エリカ達を無事サウナ島に届けてから数日後、いよいよポタリーさん救出作戦が幕を開けていた。
その作戦名は『オペレーションポタリー』だ、何の捻りも無いネーミングだが、島野一家は興奮していた。

特に中二病を未だ絶賛煩い中のギルには打って付けだった。
鼻息荒く気合が入っていた。
今も指の関節をポキポキと鳴らしている。
ケンシロウかっての・・・

俺は先ずエリカからヒアリングしたポタリーさんの現状を一家に伝えた。
ポタリーさんはラファエルの居城の地下にある牢獄に捕らえられているということだった。
そこに辿り着くまでの経路を、一家に図にしながら説明する。
ポタリーさんの健康状態はあまりよくはないと思われた。
というのも、一日に与えられる食事は一回限りで量も少ない。
エリカはその惨状を見たことはないとのことだったが、伝え聞く限り良好な状態には無いであろうということだった。
なぜそんなことをしているのかというと、エリカ曰く、神力の無くなった状態の神はどうなるのかをラファエルは知りたかったらしく、その実験をポタリーさんで行っているということだった。
いい加減ふざけるにも程がある。
俺は腸が煮えたぎっていた。

その答えを俺は知っている。
前にゴンズさんに教えて貰ったからだ。

ゴンズさんが言うには、
「神力の無くなった神は神に成った前の状態に戻る」
ということだった。
ポタリーさんの種族が何なのかは俺は知らないが、投獄され体力を奪われ続ければ、やがて神力は底を付くであろう。
そうなる前に救出したいと俺は考えている。

まずは第一目標としては、俺がポタリーさんに辿り着くことになる。
俺はいくらでも神力を与えることが出来る。
そうすれば決して命を落とすことはないからだ。
神気タンクである俺の神力ならばどれだけでも贈呈可能なのだ。

そして第二の目標としては、保護したポタリーさんを転移で移動することになる。
これも俺が目に付く範囲に居れば安易に可能だ。
とにかく安全にポタリーさんの所に辿り着くことが優先である。
出来れば誰の目に付くことも無く行動する事が望ましい。

第三の目標は手枷足枷を外すことだ。
これに関しては契約魔法が用いられていることが予想出来る為、ゴンの出番である。
これはゴン以外には任せられない。

実は当初、俺一人で救出作戦を行おうと考えていた。
一人静かに闇に紛れ、ポタリーさんを救出しようと思ったのだ。
だがこの手枷足枷の存在を知ってからは、作戦の成功確率を上げる為にも島野一家で挑むべきと考えを改めたのだ。

この手枷足枷は単に縛り付けるだけの物であるとは考えられなかった。
何かしらの副次的な効果があると予想出来た。
その為、俺が転移で連れ出すことは容易ではあるが、追跡の魔法とかが仕込まれていた場合あまり具合はよくない。
なにより俺は魔法は一切使えない。
でも外してしまえばどうとでもなると思われた。
その為一家での救出劇となったのだ。
その理由は救出後に痕跡を残したくは無かったからだ。
どうせバレるのは時間の問題なのだが、少しでも時間稼ぎがしかたったのだ。

俺は更に一家と綿密な打ち合わせを行った。
より成功確率を上げる為に、いくつかの作戦を織り交ぜていく。
ここに手心は入れない。
今回である意味雌雄を決しようとしていた。
そしてポタリーさん救出後に関しての布石を、いくつか残していくことにしたのだった。

正直なところ力推しは簡単に出来る。
面と向かって乗り込んで、土足でづかづかと踏み込んでいくこともできるのだ。
それでもポタリーさんの救出は可能と思われる。
だがラファエルの能力を把握しきれていない今、こちらの戦力を極力見せない事が最善と思われた。

そして今回の作戦の鍵となるギルに俺は特訓を行った。
ギルには苦難の道であったかもしれない。
最初のギルはいつものノリで軽い気持ちであったのだが、俺の真剣な表情に感化されたのか、次第に表情を引き締め出していた。
これは安易な特訓ではない。
これを完遂出来なければ命に係わるかもしれないからだ。

それを俺は敢えて言わずして、背中と表情で伝えた。
ギルの特訓は熱を帯びたものとなった。
途中アドバイザーとしてゼノンにも加わって貰った。
その方が習得は早いと思われたからだ。
ゼノンもその能力獲得の重要性を真っ先に気づいて、いつもの優しい爺さんの顔を脱ぎ捨てて鬼教官になっていた。
ゼノンの本気を垣間見た出来事だった。
ギルの修業は苛烈を極めた。
でもギルは頑張って付いてきた。

そしてギルは青色吐息に成りつつも、なんとかやり遂げた。
三日間に及ぶ特訓となったが、これは大きな意味を持つものだった。
そして俺はクモマルを呼び出した。
二人で打ち合わせを行い、いよいよ万全の体制は整った。
こうして満を持して『オペレーションポタリー』が開始されたのである。
ポタリーさん救出の準備はここに整ったのだった。



俺達はいつもの瞬間移動スタイルで『ドミニオン』から『イヤーズ』を目指した。
途中に魔道国『エスペランザ』を通ることに成るのだが、一切立ち寄ることなくスルーすることにした。
今はこの国には関わっている余裕はない。
当初は次に立ち寄る予定の国であったのだが、今は事情が変わっている。
それに『イヤーズ』の隣国である『エスペランザ』で下手に目立った行動を取ってしまっては、無駄に『イヤーズ』即ちラファエルを警戒させることになるからだ。
この国に関わることは優先順位としては今は低くなっている。

今回の移動はこれまでよりも時間を掛けるものになった。
というのも今回は不意打ちである。
気づかれないことが最重要である。
その為、警戒をこれまで以上に行う必要があったからだ。
実に『イヤーズ』に辿り着くまでに、ほぼ一日を有したのである。
正直へとへとではあるが、そんなんことは言ってられない。

『イヤーズ』の外壁の見える森に辿り着くと、俺達は一度『シマーノ』に帰る事にした。
俺達の家の中に転移して、開始の時間に備える。
まずは食事をして腹ごしらえをする。
腹が減っては何とやらである。
ゲンを担いでメニューはかつ丼にした。
ノンの要望で味噌汁付きである。
最後に打ち合わせを行って段取りを確認する。
全員余念なく確認作業を行っている。
最終確認は完了した。
全員が今か今かと俺のゴーサインを待っていた。
そろそろかとタイミングを見計らって、俺はゴーサインを出すと共に『イヤーズ』の外壁が見える森に転移した。

作戦開始だ。
獣スタイルに変化したギルとエル、ノンが一斉に空に向かって飛びだす。
ノンも今では飛行魔法を覚えている。
ノンは風魔法も併用して、一目散に空へ飛び立っていった。
その様はまるで天を駆けているみたいだ。
空を掛けるフェンリルは神々しい。
その様子を万遍の笑みで俺は見送った。
俺はゴンを従えて、闇に紛れて行動を開始した。
本格的に『オペレーションポタリー』は繰り広げられ始めたのである。



現在の時刻は十一時五十分。
『イヤーズ』の城下町はいつも通りの賑わいだった。
何も変わらない、いつも通りの日常だった。
本日は水曜日の為、十三時からラファエルの拝謁が行われる日である。
三千名近くの人々が十二時から開始される受付を行う為に、ラファエルの神殿前に屯していた。
早く十二時を向かえないかと、拝謁する予定の者達が待ち詫びていた。

そこに突如、上空に二匹の聖獣と神獣が飛来した。
バサバサと音を響かせてラファエルの神殿の上空に現れると、街を見下しながらホバリングしていた。
あまりの出来事に街は大混乱となる。

「何で聖獣が!」

「嘘だろ?」

「ドラゴンか?」

「あれは聖獣のフェンリル?」

「なんでペガサスが?」
人々が右往左往として、混乱は更に拍車がかかる。
状況を整理出来る者は誰一人としていなかった。
ここに大混乱が始まろうとしていた。

「おい!あの人はどうしているんだ?」
一人の青年が護衛の兵士に詰め寄って肩を掴む。

「知るか!離せ!」
護衛兵が青年の腕を振り払う。

「いいから早く伝えるんだ!一大事だぞ!」

「分かっている!おい!警備長は何処だ!早く呼んできれくれ!」
街中の混乱は始まったばかりだ。
突然の事に人々の戸惑いは騒ぎになる。
その騒ぎに輪を掛ける様にドラゴンスタイルのギルは、翼と両手両足を拡げて咆哮する。

「ギャオオオオオオーーーーーー‼‼‼」
邪悪な響きの声音に地面が揺れる。
『イヤーズ』に激震が起こった。
人々の悲鳴が挙がった。
ドラゴンの咆哮に人々は我先にと逃げ惑うことになった。
逃げ惑う人々の数名は足を取られて地面に身体を打ち付けている。
余りの出来事に『イヤーズ』は混迷を極め出していた。

「どいてくれ‼」

「えらいこっちゃで‼」

「早く逃げるんだ‼」
『イヤーズ』の混乱はまだ始まったばかりであった。



俺は透明化の能力を使い、透明化した状態で街の騒ぎを眺めていた。
ゴンも俺の隣で透明化している。
ゴンには透明化の能力を付与してある神石を渡してある。
神石を発動させてからゴンに渡してあるのだ。
当然ゴンも透明化している。
二人共気配を断っている為、誰も俺達に気づくことは出来ないだろう。
潜伏は成功ということだ。

ゴンも透明化の魔法をそろそろ獲得できそうだということだったが、待つことは叶わなかった。
ギルが能力獲得に頑張っている裏で、ゴンも透明化の魔法の取得に頑張っていたのだが、残念ながら透明化魔法は取得できなかった。
ゴンは悔しそうにしていたが、こればかりはしょうがない。
変化の魔法が得意なゴンのことだから、透明化魔法は取得出来るはずだ。
今は俺の能力の延長線であるのだが、直に取得できるだろうと俺はそう思っていた。
だが・・・

「主、ありがとうございます。主のお陰で透明化の魔法を取得出来ました。今、世界の声が聞こえました」
いきなりの話である。
ゴン曰く、神石での透明化が感覚を掴むことに繋がったみたいだ。
たまにある戦闘中に強くなるみたいなあれだな。
ゴンは神石を俺に返して再び透明化した。

「そうか・・・ゴン、そろそろ行くぞ。着いてこい」
ニコリと笑うゴンだが、ゴンの笑顔に今は構ってはいられない。
任務優先だ、先を急ぐとしよう。

「主、畏まりました」
俺達はラファエルの居城に向うことにした。
街の混乱を尻目に、一気に転移でラファエルの居城の前に辿り着くことに成功した。

ラファエルの居城には多くの警備兵がいた。
蟻の一匹も通さないと厳重な警備態勢が敷かれている。
だがそんな警備兵も俺とゴンの前には何の役にも立たない。
透明化している俺達を目視することは叶わず、完全に気配すらも断っているのだ。
見つけ出すことは出来ようはずもなかった。

ここは警備兵を責めてはいけない。
彼らは実に忠実に職務を真っ当しているのだ。
決して気を抜いてなんていない。
それほどまでに力量差があるのだ。
これを埋めることはまず無理であろう。
俺達は手を煩わせることも無く、エリカから教えられたとおりに、ポタリーさんの居る地下二階に向かうことになった。



『イヤーズ』の城下街は混乱に満ちていた。
逃げ惑う人々、警備の兵士達も何をしたらいいのかと戸惑っている。
ギルとノンとエルはホバリングを止め、ラファエルの神殿の屋根に座していた。
逃げ惑う人々を睨みつける様に見下していた。
お前達は許さないと言わんかの如く。

そこにある一人の僧侶風の男性が声を挙げる。
「神獣様よ!何故にここに来られた?お答えください!」
勇気を振り絞った質問だった。
ギルは男を睨みつけるが答えない。
その一言を聞き取った者達が、興味を覚えたのか立ち止まってその様子を眺めていた。

「ドラゴンよ!何故答えない?」
ギルは無言で男性を睨みつけている。

「・・・」

「もしや・・・あなた様達はあの人を守ろうと馳せ参じたのでしょうか?」
男性は見当違いの事を言い出した。
でもギルは何も答えない。

「やはり!そうなのですね!伝説のドラゴンがあの人をお認めになったのですね!もしやあなた様はエンシェントドラゴンなのでは?そうだ!そうに決まっている。者共よ!驚くでないぞ!これは僥倖であるぞ‼遂にエンシェントドラゴンがあの人をお認めになったのだ‼」
この発言に人々の混乱が収まろうとしていた。
蜘蛛の子を散らす様に散っていった者達が再び集まろうとしていた。
ざわつく人々。

「そうなのか?・・・ほんとに?」

「そうだ!そうに決まっている!」

「なんだ・・・そういうことか・・・」
人々の想いはそうあって欲しいという方向に定まり出していた。
しかしその時。
ギルは足を踏み鳴らして、神殿の天井を破壊した。
ゴガン‼‼‼
破壊音が響き渡る。
天上の一部が崩れて外壁が壊れだした。
そしてニヤリと邪悪にギルは微笑む。
その笑顔にイヤーズの国民は凍り付いた。
すると今度はノンが暴れ出した。
神殿の破壊行為は加速する。
その隣でエルは呪文を演唱し始めている。
エルは国民を睨みつけながら、何処に魔法を落とそうかと怖い顔をしていた。

次々に神殿は破壊され、どんどんとその姿形を変えようとしていた。
正に今、この国は聖獣と神獣に蹂躙されようとしていたのだった。
どんどんと崩れていく神殿。
その様に絶叫が響き渡っていた。

「くそぅ!違うじゃないか‼」

「神殿が!・・・我らの神殿が‼」

「世紀末だ‼」
人々の嘆きが木霊していた。
こうしてイヤーズに世紀末が訪れようとしていたのだった。



実はちょっと違っている。
否、見た目とはだいぶ違っている。

(ねえ!加減が難しいよノン兄!これぐらいでいいかな?)

(もうちょっと強くしてもいいかも・・・でも踏み抜いたら駄目だよギル。下に人が居るかもしれないからね)

(分かってるよ・・・どう?こんな感じ?)

(僕がやってみるね)
ノンが神殿の入口の柱を一つ破壊した。

(ちょっとノン兄!それは不味いって!)

(ちょっと二人共!やり過ぎですの!ここは魔法でやるですの!)
三人は加減が分からず困っていた。
でもこの様は『イヤーズ』の人々にとっては恐怖でしかなかった。
暴れまくる神獣と聖獣、次々に神殿は破壊され、どんどんとその姿形を変えようとしていたからだ。

守から三人が聞かされていたことはこんな事だった。
「いいかお前達!とにかく人の眼を惹きつけろ!その為には神殿の一つや二つ破壊しても構わない、それに俺達にとってお前達は敵であると意思表示をするんだ。お前らの宗教なんて認めないぞ!と態度で示してやれ!でも絶対に人を傷つけるな!それだけは気を付けろ!いいな?怪我人と死者はゼロだぞ!絶対だ!必ず守れ!」
三人の想いはひとつだった・・・ちょっと無茶ぶりじゃね?
建物は壊してもいいけど怪我人は出すなって・・・結構ハードル高くね?
だからの出来事であった。
てんやわんや劇場はこのようにして行われていたのである。
でも結果的には上手くいっていたことに、三人は胸を撫で降ろしていたのである。
怒りの表情を浮かべながらも、再び逃げ惑う人々にほっとしていたのである。
でもここで事態は終わらなかった。



俺は想定通りゴンと歩を進めている。
地下二階。
遂にあと扉を隔てたその先には牢獄が待っている。
扉の前には屈強な警備兵が左右を囲んでいた。
でもそんなことはどうでもいい。
なんてったって俺の透明化の能力は物質すらも潜り抜けるのだから。
俺は意に返すことなく扉を通過しようとしたのだが、不意にゴンに腕を掴まれてしまった。
振り向くとゴンが何かを言おうとしているが、声を出せない状況に眼を白黒させている。
なんだ?ゴンの奴・・・ここに来てなんだってんだ?
ゴンは必死に何かを伝えようとしているが、全く伝わってこなかった。
俺は両手を挙げて分かりませんのポーズを決める。

一度下を向いたゴンは俺の耳を両手で覆うと小声で話し出した。
「主・・・私の透明化の魔法では、まだ扉を通過することはできません・・・」
そういうことか、まぁさっき覚えたばかりだからしょうがないよね。
俺はゴンの狐耳を両手で覆って返事をした。

「ゴン・・・大丈夫だ・・・俺の手を握れ・・・そうすれば通過できる・・・」
伝えたや否や、ゴンは相当擽ったかったのだろう。

「ヒャッ‼」
声を漏らしていた。
それだけでは無く、透明化の魔法も解けていた。

その様に驚く警備兵。
完全に身体が固まっている。
それはそうだろう、いきなり目の前に人が現れたのだから。
驚かない訳が無い。

「眠れ‼」
俺は思わず速攻催眠を行使してしまっていた。
崩れ落ちる様に眠りに着く警備兵。
そして何が起こったか分かっていないゴンまで、速攻催眠に掛かって崩れ落ちていた。
ゴンを寸でのところで抱きかかえた俺は、そのまま扉を潜り抜けて、危機を潜り抜けたのだった。
我を取り戻したゴンは必死に俺に謝っていた。
まあこれはしょうがないよな・・・やれやれだ。
まあ一先ずは良しとしておこう・・・ふう。
にしも流石に焦ったな。



神殿の上で暴れまわる神獣と聖獣に人々は混乱の境地に達していた。
だが我が身を守ろうと思う反面、崇拝するあの人をお守りしなくていいのか?
と健気に思い出す者達もこの時現れ出していた。
それが徐々に事態を変えていくことになる。

冷静に努めようと数名が動き出す。
それと同時にラファエルの親衛隊が動き出した。
ラファエルの親衛隊は優秀だ。
緊急時の行動は常日頃から訓練済みなのである。
でもこんな事態は想定をはるかに超えている。
緊急時の想定以上の事態である。
一度はフリーズしてしまった親衛隊だったが、冷静になったこの者達は瞬時に行動に移っていた。

親衛隊は魔法兵の一団を従えて神殿を飛び出した。
暴れまわる神獣と聖獣の姿を見据えると、防御陣形を取り出す。
それと同時に魔法兵が演唱を開始した。
ここに来て反撃の狼煙が挙げられようとしていた。
これ以上の蹂躙は認めないと武力行使に出たのである。

(あれ?此処かな?)

(違うってギル、そこをやっちゃうと崩れるからこっちだって)

(ねえ、二人共私の話を聞いてますの?そっちじゃないですの、あそこですわ!)
まだてんやわんや劇場は続いていた。
というより三人は遊んでいた。
三人とも面白くなってきていたのだ。
こうなるとこの三人は手が付けられない。
懐かしのジェンガを楽しんでいる気分になっていたからだ。
巨大なジェンガで遊ぶ三人。
楽しくてしょうがない。
初期の無人島の頃を思い出して嬉しくなっていたのだ。
次に崩す箇所は何処かと本気で悩んでいたのである。

現に『念話』で次はここだとか、否、あそこだとか任務を無視して巨大ジェンガに夢中になっている。
この国の人々にとってはただの迷惑でしかない。
これを守が知ったら三人は大目玉を喰らっていたことだろう。
でも当の守はゴンのやらかしの後始末に肝を冷やしていたのだから、どうしようもない。
後日これを知った守は、同列存在の能力を行使すべきだったと反省していた。
でも後の祭りでしかなかった。
そんな浮かれた三人であったが、やはりノンは目聡い。
親衛隊と魔法士の一団が迫っていることなどお見通しなのだ。

(ギル!きたよ!)

(もう‼楽しくなってきてたのに‼)
ギルは脹れている。
楽しい遊びを強制的に終わらせられたと怒っていた。

(そうですの!面白くなってきてたですの!)
エルも気にいらない。
遊びはここからだと言いたげだ。
まだまだ遊び気分は抜けてはいない三人だった。



魔法士の極大魔法の複数演唱が始まっていた。
揃った複数演唱が木霊する。
それはまるで大勢で祝詞を挙げている様だった。
これは火炎系の最大魔法の一つである『ヘルファイア』だ。
それも数名の重ね掛けである。
一瞬で対象を焼き尽くす最大規模の魔法となっている。
広場に集まった全ての魔法士による極大魔法であった。

「「「「「喰らえ‼ヘルファイア‼‼‼」」」」」
極限にまで高められた極大魔法がギルに向けて発動された。



業火に包まれたエネルギーの塊がギルに向けて放たれた。
これは何人たりとも躱すことが出来ない。
中距離から放たれているが、その速度は人間の眼では追えないほどの速度だったからだ。
魔法士の一団はこれで勝ったと安堵していた。
これでドラゴンは殺ったと。
それはそうであろう、この魔法を放ったが最後、止めることなど彼らが崇拝するラファエルでさえも防ぐことは無理では無いかと考えていたぐらいだからだ。

だがその想いは一瞬で砕けてしまっていた。
ギルに当たるかと思われたその僅か手前でその魔法は砕け散り、上空に向けて霧散してしまっていたからだ。
何が起こったか理解に苦しむ魔法兵と親衛隊。
全員が呆けた顔をしていた。
嘘でしょ?と顔に書いてあったぐらいだ。

楽しい遊びの時間を無理やり終わらせられたと苛立っているギルとノンとエル。
ここにギルの特訓の成果が発揮していたのである。
ギルの特訓は結界の能力の取得だったのだ。
神の張る結界に魔法など一切通用しない。
神の能力には神の能力でしか通用しないのだ。
魔法なんて通用しようがないのだ。

遊びを止められたと怒り心頭のギルは、怒りに任せてブレスを上空に吐いた。
神殿の上空に太い火柱が上がっている。
空を焼くのではないかと思われるほどに。
同様に憂さ晴らしにノンは雷魔法を行使し、神殿の周りに雷を落としていた。
轟音が成り響く。
でもそこには配慮がなされている。
何が何でも人には当ててはいけないと。
エルも怒り狂ったかの如く、俊足を飛ばして地面すれすれを飛び出した。
俊足を活かして縦横無尽に走り周っていた。
こちらも勿論配慮しながらである。
結局のところこれは演技でしかない。
人々を怖がらせ、宗教を認めない、お前達は敵であるというアピールでしかないのだ。
ここに来てやっとその作戦の本位に忠実になる三人であった。

大暴れする神獣と聖獣に、魔法兵も親衛隊も何も出来ず身体を震わせていた。
もはや逃げ惑う人達と何も変わらない。
『イヤーズ』の混乱はここに来て窮まっていた。
そして一人クモマルは、守から与えられた使命を遂行する為に、ひっそりと行動を開始したのだった。
まるで陰に潜む忍者の様に。
クモマルはイヤーズに潜伏を開始した。