丁度昼食を食べ終えた時にオクボスは会議室にやってきた。
全員が食事に満足し、旨かったと賛辞をしていたのだった。
「すまない兄弟、遅くなった」
オクボスは汗を拭いながら席に着いた。
「兄弟、急がせて悪かったな、まずは紹介させてくれるか?エリカ殿とその護衛のファビオ殿とカミラ殿じゃ」
エリカが立ち上がって挨拶をする。
それに倣って護衛の二人も挨拶をする。
「エリカ・エスメラルダと申します。以後お見知りおきを」
「護衛のファビオです」
「同じく護衛のカミラです」
その言葉を受けてコルボスも立ち上がって名乗りを上げる。
「俺はコルボスだ、コボルトの首領をやっている。そして俺は漁師だ。今日はクロマグロが数匹揚がった。晩飯は豪華になるぞ!」
「ほんとですか‼」
カミラが食いつく。
眼が欄々としている。
「お、おう!」
その圧力にたじろぐコルボス。
コルボスも今ではゴンズ様から免許皆伝を貰っており、更に守のクルーザーを受け継いだことにより、海の覇者になっていた。
このクルーザーを受け取る時には一悶着があった。
ゴンズが俺にも寄越せと守に詰め寄ったからだった。
だが守に一蹴されてしまう。
造れるだけの技術は伝授しましたよと。
これを機に守はゴンズをゴンズさんと呼ぶ様にした。
それを嬉しそうに受け止めていたゴンズだった。
そしてコルボスはサウナ島に倣い、今後は養殖に乗り出そうと、暇を見てはサウナ島に行き、レケの指導を受けていた。
ある意味師匠越えをしてしまいそうなコルボスである。
その働きもあって『シマーノ』は海鮮の宝庫になっていた。
『シマーノ』の海産物はとても充実している。
それは全てコルボスのお陰だった。
それに海産物といっても何も海のものに限った話ではない、川から捕れる魚もあれば、海苔なども加工物も充実していた。
今では『シマーノ』は食の宝庫となっているのだ。
「コルボスの兄弟、昼飯は食ったのか?」
オクボスが気を使う。
「おお、済んでいる。ありがとう」
「では兄弟も揃ったことだ、話を始めようか」
プルゴブが仕切り出した。
「ああ、お願しようか」
ソバルも快く答える。
「ではエリカ殿、ファビオ殿、カミラ殿、サポートを頼みますぞ」
「お任せを」
「心得ました」
「畏まりました」
プルゴブはエリカについて話を始めた。
全員が押し黙って話を聞いている。
途中に信仰宗教国家『イヤーズ』の名前が出てからは緊張が続いた。
全員が現状を把握できている証拠だった。
特にソバルは信仰宗教国家『イヤーズ』が未来に起こりうるダイコクの消息不明事件に関わっていると睨んでいた。
その眼光は鋭い。
時折エリカやファビオが言葉を重ねて、概ねの話は伝わった。
話し終え、会場は不思議な一体感を得ていた。
時間は掛かったが、全員がそんなことは気にしていない。
首領陣のエリカを見る視線が変化した。
「なんと、僥倖ではないか!」
「流石は島野様、とてつもない強運」
「そうだな、何もせずとも向うから現れてくれるとは、正に鴨葱ではないか、島野様は凄いな。否、もしかしたらこれすらも予想していたことかもしれん」
「ええ、島野様ならあり得るわ。島野様に不可能は無いもの」
「間違いないのう」
魔物達は守を過剰評価している。
守にはエリカの存在は分かるはずもない。
こと守のことになると、眼を狂わす魔物達だった。
だが話を真面に聞いてしまったエリカ一同は絶句していた。
(私の事を予想していたですって?そんな馬鹿な・・・否、これまで聞いてき島野様の人物像からだとあり得るのかもしれないわ、これはいけない、もっと島野様を上方修正しなくては)
その様にエリカは捉えてしまっていた。
そもそも魔物達は守を過剰評価していているので、五割増しスタートなのだ。
守がこの場にいたら間違いなく言っていただろう。
やれやれと。
「それにしても、エリカ殿。よくぞ亡命を望んでくれた。こちらとしても快く迎えさせて貰おう。なあ兄弟達よ!」
ソバルは上機嫌に言った。
「そうだ!」
「我が国にようこそ!」
「お友達になりましょうね」
「嬉しい出会いだ!」
こうしてあっさりとエリカ一同の亡命は受け入れられることになった。
魔物達の懐の深さに涙するエリカだった。
「・・・ありがとうございます・・・」
それをにこやかに頷く首領陣。
ファビオとカミラも安堵の表情を浮かべている。
「こうしてはいられん、兄弟よ。早く島野様に伝えねば!」
「そう焦るなソバルの兄弟よ、分かっておるわい。クロマル殿はおられるか?」
その言葉を受けてクロマルが入室してきた。
「クロマル殿、聞いておったのじゃろう?クモマルの兄弟に連絡を頼めるかのう?」
「元よりそのつもりだ、既に連絡は付いている。直にクモマル様は島野様一同を伴って来られるに違いない」
「相変わらず仕事が早いのう、クロマル殿は」
この言葉にクロマルは薄っすらと口元を緩める。
オクボスが疑問を口にする。
「ちょっと待ってくれ兄弟、島野様は『ルイベント』と『ドミニオン』の同盟の件で忙しいのではないのか?」
クロマルが口を挟む。
「大丈夫だ、既に両国にバトンは手渡されている。島野様達は魔道王国『エスペランザ』に向かおうと準備をなさっている」
「それならよいのだ、では島野様達の到着を待つとしよう」
この発言を受けてエリカに衝撃が走った。
(『ルイベント』と『ドミニオン』の同盟ですって?そんな・・・あの『ドミニオン』が同盟を結ぶだなんてあり得ない。だってあの国の主権は貴族達が握っていたはず。あの道徳心の欠片もない貴族達が『ルイベント』と手を結ぶですって?『ルイベント』といえば英雄と名高い国王のスターシップがいる。スターシップもそんな国と同盟を結ぶなんて考えられないわ。もしかしてあの貴族共を一掃したとでもいうの?まさかね・・・)
「ちょっと待ってください『ルイベント』と『ドミニオン』が同盟を結ぶってことなのでしょうか?」
タイミングよくカミラが疑問を投げかけた。
まるでエリカの心を代弁しているようだ。
「そうじゃ、島野様に不可能はないのじゃ、島野様は悪事を働く腐敗した貴族共を一斉に検挙し『ドミニオン』を正常な国に造り変えたのじゃ、それもものの一日でじゃ。流石は島野様じゃわい。ガハハハ‼」
(嘘でしょ?あり得ない・・・)
エリカは言葉を発することも出来なかった。
(島野様・・・凄すぎる・・・)
「そんな馬鹿な・・・あり得ない・・・」
「カミラ殿、驚くのもよく分かるぞ。だがこれが島野様なのだ」
コルボスは自分の事の様にどや顔をしていた。
それも頷けるものだ。
魔物達にしてみれば、何よりも守が最優先されるのだから。
守の功績は誇らしいものなのだ。
自分の事の様に嬉しくて溜まらないからだ。
『シマーノ』の魔物達はどこまでいっても守を信じているし、崇拝している。
その想いに一切の揺らぎはない。
自分の父母、息子娘以上に愛情を注いでしまうのだ。
それぐらい加護を与え、名を与えてくれた守に心酔していた。
でも魔物達にとってはそれは当たり前のことでしかない。
それは朝出会ったら、おはようと挨拶することぐらい当たり前のことなのだ。
魔物達の信仰は強固だ。
時折過剰評価をしてしまうのがたまに傷なのだが・・・
そんな魔物達を見てエリカは比べてしまっていた。
なんでこんなに違うのかと・・・
あの人に向ける『イヤーズ』の民の信仰とはあまりに違う。
例えるならば、強迫観念と自由意志だ。
『イヤーズ』でのあの人に向ける信仰は、しなければならないとされているものだった、なぜならばそれが教義だからだ。
自らの意思では無く、そうしなければならないという教義なのだ。
だが魔物達が守に向ける信仰は、自らの意思で信仰したいと、心から想っているものだ。
その違いはあまりに大きい、冷静に努めようとするエリカでさえも、既に守を信仰しようとその心は大きく傾いていた。
信仰の違いを知ったエリカだった。
その時は急に訪れた。
一同が気を抜いた瞬間に、島野一家は会議室に現れた。
突然のことに一同が驚くことかと思いきや、魔物達は慣れているのか全員の口元が緩む。
だがエリカ達はそうはいかない、急な事に腰を抜かしそうになっていた。
だがそんなことはお構いなしに守は平然と声を掛ける。
「よう、お前達どうしてた?」
「「「島野様!」」」
魔物達は席から立ち上がると、跪いた。
それに遅れてエリカとファビオ、カミラも跪く。
バタバタ感は否めない。
「お前達は相変わらず堅いなー、もっと楽にしろよ。さあ、立ってくれ」
笑顔で守は促す。
「「「はっ‼」」」
「それにそこの客人、俺に跪く必要なんてないぞ」
「有難きお言葉・・・」
エリカは呆気に取られている。
そしてここで初めて守の顔をしっかりと見た。
(この人が島野様・・・なんて日本人の顔をしているの・・・愛着が沸くわ・・・何で金髪?見た目は二十歳そこそこの男性だけど・・・存在感がデカい‼なんてオーラなの、これが本物の神!ああ・・・)
エリカは守から目が離せなくなってしまっていた。
エリカの瞳孔は開きっぱなしだ。
守はというと、真正面からじっと見られることに照れていた。
照れを誤魔化そうと、
「ゴブオクンはいるか?」
と居るはずの無い者の名前を呼んでいた。
「島野様、ゴブオクンは狩りに行っております」
そうとは知らずプルゴブは真面目に答える。
「そ、そうか・・・それであのー、誰?」
そう問われて始めてエリカは守をガン見していたことに気づいた。
「も、申し訳ありません!島野様、私はエリカと申します。エリカ・エスメラルダです。よろしくお願いします!」
エリカは緊張でガチガチに固まっていた。
護衛の二人を紹介するのを忘れてしまうほどに。
それと気づいてプルゴブがサポートする。
「それと護衛のファビオ殿とカミラ殿でございます」
守は頷いた。
「エリカさんに、ファビオさん、それにカミラさんですね。どうも始めまして、島野守です。よろしく、まずは座ってください」
こうしてエリカは遂に守との出会いを果たしたのだった。
見た目としては印象の薄い三十歳台の女性だった。
その印象の薄さに俺は違和感を感じていた。
これは何かの魔法の効果か?
護衛の二人からはそんな気配は感じない。
だが、それよりもなんでこんなにガン見されるんだ?
ちょっと照れるじゃないか、これは誤魔化さないと間が持たないな。
「ゴブオクンはいるか?」
なんてな、いる訳無いよな、だって首領陣の集まりだって聞いていたし、でもゴブオクンに会いたいな。
だってあいつといると笑えるしね。
顔を見ただけで爆笑だもんな。
「島野様、ゴブオクンは狩りに行っております」
「そ、そうか・・・それであのー、誰?」
そろそろ自己紹介してくださいよ。
「も、申し訳ありません!島野様、私はエリカと申します。エリカ・エスメラルダです。よろしくお願いします!」
緊張でガチガチじゃないか。
やっとガン見が終わったな、よかった、よかった。
知らない女性からガン見されるのってなんだか嫌だな、もしかして社会のドアが開いていた?とか顎に食べ残しが付いていた?なんてことがあったからね。
恥ずかしいったらありゃしないよ。
「それと護衛のファビオ殿とカミラ殿でございます」
護衛ね、まあ見た目から分かってはいたけど。
「エリカさんに、ファビオさん、それにカミラさんですね。どうも始めまして、島野守です。よろしく、まずは座ってください」
三人は立ち上がって深くお辞儀をした。
これまた礼儀正しいことで。
「島野様、こちらの方々の話を聞いてください。決して損はなさらないかと」
プルゴブは意味深な視線を送ってきた。
「ほう?プルゴブ。お前がそう言うのなら聞くしかないな」
「有難き幸せ」
実際プルゴブの判断力に俺は信頼を置いている。
こいつは俺に従順な上に、俺にとって何が重要かをよく考えている。
信頼に足りる奴ということだ。
「主、少々お待ちください、そこの女!主に失礼ですよ。いい加減その隠蔽の魔法を解きなさい」
ゴンが隣から入ってきた。
やっぱりな、そういうことか、変化の得意なゴンなら気づくだろうとは思っていたが。
「そうだよ、あり得ないよ」
ギルも見抜いたみたいだ。
やるじゃないかギル。
ノンとエルは平然としている。
多分気づいてはいただろうが、興味はないという処かな。
クモマルは呆気に取られていた。
顔を青ざめるエリカさん。
「も!申し訳ございません!失念しておりました。ご容赦くださいませ!」
というとエリカさんは隠蔽魔法を解いた。
見事な隠蔽魔法だと認めざるを得ない。
声まで変わっている。
これまでの印象の薄い外見から全く違う女性が現れた。
気品漂う高貴な女性だった。
年の頃は三十歳ぐらいだろうか、慎ましくも意思の強さが伺える強い光を帯びた眼差しをしていた。
とても綺麗な顔立ちをしている。
西洋風の美女と言ってもいいだろう。
目鼻立ちがくっきりとしていた。
隠蔽魔法を解いたことに首領陣は驚きを隠せないでいた。
こいつらでも気づけなかったとは、相当レベルの高い隠蔽魔法なのだろう。
それを気づいたゴンとギルは流石ということか。
「訳あっての隠蔽だろうが、ここからは本音で頼むよ、エリカさんも疑われるのも本意ではないだろう?それにお前達も気にしなくていい、エリカさんの隠蔽魔法の手腕は本物だからな」
プルゴブとソバルは恥ずかしそうに下を向いていた。
「ご厚意痛み入ります、今後は隠蔽の魔法は一切使いません」
いや、そこまでは求めてないよ。
まあいいか、先を急ごう。
「ではエリカさんとやら話を聞こうか?」
仕切り直しだな。
「ありがとうございます、私の事はエリカとお呼びください」
エリカの表情が引き締まったのが分かる。
さてどんな話が語られるのやら。
「私は転生者であります」
いきなり凄い事を言い出したよ。
「ほう、転移者ではなく転生者か?」
「そうであります、島野様は転移者ですよね?」
なぜ知っている?
「そうだ、良く知っているな?」
「失礼ながら調べさせて頂きました」
なるほど、調べは付いているということね。
まあいいでしょう、他意は感じないし。
「それで、その転生者さんが俺にどんな御用で?」
「担当直入に申し上げます、私達三人をこの魔物同盟国『シマーノ』に亡命させてください」
エリカ達は再び頭を下げた。
「それは俺では無く、こいつらに聞いてくれ、この国は俺の国では無い。こいつらが造り上げた国だ、俺はそれをサポートしたに過ぎない」
この言葉を首領陣は寂しくも、笑顔で受け止めている。
これまでに何度も俺はその様に言い聞かせてきたからね。
だからといって、決して魔物達を見放している訳ではない。
こいつらもそれをよく分かっている。
「実は既に首領陣からは了承を得ております」
「なら話は早い、良かったじゃないか」
エリカの表情が明るくなる。
「有難き幸せです。島野様にも認めて頂こうと考えたのですが、不要だったみたいですね」
「そうだな、それで?」
俺は話を促した。
「何処から話しましょうか、少々長くなりますがよろしいでしょうか?」
「なら飲み物を準備しよう、ゴン頼めるか?」
「お任せください」
ゴンはエルとマーヤを伴って飲み物を準備し出した。
首領陣も積極的に手伝っている。
俺はいつもの如くアイスコーヒーだ。
エリカ達も好きに注文をしている。
飲み物の準備が整ったので話を促すことにした。
エリカが訥々と話を始めた。
それは彼女の転生前の人生の話だった。
大使館に勤める父と、優しい母親と妹、家族について話をする彼女は実に活き活きとしていた。
彼女の家族への深い愛情が伝わってくる。
俺とは同じ時を過ごしたのが時代背景からよく分かった。
彼女が転生したのは、今より三十年ほど前のことみたいだ。
彼女は神妙な面持ちで俺に尋ねてきた。
「エリザベス女王はご健勝でしょうか?」
「ああ、元気にやっているみたいだよ」
ロイヤルファミリーのことは、テレビでたまにやっているからね。
「そうですか、それはよかったです」
ほっとしているのがよく分かる。
イギリスの地で暮らした人の愛情は、やはりロイヤルファミリーに向かうものだと思わされた。
転生した今ですらも、その精神性は変わらないものなのだと感心してしまう。
そして話は面白い方向へと変わっていった。
それはなんと日本文化への愛着と強い好奇心だった。
父親の影響で日本の文化に触れ、そのワビサビの精神とおもてなしの心に強く憧れを抱いたとの話だった。
更に日本には一度旅行で訪れたことがあるとのことだった。
その時に食した日本食が忘れられず『シマーノ』で食べた日本食に、涙を流してしまったと眩しい笑顔で語っていた。
俺は異国の人が日本の文化に触れ、その精神性に強く惹かれることがあることを知っている。
まさかこの世界に来てそんな人に巡り合うとは思ってもみなかった。
不思議な御縁だと思わざるを得ない。
俺の愛して止まないサウナだが、その本場はフィンランドである。
そんなフィンランド人も、日本のサウナ文化に一目置いていることも知っている。
日本人の文化や精神性はワールドワイドだと思ったものだ。
そして漫画について話をする彼女は躍動感に満ちていた。
それだけでも彼女が漫画を愛しているのが窺い知れた。
恥ずかしがりながら『シマーノ』の漫画喫茶に、一週間も缶詰状態であったことを話してくれた。
俺はそれを微笑ましく聞いていた。
この時点で彼女が悪感情を持ってここに居ない事が分かった。
そして話しは不意に佳境を迎えた。
ダンプカーに轢かれてその生を終えてしまったと。
その時に愛する家族と天国で暮らせると思っていたのだが、意図せずにこの世界に転生してしまったのだと。
その時を思い返していたのか、彼女の頬は涙で濡れていた。
彼女を俺は慮ることは出来そうもなかった。
でもその気持ちは痛いほどに伝わってきた。
俺はこの時すでに彼女に対して同郷者の一体感を感じていた。
この人は守ってあげないといけないと・・・
全員が食事に満足し、旨かったと賛辞をしていたのだった。
「すまない兄弟、遅くなった」
オクボスは汗を拭いながら席に着いた。
「兄弟、急がせて悪かったな、まずは紹介させてくれるか?エリカ殿とその護衛のファビオ殿とカミラ殿じゃ」
エリカが立ち上がって挨拶をする。
それに倣って護衛の二人も挨拶をする。
「エリカ・エスメラルダと申します。以後お見知りおきを」
「護衛のファビオです」
「同じく護衛のカミラです」
その言葉を受けてコルボスも立ち上がって名乗りを上げる。
「俺はコルボスだ、コボルトの首領をやっている。そして俺は漁師だ。今日はクロマグロが数匹揚がった。晩飯は豪華になるぞ!」
「ほんとですか‼」
カミラが食いつく。
眼が欄々としている。
「お、おう!」
その圧力にたじろぐコルボス。
コルボスも今ではゴンズ様から免許皆伝を貰っており、更に守のクルーザーを受け継いだことにより、海の覇者になっていた。
このクルーザーを受け取る時には一悶着があった。
ゴンズが俺にも寄越せと守に詰め寄ったからだった。
だが守に一蹴されてしまう。
造れるだけの技術は伝授しましたよと。
これを機に守はゴンズをゴンズさんと呼ぶ様にした。
それを嬉しそうに受け止めていたゴンズだった。
そしてコルボスはサウナ島に倣い、今後は養殖に乗り出そうと、暇を見てはサウナ島に行き、レケの指導を受けていた。
ある意味師匠越えをしてしまいそうなコルボスである。
その働きもあって『シマーノ』は海鮮の宝庫になっていた。
『シマーノ』の海産物はとても充実している。
それは全てコルボスのお陰だった。
それに海産物といっても何も海のものに限った話ではない、川から捕れる魚もあれば、海苔なども加工物も充実していた。
今では『シマーノ』は食の宝庫となっているのだ。
「コルボスの兄弟、昼飯は食ったのか?」
オクボスが気を使う。
「おお、済んでいる。ありがとう」
「では兄弟も揃ったことだ、話を始めようか」
プルゴブが仕切り出した。
「ああ、お願しようか」
ソバルも快く答える。
「ではエリカ殿、ファビオ殿、カミラ殿、サポートを頼みますぞ」
「お任せを」
「心得ました」
「畏まりました」
プルゴブはエリカについて話を始めた。
全員が押し黙って話を聞いている。
途中に信仰宗教国家『イヤーズ』の名前が出てからは緊張が続いた。
全員が現状を把握できている証拠だった。
特にソバルは信仰宗教国家『イヤーズ』が未来に起こりうるダイコクの消息不明事件に関わっていると睨んでいた。
その眼光は鋭い。
時折エリカやファビオが言葉を重ねて、概ねの話は伝わった。
話し終え、会場は不思議な一体感を得ていた。
時間は掛かったが、全員がそんなことは気にしていない。
首領陣のエリカを見る視線が変化した。
「なんと、僥倖ではないか!」
「流石は島野様、とてつもない強運」
「そうだな、何もせずとも向うから現れてくれるとは、正に鴨葱ではないか、島野様は凄いな。否、もしかしたらこれすらも予想していたことかもしれん」
「ええ、島野様ならあり得るわ。島野様に不可能は無いもの」
「間違いないのう」
魔物達は守を過剰評価している。
守にはエリカの存在は分かるはずもない。
こと守のことになると、眼を狂わす魔物達だった。
だが話を真面に聞いてしまったエリカ一同は絶句していた。
(私の事を予想していたですって?そんな馬鹿な・・・否、これまで聞いてき島野様の人物像からだとあり得るのかもしれないわ、これはいけない、もっと島野様を上方修正しなくては)
その様にエリカは捉えてしまっていた。
そもそも魔物達は守を過剰評価していているので、五割増しスタートなのだ。
守がこの場にいたら間違いなく言っていただろう。
やれやれと。
「それにしても、エリカ殿。よくぞ亡命を望んでくれた。こちらとしても快く迎えさせて貰おう。なあ兄弟達よ!」
ソバルは上機嫌に言った。
「そうだ!」
「我が国にようこそ!」
「お友達になりましょうね」
「嬉しい出会いだ!」
こうしてあっさりとエリカ一同の亡命は受け入れられることになった。
魔物達の懐の深さに涙するエリカだった。
「・・・ありがとうございます・・・」
それをにこやかに頷く首領陣。
ファビオとカミラも安堵の表情を浮かべている。
「こうしてはいられん、兄弟よ。早く島野様に伝えねば!」
「そう焦るなソバルの兄弟よ、分かっておるわい。クロマル殿はおられるか?」
その言葉を受けてクロマルが入室してきた。
「クロマル殿、聞いておったのじゃろう?クモマルの兄弟に連絡を頼めるかのう?」
「元よりそのつもりだ、既に連絡は付いている。直にクモマル様は島野様一同を伴って来られるに違いない」
「相変わらず仕事が早いのう、クロマル殿は」
この言葉にクロマルは薄っすらと口元を緩める。
オクボスが疑問を口にする。
「ちょっと待ってくれ兄弟、島野様は『ルイベント』と『ドミニオン』の同盟の件で忙しいのではないのか?」
クロマルが口を挟む。
「大丈夫だ、既に両国にバトンは手渡されている。島野様達は魔道王国『エスペランザ』に向かおうと準備をなさっている」
「それならよいのだ、では島野様達の到着を待つとしよう」
この発言を受けてエリカに衝撃が走った。
(『ルイベント』と『ドミニオン』の同盟ですって?そんな・・・あの『ドミニオン』が同盟を結ぶだなんてあり得ない。だってあの国の主権は貴族達が握っていたはず。あの道徳心の欠片もない貴族達が『ルイベント』と手を結ぶですって?『ルイベント』といえば英雄と名高い国王のスターシップがいる。スターシップもそんな国と同盟を結ぶなんて考えられないわ。もしかしてあの貴族共を一掃したとでもいうの?まさかね・・・)
「ちょっと待ってください『ルイベント』と『ドミニオン』が同盟を結ぶってことなのでしょうか?」
タイミングよくカミラが疑問を投げかけた。
まるでエリカの心を代弁しているようだ。
「そうじゃ、島野様に不可能はないのじゃ、島野様は悪事を働く腐敗した貴族共を一斉に検挙し『ドミニオン』を正常な国に造り変えたのじゃ、それもものの一日でじゃ。流石は島野様じゃわい。ガハハハ‼」
(嘘でしょ?あり得ない・・・)
エリカは言葉を発することも出来なかった。
(島野様・・・凄すぎる・・・)
「そんな馬鹿な・・・あり得ない・・・」
「カミラ殿、驚くのもよく分かるぞ。だがこれが島野様なのだ」
コルボスは自分の事の様にどや顔をしていた。
それも頷けるものだ。
魔物達にしてみれば、何よりも守が最優先されるのだから。
守の功績は誇らしいものなのだ。
自分の事の様に嬉しくて溜まらないからだ。
『シマーノ』の魔物達はどこまでいっても守を信じているし、崇拝している。
その想いに一切の揺らぎはない。
自分の父母、息子娘以上に愛情を注いでしまうのだ。
それぐらい加護を与え、名を与えてくれた守に心酔していた。
でも魔物達にとってはそれは当たり前のことでしかない。
それは朝出会ったら、おはようと挨拶することぐらい当たり前のことなのだ。
魔物達の信仰は強固だ。
時折過剰評価をしてしまうのがたまに傷なのだが・・・
そんな魔物達を見てエリカは比べてしまっていた。
なんでこんなに違うのかと・・・
あの人に向ける『イヤーズ』の民の信仰とはあまりに違う。
例えるならば、強迫観念と自由意志だ。
『イヤーズ』でのあの人に向ける信仰は、しなければならないとされているものだった、なぜならばそれが教義だからだ。
自らの意思では無く、そうしなければならないという教義なのだ。
だが魔物達が守に向ける信仰は、自らの意思で信仰したいと、心から想っているものだ。
その違いはあまりに大きい、冷静に努めようとするエリカでさえも、既に守を信仰しようとその心は大きく傾いていた。
信仰の違いを知ったエリカだった。
その時は急に訪れた。
一同が気を抜いた瞬間に、島野一家は会議室に現れた。
突然のことに一同が驚くことかと思いきや、魔物達は慣れているのか全員の口元が緩む。
だがエリカ達はそうはいかない、急な事に腰を抜かしそうになっていた。
だがそんなことはお構いなしに守は平然と声を掛ける。
「よう、お前達どうしてた?」
「「「島野様!」」」
魔物達は席から立ち上がると、跪いた。
それに遅れてエリカとファビオ、カミラも跪く。
バタバタ感は否めない。
「お前達は相変わらず堅いなー、もっと楽にしろよ。さあ、立ってくれ」
笑顔で守は促す。
「「「はっ‼」」」
「それにそこの客人、俺に跪く必要なんてないぞ」
「有難きお言葉・・・」
エリカは呆気に取られている。
そしてここで初めて守の顔をしっかりと見た。
(この人が島野様・・・なんて日本人の顔をしているの・・・愛着が沸くわ・・・何で金髪?見た目は二十歳そこそこの男性だけど・・・存在感がデカい‼なんてオーラなの、これが本物の神!ああ・・・)
エリカは守から目が離せなくなってしまっていた。
エリカの瞳孔は開きっぱなしだ。
守はというと、真正面からじっと見られることに照れていた。
照れを誤魔化そうと、
「ゴブオクンはいるか?」
と居るはずの無い者の名前を呼んでいた。
「島野様、ゴブオクンは狩りに行っております」
そうとは知らずプルゴブは真面目に答える。
「そ、そうか・・・それであのー、誰?」
そう問われて始めてエリカは守をガン見していたことに気づいた。
「も、申し訳ありません!島野様、私はエリカと申します。エリカ・エスメラルダです。よろしくお願いします!」
エリカは緊張でガチガチに固まっていた。
護衛の二人を紹介するのを忘れてしまうほどに。
それと気づいてプルゴブがサポートする。
「それと護衛のファビオ殿とカミラ殿でございます」
守は頷いた。
「エリカさんに、ファビオさん、それにカミラさんですね。どうも始めまして、島野守です。よろしく、まずは座ってください」
こうしてエリカは遂に守との出会いを果たしたのだった。
見た目としては印象の薄い三十歳台の女性だった。
その印象の薄さに俺は違和感を感じていた。
これは何かの魔法の効果か?
護衛の二人からはそんな気配は感じない。
だが、それよりもなんでこんなにガン見されるんだ?
ちょっと照れるじゃないか、これは誤魔化さないと間が持たないな。
「ゴブオクンはいるか?」
なんてな、いる訳無いよな、だって首領陣の集まりだって聞いていたし、でもゴブオクンに会いたいな。
だってあいつといると笑えるしね。
顔を見ただけで爆笑だもんな。
「島野様、ゴブオクンは狩りに行っております」
「そ、そうか・・・それであのー、誰?」
そろそろ自己紹介してくださいよ。
「も、申し訳ありません!島野様、私はエリカと申します。エリカ・エスメラルダです。よろしくお願いします!」
緊張でガチガチじゃないか。
やっとガン見が終わったな、よかった、よかった。
知らない女性からガン見されるのってなんだか嫌だな、もしかして社会のドアが開いていた?とか顎に食べ残しが付いていた?なんてことがあったからね。
恥ずかしいったらありゃしないよ。
「それと護衛のファビオ殿とカミラ殿でございます」
護衛ね、まあ見た目から分かってはいたけど。
「エリカさんに、ファビオさん、それにカミラさんですね。どうも始めまして、島野守です。よろしく、まずは座ってください」
三人は立ち上がって深くお辞儀をした。
これまた礼儀正しいことで。
「島野様、こちらの方々の話を聞いてください。決して損はなさらないかと」
プルゴブは意味深な視線を送ってきた。
「ほう?プルゴブ。お前がそう言うのなら聞くしかないな」
「有難き幸せ」
実際プルゴブの判断力に俺は信頼を置いている。
こいつは俺に従順な上に、俺にとって何が重要かをよく考えている。
信頼に足りる奴ということだ。
「主、少々お待ちください、そこの女!主に失礼ですよ。いい加減その隠蔽の魔法を解きなさい」
ゴンが隣から入ってきた。
やっぱりな、そういうことか、変化の得意なゴンなら気づくだろうとは思っていたが。
「そうだよ、あり得ないよ」
ギルも見抜いたみたいだ。
やるじゃないかギル。
ノンとエルは平然としている。
多分気づいてはいただろうが、興味はないという処かな。
クモマルは呆気に取られていた。
顔を青ざめるエリカさん。
「も!申し訳ございません!失念しておりました。ご容赦くださいませ!」
というとエリカさんは隠蔽魔法を解いた。
見事な隠蔽魔法だと認めざるを得ない。
声まで変わっている。
これまでの印象の薄い外見から全く違う女性が現れた。
気品漂う高貴な女性だった。
年の頃は三十歳ぐらいだろうか、慎ましくも意思の強さが伺える強い光を帯びた眼差しをしていた。
とても綺麗な顔立ちをしている。
西洋風の美女と言ってもいいだろう。
目鼻立ちがくっきりとしていた。
隠蔽魔法を解いたことに首領陣は驚きを隠せないでいた。
こいつらでも気づけなかったとは、相当レベルの高い隠蔽魔法なのだろう。
それを気づいたゴンとギルは流石ということか。
「訳あっての隠蔽だろうが、ここからは本音で頼むよ、エリカさんも疑われるのも本意ではないだろう?それにお前達も気にしなくていい、エリカさんの隠蔽魔法の手腕は本物だからな」
プルゴブとソバルは恥ずかしそうに下を向いていた。
「ご厚意痛み入ります、今後は隠蔽の魔法は一切使いません」
いや、そこまでは求めてないよ。
まあいいか、先を急ごう。
「ではエリカさんとやら話を聞こうか?」
仕切り直しだな。
「ありがとうございます、私の事はエリカとお呼びください」
エリカの表情が引き締まったのが分かる。
さてどんな話が語られるのやら。
「私は転生者であります」
いきなり凄い事を言い出したよ。
「ほう、転移者ではなく転生者か?」
「そうであります、島野様は転移者ですよね?」
なぜ知っている?
「そうだ、良く知っているな?」
「失礼ながら調べさせて頂きました」
なるほど、調べは付いているということね。
まあいいでしょう、他意は感じないし。
「それで、その転生者さんが俺にどんな御用で?」
「担当直入に申し上げます、私達三人をこの魔物同盟国『シマーノ』に亡命させてください」
エリカ達は再び頭を下げた。
「それは俺では無く、こいつらに聞いてくれ、この国は俺の国では無い。こいつらが造り上げた国だ、俺はそれをサポートしたに過ぎない」
この言葉を首領陣は寂しくも、笑顔で受け止めている。
これまでに何度も俺はその様に言い聞かせてきたからね。
だからといって、決して魔物達を見放している訳ではない。
こいつらもそれをよく分かっている。
「実は既に首領陣からは了承を得ております」
「なら話は早い、良かったじゃないか」
エリカの表情が明るくなる。
「有難き幸せです。島野様にも認めて頂こうと考えたのですが、不要だったみたいですね」
「そうだな、それで?」
俺は話を促した。
「何処から話しましょうか、少々長くなりますがよろしいでしょうか?」
「なら飲み物を準備しよう、ゴン頼めるか?」
「お任せください」
ゴンはエルとマーヤを伴って飲み物を準備し出した。
首領陣も積極的に手伝っている。
俺はいつもの如くアイスコーヒーだ。
エリカ達も好きに注文をしている。
飲み物の準備が整ったので話を促すことにした。
エリカが訥々と話を始めた。
それは彼女の転生前の人生の話だった。
大使館に勤める父と、優しい母親と妹、家族について話をする彼女は実に活き活きとしていた。
彼女の家族への深い愛情が伝わってくる。
俺とは同じ時を過ごしたのが時代背景からよく分かった。
彼女が転生したのは、今より三十年ほど前のことみたいだ。
彼女は神妙な面持ちで俺に尋ねてきた。
「エリザベス女王はご健勝でしょうか?」
「ああ、元気にやっているみたいだよ」
ロイヤルファミリーのことは、テレビでたまにやっているからね。
「そうですか、それはよかったです」
ほっとしているのがよく分かる。
イギリスの地で暮らした人の愛情は、やはりロイヤルファミリーに向かうものだと思わされた。
転生した今ですらも、その精神性は変わらないものなのだと感心してしまう。
そして話は面白い方向へと変わっていった。
それはなんと日本文化への愛着と強い好奇心だった。
父親の影響で日本の文化に触れ、そのワビサビの精神とおもてなしの心に強く憧れを抱いたとの話だった。
更に日本には一度旅行で訪れたことがあるとのことだった。
その時に食した日本食が忘れられず『シマーノ』で食べた日本食に、涙を流してしまったと眩しい笑顔で語っていた。
俺は異国の人が日本の文化に触れ、その精神性に強く惹かれることがあることを知っている。
まさかこの世界に来てそんな人に巡り合うとは思ってもみなかった。
不思議な御縁だと思わざるを得ない。
俺の愛して止まないサウナだが、その本場はフィンランドである。
そんなフィンランド人も、日本のサウナ文化に一目置いていることも知っている。
日本人の文化や精神性はワールドワイドだと思ったものだ。
そして漫画について話をする彼女は躍動感に満ちていた。
それだけでも彼女が漫画を愛しているのが窺い知れた。
恥ずかしがりながら『シマーノ』の漫画喫茶に、一週間も缶詰状態であったことを話してくれた。
俺はそれを微笑ましく聞いていた。
この時点で彼女が悪感情を持ってここに居ない事が分かった。
そして話しは不意に佳境を迎えた。
ダンプカーに轢かれてその生を終えてしまったと。
その時に愛する家族と天国で暮らせると思っていたのだが、意図せずにこの世界に転生してしまったのだと。
その時を思い返していたのか、彼女の頬は涙で濡れていた。
彼女を俺は慮ることは出来そうもなかった。
でもその気持ちは痛いほどに伝わってきた。
俺はこの時すでに彼女に対して同郷者の一体感を感じていた。
この人は守ってあげないといけないと・・・