まずはエリカの処遇を決めなければならなかった。
五人の老師の話を聞く限り、この北半球に居ることは危険が付きまとうと思ったからだ。
魔物達が簡単に暗殺者を素通りさせるとは思えなかったが、念には念を入れて置かなければいけない。
ここは問答無用で南半球に連れて行くしかなかった。
身の安全と彼女達の要望を叶えるとしたらそれしか思いつかなかった。
『シマーノ』に亡命した身ではあるが、それだけでは足りないと考えたのだ。
ここは保護しなければいけないと。

サウナ島で保護すると話した時には、なぜか無茶苦茶喜ばれてしまった。
特にカミラの喜び様は凄まじかった。

「よっしゃー‼」
ガッツポーズを決めて、大声で叫んでいた。
その喜び様に大爆笑が起こっていたぐらいだ。
俺はそんなにサウナ島に来たかったのかと思ったぐらいだ。

サウナ島では働かざる者食うべからずである。
というより仕事で金銭を稼がないと暮らしてはいけない。
要は仕事を与えなければいけないといった所だ。
彼女達の要望を聞いたところ、エリカは漫画喫茶の店員がしたいということだったが、流石にそれは能力の無駄使いに成る為、エリカにはマークの秘書をして貰うことにした。
彼女の能力は高い。
彼女の地球での知識は本物で、ある意味で俺の代役に成りうるとも考えたからだ。
彼女の異世界の知識はきっとマークの役に立つだろう。
それに彼女は礼儀作法にも通じていた。
マークには痒い所に手が届く存在になるに違いない。
これが後にマークの人生を幸福にするのだが、この時の俺はそんなことを知る由は無い。

ファビオはスーパー銭湯の店員が要望の為、その様にした。
熱波師に興味があるみたいだ。
どうやらファビオはサウナにド嵌りしているみたいだ。
なんて可愛い奴なんだ。
これは好感が持てる。
一端の熱波師に成ることを期待したい。
最高の熱波をお願いするとしよう。

大喜びしていたカミラはスーパー銭湯の厨房で働くことになった。
聞くと彼女はそれなりの大食感で、特に『シマーノ』に来てからは、食欲が際限なく高くなってしまったらしい。
料理に強い興味を持っているとのことだった。
でもつまみ食いは厳禁だと釘は刺してある。
それを聞いてカミラは少し残念そうな顔をしていた。
こいつ・・・つまみ食いする気満々だったな。
なんて太えやろうだ。

まずはアテンドが必要だろうと、首領陣と共にエリカ一同を帯同してサウナ島に俺は帰って来た。
そしてちゃっかりとゴブオクンが付いて来ている。
俺は笑わずにはいられなかった。
ほんとに可愛い奴だ。

プルゴブに言わせると、
「島野様はゴブオクンに甘すぎます」
という事らしいのだが、俺の笑いのツボなんだからしょうがない。
こいつとのやりとりは実に楽しい。
毎回何かしらの笑いがある。

というのも実はこんなやり取りがあったのだ。
エリカと話を重ね、いい加減腹が減っていた俺達は出前を頼んだ。
その時にギル並みにカミラが注文をしていたのには、ちょっと引いてしまったのだが、それはご愛敬というものだ。
それよりも笑ってしまったのが、ゴブオクンが岡持ちスタイルでデリバリーを行っていたからだ。
ゴブオクンの顔を見た瞬間に俺は笑ってしまった。
どうやらあいつはその天性の嗅覚で、俺が居ることを嗅ぎつけたみたいだ。
俺に会いたいと、臨時のバイトを買って出たらしい。
他にも何人もの者がバイトに殺到したみたいだが、じゃんけんで勝ち残ったらしい。
変な強運の持ち主である。
そんなゴブオクンを俺は当然の様に弄る。

「ゴブオクン、元気にしていたか?」

「島野様!会いたかっただべ!」
ゴブオクンはニコニコだ。

「よく言うよお前、なんだ?また小遣いのおねだりか?」

「小遣いをくれるだべか?やっただべ!」
ゴブオクンは小躍りしている。

「やらねえよ‼なんでやらなければならないんだ?」

「それは・・・おいらと島野様の仲だべ」

「はあ?お前それは俺を舐め過ぎだろう?」

「島野様を舐めたことは、おいらは一度も無いだべよ!」

「・・・はい?」
絶対舐めてるよね?

「・・・だべ・・・」

「なにがだべだよ!まあいい、明日にはエリカ達をサウナ島に連れていくからアテンドを頼むとしようか、それができるのなら小遣いをやるよ」

「ほんとだべか?エリカって誰だべ?」
ゴブオクンはキョロキョロしていた。
エリカがすまなそうに手を挙げる。

「おめえ・・・誰だべ?」

「ごめんなさい・・・」
もう隠蔽魔法を使わないと誓ったエリカは説明に困っていた。

「ゴブオクン、エリカ殿はこの者じゃ。お主エリカ殿と話しておったではないか?覚えておらんのか?」

「はあ?おいらはこんな奴と話したことは無いだべよ」

「エリカ、隠蔽魔法を使ってもいいんだぞ」
俺はエリカに問いかけた。

「・・・でしょうか?」

「ああ、悪いがこいつには必要なことみたいだ。頼むよ」

「しかし・・・」
エリカの逡巡が伺える。

「まあ、良いんじゃないか?」

「はい・・・島野様がそう仰るのでしたら・・・」
エリカは俺に頭を下げてから隠蔽魔法を使用した。
姿が変わったエリカにゴブオクンは慄く。
じっくりと間を取ったゴブオクンは。

「おめえ・・・誰だべ?」
と言っていた。
全員がズッコケていた。
マジかよこいつ。

「いや・・・あなた島野様のことをいろいろと教えてくれたじゃない」

「そうだべか?覚えてねえだべよ」

「はあ・・・ゴブオクン」
プルゴブは項垂れていた。

「まあ、こんなもんだろ。で?アテンドするのか?」

「勿論やるだべよ!おいらがやるに決まってるだべよ・・・で、いくらくれるだべか?」
期待の眼差しでゴブオクンが俺を見る。

「はあ?いくら欲しいんだよおまえ?」

「金貨五枚だべ!」
大きく出やがったな。

「だめだ!高い!」

「・・・じゃあ・・・四枚・・・」
もう勢いを失っているぞ。

「駄目だ!あり得ない!」

「ええ!・・・三枚・・・お願いだべ!」

「駄目だ!」
俺は笑いを堪えるのに必死だった。

「金貨二枚と銀貨五十枚・・・」

「はあ?」
そろそろフィニッシュだな。

「・・・金貨二枚・・・」

「しょうがないな」

「やっただべ‼」
ゴブオクンはまた小躍りしていた。
その様に沸く一同。
ほんとにこいつは・・・憎めない奴だ。

「だべー!だべー!」
騒ぎながら変なダンスを踊り出したゴブオクン。
感化されたのかノンも一緒に踊り出した。
更に爆笑が止まらない。

「ノン様、ここはおらの出番だべよ!ずるいだべ!」

「知らないよったら、知らないよー」
ノンがふざけて答える。
このやり取りに沸く一同。
こいつらはほんとに・・・
もう好きにしてくれ!



サウナ島に帰ってくると、受付でランドとエクスが万遍の笑顔で迎えてくれた。

「島野さん、お久しぶりです!そろそろかと思っていましたよ」

「マスターお帰り!」

「ランド、エクス元気にしてたか?」

「ええ、最近島野さんが帰ってこないからバスケットボールチームの志気が落ちちゃって、困ったものです」

「俺は元気だぜ!」

「おいキャプテン、その志気を挙げるのがお前の仕事だろ?」

「ですね、監督不在の穴は大きいですよ」

「悪かったな」

「なんてね、大丈夫です。やってみせますよ」
ランドの横腹を軽くコツいてやった。

「痛いじゃないですか?」

「嘘つけ!何ともない癖に」

「ハハハ!バレましたか?」

「やれやれだ、いいから全員分の入島料はいくらだ?」

「お待ちください」
エクスが近寄ってくる。

「マスター、今日はこっちにいるのか?」

「その予定だ」

「やった、親父に伝えないと」

「おい、また宴会でもしようってのか?」

「え?違うのか?」

「あのなエクス、俺が帰る度に宴会をやる訳じゃないからな」

「そうかよ・・・でも一緒に飲むぐらいいいだろ?」

「構わないさ」

「やったぜ!」
どうやら今日はエクスに付き合わなければいけないみたいだ。
俺は魔物達とエリカ一同の入島料金を支払った。

「島野様、ごちだべ」

「島野様、ありがとうございます」

「島野様、助かります」
ソバルとプルゴブが頭を下げる。

「ほら、ゴブオクンもちゃんとお礼を言いなさい」
プルゴブがゴブオクンを睨んでいる。

「ごちって言っただべ、前にノン様がそう言うもんだって教えてくれただべ」
ノンのやつ何を教えてんだよ?
そうだった、ゴブオクンの狩りの師匠はノンだったな。
ノンを睨みつけてやると、えへへとふざけていた。
なんだかな・・・まあいいや、ゴブオクンだし。

受付を済ませてサウナ島に入るとエリカが声を漏らしていた。

「これがサウナ島・・・イッツアビューティフォー」
おっと、本場の英語の発音だ。
ていうより心の声が漏れてますよエリカ君。
ファビオとカミラも景色を堪能していた。

「あー、ここに来たかっただべ。島野様小遣いを貰えるだべか?」

「アテンドが終わったらな」

「そうだべか・・・」

「当たり前だろ!」
この後ゴブオクンはプルゴブにこってりと叱られていた。
どうやら調子に乗り過ぎたみたいだ。

俺はアテンドには加わらず事務所に向かった。
エリカの事をマークに伝える為だ。
マークは社長室で絶賛仕事中。

「マーク、元気そうだな」
立ち上がろうとするマークを手で制した。

「島野さんご無沙汰です。どうですか?北半球は」

「まあ、何とかなりそうだな。黒幕が遂に判明したし」

「へえ?そうですか。島野さんなら何も問題無いでしょう?」

「どうだかな、そんなことはいいとしてだ。後で紹介するがお前の秘書を雇うことにした、とても優秀な者だぞ」

「本当ですか?助かります」

「俺の同郷者だ、面倒見てやってくれよ」
マークが仰け反る。

「嘘でしょ?島野さんの同郷者ですって?」

「ああ、地球の知識も豊富だ、きっとお前の役に立つだろう」

「でしょうね、急に帰ってきたと思ったらこれだもんな。もう驚かされることも無いだろうと思っていましたが、変わりませんね島野さんは」

「もう慣れっこだろ?」
マークは首を振っていた。

「・・・そうでもないですよ。もういいや、今日は仕事は止めにします。後で一杯付き合ってくださいね?」

「分かった、分かった」
どうやらこいつとも付き合わなければいけなくなったみたいだ。
でも宴会は勘弁だな。
前回の反省もあるからね。
俺は自分の家に戻ることにした。

久しぶりの我が家だ。
ここに来ると帰って来たという実感が持てる。
家に帰ってきた理由は一つだ。
一人に成りたかったからだ。

というのも、エリカから聞いた話を纏めたいと考えたからだ。
余りにたくさんの情報が集まった。
まず『イヤーズ』という国は実質ラファエルが支配している。
その方法はインフラを牛耳ることと、洗脳によるものだ。
インフラを整備したのはラファエルの為、ここは百歩譲ることは出来なくは無い。
出来れば認めたくはないのだが・・・
だが洗脳だけは許すことは出来ない。
俺の予想としては魔法、又は能力によるものと、現代の地球での知識の合わせ技だろうと思う。
エリカからは映像を見させられたと聞く限りそう思わざるを得ない。
何が何でもこれは食い止めなければならない。
ヒプノセラピストとしての沽券に関わるからな。
どうしてくれようかラファエル・バーンズ。
俺は腸が煮えたぎっていた。

一つ安心出来たのはポタリーさんは死んではいないということだ。
エリカ曰く監禁しているということだった。
何でもその理由は神についての研究をラファエルはしており、研究対象として拘束されているということだった。
後日監禁場所をエリカから聞きだして、早々に救出しなければならない。
ラファエルの奴、なんてことをしてくれているんだ。

そして残念なことに神気減少問題については、エリカは心当たりが無いということだった。
でも俺はラファエルが関係していると睨んでいる。
そうとしか思えなかった。
そしてその方法だが・・・否・・・先入観を持つ事に成りそうだから止めておこう。
思い当たる方法はあるにはあるのだが・・・

エリカから聞くラファエルは一言で言えば、口達者な奴だ。
そして自信家で傲慢であると分かる。
だが思慮深い部分や、疑い深い要素もありそうだ。
はっきり言って厄介な相手である。
ただの口達者な自信家であれば、蹴落とすのは容易だ。
でも思慮深い面も持ち合わせているとなると、一筋縄ではいかないかもしれない。
それなりの力業が必要かもしれないな。
あまりそうはしたくはないのだが・・・

恐らく信仰を集めているということは神であろうと推測できるが、その行いやエリカから聞く人間性を鑑みると神では無いと考えられる。
余りに慈悲が無いからだ。
よくて半神半人でなかろうかと予想される。
そして神の研究をしているという処から、本物の神に成ろうとしているのだろう。
こう言ってはなんだが、神を舐めている。
そんな行いではどれだけ時間を掛けても神にはなれないだろう。
自由意志を奪い、神を監禁するなどという人の道から外れた行動をしているのだ。
創造神の爺さんがそんな者が神に成れるシステムを組んだとは思えない。
あの爺さんはああ見えてかなり切れ者だからね。
でもあの爺さんも万能ではないかもしれない。
果たして・・・
そして俺はポタリーさんの救出作戦について考えることにした。



一日中考えを纏めることに費やしたかに思えたが、『演算』の能力を無意識に発動していた為、ものの一時間程度しか掛かっていなかった。
実に便利な能力である。
考えは纏まった、後は実行あるのみである。
ドアがノックされる。
どうやらお呼びが掛かったみたいだ。

「島野様!アテンドが終わっただべ!」
ゴブオクンだった。

「入っていいぞ!」

「じゃあ入るだべ」
ゴブオクンが遠慮気味に俺の部屋に入ってきた。

「あれま・・・これが島野様の部屋だべか?」
ゴブオクンがキョロキョロと部屋を見渡していた。

「そうだが?」

「何ともすっきりしている部屋だべ、おいらの部屋とは大違いだべ」

「ハハハ!そうか、要らない物は置かない主義なんだよ」

「そうだべか・・・それより」

「分かっている、お小遣いだろ?」

「やっただべ!」
俺は金貨三枚をゴブオクンに差し出した。

「いいだべか?」

「ああ、内緒だぞ」

「勿論だべ!誰にも言わないだべ!」

「声がデカいって、誰かに話したら返して貰うからな」
ゴブオクンは首をブンブンと上下に振っていた。
ほんとに可愛い奴だ。

「じゃあ行くか?」

「行くだべ!」
俺はエリカ一同を伴ってマークの所に向かった。
ゴブオクンは一目散にどこかへ駆けて行った。
何とも忙しない奴である。

事務所に着くとマークはおらず、ロンメルが絶賛仕事中であった。

「お!旦那!久しぶりじゃねえか!」
相変わらずこいつは砕けてていいね。

「よう、ロンメル。マークはどうしてる?」

「知らねえなあ、通信用の魔道具で呼び出してみるか?」

「ああ、そうしてくれ」
今では通信用の魔道具はサウナ島では当たり前の様に使われている。
便利な物は取り入れるに越したことはない。
リーダー陣と主要な施設には常備されている。
決して安い魔道具ではないのだが、資金に困らない島野商事ではあって当たり前の物になっていた。

「旦那、リーダーはメルルの所に居るみたいだぞ。そっちに行くかい?」

「そうするか、お前も行くのか?」

「いや俺はちょっとやる仕事があるんでね、後から合流する。今日も宴会なんだろ?」
またこれか・・・全く。

「宴会をするつもりはないよ・・・」

「多分リーダーはメルルに旦那の帰りを伝えに行ったんだと思うぞ、こりゃあ雪崩式に宴会に成っちまうぞ?」
ロンメルはにやけている。

「勘弁してくれよ、宴会に成ってもいいけど俺は奢らないぞ」

「良いんじゃねえか?皆な金には困ってねえからな。ただ単に旦那と飲みたいんだよ」

「やれやれだ」

「またそれを言う」
ロンメルは俺がこれを言うと決まってこうツッコミを入れる。
これ待ちみたいなもんだからな。

「エリカにファビオ、カミラ。面倒臭いから転移で向かってもいいか?」

「え?」
俺は問答無用で厨房に転移した。

「ちょ!」

「うわ!」

「ひい!」
三人は腰を抜かしそうになっていた。
ちょっと悪い事をしたかな?

「ごめん、驚かせたかな?」
三人は無言で頷いていた。
すんません。

「ちょっと島野さん!いきなり現れないでって何度もお願いしてますよね?」
振り返るとお冠状態のメルルがいた。
マークは笑っている。

「そうだった、ごめん、ごめん」

「もう!・・・まあいいや、それでそちらのお客さんは?」

「おおそうだ、紹介するよ。マーク、メルル、訳あってこの三人を島野商事で預かることになった。エリカにはマークの秘書をやって貰う。カミラは厨房で預かって欲しい。ファビオはスーパー銭湯で預かるつもりだ」
エリカ達はマークとメルルに自己紹介をしだした。
それを俺は黙って見ていた。
マークが呆けた顔をしてエリカを眺めていた。
こいつまさか・・・一目惚れか?
それを察してか、メルルがマークに肘鉄を入れていた。
はっと気が付いたマークは顔を真っ赤にしている。
あれまあ、こんなところで青春かよ。