儂の名は山野五郎、まぁなんでえ、神様なんてもんをやらせて貰ってる。
柄でもねえが、まあそこんとこはよう、成っちまったもんは仕方があるめえ。
どうにかやるさ、だが神様呼ばわりされるのは、未だに慣れねえもんだな。
どうにも照れちまいやがるし、なんだか体がこそばゆくなっちまう。
まあそんなことはいいとしてだ。

儂は日本の温泉街で次男坊として生まれた。
温泉街とはいっても立派な観光地でな、随分な人で賑わっていたもんよ。
一般人から豪商まで、客は絶えることはなかったさ。

儂の爺さんが言うには、
「お前の産湯は儂が掘り当てた温泉の湯じゃ、かっかっか!」
てなことらしい。

そりゃ誇りたくなるってなもんよ。
儂はこの爺さんが大好きで、大の爺さん子だった。

儂は爺さんが話す温泉の話が大好きで、もちろん温泉にもよく一緒に入ったもんさ。
それになによりこの温泉街は、爺さんが造ったと言っても過言じゃねえらしい。
そりゃ温泉を引き当てたんだから、そうなるわな。
泉源を引き当てた時は、大層な大ごとになったらしく、何かと大変だったと爺さんが言っていたな。

爺さんは相当な温泉好きで、この街以外の温泉地にもしょっちゅう訪れていたそうだ。
その度に婆さんからは口酸っぱく怒られてたもんよ。
爺さんは視察だなんだと、よく言い訳してたもんさ。
一度だけ儂も着いて行ったことがあったが、あれは視察なんかじゃねえ、ただ温泉が好きで行ってるだけだったな。大した温泉馬鹿の爺さんだったよ。

まあそんなこんなで、儂も子供のころからの、根っからの温泉好きになっちまったてな訳だ。
それになにより、この爺さんが造った温泉街が儂は大好きだった。

いつしか爺さんも亡くなり、儂も成人を迎えてからというもの。
儂は温泉旅館の手伝いをするようになっちまってた。
跡取りは兄貴がいたから、儂は気ままなもんで、隙をみては温泉旅行によく繰り出したものさ。

いろいろ周ったなあ、全国津々浦々いろんな温泉に浸かりに行ったさ。
路銀が切れる頃には実家に帰って、温泉旅館の手伝いよ。
手伝いと言っても、儂は旅館の業務のほぼ全てができるってなもんで、兄貴からはいい加減腰を据えて手伝ってくれ、なんて言われたもんさ。

受付から、接客、裏方仕事全般、挙句の果てには料理もできた、板前長さんからは、本格的にやってみないかと何度か誘われたもんさ。

そりゃだって、そうだろう。
小さい頃からこの温泉街の全部を見て来たし、なにより爺さんには、温泉旅館の仕事はみっちり仕込まれてたからな。
儂にとってはできて当然ってなもんよ。
まぁ温泉旅館のこと以外は、何にもできねえけどな。
ハッハッハッ!

儂もそろそろ五十歳を迎えるころ、暮らしは随分変わっちまってた。
戦争だ。

何を日本のお偉いさん方は考えているのか、儂には全くわかりゃしねえ。
だがよ、どうして同じ人間同士が殺し合わなきゃなんねえんだ?
戦争に勝ったからって、何になるってんだい?
儂にはさっぱり分からねえ。

最初は、戦勝戦勝って騒いでいたが、次第に雲行きが悪くなっていったもんよ。
当然温泉旅館なんて、真っ先に煽りを受けちまって、今じゃあ閑古鳥が鳴いてらあ。
そりゃあそうだろう。今や日本国民全員、誰一人として贅沢なんてできやしねえ。
しまいにゃあ食事も配給制だ。
こんなんじゃあ、仮にお客が来たって、ろくな食事も出せやしねえ。

そして、あれはいつだったか。
遠くの空からそいつは急に現れやがった。
B29だ。

街の皆が血相変えて、防空壕に一目散で駆けていったさ。
儂も今まで感じたことがねえほど、恐ろしかったのを覚えてらあ。
今でもたまに夢に見るぐれえだ。

あの恐怖は百年経った今でも忘れねえ。
儂も防空壕にまっしぐらに駆けていったもんさ。
だがよ、本当の地獄はここからだったのさ。

防空壕の中ってのは、そりゃあ狭くて埃っぽくて、人が居れるような場所じゃねえんだ。
だが、そんな贅沢はいってらんねえ、なんたって命が掛かってんだからな。
皆で息を殺して、音だけを頼りに外の気配を感じていたさ。

そしたらな、揺れるは揺れる、轟音はするはで、この防空壕も持たねえじゃねえかって、半ば諦めそうになったもんよ。
結局なんとか凌いだようで、儂は死なずに済んだがこの後がいけねえ。

外に出ると儂は我が目を疑った。
儂の愛した温泉街が、爺さんが造った温泉街が、瓦礫と化した姿を見ちまったのさ。
恐らく儂は何時間も何もせず、その場に立ち尽くしていたと思う。
目の前の光景を受け入れられなかったのさ。

じきに時間が経ち、やっと、考えれるようになった時に、
「いよいよ廃業だな・・・」
いつの間にか隣にいた兄貴が、ぼそっと呟きやがった。

そうか、そうなんだな、儂が愛した・・・爺さんが愛情を持って造ったこの温泉街が・・・終わっちまうのか・・・くそう・・・くそう!くそう!くそう!
儂らが何をしたってえんだい、人様に恨まれるようなことは何にもしちゃあいねえ!
なんなんだよ・・・なんだってんだよ!
畜生!畜生!畜生!

儂は面白おかしく、大好きな温泉に浸かって、温泉街に携わって、楽しく生きていたかっただけだってのに。何がいけねえってんだよ!
終わっちまったのか?・・・本当に終わっちまったのか?・・・諦めきれねえ。
儂にはまだ!

それは突然の出来事だった。

「五郎や・・・聞こえるか?・・・」

ん?なんでえ、頭の中に声がしやがった。
儂はいよいよ可笑しくなっちまったのかい?

「いいや・・・そうではない・・・五郎よ・・・声に耳を傾けるんじゃ」
おいおい何だってんだい?また声がしやがるぞ。

「五郎・・・お前に選択肢を与えたくてな・・・聞く気はあるか?」
なんだってんだい、選択肢?なんのことでえ。

そう思うと儂はなんだが急に、冷静になっていく自分を感じた。
何だか分からねえが聞いてみるか、で、選択肢ってのはなんだってんだい?

「五郎や・・・お前の能力を見越して一つ提案してみたいことがあるんじゃ」
能力?よく分からねえが、聞こうじゃねえか。

「お主、自分の温泉旅館いや、自分の温泉街を造ってみたくはないか?」
はあ?そんなもん、あたりめえじゃねえか、それができるんなら儂は何だってやってやるさ!

「そうか、はっはっはっ、よかろう、ではお主には今から異世界に転移してもらう、よいかな?」
異世界?転移?なんのことだってんだ?

「そのまんまじゃ、異世界に渡って、そこで温泉街を造って欲しいのじゃ、その世界はな、お主の住んどる日本とは全く違う世界なんじゃがな、実は娯楽が少ない世界なんじゃ」
まったく違う世界?娯楽が少ない?何だってんだ。

「そこで、温泉街を知り尽くしておるお主に、その文化を広めて欲しいのじゃ、いかがかな?」
うーん、異世界に行って、温泉街を造れってことか?合ってるのか?

「そう、それで正解じゃ」
そうか、そりゃあ行かねえ理由が無えじゃねえか!やってやるよ!否!やらせて貰うさ!

「そうか、ではよろしくな」
声の主がそう言うと、儂は意識を失った。



目を覚ますと、そこにはまったく知らねえ世界があった。
石造りの城壁に、広がる町並み、道行く彫の深い人間、獣人。
そのありとあらゆる視界から入ってくる物が、儂の知っている世界ではなかった。

知らねえ匂いもした、肌に受ける風の感覚すら違ってらあ。
儂は直ぐに実感する、ここは異世界だ!日本では無い世界。
儂は先ほどの、見知らぬ声の主との会話を振り返る。

ここは異世界・・・娯楽が少ない世界・・・温泉街を造る・・・だったな。

いいじゃあねえか、やってやるよ、やってやるさ。
造ってやろうじゃねえか、異世界で温泉街をよ!
さあ、これからどうしようか?試案のしどころだな。
まずはこの世界を知らねえとな、ひとまず誰かと話してみるか。

周りを見回してみると、たくさんの人が行き来していた。
ここはどうやらどこかの街の通りのようだな、よく見ると人間やら、獣と人が混じったような者や、あれは何でえ?やけに耳の長い綺麗な肌をした姉ちゃんだな、えらい別嬪さんじゃねえか。
こりゃあこの人からって、いやいや、いけねえもっとちゃんと観察しねえとな。

鎧を来た洋式の戦士みたいなのもいるな。
すると肩を叩かれた、振り向くと、鎧を纏った図体のでけえあんちゃんがいた。

「あのー、見かけない顔ですが、この街にはどういったご用件でお越しですか?」
言葉遣いは柔らかいが、その目には決して隙は無え。

儂は考える。
取り繕おうにも何もねえ、というよりまだ何もわかっちゃいねえ、何かしら怪しまれてるのは、目をみりゃあよく分かる、どうしたもんか?手筈は何もねえ、ええい!何を考えてやがる、できることはなにもねえじゃねえか。

「儂はな、先ほど違う世界からこの世界に来たばっかでな、どうしたもんかって悩んでたところでな。そしたらおめえさんが話し掛けて来たってことよ」
え!といった表情で男は仰け反った。

「もしかして、転生者ですか?」
転生者?そういやあ、それらしいことを声の主が行っていたな。

「ああ、そのようだな、で、ここは何ていう街なんでえ?」

「ここは『タイロン王国』の城下町です」

「そうかい、ありがとよ」

「あの、すいません、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「儂かい?儂は山野五郎ってもんだ。よろしくな」

「山野五郎さんですか、分かりました。では、私に着いて来ていただけますでしょうか?」
真っすぐな目で見つめられた、それは拒否はさせないという意思に満ちたものだった。
こりゃあ着いて行くしかなさそうだ。さてどうなることやら。

「ああ、よろしく頼む」
誘われるがままに、この男に着いて行った。
聞いてみたところ、このあんちゃんはこの国の警備兵をやっている者だったようだ。
そして、この世界には稀に異世界からの転移者が現れるらしい。
この世界では、異世界人は重宝されるようで、何でもこの世界の人達の知らない知識や知恵を持ってることが、その理由らしい。

まあ儂にその知識や知恵があるのかはさておき、大事にされるってんなら、ありがてえってなもんよ。
このあんちゃんの名前はなんだったかな?
百年以上前のことだからな、覚えちゃあいねえなあ、ああそうだ、エルドラドだったな。そうだそうだ。

そうこうすると、部屋に通された。

「五郎さん、飲み物と食事をお持ちしますので、少々お待ちください」
そう告げて、エルドラドは部屋を後にした。

しっかしまあ、異世界とは恐れ入った、本当に来ちまったな、さてこの先はどうなることか?楽しませて頂こうじゃあねえか。
などと考えていると、エルドラドがお茶を持って来てくれた。

一口飲んでみた。
薄い茶じゃあねえか、もっと香り立つように茶は入れねえと駄目だろうが、と言いたかったが、止めておいた。
そこまで出しゃばるのはよろしくねえな、せっかくのもてなしだ、ありがたく頂こうじゃねえか。
グイっとお茶を飲むも、やっぱり物足りなさを覚えた。

「これから面談を行いますが、中級神様のエンゾ様が行うとのことです」
そうエルドラドが告げた。
はあ?中級神?なんのことでえ、中級神ってことは神様ってことか?この世界には神様がいるってえことかよ?

「なあエルドラドよ、この世界には神様が居るってえことなんかい?」

「ええ、そうですよ」
当たり前のように話すエルドラドに違和感を感じつつも、疑問に思う事を聞いてみた。

「なんでえそりゃあ、この世界には神様が居て、儂らと共に暮らしてるってえことかい?」

「はい、そうです。この世界は神様達の権能無くしては、世界が成り立ちませんからね」
なんでえそりゃあ、どういうことでえ?権能?なんのことでえ。
しかし、神様が普通に一緒に暮らしているって、どんな世界だよここは、こりゃあ今までの常識を全て無くさないと、やっていけそうもねえじゃねえか、儂は氏神様すら見たこともねえってのに、なんなんだよいってえ。

「権能ってのは何でえ?」

「権能とはいわゆる能力です、神様それぞれが持つ力のことです」
神様が持つ能力?訳が分かんねえな。

扉がノックされた。

「どうぞ、お入りください」
と応えるエルドラド。

一人の女性が入ってきた。
その女性はまるで行司の様な恰好をしていた、透き通る肌に、薄っすらと紅が入った唇、切れ長の目、これはまた別嬪さんじゃあねかよおい!
儂の対面に座り、その女性が話し掛けてきた。
「山野五郎さんで間違いないでしょうか?」
声には高い知性を感じさせる風格があり、儂は少し萎縮する自分を感じた。
儂は賢い女は苦手だ。

「ああ、儂が山野五郎だ。してお前さんは誰でえ?」

「申し遅れました、私はエンゾと言います、このタイロン王国の財務大臣をしております」

「てえと、さっきエルドラドから聞いたんだが、中級神様ってやつかい?」
口元を袖で隠して、薄っすらと笑うエンゾ。

「はい、仰る通りです」

「かあー、聞いちゃあいたが、本当に神様が顕現してるんだな。こりゃあ、えれえこったぜ」
儂は膝を叩いて笑った。
これが笑わずにいられるかってんだ。
なんでえこの世界はよ。
その様子に更に微笑むエンゾ。

「我々神が一緒に暮らすのは、そんなに可笑しいことですか?」

「そりゃあ可笑しいってなもんよ、儂がいた世界ではな、神様なんて想像の産物とさえ考えられてるからな、それが直接会って、こうやって会話までしているってんだからよ、これが可笑しくなくてなんだっていうんだい、ガッハッハッハッ!」

「あらまあ、そういった世界もありますのね」

「しかし、なんだな。この世界にきてまだ数時間ってことは、この先も驚きの連続になるかもしれねえな、結構なことだな」

間をおいてから、エンゾが尋ねてきた。
「それで山野五郎さん、どうやってこの世界にお越しになられたんですか?」

「ああ、そうかそうか、まず儂のことは五郎と呼んでくれ、堅苦しいいのは苦手でな。それで、この世界に来たのはな。突然頭の中に声が聞こえてよお、その声の主が言うには、この世界は娯楽が少ねえから、儂にこの世界で温泉街を造ってみねえかと言われてな。まあ儂にとっちゃあ願ってもない話だから、そりゃあやるぜと答えたら、急にこの世界に来ちまったってことよ。分かるかい?」
腕を組んで押し黙るエンゾ、エンゾの後ろで護衛の様に立っていた、エルドラドも何かを考えている雰囲気だった。

「五郎、教えて欲しいのですが、その声の主は誰でしょうか?」
そういやあ、そんなことは何にも考えていなかったな、誰だろう?分からねえな。

「分からねえな、そんなこと考える暇もなかったからな」

「そうですか、あと、温泉街ってなんでしょうか?」
こいつ温泉街を知らねえ?そうか、もしかしてこの世界には温泉がねえのか?

「温泉街っちゃあ、温泉がある街のことさ、温泉って分かるか?」

「温泉ですか?エルドラド、聞いたことはありますか?」

「いえ、私も初めて聞く言葉ですね」

「そうか、そういうことか、面白れえじゃねえか」

この世界にはまだ、温泉がねえってことだな、又は、泉源があってもどうにもできちゃあしねえってことだな、そうなりゃあ儂が造る温泉街は、この世界での第一号ってことじゃあねえか、ありがてえ話だ。
やりがいがあるってなもんだ。

「いいかい、よく聞いてくれや。温泉ってのはな」

温泉と温泉宿、そして温泉街について五郎は熱く語った、温泉なだけに・・・

「話はわかりました、その温泉街を造るのを『タイロン王国』として、全面的に支援しましょう」
エンゾがそう宣言した。



儂は『タイロン王国』の支援のもと、温泉街を造ることになった。
まず最初に行うことは泉源の探索だ。
これが無ければ始まらねえ。泉源なくして温泉は出来ねえ。
そこで儂が考えついたのは、歩き周っても見つけることは難しい。まずは聞き込みを行うことにしてみた。

儂には補助員として、エルドラドが同行することになった。
まずは、エルドラドに酒場に連れて行って貰うことにした。
聞き込みといやあ酒場だろう、当然この国の酒や食事にも興味があったしな。どんなもんか・・・

この世界の酒場は日本のそれとはまったく違う物だった。
そもそも家や建物その物が違った。
屋根は瓦ではなく、レンガが主流、柱も木よりもレンガや石造りが多い、細部には木も使われてはいるが、木造建築は数えるほどしか見かけねえ。

この世界の酒場は、なんというか賑やかが過ぎるな。
どうにも畳が恋しいってなもんだ。

酒や食事の注文はカウンターと呼ばれる受付で頼み、出来上がったら自分で取りに行かなくちゃいけねえ。
そして、各々にテーブルで好きに食えというものだった。
店員が注文を取りに来るということは無えようで、雑多な雰囲気が酒場にはあった。
儂はひとまず適当に誰彼構わず声を掛けることにしてみた。
戦士風の一団を見つけ、エルドラドと共に向かった。

「やあ、あんちゃん達突然すまねえな、ちょっと聞きたいことがあるんだが、ちょいといいかい?」
五郎の方を一瞥すると、その内の一人がどうぞと椅子を進めてくれた。
案外この世界の者達は協力的なんかい?

「ああ、ありがとよ、聞きてえんだがよ、おめえら硫黄の匂いを嗅いだことはあるかい?」
一同は眉を潜めた。

「硫黄ってなんだ?」
一人が他の者達を代表するように言った。

「硫黄ってのはな、火薬の原料にもなる物で、独特な臭いを発している物なんだ」

「独特な臭い?」

「ああ、なんて説明したらいいのか・・・おならのような匂いか?」

「おならの匂い?」

「ああ、卵を食べた後にする、おならの様な臭いだなあれは」
キョトンとする一同。

「でな、そんな匂いのする場所を知らねえか、聞きてえってことよ」

「そりゃあ便所だろ?」
大爆笑する戦士の一団、手を叩いて笑う者もいた。

「いやいや、そうじゃなくてよ、便所以外でそんな匂いのする場所は知らねえかってことよ」

「そんなとこ知らねえな、ハハハ!」

「俺のパンツがそんな匂いがするな!ハッハッハッ!」
こりゃあ駄目だ、埒が明かねえ、だが他の表現がわからねえ、どうしたもんか。

まだ大爆笑をしている一団を無視して、エルドラドと他の客に話し掛けにいった。
だが、他の者達の反応も似たり寄ったりで、まったくもって話しにならなかった。
どうしたものか、聞き込みを続けるか・・・方法を変えてみるか。
ただ、他の方法といったら、もう限られている、まったく爺さんはどうやって泉源を見つけたってえんだい?

結局儂らは、聞き込みを続けるしかなかった、時には、ターゲットを変えて、道すがら商人に話を聞いたり、一件一件家を訪ねて話を聞いたりもした。

まったくもって話は空振りを続けた。結局こんな生活を三ヶ月送ることとなっちまった。

「五郎さん、聞き込み以外の方法は無いんでしょうか?」
困った顔でエルドラドが言った。

「そりゃあ、方法があるにはあるが、そうなると何かと物入りでな」

「お金が掛かるということでしょうか?」

「ああ、そうだ、それに時間もかかるぞ」

「なるほど、お金が掛かるうえに、時間もかかると」

「ああ、時間はいいとして、金がな・・・」

「一度、エンゾ様に相談してみては如何でしょうか?このままでは成果が出るとは思いづらいですし」
そうだわな、手詰まり感があるのは儂も分かっちゃいるんだが、まあ駄目元で相談してみるか?

「そうするか」
エルドラドにエンゾとの会談の用意をしてもらうことにした。

翌日、エンゾは快く会談に応じてくれた。

「エンゾすまねえな、時間を貰ってよ」
笑顔でエンゾが応える。

「いえいえ、温泉街の進捗はいかがでしょうか?」

「いやー、それがな、芳しくねえんだよ」
儂は頭を掻いて、気まずさを誤魔化した。

「といいますと」

「それがな、聞き込みをここ三ヵ月続けたんだがな、まったくもって埒があかねえ、全然泉源の場所のヒントすら掴めねえ状況さ」
儂はすまなそうにエンゾを見つめた。
笑顔を崩さないエンゾ、

「そうですか、それで次なる手はありますか?」
やっぱりそうくるよな、ああ、話しづれえな。

「あるにはあるのだがな、エルドラドよ」
ズルいのは分かっているのだが、エルドラドに振っていた。

「ええ、エンゾ様、在るには在るのです、しかし・・・」
話しづらそうにしている儂らに、エンゾは笑顔を崩さずに言った。

「五郎、遠慮なく話してください、私は全面的に支援すると言ったはずです、それは今でも変わりません」
そうか、そうだったな、駄目元で話してみるか。
ままよ!

「エンゾよ、そこまで言ってくれるなら、話させてもらうがな、次の手はある、だが金が掛かる上に時間がかかるんだ」

「それはどれぐらいですか?」

「正直検討もつかねえ、見つかるまで掛かるってのが、本当のところだ」

「それはどういうことですか?」

「旅に出て、泉源を探すしかねえってことなんだよ」

「なるほど」

「だからな人手もいる、そうなりゃあ当然金も掛かる、いつ泉源が見つかるか分からねえってことよ」
腕を組んで考え込むエンゾ、目を瞑って何かしら考えている様子。

何かを決したのか、正面から儂に目を向けたエンゾが語った。
「分かりました、いいでしょう。出来るだけのサポートは致します。」

「「ええ!」」
儂とエルドラドは口を揃えていた。

「ですから、遠慮なく、進めてください」

「本当かおめえ?」
思わず呟いていた。

「ええ、実はね五郎、私はこの温泉街に望みを感じているのです、あなたが初めて会った時に話していた通り、この世界には娯楽が少ないのは事実なのです、少なからず私はそう感じています。ですが私自身も娯楽という物がどういった物なのか?という本質は掴めてはいないのです、五郎がこの世界に来たのは、創造神様の意思ではないのかと思うのです」
創造神様の意思?何のこってえ。

「創造神様ってなんでえ?」

「ああ、ごめんなさいね、五郎はまだこの世界に馴染みは無いから知らないでしょうけど、この世界の最高神は創造神様なのです、そして私は、創造神様があなたを遣わしてくださったのではと考えているのです」
最高神が儂をここに遣わしたってことなのか?本当にそうなのかい?
えれえ話じゃねえか。

「ですので、その意を組んで私は全力であなたを支える所存です」
そうなのか・・・ああ・・・エンゾが女神に見えてきた・・・あっ女神だったな・・・何だかな・・・今だに慣れねえな・・・
エンゾが最高の笑顔でこちらを見ていた。

この日から、綿密な打ち合わせが始まった。
儂と、エルドラド、そしてエンゾ、三者会談が始まった。
まずは、どこにどうやって旅を行うかということだ。
そして、旅のお供について、当然儂とエルドラドだけというのは、現実的では無え。

そこでお供に考えられたのはハンターだった、残念ながら、国軍を使わせては貰えなかった。
あくまで国軍は国防の為、そして国益の為の組織であって、そこは神様とはいってもどうにかできるものではねえ。

今回の旅は、森を抜けることになるし、獣にも遭遇することは必須だ。だからこそ、人員がいる。
ハンターを雇い入れるには勿論賃金が発生する、それ以外にも旅には費用が掛かる、その費用を『タイロン王国』が肩代わりすることになった。
ほんとすまねえな・・・

ここで大事なのは肩代わりということで、将来的には返済しなければならねえ。
すなわち一日でも早く泉源を探し出し、更に温泉街を完成させて、利益を出さなければいけねえということだ。

儂は思い出そうとしていた、爺さんと交わした温泉に関する会話を。
必ずここに泉源を探すヒントがあると儂は考えた。
爺さんとは数限りなく温泉に関する話をしたもんよ、泉源に関する話もしたはずだ、思い出せ、何かあるはずだ。

「五郎や、温泉の源泉ってのはな、いわば湧き水みたいなもんよ。地球の地熱や地下に流れる溶岩層からの熱を受けて、地下水が温まって出てきたものなんだ、その湧き水が発生している場所を泉源というのじゃ。わかるか?」

「五郎や、泉源にも自然に噴出しているものと、掘削して掘り当てるものとあるのじゃ」

「五郎や、泉源には水と地熱が必要ということだ、わかるか?」

儂は考える、水と地熱、海側か、山側か、いずれにしても、加水する必要がある場合を考えると、川から離れ過ぎない方がいいのかもしれねえ。まずは川岸から始めるか・・・あと儂はこの世界のことを学んだ、なんでもこの世界には魔法が溢れているようだ、土魔法ってのが掘削に役立つかもしれねえ。

「エルドラドよ、ハンターには土魔法を使える奴を何人か加えておいてくれや、あと旅のルートは川岸からだ」

「分かりました、手配しておきます」

「五郎、これを持っていきなさい」
手渡された物は地図だった。

「『タイロン王国』は広いわ、この国の中からその泉源が見つかることを期待しているわね」

「ああ、徹底的にやってやらあ」
自信たっぷりに儂は言った。

こうして、泉源を探す旅が始まった。
旅のお供はエルドラド、他ハンターが七名、人間と獣人とエルフのパーティーだった。
なんでもエルフという種族は、魔法が得意な種族らしく、本来であれば、ハンターは五名体制が一般的らしいが、今回はここに土魔法を使えるエルフがニ名加わったパーティーとなったようだ。

旅の工程は、予定通り川岸から始めることになった。
作業としては、川岸からおそよ百メートルほど離れた場所を中心に森を切り開いていく。そして、地面を十メートルほど掘削する。

これが結構な重労働となった、森の様相によっては、地面が見えていない箇所があり、そういった場所の場合は、草を刈り地面をむき出しにしてから作業を行う必要があったからだ。
更に岩盤層による抵抗もあり、そういった層があった時は時間を有するからだった。
あー、めんどくせえ。

ただ考えようによっては、泉源が見つかった時には、そこが温泉街の中心となる為、将来的にはタイロンの城下町へと街道を繋げなければならねえ。その足掛かりになるのだと捉えればいいってことよ。

そんな作業を含む為、一日に調査出来るのは、五十メートル足らずの範囲となっちまった。

今調査を行っている川の名前は、ヨーラン川というらしく、その川幅は五十メートルほどあり、日本では恐らく一級河川ぐらいの規模の河川だったな。

今は作業を中断し、昼食を取っていた。
食事に関しては、儂の『収納』を使って、タイロンの城下町で買った様々な食材で、現地調理して儂が振舞っていた。

たまに警護がてら、ハンター達が獣を狩ってきてくれていたので、それの肉を振舞うこともしたさ。

儂の料理はハンター達に絶賛された。
それはそうだろう、温泉旅館での手伝いで厨房に立ち、料理長にもその才能を認められていたぐらいだからな。
更に儂は作業がてら、果実や自生しているキノコ類なども、日本で知りえた知識と『鑑定』でもって、食材に加えていた。
逆に儂にしてみれば、自生している食材の多さに驚いたほどだったぞ。

そして、儂は週に一度は休暇を取るようにした、これは儂の拘りでもあった。
儂は知っていたんだよ、作業を続ける毎日を繰り返すよりも、休暇を挟んで行ったほうが、作業がはかどるという事をな。

休暇の過ごし方はそれぞれに一任している。
儂はというと、釣りをして過ごすことが多かったな。
エルフの一人が、釣りをしているのを見かけたのがきっかけだった。
儂は、日本ではほとんど釣りを行ってこなかったが、まさかこの世界で釣りを学ぶことになるとは思わなかったぞ。
釣りとはこんなに面白い物であったのかと、儂は関心した。

そんな具合での旅となった為、旅の期間としては、予定よりも長く続けることができた。
ありがてえ話だ。
ハンター達とも打ち解けて、旅は順調に進んでいた。

たが、難点もあった、それは雨だ。
雨の日は調査がほとんどできねえ。さらに川に近いこともあって、雨量によっては河川の氾濫を見守らなければなら無らねえ。

日本とは違い、河川の護岸には何も対策は立てられていねえ。
自然のままの状態だ。

従って、雨の日はただただ体力を削られる。
しかし、儂は考える。そんな中でも出来ることがあるのではねえかと。
そこで儂は、雨の日は今後のことを考え、料理を作り置くことに専念した。
これも、少しでも早く泉源を見つける為の作業だ。
更に儂は、ハンター達と話しをし、この世界を知ることに専念した。

そうこうしていると、食料が尽きだし、タイロンの城下町に帰らなければならなくなった。これにて旅は一端終了となる。
これまでのルートを地図に写し、以降の旅に向けて今後の旅程を考える。

そんなことを繰り返すこと数十回、気が付けば、既に三年の月日が経っていた。

そして、いよいよ儂に、念願の時がやって来る。
儂はこれまでに何度も行っている作業に取り掛かった。
メンバーは入れ替わりを得てはいるが、概ね変更はねえ。
エルドラドも慣れたもんで、作業に交じっている。

そんななか、儂は懐かしい匂いを嗅いだ。
一瞬にして儂の心が叫びだす。
儂は我も忘れ走り出していた。
木の枝が頬を掠めていたが、そんなことは気にしてられねえ、嗅ぎなれた匂いのする方へ。

そこには自然噴出する泉源があった。
儂は我先にと泉源に近づき、源泉に触れてみた。

「熱っちぃー!」
喜びの叫びだった。

「やったー!、見つけたぞー!」
何があったのかと、エルドラドが全速力で駆けて来た。

「見つけたのですか?」

「ああ、エルドラド!そうだ、源泉だ!触ってみろ。やったぞ!」
儂は両手を挙げてガッツポーズをしていた。

「熱っちぃー!これが源泉、すごい、水が熱い!」
エルドラドも興奮していた。

ハンター達も追いつき、同様の反応をしていた。
やったぞ、遂にやったぞ。儂の温泉、儂の温泉街が出来るぞ。

「遂にやりましたね、これまで三年以上、長い旅でした」

「エルドラド、おめえ何を言ってやがる、忙しいのはこれからじゃあねえか」

「そうなんですか?もういい加減、国軍に帰らせてくださいよ」
そう言いつつも、笑顔のエルドラド。

「おめえさん、そりゃあ本心かい?違うだろう?」

「ハッハッハッ、どうでしょう?」
エルドラドは頭を掻いている。

遂にここまできた、いやこれからだ!
儂は心の中の熱い想いを噛みしめていた。



一度、タイロン王国に帰ることとなった。
ここからは、温泉街の建築に向けて、本格的に動きだすことになる。

建設にはやり直しがきかねえ、と思った方がいいと、儂は考えている。
小さなミスが、大きな時間的金銭的なロスを生むなと。
実際そうであろうな、特に街の根幹となる上下水道に関しては、やり直しは大きなロスとなるだろう。

「エンゾよ、遂にやったぞ!」
儂ははエンゾの目を正面に見て言った。

「そのようですね、おめでとうございます」

というエンゾを遮って儂は
「いや、そうじゃあねんだ、これからが大事なんでえ。嬉しいが、祝いの言葉はまだ待ってくれや」
エンゾは微笑みながら頷いた。

「そうですね、ここからですね」

「五郎さん、それでここからはどのようにに進めていきましょうか?」
エルドラドが先を促す。

「ああ、それだがな、儂なりにいろいろ考えたんだがよ、ここからは人海戦術になりそうだな」

「人がたくさんいるということですね」
そういうと、エンゾは考え込みだした。

「そうだ、それにまずは、この国の建築技術がどれだけのものかを知る必要があるな」
腕を組んでエルドラドは考えている。

「大工を招集した方が、いいですかね?」

「ああ、そうだな、それだけじゃあねえ、建築士が必要だな、設計を間違えることはあってはならねえ、特に温泉は水が命だ、給排水を間違う訳にはいかねえのさ」

「なるほど」

「ちなみにこの国の上下水道はどうなっているんでえ?」

エンゾが応える。
「この国の水道は、まだ発展途上といった方がいいわね。まだ井戸で汲みだしているところが大半よ、というかね、今回を機にその技術を学びたいと考えているわ」
儂は目を瞑って上を向いた。
そうかい、一からってことじゃあねえか、それは指南のしどころってことだな。やってやらあよ。

「分かった、やってやろうじゃねえか、まずはこの国の主だった建築士達を集めてくれや、どうでえ?」

「そうしましょう」
エンゾは儂に向き直ってそう答えた。

ここから儂は、建築に関しての一切を取り仕切ることになった。
インフラとなる上下水道の技術、日本建築の技術、温泉街に必要となる物、ありとあらゆる技術を惜しみなく伝えた。
そのこともあり、タイロンの建築技術やインフラは、この後飛躍的な発展をすることになった。

儂は、爺さんとの会話を思いだしていた。
温泉の構造、温泉街を造った時の話、その仕組みから細部まで、果ては温泉旅館の接客についてまで、全てを際限なく思い出していた。
儂は想う、爺さんとの会話が無ければ、この温泉街の完成は無かったのだなと。

そして、タイロンの国軍まで巻き込み、一大事業が始まった。
なんと完成までおよそ四年の年月が掛かることになった。
異世界に来てからおよそ八年、遂に念願の温泉街の完成と相成ったのだ。

しかし、これで儂は終わらない。
更なる進化を求めて、やっと満足のいく温泉街となるには、その後十年の歳月を有したのだった。

そして、その功績が神達に認められ、儂は温泉街の神様となった。

ちなみに、まだ『タイロン王国』への支援金の返済はまだ続いている。完済までにはあと二十年は掛かりそうだ。