儂の名は山野五郎、まぁなんでえ、神様なんてもんをやらせて貰ってる。
柄でもねえが、まあそこんとこはよう、成っちまったもんは仕方があるめえ。
どうにかやるさ、だが神様呼ばわりされるのは、未だに慣れねえもんだな。
どうにも照れちまいやがるし、なんだか体がこそばゆくなっちまう。
まあそんなことはいいとしてだ。
儂は日本の温泉街で次男坊として生まれた。
温泉街とはいっても立派な観光地でな、随分な人で賑わっていたもんよ。
一般人から豪商まで、客は絶えることはなかったさ。
儂の爺さんが言うには、
「お前の産湯は儂が掘り当てた温泉の湯じゃ、かっかっか!」
てなことらしい。
そりゃ誇りたくなるってなもんよ。
儂はこの爺さんが大好きで、大の爺さん子だった。
儂は爺さんが話す温泉の話が大好きで、もちろん温泉にもよく一緒に入ったもんさ。
それになによりこの温泉街は、爺さんが造ったと言っても過言じゃねえらしい。
そりゃ温泉を引き当てたんだから、そうなるわな。
泉源を引き当てた時は、大層な大ごとになったらしく、何かと大変だったと爺さんが言っていたな。
爺さんは相当な温泉好きで、この街以外の温泉地にもしょっちゅう訪れていたそうだ。
その度に婆さんからは口酸っぱく怒られてたもんよ。
爺さんは視察だなんだと、よく言い訳してたもんさ。
一度だけ儂も着いて行ったことがあったが、あれは視察なんかじゃねえ、ただ温泉が好きで行ってるだけだったな。大した温泉馬鹿の爺さんだったよ。
まあそんなこんなで、儂も子供のころからの、根っからの温泉好きになっちまったてな訳だ。
それになにより、この爺さんが造った温泉街が儂は大好きだった。
いつしか爺さんも亡くなり、儂も成人を迎えてからというもの。
儂は温泉旅館の手伝いをするようになっちまってた。
跡取りは兄貴がいたから、儂は気ままなもんで、隙をみては温泉旅行によく繰り出したものさ。
いろいろ周ったなあ、全国津々浦々いろんな温泉に浸かりに行ったさ。
路銀が切れる頃には実家に帰って、温泉旅館の手伝いよ。
手伝いと言っても、儂は旅館の業務のほぼ全てができるってなもんで、兄貴からはいい加減腰を据えて手伝ってくれ、なんて言われたもんさ。
受付から、接客、裏方仕事全般、挙句の果てには料理もできた、板前長さんからは、本格的にやってみないかと何度か誘われたもんさ。
そりゃだって、そうだろう。
小さい頃からこの温泉街の全部を見て来たし、なにより爺さんには、温泉旅館の仕事はみっちり仕込まれてたからな。
儂にとってはできて当然ってなもんよ。
まぁ温泉旅館のこと以外は、何にもできねえけどな。
ハッハッハッ!
儂もそろそろ五十歳を迎えるころ、暮らしは随分変わっちまってた。
戦争だ。
何を日本のお偉いさん方は考えているのか、儂には全くわかりゃしねえ。
だがよ、どうして同じ人間同士が殺し合わなきゃなんねえんだ?
戦争に勝ったからって、何になるってんだい?
儂にはさっぱり分からねえ。
最初は、戦勝戦勝って騒いでいたが、次第に雲行きが悪くなっていったもんよ。
当然温泉旅館なんて、真っ先に煽りを受けちまって、今じゃあ閑古鳥が鳴いてらあ。
そりゃあそうだろう。今や日本国民全員、誰一人として贅沢なんてできやしねえ。
しまいにゃあ食事も配給制だ。
こんなんじゃあ、仮にお客が来たって、ろくな食事も出せやしねえ。
そして、あれはいつだったか。
遠くの空からそいつは急に現れやがった。
B29だ。
街の皆が血相変えて、防空壕に一目散で駆けていったさ。
儂も今まで感じたことがねえほど、恐ろしかったのを覚えてらあ。
今でもたまに夢に見るぐれえだ。
あの恐怖は百年経った今でも忘れねえ。
儂も防空壕にまっしぐらに駆けていったもんさ。
だがよ、本当の地獄はここからだったのさ。
防空壕の中ってのは、そりゃあ狭くて埃っぽくて、人が居れるような場所じゃねえんだ。
だが、そんな贅沢はいってらんねえ、なんたって命が掛かってんだからな。
皆で息を殺して、音だけを頼りに外の気配を感じていたさ。
そしたらな、揺れるは揺れる、轟音はするはで、この防空壕も持たねえじゃねえかって、半ば諦めそうになったもんよ。
結局なんとか凌いだようで、儂は死なずに済んだがこの後がいけねえ。
外に出ると儂は我が目を疑った。
儂の愛した温泉街が、爺さんが造った温泉街が、瓦礫と化した姿を見ちまったのさ。
恐らく儂は何時間も何もせず、その場に立ち尽くしていたと思う。
目の前の光景を受け入れられなかったのさ。
じきに時間が経ち、やっと、考えれるようになった時に、
「いよいよ廃業だな・・・」
いつの間にか隣にいた兄貴が、ぼそっと呟きやがった。
そうか、そうなんだな、儂が愛した・・・爺さんが愛情を持って造ったこの温泉街が・・・終わっちまうのか・・・くそう・・・くそう!くそう!くそう!
儂らが何をしたってえんだい、人様に恨まれるようなことは何にもしちゃあいねえ!
なんなんだよ・・・なんだってんだよ!
畜生!畜生!畜生!
儂は面白おかしく、大好きな温泉に浸かって、温泉街に携わって、楽しく生きていたかっただけだってのに。何がいけねえってんだよ!
終わっちまったのか?・・・本当に終わっちまったのか?・・・諦めきれねえ。
儂にはまだ!
それは突然の出来事だった。
「五郎や・・・聞こえるか?・・・」
ん?なんでえ、頭の中に声がしやがった。
儂はいよいよ可笑しくなっちまったのかい?
「いいや・・・そうではない・・・五郎よ・・・声に耳を傾けるんじゃ」
おいおい何だってんだい?また声がしやがるぞ。
「五郎・・・お前に選択肢を与えたくてな・・・聞く気はあるか?」
なんだってんだい、選択肢?なんのことでえ。
そう思うと儂はなんだが急に、冷静になっていく自分を感じた。
何だか分からねえが聞いてみるか、で、選択肢ってのはなんだってんだい?
「五郎や・・・お前の能力を見越して一つ提案してみたいことがあるんじゃ」
能力?よく分からねえが、聞こうじゃねえか。
「お主、自分の温泉旅館いや、自分の温泉街を造ってみたくはないか?」
はあ?そんなもん、あたりめえじゃねえか、それができるんなら儂は何だってやってやるさ!
「そうか、はっはっはっ、よかろう、ではお主には今から異世界に転移してもらう、よいかな?」
異世界?転移?なんのことだってんだ?
「そのまんまじゃ、異世界に渡って、そこで温泉街を造って欲しいのじゃ、その世界はな、お主の住んどる日本とは全く違う世界なんじゃがな、実は娯楽が少ない世界なんじゃ」
まったく違う世界?娯楽が少ない?何だってんだ。
「そこで、温泉街を知り尽くしておるお主に、その文化を広めて欲しいのじゃ、いかがかな?」
うーん、異世界に行って、温泉街を造れってことか?合ってるのか?
「そう、それで正解じゃ」
そうか、そりゃあ行かねえ理由が無えじゃねえか!やってやるよ!否!やらせて貰うさ!
「そうか、ではよろしくな」
声の主がそう言うと、儂は意識を失った。
目を覚ますと、そこにはまったく知らねえ世界があった。
石造りの城壁に、広がる町並み、道行く彫の深い人間、獣人。
そのありとあらゆる視界から入ってくる物が、儂の知っている世界ではなかった。
知らねえ匂いもした、肌に受ける風の感覚すら違ってらあ。
儂は直ぐに実感する、ここは異世界だ!日本では無い世界。
儂は先ほどの、見知らぬ声の主との会話を振り返る。
ここは異世界・・・娯楽が少ない世界・・・温泉街を造る・・・だったな。
いいじゃあねえか、やってやるよ、やってやるさ。
造ってやろうじゃねえか、異世界で温泉街をよ!
さあ、これからどうしようか?試案のしどころだな。
まずはこの世界を知らねえとな、ひとまず誰かと話してみるか。
周りを見回してみると、たくさんの人が行き来していた。
ここはどうやらどこかの街の通りのようだな、よく見ると人間やら、獣と人が混じったような者や、あれは何でえ?やけに耳の長い綺麗な肌をした姉ちゃんだな、えらい別嬪さんじゃねえか。
こりゃあこの人からって、いやいや、いけねえもっとちゃんと観察しねえとな。
鎧を来た洋式の戦士みたいなのもいるな。
すると肩を叩かれた、振り向くと、鎧を纏った図体のでけえあんちゃんがいた。
「あのー、見かけない顔ですが、この街にはどういったご用件でお越しですか?」
言葉遣いは柔らかいが、その目には決して隙は無え。
儂は考える。
取り繕おうにも何もねえ、というよりまだ何もわかっちゃいねえ、何かしら怪しまれてるのは、目をみりゃあよく分かる、どうしたもんか?手筈は何もねえ、ええい!何を考えてやがる、できることはなにもねえじゃねえか。
「儂はな、先ほど違う世界からこの世界に来たばっかでな、どうしたもんかって悩んでたところでな。そしたらおめえさんが話し掛けて来たってことよ」
え!といった表情で男は仰け反った。
「もしかして、転生者ですか?」
転生者?そういやあ、それらしいことを声の主が行っていたな。
「ああ、そのようだな、で、ここは何ていう街なんでえ?」
「ここは『タイロン王国』の城下町です」
「そうかい、ありがとよ」
「あの、すいません、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「儂かい?儂は山野五郎ってもんだ。よろしくな」
「山野五郎さんですか、分かりました。では、私に着いて来ていただけますでしょうか?」
真っすぐな目で見つめられた、それは拒否はさせないという意思に満ちたものだった。
こりゃあ着いて行くしかなさそうだ。さてどうなることやら。
「ああ、よろしく頼む」
誘われるがままに、この男に着いて行った。
聞いてみたところ、このあんちゃんはこの国の警備兵をやっている者だったようだ。
そして、この世界には稀に異世界からの転移者が現れるらしい。
この世界では、異世界人は重宝されるようで、何でもこの世界の人達の知らない知識や知恵を持ってることが、その理由らしい。
まあ儂にその知識や知恵があるのかはさておき、大事にされるってんなら、ありがてえってなもんよ。
このあんちゃんの名前はなんだったかな?
百年以上前のことだからな、覚えちゃあいねえなあ、ああそうだ、エルドラドだったな。そうだそうだ。
そうこうすると、部屋に通された。
「五郎さん、飲み物と食事をお持ちしますので、少々お待ちください」
そう告げて、エルドラドは部屋を後にした。
しっかしまあ、異世界とは恐れ入った、本当に来ちまったな、さてこの先はどうなることか?楽しませて頂こうじゃあねえか。
などと考えていると、エルドラドがお茶を持って来てくれた。
一口飲んでみた。
薄い茶じゃあねえか、もっと香り立つように茶は入れねえと駄目だろうが、と言いたかったが、止めておいた。
そこまで出しゃばるのはよろしくねえな、せっかくのもてなしだ、ありがたく頂こうじゃねえか。
グイっとお茶を飲むも、やっぱり物足りなさを覚えた。
「これから面談を行いますが、中級神様のエンゾ様が行うとのことです」
そうエルドラドが告げた。
はあ?中級神?なんのことでえ、中級神ってことは神様ってことか?この世界には神様がいるってえことかよ?
「なあエルドラドよ、この世界には神様が居るってえことなんかい?」
「ええ、そうですよ」
当たり前のように話すエルドラドに違和感を感じつつも、疑問に思う事を聞いてみた。
「なんでえそりゃあ、この世界には神様が居て、儂らと共に暮らしてるってえことかい?」
「はい、そうです。この世界は神様達の権能無くしては、世界が成り立ちませんからね」
なんでえそりゃあ、どういうことでえ?権能?なんのことでえ。
しかし、神様が普通に一緒に暮らしているって、どんな世界だよここは、こりゃあ今までの常識を全て無くさないと、やっていけそうもねえじゃねえか、儂は氏神様すら見たこともねえってのに、なんなんだよいってえ。
「権能ってのは何でえ?」
「権能とはいわゆる能力です、神様それぞれが持つ力のことです」
神様が持つ能力?訳が分かんねえな。
扉がノックされた。
「どうぞ、お入りください」
と応えるエルドラド。
一人の女性が入ってきた。
その女性はまるで行司の様な恰好をしていた、透き通る肌に、薄っすらと紅が入った唇、切れ長の目、これはまた別嬪さんじゃあねかよおい!
儂の対面に座り、その女性が話し掛けてきた。
「山野五郎さんで間違いないでしょうか?」
声には高い知性を感じさせる風格があり、儂は少し萎縮する自分を感じた。
儂は賢い女は苦手だ。
「ああ、儂が山野五郎だ。してお前さんは誰でえ?」
「申し遅れました、私はエンゾと言います、このタイロン王国の財務大臣をしております」
「てえと、さっきエルドラドから聞いたんだが、中級神様ってやつかい?」
口元を袖で隠して、薄っすらと笑うエンゾ。
「はい、仰る通りです」
「かあー、聞いちゃあいたが、本当に神様が顕現してるんだな。こりゃあ、えれえこったぜ」
儂は膝を叩いて笑った。
これが笑わずにいられるかってんだ。
なんでえこの世界はよ。
その様子に更に微笑むエンゾ。
「我々神が一緒に暮らすのは、そんなに可笑しいことですか?」
「そりゃあ可笑しいってなもんよ、儂がいた世界ではな、神様なんて想像の産物とさえ考えられてるからな、それが直接会って、こうやって会話までしているってんだからよ、これが可笑しくなくてなんだっていうんだい、ガッハッハッハッ!」
「あらまあ、そういった世界もありますのね」
「しかし、なんだな。この世界にきてまだ数時間ってことは、この先も驚きの連続になるかもしれねえな、結構なことだな」
間をおいてから、エンゾが尋ねてきた。
「それで山野五郎さん、どうやってこの世界にお越しになられたんですか?」
「ああ、そうかそうか、まず儂のことは五郎と呼んでくれ、堅苦しいいのは苦手でな。それで、この世界に来たのはな。突然頭の中に声が聞こえてよお、その声の主が言うには、この世界は娯楽が少ねえから、儂にこの世界で温泉街を造ってみねえかと言われてな。まあ儂にとっちゃあ願ってもない話だから、そりゃあやるぜと答えたら、急にこの世界に来ちまったってことよ。分かるかい?」
腕を組んで押し黙るエンゾ、エンゾの後ろで護衛の様に立っていた、エルドラドも何かを考えている雰囲気だった。
「五郎、教えて欲しいのですが、その声の主は誰でしょうか?」
そういやあ、そんなことは何にも考えていなかったな、誰だろう?分からねえな。
「分からねえな、そんなこと考える暇もなかったからな」
「そうですか、あと、温泉街ってなんでしょうか?」
こいつ温泉街を知らねえ?そうか、もしかしてこの世界には温泉がねえのか?
「温泉街っちゃあ、温泉がある街のことさ、温泉って分かるか?」
「温泉ですか?エルドラド、聞いたことはありますか?」
「いえ、私も初めて聞く言葉ですね」
「そうか、そういうことか、面白れえじゃねえか」
この世界にはまだ、温泉がねえってことだな、又は、泉源があってもどうにもできちゃあしねえってことだな、そうなりゃあ儂が造る温泉街は、この世界での第一号ってことじゃあねえか、ありがてえ話だ。
やりがいがあるってなもんだ。
「いいかい、よく聞いてくれや。温泉ってのはな」
温泉と温泉宿、そして温泉街について五郎は熱く語った、温泉なだけに・・・
「話はわかりました、その温泉街を造るのを『タイロン王国』として、全面的に支援しましょう」
エンゾがそう宣言した。
儂は『タイロン王国』の支援のもと、温泉街を造ることになった。
まず最初に行うことは泉源の探索だ。
これが無ければ始まらねえ。泉源なくして温泉は出来ねえ。
そこで儂が考えついたのは、歩き周っても見つけることは難しい。まずは聞き込みを行うことにしてみた。
儂には補助員として、エルドラドが同行することになった。
まずは、エルドラドに酒場に連れて行って貰うことにした。
聞き込みといやあ酒場だろう、当然この国の酒や食事にも興味があったしな。どんなもんか・・・
この世界の酒場は日本のそれとはまったく違う物だった。
そもそも家や建物その物が違った。
屋根は瓦ではなく、レンガが主流、柱も木よりもレンガや石造りが多い、細部には木も使われてはいるが、木造建築は数えるほどしか見かけねえ。
この世界の酒場は、なんというか賑やかが過ぎるな。
どうにも畳が恋しいってなもんだ。
酒や食事の注文はカウンターと呼ばれる受付で頼み、出来上がったら自分で取りに行かなくちゃいけねえ。
そして、各々にテーブルで好きに食えというものだった。
店員が注文を取りに来るということは無えようで、雑多な雰囲気が酒場にはあった。
儂はひとまず適当に誰彼構わず声を掛けることにしてみた。
戦士風の一団を見つけ、エルドラドと共に向かった。
「やあ、あんちゃん達突然すまねえな、ちょっと聞きたいことがあるんだが、ちょいといいかい?」
五郎の方を一瞥すると、その内の一人がどうぞと椅子を進めてくれた。
案外この世界の者達は協力的なんかい?
「ああ、ありがとよ、聞きてえんだがよ、おめえら硫黄の匂いを嗅いだことはあるかい?」
一同は眉を潜めた。
「硫黄ってなんだ?」
一人が他の者達を代表するように言った。
「硫黄ってのはな、火薬の原料にもなる物で、独特な臭いを発している物なんだ」
「独特な臭い?」
「ああ、なんて説明したらいいのか・・・おならのような匂いか?」
「おならの匂い?」
「ああ、卵を食べた後にする、おならの様な臭いだなあれは」
キョトンとする一同。
「でな、そんな匂いのする場所を知らねえか、聞きてえってことよ」
「そりゃあ便所だろ?」
大爆笑する戦士の一団、手を叩いて笑う者もいた。
「いやいや、そうじゃなくてよ、便所以外でそんな匂いのする場所は知らねえかってことよ」
「そんなとこ知らねえな、ハハハ!」
「俺のパンツがそんな匂いがするな!ハッハッハッ!」
こりゃあ駄目だ、埒が明かねえ、だが他の表現がわからねえ、どうしたもんか。
まだ大爆笑をしている一団を無視して、エルドラドと他の客に話し掛けにいった。
だが、他の者達の反応も似たり寄ったりで、まったくもって話しにならなかった。
どうしたものか、聞き込みを続けるか・・・方法を変えてみるか。
ただ、他の方法といったら、もう限られている、まったく爺さんはどうやって泉源を見つけたってえんだい?
結局儂らは、聞き込みを続けるしかなかった、時には、ターゲットを変えて、道すがら商人に話を聞いたり、一件一件家を訪ねて話を聞いたりもした。
まったくもって話は空振りを続けた。結局こんな生活を三ヶ月送ることとなっちまった。
「五郎さん、聞き込み以外の方法は無いんでしょうか?」
困った顔でエルドラドが言った。
「そりゃあ、方法があるにはあるが、そうなると何かと物入りでな」
「お金が掛かるということでしょうか?」
「ああ、そうだ、それに時間もかかるぞ」
「なるほど、お金が掛かるうえに、時間もかかると」
「ああ、時間はいいとして、金がな・・・」
「一度、エンゾ様に相談してみては如何でしょうか?このままでは成果が出るとは思いづらいですし」
そうだわな、手詰まり感があるのは儂も分かっちゃいるんだが、まあ駄目元で相談してみるか?
「そうするか」
エルドラドにエンゾとの会談の用意をしてもらうことにした。
翌日、エンゾは快く会談に応じてくれた。
「エンゾすまねえな、時間を貰ってよ」
笑顔でエンゾが応える。
「いえいえ、温泉街の進捗はいかがでしょうか?」
「いやー、それがな、芳しくねえんだよ」
儂は頭を掻いて、気まずさを誤魔化した。
「といいますと」
「それがな、聞き込みをここ三ヵ月続けたんだがな、まったくもって埒があかねえ、全然泉源の場所のヒントすら掴めねえ状況さ」
儂はすまなそうにエンゾを見つめた。
笑顔を崩さないエンゾ、
「そうですか、それで次なる手はありますか?」
やっぱりそうくるよな、ああ、話しづれえな。
「あるにはあるのだがな、エルドラドよ」
ズルいのは分かっているのだが、エルドラドに振っていた。
「ええ、エンゾ様、在るには在るのです、しかし・・・」
話しづらそうにしている儂らに、エンゾは笑顔を崩さずに言った。
「五郎、遠慮なく話してください、私は全面的に支援すると言ったはずです、それは今でも変わりません」
そうか、そうだったな、駄目元で話してみるか。
ままよ!
「エンゾよ、そこまで言ってくれるなら、話させてもらうがな、次の手はある、だが金が掛かる上に時間がかかるんだ」
「それはどれぐらいですか?」
「正直検討もつかねえ、見つかるまで掛かるってのが、本当のところだ」
「それはどういうことですか?」
「旅に出て、泉源を探すしかねえってことなんだよ」
「なるほど」
「だからな人手もいる、そうなりゃあ当然金も掛かる、いつ泉源が見つかるか分からねえってことよ」
腕を組んで考え込むエンゾ、目を瞑って何かしら考えている様子。
何かを決したのか、正面から儂に目を向けたエンゾが語った。
「分かりました、いいでしょう。出来るだけのサポートは致します。」
「「ええ!」」
儂とエルドラドは口を揃えていた。
「ですから、遠慮なく、進めてください」
「本当かおめえ?」
思わず呟いていた。
「ええ、実はね五郎、私はこの温泉街に望みを感じているのです、あなたが初めて会った時に話していた通り、この世界には娯楽が少ないのは事実なのです、少なからず私はそう感じています。ですが私自身も娯楽という物がどういった物なのか?という本質は掴めてはいないのです、五郎がこの世界に来たのは、創造神様の意思ではないのかと思うのです」
創造神様の意思?何のこってえ。
「創造神様ってなんでえ?」
「ああ、ごめんなさいね、五郎はまだこの世界に馴染みは無いから知らないでしょうけど、この世界の最高神は創造神様なのです、そして私は、創造神様があなたを遣わしてくださったのではと考えているのです」
最高神が儂をここに遣わしたってことなのか?本当にそうなのかい?
えれえ話じゃねえか。
「ですので、その意を組んで私は全力であなたを支える所存です」
そうなのか・・・ああ・・・エンゾが女神に見えてきた・・・あっ女神だったな・・・何だかな・・・今だに慣れねえな・・・
エンゾが最高の笑顔でこちらを見ていた。
この日から、綿密な打ち合わせが始まった。
儂と、エルドラド、そしてエンゾ、三者会談が始まった。
まずは、どこにどうやって旅を行うかということだ。
そして、旅のお供について、当然儂とエルドラドだけというのは、現実的では無え。
そこでお供に考えられたのはハンターだった、残念ながら、国軍を使わせては貰えなかった。
あくまで国軍は国防の為、そして国益の為の組織であって、そこは神様とはいってもどうにかできるものではねえ。
今回の旅は、森を抜けることになるし、獣にも遭遇することは必須だ。だからこそ、人員がいる。
ハンターを雇い入れるには勿論賃金が発生する、それ以外にも旅には費用が掛かる、その費用を『タイロン王国』が肩代わりすることになった。
ほんとすまねえな・・・
ここで大事なのは肩代わりということで、将来的には返済しなければならねえ。
すなわち一日でも早く泉源を探し出し、更に温泉街を完成させて、利益を出さなければいけねえということだ。
儂は思い出そうとしていた、爺さんと交わした温泉に関する会話を。
必ずここに泉源を探すヒントがあると儂は考えた。
爺さんとは数限りなく温泉に関する話をしたもんよ、泉源に関する話もしたはずだ、思い出せ、何かあるはずだ。
「五郎や、温泉の源泉ってのはな、いわば湧き水みたいなもんよ。地球の地熱や地下に流れる溶岩層からの熱を受けて、地下水が温まって出てきたものなんだ、その湧き水が発生している場所を泉源というのじゃ。わかるか?」
「五郎や、泉源にも自然に噴出しているものと、掘削して掘り当てるものとあるのじゃ」
「五郎や、泉源には水と地熱が必要ということだ、わかるか?」
儂は考える、水と地熱、海側か、山側か、いずれにしても、加水する必要がある場合を考えると、川から離れ過ぎない方がいいのかもしれねえ。まずは川岸から始めるか・・・あと儂はこの世界のことを学んだ、なんでもこの世界には魔法が溢れているようだ、土魔法ってのが掘削に役立つかもしれねえ。
「エルドラドよ、ハンターには土魔法を使える奴を何人か加えておいてくれや、あと旅のルートは川岸からだ」
「分かりました、手配しておきます」
「五郎、これを持っていきなさい」
手渡された物は地図だった。
「『タイロン王国』は広いわ、この国の中からその泉源が見つかることを期待しているわね」
「ああ、徹底的にやってやらあ」
自信たっぷりに儂は言った。
こうして、泉源を探す旅が始まった。
旅のお供はエルドラド、他ハンターが七名、人間と獣人とエルフのパーティーだった。
なんでもエルフという種族は、魔法が得意な種族らしく、本来であれば、ハンターは五名体制が一般的らしいが、今回はここに土魔法を使えるエルフがニ名加わったパーティーとなったようだ。
旅の工程は、予定通り川岸から始めることになった。
作業としては、川岸からおそよ百メートルほど離れた場所を中心に森を切り開いていく。そして、地面を十メートルほど掘削する。
これが結構な重労働となった、森の様相によっては、地面が見えていない箇所があり、そういった場所の場合は、草を刈り地面をむき出しにしてから作業を行う必要があったからだ。
更に岩盤層による抵抗もあり、そういった層があった時は時間を有するからだった。
あー、めんどくせえ。
ただ考えようによっては、泉源が見つかった時には、そこが温泉街の中心となる為、将来的にはタイロンの城下町へと街道を繋げなければならねえ。その足掛かりになるのだと捉えればいいってことよ。
そんな作業を含む為、一日に調査出来るのは、五十メートル足らずの範囲となっちまった。
今調査を行っている川の名前は、ヨーラン川というらしく、その川幅は五十メートルほどあり、日本では恐らく一級河川ぐらいの規模の河川だったな。
今は作業を中断し、昼食を取っていた。
食事に関しては、儂の『収納』を使って、タイロンの城下町で買った様々な食材で、現地調理して儂が振舞っていた。
たまに警護がてら、ハンター達が獣を狩ってきてくれていたので、それの肉を振舞うこともしたさ。
儂の料理はハンター達に絶賛された。
それはそうだろう、温泉旅館での手伝いで厨房に立ち、料理長にもその才能を認められていたぐらいだからな。
更に儂は作業がてら、果実や自生しているキノコ類なども、日本で知りえた知識と『鑑定』でもって、食材に加えていた。
逆に儂にしてみれば、自生している食材の多さに驚いたほどだったぞ。
そして、儂は週に一度は休暇を取るようにした、これは儂の拘りでもあった。
儂は知っていたんだよ、作業を続ける毎日を繰り返すよりも、休暇を挟んで行ったほうが、作業がはかどるという事をな。
休暇の過ごし方はそれぞれに一任している。
儂はというと、釣りをして過ごすことが多かったな。
エルフの一人が、釣りをしているのを見かけたのがきっかけだった。
儂は、日本ではほとんど釣りを行ってこなかったが、まさかこの世界で釣りを学ぶことになるとは思わなかったぞ。
釣りとはこんなに面白い物であったのかと、儂は関心した。
そんな具合での旅となった為、旅の期間としては、予定よりも長く続けることができた。
ありがてえ話だ。
ハンター達とも打ち解けて、旅は順調に進んでいた。
たが、難点もあった、それは雨だ。
雨の日は調査がほとんどできねえ。さらに川に近いこともあって、雨量によっては河川の氾濫を見守らなければなら無らねえ。
日本とは違い、河川の護岸には何も対策は立てられていねえ。
自然のままの状態だ。
従って、雨の日はただただ体力を削られる。
しかし、儂は考える。そんな中でも出来ることがあるのではねえかと。
そこで儂は、雨の日は今後のことを考え、料理を作り置くことに専念した。
これも、少しでも早く泉源を見つける為の作業だ。
更に儂は、ハンター達と話しをし、この世界を知ることに専念した。
そうこうしていると、食料が尽きだし、タイロンの城下町に帰らなければならなくなった。これにて旅は一端終了となる。
これまでのルートを地図に写し、以降の旅に向けて今後の旅程を考える。
そんなことを繰り返すこと数十回、気が付けば、既に三年の月日が経っていた。
そして、いよいよ儂に、念願の時がやって来る。
儂はこれまでに何度も行っている作業に取り掛かった。
メンバーは入れ替わりを得てはいるが、概ね変更はねえ。
エルドラドも慣れたもんで、作業に交じっている。
そんななか、儂は懐かしい匂いを嗅いだ。
一瞬にして儂の心が叫びだす。
儂は我も忘れ走り出していた。
木の枝が頬を掠めていたが、そんなことは気にしてられねえ、嗅ぎなれた匂いのする方へ。
そこには自然噴出する泉源があった。
儂は我先にと泉源に近づき、源泉に触れてみた。
「熱っちぃー!」
喜びの叫びだった。
「やったー!、見つけたぞー!」
何があったのかと、エルドラドが全速力で駆けて来た。
「見つけたのですか?」
「ああ、エルドラド!そうだ、源泉だ!触ってみろ。やったぞ!」
儂は両手を挙げてガッツポーズをしていた。
「熱っちぃー!これが源泉、すごい、水が熱い!」
エルドラドも興奮していた。
ハンター達も追いつき、同様の反応をしていた。
やったぞ、遂にやったぞ。儂の温泉、儂の温泉街が出来るぞ。
「遂にやりましたね、これまで三年以上、長い旅でした」
「エルドラド、おめえ何を言ってやがる、忙しいのはこれからじゃあねえか」
「そうなんですか?もういい加減、国軍に帰らせてくださいよ」
そう言いつつも、笑顔のエルドラド。
「おめえさん、そりゃあ本心かい?違うだろう?」
「ハッハッハッ、どうでしょう?」
エルドラドは頭を掻いている。
遂にここまできた、いやこれからだ!
儂は心の中の熱い想いを噛みしめていた。
一度、タイロン王国に帰ることとなった。
ここからは、温泉街の建築に向けて、本格的に動きだすことになる。
建設にはやり直しがきかねえ、と思った方がいいと、儂は考えている。
小さなミスが、大きな時間的金銭的なロスを生むなと。
実際そうであろうな、特に街の根幹となる上下水道に関しては、やり直しは大きなロスとなるだろう。
「エンゾよ、遂にやったぞ!」
儂ははエンゾの目を正面に見て言った。
「そのようですね、おめでとうございます」
というエンゾを遮って儂は
「いや、そうじゃあねんだ、これからが大事なんでえ。嬉しいが、祝いの言葉はまだ待ってくれや」
エンゾは微笑みながら頷いた。
「そうですね、ここからですね」
「五郎さん、それでここからはどのようにに進めていきましょうか?」
エルドラドが先を促す。
「ああ、それだがな、儂なりにいろいろ考えたんだがよ、ここからは人海戦術になりそうだな」
「人がたくさんいるということですね」
そういうと、エンゾは考え込みだした。
「そうだ、それにまずは、この国の建築技術がどれだけのものかを知る必要があるな」
腕を組んでエルドラドは考えている。
「大工を招集した方が、いいですかね?」
「ああ、そうだな、それだけじゃあねえ、建築士が必要だな、設計を間違えることはあってはならねえ、特に温泉は水が命だ、給排水を間違う訳にはいかねえのさ」
「なるほど」
「ちなみにこの国の上下水道はどうなっているんでえ?」
エンゾが応える。
「この国の水道は、まだ発展途上といった方がいいわね。まだ井戸で汲みだしているところが大半よ、というかね、今回を機にその技術を学びたいと考えているわ」
儂は目を瞑って上を向いた。
そうかい、一からってことじゃあねえか、それは指南のしどころってことだな。やってやらあよ。
「分かった、やってやろうじゃねえか、まずはこの国の主だった建築士達を集めてくれや、どうでえ?」
「そうしましょう」
エンゾは儂に向き直ってそう答えた。
ここから儂は、建築に関しての一切を取り仕切ることになった。
インフラとなる上下水道の技術、日本建築の技術、温泉街に必要となる物、ありとあらゆる技術を惜しみなく伝えた。
そのこともあり、タイロンの建築技術やインフラは、この後飛躍的な発展をすることになった。
儂は、爺さんとの会話を思いだしていた。
温泉の構造、温泉街を造った時の話、その仕組みから細部まで、果ては温泉旅館の接客についてまで、全てを際限なく思い出していた。
儂は想う、爺さんとの会話が無ければ、この温泉街の完成は無かったのだなと。
そして、タイロンの国軍まで巻き込み、一大事業が始まった。
なんと完成までおよそ四年の年月が掛かることになった。
異世界に来てからおよそ八年、遂に念願の温泉街の完成と相成ったのだ。
しかし、これで儂は終わらない。
更なる進化を求めて、やっと満足のいく温泉街となるには、その後十年の歳月を有したのだった。
そして、その功績が神達に認められ、儂は温泉街の神様となった。
ちなみに、まだ『タイロン王国』への支援金の返済はまだ続いている。完済までにはあと二十年は掛かりそうだ。
俺は、考えている。
五郎さんとの会話を思い出していた。
五郎さんはあまりにも壮絶な人生を送っている。
だが同時に羨ましいとも思うのだった。
自分の好きなものに熱中し、そしてそれをやり遂げている。
これは、なかなかできることではない。
一説には自分のやりたいことをやっている人は、人類全体の一割にも満たないとのこと、更にそれをやり遂げた人は、更に一割しかいない。夢に生き、夢を叶えた人はわずか1%ということらしい。
自分のやりたいことを見つけられず、人生を終える人がほとんどであるということだ。
俺はどうなんだろうか?
自分が何をしたいのかについて、色々と悩んだ時期も確かにあった。
だが、しかし今は、それすらも超えた何かを見据えようとしている自分がいるの。
上手くは表現できないが、自分を突き動かす何かを感じているのだ。
それにしても五郎さんは凄いな、ほんと感心するよ。
俺もスーパー銭湯でも造ってみようかな?
なんてことはさておき、上下水道に関しては、俺もどうしたものかと考えていた。
やっぱり、インフラを整えるべきなんだろうか?
正直今はそこまでは困ってはいないし、必要性も感じない。だがあったら便利だろうなとは思う。
畑の水撒きや風呂の水、特にトイレが水洗式になるのは嬉しい。
だが、あまりに人手が足りない為、今から上下水道工事を行うには、掛ける時間とのバランスが、合わないように感じる。
即決することでも無い為、今はとりあえず置いておこうか・・・
手元に目をやり、今やるべきことに切り替えることにした。
今から行うのは、なんちゃって家電の作成だ。
造るのは、なんちゃって冷蔵庫。
日本から電力を持ち込むことは容易ではあるが、今は控えている。
太陽光パネルを購入し、家電を持ち込み利用することは可能で、電力を持ち込めなくはないのだ。
若干不便だけど、楽しい生活を満喫したいという想いがある。
詰まるところ、俺は何かを一から作り上げることが好きなのだ。
現代日本の科学力を、極力使わないことを俺は決めている。
まあとはいっても、今はだけどね。
さて、俺の持論はいいとして、作業を開始しよう。
『万能鉱石』を購入し、アルミを作製する。
百センチ×八十センチの板状のアルミを八枚。
八十センチ×八十センチの板状のアルミを四枚。
後は、五センチ×三百六十センチの同じく板状のアルミを四枚と、五センチ×三百二十センチの物を二枚用意した。
残る材料はゴム、畑で育てたゴムの木からゴムを抽出してある。
まずは八枚造ったアルミ板をつがいとして、その周りに五センチ幅のアルミ板を撒いていく。これを四枚分行う。
そして同じ要領で八十センチのアルミ板も、五センチ幅のアルミ板を撒いていく。
撒く作業には『合成』を使い、隙間なく完成した。
これにてアルミの立方体が出来上る。
そして全てのアルミ板に手を翳し『分離』にて、中の空気を抜きアルミ板の内部を真空にする。
冷蔵庫の扉となる部分の内側の縁に、ゴム付ける。
ここから細部の作業が始まる。
蝶番を作製し接地面に『合成』で扉に付ける。
冷蔵庫内部に区切りのとなるアルミ板をはめ込み『合成』で中板を設置する。
あとは勝手に扉が開かないようにヒンジを取りつけて。
なんちゃって冷蔵庫の完成となった。
魔法瓶の構造を利用した、なんちゃって冷蔵庫である。
真空は熱を通さない性質があるらしく。これを利用したという訳だ。
『収納』がある俺は、いつでも冷えた物が飲めるし、食事を保存することができるが、他の家族達はそうともいかない為、便利になるのではないかと造ってみた。
早速、なんちゃって冷蔵庫を開け、区切りのアルミ板の上に『自然操作』にて氷を作成し、お茶やらジュースやらの飲み物を『収納』から移し変えておいた。
最近では、俺がこの島にいないことが多い為、皆には役立てて欲しい。
このなんちゃって冷蔵庫だが、勢いに任せて四台作成した。
いつも島にいるアイリスさんがとても喜んでくれた。
畑の横に置きたいと言われたが、まあ良しとしておいた。
土が混入したり、不衛生になるのではないかと思ったのだが、メインで使うのはアイリスさんなので、許可することにした。
アイリスさんは畑仕事の後に飲む麦茶が大好物らしい、これからはキンキンに冷えた麦茶が飲めると、嬉しそうにしていた。
とまあこんな感じで、文化レベルが更に上がったのだが、これにはピンピロリーンは鳴らない。
鳴って欲しい気分だったので、俺は心の中でピンピロリーンと呟いた。
俺の名前はマーク、人間だ。
俺はハンターをやっている。
俺達のハンターチームの名前は『ロックアップ』俺はリーダーをやっている。
『ロックアップ』は五名編成で、俺は盾役をやっている。
その他のメンバーは斥候役のロンメル、アタッカー役のランド、魔法士のメタン、回復役のメルル。基本的なハンターグループの構成だ。
ロンメルは犬の獣人で、ランドはミノタウロス、他の二人は俺と同じ人間だ。
俺はハンター歴十年を迎える、他のメンバーも大体同じ様なものだ。
このメンバーになってからは約五年になる。
いわゆるベテランの部類に入り、ハンターランクはBランク。
まあ、自分で言うのもなんだが、それなりに顔も売れている。
獣であれば、だいたい狩れる自信がある。
だが魔獣化した獣は別だ、魔獣化した獣は手に負えない。
異常にその強さが増すからだ。
例えば、Dランクのジャイアントボアが魔獣化するとBランクの獣となる。これが、複数体となるとAランクでは利かない時もあるぐらいだ。
まあ魔獣化した獣に会うこと自体が稀なのだが、狩りに出た際には俺は一切気は抜かないようにしている。
ハンターは常に危険と隣合わせの職業だ、これまでにも何人ものハンターが、目の前で死んでいったり、四肢を欠損するところを見た。
その場で死ねれば良いと俺は考えている。
何故ならば、片腕のハンターは使い物にならないと見られるのが、ほとんどだからだ。
それに片腕の仲間に背中を任せるのは正直言って、心もとない。
実際片手を欠損したハンターは引退することが多く、又、再就職先はほとんどないのが現状だ。
そうならない為にも、狩りの最中は決して気を抜けない。
詰まるところハンターとは、狩るか狩られるかという職業だ。
最近の『ロックアップ』は、ハンター活動は控えめとなっている。
というのはメルルが病気がちで調子を崩しているからだ、メルル抜きでも狩りには行けるが、獲物次第では回復役抜きでは厳しいからだ。
ランクの低い獣を狙うという手もあるにはあるが、そこはあまり具合が良くない。
低ランクの獣を狩ってばかりいると、ハンター協会から目を付けられかねないからだ。
紳士協定といったところで、低ランクの獣は新人や、低ランクの冒険者に任せるというのがマナーとなっている。
従って俺達のランクとなると、Eランクの獣のジャイアントラビットに遭遇しても、狩らずにスルーするのがハンターとしての礼儀となっている。
今日はメルルが体調が良いということなので、狩りに出ることにした。
まずはハンター協会に顔を出した所、グレートウルフが出たということだった。
グレートウルフならば、これまでにも何度か狩ったことがある為、狩りを行うことを決意した。
最悪二体までなら何とか出来ると思う。グレートウルフは気性が荒く、つがいであったとしても、連携など取らないことで有名な獣の為、二体同時までなら何とか出来ると考えた。
俺達は狩りの準備を整えて、森へと入っていった。
「メルル、体調はどうだ」
こちらを睨むようにしてメルルが応える。
「だから大丈夫だっていってるでしょ?何回聞けば気が済むの?」
「何度も言ってるじゃないか、こいつの心配性はもはや病気なわけよ、なあメタン」
と同意を求めるロンメル。
「まあそう言わず、リーダーは我々のことを気遣っているのですからな」
メタンがメルルを宥めている。
ほんとにメルルは回復役のくせして気が強いって、なんの冗談だと呆れてしまうが、風魔法も使えるのでそういった面では心強くもある。
まあこれだけ元気ならば今日は大丈夫だろう。
「ハハハ、元気でいいじゃないか」
と、ランドも同意見のようだ。
まあ毎回こんな調子で、もう慣れっこといったところだった。
まだ、遭遇予定先には距離がある為、一旦休憩をすることになった。
各々用意した干し肉を食べ、水を飲んでいる。
「そういやあ、こないだ酒場で聞いたんだがよ、捨てられた島って知ってるか?」
ロンメルが皆を見回して言った。
「捨てられた島?」
「ああ、そうだ」
「なんか聞いたことがあるわ、あっ、百年前に無人になったっていう島があるって、なんか聞いたことがあるような気がするわ」
「そう、その捨てられた島なんだけどな、なんで無人になったか知ってるか?」
「俺は知らないな、そもそもそんな島があることすら知らん」
干し肉を齧っているランド、不味そうに食べている。
「でそれがどうかしたのか?」
話を先に勧めるように促した。
「実はなその島には世界樹があるらしい、だが百年前に世界樹の葉を付けなくなったらしい」
「ほう、世界樹の葉とな」
メタンは興味があるようだ。
「ちょっと待ってよ、世界樹の葉って伝説の回復薬じゃない」
メルルも食いついたようだ。
ロンメルはいつもこの調子で、どこで何をやっているのか、都市伝説や噂話を仕入れてきては、狩りの前にメンバーに話す。
これはこいつの趣味なんだろうか?と思うのだが、これはこれで助かっている面はある。
副リーダーでもあるこいつなりの、気遣いなのだろうと俺は思っている。
緊張感のある狩りの前のリラックスタイムとしては、とても有効なのだ。
副リーダとしての役割をきっちり果たしてくれている。
俺としてもそんなロンメルを頼りにしている。
「世界樹の葉って言ったら、切り傷はもとより、病気や欠損した四肢まで元通りっていう伝説のアイテムなのよ、あんた本気で言ってんの?」
メルルは相当気になるようだ。
「ああ本気だ、それでな、葉を付けなくなってから百年経っている今、葉を付けるようになっていても、おかしくはないじゃないかって話だ」
「それはちょっと安易じゃないですかな?」
メタンは冷静に答えている。
「そうよあんた、適当なこと言ってんじゃないわよ」
メルルが食って掛かっている。
「いやーそうは言うがよ、百年だぞ、そんなことがあってもおかしくないと思うんだがな」
鼻白むロンメル。
「そうは言っても、そもそも何で葉を付けなくなったのよ?」
「そりゃあ・・・分からねえ」
「ロンメルよ、それが分からなくては何ともならんぞ。その理由が勝手に年月で解消することなのかなんて、俺達のような者には分からんだろうが」
ウンウンと頷く仲間達。
「いやー俺にもそんなことは分からねよ、だがよ、もし本当に世界樹の葉があったとしたら、一攫千金も夢じゃねえだろ?」
「まあそうですが、現実味は薄いですな」
メタンがバッサリと言い放った。
「で、その話の出どころは何処なのよ?」
メルルが追及する。
「そりゃあ、酒場の世間話さ」
ニタリ顔でロンメルが応えた。
「やっぱりね、そんなことよりそろそろじゃないのリーダー」
呆れ顔でメルルが促してきた。
「そうだな、そろそろいいか?」
食事を終え、狩りを再開した。
そろそろ遭遇予定地点まで、あと一キロというところから緊張度が増す。
「そろそろ気を引き締めるぞ」
これが俺達の合図である。
その言葉と共に斥候のロンメルが先行して駆け出す。
匂いを頼りに、獣の気配を探る。
ロンメルは、地面に鼻が付きそうなぐらいの態勢だ。
ロンメルの探索には癖があり、尻尾をピンと上に向けている。
その尻尾の揺れ具合でロンメルの緊張感が分かる。長年組んできて分かった癖だ。
その尻尾が、いつになく上に向いているのが俺には気になった。
ここまで緊張したロンメルを見るのは、いつ以来だろうかなどと考えていた。
すると、そんなことは脇に置いとけ、とばかりにロンメルから合図が入る。
その右手には三本の指が立てられていた。
この合図は獲物が三体いるという合図だ、ということはグレートウルフが三体いるということを指している。
グレートウルフが三体、これまでの中で最大の強敵となる。
二体までなら、遭遇した経験があるし、実際狩ったことがある。
三体となれば、撤退も考えなければならない事態だ。
皆の顔を見る、皆が皆どうしたものかと考えているのが分かる。
そんな中、メルルが言った。
「いいんじゃない、いっちゃう?」
強気な発言だ。
「そうですな、行きましょう」
珍しくメタンも強気になっている。
「準備は出来ているぞ、リーダー」
このランドの言葉が、最後の一押しとなった。
「野郎ども行くぞ!」
この決断が、この後の俺達の人生を大きく変えることになった。
俺達は一気に戦闘態勢に入った。
態勢を低くして、各々武器を構える。
俺は左手に大楯を構え、右手に剣を握る。
この剣は、鍛冶の街にわざわざ出向いて買った代物で、詳しくは知らないがそれなりの業物であると、お店の主人のドワーフが言っていた。
現に俺の手によく馴染み、この剣を得てからというもの、狩りの効率も良くなった。
これまで数回は打撃を与えないと倒せなかった獲物が、一撃で倒せるようにもなった。
ロンメルが、斥候の役割を果たして、戻ってきた。
ここからの前衛は盾役の俺が務める、大盾を前に構え、ゆっくりと歩を進めていく。
距離百メートル、グレートウルフを三匹視界に捉えた。
この時俺は違和感を覚えた、それはグレートウルフが等間隔で並んでいたからだ。
本来グレートウルフは連携を取らないはず、何故?と思ったが、一瞬にして考えを変える。
たまたまだろうと。
俺の右後ろには、アタッカー役のランドがアックスを構えて、息を殺している。
そして、左後ろには戻ってきたロンメルが、両手に短剣を持って構えていた。
その更に後方には杖を構え、演唱を始めるメタン、その横でこちらも演唱を始めるメルル。
距離三十メートル、ここで一旦グレートウルフが動きを止める。
ん?何故?と思ったと同時にグレートウルフが動きだした。
真っすぐに動きだしたかと思いきや、三匹が縦一列になり、こちらに向かって来た。
不味い!直感的に思った。
しかし、時既に遅し。
先頭に居たグレートウルフが、真っ先に俺の大楯に突進してきた。
その突進が決まったと同時に、俺を飛び越え二匹目のグレートウルフがランドに飛び掛かる。更に三匹目のグレートウルフが、俺の脇を潜り抜け、演唱中のメタンに向かった。
まさかの連携に動きを止めてしまった俺達。
ランドとメタンに無慈悲な一撃が入った。
その攻撃で、ランドは左腕を噛まれていた。いつものランドなら噛まれたことなど気にせずに、アックスをグレイトウルフに向けて打ち下ろしていただろう。
だが虚を突かれたランドは、一番やってはいけない行動をしてしまう。
左腕を振ってしまったのだった。グレートウルフは腕を振られてもその腕に突き刺った牙を離さない。
更に牙がランドの左腕にめり込む。
ここでランドはもっととってはいけない行動にでてしまった。
アックスをグレートウルフの頭めがけて振り落としたのだ。
まさにそれを待ってましたと言うが如く、グレートウルフが腕から離れた。
グチャ!
嫌な音がした、ランドは自分で自分の腕を切り落としてしまっていた。
グレートウルフは、ランドの体から離れた左腕を口に咥え、後ろに飛び去った。
ランドの腕を咥え、これは俺の物だと言わんかの如く、こちらを睨んでいる。
間をおいて、後ろから悲鳴が聞こえた。
しかし、後ろを振り返る余裕は無い。
俺は目の前のグレートウルフから距離をとってから、後ろを振り返った。
その時、三匹目のグレートウルフが今まさにメルルに飛び掛からんとしていた。
ロンメルの投げた短剣が、そのグレートウルフの腹に突き刺さる。
勢いを無くし、その場に倒れるグレートウルフ。
メルルの表情が目に入った。
その顔は蒼白で、恐怖に引き攣っていた。
「撤退だ!」
ここでやっと事態を把握した俺は、大声で叫んでいた。
ここからの撤退戦は苛烈を極めた。
壁役の俺と、ロンメルが殿を務める。ランドの腕とメタンの顔に回復魔法をかけながら必死に後退するメルル。
一匹を仕留められ逆上した、二匹のグレートウルフが、猛攻を加えてくる。
盾を避け横に回りこんでくる、その上で牙と爪での攻撃が何度も加えられる。
本来両手に短剣を持っているロンメルは完全な防戦一方で、なんとかグレートウルフの攻撃を捌いているが、その体はぼろぼろだ。
まさに死線の上を歩いている俺達。
その時、たまたま居合わせたハンター達がこちらに向かって来た。
やっとグレートウルフが撤退を始めた。
グレートウルフの姿が見えなくなってから、気が付くと俺は尻から地面に座り込んでしまっていた。
結果は散々だった。
俺達は駆けつけたハンター達に介抱された。
やっと緊張が解けた時に、俺は自分の指が三本無くなっていることに気づいたのだった。
何処で間違った。
ロンメルの指が三本立った時に撤退すべきだったのだ、ここが始めの間違いだった。
次にグレートウルフが、等間隔で並んでいた時に違和感を覚えた、ここが最後の撤退の意思を伝えるチャンスだったと思う。
後悔の想いが俺を何度も何度も打ちのめす。
どうしてそんなことをした?
どうして気づけなかった?
いや気づいてはいた、なのに何故?
くそう!
俺の責任だ。
俺の決断のせいであいつらの人生を終わらせてしまった。
畜生!
右手を眺めて見た、小指と薬指、そして中指の第一関節から先が無くなっていた。
「俺は終わったな」
思わず呟いていた。
幸い治癒魔法で欠損した箇所に痛みは無い。
あれから一週間が経っていた。
ランドは左腕の肘から先を失い、メタンは顔に傷を負っただけで無く、視力を失っていた。
更にこの狩りから生還はできたが、メルルの体調は急激に悪化していった。
恐らく今回の狩りで終わりを告げた『ロックアップ』の現状が、メルルの身体を更に追い詰めたのだろうと思う。
幸いロンメルは深い傷は無く、今では何も問題なく過ごせている様子。
だがその表情は暗い。
本来の明るい性格は影を潜め、今ではいつも通っていた、酒場にまで顔を出さないようだ。
俺達は終わった・・・それなりに名前も売れ・・・それなりに稼ぐことも出来た・・・ハンターとしてはこれまで順風満帆に過ごしてこれた。
幸い蓄えもそれなりにあるが・・・ただし再就職となると・・・
気が付くと右手を眺めていた。
多分この先出来ることは限られている・・・貯金を切り崩し、なんとかギリギリの生活をしながら日銭を稼いでいければ・・・畜生!・・・本当にそれでいいのか?・・・本当に俺達は終わってしまったのか?・・・『ロックアップ』は俺の人生その物だった・・・終われない・・・終わらせたくない・・・俺にはあいつらを・・・くそう!くそう!・・・何か手段は無いのか?・・・そういえば・・・いや・・・それは・・・都市伝説だろ・・・でも・・・いいのか?・・・そんなことに望みを抱いて・・・馬鹿げている・・・こんなことは・・・畜生!・・・何だってんだ・・・俺は何で諦めきれないんだ・・・ああ・・・俺はあいつらが・・・『ロックアップ』が好きなんだ・・・そうだ俺の全てだ!
俺はメンバーを集めた。メルルの見舞いに皆で集まろうと。
翌日、俺はメルルの所に行った。
すると、珍しく俺よりも先に全員が既に集まっていた。
こんな珍しいことがあるもんだなと思うと共に、皆の表情を伺う。
皆が皆な、何かしらの想いを秘めているのが分かった。
「お前ら、何だよ」
「何だよって、何だよ」
「何だよって、そんなことより、メルル体調はどうなんだ?」
「また、それ?何回聞きゃあ気が済むの?」
「またそれか・・・」
ロンメルは思わずぼやいていた。
場が一気に重くなる気配がした。
「あっ、いやすまない・・・」
なんだか居心地が悪い空気になってしまった。
「まあよう、それにしても実際どうなんだいメルル?」
ロンメルが言った。
「んーん、どうだろうね?」
明らかに誤魔化そうとしているメルル。
「良くはないわよ」
メルルの体調は明らかに悪くなっているのが分かる。顔色は青白く、痩せてしまっているのが分かる。頬がこけてしまっており、唇の色も悪い。
本当は活発で元気いっぱいのメルルだが、今ではそのかけらも無い。
「それで、お見舞いに来ただけってことは無いわよね?」
メルルが俺に向かって言った。
「まあ解散ってことなんだろ?」
ランドが隣から口を挟む。
「そうなのか?」
ロンメルが嘘だろと言った具合にツッコんだ。
「いや、俺は解散は考えていない」
「何故かな?」
いつもは、話し合いの場ではまず口を挟まないメタンが珍しく口を挟んできた。
その顔には目を覆うように包帯が撒かれている。
「俺達このまま終っていいのか?」
まずは皆に今の気持ちを聞いてみようと思った。
「このまま終わるって、終わらなくていいなら終わりたく無いに決まってるだろ」
吐き捨てるようにロンメルが言う。
「そりゃあそうだ」
ランドが同意する、その無くした左腕は痛々しい限りだ。
「この中でそう思わない者は、一人もいないでしょうな」
今日のメタンは積極的だ。目が見えないせいで、話をして無いと不安なのかもしれない、などと慮ってみる。
メルルを見るとその目が同意を示していた。
「だよな、お前達ならそう言うだろうと思っていたよ」
皆が苦笑いしていた。
「そこで、賭けに出ないか?」
何のことかと、訝し気な表情をしたメルルが聞いてきた。
「賭けってなんの」
途中で言葉を制してロンメルが口を開く。
「おい、リーダーお前もしかして、世界樹の葉を取りに行くってんじゃあ、ねえだろうな?」
「ああ、そのつもりだ」
全員口を閉ざしている。
静寂を終わらせるようにメタンが口を開く。
「でも、リーダー、あれは都市伝説ではないのですかな?」
「ロンメルお前どう思う?」
「どう思うってどういうことだよ」
「話の信憑性はどうなんだってことだよ」
「ああそういうことか、前の狩り以降、実は世界樹の葉のことについては聞き周ってたんだよ」
やはりか、ロンメルの性格上そんなことだろうと思っていた。
「それで、分かったのは、世界樹が捨てられた島にあるってことは、紛れもない事実だ。それに百年前に枯れてしまったことも本当のことだ」
話の一部は事実だと、俺は少し希望を感じた。
「それで、百年経ったいまどうなっているのか・・・ということですな」
静まり返る一同、全員が賭けの意味を理解した様子。
「俺は掛けに出ようと思う、いろいろ考えてみたんだ。俺も利き手の指を三本持ってかれた、正直前ほどの威力で剣を振うことは出来ない。恐らく良くてⅭランク程度だ。ハンター以外の職にもと考えてはみたが、肉体労働には向かないだろう、ハンター協会に事情を話して、ハンターランクを下げてもらうのも一つの手だが、そうはいかないんだよな」
話を受けてランドが言葉を繋ぐ。
「分かるよ、俺もまったく一緒だ」
「私はこんな感じだし、このまま死んでいくぐらいなら、最後に掛けに出るってのもいいんじゃないかな?」
メルルが寂しげに言った。
「今や私は、誰かの手を借りなければ生活できないありさまです。乗らないという選択肢はありませんな」
「ロンメルお前はどうする?」
「はあ?どういう意味だよ?」
ロンメルが食って掛かる勢いで迫ってきた。
「はっきり言うが、お前は負傷者じゃないんだ、こんな賭けに乗らなくてもいいんだぞ」
「ふざけるな!なんだよ、ここにきて、何で俺だけ外様なんだよ!」
ロンメルがいきり立つ。
「そりゃあそうだろう、お前にはメリットが無いんだぞ」
「はあ?メリットってなんだよ、損得で俺は生きてねえんだよ!」
睨みつけてくるロンメルが悲し気に見えた。
「ねえロンメル、言いたいことは分かってるんでしょ?」
優しくメルルが話し掛けた。
天を仰ぎ見たロンメルが、一息つくように、胸を撫で降ろした。
「ああ、言いたいことは分かってるよ、だがな、俺は賭けに乗るぜ。大体よく考えてみろよ。唯一の五体満足の俺が居なくて、そもそも捨てられた島にたどり着けるのか?それに船で行くんだろ?この中で誰が操船できるってんだよ」
俺は、ロンメルならこう言うだろうことは分かっていた、俺はただ確認しておきたかっただけなんだ、優しいこいつは、絶対に俺達を見放したりはしない。
俺達のムードメーカーで、頼もしい副リーダー。
こいつは決して仲間を見捨てない。
「そうだな、そう言ってくれると思ってたよ、ありがとな、ロンメル」
俺はロンメルに面と向かって感謝を伝えた。
「へ、分かってんなら余計なこと言うんじゃねえよ」
頭を掻きながらロンメルは照れている。
「それで、どうやって捨てられた島まで向かう予定ですかな?」
今日は本当に積極的で珍しい、メタンが仕切り出している。こいつ何か変わったのか?とすら思えてしまう。
「ロンメルが言う通り、海路以外は無いな、そこで俺はそれなりに蓄えがあるが、お前達はどうだ?ロンメル、お前には期待していないが」
二ヤリと笑ってロンメルを見た。
「お!分かってんな、リーダー!俺は蓄えなんてあるわけねえよ」
一同が笑いに包まれた。
一気に場の雰囲気が和んだ。
さすがロンメル、ムードメーカーだ。
「で、どんな工程になりそうなのよ?」
「俺が聞き及んだ限りでは、コロンの街から西に向かって進み、中型船で四日ってところかな」
「四日ですな・・・私は船に乗った経験がありませんので、検討もつきませんな」
「でだ、一つの策として、大型船に途中まで便乗させて貰えれば、三日に短縮できるかもしれない。ただ、その分旅費は掛かるぞ」
「それが良いだろう、どうせ賭けに出るんだ、出し惜しみは意味が無いだろう」
俺は、思ったままを口にした。
どうせ片道切符になるぐらいで挑まないと、上手くはいかないだろう。
それぐらい危険な賭けであるということは承知している。
まずは天候、嵐に巻き込まれたら恐らく命はないだろう。
加えて俺達には海戦の経験は一切ない。
聞くところによると、海には海獣がおり、海域によってはSランクの海獣がうようよしているという話だった。
俺は海獣のことは良く知らないが、遭遇したら即死亡と考えていいだろう。戦った経験が無いのだからそう考えて間違い無いだろう、まさに命を懸けた賭けだ。
その後、俺達は全員の蓄えを持ち寄り、綿密な旅の打ち合わせをすることになった。
そして、導き出された答えは、まずはコロンの街に行き、中古の中型船を購入し、大型船に便乗できるタイミングを計るというものだった。あとは行き当りばったりであることは否めない。
そうこうして、俺達は、何とか準備を整えるのに、一ヶ月近い時をかけることになった。
ロンメル曰く、こんなに順調にいくとは思わなかった、とのことだった。
幸運の女神が俺達に微笑んでくれているのかもしれないと思えた。
幸先が良いのは願ってもないことだ。
遂に出航の日を迎えた。
天候は良好。風は微風、出航日和だ。
俺達は自分達の船に乗り込み、大型船の出航を待つ。
大型船に連結し、引っ張って貰う形で、俺達は出航した。
始めはのんびりした旅路だった。
だが次第に、船速を上げ、思いのほか早い速度で航路は進む。
順調にいっていると言っていいだろう。
初日を終え、既に予定の航路より早く進めている。いい兆しであると言える。
この調子でいけば、半日は工程を縮めれるかもしれないペースだ。
旅路のスタートとしてはありがたいとしか言いようがない。
しかし、ここで聞きたくもない一報が届く。
「『ロックアップ』の皆さん、そろそろ約束の海域になりますが、索敵魔法を行ってみたところ、海獣の影がいつくか見えるとのことですが、どうしましょうか?」
顔を付き合わせる俺達、互いの目を見て確認する。
今さら引ける訳がないと、全員の目が語っている。
「このまま行かせていただきます、ありがとうございます」
牽引具を外し、大型船から切り離された俺達の船は、自走を開始した。
この船には動力は無い、帆を使って進むのが基本となっている。
ただ念の為にオールも準備されているが、聞くところによると、風が止むような海域では無い為、おそらく風だけで凌げるだろうということだった。
船の舵はロンメルの役割、帆の向きを変えるのに余念がない。
俺は船頭に立ち海獣がいないかを確認する。
メルルは体調を崩し、今は眠っている。そんなメルルをメタンが看病している。
ランドは大きな銛を片手に、俺の後ろで控えている。
俺達は海獣を知らない、前情報として、漁師の街で育ったロンメルから話は聞いているが、遭遇しないことを祈るばかりだ。
「大型船がだいぶ距離を稼いでくれたようだから、順調にいけば、あと一日半といったところだな」
「一日半か、長いのやら短いのやら」
俺がそうつぶやくと、
後ろからランドが
「既に半日以上稼いでるんだから、御の字ってことだろうな」
と返事をした。
「ああ、だいぶ助かっている、あとは海獣に遭遇しないことを祈るばかりだ」
「違いない」
「それから、俺はこの通り舵に掛かりっきりになるから、索敵は頼んだぜ」
「ああ、任せとけ」
と言い、俺は海岸線を見つめた。
やがて夜を迎えた。
夜は穏やかなものだった。ロンメルからは夜行性の海獣もいると聞かされてていたので、緊張感はあったが、特に海獣の襲撃は無かった。
ランドと二時間交代で見張りを行った。
途中で、ロンメルから操船を教わり、ロンメルにも少し休憩を取ってもらった。
夜が明けた。
上手く行けば、あと一日で捨てられた島に着く。
順調に進んでいる、ロンメルが言うには、風が強く、良い速度が出ているということらしい。
昼飯にと、干し肉を口にした。
ここで吉報と凶報が同時にやってきた。
望遠鏡を覗いていたロンメルが
「島が見えたぞ」
と言うと同時に
船尾で見張りを行っていたランドが
「海獣が出たぞ、シャークが二体だ」
くそっと呟いたロンメルが
「メルル、悪いが付き合ってくれ」
メルルが、何とか起き上がろうとしている、メタンがそのメルルを支える。
俺は急いで船尾に移動した。
そこには二体のシャークがいた、体長はおよそ二メートルぐらいといったところだろうか。
すると、そのシャークが船の周りを時計周りで回りだした。
「リーダー、シャークの弱点は鼻だ、近づいてきたら、銛で突いてくれ」
俺は銛を手に今度は船頭に移った。
「メルル、きついところ悪いが、風魔法で風を帆に当ててくれ。スピードを上げるぞ」
メルルは何とか膝立ちになり、風魔法で風を帆に当てだした。
すると、船の推進力が増した。
「いいか、もう島は見えてんだ、浅瀬までいけば、シャークは襲ってこねえ。二体ぐらいなら、何とかなる。絶対島までたどり着くぞ!」
「「おお!」」
船の上ではロンメルがリーダーだ、的確な指示と、皆をまとめる力を発揮している。
流石だな。まったく頼りになる。
すると、ランドが声を挙げる。
「そりゃ!」
ランドがシャークの鼻先に銛を突き立てた。
血を流して、海中へと沈むシャーク。
「よし、やった!」
俺は思わず声を挙げていた。
喜ぶ俺達を尻目にそいつは、いきなり現れた。
海中から、銛の当たったシャークを口に咥えた。ジャイアントシャークが、海上に現れ、空中に躍り出た。あまりの出来事に俺達は動きを止めていた。
六メートルはあろうかというジャイアントシャークが、海中に戻っていく。
水しぶきが全身を濡らす。
そして船が、大きく傾く。
「気を抜くな!」
ロンメルの一声に俺は我に返る。
「くそう、メルル!」
「分かってるわよ」
メルルが弱弱しく答える。
俺は、グレートウルフの時に感じた、死線以上の脅威を感じていた。
いつの間にか、もう一体いた、シャークはその姿を消している。
海中から、とてつもなく恐ろしい気配を感じる。
俺達の行く手を塞ぐ圧倒的なプレッシャー。
すると、目の前の海面が浮き上がり、ジャイアントシャークが海上に跳ねた。
ジャイアントシャークの無機質な目が、俺達を睨みつけているように見える。
海中に戻ると、また水しぶきが全身を覆い、船が大きく揺れた。
駄目だ、さすがに無理だ、だが、ここまで来たんだ、もう少しじゃないか、弱気になるな!まだやれる!
俺は銛を左手に持ち替えて次の攻撃に備えた。
すると、ジャイアントシャークが、今度は船底に攻撃を加えて来た。
ドン!!!
という強い衝撃と共に、体が宙に浮かんだ。
既に船は推進力を失い、海上に泊まったままとなっていた。
船の動きを止められた、こいつ、慣れてやがる。
そう感じたのは俺だけでは無かった。
ロンメルが呟いた。
「こいつ、分かってやがる」
その一言を聞いた俺は、完全なる敗北を感じた。
それは、俺だけではなく『ロックアップ』の全員が感じていただろう。
ああ、ここまでか・・・
絶望を感じていた。
「やあ、大変そうだね」
それは、何とも言えない、この現状とは違う、まったくもって緊張感のない気の抜けた一言だった。
俺達はその声のする方に目をやった。
そこにはドラゴンがおり、その背には、一人の男性が居た。
そして、その男は万遍の笑顔をしていた。
俺達は収穫作業を行っている。最近はほとんど午前中は、収穫作業に追われている。
実は、更に畑を拡張したのだ。
本当はそうしたくはなかったのだが・・・
そうせざるを得ない出来事があったのだ。
温泉街『ゴロウ』に訪れた帰り、温泉旅館でのチェックアウトを終え、五郎さんに挨拶をしにいった。
「五郎さんお世話になりました」
「ああ島野、また来いよ」
俺達は堅い握手を交わした。
「そういえば五郎さん、話し込んじゃってて忘れてましたが、これ貰ってやってください」
俺は『収納』から野菜セットと、ワインを三本取り出した。
「お土産です、どうぞ」
すると、五郎さんの表情が豹変した。
「島野おめえ・・・」
五郎さんが固まっている。
ん?何か俺間違ったか?
「島野ちょっと待っててくれ、な、頼むよ、な」
必死になって、五郎さんが頼み込んでくる。
「えっ、いいですが・・・」
「すまねえ、待っててくれ!」
そう言うと五郎さんはお土産を抱えてどっかに行ってしまった。
俺は皆と目を見合わせて何事かと確認したが。
全員分かりませんという表情。
そのやり取りを見ていた受付の女性が、よかったらこちらにどうぞと、応接室に誘導された。
結局三十分ほど待たされた。
既に入れて貰ったお茶は空になっている。
すると、扉を興奮気味に開けて、部屋に雪崩れ込んで来た五郎さん。
「島野、お前え野菜を売り歩いているって言ってたよな」
明らかに興奮している五郎さん。
「はい、そうですが・・・」
余りの勢いに俺はちょっと引いている。
「在庫は今どれぐらいあるんだ?」
五郎さんの勢いは止まらない。
「そうですね、先ほど渡した野菜なら、十倍以上はあるかと思います」
五郎さんの目が輝く。
「島野、野菜を全部売ってくれ!」
「「「ええー!」」」
なんですと?全部?
「お前え、なんだよこの野菜はよ、無茶苦茶旨えじゃねえかよ!」
五郎さんの興奮は止まらない。
「あ、ありがとうございます」
褒められて嬉しいが、にしても全部って。
「でよ、これは相談なんだがな、定期的にこの街におめえの野菜を卸しちゃくれねえか?なんならおめえの言い値でも構わねえ」
はあ?言い値でも構わないってどういうこと?
「ちょ、ちょっと待ってください、五郎さん言い値でって、さすがにそれは・・・」
「お前え何言ってやがる、この野菜の価値はとんでもねえんだぞ!」
「いやー、とは言っても」
「じゃあ金額の設定は儂の方でさせて貰う、それでどうだ?」
まあ五郎さんなら買い叩くようなことはしないとは思うが、定期的にってのはちょっと困るな。
「じゃあ価格の設定は五郎さんに任せますが、定期的にってどれぐらいのことなんでしょうか?」
無茶言わないでくれよ、週三以上は無理だからね。
「そうだな、今回貰った野菜の十倍を週に二回ってのでどうでえ、細けえ調整は追々行っていこうじゃねえか」
俺は腕を組んで考えていた。
その量を生産するとなると、今の畑を拡張しなければならないな、それに当分の間、畑に掛かりっきりになってしまう可能性が高い。旅行生活は続けられるか微妙だな。
「うーん、やってやれなくはないですが、うーん」
五郎さんが勢いに任せて言った。
「やれなく無えんだな、よっしゃ、なら任せる!頼んだぞ島野、同郷のよしみだよろしく頼むぜ」
強引に決められてしまった。
五郎さんそりゃないよ、はあ、言葉のチョイスを間違えた俺が悪いんだけどさ、ここで揚げ足取りはないでしょ?
まあ、五郎さんの必死な顔をみる限り、多分俺は最終的には受けただろうし、ひとまずはやってみましょうかね。
やれやれだ。
ということがあり、五郎さんの押しに負けた俺は、畑の拡張をせざるを得ないこととなってしまったのだ。
だが、譲れない点もある。
平日の午前中に皆で畑作業を終える量を限界として、請け負うことにした。
どうしても、仕事に追われる生活だけはしたくない俺としては、これ以上は受け付けない。
既にやり過ぎているとすら感じているのも事実だ。
これが五郎さんの頼みでなければ、絶対に受けない。
サウナ満喫生活を基本とする俺としては、仕事に追われるなんてことはあり得ないのだ。
まあ、その分ありがたくも大口取引先となった『ゴロウ』の街からの収入は大きく、気が付けば、俺の預金高は三千二百万円を超えていた。
何とも微妙な気分だ。お金はあったにこしたことはないが、今はそこまで必要としていない。
今のサウナも十分満足のいく状態だし、強いて言えば水風呂を新たに作り直すかどうかぐらいだけど、今やる必要もない。
午前中の畑作業を終え、皆で昼飯にすることにした。
今日の昼飯は、アイリスさんのリクエストで、野菜炒めとなった。
アイリスさんは本当にこの島の野菜が大好きなようだ。
キャベツ・玉ねぎ・人参・にら・ごぼう・アスパラ・ナス・ほうれん草と何でもありのぶっこみ野菜炒め、アクセントに生姜とニンニクを効かせ、物足りなさを与えない為に、ジャイアントピッグの肉は多めに入れておく。
これを醤油と塩コショウで味を調え、最後に水溶き片栗粉であんかけを加えて調理完了。
あとは、ご飯と味噌汁を添える。
「では」
「「「いただきます」」」
大合唱。
一斉に食事を開始する。
「旨いですわ」
と満足そうなアイリスさん。
他の家族も満足そうだった。
よかった、よかった。
食後にくつろいでいると、ギルに声を掛けられた。
「パパ、昼からどうするの?」
「ああ、釣りでもしようかと思っているよ」
もはや釣りは俺の趣味になりつつある。
今日は何が釣れることやら。
「僕も行っていい?」
珍しい申し入れだった。
「ああいいよ、ギルは釣り竿持ってたか?」
「無いよ」
「じゃあ、造るところからだな」
親子での良き語らいの場になるかもな、などと俺は考えていたのだが・・・
ギルの竿を造り終え、海岸に来た俺達。
最近はそれなりに釣果を得られるようになった。
その要因は『探索』を行うようになったからだった。
さすがに魚のいない海に竿を垂らし続けるほど、暇ではない。
とはいっても、魚もいろいろでエサに食いつかない魚もいるので、釣果はボウズの日もある。
俺がよく訪れる磯では、よく鯛が釣れる。
今日鯛が釣れたら晩飯は、カルパッチョにする予定だ。
オリーブオイルを掛けて・・・美味そうだな。
鯛以外の魚も多くいるので、それ以外の魚が釣れたら、その時考えようと思う。
他にはどんな魚が釣れるのかって?
今まで釣れたのは、サバ、アジ、イワシ、カサゴ、メバル、といったところが多く、後はカレイやキスもたまに釣れる。そういえば一度イカが釣れたことがあったが、あれはなかなかの引きだった。
また出会ってみたいと思える大物だ。
地面に胡坐をかいて、さっそく『探索』を行った。
ん?これは・・・行かなきゃいけないか・・・
「ギル、人命救助だ」
そういうと、察したギルが獣型に変身した。
ギルに跨り、海へと向かった。
『探索』には五名の反応と、大きな海獣の反応があった。
「ギル、こっちの方角だ。なるはやで頼む」
「分かった」
と言うと、ギルは一気に速度を上げた。
目的地に到着した。
どうやら船に乗ったハンターらしき一団が、海獣に襲われている様子。
「やあ、大変そうだね」
と俺は声を掛けた。
ハンターらしき者達は、目を見開いてこちらを見ている。
全員が状況を理解していない様子だった。
ジャイアントシャークが先頭にいる、戦士風のハンターに襲い掛かろうとしていた。
『鑑定』
ジャイアントシャーク 海の荒くれもの 食用可 ただし、ヒレ以外は美味しくない
美味しくないんかよ、じゃあ殺すのは止めておこうかな。
俺は左手の一指し指をピストルにして構えて、神気を放った。
海上に躍り出たジャイアントシャークは神気銃で撃たれて気絶し、海下に沈んでいった。
「パパ、一発だったね」
ギルが笑いながら言った。
「ああ、美味しくないんだって、だからこれでいいだろう。無駄な殺生は趣味じゃないからな」
「そうだね」
船のハンターらしき一団を見ると、全員放心状態で俺達を見つめていた。
よく観察すると、俺は一人の法衣らしき服を来た女性に目が留まった。
顔は蒼白で、唇が紫色をしていた。その目からも生命力を感じない。
他の者達を見てみると、肘から先が無い者や、顔を包帯で覆っている者、指の欠けた者がいた。明らかに負傷者の集団だ。
ということは、世界樹の葉が目的なのは一目瞭然だ。
いつかは、こういう日が訪れるとは予想していたが、案外早く来たな。
そろそろ俺も腹を括らないといけないということだな。
それにしてもこいつら・・・命がけできやがったな・・・追い返すこともできるが・・・そうもいかないよな・・・特にあの女性はまずそうだ・・・命の灯が消えかかってそうだ・・・受け入れるしかないな・・・
俺はもう一度女性に目を向けた。
急いだほうが、よさそうだ。
俺は船に飛び降りた。
「俺は島野守という。どうやら急いだほうがよさそうだ、船を牽引させてもらうぞ」
と告げ、ギルに指示を出した。
リーダー風の男が、何かいいたげだったのを手で制し、
「話は上陸してからだ」
と拒否の意を示した。
その後、操船をしていたであろう犬の獣人に声を掛ける。
「帆が邪魔になるからたたんでくれ」
犬の獣人は頷くと、無言で作業に取り掛かった。
ギルは船頭を後ろ脚で掴み、
「全速でいくよ、揺れるから何かにつかまっててね、おじちゃん達」
と言うと、前傾姿勢を取り飛ぶ勢いで船を引っ張りだした。
彼らを見ると、必死に船につかまり、投げ飛ばされないようにしていた。
俺は『念話』でアイリスさんに告げる。
「アイリスさん、どうやら世界樹の葉目的のお客さんのようです」
一つ間をおいて返事があった。
「そうですか、遂にきましたか。守さんに全て任せますわ」
「分かりました、直ぐ着きますので、他の者にお茶の用意をさせておいてください」
遂にか・・・アイリスさんもどこかでこういう日が来ると考えていたんだろうな。だが今の彼女には俺達が付いている。
悲しい想いは二度とさせない。
「分かりましたわ」
船は猛スピードで、島へと向かった。
海岸に辿りついた。
船は海に流れないように、浜辺まで、ギルに上げさせた。
浜辺で俺達と合流した、ノンとゴンとエルが、ハンターらしき一団の介抱を行っている。
アイリスさんは俺の隣にきた。
目が合うと、軽く会釈された。
アイリスさんも気になるのだろう、法衣らしき服を着た女性の方を見ている。
その女性は手渡されたお茶をゆっくりと飲んでいた。
ハンターらしき一団は全員浜辺に座り込んでいた。
すると、リーダーらしき戦士風の男性が、その女性に話し掛けた。
「メルル、大丈夫か?」
メルルと呼ばれた女性は、かすかに苦笑いをした。
さて、そろそろ始めたほうがよさそうだ。
「先ほども名乗ったがもう一度名のろう、俺は島野守、島野と呼んで欲しい。それで君達は世界樹の葉が目的なんだろ?」
島野一家に緊張が走った。
俺は『念話』でギルに伝える。
「大丈夫だ、俺に任せろ、皆にも伝えてくれ」
ギルから皆に『念話』が伝わり緊張がほどける。
先ほどメルルと呼ばれた女性に話し掛けていた、戦士風の男性が立ち上がり、前に出て来た。
「ああそうだ、話が早くて助かる。それで世界樹の葉はあるのでしょうか?」
不安そうな表情だった。
「世界樹の葉は・・・在る」
安心して力が抜けたのか男性が膝をついた。
そして涙ながらに言った。
「本当か?よかった!ああ、助かる、一枚でいいんだ!お願いだ。俺達に分けてくれないか?何でもする。お願いだ!」
懇願していた。その表情は必至で、周りの目などお構いなしだ。
両手を顔の前で組んで、必死に願っている。
「俺からも頼む、何でもさせて貰う、お願いだ!」
と今度は、犬の獣人が土下座してきた。
他の二人も必死に頭を下げている。
「お願いします!」
「頼みます!」
と口々に懇願している。
仲間想いの一団ってことだな。必死さは充分に伝わってくる。
だがこちらも、はいそうですか、とはいかない。
この決断によって俺達の人生が変わるといっても過言ではない。
特にアイリスさんにとっては大きな決断となる。
答えは分かってはいるが、アイリスさんに『念話』で尋ねた。
「世界樹の葉を分けてもよろしいですか?」
「はいそうしてください、あの女性に使ってください。煎じて飲ませれば大丈夫です、完治しますわ」
そういうと思ってましたよ。
もう一度メルルを見た。
そろそろ潮時だな、いいでしょう。
俺も腹を括るよ。
「分かった、だが本当に一枚でいいのか?」
「ああ、分けて貰えるなら、俺はそれで構わない」
リーダー風の男性が言った。
「ほんとに馬鹿なんだから・・・」
メルルと呼ばれた女性が消え入りそうな声で呟いた。
「分かった、但し、条件がある」
「条件とは?」
犬の獣人が眉を寄せて呟いた。
「とりあえずそれは後でもいいだろう、何でもするって話なんだろ?だったらまずはその女性の治療が先だろう?」
「そりゃそうだ、すまねえ」
と犬の獣人が軽く会釈をした。
「ちょっと待っててくれ」
俺はそう言うと、家の中に急須と湯呑を取りに言った。
台所で世界樹の葉を急須で煎じて、急須と湯呑を持って、女性の所に向かった。
軽く急須を回す。
そろそろ蒸されて、いい頃だろう。
湯呑にお茶を入れる、そのお茶は緑色と金色を纏っており、神々しさすら感じさせるお茶だった。
女性に渡すと、両手で受け取り、軽くお辞儀をしてから飲みだした。
「熱いから、ゆっくり飲むんだぞ」
女性は軽く、コクリと頷いた。
すると身体が光輝いた。
その効果は一目瞭然だった。
紫がかった唇は、薄いピンク色へと変色し、蒼白だった肌色は赤みが増して、自然な肌色になっていった。
アイリスさんを見ると、微笑しており、病が完治したと、その表情が教えてくれた。
ひと先ずはこれで一段落。
さて、これからが大変だと考えている俺をよそに。
ハンターらしき一団と俺以外の家族は、歓喜の渦に巻き込まれていた。
一団は皆、涙を浮かべ、俺の家族達も泣いていた。
ノンとギルは、鼻水を流しながら
「本当に良かった!」
と叫んでいた。
他の者も次々に
「メルル、よかったな」
「すごい奇跡だ!」
「良かった!」
「助かりましたの」
などと口にしていた。
一人冷静な俺は薄情なのか?
なんて思いながらも、若干の疎外感を感じたのだった。
ふん、もらい泣きなんかするもんか。
一つ咳払いをしてから俺は話しだした。
「さて、興奮冷めやらぬところ、申し訳ないが、そろそろ会話を始めたいのだが、いいかな?」
俺はリーダー風の男性に淡々と述べた。
「ああすまない、いやー助かった。本当にありがとう。なんとお礼を言ったらいいのか」
と涙を拭いて立ち上がった。
その顔は万遍の笑顔だった。
「もう少し、余韻に浸ろうか?」
余りの笑顔につい言ってしまった。
「いや、もう充分だ。お前ら、話を再開するぞ」
「「「ああ」」」
座っている者は立ち上がり、俺を中心に集まってきた。
全員が俺に向き直り、姿勢を正した。
「まずは、自己紹介をしてくれないか?」
話を進めた。
「そうさせてもらおう、俺達はハンターチームで『ロックアップ』というチーム名でやっている。俺がリーダーのマークだ」
やっぱりハンターチームだったんだな。
犬の獣人が続けた。
「俺が副リーダーのロンメル、斥候を担当している」
頭に角を生やしたごつい獣人が続く、
「おれはランド、見た通り獣人だ、アタッカーをやってる」
ローブのようなマントを着た髭の男性が続く、その顔に撒かれた包帯が痛々しい。
「私はメタン、魔法士をやっております。以後お見知りおきを」
「私はメルル、この恰好の道り僧侶をやってるわ」
メルルは、まだ少しふら付いている様子。
「ノン、椅子を貸してやってくれ」
椅子を取りに行きがてら
「僕はノンだよー!」
と大声を出しながら、ノンは家の中へと消えていった。
「僕はギル、さっきは大変だったね。ジャイアントシャークに喰われなくてよかったね」
とギルが言うと
「嘘だろ、さっきのドラゴン様かい?」
とロンメルが呟いた。
「ああそうだよ、僕だよ」
「「「ええっ!」」」
とロックアップ一同は驚いていた。
ウン!と咳払いしてからゴンが続けた、
「私はゴンです、今は人化してますが、九尾の狐です。よろしくお願いいたします」
声を失っている一同、何故だかドヤ顔のゴン。
「私しはエルですの、私しも人化してますの」
というと同時にエルは獣型へと変化した。
「「「おおっ!」」」
思わず声を挙げる一同。
てか、こいつらなにやってんの?そんなに驚かれるが楽しいのか?
それを察してか、ノンが獣型で椅子を咥えて帰ってきた。
アホや、こいつらアホや。
「嘘だろ!」
「まじかよ!」
「どういうことだ?」
等と言って言葉を失う、ロックアップの皆さん。
おいおい、こんな初手で躓いてたら、話が進まんでしょうが。
勘弁してくださいよ。
ロンメルが後ずさりしながら言った。
「もしかして、タイロンの英雄?」
あー始まった。こりゃあ収集付くまで時間かかるぞ。
駄目だこりゃ。
「そうだ、聞いたことあるぞ、神獣と聖獣を連れた一団で、タイロンを救ったって」
マークが続ける。
「ああそうだ、俺も聞いたことがあるぞ、何でも魔獣化した、ジャイアントイーグルを十体も狩ったとかって、嘘だろ?英雄に会えたよ」
ランドも続いた。
俺達は羨望の眼差しで見つめられている。
そして、俺以外の家族は全員ドヤ顔をしている。
なんでアイリスさんまで、てか、あなた自己紹介まだでしょうが!
「あー、もうもうもう、そういうのいいから、次行くよ、次」
俺はバッサリと断ち切った。
アイリスさんを肘で突いた。
あらま、とお道化るアイリスさん。
あんた、そんなキャラだったっけ?
「私はアイリス、世界樹の分身体です。よろしくお願いいたしますわ」
しまった!
アイリスさん、ワザと最後まで待ってたな。
やられたー。
案の定、場の空気が凍り付いた。
「い、今なんと?」
言葉にならないマーク。
「ええ、ですから世界樹の分身体です」
『ロックアップ』の皆さんは完全に現状を見失っている様子。
「そうだよ、アイリスさんは凄いんだよ」
と何故か威張るギル。
ウンウンと他の皆も頷いている。
なんだかな・・・
「あのー、島野さん。俺達まったく付いていけないんですけど」
とマークが呟いた。
そうですよねー。でしょうねー。
「すまないが、なんとか飲み込んで欲しい」
と俺は無茶ぶりをした。
それしかないな、うん、うん。
皆さん正気に戻ってくださいな。
俺は手を叩いた。
「はい!随分驚きのこととは思いますが、今は話すべきことがありますよね、皆さん!脱線はこのぐらいにしておきましょうね!」
あえて大声で言った。
すると『ロックアップ』の皆さんは徐々に正気を取り戻しだした。
「とりあえず、場所を変えましょう」
そう、こういう時は場所を変えて、気分新たにってね。
俺はいつも食事をしているテーブルへと誘導した。
俺の隣には、アイリスさんが座り、俺の正面にはマーク、その隣にメルルが座った。
それ以外の者達は適当に、テーブルの周りに立っている。
「さて、世界樹の葉だが、実はまだ数枚持っている」
「「「えっ!」」」
ロックアップの皆さんの表情が一変した、気を引き締め直した様子。
「な、何枚持ってるんですか?」
マークが恐る恐る、質問をしてきた。
実はコロンの街に旅立つときに、念の為にといって、アイリスさんが世界樹の葉を五枚持たせてくれたんだよね。だからあと四枚あるが、正直に言うべきか、言わざるべきか、どうしようか?
「四枚ある」
正直に言ってみた、だってアイリスさんに言ったら、世界樹の葉をもっとくれるに決まっている。
変な駆け引きは無しということで。
「四枚も・・・」
メルルが呟いた。
「そこで、君たちにもう一度問う、あと何枚必要なんだ?」
とここでロンメルが口を挟んだ。
「いや、島野の旦那待ってくれ、その前にさっき言ってた、条件について教えてくれないか?」
旦那って・・・本当に言う奴いるんだな、それに呼ばれてみても嫌じゃないものだな。
でもこいつ結構鋭いかも、いいねえ。ちゃんと副リーダーやってるね。
「この島に全員で働いて貰う」
「働くって何をするのでしょうか?」
メタンが言った。
目が見えなきゃあたり前の質問だな。
自分がちゃんと戦力になる仕事なのか知っておきたいだろうしな。
「主に農作業、後は家畜の世話や場合によっては狩りや、海に漁に出るのもいいかもな。あとはそうだな、明日にでも個人面談をして役割は決めようと思う」
「私に務まるのでしょうか?」
不安を隠さずにメタンが言った。
「それは君次第じゃないかな?」
決して根性論とかで言ってるんじゃないぞ。
「それはいつまででしょうか?」
マークが聞いてきた。
「うーん、もしあと三枚要るってんなら、四ヵ月ぐらいでどうだ?それに片手が無くて、目も見えない、指が無いでは畑作業ができないだろう?」
『ロックアップ』の皆さんは目を見開いていた。
「島野の旦那、あんた本気かい?」
ロンメルは信じられないと言った感じだった。
「本気も本気、住む家と食事はちゃんと提供するし、この際だから福利厚生もちゃんと整えようと思う」
そう福利厚生は大事だ、ケガや病気の保証は当たり前として、他にも風呂やサウナも使っていいし、ビールは二杯ぐらいまででどうかな?
「福利厚生って何でしょう?」
メルルが困惑した表情で聞いてきた。
「ああ、後々教えるよ。あとはそうだなー。働き過ぎは良くないから、交代で週二で休暇を取るようにしよう」
あれ?またロックアップの皆さん固まってるぞ。
もしかして、俺もやっちまった?
「島野さん、ちょっと整理させてください」
マークが上を見ながら言った。
「どうぞ」
「世界樹の葉を三枚くれる」
「はい」
「四ヵ月この島で働く」
「そうです」
「主に農作業を行う」
「そうなるね」
「家と食事を提供してくれる」
「うん、うん」
「週二で休暇を取る」
「その通りだな」
何かおかしいか?
「って、あんた神様ですか?」
まあ似たようなもんだな。
「うーん、実は神様みたいな者なんだよな、ハッハッハッ!」
て、違う意味でだけど・・・あれ?・・・なんだかまたおかしなことに。
あ、完全に終わった。
『ロックアップ』の皆さんは漏れなく気絶していた。
気絶した一同を適当にその辺に寝かせて置き。
ひとまず晩御飯の準備を始めた。
特に準備もしてなかったので、バーベキューにしようと思う。
ジャイアントボアの肉を、醤油とニンニクと生姜に漬けておく。
後は野菜を切り分けて、ウインナーに串を刺しておく。
あと揚げ出し豆腐と果物をいくつか準備しておこう。
とりあえず食材はこんなところかな?
まだ少し早いが、バーベキューコンロに火をつけて、いつでも始めれるようにしておく。
それにしても『ロックアップ』の皆さんは仲が良いようでなによりだ、このタイミングで人が増えるのは、正直言ってありがたい。
こちらとしても助かる。
これで、五郎さんの無茶ぶり注文にも応えられるかもしれない。
ありがたや、ありがたや。
ゴンを呼んで、治療が必要な三人を起こすように指示した。
マークにライドにメタン、皆な治るといいな。
アイリスさんが言うには、欠損やケガは、煎じて飲むよりも、世界樹の葉を直接傷口に擦り込んだほうがいいらしい。
ゴンが三人を連れて来た。
まずはメタン、顔に撒いている包帯を取って貰う。
横一線に痛々しい傷があった。
これは恐らく爪で抉られたんだろう。
俺はそこに世界樹の葉を取り出し、擦り込むように塗ってやった。
すると傷口が光り出し、傷口が塞がっていった。
そしてメタンは目が開くようになった。
「ああ、見える、見えます!島野様ありがとうございます!」
と言ってメタンは涙をこぼした。
よし!目が見えるようになってなによりだ。
次にランド、こいつがある意味一番の重症といっていいのかもしれない。
アイリスさんの言葉通り、左腕の傷口に世界樹の葉を擦り込むと、傷口が光り出し、驚くことに肘から先がどんどん生えて来た。
ランドは手を何度もグッパグッパを繰り返して、その感触を確かめていた。
こいつはもう泣き疲れた様子で、目を輝かせただけだった。
「島野さん、なんとお礼を言ったらいいか」
と感謝された。
うん、泣き疲れたよね、分かる分かる。
最後にリーダーのマーク、申し訳なさそうに俺の前に来た。
ランドの時と同様に、欠損した部分に世界樹の葉を塗り込むと、指が光り出し、見る間に指が生えて来た。
マークもランドと一緒で手の感触を確かめていた。
「島野さん、本当に今日は驚くことばかりで、ついて行くのに必死です、これだけは言わせて欲しい。あなたは俺達の命の恩人だ。本当に感謝する」
とマークは深々と頭を下げた。
まあ悪い気はしないよね、人助けは案外嬉しいもんだな。
「さて、後の二人も起こして、飯にしようか」
と俺はマークに声を掛けて、バーベキューコンロに向かった。
皆ジョッキを片手に俺の号令を待っている。
大事を取ってメルルはお茶、ギルも問答無用でお茶にさせている。
ギル君、君は生後一年経ってないんですよ、まだアルコールはいけません。
他の皆はビールを手にしている。
咳払いをしてから、俺は言った。
「では、新たな出会いと、今後の島の発展を祝って、乾杯!」
「「「「乾杯―」」」」
大合唱が木霊した。
「さあ、皆さん好きに焼いて食べてくださいね」
「ビールは飲み過ぎるなよ」
「野菜は生でもいけますよ」
皆が適当に、焼いては食って、飲んでを始めた。
「いやー、上手い、なんだってんだこのビールってのは、最高!」
ロンメルが有頂天になっていた。
「上手い、上手い、全て上手い」
メルルが野菜やら、肉やらをモリモリと食べていた。
凄い勢いで食べてるけど大丈夫なのか?
この人フードファイター的なやつじゃないでしょうね?
他の皆も同様に
「上手い、最高!」
を連発していた。
こういう姿を見るのってなんだか楽しいなと感じた。
新たな仲間いいじゃないか。
大いに結構!
「さて、縁もたけなわですが、皆さんにはどうしても聞いて欲しい話があるので、食事をしながらでいいので聞いて欲しい」
皆がこちらを向いた。
「実は・・・」
俺は世界樹に纏わる話をした。
俺の家族はもちろんのこと『ロックアップ』の一同も真剣に話を聞いている。
そして最後にアイリスさんが締めくくった。
「私は二度とあの悲劇を繰り返したくは無いのです、どうか皆さん、協力してはもらえませんでしょうか?」
全員から拍手が起こった。涙を浮かべている者もいた。
「俺達はアイリスさんを絶対に守ろうぜ、なあ皆よ!」
ロンメルが声高に言った。
「その通りですな」
「必ずだ」
「違いないわね」
口々に同意の返事であった。
マークがジョッキを上に翳した。
「アイリスさんに乾杯!」
「「「乾杯!」」」
一呼吸おいてから
「ちぇっ!リーダーは直ぐに良いところ持っていきやがる、たまには俺で締めてもいいだろが!」
大爆笑が起こった。
皆一様に笑い、笑いの絶えない食事となった。
幸先良好である。
仲間っていいなと、俺はしみじみと思った。
翌日、まずは朝食後に『ロックアップ』の皆さんを島の施設に案内することになった。
俺の脇にはゴンが控えており、説明のサポートを行ってくれている。
その他の者達は、既に畑の収穫作業を行っている。
「こうして、野菜の収穫作業を行います」
ゴンが丁寧に説明していた。
それを何度も確認しながら『ロックアップ』の皆さんが、質問を交えながら真剣に説明を聞いている。
うん、いいじゃないか、熱心なことだと感心する俺。
次にお風呂へと向かった。
「すげえ、露天風呂まであるのかよ」
ロンメルが喜びながら言っていた。
これで驚いてもらっては困るな。
何せこの島にはサウナがあるからね、サウナが。
フフフ・・・
多分俺どや顔してるな。
「島には露天風呂だけじゃなく、サウナもあるからな、それも塩サウナまでな」
俺はほくそ笑んでいた。
間違いなくドヤ顔してるな俺。
だって自慢したいじゃないか。
サウナだよ!
分かるよね?
「サウナですか?」
やはりサウナを知らないようだな。
「そうかそうか、この世界にはサウナが無いんだったな。いやいやいや、これはもったいない」
と俺は得意げに言う。
「主、自慢は後にしてください。ちゃんと案内しないといけませんので」
ゴンに嗜まれてしまった。
さすが生徒会長、きっちりしてるね。
どうぞどうぞ、次に行ってくださいな。
ちぇっ!
「いやゴンちゃん、せっかくの旦那の申し入れだ。そのサウナってもんを見せてはくれないかい?」
ロンメルが食いついてきた。
お!いいぞロンメル!
「駄目です、後にしてくだいさい。どのみち夕方には皆で入ることになるんですから」
ゴンは堅いな、真面目過ぎる。もうちょとこう、ねえ?
人生遊びがあってもいいと思うんだが、まあでもこれがゴンのいい所なんだよね。
しょうがないな。
「そうなのか?じゃあその時でいいや」
ロンメル食い下がるなよ、と口にしかけて止めておいた。
まあ、ゴンの言う通りだからな。
但し『黄金の整い』は教えませんよ。
そんなこんなで、一通り見学が済んだところで昼飯になった。
本日の昼飯は、昨日の残り物で適当に野菜炒めを作った。どうにも簡単にすると野菜炒めになるんだよな、確かにこの島の野菜は格段に美味いからね。
何でも野菜入りの野菜炒め。うーん、語呂が悪い。
後はご飯に味噌汁。
皆さん適当に召し上がってください。
「しかし島野様、この島で採れる野菜はお世辞抜きで美味しいですな。何か秘訣でも?」
メタンが話し掛けてきた。
「メタン、様は止めて欲しいな、照れちゃうじゃないか」
様は照れる、なんだか擽ったい。
「いやしかし、そう言われましてもな」
譲る気は無さそうだ。
「お前は相変わらず堅いな」
マークがツッコんでいる。
「まあ好きにしてくれればいいさ」
と俺は話を続けた。
「実はなメタン、秘訣はあるんだよ」
「といいますと?」
興味深々のメタン。
「正確には二つかな、まずはなんといってもアイリスさんだな、彼女は植物のプロだからな。肥料であったり、間引きであったり、雑草の処理だったり、後はどの辺に水を撒けばいいかとか、彼女の貢献は測り知れないね」
そうこの島の野菜の美味しさは、アイリスさんの愛情で出来ているのだ。
「さすがは世界樹様と言ったところなのでしょうな」
ウンウンと頷いている。
「後一つはこれさ」
俺は右手に神気を出してみせた。
右手が光り輝く。
「「おお!」」
マークとメタンが慄いている。
「神気ですな!」
メタンが神気を不思議そうに眺めている。
「これを畑の土に定期的にやっているんだ」
これが野菜の成長を促すんだよね。
「なるほど、この野菜はまさに神の野菜なんですな」
神の野菜って言い過ぎでしょ?
でもまぁそうなのか?
「そうだな、ありがたく頂だこう」
と同意するマーク。
なんだか俺のことは神様確定って感じだな。
まあいいや。
もうめんどくさくなってきた。
「それと島野様、ここの野菜は、ただ美味しいだけではなく、元気になりますな。こう身体の中から気力が溢れ出てくるというか、なんというか、力が漲ってきますな」
元気がでるか・・・俺達は普通に腹が減ったから、食べているだけなんだけど・・・
せっかく食べるのなら、美味しく食べたいと、工夫を凝らしているだけなんだけどな。
そう言って貰えるならなによりです。
午後からは個人面談だ、まずはマークから行う。
一人ずつ、俺の書斎に来てもらうことになった。
ドアがノックされる。
「どうぞ」
と声をかける。
「失礼します」
一礼してマークが入ってきた。
マークを椅子に誘導する。
「何か飲むか?」
俺は最近収穫を終えたコーヒーを飲んでいる。
このコーヒーは俺のお気に入りだ、豆をローストするのには結構時間が掛かった。
火加減が難しい。
「では、お茶をいただけるかな?」
横に控えるゴンにお願いした。
マークが話しだした。
「島野さん、まずは本当にありがとうございます。ジャイアントシャークから助けてもらったこと、ちゃんと感謝を伝えていませんでした」
律儀な奴だな、嫌いじゃないよそういうとこ。
「ああ、もういいってことよ、それよりさっそくなんだが『鑑定』してもいいか?」
この際だから全員『鑑定』をさせて貰う、これは健康診断みたいなものだ、まだ流石に全幅の信頼を置くには早すぎる。
それにこいつらの能力を知っておきたい。
「はい、どうぞ」
というと、マークは姿勢を正した。
うーん『鑑定』をするというと皆姿勢を正すんだよな。これはあれか?医者が聴診器を持って、診察しますって時の患者の反応と一緒か?
まあそれは置いといて
『鑑定』
名前:マーク
種族:人間Lv8
職業:ガーディアン
神力:0
体力:1351
魔力:136
能力:パーフェクトウォールLV2 防御力倍増Lv1 鼓舞奮闘LV2
パーフェクトウォールってなんだ?
「マーク、パーフェクトウォールってなんだ?」
「ああそれは、俺の固有魔法の一つでして、五平米の透明な壁を作ることができるんです。三分間限定なんですが、魔法も物理攻撃も全て防ぐことが出来きます。ただ難点がありまして、敵からの攻撃だけじゃなく、こちらの攻撃も通らないんですよ。使い道に困る魔法です」
「完全な撤退時にしか、使えそうも無いってことか」
ここで、ゴンがお茶を持ってきてくれた。
ゴンからお茶を受け取り、話を続ける。
「その通りです、もう一つ難点がありまして、使用後に体力がかなり削られるんです」
「うーん、そうなると、本当の奥の手だな」
「はい、仰る通りです」
あと固有魔法とはなんだろう?
「マーク、すまないが俺はあまり魔法には詳しくはないんだが、固有魔法って何なんだ?」
「そうですか、固有魔法はその個人が持つ特性に合わせて開発した魔法です」
個人の特性に合わせた魔法があるのか、それも開発できるってことか?
隣でゴンが目を輝かせている。
「主、固有魔法は私も初めて聞きます」
もしかしてゴンの場合は『変化』が固有魔法になるんじゃないかな?
「ゴン『変化』は固有魔法なんじゃないのか?」
「どうでしょうか?分かりません、研究のし甲斐があります」
うん、それでいいと思うぞ。
「あとマークはどこ出身なんだ?」
「俺とランドは、大工の街の出身です」
確か歴史的な文化財の家があるとかなんとか、カイさんが言ってたような気がするな。
「ということは、大工仕事なんかもできるのか?」
これ大事なところ。
「はい、俺とあいつは小さい頃から、大工の基本的なことは仕込まれています。あと、土木作業なんかも多少はできます」
おお!これは拾いものかもしれないぞ、いよいよインフラに着手できるかもしれないな。
「マークは、上下水道については知識があったりするのか?」
「上下水道ですか?すいません、そこは分からないです」
俺は知りうる限りの上下水道の知識を伝えた。
「なるほど、面白いですね理屈は分かりました。となると、大事なのは高低差ですね」
おっ!こいつ飲み込みが速いじゃないか、いいねそれなりに賢いみたいだ。
「そうなんだ、高低差が無いと、上下水道は機能しないんだ」
考え込んでいるマーク、新たな知識を得て彼なりに吸収しようとしているんだと思う。
「マーク、ひとまずは畑の作業に尽力してくれ、上下水道に関しては、ランドと相談して決めよう、それでどうだ?」
これで何とかなりそうだな。
「はい、分かりました。よろしくお願いします」
マークは一礼した。
「じゃあランドを呼んできてくれ」
マークは退室していった。
ランドが大きな身体を窄めながら部屋に入ってきた。
先ほどのマークと同様に飲み物がいるか聞いたが、要らないとのことだった。
「まずは『鑑定』してもいいか?」
「どうぞ、お願いします」
こいつも姿勢を正している。
なんだか医者になった気分。
『鑑定』
名前:ランド
種族:獣人Lv9
職業:重戦士
神力:0
体力:1602
魔力:68
能力:咆哮Lv2 斧ぶんまわしLv2
斧ぶんまわしって、まんまなんだけど・・・
「ランド実はな、さっきマークと話をしたんだ」
俺はマークと交わした会話を説明した。
「なるほど、そうですか、とりあえず俺にもその上下水道ってものを説明してもらってもいいですか?」
お!やる気がありますね、前向きで結構。
「ああ、いいぞ」
俺は上下水道に関する知識を話した。
「なるほど、随分と暮らしが楽になりそうですね、ただ俺にはまだその蛇口という物の構造がいまいち理解できないです」
そこは俺に任せて頂戴な。
「まあそこに関しては俺が造るから、完成物を見て貰ったら分かるようになると思う」
「分かりました」
話が早くて結構。
「あと、一つ質問があるんだがいいかな?」
これ単純な俺の興味です。
「なんでしょう?」
「君は牛の獣人なんだよね?」
「はい、そうです」
「ミノタウロスとの違いってなんなの?」
「違いはないですよ、どっちも同じです」
「えっそうなの!」
そうなのかー、一緒なのね、いやいやこれはいけない、勝手に俺のイメージを押し付けちゃいけないな、こうミノタウロスっていったら、牛の魔人みたいなイメージなんだけど、固定概念はよくないな。
この世界では一緒と本人が言うんだから、それでいいじゃないか。
「何か気になりましたか?」
いや、逆にすっきりしたよ。
「いやいや、気にしないでくれ、じゃあ次はロンメルを呼んできてくれ」
ハハハ・・・
ランドが退室していった。
ロンメルが部屋に入ってきた、ゴンがさっそく飲み物のリクエストを聞いている。
うん、ゴンはよくできた秘書みたいだな。
「ロンメル早速だが『鑑定』をさせて貰うがいいか?」
「ああ、構わない」
おっこいつは姿勢を正さない、案外肝が据わってるのかな?
『鑑定』
名前:ロンメル
種族:犬の獣人Lv10
職業:斥候
神力:0
体力:1203
魔力:201
能力:ムードメーカーLV3 探索LV1 跳躍LV1
「ロンメル、この探索なんだが、どんな能力なんだ」
あえて聞いてみた。
「ああそれかい、多分俺の探索よりも、ノンの鼻の方が数段レベルが高いと思うぜ。俺も基本的には鼻で獲物の数や位置を把握できるが、百メートル先が限界だな」
なるほど、百メートル範囲となるならロンメルの考えは正しい。
ノンの場合は鼻だけじゃなく気配も辿っているからな、精度は格段に違う。
探索は斥候としては必須な能力なんだろう。
「そういえば、ロンメルは船の操船をしてたよな?」
確か帆を畳んでいたような覚えがある。
「ああ、俺は漁師の街育ちなんだ、漁師の街の奴らは操船ができて当たり前、ってことなんだ」
ここでゴンがお茶を持ってきた。
「あの船で漁は可能か?」
できれば、海産物も増やせたら助かるんだが・・・
「うーん、漁に出るにはいくつか手を加えないといけねえな、でも旦那、なんといってもあの船には網が無いんだ」
それぐらいなら簡単に出来るな。
「ああ、それなら何も問題ない。網の形状を教えてくれれば、俺が直ぐに網を造れるから」
「そうかい、旦那、あんた出鱈目だな」
やっぱりそうだよね。
「ああ、自覚はあるよ」
最近何となく芽生えましたよ。
「じゃあロンメルには週に二回漁に出て欲しい、ただしエルとギルをお供に連れていってくれ、飛べるあいつらがいれば、最悪のことは起きないだろ?」
一人で海はきつ過ぎるだろうしな。
「ああ、助かる」
「ただし午前中は畑の作業にあててくれよ、漁はそれ以外の時間で頼む、決して無理はしないで欲しい。安全第一で頼む」
そう安全第一であって欲しい。
「ああ、分かった」
「じゃあ次はメタンを呼んで来てくれ」
ロンメルが退室した。
メタンが部屋に入って来た、いつになく神妙な面持ちであった。
ゴンが飲み物を訪ねたが、
「お構いなく」
とのことだった。
「じゃあメタンまずは『鑑定』させて貰えるかな?」
「いつでもどうぞ」
というと、メタンは両手を広げて待ち構えていた。
こいつなんなの?
熱波でも受けるのか?
『鑑定』
名前:メタン
種族:人間Lv9
職業:魔法士
神力:0
体力:864
魔力:586
能力:火魔法LV6 土魔法LV7 崇拝の魔力化LV5
はあ?なんだこの崇拝の魔力化って?
なんなのこれ?
なんだか怖いんですけど・・・
「メタン、教えてくれ、この崇拝の魔力化とはなんだ?」
なんかやばそうな響きだよね。
「はい、これは創造神様を崇拝することによって、魔法の威力を倍増させる魔法ですな」
目を輝かせながらメタンが説明してくれた。
でも、俺を見るこの羨望の眼差しは何なんだ?
俺は創造神様じゃないんだけど。
「私達魔法を愛する者達にとって、創造神様は唯一無二の神様でございますな」
唯一無二って、この世界にはいろんな神様が顕現してますけど・・・
それでいいのか?
「その創造神様の再来が島野様だと、私は睨んでおります」
髭面のおっさんが、ドヤ顔で俺を見ている。
いやー、勘弁してくれよ。
視線に耐えられないよ、だって俺は創造神様の後任らしいから、あながち間違ってないんだよね。
ていうか、羨望の眼差しを止めてくれっての、髭ずらのおじさんにそんな目でみられても、かえって気持ち悪いんですけど・・・
いけない、気を取り直そう。
咳払いをしてから面談を再開した。
「ところで、メタンの出身地はどこなんだ?」
「はい、魔法国『メッサーラ』でございますな」
ゴンが反応した、魔法が得意な人なら、この国に行けなんていわれてる国だって、カイさんが言っていたな。
「何か特技とかあるか?」
「はい、私はやはり魔法を得意としています。それ以外で言うと、読み書き計算はできます。この世界ではできない人が、結構多いのですな」
なるほど、読み書き計算ね。いいじゃないか。
「じゃあ、午前中は畑作業を行ってもらって、午後からはゴンと一緒に、在庫の管理や数量のチェックなどを行ってくれ、あとゴンがなにかと魔法の研究をしているから、一緒にやってみてくれないか?」
「主、いいのですか?」
ゴンが割り込んできた。
「ああ、お前も一人で考え込まなくても頼れる隣人がいた方が、はかどるだろ?」
「はい、助かります」
ゴンが喜んでいる。
「では、ゴン様、今後ともよろしくお願いいたします」
こいつゴンまで様呼びかよ。
まあいいや。
「じゃあメルルを呼んで来てくれ」
「かしこまりました」
メタンが仰々しくお辞儀をして退室していった。
ドアがノックされた。
「どうぞ」
ゴンが内側から扉を開けた。
メルルが入室してきた。
「もう体調は万全か?」
「ええ、大丈夫です。全ては島野さんのお陰です」
そう言われると照れるな。
厳密にはアイリスさんのお陰なんだけどね。
「座ってくれ」
「早速なんだが『鑑定』を行ってもいいかな?」
「はい、どうぞ」
メルルは少しだけ姿勢を正した。
うん、皆ほどではないが、やはり姿勢は正すのね。
『鑑定』
名前:メルル
種族:人間Lv10
職業:僧侶
神力:0
体力:749
魔力:589
能力:風魔法LV6 治癒魔法LV7 鎮魂歌LV2
鎮魂歌ってなんだ?
「なあ、この鎮魂歌って何なんだ?」
「それは、いわゆるお祓いみたいなものです」
お祓い?なんでかな?
「お祓い?幽霊でもいるのか?」
「いえ、幽霊のお祓いでは無く、土地を清めるであったり、不浄の汚れを祓ったりします」
「不浄の汚れとは?」
「主にアンデットですね」
なにそれ。怖いんだけど。
「アンデットてことは、死体が動いてるってこと?」
「はい、稀に森で出現します。鎮魂歌は聖魔法の一つです」
聖魔法?まあ僧侶だからそうなんだろうな。
「そういえば、島野さん一つよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
なんか気になることでもあるのか?
「私の実感として、お話しさせてもらいます。治癒系の魔法を得意としてますので、昨日の体験は滅多にない良い機会を頂いたと思っています」
世界樹の葉のことかな?
「それで」
「世界樹の葉で私の病気は完治しました、それと同時に少し体力が回復しました。問題はその後なんです」
メルル曰く、世界樹の葉で病気は完治し体力も少し回復したが、その後の食事で通常では考えられないくらい、体力が回復したらしい。なんでも、治癒魔法では傷は治せるが、体力まで戻そうとなると、LV10以上無いとできないらしい。そしてLV10以上の治癒魔法の使い手となると、Sランク以上の者となり、滅多にいないらしい。
島の野菜の体力回復力は、ハンター達の常識を変えてしまうかもしれないとのことだった。
「そうなのか?」
野菜の方だったのね。
「はい、昔から体力回復薬は研究されておりますが、完成したとは聞いていません」
体力回復薬って、いわゆるポーションってやつだよな。いや何か違うな。
「で、この島の野菜は体力回復薬になるということか?」
ならば、新たな収入源となりえるってことか?
「その通りです、ハンター経験者として考えても、体力回復薬があると戦闘内容が大きく変わります、これまでは体力を温存した戦い方を強いられてましたが、体力回復薬があれば始めから全力でいけます」
「そういうことか、ちなみに魔力は回復するのか?」
「いえ、それはありませんでした」
体力回復に限定なのね、となれば魔力の回復手段が次に求められるな。
「魔力の回復方法はどうなんだ?」
「一般的なのは魔石を使います」
魔石なんだ、そういえば一個持ってたな。
俺は『収納』から魔石を取りだした。
「でっか!なんですか?その魔石」
デカいんだこれ。
「ああ、魔獣化したジャイアントイーグルの魔石だよ、見てみるか?」
「是非、お願いします」
俺は魔石を手渡した。
「で、この魔石が魔力の回復方法になるのか?」
「はい、ではやってみますね」
とメルルは言うと、両手で包むように魔石を握り、魔力を込め出した。
魔石が少し光ったように見えた。
「こうやって魔力を込めておくと魔石に魔力が溜まります、逆に魔石から魔力を取り出すこともできます」
なるほど、魔力の出し入れが可能ってことね。
「なるほどね、予め魔力を貯めておいて、必要な時に取り出すということだな」
「その通りです、あと実は魔石にはもう一つ使い道がありまして、魔法を閉じ込めておくこともできます。そして、魔力を流すと魔法が発動するという性質があります」
付与するってことだな、だから高額品として取引されてるってことか。
それでタイロンのハンター協会の会長はニヤけてたのか。
売らなきゃよかったな。
「神力は貯めれないのか?」
「神力を貯めれるのは神石ですね、たしかマークが・・・ちょっと待ってて貰えますか?」
「ああ、いいよ」
軽くお辞儀をしてメルルは退室していった。
その後、マークを伴って入室してきた。
「島野さんこれよかったら使ってください」
マークは手を差し出してきた、手の平には黒い丸い石のような物が三個あった。
手に取ってみる。
感触としては、石よりも少し柔らかい感じがする。
「これがさっき話していた神石です」
「これが・・・」
神石か、いろいろと試してみないとな。
「これも先ほどの魔石と一緒で、神力を貯めておくことと、能力を発動することができるんです」
これは使えるぞ、これはありがたい。なんといっても、これでマイサウナのグレードがまた上がる。
素晴らしい!
「本当に貰っていいのか?」
ありがたい、大いに使わせていただこう。
「ええ、俺達には不要の産物なんで、売ることもできませんし」
「そうか、ありがたくいただくよ」
しめしめ、これで・・・いいね。最高だよ!
さて、話を戻そう。
「メルル、君の仕事は午前中は皆と一緒に畑の作業をしてくれ、午後からは体力回復薬の研究をしてみるってのはどうだ?」
「えっ、いいのですか?」
「ちょっと、体力回復薬ってなんですか?」
「悪いなマーク、後でメルルから聞いてくれ。メルル、この島には野菜は豊富にあるし、僧侶としては興味があるんじゃないか?」
面倒な説明はお任せということで。
「もちろんです、私にとっては夢の仕事です」
メルルは興奮している様子。
「それに、体力回復薬が完成したら、大儲けできるぞ」
おれはニヤリと微笑んだ。
「ですね」
メルルもニヤリと微笑んだ。
ひとり置き去りのマークだった。
個人面談を終えた。
皆で、晩飯の時間。
本日の晩飯は、ミックスサラダに、ジャイアントボアとジャイアントピッグの粗びきハンバーグ、コーンスープ、ご飯かパンはお好みでといったところ。
「では手を合わせて、いただきます」
「「「「いただきます」」」」
大合唱。
「皆、食べながらでいいから聞いてくれ、これからの仕事内容について、皆と共有させてもらうことにする」
皆な食事を始めながらも、こちらに注目している。
「まず先に家族の皆とアイリスさん、これまでは俺の能力のことは明かさないように努めてきたが、俺もこうなった以上腹を括った。積極的に俺の能力を明かす気は更々無いが、神様の修業中であることを、この島の中では隠すことはしないことにする」
エルが手を挙げた。
「アグネス様にはどうするおつもりですの?」
「ああ、さすがにあの駄目天使も付き合いが長いし、言いふらすような馬鹿なことはしないだろう、方向性を変えるよ。もし言い降らす様なら、もう一回締めてやろう」
「うん、賛成!」
ノンが言った。
ノンのやつ、アグネスを締めるのが楽しくなってないか?
「そうですの」
エルも同意した。
お前もか!
まああれでいて、アグネスなりに気を使ってくれていることは知っているからな。
さて、ここからが本日の本番だ。
「皆な、心して聞いてくれ、まず俺は会社を設立する。さしずめ『島野商事』ってところかな?」
ノンが手を挙げた。
「主、会社って何?」
「営利を目的に経済活動をする組織のことだ、要はお金を稼ぐ組織ってことだよ」
ウンウンと皆が頷いている。
「そこで、各担当を発表します。まずは農場部門の責任者はアイリスさん」
アイリスさんが立ち上がって一礼した。
自然と拍手が起きる。
「島野商事にとって、農業部門は根幹となる部門です、アイリスさんよろしくお願いします。皆、休日以外の者は、午前中はアグネスさんの指示に従って、農作業を行うようにしてくれ」
俺もアイリスさんに軽く一礼した。
「続いて建設部門の責任者は、マークにお願いしたい、サポート役としてランドを任命する」
「お、俺ですか?いいのですか?」
マークが驚いている。
「ああ、よろしく頼むよ。やはりこの島にとってインフラは欠かせない、先ほど話した上下水道は急務と考えている。上下水道が整ったら、その後は各種施設を設けようと考えている。最も体力が必要な部門だ、出来るな?お前達?」
「ええ、任せてください」
「力仕事は任せてください」
二人は胸を張っていた。
いろいろと考えてみた結果、お金は掛かるのは分かっているが、はやりインフラの整備は必要との結論にたどりついた。その一番の理由は、畑の水やり作業が、一定の者に限定されていることにあった。
水魔法を使えるゴンと、自然操作が使える俺しかいない。
この不平等感は解消したい。
それにやはり水洗トイレが欲しい。
人が増えたことだし、文化的な暮らしは必要だと思う。
あとは温泉街『ゴロウ』もインフラが整備されていた。
こう言ってはなんだが、五郎さんにできて、俺にできないとは思いづらい。
「次に魔法研究部門及び管理部門はゴンが責任者で、メタンがサポートをする」
ゴンとメタンが立ち上がった。
「島野様の会社の発展の為、精神誠意努めさせていただきます!」
いきなりメタンが宣誓した。
「おまえ、そんなキャラだったか?」
マークがツッコむと爆笑が起った。
「何を言うリーダー、島野様と出会って私は変わったのですな」
真剣に言うメタン。
更に爆笑が起こった。
だが俺には笑えなかった、勘弁してくれよメタン、お前ちょっとキモいぞ・・・
気を取り直そう。
「次に行っていいか?次に体力回復薬研究部門はメルルに任せる、そして俺がサポートに入る」
「えっ!体力回復薬って、なんのことだ?旦那」
ロンメルが気になったのか、話しに割り込んできた。
「詳しくはメルルに聞いてくれ」
マークの時と同じく、面倒なのでメルルに振った。
細かい話は極力避けたいと思う俺だった。
めんどくさがり屋で、すんません。
「そして漁部門はロンメルに任せる、サポートにギルとエルが付いてくれ」
「ギル坊、エルちゃんよろしくな」
ロンメルが言った。
「ロンメルおじちゃん、ギル坊って言うなよ、それを言っていいのは五郎さんだけなんだぞ」
なんで五郎さんはいいんだ?
ギルの拘りか?
「ギル坊こそ、おじちゃんって言うなよ」
「へん、お返しさ」
また笑いが起きた。
仲が良い事はいいことです。
「そして、狩りと家畜の世話部門はノンをリーダとする」
「はーい」
流石のノン、軽い返事だ。
「ギルとエルは漁の無い日はノンを手伝うように」
「「了解」」
ギルとエルはコクリと頷いた。
「最後に、全てを統括した責任者を俺が務める、いいな?」
俺は皆を見渡した。
「もちろんですな」
「あたりまえだぜ」
「主以外ありえません」
「いいよー」
皆口々に賛成の意を伝えてきた。
「ということで『島野商事』設立です!」
拍手が鳴りやまなかった。
まさか異世界に来て会社を設立するとは・・・人生ってのは驚きの連続ですね。
翌日、俺は五郎さんの所に納品に来ていた。
「五郎さん、こちらでいいですか?」
大量の農産物を、指定された場所に置いた。
「おお、いつも悪りぃな」
「そう言えば五郎さん、一つお願いがあるのですが、聞いてもらえますか?」
俺は改めて相談しようと考えていた。
「おお、何でえ?」
俺にとっては深刻な悩みであった、それは島の野菜の体力回復力だ。
よくよく考えてみると、体力回復薬が無いこの世界にとって、島の野菜は非常に価値の高いものであると考えられた。
ハンターにとっては、在ると無いとでは狩りにおいて雲泥の差となる。
その秘密を知りたいと考える者達は必ず現れるだろうし、場合によっては、国家ぐるみで解明しようと躍起になることも予想できた。
島の安全の為には、慎重にしなければならないと思われたのだ。
「この野菜なんですが、実は体力回復力があるんですよ」
「ああ」
平然と返事をする五郎さん。
「それでその・・・生産者を明かさないで欲しいんです」
「はあ?おめえ今さら何言ってやがるんだ?」
五郎さんが呆れた顔をしていた。
「えっ!」
「お前え・・・まさか・・・この野菜に体力回復力があるって、知らなかったってのか?」
何?何ですと?嘘でしょ?
「ガッハッハッハ!お前え、今さら何言ってやがる、そんなことは始めから分かってらあ、だから取引を申し入れたってのに今更何でえ、ガッハッハ!お前え、案外抜けてんなあー!」
いやー、俺ってそういうところあるんですよねー・・・って、五郎さんはとっくに分かってたってことなんですね・・・あー、やだやだ・・・ちょいちょい俺にはこんなことがありますよ・・・ハハハ。
「いやー、島野、お前え、結構抜けてやがんな。あー、笑わせやがる。大丈夫だ、生産者は明かさねえようにしてるから安心しろや、あー、面白れえ!」
「ハハハ・・・」
もう笑うしかなかった。
島野商事設立から一ヵ月が経った。
今の暮らしぶりを、話しておこうと思う。
建設部門の二人はコツコツとインフラ整備の作業を進めていた。
この村から川岸まで直線距離でおよそ一キロといったところ。
最短距離にて測量が開始され、今は道で繋ぐように、森の樹を切り倒している。
あと数日で川岸にまで到達する、というところまでたどり着いた。
作業はやはり体力勝負で、切り倒した樹の枝を払い、丸太の状態にして、村まで運ばなければいけない。
インフラ完成後に各種施設を造る為には、この木材を使用するからだ。
従って、ただ単に樹を切り倒すだけでは無く手間がかかっている。
打ち払われた枝も、回収できる時は回収させている。
良質な薪になるからね。
俺の能力を持ってすれば、簡単にことは運びそうだが、あえて手を出さずに任せる様にしている。
やはり自分達で造るという達成感は必要だと思う。
何でもかんでも簡単にできればいいという物ではないからだ。
それに圧倒的な力を見せびらかすのは、志気を下げることにも繋がる。
ここは最高責任者として、任せることが重要であるとの考えだ。
それに、狩りの合間にノンやギル達が手伝っていることも聞いている。
いいチームワークが生れているということだ。
順調、順調。
漁部門も週二で海に出ている。
ロンメルの希望する網を能力で作成後、本格的に漁を開始した。
ロンメルやノンの『探索』は、海では通用しない為。
本当は『探索』持ちの俺が同行すれば、魚群を見つけることは容易い。
しかしこれもあえて手を出さずに任せる様にしている。
何度か海獣にも遭遇したようだが、ギルがあっさりと追い払っているようで、護衛としての役割をちゃんとこなしているようだ。
大量に魚が捕れる日もあれば、まったくもって捕れない日もあり、これに関してはどうしようもないと考えている。
ありがたかったのは、カツオが釣れたことがあり、そのほとんどは、藁焼きにして皆で食べてしまったが、鰹節も出来上がった事だ。
これにより味噌汁の味が大幅に飛躍した。やはり出汁は料理にとって重要な要素であると改めて感じた出来事だった。
ちなみにロンメルは漁にでない日は、船の整備とワカメの収穫、そして海苔の作成を行っている。
この世界では海苔は無く、海藻は海のゴミとして扱われていたようだ。
たしか地球でも海外ではそう思われていたような気がする。
この海苔の作成は、アイリスさんが興味があるらしく、暇になると手伝っているようだった。
実にいいことだ。
一番手こずっているのは魔法開発部門だ。
理論派のメタンと本能型のゴン、なかなか噛み合わないようである。
まあじっくり腰を据えて行って欲しい。
魔法に関しては俺は使えないし、理屈も分からないので、当然手出しなどはしない。
ただ、要望だけは伝えておいた。
それは、転移魔法を習得して欲しいということ。
理由は簡単で『転移』は俺しか使えない為、役割が分担できないからだ。
それを伝えると、
「転移魔法ですか?上級の魔法士でも使える者など見たことがありませんな」
とメタンが言っていた。
「だから挑むんじゃないか」
適当に俺が返した所、
「さすが島野様、そうですな、仰る通りです。粉骨砕身努力致します!」
なぜだかメタンが鼻息荒く答えていた。
その横でゴンが呆れた顔でメタンを眺めていたのは記しておこう。
次に体力回復薬部門のメルルだが、ここは俺がサポート役の為、しっかりと手を出している。
というか、いいように使い回していると言っても、いいのかもしれない。
要は料理のお手伝いをさせているのである、理由は簡単、まずは野菜に触れてみるにはこれが一番だからだ。
とはいっても、ただ料理をしているのではなく、ちょこちょこ味見をしながら『鑑定』でどれだけ体力が戻るかを計測しながら行っている。どのように調理したら一番体力が回復するのか?野菜の組み合わせなども変えながら行っている。
あとは裏の理由として、この島では俺以外の者で、料理が出来る者がいない為、役割の幅を持たせるという側面もある。
実は、ギルとエルが料理に興味を持っているのは知っているが、彼らに関しては、今後追々と教えていければいいと思っている。
興味を持ってくれていること自体が嬉しいと感じる。
さて、今日は月末の為、後で皆に給料を払わなければいけない。
内訳としては、正社員の島野一家とアイリスさんには一律金貨十枚。
見習い社員の『ロックアップ』の皆には、一律金貨五枚。
俺は金貨三十枚を頂くつもりだが、あえて公表はしない。
今月の『島野商事』の収支だが、売上のほとんどが五郎さんの所で占めている状態で、アグネス便が重宝されていたころからは、考えられない金額となっており、その額はなんと約金貨五百枚となっている。
仕入れや経費は、万能種をたまに使うぐらいで、ほとんど掛かっていない。
掛かるのは人件費のみだ。
従って今月の利益は約金貨三百八十五枚となっている。
但し、この先インフラの整備等で、どれだけ万能鉱石を必要とするか分からない為、気を抜いてはいけないということはよく理解してる。
社長という立場の俺としては、社員の生活は守らなければいけないのだ。
などど言ってはみたものの、最悪経営破綻しても、衣食住には困らないことはよく分かっている。
だが、余裕のある生活は人生をまた違ったものすることも俺は知っているので、ゆとりのある暮らしを行ってほしいと心から思う。
その為に金貨が必要であるならば、稼ぐ手段を取ればいいと思っているだけなのだ。
生活が豊かになれば自然と心も豊かになるだろう。皆には幸せに過ごして欲しいと切に願っている。
休暇の過ごし方は、本当に人それぞれといった具合だ。
趣味に興じる者、体を鍛える者、何もしないでのんびりとしている者もいる。
そして俺の気まぐれで造った、ビリヤードと将棋が島でブームになっており、皆その研究に勤しんでいた。
ただ休日の過ごし方として共通しているのは、サウナは欠かさないという点だった。
その気持ちは痛いほどよく分かる。
それもそのはずで、遂にサウナにオートロウリュウ機能が追加されたからだ。
マークに貰った神石の三つの内、二つも使うことになったがサウナの新機能搭載を優先させた。
いろいろと神石については実験を行った。その結果として分かったことは、能力を込める際に時間を意識すると、能力の発動から休止までを行えると判明した。それを応用して行ったのが、今回のオートロウリュウ機能追加となった。
一定の時間が経つと神石から自動的に水がサウナストーンに打ち付けられ、その後もう一つの神石から熱風が送られるようになっている。
これがなかなか強烈な熱波であり、皆からの評判もいい。
ちなみに『ロックアップ』の皆さんには、サウナは教えたが『黄金の整い』は教えていない。
創造神様との約束はちゃんと守っている。
俺達が整っている様を見て、
「なんですかそれは?」
と聞かれたことはあったが。
「聖獣と神獣は、サウナで整うとこうなるんだ」
と適当な嘘で誤魔化しておいた。
嘘をつくのは偲び無いが、流石に創造神様との約束を裏切ることはできない、教えてあげたいのはやまやまなんだけどね。
俺の休暇はというと、決まって日本に帰っている。
やはり『おでんの湯』に行きたいとの気持ちもあるのだが、実は不安解消という側面もある。
今は畑の作業で神力をかなり使っていると思われる為、神気の補充ということを考えてのことだった。
まだ一度も計測不能から変化したことはないが、やはり島での『黄金の整い』で得られる神気は薄いので、日本で濃い神気を蓄えたいのだ。
もし、俺の神力が枯れてしまったらと思うと、ゾッとする。
日本との二重生活は当分の間止めれそうもない、というかやめる気もさらさらない。
それになにもサウナに入りたいが為だけに日本に帰っている訳ではない。
今後のことを考えて、ネットで調べ物をしたりもする必要があるし。
能力の開発のヒントも得たいと思っている。
それに俺にとってはこの二重生活も案外楽しいものになっているのだった。
晩飯前に皆を集めた。その理由はこれから給料を手渡しするからだ。
「皆さん、この一ヶ月間お疲れ様でした!」
頷く一同。
「今日は月末です。ですので、これから皆さんに給料を手渡しさせていただきます」
「給料ってなに?」
ノンが尋ねて来た。
「労働で得る報酬のことさ」
「報酬とは?」
エルが疑問を口にした。
「お金だよ」
「へー、そうなんだ」
と無関心なノン。
「金額は島野一家の皆なとアイリスさんは、一律金貨十枚とします『ロックアップ』の皆さんは金貨五枚とします」
「「「おおー!」」」
と、どよめく一同。
「ちょっと待ってくれ島野さん、俺達は貰う訳にはいかないよ」
マークが焦りながら言った。
「そうです。貰う訳にはいきませんな」
メタンが追随した。
ここで俺は手を挙げて場を制した。
「いいか、よく聞いて欲しい。労働の対価を貰うのは当たり前のことだ。そもそも俺はこの島で働いて貰うと言ったんであって、誰も無報酬で働けとは言っていない。それに四ヵ月という期間は見習い期間だから、その後は他の皆と同じ、一ヶ月で金貨十枚渡すつもりだ。もしこの島に残ってくれればの話だがな」
『ロックアップ』の皆さんは苦虫を噛み潰したような表情になっていた。
そして一転して。
「旦那、あんたって人は・・・」
「まさに神の所業ですな」
「島野さん、俺は一生ついていくぜ」
「この島から離れるなんて考えられないわよ」
などと口々に言いだした。
どうやら『ロックアップの』の皆さんは、この先もこの島から離れる気は無さそうだ。
それはそれでよかった。
「ではまずはアイリスさんから」
アイリスさんが立ち上がって、俺の下に近づいてきた。
「お疲れさまでした、これからは温泉街『ゴロウ』でのお土産は、自分のお金で購入してくださいね」
「あら、そういう風にこれを使えばいいのですね」
アイリスさんは微笑んだ。
アイリスさんは俺が五郎さんの所に納品に行った際に、お土産として購入してくる饅頭が大好物なのだ。
「ノン、お疲れ様」
「はーい」
こいつは金銭の価値をどれだけ分かっているのだろうか?
まあいいや。
ノンに給料を手渡した。
こんな調子で皆に給料を手渡した。
受け取った一同は俺に感謝の言葉を告げた。
俺もちゃんと彼らの労働に感謝の意を込めて、全員に手渡しをさせて貰った。
今後もこういった。良い関係性を続けていきたいものだ。
改めて俺は皆に言った。
「皆聞いて欲しい、今日からはルールを新設することにした」
「ルールって何?パパ」
ギルが疑問を口にした。
「ルールってのはな、ギル、守るべき決め事ってことだ」
「うん、分かった、約束ってことね」
理解が速くてよろしい。
「まず今後の方針として、嗜好品は全て自分で購入するようにします」
数名がなるほどと頷いている。
「嗜好品とは?」
ゴンが聞いてきた。
「具体的に話そう、まずビールは一人二杯まではこれまで通り飲んでくれて構わないし、ビール以外のアルコールが欲しいのなら、同様の分はお金は取らない、三食の食事もこれまで道り提供するし、住む家もこれまで通りに使って貰って構わない、これはすなわち福利厚生だ」
皆が理解できているか皆を眺めて見る。
うん、よさそうだな。
「ルールとしては、ビールは三杯目以降は、一杯につき銀貨五枚頂くし、その他のアルコール類も同様で、飲みたければ自分の金銭で購入して欲しい。基本的にこの島の野菜やその他の収穫物や、製作されている物品は『島野商事』の物となる。従って、それらの物が欲しいときは、自分で『島野商事』から購入して欲しいということだ。購入先は俺かもしくは管理部門のゴンかメタンにお金を手渡して欲しい。ちなみにツケは無しだ。明朗会計のみとする」
「他には何が嗜好品に当たるんでしょうか?」
「そうだなまずは衣服、そして靴だな、後は雑貨や俺が造る物品などかな」
実は靴に関してはとても喜ばれたのが、スニーカーだった。
この世界の靴の基本は革製が主流で、靴底は皮によるものが多かった。
しかし俺の造るスニーカーは、靴底がゴム素材の為、グリップが効いて歩きやすいと評判が良い。
靴は生活における大事な要素なのだ。
「これまで道り作業着や長靴は支給品として扱うが、業務以外の物は自分達で購入することにする」
更に俺の『合成』の技術も相当な物となってきており、今ではありとあらゆる衣服の作成が可能となっていた。
「あとは俺が五郎さんの街に出かけた時に皆に、欲しい物があったら買ってくるから、これも自分たちの稼ぎで買うようにして貰う、今後はこのようなルールを設けます」
「分かりました」
「了解です」
「承知しました」
こうして、島のルールが新設された。
「じゃあさっそくワインを一本買わせてもらおうかな?」
マークがにやけ顔で言った。
「了解!ワインは一本銀貨三十枚、他では銀貨四十枚で売ってるけどな、社員割引きってことだ」
「おっ!良心価格」
と、こうしてルールの運用が始まった。
流石はマークだな、こうやって実践して皆に教えてくれているってことだ。心遣いに感謝する。
『ロックアップ』のリーダーは伊達じゃないね。
出来る部下がいると助かるなと感じる。
ありがたいことです。
先日とても重要なことが発見された。
それはいつも道りの、朝の畑作業中に起きた出来事だった。
俺達はいつも通りの畑作業を行っていた。
作業途中に畑の傍にある、創造神様の石像に、メタンが祈りをささげた時に石像が光り、神気を発したのである。
「おい、メタン、今何をやったんだ!」
なんで石像から神気が?
「え?何をやったって、創造神様に祈りを捧げただけですが・・・」
はあ?それでこんなことになるのか?
「今、石像が神気を発してなかったか?」
「ええ、そうですが何か?」
まったく動じていないメタン。
何かいけない事しましたか?という顔をしている。
「祈りを捧げると、決まってこうなりますな」
今度は知らないのか?という表情を浮かべている。
「そうなんだ、知らなかったよ」
これまでも薄っすらと光ってるかな?と感じたことはあったけど、ここまではっきりと見て取れたことは無かった。
なんてことだ・・・
「いやあ島野様、この島に来てから私はずっと思っていました。この石像は素晴らしいですな、まさに創造神様を体現しているのではないかと、そう思いこの石像の前を通る時には、こうやって祈りを捧げていたのです。そしたらその祈りに答えてくれる様になったのですな。こんな幸福感に満ち溢れたことはありませんでしたよ。なんでもこの石像は島野様が造られたのだとか、それに、ゴン様が言うには本人にそっくりだと、いやなんとも素晴らしいですな・・・ペラペラペラペラ」
勝手に悦に入りだしたメタン。
こいつよくしゃべる奴だな。
てっことは置いといて。
「なあメタン、教会にも創造神様の石像は置いてあると思うんだが、その石像はどうなんだ」
そうだ、リズさんの教会にもあったぞ。
「そうですな、そう言われてみれば、稀に薄っすらと光る時はありましたな、ここまで光り輝くことはありませんでしたな、にてもペラペラペラペラ・・・」
そうなんだ、石像の完成度の違いかな?祈りを捧げる人の違いか?
「その祈りってのは、具合的にはどうやってるんだ?」
どんなことを考えて祈っているのかが重要に思える。
「具体的にですか?私の場合は創造神様に感謝を述べる様にしておりますな、あとは世界の平和を祈ったりですかな」
「なるほど、ちなみになんだが。メタン以外の人が祈っても光るのか?」
こいつは異常なぐらい信仰心が高いからな。ここは確認が必要だろう。
「どうでしょうか、私は信心深い方ですが、他人の祈りを気にしたことはありませんな」
「そうか、ありがとう」
ちょうどそこに、メルルが通りがかった。
「メルル、ちょっといいか?」
試すようで悪いが、これは非常に重要なことなのだよ。
メルル君頼んだよ。
「どうしましたか?」
駆け寄ってくるメルル。
「そこの石像に祈りを捧げてみてくれるか?」
俺は石像を指刺した。
「石像ですか?ええ、分かりました」
少し困惑気味のメルル。
すると、薄っすらと石像が光り出し。神気を発した、数秒すると光は収まっていった。
「ええ!嘘でしょ?」
メルルも驚いている様子。
メタンが祈った時ほどの、光量では無かったが、確実に光っていたのは間違いないようだ。
これは、個人差がありそうだ、おそらくメタンはかなり信心深い、というのはこれまでの彼の発言等でよく分かる。メルルはメタンほど信心深いとは感じない。信心の深さが関係しているとみて間違いなさそうだ。
「メルルは、これまで石像に祈りを捧げて光ったことは無かったのか?」
どうなんだろう、これも重要な部分だ。
「一度もあまりませんでしたよ、びっくりしました。これどういうことですか?」
やっぱり無いんだ、メタンはあったようだが。
「それを今調べてたんだよ、ありがとう、協力してくれて」
自分で言うのもなんだが、この石像はかなりの自信作で、創造神様にもよく似ている。
祈る人が、よりリアルに創造神様をイメージできる、ってことなんだろうか?
そうなると、リズさんの教会の石像はどうなんだろう?
ちょっと行ってみるか。
アイリスさんに許可を貰い、ギルを引き連れてリズさんの教会に、行ってみることにした。
教会の中に入るとリズさんが、まさに石像に祈りを捧げているところだった。
石像が神気を発しているのが分かる、しかしリズさんは祈りに夢中でそれに気づいていない様子だった。
「リズさん、こんにちは」
リズさんが振り替えってこちらを見る。
「ああ、島野さんこんにちは、本日はどうなされましたか?」
「あの、今、祈りの最中でしたよね?」
「はい、そうですが」
石像を俺は指刺した。
まだ薄っすらと石像が光っている。
「えっ、石像がなにか?」
ん?気づいてないのか?
「今、光ってませんでしたか?」
ちゃんと確認する必要がある。
「そうですか?私この通り目が悪いので、この距離となると、ぼやけてしまうんですよ」
まじか!単に視力が悪くて見えないってことか、何だそれ。
「でも、子供達が光ってると言ってたことはあったんですが、ちょうど陽の当たる位置ですし、何かの見間違いでしょうと、取り合いませんでしたが、どういうことなんでしょうか?」
うーん、どう説明しようか悩むな。
「ギル、石像の後ろに立っててくれないか?石像が影になるように」
「分かったよ、パパ」
石像の後ろにギルが回り込み、石像に陽が当たらないようになった。
ギルは石像の後ろに浮いている。
「リズさん、もう一度祈りを捧げて貰ってもよろしいでしょうか?」
これなら分かるはず。
「ええ、構いませんよ」
と言うと、リズさんは祈りを始めた。
それに応えるように石像が光り出した。祈りを終え、目を開けてリズさんは石像を見た。
「あらまあ、これは嬉しいこと」
とリズさんは微笑んだ。
「この年になって、初めて見ましたわ『聖者の祈り』を」
「『聖者の祈り』ですか?」
この現象に名前があるのか、そうなんだ。
「ええそうです、信心深い高位のシスターが、稀に祈りを捧げると起きる現象のことです、まさか私に『聖者の祈り』ができるとは、こんなに嬉しいことはありません、ありがとうございます」
と言って静かにリズさんは涙を流した。
俺には一瞬石像が笑ったかのように見えた。
まあ見間違いだろうけどね。
リズさんの信仰は深い様だった。
「そう言えば、おかげで雨漏りが無くなりました。島野さんありがとうございました」
とお礼を言われた。
「あとリズさん、お願いがあるんですが」
「ええ、なんでしょうか?」
「この石像を改修したのが俺だってことを、秘密にして欲しいんですよ」
何で?という表情をしたリズさんだったが、
「ええ、島野さんのお願いなら、必ず守ります」
と約束してくれた。
リズさん申し訳ありませんが、よろしくお願いします。
その後、俺とギルは孤児院に野菜をいくつか寄付し、帰宅の途に就いた。
その翌日、俺はメタンとギルを引き連れて、五郎さんの所にやってきた。
「おー、島野、それにギル坊、元気だったか?」
「元気だよ、五郎さん」
五郎さんがギルの頭を撫でている。まるで、孫と祖父だなと俺は思った。
ギルは五郎さんのことが大好きなようだ。ギルも五郎さんに好かれているようで何よりだ。
微笑ましい光景だ。
「お、見ねえ顔がいるな」
「メタンです、家の見習い社員です」
メタンを紹介した。
「メタンと申します、以後お見知りおきを」
メタンは仰々しくお辞儀をした。
「そうか、儂は山野五郎だ、五郎と呼んでくれ、で島野、今日はどうした?納品は明日じゃなかったか?」
五郎さんは俺の方に向き直った。
「五郎さん、実は見て欲しい物があるんですよ」
俺の表情がいつになく真面目に見えたのか、人払いできる部屋に通された。
「五郎さんこれなんですが」
『収納』から石像を取りだした。
「おお!立派な石像じゃねえか」
「実はですね」
これまでの経緯を俺は五郎さんに話した。
「するってえと、信心深い者がこの石像に祈りを捧げると、神気が放出されるってことか?」
百聞は一見に如かず。見てもらいましょうか。
「そうです、メタン頼む」
メタンが石像に祈りを捧げると、石像が光り出し、神気を放出しだした。
「おお、おおお!凄げえじゃねえか。なんでえこりゃあ」
五郎さんが驚いている。
ドヤ顔のメタン。
メタン君、相手は神様ですよ。ほどほどにね。
「『聖者の祈り』というらしいのですが、知ってましたか?」
先ほどリズさんから聞いたばかりだが、どうなんだろう。
「『聖者の祈り』いやあ、聞いたこたあねえな」
情報通の五郎さんでも知らなかったか。
「前にこの世界の神気が薄くなっているって、話をしたじゃないですか。それでこれを使えないかと思いまして」
実は五郎さんには、神気が薄くなってます問題は共有済で、何かしらそれに関係する情報が無いかと相談していたのだ。
「これをまずはお地蔵さんのように、街道や街の邪魔にならない、至る所に配置できないかと思いまして」
「なるほどな、いい考えじゃねえか」
「これが広まれば、少しでも神気減少問題を解消できるんじゃないかと思ったんです」
腕を組んでなにかを考えている様子の五郎さん。
「よし、どこにどれだけ置けるか調べておこう、それと島野、一人紹介したい奴がいるんだが、かまわねえか?」
誰のことだろうか?
「ええ、どなたですか?」
「エンゾだよ」
五郎さんから聞いたことがある、たしか経済の神様だったような。
なんでまた?
ああそうか『タイロン王国』にも広めようってことだな、さすがは五郎さんだ。
「よろしくお願いします」
石像を五郎さんに預けて、俺達は温泉街『ゴロウ』を後にした。
ついでにアイリスさんからの要望で、饅頭を十個購入したことは、あえて記しておこう。
それから数日、俺は石像の製作に明け暮れた。
大変だったのは、石の確保だった。
万能鉱石を用いることはできるが、それは違うと考えた。
この石像は、この世界にあるもので造るべきだと。
さらに、安易な道を取るべきでは無いとも思った。
苦労をしただけ、その石像に思いが宿るのだと考えたからだ。
ゴンから、島の東側に岩石群があることを教えて貰い、石の確保を頑張った。
ここ数日で石像を五十体作成した。
そして、雨避けが必要となる為、簡単な社を製作した。これも五十台ほど。
次に『コロン』の街を訪れ、ドラン様に事情を説明したところ、是非にと協力を得られたのでお地蔵さんを設置することになった。
これを反対する神様はいないだろう。
なんとっても、神気は神様にとっては必要不可欠なものだからだ。
ほとんどの神様が神気の薄さには気づいているはずで、危機的な状況であるともいえる現状を、少しでも変えようというのだから、賛成一択であるのは間違いない。
ドラン様に、十体の石像と社を十台預けて、養蜂の村のレイモンド様のところへと向かった。
レイモンド様にも、ドラン様同様に理解を得られた。
石像五体と社を五台預けておいた。
設置場所等はレイモンド様に任せておいた。
こうして『お地蔵さん大作戦』が開始されることになったのである。
温泉街『ゴロウ』の人払いされた一室で、俺の正面にはエンゾ様がおり、その隣には五郎さんが座っていた。
俺は目の前のエンゾ様に釘付けになっていた。
エンゾ様は、まるで行司の様な恰好をしていた。
透き通る肌に、薄っすらと紅が入った唇、切れ長の目、そしてその目には知的な光を宿していた。
とても綺麗な女性だった。
これまでの人生で出会った女性の中でも、最上位クラスの美しさであることは間違いない。
そして、俺は知的な女性は好きだ。
なんといっても、話の飲み込みが早い上に、話の理解が速い。
知的な方との話は、話のテンポやリズムが、シンクロしやすいと思っている。
彼女からはそんな気配を感じていた。
「初めまして、島野守です、よろしくお願いいたします」
俺は軽く会釈をした。
「こちらこそ始めまして、エンゾと申します。五郎から話は聞いているとは思いますが『タイロン王国』で、経済の神をやらせていただいておりますわ」
エンゾ様は真っすぐに俺を見ている。
その瞳の奥には、大らかな優しさが含まれていた。
「早速ですが、石像のことは聞いてますか?」
俺は切り出した。
「ええ、聞いたわよ。素晴らしいアイデアだと関心しましたわ」
五郎さんが隣で頷いている。
「エンゾよ、島野は目の付け所が良いと思わねえか?」
五郎さんが同意を求める。
「まったくですわ」
「儂も日本人だが、お地蔵さんとは恐れ入ったぞ」
お地蔵さんは日本人の心ですもんね。分かりますよ。
「俺達日本人にとっては、お地蔵さんは生活の一部みたいなものですからね、街や村の片隅に置いてあったり、街道筋にも置いてある。旅の安全や地域の安全を見守るように、との思いから造られたと聞いたことがあります」
エンゾ様が感心した様子で聞いていた。
「いい文化ですわね、そのお地蔵さんというのは創造神様なんでしょうか?」
俺はこの世界独特の質問だと感じた。
「いいえ、そうではありませんね。なんというか、簡単に体と顔がある石像ですね、中には凝った造りをしている石像もあるらしいのですが、一般的なのは先ほどお話した石像ですね。創造神様を象徴しているとは、聞いたことはありません」
五郎さんが話を繋ぐ、
「あれは、氏神さんに近いんじゃねのか?」
「どうでしょうか?よく分かりませんが、いずれにしても、宗教感はあまり感じないですね」
「宗教ねえ・・・」
エンゾ様が少し表情を曇らせた。
「どうかしました?」
宗教というところが気になっている様子だった。
「宗教ってものがなんなのか、前に五郎に教えて貰ったことがあるけど、あまりこの世界にはいいものとは思えないわ」
「でもこの世界に宗教は無いと聞いていますが?」
俺はこれまでに聞いていることを伝えた。
「それがそうでもないのよ。北半球には何かしらの宗教があるってことらしいの」
えっ、そうなのか?情報が間違っているのか?
「そうなのか?儂も初めて聞くぞ」
五郎さんも俺と同じで、初めて聞いたことのようだった。
「まあ、今回の石像は、創造神様を象ったものですので、今回の計画には宗教的要素はありませんので、問題無いと思いますが」
「そうね、少し脱線してしまったようね、ごめんなさい」
軽くエンゾ様が会釈した。
随分正直な神様のようだな。
好感が持てる。こういう人は好きだ。
「本筋の話をする前に、ちょっと話しておきたいことがあるのだけどいいかしら?」
エンゾ様の問いかけに、俺と五郎さんは頷いた。
「そもそもの神気が薄くなっていることについてなんだけど、何か情報や心当たりは無いかしら?」
「儂は残念ながらねえな、いろいろと客とかにも聞いてはいるんだがよ」
俺は世界樹の件が頭を過ったが、この場では伏せておくことにした。
「俺も無いですね」
エンゾ様が残念そうな表情をした。
「実は数名の動ける者達がいろいろ調査をしてくれてはいるけど、なかなかこちらも上手くいってないようなのよ」
前に創造神様が、動いている者もいると言っていたが、その者達なんだろうか?
「そういやあエンゾよ、そもそもいつから神気は薄くなってんだ?」
それは重要なところだと思う。
「はっきりとは覚えてないけど、薄くなり始めたなと感じたのは、百年前ぐらい前かしら」
「するってえと、儂がこっちに来た頃ってことだな」
百年前といったら、世界樹が活動を止めた頃だが、偶然の一致なのか?
それより世界樹が再開した今でも、まだまだ薄いってことは、明らかに他にも原因があるということになる。
そうだとは思ってはいたが、改めて考えてみると、やはりそういう結論になる。
早く原因が判明して欲しいのだが、今はまだ難しそうだな。
「百年前ぐらいから徐々に薄くなってきたと感じるわね、ただ、ここ最近多少持ち直した感はあるわね」
なかなかエンゾ様は鋭いようだ。世界樹が復活しましたからね。
「今回のお地蔵さん大作戦で、もっと持ち直して欲しいですね」
どれだけ効力を発揮するかは未知数だけどね。
「ああ、まったくだ」
「本当にそうね、神気不足は、私達神にとっては死活問題ですからね」
皆で頷き合っていた。
「それでひとまず三十五体の石像と、三十五台の社は、俺の方で既に作成済みですが、足りますでしょうか?」
勝手にこれぐらいかと考えたのだがどうだろうか?
「おめえ流石だな、仕事が早え『ゴロウ』では十体頂こう」
エンゾ様が続く、
「『タイロン』は二十体頂こうかしら、残りの五体は『タイロン』と『ゴロウ』を繋げる街道筋に設置しましょう」
ちょうどの数となった。
「あと、本当は教会の石像も改修したいところなんですけどね」
『タイロン』には行きたくないからな。やれやれだ。
「えっ!島野君教会の石像の改修はやってくれないの?」
エンゾ様が驚いている。
「いやー、『タイロン王国』には行きづらくて・・・」
「どういうこと?」
俺は『タイロン王国』でやらかした、ジャイアントイーグルの件について話した。
「あれって、島野君だったの?凄いじゃないの!」
エンゾ様が目を輝かせている。
その反応が嫌なんですって・・・
俺は英雄とか持て囃されるのは苦手なんですから・・・
勘弁してくださいよ、まったく。
「英雄扱いされるのはどうにも苦手でして、それにいろいろな人に囲まれるのは目に見えているので、避けているんですよね、タイロンは・・・」
「そういうことなのね」
エンゾ様が何かを考えている様子だった。
「夜中にこっそりやるってのはどう?」
はあ、何言ってんの?
神様がそんなこと言っていいの?
まあ出来るけど・・・
「エンゾ様、本当にそれでいいのですか?」
神様の発言とは思えないけど、どうなんだろうか?
「いいも何も他にやりようがあって?あと私のことはエンゾでいいわよ」
二ヤリと笑うエンゾさん、その表情にはゾッとするような迫力があった。
怖いんですけど・・・エンゾさん・・・
「おい、島野おめえ、そんなことできるのか?」
当然の疑問ですよね。
「まあ、なんとかできますけど、あまりやりたくは無いですね」
「おめえ、出鱈目だな」
やっぱり言われましたか。言われると思ってましたよ。
「はい、最近自覚しました」
「やっぱりね、この数日でなん十体も石像が出来るってことは、そういう能力を持っているってことよね?」
エンゾさん、どこまで俺のことを分かってる?
いろいろ怖いんですけど・・・この人・・・
「まあそんなところです」
誤魔化せれたとは思いづらいな。
「他に話し合いたい議題はあるかしら?」
エンゾさんが仕切る。
「あっ、すいません、教会の場所はせめて教えて貰えると助かるんですけど」
そう言うと、エンゾさんが地図をくれた。
「ここに、記している四ヶ所が『タイロン』の教会の位置よ」
あとで透明化して見にいかないといけないな。
「準備が良い事で・・・」
「これぐらい当たり前でしょ?」
なんだか、降参です。
綺麗な花には棘がある、とはこのことかと思う俺だった。
お地蔵さん大作戦は人知れず開始された。
場所は『タイロン王国』
月の光が明るい深夜の出来事だった。
俺は透明化の能力でひっそりと教会に偲び込み、教会の石像を『加工』で改修を行っていった。
その数四ヶ所。
周りに人の視線が無いことを確認した上での作業、見られてはまずいと最大限の注意を払った。
確認してみたところ、どの石像も原型を留めていなかった。
教会の管理はどうなっている?
石膏職人がいないのか?
なんとか、夜が明けるまでに作業を終えた俺は、人知れず帰宅の途に就いた。
あー、疲れた。
これ以外に言える言葉は何も無い。
だが、やり遂げたという達成感もあった。
とにかくこれで、この世界の滅亡の危機を、少しでも先延ばし出来れば、御の字だと思う。
やれやれだ。
その後、お地蔵さん大作戦は大いに成功した。
一夜にして、教会の石像が改修されたことは、創造神様の奇跡として扱われ、その後の時代に足跡を残すことになった。
第一発見者である、とあるシスターはあまりの出来事に、腰を抜かした。
そして、四ヶ所の全ての教会でその奇跡はおき、あまりの衝撃に気を失う者まで現れた。
「創造神様が顕現してくれた」
「奇跡が起こったぞ!」
「神の御業だ!」
等と『タイロン』国内が創造神様の石像の変貌に打ち震えた。
また、その完成度の高さに、感涙する者が後を絶たなかった。
教会に人々が殺到し、これまで信心深く無かった人達まで教会に訪れ、真剣に祈りを捧げた。
信心深い人や、聖職者にとっては「聖者の祈り」が叶うと、感動で打ち震える者や、中には号泣する者までいた。
連日祈りを捧げる人達で、教会は大賑わい。
この奇跡を目の当たりにし、教会に寄付をする人達まで現れた。
さらに、後日お地蔵さんが、国のあらゆる街道筋や、街の片隅に配置され、道行く者や、近所の者達によって、お地蔵さんの掃除などが行き届き。
適切に管理されるようになっていた。
そして、その余波は他の地域にも波及し「聖者の祈り」が出来ると、特に聖職者の間で、一代ブームとなり、その祈りはかつて無いほどの、賑わいをみせていたのであった。
いったい誰が、石像を改修したのか?
との犯人探しが始まったが、未だに犯人は特定されていない。
俺はそんなことになっているとは露知らず、島でのサウナ満喫生活を楽しんでいるのだった。
いやー、サウナって最高!
とのんきな俺であった。
サウナっていいよねー。
ハハハ!
『島野商事』設立から三ヶ月が経った。
俺達は畑の一角に集まっている。
俺は皆の視線を一身に浴びていた。
俺の左手は蛇口の栓を握っている。
「ではいくぞ!」
固唾を飲んで見守る一同。
誰かの唾を飲み込む音が聞こえる。
俺は一気に栓を捻った。
シュー!
蛇口から勢いよく水が溢れて出て来た。
確かな水量と、しっかりとした水圧があった。
「「やったぞー!」」
とマークとランドが叫ぶ。
「おめでとうございます!」
「ありがとう」
「たいしたもんだ」
などど、口々に賞賛の声が響いた。
俺はマークとランドの下に駆け寄り、二人と握手をした。
「よくやってくれたお前達!」
本当によくやってくれたと思う、これでいろいろな施設のグレードが上がるぞ。
「いやー、何言ってるんですか、ほとんど後半は島野さんの作業だったじゃないですか」
「そうですよ、島野さん」
と謙遜する二人。
「何を言っている、お前達の作業があったから、これは完成したんだぞ、もっと誇れよ、なあ皆!」
俺は皆を煽った。
「そうだぞ!」
「謙遜はなしですな」
「マーク、ランド胸を張れ!」
「すごいわよ、あなた達!」
とマークとランドの功績を認める声が降り注ぐ。
マークとランドは嬉しそうにしていた。
これでいい、確かに後半は俺が仕上げたが、俺は今回の功績を、自分の手柄にはしたくないのだ。
上に立つ者としては、自分の手柄よりも、部下の手柄となって欲しいと思うものだ。
実際一番の体力仕事を、この三ヶ月間頑張って来たのはこの二人だ。
俺は、自分の能力で仕上げを行っただけ。
賞賛されるべきは、この二人なのだ。
「よし、皆胴上げだ」
俺の音頭に集まる一同。
皆が一ヶ所に集まる。
マークは照れながら中へと入っていく。
マークが空を舞った。
そして続けてランドが空を舞って・・・落ちた。
ドン!
「いってえ、勘弁してくれよ」
大爆笑が巻き起こった。
でかい図体なんだから、お決まりには答えて貰おう。
「よし、今晩は打ち上げだ。アルコールの制限は無しだ!」
そういうと、皆が口々に好きなことを言い出した。
「やったー!」
「吐くまで飲んでやるぞ」
「ワイン三本は確定ですな」
「あんた達調子に乗るんじゃないわよ」
「主、よろしいので?」
「僕はどうせお茶なんでしょ?」
「私しは二日酔いは勘弁ですの」
俺は手を挙げ皆を制した。
「宴会やるぞー!」
「「「おお!!」」」
皆さんお酒はほどほどにね。でも楽しもうね。
ハハハ。
この島初の宴会が始まった。
食事はバーベキューとなった。
宴会と言えばこれでしょ、ということになった。
一部ピザを望む声もあったが、俺も飲みたかったのでバーベキューにして貰った。
だって楽なんだもん。
たまには楽させてちょうだいよ。
皆な、ジョッキを片手に俺の音頭を待っている。
「そうだな、せっかくだから、今日の音頭はマークにお願いしよう」
そう言うとマークが照れながらも、皆の前に出てきた。
「では、ご指名ですので、遠慮なく音頭を取らせていただきます」
「よっ!リーダー」
「頑張んなさいよ」
「決めてくれよ」
等と言葉が飛び交う。
いつになく真剣な顔つきになったマークが話しだした。
「まずはこの場を借りて、島野さん一同いや、島野一家の皆さんに感謝を伝えたい。本当にありがとうございます」
『ロックアップ』の皆が席を立ち、頭を下げた。
俺達は何を言うことも無く、その感謝の意を受け止めた。
「俺達は命がけでこの島を目指した、無茶な旅をしたと思う。今思うと、どうかしてるとすら思えるほどだ。ジャイアントシャークに襲われた時は、本当に死を覚悟した、あの時の光景を俺は一生忘れないと思う。ギルに跨る島野さんが、こう言ったんだ「やあ、大変そうだね」って」
「ああ、そうだったな」
「そうでしたな」
等と後押しをする一同。
「俺はその時思ったよ、俺達の人生を変えるとんでもない、何かが始まるんじゃないかって」
皆な、聞き入っている。
「そして、それは間違っちゃいなかった、この出会いが俺達の人生を大きく変えた。これまでの人生が、何だったのかと思えるほどの、幸福感に満ちた人生に変わった」
「ああ、間違いねえ」
ロンメルが呟いた。
「俺達は島野さんと出会い、ノン、ギル、ゴン、エル、そしてアイリスさんと出会った、皆な俺達に優しかった。ただの負傷者集団でしかなかった俺達に対して・・・本当に心に染みたよ、嬉しかった。そんな俺達を、島の皆なは当たり前のように受け入れてくれた。挙句の果てには、住む家を与えてくれて、食事も与えてくれた、在ろうことか労働の対価だって給料まで与えてくれた。こんな幸せは、俺達の常識には無いんだよ」
「そうだわ、間違ってないわ」
メルルが同意する。
「そんな俺達がこうやっていられるもの全て、島野さんのお陰だと俺は思っている。今日この場で改めて俺達は誓う。島野さん、俺達はあなたに一生ついて行く!」
『ロックアップ』の皆が片膝をつき、頭を垂れた。
俺はその様をまるで映画のワンシーンを見る様に受け止めていた。
そして、頭の片隅でこうも思っていた、マークの野郎やってくれたなと。
こいつに振るんじゃなかったな、上手くやりやがってこの野郎、でももし、俺がこの島を離れることがあったとしたならば、この島はこいつに任せようと。
「まあ、成り行きだよ」
こう言うのが精いっぱいだった。
「島野さん、俺達はこの先何があっても、あんたを裏切らない。あなたの為になるんだったら何でもやる。そんな俺達のことを、今後もよろしくお願いします、ってことで皆な、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
グラスがガシャンガシャンと音を立てている。
ごくごくと飲み干す一同。
「さあ、食うぞ!飲むぞ!」
誰が言ったか分からないが、その声は幸せに満ちた、一言だった。
俺はアルコール以外の何かに酔っている自分を感じた。
それは、とても幸せな酔いだった。
人生の中で初めて『黄金の整い』以上に、幸福感を感じる出来事だった。
せっかくなので、上下水道の話をしよう。
我ながらそれなりに頑張ったので是非聞いて欲しい。
二ヶ月以上の期間を掛け、マークとランドが給排水の基礎となる道と地盤を完成させていた。
そこで俺は水道管を設置していく。
素材はステンレスを使用することにした。
鉄だと錆びの不安があり、また、今後のメンテナンスを考えるとこれしか思いつかなかった。
費用はそれなりに掛かったが、気にしない。
水道管は川から引かれている、そして、村から百メートル先には浄水するためのため池が造られている。
ため池は十メートル四方で深さは百五十センチほど。
土のままでは具合が悪いため、コンクリートを使用している。
浄水池を造ったのは、川から直接蛇口では、砂や小石等が含まれている可能性があると考えたからだ。
また、雑菌などが含まれる可能性も考えた。
川の水を『鑑定』したら飲用可となってはいたが、安全性はより高いレベルで確保したい。
そこで、浄水池で一旦川の水を貯め、そこで水を安全な物にしようと考えた。
実際、浄水池の下にはよく見ると小石や、砂が溜まっていた。
そして、川で魚を確保した。
その魚は『プルコ』という名の魚で、ハゼの様な容姿をしていた。
その『プルコ』だが、たまたま川で見つけたのだが
『鑑定』してみたところ、水の掃除屋さんとなっていた。
確か地球の魚でも、水中の微生物や苔などを食べる魚がいたことを思い出し。これと同様のものであると考えた。
念の為、アイリスさんに聞いてみたが、俺の解釈は正しかった。
アイリスさんは水草にも意識を向けられるのだからその判断は間違い無い。
その『プルコ』を川で大量に捕まえてきて、浄水池に放逐している。
この浄水池は排水側の方にも設けてあり、内容は引き込んだものと同じ仕組みになっている。
この『プルコ』だが、実は繁殖力が高く、ものの一ヶ月で倍の数になっていた。
特に排水側の『プルコ』の成長が早く、食用にもなる為、数ヶ月後には、食卓に並ぶことになりそうである。
試しに一度食してみたが、身がプリプリでとても美味しかった。
浄水場は、水の浄化施設だけではなく『プルコ』の養殖場としても活用されている、正に一石二鳥となっていた。
ありがたいものです。
そして、畑への水道の引き込みと共に手を入れたのは、風呂場であった。
これを機に男女別々にすることにした。
まず最初にお風呂一号機となる、木の風呂を解体した。
長いことお世話になり、ありがとうございました。
そして、洗い場にはもちろんのこと、新設した風呂にも水道が引き込まれた。
ここに実は一工夫入れている。
今回の土木工事中に、マーク達が神石を五個発掘していた。
どうやら神石は地中に埋まっているものらしい。
この神石に自然操作の火の能力を付与したことで、風呂場にお湯が出ることになった。
更に洗い場にシャワーを設置した。
神石が四個しかない為、男女共に二台づつ設置した。
当然お湯がでるようになっている。
これで手持ちの神石は無くなった為、新たに発掘されることを祈りたい。
風呂場が一気に豪華になり、皆な喜んでいるようだった。
俺の風呂などを建設するスピードの速さに、マークとランドは、度肝を抜かれたようであった。
「なんでもありだな」
などと呟いていた。
せっかく得た能力なんだから、気にせずに使わせてもらうさ。
そして、その後は水道管を台所に引き込んだ。
水道があると、料理の手間が省ける。
野菜を洗ったりできるし、何より洗い物が楽になった。
大変重宝している。
そして、なにより望まれたトイレが遂に水洗式となった。
はやり、衛生的なトイレは素晴らしい。
匂いも気にならないし、掃除も簡単に済む。
ありがたいことです。
こうしてみると、やはり上下水道を引き込んだのは正解だったと言える。
暮らしが豊かになり、文化レベルも格段に上がったように思える。
どんどん島の暮らしが豊かになっていくのが、なんとも嬉しく思う。
数日後、料理の為に自然操作の火を使っていたところ、
ピンピロリーン!
「熟練度が一定に達しました。ステータスをご確認ください」
とのアナウンスがあった。
自然操作がLV3になっていた。
これにより、天候の操作と、雷の操作が出来るようになっていた。
水道が完成して数日で、これは無いんじゃないかと思ってしまった。
タイミングってもんがあるでしょうが!
だって、雨を降らせれるんだったら、畑に水道いらないじゃないか!
悔しいから、畑用には雨を降らせないことにした。
だって悔しいんだもん!
もう!
やってらんないよ!
先日のこと、俺はある魚を求めて、漁に同行することにした。
ロンメルと、ギル、そして、エルと俺の四人で船に乗り込む。
出発して直ぐに『探索』を行う。
脳内マップに魚群が表示される。
魚の大きさによって、光点のサイズが変わる為、大きな物を探す。
どうやら海獣はいないようだ。
だが、お目当ての魚もいない様子。
もしかしたらこの世界にはいないのだろうか?
『探索』の範囲を広げてみる。
お!あった、おそらくこれだと思う。
二メートル近くある影が何匹かあった。
ロンメルに指示を出し、その方角に向かって貰う。
ターゲットもなかなかスピードが速い、行動予測にて、行く先を予想する。
「ロンメル、もう少しだけ一時の方角に向かってくれ」
「了解」
ロンメルが帆の位置を調整し、船の向きが変えられていく。
「ギル、エル、網の準備だ」
「OK!」
「はいですの!」
俺達は網の準備に取り掛かった。
徐々にターゲットとの距離が詰まってきた。
ギルとエルが、合図と共に網を持って飛び出す手筈となっている。
この辺だな。
よし!
「ロンメル、船を止めてくれ、錨を降ろすぞ」
ロンメルは船の固定用の錨を降ろしている。
俺は網を海に降ろした。
網の先端には重りがついており、一斉にその重りを海に沈めた。
「ギル、エル、やってくれ」
そう言うと二人は船から飛び出した。
二人の手には網の先端が握られている。
二人は半時計周りと時計周りに飛んで。四十メートル先で合流した。
「そのまま止まっててくれ」
脳内マップを見ると、三匹ほど網の中にいた。
「ロンメル、行ってくる」
と俺は言うと、海中にダイブした。
海の中を潜っていく。
『浮遊』の能力で海中でも推進力を持って進むことが出来る。
いたいた、まずは一匹。
神気銃で打ち抜くとターゲットが気絶した。
捕獲して海上に引き上げる。
「ロンメル、引き上げてくれ」
「はいよ、うわ!なんだこの魚は、マグロじゃねえか」
「ああ、まだ二匹いるから捕ってくるよ、あと、そいつは気絶してるだけだから。慎重に頼むぞ」
マグロをロンメルに預けて、もう一匹を捕獲しに行った。
二メートルクラスのマグロを、三匹確保した俺達。
二匹は既に自然操作で凍らせてある。
もう一匹は『分離』で千貫だけ行い『収納』に収めてある。
「旦那、良いのも見させて貰ったよ、あんな漁が可能とはな」
船の帆を操作しながらロンメルが言った。
「普段はどうしているんだ?」
「俺は投げ縄でやっているよ」
「そうなんだ」
「しかし、マグロとは恐れ入った、久しぶりにあんな大物を見たぜ」
「ちょっとマグロで作りたい料理があってさ、まあ期待していてくれよ」
そう言うと、ロンメルが二ヤリと笑った。
この日の為に用意しておいた、三メートルサイズのまな板を、庭のテーブルに設置した。
これからマグロの解体ショーの始まりである。
日本で買って来た出刃包丁を『収納』から取り出して、まずは腹から包丁を入れていく。
ギルとメルルとエル、そしてロンメルが興味深々に眺めている。メルルは俺のお手伝いだ。
内臓を取り出して、メルルに渡す。
次に頭と尻尾を落として、これもメルルに渡す。
後で砕いて肥料とする予定だ。
包丁を骨に這わせるように、捌いていく。中まで届いたところで、今度は背に包丁を入れていく。
よし、まずは一枚。
同じ要領で半身も行い、無事にマグロを三枚におろした。
皮は面倒なので『分離』で剥がす。
本当は解体自体も『分離』で全て出来るが、一度やってみたかったので、やってみることにした。
まあ皮を剥がすのはズルしたけどね。
これにて解体ショーは終了。
「パパ、すごいね」
「ご主人様、すごいですの」
「旦那、包丁さばきも一流なんて、出鱈目過ぎじゃねえか?」
とお褒めの言葉を頂いた。
さて、実は本番はこれからなんですよね。
適当な大きさに切り分けて、蒸し器にマグロを入れる。
火をつけマグロを蒸す。
二時間ほどたったところで、状態を確認する。
うん、よさそうだ。
容器から取り出し、冷ましていく。
自然操作の風で一気に冷やしていく。
後は、触れる程度に冷ましたら、身を解して容器に入れていく。
最後に油に漬けて完成。油は主に菜の花と大豆とトウモロコシから作っている。
ツナが出来上がった。
「へえー、マグロってこんな調理方法もあるんだな」
ロンメルが関心していた。
これでまた、料理の幅が広がったぞ。
えへへ。
晩御飯は豪勢な物となった。
マグロの刺身を大量に振舞った。
この世界には醤油が無いため、醤油と山葵に、付けるマグロの刺身は高評価だった。
「なにこれ、美味しい」
「マグロはこうやって食べるのか?」
「マグロとはこんなに美味しい魚だったんですな」
更に酢飯を用意し、寿司を握ってみた。
流石に不格好な物になってしまったが、こちらも高評価だった。
マグロの漬け丼も振舞った。
こちらはマグロの切り身に酒と醤油、生姜に漬けたマグロをご飯の上に置き、仕上げに大葉と海苔と胡麻を散らして完成。
皆が、がっつくように食べていた。
ひと段落ついてから
「まだ食べれる奴いるか?」
「まだいけるよ」
とギルが応えた。
「よし、ちょっと特別なものを出してやろう」
俺は先ほど完成したツナと、マヨネーズを『収納』から取り出した。
丼にお米をよそい、その上にツナを乗せて、仕上げにマヨネーズをかけて完成。
ツナマヨ丼だ。
「ギル出来たぞ」
「これ今日パパが作ってたツナだね」
「そうだ、ツナマヨ丼だ」
ギルが舌なめずりをしている。
「いただきます」
がっつくギル、そして手が止まった。
「なにこれ、感動、美味しい!」
その声に他の皆が興味を持ったらしく。どれどれといった感じで集まってきた。
「皆、これ無茶苦茶美味しいよ、食べてみなよ!」
それを皮切りにツナマヨ丼の催促が始まった。
「少しだけいいですか?」
メルルが言った。
「もうお腹いっぱいなんですけど、気になっちゃって」
「ああいいよ、少しだな」
「私しも少なめで」
今度はゴンだ。
「私も」
アイリスさんまで。
もういいや、
「いる人は何人だ?」
全員かよ。
みんな凄い食欲だな。
結局、小ツナマヨ丼を全員分振舞った。
「島野様、今日の料理は、全部マグロなんでしょうかな?」
メタンが話し掛けて来た。
「ああ、そうだよ、刺身も寿司も、漬け丼もツナマヨ丼も全てな」
「素晴らしですな」
「料理は調理法でいくらでも幅が広がるからな。マグロでもまだまだ他にも違う料理が出来るぞ」
「そうなのですな」
関心しているメタン。
「ねえパパ、僕にも料理を教えてよ、メルルだけズルいよ」
「ご主人様、私もですの」
ギルとエルに催促されてしまった。
「ああ、いいぞ、今後は時間を取るようにするよ」
「「やった!」」
と喜ぶギルとエルだった。
「ノンはいいのか?」
「ん?僕は食べ専でいいよ」
食べ専って、どこでそんな言葉覚えるんだよ!
ロンメルが近づいてきた。
「旦那、そういえば、この時期に俺の故郷で祭りがあるんだがな」
祭りか・・・良い響きだな。
「ほう、祭りか」
「食べ物の祭りなんだよ」
フードフェスってことか?
「食べ物の祭り?」
「ああ、全国から腕利きの料理人や、一般人まで集まって、屋台で料理の味を競うんだ。期間は一週間、旦那なら優勝してもおかしくないと思うんだが、どうだい?」
「うーん、料理コンテストってことだな。だが流石にプロの料理人には勝てないと思うぞ」
その道のプロにはなかなかね。
プロを舐めてはいけない。
「いや、旦那には他にはないアイデアがある。まあ出ないまでも、食べに行くってだけでも楽しめると思うぜ」
「そうだな、せっかくだし行ってみるか、皆はどうする?」
「行きたい!」
「僕も!」
「私も!」
これまた全員だな。おっアイリスさんまで、珍しいな。
いいじゃないか祭り、大いに楽しもうじゃないか。
「アイリスさんもよろしいので?」
「ええ、外出は初めてですので、緊張しますわ」
「俺達がついてますので、大丈夫ですよ」
うん危険は無いと思うよ。
「そうだな、希望者は全員行くことにしよう、ロンメルは現地の案内に必要だから、一週間丸々だな」
「ああ、構わない」
「ちなみにどんな料理があるんだ?」
ロンメルが応える。
「一番多いのは肉料理だな。串ものが多いな。野菜関係は煮込みものとか、汁物とかに入っているけど。この島の野菜よりも小さいな。あとは饅頭とかかな」
「饅頭ですって!」
アイリスさんが割り込んできた。
「ただ『ゴロウ』の饅頭とは違って、中に肉とかが入ってるやつです」
「それでも食べてみたいですわ」
たぶん肉まんとかだろうな。
「まあ行ってみれば、分かるか」
と俺が呟くと、ノンが前に出て来た。
「そう、行けば分かるさ、行くぞー!1!2!3!ダアー!」
「「「ダアー!」」」
皆な拳を上にに突き出していた。
なんでそうなるんだよ。
てかノンのやつ、テレビで見てたな。
今度問い詰めてやろう。
『漁師の街ゴルゴラド』は『コロンの街』から更に東に行った所にあるらしく、ギルに乗っていけば、コロンから二時間も掛からないらしい。
となると、リズさんのところに寄ってから、ギルに乗っていくかな?
まずはリズさんの所に、ギルとロンメルを連れて訪れた。
「旦那、この転移ってやつは強烈だな、肝を冷やしたぜ」
「慣れだよ」
ギルが偉そうに言った。
横目でにらむロンメル。
仲良くやってくれよな。
リズさんの所に行くと、なぜかアグネスが居た。
「なんで守が居るの?」
「こっちのセリフだよ」
「ちょっとリズに用事があってね」
「ふーん、あっそ」
面倒なことにならないといいけど。
「リズさん、こんにちは」
「島野さん、その説はありがとうございました」
「いえいえ、どうってことないですよ」
「守、あんた何かやったんじゃないでしょうね?」
偉そうな態度をとるアグネス。
本当にこいつは、ぶれないねー。
「野菜を寄付したんだよ。悪いか?」
「いい心がけじゃないの」
「旦那、先を急ごうじゃないか」
めんどくさそうにロンメルが割り込む。
「そうだな、リズさんまたお土産を持参したんですが」
「いつもいつも、ありがとうございます」
野菜の詰め合わせと、ジャイアントピッグの肉を四キロほど手渡した。
育ち盛りの子供達には肉が必要でしょ、たくさん食べてくださいな。
「守、先を急ぐってどこ行くのよ?」
「はあ?内緒だよ」
「いいじゃない教えてよ、教えてよ!」
ポコポコと肩を叩かれた。
めんどくさい奴だな。
「『漁師の街ゴルゴラド』に行くんだよ」
「えっそうなの?連れてってよ、ね、お願い!」
手を合わせるアグネス。
「嫌だね」
「なんで、なんでよ、良いじゃない、だってあれでしょ?料理祭りに行くんでしょ、良いじゃない一緒に行っても」
「おまえ何で一緒に行きたいんだ。奢らないぞ」
「うっ、バレたか」
アホかこいつ、バレバレなんだよ。
「お前、アグネス便でそれなりに稼いでるんだろ?」
「ハハハ」
ハハハじゃねえよ。一体何に使ってんだよ。
どうせ無駄遣いしてるんだろうな。
「実は・・・」
何かを言いかけたリズさんを、アグネスが制止した。
ん?なんだろう?こいつもしかして、寄付でもしてるのか?
だとしたら、見直すところだけど。
まあでも、アグネスだからね。
「じゃあ、行かせて貰いますね」
リズさんに一礼して、その場を去った。
ギルの背に乗り『ゴルゴラド』に向かった。
ゴルゴラドの街は大いに賑わっていた。
祭りを控え、その準備が進んでいるようであった。
漁師の街だけあって、塩の香りがする。
既に、いくつかの屋台が出店されており、食べ物の匂いが鼻を衝く。
「ロンメル、そういえばこの街に神様は居るのか?」
「ああ居るぜ、漁師の神様ゴンズ様だ」
漁師の神様か、そのまんまだな。
「どこにいるんだ?挨拶がしたいんだが」
「どうだろう、漁に出て無ければ、ゴンズ様はたいていは酒場にいるからな」
漁以外は酒場って、それだけで呑兵衛だって分かるぞ。
「じゃあ酒場に行ってみようか」
ロンメルの案内によって、酒場へ向かった。
この街の人々だろうか、魚人が多数見受けられる。
他には、旅行客が祭りに参加する為か、人間も多く見られた。
街の様相としては、建築物はレンガ調の家が多い、塩害対策で木造は少ないといったところなのだろう。
そうこうしていると酒場に着いた。
酒場は前に『サンライズ』の皆さんと行ったことがあったが、その酒場と雰囲気は似ていた。
酒場も随分な賑わいで、席の空きはわずかといった具合だった。
「旦那、空ぶりの様だな。ゴンズ様はいねえな」
「そうか、残念だな」
居ないのなら、しょうがない。
「どうする?まだ酒を飲むには日が高いと思うが」
「そうだな、止めておこうか」
酒場を後にしようとしたその時、声を掛けられた。
「おい、島野さんじゃないか?」
振り向くと『サンライズ』の皆さんが居た。
「ギル、久しぶりだな、こっちこいよ」
カイさんがギルに声を掛けていた。
その横で、ウィルさんが手を振っている。
「皆さん、お久しぶりです」
ライドさんが立ち上がり、手を指し出してきた。
それに答えて、俺達は握手を交わした。
横では、カイさんにギルが頭を撫でられていた。
「ちょっと、カイさん止めてよ、酔ってるの?」
「ハハハ、いいじゃねえかギル、元気にしてたか?」
カイさんは、明らかに酔っている。
顔が真っ赤だ。
これは相当飲んでるな?
「ライドさんお久しぶりです、元気にしていましたか?」
「ああ元気にしているよ、久しぶりだな島野さん、そちらこそどうなんだ?元気にしていたかい?」
「ええ、おかげさまで元気にしています。ところでここにはどうして?」
「祭りだよ、祭り、こいつらが、行きたい行きたいって聞かなくてさ。祭りが終わるまでは、多分この調子だと思う」
ジョーさんは、手を挙げて挨拶をしてきた。
それに応えて俺も手を挙げた。
ウィルさんは、ギルに絡むカイさんを宥めている。
ジュースさんは、頷く形で挨拶をしてきた。
俺もそれに応える。
皆な元気そうだ。
「ライドさん、紹介しますね、俺達の新しい仲間で、ロンメルです」
「『サンライズ』のリーダーのライドだ、よろしく頼む」
と手を差し出した。
それに応え、握手を交わすロンメル。
「ロンメルだ、こちらこそよろしく」
ライドさんは相変わらず気さくだな、気安さが変わっていない。
「で、島野さんどうしてここへ?」
ジュースさんが尋ねた。
「ええ、実はロンメルの地元がここでして、ロンメルから祭りがあるから行かないか?と誘われて来てみたんですが、ここの神様に挨拶をしたくて、酒場に寄ってみたんです」
「ああ、あの神様は酒場に入り浸りだからな」
「違いねえ」
「そうなんですね」
「あの神様は酒豪だからな、それも無茶苦茶」
ライドさんが首を横に振りながら言った。
怖!酒豪の神様ってなんだよ、お土産でワインを準備してたけど、何本いるんだ?
「でも漁の腕は確からしい」
「そうなんですね、会うのが楽しみです」
酒豪の神様って、怖いけど、会ってみたいのも確かだ。
「ところで、考え中なんですが、俺も屋台を出店するかもしれないんですよ」
「そうなのか?」
興味がありそうな反応だ。
「へえー、島野さんの料理か、興味がありますね」
ジュースさんが二ヤリと笑った。
「もし出店したら、来てくれますか?」
「ああ、絶対に行くよ!」
「必ず行く!」
「ああ、なんといっても島野さんは、俺達の命の恩人だからな」
などと口々に言う。
「ありがとうございます」
嬉しかぎりだ。
「パパ、助けてよ!」
ギルからの救難要請だ。
どうやらまだ、酔っ払いのカイさんに絡まれているようだ。
「ロンメル頼む」
ロンメルは明らかに嫌そうな顔をしたが、従ってくれた。
だって面倒なんだもん、ごめんよ、ロンメル。
「ところで、島野さんは飲まないのか?」
「今日は視察なので止めておきます、また一緒に飲みましょうね」
「ああ、必ずな」
ギルを救出し、俺達は酒場をあとにした。
商人組合に行ってみた。
ここも大した賑わいだった。
祭りの屋台の手続きなんだろう、結構な人の数だった。
祭りの内容だが、お客に一日一枚の札が渡されることになっており、自分が美味しいと判断した店に札を渡す、といったシステムとなっており、その札の枚数で優劣が付けられるといったものだった。
優勝した店には賞金も出るらしく、またここで結果を出すことで、名を挙げるといった側面もあるようだ。
優勝したお店には、祭りで優勝したことを、告知できる権利が与えられるらしい。
まあ、俺達には不要の産物でしかないのだが。
せっかくだから出店しようと考えているが、祭りを楽しみたいことを優先させたいので、長くても三日ぐらいしか、屋台の営業はしないつもりでいる。
まだメニューも決めていないし、誰が店に立つのかも決めていない。
島に帰ったら、皆と相談だな。
手続きはこちらとの看板を見かけたので、そこに行くと、魚人の方が受付をしていた。
「すいません、祭りの屋台の出店希望なんですが、こちらでよかったでしょうか?」
「はい、こちらでいいですよ。出店は初めてですか?」
「はい、初めてです」
「では、会員証はお持ちですか?」
そう言われると思って、前もって準備していたのだ。
俺の右手には既に会員証が握られている。
会員証を手渡した。
「お預かりしますね」
というと、手続きの作業を進めてくれた。
少し待った後、会員証を返してくれた。
「これで手続きは終了です。場所や出店に関する詳細は、あちらで案内させて頂いてます」
指さした方向に、違う受付があり、数名が案内を受けていた。
受付してくれた魚人に会釈し、そちらに向かった。
案内された内容としては
・売上の5%を商人組合に渡すこと
・アルコール類の販売は禁止
・屋台の場所は指定されたところのみ、また場所の変更は受付ない
という簡単なものだった。
アルコールを禁止するのは、過去に酔ったお客の間で、トラブルになったことがあるらしく、それを防止するのが目的とのこと、又、祭りの為、上納金は通常の半分、場所に関しては、希望を聞いていると収集が付かなくなる為、変更は受け付けないということだった。
妥当な内容といえる。
場所の案内の時に、ロンメルが眉を潜めていたから、あまりいい場所ではなさそうだ。
まあ場所は重要だが、別に優勝を狙っている訳ではないので、気にしない。
念の為、場所を確認しに行ったが、確かに立地に関してはよく無かった。
屋台が立ち並ぶ中でも、奥の方にあったからだ。
またメインストリートからも離れており、屋台がメインストリートから視認出来なかった。
こればかりは決まり事なのでしょうがない。
俺は祭りが楽しめればそれでいい。
俺達は一旦島に帰ることにした。
晩御飯がてら、皆と屋台の相談をした。
「三日間だけ、屋台を出すことにしたよ」
「なんで三日間だけなんですか?」
メルルが質問してきた。
「今回の目的は祭りを楽しむことが目的で、儲けを出すためじゃないからさ」
「なるほど」
「で、まず皆に相談したいのはメニューなんだけど、出来れば手間が掛からず簡単なものにしたいし、極力野菜を使いたくないんだが、何がいいと思う?」
「そうなると肉料理しかないのでは?」
ゴンが言った。
「確かにそうなんだが、どうやら肉料理の屋台は多いらしいんだ、あまり被りたくはないんだよな」
「犬飯は?」
ノン君、人の話をちゃんと聞いていましたか?すべて野菜からできてますけど?
「駄目だ、全部野菜から出来てるじゃないか」
「あっ、そうだった」
こいつふざけてるのか?
「ピザは?」
ギルはほんとにピザが好きだな。
「ピザは手間が掛かるからな、却下だな」
エルが手を挙げている。
おお!珍しい。
「人参をマヨネーズにディップするのはどうですの?」
こいつも人の話を聞いてないのか?
こいつら自分の好物ばっかり言ってないか?
「駄目です、思いっきり野菜です」
ランドが手を挙げている。
「先日島野さんが作ってくれた、ツナマヨ丼はどうですか?あれなら、手間がかからないだろうし、お米は入っているけど、分量を変えるとかできますよね?」
おお!やっとまともな意見が出たな。
「ああ分量は変えられるよ、良い意見だと思う。他にはないか?」
皆一様に考え込んでいるが、意見は無さそうだった。
「ではランドの意見を採用して、ツナマヨ丼とします!」
拍手が起きていた。
「次にお店の手伝いだが、俺とロンメルは決定だが、他にやりたい人はいるか?」
「「「はい!」」」
全員の手が挙がった。
こいつら、島に飽きてるのか?
アイリスさんまで手を挙げてるよ。
「島の外でお店なんて、ワクワクしますわ」
「ほんと、楽しそう」
「ツナマヨ丼の評価が気になりますな」
「お店って楽しいよねー」
どうやら飽きているわけでは、なさそうだ。
よかった、よかった。
「じゃあ、初日はメルルとメタンとマークで」
「「「はい!」」」
「二日目はゴンとギルとランドで」
「「「はい!」」」
「三日目はアイリスさんとノンとエルで」
「「「はい!」」」
「それ以降は適当に行きたい人は祭りに参加しよう、そうそう、午前中の畑作業は全員参加する様に、行くのは午後からだ。どのみち屋台もほとんどが昼からだろうしな。それでどうだ?」
「私の場合はお店の手伝いは初日ですが、二日目と三日目は、祭りに参加するのはいいということですか?」
メルルが尋ねた。
「ああそうだな、行きたければ行って貰って構わないが、島の行き帰りの移動は一斉にするから、そのつもりで頼む」
メタンが手を挙げている。
「メタンどうぞ」
「祭りはいつから開催されるのですかな?」
「明後日からだ、それまでにいろいろ準備しないといけないから、皆手伝いを頼む」
「了解!」
「任せておけ」
「もちろん」
祭りの準備を開始した。
マークとランドには、屋台の作成を指示した。
メルルとギルとエルには、ツナの作り方を教え、その後各自で作るようにした。
俺はというと、木製の丼を五十個とお茶碗五十個と、スプーンを百個作製し、その後マヨネーズを大量に作った。
あと当日用に、全員のユニフォームを作っておいた。
メタンには、木製のメニュー表の作成をお願いした。
順調、順調。
皆で賑やかに準備を楽しんだ。
これで祭りを楽しめそうだ。
祭りって楽しいよね。
祭りの日の当日。
午前中の畑作業を終えた俺達は『ゴルゴラド』へと移動した。
結局全員での参加となった。
皆な祭り好きのようだ。
お手伝い組と俺とロンメルは、ユニフォームを着用している。
そのユニフォームには、左胸と背中に「島野一家」と刺繍されている。
さっそく屋台の組み立て準備を行う。
ここでも、マークとランドが中心となり、最後の屋台の仕上げを行っていく。
この屋台の屋根には、丸の中に島と書いてあるロゴが書いてある。
初日のお手伝いの、メルルとメタンとで備品の準備を行う。
その他の準備を、俺とロンメルで指示しながら進めていった。
周りを見渡すと、相当数の屋台が立ち並んでいた。
但し、この場所は立地条件が悪いこともあり、人出は少なかった。
「よし、これで準備は完了だな」
「完成ですね」
マークが誇らし気に屋台を見ている。
「これは立派な屋台だな。祭りが終わっても島で使いたいな」
「いいですね、そうしましょう」
マークが喜んでいる。
「旦那、ちょっと他を見てきていいか?」
「ああ、いいぞ」
何か気になることでもあるのか?
「お手伝い組以外は、祭りを楽しんでくれ、あまり遠くへは行かないように、あとゴンちょっといいか?」
俺は小声でゴンに話した。
「アイリスさんに付いて行ってくれないか?ちょっと心配でな」
「分かりました、そのつもりでおりましたので、お構いなく」
ゴンは流石だな、痒いところに手が届く存在だな。
「「「行ってきまーす!」」」
皆、手を振って離れていった。
「気をつけてな!」
俺は皆を送り出した。
さてと、俺もちょっと屋台を見て周るかな。
「メルル、ちょっと席を外すぞ、お客が来たら手配道りに頼む」
「わかりました、行ってらっしゃい」
「ああ、行ってくる」
屋台を見て周った。敵情視察だ。
ロンメルのいう通り、肉料理が多かった。
串ものが一番多い、次に多いのは汁物かな、煮物系は少なかった。
あとは特に目に着く屋台は無かった。
まあ、全部を観て周れた訳ではないので、後日観れるだけは観て周ろうと思う。
屋台に戻ると、お客が一人いた。
メルルが対応している。
お客は狐の獣人で、旅行客といった感じだ。
「ツナマヨとはなんですか?」
「ツナとはマグロのことで、それにマヨとは、マヨネーズと言う調味料でそれをツナにかけた物です。その下にはお米が敷き詰めてあります。一緒に食べると美味しいですよ」
おっ!完璧な説明だな。念の為練習させといてよかった。
実は先日の晩飯の時に、皆にセールストークを練習させておいたのだ。
「ツナマヨって何ですか?って、絶対聞かれると思うけど、ギル、お前ならどう答える?」
上を向いて考えているギル。
「えっとご飯の上にマグロとマヨネーズをかけたものです、でどう?」
「ちょっと弱くないか?」
「ご飯の上にツナマヨを乗っけたものです、ツナとはマグロのことで、それにマヨとは、マヨネーズと言う調味料ですわ」
アイリスさんがさらりと答えた。
「アイリスさん、すげえー!」
「さすがアイリスさん!」
フフと笑いながらアイリスさんが言った。
「既に接客のイメトレは完璧ですわ」
「「「おおー!」」」
皆な驚いている。
にしてもイメトレって・・・
アイリスさんやる気満々だな。
「アイリスさんマジすげえ」
「さすがですな」
「じゃあ、今回は普通のサイズの物と、小さいサイズの物を用意したのは、何故だか分かる者はいるか?」
ゴンが手を挙げた。
「小食の人用では?」
「惜しいな」
メルルが手を挙げた。
「いろいろな物をたくさん食べたい人の為とか?」
「おっ!メルルほとんど正解だな。俺の居た世界では、食事の祭りのことをフードフェスって言うんだがな。特にお目当ての店が無い人は、気になった店をたくさん周りたいものなんだよ、そうなると、気になるのがどれだけ食べられるかなんだ、何なら一口だけでもいいと思うものなんだよ。さすがに一口分売るって訳にはいかないから、小サイズにしたんだ。まあ、ギルにとっては関係ないことだろうがな」
「パパ、分かってるね、僕はたくさん食べるよー」
「知ってるよ」
ノンがツッコんだ。
笑いが起きていた。
「へえー変わった料理ね、今まで食べたことはないわね、じゃあ小を一つお願いしてもいいかしら?」
おっ!初めての客現るだな。さて反応は?
「銀貨四枚になります」
メルルが銀貨四枚を受け取っている。
注文が入ると、マークが木製お茶碗に、ご飯とツナマヨを乗せてく。
「へい、お待ち」
何故へいお待ち?
狐の獣人は受け取ると、一度匂いを嗅いでから食べ始めた。
「美味しいわ、なんだろう、お米とのバランスが絶妙ね。これはご飯が進むわね」
というと、投票札をメルルに渡していた。
「ありがとうございます!」
「あたりまえの評価ですわ」
いきなりの一票、凄いじゃないか。
初の客は早々に完食し、器を戻していた。
「ごちそうさま」
と言うと笑顔で立ち去っていった。
「凄いじゃないか!お前達」
「いやいや、ツナマヨが凄いんですよ」
「いや、接客も初めてにしては様になってたぞ」
照れるマークとメルル、我関せず洗い物に没頭するメタン。
ロンメルが返ってきた。
「駄目だ旦那、今日もゴンズ様は見当たらなかった」
どうやら探しに行ってくれていたみたいだな。こいつのさりげない気遣いは実にありがたい。
「そうか、ロンメルありがとう」
さて、お客は来ますかね。
結局この日は小サイズが二十四杯と、普通サイズが三十一杯の販売となった。
だが、札は多く四十五票も頂いた。
祭り参加組はというと満足な様子で、皆が皆お腹を擦っていた。
そうとう食べたようだ。楽しめた様ならなによりだ。
ギルが初日で金貨一枚使ってしまったと、項垂れていた。
お金の管理は使って覚えるものだ、良いんじゃないかな?そうやって、学んでくださいな。
アイリスさんが、前に聞いていた饅頭の様な物を食べたらしく、甘くは無かったが、あれはあれで美味しかったと言っていた。
お目当てが食べれたと、嬉しそうにしていた。
それは良かった。
うんうん。
ゴンが、パンを使った料理があったと言っていた、サンドイッチか何かだろうか?少し気になるな。
皆まだ全部を周れなかったと、明日以降の楽しみがあるようだった。
皆が祭りを楽しんでいるようで、俺まで嬉しくなってきた。
明日以降も祭りを大いに楽しもう。
翌日
屋台に行くと、既に数名の客が俺達を持っていた。
聞いてみると、どうやら昨日来たお客が、
「ここのツマヨ丼は、一度は食べた方が良い」
と勧めてくれていたようだった。
口コミとは凄いね、ありがたいことです。
待たせては悪いと、さっそくツナマヨ丼の作成に取り掛かる。
本日のお手伝いは、ゴンとギルとランドだ。
ランドが、その巨体を揺らしながらツナマヨ丼を作る様は、職人の様でちょっと笑えてしまった。
「へい、お待ち」
ツナマヨ丼を渡すランド。
「なあ、ランド、何でへいお待ちなんだ?」
「え?ノンがそうやって渡すもんだって教えてくれましたよ、違うんですか?」
「いや、気にしないでくれ」
ノンの奴、またやりやがったな。寿司屋じゃないんだよ!寿司屋じゃ!
しかし、あいつは何がやりたいんだ?
まあ、ふざけてるだけだろうが・・・
ノンのことは置いといて。
昨日とは違い、今日はお客が多かった。
口コミで広がったのだろうか。
みな口々に、
「一度は食べた方が良いと勧められた」
と言っていた。
夜を待たずして、既に昨日の倍以上は売れてしまっていた。
ただ、在庫は充分にあるので、そこは問題ない。
今回売れ残ってしまっても、普通に島で消費するので、全然問題ないのだ。
「島野さん、こんな端っこに居たのかよ」
カイさんがやってきた。
「おーい、島野さんが居たぞ」
と『サンライズ』の皆さんがやってきた。
「ギル、こないだは悪かったな」
とカイさんが手を合わせてギルに謝っていた。
「ほんとだよカイさん、無茶苦茶酔ってたでしょ?」
とおかんむりのギル。
「悪い、すまねえ」
「いいよ、もう止めてよね」
仲直りの握手をしている、解決したようだ。
「島野さん、くじ運は無いんだな」
ライドさんが笑いながら言った。
「そのようですね、でもこれぐらいでちょうど良いんですよ」
「そうなのか?」
「ええ、祭りを楽しむのが今回の目的なので、利益を得ようとは考えてないんです」
「金目当てじゃないって?なんか島野さんらしいな」
お褒めに預かって光栄です。
「この屋台も明日を最後に、終える予定なんですよ」
それを聞いた他の客が、なぜかビックリしていた。
「へえ、そうなんだ、最初で最後になるかもしれないなら、さっさと頂かなきゃな、じゃあ、このツナマヨ丼ってやつを貰おうか」
「ありがとうございます」
『サンライズ』の皆さんがガッツくようにツナマヨ丼を平らげていた。
「なんだ、この料理、無茶苦茶上手いぞ」
「さすが、島野さん」
「この米が進む、ツナマヨって何なんだよ!」
「あり得ない旨さ!」
大絶賛してくれている。
全員お替りをしていた。
あざっす!
当然のように投票札を全員置いていった。
その後も客は絶えることがなく。
この日の販売数は、前日とは比にならず。
小サイズが二百十二杯、普通サイズが二百四杯となった。
投票札も、三百三十二札もあった。
よく売れましたなー。
屋台最終日
午前中の畑作業を終え、屋台に着くと、なんと既に長蛇の列が出来上がっていた。
見たところ、七十人ぐらいは並んでいる。
これは、待たせてはならないと、一家総出で対応をすることになった。
ひとまず昼のピークが落ち着いたところで、最終日のお手伝い役の、アイリスさんとノンとエルが夜も大変になるだろうと、マークとメタンがお手伝いに残ってくれた。
仲間の協力はありがたいことです。
ちなみに、今日はギルとノンは、島で留守番をしている。
聞くところによると、ギルが、初日に金貨一枚も使ってしまい、その翌日には、気をつけていたのに、銀貨八十枚も使ってしまい。ギル自ら今日は、反省を兼ねて島に留守番をすると言い出したらしい。
それを聞いてノンが、僕も行かないと言い出したらしい。
まだまだ、ギルに甘いノンなのだ。
優しい兄ちゃんで、今後も居続けて欲しいものだ。
夕方になると、再び来店客のラッシュに見舞われた。
『サンライズ』の皆さんも再び買いに来てくれた。
「今日で最後だと思うと、来ずにはいられないよ」
皆さんが寂しそうに話していた。
ツナマヨ丼のポテンシャルの高さに、正直俺は驚いている。
ウケるだろうとは思っていたが、ここまでとは考えていなかった。
この世界にはツナマヨは、初登場であるが故のことなのかもしれない。
ご飯の存在は、五郎さんの街でも確認しているので、米自体は珍しくはないんだろうが、そのトッピングが大いにウケた、ということだと思う。
あと、あまり考えたくはないが、島のお米の回復力が目当てであっては欲しくない。
たぶん誰も気付いてないとは思うが。
誰も気づいてないことを祈るばかりだ。
結局マークと、メタンが残ってくれてとても助かった。
俺達五人だけでは、捌け無かったかもしれない。
最終日の記録は、小サイズは六百四十杯、普通サイズは五百十二杯となった。
投票札は九百五十七票となった。
三日間の合計は、小サイズは八百七十六杯、普通サイズは七百四十七杯。
投票札は千三百三十四票にもなった。
売上金額は金貨七十九枚と、銀貨八十六枚、と大いに儲かってしまった。
これは皆に臨時ボーナスだな。
最終日となる為、屋台を一度解体し、島に持ち帰ることとした。
売上の上納品と投票札については、明日改めて、商人組合に行くことにした。
朝食時に俺は皆に話すことにした、
「皆、三日間お疲れさまでした」
頭を下げる一同。
「実は、屋台の売上が想像以上に出た為、皆さんに臨時のボーナスを出すことを決定いたしました」
「やった!」
「嬉しい!」
「ボーナスってなに?」
「棒にナスを刺して焼いた料理だよ」
おいノン、適当なこと言うんじゃありません。
「あのなギル、ボーナスってのは、毎月の給料以外で支払われる特別報酬のことだ、決して棒に刺したナスでは無い!」
ノンを睨んでやった。
てへ?とお道化るノン。
この野郎、最近調子に乗ってやがるな。
気を取り直して。
「一人、金貨五枚支払います」
すると皆が騒ぎだした。
「よっしゃ!」
「イエーイ!」
「やった、これで、残りの祭り全部行ける」
「ありがたいことですな」
「努力の甲斐があったな」
皆な好き勝手に言ってますな。騒いでいいぞ。
まあ皆がお手伝いしてくれたし、この売上は島野商事の物にすることにしたので、全然在りでしょ。
「じゃあ、皆さん並んでください」
皆一列に並んでいる。次々にボーナスを手渡していく。
「「「ありがとうございます!」」」
皆な大喜びだ。
「ロンメル、お前は全日手伝ってくれたから、金貨十枚だ」
「えっ、旦那いいのか?」
「公平な判断だと思うが、要らないなら俺が貰っておくが?」
「いやいやいや、誰も要らないとは言ってないぜ。ありがたく頂戴する」
満面の笑みのロンメルだった。
「ロンメルだけズルくない?」
ギルが割り込んできた。
「何がズルいんだ?」
「だって、僕だって言われれば三日とも手伝ったのに」
「それは言いっこ無しでしょ」
ギルはゴンに諭されていた。
ゴンに言われると逆らえないギルは下を向いていた。
「まあ、ギルにもそんなチャンスがいつかやってくるさ」
マークが宥めている。
「いいだろー、へへへ」
ギルにお道化るロンメル。
ロンメル!大人気無い!止めなさい。
ギルがロンメルを睨んでいた。
相当悔しいみたいだ。
「ギル、まあいいじゃないか、これであと四日間の祭り全部行けるんだぞ」
「そうだねパパ、大人気無いロンメル以上に祭りを楽しんでやるよ」
おお!言うねギル君。
「チッ」
面白くない様子のロンメル。
ロンメル、お前が悪い。確かに大人気ない。
「今日祭りに参加するのは全員でいいのか?」
特に反対はない様子。
「はい、皆参加ですね。集合時間は十二時です。畑作業が済んだら。ちゃんとここに集まるように」
「「「はーい!」」」」
これがあと四日間続くのか、祭りって楽しいね。
楽しいは大事!
集合時間に皆集まり『転移』にて移動、既に屋台は解体して無いが、そこには初めての客になってくれた、狐の獣人がいた。
「ああ、本当に出店は昨日が最後だったのね、残念だわ」
なんだか悲し気だった。
「すいません、始めから三日間だけと決めてましたので」
「そうなのね、私は初めてここのツナマヨ丼を食べて、衝撃が走りましたのよ。実は私グルメ記者なんです。このツナマヨ丼、是非取材させていただけませんか?」
なにこの展開?いやいやいや、取材とかマジ勘弁なんですけど。
「あのー、取材は勘弁してもらいたいのですが、もし良かったら一杯だけ作りましょうか?」
これぞ悪魔の囁き。どうだ?狐の姉さん。
「えっ!」
ものすごく悩んでいる狐のグルメ記者さん。
欲望には勝てなかったようで、
「一杯お願いします!」
勝った!ツナマヨ丼恐るべし。
『収納』から取り出して、チャチャっとツナマヨ丼を作って渡した。
「では、俺達はこれで」
捨て台詞を残して、俺達はその場をあとにした。
俺は狐のグルメ記者さんが、丼にガッツく様を背中に感じていた。
したり顔の俺、自分でも充分にそれと分かる。
横を見ると、島野一家全員が俺と同じしたり顔をしていた。
こいつら、俺に染まってきているなと思う俺だった。
うーん、どこで間違ったんだか・・・
こういうのは俺だけでいいんだけどな・・・
さて、商人組合に五パーセントの上納金を納めて、投票札を受付で渡した。
「島野一家さん、現在第一位の投票数です!」
魚人の受付嬢が叫んでいた。
「「「おお!」」」
騒めく組合内部の人々。
まあいっても三日間ですので、直ぐに追い抜かれるでしょう。
などと思っていると。
「旦那、ゴンズ様がやっと見つかったぞ、どうする?」
「そりゃあ挨拶にいかないとな、どこにいるんだ?」
「案内するから、着いて来てくれ」
とロンメルに案内されるが儘に、酒場にやってきた。
また酒場か、嫌な気しかしないんだが?
「おーロンメル、来やがったな。で、俺に挨拶したいっていう輩は何処にいる?」
輩って、久しぶりに聞いたな。
明らかに酔っぱらった一団がこちらを見ていた。
真ん中に陣取るのはサメの魚人、背中に三又になった銛を背負い、上半身は裸で、下半身だけ衣類を着ている。これぞ海の男といった様相。
俺は直感的に感じた。
この人強いな。
そして横に目をやると、興味深い存在を感じた。
ボーイッシュな髪形の女性、こんがり焼けた肌に、執拗にも感じる強い眼つき、挑発的とも感じる態度。
俺は直感的に感じた。
こいつ聖獣だな。人では無いな。
それを感じ取ったのか、その女性が二ヤリと笑った。
笑った時に見えた舌の先が、二つに割れていた。
「俺は島野守と言います。よろしくお願いたします」
「俺はゴンズだ、で、何か用か?」
斜に構えて、値踏みする様にこちらを見ている。
「もしよかったらこちらをどうぞ、お土産です」
俺は『収納』からワインを取り出した。
「おお!ワインか!」
ゴンズ様は、俺から奪うようにワインを分捕った。
するとワインを喇叭飲みしだした。
一気に半分ほど飲み干すと、
「上手い!お前これ上手いぞ!もう一本よこせ」
と言い放つ。
イラっとしたが、ひとまず従うことにした。
『収納』からもう一本を取り出すと。
また、ゴンズ様は俺から奪う様にワインを分捕り、聖獣らしき女性に無言で手渡した。
ワインを受け取った女性は、ゴンズ様と同様に、ワインを喇叭飲みしだした。
ゴクゴクとワインを飲んでいる。
あーあー、もう何なんだこの人達。
ここまでくると、正直呆れる。
失礼にもほどがある。
「プハー、親方!このワイン上手いな!」
「ああ、そうだろう?白蛇」
お互い頷き合っている。
「「ガハハハ!上手い!」」
シンクロしているぞ。
なんなんだ全く。
ひとしきり笑った後でゴンズ様が言った。
「島野だったな、すまない、勘弁してくれ。俺達は酒に目が無いんだ。無礼があったなら謝る、すまないな」
でしょうね、結構失礼な態度だったと思いますよ。
「それで、このワインはお前が作ったのか?」
「ええ、そうです」
「何本か売ってくれないか?」
「何本欲しいんですか?」
「そうだな、十本あるか?」
「十本ですね、金貨五枚になりますけど、どうしますか?」
「金貨四枚かぁ・・・もう少しまけてくれないか?」
「無理ですね、これでも神様相手なんで、安くしてるんですよ、ワインの味で分かりますよね?ゴンズ様なら」
これは嘘である。少々腹が立ったから意趣返しだ。
「んーん、しょうがねえ、十本くれ」
金貨を五枚受け取ると、ワインを十本差し出した。
「よし、お前ら、味わって飲めよ!」
ゴンズ様は部下らしき者達に、ワインを分け与えていた。
「親方、あざっす!」
「親方、すんません」
「ありがとうごぜえやす!」
「上手そうだな」
などと言って、部下達はワインを受け取っていた。
「あんた、俺にもワインを一本売ってくれよ」
と白蛇と呼ばれていた女性が、既に空になった。ワインのボトルを手渡してきた。
「じゃあ、銀貨五十枚だな」
「おお、分かった」
銀貨五十枚を手渡された。
ワインを一本渡す。
グビっと一口飲むと、何やら言いたげな視線をこちらに向けてきた。
それにしてもよく飲む人達だ。
「島野とやら、お前一体何者だ?」
ゴンズ様が尋ねてきた。
「私はただの異世界人ですが、実は息子が居まして」
「ほう、息子だと」
「ええ、ちょっと待ってください。ギル!」
俺の後ろから、ギルが前に出て来て横に並んだ。
「俺の息子のギルです、今は人化してますが、神獣のドラゴンです」
そう言うと、ワインを口にしていたゴンズ様がワインを噴き出した。
「ブフウ!」
ゲホゲホと咳込んでいる。
背中を擦る白蛇。
「なにやってんだよ!親方!」
「なにやってって、おい!ドラゴンってどういうことだ?」
「どういうことも何も、そのまんまですよ、ギルにいろいろと勉強になるだろうと、神様に挨拶周りをしているだけですよ」
「お前、何だそれ?本当なのか?」
「本当だよ」
とギルは言うと、人化の一部を変身し尻尾と角を出した。
その様を見て固まるゴンズ様。
「マジかよ・・・」
驚きが隠せない様子。
「まあ、そんなところです」
「で、ギル、お前神として何がしたい?」
いきなりゴンズ様から、直球が投げ込まれた。
「僕は、それを見つける為にこうやってパパと一緒に、神様達に会うことにしているよ」
ギルも言う様になったな、と感心する俺。
「そうか、神って言っても人其々だ。まあ気張らず自分のやりたい事を探すといい、とは言っても俺みたいな、酒好きの神になるのはお勧めしないけどな、ガハハハ!」
一笑に伏しているゴンズ様。
「へん、分かってるよ」
大人ぶるギル。
ギルにこの様が手本になるのかと首を捻ってしまう。
まあいいでしょう、反面教師って言葉もあるしね。
そんなこんながありまして、ひとまず俺達は帰宅の途についた。
翌日
ロンメルが、
「旦那、昨日は親方達がすまなかった、ちゃんと説明しとくべきだった」
と謝ってきた。
「いや、いいよ。何となく想像できてたから、何も問題ないぞ」
「そうか、で、今日も祭りに行くのか?」
「ああ、まだ周りきれてない屋台もあるから、そのつもりだ」
「分かった」
皆を引き連れて祭りへ向かった。
これまでもいくつもの屋台を観て周ったが、ひと際目を引く屋台があった。
なんと、寿司を扱う屋台があったのだ、大変賑わっている。
日本人としては興味を引かない訳が無い。
これは外せないと、屋台に並び食してみた。
実に美味しい寿司だった。ただ残念なことに醤油は無く、それの代わりにと、塩で味付けがされていた。
これはこれで美味しいと感じた。
大将は、捩じり鉢巻をした人間で、これぞ板前といった風格を持つ人物だった。
聞いたところによると、どうやら五郎さんのところで何年も修業して寿司を学んだようだった。
五郎さんのところの食事も上手かったからな、五郎さんのところで修業を積んだのなら腕に間違いはないだろう。この仕上がりも納得がいく。
そういえば、五郎さんのところでは、醤油を見かけなかったな、今度持ち込んでみようか?
となると、勘のいい五郎さんは味噌もよこせと言うに違いない。
またあるだけ売ってくれって、言われそうだけど。和食には欠かせないのが、味噌と醤油だから、在るだけ全部は渡せないが、販売させていただきましょうかね。
温泉街『ゴロウ』がさらにパワーアップするのは間違いないな。
更に人気が出るだろう。
嬉しいことに、おにぎりを販売している屋台もあった。
中身の具が肉だったので、結構な食べ応えだった。
こちらも五郎さんのところの門下生だった。
こうしてみると、この世界での食文化は、五郎さんの知識が根づき出しているのかもしれないと、俺は思った。
いいことだ、食の幅は多いにこしたことがない。
あと、ゴンが言っていた、パンを使ったお店の食事は、パンに肉のそぼろを挟んだものだった。
パンが細長かったので、ホットドックに近いのかな?と考えられた。
味は悪くなかったが、やはりスパイスとなるものが足りないと感じた。
マスタードって何で出来てるんだろう?
今度日本に帰ったら調べてみようと思う。
こうして、この日も満足のいく祭りになった。
今日で大体の屋台は観て周れたので、後は最終日にだけ参加しようと考えている。
島に戻り皆に声を掛ける。
「俺は今日でだいぶ見て周れたから、後は最終日だけ行こうと思うが、皆はどうする」
「僕もそうしようかな」
「私も同じで」
「それでいいよ」
賛同を得られたので、祭りへの参加は最終日のみとなった。
さっそく翌日五郎さんのところに行き、醤油をお披露目した。
「島野おめえ、何で今まで教えてくれなかったんでえ、あるだけ売ってくれ」
予想道りの反応だった。
「待てよ、醤油があるってことは、島野、味噌もあるんじゃねえか?」
「その言葉、待ってました」
『収納』から醤油と味噌を一樽づつ取り出した。
「おお!この匂い、間違いねえ醤油と味噌だ!」
五郎さん、興奮してるなー。
気持ちは分かりますよ。
「いやー、実はよ、何度も作ってはみたんだが、こればかりは作れなかったんだ、ありがてえ島野、おめえ最高だな!」
手を差し出してきた。
もちろん握り返す。
うんうん、よかった、よかった。
「これで、儂が理想とする、温泉旅館の飯が再現できる、腕がなるぜ!」
五郎さん気合入ってますねー。
この日は温泉を御呼ばれになりました。
大変いい湯でした。
祭り最終日
全員で祭りへと向かった。
俺はまたあの寿司が食べたくなり、あの屋台に向かった。
大将から寿司が手渡される。
「そういえば、五郎さんのところに醤油っていう、調味料を卸すことになったから、今度行ってみたらどうだい?」
大将が目を丸くして見開いている。
「そんな・・・本当ですか?・・・あの伝説の醤油が・・・」
醤油って伝説なの?
「あの師匠が・・・何度もトライしたけど作れなかった醤油が・・・」
五郎さんがそんな事言ってたな。
「ああ、間違いなくあるよ」
「お客さん、あんた何者だ?」
「俺は五郎さんと同じ国から来た転移者なんだ、だから五郎さんとは知り合いなんだよ」
「師匠と知り合い?」
大将がビックリしている。
「ああ、今では親友と呼んでいいかもしれないな」
「だから醤油を知っているんですね、そういうことか」
納得したようだ。
「納得できたみたいだね、大将マグロお替りいいかな?」
「へい、喜んで」
イキイキとしている大将を見ていると、こちらも嬉しくなってきた。
すると祭りの喧騒とは違う、騒めきが港の方から聞こえてきた。
「何かあったのかな?」
「港の方だから、海獣でも出たのかもしれませんね。ゴンズ様が対処するから他っておいても大丈夫ですよ」
大将はまったく気にならないようだった。
「えっ、てことはゴンズ様の漁を見れるってことなのか?」
「どうでしょう?浅瀬の方なら見れると思いますぜ」
ゴンズ様の漁か、見てみたいな、行ってみるか。
「大将お勘定」
受け取ったマグロの握りを口に放り込んで、お代を渡して港に向かった。
島野一家の皆も着いてきた。
港に着くと大きな騒ぎになっていた。
漁師達が漁の準備に大忙しだ。
すると大きな声が聞こえた。
「野郎ども!魔獣化したクラーケンだ!気を引き締めていけよ、決して街に向かわせるな。いいな!」
「「「おう!」」」
野太い漁師達の声が響き渡る。
すると後ろから肩を叩かれた。
振り向くと白蛇がいた。
なんだかいやな予感がする。
「よっ!こないだはどうも!」
「ああ、こちらこそどうも」
緊張感の無い奴だな。
大丈夫かこいつ?
「親方!こっちだ!ドラゴン達がいるぞ!」
白蛇が大声で叫んだ。
こちらを見るゴンズ様。
ゴンズ様が不敵にニヤリと笑った。
「島野!お前ら飛べるだろ、クラーケンがこっちに来ないように沖に引き付けてくれ!頼んだぞ!倒せるなら倒してもいいけど無理はするなよ!」
断れないやつじゃん。もう決定事項になってるし。
あーあ、またこれだ、いやな予感がしたんだよな。
「じゃあよろしく!」
白蛇に念を押された。
分かりましたよ、やりますよ。
あーあ。またこういった流れか・・・
俺って巻き込まれ体質だったか?
俺はギルに『念話』で皆に指示を伝えるように言った。
指示の内容は、クラーケンには俺とギル、ノンとエルが向かう。
他の者達は、避難誘導が必要な時に備えて各自待機すること。
指示を終え、ギルに跨って上空へと飛翔する。
『探索』を行うと、四百メートルほど先に大きな反応がヒットした。
近いな、沖への誘導が必要というのはよく分かった。
このまま街に向かって来られたら大変だ。
俺達はクラーケンへと向かった。
「街に近いから、まずはクラーケンを誘導する、嫌がらせをして、沖の方へ引き付けるぞ」
「「了解!」」
俺達はクラーケンの真上に移動した。
確かにクラーケンは魔獣化しており、黒い瘴気を纏っていた。見るにも禍々しい姿をしている。
クラーケンは水上に浮かばず、水面の下におり、街の方へと向かっている。
港を見ると船団がこちらに向かいだしたことが分かった。
俺は神気銃をクラーケンに向ける、一発発射した。
クラーケンの表面に当たった手ごたえを感じた。
クラーケンは水上に浮かぶと共に、吸盤のついた足で掴み掛ってきた。
寸前で躱すギル。
「よし!掛かった、誘導開始だ!」
「「了解!」」
付かず離れずの距離を保ちながら、沖の方へと誘導する。
その間もクラーケンは多数の足で、ギルとエルを掴もうと体をうねらせている。
デカい蛸ってこんなに気持ち悪いのかと嫌悪感を感じた。
誘導が上手くいき、港との距離をだいぶ稼ぐことができた。
さて、どうするか。
一番嫌なのは、中途半端にダメージを与えて海中に逃げられることだ。
雷撃は船団が近づけなくなる可能性があるから駄目だ、火は海中に潜られては効果が薄い、水はありえない。となると、風と氷と土か・・・心元無いな。神気銃って手もあるが、あれだけの巨体だとどうなんだろう?魔獣化してるから少しキツイか。
こういう時は武器があるとやり易いんだがな。
いっそのこと造るか?
俺は『万能鉱石』を鋼鉄にし『加工』で槍を二本作製した。
ノンに一本を渡す。
「ノン合図と共に一斉に行くぞ」
「分かった」
クラーケンが海上に体が浮かぶタイミングを待った。
「ギル、エル、もう少し上空に浮かんでくれ」
「了解!」
「OK!」
更に上空に二メートルほど浮かぶ、それに釣られてクラーケンが海上に体を晒した。
「今だ!」
合図と共に俺は『身体強化』で力を上げ、クラーケンに向けて槍をぶん投げた。と共にノンの槍もクラーケンに向けて投げられた。
二本の槍がクラーケンに突き刺さる。
かなり深く刺さったようで、俺の投げた槍はそのほとんどがクラーケンの身体に突き刺さっている。
「ビエエエエエエーーーー!」
クラーケンは何とも言えない気持ち悪い雄叫びを発し、黒い瘴気がゆっくりと消えそうになっていっていた。
「仕留めたか?」
クラーケンは自分の足を身体に絡ませて、ウネウネとしている。
徐々に瘴気が消えていった。
俺達はクラーケンに近づき様子を見ていた。
すると近づいてきた船団から声が聞こえた。
「まだだ!」
その時クラーケンから不意に足が延ばされ、ギルの足に絡みついてきた。
「ぐっ!」
絡まれた足が、吸盤で吸いつけられていた。
ギルが呻いている。
「ギル!」
ノンが叫んだ。
ヒュン!
という音が聞こえた。
近づいてきた船団から、先が三又になっている銛がクラーケンに打ち込まれていた。
ズチャッ!
クラーケンが潰れる音がした。
力なくギルに絡みついていた足が離れていった。
「詰めが甘い!ガハハハ!」
大笑いしながら船頭に立つゴンズ様がいた。
終わったか、やれやれ。
でもゴンズ様の一撃は凄かったな、これなら俺達いらなかったんじゃないか?
ギルはエルから回復魔法を受けていた。
大事に至らなくてよかったよ。
その後、船団がクラーケンを回収し、俺達と並行しながら港へと帰港した。
港に着くと、たくさんの歓声に迎えられた。
「ゴンズ様!最高!」
「ありがとう!」
「また助けられた」
「ゴンズ様、あれやるんかい?」
「やるんだろ?」
それらの声を制するように片手を挙げるゴンズ様。
「おまえら!今日はゴンズキッチンだ!」
港中が歓喜に沸いた。
「まってました!」
「やったー!」
「嬉しい!」
「ありがとう、ゴンズ様!」
ゴンズキッチン?なんだそれ。
ゴンズ様の部下達が一斉に動き出す。
各々が自分の仕事を把握している動きだ。
その動きに迷いが無い。
大きな布が道に広げられた。そこに先ほど仕留めたクラーケンが運ばれてきた。
そこに大きな樽が、五個運ばれてくる。
部下達数名で樽の中から、塩を取り出し、クラーケンに塗り出した。
へえー、塩揉みか、分かってるね。
ひとしきり塩揉みが終わったら、水で塩を流していく。
そして、ゴンズ様が自分の身長と変わらないぐらいの大剣を持って現れた。
「そりゃ!そりゃ!」
と掛け声と共に、クラーケンをバッサバッサと切り刻んでいく。
刻まれた部位を、部下たちが更に細かく刻んでいく。
すると大量の油の入った大鍋が準備され、細かく刻んんだクラーケンの身を鍋にぶち込んでいった。
「始まったな」
後ろから声がした。
振り返ると先ほどの寿司屋の大将がいた。
「お店は終了かい?」
「これが始まったら、お客さんは来なくなるんでね」
困った表情をしてる大将。
「客足が止まっるってことかな?」
「ああ、今作ってる料理を街の皆に無料で振舞うんだから、屋台には来なくなるでしょ?」
「そういうことね、そりゃあそうだな。何も祭りの最終日にやらなくてもいいんじゃないか?」
「違いねえ、でもゴンズキッチンはこの街の名物みたいなもんだから、しょうがないでしょ」
「そうなんだ、街の名物なんだ」
「ああそうなんだ、大物が獲れると毎回この調子さ」
そうこうしている間に、どんどん料理が出来上がっていく。
「よし、食いたい奴は並んでくれ!」
ゴンズ様が声を張り上げた。
その声を機に街の皆が、我先にと列に並ぶ。
どんどんと料理が手渡されていく。
俺も並ぼうかと悩んだが、アイリスさんが俺も分を持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
手渡された料理は、蛸の、もとい、クラーケンのから揚げと、クラーケンの刺身だった。よく見ると、食べやすいようにと刺身には隠し包丁まで入っていた。
クラーケンの刺身に隠し包丁って・・・蛸の刺身に隠し包丁ってあったっけ?まあいいや。食べやすいにこしたことは無いか。
あっ!そうだ。
隣にいる大将に声を掛けた。
「大将、醤油で食べてみる?」
「えっ、いいので?」
「ああ、せっかくの機会だ、試してみてよ」
『収納』から醤油を取り出し、クラーケンの刺身に掛けた。
大将に手渡す。
軽く頭を下げて大将はクラーケンの刺身を受け取った。
「これが、醤油・・・」
そう言うと、鼻を近づけて匂いを嗅いでいた。
「今までに嗅いだことのない匂いだ、それにこの匂いは食欲を刺激するな」
フォークでクラーケンの刺身を掬い、大将は口にした。
大将は目を瞑り、噛みしめるように、そして味を確認しながら食べていた。
「んん?これは、間違いない、寿司にはこれが合う、間違いない!」
もう一度口にした。
「お客さん、俺にも醤油を売ってもらえないでしょうか?いや、お願いします。売ってください!」
土下座するんじゃないかというほどの勢いで、頭を下げる大将。
「大将、申し訳ない、醤油は五郎さんのところで買ってくれ、すまないな」
「そんな、殺生な、頼むよ」
「悪いな大将、あんたの師匠との約束なんだ」
本当は違う、この醤油にも回復効果があるからだ。
五郎さんごめんなさい。あとは任せます。
今度五郎さんに会ったら話しておこう。
「そうですか、師匠との約束ですか、分かりました、諦めます」
「五郎さんなら、大将に譲ってくれるんじゃないかな?」
「ええ、そうですね、ありがとうございます!」
大将に皿を返された。
せっかくなのでクラーケンのから揚げを食べてみた。
うん、上手い。上手に揚げているな。
クラーケンの唐揚げを堪能していると、声をかけられた。
「島野、やってるか?」
ゴンズ様だった。
「ええ、頂いています、クラーケンのから揚げ、美味しいです」
「そうか、それはよかった」
「また、ワインですか?」
「ああ、それもあるが、ちょっといいか?」
ゴンズ様はいつになくなく真剣な表情をしている。
「どうしました?」
「まず、今日は助かったぞ、ありがとうな」
「いえいえ、俺達が居なくてもゴンズ様がいれば、問題なく処理できたんじゃないんですか?」
「どうだかな・・・そういえば、遠目だったからはっきり見えなかったが、お前その場で武器を作ってなかったか?」
「いえいえいえ、あれは『収納』から取り出しただけですよ、ハハハ、見間違いですよ、嫌だなー、戦場でその場で武器を作るなんて、奇想天外なこと、俺には無理ですよ、ハハハ」
誤魔化せたかな?
「お前は俺一人で処理できたと言うが、それは無いな」
ゴンズ様はキッパリと言い切った。
「俺は強い、だか、さすがに俺一人では、魔獣化したクラーケンは手こずる、今回は島野達が注意を引いていたから、あっさりと仕留めれたが、普通に対峙したら、こうは上手くいかない」
「そんなものですかね?」
「ああ、部下の何人かが海に消えてもおかしくはないんだ、実際に過去には魔獣化したクラーケンに挑んで、何人もの部下が海に帰ってしまったこともある」
「そうですか」
「今回は俺が仕留められたのは、島野達の御膳立てがあったからだ、改めて礼を言わせて貰う」
以外に謙虚なんだな。
「いえいえ、いいんですよ」
「本題なんだがな」
ゴンズ様は神妙な顔つきになっている。
「うちの白蛇なんだがな」
「ええ」
「お前のところで預かってくれないか?」
何でですか?あなたの眷属でしょうが?
「はあ?」
「本人の希望でもあるんだ」
本人の希望?
「白蛇なんだが、もうかれこれ俺とは十年近い付き合いになるんだが、あいつが俺の眷属になることは無いんだ」
えっ!眷属じゃないの?
「それはどうしてですか?俺はゴンズ様の眷属かと思ってましたよ」
「いや、違う、あいつがそれを望んだことは確かにある。だが俺はそれを拒否した」
拒否した?何故?
「それは何故ですか?」
「それわな、俺は神だ、死ぬことは滅多にない。だが消滅する危険性はあるんだ」
ん?消滅?どういうことなんだ?
「俺は漁の神だ。漁には危険がつきものだ、神だから病気やケガで死ぬことはないが、神力が無い状態なら、人間と変わらないからな。そんなときに首を斬られでもしたら。消滅することになる」
「消滅とはどういうことですか?」
消滅?死ぬことと同意と思えるが・・・
「神にとっては神力は欠かせない、神力が無くなると、俺達は神であることを保てなくなるんだ」
なに?どういうことだ?
「神であることを保てなくなるってどういうことですか?」
「そのままだ、俺なら魚人に戻るってことだ」
つまり神力を失ったら、神は元の状態になるということか。
「この世界は神気に溢れている。だがここ百年ぐらい前から、神気が薄くなって来ていると俺は感じている」
やはりそこに行きつくのか。
「まあ、ここ最近は持ち直してる気はするんだがな」
神様は神気の変化に鋭いな。
「で、それがなんで白蛇に繋がるんですか?」
「俺が消滅したら、俺の眷属になったら、あいつも消えちまうからだよ」
そうか、そうだったな。眷属は仕える神が死んだら死ぬんだったな。
「つまり危険が隣合わせのゴンズ様は、白蛇を眷属にはしたくないといことですね、で何故それが、俺が預かることになるんですか?」
頭を掻いて困っているゴンズ様。
「それがな、どうせ仕えるなら上手い酒が作れるお前がいいんだとよ、初めてお前にあった時にそう思ったらしい、それにお前の戦う姿を観て、間違いないと決めたらしいぞ」
マジか?人参が上手くて俺に仕えたエルに続き、次は酒に釣られて眷属になるってことなのか?勘弁してくれよ。まったく。
「それに真面目な話をするぞ、おまえ神の資質を持ってるよな?」
うっ!、バレてる。
ですよねー。ギルの親だって言っちゃってるしね。
「そんなお前だから、俺もお前ならと思っている。受けてはくれないか?」
「本人の希望とのことでしたので、本人と話してみましょうか」
「おお!ありがとう、島野!」
ゴンズ様が白蛇を呼びに行った。
また眷属が増えるのか?
でも預かってくれって話だから、眷属にする必要は無いんじゃないかな?
「待たせたな」
ゴンズ様が白蛇を伴って現れた。
「俺はあんたに仕えたい、よろしく頼む!」
白蛇がお辞儀をした。腰が九十度に曲がっている。
真剣なんだとは思うが、本当にいいのか?
ここはひとつ場を和ませようかな?
そうだ、和ませようじゃないか?
うんうん、ここはこいつらが好きな酒で、酒の力を借りるということで。
飲まなきゃやってられんしな。
『収納』からワインを取り出し二人に渡した。
「「「乾杯!」」」
ワインをグビっと飲み干す。
「ところで、おまえ本気で言ってるのか?」
俺は白蛇に確認をした。
「本気も何も、何を言ってるんだ?」
んん?どういうことだ?
俺は申し入れに対して、場を和ませようとワインを渡して・・・ワインを渡して・・・ああ・・・またやっちまった・・・なんで俺は・・・またか・・・はあ。
渡しちゃったんだよね、ワイン・・・間違った俺が悪いよね・・・ハハハ・・・笑うしか無いよね。
「ハハハ、島野一家にようこそ!」
俺の顔が引きつっていることは記すまでも無いな。
またか、俺の反省は一体どこにあるんだ?多分反省したとたんに異世界に転移するんだろうね。
ハハハ。
あーあ。
白蛇の名前はどうしたかって?
彼女の名前は『レケ』です、ヘベレケの『レケ』です!
よろしく!
私はメルル、人間です。僧侶をしています。
さきほど契約更新を終え、無事に正社員になりました。
個人面談をすると言われた時には、なんのことだろうと身構えてしまいました。
意思確認って言われたけど、見習い社員とか正社員とか、まったく考えていませんでした。
見習い期間なんて忘れてました。
普通にこの先も、この島に居続けると思っていたから。
でも給料が倍になるなんて、ちょっぴり嬉しいかな。
よく考えたら図々しくないかしら?
そもそも私は、島野さん、いや、この島に命を救われた身で、過酷な重労働を無償で行うことすらも、厭わないつもりと考えていたのに・・・好待遇な上に、福利厚生も厚い、更に給料は倍って・・・
まあいいわ、多分断ったら、島野さんに怒られるに決まっているし。
島野商事では、労働に対価を払わないはあり得ない、って感じで叱られる。
ありがたく頂いておきましょう。
フフ。
そうそう、福利厚生って、私、初めて知りました。
住む家は社員寮って言うらしく、三度の食事はまかないだって言ってたわ。二杯のビールはおまけだって。
よく分からないけど、島野さんが居た世界では、常識らしいわね。素敵な世界よね。
作業着と長靴も支給してくれるし、お風呂にも入れる。
お風呂なんてこの世界では贅沢品よ、こんな暮らしを放棄する人なんている訳がないわよ。
あと何と言っても塩サウナね、あれはいい、すごく良い、お肌がすべすべになるのよ、感動ものよあれは、気に入らない女性は絶対にいないわ。
嫌いなんていう女性がいたら、私が張り倒してやるわよ。
もう塩サウナが無い生活なんて考えられないわ。
ね、分かるでしょ?
どれだけ私は恵まれているのか・・・
更によ、私がずっと憧れていた体力回復薬の生成にまで携らせてくれるって、凄すぎるわよ。
ああ、私って本当に幸せ者ね。
島野さんには感謝しかないわ。
でもね、私は知ってるのよ。
あの万能な島野さんだけど、意外とおっちょこちょいな一面もあるのよ。
たまに「やっちまったー!」て言って、頭を抱えてるの。
案外可愛らしいところもあるのね。
フフフ。
そんな島野さんとの体力回復薬の研究は順調に進んでいるわ。
始めはていの良い料理のお手伝いかと思ったりもしたけど、そうじゃなかったわ。
一度そんな表情を私は浮かべていたのでしょうね。
「料理のお手伝いと思うかもしれないけど、野菜をどう加工するかで、回復力に差が出るのかを見極めないと、いけないだろ?」
と言われてしまった。
仰る通りです。
実際料理と一緒な側面しかないとも思えたわね。
まあ、料理の手伝いでも、私としては嬉しいけどね。
今のところ判明していることを話すわね。
焼くや炙るという点では。生野菜の時より回復効果は落ちたわ。
難しいのは、煮ると蒸す。
蒸すに関しては、野菜によっては回復効果が上がったり、下がったりしたの。
煮るは一番難しく、野菜の組み合わせによって大きく変化するのよ。
正直参ったわ。
でも、これが分かっただけでも凄いことなのよ。
後はどう組み合わせていくのか?
野菜の相性はどうなのか?
これらを検討していけば、自ずと分かってくるはずなの。
だから今は、汁物は私が主に担当しているのよ。
ノンとロンメルが、味噌汁にしろ、ってやたら煩いのは、めんどくさいけど。
でも実際、味噌汁の体力回復効果は高い。
だから味噌汁のルーティーンは割と高め。
体力回復薬の研究ではあるけど、皆の健康を預かっているとうことも、ちゃんと私は分かっているのよ。
ちなみに私は大根の入った味噌汁が好き。
柔らかくなった、大根が口の中でほくほくしてたまらない。
さてと、この辺にして、今日もこれから塩サウナに行ってきまーす。
またね。
おれはランドだ。
先ほど契約更新を終えたところだ。
まったく持って忘れていたよ、今まで見習いだったなんてな。
そもそも意思確認なんていらないよ、島野さん。
誰一人この島を離れる奴なんていないよ。
今さらハンターになんか戻りたくないって。
でも、こういうことをちゃんとするのが、島野さんなんだよな。しっかりしてるよ。
なんでも島野さん曰く、自由意志ってものらしいんだが、そんなこと言われても、俺は俺の自由意思でこの島に居させて欲しいよ。
島野さんって不思議な人だなと思う。
この島で一番偉い人なんだから、もっと偉そうにしていれば良いのに、まったくそんなところが無いんだよな。
挙句の果てには、もっと意見を言えよなんていうんだから、前の世界ではそういうのが常識だったのかな?
でさ、こんなことがあったんだ。
水道管の引き込みをするために、川と村を繋ぐ道を造り、掘削工事をしていたところ、岩盤層に当たってしまい、どうしようかと考えていたら島野さんがやってきたんだ。
状況を説明すると島野さんが
「ランド、どうしたらいいと思う。意見を聞かせてくれよ」
と言ってきた。
俺も馬鹿じゃない、島野さんの万能さはよく知っている。
いちいち意見を求めなくても島野さんに解決策はあるはずだ。
でも聞かれれば、俺だって意見ぐらいあるから当然答える。
「岩を砕く器具とかがあれば、何とかなると思いますよ」
「そうか、どんな器具がいいだろうか?」
「そうですね、岩より頑丈で、先が多少尖ってるものがあればいいかと」
「いいね、良い意見だ、採用だ。ナイスだランド!」
と言って喜んでくれたんだ。
嬉しかったな、意見したことで喜んでもらえるなんて、初めてかもしれない。
なにより、島野さんに認められた気がした。
これからも自分の意見はどんどん言っていこうと思う。
そして、島野さんはツルハシとか言う器具を作ってくれた。
グリップ部分にはゴムまで撒いてくれて、ものすごく使いやすい。
軽く振ってみたところ、とても手に馴染む。
うんこれならいける。
岩盤層の岩は簡単に砕けた。
すごい、これって武器にもなるんじゃないか?
もう俺には、武器を手にして、ハンターになることはないだろうがな。
ノンやギル達とたまに行う模擬戦で使ってみるか?
まったくもって、あいつらには適わないが、武器を持った相手だと、勝手が違うらしく勉強になるみたいだ。
一度ぐらいは勝ってみたいけどな。
ツルハシならいけるか?
あと、おれは今、サウナとバスケットボールに嵌っている。
サウナはいい、最高だ!こんなリラックスの仕方があるなんて夢にも思わなかった。
俺は決まって、露天風呂の後に三セット行う。
休憩中の解放感のことを整いというらしいが、おれはほぼ毎日整っている。
サウナ明けのビールは格別だ。無上の幸福感とはこのことかと思う。
この島に来なかったらと思うとぞっとする。
俺は決してこの島から離れないぞ。
あと飯が無茶苦茶上手い、知らない料理が多いが、何を食っても上手い。お替り自由ってのも最高だな。
俺は朝から茶わん三杯はいく、ギルは五杯だけど、あれは別格だな。
そして、バスケットボールは面白い!
スリーオンスリーと言うらしいが、三対三で行うゲームだ。
バスケットボールとバスケットゴールを、島野さんが皆の遊びの為にと作ってくれたんだ。
やり方とルールを説明されたが、なかなかこれが、難しかった。
特に反則プレーというのが難しい、どうしても手が出がちになってしまう。
だが、何度もやるにつれて、どんどん面白くなってきた。
最初はドリブルすらも上手くできなかったが、今ではそれなりに出来る。
それになんと言ってもダンクシュートだ。
初めて決めた時の爽快感は凄かった。
スカッとしたね!
この島でダンクを決めれるのは俺とノンだけだ。
たまに島野さんがズルしてやってるけど、ダンクを決めると決まって全員からブーイングが起こる。
すると島野さんは「おれの類稀なるジャンプ力の成果だって」と言うけど絶対に違う。
皆なあの人が飛べるの知ってるんだから。
良い加減認めてくださいよ。
でも器用なもんで、本当に自分のジャンプ力で、決めてる様に見えるんだよな。
もし本人の言い分が本当なら、とんでもない身体能力だけど。
あの人が言うと本当に思えてくるから怖いよ。
ギルも島野さんを真似てダンクをやるけど、明らかにぎこちないないからな。
案外本当のことなのかもしれない。
おー怖!
バスケットボールは人を入れ替えて、組替えを何度もしながら楽しんでいる。
最強のチームは、島野さんとノンとギルのチーム、圧倒的にチームワークが凄い。
ちなみに俺とノンが組むことはほとんど無い。
流石にバランスが悪くなる、二メール越えの二人が組んだらそりゃあ良くない。
今は更なる高みを目指して、スリーポイントの練習に励んでいる。
この島の暮らしは本当に最高だ!
バスケット頑張るぞ!
おれはマーク。
今契約更新を終えたところだ。
もちろん更新した、あたり前だろ?
俺はまだこの島に対して、なにより島野さんに何にも恩返しができていない。
それを叶えずして、この島を去ることなんて俺にはできない。
恩を返す事ができるのか?と考えてしまうが、俺でも何かの役には立つだろう。
だってそうだろう?
島野さんはジャイアントシャークから救ってくれた。
死にかけてたメルルを治し、ランドの腕や、メタンの視力を、そして俺の指を治してくれた。
それだけじゃない、そんな俺達に住む家を与え、食事を与え、あろうことか嗜好品まで与えてくれた。
挙句の果てには給料まで、それも俺の知る相場より倍以上の額を。
余りに恵まれすぎている。
正直怖くなるぐらいだ。
これまでの人生が何だったのかと思えるほどに、世界が変わってしまった。
何から何まで凄すぎる。あり得ない。
結果的に俺の決断は間違い無かったのだが、これはあくまで島野さんに出会えたからだ。
あの人が居なければ、俺達は間違いなくこの世にはいない。
俺は今後の人生の全てを、島野さんに預けたいと考えている。
あの人はそう思える人だからだ。
だがそれは、あの人の能力が抜きに出ているからということではない。
あの人の凄さはその人間性にある。
特に俺が凄いと思うのは、人の上に立つ者の在り方だ。
まずはなんと言ってもその観察力。
飄々としている様で、実はよく観察している。
俺も何度もそれに助けられた。
それにその指導力には脱帽する。
ある時こんなことがあった。
水道管の引き込みをするために、川と村を繋ぐ道を造り、掘削工事をしていたところ、岩盤層に当たってしまい、どうしようかと考えていたら島野さんがやってきた。
状況を説明すると島野さんが
「ランド、どうしたらいいと思う。意見を聞かせてくれよ」
と言った。
俺は衝撃を受けた。ランドは自分の意見を持ってはいるが言わないことが多い。
それを分かった上で、島野さんはあえて振ってる。
それに、島野さんに解決策がない訳がない。この人の万能感は折紙付きだ。
「岩を砕く器具とかがあれば、何とかなると思いますよ」
「そうか、どんな器具がいいだろうか?」
「そうですね、岩より頑丈で、先が多少尖ってるものがあればいいかと」
「いいね、良い意見だ、採用だ。ナイスだランド!」
と言ってランドを喜ばせていた。
これは俺にはできない芸当だ。
あえて一歩引いて相手の良さを引き出すだけでは無く、積極性も引き出す。
真のリーダーとは、こういうことが出来る人なんだと実感した。
おそらくこれで認められたと、ランドは今後、自分の意見を言うようになるし、楽しく仕事が出来るようになるだろう。
なにより、ランドが生き生きとした表情をしている。
俺はランドのあの表情を引き出せたことはなかった。
格が違う。
見た目の年齢としては、俺よりも年下に見える島野さんだが、前に年齢を聞いた時に彼が言ったのは
「俺の精神年齢は定年だ」
とのこととだった。
定年が何かは知らないが、おそらく相当の苦労をしてきたのではないかと思う。
余りに強烈な存在だ。
俺はこの背に近づくことが出来るのだろうか?
ある時島野さんがぽつりと言ったことがあった。
確かあれは、晩飯後に皆で騒いでいた時のことだった。
「なあマーク、もし俺がこの世界から居なくなった時は、この島とこいつらの面倒はお前がみてくれよな」
「えっ!」
俺は、何を言われたかを理解するのに、時間が掛かった。
俺に期待をしてくれているのか?
この俺にどうして?
横を見ると、島野さんが笑っていた。
「もしもの話だ、気にするな」
と言ってくれた。
でも、この一言は俺にとっては、大きな一言だった。
今まで以上に俺にやる気と生きがいを与えてくれた。
俺はこの人に一生付いていく、そして、全力でこの島を守ってみせる。
俺は最高の人生を送っている。こんな満ち足りた人生になるとは思わなかった。
ああ、俺は今幸せなんだな。
最高の人生を歩んでいる。
話は変わるが、この島の飯はあり得ないほどに上手い。
島野さんが料理してくれるからなんだろうか?
いや、野菜そのものが格別なのだろう。
これを食べて、文句を言う奴がいたら、俺は許さない。
何を持ってしても成敗してやる。
それになにより、あの風呂とサウナだ。
俺は知らなかった。こんな解放感があるんだとは、サウナ後のあの言い表し様のない解き放たれた幸福感。
なにより、サウナ明けのビールの美味さ。
ここが天国なのかと錯覚するほどだ。
こんな満ち足りた人生が送れるとは思わなかった。
メタンではないが、創造神様に感謝だ。
いや、違うな、島野さん達に感謝だ!
俺はロンメル。
今契約更新を終えたところだ。
柄ではないが、先に言わせて貰おう、旦那、ありがとうな。恩にきるぜ。
俺達は八方塞がりのハンターチームだった。
ところが今では、俺達以上に最高のハンターチームがいるのか?って思えるほどだ。
『ロックアップ』は、一応解散はしてはいない。
事実上の解散なのは俺も分かっている。
俺にとっては『ロックアップ』が俺の人生の全てになっていたんだ。
そんな『ロックアップ』を旦那が救ってくれた。
それは紛れもない事実だ。
今の俺は島野商事の漁部門の責任者だ。
とはいっても、特に責任なんて問われることは無い。
旦那曰く、
「とにかく安全に気をつけてくれ、無理は一切するな、成果は上がらなくても一切気にしないでくれ」
ということだ。
せっかくだから、成果は出したい。だが、漁は博打の要素が強い。
旦那の言うことに甘えたくはなるが、精いっぱい全力で挑ませて貰う。
俺の漁は基本的には地引網だ。
地引は何かしらの成果が出やすいと俺は考えている。
だが、この島の近海の特性をまだ把握していない俺には、難しい漁場と言える。
少し話は変わるが、どうやら旦那は海産業に興味が沸いたらしい。
面談時に
「俺は今、海に強烈な興味を持っている、今後は養殖事業を行おうと考えている」
とのことだった。
一応説明はして貰ったが、どうやら牛や鶏の様に、海で魚を飼育しようと考えているようだ。
なんてことを考えてやがるんだ。ありえねえぞ。
魚を飼育するのか?
そんなことはこの世界で考えた奴なんて一人もいねえぞ。
だって、それが叶えば、漁にでる必要が無くなるってことじゃないのか?
俺の解釈が正しければ、そういうことなんだろう?
あり得ないぞ、そんな事。
だが、そのあり得ないを覆すのが旦那だ。
俺は冷や汗を止められなかった。
まだ四ヶ月近くの付き合いだが、とにかく旦那は出鱈目だ。
俺達の常識を当たり前のように飛び越えていきやがる。
それも平然と何食わぬ顔をして。
勘弁してくれだぜ。
やってらんねーよ。
俺はいまビリヤードってやつに嵌っている。
旦那が気晴らしにと作った遊戯物だ。
あれは楽しい、俺にはもってこいの遊びだ。
成績はいいぜ。旦那以外の者で俺に勝てる奴はなかなかいない。
アイリスさんが意外と上手だが、まだまだ負けることはそうそう無い。
旦那曰く、
「ビリヤードは技術もそうだが、先読みをどれだけ正確にできるかだ」
とのこと、
それをあまり広めて欲しくはない、ってのが本音のところだ。
この遊びをやって、おれは直ぐにそういう物だと気づいた。
他の者達はそれに気づいていない。だからあまり広めて欲しくないんだ。
勝率が下がるのは嫌だな。
俺の我儘なんだがな。
この島の食事はかなり旨い。これまで食べて来た食べ物がなんだったのかと思えるほどだ。
それにあれだ、犬飯だ。恐ろしく旨い。
聞くところによると、ノンは元は犬だったらしい。
なんでもシベリアンハスキーという、オオカミとの混血だったようだ。
どう見てもフェンリルなんだがな。
犬飯はノンから勧められた。
今では俺の定番になっている。
味噌汁と米を別々に食べてもおいしいのだが、混ぜ合わせると、米に味噌汁がしみ込んで格段に美味くなる。
犬飯を食ってると、決まってゴンちゃんに睨まれる。
お行儀が悪いってな。
飯ぐらい好きに食わせてくれよ。
誰にも迷惑をかけてる訳じゃないんだからよ。
ほんとあの子は生真面目過ぎるぜ。
さてと、お喋りはこれぐらいにして漁に行ってくるぜ。
じゃあな!またな!
私はメタン。
先ほど契約更新を終えたとろこです。
当然この島から離れることはありえませんな。
私は島野様のお側を離れることはありません。
島野様は私にとっての全てです。
これからも島野商事の正社員として、邁進してまいります。
この島に来てからというもの、驚きの連続ではありますが、島野様の行いの所存、私は全てを受け入れております。
しかし、石像には本当に驚きましたな。
始めて観た時には、涙が止まりませんでした。
敬愛する創造神様とはこの様なお姿をしていらしたのかと、初めて知りました。
ええ、毎日お祈りさせて頂いております。
当然聖者の祈りの効果で毎回金色に光っておられます。
私の祈りが届いていると、毎回嬉しく思っております。
一度、背後から島野様をお祈りさせていただいたことがありました。
無茶苦茶嫌な顔をされましたので、以後直接お祈りを行うことは、一度もしておりません。
今では、就寝前に島野様の居られる方角に向かってお祈りさせて頂いております。
私はこの島が大好きです。
食事は美味しいですし、お酒も美味しい。
お風呂に入れるものありがたいですな。
給料を頂けるなんて、感謝の念が止まらないですな。
この島は私にとっては、楽園そのものですな。
私は視力を失ったときは、人生が終わったと感じました。
人の手を借りなければ生きていけない。
自分では何もできない無力さを感じていたのです。
自死することを何度も考えました。
本当に辛かった。
この島に連れてきてくれた『ロックアップ』の皆には感謝しております。
そしてなにより、私を治してくれた、アイリス様、島野様には最大級の感謝をしております。
リーダーによくメタンは変わったなと言われますが、変わって当たり前ですな。
こんな経験をしたのですから。
私は島野様とこの島の為に、今後の人生を歩もうと決めております。
この決断は決して変わることはありませんな。
私の全てを島野様とこの島に捧げます!
私の仕事は魔法の開発のお手伝いと、畑で採れた収穫物の管理です。
主にゴン様の魔法の開発をサポートしております。
私は演唱による魔法を行いますが、ゴン様は無演唱による魔法ですな。
魔法の威力としては、演唱による魔法の方が高く、無演唱による魔法の方が低いですな。
それは演唱をした方が、魔法をイメージしやすいからだと考えられております。
けどゴン様は、そもそも魔法のレベルが高いので、無演唱でもいいと私は思っております。
ゴン様は攻撃魔法や戦闘に特化した魔法を開発しているようです。
なかなか上手くいってないようですな。
私としては、まずは生活魔法から行ってみてはと思うのですが、残念ながら私には生活魔法は使えません。
なので私は提案しました。
『魔法国メッサーラ』の『魔法学園』に留学してみてはいかがかと。
それが一番最良の道かと思うのです。
実は私も『魔法学園』の卒業生です。あそこにはあの方がおりますので、なんとかなるのではないでしょうか?
行くか行かないかはゴン様がお決めになることでしょう。
では、私はこの辺で、そろそろお祈りの時間ですので。
さようならですな。
俺はレケ、この島の新人だ。
この島に来てまだ一週間ってところだ。
いやー、この島はすげえな。
こんなところにこんな広大な畑があるなんて、知らなかったぜ。
あと、ここには風呂や露天風呂、サウナなんてもんがあるんだぜ。
あのサウナってやつはすげえな。
誰が考えたんだ?わざわざあんな部屋を暑くして汗をかこうだなんて、どMだな考えた奴は。
でもサウナはいいぜ。
始めは何のためにわざわざ汗をかかなきゃいけないんだと思ったけど。
サウナの後の酒は格別に美味い。
これまでも、酒は浴びるほど飲んで来たけど。あれほど美味しいと感じたことは無かったぜ。
あとビールっていうエールみたいな酒、あれは反則だ。
もうゴルゴラドの酒場で、エールが飲めるとは思えないぜ。
ボスに初めて貰ったワインには衝撃を受けたが、このビールにも衝撃を受けた。
この島に来て本当によかったと思ったぜ。
酒好きにはこの島は天国だな。
しかし、いろいろ聞いて分かったんだが、ボスは凄えな。
魔獣化したクラーケンとの戦闘を見て、強いのは分かったが、腕っぷしだけじゃなく。人を纏める力がある。
それに俺達には無い発想力が凄い。
異世界人らしいんだが、それだけじゃない底知れない何かを感じる。
この島の皆から慕われてるのも頷けるな。
それと、ここでの飯は上手いなんてもんじゃない。
こりゃ気をつけないと、俺でも太るかもしれない。
俺はあんまり外見を気にするほうじゃないが、太るのだけは勘弁だ。
酒を控えればいいんだが、多分無理だな。
福利厚生ってので、一日二杯までは無料ってのはありがたい。
毎回ビールにするか、ワインにするか迷っちまう。
サウナに入った後のキンキンに冷えたワインも、案外良いもんなんだぜ。
そうそう、なんちゃって冷蔵庫とかって物があるから、なんでも冷たい物が飲み食いできるんだ。
最高だろ!
ゴルゴラドの酒場のエールは冷えてなかったからな。
冷たいだけでこんなに美味いとは知らなかったぜ。
二杯目以降は自分で購入するのが、この島のルールで、毎日飲んでるんだが、少々俺には酷な話だ。
酒も社員割引で安くしてくれてるんだが。
なんてったって金がねえんだよ、ツケも禁止だしよ。困ったもんだぜ。
月末には給料が出るらしいんだが、まだまだ先なんだよな。
どうしたものか。誰かに借りるか?いや駄目だ。絶対ボスに怒られる。あの人だけは怒らせちゃまずい。
「レケ、これからはお前も家族になる、だからこの島のルールには絶対従え、いいな?約束を違えたら、この島から出て行ってもらうことになる」
って言われたからな。
この島を追い出されるって、死んだ方がましだよ。
しょうがない、今度ボスに相談してみよう。
ちゃんと相談すれば、ボスのことだ、何とかしてくれるだろう。
そうそう、そういえば俺は、ここでは午前中は皆と一緒に畑仕事をしているんだが。
あのアイリスさんって人は凄えな、畑のプロだな。どこにどんだけ肥料を与えるとか、どこにどんだけ水を撒けとか、ここはもう間引きなさいとか。これがプロの仕事ってやつだな。
本当に凄いと思うぜ。尊敬するぞ。
昼からはロンメルと漁に出かける。
なんでも、これは一時的なことになるかもしれないとボスは言っていたな。
まあ、どんな仕事でもやってみせるさ。
「あ、ボス、ちょっといいか?」
「どうした?レケ」
「あの、早い話が金がねえけど酒は飲みたいんだ、どうしたらいいと思う?」
「はあ、おまえ何言ってんだ?」
「いやー、ボスに付いていったら酒は飲み放題だと思ってたんだ。へへ」
「そんな訳あるか!」
ボスが呆れてるよ。ごめんな。
「そうだな、ちょっと待てよ」
腕を組んで考え込んでいるボス。
「そうだ、ワインの原料を買って、自分でワインを作れば安上がりになるんじゃないか?」
「ワインを俺が作るってことか?」
「ああ、そうだ。仕上げだけは俺がやってやるが、それ以外は自分で作るんだ。そうすれば社員割引の価格よりも半額以下ぐらいになるんじゃないか?」
「ワインってどうやって作るんだ?」
「そうだな、後で教えてやるから待ってろ」
「おお、さすがボス!頼りになるなー」
「レケ、そういやあお前、何で俺のことをボスって言うんだ」
「え?ノンがそう言えって言ってたから」
ボスがニヤリと笑っていた。
ちょっと怖い笑顔だな。ノン、知らねえぞ。俺はこの呼び方を気に入ったから今さら変えないぞ。
「そうか、分かった」
フュン!
ボスが消えた・・・ビックリしたあ。
しかしこれで何とか今月は乗り越えれそうだな。
自分でワインを造るか、面白れえな。
ちょと楽しみだぜ。
私はアイリス、世界樹の分身体ですわ。
私は植物ですので、畑のことは私にお任せくださいね。
大好物は『ゴロウ』の温泉饅頭ですわ。
あの甘くて口の中に広がる幸福感がたまりませんわね。
そうですわ!
今度島でも作れないか守さんに相談してみましょう。
なんだかワクワクしてきましたわ。
そうそう、前に行った祭りはとても楽しかったですわ。
あんなにたくさんの人がいて、ビックリしました。
一人だったら、怖かったかもしれないけど。常に誰かが付いていてくれたので、頼もしかったですわ。また来年も行きたいですわね。
分身体として生を受けてからというもの、楽しいことばかりですわ。
島の皆さんは優しいし、お食事も美味しいし、少し頂くお酒も美味しいですわ。
ハンターの皆さんも、最初はぎこちなかったですけど、今では皆さん打ち解けて、仲良しさんですのよ。
ウフフ、皆さん可愛い。
私は皆さんのよく使っているサウナは少々苦手です、守さんからは無理して入ることはないと言われています。
でもお風呂は気持ちいいですわね。あれは凄くいいですわ。
身体がポカポカして気分が良くなります。
毎日入ってますのよ。
塩サウナという物がありますが、とてもではありませんが、私は入れませんわ。
お肌がつるつるになると、女性陣がイキイキと言ってましたが、さすがに生命の危機と美容を天秤にかけることはできませんわ。
気にはなってますけどね。
実は私は性別がありませんのよ、正確には男性にも女性にもなれますのよ。
けど前に守さんから
「アイリスさんは僕達家族のお母さん的な存在ですね」
と言われて、嬉しかったので、それ以降は女性として通していますわ。
それに男性の姿になったら、ギルちゃんは必ず泣くでしょうから。
あの子は凄く甘えん坊さんなんですよ、私の前ではね。
ギルちゃんを悲しませたくはありませんからね。
それでは皆さん、またお喋りしましょうね。
ウフフ。
俺はレケからボスと呼ばれることの意味を知って。
ノンに仕返しをした。
例の如くいきなり現れて驚かせてやった。
けど何で毎回ノンの奴は「ピギャー!!」て言うんだろうな?
どうでもいいか。
すっきりした俺は、レケにワイン作りを教えている。
「いいかレケ、ワインの一般的な原材料は葡萄なんだ」
「へえー、そうなんだ」
「まずはこうやって葡萄を収穫する」
葡萄の枝をハサミで切って、籠に入れる。
「やってごらん」
「おう!」
何故か気合を入れているレケ。
「こんな感じか?」
「そうそう、良いじゃないか」
「ひとまず十房ほど収穫しようか」
「十ね」
レケが収穫を始めた。
「よし、そんなもんだな、次行くぞ」
と場所を変えた。
小さめの樽を用意した。
「この樽の中に葡萄をつぶしていく、種は抜く様に」
俺はいつもは『分離』を使うが、ここは手作業で教える。
葡萄の身を潰して中の種を取る、皮ごと樽に入れる。
「ボス、こんな感じか?」
「ああ、それでいいが、もう少し潰した方がいいな」
樽の中に入れた葡萄を更に潰すレケ。
「この実全部を潰していくんだ」
「これを全部だって?ワイン作りってのは大変なんだな」
そう、本当は大変なんです。俺が能力でズルしてるだけなんです。
全部の実を潰しきるのに三十分近くかかった。
「よしできたな、この後は蓋をして寝かせる」
「寝かせるってどれぐらい」
「うーん、どうだろう何ヶ月?何年?」
「えっ、そんな待てねえよ」
項垂れるレケ。
「だから、仕上げは俺がやってやるって言っただろ?」
「どういうことだ?」
俺は樽に手を翳し『熟成』の能力を使った。
「はい、出来上がり」
「嘘だろ?もういいのか?」
「ああ、俺の能力で出来上がっているはずだ、飲んでみたらどうだ?」
「ああ、そうするぜ」
樽の蓋を外し、樽を持ち上げて強引に飲みだしたレケ。
まあ、大胆だこと。ああ、横から零れてるよ。
プハー。
「上手え!ボス、出来てるよ、ワインになってるよ、凄えな!」
満足そうでなによりです。
「ワイン作りの大変さが分かったか?大事に飲めよ」
と偉そうにしてみた。
「ああ、大事に飲ませて貰うよ」
「これもやるよ」
と一緒に作った俺の分の樽をレケにあげた。
「いいのか?ボスあんた最高だぜ!」
飲み過ぎには注意しなさいよ。
やれやれ。
ちなみにレケはこんな感じです
『鑑定』
名前:レケ
種族:白蛇Lv15
職業:島野 守の眷属
神力:0
体力:3309
魔力:1956
能力:土魔法Lv15 風魔法Lv15 石化魔法Lv3 人語理解Lv6
人化Lv5 人語発音Lv5
手の掛かる娘です。
俺は納品で五郎さんのところに来ている。
「五郎さん、いつものところでいいですか?」
「ああ、そうしてくれ。島野そういやあ、エンゾが来てるぞ、会っていくか?」
エンゾさんか、お地蔵さん大作戦の結果が気になるから会ってこようかな。
「そうですね、せっかくですので」
「茶屋にいるから、覗いてみてくれや」
「分かりました」
納品を終え、俺は茶屋に向かった。
中に入ると、窓際の席で、エンゾさんが一人お茶を飲んでいた。
窓からの光を受け、エンゾさんはその美貌を隠すことなく、佇んでいた。
絵になるなー、と心の中で呟いた。
「エンゾさん、ご無沙汰です」
「あら、島野君」
手を振るエンゾさん
「お元気ですか?」
「ええ、ありがとう」
「この前は大変だったわね」
「ほんとですよ、無茶振りですよ、もう止めてくださいよね」
エンゾさんが微笑んだ。
「何言ってるの?島野君なら朝飯前でしょ?」
「だから、エンゾさんは俺を買い被り過ぎなんですよ」
「フフフ」
店員が注文を取りにやってきた。
「お茶をお願いします」
軽く一礼し、立ち去る店員。
「それで、お地蔵さんの効果のほどはいかがでしょうか?」
俺の体感としては、少し持ち直したと思うのだがどうだろう?
「神気の件ね、一段と濃くはなっていると感じるけど、百年前に比べれば、まだまだ神気の濃さは届かないわね」
やはりか。
「そうですか、まだまだですか」
「ええ、残念ながらね」
「それで、他の動きの方はどうなってますか?」
「これといった報告は無いわね」
「そうですか、話は変わりますが『温泉街ゴロウ』にはよく来るんですか?」
「ええ、五郎の影響で私は温泉好きになっちゃったからね」
「そうなんですか?」
これぞ湯煙美人だな。
「ええ、温泉には一時間は入るわね」
いるんだよね、たまにそういう人、俺には無理だな。
『おでんの湯』の常連さんで、炭酸泉に一時間以上入ってるおじいさんがいたな。
入浴中に何度も寝ちゃって、お湯に顔を付けては起きるを繰り返してたな。水面にキッス爺さん元気かな?話したこと無いけど。
「『温泉街ゴロウ』はいろんな温度の温泉があるわ」
「へえー」
知らなかったな。
「あら?知らなかったの?」
「ええ、松風旅館の温泉にしか入ったことないんですよ」
「それはもったいないわ。各旅館で温泉の温度を変えて、一番好きな温泉を選んで入るのが通の入りかたよ」
通って、はまってんなー。
「エンゾさんは、どれぐらいの温度の温泉が好きなんですか?」
「私は低めね、長いこと入るには高い温度は駄目ね」
ここで店員がお茶を運んできた。
会話が止まる。
お茶を置くまで待つしかない。
「ごゆっくりどうぞ」
店員は一礼して去っていった。
「『温泉街ゴロウ』はね、いろいろな所に気配りがされているのよ、なにもそれは温泉に限った話ではないわ」
「どんなところですか?」
「なにより目を引くのは接客ね、ここまで丁寧なのは外ではまず無いわ」
「確かにそうかもしれないですね」
「あとは、旅館によっては無いところもあるけど、おしぼりを渡してくれたり」
「ああ、向うの世界では一般的なんですけどね」
「そのようね、ただこの世界ではない気配りよ」
「なるほど」
「あと私が好きなのは浴衣ね、あれは軽くて着やすいわ」
エンゾさんの浴衣姿か、似合うんだろうな。
「あとは、なんと言っても料理ね、特に最近更に美味しくなったわ」
意味深に見つめられているような気がするが・・・何か知っているのかな?
「確かに温泉宿の料理は美味しかったです、日本酒も良かった」
「そう、日本酒は良いわ。あと、最近見かけるようになった、味噌というのもいいわね、あれは格別に美味しいわ」
「味噌と醤油は日本人の心ですから」
「みたいね、五郎はこれまでに、何度も挑戦してたみたいだけど、完成したのは誰のお陰かな?」
「ハハハ、誰でしょうね」
絶対にバレてる・・・
「あなた以外にいる?」
「バレてますよね・・・」
喉が渇いたのでお茶を飲んだ。
「じゃあ、エンゾさんそろそろ行きますね」
「もう行くの?」
「ええ、ちょっと用事があるので、ああ、ここは奢りますね」
「そう、ごちそうさま、またね」
俺は会計を済ませて五郎さんのところに戻った。
「五郎さんちょっといいですか?」
「おお、どうした島野」
「これなんですけど」
といって、俺は『収納』から、なんちゃって冷蔵庫を取り出した。
「ほう、なんでえ?これは」
「これは、なんちゃって冷蔵庫と言う家電です、野菜や肉などの長期保存が可能なものです」
「なに?本当か?」
五郎さんの目が輝いている。
「ええ、ここの扉を開きますと」
俺はなんちゃって冷蔵庫の扉を開いて、中を見せた。
「ここに氷を作製して入れて置きます。数時間後には、このなんちゃって冷蔵庫内は、キンキンに冷えます、その状態が結構な日数続きます」
と説明すると、五郎さんはニヤリと笑った。
「凄えじゃねえか!島野おめえ、またやってくれたな!」
「ハハハ」
そんなことを言われると思ってましたよ。
「で、いくらだい?」
「それを聞きたくての、相談なんです」
「なるほどな、まあこれはこの世界にとっては、最先端の技術だ。これは生活を大きく変える。難しいが、このサイズなら金貨十枚以上出してもおかしくねえな。うーん、どうしたものか・・・」
金貨十枚か。結構するな。
「金貨十枚ですか、俺の予想では、もう少し低く見積もってましたけど」
「いや島野、これは最低金貨十枚だ、よく考えてみてくれや。これまでは、食料の長期保存は出来ないものとして生活が行われてきている。卵一個とってみても、これまでは一週間以内に喰わなくちゃあいけないのが常識だった。だが、これはそれを大きく変えるぞ、どこまで期限が伸びるかは分からねえが、儂の見立てでは、三週間はいけると思うぜ、間違えねえな」
「消費期限が長くなるということが革命的だと?」
俺は元々冷えたビールを皆が飲めるようにする為に造った、ということは決して言わないでおこうと思った。
五郎さんの呆れた顔が想像できる。
「だから、儂の感覚では、これは金貨一五枚だ」
おお!それは凄いな。
「分かりました、で、五郎さんはいくつ必要ですか?」
「お前え、分かってんじゃねえか、ええ!」
それぐらいのこと、言われるぐらい分かってますって、ハハハ。
もう付き合い長いんですから。
ズブズブの関係じゃないですか。
ハッハッハッ!
「ちなみにサイズはカスタマイズできますよ」
「カスタマイズ?ってなんでえ?」
「ああすいません。サイズはご希望道りに、変えれますよってことです」
「本当か?お前え凄げえじゃねえか、よし、となりゃあ、サイズは儂の方で考える。決まったら、その時はよろしく頼むぜ」
「ええ、お買い上げありがとうございます」
さてさて、稼がせてもらいましょうかね。
しめしめ。これであれが造れるぞ。
なんちゃって冷蔵庫を一台置いて、俺は島に帰った。
なんちゃって冷蔵庫の素材だが、これまではアルミを使用していたが、頑丈さを重視してステンレスに変更した。
おそらく五郎さんの発注は、業務用になるだろうと考えたからだ。
ただ、そうしたことで、なんちゃって冷蔵庫の重量は上がるので、運ぶのが大変だが、俺は『収納』があるので問題はない。その先のことは、先方に任せるつもりだ。
納品後のことはお任せしまーす、ってこと。
ひと先ずは、一般家庭用として、今俺達が使っているものを五十台ほど作成した。
素材はどっちがいいのか悩んだが、運んだ時に傷がついて、なんちゃって冷蔵庫が駄目になっては良くないと思い、頑丈なステンレスにした。
販売価格は一台金貨十五枚と、五郎さんの意見に従うつもりだ、販売も五郎さんのところで一括にて行う。それ以外の場所での販売は今のところ考えてはいない。
販売先を増やさない理由は、いろいろな所に飛び周るのは勘弁して欲しいからだ。
それに価格が高いので、それなりの収入がある者しか買えないだろうと考えている。
その点、温泉街『ゴロウ』にくる客は、懐事情の良い人達が多い。
結局なんちゃって冷蔵庫を五十台作成するのに、金貨百枚近く材料費として掛かった。
結構な先行投資となったが、売れないとは思えない。
それに実際に販売するのは五郎さんだ。
問題は五郎さんにいくらで卸すかということだ。
利益は折半にしたいと考えているが、五郎さんはなんと言うか?
再び、五郎さんのところに来ている。
「早速だが、島野、前回預かったものの倍の高さと、倍の横幅の物を十台頼む。およそ、四倍となるが、値段は金貨四十枚でどうでえ?」
単純計算では金貨六十枚だが、手間はほとんど変わらないから、金貨四十枚でも十分だと思う。
「ええ、いいですよ、明後日には持って来れると思います」
ありがたい、いい売上になる。
「普通サイズの方はどうするんでえ?」
「五郎さんに販売の全てをお任せしますよ、独占販売ってやつですね」
他では売りたくありませんのでね。
「そうか、金額と卸値はどうするよ?」
「販売価格は予定道り金貨十五枚、卸し価格は金貨九枚でどうですか?」
ほとんど折半なのがこれぐらいかなと思う。
「そうか、妥当だな、だが本当にそんな卸し値で本当にええのか?」
「大丈夫です、充分に利益はありますので」
「そうか、ならいい、で、いつから始めるんでえ?」
前のめりな五郎さん。
「そうですね、ひとまず普通サイズは手始めに五十台作成済です」
「そうか、販売方法はちっと考えさせてくれ、ひとまず十台置いていってくれや」
「分かりました」
五郎さんに指定された場所に、なんちゃって冷蔵庫を十台置き、さっそく特注品の作成の為に島へ帰ることにした。
特注品の作成には、サイズが大きいこともあり、なかなか時間が掛かった。
手間は変わらないと考えていたが、そうでも無かった。
結局作成には二日間掛かり、何とか約束の日以内に引き渡すことができた。
納品日は、今後はゆとりを持って設定しようと反省した。
これにより、普通サイズで金貨九十枚と、特注品で金貨四百枚の売上げを確保できた。
合計で金貨四百九十枚になった。
今後は、普通サイズが定期的に販売できることを期待したい。
これで、あれが造れるぞ。やった!
実は、この様な金策に走ったのには、理由があった。
レケが島に来たことにより、全員で十二人となり、これを気にいろいろな建設を行うことを考えたからだ。
今考えているのは、新たな寮の建設と、遊技場の建設だった。
他にも細かい改築などもあるが、お金が掛かるのはこの二つだろう。
特に急ぎたいのは、寮の建設。
今は、俺の住んでいる家の二階の物置部屋を片付けて、その部屋にメルルが寝ており、マーク達は、ゴンが元々使っていた家に住んでいる、始めのログハウスはアイリスさんが使っている状態。
特にマーク達が手狭であるに違いない。
なので、レケには部屋がなく、ゴンの部屋で一緒に寝ている。
ゴンが言うには、レケは俺達の家じゃないと都合が悪いので、今メルルが使っている元物置部屋に移り、メルルが新たに作る寮に住んだ方がいいとのことだった。
どんな都合があるのかというと、レケは毎日深酒をする為、朝は起こさないと、起きれないらしい。
いい加減にせい!
でも、あれは治らんな。多分・・・
やれやれだ。
従って新たに寮を作る必要があると考えた。
皆には、今でも十分だと言われたが、福利厚生はもっと充実させたい。
寮には、今の俺達が住んでいるものと、同等のサイズの物をと考えている。
寮には『ロックアップ』一同と、アイリスさんに住んでもらいたい。
ログハウスは物置小屋に、ゴンの家は備蓄倉庫にしようと思っている。
早速マークとランドには、寮の建設を行う様に指示を出してある。
あいつらなら上手くやるだろう。
マークからは、お手本があるので、問題なくやれますよと、心強い返事を貰ってる。
他の皆にも、手が空いた時に手伝う様に伝えてある。
遊技場に関しては、ビリヤード台やらが、リビングにあり、少し窮屈に感じる時があるので、建設を決意した。
どれぐらいで出来るのか、完成を待とうと思う。
『漁師の街ゴルゴラド』で刺激を受けた俺は、マグロの養殖が出来ないかと考えている。
今の俺は海への興味が止まらない。
養殖場を設けることと、マグロを取ってくることは出来るが、問題はエサをどうするかということだった。
俺の覚えでは、マグロのエサはイワシなどの魚や魚粉がエサであったと覚えている。日本に帰って調べてみたが、概ね同じ内容だった。
小魚がエサとなると養殖は難しい事になる。
だがここは異世界、どうにかなるかもしれないと考えてしまうのだ。
さてどうしようか?
上手くいかなかったとしても、網などは漁で使い回しが出来るから、特に困ることはない。
マグロが死んでしまっても凍らせて置いて、食べたい時に食べればいいだけ。
決して損は無い。
まあ費やした時間は返ってこないが。
まずはやってみるか。
と安易な考え。
早速網の作成を行う。
ものすごい数の草が必要だった。
木からも出来ることを思い出したので。木からも網を作成していく。
なんだかんだで、網の作成には十日間近く掛かってしまった。
網の先端に、ゴムで造った浮を『合成』で付ける、網の下には鉄で造った重りを『合成』で付けておいた。
上から見ると円を描くように網を広げるが、波で形状が変わらないように、網の上部には形状を固定するように、アルミの棒を繋げてある。
アルミにしたのは、軽いことと、ステンレスよりも柔らかい為、形状維持に向いていると考えたからだ。
早速、ロンメルと、レケと共に海上に出て、養殖場を設置した。
次に前回の漁と同じ方法で、中サイズのマグロを十匹捕まえて。養殖場に放逐した。
そして、この日はとりあえずエサを与えずに様子見とした。
マグロに養殖場に慣れて貰う必要があると、考えたからだ。
翌日、ロンメルとレケと一緒に船に乗って、養殖場に向かった。
今はあくまで実験の段階なので、エサとなりえそうな物をいくつか準備している。
養殖場に到着した。
養殖場の中を覗き込んでみる。
「うん、泳いでるな」
「旦那、この先はどうするんだ?」
「この先は、何がエサになるかを実験することになる」
「へえー、実験か、面白そうだな」
レケは興味があるようだ。
「まずはこれだな」
俺は、ニンニクを取り出した。
「ニンニクは釣りのエサになるんだよ」
「えっ、ボスそれって野菜じゃないのか?」
「ああ、そうなんだ。何度かこれで魚を釣ったことがあるんだ。マグロは釣ったことはないけどな」
「へえー、野菜で魚をねー、凄いなボス」
俺はニンニクをばら撒いてみた。
すると、マグロがニンニクを食べていた。
おっ、いけるか?
全てのニンニクが無くなっていた。
マグロの様子を見てみたが、特に変化はない。
もう一度ニンニクを撒いてみた。
マグロは反応しなかった。
「あれ?どういうことだ?」
ロンメルが呟いた。
そう簡単にはいかないよな。
「これはもしかして、匂いにつられて食べただけってことなのかな?」
俺も理由は分からないが、そういうことだと考えるのは間違ってないと思う。
「ボス、匂いに反応して、一度は食べたが、マグロにとっては上手く無かったってことか?」
「おそらくな」
それ以外は考えられないな。
釣りでエサにできたのも、そういうことなのか?
まあいいだろう、これは実験だ、次に行こう。
「そうなると、次はこれだな」
前もって浄水池から捕まえておいた『プルコ』を用意した。
『プルコ』を十匹ほどばら蒔いてみる。
すると、マグロは『プルコ』を食べていた。
「これは、正解だな」
「お!てえと、早くも実験成功ってことなのか?」
ロンメルが目を見開いている。
「いやロンメル、そうじゃないんだ。マグロは小魚を食べることは、分かっていたことなんだ。これは念の為の確認でしかない」
「でもこれでエサは判明したんだろ?」
それはそうなのだが・・・
「そうであって、そうでは無いんだ」
「どういうことだ?」
ロンメルは気になって、しょうがない様子だ。
眉間に皺が寄っている。
「プルコはエサにするには数が足りなさすぎるんだよ」
的を得た感じのロンメル。
「ああ、そういうことか」
納得しているようだ。
「ボス、俺にはいまいちよく分からねえ、詳しく教えてくれよ」
「ああ、レケはまだ島に来て間もないから分からないかもしれないけど、島の浄水池で、プルコを飼っているのは知っているか?」
「いや知らねえな」
やっぱり知らないか。
「そうか、まずは島には水道があるだろ?」
「ああ、知ってる。あれは凄げえと思う。ゴルゴラドには無かったからな」
「あの水道は、実は川から水を引いているんだ、それでダイレクトに川の水を飲むのは衛生的にも良くないから、その途中で浄水池を設けることにしたんだ」
「へえ、それで?」
レケは興味は止まらない。
「その浄水池には、水のゴミや、微生物を食べてくれるプルコという、今ばら蒔いた魚を飼っているんだ」
「へえ、そうなんだな」
「そのプルコが成長して、繁殖して数が増えるんだが、その数が、マグロを飼えるほどの数が無いということなんだ」
レケは納得した様だ。
「なるほどな、そういうことか、だったらそのプルコをもっとたくさん飼ったらどうなんだ?」
「いい質問だ、それを行ったとしても、プルコの数は多くはならない、何故だと思う?」
レケは考えこんでいる。
「あー、分かんねえ!ボス教えてくれよ」
「ロンメルはどうだ?」
レケと同様に考え込んでいた、ロンメルにも振ってみた。
「旦那、俺にも分からねえな」
「そうか、プルコ自体の数は増えても、プルコのエサの数はどうだ?」
レケが手を叩いた。
「そうか、プルコのエサの数が増えないと、プルコの数は増えないってことなのか!」
ロンメルもレケも理解できた様子。
「だから、マグロのエサとしては、成り立たないということなんだ」
「そうか」
「なるほど」
だから他を当たるしかないんだよね、今は。
「なあボス、なんでボスはそんなに賢くて物知りなんだ?」
「賢くて、物知りか?それは異世界で得た知識があるし、異世界ではそれなりに俺も勉強をしてきたからな、それに俺はいろいろなものに、興味を持ってしまう性格だからじゃないかな?」
「勉強か・・・なあボス、勉強すれば俺でも賢くなれるかな?」
「ああ、間違いなくなれるぞ」
嬉しそうにしているレケ。
「本当かい?ボス、俺にいろいろ教えてくれよ、俺、賢くなりてえよ」
「ハハハ、そうか、よし、どうするかちょっと考えてみるよ」
「ありがとなボス、俺頑張るよ!」
嬉しい申し入れだった。
レケの向上心を感じる出来事だった。俺には養殖が上手くいく以上に、大事なことであると思えた。
こんな副作用があるとは思わなかったな。
良かった、良かった。
レケ頑張れ!
さて、次はどうするか?
準備してある中で、あり得そうなのは、獣の肉だった。
ジャイアントボアの肉を取り出して、ばら蒔いてみた。
すると、動きがあった。
マグロが近づいてきた。
しかし、食いつかない。肉が海面にプカプカと浮かんだあと、ゆっくりと沈んでいった。
駄目か・・・
「これは、どうなんだ?」
海下を良く見てみる必要がある。
こんな時の為に作っておいた、水中眼鏡を取り出し、装着して、海中を眺めてみた。
マグロが、肉の周りをぐるぐると周っている、興味はありそうだ。
するとその内の一匹が食いついた。
そして、吐き出していた。
駄目だったかー。
でも興味はあったようだな。要チェック。
「残念ながらジャイアントボアの肉は駄目なようだ、食ったことは食ったが吐き出していたよ」
「それは、駄目だな」
「次はどうするんだ?ボス」
「まずは、野菜を手当たりしだい試してみようと思う」
「おお、そうなのか」
「これぞ実験というところだな、大事なのはただエサをやるだけではなく、マグロの動きをよくみることだ」
「どういうことだ?」
「興味を示したかどうかを見極めるってことだ、興味を示した物は、エサの候補になりえるってことだよ」
「いまいちよく分かんねえな」
ロンメルが疑問を口にした。
「今日はひとまず、野菜をそのままで、試してみるが、興味がありそうな物を見極めて、その野菜を加工してみたら、エサになるかもしれないだろ?」
「そうか加工か・・・旦那は何手先まで考えてるんだ?適わねえな、まったく」
「何を言ってるんだロンメル、これが実験の面白いところなんだぞ」
「そういうものなのか?俺には分かんねえよ」
呆れているロンメル。
「俺にもなんのことだか分かんねえけど、面白いなボス、なんだかワクワクしてきたぞ!」
「そうか、それはよかった」
レケが変わってきていることを感じた。嬉しい変化だ。
この日は、ありったけの野菜を試して、夕方を迎えたので実験を止めた。
帰ると本日の内容を、木から造った再生紙に、炭で、記憶を記していく。
その様子をレケが熱心に眺めている。
記録を終えると、風呂に向かった。
本日もサウナを満喫している。
三セット目のサウナに、レケが入ってきた、
「ボス、期待してるぜ、養殖は上手くいくんだろ?」
「どうだろうな?でもなレケ、まずは基本からやっていくことが大事なんだ。苦労するかもしれないけど、頑張ろうな」
「ああ、ボス、俺は酒以外で、こんなに興味を覚えたのは初めてだ。ワクワクしてるぜ、本当にこの島は刺激が溢れてるな」
「そうか、それはいいことだ、お前の好きな事を好きなだけやればいい、俺はそんなレケを見てみたいと思うぞ」
「ボス・・・ありがとう」
レケが泣いた様に見えたが、汗が邪魔をしてよく分からなかった。
そして、晩御飯の時間となった。
最近では、俺は料理に加わることは少なくなってきている。
メルルに加えて、ギルとエルが、料理を作ってくれる様になっていた。
ギルは何かと、ピザを作りたがるが、それはまた後日、俺が教えることにしている。
まずは、その他の料理を学んだ上で教えることとなっている。
本日のメニューはシチューとパンといった。シンプルな晩飯。
良いじゃないか、シチューに隠し味として、醤油と、チーズが入っているのは俺直伝のレシピだ。
上手い、ノンとロンメルは早々にパンを食べ終え、ご飯をシチューに混ぜている。
こいつら、どんだけ混ぜたいんだ?気持ちは分かるけど・・・
さて、大事な話をしようか。
「なあ皆、聞いてくれ」
皆がどうしたと、俺の方を見ている。
「この中で、読み書きと計算ができる者はどれだけいるかを知りたい、出来る者は手を挙げて欲しい」
ノン、エル、ギル、ゴン、メタンが真っ先に手を挙げた。
遅れて、メルルが手を挙げる。
それ以外の者は何とも言えない反応。
「今手を挙げなかった者には、読み書きと計算の授業を受けて貰う、講師はメタンに任せていいか?」
「お任せください」
メタンは仰々しく一礼した。
「夕食後の三十分間勉強を受けて貰う、これは決定事項だ」
「「「ええー」」」
との反応。
手を挙げて俺はそれを制する。
「いいか、俺達は商売を行っている、商売人が計算をできないことはあり得ないし、文字が読め無いは話にならない、だから、これは強制的に学んでもらう。俺もサポートに回るから頑張って欲しい。これは今後の人生において、必ず役に立つことだと考えている、だから俺を信じて学んで欲しい」
「分かりました」
「そこまで言うなら」
「あたりまえだ」
どうやら合意を得られたようだ。
これで、皆が少しでも学んでくれたならいいと思う。
最低限の知識は学んで欲しい。
この日より、勉強会が行われるようになった。
全員がやる気に満ちた表情であることに安堵した俺であった。
まさか、レケの一言からこうなるとは。
人生は面白いと思う出来事だった。
また、養殖場に来ている。
エサの実験の時間だ。
まずは興味を示した。野菜に手を加えた物を使ってみる。
興味を示したのは、大豆とトウモロコシだった。
その二つを茹でてから潰して、混ぜ合わせた物を、大福ぐらいの大きさに丸めた物。
割合はちょうど半分ずつ。
これをエサとして使ってみる。
エサを撒くと、マグロが寄ってみきた。
「おお、食べてるぞ」
嬉しそうに観察しているレケ。
「うん、良い食いつきだな」
よく観察すると、ちゃんと吐き出さずに飲み込んでいる様子だった。
「でも、一つ二つしか食べないようだな」
ロンメルが言う通りだった。
「体の大きさからの推測だと、もっと食べると思えるが、何か違うのかもしれないな」
「何が違うんだろう?」
「今回のは、大豆とトウモロコシの割合を半分ずつにしてあるから。割合を変えてみるのも一つの手かな」
「なるほど」
「あと、こんな物も用意している」
俺は『収納』から違うエサを取り出した。
これは、先ほどのエサに、干し肉を粉にした物を混ぜているエサだ。
「先ほどの物に干し肉を混ぜてある、肉も興味を示していたからな」
「でも、確か肉は吐き出したんじゃなかったか?」
「ああ、そうだ、あれは生肉だったし、一度は口にしたんだから。可能性はあるかと思ってな」
「そうか、干し肉なら良いかもな、ボス早くエサをやってくれよ」
レケの表情からワクワクしているのが読み取れる。
「そう焦るなって、レケ、お前がやってみるか?」
「いいのか、やったぜ」
レケは俺からエサを受け取ると、養殖場にばら撒いた。
マグロが寄って来た。
勢いよく食べている。
バシャバシャと水飛沫を挙げていた。
「これが、今の所一番正解のようだな」
「凄い、ボスたくさん食ってるぞ!」
「じゃあ、これからはレケ、お前が引き継いでくれ」
「えっ、俺でいいのか?」
「ああ、先ほど言った様に、今後は大豆と、トウモロコシと干し肉の割合を変えて、どの割合が良いか、全部メモを取るようにしてくれ」
「ああ、ところで割合ってなんだ」
船の上じゃなかったら、確実にずっこけてたな。
そうだった、こいつはまだ勉強中だったな。
「帰ってから教えるよ」
マグロの養殖の道筋が、少し見えて来た気がした。
まだまだこれからだけどね。
帰ってからレケに割合を教えた。
興味があるからか、すんなりと理解したようであった。
興味ってすごいね。
メルルとの体力回復薬の研究も大詰めを迎えている。
様々な調理法を試し、様々な組合わせで野菜を試した。
最終的に出来上がったのは、野菜ジュースだった。
正直こうなるとは思ってたんだけどね。
遠回りしたのは、ご愛敬ということで、勘弁してください。
「やっと、出来あがったな」
「そうですね」
「ただ、問題がいくつかあるな」
「ええ、ここからは今の私では埋めようがありません」
「まずは、消費期限問題だな、結果はどうだった?」
「はい、日の当たるところで放置した場合では、十五日が限界でした」
これは俺の『鑑定』で見定めた結果だ。
「日の当たらない場所では三十日間持ちました」
「通常のハンター達が使う物と考えると、マジックバックに入れておくことが、多いんだよな?」
「はい、そうです」
「すると、最大三十日、安全性を考えると、二十日といったところか・・・」
「そうなりますね」
「これは長いと見るのか、短いとみるのかだが、どう思う?」
「正直判断に迷うところです。販売先は温泉街『ゴロウ』のみですよね?」
「ああ、そうだ、外では考えていない」
「そうですよね、そうなると微妙なところですね」
「そうだな・・・」
日数的に微妙ということだ。
「温泉街『ゴロウ』から二十日間歩きで行くとなると、どこまで行けるんだろうか?」
「それなら、ロンメルに聞いてみたほうが、いいですね」
「すまないが、ロンメルを呼んで来てもらえるか?」
「分かりました、行ってきます」
メルルが、ロンメルを呼びに行ってくれた。
需要が無いとは言えないが、あるとも言いづらい。
実験的に販売してみるしかなさそうだが・・・
使用に関しての説明書も付ける必要がある。
食当たりを起こしたとクレームが入るのも困る。
メルルがロンメルを伴って入室してきた。
「ロンメルすまない、ちょっと教えて欲しいことがあってな」
「ああ、旦那、ちょうどこっちも用事があったんだ、後で頼むぜ」
「そうか、じゃあ先にこちらからでいいか?」
「ああ、構わない」
「温泉街『ゴロウ』から、二十日間歩きで向かうとなると、どこぐらいまで行けると思う?」
「そうだな、足の速い遅いはあるかもしれないが、南に向かうなら『コロン』か『カナン』ぐらいまでかな、東になら『メッサーラ』までだろう。北なら『大工の街』ぐらいまでだな」
『大工の街』マークとランドの出身地だな。
「そうか、わかった『温泉街ゴロウ』で体力回復薬を買ったとして、今言った国に行くまでに、狩りを行うことはありそうか?」
「それは、あるとは思うぜ、ただ、ハンターってのは、ある程度腰を据えて街に滞在することが多いから、移動がてら狩りを行うことは、あまり無いな」
「そうなのか、分かった、ロンメルありがとう」
となると『タイロン』のハンター以外は、需要は無いかもしれないな。
どうしたものか・・・
「で、ロンメルの用事は何だったんだ?」
「実はマグロが一匹死んじまったんだよ」
マグロが死んだ?何でだ?
「そうなのか?」
「ああ、エルがいたから氷漬けにはしてあるが、レケが滅茶苦茶落ち込んじまって、これは旦那じゃねえと、話にならねえと思ってな」
「そうか、後で様子を見にいくよ」
「悪いが頼むぜ、旦那」
ロンメルが退室していった。
「マグロの養殖は上手くいっていると、聞いていたんですが」
メルルが心配そうにしている。
「生き物相手だと、こういうこともあるんだよ」
「そうなんですね、レケは大丈夫かしら?」
「レケは大人ぶってはいるが、案外心は子供だからな、まあ、俺に任せといてくれ」
メルルはコクリと頷いた。
「で、体力回復薬だが、どうする?」
「そうですね、さっきの距離などを考えると『タイロン』周辺で狩りを行うハンターには需要がありそうですね」
「そうだな、五郎さんと相談して実験的に販売してみるか?」
「そうですね」
「後、実験的に一つやってみたいことがあるんだが」
「実験的にですか?」
「小型のなんちゃって冷蔵庫を作って、回復薬を保存したら、どうかと思ってね」
「ええ!それ凄いアイデアじゃないですか?無茶苦茶良いアイデアですよ」
「だろ、で、どうする?その結果を待ってから、なんちゃって冷蔵庫とセットで販売を開始するってのも、有りだと思うが?」
「そうですね、そうしましょう、せっかくならセットで売ったほうが、画期的な商品として販売が立ちそうですね」
「ああ、それに中途半端に初めて、微妙な評判が付くもの良くないしな」
「ええ、まったくその通りです」
俺はさっそく小型のなんちゃって冷蔵庫を造った。
サイズとしては、高さ三十センチ、横幅三十センチ奥行が十五センチの物、体力回復薬の瓶が四本入る設計にした。
体力早速回復薬を入れて、あとは何処まで消費期限を延ばせるのかを検証することになった。
おれはレケの所に向かった。
レケは養殖場から帰ってきており、いつもの食事をする席に座っていた。
俺を見つけると駆け寄ってきた。
レケはそのまま土下座を始めた。
「ボスごめん!俺が引き継いだばっかりにマグロが死んじまった。すまねえ」
涙を流していた。
レケを地面から引き剥がすと椅子に座らせた。
かなりショックだったようだ。
悲しさが顔一面に張り付いているか
「なあ、レケ、マグロが死んでどう思ったんだ?」
「それは・・・せっかくボスが任せてくれたのに、下手打っちまったって・・・」
「そうか」
「ごめん、ボス」
「何で謝るんだ?」
「何でって・・・期待を裏切っちまったから・・・」
「期待を裏切った?何で?」
「死なせちまったから・・・」
「レケ、お前は期待を裏切ってなんかいないぞ」
「えっ・・・」
「だからお前は期待を裏切ってなんかいないんだよ」
「そう・・・なのか?」
「ああ、生き物、ってのはな、案外簡単に死んでしまうものなんだよ」
「・・・」
「俺達人間や、お前達聖獣だってそうだろう?意味も無く、いきなり死んでしまうことがあるんだよ」
「・・・」
「それにマグロには悪いが、あれは実験なんだ。死ぬことだって想定済みなんだ」
「そうなのか?」
「それにな、今回の出来事で、レケは何に気づいて、何を感じて、どう想ったのかが重要なんだよ」
「・・・」
「それを今後に生かしていく、それを俺は期待している。だからお前は俺を裏切っちゃいない。まだまだ俺はお前に期待してるんだぞ」
レケの表情が明るくなった。
「何を気づいて、何を感じて、何を想ったのか、だよな?」
「ああ、そうだ、で、どうなんだ?」
「気づいたのは、食事が原因とは思えないってことだ、食事が原因なら、もっとマグロが死んじゃうだろ?」
「ああ、そうだな」
「次に感じたのは、悲しかった。俺がマグロ達を育ててる気になってたんだ。最終的には食べるってことは、分かちゃいるんだが、愛着っていうのか、なんていうか、辛かった・・・」
「そうか」
「最後に想ったのは、ボスの期待を裏切ったって思った」
「で、今はどう思ってるんだ?」
「今回のことを次に生かそうと思う、マグロが死んだことは悲しいけど、何で死んだのかを考えてみたいし、もっとエサのことも、いろいろとやってみたい」
レケに笑顔が戻った。
「ああ、それでいいじゃないか、期待してるぞ」
「ああ、やってやるぜ!」
レケの目に光が帰ってきた。
成長していく様を目の前に、俺は嬉しさが込み上げて来た。
こうやって成長していくといい。
俺は、暖かく見守ろう。
そう切に想うのだった。