神様のサウナ ~神様修業がてらサウナ満喫生活始めました~

ラファエルはポタリーによって神の世界の一端を知ることになった。
彼にとってはこれまで彼の知る世界感を覆す出来事だった。
そもそもラファエルには神が現存する世界何て、おとぎ話でも聞いたことが無いのだ。
到底直ぐに受け入れられる物では無かった。

でも神に成ると決めたラファエルはまず実績と技量について考察した。
両方ともその言葉の通りであろうと。
ポタリーであれば、陶芸の技量と陶芸の実績ということになる。
そのまんまということだ。
そしてポタリーは下級神であるということを知った。
こうなると一芸に秀でなければ、下級神にはなることは出来そうもない。
そしてそれはラファエルにとっての最終目標とする創造神になるには、遠回りではないかと考えた。
それに何かに秀でるには、今からではあまりに時間が掛かるのではないかとも思われた。
それぐらい道を究めることが大変であることを、ポタリーの話からラファエルは汲み取っていた。
ラファエルにとって、一芸に秀でているものは催眠しかない。
そして異世界の知識を有しているぐらいだ。
次のアプローチに迷うラファエルであった。

さらにポタリーからは、この世界には神気という物が存在しており、それを神が体内に蓄えることで神力になるという事を教えられた。
神はその神力を使って能力を行使しているのだと聞かされた。
察しのいいラファエルは魔法の理屈に近いと感じていた。
魔法は空気中に含まれている魔素を体内に取り込み、魔力として魔法を行使している。
原理はほとんど一緒と考えられた。
そして魔石と同様に神石が存在することも知った。
これもラファエルは同様の物であると捉えた。

だがラファエルはこの神気と魔素には大きな違いがあること知った。
それは発生理由である。
魔素は未だどういった経緯で発生するのかは解明されていない。
だがポタリーから聞かされた神気は、二通りの発生理由が存在したのだ。
それは自然発生する物と信仰によって発生する物だった。
そう『聖者の祈り』である。
これにラファエルは興味を覚えた。

ラファエルはこの神気が信仰によって発生することに大きな価値を見出していた。
これは即ち、自分自身が信仰の対象になれば、神気が沢山集まってくるという事を意味している。
それはラファエル自身が神になるという事に他ならないからだ。
ラファエルは崇拝され、信仰の対象となった自分を夢想する。
それだけで悦に至るのではないかという程に。
ラファエルは歓喜していた。
そしてこの考えが後に新興宗教国家『イヤーズ』を誕生させることになる。

それはラファエルにとっては夢の国であった。
崇拝を受ける自分を想像するだけで心が躍ったのだ。
そしてラファエルは徐々に精神を崩壊させていくのであった。
何せラファエルは、自分が認められることに最大限の喜びを感じてしまうのだから。
ラファエルの本能がここに来て頭角を現してきていた。
傲慢で過剰に自信家なラファエルが戻ってきてしまっていた。
残念な事にそれを唯一止められるザックおじさんは、もうこの世には居ない。
そしてそのザックおじさんへのラファエルの想いも、ここに来て薄れ出してきていた。

ポタリーから神の世界を教わった後のラファエルは、『イヤーズ』への帰還を早々に決めた。
ポタリーへの挨拶もそこそこに、ラファエルは行きとは違い、急いで帰国を目指した。
ラファエルは揺られる馬車の中で、神について考える日々を過ごした。
行きとはあまりに違う旅の工程に、ハンター達は文句の一つも言いたいところであったが、真剣に考察を重ねるラファエルの表情を見ると文句は言えなくなってしまった。
それほどに鬼気迫るものだったからである。

ラファエルは迷っていた。
それは先ずは下級神に成るべきでは無いのか?
ということだった。
先にも述べた通りこれは遠回りに感じた。
だが他に神になる方法が今のところラファエルには見当たらない。

それに催眠に関してはその実績を考えた時に、これまでラファエルは自分自身の為にしか催眠を行使したことがない。
これは実績として認められないのではなかろうか?と本能的に感じたからだ。
その本能は間違ってはいない。
実績とは他者を幸福にする実績に他ならないのだからだ。
神の資質とは実はここにある。
五郎でいうならば、温泉街を造り上げたことが実績ではないのだ。
そこで暮らす人々や施設を利用する人々を幸せにした事が実績なのである。
あくまでその想いは他者に向けられているのだ。

ここに来てこれまでのツケをラファエルは支払わなければならなくなっていた。
自分の為だけではなく、他者を幸福にするような催眠を行ってきていればこんな事にはなかった筈だ。
もしラファエルがその自尊心を捨て、その道のプロに教えを乞うていたら、また違ったであろう。
だがしかし、それはたらればでしかない。
ラファエルは他人を不幸にする催眠しか知らないのだから。
他者を誘導し、自分に都合が良いように操作する。
そんな催眠しか知らないのだ。
ラファエルは守とは正反対の位置にいるのである。
守の催眠は他者の幸せを中心に置いているのだから。
その想いも行動もあまりに違っているのだ。

ラファエルは考察を止めない。
否、止める訳にはいかない。
ラファエルのザックおじさんに会いたいという想いが、まだ彼を突き動かしていた。
そしてラファエルは一つの仮説に思い至った。
これが不味かった。
それは「自ら神に成るのではなく、神に祭り上げられれば、神に成るのではないか」という荒唐無稽な仮説だった。
要は、道を究めて神に成るのではなく、信仰を集めて神として称されれば、おのずと神に成るのではないかというものだ。
正に都合のいい解釈である。
傲岸不遜がここに極まっていた。
ラファエルの自尊心が、彼が神に成れないという事実を認められなかったということだ。
そしてイエスキリストも元は人間であり、神と祭り上げられたから神に成ったと理由付けを行っていた。
ガンジーもブッタもそうであると。
世界の偉人すらも言い訳の種に仕立て上げていたのだ。

そしてその仮説をいつしかラファエルは、仮設としてではなく、そういう物だと本気で思い込む様になってしまっていた。
彼の性格からしたらそうなるのも時間の問題であった。
彼は自分に都合が良いように受け止める自己都合主義者な性格をしているのだから。
ここに来てラファエルは神に成ることに憑りつかれ始めていた。
それは前世で金銭欲に憑りつかれ出した時と同様に。
残念な事に次第にラファエルは当初の目的をどんどんと見失うことになる。
本来の目的であった、ザックおじさんの蘇生という崇高な想いは、徐々に色褪せ始めるのである。
その目的が次第に塗り替え得られていくのであった。
自分が讃えられ、崇められる存在になることに。
そこに悦を感じていたのだ。
それこそが俺が生れた理由であると。
ラファエルは狂い始めていた。
俺は崇められて当たり前であると、本能の儘に身を委ねだしていたのであった。
それが全てであると、ラファエルは自らを見失っていたのである。
こうしてラファエルの信念は落ちていくのであった。



『イヤーズ』に到着したラファエルは宗教を立ち上げることに専念した。
その眼は狂気に満ちている。
まずはその為の下地作りからだと思慮する。
ラファエルはこれまで以上に『イヤーズ』に根を張ることにした。
事実上自分の国にしてしまおうと動きだしたのだ。
ラファエルにとっての動機は単純なものである。
国の支配者になれば崇められるだろうと・・・
安易な考えであった。

でもラファエルは国王にはなれない。
それは国王の血族ではないからだ。
『イヤーズ』は代々世襲制である。
ラファエル自身が国王になることは不可能なのである。
でも国王でも頭の挙がらない存在に成ればいいと彼は考えた。
都合の良い事に、ラファエルは上下水道の権利にて足掛かりは既に出来ている。
ここから更に手を拡げればいいだけだ。

ラファエルは行動に移った。
まず手掛けたのは馬車の定期便だ。
分かり易くいう処の市バスである。
国内の道路を自らの資金で整備し、馬車と御者を雇い入れ、定期便を造り上げたのである。
国内の流通を握ったということだ。
国の許可は簡単に降りた。
国王は既にラファエルに頭が上がらない状態になっていたからだ。

それはそうだろう。
この時、水道というインフラは『イヤーズ』の根幹を担っていたのである。
前にラファエルが国王に言ったとおり、これ目当てに他国からの移住者が後を絶たない状態になっていたのだ。
国王はラファエルに首根っこを押さえられていた。
一部反対を口にする貴族や大臣も居たが、そんな者はラファエルに簡単に潰されていた。
その資金と立場を利用して、遠くに追いやられていたのである。
それを知った他の貴族や大臣達は口を噤むことになる。
皆が皆、自分とその家族を守らなければと貝になることにしたのである。
それがラファエルを助長させる。

そしてインフラと流通を抑えたラファエルは、遠くに追いやった大臣や貴族達の土地を安く買い取らせろと国王に迫った。
流石に反発を覚えた国王ではあったが、最終的にはラファエルのその案を受けいれるしか無かった。
それはこの国に他の国には無い、独自の文化を造りあげるというラファエルの言葉があったからだ。
国王はその言葉にしがみ付いた。
否、そうせざるを得なかったとも思われた。
それに加えて水道以上にインパクトのある物になると、ラファエルが大見えを切ったからである。

この時国王はラファエルに対して疑心暗鬼になっていた。
余りに欲深すぎると。
でもその甘い囁きと、なんとも言えない誘惑を断ること国王は出来なかったのである。
そう、この時ラファエルは自ら禁じ手としていた催眠魔法を、国王に行使していたのである。
その効果は覿面であった。

その後、ラファエルは事ある事に催眠魔法を行使する事になる。
自分にとって都合が悪くなると、事も無げに行使することになった。
一度箍が外れたら最後、際限なく行使することになる。
最早罪悪感など有はしない。
そして質が悪い事に、魔法を使えば使う程、その催眠魔法のレベルが上がっていくのである。
気が付くと催眠魔法のレベルはLV8を超えており、新たに集団催眠の魔法を取得していたのだ。
催眠魔法の効力に絶大の力を感じたラファエルは、既に狂っていた。
全てが居の儘に出来ると、有頂天になっていた。
ラファエルの高笑いは止まらない。

こうしてラファエルは『イヤーズ』を自らの国にする下地は整えた。
後は仕上げに入るだけである。
まずは買い上げた土地にラファエルは神殿と、自らの居城を建設した。
国民達にとっては何が行われているのかさっぱり分からない。
国王が新たな城を建設しているとすら勘違いしている国民までいたぐらいだ。
そして『イヤーズ』に宗教という他の国にない、新たな文化が誕生するのであった。

ラファエルはこれを境に自らの名前を封印することにした。
理由は簡単だ。
契約魔法で縛っている契約を無効にされない為であった。
そして人々の前に立つ時には仮面を被り、顔を隠すことにした。
裏に身を翻しつつも、利は全て自らの物にすると。
その傲岸不遜な態度は決して変わらない。



ある日、突如国王から全国民に通達がなされた。
それは『イヤーズ』はこの後、国名を信仰宗教国家『イヤーズ』に改名すると。
そして国民は義務として三ヶ月に一度は神殿に出向き、あの人に信仰を捧げる様にとお達しがなされた。
あの人はこの国の偉大な人物である。
あの人なくしては今の『イヤーズ』の発展は無いと、我々の偉大なる父に祈りを捧げなさいと。
更に毎食事の前にもあの偉大なお方に祈りを捧げるようにと。
急なお達しが国民に告げられたのである。

国民はなんのことだがさっぱり分からなかった。
あの偉大な人とは誰なのか?
なんで何も知らない人に信仰を捧げないといけないのか?
その事に反発すら覚える者達が多数いた。
でもこれは国民の義務であり、それを行わない者は国外追放にするとまで言われてしまっては何も言い返せなかった。
どうしてもそれを認められず国を離れる者も少なからずいたが、それは微々たる人数だった。
ほとんどの国民が生活を脅かされるぐらいなら、祈りぐらい捧げてやると捉えていた。
それも実はラファエルの読み通りだったのである。

そしてラファエルへの拝謁が始まった。
実に三千名近くの国民が神殿に集められ、跪いてラファエルを待っている。
ラファエルは遂にこの時を迎えて悦に浸っていた。
俺は信仰されるのだと。
いよいよ俺はこの国の神に成ったのだと錯覚していた。
彼の目尻は緩んでいた。
口角は上がり、裂けそうなほどに上がっている。
その眼には狂気が入り乱れていた。
幸福感を噛みしめるラファエル。
拝謁を求める国民の前に歩を進める。
神殿の中心に優雅に歩を進め、足取り軽く歩んでいた。
そしてラファエルは万遍の笑顔で宣言する。

「余が教祖である!余を崇めよ‼愚民共よ‼」
神殿に静寂が訪れた。
国民達は自分達に向けられた言葉に耳を疑った。
でも事態は一変する。
ラファエルは集団催眠の魔法を行使した。
空間が歪んだかの様な錯覚を参列者達は覚えた。
自分の意識が刈り取られたかの様な気分に感じた者達もいた。
そして次第に声が挙がり出した。
催眠に掛かった国民達から次第に声が挙がる。

「祈りを捧げよ・・・」

「祈りを捧げよ」

「祈りを捧げよ!」

「祈りを捧げよ‼」

「祈りを捧げよ‼‼‼」

「祈りを捧げよ‼‼‼‼‼‼‼‼」
爆音と歓喜が会場を支配していた。
その中心でラファエルは両手を広げて悦に浸っている。
実にラファエルは射精していた。
股間を恥ずかしげもなく濡らしていた。
性的興奮だけではなく、五感の全てで喜びを、そして多幸感を感じていた。
俺は神に成ったと、俺はこの世界の征服者に成ったのだと、そう彼は感じていたのだ。
彼は快楽の全てを感じている様な恍惚感に浸っていた。
この快楽がラファエルの精神を完全に捻じ曲げていく。
ラファエルはもはやザックおじさんの知らない怪物に成り変わっていた。



その後もラファエルへの拝謁は続く、ほとんどの国民がその責務を全うしていた。
その結果ラファエルには神気が集まってきていた。
でもラファエルは神ではない。
その神気を身体に取り込むことが数時間しか出来なかった。
拝謁後、ラファエルの身体には神力が溜まっている。
でも数時間後には身体に取り込んだ神気は霧散して消えてしまうのだ。
『黄金の整い』後の聖獣のそれと同じである。
ラファエルにとっては何が何だか理解が出来ない。

(俺に向けての信仰心が何で消えてしまうんだ?あり得ないだろう‼くそぅ‼俺は神なんだぞ‼)
ラファエルは苛立っていた。
ここでラファエルは思いつく、

(そうだ!神石があったな・・・魔石と同様に神石には神力を蓄えることができるんだったよな・・・これに神力を移すことができれば・・・いつでも俺は神力を扱う事ができる)
こうしてラファエルは神石を集めることになった。

神石は案外簡単に集めることが出来た。
でもその数は限られる。
というのも、神石は魔石同様に有用性は高いのだが、それは神に限られる。
魔石はある意味誰にとっても有用だ。
だが神石は神にとってしかその有用性は無い。
その為、その辺に落ちていても誰もそれを気に留めないのだ。
なんだまた転がっているな、という程度である。

数個ではあるが神石を集めたラファエルは実験を始めた。
それは神石に神気を集められるのか?というものだった。
魔石に魔力を込めるかの如くラファエルは神石に神力を蓄えようとした。
でもそれは出来なった。
それはそうだろう。
ラファエルは神では無いのだから。
でもラファエルは諦めない。
何度も何度もトライする。
そしていつしかラファエルは神石に神力を蓄えれる様になっていた。

それはラファエルが仙人に到達していたからなのか、天性の熟せる感性なのかは分からない。
事実ラファエルは神石に神力を蓄えれる様になっていたのだ。

その後ラファエルは霧散するぐらいなら、この世の全ての神気を神石に蓄えて、俺の物にしてやろうと企て出した。
そしてラファエルは神石に一時的に神力吸収の能力を付与できるようになっていたのである。
そう、これが神気減少問題の原因だったのだ。



ラファエルは考えていた。
神石が足りないと・・・
でも集めようにも国民達には無用の産物である神石である。
どうすれば一挙に集められるのかと・・・
ラファエルの身勝手でどす暗い一面が、此処に来て顔を出し始めていた。

神石は地中に埋まっていることが大半だ・・・
地面を掘り起こせばいい・・・
とは言っても既に『イヤーズ』の国土のほとんどは俺の手中だ。
土地開発で発掘された物は全て俺の元に送り届いている。
ではどうする・・・
他国に眼を向けるしかないか・・・

ラファエルは暗い視線を空中に漂わせていた。
・・・なんだ・・・簡単なことだ・・・自国に無いなら・・・他国から掘り起こせばいい・・・ん?・・・高額な金額で買い取るとするか?・・・それはよくないだろう・・・教祖である俺がそんな事を言い出す訳にはいかないだろう・・・要らん期待を生み出しかねないし、注目を浴びるべきではないだろう・・・ならどうする?・・・そうか・・・そうなのか・・・簡単なことじゃないか・・・そうだ・・・そうしよう・・・この手があったか‼



ラファエルは国王に命じて国王の使者としてオーフェルン国を尋ねることになった。
ラファエルは文官に化けて親交を深めるための一団に紛れ込んでいる。
王の間に入るとラファエルは、突如その牙を剥き出しにした。
集団催眠でその場を支配すると、サファリス国への不信感を植え込むことに成功する。
親交国であった両国のバランスは一気に崩れ去ることになった。
不審感を露わに、オーフェルン国は一方的にサファリス国に対して宣戦布告を行ったのであった。
余りの出来事に北半球は揺れた。
突然の事に世界は困惑するしかなかった。

それを受けて天地が引っ繰り返ったサファリス国は『イヤーズ』に協力を仰いだ。
これがいけなかった。
ラファエルはそうなると予想していたのだ。
意気揚々とサファリス国に乗り込むラファエル、ここでも当たり前の様に集団催眠を行使したラファエル。
この時既にラファエルの集団催眠魔法のレベルはLv5に達している。
これを抵抗するとなると相当の精神力が必要となる。
強いて例を挙げるのならば、ゴブオクンは到底抵抗は出来ない。
マーヤで何とか抵抗出来るレベルだ。
要は『シマーノ』の首領陣がやっと抵抗出来るレベルであるということだ。
それぐらいに強力な魔法なのである。
そして遂に戦火が開かれてしまったのだった。



丘の上で優雅にその様子を眺めるラファエル。
既に両国の兵士に対して集団催眠魔法は行使済みであった。
最早この惨劇を、凄惨な出来事と感じられるラファエルはいない。
人の生き死にすらもどうでもよくなってしまっていたのだった。
狂気に身を委ねたラファエルは精神を崩壊ししてしまっていた。
早く戦争によってこの広大な土地に風穴を開けてくれ!
もっと多くの神石を俺の元に持ってこい‼
これが彼の思考の全てだった。
ラファエルの狂気は、戦争すらも享受できるものになっていたのだ。
その脇に控える五人の老師も興奮を隠せない。
世界が引っ繰り返るその様に、恍惚の笑みを漏らしていた。

そしてあろうことかこの無意味な戦争を止めに来た下級神とドラゴンにさえも、その想いは同じであった。

(お前達が死ねば、無駄に神気が減ることも無くなる、そうすれば俺に神気が集まってくる。さらばだ神獣、平和の象徴よ、そして他の神達よ、お前達は邪魔な存在だ。消えて貰おうか)
とすら考えていたのだ。
ラファエルはもうザックおじさんが愛したラファエルでは無くなっていたのだ。
ラファエルは狂気に身を委ねた、怪物となり果てていた。
ラファエルの神に成るという想いは、抵抗を受ければ受ける程、より強固に曲がったものに成り変わっていく。
もうラファエルは、神に成ろうとする崇高な動機すらも忘れてしまっていた。
そして膨大な数の神石がラファエルの元に届けられた。
ラファエルは神石に神気吸収の能力を付与する。

(これでこの世界の神気は俺のものになった・・・)
こうしてラファエルは世界中の神気を独占しだしたのである。


エリカ達を無事サウナ島に届けてから数日後、いよいよポタリーさん救出作戦が幕を開けていた。
その作戦名は『オペレーションポタリー』だ、何の捻りも無いネーミングだが、島野一家は興奮していた。

特に中二病を未だ絶賛煩い中のギルには打って付けだった。
鼻息荒く気合が入っていた。
今も指の関節をポキポキと鳴らしている。
ケンシロウかっての・・・

俺は先ずエリカからヒアリングしたポタリーさんの現状を一家に伝えた。
ポタリーさんはラファエルの居城の地下にある牢獄に捕らえられているということだった。
そこに辿り着くまでの経路を、一家に図にしながら説明する。
ポタリーさんの健康状態はあまりよくはないと思われた。
というのも、一日に与えられる食事は一回限りで量も少ない。
エリカはその惨状を見たことはないとのことだったが、伝え聞く限り良好な状態には無いであろうということだった。
なぜそんなことをしているのかというと、エリカ曰く、神力の無くなった状態の神はどうなるのかをラファエルは知りたかったらしく、その実験をポタリーさんで行っているということだった。
いい加減ふざけるにも程がある。
俺は腸が煮えたぎっていた。

その答えを俺は知っている。
前にゴンズさんに教えて貰ったからだ。

ゴンズさんが言うには、
「神力の無くなった神は神に成った前の状態に戻る」
ということだった。
ポタリーさんの種族が何なのかは俺は知らないが、投獄され体力を奪われ続ければ、やがて神力は底を付くであろう。
そうなる前に救出したいと俺は考えている。

まずは第一目標としては、俺がポタリーさんに辿り着くことになる。
俺はいくらでも神力を与えることが出来る。
そうすれば決して命を落とすことはないからだ。
神気タンクである俺の神力ならばどれだけでも贈呈可能なのだ。

そして第二の目標としては、保護したポタリーさんを転移で移動することになる。
これも俺が目に付く範囲に居れば安易に可能だ。
とにかく安全にポタリーさんの所に辿り着くことが優先である。
出来れば誰の目に付くことも無く行動する事が望ましい。

第三の目標は手枷足枷を外すことだ。
これに関しては契約魔法が用いられていることが予想出来る為、ゴンの出番である。
これはゴン以外には任せられない。

実は当初、俺一人で救出作戦を行おうと考えていた。
一人静かに闇に紛れ、ポタリーさんを救出しようと思ったのだ。
だがこの手枷足枷の存在を知ってからは、作戦の成功確率を上げる為にも島野一家で挑むべきと考えを改めたのだ。

この手枷足枷は単に縛り付けるだけの物であるとは考えられなかった。
何かしらの副次的な効果があると予想出来た。
その為、俺が転移で連れ出すことは容易ではあるが、追跡の魔法とかが仕込まれていた場合あまり具合はよくない。
なにより俺は魔法は一切使えない。
でも外してしまえばどうとでもなると思われた。
その為一家での救出劇となったのだ。
その理由は救出後に痕跡を残したくは無かったからだ。
どうせバレるのは時間の問題なのだが、少しでも時間稼ぎがしかたったのだ。

俺は更に一家と綿密な打ち合わせを行った。
より成功確率を上げる為に、いくつかの作戦を織り交ぜていく。
ここに手心は入れない。
今回である意味雌雄を決しようとしていた。
そしてポタリーさん救出後に関しての布石を、いくつか残していくことにしたのだった。

正直なところ力推しは簡単に出来る。
面と向かって乗り込んで、土足でづかづかと踏み込んでいくこともできるのだ。
それでもポタリーさんの救出は可能と思われる。
だがラファエルの能力を把握しきれていない今、こちらの戦力を極力見せない事が最善と思われた。

そして今回の作戦の鍵となるギルに俺は特訓を行った。
ギルには苦難の道であったかもしれない。
最初のギルはいつものノリで軽い気持ちであったのだが、俺の真剣な表情に感化されたのか、次第に表情を引き締め出していた。
これは安易な特訓ではない。
これを完遂出来なければ命に係わるかもしれないからだ。

それを俺は敢えて言わずして、背中と表情で伝えた。
ギルの特訓は熱を帯びたものとなった。
途中アドバイザーとしてゼノンにも加わって貰った。
その方が習得は早いと思われたからだ。
ゼノンもその能力獲得の重要性を真っ先に気づいて、いつもの優しい爺さんの顔を脱ぎ捨てて鬼教官になっていた。
ゼノンの本気を垣間見た出来事だった。
ギルの修業は苛烈を極めた。
でもギルは頑張って付いてきた。

そしてギルは青色吐息に成りつつも、なんとかやり遂げた。
三日間に及ぶ特訓となったが、これは大きな意味を持つものだった。
そして俺はクモマルを呼び出した。
二人で打ち合わせを行い、いよいよ万全の体制は整った。
こうして満を持して『オペレーションポタリー』が開始されたのである。
ポタリーさん救出の準備はここに整ったのだった。



俺達はいつもの瞬間移動スタイルで『ドミニオン』から『イヤーズ』を目指した。
途中に魔道国『エスペランザ』を通ることに成るのだが、一切立ち寄ることなくスルーすることにした。
今はこの国には関わっている余裕はない。
当初は次に立ち寄る予定の国であったのだが、今は事情が変わっている。
それに『イヤーズ』の隣国である『エスペランザ』で下手に目立った行動を取ってしまっては、無駄に『イヤーズ』即ちラファエルを警戒させることになるからだ。
この国に関わることは優先順位としては今は低くなっている。

今回の移動はこれまでよりも時間を掛けるものになった。
というのも今回は不意打ちである。
気づかれないことが最重要である。
その為、警戒をこれまで以上に行う必要があったからだ。
実に『イヤーズ』に辿り着くまでに、ほぼ一日を有したのである。
正直へとへとではあるが、そんなんことは言ってられない。

『イヤーズ』の外壁の見える森に辿り着くと、俺達は一度『シマーノ』に帰る事にした。
俺達の家の中に転移して、開始の時間に備える。
まずは食事をして腹ごしらえをする。
腹が減っては何とやらである。
ゲンを担いでメニューはかつ丼にした。
ノンの要望で味噌汁付きである。
最後に打ち合わせを行って段取りを確認する。
全員余念なく確認作業を行っている。
最終確認は完了した。
全員が今か今かと俺のゴーサインを待っていた。
そろそろかとタイミングを見計らって、俺はゴーサインを出すと共に『イヤーズ』の外壁が見える森に転移した。

作戦開始だ。
獣スタイルに変化したギルとエル、ノンが一斉に空に向かって飛びだす。
ノンも今では飛行魔法を覚えている。
ノンは風魔法も併用して、一目散に空へ飛び立っていった。
その様はまるで天を駆けているみたいだ。
空を掛けるフェンリルは神々しい。
その様子を万遍の笑みで俺は見送った。
俺はゴンを従えて、闇に紛れて行動を開始した。
本格的に『オペレーションポタリー』は繰り広げられ始めたのである。



現在の時刻は十一時五十分。
『イヤーズ』の城下町はいつも通りの賑わいだった。
何も変わらない、いつも通りの日常だった。
本日は水曜日の為、十三時からラファエルの拝謁が行われる日である。
三千名近くの人々が十二時から開始される受付を行う為に、ラファエルの神殿前に屯していた。
早く十二時を向かえないかと、拝謁する予定の者達が待ち詫びていた。

そこに突如、上空に二匹の聖獣と神獣が飛来した。
バサバサと音を響かせてラファエルの神殿の上空に現れると、街を見下しながらホバリングしていた。
あまりの出来事に街は大混乱となる。

「何で聖獣が!」

「嘘だろ?」

「ドラゴンか?」

「あれは聖獣のフェンリル?」

「なんでペガサスが?」
人々が右往左往として、混乱は更に拍車がかかる。
状況を整理出来る者は誰一人としていなかった。
ここに大混乱が始まろうとしていた。

「おい!あの人はどうしているんだ?」
一人の青年が護衛の兵士に詰め寄って肩を掴む。

「知るか!離せ!」
護衛兵が青年の腕を振り払う。

「いいから早く伝えるんだ!一大事だぞ!」

「分かっている!おい!警備長は何処だ!早く呼んできれくれ!」
街中の混乱は始まったばかりだ。
突然の事に人々の戸惑いは騒ぎになる。
その騒ぎに輪を掛ける様にドラゴンスタイルのギルは、翼と両手両足を拡げて咆哮する。

「ギャオオオオオオーーーーーー‼‼‼」
邪悪な響きの声音に地面が揺れる。
『イヤーズ』に激震が起こった。
人々の悲鳴が挙がった。
ドラゴンの咆哮に人々は我先にと逃げ惑うことになった。
逃げ惑う人々の数名は足を取られて地面に身体を打ち付けている。
余りの出来事に『イヤーズ』は混迷を極め出していた。

「どいてくれ‼」

「えらいこっちゃで‼」

「早く逃げるんだ‼」
『イヤーズ』の混乱はまだ始まったばかりであった。



俺は透明化の能力を使い、透明化した状態で街の騒ぎを眺めていた。
ゴンも俺の隣で透明化している。
ゴンには透明化の能力を付与してある神石を渡してある。
神石を発動させてからゴンに渡してあるのだ。
当然ゴンも透明化している。
二人共気配を断っている為、誰も俺達に気づくことは出来ないだろう。
潜伏は成功ということだ。

ゴンも透明化の魔法をそろそろ獲得できそうだということだったが、待つことは叶わなかった。
ギルが能力獲得に頑張っている裏で、ゴンも透明化の魔法の取得に頑張っていたのだが、残念ながら透明化魔法は取得できなかった。
ゴンは悔しそうにしていたが、こればかりはしょうがない。
変化の魔法が得意なゴンのことだから、透明化魔法は取得出来るはずだ。
今は俺の能力の延長線であるのだが、直に取得できるだろうと俺はそう思っていた。
だが・・・

「主、ありがとうございます。主のお陰で透明化の魔法を取得出来ました。今、世界の声が聞こえました」
いきなりの話である。
ゴン曰く、神石での透明化が感覚を掴むことに繋がったみたいだ。
たまにある戦闘中に強くなるみたいなあれだな。
ゴンは神石を俺に返して再び透明化した。

「そうか・・・ゴン、そろそろ行くぞ。着いてこい」
ニコリと笑うゴンだが、ゴンの笑顔に今は構ってはいられない。
任務優先だ、先を急ぐとしよう。

「主、畏まりました」
俺達はラファエルの居城に向うことにした。
街の混乱を尻目に、一気に転移でラファエルの居城の前に辿り着くことに成功した。

ラファエルの居城には多くの警備兵がいた。
蟻の一匹も通さないと厳重な警備態勢が敷かれている。
だがそんな警備兵も俺とゴンの前には何の役にも立たない。
透明化している俺達を目視することは叶わず、完全に気配すらも断っているのだ。
見つけ出すことは出来ようはずもなかった。

ここは警備兵を責めてはいけない。
彼らは実に忠実に職務を真っ当しているのだ。
決して気を抜いてなんていない。
それほどまでに力量差があるのだ。
これを埋めることはまず無理であろう。
俺達は手を煩わせることも無く、エリカから教えられたとおりに、ポタリーさんの居る地下二階に向かうことになった。



『イヤーズ』の城下街は混乱に満ちていた。
逃げ惑う人々、警備の兵士達も何をしたらいいのかと戸惑っている。
ギルとノンとエルはホバリングを止め、ラファエルの神殿の屋根に座していた。
逃げ惑う人々を睨みつける様に見下していた。
お前達は許さないと言わんかの如く。

そこにある一人の僧侶風の男性が声を挙げる。
「神獣様よ!何故にここに来られた?お答えください!」
勇気を振り絞った質問だった。
ギルは男を睨みつけるが答えない。
その一言を聞き取った者達が、興味を覚えたのか立ち止まってその様子を眺めていた。

「ドラゴンよ!何故答えない?」
ギルは無言で男性を睨みつけている。

「・・・」

「もしや・・・あなた様達はあの人を守ろうと馳せ参じたのでしょうか?」
男性は見当違いの事を言い出した。
でもギルは何も答えない。

「やはり!そうなのですね!伝説のドラゴンがあの人をお認めになったのですね!もしやあなた様はエンシェントドラゴンなのでは?そうだ!そうに決まっている。者共よ!驚くでないぞ!これは僥倖であるぞ‼遂にエンシェントドラゴンがあの人をお認めになったのだ‼」
この発言に人々の混乱が収まろうとしていた。
蜘蛛の子を散らす様に散っていった者達が再び集まろうとしていた。
ざわつく人々。

「そうなのか?・・・ほんとに?」

「そうだ!そうに決まっている!」

「なんだ・・・そういうことか・・・」
人々の想いはそうあって欲しいという方向に定まり出していた。
しかしその時。
ギルは足を踏み鳴らして、神殿の天井を破壊した。
ゴガン‼‼‼
破壊音が響き渡る。
天上の一部が崩れて外壁が壊れだした。
そしてニヤリと邪悪にギルは微笑む。
その笑顔にイヤーズの国民は凍り付いた。
すると今度はノンが暴れ出した。
神殿の破壊行為は加速する。
その隣でエルは呪文を演唱し始めている。
エルは国民を睨みつけながら、何処に魔法を落とそうかと怖い顔をしていた。

次々に神殿は破壊され、どんどんとその姿形を変えようとしていた。
正に今、この国は聖獣と神獣に蹂躙されようとしていたのだった。
どんどんと崩れていく神殿。
その様に絶叫が響き渡っていた。

「くそぅ!違うじゃないか‼」

「神殿が!・・・我らの神殿が‼」

「世紀末だ‼」
人々の嘆きが木霊していた。
こうしてイヤーズに世紀末が訪れようとしていたのだった。



実はちょっと違っている。
否、見た目とはだいぶ違っている。

(ねえ!加減が難しいよノン兄!これぐらいでいいかな?)

(もうちょっと強くしてもいいかも・・・でも踏み抜いたら駄目だよギル。下に人が居るかもしれないからね)

(分かってるよ・・・どう?こんな感じ?)

(僕がやってみるね)
ノンが神殿の入口の柱を一つ破壊した。

(ちょっとノン兄!それは不味いって!)

(ちょっと二人共!やり過ぎですの!ここは魔法でやるですの!)
三人は加減が分からず困っていた。
でもこの様は『イヤーズ』の人々にとっては恐怖でしかなかった。
暴れまくる神獣と聖獣、次々に神殿は破壊され、どんどんとその姿形を変えようとしていたからだ。

守から三人が聞かされていたことはこんな事だった。
「いいかお前達!とにかく人の眼を惹きつけろ!その為には神殿の一つや二つ破壊しても構わない、それに俺達にとってお前達は敵であると意思表示をするんだ。お前らの宗教なんて認めないぞ!と態度で示してやれ!でも絶対に人を傷つけるな!それだけは気を付けろ!いいな?怪我人と死者はゼロだぞ!絶対だ!必ず守れ!」
三人の想いはひとつだった・・・ちょっと無茶ぶりじゃね?
建物は壊してもいいけど怪我人は出すなって・・・結構ハードル高くね?
だからの出来事であった。
てんやわんや劇場はこのようにして行われていたのである。
でも結果的には上手くいっていたことに、三人は胸を撫で降ろしていたのである。
怒りの表情を浮かべながらも、再び逃げ惑う人々にほっとしていたのである。
でもここで事態は終わらなかった。



俺は想定通りゴンと歩を進めている。
地下二階。
遂にあと扉を隔てたその先には牢獄が待っている。
扉の前には屈強な警備兵が左右を囲んでいた。
でもそんなことはどうでもいい。
なんてったって俺の透明化の能力は物質すらも潜り抜けるのだから。
俺は意に返すことなく扉を通過しようとしたのだが、不意にゴンに腕を掴まれてしまった。
振り向くとゴンが何かを言おうとしているが、声を出せない状況に眼を白黒させている。
なんだ?ゴンの奴・・・ここに来てなんだってんだ?
ゴンは必死に何かを伝えようとしているが、全く伝わってこなかった。
俺は両手を挙げて分かりませんのポーズを決める。

一度下を向いたゴンは俺の耳を両手で覆うと小声で話し出した。
「主・・・私の透明化の魔法では、まだ扉を通過することはできません・・・」
そういうことか、まぁさっき覚えたばかりだからしょうがないよね。
俺はゴンの狐耳を両手で覆って返事をした。

「ゴン・・・大丈夫だ・・・俺の手を握れ・・・そうすれば通過できる・・・」
伝えたや否や、ゴンは相当擽ったかったのだろう。

「ヒャッ‼」
声を漏らしていた。
それだけでは無く、透明化の魔法も解けていた。

その様に驚く警備兵。
完全に身体が固まっている。
それはそうだろう、いきなり目の前に人が現れたのだから。
驚かない訳が無い。

「眠れ‼」
俺は思わず速攻催眠を行使してしまっていた。
崩れ落ちる様に眠りに着く警備兵。
そして何が起こったか分かっていないゴンまで、速攻催眠に掛かって崩れ落ちていた。
ゴンを寸でのところで抱きかかえた俺は、そのまま扉を潜り抜けて、危機を潜り抜けたのだった。
我を取り戻したゴンは必死に俺に謝っていた。
まあこれはしょうがないよな・・・やれやれだ。
まあ一先ずは良しとしておこう・・・ふう。
にしも流石に焦ったな。



神殿の上で暴れまわる神獣と聖獣に人々は混乱の境地に達していた。
だが我が身を守ろうと思う反面、崇拝するあの人をお守りしなくていいのか?
と健気に思い出す者達もこの時現れ出していた。
それが徐々に事態を変えていくことになる。

冷静に努めようと数名が動き出す。
それと同時にラファエルの親衛隊が動き出した。
ラファエルの親衛隊は優秀だ。
緊急時の行動は常日頃から訓練済みなのである。
でもこんな事態は想定をはるかに超えている。
緊急時の想定以上の事態である。
一度はフリーズしてしまった親衛隊だったが、冷静になったこの者達は瞬時に行動に移っていた。

親衛隊は魔法兵の一団を従えて神殿を飛び出した。
暴れまわる神獣と聖獣の姿を見据えると、防御陣形を取り出す。
それと同時に魔法兵が演唱を開始した。
ここに来て反撃の狼煙が挙げられようとしていた。
これ以上の蹂躙は認めないと武力行使に出たのである。

(あれ?此処かな?)

(違うってギル、そこをやっちゃうと崩れるからこっちだって)

(ねえ、二人共私の話を聞いてますの?そっちじゃないですの、あそこですわ!)
まだてんやわんや劇場は続いていた。
というより三人は遊んでいた。
三人とも面白くなってきていたのだ。
こうなるとこの三人は手が付けられない。
懐かしのジェンガを楽しんでいる気分になっていたからだ。
巨大なジェンガで遊ぶ三人。
楽しくてしょうがない。
初期の無人島の頃を思い出して嬉しくなっていたのだ。
次に崩す箇所は何処かと本気で悩んでいたのである。

現に『念話』で次はここだとか、否、あそこだとか任務を無視して巨大ジェンガに夢中になっている。
この国の人々にとってはただの迷惑でしかない。
これを守が知ったら三人は大目玉を喰らっていたことだろう。
でも当の守はゴンのやらかしの後始末に肝を冷やしていたのだから、どうしようもない。
後日これを知った守は、同列存在の能力を行使すべきだったと反省していた。
でも後の祭りでしかなかった。
そんな浮かれた三人であったが、やはりノンは目聡い。
親衛隊と魔法士の一団が迫っていることなどお見通しなのだ。

(ギル!きたよ!)

(もう‼楽しくなってきてたのに‼)
ギルは脹れている。
楽しい遊びを強制的に終わらせられたと怒っていた。

(そうですの!面白くなってきてたですの!)
エルも気にいらない。
遊びはここからだと言いたげだ。
まだまだ遊び気分は抜けてはいない三人だった。



魔法士の極大魔法の複数演唱が始まっていた。
揃った複数演唱が木霊する。
それはまるで大勢で祝詞を挙げている様だった。
これは火炎系の最大魔法の一つである『ヘルファイア』だ。
それも数名の重ね掛けである。
一瞬で対象を焼き尽くす最大規模の魔法となっている。
広場に集まった全ての魔法士による極大魔法であった。

「「「「「喰らえ‼ヘルファイア‼‼‼」」」」」
極限にまで高められた極大魔法がギルに向けて発動された。



業火に包まれたエネルギーの塊がギルに向けて放たれた。
これは何人たりとも躱すことが出来ない。
中距離から放たれているが、その速度は人間の眼では追えないほどの速度だったからだ。
魔法士の一団はこれで勝ったと安堵していた。
これでドラゴンは殺ったと。
それはそうであろう、この魔法を放ったが最後、止めることなど彼らが崇拝するラファエルでさえも防ぐことは無理では無いかと考えていたぐらいだからだ。

だがその想いは一瞬で砕けてしまっていた。
ギルに当たるかと思われたその僅か手前でその魔法は砕け散り、上空に向けて霧散してしまっていたからだ。
何が起こったか理解に苦しむ魔法兵と親衛隊。
全員が呆けた顔をしていた。
嘘でしょ?と顔に書いてあったぐらいだ。

楽しい遊びの時間を無理やり終わらせられたと苛立っているギルとノンとエル。
ここにギルの特訓の成果が発揮していたのである。
ギルの特訓は結界の能力の取得だったのだ。
神の張る結界に魔法など一切通用しない。
神の能力には神の能力でしか通用しないのだ。
魔法なんて通用しようがないのだ。

遊びを止められたと怒り心頭のギルは、怒りに任せてブレスを上空に吐いた。
神殿の上空に太い火柱が上がっている。
空を焼くのではないかと思われるほどに。
同様に憂さ晴らしにノンは雷魔法を行使し、神殿の周りに雷を落としていた。
轟音が成り響く。
でもそこには配慮がなされている。
何が何でも人には当ててはいけないと。
エルも怒り狂ったかの如く、俊足を飛ばして地面すれすれを飛び出した。
俊足を活かして縦横無尽に走り周っていた。
こちらも勿論配慮しながらである。
結局のところこれは演技でしかない。
人々を怖がらせ、宗教を認めない、お前達は敵であるというアピールでしかないのだ。
ここに来てやっとその作戦の本位に忠実になる三人であった。

大暴れする神獣と聖獣に、魔法兵も親衛隊も何も出来ず身体を震わせていた。
もはや逃げ惑う人達と何も変わらない。
『イヤーズ』の混乱はここに来て窮まっていた。
そして一人クモマルは、守から与えられた使命を遂行する為に、ひっそりと行動を開始したのだった。
まるで陰に潜む忍者の様に。
クモマルはイヤーズに潜伏を開始した。


俺はゴンを介抱した後に室内を眺めた。
真ん中の通路から左右に牢獄が展開されていた。
日の光は全く入らず、カビ臭い匂いさえする。
ほの暗く、雰囲気はよく無い。
此処が閉ざされた空間であることを俺は直ぐに悟った。
こんな所に幽閉されるなんて・・・気味が悪いな。
そして一つの気配に辿り着く。
いるな・・・ポタリーさんか?
気配の元に俺達は向かった。



牢獄の中にぼろぼろの衣装を纏った女性が、虚ろな眼で俺達を眺めていた。
眼に力が無い。
その表情は廃人に等しいほど呆けていた。
不味い!早く介抱しなくては!
俺は『身体能力強化』を発動して、牢の柵を破壊した。
事も無げに柵が砕け散る。
牢の中に入った。

「ポタリーさんですか?」

「・・・」
返事は無い。
そして汚物に塗れた様な臭いがする。

「大丈夫ですか?」

「・・・誰?・・・」
本能的に応えている様に見受けられる。
意識があるのかすら定かではない。
俺は『収納』から体力回復薬を取り出した。
飲ませようとなんとか口に含ませる。

「ゴン、手枷と足枷を外してやってくれ!」

「はい‼」
ゴンは手枷足枷に触れると契約魔法を無効化した。
ゴンは枷を入念にチェックしている。
どうにか『体力回復薬』を口にしたポタリーさんらしき人物に、多少力が湧いてきたのが分かった。
俺はもう一度問いかけた。

「ポタリーさんですか?」

女性はこちらを見ると、
「・・・そうだ・・・あたいだ・・・」
弱々しく呟いた。

「よかった、俺は島野です。助けにきました」

「・・・助け?・・・なんのことだい?・・・」
少し眼に力が宿り出したが、その眼は正常なものではなかった。
くそう!洗脳されてやがる!やっぱりか!
俺はポタリーさんの肩を掴むと『神力贈呈』の能力を発動した。
神力が移っていくのが分かる。
これで命の問題は無くなるだろう。

「ゴン!行くぞ!」

「はい!」
俺は問答無用で転移した。



転移した先は『シマーノ』の俺達の家だった。
ここに転移したことには理由がある。
そこにダイコクさんが控えているからだ。
俺達は前もって作戦の決行をダイコクさんに知らせてあり、俺達の家で準備して待っている様にお願いしていたからだ。
俺達の知り合いでポタリーさんを知る者は、ダイコクさんしか居なかった。
リビングの脇の椅子に座り、今か今かとダイコクさんは待ってくれていたようだ。
俺達が転移してくると、血相を変えて走り寄ってきた。

「ポタリー!おい!分かるか!わてやで‼」
ダイコクさんはポタリーさんを抱きとめて必死に呼びかけている。
その横でゴンがポタリーさんに浄化魔法を施していた。

「おい!ポタリー‼返事せえ‼」
ダイコクさんはポタリーさんを揺すっている。

「ダイコクさん、冷静に!」
はっ!と我に返るダイコクさん。

「すまん、にしても。どないなっとんねん。ポタリー、わてやで、分かるか?」
ポタリーさんは虚ろな眼をダイコクさんに向けた。

「ダイコク・・・ああ・・・ダイコク・・・」
ダイコクさんは涙を流していた。

「せや!わてや!そうか、分かったか!」
俺はダイコクさんの肩に手を置いた。
ダイコクさんの肩は震えていた。

「さあ、ポタリーさん、もう一度これを飲んでください」
俺は再び体力回復薬をポタリーさんの口元に近づけた。
ポタリーさんは俺を力なく見つめてからこくんと頷いた。
ゆっくりとポタリーさんは体力回復薬を口にした。
次第にポタリーさんの顔色が回復してきた。
眼にも力が湧いている。
もう体力的には大丈夫だろう。
後は洗脳を解かなくてはならない。
どうしたものか・・・

洗脳を解く方法はいくつかある。
一番確実なのはゆっくりと時間をかけることだ。
自分が洗脳に掛かっていることを教え、それを自覚させることから始まる。
洗脳に掛かっている者の特徴として、自分が洗脳に掛かっているという自覚が無いことにある。
証拠を示してみたりすることで、じっくりと時間をかけて自覚を促すのだ。
そして崇める者が反社会主義者であることを説いていく。
時間は掛かる、だが最も適切であるとされる手法である。

次に出来る方法は催眠を用いることである。
深い催眠状態に陥らせ、潜在意識に刷り込まれている間違った考えを正していくのだ。
これは被験者に負担が掛かる。
精神的に誘導を受けることになるからだ。
云わば催眠の重ねがけだ。
そこに強制力は存在し無い。
ある意味本能的に善悪の判断をすることになる。
被験者に負担が掛かる以上あまりお勧めはできない。
そしてここは異世界。
裏技はあるのだった。



今より半年ほど前の出来事だった。
俺は『シマーノ』の建国後、一時的に様子を見にサウナ島に帰ってきていた。
その理由は正式にマークを社長とし、俺は名誉職の会長に成る為であった。
抵抗を受けるのではないだろうかと考えていたのだが、実にあっさりとマークに受け入れられた。

「島野さんにはこの世界の為にやらなければいけない事があるのは承知しています。いつまでもこの島に縛っている訳にはいかないでしょう、でも会長職は辞職させませんからね。これは絶対ですよ、社長命令です!」
マークからきつく言われてしまった。
会長が社長に命令されるって・・・有なのか?
他の島野一家も名誉社員として席は残させて貰うとのことで、帰ってきてからも困らない様にと、給料も支払うということだった。
どうにも先回りされてしまった気分である。
でもここはありがたく受け入れることにした。
そんなやりとりを行っていると、アイリスさんとアースラさんが珍しく事務所にやってきたのだった。

「島野や、ちょいとよいかえ?」

「ええ、どうしました?」

「ここでは話せんのう、場所を変えようぞ」

「いいですよ」
そう返事をするとアースラさんが急に、

「土転移!」
と叫びだした。

俺達は山の頂上に転移していた。
それも地面から生える様に。
野菜になった気分・・・
いきなり転移させられるのってこんな感じなんだ・・・
皆が嫌がる訳だな。
気持ちはよく分かった・・・
今後は控えようと思う・・・

「島野や、見ておくれ」
アースラさんはそう言うと、世界樹を指さした。
あれまあ?なんだこれは?
そこには世界樹から黄金に輝くリンゴの様な果実が三つ実っていた。
余りの眩しさに眼を細めそうになる。

「これはいったい・・・」

「これは世界樹の実じゃよ」
でしょうね、見れば分かります。

「それぐらい分かりますよ」

「さようか・・・この実はのう、滅多に実らんのじゃが、この島にはたくさんの幸福の気が溢れておる。その気を吸って実ったのじゃよ」

「はあ・・・」

「これをお主に差し上げようと思うのじゃ」

「俺にですか?」
なんで俺に?

「そうじゃ、この実の価値からしてお主にしか預けられんのじゃよ」
それは嫌な予感しかしないです。

「価値ですか・・・」
聞きたくないなあ。

「この実は世界樹の葉よりも数段価値が高いのじゃ、ケガや病気を治すだけではなく、寿命すらも伸ばしてしまうのじゃ、精神的異常なんかも簡単に治癒してしまうのじゃよ、我等天界の者達はこれを神の実と呼ぶ者もおるんじゃよ」
ほらー、やっぱり聞きたくなかったよ。
そんな重要な物をなんで俺に預けるのかな?
創造神の爺さんに献上すればいいじゃないの。
でも、そうはいかないよってことなんだろうね・・・
でも世界樹の葉は肉体を治癒できるが、精神的な部分には効果は無い。
そこを補うだけでなく、寿命も伸ばすって・・・やり過ぎじゃね?

「見られることすら不味いのじゃ、そう思い、お主をここに連れて来たのじゃよ」

「そうですか・・・」
そう言うとアースラさんは俺の張った結界を破って世界樹に近づくと、世界樹の実を捥いで俺に手渡してきた。

「頼んだぞ、島野や」

「はあ・・・分かりました・・・」

「守さん、お願いしますね」
アイリスさんからも念を押されてしまった。

「はい・・・あ!結界を張り直しておくので先に帰っててください」

「あい分かった」
そういうと二人は土転移で帰っていった。
ひとり頭を抱える俺であった。
世界樹にちょっと愚痴りたくなった気分である。



ダイコクさんはポタリーさんに必死で話し掛けている。

「ポタリー!自分、どこまで覚えてんねん?」
体力が回復したポタリーさんは、その大きな眼でダイコクさんを見つめている。

「ダイコク・・・あたい帰らないと・・・」
ポタリーさんの視線は揺れている。
視点が定まっていなかった。

「待ちいな、そう急がんでもええやないか・・・」

「ラファエルの元に帰らないと・・・」
可笑しなことを言い出した。

「はあ?自分何を言ってんねん?あり得んやろ!自分、監禁されとったんやぞ!」
ポタリーさんの視線が更に揺れる。

「でも・・・」

「あかん‼行かせんで!あり得んがな!」
俺はダイコクさんの腕を掴んでダイコクさんを窘めると共に、ポタリーさんにはっきりと聞こえる様にわざと話した。

「ダイコクさん、ポタリーさんは洗脳されています」

「洗脳?・・・何やねんそれ?」
ダイコクさんは説明しろとこちらを見ている。

「詳しくは後で説明します、まずはポタリーさんもお腹が減っているでしょう、何か口にしませんか?」
ポタリーさんは洗脳という言葉が気に入らなかったのか、俺を睨んでいる。
でもどこか虚ろ気だ。

「とはいってもやな・・・島野はん・・・自分、ここで飯って・・・」

「まあまあいいから、ポタリーさんもお腹が減っているでしょう?」
ポタリーさんは俺を睨みながらも頷く。
身体は正直だということだ。

「では美味しい物を準備しますね」
俺は『収納』から世界樹の実を取り出した。

「どうぞ!ガブっといってください!」
ポタリーさんは未だ俺を睨みながらも、背に腹は変えられないのだろう。
世界樹の実を受け取ると一気に齧りついた。

「ちょっと!島野はん!今のはなんやねん?光っとったやないかい?何を食わしとんねん!」

「まあまあいいじゃないですか、それよりも・・・」
世界樹の実を齧ったポタリーさんは金色の光に包まれていた。

「おいおいおい!どないなっとんねん‼」

「あああー‼‼‼」
ポタリーさんは訳も分からず叫んでいる。
そして光が徐々に引いていくと、ポタリーさんが憑き物が取れたかの様な表情でポカンとしていた。

「はあ?何やねんいったい・・・」
ダイコクさんは何が起こったのか理解出来ていない。

「これで洗脳は解けたはずです」

「はい?もうよう分からんわ、いい加減にせいよ!自分!」

「まあまあ、後で説明しますから」

「ほんまやろうな?逃がさへんで?」

「分かってますって、そんなことよりポタリーさん、どうですか?」
ポタリーさんは呆けた顔をしていたが、俺に話し掛けられて我を取り戻したみたいだ。
顔を振って自分を取り戻そうとしている。

「旦那・・・あんたのお陰で自分を取り戻せたみたいだ。ありがとうよ・・・」

「ポタリーさん、改めまして俺は島野と申します。よろしくです」
俺は右手を差し出した。
ポタリーさんはガッチリと握り返してきた。

「そうだったね・・・島野の旦那。あたいはポタリーだよ。どうやらあたいを救ってくれたみたいだね。すまなかった・・・」

「ポタリー・・・自分・・・もう大丈夫なんか?」
ダイコクさんは心配が先に立ってしまったみたいだ。
ポタリーさんににじみ寄っている。

「ああ、ダイコク。心配かけたみたいだね。本来のあたいに戻ったみたいだよ」

「そうか・・・良かった・・・」
ダイコクさんは膝から崩れ落ちていた。
相当心配だった様子。
これで一先ずは安心していいだろう。

俺はノン達が置き去りになっていることを想い出した。

「ちょっとすいません、一家を回収に行ってきますね」

「はあ?・・・ええけど、絶対に帰ってくるんやで。説明はちゃんとして貰うで!」

「分かってますって、ゴン、後は任せたぞ」
俺は『収納』からマジックバックを取りだしてゴンに渡した。
マジックバックの中には適当に飲食物が入っている。

「畏まりました!主!行ってらっしゃいませ!」
ゴンは元気に送り出してくれた。

「じゃあ!」
俺は透明化してから『イヤーズ』に転移した。

『イヤーズ』に着くと、それなりの光景が俺を待っていた。
どうやら派手にやっているみたいだ。
そこには破壊の限りを尽くす二匹の聖獣と、神獣が暴れまわっていた。
神殿は半壊しており、街も瓦礫で覆い尽くされていた。
あれまあ、いい暴れっぷりですねー。
俺はギルに『念話』で話し掛ける。

(ギル、そろそろ帰るぞ)

(パパ、もうちょっと暴れたいよ!)

(はあ?お前何言ってんだ?もう充分だろ?)

(いや、そうじゃなくて・・・)
ん?こいつら・・・まさか遊んで無いだろうな?

(ギル!・・・まさかお前達・・・楽しくなって遊んでないだろうな?)

(う!・・・)
あらら、怪我人とか出てないだろうな?
出てたら大目玉だぞ!

(ギル、怪我人は出てないだろうな?)

(それは大丈夫!・・・多分・・・)

(ギルお前・・・まあいいや。帰るぞ!)

(分かった・・・)
俺は一家を転移して家の前に移動した。

何か物足りなかったのかノンがむくれている。

「ノン!」
しまったとノンが表情を改める。

「ヒュー!ヒュー、ヒュヒュー!」
人化するとわざとらしくノンは口笛を吹いていた。
こいつ・・・どうしてやろうか?
エルは人化するとしまったと下を向いていた。
ギルも人化すると同様に反省していた。

「もう一度聞くが、怪我人はでてないんだな?」

「無いよ!」
食い気味にノンが答えた。
まあいいか、ノンならそれぐらいの匙加減はお手の物だろう。

「お前達、あんまり調子に乗るなよ!」

「「「はい‼」」」
返事はいいんだよな、返事は・・・
俺達は家の中に入っていった。

ゴンがダイコクさんとポタリーさんを飲み物と軽食で労っていた。

「お帰りさない主!」
ゴンが笑顔で迎えてくれえる。
三人の様子に何かを感じ取ったのか、ゴンはジト目でノン達を睨んでいた。
ゴンよ、気持ちはよく分かるが、お前もやらかしたんだからな。
俺がソファーに座ると、ダイコクさんが手ぐすねを引いて待っていた。
正面に腰かけて聞かせろと眼が訴えかけている。

「島野はん、自分の出鱈目さは今に始まったことやあらへんが、きっちりと教えて貰うで、堪忍しときや!」

「はいはい、ちゃんと説明させて貰います。まずはポタリーさん。先ほどラファエルの所に帰らないとと仰ってましたが、今はどうですか?」

「今では何でそう思ったのか分からないよ・・・何でそんなことを思ったのか理解に苦しむね。ていうかラファエルの餓鬼んちょの奴!・・・クッソ!よくもやってくれたよ。恩を仇で返されちまったよ!」
どうやらポタリーさんはラファエルと知り合いの様だ。

「ダイコクさん、これが洗脳です。ポタリーさんはラファエルから精神支配を受けていたということです」

「精神支配?どうやってやねん?」

「多分魔法かと・・・もしくは神の能力では無いでしょうか?」

「島野の旦那、多分あれは魔法だと思うよ。ラファエルは神では無いからね・・・」

「でも半神半人ってことは無いでしょうか?現に俺は一時期半神半人でしたからね」
本当は人間の時でも能力は使えたんだけどね・・・でもこれは言わないでおこう、創造神の爺さんが何かしら弄っている可能性が高いからな。

「半神半人なんて聞いたことが無いよ、でも旦那が自分でそう言うのなら、そんな存在も居るってことなんだろうな」

「でも神を攫う様な奴が神に成れる訳がないやろ?」

「俺もそう思います、従って魔法の可能性が高いです」

「精神操作をする魔法なんて聞いたことがないで?」

「ダイコク、実際にあたいは操作されていたから存在するのさ・・・なんとも・・・恥ずかしいよ・・・」

「ポタリーさん、そう落ち込まないでください、恐らく誰でも掛かる可能性があると思います。特に神力を奪われた状態では・・・」

「・・・そうかい・・・」
たぶん神力がある状態であれば掛からなかったと思う。
人の力が神に及ぶわけが無いからな。

「今は正常に戻ったんですから、良しとしときましょう」

「そうやで!まあええ!しかし、なんやねんあの光っとった果物は?」
やっぱり聞かれるよね・・・

「あれは・・・やっぱり聞きます?」

「聞くに決まっとるやないかい!」

「ここだけの秘密にして下さいね?」

「そこまでなんか?」
ダイコクさんが引いている。
ポタリーさんも察しのか困った顔をしていた。

「・・・はい・・・」
俺は世界樹の実についての話をした。
上級神であるアースラさんに託されことも勿論詳らかにした。
でないと欲しいと言われかねないからね。
天界では神の実と呼ばれていることも付け加えておいた。
どれだけ重要な物を俺はポタリーさんに渡したのかを伝えたのだ。

ダイコクさんはしまった!、ときつく眼を閉じていた。
ポタリーさんはそんな貴重な物を食べたのかと、お腹を無意識に擦っている。

「あかん!聞いてもうたがな、聞かんかった方が良かったや無いかい!」

「だから聞いたでしょう?聞きますかって?」

「せやったな・・・まあ秘密は守るで・・・守るしかあらへんがな!」
ダイコクさんはもう沢山だと項垂れていた。

「あいたにそんな貴重な物を・・・ほんとに良かったのかい?」

「勿論ですポタリーさん、ここは気にしないでください。ポタリーさんでなければ差し上げれなかったと思います」
だって他にはあげれないでしょうに。

「そうなのかい?」

「はい・・・」
だって神様で無いと寿命が延びちゃうんだよね。
人にはあげられないでしょうよ。
問題になるって。

「さっきもお話しましたが、寿命がね・・・」

「でもさ・・・旦那・・・あたい少し若返った気がするんだよね・・・」
うーん、此処は・・・聞かなかったことにしよう。
そうしよう!

「ハハハ!気の所為でしょう!」

「・・・だね!」
ポタリーさんも察してくれたみたいだ。
ダイコクさんは諦めの表情で上を仰いでいた。

「まあ、説明はそんなところです。一先ず飯にしませんか?」

「そうしようよ、ダイコクさん。僕、お腹が減ったよ」
ノンが空気を読まずに話し掛ける。

「僕も!」
ギルもそれに乗っかる。

「そうか・・・そうやな・・・」
ダイコクさんは心ここに有らずであった。
なんだかな・・・すんません。
でもこれが有りの儘なんでね・・・
苦情は受け付けません!
目に付くのもなんだなという事で、出前を頼むことにした。
魔物達に俺達が居ることがバレると、あいつらは直ぐに集まってくるからね。
まあ時間の問題だろうけどさ。
島野一家とダイコクさん、そしてポタリーさんで食卓を囲むことにした。

メニューはシェア出来る物でとゴンに任せた。
ゴンが通信用の魔道具で注文を行っている。
この時点でバレるよね?多分・・・
三十分後には食事がデリバリーされてきた。
残念ながら配達員はゴブオクンでは無かった。
奴ならばもしや?と思っていたが、流石に今回は無かった。

食事はピザだった。
だろうなとは思ったけどね。
マルゲリーピザとペパロニピザ、照り焼きチキンピザと明太子餅チーズピザが各LLサイズを二枚だ。
ギルも食べるんだからこれぐらいはいるよな。
もしかしたら足りないかも?
個人的に好きなのはマルゲリータと明太子餅チーズピザだ。

嬉しい事に『シマーノ』ではスケトウダラが捕れるのだ。
南半球では捕れない魚である。
今では明太子は『シマーノ』の特産品になっている。
サウナ島に卸しているぐらいだ。
スケトウダラが捕れると聞いた時には胸が躍った。
大好きな明太子が食べれると、スケトウダラの卵巣を塩蔵し、唐辛子を使った調味液で味付けした。
これで明太子パスタなども作ることが出来る。
新メニューの開発に頭打ちになっていた所だったので実に助かった。
明太子は色々と使えるからね。
明太マヨ一つとっても出来るレシピはいくらでもある。
おにぎりにも良いし、パンに塗っても良いしね。

そんなことはいいとしてだ。
ポタリーさんはピザが相当口に合ったのか、ピザをがっつく様に食べていた。
いや、お腹が減っていたのかな?
まあなんであれよかった、よかった。

「旨い!これも旨い!なんだこれは!」
ポタリーさんは舌鼓を打っていた。
俺は思わずニンマリとしてしまった。
だって嬉しいじゃないの。

食事をしつつも情報交換は外せない。
此処からは情報共有の時間だ。

「ポタリーさん、そういえば『ドミニオン』と『ルイベント』は同盟国になりましたよ」
ポタリーさんは呆けた顔で俺を見ていた。
手に持ったピザを落としそうだ。

「はあ?旦那、何を言ってんだい?あたいは『ドミニオン』の政治には詳しくはないが、あの国は馬鹿貴族達が牛耳っていて、とても褒められた国ではないんだがね。同盟?考えられないよ」
ピザを片手に返事をしていた。

「せやな、でも島野はんのお陰で馬鹿貴族共は一掃されたんや。今では同盟国としても充分な国となったんやでポタリー」
ダイコクさんは、まるで自分の成果であるかの如く胸を張っていた。

「ほんとかよ!旦那!あんた出鱈目が過ぎやしないかい?まさか創造神様にでも成ろうってかい?」
・・・はいとは言えないな。
流石に無理だ。

「いやー・・・流石に・・・ねえ?」
答えられないよ。

「まあ、島野はんならそれもあり得るか・・・」
おいおい止めてくれよ!
ダイコクさんまでなんだよ!

「そんなことはいいとして、今は俺達は魔物同盟国『シマーノ』にいます。『シマーノ』のことは御存じですか?」

「知らないねえ、というか旦那。あんたそもそも何者なんだい?」
『シマーノ』の事は無視かよ・・・気になるのはこっちじゃないんだ。
魔物の国ですよ?
人の話をちゃんと聞いてましたか?

「俺は・・・異世界から転移してきた者で、神様修業中の身です」
不意にポタリーさんが視線を落とす。
暗い表情に一同が緊張感を覚える。

「そうかい・・・ラファエルと一緒か・・・」

「え!それはどういうことですか?」
だろうなとは思っていたが、ここは確信が欲しい。
敢えて聞いてみよう。
こいつらも知りたいだろうしね。

「ラファエルはねえ、異世界人なんだよ。どうやら転生してきたみたいだねえ、そしてあいつは神に成ることを目指しているんだ」

「そうですか・・・」
やっぱり異世界人なんだな。
それに転生者か・・・
エリカと一緒か?
案の定じゃないか。
神に成ろうってか・・・まあ無理だろうけど。
どうやらまだ道半ばって所かな?

「初めて会った時には神に成ろうとする、純粋な青年だったんだけどねえ・・・あいつはいつの間にか変わっちまったみたいだ・・・神に成ると憑りつかれていたよ。人相すらも変わっていたのさ。全くの別人だったね」

「憑りつかれる、ですか?・・・」

「ああ、鬼気迫るものがあったよ、百年ぶりに会ってみたら・・・というより拉致されちまったんだけどねえ」
ポタリーさんは気まずいのか、頭を掻いていた。

「なんで拉致なんか・・・」

「何でも実験とかほざいてたよ、あの餓鬼んちょ!・・・ああ‼ムカつくよ‼ぶん殴ってやりたいよ‼」
でしょうね!
思いっきり殴っていいと思います、それもグーで鼻頭にガツン‼と。

「なんでラファエルは神に成りたいんですかね?」

「・・・それが分からないのさ・・・昔に一度、聞いてはみたんだがね・・・答えたくないと言われちまってね・・・それ以上は聞けない雰囲気だったのさ・・・今となっては強引にでも聞くべきだったね・・・」

「そうですか・・・」
それが一番知りたかったのだけど、しょうがないよね。
でもどうしても神に成りたいって・・・何かしらの事情があるのか?
またはただの自我か・・・
分かりかねるな。
ラファエルに関してはまだまだ情報が足りない。

その後も今の北半球の現状について話を重ねた。
ポタリーさんは終始驚きっぱなしであった。
だろうなとは思っていたがね。

「ああ、もうお腹一杯だよ!」

「たくさん食べましたからね」

「いや、そっちじゃなくてさ・・・」

「ああ・・・」
情報過多の方ですね、これは失敬。

「纏めるとだ・・・旦那は北半球にやってきてから魔物達に名を与え、魔物の国を建国した。そして南半球と『転移扉』で繋いだだけじゃなく、『ルイベント』や『ドミニオン』とも同盟を結び、橋頭保を確保した、更には『ドラゴム』とも親交を厚くした。そして神気減少問題に目下取り込み中ということなのかい?」

「まあ概ねそうですね、俺一人でやった訳ではないですがね」

「せやで!わても協力したんやで!」
ダイコクさんが割り込んできた。

「というより、裏で絵を描いたのはある意味ダイコクさんじゃないですか?始めは自分の意思でしたが、途中からは上手く使ってくれましたよね?」
俺はジト目でダイコクさんを眺める。

「そう言ってくれるんかいな?島野はんは人間ができとんなあ?」
自分の手柄に出来たとダイコクさんは喜んでいる。
よく言うよ、全く。
このおっさん・・・調子のいいことで・・・まあ嫌いじゃないけどさ。

「ダイコク・・・あんたはどうでもいいんだよ!いい所ばっかり持ってこうとするんじゃないよ!お前はせこいんだよ!いい加減変わらないねえ?」

「なんでやねん!いいやないかい!」

「はい、はい、そうしとこうかねえ・・・でもねえ、それは島野の旦那ありきのことじゃないか。あんたも分かっているんだろ?」
ポタリーさんが確信を突いていた。
それは言わないであげてよ・・・

「なんでそれを言うんや!・・・少しはわてにも花を持たせてくれてもいいやろがい!」
ダイコクさんの声が響き渡っていた。

「ハハハ!」

「ダイコクさん、笑える!」
ノンとギルが笑っていた。

「自分達も笑うんかいな?」

「そりゃそうさ!」
ポタリーさんも笑っていた。
場が笑いに包まれていた。

話は続く、
「それでこの先ですが、どうしていこうかな?と思案しているところです」
一先ずの緊急対応は済んだからね。
自分のペースに戻したいのが本音です。
いい加減エリスに会いに行きたい。
ていうか、もう待てない!
俺の罪悪感も限界だ!

「旦那、まずはあたいは『ドミニオン』に帰っていいかい?どうにも工房が気になってねえ」
ポタリーさんは後で転移で送っていこう。

「ええ、後で送りますよ」

「そうかい、助かるよ」

「島野はん、今後についてやが、わてはまずは同盟を強固なものにしたいと考えてんねん」

「なるほど」
あんたはそう言うと思ったよ。

「そこで例の『転移扉』やが、国家間を繋げるのはどうやろうか?」
やっぱりそうなるよね。
ダイコクさんには一対の転移扉を渡したけれども、それは『ドミニオン』と『ルイベント』の国王間のホットラインとして利用しているだけと聞いているからな。
南半球の様に全ての国を繋げていきたいということなんだろう。
でも誰に管理させるのかが問題となる。
通行料も発生させなければならないしね。
北半球だけ特別に無料とはいかないからな。
南半球との本格的な繋がりはまだ先の話として、北半球の信頼できる国だけなら繋げてもいい頃かもしれない。

実際繋げられるのは『シマーノ』『ドラゴム』『ルイベント』『ドミニオン』だな。
既に『シマーノ』と『ドラゴム』を繋げてはいるが、此処の運営はゼノンに一任している状況だ。
南半球のサウナ島の様な役割を『シマーノ』が担う事にすればいいのだが、こちらから扉を開けるのが難しい。
サウナ島ではエクスがいるから双方向の物に今はなっているし、エクスが来る前は俺とギルが居たからね。
でも北半球では一方通行になりそうだ。
詰まるところ神の数が足りていないのだ。
ゼノンとダイコクさん、そしてポタリーさんしか居ない。
この三人で四国間を繋げるのはちょっと心元無い。

運用自体はできるが南半球程の頻繁なやり取りは難しいだろう。
でも有ると無いとでは大違いだ。
それにそろそろダイコクさんをサウナ島に連れて行かなければいけない。
これまで散々断ってきたからね。
ポタリーさんは北半球で知り合った神としては三人目だ。
ゼノンは既にサウナ島に入り浸っている様だし・・・
いい加減、潮時だな。
連れて行きましょうかね。

「国家間で繋げるのは南半球では既に完成されている交通網です。それを参考にすべきかと思います」

「じゃあそろそろやな?」
ダイコクさんが意味ありげに視線を向けてきた。

「ですね」

「ほんまかいな!遂にか!」
ダイコクさんは両手を挙げて喜んでいた。

「はい、サウナ島にご招待しますよ」

「やったでー‼いよいよやでー‼」
ダイコクさんは興奮している。
一人興奮しているダイコクさんを無視して、ポタリーさんは疑問を投げかけてきた。

「なあ旦那、サウナ島ってなんのことだい?」
話は変わるが、明らかにダイコクさんはポタリーさんに好意を向けているのだが、ポタリーさんは一向に構っていない様子。

「俺達の住んでいる島ですよ」
ちょっとだけダイコクさんが哀れに見えてしまった。

「それだけとちゃうで!ポタリー!サウナ島はな、魅惑の島なんや!流行の最先端、娯楽の発信地!そして南半球の神々が集う楽園なんや‼」
ダイコクさんの熱弁が凄い。
そんなにサウナ島に行きたかったんだ・・・
ダイコクさんはガッツポーズを決めていた。

「ではサウナ島へは後日招待しますので、通信用の神具で連絡を入れますよ」

「楽しみやなー、約束やで!絶対やで‼」
しつこいっての。

「あたいもいいかい?」
ポタリーさんも興味があるみたいだ。

「勿論ですよ」
こうして話は一段落した。
どうやらこの二人をサウナ島にご招待することになったみたいだ。
その後ポタリーさんとダイコクさんをそれぞれの国に送っていった。
ふう、長い一日だったな。
ちょっと疲れたな。
こんな日は日本に帰って、行きつけのスーパー銭湯に行くしかないでしょう。



『イヤーズ』の混乱は深まるばかりだった。
神獣と聖獣の襲撃はあまりに大きなインパクトを残していた。
国民全員が自らの無力さに打ちひしがれていた。
半壊した神殿は痛々しく、復興を行う様な活気は全く無かった。
まだそこまで心が向いていないのが状況である。
もうこの国は拙いと国を離れることを決意する者が多数いた。
余りの惨劇に国民は大きく揺れていた。

それはそうだろう。
国の象徴である神殿は半壊し、宗教への信仰も揺らいでいた。
神獣と聖獣の襲撃が国民に与えたインパクトは絶大過ぎた。
正に守の狙い通りだったのである。

守の狙いは『イヤーズ』に混乱を与えることと、宗教への信仰心を揺るがせることにあったからだ。
出来ることならば、この国の根底を覆したいと考えてはいたが、大きくは望んではいなかった。
そこまで出来れば恩の字というぐらいだった。
でも狙いの大半は成就していた。

国民達はあの人を崇拝しているが、神獣は神であることを理解している。
それに聖獣も神に近しい存在との認識なのだ。
この世界の常識は当然根付いているのだ、いくら宗教とはいえど、それを覆すことなど出来はしない。
そんな存在が睨みを利かせて破壊行為に及んだのである。
それはお前達の国は認めないと言われていることと同義となる。
それぐらいは分かって当然ということだ。

新興宗教国家『イヤーズ』は、神から喧嘩を売られた国なのだと受け止めるしか無かった。
国民はもはやこの国を見捨てるしかないと考えだしていた。
洗脳に掛かっているとはいっても、本能は抑えられない。
生命の危機に瀕してしまっては、本能に従うのみだ。
それにあまりのインパクトに洗脳が解けてしまっている者も多くいたのだ。
それほどにラファエルの洗脳は希薄だ。
吹けば飛ぶほどの効果しか無いのだ。

イヤーズの国王からは何も発表は無かった。
というより出来ないでいたのが現状である。
それはそうだろう、国王はラファエルの傀儡でしかない。
そして国王含めて国の重鎮達も、今回の出来事に唖然としていたのだ。
誰も何も言えない状態に陥っていた。
何を言ってもそれは儚い言葉となったからだ。
ある者が言った。

「あのドラゴンは勘違いしているのでは?」

「あの人が成敗してくれるのでは?」

「次は退治出来るに違いない」
どの発言も希望にすらならない。
儚い夢でしかないのだ。

それに今回の襲撃で怪我人や死人は一人も出なかった現実があった。
あの人の起こした奇跡と言う者もいたが、概ねの意見は違っていた。
それは手加減をされたのだというものだった。
その解釈は正解である。
実際三人は悪ふざけして遊んでいたのではあるが、守の言いつけを忠実に守っていたからだ。
絶対に怪我人は出すなと。
その命令には忠実に従っていたのだった。
だからこその怪我人ゼロなのである。
転んで膝を擦りむいたぐらいの者はいたが、それは許してやって欲しい。

この意味は国民達を震え上がらせた。
本気を出されたらどうなるのかと・・・
国が亡ぶに違いない・・・
また襲撃はあるのか?・・・
これは神々からの警告だ・・・
国民の一部は、あの極大魔法がドラゴンに効かなかったのを目撃している。
国内最強と名高い親衛隊や魔法士の一団も全く歯が立たなかった。
彼らが茫然と神獣と聖獣を眺めているのも目撃されている。
無力感でいっぱいになっていたのだった。

そしてあの人は何もしなかった・・・
それどころか今も人々の前には出てこない。
その安否すらも伝え聞くことは出来なかった。
この窮地にあって、あの人は何もしなかったのだ。
この事に国民達は意見が割れた。
あの人は無力であるという意見と、そうでは無く何かしらの思惑があるのでは無いのかとの意見に。
だがその大半はあの人は無力であるとの意見であった。
実際はそれが正解であった。
攻められたラファエルは実に虚弱だったのだ。
国民の大半は既にラファエルを見放しだしていた。
窮地において何も出来ない者に信仰を捧げるなど、もはや出来る訳がない。



ラファエルは自分の部屋で一人震えていた。
自分の誇るべき神殿は半壊し、国民の心が離れだしていることも感じていた。
それだけでは無い。
これまでラファエルは、この世界を自分の物と錯覚していたのにも関わらず、その世界が急変したのだ。
突如現れた神獣と聖獣に世界が一変させられた。
最早ラファエルには現実を受け止めることすら出来なかった。

実は襲撃を受けた時にラファエルは神殿には居なかった。
衣服を整えて、居城から神殿へと向かおうとしていたタイミングであった。
いつも通りの拝謁の時間を迎える予定でいたのだ。
そしてラファエルはその自らの眼で、神獣と聖獣が暴れているところを目撃してしまっていた。
恐怖で身体が固まり、動くことは全く出来なかった。
ただただ茫然と崩れ行く神殿を眺めていたのだ。
脇をペガサスが通り抜けた時には恐怖で身体が凍り付いた。
フェンリルの放った雷が目前に落ちた時には腰を抜かして、その場にヘタレ込んでしまっていた。
そしてドラゴンのブレスに失禁していたのだ。
これが襲撃を受けた時のラファエルであった。

唯一の救いはそんなラファエルの姿を、国民に目撃されていなかったことだ。
国民達は自分が避難することに精一杯だったからである。
ラファエルは目の前に繰り広げられている惨状に思考が追いつかなかった。

(昨日まではいつも通りの毎日だったはずだ・・・俺は崇拝され、この世界は俺の物だったはずだ・・・ポタリーで実験を行い、神の能力や性質を知ろうとしていたのだが・・・これは一体どういうことだ?・・・このままでは俺の国は蹂躙されてしまう・・・俺はどうなってしまうのだ・・・)
考えられない出来事にラファエルは思考が止まろうとしていた。
もう今は何も考えられないと・・・
ラファエルは現実逃避しようとしていた。
目の前に繰り広げられていることは自分の知る世界ではないと・・・
結果、ラファエルは居城にとじ閉じこもって過ごすことになったのである。

王城からの使者が連日訪れていたが、ラファエルは取り合わない。
こうなってしまっては合わせる顔などなかった。
ラファエルは食事も真面に摂れなくなっていた。
ラファエルは現実逃避を続けていた。
そしてラファエルに一報が届けられる。
この一報にてラファエルは徐々に自分を取り戻すことになる。

「教祖様、よろしいでしょうか?」

「・・・」
ラファエルは返事もしない。
とてもそんな気にはなれなかった。

「教祖様・・・陶磁器の神ポタリーが消えました」
ピクリと眉毛を動かすラファエル。

「・・・なんだと?」
興味を覚えだしたラファエル。

「陶磁器の神ポタリーが消えました」

「消えただと?・・・」
ラファエルはやっと思考を始めた。
ここに来てラファエルは自分を取り戻しつつあった。

(どういうことだ・・・もしや・・・あの神獣と聖獣の襲撃は陽動だったのか?・・・本命はポタリーの救出だったのか?・・・そうとしか思えない・・・どうなっている?訳が分からない)

「牢屋の兵士達の話が聞きたい、連れて来てこい!」
ラファエルは息を取り戻しだした。

「は!畏まりました!」

ラファエルは主だった警備の者達から話を聞いた。
結果として分かったことは、牢屋の部屋に至るまでは、一切何も異常は無かったということ。
そして牢屋の部屋の前に突如として、男性と女性が現れたということだった。
まるで何もないところから急に現れたらしい。
警備兵達はその者達に眠られたということだった。

驚いた所に、
「眠れ!」
と命令されたということらしい。
それはラファエルの知る催眠の手口だった。
ラファエルは受け止めるのに時間が掛かった。
そんな事はあり得ないと。
偶然では無かろうかと。

(相手は催眠術師なのか?いや、そんなことは考えづらい・・・いったい誰なんだ・・・あの神獣と聖獣の一味なのか?そうに違いない・・・まさか神なのか?どうだろう・・・ここは情報がいる・・・考察するには情報が全く足りない)
ラファエルはお付きの者に五人の老師に集まる様に指示した。

(あいつらであれば何かしらの情報を持っていても可笑しくはない)
こうしてラファエルは自分を取り戻していった。
ラファエルの元に五人の老師が集まっていた。
全員が緊張の面持ちである。
今回の出来事に五人の老師も大きく揺れていた。
しかし信仰心の厚いこの者達は未だラファエルを信じたいと考えていた。
但しそこにジュライことエリカ・エスメラルダはいない。

彼女はこの集まりに今後は集う事は無い。
エリカは南半球でマークの秘書としてバリバリと働いているのだから。
最早エリカにとっては『イヤーズ』の事等、過去の一部でしかないのだ。
もしかしたら彼女にとっては黒歴史であるのかもしれなかった。

「一人いないではないか?」

「は!教祖様、ジュライは視察に出ております」
五人の老師を代表してディッセンバーが答える。
ラファエルと五人の老師の会話はこのスタイルで行われている。
ディッセンバー以外の者が発言をする場合は挙手し、ラファエルがそれを認めた時のみ発言を許されるのだ。

「視察だと?」

「はっ!報告させて頂きます!」
ディッセンバーは跪いている。
他の老師達も同様に跪いていた。
全員ラファエルの顔を見ることは許されていない。
跪き下を向く事しかできないのだ。
それほどに秘匿性は高いということだ。

「ジュライ曰く、どうやら魔物の国が建国されたということらしく、その真相を確かめようと、ジュライ自ら視察に向かったということのようです・・・ジュライは情報担当の為、責任を感じての事かと思いますが・・・」
ディッセンバーは歯切れが悪い。
それをラファエルは見抜く。

「何か含みがありそうだな?」

「はっ!・・・もう帰ってきても良さそうなものなのですが・・・」

「どれぐらい経つのだ?」
ラファエルは詰問していた。
緊張感が会場を覆う。

「ただの視察であれば、一ヶ月前には帰ってきてもおかしくはないのですが・・・未だ帰って来ておりません」

「前任者のエスメラルダ侯爵には確認をしたのか?」

「はい・・・まだ帰って来るとの連絡は無いとのことです」
ラファエルは考察する。

(事故やアクシデントでも起こったのか?はたまた帰って来れない状況にあるのか?ジュライは女子高生の様な見た目ではあるが、真面目な性格をしていた。あの者に関しては心配は無いが・・・)
この時ラファエルは、ジュライが『シマーノ』に亡命していることを知らない。
エリカが南半球で人生を謳歌しているなどとは思ってもみなかった。
それを知るのはもっと先の事である。
これまで自らを偽ってきたエリカの功績がここに生きていた。
エリカは知らぬ間に、ラファエルの信用を勝ち取っていたのである。

「ジュライのことはいいとしてだ、魔物の国とは何のことだ?」
話を促そうとラファエルは誘導する。

「報告では半年ほど前に興った国ということです、その場所はモエラの大森林です。しかし情報部の報告では無く、未だ噂の域に過ぎませんが・・・」

「何だと?」
ラファエルはその噂を信じることが出来なかった。

実はラファエルは魔物を知っている。
それはイヤーズに隣接するスレイブの森に魔物がいるからだ。
スレイブの森にはゴブリンやオーク等が生息している。
そして魔物は知能が低く、意思の疎通は出来るものの、人間ほどの知力は無く、とても国など興せる存在では無い事も知っていた。
『イヤーズ』としては、魔物は特に害も無い為、放置しているに過ぎない。
それにモエラの大森林は未確認の魔物やオーガ等が居て、とても危険な森であることは北半球では常識となっていた。
そんな場所に魔物の国が建国されたなど、どうしてもラファエルは理解ができなかった。

「あり得んだろうが?」

「私もそう考えておりましたが、最近ではその噂で何処も持ち切りであります」

「そうなのか?・・・」
ラファエルは首を傾げていた。

「その国の名前は『シマーノ』と言うらしく、伝え聞く限りではその文明は北半球の中でも先進的であるという事です」

「はあ?」
ラファエルは更にその噂を信じることが出来なかった。
あの魔物が国を興しただけではなく、先進的な国であることなど信じることが出来る筈がない。

(だからジュライは視察に向かったということか・・・)
ラファエルは一人納得する。

「そしてその『シマーノ』ですが、『ルイベント』と同盟を結んだとの噂があります」

「なに?同盟だと?」

「加えて『ルイベント』は『ドミニオン』とも同盟を締結した模様」

「っち!」
思わず口から洩れていた。

「同盟か・・・旗印はスターシップということか・・・これは噂のレベルでは無く。事実という事なんだな?」

「はい、そうなります」

(そうなると今回のポタリーの件は『ルイベント』が主導しているということなのか?確か、あの国には商売の神がいたな・・・こいつが絵を描いたということか・・・その可能性が高そうだ)
ラファエルはそう考えていた。

「商売の神はどうしているのだ?」

「これまでの水面下での活動とは違い、最近の商売の神ダイコクは積極的に活動している模様です」

「ほう?遂に表に出てきたか」
ラファエルはほくそ笑む。

「は!」

「今回の件はダイコクが首謀者なのか?」

「それは分かりませんが、同盟を締結した裏側にダイコクが居たことは間違い無いかと思われます」

「だろうな、表に出てくるとは・・・同盟で浮足立っているみたいだな」

「だと思われます」
ラファエルはニヤリと笑うと、躊躇うことなく指示を出した。

「攫ってこい!」
ラファエルは自分を取り戻していた。

「は!手配致します!」
守が手を打ったにも関わらず、結局のところダイコクへの拉致行為は行われてしまうみたいであった。
だがまだその成否は定かではない。
ダイコクに魔の手が忍び寄っていることには変わりはないのだが。
守はタイムラインを弄ってみたはいいものの、どうやら一筋縄ではいかないようである。

「他に情報は無いのか?」

「確信が持てませんが、先ほど話に上がった『シマーノ』ですが、どうやら神が国造りを先導したとの噂があります」

「新たな神が誕生したのか?」
ラファエルは不機嫌になる。

「どうやらそうでは無さそうです」

「どういうことだ?」
ラファエルには意味が分からない。

「その神ですが、何々の神という敬称が無いようなのです」

(何だと?上級神ですら敬称があるのにそれが無いだと?これはどんな存在なんだ?否、あくまで噂だ。まだ確信は持てない。だがもしそれが本当なら考えなければいけない。あまりに危ない存在だ!)
ラファエルは考えを巡らそうとするが、結論に辿り着くことは出来なかった。
それぐらい守は異質であるという事だった。

「まさか創造神では無かろうな?」
一つの可能性についてラファエルは口にした。

「創造神がこの世界に顕現したことはこれまでに一度もありません、そう言った言い伝えも伝承もありません、それにそれは神のルールに抵触することに成るかと思われますが、いかがでしょうか?」
この神のルールについては、ポタリーから聞いていたことだった。
五人の老師にもその情報は共有されている。
自分の境域以外の事は、神は手を出すことは許されていない。
創造神がこの世界に顕現することがそのルールに抵触すると、ディッセンバーは考えたようである。

「そうだな、そうなるだろうな。でも創造神は別各であろう?この世界の創造者だからな。何をしても自由であろう」

「でしょうか?」
ディッセンバーは自らの意見を口にしてしまっていた。
これは禁忌である。

「ふんっ!お前は何も分かってはいない様だな」
ラファエルは鼻で笑う。

「も、申し訳ありません!」
ディッセンバーは頭を垂れる。
ラファエルの考える創造神とは、何でも叶えることが出来る存在なのである。
自らの意思で何でも出来る存在なのだ。

「まあいい、それでその神の名は何というのだ?」

「シマノというらしいです」

「シマノだと?」

「はい・・・」
ラファエルは不思議な感覚に捕らわれていた。

(何とも言えない響きの名前だな、なんだか地球の日本人の苗字ようなの響きだ・・・まさか転生者か?)

「もしや転生者か?」

「は!流石は教祖様で御座います。転生者ではありませんが、転移者との噂です」

「ふん!要は変わらんではないか!」
ラファエルは自分の考えが近しかったことに鼻を高くした。
ラファエルは自分が転生者だと考えているが、実は転移者である。
だが転生者と転移者は大きく違う。
転移者は自分の意思で世界を渡ってくることが大半だからだ。
その点で言えばラファエルは稀有な存在である。
転移者は世界渡りに関しての覚悟が違う。
転生者は強制的に世界渡りをさせられている。
唯一の共通点は、異世界での記憶があるということでしかない
五郎にしても、守にしても無理やり異世界に連れて来られた訳ではない。
自らの意思を問われて転移しているのだから。

「にしても解せんな」

「と言いますと?」

「そのシマノとやらも同盟に関わっているのでは無いのか?それに今回の襲撃についてもそいつが関わっている可能性があるということか?・・・それに神として名を冠していないというのが分からん、いったいどんな能力を持っているのやら・・・」

「シマノの能力については噂が無茶苦茶です」
ラファエルは興味を覚えた。

「因みにどんな噂なんだ?」

「一瞬で畑の作物を育てたとか、空を飛んだとか、はたまた瞬間移動したとかで御座います、どうにも信じられません」

「・・・だろうな」
ラファエルは唖然としていた。

(そんな事が出来るなんてあり得ないだろう・・・噂が一人歩きしているに違いない、本当にそんなことが出来るのならば、創造神以外にあり得ない・・・あり得ん!俺以外にそんな存在は認めることは出来ん!シマノ‼許せん‼)
ラファエルは勝手に守を一方的に恨みだした。
まだ噂の粋を出てはいないのに。
でもその噂は全て事実であることに変わりはないのだが・・・
守に対して創造神に成るのは俺である、誰にも先を越させはしないと、敵愾心を燃え上がらせていた。
守にしてみれば、勝手な逆恨みでしかない。
勘弁して欲しいところである。
先程までのラファエルは何処にいったのやら。
茫然自失としていたラファエルは、ここに来て正気を取り戻してきたかに見えるが、実は少し違っている。

何とかして挽回しないと全てが終わってしまうと理解していたからだ。
そこで敵となる者が現れたのはラファエルに取っては僥倖だった。
自分を奮い立たせ、信者をも奮い立たせることが出来るのだと。
今回の件の全てを主導した者は、そのシマノであるとしてしまえば、今一度宗教は立て治せるのでは無いかと閃いたからだ。

ラファエルは演じることにした。
神を名乗る不届き者を成敗する神に成るのだと。
実際、今回の件を主導したのは偶然にも守である。
その事に間違いは無い。
偶然と事実が重なりあってしまっていた。
守にとっては良い風向きではない。
ここはラファエルに幸運が舞込んで来た結果であった。

「ふん!観えたぞ‼」
不意にラファエルは宣言する。

「今回の件の首謀者はそのシマノであろう!我が王国を揺るがす悪意の者はその者に違いない。よいか!その者を我が宗教において命じる、その者を神敵とせよ‼」

「「「「は‼‼‼」」」」
五人の老師全員が頷いていた。
こうして守は『イヤーズ』の神敵と定められたのであった。
守にとっては迷惑この上ない話である。
だがその教義が根づくのかはこれからの話であり、それよりも『イヤーズ』の国民の大半はもうこの国を見放そうとしていたのである。
どうなるのかは創造神とその妻しか知らないのであった。
守も知ることは出来るのだが、守はそんな気はさらさら無い。
守はあまり時間軸には触れたくないと考えていたからだ。
現に守は今この時も、愛して止まないサウナで整っていたのだから。
お気軽この上ない守であった。

そして、ラファエルは知らなかった。
この会議の一部始終をクモマルの配下の蜘蛛達が全て聞いていたことを。
ものの数時間後にはクモマルによって、守に全てを伝えられていたのである。
一人静かに憤慨するクモマルがそこにはいた。
クモマルにしては珍しく、本気で憤怒していたのだった。



俺は猛烈に感動していた。
それはサウナ島に連れて行くと約束したダイコクさんとポタリーさんを迎えに、転移してポタリーさんの工房に足を踏み入れたからだった。
そこには数々の芸術品を超えた陶磁器が飾られていたのだ。

「ポタリーさん・・・この芸術品を俺は何時間でも眺めていられますよ・・・」

「旦那、嬉しい事を言ってくれるじゃないか」
心を掴まれるとはこういうことを言うんだろう。
ポタリーさんの陶磁器は芸術品という枠には収まっていない。
それを有に超えている。
先程言った台詞ではないが、本当にいつまでも陶磁器を眺めていられると思ってしまった。
それほどまでに素晴らしいと魂で感じてしまったのだ。
それは俺だけでは無かった。
付いてきたギルとゴンは無言で涙を流していた。

「これは・・・ポタリーさんの魂が刻まれていますね・・・」
もうこれ以上のコメントは何を言っても陳腐に聞こえてしまうだろう。
どうしたらここまで物に魂を込めることができるのだろうか。
気が付くと俺は金貨五百枚にもなる買い物をしてしまっていた。

「旦那は太っ腹だねえー、いやー。嬉しいよ!」
ポタリーさんに背中をバシバシと叩かれてしまった。
その姿をダイコクさんが横目で眺めていた。
何か言いたげな眼をしていたが、俺は無視した。
どうせ『ルイベント』にも金を落とせ的なことを言われるに決まっている。
残念ながら『ルイベント』には俺のお眼鏡に適う品物は無い。
ある意味北半球で初めて購買意欲を掻き立てられた出来事だった。

この素晴らしい陶磁器を何処に飾ろうかと考えるだけでも楽しい。
良い買い物が出来たと思う。
ゴンも珍しく金貨百枚近くも支払う買い物をしていた。
ギルは・・・一人悔しがっていた。
決してお金が無いわけではない。

ただ俺に、
「ギル、お前これを割らない自信があるのか?無いなら止めといた方がいいぞ」
と言われて、割らない自信がなかったみたいだ。

実はギルの部屋は結構散らかっている。
ギルはどうにも捨てられない性分だった。
しょうがない部分もあるにはある。
それはギルは子供達からの人気が高く、よく子供達からプレゼントを貰ったりするからだ。
似顔絵の絵であったり、これは何なのか?とよく分からない工作品等いろいろだ。
捨てられない気持ちはよく分かる。
俺も捨ててはいない。
ギルと同様に俺も子供達や魔物達からよくプレゼントを貰うからだ。
俺は『収納』に保管しているだけだからね。
けっして『収納』に捨てている訳ではないからね。
因みに綺麗好きのゴンはマジックバックに保管している。
たいして俺と変わらない。

そんなことはいいとしてだ。
ダイコクさんとポタリーさんをサウナ島にご招待しなければいけない。
ポタリーさんに関しては神様ズにも紹介しないとね。
神様ズに関しては、どうやらダイコクさんから話は既に聞いてはいるみたいだが、こればかりは会ってみないと分からないだろう。
ダイコクさんの主観が入っているかもしれないしね。
まあ会ってみれば分かるでしょう。



早速『シマーノ』に転移して転移扉を目指した。
ポタリーさんは転移扉を見ると繁々と眺めていた。

「旦那、これが転移扉なんだね?あたいが開けてみてもいいかい?」

「ええ、どうぞ、遠慮なく!」

「すなまいねえ」
ポタリーさんは転移扉のノブに手を掛けると、勢いよく転移扉を開いた。
そこには『サウナ島』の受付が待ち受けていた。
ポタリーさんは驚いている。
自分で開けてはみたが、想像以上の出来事だったみたいだ。

「ポタリー、気持ちは分かるで、わても最初はそうやった」
ダイコクさんが先輩ぶっている。
ポタリーさんは気に入らなかったのか、ダイコクさんを一睨みした。
どうにもダイコクさんはポタリーさんに要らない一言を言ってしまうみたいだ。
ダイコクさん・・・惚れている女性にそれは返ってよくないアプローチではないですか?
恋愛下手な俺でもそれぐらい分かりますっての。

「さあさあ、入りましょう」
俺は二人に中に入る様に誘導した。
手慣れたダイコクさんが我先にと転移扉を潜っていった。
いや、そこはレディーファーストでしょうよ。
まあいいや。
ポタリーさんもダイコクさんに続いた。

「ダイコク様、ポタリー様、お待ちしておりました」
エリカが出迎えてくれていた。
今回のアテンドはエリカに任せることにしたのだった。
北半球を知る者がアテンドした方が何かと良いのではないかと、俺は考えたからだ。

それにエリカからは、
「ポタリー様とは一度じっくりとお話したいと思っておりました。謝って済むことではありませんが、私は何もできませんでしたから・・・」
ポタリーさんに謝罪したいということだった。
エリカに否は無いのだが、投獄されているのを知っていて、何も出来なかったことを悔やんでいるみたいだ。
真面目なエリカらしいことだった。
ポタリーさんにしてみれば、何を謝われているのか分からないかもしれないが、それでエリカの気が晴れるのならいいだろう。
ポタリーさんなら当然受け止めてくれるだろうし。
それにこの二人の関係性から、もしかしたら新たな情報が得られるかもしれないとの期待もあった。
あれば良いなという程度に捕らえているのだけどね。
ここから先はエリカに任せて俺はやるべきことに向かうことにした。

俺はクモマルを迎えに行き、クモマルと打ち合わせを行う予定でいた。
この時実は本当の意味でクモマルは島野一家の家族に成っている。
クモマルは聖獣に進化していたのだった。

それは『ドミニオン』の馬鹿貴族共を掃討し、『ルイベント』との同盟が締結された後の出来事だった。
島野一家とクモマルを連れて、俺は一度『シマーノ』に戻ってきていた。
俺は自分の部屋で繕いでいると、そこにクモマルがやってきたのだった。

「島野様、よろしいでしょうか?」
部屋の外から声が掛けられた。

「クモマルか?いいぞ」

「有難き」
ドアが遠慮気味に開けられた。

「お疲れさんだったな、クモマル」
俺は労いの声を掛ける。

「は!お褒め頂き光栄で御座います!」
相変わらず真面目な奴だ。
いい加減砕けて欲しいものだ。

「堅いなクモマル、楽にしていいんだぞ?」

「有難き、楽にさせて貰っております」
クモマルは直立不動で俺の目の前に立っている。
そして跪こうとする。
どこが楽なんだよ・・・まあいいか。
本人がそう言っているんだから。

「それで、どうした?クモマル、そこに座ってくれ」

「は!」
クモマルはキビキビとした動きで椅子に腰かけた。
椅子に浅く腰掛け、両手を握りしめて膝の上に置いている。
これまた堅い・・・

「実は島野様にお願いしたき儀が御座いまして」

「ほう、お前が俺にお願いしたいなんて珍しいな。今回の件では頑張ってくれたから、何でも叶えてやるぞ。俺が出来ることに限るけどな」

「恐悦至極で御座います!」
クモマルが頭を下げる。

「それで何が欲しいんだ?」

「今回の件もそうですが、島野様との旅を通じて感じた事があります」

「何をだ?」

「それは今の儘の私では、島野様のお役には立てないということです」
否、充分役に立っているけど・・・
何ならここ最近では一番役に立っているけどな・・・

「よく仕えてくれていると思うのだが?」
お前は充分過ぎる以上に働いてくれているのだが?

「まだまだです」

「そうか・・・」
これは真面目を通り越しているな。
恐縮なんてレベルじゃない。
生真面目以上の何かだ。
昔のゴン以上に堅いな。

「そこで私は進化したいと考えているのです」

「進化か・・・」
まあ楽勝で出来るけど・・・
なにか欲しい物があるのでは無かったのね。
クモマルがこうして俺に甘えてくることなんて、今までに無かったからな。
叶えてやろうか、その望み。

「分かった、任せておけ」

「有難き!」
クモマルは輝く視線を俺に向けていた。

早速進化を行おうと準備に取り掛かる。

「じゃあ、此処に横になってくれ」
俺のベッドにクモマルが横たわる。
ベッドに横になっても力が全く抜けている様には見えないクモマル。

「クモマル、力を抜け!」

「は!」
たいして変わっていないのだが?
駄目だこりゃ。
全く変わった様子のないクモマル。
しょうがないな。

「催眠!」
俺は催眠の能力を発動した。
そして催眠声でクモマルに告げる。

「全身の力を抜いて、リラックスしよう・・・」
やっとクモマルから力みが無くなっていくのが見て取れた。

「もっともっと、全身から力が抜けていくよ・・・でも意識はしっかりと保っているよ・・・」
更にクモマルから力が抜けていった。

「そして、これから進化の魂を見つけに行くよ・・・」
クモマルがこくんと頷く。

「自分の内側に意識を向けていこう・・・そして自分の魂に眼を向けよう・・・」
クモマルの瞑った目の下で、目玉がぐるぐると動いているのが分かる。
俺への信頼がそうさせるのだろう、催眠誘導もそこそこにクモマルは深い催眠の状態に陥っている。
通常の催眠ではこうはいかない。
ラポール形成が出来ているということだ。

「自分の魂の中に眠る、進化の魂を探すんだ・・・」

「暗闇の中で一条の光が射している・・・その光に向かって行くんだ・・・遠慮は要らない・・・どんどん進むんだ・・・光輝く魂に辿り着こう・・・そして、その魂に問いかけよう・・・進化は可能か?と・・・」
少しすると、クモマルの身体が金色の光に包まれた。

どうやら進化が始まったみたいだ。
クモマルは金色の光に包まれて恍惚の表情を浮かべていた。
人化が解けて、蜘蛛の姿に戻っている。
アラクネの様に上半身が人ではあるが、蜘蛛の部分が少なくなった印象だ。
下半身もだいぶ人に近づいていた。
クモマルが起き上がって、俺の前に跪いた。

「島野様・・・いえ、我が主、無事進化に成功致しました」
ん?我が主?
クモマルは人化した。
その見た目はたいして変わってはいなかったが、存在感が圧倒的に増しているのが分かる。

「クモマル、鑑定してもいいか?」

「勿論で御座います!」

名前:クモマル
種族:アラクネセイント(聖獣)LV1
職業:島野 守の眷属
神力:0
体力:1552
魔力:1437
能力:水魔法Lv12 土魔法Lv10 変化魔法Lv4 人語理解Lv6 
人化Lv6 人語発音Lv6 念話Lv3 照明魔法Lv2 浄化魔法Lv2 蜘蛛族支配LV5 蟲族支配LV2 束縛魔法LV6 鉱糸生成 捕縛術 

クモマルが聖獣に進化してしまっていた。
既に一家の一員と思っているからか、特に何をするでもなく俺の眷属に成っている。
これで眷属は五人目か・・・
大所帯になったのかな?
ゴンやノン達ほどのレベルには達してはいないが、それでもそこいらの人族では全く歯が立たないだろう。
それは進化した魔物達でも同様だ。
敵うはずも無い。
にしても頼りになる奴だ。

そしてその進化の影響がクモマルの家族にも影響を及ぼしており、後日知ったのだが、アカマルとアオマルが子供を産んでいた。
それもそれぞれ十人近くもだ。
シロマルとクロマルも出産可能であったのだが、任務中の為、出産は後日行うとのことだった。
出産って堪えられるものなのか?
まあ任せるよ。
俺にはよく分からん、無茶だけはしてくれるなよ。
また俺は名づけに苦労しそうであった。

よし、ここは景気づけだな。

「よし、今日は祝いだ!一家でサウナ島に行くぞ!」

「我が主、私は『ドミニオン』に戻るべきかと・・・」

「クモマル・・・お前いい加減真面目過ぎるぞ、今日ぐらい羽を伸ばせよ。それにお前はこれで正式に島野一家に仲間入りになったんだ、それは俺の子供に成ったということなるんだぞ、家族に挨拶ぐらいすべきだろう?」

「私が主の子供ですか?そんな・・・恐れ多き事で御座います!」

「はあ?何を言っているんだ?お前は俺の眷属になったんだぞ?・・・まあいい、聖獣の詳しい事はゴンにでも聞いてくれ」
聖獣のあれこれをクモマルは知らない様だ。
先輩から教わってくれよ。

「しょ、承知いたしました!」
クモマルは戸惑いながらも返事をしていた。
どうにも俺には逆らえないみたいだ。

そして俺達島野一家は、戸惑うクモマルを拉致するかの如くサウナ島に転移し、新たな家族の仲間入りを一家総出で喜んだのだった。
面白かったのは、面識の薄いレケが、新たな飲み仲間が出来たと勘違いして、早々にクモマルに酔い潰されていた。
流石は酒豪のクモマルだ。
ものの三十分以内でレケを潰せたのは歴代記録で断トツの一位だった。
そしてゴンから聖獣についてのイロハを聞いたクモマルは、感動で打ち震えていた。
俺には何処にそんな要素があるのかはいまいち分からないのだが、クモマルは俺に更なる忠誠を誓っていた。
俺に魂を預けるんだよ?
そんなに喜ぶことなのかねえ?
もしかしてこいつは神に成りたいのかな?
さっぱり分からん。

そしてギルからは、
「やっと僕の弟が出来たよ!嬉しいなー!」
と言われてクモマルは挙動不審になっていた。

ノンからは、
「クモマルは兄弟になったんだから様付は禁止だよ」
キラーパスが送られていた。

「お待ちくださいノン様!それは出来ません!」

「何で?お兄ちゃんの言う事が聞けないのかな?」

「そんな・・・」
生真面目なクモマルにはかなりハードルが高いだろう。
ノンの奴、クモマルを弄って楽しんでやがるな。

「そうですわよクモマル、これからはエル姉って呼ぶですの!」

「そんなエル様まで・・・殺生な・・・」
クモマルの苦難は始まったばかりである。
どうやらクモマルは島野一家の弄られ役に確定したみたいだ。
これで少しでも堅さが解けてくれたらいいのだけどね。
でもクモマルも嬉しそうにしている。
良いじゃないかクモマル、大いに楽しもうな!

その後の話としてちょっと面白かったのが、クモマルが進化して島野一家に仲間入りしたことが『シマーノ』の間でかなり話題になった。
そして数名の魔物達が修業に出たいと俺に直談判しにやってきていた。
俺はこいつらを簡単に進化させることは出来るが、それは行わないことにした。
自主的に修業に出ると言うのだから、そうしたらいいと考えたからだ。
進化の仕組みをこいつらが分かっているのかは知らないが、自由にしたら良いと思ったのだ。
でも勘違いして欲しくないのは、俺も全ての聖獣を受け入れる訳でも無いのだけれどね。
あくまで俺は過程を大事にしたいのだよ。



俺はクモマルと本来の目的である打ち合わせを行うことにした。
俺達はテーブルを挟んで座っている。

「クモマル、ゴン達も呼ぶか?」

「いえ、まずは我が主にお聞きして頂いた上で判断して頂いた方がよろしいかと存じます」
どうやらクモマルは大事と受け止めているみたいだ。

「そうか、分かった」

「我が主、私は今とても怒りを覚えています」
寛容なクモマルにしては珍しいな。

「どうした?」

「あのラファエルという者は許しがたいです、あろうことか我が主を神敵と断定致しました。許されるのであれば、首を獲ってきたいぐらいです」
クモマルは獰猛な表情を浮かべていた。

「へー、そうなんだ。案の定だな」
そうなると思っていたよ。
やれやれだ。

「えっ!」
クモマルは俺が平然としていることに驚いているみたいだ。

「クモマル、そんなことは想定済みだよ」

「なんと!流石は我が主、して如何にその様なお考えに?」
クモマルは興味が沸いたみたいだ。

「クモマル、簡単なことだよ。『シマーノ』が建国してからもう随分と経つ。俺の事や島野一家の事が北半球で噂に成っていることなんて当たり前の事なんだよ。それに俺達の事を聞かれれば、魔物達は喜んで話してしまうだろう?」

「それは・・そうですが・・・」
クモマルはいまいち納得できてないみたいだ。

「一時期警戒する様にしたが、必ず綻びは生まれる。現にエリカは俺に会う前に俺の事を随分と知っていたぞ」

「それはそうですが・・・」

「噂ってものはさ、止めようが無いものなんだよ。それに尾鰭が付いて本当の事が出回るとは考えていない、どんな話になっているのかは分からないが、噂は何処からでも広まるものなんだ。昔から人の口に扉は建てられないって言うからな」

「・・・」
無言で頷くクモマル。

「そして俺が予想するラファエルの人間性から、俺を敵対するのは眼に見えていたからな」

「そこまでお考えでしたか・・・」

「ああ、クモマル。面白いじゃないか?この世界で宗教がどこまでの力があるのかは予測することは難しいが、神が顕現しているこの世界において、宗教を行うなんて、それは神に喧嘩を売っていることと同じになる。これまでどの神様も本気で取り合ってこなかっただけで、ここからはその喧嘩を俺が買ってやるってことでしかないんだよ」

「確かに、我が主ならばあの者を相手するのは容易いで御座いましょう」
クモマルは頷いている。

「それにこの世界の人達も馬鹿ではない。本物と偽物を見抜くことぐらい出来ると思うぞ、いいじゃないか、掛かって来いということさ!いくらでも相手に成ってやるぞ!」
表情を見る限り、クモマルはまだ心配しているみたいだ。

「ですが、ポタリー様の件もあります、それにダイコク様を拉致する様にとラファエルは指示しておりました」
そうか・・・タイムラインに影響はまだ出てないのか・・・
でも警備は万全だ。
どうとでもなる。
アラクネ達の包囲網を潜れる者なんてそうそう居ないだろう。

「分かっている、警戒は怠るなよ」

「は!クロマルとシロマルには既に共有済です。警戒レベルを一段階上げる様にと」

「それでいい、他にはどうだ?」

「イヤーズの国民の動揺は激しく、決断の早い者は既に国を飛び出しています」
どうやら狙い通りにいっているみたいだ。
今回ポタリーさんの救出だけで無く、神殿を襲撃させたのには狙いがいくつかある。

まずは宗教の根底を覆す事にある。
その象徴である神殿を半壊させることで、この世界の神は宗教を認めないとアピールすることにある。
それを示すことで宗教の力を削いでいくのだ。

更にこちらの力の一部を知らしめる。
全く敵わない相手であると知らしめることに意味がある。
決して勝てる相手では無いと分からせる事で、あわよくば国力をごっそりと削る事を示唆していた。
国力が削られるという事は、更に宗教の力を弱らせることになるからだ。

そしてまた襲撃があるかもしれないと恐怖心を煽る。
もうこの国には居られないと思わせるのだ。
噂を広めることについてはクモマルに一任してある。
クモマルは変身魔法を使えるから、そんな事はお手の物だろう。
俺が手を降す必要なんて無い。

人財の喪失によって国力は確実に削れる。
更に人が減ることで信者を減らす事にも繋がる。
信者の数自体が減れば、弱体化する事は火を見るよりも明らかだ。
詰まるところラファエルを孤立させようということだ。
誰もラファエルに信仰心を向けなければ、ラファエルの成就はあり得ないからだ。
奴にはきついお仕置きをしなければならない。
それはイコール、奴の力を奪う事になる。
偽の神などこの世界には不要である。
断罪する日は遠くはないと俺は考えていた。

今直ぐ乗り込んでぶん殴ることは容易だ。
でもそれではあまりに意味が無い。
力業は最後の手段であり、もっと心に深く刺さる方法で追い詰めたい。
俺を神敵扱いするならば、それはそれで結構。
いくらでも相手をしてやる。
こちらに負ける要素など何一つ無いのだから。
でも気は抜かないけどね。
今後も監視は続けさせて貰う。
俺を敵に周らせたことを後悔させてやる!
俺はやる時はやるのだよ!

「それで我が主、例の物ですが、未だ発見には至っておりません」

「そうか・・・焦らなくていい。必ずどこかにあるはずだ」

「承知致しました、必ず見つけ出してみせます」

「クモマル、気負わなくていいからな」

「お心遣い感謝します」

「じゃあ一家の皆とサウナに行こうか?」

「いえ、私はイヤーズに潜伏すべきかと・・・」
まだまだ堅いクモマルである。

「いいから付き合え、此処からは持久戦だ。今直ぐどうとはならないだろう。それにお前、孫の顔も真面に見ていないんだろう?」

「ですが・・・宜しいので?」

「いいに決まっている、さあ、行ってこい!」

「は!ありがたき幸せ!」
クモマルは一目散に駆けて行った。
全く・・・世話の焼ける奴だ。



『イヤーズ』では正式に国王から通達が成された。
その内容は、
「シマノを名乗る神が今回の襲撃事件の首謀者である。この者を『新興宗教国家イヤーズ』ではあの人の宗教において神敵であると認定する。この者を我らの敵と見做し何を以てしても排除する」
とのお達しが成された。

それを国民は冷ややかな眼で受け止めていた。
だから何だ?とでも言いたげだ。

それはそうであろう。
そのシマノと言う神が今回の黒幕であったとして、あの神獣や聖獣を従えている神なのだから。
そんな存在にどうやって立ち向かえというのか?
圧倒的な武力差はもう既に理解している。
その上で何が出来ると言うのか?
出来ることなど何もない。
返ってこの通達は『イヤーズ』の国民にとっては、死刑宣告に聞こえてしまっていたのだった。

国民達は途方に暮れていた。
もうこの国には未来は無いと。
それに近々また襲撃があるとの噂も飛びかっていた。
次はいよいよ被害者が出るのかもしれないと、戦々恐々としていたのだ。
更にそのシマノなる神は、最近話題の『シマーノ』を先導して国造りを行った神であるとの噂が後を絶たなかった。

それに『シマーノ』は『イヤーズ』よりも先進的な国であるとの噂が大半だった。
唯一信じられなかったのは、魔物の国であるということでしかない。
だがそこには様々な憶測や噂が飛びかっていた。
魔物が進化して知性を得ているであるとか、他民族国家で人族や獣人も普通に見かけるとか、『イヤーズ』の国民にとっては耳を疑うものだったのである。
実に『イヤーズ』には偏見が蔓延っている。
『イヤーズ』では人族以外は劣等種であるとの認識である者が大半だったのである。

それはラファエルの教義によるものであった。
基本的に憶病なラファエルは、自分が知らない事や分からない者に否定的なのである。
そんな排他的な教義でしか無かった。
要はラファエルの価値観の押し付けである。
いい加減ここに来て、ラファエルの化けの皮は剥がれつつあった。
大半の国民が、襲撃の影響で我を取り戻してきており、宗教に懐疑的になってきていたのだ。
それだけ今回の何もしなかったラファエルに国民は失望していたのだ。
自分達の信ずるあの人は、窮地において何もしなかったと。
否、何も出来なかったのだと。
口だけ達者な詐欺師であると考える者までいた。
ラファエルは完全に失墜していた。
再会された拝謁も、訪れる者は百名にも満たなかった。
ラファエルの未来は完全に陰り始めていた。

俺は『シマーノ』の自分の部屋でじっくりとギルとノン、クモマルとワインを酌み交わしていた。
所謂男飲みだ。
女子会ならぬ男子会とも言う。
どうしてそんな事をしているのかというと、何となくそんな気分になったからだ。
ゴンとエル、レケは僻むんだろうな。
まあ今度付き合ってやるから勘弁してくれよな。

今日の気分はワインだ。
渋みの奥に芳醇な葡萄の甘みを感じる一品だ。
所謂当たりのワインである。
珍しくノンも真面に飲んでいる。

俺はギルに問いかけた。
「なあギル、お前将来どうしたいんだ?」
前にも聞いたがもう何年も経ってる。
変わっていても不思議ではない。

「え!そんなの変わらないよ、僕はパパの背中を追っかけるよ」
ギルは事も無げに言う。
どうやら変わっていないみたいだ。
俺はちょっと嬉しかった。

ギルは今ではワインを毎晩嗜んでいる。
時折リザードマン達に窘められるのだが、気にしなくなっていた。
こいつも大人になったという事だ。
晩酌が欠かせなくなっていた。
たまにサウナ島でテリーやフィリップ達と飲んでいるのを見かける。
こいつらも今では大人の仲間入りだ。
子供成長は早い。

「変わらないねえ」
ノンが嬉しそうにギルを眺めていた。

「ギル兄さんは、我が主に成りたいということですか?」
クモマルは意外と言いたげな顔をしている。

「お!遂にクモマルがギルの事を兄さん扱いし出したよ」
ノンが冷やかす。

「ノン兄さん、止めてください。私ももはや島野一家の一員ですから」

「クモマルも言う様になったね。でも兄さんは堅くない?テリー達みたいに兄貴でもいいんだよ?」
ギルはクモマルに兄さんと言われて嬉しかったのだろう、顔が綻んでいる。

「兄さん、止めてください。テリー達のことは知ってますが、その言い方は真似したくはありません。私は島野一家ですから、それにいい加減私も弄られ過ぎて自覚できましたよ」
おお!クモマルが砕けている!
何だか楽しくなってきてしまった。

「クモマル、それでいいんだよ。それぐらい自然体であって欲しいな俺は」

「は!我が主、ありがたき幸せ!」
三人でずっこけそうになっていた。
駄目だこりゃ。
緩急が独特過ぎる。
まあいいや・・・

「それで、ノン!お前はどうなんだ?」

「え!なにを?」
ノンは惚けようとする。

「はあ?お前自分だけ逃げれると思うなよ?結局お前は何がしたいんだよ?!」
ある意味一番の謎である。
大体想像は付いてはいるが。

「うーん、何って・・・僕は主とこの先もずっと一緒に居るし、面白可笑しく、ふざけていたいだけかな?」
だと思ったよ・・・まあそれがノンだよな。

「ノン兄・・・ふざける必要ある?」
ギルは肩眉を上げていた。

「有るよ!だって面白いんだもん!」

「はあー・・・」
ギルはため息をついていた。
呆れた顔をノンを見ていた。

「ノン兄ってさ、ふざけなければ格好いいのにさ・・・もう慣れたけど・・・」
言いたいことはよく分かる。

「まあそう言うなよギル、何だかんだ言ってもこいつは頼りになるんだからさ」

「だよねー」
ノンは速攻で答える。
自画自賛するんじゃないよ。

「それがムカつく!」

「そうですよ!兄さん!」
二人はノンに噛みつくがノンは一向に相手にしない。
にしても、クモマルの緩急が分からん。

「で、クモマルはどうなんだよ?」

「私で御座いますか?」

「そうだよ」

「私はまだまだ若輩の身、勉強させて頂く所存です」

「はあ?」

「つまらん・・・」

「だと思った・・・」
この反応に狼狽えるクモマル。
まだまだこいつの気真面目さと言うか、几帳面さは治らんみたいだ。
要所要所では力を抜けれる様になったみたいだけどね。

「して、我が主。この楽しい飲み会の趣旨は何なので御座いましょうか?」
あーあ、言っちゃった。
もうちょい引っ張りたかったんだけどな・・・
男飲みをもう少し楽しみたかったな。
しょうがない、そろそろ話そうか。

「そうだな、クモマルは知らないだろうが、俺達がこの北半球に来た理由の一つに、ある人と出会うという事があるんだよ」

「そのある人とは?」
結論を急ぎたいクモマルは問いかける。
俺は三人を見渡した。

「・・・ドラゴンのエリスだ」

「う!」
ノンが珍しく反応していた。

「パパ・・・行けるの?・・・」
ギルの表情は揺れていた。
もはや泣き出しそうである。

「ああ・・・ギル・・・本当に待たせたな・・・行くぞ!」

「行けるんだ・・・」
ギルは皺くちゃな顔をして泣いていた。
すまんなギル・・・随分待たせたよな・・・

「ギル・・・、良かったね」
ノンがギルに優しく声を掛ける。
ギルの頭を優しく撫でていた。

「兄さん・・・おめでとうございます!」
クモマルは涙は見せないと上を向いていた。
こいつ本当に分かってるのか?

「ギル、まあいいから飲もうや!」
俺は誤魔化すようにギルにワインを勧めた。
その理由は明らかだ、俺は涙を流しそうになっていたからだ。
この世界に来てもう何年だろうか。
これまでに何度も感動することや、心を奪われることは経験してきたのだが、涙を流すことは一度も無かった。
でも今回だけは俺は堪えれそうも無かった。
これまで使命だとか、優先順位だとか、ギルの気持ちを分かってはいたが、後回しにしてきたことに俺は罪悪感を覚えていた。
ギルならば分かってくれると、心の中で何度言い訳を言ってきたことか・・・
俺は此処に苦悶していたのだ。
でもやっと言える、声を大にして。

「エリスに会いに行くぞ‼」

「やったー‼」

「嬉しい‼」

「私もです‼」
全員で浮かれてしまっていた。
良いじゃないか、本当に嬉しいのだから。
俺達の北半球に訪れた理由の一つが、俺達の夢が叶えられ様としているのだから。
男連中で騒いでしまっていた。

その後はいい加減楽しくなって大騒ぎしてしまった所に、魔物達が混じって来て、大宴会が繰り広げられてしまった。
その原因は言わずもがなのゴブオクンである。
あいつの嗅覚は異常だ。
俺達が『シマーノ』に来ると必ず嗅ぎつけるのだ。
もう定番と言ってもいい。

決まって、
「島野様、会いたかっただべー!」
と言って駆けつけてくる。
今回に関してはバレて当然かな。
大はしゃぎしていたからね。

特にギル以上にノンが騒ぎ出したことに俺は嬉しくなってしまった。
この野郎・・・愛してるぞ!
ノン・・・お前はギルの兄ちゃんとして充分にその役割を果たしてくれていたからな。
流石は俺のソウルメイトだ。
この先もずっと一緒に居ような!



そんな浮かれた宴会を尻目にゴンとエルは案の定剥れていた。
否、憤慨していた。
なんで呼んでくれなかったのかと。

「主・・・何で呼んでくれなかったのですか?」

「そうですの!寂しいですの!」
まあそう言われるとは思っていたけどね・・・

「何となくそうしたかったんだ・・・許してくれよな・・・」
俺は二日酔いもそこそこに言い訳を考えることになってしまっていた。
なんでこんなことになった?
俺が悪いのか?
何だか責められている様な・・・
そりゃあそうだよね。

「何となく男子会をしたくなったのさ、今度は女子会に付き合ってやるからさ。勘弁してくれよ」

「ほんとうですか?」

「約束ですの!」
この発言がまずかった。
安易にいう事では無かったと反省するのは事が済んでからであった。

この発言にウキウキのゴンとエルは、なぜだかエリカに幹事を任せて『サウナ島』の俺達の家で女子会プラス俺という何ともしがたい会が行われることになったのであった。
まあオリビアさんに話があったから、ちょうど良いタイミングではあるのだが。

勿論飲み食い代は全部俺持ち、更には誰が参加するのかすらも俺は聞かされていなかった。
というか教えて貰えなかった。
お楽しみですの!
歯茎剥き出しのエルにそう言われてしまった。
何が楽しみなんだろうか?
よく分からん・・・

家のダイニングルームのテーブルには、パーティーでも行うかの如く、豪華な食事が並んでいる。
飲み物はビールやワイン、そして最近開発した、スパークリングワインも並んでいた。
そして所狭しと椅子が並べられている。
おいおい、何人来るんだよ・・・
一家の三人だけじゃないのかよ・・・
まあエリカに幹事を任せた時点で大事になっているとは思ったのだがね・・・
にしてもさあ、女子会って少人数でやるものじゃないのか?
よく知らんが・・・



俺は今、何故かホノカを抱っこしている。
台所ではエルと、メルルが大忙しで食事の準備を行っているからだ。
余談になるのだが、ホノカは俺が名付けたことで人間では無くなっていた。
俺の加護が付いてしまい、人間の上位種のハイヒューマンになっている。
これは不味いと、メルルとジョシュアには箝口令を敷いたのだが、致し方あるまい。
これを誰かに知られたら最後、我が子にも名付けてくれと大行列が立ち並ぶことは間違いないのだ。
そんな事はしていられない。
そこまで俺は暇ではない。

ホノカだが、何故か俺には直ぐに懐いた。
名づけ親だからか?
ホノカは俺の胸に抱かれて気持ちよさそうに寝ている。
可愛い奴だ。
思わずおでこにキスしてしまった。
赤ちゃんの良い匂いがする。
メルル曰く、ホノカは男性に抱っこされることを極端に嫌がるらしく、増してや寝てしまうなんて快挙らしい。
ジョシュアにちょっと申し訳が無いと俺は思ってしまった。
アグネスに知られたら、今度は赤ん坊たらしと言われそうだ。
昔からそうだ、俺は動物と子供には妙に懐かれてしまう。
どうでもいい事なのだがね。

そうこうしていると、いきなりレケが家に飛び込んできた。
「ボス!聞いてくれよ!新米から新たな味の日本酒が出来たんだ!最高に旨え!飲んでくれよ!」
静かに!ホノカが起きるでしょうが!
俺が眼で訴えかけるが、一升瓶片手にレケは既に出来上がりつつあったレケは空気を読まず話だす。

しょうがないから俺はメルルにホノカを返した。
少し寂しい、もう少し抱っこしてたかったな。

「いいけどお前、もう飲んでるのか?」

「あ?いいだろ?久しぶりにボスが一緒に飲んでくれるって聞いたからな、嬉しくなって前祝いしてんだよ!」

「お前なあ・・・」
まあいいか、レケだし。

「いいから飲んでくれよ!」
お猪口を押し付けられてしまった。

「しょうがないなあ、一口だけだぞ!」

「おう!最高に旨えから覚悟しろよ、ボス!」
レケは自信満々だ。
どれどれ・・・
一口飲んでみた。
これは旨い!辛口ではあるが、奥にフルーティーな甘さを感じる。
米の甘みを最大限に引き出している。
これは褒めざるを得ないな。

「レケ、旨いぞ!」

「だろ?」

「ああ、最高に美味しいぞ!」

「へへ!苦労したんだぜ、アイリスさんとアースラ様にも手伝って貰ったんだぜ!」

「へえー、そうなんだ」
意外だな。
でもあの二人なら日本酒のアドバイスは出来て当然かな。

「あの二人のアドバイスは凄えぞ、アイリスさんの凄さは元々知っていたが、アースラ様はその上をいってやがるぜ!」
おいおい、上級神を舐めてたのか?

「お前がそんなこと言うなんて珍しいな?」

「まあな!」
そんなアイリスさんとアースラさんが家に入ってきた。
二人共何故かニコニコだ。

「島野よ、本日は女子会とな?お主は男子であろうが?」

「分かってますよ、そんなこと」

「ホホホ、まあよい。お主はホストであるしのう」

「そうですわ、守さんはいいのですわ」
何が良いのだろう?
俺は早々に退散したいのが本音です。
もう帰りたいです。
あ!俺の家だった。

その後も続々と女性陣が現れた。
ていうか、勢揃いじゃないか!
女神一同にエリカとリンちゃん、更に珍しくアグネスもいた。
どうやらエリカはアグネスとも仲が良いらしい。
ゴン曰く、エリカはアグネスを手懐けたらしく、アグネスはエリカの手下の様になっているということだった。
エリカは怖い子!
ここに来て本領発揮である。

そして一人おっさんが紛れ込んでいる。
マリアさんである。
俺はジト目で見てやろうかと思ったが、止めておいた。
どうせ心は乙女なんだからいいでしょ!と言われるに決まっている。
でもちょっとはおっさんであることを自覚して欲しいものだ。
だって男風呂に入っているんだよ!このおっさん!
まあいいけどさ。

女子会ならぬ、立食式のパーティーが始まっていた。
何故か椅子があるのに誰も座ろうとしない。
だったら椅子を片付けて欲しい。

女子だけのパワーに俺は辟易していた。
飛び交う会話も俺の創造以上に女子である。
あのアースラさんが、好みの男性はこうであるとか言い出したのだ。
全員そんな話に花を咲かせていた。
オリビアさんならまだしも、アースラさんだよ?
なんなんだ一体。

俺は巻き込まれない様に、ひっそりとしていたが、見逃しては貰えなかった。
エンゾさんに首根っこを掴まれて、部屋の真ん中に連行されてしまったのだ。

「島野君、逃がさないわよ」
周りは女性だらけなのが影響しているのか、エンゾさんは何時にも増して強気である。
上から女神がここに来て健在だった。

「いや・・・勘弁して下さいよ・・・」

「駄目よ、今日は女性陣にとことん付き合って貰うわよ!島野君。勘弁なさい!」

「はあ・・・」

「島野はさ、どんな女の子が好みなの?」
おいおい、ファメラまでこんな事を言い出したぞ。
どうなってやがる?

「いやいや、俺の事はいいじゃない?ねえ?」
俺は媚びる様にしていた。
お願いだから見逃してくださいな。

「駄目!答えてよ」

「そんなこと聞いても面白くもなんともないだろ?」
こんなおっさんの女性タイプなんて聞いて何が面白いんだ?

「そんなことないよ、充分面白いよ」

「そんなもんかねえ?」

「島野や、男らしく無いのう、さっさと答えよ!」
アースラさん・・・焚きつけられてもねえ?
男らしくない?
答えるしかなさそうだ。

「そうだな・・・強いて言うなら愛嬌のある人かな?」

「「「おおー‼‼‼」」」

「そうなのか・・・」

「愛嬌ね・・・」

「盲点じゃな」
まさかの好反応。
何だこれ?

「じゃあさ、じゃあさ。この中で一番愛嬌のある人って誰?」
オリビアさんからのキラーパスだ。
これは答えちゃいけない。
絶対に危険だ!

「いやいやいや、それは答えられないですよ!」
全員が興味深々にこちらを向いている。

「島野よ、ここまで来て答えられぬとはどういった料簡じゃ?」
アースラさんの圧が凄い。
もう帰りたいよ・・・帰らしてください。
それも日本に。

「守ちゃん、答えなさいよ!」

「島野、答えてよ!」

「私よね?守さん!」
見かねたアンジェリっちが助け舟を出してくれる。
何とも心強い。

「もう、それぐらいにしてあげよう?ね?皆?」
流石はアンジェリっちだ。

「駄目よお姉ちゃん!お姉ちゃんだって気になるでしょ?」

「オリビア!・・・それはまあ・・・ねえ?・・・」
おいおいおい!
アンジェリっち!もっと粘ってくれよ!
てか・・・あんたも気になるのね・・・

「島野や、観念せい!」
何でアースラさんはここまで・・・
俺を弄って楽しんでやがるな?
まあこの中で俺を弄れるのはアースラさんぐらいだもんな。
ある意味で空気を読んでいるのか?
どうやら逃げ道は無いようだ・・・
腹を決めるしかないみたいだ。

俺は全員を見回した。
数名が期待の眼差しでこちらを見ている。
アグネスすらも期待の眼差しでこちらを見ていた。
お前は無いって。
何なんだこの状況・・・
マリアさんで逃げようかな?
否、白けさせるな。
ゴン辺りで話を終わらせるか?
否、追及が始まったらゴンに悪いよな。
一番期待の眼差しを向けているオリビアさんでいいかな?
要らない勘違いをされかねないな・・・
それは不味いかも・・・

「アンジェリっちかな?」
思わず本音を答えてしまっていた。

「「「おおーーー‼」」」

「お姉ちゃんなの?‼」

「守ちゃん、ムフ!」

「遂に言いよったぞ!」
アンジェリっちは照れて下を向いていた。
俺も下を向きたいよ・・・

「主はアンジェリ様がタイプという事ですね?」
ゴンが要らない纏めを行っていた。

「ちょっと、ゴン・・・まあ・・・そうなるのか?」
俺は誘導尋問に引っかかったのか?
真面に答えた俺が悪いのか?
どうしたらこの流れを変えられる?
何か手はないのか?
そうだ!これならば逃げられそうだ。
それしか無いな。

「皆さん!そんなことはいいとして、レケが新作の日本酒を持参してます、飲んでみませんか?アイリスさんとアースラさんも手を貸したんですよね?ね?そうですよね?」
なんでこんなに必死になっているんだ俺は?
てか女子会は怖い!
二度とごめんだ!

「そうじゃった!島野の言う通りじゃ!良い味になっておる。皆も味わっておくれ!」
やっとアースラさんが逃がしてくれたみたいだ。
自分も携わっていたからそうなるよね。
しめしめだ。
女子会はレケの日本酒の品評会に変わっていた。
レケも嬉しそうにしている。
でもこれは一時的なものだろう。
皆が日本酒の感想を述べていた。
この終わりにあれを発表するしかないな。
絶対に流れを変えてやる!

頃合いを見て俺は注目を受ける様に促した。
「えー!皆さん!真面目な話があります!よろしいでしょうか?」

「えー、真面目な話なの?ダレるー」

「今それ居るの?」

「守、空気読みなよ?」
煩い奴らだ。
特にアグネス!お前に空気読めと言われるとはな!

「すまないが、これは話さない訳にはいかない。特にオリビアさんとアースラさんにはね」
直ぐに察したアースラさんが表情を改める。
さっきの俺の女性のタイプの話を引きずっているオリビアさんだが、こちらも察してくれたらしい。
ちょっと失望の混じった視線で俺を見ていた。

「俺達島野一家は『エアーズロック』に向かいます!」

「嘘でしょ?」

「遂にかえ?・・・」
一部事情を知らない者もいたが、俺は構う事無く話を進めた。

「ドラゴンのエリスに会いに行きます!」

「守さん・・・」

「やはり・・・」
お祭り気分を捨てて、オリビアさんとアースラさんは俺を見つめていた。

「オリビアさん、アースラさん、同行しますよね?」

「いいの?」

「・・・」
アースラさんは無言だ。

「良いに決まっています、行きますよね?島野一家全員とゼノンも行きます。レケ!お前も行くんだぞ!」

「いいのか?ボス?」

「当たり前だ!ていうかお前もいい加減旅に付き合え!」

「・・・分かった!」
レケは嬉しそうにしていた。

「守さん・・・遂になのね・・・」

「はい、お待たせして申し訳ありませんでした」
俺は純粋に頭を下げた。
オリビアさんにも随分と待たせてしまったよな。
申し訳ない。

「そんな・・・いいのよ・・・」
オリビアさんは泣いていた。

「島野や・・・すまんな・・・余は行けぬ・・・まだ親父殿の許可がでておらぬのじゃ・・・でも近々許可を出すと親父殿も言うておった・・・余は後日向かうとする・・・エリスにはよろしく伝えておくれ・・・」
アースラさんは悔しそうにしていた。

「畏まりました」
涙顔のオリビアさんが俺の胸に飛び込んできた。
これは受け止めてあげなければいけない。
俺は強くオリビアさんの肩を抱きしめていた。
アースラさんも涙目でにこやかにしていた。
こうして俺達は遂に『エアーズロック』に向かう事になったのであった。
やっとかと俺も肩の荷が降りた気分になっていた。
でもそうは問屋が卸さない。
色々と呼び込む体質の俺達ならではの事件が、そこには待っていたのである。
ドラゴムに『エアーズロック』に向かうメンバーが集結していた。
島野一家全員だ、今回はレケも同行している。
因みにエクスはお留守番。
入島受付を空ける訳にはいかない。
エクスには今度何か奢ってやろうと思う。
何でも欲し物を言ってくれ、俺に出来ることなら何でもしてやろう。
すまんなエクス、許してくれよ。
まあ、そもそもエクスはあまり旅には興味は無いみたいだ。
今は親父さんと酒を飲むことに喜びを感じてるみたいだしね。

初めての旅の同行にレケは何時になく気合が入っている。
本当はこいつも旅に同行したかったみたいだ。
テンション高く旅を楽しんでいる。
そしてゼノンとオリビアさんだ。
オリビアさんは既に泣きそうだ。

「オリビアさん・・・早すぎますって・・・」
思わず声を掛けてしまった。
だって何が待っているのかは行ってみないと分からないでしょ?
オリビアさんは勝手にエリスとの感動の再会を描いているみたいだが、実際に行ってみないと、エリスがどういう状況にあるのかは分からない。
俺はいつも以上に気を引き締めていた。
だってこういう時程事件はあるものでしょうよ。
ある意味フラグが立っているのだから。

俺とオリビアさんはゼノンの背中に乗っている。
というより、オリビアさんは俺の背中に捕まっており、ゼノンの背に乗るというより俺に捕まっているだけだった。
危ないので止めて下さい。
ちゃんとゼノンに捕まってください。
オリビアさんは何度言ってもいう事を聞いてくれなかったので、しょうがないので俺は『念動』でオリビアさんを俺背中に張り付けておいた。
でもなぜかオリビアさんは嬉しそうだ。
レケとクモマルはギルの背に乗っており、ゴンはエルに跨っている。
ノンはソロで飛んでいた。
旅の先導はゼノンが行っていた。
空の旅は快調だった。

『エアーズロック』への道順はゼノンから聞いてはいたが、先導してくれるのなら、それはそれで助かる。
それにしてもエンシェントドラゴンの背中はデカい。
そして安定感が半端ない。
ギルの背中も大概デカいが、ゼノンのそれは全然違う。
エンシェントドラゴンの背中は雄大だ。
ノンではないが、昼寝が出来そうだ。

「守よ、儂の背はどうじゃ?」

「ああ、大きな背中だな、安心していられるぞ。なんなら昼寝が出来そうだ」
俺に褒められてゼノンは喜んでいた。
現にオリビアさんは俺の背中で昼寝している。

「そうか、ナハハハ!」

「ゼノン、どれぐらい掛かりそうなんだ?」

「そうじゃな、半日も掛からんとは思うがのう?」

「そうか、途中で休憩を挟むか?」

「では後一時間も飛んだら休憩としようかのう、期待してもよいのか?」

「はあ?飯を作れっていうことか?」

「それ以外に何がある?」
やっぱりか、だと思ったよ。

「そうか・・・じゃあせっかくだからあそこの川で魚でも捕まえてみるか?」
目の前に雄大な河川が広がっていた。
一級河川ぐらい川幅が広い。

「それは面白そうじゃな」

「だろ?」

「では早速向かうとしよう」
ゼノンは降下して河川を目指した。
他の者達も後に続く。

川の水はとても澄んでいた。
日本ではこうはいかない。
川底まで見透せるほどの透明度だ。
俺は浮遊し、上から川の中を眺めて見た。
いるいる、これはいいねー。
川魚が優雅に泳いでいるのが見て取れた。
これは楽勝ですね。

「皆、ちょっと下がってくれるか?」

「ん?なんだ?」
レケは訳が分からず戸惑っていた。

「いいから下がれレケ、怪我するぞ!」

「お!おう!」
何かを察したのか、レケは川から一目散に離れる。

「ノン、加減を間違えるなよ」

「分かったー!」
ノンが一人前に出てくると、雷魔法を放った。
ドドドドーーーーンンン‼‼‼‼‼
一拍置いて川面に川魚が浮かんできた。
それを俺は『念動』で集める。
昔、海でこれをやった時には感電したからね。
二度も同じ間違いはしませんよ。

レケとオリビアさんが唖然としていた。
そしてゼノンには大うけしていた。

「ナハハハ!これは愉快!」
腹を抱えて笑っていた。

「ちょっとボス!なんちゅう漁をしてんだよ!こんなの見たこともねえよ!ノンもやり過ぎじゃねえか!」

「守さん・・・驚きましたわ・・・・」
他の一家は平然としている。
まあこんなもんでしょと言いたげだ。
こいつらにとってはいつもの光景だ。
何か問題でも?

俺は適当に木の枝から串を何本も作っていく。
それをギルとエルに手渡し、獲れた魚を串に刺していく。
腸を採って、火を焚いて、焼き魚を作っていく。
獲れた魚はニジマス、アユ、イワナ、鮭そして嬉しい事に鰻もいた。
鰻に関しては、後日別で調理して食べようと皆に説明した。

「それは期待してよいという事じゃな?」

「ああ、絶品料理を食わせてやるよ」
ニヤリと笑うゼノン。
こいつはほんとに食いしん坊だな。

そしてエリスにお土産になるかもと、大量に川魚を『収納』に保管した。
ギルとエルが焼き魚をせっせと焼いている。
俺は川魚の姿揚げを作っていく。
魚の骨が苦手なノンも、これならば丸ごと食べられるからいいだろう。
まったく、贅沢な奴だ。
他にもいろいろと作ろうかとも考えたが、手の込んだ料理は出来そうもない。
今日はこれで勘弁して貰おう。
でもゼノンはご機嫌だった。

「川魚がこんなに上手いとはのう、やはりこの塩が良い仕事をしておるのじゃな?」
サウナ島産の藻塩をふんだんに使っているから味に深みが出ている。
大食いで、今では食通のゼノンも唸る出来栄えだったようだ。

「ボス!旨えな!川魚を俺は見なおしたぜ!」
レケは川での漁はほとんど経験がないからか、川にも興味を抱いたみたいだ。

「なあボス、川魚も養殖は出来るのか?」
やはりそっちに興味が沸いたか。

「ああ、出来るぞ。ニジマスや鮭なんかは可能なはずだ。何ならトライしてみるか?」

「本当か?やったぜ!今度は川魚か、親方に自慢してやるぜ!」
レケの養殖愛は本物だ。
小躍りして喜んでいる。
ギルがこっそりと耳打ちしてきた。

「パパ、レケってさあ、地味に凄いよね」
地味にって・・・まあな・・・

「そうだな、やりたい事がある奴が一番輝いているからな」
これを聞こえてしまったレケがギルに食いつく、

「おい!ギル!聞こえたぞ!地味にって何だよ?」

「いや、レケってさ、豪快なようで繊細っていうの?そういうとこあるじゃない?」

「はん!ギル、お姉さんを舐めてんじゃねえよ!」
レケがギルに食って掛かる。

「はあ?誰が姉さんだよ!僕の方が一家では先輩なんだけど?」
ギルは癪に障ったみたいだ。

「止めて下さい!ギル兄さん、レケ姉さん!それを言うなら多分私が一番長生きしていますよ!」

「「はあ?‼」」
クモマルの制止に勢いを無くすギルとレケ。

「クモマル・・・お前いくつなんだよ?・・・」

「クモマル・・・答えてよ?・・・」
胸を張ってクモマルが答える。
何故かドヤ顔だ。

「私は今年で百五十歳になります!」

「「「「「はあ?‼」」」」」
全員が驚いていた。
ていうか俺よりも年上じゃん。
それを言うならゴンもか・・・
俺にとってはどうでもいいことかな。
年齢なんて関係ない。
こいつらは全員、俺の可愛い息子と娘だ。

「ちょっと待った!クモマルは絶対に僕の弟に決まっているよ!」
ギルは譲らない。

「はあ?ギル兄さんそれはないでしょう?さっきも言いましたが、年齢的には私が一番年上な訳で」
兄さんって呼んでるじゃない、その時点で弟確定でしょ?

「駄目!クモマルは一番下!」

「だな」

「そうですの」

「間違いない!」
全員に却下されるクモマル。
クモマルは項垂れていた。

「そんなー」
やはり弄られ役のクモマルは一番下に決定のようだ。

「この際だからはっきり言うけど、僕が一番上だからね!」
ノンが宣言した。
それは気に入らないとゴンが立ち上がる。

「はあ?ふざけるなノン!一番上は私でしょ!」
ゴンがツッコミを入れていた。

「何でさ?僕が一番主と一緒に居るんだから僕だよ!」

「でも私の方が聖獣として長いんですけど?」
ゴンも譲らない。
にしてもどうでもいい喧嘩だな。
やれやれだ。

「だから?そんな事は知らないよ」
一笑に付すノン。

「私もはっきり言わせて貰うわよ、私の方がこの世界では先輩なんだからね。主と一緒の期間はノンの方が長いけど、異世界のノンは犬だったって話じゃない?そんなのノーカウントよ!」

「でもこの世界に来てから僕は聖獣に成ってたし、聖獣に成ってから主と一緒に居る時間が長いのは僕なんだからね!」
確かにそうだ。
これはノンに軍配が上がったか?

「グヌヌヌ!」

「何だゴン?やる気か!」
おいおいおい!流石にこれは止めないとな。
ていうか、なんでこんなにもヒートアップしてんだこいつら?

「ちょっと待った‼」
俺の制止にビクリッ!と背を正す一同。

「お前達‼いい加減にしろ‼」
ここは一喝しないとね。

「・・・」
押し黙る一同。
俺の一喝にたじろいでいる。

「あのなあ?そんなに拘る必要があるのか?お前達は家族だろうが?仲良くやってくれよな!」

「でも・・・」
まだ拘るノン。

「でもってなんだ?ノン!お前の言いたいことは分かる。そしてゴン!お前の言いたいことも分かる」

「「うん!」」

「だからこうしよう!長男はノン、長女はゴン。次男はギル、次女はエル。三男はクモマルで、三女はレケだ」
一切喧嘩の本質には踏み込んでいない。

「「「「「おおー‼‼‼」」」」」
何がおおーだよ!
いい加減にせい!
てかこんな事で誤魔化せれるんだ。
こいつら大丈夫か?

「やっぱそうだよね?それが正解だよ!」

「だね、それが良いと思う」

「ですの、それが良いですの」

「ほら!クモマルは僕の弟なんだよ」

「下剋上失敗!」

「俺って三女なの?・・・」
各自思う処はあるみたいだが、いい加減不毛な兄弟喧嘩は終わってください。
その様子を万遍の笑みでゼノンが眺めていた。
この野郎・・・楽しんでやがるな?くそう!巻き込み様がない。
否、祖父という体で・・・それは無理があるな・・・
オリビアさんは無視して川魚に夢中になっていた。
相当口にあったみたいだ。
一心不乱に食べていた。

にしても何だったんだ一体・・・
久しぶりにこいつらの兄弟喧嘩を見たな。
そんなに拘ることかね?
その割には簡単に纏まったよね。
ていうか俺に騙された?

「お前達もう食べないのか?」

「駄目、まだ食べる!」

「僕も!」
やれやれだな。
その後も川魚料理は続いた。
思いの外好評だった。



空の旅を再開した。
納得がいかないのか、未だにレケがブツブツ言っている。

「もう!レケしつこい!」
ギルが相手をしている。
しなくていいのに。

「納得できっこないだろ?」
レケは俺に誤魔化されたのは分かっているが、物言いをつけられないみたいだ。

「でもどう考えてもレケはエル姉やゴン姉よりも妹だよ」
それはそうだろうな、ゴンとエルには相当面倒を見て貰った過去があるからな。
特にゴンには毎朝迷惑をかけていたからね。
今では起きれる様になったみたいだが、たまにやらかすらしいし。
深酒をするからでしょうね。
レケは変わらんな。

「まあ・・・それはそうか・・・でもギルよりはお姉ちゃんだろ?」
なんでそう思うんだろう?
分からなくは無いのだが・・・
正直どっちでもいいよ。

「もう、蒸し返さないでよ、いい加減パパに怒られるよ?」

「・・・分かった」
レケはギルの背で剥れている。
どうやら俺に怒られるがキラーワードみたいだ。
確かにレケは俺には何が有っても逆らわない。
どうしてそう思うのか俺には分からないのだが・・・
もしかしたら、ゴンズさんに何か言われたのか?
どうでもいいか。
畏まっている訳では無いからね。
まあ俺がストッパーになっているということなんだろう。

「守よ、こやつらは仲が良いのか悪いのか?理解に苦しむのう」
ゼノンは呆れていた。

「ほんとだな、でもこいつらが揉めることなんてよっぽど無いんだけどな」
俺には兄弟が居ないからよく分からんが、兄弟なんてこんなもんかもしれないな。
どうでもいい事でしょっちゅう喧嘩するみたいな?
俺の知らないところで喧嘩している気配はあるしね。

「そうか・・・喧嘩するほど何とやらか?」

「どうだろな?」
言葉の意味がちょっと違う様な・・・

「そう言えば『エアーズロック』じゃがな、前にも述べたが空に浮いておる島なのじゃがのう」

「そうだったな」

「その時の風向きで多少場所が変わる時があるのじゃよ」

「なんだそれ?」
島が風で流されるってことなのか?
そんなに軽いのか?

「とは言っても大きくはその場所は変わらぬが、季節風が強いと数キロは位置を変えるのじゃ、その島の地盤は浮遊石と呼ばれる石で出来ておるのじゃ、質量は極めて軽く、フワフワと浮かんでおるのじゃよ」

「そんな石があるんだな、まるでファンタジーだな」

「ファンタジーとな?」

「いや、いい。気にしないでくれ、それで?」
ファンタジーの説明はめんどくさい。
する気はありませんよ。
面倒臭いのでね。

「あの戦争で傷ついたエリスをアースラが儂の元に転移で運んでくれたのじゃがな、守も知ってのとおり、リザードマン達は儂らドラゴンに従順で甲斐甲斐しく世話を焼いてはくれるのじゃが、今とは違って知能が低くてのう、とても怪我の治療を施せる状況では無かったのじゃよ、それで儂がエリスを『エアーズロック』に運んだのじゃよ」

「そうだったのか」
ゼノンは頷く。

「『エアーズロック』は天使と悪魔が住んでおる島でのう、天使も悪魔もよく世話を焼いてくれる奴らでのう、治療にはここしかないと思ったのじゃよ」

「悪魔?」
どうして悪魔?
悪い奴等なのか?

「そうじゃ、悪魔族じゃよ、知らんのか?」

「知らないなあ、てか知る訳ねえだろ!」

「そうか・・・南半球にはおらなんだか」
千里眼で見て無いのかよ?
ちゃんと見てて下さいな!

「いないなあ」

「あ奴らは天使族と一緒で小さい奴らでのう、快い性格の奴らじゃ、たまに悪戯をするのが頂けんがのう」
悪い奴等では無さそうだ。

「天使と悪魔って、天敵じゃないのか?」
俺にはそう感じるのですが?

「ん?仲良くやっておる様に儂には見えるのじゃが?」

「そうなのか・・・」
天使と悪魔が仲良くしてるって・・・想像がつかないな。
固定概念はよくない、改めよう。
にしても悪魔って・・・
まあいいや。

「こ奴らは、リザードマンよりは知能が高いでのう、少しは益しな治療が出来るじゃろうと思っておったのじゃが・・・」

「おい!その間は何なんだよ?」

「駄目じゃった・・・」
はあ?何だそれ?

「駄目ってどういうことなんだ?」

「傷は確かに癒えた・・・しかしのう・・・大事な部分の治療は出来なんだのじゃ・・・」

「大事な部分ってなんだよ?」

「それは・・・着けば分るじゃろうて・・・」
何で歯切れが悪いんだ?

「今は教えられないって事なのか?」

「そうでは無いが、見て貰った方が早いと思ってのう・・・」

「そうか・・・」
今はこれ以上の追求は野暮みたいだ。
見れば分るのなら見ればいいのだろう。

「それと『エアーズロック』は下界とは距離をとっておる島なんじゃよ」

「ん?それは空に浮かんでいるからか?」
距離的な問題か?

「それもあるが、あそこの天使と悪魔はあまり人間が好きでは無いのじゃよ」

「過去に何かあったということか?」
だとしたらちょっと鬱陶しいことになるかも・・・

「その通りじゃよ・・・儚いのう」
何が儚いのうだよ、そういう話はもっと前に教えておけよ。
何かあるのが見え見えなんだけどな。
どうせひと騒動あるに決まっている。
これも会えば分るってことなんだろ?
そろそろ半日になる、いい加減着いてもおかしくはないだろう。
現に目の前に考えられない事に、空中に浮かぶ島が視界に入ってきていた。
これは異世界ならではだな。
壮観な景色だ。

「パパ!見て!見えてきたよ!」
ギルが興奮している。

「ああ!見えてるぞ!遂に来たな!」

「うん!」
そう返事をするとギルは堪えきれなかったのか、一目散に『エアーズロック』に飛び立っていった。

「おい!ギル!ちょっと待て!」
どうやら俺の声も届いていないみたいだ。

「守よ、飛ばすぞ!」

「そうしてくれ!」
ゼノンが全速力でギルを追いかけた。
放されては不味いと、ノンとエルも速度を上げた。
遂に『エアーズロック』が目の前に迫ってきていた。

やっとたどり着いた。
念願の『エアーズロック』だ
興奮するギルを責められる訳がない。
俺も興奮してきているのが分かる。
顔が綻んでしょうがない。
エリス・・・遂に会えるな。
この時を俺は待っていたぞ‼
私はエリス。
ドラゴンだ。
先程親父から連絡があった。
坊やとこちらに向かっていると。
私は涙が堪えられなかった。
其れと同時に身体の震えが止まらなかった。
遂に・・・やっと・・・坊やに会える。
興奮が抑えられない。
でも心がざわついた。
私に坊やに会う権利はあるのか?

私は名も知らない中級神に坊やを預けて、戦地に向かってしまった。
今となっては後悔が後を絶たない。
どうしてあの時の私は戦争を止められると自信に満ちていたのか・・・
今と成って甚だ疑問だ。
結果は・・・何も出来なかった。
ただ一方的に傷付けられただけだった。
そして私は翼を失った。

新たに出来た親友すらも別れる羽目になってしまった。
オリビア・・・どうしているのだろうか?
せめて生きていて欲しい。
どうか・・・お願いだ・・・
またオリビアの歌が聞きたいよ。
オリビアとの旅は楽しかった。
彼女の安否を願うばかりだ。

卵の坊やと離れてからはや百年以上が経っている。
坊やは私が分るだろうか?
私が坊やのママだよ。
分るかい?坊や、愛しい坊や。
坊やの事を愛して止まないママだよ!
お願いだよ、気づいておくれよ。

親父が言うには分かっているという事だったが、どうだろうか?
あの島に置いて行った私を坊やは恨んではいないだろうか?
責任感の乏しい母親だと、失望させてしまっただろうか?
寂しい想いをさせてしまっただろうか?
辛い思いをさせてしまっただろうか?

後悔の念が私を押しつぶしそうになっている。
この百年近く、私は後悔の念と戦い続けてきた。
でもドラゴンの本能には逆らえなかった。
戦争は止めなければならない。
平和の象徴であるドラゴンは、争いごとを止めることが出来る唯一の神なのだから。
親父に任せる訳にはいかなかった。
親父はこの世界を終わらせる力を持っている。
そんな親父を戦争に巻き込む訳にはいかない。
まだこの世界は捨てたもんじゃない。
私はそう思っていた。
苦しい現実の中にも幸せはあるのだから。
人々はまだまだ幸せを勝ち取ることは出来ると・・・

これまで何度坊やを迎えに行こうと思ったことか・・・
でも私には翼が無い・・・
飛べないドラゴンはドラゴンでは無い・・・
あの戦争で私は翼を失ってしまった。
治療を行おうと努力はしてみたが、失った翼はどうにもならなかった。
身体の傷は天使と悪魔が治癒魔法で癒してくれた。
でも翼は生えてこなかった。
勘づいてはいた。
だって翼の骨が無くなっていたのだから・・・
治癒魔法でどうにか出来るレベルでは無い事は分かっている。
それぐらいの重症なのだと。

戦争で傷ついた私をアースラ様が救ってくれた。
それは神のルールに背く行為。
アースラ様、私なんかの為に・・・
申し訳ありません・・・せめてお礼が言いたい。
きっと会いに来てくれないという事は、アースラ様に神罰が下ったのだろう。
私の所為で・・・
本当にごめんなさい・・・

この島から何度飛び出そうと思ったことか・・・
でも親父が言うには、北半球は今や危険な状況にあって、この島からは決して出てはならないという事だった。
親父なりの気遣いなのは知っている。
私は居ても経っても居られず、何度もこの島を飛び出そうとした。
でもこの島を飛び出す事は出来なかった。
それは翼を失ったからだけでは無く。
親父の能力でこの島から離れられなくなっていたからだった。

親父はズルい。
同族支配なんて能力は抗える訳がない。
親父が心配性なのか、私が無謀なのか?
多分親父の言い分が正しいと思う。
頭では分かっている。
でも・・・坊やに会いたいんだ!
何が何でも会いたいんだ!

私は戦争によって翼を失った。
今やこの世界は混乱に満ちている。
でも・・・坊やに会いたい・・・どうしても会いたい・・・
坊や・・・私の坊や・・・
どうしているの?
健康なのだろうか?
食事は摂れているのだろうか?
幸せにしているのだろうか?
ああ・・・坊や・・・私の坊や・・・
せめて・・・幸せであって欲しい・・・
多くは望まない・・・健在であって欲しい・・・
坊や・・・ああ坊や・・・私の愛して止まない坊や・・・
やっと・・・やっと会えるんだね!

私は一目散に飛び出していた。
島の端に。
感じる・・・坊やの気配を・・・
親父も居る・・・間違いない・・・坊やだ!
ああ・・・坊や・・・ごめんよ坊や・・・私を許しておくれよ!
でも・・・嬉しい・・・遂に・・・やっと・・・
ん?何だこの気配は?
圧倒的な気配が坊やの近くに・・・
え!・・・神の気配・・・ただの神ではない!
絶大な存在感・・・
今はいい・・・構ってられない!
坊や・・・私の坊や!
島の端が迫ってきた。
ええい!
これまで超えられなかった親父の権能を私は超えることが出来ていた。
坊や!!!!



私は坊やの腕に抱きとめられていた。
坊やの腕は逞しかった。
落下途中にオリビアを見ることが出来た。
オリビア・・・生きていたんだね。
良かった・・・
思わず手を振ってしまった。
親父が無茶苦茶怖い顔でこちらを見ていた。
すまない親父。
後でどれだけでも叱られてやるからさ。
あれ?支えられている?
あの人・・・ありがとう・・・
あんたが坊やのパパなんだね。
どうやら坊やは幸せな人生を歩んできたみたいだね。
私には分かるよ・・・
だって坊やのパパは・・・最高神じゃないか!



空に浮かぶ島まであとちょっと、という処で飛んでも無い事態が起きていた。
エリスらしきドラゴンが、空から降って来たのだ。
それも真面に飛べていない。
よく見ると翼が無いのだ!
ほとんど落下してきていた。
否、これは急降下だ!

「坊やー‼‼‼」
大声を発してギル目掛けて一直線に落ちてくる。
エリスなにやってんだよ!

「エッ‼エリス‼」
オリビアさんが驚きつつも声を掛ける。

「ん?!オリビア‼」
落下しながらもエリスはオリビアさんに手を振っていた。
何で余裕なの?
ギルはギョっとしつつも、受け止めなければと体制を整えるが、背中のレケとクモマルがギルの背中から落ちそうになっていた。

「ギル兄さん!落ちる!」

「ギル!止めてくれ!」
二人は必死に堪えるが空中に放り出されてしまった。

俺は『念話』でギルに、
(後は任せろ!エリスを頼む!)
と伝えて、転移してクモマルとレケを確保した。
危っぶな!
ギルは何とかエリスをお姫様抱っこの状態でキャッチしたが、今にも落下しそうだ。
それはそうだろう、エリスはギルよりもデカいのだから。
それでも踏ん張るギルに声が掛けられる。

「ギル!踏ん張れ!」
ノンはそう言うと、ギルの下に潜り込んで渾身の風魔法で体制を立て直す様にサポートする。

「ギル!後ちょっとですの!」
エルとゴンもギルの下に入り込んで、ギルを支える。

「ウォオオオオーーーー‼‼‼」
ギルが咆哮する。
どうにか踏ん張ったギルは態勢を整えて、上空に向かっていった。
実は俺は声には出さなかったが、念動でギルとエリスをひっそりと支えていた。
何かあっては不味いと思ったからだ。
ノンとエルが動き出したのが分かったから声を掛けなかっただけに過ぎない。
にしてもエリス・・・何やってんだよ‼
豪快にもほどがあるぞ!
これは豪快と言うよりも無謀なのでは無かろうか?
どうして空中で飛び込んでくるんだよ‼
地上何メートルだと思ってんだよ!
流石のドラゴンでも地面に叩きつけられたら死ぬぞ!
天真爛漫なのは聞いてはいたが、過ぎるぞ!全く!

何とか『エアーズロック』に辿り着くと、俺は胸を撫で降ろした。
こんな歓迎は二度とごめんです。
勘弁してくださいよ。全く。

そこには全身でギルを抱きしめるエリスがいた。
ギルも全力で抱きしめ返していた。

「ママなの?ママなの?」
ギルの涙声が木霊していた。

「そうよ!坊や!坊やのママよ‼」
全身全霊で抱きしめ合う二人。
この時俺はこの二人から眼を放せなくなってしまっていた。
俺はこの世界に来て初めて涙を流していた。
ただただ涙が頬を伝っていた。
止めどなく流れる涙を俺は拭う事すらしなかった。
否、出来なかった。

抱擁するドラゴンの母子に神々しい何かを感じていた。
神話の世界の一節を眺めている様な、そんな気分になっていた。
心の奥底から湧き出てくる達成感と、幸福感、そしてこれまでに感じたことが無い感動に全身が打ち震えていた。
この瞬間の為に俺はこの世界に転移し、この世界に来たのではないかと感じていた。
それほどまでに心を揺さぶられていた。
遂に俺のこの世界での旅が一つ終わろうとしていた。
それを俺は無常の喜びで迎えることが出来ていた。
ありがとうギル。
俺はお前のパパに成れて本当に良かったよ。
こんなにも嬉しい気持ちに成れたことは、これまでの人生で一度も無かったよ。
俺はギルのパパであることを誇りに思う。
愛してるぞ!ギル!
そしてエリス!やっと会えたな!

俺は隣に来たノンとゴン、そしてエルの肩を抱いた。
レケとクモマルもその輪に加わっていた。
全員で声も上げずにただただギルとエリスを見守った。
俺達はなんて幸せな家族なんだろう。
この世界に転移してきて本当に良かったと、俺達は幸せを噛みしめていた。
よかったなギル。
ありがとうギル。

それにしてもエリスの翼が痛々しい。
両翼が根本から失われていた。
申し訳なさそうに小さな瘤がある程度だった。
ゼノンが言っていたのはこの事か。
翼を無くしたドラゴン。
戦争を止めに入った後遺症ということか。
これは簡単に治療できる筈がない。
世界樹の葉か実でしか癒せないだろう。
どちらを使おうか?

エリスの見た目としてはドラゴンスタイルなので、年齢の想像がつかない。
というか、世界樹の葉でこの大きさの翼が癒せるのだろうか?
前にマーク達を世界樹の葉で癒した時には、一人一枚で充分だった。
けどエリスはギルの五割り増しぐらいにデカい。
世界樹の葉ではちょっと心許ないな。
余りにドラゴンはデカいのだ。

感動の再会を終わらせたのはゼノンだった。
「エリス、それにギルよ。そろそろよいかのう?」
申し訳無いが次に移ろうとゼノンの眼が語っていた。

「親父、もうちょっといいだろ?やっと坊やに巡り合えたんだからさ」

「エリスよ、これから先いくらでもギルに会う事が出来るのじゃぞ」
ゼノンはいい加減にせよとでも言いたげだ。

「そうなのかい?」

「そうじゃ、守がおるからのう」
エリスはハッと気づく。

「守って・・・そうだった!親父が言っていたギルを育ててくれたっていう人間だよな!」

「守よ、よいか?」
俺はエリスとギルに近づく。
エリスが俺を真正面から見据える。
エリスはとても優しい眼をしていた。
瞳の奥に好奇心の塊が見えた気がした。

「エリス、始めまして。俺は島野守だ。ギルのパパだ!」

「あんたが守・・・最高神様・・・」
エリスは俺をその大きな瞳で捉えるといきなり跪き、頭を下げた。
ん?最高神様?はて?
まあいいか。

「守・・・否、守さん。ありがとう、坊やをこんなに立派に育ててくれて!私は!私は・・・」
エリスは肩を振わせていた。

「エリス、立ち上がってくれ。それに感謝の言葉も要らない。俺はギルに会えたこと、ギルの父親に成れたことを誇りに思っているんだ。俺とギルの出会いは偶然じゃない。俺はギルの父親に成る為にこの世界に来たんだと、今では考える様になったんだよ」

「そんな・・・ありがとう・・・」
エリスは再び涙を溢していた。

「それに俺はギルとは魂の繋がりを感じるんだ」

「そんな・・・嬉しい事を言ってくれる・・・」
ノンが割り込んできた。

「僕もだよエリス、ギルの兄ちゃんに成れて嬉しかったんだよ!」

他の家族も続く、
「私もです!」

「私もですの!」

「頼れる兄さんです!」

「立派な・・・弟だな!」
レケはしれっとギルを弟扱いしていた。
一瞬だけレケを睨んだギルだったが、他の家族の発言が嬉しかったのか、ギルらしく照れていた。

「坊やは家族に大事にされて育ったんだね・・・」
エリスは嬉しそうに泣いていた。
そのエリスに再びギルが抱きついた。
ああ・・・涙が止まらない。

「守よ、頼めるかのう?」

「ああ、分かっている」
俺は『収納』から世界樹の実を取り出した。

「エリス、これを食べてくれないか?」

「これは・・・なんて美味しそうなんだ・・・」
そう映るんだ・・・流石はドラゴン。
果物が光っているとか、眩しいとか関係無いのね。
食欲が勝るんだね。

「遠慮なくガブ!っといってくれ!」

「ああ!」
俺から世界樹の実を受け取ると、エリスは一口で世界樹の実を飲み込んだ。
エリスが金色の光に包まれている。

「旨っま!なんだこれ!ん?あああ、あああーーー‼‼‼」
光が収まると、そこには立派な翼を携えたドラゴンがいた。
心なしか肌艶がよくなっている。

「おおおーーー‼‼‼」
エリスは驚きを隠そうともしていない。

「翼が!私の翼が返ってきたよ‼」

「エリス良かった・・・」
オリビアさんは肩を撫で降ろしていた。
エリスの痛ましい姿にオリビアさんは苦しそうな顔をしていたからね。
そしてギルがエリスを誘う。

「ママ!飛ぼうよ‼」
嬉しくなったギルがエリスを空へと誘った。

「坊や‼」
ギルがホバリングを開始した。
それに追いつこうとエリスも翼を大きく広げて浮かび上がる。
雄大な姿のドラゴンが二体、大空を舞っていた。
とても心温まる光景だった。
ドラゴンが優雅に舞っている。
嬉しくなった俺は、家族を誘って大空に浮かび上がった。
全員での空の散歩は楽しかった。
なにより、ひと際嬉しそうにしているギルを見るのが俺は幸せだった。
遂にやったんだな。
本当に良かった。