その村はとても原始的な雰囲気だった。
村を囲う柵等は一切なく。
他者の侵入等お構いなしといった体だった。
長閑な田舎の村であった。
そして俺達の到着を知っていたかの如く。
リザードマン達からの歓迎を受けることになった。
入口で綺麗に二列に整列しており、全員が頭を下げていた。
なんで知っていたんだ?
もしかして・・・
首領であろう一人のリザードマンが、列の先頭に控えており。
「島野様御一行ですね、お待ち申し上げておりました」
声を掛けてきた。
後で聞いたのだが、この首領が唯一の名前持ちだった。
名前はアリザ、流暢に話が出来るのはこいつだけだった。
アリザは屈強な戦士風の出で立ちで、リザオよりも一回り大きい体躯をしていた。
外のリザードマン達よりも明らかに大きかった。
俺はギルと顔を見合わせた。
歓待を受けたことに、ギルは驚きで目を大きくさせている。
エルとゴンも同様だった。
ノンだけがマイペースにヘラヘラしている。
「そうか、それでエンシェントドラゴン様はいるのか?」
「はい、奥でお待ちしております。お連れするように承っております」
「分かった」
俺達は誘われるが儘に、付いて行くことになった。
村を眺めると、住処はとてもじゃないが家とは呼べない物だった。
掘っ立て小屋というよりは木造のテントだった。
全く文化的な要素を感じない。
畑は見受けられるが、サウナ島にあるような立派なものでは無く、貧相な畑だった。
こう言っては何だが、少々臭いし汚い。
トイレらしき物は見受けられたが、あれは肥溜めだな。
ゴンに後で浄化魔法をして貰おう。
この匂いに俺は耐えられそうもない。
これまで見てきた中でも断トツに文化的な要素の欠片も無い村だった。
まるで昔小学生の時に習った、縄文時代のような有様だった。
どこかに古墳でもありそうだ。
進んで行くと、村の奥には大きな広場があり、エンシェントドラゴンから歓待を受けることになった。
デカい!ひたすらデカい!
今ではギルも獣スタイルでは大概デカいが、それを遥かに超えている。
ギルの三倍近くはありそうだ。
俺達は漏れなく見上げることになっていた。
全員唖然としている。
「思いの外遅かったのう」
これがエンシェントドラゴンの第一声だった。
腹に響くとても低い声だった。
その声だけでも威厳を感じる。
「どうも始めまして。俺は島野ですって、どうやら俺達のことを知っているみたいですね?」
だからあの歓待だったんだろ?
「ああ、見させて貰っておったぞ。そしてギルよ、儂はこの日を待ち詫びておったぞ」
エンシェントドラゴンは優しい眼差しでギルを見つめている。
「うん」
ギルは羨望の眼差しでエンシェントドラゴンを見上げていた。
「ほれ、ギルよ、もっと近くに来るのじゃ。もっと近くでその姿を見せておくれ」
ギルは頷くと、エンシェントドラゴンに近寄っていった。
するとエンシェントドラゴンが突如人化した。
俺はド肝を抜かれそうになった。
その姿は創造神様にそっくりだったのだ。
流石のノンも驚いているみたいだ、珍しいこともあるものだ。
ゴンとエルも同様に驚いている。
ギルは創造神様を知らないが、お地蔵さんを知っている。
見た目がそっくりなことに驚くかと思ったが、今はそれよりもエンシェントドラゴンの呼びかけに心を持ってかれているみたいだ。
エンシェントドラゴンは近寄ってきたギルを抱きしめていた。
そして頭を撫でている。
「ギルよ、儂はこの時を待っておったぞ」
エンシェントドラゴンはしみじみと言った。
まるで好々爺の様に穏やかな顔をしていた。
久しぶりに会う孫を抱擁しているみたいだ。
ギルは静かに泣いていた。
肩を震わせながら、声も挙げずに。
俺は居ても経っても居られなくなり、俺も側に寄って思わずギルの肩に手を置いていた。
エンシェントドラゴンと目を合わせて、不思議な一体感を感じていた。
とても幸せな時間だった。
エンシェントドラゴンは慈悲深い眼をしていた。
俺はやっとギルに肉親を会わせることが出来た。
思わず胸が熱くなった。
抱かれるギルの幸せそうな笑顔に、俺は達成感すら感じていた。
ここに俺の目標が一つ達成されたのであった。
喜びの余韻を感じつつも、まずは話を重ねなければならない。
聞きたいことが山ほどある。
それはギルも同じことだろう。
俺達は勧められるが儘に、地面に座ることにした。
直に地面に座ることに一瞬躊躇いを感じたが、無視することにした。
エンシェントドラゴンが真っすぐに俺を見る。
「守よ、ギルが生れてから儂はずっと見させて貰っておった。ギルをここまで育ててくれてありがとう、まずは礼を言わせて欲しい」
エンシェントドラゴンは躊躇うことなく俺に頭を下げた。
その様にリザードマン達がどよめく。
「俺は自分に出来ることをしたまでです、頭を上げてください」
エンシェントドラゴンは俺の言葉に頷いていた。
「そうか・・・ギルよ、立派になったのう」
優しい眼でギルを見つめている。
「うん」
ギルは照れているようだ。
でもギルは同時に胸を張っていた。
ここまで大きくなったんだよと言いた気に。
「エンシェントドラゴン様、聞きたい事が山ほどあります」
頷くとエンシェントドラゴンは威厳のある声で言った。
「守よ、儂に様は要らぬよ、儂にはゼノンという名がある、これは創造神様から与えられた誉れ高き名じゃ、儂の事はゼノンと読んでくれ、決してさんとかは付けるなよ。特にお主はな」
特に俺はとはどういう事だ?
「それはどういうことですか?」
単刀直入に聞いてみた。
「守よ、儂は創造神様から聞いておるのだよ、お主は創造神様の後任候補なんじゃろ?」
この発言に周りがどよめいた。
クモマルは眼をひん剥いている。
リザオはワナワナしていた。
ちょっとした挙動不審者だ。
その他のリザードマンは絶句していた。
島野一家は当たり前と頷いている。
というよりどや顔をしていた。
そんな外野をお構いなしにゼノンは話しを続ける。
「それは云わば儂の未来の相棒ということになるのじゃよ、そんな相手に遠慮はいらぬし、傅く必要は無かろうて。違うか?それにギルや、儂の事はジイジと読んでおくれ」
「うん」
それは創造神様とゼノンが相棒と呼べる間柄ということになる。
まぁそうなるか、エンシェントドラゴンには世界を滅ぼす力があるとダイコクさんは語っていた。
それはエンシェントドラゴンを造った創造神様が、何かしらの意図があってその様な存在を造ったということに他ならない。
創造と破壊。
相反する様で両立する現象。
破壊があって、想像があるともいえるし、想像があって破壊があるともいえる。
相棒とはそういった側面を含んでいるのだろう。
そうなれば、決して傅く相手ではない。
謙遜は要らないということになる。
まぁ敬う気持ちは捨てようが無いのだが、親近感から俺はゼノンと呼ばせて貰うことにするよ。
ゼノンがそう望んでいるのだから。
「分かったよ、ゼノン。聞きたいことが山ほどある、まずはドラゴンのエリスについて教えて欲しい」
なによりまずはこれが聞きたい。
ギルの表情が変わった。
緊張感が滲み出ている。
ウンウンと頷くゼノン。
「エリスじゃな、ちゃんと生きておるよ。安心せい。この村には今はおらんが、エリスは天空の街エアーロックで休養しておるよ」
天空の街エアーロック?
それって・・・空に街が浮かんでるってことなのか?
ファンタジー来ちゃったよ。
なんで街が空に浮かぶんだ?
今はいいか・・・
でも空なら俺とギルは何時でも行けそうだ。
エリスに会えるのもあと僅かか?
「ジイジ、天空の街って、空に浮かぶ街ってことなの?」
ギルはあっさりとジイジ呼ばわりすることを受け入れていた。
となると、五郎さんが父方の爺さんで、ゼノンが母方の爺さんということか?
どうでもいいか。
「そうじゃ、後で行き方を教えてやろう」
「うん!」
よかった、これでエリスに会うことができる。
やっとだ、遂にここまで来れた。
ギルは俺の方を見ると親指を立てていた。
俺は笑顔で返す。
「エリスは健在なんだな、それは良かった。それと俺達を見ていたということだけど、どういうことなんだ?」
これは何となく答えは分かっているが敢えて聞いてみた。
「それはな、儂には千里眼と地獄耳という能力があるのじゃ、千里眼とはその名の通り、千里先までも見通す能力なんじゃ、そして地獄耳も遠くの音を聞く事が出来る能力なんじゃ、それに儂はドラゴンの存在を感じることが出来るのじゃ、儂はギルが誕生したことを感じ取り、お主達を時々千里眼で見ておったのじゃ、ほんとは四六時中見たかったんじゃが神気が薄いからのう、困ったものじゃ・・・」
はやりか、そういう能力を持っていると思ったよ。
にしても、ここでも神気減少問題が浮上していきたか。
ほんと根強い問題だな。
いい加減どうにかしたい。
それについても尋ねなければならない。
「その神気減少問題なんだが、心当たりはあるのか?」
ゼノンは眼を瞑り、上を向ていた。
これは心当たりありだな。
さて、話してくれるかな?
「そうなるはのう、これは心苦しいのじゃが、儂からは話せんのじゃ、実は上級神は全員が原因を知ってはおるのじゃ、しかしな、創造神様から手出し無用とのきついお達しがあってのう、儂からは話せんのじゃ」
やはりそうか。
千里眼と地獄耳を持っているのなら、世界中の情報が集められる。
百年前の戦争についても、その黒幕が誰かを知っているに違いない。
世界に平和をもたらす存在のドラゴンが、その動向を追わない訳がない。
きっと全ての背後関係すらも手中に収めているだろう。
千里眼と地獄耳はそれほどまでに優秀な能力と考えられる。
俺も習得すべきなんだろうな。
あとで大いにパクらせて貰うとしよう。
でも創造神様からのお達しにより、動けないどころか、手を出す事すら封じられているということか。
その表情からも歯がゆさが読み取れる。
それにしても何で創造神様は上級神達を止めているのだろうか?
その意図が俺には読み取れない。
見守るという神の大原則に忠実であるということなんだろうか?
あの爺さんに限ってそんな理由とは思いづらいのだが。
何か深い理由がありそうだ。
「ということは、ゼノンは上級神なんだな?」
「そうじゃ、儂も上級神の一柱であるのじゃ、何だ?アースラ達から聞いてはおらなんだのか?」
聞いてませんよそんなこと、そもそもあなたの事すら聞いておりませんよ。
そうか千里眼も地獄耳も時々しか使えないから、現状を細かくは分かって無いということか。
俺達のことをどこまで知っているのだろうか?
「聞いてないね、まぁ俺もそんな質問をしなかったしね・・・」
「そうか」
「それにしても創造神様に似てるな、それは相棒だからか?」
「いや、ふざけてみただけじゃ」
と言うと、ゼノンは変身した。
その姿はまるで違っていた。
背筋がピン伸びた老齢の紳士だった。
バトラー風の衣装を纏っており、風格が滲み出ていた。
口髭がとても似合っている。
所謂いけオジである。
はあ?何だそれ?
「ウケるかと思ってのう?どうじゃウケたか?」
「ウケねえよ!」
俺は全力で突っ込んでいた。
なんだこの爺い、ズレてやがる。
やばい、癖者だ。
ギルも呆気に取られていた。
空いた口が塞がっていない。
ノンは一人ゲラゲラと笑っていた。
「ゼノンの爺ちゃんオモロ!」
腹を抱えて笑っている。
ゴンもエルも呆気に取られていた。
俺はちょっとムカついてきた。
この爺い、どうしてやろうか?
駄目だ、笑いの趣味が噛み合わなすぎる。
初対面の者にする悪戯じゃないでしょうが。
ノンだけウケたのはよく分からんが。
ノンの反応を見てゼノンは喜んでいる。
何で神様はまともな者が居ないのだろうか?
俺もまともじゃないんだろうけどさ。
「ゼノン・・・面白くねえよ」
「そうだよ、ジイジ。やり過ぎだって!」
ギルも面白く無かったみたいだ。
「そうかすまんすまん、上級神の間では鉄板のネタなんじゃがな」
確かに物真似は鉄板のお笑いネタではあるが、状況を考えてみてくれよ。
どうせ創造神様のいないところで、物真似してウケてたんだろうね。
学校の放課時間に担任の先生の物真似をしてウケてた同級生がいたな。
あいつは人気者だったな。
元気にしてるだろうか?
今はどうでもいいか。
「ゼノン、話を進めていいか?」
「そうじゃな、すまんのう」
「ゼノンは神力が足りてないということなのか?」
これまでの話を総称するそうなるが。
「慢性的に足りておらんのじゃ、幸いリザードマン達が祈りを捧げてくれておるから、尽きることはないのじゃがな」
「なるほど、俺の神力を分けようか?」
「そうじゃな、分けてくれるか?」
「ああ、いいぞ」
俺はゼノンの肩に手を置いて『神力贈呈』を発動した。
俺の中からゼノンに神力が送られる。
「おお‼おおお‼これは‼」
ゼノンは興奮していた。
「守よ!やはりお主は出鱈目じゃな!これは期待が持てるというものじゃな!ナハハハ‼」
俺から存分に神力を吸って上機嫌になったみたいだ。
肌の色艶すら良くなっている。
少し若返って見えたくらいだ。
「これは気分が良い!百年ぶりに神力に溢れておるぞ!」
どうやらこの百年近くは苦労したみたいだな。
「守よ!儂は力に満ちておるぞ!」
この爺い、調子に乗るなよ?
「じゃあ、お地蔵さんは要らないよな?」
「ああ、此処には不要じゃな」
俺は『収納』から俺の神力の込めてある神石を取り出した。
ゼノンに手渡す。
「念のため一つあげるよ」
「そうか、すまぬな」
ゼノンはニコニコしながら神石を受け取る。
「守よ、お主は慈悲深いのう。慈愛に満ちておる、やはり神の資質ありじゃな!」
よく言うよ、もうこれ以上あげる物はありませんからね。
あ!お土産セットがあったか。
しょうがないな。
『収納』からお土産を取り出し、こちらも手渡した。
ゼノンは野菜を繁々と眺めている。
「これは素晴らしい野菜じゃな」
ウンウンと頷いている。
「なんと、これはワインじゃな?儂は飲むことが大好きなんじゃ、堪らんな!」
やはりな、酒嫌いの神様なんてこれまで知らないしね。
あのデカいプーさんですら生ビールをガバガバ飲んでいるからね。
早速、ワインを飲みだしているゼノン。
おいおい!お構いなしかよ。
もういいや、食事にしよう。
「ギル食事にしようか?」
「そうだね、あれにする?」
「ああ、そうだな」
俺は『収納』からワイルドパンサーを二頭取り出し、サクッと解体を終わらせた。
その様子を眺めていたリザードマン達から歓声が挙がった。
後はギルとエルに任せることにした。
リザオたちが調理のセッティングにあたふたと動き出した。
そして案の定宴会が始まった。
ドラゴンを祭る村は大いに賑わっていた。
俺はこっそりとゴンとクモマルに浄化魔法を村全体に行う様に指示した。
我が意を得たりとゴンとクモマルは食事もほどほどに頑張ってくれた。
大変助かる。
だって、食事中に嫌な臭いはねえ?
ゼノンとリザードマン達は食事と酒を楽しんでくれたみたいだった。
そしてリザードマン達は新たな主君を得たりと、ギルから離れなかった。
それをギルは鬱陶しく感じつつも、少し誇らしげにしていたのだった。
その様にして、ドラゴンを祭る村での初日は更けていった。
時は少し遡る。
世界の悪意が今動き出そうとしていた。
その歩みは計算されつくしていた。
あの凄惨な戦争からはや百年。
頃合いと考えた首謀者一同は、これまでの計画を加速させることにしたのだった。
その計画とはいったい・・・
場所は『新興宗教国家イヤーズ』の王城の一室。
場は静まり返っていた。
ここに『五人の老師』と呼ばれる者達が集まっていた。
重い空気感が覆いかぶさっていて、息もするのがやっとというぐらいである。。
この集まりの全貌は外部には一切明かされていない。
そのメンバーも内容も完全に秘匿されているのだ。
全てはこの場でのみの出来事になる。
完全な密室での会議であった。
老師と呼ばれてはいるものの、その顔を見る限り決して老齢を感じさせる者は一人もいない。
少年の様な姿の者や、まるで女子高生の出で立ちの者、そして不気味なほどに能面の女性もいる。
そして顎髭を蓄えた壮年の男性と、まるで漫画から飛び出してきた様な美男子がいた。
その様相だけでも、全員が癖者であると認識できる。
実際、この姿は仮の姿である者もいるぐらいであった。
それぐらい秘匿性が高いということになる。
仲間内でも真の姿をさらすことはないと考える者もいるということだ。
静まり返った、会場に不意に言葉が告げられる。
それは会議の始まりの合図でもあった。
「あれから百年が経ったな」
髭面の男性が言い放った、声がよく響いている。
バリトンボイスが凛として緊張感を煽っていた。
「そうでありますわね」
今度は女子高生の様な女性が口元を隠しながら話していた。
続いて美男子が口を開く。
「そろそろ次に移ってもいいんじゃないかな?」
「そうだな」
「ですわね」
「だな」
了承を得ていた。
「では、狩りを始めようか!」
少年がニヤケながら叫んだ。
悍ましいほどの笑顔だ。
その笑顔は悪意に満ちていた。
裂けた口元が耳に達しそうなほどに。
「オクトーバー、楽しそうだわね」
能面の女性が表情を一切変えることなく口にする。
その様は返って不気味さを増長させる。
「ジュライ、これが楽しくないなんてあり得ないだろう?だって忌々しい神を狩るんだよ!最高じゃないか‼」
どこか壊れたかの如くオクトーバーは破顔していた。
「それに捉えている神も、もう青色吐息ですわね」
女子高生のなりをした女性が顎を上げて満足気にしている。
それはこの世の全てを我物にしたと言わんかの如く、全ての物を下に見た、高圧感に満ちている表情だった。
傲岸不遜とは正にこのことだった。
「セプテンバーも人が悪いよね」
オクトーバーは更に顔を歪める。
もはや悪意を通り越して恐怖すら感じるほどに。
人格が崩壊しているのが表情からも読み取れるほどだった。
「ジュライ、まさか殺してはないだろうな?」
髭面の男性が片眉を上げていた。
それは命令口調になっている。
「ディッセンバー、大丈夫だって、心配しすぎ!」
ジュライは心外だとディッセンバーを睨んでいる。
「万が一死んでしまったとしても、それはそれで良くなくて?」
あたかも同意を得ようとその表情が優雅に語っていた。
面白く無さそうにディッセンバーが口を開く。
「それは舐め過ぎだジュライ、神気が薄くなっているのは確かだが、まだ我らの動きを察知される訳にはいかんのだ、現にエンシェントドラゴンは千里眼を持っておるのだぞ!舐めるべきではない!」
「でもここまで神気が薄くなったら能力は使えないんじゃないかな?」
美少年がことも無げに言った。
「ノーベンバー、その考えが甘いのだ!」
ディッセンバーは強く主張する。
どうやらディッセンバーは慎重な性格のようだ。
その発言からもそれが良く分かる。
「現に薄くなった神気だが、あのお方に言わせれば、ここ最近盛り返しているとの話だったのだぞ!」
数名が分からないという表情を浮かべた。
意外だと感じている者もいる様だった。
「嘘でしょ!」
「なんで?」
「はぁ?」
そのことに困惑する一同。
それをディッセンバーが手を挙げて制する。
「我らとしても計画を進めねばなるまい、でも障害は取り除きたい。あの御方は慎重だ。ここで計画を踏み外す訳にはいかないのだ、まずは我々としては計画を進めつつ。情報を集めねばなるまいて」
ジュライが徐に話し出した。
「もしかしてそれは・・・最近建国した『シマーノ』が関係しているかもしれないわね・・・」
これは予想の粋を出てはいない発言だった。
ジュライ本人も確信的に話している訳ではない。
それにノーベンバーが喰い付く。
「何それ?そんな話聞いたことが無いんだけど?‼」
その反応を受けて、雄弁にジュライが話し出す。
ジュライは上から目線を崩さない。
「それわね、最近モエラの大森林に魔物の国が建国されたらしいのよ。それも急激にね、私には訳が分からないわ」
「はあ?魔物の国だと?」
「あの知能の低い魔物に国など興せる訳がないだろう?」
「あり得ん!」
鼻白む一同。
その情報は嘘であると断罪する気だ。
「でもね、本当のことらしいのよ。ルイベントでは普通に魔物達が闊歩しているみたいだし、それに人族と変わらないぐらいの知能があったっていう話よ」
驚愕する一同。
「嘘だろ?」
「人族と変わらないって・・・」
「あり得んな」
「情報部の報告だから間違いは無くってよ」
全員が考え込んでいた。
静寂が会場を包んでいる。
ディッセンバーが不意に静寂を打ち破った。
「魔物の国が建国されたことは事実としてだ、それと神気の上昇にどう関係があるというのだ?」
「それは分からないわよ、ただここ最近での北半球での大きな動きとしてはそれぐらいしかなくってよ、外にあって?」
「どうも信憑性が窺わしいな」
「ピンとこないな」
ディッセンバーが追随する。
「まあよい、今は調べるしかないだろう、情報部の者達にその魔物の国を調べさせるんだジュライ」
「もうやってますわよ!」
ジュライはむくれている、そんな指示を与えられたことが心外と言わんばかりに。
それを鼻で笑ったディッセンバーが続ける。
「話を戻そう、計画を進めるぞ、まずはどの神から狙うかだが・・・」
「それならいっそのことエンシェントドラゴンでもいっちゃう?」
オクトーバーは楽し気だ。
「馬鹿を言うな!一歩間違うと世界が滅ぶぞ‼」
「そうよ、私達は世界を手に入れたいのであって、滅ぼしたいのではなくてよ!」
攻められて小さくなるオクトーバー。
「そっか、エヘヘ」
「まあよい、狙うなら下級神からしかなかろう」
「ですわね、そうなると狙い処としては、織物の神か仕掛けの神かってところじゃないかしら?」
「細工の神もいいかもね」
全員がほくそ笑んでいる。
神を狩ることを楽しんでいるようだ。
「まあそのあたりが現実的だろうな、して、神殺しは手配出来ているのか?」
「そこは僕に任せてよ!最高のアサシンを揃えたからさ!」
オクトーバーが前のめりに言う。
「そうかそれは重畳だ」
頷く一同。
「ではまずはその三柱から狙うとしようか」
「賛成!」
「ですわね」
「よろしいかと」
「異議なし!」
こうして会議は合意を得て終了した。
一人残ったジュライは考える。
魔物の国・・・
私も行くべきかしら・・・
これが事実としたら、北半球に大きな動きが訪れるかもしれないわね、と考えを巡らせるのだった。
その考えは正解に等しいのだった。
ゼノンはそれはそれは上機嫌だった。
その表情を見る限りこれ以上の幸せがあるのか?というぐらいだ。
ワイルドパンサーのステーキに舌鼓を打ち。
野菜の炒め物や、ご飯、味噌汁を味わい。
サービスで樽ごと贈呈した日本酒を堪能し、ギルの成長ぶりに目を細めていた。
調理したのはギルだ。
ギルも誇らしげにしている。
ゼノンはまるで好々爺だ。
気が付くとギルを眼で追っており、にこやかにしている。
常に目尻が緩んでいる。
この村に住むリザードマン達も、ギルを甲斐甲斐しく世話を焼こうとしていた。
それをギルはちょっと嫌そうにしている。
それはそうだろう、自分のことは自分で出来るように俺はギルを育ててきたからだ。
ギルも自分の事は自分でやるものだと自覚している。
いきなり家政婦さんが数十名も現れても対処に困るだろう。
そもそもギルは自立心が旺盛だ。
小さい頃から何でも自分でやりたがった。
それは調理だけではなく、家事全般や狩り等を自分でやりたがった。
もっというと、自分の事だけでなく、他人にすらも手を差し伸べるのがギルなのだ。
実際テリー達のことはギルが世話を焼いたといえる。
どちらかといえば、世話を焼きたがる側なのだ。
そんな俺の自慢の息子だ。
それにしても、どうしてこんなにもリザードマン達は、ドラゴンの世話を焼きだがるのだろうか?
その意味が俺には分からない。
俺はその疑問をゼノンにぶつけてみた。
「ゼノン、どうしてリザードマン達はドラゴンの世話を焼きたがるんだ?」
「それはのう、リザードマンは進化すると竜種に到達すると本能的に感じておるんじゃよ」
「進化?」
どういうことだ?
「そうじゃ、魔物は進化するのじゃ、それはお主も知っておろう?」
それは知っている、現に俺は名づけを通じて加護を与えてきたからな。
「ああ、俺が名付けて加護を与えたら進化したからな」
「進化には実は何通りかあってのう」
はい?
どういうこと?
これ以上の進化があるということか?
「ちょっと待った!何通りかあるってどういうことだ?」
ここはちゃんと聞かないといけない気がする。
「そうか、守はまだこの世界に来てまだ数年じゃったな」
「ああ」
「なら教えておこうかのう」
これはちゃんと聞かなくてはならないな。
プルゴブ達魔物は俺の名づけだけで進化した。
それ以外にもまだ進化の余地があるということに他ならない。
より進化出来るのならば、それは高みを目指すという生物の本能にとっては重大なことになる。
常により進化したいと誰もが思うものだろう。
場合によっては俺もその対象になるのかもしれないし、ノン達聖獣もその枠に嵌るのかもしれない。
今よりもより高みの存在に慣れるのならなりたいに決まっている。
俺はそう考えるのだが、どうだろうか?
「まずは名づけによる進化じゃ、これは実は魔物達だけの話ではなく、人族にとっても同様もことなんじゃよ」
マジで?
「人族もなのか?」
じゃあ俺もか?
「そうじゃ、だが、人族は習慣的に生まれてすぐに名を与えられるから進化しておる事に気づいておらんのじゃ、それにその名づけも親からのものじゃからあまりその効果がないのじゃ」
神様からなら加護がつくということか?
ということは俺がマーク達を名付けていたら、あいつらも進化したということなのか?
上書きはできるのか?
仇名でもいいのか?
「ということはもし仮に俺が名付けたらどうなるんだ?」
「それは神が名付けたらその進化の具合は大きくなるに決まっておろう、名づけとはそれぐらい重要なことなんじゃ」
マジかよ?
確かに名は体を表すとは言うが、そこまでなのか?
姓名判断とか当てにならないかと思っていたが、そうではないんだな。
でも姓名判断は違うか?
あれは文字数とかだし。
この考えは今はいいか・・・
「名前は真名と言ってのう、その意味合いは大きいのじゃ、その子の人生を左右すると言ってもいいかもしれんのう」
なるほど、分からなくはないな。
ていうか、結構適当に名付けた魔物達がいたな・・・
ごめんね。
ゴブAとか可哀そうだよね。
許してくれよ。
悪気はなかったんだ・・・
ちょっと面倒臭くなって・・・
「そしてその他の進化じゃが、大きくは二通りあるのじゃ」
「二つもあるのか?」
おいおい、勘弁してくれよ。
「そうじゃ、まずは修業による進化じゃ」
「修業?」
「修業とは己の鍛錬に寄って、自らを突き詰めることで訪れる進化を指すのじゃ」
修業僧みたいなものか?
滝行とか山籠もりで自らを追い込むみたいな?
分からなくはないけど・・・辛過ぎないか?
それに滝行や山籠りしたぐらいで進化なんてできるのだろうか?
ちょっと眉唾ものだな。
理解に苦しむな・・・
「それはしんどくないか?」
「だのう、それはそうじゃろうて」
でしょうね。
過酷な修業なんて下手すると命に係わるしな。
悟りを開くということなんだろうが、どうにもピンとこない。
自分を極限にまで晒して進化するということだろうが、どうにも的を得ないな。
「そしてもう一つは己の中に眠る進化の魂を見極めることじゃ」
はい?それって・・・俺にとっては簡単なことなんじゃないか?
だって自分の中に向き合って、進化の魂とやらを見つけるということなんだろ?
自己催眠を得意とする俺には容易としか思えない。
・・・
やってみるか?
折角だし。
「少し時間を貰ってもいいか?」
「なんじゃいきなり」
「その理論が間違ってなければ俺はすぐにでも進化できると思ってさ」
「はあ?」
ゼノンは何を言っているのだと呆れている。
隣にいるギルも同様だ。
「いいからさ、ちょっとやってみるよ」
そういうと俺は自己催眠状態に陥った。
もはや手慣れた作業だ。
直ぐに俺は自己催眠状態に移行する。
深い催眠状態に入ると早速魂の在りかを探した。
それは不思議な世界だった。
暗闇の中で俺は一条の光を求めてさ迷っている状態。
その光に引き寄せられ俺は心地よい感覚のまま、その光に吸い寄せられるのだった。
そして光り輝く魂に俺は辿り着いた。
その魂に俺は問いかける。
進化は可能かと・・・
魂は答える、あなたは充分にその力を蓄えています。
進化は可能だと。
ならばそれに従い俺は進化することを選択する。
すると俺は不思議な光に包まれて俺を構成する肉体の変化を感じた。
そしてこれまで以上に頭がクリアになることを体感する。
そうそれはまるで脳内を最適化している様な感覚。
無駄にちりばっていた脳内の情報がどんどん整理されていく。
これまでの無数に蓄えられていた情報が纏まっていく。
自分の肉体が再構築されると共に脳内の情報が最適化されることによって、俺は生まれ変わったのが分かった。
これが進化か・・・
自分の進化を俺は堪能していた。
力が湧き出てくる感覚に充足感を感じていた。
俺は感じていた、俺は人では無くなってしまったと・・・
そもそも半人半神なんだけどね。
これはステータスを確認しなければならない。
俺は眼を空けてステータスを確認してみた。
『鑑定』
名前:島野 守
種族:半仙半神
職業:神様見習いLv68
神気:計測不能
体力:4805
魔力:0
能力:加工L8 分離Lv8 神気操作Lv9 神気放出Lv6 合成Lv8 熟成Lv7 身体強化Lv6 両替Lv3 行動予測Lv4 自然操作Lv8 結界Lv4 同調Lv2 変身Lv2 念話Lv3 探索Lv5 転移Lv7 透明化Lv3 浮遊Lv5 照明Lv3 睡眠Lv3 催眠Lv5 複写Lv6 未来予測Lv1 限定Lv4 神力贈呈Lv3 神力吸収Lv3 念動Lv3 豊穣の祈りLv2 演算Lv1 初心者パック
預金:9645万3342円
・・・
体力が倍になっている。
それに演算ってなんだ?
確かに頭はすっきりしたけども・・・
計算が早くなるってことか?
あれ?全然ステータスチェックしてなかったけど預金がそろそろ一億になりそうだな。
それはどうでもいいか。
俺は人間から仙人になったみたいだ。
この進化がこの後俺にどんな影響を与えるのだろうか?
今は何ともいえないな。
にしても半仙半神って、もう完全に人では無くなったな。
俺は皆に告げた。
「俺、完全に人間卒業しちゃったみたい」
「「「「「ええー‼」」」」」
場が凍り付いてしまっていた。
結局のところドラゴンを祭る村は『ドラゴム』と呼ばれる村だと判明した。
安易な名づけだなと思ってしまった。
ドラゴンと村をモジったのだろうか?
名づけのセンスに物申したいところだったが、自分の名付けのセンスの無さを棚に上げてはいけないという理由から、止めておいた。
名づけなんてのは、人生の上では五回も訪れるかどうかのイベントだ。
それを何千回と行う羽目になってしまうことを想像してみて欲しい。
そりゃあ適当になることもあるでしょうよ?
違うかね?
同意して貰えたら本望です。
さて、この名づけに関して少し補足をすると。
まずゴンやエルに前に俺が名づけを行ったが、大きな進化はなかったと思う。
加護は与えられなかったということだ。
その理由はまだ俺が神に目覚めていなかったからだと、ゼノンが教えてくれた。
そのことになるほどと頷いてしまった。
まめにステータスを確認しない俺がよく無いのだが、俺が神に目覚めたのはおそらくダンジョンを攻略してからだと思う。
それまではまだ人間だったはず。
多分・・・
それに仙人というものよく分からない。
変化としては体力が倍増したのと、演算という能力を得たことぐらいだろう。
あとは妙に頭がすっきりしたぐらいか。
イメージで言うとパソコンのデフラグみたいなものかな?
情報が整理されて容量が増えたみたいな感じだな。
演算に関してはよく分かっていないのだが、俺はよく自問自答を行うことがある。
先程もゼノンと会話しながら頭の中で物事を想像し、考えを巡らせてから言葉を発している。
その考えを纏める体感が時間として早くなった気がする。
思考の加速とでもいうのだろうか?
この演算を得てからというもの、自問自答のスピードが増したように感じるのだ。
時間の引き延ばしとまでは言わないが、体感的にはそう感じてしまう。
そして単純に計算も早くなったと思う。
頭の回転が速くなった気がするのだ。
今では暗算キングのノンよりも早く計算が出来る自信がある。
まあ、挑戦はしないけどね。
負けたらムカつくからね。
じゃなくて、ノンの自信を喪失させたくはないからさ。
といった具合なのだ。
そして、ゼノン曰く。
どの方向に進化するのかは人其々ということらしい。
俺は人の部分が仙人に進化したのだが、これは稀な事らしい。
ゼノンに言わせると俺は稀有な存在らしい。
人間であるならば、進化するのはハイヒューマンになることが一般的で、ハイヒューマンに進化した際に受ける恩恵としては、体力や魔力が二割増しになり、力が増す程度とのこと。
更に寿命が延びるらしいのだが、どこまで伸びるのかは人其々らしい。
後は病気に掛かりずらくなるということだった。
進化はその個人の特性や性格、個性に合わせて進化する者がいるということだった。
少々分かりずらいか?・・・
例えるならば、ゴブリンは進化するとホブゴブリンになることが多いだが、魔法の適正の高いゴブリンならゴブリンメイジに進化するし、戦闘力の高い者であれば、ゴブリンウォリヤーに進化する。
統率力の高い者であれば、ゴブリンリーダーや、中にはゴブリンキングに進化する者もいるということだ。
進化はその個性に大いに引っ張られるということらしい。
それにしても俺の何処に仙人なるという個性があるというのか?
理解に苦しむが、自分自身のことだからこそよく分からない。
だがゴンに言わせると、
「主らしいですね」
ということだった。
俺の何処にそんな達観するような要素があるというのだろうか?
仙人になる要素なんて俺には思いつかない。
まあなってしまったものは仕方が無い。
仙人である自分を受け入れるとしよう。
でも仙人って凄く爺いのイメージなのだが・・・
顎髭でも伸ばせばいいのだろうか?
それっぽく山籠もりでもしてみようかな?
直ぐに飽きるのは眼に見えている。
よくない固定概念だろうな・・・
まあ直に慣れるだろう。
そして更に補足として、神は進化しない。
だが昇格はするということだった。
これは既に分かっていることだ。
オズのように、下級神から中級神になった例があるのだから、よく分かっている。
そして昇格の際に得る恩恵は、能力を取得するということだった。
これも聞いていたことだから驚く事ではなかった。
オズは今の法律の神に成った時に、法律の制定という能力を得たと教えてくれたことがあった。
まんまではあるが、俺はそんなものだろうと受け止めていた。
そして神が神に加護を与えることは出来ない。
だが唯一それが出来るのが、創造神様らしい。
ということは俺も将来的には神に加護を与えられる様になるということだ。
それにこの世界に来た時の俺の最初から持っていた能力は、創造神様からの加護で得た物かもしれない。
『分離』と『加工』がそうだ。
ステータス上では創造神の加護とは表示されてはいないが、実際はそうなのかもしれないな。
ステータスを弄るなんて、あの爺さんにはお手の物だろう。
そもそもあの爺さんにとっては、何でも簡単に弄ることができるに決まっている。
神様システムはまだまだ謎が多いが、案外すっきりしているのかもしれない。
結局は実績と得を積むことが重要だと俺は考えている。
そこまで複雑な要素はないだろうと思う。
俺は得を積むことによってレベルがアップしているし、他の神達の話を聞く限り、実績によって神になったというのがほとんどだからだ。
もしかしたら外にも加点されるポイントがあるのかもしれないが、この二つに重きが置かれていることは紛れも無い事実だと感じている。
そしてその者の心が慈悲深くあるのかどうか?
此処が重要であると考えている。
これまでに出会ってきた神達は全員が慈悲深かった。
曲者ではあるが、漏れなく慈悲深いのだ。
逆説的に言えば、慈悲深く無い者が神にあることはあり得ない。
此処は最低限度の資質と思われるのだった。
急にゼノンからお願いされてしまった。
「守よ、ドラゴムのリザードマン達に加護を与えたいのだが、協力して貰えんかのう?」
どうやらゼノンはこの村のリザードマン達に加護を与えたいのだが、神力が膨大に必要な為、俺の神力贈呈を頼みにサポートして欲しいということだった。
勿論OK!
そんなことでよければ、協力させていただきましょう。
神力の量には自信がありますので!
なんせ計測不能なんでね。
じゃんじゃん使ってくださいな。
俺は一行に構いませんよ。
ということで、俺は神力贈呈装置と化して絶賛稼働中である。
どんどんと神力が減っていくが、俺の神力の量は相変わらずの計測不能。
結局の所、俺の神力ってどれぐらいの量があるのかさっぱり分かりません。
それなりに神力が減った気がするが、ステータスを見る限り変化無し。
相変わらずのやりたい放題である。
でも今週末は念のため、日本に帰っておでんの湯に行こうと思う。
地球の神気を大いに取り込んでこよう。
サウナ島でもいいのだが、やはり地球の神気は旨いのだ。
グルメな俺には必要なことである。
一日中かけてゼノンは二百名近いリザードマン達に名づけを終えた。
その加護は知能を得ることと、体力量と魔力量が増えることに特化していた。
だが俺の加護程知能は高くならなかったようだ。
それでも今では全員が流暢に話をしているし、屈強な戦士の面影をした者達が多かった。
リザードマン達はゼノンだけではなく、俺にもお礼を述べていた。
というのも、俺から分け与えられた神力で名づけが行われたことを理解しているからだ。
リザードマン達は敬意を払って俺に接してくれていた。
いや敬意なんて生易しい物ではないな、これはあれだ、崇拝だ。
『シマーノ』の魔物達と全く変わらない。
ここでも信者が増えてしまったみたいだ。
まぁその分、たくさんの神気をこの世界に作り出してくれれば御の字です。
早速リザードマン達は俺とゼノンに祈りを捧げている。
神気が濛々と立ち上っていた。
大変ありがたいことだ。
でもちょっと照れるから、要らないとは言われたがお地蔵さんを適当に配置した。
リザードマン達には、俺に祈りを捧げる時は、これを俺と思って祈りを捧げてくれとお願いしておいた。
リザードマン達は何故?という表情をしていたが、俺がそう言うのならと納得してくれた。
だって照れるじゃないか?
祈りを捧げられるんだよ?
メタンに背後からされた時には背筋が凍ったよ、最近はちょっと慣れてきたけど、まだまだ慣れないな。
こればっかりはどうしてもねえ?
慣れないものは慣れないのだ。
さて、ゼノン曰くギルは神である為、進化しないということだったが、能力は得られるかもしれないということだった。
聖獣達はどうかというと、分からないということになった。
というのも、名前の上書きが出来るのかが不明だったからだ。
既に魂に真名が刻まれているので、出来ないのでは?
とゼノンは言っていたが、どうなんだろうか?
実際の所では、ソバルに俺は加護を与えることができたのだから、可能では無いかと考えている。
だがソバルは魔物であって、聖獣や神獣ではない。
どうしたものかと考えていたのだが、ノンからは。
「主、僕は加護を貰えなくてもいいし、進化しなくてもいいよ。僕は今でも充分強いしさ。へへ」
ノンはへらへらしながら言っていた。
「主、興味深いですが私も不要です。今の自分が好きですし、私は自らの力で魔法を極めてみたいのです」
とてもゴンらしいコメントだった。
「私しも不要ですの、私し最速ですので!」
エルは歯茎全開で笑っていた。
ギルは、
「僕は考えさせて」
真剣に悩んでいた。
何か思う処があるみたいだ。
ギルのことだ、自分の為というより、誰かの為に強くなれるのならなりたい、とか考えていそうだな。
こうなるとギルからの申し入れが無い限り俺に出番はないみたいだ。
確かにお釣りがくるほどこいつらは強い。
これ以上極める必要があるのか?と思えてしまう。
実際こいつらに敵う者なんていないだろう。
五郎さんでは無いが、国軍を相手しても負けないだろう。
というより蹂躙してしまうに決まっている。
それぐらいの過剰戦力なのだ。
本人達が不要と言うからには、俺は余計なことはしないでおこうと思う。
不要なお節介は返って良くないということだ。
マーク達はどうなんだろうか?
あいつらもノン達と同様の事を言い出すかもしれないな。
今でも充分ですと言われかねないし、そんなことをあいつらはしょっちゅう言っているのを耳にする。
ソバル達はどうだろうか?
あいつらは進化したいと言い出しかねないな。
というのも、加護の効果で進化を体験しているのだから、更にと思っても不思議ではないだろう。
これ以上強くなると、それこそ北半球に置いての過剰戦力に成りかねないのだが・・・
各国間のパワーバランスが変わりかねないな。
加護と進化に関しては取りえず塩漬けにしておこうと思う。
今はそれがいいと本能的にも感じている。
いつでも簡単に出来るのだ、必要に迫られたらでいいのかもしれないな。
なにも強くなるばかりが良いとは限らないしね。
それに力をつけて嫉まれるのもどうかと思うし。
それ目当てに言い寄って来られても困るのだ。
これは今後の課題としておこう。
そういえばダイコクさんに連絡を取らなければいけなかった。
さっぱり忘れていた。
決して彼を軽んじている訳では無いからね。
面倒ではあるがしょうがない、約束したからね。
連絡しようか。
俺は『収納』から通信用の神具を取り出した。
ふと手が止まる。
第一声はもしもしで合っているのか?
たぶん違うよな?
これは日本の常識だし・・・
思わずもしもしと言ってしまいそうだな。
習慣って怖いよね。
俺は神具に神力を流してみた。
「ダイコクさん、聞こえますか?」
少しすると応答があった。
「島野はんか?聞こえとるで」
神具から声が返ってきた。
通信状態は良好である。
何時ものダイコクの声が返ってきているし、タイムラグも感じない。
おおー、ダイコクさんの神具も馬鹿にならないな。
それなりの高性能だ。
「ドラゴンを祭る村に着きましたよ」
「さようか、お疲れさんやったな。丁度良かったで、島野はんに連絡をしようと思っとったんや」
ん?何かあったのか?
ゴブオクンが腹を壊したとか?
「どうしたんですか?」
「ちょっときな臭くなってきたんや、ちょっと長くなるかもしれんけど時間はええか?」
はて?きな臭いとは?
どうやら些事ではなさそうだ。
「どうぞ」
俺は逸る気持ちを抑えて先を促した。
「実はな、わての手の者に暗部がおるんやがな」
暗部?裏側稼業ってことか?
「暗部ですか?」
「せや、主に情報集めをさせとるんや」
ダイコクさんならそれぐらいの組織を持っていても不思議ではないな。
それに俺も実は持っているしね。
「・・・」
「その暗部から報告があってな、どうやら『シマーノ』の事を嗅ぎ周っとる者達がおるっちゅうことなんや」
それのどこがきな臭いんだ?
注目度の高い『シマーノ』ならあり得ることなんだが?
別に物珍しとも思えんけど。
「それで」
「そいつらやがな、身元が不明なんや。どうにも怪しいんや」
「それはダイコクさんのセンサーに反応しているということですか?」
商売人の勘は見過ごせない。
商売人は独自の勘が働いているからね。
「せや、どうにも引っ掛かるんや、武装国家ドミニオンの商人を装っているようやが、儂の鼻は誤魔化されんで、動きが可笑し過ぎるんや」
「というと?」
「商人の癖に買い付けは行わんし、売りもんも真面やあらへん。その癖『シマーノ』のことばかり聞き周っとる、正直素人かと笑うてまうであんなもん」
確かにそうなると怪しさ満点だな。
それに間抜けだな。
あっさり見抜かれるなんてたかが知れている。
スパイ失格だな。
「それでどうすると?」
「どうもせん、今はな。でもマークはさせて貰うで、そいつらは『シマーノ』に向かうっちゅうことやったからな」
「まあ、そんな間抜けは放置でもいいのでは?」
「そうは言うがな島野はん、流石に放置とはいかんで、というのもな、わての知る神が消息不明なんや」
それは確かにきな臭くなってくるな。
それとこの似非スパイに結び付けるものどうかとも思うのだが。
「それはどういうことですか?」
「わての知り合いに陶芸の神ってのがおるんやがな、そいつが連絡がつかへんのや」
陶芸の神か、ゴンガスの親父さんに類似性がありそうだな。
そこはいいとして、今はその神の安否が気になるな。
「それはどれぐらいの期間なんですか?」
「もう半年近くやねん、島野はんと同様にそいつにも通信用の神具を渡してあるんやがな、ひとたび作業に入ると繋がらん奴やねん。けど流石に半年も連絡がつかんとなると心配っちゅうことやで」
それは芳しくないな。
この神具では着信履歴なんて残らないもんな。
たまたまって可能性もあるにはあるが、半年ともなるとちょっと心配にもなるよな。
それに神殺しなんて物騒な噂もあるしな。
どうしたものか・・・
「それはよく無いですね」
「せやろ?という事があってな、念のため島野はんには警戒をして欲しいということやねん」
警戒と言われてもな・・・
出来ることは限られるのだが・・・
「まぁ、しておきますよ・・・」
「いらん噂もあるし、念のためな」
確かに要らない噂はあると知ってはいるのだが・・・
遅れを取る島野一家ではないのですがね。
俺達に不意打ちを出来る者なんているのだろうか?
少々慢心が過ぎるのだろうか?
「分かりました」
「それで手が空いたら『シマーノ』に帰って来てくれんか?どうにも気になるんや」
とはいっても、実は『シマーノ』にも暗部はあるのだ。
クロマルとシロマルが街に訪れた者達の身辺調査を行っている。
クモマルとシロマルはまるで忍者だ。
裏方作業はお手のもので、アラクネ達は暗部として今は活躍しているのである。
というのも実はアラクネ達は小さな蜘蛛を操ることができ、様々な情報を集めることができるのだ。
これは種族的な特性らしいのだが、正に傍聴活動などには打って付けなのだ。
暗部は俺達が旅立つ前に設立した部署で、クロマルが首領を受け継ぐと同時にシロマル、アカマル、アオマルが任務に当たっている。
俺達の不在時に何があっても良いようにと、ソバル達と考えて創設した部署なのだ。
クロマル達はこれまでは俺に報告を上げていたが、旅を機に首領陣に怪しい者達の報告をするようにと引継ぎは済んでいる。
状況によっては念話でクモマルに通信を行う様に指示してあるのだ。
最悪の場合はこのように俺にも瞬時に情報は伝わるのである。
既に万全の対策がされているのであった。
そしてクロマルとシロマルに手落ちはない。
こいつらはかなり優秀だ。
敵意を持つ者達を見逃すことはあり得ない。
俺はアラクネ達に一定以上の信頼を置いている。
これは正当な評価だと思っている。
こいつらに掛れば、逃げ追うせることは出来ないだろう。
全幅の信頼を置いているこいつらに任せておけば問題ないだろう。
『シマーノ』に悪意の手を向けるのは、イコール俺の敵に周るということだ。
その際は全力で迎え撃ってあげよう。
なんなら島野一家の過剰戦力で迎え打ってもいいのだよ。
本音はそんなことはしたくないのだが、手を出されて黙っているほど俺もお人好しでは無い。
荒事には決してなっては欲しくないのだが、必要とあれば、武力行使も辞さない覚悟はあるのだ。
とは言っても人命第一だけどね。
「分かりました、手が空いたら一度帰ります」
「それで、エンシェントドラゴンはどないや?」
ダイコクさんは話を切り替えてきた。
「気さくで面白い爺さんですよ」
「さようか、わても一度挨拶がしたいねん」
「そうですか、ここと『シマーノ』を転移扉で繋ごうと考えてますので、そうなったら挨拶に伺いやすくなりますね」
一応その予定。
まだゼノンには話して無いのだけどね。
「ほんまか?そうか、その手があったな。にしても転移扉は便利やな。わてにも一つ貰えんか?」
ダイコクさんのテンションが上がった。
「何処と繋ぎたいんですか?」
「そりゃあ『シマーノ』やがな、馬車の移動では一日以上はかかるからな。それが一瞬なんて便利を通り越しとるやないか」
確かに、ていうか通行税を取ろうってか?これはちょっと考えもんだな。
せっかく街道を整備したのに、それが使われなくなるのはいただけないな。
通行税を主張したいのはこっちなんだけどな。
とは言っても転移扉の使用にルールを設けることはできるけど・・・そこまでお人好しにはなれないな。
てか、街道の整備はこっちがしたってのに、その上をいこうってか?
結構えげつないこと考えますね、このおっさん。
一先ず保留だな。
てか今は無しだな。
「考えてはみますよ」
「さようか?宜しゅう頼むで」
期待はしないでくださいね。
とは決して口には出さないけどね。
「じゃあ、そろそろ戻りますね」
「そうか、ほなな」
「では」
俺は通信を終了した。
一家の所に戻るとゼノンがギルと甲斐甲斐しくもじゃれ合っていた。
おい!獣スタイルでは止めてくれ!
皆の迷惑でしょうが!
「ゼノン!ギル!周りをよく見てみろ!」
戦々恐々と恐れをなしたリザードマン達が諤々と震えていた。
「おお、これは済まぬことをしたな。やれ嬉しくなってしまってのう」
「ごめん皆、楽しくなっちゃった」
悪びれることなくギルが答える。
「二人共、獣スタイルでじゃれ合うんじゃありません、特にゼノン!自分の身体のサイズを考えなさい!」
ゼノンは項垂れていた。
ゼノンを平気で叱る俺に、今度はリザードマン達から羨望の眼差しが向けられた。
「おお!」
「ゼノン様を叱るとは」
「なんと・・・」
だって俺以外言える奴居ないでしょ?
リザードマンの一人が俺の元に駆け寄ってきた。
「島野様、折り入ってご相談があるのですが・・・」
申し訳無いとその眼が語っていた。
「どうした?」
「名を頂いてからというもの、理性を得た我々はこの村の惨状に気づきまして・・・」
懐かしいな『シマーノ』でも始めはそうだったな。
ゴブリン達が知性に目覚めて、同じ様に村の有り様を恥ずかしがっていたな。
始めに大掃除したことを想い出すな。
ここでも村興しが必要かな?
「知恵を貸してくれということかな?」
「左様でございます」
そうだな、じゃあこうしよう。
「魔物同盟国『シマーノ』に全員で行ってみないか?そこで技術を学び、そこから村を発展させていくってのはどうだ?」
「一度この村を捨てろと仰るのですか?」
「いや、そうじゃないんだ。ちょっと待ってろよ」
俺は転移扉を『収納』から取り出した。
実はこんなこともあろうかと『シマーノ』にある俺達のロッジに、転移扉を既に設置済なんだよね。
「いいか、これは転移扉と言って、俺の転移の能力を付与してある扉なんだ」
「転移ですか?」
はて?とリザードマンは首を傾けている。
「そうだ、ただこれは神力を扱う者にしか開けることは出来ない」
「はぁ」
「まあいい、使えば分かるさ」
俺はゼノンに協力を申し入れた。
ならばと人型に変化したゼノンがこちらに向かってくる。
ギルも人型に変化し、ゼノンの後を追う。
「じゃあゼノン、この扉の事は分かってるよな?」
「勿論じゃ、羨ましく思っておったぞ」
「そうか魔物同盟国『シマーノ』に繋がっているから早速行ってみないか?」
「それはよいな、ほれ皆の者、集まっておくれ」
ぞろぞろとリザードマン達が集まってくる。
何事かと騒がしい。
「そうだ、剥がれた鱗があったら持参してくれ。それがお金になるから、多ければ多い程いいぞ」
俺のその言葉に血相を変えてリザードマン達が右往左往し出した。
何とも落ち着きのないことだ。
各々が我先にと鱗を取りにいった。
数分後、全員が集まったみたいだ。
両手で収まりきらない程の鱗を抱えている者もいた。
お金の効果は凄いですね。
「じゃあゼノン、扉を開けてくれ」
「あい分かった」
転移扉を開くと、俺達のロッジにでた。
俺は転移扉をロッジから、ロッジの入口前に念動で移動させる。
転移扉からリザードマン達がぞろぞろと出てくる。
皆、いきなりの転移に仰天していた。
これはあれだな、ちょっとした社会見学だな。
そしてゼノンが『シマーノ』に降り立った。
はたして魔物達の反応は如何に?
リザードマン達は驚きと共に、感嘆の声を挙げる者、腰が引けている者など反応は様々だった。
始めての転移はそれぞれの反応だった。
そして『シマーノ』に降り立ったリザードマン達は、まるで田舎から出てきたお上りさんみたいだ。
皆が皆キョロキョロとしている。
そして『シマーノ』の魔物達が俺達に気づく。
魔物達が一斉に駆け寄ってくる。
「島野様!」
「お帰りなさいませ!」
「先生!お早いお帰りで!」
「ノン様、待っておりました」
俺だけではなく、島野一家全員が手厚い歓迎を受けることになった。
次々に魔物達が駆け寄ってくる。
ちょっとした騒動だ。
街が活気に沸いている。
「お前達、首領陣を呼んで来てくれ!頼むぞ!」
魔物達が一斉に頷く。
「分かりました!」
「お待ちください!」
「お任せください!」
従順で助かります。
その声を受けて即効で首領陣達が集まってきた。
全員が息を切らしている。
「はあ、はあ。島野様お帰りなさいませ!」
「ふう、ふう。お待ちしておりました!」
そんな走って来なくてもいいのに。
まるでご主人のお帰りを待っていた小型犬みたいだな。
可愛らしい奴らだ。
オクボスはランドールさんの所にいる為、今日は不在とのこと。
うーん、一番いて欲しかったのに。
残念!
しょうがないよね、仕事だもん。
俺は手を挙げて注目を集める。
「お前達、紹介させてくれ。エンシェントドラゴンのゼノンだ。よろしく頼む」
その声を受けてゼノンが前に出る。
「儂がエンシェントドラゴンのゼノンじゃ、よろしくのう」
その発言に『シマーノ』のリザードマン達が一斉に跪いた。
ここのリザードマン達もドラゴンに本能的に従うことになっているみたいだ。
リザードマン達の気配が一気に変わった。
緊張感が高まっている。
彼らにとってはエンシェントドラゴンとはそれぐらいの存在なのだろう。
正に神だ。
静かに涙を流す者、御尊顔を見ることすら儘ならない者、泡を吹いて倒れる者までいた。
とんでも無いなこれは・・・
他の魔物達もまるで神話の世界の登場人物を見るかの如く、跪く者や、頭を下げる者、中には拝む者までいた。
横を見ると、ゼノンは満更でもない顔をしていた。
良きに計らえとでも言いた気だ。
この爺い、分かってやってるな。
まあ良いでしょう。
ギルが誇らしそうにしているから見逃そう。
そんなに崇められたいのか?
まあそれで神気を集められるのだから、そうなるのかもしれないな。
ここの街のリザードマン達の為に、ゼノンの石像でも造ってやろうかな?
間違っても俺の石像は造らないぞ。
もし作ったらどうなるんだろう?
俺の背筋が凍るな。
やれやれだ。
俺は周りを見渡した。
「あと、ゴブロウはいるか?」
その声にゴブロウが反応する。
「島野様!ここです!」
遠くの方でゴブロウが手を挙げている。
「ゴブロウ!こっちに来てくれ!」
「ただ今!」
ゴブロウが民衆を掻き分けて駆け寄ってくる。
「ゴブロウ、明日からでいいんだが、仕事を頼みたい」
「は!何なりと!」
ゴブロウが跪く。
「ドラゴムを発展させたいんだ。大工や土木工事に従事できる者達を集めておいてくれ。出来るな?」
「承知いたしました」
心強い返事をいただいた。
「お前達には作業を行いつつも、ドラゴムのリザードマン達に技術指導を任せたい」
「畏まりました」
ゴブロウは我が意を得たりと頷いていた。
その後も、料理班、鍛冶班、畑班、裁縫班の主だった者達にリザードマン達への技術指導をお願いした。
全員快く応諾してくれた。
これで一先ずは安心だな。
手配は完了。
後は俺達お得意の娯楽だが、此処は俺が仕切りたい。
敢えて余白を残しておこう。
何を持ち込もうかな?
サウナと、風呂と、漫画喫茶と・・・
さて、まずはドラゴムのリザードマン達が持参した鱗を換金しなければならない。
誰に買い取らせようかと考えていると、丁度そこにフィリップとルーベンがやってきた。
まぁ、何とタイミングのいいことでしょう。
「フィリップ、ルーベン、最高のタイミングだな。良いところにきたな」
何のことかと二人は首を傾げている。
「なんのことですか?島野さん」
「リザードマンの鱗が大量にあるから買い取ってくれ」
二人の表情が明るくなった。
「ほんとですか?それはありがたいです。俺達も買い取りに来てたところだったんですよ」
どうやらタイミングばっちりだったみたいだ。
今ではリザードマンの鱗は南半球では高額に販売されている素材となっている。
その多様性に富む素材は高値で買い取られており、引手あまたとなっているのだ。
堅い上に柔軟性もあり頑丈な素材は、何にでも転用可能と、とても重宝がられているのだった。
特にリザードマンの鱗で造られた鎧が軽い上に頑丈だと、ハンター達からの人気が高い。
勿論作成者はゴンガスの親父さんとその弟子達だ。
赤レンガ工房で親父さんは我物顔で作業を行っている。
あの親父さんはこれはヒット作だと自慢しているらしい。
その様は眼に浮かぶな。
そしてその稼いだお金を全て酒に費やすところまで創造出来てしまう。
いっそのこと酒工房もサウナ島に造ろうかな?
そうなると親父さんはサウナ島の住民に成りかねないな。
またでいいかな?
リザードマン達が我先にとフィリップとルーベンに集まっている。
換金作業にてんやわんやだ。
二人から渡されるのは南半球の金貨だ、これは両替してやらないとな。
どうしよう・・・ここは金貨の含有量を参考にレートは八十%でいいかな。
今の相場はよく分からんからね。
俺は両替商となって、サクサクと両替を行ってやった。
その様をゼノンが感心して眺めていたのだった。
俺は『収納』から北半球の金貨を十枚取り出した。
ゼノンに手渡す。
「ゼノン、小遣いだ」
ゼノンがにやける。
「おお!よいのか?」
「これが無いと食えないし、飲めないぞ」
実は俺達島野一家は北半球の通貨をそれなりに持っている。
というのも、ルイベントとの国交を開始してから、『シマーノ』には北半球の通貨が集まってきていた。
今では魔物達も給料制である。
いちいち月給いくらなのかは聞いてはいないが、どうやら北半球の金貨と南半球の金貨の両方を渡しているみたいだ。
管理部門の代表はソバルが行っている。
魔物達はとにかくサウナ島に行きたがるのだ。
その気持ちはよく分かる。
あの島は魅惑の楽園だからな。
我ながらよく言うよってか?
そしてその南半球の金貨のほとんどが、サウナ島に落とされることになっている。
マッチポンプとは正にこのことである。
因みに転移扉はエクスが決まった時間に開け閉めしている。
たまに休日にエクスが『シマーノ』の漫画喫茶に出入りしているのを見かける。
見た目がギルそっくりな所為か、エクスは魔物達からの人気が高い。
実は毎月俺は金貨二十枚、家族達は金貨十枚を指導料という名目で、北半球の金貨をソバル達から貰ってくれと渡されているのだった。
少し抵抗はあったが、今後の旅のことも考えて頂くことにした。
だって旅にはお金は必須でしょ?
逆にお金が無いのも心許ない。
なんなら昔の様に野菜の屋台で稼ぐこともできるのだが、そうしなくてもいいならそれに越したことは無いのだ。
それに実は俺には副業的に収入がいくつもあったのだ。
それはとても褒められたものではないのだが、漫画喫茶の漫画の権利料を徴収しているのだ。
その金額は何と毎月金貨四十枚近くにもなる、それでも経営は真っ黒というのだから漫画喫茶の人気の高さが伺える。
その他にもいろいろと権利収入を得ており、実はそれなりの・・・否、かなりの北半球の通貨を持っているのだった。
お金はあったに越したことは無いからね。
貰えるものは貰っておきましょうってね。。
ゼノンは金貨を受け取ると、ならばと急に獣化して、自分の鱗を剥がしていた。
なにをやってんだ?この爺さんは。
「守よ、これでどうにかなるかのう?」
俺はデカい鱗を渡されてしまった。
なんだこれは・・・感触としてはかなり堅い。
いやそんなもんじゃない、鉄板以上だ。
それに柔軟性もある。
明らかにリザードマンの鱗の上位素材だ。
これは困ったな。
こんな素材、価値があり過ぎて金貨十枚なんてあり得ないだろう。
これを手にしたゴンガスの親父さんの興奮が、手に取る様にわかるものだ。
これはいけない、一旦俺の『収納』に保管だな。
ドラゴンの鱗って・・・伝説級の素材に決まっている。
間違いなくレジェンド級以上の武具になるに違いない。
これは一旦棚上げだな。
場合によっては塩漬けだ。
やれやれだ。
俺はゼノンにどうせそうなんでしょ?と話し掛ける。
「ゼノン、風呂とサウナに入りたいんだろ?」
そうに決まっている。
「ばれておったか」
ゼノンは笑っていた。
千里眼で覗いていたのなら、風呂やサウナが気にならない訳がないだろう。
それに黄金の整いもバレているに違いない。
慢性的に神気が足りていないのだ、興味が無いなんてことはありえないだろう。
「どうせ知ってるんだろ?」
「黄金の整いじゃな?知っておるよ」
ゼノンは意味ありげな表情を浮かべている。
教えろということだな。
「どうしたもんかな・・・創造神様からは広めるなと言われているんだけど・・・知ってるならしょうがないよな?」
「ならば本人に聞いてみるかのう?」
創造神の爺さんと話すってか?
それはそれで面倒なことにならなければいいのだが・・・
「爺さんに念話でもするのか?」
ゼノンは頷いている。
「そうじゃ」
やっぱりか・・・
否な予感がする。
しょうがないか。
「分かった」
俺は観念することにした。
それを受けてゼノンは念話を始めた。
何故だか俺も通話に巻き込まれてしまった様だ。
俺にもゼノンの声が聞こえる。
ふざけんな!
「創造神様、儂じゃよ。今いいかのう?」
返信が返って来る。
「もしもし、ゼノンか?何じゃ?ん?守もおるのか?」
もしもしって・・・この爺さん現代に毒されてるのか?
爺い、大概だな。
「いますよ・・・」
不本意ですがね・・・
なんでグループ通話になってるんだよ。
ゼノンめ、俺を撒き込むんじゃないよ!
「黄金の整いを儂もやっていいかのう?」
ゼノンは甘えるように伺っている。
爺いの甘え声ってなんだかムカつくな。
「よいぞ、北半球もだいぶ神気が濃くなっているみたいじゃからな。でも他の神達には内緒じゃぞ」
軽!
良いんかい!
これまで俺がずっと気を使ってきたことは無視かよ!
ふざけんな!
状況が変わったからいいということか?
ならば教えてくれよな・・・
なんか腹立つな・・・
そろそろ五郎さん辺りにはバレてるんだよ!
「じゃあ遠慮なく、儂も整わせてもらうかのう」
もう好きにしてくれ!
くそぅ!
「あ!そうそう、守よ。今度手が空いた時に念話で話し掛けてくれんかの?ちょっとお主に話があるんじゃ」
はあ?
否なんですけど・・・
絶対無理難題を押し付けるんだよね?
それ以外考えられない。
あんたと話したくはないんですけど?
それに俺の質問には真面に答えてくれないんだよね?
どうせさ。
「今じゃ駄目なんですか?」
なんならゼノンも巻き込んでやろう。
そうすればちょっとは気が紛れる。
この爺いも巻き込んでしまえ。
「ちょっと今取り込んでおってな、なんなら儂から連絡するか?」
流石にそうはいかんだろう。
一応上司みたいなもんだし。
「いや、俺から連絡しますよ」
くそう、ゼノンを巻き込めなかったな。
「すまんな、じゃあのう!」
一方的に切られてしまった。
おい!
失礼だろうが!
なんだったんだ・・・全く。
ゼノンは嬉しそうにしていた。
そりゃあ、あんたは嬉しいよね。
にしても創造神の爺さんと念話で繋がる様になっちゃったよ。
なんだかな・・・今後いろいろ押し付けられないといいけど・・・悪い予感しかしないんだけど。
俺は頭を抱えたくなったが、このストレスは俺にしか分からないだろう。
俺の様子を家族は不思議そうに眺めていた。
お前達には関係無いから安心してくれ。
はあ、やれやれだ。
気分を変えて、まずはゼノンを引き連れて、買い食いを行った。
ゼノンは上機嫌だ。
たこ焼き、ラーメン、カツカレーと、それなりに大食漢だ。
まだまだ食う気らしい。
ドラゴンはフードファイターの家系なんだろうか?
ギルもそうだが、ゼノンも半端無く食っている。
その後定食屋でとんかつ定食と、エビフライ定食、から揚げ定食をペロリと平らげていた。
まだ食い足りないと、今はたい焼きの屋台に並んでいる。
付き合いきれん。
ここはギルに任せることにした。
俺は一人先に温泉へと向かうのだった。
温泉で寛いでいると、やっとギルとゼノンがやってきた。
外の家族達も自由にしているらしい。
「ほほう、これが温泉じゃな、どれどれ」
ゼノンはちゃんと掛け湯をしてから温泉に浸かっていた。
おお!マナーも分かっているみたいだ。
ならばよし!
後で聞いたのだが、ギルが風呂とサウナのマナーを前もって教えてくれていたらしい。
ほんとに良く出来た息子です。
大変助かります。
「ああー、染みわたるー」
思わず声を漏らすゼノン。
その表情が緩みまくっている。
「温泉って、気持ちいいよねジイジ?」
ギルも至福の表情を浮かべていた。
「長湯は厳禁だぞ、ほどほどにな」
一応注意はしておいた。
ギルがいるから大丈夫だとは分かっているけどね。
爺いの長湯はよくないからね。
「ああ、にしても守よ、温泉は最高じゃな」
「そうか、それは良かったな」
念願の温泉ってか?
千里眼で眺めて心待ちにしていたのだろうな。
「ドラゴムにも温泉は出来るじゃろうか?」
おっと、これは聞きづてならないな。
でも欲張る気持ちも分からないでもないな。
これが村興しに繋がると考えても不思議ではない。
現にファメラの村では村興しになったからね。
今ではあの町は温泉愛好家の訪れたい街ランキング第二位だからな。
勿論第一位は温泉街ゴロウだ。
「それは何とも分からないな、今度探ってみるよ」
俺なりの泉源探索だな。
そろそろ泉源探索も能力になりそうなものなのだが。
でもとても五郎さんには適わない。
俺の専門はサウナであって温泉ではない。
「そうか、それは助かるのう。ふうー」
ゼノンは心地良さそうにしている。
「あるといいね、温泉」
ギルもほんわかとしている。
それにしても、何とも分かり易い関係だな。
祖父と孫。
激アマの爺さんとそれに甘える孫。
でも孫は賢く自分の領分を分かっている。
それを見抜き更に頬を緩める祖父。
ギルがこんなに甘えるのも五郎さん以来だな。
五郎さんがこれを見たらどう思うんだろう?
もしかして嫉妬したりして。
あの人にそれはないかな?
前に五郎さんもエンシェントドラゴンに会いたいと言っていたから、合わせてみようかな。
それにどうせゼノンは今度はサウナ島に連れていけと言うに決まっている。
千里眼で見ていたのなら間違いない。
一先ず言われるまで黙っておくとしよう。
さて、そろそろかな。
俺達は連れ立ってサウナに向かった。
サウナの流儀はギルに任せることにした。
俺は自分の流儀に従うが儘にサウナを堪能することにした。
『黄金の整い』に関してもギルに指導を任せてみた。
もう俺が口を挟む必要は無いだろう。
後は後進に任せるが正解だろう。
俺は自分の好きに過ごすことにした。
そして俺はサウナ明けの生ビールを堪能し、ゼノンもサウナ明けの生ビールを堪能していた。
「守るよ、これが至福の一杯というやつじゃな?」
「ああ、分かるか?」
「分かろうものよ」
「・・・」
ジト目で沈黙するギル。
俺達は何も言葉を発することなく、染み渡る感覚に身を任せるのだった。
こればかりはまだまだお子様のギルには分かるまい。
吐き出す息に全てのストレスを乗せて、俺達は整いまくっていたのだった。
あー!最高‼
翌日、案の定ゼノンは、
「今度はサウナ島じゃな」
と万遍の笑顔で俺に要請してきた。
これに喰い付いたのは何故かノンだった。
行こう行こうと騒がしい。
どうにもこの二人はウマが合うみたいだ。
よく二人で爆笑しているのを見かける。
笑いのツボが同じらしい。
今ではノンはゼノンのことをゼノンの爺ちゃんと呼び、心を許しているみたいだ。
ゼノンも同様にノンを気に入っている様子。
本当はドラゴムの村興しの様子を確認すべきなんだろうが、それは二の次とゼノンはサウナ島へ行く気満々だった。
まあ気持ちは分からなくはない。
千里眼で見ていたのだからサウナ島に興味深々に決まっている。
もはやあの島は神様達の楽園だからな。
南半球の全ての神様が集まり、そして上級神達がバイトを行っている島だ。
恐らく上級神達は全員が知り合いなのだろう。
これまでの会話からそれは何となく伺うことができる。
恐らく神界あたりで出会っていると思われる。
フレイズあたりが絡みだすと面倒なのだが・・・
まあ、連れていくしかないよね。
ドラゴムのリザードマン達はアリザ以下四名が同行することになった。
その他のリザードマン達は村興しに従事することになっている。
それはそうだろう、真っ先にするべきことは村興しなのだから。
ゼノンの我儘に付き合う必要はないのだ。
だがリザードマン達はゼノンに従順だ。
ゼノンに逆らう気は全くないみたいだ。
それ処かゼノンと楽しむ気満々なのだ。
もしかしたらゼノンから、前もってサウナ島のことを聞いていたのかもしれないな。
アリザ以外は誰が行くのか揉めていたからな。
喧嘩になりそうなところをギルが止めに入ったぐらいだ。
最終的にじゃんけん大会になっていて、それなりに盛り上がっていたのがちょっと笑えた。
やれやれだ。
また今後全員連れて来てやるからさ。
揉めるのは止めなさいな。
サウナ島に着くと、ゼノンは手慣れた感じで歩き出す。
その歩に迷いがない。
向かう先はサウナビレッジだった。
おいおい、予約無しでは入れないぞ。
呼び止めようとする俺に構うことなく、迷いなく闊歩するゼノン。
サウナビレッジの受付に到着すると、早速予約を行っていた。
あれまあ、なんと手慣れたことか、ていうかまた来る気満々じゃないか。
まあ好きにしてくれ。
ちゃっかりとアリザ達も予約を入れていた。
こうなると、ドラゴムの村にも転移扉が必要だな。
ここも一方通行決定だ。
南半球から誰でも入れるようにする訳にはいかない。
通れるのは神様ズと貿易部門の担当者のみだな。
ドラゴムの村にもフィリップとルーベンを送り込まないといけないだろう。
今では貿易部門もかなりの利益を確保しているということだし。
二人では手が周らないと人員も増やしたみたいだ。
またサウナ島にお金が集まってきてしまうな。
何か大きな買い物が必要かな?
俺が出しゃばる必要は無いだろう。
ここはマーク達に任せておこう。
難しいことは全部マーク達に丸投げということで。
これも役得かな?
ところでドラゴンの鱗をどうしようか?
一先ず赤レンガ工房に行ってみるか?
親父さんに相談だな。
「ゼノン、この後はどうしたいんだ?」
「そうじゃな、まずはいろいろな施設を見学させて貰うとしよう、サウナ島の住民にも挨拶もしたいしのう。ギルや、お願いできるかのう?」
「うん、いいよ。任せて」
「じゃあギル、よろしくな」
俺はゼノンのアテンドをギルに任せて、赤レンガ工房を目指すことにした。
赤レンガ工房に着くと親父さんとゴブスケがいた。
師弟関係の二人は打ち合わせの最中だった。
リザードマンの鱗を眺めながら話に夢中になっている。
これは声を掛けていいものなんだろうか?
そんなこと考えていると、ゴブスケが俺に気づいた。
「島野様、お久しぶりです」
跪づこうとするゴブスケを俺は手で制した。
「お前さん、久しぶりだのう。どうした?」
親父さんが相変わらずの砕けた感じで挨拶をしてきた。
「どうも親父さん、ご無沙汰です」
「お前さんがここにいるという事は、エンシェントドラゴンが来ておるという事かの?」
随分察しがいいな。
「どうしてそれを知っているんですか?」
「なに、エンシェントドラゴンの事は噂になっておるからのう。貿易部門の小僧共が騒いでおったぞ」
小僧って・・・久しく聞いてないワードだ。
フィリップとルーベンか、そういうところはまだまだ子供だな。
「そうですか、そのとおりですよ」
「では後で挨拶をさせて貰うかのう」
「そうしてください。それでちょっとご相談が・・・」
親父さんは表情を改めた。
察しの良い親父さんのことだ、既に気づいていてもおかしくはない。
その面持ちが僅かながらも緊張しているのが分かる。
俺は『収納』からドラゴンの鱗を取り出した。
「お前さん、もしや、それは・・・」
親父さんは驚愕の表情を浮かべていた。
「ドラゴンの鱗です、それもエンシェントドラゴンのです」
「う!」
絶句していた。
そりゃあそうなるわな。
素人の俺でもこの素材がとんでもない代物だという事が分かるぐらいだ。
リザードマンの鱗なんて比にもならない。
強固な上に柔軟性もある。
そんじょそこらの剣では傷一つ付けることが出来ないだろう。
ミスリルのナイフでも通るかどうかという素材なのだ。
俺は丁寧に親父さんにドラゴンの鱗を手渡した。
親父さんもまるで赤子を抱くように受け取っている。
そして親父さんは歓喜の表情に包まれていた。
「師匠・・・これは一体・・・」
ゴブスケも何かを感じ取っているみたいだ。
その表情は硬い。
「お前さん・・・念のために聞くが、まさかエンシェントドラゴンと戦った訳ではなかろうな?」
なわけないでしょう。
「違いますよ、小遣いのお礼にと貰ったんですよ」
「そうか、そうだの。いくらお前さんでもそれはないよのう」
どうしたらそういう発想になるんだ?
俺ってそんなに好戦的に見えるのか?
「戦う訳がないでしょう、全く」
その思考に呆れてしまう。
「いや、ドラゴンの鱗といえば、そう生え変わるものでは無いからのう」
そうなんだ、それで戦って無理やり鱗を剥がしたと考えたのか。
あり得んっての。
こんなに温厚な男を捕まえて、なんてことを考えているんだよ。
「でもエンシェントドラゴンともなると何万年も生きているから、生え変わることもあるんじゃないですか?」
「そうだのう、エンシェントドラゴンならあり得るか・・・」
「それで、これで何が出来そうですか?」
「・・・時間をくれんかのう・・・」
流石の親父さんでも、即決は出来ないか。
まあそうだろうな。
恐らくこんな素材は始めてだろうし、今後もそう安々とは手に入らない代物だからな。
慎重になって当たり前だろう。
「では決まったら教えてください」
「ちょっと待てお前さん、これはくれるということかの?」
な訳ないでしょう。
厚かまし過ぎるぞ。
親父さんを睨んでやったが、親父さんは素知らぬ顔をしている。
「それは流石に俺でも無理ですよ。完成して販売出来たら半額は貰いますよ」
「そんなんでよいのか?」
「ええ、それぐらいが妥当でしょう」
「これは国宝級なのだぞ」
そんなことは分かっているって。
「だからそう簡単に買い手が付くこともないでしょう?」
「・・・だの」
親父さんは理解したみたいだ。
そう簡単に売れる代物ではないのだ。
直ぐに買い手がつくとは思いづらい。
売れなければ、ただの飾りでしかないのだ。
「だからですよ」
「まあ、何に加工するのか慎重に検討するとしようかのう」
「よろしくです」
俺は赤レンガ工房を後にした。
後は親父さんに任せるのみだ。
事務所に着くと、珍しくアースラ様がソファーで寛いでいた。
アイリスさんと談笑している。
「お二人がここにいるとは珍しいですね」
「これ、島野よ。久しいではないかえ」
「守さん、お帰りなさい。今日はどうしたんですか?」
俺はソファーに腰かけた。
「今日はゼノンのお供ですよ」
「さようか、ゼノンが来ておるのかえ?」
「ええ、そういえば、アースラ様はゼノンとはお知り合いのようですね」
「そうじゃ、神界で何度も会うておる。同じ上級神じゃからな」
「なるほど、上級神は全員顔見知りということですか?」
「左様じゃ、上級神に成ると神界に行くことを許される様になるのじゃ、神界には上級神が住まう場所があってのう、そこで自由に暮らしてよいのじゃ」
「へえー、そうなんですね」
大体想像道りだな。
「とはいうても、神界は暇なのじゃ。わらわはこの島の方がとても楽しいのじゃ」
あれまあ。
それはお気の毒です。
「もはやここでの暮らしの方が、わらわに会うておる。畑を育てて飯を食い、そして娘を見守ることが出来るのじゃからな」
「お母様・・・」
アイリスさんは涙目になっていた。
嬉しいのだろう。
笑顔で泣いていた。
よかったですね。
その後も会話は弾んだ。
どうやらアースラ様は今では、アイリスさんのロッジに一緒に住んで暮らしているらしい。
畑も随分と拡張したらしく、二人と従業員達とで楽しく作業をしているようだった。
従業員達もアースラ様を母と慕う者達までいるらしく、絶大な支持を受けているとのことだった。
もはやこうなってくると、バイトどころの騒ぎではない。
畑部門の部長だ。
どうしたものか、これはお給料を弾まなければいけないぞ。
「マークはこのことを知っているんですよね?」
「ええ、勿論存じ上げておりますのよ。今ではお母さまにも私と同じ様にお給料が出ておりますの」
良かったー!
マーク、グッジョブだ!
一瞬冷っとしたぞ。
「そうですか、それは良かったです」
「守や、この先もわらわはここに居てもよいかえ?」
「当然です、いつまでも居て下さい」
アースラ様は笑顔で返事をしていた。
素敵な笑顔だった。
母の子を想う気持ちは無限大だと俺は感じた。
アイリスさんよかったですね。
久しぶりにサウナ島を散策することにした。
特に目的地はない。
適当にフラフラと街を歩いた。
道行く人々が挨拶を交わしてくる。
俺は笑顔と手を挙げて返事をする。
お店街に辿り着いた。
八百屋と魚屋が声を張り上げて、お客の呼び込みを行っている。
お店街は活気に溢れていた。
すると珍しくフレイズがお店街を歩いていた。
「お!島野!こんなところで何をしてやがる!」
こんなところとは失礼な。
れっきとした俺達の島なんですが?
「ちょっとな、そういえばゼノンが来てるぞ」
「何?ゼノンだと?あのひょうきん爺さんがか?」
「ああ、そうだ」
「そうか、遂にドラゴムも繋がったか」
フレイズは神妙な表情をしていた。
能天気なこいつにしては珍しい。
こんな顔が出来るのだな。
「何か気になることでもあるのか?」
「否、そうじゃねえ。神界で過ごすことが多い我等だが、ゼノンは北半球に住んでいることが大半だからな。ここまで来るには随分辛抱したんだと思うぜ。あいつの転移は限定的で神界とドラゴムにしか行けねえからな」
そうなんだ。
だからあの第一声だったのか。
それは悪い事をしたな。
そういえば・・・
「そうだ!フレイズちょっと時間あるか?」
「ああ、どうした?飯でも奢ってくれるのか?」
この阿呆が!飯なんて奢らねえよ!
「バイトだよ、やるだろ?」
「よっしゃー!待ってました!で、二酸化炭素ボンベか?」
「そうだ、二本ほど頼めるか」
「楽勝だぜ!」
俺達は連れ立って海岸を目指した。
海岸に着くとサクッと二酸化炭素ボンベを二本造る。
フレイズに渡すと、手慣れた作業で二酸化炭素を貯めていく。
もはや極めているな。
「それにしても島野。昨日も炭酸泉用のボンベは貯めたばっかりだぞ。本当に良いのか?」
「構わない、炭酸泉とは別に使うつもりだからな」
「そうか、ということは今後はバイトの本数が増えるということか?」
「多分な」
「イヤッホウ‼」
フレイズは万遍の笑顔で喜んでいた。
「お前そんなにお金に困ってるのか?」
「うっ!・・・ちょっとな」
まあいいか、外っておこう。
後日知ったのだが、ファメラの所の孤児院にそれなりの額の寄付を行っていたようだ。
フレイズはアホだが、慈悲深くもあるのだと改めて思い知ったのだった。
「で、お前これを何に使うんだ?」
「これで飲料革命が起こるぞ」
「飲料だと?」
フレイズは呆れた顔をしていた。
「ああ、期待していてくれ」
「フン!我は辛い物にしか興味は無いのだ‼」
はいはい。
ボンベを二本回収し、俺はスーパー銭湯の食堂を目指した。
食堂に着くとちょうどメルルが休憩時間だったみたいで、シュークリームを笑顔で堪能していた。
「メルル、お疲れさん」
「島野さん、お疲れ様です」
メルルが立とうとするのを手で制する。
「メルル、新メニューを開発するぞ!」
「なんですかいきなり」
と言いつつも、満更でもなさそうに笑っている。
「炭酸を使うんだよ、炭酸を!」
「炭酸って・・・炭酸泉の炭酸ですか?」
「そうだ、それを飲み物に混ぜるんだよ、そうするとシュワシュワして美味しくなるんだよ、今ではフレイズが居るからな。炭酸は充分に足りるってことだ」
本当はフレイズに最初にバイトをさせた時に気づくべきだったのだが、俺のやらかし体質は好調のようだ。
常にどこか抜けているのだ。
もう自分で自分を諦めている節すらある。
やれやれとも言いづらい。
「シュワシュワって・・・」
「まあまずは飲んでみろよ」
俺はオレンジジュースを水で割って、二酸化炭素ボンベから炭酸を注入する。
まずは自分で一口飲んでみる。
うん!いける!
「シュワシュワが堪らんな、メルルも一口飲んでみろよ」
手渡すと、メルルは恐る恐る口を付けた。
「ん!これは・・・確かにシュワシュワです!」
「だろ!これはこれでいけるだろ?」
「ええ、良いと思います!」
「という事で、これを様々な飲料で試してみようと思う」
「了解です!久しぶりの新メニュー開発です、腕がなりますよ!」
メルルは指をポキポキと鳴らしていた。
体育会系は健在の様子。
そこから俺は久しぶりに新メニュー開発に取り組むことになったのだった。
その後数日かけて、多くの新メニューが開発された。
そして遂に念願のあれが出来たのだった。
そうサウナ愛好家が愛して止まない『オロポ』だ。
ポに関しては開発済であったが、オロに関してはこれまで開発されていなかった。
そしてここに遂に誕生したのだった。
小さな巨人が仲間に加わった、なんてね。
早速サウナ明けのフレイズに飲ませてみた。
こいつは今回の立役者だからね。
辛い物にしか興味が無いと豪語していたフレイズだったが、
「ん‼これは?・・・マジか‼」
一気に飲み干して豪快にゲップをしていた。
「ガアァ!」
なんてお行儀が悪いのでしょう、でもこれはご愛敬だな。
始めて炭酸を飲んだ時にはこんなもんだろう。
「島野!我は炭酸を舐めていたかもしれん・・・これは旨いぞ‼ガハハハ‼」
大声を出して周りを引かせていた。
お前いちいち煩いっての!
結局炭酸入りのメニューは多く開発され、その中でもレモンサワーが飛びぬけて流行ることになった。
外にもオロポは上級サウナーの必須アイテムと人気を博していた。
特にアルコールが苦手な人達は炭酸飲料を楽しんでくれていたようだ。
炭酸入りのジュースを飲む人が沢山いた。
結局ゼノンはというと、サウナ島を堪能していた様子。
一通りの見学を終えた後、スーパー銭湯を堪能し、風呂とサウナに癒されたと満足そうにしていた。
大食堂では、その大食漢を活かして、メニュー表を右から順に持ってきてくれと、始めて聞く注文を行っていたのだった。
そして集まる神様ズ。
当然の如く宴会となり、それはドラゴンの晩餐と言い伝えられるほどの宴会となっていたのである。
ゼノンの聞いたことがない注文の仕方に、俺は顎が外れそうになっていのだが。
ギルはその手があったかという顔をしていた。
そんな事が出来るのはお前達だけだよ全く。
良い子は絶対に真似しないでね。
寿司屋でお任せでと言うぐらい勇気がいるぞ。
「じゃあ僕は左から順に!」
おい!ギル君。ノリノリじゃないかい?
いくら君でも無理じゃ無いのかい?
メニュー制覇はあり得ないのでは?
何品あると思っているのかな?
「ジイジには負けないよ!」
気合の入れ処を間違ってますがな。
食事量を張り合う必要があるのかい?
「そうかギルよ、儂に挑むか」
おいゼノン!
大人気ないぞ!
煽るんじゃない!
と言いたいところだが、俺は興味を覚えてしまったので言わずにおいた。
だってどちらが沢山食えるかなんてフードファイトバトルは、この世界では禁忌だからね。
これがサウナ島でなければ避難轟々だろう。
今では転移扉のお陰で南半球の経済が発展してきているが、少し前までは食べるのもやっとという人達が多かったぐらいだからな。
それにゼノンではないが、ギルの本気を見てみたい気もする。
だから俺はこの場は止めないことにした。
そこに間が良いのか、五郎さんがやってきた。
「ギル坊、なんでえこの騒ぎは?」
「あ、五郎さん。今から僕の本気を見せるよ!」
ギルは五郎さんにガッツポーズを決めていた。
「はあ?何のこってえ?」
五郎さんは訳も分からず困っている。
「これからジイジとどちらが沢山食べれるかバトルをするんだよ」
ギルが事も無げに言った。
「ジイジって・・・もしかしてあんたがエンシェントドラゴンかい?」
五郎さんがゼノンに向き直る。
「そうじゃ、儂がエンシェントドラゴンのゼノンじゃ、温泉街の神、山野五郎じゃな。知っておるよ」
「そうかい、話が早えな。儂は五郎だ。よろしくなゼノン」
五郎さんは右手を差し出した。
ゼノンは握り返す。
何か通じ合うものがあるのだろうか?お互いが頷きあっている。
ていうか五郎さん、名前を知られていることはツッコまないの?
「それにしても島野よ、何だってこんなことになってるんでえ?」
真面な疑問だよね、それ。
「いやー、それが気が付いたらどちらが沢山食えるのかってなっちゃいまして。というよりゼノンが右から順になんて注文するからだろ!」
俺はゼノンを睨んでやった。
どこ吹く風とゼノンは真面に取り合わない。
駄目だこりゃ。
もういいや、好きにしてくれ。
食事が並びだすと共にファイト開始のゴングが鳴っていた。
メニュー表の右側は定食系だ。
ゼノンはとんかつ定食を頬張っている。
方やメニュー表の左側はラーメンから始まっている。
因みにメニュー表は二枚ある。
食事メインの物と、飲み物とスイーツと軽食中心の物だ。但しアイスクリームだけは食事メインのメニュー表に記載されている。
若干のちぐはぐ感はあるが、誰にも突っ込まれたことが無いので、新メニューのデビュー以外では、メニュー表の改定はこれまで行われていない。
今回は食事メインのメニュー表に乗っている食事を、右からと左から順に提供されるということだ。
本当は裏メニュー表なるものもあるのだが、此処は秘密にしておこうと思う。
裏メニュー表には、アースラ様が愛して止まないざる蕎麦なんかが乗せられている。
他にも担々麵なんかがあるのだが、説明はまたの機会にさせて貰おう。
早速ギルは醤油ラーメンを豪快に啜っている。
ゼノンはとんかつ定食だ。
何かを感じ取ったのか、次第にお客達が集まりだしていた。
面白い気配を察知したのだろう。
遠巻きにギルとゼノンを囲んでいる。
五郎さんがギルを応援していた。
「ギル坊、目に物見せてやれ!」
それを機にリザードマン達も応援を始めた。
「ゼノン様!ファイトです!」
「ギル様、行けますよ!」
「ラーメンは汁まで飲むのか?」
「そりゃそうだろう」
応援ともつかない声援も混じっている。
ギルは早くも二杯目の味噌ラーメンを啜り出した。
それに負けじとゼノンはチキンカツ定食を食べだした。
ラーメンの汁ではないが、ちゃんと添え付けの野菜と味噌汁もゼノンは飲んでいる。
ほんとに大したもんです。
俺ならもうお腹いっぱいですよ。
そしてゼノンが配膳を行ってるスタッフに声を掛ける。
「すまんが、日本酒を貰えるかのう?」
その発言をギルは見逃さない。
「ちょっとジイジ、僕を舐め過ぎじゃないかな?」
ギルがゼノンを睨んでいた。
舐めんなとご立腹な様子。
「ギルよ。これぐらいでちょうど良いのじゃ、長く生きておる者には後進に力を示さねばならんからのう、ハンデじゃよハンデ」
ゼノンは余裕の表情を崩さない。
流石のギルもアルコールは注文しなかった。
アルコールを飲んでしまっては、フードファイトは継続出来なくなるからね。
ギルは悔しさが表情に滲み出ていた。
そこにゴンガスの親父さんがやってきた。
「お前さん、これは何の騒ぎだ?どうなっておるのだ?」
「フードファイトですよ、ギルとゼノンのね」
ゼノンはそれを聞いてこちらを見た。
「お主が鍛冶神のゴンガスじゃな、儂はエンシェントドラゴンのゼノンじゃ、よろしくのう」
「お前さんがゼノンか?よろしくの。して何でフードファイトなんだ?」
それは俺も聞きたい。
俺は両手の平を上に向けるしか無かった。
「まあ何にしても面白い物が見られそうじゃのう、ガハハハ!」
親父さんはトウモロコシ酒を注文し、俺の隣に腰かけるのだった。
次々に食事が運び込まれていた。
ギルは既にラーメン最後の豚骨ラーメンを制覇しそうだった。
まだまだ余力はあると、力瘤でアピールしている。
すると観客が沸く。
ギルのやつ千両役者の能力を使ってないか?
少々疑わしい。
なんでこんなに観客が沸くんだ?
フードファイトって結構盛り上がるものなんだな。
知らなかったよ。
ゼノンも余裕を崩さない。
日本酒のお替りまで注文している。
ていうかゼノンの奴、金貨十枚で足りるのか?
まあこうなってくると、どうせ俺の奢りになるのは眼に見えている。
なんだかな・・・
ここで今度はタイロンの三柱の登場だ。
「島野君これは一体なんなの?久しぶりに顔を見たと思ったら、何の騒ぎなの?また何かやったの?」
「島野さん、久しぶりって、どうなっているんだ?」
「ギル君!凄い勢いで食べているけど、どうしてなんだい?」
三人とも眼を丸くしていた。
特にオズはギルの食いっぷりに腰を抜かしそうだった。
エンゾさんは俺がまた何かやらかしたと疑っているらしい。
俺ってそんなに信用無いかね?
「オズさん、これは真剣勝負なんだよ、僕とジイジのね!」
汁を飛ばしながらギルが答えている。
ギルは気合の入った視線でオズにアピールしていた。
「真剣勝負って、島野さん一体何が?」
その疑問は当然です。
「オズ、ギルとゼノンのフードファイトだよ」
「フードファイト?」
ゼノンは悠然と食べ物を口に運んでいる。
「ほう、これはタイロンの三柱では無いか、儂はエンシェントドラゴンのゼノンじゃ、よろしくのう」
これにエンゾさんが驚きを隠すことなく突っ込んだ。
「はあ?エンシェントドラゴンが何でギル君とフードファイトをしている訳?」
「ハハハ、経済の神エンゾよ、これは大事な戦いなのだよ。先人としては力を示さねばなるまいて」
何の力だよ。
アホか?
沢山食えることが力があるアピールになるとでも?
ドラゴンの風習か何かか?
「そうは思わんか?警護の神ガードナー、法律の神オズワルドよ」
「私には何がなんだかさっぱり」
だよね、ガードナーそれでいいと思うよ。
「よく分からないがバトルと言うからには、私は友達のギル君を応援させてもらうよ、ギル君頑張れ!君なら出来る!」
その言葉にギルは親指を立てていた。
なんじゃそれ?
いろいろ間違っているような気がするのだが?
それでいいのか?オズ。
結局三人は俺の近くで食事とアルコールを楽しみだした。
これはフードファイトを肴にしているな。
三人は観戦モードに突入していた。
この様子を楽しんでいるみたいだ。
ギルはうどんシリーズに入っていた。
もの凄い勢いでうどんを啜っている。
口の中が火傷しないか心配になるぐらいだ。
一方ゼノンは全ての定食を食べ終え、おつまみシリーズに突入していた。
枝豆を可愛らしく食べていた。
そして日本酒をまたお替りしている。
大食いな上に酒豪って・・・無敵じゃないか。
流石はエンシェントドラゴン。
この世界を消滅できる存在である。
って俺もおかしくなってきてないか?
熱に当てられた?
やれやれだ。
そこにランドールさんと、これまた珍しくドラン様が連れ立って現れた。
何とも不思議なコンビである。
「島野さん、なんの騒ぎです?」
「島野君、久しぶりだね。君の周りは常に騒がしいね。ガハハハ!」
またこの反応か、説明が面倒臭くなってきた。
まだまだ余裕のゼノンが自己紹介を勝手に始めた。
正直助かる。
「畜産の神ドラン、エロの神ランドール、もとい!大工の神ランドール・・・儂はエンシェントドラゴンのゼノンじゃ、よろしくのう」
エロの神って・・・まんまじゃん。
ゼノン・・・ちゃんと見ているじゃないか。
正解です。
ランドールさんはいきなり撃沈していた。
自己紹介の初手で心を折られてしまっていた。
膝から崩れる人を俺は久しぶりに見たよ。
「ゼノン様・・・エロの神って・・・」
既にランドールさんは青色吐息だ。
「おお!あなたがエンシェントドラゴン・・・」
何故かドラン様も言葉になっていない。
いきなり名を言い当てられたことに驚いているのだろうか?
否、そうではなさそうだ、ランドールさんにつられているだけみたいだ。
にしてもランドールさんはちょっと可哀そうだった。
ゼノン、始めましてでそれは無いんじゃないか?
先制のパンチがいきなり顎に入っているぞ。
脳を揺らしてるじゃないか。
「ランドールよ、儂はお主のことを好いておるよ、その欲望に忠実な姿勢は見ていて楽しいからのう」
「ハハ・・・」
ランドールさんは無表情になっていた。
力なく俺の隣に腰かけていた。
ドラン様も訳も分からずこの騒動に巻き込まれていた。
でもちゃっかり食事を注文している。
ドラン様はお気に入りのとんかつ定食を注文していた。
バトルは続く。
ギルはうどんシリーズを食べ終えて、今度は蕎麦シリーズのターンだ。
一方ゼノンはおつまみシリーズをさらっと終えて、アイスクリームも制覇目前だった。
ゼノンはアイスクリームを頭を抱えながら食べている。
頭がキーンとなっているのだろう。
こればかりはどうしようも無い。
ゼノンは苦悶の表情を浮かべていた。
ここが勝負どころとギルも奮起するが、蕎麦が熱かったのか。悶絶していた。
これは痛み分けか?
「ギル君、ここは気合だ!」
オズがらしくない声援を送っていた。
こいつも熱に当てられたみたいだ。
そこに今度は子供を引き連れたファメラが現れた。
「あれ?ゼノンだ。何やってんの?」
「おお、ファメラか、久しいのう」
どうやら知り合いの様だ。
「こんなに人を引き連れて何やってんのさ?」
「これはのう、大事な勝負なんじゃ。先人の力を示さねばなるまいて」
「へえー、僕には分からないな」
「いつかファメラにも分かる時が来ようということじゃな」
「そうなんだ」
ファメラには興味がないみたいだ。
適当に流していた。
ファメラは子供達と適当に席を選んで食事を楽しんでいた。
ファメラは実にあっさりとしているな。
それでいいと思うよ。
バトルは折り返し地点に差し掛かっている、ギルは心なしか苦しそうだ。
ゲップを繰り返している。
それを横目にゼノンはまだまだいけると、遂にカツカレーに手を伸ばしていた。
遅れてギルもカレーシリーズに手を伸ばしだした。
ギルはチキン煮込みチーズカツカレーを頬張っているが、少々苦しそうだ。
余裕の表情を浮かべるゼノンと、必死に食らいつくギル。
これは勝負あったか?
でもここからのギルが凄かった。
カレーは飲み物と言うが如く。
飲み込むようにカレーをバクバク食い散らかしていた。
怒涛の勢いとは正にこのことだ。
ギルの快進撃は止まらない。
ゼノンが不意に呟く、
「ギルよ、そろそろギブアップしても良いのだぞ、お前はよくやった。褒めてやるぞ」
この発言が気に入らなかったのか、ギルは更に加速した。
カレーゾーンを終えて、アイスクリームゾーンに取り掛かっていた。
「おいギル!大丈夫か?」
俺は思わず声を掛けてしまった。
真剣勝負に水を差す気は一切ないのだが、少々心配になってきた。
エルは手を重ねて祈っているぐらいだ。
そんなことはお構いなしとノリノリなノンはお祭り騒ぎだ。
観衆を煽ってウェーブを発生させていた。
ノン、いい加減にせい!
お前はいい加減空気を読めよ!
いや、読んでいるからふざけているのか。
なんかムカつく。
観客も熱に当てられて歓声が煩い。
「ギル!お前ならもっと食えるぞ!」
「飲み込んじゃえ!」
「ドラゴン対決凄げー‼」
「俺もたくさん食うぞ!」
そして歓声を受けてギルが立ち上がる。
トントントンとジャンプをしている。
フードファイトでよく見かける光景だが、これに効果はあるのか?
そんなギルをゼノンは不敵な視線で見つめている。
「ギルよ、そんなことでは儂には勝てんぞ」
「フン!まだまだだよジイジ!僕の本気はこれからさ‼」
ギルは薄っすらと金色に輝いていた。
おい!こんなところで千両役者を使うんじゃない。
これに観客が反応する。
「ギル‼」
「よっ!待ってました!」
「私にも一口くれ‼」
「俺にカレーを食わせろ‼」
明らかに変な効果が表れていた。
千両役者ってギルの体調によって変化するものなのか?
まあ、どうでもいいか。
いつの間にかいたレイモンド様は、
「何をー、やっているのー」
呑気に近寄ってきた。
「養蜂の神レイモンドじゃな?」
「そうだよー」
相変わらず間延びしている。
「儂はエンシェントドラゴンのゼノンじゃ、よろしくのう、お主の作る蜂蜜が食べてみたいのう」
「いいよー、そこで売っているよー」
「そうか、後で買っておこうとするかのう」
二人は緊張感の無い会話をしていた。
「僕はー、生ビールー」
レイモンド様は通常運転で注文をしていた。
この人はこれでいいと思う。
マイペースの代名詞的な人だしね。
沢山生ビールを飲んでくださいな。
けど子供達にはあんまりその姿を見せないでね。
子供達の夢を壊しかねない。
プーさんが生ビールって・・・
ギルはアイスクリームシリーズを終えようとしていた。
アイスクリームをバクバクと食べている。
ギルには頭キーンは無いみたいだ。
これは年齢差か?
飲み込むようにアイスクリームを食べていた。
ゼノンは蕎麦を食べつつも日本酒を堪能していた。
「かぁー!旨い‼」
日本酒に舌鼓を打っている。
まだまだゼノンの余裕は消えない。
こいつの胃袋は穴が空いているのかと思ってしまう。
「すまんが七味唐辛子を貰えるかのう?」
調味料まで注文していた。
ゼノン凄えな。
まだまだかかってこいってか?
そこにカインさんが楽し気な顔で現れた。
「島野さん、この騒ぎは何だい?」
「フードファイトですよ」
「へえー、凄い事になっているね」
ゼノンがこちらを振り返る。
「ほう、ダンジョンの神カインじゃな、儂はエンシェントドラゴンのゼノンじゃ、よろしくのう」
カインさんは身体をビクッとさせて固まっていた。
「なんと・・・なぜ私の名を・・・」
やっとまともな返しを聞けたな。
この反応が正解です。
いきなり名前を言われたらこうならなきゃ駄目でしょ?
「ああ、それはゼノンは千里眼と地獄耳の能力を持っているからですね」
「なるほど・・・あ!カインです。よろしくお願いします!」
これが普通の反応だよね。
ちょっと安心した俺だった。
会場のボルテージは上がり撒っている。
ノンがふざけて観客を煽りまくっているからだ。
そこら中でウェーブが発生している。
とんでも無いお祭り騒ぎだ。
エクスが心配そうにギルを見ている。
「エクスよ、そんなに心配せんでもよい。ギルにはきっちりと格の違いを分からせてやるからのう」
この発言にギルが吠える。
「ジイジ!僕を舐めるな‼ゲェエ‼」
ギルは本気で叫んでいた。
だが同時に大きなゲップをしていた。
その様に大爆笑が起こっていた。
「良い音聞きました!」
「カレーの匂いがする」
「幸せのハーモニーやー!」
ギルはイラっとしつつも、不利な状況を察しているみたいだ。
箸の進むスピードが落ちてきている。
ギルを応援してやりたいが、このままではまず負けるだろうな。
ゼノンは余裕こそ無くなっているが、まだまだ食べれそうなのだ。
そこにアンジェリっちとオリビアさん、そしてマリアさんが加わってきた。
「ほほう、これは麗しき三人の女神じゃな」
え?マジで?
一人おじさんが混じっていますけど?
「ムフ!分かっているじゃない、このナイスミドルは。ねえ守ちゃん?」
知らんがな。
マリアさんは嬉しそうにしている。
「ちょっとマリアさん、あなたは女神じゃないでしょ?」
ギルが思わず突っ込む。
「なによギルちゃん!聞きづてならないわね。心が乙女なんだからいいでしょそれで?違う?」
マリアさんがギルに噛みつく。
「そうじゃ、それでいいのじゃよギルよ。マリアの言う通りじゃて。要は心の有り様なのじゃからな」
まあそう言われるとそうなんだが・・・
多様性の時代ともとれるが、そうじゃなく単純にマリアさんを女神と呼びたくはない。
何故かちょっと俺は抵抗がある。
俺はギルに一票を投じたい気分だ。
だって青髭を蓄えた女神なんて・・・俺は知らないからね。
「もしかしてエンシェントドラゴンなの?」
オリビアさんがゼノンに話し掛けていた。
「そうじゃ音楽の神オリビアよ、儂がエンシェントドラゴンのゼノンじゃ。それに美容の神アンジェリ、芸術の神マリアよ。よろしくのう」
「こちらこそ」
「あらまあ」
「ゼノンじゃん」
三者三様の反応をしていた。
この人達も名前を知られていることに反応しない。
何故だ?
結局そこを突っ込んだのはカインさんだけじゃないか。
緊張感が薄れてないか?この人達・・・
フードファイトは佳境を迎えつつあった。
ギルは完全にペースダウンしている。
だが決して箸は止まってないのが凄い。
ギルの本気は伊達じゃないのだ。
俺はギルが負けても純粋に褒めてやりたいと思う。
ギルはおつまみをポリポリと食べていた。
そしてゼノンは遂に最終のラーメンシリーズに突入していた。
ここに真打登場と、上級神達が珍しく連れ立って現れた。
こいつらタイミングを計っていたな。
じゃないとこれはあり得ない。
「よう島野、ゼノン!やってんな!」
「はて、何の催しかのう?」
「食え食えー!」
「僕に何か食べさせろー!」
各自適当な事を言っている。
面倒臭いから来ないでくれよ。
結局神様全員集合じゃないか。
やってられるか。
この神様大集合に観客達は沸きに沸きまくった。
今では立ち見も散見されている。
それにしてもゼノンは凄いな。
バトルをしながらも南半球の神様ズ全員と挨拶を交わしていた。
これはなかなか出来ることじゃない。
もしかしてこれも作戦なのか?
注目を集めればお祭り騒ぎの好きな神様ズなら集まってくるはずだ。
それを見越してフードファイトを仕掛けたと・・・
だとしたら末恐ろしいな。
先を見通す能力を持っているのかもしれないな。
まだまだゼノンの権能は未知数だ。
本当は鑑定すればいいのだが、それは憚れるしね。
徐々に鱗を剥がしていくしかないだろう・・・ドラゴンなだけに・・・
うーん、減点五。
少々手厳しいか?
そして遂にフードファイトは終了を迎えた。
ゼノンが最後の醤油ラーメンの汁を飲み干したのだった。
何故か途中から実況を始めていたオリビアさんが。
「勝負あり!勝者、エンシェントドラゴンのゼノン‼」
と絶叫していた。
「おお‼」
「ゼノン様‼」
「ほんとに全メニュー制覇しちゃったぞ!」
「ギルも凄かったぞ!」
「ギル、胸を張れ‼」
歓声と拍手が鳴りやまない。
そう、ギルも凄かったのだ。
今回は相手が悪かっただけだ。
ギルは悔しそうにしているが、ギルが弱かった訳ではない。
よく考えてみれば、獣スタイルで三倍の大きさを誇るゼノンが負ける訳はないのだ。
それでも挑んだギルは立派だ。
大健闘で間違いは無いのだ。
「ギル‼よくやった‼」
俺は最大限の賛辞をギルに送りたい。
ん?でもちょっと待てよ・・・
この支払はいくらになるんだ?
俺持ちになるんだよな?・・・多分・・・
案の定、俺の肩にゼノンの手が置かれた。
「守よ、全ての料理が美味しかった。ご馳走様です」
ゼノンは俺に向かって手を合わせていた。
それに倣い、観客と全員の神様達が俺に手を合わせていた。
・・・何だこれ?
やられたな・・・
この雰囲気をぶち壊すことは俺には出来ない。
一本取られてしまった・・・ちっ!
俺が甘かったか?
まあでも楽しかったから有りだよな?
「分かった!・・・今日は俺の奢りだ‼食いたいだけ食って、飲みたいだけ飲んでくれ‼全部俺の奢りだ‼」
ええい!こうなったらやけくそだ‼
どんちゃん騒いでくれ!
とは言いつつも、前回のステータスチェックの時に俺の預金残高が一億円近くあったことを俺は思い出していた。
まあ、何とかなるでしょう・・・多分・・・
はあ、やれやれだ。
でも楽しかったー‼
翌日、俺は請求書を見て大いに反省した。
否、猛省した。
その金額は金貨百枚を超えていたからだ。
一日で百万円以上の散財をしてしまっていた。
あり得ない・・・
俺は何処かの大物芸能人ではないのだが・・・
そんな散財するキャラでは無いと思っているのだが・・・
まあいいか。
ここは切り替えるしかない。
外に方法が見当たらないからね。
でも二度とやらないと俺は心に誓ったのだった。
そりゃあそうでしょう・・・なんでこんなんことになったんだ?
こんな散財をしていたら、いくらたくさんお金を持っていても直ぐに底を付いてしまうだろう。
俺は質素倹約で評判だったはず・・・
どうやら俺も熱に当てられてしまっていた様だ。
ギルの頑張りに胸を打たれたのは確かだしな。
昨日のギルは凄かった。
賞賛に値する。
でも困ったものだ。
まだまだ俺も修行が足りないな。
何が半仙半神だよ。
俗物に塗れてますがな。
やれやれだ。
俺達は一旦ドラゴムに戻ることにした。
というのも村興しがどうなっているのかいい加減気になっていたからだ。
ドラゴムに着くと、ギルもこれまでの村興し以上に張り切っていた。
喜々として作業に励んでいた。
ゼノンに良い暮らしをして欲しいのだろう。
いつになく前のめりだ。
一方ゼノンは一切手を貸すことなく、その様子を見守っていた。
恐らくゼノンにとっては、村興しなどどうでもいい事なのかもしれない。
何故かというとゼノンは長命種であり、かつ今後もこの世界が滅ぶまで存在し続ける存在だからだ。
まだ地球での感覚が抜けきらない俺の一年が、ゼノンにとってはこの世界では一日に感じていてもおかしくは無いのだ。
ハウオールドアーユー?
と聞きたくはなるが、それは聞くだけ無駄ということだろう。
覚えていないと言われるに決まっている。
でも俺も今では長命種に成っている。
その感覚は未だ薄いのだが、いつかはその感覚になるかもしれない。
全く想像はできないのだが・・・
ある日いきなりあなたの寿命は無くなりました。
と掛かりつけのお医者さんから言われたらどう思うのだろうか?
あ、そうですか、じゃあもうここには通わなくていいんですね。
保険証も破棄しますね。
なんて言えるのだろうか?
俺には無理だと思う。
多分、その発言を飲み込むのに最低でも数年は掛かるだろう。
現にほぼ寿命が無くなった俺だが、自覚なんて無いに等しい。
けど明らかなのは、睡眠欲求と食事欲求は無くなりつつあるということだ。
生殖欲求は・・・言わないでおこう。
かといって俺は惰眠を貪るし、食事も一日三食しっかりと食べる。
これは欠かせない。
寝なくても、食わなくても生きていけることは、感覚的には理解している。
でもそうはしないし、そうするつもりもない。
それではあまりにつまらないからだ。
これは俺以外の神様達全員にいえることだろうし、共通の想いなはずだ。
だからこそ、サウナ島に上級神だって集まって来たし、神様ズもサウナ島に魅力を感じているのだろう、そして今後もサウナ島に通い詰めるに決まっている。
要は娯楽が必要だということだ。
神は遊びに飢えているのだ。
そんな気がしてならない。
世の人々を自らの権能を用いて導き、慈愛でもって見守る。
この世界での神はそんな存在なのだ。
俺はそれをありがたいと感じているし、こんな世界を面白いと思っている。
俺はゼノンに話し掛けた。
「ゼノン、この村をどうしたいとかってあるのか?」
「どうしたいかじゃと?」
ゼノンは一瞬逡巡した。
「無いのう、儂は見守るだけじゃしな」
やっぱりな、そう言うと思ったよ。
「じゃがのう、儂を慕うリザードマン達が今より少しでも笑顔になるなら、儂は何でもOKじゃよ」
「そうか」
その気持ちはよく分かる。
俺にも俺を慕ってくれる者達が沢山いる。
スーパー銭湯もノリで造り出した感が否めないが、実際は心の中には仲間を想う気持ちがあったのだから。
あいつらには今よりもっと幸せになって欲しいと。
こういうところは同じなんだな。
俺は思わず笑みが零れていたみたいだ。
「守よ、何を笑っておるのじゃ?」
「いや、ちょっとな」
言葉にしづらいからはぐらかしておいた。
だって少々恥ずかしからさ。
さて、俺はゼノンと違ってただ見守るだけなのは性に合わないから、最低限度の手は貸すことにした。
アリザとリザオ、ギルと打ち合わせを行うことにしたのだ。
打ち合わせの内容は基本的なことだ、どう村興しを行うのかということ。
「お前達、この村をどうしたいんだ?」
村興しといってもその方法は無数に存在する。
なんといっても、まずはコンセプトがいる。
「どうしたいってどういうこと?」
ギルからの質問だ。
「ただ単に村の施設を最新式にするだけではあまり意味が無いだろ?要はコンセプトをどうするのかってことだよ」
「ああ、そういうことね」
ギルにはすんなりと通じる。
「コンセプトとは何でしょうか?」
アリザには分からなかったみたいだ。
まあそうだろな、特にアリザはまだ他の街をあまり知らないからな。
「コンセプトとは、誰にどのような価値を、どのような形で提供するのか?ということだ」
「なるほど、そうなるとこの村の者達にとって、どの様な価値を見出すのかといことですね?」
リザオは理解できたみたいだが、少々理解が浅いな。
「それもあるが、それだけではないな。まずはこの村の住民はもちろんだが、この村に訪れる者達もそこには含まなければならない。リザオは南半球に行ったことがあるから分かると思うが、各村にはその村ならではの産業がある。フランであれば畜産だし、カナンであれば養蜂だ。分かるか?」
「はい、この村の何を特徴にするのかということですね」
リザオは理解できたみたいだ。
「そうだ、それ以外にも考えることはいくつもある」
「通貨や移動方法とかだね」
ギルは流石に分っている。
これまでに何度も経験してきているからな。
それにギルはこう言ってはなんだが頭が良い、親バカだと言われるかもしれないが、事実そうなのだ。
「まず俺が知るこの村の特徴は、リザードマン達は鱗が金になるし、ゼノンの鱗も大きな金になる、他にこの村の特徴になりうるものは何があるのか?どうだアリザ」
アリザは腕を組んで考えている。
「島野様、これまでドラゴムの村は外界との交流を控えていました」
それは分かっている。
「その理由はこの村が僻地であることと、我等リザードマンがあまりゼノン様を外界と触れさせたくはないと考えていたからです」
「それはどうしてだ?」
「それは、外界に良い印象を我等リザードマンは持っていないからです」
なるほどな。
だが、ゼノンはこの世界の現状を網羅している。
なんといっても千里眼と地獄耳の能力を持っているのだから。
アリザ達はこのことを知らないみたいだな。
せっかくだから教えてあげよう。
「アリザ、実はゼノンはこの世界の有り様を全て知っているんだよ、その権能においてな」
「なんと?本当で御座いますか?!」
アリザは仰天していた。
「ああ、ゼノンにはそれだけの能力があるんだよ」
エンシェントドラゴンを舐めてはいけない。
ゼノンの能力は外にも多数あると俺は睨んでいる。
「左様で御座いますか・・・流石はゼノン様です・・・」
アリザは項垂れていた。
「だから何もこの村を世界から孤立させる必要なんてないんだよ、それどころかこの村を世界の中心にすることも可能なんだ」
ちょっと言い過ぎかな?
でもやろうと思えばやれちゃうんじゃないかな?
ゼノンは柄でも無いと言いそうだが。
「そうですか・・・」
アリザはこれまでの苦労は何だったのか、とでも思っているのだろうな。
表情が暗い。
「それでこの村に訪れる人達のことも、この村のコンセプトを考える上で考慮しないといけないってことだね」
ギルは二人に噛み砕いて説明を加えていた。
「そうだ、これを機に外界と一気に触れ合うことも出来るということなんだ」
「私としては外界と交流を持つべきと考えます」
リザオは強く主張していた。
「特に『シマーノ』とは深く交流すべきかと」
「どうしてリザオはそう思うんだ?」
「それは、ゼノン様は『シマーノ』では絶大な人気を誇っておりますし、兄弟達は信用がおけます」
確かにゼノンは魔物達に人気だ。
ダイコクさんには悪いが、ゼノンは俺と同様の崇拝を魔物達から受けていた。
もしかしたら魔物の本能的なものなのかもしれない。
一方ダイコクさんに従順なのはソバルだけだ、魔物達も一定の尊敬の念を抱いているのは分かっているが、ゼノンに関しては根本的に違っている。
人気なんていう生易しいものではないのだ。
「それは私も賛成です。こちらからしても『シマーノ』には同族がおりますし、魔物達は信用がおけます。もはやリザオではないのですが、私も彼らを兄弟と呼んでもいいかと・・・」
そうなるな。
「じゃあ、これは確定事項ってことでいいね?」
ギルが纏めていく。
「パパ、そうなると『シマーノ』にない、何かが必要だね」
ギルは理解が早い。
「そうなるな、魔物達がドラゴムに来たがる理由がいるな」
ゼノンがいるだけでも充分とも考えられるのだがな。
「ねえパパ『シマーノ』にも南半球にも無い物って何かあるかな?」
おい!無茶ぶりするんじゃありませんよ。
・・・
何がある?
南半球には大体の娯楽や産業がある。
それ以外となると・・・思いつかないな。
どうしたものか?
「ちょっと思いつかないな」
「そうなんだ、パパでも無理か・・・」
ギルはしょんぼりとしていた。
あれ?
期待を裏切ってしまったのか?
でも無い物はない。
無い袖は振れないからな、すまんなギルよ。
ん?ちょっと待てよ・・・何かが引っかかる・・・
でもこれが何になるのだろうか?
一縷の望みだな。
俺は『収納』から魔水晶を取りだした。
「なあ、話は変わるがこれが何か分かる者はいるか?」
アリザが手を挙げた。
「それは魔水晶ですね、この村にもいつくか御座います」
「そうか、それでこれは何に使えるんだ?」
「・・・分かりません・・・ですがゼノン様ならご存じかもしれません」
「ゼノンを呼んで来てくれ」
アリザは頭を下げるとゼノンを呼びに行った。
ゼノンは飄々と現れた、だが口元は緩んでいた。
呼ばれたことに喜んでいる様にも見える。
「守よ、何か用か?」
「すまんなゼノン呼び出して、これが何だか教えて欲しくてな」
俺は魔水晶を手渡した。
「ほう、魔水晶じゃな。物事を記録し、再生が出来るのじゃ」
おお!
ビデオ来たー‼
否、DVDかな?年齢がバレるな。
あるじゃないか『シマーノ』にも南半球にもない娯楽が!
思わず俺はほくそ笑んでしまった。
その顔をギルが見逃さない。
「パパ、閃いたね」
「ああ、これは流行るぞ!ゼノン、使い方を教えてくれ」
「あい分かった」
ゼノンは懇切丁寧に使い方を教えてくれた。
ゼノンは頼られて嬉しいのだろう、ニコニコしている。
俺は魔力がないからギルが使用するしかない。
ゼノン曰く、魔力を流して物事を録画し、魔力を込めた魔石を引っ付ける、又は魔力を流すと再生されるということだった。
そして要らない録画はイメージしながら魔力を流すと消せるということだった。
細かな編集なども出来るということらしい、魔水晶の使い方をゼノンは熟知していた。
これまでも何度も使った事があるみたいだ。
一応試してみた。
ゼノンが魔力を込めてギルを録画する。
「やあ、僕はギルだよ。よろしくね」
ギルは面白くもない自己紹介を簡潔に行っていた。
緊張で顔が強張っている。
「はい、カット!」
何故かやる気になったゼノンが運動会にやってきた爺さんの如く、ギルをビデオカメラで録画する様にしていた。
お遊戯会や運動会じゃないんだよ・・・
何だかな・・・
今度は再生してみる。
すると魔水晶の上に先ほど録画したギルが、まるで立体映像の様に浮かび上がっていた。
おお!
これはいいぞ!
立体映像じゃないか。
これは使えるぞ。
しめしめだな。
ドラゴムの村興しは着々と進んでいる。
打ち合わせから実に三ヶ月が経とうとしていた。
今ではドラゴムの村は水道が完備され、トイレも水洗式になっていた。
村の区画整理も進んでおり、八割方が完成している。
畑も立派になっており、アイリスさんとアースラ様の技術指導も行われていた。
アースラ様は農業の技術指導に余念がない。
今ではアイリスさん以上に熱心だ。
流石に畑に入る時は花魁衣装は封印しており、最近は島野標入りのジャージに長靴姿をよく見かける。
それでも威厳を失っていないのは上級神だからだろうか?
リザードマン達も挺身低頭でアースラ様に接している。
食堂や宿屋等も完備させており、立派な村へと変貌していた。
そしてゼノン期待の温泉だったが、少し村から離れたところになってしまったが、泉源があった。
当然の如く温泉施設を造り、サウナも完備させている。
温泉施設の工事に関しては、興味があったのかゼノンも手伝っていた。
そして懸念事項の人財不足に関しては『シマーノ』のリザードマン達が移住を申し入れたことで解決した。
『シマーノ』に残るリザードマン達もいたが、大半のリザードマン達がドラゴムに移住することになったのだ。
ゼノンの人気は絶大だと改めて思い知らされた。
それに数名の魔物達もシマーノに移住していた。
その所為か、いまでは普通にドラゴムでオーガやゴブリン、オーク達を見かける。
もはやその様子は『シマーノ』と変わらない。
主に村興しを手伝ったのは『シマーノ』の魔物達だった。
対価となる工事等の費用は後払いでということになっている。
魔物達は当初無料で行うと言っていたが、それを俺は許さなかった。
だってそうだろう。
今では『シマーノ』は北半球の経済圏において欠かせない国になっている。
そんな国が無償で村興しを手伝うなんてあり得ない事だからだ。
直ぐに支払うだけの通貨をドラゴムは持ち合わせてはいないが、今後間違いなくこの村にはお金が集まることになる。
俺はそう確信している。
魔水晶のあるこの村には間違いのないことなのだ。
だから返済は間違いなくできると踏んでいる。
そしてひっそりと映画撮影が行われることになった。
なんと映画監督になったのはゼノンだった。
いろいろ試してみた結果、ゼノンが最も上手く録画や編集ができたのだ。
それにゼノンはやる気に満ちていた。
天職を得たとばかりに鼻息が荒かった。
今では、監督、編集者、ディレクター等、何でも熟している。
録画する映画は『島野一家のダンジョン冒険記』だ。
主演はギル。
ギルがスーパー銭湯の舞台で、千両役者と熱弁の能力全開に演じ切っていた、あの劇の再現だ。
あの劇の所為で、スーパー銭湯を無料開放する羽目になったのを俺は鮮明に覚えている。
ちょっと痛い経験でもある。
ノンやエル、ゴンもやる気満々で撮影に挑んでいた。
ゼノンは喜々として撮影を行っている。
今ではカチンコを手放さ無い徹底ぶりだった。
これまでの、のほほんとした人柄が変わったのかという程の入れ込み様で、演技指導にも熱が入っていた。
そしてオリビアさんとマリアさんがこれを見逃す訳がなかった。
終日映画の内容から音楽や演出まで、ゼノンと意見を戦わせていた。
そして彼女達の意見は多く取り入れられていた。
その貢献は高く評価されている。
ゼノンは彼女達の協力は大きかったと後日述べていたぐらいだ。
そして俺だが、まさかの降板となってしまった。
俺はそうとう大根だったらしい。
ゼノン曰く、
「守は魔水晶を意識しすぎて話にならん!ぎこちなさは天下一品じゃ、お主に演技はむいておらん!」
ということだった。
本人役を本人が演じられないという残念な結果となってしまった。
そして俺の変わりはオリビアさんが行うことになったのだった。
性別すら違うのに・・・何故だ?‼
後日遠慮の無いロンメルから、
「何で旦那の役がオリビア様なんだ?」
と聞かれ。
「俺は大根役者が過ぎるから降ろされたんだよ」
苦々しくも説明すると。
「旦那でも出来ない事があるんだな」
ロンメルに意外そうな顔をされてしまった。
俺にも出来ない事なんていくらでもあるわい!
俺をなんだと思っているんだ?
パーフェクト超人では無いっての!
久しぶりにイラっとしてしまった出来事だった。
オリビアさんは連日撮影にノリノリだった。
俺はオリビアさんのマネージャーに成り変わり、せっせと裏方作業に徹したのだった。
けっ!
俺は役者ではないんでね、ただの半仙半神ですよ!
・・・くそう‼・・・
俺に演技を求めるんじゃないよ‼
俺は裏方が性に合っているんだよ‼
まさか俺にこんな弱点があるとは・・・
まだまだ修業が足りないな・・・
そして遂にこの世界初の映画が完成した。
『島野一家のダンジョン冒険記』
俺の名を冠しているにも関わらず俺は一切の出演がない。
最後のエンドロールに協力者として名前が載っただけだった。
これでいいのだろうか?
いいんでしょうね・・・
やれやれだ。
俺は何とも言えない気持ちで映画の完成を迎えたのだった。
映画の皮切りはドラゴムの村の中心にある大きなスクリーンでとなった。
それは真っ白な幕がある広場だった。
幕は映像が見やすい様にと工夫を重ねて出来上がった物だ。
そして大きな天幕が張られて、全体が暗く映像が更に見やすくなる様に工夫がされている。
今後は新たに造られる映画館にて映画は放映されることになっている。
今日は初日の為、特別に村の中心での放映となっていたのだ。
今日の為に村の住民全員と『シマーノ』からの招待客と南半球からのゲストが集っていた。
興味本位にと神様ズも集まっている。
更にはマッチョの国王や、ルイ君やアリッサさんまでいる始末だ。
その警護の者達までと重要人物の宝庫となっていた。
だが村はお祭り騒ぎだ。
屋台にて飲み物や食べ物が販売され、お祭りムードが村全体に充満していた。
今正にこの世界初の映画鑑賞が始まろうとしていた。
その評価は如何に・・・
場内は興奮と期待に満ち溢れていた。
ある者はポップコーンを片手に、ある者はアルコールを手に、好きに観賞しようと急遽準備された椅子に腰かけている。
俺はその様子を遠巻きに眺めていた。
その俺に倣おうと島野一家が集まってきていた。
にやにやするノン。
自分が映ると緊張するゴン。
何を考えているのか分からないエル。
そして主演を張って今さらながらに緊張しているギル。
それぞれが、各自の映画鑑賞を楽しもうとしていた。
そして映画鑑賞会が始まった。
タイトルが表示されると大歓声が巻き上がった。
観客達は大いに盛り上がっている。
映画ののっけから大騒ぎだ。
声を挙げる者。
中には声援を送る者達もいた。
映画に魔物達は引き込まれていた。
まるで自分がその冒険を行っているかの如く興奮している。
作品の内容や、強弱のついた場面展開に、全員が息を飲んでいた。
そして全員が声を挙げ、驚き、感動していた。
最後には大半の者が涙を流していたのだった。
始めての映画鑑賞会は大成功を迎えていたのだった。
特別に造られた壇上にゼノン他出演者達が挨拶に集まっていた。
グランドフィナーレが行われようとしていた。
ゼノンが拡声魔法を受けて、挨拶を行うことになっている。
「皆、楽しんでくれた様じゃな」
この一言にリザードマン達が沸く。
「ゼノン様!」
「最高でした!」
「楽しかったです!」
ゼノンがウンウンと頷いている。
相当嬉しかったのだろう、これまでに見たこともない笑顔をしていた。
「これも出演してくれた者達や、協力を惜しみなくしてくれたオリビアやマリアのお陰じゃよ」
マリアさんは喜び、オリビアさんは当然と胸を張っている。
一家はというと、マイペースなノン以外は全員照れていた。
何だかな・・・
「これを機にこの世界でも映画が広まるとよいのう、のう守よ?」
いきなり俺にボールが投げられてしまった。
しょうがないな。
「ああ!流行るのは間違いないから、ゼノンは次回作を何にするのか考えてくれ!」
地響きがするほどの歓声が沸き上がっていた。
「島野様がお認めになったぞ!」
「次回作?早く観たい!」
「やった!これでドラゴムの村は安泰だ!」
「映画に出演したい!」
好きに騒いでいる。
ここでマリアさんが前に出てきた。
「守ちゃん!次回作は私の漫画の実写化にしてちょうだい!」
大声で叫んでいた。
なんで俺に許可を求めるんだ?
あっ!そうか、この映画の出資者は俺だったな。
はいはい。
お好きにどうぞ。
「ゼノンと相談してください、勿論出資はさせて貰いますよ」
「よっしゃあ‼」
マリアさんは地声で喜んでいた。
それをゼノンが驚いた顔で見つめていた。
ゼノンの驚いた顔なんて始めてみたよ、それだけでも出資した甲斐があるってものだな。
はあ、やれやれだ。
次回作は『恋の伝道師マリたん』になることが正式決定し、役者達のオーディションが行われることになっていた。
主役のマリたん役はオリビアさんに決定している。
そりゃあそうだろう、だってどう見てもこの人しかいないでしょ?
原作のマリたんにそっくりなんだもの。
それに演じることに遣り甲斐を見出したオリビアさんは、演技に余念が無いのだ。
俺の替わりに演じた『島野一家のダンジョン冒険記』も好評だったからね。
今の彼女は音楽の神というよりも、演劇の神と言えるかもしれない。
それぐらいのめり込んでいた。
ギルは主演男優となる、ヒーロー役のオーディションに参加するか悩んでいたみたいだが、どうやら止めることにしたみたいだ。
うん、その方が良いと思うぞ。
君は既に主役を張ったんだし、次回作まで出演する必要はないんじゃないかな?
それに他の者達にもチャンスを与えないといけないでしょう?
だって千両役者の能力を使ったら、お前の独壇場になるのだから。
それはよく無いでしょう。
実は魔水晶に関しては、俺が持っている一個以外にはドラゴムの村に七個存在していた。
そして今は、貿易部門に魔水晶があれば買い付けを行う様に指示していた。
それも最優先事項として。
そうしたらあっさりと『シマーノ』の魔物達が数個持っていることが判明し、魔水晶の買取をおこなったのだった。
現在俺の手元には魔水晶は十個存在している。
その使い道はハッキリとしている。
俺はゼノンにお願いし、二個の魔水晶に『島野一家のダンジョン冒険記』を録画して貰った。
ゼノンは複写の能力を持っていなかったのだが、複写の魔法は簡単に取得したのだった。
ドラゴンの魔法のセンスは半端ない、俺の複写を見せただけで、魔法バージョンをあっさりと体得していたのだった。
その魔水晶を俺はサウナ島に持ち帰り、スーパー銭湯のサウナ室に改築を行い、魔水晶を設置し、サウナで映画が見られる様にしたのだった。
勿論女性風呂のサウナ室も同様の工事を行った。
これによりサウナ室で映画が見られると、更にスーパー銭湯は人気を博することになったのである。
今ではサウナ渋滞は当たり前のように起きている。
南半球でも映画の人気は半端なかった。
但し弊害もあった。
それは物語の先が気になって、入室時間が長くなり、サウナ室で倒れる者が続出したのだ。
当たり前の様に三十分近くサウナ室に籠る者が続出したのだった。
勘弁してくれよ・・・
だからサウナの時間配分は考えてくださいよって。
俺は何度も言ってますよね?
無理は禁物だって‼
しょうがないから何度も繰り返し放映されることと、サウナ室の入り過ぎ注意の張り紙を行うことになってしまった。
なんだかねえ?
気持ちは分からなくはないよ。
よくランキング形式のTV番組なんかがやっていると、思わず粘りたくなるからね。
それに大体第一位の発表はCM明けだしね。
あれムカつくんだよな、いいから早く教えろよ!って言いたくなるんだよね。
あとは野球の中継だな、このイニングが終わったら出ようと考えていると、だいたいファールで粘るんだよな。
もう打てなくてもいいから早く終わってくれよ!
って何度思ったことか・・・
やれやれだ。
しょうがないからサウナ島にも映画館を造ることになった。
マリアさんとオリビアさんが建ててくれと煩かったしね。
建設はマークに丸投げした。
マークは久しぶりの建設作業だと喜んでいた。
どうやらこいつも現場が抜けきらない質みたいだ。
後日談としてこの映画館は連日大賑わいとなり、特にカインさんが大嵌りしていたみたいだ。
十回以上はリピートしたらしい。
まあダンジョンの話だからね。
残った魔水晶は今後作製される映画用に取っておいてある。
その内の一個は完成したドラゴムの映画館で絶賛放映中である。
連日魔物達で映画館が大入りであった。
立ち見まで出る程の人気ぶりだ。
これによってドラゴムの繁栄は約束された。
そのお陰で、この先僅か半年で『シマーノ』への村興しの費用の返済が完済することになっていた。
その後も映画のインパクトは計り知れず、北半球に革命を起こすことになるのだが、それはまた別の話である。
数年後には『島野一家のダンジョン冒険記』は知らない者はいないぐらいの物語となっていたのだった。
これを喜んだのは何を隠そうカインさんだった。
その影響でダンジョンは連日大賑わいとなっていたのだった。
そういえば、俺は創造神様に連絡を取らなければいけない事を思い出していた。
否、忘れていたわけではないんだよ。
ごめんなさい・・・忘れていたね・・・
叱られそう・・・
まあいいか。
開き直っちゃおっと。
俺は『念話』で創造神様に話し掛ける。
確かもしもしでよかったはず。
「もしもし、創造神様ですか?」
直ぐに返答があった。
「守か?お主忘れておったじゃろう?連れないのう」
呆れた声で返事が返ってきた。
「すんません、取り込んでいまして・・・」
「まあよい、ゼノンに付き合って忙しそうにしておったのは知っておるからのう」
「そう言って貰えると助かります」
よかった・・・怒ってはいないみたいだ。
この人は怒らせると面倒臭そうだからね。
「それにしても守は面白いことを続々とこの世界に持ち込んでおるのう、関心するわい、ナハハハ!」
笑っていますがな・・・
ハハハ・・・
「それで、要件とは?」
「おお、それな」
それなって、相変わらず若者言葉を使いたがるんだなこの爺さん。
「・・・」
「お主、神界に来てみんか?」
はあ?何をいきなり。
「はあ、行っていいなら行きますが・・・」
「そうか、ではおいで」
ヒュン!
強制的に俺は神界に転移させられてしまった。
爺さんや、俺は軽く答えただけなんだが・・・
社交辞令に近いしいぐらいなのだが・・・
やれやれだ。
あれ?
前に来た神界は真っ白な空間だったが、これは一体・・・
俺の眼の前に荘厳な雰囲気のある大きな神殿があった。
存在感と重厚感が半端ない。
観る者を凜とさせる趣きがある。
思わず背筋が伸びる。
入口にある重厚な扉の前で創造神様が手を振っていた。
驚きも程々に、待たせては悪いと俺は転移で駆け寄った。
「前に来たところと随分違いますね」
「ああ、あれは神界でも果ての方じゃからな。ここは上級神以外は入ることが許可されておらん神殿じゃからのう」
ただの人間だった俺には程遠い場所だったって訳ね。
「そうですか・・・って俺は上級神じゃないですけどいいんですか?」
「何を言っておる、お主は上級神以上の能力を持っておるじゃろうが、その資格は充分にあるのじゃよ」
「はあ・・・」
俺って上級神以上なのか?解せんな。
「それに上級神以外は入ることが出来んというのは建前じゃから、そんなことはどうでもいいんじゃよ」
「そうですか、というより転移出来ないと来れないってことですかね?」
「お!気づいたか。やるのうお主」
それぐらい分かりますっての。
だって上級神は全員転移の能力を持っていたしね。
ゼノンは限定的だって話だったけど。
俺は創造神様に導かれるが儘に後を付いていった。
通されたのはまるで神話に出てくるエデンの園の様だった。
とはいっても俺の想像の中のエデンの園なんだけどね。
草木に囲まれた庭園には大きな噴水があり、所々に花が咲いている。
その様は色鮮やかだった。
爽やかな香りが鼻腔を突く。
幻想的とも感じる空間だった。
そして気分は不思議と落ち着いていた。
心が洗われるようだった。
ここにいるだけで神性を感じる様な、そんな庭園だった。
ずっとここに居たいとすら感じる。
創造神様に円形の大きなテーブルにある椅子に座る様に誘われた。
俺は遠慮も無く腰掛ける。
まるでそれが当たり前の様に感じたからだ。
堅そうな見た目の椅子だが、フィット感が心地よい。
俺の正面に創造神様が腰かける。
「守よ、どうじゃ儂らの庭園は?」
創造神様は自慢げに問いかけてきた。
「ここは不思議な場所です、まるで神話の世界ですね」
「ホホホ、神話か、あながち間違ってはおらんよ」
「といいますと?」
「世に出てくる神話というのは、大体儂らをモデルにしたものが多く存在するのじゃからな」
「なるほど」
それは分からなくも無い。
「人の世とは、尊敬と崇拝からなるものが多く存在し、一部の超克者達が、神の世界を知りえることが出来るのじゃからのう」
「超克者ですか?」
「そうじゃ、まあ詳しくは説明できんがのう」
ていうか面倒臭いだけだよね。
そうだった、この爺さんはそういう人だった。
ざっくり爺さんだった。
「守よ、ざっくり爺さんとはなんじゃ?」
また読心術かよ、いい加減止めてくれよな。
ここは注意しておこう。
「あのさあ、いい加減その読心術は止めた方がいいですよ、他人のプライバシーを侵害してますって」
「うっ!」
思いの外創造神様はダメージを受けているみたいだった。
ていうか、この人に物言いする人が居ないのかもな。
ここは攻め時だな。
「それに誰彼構わずそんなことを続けていると、いくら創造主だからって嫌われますよ」
この際だから、はっきり言ってやった。
更にダメージを受けたみたいだ。
創造神様は下を向いて反省している。
しめしめ・・・一本取ってやったぞ。
「じゃからかのう?最近娘達が儂に冷たいんじゃよ」
「娘達?」
「アースラやアクアマリン達じゃよ」
やっぱり血族だったんだな。
そんな気がしていたよ。
「ほら、嫌われているじゃないですか」
俺は追い打ちをかけてやった。
「儂、反省」
そんなどうでもいい会話をしていると、一人の女性が近づいてきた。
振り返ると俺はその女性から眼が離せなくなった。
絶世の美女とはこの人の事を指すのかと、口をあんぐりと空けてしまいそうだった。
白いドレスを着た女神が降臨していた。
否、この場合降臨はおかしいよね、ここ神界だもん。
小言は置いておいて、何ちゅう美貌だろう。
神の御業としかいい様がない。
俺は久しぶりに緊張を覚えるのを自覚した。
そして絶世の女神が口を開いた。
「あら?守じゃない」
俺の事を知っている?
まあそうだろうな、フレイズがよく下界を覗いていたといっていたからな。
それに上級神ともなれば、千里眼や地獄耳ぐらいは普通に使いこなしていそうだしね。
俺は立ち上がった。
「始めまして、島野守です。よろしくお願い致します!」
ビシッと敬語で反応してしまった。
だってこんな美人さんの前では世の男性は誰でも緊張してしまうでしょうよ。
これは本能であるに違いない。
多分DNAに擦り込まれているだろう。
「あら、そう堅くしなくてもいいのよ。私は時の神アイルですわ。アイルと読んで下さいな」
さらりと自己紹介を行っていた。
「いやいやいや、滅相も御座いません。そんな呼び捨てになんてできませんよ、せめてさんぐらいは付けさせてくださいよ」
俺も成長したものだな、少し前なら絶対に様付決定だったもんな。
これもゼノンのお陰か?
「そう、好きになさってください」
「守よ、実は儂の妻じゃよ」
どや顔で創造神様が言っていた。
なんかムカつくな、でもこんな美人の奥さんなら自慢したいのは頷ける。
アイルさんはそんな想像神様を抱擁する様に笑顔であった。
「あらあなた、飲み物も出さ無いなんて失礼じゃなくて?」
「おお!そうじゃったな」
惚気る様子の爺さんは何故かムカつく。
こんなことに紛らわされてはいけないな。
俺も半分は仙人なのだから。
「あ!飲み物なら俺が準備しますよ。何が飲みたいですか?大体何でもありますよ」
俺は『収納』に手を突っ込んだ。
「儂は日本酒じゃな」
日中から飲むんかい!
御大層な身分なことで。
まあ好きにしてくれ。
「そうですわね、私は紅茶を貰えるかしら」
「了解です」
俺は日本酒の入った徳利とお猪口を取り出して、創造神様に手渡した。
創造神様は嬉しそうに受け取っている。
そうとうお気に入りのようだ。
でも樽ごとはもうあげませんよ。
だって腹立つんだもん。
俺はアイルさんにティーカップを手渡し、紅茶を注ぐ。
アイルさんは紅茶の匂いを楽しんでから口を付ける。
その表情を見るに合格を頂けたみたいだ。
満足そうな笑顔をしていた。
自分にはアイスコーヒーにした。
飲み慣れたこれが一番しっくりくる。
各自飲み物を堪能したところで話をすることになった。
というより、俺は二人が話し出すのを待っていた。
満足出来たのか、満を持して創造神様が話し出す。
「守よ、お主の神様修業も佳境に入っておる。そこでそろそろ強力な能力を得て欲しいと考えておるんじゃよ」
強力な能力とは?
創造神様の強力はちょっと怖いんですけど・・・
「それは何の能力ですか?」
ここは聞かざるを得ないな。
「ここからは儂の愛妻に任せるとするかのう」
にやけながら創造神様は言っていた。
爺い、惚気けてるんじゃねえよ。
やっぱりムカつく。
俺も結婚した方がいいのだろうか?
こんなことでマウントを取られることが煩わしい。
でも俺の結婚相手って・・・誰なんだ?どうなんだろう?
「守、あなたには時間旅行の能力を習得して貰おうと思っているのよ」
ん?何だって?これは真面目に取り合わないといけないな。
相当な大事になりそうだ。
「時間旅行ですか?」
「ええ、この能力は私と旦那様しか使えない能力なのよ」
時間旅行って、その名の通りの能力なら過去や未来に旅行できるってことだよね。
マジか?そんな貴重な能力を俺が習得していいのか?
否、そんな消極的ではいけないな。
ここは積極的にならないと。
全力で取り組まないといけない。
「わかりました、よろしくお願いします」
俺は謙虚に頭を下げた。
「少々過酷になるかもしれないわよ」
アイルさんが心配そうに俺を見ていた。
「望むところです!」
此処は心強く迎え打とうと思う。
「守よ、お主の本気。見せて貰うとするかのう」
ていうか、そもそも手助けして貰っていいのか?
まあいいか、手を貸してくれるというのだから甘えてしまおう。
それに爺さんからの申し入れだ、何かしらの意味があるのだろうし、理由を聞いてもはぐらかされるに決まっている。
ここはありがたく好意を受け取っておこう。
時間旅行、獲得させていただきましょうかね。
「では場所を変えましょう」
アイルさんが指パッチンをすると俺達は『転移』した。
ここは一体何処だ?
何処かの建物の一室だろう、部屋の大きさはそれなりに大きい。
「ここはいったい・・・」
俺は思わず呟いていた。
「ここは修練場ですわよ」
そう言われてみるとそうとも見えるな。
けど道場の様に板敷でも無ければ、畳敷でも無い。
足元は石造りだった。
この上に投げ飛ばされたら痛いだろうな。
習得するのは時間旅行だからそんな荒事にはならないだろうけどね。
今度は想像神様が指パッチンを行うと、三脚の椅子が現れた。
肘掛けも無いよく見る木で出来た丸椅子だ。
「まずは椅子に掛けましょう」
俺は指示に従って椅子に腰かける。
創造神様とアイルさんも腰かける。
「では、始めましょうか」
そういうとアイルさんが、また指パッチンを行った。
とても不思議な現象だった。
指パッチンをしたアイルさんが一瞬にして立ち上がっていたのだった。
俺は妙な違和感を感じていた。
これは『転移』か?
否、違う。
そんな生易し現象ではない。
もしかしてこれは・・・
「もう一度よろしいでしょうか?」
ここは好意に甘えて催促してみた。
アイルさんはにっこりと笑顔で答える。
「ええ、いいわよ」
アイルさんは腰かけると、もう一度指パッチンを行う。
俺はそれに合わせて神気を身体に纏った。
またアイルさんが一瞬にして立ち上がっていた。
そして本能的に俺は感じていた。
先程感じた違和感よりも強く。
「これは・・・時間を止めたのでしょうか?」
「ほう、やはりお主は鋭いのう。関心するわい」
「ですわね、ものの二回でこの現象に気づくとは思いませんでしたわ」
二人は拍手をしていた。
少々照れるな。
俺ってセンスがあるみたいだね。
嬉しいじゃないか、ハハハ。
「お主、何を照れておる」
「いやー、素直に嬉しくてつい」
「あらま可愛い」
余計照れるじゃないですか、止めてくださいよ。
って声には出さないけどね。
さて、真面目にやろう。
「もう一度お願いします」
「いいわよ」
ここからが、大変だった。
この現象自体は理解できたが、それは頭で理解できただけであって、身体では全く感じることが出来なかったのだ。
アイルさんには申し訳ないが、もう百回近く能力を使用して貰っていた。
「くそう・・・」
口から零れ出ていた。
このまま無意味に何度もこの現象を行って貰っても意味が無い。
どうする?考えろ、否、考えなければならない。
時間が止まっていることは間違いない。
それを頭では理解している。
それは間違いない。
本能もそうだと強く主張している。
それを身体で感じなければいけない。
どうしたら身体で感じられる?
待てよ・・・これまで能力取得に時間を意識したことは・・・有る!
何度もあるじゃないか『転移』を行う際には俺は今を強く感じていた。
それに『転移』の能力を得た時には時間を強く意識して能力を得られたじゃないか。
ここにヒントがある気がする。
俺は演算の能力を無意識に使って、思考を加速していた。
ここまで一秒と経っていない。
そうだ、今を強く感じるんだ。
時計の針をイメージし、それを頭の片隅に置く。
そして今を強力に感じる、時の流れ、時の波動、時の存在を強く感じる。
俺は無意識に強い自己催眠状態に陥っていた。
自分とその他の全ての繋がりを身体で感じる。
そして耳に届く指パッチンの音。
俺は見えていた。
ゆっくりと椅子から立ち上がるアイルさんを、それを暇そうに眺める創造神の爺さんを横目に捕らえていた。
「そろそろかのう、どう思う?妻よ」
「どうですかね、先ほど深い催眠状態に入ったのは見て取れましたわよ」
「ほう、アプローチを変えてきたか、そうか守には催眠があったのう、あれは反則じゃわい。あいつはあれのお陰で恐ろしく進化スピードが速いからのう。まあ本人はいまいち分かってはないようじゃがのう」
時の止まった世界での二人の会話が聞こえていた。
俺はなんとか、アイルさんの動きを眼で追う事ができた。
だが、身体はピクリとも動かない。
くそう、停止世界を感じることは出来たが、ここで動けなければ意味が無い。
動け‼動け‼動け‼
・・・俺はシンジかっての・・・
「あれ?見えてる?」
アイルさんが俺の目線に気づいた。
はい!と言いたいが口は動かない。
眼でそうですよ!と訴えかけるのが精一杯だった。
どうやらその叫びは届いたらしい。
「ほう、この停止世界を捉えることができたようじゃな。まずは天晴じゃ。ナハハハ‼」
爺さんの声が響いてきた。
「全く・・・私の予想を次々と飛び越えてくるわね」
アイルさんは首を振っていた。
でもこれでは駄目だ。
見えると聞こえることだけでは意味が無い。
この停止世界で動けてやっと意味があると俺の本能が訴えかけてくる。
俺にはまだ、時間旅行の能力は遠いようだ。
くそう!
絶対に習得してやるぞ!
時間旅行!
停止世界を見ることと聞く事は出来る様になった。
でもまだこの世界で動くことは出来ない。
動けなければ何ともならない。
停止世界を我物にしなければ意味がないのだ。
どうすれば動けるようになるのか?
俺は時間を意識する能力について考えることにした。
その能力を使えば動けるようになるのではないかと考えたからだ。
先程は『転移』を取得した時のことを想い出し、停止世界を捉えることができた。
間違いなく時間に関しての何かが必要だ。
他には時間を伴う能力に何がある?
・・・演算か?・・・まさか熟成?
いや、行動予測と未来予測があったな。
この二つを同時に使ってみるか?
だが、能力の使用で動ける様になるものなのだろうか?
まずは試してみるしかないな。
俺は行動予測と未来予測を発動させて停止世界に入った。
・・・
動けない・・・
これではないのか・・・
いや待てよ、停止世界を身体で感じることはできているんだ。
実際に俺は見えているし、聞こえている。
動くにはこの停止世界と同調するのが正解では無いのだろうか?
俺の本能がそうだと言っている気がする。
俺は同調の能力を発動した。
停止世界の波動を感じる。
停止世界の波長を感じる。
停止世界の空気を感じる。
停止世界の色を感じる。
停止世界を五感で感じる。
停止世界の思念を感じる。
感覚、視覚、嗅覚、聴覚、味覚。
この時間の停止している世界と俺は同調することに成功した。
すると、徐々にだが、身体を動かすことが出来るようになった。
指がぎこちなく動いている。
「よし!」
言葉も話せる!
自分自身の進化に酔ってしまいそうだ。
やったぞ‼
「流石は守じゃ、呆れるほどに飲み込みが早いのう」
「本当ですわ、千本ノックを覚悟しておりましたのに、何だが残念ですわ」
残念って・・・ちょっと怖いな。
アイルさんって結構スパルタなのでは?
美しい笑顔の裏にはとんでもない顔が潜んでいそうだ。
この人だけは怒らせたらいけないと本能が訴えかけてくる。
俺はその本能に従うまでだ。
決して逆らったりは致しません。
「まだ万全ではないですが、身体が動かせる様になってきましたよ」
「守よ、神気操作で全身に神気を纏ってみよ」
俺はアドバイス通り、全身に神気を纏ってみた。
すると通常世界と同様に動けるようになってきた。
そしてアナウンスが流れる。
ピンピロリーン!
「熟練度が一定に達しました。ステータスをご確認ください」
早速チェックしてみましょうかね。
『鑑定』
名前:島野 守
種族:半仙半神
職業:神様見習いLv70
神気:計測不能
体力:4898
魔力:0
能力:加工L8 分離Lv8 神気操作Lv9 神気放出Lv6 合成Lv8 熟成Lv7 身体強化Lv6 両替Lv3 行動予測Lv4 自然操作Lv8 結界Lv4 同調Lv2 変身Lv2 念話Lv3 探索Lv5 転移Lv7 透明化Lv3 浮遊Lv5 照明Lv3 睡眠Lv3 催眠Lv5 複写Lv6 未来予測Lv1 限定Lv4 神力贈呈Lv3 神力吸収Lv3 念動Lv3 豊穣の祈りLv2 演算Lv1 時間停止Lv1 初心者パック
預金:9564万3448円
時間停止か、流石にいきなり時間旅行って訳にはいかないよな。
恐らく時間停止の能力を得ないと、時間旅行の能力を得られないということだろう。
類似性があるのは間違いない。
「時間停止の能力が得られました」
「ほう、世界の声が伝えた様じゃな」
え!このピンピロリーンってアナウンスは世界の声っていうんだ。
始めて知ったよ。
これまで何度も聞いてきたけど。
今更だな。
それにしても精神的に疲れたな。
「少し疲れました、休憩しませんか?」
「じゃが、まだ一時間も経っておらんぞ」
そりゃあそうでしょう、時間を止めまくってたんだからさ。
「休憩にしましょう、私も少々疲れましたわ」
賛同してくれて助かります。
アイルさんが指パッチンを行うと、先ほどの庭園にでた。
すると不意に声を掛けられた。
「あれ?なんで島野がいるの?」
「ほんとだ、島野だ」
噴水の脇に座るアクアマリン様とウィンドミル様だ。
「お二人さん、こんにちはです」
「守は神界に修業に来たのよ」
アイルさんが説明した。
「修業なんだ、へえー」
「お母様はスパルタだから頑張ってねー」
やっぱスパルタなんだ・・・
そんな気がしていたけど。
「二人は何をやっているんですか?」
「ん?下界を眺めていたんだよ、島野も見る?」
「いいんですか?」
「良いよね?父様」
「よいぞ、程々にのう」
ウィンドミル様に手招きされて、俺は噴水の脇にきた。
二人と同様に噴水の水を眺めて見ると、そこに下界の様子が映っていた。
おお!凄い!
ちょうどサウナ島が映っており、そこにはサウナ島の全貌がありありと手に取る様に分かるのだった。
「この水面に意識して触れると、画面が切り替わるんだよ。島野もやってみる?」
「そうなんですね」
俺は『シマーノ』の町並みを意識して水面に触れた。
すると『シマーノ』の様子が映し出される。
「おおー!」
そこにはプルゴブに叱られているゴブオクンが映っていた。
なにやってんだか、またなにかやらかしたな。
面白そうだから転移してそこに行きたかったが、修業中の身としてはそうはいかない。
それにしても、こうやって下界の様子を眺めていたんだな。
そういえば・・・
前にダイコクさんが陶芸の神に連絡が付かないと言っていたよな。
見てみるか?
「それぐらいにしておきなさい、守。お茶の準備が出来てよ」
おっと、それはありがたい。
アイルさんに呼びこまれてしまった。
残念ならが陶芸の神はお預けだな。
俺はテーブルに移動してお茶を頂いた。
ていうか、これサウナ島産の麦茶じゃないか・・・
アースラ様が持ち帰ったんだろうな。
飲み慣れた味で助かります。
その後ウィンドミル様とアクアマリン様も交じり、会話に花を咲かせたのだった。
その際に、二人にいい加減様呼びは止めてくれと言われてしまった。
そりゃそうか、アイルさんと二人の母上をさん付けで呼んでおいて、その娘に様付は嫌だよな。
今後はウィンドミルさん、アクアマリンさんと呼ぶことになった。
「さて、そろそろ再会するわよ」
アイルさんの一声で、お茶会は終了したのだった。
俺はアイルさんと二人で先ほどの修練場に移動した。
創造神様はアイルさんに後は任せると言い残し、何処かに行ってしまった。
さあ、ここからはスパルタ修業の再会である。
そんな身構える俺にアイルさんが声を掛ける。
「守、そんなに身構えなくてもよくてよ。ここからは時間旅行の能力取得を行うわよ。心積もりはよくて?」
時間停止の能力を得て、下準備は終わったということだろう。
遂に本番開始だ。
どうなることやら。
アイルさんの表情が引き締まる。
「守、まずは心構えを教えておくわね」
ほう、これが最初の一歩ですね。
「今この瞬間から常に時間を意識することと、全身に神気を纏っておくこと、幸いあなたは膨大な神力を持っているから可能よね?」
いきなりの無茶ぶりだった。
神気はともかく、時間を常に意識することはかなりハードルが高いのでは?
「多分・・・」
俺は全身に神気を纏うことは負担にならないけど、前にランドールさんが神気を全身に纏った時には気絶していたからな。
本来なら相当な神力を消費しているんだろう。
何とかなるかな?こういう処がアイルさんのスパルタたる所以かもしれないな。
「時間旅行はこれを欠かすと大変なことになるから気を抜かないように」
「大変な事ってなんですか?」
アイルさんはじっくりと間を取って俺を正面から見据えた。
「基本となる時間軸に帰れなくなるってことよ」
なんちゅうことを言うんだこの人は、この世界に帰れなくなるっていう事と同義ですよねそれって。
怖いんですけど・・・
出来ることならやりたくはないのだけれど・・・
でもまあやるしか無いってことですよね。
腹を決めるしかなさそうだ。
「分かりました、精進します」
こう言うのが精一杯だな、まあどうにかなるでしょうと安易に考えている俺もいるにはいるのだが・・・
「じゃあ、私の手を取ってくれる」
アイルさんが真剣な表情で手を差し出してきた。
俺は無言で手を取る。
「行くわよ」
っていきなりなの?
そんな俺の気持ちを置き去りにアイルさんの時間旅行が発動した。
一瞬にして、場面が切り替わった。
感覚としては転移に近い、だが決定的に違う要素があった。
それは俺の知らない景色を見ているということだった。
転移であれば、俺の知っている景色に出会う事が必須である。
だが俺の前には見たことも無い大滝が存在していた。
物凄い勢いで滝から水飛沫が飛んでいる。
圧倒的な水量に大きな「ドドド‼‼‼」という爆裂音にも聞こえる程の大音が木霊し、耳を叩いている。
こんな壮大な大滝はこれまで見たことがない。
これはマイナスイオンだらけだな。
癒されるー、とはならないが。
この雄大な景色を眺めていたくはなった。
「守、此処は四千五百年前の世界よ、場所はエルフの里から北に百キロってところね。今では自然の摂理においてこの滝はほぼ存在していないわ、これほどの大滝では無くなってしまっているのよ」
四千五百年の時を得て地形が変わってしまったということか。
そう思うと時の力に驚異的な迫力を感じるな。
もしかしたらそれを体感させる為に、アイルさんはここに俺を連れて来たのかもしれない。
だとしたら正解です。
俺は全力で時の圧倒的な力を感じているのだから。
俺は忠告通り全身に神気を纏っている。
だが、時間を意識することに手間取っていた。
演算を駆使して何とか現在の時間情報を頭の中で整理している。
四千五百年前であること、太陽の傾き加減から凡その時間を算出し、現在の時を感じている。
この演算の能力が無ければ一発でアウトだったかもしれない。
それぐらい時間を意識することが難しいのだ。
恐らく自分の意識していること以外の部分を、この演算の能力が補正してくれているのだろう。
その様はまるでスーパーコンピューターが頭の中に入っているみたいだ。
今にも脳が発火しそうなほど猛烈なスピードで、情報処理が成されているのを感じる。
進化していてよかったー。
半人半神のままではこうはいかなかっただろう。
というより、それを見越しての修業なのかもしれないが。
「なんとかついて来れているようね」
アイルさんが冷静に俺を分析しているのが、その眼から伝わってきた。
握った手が少々痛い。
それぐらい彼女にとってもこの能力の使用が負担なのかもしれない。
「はい、何とかついて来れています」
俺は正直に感想を述べた。
虚勢を張る余裕なんて全くない。
今も脳が焼けそうなのだから。
現に世界の声が鳴りやまない。
ステータスを見る余裕がないのだが、演算のレベルが飛躍的にアップしているのだろう。
俺はそれを体感していた。
レベルアップが先か、情報過多が先か、凌ぎ合っているのが分かる。
否、違うな。
レベルアップが早すぎて、これまで情報として捉えていなかったものまでもが、情報として自分に流れ込んできているのだ。
問題はそれを脳が処理しきれるのかということだ。
情報の波に俺は溺れそうになる自分と戦うことになってしまった。
何とかついて来れていると言ってはみたが、気を抜くと意識を持ってかれそうだ。
ふら付きそうになる身体を気合で封じ込め、刈り取られそうになる意識を精神力で保っている状態だった。
正に自分との闘いだった。
今の俺を超えない限り、この先の俺は無い。
それを全身でひしひしと感じているのだ。
それは体感的には一日中行っている体感時間であった。
だが実際にはものの数分の出来事だった。
実は俺は途中で気づいたのだ。
これは顕在意識では対処しきれないと。
そして一瞬にして潜在意識に意識を切り替えた俺は、この膨大な情報戦になんとか勝利したのだった。
だが、その弊害が時間の喪失に繋がっていた。
実は催眠では良くあることなのだが、催眠状態に陥ると、三十分の出来事との体感が、実際は二時間経っていた、なんてことがよくあることなのだ。
即ち時間の喪失だ。
それを俺は自己催眠で何度も体験しているからその補正が出来たのだが、この経験の無い者には、ここで時間を見失っていたのかもしれないと感じた。
俺は自分がヒプノセラピストであることに安堵した瞬間だった。
そして何とか俺は時間を意識したまま、全身に神気を纏ってこの過去の時間旅行に耐えることが出来たのだった。
「守、一度帰ろうか?」
俺は純粋にそれに甘えることにした。
「そうして貰えると助かります」
正直体力が尽きそうだった。
疲労困憊感は否めない。
「じゃあ一度、神界に戻るわよ」
アイルさんは指パッチンを行った。
場面が切り替わった。
神界の修練場に帰ってきていた。
俺は安堵で、膝をついてしまった。
流石に堪えた。
四千五百年前にジャンプしたことに、未だ理解が追いついていないのが分かる。
停止時間の時とは逆だった。
身体はジャンプを感じて理解できていたが、頭の理解が追いついていない。
もしかしてこれは頭で理解するべきものなのでは無いのかもしれない。
それに演算に脳みそを持ってかれていたから尚更かも。
ステータスをチェックしてみよう。
『鑑定』
名前:島野 守
種族:半仙半神
職業:神様見習いLv70
神気:計測不能
体力:1808
魔力:0
能力:加工L8 分離Lv8 神気操作Lv9 神気放出Lv6 合成Lv8 熟成Lv7 身体強化Lv6 両替Lv3 行動予測Lv4 自然操作Lv8 結界Lv4 同調Lv2 変身Lv2 念話Lv3 探索Lv5 転移Lv7 透明化Lv3 浮遊Lv5 照明Lv3 睡眠Lv3 催眠Lv5 複写Lv6 未来予測Lv1 限定Lv4 神力贈呈Lv3 神力吸収Lv3 念動Lv3 豊穣の祈りLv2 演算Lv8 時間停止Lv1 初心者パック
預金:9564万3448円
演算がいきなりLv8かよ。
そりゃそうか、あれだけピンピロピンピロ鳴っていたんだからな。
ああ、やっぱり体力がかなり削られているな。
俺は『収納』から体力回復薬を取り出して、一気に飲み干した。
野菜ジュースが身体に染み渡る。
ああ、これはもう一本必要だな。
「守、私にも同じ物を貰えるかしら」
「勿論です」
俺は『収納』から体力回復薬を二つ取り出して、一つをアイルさんに渡した。
アイルさんは受け取ると豪快に一気飲みしていた。
あれま!
アイルさんにも負担が大きかったみたいだ。
なんだか申し訳ないが、ドーピングしてでもやり遂げなければならない。
俺はふつふつと湧いてくる使命感を感じていた。
時の神がここまでしてくれているんだ。
俺一人、降参する訳にはいかない。
何としても時間旅行の能力を手にしなければいけない。
指パッチンで椅子とテーブルを転移させたアイルさんが、ぐったりとした様子で腰かけた。
「ふうー、いきなりの四千五百年のジャンプは体力の消耗が激しいわね」
俺は無言で頷いた。
『収納』から紅茶セットを取り出して、ティーカップに紅茶を注ぐ。
「ありがとう、頂くわ」
体力を取り戻したアイルさんは優雅に紅茶を飲みだした。
俺もアイスコーヒーを堪能した。
我ながらではあるが、野菜ジュースの体力回復効果に驚いていた。
体感としては八割方は回復出来たと思う。
「どうします?時間を空けますか?」
「いや、時間は有限よ。時間旅行ができる私が言うのもなんだけど。こうしている間にも基本時間軸は動いているからね」
「なるほど、因みに今の時間は時間旅行に行った時からどれぐらい経っているんですか?」
これ単純な確認です。
「直後よ、分かっているのでしょ?」
やっぱりか、帰ってきてからも時間を意識していたから分かってはいたが、念の為の確認です。
今回の行き来で随分と時間を意識することが出来ることになった。
ただその分、随時潜在意識解放状態である必要がある。
決して負担にはならないが、あまり気持ちの良い物ではないな。
というのも、潜在意識状態にあると、無防備に言葉を発してしまうからだ。
本音が隠せないとも言える。
言葉選びが出来ない状態での会話は、危険が潜んでいるからだ。
まあ相手はアイルさんだ、身構える必要なんてないな。
どうせこの人も読心術ぐらい持っていそうだしね。
にしても次は何処に時間旅行にいくのだろう。
ちょっと楽しくなってきた俺であった。