私はエリス。
ドラゴンだ。
先程親父から連絡があった。
坊やとこちらに向かっていると。
私は涙が堪えられなかった。
其れと同時に身体の震えが止まらなかった。
遂に・・・やっと・・・坊やに会える。
興奮が抑えられない。
でも心がざわついた。
私に坊やに会う権利はあるのか?

私は名も知らない中級神に坊やを預けて、戦地に向かってしまった。
今となっては後悔が後を絶たない。
どうしてあの時の私は戦争を止められると自信に満ちていたのか・・・
今と成って甚だ疑問だ。
結果は・・・何も出来なかった。
ただ一方的に傷付けられただけだった。
そして私は翼を失った。

新たに出来た親友すらも別れる羽目になってしまった。
オリビア・・・どうしているのだろうか?
せめて生きていて欲しい。
どうか・・・お願いだ・・・
またオリビアの歌が聞きたいよ。
オリビアとの旅は楽しかった。
彼女の安否を願うばかりだ。

卵の坊やと離れてからはや百年以上が経っている。
坊やは私が分るだろうか?
私が坊やのママだよ。
分るかい?坊や、愛しい坊や。
坊やの事を愛して止まないママだよ!
お願いだよ、気づいておくれよ。

親父が言うには分かっているという事だったが、どうだろうか?
あの島に置いて行った私を坊やは恨んではいないだろうか?
責任感の乏しい母親だと、失望させてしまっただろうか?
寂しい想いをさせてしまっただろうか?
辛い思いをさせてしまっただろうか?

後悔の念が私を押しつぶしそうになっている。
この百年近く、私は後悔の念と戦い続けてきた。
でもドラゴンの本能には逆らえなかった。
戦争は止めなければならない。
平和の象徴であるドラゴンは、争いごとを止めることが出来る唯一の神なのだから。
親父に任せる訳にはいかなかった。
親父はこの世界を終わらせる力を持っている。
そんな親父を戦争に巻き込む訳にはいかない。
まだこの世界は捨てたもんじゃない。
私はそう思っていた。
苦しい現実の中にも幸せはあるのだから。
人々はまだまだ幸せを勝ち取ることは出来ると・・・

これまで何度坊やを迎えに行こうと思ったことか・・・
でも私には翼が無い・・・
飛べないドラゴンはドラゴンでは無い・・・
あの戦争で私は翼を失ってしまった。
治療を行おうと努力はしてみたが、失った翼はどうにもならなかった。
身体の傷は天使と悪魔が治癒魔法で癒してくれた。
でも翼は生えてこなかった。
勘づいてはいた。
だって翼の骨が無くなっていたのだから・・・
治癒魔法でどうにか出来るレベルでは無い事は分かっている。
それぐらいの重症なのだと。

戦争で傷ついた私をアースラ様が救ってくれた。
それは神のルールに背く行為。
アースラ様、私なんかの為に・・・
申し訳ありません・・・せめてお礼が言いたい。
きっと会いに来てくれないという事は、アースラ様に神罰が下ったのだろう。
私の所為で・・・
本当にごめんなさい・・・

この島から何度飛び出そうと思ったことか・・・
でも親父が言うには、北半球は今や危険な状況にあって、この島からは決して出てはならないという事だった。
親父なりの気遣いなのは知っている。
私は居ても経っても居られず、何度もこの島を飛び出そうとした。
でもこの島を飛び出す事は出来なかった。
それは翼を失ったからだけでは無く。
親父の能力でこの島から離れられなくなっていたからだった。

親父はズルい。
同族支配なんて能力は抗える訳がない。
親父が心配性なのか、私が無謀なのか?
多分親父の言い分が正しいと思う。
頭では分かっている。
でも・・・坊やに会いたいんだ!
何が何でも会いたいんだ!

私は戦争によって翼を失った。
今やこの世界は混乱に満ちている。
でも・・・坊やに会いたい・・・どうしても会いたい・・・
坊や・・・私の坊や・・・
どうしているの?
健康なのだろうか?
食事は摂れているのだろうか?
幸せにしているのだろうか?
ああ・・・坊や・・・私の坊や・・・
せめて・・・幸せであって欲しい・・・
多くは望まない・・・健在であって欲しい・・・
坊や・・・ああ坊や・・・私の愛して止まない坊や・・・
やっと・・・やっと会えるんだね!

私は一目散に飛び出していた。
島の端に。
感じる・・・坊やの気配を・・・
親父も居る・・・間違いない・・・坊やだ!
ああ・・・坊や・・・ごめんよ坊や・・・私を許しておくれよ!
でも・・・嬉しい・・・遂に・・・やっと・・・
ん?何だこの気配は?
圧倒的な気配が坊やの近くに・・・
え!・・・神の気配・・・ただの神ではない!
絶大な存在感・・・
今はいい・・・構ってられない!
坊や・・・私の坊や!
島の端が迫ってきた。
ええい!
これまで超えられなかった親父の権能を私は超えることが出来ていた。
坊や!!!!



私は坊やの腕に抱きとめられていた。
坊やの腕は逞しかった。
落下途中にオリビアを見ることが出来た。
オリビア・・・生きていたんだね。
良かった・・・
思わず手を振ってしまった。
親父が無茶苦茶怖い顔でこちらを見ていた。
すまない親父。
後でどれだけでも叱られてやるからさ。
あれ?支えられている?
あの人・・・ありがとう・・・
あんたが坊やのパパなんだね。
どうやら坊やは幸せな人生を歩んできたみたいだね。
私には分かるよ・・・
だって坊やのパパは・・・最高神じゃないか!



空に浮かぶ島まであとちょっと、という処で飛んでも無い事態が起きていた。
エリスらしきドラゴンが、空から降って来たのだ。
それも真面に飛べていない。
よく見ると翼が無いのだ!
ほとんど落下してきていた。
否、これは急降下だ!

「坊やー‼‼‼」
大声を発してギル目掛けて一直線に落ちてくる。
エリスなにやってんだよ!

「エッ‼エリス‼」
オリビアさんが驚きつつも声を掛ける。

「ん?!オリビア‼」
落下しながらもエリスはオリビアさんに手を振っていた。
何で余裕なの?
ギルはギョっとしつつも、受け止めなければと体制を整えるが、背中のレケとクモマルがギルの背中から落ちそうになっていた。

「ギル兄さん!落ちる!」

「ギル!止めてくれ!」
二人は必死に堪えるが空中に放り出されてしまった。

俺は『念話』でギルに、
(後は任せろ!エリスを頼む!)
と伝えて、転移してクモマルとレケを確保した。
危っぶな!
ギルは何とかエリスをお姫様抱っこの状態でキャッチしたが、今にも落下しそうだ。
それはそうだろう、エリスはギルよりもデカいのだから。
それでも踏ん張るギルに声が掛けられる。

「ギル!踏ん張れ!」
ノンはそう言うと、ギルの下に潜り込んで渾身の風魔法で体制を立て直す様にサポートする。

「ギル!後ちょっとですの!」
エルとゴンもギルの下に入り込んで、ギルを支える。

「ウォオオオオーーーー‼‼‼」
ギルが咆哮する。
どうにか踏ん張ったギルは態勢を整えて、上空に向かっていった。
実は俺は声には出さなかったが、念動でギルとエリスをひっそりと支えていた。
何かあっては不味いと思ったからだ。
ノンとエルが動き出したのが分かったから声を掛けなかっただけに過ぎない。
にしてもエリス・・・何やってんだよ‼
豪快にもほどがあるぞ!
これは豪快と言うよりも無謀なのでは無かろうか?
どうして空中で飛び込んでくるんだよ‼
地上何メートルだと思ってんだよ!
流石のドラゴンでも地面に叩きつけられたら死ぬぞ!
天真爛漫なのは聞いてはいたが、過ぎるぞ!全く!

何とか『エアーズロック』に辿り着くと、俺は胸を撫で降ろした。
こんな歓迎は二度とごめんです。
勘弁してくださいよ。全く。

そこには全身でギルを抱きしめるエリスがいた。
ギルも全力で抱きしめ返していた。

「ママなの?ママなの?」
ギルの涙声が木霊していた。

「そうよ!坊や!坊やのママよ‼」
全身全霊で抱きしめ合う二人。
この時俺はこの二人から眼を放せなくなってしまっていた。
俺はこの世界に来て初めて涙を流していた。
ただただ涙が頬を伝っていた。
止めどなく流れる涙を俺は拭う事すらしなかった。
否、出来なかった。

抱擁するドラゴンの母子に神々しい何かを感じていた。
神話の世界の一節を眺めている様な、そんな気分になっていた。
心の奥底から湧き出てくる達成感と、幸福感、そしてこれまでに感じたことが無い感動に全身が打ち震えていた。
この瞬間の為に俺はこの世界に転移し、この世界に来たのではないかと感じていた。
それほどまでに心を揺さぶられていた。
遂に俺のこの世界での旅が一つ終わろうとしていた。
それを俺は無常の喜びで迎えることが出来ていた。
ありがとうギル。
俺はお前のパパに成れて本当に良かったよ。
こんなにも嬉しい気持ちに成れたことは、これまでの人生で一度も無かったよ。
俺はギルのパパであることを誇りに思う。
愛してるぞ!ギル!
そしてエリス!やっと会えたな!

俺は隣に来たノンとゴン、そしてエルの肩を抱いた。
レケとクモマルもその輪に加わっていた。
全員で声も上げずにただただギルとエリスを見守った。
俺達はなんて幸せな家族なんだろう。
この世界に転移してきて本当に良かったと、俺達は幸せを噛みしめていた。
よかったなギル。
ありがとうギル。

それにしてもエリスの翼が痛々しい。
両翼が根本から失われていた。
申し訳なさそうに小さな瘤がある程度だった。
ゼノンが言っていたのはこの事か。
翼を無くしたドラゴン。
戦争を止めに入った後遺症ということか。
これは簡単に治療できる筈がない。
世界樹の葉か実でしか癒せないだろう。
どちらを使おうか?

エリスの見た目としてはドラゴンスタイルなので、年齢の想像がつかない。
というか、世界樹の葉でこの大きさの翼が癒せるのだろうか?
前にマーク達を世界樹の葉で癒した時には、一人一枚で充分だった。
けどエリスはギルの五割り増しぐらいにデカい。
世界樹の葉ではちょっと心許ないな。
余りにドラゴンはデカいのだ。

感動の再会を終わらせたのはゼノンだった。
「エリス、それにギルよ。そろそろよいかのう?」
申し訳無いが次に移ろうとゼノンの眼が語っていた。

「親父、もうちょっといいだろ?やっと坊やに巡り合えたんだからさ」

「エリスよ、これから先いくらでもギルに会う事が出来るのじゃぞ」
ゼノンはいい加減にせよとでも言いたげだ。

「そうなのかい?」

「そうじゃ、守がおるからのう」
エリスはハッと気づく。

「守って・・・そうだった!親父が言っていたギルを育ててくれたっていう人間だよな!」

「守よ、よいか?」
俺はエリスとギルに近づく。
エリスが俺を真正面から見据える。
エリスはとても優しい眼をしていた。
瞳の奥に好奇心の塊が見えた気がした。

「エリス、始めまして。俺は島野守だ。ギルのパパだ!」

「あんたが守・・・最高神様・・・」
エリスは俺をその大きな瞳で捉えるといきなり跪き、頭を下げた。
ん?最高神様?はて?
まあいいか。

「守・・・否、守さん。ありがとう、坊やをこんなに立派に育ててくれて!私は!私は・・・」
エリスは肩を振わせていた。

「エリス、立ち上がってくれ。それに感謝の言葉も要らない。俺はギルに会えたこと、ギルの父親に成れたことを誇りに思っているんだ。俺とギルの出会いは偶然じゃない。俺はギルの父親に成る為にこの世界に来たんだと、今では考える様になったんだよ」

「そんな・・・ありがとう・・・」
エリスは再び涙を溢していた。

「それに俺はギルとは魂の繋がりを感じるんだ」

「そんな・・・嬉しい事を言ってくれる・・・」
ノンが割り込んできた。

「僕もだよエリス、ギルの兄ちゃんに成れて嬉しかったんだよ!」

他の家族も続く、
「私もです!」

「私もですの!」

「頼れる兄さんです!」

「立派な・・・弟だな!」
レケはしれっとギルを弟扱いしていた。
一瞬だけレケを睨んだギルだったが、他の家族の発言が嬉しかったのか、ギルらしく照れていた。

「坊やは家族に大事にされて育ったんだね・・・」
エリスは嬉しそうに泣いていた。
そのエリスに再びギルが抱きついた。
ああ・・・涙が止まらない。

「守よ、頼めるかのう?」

「ああ、分かっている」
俺は『収納』から世界樹の実を取り出した。

「エリス、これを食べてくれないか?」

「これは・・・なんて美味しそうなんだ・・・」
そう映るんだ・・・流石はドラゴン。
果物が光っているとか、眩しいとか関係無いのね。
食欲が勝るんだね。

「遠慮なくガブ!っといってくれ!」

「ああ!」
俺から世界樹の実を受け取ると、エリスは一口で世界樹の実を飲み込んだ。
エリスが金色の光に包まれている。

「旨っま!なんだこれ!ん?あああ、あああーーー‼‼‼」
光が収まると、そこには立派な翼を携えたドラゴンがいた。
心なしか肌艶がよくなっている。

「おおおーーー‼‼‼」
エリスは驚きを隠そうともしていない。

「翼が!私の翼が返ってきたよ‼」

「エリス良かった・・・」
オリビアさんは肩を撫で降ろしていた。
エリスの痛ましい姿にオリビアさんは苦しそうな顔をしていたからね。
そしてギルがエリスを誘う。

「ママ!飛ぼうよ‼」
嬉しくなったギルがエリスを空へと誘った。

「坊や‼」
ギルがホバリングを開始した。
それに追いつこうとエリスも翼を大きく広げて浮かび上がる。
雄大な姿のドラゴンが二体、大空を舞っていた。
とても心温まる光景だった。
ドラゴンが優雅に舞っている。
嬉しくなった俺は、家族を誘って大空に浮かび上がった。
全員での空の散歩は楽しかった。
なにより、ひと際嬉しそうにしているギルを見るのが俺は幸せだった。
遂にやったんだな。
本当に良かった。