ドラゴムに『エアーズロック』に向かうメンバーが集結していた。
島野一家全員だ、今回はレケも同行している。
因みにエクスはお留守番。
入島受付を空ける訳にはいかない。
エクスには今度何か奢ってやろうと思う。
何でも欲し物を言ってくれ、俺に出来ることなら何でもしてやろう。
すまんなエクス、許してくれよ。
まあ、そもそもエクスはあまり旅には興味は無いみたいだ。
今は親父さんと酒を飲むことに喜びを感じてるみたいだしね。
初めての旅の同行にレケは何時になく気合が入っている。
本当はこいつも旅に同行したかったみたいだ。
テンション高く旅を楽しんでいる。
そしてゼノンとオリビアさんだ。
オリビアさんは既に泣きそうだ。
「オリビアさん・・・早すぎますって・・・」
思わず声を掛けてしまった。
だって何が待っているのかは行ってみないと分からないでしょ?
オリビアさんは勝手にエリスとの感動の再会を描いているみたいだが、実際に行ってみないと、エリスがどういう状況にあるのかは分からない。
俺はいつも以上に気を引き締めていた。
だってこういう時程事件はあるものでしょうよ。
ある意味フラグが立っているのだから。
俺とオリビアさんはゼノンの背中に乗っている。
というより、オリビアさんは俺の背中に捕まっており、ゼノンの背に乗るというより俺に捕まっているだけだった。
危ないので止めて下さい。
ちゃんとゼノンに捕まってください。
オリビアさんは何度言ってもいう事を聞いてくれなかったので、しょうがないので俺は『念動』でオリビアさんを俺背中に張り付けておいた。
でもなぜかオリビアさんは嬉しそうだ。
レケとクモマルはギルの背に乗っており、ゴンはエルに跨っている。
ノンはソロで飛んでいた。
旅の先導はゼノンが行っていた。
空の旅は快調だった。
『エアーズロック』への道順はゼノンから聞いてはいたが、先導してくれるのなら、それはそれで助かる。
それにしてもエンシェントドラゴンの背中はデカい。
そして安定感が半端ない。
ギルの背中も大概デカいが、ゼノンのそれは全然違う。
エンシェントドラゴンの背中は雄大だ。
ノンではないが、昼寝が出来そうだ。
「守よ、儂の背はどうじゃ?」
「ああ、大きな背中だな、安心していられるぞ。なんなら昼寝が出来そうだ」
俺に褒められてゼノンは喜んでいた。
現にオリビアさんは俺の背中で昼寝している。
「そうか、ナハハハ!」
「ゼノン、どれぐらい掛かりそうなんだ?」
「そうじゃな、半日も掛からんとは思うがのう?」
「そうか、途中で休憩を挟むか?」
「では後一時間も飛んだら休憩としようかのう、期待してもよいのか?」
「はあ?飯を作れっていうことか?」
「それ以外に何がある?」
やっぱりか、だと思ったよ。
「そうか・・・じゃあせっかくだからあそこの川で魚でも捕まえてみるか?」
目の前に雄大な河川が広がっていた。
一級河川ぐらい川幅が広い。
「それは面白そうじゃな」
「だろ?」
「では早速向かうとしよう」
ゼノンは降下して河川を目指した。
他の者達も後に続く。
川の水はとても澄んでいた。
日本ではこうはいかない。
川底まで見透せるほどの透明度だ。
俺は浮遊し、上から川の中を眺めて見た。
いるいる、これはいいねー。
川魚が優雅に泳いでいるのが見て取れた。
これは楽勝ですね。
「皆、ちょっと下がってくれるか?」
「ん?なんだ?」
レケは訳が分からず戸惑っていた。
「いいから下がれレケ、怪我するぞ!」
「お!おう!」
何かを察したのか、レケは川から一目散に離れる。
「ノン、加減を間違えるなよ」
「分かったー!」
ノンが一人前に出てくると、雷魔法を放った。
ドドドドーーーーンンン‼‼‼‼‼
一拍置いて川面に川魚が浮かんできた。
それを俺は『念動』で集める。
昔、海でこれをやった時には感電したからね。
二度も同じ間違いはしませんよ。
レケとオリビアさんが唖然としていた。
そしてゼノンには大うけしていた。
「ナハハハ!これは愉快!」
腹を抱えて笑っていた。
「ちょっとボス!なんちゅう漁をしてんだよ!こんなの見たこともねえよ!ノンもやり過ぎじゃねえか!」
「守さん・・・驚きましたわ・・・・」
他の一家は平然としている。
まあこんなもんでしょと言いたげだ。
こいつらにとってはいつもの光景だ。
何か問題でも?
俺は適当に木の枝から串を何本も作っていく。
それをギルとエルに手渡し、獲れた魚を串に刺していく。
腸を採って、火を焚いて、焼き魚を作っていく。
獲れた魚はニジマス、アユ、イワナ、鮭そして嬉しい事に鰻もいた。
鰻に関しては、後日別で調理して食べようと皆に説明した。
「それは期待してよいという事じゃな?」
「ああ、絶品料理を食わせてやるよ」
ニヤリと笑うゼノン。
こいつはほんとに食いしん坊だな。
そしてエリスにお土産になるかもと、大量に川魚を『収納』に保管した。
ギルとエルが焼き魚をせっせと焼いている。
俺は川魚の姿揚げを作っていく。
魚の骨が苦手なノンも、これならば丸ごと食べられるからいいだろう。
まったく、贅沢な奴だ。
他にもいろいろと作ろうかとも考えたが、手の込んだ料理は出来そうもない。
今日はこれで勘弁して貰おう。
でもゼノンはご機嫌だった。
「川魚がこんなに上手いとはのう、やはりこの塩が良い仕事をしておるのじゃな?」
サウナ島産の藻塩をふんだんに使っているから味に深みが出ている。
大食いで、今では食通のゼノンも唸る出来栄えだったようだ。
「ボス!旨えな!川魚を俺は見なおしたぜ!」
レケは川での漁はほとんど経験がないからか、川にも興味を抱いたみたいだ。
「なあボス、川魚も養殖は出来るのか?」
やはりそっちに興味が沸いたか。
「ああ、出来るぞ。ニジマスや鮭なんかは可能なはずだ。何ならトライしてみるか?」
「本当か?やったぜ!今度は川魚か、親方に自慢してやるぜ!」
レケの養殖愛は本物だ。
小躍りして喜んでいる。
ギルがこっそりと耳打ちしてきた。
「パパ、レケってさあ、地味に凄いよね」
地味にって・・・まあな・・・
「そうだな、やりたい事がある奴が一番輝いているからな」
これを聞こえてしまったレケがギルに食いつく、
「おい!ギル!聞こえたぞ!地味にって何だよ?」
「いや、レケってさ、豪快なようで繊細っていうの?そういうとこあるじゃない?」
「はん!ギル、お姉さんを舐めてんじゃねえよ!」
レケがギルに食って掛かる。
「はあ?誰が姉さんだよ!僕の方が一家では先輩なんだけど?」
ギルは癪に障ったみたいだ。
「止めて下さい!ギル兄さん、レケ姉さん!それを言うなら多分私が一番長生きしていますよ!」
「「はあ?‼」」
クモマルの制止に勢いを無くすギルとレケ。
「クモマル・・・お前いくつなんだよ?・・・」
「クモマル・・・答えてよ?・・・」
胸を張ってクモマルが答える。
何故かドヤ顔だ。
「私は今年で百五十歳になります!」
「「「「「はあ?‼」」」」」
全員が驚いていた。
ていうか俺よりも年上じゃん。
それを言うならゴンもか・・・
俺にとってはどうでもいいことかな。
年齢なんて関係ない。
こいつらは全員、俺の可愛い息子と娘だ。
「ちょっと待った!クモマルは絶対に僕の弟に決まっているよ!」
ギルは譲らない。
「はあ?ギル兄さんそれはないでしょう?さっきも言いましたが、年齢的には私が一番年上な訳で」
兄さんって呼んでるじゃない、その時点で弟確定でしょ?
「駄目!クモマルは一番下!」
「だな」
「そうですの」
「間違いない!」
全員に却下されるクモマル。
クモマルは項垂れていた。
「そんなー」
やはり弄られ役のクモマルは一番下に決定のようだ。
「この際だからはっきり言うけど、僕が一番上だからね!」
ノンが宣言した。
それは気に入らないとゴンが立ち上がる。
「はあ?ふざけるなノン!一番上は私でしょ!」
ゴンがツッコミを入れていた。
「何でさ?僕が一番主と一緒に居るんだから僕だよ!」
「でも私の方が聖獣として長いんですけど?」
ゴンも譲らない。
にしてもどうでもいい喧嘩だな。
やれやれだ。
「だから?そんな事は知らないよ」
一笑に付すノン。
「私もはっきり言わせて貰うわよ、私の方がこの世界では先輩なんだからね。主と一緒の期間はノンの方が長いけど、異世界のノンは犬だったって話じゃない?そんなのノーカウントよ!」
「でもこの世界に来てから僕は聖獣に成ってたし、聖獣に成ってから主と一緒に居る時間が長いのは僕なんだからね!」
確かにそうだ。
これはノンに軍配が上がったか?
「グヌヌヌ!」
「何だゴン?やる気か!」
おいおいおい!流石にこれは止めないとな。
ていうか、なんでこんなにもヒートアップしてんだこいつら?
「ちょっと待った‼」
俺の制止にビクリッ!と背を正す一同。
「お前達‼いい加減にしろ‼」
ここは一喝しないとね。
「・・・」
押し黙る一同。
俺の一喝にたじろいでいる。
「あのなあ?そんなに拘る必要があるのか?お前達は家族だろうが?仲良くやってくれよな!」
「でも・・・」
まだ拘るノン。
「でもってなんだ?ノン!お前の言いたいことは分かる。そしてゴン!お前の言いたいことも分かる」
「「うん!」」
「だからこうしよう!長男はノン、長女はゴン。次男はギル、次女はエル。三男はクモマルで、三女はレケだ」
一切喧嘩の本質には踏み込んでいない。
「「「「「おおー‼‼‼」」」」」
何がおおーだよ!
いい加減にせい!
てかこんな事で誤魔化せれるんだ。
こいつら大丈夫か?
「やっぱそうだよね?それが正解だよ!」
「だね、それが良いと思う」
「ですの、それが良いですの」
「ほら!クモマルは僕の弟なんだよ」
「下剋上失敗!」
「俺って三女なの?・・・」
各自思う処はあるみたいだが、いい加減不毛な兄弟喧嘩は終わってください。
その様子を万遍の笑みでゼノンが眺めていた。
この野郎・・・楽しんでやがるな?くそう!巻き込み様がない。
否、祖父という体で・・・それは無理があるな・・・
オリビアさんは無視して川魚に夢中になっていた。
相当口にあったみたいだ。
一心不乱に食べていた。
にしても何だったんだ一体・・・
久しぶりにこいつらの兄弟喧嘩を見たな。
そんなに拘ることかね?
その割には簡単に纏まったよね。
ていうか俺に騙された?
「お前達もう食べないのか?」
「駄目、まだ食べる!」
「僕も!」
やれやれだな。
その後も川魚料理は続いた。
思いの外好評だった。
空の旅を再開した。
納得がいかないのか、未だにレケがブツブツ言っている。
「もう!レケしつこい!」
ギルが相手をしている。
しなくていいのに。
「納得できっこないだろ?」
レケは俺に誤魔化されたのは分かっているが、物言いをつけられないみたいだ。
「でもどう考えてもレケはエル姉やゴン姉よりも妹だよ」
それはそうだろうな、ゴンとエルには相当面倒を見て貰った過去があるからな。
特にゴンには毎朝迷惑をかけていたからね。
今では起きれる様になったみたいだが、たまにやらかすらしいし。
深酒をするからでしょうね。
レケは変わらんな。
「まあ・・・それはそうか・・・でもギルよりはお姉ちゃんだろ?」
なんでそう思うんだろう?
分からなくは無いのだが・・・
正直どっちでもいいよ。
「もう、蒸し返さないでよ、いい加減パパに怒られるよ?」
「・・・分かった」
レケはギルの背で剥れている。
どうやら俺に怒られるがキラーワードみたいだ。
確かにレケは俺には何が有っても逆らわない。
どうしてそう思うのか俺には分からないのだが・・・
もしかしたら、ゴンズさんに何か言われたのか?
どうでもいいか。
畏まっている訳では無いからね。
まあ俺がストッパーになっているということなんだろう。
「守よ、こやつらは仲が良いのか悪いのか?理解に苦しむのう」
ゼノンは呆れていた。
「ほんとだな、でもこいつらが揉めることなんてよっぽど無いんだけどな」
俺には兄弟が居ないからよく分からんが、兄弟なんてこんなもんかもしれないな。
どうでもいい事でしょっちゅう喧嘩するみたいな?
俺の知らないところで喧嘩している気配はあるしね。
「そうか・・・喧嘩するほど何とやらか?」
「どうだろな?」
言葉の意味がちょっと違う様な・・・
「そう言えば『エアーズロック』じゃがな、前にも述べたが空に浮いておる島なのじゃがのう」
「そうだったな」
「その時の風向きで多少場所が変わる時があるのじゃよ」
「なんだそれ?」
島が風で流されるってことなのか?
そんなに軽いのか?
「とは言っても大きくはその場所は変わらぬが、季節風が強いと数キロは位置を変えるのじゃ、その島の地盤は浮遊石と呼ばれる石で出来ておるのじゃ、質量は極めて軽く、フワフワと浮かんでおるのじゃよ」
「そんな石があるんだな、まるでファンタジーだな」
「ファンタジーとな?」
「いや、いい。気にしないでくれ、それで?」
ファンタジーの説明はめんどくさい。
する気はありませんよ。
面倒臭いのでね。
「あの戦争で傷ついたエリスをアースラが儂の元に転移で運んでくれたのじゃがな、守も知ってのとおり、リザードマン達は儂らドラゴンに従順で甲斐甲斐しく世話を焼いてはくれるのじゃが、今とは違って知能が低くてのう、とても怪我の治療を施せる状況では無かったのじゃよ、それで儂がエリスを『エアーズロック』に運んだのじゃよ」
「そうだったのか」
ゼノンは頷く。
「『エアーズロック』は天使と悪魔が住んでおる島でのう、天使も悪魔もよく世話を焼いてくれる奴らでのう、治療にはここしかないと思ったのじゃよ」
「悪魔?」
どうして悪魔?
悪い奴等なのか?
「そうじゃ、悪魔族じゃよ、知らんのか?」
「知らないなあ、てか知る訳ねえだろ!」
「そうか・・・南半球にはおらなんだか」
千里眼で見て無いのかよ?
ちゃんと見てて下さいな!
「いないなあ」
「あ奴らは天使族と一緒で小さい奴らでのう、快い性格の奴らじゃ、たまに悪戯をするのが頂けんがのう」
悪い奴等では無さそうだ。
「天使と悪魔って、天敵じゃないのか?」
俺にはそう感じるのですが?
「ん?仲良くやっておる様に儂には見えるのじゃが?」
「そうなのか・・・」
天使と悪魔が仲良くしてるって・・・想像がつかないな。
固定概念はよくない、改めよう。
にしても悪魔って・・・
まあいいや。
「こ奴らは、リザードマンよりは知能が高いでのう、少しは益しな治療が出来るじゃろうと思っておったのじゃが・・・」
「おい!その間は何なんだよ?」
「駄目じゃった・・・」
はあ?何だそれ?
「駄目ってどういうことなんだ?」
「傷は確かに癒えた・・・しかしのう・・・大事な部分の治療は出来なんだのじゃ・・・」
「大事な部分ってなんだよ?」
「それは・・・着けば分るじゃろうて・・・」
何で歯切れが悪いんだ?
「今は教えられないって事なのか?」
「そうでは無いが、見て貰った方が早いと思ってのう・・・」
「そうか・・・」
今はこれ以上の追求は野暮みたいだ。
見れば分るのなら見ればいいのだろう。
「それと『エアーズロック』は下界とは距離をとっておる島なんじゃよ」
「ん?それは空に浮かんでいるからか?」
距離的な問題か?
「それもあるが、あそこの天使と悪魔はあまり人間が好きでは無いのじゃよ」
「過去に何かあったということか?」
だとしたらちょっと鬱陶しいことになるかも・・・
「その通りじゃよ・・・儚いのう」
何が儚いのうだよ、そういう話はもっと前に教えておけよ。
何かあるのが見え見えなんだけどな。
どうせひと騒動あるに決まっている。
これも会えば分るってことなんだろ?
そろそろ半日になる、いい加減着いてもおかしくはないだろう。
現に目の前に考えられない事に、空中に浮かぶ島が視界に入ってきていた。
これは異世界ならではだな。
壮観な景色だ。
「パパ!見て!見えてきたよ!」
ギルが興奮している。
「ああ!見えてるぞ!遂に来たな!」
「うん!」
そう返事をするとギルは堪えきれなかったのか、一目散に『エアーズロック』に飛び立っていった。
「おい!ギル!ちょっと待て!」
どうやら俺の声も届いていないみたいだ。
「守よ、飛ばすぞ!」
「そうしてくれ!」
ゼノンが全速力でギルを追いかけた。
放されては不味いと、ノンとエルも速度を上げた。
遂に『エアーズロック』が目の前に迫ってきていた。
やっとたどり着いた。
念願の『エアーズロック』だ
興奮するギルを責められる訳がない。
俺も興奮してきているのが分かる。
顔が綻んでしょうがない。
エリス・・・遂に会えるな。
この時を俺は待っていたぞ‼
私はエリス。
ドラゴンだ。
先程親父から連絡があった。
坊やとこちらに向かっていると。
私は涙が堪えられなかった。
其れと同時に身体の震えが止まらなかった。
遂に・・・やっと・・・坊やに会える。
興奮が抑えられない。
でも心がざわついた。
私に坊やに会う権利はあるのか?
私は名も知らない中級神に坊やを預けて、戦地に向かってしまった。
今となっては後悔が後を絶たない。
どうしてあの時の私は戦争を止められると自信に満ちていたのか・・・
今と成って甚だ疑問だ。
結果は・・・何も出来なかった。
ただ一方的に傷付けられただけだった。
そして私は翼を失った。
新たに出来た親友すらも別れる羽目になってしまった。
オリビア・・・どうしているのだろうか?
せめて生きていて欲しい。
どうか・・・お願いだ・・・
またオリビアの歌が聞きたいよ。
オリビアとの旅は楽しかった。
彼女の安否を願うばかりだ。
卵の坊やと離れてからはや百年以上が経っている。
坊やは私が分るだろうか?
私が坊やのママだよ。
分るかい?坊や、愛しい坊や。
坊やの事を愛して止まないママだよ!
お願いだよ、気づいておくれよ。
親父が言うには分かっているという事だったが、どうだろうか?
あの島に置いて行った私を坊やは恨んではいないだろうか?
責任感の乏しい母親だと、失望させてしまっただろうか?
寂しい想いをさせてしまっただろうか?
辛い思いをさせてしまっただろうか?
後悔の念が私を押しつぶしそうになっている。
この百年近く、私は後悔の念と戦い続けてきた。
でもドラゴンの本能には逆らえなかった。
戦争は止めなければならない。
平和の象徴であるドラゴンは、争いごとを止めることが出来る唯一の神なのだから。
親父に任せる訳にはいかなかった。
親父はこの世界を終わらせる力を持っている。
そんな親父を戦争に巻き込む訳にはいかない。
まだこの世界は捨てたもんじゃない。
私はそう思っていた。
苦しい現実の中にも幸せはあるのだから。
人々はまだまだ幸せを勝ち取ることは出来ると・・・
これまで何度坊やを迎えに行こうと思ったことか・・・
でも私には翼が無い・・・
飛べないドラゴンはドラゴンでは無い・・・
あの戦争で私は翼を失ってしまった。
治療を行おうと努力はしてみたが、失った翼はどうにもならなかった。
身体の傷は天使と悪魔が治癒魔法で癒してくれた。
でも翼は生えてこなかった。
勘づいてはいた。
だって翼の骨が無くなっていたのだから・・・
治癒魔法でどうにか出来るレベルでは無い事は分かっている。
それぐらいの重症なのだと。
戦争で傷ついた私をアースラ様が救ってくれた。
それは神のルールに背く行為。
アースラ様、私なんかの為に・・・
申し訳ありません・・・せめてお礼が言いたい。
きっと会いに来てくれないという事は、アースラ様に神罰が下ったのだろう。
私の所為で・・・
本当にごめんなさい・・・
この島から何度飛び出そうと思ったことか・・・
でも親父が言うには、北半球は今や危険な状況にあって、この島からは決して出てはならないという事だった。
親父なりの気遣いなのは知っている。
私は居ても経っても居られず、何度もこの島を飛び出そうとした。
でもこの島を飛び出す事は出来なかった。
それは翼を失ったからだけでは無く。
親父の能力でこの島から離れられなくなっていたからだった。
親父はズルい。
同族支配なんて能力は抗える訳がない。
親父が心配性なのか、私が無謀なのか?
多分親父の言い分が正しいと思う。
頭では分かっている。
でも・・・坊やに会いたいんだ!
何が何でも会いたいんだ!
私は戦争によって翼を失った。
今やこの世界は混乱に満ちている。
でも・・・坊やに会いたい・・・どうしても会いたい・・・
坊や・・・私の坊や・・・
どうしているの?
健康なのだろうか?
食事は摂れているのだろうか?
幸せにしているのだろうか?
ああ・・・坊や・・・私の坊や・・・
せめて・・・幸せであって欲しい・・・
多くは望まない・・・健在であって欲しい・・・
坊や・・・ああ坊や・・・私の愛して止まない坊や・・・
やっと・・・やっと会えるんだね!
私は一目散に飛び出していた。
島の端に。
感じる・・・坊やの気配を・・・
親父も居る・・・間違いない・・・坊やだ!
ああ・・・坊や・・・ごめんよ坊や・・・私を許しておくれよ!
でも・・・嬉しい・・・遂に・・・やっと・・・
ん?何だこの気配は?
圧倒的な気配が坊やの近くに・・・
え!・・・神の気配・・・ただの神ではない!
絶大な存在感・・・
今はいい・・・構ってられない!
坊や・・・私の坊や!
島の端が迫ってきた。
ええい!
これまで超えられなかった親父の権能を私は超えることが出来ていた。
坊や!!!!
私は坊やの腕に抱きとめられていた。
坊やの腕は逞しかった。
落下途中にオリビアを見ることが出来た。
オリビア・・・生きていたんだね。
良かった・・・
思わず手を振ってしまった。
親父が無茶苦茶怖い顔でこちらを見ていた。
すまない親父。
後でどれだけでも叱られてやるからさ。
あれ?支えられている?
あの人・・・ありがとう・・・
あんたが坊やのパパなんだね。
どうやら坊やは幸せな人生を歩んできたみたいだね。
私には分かるよ・・・
だって坊やのパパは・・・最高神じゃないか!
空に浮かぶ島まであとちょっと、という処で飛んでも無い事態が起きていた。
エリスらしきドラゴンが、空から降って来たのだ。
それも真面に飛べていない。
よく見ると翼が無いのだ!
ほとんど落下してきていた。
否、これは急降下だ!
「坊やー‼‼‼」
大声を発してギル目掛けて一直線に落ちてくる。
エリスなにやってんだよ!
「エッ‼エリス‼」
オリビアさんが驚きつつも声を掛ける。
「ん?!オリビア‼」
落下しながらもエリスはオリビアさんに手を振っていた。
何で余裕なの?
ギルはギョっとしつつも、受け止めなければと体制を整えるが、背中のレケとクモマルがギルの背中から落ちそうになっていた。
「ギル兄さん!落ちる!」
「ギル!止めてくれ!」
二人は必死に堪えるが空中に放り出されてしまった。
俺は『念話』でギルに、
(後は任せろ!エリスを頼む!)
と伝えて、転移してクモマルとレケを確保した。
危っぶな!
ギルは何とかエリスをお姫様抱っこの状態でキャッチしたが、今にも落下しそうだ。
それはそうだろう、エリスはギルよりもデカいのだから。
それでも踏ん張るギルに声が掛けられる。
「ギル!踏ん張れ!」
ノンはそう言うと、ギルの下に潜り込んで渾身の風魔法で体制を立て直す様にサポートする。
「ギル!後ちょっとですの!」
エルとゴンもギルの下に入り込んで、ギルを支える。
「ウォオオオオーーーー‼‼‼」
ギルが咆哮する。
どうにか踏ん張ったギルは態勢を整えて、上空に向かっていった。
実は俺は声には出さなかったが、念動でギルとエリスをひっそりと支えていた。
何かあっては不味いと思ったからだ。
ノンとエルが動き出したのが分かったから声を掛けなかっただけに過ぎない。
にしてもエリス・・・何やってんだよ‼
豪快にもほどがあるぞ!
これは豪快と言うよりも無謀なのでは無かろうか?
どうして空中で飛び込んでくるんだよ‼
地上何メートルだと思ってんだよ!
流石のドラゴンでも地面に叩きつけられたら死ぬぞ!
天真爛漫なのは聞いてはいたが、過ぎるぞ!全く!
何とか『エアーズロック』に辿り着くと、俺は胸を撫で降ろした。
こんな歓迎は二度とごめんです。
勘弁してくださいよ。全く。
そこには全身でギルを抱きしめるエリスがいた。
ギルも全力で抱きしめ返していた。
「ママなの?ママなの?」
ギルの涙声が木霊していた。
「そうよ!坊や!坊やのママよ‼」
全身全霊で抱きしめ合う二人。
この時俺はこの二人から眼を放せなくなってしまっていた。
俺はこの世界に来て初めて涙を流していた。
ただただ涙が頬を伝っていた。
止めどなく流れる涙を俺は拭う事すらしなかった。
否、出来なかった。
抱擁するドラゴンの母子に神々しい何かを感じていた。
神話の世界の一節を眺めている様な、そんな気分になっていた。
心の奥底から湧き出てくる達成感と、幸福感、そしてこれまでに感じたことが無い感動に全身が打ち震えていた。
この瞬間の為に俺はこの世界に転移し、この世界に来たのではないかと感じていた。
それほどまでに心を揺さぶられていた。
遂に俺のこの世界での旅が一つ終わろうとしていた。
それを俺は無常の喜びで迎えることが出来ていた。
ありがとうギル。
俺はお前のパパに成れて本当に良かったよ。
こんなにも嬉しい気持ちに成れたことは、これまでの人生で一度も無かったよ。
俺はギルのパパであることを誇りに思う。
愛してるぞ!ギル!
そしてエリス!やっと会えたな!
俺は隣に来たノンとゴン、そしてエルの肩を抱いた。
レケとクモマルもその輪に加わっていた。
全員で声も上げずにただただギルとエリスを見守った。
俺達はなんて幸せな家族なんだろう。
この世界に転移してきて本当に良かったと、俺達は幸せを噛みしめていた。
よかったなギル。
ありがとうギル。
それにしてもエリスの翼が痛々しい。
両翼が根本から失われていた。
申し訳なさそうに小さな瘤がある程度だった。
ゼノンが言っていたのはこの事か。
翼を無くしたドラゴン。
戦争を止めに入った後遺症ということか。
これは簡単に治療できる筈がない。
世界樹の葉か実でしか癒せないだろう。
どちらを使おうか?
エリスの見た目としてはドラゴンスタイルなので、年齢の想像がつかない。
というか、世界樹の葉でこの大きさの翼が癒せるのだろうか?
前にマーク達を世界樹の葉で癒した時には、一人一枚で充分だった。
けどエリスはギルの五割り増しぐらいにデカい。
世界樹の葉ではちょっと心許ないな。
余りにドラゴンはデカいのだ。
感動の再会を終わらせたのはゼノンだった。
「エリス、それにギルよ。そろそろよいかのう?」
申し訳無いが次に移ろうとゼノンの眼が語っていた。
「親父、もうちょっといいだろ?やっと坊やに巡り合えたんだからさ」
「エリスよ、これから先いくらでもギルに会う事が出来るのじゃぞ」
ゼノンはいい加減にせよとでも言いたげだ。
「そうなのかい?」
「そうじゃ、守がおるからのう」
エリスはハッと気づく。
「守って・・・そうだった!親父が言っていたギルを育ててくれたっていう人間だよな!」
「守よ、よいか?」
俺はエリスとギルに近づく。
エリスが俺を真正面から見据える。
エリスはとても優しい眼をしていた。
瞳の奥に好奇心の塊が見えた気がした。
「エリス、始めまして。俺は島野守だ。ギルのパパだ!」
「あんたが守・・・最高神様・・・」
エリスは俺をその大きな瞳で捉えるといきなり跪き、頭を下げた。
ん?最高神様?はて?
まあいいか。
「守・・・否、守さん。ありがとう、坊やをこんなに立派に育ててくれて!私は!私は・・・」
エリスは肩を振わせていた。
「エリス、立ち上がってくれ。それに感謝の言葉も要らない。俺はギルに会えたこと、ギルの父親に成れたことを誇りに思っているんだ。俺とギルの出会いは偶然じゃない。俺はギルの父親に成る為にこの世界に来たんだと、今では考える様になったんだよ」
「そんな・・・ありがとう・・・」
エリスは再び涙を溢していた。
「それに俺はギルとは魂の繋がりを感じるんだ」
「そんな・・・嬉しい事を言ってくれる・・・」
ノンが割り込んできた。
「僕もだよエリス、ギルの兄ちゃんに成れて嬉しかったんだよ!」
他の家族も続く、
「私もです!」
「私もですの!」
「頼れる兄さんです!」
「立派な・・・弟だな!」
レケはしれっとギルを弟扱いしていた。
一瞬だけレケを睨んだギルだったが、他の家族の発言が嬉しかったのか、ギルらしく照れていた。
「坊やは家族に大事にされて育ったんだね・・・」
エリスは嬉しそうに泣いていた。
そのエリスに再びギルが抱きついた。
ああ・・・涙が止まらない。
「守よ、頼めるかのう?」
「ああ、分かっている」
俺は『収納』から世界樹の実を取り出した。
「エリス、これを食べてくれないか?」
「これは・・・なんて美味しそうなんだ・・・」
そう映るんだ・・・流石はドラゴン。
果物が光っているとか、眩しいとか関係無いのね。
食欲が勝るんだね。
「遠慮なくガブ!っといってくれ!」
「ああ!」
俺から世界樹の実を受け取ると、エリスは一口で世界樹の実を飲み込んだ。
エリスが金色の光に包まれている。
「旨っま!なんだこれ!ん?あああ、あああーーー‼‼‼」
光が収まると、そこには立派な翼を携えたドラゴンがいた。
心なしか肌艶がよくなっている。
「おおおーーー‼‼‼」
エリスは驚きを隠そうともしていない。
「翼が!私の翼が返ってきたよ‼」
「エリス良かった・・・」
オリビアさんは肩を撫で降ろしていた。
エリスの痛ましい姿にオリビアさんは苦しそうな顔をしていたからね。
そしてギルがエリスを誘う。
「ママ!飛ぼうよ‼」
嬉しくなったギルがエリスを空へと誘った。
「坊や‼」
ギルがホバリングを開始した。
それに追いつこうとエリスも翼を大きく広げて浮かび上がる。
雄大な姿のドラゴンが二体、大空を舞っていた。
とても心温まる光景だった。
ドラゴンが優雅に舞っている。
嬉しくなった俺は、家族を誘って大空に浮かび上がった。
全員での空の散歩は楽しかった。
なにより、ひと際嬉しそうにしているギルを見るのが俺は幸せだった。
遂にやったんだな。
本当に良かった。
落ち着きを取り戻した一行は、まずは島の中心を目指さした。
エリスから集落があると教えられたからだ。
この時エリスは人化しており、ギルの背中に乗っていた。
我が子の背に乗れたことが嬉しいのであろう、
「もっと飛ばせー!親父に負けるなー!」
エリスは興奮して叫んでいた。
否、ただのスピード狂かな?
エリスは浅黒い肌に健康的な体躯をしていた。
特徴的なのがその瞳であった。
金色の瞳は人では無い事を彷彿とさせた。
顔立ちがギルに似ていると感じる。
髪形は編み込みで、まるでドレッドヘアーの様にも見えた。
活発な女性であることは見た目から充分に分かる。
直に集落が見えてきた。
これまた、片田舎の街の様相であった。
そこには見慣れた天使と、始めて見る悪魔らしき存在がいた。
悪魔は大して天使と見た目は変わらない。
違いは肌の色ぐらいだった。
後はよく見ると悪魔は尻尾を生やしている者がちらほらといた。
白い天使と、黒い悪魔。
それ以外は何もさほど変わらない。
小さな体躯に羽が生えており、空中を飛び回っていた。
俺達を見つけると、驚いた天使と悪魔達は蜘蛛の子を散らす様に逃げて行った。
全員大慌てだ。
エリスが必死に呼び止めるが、耳を貸そうともしなかった。
この時獣スタイルはギルとゼノンだけである。
それ以外の者達は人化しており、ゼノンとギルの背に乗っている。
天使と悪魔達にはドラゴンを従えた人間たちが攻めてきた様に映ったのかもしれない。
これは後で謝らなければいけないな。
にしても、そんなに人間が嫌いなんだ。
聞いていた通りだな。
アウェー感丸出しである。
そんな天使と悪魔にエリスが声を掛ける。
「大丈夫だ!皆な、集まっておいで!」
エリスの掛け声にやっと数名が反応し、ぞろぞろと集まり出していた。
しかし見るからに腰が引けている。
明らかに及び腰であった。
「安心してよいのだぞ!」
見かねてゼノンも声を掛ける。
すると数名がドラゴンの一人はゼノンであったことを知り、胸を撫で降ろしていた。
「なんだ、ゼノン様か・・・」
「ビックリした・・・」
「なんでエリス様は人化しているんだ?」
混乱は次第に収まりつつあった。
にしても、これまた開発しがいのある街だ。
そもそも空中に浮かぶ島に水は足りているのだろうか?
甚だ疑問だ。
しかし、俺はこの島に大きな可能性を感じていた。
上陸して分かったのだが、此処は可能性の宝庫だった。
詳しくは後ほど話すとしよう。
「突然現れてすまない!敵意は無いから安心して欲しい!俺達は島野一家だ!ギルはエリスの息子だ、そして俺はギルのパパだ!」
この発言に戸惑い出す天使と悪魔達。
「あの・・・島野一家とは?」
「なんでエリス様の息子さんのパパさんが人間なの?」
「ゼノン様が一緒にいるのだから間違いないのだろうが・・・」
まだまだ混乱を押し留めるには至らない。
ここで俺はこれが早いと神気を全身に纏ってみた。
俺の身体の周りに神気が充満する。
その様に、天使と悪魔が腰を抜かしていた。
ゼノンを睨むと、しれっとそっぽを向いていた。
「神でしたか・・・にしても・・・」
「あり得ない神気量・・・」
「人では無かったのか!」
天使と悪魔達が跪き出した。
なんでそうなるの?
そうだった、天使は神の使者だった。
忘れていた。
この反応を見る限り悪魔もそういうことなんだろう。
「「「「「失礼致しました‼‼‼」」」」」
ほぼ全員の天使と悪魔が跪いていた。
中にはワナワナと震えている者もいたが、気にしなくてもいいだろう。
必ず乗り遅れる者はいるのだからね。
「エリスよ、こやつらに教えておらなんだのか?」
「え?何のことだい?親父?」
「お主・・・守達がこの島に来ることを、儂が前もって教えておいたじゃろうが?知らんとは言わせんぞ!」
「そうだった・・・」
やらかしたのはエリスだった。
ゼノンは前もって俺達の訪問をエリスに話してくれていたみたいだ。
それはそうだろう、でなければエリスにあんな歓迎を受ける訳はないからな。
でも俺が神であることは言い忘れていたと、詰めが甘いねぇゼノン君。
「ごめん親父・・・嬉しさがいっぱいで其れ処ではなかったんだ・・・お前達・・・ごめんよ・・・」
シュンとなるエリス。
まあここはエリスを責めてはいけないよね。
だって念願の息子にやっと会えるのだから。
それも百年越しだよ。
そりゃあ他に気が周らなくなるのもしょうがないよね。
此処は大らかに受け止めよう。
「しょうが無いのう・・・まあギルに免じてここは許すとしよう・・・」
ゼノンの野郎、カッコつけやがって・・・なにがギルに免じてだ!お前もやらかしてるんじゃないか!
まあいいや。
で、どうするつもりなのかい?ゼノンさんや?
「して、マルとコロは居るか?」
「「は‼ここに‼」」
一人の天使と、一人の悪魔が前に出てきた。
ゼノンの前で跪く。
「守よ、天使族の族長のマルと、悪魔族の族長のコロじゃ、よろしく頼むぞ」
「ああ、マルとコロだな。立ち上がってくれ」
恐縮しながらも、二人は立ち上がった。
天使と悪魔はゼノンから聞いた通り、小さかった。
天使に関してはアグネスで慣れているから違和感はない。
悪魔に関しては天使とたいして変わらない。
うーん、違いがよく分からん。
「先程も言ったが、俺は島野守だ。よろしく頼む」
「「は‼」」
にしても硬い。
アグネスに見せてやりたいぐらいだ。
でもアグネスに跪かれたら返ってムカつくかも。
舐められていると感じてしまうだろう。
「それで、まずはどうするんだ?ゼノン」
「まずは飯じゃろうな、それ以外あるまい?」
そう言うと思ったよ、この食いしん坊め!
「じゃあ川魚が大量にあるから川魚でいいか?」
その言葉を受けて天使と悪魔達がどよめく。
「川魚ですって?」
「そんな・・・魚なんて食べたことが無い・・・」
「どうやって食べたらいいんだ?」
「野菜と牛乳以外が食べれるなんて・・・」
何とも言い難い声が混じっていた。
野菜と牛乳意外って・・・どんな食生活なんだ?
ヘルシー過ぎやしないか?
ビーガンかよ!
あれ?ビーガンって牛乳は飲んでいいのか?
まあいいや。
「何かしらの理由で魚と肉は食べないのか?なら止めておくが?」
マルとコロが血相を変える。
「いえ!島野様!そうではありません!是非川魚を食べさせてください‼」
「そうです!何卒‼」
マルとコロが祈る様に俺を見つめていた。
「そ、そうなのか?・・・」
余りの迫力だった。
「島野様!お聞き届けください!この島は浮かんでいることから、水とタンパク質が足りておりません!」
タンパク質って・・・何で知っているんだ?
ここは気にしてはいけないな。
スルーするのが嗜みだろう。
「水は我らの魔法で賄っておりますが・・・」
「肉や魚は足りていないと・・・」
「はい・・・年に一度森で狩りを行えるぐらいなのです。その時はそれはもう大騒ぎでして・・・祭りになってしまう始末です」
「そうなのか・・・まあこの先は肉や魚は融通してやるよ」
なんだか可哀そうになってきた。
「本当で御座いますか?‼」
「なんと‼」
キラキラ輝く瞳で見つめられてしまった。
「お、おう!」
必死だなこいつら・・・
「一先ず飯だ!準備するぞ!」
こうしてはいられない。
早くタンパク質を摂らせてやらなければ。
俺はギルとエルと共に魔道コンロと焚火を準備して、まずは川魚を焼いていくことにした。
川で大漁に川魚を確保しておいて良かった。
ていうか足りるのか?
天使と悪魔は見たところ百人ずつは居そうだ。
でも身体が小さいから大丈夫なのか?
でもアグネスはそれなりに大食いだった様な・・・
不安になったので『シマーノ』に転移して、定食屋の厨房に割り込んで、料理長のオクタに一声かけて、ジャイアントブルの肉を大量に持っていった。
すまんなオクタ、料金は後日請求してくれ。
俺はバーベキューコンロを取り出して、次々と肉を焼いていった。
ジュウジュウと肉の焼ける音に、天使と悪魔が興味深々で集まってきた。
そしてお皿を片手に、天使と悪魔が長蛇の列を成していた。
天使と悪魔達は嬉しそうにしている。
中には惜しげもなく涎を垂らしている奴もいた。
汚いっての!
まあそれほどまでにタンパク質を欲しているということなんだろう。
しれっとゼノンとエリスとオリビアさんも列に並んでいた。
なんだこいつら・・・まあ抜け駆けしないだけ益しか。
やれやれだ。
食事は大盛況だった。
大いに盛り上がっている。
肉と魚に天使と悪魔達は大興奮していた。
「旨い!」
「最高!」
「もっと食べねば!」
「栄養価が高い!」
遠慮も無く騒いでいた。
焼き魚と焼き肉は飛ぶ様に減っていった。
俺は川魚のから揚げを作っていく。
これもとても喜ばれた。
「サクサクして美味しい!」
「これはから揚げというのですね、始めて食べました!」
「香ばしい!最高!」
天使と悪魔達はまだまだ食べる気満々だ。
鮭に関しては、バター焼きにすることにした。
簡単でいい、鮭をバターで焼いてしめじを加えるだけだ。
最後にちょろっと醤油をかける。
実に反応がいい。
こちらも飛ぶ様に消えていく。
天使も悪魔も川魚に抵抗がないみたいだ。
好き嫌いが無くて結構!
唯一抵抗を感じているのはノンだ。
小骨が面倒だと煩い。
贅沢言うんじゃないよ!全く。
飲みこんじゃえ!
それは駄目か?
次にニジマスをニンニクとバターでムニエルにする。
そして小麦粉もまぶしていく。
これは旨いに決まっている。
天使と悪魔は唸りながらムニエルを食していた。
「何と、ニンニクにこのような使い方があったとは」
「このバターは我らのバターと一味違う、とても味が濃い」
「このニジマスという川魚に実に合っていますね」
こいつらも料理に興味があるみたいだ。
調理法にいちいち唸っている。
これまで制限された食材の中で、いろいろと工夫してきたのだろう。
この先はいろいろな食材で料理を楽しんでくださいな。
ならばこれもどうだろうか?
ちょっと手心を加えたくなってきた。
ここは出し惜しみをしてはいけない。
俺は飯盒を取り出して、鮎の炊き込みご飯を仕込みだした。
調理法は難しくは無い。
まずは一度鮎を炙る、そして研いだ米を準備し、そこに鮎と生姜、醤油と酒を適量垂らす。
後はお米を炊いて、炊き上がったら、鮎の中骨と尻尾を取り除く。
最後に紫蘇を散らして完成だ。
何てこと無い簡単な料理だ。
個人的には飯盒でお米を炊いているから、おこげが嬉しい。
「なんていい匂い!」
「これはいったい!」
「幸せの予感!」
ゼノンを見ると、恥ずかしげも無く涎を垂らしていた。
お前もかよ!
炊き込みご飯は驚くほどに評判がよかった。
エリスも喜んで食べていた。
否、大興奮して食べていた。
流石はドラゴン、無茶苦茶たくさん食べていた。
ギルとゼノンと同様にエリスも大食いみたいだ。
だろうなとは思っていたが、案の定だ。
食事を口に運ぶ度にエリスは、
「旨い!」
「美味しい!」
「最高!」
等と叫んでいた。
正直な人だ、というより心の声が無意識に口に出てしまうタイプの様だ。
にしても川魚を大量に準備しておいて良かったよ。
手土産としては打って付けだったな。
ナイス判断!俺!
誰も褒めてくれないから自画自賛です!
そして要らない一声がゼノンから掛けられる。
「守よ、無いのか?」
指をクイクイとしてお猪口を持っているかの様に動かしていた。
この野郎、今度は酒のおねだりかよ。
「はあ?アルコールも振舞えってか?」
「駄目か?期待していたのじゃがのう」
「お前なあ・・・」
この会話を耳にした天使と悪魔が期待の眼差しで俺を見ていた。
そんな眼で見るんじゃないよ!
用意するしかないじゃないか!
やれやれだ。
「しょうがないなあ・・・ゼノン、何が飲みたいんだ?」
「儂は日本酒じゃな、こやつらはワインでいいのじゃないか?」
「はあ?簡単に言いやがって・・・」
そうだ、レケの日本酒はどうだろうか?
「レケ!お前の新作の日本酒はどうなんだ?振舞えるのか?」
レケは明らかに嫌そうな顔をしていた。
「ボス・・・それは俺が奢れってことか?」
「否、俺が買い取ってやる。割り増し料金でいいぞ、それならどうだ?」
流石にレケに酒を奢らせるには気が引ける。
しょうがない、俺が支払うしかないでしょう。
「ボスが買い取ってくれるなら俺はいいけど・・・」
流石のレケもこの雰囲気に飲み込まれそうだった。
それは余りに可哀そうだ。
後日しまったと項垂れているレケが透けて見える。
「そうしよう、ここでお前に奢らせる訳にはいかないからな」
ここでギルからまさかの一声が掛けられた。
「僕は自分のワインを振舞わせてもらうよ!僕はレケのお兄ちゃんなんでね‼」
実はワインに嵌ったギルは、今ではワインの製作に拘っていた。
甘いワインの大好きなギルは、自分でワイン工房を持つほどの嵌り様だった。
熟成の能力を得たいと、暇さえあれば俺は特訓に付き合わされている始末だったのだ。
そんなギルが僕は奢るよと、大見えを切ったのだ。
ていうか、弟発言を根に持っていたのね・・・
「なに!・・・じゃあ俺も躍らせて貰おうか!俺はギルのお姉ちゃんなんでね!」
なんで張り合ってんだか・・・
まあ好きにしてくれ。
こうなってしまっては、俺は手を引くしかないな。
知らないぞお前ら・・・
調子に乗ってワインと新作の日本酒を振舞うギルとレケ。
当然の様に御相伴に預かるゼノンとエリスとオリビアさん、そして天使と悪魔達。
特に嬉しかったのかエリスの騒ぎようは凄かった。
「坊やのワインは旨い‼最高だよ‼じゃんじゃん注いじゃってくれ‼」
今にも飛び出さんかという勢いだった。
「そう言うがなエリスよ、この日本酒も素晴らしいぞ!飲んでみよ!」
ゼノンに褒められてレケも有頂天だ。
「ギルのワインも悪くねえが、俺の日本酒の方が数段旨えな!だろ?お前ら?」
この発言の答えに困る天使と悪魔達。
ここは答えてはならないと、全員が目くばせをしていた。
しかし酔っぱらったレケはしつこい。
逃がしてくれる訳がない。
「おい!答えろよ!お前ら!」
「レケ!強制するなよ!」
ギルが割って入る。
「はあ?ギル!お姉さんになんて口利いてんだよ!」
「誰がお姉さんなんだよ!お兄さんになんて口を利いてんだよ!」
一気にヒートアップしていた。
始まったよ・・・否、再燃か?
これは良くない。
そろそろ俺の出番か?
ここで珍しくノンとゴンが前に出てきた。
「ギル、レケ、大人気ないぞ!」
「はあ?ノン、いいだろうが!」
レケがノンに食ってかかる。
「ノン兄、どっちが旨いと思う?」
ギルも止まらない。
「どっちも美味しいよギル」
ゴンが横から宥めようとする。
「ゴン!どっちが旨えんだよ?」
レケも譲らない。
「じゃあこうしようか?」
ノンが閃いたと手を叩く。
「どっちが美味しいかを天使と悪魔達に決めて貰おう、そして勝った方がお兄ちゃんかお姉ちゃんだ」
「マジか?いいぜ!やってやるぜ!」
「フン!僕が勝つに決まっているよ!」
ギルがしたたかにほほ笑む。
こうして日本酒が旨いか、ワインが旨いか選手権が始まってしまった。
これはただの好みの問題だと思うのだが・・・
それに受け入れやすいのは・・・
水を差すのも気が引けるので、俺は黙っておいた。
正直結果は見えている。
巻き込まれた天使と悪魔達は戦々恐々としていた。
エリスの息子であるギルの肩を持ちたいのだが、レケの睨みに身が竦む思いだったのだ。
そこに声が掛けられる。
「お前達、ここは忖度無しじゃぞ。ギルがドラゴンである事はこの件には関係無しじゃからな」
ゼノンが公正を期そうとする。
「そうだよ!本当に美味しいと思う方に一票を入れてよね」
ギルも更に背中を押す。
「そうだぞ!自分の舌に嘘はついちゃぁいけねえ!」
レケの一言に頷く天使と悪魔達。
これで状況は整ったみたいだ。
天使と悪魔達はもう一度、一杯ずつ日本酒とワインを飲んだ。
舌で入念に味を確かめている。
よく見るとふらついている者達も数名いた。
大丈夫なのか?
飲めないのに無理してないか?
下戸の者は止めておけよ。
そして結果が発表される。
ワインが圧倒的な支持を受けていた。
それはそうであろう。
余りに簡単な事だ。
ギルのワインは甘くて芳醇なワインだ。
素人が受け入れやすいアルコールだ。
それに比べてレケの日本酒は玄人受けする一品だ。
味は確かにいい、だが決め手は味では無いのだ。
受け入れやすいかどうかなのだから。
天使も悪魔も酒に関しては素人であろう事は見ていれば分る。
ギルが圧倒的に有利であった。
それをギルは見抜いていたのだろう。
あいつは案外したたかだからね。
レケはそんなことは全く見抜けていない。
勢いのままに勝負を挑んだからな。
レケは悔しそうにしていた。
「くそう!何で俺の日本酒が負けなんだよ!あり得ねえだろ?」
「レケ、これで僕がお兄ちゃんだからね。もうグチグチ言うのも無しだよ!」
「ちっ!分かったよ。ギル兄!」
にやけるギル。
「レケ、決してお前の日本酒の味が負けた訳ではないから勘違いするなよ」
レケが不思議そうにしている。
「ボス、どういう事だよ?」
「簡単なことさ、おそらく天使や悪魔達はこれまであまりアルコールを飲んだことがないのだろう、そうなると味の良し悪しよりも、受け入れやすいかどうかがポイントになってくる。ギルのワインは甘くて芳醇だ、レケの日本酒は辛みがあり、奥に甘みを感じる、日本酒はワインよりも受け入れずらいからな」
「そうなのかよ・・・」
「どうせ見抜いていたんだろう?ギル」
「バレちゃったか」
このやり取りを興味深くエリスが眺めていた。
何か言いたげな表情をしている。
それにしてもやっと決着が着いたみたいだ。
なんだったんだ、いったい?
そんなに兄貴だ姉だと拘る必要があるのかね?
よく分からん。
その後も楽しい宴会は続いた。
オリビアさんはエリスと旧交を深めていた。
オリビアさんは涙を流しながら話をしている。
エリスも涙目だ。
嬉しくなったオリビアさんが歌い出した。
案の定である。
オリビアさんの歌に天使と悪魔が躍り出す。
皆なノリノリだ。
エリスも踊り出した。
ギルも一緒になって踊っている。
ノンは相変わらず変てこダンスだ。
クモマルの踊りは・・・盆踊りか?
妙にぎこちない。
楽しい一時にエアーズロックは大いに盛り上がっていた。
アルコールと踊りに当てられた天使と悪魔の半数近くが倒れていた。
酔ってしまったのだろう。
慣れないアルコールに振り回されてしまったのか?
しかしその表情を見る限り幸せそうである。
地面に伏しつつも笑顔であった。
オリビアさんのライブが終わり、踊りつかれたエリスとギルが俺の隣にやってきた。
オリビアさんも駆け寄ってくる。
例の如くオリビアさんは俺の隣を死守していた。
既に俺の右腕はオリビアさんに占領されている。
それにしても改めて見て見ると、やはりギルにはエリスの面影がある。
「ギルはエリスに似ているな」
「そう?嬉しいな。えへへ、ママに似てるってさ。ママ」
ギルは喜んでいる。
「守さん、教えて欲しい事が山ほどあるのだけどいいかい?」
エリスは表情を改めていた。
「だろうな?何から聞きたい?答えていい事なら何でも答えてやるぞ」
エリスは俺の正面に腰かけて、ギルのワインを再び飲みだした。
「そうだな、まずはどうして守さんは坊やのパパになってくれたんだ?それにしても坊やのワイン旨っま!」
エリスはギルのワインが相当お気に入りみたいだ。
口を付ける度に旨いと騒いでいる。
それも我が子を喜ばせようとしているのではなく、本気でそう言っているのが分かる。
「どうしてって言われてもなあ、成るべくして成ったとしか言いようがない
な、こんな答えでいいか?」
「言いたいことは充分に伝わるよ、本当にありがとう。それに坊やも立派なドラゴンに育ったみたいだね。ワインまで作れるなんて、最高だよ!」
「へへ!」
今日のギルはよく照れている。
「それにさっきの坊やとレケのやり取りを見て思ったよ、坊やへの教育は最高のものだったんだなと、もし私が坊やを一から育てていたら、こうは成っていなかったかもしれないと思ったよ」
「否、エリス。それはそれで素晴らしいものになったと俺は思うぞ、母親の愛は絶大だからな。それにサウナ島にギルを置いて行くことになった経緯も俺達はオズから聞いている。それよりもこの百年よく耐え抜いたな。エリス、ギルに会えなくて辛かっただろう?」
エリスの視線が揺れる。
涙を我慢しているのが手に取る様に分かる。
「そんな・・・気遣ってくれてありがとう・・・てか、守さん。サウナ島って何?それにオズって誰?」
俺はずっこけそうになっていた。
ギルもオリビアさんも同様だった。
「サウナ島は僕達が暮らしていた島のことで、卵の僕を預けた中級神がオズさんだよ」
「そうか、そうだった。親父からそう聞いていたんだった」
聞いてたんかい!
俺達は更にずっこけそうになっていた。
エリスってもしかしてやらかし体質か?
可能性は高いな。
おっちょこちょいとも言う。
俺のおっちょこちょいとは質が違うけどね。
「そうだった、あの中級神にもお礼を言わないといけないねえ、それにそのサウナ島には一度行かないといけないねえ」
ん?何でだ?
まあいいか。
「お礼を言うならオズよりもゴンだな、百年に渡って卵のギルを守り続けたのはゴンだからな」
「そうだったのか、これは知らなかった。ゴンは何処にいる?」
ゴンは後片付けを行っていた。
綺麗好きなゴンは、ゴミを出さない様に常に気を回している。
今も食べ残し等を集めていた。
流石は生徒会長兼風紀委員長だな。
「ゴン!こっちに来てくれ、それにエル!レケ!ノン!クモマルお前達も来い!」
俺は一家を全員集めた。
エリスとの交流を深めさせたいと思ったからだ。
「はい!今行きます!」
「お待ちくださいですの!」
「おうよ!」
「伺います!」
「はいはーい」
一家が全員勢ぞろいした。
「皆、エリスに自己紹介は済んでいるな?」
「はい!」
「ですの!」
「終わってるよー」
「済んでおります!」
「終わってるぜ」
皆が回答する。
「せっかくだ、お前達も会話に加われよ。多分エリスはギルがどうやって育ったのか聞きたいんだと思うぞ」
エリスは膝を叩いた。
「かあー!守さんは分かってるねえ!まずはゴン。百年に渡って卵の坊やを守ってくれていたんだって?本当にありがとう。恩に着るよ!」
エリスはゴンに頭を下げていた。
「いえいえ、止めてください。私は訳も分からず役目を与えられて、それを全うしたに過ぎません」
ゴンらしい優等生発言だな。
「そう謙遜するなよゴン、実際お前は長きにわたってギルを見守ってきたことに変わりは無いんだ。ある意味お前が一番ギルと一緒にいたんだからな」
「それはそうですが・・・・」
ゴンは狼狽えている。
「そうだよ、僕はずっとゴン姉に守られていたんだよ。ゴン姉は僕にとっては一番頼りになる姉ちゃんなんだよ、ママ!」
「ギル・・・」
ゴンは涙目だ。
「ゴンや、良くやってくれた。儂も千里眼で時折見ておったから知っておるのじゃが。労いの言葉をかけねばと思っておったところじゃよ」
ゼノンが会話に交じってきた。
こいつはほんとに良い所を持っていこうとするな。
映画監督業をやって更に磨きが掛かってないか?
こいつは映画の原作も書けるのでは?
片手には当然の如くレケの日本酒が握られている。
ゴンは急に褒められて戸惑っていた。
「あ、いや、ありがとうございます!」
ゴンらしい反応だった。
「でもねママ、ゴン姉もそうだけど、ノン兄はヘラヘラしてるけど、無茶苦茶強いんだよ!まだ僕は一度も勝てて無いけど、僕はいつかノン兄を超えてみせるよ!」
「へえ?僕を超えるって?どうだかね?いつになることやら?」
ノンのマイペースは変わらない。
「へっ!ノン兄のその余裕がムカつくんだよ!」
「はいはい」
ノンは譲らない。
ギルのノン越えは何時になるのだろうか?
まあこればかりは何とも言えないな。
「そうなんだね、ノンはギルの壁になってくれているんだね。にしてもなんでフェンリルがいるんだい?もう滅んだ種族だって思っていたよ」
はあ?
ちょっと聞きづてならないな。
「エリス、それはどういうことなんだ?」
「守よ、それは儂から後日話をさせて貰おう」
「そうなのか?・・・」
ノンも珍しく動揺の表情を浮かべていた。
「すまぬな、ノン。お主にもちゃんと話はしようぞ」
「分かった・・・」
空気感が変わりそうになったが、浮かれたギルが続ける。
「でね、ママ。エル姉は僕が卵から孵ってからずっと一緒にいてくれたんだよ。エル姉は優しいんだよ。僕はエル姉が大好きなんだ!」
エルは照れていた。
ていうか大好きだを勘違いしていそうな雰囲気があった。
うーん、見なかったことにしよう。
うん、そうしよう。
血は繋がってないけど兄弟だよ?
複雑な気分。
なんで他人の恋愛模様は分かるのに、自分の恋愛模様は分からないのだろうか?
これは人生最大の謎だな。
俺は結局誰と結ばれるのだろうか?
まあ考えるだけ無駄だな。
分ろう筈もないしね。
いや方法はあるか、まあいいや。
「次は俺だな!」
満を持してレケが前に出てくる。
「レケはねえ、やっと僕の妹になったよ。ほんとしつこいんだから・・・」
おい!心の声が漏れてるぞギル!
「おいギル、俺には何か無いのかよ?頭が良いとか、カッコいいとかさ」
「はあ?カッコいいは未だしも頭が良いはあり得ないでしょ?」
「何だって?ギル!ちょっとは褒めてくれよ!」
これは絡み酒か?
レケは出来上がりつつあった。
「分かったよレケ、レケはさ、自由奔放であって、実のところ繊細な部分があるんだよ。それになにより魚の養殖と日本酒造りは凄い、実はさ僕のワイン造りはレケの影響なんだよ」
「そうなのか?」
レケは意外そうな表情を浮かべていた。
「へへ、こういう事を言うとレケが調子に乗るから言いたくは無かったけど、レケが本気で日本酒造りと向き合っているのを見て、僕もワインと向き合いたいと思ったんだ」
「そうだったのかよ、ギル・・・否、ギルの兄貴!見直したぜ!」
「調子の良い事で・・・」
俺は思わず声が漏れていた。
「まあそんな僕の妹だよ」
うんうんとエリスは頷いていた。
レケは嬉しいのだろう、ニコニコとしていた。
「次は私ですね、ギル兄さん」
クモマルが頷いていた。
なぜかクモマルは緊張の趣きだった。
「クモマルは見ての通り、糞真面目で几帳面で、面白みの無い弟さ」
「ええー!それは無いでしょう兄さん!」
「アハハ!正解!」
「ですの!」
「だね!」
「そんな姉さん達まで・・・」
クモマルは項垂れていた。
「冗談だってクモマル!」
「ガハハハ!」
「面白い!」
「クモマルはさ、まだ家族に成ってから間もないけど、紛れも無く島野一家の一員だよ。最近では一番活躍しているし、頼れる弟だよ。」
「兄さん・・・」
クモマルは泣きそうな顔をしていた。
「クモマル、泣くなよ!」
早速ノンにツッコまれていた。
「泣きませんよ!ノン兄さん!」
クモマルも返していた。
「エリス、こんな島野一家にギルは育てられたということだな」
「ああ・・・みんなありがとう。坊やは幸せな環境で育ったんだね」
エリスは再び涙を流していた。
今日は本当に涙の一日だ。
まだ終わりそうな気はしないけどさ。
エリスとの会話は続く。
まだまだ長い一日になりそうだ。
「結局の所、守さんは何者なんだい?そもそも坊やを卵から孵化させた時には人間だったんだろ?違うのかい?」
エリスは当然の疑問を口にしていた。
「そう、それは私も前から不思議だったのよ」
オリビアさんも追随する。
答えに困るな・・・答えていいのだろうか?
完全に俺の個人情報なのだが?
「守はのう、転移者なんじゃよ」
あっさりとゼノンが答える。
「それは知っているわよ」
「否、オリビア。守は只の転移者では無いのじゃよ」
なんでゼノンが答えてるんだ?
俺のことだよねえ?
まあいいか、楽だし。
ゼノン、解説は任せた!
「どういうことだい親父?」
「守はのう、創造神様の後継者としてこの世界に転移してきたのじゃよ」
あーあ、言っちゃった。
「ブフウ!」
オリビアさんがワインを噴き出していた。
てか、この発言のツケは俺に周って来るのでは?
やっぱ楽をするのはいけないのかな?
「おいおいゼノン、そもそも話していいのか?」
「構わぬと儂は思うのじゃがのう、もうそれを隠す段階では無かろうて」
「そうなのか?」
「じゃと儂は思うがのう?」
確かに俺の神様修業も大詰めに差し掛かっているとは感じている。
あまり素性を晒すのは控えたいのが本音だが、そうとはいかない段階に差し掛かっているのだろう。
「まあ、お前がそう言うのならそうなんだろうな」
ちょっと投げやりな気分だった。
どうとでもなるか?
「元々守は膨大な神力を持ってこの世界に転移してきたのじゃ、それにこやつの想像力は半端なく高い、あの創造神様が認めた想像力じゃからのう」
はあ?創造神の爺さんとどれだけ俺の事を共有してるんだ?
そんな初期の事すらもこいつは知っているのか?
聞いて無いんだけど?
ちゃんと教えておけよな爺さん!
「そうだったのね・・・」
「なるほどね」
二人が俺を見る目が変わった様に感じた。
ちょっと複雑な気分だった。
「私の想像を上回っていたわ、流石は守さん・・・」
「坊やのパパがねえ・・・そんな気がしたよ」
考え込むオリビアさんと眼が輝きだしたエリス。
エリスは何かを決心したかの様に感じたが、どうだろうか?
「ゼノン、どうやら俺には個人情報保護法は適用されないみたいだな?」
「なんじゃそれは?異世界の常識など対象外に決まっておろう」
簡単に言ってくれる。
「で、結局守さんはどういう存在なの?」
オリビアさんはここぞとばかりに追求する。
もう俺のことはよくないか?
「オリビア・・・お主分かっておろう?次の創造神様じゃよ」
「やっぱり・・・」
「そういうことか・・・」
「おい、ゼノン。まだ確定してないんだけど?」
俺にはこういうのが精一杯だった。
あくまで候補でしょうよ。
だよね?
「守よ、よく言うなお主、出鱈目な能力をどれだけ持っておると思っておるのじゃ、それに自分の周りをよく見て見よ、聖獣がこれだけ集まっておるし、中には魔物から聖獣に進化した者までおるのじゃぞ、そんな話は儂でも聞いたことがないぞ、お主はこの世界ではどれだけ奇想天外な者じゃと自覚はないのか?」
「奇想天外?・・・俺がそうなのか?」
「そうよ・・・」
オリビアさんに分かってないのねという顔をされてしまった。
「というより、パパは規格外なんだよね!」
ギルが意見を述べた。
なぜかギルは嬉しそうだった。
規格外って・・・そう言われてみればちょっとは自覚はあるのかな?
どうだろうか?
でも自分の事はよく分からないな。
「それに実際お主は南半球の全ての神を纏めておるし、北半球で出会った神達は既にお主の傘下みたいなものじゃろうが?」
「いやいやいや、傘下って・・・言い過ぎじゃねえか?」
ダイコクさんとポタリーさんを従えた覚えはありませんが?
「ダイコクにしても、ポタリーにしてもお主に一目置いておるし、ポタリーに関しては命を救われたと、お主の言う事は何でも聞くと言っておったのじゃが?」
「はあ?なんだそれ、俺はポタリーさんを救ったとは思ってねえよ!当たり前の事をしたまでだろうが?」
「そこじゃよ!そこ!あれほどの状況をあっさりと解決しておいて、それを当たり前と感じてしまう。それがギルの言う規格外じゃろうが!」
それはまあ・・・そうなんだが、俺一人でやった訳では無いし・・・
一家が居てこその事件解決なんだけどな・・・
特別な事ではないんだがな。
「まあ何れにしても、お主は次期創造神として充分な力を携えておる。後は・・・」
「それ以上は言わないでくれ!俺も流石に分かっている」
「ならいいのじゃが・・・」
ゼノンはしょうがないと諦めた表情をしていた。
俺には後、何が必要かなんてよく分かっている。
正直に言ってしまえば、敢えて踏み込んでいないだけなんだから。
本当に俺は創造神に成るべきか、自分の中で結論が出ていないのだ。
おそらくゼノンはそれを感じているからこそ、俺の背中を押そうとしたのだろう。
でもそれは俺にとってはありがた迷惑で、自分がこの先どうなるのかは自分で決めたい。
それにまだまだサウナ満喫生活は譲れない。
止める気はさらさら無いのだ。
まだまだ日本にも帰りたいし、おでんの湯にも通いたい。
サウナフレンズとの他愛もない会話もしたいし、全国のサウナ巡りもしてみたい。
まだまだ人としてやりたいことが沢山ある。
俺の勝手な想像かもしれないが、本当の神に成ってしまったら、それはそれで出来ることに制限があるのだと思う。
実際神様のルールがあるしね。
その先は自分の事は優先できなくなるのではないかと考えているからだ。
詰まる所俺は自分本位なのかもしれない。
自分や家族の楽しみを優先したいと思ってしまうのだ。
こればかりは変えられない。
いくら最高神に成ったとしても、性格を変えることは無理なのだから・・・
それに今が余りに幸せなんだ。
この幸せを手放したくは無い。
「坊やはとんでもない人に育てて貰ったんだね、私は嬉しいよ‼」
エリスが大声で騒ぎだした。
「エリス!煩い!」
オリビアさんが反応する。
「いいじゃないオリビア!こんな嬉しい事ないじゃないか?だって次期創造神様が坊やの育ての親なんだよ!最高神だよ!」
「まあ気持ちは分かるわよ、ギル君は実際良い子だしね。それに映画の主演を張れるだけの演技力を持っているしね」
そこなんだ・・・
もっとギルの性格とか品性とかを褒めてくださいよ。
「映画って何なんだい?」
「今度見せてあげる、いいでしょ?守さん」
「お好きにどうぞ、転移扉は置いて行くつもりだったから別にいいけど、どこに繋げるのかは決めておかないとな、ドラゴムでいいのか?ゼノン」
これが妥当だと俺は思っているが。
「そうじゃな、それが無難な判断じゃろうて」
「転移扉ってなんだい?もしかして転移出来る扉ってことなのかい?」
エリスは察しがいい様だ。
「そうだよママ、パパが作ってくれたんだ。この転移扉で南半球はどの街や国とも繋がってて一瞬で移動が可能なんだよ」
「かあー!守さん最高!やっとこの街から離れられるってことかい?」
この発言に天使と悪魔達が狼狽えた。
中には悲し気な顔をしている者もいた。
しまったとエリスが我に返る。
エリスは不味ったと狼狽えるが後の祭りだ。
「お!お前達勘違いしないでくれ!何もこの街が嫌いになった訳じゃあないんだ!この先もこの街にはしょっちゅう居るから安心してくれよ!」
何とか勘違いを正そうとエリスは必死になっていた。
「そうじゃお前達、安心せい!エリスは翼を取り戻したのじゃ、自由の身になったとは言っても、これまでの恩を忘れてなどおらんよ!」
ゼノンも堪らずフォローする。
ゼノンの一言に天使と悪魔達は安堵の表情を浮かべていた。
「勘違いさせる様なことを言ってすまなかったな、お前達・・・」
エリスは反省していた。
これはしょうがないだろうな。
だってエリスは百年に渡ってこのエアーズロックに監禁状態になっていた訳だからね。
偏に翼を失った事が原因であるのだが、北半球の現状では止むを終えなかったのだろう。
ダイコクさんでは無いのだが、神殺しなどという噂もあったのだから。
いくら人化したとはいえ、エリスは明らかに人とは思えない存在感と特徴を有している。
おそらくそういった事も踏まえてゼノンは、エリスをエアーズロックに住まわせたのだろう。
ゼノンにしてみれば、これ以上我が娘を傷つけられたくなかったに違いない。
気持ちはよく分かる。
「天使と悪魔の諸君!これからは君達もいつでもどこにでも行けるようになるんだ、それにこの世界にはたくさんの娯楽がある、大いに楽しんでくれ!」
俺は大見えを切ってみた。
ちょっと大げさだったかな?
俺なりのフォローなんだが・・・
「そうじゃぞ、お前達も一瞬にして南半球に行くことも可能になるのじゃぞ!」
ゼノンが補足する。
「嘘でしょ?」
「そんな・・・まさか・・・」
「あり得ない・・・」
天使と悪魔達は驚きを隠そうともしなかった。
「それにサウナ島にも行くことも出来るんだよ!」
ギルは誇らしげだ。
「サウナ島にはスーパー銭湯や、サウナビレッジなんかもあるし、漫画喫茶やレストランもあるんだよ、キャンプ場もあるよ、楽しいよ!」
「スーパー銭湯ってなんだ?」
「漫画喫茶とは?」
「サウナビレッジって?」
天使と悪魔達の頭の上に?が並んでいる。
でしょうね。
「ギルよ、いきなりそんな事を言われても分からんじゃろうが、まあ良い、明日にでも行かせて貰うとしようかのう、良いじゃろう?守よ」
ゼノンよ、何を勝手な事を言ってくれてるんだい?
先に俺に一言あってからでしょうよ、ここは。
「はあ・・・分かったよ。でもタダでは行けないぞ、こいつ等だけ特別とはいかないぞ」
「分かっておる、そこは儂とお主の折半でどうじゃ?」
おいおいゼノン、随分と大きく出たな。
確かに映画の収入と、先日また剥がれた鱗をゼノンは売っていたから懐は温かいのだろう。
いくらで買い取ったのかゴンガスの親父さんは俺に教えてくれなかった。
多分相当な値段を払ったのだろう。
それぐらい親父さんも喉から手が出る程ドラゴンの鱗が欲しかったみたいだ。
あのお金に執着している親父さんが大枚を叩くなんてな。
まあいいか。
「しょうがないなあ、今回だけだぞ」
「やったね!皆!明日はサウナ島に旅行だよ!」
ギルがいつになく浮かれている。
「そんな旅行だなんて・・・」
「幸せの予感」
「これは一大事だ」
何故か寝ていた天使と悪魔達も起き出して興奮していた。
何だこれ?
どんなセンサーしてんだこいつら?
どうやら小旅行決定の様だ。
やれやれだ。
エリスが嬉しそうに話し出す。
「サウナ島かあ!嬉しいじゃないか?坊やが育った島だね?」
「そうだよ、楽しいよママ!」
「それに今ではアースラさんもいるからエリスは必ず行かないといけないな」
この発言にエリスが表情を改める。
「えっ!アースラ様が?嘘でしょ?」
「本当だ、アースラさんは今では農業部門の部長だ」
「はあ?部長がなんだか知らないが、アースラ様には私は会わないといけない。まだちゃんとお礼の一つも言えてないんだから!」
「今では花魁衣装よりも、作業着姿が似合っているからな、アースラさんは」
エリスは呆けた顔で俺を見ていた。
「なんだそれ?よく分からんが早く行きたいねぇ、てかさあ守さん。サウナ島には上級神様も住んでるのかい?」
「そうだな、火、水、風、大地の神は大体いるかな?でもフレイズは棲んではいないな。あいつはバイトに明け暮れているだけだな」
「マジかよ?」
エリスは固まっていた。
「エリス、本当よ・・・先日なんか私、ウィンドミル様と塩サウナで対一だったんだからね。びっくりしたわよ。でもね、ウィンドミル様は優しかったわよ。塩サウナ室にそよ風が吹いていたわよ」
何だそれ?
てか駄目じゃん。
塩サウナは湿度を楽しむものでしょうよ。
そよ風は要らないじゃない。
まあいいや・・・好きにしてくれ。
「まさか・・・時の神アイル様まで居ないでしょうね?・・・」
流石にアイルさんは来てないね。
「それがね・・・そろそろ来るかもって噂なのよ・・・」
そうなのか?
「前にフレイズ様が、母上がサウナ島に興味を持っているって言ってたのよ・・・そろそろかもしれないわよ・・・」
マジかよ・・・まあ別にいいけど。
創造神の爺さんも来たければ来ればいいじゃないか。
別に俺は困らないけど?
まあ他の神様達の事は知らないけどね。
爺さんに関しては一度サウナ島に来ているし。
あ!その当時はスーパー銭湯は無かったか・・・
まあ、どうでもいいよ。
「でも前に創造神様はサウナ島に来たんだよ」
普通にノンは告げていた。
何かおかしいの?とでも言いたげだ。
「はあ?ちょっとノン!何それ?」
「聞いて無いんだけど?」
「そうなの?だよね?ゴン、エル」
ノンはゴンとエルに同意を求めていた。
「そうですの」
「ですね」
その発言に唖然とするオリビアさんとエリス。
「嘘でしょ・・・」
「マジか・・・」
二人は一瞬にして酔いが醒めた様子。
特にオリビアさんは顔を振って正気を取り戻そうとしていた。
俺にはいまいちよく分からない反応だった。
なにをアイルさんと爺さんにそんなに身構える必要があるのだろうか?
爺さんに関しては少々面倒臭いけど。
アイルさん関してはそうとは思えないんだけど?
面倒見のいい女神なんだけどな。
現に俺はお世話になったしね。
あの修業はなかなかハードだったな。
身に付く物が大きかったから良かったけどね。
「何もそんなに身構えなくても、そもそも神界には下界を覗く泉があって、しょっちゅう下界を覗いているって言ってたけど?」
「そうなの?」
「知らなかった・・・」
「ん?エリス?言わんかったか?」
「聞いてねえよ親父!」
「そうか、すまんすまん」
「まあ、何れにしても創造神の爺さんにしても、アイルさんにしても別に来てくれても構わないけどね」
俺の発言にエリスとオリビアさんは引いていた。
その時はしっかりと料金は徴収致しますよ。
タダとはいきません、誰であれど。
「あの二人であっても、頂く物はしっかりと頂きますけどね!特別扱いはしませんよ。俺は・・・」
俺はわざと悪代官の様な笑顔をしてみた。
「坊やが規格外って言ってた意味がよく分かったよ・・・」
エリスは云々と頷いていた。
ちょっと悪ふざけがすぎたか?
気を取り直したエリスが言った。
「それにしても、今日は最高の一日だ!坊やにもやっと会えたし、旧友にも会えたし、将来の創造神様にも会えたし、明日からどうなっちゃうんだろうね?私は興奮が止まらないよ!」
「よかったね、ママ!」
「ありがとうね坊や、それにオリビア。そして守さん、私は幸せ者だよ!」
「エリス!」
オリビアさんがエリスに抱きついていた。
「私も最高!」
「ホホホ!良かったのう」
ゼノンも目尻が下がっていた。
確かにそうだ、エリスとギルとオリビアさんにとっては最高の一日になったな。
でも俺にとっても最高の一日だ。
この日の為に、俺はこの世界に転移してきたと言っても過言では無いからね。
「この日をもっと最高の一日にする為に、守さんにお願いがあるんだが聞いてくれるかい?」
「お願いごと?なんだ?俺に出来ることにしてくれよ?」
「この島を救ってくれよ!お願いだよ!」
はあ?
救ってくれとは?
急に話が変わって無いかい?
「それはどういうことなんだ?」
「この島は見ての通り空に浮かぶ島なんだ、それがどうやら年々地上に近づいているみたいなんだよ」
ん?それは高度が下がっているってことなのか?
「そうなのか?」
「ああ、浮遊石が劣化しているんだと思うんだ。風によって浮遊石がゆっくりとだが、削られていっているんだと思う」
「なるほど・・・」
其れならばどうにかできそうだな、但し・・・
「何とか出来ると思う、だが・・・」
「だが?」
「たくさんの神石か魔石が必要になるな」
「それはどれぐらい必要なんだい?」
「こればかりは試してみないと分からないな、でも規模感としては数十個でどうにか出来るとは考えられない。まあ魔石は魔獣の森があるからどうとでもなりそうだけどな」
「そうなんだね・・・後、この街は資源に乏しいんだよ、そんな中でも天使や悪魔達が何とかやりくりしてくれてはいるけど・・・そろそろ限界が近いかもしれないんだよ・・・」
だからあの反応だったんだな。
「それはどうとでもなる、問題はどう稼ぐかだけだな。この島にしかない物は浮遊石以外には何かないのか?」
「この島にしかない物か・・・ちょっと考えてみるよ」
エリスは真剣に考えだした。
眉間に皺が寄っている。
「俺も何が出来るか考えてみるよ」
こうして夜は更けていった。
翌日。
俺達は約束通り天使と悪魔達をサウナ島に招待することになった。
転移扉を設置し、まずはドラゴムに移動する。
ドラゴムでは多くのリザードマン達が、エリスに群がっていた。
「おお!エリス様だ!」
「本当だ!」
「なんという御尊顔!」
「眩しい!」
等と騒いでいた。
手を振って答えるエリス。
満更でもなさそうだ。
ギルも手慣れたもので、世話を焼こうと集まってくるリザードマン達を往なしていた。
「これこれお前達、儂らは先を急いでおる。エリス達はまた立ち寄るからその時にな」
ゼノンが交通整理を行っていた。
群がってくるリザードマン達を宥めている。
そして、サウナ島に繋がる転移扉に手を掛ける。
ゼノンにとっては手慣れた作業だ。
「守よ、行くぞ?」
「ああ」
扉を開けると、受付ではエクスがエリスに驚いていた。
「あら?この子坊やにそっくりじゃないかい?」
俺はエクスを紹介することにした。
にしても何でエクスはそんなに驚いているんだ?
前以って言っておいたよね?
「エクス、こちらはエリスだ、ギルのママだぞ」
「え!マスター!嘘だろ?」
エクスは腰を抜かしそうになっていた。
だから何でなんだよ?
「ママ、エクスは神剣なんだよ。僕が装備者だから僕に似てるんだよ」
ギルが説明する。
「へえー、そうなのかい?神剣なんてのが居るんだねえ」
「お!おいらは神剣のエクス、よろしくです。ギルのママさん」
なんとかエクスは自己紹介していた。
「おや?ママさんだって?嬉しいねえ?」
「エヘヘ」
エリスの発言にエクスは何故だか照れていた。
「さあ、受付を済ませてしまおう」
俺は一同を誘導する。
てかエクスよ、俺の話をちゃんと聞いていたのかい?
人の話はちゃんと聞くものだよ?
甚だ疑問だ。
受付を済ませて、サウナ島に入るとエリスは、
「こんな所がこの世界にあるなんて・・・」
思わず声が漏れていた。
天使や悪魔達も同様に島の景色に見入っていた。
最初は皆な大体この反応だ。
もはや俺は見慣れている。
さて、天使と悪魔達のアテンドはゼノンに任せることにした。
ギルは大見えを切って、天使と悪魔達全員に金貨一枚ずつお駄賃をあげていた。
こういう処は俺に似なくてもいいのにね。
将来苦労するぞ?
ほどほどにな。
この時間ならアースラさんは先ず間違いなく畑に居るはずだ。
俺はギルとエリス、オリビアさんを連れて畑に向かうことにした。
「転移で向かってもいいか?」
「否、守さん。島の様子を眺めながら向かいたい。エアーズロックの参考にしたいんだよ」
エリスからの意外な一言だった。
こう見えてエリスは根は真面目な性格の様だ。
「そうか、分かった。じゃあ着いて来てくれ」
一同を引き連れて、歩いて畑に向かう事にした。
移動中もエリスは何一つ見逃さないと、辺りをキョロキョロと眺めていた。
時々あれは何かこれは何かとギルに尋ねていた。
勉強熱心でいいじゃないか。
そして俺達は畑に辿り着いた。
畑では農業部のスタッフ達が畑作業に勤しんでいた。
俺は農業部のスタッフに声を掛ける。
「やあ、お疲れさん。アースラさんはいるかな?」
「島野さん!ご無沙汰です!アースラ様は田んぼに居るはずですよ」
「そうか、ありがとう」
「どういたしまして!」
猫の獣人のスタッフが応じてくれた。
良く出来たスタッフ達で助かる。
島野商事は安泰だな。
会長として俺は誇らしいよ。
俺達は田んぼに向かった。
丁度田んぼでは収穫の時期を迎えていた。
きっとレケの新作の日本酒の原料になった米を収穫しているのだろう。
黄金色に輝く稲穂が鮮やかに咲き誇っていた。
日本人の俺にはほっとする景色である。
田んぼの中にアースラさんを見つけた。
エリスは田んぼの光景に心を奪われていた。
見るからに感動しているのが伺える。
「素晴らしい・・・」
エリスは呟いていた。
そしてアースラさんがこちらに気づく。
エリスを見つけると一目散に駆け寄ってきた。
「エリス!エリスじゃないか!」
エリスもアースラさんに気付く。
「アースラ様!」
エリスも駆け出した。
抱擁する二人、その光景に周りのスタッフも手を止める。
スタッフ達と俺達は二人を温かく見守っていた。
「アースラ様!会いたかった!」
「エリス!達者だったかえ?」
「はい‼」
「そうかえそうかえ!久しいじゃないかえ?」
「はい‼」
泣きじゃくるエリス。
まるで子供に戻ったかの様だ。
そんなエリスを抱きとめるアースラさん。
俺はまるで絵画でも眺める様にこの光景を眺めていた。
実に絵に成る。
よかったね、エリス。アースラさん。
オリビアさんは貰い泣きしていた。
そしてギルも泣いていた。
側に寄ってきたアイリスさんまで泣きだした。
「お母様、おめでとうございます」
アイリスさんが声を掛ける。
アースラさんは無言で頷いていた。
「会いたかった、ずっと・・・お礼を言いたかった・・・アースラ様・・・ありがとうございます・・・」
「エリスや、そんな事はよいのじゃ、それよりも翼はどうした?生えておるではないかえ?」
人化スタイルなのにアースラさんには分かる様だ。
流石は上級神だ。
「守さんに頂きました、世界樹の実を」
「そうかえそうかえ、よかったではないか、守に託して正解だったようじゃ」
「流石は守さんです」
アイリスさんにも褒められてしまった。
そりゃあエリスに食べさせるに決まっているでしょ。
「いい判断じゃ、守よ。世界樹の葉では心許ないしのう」
「そうです、ドラゴンの翼となると余りにサイズがデカすぎますわ」
アイリスさんも同意見のようだ。
やっぱりか、我ながらグッジョブだ。
これで世界樹の実は後一つ。
もう使う事はないだろうな。
そうあって欲しいものだ。
「アースラ様は私の所為で神罰を・・・」
エリスは申し訳なさそうにしている。
「それ以上言うでないわえ、エリスよ、済んだ話じゃ」
アースラさんはエリスの頭を撫でていた。
「ですが・・・」
「もうよいのじゃ、それよりも見ておくれ!この見事な田んぼを、余の自慢の稲穂達じゃ」
「ええ、見とれてしまっていました」
「今ではこのサウナ島で農業を行うことが余の生きがいじゃよ」
アースラさんは優しい眼でエリスを見つめていた。
「そうですか、素晴らしいです。アースラ様、農業を私にも教えて貰えませんか?エアーズロックの為にも、私は学ばなければなりませんので」
エリスは意外な事を言い出した。
「そうなのかえ?余は構わんが・・・守よ、良いのかえ?」
ちょっと困るな。
俺には違うプランがある。
「そうですね・・・少し考えさせて下さい。というのも、エリスには他にやって欲しい事があるんだ。どうだろうか?」
「そうなのかい?私にどうしろと?」
エリスは困った顔をしていた。
「それは後日話をしよう、俺に考えがあるんだ」
「そうか、私は守さんに従うよ」
エリスは俺に信頼を寄せてくれているようだ。
「ありがとう」
「そんなことより、皆の者よ、今日は仕事は終いじゃ!エリスよ、余に付き合うのじゃ!宴じゃ!宴を催すのじゃ!」
アースラさんは相当上機嫌のご様子。
「守よ!よいな?」
「ええ、構いませんよ」
「会長の許可が出たぞえ!皆の者!スーパー銭湯に集合じゃ!」
こんな嬉しそうなアースラさんは始めてみるな。
なんだかこっちまで嬉しくなってくるよ。
「守よ!ゴチじゃ!」
「「「ゴチになります!!!」」」
はあ?どういうこと?
てかそんな言葉何処で覚えたの?
きっとノンだな?
あの野郎・・・まあいいか。
いよいよ上級神までノンに毒されているようだ。
どうせ食事代は会社持ちだし、ビール三目杯以降は俺持ちになるだろうけど、知れているだろう。
多分・・・
アースラさん達なら可笑しなことにはならないだろう。
「分かりましたよ、遠慮なくどうぞ!」
この俺の発言に一同が沸いた。
「やった!」
「飲むぞ!」
「今日はへべれけになってやる!」
好きに騒いでいた。
あれ?間違ったのか?
まあいいや。
ここで水を差す訳にはいかないしな。
「守よ!お主も付き合うのじゃ!」
「付き合ってくださいますよね?」
俺はアースラさんとアイリスさんに腕を掴まれて、連行されるかの如くスパー銭湯に連れてかれてしまった。
それを見て、ギルとエリスとオリビアさんが腹を抱えて笑っていた。
ちゃんと付き合いますから放してくださいよ。
全く。
俺は逃げませんての!
ラファエルは一人虚空を眺めていた。
もう何も考えたくは無かった。
でも様々な感情が押し寄せてくる。
無に成る事等出来なかった。
ラファエルは抑えようの無い感情の波に飲み込まれていた。
様々な念が彼を押し潰してくる。
後悔、懺悔、失望、怒り、憤り、虚無、そして時折希望。
残念ながら希望の感情は一瞬でしかない。
直ぐにその他の否定的な感情に飲み込まれてしまう。
ラファエルは自分をコントロールすることが出来なくなっていた。
完全に我を失っていた。
今やラファエルに近寄って来るのは、その財産目当ての者達しか居なかった。
心からの忠誠を誓う者などもはや誰一人としていなかった。
ラファエルは孤立していた。
信頼する者も、信用できる者も周りにはいない。
ラファエルは地球でも同様であったと、当時を思い出しては項垂れていた。
どうしてこうなったと、後悔する日々だった。
何処で間違えたと懺悔の念に堪えない。
俺はもう終わったと失望し。
シマノめ‼と怒気を荒げる。
なぜ信仰を俺に向けないと憤り。
まだ出来ることはあると一瞬考えるが、無理だと虚無感に襲われる。
この様な感情に日々苛まれている。
情緒不安定になっていた。
イヤーズは国力を失い、国民は半分以下になっていた。
あの襲撃からおよそ半年が経とうとしていた。
国民の決断は早かった。
隣国である、オーフェルン、サファリス、エスペランザに国民は流れて行った。
もはや亡命などという優しい物では無い。
その様相は民族大移動に近い。
そして中にはドミニオンや、ルイベントにまで足を延ばす者達もいた。
イヤーズの崩壊を止めることはもはや敵わない。
日に日に国力は衰退していった。
国民が減れば国力が減るのは必然。
イヤーズの衰退は止めどなかった。
北半球の趨勢はもはや決しかけていた。
それだけでは無かった。
国の根幹を担っている宗教は失墜していた。
もう拝謁に訪れる者は僅かだった。
それでも神気を集めたいラファエルは必死だった。
僅かながらも訪れる者達に、これまで以上に教義を広めようとしていた。
時にはこれまでに無いような優しい対応を見せたりしている。
しかし、頑張れば頑張るほどラファエルは空回りしていた。
次第に拝謁に訪れる者は両手で数えるほどになっていた。
急に掌を返すようなラファエルの態度の変化に、国民は猜疑心を持っていたのだ。
もう拝謁を受けても神気は発生しなくなってしまった。
もうラファエルに心からの崇拝を向ける者は居なくなっていた。
国王や、国の幹部達も拝謁に訪れるのだが、当然の様に神気など発生しない。
国王達はもはやラファエルに信仰心など無いのだから。
インフラを抑えられているから形式だけの拝謁を行っているだけに過ぎない。
それにラファエルの洗脳もその効果が薄れ始めていた。
その理由は、余りに連続して催眠魔法を行使してしまった為に、その効果が薄れてしまっていたからだ。
要は抗体が付いてしまったということだ。
連続して催眠魔法を行使してしまえば、精神支配系の魔法がレジストされる可能性は高まってしまう傾向にある。
実はラファエルはそれを知っていた。
これまで百年以上に渡って行使してきた魔法である。
そんなことは理解している。
しかし、何とかして宗教離れに歯止めをかけようとラファエルは必死になっていたのである。
短期間で何度も何度も催眠魔法を行使してしまった。
ラファエルの空回りは止まらない。
否、自ら首を絞めてしまっていた。
側近の者達も自然とラファエルと距離を取り始めていた。
あれほどまでに熱狂的な信者であったにも関わらずだ。
その理由ははっきりしている。
それは再び神獣と聖獣の襲撃があったからだ。
それは前回以上にインパクトを残していた。
前回以上の襲撃の規模だったのである。
それは前回の襲撃の後、ラファエルの神殿の八割方は修復出来ていたタイミングで行われた。
ラファエル含め、まだラファエルに信仰を寄せる国民達にとっては、やっと復興出来たと胸を撫で降ろした矢先だった。
襲撃前の半数以下ではあるが、まだ信者はいたのだ。
宗教は揺らいではいたが、まだ立て直しは可能だとラファエルと残った信者達は信じていた。
希望はあると。
まだ宗教は立て直せると。
しかし現実は違った。
噂は本当だったのだ。
また神獣と聖獣の襲撃はあると。
更に今回の襲撃は、前回と神獣は同じであったが、聖獣は違っていた。
聖獣は白蛇とアラクネセイントだったのだ。
また新たな聖獣が現れたことに、シマノなる神の戦力の大きさに愕然とさせられていた。
もはや何を以てしても敵わないと痛感させられていた。
どうしてそんなに戦力を有しているのか?
これはただの神では無いと認めざるを得なかった。
神敵と定めた神は、到底どうにか出来る相手では無いと。
逆にこちらが神敵とされているのはではないかと考えられた。
アラクネセイントは、鋼糸を撒き散らし、国民を雁字搦めにして動けなくしていた。
上半身が人間であることが恐ろしさを助長させていた。
「ラファエルは何処だー‼」
「ラファエル出て来い‼」
アラクネセイントは激怒しながら叫んでいた。
そして白蛇はとぐろを巻いて威嚇した後に、神殿の破壊を楽しむ様に、ゲラゲラ笑いながら尻尾で神殿の外壁を破壊していた。
「面白れえ!最高だぜ‼ギャハハハ‼」
白蛇の叫び声が木霊する。
そしてドラゴンは前回同様に咆哮した後に、神殿の屋根を踏み抜き、破壊の限りを尽くしていた。
「宗教など認めない‼」
「ラファエル‼掛かって来い‼踏み潰してやる‼」
ドラゴンは大声を張り上げていた。
実はこの時ギルは母親のエリスの翼を奪ったのはラファエルであると知っていた。
その憤怒たるやいなや。
前回とは比べ物にならない位に力が入っていた。
だが、前回同様に細心の注意は払われている。
衛兵は何もすることなく、ただただ崩れ行く神殿を眺めていた。
逃げ行く国民は、またかと頭を抱えていた。
そして、ラファエルは今回もまた、何もせずにいたのだった。
否、何も出来ずにいたのだ。
行かなければと、意を決しようとするのだが、足が竦んで動かない。
身体の震えが収まらず歯がカチカチと鳴っていた。
絶望の現実に怯え、居城の奥深くに潜り込んでいた。
それはまるで条件反射の様に。
居城の奥で諤々と震えていたのだった。
それに今回は神獣と聖獣に名指しされたのだ。
もう逃げるしか無かった。
恐怖で血の気が失せ、顔面蒼白になっていた。
そして、今回はそのラファエルの居城も半壊させられていた。
これはラファエルを認めないという最大現のアピールであった。
イヤーズの国民はそう受け止めていた。
もう充分に分かったと、国民はラファエルを見捨てるしか無かった。
結局のところ国を離れていった者達は間違っていなかったと。
もっと早く見捨てるべきだったのではないかと。
前回以上の襲撃は意味があるのだと。
いい加減分かれよというメッセージなのだと。
実際のところそれは間違っていない。
守から命を受けた三人は神殿だけではなく、居城も半壊させていいと言われていたからだ。
但し、絶対に負傷者は出すなと。
ここは今回も遵守させられていた。
破ったら許さんぞと・・・
でも今回は名指しで騒いでも良い。
ラファエルをここぞとまでに追い込んでやれと。
そう言われてしまえば、そうしない訳がない三人だった。
特にラファエルに悪感情を人一倍覚えているクモマルは、我先にと破壊行為に勤しんでいた。
本性剥き出しに、破壊の限りを尽くしていた。
その様子はとても楽しそうであった。
だがイヤーズ国民達にとっては恐怖でしかない。
クモマルは配下の蜘蛛達に人が居ない箇所を報告させ、好き放題に暴れまわっていた。
その情報を念話でギルとレケに瞬時に共有する。
暴れまわりつつもクモマルは冷静なのだ。
負けてはいられないと、レケも傍若無人に暴れまわる。
レケの笑い声が不気味に木霊していた。
レケは前回の襲撃に交じれなかったことを実は根に持っていた。
今回は自分も暴れられると有頂天になっている。
だが細心の注意は怠っていない。
怪我人をだそうものなら守に何をされるか分かった物ではないからだ。
レケは人一倍守の怒りを恐れている。
こうなるとギルも止戸惑うことを知らない。
ブレスを上空に吐きまくっていた。
そして不要に咆哮していた。
エリスの翼を奪ったラファエルを許す訳にはいかないと、暴れまわっていた。
でもギルも注意は怠らない。
今回は前回と違い、弟と妹を従えているのだから。
流石に遊びとは成らなかった。
自制心の強いギルならではあった。
イヤーズの国民は愕然としていた。
復興間もない時期の破壊行為は精神的に辛い。
完全に心を折られていた。
もはや立ち直ることは出来ない。
もう国を離れるか、宗教から距離を取るしかない。
現在国に残っている者は、国を離れられない事情を抱えている者が多い。
そうなると一択である。
もう宗教から距離を取るしかないと。
こうなってくると、シマノなる神のメッセージは充分に伝わった。
もうこの国には宗教はあり得ないのだと。
そしてその破壊行為は前回とは比ではなかった。
どうしてなのか、国の管理する施設も破壊されていたのだ。
前回はラファエルの神殿のみであったが、今回は違う。
神殿とラファエルの居城に加えて、国の施設もその対象になっていたのだ。
当然国の施設を調べ上げたのはクモマルである。
それも防具や武器の保管されている蔵を中心に破壊されていた。
武力に繋がる施設はその対象になっていたのだ。
今回はラファエルのみならず、国まで認めないと言われていることと変わらない。
結果、完全にイヤーズは無力化されていた。
唯一、王城のみがその対象に成らなかったことに、国の重鎮達は胸を撫で降ろしていた。
しかし、これにはメッセージがあると国王含め大臣達は受け止めていた。
これは国からラファエルを追い出せというメッセージだと捉えていた。
お前達のやることはそれだと言われているのだと。
そして間違っても武力に頼るなよと。
この日を境に連日国王と大臣達はどうやってラファエルを追い出そうかと極秘の会議を重ねることになった。
そしてそのことをラファエルは知らない。
ラファエルの孤立は深まるばかりだった。
そしてイヤーズから信者が居なくなっていた。
もはや自らの意思で拝謁に訪れる者は一人も居なかった。
拝謁をすると金貨が貰えるとの嘘の噂話を耳にした、金銭に卑しい者達が下卑た顔で拝謁を行っているだけだった。
神気は当然発生しない。
信仰心など持ち合わせてはいないのだから。
それでもラファエルはしがみ付く様に拝謁を受けていた。
否、拝謁を受けるというよりも、逆に祈ってくれというのが本音になっていた。
だが教祖然とした態度は変わらない。
はっきり言って、無様である。
国民のラファエルを見る目は冷徹だ。
そんなラファエルの腹の中などお見通しなのだから。
見下している者も中にはいた。
それを感じ取り更にラファエルは精神が崩壊していくのだった。
ラファエルは唯一の望みである五人の老師を呼び出した。
その表情は苦痛に満ちている。
呼び出しに答えたのはディッセンバーとオクトーバーのみであった。
予定の時間に成っても訪れない他のメンバーにラファエルの苛立ちは募っていく。
「二人だけか・・・」
情緒不安定なラファエルは、下を向いて呟いた。
「はい・・・」
ディッセンバーは思わず答えてしまっていた。
本当はディッセンバーもこの場には来たくは無かった。
しかし、これまで少なからず忠誠を誓ってきた相手である。
ディセンバーとしては無下には出来なかった。
本人としては今回で最後とするつもりであった。
最後は無難にやり過ごそうと考えていたのである。
彼なりの気遣いだった。
「念の為に聞くが、他の三人はどうして来ていないのだ?」
ディッセンバーは答えなければならない。
「は!特に何も連絡はありません・・・もしかしたら既にイヤーズには居ないのかもかもしれません」
これまでであればここは一喝されているところであった。
自分の考えや、推測などは話すことは許されていなかったからだ。
「そうか・・・」
ラファエルはそんな事はもうどうでもよくなっていた。
其れよりも、こうやって話している時ですらも、様々な感情に揺り動かされそうになっていたからだ。
ラファエルは今にも泣き出したくなったり、怒りの感情を吐き出したくなっていたのだ。
理性を保つのに精いっぱいだったのである。
「ジュライに関しては、シマーノに亡命したとの情報が入っています」
ラファエルは信じられないと眼を大きくさせていた。
「あの真面目なジュライがか・・・」
この情報は思いの外ラファエルにダメージを与えていた。
ラファエルはジュライことエリカに信頼を寄せていたのである。
「はい・・・それも亡命したのは半年以上も前とのことで御座います」
ディッセンバーはラファエルに同情したい気分になっていた。
ここまで落ち込むラファエルを見たことが無かったからだ。
「な!・・・それは前回の招集の時には既に亡命していたということか?」
「そうなりますね」
ディッセンバーは口調まで変わっている。
こうなると目上と敬う事に意味は無いからだ。
「教祖様、如何なさいましょうか?」
発言を許されていないオクトーバーまで話し出した。
「どうとも出来ないだろうな・・・」
「しかし・・・」
何処までも好戦的なオクトーバーには認めたくない発言だった。
オクトーバーは好戦的なラファエルが好きだった。
しかし、目の前のラファエルにはそんな面影は無くなっていた。
オクトーバーは失望していた。
「もはや粛清することに意味はないだろう?違うか?」
「・・・」
オクトーバーは押し黙ってしまった。
オクトーバーは今直ぐにでもこの場を立ち去りたくなっていた。
社会不適合者であるオクトーバーには、トーンダウンしたラファエルはもはや敬う対象ではなくなっていた。
心の中でふざけるなと叫んでいた。
「教祖様、報告があります」
「どんな報告だ?」
ラファエルは呆けた顔で尋ねていた。
情緒不安定は収まらない。
「ダイコクの誘拐ですが、二度失敗し、三度目は暗殺するように神殺しを雇いましたが、失敗しました・・・」
実のところ、誘拐は実行前にクロマルとシロマルに寄って阻止されていた。
その事をダイコクは知らない。
そして三度目の襲撃に関しては、クモマルによってイヤーズ内にて事は処理されていた。
事実はそんなところである。
ダイコクの知らぬ間に事件は解決していたのである。
そうとは知らないダイコクであった。
そして守には報告がなされている。
不意にラファエルはテーブルを叩く。
「ふざけるな!」
今度は怒りに身を任せるラファエルであった。
この一喝に恐縮する二人。
昔のラファエルが戻ってきたと喜ぶオクトーバー。
一気に緊張感が増したディッセンバー。
緊張感が場を支配する。
「すまない・・・いい過ぎた」
二人は訳が分からないとラファエルを見つめていた。
そしてお互いの視線を合わせると、声に出さずに語り合っていた。
(こいつ壊れたな)
(だな)
(もう俺は付き合いきれない)
(後少しだけ付き合ってやろう。終わりは見えたな・・・)
頷き合う二人。
「どうやらもう終わりの様だ・・・」
ラファエルは呟く。
「と言いますと・・・」
ラファエルは暗い瞳で虚空を眺めていた。
「宗教はもう終わりだ、五人の老師も解散しろ。私からは距離を置くがいい」
ラファエルからの宗教終了宣言が発せられた。
押し黙って二人はこの発言を受け止めていた。
こうしてこの世界から宗教が消滅した。
『新興宗教国家イヤーズ』は名を改めて以前の通り『イヤーズ』となったのである。
そしてラファエルは一人ひっそりと旅に出ることになった。
目指す先はラファエルしか知らない特別な場所である。
今でも神気を吸収し続ける、大量にある神石の保管場所であった。
ラファエルは誰にも後を付けられていないことを確認し、慎重に歩を進めていた。
しかしその背にはクモマルの配下の蜘蛛が張り付いていたことを、ラファエルは知らない。
こうしてラファエルは一人、旅に出たのだった。
アースラさんの宴は大盛り上がりだった。
終始エリスとギルは笑顔で、アースラさんもアイリスさんも笑顔を絶やす事は無かった。
エリスもやはりドラゴンでフードファイターの如くガツガツと飯を食っていた。
それだけなら未だしも驚くほどに酒豪だ。
ゼノンの娘という時点で疑っていたのだが・・・
そして俺の奢りの金額は金貨十枚にもなっていた。
まあ困ることは無いのだが、これまでに悪い例をたくさん作り過ぎてしまった弊害が現れていた。
俺の奢りとなると誰もが手を抜いてくれない。
誰もが悪びれることも無く、飲んでや食っての大騒ぎだ。
俺相手なら財布は要らないと思われている節がある。
まぁ皆な楽しく、笑顔でいたからいいのだけれどね。
それにたくさん感謝されたしな。
途中から案の定神様ズが勝手に混じっていたけど・・・
もう慣れたよ。
あんたらはどうでもいいよ。
てか、いい加減遠慮を学べよ!
ゴンガスの親父さんとエリスの再開はちょっと笑えた。
ゴンガスの親父さんがエリスを見た時の、唖然とした顔には腹を抱えて笑いそうになってしまった。
それに対してエリスの反応は、
「よう!酒飲み親父!生きてやがったか?貸した金返せよ!」
だったからね。
その後、親父さんは本当にエリスに金貨を返していた。
親父さんも何でドラゴンに金を借りるかね?
百年以上経った今でも忘れていないエリスも大したもんだ。
にしても第一声が金返せは笑えたな。
ハハハ!
翌日
そろそろエアーズロックの今後について話をしなければならない。
場所は事務所の会議室。
参加者は俺とギル、エリスとゼノン、そして天使のマルと悪魔のコロ。
加えて島野商事からはマークとロンメル、ランドそしてエリカが出席している。
エリカは議事録係だ。
その為、会議中の彼女は発言しないだろうと思う。
島野商事のメンバーが加わっていることには意味がある。
それはこの先の会議でその答えが出るだろう。
まずは島野商事のメンバーと、エアーズロック組とが自己紹介を行っていた。
俺が仕切らずとも自ら話をしてくれるのは助かる。
特に島野商事組は大人の対応を心得ている。
人嫌いの天使と悪魔がこれを機に人族に対して考えを変えてくれるといいのだが、そう簡単にはいかないだろう。
でも時間を掛ければ関係性は変わって来るに違いない。
そうあって欲しいものだ。
一通りの自己紹介が終わったので、俺は話を始めた。
「さて、エアーズロックの今後について話をしようと思う」
全員が無言で頷く。
「まずは情報共有も含めておさらいをしたいと思う」
「では守さん、そこは私が」
エリスが挙手して発言の許可を求めた。
俺は顎を引いてエリスに発言の許可を出した。
このメンバーになると自然と俺が議長になる。
「まずエアーズロックの現状を話すと、資源に乏しく、浮遊石が劣化を始めているのが現状だよ」
その発言を受けてマークが挙手する。
「すまないが、エリスさん。我々は浮遊石を知らない。それはどんな物なんでしょうか?」
「そうか、浮遊石とはその名の通り浮遊の効果のある石なんだ。その石がエアーズロックの地盤には組み込まれていて、その浮遊石がエアーズロックを空に浮かべているということなのさ」
「話には聞いていたが、本当に島が空に浮かんでるんだな」
ロンメルは考えられないと首を横に振っていた。
「そうです、エアーズロックは空に浮かぶ島であります」
マルは誇らしそうにしている。
「我等天使族とコロ達悪魔族は数百年前からエアーズロックに住んでおります」
「そして今から百年前にゼノン様がエリス様をお連れになりました」
今度はコロが話を重ねる。
「そうじゃ、戦争を止めに入ったエリスじゃが、大爆発に巻き込まれてのう。その時に翼を失ってしもうたのじゃ、それをアースラが助け、儂の元に届けてくれたのはよいのじゃが、当時のドラゴムには治療を施す事が出来る状態ではなくてのう。治癒魔法が得意な天使達であれば、翼は戻らずとも傷は癒えると思ってのう」
ゼノンは当時を思い出しているのだろう、遠い眼をしていた。
「ゼノン、それだけでは無いんだろう?」
俺は勘ずいてた。
「守よ、分かっておったか、そうじゃ、戦争が起こっただけでは無く、北半球は我等神には少々住みづらい状況にあってのう」
ゼノンは素直に語った。
「だから天空の島なら安全に匿えるということだな。そもそも百年前に起きた戦争の黒幕は誰なんだよ?」
俺は思い当たっているのだが敢えて踏み込んでみた。
「そろそろ話してもよい頃じゃな、でも守は分かっておるのじゃろ?」
「ああ、どうせラファエルだろ?」
俺は一番高い可能性を話してみた。
「そうじゃよ」
この発言にエリスとギルが立ち上がる。
「あのイヤーズのラファエルなの?」
「誰だいそれは?」
どうやらエリスは分かっていないみたいだ。
戦争の黒幕を知らずして止めに入っていたみたいだ。
だろうなとは思っていたが・・・
豪快過ぎないか?エリス。
「確認するがエリス、百年前の戦争についてどれぐらい知っているんだ?」
「私が知っているのは、サファリス国とオーフェルン国が争ったということだけだよ」
そんなことだろうと思ったよ。
やれやれだ。
「えっ!ママ、本当なの?」
ギルは嘘でしょ?とツッコんでいた。
「いろいろ知りたかったよ、でもさ、戦争前に情報を集める時間は無かったし、この百年の間、知りたかったけど私は親父の権能で天空の島『エアーズロック』からは出られなかったから・・・」
ということらしい。
あっさりとゼノンの権能について明かしていたが、ほとんどの者達は気づいていないだろう。
俺は気づいてしまったがここは黙っておこう。
そんなエリスは大雑把とも言う。
否、何も考えていないのだろう。
エリスは何でも口にしてしまう・・・素直過ぎると大らかに受け止めよう。
「そんなことだろうと思ったよ、いいかエリス。直接的では無いが、お前の大事な翼を奪ったのはラファエルだ。戦争を引き起こしたのはラファエルだからな」
この俺の発言にゼノンが加わる。
「ホホホ!流石は守じゃな。お見通しじゃな」
そんな事は分かっている。
「だが詳細までは俺は掴んではいないぞ?」
「じゃろうな、儂が話してもよい範疇で話してやろう」
何時になく前のめりなゼノンだ。
それにしても千里眼と地獄耳は万能だな。
この場に居ても各国の情勢が分かるしね。
「まずラファエルはイヤーズに転移してきた転移者じゃ」
「それは俺達も聞いています」
マークが口を挟む、エリカから聞いたのだろう。
こいつらも現状を把握しようと努めている。
「そのラファエルじゃが、特殊な固有魔法を持っておってのう」
「固有魔法ですか?」
マークは興味があるみたいだ。
かなり喰い付いている。
「そうじゃ、催眠魔法じゃよ。精神力の低い者は簡単に洗脳に掛かってしまう。それに集団催眠魔法も使えるのじゃ」
「そんな魔法があるのですね」
ランドは不思議そうな顔をしていた。
「そしてその催眠魔法を駆使して、ラファエルはオーフェルン国とサファリス国の間柄を悪化させ、戦争に導いたのじゃ」
この発言に一同は戸惑っていた。
そもそも洗脳を知らないのだろう。
教えておかなければならないな。
「お前達、教えておくが洗脳は強力だ。おそらくお前達ならレジスト出来ると思うが、ゴブオクンあたりなら簡単に洗脳に掛かってしまうと思うぞ。洗脳とは簡単に言うと精神支配だからな」
「そんな事が可能なんですか?」
「無茶苦茶怖えじゃねえか」
「嘘でしょ?」
島野商事のメンバーにはインパクトが絶大みたいだ。
でも事実だからしょうがない。
エリカは分かっているのだろう。
ウンウンと頷いていた。
それにお前達は掛からないと思うよ。
お前達はそれなりに乗り越えて来て精神力は強いからね。
でも知らない事には脅威を感じるのだろう。
それは分からなくも無い。
「分からないのはその動機だ。これだろうなという心当たりはあるのだが・・・」
俺は外れたら恥ずかしいので今は言わないけどね。
外したらゼノンから指を指して笑われそうだ。
「ふっ、まあそこまでは言えんのじゃがな」
意味深な眼でゼノンが俺を見ていた。
言えんのかい!
「だと思ったよ、どうせあれだろ?創造神のじいさんから、守が解決するから放っておけ、これもあ奴にとっては修業じゃ。とでも言われたんだろう?」
「ホホホ!大正解じゃ!一言一句間違ってはおらんよ」
やっぱりか、それ以外理由はないからな。
ゼノンもドラゴンだ。
人の争いを止めることは出来る。
自分で行わなくとも、情報を与えることで、人を使って解決に向かわせることもできるのだから。
そうなると理由は一つだ。
俺に解決させる、要は俺に得を積ませようということだ。
実に分かり易い。
別にゼノンがやってくれてもいいのだよ?
俺は面倒臭がりだしね。
はあ・・・
「まあそういう事で、戦争の仕掛け人はイヤーズのラファエルという事なんだ、動機は不明ではあるが、その後イヤーズにてラファエルは宗教を広めた、そしてイヤーズの中心人物として長年に渡って暗躍しているということだ、更にラファエルはあろうことか、ポタリーさんを拉致して、ダイコクさんも拉致しようとしているんだ」
「でもパパ、ダイコクさんの拉致は失敗に終わったんだよね?」
クモマルから聞いていたのだろう、ギルは現状を分かっているみたいだ。
「そうだ、クロマルとシロマルに寄ってダイコクさんの拉致は阻止された、それも二度に渡ってだ」
「二回もって・・・しつこい野郎だ!それに神を拉致するなんて、何考えてんだ、そいつは?」
ロンメルが吐き捨てた。
「どうやらラファエルは神に成りたいみたいだ、まあ成れないだろうがな」
「そんな奴が神に成れる訳が無いよ!畜生!今直ぐイヤーズに行って、ぶん殴ってやりたいよ!」
ギルは憤っている。
「ギル、まあそう言うな、実はな、数ヶ月後にはそんな機会があるかもしれないぞ」
「え!どういう事?」
ギルは気色ばる。
実に鼻息が荒い。
「前回の襲撃から三ヶ月が経っている、おそらく後三ヶ月後にはラファエルの神殿は復興するだろう」
「復興するの?そんな・・・」
ギルは前回の襲撃は何だったのか?と項垂れそうになっていた。
「一度は復興に向けて動き出すはずだ、現にクモマルからそう報告を受けている。そこで、復興する寸前でもう一度襲撃するんだ。ギル、エリスの仇打ちをしてこい!」
ギルは一気に眼を輝かせる。
「やった!また暴れてやるよ!」
ギルは獰猛な笑みを浮かべていた。
「守さん、それはこういう事かい?守さん達は既に一度ラファエルの神殿に襲撃を行っていて神殿を破壊した、今は神殿の復興中で完成まじかにまた襲撃して神殿を壊してしまおうという事かい?」
エリスは恐る恐る尋ねていた。
「そうだ、それだけで終わるつもりは俺には無い、次回はラファエルの居城も襲撃するつもりだし、イヤーズの主要施設も破壊するつもりだ、これをする理由は何だと思う?お前達?」
全員が首を傾げている。
「それはな、ラファエルの心をバキバキに折ることだよ」
俺は不気味な顔をしていたのだろう。
ゼノン以外全員が引いていた。
「旦那、怖えよ」
「俺は島野さんには絶対に逆らわないと誓うよ」
「島野様はえげつないです」
え?やりすぎたか?
「いやいや、これぐらいは優しいお仕置きだろう、だってラファエルは神に喧嘩を売ったんだぞ?殴る蹴るで終わらせるなんて生易しい事では物足りないだろう?心をバキバキに折って、二度と逆らわないと魂に刻み込まないといけないだろう?これでも俺は手を抜いているつもりなんだがな?それにイヤーズのお偉いさん達にはいい加減気づけとヒントを与えないとな、武力でどうにかするのではないのだと・・・」
全員がそうなのか?と表情を改める。
「まあそう言われれば、納得ですが・・・これで手抜きなんですか?」
「やっぱり旦那だけは怒らしちゃあいけねえぜ、あのレケが本気でビビる訳だぜ」
「どうしたらそんな発想が出来るんだよ?」
おいおい、島野商事の一同よ。
俺を何だと思っているんだい?
人畜無害な半神ですよ?
人を悪者みたいに言わないでくれるかな?
「そう言うなお前達よ、娘を傷つけられた儂としては、守に手抜きなどしてくれるなと言いたいところじゃよ、じゃがこれで北半球の趨勢が決まるだろうて、まあ戦争とラファエルの話はこれぐらいでよかろう?もう飽きたわい、そろそろ本題に入ろうぞ」
ゼノンが話を修正する。
もうこの話をしたくない気持ちはよく分かる。
「だな、ラファエルの宗教の終焉はもはや決定事項だ、もう覆すことは出来ないだろう、次に移ろう」
全員を眺めると、皆が気持ちを入れ替えようと気持ちを新たにしていた。
顔を振ってリセットしようとする者もいた。
「さて、まずは俺からの提案だが、エアーズロックは引っ越してみないか?」
エリスとマルとコロが固まっている。
あんたは何を言ってるんだい?という表情をしていた。
「守さん・・・それはエアーズロックを見放せということなのかい?」
すまん、簡単に言い過ぎたね。
「エリス、そうではないよ。エアーズロック自体を引っ越ししてみないかということだよ」
「はい?」
「すいません、島野様、よく分かりません」
「引っ越すって・・・どうやって・・・」
エアーズロック組は訳が分からない様だ。
「俺の転移能力で島ごと南半球に引っ越さないかということだよ」
「「「「「ええーーー!!!」」」」」
ゼノンまで驚いていた。
あれ?そんなに可笑しなこと言ったか?
普通に出来ることなんだが?
それに北半球の趨勢は決したかに思えるが、イヤーズの残党が居るかもしれないからね。
エリスもこのまま北半球には居たくはないだろうし。
それにゼノンもそうしたくは無いだろう。
だったらいっその事、南半球に来ればいい。
という安直な考えから端を発しているだが。
「守よ・・・そんな事が可能なのか?」
「ああ、問題無いと思うが?」
「守さん・・・あんた出鱈目過ぎるだろうが!」
エリスが叫んでいた。
「パパ・・・あり得ないよ」
ギルまでそんな事を言い出した。
「ちょっと待ってくれ、全然可能だと思うぞ。それに俺はエアーズロックを使ってやりたいことが山程あるんだ」
島野商事一同は頭を抱えていた。
マルとコロは未だ固まっている。
「守よ・・・儂でもそんな事はこれまで聞いたことも見たこともないのじゃが?」
「そうなのか?」
だって創造神の爺さんはこの世界を造ったんだし、次期創造神に成るのなら、空に浮かぶ島の一つぐらいお引っ越しできなくてどうするのよ。
間違ってますかね?
「因みになんですが、島野さん・・・何処に引っ越しするつもりですか?」
マークが恐る恐る聞いてきた。
「ああ、それはこのサウナ島にだよ」
「「「「「ええーーー!!!」」」」」
どうにも話が進みづらいな。
そんなにおかしなこと言ってるか?
俺も常識が無くなってしまったということか?
まあいいだろう。
話を進めよう。
「いいかお前達。心して聞いて欲しい。俺の構想はこうだ、まずは俺の転移でエアーズロックをサウナ島上空に持ってくる。そして転移扉で繋いで行き来を可能にする。そしてエアーズロックにはレストランを造る。天使と悪魔達は料理と調理法に強い興味を持っていたからな、それも数店舗なんてケチなことはしない、レストラン街を造るんだ。言うならば天空のレストラン街だ。それだけでは無い。新たな娯楽としてスカイダイビングを始め、パラグライダーを造ることも考えたい。そしてこれが俺にとっての一番大事な部分なのだが、スーパー銭湯の別館を造るんだ。それも言うならば天空の温浴施設、天空のサウナだ!」
「「「「「おおおーーー!!!」」」」」
「凄い!天空のサウナ!」
「スカイダイビングってなんだ?」
「パラグライダーとは?」
「天空のレストラン?見て見たい」
各自思い思いの儘を口にしていた。
「凄い・・・」
議事録係のエリカまで声を漏らしていた。
俺は自慢げに全員の顔を見回す。
全員が興奮の表情を浮かべていた。
エリスに関しては興奮を通り越して涙を流しそうだった。
「どうかな諸君?」
俺は自慢げに全員を見渡した。
「パパ、最高!」
ギルは親指を立てていた。
「守さん・・・私には到底思いつかないよ」
エリスは今度は唖然としていた。
「守よ、見て見たいものじゃな」
ゼノンも興奮を隠していない。
「では満場一致と言う事でいいのかな?」
「「「「「はい!!!」」」」」
雪崩式になってしまった様だが、全員の一致を得られたようだ。
こうしてエアーズロックの未来に向けた草案は纏まった。
さてさて楽しくなって参りましたよ。
天空のサウナ。
絶対にやり遂げてみせる!
俺はワクワクが止まらなかった。
早速エアーズロックを島ごと転移することにした。
安全を期して、島民は全員サウナ島に移動している。
俺は先ずは『同調』でエアーズロックと意識を共有する。
とても面白い感覚だった。
フワフワした体感が心地よく、いつまでも繋がっていたいとの想いに陥りそうだった。
そして分かったのは、この島には意識があるという事だった。
そうでは無かろうかとは思ってはいた。
実際に繋がってみると、その存在を俺は受け止めざるを得なかった。
会話したい衝動に駆られたが、今はその時では無いと思っていたのだが、先方から声が掛けられた。
どうやらエアーズロックは俺と話がしたい様だ。
ならば話をしてみよう。
どんな会話になることやら。
(・・・我をどうするつもりなのだ?神よ・・・)
(エアーズロック・・・始めまして・・・俺は島野守・・・半神だ・・・)
(半神?・・・創造者ではないというのか?我にはそう感じたのだが・・・)
(そうか・・・直にそうなるのかもな・・・それでエアーズロック・・・お前を移動させるけどいいか?)
(移動?・・・何処に?・・・)
(南半球にだよ・・・駄目かい?)
(それはどうして?・・・)
(簡単なことだよ・・・この島の魅力をもっと知って貰う為だよ・・・)
(ほう・・・嬉しい話だ・・・)
(ああ・・・これまで以上に人が行き来する様になると思う・・・困った事が有ったら遠慮なく言ってくれよ・・・)
(ほう・・・良いのか?・・・だが我は沈下しておるのだが・・・)
(ああ・・・構わない・・・何とかしてみるよ・・・)
(そうか・・・どうやって?・・・)
(そうだな・・・魔石か・・・神石を使ってみようかと考えている・・・)
(ほう・・・興味深い・・・だが、そんな事をしなくともよい・・・)
(というと?・・・)
(我に神力を分けて貰えないか?・・・)
(構わないが・・・それで沈下が止まるのか?・・・)
(ああ・・・我にはその力がある・・・)
(そうか・・・もしかしてお前も神なのか?・・・)
(少々違うが・・・似たような存在かもしれん・・・)
(まあいい・・・分かった・・・始めていいか?・・・)
(よろしく頼む・・・)
俺はエアーズロックに触れて、神力贈呈を発動した。
(おお!・・・島野守・・・我はお主に従おうぞ・・・)
(エアーズロック・・・ありがとうな・・・じゃあ転移する・・・準備してくれ・・・)
俺はエアーズロックとの繋がりを堪能していた。
自分自身が自然の一部になった様な心地よさだった。
とても興味を引く体験だった。
またこいつとは話をしてみたい。
(エアーズロック・・・行くぞ)
(あい分かった・・・)
俺はエアーズロックごと転移した。
フュン!
サウナ島では本当に天空の島『エアーズロック』が転移するのかと、噂を聞いた人々で溢れ返っていた。
今か今かと俺とエアーズロックの到着を待っている。
転移する位置は、サウナ島の真上では不味いと、南の海岸から更に南に一キロほど離れた場所にすることにした。
結構な数の見学者が集まっている。
これはイベントに成ると、商魂逞しくエリカは屋台を出店し見学者達をもてなしていた。
これはマークには出来ない芸当だ。
エリカはここぞとばかりに本領を発揮していた。
「本当に島ごと転移なんて出来るのか?」
「島野さんなら或いは・・・」
「サウナの神様はやると言ったらやると思うぞ」
各々好きにコメントしていた。
そしてその時は突如訪れた。
ヒュン!
そんな音がしたのかもしれない。
エアーズロックが突如サウナ島の南の上空に現れたのだ。
余りの出来事に驚愕する見学者達。
そして一拍遅れて歓声が挙がった。
「うおおーーー!!!」
「マジか!」
「島が空に浮かんでいるぞ!」
「見てはいけないものを見てしまった!」
見学者達の興奮は収まりそうにない。
自然と拍手が巻き起こっていた。
島野一家の面々はそれをドヤ顔で受け止めていた。
俺はエアーズロックごと転移した。
特に神力をたくさん使ったという実感は無い。
どちらかといえば、エアーズロックに神力贈呈を行った方が、減りが多かった気がする。
でも相変わらず計測不能に変わりは無い。
まあ神力お化けですので。
まあこんなもんでしょ。
にしても歓声が凄い。
ここまで歓声が届くとは・・・
騒ぎ過ぎじゃね?
まあ好きにしてくれていいけど。
早速転移扉を設置して、サウナ島の受付に行くことにした。
受付に着くとエクスが駆け寄ってきた。
「マスター!凄え!おいら見てたぞ!」
エクスは興奮冷めやらぬといった具合だ。
「そうか、にしても凄い歓声だったな、エアーズロックにまで届いていたぞ」
「そりゃあそうだぜ、興奮するに決まってる!」
そうなのか?
俺にはよく分からん。
使い慣れた能力を披露したに過ぎないのだけどな。
「まあいいや、中に入るぞ」
「ああ、マスター。入ってくれ!」
エクスはそう言うと、入口の扉を開いてくれた。
サウナ島に入ると拍手で迎えられた。
しょうがないので俺は片手を挙げて答えることにした。
なんだかな・・・
人々を掻き分けてエリス達の所へ向かう。
エリスが笑顔で俺を出向かえてくれた。
「守さん、凄いな!」
「そうか?それよりも転移扉を繋げたから天使と悪魔を連れて、一度エアーズロックに戻ってみてくれないか?」
「分かった」
「その後エアーズロックの開発に関する打ち合わせをするから、事務所の会議室に集合だ」
「了解!じゃあ行ってくる」
「ああ」
俺は事務所の会議室に転移した。
だって人に囲まれていたからね。
いい加減人酔いしそうだ。
勘弁してくれよ。
会議室に着くと既にランドールさんが俺を待っていた。
「うわわ!」
いきなり現れた俺にランドールさんが驚いていた。
すまない、誰も居るとは思ってなかったよ。
「すいません、驚かせてしまいましたね」
「ええ、ビックリしましたよ・・・」
イケメンの驚く顔はちょっと笑えた。
息を整えたランドールさんから質問を受けることになった。
「それで島野さん、今度は何を造るおつもりで?」
「ランドールさん、それはメンバーが集まってから話しますよ」
「そうかい、でも島野さんのことだ、面白いことを始めるんだろうね」
「面白いがどうかは分かりませんが、力をお借りしますよ」
「私でよければ」
ランドールさんはノリノリだ。
メッサーラの学校も既に八校が出来上がっている。
その建設工事も今ではほとんど弟子達に任せており、ランドールさんはこれまでに無い新しい建築物を造りたいと以前話していた。
実は前に何かないかと意見を求められていた。
俺はどうしたものかと日本に帰り、建築物に関する本を何冊か購入し、ランドールさんにプレゼントしていた。
その本は今ではランドールさんのバイブルに成っていると彼は語っていた。
喜んでくれてなによりだ。
その後ランドールさんとは世間話をして、他のメンバーを待つことにした。
打ち合わせのメンバーは俺とランドールさん、エアーズロックからはエリスとマルとコロ、島野商事からはマークとランドとエリカだ。
後はギルとゼノンがオブザーバーとして参加している。
全員揃ったところで俺は打ち合わせを開始することにした。
「では、打ち合わせを始めよう」
無言で頷くメンバー。
「今回のエアーズロックの転移を経て、これからはランドールさん協力の元、まずはレストラン街の建設に従事することになる」
「ほお、レストラン街か」
ランドールさんは頷きながら答える。
「島野さん、それは今サウナ島にあるレストランの様なものになるのですか?」
エリカからの質問だ。
実は現在サウナ島にはレストランと呼ばれる店舗が二店舗ある。
まず一つは鉄板焼きのお店だ。
これは島野商事の直営店である。
来島者からの声で造ったお店だ。
それまでのサウナ島では、食事をしようとした場合に取れる手段は限られていた。
スーパー銭湯の大食堂か、迎賓館か、屋台かの選択肢しか無かった。
その為、観光や視察等で訪れた者達には、食事を楽しむ施設は限られていた。
迎賓館は割高の料金設定になっているし、スーパー銭湯の大食堂に入るには入泉料を払わなければならない。
そうなると残された選択肢は屋台となるのだが、常時営業している屋台はゴンズさんの大たこ焼きの屋台に限られる。
その他の屋台はイベント時に島野商事が出店しているぐらいでしかない。
他の選択肢が欲しいとの要望が後を絶たなかった為、鉄板焼きのお店を開くことにしたのだ。
鉄板焼き屋は、お昼は粉物中心のリーズナブルなお店だが、夜になるとステーキハウスとなり高級感溢れるお店となる、緩急をつけたお店となっていた。
更に夜の九時を過ぎると、バーとしての営業を行っており、俺はこのお店をカメレオン店舗と呼んでいた。
時間帯によって変貌するお店だ。
実に評判の高いにお店になっている。
ステーキハウスに関しては予約を取ろうものなら、半年待ちだ。
そしてもう一つのお店はマット君のお店である。
遂にマット君が独立という夢を叶えたのである。
その際にはいろいろなやり取りがあった。
まずは独立出来るだけの貯金を貯め、結婚予定の彼女との婚約を確たるものにしたマット君ではあったのだが。
いざ独立を考えた際に、メルラドに返って独立するのは不安があった様だ。
そこでマット君はマークを通じて俺に相談を持ち掛けてきた。
それはサウナ島でお店を構えさせて貰えないかというものだった。
その気持ちはよく分かる。
サウナ島ならレストランは足りておらず、来島者も財布の紐は緩みがちだ。
上客となる者は多いと考えられる。
俺は勿論受けてやりたかったのだが、そう簡単にはいかなかった。
というのも、サウナ島では国の直営店舗か、神様の店舗としてしかこれまで出店を認めてこなかったからだ。
その理由は明らかだ。
それ以外を許すと、ここぞとばかりに我こそはと出店を望む者達が大挙することは眼に見えていたからだ。
心情的にはマット君にはサウナ島で店舗を構えて欲しいところなのだが、体裁がそれを許さない。
そこで俺はリチャードさんを呼び出した。
「リチャードさん、相談があります」
「何なりとお申し付け下さいませ!」
リチャードさんは俺の部下かというほどに俺に従順だ。
何でかなぁ?
あんた外務大臣だよね?
リチャードさん・・・立場を弁えて下さいよ・・・。
「実はマット君が、このサウナ島で独立をしたいと言い出しました」
「なんと・・・」
「俺はそれを全面的に協力してあげたいと思っています」
「左様で御座いますか?」
「そこでメルラドの直営店舗の体裁を整えたいと思うのですが、如何でしょうか?」
「それは・・・お任せください!」
リチャードさんは簡単に認めていた。
本当にいいのかい?
と言いたくなったが、俺は堪えることにした。
こう言っては何だが、しめしめである。
こうして簡単に体裁は整えられた。
サウナ島との直接的な契約はメルラドの名義で行われおり、そしてメルラドがマット君と契約を行う。
要は転貸である。
転貸料金はほぼ無料に近い。
こうしてマット君のお店が建設されることになったのだった。
そしてマット君のお店は無事にオープンした。
レストランは定食屋だった。
これがサウナ島に訪れる者達に絶大な支持を得た。
安価で美味しい料理が食べられると、大いにウケていたのである。
ほとんどの料理が銀貨十枚以下で食べられると、そのリーズナブルな料金設定にも注目が集まった。
マット君のお店は大いに流行っていた。
定食屋は一定数以上の客からの支持を受けていた。
実際何を食べても美味しいのだ。
それはそうだろう。
マット君は副料理長として長くキャリアを重ねており、かつサウナビレッジの厨房を任されてきたのだから。
料理の腕は間違いがないのだ。
話を戻そう。
「さて、今回の建設の中心はレストラン街だ。それにフードコートも建設する予定としたい」
ランドールさんが手を挙げる。
「島野さん、フードコートとは何なんだい?」
「フードコートとは分かり易く言うと、屋台街みたいなもので、セルフサービス形式の食事の為の屋台共有スペースですよ」
「なるほど、それは面白そうですね、セルフサービスというのがいいですね、その分安く済むということですね?」
「そうですね、細かい仕組みは設計段階で教えますよ。それとフードコートは絶景の見える箇所に造ることにしたい」
「「「おおー!!!」」」
声が挙がる。
「エアーズロックは空に浮かんでいることが一番の利点だ。それを活かすのは景色だろ?」
「確かに、サウナ島を見下ろせるってのが好評となりそうですね」
エリカはよく分かっている。
今度はエリスが手を挙げる。
「守さん、レストラン街とはどんな感じにするんだい?」
「レストランは日本料理店、中華料理店、イタリアン料理店は欠かせない。後は居酒屋なんてのもどうかと考えている、後は自分で焼く粉物の店とか、いろいろ造りたい」
「おお!居酒屋ですか?」
「甘美な響き」
マルとコロは嬉しいみたいだ、ニコニコとしている。
「だが、喜ぶのはまだ早い、問題は山ほどある」
「と言いますと?」
「まずは初期投資だ」
マークが話を繋ぐ。
「ああ、そうですよね」
「そこで、ここに関しては島野商事が全面的に協力しようと考えている」
ここに島野商事のメンバーが参加していることに意味がある。
「宜しいので?」
マルは前のめりになっていた。
「島野さんならそう言うと思ってましたよ」
マークは笑顔だ。
「だな、間違いない」
ランドも同意していた。
「島野商事なら資金には事欠きませんからね」
エリカが後押しする。
「でも、勘違いしないで欲しい。こちらにも理がある仕組みにさせて貰うからな」
「というと?」
エリスは理解しようと懸命について来ている。
「簡単に話すと、お店の先行投資はこちらで全額持つが、毎月の売り上げの一部を賃料として支払って貰う」
要はアンジェリっちの美容院とメルラドの服屋と同じスキームだ。
こちらは何をしなくとも賃料にて利益が得られるからね、とは言っても将来的にはということにはなるけれど。
それに大きな違いは土地に対しての権利は発生しないから、エアーズロックには土地に関しての賃貸借契約は結ばなければいけない、当然割安にして貰うけどね。
従って美容院や服屋ほどのマージンは受け取れない。
だが・・・
「今では美容院と服屋の投資回収はとっくに終わっていて、権利収入と化してますしね、同じスキームを今回も利用するということですね?」
エリカは理解が早い。
「その通りだ、だが、土地に関してはこちらの物ではないからそこに関してはちゃんと賃料は支払う、美容院や服屋ほどのマージンは発生しない、だが美容院や服屋に負けない程のポテンシャルがエアーズロックにはあると俺は考えている。なんなら俺の自己資金で行ってもいいとも考えているのだが・・・」
「それは困ります、是非島野商事でやらせて下さい!」
エリカから懇願されてしまった。
「そうか?まあ任せるよ」
エリカは胸を撫で降ろしていた。
今ではエリカも立派な島野商事の社員だ。
会社の利益を優先して考えている。
ありがたい事だ。
「なんだか凄い事になってきた・・・」
コロが思わず声を漏らしていた。
「そして一番大事な料理の調理法などに関してだが、島野商事にプロデュースさせて貰うことにする」
「何と!そこもご協力して貰えると?」
「当たり前だろう?だがその見返りとして、スーパー銭湯の別館を造らせて貰う。ここはあくまでサウナ島のスーパー銭湯の延長線だ、即ち我々の持ち物であり、土地に関しても権利を主張させて貰う、口は挟ませないし、エアーズロック内ではあるが、これは島野商事の所有物であるという事になる、その為賃料などは支払わない。どうだ?この条件を飲めるか?」
ここは駆け引きめいているが、譲れない。
俺の拘りのスーパー銭湯である。
誰にも権利を主張させないし、口を挟ませない。
俺の自由に出来るものでないと意味が無いのだ。
それに賃料など取らせない。
当たり前だろう?
要は主導権は一切与えませんということだ。
逡巡したエリスであるが、その返事はあっさりとしていた。
「マル、コロ、守さんを信じよう。否、ここは信じるしか無いよ。それにエアーズロックに天空のお風呂やサウナが出来るなんて嬉しいじゃないか!土地が自分達の物じゃなくてもいいじゃないか!」
「ですね!エリス様!」
「そうです!」
随分と信用されたものだ。
あっさりと受け入れられてしまったな。
であれば遠慮は要らない。
本気でスーパー銭湯の別館を造らせて頂こう。
さてさて楽しくなってまいりましたよ!
「いいかエリス、マル、コロ、島野商事プロデュースは決して甘くは無いぞ、ただ単にレシピを伝授するだけでは無い、その心から学んで貰うからな!」
「心得た!」
「お願いします!」
「感謝します!」
いい返事だ。
こうして大まかな概要は出来上がった。
オブザーバーで控えるギルとゼノンも万遍の笑顔を見せていた。
さて忙しくなって参りましたよ。
ここはと肩を回す俺だった。
打ち合わせは続く。
「さて、準備期間だが、半年ほどにしたいと考えている」
「そんな早くて大丈夫なのですか?」
エリカは心配みたいだ。
「構想を纏めるのに一ヶ月、着工してから三ヶ月、準備に二ヶ月、その間天使と悪魔達にはサウナ島で修業して貰う。ランドールさん、どうでしょうか?」
俺の話を受けてランドールさんが答える。
「規模感に寄るが、これまでの経験から可能な事だと思うよ。島野さんが現場に出てくれればだけどね」
「勿論です、特にスーパー銭湯の別館は俺の能力を惜しみなく使うつもりです」
ランドールさんは笑顔だ。
「ならば可能でしょう」
話を先に進める。
「次に、マルとコロ」
「「は!」」
「天使と悪魔の中で、レストラン以外で働きたい者がいる様なら言ってくれ」
「それはどういうことでしょうか?」
マルとコロはいまいち分からないみたいだ。
二人共、困った表情をしていた。
「本人に働く意思なく勤められても困るんだよ、やっぱりやる気は重要だろう?全員がレストランで働きたいとは限らないだろう?」
「しかし、エアーズロックの住民としては義務があります。レストラン以外で働くなどあり得ないと考えますが・・・」
「否、マル。そういった考えは俺は好きではないな。職業選択の自由は重要なことだ。なによりも、やりたくない仕事をすることはつまらないし、職場にも悪影響を与えるものだ」
「左様でございますか・・・」
「エリス、そうは思わないか?」
「守さん、そうは思うが、我らは手を差し伸べられている身なんだ。そんな我儘を言っていいのかい?」
エリスは意外と頭が固いな。
否、義理堅いのか?
「それは我儘ではないな、コミュニティーに尽くしたいと思う事は大事だ。でもな、やはりそこは本人の意思を尊重すべきだと俺は思うんだ」
島野商事の面々は云々と頷いている。
こいつらは俺の言いたい事を充分心得ている。
「そうかい・・・分かったよ」
エリスも理解してくれたみたいだ。
これは大事な事ですよ!
「あと、出来ればその手を差し伸べられているという考えはやめて欲しいな。そう考えてしまうのは分からなくは無いのだが、こちらとしては手を差し伸べている気は全くないんだ。好きにやりたい事をやらせて貰っているだけなんだよ、正直に言ってしまえば、楽しくてしょうがないんだよ、俺は」
エリスの表情が明るくなった。
「ありがとう、そうさせて貰うよ」
やはりエリスは義理堅いみたいだ。
「さて、ここからは技術的な面含めて、現場を見ながら構想を練っていきたい。いいよな?特に水資源に関してどのようにしていくのかが重要と俺は考えているんだが」
「水資源で御座いますね、現在圧倒的に足りておりません」
コロは困った顔をしていた。
「だろうな、水は魔法で供給していたという事だったな」
「左様で御座います」
「いくつか俺に案があるんだが、実現可能かどうかを試してみたい」
「それは一体、どういった案なのでしょうか?」
「聞きたいか?」
マルは興味深々だ。
「はい!」
「それはな、転移扉を使う方法だよ」
「な!」
「嘘でしょ?」
「あり得ない!」
一同は驚きが隠せないみたいだ。
「俺としては海に転移扉を沈めて、水が欲しい時にエリスに転移扉を開いて貰う様にしようと思っている。その為、巨大な水タンクと俺の『分離』の能力を付与した神石が必要となる」
「守さん『分離』とは何なんだい?」
エリスには分からなくて当然かな?
「俺の能力の一つで、何でもその名の通り分離させることができるんだ、今回は海水から塩と汚れを分離させて水資源にしようということさ。そしてその塩も料理には欠かせない物になるからな」
「凄い!そんな能力があるなんて・・・流石は最高神・・・」
その最高神ってのちょいちょい挟んでくるけど、要らないよね?
複雑な気分になるのだが・・・
「そしてエリスには取得して貰わなければならない能力がある」
「それはいったい・・・」
エリスは身構えていた。
「結界だよ、持っているか?」
「いや、私は持ってないよ・・・」
「ギル、分かっているな?」
俺は意味ありげにギルを見つめる。
「うん、任せてよ!」
ギルは胸を張っていた。
僕に任せてくれと言いたげだ。
「というのも、一度開いた転移扉を閉じれなくなると思うんだ、それだけの水圧が掛かるからな」
「水圧・・・」
「ここは実際に通してみないと分からない事だが、浅瀬で繋いだとしてもその水圧は凄いものだと考えられる」
「そうなのかい?・・・」
「まあ細かい事は今後探りながらだな」
「ですね」
ランドールさんは何か言いたげだ。
まあ今度でいいだろう。
多分今回の建設で新たな能力を獲得したいということではなかろうか?
『合成』あたりだと思うが・・・
「じゃあ、現場に視察に行こうか?」
「「「はい!」」」
そういえばと、俺は思い出していた。
「あ、そうだった。話して無かったが、エアーズロックの沈下問題だが、解決したぞ」
全員が唖然とした表情をしていた。
中には何を言ってるんですか?という顔をしている者もいた。
「それは一体・・・」
コロが恐る恐る尋ねてきた。
「エアーズロックと『同調』して話してみたんだ。エアーズロックが言うには神力を分けてくれれば問題は解決するということだったから、俺は神力を分けておいたよ。そう言えばエアーズロックは俺に従うと言っていたぞ。特に何も命令もするつもりもないけどな。まあまた話をしてみるよ」
全員が固まっていた。
そして解凍した者達は好きな事を言い出した。
「「「はあ?」」」
「なにそれ?」
「ちょっと、パパ・・・」
「守さん・・・出鱈目すぎる・・・」
「これが規格外か・・・」
全員が何とも言えない顔をしていた。
マークが徐にコメントした。
「島野さん・・・敢えて言わせて貰いますね・・・やれやれだな・・・・」
遂に言われてしまった。
ハハハ、みたいです。
その後現場の視察を終えて、俺とランドールさんは仕事モードに入り、喧々諤々と打ち合わせを行うことになっていた。
俺達は何度も現場に訪れては、設計を行い。
草案を図面に反映させていく。
俺はサウナ島のスーパー銭湯の建設時を思い出して嬉しくなってきた。
多分ランドールさんも同じ気持ちなのだろう。
喜々として俺達は楽しんでいる。
だって楽しいんだもん、いいでしょ?別に?
天使と悪魔の修業についてはエリカに任せることにした。
これが適切と思われた。
エリカは俺の意図を理解しており、ある意味マーク以上に頼りになった。
でもやはり古参のマークの存在感は絶大で、いざ現場に入るとマークが細かい段取り等の手配は抜きに出ていた。
ある意味最強のコンビである。
修業中の身でありながら給料を貰えると天使と悪魔達は恐縮していた。
中には受け取れないとまで言い出す者もいた。
でもここは譲れない。
修業中であれど、戦力に変わりはないのだ。
支払うべき対価は払わないとね。
ほとんどの者達がレストランで働くことに成ったのだが、はやり一定数の者達はレストラン以外で働きたいという者達はいた。
その希望を俺達は聞ける限り叶えてやった。
中には熱波師なりたいという事を言い出す者もいた。
嬉しいじゃないか、俺は二言返事でその希望を叶えてやった。
だが、熱波師は一筋縄ではいかないぞ?
まあ頑張ってくれ。
良い熱波を期待しているよ。
さて、君はどんな熱波を送ってくれるのかい?
天使と悪魔は真面目に修業に励んでいた。
誰一人としてサボる者などいなかった。
全員必死である。
これがゴブオクンであったならば・・・絶対にサボっていたな。
あいつならそうだろう、目聡いゴンに見つかって叱られるに違いない。
そんなことはいいとしてだ。
実際のところ、天使と悪魔は料理に対して真摯に学ぶ姿勢を崩さなかった。
元々興味があったのだからそうであろう。
少ない資源の中で工夫を凝らしてこれまでやって来たのだから。
何一つ漏らさないと真剣に学んでいた。
そしてほとんどの天使と悪魔が、これほどの食材を見たことが無いと、驚いていた。
そのほとんどが知らない食材であると溢していた。
中には感動で打ち震えている者もいた。
それほどまでにこれまで苦労してきたんだろうなと思う。
これからは豊富にある食材を大いに堪能してくれ!
そして嬉しいことにメルルが現場復帰した。
子育てに一段落ついたメルルは、保育所にホノカを預けており。
ここぞとばかりに体育会系を現場に持ち込み、緊張感を与えていた。
これに天使と悪魔は恐れ慄いていた。
もはや料理班にとってはレジェンド扱いされているメルルだ。
天使と悪魔は挺身低頭でメルルに接していた。
そしてホノカだが、生後一年にして言葉を発していた。
感覚としては幼稚園の年中さんぐらいだ。
これがハイヒューマンかと唸らされてしまった。
ホノカは俺の事を、
「島野シャン」
と呼ぶ。
なんて可愛いんだろうか。
ホノカは俺を見つけると後を付けて来ようとする、随分懐かれてしまったみたいだ。
メルル曰く、
「家の旦那よりも、島野さんに懐いているかも・・・」
ジョシュアに申し訳なく思ってしまった。
すまんなジョシュア。
因みにだが、今では当たり前の様に保育所がサウナ島にはある。
始めは訪れるお客様相手に、サウナ島を楽しんで欲しいとエリカが造った施設ではあるのだが、今では従業員達が普通に子供達を預けていた。
そのホスピタリティーに感心すると、前に五郎さんからは言われていたが。
今では温泉街『ゴロウ』にも普通に保育所はある。
保育所はもはや南半球では無くてはならない施設になっていた。
子育てに奮起する母親に優しい施設だと、各国が取り入れていた。
そしてシングルマザーにとっては無くてはならない施設となっている。
日本の様にシングルマザーを優遇するような法律や制度は、この世界には無く。
シングルマザーとはいっても働かなければ、食べていくことは出来ないのだ。
要は母子手当は無いということだ。
それに無料の保険証も無い。
この世界もまだまだ発展途上中なのである。
誰にとっても優しい世界になって欲しいものだと切に願う。
ある程度の草案からの設計は出来上がりつつあった。
まずは先にも話に上がった水資源の確保の実験に取り掛かった。
というのもギルの指導の元、エリスが結界の能力を手に入れたからだ。
エリスは我が子から能力の指導を受けることに喜んでいた。
「私の坊やはこんなことも出来るのかい?」
「坊やはかっこいいねえ!」
「坊や最高!」
等といちいち騒いでいた。
何でも思った儘を口にしてしまうエリスは、ここに来て少々煩いぐらいだ。
でもその度に照れているギルは素直だなと思う。
我ながらいい子に育ったなと感じる。
そこで俺達は実験の準備に取り掛かった。
俺は先ずは転移扉を海中に設置した。
海流に流されない様に、大岩に転移扉を『合成』で張り付けてある。
転移扉自体も潰れては不味いと、鋼鉄製になっている。
更に腐食しない様に、表面に結界を張ってある。
これで海中の準備は終わった。
次に対の転移扉を設置する。
一先ずは実験の為、場所は選ばない。
だがちゃんと巨大な浄化タンクに水が流れる位置に、転移扉は設置してある。
こちらの扉は勿論引戸だ。
間違っても押戸にしたら開けることは無理だろう。
相当な力が要るからね。
いくらドラゴンでも、水圧に勝てるとは思えない。
水圧を舐めてはいけない。
実験を見守ろうと、ランドールさんとギル、そしてエリスが集まっている。
「よし、実験を開始しよう。まずは俺がやってみせるから見ててくれ」
三人は安全を考慮して、離れた位置から見ることにした。
安全第一です!
なんならヘルメットでも被ってみるかい?
「じゃあ行くぞ!」
俺は身体強化を発動してから扉に手を掛けた。
扉を開くと、相当な力で押し返された。
身体を持ってかれそうになった。
やはり水圧は凄いものだった。
何とか耐えることが出来たが、これは一仕事だ。
途中にヤバいと『念動』で自分の身体を支えたぐらいだからね。
海水がドバドバと転移扉から流れていた。
まるで滝の様相だ。
凄い水量の海水が、巨大な浄化タンクに流れていた。
ここまでは想定内だ。
問題は結界を張って扉を閉じることが出来るのかだ。
俺は転移扉に向けて結界を張った。
海水がピタリと流れなくなる。
よし!
俺は転移扉に手をかけて一気に閉めた。
これで成功!
実験は上手くいった。
一度扉を閉めてしまうと、水は全く漏れてこなかった。
そりゃあそうだよね、神力を流していない時は繋がってないからね。
次はエリスの番だ。
エリスが駆け寄ってくる。
「エリス、開く時にかなり強い力で開くから注意しろよ」
「はい!」
「じゃあエリス、やってくれ」
エリスは頷くと転移扉に手を掛けた。
エリスが勢いよく転移扉を開いた。
吹っ飛ばされていた・・・
だから言ったでしょうが・・・
しかしエリスはケロッとしている。
「ハハハ!凄い力だな。舐めてたよ!」
「ママ!大丈夫なの?」
ギルは心配の表情を浮かべている。
「坊や大丈夫だよ、嬉しいねえ、心配してくれるなんて」
そりゃそうだろう。
エリス・・・やっぱこいつも癖が強いな。
ていうか人の話を聞いて無いな。
ちゃんと聞けよ!
「島野さん、成功ですね」
ランドールさんが関心していた。
「ですね」
「にしても豪快ですね、ちょっと驚きましたよ。まるで滝の様でしたね」
「ですね、これを後三つほど準備しようと思っていますが、どうでしょうか?」
「問題はスーパー銭湯の別館でどれぐらい水が要るのかですね、でもあったに越したことはないでしょうね」
「ですね、レストランも水は使いますしね」
「じゃあ一先ず浄化タンクを満タンにしてみようか」
「了解!」
ドバドバ流れる海水だが、巨大な浄化タンクを満たすに、はそれなりに時間が掛かった。
待つのも暇なので、俺は『分離』の能力を付与してある神石を浄化タンクに張り付けて、神力を流してみた。
備え付けのドラム缶にドバドバと塩が造られていく。
「おおー!」
エリスが声を漏らしていた。
そして更にもう一つの神石を浄化タンクに張り付けていく。
こちらも『分離』の能力が付与してある。
神力を流すと備え付けのドラム缶にゴミがドシャドシャと溜まっていく。
そのほとんどが砂だ。
こればかりは使い道は無い。
後で海に返しておこう。
これで浄化タンクの中の水は天然水になっているだろう。
浄化タンクの中を見ると透明度の高い水が溜まっていた。
エリスは徐々に溜まっていく塩を眺めていた。
これは販売出来る程になりそうだ。
最近では、俺はあまり海水から塩を取らなくなったから、これもエアーズロックの特産品になりそうだ。
エリスは塩を舐めて、
「旨い!」
大声で叫んでいた。
いちいち煩いっての!
そろそろ浄化タンクに水が溜まってきていた。
エリスは転移扉に手を掛ける。
先程の反省をしたのだろう。
腰を落として身構えていた。
「それ!」
エリスは結界の能力を発動した。
ピタリと水の流れが止まる。
エリスはドヤ顔だ。
ギルもドヤ顔をしていた。
否、出来て貰わないと困るのだが?
エリスは転移扉を閉めると、
「出来たー!」
また叫んでいた。
だからいちいち煩いんだよ!
まあいいか。