打ち合わせは続く。
「さて、準備期間だが、半年ほどにしたいと考えている」

「そんな早くて大丈夫なのですか?」
エリカは心配みたいだ。

「構想を纏めるのに一ヶ月、着工してから三ヶ月、準備に二ヶ月、その間天使と悪魔達にはサウナ島で修業して貰う。ランドールさん、どうでしょうか?」
俺の話を受けてランドールさんが答える。

「規模感に寄るが、これまでの経験から可能な事だと思うよ。島野さんが現場に出てくれればだけどね」

「勿論です、特にスーパー銭湯の別館は俺の能力を惜しみなく使うつもりです」
ランドールさんは笑顔だ。

「ならば可能でしょう」
話を先に進める。

「次に、マルとコロ」

「「は!」」

「天使と悪魔の中で、レストラン以外で働きたい者がいる様なら言ってくれ」

「それはどういうことでしょうか?」
マルとコロはいまいち分からないみたいだ。
二人共、困った表情をしていた。

「本人に働く意思なく勤められても困るんだよ、やっぱりやる気は重要だろう?全員がレストランで働きたいとは限らないだろう?」

「しかし、エアーズロックの住民としては義務があります。レストラン以外で働くなどあり得ないと考えますが・・・」

「否、マル。そういった考えは俺は好きではないな。職業選択の自由は重要なことだ。なによりも、やりたくない仕事をすることはつまらないし、職場にも悪影響を与えるものだ」

「左様でございますか・・・」

「エリス、そうは思わないか?」

「守さん、そうは思うが、我らは手を差し伸べられている身なんだ。そんな我儘を言っていいのかい?」
エリスは意外と頭が固いな。
否、義理堅いのか?

「それは我儘ではないな、コミュニティーに尽くしたいと思う事は大事だ。でもな、やはりそこは本人の意思を尊重すべきだと俺は思うんだ」
島野商事の面々は云々と頷いている。
こいつらは俺の言いたい事を充分心得ている。

「そうかい・・・分かったよ」
エリスも理解してくれたみたいだ。
これは大事な事ですよ!

「あと、出来ればその手を差し伸べられているという考えはやめて欲しいな。そう考えてしまうのは分からなくは無いのだが、こちらとしては手を差し伸べている気は全くないんだ。好きにやりたい事をやらせて貰っているだけなんだよ、正直に言ってしまえば、楽しくてしょうがないんだよ、俺は」
エリスの表情が明るくなった。

「ありがとう、そうさせて貰うよ」
やはりエリスは義理堅いみたいだ。

「さて、ここからは技術的な面含めて、現場を見ながら構想を練っていきたい。いいよな?特に水資源に関してどのようにしていくのかが重要と俺は考えているんだが」

「水資源で御座いますね、現在圧倒的に足りておりません」
コロは困った顔をしていた。

「だろうな、水は魔法で供給していたという事だったな」

「左様で御座います」

「いくつか俺に案があるんだが、実現可能かどうかを試してみたい」

「それは一体、どういった案なのでしょうか?」

「聞きたいか?」
マルは興味深々だ。

「はい!」

「それはな、転移扉を使う方法だよ」

「な!」

「嘘でしょ?」

「あり得ない!」
一同は驚きが隠せないみたいだ。

「俺としては海に転移扉を沈めて、水が欲しい時にエリスに転移扉を開いて貰う様にしようと思っている。その為、巨大な水タンクと俺の『分離』の能力を付与した神石が必要となる」

「守さん『分離』とは何なんだい?」
エリスには分からなくて当然かな?

「俺の能力の一つで、何でもその名の通り分離させることができるんだ、今回は海水から塩と汚れを分離させて水資源にしようということさ。そしてその塩も料理には欠かせない物になるからな」

「凄い!そんな能力があるなんて・・・流石は最高神・・・」
その最高神ってのちょいちょい挟んでくるけど、要らないよね?
複雑な気分になるのだが・・・

「そしてエリスには取得して貰わなければならない能力がある」

「それはいったい・・・」
エリスは身構えていた。

「結界だよ、持っているか?」

「いや、私は持ってないよ・・・」

「ギル、分かっているな?」
俺は意味ありげにギルを見つめる。

「うん、任せてよ!」
ギルは胸を張っていた。
僕に任せてくれと言いたげだ。

「というのも、一度開いた転移扉を閉じれなくなると思うんだ、それだけの水圧が掛かるからな」

「水圧・・・」

「ここは実際に通してみないと分からない事だが、浅瀬で繋いだとしてもその水圧は凄いものだと考えられる」

「そうなのかい?・・・」

「まあ細かい事は今後探りながらだな」

「ですね」
ランドールさんは何か言いたげだ。
まあ今度でいいだろう。
多分今回の建設で新たな能力を獲得したいということではなかろうか?
『合成』あたりだと思うが・・・

「じゃあ、現場に視察に行こうか?」

「「「はい!」」」
そういえばと、俺は思い出していた。

「あ、そうだった。話して無かったが、エアーズロックの沈下問題だが、解決したぞ」
全員が唖然とした表情をしていた。
中には何を言ってるんですか?という顔をしている者もいた。

「それは一体・・・」
コロが恐る恐る尋ねてきた。

「エアーズロックと『同調』して話してみたんだ。エアーズロックが言うには神力を分けてくれれば問題は解決するということだったから、俺は神力を分けておいたよ。そう言えばエアーズロックは俺に従うと言っていたぞ。特に何も命令もするつもりもないけどな。まあまた話をしてみるよ」
全員が固まっていた。
そして解凍した者達は好きな事を言い出した。

「「「はあ?」」」

「なにそれ?」

「ちょっと、パパ・・・」

「守さん・・・出鱈目すぎる・・・」

「これが規格外か・・・」
全員が何とも言えない顔をしていた。
マークが徐にコメントした。

「島野さん・・・敢えて言わせて貰いますね・・・やれやれだな・・・・」
遂に言われてしまった。
ハハハ、みたいです。



その後現場の視察を終えて、俺とランドールさんは仕事モードに入り、喧々諤々と打ち合わせを行うことになっていた。
俺達は何度も現場に訪れては、設計を行い。
草案を図面に反映させていく。
俺はサウナ島のスーパー銭湯の建設時を思い出して嬉しくなってきた。
多分ランドールさんも同じ気持ちなのだろう。
喜々として俺達は楽しんでいる。
だって楽しいんだもん、いいでしょ?別に?

天使と悪魔の修業についてはエリカに任せることにした。
これが適切と思われた。
エリカは俺の意図を理解しており、ある意味マーク以上に頼りになった。
でもやはり古参のマークの存在感は絶大で、いざ現場に入るとマークが細かい段取り等の手配は抜きに出ていた。
ある意味最強のコンビである。

修業中の身でありながら給料を貰えると天使と悪魔達は恐縮していた。
中には受け取れないとまで言い出す者もいた。
でもここは譲れない。
修業中であれど、戦力に変わりはないのだ。
支払うべき対価は払わないとね。
ほとんどの者達がレストランで働くことに成ったのだが、はやり一定数の者達はレストラン以外で働きたいという者達はいた。

その希望を俺達は聞ける限り叶えてやった。
中には熱波師なりたいという事を言い出す者もいた。
嬉しいじゃないか、俺は二言返事でその希望を叶えてやった。
だが、熱波師は一筋縄ではいかないぞ?
まあ頑張ってくれ。
良い熱波を期待しているよ。
さて、君はどんな熱波を送ってくれるのかい?

天使と悪魔は真面目に修業に励んでいた。
誰一人としてサボる者などいなかった。
全員必死である。
これがゴブオクンであったならば・・・絶対にサボっていたな。
あいつならそうだろう、目聡いゴンに見つかって叱られるに違いない。

そんなことはいいとしてだ。
実際のところ、天使と悪魔は料理に対して真摯に学ぶ姿勢を崩さなかった。
元々興味があったのだからそうであろう。
少ない資源の中で工夫を凝らしてこれまでやって来たのだから。
何一つ漏らさないと真剣に学んでいた。
そしてほとんどの天使と悪魔が、これほどの食材を見たことが無いと、驚いていた。
そのほとんどが知らない食材であると溢していた。
中には感動で打ち震えている者もいた。
それほどまでにこれまで苦労してきたんだろうなと思う。
これからは豊富にある食材を大いに堪能してくれ!

そして嬉しいことにメルルが現場復帰した。
子育てに一段落ついたメルルは、保育所にホノカを預けており。
ここぞとばかりに体育会系を現場に持ち込み、緊張感を与えていた。
これに天使と悪魔は恐れ慄いていた。
もはや料理班にとってはレジェンド扱いされているメルルだ。
天使と悪魔は挺身低頭でメルルに接していた。
そしてホノカだが、生後一年にして言葉を発していた。
感覚としては幼稚園の年中さんぐらいだ。
これがハイヒューマンかと唸らされてしまった。

ホノカは俺の事を、
「島野シャン」
と呼ぶ。
なんて可愛いんだろうか。
ホノカは俺を見つけると後を付けて来ようとする、随分懐かれてしまったみたいだ。

メルル曰く、
「家の旦那よりも、島野さんに懐いているかも・・・」
ジョシュアに申し訳なく思ってしまった。
すまんなジョシュア。

因みにだが、今では当たり前の様に保育所がサウナ島にはある。
始めは訪れるお客様相手に、サウナ島を楽しんで欲しいとエリカが造った施設ではあるのだが、今では従業員達が普通に子供達を預けていた。
そのホスピタリティーに感心すると、前に五郎さんからは言われていたが。
今では温泉街『ゴロウ』にも普通に保育所はある。
保育所はもはや南半球では無くてはならない施設になっていた。
子育てに奮起する母親に優しい施設だと、各国が取り入れていた。
そしてシングルマザーにとっては無くてはならない施設となっている。
日本の様にシングルマザーを優遇するような法律や制度は、この世界には無く。
シングルマザーとはいっても働かなければ、食べていくことは出来ないのだ。
要は母子手当は無いということだ。
それに無料の保険証も無い。
この世界もまだまだ発展途上中なのである。
誰にとっても優しい世界になって欲しいものだと切に願う。

ある程度の草案からの設計は出来上がりつつあった。
まずは先にも話に上がった水資源の確保の実験に取り掛かった。
というのもギルの指導の元、エリスが結界の能力を手に入れたからだ。
エリスは我が子から能力の指導を受けることに喜んでいた。

「私の坊やはこんなことも出来るのかい?」

「坊やはかっこいいねえ!」

「坊や最高!」
等といちいち騒いでいた。
何でも思った儘を口にしてしまうエリスは、ここに来て少々煩いぐらいだ。
でもその度に照れているギルは素直だなと思う。
我ながらいい子に育ったなと感じる。

そこで俺達は実験の準備に取り掛かった。
俺は先ずは転移扉を海中に設置した。
海流に流されない様に、大岩に転移扉を『合成』で張り付けてある。
転移扉自体も潰れては不味いと、鋼鉄製になっている。
更に腐食しない様に、表面に結界を張ってある。
これで海中の準備は終わった。

次に対の転移扉を設置する。
一先ずは実験の為、場所は選ばない。
だがちゃんと巨大な浄化タンクに水が流れる位置に、転移扉は設置してある。
こちらの扉は勿論引戸だ。
間違っても押戸にしたら開けることは無理だろう。
相当な力が要るからね。
いくらドラゴンでも、水圧に勝てるとは思えない。
水圧を舐めてはいけない。
実験を見守ろうと、ランドールさんとギル、そしてエリスが集まっている。

「よし、実験を開始しよう。まずは俺がやってみせるから見ててくれ」
三人は安全を考慮して、離れた位置から見ることにした。
安全第一です!
なんならヘルメットでも被ってみるかい?

「じゃあ行くぞ!」
俺は身体強化を発動してから扉に手を掛けた。
扉を開くと、相当な力で押し返された。
身体を持ってかれそうになった。
やはり水圧は凄いものだった。
何とか耐えることが出来たが、これは一仕事だ。
途中にヤバいと『念動』で自分の身体を支えたぐらいだからね。

海水がドバドバと転移扉から流れていた。
まるで滝の様相だ。
凄い水量の海水が、巨大な浄化タンクに流れていた。
ここまでは想定内だ。
問題は結界を張って扉を閉じることが出来るのかだ。

俺は転移扉に向けて結界を張った。
海水がピタリと流れなくなる。
よし!
俺は転移扉に手をかけて一気に閉めた。
これで成功!
実験は上手くいった。
一度扉を閉めてしまうと、水は全く漏れてこなかった。
そりゃあそうだよね、神力を流していない時は繋がってないからね。

次はエリスの番だ。
エリスが駆け寄ってくる。

「エリス、開く時にかなり強い力で開くから注意しろよ」

「はい!」

「じゃあエリス、やってくれ」
エリスは頷くと転移扉に手を掛けた。
エリスが勢いよく転移扉を開いた。
吹っ飛ばされていた・・・
だから言ったでしょうが・・・
しかしエリスはケロッとしている。

「ハハハ!凄い力だな。舐めてたよ!」

「ママ!大丈夫なの?」
ギルは心配の表情を浮かべている。

「坊や大丈夫だよ、嬉しいねえ、心配してくれるなんて」
そりゃそうだろう。
エリス・・・やっぱこいつも癖が強いな。
ていうか人の話を聞いて無いな。
ちゃんと聞けよ!

「島野さん、成功ですね」
ランドールさんが関心していた。

「ですね」

「にしても豪快ですね、ちょっと驚きましたよ。まるで滝の様でしたね」

「ですね、これを後三つほど準備しようと思っていますが、どうでしょうか?」

「問題はスーパー銭湯の別館でどれぐらい水が要るのかですね、でもあったに越したことはないでしょうね」

「ですね、レストランも水は使いますしね」

「じゃあ一先ず浄化タンクを満タンにしてみようか」

「了解!」
ドバドバ流れる海水だが、巨大な浄化タンクを満たすに、はそれなりに時間が掛かった。
待つのも暇なので、俺は『分離』の能力を付与してある神石を浄化タンクに張り付けて、神力を流してみた。
備え付けのドラム缶にドバドバと塩が造られていく。

「おおー!」
エリスが声を漏らしていた。
そして更にもう一つの神石を浄化タンクに張り付けていく。
こちらも『分離』の能力が付与してある。
神力を流すと備え付けのドラム缶にゴミがドシャドシャと溜まっていく。
そのほとんどが砂だ。
こればかりは使い道は無い。
後で海に返しておこう。
これで浄化タンクの中の水は天然水になっているだろう。
浄化タンクの中を見ると透明度の高い水が溜まっていた。
エリスは徐々に溜まっていく塩を眺めていた。
これは販売出来る程になりそうだ。
最近では、俺はあまり海水から塩を取らなくなったから、これもエアーズロックの特産品になりそうだ。

エリスは塩を舐めて、
「旨い!」
大声で叫んでいた。
いちいち煩いっての!

そろそろ浄化タンクに水が溜まってきていた。
エリスは転移扉に手を掛ける。
先程の反省をしたのだろう。
腰を落として身構えていた。

「それ!」
エリスは結界の能力を発動した。
ピタリと水の流れが止まる。
エリスはドヤ顔だ。
ギルもドヤ顔をしていた。
否、出来て貰わないと困るのだが?

エリスは転移扉を閉めると、
「出来たー!」
また叫んでいた。
だからいちいち煩いんだよ!
まあいいか。