神様のサウナ ~神様修業がてらサウナ満喫生活始めました~

オリビアさんはエリスと旧交を深めていた。
オリビアさんは涙を流しながら話をしている。
エリスも涙目だ。
嬉しくなったオリビアさんが歌い出した。
案の定である。
オリビアさんの歌に天使と悪魔が躍り出す。
皆なノリノリだ。
エリスも踊り出した。
ギルも一緒になって踊っている。
ノンは相変わらず変てこダンスだ。
クモマルの踊りは・・・盆踊りか?
妙にぎこちない。
楽しい一時にエアーズロックは大いに盛り上がっていた。

アルコールと踊りに当てられた天使と悪魔の半数近くが倒れていた。
酔ってしまったのだろう。
慣れないアルコールに振り回されてしまったのか?
しかしその表情を見る限り幸せそうである。
地面に伏しつつも笑顔であった。
オリビアさんのライブが終わり、踊りつかれたエリスとギルが俺の隣にやってきた。
オリビアさんも駆け寄ってくる。
例の如くオリビアさんは俺の隣を死守していた。
既に俺の右腕はオリビアさんに占領されている。
それにしても改めて見て見ると、やはりギルにはエリスの面影がある。

「ギルはエリスに似ているな」

「そう?嬉しいな。えへへ、ママに似てるってさ。ママ」
ギルは喜んでいる。

「守さん、教えて欲しい事が山ほどあるのだけどいいかい?」
エリスは表情を改めていた。

「だろうな?何から聞きたい?答えていい事なら何でも答えてやるぞ」
エリスは俺の正面に腰かけて、ギルのワインを再び飲みだした。

「そうだな、まずはどうして守さんは坊やのパパになってくれたんだ?それにしても坊やのワイン旨っま!」
エリスはギルのワインが相当お気に入りみたいだ。
口を付ける度に旨いと騒いでいる。
それも我が子を喜ばせようとしているのではなく、本気でそう言っているのが分かる。

「どうしてって言われてもなあ、成るべくして成ったとしか言いようがない
な、こんな答えでいいか?」

「言いたいことは充分に伝わるよ、本当にありがとう。それに坊やも立派なドラゴンに育ったみたいだね。ワインまで作れるなんて、最高だよ!」

「へへ!」
今日のギルはよく照れている。

「それにさっきの坊やとレケのやり取りを見て思ったよ、坊やへの教育は最高のものだったんだなと、もし私が坊やを一から育てていたら、こうは成っていなかったかもしれないと思ったよ」

「否、エリス。それはそれで素晴らしいものになったと俺は思うぞ、母親の愛は絶大だからな。それにサウナ島にギルを置いて行くことになった経緯も俺達はオズから聞いている。それよりもこの百年よく耐え抜いたな。エリス、ギルに会えなくて辛かっただろう?」
エリスの視線が揺れる。
涙を我慢しているのが手に取る様に分かる。

「そんな・・・気遣ってくれてありがとう・・・てか、守さん。サウナ島って何?それにオズって誰?」
俺はずっこけそうになっていた。
ギルもオリビアさんも同様だった。

「サウナ島は僕達が暮らしていた島のことで、卵の僕を預けた中級神がオズさんだよ」

「そうか、そうだった。親父からそう聞いていたんだった」
聞いてたんかい!
俺達は更にずっこけそうになっていた。
エリスってもしかしてやらかし体質か?
可能性は高いな。
おっちょこちょいとも言う。
俺のおっちょこちょいとは質が違うけどね。

「そうだった、あの中級神にもお礼を言わないといけないねえ、それにそのサウナ島には一度行かないといけないねえ」
ん?何でだ?
まあいいか。

「お礼を言うならオズよりもゴンだな、百年に渡って卵のギルを守り続けたのはゴンだからな」

「そうだったのか、これは知らなかった。ゴンは何処にいる?」
ゴンは後片付けを行っていた。
綺麗好きなゴンは、ゴミを出さない様に常に気を回している。
今も食べ残し等を集めていた。
流石は生徒会長兼風紀委員長だな。

「ゴン!こっちに来てくれ、それにエル!レケ!ノン!クモマルお前達も来い!」
俺は一家を全員集めた。
エリスとの交流を深めさせたいと思ったからだ。

「はい!今行きます!」

「お待ちくださいですの!」

「おうよ!」

「伺います!」

「はいはーい」
一家が全員勢ぞろいした。

「皆、エリスに自己紹介は済んでいるな?」

「はい!」

「ですの!」

「終わってるよー」

「済んでおります!」

「終わってるぜ」
皆が回答する。

「せっかくだ、お前達も会話に加われよ。多分エリスはギルがどうやって育ったのか聞きたいんだと思うぞ」
エリスは膝を叩いた。

「かあー!守さんは分かってるねえ!まずはゴン。百年に渡って卵の坊やを守ってくれていたんだって?本当にありがとう。恩に着るよ!」
エリスはゴンに頭を下げていた。

「いえいえ、止めてください。私は訳も分からず役目を与えられて、それを全うしたに過ぎません」
ゴンらしい優等生発言だな。

「そう謙遜するなよゴン、実際お前は長きにわたってギルを見守ってきたことに変わりは無いんだ。ある意味お前が一番ギルと一緒にいたんだからな」

「それはそうですが・・・・」
ゴンは狼狽えている。

「そうだよ、僕はずっとゴン姉に守られていたんだよ。ゴン姉は僕にとっては一番頼りになる姉ちゃんなんだよ、ママ!」

「ギル・・・」
ゴンは涙目だ。

「ゴンや、良くやってくれた。儂も千里眼で時折見ておったから知っておるのじゃが。労いの言葉をかけねばと思っておったところじゃよ」
ゼノンが会話に交じってきた。
こいつはほんとに良い所を持っていこうとするな。
映画監督業をやって更に磨きが掛かってないか?
こいつは映画の原作も書けるのでは?
片手には当然の如くレケの日本酒が握られている。
ゴンは急に褒められて戸惑っていた。

「あ、いや、ありがとうございます!」
ゴンらしい反応だった。

「でもねママ、ゴン姉もそうだけど、ノン兄はヘラヘラしてるけど、無茶苦茶強いんだよ!まだ僕は一度も勝てて無いけど、僕はいつかノン兄を超えてみせるよ!」

「へえ?僕を超えるって?どうだかね?いつになることやら?」
ノンのマイペースは変わらない。

「へっ!ノン兄のその余裕がムカつくんだよ!」

「はいはい」
ノンは譲らない。
ギルのノン越えは何時になるのだろうか?
まあこればかりは何とも言えないな。

「そうなんだね、ノンはギルの壁になってくれているんだね。にしてもなんでフェンリルがいるんだい?もう滅んだ種族だって思っていたよ」
はあ?
ちょっと聞きづてならないな。

「エリス、それはどういうことなんだ?」

「守よ、それは儂から後日話をさせて貰おう」

「そうなのか?・・・」
ノンも珍しく動揺の表情を浮かべていた。

「すまぬな、ノン。お主にもちゃんと話はしようぞ」

「分かった・・・」
空気感が変わりそうになったが、浮かれたギルが続ける。

「でね、ママ。エル姉は僕が卵から孵ってからずっと一緒にいてくれたんだよ。エル姉は優しいんだよ。僕はエル姉が大好きなんだ!」
エルは照れていた。
ていうか大好きだを勘違いしていそうな雰囲気があった。
うーん、見なかったことにしよう。
うん、そうしよう。
血は繋がってないけど兄弟だよ?
複雑な気分。
なんで他人の恋愛模様は分かるのに、自分の恋愛模様は分からないのだろうか?
これは人生最大の謎だな。
俺は結局誰と結ばれるのだろうか?
まあ考えるだけ無駄だな。
分ろう筈もないしね。
いや方法はあるか、まあいいや。

「次は俺だな!」
満を持してレケが前に出てくる。

「レケはねえ、やっと僕の妹になったよ。ほんとしつこいんだから・・・」
おい!心の声が漏れてるぞギル!

「おいギル、俺には何か無いのかよ?頭が良いとか、カッコいいとかさ」

「はあ?カッコいいは未だしも頭が良いはあり得ないでしょ?」

「何だって?ギル!ちょっとは褒めてくれよ!」
これは絡み酒か?
レケは出来上がりつつあった。

「分かったよレケ、レケはさ、自由奔放であって、実のところ繊細な部分があるんだよ。それになにより魚の養殖と日本酒造りは凄い、実はさ僕のワイン造りはレケの影響なんだよ」

「そうなのか?」
レケは意外そうな表情を浮かべていた。

「へへ、こういう事を言うとレケが調子に乗るから言いたくは無かったけど、レケが本気で日本酒造りと向き合っているのを見て、僕もワインと向き合いたいと思ったんだ」

「そうだったのかよ、ギル・・・否、ギルの兄貴!見直したぜ!」

「調子の良い事で・・・」
俺は思わず声が漏れていた。

「まあそんな僕の妹だよ」
うんうんとエリスは頷いていた。
レケは嬉しいのだろう、ニコニコとしていた。

「次は私ですね、ギル兄さん」
クモマルが頷いていた。
なぜかクモマルは緊張の趣きだった。

「クモマルは見ての通り、糞真面目で几帳面で、面白みの無い弟さ」

「ええー!それは無いでしょう兄さん!」

「アハハ!正解!」

「ですの!」

「だね!」

「そんな姉さん達まで・・・」
クモマルは項垂れていた。

「冗談だってクモマル!」

「ガハハハ!」

「面白い!」

「クモマルはさ、まだ家族に成ってから間もないけど、紛れも無く島野一家の一員だよ。最近では一番活躍しているし、頼れる弟だよ。」

「兄さん・・・」
クモマルは泣きそうな顔をしていた。

「クモマル、泣くなよ!」
早速ノンにツッコまれていた。

「泣きませんよ!ノン兄さん!」
クモマルも返していた。

「エリス、こんな島野一家にギルは育てられたということだな」

「ああ・・・みんなありがとう。坊やは幸せな環境で育ったんだね」
エリスは再び涙を流していた。
今日は本当に涙の一日だ。
まだ終わりそうな気はしないけどさ。

エリスとの会話は続く。
まだまだ長い一日になりそうだ。

「結局の所、守さんは何者なんだい?そもそも坊やを卵から孵化させた時には人間だったんだろ?違うのかい?」
エリスは当然の疑問を口にしていた。

「そう、それは私も前から不思議だったのよ」
オリビアさんも追随する。
答えに困るな・・・答えていいのだろうか?
完全に俺の個人情報なのだが?

「守はのう、転移者なんじゃよ」
あっさりとゼノンが答える。

「それは知っているわよ」

「否、オリビア。守は只の転移者では無いのじゃよ」
なんでゼノンが答えてるんだ?
俺のことだよねえ?
まあいいか、楽だし。
ゼノン、解説は任せた!

「どういうことだい親父?」

「守はのう、創造神様の後継者としてこの世界に転移してきたのじゃよ」
あーあ、言っちゃった。

「ブフウ!」
オリビアさんがワインを噴き出していた。
てか、この発言のツケは俺に周って来るのでは?
やっぱ楽をするのはいけないのかな?

「おいおいゼノン、そもそも話していいのか?」

「構わぬと儂は思うのじゃがのう、もうそれを隠す段階では無かろうて」

「そうなのか?」

「じゃと儂は思うがのう?」
確かに俺の神様修業も大詰めに差し掛かっているとは感じている。
あまり素性を晒すのは控えたいのが本音だが、そうとはいかない段階に差し掛かっているのだろう。

「まあ、お前がそう言うのならそうなんだろうな」
ちょっと投げやりな気分だった。
どうとでもなるか?

「元々守は膨大な神力を持ってこの世界に転移してきたのじゃ、それにこやつの想像力は半端なく高い、あの創造神様が認めた想像力じゃからのう」
はあ?創造神の爺さんとどれだけ俺の事を共有してるんだ?
そんな初期の事すらもこいつは知っているのか?
聞いて無いんだけど?
ちゃんと教えておけよな爺さん!

「そうだったのね・・・」

「なるほどね」
二人が俺を見る目が変わった様に感じた。
ちょっと複雑な気分だった。

「私の想像を上回っていたわ、流石は守さん・・・」

「坊やのパパがねえ・・・そんな気がしたよ」
考え込むオリビアさんと眼が輝きだしたエリス。
エリスは何かを決心したかの様に感じたが、どうだろうか?

「ゼノン、どうやら俺には個人情報保護法は適用されないみたいだな?」

「なんじゃそれは?異世界の常識など対象外に決まっておろう」
簡単に言ってくれる。

「で、結局守さんはどういう存在なの?」
オリビアさんはここぞとばかりに追求する。
もう俺のことはよくないか?

「オリビア・・・お主分かっておろう?次の創造神様じゃよ」

「やっぱり・・・」

「そういうことか・・・」

「おい、ゼノン。まだ確定してないんだけど?」
俺にはこういうのが精一杯だった。
あくまで候補でしょうよ。
だよね?

「守よ、よく言うなお主、出鱈目な能力をどれだけ持っておると思っておるのじゃ、それに自分の周りをよく見て見よ、聖獣がこれだけ集まっておるし、中には魔物から聖獣に進化した者までおるのじゃぞ、そんな話は儂でも聞いたことがないぞ、お主はこの世界ではどれだけ奇想天外な者じゃと自覚はないのか?」

「奇想天外?・・・俺がそうなのか?」

「そうよ・・・」
オリビアさんに分かってないのねという顔をされてしまった。

「というより、パパは規格外なんだよね!」
ギルが意見を述べた。
なぜかギルは嬉しそうだった。
規格外って・・・そう言われてみればちょっとは自覚はあるのかな?
どうだろうか?
でも自分の事はよく分からないな。

「それに実際お主は南半球の全ての神を纏めておるし、北半球で出会った神達は既にお主の傘下みたいなものじゃろうが?」

「いやいやいや、傘下って・・・言い過ぎじゃねえか?」
ダイコクさんとポタリーさんを従えた覚えはありませんが?

「ダイコクにしても、ポタリーにしてもお主に一目置いておるし、ポタリーに関しては命を救われたと、お主の言う事は何でも聞くと言っておったのじゃが?」

「はあ?なんだそれ、俺はポタリーさんを救ったとは思ってねえよ!当たり前の事をしたまでだろうが?」

「そこじゃよ!そこ!あれほどの状況をあっさりと解決しておいて、それを当たり前と感じてしまう。それがギルの言う規格外じゃろうが!」
それはまあ・・・そうなんだが、俺一人でやった訳では無いし・・・
一家が居てこその事件解決なんだけどな・・・
特別な事ではないんだがな。

「まあ何れにしても、お主は次期創造神として充分な力を携えておる。後は・・・」

「それ以上は言わないでくれ!俺も流石に分かっている」

「ならいいのじゃが・・・」
ゼノンはしょうがないと諦めた表情をしていた。
俺には後、何が必要かなんてよく分かっている。
正直に言ってしまえば、敢えて踏み込んでいないだけなんだから。
本当に俺は創造神に成るべきか、自分の中で結論が出ていないのだ。
おそらくゼノンはそれを感じているからこそ、俺の背中を押そうとしたのだろう。
でもそれは俺にとってはありがた迷惑で、自分がこの先どうなるのかは自分で決めたい。
それにまだまだサウナ満喫生活は譲れない。
止める気はさらさら無いのだ。
まだまだ日本にも帰りたいし、おでんの湯にも通いたい。
サウナフレンズとの他愛もない会話もしたいし、全国のサウナ巡りもしてみたい。
まだまだ人としてやりたいことが沢山ある。

俺の勝手な想像かもしれないが、本当の神に成ってしまったら、それはそれで出来ることに制限があるのだと思う。
実際神様のルールがあるしね。
その先は自分の事は優先できなくなるのではないかと考えているからだ。
詰まる所俺は自分本位なのかもしれない。
自分や家族の楽しみを優先したいと思ってしまうのだ。
こればかりは変えられない。
いくら最高神に成ったとしても、性格を変えることは無理なのだから・・・
それに今が余りに幸せなんだ。
この幸せを手放したくは無い。

「坊やはとんでもない人に育てて貰ったんだね、私は嬉しいよ‼」
エリスが大声で騒ぎだした。

「エリス!煩い!」
オリビアさんが反応する。

「いいじゃないオリビア!こんな嬉しい事ないじゃないか?だって次期創造神様が坊やの育ての親なんだよ!最高神だよ!」

「まあ気持ちは分かるわよ、ギル君は実際良い子だしね。それに映画の主演を張れるだけの演技力を持っているしね」
そこなんだ・・・
もっとギルの性格とか品性とかを褒めてくださいよ。

「映画って何なんだい?」

「今度見せてあげる、いいでしょ?守さん」

「お好きにどうぞ、転移扉は置いて行くつもりだったから別にいいけど、どこに繋げるのかは決めておかないとな、ドラゴムでいいのか?ゼノン」
これが妥当だと俺は思っているが。

「そうじゃな、それが無難な判断じゃろうて」

「転移扉ってなんだい?もしかして転移出来る扉ってことなのかい?」
エリスは察しがいい様だ。

「そうだよママ、パパが作ってくれたんだ。この転移扉で南半球はどの街や国とも繋がってて一瞬で移動が可能なんだよ」

「かあー!守さん最高!やっとこの街から離れられるってことかい?」
この発言に天使と悪魔達が狼狽えた。
中には悲し気な顔をしている者もいた。
しまったとエリスが我に返る。
エリスは不味ったと狼狽えるが後の祭りだ。

「お!お前達勘違いしないでくれ!何もこの街が嫌いになった訳じゃあないんだ!この先もこの街にはしょっちゅう居るから安心してくれよ!」
何とか勘違いを正そうとエリスは必死になっていた。

「そうじゃお前達、安心せい!エリスは翼を取り戻したのじゃ、自由の身になったとは言っても、これまでの恩を忘れてなどおらんよ!」
ゼノンも堪らずフォローする。
ゼノンの一言に天使と悪魔達は安堵の表情を浮かべていた。

「勘違いさせる様なことを言ってすまなかったな、お前達・・・」
エリスは反省していた。
これはしょうがないだろうな。
だってエリスは百年に渡ってこのエアーズロックに監禁状態になっていた訳だからね。
偏に翼を失った事が原因であるのだが、北半球の現状では止むを終えなかったのだろう。
ダイコクさんでは無いのだが、神殺しなどという噂もあったのだから。
いくら人化したとはいえ、エリスは明らかに人とは思えない存在感と特徴を有している。
おそらくそういった事も踏まえてゼノンは、エリスをエアーズロックに住まわせたのだろう。
ゼノンにしてみれば、これ以上我が娘を傷つけられたくなかったに違いない。
気持ちはよく分かる。

「天使と悪魔の諸君!これからは君達もいつでもどこにでも行けるようになるんだ、それにこの世界にはたくさんの娯楽がある、大いに楽しんでくれ!」
俺は大見えを切ってみた。
ちょっと大げさだったかな?
俺なりのフォローなんだが・・・

「そうじゃぞ、お前達も一瞬にして南半球に行くことも可能になるのじゃぞ!」
ゼノンが補足する。

「嘘でしょ?」

「そんな・・・まさか・・・」

「あり得ない・・・」
天使と悪魔達は驚きを隠そうともしなかった。

「それにサウナ島にも行くことも出来るんだよ!」
ギルは誇らしげだ。

「サウナ島にはスーパー銭湯や、サウナビレッジなんかもあるし、漫画喫茶やレストランもあるんだよ、キャンプ場もあるよ、楽しいよ!」

「スーパー銭湯ってなんだ?」

「漫画喫茶とは?」

「サウナビレッジって?」
天使と悪魔達の頭の上に?が並んでいる。
でしょうね。

「ギルよ、いきなりそんな事を言われても分からんじゃろうが、まあ良い、明日にでも行かせて貰うとしようかのう、良いじゃろう?守よ」
ゼノンよ、何を勝手な事を言ってくれてるんだい?
先に俺に一言あってからでしょうよ、ここは。

「はあ・・・分かったよ。でもタダでは行けないぞ、こいつ等だけ特別とはいかないぞ」

「分かっておる、そこは儂とお主の折半でどうじゃ?」
おいおいゼノン、随分と大きく出たな。
確かに映画の収入と、先日また剥がれた鱗をゼノンは売っていたから懐は温かいのだろう。
いくらで買い取ったのかゴンガスの親父さんは俺に教えてくれなかった。
多分相当な値段を払ったのだろう。
それぐらい親父さんも喉から手が出る程ドラゴンの鱗が欲しかったみたいだ。
あのお金に執着している親父さんが大枚を叩くなんてな。
まあいいか。

「しょうがないなあ、今回だけだぞ」

「やったね!皆!明日はサウナ島に旅行だよ!」
ギルがいつになく浮かれている。

「そんな旅行だなんて・・・」

「幸せの予感」

「これは一大事だ」
何故か寝ていた天使と悪魔達も起き出して興奮していた。
何だこれ?
どんなセンサーしてんだこいつら?
どうやら小旅行決定の様だ。
やれやれだ。
エリスが嬉しそうに話し出す。
「サウナ島かあ!嬉しいじゃないか?坊やが育った島だね?」

「そうだよ、楽しいよママ!」

「それに今ではアースラさんもいるからエリスは必ず行かないといけないな」
この発言にエリスが表情を改める。

「えっ!アースラ様が?嘘でしょ?」

「本当だ、アースラさんは今では農業部門の部長だ」

「はあ?部長がなんだか知らないが、アースラ様には私は会わないといけない。まだちゃんとお礼の一つも言えてないんだから!」

「今では花魁衣装よりも、作業着姿が似合っているからな、アースラさんは」
エリスは呆けた顔で俺を見ていた。

「なんだそれ?よく分からんが早く行きたいねぇ、てかさあ守さん。サウナ島には上級神様も住んでるのかい?」

「そうだな、火、水、風、大地の神は大体いるかな?でもフレイズは棲んではいないな。あいつはバイトに明け暮れているだけだな」

「マジかよ?」
エリスは固まっていた。

「エリス、本当よ・・・先日なんか私、ウィンドミル様と塩サウナで対一だったんだからね。びっくりしたわよ。でもね、ウィンドミル様は優しかったわよ。塩サウナ室にそよ風が吹いていたわよ」
何だそれ?
てか駄目じゃん。
塩サウナは湿度を楽しむものでしょうよ。
そよ風は要らないじゃない。
まあいいや・・・好きにしてくれ。

「まさか・・・時の神アイル様まで居ないでしょうね?・・・」
流石にアイルさんは来てないね。

「それがね・・・そろそろ来るかもって噂なのよ・・・」
そうなのか?

「前にフレイズ様が、母上がサウナ島に興味を持っているって言ってたのよ・・・そろそろかもしれないわよ・・・」
マジかよ・・・まあ別にいいけど。
創造神の爺さんも来たければ来ればいいじゃないか。
別に俺は困らないけど?
まあ他の神様達の事は知らないけどね。
爺さんに関しては一度サウナ島に来ているし。
あ!その当時はスーパー銭湯は無かったか・・・
まあ、どうでもいいよ。

「でも前に創造神様はサウナ島に来たんだよ」
普通にノンは告げていた。
何かおかしいの?とでも言いたげだ。

「はあ?ちょっとノン!何それ?」

「聞いて無いんだけど?」

「そうなの?だよね?ゴン、エル」
ノンはゴンとエルに同意を求めていた。

「そうですの」

「ですね」
その発言に唖然とするオリビアさんとエリス。

「嘘でしょ・・・」

「マジか・・・」
二人は一瞬にして酔いが醒めた様子。
特にオリビアさんは顔を振って正気を取り戻そうとしていた。
俺にはいまいちよく分からない反応だった。

なにをアイルさんと爺さんにそんなに身構える必要があるのだろうか?
爺さんに関しては少々面倒臭いけど。
アイルさん関してはそうとは思えないんだけど?
面倒見のいい女神なんだけどな。
現に俺はお世話になったしね。
あの修業はなかなかハードだったな。
身に付く物が大きかったから良かったけどね。

「何もそんなに身構えなくても、そもそも神界には下界を覗く泉があって、しょっちゅう下界を覗いているって言ってたけど?」

「そうなの?」

「知らなかった・・・」

「ん?エリス?言わんかったか?」

「聞いてねえよ親父!」

「そうか、すまんすまん」

「まあ、何れにしても創造神の爺さんにしても、アイルさんにしても別に来てくれても構わないけどね」
俺の発言にエリスとオリビアさんは引いていた。
その時はしっかりと料金は徴収致しますよ。
タダとはいきません、誰であれど。

「あの二人であっても、頂く物はしっかりと頂きますけどね!特別扱いはしませんよ。俺は・・・」
俺はわざと悪代官の様な笑顔をしてみた。

「坊やが規格外って言ってた意味がよく分かったよ・・・」
エリスは云々と頷いていた。
ちょっと悪ふざけがすぎたか?
気を取り直したエリスが言った。

「それにしても、今日は最高の一日だ!坊やにもやっと会えたし、旧友にも会えたし、将来の創造神様にも会えたし、明日からどうなっちゃうんだろうね?私は興奮が止まらないよ!」

「よかったね、ママ!」

「ありがとうね坊や、それにオリビア。そして守さん、私は幸せ者だよ!」

「エリス!」
オリビアさんがエリスに抱きついていた。

「私も最高!」

「ホホホ!良かったのう」
ゼノンも目尻が下がっていた。
確かにそうだ、エリスとギルとオリビアさんにとっては最高の一日になったな。
でも俺にとっても最高の一日だ。
この日の為に、俺はこの世界に転移してきたと言っても過言では無いからね。

「この日をもっと最高の一日にする為に、守さんにお願いがあるんだが聞いてくれるかい?」

「お願いごと?なんだ?俺に出来ることにしてくれよ?」

「この島を救ってくれよ!お願いだよ!」
はあ?
救ってくれとは?
急に話が変わって無いかい?

「それはどういうことなんだ?」

「この島は見ての通り空に浮かぶ島なんだ、それがどうやら年々地上に近づいているみたいなんだよ」
ん?それは高度が下がっているってことなのか?

「そうなのか?」

「ああ、浮遊石が劣化しているんだと思うんだ。風によって浮遊石がゆっくりとだが、削られていっているんだと思う」

「なるほど・・・」
其れならばどうにかできそうだな、但し・・・

「何とか出来ると思う、だが・・・」

「だが?」

「たくさんの神石か魔石が必要になるな」

「それはどれぐらい必要なんだい?」

「こればかりは試してみないと分からないな、でも規模感としては数十個でどうにか出来るとは考えられない。まあ魔石は魔獣の森があるからどうとでもなりそうだけどな」

「そうなんだね・・・後、この街は資源に乏しいんだよ、そんな中でも天使や悪魔達が何とかやりくりしてくれてはいるけど・・・そろそろ限界が近いかもしれないんだよ・・・」
だからあの反応だったんだな。

「それはどうとでもなる、問題はどう稼ぐかだけだな。この島にしかない物は浮遊石以外には何かないのか?」

「この島にしかない物か・・・ちょっと考えてみるよ」
エリスは真剣に考えだした。
眉間に皺が寄っている。

「俺も何が出来るか考えてみるよ」
こうして夜は更けていった。



翌日。
俺達は約束通り天使と悪魔達をサウナ島に招待することになった。
転移扉を設置し、まずはドラゴムに移動する。
ドラゴムでは多くのリザードマン達が、エリスに群がっていた。

「おお!エリス様だ!」

「本当だ!」

「なんという御尊顔!」

「眩しい!」
等と騒いでいた。
手を振って答えるエリス。
満更でもなさそうだ。
ギルも手慣れたもので、世話を焼こうと集まってくるリザードマン達を往なしていた。

「これこれお前達、儂らは先を急いでおる。エリス達はまた立ち寄るからその時にな」
ゼノンが交通整理を行っていた。
群がってくるリザードマン達を宥めている。
そして、サウナ島に繋がる転移扉に手を掛ける。
ゼノンにとっては手慣れた作業だ。

「守よ、行くぞ?」

「ああ」

扉を開けると、受付ではエクスがエリスに驚いていた。

「あら?この子坊やにそっくりじゃないかい?」
俺はエクスを紹介することにした。
にしても何でエクスはそんなに驚いているんだ?
前以って言っておいたよね?

「エクス、こちらはエリスだ、ギルのママだぞ」

「え!マスター!嘘だろ?」
エクスは腰を抜かしそうになっていた。
だから何でなんだよ?

「ママ、エクスは神剣なんだよ。僕が装備者だから僕に似てるんだよ」
ギルが説明する。

「へえー、そうなのかい?神剣なんてのが居るんだねえ」

「お!おいらは神剣のエクス、よろしくです。ギルのママさん」
なんとかエクスは自己紹介していた。

「おや?ママさんだって?嬉しいねえ?」

「エヘヘ」
エリスの発言にエクスは何故だか照れていた。

「さあ、受付を済ませてしまおう」
俺は一同を誘導する。
てかエクスよ、俺の話をちゃんと聞いていたのかい?
人の話はちゃんと聞くものだよ?
甚だ疑問だ。

受付を済ませて、サウナ島に入るとエリスは、
「こんな所がこの世界にあるなんて・・・」
思わず声が漏れていた。

天使や悪魔達も同様に島の景色に見入っていた。
最初は皆な大体この反応だ。
もはや俺は見慣れている。

さて、天使と悪魔達のアテンドはゼノンに任せることにした。
ギルは大見えを切って、天使と悪魔達全員に金貨一枚ずつお駄賃をあげていた。
こういう処は俺に似なくてもいいのにね。
将来苦労するぞ?
ほどほどにな。

この時間ならアースラさんは先ず間違いなく畑に居るはずだ。
俺はギルとエリス、オリビアさんを連れて畑に向かうことにした。

「転移で向かってもいいか?」

「否、守さん。島の様子を眺めながら向かいたい。エアーズロックの参考にしたいんだよ」
エリスからの意外な一言だった。
こう見えてエリスは根は真面目な性格の様だ。

「そうか、分かった。じゃあ着いて来てくれ」
一同を引き連れて、歩いて畑に向かう事にした。
移動中もエリスは何一つ見逃さないと、辺りをキョロキョロと眺めていた。
時々あれは何かこれは何かとギルに尋ねていた。
勉強熱心でいいじゃないか。
そして俺達は畑に辿り着いた。

畑では農業部のスタッフ達が畑作業に勤しんでいた。
俺は農業部のスタッフに声を掛ける。

「やあ、お疲れさん。アースラさんはいるかな?」

「島野さん!ご無沙汰です!アースラ様は田んぼに居るはずですよ」

「そうか、ありがとう」

「どういたしまして!」
猫の獣人のスタッフが応じてくれた。
良く出来たスタッフ達で助かる。
島野商事は安泰だな。
会長として俺は誇らしいよ。

俺達は田んぼに向かった。
丁度田んぼでは収穫の時期を迎えていた。
きっとレケの新作の日本酒の原料になった米を収穫しているのだろう。
黄金色に輝く稲穂が鮮やかに咲き誇っていた。
日本人の俺にはほっとする景色である。

田んぼの中にアースラさんを見つけた。
エリスは田んぼの光景に心を奪われていた。
見るからに感動しているのが伺える。

「素晴らしい・・・」
エリスは呟いていた。
そしてアースラさんがこちらに気づく。
エリスを見つけると一目散に駆け寄ってきた。

「エリス!エリスじゃないか!」
エリスもアースラさんに気付く。

「アースラ様!」
エリスも駆け出した。

抱擁する二人、その光景に周りのスタッフも手を止める。
スタッフ達と俺達は二人を温かく見守っていた。

「アースラ様!会いたかった!」

「エリス!達者だったかえ?」

「はい‼」

「そうかえそうかえ!久しいじゃないかえ?」

「はい‼」
泣きじゃくるエリス。
まるで子供に戻ったかの様だ。
そんなエリスを抱きとめるアースラさん。
俺はまるで絵画でも眺める様にこの光景を眺めていた。
実に絵に成る。
よかったね、エリス。アースラさん。
オリビアさんは貰い泣きしていた。
そしてギルも泣いていた。
側に寄ってきたアイリスさんまで泣きだした。

「お母様、おめでとうございます」
アイリスさんが声を掛ける。
アースラさんは無言で頷いていた。

「会いたかった、ずっと・・・お礼を言いたかった・・・アースラ様・・・ありがとうございます・・・」

「エリスや、そんな事はよいのじゃ、それよりも翼はどうした?生えておるではないかえ?」
人化スタイルなのにアースラさんには分かる様だ。
流石は上級神だ。

「守さんに頂きました、世界樹の実を」

「そうかえそうかえ、よかったではないか、守に託して正解だったようじゃ」

「流石は守さんです」
アイリスさんにも褒められてしまった。
そりゃあエリスに食べさせるに決まっているでしょ。

「いい判断じゃ、守よ。世界樹の葉では心許ないしのう」

「そうです、ドラゴンの翼となると余りにサイズがデカすぎますわ」
アイリスさんも同意見のようだ。
やっぱりか、我ながらグッジョブだ。
これで世界樹の実は後一つ。
もう使う事はないだろうな。
そうあって欲しいものだ。

「アースラ様は私の所為で神罰を・・・」
エリスは申し訳なさそうにしている。

「それ以上言うでないわえ、エリスよ、済んだ話じゃ」
アースラさんはエリスの頭を撫でていた。

「ですが・・・」

「もうよいのじゃ、それよりも見ておくれ!この見事な田んぼを、余の自慢の稲穂達じゃ」

「ええ、見とれてしまっていました」

「今ではこのサウナ島で農業を行うことが余の生きがいじゃよ」
アースラさんは優しい眼でエリスを見つめていた。

「そうですか、素晴らしいです。アースラ様、農業を私にも教えて貰えませんか?エアーズロックの為にも、私は学ばなければなりませんので」
エリスは意外な事を言い出した。

「そうなのかえ?余は構わんが・・・守よ、良いのかえ?」
ちょっと困るな。
俺には違うプランがある。

「そうですね・・・少し考えさせて下さい。というのも、エリスには他にやって欲しい事があるんだ。どうだろうか?」

「そうなのかい?私にどうしろと?」
エリスは困った顔をしていた。

「それは後日話をしよう、俺に考えがあるんだ」

「そうか、私は守さんに従うよ」
エリスは俺に信頼を寄せてくれているようだ。

「ありがとう」

「そんなことより、皆の者よ、今日は仕事は終いじゃ!エリスよ、余に付き合うのじゃ!宴じゃ!宴を催すのじゃ!」
アースラさんは相当上機嫌のご様子。

「守よ!よいな?」

「ええ、構いませんよ」

「会長の許可が出たぞえ!皆の者!スーパー銭湯に集合じゃ!」
こんな嬉しそうなアースラさんは始めてみるな。
なんだかこっちまで嬉しくなってくるよ。

「守よ!ゴチじゃ!」

「「「ゴチになります!!!」」」
はあ?どういうこと?
てかそんな言葉何処で覚えたの?
きっとノンだな?
あの野郎・・・まあいいか。
いよいよ上級神までノンに毒されているようだ。

どうせ食事代は会社持ちだし、ビール三目杯以降は俺持ちになるだろうけど、知れているだろう。
多分・・・
アースラさん達なら可笑しなことにはならないだろう。

「分かりましたよ、遠慮なくどうぞ!」
この俺の発言に一同が沸いた。

「やった!」

「飲むぞ!」

「今日はへべれけになってやる!」
好きに騒いでいた。
あれ?間違ったのか?
まあいいや。
ここで水を差す訳にはいかないしな。

「守よ!お主も付き合うのじゃ!」

「付き合ってくださいますよね?」
俺はアースラさんとアイリスさんに腕を掴まれて、連行されるかの如くスパー銭湯に連れてかれてしまった。
それを見て、ギルとエリスとオリビアさんが腹を抱えて笑っていた。
ちゃんと付き合いますから放してくださいよ。
全く。
俺は逃げませんての!

ラファエルは一人虚空を眺めていた。
もう何も考えたくは無かった。
でも様々な感情が押し寄せてくる。
無に成る事等出来なかった。
ラファエルは抑えようの無い感情の波に飲み込まれていた。

様々な念が彼を押し潰してくる。
後悔、懺悔、失望、怒り、憤り、虚無、そして時折希望。
残念ながら希望の感情は一瞬でしかない。
直ぐにその他の否定的な感情に飲み込まれてしまう。
ラファエルは自分をコントロールすることが出来なくなっていた。
完全に我を失っていた。

今やラファエルに近寄って来るのは、その財産目当ての者達しか居なかった。
心からの忠誠を誓う者などもはや誰一人としていなかった。
ラファエルは孤立していた。
信頼する者も、信用できる者も周りにはいない。
ラファエルは地球でも同様であったと、当時を思い出しては項垂れていた。
どうしてこうなったと、後悔する日々だった。
何処で間違えたと懺悔の念に堪えない。
俺はもう終わったと失望し。
シマノめ‼と怒気を荒げる。
なぜ信仰を俺に向けないと憤り。
まだ出来ることはあると一瞬考えるが、無理だと虚無感に襲われる。
この様な感情に日々苛まれている。
情緒不安定になっていた。



イヤーズは国力を失い、国民は半分以下になっていた。
あの襲撃からおよそ半年が経とうとしていた。
国民の決断は早かった。
隣国である、オーフェルン、サファリス、エスペランザに国民は流れて行った。
もはや亡命などという優しい物では無い。
その様相は民族大移動に近い。
そして中にはドミニオンや、ルイベントにまで足を延ばす者達もいた。
イヤーズの崩壊を止めることはもはや敵わない。
日に日に国力は衰退していった。
国民が減れば国力が減るのは必然。
イヤーズの衰退は止めどなかった。
北半球の趨勢はもはや決しかけていた。

それだけでは無かった。
国の根幹を担っている宗教は失墜していた。
もう拝謁に訪れる者は僅かだった。
それでも神気を集めたいラファエルは必死だった。
僅かながらも訪れる者達に、これまで以上に教義を広めようとしていた。
時にはこれまでに無いような優しい対応を見せたりしている。
しかし、頑張れば頑張るほどラファエルは空回りしていた。
次第に拝謁に訪れる者は両手で数えるほどになっていた。
急に掌を返すようなラファエルの態度の変化に、国民は猜疑心を持っていたのだ。
もう拝謁を受けても神気は発生しなくなってしまった。
もうラファエルに心からの崇拝を向ける者は居なくなっていた。



国王や、国の幹部達も拝謁に訪れるのだが、当然の様に神気など発生しない。
国王達はもはやラファエルに信仰心など無いのだから。
インフラを抑えられているから形式だけの拝謁を行っているだけに過ぎない。
それにラファエルの洗脳もその効果が薄れ始めていた。
その理由は、余りに連続して催眠魔法を行使してしまった為に、その効果が薄れてしまっていたからだ。
要は抗体が付いてしまったということだ。
連続して催眠魔法を行使してしまえば、精神支配系の魔法がレジストされる可能性は高まってしまう傾向にある。
実はラファエルはそれを知っていた。
これまで百年以上に渡って行使してきた魔法である。
そんなことは理解している。

しかし、何とかして宗教離れに歯止めをかけようとラファエルは必死になっていたのである。
短期間で何度も何度も催眠魔法を行使してしまった。
ラファエルの空回りは止まらない。
否、自ら首を絞めてしまっていた。
側近の者達も自然とラファエルと距離を取り始めていた。
あれほどまでに熱狂的な信者であったにも関わらずだ。
その理由ははっきりしている。
それは再び神獣と聖獣の襲撃があったからだ。
それは前回以上にインパクトを残していた。
前回以上の襲撃の規模だったのである。



それは前回の襲撃の後、ラファエルの神殿の八割方は修復出来ていたタイミングで行われた。
ラファエル含め、まだラファエルに信仰を寄せる国民達にとっては、やっと復興出来たと胸を撫で降ろした矢先だった。
襲撃前の半数以下ではあるが、まだ信者はいたのだ。
宗教は揺らいではいたが、まだ立て直しは可能だとラファエルと残った信者達は信じていた。
希望はあると。
まだ宗教は立て直せると。
しかし現実は違った。
噂は本当だったのだ。
また神獣と聖獣の襲撃はあると。

更に今回の襲撃は、前回と神獣は同じであったが、聖獣は違っていた。
聖獣は白蛇とアラクネセイントだったのだ。
また新たな聖獣が現れたことに、シマノなる神の戦力の大きさに愕然とさせられていた。
もはや何を以てしても敵わないと痛感させられていた。
どうしてそんなに戦力を有しているのか?
これはただの神では無いと認めざるを得なかった。
神敵と定めた神は、到底どうにか出来る相手では無いと。
逆にこちらが神敵とされているのはではないかと考えられた。

アラクネセイントは、鋼糸を撒き散らし、国民を雁字搦めにして動けなくしていた。
上半身が人間であることが恐ろしさを助長させていた。

「ラファエルは何処だー‼」

「ラファエル出て来い‼」
アラクネセイントは激怒しながら叫んでいた。

そして白蛇はとぐろを巻いて威嚇した後に、神殿の破壊を楽しむ様に、ゲラゲラ笑いながら尻尾で神殿の外壁を破壊していた。

「面白れえ!最高だぜ‼ギャハハハ‼」
白蛇の叫び声が木霊する。

そしてドラゴンは前回同様に咆哮した後に、神殿の屋根を踏み抜き、破壊の限りを尽くしていた。

「宗教など認めない‼」

「ラファエル‼掛かって来い‼踏み潰してやる‼」
ドラゴンは大声を張り上げていた。
実はこの時ギルは母親のエリスの翼を奪ったのはラファエルであると知っていた。
その憤怒たるやいなや。
前回とは比べ物にならない位に力が入っていた。
だが、前回同様に細心の注意は払われている。

衛兵は何もすることなく、ただただ崩れ行く神殿を眺めていた。
逃げ行く国民は、またかと頭を抱えていた。
そして、ラファエルは今回もまた、何もせずにいたのだった。
否、何も出来ずにいたのだ。
行かなければと、意を決しようとするのだが、足が竦んで動かない。
身体の震えが収まらず歯がカチカチと鳴っていた。
絶望の現実に怯え、居城の奥深くに潜り込んでいた。
それはまるで条件反射の様に。
居城の奥で諤々と震えていたのだった。
それに今回は神獣と聖獣に名指しされたのだ。
もう逃げるしか無かった。
恐怖で血の気が失せ、顔面蒼白になっていた。

そして、今回はそのラファエルの居城も半壊させられていた。
これはラファエルを認めないという最大現のアピールであった。
イヤーズの国民はそう受け止めていた。
もう充分に分かったと、国民はラファエルを見捨てるしか無かった。
結局のところ国を離れていった者達は間違っていなかったと。
もっと早く見捨てるべきだったのではないかと。
前回以上の襲撃は意味があるのだと。
いい加減分かれよというメッセージなのだと。

実際のところそれは間違っていない。
守から命を受けた三人は神殿だけではなく、居城も半壊させていいと言われていたからだ。
但し、絶対に負傷者は出すなと。
ここは今回も遵守させられていた。
破ったら許さんぞと・・・
でも今回は名指しで騒いでも良い。
ラファエルをここぞとまでに追い込んでやれと。

そう言われてしまえば、そうしない訳がない三人だった。
特にラファエルに悪感情を人一倍覚えているクモマルは、我先にと破壊行為に勤しんでいた。
本性剥き出しに、破壊の限りを尽くしていた。
その様子はとても楽しそうであった。
だがイヤーズ国民達にとっては恐怖でしかない。
クモマルは配下の蜘蛛達に人が居ない箇所を報告させ、好き放題に暴れまわっていた。
その情報を念話でギルとレケに瞬時に共有する。
暴れまわりつつもクモマルは冷静なのだ。

負けてはいられないと、レケも傍若無人に暴れまわる。
レケの笑い声が不気味に木霊していた。
レケは前回の襲撃に交じれなかったことを実は根に持っていた。
今回は自分も暴れられると有頂天になっている。
だが細心の注意は怠っていない。
怪我人をだそうものなら守に何をされるか分かった物ではないからだ。
レケは人一倍守の怒りを恐れている。

こうなるとギルも止戸惑うことを知らない。
ブレスを上空に吐きまくっていた。
そして不要に咆哮していた。
エリスの翼を奪ったラファエルを許す訳にはいかないと、暴れまわっていた。
でもギルも注意は怠らない。
今回は前回と違い、弟と妹を従えているのだから。
流石に遊びとは成らなかった。
自制心の強いギルならではあった。

イヤーズの国民は愕然としていた。
復興間もない時期の破壊行為は精神的に辛い。
完全に心を折られていた。
もはや立ち直ることは出来ない。
もう国を離れるか、宗教から距離を取るしかない。
現在国に残っている者は、国を離れられない事情を抱えている者が多い。
そうなると一択である。
もう宗教から距離を取るしかないと。

こうなってくると、シマノなる神のメッセージは充分に伝わった。
もうこの国には宗教はあり得ないのだと。
そしてその破壊行為は前回とは比ではなかった。
どうしてなのか、国の管理する施設も破壊されていたのだ。
前回はラファエルの神殿のみであったが、今回は違う。
神殿とラファエルの居城に加えて、国の施設もその対象になっていたのだ。

当然国の施設を調べ上げたのはクモマルである。
それも防具や武器の保管されている蔵を中心に破壊されていた。
武力に繋がる施設はその対象になっていたのだ。
今回はラファエルのみならず、国まで認めないと言われていることと変わらない。
結果、完全にイヤーズは無力化されていた。
唯一、王城のみがその対象に成らなかったことに、国の重鎮達は胸を撫で降ろしていた。
しかし、これにはメッセージがあると国王含め大臣達は受け止めていた。
これは国からラファエルを追い出せというメッセージだと捉えていた。
お前達のやることはそれだと言われているのだと。
そして間違っても武力に頼るなよと。

この日を境に連日国王と大臣達はどうやってラファエルを追い出そうかと極秘の会議を重ねることになった。
そしてそのことをラファエルは知らない。
ラファエルの孤立は深まるばかりだった。

そしてイヤーズから信者が居なくなっていた。
もはや自らの意思で拝謁に訪れる者は一人も居なかった。
拝謁をすると金貨が貰えるとの嘘の噂話を耳にした、金銭に卑しい者達が下卑た顔で拝謁を行っているだけだった。
神気は当然発生しない。
信仰心など持ち合わせてはいないのだから。
それでもラファエルはしがみ付く様に拝謁を受けていた。
否、拝謁を受けるというよりも、逆に祈ってくれというのが本音になっていた。
だが教祖然とした態度は変わらない。
はっきり言って、無様である。
国民のラファエルを見る目は冷徹だ。
そんなラファエルの腹の中などお見通しなのだから。
見下している者も中にはいた。
それを感じ取り更にラファエルは精神が崩壊していくのだった。



ラファエルは唯一の望みである五人の老師を呼び出した。
その表情は苦痛に満ちている。
呼び出しに答えたのはディッセンバーとオクトーバーのみであった。
予定の時間に成っても訪れない他のメンバーにラファエルの苛立ちは募っていく。

「二人だけか・・・」
情緒不安定なラファエルは、下を向いて呟いた。

「はい・・・」
ディッセンバーは思わず答えてしまっていた。
本当はディッセンバーもこの場には来たくは無かった。
しかし、これまで少なからず忠誠を誓ってきた相手である。
ディセンバーとしては無下には出来なかった。
本人としては今回で最後とするつもりであった。
最後は無難にやり過ごそうと考えていたのである。
彼なりの気遣いだった。

「念の為に聞くが、他の三人はどうして来ていないのだ?」
ディッセンバーは答えなければならない。

「は!特に何も連絡はありません・・・もしかしたら既にイヤーズには居ないのかもかもしれません」
これまでであればここは一喝されているところであった。
自分の考えや、推測などは話すことは許されていなかったからだ。

「そうか・・・」
ラファエルはそんな事はもうどうでもよくなっていた。
其れよりも、こうやって話している時ですらも、様々な感情に揺り動かされそうになっていたからだ。
ラファエルは今にも泣き出したくなったり、怒りの感情を吐き出したくなっていたのだ。
理性を保つのに精いっぱいだったのである。

「ジュライに関しては、シマーノに亡命したとの情報が入っています」
ラファエルは信じられないと眼を大きくさせていた。

「あの真面目なジュライがか・・・」
この情報は思いの外ラファエルにダメージを与えていた。
ラファエルはジュライことエリカに信頼を寄せていたのである。

「はい・・・それも亡命したのは半年以上も前とのことで御座います」
ディッセンバーはラファエルに同情したい気分になっていた。
ここまで落ち込むラファエルを見たことが無かったからだ。

「な!・・・それは前回の招集の時には既に亡命していたということか?」

「そうなりますね」
ディッセンバーは口調まで変わっている。
こうなると目上と敬う事に意味は無いからだ。

「教祖様、如何なさいましょうか?」
発言を許されていないオクトーバーまで話し出した。

「どうとも出来ないだろうな・・・」

「しかし・・・」
何処までも好戦的なオクトーバーには認めたくない発言だった。
オクトーバーは好戦的なラファエルが好きだった。
しかし、目の前のラファエルにはそんな面影は無くなっていた。
オクトーバーは失望していた。

「もはや粛清することに意味はないだろう?違うか?」

「・・・」
オクトーバーは押し黙ってしまった。
オクトーバーは今直ぐにでもこの場を立ち去りたくなっていた。
社会不適合者であるオクトーバーには、トーンダウンしたラファエルはもはや敬う対象ではなくなっていた。
心の中でふざけるなと叫んでいた。

「教祖様、報告があります」

「どんな報告だ?」
ラファエルは呆けた顔で尋ねていた。
情緒不安定は収まらない。

「ダイコクの誘拐ですが、二度失敗し、三度目は暗殺するように神殺しを雇いましたが、失敗しました・・・」
実のところ、誘拐は実行前にクロマルとシロマルに寄って阻止されていた。
その事をダイコクは知らない。
そして三度目の襲撃に関しては、クモマルによってイヤーズ内にて事は処理されていた。
事実はそんなところである。
ダイコクの知らぬ間に事件は解決していたのである。
そうとは知らないダイコクであった。
そして守には報告がなされている。

不意にラファエルはテーブルを叩く。
「ふざけるな!」

今度は怒りに身を任せるラファエルであった。
この一喝に恐縮する二人。
昔のラファエルが戻ってきたと喜ぶオクトーバー。
一気に緊張感が増したディッセンバー。
緊張感が場を支配する。

「すまない・・・いい過ぎた」
二人は訳が分からないとラファエルを見つめていた。
そしてお互いの視線を合わせると、声に出さずに語り合っていた。

(こいつ壊れたな)

(だな)

(もう俺は付き合いきれない)

(後少しだけ付き合ってやろう。終わりは見えたな・・・)
頷き合う二人。

「どうやらもう終わりの様だ・・・」
ラファエルは呟く。

「と言いますと・・・」
ラファエルは暗い瞳で虚空を眺めていた。

「宗教はもう終わりだ、五人の老師も解散しろ。私からは距離を置くがいい」
ラファエルからの宗教終了宣言が発せられた。
押し黙って二人はこの発言を受け止めていた。
こうしてこの世界から宗教が消滅した。
『新興宗教国家イヤーズ』は名を改めて以前の通り『イヤーズ』となったのである。

そしてラファエルは一人ひっそりと旅に出ることになった。
目指す先はラファエルしか知らない特別な場所である。
今でも神気を吸収し続ける、大量にある神石の保管場所であった。
ラファエルは誰にも後を付けられていないことを確認し、慎重に歩を進めていた。
しかしその背にはクモマルの配下の蜘蛛が張り付いていたことを、ラファエルは知らない。
こうしてラファエルは一人、旅に出たのだった。

アースラさんの宴は大盛り上がりだった。
終始エリスとギルは笑顔で、アースラさんもアイリスさんも笑顔を絶やす事は無かった。
エリスもやはりドラゴンでフードファイターの如くガツガツと飯を食っていた。
それだけなら未だしも驚くほどに酒豪だ。
ゼノンの娘という時点で疑っていたのだが・・・
そして俺の奢りの金額は金貨十枚にもなっていた。
まあ困ることは無いのだが、これまでに悪い例をたくさん作り過ぎてしまった弊害が現れていた。
俺の奢りとなると誰もが手を抜いてくれない。
誰もが悪びれることも無く、飲んでや食っての大騒ぎだ。
俺相手なら財布は要らないと思われている節がある。
まぁ皆な楽しく、笑顔でいたからいいのだけれどね。
それにたくさん感謝されたしな。
途中から案の定神様ズが勝手に混じっていたけど・・・
もう慣れたよ。
あんたらはどうでもいいよ。
てか、いい加減遠慮を学べよ!

ゴンガスの親父さんとエリスの再開はちょっと笑えた。
ゴンガスの親父さんがエリスを見た時の、唖然とした顔には腹を抱えて笑いそうになってしまった。

それに対してエリスの反応は、
「よう!酒飲み親父!生きてやがったか?貸した金返せよ!」
だったからね。

その後、親父さんは本当にエリスに金貨を返していた。
親父さんも何でドラゴンに金を借りるかね?
百年以上経った今でも忘れていないエリスも大したもんだ。
にしても第一声が金返せは笑えたな。
ハハハ!



翌日
そろそろエアーズロックの今後について話をしなければならない。
場所は事務所の会議室。
参加者は俺とギル、エリスとゼノン、そして天使のマルと悪魔のコロ。
加えて島野商事からはマークとロンメル、ランドそしてエリカが出席している。
エリカは議事録係だ。
その為、会議中の彼女は発言しないだろうと思う。
島野商事のメンバーが加わっていることには意味がある。
それはこの先の会議でその答えが出るだろう。
まずは島野商事のメンバーと、エアーズロック組とが自己紹介を行っていた。
俺が仕切らずとも自ら話をしてくれるのは助かる。
特に島野商事組は大人の対応を心得ている。
人嫌いの天使と悪魔がこれを機に人族に対して考えを変えてくれるといいのだが、そう簡単にはいかないだろう。
でも時間を掛ければ関係性は変わって来るに違いない。
そうあって欲しいものだ。

一通りの自己紹介が終わったので、俺は話を始めた。
「さて、エアーズロックの今後について話をしようと思う」
全員が無言で頷く。

「まずは情報共有も含めておさらいをしたいと思う」

「では守さん、そこは私が」
エリスが挙手して発言の許可を求めた。
俺は顎を引いてエリスに発言の許可を出した。
このメンバーになると自然と俺が議長になる。

「まずエアーズロックの現状を話すと、資源に乏しく、浮遊石が劣化を始めているのが現状だよ」
その発言を受けてマークが挙手する。

「すまないが、エリスさん。我々は浮遊石を知らない。それはどんな物なんでしょうか?」

「そうか、浮遊石とはその名の通り浮遊の効果のある石なんだ。その石がエアーズロックの地盤には組み込まれていて、その浮遊石がエアーズロックを空に浮かべているということなのさ」

「話には聞いていたが、本当に島が空に浮かんでるんだな」
ロンメルは考えられないと首を横に振っていた。

「そうです、エアーズロックは空に浮かぶ島であります」
マルは誇らしそうにしている。

「我等天使族とコロ達悪魔族は数百年前からエアーズロックに住んでおります」

「そして今から百年前にゼノン様がエリス様をお連れになりました」
今度はコロが話を重ねる。

「そうじゃ、戦争を止めに入ったエリスじゃが、大爆発に巻き込まれてのう。その時に翼を失ってしもうたのじゃ、それをアースラが助け、儂の元に届けてくれたのはよいのじゃが、当時のドラゴムには治療を施す事が出来る状態ではなくてのう。治癒魔法が得意な天使達であれば、翼は戻らずとも傷は癒えると思ってのう」
ゼノンは当時を思い出しているのだろう、遠い眼をしていた。

「ゼノン、それだけでは無いんだろう?」
俺は勘ずいてた。

「守よ、分かっておったか、そうじゃ、戦争が起こっただけでは無く、北半球は我等神には少々住みづらい状況にあってのう」
ゼノンは素直に語った。

「だから天空の島なら安全に匿えるということだな。そもそも百年前に起きた戦争の黒幕は誰なんだよ?」
俺は思い当たっているのだが敢えて踏み込んでみた。

「そろそろ話してもよい頃じゃな、でも守は分かっておるのじゃろ?」

「ああ、どうせラファエルだろ?」
俺は一番高い可能性を話してみた。

「そうじゃよ」
この発言にエリスとギルが立ち上がる。

「あのイヤーズのラファエルなの?」

「誰だいそれは?」
どうやらエリスは分かっていないみたいだ。
戦争の黒幕を知らずして止めに入っていたみたいだ。
だろうなとは思っていたが・・・
豪快過ぎないか?エリス。

「確認するがエリス、百年前の戦争についてどれぐらい知っているんだ?」

「私が知っているのは、サファリス国とオーフェルン国が争ったということだけだよ」
そんなことだろうと思ったよ。
やれやれだ。

「えっ!ママ、本当なの?」
ギルは嘘でしょ?とツッコんでいた。

「いろいろ知りたかったよ、でもさ、戦争前に情報を集める時間は無かったし、この百年の間、知りたかったけど私は親父の権能で天空の島『エアーズロック』からは出られなかったから・・・」
ということらしい。
あっさりとゼノンの権能について明かしていたが、ほとんどの者達は気づいていないだろう。
俺は気づいてしまったがここは黙っておこう。
そんなエリスは大雑把とも言う。
否、何も考えていないのだろう。
エリスは何でも口にしてしまう・・・素直過ぎると大らかに受け止めよう。

「そんなことだろうと思ったよ、いいかエリス。直接的では無いが、お前の大事な翼を奪ったのはラファエルだ。戦争を引き起こしたのはラファエルだからな」
この俺の発言にゼノンが加わる。

「ホホホ!流石は守じゃな。お見通しじゃな」
そんな事は分かっている。

「だが詳細までは俺は掴んではいないぞ?」

「じゃろうな、儂が話してもよい範疇で話してやろう」
何時になく前のめりなゼノンだ。
それにしても千里眼と地獄耳は万能だな。
この場に居ても各国の情勢が分かるしね。

「まずラファエルはイヤーズに転移してきた転移者じゃ」

「それは俺達も聞いています」
マークが口を挟む、エリカから聞いたのだろう。
こいつらも現状を把握しようと努めている。

「そのラファエルじゃが、特殊な固有魔法を持っておってのう」

「固有魔法ですか?」
マークは興味があるみたいだ。
かなり喰い付いている。

「そうじゃ、催眠魔法じゃよ。精神力の低い者は簡単に洗脳に掛かってしまう。それに集団催眠魔法も使えるのじゃ」

「そんな魔法があるのですね」
ランドは不思議そうな顔をしていた。

「そしてその催眠魔法を駆使して、ラファエルはオーフェルン国とサファリス国の間柄を悪化させ、戦争に導いたのじゃ」
この発言に一同は戸惑っていた。
そもそも洗脳を知らないのだろう。
教えておかなければならないな。

「お前達、教えておくが洗脳は強力だ。おそらくお前達ならレジスト出来ると思うが、ゴブオクンあたりなら簡単に洗脳に掛かってしまうと思うぞ。洗脳とは簡単に言うと精神支配だからな」

「そんな事が可能なんですか?」

「無茶苦茶怖えじゃねえか」

「嘘でしょ?」
島野商事のメンバーにはインパクトが絶大みたいだ。
でも事実だからしょうがない。
エリカは分かっているのだろう。
ウンウンと頷いていた。
それにお前達は掛からないと思うよ。
お前達はそれなりに乗り越えて来て精神力は強いからね。
でも知らない事には脅威を感じるのだろう。
それは分からなくも無い。

「分からないのはその動機だ。これだろうなという心当たりはあるのだが・・・」
俺は外れたら恥ずかしいので今は言わないけどね。
外したらゼノンから指を指して笑われそうだ。

「ふっ、まあそこまでは言えんのじゃがな」
意味深な眼でゼノンが俺を見ていた。
言えんのかい!

「だと思ったよ、どうせあれだろ?創造神のじいさんから、守が解決するから放っておけ、これもあ奴にとっては修業じゃ。とでも言われたんだろう?」

「ホホホ!大正解じゃ!一言一句間違ってはおらんよ」
やっぱりか、それ以外理由はないからな。
ゼノンもドラゴンだ。
人の争いを止めることは出来る。
自分で行わなくとも、情報を与えることで、人を使って解決に向かわせることもできるのだから。
そうなると理由は一つだ。
俺に解決させる、要は俺に得を積ませようということだ。
実に分かり易い。
別にゼノンがやってくれてもいいのだよ?
俺は面倒臭がりだしね。
はあ・・・

「まあそういう事で、戦争の仕掛け人はイヤーズのラファエルという事なんだ、動機は不明ではあるが、その後イヤーズにてラファエルは宗教を広めた、そしてイヤーズの中心人物として長年に渡って暗躍しているということだ、更にラファエルはあろうことか、ポタリーさんを拉致して、ダイコクさんも拉致しようとしているんだ」

「でもパパ、ダイコクさんの拉致は失敗に終わったんだよね?」
クモマルから聞いていたのだろう、ギルは現状を分かっているみたいだ。

「そうだ、クロマルとシロマルに寄ってダイコクさんの拉致は阻止された、それも二度に渡ってだ」

「二回もって・・・しつこい野郎だ!それに神を拉致するなんて、何考えてんだ、そいつは?」
ロンメルが吐き捨てた。

「どうやらラファエルは神に成りたいみたいだ、まあ成れないだろうがな」

「そんな奴が神に成れる訳が無いよ!畜生!今直ぐイヤーズに行って、ぶん殴ってやりたいよ!」
ギルは憤っている。

「ギル、まあそう言うな、実はな、数ヶ月後にはそんな機会があるかもしれないぞ」

「え!どういう事?」
ギルは気色ばる。
実に鼻息が荒い。

「前回の襲撃から三ヶ月が経っている、おそらく後三ヶ月後にはラファエルの神殿は復興するだろう」

「復興するの?そんな・・・」
ギルは前回の襲撃は何だったのか?と項垂れそうになっていた。

「一度は復興に向けて動き出すはずだ、現にクモマルからそう報告を受けている。そこで、復興する寸前でもう一度襲撃するんだ。ギル、エリスの仇打ちをしてこい!」
ギルは一気に眼を輝かせる。

「やった!また暴れてやるよ!」
ギルは獰猛な笑みを浮かべていた。

「守さん、それはこういう事かい?守さん達は既に一度ラファエルの神殿に襲撃を行っていて神殿を破壊した、今は神殿の復興中で完成まじかにまた襲撃して神殿を壊してしまおうという事かい?」
エリスは恐る恐る尋ねていた。

「そうだ、それだけで終わるつもりは俺には無い、次回はラファエルの居城も襲撃するつもりだし、イヤーズの主要施設も破壊するつもりだ、これをする理由は何だと思う?お前達?」
全員が首を傾げている。

「それはな、ラファエルの心をバキバキに折ることだよ」
俺は不気味な顔をしていたのだろう。
ゼノン以外全員が引いていた。

「旦那、怖えよ」

「俺は島野さんには絶対に逆らわないと誓うよ」

「島野様はえげつないです」
え?やりすぎたか?

「いやいや、これぐらいは優しいお仕置きだろう、だってラファエルは神に喧嘩を売ったんだぞ?殴る蹴るで終わらせるなんて生易しい事では物足りないだろう?心をバキバキに折って、二度と逆らわないと魂に刻み込まないといけないだろう?これでも俺は手を抜いているつもりなんだがな?それにイヤーズのお偉いさん達にはいい加減気づけとヒントを与えないとな、武力でどうにかするのではないのだと・・・」
全員がそうなのか?と表情を改める。

「まあそう言われれば、納得ですが・・・これで手抜きなんですか?」

「やっぱり旦那だけは怒らしちゃあいけねえぜ、あのレケが本気でビビる訳だぜ」

「どうしたらそんな発想が出来るんだよ?」
おいおい、島野商事の一同よ。
俺を何だと思っているんだい?
人畜無害な半神ですよ?
人を悪者みたいに言わないでくれるかな?

「そう言うなお前達よ、娘を傷つけられた儂としては、守に手抜きなどしてくれるなと言いたいところじゃよ、じゃがこれで北半球の趨勢が決まるだろうて、まあ戦争とラファエルの話はこれぐらいでよかろう?もう飽きたわい、そろそろ本題に入ろうぞ」
ゼノンが話を修正する。
もうこの話をしたくない気持ちはよく分かる。

「だな、ラファエルの宗教の終焉はもはや決定事項だ、もう覆すことは出来ないだろう、次に移ろう」
全員を眺めると、皆が気持ちを入れ替えようと気持ちを新たにしていた。
顔を振ってリセットしようとする者もいた。

「さて、まずは俺からの提案だが、エアーズロックは引っ越してみないか?」
エリスとマルとコロが固まっている。
あんたは何を言ってるんだい?という表情をしていた。

「守さん・・・それはエアーズロックを見放せということなのかい?」
すまん、簡単に言い過ぎたね。

「エリス、そうではないよ。エアーズロック自体を引っ越ししてみないかということだよ」

「はい?」

「すいません、島野様、よく分かりません」

「引っ越すって・・・どうやって・・・」
エアーズロック組は訳が分からない様だ。

「俺の転移能力で島ごと南半球に引っ越さないかということだよ」

「「「「「ええーーー!!!」」」」」
ゼノンまで驚いていた。
あれ?そんなに可笑しなこと言ったか?
普通に出来ることなんだが?
それに北半球の趨勢は決したかに思えるが、イヤーズの残党が居るかもしれないからね。
エリスもこのまま北半球には居たくはないだろうし。
それにゼノンもそうしたくは無いだろう。
だったらいっその事、南半球に来ればいい。
という安直な考えから端を発しているだが。

「守よ・・・そんな事が可能なのか?」

「ああ、問題無いと思うが?」

「守さん・・・あんた出鱈目過ぎるだろうが!」
エリスが叫んでいた。

「パパ・・・あり得ないよ」
ギルまでそんな事を言い出した。

「ちょっと待ってくれ、全然可能だと思うぞ。それに俺はエアーズロックを使ってやりたいことが山程あるんだ」
島野商事一同は頭を抱えていた。
マルとコロは未だ固まっている。

「守よ・・・儂でもそんな事はこれまで聞いたことも見たこともないのじゃが?」

「そうなのか?」
だって創造神の爺さんはこの世界を造ったんだし、次期創造神に成るのなら、空に浮かぶ島の一つぐらいお引っ越しできなくてどうするのよ。
間違ってますかね?

「因みになんですが、島野さん・・・何処に引っ越しするつもりですか?」
マークが恐る恐る聞いてきた。

「ああ、それはこのサウナ島にだよ」

「「「「「ええーーー!!!」」」」」
どうにも話が進みづらいな。
そんなにおかしなこと言ってるか?
俺も常識が無くなってしまったということか?
まあいいだろう。
話を進めよう。

「いいかお前達。心して聞いて欲しい。俺の構想はこうだ、まずは俺の転移でエアーズロックをサウナ島上空に持ってくる。そして転移扉で繋いで行き来を可能にする。そしてエアーズロックにはレストランを造る。天使と悪魔達は料理と調理法に強い興味を持っていたからな、それも数店舗なんてケチなことはしない、レストラン街を造るんだ。言うならば天空のレストラン街だ。それだけでは無い。新たな娯楽としてスカイダイビングを始め、パラグライダーを造ることも考えたい。そしてこれが俺にとっての一番大事な部分なのだが、スーパー銭湯の別館を造るんだ。それも言うならば天空の温浴施設、天空のサウナだ!」

「「「「「おおおーーー!!!」」」」」

「凄い!天空のサウナ!」

「スカイダイビングってなんだ?」

「パラグライダーとは?」

「天空のレストラン?見て見たい」
各自思い思いの儘を口にしていた。

「凄い・・・」
議事録係のエリカまで声を漏らしていた。

俺は自慢げに全員の顔を見回す。
全員が興奮の表情を浮かべていた。
エリスに関しては興奮を通り越して涙を流しそうだった。

「どうかな諸君?」
俺は自慢げに全員を見渡した。

「パパ、最高!」
ギルは親指を立てていた。

「守さん・・・私には到底思いつかないよ」
エリスは今度は唖然としていた。

「守よ、見て見たいものじゃな」
ゼノンも興奮を隠していない。

「では満場一致と言う事でいいのかな?」

「「「「「はい!!!」」」」」
雪崩式になってしまった様だが、全員の一致を得られたようだ。
こうしてエアーズロックの未来に向けた草案は纏まった。
さてさて楽しくなって参りましたよ。
天空のサウナ。
絶対にやり遂げてみせる!
俺はワクワクが止まらなかった。
早速エアーズロックを島ごと転移することにした。
安全を期して、島民は全員サウナ島に移動している。
俺は先ずは『同調』でエアーズロックと意識を共有する。

とても面白い感覚だった。
フワフワした体感が心地よく、いつまでも繋がっていたいとの想いに陥りそうだった。
そして分かったのは、この島には意識があるという事だった。
そうでは無かろうかとは思ってはいた。
実際に繋がってみると、その存在を俺は受け止めざるを得なかった。
会話したい衝動に駆られたが、今はその時では無いと思っていたのだが、先方から声が掛けられた。
どうやらエアーズロックは俺と話がしたい様だ。
ならば話をしてみよう。
どんな会話になることやら。

(・・・我をどうするつもりなのだ?神よ・・・)

(エアーズロック・・・始めまして・・・俺は島野守・・・半神だ・・・)

(半神?・・・創造者ではないというのか?我にはそう感じたのだが・・・)

(そうか・・・直にそうなるのかもな・・・それでエアーズロック・・・お前を移動させるけどいいか?)

(移動?・・・何処に?・・・)

(南半球にだよ・・・駄目かい?)

(それはどうして?・・・)

(簡単なことだよ・・・この島の魅力をもっと知って貰う為だよ・・・)

(ほう・・・嬉しい話だ・・・)

(ああ・・・これまで以上に人が行き来する様になると思う・・・困った事が有ったら遠慮なく言ってくれよ・・・)

(ほう・・・良いのか?・・・だが我は沈下しておるのだが・・・)

(ああ・・・構わない・・・何とかしてみるよ・・・)

(そうか・・・どうやって?・・・)

(そうだな・・・魔石か・・・神石を使ってみようかと考えている・・・)

(ほう・・・興味深い・・・だが、そんな事をしなくともよい・・・)

(というと?・・・)

(我に神力を分けて貰えないか?・・・)

(構わないが・・・それで沈下が止まるのか?・・・)

(ああ・・・我にはその力がある・・・)

(そうか・・・もしかしてお前も神なのか?・・・)

(少々違うが・・・似たような存在かもしれん・・・)

(まあいい・・・分かった・・・始めていいか?・・・)

(よろしく頼む・・・)
俺はエアーズロックに触れて、神力贈呈を発動した。

(おお!・・・島野守・・・我はお主に従おうぞ・・・)

(エアーズロック・・・ありがとうな・・・じゃあ転移する・・・準備してくれ・・・)
俺はエアーズロックとの繋がりを堪能していた。
自分自身が自然の一部になった様な心地よさだった。
とても興味を引く体験だった。
またこいつとは話をしてみたい。

(エアーズロック・・・行くぞ)

(あい分かった・・・)
俺はエアーズロックごと転移した。

フュン!



サウナ島では本当に天空の島『エアーズロック』が転移するのかと、噂を聞いた人々で溢れ返っていた。
今か今かと俺とエアーズロックの到着を待っている。
転移する位置は、サウナ島の真上では不味いと、南の海岸から更に南に一キロほど離れた場所にすることにした。
結構な数の見学者が集まっている。
これはイベントに成ると、商魂逞しくエリカは屋台を出店し見学者達をもてなしていた。
これはマークには出来ない芸当だ。
エリカはここぞとばかりに本領を発揮していた。

「本当に島ごと転移なんて出来るのか?」

「島野さんなら或いは・・・」

「サウナの神様はやると言ったらやると思うぞ」
各々好きにコメントしていた。

そしてその時は突如訪れた。
ヒュン!
そんな音がしたのかもしれない。
エアーズロックが突如サウナ島の南の上空に現れたのだ。
余りの出来事に驚愕する見学者達。
そして一拍遅れて歓声が挙がった。

「うおおーーー!!!」

「マジか!」

「島が空に浮かんでいるぞ!」

「見てはいけないものを見てしまった!」
見学者達の興奮は収まりそうにない。
自然と拍手が巻き起こっていた。
島野一家の面々はそれをドヤ顔で受け止めていた。



俺はエアーズロックごと転移した。
特に神力をたくさん使ったという実感は無い。
どちらかといえば、エアーズロックに神力贈呈を行った方が、減りが多かった気がする。
でも相変わらず計測不能に変わりは無い。
まあ神力お化けですので。
まあこんなもんでしょ。

にしても歓声が凄い。
ここまで歓声が届くとは・・・
騒ぎ過ぎじゃね?
まあ好きにしてくれていいけど。
早速転移扉を設置して、サウナ島の受付に行くことにした。
受付に着くとエクスが駆け寄ってきた。

「マスター!凄え!おいら見てたぞ!」
エクスは興奮冷めやらぬといった具合だ。

「そうか、にしても凄い歓声だったな、エアーズロックにまで届いていたぞ」

「そりゃあそうだぜ、興奮するに決まってる!」
そうなのか?
俺にはよく分からん。
使い慣れた能力を披露したに過ぎないのだけどな。

「まあいいや、中に入るぞ」

「ああ、マスター。入ってくれ!」
エクスはそう言うと、入口の扉を開いてくれた。
サウナ島に入ると拍手で迎えられた。
しょうがないので俺は片手を挙げて答えることにした。
なんだかな・・・
人々を掻き分けてエリス達の所へ向かう。

エリスが笑顔で俺を出向かえてくれた。

「守さん、凄いな!」

「そうか?それよりも転移扉を繋げたから天使と悪魔を連れて、一度エアーズロックに戻ってみてくれないか?」

「分かった」

「その後エアーズロックの開発に関する打ち合わせをするから、事務所の会議室に集合だ」

「了解!じゃあ行ってくる」

「ああ」
俺は事務所の会議室に転移した。
だって人に囲まれていたからね。
いい加減人酔いしそうだ。
勘弁してくれよ。

会議室に着くと既にランドールさんが俺を待っていた。

「うわわ!」
いきなり現れた俺にランドールさんが驚いていた。
すまない、誰も居るとは思ってなかったよ。

「すいません、驚かせてしまいましたね」

「ええ、ビックリしましたよ・・・」
イケメンの驚く顔はちょっと笑えた。
息を整えたランドールさんから質問を受けることになった。

「それで島野さん、今度は何を造るおつもりで?」

「ランドールさん、それはメンバーが集まってから話しますよ」

「そうかい、でも島野さんのことだ、面白いことを始めるんだろうね」

「面白いがどうかは分かりませんが、力をお借りしますよ」

「私でよければ」
ランドールさんはノリノリだ。
メッサーラの学校も既に八校が出来上がっている。
その建設工事も今ではほとんど弟子達に任せており、ランドールさんはこれまでに無い新しい建築物を造りたいと以前話していた。

実は前に何かないかと意見を求められていた。
俺はどうしたものかと日本に帰り、建築物に関する本を何冊か購入し、ランドールさんにプレゼントしていた。
その本は今ではランドールさんのバイブルに成っていると彼は語っていた。
喜んでくれてなによりだ。
その後ランドールさんとは世間話をして、他のメンバーを待つことにした。

打ち合わせのメンバーは俺とランドールさん、エアーズロックからはエリスとマルとコロ、島野商事からはマークとランドとエリカだ。
後はギルとゼノンがオブザーバーとして参加している。
全員揃ったところで俺は打ち合わせを開始することにした。

「では、打ち合わせを始めよう」
無言で頷くメンバー。

「今回のエアーズロックの転移を経て、これからはランドールさん協力の元、まずはレストラン街の建設に従事することになる」

「ほお、レストラン街か」
ランドールさんは頷きながら答える。

「島野さん、それは今サウナ島にあるレストランの様なものになるのですか?」
エリカからの質問だ。

実は現在サウナ島にはレストランと呼ばれる店舗が二店舗ある。
まず一つは鉄板焼きのお店だ。
これは島野商事の直営店である。
来島者からの声で造ったお店だ。

それまでのサウナ島では、食事をしようとした場合に取れる手段は限られていた。
スーパー銭湯の大食堂か、迎賓館か、屋台かの選択肢しか無かった。
その為、観光や視察等で訪れた者達には、食事を楽しむ施設は限られていた。
迎賓館は割高の料金設定になっているし、スーパー銭湯の大食堂に入るには入泉料を払わなければならない。
そうなると残された選択肢は屋台となるのだが、常時営業している屋台はゴンズさんの大たこ焼きの屋台に限られる。
その他の屋台はイベント時に島野商事が出店しているぐらいでしかない。
他の選択肢が欲しいとの要望が後を絶たなかった為、鉄板焼きのお店を開くことにしたのだ。

鉄板焼き屋は、お昼は粉物中心のリーズナブルなお店だが、夜になるとステーキハウスとなり高級感溢れるお店となる、緩急をつけたお店となっていた。
更に夜の九時を過ぎると、バーとしての営業を行っており、俺はこのお店をカメレオン店舗と呼んでいた。
時間帯によって変貌するお店だ。
実に評判の高いにお店になっている。
ステーキハウスに関しては予約を取ろうものなら、半年待ちだ。

そしてもう一つのお店はマット君のお店である。
遂にマット君が独立という夢を叶えたのである。
その際にはいろいろなやり取りがあった。

まずは独立出来るだけの貯金を貯め、結婚予定の彼女との婚約を確たるものにしたマット君ではあったのだが。
いざ独立を考えた際に、メルラドに返って独立するのは不安があった様だ。
そこでマット君はマークを通じて俺に相談を持ち掛けてきた。
それはサウナ島でお店を構えさせて貰えないかというものだった。
その気持ちはよく分かる。
サウナ島ならレストランは足りておらず、来島者も財布の紐は緩みがちだ。
上客となる者は多いと考えられる。
俺は勿論受けてやりたかったのだが、そう簡単にはいかなかった。

というのも、サウナ島では国の直営店舗か、神様の店舗としてしかこれまで出店を認めてこなかったからだ。
その理由は明らかだ。
それ以外を許すと、ここぞとばかりに我こそはと出店を望む者達が大挙することは眼に見えていたからだ。
心情的にはマット君にはサウナ島で店舗を構えて欲しいところなのだが、体裁がそれを許さない。
そこで俺はリチャードさんを呼び出した。

「リチャードさん、相談があります」

「何なりとお申し付け下さいませ!」
リチャードさんは俺の部下かというほどに俺に従順だ。
何でかなぁ?
あんた外務大臣だよね?
リチャードさん・・・立場を弁えて下さいよ・・・。

「実はマット君が、このサウナ島で独立をしたいと言い出しました」

「なんと・・・」

「俺はそれを全面的に協力してあげたいと思っています」

「左様で御座いますか?」

「そこでメルラドの直営店舗の体裁を整えたいと思うのですが、如何でしょうか?」

「それは・・・お任せください!」
リチャードさんは簡単に認めていた。
本当にいいのかい?
と言いたくなったが、俺は堪えることにした。
こう言っては何だが、しめしめである。
こうして簡単に体裁は整えられた。

サウナ島との直接的な契約はメルラドの名義で行われおり、そしてメルラドがマット君と契約を行う。
要は転貸である。
転貸料金はほぼ無料に近い。
こうしてマット君のお店が建設されることになったのだった。

そしてマット君のお店は無事にオープンした。
レストランは定食屋だった。
これがサウナ島に訪れる者達に絶大な支持を得た。
安価で美味しい料理が食べられると、大いにウケていたのである。
ほとんどの料理が銀貨十枚以下で食べられると、そのリーズナブルな料金設定にも注目が集まった。
マット君のお店は大いに流行っていた。
定食屋は一定数以上の客からの支持を受けていた。
実際何を食べても美味しいのだ。
それはそうだろう。
マット君は副料理長として長くキャリアを重ねており、かつサウナビレッジの厨房を任されてきたのだから。
料理の腕は間違いがないのだ。

話を戻そう。

「さて、今回の建設の中心はレストラン街だ。それにフードコートも建設する予定としたい」
ランドールさんが手を挙げる。

「島野さん、フードコートとは何なんだい?」

「フードコートとは分かり易く言うと、屋台街みたいなもので、セルフサービス形式の食事の為の屋台共有スペースですよ」

「なるほど、それは面白そうですね、セルフサービスというのがいいですね、その分安く済むということですね?」

「そうですね、細かい仕組みは設計段階で教えますよ。それとフードコートは絶景の見える箇所に造ることにしたい」

「「「おおー!!!」」」
声が挙がる。

「エアーズロックは空に浮かんでいることが一番の利点だ。それを活かすのは景色だろ?」

「確かに、サウナ島を見下ろせるってのが好評となりそうですね」
エリカはよく分かっている。
今度はエリスが手を挙げる。

「守さん、レストラン街とはどんな感じにするんだい?」

「レストランは日本料理店、中華料理店、イタリアン料理店は欠かせない。後は居酒屋なんてのもどうかと考えている、後は自分で焼く粉物の店とか、いろいろ造りたい」

「おお!居酒屋ですか?」

「甘美な響き」
マルとコロは嬉しいみたいだ、ニコニコとしている。

「だが、喜ぶのはまだ早い、問題は山ほどある」

「と言いますと?」

「まずは初期投資だ」
マークが話を繋ぐ。

「ああ、そうですよね」

「そこで、ここに関しては島野商事が全面的に協力しようと考えている」
ここに島野商事のメンバーが参加していることに意味がある。

「宜しいので?」
マルは前のめりになっていた。

「島野さんならそう言うと思ってましたよ」
マークは笑顔だ。

「だな、間違いない」
ランドも同意していた。

「島野商事なら資金には事欠きませんからね」
エリカが後押しする。

「でも、勘違いしないで欲しい。こちらにも理がある仕組みにさせて貰うからな」

「というと?」
エリスは理解しようと懸命について来ている。

「簡単に話すと、お店の先行投資はこちらで全額持つが、毎月の売り上げの一部を賃料として支払って貰う」
要はアンジェリっちの美容院とメルラドの服屋と同じスキームだ。
こちらは何をしなくとも賃料にて利益が得られるからね、とは言っても将来的にはということにはなるけれど。
それに大きな違いは土地に対しての権利は発生しないから、エアーズロックには土地に関しての賃貸借契約は結ばなければいけない、当然割安にして貰うけどね。
従って美容院や服屋ほどのマージンは受け取れない。
だが・・・

「今では美容院と服屋の投資回収はとっくに終わっていて、権利収入と化してますしね、同じスキームを今回も利用するということですね?」
エリカは理解が早い。

「その通りだ、だが、土地に関してはこちらの物ではないからそこに関してはちゃんと賃料は支払う、美容院や服屋ほどのマージンは発生しない、だが美容院や服屋に負けない程のポテンシャルがエアーズロックにはあると俺は考えている。なんなら俺の自己資金で行ってもいいとも考えているのだが・・・」

「それは困ります、是非島野商事でやらせて下さい!」
エリカから懇願されてしまった。

「そうか?まあ任せるよ」
エリカは胸を撫で降ろしていた。
今ではエリカも立派な島野商事の社員だ。
会社の利益を優先して考えている。
ありがたい事だ。

「なんだか凄い事になってきた・・・」
コロが思わず声を漏らしていた。

「そして一番大事な料理の調理法などに関してだが、島野商事にプロデュースさせて貰うことにする」

「何と!そこもご協力して貰えると?」

「当たり前だろう?だがその見返りとして、スーパー銭湯の別館を造らせて貰う。ここはあくまでサウナ島のスーパー銭湯の延長線だ、即ち我々の持ち物であり、土地に関しても権利を主張させて貰う、口は挟ませないし、エアーズロック内ではあるが、これは島野商事の所有物であるという事になる、その為賃料などは支払わない。どうだ?この条件を飲めるか?」
ここは駆け引きめいているが、譲れない。
俺の拘りのスーパー銭湯である。
誰にも権利を主張させないし、口を挟ませない。
俺の自由に出来るものでないと意味が無いのだ。
それに賃料など取らせない。
当たり前だろう?
要は主導権は一切与えませんということだ。
逡巡したエリスであるが、その返事はあっさりとしていた。

「マル、コロ、守さんを信じよう。否、ここは信じるしか無いよ。それにエアーズロックに天空のお風呂やサウナが出来るなんて嬉しいじゃないか!土地が自分達の物じゃなくてもいいじゃないか!」

「ですね!エリス様!」

「そうです!」
随分と信用されたものだ。
あっさりと受け入れられてしまったな。
であれば遠慮は要らない。
本気でスーパー銭湯の別館を造らせて頂こう。
さてさて楽しくなってまいりましたよ!

「いいかエリス、マル、コロ、島野商事プロデュースは決して甘くは無いぞ、ただ単にレシピを伝授するだけでは無い、その心から学んで貰うからな!」

「心得た!」

「お願いします!」

「感謝します!」
いい返事だ。
こうして大まかな概要は出来上がった。
オブザーバーで控えるギルとゼノンも万遍の笑顔を見せていた。
さて忙しくなって参りましたよ。
ここはと肩を回す俺だった。
打ち合わせは続く。
「さて、準備期間だが、半年ほどにしたいと考えている」

「そんな早くて大丈夫なのですか?」
エリカは心配みたいだ。

「構想を纏めるのに一ヶ月、着工してから三ヶ月、準備に二ヶ月、その間天使と悪魔達にはサウナ島で修業して貰う。ランドールさん、どうでしょうか?」
俺の話を受けてランドールさんが答える。

「規模感に寄るが、これまでの経験から可能な事だと思うよ。島野さんが現場に出てくれればだけどね」

「勿論です、特にスーパー銭湯の別館は俺の能力を惜しみなく使うつもりです」
ランドールさんは笑顔だ。

「ならば可能でしょう」
話を先に進める。

「次に、マルとコロ」

「「は!」」

「天使と悪魔の中で、レストラン以外で働きたい者がいる様なら言ってくれ」

「それはどういうことでしょうか?」
マルとコロはいまいち分からないみたいだ。
二人共、困った表情をしていた。

「本人に働く意思なく勤められても困るんだよ、やっぱりやる気は重要だろう?全員がレストランで働きたいとは限らないだろう?」

「しかし、エアーズロックの住民としては義務があります。レストラン以外で働くなどあり得ないと考えますが・・・」

「否、マル。そういった考えは俺は好きではないな。職業選択の自由は重要なことだ。なによりも、やりたくない仕事をすることはつまらないし、職場にも悪影響を与えるものだ」

「左様でございますか・・・」

「エリス、そうは思わないか?」

「守さん、そうは思うが、我らは手を差し伸べられている身なんだ。そんな我儘を言っていいのかい?」
エリスは意外と頭が固いな。
否、義理堅いのか?

「それは我儘ではないな、コミュニティーに尽くしたいと思う事は大事だ。でもな、やはりそこは本人の意思を尊重すべきだと俺は思うんだ」
島野商事の面々は云々と頷いている。
こいつらは俺の言いたい事を充分心得ている。

「そうかい・・・分かったよ」
エリスも理解してくれたみたいだ。
これは大事な事ですよ!

「あと、出来ればその手を差し伸べられているという考えはやめて欲しいな。そう考えてしまうのは分からなくは無いのだが、こちらとしては手を差し伸べている気は全くないんだ。好きにやりたい事をやらせて貰っているだけなんだよ、正直に言ってしまえば、楽しくてしょうがないんだよ、俺は」
エリスの表情が明るくなった。

「ありがとう、そうさせて貰うよ」
やはりエリスは義理堅いみたいだ。

「さて、ここからは技術的な面含めて、現場を見ながら構想を練っていきたい。いいよな?特に水資源に関してどのようにしていくのかが重要と俺は考えているんだが」

「水資源で御座いますね、現在圧倒的に足りておりません」
コロは困った顔をしていた。

「だろうな、水は魔法で供給していたという事だったな」

「左様で御座います」

「いくつか俺に案があるんだが、実現可能かどうかを試してみたい」

「それは一体、どういった案なのでしょうか?」

「聞きたいか?」
マルは興味深々だ。

「はい!」

「それはな、転移扉を使う方法だよ」

「な!」

「嘘でしょ?」

「あり得ない!」
一同は驚きが隠せないみたいだ。

「俺としては海に転移扉を沈めて、水が欲しい時にエリスに転移扉を開いて貰う様にしようと思っている。その為、巨大な水タンクと俺の『分離』の能力を付与した神石が必要となる」

「守さん『分離』とは何なんだい?」
エリスには分からなくて当然かな?

「俺の能力の一つで、何でもその名の通り分離させることができるんだ、今回は海水から塩と汚れを分離させて水資源にしようということさ。そしてその塩も料理には欠かせない物になるからな」

「凄い!そんな能力があるなんて・・・流石は最高神・・・」
その最高神ってのちょいちょい挟んでくるけど、要らないよね?
複雑な気分になるのだが・・・

「そしてエリスには取得して貰わなければならない能力がある」

「それはいったい・・・」
エリスは身構えていた。

「結界だよ、持っているか?」

「いや、私は持ってないよ・・・」

「ギル、分かっているな?」
俺は意味ありげにギルを見つめる。

「うん、任せてよ!」
ギルは胸を張っていた。
僕に任せてくれと言いたげだ。

「というのも、一度開いた転移扉を閉じれなくなると思うんだ、それだけの水圧が掛かるからな」

「水圧・・・」

「ここは実際に通してみないと分からない事だが、浅瀬で繋いだとしてもその水圧は凄いものだと考えられる」

「そうなのかい?・・・」

「まあ細かい事は今後探りながらだな」

「ですね」
ランドールさんは何か言いたげだ。
まあ今度でいいだろう。
多分今回の建設で新たな能力を獲得したいということではなかろうか?
『合成』あたりだと思うが・・・

「じゃあ、現場に視察に行こうか?」

「「「はい!」」」
そういえばと、俺は思い出していた。

「あ、そうだった。話して無かったが、エアーズロックの沈下問題だが、解決したぞ」
全員が唖然とした表情をしていた。
中には何を言ってるんですか?という顔をしている者もいた。

「それは一体・・・」
コロが恐る恐る尋ねてきた。

「エアーズロックと『同調』して話してみたんだ。エアーズロックが言うには神力を分けてくれれば問題は解決するということだったから、俺は神力を分けておいたよ。そう言えばエアーズロックは俺に従うと言っていたぞ。特に何も命令もするつもりもないけどな。まあまた話をしてみるよ」
全員が固まっていた。
そして解凍した者達は好きな事を言い出した。

「「「はあ?」」」

「なにそれ?」

「ちょっと、パパ・・・」

「守さん・・・出鱈目すぎる・・・」

「これが規格外か・・・」
全員が何とも言えない顔をしていた。
マークが徐にコメントした。

「島野さん・・・敢えて言わせて貰いますね・・・やれやれだな・・・・」
遂に言われてしまった。
ハハハ、みたいです。



その後現場の視察を終えて、俺とランドールさんは仕事モードに入り、喧々諤々と打ち合わせを行うことになっていた。
俺達は何度も現場に訪れては、設計を行い。
草案を図面に反映させていく。
俺はサウナ島のスーパー銭湯の建設時を思い出して嬉しくなってきた。
多分ランドールさんも同じ気持ちなのだろう。
喜々として俺達は楽しんでいる。
だって楽しいんだもん、いいでしょ?別に?

天使と悪魔の修業についてはエリカに任せることにした。
これが適切と思われた。
エリカは俺の意図を理解しており、ある意味マーク以上に頼りになった。
でもやはり古参のマークの存在感は絶大で、いざ現場に入るとマークが細かい段取り等の手配は抜きに出ていた。
ある意味最強のコンビである。

修業中の身でありながら給料を貰えると天使と悪魔達は恐縮していた。
中には受け取れないとまで言い出す者もいた。
でもここは譲れない。
修業中であれど、戦力に変わりはないのだ。
支払うべき対価は払わないとね。
ほとんどの者達がレストランで働くことに成ったのだが、はやり一定数の者達はレストラン以外で働きたいという者達はいた。

その希望を俺達は聞ける限り叶えてやった。
中には熱波師なりたいという事を言い出す者もいた。
嬉しいじゃないか、俺は二言返事でその希望を叶えてやった。
だが、熱波師は一筋縄ではいかないぞ?
まあ頑張ってくれ。
良い熱波を期待しているよ。
さて、君はどんな熱波を送ってくれるのかい?

天使と悪魔は真面目に修業に励んでいた。
誰一人としてサボる者などいなかった。
全員必死である。
これがゴブオクンであったならば・・・絶対にサボっていたな。
あいつならそうだろう、目聡いゴンに見つかって叱られるに違いない。

そんなことはいいとしてだ。
実際のところ、天使と悪魔は料理に対して真摯に学ぶ姿勢を崩さなかった。
元々興味があったのだからそうであろう。
少ない資源の中で工夫を凝らしてこれまでやって来たのだから。
何一つ漏らさないと真剣に学んでいた。
そしてほとんどの天使と悪魔が、これほどの食材を見たことが無いと、驚いていた。
そのほとんどが知らない食材であると溢していた。
中には感動で打ち震えている者もいた。
それほどまでにこれまで苦労してきたんだろうなと思う。
これからは豊富にある食材を大いに堪能してくれ!

そして嬉しいことにメルルが現場復帰した。
子育てに一段落ついたメルルは、保育所にホノカを預けており。
ここぞとばかりに体育会系を現場に持ち込み、緊張感を与えていた。
これに天使と悪魔は恐れ慄いていた。
もはや料理班にとってはレジェンド扱いされているメルルだ。
天使と悪魔は挺身低頭でメルルに接していた。
そしてホノカだが、生後一年にして言葉を発していた。
感覚としては幼稚園の年中さんぐらいだ。
これがハイヒューマンかと唸らされてしまった。

ホノカは俺の事を、
「島野シャン」
と呼ぶ。
なんて可愛いんだろうか。
ホノカは俺を見つけると後を付けて来ようとする、随分懐かれてしまったみたいだ。

メルル曰く、
「家の旦那よりも、島野さんに懐いているかも・・・」
ジョシュアに申し訳なく思ってしまった。
すまんなジョシュア。

因みにだが、今では当たり前の様に保育所がサウナ島にはある。
始めは訪れるお客様相手に、サウナ島を楽しんで欲しいとエリカが造った施設ではあるのだが、今では従業員達が普通に子供達を預けていた。
そのホスピタリティーに感心すると、前に五郎さんからは言われていたが。
今では温泉街『ゴロウ』にも普通に保育所はある。
保育所はもはや南半球では無くてはならない施設になっていた。
子育てに奮起する母親に優しい施設だと、各国が取り入れていた。
そしてシングルマザーにとっては無くてはならない施設となっている。
日本の様にシングルマザーを優遇するような法律や制度は、この世界には無く。
シングルマザーとはいっても働かなければ、食べていくことは出来ないのだ。
要は母子手当は無いということだ。
それに無料の保険証も無い。
この世界もまだまだ発展途上中なのである。
誰にとっても優しい世界になって欲しいものだと切に願う。

ある程度の草案からの設計は出来上がりつつあった。
まずは先にも話に上がった水資源の確保の実験に取り掛かった。
というのもギルの指導の元、エリスが結界の能力を手に入れたからだ。
エリスは我が子から能力の指導を受けることに喜んでいた。

「私の坊やはこんなことも出来るのかい?」

「坊やはかっこいいねえ!」

「坊や最高!」
等といちいち騒いでいた。
何でも思った儘を口にしてしまうエリスは、ここに来て少々煩いぐらいだ。
でもその度に照れているギルは素直だなと思う。
我ながらいい子に育ったなと感じる。

そこで俺達は実験の準備に取り掛かった。
俺は先ずは転移扉を海中に設置した。
海流に流されない様に、大岩に転移扉を『合成』で張り付けてある。
転移扉自体も潰れては不味いと、鋼鉄製になっている。
更に腐食しない様に、表面に結界を張ってある。
これで海中の準備は終わった。

次に対の転移扉を設置する。
一先ずは実験の為、場所は選ばない。
だがちゃんと巨大な浄化タンクに水が流れる位置に、転移扉は設置してある。
こちらの扉は勿論引戸だ。
間違っても押戸にしたら開けることは無理だろう。
相当な力が要るからね。
いくらドラゴンでも、水圧に勝てるとは思えない。
水圧を舐めてはいけない。
実験を見守ろうと、ランドールさんとギル、そしてエリスが集まっている。

「よし、実験を開始しよう。まずは俺がやってみせるから見ててくれ」
三人は安全を考慮して、離れた位置から見ることにした。
安全第一です!
なんならヘルメットでも被ってみるかい?

「じゃあ行くぞ!」
俺は身体強化を発動してから扉に手を掛けた。
扉を開くと、相当な力で押し返された。
身体を持ってかれそうになった。
やはり水圧は凄いものだった。
何とか耐えることが出来たが、これは一仕事だ。
途中にヤバいと『念動』で自分の身体を支えたぐらいだからね。

海水がドバドバと転移扉から流れていた。
まるで滝の様相だ。
凄い水量の海水が、巨大な浄化タンクに流れていた。
ここまでは想定内だ。
問題は結界を張って扉を閉じることが出来るのかだ。

俺は転移扉に向けて結界を張った。
海水がピタリと流れなくなる。
よし!
俺は転移扉に手をかけて一気に閉めた。
これで成功!
実験は上手くいった。
一度扉を閉めてしまうと、水は全く漏れてこなかった。
そりゃあそうだよね、神力を流していない時は繋がってないからね。

次はエリスの番だ。
エリスが駆け寄ってくる。

「エリス、開く時にかなり強い力で開くから注意しろよ」

「はい!」

「じゃあエリス、やってくれ」
エリスは頷くと転移扉に手を掛けた。
エリスが勢いよく転移扉を開いた。
吹っ飛ばされていた・・・
だから言ったでしょうが・・・
しかしエリスはケロッとしている。

「ハハハ!凄い力だな。舐めてたよ!」

「ママ!大丈夫なの?」
ギルは心配の表情を浮かべている。

「坊や大丈夫だよ、嬉しいねえ、心配してくれるなんて」
そりゃそうだろう。
エリス・・・やっぱこいつも癖が強いな。
ていうか人の話を聞いて無いな。
ちゃんと聞けよ!

「島野さん、成功ですね」
ランドールさんが関心していた。

「ですね」

「にしても豪快ですね、ちょっと驚きましたよ。まるで滝の様でしたね」

「ですね、これを後三つほど準備しようと思っていますが、どうでしょうか?」

「問題はスーパー銭湯の別館でどれぐらい水が要るのかですね、でもあったに越したことはないでしょうね」

「ですね、レストランも水は使いますしね」

「じゃあ一先ず浄化タンクを満タンにしてみようか」

「了解!」
ドバドバ流れる海水だが、巨大な浄化タンクを満たすに、はそれなりに時間が掛かった。
待つのも暇なので、俺は『分離』の能力を付与してある神石を浄化タンクに張り付けて、神力を流してみた。
備え付けのドラム缶にドバドバと塩が造られていく。

「おおー!」
エリスが声を漏らしていた。
そして更にもう一つの神石を浄化タンクに張り付けていく。
こちらも『分離』の能力が付与してある。
神力を流すと備え付けのドラム缶にゴミがドシャドシャと溜まっていく。
そのほとんどが砂だ。
こればかりは使い道は無い。
後で海に返しておこう。
これで浄化タンクの中の水は天然水になっているだろう。
浄化タンクの中を見ると透明度の高い水が溜まっていた。
エリスは徐々に溜まっていく塩を眺めていた。
これは販売出来る程になりそうだ。
最近では、俺はあまり海水から塩を取らなくなったから、これもエアーズロックの特産品になりそうだ。

エリスは塩を舐めて、
「旨い!」
大声で叫んでいた。
いちいち煩いっての!

そろそろ浄化タンクに水が溜まってきていた。
エリスは転移扉に手を掛ける。
先程の反省をしたのだろう。
腰を落として身構えていた。

「それ!」
エリスは結界の能力を発動した。
ピタリと水の流れが止まる。
エリスはドヤ顔だ。
ギルもドヤ顔をしていた。
否、出来て貰わないと困るのだが?

エリスは転移扉を閉めると、
「出来たー!」
また叫んでいた。
だからいちいち煩いんだよ!
まあいいか。


エアーズロックの開発が行われようとしていた。
既に水資源についての確保は出来ていた。
実験を行った結果を得て、俺は転移扉と浄化タンクのセットを三つ完成させた。
稼働確認は済んでおりこの後はエリスが取り扱うことになっている。
これで水資源は問題無くなった。

そして俺とランドールさんは建設工事の着工を始めることにした。
草案から図面は出来上がっている。
これまでに無い仕上がりになるだろうと俺達は興奮していた。

俺は適時エアーズロックと会話している。
こいつも何が行われるのか気になってしょうがないみたいだ。
事あるごとに俺に念話をしてくる。
正直面倒臭いぐらいだ。
というより会話できることが嬉しいのか、たまにどうでもいい事を聞いてくる。
それなりのかまってちゃんだ。
思わず世界樹と繋がった時の事を思い出す。
毎朝天気について話をしたものだった。
随分と懐かしい思い出である。

でも実際の問題はここからなのだ。
どれだけの重量にエアーズロックが耐えきれるのかは重要な要素である。
浄化タンクは既に設置済みだが、今後建造物が沢山造られて、かつ人が出入りすることになる。
以前に神力を分けてはみたが、その後どんな状況なのかはエアーズロックにしか分からない。
いきなり耐えきれないと沈下されてしまったら、こちらとしてはどうにも出来ない。

等と考えていたら、エアーズロックがこんな事を言い出した。
(守よ・・・南半球は神気に満ちているな・・・これならばもう神力を貰う必要はなさそうだ・・・)

(そうか・・・それはよかった・・・)
これは一安心だな。

(して守よ・・・何故にここはこれほどの幸せな気に溢れておるのだ?・・・それに世界樹もいるようだ・・・)
俺はこの発言に違和感を覚えていた。
世界樹を感じることができるのか・・・もしかして・・・

(なあ・・・エアーズロック・・・お前・・・もしかして分身体を造れるんじゃないのか?・・・)

(可能だ・・・でも・・・今の直ぐは無理だ・・・もうちょっと力を蓄えたい・・・)
やっぱりな・・・だと思ったよ。
どうにもその存在感が世界樹の雰囲気に似ていたからだ。
この存在をどう表現したらいいのか俺には分からないのだが、大自然には意思があり、そして個性を持っている。
人と同意とまでは言わないが、間違いなく自我があるのだ。
それを俺は見過ごすことは出来ない。
同調で繋がったからこそという部分はあるのだがそれだけでは無い。
大自然には必ず意思があるのだ。

そしてエアーズロックはこんな事を言い出した。
(あと数ヶ月だな・・・お前の元に訪れようぞ)
マジか・・・来てくれなくてもいいのだが・・・
でも来るなとは言えないな。
好きに使わせてもらっているしね。

(待ってるよ・・・)
こう言うのが精一杯だった。

(そうだった・・・守よ・・・大空の神が近々顔を出すと言っておったぞ・・・)
マジか?もう上級神は要らないっての。
何しにくるんだよ?

(遠慮したいのだが?・・・)

(連れないではないか・・・)

(はあ・・・もう神様は足りてるっての・・・)

(そうは言うが・・・守よ・・・向うから勝手にやってくるぞ・・・スカイクラウン様はそういう神だ・・・)

(そうか・・・)
拒否権はないみたいだ。
大空の神スカイクラウンさんね。
はいはい、やれやれだ。

エアーズロックの事は一先ず置いておいて、俺とランドールさんは建設工事の着工を始めた。
ランドールさんの所の大工総勢三十名、サウナ島の大工は俺とマークとランドだ。
建設となるとどうにもこのメンバーになってしまう。
そしてここには新たな戦力として、オクボス率いる魔物大工軍団が勢揃いしている。
本当はマークは社長業に忙しくしているのだが、ここぞとばかりにエリカに丸投げして大工作業に交じってきた。
こいつめ、ついに丸投げを覚えやがったな。
俺の専売特許だったのに・・・
マークは楽し気にニコニコしている。
そうとう身体を動かす仕事がやりたかったみたいだ。

このメンバーはスーパー銭湯を造った時のメンバープラスアルファだ。
俺にとっては信頼のおけるメンバーだ。
全員が顔見知った間柄であり、阿吽の呼吸で作業を進めることができる。
要は勝手知ったる仲ということだ。
それにオクボス達はランドールさんの弟子であり俺に従順だ。
最高戦力になるに違い無い。

ランドールさんは大工に指示を出しつつも丁張とレベル測量を行っていく。
俺もそれに負けじと指示を飛ばしていく。
自分も負けるかとオクボスも着いて来ようと額に汗をかいていた。

今回の水資源の運用はこれまでとは大きく違う、その事を全員が理解している。
だが実際の造りは水道とあまり変わりは無い。
要は川から水を引くのではなく、巨大な浄化槽から水を引き込んでいるだけに過ぎない。
構造そのものは大して変わらない。
まずは土魔法を駆使して地面を抉っていく。

そして俺に声が掛けられる。
「島野さん、お願い出来るかな?」

ランドールさんがここからここまでと分かり易く地面を抉る位置を指し示している。
「了解!」

俺は自然操作を発動して一気に地面を穿つ。
「「「おおー!!!」」」

ランドールさんの所の大工達が声を挙げる。

「島野さんの能力を見るのも久しぶりだな」

「相変わらずえげつないな」

「反則だろ!」
好きに騒いでいる。
オクボス達は自慢げだ。

「騒いでないでお前達も働け!」
俺は大工達に檄を飛ばず。

「はいはい!」

「よく言うよ、俺達の仕事を奪っておいて」

「間違いないな」

「お前達、煩いんだよ!」
こんな掛け合いも楽しい。
やっぱり俺は現場が好きなんだなと感じる。

「さあ、島野さんこっちもお願いしますよ」
ランドールさんも楽しそうだ。

「了解!」
こうして俺達は楽しく作業を行っていった。



来なくていいのに・・・
エアーズロックから話を聞いてから三日後、建設作業をしている俺達の元に大空の神スカイクラウンが現れた。

「よう!島野だな!」
雰囲気としては飄々としているお兄ちゃんといった感じだった。
髪を靡かせた男神が俺達の上空に浮かんでいた。
風が吹いていないのに・・・何故に髪が靡いているの?
特徴的な視線を漂わせて、俺達を真上から見つめている。

「ああ・・・」
ちょっと立ち寄ったよ、とでも言いたげな雰囲気で上空から降りてきた。

「エアーズロックが世話になったみたいだな。助かったぞ」

「まあな」
何となく敬語を使う気にはなれなかった。
いい意味でね。
不思議と少し親近感があった。
これはなんだろう?
リラックスした雰囲気が妙に似合っている。
そんな気配を漂わせていた。

「それで、俺の許可なく南半球にエアーズロックを連れてきたみたいだが、どうしてだ?」

「ん?許可が必要だったのか?」

「・・・いや、要らない」
俺はずっこけそうになってしまった。
なんだこいつ?天然か?

「お前スカイクラウンだな?」

「そうだ」

「本当に来たんだな・・・」
来なくてもいいのに・・・

「そうだ、何となく立ち寄りたくなったんだ」

「あっ、そう・・・」

「これからも立ち寄ってもいいか?」

「好きにしてくれ」

「そうか、それで?俺には何のバイトをさせてくれるんだ?」

「はあ?お前もバイトをするのか?」

「ああ、そうしないと飲み食い出来ないとフレイズから聞いたからな」
フレイズから聞いたんだ・・・
変なこと吹き込まれてないといいけど・・・

「そうか・・・ところでお前は何が出来るんだ?」

「ん?色々・・・」

「・・・」
ちゃんと説明しろよ!
駄目だこいつ、マイペースが過ぎる。
こいつはまるで雲だ、掴み処が無い。
やはり癖が強かったか・・・
だと思ったよ、全く。

「色々で分かる訳がないだろ?ちゃんと説明しろよ!」

「説明か・・・面倒臭いな」
お前が面倒臭いっての。

「あのなあ、何が出来るか分からないと何のバイトを任せればいいか分からないだろうが?」

「そうか・・・そうだな・・・俺は・・・浮かんだり・・・浮かんだり・・・・浮かんだり・・・」
浮かんだり以外を言えよ!

「もしかしてお前・・・浮かぶ以外は何もできないのか?」

「いや、転移と結界は張れる・・・それ以外は・・・浮かぶことだな・・・ほとんど・・・」
なんだこいつ・・・ほぼ浮かぶことしか出来ないじゃないか・・・
まあいいだろう。
浮かぶって・・・何がある?
そうだな・・・サウナ島では特に仕事は無さそうだな・・・
てか浮かぶ?
特に何も思いつかないな・・・
強いて言えば・・・今ではないな・・・
でも・・・よし!こうしよう!

「なあ、今の直ぐではないが、お前向けのバイトを考えておくよ、それでいいか?」

「ああ・・・ところで・・・アースラはいるか?」
何で意味深な顔をしてるんだ?

「サウナ島にいるけどどうしてだ?」

「ん?アースラは俺の嫁さんなんだ・・・」

「はあ?」
嘘でしょ?マジで?

「島野、何を驚いているんだ?エアーズロックと世界樹は俺とアースラの子供なんだがな」

「マジか!」

「ああ・・・」
なんだか聞いてはいけない事を聞いてしまった気分だ。
俺の隣でランドールさんは固まっていた。
その気持ちはよく分かる。
てかアイリスさん、否、世界樹はアースラさんの権能で生み出されたものと勝手に思っていたのだが間違いだったみたいだ。
まさか父親が居ようとは・・・
それにエアーズロックはアイリスさん、もとい、世界樹の兄弟なんだ・・・
流石に驚きが止まらないな。
どうなってんだよ、いったい・・・。

俺は現場を離れてアースラさんの所にスカイクラウンを連れていった。
スカイクラウンを見るやいなやアースラさんが叫んだ。

「この人でなしが!」
怖っわ!
アースラさん、青筋立ってるよ。

「あんた!今更に何しに来たんだい?!どうせまたそこら辺をフワフワ浮かんでたんじゃろう?」

「よお、アースラ。久しぶりだな、元気だったか?」
アースラさんの激怒もお構いなしにスカイクラウンは飄々としている。

「久しぶりだなじゃと?!何しに来たんだい?!」
アースラさんの怒りは収まらない。

「何しにって、お前の顔を見に来たんだよ、愛する嫁の顔を見に来てはいけないのか?」
恥ずかしげも無くスカイクラウンは言う。

「なっ!・・・そうなのかい?」
アースラさんは一気に女性の顔になっていた。
マジかよ!
アホ夫婦なのか?

「もう!嬉しいじゃないかえ」
アースラさんは柄にも無く照れていた。
何だこれ?・・・
アースラさんはスカイクラウンにベタ惚れなのか?

「お父様!」
横からアイリスさんが混じってきた。

「よお、世界樹・・・そうだった、今はアイリスだったな」

「この人でなしが!」
そう言うとアイリスさんが思いっきりスカイクラウンをぶん殴っていた。
綺麗に顎に入ったみたいだ。
脳が揺れてスカイクラウンが前のめりに倒れ込んでいた。
アイリスさん・・・ナイスな一発です!
介抱しようと滲みよるアースラさん。
わらわらとして戸惑っている。

「お母様!止めて下さい!」

「そうは言うが・・・アイリスや・・・」
アースラさんは慌てふためいている。
この人があたふたする姿なんて始めてみるな。

「駄目です!この駄目親父は許せません!」
アイリスさんは本気で怒っていた。
ここまで怒るアイリスさんを俺は見たことが無い。
怖っわ!
怒らせてはいけない人が本気で怒っているぞ。

「ああ・・・アイリス・・・・」
スカイクラウンは呟いていた。

「この糞親父は、私のピンチにも駆けつけず、お母さまが神罰で神界から出られない時に何もすることなく、フワフワと浮かんでいただけだったんですよ!」
何だそれ!
それは殴られてもしょうがないな。
スカイクラウンお前が悪い。

「そうでは無いのじゃ、アイリスよ!」
アースラさんは必死だ。

「お母様何が違うと?この糞親父はフワフワ浮かんでいることしかしていないじゃないですか?」

「そうでは無いのじゃ、この人も枯れてしまったお前を心配して何度も何度も見に行っておったのじゃ、じゃが・・・何も手立てが無かったのじゃ・・・この人は浮かんでいることしか出来ないのじゃよ・・・」
はあ?・・・見には行ってはいたが、何も出来ずにいたって事なのか?
スカイクラウンはフラフラしながらも、なんとか起き上がりつつあった。

「ああ・・・いい一撃だった・・・」
スカイクラウンは何とか立ち上がるもヨロヨロとふら付いていた。
首を振っている。
何だこの家族・・・相手してられないな。

「そうだったのですか?そんな・・・知らなかった・・・」
アイリスさんは口を押えていた。

「この人なりにお前を心配していたのじゃよ、許しておくれ。アイリスよ・・・」

「すまなかったな・・・アイリス」
スカイクラウンは一度立ち上がるも、もう一度地面に沈んでいた。
相当な一撃だったみたいだ。

「そんな・・・お父様・・・ごめんなさい」
アイリスさんはスカイクラウンに歩み寄っていた。

「でも御主人も良く無くてよ、いつもフワフワ浮かんでばかりで何もしてない様に見えるのじゃよ」
アースラさんは腰に手を当てていた。

「そうなのか?」
再び立ち上がろうとするスカイクラウン。

「御主人この話、何度目かえ?」

「数えて無い」
いやそういう事ではないだろう。
駄目だこいつ、掴み処が無い。
正に雲だ。
会話すらも真面では無い。
ていうかフワフワ浮かぶばっかりじゃないか?
何なんだこいつ?

「それで、御主人や。久しぶりに現れて余に何の用なのじゃ?」
何とか立ち上がったスカイクラウンは事も無げに言った。

「それがな、俺もこの島で飲み食いしたいと思ったのだが、島野がバイトは後日というから、金を借りようと思って・・・」

「・・・」
あーあ、こいつ死ぬな。
あっ!神だから死なないか。

「この糞親父が!」
アイリスさんが収穫したばかりの人参を片手に、スカイクラウンの眉間を殴打していた。
再びスカイクラウンは倒れ込んでいた。
駄目だこりゃ。
次行ってみよう。
残念な親子関係と夫婦関係を目撃した俺は、しれっとその場を離れることにした。
こう言っては何だが構ってられない。
それに相手にしたく無い。
巻き込まれたら大変だ。
こっそり転移して建設現場に帰ってきた。

結局スカイクラウンにベタ惚れのアースラさんが、アイリスさんにバレない様にお金を渡していたらしく。
スカイクラウンは飲み食いには困らなくなったようだが、その様はまるでジゴロの様だった。
無自覚でそれを行うスカイクランはド天然なんだろう。
俺には全く理解できない。
ていうかもっとアイリスさんに殴られろ!
後日実際アースラさんからお金を貰っていたことを知ったアイリスさんから、スカイクラウンは延髄蹴りからの卍固めを喰らっていた。
タップしても放さないアイリスさんにアースラさんが慄いていた。



そんな事はいいとしてだ。
建設工事はどんどんと進んで行く。
はやり心許せる間柄の者達との仕事は早い。
それに楽しい。
どんどんと建設が成されていく。

今は日本料理店の建設を行っている。
ここはランドールさんの出番だ。
高級感溢れる日本庭園を演出していた。
これは凄い!
俺には出来ない芸当だ。
風流漂う日本庭園を眺めることが出来る割烹料理店が出来上がっていく。
ランドールさん曰く、彼の師匠のリョウイチ・カトウが造りたいと言っていたお店らしい。
本当はリョウイチ・カトウは、日本料理店を造りあげたかったみたいだ。
だが、彼は日本料理の技術が無かったために、造りあげても意味は無いと着手しなかったみたいだ。
だが詳細な図面は残っており、ランドールさんは大事に保管していたらしい。
今では俺と五郎さんによって日本料理はこの世界に持ち込まれている。
それに割烹料理となれば五郎さんの温泉街で充分に学ぶことが出来る。
リョウイチ・カトウが夢に見た料亭がこの世界で出来上がろうとしていた。

後日見学に訪れた五郎さんが唸っていた。
「儂の温泉街に同じものを造れねえか?ランドールよ」
五郎さんは本気で望んでいた。

その気持ちはよく分かる。
それぐらい出来が凄かったのだ。
ここでなされる密談は濃いものになるであろう。
日本であれば政治家とかが使っていそうだ。
とても品があるお店だ。
こう言ってはなんだが少々お高そうでもある。
その分このお店を利用することがステータスになるんだろうね。
着物を着た女将さんが良い仕事をしそうだ。
こういったお店が有ってもいいだろう。
高級料亭、いいじゃないか。
俺もたまには使わせて貰おうと思う。

そして他にも様々なお店が造られていく。
今回のレストラン街建設に当たって、実は数名の神様ズから自分のお店を出店したいとの要望があり、俺は公平を規す為に神様ズ全員に出店しないかと話を持ち掛けたのだった。
神様ズはほとんどが出店したいとの意向であり、天使と悪魔だけで数十件のお店を運営出来ないことは分かっていた為、こちらとしても嬉しい話だった。
正直に言ってしまえば俺はしめしめであった。
たくさんのレストランを造ると大見えを切ってはみたものの、よくよく考えたらマンパワーがあまりにも足りないと気づいたからだ。
ほっとしていたことは決して口にはしないのだが・・・
因みにこの割烹料理店はランドールさんのお店である。
彼は師匠の夢が叶えられると喜んでいた。

ではせっかくなので他の神様ズのお店を紹介させて貰おう。
そのほとんどに俺が何かしらの関与をしているのだが、そこは大目に見て欲しい。
俺は物好きなんでね。
又は出しゃばりとも言う。
まぁ後者だな。

まずドランさんのお店はアイスクリームショップだ。
牛乳を全面的に推し出したお店である。
恐らく売れ筋はバニラかストロベリー辺りになるのではないかと俺は睨んでいる。
定番だからね。
それにコーンに乗せるタイプとシンプルタイプを選べることになっている。
シンプルタイプはダブルやトリプルにすることも出来る。
アースクリームの作り方から保存方法に至るまで、既にドランさんとコロンの料理人には伝授済であり、店長はアグネスが務めるということらしい。
あいつで大丈夫なのだろうか?
他に適任者は居ないのだろうか?
ここは俺が心配する必要はないな。
おそらく子供達の人気店になるのではないかと思う。
否、女性にも人気だろうな。

次にレイモンドさんのお店は和菓子屋だ。
少々意外であるが、カナンの村の蜂蜜を上手く使うには打って付けと思える。
カナンの村人達は五郎さんの所とサウナ島に修業に来ている。
こう言っては何だが、ハチミツは和菓子との相性が良い。
何にでも混ぜることは出来る。
例えばカステラや、饅頭、カリントウの蜜にしてもいいだろうし、せんべいに付けても旨い。
要はいくらでもアレンジ可能で、もっと言うと料理の隠し味としては最強の調味料なのだ。
どうやらカナンの村には目聡い商人が居るみたいで、レイモンドさんを支えているみたいだ。
ロンメルが言うには今回の件でも暗躍しているようだ。
とは言ってもカナンの村の役に立っているのだからいい事だろう。
みたらし団子あたりがよく売れるのではないかと思われる。
次に五平餅も売れるだろうな。
最中を頬張るレイモンドさんを見ていて俺は安心出来た。
生ビールをがぶ飲みするよりはよっぽどいい。
これ以上子供の夢を崩さないでくれ・・・
そう俺は勝手に考えている。
でもここは異世界なんだよね・・・
プーさんなんて知られていない。

ゴンズさんはやはりたこ焼き屋だった。
でもそれだけではもったいないと、粉物も取り扱う様に提案したところあっさりと受け入れられていた。
結果、大たこ焼きとお好み焼き、そして焼きそばともんじゃ焼きを提供するお店になった。
更にここは自分でも焼く事が出来る仕様にすると、俺のアドバイスが全面的に受け入れられていた。
本当にそれでいいのだろうか?
俺の提案の全てをゴンズさんは受け入れていた。

「俺は商売のことは分からん!島野の言う通りにしていればいいだろう!な!お前達そうしろ!」
ゴンズさんはそんな指示を出していた。
やれやれだ。
まあここも流行るだろう。
自分達で造るのって結構楽しいよね。
子供達は喜びそうだ。
それにお好み焼きを引っくり返すのは一度はやってみたいよね。
楽しいイベントみたいなもんだし。

五郎さんは寿司屋を選択していた。
今では弟子を抱える大将が全面的に取り仕切るみたいだ。
大将であれば安心できる。
先日大将にガリを伝授したら無茶苦茶喜ばれてしまった。
やはり大将の料理に対する情熱は凄い。
その後も連日俺の所に現れては、何か新たな寿司が無いかと尋ねられた。
もう俺の知る寿司のほとんどを教えてしまっていた為、此処はマグロの解体ショーをやってみてはどうかと提案しておいた。
大将はそんなパフォーマンスがあったのかと唸っていた。
そしてここの寿司屋は高級感のあるお店にしたいと五郎さんが言っていたが、そんなお店でマグロの解体ショーはどうなんだろうか?
まぁ俺の口出しするところではないのだが・・・
大将が取り仕切るのであれば味は問題の無いお店になるのだろう。
フードフェスで食べた大将の寿司は旨かったからね。
久しぶりに寿司を食べたくなってきたな。
マグロでも獲ってこようかな?

そして頭を悩ませたオズとガードナーは俺に相談を持ち掛けてきた。
どうやらこいつらは二人で出店する気らしい。
俺はてっきりこいつらは辞退するものと思っていたのだが、そうでは無かったみたいだ。

「島野さん、二人でラーメン屋を開きたいと考えているのですがどう思います?」
確かにこいつらはスーパー銭湯の大食堂でしょっちゅうラーメンを食っていたからね。
どう思うと言われてもな・・・大変だぞ、ラーメンは・・・

「ラーメン屋か・・・何ラーメンにするんだ?」
これが結構重要だぞ。
ラーメンにフレーバーは肝心です。

「そこを悩んでいるんです、私の好みは醤油ラーメンなんですが、ガードナーは豚骨なんですよ」
オズは頭を抱えていた。

「だったら両方の味を提供したらどうだ?又は間を取って、豚骨醤油ってのもありなんじゃないか?」

「豚骨醤油ですか・・・良いですね」
確か前にメルルが正月の屋台で豚骨醤油ラーメンを提供していた気がする。
詳しくはメルルに聞いてくれ。

「でも言っておくぞお前達。ラーメンは本当に奥が深いからな。終わりの無い旅になるぞ!いいのか?」

「はい!それはメルルにも言われました」
流石はメルルだ、よく分かっている。
ていうかもうメルルに相談したんだね。

「まあ頑張ってくれ、味の良し悪しや意見の提供、レシピについても相談に乗ってやるからな」

「「ありがとう御座います!」」
なんとも手の掛かる二人だ。
でもラーメン屋は必要と考えていたからこちらとしてもありがたいな。
にしてもまさかこいつらがお店に立つ訳ではないよな?

「因みになんだが、お前達がお店に立つのか?」

「えっ!いけませんか?」

「否、そうではないが、お前達は神としての仕事があるだろうが?」

「勿論です、なので休日のみお店に立とうと考えています」
マジか!
ガードナーは未だしも、オズの湯切りしている姿は想像がつかないのだが・・・

「まあ、頑張ってくれ・・・」
俺は早々に二人の元を後にした。

エンゾさんは喫茶店を開くということだった。
スイーツを充実させると息巻いていた。
甘味中毒のエンゾさんのことだ、女性人気の高いお店になることだろう。
それにエンゾさんはメルルと仲がいい。
連日メルルとレシピについて話をしていた。
俺も隙さえあれば新たなスイーツを教えろと、エンゾさんとメルルに連行されている。
先日はチーズケーキを伝授したらエンゾさんでは無くメルルに怒られてしまった。

「島野さん酷い!こんなケーキはどれだけでも手を加えれるじゃないですか?新たな味の宝庫じゃないですか?」
確かにな・・・ごめんよ。
後日、メルルはその発言通りレアチーズケーキとベイクドチーズケーキをサクッと作っていた。
それをさらりとエンゾさんがパクっていた。
エンゾさんの喫茶店は流行るんだろうな。
外装と内装も可愛いを詰め込むとマリアさんも力んでいたからね。

そのマリアさんだがバーを開きたいということだった。
少々意外な申し入れだ。
でももしかして・・・ゲイバーなのか?
内容を詳しく聞いてみたがやはりゲイバーだった。
だって何故かステージがあるという事だったからね。
百歩譲ってスナックとは言えなくは無いのだが・・・
もう好きにしてくれとしか言えなかった。
でも昼間は絵画などを展示する展示場にするということだった。
緩急があり過ぎて俺にはよく分からん。
もうお好きにどうぞ。

そう言えば余談になるのだが、映画の二作目となる『恋の伝道師マリタン』が凄い人気を博していた。
連日映画館は大入りだった。
実績を伴ったマリアさんは新たな漫画作品に着手しただけではなく。
映画の原作も作り出していた。
今のマリアさんはノリに乗っている。
正に芸術が爆発していた。
どうせまた俺は映画の出資と漫画の感想を求められるのだろう。
この映画の出資だが驚くほどに回収が早い。

これはもはや俺個人よりも国家として取り組んだ方が良いと思った俺は、マリアさんにそう話したのだが、
「守ちゃんにお願いしたいのよ!」
頑固として譲らなかった。
何でなのかはマリアさんのみぞ知るである。
まあこっちとしては懐が温かくなるからいいのだが・・・
でもそろそろここはルイ君辺りに引き継ぎたい。
俺も暇では無からね。

オリビアさんだがやっぱりライブハウスを造ると言い出した。
そして意外にもその支配人をリチャードさんが行うということだった。
外務大臣がライブハウスの支配人って・・・いいのかい?
ここはオリビアさんというよりもリチャードさんを信用した結果だ。
ライブが無い時は居酒屋として営業するこということだった。
それも高級感のある居酒屋にしたいらしい。
それは最早居酒屋というよりもバーではなかろうか?
どういった営業になるのか俺にはいまいち分からなかったが、リチャードさんが付いているのなら問題無いだろうと放置することにした。
まあ権利関係については立ち会わなければいけなのだが・・・
基本俺はほぼノータッチに徹した。
巻き込まれない様に逃げていたとも言える。

そして案の定カインさんはカレー屋を造る様だ。
だろうなとは思っていたのだが・・・
既にカインさんには俺の知りうるカレーを全て伝授している。
様々な香辛料も全て教えてある。
今ではカインさんはカレーに合う物は何かを追求している状態だ。
カインさんはダンジョンの運営も程々にカレーの研究に余念が無い。
先日はナンについての相談を受けた。
どうしてここまでカレーに打ち込めるのか・・・
凄い情熱だ。
彼は三食カレーを食べているらしい・・・
朝からカレーって一郎かよ・・・
俺には無理だな。
絶対に胸焼けするに決まっている。

前にカインさんは、
「最近では『ダンジョンの街エアル』が『カレーの街エアル』と呼ばれる様になったよ!」
何故か誇らしげにしていた。
それでいいのかい?ダンジョンの神よ。
カインさんが嬉しそうにしていたから文句は無いのだが・・・
まあ聞く限りダンジョンの運営も上手くいっているみたいだし。
俺が口を挟むことでも無いだろう・・・多分。

ファメラは辞退するかと思っていたのだが、以外にもお店を開きたいということだった。
それは子供食堂だった。
子供好きなファメラらしいアイデアだった。
原価割れも辞さない位の価格で食事を提供するお店を開きたいとのことだった。
孤児は無料で食べれるということだ。
強いて言うならばここは定食屋だろう。
ファメラの所の孤児院の卒業者を中心にお店を運営するとのことだった。
そしてそれを聞いたギルとテリーが黙ってはいなかった。
こいつらも孤児院に思い入れが強い。
最大限手伝うと既に鼻息が荒い。
それにギルの料理の腕は今では料理長レベルだ。
旨い飯を孤児にたくさん食べさせたいとギルは語っていた。
フィリップとルーベンも休日は厨房に立つと張り切っていた。
いいじゃないか、俺はこういうのは好きだな。
俺も出来る限り協力したい。

マルとコロに掛け合って、此処には実質賃料を無料にして貰う事にした。
こいつらもそのコンセプトに賛同してくれていた。
エリスは元よりそのつもりだったみたいだ。
当然の事と受け止めていた。
話が分かる奴が多くて正直助かる。
それにしても天使と悪魔の人嫌いだが、今と成っては本当にそんな事があったのか?と言うぐらい無くなっている。
もしかしたら南半球に転移したことが大きな分岐点になったのかもしれない。
今では平然と人族や獣人と接している。
よかった、よかった。
でも巨人族にはとてもビビっていた。
これはサイズの問題なんだろうか?
自分よりも五倍近くデカいのだからビビッて当然か?

そして話を聞きつけたこいつが自分のお店を開きたいと言ってきた。
フレイズである、正直面倒だ。

「島野!我にもお店をやらせろ!」

「フレイズ・・・一応聞くが、お前何のお店を開きたいんだ?」

「そんなことは決まっている!激辛料理のお店に決まっているだろうが!」
だと思ったよ・・・
でもこいつにお店の経営なんて出来るのか?
甚だもって疑問だ。
でもよくよく聞いてみると意外と何とかなりそうだった。
と言うのも、フレイズはファメラの所の孤児達からはそれなりの信頼を得ており。
ファメラの孤児院の卒業生達や、他の国の孤児院の卒業生達が手を貸したいとの申し入れがあったみたいだ。
それにこのお店は事実上ファメラのお店である。
フレイズはただ単にこれを機に、辛い物が食べたいだけなのはよく分かっている。
あいつは結局そんなもんだろう。
でもファメラが後ろ盾になるというのなら、認めてやってもいいかと俺は許可を出した。

出店決定後、事あるごとにフレイズが、
「異世界の辛みを持ってこい!」
と煩かったので、タバスコを口にぶち込んでやったのだが。
フレイズは喜んでこれを受け入れていた。
なんだこいつ?
只の変態か?
その後デスソースを口に入れてやったら、フレイズはぶっ倒れて身体をピクピクさせていた。
これぐらいでこいつはちょうどいいだろう。
それでもまだ喰らいついてきたので、ブートジョロキアを栽培して、これも口にぶち込んでやった。
何故だかフレイズは感動で打ち震えて泣いていた。
駄目だ、アホの相手はしてられない。
もうこいつの相手は俺はしたくない。

そしてアンジェリっちはネイルサロンを造りたいとのことだった。
折角なのでまつ毛パーマも行ってはと、俺は要らない知恵を与えていた。
ピンときたアンジェリっちは流石である。
それだけに飽き足らず彼女は美容教室や、メイク教室も開くということだった。
こうなってくるともはやエステではなかろうか?
俺はエステがどういう物なのかはよく知らない。
これは美容サロンと言うのだろうか?
間違いなく女性人気の高いお店が造られていた。
此処まで来ると食事は最早提供はされないとも言えなくはないのだが・・・
でもスムージーは販売すると言っていた・・・
まあ華やかなお店もあって良いだろう・・・
そうしよう・・・うん。
それにそんな店もあってもいいだろう。
レストランでは無いが良いと思う。
ウケるのなら何でもありだな。

そしてゴンガスの親父さんは唯一の辞退者だった。
「儂は料理屋なんぞ柄ではないからの」
との事だった。
まあ親父さんはそれでいいと思う。
無理にお店を持つ必要はないからね。
サウナ島で鍛冶屋をやっているのだから充分だろう。
もしかしたら酒屋を開きたいと言い出すのかと思ったのだが、それは言わずにおいた。
この世界にアルコール中毒者は出したくは無いからね。
このおっさんの造る酒はアルコール度数が高すぎるんだよ!
エアーズロックでスピリタスは売らせないぞ!
駄目!絶対!

それにしても面白いことになってきた。
俺は嬉しくてしょうがなかった。

だが今回のレストラン街の中心はフードコートであると俺は睨んでいる。
というのも、エアーズロックへの転移扉での移動費は銅貨五十枚と格安にするつもりだからだ。
日本円にすれば五十円である。
各国や村からエアーズロックに訪れるには五十円で済むということだ。
サウナ島に立ち寄るよりも安い。

フードコートは天使と悪魔が前面に立って運営を行う運びとなっていた。
ここは現地の者達に任せたい。
今もジャンクフードを中心にサウナ島の厨房にて彼らは修業を行っている。
そしてフードコートでのブースは何にしようか?との会議が何度も行われていた。
その結果、実に多種多様なブースが造られる予定となった。

まずはハンバーガーショップだ。
これは確実に要る。
ジャンクフードの代表といえばこれだろう。
ここで販売されるフライドポテトは実に美味しい。
塩加減が絶妙だ。
そして皮付きのフライドポテトである。
アイリスさん曰く、皮つきの方が栄養価が高いらしい。
俺は皮無しでも良いと考えたがこの言葉に天使と悪魔が食いついた。
相当栄養価が欲しいらしい・・・最早充分足りているのではないだろうか?
もう食材には困ってないでしょうに。
習慣は抜けきれないのかな?

個人的にはチキンナゲットが好きだ。
チーズインナゲットは恐ろしく旨い。
まあ俺がレシピを作ったんだけどね。
チーズには拘りがあるからな。
特にクリームチーズをインしたチキンナゲットが格段に美味い。
自画自賛ですんません。
まあ長い話になりそうなのでこれぐらいにしておこう。
たぶんチーズバーガーかビックバーガーが売れ筋だろう。
食べ応えがあるからね。
バーガーはいくらでも手を入れられることが出来る。
フレーバーは無限大だ。
一先ずは定番でいいだろう。
拘るのはまだまだ先だ。

そしてうどん屋と蕎麦屋だ。
安定のラインナップであろう。
トッピングはある意味無限大だ。
海老天と、とり天が好まれる傾向にあるが個人的には山菜が好きだ。
でも伏兵的に山芋も好まれている。
時にトッピング決定戦が行われるのだが、だいたいが海老天かとり天が一位に成っている。
まあこれは好みだな。
好きな物をトッピングして欲しい。
トッピングは無限大だからね。
俺のお勧めは野菜のかき揚げに山菜だな。
ヘルシーな気分になる。
本当は違うと知っていはいるのだが・・・敢えて言うまい。
蕎麦は糖質が高い・・・言ってしまった・・・

更には定食屋となる。
これは外せない。
特にから揚げ定食は絶大な支持を得ている。
それはそうだろう。
から揚げを嫌いだなんて話は聞いたことが無い。
もしから揚げを嫌いだというのなら、何故なのかを俺は本気で教えて欲しいと思っている。
特にこの世界では俺のから揚げのレシピが蔓延している。
すまないが俺のから揚げは本物なんでね。
から揚げにはレモンをかける派とかけ無い派で意見が分かれるが正直どっちでもいい。
俺はそれよりもマヨネーズをかける派なのか、かけ無い派なのかの方が気になる。
俺はどっちでもいい派である。
あれば付けるし、無ければ無いでそれでいい。
無くても旨い!
それが最高のから揚げだろう。
違うかな?

から揚げには御飯が必要だろう。
御飯と共に食べる、これがから揚げに対する最大限の敬意だろう。
この定食屋はご飯のお替り無料となっているがドラゴンはお断りとしている。
あいつらは考えられないぐらい食うからね。
赤字になるのは眼に見えている。
お前達は外で食ってくれ。
特にゼノン!
ちゃんと俺は見ているからな。

実は俺はこっそりと『千里眼』と『地獄耳』をゼノンからパクっていた。
誰にもバラしてはいないけどね・・・
多分ゼノンも気づいていない筈だ。
フフフ・・・
見ているし、聞いているからな・・・

定食屋は特に丼系のラインナップに余念が無い。
かつ丼は間違いなく人気になるだろう。
後は海鮮丼、中華丼、麻婆丼、親子丼、牛丼、そして天津飯が売れ筋だろう。
実に丼物はせこい。
それは要は炭水化物に合う物を乗っければ良いということだからだ。
そしてここは異世界だ。
実に俺達がある意味流行せた丼があるのだ。
そう、ツナマヨ丼である。
今でもメタンは毎朝これを食しているとのことだった。
気持ちはよく分かる。
確かに旨い。
俺も好きだ。
だが・・・本当にそれでいいのか?

これは実は俺達の正体を知った一部の者達から、あのフードフェスにて提供された伝説のツナマヨ丼を復活して欲しいとの要望が絶えなかったからだ。
あの狐のグルメ記者さんが、サウナ島の事務所に押し掛けてきたという経緯もある。
であればここで復活させようと俺は考えたのだ。
売れるかどうかはよく分からない。
でも一定数の支持は受けるだろうと思う。
ツナマヨ丼はある意味島野商事の隠しレシピだったのだから。
因みにツナマヨおにぎりは普通に売られている・・・それもスーパー銭湯の大食堂にて・・・
何が違うと言うのだろうか?
ここはツッコんではいけない・・・大人の嗜みをしなくては・・・

イタリアンは絶対に要る。
ピザとパスタは無くてはならない。
要らない訳が無い、特にピザは島野商事の主軸商品とも言える。
マルゲリータかペパロニピザが売れるんだろうなと思う。
後は明太子パスタかな?
否、ナポリタンか?
此処は島野一家直伝のトマトソースが提供されることに成っている。
これは売れない筈がない。
絶大な信頼を俺はトマトソースに置いている。
俺のトマトソースは旨い!
これはすまないが譲れない。
自画自賛と言われてもいい、ここは胸を張って言える。
俺のトマトソースは旨いのだ!
真似できるのならやってみてくれ!
もっと言ってもいいのだが?
ごめんなさい・・・しつこいですよね・・・・
作製方法は明かしていない。
ここは一家相伝ですので。
知るのは俺とギルとエル、そしてメルルのみである。

次はステーキとハンバーグを提供するブースだ。
ここはリーズナブルにしたいところだ。
何故かって?
タンパク質は欲しいに決まっている。
特に天使と悪魔が熱望していた。
もう足りているでしょ?と言いたくはなったのだが止めておいた。
苦労が滲み出ておりますね。

多分チーズインハンバーグか、大根下ろしのハンバーグあたりが売れ筋では無いだろうか?
デミグラスソースのハンバーグも受けるだろうが、ここは好みが分かれるところだ。
本当はハンバーグにはいろいろと手を加えたいのだが、まずは無難にしたいと考えた。
ここは後日時間が出来た時にいろいろとやってみたい。
先ずはヘルシーに豆腐ハンバーグなんてどうだろうか?
女性受けすると思うのだが・・・

ステーキは恐らくボアかブル当たりが人気になるだろう。
食べ応えがあるからね。
個人的にはワイルドパンサーを味わってしまったのでそれを超えられる肉は無いと知ってしまっている。
ああ、またワイルドパンサーの肉を食べたいな・・・
探しに行こうかな?
食いたくなってきた。
また狩りの依頼が来ないかな?
意の一番に駆けつけて進ぜよう。
因みにステーキソースもオニオンソースと甘辛醤油、ガーリック等がある。
ここは好みが分かれるところだ。
俺は無難に藻塩と胡椒で食べたい。
シンプルに肉の味を味わいたいのでね。

そしてラーメン屋だ。
出来ればオズとガードナーのお店とは被りたくは無いのだが、ここは手を抜けない。
両者には既にこの件に関しては話してある。
負けませんよ!との心強いコメントを頂いている。
少し気を使って味噌ラーメン中心のラインナップにしてしまったのだが、ここは見逃して欲しい。
だってあいつらが困った顔をしているところは見たく無いからね。
ごめんね・・・身内びいきで・・・
でも野菜増し増しの味噌ラーメン、言うならばタンメンになってしまったのだがこれが売れない訳がない。
すまない・・・オズ・・・ガードナーよ・・・
こちらが流行るかもしれない・・・
それなりの自信作が出来上がってしまった。
俺はちゃんとお前達を応援するぞ!
勘弁してくれよな・・・
でもこちらに注目が集まってしまいそうだ・・・
俺のタンメンは旨い!

更にはカレーショップだ。
ここは複雑なカレーなんて扱わない。
トッピングが自由に選べるカレーショップだ。
同じカレーであってもカインさんのカレーショップとの棲み分けは出来ている。
これはスーパー銭湯の大食堂で提供されているカレーを使っている。
安定の島野商事の味なのだ。
後は好きにトッピングを楽しんで下さいといったお店だ。
これを外す訳にはいかないでしょう。
ある意味提供時間の最も早いお店になるのだろう。
そういった要素も必要だよね?
賛同して貰えたら嬉しいです。
俺はチキン煮込みチーズカレーが好きです。

そしてクレープ店だ。
これは無くてはならないだろう。
クレープは一定の修業を必要とする。
それに今では食事としてもクレープは提供されている。
野菜や果物だけでは無く、肉を挟んだクレープも提供されていた。
肉とは言っても、それはベーコンやウィンナーなどの加工肉が多い。
そして中にはツナマヨも使われていた。
これは朝食として食べてもいいと考えられた。
実際ツナマヨのクレープは大いにウケていた。
その気持ちは良く分かる。
クレープにレタスを挟んで、更にそこにツナマヨを加えたクレープは美味しかったのだ。
正に眼から鱗だった。
クレープの可能性に唸らされた出来事だった。
でも結局はスイーツとしてのクレープが売れるんだろうなと思う。
それは間違いないだろう。
個人的には生クリームをふんだんに使ったイチゴのクレープが良いと思っている。
間違っていたらごめんなさい。
もしかしたらチョコバナナ辺りも評判になるのかもしれない。

そして最後にオムライスのブースだ。
オムライスははっきり言って技術がいる。
というもの俺の伝授したオムライスはトロトロ卵のオムライスなのだ。
火加減とフライパンの扱いが重要だ。
修業に来た天使と悪魔は何度も失敗しては項垂れていた。
でもここはエリスの出番である。
失敗したオムライスを旨い旨いと連呼しながらバクバクと食べていた。
こいつが居ればフードロス問題は無いだろうと思う。
まあギルとゼノンもいるしね。
でなくともアイリスさんとアースラさんによって、食べ残しは良質な肥料になっているのだけれども・・・
そんな細かい話はいいだろう。
それぐらいこのサウナ島にはフードロスは無いということだ。

こんなラインナップがフードコートには並ぶことになっている。
さてどうなる事やら。
実に楽しみである。



建設工事は佳境を迎えていた。
実にたくさんのレストランが出来上がっている。
そして俺は待望のスーパー銭湯の別館を眺めている。
内容については後日自慢させて貰うとしよう。
一つ言えることは最高である!ということだ。
これ以上は敢えて控えさせて貰うとしよう。
ああ、自慢したい!

殆どの建物の建設が終わろうとしていた。
此処からは内装などの工事が始まる予定だ。
マリアさんは大変だ、そのほとんどの建物の内装と外装の仕上げを請け負っているからだ。
頭が下がる想いである。

一部ランドールさんが行う建物もあるのだが、
「まだまだランドールには任せてられないわ!」
珍しく真面目な顔付きで語っていた。
ここはこっそりと神力の込めてある神石を渡しておいた。
神力贈呈を行えばいいのだが・・・ねえ?
まあ察してください。

マリアさんはその権能を活かしてせっせと内外装を仕上げていく。
それにしても芸術の神のセンスは凄い。
到底この芸術力に俺は及ばない。
ポップなデザインだけでは無い、正に芸術と思われる作品が造られていく。
それに俺が評価する事では無いのかもしれないが、マリアさんは漫画を描き始めた所為か、格段に表現力が挙がっていた。
俺は思わずマリアさんに話し掛けていた。

「マリアさん、腕を上げましたね・・・」

「守ちゃん・・・ムフ!」
ムフ!はよく分からんがマリアさんは喜んでいた。
何故だかマリアさんは漫画の件でもそうだが俺の評価を気にする。
俺にそんな芸術を理解するセンスがあるとは思えないのだが?・・・
まあいいだろう。
それにしても凄い!このレストラン街を見て周るだけでも満足出来てしまう。

更に景観が素晴らしい!
思っていた通りだった。
エアーズロックからの景色は絶景だった。
サウナ島を一望できる。
俺は満足感に小躍りしそうな気分になっていた。