翌日、案の定ゼノンは、
「今度はサウナ島じゃな」
と万遍の笑顔で俺に要請してきた。
これに喰い付いたのは何故かノンだった。
行こう行こうと騒がしい。
どうにもこの二人はウマが合うみたいだ。
よく二人で爆笑しているのを見かける。
笑いのツボが同じらしい。
今ではノンはゼノンのことをゼノンの爺ちゃんと呼び、心を許しているみたいだ。
ゼノンも同様にノンを気に入っている様子。
本当はドラゴムの村興しの様子を確認すべきなんだろうが、それは二の次とゼノンはサウナ島へ行く気満々だった。
まあ気持ちは分からなくはない。
千里眼で見ていたのだからサウナ島に興味深々に決まっている。
もはやあの島は神様達の楽園だからな。
南半球の全ての神様が集まり、そして上級神達がバイトを行っている島だ。
恐らく上級神達は全員が知り合いなのだろう。
これまでの会話からそれは何となく伺うことができる。
恐らく神界あたりで出会っていると思われる。
フレイズあたりが絡みだすと面倒なのだが・・・
まあ、連れていくしかないよね。
ドラゴムのリザードマン達はアリザ以下四名が同行することになった。
その他のリザードマン達は村興しに従事することになっている。
それはそうだろう、真っ先にするべきことは村興しなのだから。
ゼノンの我儘に付き合う必要はないのだ。
だがリザードマン達はゼノンに従順だ。
ゼノンに逆らう気は全くないみたいだ。
それ処かゼノンと楽しむ気満々なのだ。
もしかしたらゼノンから、前もってサウナ島のことを聞いていたのかもしれないな。
アリザ以外は誰が行くのか揉めていたからな。
喧嘩になりそうなところをギルが止めに入ったぐらいだ。
最終的にじゃんけん大会になっていて、それなりに盛り上がっていたのがちょっと笑えた。
やれやれだ。
また今後全員連れて来てやるからさ。
揉めるのは止めなさいな。
サウナ島に着くと、ゼノンは手慣れた感じで歩き出す。
その歩に迷いがない。
向かう先はサウナビレッジだった。
おいおい、予約無しでは入れないぞ。
呼び止めようとする俺に構うことなく、迷いなく闊歩するゼノン。
サウナビレッジの受付に到着すると、早速予約を行っていた。
あれまあ、なんと手慣れたことか、ていうかまた来る気満々じゃないか。
まあ好きにしてくれ。
ちゃっかりとアリザ達も予約を入れていた。
こうなると、ドラゴムの村にも転移扉が必要だな。
ここも一方通行決定だ。
南半球から誰でも入れるようにする訳にはいかない。
通れるのは神様ズと貿易部門の担当者のみだな。
ドラゴムの村にもフィリップとルーベンを送り込まないといけないだろう。
今では貿易部門もかなりの利益を確保しているということだし。
二人では手が周らないと人員も増やしたみたいだ。
またサウナ島にお金が集まってきてしまうな。
何か大きな買い物が必要かな?
俺が出しゃばる必要は無いだろう。
ここはマーク達に任せておこう。
難しいことは全部マーク達に丸投げということで。
これも役得かな?
ところでドラゴンの鱗をどうしようか?
一先ず赤レンガ工房に行ってみるか?
親父さんに相談だな。
「ゼノン、この後はどうしたいんだ?」
「そうじゃな、まずはいろいろな施設を見学させて貰うとしよう、サウナ島の住民にも挨拶もしたいしのう。ギルや、お願いできるかのう?」
「うん、いいよ。任せて」
「じゃあギル、よろしくな」
俺はゼノンのアテンドをギルに任せて、赤レンガ工房を目指すことにした。
赤レンガ工房に着くと親父さんとゴブスケがいた。
師弟関係の二人は打ち合わせの最中だった。
リザードマンの鱗を眺めながら話に夢中になっている。
これは声を掛けていいものなんだろうか?
そんなこと考えていると、ゴブスケが俺に気づいた。
「島野様、お久しぶりです」
跪づこうとするゴブスケを俺は手で制した。
「お前さん、久しぶりだのう。どうした?」
親父さんが相変わらずの砕けた感じで挨拶をしてきた。
「どうも親父さん、ご無沙汰です」
「お前さんがここにいるという事は、エンシェントドラゴンが来ておるという事かの?」
随分察しがいいな。
「どうしてそれを知っているんですか?」
「なに、エンシェントドラゴンの事は噂になっておるからのう。貿易部門の小僧共が騒いでおったぞ」
小僧って・・・久しく聞いてないワードだ。
フィリップとルーベンか、そういうところはまだまだ子供だな。
「そうですか、そのとおりですよ」
「では後で挨拶をさせて貰うかのう」
「そうしてください。それでちょっとご相談が・・・」
親父さんは表情を改めた。
察しの良い親父さんのことだ、既に気づいていてもおかしくはない。
その面持ちが僅かながらも緊張しているのが分かる。
俺は『収納』からドラゴンの鱗を取り出した。
「お前さん、もしや、それは・・・」
親父さんは驚愕の表情を浮かべていた。
「ドラゴンの鱗です、それもエンシェントドラゴンのです」
「う!」
絶句していた。
そりゃあそうなるわな。
素人の俺でもこの素材がとんでもない代物だという事が分かるぐらいだ。
リザードマンの鱗なんて比にもならない。
強固な上に柔軟性もある。
そんじょそこらの剣では傷一つ付けることが出来ないだろう。
ミスリルのナイフでも通るかどうかという素材なのだ。
俺は丁寧に親父さんにドラゴンの鱗を手渡した。
親父さんもまるで赤子を抱くように受け取っている。
そして親父さんは歓喜の表情に包まれていた。
「師匠・・・これは一体・・・」
ゴブスケも何かを感じ取っているみたいだ。
その表情は硬い。
「お前さん・・・念のために聞くが、まさかエンシェントドラゴンと戦った訳ではなかろうな?」
なわけないでしょう。
「違いますよ、小遣いのお礼にと貰ったんですよ」
「そうか、そうだの。いくらお前さんでもそれはないよのう」
どうしたらそういう発想になるんだ?
俺ってそんなに好戦的に見えるのか?
「戦う訳がないでしょう、全く」
その思考に呆れてしまう。
「いや、ドラゴンの鱗といえば、そう生え変わるものでは無いからのう」
そうなんだ、それで戦って無理やり鱗を剥がしたと考えたのか。
あり得んっての。
こんなに温厚な男を捕まえて、なんてことを考えているんだよ。
「でもエンシェントドラゴンともなると何万年も生きているから、生え変わることもあるんじゃないですか?」
「そうだのう、エンシェントドラゴンならあり得るか・・・」
「それで、これで何が出来そうですか?」
「・・・時間をくれんかのう・・・」
流石の親父さんでも、即決は出来ないか。
まあそうだろうな。
恐らくこんな素材は始めてだろうし、今後もそう安々とは手に入らない代物だからな。
慎重になって当たり前だろう。
「では決まったら教えてください」
「ちょっと待てお前さん、これはくれるということかの?」
な訳ないでしょう。
厚かまし過ぎるぞ。
親父さんを睨んでやったが、親父さんは素知らぬ顔をしている。
「それは流石に俺でも無理ですよ。完成して販売出来たら半額は貰いますよ」
「そんなんでよいのか?」
「ええ、それぐらいが妥当でしょう」
「これは国宝級なのだぞ」
そんなことは分かっているって。
「だからそう簡単に買い手が付くこともないでしょう?」
「・・・だの」
親父さんは理解したみたいだ。
そう簡単に売れる代物ではないのだ。
直ぐに買い手がつくとは思いづらい。
売れなければ、ただの飾りでしかないのだ。
「だからですよ」
「まあ、何に加工するのか慎重に検討するとしようかのう」
「よろしくです」
俺は赤レンガ工房を後にした。
後は親父さんに任せるのみだ。
事務所に着くと、珍しくアースラ様がソファーで寛いでいた。
アイリスさんと談笑している。
「お二人がここにいるとは珍しいですね」
「これ、島野よ。久しいではないかえ」
「守さん、お帰りなさい。今日はどうしたんですか?」
俺はソファーに腰かけた。
「今日はゼノンのお供ですよ」
「さようか、ゼノンが来ておるのかえ?」
「ええ、そういえば、アースラ様はゼノンとはお知り合いのようですね」
「そうじゃ、神界で何度も会うておる。同じ上級神じゃからな」
「なるほど、上級神は全員顔見知りということですか?」
「左様じゃ、上級神に成ると神界に行くことを許される様になるのじゃ、神界には上級神が住まう場所があってのう、そこで自由に暮らしてよいのじゃ」
「へえー、そうなんですね」
大体想像道りだな。
「とはいうても、神界は暇なのじゃ。わらわはこの島の方がとても楽しいのじゃ」
あれまあ。
それはお気の毒です。
「もはやここでの暮らしの方が、わらわに会うておる。畑を育てて飯を食い、そして娘を見守ることが出来るのじゃからな」
「お母様・・・」
アイリスさんは涙目になっていた。
嬉しいのだろう。
笑顔で泣いていた。
よかったですね。
その後も会話は弾んだ。
どうやらアースラ様は今では、アイリスさんのロッジに一緒に住んで暮らしているらしい。
畑も随分と拡張したらしく、二人と従業員達とで楽しく作業をしているようだった。
従業員達もアースラ様を母と慕う者達までいるらしく、絶大な支持を受けているとのことだった。
もはやこうなってくると、バイトどころの騒ぎではない。
畑部門の部長だ。
どうしたものか、これはお給料を弾まなければいけないぞ。
「マークはこのことを知っているんですよね?」
「ええ、勿論存じ上げておりますのよ。今ではお母さまにも私と同じ様にお給料が出ておりますの」
良かったー!
マーク、グッジョブだ!
一瞬冷っとしたぞ。
「そうですか、それは良かったです」
「守や、この先もわらわはここに居てもよいかえ?」
「当然です、いつまでも居て下さい」
アースラ様は笑顔で返事をしていた。
素敵な笑顔だった。
母の子を想う気持ちは無限大だと俺は感じた。
アイリスさんよかったですね。
久しぶりにサウナ島を散策することにした。
特に目的地はない。
適当にフラフラと街を歩いた。
道行く人々が挨拶を交わしてくる。
俺は笑顔と手を挙げて返事をする。
お店街に辿り着いた。
八百屋と魚屋が声を張り上げて、お客の呼び込みを行っている。
お店街は活気に溢れていた。
すると珍しくフレイズがお店街を歩いていた。
「お!島野!こんなところで何をしてやがる!」
こんなところとは失礼な。
れっきとした俺達の島なんですが?
「ちょっとな、そういえばゼノンが来てるぞ」
「何?ゼノンだと?あのひょうきん爺さんがか?」
「ああ、そうだ」
「そうか、遂にドラゴムも繋がったか」
フレイズは神妙な表情をしていた。
能天気なこいつにしては珍しい。
こんな顔が出来るのだな。
「何か気になることでもあるのか?」
「否、そうじゃねえ。神界で過ごすことが多い我等だが、ゼノンは北半球に住んでいることが大半だからな。ここまで来るには随分辛抱したんだと思うぜ。あいつの転移は限定的で神界とドラゴムにしか行けねえからな」
そうなんだ。
だからあの第一声だったのか。
それは悪い事をしたな。
そういえば・・・
「そうだ!フレイズちょっと時間あるか?」
「ああ、どうした?飯でも奢ってくれるのか?」
この阿呆が!飯なんて奢らねえよ!
「バイトだよ、やるだろ?」
「よっしゃー!待ってました!で、二酸化炭素ボンベか?」
「そうだ、二本ほど頼めるか」
「楽勝だぜ!」
俺達は連れ立って海岸を目指した。
海岸に着くとサクッと二酸化炭素ボンベを二本造る。
フレイズに渡すと、手慣れた作業で二酸化炭素を貯めていく。
もはや極めているな。
「それにしても島野。昨日も炭酸泉用のボンベは貯めたばっかりだぞ。本当に良いのか?」
「構わない、炭酸泉とは別に使うつもりだからな」
「そうか、ということは今後はバイトの本数が増えるということか?」
「多分な」
「イヤッホウ‼」
フレイズは万遍の笑顔で喜んでいた。
「お前そんなにお金に困ってるのか?」
「うっ!・・・ちょっとな」
まあいいか、外っておこう。
後日知ったのだが、ファメラの所の孤児院にそれなりの額の寄付を行っていたようだ。
フレイズはアホだが、慈悲深くもあるのだと改めて思い知ったのだった。
「で、お前これを何に使うんだ?」
「これで飲料革命が起こるぞ」
「飲料だと?」
フレイズは呆れた顔をしていた。
「ああ、期待していてくれ」
「フン!我は辛い物にしか興味は無いのだ‼」
はいはい。
ボンベを二本回収し、俺はスーパー銭湯の食堂を目指した。
食堂に着くとちょうどメルルが休憩時間だったみたいで、シュークリームを笑顔で堪能していた。
「メルル、お疲れさん」
「島野さん、お疲れ様です」
メルルが立とうとするのを手で制する。
「メルル、新メニューを開発するぞ!」
「なんですかいきなり」
と言いつつも、満更でもなさそうに笑っている。
「炭酸を使うんだよ、炭酸を!」
「炭酸って・・・炭酸泉の炭酸ですか?」
「そうだ、それを飲み物に混ぜるんだよ、そうするとシュワシュワして美味しくなるんだよ、今ではフレイズが居るからな。炭酸は充分に足りるってことだ」
本当はフレイズに最初にバイトをさせた時に気づくべきだったのだが、俺のやらかし体質は好調のようだ。
常にどこか抜けているのだ。
もう自分で自分を諦めている節すらある。
やれやれとも言いづらい。
「シュワシュワって・・・」
「まあまずは飲んでみろよ」
俺はオレンジジュースを水で割って、二酸化炭素ボンベから炭酸を注入する。
まずは自分で一口飲んでみる。
うん!いける!
「シュワシュワが堪らんな、メルルも一口飲んでみろよ」
手渡すと、メルルは恐る恐る口を付けた。
「ん!これは・・・確かにシュワシュワです!」
「だろ!これはこれでいけるだろ?」
「ええ、良いと思います!」
「という事で、これを様々な飲料で試してみようと思う」
「了解です!久しぶりの新メニュー開発です、腕がなりますよ!」
メルルは指をポキポキと鳴らしていた。
体育会系は健在の様子。
そこから俺は久しぶりに新メニュー開発に取り組むことになったのだった。
その後数日かけて、多くの新メニューが開発された。
そして遂に念願のあれが出来たのだった。
そうサウナ愛好家が愛して止まない『オロポ』だ。
ポに関しては開発済であったが、オロに関してはこれまで開発されていなかった。
そしてここに遂に誕生したのだった。
小さな巨人が仲間に加わった、なんてね。
早速サウナ明けのフレイズに飲ませてみた。
こいつは今回の立役者だからね。
辛い物にしか興味が無いと豪語していたフレイズだったが、
「ん‼これは?・・・マジか‼」
一気に飲み干して豪快にゲップをしていた。
「ガアァ!」
なんてお行儀が悪いのでしょう、でもこれはご愛敬だな。
始めて炭酸を飲んだ時にはこんなもんだろう。
「島野!我は炭酸を舐めていたかもしれん・・・これは旨いぞ‼ガハハハ‼」
大声を出して周りを引かせていた。
お前いちいち煩いっての!
結局炭酸入りのメニューは多く開発され、その中でもレモンサワーが飛びぬけて流行ることになった。
外にもオロポは上級サウナーの必須アイテムと人気を博していた。
特にアルコールが苦手な人達は炭酸飲料を楽しんでくれていたようだ。
炭酸入りのジュースを飲む人が沢山いた。
結局ゼノンはというと、サウナ島を堪能していた様子。
一通りの見学を終えた後、スーパー銭湯を堪能し、風呂とサウナに癒されたと満足そうにしていた。
大食堂では、その大食漢を活かして、メニュー表を右から順に持ってきてくれと、始めて聞く注文を行っていたのだった。
そして集まる神様ズ。
当然の如く宴会となり、それはドラゴンの晩餐と言い伝えられるほどの宴会となっていたのである。
ゼノンの聞いたことがない注文の仕方に、俺は顎が外れそうになっていのだが。
ギルはその手があったかという顔をしていた。
そんな事が出来るのはお前達だけだよ全く。
良い子は絶対に真似しないでね。
寿司屋でお任せでと言うぐらい勇気がいるぞ。
「じゃあ僕は左から順に!」
おい!ギル君。ノリノリじゃないかい?
いくら君でも無理じゃ無いのかい?
メニュー制覇はあり得ないのでは?
何品あると思っているのかな?
「ジイジには負けないよ!」
気合の入れ処を間違ってますがな。
食事量を張り合う必要があるのかい?
「そうかギルよ、儂に挑むか」
おいゼノン!
大人気ないぞ!
煽るんじゃない!
と言いたいところだが、俺は興味を覚えてしまったので言わずにおいた。
だってどちらが沢山食えるかなんてフードファイトバトルは、この世界では禁忌だからね。
これがサウナ島でなければ避難轟々だろう。
今では転移扉のお陰で南半球の経済が発展してきているが、少し前までは食べるのもやっとという人達が多かったぐらいだからな。
それにゼノンではないが、ギルの本気を見てみたい気もする。
だから俺はこの場は止めないことにした。
そこに間が良いのか、五郎さんがやってきた。
「ギル坊、なんでえこの騒ぎは?」
「あ、五郎さん。今から僕の本気を見せるよ!」
ギルは五郎さんにガッツポーズを決めていた。
「はあ?何のこってえ?」
五郎さんは訳も分からず困っている。
「これからジイジとどちらが沢山食べれるかバトルをするんだよ」
ギルが事も無げに言った。
「ジイジって・・・もしかしてあんたがエンシェントドラゴンかい?」
五郎さんがゼノンに向き直る。
「そうじゃ、儂がエンシェントドラゴンのゼノンじゃ、温泉街の神、山野五郎じゃな。知っておるよ」
「そうかい、話が早えな。儂は五郎だ。よろしくなゼノン」
五郎さんは右手を差し出した。
ゼノンは握り返す。
何か通じ合うものがあるのだろうか?お互いが頷きあっている。
ていうか五郎さん、名前を知られていることはツッコまないの?
「それにしても島野よ、何だってこんなことになってるんでえ?」
真面な疑問だよね、それ。
「いやー、それが気が付いたらどちらが沢山食えるのかってなっちゃいまして。というよりゼノンが右から順になんて注文するからだろ!」
俺はゼノンを睨んでやった。
どこ吹く風とゼノンは真面に取り合わない。
駄目だこりゃ。
もういいや、好きにしてくれ。
食事が並びだすと共にファイト開始のゴングが鳴っていた。
メニュー表の右側は定食系だ。
ゼノンはとんかつ定食を頬張っている。
方やメニュー表の左側はラーメンから始まっている。
因みにメニュー表は二枚ある。
食事メインの物と、飲み物とスイーツと軽食中心の物だ。但しアイスクリームだけは食事メインのメニュー表に記載されている。
若干のちぐはぐ感はあるが、誰にも突っ込まれたことが無いので、新メニューのデビュー以外では、メニュー表の改定はこれまで行われていない。
今回は食事メインのメニュー表に乗っている食事を、右からと左から順に提供されるということだ。
本当は裏メニュー表なるものもあるのだが、此処は秘密にしておこうと思う。
裏メニュー表には、アースラ様が愛して止まないざる蕎麦なんかが乗せられている。
他にも担々麵なんかがあるのだが、説明はまたの機会にさせて貰おう。
早速ギルは醤油ラーメンを豪快に啜っている。
ゼノンはとんかつ定食だ。
何かを感じ取ったのか、次第にお客達が集まりだしていた。
面白い気配を察知したのだろう。
遠巻きにギルとゼノンを囲んでいる。
五郎さんがギルを応援していた。
「ギル坊、目に物見せてやれ!」
それを機にリザードマン達も応援を始めた。
「ゼノン様!ファイトです!」
「ギル様、行けますよ!」
「ラーメンは汁まで飲むのか?」
「そりゃそうだろう」
応援ともつかない声援も混じっている。
ギルは早くも二杯目の味噌ラーメンを啜り出した。
それに負けじとゼノンはチキンカツ定食を食べだした。
ラーメンの汁ではないが、ちゃんと添え付けの野菜と味噌汁もゼノンは飲んでいる。
ほんとに大したもんです。
俺ならもうお腹いっぱいですよ。
そしてゼノンが配膳を行ってるスタッフに声を掛ける。
「すまんが、日本酒を貰えるかのう?」
その発言をギルは見逃さない。
「ちょっとジイジ、僕を舐め過ぎじゃないかな?」
ギルがゼノンを睨んでいた。
舐めんなとご立腹な様子。
「ギルよ。これぐらいでちょうど良いのじゃ、長く生きておる者には後進に力を示さねばならんからのう、ハンデじゃよハンデ」
ゼノンは余裕の表情を崩さない。
流石のギルもアルコールは注文しなかった。
アルコールを飲んでしまっては、フードファイトは継続出来なくなるからね。
ギルは悔しさが表情に滲み出ていた。
そこにゴンガスの親父さんがやってきた。
「お前さん、これは何の騒ぎだ?どうなっておるのだ?」
「フードファイトですよ、ギルとゼノンのね」
ゼノンはそれを聞いてこちらを見た。
「お主が鍛冶神のゴンガスじゃな、儂はエンシェントドラゴンのゼノンじゃ、よろしくのう」
「お前さんがゼノンか?よろしくの。して何でフードファイトなんだ?」
それは俺も聞きたい。
俺は両手の平を上に向けるしか無かった。
「まあ何にしても面白い物が見られそうじゃのう、ガハハハ!」
親父さんはトウモロコシ酒を注文し、俺の隣に腰かけるのだった。
次々に食事が運び込まれていた。
ギルは既にラーメン最後の豚骨ラーメンを制覇しそうだった。
まだまだ余力はあると、力瘤でアピールしている。
すると観客が沸く。
ギルのやつ千両役者の能力を使ってないか?
少々疑わしい。
なんでこんなに観客が沸くんだ?
フードファイトって結構盛り上がるものなんだな。
知らなかったよ。
ゼノンも余裕を崩さない。
日本酒のお替りまで注文している。
ていうかゼノンの奴、金貨十枚で足りるのか?
まあこうなってくると、どうせ俺の奢りになるのは眼に見えている。
なんだかな・・・
ここで今度はタイロンの三柱の登場だ。
「島野君これは一体なんなの?久しぶりに顔を見たと思ったら、何の騒ぎなの?また何かやったの?」
「島野さん、久しぶりって、どうなっているんだ?」
「ギル君!凄い勢いで食べているけど、どうしてなんだい?」
三人とも眼を丸くしていた。
特にオズはギルの食いっぷりに腰を抜かしそうだった。
エンゾさんは俺がまた何かやらかしたと疑っているらしい。
俺ってそんなに信用無いかね?
「オズさん、これは真剣勝負なんだよ、僕とジイジのね!」
汁を飛ばしながらギルが答えている。
ギルは気合の入った視線でオズにアピールしていた。
「真剣勝負って、島野さん一体何が?」
その疑問は当然です。
「オズ、ギルとゼノンのフードファイトだよ」
「フードファイト?」
ゼノンは悠然と食べ物を口に運んでいる。
「ほう、これはタイロンの三柱では無いか、儂はエンシェントドラゴンのゼノンじゃ、よろしくのう」
これにエンゾさんが驚きを隠すことなく突っ込んだ。
「はあ?エンシェントドラゴンが何でギル君とフードファイトをしている訳?」
「ハハハ、経済の神エンゾよ、これは大事な戦いなのだよ。先人としては力を示さねばなるまいて」
何の力だよ。
アホか?
沢山食えることが力があるアピールになるとでも?
ドラゴンの風習か何かか?
「そうは思わんか?警護の神ガードナー、法律の神オズワルドよ」
「私には何がなんだかさっぱり」
だよね、ガードナーそれでいいと思うよ。
「よく分からないがバトルと言うからには、私は友達のギル君を応援させてもらうよ、ギル君頑張れ!君なら出来る!」
その言葉にギルは親指を立てていた。
なんじゃそれ?
いろいろ間違っているような気がするのだが?
それでいいのか?オズ。
結局三人は俺の近くで食事とアルコールを楽しみだした。
これはフードファイトを肴にしているな。
三人は観戦モードに突入していた。
この様子を楽しんでいるみたいだ。
ギルはうどんシリーズに入っていた。
もの凄い勢いでうどんを啜っている。
口の中が火傷しないか心配になるぐらいだ。
一方ゼノンは全ての定食を食べ終え、おつまみシリーズに突入していた。
枝豆を可愛らしく食べていた。
そして日本酒をまたお替りしている。
大食いな上に酒豪って・・・無敵じゃないか。
流石はエンシェントドラゴン。
この世界を消滅できる存在である。
って俺もおかしくなってきてないか?
熱に当てられた?
やれやれだ。
そこにランドールさんと、これまた珍しくドラン様が連れ立って現れた。
何とも不思議なコンビである。
「島野さん、なんの騒ぎです?」
「島野君、久しぶりだね。君の周りは常に騒がしいね。ガハハハ!」
またこの反応か、説明が面倒臭くなってきた。
まだまだ余裕のゼノンが自己紹介を勝手に始めた。
正直助かる。
「畜産の神ドラン、エロの神ランドール、もとい!大工の神ランドール・・・儂はエンシェントドラゴンのゼノンじゃ、よろしくのう」
エロの神って・・・まんまじゃん。
ゼノン・・・ちゃんと見ているじゃないか。
正解です。
ランドールさんはいきなり撃沈していた。
自己紹介の初手で心を折られてしまっていた。
膝から崩れる人を俺は久しぶりに見たよ。
「ゼノン様・・・エロの神って・・・」
既にランドールさんは青色吐息だ。
「おお!あなたがエンシェントドラゴン・・・」
何故かドラン様も言葉になっていない。
いきなり名を言い当てられたことに驚いているのだろうか?
否、そうではなさそうだ、ランドールさんにつられているだけみたいだ。
にしてもランドールさんはちょっと可哀そうだった。
ゼノン、始めましてでそれは無いんじゃないか?
先制のパンチがいきなり顎に入っているぞ。
脳を揺らしてるじゃないか。
「ランドールよ、儂はお主のことを好いておるよ、その欲望に忠実な姿勢は見ていて楽しいからのう」
「ハハ・・・」
ランドールさんは無表情になっていた。
力なく俺の隣に腰かけていた。
ドラン様も訳も分からずこの騒動に巻き込まれていた。
でもちゃっかり食事を注文している。
ドラン様はお気に入りのとんかつ定食を注文していた。
バトルは続く。
ギルはうどんシリーズを食べ終えて、今度は蕎麦シリーズのターンだ。
一方ゼノンはおつまみシリーズをさらっと終えて、アイスクリームも制覇目前だった。
ゼノンはアイスクリームを頭を抱えながら食べている。
頭がキーンとなっているのだろう。
こればかりはどうしようも無い。
ゼノンは苦悶の表情を浮かべていた。
ここが勝負どころとギルも奮起するが、蕎麦が熱かったのか。悶絶していた。
これは痛み分けか?
「ギル君、ここは気合だ!」
オズがらしくない声援を送っていた。
こいつも熱に当てられたみたいだ。
そこに今度は子供を引き連れたファメラが現れた。
「あれ?ゼノンだ。何やってんの?」
「おお、ファメラか、久しいのう」
どうやら知り合いの様だ。
「こんなに人を引き連れて何やってんのさ?」
「これはのう、大事な勝負なんじゃ。先人の力を示さねばなるまいて」
「へえー、僕には分からないな」
「いつかファメラにも分かる時が来ようということじゃな」
「そうなんだ」
ファメラには興味がないみたいだ。
適当に流していた。
ファメラは子供達と適当に席を選んで食事を楽しんでいた。
ファメラは実にあっさりとしているな。
それでいいと思うよ。
バトルは折り返し地点に差し掛かっている、ギルは心なしか苦しそうだ。
ゲップを繰り返している。
それを横目にゼノンはまだまだいけると、遂にカツカレーに手を伸ばしていた。
遅れてギルもカレーシリーズに手を伸ばしだした。
ギルはチキン煮込みチーズカツカレーを頬張っているが、少々苦しそうだ。
余裕の表情を浮かべるゼノンと、必死に食らいつくギル。
これは勝負あったか?
でもここからのギルが凄かった。
カレーは飲み物と言うが如く。
飲み込むようにカレーをバクバク食い散らかしていた。
怒涛の勢いとは正にこのことだ。
ギルの快進撃は止まらない。
ゼノンが不意に呟く、
「ギルよ、そろそろギブアップしても良いのだぞ、お前はよくやった。褒めてやるぞ」
この発言が気に入らなかったのか、ギルは更に加速した。
カレーゾーンを終えて、アイスクリームゾーンに取り掛かっていた。
「おいギル!大丈夫か?」
俺は思わず声を掛けてしまった。
真剣勝負に水を差す気は一切ないのだが、少々心配になってきた。
エルは手を重ねて祈っているぐらいだ。
そんなことはお構いなしとノリノリなノンはお祭り騒ぎだ。
観衆を煽ってウェーブを発生させていた。
ノン、いい加減にせい!
お前はいい加減空気を読めよ!
いや、読んでいるからふざけているのか。
なんかムカつく。
観客も熱に当てられて歓声が煩い。
「ギル!お前ならもっと食えるぞ!」
「飲み込んじゃえ!」
「ドラゴン対決凄げー‼」
「俺もたくさん食うぞ!」
そして歓声を受けてギルが立ち上がる。
トントントンとジャンプをしている。
フードファイトでよく見かける光景だが、これに効果はあるのか?
そんなギルをゼノンは不敵な視線で見つめている。
「ギルよ、そんなことでは儂には勝てんぞ」
「フン!まだまだだよジイジ!僕の本気はこれからさ‼」
ギルは薄っすらと金色に輝いていた。
おい!こんなところで千両役者を使うんじゃない。
これに観客が反応する。
「ギル‼」
「よっ!待ってました!」
「私にも一口くれ‼」
「俺にカレーを食わせろ‼」
明らかに変な効果が表れていた。
千両役者ってギルの体調によって変化するものなのか?
まあ、どうでもいいか。
いつの間にかいたレイモンド様は、
「何をー、やっているのー」
呑気に近寄ってきた。
「養蜂の神レイモンドじゃな?」
「そうだよー」
相変わらず間延びしている。
「儂はエンシェントドラゴンのゼノンじゃ、よろしくのう、お主の作る蜂蜜が食べてみたいのう」
「いいよー、そこで売っているよー」
「そうか、後で買っておこうとするかのう」
二人は緊張感の無い会話をしていた。
「僕はー、生ビールー」
レイモンド様は通常運転で注文をしていた。
この人はこれでいいと思う。
マイペースの代名詞的な人だしね。
沢山生ビールを飲んでくださいな。
けど子供達にはあんまりその姿を見せないでね。
子供達の夢を壊しかねない。
プーさんが生ビールって・・・
ギルはアイスクリームシリーズを終えようとしていた。
アイスクリームをバクバクと食べている。
ギルには頭キーンは無いみたいだ。
これは年齢差か?
飲み込むようにアイスクリームを食べていた。
ゼノンは蕎麦を食べつつも日本酒を堪能していた。
「かぁー!旨い‼」
日本酒に舌鼓を打っている。
まだまだゼノンの余裕は消えない。
こいつの胃袋は穴が空いているのかと思ってしまう。
「すまんが七味唐辛子を貰えるかのう?」
調味料まで注文していた。
ゼノン凄えな。
まだまだかかってこいってか?
そこにカインさんが楽し気な顔で現れた。
「島野さん、この騒ぎは何だい?」
「フードファイトですよ」
「へえー、凄い事になっているね」
ゼノンがこちらを振り返る。
「ほう、ダンジョンの神カインじゃな、儂はエンシェントドラゴンのゼノンじゃ、よろしくのう」
カインさんは身体をビクッとさせて固まっていた。
「なんと・・・なぜ私の名を・・・」
やっとまともな返しを聞けたな。
この反応が正解です。
いきなり名前を言われたらこうならなきゃ駄目でしょ?
「ああ、それはゼノンは千里眼と地獄耳の能力を持っているからですね」
「なるほど・・・あ!カインです。よろしくお願いします!」
これが普通の反応だよね。
ちょっと安心した俺だった。
会場のボルテージは上がり撒っている。
ノンがふざけて観客を煽りまくっているからだ。
そこら中でウェーブが発生している。
とんでも無いお祭り騒ぎだ。
エクスが心配そうにギルを見ている。
「エクスよ、そんなに心配せんでもよい。ギルにはきっちりと格の違いを分からせてやるからのう」
この発言にギルが吠える。
「ジイジ!僕を舐めるな‼ゲェエ‼」
ギルは本気で叫んでいた。
だが同時に大きなゲップをしていた。
その様に大爆笑が起こっていた。
「良い音聞きました!」
「カレーの匂いがする」
「幸せのハーモニーやー!」
ギルはイラっとしつつも、不利な状況を察しているみたいだ。
箸の進むスピードが落ちてきている。
ギルを応援してやりたいが、このままではまず負けるだろうな。
ゼノンは余裕こそ無くなっているが、まだまだ食べれそうなのだ。
そこにアンジェリっちとオリビアさん、そしてマリアさんが加わってきた。
「ほほう、これは麗しき三人の女神じゃな」
え?マジで?
一人おじさんが混じっていますけど?
「ムフ!分かっているじゃない、このナイスミドルは。ねえ守ちゃん?」
知らんがな。
マリアさんは嬉しそうにしている。
「ちょっとマリアさん、あなたは女神じゃないでしょ?」
ギルが思わず突っ込む。
「なによギルちゃん!聞きづてならないわね。心が乙女なんだからいいでしょそれで?違う?」
マリアさんがギルに噛みつく。
「そうじゃ、それでいいのじゃよギルよ。マリアの言う通りじゃて。要は心の有り様なのじゃからな」
まあそう言われるとそうなんだが・・・
多様性の時代ともとれるが、そうじゃなく単純にマリアさんを女神と呼びたくはない。
何故かちょっと俺は抵抗がある。
俺はギルに一票を投じたい気分だ。
だって青髭を蓄えた女神なんて・・・俺は知らないからね。
「もしかしてエンシェントドラゴンなの?」
オリビアさんがゼノンに話し掛けていた。
「そうじゃ音楽の神オリビアよ、儂がエンシェントドラゴンのゼノンじゃ。それに美容の神アンジェリ、芸術の神マリアよ。よろしくのう」
「こちらこそ」
「あらまあ」
「ゼノンじゃん」
三者三様の反応をしていた。
この人達も名前を知られていることに反応しない。
何故だ?
結局そこを突っ込んだのはカインさんだけじゃないか。
緊張感が薄れてないか?この人達・・・
フードファイトは佳境を迎えつつあった。
ギルは完全にペースダウンしている。
だが決して箸は止まってないのが凄い。
ギルの本気は伊達じゃないのだ。
俺はギルが負けても純粋に褒めてやりたいと思う。
ギルはおつまみをポリポリと食べていた。
そしてゼノンは遂に最終のラーメンシリーズに突入していた。
ここに真打登場と、上級神達が珍しく連れ立って現れた。
こいつらタイミングを計っていたな。
じゃないとこれはあり得ない。
「よう島野、ゼノン!やってんな!」
「はて、何の催しかのう?」
「食え食えー!」
「僕に何か食べさせろー!」
各自適当な事を言っている。
面倒臭いから来ないでくれよ。
結局神様全員集合じゃないか。
やってられるか。
この神様大集合に観客達は沸きに沸きまくった。
今では立ち見も散見されている。
それにしてもゼノンは凄いな。
バトルをしながらも南半球の神様ズ全員と挨拶を交わしていた。
これはなかなか出来ることじゃない。
もしかしてこれも作戦なのか?
注目を集めればお祭り騒ぎの好きな神様ズなら集まってくるはずだ。
それを見越してフードファイトを仕掛けたと・・・
だとしたら末恐ろしいな。
先を見通す能力を持っているのかもしれないな。
まだまだゼノンの権能は未知数だ。
本当は鑑定すればいいのだが、それは憚れるしね。
徐々に鱗を剥がしていくしかないだろう・・・ドラゴンなだけに・・・
うーん、減点五。
少々手厳しいか?
そして遂にフードファイトは終了を迎えた。
ゼノンが最後の醤油ラーメンの汁を飲み干したのだった。
何故か途中から実況を始めていたオリビアさんが。
「勝負あり!勝者、エンシェントドラゴンのゼノン‼」
と絶叫していた。
「おお‼」
「ゼノン様‼」
「ほんとに全メニュー制覇しちゃったぞ!」
「ギルも凄かったぞ!」
「ギル、胸を張れ‼」
歓声と拍手が鳴りやまない。
そう、ギルも凄かったのだ。
今回は相手が悪かっただけだ。
ギルは悔しそうにしているが、ギルが弱かった訳ではない。
よく考えてみれば、獣スタイルで三倍の大きさを誇るゼノンが負ける訳はないのだ。
それでも挑んだギルは立派だ。
大健闘で間違いは無いのだ。
「ギル‼よくやった‼」
俺は最大限の賛辞をギルに送りたい。
ん?でもちょっと待てよ・・・
この支払はいくらになるんだ?
俺持ちになるんだよな?・・・多分・・・
案の定、俺の肩にゼノンの手が置かれた。
「守よ、全ての料理が美味しかった。ご馳走様です」
ゼノンは俺に向かって手を合わせていた。
それに倣い、観客と全員の神様達が俺に手を合わせていた。
・・・何だこれ?
やられたな・・・
この雰囲気をぶち壊すことは俺には出来ない。
一本取られてしまった・・・ちっ!
俺が甘かったか?
まあでも楽しかったから有りだよな?
「分かった!・・・今日は俺の奢りだ‼食いたいだけ食って、飲みたいだけ飲んでくれ‼全部俺の奢りだ‼」
ええい!こうなったらやけくそだ‼
どんちゃん騒いでくれ!
とは言いつつも、前回のステータスチェックの時に俺の預金残高が一億円近くあったことを俺は思い出していた。
まあ、何とかなるでしょう・・・多分・・・
はあ、やれやれだ。
でも楽しかったー‼
翌日、俺は請求書を見て大いに反省した。
否、猛省した。
その金額は金貨百枚を超えていたからだ。
一日で百万円以上の散財をしてしまっていた。
あり得ない・・・
俺は何処かの大物芸能人ではないのだが・・・
そんな散財するキャラでは無いと思っているのだが・・・
まあいいか。
ここは切り替えるしかない。
外に方法が見当たらないからね。
でも二度とやらないと俺は心に誓ったのだった。
そりゃあそうでしょう・・・なんでこんなんことになったんだ?
こんな散財をしていたら、いくらたくさんお金を持っていても直ぐに底を付いてしまうだろう。
俺は質素倹約で評判だったはず・・・
どうやら俺も熱に当てられてしまっていた様だ。
ギルの頑張りに胸を打たれたのは確かだしな。
昨日のギルは凄かった。
賞賛に値する。
でも困ったものだ。
まだまだ俺も修行が足りないな。
何が半仙半神だよ。
俗物に塗れてますがな。
やれやれだ。
俺達は一旦ドラゴムに戻ることにした。
というのも村興しがどうなっているのかいい加減気になっていたからだ。
ドラゴムに着くと、ギルもこれまでの村興し以上に張り切っていた。
喜々として作業に励んでいた。
ゼノンに良い暮らしをして欲しいのだろう。
いつになく前のめりだ。
一方ゼノンは一切手を貸すことなく、その様子を見守っていた。
恐らくゼノンにとっては、村興しなどどうでもいい事なのかもしれない。
何故かというとゼノンは長命種であり、かつ今後もこの世界が滅ぶまで存在し続ける存在だからだ。
まだ地球での感覚が抜けきらない俺の一年が、ゼノンにとってはこの世界では一日に感じていてもおかしくは無いのだ。
ハウオールドアーユー?
と聞きたくはなるが、それは聞くだけ無駄ということだろう。
覚えていないと言われるに決まっている。
でも俺も今では長命種に成っている。
その感覚は未だ薄いのだが、いつかはその感覚になるかもしれない。
全く想像はできないのだが・・・
ある日いきなりあなたの寿命は無くなりました。
と掛かりつけのお医者さんから言われたらどう思うのだろうか?
あ、そうですか、じゃあもうここには通わなくていいんですね。
保険証も破棄しますね。
なんて言えるのだろうか?
俺には無理だと思う。
多分、その発言を飲み込むのに最低でも数年は掛かるだろう。
現にほぼ寿命が無くなった俺だが、自覚なんて無いに等しい。
けど明らかなのは、睡眠欲求と食事欲求は無くなりつつあるということだ。
生殖欲求は・・・言わないでおこう。
かといって俺は惰眠を貪るし、食事も一日三食しっかりと食べる。
これは欠かせない。
寝なくても、食わなくても生きていけることは、感覚的には理解している。
でもそうはしないし、そうするつもりもない。
それではあまりにつまらないからだ。
これは俺以外の神様達全員にいえることだろうし、共通の想いなはずだ。
だからこそ、サウナ島に上級神だって集まって来たし、神様ズもサウナ島に魅力を感じているのだろう、そして今後もサウナ島に通い詰めるに決まっている。
要は娯楽が必要だということだ。
神は遊びに飢えているのだ。
そんな気がしてならない。
世の人々を自らの権能を用いて導き、慈愛でもって見守る。
この世界での神はそんな存在なのだ。
俺はそれをありがたいと感じているし、こんな世界を面白いと思っている。
俺はゼノンに話し掛けた。
「ゼノン、この村をどうしたいとかってあるのか?」
「どうしたいかじゃと?」
ゼノンは一瞬逡巡した。
「無いのう、儂は見守るだけじゃしな」
やっぱりな、そう言うと思ったよ。
「じゃがのう、儂を慕うリザードマン達が今より少しでも笑顔になるなら、儂は何でもOKじゃよ」
「そうか」
その気持ちはよく分かる。
俺にも俺を慕ってくれる者達が沢山いる。
スーパー銭湯もノリで造り出した感が否めないが、実際は心の中には仲間を想う気持ちがあったのだから。
あいつらには今よりもっと幸せになって欲しいと。
こういうところは同じなんだな。
俺は思わず笑みが零れていたみたいだ。
「守よ、何を笑っておるのじゃ?」
「いや、ちょっとな」
言葉にしづらいからはぐらかしておいた。
だって少々恥ずかしからさ。
さて、俺はゼノンと違ってただ見守るだけなのは性に合わないから、最低限度の手は貸すことにした。
アリザとリザオ、ギルと打ち合わせを行うことにしたのだ。
打ち合わせの内容は基本的なことだ、どう村興しを行うのかということ。
「お前達、この村をどうしたいんだ?」
村興しといってもその方法は無数に存在する。
なんといっても、まずはコンセプトがいる。
「どうしたいってどういうこと?」
ギルからの質問だ。
「ただ単に村の施設を最新式にするだけではあまり意味が無いだろ?要はコンセプトをどうするのかってことだよ」
「ああ、そういうことね」
ギルにはすんなりと通じる。
「コンセプトとは何でしょうか?」
アリザには分からなかったみたいだ。
まあそうだろな、特にアリザはまだ他の街をあまり知らないからな。
「コンセプトとは、誰にどのような価値を、どのような形で提供するのか?ということだ」
「なるほど、そうなるとこの村の者達にとって、どの様な価値を見出すのかといことですね?」
リザオは理解できたみたいだが、少々理解が浅いな。
「それもあるが、それだけではないな。まずはこの村の住民はもちろんだが、この村に訪れる者達もそこには含まなければならない。リザオは南半球に行ったことがあるから分かると思うが、各村にはその村ならではの産業がある。フランであれば畜産だし、カナンであれば養蜂だ。分かるか?」
「はい、この村の何を特徴にするのかということですね」
リザオは理解できたみたいだ。
「そうだ、それ以外にも考えることはいくつもある」
「通貨や移動方法とかだね」
ギルは流石に分っている。
これまでに何度も経験してきているからな。
それにギルはこう言ってはなんだが頭が良い、親バカだと言われるかもしれないが、事実そうなのだ。
「まず俺が知るこの村の特徴は、リザードマン達は鱗が金になるし、ゼノンの鱗も大きな金になる、他にこの村の特徴になりうるものは何があるのか?どうだアリザ」
アリザは腕を組んで考えている。
「島野様、これまでドラゴムの村は外界との交流を控えていました」
それは分かっている。
「その理由はこの村が僻地であることと、我等リザードマンがあまりゼノン様を外界と触れさせたくはないと考えていたからです」
「それはどうしてだ?」
「それは、外界に良い印象を我等リザードマンは持っていないからです」
なるほどな。
だが、ゼノンはこの世界の現状を網羅している。
なんといっても千里眼と地獄耳の能力を持っているのだから。
アリザ達はこのことを知らないみたいだな。
せっかくだから教えてあげよう。
「アリザ、実はゼノンはこの世界の有り様を全て知っているんだよ、その権能においてな」
「なんと?本当で御座いますか?!」
アリザは仰天していた。
「ああ、ゼノンにはそれだけの能力があるんだよ」
エンシェントドラゴンを舐めてはいけない。
ゼノンの能力は外にも多数あると俺は睨んでいる。
「左様で御座いますか・・・流石はゼノン様です・・・」
アリザは項垂れていた。
「だから何もこの村を世界から孤立させる必要なんてないんだよ、それどころかこの村を世界の中心にすることも可能なんだ」
ちょっと言い過ぎかな?
でもやろうと思えばやれちゃうんじゃないかな?
ゼノンは柄でも無いと言いそうだが。
「そうですか・・・」
アリザはこれまでの苦労は何だったのか、とでも思っているのだろうな。
表情が暗い。
「それでこの村に訪れる人達のことも、この村のコンセプトを考える上で考慮しないといけないってことだね」
ギルは二人に噛み砕いて説明を加えていた。
「そうだ、これを機に外界と一気に触れ合うことも出来るということなんだ」
「私としては外界と交流を持つべきと考えます」
リザオは強く主張していた。
「特に『シマーノ』とは深く交流すべきかと」
「どうしてリザオはそう思うんだ?」
「それは、ゼノン様は『シマーノ』では絶大な人気を誇っておりますし、兄弟達は信用がおけます」
確かにゼノンは魔物達に人気だ。
ダイコクさんには悪いが、ゼノンは俺と同様の崇拝を魔物達から受けていた。
もしかしたら魔物の本能的なものなのかもしれない。
一方ダイコクさんに従順なのはソバルだけだ、魔物達も一定の尊敬の念を抱いているのは分かっているが、ゼノンに関しては根本的に違っている。
人気なんていう生易しいものではないのだ。
「それは私も賛成です。こちらからしても『シマーノ』には同族がおりますし、魔物達は信用がおけます。もはやリザオではないのですが、私も彼らを兄弟と呼んでもいいかと・・・」
そうなるな。
「じゃあ、これは確定事項ってことでいいね?」
ギルが纏めていく。
「パパ、そうなると『シマーノ』にない、何かが必要だね」
ギルは理解が早い。
「そうなるな、魔物達がドラゴムに来たがる理由がいるな」
ゼノンがいるだけでも充分とも考えられるのだがな。
「ねえパパ『シマーノ』にも南半球にも無い物って何かあるかな?」
おい!無茶ぶりするんじゃありませんよ。
・・・
何がある?
南半球には大体の娯楽や産業がある。
それ以外となると・・・思いつかないな。
どうしたものか?
「ちょっと思いつかないな」
「そうなんだ、パパでも無理か・・・」
ギルはしょんぼりとしていた。
あれ?
期待を裏切ってしまったのか?
でも無い物はない。
無い袖は振れないからな、すまんなギルよ。
ん?ちょっと待てよ・・・何かが引っかかる・・・
でもこれが何になるのだろうか?
一縷の望みだな。
俺は『収納』から魔水晶を取りだした。
「なあ、話は変わるがこれが何か分かる者はいるか?」
アリザが手を挙げた。
「それは魔水晶ですね、この村にもいつくか御座います」
「そうか、それでこれは何に使えるんだ?」
「・・・分かりません・・・ですがゼノン様ならご存じかもしれません」
「ゼノンを呼んで来てくれ」
アリザは頭を下げるとゼノンを呼びに行った。
ゼノンは飄々と現れた、だが口元は緩んでいた。
呼ばれたことに喜んでいる様にも見える。
「守よ、何か用か?」
「すまんなゼノン呼び出して、これが何だか教えて欲しくてな」
俺は魔水晶を手渡した。
「ほう、魔水晶じゃな。物事を記録し、再生が出来るのじゃ」
おお!
ビデオ来たー‼
否、DVDかな?年齢がバレるな。
あるじゃないか『シマーノ』にも南半球にもない娯楽が!
思わず俺はほくそ笑んでしまった。
その顔をギルが見逃さない。
「パパ、閃いたね」
「ああ、これは流行るぞ!ゼノン、使い方を教えてくれ」
「あい分かった」
ゼノンは懇切丁寧に使い方を教えてくれた。
ゼノンは頼られて嬉しいのだろう、ニコニコしている。
俺は魔力がないからギルが使用するしかない。
ゼノン曰く、魔力を流して物事を録画し、魔力を込めた魔石を引っ付ける、又は魔力を流すと再生されるということだった。
そして要らない録画はイメージしながら魔力を流すと消せるということだった。
細かな編集なども出来るということらしい、魔水晶の使い方をゼノンは熟知していた。
これまでも何度も使った事があるみたいだ。
一応試してみた。
ゼノンが魔力を込めてギルを録画する。
「やあ、僕はギルだよ。よろしくね」
ギルは面白くもない自己紹介を簡潔に行っていた。
緊張で顔が強張っている。
「はい、カット!」
何故かやる気になったゼノンが運動会にやってきた爺さんの如く、ギルをビデオカメラで録画する様にしていた。
お遊戯会や運動会じゃないんだよ・・・
何だかな・・・
今度は再生してみる。
すると魔水晶の上に先ほど録画したギルが、まるで立体映像の様に浮かび上がっていた。
おお!
これはいいぞ!
立体映像じゃないか。
これは使えるぞ。
しめしめだな。
ドラゴムの村興しは着々と進んでいる。
打ち合わせから実に三ヶ月が経とうとしていた。
今ではドラゴムの村は水道が完備され、トイレも水洗式になっていた。
村の区画整理も進んでおり、八割方が完成している。
畑も立派になっており、アイリスさんとアースラ様の技術指導も行われていた。
アースラ様は農業の技術指導に余念がない。
今ではアイリスさん以上に熱心だ。
流石に畑に入る時は花魁衣装は封印しており、最近は島野標入りのジャージに長靴姿をよく見かける。
それでも威厳を失っていないのは上級神だからだろうか?
リザードマン達も挺身低頭でアースラ様に接している。
食堂や宿屋等も完備させており、立派な村へと変貌していた。
そしてゼノン期待の温泉だったが、少し村から離れたところになってしまったが、泉源があった。
当然の如く温泉施設を造り、サウナも完備させている。
温泉施設の工事に関しては、興味があったのかゼノンも手伝っていた。
そして懸念事項の人財不足に関しては『シマーノ』のリザードマン達が移住を申し入れたことで解決した。
『シマーノ』に残るリザードマン達もいたが、大半のリザードマン達がドラゴムに移住することになったのだ。
ゼノンの人気は絶大だと改めて思い知らされた。
それに数名の魔物達もシマーノに移住していた。
その所為か、いまでは普通にドラゴムでオーガやゴブリン、オーク達を見かける。
もはやその様子は『シマーノ』と変わらない。
主に村興しを手伝ったのは『シマーノ』の魔物達だった。
対価となる工事等の費用は後払いでということになっている。
魔物達は当初無料で行うと言っていたが、それを俺は許さなかった。
だってそうだろう。
今では『シマーノ』は北半球の経済圏において欠かせない国になっている。
そんな国が無償で村興しを手伝うなんてあり得ない事だからだ。
直ぐに支払うだけの通貨をドラゴムは持ち合わせてはいないが、今後間違いなくこの村にはお金が集まることになる。
俺はそう確信している。
魔水晶のあるこの村には間違いのないことなのだ。
だから返済は間違いなくできると踏んでいる。
そしてひっそりと映画撮影が行われることになった。
なんと映画監督になったのはゼノンだった。
いろいろ試してみた結果、ゼノンが最も上手く録画や編集ができたのだ。
それにゼノンはやる気に満ちていた。
天職を得たとばかりに鼻息が荒かった。
今では、監督、編集者、ディレクター等、何でも熟している。
録画する映画は『島野一家のダンジョン冒険記』だ。
主演はギル。
ギルがスーパー銭湯の舞台で、千両役者と熱弁の能力全開に演じ切っていた、あの劇の再現だ。
あの劇の所為で、スーパー銭湯を無料開放する羽目になったのを俺は鮮明に覚えている。
ちょっと痛い経験でもある。
ノンやエル、ゴンもやる気満々で撮影に挑んでいた。
ゼノンは喜々として撮影を行っている。
今ではカチンコを手放さ無い徹底ぶりだった。
これまでの、のほほんとした人柄が変わったのかという程の入れ込み様で、演技指導にも熱が入っていた。
そしてオリビアさんとマリアさんがこれを見逃す訳がなかった。
終日映画の内容から音楽や演出まで、ゼノンと意見を戦わせていた。
そして彼女達の意見は多く取り入れられていた。
その貢献は高く評価されている。
ゼノンは彼女達の協力は大きかったと後日述べていたぐらいだ。
そして俺だが、まさかの降板となってしまった。
俺はそうとう大根だったらしい。
ゼノン曰く、
「守は魔水晶を意識しすぎて話にならん!ぎこちなさは天下一品じゃ、お主に演技はむいておらん!」
ということだった。
本人役を本人が演じられないという残念な結果となってしまった。
そして俺の変わりはオリビアさんが行うことになったのだった。
性別すら違うのに・・・何故だ?‼
後日遠慮の無いロンメルから、
「何で旦那の役がオリビア様なんだ?」
と聞かれ。
「俺は大根役者が過ぎるから降ろされたんだよ」
苦々しくも説明すると。
「旦那でも出来ない事があるんだな」
ロンメルに意外そうな顔をされてしまった。
俺にも出来ない事なんていくらでもあるわい!
俺をなんだと思っているんだ?
パーフェクト超人では無いっての!
久しぶりにイラっとしてしまった出来事だった。
オリビアさんは連日撮影にノリノリだった。
俺はオリビアさんのマネージャーに成り変わり、せっせと裏方作業に徹したのだった。
けっ!
俺は役者ではないんでね、ただの半仙半神ですよ!
・・・くそう‼・・・
俺に演技を求めるんじゃないよ‼
俺は裏方が性に合っているんだよ‼
まさか俺にこんな弱点があるとは・・・
まだまだ修業が足りないな・・・
そして遂にこの世界初の映画が完成した。
『島野一家のダンジョン冒険記』
俺の名を冠しているにも関わらず俺は一切の出演がない。
最後のエンドロールに協力者として名前が載っただけだった。
これでいいのだろうか?
いいんでしょうね・・・
やれやれだ。
俺は何とも言えない気持ちで映画の完成を迎えたのだった。
映画の皮切りはドラゴムの村の中心にある大きなスクリーンでとなった。
それは真っ白な幕がある広場だった。
幕は映像が見やすい様にと工夫を重ねて出来上がった物だ。
そして大きな天幕が張られて、全体が暗く映像が更に見やすくなる様に工夫がされている。
今後は新たに造られる映画館にて映画は放映されることになっている。
今日は初日の為、特別に村の中心での放映となっていたのだ。
今日の為に村の住民全員と『シマーノ』からの招待客と南半球からのゲストが集っていた。
興味本位にと神様ズも集まっている。
更にはマッチョの国王や、ルイ君やアリッサさんまでいる始末だ。
その警護の者達までと重要人物の宝庫となっていた。
だが村はお祭り騒ぎだ。
屋台にて飲み物や食べ物が販売され、お祭りムードが村全体に充満していた。
今正にこの世界初の映画鑑賞が始まろうとしていた。
その評価は如何に・・・
場内は興奮と期待に満ち溢れていた。
ある者はポップコーンを片手に、ある者はアルコールを手に、好きに観賞しようと急遽準備された椅子に腰かけている。
俺はその様子を遠巻きに眺めていた。
その俺に倣おうと島野一家が集まってきていた。
にやにやするノン。
自分が映ると緊張するゴン。
何を考えているのか分からないエル。
そして主演を張って今さらながらに緊張しているギル。
それぞれが、各自の映画鑑賞を楽しもうとしていた。
そして映画鑑賞会が始まった。
タイトルが表示されると大歓声が巻き上がった。
観客達は大いに盛り上がっている。
映画ののっけから大騒ぎだ。
声を挙げる者。
中には声援を送る者達もいた。
映画に魔物達は引き込まれていた。
まるで自分がその冒険を行っているかの如く興奮している。
作品の内容や、強弱のついた場面展開に、全員が息を飲んでいた。
そして全員が声を挙げ、驚き、感動していた。
最後には大半の者が涙を流していたのだった。
始めての映画鑑賞会は大成功を迎えていたのだった。
特別に造られた壇上にゼノン他出演者達が挨拶に集まっていた。
グランドフィナーレが行われようとしていた。
ゼノンが拡声魔法を受けて、挨拶を行うことになっている。
「皆、楽しんでくれた様じゃな」
この一言にリザードマン達が沸く。
「ゼノン様!」
「最高でした!」
「楽しかったです!」
ゼノンがウンウンと頷いている。
相当嬉しかったのだろう、これまでに見たこともない笑顔をしていた。
「これも出演してくれた者達や、協力を惜しみなくしてくれたオリビアやマリアのお陰じゃよ」
マリアさんは喜び、オリビアさんは当然と胸を張っている。
一家はというと、マイペースなノン以外は全員照れていた。
何だかな・・・
「これを機にこの世界でも映画が広まるとよいのう、のう守よ?」
いきなり俺にボールが投げられてしまった。
しょうがないな。
「ああ!流行るのは間違いないから、ゼノンは次回作を何にするのか考えてくれ!」
地響きがするほどの歓声が沸き上がっていた。
「島野様がお認めになったぞ!」
「次回作?早く観たい!」
「やった!これでドラゴムの村は安泰だ!」
「映画に出演したい!」
好きに騒いでいる。
ここでマリアさんが前に出てきた。
「守ちゃん!次回作は私の漫画の実写化にしてちょうだい!」
大声で叫んでいた。
なんで俺に許可を求めるんだ?
あっ!そうか、この映画の出資者は俺だったな。
はいはい。
お好きにどうぞ。
「ゼノンと相談してください、勿論出資はさせて貰いますよ」
「よっしゃあ‼」
マリアさんは地声で喜んでいた。
それをゼノンが驚いた顔で見つめていた。
ゼノンの驚いた顔なんて始めてみたよ、それだけでも出資した甲斐があるってものだな。
はあ、やれやれだ。
次回作は『恋の伝道師マリたん』になることが正式決定し、役者達のオーディションが行われることになっていた。
主役のマリたん役はオリビアさんに決定している。
そりゃあそうだろう、だってどう見てもこの人しかいないでしょ?
原作のマリたんにそっくりなんだもの。
それに演じることに遣り甲斐を見出したオリビアさんは、演技に余念が無いのだ。
俺の替わりに演じた『島野一家のダンジョン冒険記』も好評だったからね。
今の彼女は音楽の神というよりも、演劇の神と言えるかもしれない。
それぐらいのめり込んでいた。
ギルは主演男優となる、ヒーロー役のオーディションに参加するか悩んでいたみたいだが、どうやら止めることにしたみたいだ。
うん、その方が良いと思うぞ。
君は既に主役を張ったんだし、次回作まで出演する必要はないんじゃないかな?
それに他の者達にもチャンスを与えないといけないでしょう?
だって千両役者の能力を使ったら、お前の独壇場になるのだから。
それはよく無いでしょう。
実は魔水晶に関しては、俺が持っている一個以外にはドラゴムの村に七個存在していた。
そして今は、貿易部門に魔水晶があれば買い付けを行う様に指示していた。
それも最優先事項として。
そうしたらあっさりと『シマーノ』の魔物達が数個持っていることが判明し、魔水晶の買取をおこなったのだった。
現在俺の手元には魔水晶は十個存在している。
その使い道はハッキリとしている。
俺はゼノンにお願いし、二個の魔水晶に『島野一家のダンジョン冒険記』を録画して貰った。
ゼノンは複写の能力を持っていなかったのだが、複写の魔法は簡単に取得したのだった。
ドラゴンの魔法のセンスは半端ない、俺の複写を見せただけで、魔法バージョンをあっさりと体得していたのだった。
その魔水晶を俺はサウナ島に持ち帰り、スーパー銭湯のサウナ室に改築を行い、魔水晶を設置し、サウナで映画が見られる様にしたのだった。
勿論女性風呂のサウナ室も同様の工事を行った。
これによりサウナ室で映画が見られると、更にスーパー銭湯は人気を博することになったのである。
今ではサウナ渋滞は当たり前のように起きている。
南半球でも映画の人気は半端なかった。
但し弊害もあった。
それは物語の先が気になって、入室時間が長くなり、サウナ室で倒れる者が続出したのだ。
当たり前の様に三十分近くサウナ室に籠る者が続出したのだった。
勘弁してくれよ・・・
だからサウナの時間配分は考えてくださいよって。
俺は何度も言ってますよね?
無理は禁物だって‼
しょうがないから何度も繰り返し放映されることと、サウナ室の入り過ぎ注意の張り紙を行うことになってしまった。
なんだかねえ?
気持ちは分からなくはないよ。
よくランキング形式のTV番組なんかがやっていると、思わず粘りたくなるからね。
それに大体第一位の発表はCM明けだしね。
あれムカつくんだよな、いいから早く教えろよ!って言いたくなるんだよね。
あとは野球の中継だな、このイニングが終わったら出ようと考えていると、だいたいファールで粘るんだよな。
もう打てなくてもいいから早く終わってくれよ!
って何度思ったことか・・・
やれやれだ。
しょうがないからサウナ島にも映画館を造ることになった。
マリアさんとオリビアさんが建ててくれと煩かったしね。
建設はマークに丸投げした。
マークは久しぶりの建設作業だと喜んでいた。
どうやらこいつも現場が抜けきらない質みたいだ。
後日談としてこの映画館は連日大賑わいとなり、特にカインさんが大嵌りしていたみたいだ。
十回以上はリピートしたらしい。
まあダンジョンの話だからね。
残った魔水晶は今後作製される映画用に取っておいてある。
その内の一個は完成したドラゴムの映画館で絶賛放映中である。
連日魔物達で映画館が大入りであった。
立ち見まで出る程の人気ぶりだ。
これによってドラゴムの繁栄は約束された。
そのお陰で、この先僅か半年で『シマーノ』への村興しの費用の返済が完済することになっていた。
その後も映画のインパクトは計り知れず、北半球に革命を起こすことになるのだが、それはまた別の話である。
数年後には『島野一家のダンジョン冒険記』は知らない者はいないぐらいの物語となっていたのだった。
これを喜んだのは何を隠そうカインさんだった。
その影響でダンジョンは連日大賑わいとなっていたのだった。
そういえば、俺は創造神様に連絡を取らなければいけない事を思い出していた。
否、忘れていたわけではないんだよ。
ごめんなさい・・・忘れていたね・・・
叱られそう・・・
まあいいか。
開き直っちゃおっと。
俺は『念話』で創造神様に話し掛ける。
確かもしもしでよかったはず。
「もしもし、創造神様ですか?」
直ぐに返答があった。
「守か?お主忘れておったじゃろう?連れないのう」
呆れた声で返事が返ってきた。
「すんません、取り込んでいまして・・・」
「まあよい、ゼノンに付き合って忙しそうにしておったのは知っておるからのう」
「そう言って貰えると助かります」
よかった・・・怒ってはいないみたいだ。
この人は怒らせると面倒臭そうだからね。
「それにしても守は面白いことを続々とこの世界に持ち込んでおるのう、関心するわい、ナハハハ!」
笑っていますがな・・・
ハハハ・・・
「それで、要件とは?」
「おお、それな」
それなって、相変わらず若者言葉を使いたがるんだなこの爺さん。
「・・・」
「お主、神界に来てみんか?」
はあ?何をいきなり。
「はあ、行っていいなら行きますが・・・」
「そうか、ではおいで」
ヒュン!
強制的に俺は神界に転移させられてしまった。
爺さんや、俺は軽く答えただけなんだが・・・
社交辞令に近いしいぐらいなのだが・・・
やれやれだ。
あれ?
前に来た神界は真っ白な空間だったが、これは一体・・・
俺の眼の前に荘厳な雰囲気のある大きな神殿があった。
存在感と重厚感が半端ない。
観る者を凜とさせる趣きがある。
思わず背筋が伸びる。
入口にある重厚な扉の前で創造神様が手を振っていた。
驚きも程々に、待たせては悪いと俺は転移で駆け寄った。
「前に来たところと随分違いますね」
「ああ、あれは神界でも果ての方じゃからな。ここは上級神以外は入ることが許可されておらん神殿じゃからのう」
ただの人間だった俺には程遠い場所だったって訳ね。
「そうですか・・・って俺は上級神じゃないですけどいいんですか?」
「何を言っておる、お主は上級神以上の能力を持っておるじゃろうが、その資格は充分にあるのじゃよ」
「はあ・・・」
俺って上級神以上なのか?解せんな。
「それに上級神以外は入ることが出来んというのは建前じゃから、そんなことはどうでもいいんじゃよ」
「そうですか、というより転移出来ないと来れないってことですかね?」
「お!気づいたか。やるのうお主」
それぐらい分かりますっての。
だって上級神は全員転移の能力を持っていたしね。
ゼノンは限定的だって話だったけど。
俺は創造神様に導かれるが儘に後を付いていった。
通されたのはまるで神話に出てくるエデンの園の様だった。
とはいっても俺の想像の中のエデンの園なんだけどね。
草木に囲まれた庭園には大きな噴水があり、所々に花が咲いている。
その様は色鮮やかだった。
爽やかな香りが鼻腔を突く。
幻想的とも感じる空間だった。
そして気分は不思議と落ち着いていた。
心が洗われるようだった。
ここにいるだけで神性を感じる様な、そんな庭園だった。
ずっとここに居たいとすら感じる。
創造神様に円形の大きなテーブルにある椅子に座る様に誘われた。
俺は遠慮も無く腰掛ける。
まるでそれが当たり前の様に感じたからだ。
堅そうな見た目の椅子だが、フィット感が心地よい。
俺の正面に創造神様が腰かける。
「守よ、どうじゃ儂らの庭園は?」
創造神様は自慢げに問いかけてきた。
「ここは不思議な場所です、まるで神話の世界ですね」
「ホホホ、神話か、あながち間違ってはおらんよ」
「といいますと?」
「世に出てくる神話というのは、大体儂らをモデルにしたものが多く存在するのじゃからな」
「なるほど」
それは分からなくも無い。
「人の世とは、尊敬と崇拝からなるものが多く存在し、一部の超克者達が、神の世界を知りえることが出来るのじゃからのう」
「超克者ですか?」
「そうじゃ、まあ詳しくは説明できんがのう」
ていうか面倒臭いだけだよね。
そうだった、この爺さんはそういう人だった。
ざっくり爺さんだった。
「守よ、ざっくり爺さんとはなんじゃ?」
また読心術かよ、いい加減止めてくれよな。
ここは注意しておこう。
「あのさあ、いい加減その読心術は止めた方がいいですよ、他人のプライバシーを侵害してますって」
「うっ!」
思いの外創造神様はダメージを受けているみたいだった。
ていうか、この人に物言いする人が居ないのかもな。
ここは攻め時だな。
「それに誰彼構わずそんなことを続けていると、いくら創造主だからって嫌われますよ」
この際だから、はっきり言ってやった。
更にダメージを受けたみたいだ。
創造神様は下を向いて反省している。
しめしめ・・・一本取ってやったぞ。
「じゃからかのう?最近娘達が儂に冷たいんじゃよ」
「娘達?」
「アースラやアクアマリン達じゃよ」
やっぱり血族だったんだな。
そんな気がしていたよ。
「ほら、嫌われているじゃないですか」
俺は追い打ちをかけてやった。
「儂、反省」
そんなどうでもいい会話をしていると、一人の女性が近づいてきた。
振り返ると俺はその女性から眼が離せなくなった。
絶世の美女とはこの人の事を指すのかと、口をあんぐりと空けてしまいそうだった。
白いドレスを着た女神が降臨していた。
否、この場合降臨はおかしいよね、ここ神界だもん。
小言は置いておいて、何ちゅう美貌だろう。
神の御業としかいい様がない。
俺は久しぶりに緊張を覚えるのを自覚した。
そして絶世の女神が口を開いた。
「あら?守じゃない」
俺の事を知っている?
まあそうだろうな、フレイズがよく下界を覗いていたといっていたからな。
それに上級神ともなれば、千里眼や地獄耳ぐらいは普通に使いこなしていそうだしね。
俺は立ち上がった。
「始めまして、島野守です。よろしくお願い致します!」
ビシッと敬語で反応してしまった。
だってこんな美人さんの前では世の男性は誰でも緊張してしまうでしょうよ。
これは本能であるに違いない。
多分DNAに擦り込まれているだろう。
「あら、そう堅くしなくてもいいのよ。私は時の神アイルですわ。アイルと読んで下さいな」
さらりと自己紹介を行っていた。
「いやいやいや、滅相も御座いません。そんな呼び捨てになんてできませんよ、せめてさんぐらいは付けさせてくださいよ」
俺も成長したものだな、少し前なら絶対に様付決定だったもんな。
これもゼノンのお陰か?
「そう、好きになさってください」
「守よ、実は儂の妻じゃよ」
どや顔で創造神様が言っていた。
なんかムカつくな、でもこんな美人の奥さんなら自慢したいのは頷ける。
アイルさんはそんな想像神様を抱擁する様に笑顔であった。
「あらあなた、飲み物も出さ無いなんて失礼じゃなくて?」
「おお!そうじゃったな」
惚気る様子の爺さんは何故かムカつく。
こんなことに紛らわされてはいけないな。
俺も半分は仙人なのだから。
「あ!飲み物なら俺が準備しますよ。何が飲みたいですか?大体何でもありますよ」
俺は『収納』に手を突っ込んだ。
「儂は日本酒じゃな」
日中から飲むんかい!
御大層な身分なことで。
まあ好きにしてくれ。
「そうですわね、私は紅茶を貰えるかしら」
「了解です」
俺は日本酒の入った徳利とお猪口を取り出して、創造神様に手渡した。
創造神様は嬉しそうに受け取っている。
そうとうお気に入りのようだ。
でも樽ごとはもうあげませんよ。
だって腹立つんだもん。
俺はアイルさんにティーカップを手渡し、紅茶を注ぐ。
アイルさんは紅茶の匂いを楽しんでから口を付ける。
その表情を見るに合格を頂けたみたいだ。
満足そうな笑顔をしていた。
自分にはアイスコーヒーにした。
飲み慣れたこれが一番しっくりくる。
各自飲み物を堪能したところで話をすることになった。
というより、俺は二人が話し出すのを待っていた。
満足出来たのか、満を持して創造神様が話し出す。
「守よ、お主の神様修業も佳境に入っておる。そこでそろそろ強力な能力を得て欲しいと考えておるんじゃよ」
強力な能力とは?
創造神様の強力はちょっと怖いんですけど・・・
「それは何の能力ですか?」
ここは聞かざるを得ないな。
「ここからは儂の愛妻に任せるとするかのう」
にやけながら創造神様は言っていた。
爺い、惚気けてるんじゃねえよ。
やっぱりムカつく。
俺も結婚した方がいいのだろうか?
こんなことでマウントを取られることが煩わしい。
でも俺の結婚相手って・・・誰なんだ?どうなんだろう?
「守、あなたには時間旅行の能力を習得して貰おうと思っているのよ」
ん?何だって?これは真面目に取り合わないといけないな。
相当な大事になりそうだ。
「時間旅行ですか?」
「ええ、この能力は私と旦那様しか使えない能力なのよ」
時間旅行って、その名の通りの能力なら過去や未来に旅行できるってことだよね。
マジか?そんな貴重な能力を俺が習得していいのか?
否、そんな消極的ではいけないな。
ここは積極的にならないと。
全力で取り組まないといけない。
「わかりました、よろしくお願いします」
俺は謙虚に頭を下げた。
「少々過酷になるかもしれないわよ」
アイルさんが心配そうに俺を見ていた。
「望むところです!」
此処は心強く迎え打とうと思う。
「守よ、お主の本気。見せて貰うとするかのう」
ていうか、そもそも手助けして貰っていいのか?
まあいいか、手を貸してくれるというのだから甘えてしまおう。
それに爺さんからの申し入れだ、何かしらの意味があるのだろうし、理由を聞いてもはぐらかされるに決まっている。
ここはありがたく好意を受け取っておこう。
時間旅行、獲得させていただきましょうかね。
「では場所を変えましょう」
アイルさんが指パッチンをすると俺達は『転移』した。
ここは一体何処だ?
何処かの建物の一室だろう、部屋の大きさはそれなりに大きい。
「ここはいったい・・・」
俺は思わず呟いていた。
「ここは修練場ですわよ」
そう言われてみるとそうとも見えるな。
けど道場の様に板敷でも無ければ、畳敷でも無い。
足元は石造りだった。
この上に投げ飛ばされたら痛いだろうな。
習得するのは時間旅行だからそんな荒事にはならないだろうけどね。
今度は想像神様が指パッチンを行うと、三脚の椅子が現れた。
肘掛けも無いよく見る木で出来た丸椅子だ。
「まずは椅子に掛けましょう」
俺は指示に従って椅子に腰かける。
創造神様とアイルさんも腰かける。
「では、始めましょうか」
そういうとアイルさんが、また指パッチンを行った。
とても不思議な現象だった。
指パッチンをしたアイルさんが一瞬にして立ち上がっていたのだった。
俺は妙な違和感を感じていた。
これは『転移』か?
否、違う。
そんな生易し現象ではない。
もしかしてこれは・・・
「もう一度よろしいでしょうか?」
ここは好意に甘えて催促してみた。
アイルさんはにっこりと笑顔で答える。
「ええ、いいわよ」
アイルさんは腰かけると、もう一度指パッチンを行う。
俺はそれに合わせて神気を身体に纏った。
またアイルさんが一瞬にして立ち上がっていた。
そして本能的に俺は感じていた。
先程感じた違和感よりも強く。
「これは・・・時間を止めたのでしょうか?」
「ほう、やはりお主は鋭いのう。関心するわい」
「ですわね、ものの二回でこの現象に気づくとは思いませんでしたわ」
二人は拍手をしていた。
少々照れるな。
俺ってセンスがあるみたいだね。
嬉しいじゃないか、ハハハ。
「お主、何を照れておる」
「いやー、素直に嬉しくてつい」
「あらま可愛い」
余計照れるじゃないですか、止めてくださいよ。
って声には出さないけどね。
さて、真面目にやろう。
「もう一度お願いします」
「いいわよ」
ここからが、大変だった。
この現象自体は理解できたが、それは頭で理解できただけであって、身体では全く感じることが出来なかったのだ。
アイルさんには申し訳ないが、もう百回近く能力を使用して貰っていた。
「くそう・・・」
口から零れ出ていた。
このまま無意味に何度もこの現象を行って貰っても意味が無い。
どうする?考えろ、否、考えなければならない。
時間が止まっていることは間違いない。
それを頭では理解している。
それは間違いない。
本能もそうだと強く主張している。
それを身体で感じなければいけない。
どうしたら身体で感じられる?
待てよ・・・これまで能力取得に時間を意識したことは・・・有る!
何度もあるじゃないか『転移』を行う際には俺は今を強く感じていた。
それに『転移』の能力を得た時には時間を強く意識して能力を得られたじゃないか。
ここにヒントがある気がする。
俺は演算の能力を無意識に使って、思考を加速していた。
ここまで一秒と経っていない。
そうだ、今を強く感じるんだ。
時計の針をイメージし、それを頭の片隅に置く。
そして今を強力に感じる、時の流れ、時の波動、時の存在を強く感じる。
俺は無意識に強い自己催眠状態に陥っていた。
自分とその他の全ての繋がりを身体で感じる。
そして耳に届く指パッチンの音。
俺は見えていた。
ゆっくりと椅子から立ち上がるアイルさんを、それを暇そうに眺める創造神の爺さんを横目に捕らえていた。
「そろそろかのう、どう思う?妻よ」
「どうですかね、先ほど深い催眠状態に入ったのは見て取れましたわよ」
「ほう、アプローチを変えてきたか、そうか守には催眠があったのう、あれは反則じゃわい。あいつはあれのお陰で恐ろしく進化スピードが速いからのう。まあ本人はいまいち分かってはないようじゃがのう」
時の止まった世界での二人の会話が聞こえていた。
俺はなんとか、アイルさんの動きを眼で追う事ができた。
だが、身体はピクリとも動かない。
くそう、停止世界を感じることは出来たが、ここで動けなければ意味が無い。
動け‼動け‼動け‼
・・・俺はシンジかっての・・・
「あれ?見えてる?」
アイルさんが俺の目線に気づいた。
はい!と言いたいが口は動かない。
眼でそうですよ!と訴えかけるのが精一杯だった。
どうやらその叫びは届いたらしい。
「ほう、この停止世界を捉えることができたようじゃな。まずは天晴じゃ。ナハハハ‼」
爺さんの声が響いてきた。
「全く・・・私の予想を次々と飛び越えてくるわね」
アイルさんは首を振っていた。
でもこれでは駄目だ。
見えると聞こえることだけでは意味が無い。
この停止世界で動けてやっと意味があると俺の本能が訴えかけてくる。
俺にはまだ、時間旅行の能力は遠いようだ。
くそう!
絶対に習得してやるぞ!
時間旅行!
停止世界を見ることと聞く事は出来る様になった。
でもまだこの世界で動くことは出来ない。
動けなければ何ともならない。
停止世界を我物にしなければ意味がないのだ。
どうすれば動けるようになるのか?
俺は時間を意識する能力について考えることにした。
その能力を使えば動けるようになるのではないかと考えたからだ。
先程は『転移』を取得した時のことを想い出し、停止世界を捉えることができた。
間違いなく時間に関しての何かが必要だ。
他には時間を伴う能力に何がある?
・・・演算か?・・・まさか熟成?
いや、行動予測と未来予測があったな。
この二つを同時に使ってみるか?
だが、能力の使用で動ける様になるものなのだろうか?
まずは試してみるしかないな。
俺は行動予測と未来予測を発動させて停止世界に入った。
・・・
動けない・・・
これではないのか・・・
いや待てよ、停止世界を身体で感じることはできているんだ。
実際に俺は見えているし、聞こえている。
動くにはこの停止世界と同調するのが正解では無いのだろうか?
俺の本能がそうだと言っている気がする。
俺は同調の能力を発動した。
停止世界の波動を感じる。
停止世界の波長を感じる。
停止世界の空気を感じる。
停止世界の色を感じる。
停止世界を五感で感じる。
停止世界の思念を感じる。
感覚、視覚、嗅覚、聴覚、味覚。
この時間の停止している世界と俺は同調することに成功した。
すると、徐々にだが、身体を動かすことが出来るようになった。
指がぎこちなく動いている。
「よし!」
言葉も話せる!
自分自身の進化に酔ってしまいそうだ。
やったぞ‼
「流石は守じゃ、呆れるほどに飲み込みが早いのう」
「本当ですわ、千本ノックを覚悟しておりましたのに、何だが残念ですわ」
残念って・・・ちょっと怖いな。
アイルさんって結構スパルタなのでは?
美しい笑顔の裏にはとんでもない顔が潜んでいそうだ。
この人だけは怒らせたらいけないと本能が訴えかけてくる。
俺はその本能に従うまでだ。
決して逆らったりは致しません。
「まだ万全ではないですが、身体が動かせる様になってきましたよ」
「守よ、神気操作で全身に神気を纏ってみよ」
俺はアドバイス通り、全身に神気を纏ってみた。
すると通常世界と同様に動けるようになってきた。
そしてアナウンスが流れる。
ピンピロリーン!
「熟練度が一定に達しました。ステータスをご確認ください」
早速チェックしてみましょうかね。
『鑑定』
名前:島野 守
種族:半仙半神
職業:神様見習いLv70
神気:計測不能
体力:4898
魔力:0
能力:加工L8 分離Lv8 神気操作Lv9 神気放出Lv6 合成Lv8 熟成Lv7 身体強化Lv6 両替Lv3 行動予測Lv4 自然操作Lv8 結界Lv4 同調Lv2 変身Lv2 念話Lv3 探索Lv5 転移Lv7 透明化Lv3 浮遊Lv5 照明Lv3 睡眠Lv3 催眠Lv5 複写Lv6 未来予測Lv1 限定Lv4 神力贈呈Lv3 神力吸収Lv3 念動Lv3 豊穣の祈りLv2 演算Lv1 時間停止Lv1 初心者パック
預金:9564万3448円
時間停止か、流石にいきなり時間旅行って訳にはいかないよな。
恐らく時間停止の能力を得ないと、時間旅行の能力を得られないということだろう。
類似性があるのは間違いない。
「時間停止の能力が得られました」
「ほう、世界の声が伝えた様じゃな」
え!このピンピロリーンってアナウンスは世界の声っていうんだ。
始めて知ったよ。
これまで何度も聞いてきたけど。
今更だな。
それにしても精神的に疲れたな。
「少し疲れました、休憩しませんか?」
「じゃが、まだ一時間も経っておらんぞ」
そりゃあそうでしょう、時間を止めまくってたんだからさ。
「休憩にしましょう、私も少々疲れましたわ」
賛同してくれて助かります。
アイルさんが指パッチンを行うと、先ほどの庭園にでた。
すると不意に声を掛けられた。
「あれ?なんで島野がいるの?」
「ほんとだ、島野だ」
噴水の脇に座るアクアマリン様とウィンドミル様だ。
「お二人さん、こんにちはです」
「守は神界に修業に来たのよ」
アイルさんが説明した。
「修業なんだ、へえー」
「お母様はスパルタだから頑張ってねー」
やっぱスパルタなんだ・・・
そんな気がしていたけど。
「二人は何をやっているんですか?」
「ん?下界を眺めていたんだよ、島野も見る?」
「いいんですか?」
「良いよね?父様」
「よいぞ、程々にのう」
ウィンドミル様に手招きされて、俺は噴水の脇にきた。
二人と同様に噴水の水を眺めて見ると、そこに下界の様子が映っていた。
おお!凄い!
ちょうどサウナ島が映っており、そこにはサウナ島の全貌がありありと手に取る様に分かるのだった。
「この水面に意識して触れると、画面が切り替わるんだよ。島野もやってみる?」
「そうなんですね」
俺は『シマーノ』の町並みを意識して水面に触れた。
すると『シマーノ』の様子が映し出される。
「おおー!」
そこにはプルゴブに叱られているゴブオクンが映っていた。
なにやってんだか、またなにかやらかしたな。
面白そうだから転移してそこに行きたかったが、修業中の身としてはそうはいかない。
それにしても、こうやって下界の様子を眺めていたんだな。
そういえば・・・
前にダイコクさんが陶芸の神に連絡が付かないと言っていたよな。
見てみるか?
「それぐらいにしておきなさい、守。お茶の準備が出来てよ」
おっと、それはありがたい。
アイルさんに呼びこまれてしまった。
残念ならが陶芸の神はお預けだな。
俺はテーブルに移動してお茶を頂いた。
ていうか、これサウナ島産の麦茶じゃないか・・・
アースラ様が持ち帰ったんだろうな。
飲み慣れた味で助かります。
その後ウィンドミル様とアクアマリン様も交じり、会話に花を咲かせたのだった。
その際に、二人にいい加減様呼びは止めてくれと言われてしまった。
そりゃそうか、アイルさんと二人の母上をさん付けで呼んでおいて、その娘に様付は嫌だよな。
今後はウィンドミルさん、アクアマリンさんと呼ぶことになった。
「さて、そろそろ再会するわよ」
アイルさんの一声で、お茶会は終了したのだった。
俺はアイルさんと二人で先ほどの修練場に移動した。
創造神様はアイルさんに後は任せると言い残し、何処かに行ってしまった。
さあ、ここからはスパルタ修業の再会である。
そんな身構える俺にアイルさんが声を掛ける。
「守、そんなに身構えなくてもよくてよ。ここからは時間旅行の能力取得を行うわよ。心積もりはよくて?」
時間停止の能力を得て、下準備は終わったということだろう。
遂に本番開始だ。
どうなることやら。
アイルさんの表情が引き締まる。
「守、まずは心構えを教えておくわね」
ほう、これが最初の一歩ですね。
「今この瞬間から常に時間を意識することと、全身に神気を纏っておくこと、幸いあなたは膨大な神力を持っているから可能よね?」
いきなりの無茶ぶりだった。
神気はともかく、時間を常に意識することはかなりハードルが高いのでは?
「多分・・・」
俺は全身に神気を纏うことは負担にならないけど、前にランドールさんが神気を全身に纏った時には気絶していたからな。
本来なら相当な神力を消費しているんだろう。
何とかなるかな?こういう処がアイルさんのスパルタたる所以かもしれないな。
「時間旅行はこれを欠かすと大変なことになるから気を抜かないように」
「大変な事ってなんですか?」
アイルさんはじっくりと間を取って俺を正面から見据えた。
「基本となる時間軸に帰れなくなるってことよ」
なんちゅうことを言うんだこの人は、この世界に帰れなくなるっていう事と同義ですよねそれって。
怖いんですけど・・・
出来ることならやりたくはないのだけれど・・・
でもまあやるしか無いってことですよね。
腹を決めるしかなさそうだ。
「分かりました、精進します」
こう言うのが精一杯だな、まあどうにかなるでしょうと安易に考えている俺もいるにはいるのだが・・・
「じゃあ、私の手を取ってくれる」
アイルさんが真剣な表情で手を差し出してきた。
俺は無言で手を取る。
「行くわよ」
っていきなりなの?
そんな俺の気持ちを置き去りにアイルさんの時間旅行が発動した。
一瞬にして、場面が切り替わった。
感覚としては転移に近い、だが決定的に違う要素があった。
それは俺の知らない景色を見ているということだった。
転移であれば、俺の知っている景色に出会う事が必須である。
だが俺の前には見たことも無い大滝が存在していた。
物凄い勢いで滝から水飛沫が飛んでいる。
圧倒的な水量に大きな「ドドド‼‼‼」という爆裂音にも聞こえる程の大音が木霊し、耳を叩いている。
こんな壮大な大滝はこれまで見たことがない。
これはマイナスイオンだらけだな。
癒されるー、とはならないが。
この雄大な景色を眺めていたくはなった。
「守、此処は四千五百年前の世界よ、場所はエルフの里から北に百キロってところね。今では自然の摂理においてこの滝はほぼ存在していないわ、これほどの大滝では無くなってしまっているのよ」
四千五百年の時を得て地形が変わってしまったということか。
そう思うと時の力に驚異的な迫力を感じるな。
もしかしたらそれを体感させる為に、アイルさんはここに俺を連れて来たのかもしれない。
だとしたら正解です。
俺は全力で時の圧倒的な力を感じているのだから。
俺は忠告通り全身に神気を纏っている。
だが、時間を意識することに手間取っていた。
演算を駆使して何とか現在の時間情報を頭の中で整理している。
四千五百年前であること、太陽の傾き加減から凡その時間を算出し、現在の時を感じている。
この演算の能力が無ければ一発でアウトだったかもしれない。
それぐらい時間を意識することが難しいのだ。
恐らく自分の意識していること以外の部分を、この演算の能力が補正してくれているのだろう。
その様はまるでスーパーコンピューターが頭の中に入っているみたいだ。
今にも脳が発火しそうなほど猛烈なスピードで、情報処理が成されているのを感じる。
進化していてよかったー。
半人半神のままではこうはいかなかっただろう。
というより、それを見越しての修業なのかもしれないが。
「なんとかついて来れているようね」
アイルさんが冷静に俺を分析しているのが、その眼から伝わってきた。
握った手が少々痛い。
それぐらい彼女にとってもこの能力の使用が負担なのかもしれない。
「はい、何とかついて来れています」
俺は正直に感想を述べた。
虚勢を張る余裕なんて全くない。
今も脳が焼けそうなのだから。
現に世界の声が鳴りやまない。
ステータスを見る余裕がないのだが、演算のレベルが飛躍的にアップしているのだろう。
俺はそれを体感していた。
レベルアップが先か、情報過多が先か、凌ぎ合っているのが分かる。
否、違うな。
レベルアップが早すぎて、これまで情報として捉えていなかったものまでもが、情報として自分に流れ込んできているのだ。
問題はそれを脳が処理しきれるのかということだ。
情報の波に俺は溺れそうになる自分と戦うことになってしまった。
何とかついて来れていると言ってはみたが、気を抜くと意識を持ってかれそうだ。
ふら付きそうになる身体を気合で封じ込め、刈り取られそうになる意識を精神力で保っている状態だった。
正に自分との闘いだった。
今の俺を超えない限り、この先の俺は無い。
それを全身でひしひしと感じているのだ。
それは体感的には一日中行っている体感時間であった。
だが実際にはものの数分の出来事だった。
実は俺は途中で気づいたのだ。
これは顕在意識では対処しきれないと。
そして一瞬にして潜在意識に意識を切り替えた俺は、この膨大な情報戦になんとか勝利したのだった。
だが、その弊害が時間の喪失に繋がっていた。
実は催眠では良くあることなのだが、催眠状態に陥ると、三十分の出来事との体感が、実際は二時間経っていた、なんてことがよくあることなのだ。
即ち時間の喪失だ。
それを俺は自己催眠で何度も体験しているからその補正が出来たのだが、この経験の無い者には、ここで時間を見失っていたのかもしれないと感じた。
俺は自分がヒプノセラピストであることに安堵した瞬間だった。
そして何とか俺は時間を意識したまま、全身に神気を纏ってこの過去の時間旅行に耐えることが出来たのだった。
「守、一度帰ろうか?」
俺は純粋にそれに甘えることにした。
「そうして貰えると助かります」
正直体力が尽きそうだった。
疲労困憊感は否めない。
「じゃあ一度、神界に戻るわよ」
アイルさんは指パッチンを行った。
場面が切り替わった。
神界の修練場に帰ってきていた。
俺は安堵で、膝をついてしまった。
流石に堪えた。
四千五百年前にジャンプしたことに、未だ理解が追いついていないのが分かる。
停止時間の時とは逆だった。
身体はジャンプを感じて理解できていたが、頭の理解が追いついていない。
もしかしてこれは頭で理解するべきものなのでは無いのかもしれない。
それに演算に脳みそを持ってかれていたから尚更かも。
ステータスをチェックしてみよう。
『鑑定』
名前:島野 守
種族:半仙半神
職業:神様見習いLv70
神気:計測不能
体力:1808
魔力:0
能力:加工L8 分離Lv8 神気操作Lv9 神気放出Lv6 合成Lv8 熟成Lv7 身体強化Lv6 両替Lv3 行動予測Lv4 自然操作Lv8 結界Lv4 同調Lv2 変身Lv2 念話Lv3 探索Lv5 転移Lv7 透明化Lv3 浮遊Lv5 照明Lv3 睡眠Lv3 催眠Lv5 複写Lv6 未来予測Lv1 限定Lv4 神力贈呈Lv3 神力吸収Lv3 念動Lv3 豊穣の祈りLv2 演算Lv8 時間停止Lv1 初心者パック
預金:9564万3448円
演算がいきなりLv8かよ。
そりゃそうか、あれだけピンピロピンピロ鳴っていたんだからな。
ああ、やっぱり体力がかなり削られているな。
俺は『収納』から体力回復薬を取り出して、一気に飲み干した。
野菜ジュースが身体に染み渡る。
ああ、これはもう一本必要だな。
「守、私にも同じ物を貰えるかしら」
「勿論です」
俺は『収納』から体力回復薬を二つ取り出して、一つをアイルさんに渡した。
アイルさんは受け取ると豪快に一気飲みしていた。
あれま!
アイルさんにも負担が大きかったみたいだ。
なんだか申し訳ないが、ドーピングしてでもやり遂げなければならない。
俺はふつふつと湧いてくる使命感を感じていた。
時の神がここまでしてくれているんだ。
俺一人、降参する訳にはいかない。
何としても時間旅行の能力を手にしなければいけない。
指パッチンで椅子とテーブルを転移させたアイルさんが、ぐったりとした様子で腰かけた。
「ふうー、いきなりの四千五百年のジャンプは体力の消耗が激しいわね」
俺は無言で頷いた。
『収納』から紅茶セットを取り出して、ティーカップに紅茶を注ぐ。
「ありがとう、頂くわ」
体力を取り戻したアイルさんは優雅に紅茶を飲みだした。
俺もアイスコーヒーを堪能した。
我ながらではあるが、野菜ジュースの体力回復効果に驚いていた。
体感としては八割方は回復出来たと思う。
「どうします?時間を空けますか?」
「いや、時間は有限よ。時間旅行ができる私が言うのもなんだけど。こうしている間にも基本時間軸は動いているからね」
「なるほど、因みに今の時間は時間旅行に行った時からどれぐらい経っているんですか?」
これ単純な確認です。
「直後よ、分かっているのでしょ?」
やっぱりか、帰ってきてからも時間を意識していたから分かってはいたが、念の為の確認です。
今回の行き来で随分と時間を意識することが出来ることになった。
ただその分、随時潜在意識解放状態である必要がある。
決して負担にはならないが、あまり気持ちの良い物ではないな。
というのも、潜在意識状態にあると、無防備に言葉を発してしまうからだ。
本音が隠せないとも言える。
言葉選びが出来ない状態での会話は、危険が潜んでいるからだ。
まあ相手はアイルさんだ、身構える必要なんてないな。
どうせこの人も読心術ぐらい持っていそうだしね。
にしても次は何処に時間旅行にいくのだろう。
ちょっと楽しくなってきた俺であった。
ひと休憩終えて、まずは振り返りを行うことになった。
「まずは四千五百前にジャンプしたけど、どうだった?」
アイルさんが心配そうにこちらを見ていた。
「驚きましたが、それよりも時間を意識することがとても大変でした。演算の能力と潜在意識の解放が出来なければ、危なかったかもしれません」
「ほんとね、あなたにはヒプノセラピーがあるから何とか耐えられると思っていたわ。それに演算は時間旅行には必須なのよ」
「そうですね、それは実感しました」
今でも軽く脳が熱を帯びているのが分かる。
「それに千年単位のジャンプは負担が激しいからどうかとも思ったけど、時間の力を知るにはあの大滝が打って付けだと思ったのよ」
やっぱりか。
「守はどう感じた?」
「あの大滝は雄大でした、でも四千五百年経った今ではそれが失われていることが、少し残念です」
「そうね、自然の摂理は無常よ、それに情けもないわ。でもそんな自然も時間の力を借りなければ、変化することは出来ないわ。今ある世界も時間の経過無くしては発展も破壊も再生もないのよ」
確かにその通りだ。
生命の営みすらも時間の経過無くしては可能としないのだ。
その点世界の全てを支えているのが時間とも言える。
恐らくこの世界が出来る前から時間が存在していたのだと思う。
それは時間がこの世界を造ったということだ。
時間がこの世界を発展させ、時にこの世界を破壊してきた。
今のこの世界は時間の産物なのだ。
その時間を把握することはとても人間の頭では出来ることではない。
もはや人の領域を超え、進化した存在であるから可能となっているのだ。
人の身であったなら、たった一日の時間旅行であっても、その情報量に脳が耐えることはできないだろう。
それぐらいの大きな負担を感じたのだった。
「よく分かります」
「この先だけど、未来にジャンプすることになるわ」
でしょうね、だと思ったよ。
「未来ですか、未来予測とはまた違うのですね」
「未来予測と原理は同じよ、でも全くの別物ね。未来予測は現在に身を置いて未来を見るけれど、時間旅行の未来へのジャンプは、その身すらも未来に行くことになるのよ」
確かに別物だな。
それに身体への負担が違う。
「その上であなたに守って欲しい事があるのよ」
「何でしょうか?」
「まず注意無く過去にジャンプしたけど、過去の時間軸では極力何もしないで欲しいのよ」
今後は先に教えておいてください、そんな大事な事。
まあ何となく分かっていたから、何もしなかったし。
実際それどころではなかったからね。
「バタフライエフェクトですね、それともタイムパラドックスでしょうか?」
「どちらも同じことね、要は未来に影響を起こすようなことをしないで頂戴ということよ」
「分かりました」
「時間はとてもデリケートなのよ、最悪私の権能でどうにか出来なくはないけど、それは下界に手を出すということになるわ、それは神のルールに抵触することになるの」
「そうなりますね」
このメカニズムはいろいろなSF映画などにも出てくる現象だ。
過去に戻って事象に手を出すことによって、現在が変わってしまう。
俺にとっては特に変えたい現在なんてないから、逆に現在が変わってしまわない様に注意したいところだ。
今の生活は本当に充実している。
俺は日々幸せを噛みしめているのだ。
「それと未来へのジャンプなのだけれども、無数にある時間軸の中の一つになるわ。それは即ち・・・」
アイルさんは俺の眼を覗き込んでいる。
「あくまで可能性の一つでしか無いということですね」
「正解!」
「どれだけの時間軸があるのかは分からないのですよね?」
「残念ながらね、ただ高い可能性で起きる出来事は、因果が巡って起こることになるわね」
「因果ですか?」
因果律というやつか?
「そうよ、大きな転換期であったり、運命づけられている出来事というのがこの世界にはいつくかあるのよ。例えばあなたの存在がそれよ。あなたがこの世界に来る可能性は高かったわ。来ない可能性もあるにはあったのだけれどもね」
俺が因果律に組み込まれていたってことか・・・
なんだかな・・・
リアクションに困る。
まぁ重要人物ってことですね。
本人にはあまり自覚はありませんけど。
自由に好き勝手やってるだけだし。
「それと、未来へのジャンプだけど、あまり情報を集めないことをお勧めするわ」
「それはどうしてですか?」
「先の事を知ることはあまり楽しくないのよね」
ああ、俺と同じ感覚の持ち主か。
大丈夫です、俺も大賛成です。
未来予測で懲りてます。
「俺も同意見です、前に未来予測を使ってみたことがあるんですが、あまりにつまらなくて能力を封印していたぐらいですので」
「そう、先のことを知りたいって者も一定数いるから、好きにしてくれていいのだけれどね」
「そうですね」
時間旅行を手にしたとしても、あまり未来を見に行くことを俺はしないだろうと思う。
先の分かっている人生なんてつまらないに決まっている。
一寸先は闇なんて言うけれど、それすらも受け入れる人生があっても良いじゃないかと俺は思うのだ。
「後、誰かに能力を知られるのもあまりお勧めしないわ。それこそ因果律に影響を及ぼす可能性があるわよ」
「そうですね、ジャンプ中は透明化の能力を使用しておきます」
「理解が早くて助かるわ、ではそろそろいきますわよ」
「了解しました」
俺は透明化の能力を発動した。
アイルさんも同様に透明化しているが、その姿を俺は可視化することができた。
俺達は同じ位相に居ると思われる。
アイルさんの手を取り、未来へのジャンプが発動された。
俺は神気を全身に纏い、全力で時間を意識した。
其処は見慣れた光景だった。
魔物同盟国『シマーノ』であった。
情報を整理し、時間を把握する。
始めて過去の世界にジャンプした時に比べて、かなり楽だった。
見慣れた光景だからだろう、見慣れた町並みの痛み具合や、知っている魔物達の風貌から何年後の世界なのかを把握することが容易かった。
ここは・・・一年後の『シマーノ』だな。
俺は『念話』でアイルさんに話し掛ける。
「一年後の未来ですね?」
「そうよ、正解ね。見慣れた街なら負担も少ないんじゃなくて?」
「ええ、把握するのが楽にできました」
「そう、少し散策してみましょう」
俺はアイルさんの手を離して、一年後の『シマーノ』の様子を眺めることにした。
うう‼
それは突然訪れた。
不思議な現象が起きていた。
俺の存在感が倍になった。
そうか、この世界の俺を感じているんだな。
この世界の俺も俺の存在に気づいているだろう。
それぐらい強い繋がりを感じる。
なんだろうこの心強さは、自分がもう一人いることがこんなに万能感を感じるとは思ってもみなかった。
自分がもう一人いたら・・・
これまで考え無かったことは無い創造だった。
実際にそれを感じるとは・・・
あまりに衝撃的な出来事だった。
自己催眠状態で、もう一人の自分を想像し、対話を行ったことはこれまでに何度もあるが、それはあくまで想像の自分なのだ。
自問自答の粋をでることなんて無い。
でもこれは・・・強烈過ぎる。
この世界での俺と会話してみたいが、今はそれは憚られる。
余りに見慣れた景色だった。
現在の『シマーノ』と対して変わらない、だがよく見てみると違っている点がいくつもあった。
まず人族の数が増えていた。
ルイベントからの渡航者だけとは思えなかった。
様々な人種がおり、服装や言葉も微妙に違っている。
おそらく北半球の様々な国や村から人々が集まっていると思われる。
それに宿屋や、お店が増えていることに気づいた。
『シマーノ』は順調に発展しているようであった。
その様子に少し安堵する俺だった。
オクボスが陣頭指揮をとり、お店を建設している。
どうやらランドールさんのところから独り立ちを許されたようだ。
頭に螺子り鉢巻を撒いて親方感が増している。
他にも見慣れた魔物達が大勢いた。
全員賑やかに働いている。
そして、見慣れない店を発見した。
それは何と美容室だった。
店外から中を伺うと、ゴブコがハサミを片手に、髪をカットしていた。
おお!こちらもアンジェリっちの所から独り立ちできたみたいだ。
頑張っているな、いいじゃないか。
すると聞きなれた声がした。
「だから狩りの時は油断は禁物だべよ、分かるだべか?」
ゴブオクンが部下のようなゴブリンを引き連れて、偉そうに話していた。
俺は透明化を解いて驚かせてやろうかと思ったが止めておいた。
こうして元気な姿を見れただけで満足としよう。
「ゴブオクン、ちょっとよいか?」
その声の主はソバルだった。
「ソバルの叔父貴、どうしただべか?」
「ダイコク様を見かけなかったか?」
「いいや、見なかっただべ」
「そうか、ならいいんじゃ」
ソバルは神妙な面持ちだった。
その後もソバルは何人にも声を掛けていた。
人族にも声を掛けていたぐらいだ。
その度にどんどんとソバルの表情が曇っていく。
俺は逡巡した。
ソバルを見ていられなかったからだ。
思わず透明化を解いて、ソバルに近づく。
ソバルが俺に気づいた。
「島野様!ご無沙汰足しております」
ソバルが跪く。
それを俺は手で制する。
「ソバル、久しぶりだな」
俺は会わせることにした、実は数日前に現在の『シマーノ』で会ったのだが、この一年後の俺は『シマーノ』には長いこと立ち入っていないみたいだ。
俺が『シマーノ』来ると、決まってソバルは俺に挨拶にやって来る。
こいつの真面目さには舌を巻くぐらいだ。
出会った頃の尊大な雰囲気はもはや影を潜めている。
ソバルは不安な表情で俺を見た。
「島野様、ダイコク様を見かけなかったでしょうか?」
「いや、見かけて無いがどうしたんだ?」
「実は、昨日打ち合わせを行う予定で、お待ちしていたのですがダイコク様は現れなかったのです」
「それで?」
「あの御方にしてはあり得ないことです。予定の変更がある際には必ず連絡があるのです。こんなことはこれまでに無く、少々不安でございまして・・・」
「なるほど」
「それにダイコク様が極秘で教えてくれたことがあるのですが・・・」
「極秘で?何をだ?」
嫌な予感がする。
「それは・・・神を弑する存在がいるとのことす・・・そして、ダイコク様の友の神も行方がしれないと・・・」
そういうことか・・・この一年間俺はどうやらこのことを放置していた様だ。
可能性としてはダイコクさんも行方不明になっていることもあり得るということか。
俺は『収納』から通信の神具を取り出して、神力を込める。
・・・
繋がらないみいだ。
これは少々きな臭くなってきたぞ・・・
でもあのダイコクさんだぞ。
あの人が警戒を解くなんてことがあるのか?
暗部からの報告もしっかりと上がっている筈だ。
明らかに俺以上に警戒していたんだぞ。
でも結果はこうだ。
商売人がアポイントを連絡も無しにすっぽかすことはあり得ない。
それをソバルは骨身に染みる程教え込まれてきたのだろう。
ことの重大さを感じているのがよく理解できる。
俺はクロマルを呼び出した。
「島野様、ご無沙汰で御座います」
忍者の如く、跪いて眼すらも会わせないクロマル。
徹底してるねこの忍者スタイル。
「クロマル、ダイコクさんの所在が分かるか?」
クロマルは自分の配下の蜘蛛達に意識を向けている。
「いえ、私は存じておりません」
「今直ぐ捜索に当たってくれ、報告はソバルと俺にする様に」
「は!島野様はクモマル様とエアーズロックにいらっしゃるかと思っておりましたが、お戻りになられてたんですね」
しまった、そうだった。
どうしようか・・・
「いつでも転移で『シマーノ』には来れるからな、エアーズロックに戻るかもしれないから、その時はクモマルを通じて連絡をしてくれ」
「は!御意に!」
俺はクロマルとの会話を終えた。
その様子を見守っていたソバルに俺は振り返った。
「後は連絡を待つとしよう、大丈夫だ、ダイコクさんはきっと無事だよ」
その俺の発言に気を取り直そうと、ソバルが大きく頷いた。
ソバルと別れて透明化しようと思ったが、不味いことに魔物達が集まって来てしまった。
「島野様だ!」
「お久しぶりです!」
「お帰りになられたんですね!」
これは困った、俺は手で制することにした。
「すまないお前達、今日はゆっくりとしていられないんだ、また今度な」
この発言に魔物達が落胆する。
「えー、そんな殺生な」
「寂しいですー」
「また来てくださいよ、絶対ですよ!」
なんだか悪い事をしたな。
だからアイルさんの忠告を守るべきだったんだ。
反省しても今さら遅いな。
俺は一度、この時間なら人の居なさそうな海岸に『転移』し、透明化して『シマーノ』に戻ってきた。
アイルさんが困った顔で俺を待っていた。
「だから注意したのに・・・」
『念話』で呆れた声が伝わってきた。
「すいません・・・」
ぐうの音も出ません。
「しょうがないわね、神に成る者にとっては慈悲が先立つのよね。それにあなたは下界への介入が許されているから文句はないけど。これでこの時間軸は消滅すことになりそうだわね」
「え!それはどうして?・・・ああ、そうですね。そうなりますね」
ダイコクさんの危機を俺は知ってしまったからな。
現在に帰ったら手を打つに決まっている。
そうなるとこの時間軸は消滅することになるよな。
やっちまったな。
でも脅威が減ったのだから結果オーライとしておこう。
それにしても・・・もしかしてそう言いつつも、これももしかしてアイルさんが意図したことであったとしたら・・・
だってこの一年後の世界に俺を連れて来たのは彼女だし、それに俺の性格をよく分かっているみたいだし。
俺には直感的にそうだと感じてしまったのだが、ここは敢えて突っ込まないことにしよう。
詰まる所アイルさんも慈悲深いのだ。
この世界が向かって欲しくない方向に進んで欲しくないに決まっている。
上手く乗せられたことにしないと、彼女が下界に介入したことに成りかねないしね。
ここは気づかぬふりを続けよう。
それにしても、北半球は物騒だな。
神に喧嘩を売るってどういうことだよ。
そんなにこの世界を滅ぼしたいのか?
一体誰が?
神の権能で支えられているこの世界の神を弑することなんて、世界の破滅を望んでいるとしか考えられないぞ。
ドラゴムの村も落ち着いた今、遂にエアーズロックに向かえるかと思っていたが・・・
せっかくエリスの背中が見えてきたってのに・・・
ギルになんて説明しようかな?
ギルには我慢を強いてしまうな。
世界の平和と自分の母親に会うことを天秤に掛けさせるなんて・・・
困ったものだ。
俺はアイルさんの手を取り、修練場に帰ってきた。
ピンピロリーン!
「熟練度が一定に達しました。ステータスをご確認ください」
世界の声ですね。
はいはい、早速チェックしてみましょうかね。
『鑑定』
名前:島野 守
種族:半聖半神
職業:神様見習いLv71
神気:計測不能
体力:7542
魔力:0
能力:加工L8 分離Lv8 神気操作Lv9 神気放出Lv6 合成Lv8 熟成Lv7 身体強化Lv6 両替Lv3 行動予測Lv4 自然操作Lv8 結界Lv4 同調Lv2 変身Lv2 念話Lv3 探索Lv5 転移Lv7 透明化Lv3 浮遊Lv5 照明Lv3 睡眠Lv3 催眠Lv5 複写Lv6 未来予測Lv1 限定Lv4 神力贈呈Lv3 神力吸収Lv3 念動Lv3 豊穣の祈りLv2 演算Lv8 時間停止Lv1 時間旅行Lv1 多重存在Lv1 最適化Lv1 初心者パック
預金:9564万3448円
ふう、何とか時間旅行を取得することができたみたいだって・・・何だこれ?‼
半聖半神?
なんじゃそりゃ?
なんでまた進化してんの?
もしかして、時間旅行の取得までの過程が、山籠もりや断食みたいな修行に相当したってことなのか?
確かにきつかったけど。
仙人から聖人にってことなのね。
俺が聖人だって?
ちゃんちゃら可笑しいと笑いそうになるな。
でもなっちゃったんだよな。
やれやれだ。
体力がノン並みになってないか?
進化の恩恵が最適化ってことね。
これはありがたいな。
時間旅行で感じた脳内情報の処理は大変だったからな。
脳内を最適化してくれるのならこんなに助かることはない。
でも演算とは違うってことなのかな?
演算でも脳内を最適化している様に感じたが、別物なのかもしれない。
演算処理をして頭をすっきりさせていただけで、最適化されている様に感じたのかもな。
であれば最適化は別物になる。
とてもありがたい。
多重存在って・・・あれか・・・人に見せられたものじゃないよな。
これを能力として発動できるってことか。
反則だよねこれって、だって常時発動したら、ふたりで人生を歩めるってことだよね。
まあ、そんな使い方はしないけどさ。
方や休んで、方や働いてって絶対喧嘩になるよな。
腰や方が凝ったら揉んで貰おうかな?
もう一人の自分なら一番揉んで欲しところが分かるしね。
なんて浅い活用方法なんだ・・・
駄目だ、今のところ有効な活用方法が思い浮かばない。
これはじっくり考えないとな。
それも一人で考えなくてもいいってことか・・・でも同じ人物なんだから考えることは一緒だよね・・・なんだかな。
ノンを驚かせることは出来そうだな。
久しぶりにピギャー‼を聞いてみたいな。
おふざけはいいとして、時間旅行も考えものだな。
でもこれは大きなヒントに繋がる能力だ。
百年前に起こった大戦の理由や、裏に潜む者を探り出すことができるだろう。
そうすれば神気減少問題の原因も分かるだろうし。
ダイコクさんの件にしてもそうだ。
どうやら俺は大きな転換点を迎えたようだ。
いよいよ俺の神様修業も佳境に差し掛かったようだ。
その後、アイルさんと創造神様と話をすることになった。
反省会?みたいなものかな?
「守よ、能力は取得出来たかのう?」
笑顔で創造神様が言う。
どうせ分かってんだろ?爺さん。
いちいち聞くなよ。
「ええ、それはそれは、お釣りがくるほどですよ」
「ほう?どういうことじゃ?」
よく言うよ、分かっているくせに。
「分かってるんでしょ?」
俺は睨みつけてやった。
「まあな、じゃがお主から聞いてみたいんじゃよ。のう?アイルや?」
「そうですわね」
まあ、アイルさんがそういうのでしたら。
ふう、正直面倒臭い。
爺さんだけだったら絶対に説明しなかったけどね。
何となくムカつくからさ。
「能力は結局のところ、時間停止と時間旅行、多重存在と最適化を取得できました。更に半仙半神から半聖半神に進化しましたって、創造神様の予定通りなんでしょ?」
「ホッホッホ!まあのう」
やっぱりか、この爺い。
結局この爺さんの掌の上ってことなんだよな。
やれやれだ。
「あら?そうでしたの?」
アイルさんも多分知ってはいたんだろうが、ここは夫を立てようということなんだろう。
敢えて知らない振りをしている。
何なんだろうね?夫婦関係って。
俺には分からんな。
「そうじゃ、守は究極の人類になったんじゃよ」
究極の人類って、まだ人類に分類していいのか?
もはや人類ではないと思うのだが・・・
半聖半神ですよ?
無理がないかな?
まあいい、ところでこれだけは聞いておきたい、はぐらかされる可能性は高いが聞かずにはいられない。
「ところで創造神様。聞いておきたい事があります」
俺は襟を整えた。
「ほう?何のことじゃ?」
創造神様は上機嫌に顎髭を擦っている。
「神気減少問題ですが、最大の原因にはまだ辿り着いてはいませんが、この世界の神気の量はそれなりに回復していると思いますが、まだ世界の崩壊は近いですか?」
珍しく少し前のめりになった創造神様が答えた。
俺は構えずには居られなかった。
「ふむ、世界の崩壊は近年中にどうにかなることは無くなったのう」
ちょっと待て、この人の近年中は何年なんだよ?
俺にはこの人の尺度は分からない。
どうしたら分かるというのだろうか?
「それは何年ぐらいの話ですか?」
恐る恐る聞いてみた。
「そうじゃな、五百年は持つじゃろうな」
これは長いのか?短いのか?
全く分からん!
神の尺度で言えば短いのだろうか?
どうだろうか?さっぱりだ。
「それは今の状況に変化が無ければの話じゃがな。事実お主の活躍で盛り返しているからのう。じゃが根本的な解決に至らん限り、この世界の崩壊は免れんじゃろうて」
一先ずの延命処置にはなっているということか・・・多分。
でも正直それぐらいでしかないのだと、ちょっと項垂れそうになった。
やっぱり原因に辿り着かない限り、解決にはならないということか?
それにしても、よくここまで話してくれたものだ。
軽くあしらわれて終わると思っていたのに。
案外親切じゃないですかねえ、爺さんや!
ちょっと見直したよ、爺さん!
「ほう、お主。何でここまで話してくれたのかと思っている様じゃのう?」
「また読心術ですか?」
良い加減止めろって!
注意したよね?
「違うわい!そんなことぐらい、お主の表情をみれば一目瞭然じゃろうが!」
おお!読心術ではなかったか。
爺さんも学んでいるみたいだな。
「であればいいです」
「む!・・・」
創造神様はイラっとした表情をしている。
「娘さんに嫌われたくはないんでしょ?」
ここはさらっと釘を刺しておいた。
面白そうにアイルさんが笑っていた。
やっぱりこの爺さんに物言いできる者がいないみたいだ。
俺で良ければなんぼでも物言い付けてやりますよってね。
この爺さんに遠慮はいらないのだ。
遠慮すればするほどペースを持ってかれるだけだしね。
それにこの爺さん、俺に物言いを言われることに満更でもなさそうだからね。
まさかのMか?
「まあよい、それで今後じゃがな。これまで通りお主の好きにやってくれればよいのじゃ」
元よりそのつもりですが何か?
「ええ、そのつもりですよ」
「じゃな、まあ任せるわい」
任せるって、よく言うよな・・・
でも見守るだけの存在となってしまっては、そう言わざるを得ないのかもしれないな。
俺は今はグレーゾーンだから手は出せるしね。
好きにやらせて貰いますよ。
それも思う存分にね。
「守、無理だけはしないでくださいね」
アイルさんからのありがたいお言葉だ。
でもこの人もよく言うよ、それなりにスパルタでしたよね?
まあいいか。
ありがたく受け取っておきましょう。
「はい、ありがとうございます」
俺は一礼し、そろそろ時間だとこの場を去ることにしたのだが、創造神様から呼び止められてしまった。
「守よ・・・その・・・何だ・・・何かないか?その・・・」
何かとは?
もしかしてこの爺い、この後に及んでお土産を寄越せってことなのか?
だとしたらムカつくな・・・でもそれなりに答えてくれたし、今回の修業は実りあるものだったからな。
どうしたものか・・・うーん・・・
絶対にあげないと思っていたが・・・しょうがないよね?
やっぱり俺って優しいよね。
慈愛に満ち溢れていると思いませんか?
俺は『収納』から日本酒を樽ごと取り出し、ついでにトウモロコシ酒などの俺が飲まないアルコールを差し出した。更に野菜やら果物やら、肉やら、調味料やら、出せるだけの物を出してやった。
ついでに調理済みの料理もいくつか置いていった。
これで直ぐに食べれるでしょう。
それをニンマリと笑う爺さんだった。
少々ムカつくが、これぐらいであれば何とでもなる。
まあ在庫処分ってか?
「守よ、感謝するぞ」
フン!言ってろ!
まあいいか、神にも娯楽は必要だからね。
好きに飲んで食ってしてくれよ。
アイルさんには本当にお世話になったしね。
食い過ぎて腹を壊すなよ。
ではまた。
俺は『転移』した。
俺は『シマーノ』に帰ってきた。
さてどうしたものか?
時間旅行の能力についてどこまでオープンにするべきなんだろうか?
アイルさんの苦言通りとするならば、一切能力は明かさない方がいい。
アイルさんの忠告があったにも関わらず俺はやっちまったからね。
でも時間旅行の説明無くして、どうやって話せばいいのだろうか?
俺を信用してくれで済む事では無いよな?
はて困ったな。
一先ずソバルを呼び出すことにした。
一家は今はドラゴムに居るので『念話』でギルに連絡し『シマーノ』に一家とクモマルを連れて集合するように指示を出した。
直ぐに転移扉を使ってやってくるだろう。
到着したソバルにはアラクネ達を集めるように伝える。
首領陣達にはこの後に伝えて貰おうと思う。
場所は記念館の会議室だ。
俺は『収納』から通信の神具を取り出して、ダイコクさんに連絡を取ることにした。
神力を込めて、応答を待つ。
「はいはい、島野はん。どないしたんや?」
何時もの陽気な声が返ってきた。
「ダイコクさん、今は何処ですか?」
「わいか?今は『ルイベント』におるで」
これは話が早いな。
ならば迎えに行きましょうか。
「じゃあ迎えに行きますね、ルイベントの何処にいますか?」
「王城の一室や」
「了解です、今から向かいますね」
俺はルイベントの王城の前に転移した。
「今王城の前に居ます、来てください」
「ほんまかいな?すぐ行くわ」
通信を終了した。
少し待つと、ダイコクさんが現れた。
何故かニコニコしている。
「じゃあ、行きますよ」
俺は直ぐにでも転移しようとした。
「ちょっと待ちいな。何処に行くねん?」
「『シマーノ』ですよ」
「なんでやねん」
それを聞きたいのは分かるが、後で説明させて貰いますので今は従って下さい。
「後で説明しますよ」
「そうかいな?」
やれやれとダイコクさんは頷いていた。
ちょっと強引だったが許してくれよな。
俺はダイコクさんを連れて会議室に『転移』した。
会議室にはソバルとアラクネ達が待っていた。
プルゴブも同席している。
全員神妙な表情をしている。
それはそうだろう、こんな風にこれまでに呼び出したことは一度も無かったからだ。
しばらくして一家とクモマルも到着した。
各自椅子に腰かけ、俺の発言を待っている。
全員表情が硬い。
俺の緊急の呼び出しに、何があったのかと身構えている。
場を覆う緊張感に堪えきれず、ダイコクさんが話し出す。
「それで、島野はん。どないしたっちゅうねん。忙しないなあ」
緊張感を解放しようとダイコクさんの気遣いなのだが、功を奏してはいなかった。
まだ緊張感は続いている。
俺は徐に話し出した。
「実は・・・説明に困るのだが・・・これから一年後にダイコクさんが行方不明になる。これは可能性が高い事実だ・・・」
俺の発言に一同が凍り付いた。
ダイコクさんは眼をひん剥いていた。
俺は説明も無く、起こりうる可能性のみを伝えた。
今はこれ以上の説明が出来ない。
「ちょっと待ってパパ、何事?」
ギルは説明を求めているがどうしたものか・・・
「ギル、説明が難しいんだよ・・・」
俺は弱々しく返す事しか出来なかった。
でも家族達は反応が違った。
「良いじゃないですか、主がそう言うならそうなるってことでしょう」
ゴンは自信満々に胸を張って答えていた。
マジかこいつ。
こんなに簡単に俺を信じていいのか?
「そうだよギル、主がそう言うならそうなるんだよ」
ノンも加勢していた。
こいつらはほんとに・・・なんて可愛らしい奴等なんだ。
エルも無言で頷いていた。
どうやら俺への信頼は絶大みたいだ。
嬉しくもあるが、少々怖いとも思ってしまった。
だって俺だって間違えることはあるんだぞ。
そんな簡単に信じていいのか?
「そうか、そうだよね。パパがそう言うならそうなるか。だってこれまでパパが予想して外れたことが無いしね」
お前もかい!
ギルもそうだったと急反転していた。
「ちょっと待ちいな。わてには説明してくれんと困るで。事はわての事なんやろ?」
確かにそうなるな。
これが真っ当な反応です。
島野一家の俺への信頼が盲目過ぎるのだ。
「ダイコク様、島野様の言う事は間違いがありません。自分の事と不安でしょうが、ここは島野様の事を信じては貰えませんでしょうか?」
ソバルが勇気を振り絞って発言していた。
現に身体が震えていた。
「ソバル、自分・・・」
ダイコクさんは首を振っていた。
「ダイコク様、私も同意見です」
「儂もです」
プルゴブとクモマルも続く。
お前達もか・・・何でそんなに俺を無条件で信じるのかな?
ダイコクは押し黙った後、
「もうええわい、分かった!分かった!もうなんやねん。わてが悪人みたいになっとるやないかい!」
ダイコクさんは呆れた表情をしていた。
俺は言葉を繋ぐ、
「お前達ありがとう。それで今後について話しがしたい。まずはダイコクさん、前に陶芸の神が行方不明と言っていましたが、その後連絡はつきましたか?」
「あかん、全く駄目や」
ダイコクさんは首を振っている。
やっぱりか。
「そうですか、そこからまずは探っていこうと思います」
ここからしか手繰る糸は無いだろう。
恐らく同一の人物が未来でダイコクさんに手を掛けた、又は拉致したと考えていいだろう。
俺はそう考えている。
少々安易ではあるのだが。
「さようか、あいつは武装国家ドミニオンにおったのは間違いないんや。現に奴の工房もドミニオンにあんねん。ドミニオンに居を構えておったからな」
武装国家ドミニオン・・・
「その武装国家ドミニオンは何処かと戦争中ってことはないですよね?」
「今はないで、昔はちょっとした小競り合いが隣国の魔道国エスペランザとあったちゅう話や」
魔道国家『エスペランザ』ね、覚えておきましょう。
「まずはこの二国に絞って、アラクネ達は全力で情報を集めてくれ」
「「「「「は!」」」」」
アラクネ達が跪く。
「すまないが、クモマルも加わってくれ。旅は中断となるがいいな?」
クモマルには悪いがここは手を抜くわけにはいかない。
クモマルを欠いたアラクネには心元さがあるからね。
「は!勿論で御座います。島野様の望むが儘にお使いくださいませ!」
俺はクモマルに頷く。
「そして、ダイコクさんも暗部を出来る限り情報収集に当たらせてください」
「分かったで」
ダイコクさんも俺の指示に従ってくれるみたいだ。
その信頼感が目に宿っている。
「ソバル、腕の立つ者を何人かダイコクさんの護衛につけてくれ!人選は任せる」
「は!ありがたき!」
ソバルも跪く。
敬愛するダイコクに警護が付けれられたのが嬉しいのだろう、ソバルはありがとうと視線を向けてきた。
「プルゴブは魔物達に警告してくれ。怪しい者は徹底的にマークしろと。事は重大だ。相手は神に喧嘩を売る馬鹿者どもだ。だが証拠も無く疑うなよ。冤罪はあり得ないからな!分かるな?」
「は!お任せ下さいませ!」
プルゴブも跪く。
プルゴブに任せておけば大丈夫だろう、こいつは俺の意図をちゃんと汲み取れる存在だ。
とても心強い。
そしてこれを言わなければいけない、
「ギル、すまないな。エアーズロックはこの騒動が収まるまでは向かえない。もしどうしても行きたいならお前だけでも行っても良いがどうする?」
ギルは逡巡した。
「僕一人でエアーズロックにはいかないよ。ジイジもエリスは無事だと言っていたからね。まずはドミニオンだね」
ギルは笑顔だ。
すまないなギル、本当は今の直ぐにでもエアーズロックに行きたいだろうに。
俺も今すぐにでもエアーズロックに行きたい。
早くエリスに会いたいのだ。
俺は苦虫を噛みしめながら言うしかなかった。
「そうか分かった、島野一家はドミニオンに向かう。その後はエスペランザだ。いいなお前達?」
俺の想いを吹き飛ばすかの様に返事が返ってきた。
「当然だね」
「了解です」
「勿論ですの」
これで大方の方向性は決まった。
さて、俺も腹を決めた。
本気になろうか。
「今後は毎朝九時に連絡を取り合う様にする。念話でも通信用の魔道具でも神具でも構わない。ここにいる全員に情報は行き渡るようにするんだ。全員の意思疎通を行るな、いいな?休日返上になるかもしれないが、頑張ってくれ‼」
「「「「「は‼」」」」」
「いいよー」
「しゃあないな」
「だね」
「そうですね」
一様に了承していた。
これでどうにかなるだろう。
でももっと強力な援軍を求めようかな?
ゼノンは反則だよな。
多分ゼノンなら今回の騒動の相手も知っている筈だ。
でもゼノンも上級神だ。
教えてはくれないだろう。
なら、神界の噴水で覗いてみるか?
これも反則だろうな。
いっそのこと、時間旅行で過去に遡って探ってみるか?
それはありだが、ちょっと違う気がする。
これは最終手段だな。
出来る限り、今の俺の北半球での戦力で探るべきだろう。
魔物達は頼りになるし、何ならこいつらを更に進化させることも出来る。
そうなると北半球での勢力図が大きく変わりそうだから、あまりやりたくは無いのだが。
切れる切符は大いに越したことはない。
あまり大事にはしたくはないのだが・・・
結局のところ手はいくらでもあるという事だ。
こちらは『シマーノ』『ルイベント』『ドラゴム』がある。
戦力としては申し分ないだろう。
なんなら南半球の勢力を動員することも可能だ。
これは最終手段なのだが。
進化した魔物達は本気を出せば、人族を平気で平伏させるだけの力を持っている。
あいつらは基本的に穏やかな性格をしているから、そんな荒事には手を染めないが、本気になれば、人族を根絶やしにするだけの力がある。
それを俺は知っている。
ダイコクさんやスターシップもそうだ。
だからこそ、彼らは真っ先に魔物同盟国と同盟を結ぶという行動に出たのだ。
彼らはそれを決して口にはしないが、そうであることは紛れもない事実なのだ。
そんな魔物達が本気になることは出来れば避けたいと俺は思うのだが。
事はそうはいかなくなっている。
未来の出来事ではあるのだが、ダイコクさんに手を掛けたということに他ならないからだ。
ダイコクさんは俺にとっては、まだまだ気を置けない相手ではあるのだが、その存在は友と言っても過言では無いのだ。
それぐらい俺は彼に胸襟を開いている。
ダイコクさんは北半球で初めて出会った神であり、協力して共に『シマーノ』と『ルベント』を結び付けた仲なのだ。
苦楽を共にした間柄である。
消息不明とは、俺には拘束されているのか、弑されたのかという結論に達することになる。
それをはいそうですかと、平然と受け入れるだけの胆力は俺には無い。
全力でその相手を探し、然るだけの処置を行わなければ気が済まないのだ。
それに今なら未然に防ぐことができる。
そう、今なら可能なのだ。
そうしないことに理由はない。
今できることを全力で取り組むべきなのだ。
俺は半分神だが、それはまだ神では無いということだ。
ここのグレーゾーンを俺は有意義に利用したいと考えている。
それに創造神様は俺に言ったのだ。
好きにしろ、任せると。
この意味は大きい。
それは俺にしか出来ないことがあるから一任してくれたと、俺は勝手に考えている。
多少の荒事も見て見ぬ振りをすると、お墨付きを頂いたと俺は拡大解釈すらもしているのだ。
万が一それを認めないと言われても、だから何だと俺は胸を張って言える。
詰まる処、俺は腸が煮えたぎっているのだった。
どうしても許せない!
それぐらい今回の出来事を俺は許せないでいたのだ。
まだ起きてはいないことではあるが、そうしようと目論む者達がいるということが俺は許せなかった。
どうしてそう考えるのか全く理解ができないが、炙り出して懲らしめてやろうと思う。
いい加減、神を舐めるんじゃないよ!
何が何でも追い詰めてやる‼
俺は決意を固めたのだった。
武装国家ドミニオンはルイベントから東に陸路で十日ほどの所に位置する、山を切り崩して造られた国だった。
街を囲む様に高い堀が囲っており、簡単に侵入は許さないとその景観が雄弁に語っていた。
武装国家とはその名の通りで、強力な国軍を有しており。
優秀な兵士が多く存在しているとダイコクさんが以前語っていた。
ルイベントとは国交は開けているが、心を許せる程の間柄では無く。
一歩間違えるとその関係は大きく揺らぐ可能性があるということだった。
ただルイベントは永世中立国を謳っていることから、関係が悪化したからといってその矛先をドミニオンに向けることはない。
ただしルイベントも自衛の手段が無いわけでは無く。
攻め入られれば自衛できるだけの準備はある。
ルイベントも自衛出来るだけの軍隊を有しているのだ。
その軍隊のナンバーツーがライルだから大丈夫なのか?と疑ってしまうのだが、ライルもそれなりに強者だといことらしいから、困ったものだ。
あいつの小物感は半端なかったからね。
魔物達と比べてはいけないと思う俺だった。
そしてそこで効力が発揮されるのがシマーノとの同盟関係だ。
両国間で結ばれた条文の中には、
『双方において、他国からの軍事進攻があった際には、協力してそれにあたることにする』
という一文がある。
これは即ちルイベントがドミニオンからの軍事的侵攻を受けた際には、シマーノはその防衛の協力をしなければならないという事を意味している。
それは逆も然りで、もしシマーノがどこかの国から軍事的侵攻を受けた際には、ルイベントもその防衛に協力しなければならない。
だが、これは実はあり得ないことだった。
というものシマーノが隣接する国はルイベントしかなく、数少ない可能性としては海路を使った軍事行動でしか、シマーノに軍事侵攻が出来ない位置にシマーノが存在しているからだ。
北半球の軍事勢力に関しては俺は全く知らないのだが、どう考えても海路を使った軍事行動を行える国があるとは思えなかった。
もしそんな国があるのなら、南半球に軍事行動はしないまでも、船を向かわせることぐらい出来るということだからだ。
だが現実としてはそんなことは一切確認されていない。
百年以上前にはそんなこともあったということだったが、その数は数えるほどしかないとも聞いている。
その為シマーノが軍事侵攻を受けることはあり得ないということだ。
この条文の意味するところはルイベントが軍事侵攻を受けた際には、シマーノは協力してくださいね、という一方的なものなのだ。
この条文に関しては、俺は実はプルゴブからこっそりと相談を受けていた。
余りに一方的なもので平等性が無く、これは条文から外したほうがよいのではないか?とプルゴブは考えていたのだ。
そんなプルゴブに俺は、
「お前達は進化して強くなった、どうだ?人族に後れを取るなんてことがあると思うか?」
俺は現実の力関係を暗に伝えたのだった。
その意味を察したプルゴブは、
「この北半球において、もはや我等魔物達は過剰戦力になっております。我等に歯向かう者などおりませんでしょう」
「そうだな、だからお前達はその力をどう使うのかよく考えなければいけない」
「左様ですな」
「力ある者は、弱者を保護しなければいけないと俺は考えるのだがお前はどうなんだ?どう考える?」
昔のソバルあたりだったら、この意味を受け止められなかっただろうな。
「儂らは虐げられてきました。弱者の気持ちは痛いほどに理解できます。強者となった今、弱者を守るのは当然かと」
「なら答えは出ているんじゃないか?」
「おっしゃる通りでございます、お導きくださりありがとうございます」
というやり取りがあったのだ。
そんなことからルイベントの急事にはシマーノの魔物達は駆けつけなければならないことになっている。
クモマルからは、今はルイベントとドミニオンとの関係は悪化することは無さそうである、と報告は受けている。
急な方向転換が起きないことを祈るばかりだ。
ルイベントとドミニオンとの距離感は、一定の距離を保っている状態だった。
外にも報告は多数あった。
ドミニオンの経済や、政治に及ぶまでアラクネ達から毎日報告はあげられてきている。
もはやドミニオンに行かずともその動向は追う事ができていた。
ただ俺はその空気感を自分自身で感じたいと考えた為、俺達はドミニオンに向かっているのだった。
やっぱり実際に見て見ないと判断は下せない。
島野一家はこれまで通り、瞬間移動を繰り返して、ものの半日でルイベントからドミニオンに到着した。
もはや手慣れた移動手段だ。
ノンに至ってはそのほとんどを寝ていたぐらいだ。
後半はゴンに叱られて起きてはいたのだが・・・
ギルとエルがまたかと項垂れている。
仲良くしてくれよないい加減。
なんでこいつらは犬猿の仲なんだ?
まあいいか。
旅の間の肩書をどうしようかと悩んだが、ここはハンターでいこうということになった。
商人でもいいのだが、何も販売をしないことを怪しまれることもどうかということになったからだ。
ダイコクさんの話では北半球にもハンターはおり、ハンター協会もあるということだった。
ならばそれでいいだろうと。
ただ南半球のハンター協会の会員証は使えないだろうということだったので、ハンター協会で会員登録は必要ということになる。
少々面倒臭いがこればかりはどうしようも無い。
城門の入口で立ち入り許可を求めて、長蛇の列に並んでいる。
それにしても、ものすごい人数が並んでいる。
人族が大半で、中にはわずかに獣人も見かけるが、ちょっと様子が変だ。
明らかに様子がおかしい。
獣人には首に見たことも無い首輪が嵌められており、人族に傅く様にしているが伺える。
獣人を従える人族は、豪華な衣装を身に纏っていた。
高貴な存在であることが分かる。
おそらく貴族では無かろうか。
細い眼の神経質そうな顔をした背の低いおじさんだった。
クモマルからはドミニオンは貴族社会であると報告は受けている。
獣人に対して、侮蔑とも取れる態度で接しており、今も獣人を足蹴にしていた。
その口元には下卑た笑顔が張り付いている。
はあ、これはあれだな、奴隷だな。
俺は一気に暗い気分になった。
見たく無かったな・・・
タイロンの奴隷とは雰囲気が違う。
今ではタイロンは奴隷制度は無くなっている。
ただオズが改心するまではあった制度で、今でもその名残はある。
その名残を払拭しようと、オズとガードナーは日々奮闘している。
特にオズは躍起になっており、ステータスを治すだけでは無く、就職先まで斡旋しているのだった。
実はサウナ島でも数名元奴隷を引き取っている。
彼らは今では改心し、活き活きと働いていた。
逆に待遇が良すぎると、周りから羨ましく思われている節すらあるということだった。
俺は社会復帰が出来ていると喜ばしく感じていた。
その一端を担っていると誇らしくも感じていたのだ。
俺がやったことはマークに丸投げしただけだ。
マークはまたですか?と肩眉を上げただけだった。
それでも未だ南半球でも奴隷がいるのだが、その数はほぼ一桁に近いとガードナーが以前話していた。
そんな過去を持つタイロンでの奴隷よりも、あまりに扱いが酷いと感じてしまう。
間違っても首輪なんて嵌めていなかったぞ。
ふつふつと俺は怒りが沸き立ってくるのを感じていた。
どうしてもこればかりは許せない。
気を抜くと表情に出そうだ。
どうして人の下に人を置こうとするのか?
隷属して人を従えることは、間違っても人を従えていることにはならない。
こんなことで優越感を感じていることに忌避感すら感じている俺だった。
これはいけない、もはや聖人なんだからこんなことで顔に出る様になってはいけない。
いや、聖人だからこそこの様な扱いが許せないのか?
諦めた顔で下を向く獣人の青年に駆け寄って、今すぐにでも解放してやりたい。
でもここでは目立つ行動は控えなければならない。
そんな俺の思考を無視して、ゴンとギルが色めき立っている。
あっ!駄目だ。これ本気のやつだ。
今にも飛び掛からんという程に貴族らしき男性を睨みつけていた。
その視線を察したのか、貴族であろう人族が横目でこちらを見ていた。
傲岸不遜な態度でこちらに近寄ってくる。
なんで近寄ってくるんだよ。
お前お終わるぞ!
それは死へのデスロードだぞ。
「おい!そこの子供と女!吾輩に何か用か?」
人族の男性はゴンとギルを見下すように話し掛けていた。
ああ、やっちまった。
鼻の下に生えている、ちょび髭が小物感を助長している。
お付きの者達も数名同伴していた。
姿恰好から護衛であることが窺い知れる。
あ、こいつ死ぬかも。
ギルに至っては口に笑みを含んでどうしてやろうかと思案しているのが分かる。
ゴンは正義感が先に立っているのだろう、我慢がならないと青筋を立てていた。
こうなっては俺も止めることは出来ない。
このおっさんはギルとゴンにとっては歯牙にもかけない相手だろう。
それを分かっていない人族の男性が、更にいらない言葉を重ねる。
「何だお前達は?吾輩を誰と心得る。吾輩はハセ伯爵なのだぞ!」
その言葉を無視してギルとゴンはいきなり獣化した。
一同に驚きが響き渡る。
「ドラゴンがなんで?」
「なんと九尾の聖獣?」
「神獣様だ!」
その様に完全に腰の引けたハセは言葉を失っていた。
空いた口が塞がっていなかった。
尻もちを着いて、ワナワナと震えている。
順番待ちをしていた者達は、我先にと距離を取っている。
そりゃあ巻き込まれたくはないよね。
「僕に何か用?」
「私に何か?喰いちぎりますよ」
二人は哀れな者を見るかの様に、ハセを見下していた。
お付きの者達が一拍遅れて二人とハセの間に立った。
だがそのお付きの護衛達も完全に腰が引けている。
一度は尻もちを着いたハセだが、護衛に守られたことで落ち着きを取り戻したのか、徐々に強気になっていく。
「なんだお前達は?・・・ドラゴンと・・・お前は何だか分からんが、それがどうしたというのだ!ドラゴンなんぞ、先の大戦で駆逐された存在だろうが!」
その発言にギルがいきり立つ。
「何だって?喧嘩売ってるのかな?いくらでも買ってあげるよ」
というやいなや、ギルは上空にブレスを放った。
上空に火柱が立ち昇っている。
余りの出来事に、距離を取っている観衆達はこの場から逃げ惑い、一目散に城内に押し寄せていた。
ギルのブレスに完全に腰が引けたハセは先ほどの勢いは何だったのか?というほどにたじろぎ、下半身を塗らしていた。
それを目聡くノンが気づく。
「おじさん、おしっこ漏らしているよ。ハハハ‼オモロ‼」
一瞬何を言われているのか分からなかったハセだが、それに気づいて顔を真っ赤に染めていた。
「ほんと、恥ずかしいこと。見てらんないわね!」
ゴンが見下して言い放つ。
「あらま、少々臭いですの」
エルが止めを刺した。
この様子を冷めた目で眺めていた奴隷の獣人が、ここで初めてくすっと笑った。
これを見逃さないギルがゴンに尋ねる。
「ゴン姉、あの首輪って外せると思う?」
「楽勝ね、契約魔法で縛っているだけよ。上書きは簡単ね」
「じゃあ外してあげようよ」
「そうね」
おいおい、いいのか?
まぁいいのか。
どうにでもなれだ。
ゴンは奴隷の獣人に近づくと、勝手に首輪を外してしまった。
奴隷の獣人はキョトンとしている。
お付きの者達が騒ぎ出す。
「おい!何を勝手にやっているのだ!」
「ふざけるな!ハセ様の所有物だぞ!」
「いくらしたと思っているのだ!」
やれやれだ。
そろそろ俺の出番かな?
「おい!ハセとやら。奴隷を何処で調達したのか教えてくれるかな?」
「何だお前は?お前達は何なんだ!」
ハセは恥ずかしさが突き抜けたのか、逆ギレしだした。
「吾輩を辱めやがって、許さんぞ!」
はあ?駄目だこりゃ。
俺は『念動』を使って、ハセを三メートルほど空中に浮かせた。
ハセはギャーギャー騒ぎながら上空でバタバタしている。
お付きの者達もついでに浮かせておいた。
何かされたら鬱陶しいからね。
巻き込まれたお付きの者達はワナワナと震えていた。
自分達は関係無いと言いたげな顔をしている。
「おっさん!いいから答えろ。奴隷を何処で調達したんだ?」
「言うもんか!ここから降ろせ!ズルいぞ!」
何がズルいんだ?
よく分からん。
更に二メールほど浮かせてやった。
ハセのズボンのシミが大きくなる。
ポタポタと雫が滴っている。
「やめろ!やめてくれ!」
「おっさん!いいからとっとと答えろ!それに汚い!」
このままストンと落としてやろうかな?
地面に着く直前で止めるとか面白そうだな。
「頼む、お願いだ!止めてくれ!」
俺は無言で更にゆっくりと上空に『念動』でハセ一同を上げていく。
「ああ、なんで?止めて・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい!」
「おじさん、いいから早く答えてよ」
ギルは上空に羽ばたくと、ハセの隣に並んだ。
「ごめん!悪かった。お願いだ。降ろしてくれ!」
「おじさん馬鹿なの?早くパパの質問に答えなよ。じゃないとどうなっても知らないよ?パパが本気で怒ったら、この世界が滅んじゃうんだよ」
おい!ギルなんてことを言うんだ!
あ!この目は本気でそう思っているな・・・
俺ってそんな存在じゃないんだけどな・・・
そうか、ゼノンに命じれると思っているのか・・・
しませんがなそんなこと。
「分かった!答える!答えるから降ろしてくれ‼」
簡単に降ろす訳ないだろ、まったく。
俺は『浮遊』でハセの眼の前に浮かんだ。
ハセが目玉をひん剥いて俺を見ていた。
「おお、神だ!」
「なんといことだ・・・」
「そんな・・・」
お付きの者達は完全に心が折れたみたいだ。
数名は空中で俺を拝んでいた。
なんでそうなるかな?
「いい加減早く話せ、此処から落とされたいのか?」
「はは!答えさせて頂きます!」
ハセは急に身を改めた。
あれま、従順になったことだ。
これならば、始めに飛んで見せればよかったのか?
飛べることが神の証明になるのか?
よく分からん。
「この奴隷は宗教国家『イヤーズ』で購入しました。金貨二十枚でした。裏町の奴隷商人に勧められたのです。熱心な売り込みに断ることができず・・・」
何が熱心な売り込みだよ、言い訳はいらないっての。
どうせ邪まな考えがあったに決まっている。
この後に及んで・・・こいつは駄目だな。
腐っている。
ここまでくると嫌悪感が半端ない。
「分かった。もういい、この奴隷は譲って貰う、いいな?」
俺は問答無用で裁きを行った。
「はは!勿論でございます」
ハセは空中で土下座をしていた。
器用なものだ。
ゴンとギルは奴隷の獣人を介抱していた。
「あと教えてくれ。北半球では獣人は蔑まれているのか?率直に答えろ」
「はは!申し上げます。獣人は北半球ではその数が少なく、又、迫害を受けている種族であります」
「そうか、なんで迫害を受けているんだ?俺にはその理由が分からない」
「そうでありますね・・・吾輩は存じあげません・・・」
だよな、理由なんてないんだ。
あるはずもない。
結局差別なんてそんなものなのだ。
差別する理由なんて突き詰めればあるものではない。
偏見と侮蔑から差別は始まり、それが意味も無く派生する。
容姿の違いや、能力の差が妬みを生み、それがいつしか拒絶になり、気が付くとそれは差別に繋がるのだ。
最終的には数の論理で、少ない方が差別される。
なんともつまらない。
紐解けばこんなものなのだ。
構図はハッキリしている。
多数が少数を迫害する。
つまらない。
あまりにつまらない。
そして争いが生れ、いつしかそれが当たり前の事と受け止められる。
世知辛い世の中だ。
ハセ一同を地面に降ろすと、歓声が沸き起こった。
避難していたかに見えたが、興味を覚えた者達がことの顛末を眺めていたのだった。
「やったー!」
「凄い!」
「神が降臨されたぞ!」
俺達は観衆に囲まれてしまった。
おいおい、勘弁してくれよ。
ハセは相当評判が悪かったのだろう、ハセに対して唾を吐き掛ける者までいた。
警護の者達も既にハセを見限っているようで、その行為を咎めたりしていないどころか、助長させる様にハセに罵声を浴びせていた。
あれまあ、なんだかね。
悲しい奴だな。
ハセは神に見放された者と雑な扱いを受けていた。
俺はハセの事は放置することにした。
だって無関係だからね。
悪い事をしたという気分にはなれない。
貴族だろうが知ったことじゃない。
文句があるなら国王でも何でも連れてこればいい。
いっそのことそうしてくれると助かる。
話しが早くていい。
俺達は大観衆に迎えられており、何時もの如く調子に乗ったノンが、観衆を煽って、ふざけている。
ノンは一体何がしたいのだろう?
ただ単に騒ぎたいだけなんだろうけど・・・
そもそもノンはこんな性格だったか?
そうなんだろうね・・・多分・・・
やれやれだ。
そして、王城からの使者が出迎える為に俺達を待っていた。
屈強な兵士に守られる様に、凛とした態度の老齢の男性が俺達を迎え入れたのだった。
「この度は我が国の貴族が無礼を働いたようで、申し訳御座いません」
深々と頭を下げられた。
ほんとに迷惑でした。
「今回は許すが次は無いぞ!」
俺は敢えて偉そうに対応した。
それには理由があった。
クモマル達から上げられてくる報告によって、この国の状況を理解した上での判断だった。
この国は貴族社会であり、貴族の腐敗は進んでおり、それは王でも取り締まれないぐらいの惨状になっているとのことだったからだ。
その状況を察した上で、敢えて強者の風格を見せつけることにしたのだ。
貴族を黙らせる方法はいくつもあるが、力でねじ伏せた方が話は早いと思ったからだ。
正直言って柄ではない。
だが情報を早く得たい今の状況に置いて、時間の無駄は悪手であると考えたのだ。
報告を纏めると国王のベルメルト・ダイガストン・ドミニオンは優秀な国王であるとの噂だったが、それはスターシップには及ばない。
貴族に対して、遠慮とも取れる対応に留めていたからだ。
その所為で、ハセの様な無能で横柄な貴族でも排除されていないのだ。
他にも裏でこそこそと暗躍する貴族もおり、腐敗は進んでいるということだった。
その上でのこの対応である。
貴族の様な肩書を追い風に、肩で風を切る様な輩には、まずはこちらの力量を示すのが簡単なのである。
それにこのハセについては予め報告は受けていた。
無能で下種な貴族であると。
腐敗した貴族の一人であるとの報告だった、ただ奴隷を購入しているとの報告は無かったのが、ハセにとっては不幸中の幸いである。
それは今この場で反省するべき場を得たのだから。
暗に追い詰められるよりは増しであろう。
現にアラクネ達は腐敗した貴族たちの悪行を暴こうと、証拠固めに動いているのだ。
「寛大なご処置痛み入ります。では王城にお越しくださいませんでしょか?」
「そうか、分かった」
俺達島野一家は、王城に迎え入れられることになったのだった。
時を同じくして、一人の女性が魔物同盟国『シマーノ』にやってきていた。
彼女はジュライことエリカ・エスメラルダ。
本来であれば、大貴族のご息女である彼女は煌びやかな衣装に身を包み、凛とした態度を崩さないのだが、今は旅の者として『シマーノ』に訪れていた。
情報部からの報告を受けてからというもの、どうにも魔物同盟国が気になって仕方が無かったからだ。
こうなると自分の眼で見て判断したい、と思うのがエリカの性格だった。
エリカは魔物同盟国を脅威であると感じると共に、強烈な興味を覚えていた。
それはエリカの常識として、魔物が国を興すなんてあり得ないことだからだ。
エリカの知る魔物とは、知力が低く本能のままに生きる獣とたいして変わらない存在だった。
厳密には獣は意思の疎通はできないのだが、魔物達は意思の疎通は出来る。
だが、言葉を流暢に話す者など稀有な存在で、エリカはそんな魔物には出会ったことは無い。
エリカにとっては魔物も獣も一緒なのである。
それぐらい魔物をエリカは見下していた。
こうして二人の腕利きの護衛と共に、旅人に扮して『シマーノ』にエリカはやってきていたのだった。
既にエリカは完全に度肝を抜かれていた。
『シマーノ』に訪れるよりも前に『ルイベント』に訪れた際に出会った魔物達は、皆高い知力を有していたからだ。
村の至る所で見かける屋台を魔物達が運営しており、又、そこで販売される食事や工具、生活用品は全て高品質な上に価格もお手頃だったのだ。
何よりも食事は断トツに美味しかった。
それにエリカにとっては懐かしい食事も多く存在した。
常日頃から高価な食事を嗜む彼女ではあったが、彼女の肥えた舌を大いに唸らせるものであった。
というのもこの北半球での高価な食事は、決して旨くは無かったからだ。
時に格式ばった食事においては、その食事の内容よりもその作法が重要視されているのだった。
そんな食事に飽き飽きしていたエリカにとっては、魔物達が提供する屋台の食事はどれも美味しく、幸福感に満ち溢れたものだったのだ。
それに商売を理解している魔物達が多く、呼び込みなども上手く、興味を覚えるものが多かったのだ。
この時点において、既にエリカの心は大きく動いていた。
もはや『イヤーズ』には帰りたくはないと。
実はエリカは転生者である。
そのことを知る者は彼女以外には一人もいない。
用心深い彼女はその事実を信頼できる身内にすらも、明かしてはいなかったのだ。
彼女は三十年程前の英国、即ちイギリスで生きていた記憶を持っているのだった。
彼女は大使館に勤める父と、温厚で優しい母と、やんちゃな妹と、それはそれは幸せに暮らしていた。
彼女にとってはこの家族との暮らしは幸せで、幸福感に満ち溢れていた人生だった。
家族との愛情ある暮らしが彼女にはあまりに心地よく、最高の人生を過ごせていると、実感していたのだ。
そしてその時は突然訪れた。
休日に家族と買い物に行こうと高速道路に差し掛かったところで、居眠り運転のダンプカーに轢かれてしまい、家族全員がその生を終えてしまった。
その時に彼女が想ったことは一つだった。
大好きな家族全員一緒に天国に行けると・・・
この先は天国で家族皆で幸せにやっていけると・・・
だがその想いは叶わなかった。
気が付くと彼女はエリカ・エスメラルダとして生を受けており、イギリスで暮らした二十年の記憶をそのままに、赤子としてこの世界に転生してしまっていたのだった。
彼女は新たな人生の始まりに、その始まったばかりの人生すらも見捨てる気持ちでいっぱいだった。
正直うんざりしていたのである。
先の人生が心地よ過ぎて、もう生への執着すらも薄れていた。
始めは言語の違いに戸惑ったものの、明らかに知らない世界であると瞬時に判断した彼女は、自分が転生した身であることを秘密にすると決意したのだった。
できればひっそりと暮らしたい、それが彼女の本音だ。
彼女はとても慎重だった。
それは外の世界での記憶があるからこその思考だったのかもしれない。
それに彼女は極端に自分に注目を集めるのを嫌ったのだ。
その所為で、この世界の常識から外れることを極端に警戒した。
そしてその考えを悟られない様に、常にポーカーフェイスで暮らしていた。
時折、前世の知識が物事の改善策や、改善案を思いつくのだが、彼女は一切出しゃばらず、無言を貫き通した。
そんな彼女が生まれながらに持っていた魔法は『鑑定』と『隠蔽』だった。
それは彼女にとっては、とてもありがたいものだった。
その魔法のお陰で、五人の老師でさえも彼女の本当の名前や素性、容姿すら知らないのだ。
彼女は徹底的に影に潜むことにした。
この生は何かの間違いであると、三十年経った今でもそう思っているのだ。
それに今の五人の老師の立場も、得たくて得た物では無い。
出来れば辞退したいのが本音だ。
大貴族である父の代役として、その地位を拝命しただけのことで、外の老師達が言うあの人に対しても心からの忠誠を誓ってはいなかった。
あの人に対して思う処はあるのだが、忠誠を誓えるほどは心酔できなかった。
常に冷静な彼女にとっては、あの人はあまりに胡散臭いと感じてしまうのだ。
それに盲目になるほど入れ込むという感覚が、今の彼女には抜け落ちていた。
そんな彼女だが、実はどうしても愛して止まないものがあった。
それは日本の文化であった。
前の生での父親が大使館勤めであった影響で、日本の文化に触れ、その奥深さやワビサビの精神に心酔していたのだ。
日本の文化を学んだのは日本の漫画だった。
彼女にとって漫画とは言わば聖典であった。
それが彼女の歯車を狂わすことになってしまったのだが、エリカは気づいてはいない。
『ルイベント』で見かけた屋台はたこ焼きや焼きそばなど、日本の文化を取り入れたものであることに、エリカは心が躍っていた。
かつて一度家族で訪れたことがある日本のソウルフードである。
それに何といってもラーメンがあるのが衝撃的だった。
エリカは涙を流しながらラーメンを堪能していた。
護衛の二人はそんなエリカをこれまで見たことが無く。
激しく動揺した。
だがそんなことも忘れ、二人も屋台での食事を堪能したのだった。
ある意味現金だと言える。
それだけに魔物達の運営する屋台は彼女達にとって、素晴らしいものだったのだ。
彼女達は完全に胃袋を掴まれていた。
その後『シマーノ』に辿り着いた彼女達は、漫画喫茶の看板を見ることになってしまった。
エリカは打ち震えていた。
全身が雷に打たれた様な衝撃だった。
それはそうだろう。
この世界では紙は貴重な物で、その生産技術すらもまだ確立されていない。
その紙をふんだんに使った漫画が、目の前にあったのだ。
更に衝撃だったのが、当時彼女が嵌っていた漫画のその後を描いた漫画が存在していたのだ。
正に青天の霹靂だった。
彼女は無言で何の感情を表現することも無く涙を流していた。
そうであると彼女自身が気づいていない程に。
護衛の者を無視して、エリカは漫画喫茶に入り浸った。
それも一週間近くもだ。
見る人が見ればそれは精神破綻者に見えただろう。
それぐらいエリカは一心不乱に漫画と日本食の日々を暮らしたのだった。
あたかも自分の青春を取り返そうと言わんばかりに。
大貴族のご息女の地位をかなぐり捨てて、エリカは漫画に没頭した。
エリカは幸せの絶頂にあった。
この世界も悪くない、そう思い出したエリカであった。
そしエリカが愛して止まない『ベルサイユの薔薇』が十周目を迎えた時にやっと思った。
なんでこの世界にあの世界の漫画があるのか?
それに何で日本食があるのか?
余りに遅い気づきだった。
それほどまでに盲目的に、愛する漫画と日本食をエリカは堪能していたのだった。
既に護衛達は諦めモードで、エリカの護衛を放棄しており、各々の楽しみを見つけて楽しんでいた。
護衛の一人の男性はサウナにどっぷり嵌り、サウナ明けのビールを堪能している。
そしてもう一人の女性の護衛は食事に嵌っていた。
『シマーノ』に到着してから一週間、護衛の女性は十キロも太っていた。
もはや面影が無くなってしまっているほどに容姿は変貌していた。
久しぶりに会ったエリカに、素通りされたほどだった。
冷静になったエリカ一同は情報を集めに周った。
この街のこと全般、なにより何故に漫画と日本食がこの街にはあるのかを。
そして『シマーノ』の魔物達は外部の者に対して一定の警戒をしていたが、その警戒は実に緩かった。
魔物達は漫画と日本食が褒められたことが嬉しかったからだ。
崇拝して止まない島野が持ち込んだ漫画と日本食だ。
当然魔物達も漫画と日本食が大好きである。
首領陣達からは警戒を怠るなとのお達しはあったが、漫画と日本食を褒められるイコール、島野が褒められていると魔物達は捉えてしまうのだ。
自分達の愛して止まない神が褒められたのだ、警戒が緩くなってもそれは仕方が無い事だろう。
魔物達は島野が褒められることこそ感動の極みなのだ。
魔物達を責められる訳がない。
ここは甘く観てあげなければならない。
詰まる処、魔物達はなにも悪くないのだ。
そしてエリカは知ってしまった。
島野守の存在を、そして島野一家という出鱈目な家族を。
エリカは思う、
(今直ぐに島野一家に会いたい、何より島野守に会いたい‼どうしても‼)
エリカは興奮していた。
だがそんな気持ちを抑えて、エリカは島野守に関して考察を重ねる。
島野守についての情報は、魔物達から集められるだけの情報は得ている。
規格外の神が降臨したと、驚愕を通り越してここまでくるとその存在すら本物かと疑ってしまうほどだった。
だが間違いなく島野守は存在している。
エリカの知る神とはあまりにも違う、聞く限りではその権能が異常だ。
『転移』のみならずその所業はまさに神の御業だ。
もはや創造神かと錯覚してしまうほどだった。
そして考察を重ねるエリカは確信していた。
島野守は日本からの転移者、又は転生者だと。
この世界には転移者や転生者がいることはエリカも知っている。
エリカの知る『ベルサイユの薔薇』の最新刊から、島野守はエリカの知る地球から三十年近くは未来に居たであるだろうと察している。
それはエリカにとっては未来の地球だ。
エリカの愛した家族と過ごした地球の未来を教えて欲しいと、エリカは強く熱望していた。
エリカにとっては今いるこの世界よりも、地球の方が愛着がある世界なのだ。
地球のその後の趨勢を教えて欲いと思うのも当然のことだった。
エリカには他意はない。
その魂には前世の記憶が大きく刻まれているのだから。
エリカは島野一家の所在を求めた。
そしてとあるゴブリンから、その所在を教えて貰う事になったのだった。
「島野様だべか?今は確かドラゴムにいるだべよ」
エリカは膝から崩れ落ちそうになっていた。
ドラゴムとはエンシェントドラゴンが住む村である。
それぐらいの情報は得ている。
だがあの村は下界と隔離しており、辿り着くにも相当危険な旅路になると分かっていた。
でもエリカは諦めなかった。
否、エリカは食い下がらなかった。
「ドラゴムにはどういったらいけるのかしら?教えて貰える?」
「簡単な方法があるだべ、でも人族のおまえ達には無理だべよ」
「というと?」
何かしらの移動方法があるとエリカは察した。
「島野様が造った転移扉を潜れば、一瞬でドラゴムに行けるだべよ」
「転移扉ですって?」
エリカの心拍数は鰻登りだ。
そんな神具はこれまでに聞いたことはない。
「そうだべ、凄いだべよ。一瞬で転移が可能だべよ。おらもサウナ島にも何度も行ってるだべ、あの島は最高だべよ。どれだけ金貨があっても足りないだべよ!ああ、今すぐにも行きたいだべよ!」
サウナ島?
それってもしかして・・・
「サウナ島って何?」
これまで流暢であったゴブリンが訝しむ。
「・・・おまえ・・・何だべか?なんで島野様のことをそんなに聞くだべか?」
不味い!深入りし過ぎたか?
慌てるエリカだったが、この脅威は簡単に潜り抜けることができた。
だって相手はゴブオクンなのだから。
「いやー、島野様の大ファンなのよ私!だから島野様のことを沢山知りたくってね」
ゴブオクンの顔が一気に明るくなる。
「そうだべか?ならお前は見どころがあるだべよ!サウナ島は島野様達が造り上げた、最高の街だべよ!スーパー銭湯があって、サウナビレッジがあって、商店街もあって、美味しい屋台もたくさんあって、いろいろな娯楽が集まる最高の街だべよ。流行の最先端だべよ。ああ、おらも早く行きたいだべよ。でもお金が・・・仕事を頑張るだべ!島野様が言っていただべ、仕事を頑張れば、最高の休日が待っているだべって」
だべはよく分からないけど、言いたいことはよく分かるわ。
と感心するエリカだった。
サウナ島・・・行きたい‼
エリカの中で更に島野守が爆上がりした。
「どうしたらサウナ島に行けるの?」
「だからそれは無理だべよ・・・お前人族だべ?」
「ええ、そうよ」
「島野様は北半球の人族を信用していないだべよ、お前には無理だべな。ドラゴムにもサウナ島にも行けないだべよ。転移扉を潜れるのはおら達魔物と、一部の南半球の認められた島野様の部下達だけだべよ」
ああ、そうなんだ・・・それはそうだわよね。
私も神であったなら、信用できる者にしか転移扉なんて神具は使わせないわ。
ならば私は認められればいいということになる。
どうやって認められればいいのか?
何としても、島野守に私は会いたい。
その顔を見たいのよ。
それに話がしたい、今の地球の現状を教えて欲しいのよ。
私が愛したあの世界がどうなっているのか、知りたくて溜まらない。
願わくば、エリザベス女王がご健在なのかだけでも知りたい。
その様にエリカは考える。
エリカは更に考察する。
どうすればいいのか・・・
だがしかしその答えは出てこなかった。
そうしていると目の前のゴブリンから嬉しい一言が述べられる。
「島野様は、よくこの『シマーノ』に帰ってきてくれるだべよ。そろそろ帰ってくる頃だべよ」
それは天啓に近い一言だった。
エリカは島野一家に出会う事を決意し『シマーノ』に滞在することを決断したのだった。
俺達島野一家は王城の王の間に通された。
王の間には国王のベルメルト・ダイガストン・ドミニオンと数名の大臣と思わしき者達と、先ほど迎えに来た老齢の男性がいた。
全員が沈痛な趣きで俺達を見つめていた。
ハセがやらかした騒動の、一連の報告を受けているのだろう。
国王のベルメルトに至っては完全にビビっている。
涙目でこちらを見ていた。
おいおい、これで出来た国王ってか?
誰の判断だよ?
しょうがないな。
「お前達、ハセのことは気にしなくていい。どの道腐敗した貴族共は追い詰めるつもりだったからな」
この発言に一同は身を固くする。
凍り付いたと言ったほうがいいかもしれない。
それだけの衝撃が走っていたのだった。
それはそうだろう、今までその存在すら知らない神が突然現れて、自国の腐敗した貴族を一網打尽にすると宣言したのだから。
余りの出来事に飲み込むことすら出来かねない。
喜んでいいのか、嘆いていいのかすらも分かっていないのだ。
勇気を振り絞って、一人の大臣であろう者が前に出てきた。
「寛大なお言葉痛み入ります。して、追い詰めるとはどの様なことなのでしょうか?」
この言葉にゴンが話を重ねる。
「その言葉通りです。あなた達の国は腐っています。貴方達では対応できないようでしたので、こちらで対処しようということです」
さっきの奴隷の件が気に入らなかったのか、珍しくゴンが前に出てきた。
こうなっては俺は黙って見守るだけだ。
正義感に燃えるゴンは誰も止めることはできない。
「左様でございますか、我等としては恥ずかしいばかりです」
「いいですか?まずはそこの男、なんで上から我が主を眺めているのですか?不敬ですよ」
言われた国王のベルメルトはしまったと表情を改め、椅子から降りて俺に椅子に座る様に勧めた。
うーん、何か違うような。
まあいいか、ゴンがやる気になっているのだからここは任せよう。
俺は進められるが儘に、国王の椅子に腰かける。
その脇を固める様に島野一家が布陣する。
国王始め大臣一同は跪づき頭を垂れていた。
あれ?俺はこの国の統治者になってしまったのか?
そんなつもりは全くもって無いのだが、外の誰かが見たらそう思うに決まっている。
どうなっているんだ?
ていうかゴンはどうしたいんだ?
「そうですの、あなた達はお粗末ですの」
今度はエルまで追随し出した。
「だね、あんなハセなんて小者に好きにさせているなんて、あり得ないよね」
「そうだよ」
ギルとノンまで珍しく頷いていた。
「島野様御一行、申し遅れました。私は武装国家ドミニオンの国王、ベルメルト・ダイガストン・ドミニオンと申します。以後お見知りおきを」
他の大臣達が続けて名乗りを上げようとしたが、ゴンがそれを遮る。
「そんなことは知っています。我らの暗部を舐めないでいただきたい。そんなことよりも聞きたい事があります。正直にお答えください」
老齢の男性が返事をする。
「何なりとお申しつけください」
「よろしい、まずは陶芸の神が行方不明とのことですが、詳細を教えなさい」
ゴンは高圧的に尋ねる。
「は!陶芸の神ポタリー様は半年ほど前から行方不明です。残念ながら詳細は不明ですが、これまで集めた情報によると、どうやら何者かに拉致されているとのことで御座います」
「それはどういうこと?」
「は!ポタリー様の近隣に住む者によると、言い争う声が聞こえ、何者かがポタリー様を担いでいったのを住民が目撃しております」
何とも荒々しいな。
でも死んでいないだけましか。
否、間違った神は死なないんだった。
けど神気が無くなれば消滅はすると以前ゴンズ様は言っていたな。
神気の薄い北半球では気は抜けない。
「なるほど、その犯人の目星はついているのですか?」
「は!目星はついておりませんが、疑わしき国は御座います」
「それは?」
「信仰宗教国家イヤーズで御座います」
またこの国か、こうなってくると信仰宗教国家イヤーズに乗り込むのが早いのか?
ハセが奴隷を買ったというものこの国だったな。
神が顕現しているこの世界において、宗教を謳っている時点でおかしい。
前にエンゾさんが北半球には宗教があると言っていたが、おそらくこの国のことなんだろう。
北半球の悪の根源が見えてきたような気がする。
まだ断定はできないが、信仰宗教国家イヤーズに狙いを定めるべきだろう。
まだまだ朧気ではあるが、何となく全体像が見えてきた気がする。
まずは陶芸の神ポタリーを助けなければいけない。
一先ずはクモマル達の報告を待つとしよう。
俺は北半球の混迷をまじまじと実感したのだった。