丁度昼食を食べ終えた時にオクボスは会議室にやってきた。
全員が食事に満足し、旨かったと賛辞をしていたのだった。
「すまない兄弟、遅くなった」
オクボスは汗を拭いながら席に着いた。
「兄弟、急がせて悪かったな、まずは紹介させてくれるか?エリカ殿とその護衛のファビオ殿とカミラ殿じゃ」
エリカが立ち上がって挨拶をする。
それに倣って護衛の二人も挨拶をする。
「エリカ・エスメラルダと申します。以後お見知りおきを」
「護衛のファビオです」
「同じく護衛のカミラです」
その言葉を受けてコルボスも立ち上がって名乗りを上げる。
「俺はコルボスだ、コボルトの首領をやっている。そして俺は漁師だ。今日はクロマグロが数匹揚がった。晩飯は豪華になるぞ!」
「ほんとですか‼」
カミラが食いつく。
眼が欄々としている。
「お、おう!」
その圧力にたじろぐコルボス。
コルボスも今ではゴンズ様から免許皆伝を貰っており、更に守のクルーザーを受け継いだことにより、海の覇者になっていた。
このクルーザーを受け取る時には一悶着があった。
ゴンズが俺にも寄越せと守に詰め寄ったからだった。
だが守に一蹴されてしまう。
造れるだけの技術は伝授しましたよと。
これを機に守はゴンズをゴンズさんと呼ぶ様にした。
それを嬉しそうに受け止めていたゴンズだった。
そしてコルボスはサウナ島に倣い、今後は養殖に乗り出そうと、暇を見てはサウナ島に行き、レケの指導を受けていた。
ある意味師匠越えをしてしまいそうなコルボスである。
その働きもあって『シマーノ』は海鮮の宝庫になっていた。
『シマーノ』の海産物はとても充実している。
それは全てコルボスのお陰だった。
それに海産物といっても何も海のものに限った話ではない、川から捕れる魚もあれば、海苔なども加工物も充実していた。
今では『シマーノ』は食の宝庫となっているのだ。
「コルボスの兄弟、昼飯は食ったのか?」
オクボスが気を使う。
「おお、済んでいる。ありがとう」
「では兄弟も揃ったことだ、話を始めようか」
プルゴブが仕切り出した。
「ああ、お願しようか」
ソバルも快く答える。
「ではエリカ殿、ファビオ殿、カミラ殿、サポートを頼みますぞ」
「お任せを」
「心得ました」
「畏まりました」
プルゴブはエリカについて話を始めた。
全員が押し黙って話を聞いている。
途中に信仰宗教国家『イヤーズ』の名前が出てからは緊張が続いた。
全員が現状を把握できている証拠だった。
特にソバルは信仰宗教国家『イヤーズ』が未来に起こりうるダイコクの消息不明事件に関わっていると睨んでいた。
その眼光は鋭い。
時折エリカやファビオが言葉を重ねて、概ねの話は伝わった。
話し終え、会場は不思議な一体感を得ていた。
時間は掛かったが、全員がそんなことは気にしていない。
首領陣のエリカを見る視線が変化した。
「なんと、僥倖ではないか!」
「流石は島野様、とてつもない強運」
「そうだな、何もせずとも向うから現れてくれるとは、正に鴨葱ではないか、島野様は凄いな。否、もしかしたらこれすらも予想していたことかもしれん」
「ええ、島野様ならあり得るわ。島野様に不可能は無いもの」
「間違いないのう」
魔物達は守を過剰評価している。
守にはエリカの存在は分かるはずもない。
こと守のことになると、眼を狂わす魔物達だった。
だが話を真面に聞いてしまったエリカ一同は絶句していた。
(私の事を予想していたですって?そんな馬鹿な・・・否、これまで聞いてき島野様の人物像からだとあり得るのかもしれないわ、これはいけない、もっと島野様を上方修正しなくては)
その様にエリカは捉えてしまっていた。
そもそも魔物達は守を過剰評価していているので、五割増しスタートなのだ。
守がこの場にいたら間違いなく言っていただろう。
やれやれと。
「それにしても、エリカ殿。よくぞ亡命を望んでくれた。こちらとしても快く迎えさせて貰おう。なあ兄弟達よ!」
ソバルは上機嫌に言った。
「そうだ!」
「我が国にようこそ!」
「お友達になりましょうね」
「嬉しい出会いだ!」
こうしてあっさりとエリカ一同の亡命は受け入れられることになった。
魔物達の懐の深さに涙するエリカだった。
「・・・ありがとうございます・・・」
それをにこやかに頷く首領陣。
ファビオとカミラも安堵の表情を浮かべている。
「こうしてはいられん、兄弟よ。早く島野様に伝えねば!」
「そう焦るなソバルの兄弟よ、分かっておるわい。クロマル殿はおられるか?」
その言葉を受けてクロマルが入室してきた。
「クロマル殿、聞いておったのじゃろう?クモマルの兄弟に連絡を頼めるかのう?」
「元よりそのつもりだ、既に連絡は付いている。直にクモマル様は島野様一同を伴って来られるに違いない」
「相変わらず仕事が早いのう、クロマル殿は」
この言葉にクロマルは薄っすらと口元を緩める。
オクボスが疑問を口にする。
「ちょっと待ってくれ兄弟、島野様は『ルイベント』と『ドミニオン』の同盟の件で忙しいのではないのか?」
クロマルが口を挟む。
「大丈夫だ、既に両国にバトンは手渡されている。島野様達は魔道王国『エスペランザ』に向かおうと準備をなさっている」
「それならよいのだ、では島野様達の到着を待つとしよう」
この発言を受けてエリカに衝撃が走った。
(『ルイベント』と『ドミニオン』の同盟ですって?そんな・・・あの『ドミニオン』が同盟を結ぶだなんてあり得ない。だってあの国の主権は貴族達が握っていたはず。あの道徳心の欠片もない貴族達が『ルイベント』と手を結ぶですって?『ルイベント』といえば英雄と名高い国王のスターシップがいる。スターシップもそんな国と同盟を結ぶなんて考えられないわ。もしかしてあの貴族共を一掃したとでもいうの?まさかね・・・)
「ちょっと待ってください『ルイベント』と『ドミニオン』が同盟を結ぶってことなのでしょうか?」
タイミングよくカミラが疑問を投げかけた。
まるでエリカの心を代弁しているようだ。
「そうじゃ、島野様に不可能はないのじゃ、島野様は悪事を働く腐敗した貴族共を一斉に検挙し『ドミニオン』を正常な国に造り変えたのじゃ、それもものの一日でじゃ。流石は島野様じゃわい。ガハハハ‼」
(嘘でしょ?あり得ない・・・)
エリカは言葉を発することも出来なかった。
(島野様・・・凄すぎる・・・)
「そんな馬鹿な・・・あり得ない・・・」
「カミラ殿、驚くのもよく分かるぞ。だがこれが島野様なのだ」
コルボスは自分の事の様にどや顔をしていた。
それも頷けるものだ。
魔物達にしてみれば、何よりも守が最優先されるのだから。
守の功績は誇らしいものなのだ。
自分の事の様に嬉しくて溜まらないからだ。
『シマーノ』の魔物達はどこまでいっても守を信じているし、崇拝している。
その想いに一切の揺らぎはない。
自分の父母、息子娘以上に愛情を注いでしまうのだ。
それぐらい加護を与え、名を与えてくれた守に心酔していた。
でも魔物達にとってはそれは当たり前のことでしかない。
それは朝出会ったら、おはようと挨拶することぐらい当たり前のことなのだ。
魔物達の信仰は強固だ。
時折過剰評価をしてしまうのがたまに傷なのだが・・・
そんな魔物達を見てエリカは比べてしまっていた。
なんでこんなに違うのかと・・・
あの人に向ける『イヤーズ』の民の信仰とはあまりに違う。
例えるならば、強迫観念と自由意志だ。
『イヤーズ』でのあの人に向ける信仰は、しなければならないとされているものだった、なぜならばそれが教義だからだ。
自らの意思では無く、そうしなければならないという教義なのだ。
だが魔物達が守に向ける信仰は、自らの意思で信仰したいと、心から想っているものだ。
その違いはあまりに大きい、冷静に努めようとするエリカでさえも、既に守を信仰しようとその心は大きく傾いていた。
信仰の違いを知ったエリカだった。
その時は急に訪れた。
一同が気を抜いた瞬間に、島野一家は会議室に現れた。
突然のことに一同が驚くことかと思いきや、魔物達は慣れているのか全員の口元が緩む。
だがエリカ達はそうはいかない、急な事に腰を抜かしそうになっていた。
だがそんなことはお構いなしに守は平然と声を掛ける。
「よう、お前達どうしてた?」
「「「島野様!」」」
魔物達は席から立ち上がると、跪いた。
それに遅れてエリカとファビオ、カミラも跪く。
バタバタ感は否めない。
「お前達は相変わらず堅いなー、もっと楽にしろよ。さあ、立ってくれ」
笑顔で守は促す。
「「「はっ‼」」」
「それにそこの客人、俺に跪く必要なんてないぞ」
「有難きお言葉・・・」
エリカは呆気に取られている。
そしてここで初めて守の顔をしっかりと見た。
(この人が島野様・・・なんて日本人の顔をしているの・・・愛着が沸くわ・・・何で金髪?見た目は二十歳そこそこの男性だけど・・・存在感がデカい‼なんてオーラなの、これが本物の神!ああ・・・)
エリカは守から目が離せなくなってしまっていた。
エリカの瞳孔は開きっぱなしだ。
守はというと、真正面からじっと見られることに照れていた。
照れを誤魔化そうと、
「ゴブオクンはいるか?」
と居るはずの無い者の名前を呼んでいた。
「島野様、ゴブオクンは狩りに行っております」
そうとは知らずプルゴブは真面目に答える。
「そ、そうか・・・それであのー、誰?」
そう問われて始めてエリカは守をガン見していたことに気づいた。
「も、申し訳ありません!島野様、私はエリカと申します。エリカ・エスメラルダです。よろしくお願いします!」
エリカは緊張でガチガチに固まっていた。
護衛の二人を紹介するのを忘れてしまうほどに。
それと気づいてプルゴブがサポートする。
「それと護衛のファビオ殿とカミラ殿でございます」
守は頷いた。
「エリカさんに、ファビオさん、それにカミラさんですね。どうも始めまして、島野守です。よろしく、まずは座ってください」
こうしてエリカは遂に守との出会いを果たしたのだった。
見た目としては印象の薄い三十歳台の女性だった。
その印象の薄さに俺は違和感を感じていた。
これは何かの魔法の効果か?
護衛の二人からはそんな気配は感じない。
だが、それよりもなんでこんなにガン見されるんだ?
ちょっと照れるじゃないか、これは誤魔化さないと間が持たないな。
「ゴブオクンはいるか?」
なんてな、いる訳無いよな、だって首領陣の集まりだって聞いていたし、でもゴブオクンに会いたいな。
だってあいつといると笑えるしね。
顔を見ただけで爆笑だもんな。
「島野様、ゴブオクンは狩りに行っております」
「そ、そうか・・・それであのー、誰?」
そろそろ自己紹介してくださいよ。
「も、申し訳ありません!島野様、私はエリカと申します。エリカ・エスメラルダです。よろしくお願いします!」
緊張でガチガチじゃないか。
やっとガン見が終わったな、よかった、よかった。
知らない女性からガン見されるのってなんだか嫌だな、もしかして社会のドアが開いていた?とか顎に食べ残しが付いていた?なんてことがあったからね。
恥ずかしいったらありゃしないよ。
「それと護衛のファビオ殿とカミラ殿でございます」
護衛ね、まあ見た目から分かってはいたけど。
「エリカさんに、ファビオさん、それにカミラさんですね。どうも始めまして、島野守です。よろしく、まずは座ってください」
三人は立ち上がって深くお辞儀をした。
これまた礼儀正しいことで。
「島野様、こちらの方々の話を聞いてください。決して損はなさらないかと」
プルゴブは意味深な視線を送ってきた。
「ほう?プルゴブ。お前がそう言うのなら聞くしかないな」
「有難き幸せ」
実際プルゴブの判断力に俺は信頼を置いている。
こいつは俺に従順な上に、俺にとって何が重要かをよく考えている。
信頼に足りる奴ということだ。
「主、少々お待ちください、そこの女!主に失礼ですよ。いい加減その隠蔽の魔法を解きなさい」
ゴンが隣から入ってきた。
やっぱりな、そういうことか、変化の得意なゴンなら気づくだろうとは思っていたが。
「そうだよ、あり得ないよ」
ギルも見抜いたみたいだ。
やるじゃないかギル。
ノンとエルは平然としている。
多分気づいてはいただろうが、興味はないという処かな。
クモマルは呆気に取られていた。
顔を青ざめるエリカさん。
「も!申し訳ございません!失念しておりました。ご容赦くださいませ!」
というとエリカさんは隠蔽魔法を解いた。
見事な隠蔽魔法だと認めざるを得ない。
声まで変わっている。
これまでの印象の薄い外見から全く違う女性が現れた。
気品漂う高貴な女性だった。
年の頃は三十歳ぐらいだろうか、慎ましくも意思の強さが伺える強い光を帯びた眼差しをしていた。
とても綺麗な顔立ちをしている。
西洋風の美女と言ってもいいだろう。
目鼻立ちがくっきりとしていた。
隠蔽魔法を解いたことに首領陣は驚きを隠せないでいた。
こいつらでも気づけなかったとは、相当レベルの高い隠蔽魔法なのだろう。
それを気づいたゴンとギルは流石ということか。
「訳あっての隠蔽だろうが、ここからは本音で頼むよ、エリカさんも疑われるのも本意ではないだろう?それにお前達も気にしなくていい、エリカさんの隠蔽魔法の手腕は本物だからな」
プルゴブとソバルは恥ずかしそうに下を向いていた。
「ご厚意痛み入ります、今後は隠蔽の魔法は一切使いません」
いや、そこまでは求めてないよ。
まあいいか、先を急ごう。
「ではエリカさんとやら話を聞こうか?」
仕切り直しだな。
「ありがとうございます、私の事はエリカとお呼びください」
エリカの表情が引き締まったのが分かる。
さてどんな話が語られるのやら。
「私は転生者であります」
いきなり凄い事を言い出したよ。
「ほう、転移者ではなく転生者か?」
「そうであります、島野様は転移者ですよね?」
なぜ知っている?
「そうだ、良く知っているな?」
「失礼ながら調べさせて頂きました」
なるほど、調べは付いているということね。
まあいいでしょう、他意は感じないし。
「それで、その転生者さんが俺にどんな御用で?」
「担当直入に申し上げます、私達三人をこの魔物同盟国『シマーノ』に亡命させてください」
エリカ達は再び頭を下げた。
「それは俺では無く、こいつらに聞いてくれ、この国は俺の国では無い。こいつらが造り上げた国だ、俺はそれをサポートしたに過ぎない」
この言葉を首領陣は寂しくも、笑顔で受け止めている。
これまでに何度も俺はその様に言い聞かせてきたからね。
だからといって、決して魔物達を見放している訳ではない。
こいつらもそれをよく分かっている。
「実は既に首領陣からは了承を得ております」
「なら話は早い、良かったじゃないか」
エリカの表情が明るくなる。
「有難き幸せです。島野様にも認めて頂こうと考えたのですが、不要だったみたいですね」
「そうだな、それで?」
俺は話を促した。
「何処から話しましょうか、少々長くなりますがよろしいでしょうか?」
「なら飲み物を準備しよう、ゴン頼めるか?」
「お任せください」
ゴンはエルとマーヤを伴って飲み物を準備し出した。
首領陣も積極的に手伝っている。
俺はいつもの如くアイスコーヒーだ。
エリカ達も好きに注文をしている。
飲み物の準備が整ったので話を促すことにした。
エリカが訥々と話を始めた。
それは彼女の転生前の人生の話だった。
大使館に勤める父と、優しい母親と妹、家族について話をする彼女は実に活き活きとしていた。
彼女の家族への深い愛情が伝わってくる。
俺とは同じ時を過ごしたのが時代背景からよく分かった。
彼女が転生したのは、今より三十年ほど前のことみたいだ。
彼女は神妙な面持ちで俺に尋ねてきた。
「エリザベス女王はご健勝でしょうか?」
「ああ、元気にやっているみたいだよ」
ロイヤルファミリーのことは、テレビでたまにやっているからね。
「そうですか、それはよかったです」
ほっとしているのがよく分かる。
イギリスの地で暮らした人の愛情は、やはりロイヤルファミリーに向かうものだと思わされた。
転生した今ですらも、その精神性は変わらないものなのだと感心してしまう。
そして話は面白い方向へと変わっていった。
それはなんと日本文化への愛着と強い好奇心だった。
父親の影響で日本の文化に触れ、そのワビサビの精神とおもてなしの心に強く憧れを抱いたとの話だった。
更に日本には一度旅行で訪れたことがあるとのことだった。
その時に食した日本食が忘れられず『シマーノ』で食べた日本食に、涙を流してしまったと眩しい笑顔で語っていた。
俺は異国の人が日本の文化に触れ、その精神性に強く惹かれることがあることを知っている。
まさかこの世界に来てそんな人に巡り合うとは思ってもみなかった。
不思議な御縁だと思わざるを得ない。
俺の愛して止まないサウナだが、その本場はフィンランドである。
そんなフィンランド人も、日本のサウナ文化に一目置いていることも知っている。
日本人の文化や精神性はワールドワイドだと思ったものだ。
そして漫画について話をする彼女は躍動感に満ちていた。
それだけでも彼女が漫画を愛しているのが窺い知れた。
恥ずかしがりながら『シマーノ』の漫画喫茶に、一週間も缶詰状態であったことを話してくれた。
俺はそれを微笑ましく聞いていた。
この時点で彼女が悪感情を持ってここに居ない事が分かった。
そして話しは不意に佳境を迎えた。
ダンプカーに轢かれてその生を終えてしまったと。
その時に愛する家族と天国で暮らせると思っていたのだが、意図せずにこの世界に転生してしまったのだと。
その時を思い返していたのか、彼女の頬は涙で濡れていた。
彼女を俺は慮ることは出来そうもなかった。
でもその気持ちは痛いほどに伝わってきた。
俺はこの時すでに彼女に対して同郷者の一体感を感じていた。
この人は守ってあげないといけないと・・・
エリカの話は続く、
「エリカ、よく話してくれた、ありがとう。どうやら同郷の誼のようだ、出来る限りの協力はさせて貰うよ」
「ありがとうございます、本当に嬉しいです」
エリカは涙を拭っている。
「やはり、エリカ殿は島野様と同郷者だったのですね」
プルゴブが喜んでいた。
「そのようだな、これで同郷者は五郎さんに続いて二人目だ」
これに首領陣が沸く。
「おお!五郎様とも同郷者になるのですね!それは僥倖!」
「それは凄い!」
「なんと、やはりエリカ殿は島野様の同郷者であったか!」
「エリカ殿もいずれ神に成られるのでしょうね」
エリカは何とも言えない苦笑いをしていた。
俺の同郷者というだけでこの騒ぎだ。
なんだろうね?
まあ好きにしてくれ。
そしてエリカは表情を改める。
「ここまでお付き合いくださいましてありがとうございます」
「いいんだよ」
「でも話はここからが本題になります」
エリカの眼差しは真剣だ。
「ほう?それは?」
「私は新興宗教国家『イヤーズ』の主要メンバーの一人であります」
俺は気を引き締めた。
どうやらここまでと同じ空気感で話を聞く訳にはいかないみたいだ。
新興宗教国家『イヤーズ』といえば俺達の最重要案件だ。
俺は新興宗教国家『イヤーズ』は将来起こるであろう、ダイコクさんの消息不明事件の黒幕と睨んでいる。
それにどうしても宗教国家ということに違和感を感じざるを得ない。
この世界の異物と感じてしまうのだ。
「なるほど、それで亡命ということなんだな」
「そうです、これから私の知る『イヤーズ』の全てをお話させて頂きます。その上でもし私に出来ることがあるようでしたら、何なりとお申し付けくださいませ」
ちょっと待てよ、このままこの場で話をしていていいのか?
南半球に移った方がいいのか?
クモマル達が警戒を怠っていないからいいのか?
話の加減によっては場所すら変えた方が良いかもしれない。
『イヤーズ』の力を把握できていない今、最大限の警戒をするべきなんだろうか?
待てよ、それは大袈裟すぎるかもしれない。
まずは状況を見極めよう。
「分かった」
俺は頷いた。
「まず新興宗教国家『イヤーズ』はその名の通り、宗教が国の根幹を担っております。神様の顕現しているこの世界において、それは異質なことであると、地球を知る私には違和感があります。因に私はキリスト教徒です」
それは同感だな。
宗教国家なんて違和感があり過ぎる。
「国家の運営自体は王政を布いておりますので、国王の国であります。しかし国王のラズベルト・フィリス・イヤーズは、教祖であるあの人に逆らうことは一切致しません」
「あの人?」
なんで固有名詞じゃないんだ?
「はい、あの人です。教祖のことをイヤーズの国民はあの人と呼んでいます。あの人の本名を知る者は僅かな者に限られています」
「それはどうしてなんだ?」
「恐らく契約行為に関係しているのかと思われます」
そうなるのか、契約は必ず本名で行わなければならないのはこの世界でも一緒ということだな。
本名を知られてしまっては、勝手に契約を無効にされる可能性があるということか。
この世界での契約のほとんどは魔法で縛っている、だがその原理は単純でゴンに言わせればどれだけでも介入可能だということだった。
それはゴンの魔法の能力が著しく高いことになるのだが、今はどうでもいいことだろう。
「なるほど」
「そして私はあの人の本名を知っております」
どうしてエリカが?
「ほう?それはどうしてだ?」
「私の父はイヤーズの大貴族であり、私はその代行者として五人の老師の一人だからです」
なんとも言えない名前が出てきたな。
「五人の老師とは?」
「はい、五人の老師とはあの人を裏側から支える、ごく一部の有力者達で結成されている秘密結社でございます」
「ふーん」
よく聞く話だよね。
悪の組織ってやつかな?
秘密結社って・・・仮面ライダーかよ。
ヒィー‼てか?
「私はその一人である為、あの人の本名を知っているのです」
「そうか」
エリカは最重要人物であることは間違いない。
彼女の希少価値は測り知れない。
そしてあの人の本名がエリカの口から告げられる。
「あの人の本名はラファエル・バーンズ」
「ラファエル・バーンズ・・・」
この世界の者らしからぬ名前だな。
響きとしてはアメリカ人か?
「はい、お察しかと思いますが、おそらく転移者か転生者です」
「そうみたいだな」
というのも、この世界でファミリーネームを持つ者は少ない。
ファミリーネームを持つ者は、王族や貴族に限られているからだ。
前にマークとファミリーネームについて話をしたことがあるのだが。
「この世界ではファミリーネームを持つ事に価値を感じる者なんて、相当浮かれた奴ですよ」
とマークは話していた。
価値観の違いとはこのことだと思った。
家名を残すことに意味を感じないという価値観だ。
それはそれでそうだなと頷く俺だった。
大した資産も実績も偉業もないのに名前を残すことには意味を感じない。
名を残さなければならないほどの功績のある者であれば別だろうが。
さらにラファエル・バーンズという、その名前の響きからして、転移者か転生者では?と思ってしまったのだ。
それにそもそも宗教という概念を知る者は、地球での記憶がある者に限られると考えられた。
エリカの口ぶりからして確定はできないが、まず間違いないだろう。
俺はそう睨んでいた。
「『イヤーズ』が新興宗教国家を名乗り出したのは今から約百十年前になります、以降今日まで新興宗教国家を名乗っております。それより前はただの『イヤーズ』でした」
ということは、ラファエルが宗教を開いたのが百十年以前になるという事だ。
無難に考えてラファエルは百十年以前からの転生者か、転移者と考えるのが妥当であるが、実はそう簡単には結論付けることは出来ない。
なにより、五郎さんと俺と、そしてリョウイチ・カトウのこの世界に転移したタイムラグがあるからだ。
エリカは俺の時間軸と大差は無さそうだが、サンプル的にみれば、こちらの方が少ないのだ。
転移や転生の時間差は一定ではないと考えた方が正解のような気がする。
「あの国はラファエル・バーンズの国と言っても過言ではないでしょう」
「なんで国王のラズベルトはラファエルに従順なんだ?」
何かしらの理由がありそうだ。
間違っても一国の王だぞ。
その権限は計り知れないだろう。
それを王家に連ならない者に従うなんて・・・
余りに異様だ。
「それは、今の『イヤーズ』を造ったのはラファエルだからです」
今の国を造った?
「どういうことだ?」
「ラファエルは現代地球の知識を使って国を発展させたからです。更にその知識を駆使して、利権の全てを牛耳っているからです」
発展に伴って自分に利益が向くようにしたんだな。
これは少々考えなければならないことだ。
というのも実は俺も考えたことがあるからだ。
著作権を取るべきではなかろうかと・・・現に漫画喫茶では一部権利料を搾取している。
だがそれは微々たるものでしかない。
搾取していることに間違いはないのだが、可愛いものだろう。
俺がそうしなかったことには理由がある。
それは俺が生み出した物ではないからだった。
俺が研究や開発をして、一から造り出した物ではないからだ。
例えばサウナ島やシマーノでは普通に自転車が使われている。
自転車は俺が生み出した物では無く、異世界の知識を流用したものでしかない。
これを俺が生み出したと言うには憚られた。
それに著作権を主張するのは筋道が違うと考えたからだ。
だが、自分の知識であると言い張ることは出来る。
経緯は知らないが、転移であれ転生であれ、その知識は自分の一部であると言えなくはないのだ。
俺はそこに固執せずに有用な知識は広めて当然との価値観を持っていただけなのである。
何とも難しい所だ。
見方によってはどちらが正解とも取れるのである。
「それは水道であったりのインフラとかかな?」
であれば悪質に感じる。
その規模感はあまりに大きすぎる。
「正にそうです、水道を使うには利用料の一部をラファエルに支払う必要があります。それにどういった経緯でそうなったのかは分かりませんが、ラファエルは国の約半分の土地を所有しております」
「なるほど、土地の賃貸料も得ているということか、ラファエルは大富豪だろうな」
そんなに稼いで何がしたいのか?
「そうです、それにラファエルが開発した物品から、はたまた魔道具まで、権利が発生しているのです、後は橋の通行料もです」
ラファエル、強欲過ぎないか?
どしてそこまで利権に拘るのだ?
「それらすべてを契約で縛っているということだな」
「その通りです」
そうなると国王といえども逆らう訳にはいかないということだろう。
完全に首根っこを抑えられている。
反旗を翻されたら国が傾くということだ。
これはラファエルの国と言えるのは頷けるな。
それぐらいラファエルは『イヤーズ』に根を張っている。
これは直ぐにどうにか出来るものではない。
一朝一夕で解決できる隙は今の所ない。
「ですが契約に関わらず、国王のラズベルトはラファエルを信仰している節があります。それも盲目的にです」
どういうことだ?
「へえー、なんでだろうな?」
「定期的に国王はラファエルに謁見しています、ここに何かあるのではと私は睨んでいます」
エリカは何か心当たりがありそうだった。
そうか・・・洗脳か。
謁見時に洗脳を施して信仰心を高めているということだな。
エリカは大丈夫なのか?
念の為、俺はエリカに『催眠』の能力を使用した。
もしエリカにその兆候があったら、会話に違和感がでることだろう。
催眠状態で俺に隠し事は出来ない。
それに担当直入に聞いてみることも必要だろう。
俺は遠慮なくエリカに尋ねることにした。
「エリカは洗脳を知っているか?」
「ええ、存じております。確か日本では洗脳によって、凄惨な事件がありましたよね?」
オウム事件の事だな。
「そうだ、やはり知っていたか」
「はい、存じております。日本を愛する私にとっては、とてもセンセーショナルな事件でした。日本でもあの様な凄惨な事件が起こるのだと」
エリカは遠い眼をしていた。
当時を思い出しているのだろう。
「ああ、あれは酷かった。教祖は死刑になったよ」
「そうですか・・・私は実は当初から教祖のラファエルを胡散臭いと睨んでいました。その為、謁見も最小限にとどめており、洗脳を受けない様にして来たつもりです」
地球を知るエリカだからこそ、この様に出来たことだろう。
だが、まだ油断は出来ない。
それにしてもエリカは警戒心が高いな。
「そうか、すまないが君が洗脳を受けていないかどうかを、俺は少し前から確かめながら会話をしている。もしその素振りがあったら問答無用でその洗脳を解かせて貰うぞ。いいな?」
エリカは驚愕の表情を浮かべていた。
だが直ぐに表情を引き締めた。
「ありがとうございます。助かります」
「まあでも、君の亡命したいという想いは本心であるのは分かっているから、これは念の為の処置でしかない。安心してくれていい」
「畏まりました」
エリカは安堵の表情を浮かべている。
「続けてくれ」
「はい、話を戻しますが、宗教その物に名前はありません。ですが国民の大半はあの人教と勝手に名付けております。そのネーミングセンスの無さは笑えますが」
「だな、ダサすぎる」
あの人教ですって、全く笑えないね。
「ですね、教義は簡単です、毎日食事の前にあの人に祈りを捧げることです」
ちょっと待て、という事はあの人、つまりラファエルは神という事なのか?
だって祈りを必要としているという事は神気を欲しているということだ。
これは複雑になってくるぞ。
これまで俺の知る神は、皆その実績と慈悲深さで神になっていた。
宗教を開くほどの者が慈悲深いのか?
ここは何とも言えない部分だ。
宗教を開くことによって、何かしら救われたと考える者もいるのかもしれない。
否、待てよ。
この世界でラファエルが広めている宗教が、地球での宗教とイコールとなるとは限らない。
でも信仰心を集めるということは、ラファエルは神であることに他ならない。
ダイコクさん事件の黒幕が神だってのか?
それにポタリーさんの件はどうなっている?
・・・何か腑に落ちない・・・
まだパズルのピースが足りない気がする。
まだ話を纏めるには早すぎる。
焦ってはいけない。
「他には無いのか?」
「そうですね、年に二回必ずあの人を拝謁することが国民には義務づけられています」
「なるほど、それはどんな拝謁なんだ」
「あの人に向けて直接祈りを捧げるものです、千人単位で一斉に行う行事です」
「その行事には音楽や、映像はあったりするのか?」
「あります、決まって映像を見る様に強要されます、何とも言えない映像なのですが、私は真面に見ない様に気を付けていました」
それは正解だな。
間違いなく擦り込みだ。
やってくれる。
ラファエルは間違いなく洗脳を理解している。
もしかしてヒプノセラピストなのか?
だとしたら許せない。
こいつは捨ておけない。
何が何でも引きずり降ろしてやる。
俺の愛するヒプノセラピーを冒涜しやがって。
神が相手であったとしても俺は容赦しない。
ヒプノセラピーを悪用するんじゃないよ!
ヒプノセラピーは愛情の心理カウンセリングなんだよ‼
「エリカ、それは正解だよ。これで君の潔白は証明された、完全に君はこちら側の人物だ。おめでとう。君は俺達の仲間だ!」
この発言に一同が沸く。
「島野様が認められたぞ!」
「やった!新たな仲間が出来たぞ!」
「これはお祝いしなくては、今日は宴会だ!」
「エリカ殿!おめでとうございます!」
好きに騒いでいる。
「ありがとうございます、やはりあれは・・・」
エリカはほっとした表情をしていた。
「ああ、擦り込みだな。とある映像技術の一つで、深層心理に働きかける心理現象の一つだ。典型的な洗脳の技術だよ」
エリカは頷いていた。
「やっぱり・・・だと思っておりました・・・地球の時代の知識に同じ物がありましたので警戒しておりました」
エリカは鋭いな、この子は信用できるし、かなり優秀だ。
それに地球での知識も高いものがある。
この子に出会えて俺は幸運だったと思える。
「エリカ、これでラファエルがはっきりと黒だと俺は断定できたのだが、まだ情報が足りない。もっと情報が必要だ」
「分かっております。私の知る全てをお話しさせて頂きます」
「頼む」
ここからの話はとても深いものになった。
ほとんど俺とエリカのラリーになっていた。
もしかしたら首領陣の数名は付いて来れていなかったかもしれない。
現に首領陣ではないが、ノンは鼾をかいて寝ていた。
エルは何を考えているのか歯茎を剥き出しにしていた。
もしかして眠気を堪えていた?
まあこいつらはこれでいい。
ギルは本人なりになんとかついて来ようと頑張っていた。
ギルは何度も質問を挟んで、理解しようと努めていた。
ギルが質問し出してからは、首領陣もここぞとばかりに疑問点を投げかけてきた。
どうしても理解したいと、あいつらも必死だった。
ゴンは冷静に努めていたのだが、途中から理解が及ばなくなったのか、同じ質問を投げかけていた。
こいつらなりに一生懸命なのはよく分かった。
でもこれを責めてはいけない。
というのも、俺とエリカの共通の認識がこの世界での常識では無かったことがいくつもあったからだ。
例えばそれはラファエルが国造りに行った行為にあった。
ラファエルは数字に拘る質だったみたいだ。
時間や数量などの効率を重視する人物だったみたいだ。
その為、タイムテーブルや、生産性に拘る話が多かったのだ。
これは同郷者特有の会話になってしまったのかもしれない。
申し訳ないとも思ったが、俺はまずは自分の理解を優先させてもらった。
無論エリカもそう考えていたようで、とにかく俺に伝えようと必死に話してくれていたのだった。
俺はこれまで数字に拘ることをあまり披露してこなかった。
それには理由がある。
会社員時代の俺は実は数字に拘っていた。
なぜならそれが利益に直結していたからだ。
だが、この世界ではそれをしたくは無かったからしてこなかったのだ。
導入することは簡単だった。
だがこの世界には不向きだと思ったのだ。
そこに価値を見出せなかったからだ。
俺はのんびりとしたかった。
数的な管理と時間の管理をすることによって、生産性を上げることが出来ることを俺は骨身に染みて知っていた。
だがこの世界にはそれは似合わない。
そうあるべきではないと本能的に捉えていたからだ。
恐らくそういった側面を持ち出したら、それはそれで有効だと思われたのかもしれない。
もしかしたらマークやロンメル辺りは関心したのかもしれない。
でもそれはあまりにも機械的で俺は嫌だったのだ。
それに冷たく感じる側面も持っている。
だって俺達は管理される物では無いのだ。
俺達は自由意志を持つ者なのだから。
気楽に生きたい。
この世界はそうあって欲しと俺は考えるのだ。
時間に追われる人生を送って欲しくはない。
そう切に想うのだった。
ラファエル・バーンズを説明するのはとても難しい。
ラファエルは独特な感性と価値観を持っていたからだ。
彼を語るにはその生まれから説明しなければならない。
彼はアメリカのサンフランシスコに生まれた。
丁度、守が日本にその生を受けたのと同時に。
期せずして二人の生年月日は同じだった。
ここに何かしらの因果が生れていたのかもしれないが、それは二人には窺い知ることはできないことだ。
ラファエルの幼少期は街の悪ガキのボス的な存在だった。
多くの下っ端を従えて、自分は強いのだと喧嘩に明け暮れた。
ラファエルは同年代の者達に比べて身体も大きく、力も強かった。
でも時にはラファエル以上にデカく、頑丈な者もいた。
でも彼は喧嘩で負けなかった。
実は彼の喧嘩のスタイルは独特だったのだ。
虚を突くのが上手かったのだ。
ラファエルの喧嘩のスタイルは力で押している様に見えて、実は巧みに言葉で誘導するスタイルだった。
これは本能的なものなのか、彼が気づいて生み出したものなのかは分からない。
喧嘩相手にしてみると気が付いたら顎に一発を貰っているのだ。
これは堪ったもんじゃない。
始めはなんてことない会話から始まる。
やれ肩が触れただとか、唾が掛かったとかよくある喧嘩の切っ掛けだ。
其処での会話が彼はとても巧みだったのだ、その会話で自分のペースに持っていき、虚を突いて一発を入れるスタイルだ。
これをやられた者は堪らない。
虚をつかれた一発というのは、体力よりも理解力を持っていかれるのだ。
何が起こったのかと一瞬訳が分からなくなるのだ。
喧嘩の最中にそんな隙をみせたら致命的だ。
この一発が入ればもうラファエルのペースになる。
ここから巻き返すには尋常じゃない精神力が求められる。
そしてあまり知られていないことなのだが、その虚を突くスタイルは実は催眠に通ずるものがあった。
催眠には実は二つの誘導方法が存在する。
守が好きなのは呼吸法とイメージを駆使した誘導による催眠誘導だ。
そしてもう一つは速攻催眠と呼ばれる催眠誘導法である。
これは虚を突いたものであり、脳の隙を突いたものであるのだ。
具体的には、ビックリさせることにある。
大声を出してビックリさせてもいい。
いきなり虚を突いて後ろから押してもいい。
要はタイミングを外してビックリさせることに意味がある。
即ち虚を突くということだ。
虚をつかれた時、実は人間は潜在意識が剥き出しになってしまう。
人間はその様に出来ているのだ。
この状態で命じられると、命じられるままにしてしまうのが特徴的だった。
なんなら信頼できる身内で一度試してみて欲しい。
ビックリさせた瞬間に、眠れ!と強く命じてみると、被験者はあっさりと眠りに落ちてしまう。
安全を確保してから行うことをお勧めしたい。
いきなりバタリと倒れるから心して欲しい。
マットを配置することをお勧めしたい。
実はこの速攻催眠は、守もM氏から伝授された催眠誘導法でもある。
ただ雰囲気を大事にしたい守はあまりこの方法を取って来なかっただけで、やろうと思えば出来る方法ではある。
守にしてみればちょっと強引な催眠誘導法であるこの方法を、あまり好んでなかっただけに過ぎない。
だがその有効性を守はよく理解している。
そしてこれが問題なのが、ラファエルがこれに気づいてしまったことだった。
本能的なのか作為的なのか、虚を突くことを得意としていたラファエルがこれを知ってしまったのだ。
ラファエルの中で、一つの人攻略方が出来上がってしまった。
人は虚を突く時に命じると、そのままに従うのだと。
そしてラファエルはこれを誰にも教えることも無く、自分だけの人攻略法として後生大事に秘密にしていた。
ラファエルは独占欲が強い、そんなラファアエルが簡単に人攻略法を誰かに教える訳がなかった。
そしてラファエルは催眠に興味を持つ事になる。
その動機は人を従えるには催眠が有用であるのでは?
というものだった。
これが彼の人生、更には彼の運命を決定づけることになっていたのだが、この時のラファエルはそれを知る由もない。
実は既にこの時点において、速攻催眠は確立された理論であったのだが、ヒプノセラピーは狭い世界である。
一般人に知れ渡るほどの影響力は無い。
それを知らないラファエルは独自の方法で催眠を研究することになった。
彼はこれまでのガキ大将の側面を一旦捨て、催眠や心理学に関する本を読み漁ることにした。
そして自分なりの解釈で自分独自の理論を構築していく。
これが教えを請って誰かに師事していたら、また違ったかもしれない。
だが自分に異常な自信を持っている彼が、誰かから教えを乞う事はあり得ないことだった。
彼はこれによって、何かを学ぶことに一定の価値観を得ることになる。
それは単純なことで、勉強する姿が家族に喜ばれたからだった。
家族にしてみれば改心したのだと勘違いしてしまったのだろう。
それぐらい遠目には彼は変わったと見えていたのだ。
それにより、ラファエルはこれまでの素行とは違い、知識を得ることに価値を得ることになった。
それによって彼の学力はそれなりの評価を得ることになる。
結果、彼は大学に進学することになったのだった。
これは異例の話だ。
急に学力が挙がったことに訝しがる教師も数名いたが、実際にテストの点数が彼の実力を証明しているのだから物言いは付けられなかった。
優等生とまではいかないが、それなりの秀才と言えるぐらいの評価を得ていたのだ。
だがラファエルにとっては、それは興味を突き詰めてみた結果でしか無かった。
でも自分の事を低く見ている大人達を驚かせることに、爽快感は感じていたのだ。
彼は欲望に忠実だ。
そしてそんな自分に酔っていた。
俺は何でもやれば出来ると・・・
俺は天才なのだと。
実際彼は器用だった。
それなりに何でも熟してしまっていた。
というもの彼はコツを掴むのが上手かった。
大体の事が出来てしまったのだ。
これを彼は誇りに思っていた。
俺は他の者とは違うと・・・
俺は選ばれた存在であると。
これが不味かった。
この評価が彼の本当の実力以上であることを、彼は理解していなかったのだ。
彼は自分の実力や有益性を疑わない。
それが彼の誇りだったのだから。
彼は異常にプライドが高い。
本人はそれを認めないが、彼を知る者は皆、そのプライドの高さを指摘する。
でも彼はそれを認めない。
俺が間違える訳は無いと、俺を俗物扱いするなと、その指摘を受け入れることは無かった。
それ程に彼は孤高だった。
悲しいまでに・・・
でも彼はそれに気づいていない。
彼は自分が完璧だと信じていたからだ。
それほどに彼は自分の完璧性を疑わなかった。
ラファエルは、大学卒業後に大手保険会社に就職した。
彼の父は税理士であり、税理士事務所を経営している。
誰もが父の跡継ぎになるものだと思っていたが、彼はその道を選ばなかった。
父の税理士事務所は弟が継げばいいと、その道を選択しなかったのだ。
それにそもそも彼の父は放任主義者である。
ラファエルの弟にすらも税理士事務所を継いでくれなくてもいいと、考えていたぐらいだった。
結果的にはラファエルの弟がその会社を継ぐことになるのだが、ラファエルにとってはどうでもいいことだった。
ラファエルが保険会社を選択したことには理由があった。
それは営業の場において、彼がこれまでに学んできた心理学や催眠が有効なのかを検証したかったからだ。
もしこれが有効だった場合、巨万の富が得られるのではないか?とラファエルは考えたからだった。
この頃に彼はどうしたら巨額の金額を稼ぐことが出来るのかを、常に考えるようになっていた。
ラファエルは金銭欲に取りつかれ出していた。
ことある事に、どうしたら大きく稼ぐことが出来るのかを考えていたのだ。
動機は些細なことでしかない。
多くの金銭を持っていれば、凄いと思われるからだ。
そして世間的にも富豪を持て囃す風潮にあった。
ラファエルの本質は実はここにある。
彼はとにかく凄いと思われたいのだ。
俺は凄いということを、他者に認められることに大きな喜びを感じている。
本当の成功者にはあり得ない、醜い感情なのだが、彼はそれを正義と疑わない。
事実、本当の成功者と呼ばれる者達は、そんなことは微塵も考えてはいない。
でも彼は自分の完璧性を疑うことなくその考えを一切改めない。
これがラファエルがラファエルたる所以である。
保険会社の営業での彼の検証が始まった。
彼は営業活動に愚直に取り組んだ。
それはそうだろう、この検証如何では巨万の富が手に入る可能性があるのだから。
彼は寝る暇も惜しんで、営業活動に明け暮れた。
彼の知る心理学や催眠の手法を駆使して。
その努力は認められるものだった。
現に社内ではラファエルは働き者だと絶賛されていた。
そして一年が経った時、その成果が現れた。
彼は月間MVPの営業マンになっていた。
新規契約数の月間ランキング一位を獲得したのだった。
その時のラファエルの歓喜は凄まじかった。
でもそれは異質な喜びだった。
それはやっと自分の理論が結果として現れたのだと、自分を納得する為のものだったのだ。
同僚の賛辞も彼の心には響いていない。
俺はやはり天才なのだと、頷いていたのだ。
言葉ではありがとうと言いつつも、当たり前の結果だと、上から眺めていたのだ。
そしてこの結果が彼を助長させる。
要らない自信をつけさせたとも言える。
実際ラファエルは有頂天だ。
一つの結果がついてきたことに傲慢にすらなりつつあった。
ことある事にそれを周りに自慢し、その経緯を語って聞かせた。
成功とはこういう物だと自画自賛のオンパレードだ。
その時のラファエルは世界すらも我物にしたと言わんばかりの勢いだった。
そして語れば語るほど、その自己陶酔は深まっていった。
それは正に自分に酔っていたのだ、溺れる程に。
そうと知る第三者からしたら、これほど気持ち悪い者はいない。
だがそれを指摘できる様な人物を、彼は自分の周りにおいてはいなかった。
彼の言う事を素直に聞いて、それを凄い凄いと賛辞する者達しか、彼の周りには残っていなかった。
不審感や違和感を覚えた者達や、彼に苦言を呈する者達は、とっくに彼から離れていっていた。
それは、全く聞く耳を持たない彼に嫌気がさしていたからだ。
だが結果的にはラファエルの心理学と、催眠のテクニックを用いた営業活動は、上手くいった。
彼が睨んだ通り、その有効性が認められたのだ。
こうなるとラファエルは次の一手を考えだしていた。
彼独自のメソッドで何ができるかのかと・・・
検証結果が良かったいま、次に何を行うべきかを検討し出していたのだ。
そして彼は会社の設立を目論みだす。
だが、何を売ろうかとその商品が定まらない。
保険の代理店を開くのも手だったのだが、あまりその気にはなれなかった。
ラファエルは既に保険の業界を制覇したと考えていたからだ。
たった一度の栄光でしかないのに。
だがそれも彼の性格からしたら当たり前のことでしかない。
彼は何処か世間を舐めている節があったのだ。
それは人や物、何に対してもそうだ。
常に心の中では上から眺めていたのだ。
そして彼の行きついた結論は、今はまだその時ではないというものだった。
ある意味冷静な判断だと言えた。
そして彼はとあるビジネスと出会うことになる。
ネットワークビジネスと呼ばれる口コミ商法だった。
名前をベルーザと言う。
その手段はねずみ講に似ている。
厳密には違っており、合法ではあるのだが印象はあまりよく無い。
アムウェイという一世を風靡したネットワークビジネスを参考に造られた、ビジネスモデルである。
化粧品や健康食品をメインに、口コミで販売するビジネスであった。
そして彼が勤めていた保険会社は副業を認めていた。
彼は夜な夜なネットワークビジネスに明け暮れた。
結果、彼の収入は数倍に膨れ上がっていた。
もはや副業の粋を超えていた。
本業の数倍もの月収になっていたのだ。
そして彼は脱サラし、ネットワークビジネスを生業にすることにしたのだった。
この閉鎖された世界は彼にとっては独壇場だった。
実際に王様になった気分だった。
部下では無いのだが、自分から派生した枝葉の者達を顎で使い。
そして凄い凄いと持て囃されていた。
それは彼がそう仕向けたからだ。
そう、それは彼が最も望んだ世界だった。
彼は凄いと賛辞を浴びたいのだ。
それは彼の生きがいである。
実際彼は凄かった、傘下の枝葉をどんどんと広げていった。
その秘訣は彼主催のセミナーにあった。
彼は独自のメソッドでセミナーを開き、そこに人を集めさせた。
そしてまるで演説の様な講習を行う場であった。
それは如何に自分が優れていて、富を得ているのかを語る場となっていた。
彼は有頂天だった。
成功とは何なのかを声高に説明し、悦に達していたのだ。
ここで彼は上手く心理学を駆使することになる。
それは天才的とも言えた。
話の口調や声量、タイミングに拘り、人を惹きつけるテクニックを惜しげもなく駆使していたのだ。
更に彼はミーティングと称して、枝葉の主だった人物を厳選して集め、会議を行いだしていた。
これは彼にとっては暇つぶし程度に始めたことではあったのだが、これが彼を大きく道を踏み外させることになる。
ここで彼はこともあろうか、洗脳の実験を行い始めたのである。
その手法は多岐に渡る。
先に述べた速攻催眠や、過剰なストレスを与えて無意識を剥き出しにした状態で、暗示を与える方法など、様々な方法を使って洗脳を行っていったのだった。
だがあくまでそれは素人に毛が生えた程度の催眠である。
もしその場に守がいたらブチ切れていただろう。それぐらいの禁じ手である。
だが、そうとは知らないミーティングの参加者は、どんどんと彼の洗脳に掛かっていくのだった。
そして彼の信者とも呼べる者達がどんどんと増えていった。
彼は更に自分の組織を拡大していく。
最早大樹と呼ばれる程の巨木へと成長していた。
結果、彼はベルーザで五本の指に入るほどの収入を叩き出していた。
こうなってくると更に彼の周りの者達はヒートアップする。
彼に教えを請いたいと集まる者が後を絶たなかった。
それを助長させたのは彼の信者達である。
それを彼は満足して受け入れていた。
ラファエルはこの世の春を謳歌していたのだった。
だがそんな幸運は続かない。
人生は甘くないのだ。
次第にネットワークビジネスが下火になっていったのだった。
世間の風潮はどんどんと変わり始めていた。
これまでは富を得ている者を敬う風潮にあったが、それが多様化の社会にシフトしていったのだ。
流石のラファエルもこれを止めることは出来なかった。
日に日に彼から人が離れていった。
高収入を得ることが全てでは無いと、人の価値観は変わり出したのだ。
それに彼の洗脳実験を垣間見て、これはおかしいと指摘する者達が現れたのだ。
その者達の指摘は的を得ていた。
ラファエルの勢いはどんどんと鈍化していった。
彼の行うセミナーも、もはや人が集まる気配はなく。
閑古鳥が鳴いていた。
それを彼は受け止められず、洗脳した者達に教育と称して当たり散らしていた。
いくら洗脳を受けているといっても、限界はある。
それはそうだろう、洗脳とはいっても彼のそれはプロの所業では無い。
脇が甘いのだ。
簡単にその洗脳は解けるのだ。
彼の周りの者達は徐々に彼に不信感を抱き始めていた。
そして日に日に彼から人が離れていった。
それを繋ぎとめようと奔走するラファエルだが、功を奏していなかった。
時には脅すかの如く止めに入っていた。
そうすればするほど、ラファエルから人が去っていたのだ。
ラファエルにとってはどうしてそうなるのかを理解出来ていない。
気が付くと、もはや彼の周りには片指で数える程しか人は残っていなかった。
それに彼の収入も保険会社に勤めていたころの半分に成り下がっていたのである。
その現実をラファエルは受け止められない。
僅かに残った洗脳の抜け切らない者達に当たり散らし、無理難題を押し付けていたのだった。
何が何でも自分の王城を守ろうとラファエルは必死だった。
でも現実は残酷だ。
いつしか誰も彼に取り合わなくなってしまっていた。
ラファエルはこうなっても自分の間違いを見直さない。
自分に間違いは無いのだと、その矜持は捨てられなかった。
そしていつしか彼の人生はこれまでの煌びやかな人生とは、真逆な方向へと走り始めるのだった。
それはある一本の電話から始まった。
労働組合からの一報だった。
内容としては、数々の労働を押し付けられたことへの、労働の対価を支払えというものだった。
当然彼は労働契約も結んでなければ、社員を抱えたこともない。
だが彼は実は会社を設立していたのだった。
それはベルーザの商品を仕入れる際に法人を有していた方が、手数料を貰えると知ってのものだった。
そしてベルーザにおける労働が、それに当たると判断した労働組合が、組合員を通じて彼を断罪しようと動きだしたのだ。
彼はとにかく逃げることにした。
実はラファエルは攻めることは得意だが、攻められるとあり得ないぐらい弱いのだ。
敵わないと思う者や、理解に及ばない者から攻められると、逃げるという特性をもっていた。
本当の彼は虚弱である。
余りに弱かった。
実際のところ、彼は第三者から見れば実に哀れだった。
敵わないとみるととにかく逃げるのだ。
ここで立ち向かえるだけの精神性は有していない。
そして逃げ切ることは叶わず、彼は多額の借金をすることになってしまっていた。
彼の転落人生はここから始まったのかもしれない。
もし立ち向かっていたなら違った結果であったかもしれないが、そうは成らなかった。
その後彼は完全に自分を見失う。
だがその強固なまでのプライドをまだ捨てきれないでいた。
でも限界はあった。
気が付くと多額の借金に追われる生活に成り変わっていたのだ。
そしてラファエルは気が付くと高層ビルの屋上にいた。
もはや精神を病んでいたのだ。
自分で自分を制御できる状態になかった。
それは異常に高すぎるプライドがそうさせたのかもしれない。
だが彼はそうとは気づけない。
ここで彼はふと何でだろう?と思い付く。
でも心と体のバランスを崩している彼の歩みは止まらない。
否、止められないのだ。
ラファエルは屋上の縁に一直線で歩んでいた。
彼は心では止まれと命じているのだが、それを全く身体が受け付けない。
徐々に屋上の縁が迫ってくる。
ラファエルはここで完全にパニックになっていた。
(何でだ‼畜生‼何で俺にこんな仕打ちをするんだ‼)
誰ともつかない誰かに責任を押し付けていた。
(嫌だ‼まだ終われない‼こんなところで俺は終わってはいけない‼俺にはもっと恵まれた人生を歩むだけの能力や実力があるのに‼まだ何かあるだろうが‼)
ラファエルは諦めない。
でもじわじわと縁が近寄ってくる。
(くそぅ‼これで終われるか‼まだだ‼まだ何かあるはずだ‼止まれ‼止まれよーーー‼‼‼‼)
この思いに世界が共感した、否、してしまった。
ラファエルの強い情念が奇跡を呼び起こしていた。
高層ビルの最上階から身を投げだしたラファエルは、異世界に転移していたのだ。
ラファエルは気が付くと中世ヨーロッパの町並みに似た表街道に佇んでいた。
人の往来が激しく、馬車が行き来している。
なんだこれは?とラファエルは我が目を疑っていた。
余りのことにショックを受けて、身体が固まっている。
もしかして精神のいかれた俺は幻覚を見ているのかと、ラファエルは戸惑っていた。
そこにとある人物がラファエルを呼びかける。
人の好さそうな、お腹のポッコリと出た初老の男性だった。
「ビビビビビビ・・・」
ラファエルにはそう聞こえた。
混乱した頭にこれまで聞いたことがない言語に、脳がついてこれいていなかったのだ。
話し掛けてきた人物を無視してラファエルは周りを見回す。
(ここは何処だ?・・・英国の田舎か?・・・否、そうでもないぞ・・・町並みは似ているが、文化的な物を見かけない・・・なんなんだいったい!どうなっているんだ?)
彼は現状を理解しようと必死になる。
頭を巡らせて思考を始めた。
それはラファエルには僥倖だったといえる。
精神を病んでいたラファエルには、一つのショック療法の様な効果が表れていたのだ。
彼の壊れた精神が徐々に回復しつつあったのだ。
そしてじんわりと話し掛けてくる人物の話に耳を傾けることができてくる。
「お・、な・をして・るだ?」
徐々に言葉が理解出来てきた。
「おめえ、何をしているだ?」
(何って?俺が聞きたいよ。なんだこいつ?)
ラファエルはその人物を見上げた。
「おめえ、もしかして異世界人だか?そんな服装の者をおいらは見たことがないだよ」
(異世界人?このおっさん何を言ってやがる?なんだよ異世界人って?・・・俺のことか?)
「おめえ、名はなんというだ?」
名を問われてラファエルは思わず返事してしまっていた。
「俺はラファエル・バーンズだ」
「おりょりょ?家名があるだか?おめえお偉いさんだか?」
「はあ?何をさっきから言っているんだ?おっさん」
「ナハハ!おっさんだか!そうだ、おらはおっさんだ!で、おめえは何でここにいるんだか?」
「それは俺が知りたいよ・・・」
「ははーん。やっぱりおめえ異世界人だな、ここの世界に来てまだ間もないだか?」
ラファエルは訝しむ。
(何なんだよさっきから異世界人って・・・俺のことか?・・・もしかして・・・俺は異世界に来たってことなのか?・・・ちょっと待て・・・俺はさっき・・・屋上から・・・そうか・・・そうなのか・・・俺はだ終わって無いのか!これは現実なんだ!)
ラファエルは歓喜した。
終わった筈の人生がまだ先があったのだと。
世界が俺の請願に答えたのだと。
そしてラファエルは考えを固める、それは自分に都合の良い方向へと。
(俺は死んでいない。これは世界が俺を死なせるには勿体ないと思ったのだろう。そうだ、そうに違いない!俺は天才だ!死なせる訳にはいかなかったということだ、そうに決まっている・・・そしてこの商人風情の者がいう通り、俺はこの世界にとっては異世界人なのだろう。この世界で俺はやり直せるということだな。否、やり直せということなんだろ?・・・いいさ・・・やってやる・・・俺の有用性を知らしめてやるよ‼俺は天才なんでね‼)
一度砕かれた心が再び形を成そうとしていた。
世界にとってはよく無い方向に。
「異世界人、ラファエルだか?それでおめえ、これからどうすんだ?行く当てはあるだか?」
「いや・・・無い。そもそも何で話が出来ているんだ?さっきは言葉なんて理解出来ていなかったはず・・・」
「なんでだか?おらには分かんねえだ」
(それよりも、このおっさんが言う通り、行く当てなんてどこにもない。それにこの世界の事を俺は何も知らない。どうしたものか・・・)
「おめえ、なんならおらの所に来るだか?おらは小さな商店を開いているだ。ちょうど住み込みの社員が退職して間もないだ、どうだ?おらの所で住み込みで働いてみるだか?」
ラファエルに再び幸運が舞戻ってきた。
(これは助かる、食い扶持と住む家が同時に舞い込んできたぞ・・・待てよ・・・俺の現状を知って低賃金で労働させようってことか?・・・否、身なりや顔を見る限り、そんな類の人物ではなさそうだ。お人好しなのが見え見えだ)
「ああ、助かる。そうさせて貰うとしよう。ところでおっさんの事をなんて呼べばいいんだ?」
「おらの事はザックおじさんとでも呼んでくれるだか?皆なそう呼んでるだ」
「ザックおじさん、よろしく頼む」
ラファエルは立ち上がると右手を差し出した。
ザックおじさんは握り返すと、
「うんだ、こちらこそよろしくだ」
ニコニコと喜んでいた。
こうしてラファエルはザックおじさんに着いて行くことになった。
ザックおじさんのお店は、所謂道具屋だった。
取り扱う品目は多い。
生活必需品が中心ではあるのだが、様々な品物が所狭しと並んでいる。
防具や武器もある。
中には魔道具まで取り揃えていた。
ラファエルには二階の一部屋が貸し与えられた。
狭く小さな部屋ではあったが、ラファエルは文句を言わなかった。
今日は食事を取って、眠ることになった。
食事も味気ない物であったが、腹を満たせただけ益しと受け止めていた。
ラファエルにとっては味を感じる食事など久しぶりなのだ。
食事の最中にラファエルはザックおじさんに、この世界について教えて貰おうと考えていたが、ザックおじさんからそんなことは何時でも学べるからと、食事を優先する様に促された。
ザックおじさんの計らいで、疲れているだろうからと、早々にラファエルは眠りに着くことになった。
だがラファエルは直ぐには眠れなかった。
ラファエルは興奮していたのだ。
新たなスタートを切れると喜んでいたからだ。
でもこれまでの自分が頭を過る。
精神が壊れてからの自分の事はあまり覚えていなかった。
所々記憶はあるのだが、思い返したくはなかった。
ベルーナでの栄光はまるで遠い過去だと感じていた。
(俺は何処で間違ったのだろうか?・・・)
ラファエルは考えを巡らせる。
(俺の何処に落ち度があったというのか?・・・否、俺は間違ってなどいない。俺から離れていった奴らが間違っているのだ)
ここに来てなお反省しないラファエル。
(まあいい・・・こうして再スタートを切ったのだ。必ず上手くやってみせる。俺なら出来るはずだ。俺の王国を築いてみせるぞ!)
こうして夜は更けていったのだった。
翌朝、朝食が出来たとザックおじさんにラファエルは叩き起こされた。
とても深い睡眠がとれたことにラファエルは満足感を覚えていた。
実に数年ぶりに真面に寝られた気分だった。
朝食も呆気ない物であったが、ラファエルにとっては味を感じることに満足出来ていた。
堅いパンと薄味のスープ。
栄養など一切無さそうな食事ではあるのだが、そんなことは今のラファエルにはどうでもよかった。
「それで、ザックおじさん。俺はどんな仕事をすればいいんだ?」
「おりょりょ?ラファエル、やる気満々だか?」
「そりゃあそうよ、ザックおじさんには拾って貰った恩があるからな。たくさん働いて早く恩返しをしないとな」
「なはは!大いに結構、ラファエルにはまず店の事を知って貰うだ、取り扱う商品のこと、来店してくれるお客さんの対応、そうすることでこの世界の事も次第に分かってくるだ」
(このおじさん、案外思慮深いんだな、ただのお人好しではなさそうだ)
「それで?」
「そうしたら、その先は好きにしてくれていいだ」
「はあ?好きにするって・・・」
(なんだこの抱擁感は・・・あり得ないだろう?・・・まあ俺にとっては自由が約束されて嬉しくはあるのだが・・・この世界ではこれが常識なのか?)
ラファエルは不思議な感覚に捕らわれていた。
今までに感じたことのない、自由である。
「おらには異世界人のことはよく分からないだ、これでもおらは商売人だ。人を見る目は持っているだ。おめえはここのお店で一生を終える様な器ではないだ。おめえには世界を変える何かがあるだよ」
ザックおじさんから思っても見ない一言が発せられた。
「えっ!」
ラファエルは頬を伝う涙を拭うことが出来なかった。
これまでラファエルは自分を認めさせようと必死だった。
でも目の前にいる、冴えないおじさんからは、話も碌にしていないのに、自らを認めてくれる一言が飛び出してきたのだ、それも最大限の。
ラファエルは生れて初めて涙を流した。
抑えきれない感情に飲み込まれそうだった。
でもその感情は嬉しいものであり、ラファエルにとってはこれまでの自分を変えるほどの衝撃だった。
ラファエルは優しさに包まれている気分だった。
そんなラファエルをザックおじさんは笑顔で見つめていた。
こうしてラファエルの異世界での生活が始まった。
ラファエルは一生懸命働いた。
そしてザックおじさんの言う通り、お店の事を知れば知るほど、この世界の事を理解出来てきたのだった。
まずラファエルが住むこの国は『イヤーズ』という国であること。
世界は平和で、戦争などは皆無であること、多少の国家間での小競り合いはないことはないが、大きな争いに発展することはあり得ないことだった。
文化レベルは中世ヨーロッパぐらいであり、文化的な暮らしをしてきたラファエルにとっては少々物足りなさを感じていた。
だがラファエルは魔道具に心を掴まれた。
それと同時にこの世界には魔法があるということを知った。
現代の地球にはない、極めて価値の高い社会形態であると認識したのである。
さらにラファエルは自分にも魔法の適正があることを理解した。
現在のラファエルのステータスは以下の通りである。
『鑑定』
名前:ラファエル・バーンズ
種族:異世界人
職業:商人見習いLv3
神気:0
体力:345
魔力:368
能力:土魔法Lv1 火魔法LV1 鑑定魔法LV1 催眠魔法LV1
ラファエルは衝撃を覚えた。
始めて使った魔法は土魔法だった。
当初は魔法の発動に苦しんだが、コツを掴むことが得意なラファエルは直ぐに魔力の流れを掴むことが出来た。
地面から土が盛り上がる様を見た時は感動を覚えたものだった。
そして催眠魔法は使わないことをラファエルは決心した。
どうしてこんな魔法が使えるのかラファエルは理解に苦しんだが、これは固有魔法であり、ラファエルの特性に応じて根付いた魔法であった。
今のラファエルは催眠と距離を置きたい気分だった。
地球の頃を思い出させる催眠には忌避感があったからだ。
だが鑑定魔法をラファエルは大いに使用した。
というのも、鑑定を行うのはあまり褒められたことでは無いと、ザックおじさんからは咎められていたのだが、ある客がザックおじさんのお店で窃盗を働いたことが切っ掛けで、ラファエルは問答無用で鑑定魔法を使うことになっていたのである。
自衛としては許されるであろうと考えたからだ。
それにラファエルとしても、ザックおじさんのお店に悪意を向けられることは許せなかった。
それほどまでにラファエルにとっては、ザックおじさんとそのお店は大切な存在になっていたのである。
ラファエルはそんな自分を好きになっていた。
自分以外の者にこんなに愛情を注げることに喜びを感じていたのだ。
そんなラファエルに、ザックおじさんも優しく接した。
時には厳しく叱責することもあったが、ラファエルもザックおじさんの言う事には耳を傾けた。
それほどまでにラファエルは、ザックおじさんを信頼していた。
遠目には二人の関係は親子のそれに見えていた。
肉親で無い事が嘘の様に二人は仲が良く、そしてお互いを信用していた。
ラファエルはこの世界の文明が低い事に速い段階から気づいていた。
だが、これを大きく変えるには資金が必要な事も分かっていた。
自らの力だけではインフラを整備するほどの力は無いと理解していたのだ。
そこでラファエルは魔道具に目を付けた。
魔石が潤沢にある北半球では魔石の価値は南半球程高くはない。
魔道具もいくらでもある、ありふれた道具だった。
魔石に可能性を感じたラファエルは自らの資金において、魔道具を造ることにした。
最初に手を付けたのは、魔道コンロの開発である。
火魔法を持つ者にとっては必要を感じない物ではあったが、火魔法の適正の有る者は全体の二割程度であることを知ったラファエルは、必ず魔道コンロはヒット商品になると考えたのだ。
ラファエルはザックおじさんの協力の元、魔道コンロの開発に必要となる人物を紹介して貰い、商品の完成に漕ぎつけた。
魔道コンロの販売当初はいまいちの売行きであった。
そこでラファエルは自ら店頭に立ち、まるでテレビショッピングの様に面白可笑しく商品を宣伝しだしたのだ。
それはまるでバナナの叩き売りともとれた。
これが面白いぐらいにウケた。
飛ぶ様に魔道コンロは売れ、ラファエルの睨んだ通り、ヒット作品となっていた。
ラファエルは有頂天になった。
自らの能力に鼻を高くしたのだった。
ラファエルの悪い癖が再発しだしたかに思えたが、そうは成らなかった。
それを抑え込んだのはザックおじさんだ。
「ラファエル、おめえは凄えが今回の成功はおめえだけのものではないだ。手伝ってくれた鍛冶職人や、おめえの商品が良いと口コミしてくれたお客様のお陰だ。決して自分だけの手柄とは思うでねえだ」
こう口酸っぱくラファエルに言い続けたのだ。
ラファエルも、
「ザックおじさん、分かってるっての、それ言うの何回目だよ?」
と受け止めていた。
このザックおじさんの苦言が無ければ、ラファエルはまた自信過剰になっていただろう。
そして同じ過ちを繰り返すことになっていたに違いない。
ラファエルはそこで得た資金を基に、新たに魔道具を開発していくことになる。
そのどれもがヒット商品となっていく。
特に冷蔵庫の売れ行きは凄かった。
氷魔法と風魔法を付与した魔石を、鉄で囲まれた立方体に備えつけ、冷蔵庫の劣化版が出来上がっていた。
この商品の難は、取っ手まで冷えてしまい開け締めする時に、冷っとすることだった。
だがそんな些事は気にするなと、ラファエルはその商品の有効性を説き、国中に向けて販売を行ったのである。
これは革命的なことである。
これまでの、食料品の保存期間が飛躍的に伸びると、誰もが競い合う様に買い漁っていたのだった。
そんなラファエルに世間が注目を集めるのは必然であった。
ラファエルは好意的にそれを受け止めていた。
自分に注目が集まることが大好物なラファエルである。
放置すればすぐにでもラファエルの鼻は何処までも高くなる。
しかしそこにはザックおじさんの苦言が入る。
ここでもまた、ザックおじさんがラファエルを救っていた。
ラファエルはまだ本質的に変われた訳ではないのだ。
簡単に元の傲慢な自分に戻ることができる。
まだまだ危うい精神状態なのだ。
ザックおじさんとの出会いはラファエルにとって本当の幸運であった。
この冴えないおじさんが、実にラファエルの精神安定剤の役割を得ていたのだ。
そしてラファエルとザックおじさんに一報が届く。
それは王城に来て、国王に謁見して欲しいとの話だった。
これにザックおじさんは大喜びしていた。
小躍りするほどの喜び様にラファエルまで嬉しくなっていた。
これで多少は恩返しが出来たと胸を撫で降ろした。
「ラファエル!これは凄いことだで、おめえ遂にやったな!おらは誇らしいだで!」
「何言ってるんだ、ザックおじさん。これもザックおじさんが支えてくれたからじゃないか?」
「ラファエル・・・おめえ・・・泣けること言うんじゃねえだか。泣いちまうだろ。止めるだ!」
ザックおじさんは涙を流していた。
それを誇らしくラファエルは眺めていた。
国王に謁見する時がやってきた。
この日の為にとザックおじさんが用意した一張羅を着込んでいる。
なにもそこまでしなくてもとラファエルは思ったのだが、言うのは止めておいた。
ザックおじさんの喜び様に、水を差す気にはなれなかったからだ。
ラファエルはザックおじさんの為にと、趣味では無かったが付き合うことにした。
お店の前に王城からの使者と馬車が到着した。
それを緊張した面持ちでザックおじさんが迎えていた。
その様を見てラファエルは、
「ザックおじさん、緊張しすぎだろ?もっと肩の力を抜けよ」
「ラファエル・・・そうともいかねえだ、だって国王様と会うんだで」
「そうはいうけどよ、王様だって同じ人間だろうが?」
「まあ・・・だな」
ザックおじさんの歯切れは悪い。
「異世界人の俺にはよく分からんが、そんなに王様は偉いのか?それに王様に会うことがそんなに栄誉なことなのかよ?さっきも言ったけどよ、同じ人間なんだぜ。たまたま王家に生まれただけのことだろうが?」
ザックおじさんは何も言い返すことは出来なかった。
「まあよう、気楽に行こうぜ!」
ラファエルは呑気に言う。
ラファエルにとっては王様だろうが一人の人間であるというスタンスである。
実にアメリカ育ちの価値観であった。
ラファエルは何処までも実力主義者なのである。
国王であれど、その人的価値が低ければ、彼にとっては一般人と変わらない。
その立場には憧れはあるのだが、あくまでその所業を見させて貰うと、高圧的な態度は崩さない。
アメリカの大統領であっても、無能と判断したら認めることはないのだ。
ここの本質的な部分に関しては、ザックおじさんでも変えることは出来なかった。
否、反論できなかったのだ。
そして遂に両者は『イヤーズ』の国王と謁見することになったのだった。
警護の兵士に誘われるが儘に、ラファエルとザックおじさんは歩を進めた。
そして王の間に入場することになる。
王様の脇には大臣が数名と、警護の兵士達が背後と両脇を固めていた。
その姿にラファエルは苦笑する。
(豪華なことだな)
その苦笑が気にいらなかったのか、数名の護衛と大臣が鼻白む。
これは不味いと思うザックおじさんだったが、王の御前であると、口を挟むことが憚られた。
(ラファエル、おめえなにやってんだ?帰ったら説教だで)
ザックおじさんは誓う。
ラファエルから見た国王は凡庸な印象だった。
この国王はその名をバハムート・メール・イヤーズという。
その実力はラファエルの印象通りの凡庸な王様である。
だがそんな王であっても特徴があった。
それは刺激的なことや、新しい物が大好きなのであった。
要は流行好きという事だ。
この娯楽の少ない世界にあって、その性格は可哀そうとも言える。
でもその性格は治すことは出来ない
国王の立場に立ってからというもの、誰もバハムートに意見を言えない状況にあったのだから。
王の御前にてラファエルは跪かない。
ザックおじさんは当然の如く跪いている。
ラファエルは両手を組んで顎を上げている。
その態度に大臣の一人が言い放つ、
「おい!お前失礼にもほどがあるぞ、跪け‼」
本気で怒鳴っていた。
大臣としても王の威厳を貶める訳にはいかないのだ。
それを平然とラファエルは回答する。
「お前アホか?呼びつけたのはそっちだろうが?俺はこんな所に来たくはなかったんだがな、別に俺はそこの王様に忠誠を誓った覚えは無いぞ。ああ、言っておく。これは俺の考えであって。俺とザックおじさんは別の価値観だから、ザックおじさんを巻き込まないでくれ」
大臣達がいきり立つ。
「何を言っている!無礼者!ええい!不敬罪にせよ!この様な礼儀知らずな者など今直ぐ牢獄に閉じ込めてしまえ‼」
「そうだ!摘まみだしてしまえ‼」
ラファエルは気だるそうに首を振っている。
「だからさあ・・・言っただろ?俺は別にここに来たくて来たわけではないんだっての、一方的に呼びつけておいて、無害な一般人を牢獄に入れようってか?それが本気ならこの国は腐っているぞ」
「なっ!・・・」
ラファエルの反論に大臣は言葉を飲み込む。
「まあ、よいではないか。その者が言う事も一理ある。確かに呼びつけたのはこちらである。ここはまずは来てくれた礼を言うのが礼儀というものではないのか?」
バハムート国王は寛容に言葉を掛けた。
ラファエルは思う、
(ほう、話の分かる王様じゃねえか。これは面白い)
ラファエルは心の中でニヤリと笑っていた。
高圧的は態度を崩さない。
「それで俺達を呼びつけた理由を聞こうか?」
何処までも怠慢な態度に護衛の者達と大臣達は苛立っている。
だがバハムート国王からのお達しにより、声を挙げることは出来なくなってしまった。
「お主はラファエルというらしいではないか、そして異世界人であるとな?実であるか?」
「ああ、間違いない」
ラファエルは頷く。
「ほう、その異世界の知識でたくさんの魔道具を開発したと聞いておる、違いないか?」
「違わないな」
ここでラファエルはピンとくる。
なるほど、ここに俺達を呼びつけた理由があるんだな。
目的は俺の異世界の知識だろうとラファエルは当てを付けていた。
「ホホホ、素晴らしいではないか。この国にも異世界人が来ようとはな、創造神様に感謝であるな」
「創造神だと?」
知らない言葉にラファエルは訝しむ。
「ほう、お主。創造神様を知らんと見受けられるが?」
「知らねえな、俺は無信仰者なんでね」
「そうか、それはまた・・・剛毅な者よ・・・」
バハムート国王はたじろいでいた。
ラファエルはこの反応に違和感を感じていた。
(何がおかしいってんだ?無宗教論者なんて珍しくもないだろうに)
この時ラファエルはまだ知らなかった、この世界は神様が顕現している世界だということを。
この発言に場内がざわつく。
ザックおじさんとしては、いても経っても居られなかった。
だが、口を挟むことは出来ないジレンマに苛まれていた。
王の御前にして口を挟む訳にはいかないからだ。
「なんだってんだよ、無信仰者がそんなに珍しいのかよ?」
「お主、この世界に来てどれぐらいになるのだ?」
バハムート国王は不思議そうに尋ねていた。
「だいたい三ヶ月ぐらいだな」
その回答にバハムート国王はゆっくりと頷く。
「そうか・・・まあ知らぬこともしょうがないではないか。この世界は神様が顕現しておるのだよ。詳細はそこのザックにでも教えて貰うと良い。異世界人のお主には不思議であろう?」
「はあ?神様が顕現しているだって?嘘だろ!」
ラファエルは驚きを隠せない。
「ラファエル、詳細は返ってからだで」
ここでやっとザックおじさんは口を開いた。
「ああ・・・」
ラファエルは狐に摘ままれた気分になっていた。
でもここは直ぐに気分を入れ替える。
こういった所はラファエルは優秀である。
ラファエルの切り替えの潔さは天晴であった。
「まあいいさ、それで?話が逸れているな。で?俺とザックおじさんを呼びつけた理由を聞こうか?」
「そうであったな、これはすまん。お主が造った魔道具によって、この国には優秀な魔道具師がおると話題になっておってな、それで一度会いたいと思ったのだよ、それに聞くと異世界人というじゃないか、これは先ずもって会わねばと考えたのだよ」
やはりな、そこになるんだな。とラファエルは心の中で頷く。
どうやらこの世界での異世界人は価値が高いみたいだな、とラファエルはほくそ笑む。
「へえー?そうなのか。そんなに異世界人は珍しいのかよ、過去に何人も居たと聞いたんだがな」
「そうなのだよ、異世界人は豊富な知識と知恵を持っており、国を繁栄させると言われておるのだよ。知らなんだか?」
「知らねえな、なんだ?俺は貴重価値が高いってことかよ。これは笑えるぜ、ガハハハハハ‼」
この態度に再び大臣達が色めき立つ。
でもその反応とは違い、バハムート国王はその豪胆な態度に興味を抱いていた。
それはそうだろう、バハムート国王はそんな大胆不敵な人物が大好物なのだから。
「ホホホ、そうであるな。お主は貴重な人物だよ。して、その豊富な知識を披露しては貰えんだろうか?」
ラファエルは確信を得ていた。
まず、この国王は刺激に飢えていると。
そしてこの国にとって有益な知識を欲していると。
ラファエルは逡巡する。
その優秀な頭脳で、自分の価値を最大限披露するにはこの場は打って付けであるのではなかろうかと。
(これはチャンスだ!ここの立ち振る舞い次第では、俺は地球での俺を簡単に凌駕出来そうだ)
ここに来てラファエルの本心がムクムクと顔を出して来ていた。
タイミングが良くなかった。
今のザックおじさんにはラファエル止めることが出来ない状態にあったからだ。
これが王の御前でなければ、とっくにザックおじさんはラファエルを咎めている。
下手をすると拳骨を頭に落としていたかもしれない。
それぐらい横柄な態度と、上から眼線にザックおじさんは苛々していたのだ。
ザックおじさんにとっては、王様とは平伏して当たり前という存在なのである。
間違っても同じ目線で会話をしていい相手ではない。
それなのにラファエルは同じ処か上から話している。
最早ザックおじさんにしてみれば、常識を飛び越え過ぎて訳が分からなくなっていたのだった。
「そうか、異世界の知識をお披露目して欲しいのかよ。いいぜ」
「なんと!よいのか?」
バハムート国王は興奮を隠さない。
「ああ、そうだなあ。まずは水資源だな。この国にはクマル川がある、その川から水を引き込んで、上下水道を引き込むことができる。水道は大事だぞ。様々な病気は汚れた水から起こると言ってもいいからな。水道は水の安全だけじゃないぜ、とても暮らしが便利になるし、何よりも清潔になるからな。これは外せない」
「水道とな?どうすればそれを造れるのだ?」
バハムート国王は前のめりだ。
「そりゃあ金は掛かるぜ、まず欠かせないのは土魔法を使える者共が沢山いる。それに水道管を造る鍛冶師がいるな」
教えることにラファエルの上から目線は更に上からになっていく。
「どれぐらいいるのだ?」
「それはどれぐらいの工期にするのかによって変わってくるさ、数日中にどうにかできるほど安易な工事じゃねえからな」
「そうか・・・工期か・・・」
バハムート国王は考えを巡らせる。
「それにただ水道を引き込むだけでは意味がない、それを各家庭に配備してこそ意味があるんだ」
「各家庭にとな?」
バハムート国王は驚愕しつつも、水道を理解しようと努めている。
「ああ、そうだ」
ラファエルは満足げに頷いている。
「なんと・・・」
「何を気にしているんだ?確かに金と時間はかかるさ、でもこれを完備できれば、国民の満足度は格段に上がるんぜ。それにその噂を聞きつけて何人もの人々がこの国に暮らしたいと言ってくることになるんだぞ」
この言葉がバハムート国王の決心を固めることになった。
「そうか、ではやろうではないか!その水道工事とやらを‼」
バハムート国王は高らかに宣言した。
こうなってしまうと大臣達も口を挟むことは出来なくなってしまった。
勿論ザックおじさんもだ。
中には頭を抱える大臣もいた。
でもそんなことはラファエルにはどうでもいいことだ。
頭さえ押さえてしまえば、後はどうとでもなる。
言質を取ったと、腹の中ではほくそ笑んでいたのだった。
もうこうなるとラファエルは止められない。
地球時代のラファエルに戻ったかの如く、その表情は有頂天になっている。
現にその口元にはしたたかな笑みが浮かんでいた。
ここからはラファエルの独壇場だった。
更にラファエルは畳み駆ける。
興が乗ってきていた。
ラファエルは更に水道の有効性を説き、関心を集めた。
ここまでくると大臣達もその話術に見入っている。
中には心を掴まれている者もいた。
こいつは天才ではなかろうかと。
ザックおじさんは後悔の念に苛まされていた。
モンスターを王様に会わせてしまったと。
でも口を挟むことは出来ない。
意を決して、とも考えたのだが、もうその機はとっくに逃している。
諦めの境地で見守ることしか出来なかった。
ラファエルは止まらない。
具体的な話に及ぶとやはり主張したのは権利だった。
ラファエルが求めたのは水道の利用料の二割を寄越せというものだった。
流石にこれには待ったが掛かる。
暴利が過ぎたのだ。
「ラファエル殿、それはあまりにも莫大ではないだろうか?」
「そうである、一割でも多大な金額になるのではないのか?」
「これは欲張り過ぎであろう」
大臣達は頭を働かせて計算を行っている。
それはそうだろう。
考えてみて欲しい。
この世界で水道メーターなどという物は存在しない。
だが固定費として利用料を国に支払うとした場合に、現在の日本の二ヶ月に一度払う利用料で考えた際に、その二割の金額がラファエルに集まって来ると考えたら恐ろしい金額になってしまう。
『イヤーズ』の国民の総数は約七万人である。
仮に日本円で計算すると、およそ二ヶ月に一度の利用料が五千円であった場合に、毎月三千五百万円ほどの金額が得られる。
年収四億二千万にもなるのだ。
これは異常なことである、この世界においてこの収入はもはや王族以上に成りえるのだ。
国を興せる金額であるという事になる。
でもラファエルは決して譲らない。
これを飲まなければこの話は無しだという姿勢を崩さない。
譲る気はないとその視線が語っていた。
そしてあろうことか、バハムート国王はそれを認めてしまった。
「いいではないか、ここで大事なのはラファエルの収入ではなかろう?この国が今よりも豊かで住みたいと思える国になることではないのか?」
こう言われてしまってはもう逆らえない。
同意せざるを得ない。
「そうですな」
「であろうか」
「そうで御座います」
ラファエルはガッツポーズをしたい気分だった。
誰と競っている訳でも無いのに、心の中で勝った‼と叫んでいた。
これは大事だとザックおじさんは青ざめていた。
こうなるとラファエルは留まることを知らない。
もう誰にも止められない。
言質を取ったと、口元に下卑た笑いを浮かべている。
最早ラファエルは世界をその手に収めたと感じ始めていた。
「さて、詳細を詰めようか?」
既成事実が出来上がってしまった。
もうこれを覆すことは出来ない。
完全にラファエルは過去の自分に戻ってしまっていた。
これまでのザックおじさんの努力は水の泡に消えてしまった。
もうラファエルの目線の中にはザックおじさんはいない。
ここにきてラファエルは恩を仇で返すことになっているのだが、そうとは気づけない。
完全に調子に乗っていた。
本人にその気は全くないのだが、結果的にはそうなっている。
そうと気づけないほどラファエルは本能に忠実になってしまっていたのだ。
その後ラファエルは大枠の話を行い、後日打ち合わせを行うことに纏めた。
『イヤーズ』にとっての災厄の始まりであった。
お店に帰ってくると、ザックおじさんは御冠だった。
否、そんな生易しいものでは無い。
烈火のごとく怒り出したのだ。
だがラファエルはそんな暴風もどこふく風と取り合わない。
「ザックおじさんよ、何がいけねえってんだ?大金が入るってのによ。俺はこれであんたに恩を返せると思ったんだがな」
「何が恩返しだ!国王にあんな態度を取っておいて、恩返しどころか、恩を仇で返された気分だで!」
「何だと?そこまで言うかよ!だいたいなんでそんなに国王に跪く必要があるってんだよ!言ったじゃねえか!国王もただの人間だろ?違うか?」
「な!・・・おめえ・・・」
ザックおじさんは言い返せない。
「まあいいじゃねえか、それよりも教えてくれよ。この世界には神が顕現しているって話だ。本当なのか?」
何とか怒りを納めようとザックおじさんは懸命に堪えている。
どうにかして怒りを納めた後には、今度はうんざりとした気分になっていた。
首を振って、ため息を吐いている。
「ふう・・・そうだで・・・本当だで。この世界には神様が顕現してるだで。この北半球にも何人もの神様がいるだ。そして北半球にはエンシェントドラゴンもいるだよ」
「何?ドラゴンだと?」
「そうだ、ドラゴン様だ。ドラゴンはその数が少なく、その存在は中級神以上だで、エンシェントドラゴンに関しては上級神だでよ。この世界を滅ぼすことができる存在だと言われているだよ」
これは現実なのかとラファエルは耳を疑った。
「何だそれ?ゲームの世界かよ?」
「ゲームが何だか知らんだで、でも嘘じゃねえだ、それに人間から神に至ることもあるだでよ」
更にラファエルは混乱する。
「人が神に成るってことか?」
「ああ、そうだで。隣国の魔道王国『エスペランザ』には陶磁器の神ポタリー様がいるだでよ。あの方は元は人間だって話だでよ」
ここに来てラファエルは興味が沸いてきた。
俺も神に成れるのかと・・・
「ちょっと待て、どうやって神になるんだ?」
「うーん、よく言われているのは、実績を積んでそれを天界にいる神々がそれを認めれば成れるということらしいだで、でも本当の所はよく分かっておらんだでよ」
ラファエルは考えを巡らせる。
(神か・・・オモしれえ、成ってみるか俺もその神とやらによ!)
どうやらラファエルには目標が出来てしまったみたいだ。
その考えを敏感にザックおじさんは感じ取る。
「おめえ、まさか神様に成ろうとでも思ってねえだか?」
「ん?駄目だってのか?」
「いや・・・そうではねえだが・・・」
ザックおじさんは言葉を飲み込んだ。
(おめえの様な欲深い者がなれるとは思えねえだが・・・でもその過程でラファエルも成長するかもしれねえだ、ここは見守るしかねえだで)
何処までも慈悲深いザックおじさんだった。
本当は神の素質があるのはザックおじさんだと考えられた。
だが当の本人には大逸れたことと、実績を積もうとは考えてはいなかった。
残念な話である。
『イヤーズ』は沸いていた。
大規模な工事が行われると、人々が集まってきていた。
上下水道の敷設工事の計画は着々と進んでいた。
連日ラファエルは王城で過ごしている。
この時既にラファエルはザックおじさんの所には住んではいなかった。
言葉巧みに説き伏せて、王城の一角に居を構えていた。
連日豪華な暮らしを営んでいる。
特に食に拘りはないラファエルだが、アルコールは大好きである。
ワインを毎日浴びる様に飲んでいた。
ラファエルはザックおじさんにはこれまで世話になったと、金貨千枚を置いていったのだが、数日後には返ってきてしまっていた。
頑固爺が、世話賃ぐらい受け取れよとラファエルは思っていたのだが、当のザックおじさんはそうとは考えていなかった。
手切れ金の様で受け取りたくはなかったのだ。
変わってしまったラファエルではあったが、ザックおじさんはラファエルを見捨てたりはしない。
彼は何処までもお人好しなのだ。
遠目からラファエルのこと見守っていたのだ。
時折王城にやってきてはラファエルを叱っていた。
ザックおじさんは王城では顔パスになっている。
好きな時に現れて、好きな時に去っていく。
そしてその商人の手腕を買われて、今では王家のお抱え商人にもなっていた。
実はそれには裏があった。
そう仕向けたのはラファエルだったのだ。
金を受け取らない頑固爺にはこんな恩返ししか出来そうもないと、ラファエルなりの気遣いだったのだ。
薄々そうと気づいていたザックおじさんだったが、王家からの依頼とあっては断ることはできない。
受け入れざるを得なかった。
だが同時に誇らしくも感じていた。
彼の敬愛する王家のお抱え商人になることは、彼の夢でもあったのだから。
上下水道工事はその設計段階だけに留まらず、ラファエルは積極的に現場にも足を運んだ。
一時金を得て富豪と成っているラファエルには常時護衛が付いている。
始めは護衛の必要性を感じなかったが、何度か怖い眼にあったラファエルはSランクのハンターを雇い、常に身の安全を確保していた。
護衛に守られるとその様はVIPの様であると、ラファエルは鼻が高くなっていた。
こんな待遇も良いもんだと感じていた。
ラファエルは工事現場では大声を張り上げて、作業員に指示を与えていた。
そんなことはこちらでやるからと、大工の棟梁達は嫌な顔をするのだがお構いなしだ。
人を信じることが出来ないラファエルとしては、当然のことと考えている。
それにラファエルはこの世界の人々を見下していた。
田舎者と心の中では罵っているのだ。
俺が教えてやっているんだと上から目線は変わらない。
この工事現場には流石にザックおじさんは出入りできない。
何度か見学に来たことはあるのだが、工事関係者ではないと帰されてしまっていた。
本当にザックおじさんは面倒見が良い。
頭が下がる想いである。
実は『イヤーズ』の上下水道にはちょっとした盲点があった。
それは浄化槽がないことである。
ラファエルには建設関係の知識は薄い。
上下水道の構造その物は分かっているのだが、浄化槽の存在を忘れていた。
浄化槽の存在を知ってはいたのだが、彼は失念していたのだ。
其処をリカバリーする案をラファエルは思い付く。
それは蛇口に浄化魔法を付与した魔石を埋め込むというものであった。
そこでラファエルは魔石を搔き集めることにした。
ここでも更に儲けを得ようと企んだのだった。
失念していただけなのだが、これを都合よく儲けに繋がったと、自分を褒めていたぐらいだ。
その欲深さは健在だった。
だがその企みはザックおじさんによって阻止されてしまう。
ラファエルが魔石を搔き集めているという情報を早々に察知し、これは王家のお抱え商人としては見過ごせないと、彼のネットワークを駆使して、先んじて魔石を王家に購入させたのだった。
ラファエルは気に入らない。
自分の思い通りに成らなかったと。
そしてこの先ザックおじさんの事を取り合わなくなってしまった。
彼にとっての最後の良心を、遂に彼は自らの手で手放してしまったのだった。
その自尊心と傲慢な考えによって。
ザックおじさんはとても悲しんでいた。
こうなるのでは?と予想はしていた。
ザックおじさんはラファエルの異常に高い自尊心と金銭欲を知っていたからだ。
だが、お抱え商人の立場にある者としてはどうしても見過ごせなかった。
そのお抱え商人の地位も、元を辿ればラファエルが用意したものなのだ。
ラファエルにしてみれば、自らの首を自分で締めたということになる。
それと気づいた時には、もうザックおじさんには声を掛けられる段階にはなかった。
タイミングを逸していたのだ。
それはそうだろう、自分から突き放しておいて、自分から擦り寄る訳にはいかない。
彼の自尊心がそれを許さなかったからだ。
ザックおじさんとしてみれば、ラファエルから歩みよってくれるのなら、とは思っていたのだが、それは叶うことはなかった。
残念ながら彼の一縷の望みは成就しなかった。
そしてザックおじさんはお抱え商人の地位を返上することにした。
その商人としての能力の高さは王家の中でも信頼されており、辞めるなとバハムート国王自ら声を掛けられた時には、ザックおじさんは胸が張り裂けんかの如く感動した。
しかし彼の決心は堅かった。
お礼と感謝の意を述べて王城を去ることにしたのだ。
このことをラファエルには伝えないで欲しいと言い残して。
もう自分に出来ることは無くなったと・・・その時間もあまり無いと・・・
彼は自分のお店に戻り、細々と暮らすことにした。
でもザックおじさんはいい夢を見せて貰ったと、ラファエルには感謝していた。
人生の最後に大きな仕事をさせて貰ったと、満足だったのである。
そして上下水道工事が完成しようかという頃。
ザックおじさんは息を引き取ったのである。
享年五十八歳、この世界の人間の寿命としては少し早いお別れである。
彼は実にあっさりと病気によりこの世界から旅立ってしまったのだった。
病気であることは周りの者には一切悟らせなかった。
その死に顔は笑顔であったと、彼の最後に立ち会った者は後に語っている。
ラファエルはそうとは知らず、迫りくる工期に追われていた。
だが完成は間近であり、問題なくその完成を迎える準備は出来ていた。
街の中心に完成間もない噴水がある。
工事の完了はこの噴水に水が通った時となる。
その際には盛大な式典と祭りが行われる予定である。
各家庭への上下水道工事は、その先に随時行われることになるが、ここからはラファエルは王家に任せるつもりであった。
ラファエルは工事を完成させ、式典や祭りに現れるであろうザックおじさんに声を掛けるつもりでいた。
ここで仲治りしようと考えていたのだ。
そして式典が始まった。
国王や大臣達が参列し、盛大に式典は催された。
ラファエルも功労者として紹介され、自慢げにしている。
万来の拍手に心を踊らせていた。
周りを見渡すラファエルだが、その眼にザックおじさんが映ることは無かった。
式典が終わり、既に祭りが始まっていた。
ラファエルはにこやかにしているが、内心では焦れていた。
(ザックおじさん、どこにいるんだよ!早く来いよ!俺の記念すべき日なんだぞ!)
既にザックおじさんは息を引き取って数日経っているのだが、ラファエルはその事実を知らない。
いい加減抑えきれなくなったラファエルは護衛を引き連れてザックおじさんのお店に向かうことにした。
その手にはワインボトルが握られていた。
今日はザックおじさんと酔いつぶれるまで飲む気でいたのだ。
ラファエルは夢想する。
きっと上下水道工事が完成したことを喜んでくれるだろう。
魔石の件に関しては・・・すまなかったと謝ろう。
ザックおじさんならきっと許してくれるだろう。
にしてもなんだよ!こんな記念すべき日になにやってんだよ。
そしてザックおじさんの店の前に馬車が到着した。
様子が変であることにラファエルは直ぐに気づいた。
入口の扉は堅く締められ、いつも開かれている二階の窓も締まっている。
扉に手を掛けるが、鍵が掛けられており開けることが出来ない。
裏口に周り、裏口の扉を開けようとするがここも締まっていた。
どうしようかとラファエルは隣に住むメリダ婆さんの家に駆けこんだ。
ドンドンドン‼
粗々しくノックするラファエル。
「はいはい、なんだいこんな夜更けに」
家の中から声がした。
ゆっくりと扉が空けられる。
「ラファエル!」
メリダ婆さんがラファエルを見て眼を見開いた。
「メリダ婆さん!ザックおじさんは何処にいるんだ?」
ラファエルは必死に尋ねる。
その心には嫌な予感が去来していたからだ。
「何処に居るって・・・あんた・・・遅すぎるんだよ‼この馬鹿者が‼今頃何だってんだい?ザックは死んじまったよ‼この親不幸者が‼」
メリダ婆さんは眼に涙を浮かべてラファエルを怒鳴りつけた。
ラファエルは何が起こっているのか分からなかった。
(はあ?メリダ婆さんは何を言っているんだ?遂に呆けやがったか?ザックおじさんが死んだって?あり得ない・・・そんなことは・・・認めない・・・)
「嘘だろ?・・・」
こういうのが精一杯だった。
「嘘でこんな事が言えるかい?あんた今頃何しに来たんだい!遅いんだよ‼」
メリダ婆さんの必死さにこれが現実であることをラファエルは悟った。
「嘘だ、嘘だ・・・あり得ない。そんな・・・」
「この馬鹿が‼馬鹿が‼」
メリダ婆さんはラファエルの胸を叩いていた。
それを護衛達が止めに入る。
ラファエルは何も考えられなかった。
手にしたワインボトルは音を立てて地面に落下した。
バリン‼という乾いた音が寂しく響き渡る。
ラファエルは膝から崩れ落ちていた。
こうなってやっとラファエルはザックおじさんの存在の大きさに気づいた。
ぽっかりと胸に大きな穴が空いたことにラファエルは激しく動揺した。
ラファエルは周りの事を憚ることなく涙を流した。
それはもはや慟哭に近いものだった。
何も考えず、ただただ泣いた。
ここからのことは、もうラファエルの記憶にはない。
ラファエルは気が付くと自分の寝室のベットに寝転がっていた。
何で此処にと考えを巡らせる。
そして思い出していた。
(そうか・・・ザックおじさんは死んだんだったな・・・でもどうして・・・)
まだ受け止めきれないラファエルだった。
(そんな気配は無かったはずだ・・・)
考えても答えは出そうも無かった。
ラファエルはバハムート国王と謁見することにした。
直ぐに王の間に通される。
玉座に座り、バハムート国王はにこやかにラファエルを迎えた。
「ラファエルよ、この度は大儀であったな」
労いの言葉が掛けられる。
「ああ、ありがとう。それはいいとしてだ、聞きたいことがある」
ラファエルの表情は真剣そのものだ。
「聞きたい事とな?それはなんであるのか?」
「ザックおじさんの事だ」
バハムート国王は表情を硬くした。
それを見てラファエルは何か知っているなと見当をつける。
「ザックの何を知りたいというのか?」
「ザックおじさんは死んだぞ・・・」
バハムート国王は天を仰ぎ見た。
「何と・・・そうであったか・・・」
「何か知っているな?」
バハムート国王は困った表情を浮かべている。
「・・・答えに困る・・・だがザックが死んだのは知らんかった、許せラファエルよ・・・」
「そうか・・・それで・・・何を知っているんだ?」
バハムート国王は下向き加減で話し出す。
「本人には口止めされておったのだ、ラファエルよ許しておくれ。ザックはな、お抱え商人の座を辞したのだよ」
ラファエルは動揺する。
「そうなのか・・・」
「そうである・・・その理由は語ってはくれなんだが・・・そういうことであったか・・・悲しことである・・・優秀な者を失ってしまったな。この国の多大な損失であるぞ」
「そう言ってくれるか・・・ありがとよ、バハムート国王・・・今頃ザックおじさんも天上で喜んでいるさ」
二人で沈痛な想いを受け止めていた。
「・・・」
ラファエルは意を決して言葉を紡ぐ、
「少し考えてみたいことがある・・・時間を貰いたいがいいか?」
「好きになさると良い。ラファエルよ、そう落ち込むでないぞ」
バハムート国王の優しさが痛いラファエルだった。
「ああ、悪いな・・・」
ラファエルは王の間を立ち去っていった。
その背には何かしらの決意を漂わせていた。
ラファエルは逃げなかった。
本当は行きたくはなかったのだが、此処は行かなければならないと、もう一度ザックおじさんのお店に向かった。
ザックおじさんのお店は昨日見たままの、人の営みを感じさせない虚無なものだった。
それに寂しさを感じて、また涙を流しそうになるが、それをラファエルはぐっと堪えた。
再びメリダ婆さんの家の扉を叩く。
ドンドン‼
「はいはい!」
元気な声が返ってくる。
扉が開かれた。
「ラファエル、お前・・・」
「メリダ婆さん・・・昨日はすまなかった」
ラファエルは素直に謝った。
「・・・そうかい・・・それで?・・・」
「聞かせてくれないか・・・ザックおじさんの事を・・・」
「・・・入りな」
メリダ婆さんはラファエルとその護衛達を家の中に招き入れた。
「何か飲むかい?」
「ああ、なんでもいい」
「そうかい適当に座っとくれよ」
メリダ婆さんは顎で椅子を示した。
「すまないがお前達は外してくれるか?」
ラファエルは護衛達に指示する。
「しかし・・・」
護衛長の男性が戸惑いながらも職務を遂行しようとする。
「こんな婆さんに何ができるってんだ?いいだろ?」
「畏まりました」
護衛達は家を出ていき、家の周りを警護することにした。
「なんだいラファエル、今じゃあお偉いさんかい?」
「けっ!そんなんじゃねえよ」
「ザックがお前さんを連れてきた時にはどうなるものかと肝を冷やしたよ、全く。今では遠い過去のできごとさね」
「だな・・・」
二人は眼を合わすことなく会話をしていた。
「ザックはねえ、連れ合いも無く、子も無く、あんないい奴がどうしてと思ったものさ。巡り合わせって奴なのかねえ?でもねえ、あいつにとってはあんたは息子みたいなもんだったのさ。分かるかい?」
泣きそうになる自分をグッと押し殺すラファエル。
「・・・」
ラファエルは机の一点を見つめて話を聞いていた。
そうでもしないと涙を抑えきれなかったからだ。
「いつだかさ、ザックは言ってたよ、俺にも息子と思える奴が出来たってね。世話の掛かる奴だがあいつは凄い奴なんだ。飛んでもない才能を持っているってさ、俺の商人の眼は間違い無いって。そりゃあ嬉しそうに語っていたさ」
メリダ婆さんは背を向けて語っている。
「そうか・・・ありがたいことだな」
敢えて他人事の様にラファエルは振舞っている。
「ほんとだよ・・・いきなり訳も分からずこの世界に来ちまったあんたが忍びなかったのかねえ?ザックらしいことだよ。何処までお人好し何だか・・・」
メリダ婆さんが紅茶を入れてテーブルに置いた。
そしてラファエルの正面に腰かける。
「で・・・何を聞きたいんだい?」
ラファエルは歯を食いしばった。
「・・・最後に立ち会ったんだろ?・・・」
「ああ、そうさね」
「聞かせてくれないか?ザックおじさんの最後を」
ラファエルの眼を見て、メリダ婆さんは心を決めたみたいだ。
「分かったよ・・・ザックはさ・・・最後まであんたの事を気にかけていたよ・・・死ぬ直前までさ・・・ラファエルは元気なのか?上下水道工事は終わったのか?ラファエルは我儘を言って誰かを困られて無いかってさ・・・あいつには悪い事をした・・・お抱え商人としてはそうするしか無かったってさ・・・あいつとまたワインが飲みたいよ・・・あいつとバカ騒ぎがしたいってさ」
「そうか・・・ありがとう・・・」
「でもさ・・・いい死に顔をしていたよ。人生の最後にラファエルにはお抱え商人の地位を貰えたって、恩返し以上の恩を返して貰えたって嬉しそうにしていたさ・・・」
ラファエルは必死で涙を堪えていた。
今にも崩れそうな自分を何とか堪えていた。
ここで自分の見失う訳にはいかないと、自制心を働かせていた。
「いい人生だったと思うよ私にはさ、ザックはあまりにお人好しだった。その所為で苦労したこともあったのさ。でもね、あんたが現れてからは本当に楽しそうにしていたねえ。分かるかい?ラファエル?」
「みたいだな・・・」
「あんたも思う処があるだろうが、ザックのことを想ってくれるならこの先の人生を見つめ直したらどうだい?あたいにはよく分からんけどさ。そうだ!あんたに渡す物があるんだった。受け取ってくれるかい?」
「ん?それはいったい?・・・」
「ちょっと待っておくれ」
そう言うとメリダ婆さんは部屋を出て行った。
数分後メリダ婆さんが壺と便箋らしき物を携えて現れた。
「これがザックさ・・・こんなんになっちまってさ・・・これはあんたが引き取っておくれ」
メリダ婆さんは壺を突き出してきた。
ラファエルは大事そうにその壺を受け取った。
(ちっ!こんなんになっちまって・・・)
ラファエルは壺を愛おしそうに撫でていた。
「ラファエル、これはあんた当ての手紙さ。受け取りな」
無造作に便箋が手渡された。
ラファエルは受け取ると、マジックバックにそれを捩じり込んだ。
「メリダ婆さん、すまなかったな・・・助かるよ・・・」
「なんだいラファエル、しみじみしているんじゃないよ全く!らしくないねえ!」
「ケッ!煩せえんだよ婆あ!」
ラファエルは去勢を張るしか無かった。
これがメリダ婆さんなりの優しさであると分かっているからだ。
ラファエルはメリダ婆さんの家を出ることにした。
「じゃあな婆さん、死ぬんじゃねえぞ!」
「よく言うよ!お前さんが引き取ってくれるのかい?」
「ふざけるな!ごめんだよ!」
「はいはい、とっとと行きな!」
馬車を走らせてラファエルは王城の部屋に帰っていくのだった。
その背には拭い様の無い寂しさを背負いながら。
ラファエルよ、元気にしているか?
おらは幸せ者だでよ。
おめえに会えたからな。
おめえはおらにとっては息子と変わらねえ、おめえにとってはいい迷惑かもしれねえだか?
そんな寂しい事は言うでねえだ。
おらの息子ということにしといてくれだで。
おめえと過ごした日々はおらにとっては宝物だでよ。
本当にありがとうな。
なあ、覚えてるか?
始めて会ったあの街角を。
おめえにとっては何がなんだか分かって無かったかもしれねえだが、おらにとってはそうではないだ。
おめえを始めて見た時におらはピンときただで。
飛んでもねえ奴が現れたと。
おらの人生が変わっちまうだと。
おめえはほんとに凄げえ奴だな。
能力もさることながら、その発想はおらには全く真似できねえだで。
おめえは天才だで。
でもなラファエル、そこに溺れるでねえだよ。
自分は凄いと己惚れるでねえだ。
それがおめえの良くないところだでよ。
ああ、ラファエル、おめえと一緒に飲むワインはとても美味しかっただで。
おらはおめえの話を聞く事が本当に楽しかっただで。
奇想天外な事を当たり前の様に話すおめえがおらは誇らしかっただよ。
いいかラファエル。
頭を垂れよ!
人を見下すでねえだ!
そしておめえは神様に成れる!
おらは信じてるだ。
おめえは夜な夜なおらに語っただで、俺は神に成るだと。
神様に成って人々を救ってくれ。
その類稀なる才能でおめえは人々から崇められる存在になるんだろうな。
ラファエル、またおめえに会いただよ。
おめえとワインが飲みたいだよ、たくさん話がしてえだよ。
ラファエル愛してるだ。
ザックおじさん
ラファエルは旅に出ることにした。
その理由はまだこの世界を分かっていないという実感があったことと、神に成ることに強烈な興味を覚えたからだった。
そしてラファエルは大きな決断をする。
それは何としても神に成るというものだった。
ラファエルにとっての神とはこの世の絶対者である。
この世界の最高者であるということだ。
神になれば何でも自分の思うが儘に出来ると考えたのだ。
ラファエルが神に成る理由は一つしかない。
それはザックおじさんを蘇生させることだった。
ザックおじさんを今一度この世に蘇らせる。
神になればそれは叶うだろうとラファエルは疑わない。
神とはそんな存在であると疑わなかった。
実際はそれを出来るのは、唯一創造神でしかないのだが、それをラファエルは知らない。
そしてラファエルは一つの奇跡を叶えることになった。
その強烈な想いに答えて世界がラファエルの請願に答えたのだ。
ラファエルは人間から仙人に進化していたのである。
それは恐らく自身の中に眠る進化の魂に触れたのではなく。
この世界に来てからのその暮らしぶりや、ザックおじさんとの関係に、一定の修業的な要素があったのかもしれない。
本当の所は創造神のみぞ知るである。
実にラファエルはその強烈な情念で進化してしまったのだ。
こうなると寿命の問題はある意味解決出来ていた。
残された時間を気にすること無くその人生を全うできるのだから。
何としても神に成り、ザックおじさんに再び会う事、ラファエルにはそれが全てになっていた。
その想いは強い、生まれてこの方、始めて覚える程の強い衝動だった。
こうなるとラファエルは止まらない。
何をもってしてもその願いを叶えると、邁進するのである。
目指す国は武装国家『ドミニオン』
これまでに北半球にいる神様の情報は集めれるだけ集めた。
織物の神、細工の神、陶芸の神、そしてエンシェントドラゴンが居るということを知った。
それ以外にも神はいるということであったが、集まった情報はこれぐらいである。
なんと言っても北半球は広いのだ。
全ての神の情報を集められる訳がない。
現在の日本の様にインターネットなど存在しないのだから。
因みにこの時まだダイコクは商売の神に成ってはいない。
商売人として切磋琢磨している段階であった。
そしてこの世界の絶対者が想像神であることをラファエルは知る。
神にもランクがあり、その最高位に居るのが創造神であると。
自分が目指すのはそこであると、腹を決めたのだった。
ラファエルはまずは陶芸の神ポタリーに会うことにした。
ポタリーは今ではその居を武装国家『ドミニオン』に移していた。
ポタリーに会うことを決心した理由は特に無い。
強いて言うならば一番早く会える位置にいたからだ。
これまでの情報を精査すると、エンシェントドラゴンは奥深い山岳地帯におり、とても簡単に辿り着ける場所に居ないということ。
さらに織物の神は北極にある極寒の街に住んでおり、またそこに行くには陸路では半年近くかかるかもしれないということらしく、細工の神は流浪の神で、どこに居るのかよく分からなかったのだ。
そうなってくると陶磁器の神ポタリーしか居なかった。
ポタリーは勝気な女神ということだったが、そんなことはどうでもよかった。
ラファエルはどうやって神に成るのかを知りたかったのだ。
ザックおじさんからは実績を積むという事を教わったが、なんともふわっとしていてピンと来ていなかった。
それに思慮深いラファエルはそれだけでは無いと勘づいていたのだ。
実績を積むとは何なのかよく分からない。
何をもって実績なのか?
エンシェントドラゴンは別として、何々の神とそう評される様に、一芸に特化したものであるとは予想がついているのだが、本当にそうなんだろうか?と頭を悩ませていた。
もしそうであった場合、ラファエルには何があるだろうか?
特化した技術となるとラファエルには催眠ということになる。
催眠の神?本当にそんなジャンルがあるのだろうか?
そもそもラファエルはそんなことには拘っていない。
ラファエルの目的からは離れてしまう気がしていたのだ。
詰まる処、ラファエルの目指す神は創造神なのだ。
どうしたら創造神に成れるのか?
途方もない話ではあるのだが、ラファエルは決して諦めない。
もしそんなことを口にしようものなら、その行為を止めない者はいないだろう。
またはこいつはイカレているとでも言われるに違いない。
それぐらいの遥か遠き道であった。
だがラファエルはそれを知ってもなお、その志を改める気は無い。
何が何でも自分の想いを叶えると疑わないのだ。
そしてラファエルは資金力を有しており、寿命も仙人になったことによってあまり時間を気にしなくてもよくなった。
時間は果てしなく掛かるだろう、でも可能性はゼロでは無かろうと諦める気にはなれなかった。
ラファエルの決心は堅い。
もはや何を持ってもそれは砕くことはできないだろう。
どうしても必ずその想いを叶えると、ラファエルはザックおじさんに誓ったのだ。
その誓いは尊い。
ザックおじさんのお店は今ではラファエルの所有物になっていた。
本当は国がザックおじさんのお店を接収し、その財産は『イヤーズ』の物となっていたのだが、ラファエルは恫喝するかの如くそれを阻止し、我物にしていた。
ラファエルにとってはそんなことは容易い。
これも夢の為だった。
ラファエルはもう一度ザックおじさんと、愛して止まないあの小さなお店の二階でワインを飲み、語りあいたかったのだ。
それ以外のことはもはやどうでもよかった。
ラファエルは憑りついているかの如く、神に成ることを目指した。
ラファエルの神に至る旅がここに始まったのである。
ポタリーに会う為の旅は過酷な旅になった。
なによりその移動距離が長いのだ。
馬車での移動は思いの外体力を奪う。
仙人になったと言っても、体力が大幅に増えた訳ではない。
それにラファエルはそもそも身体を鍛え上げているのではないのだ。
守との大きな違いはここに有った。
守は何のかんのといっては身体を使うことをしてきていたのだ、農業に従事したり、大工作業を行ったり、狩りを行ったりと、そして能力の開発に力を入れていたのだ。
これまでのラファエルは金銭を稼ぐことに注力していきていた。
結果として今のステータスは以下の通りである。
『鑑定』
名前:ラファエル・バーンズ
種族:仙人
職業:商人Lv8
神気:0
体力:645
魔力:657
能力:土魔法Lv2 火魔法LV2 鑑定魔法LV4 催眠魔法LV1 契約魔法Lv5 照明魔法LV1 浄化魔法LV1
旅の工程はおよそ三ヶ月の予定だった。
だが今のペースではその倍は掛かりそうである。
体力を奪う馬車の旅にラファエルは辟易していた。
ラファエルはここで見直しを行うことにした。
今は護衛に守られて命の安全は保障されている。
何といってもSランクのハンター達を数名従えているのだ。
よほどの事が無い限り魔獣に遭遇しても命の危険は無いのだ。
何時までも今の儘とはいかない。
そこでラファエルはハンター達と共に狩りを行い、時間を見つけては魔法のレベル上げを行うことにした。
時間はたっぷりとある。
何も焦る必要は無い。
馬車の中で揺られるだけではなく、積極的に身体を動かすことにしたのだ。
ラファエルは時間を見つけては、狩りに同行することにした。
最初は狩りの邪魔になると護衛達は嫌がったのだが、雇い主の言う事を聞かない訳にはいかない。
ただでさえ破格の金額を貰っているのだ。
ラファエルの我儘にも付き合うしかなかった。
それに護衛の期間が長くなることもありがたい事でもあった。
契約の内容としては、一日いくらという日雇いの物であったのだから。
ハンター達はラファエルに付き合うことにした。
それにラファエルは飲み込みが早い、教えがいもあったのだ。
旅を終える頃にはラファエルは、それなりの強者に仕上がっていた。
ハンターランクとしてはBランクに相当するほどの力を得ていた。
魔法のレベルも挙がってきている。
ステータスは以下の通りである。
『鑑定』
名前:ラファエル・バーンズ
種族:仙人
職業:商人Lv15
神気:0
体力:1467
魔力:1653
能力:土魔法Lv5 火魔法LV5 鑑定魔法LV4 催眠魔法LV1 契約魔法Lv5 照明魔法LV3 浄化魔法LV3
魔獣化したジャイアントボアぐらいなら一人でも仕留められるレベルに成っていた。
次の街では武器を買おうと考えていたぐらいだ。
魔法だけでは物足りず、剣技も鍛えようと考えていた。
ラファエルは元々人間としては力が強かった方なのだ、鍛えればすぐにでも強くなれることだろう。
結局『ドミニオン』に到着するには半年の期間を有した。
寿命の事をあまり考えなくていいラファエルにとっては、時間はさほど問題ではないのだ。
とは言っても寿命が無くなった訳ではない。
三千年もすればその寿命は尽きる。
ただラファエルは焦らない。
ラファエルにとっては『イヤーズ』以外の国に訪れるのは初めてであった。途中魔道国『エスペランザ』に寄ることもできたのだが、彼は立ち寄らなかった。
時間に余裕はあるとはいっても、悠長にしている訳ではないからだ。
武装国家『ドミニオン』に着くと、ラファエルはポタリーの所在を尋ねて周った。
所謂聞き込みを行ったのだ。
ポタリーの所在は直ぐに明らかになった。
ポタリーは『ドミニオン』に工房を持っており、その作品を販売するお店も併設されているとのことだった。
まずはそのお店にラファエルは立ち寄った。
お店の中に入るとたくさんの陶磁器が所狭しと並んでいた。
ラファエルは関心していた。
どの品も一級品と呼べる品物だらけである。
否、一級品ではない。最高級品を言ってもいいだろう。
陶磁器に関して詳しくないラファエルだが、素人目にも芸術品であると思えた。
それぐらい素晴らしい品々だったのである。
(これが神が造る陶磁器か・・・まさかここまでとは・・・)
ラファエルの心に感動が押し寄せてくる。
一芸を極めた者が造る作品は感動を生むものなのだ。
そこには見る者を魅了する何かがある。
もはや作品を手に取ることすら憚られる。
その芸術品に囲まれて、感嘆のため息すらも零れそうであった。
すると店員がラファエルに近寄ってきた。
店員がさりげなく声を掛けてくる。
「何か気になった商品はありましたか?」
「ああ、全ての作品が気になったよ。ここまでくると商品なんて表現は失礼だ。これはれっきとした作品だよ。否、芸術品だ!」
「あはは!皆さんよくその様に言われますよ、ポタリー様は作品に魂を込めますからね。確かに芸術品ですね」
「そうだろう、素晴らしいよ!」
ラファエルは素直に褒めた。
否、褒めざるを得ないといったところか。
「ありがとうございます。では何かありましたらお声がけください」
店員の接客も付かず離れずの距離感で心地いい。
実に好感が持てる。
「実はポタリー様にお会いしたいのだが、可能だろうか?」
店員は少々残念な表情を浮かべた。
「そうですか、申し訳ないのですが、今は工房に籠ってますので無理ですね、ポタリー様は工房に籠り出すとなかなか出てこないので、特に火入れの作業となると数日は出てこないですね」
「そうなのか、それは数日間飲まず食わずということなのか?」
「いいえ、流石に水分は採ります、でも食べることはなさりません」
ラファエルは首を振っていた。
「凄いな・・・それでよく生きていられるな・・・」
「神様ですからね、ある意味永遠の命を持っていますので」
当たり前の事と店員が答える。
「そうか・・・そうだったな。神様だったな、死なないのか・・・」
「ポタリー様曰く、神力が無くなると人間と変わらないとは仰ってましたけどね」
「神力?」
「ええ、私達人間は魔力を持っているでしょ?神様は神力を持っているのですよ」
「ほう?それは興味深いな」
「そうですか、でもこれぐらいの事しか私は存じ上げません」
「いや、ありがとう。良い事を聞いた、助かる」
「はあ・・・」
店員は首を傾げている。
「それでポタリー様はどれぐらいで工房から出て来られるのだろうか?」
「そうですね、おそらく三日以上は出て来られないでしょうね」
「そうか、ではまたそれぐらいに顔を出させて貰うとしよう」
「どういったご用件でしたか?」
「いや、本人に直接話させて貰う事にするよ」
少し店員は訝しんだ。
「そうですか・・・」
「ではいくつか芸術品を購入させて貰うとしよう」
「ありがとうございます!」
店員の表情が華やかになる。
ラファエルは気に入った陶磁器を数点購入してお店を去ることにした。
それなりの散財をしていた。
彼は意図的に高額な作品を中心に買い漁っていた。
それからの数日間は『ドミニオン』を見て周った。
ラファエルの印象としては『イヤーズ』とさほど変わらないなという程度だったが、水道などのインフラは無い為、多少は田舎に見えた。
ラファエルは主に買い物などを行い、今後に備えることにした。
武器屋に寄って、武器や、防具も買いそろえた。
今ではマジックバックもいくつか携帯している為、収納先には困らない。
そうこうしていると三日は簡単に過ぎていた。
そろそろ居るだろうと、ラファエルはポタリーのお店に行くことにした。
お店に着くと前回接客をしてくれた店員が近寄ってきた。
「先日はお買い上げありがとうございました。居ますよ」
前回高額な作品を購入したことが功を奏したのか、店員は上機嫌だった。
「そうか、それはありがたい」
しめしめとラファエルはほくそ笑む。
高額な陶磁器を敢えて買い漁ったのはこの為だった。
VIPだと思われれば、ポタリーには簡単に紹介して貰えると考えたからだ。
神にはそんなことは通じないかもしれないが、店員は人間だ。
損得勘定は芽生えて当然ということだ。
「ではここでお待ちください」
そう言うと店員はバックルームに入っていった。
数分後、ポタリーと思わしき女性と店員は共に現れた。
その女性は髪をバッサリと刈り上げたボーイッシュな髪形をしていた。
大きな眼が特徴的で、勝気な性格がその眼に現れていた。
とてもカッコいい女神であった。
他者を圧倒する程の威喝感も有している。
実に引き締まった身体をしていた。
「あたいに何か用かい?」
ポタリーは事も無げに語りかける。
「はい」
「何でもあたいの作品を随分と買ってくれたみたいだね。恩にきるよ」
ポタリーは手を挙げて謝意を表した。
「いえ、どれも購入に値する作品でした。大事に使わせていただきます」
「そうかい、で?あたいに要件は何だい?」
どうにもポタリーはせっかちな性格の様である。
早く言えとせっついている。
「実は・・・神様について教えて欲しいのです」
「はあ?何だってそんなことを知りたいんだい?」
「それは・・・俺は神に成りたいからです・・・否、成らなければならないからです!」
ラファエルは嘘偽りなく答えた。
その声や表情には悲壮感すら浮かんでいる。
ポタリーの質問にさらりと躱すことも出来たが、相手は神だ。
どんな能力を持っているのか分からない。
それに小手先では通用しないとラファエルは考えた。
「成らなければならないって・・・どういうことだい?」
ポタリーは遠慮気味に聞いていた。
「それは・・・出来れば話したくは無いです・・・」
これも偽らない言葉だった。
ザックおじさんの事を思い出すと今でも涙が溢れてくるからだ。
それ程にザックおじさんのことをラファエルは想っているのだ。
「そうかい・・・まあ無理やりには聞くまいよ・・・それにしても・・・神の何を知りたいってんだい?あたいは大して詳しくはないよ」
実際にポタリーはあまり神について詳しくはない。
「何でもいいです、知る限りの全てを教えて欲しいのです。お願いします!」
ラファエルは謙虚に頭を下げていた。
その様に護衛達は驚いていた。
あの傲慢なラファエルが頭を下げるとは・・・
「・・・なんだかねえ・・・あたいで良ければ答えてやるよ・・・」
ポタリーはしょうがないなと苦い顔をしている。
よし!とラファエルは心の中で叫んでいた。
思い通りだと、その心を躍らせた。
「それで神の何を知りたいんだい?」
「まずはどうやったら神に成れるのかですね」
ラファエルは単刀直入に切り込んだ。
「そうかい、あたいは気が付いたら成っちまってたってところが本当の所さ」
「それはどういうことですか?」
「いやさ、見ての通りあたいは生粋の職人肌でね。親父が陶芸家だったのさ、その意思を継いであたいも陶芸家になったのさ」
「なるほど」
ラファエルは頷く。
「来る日も来る日も陶芸と向き合って過ごしてきたよ、集中すると止められない性格でね、何度か気が付いたら倒れてたなんてこともあったさ」
「それは・・・凄いですね・・・」
「まあ、そう言った性分なんでね。突き詰めたいのさ、あたいはさ。そうしないと気が済まない性格なんだよ」
「はあ・・・」
「最高の陶磁器を造ろうと釜に向き合い続けていたら、気が付いたら世界の声がしてね」
「世界の声ですか?」
ラファエルはなにが何だか分からない。
「ああ、いつものレベルアップの時と同じ声だったよ、その声が言ったんだ『神になる技量と実績を満たしました、神に成ることを了承しますか?』ってね」
「技量と実績ですか・・・」
ラファエルはいまいちピンと来ていなかった。
「確かそうだったと思う、たぶん・・・何せ三百年以上も前の事だからね。勘弁しておくれよ」
「いえ、ありがとうございます」
「こんなことでいいのかい?」
「もっと聞きたいことがあります」
「どうやらそんな感じだね、ふう、場所を変えるかい?」
「助かります」
ラファエルはポタリーに誘われるが儘に、後を付いて行った。
此処からは長い一日となった。
まずはエリカの処遇を決めなければならなかった。
五人の老師の話を聞く限り、この北半球に居ることは危険が付きまとうと思ったからだ。
魔物達が簡単に暗殺者を素通りさせるとは思えなかったが、念には念を入れて置かなければいけない。
ここは問答無用で南半球に連れて行くしかなかった。
身の安全と彼女達の要望を叶えるとしたらそれしか思いつかなかった。
『シマーノ』に亡命した身ではあるが、それだけでは足りないと考えたのだ。
ここは保護しなければいけないと。
サウナ島で保護すると話した時には、なぜか無茶苦茶喜ばれてしまった。
特にカミラの喜び様は凄まじかった。
「よっしゃー‼」
ガッツポーズを決めて、大声で叫んでいた。
その喜び様に大爆笑が起こっていたぐらいだ。
俺はそんなにサウナ島に来たかったのかと思ったぐらいだ。
サウナ島では働かざる者食うべからずである。
というより仕事で金銭を稼がないと暮らしてはいけない。
要は仕事を与えなければいけないといった所だ。
彼女達の要望を聞いたところ、エリカは漫画喫茶の店員がしたいということだったが、流石にそれは能力の無駄使いに成る為、エリカにはマークの秘書をして貰うことにした。
彼女の能力は高い。
彼女の地球での知識は本物で、ある意味で俺の代役に成りうるとも考えたからだ。
彼女の異世界の知識はきっとマークの役に立つだろう。
それに彼女は礼儀作法にも通じていた。
マークには痒い所に手が届く存在になるに違いない。
これが後にマークの人生を幸福にするのだが、この時の俺はそんなことを知る由は無い。
ファビオはスーパー銭湯の店員が要望の為、その様にした。
熱波師に興味があるみたいだ。
どうやらファビオはサウナにド嵌りしているみたいだ。
なんて可愛い奴なんだ。
これは好感が持てる。
一端の熱波師に成ることを期待したい。
最高の熱波をお願いするとしよう。
大喜びしていたカミラはスーパー銭湯の厨房で働くことになった。
聞くと彼女はそれなりの大食感で、特に『シマーノ』に来てからは、食欲が際限なく高くなってしまったらしい。
料理に強い興味を持っているとのことだった。
でもつまみ食いは厳禁だと釘は刺してある。
それを聞いてカミラは少し残念そうな顔をしていた。
こいつ・・・つまみ食いする気満々だったな。
なんて太えやろうだ。
まずはアテンドが必要だろうと、首領陣と共にエリカ一同を帯同してサウナ島に俺は帰って来た。
そしてちゃっかりとゴブオクンが付いて来ている。
俺は笑わずにはいられなかった。
ほんとに可愛い奴だ。
プルゴブに言わせると、
「島野様はゴブオクンに甘すぎます」
という事らしいのだが、俺の笑いのツボなんだからしょうがない。
こいつとのやりとりは実に楽しい。
毎回何かしらの笑いがある。
というのも実はこんなやり取りがあったのだ。
エリカと話を重ね、いい加減腹が減っていた俺達は出前を頼んだ。
その時にギル並みにカミラが注文をしていたのには、ちょっと引いてしまったのだが、それはご愛敬というものだ。
それよりも笑ってしまったのが、ゴブオクンが岡持ちスタイルでデリバリーを行っていたからだ。
ゴブオクンの顔を見た瞬間に俺は笑ってしまった。
どうやらあいつはその天性の嗅覚で、俺が居ることを嗅ぎつけたみたいだ。
俺に会いたいと、臨時のバイトを買って出たらしい。
他にも何人もの者がバイトに殺到したみたいだが、じゃんけんで勝ち残ったらしい。
変な強運の持ち主である。
そんなゴブオクンを俺は当然の様に弄る。
「ゴブオクン、元気にしていたか?」
「島野様!会いたかっただべ!」
ゴブオクンはニコニコだ。
「よく言うよお前、なんだ?また小遣いのおねだりか?」
「小遣いをくれるだべか?やっただべ!」
ゴブオクンは小躍りしている。
「やらねえよ‼なんでやらなければならないんだ?」
「それは・・・おいらと島野様の仲だべ」
「はあ?お前それは俺を舐め過ぎだろう?」
「島野様を舐めたことは、おいらは一度も無いだべよ!」
「・・・はい?」
絶対舐めてるよね?
「・・・だべ・・・」
「なにがだべだよ!まあいい、明日にはエリカ達をサウナ島に連れていくからアテンドを頼むとしようか、それができるのなら小遣いをやるよ」
「ほんとだべか?エリカって誰だべ?」
ゴブオクンはキョロキョロしていた。
エリカがすまなそうに手を挙げる。
「おめえ・・・誰だべ?」
「ごめんなさい・・・」
もう隠蔽魔法を使わないと誓ったエリカは説明に困っていた。
「ゴブオクン、エリカ殿はこの者じゃ。お主エリカ殿と話しておったではないか?覚えておらんのか?」
「はあ?おいらはこんな奴と話したことは無いだべよ」
「エリカ、隠蔽魔法を使ってもいいんだぞ」
俺はエリカに問いかけた。
「・・・でしょうか?」
「ああ、悪いがこいつには必要なことみたいだ。頼むよ」
「しかし・・・」
エリカの逡巡が伺える。
「まあ、良いんじゃないか?」
「はい・・・島野様がそう仰るのでしたら・・・」
エリカは俺に頭を下げてから隠蔽魔法を使用した。
姿が変わったエリカにゴブオクンは慄く。
じっくりと間を取ったゴブオクンは。
「おめえ・・・誰だべ?」
と言っていた。
全員がズッコケていた。
マジかよこいつ。
「いや・・・あなた島野様のことをいろいろと教えてくれたじゃない」
「そうだべか?覚えてねえだべよ」
「はあ・・・ゴブオクン」
プルゴブは項垂れていた。
「まあ、こんなもんだろ。で?アテンドするのか?」
「勿論やるだべよ!おいらがやるに決まってるだべよ・・・で、いくらくれるだべか?」
期待の眼差しでゴブオクンが俺を見る。
「はあ?いくら欲しいんだよおまえ?」
「金貨五枚だべ!」
大きく出やがったな。
「だめだ!高い!」
「・・・じゃあ・・・四枚・・・」
もう勢いを失っているぞ。
「駄目だ!あり得ない!」
「ええ!・・・三枚・・・お願いだべ!」
「駄目だ!」
俺は笑いを堪えるのに必死だった。
「金貨二枚と銀貨五十枚・・・」
「はあ?」
そろそろフィニッシュだな。
「・・・金貨二枚・・・」
「しょうがないな」
「やっただべ‼」
ゴブオクンはまた小躍りしていた。
その様に沸く一同。
ほんとにこいつは・・・憎めない奴だ。
「だべー!だべー!」
騒ぎながら変なダンスを踊り出したゴブオクン。
感化されたのかノンも一緒に踊り出した。
更に爆笑が止まらない。
「ノン様、ここはおらの出番だべよ!ずるいだべ!」
「知らないよったら、知らないよー」
ノンがふざけて答える。
このやり取りに沸く一同。
こいつらはほんとに・・・
もう好きにしてくれ!
サウナ島に帰ってくると、受付でランドとエクスが万遍の笑顔で迎えてくれた。
「島野さん、お久しぶりです!そろそろかと思っていましたよ」
「マスターお帰り!」
「ランド、エクス元気にしてたか?」
「ええ、最近島野さんが帰ってこないからバスケットボールチームの志気が落ちちゃって、困ったものです」
「俺は元気だぜ!」
「おいキャプテン、その志気を挙げるのがお前の仕事だろ?」
「ですね、監督不在の穴は大きいですよ」
「悪かったな」
「なんてね、大丈夫です。やってみせますよ」
ランドの横腹を軽くコツいてやった。
「痛いじゃないですか?」
「嘘つけ!何ともない癖に」
「ハハハ!バレましたか?」
「やれやれだ、いいから全員分の入島料はいくらだ?」
「お待ちください」
エクスが近寄ってくる。
「マスター、今日はこっちにいるのか?」
「その予定だ」
「やった、親父に伝えないと」
「おい、また宴会でもしようってのか?」
「え?違うのか?」
「あのなエクス、俺が帰る度に宴会をやる訳じゃないからな」
「そうかよ・・・でも一緒に飲むぐらいいいだろ?」
「構わないさ」
「やったぜ!」
どうやら今日はエクスに付き合わなければいけないみたいだ。
俺は魔物達とエリカ一同の入島料金を支払った。
「島野様、ごちだべ」
「島野様、ありがとうございます」
「島野様、助かります」
ソバルとプルゴブが頭を下げる。
「ほら、ゴブオクンもちゃんとお礼を言いなさい」
プルゴブがゴブオクンを睨んでいる。
「ごちって言っただべ、前にノン様がそう言うもんだって教えてくれただべ」
ノンのやつ何を教えてんだよ?
そうだった、ゴブオクンの狩りの師匠はノンだったな。
ノンを睨みつけてやると、えへへとふざけていた。
なんだかな・・・まあいいや、ゴブオクンだし。
受付を済ませてサウナ島に入るとエリカが声を漏らしていた。
「これがサウナ島・・・イッツアビューティフォー」
おっと、本場の英語の発音だ。
ていうより心の声が漏れてますよエリカ君。
ファビオとカミラも景色を堪能していた。
「あー、ここに来たかっただべ。島野様小遣いを貰えるだべか?」
「アテンドが終わったらな」
「そうだべか・・・」
「当たり前だろ!」
この後ゴブオクンはプルゴブにこってりと叱られていた。
どうやら調子に乗り過ぎたみたいだ。
俺はアテンドには加わらず事務所に向かった。
エリカの事をマークに伝える為だ。
マークは社長室で絶賛仕事中。
「マーク、元気そうだな」
立ち上がろうとするマークを手で制した。
「島野さんご無沙汰です。どうですか?北半球は」
「まあ、何とかなりそうだな。黒幕が遂に判明したし」
「へえ?そうですか。島野さんなら何も問題無いでしょう?」
「どうだかな、そんなことはいいとしてだ。後で紹介するがお前の秘書を雇うことにした、とても優秀な者だぞ」
「本当ですか?助かります」
「俺の同郷者だ、面倒見てやってくれよ」
マークが仰け反る。
「嘘でしょ?島野さんの同郷者ですって?」
「ああ、地球の知識も豊富だ、きっとお前の役に立つだろう」
「でしょうね、急に帰ってきたと思ったらこれだもんな。もう驚かされることも無いだろうと思っていましたが、変わりませんね島野さんは」
「もう慣れっこだろ?」
マークは首を振っていた。
「・・・そうでもないですよ。もういいや、今日は仕事は止めにします。後で一杯付き合ってくださいね?」
「分かった、分かった」
どうやらこいつとも付き合わなければいけなくなったみたいだ。
でも宴会は勘弁だな。
前回の反省もあるからね。
俺は自分の家に戻ることにした。
久しぶりの我が家だ。
ここに来ると帰って来たという実感が持てる。
家に帰ってきた理由は一つだ。
一人に成りたかったからだ。
というのも、エリカから聞いた話を纏めたいと考えたからだ。
余りにたくさんの情報が集まった。
まず『イヤーズ』という国は実質ラファエルが支配している。
その方法はインフラを牛耳ることと、洗脳によるものだ。
インフラを整備したのはラファエルの為、ここは百歩譲ることは出来なくは無い。
出来れば認めたくはないのだが・・・
だが洗脳だけは許すことは出来ない。
俺の予想としては魔法、又は能力によるものと、現代の地球での知識の合わせ技だろうと思う。
エリカからは映像を見させられたと聞く限りそう思わざるを得ない。
何が何でもこれは食い止めなければならない。
ヒプノセラピストとしての沽券に関わるからな。
どうしてくれようかラファエル・バーンズ。
俺は腸が煮えたぎっていた。
一つ安心出来たのはポタリーさんは死んではいないということだ。
エリカ曰く監禁しているということだった。
何でもその理由は神についての研究をラファエルはしており、研究対象として拘束されているということだった。
後日監禁場所をエリカから聞きだして、早々に救出しなければならない。
ラファエルの奴、なんてことをしてくれているんだ。
そして残念なことに神気減少問題については、エリカは心当たりが無いということだった。
でも俺はラファエルが関係していると睨んでいる。
そうとしか思えなかった。
そしてその方法だが・・・否・・・先入観を持つ事に成りそうだから止めておこう。
思い当たる方法はあるにはあるのだが・・・
エリカから聞くラファエルは一言で言えば、口達者な奴だ。
そして自信家で傲慢であると分かる。
だが思慮深い部分や、疑い深い要素もありそうだ。
はっきり言って厄介な相手である。
ただの口達者な自信家であれば、蹴落とすのは容易だ。
でも思慮深い面も持ち合わせているとなると、一筋縄ではいかないかもしれない。
それなりの力業が必要かもしれないな。
あまりそうはしたくはないのだが・・・
恐らく信仰を集めているということは神であろうと推測できるが、その行いやエリカから聞く人間性を鑑みると神では無いと考えられる。
余りに慈悲が無いからだ。
よくて半神半人でなかろうかと予想される。
そして神の研究をしているという処から、本物の神に成ろうとしているのだろう。
こう言ってはなんだが、神を舐めている。
そんな行いではどれだけ時間を掛けても神にはなれないだろう。
自由意志を奪い、神を監禁するなどという人の道から外れた行動をしているのだ。
創造神の爺さんがそんな者が神に成れるシステムを組んだとは思えない。
あの爺さんはああ見えてかなり切れ者だからね。
でもあの爺さんも万能ではないかもしれない。
果たして・・・
そして俺はポタリーさんの救出作戦について考えることにした。
一日中考えを纏めることに費やしたかに思えたが、『演算』の能力を無意識に発動していた為、ものの一時間程度しか掛かっていなかった。
実に便利な能力である。
考えは纏まった、後は実行あるのみである。
ドアがノックされる。
どうやらお呼びが掛かったみたいだ。
「島野様!アテンドが終わっただべ!」
ゴブオクンだった。
「入っていいぞ!」
「じゃあ入るだべ」
ゴブオクンが遠慮気味に俺の部屋に入ってきた。
「あれま・・・これが島野様の部屋だべか?」
ゴブオクンがキョロキョロと部屋を見渡していた。
「そうだが?」
「何ともすっきりしている部屋だべ、おいらの部屋とは大違いだべ」
「ハハハ!そうか、要らない物は置かない主義なんだよ」
「そうだべか・・・それより」
「分かっている、お小遣いだろ?」
「やっただべ!」
俺は金貨三枚をゴブオクンに差し出した。
「いいだべか?」
「ああ、内緒だぞ」
「勿論だべ!誰にも言わないだべ!」
「声がデカいって、誰かに話したら返して貰うからな」
ゴブオクンは首をブンブンと上下に振っていた。
ほんとに可愛い奴だ。
「じゃあ行くか?」
「行くだべ!」
俺はエリカ一同を伴ってマークの所に向かった。
ゴブオクンは一目散にどこかへ駆けて行った。
何とも忙しない奴である。
事務所に着くとマークはおらず、ロンメルが絶賛仕事中であった。
「お!旦那!久しぶりじゃねえか!」
相変わらずこいつは砕けてていいね。
「よう、ロンメル。マークはどうしてる?」
「知らねえなあ、通信用の魔道具で呼び出してみるか?」
「ああ、そうしてくれ」
今では通信用の魔道具はサウナ島では当たり前の様に使われている。
便利な物は取り入れるに越したことはない。
リーダー陣と主要な施設には常備されている。
決して安い魔道具ではないのだが、資金に困らない島野商事ではあって当たり前の物になっていた。
「旦那、リーダーはメルルの所に居るみたいだぞ。そっちに行くかい?」
「そうするか、お前も行くのか?」
「いや俺はちょっとやる仕事があるんでね、後から合流する。今日も宴会なんだろ?」
またこれか・・・全く。
「宴会をするつもりはないよ・・・」
「多分リーダーはメルルに旦那の帰りを伝えに行ったんだと思うぞ、こりゃあ雪崩式に宴会に成っちまうぞ?」
ロンメルはにやけている。
「勘弁してくれよ、宴会に成ってもいいけど俺は奢らないぞ」
「良いんじゃねえか?皆な金には困ってねえからな。ただ単に旦那と飲みたいんだよ」
「やれやれだ」
「またそれを言う」
ロンメルは俺がこれを言うと決まってこうツッコミを入れる。
これ待ちみたいなもんだからな。
「エリカにファビオ、カミラ。面倒臭いから転移で向かってもいいか?」
「え?」
俺は問答無用で厨房に転移した。
「ちょ!」
「うわ!」
「ひい!」
三人は腰を抜かしそうになっていた。
ちょっと悪い事をしたかな?
「ごめん、驚かせたかな?」
三人は無言で頷いていた。
すんません。
「ちょっと島野さん!いきなり現れないでって何度もお願いしてますよね?」
振り返るとお冠状態のメルルがいた。
マークは笑っている。
「そうだった、ごめん、ごめん」
「もう!・・・まあいいや、それでそちらのお客さんは?」
「おおそうだ、紹介するよ。マーク、メルル、訳あってこの三人を島野商事で預かることになった。エリカにはマークの秘書をやって貰う。カミラは厨房で預かって欲しい。ファビオはスーパー銭湯で預かるつもりだ」
エリカ達はマークとメルルに自己紹介をしだした。
それを俺は黙って見ていた。
マークが呆けた顔をしてエリカを眺めていた。
こいつまさか・・・一目惚れか?
それを察してか、メルルがマークに肘鉄を入れていた。
はっと気が付いたマークは顔を真っ赤にしている。
あれまあ、こんなところで青春かよ。
例の如くと言うのか何と言うのか。
スーパー銭湯の食堂でエリカ達と食事を摂っていると、何処で聞き付けたのか神様ズが集まってきた。
案の定である。
やっぱりかと俺は思っていた。
こうなるだろうとは予想出来ている。
毎度毎度のことだからね。
もはや慣れっこです。
でも今回は前回の反省を生かして、宴会は行わないつもりだ。
まあつもりだけどね・・・
もし宴会に成ったらそれはその時だな。
俺の正面では嬉しそうにオズが生ビールを飲んでいる。
その隣ではガードナーがラーメンを啜っていた。
二人共俺に会えた事が嬉しいらしい、俺の前は譲らないと当たり前の様に陣取っていた。
オズは最近はこういうことがあったと、熱心に話してくれるがあまり耳には届いて無かった。
ごめんよオズ、今はエリカの事が優先なんだよ、今度じっくりと話は聞いてやるからな。
飲むことを約束したエクスは、俺の隣で既に出来上がっている。
既に真っ赤な顔をしていた。
ゴンガスの親父さんにたらふく飲まされて、眠そうにしていた。
エクスは今にも寝そうであった。
コクリコクリと船を漕いでいる。
親父さんは一段落ついたのか、挨拶も程々にサウナに向かっていた。
飲酒後のサウナは止めろっての!
何度言っても聞いちゃくれない。
酔いが回るだけだっての、もしかしてそれが目的か?
ほぼ全員の神様ズが集まっていた。
まあここはエリカを紹介する手間が省けたと前向きに捕えよう。
居ないのはファメラとカインさんぐらいか?
エリカはちょっと面食らっているみたいだ。
南半球の神様ズの事は前もって聞いてはいたみたいだが、いざ会ってみると違うものなのだろう。
まあ直に慣れるよ・・・頑張れ!エリカ!
そして何故かゼノンまでいた。
タイルを首に巻いて風呂上り感が半端ない。
「守よ、世話になっておるぞ」
「ああ、好きにしてくれ」
ゼノンはにこやかにしている。
エリカはなんでここにエンシェントドラゴンが居るのかと、最早諦めの境地でゼノンを眺めていた。
どうやらゼノンは新作映画の打ち合わせに来ているみたいで、その流れでスーパー銭湯に立ち寄ったみたいだ。
マリアさんと喧々諤々と新作映画について話し合っている。
随分と熱を帯びていたが大丈夫なんだろうか?
ゼノンは映画監督業を謳歌していた。
生きがいが出来たと喜んでいる。
エンシェントドラゴンが映画監督って・・・笑える。
エリカをマリアさんに紹介したところ、
「あなたいいわね、綺麗な顔とスタイルをしているわ、あなた女優に成りなさいよ。あなたなら絶対に売れるわ!」
女優に勧誘していた。
おいおい止めてくれよ。
エリカも満更でもない表情をしていたが、
「私には島野様から与えられた仕事がありますので、辞退させていただきます。申し訳ございません」
謙虚に断っていた。
ふう、よかったよかった。
ここで転職されたら、マークが泣くぞ。
そのマークだが、俺の近くで借りてきた猫の様に静まり返っている。
一人チビチビと、珍しく日本酒を飲んでいた。
否、側にいるエリカに緊張しているのだろう。
こんな事で仕事になるのかこいつ?
まあこればっかりはしょうがない。
恋の病ってやつなんだろう。
当分の間マークは仕事が手に付かないだろうな。
マークの純情に幸あれだ。
俺は応援も否定もしない。
職場恋愛?
好きにすればいいじゃないか。
俺はそれを認めないとは一度も言ってはいないからね。
大いに結構!
楽しんでくれよ!
後日談になるのだが、やはりマークは使い物にはならなかったみたいだ。
慣れるまでに一ヶ月近く掛かった様である。
マークの純粋さがよく分かる。
エリカもエリカでマークの純情を受け止めたいが、今はサウナ島や南半球に慣れることで精一杯の為、それ処ではなかったみたいだ。
そりゃあそうでしょうね。
エリカの性格からして、そうなるに決まっている。
俺の睨んだ通りエリカはかなり優秀だったみたいだ。
俺としては鼻が高い。
マークの秘書業だけではなく、ある意味俺の代役としても活躍していた様だ。
至るところで異世界の知識を用いていたみたいだ。
例えば保養所の建設だ。
これは女性ならではの視点なのかもしれない。
俺はここには辿り着けなかった。
サウナ島の現状を理解したエリカは、保養所が必要と提言した。
子育てに疲れた母親や、父親の力を抜いてあげる必要があるとの想いだったみたいだ。
そして彼女は保養所を造り上げ、そして運営を完璧に行った。
そうしたことによって、利用者の満足度が格段に上がっていたのだった。
後日それを聞いた俺も舌を巻いたぐらいだ。
それと共にエリカに任せてよかったと心から思った。
実は俺はエリカにそれなりの権限を与えていた。
当初その事にエリカは尻込みしていたのだが、本気になったエリカはこれを最大限活用したのだった。
どの地位かと問われれば答えに窮してしまうのだが、提言したい事やアドバイス、そしてそれを叶える実行力を俺はエリカに与えていたのだ。
もしかしたらそれは社長と変わらない地位になるのかもしれないが、そんなことはどうでもいい。
エリカがこれをしたい、これをすべきだと思ったことを形に出来る様に俺は許可を与えていたのだ。
まあ、仕事に成らないマークの事を慮ったことは言わないでおこう。
それをマークが知ったら・・・これ以上は止めておこう。
ただ保険を掛けていただけのことなのだが・・・プライドは傷つくよね?
それを知ったとしても、それを飲み込める器量がマークには有ると俺は知っているから、可笑しなことにはならないだろう。
たぶん・・・
そのエリカの活躍にマークは眼を醒ましたとのことだった。
もはやマークは要らないのでは?とロンメルが冗談で言っていた。
マークにとっては笑えない冗談である。
まあ俺は社長の立場をマークに託したんだから、そこは変えるつもりは全くないけどね。
あいつに任せておけば、このサウナ島は安泰に違いない。
エリカの紹介は続いた。
今度は五郎さんである。
「ほう、こりゃあすげえ別嬪さんじゃねえか?えっ!島野!」
「ですね、五郎さん。エリカは俺達と同じ地球からの転生者ですよ」
「何だって?本当か?」
五郎さんは前のめりになる。
興味深々といったところか?
「エリカ、おめえどこの国出身でえ?」
「私は英国です」
「英国か!そりゃあ良い。同盟国じゃねえか。ええ!」
五郎さんは手を叩いて喜んでいる。
「五郎さん、残念ながら年代が五郎さんとは違うんですよ。エリカは俺と同じ時間軸になります」
「そうか、でもそんなことはどうでもいいじゃねえか。ええ!島野!同郷者ってのは嬉しいもんだな」
「全くです」
「そう言って貰えると私も嬉しいです」
エリカは頭を下げていた。
「そうかエリカよ、今度儂の温泉街に遊びにこねえか?」
「いいんですか?」
エリカは口を押えて喜んでいる。
オーバーアクションは隠し様がない。
エリカもどんどんと地が出始めている、いい傾向だ。
「あたりめえよ!なあ!島野!」
五郎さんは何時になく上機嫌だ。
「五郎さん、エリカは日本が大好きなんですよ」
五郎さんが目を見開いた。
「何だって?そりゃあ嬉しいじゃねえか、エリカ!今の日本の事は儂はあまり詳しくはねえが、昔の日本なら儂が教えてやる。まずは温泉だ!温泉に浸かりに来い!」
「はい!ありがとうございます!」
エリカも相当嬉しいみたいだ。
ほんとにエリカは日本が好きなんだなと思う。
その後も五郎さんとエリカは同郷者の誼の親交を深めていた。
まだまだエリカの紹介は続く。
やっぱりやらかしたのはランドールさんだった。
何を思ったのかというより、案の定エリカを口説こうとしだしたのだった。
鼻の下を伸ばした下卑た顔は、相変わらずの残念加減だった。
そこで男気を見せたのはマークだ。
いきなり覚醒し出すと、相手が神でも俺は引かないとバチバチとやり合っていた。
当のエリカはなんのことかと二人に見向きもしていなかった。
私は関係ないと、オズとガードナーと漫画について話し合っていた。
マーク・・・残念!
ていうかエロの神は健在だね。
その後ランドールさんはマリアさんにきついお仕置きを受けていた。
そりゃあそうだろう。
久しぶりにマリアさんに追い回されるランドールさんを見たよ。
ちょっと安心してしまった。
レイモンド様は相変わらずだ。
だが珍しくレイモンド様から、
「なんでー僕には様付きなのー」
と苦言を呈されてしまった。
少々意外なクレームだった。
以降レイモンドさんと呼ぶことにした。
レイモンドさんは大層喜んでいた。
こうなるとドラン様もドランさんと言わざるを得ない。
実際そう呼んでみたところ、ドランさんは普通に受け止めていた。
やっとかという顔をされたのには申し訳ないと思ってしまったぐらいだ。
結局の所、俺はある意味本当に神様に成ってしまった様である。
これまでは敬ってきた存在だが、肩を並べたとすら言える。
ただの誇称でしかないのだが、俺の知る全ての神様がそうなってしまったのだ。
何だかなと受け止める俺であった。
面倒なのが女神一同だった。
特にめんどうだったのはオリビアさんだ。
エリカが俺の隣に座っていたのが気に入らないのか、
「守さんの隣は私なの!」
俺とエリカの間にグイグイと割り込んできた。
なんでそうなるのかな?
俺にはよく分からん。
エリカも引いていた。
オリビアさんにエリカを紹介すると、少し和んだのか。
「私の主演映画は観てくれた?見て無いなら絶対観てね!」
何故か主演映画の宣伝をしていた。
にしてもオリビアさんの圧が凄い。
ちょっと近すぎるんですけど・・・顔が引っ付きそう・・・
まあ嫌じゃないけどさ。
オリビアさんは俺の隣から離れようとしない。
すると今度はエンゾさんだ。
「オリビア・・・あんたは本当に島野君が好きなのね」
とんでも無い事を言い出した。
「そうよ!悪い?」
おいおい!勘弁してくれよ。
「別にいいけど・・・」
エンゾさんは引いていた。
オリビアさんの勢いに負けている節すらある。
エンゾさんが気負けするなんて・・・
俺もちょっと複雑な心境だった。
嬉しくはあるのだが、何かちょっと違う気がしていたのだ。
うーん、表現に困る。
それを察してか、オリビアさんが俺に絡んでくる。
「ちょっと守さん、私が嫌いなの?」
この人まだ飲んで無いよね?
どういうことだ?
俺は何か間違ったのか?
「まさか?なんでそうなるの?」
これ以上の返しを俺は知らない。
それ以上があるのなら是非ご教授ください!
俺は創造神の爺さんのどや顔が頭に浮かんでいた。
勘弁してくれよ・・・全く。
俺の窮地に現れたのはアンジェリっちだ。
「守っち、オリビアに捕まったの?」
「・・・」
俺は無言で助けを求めた。
未だにオリビアさんは俺の腕を掴んで離さない。
「ちょっとオリビア!あんた守っちが困ってるじゃない。早くお風呂に行くわよ!」
アンジェリっちが命令口調でオリビアさんを叱っている。
「えー!もうちょっと守さんと居たいー!」
「あのねーあんた、守っちはあんたが独占出来る男じゃないって、こないだ話したわよね?ちゃんと聞いてたの?」
はあ?なんだそれ?
それはちょっと寂しい・・・
俺も人並みに恋愛がしたいんですけど・・・
なんでそうなるのかな?
俺を別格扱いしないでよ・・・
「良いじゃない、ねえ?守さん?」
「・・・」
もう何も言えなくなってしまった。
無償に寂しくなった。
正直言ってアンジェリっちからそう思われていることに、俺は大きなショックを受けていた。
なんだこの感情は・・・違うって!・・・俺はそんなんじゃないっての!
駄目だ・・・今は考えてはいけない・・・
マークじゃないが、ドツボに嵌る危険性がある。
今はそういう時ではないよな。
理性が先に立った。
此処は一旦脇に置かなければ。
よかった、マークの様を見ていなければ俺は取り乱していたかもしれない。
すまんなマーク。
俺はしれっと複式呼吸で心を静めることにした。
取り合えずこれでいいよね?・・・今は・・・
「オリビア!いいから行くのよ‼」
アンジェリっちはオリビアさんの耳を引っ張って女風呂に向かっていった。
マジか・・・昭和かよ・・・
横から不意に声がした。
「島野様はオモテになるのですね」
「いや・・・何かが違う気がする・・・」
ほんとにそう思う。
何だかな・・・
「でも、このサウナ島に来て島野様の偉大さがよく分かりました。北半球ではこんな光景はありえません。神様達が手を取り合い、南半球の平和が保たれている。そしてその中心には島野様が居る。それがよく分かりました。感動が止まりません。島野様が皆から愛されているのがよく分かりました」
「そうか?照れるじゃないか、止めてくれよ」
なんか背中が痒くなってきた。
エリカには悪いがいい気分転換になったよ。
「実際に『シマーノ』でそれを実感しました。ここサウナ島に来てさらにそれ以上であると分かりました、私は幸せです!」
「そうか、このサウナ島をよろしく頼むよ」
「はい!命一杯務めさせていただきます」
エリカの笑顔が眩しかった。
その後案の定上級神達が絡んできた。
「島野!何か辛い物を奢ってくれ!」
フレイズが騒いでいる。
何だが無性にイラっとしたので、俺は時間を停止して、フレイズの頭を問答無用で叩いてやった。
パシッ!といい音が停止空間で流れている。
フレイズが何が起こったのかと呆けていた。
流石の上級神でも時間停止には対応が出来ないみたいだ。
ちょっとすっきりした。
フレイズごめんな、タイミングが悪かったのだよ、許せよ。
ちょっと八つ当たりしたい気分だったんでね。
「島野・・・お前・・・何した?」
「教えねえよ!てか何も奢らねえからな!」
「おっ!おう」
機先を制されてフレイズは勢いを無くしていた。
もはやフレイズに振り回される俺ではないのだ。
標的を変えたフレイズは、メルルに激辛カレーを作れと無茶を言っていた。
俺はそんなフレイズを無視して外っておいた。
アースラさんは完全にサウナ島に馴染んでいた。
農業部の社員を引き連れて賑やかにしている。
「島野や、久しいのう」
「ご無沙汰です、今日も皆でお風呂ですか?」
「そうじゃ、嬉しいのう。皆がよう懐いてくれておる」
「その様ですね、今後も農業部を頼みますよ」
「ほほほ!ありがたいことよのう」
「お母様行きましょう」
アイリスさんも楽し気だ。
アースラさんとアイリスさん後を、農業部のスタッフ達が付いて行っていた。
皆な笑顔だ。
最近はアースラさんの花魁姿はあまり見なくなったなと思ったが、そこはツッコまないことにした。
次はウィンドミルさんとアクアマリンさんだ。
「あー島野だー」
「ほんとだー」
相変わらずの抜け感である。
どうやらバイト帰りの様だ。
「神界で会って以来だね」
「そうですね、お元気そうでなによりです」
「まあねー、島野ー。そろそろ此処に住んでもいい?」
あれ?まだ住んで無かったっけ?
とっくにここに住んでいるものと思っていたよ。
「いいですよ、手配しておきますね。エリカ早速仕事だ、明日にでも二人が住めるように部屋を手配してくれ」
「畏まりました」
エリカは何処から持ち出したのか、メモを取っていた。
良く出来る秘書だな。
大変助かる。
「よろしくねー」
「またねー」
二人は風呂に向かっていた。
相変わらずクールな対応だ。
安定の上級神だ。
何処かのアホと違って落ち着いている。
ちらっと周りを見渡すとプルゴブとメタンが話し込んでいた。
ここは俺は絶対に近づいちゃいけない。
俺にはデンジャラスゾーンだ。
信仰心の厚いツートップの会談だ。
混ぜるな危険である。
現に何故か神気が二人を中心に濛々と発生していた。
遅ればせながらにカインさんがやってきた。
もういい加減帰ろうと思っていたのに・・・。
カインさんは今日はもう来ないのかと思っていたが、二十二時のアウフグースに向けて来店したみたいだ。
カインさんは相変わらずカレーを愛して止まない神様だ。
今ではダンジョンの運営はそこそこに、カレーの新たな味の開発に余念が無いらしい。
俺を見つけると一目散に駆け寄ってきて、カレーのレシピの相談を受けてしまった。
おいおい、勘弁してくれよ。
今それをやるかね?
と言いたかったが、あまりの熱心さにそうとは言えなかった。
丁度タイミングよく五郎さんの所の大将が現れたので、しれっと矛先を大将に向けて俺は逃げることにした。
これが正解だったみたいだ。
二人は連れ立ってサウナに向かっていった。
何だかな・・・
ファメラは今日は来なかったが、後日ちゃんとエリカとの顔合わせは出来たみたいだ。
意外だったのはこの二人は相性が良かったのか、無茶苦茶仲良くなっていた。
数か月後には親友と呼び合う仲になるとは思いもよらなかった。
どこにそんな要素があるのか全く分からなかった。
エリカも子供好きだと後日知ったのだが、それだけでは済まされないほど仲が良かった。
ちょっとした謎である。
こうしてエリカの紹介は済んで、南半球とサウナ島での暮らしの下地は整ったのだが、先にも述べた通り、彼女の活躍は眼を見張るものになった。
もしかしたら俺が彼女に述べた一言が効いたのかもしれない。
それは、
「エリカ、君はこれまで自分を抑えて陰に紛れようと演じてきたのかもしれない。でもこれからは自分をさらけ出して大いに人生を楽しんで欲しい。君は転生者だ、これは何かしらの意味があってのことだと思う。俺は今一度人生を楽しんでくれという事だと思うんだ。遠慮は要らない、本気で人生を本気で遊ぼうじゃないか!それにエリカとファビオ、カミラの身の安全は完全に保証されたと考えていい、心置きなく楽しもうじゃないか!」
いい加減酔っぱらって喋った言葉だった。
珍しくそれを俺は覚えていた。
それは眼を見開いたエリカが無言で涙を流していたからだった。
俺はこの表情を見て嬉しくなったのだ。
そしてカミラもファビオも数年後には『サウナ島』には無くてはならない存在になっていた。
ファビオは数年後には熱波師として人気を博すことになる。
ファンも出来る程の一端の熱波師に育っていたのだ。
俺もその熱波を受けたのだが、いい熱波だったと太鼓判を押した。
まだまだノンには適わなかったが、充分上級サウナーのお墨付きを頂ける腕前であった。
それをファビオに伝えたところ、
「打倒ノン様です!」
そう力強く語っていた。
問題のカミラだが、気が付くと副料理長にまで昇格していた。
お腹周りも昇格していたのが残念である。
メルルに言わせると、
「あのしれっとつまみ食いする癖さえなければ、後を任せれるんですがね・・・」
困ったものだ。
あれだけ皆の前で釘を指したのに・・・いろいろな意味で太い奴だ。
実はこの頃にはメルルは第二の人生を歩もうと結婚を考えだしていた。
その相手はなんとジョシュアだった。
意外なカップルと思われた。
メルルからは結婚する際には俺からの祝いを期待すると、無理難題を押し付けられてしまった。
これは本当に困った。
この世界には結婚式はない。
結婚式があるのならスピーチを適当にやり過ごして、その責務から解放されるのだが、そうとはいかなかった。
そこで俺はいっそのこと、この世界初の結婚式をしてみたらと考えたのだ。
勿論細かい事は俺は関与しない。
此処はエリカに全て丸投げした。
俺の丸投げに眼を回していたエリカだが、数時間後には気持ちを切り替えたのか。
「実にやりがいがあります、任してください!」
鼻息が荒くなっていた。
俺はそれをしめしめと眺めていたのだが、決して口にはしなかった。
メルルには、いい加減厨房は誰かに任せて自分の幸せを優先してくれと説得し、メルルは無事めでたくこの世界初の結婚式を挙げたのだった。
それはとても幸せな空間だった。
俺も気が付いたらメルルとの出会いを思い出していた。
始めて会った彼女は、今にもその命を引き取ろうとしていたのだと。
余りに懐かしい出来事であった。
そして俺達の家族となった後の彼女の活躍と、そのバイタリティーをスピーチで語った。
島野一家とマークとランド、そしてロンメルは涙に暮れていた。
メタンはと言うと・・・大号泣していた。
だと思ったよ、全く。
こうしてこの世界初の結婚式は、幸せに包まれて幕を下ろしたのだった。
その数年後には、俺は生れてくる子供の名づけに本気で困っていた。
だってこれまで名づけ捲ってきたからね。
これまでにない良い名前をお願いしますと、ジョシュアから言われた時には逃げ出したくなったぐらいだ。
そして何とか捻りだした名前は、
『ホノカ』だった。
日本語にすると『穂香』となる。
人生が実って香るほどの幸せな人生を歩んで欲しいとの思いを込めた名前だ。
これを二人は喜んでくれた。
久しぶりに名づけに真剣になってしまった俺だった。
でもこれまでが適当にしてきた訳では無いからね・・・
否・・・適当だったな・・・たぶん・・・。
反省!