それは『ドミニオン』の馬鹿貴族共を掃討し、『ルイベント』との同盟が締結された後の出来事だった。
島野一家とクモマルを連れて、俺は一度『シマーノ』に戻ってきていた。
俺は自分の部屋で繕いでいると、そこにクモマルがやってきたのだった。

「島野様、よろしいでしょうか?」
部屋の外から声が掛けられた。

「クモマルか?いいぞ」

「有難き」
ドアが遠慮気味に開けられた。

「お疲れさんだったな、クモマル」
俺は労いの声を掛ける。

「は!お褒め頂き光栄で御座います!」
相変わらず真面目な奴だ。
いい加減砕けて欲しいものだ。

「堅いなクモマル、楽にしていいんだぞ?」

「有難き、楽にさせて貰っております」
クモマルは直立不動で俺の目の前に立っている。
そして跪こうとする。
どこが楽なんだよ・・・まあいいか。
本人がそう言っているんだから。

「それで、どうした?クモマル、そこに座ってくれ」

「は!」
クモマルはキビキビとした動きで椅子に腰かけた。
椅子に浅く腰掛け、両手を握りしめて膝の上に置いている。
これまた堅い・・・

「実は島野様にお願いしたき儀が御座いまして」

「ほう、お前が俺にお願いしたいなんて珍しいな。今回の件では頑張ってくれたから、何でも叶えてやるぞ。俺が出来ることに限るけどな」

「恐悦至極で御座います!」
クモマルが頭を下げる。

「それで何が欲しいんだ?」

「今回の件もそうですが、島野様との旅を通じて感じた事があります」

「何をだ?」

「それは今の儘の私では、島野様のお役には立てないということです」
否、充分役に立っているけど・・・
何ならここ最近では一番役に立っているけどな・・・

「よく仕えてくれていると思うのだが?」
お前は充分過ぎる以上に働いてくれているのだが?

「まだまだです」

「そうか・・・」
これは真面目を通り越しているな。
恐縮なんてレベルじゃない。
生真面目以上の何かだ。
昔のゴン以上に堅いな。

「そこで私は進化したいと考えているのです」

「進化か・・・」
まあ楽勝で出来るけど・・・
なにか欲しい物があるのでは無かったのね。
クモマルがこうして俺に甘えてくることなんて、今までに無かったからな。
叶えてやろうか、その望み。

「分かった、任せておけ」

「有難き!」
クモマルは輝く視線を俺に向けていた。

早速進化を行おうと準備に取り掛かる。

「じゃあ、此処に横になってくれ」
俺のベッドにクモマルが横たわる。
ベッドに横になっても力が全く抜けている様には見えないクモマル。

「クモマル、力を抜け!」

「は!」
たいして変わっていないのだが?
駄目だこりゃ。
全く変わった様子のないクモマル。
しょうがないな。

「催眠!」
俺は催眠の能力を発動した。
そして催眠声でクモマルに告げる。

「全身の力を抜いて、リラックスしよう・・・」
やっとクモマルから力みが無くなっていくのが見て取れた。

「もっともっと、全身から力が抜けていくよ・・・でも意識はしっかりと保っているよ・・・」
更にクモマルから力が抜けていった。

「そして、これから進化の魂を見つけに行くよ・・・」
クモマルがこくんと頷く。

「自分の内側に意識を向けていこう・・・そして自分の魂に眼を向けよう・・・」
クモマルの瞑った目の下で、目玉がぐるぐると動いているのが分かる。
俺への信頼がそうさせるのだろう、催眠誘導もそこそこにクモマルは深い催眠の状態に陥っている。
通常の催眠ではこうはいかない。
ラポール形成が出来ているということだ。

「自分の魂の中に眠る、進化の魂を探すんだ・・・」

「暗闇の中で一条の光が射している・・・その光に向かって行くんだ・・・遠慮は要らない・・・どんどん進むんだ・・・光輝く魂に辿り着こう・・・そして、その魂に問いかけよう・・・進化は可能か?と・・・」
少しすると、クモマルの身体が金色の光に包まれた。

どうやら進化が始まったみたいだ。
クモマルは金色の光に包まれて恍惚の表情を浮かべていた。
人化が解けて、蜘蛛の姿に戻っている。
アラクネの様に上半身が人ではあるが、蜘蛛の部分が少なくなった印象だ。
下半身もだいぶ人に近づいていた。
クモマルが起き上がって、俺の前に跪いた。

「島野様・・・いえ、我が主、無事進化に成功致しました」
ん?我が主?
クモマルは人化した。
その見た目はたいして変わってはいなかったが、存在感が圧倒的に増しているのが分かる。

「クモマル、鑑定してもいいか?」

「勿論で御座います!」

名前:クモマル
種族:アラクネセイント(聖獣)LV1
職業:島野 守の眷属
神力:0
体力:1552
魔力:1437
能力:水魔法Lv12 土魔法Lv10 変化魔法Lv4 人語理解Lv6 
人化Lv6 人語発音Lv6 念話Lv3 照明魔法Lv2 浄化魔法Lv2 蜘蛛族支配LV5 蟲族支配LV2 束縛魔法LV6 鉱糸生成 捕縛術 

クモマルが聖獣に進化してしまっていた。
既に一家の一員と思っているからか、特に何をするでもなく俺の眷属に成っている。
これで眷属は五人目か・・・
大所帯になったのかな?
ゴンやノン達ほどのレベルには達してはいないが、それでもそこいらの人族では全く歯が立たないだろう。
それは進化した魔物達でも同様だ。
敵うはずも無い。
にしても頼りになる奴だ。

そしてその進化の影響がクモマルの家族にも影響を及ぼしており、後日知ったのだが、アカマルとアオマルが子供を産んでいた。
それもそれぞれ十人近くもだ。
シロマルとクロマルも出産可能であったのだが、任務中の為、出産は後日行うとのことだった。
出産って堪えられるものなのか?
まあ任せるよ。
俺にはよく分からん、無茶だけはしてくれるなよ。
また俺は名づけに苦労しそうであった。

よし、ここは景気づけだな。

「よし、今日は祝いだ!一家でサウナ島に行くぞ!」

「我が主、私は『ドミニオン』に戻るべきかと・・・」

「クモマル・・・お前いい加減真面目過ぎるぞ、今日ぐらい羽を伸ばせよ。それにお前はこれで正式に島野一家に仲間入りになったんだ、それは俺の子供に成ったということなるんだぞ、家族に挨拶ぐらいすべきだろう?」

「私が主の子供ですか?そんな・・・恐れ多き事で御座います!」

「はあ?何を言っているんだ?お前は俺の眷属になったんだぞ?・・・まあいい、聖獣の詳しい事はゴンにでも聞いてくれ」
聖獣のあれこれをクモマルは知らない様だ。
先輩から教わってくれよ。

「しょ、承知いたしました!」
クモマルは戸惑いながらも返事をしていた。
どうにも俺には逆らえないみたいだ。

そして俺達島野一家は、戸惑うクモマルを拉致するかの如くサウナ島に転移し、新たな家族の仲間入りを一家総出で喜んだのだった。
面白かったのは、面識の薄いレケが、新たな飲み仲間が出来たと勘違いして、早々にクモマルに酔い潰されていた。
流石は酒豪のクモマルだ。
ものの三十分以内でレケを潰せたのは歴代記録で断トツの一位だった。
そしてゴンから聖獣についてのイロハを聞いたクモマルは、感動で打ち震えていた。
俺には何処にそんな要素があるのかはいまいち分からないのだが、クモマルは俺に更なる忠誠を誓っていた。
俺に魂を預けるんだよ?
そんなに喜ぶことなのかねえ?
もしかしてこいつは神に成りたいのかな?
さっぱり分からん。

そしてギルからは、
「やっと僕の弟が出来たよ!嬉しいなー!」
と言われてクモマルは挙動不審になっていた。

ノンからは、
「クモマルは兄弟になったんだから様付は禁止だよ」
キラーパスが送られていた。

「お待ちくださいノン様!それは出来ません!」

「何で?お兄ちゃんの言う事が聞けないのかな?」

「そんな・・・」
生真面目なクモマルにはかなりハードルが高いだろう。
ノンの奴、クモマルを弄って楽しんでやがるな。

「そうですわよクモマル、これからはエル姉って呼ぶですの!」

「そんなエル様まで・・・殺生な・・・」
クモマルの苦難は始まったばかりである。
どうやらクモマルは島野一家の弄られ役に確定したみたいだ。
これで少しでも堅さが解けてくれたらいいのだけどね。
でもクモマルも嬉しそうにしている。
良いじゃないかクモマル、大いに楽しもうな!

その後の話としてちょっと面白かったのが、クモマルが進化して島野一家に仲間入りしたことが『シマーノ』の間でかなり話題になった。
そして数名の魔物達が修業に出たいと俺に直談判しにやってきていた。
俺はこいつらを簡単に進化させることは出来るが、それは行わないことにした。
自主的に修業に出ると言うのだから、そうしたらいいと考えたからだ。
進化の仕組みをこいつらが分かっているのかは知らないが、自由にしたら良いと思ったのだ。
でも勘違いして欲しくないのは、俺も全ての聖獣を受け入れる訳でも無いのだけれどね。
あくまで俺は過程を大事にしたいのだよ。



俺はクモマルと本来の目的である打ち合わせを行うことにした。
俺達はテーブルを挟んで座っている。

「クモマル、ゴン達も呼ぶか?」

「いえ、まずは我が主にお聞きして頂いた上で判断して頂いた方がよろしいかと存じます」
どうやらクモマルは大事と受け止めているみたいだ。

「そうか、分かった」

「我が主、私は今とても怒りを覚えています」
寛容なクモマルにしては珍しいな。

「どうした?」

「あのラファエルという者は許しがたいです、あろうことか我が主を神敵と断定致しました。許されるのであれば、首を獲ってきたいぐらいです」
クモマルは獰猛な表情を浮かべていた。

「へー、そうなんだ。案の定だな」
そうなると思っていたよ。
やれやれだ。

「えっ!」
クモマルは俺が平然としていることに驚いているみたいだ。

「クモマル、そんなことは想定済みだよ」

「なんと!流石は我が主、して如何にその様なお考えに?」
クモマルは興味が沸いたみたいだ。

「クモマル、簡単なことだよ。『シマーノ』が建国してからもう随分と経つ。俺の事や島野一家の事が北半球で噂に成っていることなんて当たり前の事なんだよ。それに俺達の事を聞かれれば、魔物達は喜んで話してしまうだろう?」

「それは・・そうですが・・・」
クモマルはいまいち納得できてないみたいだ。

「一時期警戒する様にしたが、必ず綻びは生まれる。現にエリカは俺に会う前に俺の事を随分と知っていたぞ」

「それはそうですが・・・」

「噂ってものはさ、止めようが無いものなんだよ。それに尾鰭が付いて本当の事が出回るとは考えていない、どんな話になっているのかは分からないが、噂は何処からでも広まるものなんだ。昔から人の口に扉は建てられないって言うからな」

「・・・」
無言で頷くクモマル。

「そして俺が予想するラファエルの人間性から、俺を敵対するのは眼に見えていたからな」

「そこまでお考えでしたか・・・」

「ああ、クモマル。面白いじゃないか?この世界で宗教がどこまでの力があるのかは予測することは難しいが、神が顕現しているこの世界において、宗教を行うなんて、それは神に喧嘩を売っていることと同じになる。これまでどの神様も本気で取り合ってこなかっただけで、ここからはその喧嘩を俺が買ってやるってことでしかないんだよ」

「確かに、我が主ならばあの者を相手するのは容易いで御座いましょう」
クモマルは頷いている。

「それにこの世界の人達も馬鹿ではない。本物と偽物を見抜くことぐらい出来ると思うぞ、いいじゃないか、掛かって来いということさ!いくらでも相手に成ってやるぞ!」
表情を見る限り、クモマルはまだ心配しているみたいだ。

「ですが、ポタリー様の件もあります、それにダイコク様を拉致する様にとラファエルは指示しておりました」
そうか・・・タイムラインに影響はまだ出てないのか・・・
でも警備は万全だ。
どうとでもなる。
アラクネ達の包囲網を潜れる者なんてそうそう居ないだろう。

「分かっている、警戒は怠るなよ」

「は!クロマルとシロマルには既に共有済です。警戒レベルを一段階上げる様にと」

「それでいい、他にはどうだ?」

「イヤーズの国民の動揺は激しく、決断の早い者は既に国を飛び出しています」
どうやら狙い通りにいっているみたいだ。
今回ポタリーさんの救出だけで無く、神殿を襲撃させたのには狙いがいくつかある。

まずは宗教の根底を覆す事にある。
その象徴である神殿を半壊させることで、この世界の神は宗教を認めないとアピールすることにある。
それを示すことで宗教の力を削いでいくのだ。

更にこちらの力の一部を知らしめる。
全く敵わない相手であると知らしめることに意味がある。
決して勝てる相手では無いと分からせる事で、あわよくば国力をごっそりと削る事を示唆していた。
国力が削られるという事は、更に宗教の力を弱らせることになるからだ。

そしてまた襲撃があるかもしれないと恐怖心を煽る。
もうこの国には居られないと思わせるのだ。
噂を広めることについてはクモマルに一任してある。
クモマルは変身魔法を使えるから、そんな事はお手の物だろう。
俺が手を降す必要なんて無い。

人財の喪失によって国力は確実に削れる。
更に人が減ることで信者を減らす事にも繋がる。
信者の数自体が減れば、弱体化する事は火を見るよりも明らかだ。
詰まるところラファエルを孤立させようということだ。
誰もラファエルに信仰心を向けなければ、ラファエルの成就はあり得ないからだ。
奴にはきついお仕置きをしなければならない。
それはイコール、奴の力を奪う事になる。
偽の神などこの世界には不要である。
断罪する日は遠くはないと俺は考えていた。

今直ぐ乗り込んでぶん殴ることは容易だ。
でもそれではあまりに意味が無い。
力業は最後の手段であり、もっと心に深く刺さる方法で追い詰めたい。
俺を神敵扱いするならば、それはそれで結構。
いくらでも相手をしてやる。
こちらに負ける要素など何一つ無いのだから。
でも気は抜かないけどね。
今後も監視は続けさせて貰う。
俺を敵に周らせたことを後悔させてやる!
俺はやる時はやるのだよ!

「それで我が主、例の物ですが、未だ発見には至っておりません」

「そうか・・・焦らなくていい。必ずどこかにあるはずだ」

「承知致しました、必ず見つけ出してみせます」

「クモマル、気負わなくていいからな」

「お心遣い感謝します」

「じゃあ一家の皆とサウナに行こうか?」

「いえ、私はイヤーズに潜伏すべきかと・・・」
まだまだ堅いクモマルである。

「いいから付き合え、此処からは持久戦だ。今直ぐどうとはならないだろう。それにお前、孫の顔も真面に見ていないんだろう?」

「ですが・・・宜しいので?」

「いいに決まっている、さあ、行ってこい!」

「は!ありがたき幸せ!」
クモマルは一目散に駆けて行った。
全く・・・世話の焼ける奴だ。



『イヤーズ』では正式に国王から通達が成された。
その内容は、
「シマノを名乗る神が今回の襲撃事件の首謀者である。この者を『新興宗教国家イヤーズ』ではあの人の宗教において神敵であると認定する。この者を我らの敵と見做し何を以てしても排除する」
とのお達しが成された。

それを国民は冷ややかな眼で受け止めていた。
だから何だ?とでも言いたげだ。

それはそうであろう。
そのシマノと言う神が今回の黒幕であったとして、あの神獣や聖獣を従えている神なのだから。
そんな存在にどうやって立ち向かえというのか?
圧倒的な武力差はもう既に理解している。
その上で何が出来ると言うのか?
出来ることなど何もない。
返ってこの通達は『イヤーズ』の国民にとっては、死刑宣告に聞こえてしまっていたのだった。

国民達は途方に暮れていた。
もうこの国には未来は無いと。
それに近々また襲撃があるとの噂も飛びかっていた。
次はいよいよ被害者が出るのかもしれないと、戦々恐々としていたのだ。
更にそのシマノなる神は、最近話題の『シマーノ』を先導して国造りを行った神であるとの噂が後を絶たなかった。

それに『シマーノ』は『イヤーズ』よりも先進的な国であるとの噂が大半だった。
唯一信じられなかったのは、魔物の国であるということでしかない。
だがそこには様々な憶測や噂が飛びかっていた。
魔物が進化して知性を得ているであるとか、他民族国家で人族や獣人も普通に見かけるとか、『イヤーズ』の国民にとっては耳を疑うものだったのである。
実に『イヤーズ』には偏見が蔓延っている。
『イヤーズ』では人族以外は劣等種であるとの認識である者が大半だったのである。

それはラファエルの教義によるものであった。
基本的に憶病なラファエルは、自分が知らない事や分からない者に否定的なのである。
そんな排他的な教義でしか無かった。
要はラファエルの価値観の押し付けである。
いい加減ここに来て、ラファエルの化けの皮は剥がれつつあった。
大半の国民が、襲撃の影響で我を取り戻してきており、宗教に懐疑的になってきていたのだ。
それだけ今回の何もしなかったラファエルに国民は失望していたのだ。
自分達の信ずるあの人は、窮地において何もしなかったと。
否、何も出来なかったのだと。
口だけ達者な詐欺師であると考える者までいた。
ラファエルは完全に失墜していた。
再会された拝謁も、訪れる者は百名にも満たなかった。
ラファエルの未来は完全に陰り始めていた。