ひと休憩終えて、まずは振り返りを行うことになった。

「まずは四千五百前にジャンプしたけど、どうだった?」
アイルさんが心配そうにこちらを見ていた。

「驚きましたが、それよりも時間を意識することがとても大変でした。演算の能力と潜在意識の解放が出来なければ、危なかったかもしれません」

「ほんとね、あなたにはヒプノセラピーがあるから何とか耐えられると思っていたわ。それに演算は時間旅行には必須なのよ」

「そうですね、それは実感しました」
今でも軽く脳が熱を帯びているのが分かる。

「それに千年単位のジャンプは負担が激しいからどうかとも思ったけど、時間の力を知るにはあの大滝が打って付けだと思ったのよ」
やっぱりか。

「守はどう感じた?」

「あの大滝は雄大でした、でも四千五百年経った今ではそれが失われていることが、少し残念です」

「そうね、自然の摂理は無常よ、それに情けもないわ。でもそんな自然も時間の力を借りなければ、変化することは出来ないわ。今ある世界も時間の経過無くしては発展も破壊も再生もないのよ」
確かにその通りだ。
生命の営みすらも時間の経過無くしては可能としないのだ。
その点世界の全てを支えているのが時間とも言える。
恐らくこの世界が出来る前から時間が存在していたのだと思う。
それは時間がこの世界を造ったということだ。
時間がこの世界を発展させ、時にこの世界を破壊してきた。
今のこの世界は時間の産物なのだ。

その時間を把握することはとても人間の頭では出来ることではない。
もはや人の領域を超え、進化した存在であるから可能となっているのだ。
人の身であったなら、たった一日の時間旅行であっても、その情報量に脳が耐えることはできないだろう。
それぐらいの大きな負担を感じたのだった。

「よく分かります」

「この先だけど、未来にジャンプすることになるわ」
でしょうね、だと思ったよ。

「未来ですか、未来予測とはまた違うのですね」

「未来予測と原理は同じよ、でも全くの別物ね。未来予測は現在に身を置いて未来を見るけれど、時間旅行の未来へのジャンプは、その身すらも未来に行くことになるのよ」
確かに別物だな。
それに身体への負担が違う。

「その上であなたに守って欲しい事があるのよ」

「何でしょうか?」

「まず注意無く過去にジャンプしたけど、過去の時間軸では極力何もしないで欲しいのよ」
今後は先に教えておいてください、そんな大事な事。
まあ何となく分かっていたから、何もしなかったし。
実際それどころではなかったからね。

「バタフライエフェクトですね、それともタイムパラドックスでしょうか?」

「どちらも同じことね、要は未来に影響を起こすようなことをしないで頂戴ということよ」

「分かりました」

「時間はとてもデリケートなのよ、最悪私の権能でどうにか出来なくはないけど、それは下界に手を出すということになるわ、それは神のルールに抵触することになるの」

「そうなりますね」
このメカニズムはいろいろなSF映画などにも出てくる現象だ。
過去に戻って事象に手を出すことによって、現在が変わってしまう。
俺にとっては特に変えたい現在なんてないから、逆に現在が変わってしまわない様に注意したいところだ。
今の生活は本当に充実している。
俺は日々幸せを噛みしめているのだ。

「それと未来へのジャンプなのだけれども、無数にある時間軸の中の一つになるわ。それは即ち・・・」
アイルさんは俺の眼を覗き込んでいる。

「あくまで可能性の一つでしか無いということですね」

「正解!」

「どれだけの時間軸があるのかは分からないのですよね?」

「残念ながらね、ただ高い可能性で起きる出来事は、因果が巡って起こることになるわね」

「因果ですか?」
因果律というやつか?

「そうよ、大きな転換期であったり、運命づけられている出来事というのがこの世界にはいつくかあるのよ。例えばあなたの存在がそれよ。あなたがこの世界に来る可能性は高かったわ。来ない可能性もあるにはあったのだけれどもね」
俺が因果律に組み込まれていたってことか・・・
なんだかな・・・
リアクションに困る。
まぁ重要人物ってことですね。
本人にはあまり自覚はありませんけど。
自由に好き勝手やってるだけだし。

「それと、未来へのジャンプだけど、あまり情報を集めないことをお勧めするわ」

「それはどうしてですか?」

「先の事を知ることはあまり楽しくないのよね」
ああ、俺と同じ感覚の持ち主か。
大丈夫です、俺も大賛成です。
未来予測で懲りてます。

「俺も同意見です、前に未来予測を使ってみたことがあるんですが、あまりにつまらなくて能力を封印していたぐらいですので」

「そう、先のことを知りたいって者も一定数いるから、好きにしてくれていいのだけれどね」

「そうですね」
時間旅行を手にしたとしても、あまり未来を見に行くことを俺はしないだろうと思う。
先の分かっている人生なんてつまらないに決まっている。
一寸先は闇なんて言うけれど、それすらも受け入れる人生があっても良いじゃないかと俺は思うのだ。

「後、誰かに能力を知られるのもあまりお勧めしないわ。それこそ因果律に影響を及ぼす可能性があるわよ」

「そうですね、ジャンプ中は透明化の能力を使用しておきます」

「理解が早くて助かるわ、ではそろそろいきますわよ」

「了解しました」
俺は透明化の能力を発動した。
アイルさんも同様に透明化しているが、その姿を俺は可視化することができた。
俺達は同じ位相に居ると思われる。
アイルさんの手を取り、未来へのジャンプが発動された。



俺は神気を全身に纏い、全力で時間を意識した。
其処は見慣れた光景だった。
魔物同盟国『シマーノ』であった。
情報を整理し、時間を把握する。
始めて過去の世界にジャンプした時に比べて、かなり楽だった。
見慣れた光景だからだろう、見慣れた町並みの痛み具合や、知っている魔物達の風貌から何年後の世界なのかを把握することが容易かった。
ここは・・・一年後の『シマーノ』だな。
俺は『念話』でアイルさんに話し掛ける。

「一年後の未来ですね?」

「そうよ、正解ね。見慣れた街なら負担も少ないんじゃなくて?」

「ええ、把握するのが楽にできました」

「そう、少し散策してみましょう」
俺はアイルさんの手を離して、一年後の『シマーノ』の様子を眺めることにした。



うう‼
それは突然訪れた。
不思議な現象が起きていた。
俺の存在感が倍になった。
そうか、この世界の俺を感じているんだな。
この世界の俺も俺の存在に気づいているだろう。
それぐらい強い繋がりを感じる。
なんだろうこの心強さは、自分がもう一人いることがこんなに万能感を感じるとは思ってもみなかった。
自分がもう一人いたら・・・
これまで考え無かったことは無い創造だった。
実際にそれを感じるとは・・・
あまりに衝撃的な出来事だった。

自己催眠状態で、もう一人の自分を想像し、対話を行ったことはこれまでに何度もあるが、それはあくまで想像の自分なのだ。
自問自答の粋をでることなんて無い。
でもこれは・・・強烈過ぎる。
この世界での俺と会話してみたいが、今はそれは憚られる。



余りに見慣れた景色だった。
現在の『シマーノ』と対して変わらない、だがよく見てみると違っている点がいくつもあった。
まず人族の数が増えていた。
ルイベントからの渡航者だけとは思えなかった。
様々な人種がおり、服装や言葉も微妙に違っている。
おそらく北半球の様々な国や村から人々が集まっていると思われる。
それに宿屋や、お店が増えていることに気づいた。
『シマーノ』は順調に発展しているようであった。
その様子に少し安堵する俺だった。

オクボスが陣頭指揮をとり、お店を建設している。
どうやらランドールさんのところから独り立ちを許されたようだ。
頭に螺子り鉢巻を撒いて親方感が増している。
他にも見慣れた魔物達が大勢いた。
全員賑やかに働いている。
そして、見慣れない店を発見した。
それは何と美容室だった。
店外から中を伺うと、ゴブコがハサミを片手に、髪をカットしていた。
おお!こちらもアンジェリっちの所から独り立ちできたみたいだ。
頑張っているな、いいじゃないか。
すると聞きなれた声がした。

「だから狩りの時は油断は禁物だべよ、分かるだべか?」
ゴブオクンが部下のようなゴブリンを引き連れて、偉そうに話していた。
俺は透明化を解いて驚かせてやろうかと思ったが止めておいた。
こうして元気な姿を見れただけで満足としよう。

「ゴブオクン、ちょっとよいか?」
その声の主はソバルだった。

「ソバルの叔父貴、どうしただべか?」

「ダイコク様を見かけなかったか?」

「いいや、見なかっただべ」

「そうか、ならいいんじゃ」
ソバルは神妙な面持ちだった。
その後もソバルは何人にも声を掛けていた。
人族にも声を掛けていたぐらいだ。
その度にどんどんとソバルの表情が曇っていく。
俺は逡巡した。
ソバルを見ていられなかったからだ。
思わず透明化を解いて、ソバルに近づく。
ソバルが俺に気づいた。

「島野様!ご無沙汰足しております」
ソバルが跪く。
それを俺は手で制する。

「ソバル、久しぶりだな」
俺は会わせることにした、実は数日前に現在の『シマーノ』で会ったのだが、この一年後の俺は『シマーノ』には長いこと立ち入っていないみたいだ。
俺が『シマーノ』来ると、決まってソバルは俺に挨拶にやって来る。
こいつの真面目さには舌を巻くぐらいだ。
出会った頃の尊大な雰囲気はもはや影を潜めている。
ソバルは不安な表情で俺を見た。

「島野様、ダイコク様を見かけなかったでしょうか?」

「いや、見かけて無いがどうしたんだ?」

「実は、昨日打ち合わせを行う予定で、お待ちしていたのですがダイコク様は現れなかったのです」

「それで?」

「あの御方にしてはあり得ないことです。予定の変更がある際には必ず連絡があるのです。こんなことはこれまでに無く、少々不安でございまして・・・」

「なるほど」

「それにダイコク様が極秘で教えてくれたことがあるのですが・・・」

「極秘で?何をだ?」
嫌な予感がする。

「それは・・・神を弑する存在がいるとのことす・・・そして、ダイコク様の友の神も行方がしれないと・・・」
そういうことか・・・この一年間俺はどうやらこのことを放置していた様だ。
可能性としてはダイコクさんも行方不明になっていることもあり得るということか。
俺は『収納』から通信の神具を取り出して、神力を込める。
・・・
繋がらないみいだ。
これは少々きな臭くなってきたぞ・・・

でもあのダイコクさんだぞ。
あの人が警戒を解くなんてことがあるのか?
暗部からの報告もしっかりと上がっている筈だ。
明らかに俺以上に警戒していたんだぞ。
でも結果はこうだ。
商売人がアポイントを連絡も無しにすっぽかすことはあり得ない。
それをソバルは骨身に染みる程教え込まれてきたのだろう。
ことの重大さを感じているのがよく理解できる。

俺はクロマルを呼び出した。

「島野様、ご無沙汰で御座います」
忍者の如く、跪いて眼すらも会わせないクロマル。
徹底してるねこの忍者スタイル。

「クロマル、ダイコクさんの所在が分かるか?」
クロマルは自分の配下の蜘蛛達に意識を向けている。

「いえ、私は存じておりません」

「今直ぐ捜索に当たってくれ、報告はソバルと俺にする様に」

「は!島野様はクモマル様とエアーズロックにいらっしゃるかと思っておりましたが、お戻りになられてたんですね」
しまった、そうだった。
どうしようか・・・

「いつでも転移で『シマーノ』には来れるからな、エアーズロックに戻るかもしれないから、その時はクモマルを通じて連絡をしてくれ」

「は!御意に!」
俺はクロマルとの会話を終えた。
その様子を見守っていたソバルに俺は振り返った。

「後は連絡を待つとしよう、大丈夫だ、ダイコクさんはきっと無事だよ」
その俺の発言に気を取り直そうと、ソバルが大きく頷いた。



ソバルと別れて透明化しようと思ったが、不味いことに魔物達が集まって来てしまった。

「島野様だ!」

「お久しぶりです!」

「お帰りになられたんですね!」
これは困った、俺は手で制することにした。

「すまないお前達、今日はゆっくりとしていられないんだ、また今度な」
この発言に魔物達が落胆する。

「えー、そんな殺生な」

「寂しいですー」

「また来てくださいよ、絶対ですよ!」
なんだか悪い事をしたな。
だからアイルさんの忠告を守るべきだったんだ。
反省しても今さら遅いな。
俺は一度、この時間なら人の居なさそうな海岸に『転移』し、透明化して『シマーノ』に戻ってきた。
アイルさんが困った顔で俺を待っていた。

「だから注意したのに・・・」
『念話』で呆れた声が伝わってきた。

「すいません・・・」
ぐうの音も出ません。

「しょうがないわね、神に成る者にとっては慈悲が先立つのよね。それにあなたは下界への介入が許されているから文句はないけど。これでこの時間軸は消滅すことになりそうだわね」

「え!それはどうして?・・・ああ、そうですね。そうなりますね」
ダイコクさんの危機を俺は知ってしまったからな。
現在に帰ったら手を打つに決まっている。
そうなるとこの時間軸は消滅することになるよな。
やっちまったな。
でも脅威が減ったのだから結果オーライとしておこう。

それにしても・・・もしかしてそう言いつつも、これももしかしてアイルさんが意図したことであったとしたら・・・
だってこの一年後の世界に俺を連れて来たのは彼女だし、それに俺の性格をよく分かっているみたいだし。
俺には直感的にそうだと感じてしまったのだが、ここは敢えて突っ込まないことにしよう。
詰まる所アイルさんも慈悲深いのだ。
この世界が向かって欲しくない方向に進んで欲しくないに決まっている。
上手く乗せられたことにしないと、彼女が下界に介入したことに成りかねないしね。
ここは気づかぬふりを続けよう。

それにしても、北半球は物騒だな。
神に喧嘩を売るってどういうことだよ。
そんなにこの世界を滅ぼしたいのか?
一体誰が?
神の権能で支えられているこの世界の神を弑することなんて、世界の破滅を望んでいるとしか考えられないぞ。

ドラゴムの村も落ち着いた今、遂にエアーズロックに向かえるかと思っていたが・・・
せっかくエリスの背中が見えてきたってのに・・・
ギルになんて説明しようかな?
ギルには我慢を強いてしまうな。
世界の平和と自分の母親に会うことを天秤に掛けさせるなんて・・・
困ったものだ。



俺はアイルさんの手を取り、修練場に帰ってきた。

ピンピロリーン!

「熟練度が一定に達しました。ステータスをご確認ください」

世界の声ですね。
はいはい、早速チェックしてみましょうかね。

『鑑定』

名前:島野 守
種族:半聖半神
職業:神様見習いLv71
神気:計測不能
体力:7542
魔力:0
能力:加工L8 分離Lv8 神気操作Lv9 神気放出Lv6 合成Lv8 熟成Lv7 身体強化Lv6 両替Lv3 行動予測Lv4 自然操作Lv8 結界Lv4 同調Lv2 変身Lv2 念話Lv3 探索Lv5 転移Lv7 透明化Lv3 浮遊Lv5 照明Lv3 睡眠Lv3 催眠Lv5 複写Lv6 未来予測Lv1 限定Lv4 神力贈呈Lv3 神力吸収Lv3 念動Lv3 豊穣の祈りLv2 演算Lv8 時間停止Lv1 時間旅行Lv1 多重存在Lv1 最適化Lv1 初心者パック
預金:9564万3448円

ふう、何とか時間旅行を取得することができたみたいだって・・・何だこれ?‼
半聖半神?
なんじゃそりゃ?
なんでまた進化してんの?
もしかして、時間旅行の取得までの過程が、山籠もりや断食みたいな修行に相当したってことなのか?
確かにきつかったけど。
仙人から聖人にってことなのね。
俺が聖人だって?
ちゃんちゃら可笑しいと笑いそうになるな。
でもなっちゃったんだよな。
やれやれだ。

体力がノン並みになってないか?
進化の恩恵が最適化ってことね。
これはありがたいな。
時間旅行で感じた脳内情報の処理は大変だったからな。
脳内を最適化してくれるのならこんなに助かることはない。
でも演算とは違うってことなのかな?
演算でも脳内を最適化している様に感じたが、別物なのかもしれない。
演算処理をして頭をすっきりさせていただけで、最適化されている様に感じたのかもな。
であれば最適化は別物になる。
とてもありがたい。

多重存在って・・・あれか・・・人に見せられたものじゃないよな。
これを能力として発動できるってことか。
反則だよねこれって、だって常時発動したら、ふたりで人生を歩めるってことだよね。
まあ、そんな使い方はしないけどさ。
方や休んで、方や働いてって絶対喧嘩になるよな。
腰や方が凝ったら揉んで貰おうかな?
もう一人の自分なら一番揉んで欲しところが分かるしね。
なんて浅い活用方法なんだ・・・
駄目だ、今のところ有効な活用方法が思い浮かばない。
これはじっくり考えないとな。
それも一人で考えなくてもいいってことか・・・でも同じ人物なんだから考えることは一緒だよね・・・なんだかな。
ノンを驚かせることは出来そうだな。
久しぶりにピギャー‼を聞いてみたいな。

おふざけはいいとして、時間旅行も考えものだな。
でもこれは大きなヒントに繋がる能力だ。
百年前に起こった大戦の理由や、裏に潜む者を探り出すことができるだろう。
そうすれば神気減少問題の原因も分かるだろうし。
ダイコクさんの件にしてもそうだ。
どうやら俺は大きな転換点を迎えたようだ。
いよいよ俺の神様修業も佳境に差し掛かったようだ。