

「うおおおお!」

「きたー!」

「幸せがやってきた!」

「もう泣きそうです!」

「幸せしかない!」
興奮は冷めやらなかった。

「南半球にも負けない娯楽施設を沢山造る。渡航者が絶えない施設を造るんだ、どうだお前達!」
俺は散々煽ってやった。
もうこうなってくると会議は破綻していた。
俺の好きにコントロールされている。
でもこれは俺が悪いのではない。
会議の中心に俺を座らせたこいつらが悪い。
まあこうなることは想定内なんだけどね。
ある意味こうなることを望んで、こいつらが俺を座らせたことも分かっている。
まあ良いじゃないか。
実際楽しいんだからさ。
この後も俺はいろいろぶち上げた。
当たり前の様に『イヤーズ』は同盟の仲間入りを果たしていた。
雪崩式になった事は否めない。
でもそれで良いじゃないか。
大事な事は其処ではないのだから。
北半球に平和がやってきた。
これが一番大事な事なんだから。
そして皆で先に進むんだ。
栄光はもう見えているのだから。



そして約束の宴会が催された。
参加者の全員が美味しそうに寿司を味わっていた。
日本酒に舌鼓を打ち、最高の一時を満喫していた。
俺は案の定お酌合戦に付き合わされそうになり、クモマルを壁に宴会を楽しんでいた。
こいつは本当に頼りになる。
俺の肝臓はクモマルに守られている。
クモマルを乗り越えて来ない限り、俺には辿り着くことは出来ない。
しめしめである。
クモマルに勝てそうなのは・・・ゴンガスの親父さんぐらいかな?
一度競わせてみようかな?
止めとこう、絶対に可笑しなことになるのは目に見えている。
それにしてもルミルは浮かれていたな。
何をそんなに嬉しいのか。
でもこれってよく考えてみると、初めての同盟の宴会なんだよな。
俺が幹事って・・・どうなの?
そう言えば・・・

「なあ、お前達。同盟の名前をどうするつもりなんだ?」
この発言に固まってしまう一同。

「えっ!」

「それは・・・」

「考えて無かった」

「しまった!」
これが要らない一言だと俺は後で後悔してしまう事になるのだが、この時の俺は知る由も無かった。
安易に言葉を発してしまった俺が悪い。

全員が本気で考え込んでいた。
唸っている者が何人か居た。
そんなに考え込む必要があるのか?
いまいちよく分からん。
ここは安易に北半球同盟とかでいいんじゃないか?俺はそう想うよ。

不意にプルゴブが万遍の笑みで言い出した。
何か思いついたみたいだ。

「ここは『マモール』なんてどうだろうか?島野様の名を冠しておるし、意味も良い。北半球の平和を守るという事になるのではなかろうか?」
これに賛同の意見が列挙した。

「良いぞ兄弟!最高じゃ!」

「それしかないぞ!」

「よく言った!」

「素晴らしい!」

「最高じゃないか!」

「プルゴブ殿天晴だ!」

「北半球同盟、その名も『マモール』!」
しまった・・・やっちまったな・・・
言うんじゃなかった。
俺は間違いなく顔が引き攣っているな。
やれやれだ。
ハハハ・・・もう好きにしてくれ!
皆さん、これを自業自得と言う。
ちょっと違うか?
やれやれである。
あれから五年の歳月が経っていた。
実に月日は早いものである。
今では北半球は平和を享受していた。
北半球同盟、その名も『マモール』は北半球で絶大の支持を受けていた。
この『マモール』を知らない者は一人もいなかった。
そしてそれは守の存在を更に知らしめることになっていた。
でも当人はそれを屁とも感じてはいなかった。
だから何だと、あまり興味を示してはいなかった。
其れよりも俺の邪魔をするなよと、出来るだけ陰に徹しようとしていたのだ。
だがもうそんな事を言っていられる状況には無かった。
守は北半球を統一した神として崇め奉られていたのである。
本人の意思とは関係なく。
その現実に守は日々身悶えしていたのである。
俺の事は外っといてくれよと。
外っといて貰える訳が無い。
余りに認識が甘い守であった。

この同盟によって、様々な恩恵を参加国は受けていた。
これまでいがみ合ってきたことは何だったのかと感じている国民が大半だった。
どうしてもっと早く手を取り合わなかったのだとの声も多数挙がっていた。
同盟国の全てが独自の発展を得て、互いに支え合っていた。
北半球は大きく舵を切り出していたのである。
そこには平和な時間が訪れていた。
それを国民達は神の御業だと受け止めていた。
残念ながら崇拝から逃れられない守であった。
当の本人は背筋が凍る想いであったのだが、国民達にとっては知らない事である。
流石の守もどうする事も出来なかった。
何処に行っても拝まれる始末となっていた。



そして守の宣言通り、様々な娯楽が北半球に広められていた。
最初に『ルイベント』にはエアーズロックに負けない程のフードパークが出来上がっていた。
それはあり得ない程の賑わいを見せていたのだった。
そのラインナップは南半球を超えるかもしれない。
和洋中の全てだけでは無く、守の知る全ての飲食に関する施設が出来上がっていたのである。
それを嬉しそうにスターシップとダイコクは眺めていた。
『ルイベント』はそのネットワークを最大限生かして、手に入らない食材は無いと言える程になっていた。
正に胃袋を掴んだ国となっていた。
ここに来れば最高の食事を提供されるのだと。

そしてその食の研究は余念なく行われていた。
北半球の料理人、パティシエは当たり前の様にこの国に集まってきていた。
今では料理学校も出来あがっていたぐらいだ。
『ルイベント』は食の宝庫となっていたのだ。

その料理学校の学長はオクタである。
今ではオクタは北半球一の料理人の地位を得ていた。
実はオクタにとってはそんな事はどうでもよかった。
オクタは単に守と料理を作ったり、料理の研究をするのが大好きなのだった。
オクタは大の守信者である。
一見オクタは武骨な職人肌の料理人である。
でもその本質は只の守の事を大好きなオークなのである。
オクタの最大の喜びは、プルゴブやソバル、メタンの守を賛辞する話を肴に、ひっそりと酒を飲むことが最高の娯楽となっていたのである。
この事を知る者は一人もいない。
オクタにとっては料理を極めるイコール、守に褒められる。
これが全てであったのである。
ここはオクタを責めてはいけない。
実にこういう思考の魔物達が実は大半なのである。
それを知らない守は適当に好き放題にしていたのだけなのだから。
何とも世知辛い話である。



スターシップはかなりの食通だった。
彼は食に対してあり得ないぐらい執着していたのだった。
先の同盟国会議でもその片鱗は現れていた。
それを守は見逃してはいなかったのである。
この国は食に拘るべきだろうと。

圧巻だったのは回転寿司屋であった。
レーンに風魔法を付与した魔石を埋め込み、寿司がレーンを周っていた。
これを北半球の住民達は面白おかしく受け止めていた。
寿司が勝手に周っていると嬉しそうに笑っていたのである。
他にも自分達で作るたこ焼き屋や、鉄板焼きのお店は遊び心が刺激すると選ばれる傾向にあった。
中には蕎麦打ち道場等もあり、フードフェスも盛んに開催されていた。
バーベキュー場等もそこら中にあり、大変賑わっていた。
極め付きはフレンチレストランであった。
至極のコース教理がリーズナブルに味わうことが出来ていた。
でもここは守の影響で礼儀や作法などは皆無だった。
普通に箸で食べる者が多数いた。

『ルイベント』ではレストランが所狭しと並んでいる。
そしてスターシップの肝入りのお店が出来上がっていた。
それは鰻屋である。
守とオクタで開発したあの同盟国会議で提供された、鰻のタレが分け与えられ、継ぎ足しを重ねられていたのだ。
スターシップに言わせると、
「これは国宝のタレです!」
食通の彼が愛して止まないお店となっていたのである。
予約は半年待ちという絶大な支持を受けるお店になっていた。
そしてスターシップは三日に一度はこのお店に訪れていた。
それも警護の者を振り切って。
このお店に来ればスターシップに会えると、国民達も知らない者はいない事になっていた。
英雄も極上の鰻のタレには骨抜きにされていたのである。
それを冷ややかな目で守は見ていた。
勝手にしろと言いたげである。

勿論食材の提供元の大半は『シマーノ』である。
野菜の提供は当たり前の様に行われ、肉も森でたくさん狩りが行われていた。
そして海産物はコルボス率いる漁師軍団の出番であった。
今ではコルボスは北半球における海の覇者となっていた。
守から提供されたクルーザーはゴブスケの手に寄って四艘もある。
更にゴンズから教え込まれた漁の技術に寄って、連日当たり前の様に大漁を繰り返していたのだ。

それだけでは無い。
守達から享受された海苔の加工や、海藻の手入れ方法等。
実に様々な海産業が充実していたのである。
それは海だけに留まらない。
川の漁もお手の物になっていた。
その為、鰻の仕入れはコルボスに寄ってなされていた。
スターシップはそれを知った後、コルボスに勲章を与えると騒いでいたらしい。

そしてコルボスの快進撃は止まらない。
レケから教わり、養殖も成功させていたのだ。
当たり前の様にマグロの刺身が食卓に並び、ツナが国民食となっていたのである。
更には鰻の養殖までもだ。
コルボスは正に北半球における漁の覇者となっていたのだった。

加えてに守の入れ知恵でコルボスは干物にも手を出した。
これが凄い事になっていた。
これまで魚介類の干物の技術は無かった。
あったのは肉の干物の加工だけである。
魚も干物に出来るのだと、その技術は北半球を席巻した。
肉だけでは無く、魚も保存食になるのだと北半球は沸いた。
これに寄って、北半球は空前絶後の海産物ブームが訪れていた。
そして『シマーノ』の魔物達はその技術を惜しげも無く同盟国に伝えていった。
それは干物の技術だけでは無い。
操船の技術やクルーザーの製造方法や漁の技術に至るまで。
今では海に面する国には当たり前の様にクルーザーが海を走っていた。
北半球は海産業の宝庫となっていたのである。
当たり前の様に食卓では海産物が提供される状態になっていたのである。



次に『ドミニオン』にはスポーツ施設が沢山造られていた。
陸上競技場から始まり、野球場、テニスコートにサッカー場、そしてゴルフ場、体育館は五箇所も建設されていた。
圧巻だったのは野球場である。
なんとドーム球場まであり、雨でも野球が出来ると北半球の住民からは喜ばれていた。
実にたくさんのスポーツイベントが行われおり、今後はプロスポーツ選手が生れそうになっていた。
特に野球の人気は凄まじく、球団の数も多かった。
今では南半球との交流が望まれている段階となっていた。
マークが喜びそうな話である。

それだけでは無い、ドーム施設に眼を付けたオリビアファンクラブは、なんとオリビアのコンサートを敢行したのである。
実はオリビアファンクラブは北半球では確固たる地位を築いていた。
そしてオリビアは北半球では完全にアイドル扱いされていたのである。
これをゴブオクンが果たしたのは奇跡かもしれない。
まさかこいつにこんな才能が眠っていたとは誰も知る由もなかった。
今ではオリビアファンクラブの会長という立場だけに留まらず、オリビアのタレント事務所を設立し、アイドル活動を支援していた。
それだけに留まらず、新たなアイドルの発掘を行うイベントまで企画していた。
時代が生んだ天才とゴブオクンは持て囃されていた。
そして調子に乗ったゴブオクンはあり得ないぐらい態度がデカくなっていた。
そんな調子に乗ったゴブオクンは踏んではならない尾を踏んでしまう事になる。
なんと守にいつになったらオリビアと結婚するのかと詰め寄ったのである。
余りに調子に乗ったその態度と、その無遠慮な発言に守はブチ切れた。
守は激怒していたのである。
ゴブオクンはエアーズロックから放り投げられていた。
守は死なない程度に『念動』で支えていたのだが、骨の数本は折れていたみたいだ。
ごめんだべー、と謝っていた様だが、ゴブオクンが本当に反省したのかは定かではない。
また調子に乗るのは目に見え居ているのだが・・・
彼が本気で反省することは無いだろう・・・残念ながら。
彼は根っからのお調子者である。
守は物足りないと、再度エアーズロックから投げようとしたのだが、流石に不味いとマーク達に止められていた。

そんなゴブオクンの事はいいとして『ドミニオン』は『メッサーラ』に続くスポーツ大国になっていた。
ベルメルトも積極的にスポーツイベントに参加していた。
特にベルメルトは野球にド嵌りし、連日野球を楽しんでいた。
公務を放り出して・・・
こいつも守に叱られそうである。
ベルメルトは野球好きが高じたのか、サウナ島に来るとマークとしょっちゅう野球談議を楽しんでいた。
今では交流戦が望まれている。
ベルメルトはドカベンが愛読書であると守に語っていた。
それを守はぬるい眼つきで聞いていた。
あっそう、と言いた気である。
言わないだけ大人だとここは褒めておこう。

『ドミニオン』の貴族間ではスポーツは貴族の嗜みと受け入れられていた。
特に貴族の間ではゴルフが流行っていた。
今では国民の大半が何かしらのスポーツを楽しんでいる。
スポーツは心を健全にすると受け入れられていたのだ。
とても健康的な国であると言える。



『エスペランザ』にはアミューズメントパークと、たくさんの公園が建設された。
アミューズメントパークとは要は遊園地である。
魔石を有効に使って様々な遊具等が建設されていた。
特に人気となったのはジェットコースターであった。
風魔法を付与した魔石を使ったジェットコースターは男女年齢問わず人気を博していた。
それ以外にも、ゴーカートや観覧車、バイキング等は王道の遊具となっていた。
ティーカップは家族連れには絶大な人気を得ていた。
そして何故だか人気が無かったのはお化け屋敷であった。
余りに子供じみていると不評であった。
守はどうしてなんだと頭を抱えていた。
ものの一ヶ月で閉館となっていた。
実に残念である。

更に射的や金魚すくい、輪投げ等、古典的な日本の屋台も受け入れられていた。
休日の『エスペランザ』は渋滞が起きる程賑わっていた。
そしてそれだけに留まらず、宿泊施設や露天屋台等も充実しており、遊びの楽園となっていたのだ。

公園は家族連れにとても喜ばれていた。
休日には小さな子供を連れた家族が多数訪れていた。
ピクニックが国民の休日のルーティーンとなっている。
公園では笑い声が溢れていた。
家族連れは公園を大いに楽しんでいた。
自転車の街道も造られ、自転車は国民の移動手段として受け入れられていた。

そして『エスペランザ』にはハイキングを楽しむ山等もあった。
それに合わせて自然に溢れた様々な施設が建設された。
山小屋や休憩所等、山を愛する者達は『エスペランザ』に集まっていた。
更に流行ったのはクライミングだった。
実にガチ勢が多い。
急勾配の山を踏破しようと、本気のクライミングが行われていた。
でもそこには安全を期して、浮遊の魔石を必ず携行する様にとルールは徹底されていた。
加えてボルダリング施設がいくつも建設された。
守が魔物達に作らせたボルダリングシューズは売り切れが続出する事態になっていた。
人気は留まることを知らず、上級クライマーはスター扱いされていた。

それだけには留まらない。
実は『エスペランザ』にはカジノが建設されていたのである。
これの糸を引いたのは言わずもがなのダイコクである。
ダイコクはここぞとばかりに商売の神の本領を発揮していた。
守や五郎から得た賭博やトランプ、ルーレットの知識を有効活用し、カジノを運営していたのだった。
それは会員制の一部の者に限られた施設であり、高収入の者達を限定にしたものであった。
要は会員制のクラブである。
ある意味作為的とも取れるのだが、ギャンブルの極意を分かっているダイコクらしく実に上手く運営はなされていた。
守はため息と共にそれを見守っていた。
咎めることは出来るのだが、どうしたものかと見守る事にした様だった。
金持ち相手ならまあいいかと考えているのだろう。
だがギャンブル依存症の者が現れたら守は黙ってはいないだろう。
ヒプノセラピストである守がそれを見逃す筈はない。
今はお遊びだと思っているだけに過ぎないのだ。
いい加減どこかでダイコクは守に締められそうであった。
でもそうとは気づかないダイコクである。
守ではないがやれやれであった。

そしてこれは余談になるのだが、ルミルの兄はその芸術力が認められ、マリアの弟子になっていた。
彼はマリアから芸術とゲイ術を学んでいた。

そして名前を自ら改名し、
「私はエリーよ!」
と叫んでいた。

その様にルミルは膝から崩れ落ちていた。
でもエリーはそもそも心の中ではそっち系であり、これまで公言してこなかっただけに過ぎない。
まさかのカミングアウトに『エスペランザ』の国民は恐れ慄いていた。
だがそこでまさかの事態が起こるのであった。
魔水晶で守が多様性を説いたのである。
決してエリーの為に守が行った訳ではない。

たまたまゼノンがテレビ番組用にドキュメンタリーを撮り出しており。
『これからの北半球』というセンセーショナルな議題のテレビ番組を作製していた。

その中のインタビューで守が変わりゆく北半球の現状を話し、
「これからは多様性の時代になる、性別や年齢、人種の壁なんて取っ払え!差別なんて認めない!他者を認め受け止めることから進化は始まるのだ!時代は次に移っている!」
と偉そうに宣っただけである。

此処には裏の演技指導が有ったのは間違いない。
それがたまたま嵌っただけである。
実に北半球の者達は真面目である。
いや、ここは守への信仰心が厚いと言っておこう。
こうしてエリーのカミングアウトは受け入れられていたのだった。
なんの事やらである。



『サファリス』には自然を用いたレジャーが好評を博していた。
というのも『サファリス』は年の半分近くが雪で覆う雪国なのであった。
スキー場が何件も建設され、夏場はキャンプ場で賑わっていた。
自然をメインにした施設が沢山造られていた。
そして守は桜の木と銀杏の木をふんだんに街道筋に植える様に指示した。
花見の季節と紅葉の季節には観光客が後を絶たなかった。
そしてその噂を聞きつけたのか、仕掛けの神エルメスが『サファリス』に訪れ、腰を据える事になったのである。

このエルメスだが、守とは直ぐに打ち解けていた。
いや、その様はまるで十年来の親友であった。
エルメスはその名の通り、仕掛けを得意とする神であった。
であるのならば『エスペランザ』の様に遊園地などの仕掛けを重要とする国に腰を据えるベきなのだが、自然を愛する彼は『サファリス』に滞在することを選択したみたいだ。

実にエルメスの造る時計や眼鏡や仕掛け細工は飛ぶ様に売れていた。
『サファリス』の新たな収入源となっていたのである。
他にもバネ等を中心とした仕掛けの作品が多く、中にはこれはピタゴラスイッチだろうという発明品まであった。
エルメスの発明品はどれも独特で、中には自転車に似た乗り物も造られていた。
バネを上手く使い、上下に力を加えることで前に進むという構造の物であった。

守は何故か鳩時計の作製を依頼し、家に飾り喜んでいた。
何か感じいるものがあったみたいだ。
守も仕掛けや仕組みが大好きである、仲良くならない訳が無い。
エルメスは時折赤レンガ工房にも顔を出し、ゴンガスとも親しくしていた。
でもとにかく自然を愛するエスメルは『サファリス』で過ごすことが多かった。
彼はよく守とキャンプを楽しみ、川岸に特設のサウナを建設し、実に有意義に過ごしていた。

少し詳細を話すと、守とエルメスは、レインにこっそりと川岸にある土地を融通する様に手配させた。
そこに二人はコテージを建設したのである。
そのコテージにはプライベートサウナがあり、水風呂は川に入るという自然の中のサウナであった。
ここの利用は守とエルメス、そしてそれを知るレインのみであった。
守は無遠慮な神様ズには知られまいと、この事を誰にも話さなかった。
三人はよく週末になると集まり、コテージで過ごしてキャンプや自然のサウナを楽しんでいた。
今ではレインは守とエスメスのパシリとなっていた。
でも本人がそれを喜んで受け入れていたのだからいい事だろう。
エスメスは自然を愛し、自然に生きるそんな神であった。

でも彼は神としての仕事も精力的に行っていた。
弟子も何人も受け入れている。
今では『サファリス』の一柱となっていたのである。



『オーフェルン』には温泉が湧いていた。
温泉を中心とした娯楽施設が出来上がっていたのである。
ここには守から要請を受けた五郎の出番であった。
五郎は袖を捲ると、
「やってやらぁよ!」
と血気盛んに温泉街建設に力を貸していた。

だが『オーフェルン』の発展は温泉街だけでは無かった。
守は様々な学校を建設する様に指示を出していたのである。
学校とは言っても何も勉学を学ぶだけの学校では無かった。
魔法研究を対象にした学校や、料理学校。
服飾を学ぶ学校、農業学校。
そして鍛冶を学ぶ学校等、それは多岐に渡った。
『オーフェルン』は他国からは『学校都市』と呼ばれていた。
そしてそこには留学制度もあり、多種多様な人種に溢れていた。
交流は盛んとなり、新たな技術も生みだされていた。
学びを得るには『オーフェルン』と言われていたのである。

この様にして北半球は発展していたのである。
守は知恵と知識を提供しただけに過ぎない。
南半球の時とは違い、直接手を出すことは一度も無かった。
人と人を繋ぎ、物の使い方や加工技術等を教えただけであった。
北半球の文明化はまだまだ始まったばかりである。
同盟の会議で語られた通り『イヤーズ』にスーパー銭湯が建設された。
構想から一年、実に守の拘りの詰まったスーパー銭湯が出来上がっていた。
守はここの運営は『イヤーズ』に任せると、ノウハウだけを伝授していた。
建設も自ら行わず、知恵を貸しただけに過ぎない。
そうした事には意味があった。
それは自らの力で復興を果たしたと国民達に達成感を得させる為だった。
島野様に造って貰ったでは意味が無い。
復興とは自らの力で成し遂げる物であると守は考えていたからだった。
守は草案と必要な知識を与えただけである。

でもやはりここは口を挟まずにはいられない守であった。
ここは他の娯楽とは訳が違う、事はスーパー銭湯とサウナなのだから。
守は拘りを散々ぶちまけた。
それは『イヤーズ』の大工達を困らせる程に。
でもその想いを感じ取った大工達は自然と姿勢を改めていった。
それは守がここまで言うという事には、これまでに以上に重要な事なのだと受け止めていたからだった。
本当は違っている。
守は好きなスーパー銭湯とサウナに妥協をしたくなかっただけに過ぎない。
でも大工達はそうとは受け取っていなかった。
というのも、他の国々のアドバイスをする守の様を伝え聞いていたからだった。
その守とは余りに違う様相に期待を寄せていたのだった。
これはこれまでとは違うと、我らの神は本気なのだと胸を躍らせていたのだった。

せっかくなので守の拘りの一部紹介しておこう。
サウナの収容人数は二百名、最上段にはなんと畳が敷かれている。
その意図はサウナで寝ても良い事にある。
サウナで横になる事はご法度である。
それを解禁したということだ。
但しサウナマットはちゃんと敷かないといけない、ここは徹底されていた。
そしてこのサウナはなんちゃって水筒が持ち込み可能となっていた。
これもご法度破りである。
サウナ内に飲料を持ち込むなど厳禁である。
なんちゃって水筒には熱くて持てなくならない様に、ゴムが持ち手の部分に巻かれている。
水筒の中身はアロマ水と水、そして麦茶に限られている。
全てスーパー銭湯で無料で提供されている飲料である。
もしアルコールを持ち込んだら出禁になると声高々に宣言されていた。
流石のゴンガスもこれには従っていた。
以前に守から烈火の如く叱られたからである。
サウナ島から追い出すと、見かねた守が遂にその重たい腰を挙げたのである。
もう見逃さないと守は珍しく本気で叱っていた。
アルコール摂取後のサウナは厳禁であると。
やれやれである。
更には水風呂は最深部で三メートルの深さとなっていた。
掛け水後にはドボンと飛び込み可能である。
潜水行為もしてもいい。
これもご法度破りである。

実際に建設に力を貸したのは、オクボスとゴブロウ率いる魔物大工集団である。
こいつらにとっては念願のスーパー銭湯建設である。
これは二人にとっての夢でもあった。
それに二人はそもそも『サウナ島』のスーパー銭湯が大好きなのである。
休日には必ず訪れる程の嵌りっぷりなのだ。
更にあの伝説のスーパー銭湯の奇跡の突貫工事に二人は従事していた。
スーパー銭湯建設が嬉しくない訳が無い。

二人は前に一度守からスーパー銭湯を造ってみるかと言われていた事があった。
その当時の想いがあるのだろう、いつも以上に力が入っている様に見受けられた。
実際この二人の活躍は凄まじかった。
ランドールの元で学び、そして免許皆伝を受けてからもその技術の向上に勤めてきていたのだから。
この二人にとっては、この為に守から名を授けられたと感じていたぐらいなのだから。
二人は鼻息荒く勤しんでいた。
でも笑顔は常に絶やさなかった。
嬉しくてしょうがなかったのである。

スーパー銭湯の建設に足らない資材等は『シマーノ』から調達されていた。
実にこのスーパー銭湯には魔物達が積極的に力を貸していた。
魔物達にとってはスーパー銭湯には格別な想いがあるのだろう。
自分達が力を貸したという実績を残したいみたいだった。
誰もが積極的に力を貸していた。

唯一問題になったのは運営する上での人材の少なさであった。
まだまだ国民は『イヤーズ』に戻って来てはいなかったのである。
そこで守は『イヤーズ』に隣接するスレイブの森に棲む魔物達に加護を与えた。
スレイブの森にはゴブリンやオークが多数存在していたのだ。
それを知ったプルゴブやオクボスはとても喜んでいた。
同族と手を取り合えると意の一番に駆けつけていた。
そして守に寄って『イヤーズ』は魔物達が闊歩する国となっていた。
最初は及び腰の国民もいたが、守が良き隣人と仲良くしろよとの魔水晶のからのメッセージに寄って簡単にそれは受け入れられていた。
守が唯一手を貸したのはこれぐらいである。
後は拘りをサウナにぶつけたに過ぎない。

でも『イヤーズ』の国民にしてみたらこの見守られている事だけでも、とても心強かったのである。
あの島野様が国に訪れてくれた。
あの島野様が知恵を貸してくれた。
あの島野様が見てくれている。
『イヤーズ』では守は国を救った英雄扱いである。
誰しもが守を始め、島野一家を崇拝していた。
守は本当はそうして欲しくはなかったのだが、そうなってしまっていた。
守は『イヤーズ』の国民には、一度崇拝や宗教的な感覚からは離れて欲しいと考えていたのだが、そうは成らなかった。
本物の神を得たと国民の信仰心はとても高まっていたのだ。
ラファエルの宗教などちんけに感じる程の絶大な支持を得ていた。
そしてどこから知り得たのか、南半球に倣ってお地蔵さんが『イヤーズ』では沢山造られていた。
今では国の有りとあらゆる所でお地蔵さんを見かける。
そしてそこらじゅうで『聖者の祈り』が散見されていた。
その様を見て守も諦めるしか無かった。
中には創造神では無く、守にそっくりなお地蔵さんもあったのだが、それを嫌がる事を『イヤーズ』の国民の嬉しそうな顔を見て、守も押し黙ってしまっていた。
いい加減守も腹を括ったのかもしれない。
そうなるぐらい『イヤーズ』の国民の守に対する信仰心は絶大だった。



少し話は脱線するが、北半球の発展の最中に、オンタイムで放送出来る魔水晶の技術に寄って、画期的な開発が成されていた。
新たな娯楽と北半球ではそれは受け入れられていた。
それはまるでテレビを彷彿とさせた。
実はこれをゼノンに入れ知恵したのはノンである。
テレビ大好きなノンは、日本にはこんな物が有るとゼノンに教えていたのだった。
そのコンテンツや内容に至るまで。
それをゼノンはパクらない訳が無い。
映像大好きなゼノンなのだから。
チャンネルは一つしかないが、なんちゃってテレビが各国に五台以上提供されたのである。
各国の人々の集まる街頭に魔水晶が設置され、不定期に放送がなされていたのである。

この放送に寄ってテレビコマーシャルも放送される様になり、ある意味テレビ局と化したゼノンは大金持ちになっていた。
そしてそれを大好きな映画の製作費に回していた。
これで守は出資から手を離せると満足げにしていた。
そしてこのなんちゃってテレビは、新たな娯楽として各国で受け入れられていた。
特にたまに放映される映画には齧りつくように見る者が後を絶たなかった。
『島野一家のダンジョン冒険記』は北半球の国民では知らない者はいなかったぐらいだ。
その際には広場には屋台が集まり、お祭りと言える程の賑わいを見せていた。

実は始めにコマーシャルを作製したのは守である。
島野商事の資金でおいて『サウナ島』のスーパー銭湯を宣伝していたのである。
これに寄って『サウナ島』のスーパー銭湯は北半球で強烈な興味を得ていた。
誰もが一度は行きたいと胸を弾ましていたのである。
北半球の国民は『サウナ島』に想いを募らせるばかりであった。
それに倣ってゼノンも自らの映画を宣伝していた。
この宣伝も北半球の国民にとっては嬉しい娯楽となっていた。
そして『ドラゴム』の映画館に人は集まっていた。
それはそうであろう、そもそも国民達はコマーシャルを知らない。
その意味を知るのには数年も掛かったのである。
守の行った『サウナ島』のスーパー銭湯のコマーシャルのバックに流れている歌は、その後誰もが知らない者はいない歌となっていた。
歌を歌ったのは勿論オリビアである。
少々意外だったのは、この歌の作曲はノンが行ったものであった。
ノンはキャッチーなメロディーを造るのが実は得意だった様である。
というより日本のテレビを模倣していたに過ぎないのだが・・・

そしてこのテレビシステムをしれっとパクったのが守である。
流石に北半球での放送は南半球には届かなかった。
守は島野商事の資金を使って魔水晶を搔き集め、ゼノンに知恵を貸したのだからと、脅す様に『同調』魔法で魔水晶を繋げさせていた。
そして島野商事プレゼンツとして南半球でなんちゃってテレビを広めていた。
テレビ局の局長に就任したのは安定のエリカだった。
彼女の活躍は測り知れない。
でもよくよく考えてみれば、テレビの有用性を理解しているのはエリカ以外には居なかったのだ。
彼女の地球での知識がここでも生きていた。
実に働きづめのエリカであった。
でも嬉しそうに働くエリカには頭が下がる思いである。



話を戻すが、『イヤーズ』のスーパー銭湯は守が抱いた思いを体現していた。
北半球の平和の象徴としてその存在感を発揮していたのである。
『サウナ島』のスーパー銭湯にも劣らない、最高の娯楽施設であり、誰もが行きたがる魅惑の施設となっていた。
連日お客は後を絶えず、後に増床を繰り返す程の施設となっていた。
誰もがスーパー銭湯を楽しみ、その施設に行くことを夢に見ていた。
最高の娯楽施設が北半球に誕生したのである。
それを守は感慨深く眺めていた。
穏やかな笑顔を添えて。

そして北半球の者達は敬意を込めてこのスーパー銭湯をこう誇称した。
『神様のサウナ』
大きな感謝と最大限の愛情を込めて。
誰もがその様に話していた。
ここに誰もが愛して止まない娯楽施設が出来上がったのである。



更に『イヤーズ』はサウナ島を真似て、独自の発展を遂げていた。
国内では普通にホバーボードや、自転車を見かける。
面白い事に二人で漕ぐタイプの自転車も見かけたりする。
これは守が悪乗りしてエルメスと造った物である。
でも夫婦やカップルがデートにはこれでしょ?と何故か流行ってしまった。
作った守とエルメスも首を傾げていた。
二人はふざけて造っただけである。

宿屋やレストランは当たり前の様に建設され、極め付きはサウナビレッジを真似たサウナ施設まで出来上がっていた。
予約を取ろうものなら半年は待たなければいけない。
裏で糸を引いたのは守であるが、それを守は口外するなと箝口令を敷いていた。
国の総意としてこれを造ったことにしろと、国の上層部には徹底させていた。
その意図としては『イヤーズ』は守からサウナの免許皆伝を受けた国であると思わせる事にあったのだ。
それと知った国の上層部は守に対して更なる信仰心を高めていた。
そこまでしてくれるのかと、感謝の念が堪えなかったのだ。
これにて『イヤーズ』の復興と繁栄は約束されたのだった。



発展を遂げた北半球は次に南半球との交流を望んだ。
ここに関しては守もこれまで簡単には認めてこなかった。
極一部の認められた者達しか交流は認められてこなかったのである。
それは魔物達と神、そして国の重要人物のみである。
それは何も北半球からの渡航者だけではない、南半球からの渡航者も同一であった。
もうラファエルの影響はゼロに等しい、南半球に仇なす者はもういないだろう。
問題はそこでは無かった。
その理由はまだその段階に無いと守は考えていたからである。
より具体的に言うならば、文化のレベルにまだ差があったからだ。
此処を埋めることは簡単ではない。
守が危惧したのは文化レベルの高い者が、文化レベルの低い者を搾取する可能性があると考えたからだ。
より分かり易く言うとタイロンの商人達が、北半球で荒稼ぎするという事が有りうるからだった。
稼ぐこと自体は問題では無い。
その方法が人の道から外れた物になる可能性があると考えたのだ。
要は詐欺や騙しといった行為が人知れず横行すると思われたからだ。
その事が守には充分に想像出来ていた。
未来を予測することなど、今の守にはお手のものなのである。
そしてその危険性もそろそろ薄れてきているとも守は考えていた。
遂に交流の時期が訪れたのだと。



これまでの転移扉の運用は、神、又は神の能力を使える者に限られてきた。
転移扉はこの世界には今では無くてはならない神具となっている。
そしてそれの恩恵を受けている者が大半であった。
移動には資金が必要で、その中心にはサウナ島があった。
この転移扉を様々な者が移動手段として利用し、各々の目的に応じてその利用がされてきた。
世界を変えてしまった神具である。
その移動速度は今の日本以上のものである。
南半球の者達のほとんどがその恩恵を受けていた。



既に北半球には転移扉のネットワークが出来上がっている。
その中心には『シマーノ』があった。
サウナ島を模して、転移扉の受付所があり、そこの運営を『シマーノ』の魔物達と北半球の神達とエアーズロックの分身体が行っていた。
正直言って手は足りていなかった。
時に見かねて南半球の神達が手を貸すこともあったぐらいだ。

そこで守は信用のおける人物にのみに実験的にあることを行っていた。
それはあのラファエルが神気を溜めに溜め捲った神石を使う方法だった。
ここにあの神石が生きてきたのである。
利用方法は簡単である。
神石を転移扉のドアノブにくっ付ければ転移扉を開く事が出来る。
問題は誰が転移扉を潜る者達を選別するのかである。
守はここは慎重に事を運んだ。

そこで同盟国に守はお達しをした。
それは、
「各国内で信用に足る人物で、かつ人を見る能力に長けた者を二名選出しろ」
というものだった。
そして各国選別された者達が守の面接を受けることになっていた。
面接官が守であることに面接の参加者達は全員が委縮していた。
でもそこは選び抜かれた者達である。
全員が守のお眼鏡に叶ったのだった。

そしてその者達は前面に出て転移扉を潜っていい者を選別することを行わなかった。
その理由はその権限を知られることで、要らない賄賂や接待等を受けない為であった。
目立たずその職務を全うする様に手配はされていた。
完全シークレットは徹底されていた。
それを破った者は追放するとされていた。

仕組みは簡単である。
転移扉の利用の申請を受けた者を、先ずは書類審査を行い、そして面接を行う。
それを面接官として参加せず、別室でそれを魔水晶で見守るのだ。
ここでもゼノンの同調した魔水晶が力を発揮していた。
面が割れる訳にはいかないと、各国はここはシークレットを貫いた。
実際誰が転移扉を潜る権限を持っているのかと、国民達は捜索を始めていた。
中には懸賞金をかける貴族まで現れた。
だがそんな貴族達は数日後にはアラクネ達に連行されていた。
全員がとにかく転移扉を利用したくて溜まらなかったのだ。
その気持ちはよく分かる。
それ程までに北半球の者にとっては『サウナ島』は魅惑の楽園であったのだ。
そしてその仕組みは南半球でも運用された。
神様ズは手が離れたと喜ぶ者と、報酬が減ったという一部の者に分かれた。
ここは守は敢えて無視していた。
報酬が減ったという一部の者を呆れていただけであるのだが。
それはゴンガスのみであったことは記しておこう。
こうして実験段階を経て、遂に北半球と南半球の交流が始まったのである。



この世界は平和に満ちた世界となっていた。
世界は神気に満ち溢れ、時に世界は金色に色を染めた。
神への崇拝と、尊敬の念に世界は包まれていた。
そして人々は神に成ることを目指した。
ある者は一芸を極めようと、ある者は慈悲深くあろうと。
そしてある者は得を積もうと。
人類は神に至る道へと歩を進めたのだった。
人類は次の段階に移り始めていたのだ。
世界が変わり始めていた。
世界は大きく変貌を遂げようとしていたのである。
人類の進化はまだ始まったばかりであった。

世界に平和が訪れていた。
それを見守り、成し遂げたと感じた俺は、遂に最後の修業を行う事を決心した。
これが最後の修業となるだろう。
遂に神様修業はこれで終わりを告げる。
最後のこの世界の旅となる。
どれだけの時間が掛かるのかは分からない。
本当に成し遂げられるのかもである。
簡単にはいかない事は分かっている。
これまでの修業とは違い、大きな存在に挑まなければいけないからだ。
でもやるしかない。
俺は創造神に成ると決めたのだから。
この決意は変わらない。
もう機は熟している。
挑まない訳にいかないのだから。

それを島野一家と旧メンバー、そして神様ズに俺は告げた。
最後の旅に出ると。
どれだけの旅になるのかは分からない。
帰って来れるのかも定かではないと。

各自はそれぞれの反応を示していた。
否、好き勝手な回答をしていた。
本当にこいつらは・・・いい加減にして欲しい、やれやれである。
でもこの反応も俺には笑えてしまった。
そんな気分になってしまっていたのだ。
もしかしたら今生の別れになるかもしれないからだ。
まあそうするつもりはないけどね。

最初にドランさんは、
「ガハハハ!島野君、行ってらっしゃい!ガハハハ!」
大声で笑っていた。
大きなお腹は優雅に揺れていた。
安定の大笑いである。
あんたは最後までスタンスは変わらないね。
カールおじさん。

レイモンドさんは、
「気を付けてー、行って来てねー」
間延びしながら話していた。
マイペースは変わらないねぇ。
それでいいと思うよ。
生ビールの飲み過ぎには御注意を。

ゴンズさんは、
「そうか、達者でな!」
元気に送り出してくれるみたいだ。
この人らしくあっさりしているな。

五郎さんは、
「島野・・・絶対帰って来いよ!ええっ!分かってんだろうな!」
少し苦い顔をしていた。
ちょっとグッときてしまった。
あざっすパイセン!
恩にきます!

エンゾさんは、
「早く帰ってきてよね、今度新しいスイーツをお披露目するんだから!」
自分勝手な事を言っていた。
はいはい。
もうあなたはどうでもいいです。
スイーツ好きの上から女神め!
始めはこうじゃなかったのに・・・

ランドールさんは、
「行くんですね・・・私は島野さんの帰りを待っていますよ・・・」
珍しく少々涙ぐんでいた。
俺は嬉しく感じていた。
ありがとうランドールさん。
エロ神モードは程々にね。

オズとガードナーは、
「島野さん!うっ・・・うっ・・・」
「そうですか・・・ううっ・・」
涙を流していた。
否、号泣していた。
こつらはほんとに・・・手の掛かる奴らだ。
今生の別れにはしないからな。
またお前らのラーメンを食いにくるからな!

ゴンガスの親父さんは、
「という事は、赤レンガ工房は儂が貰っていいという事かの?」
無遠慮に宣っていた。
あんたはいい加減遠慮を学べ。
また締めるぞ!おっさん!

カインさんは、
「島野君が帰ってくる頃には新たなカレーの味を提供する事を約束するよ!」
要らない約束をしてくれた。
あんたはダンジョンの神の名を返上してくれ。
あんたはもうカレーの神だ。
そろそろ改名しろ!

マリアさんは、
「ムフ!」
最大限のムフを頂いた。
結局ムフって何?
俺には分からないのだが・・・

オリビアさんは、
「否だ!行かないで!」
無茶苦茶ごねられた。
・・・ごめんなさい。これ以外に言えることはない・・・
いろんな意味で・・・
オリビアファンクラブを解散して下さい。

ファメラは、
「そうなの、頑張ってね!」
余り関心は無いみたいだ。
ファメラは安定しているな。
子供食堂頑張れよ!

ダイコクさんは、
「ほんまかいな?何でやねん?」
関西弁全開だった。
でんがなまんがな。

ポタリーさんは、
「旦那の事だから問題ないだろうさ」
信頼をよせてくれていた。
ありがとうございます。

エスメスは、
「僕らの場所で待ってるよ」
自然な笑顔で送り出してくれていた。
川岸のサウナで再開しよう、エルメス。
我が親友よ。

エリスは、
「守さん!坊やとエアーズロックで待ってるよ!」
ギルはエリスに道連れにされそうだ。
ギルはそれでいいのだろうか?
まあいいか。

ゼノンは、
「そうか、待っておるぞ」
余裕の表情を浮かべていた。
お前はそうだろうな。

そしてアンジェリっちは、
「守っち・・・時間を貰える?」
どうやら何か話があるみたいだった。
少し意外な申し入れだった。
でも俺も彼女と二人で過ごしたかった。
実際これまでに二人で過ごしたことは一度も無い。
やっとという気持ちもある。
少々浮足立っている俺もいる。
嬉しい申し入れだった。

上級神一同は放置しておいた。
特に言わなくでもいいと思ったからだ。

旧メンバーは案の定の反応だった。
ランドは、
「そうですか・・・」
なんとも言えない歯痒い表情を浮かべていた。
マークを支えてくれよな、頼むぞ。

メルルは、
「ホノカと待ってますね」
勘違いを受けそうな発言をしていた。
ジョシュア・・・ごめんよ・・・俺は赤子たらしだからな。

ロンメルは、
「旦那・・・寂しいじゃねえかよ・・・」
柄にも無くシュンとしていた。
どうした情報屋、お前は飄々と送り出してくれると思っていたのだがな。
でもありがとうな、ムードメーカー。

メタンは、
「・・・」
無言で号泣しながら神気を濛々と発していた。
神気減少問題はお前がいれば解決出来そうだよ。
あ!もう解決してたか。
プルゴブと仲良くやってくれい!

そしてマークは、
「サウナ島は俺が守ります!心置きなく修業に励んで下さい!」
心強く送り出してくれた。
マークは頼もしくなったな『サウナ島』はお前に任せる。
どうやらマークは一皮むけたみたいである。
その隣でエリカは黙って話を聞いていた。
このサウナ島はお前達に任せた!



島野一家の反応も様々であった。
アイリスさんは、
「サウナ島の畑は任せて下さいね」
かなり前から既にお任せしていますよ。
畑の拡張は程々にして下さいね。

エアーズロックは、
「北半球の転移扉はお任せあれ!」
本当に好青年だな。
助かるよ。

クモマルは、
「我が主、邪魔せぬよう遠くから見守らせて頂きます」
どうやら俺を遠くから見守るつもりの様だ。
任せるよ、クモマル。

エクスは、
「マスター帰ってきてくれるんだよな?そうだよな?」
不安そうにしていた。
このビビり野郎が、でもお前も成長したな。

レケは、
「ボス・・・」
言葉になっていなかった。
いい加減飲み過ぎるなよ。

エルは、
「お帰りを待っていますの!」
歯茎全開で笑っていた。
変な子モードになるかと思った・・・

ゴンは、
「主・・・」
涙を必死に堪えていた。
ルイ君と幸せにな・・・これで合ってるのか?

ギルは、
「・・・パパ、待ってる・・・」
寂しそうな顔をしていた。
エリスと青春を謳歌するんだぞ。
着いてくると言い出すかと、ちょっと冷や冷やしていたが、ギルはそれを察してか、飲み込んだみたいだ。

そしてノンは、
「いいよー、僕は着いてくからねー」
勝手に着いてくると宣言していた。
そうだろうなとは思っていた。
ノンは絶対に俺に着いてくると言うと。
こいつはどこまでも俺に着いてくると分かっている。
例えそれが地獄だとしても。
マイペースに飄々と着いてくよと言うだろうなと。
流石は俺の相棒だ。
着いておいで、ノン。
一緒に行こうか!
最後の旅に!



俺はアンジェリっちの為に時間を作った。
否、俺の為でもあるのかもしれない。
場所はサウナ島にあるアンジェリっちの部屋である。
女性の部屋に入ることに少々抵抗はあったが、そんな事はいいからと誘われてしまっては断れなかった。
やっと二人の時間を過ごせるみたいだ。
少し嬉しい俺がいる。

アンジェリっちは徐に、
「ワインでいいかな?」
問いかけてきた。

「ああ、任せるよ」
俺は自然に頷いていた。

ワイングラスを重ねて、俺達は乾杯をした。
軽快なグラスの音が部屋に響き渡る。
特に何を話すことなく過ごしていた。
適当にワインを飲み、ツマミにチーズを食べていた。
俺には無言であることが全く苦にならなかった。
これが普通の出来事に感じていたからだ。
この自然体の感覚は何なのだろうと思っていた。
とても心地よく感じる。
何となくだが、夫婦とはこんなものなのかもしれないと思っていた。

すると何か決心したかの如くアンジェリっちが話し出した。
「守っち、行くんだね・・・」

彼女は視線を落としていた。
「ああ」

「長くなりそうなの?」
探る様に訪ねてきた。

「どうかな・・・」
俺にも分からないな。
「・・・ねえ?」

「なに?」

「オリビアの事はどうするつもりなの?」
真っすぐにこちらを見据えていた。
「どうするとは?」

俺は普通に問い返していた。
「分かってるんでしょ?」

「まあね・・・」

「で、どうするの?」

「どうにもしないよ・・・俺にはその気はないからさ・・・分かってるんだろ?」

「だと思った・・・」
ここでやっと視線が外れる。

「やっぱり?・・・」

「そりゃあ・・・分かるわよ・・・」
歯痒い時間を過ごしている。
でも嫌いじゃないな、こんな時間も。

「で、何か話でも?」
敢えて振ってみた。
答えは分かっている。

「まあね・・・」

「それで?・・・」
アンジェリっちが少し照れている様に、俺には見えた。

「もう少し飲もうか?」

「ああ・・・」
何とも言えない時間を過ごしていた。
でも居心地はよかった。
多分彼女もそう感じているのだろう。
時折交わす視線に微笑が含まれていた。
リラックスした時間を過ごしている。

ワインを取りがてら俺の隣に座った彼女が、不意に俺の手に彼女の手を重ねた。
とても暖かな手だった。
愛くるしい手だった。
いつまでも握っていられる、そんな気分だった。

「どうした?」

「いいから・・・」
アンジェリっちは肩を寄せてきた。
俺にしては珍しく、恥ずかしげも無く受け入れていた。
それが当たり前の様に。
そして俺はその手を握り返していた。
お互いの手がしっかりと握りしめられていた。

「・・・」
アンジェリっちが俺を見つめた。
自然に身体が動いていた。
それが当然であるかの如く。
俺達は唇を重ねていた。
まるで挨拶を交わすかの様に。
とても自然な行為だった。
これまでなんでこうして来なかったのかと思える程だった。
理由は要らない。

そして俺達は愛情に満ちた一夜を共にしたのだった。
ここに一つの愛が成就したのである。
これまでこうならなかったのが不思議な出来事であった。
余りに自然な行為であった。
俺は心の底でこう想っていた。
やっとかと・・・
最高の夜を過ごしていた。
それはとても愛情に満ちた時間だった。



俺はノンと共に旅立つ事にした、それも目立たずに。
見送られるのもどうかと想い、人知れず旅立つ事にしたのだ。
それを察してか、島野一家が俺の家のロビーに勢揃いしていた。

「主、いってらっしゃいませ!」

「お待ちしておりますわ!」

「待ってますよ!」

「パパ!絶対帰ってきてよ!ノン兄!パパを頼むよ!」

「我が主、警護はお任せください」

「ご主人様お待ちしてますの!」

「マスター、早く帰ってきてくれよ!」

「ボス!俺は寂しいよ!」
全員が送り出してくれるみたいだ。
俺は宣言した。

「お前達!俺は必ず帰ってくる!またな!」
俺は転移することにした。
一抹の寂しさを残して。

ヒュン!

俺はノンと転移した。