ラファエルは一人虚空を眺めていた。
もう何も考えたくは無かった。
でも様々な感情が押し寄せてくる。
無に成る事等出来なかった。
ラファエルは抑えようの無い感情の波に飲み込まれていた。
様々な念が彼を押し潰してくる。
後悔、懺悔、失望、怒り、憤り、虚無、そして時折希望。
残念ながら希望の感情は一瞬でしかない。
直ぐにその他の否定的な感情に飲み込まれてしまう。
ラファエルは自分をコントロールすることが出来なくなっていた。
完全に我を失っていた。
今やラファエルに近寄って来るのは、その財産目当ての者達しか居なかった。
心からの忠誠を誓う者などもはや誰一人としていなかった。
ラファエルは孤立していた。
信頼する者も、信用できる者も周りにはいない。
ラファエルは地球でも同様であったと、当時を思い出しては項垂れていた。
どうしてこうなったと、後悔する日々だった。
何処で間違えたと懺悔の念に堪えない。
俺はもう終わったと失望し。
シマノめ‼と怒気を荒げる。
なぜ信仰を俺に向けないと憤り。
まだ出来ることはあると一瞬考えるが、無理だと虚無感に襲われる。
この様な感情に日々苛まれている。
情緒不安定になっていた。
イヤーズは国力を失い、国民は半分以下になっていた。
あの襲撃からおよそ半年が経とうとしていた。
国民の決断は早かった。
隣国である、オーフェルン、サファリス、エスペランザに国民は流れて行った。
もはや亡命などという優しい物では無い。
その様相は民族大移動に近い。
そして中にはドミニオンや、ルイベントにまで足を延ばす者達もいた。
イヤーズの崩壊を止めることはもはや敵わない。
日に日に国力は衰退していった。
国民が減れば国力が減るのは必然。
イヤーズの衰退は止めどなかった。
北半球の趨勢はもはや決しかけていた。
それだけでは無かった。
国の根幹を担っている宗教は失墜していた。
もう拝謁に訪れる者は僅かだった。
それでも神気を集めたいラファエルは必死だった。
僅かながらも訪れる者達に、これまで以上に教義を広めようとしていた。
時にはこれまでに無いような優しい対応を見せたりしている。
しかし、頑張れば頑張るほどラファエルは空回りしていた。
次第に拝謁に訪れる者は両手で数えるほどになっていた。
急に掌を返すようなラファエルの態度の変化に、国民は猜疑心を持っていたのだ。
もう拝謁を受けても神気は発生しなくなってしまった。
もうラファエルに心からの崇拝を向ける者は居なくなっていた。
国王や、国の幹部達も拝謁に訪れるのだが、当然の様に神気など発生しない。
国王達はもはやラファエルに信仰心など無いのだから。
インフラを抑えられているから形式だけの拝謁を行っているだけに過ぎない。
それにラファエルの洗脳もその効果が薄れ始めていた。
その理由は、余りに連続して催眠魔法を行使してしまった為に、その効果が薄れてしまっていたからだ。
要は抗体が付いてしまったということだ。
連続して催眠魔法を行使してしまえば、精神支配系の魔法がレジストされる可能性は高まってしまう傾向にある。
実はラファエルはそれを知っていた。
これまで百年以上に渡って行使してきた魔法である。
そんなことは理解している。
しかし、何とかして宗教離れに歯止めをかけようとラファエルは必死になっていたのである。
短期間で何度も何度も催眠魔法を行使してしまった。
ラファエルの空回りは止まらない。
否、自ら首を絞めてしまっていた。
側近の者達も自然とラファエルと距離を取り始めていた。
あれほどまでに熱狂的な信者であったにも関わらずだ。
その理由ははっきりしている。
それは再び神獣と聖獣の襲撃があったからだ。
それは前回以上にインパクトを残していた。
前回以上の襲撃の規模だったのである。
それは前回の襲撃の後、ラファエルの神殿の八割方は修復出来ていたタイミングで行われた。
ラファエル含め、まだラファエルに信仰を寄せる国民達にとっては、やっと復興出来たと胸を撫で降ろした矢先だった。
襲撃前の半数以下ではあるが、まだ信者はいたのだ。
宗教は揺らいではいたが、まだ立て直しは可能だとラファエルと残った信者達は信じていた。
希望はあると。
まだ宗教は立て直せると。
しかし現実は違った。
噂は本当だったのだ。
また神獣と聖獣の襲撃はあると。
更に今回の襲撃は、前回と神獣は同じであったが、聖獣は違っていた。
聖獣は白蛇とアラクネセイントだったのだ。
また新たな聖獣が現れたことに、シマノなる神の戦力の大きさに愕然とさせられていた。
もはや何を以てしても敵わないと痛感させられていた。
どうしてそんなに戦力を有しているのか?
これはただの神では無いと認めざるを得なかった。
神敵と定めた神は、到底どうにか出来る相手では無いと。
逆にこちらが神敵とされているのはではないかと考えられた。
アラクネセイントは、鋼糸を撒き散らし、国民を雁字搦めにして動けなくしていた。
上半身が人間であることが恐ろしさを助長させていた。
「ラファエルは何処だー‼」
「ラファエル出て来い‼」
アラクネセイントは激怒しながら叫んでいた。
そして白蛇はとぐろを巻いて威嚇した後に、神殿の破壊を楽しむ様に、ゲラゲラ笑いながら尻尾で神殿の外壁を破壊していた。
「面白れえ!最高だぜ‼ギャハハハ‼」
白蛇の叫び声が木霊する。
そしてドラゴンは前回同様に咆哮した後に、神殿の屋根を踏み抜き、破壊の限りを尽くしていた。
「宗教など認めない‼」
「ラファエル‼掛かって来い‼踏み潰してやる‼」
ドラゴンは大声を張り上げていた。
実はこの時ギルは母親のエリスの翼を奪ったのはラファエルであると知っていた。
その憤怒たるやいなや。
前回とは比べ物にならない位に力が入っていた。
だが、前回同様に細心の注意は払われている。
衛兵は何もすることなく、ただただ崩れ行く神殿を眺めていた。
逃げ行く国民は、またかと頭を抱えていた。
そして、ラファエルは今回もまた、何もせずにいたのだった。
否、何も出来ずにいたのだ。
行かなければと、意を決しようとするのだが、足が竦んで動かない。
身体の震えが収まらず歯がカチカチと鳴っていた。
絶望の現実に怯え、居城の奥深くに潜り込んでいた。
それはまるで条件反射の様に。
居城の奥で諤々と震えていたのだった。
それに今回は神獣と聖獣に名指しされたのだ。
もう逃げるしか無かった。
恐怖で血の気が失せ、顔面蒼白になっていた。
そして、今回はそのラファエルの居城も半壊させられていた。
これはラファエルを認めないという最大現のアピールであった。
イヤーズの国民はそう受け止めていた。
もう充分に分かったと、国民はラファエルを見捨てるしか無かった。
結局のところ国を離れていった者達は間違っていなかったと。
もっと早く見捨てるべきだったのではないかと。
前回以上の襲撃は意味があるのだと。
いい加減分かれよというメッセージなのだと。
実際のところそれは間違っていない。
守から命を受けた三人は神殿だけではなく、居城も半壊させていいと言われていたからだ。
但し、絶対に負傷者は出すなと。
ここは今回も遵守させられていた。
破ったら許さんぞと・・・
でも今回は名指しで騒いでも良い。
ラファエルをここぞとまでに追い込んでやれと。
そう言われてしまえば、そうしない訳がない三人だった。
特にラファエルに悪感情を人一倍覚えているクモマルは、我先にと破壊行為に勤しんでいた。
本性剥き出しに、破壊の限りを尽くしていた。
その様子はとても楽しそうであった。
だがイヤーズ国民達にとっては恐怖でしかない。
クモマルは配下の蜘蛛達に人が居ない箇所を報告させ、好き放題に暴れまわっていた。
その情報を念話でギルとレケに瞬時に共有する。
暴れまわりつつもクモマルは冷静なのだ。
負けてはいられないと、レケも傍若無人に暴れまわる。
レケの笑い声が不気味に木霊していた。
レケは前回の襲撃に交じれなかったことを実は根に持っていた。
今回は自分も暴れられると有頂天になっている。
だが細心の注意は怠っていない。
怪我人をだそうものなら守に何をされるか分かった物ではないからだ。
レケは人一倍守の怒りを恐れている。
こうなるとギルも止戸惑うことを知らない。
ブレスを上空に吐きまくっていた。
そして不要に咆哮していた。
エリスの翼を奪ったラファエルを許す訳にはいかないと、暴れまわっていた。
でもギルも注意は怠らない。
今回は前回と違い、弟と妹を従えているのだから。
流石に遊びとは成らなかった。
自制心の強いギルならではあった。
イヤーズの国民は愕然としていた。
復興間もない時期の破壊行為は精神的に辛い。
完全に心を折られていた。
もはや立ち直ることは出来ない。
もう国を離れるか、宗教から距離を取るしかない。
現在国に残っている者は、国を離れられない事情を抱えている者が多い。
そうなると一択である。
もう宗教から距離を取るしかないと。
こうなってくると、シマノなる神のメッセージは充分に伝わった。
もうこの国には宗教はあり得ないのだと。
そしてその破壊行為は前回とは比ではなかった。
どうしてなのか、国の管理する施設も破壊されていたのだ。
前回はラファエルの神殿のみであったが、今回は違う。
神殿とラファエルの居城に加えて、国の施設もその対象になっていたのだ。
当然国の施設を調べ上げたのはクモマルである。
それも防具や武器の保管されている蔵を中心に破壊されていた。
武力に繋がる施設はその対象になっていたのだ。
今回はラファエルのみならず、国まで認めないと言われていることと変わらない。
結果、完全にイヤーズは無力化されていた。
唯一、王城のみがその対象に成らなかったことに、国の重鎮達は胸を撫で降ろしていた。
しかし、これにはメッセージがあると国王含め大臣達は受け止めていた。
これは国からラファエルを追い出せというメッセージだと捉えていた。
お前達のやることはそれだと言われているのだと。
そして間違っても武力に頼るなよと。
この日を境に連日国王と大臣達はどうやってラファエルを追い出そうかと極秘の会議を重ねることになった。
そしてそのことをラファエルは知らない。
ラファエルの孤立は深まるばかりだった。
そしてイヤーズから信者が居なくなっていた。
もはや自らの意思で拝謁に訪れる者は一人も居なかった。
拝謁をすると金貨が貰えるとの嘘の噂話を耳にした、金銭に卑しい者達が下卑た顔で拝謁を行っているだけだった。
神気は当然発生しない。
信仰心など持ち合わせてはいないのだから。
それでもラファエルはしがみ付く様に拝謁を受けていた。
否、拝謁を受けるというよりも、逆に祈ってくれというのが本音になっていた。
だが教祖然とした態度は変わらない。
はっきり言って、無様である。
国民のラファエルを見る目は冷徹だ。
そんなラファエルの腹の中などお見通しなのだから。
見下している者も中にはいた。
それを感じ取り更にラファエルは精神が崩壊していくのだった。
ラファエルは唯一の望みである五人の老師を呼び出した。
その表情は苦痛に満ちている。
呼び出しに答えたのはディッセンバーとオクトーバーのみであった。
予定の時間に成っても訪れない他のメンバーにラファエルの苛立ちは募っていく。
「二人だけか・・・」
情緒不安定なラファエルは、下を向いて呟いた。
「はい・・・」
ディッセンバーは思わず答えてしまっていた。
本当はディッセンバーもこの場には来たくは無かった。
しかし、これまで少なからず忠誠を誓ってきた相手である。
ディセンバーとしては無下には出来なかった。
本人としては今回で最後とするつもりであった。
最後は無難にやり過ごそうと考えていたのである。
彼なりの気遣いだった。
「念の為に聞くが、他の三人はどうして来ていないのだ?」
ディッセンバーは答えなければならない。
「は!特に何も連絡はありません・・・もしかしたら既にイヤーズには居ないのかもかもしれません」
これまでであればここは一喝されているところであった。
自分の考えや、推測などは話すことは許されていなかったからだ。
「そうか・・・」
ラファエルはそんな事はもうどうでもよくなっていた。
其れよりも、こうやって話している時ですらも、様々な感情に揺り動かされそうになっていたからだ。
ラファエルは今にも泣き出したくなったり、怒りの感情を吐き出したくなっていたのだ。
理性を保つのに精いっぱいだったのである。
「ジュライに関しては、シマーノに亡命したとの情報が入っています」
ラファエルは信じられないと眼を大きくさせていた。
「あの真面目なジュライがか・・・」
この情報は思いの外ラファエルにダメージを与えていた。
ラファエルはジュライことエリカに信頼を寄せていたのである。
「はい・・・それも亡命したのは半年以上も前とのことで御座います」
ディッセンバーはラファエルに同情したい気分になっていた。
ここまで落ち込むラファエルを見たことが無かったからだ。
「な!・・・それは前回の招集の時には既に亡命していたということか?」
「そうなりますね」
ディッセンバーは口調まで変わっている。
こうなると目上と敬う事に意味は無いからだ。
「教祖様、如何なさいましょうか?」
発言を許されていないオクトーバーまで話し出した。
「どうとも出来ないだろうな・・・」
「しかし・・・」
何処までも好戦的なオクトーバーには認めたくない発言だった。
オクトーバーは好戦的なラファエルが好きだった。
しかし、目の前のラファエルにはそんな面影は無くなっていた。
オクトーバーは失望していた。
「もはや粛清することに意味はないだろう?違うか?」
「・・・」
オクトーバーは押し黙ってしまった。
オクトーバーは今直ぐにでもこの場を立ち去りたくなっていた。
社会不適合者であるオクトーバーには、トーンダウンしたラファエルはもはや敬う対象ではなくなっていた。
心の中でふざけるなと叫んでいた。
「教祖様、報告があります」
「どんな報告だ?」
ラファエルは呆けた顔で尋ねていた。
情緒不安定は収まらない。
「ダイコクの誘拐ですが、二度失敗し、三度目は暗殺するように神殺しを雇いましたが、失敗しました・・・」
実のところ、誘拐は実行前にクロマルとシロマルに寄って阻止されていた。
その事をダイコクは知らない。
そして三度目の襲撃に関しては、クモマルによってイヤーズ内にて事は処理されていた。
事実はそんなところである。
ダイコクの知らぬ間に事件は解決していたのである。
そうとは知らないダイコクであった。
そして守には報告がなされている。
不意にラファエルはテーブルを叩く。
「ふざけるな!」
今度は怒りに身を任せるラファエルであった。
この一喝に恐縮する二人。
昔のラファエルが戻ってきたと喜ぶオクトーバー。
一気に緊張感が増したディッセンバー。
緊張感が場を支配する。
「すまない・・・いい過ぎた」
二人は訳が分からないとラファエルを見つめていた。
そしてお互いの視線を合わせると、声に出さずに語り合っていた。
(こいつ壊れたな)
(だな)
(もう俺は付き合いきれない)
(後少しだけ付き合ってやろう。終わりは見えたな・・・)
頷き合う二人。
「どうやらもう終わりの様だ・・・」
ラファエルは呟く。
「と言いますと・・・」
ラファエルは暗い瞳で虚空を眺めていた。
「宗教はもう終わりだ、五人の老師も解散しろ。私からは距離を置くがいい」
ラファエルからの宗教終了宣言が発せられた。
押し黙って二人はこの発言を受け止めていた。
こうしてこの世界から宗教が消滅した。
『新興宗教国家イヤーズ』は名を改めて以前の通り『イヤーズ』となったのである。
そしてラファエルは一人ひっそりと旅に出ることになった。
目指す先はラファエルしか知らない特別な場所である。
今でも神気を吸収し続ける、大量にある神石の保管場所であった。
ラファエルは誰にも後を付けられていないことを確認し、慎重に歩を進めていた。
しかしその背にはクモマルの配下の蜘蛛が張り付いていたことを、ラファエルは知らない。
こうしてラファエルは一人、旅に出たのだった。
もう何も考えたくは無かった。
でも様々な感情が押し寄せてくる。
無に成る事等出来なかった。
ラファエルは抑えようの無い感情の波に飲み込まれていた。
様々な念が彼を押し潰してくる。
後悔、懺悔、失望、怒り、憤り、虚無、そして時折希望。
残念ながら希望の感情は一瞬でしかない。
直ぐにその他の否定的な感情に飲み込まれてしまう。
ラファエルは自分をコントロールすることが出来なくなっていた。
完全に我を失っていた。
今やラファエルに近寄って来るのは、その財産目当ての者達しか居なかった。
心からの忠誠を誓う者などもはや誰一人としていなかった。
ラファエルは孤立していた。
信頼する者も、信用できる者も周りにはいない。
ラファエルは地球でも同様であったと、当時を思い出しては項垂れていた。
どうしてこうなったと、後悔する日々だった。
何処で間違えたと懺悔の念に堪えない。
俺はもう終わったと失望し。
シマノめ‼と怒気を荒げる。
なぜ信仰を俺に向けないと憤り。
まだ出来ることはあると一瞬考えるが、無理だと虚無感に襲われる。
この様な感情に日々苛まれている。
情緒不安定になっていた。
イヤーズは国力を失い、国民は半分以下になっていた。
あの襲撃からおよそ半年が経とうとしていた。
国民の決断は早かった。
隣国である、オーフェルン、サファリス、エスペランザに国民は流れて行った。
もはや亡命などという優しい物では無い。
その様相は民族大移動に近い。
そして中にはドミニオンや、ルイベントにまで足を延ばす者達もいた。
イヤーズの崩壊を止めることはもはや敵わない。
日に日に国力は衰退していった。
国民が減れば国力が減るのは必然。
イヤーズの衰退は止めどなかった。
北半球の趨勢はもはや決しかけていた。
それだけでは無かった。
国の根幹を担っている宗教は失墜していた。
もう拝謁に訪れる者は僅かだった。
それでも神気を集めたいラファエルは必死だった。
僅かながらも訪れる者達に、これまで以上に教義を広めようとしていた。
時にはこれまでに無いような優しい対応を見せたりしている。
しかし、頑張れば頑張るほどラファエルは空回りしていた。
次第に拝謁に訪れる者は両手で数えるほどになっていた。
急に掌を返すようなラファエルの態度の変化に、国民は猜疑心を持っていたのだ。
もう拝謁を受けても神気は発生しなくなってしまった。
もうラファエルに心からの崇拝を向ける者は居なくなっていた。
国王や、国の幹部達も拝謁に訪れるのだが、当然の様に神気など発生しない。
国王達はもはやラファエルに信仰心など無いのだから。
インフラを抑えられているから形式だけの拝謁を行っているだけに過ぎない。
それにラファエルの洗脳もその効果が薄れ始めていた。
その理由は、余りに連続して催眠魔法を行使してしまった為に、その効果が薄れてしまっていたからだ。
要は抗体が付いてしまったということだ。
連続して催眠魔法を行使してしまえば、精神支配系の魔法がレジストされる可能性は高まってしまう傾向にある。
実はラファエルはそれを知っていた。
これまで百年以上に渡って行使してきた魔法である。
そんなことは理解している。
しかし、何とかして宗教離れに歯止めをかけようとラファエルは必死になっていたのである。
短期間で何度も何度も催眠魔法を行使してしまった。
ラファエルの空回りは止まらない。
否、自ら首を絞めてしまっていた。
側近の者達も自然とラファエルと距離を取り始めていた。
あれほどまでに熱狂的な信者であったにも関わらずだ。
その理由ははっきりしている。
それは再び神獣と聖獣の襲撃があったからだ。
それは前回以上にインパクトを残していた。
前回以上の襲撃の規模だったのである。
それは前回の襲撃の後、ラファエルの神殿の八割方は修復出来ていたタイミングで行われた。
ラファエル含め、まだラファエルに信仰を寄せる国民達にとっては、やっと復興出来たと胸を撫で降ろした矢先だった。
襲撃前の半数以下ではあるが、まだ信者はいたのだ。
宗教は揺らいではいたが、まだ立て直しは可能だとラファエルと残った信者達は信じていた。
希望はあると。
まだ宗教は立て直せると。
しかし現実は違った。
噂は本当だったのだ。
また神獣と聖獣の襲撃はあると。
更に今回の襲撃は、前回と神獣は同じであったが、聖獣は違っていた。
聖獣は白蛇とアラクネセイントだったのだ。
また新たな聖獣が現れたことに、シマノなる神の戦力の大きさに愕然とさせられていた。
もはや何を以てしても敵わないと痛感させられていた。
どうしてそんなに戦力を有しているのか?
これはただの神では無いと認めざるを得なかった。
神敵と定めた神は、到底どうにか出来る相手では無いと。
逆にこちらが神敵とされているのはではないかと考えられた。
アラクネセイントは、鋼糸を撒き散らし、国民を雁字搦めにして動けなくしていた。
上半身が人間であることが恐ろしさを助長させていた。
「ラファエルは何処だー‼」
「ラファエル出て来い‼」
アラクネセイントは激怒しながら叫んでいた。
そして白蛇はとぐろを巻いて威嚇した後に、神殿の破壊を楽しむ様に、ゲラゲラ笑いながら尻尾で神殿の外壁を破壊していた。
「面白れえ!最高だぜ‼ギャハハハ‼」
白蛇の叫び声が木霊する。
そしてドラゴンは前回同様に咆哮した後に、神殿の屋根を踏み抜き、破壊の限りを尽くしていた。
「宗教など認めない‼」
「ラファエル‼掛かって来い‼踏み潰してやる‼」
ドラゴンは大声を張り上げていた。
実はこの時ギルは母親のエリスの翼を奪ったのはラファエルであると知っていた。
その憤怒たるやいなや。
前回とは比べ物にならない位に力が入っていた。
だが、前回同様に細心の注意は払われている。
衛兵は何もすることなく、ただただ崩れ行く神殿を眺めていた。
逃げ行く国民は、またかと頭を抱えていた。
そして、ラファエルは今回もまた、何もせずにいたのだった。
否、何も出来ずにいたのだ。
行かなければと、意を決しようとするのだが、足が竦んで動かない。
身体の震えが収まらず歯がカチカチと鳴っていた。
絶望の現実に怯え、居城の奥深くに潜り込んでいた。
それはまるで条件反射の様に。
居城の奥で諤々と震えていたのだった。
それに今回は神獣と聖獣に名指しされたのだ。
もう逃げるしか無かった。
恐怖で血の気が失せ、顔面蒼白になっていた。
そして、今回はそのラファエルの居城も半壊させられていた。
これはラファエルを認めないという最大現のアピールであった。
イヤーズの国民はそう受け止めていた。
もう充分に分かったと、国民はラファエルを見捨てるしか無かった。
結局のところ国を離れていった者達は間違っていなかったと。
もっと早く見捨てるべきだったのではないかと。
前回以上の襲撃は意味があるのだと。
いい加減分かれよというメッセージなのだと。
実際のところそれは間違っていない。
守から命を受けた三人は神殿だけではなく、居城も半壊させていいと言われていたからだ。
但し、絶対に負傷者は出すなと。
ここは今回も遵守させられていた。
破ったら許さんぞと・・・
でも今回は名指しで騒いでも良い。
ラファエルをここぞとまでに追い込んでやれと。
そう言われてしまえば、そうしない訳がない三人だった。
特にラファエルに悪感情を人一倍覚えているクモマルは、我先にと破壊行為に勤しんでいた。
本性剥き出しに、破壊の限りを尽くしていた。
その様子はとても楽しそうであった。
だがイヤーズ国民達にとっては恐怖でしかない。
クモマルは配下の蜘蛛達に人が居ない箇所を報告させ、好き放題に暴れまわっていた。
その情報を念話でギルとレケに瞬時に共有する。
暴れまわりつつもクモマルは冷静なのだ。
負けてはいられないと、レケも傍若無人に暴れまわる。
レケの笑い声が不気味に木霊していた。
レケは前回の襲撃に交じれなかったことを実は根に持っていた。
今回は自分も暴れられると有頂天になっている。
だが細心の注意は怠っていない。
怪我人をだそうものなら守に何をされるか分かった物ではないからだ。
レケは人一倍守の怒りを恐れている。
こうなるとギルも止戸惑うことを知らない。
ブレスを上空に吐きまくっていた。
そして不要に咆哮していた。
エリスの翼を奪ったラファエルを許す訳にはいかないと、暴れまわっていた。
でもギルも注意は怠らない。
今回は前回と違い、弟と妹を従えているのだから。
流石に遊びとは成らなかった。
自制心の強いギルならではあった。
イヤーズの国民は愕然としていた。
復興間もない時期の破壊行為は精神的に辛い。
完全に心を折られていた。
もはや立ち直ることは出来ない。
もう国を離れるか、宗教から距離を取るしかない。
現在国に残っている者は、国を離れられない事情を抱えている者が多い。
そうなると一択である。
もう宗教から距離を取るしかないと。
こうなってくると、シマノなる神のメッセージは充分に伝わった。
もうこの国には宗教はあり得ないのだと。
そしてその破壊行為は前回とは比ではなかった。
どうしてなのか、国の管理する施設も破壊されていたのだ。
前回はラファエルの神殿のみであったが、今回は違う。
神殿とラファエルの居城に加えて、国の施設もその対象になっていたのだ。
当然国の施設を調べ上げたのはクモマルである。
それも防具や武器の保管されている蔵を中心に破壊されていた。
武力に繋がる施設はその対象になっていたのだ。
今回はラファエルのみならず、国まで認めないと言われていることと変わらない。
結果、完全にイヤーズは無力化されていた。
唯一、王城のみがその対象に成らなかったことに、国の重鎮達は胸を撫で降ろしていた。
しかし、これにはメッセージがあると国王含め大臣達は受け止めていた。
これは国からラファエルを追い出せというメッセージだと捉えていた。
お前達のやることはそれだと言われているのだと。
そして間違っても武力に頼るなよと。
この日を境に連日国王と大臣達はどうやってラファエルを追い出そうかと極秘の会議を重ねることになった。
そしてそのことをラファエルは知らない。
ラファエルの孤立は深まるばかりだった。
そしてイヤーズから信者が居なくなっていた。
もはや自らの意思で拝謁に訪れる者は一人も居なかった。
拝謁をすると金貨が貰えるとの嘘の噂話を耳にした、金銭に卑しい者達が下卑た顔で拝謁を行っているだけだった。
神気は当然発生しない。
信仰心など持ち合わせてはいないのだから。
それでもラファエルはしがみ付く様に拝謁を受けていた。
否、拝謁を受けるというよりも、逆に祈ってくれというのが本音になっていた。
だが教祖然とした態度は変わらない。
はっきり言って、無様である。
国民のラファエルを見る目は冷徹だ。
そんなラファエルの腹の中などお見通しなのだから。
見下している者も中にはいた。
それを感じ取り更にラファエルは精神が崩壊していくのだった。
ラファエルは唯一の望みである五人の老師を呼び出した。
その表情は苦痛に満ちている。
呼び出しに答えたのはディッセンバーとオクトーバーのみであった。
予定の時間に成っても訪れない他のメンバーにラファエルの苛立ちは募っていく。
「二人だけか・・・」
情緒不安定なラファエルは、下を向いて呟いた。
「はい・・・」
ディッセンバーは思わず答えてしまっていた。
本当はディッセンバーもこの場には来たくは無かった。
しかし、これまで少なからず忠誠を誓ってきた相手である。
ディセンバーとしては無下には出来なかった。
本人としては今回で最後とするつもりであった。
最後は無難にやり過ごそうと考えていたのである。
彼なりの気遣いだった。
「念の為に聞くが、他の三人はどうして来ていないのだ?」
ディッセンバーは答えなければならない。
「は!特に何も連絡はありません・・・もしかしたら既にイヤーズには居ないのかもかもしれません」
これまでであればここは一喝されているところであった。
自分の考えや、推測などは話すことは許されていなかったからだ。
「そうか・・・」
ラファエルはそんな事はもうどうでもよくなっていた。
其れよりも、こうやって話している時ですらも、様々な感情に揺り動かされそうになっていたからだ。
ラファエルは今にも泣き出したくなったり、怒りの感情を吐き出したくなっていたのだ。
理性を保つのに精いっぱいだったのである。
「ジュライに関しては、シマーノに亡命したとの情報が入っています」
ラファエルは信じられないと眼を大きくさせていた。
「あの真面目なジュライがか・・・」
この情報は思いの外ラファエルにダメージを与えていた。
ラファエルはジュライことエリカに信頼を寄せていたのである。
「はい・・・それも亡命したのは半年以上も前とのことで御座います」
ディッセンバーはラファエルに同情したい気分になっていた。
ここまで落ち込むラファエルを見たことが無かったからだ。
「な!・・・それは前回の招集の時には既に亡命していたということか?」
「そうなりますね」
ディッセンバーは口調まで変わっている。
こうなると目上と敬う事に意味は無いからだ。
「教祖様、如何なさいましょうか?」
発言を許されていないオクトーバーまで話し出した。
「どうとも出来ないだろうな・・・」
「しかし・・・」
何処までも好戦的なオクトーバーには認めたくない発言だった。
オクトーバーは好戦的なラファエルが好きだった。
しかし、目の前のラファエルにはそんな面影は無くなっていた。
オクトーバーは失望していた。
「もはや粛清することに意味はないだろう?違うか?」
「・・・」
オクトーバーは押し黙ってしまった。
オクトーバーは今直ぐにでもこの場を立ち去りたくなっていた。
社会不適合者であるオクトーバーには、トーンダウンしたラファエルはもはや敬う対象ではなくなっていた。
心の中でふざけるなと叫んでいた。
「教祖様、報告があります」
「どんな報告だ?」
ラファエルは呆けた顔で尋ねていた。
情緒不安定は収まらない。
「ダイコクの誘拐ですが、二度失敗し、三度目は暗殺するように神殺しを雇いましたが、失敗しました・・・」
実のところ、誘拐は実行前にクロマルとシロマルに寄って阻止されていた。
その事をダイコクは知らない。
そして三度目の襲撃に関しては、クモマルによってイヤーズ内にて事は処理されていた。
事実はそんなところである。
ダイコクの知らぬ間に事件は解決していたのである。
そうとは知らないダイコクであった。
そして守には報告がなされている。
不意にラファエルはテーブルを叩く。
「ふざけるな!」
今度は怒りに身を任せるラファエルであった。
この一喝に恐縮する二人。
昔のラファエルが戻ってきたと喜ぶオクトーバー。
一気に緊張感が増したディッセンバー。
緊張感が場を支配する。
「すまない・・・いい過ぎた」
二人は訳が分からないとラファエルを見つめていた。
そしてお互いの視線を合わせると、声に出さずに語り合っていた。
(こいつ壊れたな)
(だな)
(もう俺は付き合いきれない)
(後少しだけ付き合ってやろう。終わりは見えたな・・・)
頷き合う二人。
「どうやらもう終わりの様だ・・・」
ラファエルは呟く。
「と言いますと・・・」
ラファエルは暗い瞳で虚空を眺めていた。
「宗教はもう終わりだ、五人の老師も解散しろ。私からは距離を置くがいい」
ラファエルからの宗教終了宣言が発せられた。
押し黙って二人はこの発言を受け止めていた。
こうしてこの世界から宗教が消滅した。
『新興宗教国家イヤーズ』は名を改めて以前の通り『イヤーズ』となったのである。
そしてラファエルは一人ひっそりと旅に出ることになった。
目指す先はラファエルしか知らない特別な場所である。
今でも神気を吸収し続ける、大量にある神石の保管場所であった。
ラファエルは誰にも後を付けられていないことを確認し、慎重に歩を進めていた。
しかしその背にはクモマルの配下の蜘蛛が張り付いていたことを、ラファエルは知らない。
こうしてラファエルは一人、旅に出たのだった。