停止世界を見ることと聞く事は出来る様になった。
でもまだこの世界で動くことは出来ない。
動けなければ何ともならない。
停止世界を我物にしなければ意味がないのだ。

どうすれば動けるようになるのか?
俺は時間を意識する能力について考えることにした。
その能力を使えば動けるようになるのではないかと考えたからだ。
先程は『転移』を取得した時のことを想い出し、停止世界を捉えることができた。
間違いなく時間に関しての何かが必要だ。
他には時間を伴う能力に何がある?
・・・演算か?・・・まさか熟成?
いや、行動予測と未来予測があったな。
この二つを同時に使ってみるか?
だが、能力の使用で動ける様になるものなのだろうか?
まずは試してみるしかないな。

俺は行動予測と未来予測を発動させて停止世界に入った。
・・・
動けない・・・
これではないのか・・・
いや待てよ、停止世界を身体で感じることはできているんだ。
実際に俺は見えているし、聞こえている。
動くにはこの停止世界と同調するのが正解では無いのだろうか?
俺の本能がそうだと言っている気がする。

俺は同調の能力を発動した。
停止世界の波動を感じる。
停止世界の波長を感じる。
停止世界の空気を感じる。
停止世界の色を感じる。
停止世界を五感で感じる。
停止世界の思念を感じる。
感覚、視覚、嗅覚、聴覚、味覚。
この時間の停止している世界と俺は同調することに成功した。
すると、徐々にだが、身体を動かすことが出来るようになった。
指がぎこちなく動いている。

「よし!」
言葉も話せる!
自分自身の進化に酔ってしまいそうだ。
やったぞ‼

「流石は守じゃ、呆れるほどに飲み込みが早いのう」

「本当ですわ、千本ノックを覚悟しておりましたのに、何だが残念ですわ」
残念って・・・ちょっと怖いな。
アイルさんって結構スパルタなのでは?
美しい笑顔の裏にはとんでもない顔が潜んでいそうだ。
この人だけは怒らせたらいけないと本能が訴えかけてくる。
俺はその本能に従うまでだ。
決して逆らったりは致しません。

「まだ万全ではないですが、身体が動かせる様になってきましたよ」

「守よ、神気操作で全身に神気を纏ってみよ」
俺はアドバイス通り、全身に神気を纏ってみた。
すると通常世界と同様に動けるようになってきた。
そしてアナウンスが流れる。

ピンピロリーン!

「熟練度が一定に達しました。ステータスをご確認ください」

早速チェックしてみましょうかね。

『鑑定』

名前:島野 守
種族:半仙半神
職業:神様見習いLv70
神気:計測不能
体力:4898
魔力:0
能力:加工L8 分離Lv8 神気操作Lv9 神気放出Lv6 合成Lv8 熟成Lv7 身体強化Lv6 両替Lv3 行動予測Lv4 自然操作Lv8 結界Lv4 同調Lv2 変身Lv2 念話Lv3 探索Lv5 転移Lv7 透明化Lv3 浮遊Lv5 照明Lv3 睡眠Lv3 催眠Lv5 複写Lv6 未来予測Lv1 限定Lv4 神力贈呈Lv3 神力吸収Lv3 念動Lv3 豊穣の祈りLv2 演算Lv1 時間停止Lv1 初心者パック
預金:9564万3448円

時間停止か、流石にいきなり時間旅行って訳にはいかないよな。
恐らく時間停止の能力を得ないと、時間旅行の能力を得られないということだろう。
類似性があるのは間違いない。

「時間停止の能力が得られました」

「ほう、世界の声が伝えた様じゃな」
え!このピンピロリーンってアナウンスは世界の声っていうんだ。
始めて知ったよ。
これまで何度も聞いてきたけど。
今更だな。
それにしても精神的に疲れたな。

「少し疲れました、休憩しませんか?」

「じゃが、まだ一時間も経っておらんぞ」
そりゃあそうでしょう、時間を止めまくってたんだからさ。

「休憩にしましょう、私も少々疲れましたわ」
賛同してくれて助かります。
アイルさんが指パッチンを行うと、先ほどの庭園にでた。
すると不意に声を掛けられた。

「あれ?なんで島野がいるの?」

「ほんとだ、島野だ」
噴水の脇に座るアクアマリン様とウィンドミル様だ。

「お二人さん、こんにちはです」

「守は神界に修業に来たのよ」
アイルさんが説明した。

「修業なんだ、へえー」

「お母様はスパルタだから頑張ってねー」
やっぱスパルタなんだ・・・
そんな気がしていたけど。

「二人は何をやっているんですか?」

「ん?下界を眺めていたんだよ、島野も見る?」

「いいんですか?」

「良いよね?父様」

「よいぞ、程々にのう」
ウィンドミル様に手招きされて、俺は噴水の脇にきた。
二人と同様に噴水の水を眺めて見ると、そこに下界の様子が映っていた。
おお!凄い!
ちょうどサウナ島が映っており、そこにはサウナ島の全貌がありありと手に取る様に分かるのだった。

「この水面に意識して触れると、画面が切り替わるんだよ。島野もやってみる?」

「そうなんですね」
俺は『シマーノ』の町並みを意識して水面に触れた。
すると『シマーノ』の様子が映し出される。

「おおー!」
そこにはプルゴブに叱られているゴブオクンが映っていた。
なにやってんだか、またなにかやらかしたな。
面白そうだから転移してそこに行きたかったが、修業中の身としてはそうはいかない。
それにしても、こうやって下界の様子を眺めていたんだな。
そういえば・・・
前にダイコクさんが陶芸の神に連絡が付かないと言っていたよな。
見てみるか?

「それぐらいにしておきなさい、守。お茶の準備が出来てよ」
おっと、それはありがたい。
アイルさんに呼びこまれてしまった。
残念ならが陶芸の神はお預けだな。
俺はテーブルに移動してお茶を頂いた。
ていうか、これサウナ島産の麦茶じゃないか・・・
アースラ様が持ち帰ったんだろうな。
飲み慣れた味で助かります。

その後ウィンドミル様とアクアマリン様も交じり、会話に花を咲かせたのだった。
その際に、二人にいい加減様呼びは止めてくれと言われてしまった。
そりゃそうか、アイルさんと二人の母上をさん付けで呼んでおいて、その娘に様付は嫌だよな。
今後はウィンドミルさん、アクアマリンさんと呼ぶことになった。

「さて、そろそろ再会するわよ」
アイルさんの一声で、お茶会は終了したのだった。



俺はアイルさんと二人で先ほどの修練場に移動した。
創造神様はアイルさんに後は任せると言い残し、何処かに行ってしまった。
さあ、ここからはスパルタ修業の再会である。
そんな身構える俺にアイルさんが声を掛ける。

「守、そんなに身構えなくてもよくてよ。ここからは時間旅行の能力取得を行うわよ。心積もりはよくて?」
時間停止の能力を得て、下準備は終わったということだろう。
遂に本番開始だ。
どうなることやら。

アイルさんの表情が引き締まる。

「守、まずは心構えを教えておくわね」
ほう、これが最初の一歩ですね。

「今この瞬間から常に時間を意識することと、全身に神気を纏っておくこと、幸いあなたは膨大な神力を持っているから可能よね?」
いきなりの無茶ぶりだった。
神気はともかく、時間を常に意識することはかなりハードルが高いのでは?

「多分・・・」
俺は全身に神気を纏うことは負担にならないけど、前にランドールさんが神気を全身に纏った時には気絶していたからな。
本来なら相当な神力を消費しているんだろう。
何とかなるかな?こういう処がアイルさんのスパルタたる所以かもしれないな。

「時間旅行はこれを欠かすと大変なことになるから気を抜かないように」

「大変な事ってなんですか?」
アイルさんはじっくりと間を取って俺を正面から見据えた。

「基本となる時間軸に帰れなくなるってことよ」
なんちゅうことを言うんだこの人は、この世界に帰れなくなるっていう事と同義ですよねそれって。
怖いんですけど・・・
出来ることならやりたくはないのだけれど・・・
でもまあやるしか無いってことですよね。
腹を決めるしかなさそうだ。

「分かりました、精進します」
こう言うのが精一杯だな、まあどうにかなるでしょうと安易に考えている俺もいるにはいるのだが・・・

「じゃあ、私の手を取ってくれる」
アイルさんが真剣な表情で手を差し出してきた。
俺は無言で手を取る。

「行くわよ」
っていきなりなの?
そんな俺の気持ちを置き去りにアイルさんの時間旅行が発動した。



一瞬にして、場面が切り替わった。
感覚としては転移に近い、だが決定的に違う要素があった。
それは俺の知らない景色を見ているということだった。
転移であれば、俺の知っている景色に出会う事が必須である。
だが俺の前には見たことも無い大滝が存在していた。
物凄い勢いで滝から水飛沫が飛んでいる。
圧倒的な水量に大きな「ドドド‼‼‼」という爆裂音にも聞こえる程の大音が木霊し、耳を叩いている。
こんな壮大な大滝はこれまで見たことがない。
これはマイナスイオンだらけだな。
癒されるー、とはならないが。
この雄大な景色を眺めていたくはなった。

「守、此処は四千五百年前の世界よ、場所はエルフの里から北に百キロってところね。今では自然の摂理においてこの滝はほぼ存在していないわ、これほどの大滝では無くなってしまっているのよ」
四千五百年の時を得て地形が変わってしまったということか。
そう思うと時の力に驚異的な迫力を感じるな。
もしかしたらそれを体感させる為に、アイルさんはここに俺を連れて来たのかもしれない。
だとしたら正解です。
俺は全力で時の圧倒的な力を感じているのだから。

俺は忠告通り全身に神気を纏っている。
だが、時間を意識することに手間取っていた。
演算を駆使して何とか現在の時間情報を頭の中で整理している。
四千五百年前であること、太陽の傾き加減から凡その時間を算出し、現在の時を感じている。
この演算の能力が無ければ一発でアウトだったかもしれない。
それぐらい時間を意識することが難しいのだ。
恐らく自分の意識していること以外の部分を、この演算の能力が補正してくれているのだろう。
その様はまるでスーパーコンピューターが頭の中に入っているみたいだ。
今にも脳が発火しそうなほど猛烈なスピードで、情報処理が成されているのを感じる。

進化していてよかったー。
半人半神のままではこうはいかなかっただろう。
というより、それを見越しての修業なのかもしれないが。

「なんとかついて来れているようね」
アイルさんが冷静に俺を分析しているのが、その眼から伝わってきた。
握った手が少々痛い。
それぐらい彼女にとってもこの能力の使用が負担なのかもしれない。

「はい、何とかついて来れています」
俺は正直に感想を述べた。
虚勢を張る余裕なんて全くない。
今も脳が焼けそうなのだから。
現に世界の声が鳴りやまない。
ステータスを見る余裕がないのだが、演算のレベルが飛躍的にアップしているのだろう。
俺はそれを体感していた。
レベルアップが先か、情報過多が先か、凌ぎ合っているのが分かる。

否、違うな。
レベルアップが早すぎて、これまで情報として捉えていなかったものまでもが、情報として自分に流れ込んできているのだ。
問題はそれを脳が処理しきれるのかということだ。
情報の波に俺は溺れそうになる自分と戦うことになってしまった。
何とかついて来れていると言ってはみたが、気を抜くと意識を持ってかれそうだ。
ふら付きそうになる身体を気合で封じ込め、刈り取られそうになる意識を精神力で保っている状態だった。

正に自分との闘いだった。
今の俺を超えない限り、この先の俺は無い。
それを全身でひしひしと感じているのだ。
それは体感的には一日中行っている体感時間であった。
だが実際にはものの数分の出来事だった。

実は俺は途中で気づいたのだ。
これは顕在意識では対処しきれないと。
そして一瞬にして潜在意識に意識を切り替えた俺は、この膨大な情報戦になんとか勝利したのだった。
だが、その弊害が時間の喪失に繋がっていた。
実は催眠では良くあることなのだが、催眠状態に陥ると、三十分の出来事との体感が、実際は二時間経っていた、なんてことがよくあることなのだ。

即ち時間の喪失だ。
それを俺は自己催眠で何度も体験しているからその補正が出来たのだが、この経験の無い者には、ここで時間を見失っていたのかもしれないと感じた。
俺は自分がヒプノセラピストであることに安堵した瞬間だった。
そして何とか俺は時間を意識したまま、全身に神気を纏ってこの過去の時間旅行に耐えることが出来たのだった。



「守、一度帰ろうか?」
俺は純粋にそれに甘えることにした。

「そうして貰えると助かります」
正直体力が尽きそうだった。
疲労困憊感は否めない。

「じゃあ一度、神界に戻るわよ」
アイルさんは指パッチンを行った。

場面が切り替わった。
神界の修練場に帰ってきていた。
俺は安堵で、膝をついてしまった。
流石に堪えた。
四千五百年前にジャンプしたことに、未だ理解が追いついていないのが分かる。

停止時間の時とは逆だった。
身体はジャンプを感じて理解できていたが、頭の理解が追いついていない。
もしかしてこれは頭で理解するべきものなのでは無いのかもしれない。
それに演算に脳みそを持ってかれていたから尚更かも。
ステータスをチェックしてみよう。

『鑑定』

名前:島野 守
種族:半仙半神
職業:神様見習いLv70
神気:計測不能
体力:1808
魔力:0
能力:加工L8 分離Lv8 神気操作Lv9 神気放出Lv6 合成Lv8 熟成Lv7 身体強化Lv6 両替Lv3 行動予測Lv4 自然操作Lv8 結界Lv4 同調Lv2 変身Lv2 念話Lv3 探索Lv5 転移Lv7 透明化Lv3 浮遊Lv5 照明Lv3 睡眠Lv3 催眠Lv5 複写Lv6 未来予測Lv1 限定Lv4 神力贈呈Lv3 神力吸収Lv3 念動Lv3 豊穣の祈りLv2 演算Lv8 時間停止Lv1 初心者パック
預金:9564万3448円

演算がいきなりLv8かよ。
そりゃそうか、あれだけピンピロピンピロ鳴っていたんだからな。
ああ、やっぱり体力がかなり削られているな。
俺は『収納』から体力回復薬を取り出して、一気に飲み干した。
野菜ジュースが身体に染み渡る。
ああ、これはもう一本必要だな。

「守、私にも同じ物を貰えるかしら」

「勿論です」
俺は『収納』から体力回復薬を二つ取り出して、一つをアイルさんに渡した。
アイルさんは受け取ると豪快に一気飲みしていた。
あれま!
アイルさんにも負担が大きかったみたいだ。
なんだか申し訳ないが、ドーピングしてでもやり遂げなければならない。
俺はふつふつと湧いてくる使命感を感じていた。
時の神がここまでしてくれているんだ。
俺一人、降参する訳にはいかない。
何としても時間旅行の能力を手にしなければいけない。
指パッチンで椅子とテーブルを転移させたアイルさんが、ぐったりとした様子で腰かけた。

「ふうー、いきなりの四千五百年のジャンプは体力の消耗が激しいわね」
俺は無言で頷いた。
『収納』から紅茶セットを取り出して、ティーカップに紅茶を注ぐ。

「ありがとう、頂くわ」
体力を取り戻したアイルさんは優雅に紅茶を飲みだした。
俺もアイスコーヒーを堪能した。
我ながらではあるが、野菜ジュースの体力回復効果に驚いていた。
体感としては八割方は回復出来たと思う。

「どうします?時間を空けますか?」

「いや、時間は有限よ。時間旅行ができる私が言うのもなんだけど。こうしている間にも基本時間軸は動いているからね」

「なるほど、因みに今の時間は時間旅行に行った時からどれぐらい経っているんですか?」
これ単純な確認です。

「直後よ、分かっているのでしょ?」
やっぱりか、帰ってきてからも時間を意識していたから分かってはいたが、念の為の確認です。
今回の行き来で随分と時間を意識することが出来ることになった。
ただその分、随時潜在意識解放状態である必要がある。
決して負担にはならないが、あまり気持ちの良い物ではないな。
というのも、潜在意識状態にあると、無防備に言葉を発してしまうからだ。
本音が隠せないとも言える。
言葉選びが出来ない状態での会話は、危険が潜んでいるからだ。
まあ相手はアイルさんだ、身構える必要なんてないな。
どうせこの人も読心術ぐらい持っていそうだしね。
にしても次は何処に時間旅行にいくのだろう。
ちょっと楽しくなってきた俺であった。