神様のサウナ ~神様修業がてらサウナ満喫生活始めました~

案の定晩飯時に神様ズは勢揃いした。
俺の予想通りである。
困った事に最後にやってきたファメラは、子供達を引きつれていた。
これは思ってもみなかった。

こうなってくると出来ることは限られてくる。
格式ばった食事とはいかない。
恐らくオクタは腕によりをかけて、至極のコース料理でも準備していたと思う。
というのも、俺はオクタに相談されて、コース料理を伝授していたのだった。
オクタに無理を強いるしか無くなってしまった。
まさか子供達に帰れとは言えない。
俺はそこまで無慈悲にはなれないのだ。

「オクタ!急な変更ですまないが、バーベキューに変更は可能か?」

オクタは逡巡した後、
「島野様、問題ありません」
と心強く返事をしていた。

オクタ・・・頼りになる奴だ。
もはやこいつに出来ないおもてなしは無いのかもしれない。

「少々お時間をください」
オクタは一礼し、準備の為に部屋を出て行った。
無理を言ってすまんなオクタ。
何とかしてくれ、頼む。



ものの三十分後にオクタからの、
「準備整いました」
との返事を貰った。

オクタは頑張ってくれたみたいだ。
どうやらスタッフを総動員して、セッティングを完成させたみたいだ。
スタッフ達は急な変更にも動じることなく、職務を全うしてくれたみたいだ。
なんて頼りになるんだこいつら。

「皆さん、晩御飯はバーベキューです、場外にきてください」

その掛け声に、
「バーベキューか、いいのう」

「やった!」

「食べ放題だな」

「たくさん食べるぞ!」
と好きに言っている。
どうせ好きに飲み食いする気満々だったんでしょ?
今さら何をいってんだか・・・

記念館を出ると、ちょっとしたバーベキュー場が出来上がっていた。
これは凄いな。
オクタの采配に俺は感動すら覚えた。
オクタ・・・仕事が出来る奴だ。
なんとも心強い。
こいつにはサウナ島で働いて欲しいぐらいだ。
引き抜くか?
そうはいかないよな。

「じゃあ好きにやってください」
待ってましたと言わんばかりに、神様ズは肉や野菜を焼きだした。
ここぞとばかりにダイコクは、お酌をしながら神様ズを周り出した。
挨拶周りなんだろう。
これはちょっとした接待だな。

ダイコクは名刺こそ渡してはいないが、順番に挨拶をおこなっていた。
ダイコクは仕事をそつなくこなしている。
商売の神は伊達じゃない。
早くも馴染み出していた。
始めは警戒していた、あのマリアさんもにこやかにしていた。
マリアさんを籠絡するとは・・・やるじゃないか。
どうやら南半球との交流は順調に進んでいるみたいだ。
俺の隣にギルがやってきた。

「パパ、ダイコクさんは凄いね。もう馴染んでるよ」

「そうだな、あれは本物だな」

「だね、距離の詰め方がえげつないよ」
えげつないって・・・どこでそんな言葉を覚えたんだか。

「まぁ、商売の神ともなればこれぐらいはお手の物なんだろうな」
ギルは頷いていた。

「どうやら、彼は信用していいようですね」
何時の間にか近寄ってきたオズが、会話に交じってきた。

「私もそう思いますよ」
ガードナーも同意見のようだ。
お眼鏡にも叶ったらしい。

「でもそもそも神が信用できなくなったら世も末だよな?」
二人は笑っていた。

「確かに」

「ですね」
ダイコクはエンゾさんと話し込んでいた。
これは長くなりそうだ。
この交流は何を生み出すんだろうか。
混ぜるな危険ではなかろうか?
エンゾさんの真剣な表情に俺は少々引きそうだった。
かなり込み入った話をしているみたいだ。
俺はこれには混じりたく無い。
いや、ご遠慮願いたい。

その後、俺はこの二人を極力見ない様にした。
なぜかって?巻き込まれたくないんだよね。
どうせ経済の話をしているに決まっている。
飲んでいる時にしたい話ではない。

天晴というのか、外の神様ズも概ねダイコクを認めていた。
ダイコクは既に神様ズの心を掴んだのかもしれない。
あとはこの後、どのようにして交流を深めていくかになる。
まずはサウナ島に招待すべきなんだろうな。
それもスターシップ一同も。

でも俺としては愛着のある魔物達に、まずはサウナ島を体験させてやりたい。
正直ダイコク達を真っ先にとは考えられないのだ。
五郎さん達はどう考えているのだろうか?
たぶん何も考えていないんだろうな。
俺に一任すると言いかねない。

等と考えていると、首領陣とスターシップ一同が会議を終えて、バーベキューに交じり出した。
ライルが俺を見つけると近寄ってきた。

「島野さん、お疲れっす!」
憎めない奴だな。
小者感が半端ない。

「ライル、会議はどうだったんだ?」
一応尋ねてみた。勿論まともな回答は期待していない。

「どうっすかね?俺は護衛なんでよく分からないっす」
相変わらずのお調子者っぷりを発揮している。
普通は自分の国が新たに国交を結ぼうとする場に立ち会っていたら、気になるだろうに。
やれやれだ。

「お前なあ、自分の国の行く末が気にならないのか?」

「そうっすね・・・特には・・・あっ!そう言えば魔物同盟国の国名が決まったみたいっすよ」

「はあ?どういうことなんだ?」
国名って・・・

「俺にはよく分からないっす」
でしょうね。
これは首領陣に聞くしかないな。
俺は親交を深めているソバルとプルゴブ、スターシップのところに交じることにした。

「お前達、魔物同盟国の国名が決まったと聞いたがどういうことなんだ?」
ソバルが姿勢を正す。

「は!島野様、実は会談の中で、スターシップ殿より、国名は?と尋ねられまして、そういえば無かったなということになり、その場で国名を首領陣で決めることになったのでございます」
ソバルが説明した。
何だそれ?
神様ズが集まってきた。
どうせ面白そうな空気感を嗅ぎ取ったに違いない。
なんだ、なんだと騒がしい。

プルゴブが説明を加える。
「儂らはどうしようかとなり、満場一致で魔物同盟国シマノにすることになりました。大恩ある島野様の名前を冠することができ光栄に存じます」
何故だかプルゴブは自慢げな表情をしていた。
いや、俺としては嬉しくないんだがな・・・
そもそも認めてませんよ。
よりによって俺の苗字かよ。
勘弁してくれよ。

「アッハッハッ!魔物同盟国シマノだって?おめえ面白れえじゃねえか。こりゃあ笑えるぜ!」

「ハハハ!魔物同盟国シマノだって?良いじゃんね」

「おいおい、まんまじゃないか!」

「お前さん、遂に国名になったか!」
と神様ズは大騒ぎしている。
いい加減にしてくれよ!あんた達!
騒ぐなよ!

「ちょっと待てお前達、そんな国名で本当にいいのか?」

「はい、これが良いのです!」

「これ以外ありえません!」

「そうです!」
な!・・・
めっちゃ恥ずかしいんですけど・・・
でも語呂が悪くないか?
俺はそう思うのだが・・・

「なあ、語呂が悪くないか?シマノじゃなくてせめてシッマーノとか、シマーノとかの方が良くないか?それに俺に全く関係の無い国名でもいいんだぞ?」

「確かにその方が響きがいいかも」
俺の窮地を察したのかオズが助け船を出してきた。

「私もそう思うな」
ガードナーも追随する。
お前達、ありがとうな。
心強い援軍が現れた。
そして収集するように、クモマルから提案された。

「ではこうしましょう、明日魔物達全員で多数決を取りましょう、シマノがいいか、シッマーノがいいか、はたまたシマーノがいいかを」
この提案に他の首領陣が全員頷いていた。
ちょっと待て、その他は無いのか・・・

「では、明日多数決を行うことで、決定でいいですね?」
マーヤが話を纏めた。
なんでお前が纏めてるんだ?
まあいいか。

「おう!」

「そうしよう!」

「承知!」
明日に国名を決める多数決が行われることが決定してしまった。
この様をダイコクとスターシップはほのぼのと眺めていた。
あんた達にとってはどうでもいいことですもんね。
せめて面白がってくださいな。
やれやれだ。

結局その後、宴会は盛り上がり。
調子にのったオリビアさんが歌い出し、狂ったようにマリアさんがランドールさんを伴って躍りだした。
ノンは何処で覚えたのかヘッドバンキングをしていた。
これに魔物達とルイベントからの使者達が大興奮。
ちょっとしたフェスが始まってしまった。

こうなるんだろうなという気はしていた。
というのも、オリビアさんが自己紹介以外は、珍しくここまで大人しくしていたからだ。
この人が騒がない訳がない。
もしかしたらこの時を狙っていた可能性すらある。
あの人は案外したたかだからね。
はあ、やれやれだ。
もう好きにやってくれよ。
俺は遠巻きに突如始まったフェスを眺めることにした。



国名を決める選挙が始まろうとしていた。
多数決が何故か選挙へと早変わりしていた。
シマノ推進派オクボス。
シッマーノ推進派コルボス。
シマーノ推進派リザオ。
その他は残念ながらいなかった。
やっぱりか・・・
俺としてはその他がいいのだが・・・
この三名が各名前の党首となり、投票所の前で演説を行っていた。
各自好きに演説を行っている。
その様子を投票前の魔物達が耳を傾けている。

「この国の立役者である島野様の名前を冠すること以外、なにがあるというのか?同士達よ、良く聞いて欲しい。魔物同盟国の名前はシマノ一択である!」

「先日島野様は仰れらた、語呂が悪く無いかと。あの島野様がそう言われたのだ、これはシマノ以外にした方がいいのではないかとのご意見に他ならない、であればシマノから一番離れたシッマーノにするべきではないのだろうか!?」

「諸君!いいか?俺達は島野様に大恩がある、その島野様の名前を冠して、かつその名前から離れ過ぎないのがシマーノだ。これ以外何があるというのか?」
と演説をしていた。
魔物達は頷いたり、声を挙げたりしている。
俺は頭を抱えそうになっていた。
正直もうどうでもよくなってきてしまっていた。
もう好きにしてくれ。
俺は何でもいいよ・・・
どうせその他は無いんだしさ。

その後も演説と投票は続いた。
俺が思う以上に投票は熱気を帯びていた。
魔物達は本気で頭を悩ませて考えていた。
そこまで大事なことなんだろうか?
俺には到底分からない。
でもこいつらの真剣な眼差しを見る限り、俺もふざけることは出来ない。

投票は佳境を迎えていた。
急遽会場となっている記念館の前に設置されたボードに、投票結果がオンタイムで書き加えられていく。
それを一喜一憂しながら魔物達は眺めていた。
かなりの接戦となっていた。
三つとも僅差である。

「シッマーノ、いけー!」

「いやここはシマーノだろう!」

「なにを言う、シマノに決まってる!それ以外あり得ん!」
応援に熱が入り、魔物達は興奮している。
俺としては名前を連呼されているようで、気分が悪い。
だが水を差す訳にはいかない。

この様を神様ズはにやけながら眺めていた。
五郎さんとゴンガスの親父さん、オリビアさんは腹を抱えて笑っている。
俺の表情が面白いのだろう。
自分でもどんな表情をしているのか、もう分からない。

いよいよあと十票で投票は終了する。
会場のボルテージも最高潮に達していた。
熱に当てられたのか、にやけていた神様ズもノリノリになっている。
皆な、身体を乗り出している。

「いけー!」

「よっしゃー!シマノきたー!」

「まだシッマーノにも可能性があるぞ!」

「いや、ここはシマーノが逃げ切るぞ!」
投票所から最後の集計が挙がってきた。

全員息を飲んで結果を待っている。
ボードに最終結果が記入されていく。
シマノ六百七十四票。
シマーノ六百七十五票。
シッマーノ六百七十二票。

魔物同盟国の名前が決定した。
魔物同盟国『シマーノ』
大喝采が起こっていた。

「シマーノ!」

「魔物同盟国シマーノ!」

「遂に決まった!」
と大興奮だ。

「シマーノ‼」

「シマーノ‼」

「シマーノ‼」
とチャントが始まった。
これにノリノリのオリビアさんとマリアさん、ノンが躍り出した。
それに釣られて他の神様ズも踊りに参加しだした。
なにやってんだか・・・
だがここで終わる訳がない。
ここに魔物達も追随した。

もはや俺以外の全員が、
「「「「「シマーノ‼‼‼」」」」」
のシュプレキコールで踊り出す始末となっていた。
駄目だこりゃ・・・
もう収集がつかんな・・・
俺は茫然とこの光景を眺めていた。
結局俺の意思や考えは反映されないことが切実に感じられた。
国興しとはこういうものなんだろうか?
もはや何も考えたくは無かった。

そして、魔物同盟国『シマーノ』は、ルイベントとの友好条約結ばれることが正式に決定した。
両国間で「友好条約」が締結され、今後両国間で様々な交易がおこなわれることが約束された。
主に「シマーノ」からは食料品の提供、武具の提供。そして娯楽と建設技術の提供と共に、更に衣服の提供等様々だ。

特に魔石は重要視された。
魔石は何かと使えるからね。
ルイベントからはその技術を学ぼうと人的供給がなされることになった。
それもその数がかなり多い。
人財不足の『シマーノ』にとっては喉から手が出る程にありがたかった。

スターシップは随分と頭の柔らかい人物のようだ。
自ら頭を下げて魔同盟国に歩み寄っていた。
プライドを捨てていると言ってもいいのかもしれない。
通常ならば考えられないことだ。
ルイベントは魔物達を知能が低いと考える者達と、共存を望む者達と二分している状態だからだ。
それを真っ先に共存を望み、かつそんな魔物達から教えを請おうしたのだ。
英断とも言えるがそれは俺の立場だから言えることだった。
この青年とは俺はもっと交流を持つべきだと思い知らされた。
英雄というより、勇者と言えるほど、その決断力は測り知れないほどに凄い。
それほどまでに彼の決断は大きい。

この采配にはルイベントが分断されても可笑しくは無い側面がある。
それをものの数時間で決断してしまったのだ。
英雄と誉れ高いスターシップならではの決断に他ならない。
当の本人はこの決断に決して迷いはない。
彼が魔物達の何を信用したのかは分からないが、その瞳に迷いは全くなかった。
もしかしたらダイコクの入知恵かもしれないが、それでもこの決断は多くの意味を含んでいる。
魔物同盟国『シマーノ』と永世中立国『ルイベント』は大きな転換点を迎えていた。
そしてこの交流が今後北半球を大きく変貌させようとは誰も気づいてはいなかった。
魔物同盟国『シマーノ』が建国した。
そして遂に魔物達がサウナ島にやってくることが決定していた。
魔物達は漏れ無く浮かれている。
遂にサウナ島に行く事ができるのかと。

まずは首領陣と、修業に出る者達が中心に行くことになった。
一部不満の声を漏らす者もいたが、俺が宥めると直ぐに収まった。
一気に全員という訳にはいかない。

なんといっても、サウナ島への移動には金銭が必要になる。
ここは譲れない。
こいつ等だけ特別とはいかないのだ。
要は南半球の金貨が必要ということだ。
魔物達だけ特別にすることは憚られた。

まだ全員を移動させるほどの経済力を『シマーノ』は有していない。
既に先行して、島野商事としてアラクネの糸とリザードマンの鱗を仕入れている。
その稼ぎの中から今回のメンバーが決定された。
それなりの金貨を稼ぐことは出来たが、まだまだ足りないのが現状だ。

本来であれば、アラクネの糸はリチャードさんに任せ、リザードマンの鱗はゴンガスの親父さんに任せるべきであるが、そうはいかなかった。

というのもソバルやプルゴブから、
「島野様に卸させてください」
と懇願されてしまったのだ。

気持ちはよく分かる。
恐らく商売についてまだ不安があるのだろう。
俺を咬ませることによって、その不安を解消したいと考えたに違いない。
何かしらのトラブルにあった時に責任が持てないという点と、まだ南半球を知らないのだから妥当な判断である。

俺は島野商事の社長である為、今回の件で貿易部門を設立することにした。
勿論マーク達には説明済だ。
既にマーク達からは賛同を得られている。
誰が適任かということになり、マークとロンメルに尋ねてみたところ。
フィリップとルーベンを推薦された。
そして俺はこの貿易部門をフィリップとルーベンに任せることにした。
こいつらは今ではばりばり働く島野商事の主軸となっている存在である。
もはや孤児の面影すらない。
初期メンバーの生え抜きだ。
本人達も新部門の立ち上げに誇らしそうにしていた。
かなり気合が入っている。
二人の鼻息は荒い。

「島野さん、俺達は何をすればいいのですか?」
フィリップから質問を受けた。

「お前達は今後魔物同盟国『シマーノ』から、南半球で需要があると思われる素材や物品を買い付けて、それを南半球で販売する仕事をするんだ」

「なるほど、分かりました。まずは視察させてください。あとどれぐらいの利益率にしましょうか?」
ルーベンからこんな回答があるとは・・・
俺も誇らしくなっていた。
こいつらがこんなに成長しているとは・・・
商売を分かっている。

「そうだな、捌く量にもよるが二割から三割もあれば充分だろう。将来的にはこの部門は要らないことになるのかもしれないしな」

「そうですか・・・」
二人は頷いていた。
俺の意を得たりとその表情が雄弁に語っていた。

将来的に北半球と南半球が完全に繋がれば、この部署は要らなくなるだろう。
直接買い付けが出来るようになるからだ。
そうなると島野商事を介す必要はなくなる。
要は商社は要らなくなるということだ。
ただ完全に繋がるのはまだまだ先だ。

特に南半球から北半球に渡る渡航者には制限をする必要がある。
まだまだ海千山千の商人達を北半球に迎え入れる訳にはいかない。
特に『シマーノ』はまだ建国してから間もない。
それに訪れた先で転移扉を開けるのは現在ダイコクしかいない。
南半球からエクスに開かせるという手もあるにはあるのだが。

まだダイコクにそれを許す気にはなれない。
更に魔物達は商売を学びだしたばかりだ。
今後はダイコクが中心となって商売を教えてくれるはずだ。
それには俺も手を貸さなければいけない。
まだまだそのレベルなのである。

南半球と国交を開くには時期尚早と言える。
俺は二人と仕入れ値について打ち合わせをし『シマーノ』側の窓口となるプルゴブを引き合わせた。
挨拶を終えさっそく商談となっていた。
後は二人に任せることにした。
俺の出る幕はないだろう。
それにしても子供の成長は早いと、改めて思い知らされのだった。
俺はとても心強いと感じていた。



サウナ島に訪れた魔物達の興奮は収まることがなかった。
俺は全員に、特別にお小遣いとして金貨一枚を渡しておいた。
これぐらいあれば、充分にサウナ島を堪能できるだろう。

ちゃっかり混じっていたゴブオクンが大興奮している。
「だべー!だべー!」
等と騒いでいる。
いちいち煩い奴だな。

聞いたところによると、オーガの一部はルイベントに訪れたことがあるみたいだが、他の者達は人族の街に訪れたことはないようだ。
それだけでも興奮するかもしれないのに、いきなりサウナ島だ。
興奮するのもしょうがないのかもしれない。
恐らく神様ズから何かしら聞いていたんだろう。
ここまでくると収集が付かなくなるほどだった。

俺は引率なんてしない。
後は各自に任せることにした。

受付からほぼ全員が大興奮していた。
中には感嘆の声を挙げている者もいた。
その様子をランドがにこやかに眺めている。
受付の扉を開けてサウナ島を一望した魔物の数人は、涙を流していた。

「これが噂に聞くサウナ島・・・」

「絶景!」

「ここが島野様の島か・・・」
いや俺の島ではないのだが・・・
まぁいいか。

「お前達、好きに見て周っていいぞ、何か困ったらゴン達に聞いてくれ」
今回の訪問に先駆けて、俺は初期メンバー全員にアテンドする様に話をしていたのだ。
ただし、俺はアテンドは行わない。
自分でアテンドするのは気が引けたからだ。
それに魔物達は俺に従順過ぎるし、俺と長い事いると緊張するに決まっている。
俺がアテンドすると言い出したら恐縮されてしまうからね。
そんな緊張があっては視察にならない。
それは良くないと俺は遠慮させて貰ったのだ。
まぁめんどくさいとも思ったんだけどね。
決っして口には出さないのだけれども。



そうなると俺は手持ち無沙汰になり、サウナ島を見て周ることにした。
俺は久しぶりにサウナ島を見て周っている。
ちょっと楽しくなってきた。
そろそろメンテナンスが必要な個所があるかもしれない。
長い事サウナ島から離れていたしね。
労働意欲を掻き立てられてしまう。
さてさて何があるのかな?

だが、一通り見て周ると俺は気づいてしまった。
俺が手を入れる箇所はもう無いと。
明らかに補修されている箇所が数カ所あった。
それも完璧に行われていた。
ああ・・・もう俺にはここに居場所が無いのかも・・・
そう感じてしまった。
決して悪い事ではない。
それはそれでありがたい事だし、上手く回っているという結果なのだ。
一抹の寂しさを感じつつも頼もしさも同時に感じていた。
何とも歯痒い。

どうやら本気で島野商事からの引退を考えた方がよさそうだと思った。
俺が引退すると言い出したら、マーク達はどんな反応をするのだろうか?
初期メンバーは止めるだろうな。
まず間違いなく。
考え直してくれと言われることだろう。
まあ今直ぐということではないから、今は考えなくてもいいだろう。
その日は決して遠くは無い気がするが・・・
どうなんだろうか・・・
神のみぞ知るだな。
あ!俺も神だった。



魔物達はサウナ島を大いに堪能していた。
ひと際楽しんでいたのはゴブオクンだった。
ほとんどの店を周り、既に金貨一枚が無くなりかけていた。
そうとう飲み食いしたらしい。
お腹を擦っている。

「島野様ー!、もう銀貨十枚しかないだべー!」
俺に泣きついてきた。

「お前なあ・・・もう小遣いはあげないぞ」

「そんなー!」
ゴブオクンは膝から崩れ落ちていた。
ここは甘やかす訳にはいかない。
ここでこいつに肩入れすると要らない噂が立ちかねない。
俺はゴブオクンに甘いと・・・
既にそう言われている節すらあるのだ。
まあそうなのかもしれないが・・・

「君は金銭感覚を磨きなさい‼」
ここは叱っておいた。

「だべー」
ゴブオクンは項垂れていた。

「残りの銀貨十枚でスーパー銭湯に行きなさい」

「分かっただべー」
ゴブオクンはいそいそとスーパー銭湯に入っていった。
そんなゴブオクンは外っといて、俺は事務所に向かうことにした。



事務所ではマークが書類と格闘していた。
社長室のデスクの上にはたくさんの書類が並んでいた。
お疲れさんだなこれは。
おれの時はこんなことは無かったんだけどな。

「あ!島野さん、お疲れ様です」
立ち上がろうとするマークを俺は手で制した。

「マーク、お前はアテンドしてないのか?」

「ええ、今日はちょっと立て込んでいまして、ロンメル達に任せました」
相当取り込んでいるようだ。
書類の山に囲まれていることからそれはよく分かる。

「そうか、手伝おうか?」

「いや、それには及びません」

「そうか・・・好きに寛がせて貰うぞ」
こいつも副社長としてばりばり働いている。
未来の社長かな?

「どうぞ、好きにしてください」
俺は事務所のスタッフにアイスコーヒーを頼んで、適当にソファーで寛いでいた。
するとバタバタと煩い足音がした。

「島野様、帰ってきてらしたんですね」
息を切らしながらリチャードさんが事務所に駆け込んできた。

「どうしたんですか?リチャードさん」

「はあっ、はあっ、あの、アラクネの糸の事を聞きまして。はあっ、はあっ」
リチャードさんは息も絶え絶えだ。

「ちょっと、落ち着いてください。まずは座ってください」
俺はソファーを勧めた。
ソファーに深く腰掛け、息を整えようとしているリチャードさん。
前にもこんなことがあったよね?
なんで走ってくるのかな?
俺はスタッフに何でもいいから飲み物を持ってくるように指示した。
直ぐにお茶が運ばれてきた。
優秀なスタッフで助かります。

一気にお茶を飲み干して、息が整ったリチャードさんが話し出した。
「島野様、アラクネの糸の事をゴンガス様から伺いました。現在お持ちでしょうか?」

「いや、今は貿易部門のフィリップとルーベンに任せてますので、そちらにお問い合わせください」
残念そうに下を向くリチャードさん。

「そうなんですね、して二人は何処に?」

「たぶん、ブランドショップに居ると思いますよ、そこに二人のデスクがありますので」

「分かりました、後で行ってみます。それにしてもあのゴンガス様が太鼓判を押す糸とはどんな物なのでしょうか?」
リチャードさんは期待に胸を弾ませているみたいだ。

「アラクネの糸は伸縮性がある糸で、切れにくく頑丈です。衣服のみならず、建築部材としても使える代物ですよ」

「なんと!そんな素材があるとは・・・」
リチャードさんの期待値が爆上がりしたようだ。
眼を見開いている。

「貿易部門で大量に仕入れていますので、そちらからご購入ください」

「畏まりました、それで・・・お値段の方は?」
リチャードさんはちらちらと俺を見ていた。
やっぱりこれを聞きたかったんだな。
そんな気がしましたよ。
頭を抑えに来たってことですね。
そうはいきませんよ。
舐めて貰っては困るな。

「二人に全て任せてますので、フィリップとルーベンに尋ねてください」
信頼しているリチャードさんでも、ここは譲れませんね。
後は後進に任せるのみだ。
フィリップ、ルーベン、お手柔らかに頼むぞ。

「分かりました、ではブランドショップに行って参ります」
リチャードさんは一目散に事務所を出て行った。
だから何で走るのかな?
疲れるだけだよね?
そんな様子をマークが鼻で笑っていた。
やれやれだ。



夕方になり、俺は例の如くスーパー銭湯に向かった。
どうやら魔物達もスーパー銭湯に向かっているみたいだ。
クモマルとソバルがニコニコしながら受付を行っていた。
待てよ・・・クモマルは男風呂か?女風呂か?
男風呂でいいよね?たぶん・・・

「クモマル、ソバル、スーパー銭湯は男女別々だから間違えるなよ。クモマルも男風呂に入るんだぞ」

「男女別々ですか?・・・畏まりました」
二人は不思議そうな顔をしていた。

「タオルで股間部分を隠すんだぞ」

「股間部分ですか?私には有りませんが・・・」

「だからだよ、外のお客さんからまじまじと見られるぞ」

「なるほど、では人族の股間を真似ることができますので、そうさせて頂きます」
なに?そんな事が出来るのか?
ならそうしてくださいな。

「じゃあそうしてくれ」

「は!」
俺の取り越し苦労だったみたいだ。
そうか、人化は変身みたいなものだからそうなるのか・・・
って待てよ、じゃあ女性にも変身するってか?
・・・
これは考えない様にしよう。
うん、そうしよう。
ていうか聞かなかったことにしてしまおう・・・
それが一番無難だろう・・・



俺はいつも通りのルーティーンを終え、大食堂に行くと魔物達が全員勢ぞろいしていた。
修業に出た者達も、今日は初日だからとスーパー銭湯に来たらしい。
たぶん神様ズの計らいだろう。

「お前達、やってるか?」
ソバルがジョッキを挙げて答える。

「島野様、頂いております。最高です!」
外の魔物達も始めているようだ。
皆一様に食事を楽しんでいた。
何を間違ったのかマーヤが台湾ラーメンを食べてヒーヒー言っていた。
お前は甘口派だろうが。
どうしてそんな冒険をしたんだ?

唯一ゴブオクンが暇そうにしていた。
しょうがない奴だな。
俺は生ビールを二杯注文した。
生ビールを貰い受けると、一杯をゴブオクンに差し出した。

「ほれ、飲めよ」
ゴブオクンが眼を輝かせていた。

「ありがとうだべー!流石島野様だべー!」
大袈裟に騒いでいる。
憎めない奴だ。

「飯は食ったのか?」

「お金がないだべー」
としょぼくれている。

「しょうがないな、ほれ」
俺は銀貨二十枚をゴブオクンに手渡した。
結局は俺はこいつに甘いようだ。

「島野様!感謝だべー!大好きだべー!」
と言うやいなや、注文を行いに駆けて行った。
これ、走るんじゃない!
やれやれだな。
好きに注文しなさいな。

「島野様、スーパー銭湯とはこんなに幸せな施設なのですね」
クモマルは笑顔だ。

「ほんとに、最高です!」
オクボスも喜んでいた。

「ここなら一日中居られますよ」
プルゴブも楽しそうだ。

「俺も!」

「私も!」
その声は続く。

「オクボス、ゴブロウ。お前達スーパー銭湯をシマーノでも造ってみるか?」
オクボスが頭を掻いていた。

「いやー、まだまだ腕が足りません。ランドール様に鍛えて貰ってから考えます。造りたいのはやまやまなんですが」

「でも上下水道が完備しているから出来るかも・・・」
ゴブロウは前向きだ。
ブツブツ言いながら真剣に考えだしている。

「まあ、気長に考えるといいさ。まずはサウナ島を楽しんでくれ」

「「はっ‼」」
いい返事です。
そして、魔物達はサウナ島を大いに楽しんだのだった。
よかった、よかった。
皆なのお零れに預かったゴブオクンは心地よく酔っぱらっていた。
なんとも自由人である。



サウナ島への宿泊は叶わず。
魔物達はシマーノに帰っていった。
そして翌日からも視察は続く。

流石にもうお小遣いは渡していない。
ゴブオクンはそれを察してか、一団に交じってはいなかった・・・
あの野郎・・・なんでそんなに鼻が利くんだ。
少々ムカつくな。
ゴブオクンに振り向き様に喉元に地獄衝きを喰らわしておいた。
ゴブオクンは苦悶の表情を浮かべていた。

「痛いだべー」
と言っていたが放置することにした。

視察は一週間が過ぎていた。
もはや視察は佳境を迎えていた。
各自が興味を持った施設に齧りついている状況に変わっている。

プルゴブは畑に掛りっきりだ。
ソバルは今では事務所に入り浸っている、マークとロンメルと親しくなっていた。
クモマルはカベルさんと衣服に関して打ち合わせをしており、時折訪れるマリアさんをアラクネの糸で雁字搦めにしていた。
クモマル・・・結構武闘派・・・
マリアさんには容赦が無いようだ。
でもそれでいいと思うよ俺は。

オクボスとゴブロウはランドールさんの所で働いている。
目下大工修業に明け暮れていた。
オクボスは常にゴンズ様と一緒だ。
オクボスはゴンズ様に心酔しきっており、師弟関係は盤石だった。
ゴブスケは赤レンガ工房から出てこない。
親父さんに相当鍛えられているみたいだ。
ゴブコはアンジェリっちに付いて周っている。
お洒落を学ぶには適任であろう。
マーヤはレイモンド様と交流を深めており。
何ともいえない交流を行っている。
リザオはギルの付き人になっていた。
もはやリザオはギルから離れないのかもしれない。
それほどまでにギルに尽くしていた。
ギルは嫌がっていたのだが・・・
各自がそれぞれの役割を全うしているようだった。
その様を俺は偉そうにウンウンと眺めていたのだった。

それにしても、魔物達はサウナ島に馴染んでいた。
唯一心配していた、サウナ島のお客達の反応も、相手が魔物であっても全く意に返してはいなかった。
どうやら俺の取り越し苦労だったみたいだ。
よく考えてみたらそうだろう。
そもそも南半球の人達は加護を与える前の魔物達を知らない。
見た目もほとんど人族と変わらないのだから、普通に受け入れることは出来たのだ。
俺の考えすぎでよかったと思う。

ただ間違っても、アラクネとジャイアントキラービーの人化を解く訳にはいかない。
流石にインパクトが凄すぎる。
変身の魔法だと誤魔化すにはハードルが高すぎる。
誤魔化しは利かないということだ。
クモマルとマーヤには口酸っぱく説明してあるから大丈夫だと思うが・・・

魔物達はその後も人選を変えて、サウナ島との交流が続くことになった。
今ではサウナ島への就職を望む者達も現れ、ゴンズ様の魚屋や、ドラン様のブースに就職させてくれと、直談判する者も現れた。
これは流石にストップさせた。
今はいいがこの先誰が転移扉を開くことになるのか?
今後も北半球の転移扉を俺とギルが開くとはいかないのだ。
住み込みという訳にはいかないだろう。

と思っていたが、ゴンズ様もドラン様も自分の街で住みこませると、あっさりと許可してしまった。
あれまあ。
それを聞きつけ、何人もの魔物達が自分の敬愛する神様達に熱れつにアタックしていた。
人材不足に悩んでいた神様ズにとってはここぞとばかりに受け入れていた。
ゴブコに至っては当然の様に美容室アンジェリに勤めていた。
なんとも困ったものである。
やれやれだ。

北半球に足を踏み入れてから一年以上経過していた。
魔物同盟国『シマーノ』は、ルイベントとの交流が盛んになってきていた。
もはや『シマーノ』は国として認められたのは事実となっていた。
今では普通に『シマーノ』で人族を見かける。
それも当たり前の様に。
そこに不自然さは無かった。
もはや人族が日常の風景として溶け込んでいた。

この功績はスターシップにあるといえる。
スターシップはとても秀逸だった。
まずスターシップは『シマーノ』から帰国すると、国内に向けて魔物同盟国『シマーノ』との国交樹立をあっさりと宣言した。
余りに唐突な出来事だった。

それによりルイベントは大きく揺れた。
そもそも魔物同盟国とは何なのか?
その響きからして魔物が国を建国したのか?
そんなことがあり得るのか?
あの知能の低い魔物達にそんなことができるのか?
さらに国交を樹立するほどの国なのか?
等と疑問が後を絶たない。
それを一切問題ないとスターシップは払拭する。
今思えば、とても剛腕の所業だった。

それにより、魔物同盟国『シマーノ』が一気に脚光を浴びることになったのだ。
その注目度は測り知れない。
またスターシップの宣伝の仕方が巧であった。
ある意味、恣意的とも思われた。
上質な衣服と、頑丈で良質な防具や武器を持ち帰り、更にその文化について、王自ら語り歩いた、そして国民や出入りする商人達にそれを見せつけたのだった。

その反応は素晴らしかった。
ここまで出来の良い品物は見たことがないと、ほとんどの商人達が血気盛んになった。
その反響は留まることを知らない。
その為、商人達がここぞとばかりに魔物同盟国『シマーノ』を、虎視眈々と狙いを定めることになっていたのだった。

しかし問題となるのはモエラの大森林の危険度だった。
魔獣が跋扈する森に、簡単に訪れることは出来ない。
いつ魔獣と遭遇するのか分からないと、腰が引けてしまう者達が後を絶たなかった。

命には変えられないのである。
それはそうであろう、命と利益を天秤にかけたら命になることは当たり前のことだからだった。
その為『シマーノ』では街道整備が必要と、大工部門の棟梁達が日中夜問わず駆り出される始末となっていた。
ここを何とかしてしまえば、大きな利益に繋がることになる。
素人のこいつらにも簡単に分かることだった。

魔物達にとっては、このチャンスを放棄することは愚の骨頂だった。
街道が整備されてしまえば、旅は安全になると考えられた。
そうなれば『シマーノ』の繁栄は約束される。
魔物達も必死だ。
これを何としても完成させなければならない。
その想いは国を挙げてのものになっていた。
そうこいつらの目標は『シマーノ』を認められる国に仕上げることであることに変わりはないのだから。

それを聞きつけたランドールさんが、これは良くないと精鋭部隊を率いて一気に街道を整備しようと動いてしまったぐらいだ。
結局のところランドールさんはとても慈悲深いのだが、その行いは神の手本とも言える行動だった。
とても慈愛に満ちている。
その様を目の当たりにして、俺だけ呑気にしている訳にもいかず、全力で手伝う羽目となってしまった。
本当は面倒臭いと思っていたのだが・・・
口には出さないが。

久しぶりに能力全開での作業になってしまった。
でも正直久しぶりの全力の作業に肩を回してしまったことも事実だった。
労働って気持ちいい!
本心では俺も満更ではなかったみたいだ。
能力を発揮出来てすっきりしていたのだ。

その所為で、ものの一ヶ月で『シマーノ』と『ルイベント』を結ぶ街道が出来上がってしまっていた。
ちょっとやり過ぎたかもしれない・・・
その偉業に打ち震える者が後を絶たなかった。
俺達への感謝の言葉が絶えなかった。
俺は意地になっていただけなのだが・・・

でも実際の所はスターシップの思惑を受けた形になったと思われる。
奴は実にしたたかな奴だ。
相当に頭が切れる。
俺はサウナを享受してやったが、もしかしたらこれも恣意的なことだったのかのしれないと感じてしまったのだった。

もしかして、してやられたか?
そうとは思いたくは無いのだが・・・
まあいいだろう。
ちょっと疑問が残るな・・・
流石は英雄とここは褒めておこう。

街道には魔獣避けの鈴と柵が等間隔で設置されている。
これはダイコクが手配した。
ダイコクとしても、魔物達に頼りっきりとはいかないのだ。
一方的に街道を造って貰ったと言われてしまえば、いつ何時通行税を払ってくれと言われかねない。

少しでも手を貸したという実績を残したかったのだろう。
だがその労働力としては、こっちに分があるのは間違いがないのだ。
こっちがマウントを取ったことは覆し様がない。
この先の交渉は面白いことになるだろう。
実際ダイコクは青ざめていた。
商売の神相手に魔物達がどう動くのか?
実に見物である。

その為、安全もある程度担保されており、街道には水場も提供せれている程の、ホスピタリティーとなっていた。
この街道は万全であった。
というもの常時警備の魔物達が警護に当たっているのだ。
間違って街道に魔獣が現れても、警護兵が狩ってしまう。
中には狩りをしたいのか、街道に魔獣が現れないかと望む者もいたぐらいだ。
今では魔物達は狩りはお手の物だった。

そして今後、宿泊宿や飲食店も造る計画もある。
ルイベントからの渡航者は、安全で快適な旅を約束されたといえるだろう。
この偉業にルイベントの商人他達は沸いた。
今では『シマーノ』に行きたいという者が後を絶たなかった。

始めはルイベントの国民も及び腰であったが、街道が出来上がると我先にとシマーノに急行することになった。
街道も馬車での通行が可能である為、移動も早い。
それに安全が担保されている。
快適な旅が保証されていた。

今ではシマーノで、人族を見かけないことは無いぐらいだった。
特に宿屋、飲食店、温泉、そしてサウナが人気を博していた。
そして図書館は人数制限を毎日設けることになってしまっていた。
皆のお目当ては漫画である。
連日行列が後を絶たない始末だ。
こうなるとは思っていたが、想像を超えていた。
余りに行列の列が長い。

これは良くないと俺は漫画喫茶を造ることにした。
いくらでも『複写』は可能で増刷することは簡単だが、利益を得ない事には話にならない。
となるとこれしか思いつかなかった。

簡易的ではあるが、現在の日本での漫画喫茶をモデルに造ってみた。
まさか異世界で漫画喫茶を造る羽目になろうとは思わなかった・・・
俺もたまに休日に嗜んでいた施設だ。
実に三千冊の漫画が取り揃えられている。
時間制、食事も割かし高めの強気の値段設定にしたのだが、無茶苦茶流行ってしまったのだった。

どんだけ娯楽に飢えてるんだよ!こいつら!
まさか仕事サボって無いだろうな?
仕事しろ!仕事!

漫画を売って欲しいという者達が後を絶たなかった。
勿論販売なんてしませんよ。
俺しか作れないんだからさ。
そんな暇はありません。
絶対行いませんよ。
俺は印刷屋ではありません!

この成功を受けてサウナ島でも漫画喫茶を造ってみたが、ここでも流行ってしまった。
まさかの出来事だった・・・
だったらもっと早く造ればよかった・・・
こうも簡単に流行ってしまうとは・・・
日本の文化恐るべし!
てかもっと早く気づけよな俺・・・
久しぶりにやってしまった。
我ながらやれやれだ。

その成功を受けて、タイロンでは漫画の海賊版が出回っている始末だ。
オズすまん・・・あとは任せる・・・
ガードナーが何としても摘発すると鼻息が荒い。
大の漫画好きのガードナーとしては許しがたいのだろう。

「漫画を貶すな!」
と猛烈に怒っていた。
それに輪をかけてオズが無茶苦茶気合が入っていた。
俺の能力が汚されたと琴線に触れたらしい。
異常なぐらい二人は気合が入っていた。
何が何でも締め上げると不気味な顔をしていた。
俺が引くぐらいだ。

犯人捜しは苛烈を極めていた。
ものの数日で犯人を摘発していたのである。
もはや天晴と言わざるを得ない。
俺も海賊版の漫画を見てみたが、残念な仕上がりとなっていた。
よくこんな物を買う人がいたもんだ。
漫画としての体をなしていない。

そして驚くことに、遂にマリアさんが漫画家デビューを果たした。
前に漫画の存在を知ってから、創作活動を行っているとは聞いてはいたが、渾身の作品が出来たと何故か俺の所に持ち込んできた。
俺は出版社ではありませんが?
俺でいいのかい?

「守ちゃん、呼んでみて頂戴!」
漫画の原作を渡された。
結構な枚数となっていた。

「マリアさん、遂に書き上げたんですね。おめでとうございます」
まずはその功績を労いたい。
素晴らしい!

「私の渾身の作品よ、率直な感想をお願いね。守ちゃん!」
期待の眼差しで見つめられてしまった。
これは本気で読まなければならない。
俺はサウナ島の事務所のソファーで読むことにした。
漫画は寛ぎながら読むもんでしょ?
俺はそう思っている。

漫画のタイトルは『恋の伝道師マリたん』
内容としては、主人公のマリたんが、様々な恋を成就させていく物語だった。
恋に悩む男女が、マリたんの助言を受けて恋愛を深めていく、そんな作品だった。
マリたんの顔がオリビアさんにそっくりなのが気になったが、作品としては素晴らしいと感じた。

俺は率直に意見を述べることにした。
マリアさんは緊張した趣きだった。
珍しく顔が引き攣っている。
こんな表情も出来るんだと思ってしまった。

「マリアさん、素晴らしです。これは出版しましょう!」

「よかったー!守ちゃんありがとう!」
と抱きつかれてしまった。
嬉しくはないのだが・・・
てか腰を振るんじゃない!
殴るぞ!

「まずは俺の複写で何部か作りましょう?」

「どれぐらい売れると思う?」

「そうですね、この世界初の漫画家のデビューです。ここは景気よく一万部でどうでしょうか?価格は強気に一冊銀貨十枚でどうでしょう?」

「一万部?そんなに売れるかしら?」

「それは分かりませんが、これを機に印刷技術も学んでみたらどうでしょうか?何部かは俺が複写しますが、一万部俺が造るのは一苦労ですし、今後も創作活動を続けるのならこれは必要なことです、それに後進が出来るかもしれませんしね」
海賊版の漫画は、残念な出来上がりではあったが、何かしらの印刷技術があると俺は睨んでいた。
オズとガードナーに依頼すれば、しょっ引いた犯人から印刷技術を得ることができるはずだ。

「そうなのね、やってみるわ!」
マリアさんの闘志に火が付いた。
俺達はさっそくオズとガードナーのところに向かった。



事情を二人に説明すると快く快諾してくれた。
結局の所、印刷技術は『複写』の魔法だった。
俺からしてみれば、この世界で『複写』を思いついた犯人には輝るものがあると感じた。
俺は二人に犯人と合わせて欲しいとお願いした。
二人は始めは嫌そうだったが、俺の説得に応じることになった。
それは俺の意図を汲み取ってくれたからだ。
実の所、二人共マリアさんの作品を読みたいみたいだ。

俺は犯人を前に驚きを隠せなかった。
その犯人は何と十五歳の少女だったのだ。
そして十五歳にしてはやさぐれていた。
反抗期はまだ続いているような、そんな印象だった。
眼つきが大人全員が敵と言い出しそうな雰囲気だった。
この少女の名はハル。

俺は問答無用で『催眠』を使用し、事情を聞いてみた。
少女とはいえど犯罪者だ、容赦はしない。
ハルがあっさりとゲロった姿を見て、オズとガードナーは驚きを通り越して呆れていた。

ハルはメッサーラの魔法学園を卒業後、就職先がみつからず。
ハンターをするには生活魔法しかできない為、断念。
『照明』や『浄化』を使うことはできるが、それを職業にする気には成れず。
サウナ島にやってきた時に呼んだ漫画にインスパイアを受け。
自己修練を行い『複写魔法』取得した。
サウナ島のスーパー銭湯で呼んだ漫画を参考に『複写』して海賊版を作製。
地元のメッサーラでは足が付くからと、タイロンの裏市場で海賊版漫画の販売を行っていたらしい。

俺はその行動力に感心した。
これはいい人材だ。
是非ともスカウトしたいと思っていた。

「オズ、ガードナー、この子のその後の扱いはどうなるんだ?」
ガードナーが困った顔をして話し出す。

「そうですね、まあ個人的には私の愛して止まない漫画を冒涜されたので許しがたいのですが、軽微な犯罪ですので、直ぐに出所することになります。仮釈放ですが保釈金は掛かります」

「それはいくらだ?」

「金貨二十枚です」
オズが回答する。

「分かった、俺が支払うが条件がある」
それまで人生を放棄した様な目をしていた少女の眼つきが変わった。

「条件って何?・・・」
ハルは俺を睨んでいた。
この世界の全てを恨んでいるとでも言いたげだ。

「それは印刷工場を俺が造るから君が運営を手伝うことだ、出来るよな?君なら」

「な!・・・」
これにマリアさんが続く。

「私の作品を世に出したいのよ!協力して頂戴!」
何のことかと少女は眼をひん剥いていた。

「あなたの力が必要なのよ!お願いよ!」
マリさんの圧力に少女は気押されていた。

「う・・・訳が分からない・・・」
だろうね。
俺達はこれまでの経緯を説明した。
少女はやっと事情を理解したようだ。

「私の魔法が必要ってことね、へえー」
と急に態度を改めた。
あり得ない反応だった。
あろうことハルは上から目線になっていた。
結局のところ私の魔法がいるんでしょ?言いたげだ。
この態度に俺はカチンときてしまった。
これは流石に許しがたい。

「あ!やっぱり無し!駄目だ、自分の力を過信する君には過ぎた話みたいだったな。撤回させて貰うよ。今回の話は無しだ、失礼する」
いきなり踵を返した俺に少女は付いてこれていなかった。
唖然とし、口をパクパクとさせている。
俺は問答無用に席を立ち上がった。
この後、ハルとは一切目を合わさないことにした。
こちらの意図を悟らせてはならない。

「オズ、ガードナーすまなかったな、時間を取らせたようだ。マリアさん帰りましょう。話になりませんよ」
おれはオズとガードナーにウィンクしてサインを送った。

「いいのですか?」

「守ちゃん・・・」

「よろしいので?」
俺の急変ぶりに三人も戸惑っていたが、オズとガードナーは俺の眼をみて察してくれたみたいだ。

「ああ、いいんだ。マリアさん帰ろう。いくらでも手はあるからさ!」
俺は敢えて少女に聞こえるように話した。

「そう・・・」
マリアさんも席を立ち上がり、俺達は拘留所を後にした。
俺の発言に、察しのいいマリアさんも何かを感じ取ってくれたみたいだ。

俺は気づいたのだった。
少女がなぜあのような態度を取ったのかを。
恐らく彼女はこれまでに真剣に叱られたことがなかったのだろう、それに輪をかけて自分の才能に溺れプライドが高くなっていることを、彼女自身が分かっていないことを。
その気持ちは分からなくもない。
だがそれではこの先はやってはいけないだろう。
現に犯罪に手を染めている。

この後彼女がどういう経緯を辿るのかは知らないが、この事実を受け止めることを願うばかりだった。
せっかく貰えたチャンスを自身のプライドの高さで台無しにしてしまう愚かさに、彼女は気づけるのだろうか?
オズとガードナーのフォローに期待するしかないな。

そして実際次の手はあるのだ。
ゴンやルイ君に俺の『複写』見せれば、魔法として習得することは出来るだろう。
そこから更に生活魔法に適正がある者達に『複写』を覚えさせることは容易だ。
何もこの子に拘る必要は無いのだ。
冷たく思えるかもしれないが現実はそうなのだ。
だが今の彼女にはここまで考えることはできないだろうが・・・
自分の愚かさに気づいて欲しいものだ。

実のところ、俺は彼女に自問自答する時間を与えたかったのだ。
その答えが何なのか?
それは彼女が導き出すしかない。
俺は見守ることしか出来ない。
十五歳にして人生の転換期を迎えている彼女に、俺はこれ以上手を差し出すことは出来ない。

見守ることの歯がゆさに、俺は見悶える思いだった。
でもこれが現実。
俺は見守ることの難しさに、直面してしまっていた。
説得しても意味が無いのだ。
結局は本人が説得されるのではなく、納得しなければいけないのだから。

その後オズとガードナーが彼女を諭すことになった。
どう諭したのかは俺は知らない。
だが、数日後謝りたいとの一報を受けることになった。
真剣に頭を下げるハルの姿に俺は胸を撫で降ろすことになった。
こうしてサウナ島に印刷工場が出来ることになり、その後マリアさんの処女作が無事出版されることになった。
売れ行きは好調、この世界初の漫画家の誕生である。

この後ハルはこの世界の漫画文化を発展させるほどの、凄腕編集者へと成っていったのだが今はまだ知る由もない。
人生とは不思議なものである。
どこでいつ何時人生が変わってもおかしくないからである。
いつでもチャンスは巡ってくる、それを掴むかはその人次第なのだ。

『複写』に関しては案の定ルイ君とゴンに寄って、簡単に開発されていた。
今では生活魔法の取得すべき魔法となっていた。
『浄化』や『照明』と同様に初心者でも取得可能になっていた。
俺はこの後複写を行う必要が無くなり、嬉しく思っていた。
だって地味に大変なんだもん。
よかった、よかった。

魔物同盟国『シマーノ』は既に国として国内外から認められる国となっていた。
当初の目標は既に達成した。
喜ばしいことである。
今では北半球で最新文化の発信国となっている。

というのも、魔物達は南半球の娯楽を『シマーノ』に落ち帰り、独自の文化へと発展させていたのだった。
サウナ島のみに関わらず、外の街や国からも娯楽を学んでいる。
南半球から様々な娯楽を持ち込んでいた。
それに娯楽のみならず、裁縫、大工、鍛冶、漁等の技術も習得していた。
今は北半球一の技術を持つ国となっていたのだ。
その有り様に魔物達も誇らしくしていた。

だが南半球との行き来に関しては、未だに一方通行である。
これを俺は解除することは今のところない。
この方針を今は変えないことにしている。

南半球からの渡航者は一握りの者達に限定されている。
俺が許しているのは、神様ズと島野商事の従業員の一部だ。
外の者達に関しては、随時相談だ。
俺としては許せるのはリチャードさんとカベルさんぐらいだな。
それも決めるのは俺ではなくマークとロンメルに決めさせている。

サウナ島に関しては、今は島野一家はほとんど関与していない。
それでも給料は入って来るのでありがたいのだが、いい加減引退しなければならない。
不労働収入が発生している状況なのである。
まあ権利収入と言えなくはないのだが・・・

それを察知してか、マークとランドからは、
「まだ、引退しないでくださいね」
と釘を刺されている。

どうしたものか・・・
因みに北半球からの渡航者は魔物のみに限定している。
毎日決まった時間にエクスが転移扉を開けることになっている。

ダイコクさんには悪いが、今は南半球に行くことは禁じている。
これは実はエンゾさんとダイコクさんとの間での取り決めでもあるので、ダイコクも了承はしている。
その理由の一つとしては北半球と南半球での金貨の違いによる処が大きい。
まだ相場が定めることが出来ないからである。
金貨であれば金の含有量が南半球の金貨の方が高い。
だがそれだけでは無く、物価を今は決めかねているのも事実なのだ。
後は正直なところでは、北半球から南半球に仕入れたい物が、ほとんど見当たらないことも原因となっている。
リザードマンの鱗とアラクネの糸以外では、何も見当たらなかったからだ。
ルイベントに訪れていろいろ探してみたのだが、琴線に触れる物が何も見当たらなかったのだ。
それだけモエラの大森林の環境が良いということだろう。
森あり、川あり、海あり、鉱山ありだからな。

これは今後の課題として、エンゾさんとダイコクさんで話し合いを設けることになっている。
その後どうするのかが決定された後に、俺に報告される手筈になっている。
転移扉は俺の物なので、勝手に運用を決めさせることはない。
その点は二人も理解している。
それにダイコクさんが転移扉で南半球に移動できることは、イコールルイベントの国民が南半球に訪れることができるということだ。
これを認める程俺は甘くない。
まだ北半球への警戒は解いていないのだ。
だが魔物達は別だ、魔物達が俺に仇なすことはあり得ないからだ。



島野一家が北半球に降り立ってから二年、いよいよ島野一家は旅立ちの時を迎えていた。
もはや俺達が『シマーノ』で出来ることはたいして無い。
そこで俺は本来の目的を再開することにしたのだ。

次に目指すは『ドラゴンを祭る村』である。
既に俺達はルイベントを何度も訪れている。
魔物達に商売を教える為に同行したのだ。
今では商売に関してはソバルを中心に商業部門が設立され、運用を行っている。
窓口はダイコクさんとパイプの太いソバル以外には考えられなかった。
ソバルは商売に関してダイコクさんからも指導を仰いでおり、みっちりと扱かれている。
今では一端の商売人だ。
魔物達の中では最も知能が高い為、計算もお手の物である。

ルイベントの町並みはタイロンに似ていた。
石造りの頑丈な家が多く、また城下町を取り囲む城壁も高い。
永世中立国を謳ってはいるものの、その警備は厳重だった。
実際国軍もあるぐらいだ。
そこら中で兵士を見かける。

万が一他国から攻め込まれても侵略はさせないだけの、練度の高い兵士が揃っているとダイコクさんが前に説明してくれていた。
北半球では戦争がある為、これは必要な処置だと考えられる。
自衛の手段は持っていなければならないということだ。
私の国は永世中立国だから誰も攻めてこないでください、と言っても無視して攻め込まれたら一貫の終わりである。
自衛の手段は取って当たり前ということだ。
攻め込ませないほどの力を得て、平和を享受できるということだ。
この国に手を出してはいけないと思わせることも一つの手なのである。

ダイコクさん曰く、ルイベントは北半球の中でも経済的にも安定しており、犯罪率も低い国であるとのことだった。
他国との大きな違いはスターシップの存在だった。
彼はあまりに優秀だった。
その存在無くしてはこの国の発展は無いと思われる程だ。

こうなってくると彼の後継者に注目が高まる。
スターシップは未婚だ。
その先をどう考えるのかは彼に全てが掛かっている。
そしてそれをサポートするダイコクもいる。
ある意味ルイベントの国営は盤石であった。
スターシップの婚活は引手あまたの状態だ。
まあ優秀な上にイケメンだ。
そうなるに決まっている。

どうするのかは俺にはどうでもいい事だった。
こういっては何だが、ルイベントにはそんなに思い入れはない。
それに俺がどうにかしなくとも、スターシップは上手く立ち回るだろう。
ダイコクさんも付いているだから、俺に出る幕などは無い。

俺達が旅立つことを決意したことを感じ取ったのか、魔物達が最近やたらとどうでもいい相談事を寄せてくる。
俺達の旅立ちを分かって、少しでも一緒にいたいのだろう。
寂しさが滲み出ている。
それに魔物達は一切口には出さないが、思い留まって欲しいとの思いが見受けられる。

その気持ちを無下には出来ないのだが、そうとも言ってはいられない。
まだこの世界を脅かしている難問に、辿り着いてすらいないのだから。
いい加減神気減少問題の本質に迫らなければならない。
まだまだ道半ばなのである。
幸い魔物達のお陰で『シマーノ』の神気が濃くなってきている。
この信仰心が俺に向けられていることに未だ馴染めてはいなのだが・・・
でも多少とはいえ、神気減少問題に歯止めが掛かっていることに間違いは無い。
現にダイコクさんは事あるごとに『シマーノ』に滞在したがった。
ダイコクさんにはお地蔵さんを十体渡してあるが、あまり効果が出ていないようだった。
ルイベントでは信仰心の高い者達は少ないみたいだ。

ダイコクさんを南半球には未だ連れていってはいないのは先にも述べたが。
何度か要請はされたのだが、俺は認めなかった。
彼を信用していない訳では無いのだが、商売の神という性質上、一気に販路を拡げられても困るのである。
それにエンゾさんとの取り決めもある。
視察でいいから連れて行ってくれと言われたが、そうはいかなかった。

彼の本音は神気を取り込みたいと思っているのはよく分かっている。
神気贈呈をすることは出来るが、その気にはなれなかった。
それに俺は正直なところ、魔物達の肩を持っている。
ダイコクさんに商機を与える理由は無いのである。

旅を再開するとして『ドラゴンを祭る村』に行くことで、神気減少問題が一気に片付くとは考えてないが、何かしらの進展はあるかもしれないし、何よりエリスのその後を知ることが出来るのではないかと、俺もギルも気が気ではないのだ。
俺としては早くエリスと合流し、ギルの心配事を無くしてあげたい。
父親としてギルの幸せを願うばかりだ。

だが、俺は本能的に感じていることがあった。
エリスは『ドラゴンを祭る村』にはいないのではないかと。
でも少なからずヒントはあると思う。
だってエンシェントドラゴンがいるのだから。
早く行かなければと、焦燥感が沸き立っていた。
それはギルも同様のようだった。
ことある事にいつ行くの?と聞かれている始末だ。
その気持ちはよく分かる。
俺も気になって仕方がないのだ。

俺は首脳陣を集めることにした。
全員雰囲気を感じ取ったのか元気が無い。
でもこれに構ってはいられないのだ。
後ろ髪を引かれるが、俺達はここで立ち止まる訳にはいかないのだから。

「お前達、島野一家は旅を再開することにする」
この俺の発言に、やっぱりかと数名は項垂れていた。
特にプルゴブは打ちひしがれていた。
一番付き合いが長いと言えるこいつは、相当に寂しいのだろう。
今にも泣き出しそうだ。
現に肩を振わせている。
すまんなプルゴブ、分かってくれるよな、お前なら。

「これまで世話になったな、楽しかったぞ、お前達!」
この俺の発言に堰を切ったかの如く首領陣が泣きだしてしまった。

「島野様!」

「お達者でー!」

「行かないでください!」

「お供させてください」
おいおい、大丈夫なのかこいつら。
気持ちはありがたいが・・・
でも、俺も寂しいな。
ありがとうな・・・
案の定、俺以外の一家は泣きだしそうだ。
感極まったのかノンは嗚咽を漏らしている。

「お前達、もう泣くな!転移でいつでも帰って来れるんだ。しょっちゅう帰ってきてやるから、心配するな」

「本当でございますか?」

「約束ですよ!」

「信じてます!」

「待ってます!」
全員が席を立ち上がっていた。

「主は魔物達に本当に好かれてますね」
ゴンがしみじみと言った。

「ほんとにそうですの」
エルも後押しする。

ソバルが手を挙げた。
「島野様‼本日は送別会を行いましょう!国を挙げて盛大に行いますぞ!」

「兄弟!良いアイデアだ!」

「早速準備をしなければ!」

「今直ぐ行おう‼」
俺達を置いて首領陣は部屋を飛び出していった。
そんな中、ひとりクモマルは何かを決心した眼をしていたのを俺は見逃さなかった。
それにしてもなんとも慌ただしい。

「なんだかな・・・」
俺の呟きにノンが答えた。

「しょうがないよ主、気持ちは分かるよ、僕は」
ノンが呟く。

「そうだよ、気持ちをありがたく受け取っておこうよ」
ギルが追随する。

「そうだな、でもとんでも無い事になりそうだな・・・」

「これは付き合うしかありませんね」
ゴンは大人の意見を述べている。

「はあ・・・やれやれだな」
皆な笑っていた。



案の定お祭り騒ぎとなっていた。
想像をはるかに超えるどんちゃん騒ぎとなっている。
全ての魔物が集まり、街の至る所で飲み食いを始めていた。
仰天するほどの大騒ぎだ。
ルイベントからの渡航者達にも飲食物が振るわれている。
彼らは巻き込まれているのだが、表情は楽しげだ。
お祭り騒ぎを楽しんでいるみたいだ。

広場で俺達島野一家は魔物達に囲まれて、一歩も動くことができなかった。
完全に魔物達に囲まれていた。
逃げ場は一切ない。
地面に座り込み、魔物達に強引にジョッキを渡されて、並々とアルコールが注がれていく。
ペースも減ったくれも、あったもんじゃない。
次々に魔物達が我先にとアルコールを持って向かってくる。

これは危険だ。
俺の中のアラームが点滅した。
肝臓が破壊されるのが目に見えている。
このペースでは一時間と持たないだろう。
どうやって躱そうか?
そうだ!この手しかない。
俺は閃いていた。
これは無慈悲だがやるしかない。
俺の肝臓の為に働いてくれ!

「ゴブオクンはいるか!」

「はいはい!ここだべー!」
ゴブオクンが長蛇の列の後方から手を上げた。
意気揚々としている。

「こっちに来てくれ!」

「島野様、今行くだべー!」
ゴブオクンは民衆を掻き分けてこちらに向かってきた。
やる気満々だ。

「島野様!飲んでくれだべ!」
ゴブオクンは既にいっぱいのジョッキにビールを注ごうとしていた。

「待て!」
俺はビールを一口舐めた。

「もっと飲んでくれだべー!オラの酌は飲めないだべか?」

「無理だ」

「そんなー」

「じゃあお前が俺の代わりに飲んでくれよ」
待ってましたとばかりにゴブオクンの眼が光る。

「いいだべか?」
釣れた!
しめしめだ・・・

「よし!ここからは俺の代わりにゴブオクンが飲んでくれるぞ!俺への酌と思ってくれ!いいな!お前達‼」
少々不満げな者達も一部いたが、俺には逆らう気はないみたいだ。
ゴブコに至っては俺の体調の心配をしてくれているみたいだ。
心配そうな視線を俺に向けている。
ありがとうな。
魔物達は次々に俺達に挨拶を行い。
ゴブオクンのジョッキにビールを注いでいた。

ここで大事な事は俺達に挨拶を行うということだ。
こいつらはそれをしたいだけなのだ。
だが宴会となれば、お酌をしないといけないと考えてしまう。
決してそんな必要はないのだが・・・

調子に乗ってゴブオクンがガバガバとビールを飲んでいる。
これで当分の間は凌げるぞ。
という俺の期待は、ものの三十分もせずに打ち砕かれてしまった。
酔いつぶれたゴブオクンは酩酊状態で、もはや半失神状態になっていた。
身体をピクピク振わせている。
最後までこいつは俺の期待を超えることは出来なかったな。
でも憎めない奴だ。
沢山話笑わせて貰ったよ。
よく考えてみたら、ゴブオクンは始めてこの北半球で出会った人物だからな。
いい出会いだったよ。
ありがとうな。

さて、新たな壁が必要だな。
こいつらを巻き込むしかないだろう。
ここで最大の壁を用意しよう。

「首領陣、集合だ!」

「「「は‼」」」
続々と首領陣が集まってきた。
群衆を掻き分けて集ってくる。

「お前達分かってるな!」
俺は意味深な視線を送った。
全員がそれを察していた。

「任せてください!」

「承知!」

「お任せあれ!」

「お助け致します!」
首領陣もテンションが上がっている。
マーヤまでやる気だ。
こいつは飲ませて大丈夫なのか?
見た目が少女だから判断に迷う。
まあいいだろう。
これでも女王だからな。

実は酒豪なクモマルに期待だ。
こいつはゴンガスの親父さんに張り合えるんじゃないか?というぐらい飲める。
一度一緒に飲んだ時には驚かされた。
高アルコールのとうもろこし酒をグビグビと飲んでいた。
俺にこの真似は出来ない。
正直感心した。

横を見ると既にゴンとエルが顔を真っ赤に染めていた。
魔物の応酬を躱しきれなかったみたいだ。
ノンは乗らりくらりと躱している。
ノンはコツを掴んだみたいだ。
こいつも手慣れたものだな、上手く対応している。
ギルはリザオに諭されてアルコールは控えていた。
本人は飲みたいみたいだが。
ギルは実はワインを飲めるようになっていた。
でもまだまだお子様のギルは直ぐに酔ってしまうのだ。
それを分かっているリザオがギルをガードしていた。
そのガードは鉄壁だ、主の無様な姿を決して見せてはいけないと決意を感じるぐらいだ。

それにしてもリザオはギルに従順だ。
もしギルが腹を切れと言ったら本当に切ってしまうぐらい、ギルに陶酔している。
それぐらいリザードマンにとっては、ドラゴンが信仰の対象になっているということみたいだ。
リザードマン達は必要以上にギルを構いたがっていた。
現に旅に同行すると、こちらの言い分に聞き耳を持っていなかった。
正直言って足手まといになるのだが、そんなことは全く耳に入っていない。
リザオ含め五名のリザードマンが勝手に旅に同行することになっていた。
俺は認めていないのだが・・・

面倒臭いのでリザードマンのことはギルに一任することにした。
ギルは何かとギルを構おうとするリザードマン達に辟易しているみたいだが、俺は関与することはせず、ギルに対応させることにした。
ギルからは反発はあったが、これは種族的な事案と捉えた俺は、取り合わないことにした。
リザードマンをどうするかはギルが決めればいい。
俺は巻き込まれなくはないというのが本音だったのだが・・・
間違ってもそれは口にはしないことにした。

その後もお酌攻撃は手を緩めてはくれなかった。
次々と壁役の首領陣が酩酊させられていた。
バッタバッタと倒れていく。

だが最後の砦のクモマルは未だ健在。
どっしりと構えて、グビグビと飲んでいる。
これは頼もしい。
クモマルの快進撃は続く。
この体のどこにこれだけのビールが入るのだろうか?
既に一樽以上は飲んでいる。
するとクモマルが突如宣言した。

「誰か、これぐらいでは私は倒れませんよ!いっそのこと樽ごと持ってきてください‼」
この発言にどよめきが走った。
俺も心配になってしまった。
やり過ぎじゃないか?
クモマル大丈夫なのか?

「クモマル殿、本当に宜しいので?」

「なんと豪胆な!」

「アラクネの首領は一味違うな!」
賛辞が続く。
クモマルが俺に向き直った。

「島野様、あと一樽飲み切ったら、私も旅に同行させて頂けませんでしょうか?」
その眼は決心した眼をしていた。
俺はこれを受け止めなければならない。
だから敢えて言う。

「はあ?お前何言ってんだ?」

「アラクネに進化してからというもの、この国の立ち上げに尽力し、もはや当初の目標は達成致しました。だからこそ私は世界を知りたいのです。新しい景色を見たいのです!よろしくお願いします‼」
クモマルは深く頭を下げていた。
そうか、世界を知りたいか・・・
クモマルはずっとモエラの大森林から出ることが出来ず、寂しい思いをしてきたからな。
アラクネに進化してから言葉を得て、やっと魔物達の仲間入りができた。
そりゃあ知りたいし、観たいよな世界を。
サウナ島に行った時にはこいつは涙を流していたからな。
それは清々しい涙だった。
サウナ島を知ったからこそ、そう思うんだろう。
それにこいつの実力は折紙付きだ。
きっと役に立ってくれるだろう。

でも本当は『シマーノ』を守護する者として残って欲しかったのだが・・・
でもソバル達オーガがいるし、クロマルやシロマル達もいる。
大丈夫だな。
叶えてやろうか、その想い。
俺は心を決めた。

「分かった、一滴残らず飲むんだぞ!そうしたら連れていってやる‼」

「は!お任せください!」
クモマルは樽ごと受け取ると、一気に煽る様に飲みだした。
外野がざわつく。

「クモマル様!ファイト!」

「一気に行け!」

「飲める!飲めるぞ‼」
応援が始まった。
そしてチャントが始まる。

「クッモマル‼」

「クッモマル‼」

「クッモマル‼」
大歓声だ。
それに応えクモマルが更に加速する。
そして遂にクモマルが空になった樽を空に掲げた。
どよめきが響き渡る。

「おおー‼」

「やったぞ‼」

「クモマル殿‼」
と大騒ぎだ。
やりやがったな、クモマル。
いいだろう、連れて行ってやるよ。
まあ飲めなくても連れていってやろうと思ってたけどね。
俺はクモマルの健闘を讃えようとクモマルの肩に手をおいた。
するとクモマルは崩れ落ちる様に倒れ込んでしまった。
急性アルコール中毒か?
あれまあ。
こんな無理をしなくとも、連れて行ってやったのに。
やれやれだ。

その後、ゆっくりなペースを取り戻した送別会は、楽しい宴会へと様変わりしていた。
皆で和気あいあいと飲み食いを楽しんだ。
ほとんどの魔物達が俺達に感謝を述べ、旅路の安全を祈ってくれていた。
その祈りに神気が発生していたぐらいだ。
祈りって凄いね。

寂しがる者が後を絶たなかった。
泣き出す者も多い。
子供達から感謝の似顔絵を貰った時には、俺以外の一家全員が涙をこぼしていた。
記念に持っていってくれといろいろな物を貰った。
中には使い道に困る物もあったが、俺は笑顔で受け取った。
そしてオークから驚く事に、魔水晶と呼ばれる水晶を貰った。
これは何なのだろう?
くれたオーク自身も何なのか分かっていなかった。
だが、これは何か俺のセンサーに引っ掛かる物だった。
今度じっくりと検証してみたい。

にしても、始めからこうしてくれよな。
楽しい宴会が出来るじゃないか。
壁役の者達に申し訳が立たない。
まあ好きに飲んで酩酊になっていることが楽しいならそれでいいのだが。



ゴブオクンと首領陣は各自のロッジに運び込まれていた。
お疲れさんだな。
よくやってくれたぞ。
クモマルは大事を取って、俺の横で鼾をかいて寝ている。
身体が冷えたらまずいサインだ。
急性アルコール中毒を舐めてはいけない。
その時は遠慮なく世界樹の葉の出番だ。
明日には毒消しを壁役になった者達に与えてやらなければいけないな。

それにしてもクモマルは頑張ったな。
鬼気迫るものがあった。
クモマルにしてみれば、それだけ真剣になることだったのだろう。
その気持ちは分かる。
でも飲まなくてもよかったのに・・・
まぁこいつの気合の表れと受け取っておこう。
ああ、俺も少し寂しくなってきたな。
遂にこの国ともお別れなんだ・・・
いつでも転移出来るからいいか?
ここまで魔物達に思い入れが募るとは・・・
想ってもみなかったな。
ありがとうな・・・
お前達。
最高に楽しかったよ‼
目覚めてから旅路の準備を行った。
とは言っても対してすることは無い。
一家を引き連れて広場に出てみると、いつもの風景にそぐわない者達がいた。
首領陣とゴブオクンである。
それに旅支度の済んだクモマルとリザードマン一行だ。
俺達を待っていたみたいだ。
何とも甲斐甲斐しい。

首領陣に関しては、前にゴブオクンに毒消しの丸薬をあげたことがあったから、それを求めてのことなんだろう。
クモマル以外の首領陣全員がゾンビの様な表情をしていた。
それを見て俺はわざと大声で挨拶をした。

「おはようさん‼」
全員が顔を顰めている。

「島野様・・・頭痛が・・・」

「うう・・・」

「おはよう・・・ございます」

「気持悪い・・・」
ほとんどの者が頭を抱えていた。
ちょっとやりすぎたか?
まだ酒が残っているのかオクボスはフラフラしていた。
何とか自分を保とうと必死であった。

「お前達、毒消しの丸薬が欲しいんだろ?」

「頂けますでしょうか?」
ソバルがすまなさそうにしていた。

「しょうがないな」
俺は『収納』から毒消しの丸薬を取り出して手渡した。
全員が助かったという表情を浮かべて丸薬を飲んでいた。
一時間もすれば楽になるだろう。
プルゴブが前に出てきた。

「島野様・・・遂に行かれるのですね・・・」
その表情は寂しげだ。
思わず後ろ髪を引かれそうになる。

「ああ、世界の平和の為にも、行かなければいけないからな」

「そうですか・・・無事のご帰還をお待ち申し上げております」
プルゴブが深くお辞儀をしていた。
それに倣って他の首領陣もお辞儀をする。
そうこうしていると魔物達が集まってきた。
どうやら送り出してくれるみたいだ。
魔物達は様々な表情を浮かべていた。
魔物達から声が掛かる。

「島野様!お待ちしております!」

「無事な旅をお過ごしください!」

「早く帰ってきてくださいね!」

「待ってますからね!」
どうやら気持ちよく送り出してくれるみたいだ。
俺は宣言した。

「お前達、絶対に帰ってくるからな‼」
この俺の宣言に『シマーノ』が沸いた。

「絶対ですよ!」

「お土産期待してます!」

「今日にでも帰ってきて!」
驚くほどに盛り上がっている。
全ての魔物達が俺達の旅路の安全と幸運を祈ってくれていた。
神気が舞い、黄金に煌めく空間になっている。
なんて幸せな時間なんだ。
俺はこんなにも愛されていたんだ。
この光景を俺は一生忘れないだろう。
さて、そろそろいこうか。

「じゃあお前達‼またな‼」

フュン!

俺達は新たな旅路へと進むのだった。

俺の転移に寄ってまずはルイベント国内へと移動した。
場所はルイベントの中心街。
様々な商店が立ち並び、宿屋も豊富にある。
屋台からは食欲をそそる、香ばしい匂いが立ち昇っている。
この屋台はシマーノの魔物達が経営を行っている。
その種類は様々だが、特にたこ焼きが人気があるみたいだ。
長蛇の列が出来上がっているところもある。
売上は順調、今ではその調理技術を学ぼうと、人族が弟子入りしているぐらいだ。
両国の交流は深化している。
今後更に交流は深い物となっていくだろう。

これから目指す方角は北。
まずはベルル山脈に向かうことになる。
歩き出すと、ダイコクさんが待ち構えていた。
どうやら送り出してくれるみたいだ。

「島野はん、遂に行くやな」
笑顔でダイコクさんが迎えてくれた。

「はい、行かせて貰います」

「さようか、ほなこれを持ってってくれるか?」
ダイコクさんから選別の品であろう品物を渡された。
形状からして、通信用の魔道具であろうか?

「これは通信用の魔道具ですか?」

「いや、ちとちゃうで、通信用の神具や」

「神具?」

「そや、儂の通信の能力が付与されてるんや、これなら南半球でも行かん限り、通信可能やで、どや便利やろ?」
それで神具ということね。
ということは転移扉とかも神具ということになるな。
通信の能力か・・・この神具を使用する時に能力をぱくれそうだな。
でも念話の延長線だよな。
今の直ぐにでも開発出来そうだけどな。
この神具はパクらせて貰おう。
神様ズに配ってあげよう。
便利になると喜ばれるに決まっている。

「なるほど」
それにしてもどうして?
そうか、ダイコクさんにとっても神気減少問題は深刻な問題なんだ。
行く末が気になるのだろう。
それに何かあった時には、こちらから駆けつけることが出来るしな。
ここはありがたく受け取っておこう。
もし『シマーノ』になにかあれば、ダイコクさんは真っ先に俺に連絡を取ろうとするはずだ。

「では、遠慮なく頂きますね」

「そうしてくれや、島野はん達なら大丈夫やろうけど、念のためドラゴンを祭る村に付いたら、交信してくれるか?これでも心配しとるんやで」

「分かりました」
心配か・・・よく言うよ。
どうせ社交辞令だろう。
まあ悪い気はしないけどさ。

「ほんまはボンも来たかったんやけどな、執務が多忙でこれんかったんや、堪忍やで」

「そうですか、スターシップ殿下によろしくお伝えください」

「任しとき」

「じゃあ行きますね、どうせしょっちゅう帰ってきますので」

「さようか、ほな気い付けてな」

「ではまた」
俺は頷くと『転移』の能力を発動した。

ヒュン!

ルイベントの北門の外側に移動した。

「じゃあ移動を開始するぞ」

「「「了解!」」」

「「「は!」」」
俺は瞬間移動を開始した。

一時間後。

リザオから、
「ちょっと休ませて下さい」
と言われてしまった。

転移酔いである。
もしリザードマンが人族であったら青い顔色をしていただろうが、リザードマンは元から青色っぽい肌色をしているので顔色は変わっていない。
だが数名のリザードマンは嘔吐していた。
汚ないなあ・・・
しょうがないか。
だから俺は同行を許さなかったのにな。
正直足手まといだ。
はあ、やれやれだ。

その後一時間進んでは三十分休憩を繰り替えして進むことになった。
想定よりもペースが遅い。
困ったものだ。
三十分の待ち時間では、ノンとギルが待ちきれないのか狩りを始めていた。
ちゃんと三十分で戻るように釘は刺してある。
ギルについて行こうとしたリザードマンもいたが、案の定再び嘔吐していた。
だから汚いって!

まだまだベルル山脈は遠い。
本来であるならば、今日の夕方にはベルル山脈に到着する予定であった。
ルイベントからベルル山脈までは穏やかな平原地帯と森がある。
今は森に入っており、ここからの瞬間移動は短距離移動となる。
森に入ったからノン達は狩りが出来ると思ったのか?
ノンの鼻に獣の気配がヒットしたのか?
俺は『探索』を行おうとしたが、止めておいた。
あいつらにとっては、もはや狩りは遊びみたいなものだろう。
外っておいて構わない。

転移酔いの薬があるのか、エルフの薬屋に聞いてみようかな?
俺一人でサウナ島に戻ろうかな?
原理としては乗り物酔いみたいなものだろうが、そもそもこの世界では乗り物は馬車ぐらいしかない。
あ!自転車を発明したか。
まあ乗り物酔いの薬はないだろうな。
等と考えていたら。
ノンとギルが帰ってきた。

「パパ、大物が狩れたよ!」
ニコニコしながらギルが報告をする。

「楽勝ー」
ノンはいつも通りのマイペース。

「それで何が狩れたんだ?」

「魔獣化したワイルドパンサーだよ!それも三体も‼」
おお!あの美味だったワイルドパンサーか!
やったな!今日はステーキだな。
にしてもこいつらどれだけ強いんだか。
魔獣化したワイルドパンサーは確実にSランクだ。
それが三体だぞ。
こいつらに狩れない魔獣はもはや無いんだろうな。
島野一家の強さは盤石だな。

「そうか、それはいいな!今日は豪勢な晩飯になりそうだな」

「あの肉美味しかったよねー」
ノンが目をトロンとさせた。
分かるぞ、分かるぞ。

「じゃあとりあえず解体するから、出してくれ」

「了解」
ギルはマジックバックからワイルドパンサーを三体取り出した。
俺はそれを受け取ると『収納』に二体を入れて、一体をサクッと解体した。
これはエンシェントドラゴンへの手土産になるかもな。
さあ、そろそろ先を急ごうか。
その様子をリザードマン達は驚きの眼差しで見つめていた。

「そろそろいいか?」
俺の問いにリザードマン達が頷く。
リザオは申し訳なさそうにしていた。

早速移動を開始した。
何とか日が暮れるまでに森を抜けることが出来た。
今日は転移で『シマーノ』には帰らず、キャンプの予定だ。
俺は『収納』からテントや寝袋、魔道コンロ、バーベキュー道具を取り出し、各自に渡していく。
前以って話しておいたため、手分けして準備は行われていく。
ここぞとばかりにリザードマンがきびきびと動いている。
足を引っ張ってしまった為、ここで取り戻そうと思ったのだろう。
リザオが的確に指示を出していた。
張り切ってるねー。
ここぞとばかりに点数稼ぎを行っているな。

準備は整った。
本日の晩飯はワイルドパンサーのステーキだ。
バーベキューの網を鉄板に変えて準備は万全だ。

「パパ、焼いてくよ」

「任せる」
ギルが鉄板に油を引いて肉を焼きだした。
エルが米を炊き、味噌汁を作っていく。
リザードマン達は料理が出来ない為、食べ専だ。
ギルに作ってもらうことに抵抗があるのか、全員がすまなさそうに下を向いていた。
鉄板焼きのコース料理の要領で調理を進めていくギル。
実に様になっているな。

こんなギルを見てエンシェントドラゴンはどう思うのだろうか?
ギルは何でも上手に熟す万能タイプだ。
俺を参考にしてきたから当然か?
まあ器用貧乏ともいえるな。
何でもそつなく熟すが、突き抜けたものはない。
でも俺はそんなギルが大好きだ。
エンシェントドラゴンに対しても、ギルを立派に育て上げたと胸を張れる。
俺にとっては誇れる息子だ。
何処に出しても通用するはずだ。

そんなことを考えていたら、俺の皿にステーキが盛られていた、ちゃんとガーリックチップも添えられている。
ステーキを見ると焼き加減が絶妙だった。
早速口にする。
やっぱりワイルドパンサーは旨い!
口の中で肉が解けていく。
リザードマン達もがっつくように食べていた。
それをニンマリとギルが眺めていた。
してやったりといったところか?
このドヤ顔まで俺を真似ているな。

食事を終え、俺は一人まったりとワインを嗜んでいた。
キャンプにはワインも悪くない。
そこにギルが混じってきた。

「パパ、今日の晩御飯はどうだった?」

「美味しかったよ、ギルはまた腕を上げたな」

「やった!エンシェントドラゴンも食べてくれるかな?」

「ああ、こんな旨いステーキ食べないなんてあり得ないだろう」

「だね」

「ギルも飲むか?」
ギルは周りを見渡した。
リザードマン達が止めに入らないか気になるようだ。

「じゃあ貰うよ」
俺はギルにワインを注いだ。

「じゃあ乾杯だな」
俺達はグラスを重ねた。
ギルと差しで飲むのは始めてだ。
ちょっと嬉しいな。
何だろうこの気分。
擽ったいような、照れるような・・・

「パパ、ドラゴンを祭る村にエリスは居るかな?」
ギルはいきなり直球を投げてきた。

「どうだろうな・・・まぁ居なくてもヒントぐらいはあるんじゃないか?」
俺はそんな気がしている。

「そうだね、エンシェントドラゴンってどんなドラゴンなんだろうね?」

「こればっかりは会ってみないとな」

「だよね・・・」

「どうであれ、ギルにとってはある意味、ドラゴンのルーツを探る村になるだろうな」
ギルは徐に一点を見つめていた。

「だね、結局のところドラゴンって何なんだろうね?」

「俺には分からんな、平和の象徴とか語られてるみたいだが、そんなことは気にする必要はないだろう。ドラゴンであれ、人族であれ、魔物であれ、結局は同じだと俺は思うぞ。要は心の有り様じゃないかと俺は思うんだ」

「うん」
ギルは頷く。

「心が何を求めて、何をしたいのか?そしてその心は健全であるのか、そうでないのか?本当の正解なんて俺には分からない。でも俺の基準は実は単純で、俺の周りにいる者達が楽しいのか?嬉しいのか?幸せを感じることが出来るのか?それぐらいでしかないんだよ」

「そうなんだね、僕は幸せだし、楽しいよ。パパ」
嬉しい事をいってくれるじゃないか。

「それはよかった」

「パパはどうなの?」

「俺か?最高に楽しいさ」

「エへへ」
ギルは眩し過ぎる笑顔をしていた。
こうして楽しい夜は更けていった。
親子の語らいは至福の時間だった。



朝食を終え、今後について検討することになった。

「俺の転移だと休憩を挟むぶん、返って遅くなってないか?」

「そうかも、僕とエル姉が飛んだ方が早いかも」
ギルの冷静な一言だ。

「これだけの人数を乗せれるか?」

「どうだろう、背中で動かれるとちょっと無理かも」
俺は閃いた。

「そうだ、荷台を造って、そこに乗せたらどうだ?」

「良いかも?」

「よしちょっと待ってろよ」
俺は適当に森の木を伐採し、荷台を造っていく。
これならリザードマン達を乗せることができそうだ。

「どうだ!これならギルの後ろ脚で掴んでいけるだろ」

「なんとかなりそうだね」
エルの背にはゴンが跨り。
ギルの背にはノンとクモマルが乗り、リザードマン達は荷台に乗せて運ぶことにした。
リザードマン達は一瞬不満気な表情をしたが、自分達が遅れの原因であることを思いだし、表情を改めた。
俺は並走する形で飛んで行くことにした。
疲れたらエルにゴンと二ケツだな。

リザードマン達は、
「ウヒョー!」

「飛んでる!」

「下を見ちゃ駄目だ、下を見ちゃ駄目だ」
と騒いでいた。
残念ながらリザオは失神していた。

飛ぶこと一時間。
ようやくベルル山脈の麓にやってきた。
少々肌寒い。
『収納』からジャケットを取り出して羽織る。
ノンとゴン、クモマルにも上着を渡した。
リザードマン達は外っておいた。

実際、目を覚ましたリザオは。
「寒さには強いんです」
どや顔で話していた。
なぜどや顔?
こんなことで点数は稼げませんよ。
ベルル山脈は連山であり、所々に雪を被っていた。
山頂はもっと寒いかもしれない。

こんなこともあろうかと、俺の『収納』にはスキーウェアーが入っている。
俺のしか無いけど・・・
まあ結界を張れば寒さは凌げるから、要らないんだけどね。
お遊び用にスノーボードも入っている。
下山には使えるかもしれないしね。

空の移動を再開した。
一気に山頂を目指すことにする。
ギルは気合が入っており、グングンと飛ばしている。
その為、リザードマン達は漏れなく失神状態になっていた。

ノンからは、
「主、寒いから結界張ってよ」
おねだりされてしまった。

俺は結界を張り、ノンは呑気にギルの背中で昼寝を始めていた。

クモマルは終始興奮気味で、
「島野様、絶景です!感動です!」
感極まっていた。

クモマルよ、世界は広いぞ。
もっといろんな景色を楽しんでくれ。

山頂に着くと、昼飯を取ることにした。
ギルのブレスで雪を溶かして、座れるようにする。
朝食時に用意しておいたおにぎりを皆に配っていく。
山頂で食べる食事はおにぎりでしょう!
それも昨日のワイルドパンサーの肉の残りが具に入っていたりする。
肉にはニンニクチップと塩胡椒で味付けされている。
なんてワイルドなおにぎりなんだろう。
ステーキおにぎり、素晴らしい!
俺が造ったから自画自賛なんだが。

でも反響は良く、
「島野様!最高に旨いです!」

「主、これせこいですの」

「パパ、これは反則だよ」
高評価を得たのだった。
それにしても景色が壮観だ。
山頂からの眺めは圧巻だった。
連なる山々に、広がる平原。
世界の果てまでも見て取れる、そんな景観だった。
そんな景色を眺めて食べるステーキおにぎりは最高に旨かった。

昼食を終えて、旅は再会された。
飛行形態での移動は続く。
早くドラゴンを祭る村に着きたいのだろう。
何時になくギルがやる気満々だ。
この調子ならば、明日には辿り着けるだろう。
俺と準備を怠らなかったゴンとエルは、下山の要所でスノーボードで遊んでいた。
それをノンがズルいと騒いでいたが、準備をしてこなかったノンが悪い。
我物顔で楽しんでやった。
準備は大事なのだよ、ノン君。
準備八割というではないか。
クモマルは何故だか関心していた。
そして翌日。
俺達はドラゴンを祭る村に辿り着いたのだった。

その村はとても原始的な雰囲気だった。
村を囲う柵等は一切なく。
他者の侵入等お構いなしといった体だった。
長閑な田舎の村であった。
そして俺達の到着を知っていたかの如く。
リザードマン達からの歓迎を受けることになった。
入口で綺麗に二列に整列しており、全員が頭を下げていた。
なんで知っていたんだ?
もしかして・・・

首領であろう一人のリザードマンが、列の先頭に控えており。
「島野様御一行ですね、お待ち申し上げておりました」
声を掛けてきた。

後で聞いたのだが、この首領が唯一の名前持ちだった。
名前はアリザ、流暢に話が出来るのはこいつだけだった。
アリザは屈強な戦士風の出で立ちで、リザオよりも一回り大きい体躯をしていた。
外のリザードマン達よりも明らかに大きかった。

俺はギルと顔を見合わせた。
歓待を受けたことに、ギルは驚きで目を大きくさせている。
エルとゴンも同様だった。
ノンだけがマイペースにヘラヘラしている。

「そうか、それでエンシェントドラゴン様はいるのか?」

「はい、奥でお待ちしております。お連れするように承っております」

「分かった」
俺達は誘われるが儘に、付いて行くことになった。
村を眺めると、住処はとてもじゃないが家とは呼べない物だった。
掘っ立て小屋というよりは木造のテントだった。
全く文化的な要素を感じない。
畑は見受けられるが、サウナ島にあるような立派なものでは無く、貧相な畑だった。
こう言っては何だが、少々臭いし汚い。
トイレらしき物は見受けられたが、あれは肥溜めだな。
ゴンに後で浄化魔法をして貰おう。
この匂いに俺は耐えられそうもない。
これまで見てきた中でも断トツに文化的な要素の欠片も無い村だった。
まるで昔小学生の時に習った、縄文時代のような有様だった。
どこかに古墳でもありそうだ。

進んで行くと、村の奥には大きな広場があり、エンシェントドラゴンから歓待を受けることになった。

デカい!ひたすらデカい!
今ではギルも獣スタイルでは大概デカいが、それを遥かに超えている。
ギルの三倍近くはありそうだ。
俺達は漏れなく見上げることになっていた。
全員唖然としている。

「思いの外遅かったのう」
これがエンシェントドラゴンの第一声だった。
腹に響くとても低い声だった。
その声だけでも威厳を感じる。

「どうも始めまして。俺は島野ですって、どうやら俺達のことを知っているみたいですね?」
だからあの歓待だったんだろ?

「ああ、見させて貰っておったぞ。そしてギルよ、儂はこの日を待ち詫びておったぞ」
エンシェントドラゴンは優しい眼差しでギルを見つめている。

「うん」
ギルは羨望の眼差しでエンシェントドラゴンを見上げていた。

「ほれ、ギルよ、もっと近くに来るのじゃ。もっと近くでその姿を見せておくれ」
ギルは頷くと、エンシェントドラゴンに近寄っていった。
するとエンシェントドラゴンが突如人化した。

俺はド肝を抜かれそうになった。
その姿は創造神様にそっくりだったのだ。
流石のノンも驚いているみたいだ、珍しいこともあるものだ。
ゴンとエルも同様に驚いている。
ギルは創造神様を知らないが、お地蔵さんを知っている。
見た目がそっくりなことに驚くかと思ったが、今はそれよりもエンシェントドラゴンの呼びかけに心を持ってかれているみたいだ。
エンシェントドラゴンは近寄ってきたギルを抱きしめていた。
そして頭を撫でている。

「ギルよ、儂はこの時を待っておったぞ」
エンシェントドラゴンはしみじみと言った。
まるで好々爺の様に穏やかな顔をしていた。
久しぶりに会う孫を抱擁しているみたいだ。
ギルは静かに泣いていた。
肩を震わせながら、声も挙げずに。
俺は居ても経っても居られなくなり、俺も側に寄って思わずギルの肩に手を置いていた。
エンシェントドラゴンと目を合わせて、不思議な一体感を感じていた。
とても幸せな時間だった。

エンシェントドラゴンは慈悲深い眼をしていた。
俺はやっとギルに肉親を会わせることが出来た。
思わず胸が熱くなった。
抱かれるギルの幸せそうな笑顔に、俺は達成感すら感じていた。
ここに俺の目標が一つ達成されたのであった。



喜びの余韻を感じつつも、まずは話を重ねなければならない。
聞きたいことが山ほどある。
それはギルも同じことだろう。
俺達は勧められるが儘に、地面に座ることにした。
直に地面に座ることに一瞬躊躇いを感じたが、無視することにした。
エンシェントドラゴンが真っすぐに俺を見る。

「守よ、ギルが生れてから儂はずっと見させて貰っておった。ギルをここまで育ててくれてありがとう、まずは礼を言わせて欲しい」
エンシェントドラゴンは躊躇うことなく俺に頭を下げた。
その様にリザードマン達がどよめく。

「俺は自分に出来ることをしたまでです、頭を上げてください」
エンシェントドラゴンは俺の言葉に頷いていた。

「そうか・・・ギルよ、立派になったのう」
優しい眼でギルを見つめている。

「うん」
ギルは照れているようだ。
でもギルは同時に胸を張っていた。
ここまで大きくなったんだよと言いた気に。

「エンシェントドラゴン様、聞きたい事が山ほどあります」
頷くとエンシェントドラゴンは威厳のある声で言った。

「守よ、儂に様は要らぬよ、儂にはゼノンという名がある、これは創造神様から与えられた誉れ高き名じゃ、儂の事はゼノンと読んでくれ、決してさんとかは付けるなよ。特にお主はな」
特に俺はとはどういう事だ?

「それはどういうことですか?」
単刀直入に聞いてみた。

「守よ、儂は創造神様から聞いておるのだよ、お主は創造神様の後任候補なんじゃろ?」
この発言に周りがどよめいた。
クモマルは眼をひん剥いている。
リザオはワナワナしていた。
ちょっとした挙動不審者だ。
その他のリザードマンは絶句していた。
島野一家は当たり前と頷いている。
というよりどや顔をしていた。
そんな外野をお構いなしにゼノンは話しを続ける。

「それは云わば儂の未来の相棒ということになるのじゃよ、そんな相手に遠慮はいらぬし、傅く必要は無かろうて。違うか?それにギルや、儂の事はジイジと読んでおくれ」

「うん」
それは創造神様とゼノンが相棒と呼べる間柄ということになる。
まぁそうなるか、エンシェントドラゴンには世界を滅ぼす力があるとダイコクさんは語っていた。
それはエンシェントドラゴンを造った創造神様が、何かしらの意図があってその様な存在を造ったということに他ならない。
創造と破壊。
相反する様で両立する現象。
破壊があって、想像があるともいえるし、想像があって破壊があるともいえる。
相棒とはそういった側面を含んでいるのだろう。
そうなれば、決して傅く相手ではない。
謙遜は要らないということになる。
まぁ敬う気持ちは捨てようが無いのだが、親近感から俺はゼノンと呼ばせて貰うことにするよ。
ゼノンがそう望んでいるのだから。

「分かったよ、ゼノン。聞きたいことが山ほどある、まずはドラゴンのエリスについて教えて欲しい」
なによりまずはこれが聞きたい。
ギルの表情が変わった。
緊張感が滲み出ている。
ウンウンと頷くゼノン。

「エリスじゃな、ちゃんと生きておるよ。安心せい。この村には今はおらんが、エリスは天空の街エアーロックで休養しておるよ」
天空の街エアーロック?
それって・・・空に街が浮かんでるってことなのか?
ファンタジー来ちゃったよ。
なんで街が空に浮かぶんだ?
今はいいか・・・
でも空なら俺とギルは何時でも行けそうだ。
エリスに会えるのもあと僅かか?

「ジイジ、天空の街って、空に浮かぶ街ってことなの?」
ギルはあっさりとジイジ呼ばわりすることを受け入れていた。
となると、五郎さんが父方の爺さんで、ゼノンが母方の爺さんということか?
どうでもいいか。

「そうじゃ、後で行き方を教えてやろう」

「うん!」
よかった、これでエリスに会うことができる。
やっとだ、遂にここまで来れた。
ギルは俺の方を見ると親指を立てていた。
俺は笑顔で返す。

「エリスは健在なんだな、それは良かった。それと俺達を見ていたということだけど、どういうことなんだ?」
これは何となく答えは分かっているが敢えて聞いてみた。

「それはな、儂には千里眼と地獄耳という能力があるのじゃ、千里眼とはその名の通り、千里先までも見通す能力なんじゃ、そして地獄耳も遠くの音を聞く事が出来る能力なんじゃ、それに儂はドラゴンの存在を感じることが出来るのじゃ、儂はギルが誕生したことを感じ取り、お主達を時々千里眼で見ておったのじゃ、ほんとは四六時中見たかったんじゃが神気が薄いからのう、困ったものじゃ・・・」
はやりか、そういう能力を持っていると思ったよ。
にしても、ここでも神気減少問題が浮上していきたか。
ほんと根強い問題だな。
いい加減どうにかしたい。
それについても尋ねなければならない。

「その神気減少問題なんだが、心当たりはあるのか?」
ゼノンは眼を瞑り、上を向ていた。
これは心当たりありだな。
さて、話してくれるかな?

「そうなるはのう、これは心苦しいのじゃが、儂からは話せんのじゃ、実は上級神は全員が原因を知ってはおるのじゃ、しかしな、創造神様から手出し無用とのきついお達しがあってのう、儂からは話せんのじゃ」
やはりそうか。
千里眼と地獄耳を持っているのなら、世界中の情報が集められる。
百年前の戦争についても、その黒幕が誰かを知っているに違いない。
世界に平和をもたらす存在のドラゴンが、その動向を追わない訳がない。
きっと全ての背後関係すらも手中に収めているだろう。
千里眼と地獄耳はそれほどまでに優秀な能力と考えられる。
俺も習得すべきなんだろうな。

あとで大いにパクらせて貰うとしよう。
でも創造神様からのお達しにより、動けないどころか、手を出す事すら封じられているということか。
その表情からも歯がゆさが読み取れる。
それにしても何で創造神様は上級神達を止めているのだろうか?
その意図が俺には読み取れない。
見守るという神の大原則に忠実であるということなんだろうか?
あの爺さんに限ってそんな理由とは思いづらいのだが。
何か深い理由がありそうだ。

「ということは、ゼノンは上級神なんだな?」

「そうじゃ、儂も上級神の一柱であるのじゃ、何だ?アースラ達から聞いてはおらなんだのか?」
聞いてませんよそんなこと、そもそもあなたの事すら聞いておりませんよ。
そうか千里眼も地獄耳も時々しか使えないから、現状を細かくは分かって無いということか。
俺達のことをどこまで知っているのだろうか?

「聞いてないね、まぁ俺もそんな質問をしなかったしね・・・」

「そうか」

「それにしても創造神様に似てるな、それは相棒だからか?」

「いや、ふざけてみただけじゃ」
と言うと、ゼノンは変身した。
その姿はまるで違っていた。
背筋がピン伸びた老齢の紳士だった。
バトラー風の衣装を纏っており、風格が滲み出ていた。
口髭がとても似合っている。
所謂いけオジである。
はあ?何だそれ?

「ウケるかと思ってのう?どうじゃウケたか?」

「ウケねえよ!」
俺は全力で突っ込んでいた。
なんだこの爺い、ズレてやがる。
やばい、癖者だ。
ギルも呆気に取られていた。
空いた口が塞がっていない。
ノンは一人ゲラゲラと笑っていた。

「ゼノンの爺ちゃんオモロ!」
腹を抱えて笑っている。
ゴンもエルも呆気に取られていた。
俺はちょっとムカついてきた。
この爺い、どうしてやろうか?
駄目だ、笑いの趣味が噛み合わなすぎる。
初対面の者にする悪戯じゃないでしょうが。
ノンだけウケたのはよく分からんが。
ノンの反応を見てゼノンは喜んでいる。
何で神様はまともな者が居ないのだろうか?
俺もまともじゃないんだろうけどさ。

「ゼノン・・・面白くねえよ」

「そうだよ、ジイジ。やり過ぎだって!」
ギルも面白く無かったみたいだ。

「そうかすまんすまん、上級神の間では鉄板のネタなんじゃがな」
確かに物真似は鉄板のお笑いネタではあるが、状況を考えてみてくれよ。
どうせ創造神様のいないところで、物真似してウケてたんだろうね。
学校の放課時間に担任の先生の物真似をしてウケてた同級生がいたな。
あいつは人気者だったな。
元気にしてるだろうか?
今はどうでもいいか。

「ゼノン、話を進めていいか?」

「そうじゃな、すまんのう」

「ゼノンは神力が足りてないということなのか?」
これまでの話を総称するそうなるが。

「慢性的に足りておらんのじゃ、幸いリザードマン達が祈りを捧げてくれておるから、尽きることはないのじゃがな」

「なるほど、俺の神力を分けようか?」

「そうじゃな、分けてくれるか?」

「ああ、いいぞ」
俺はゼノンの肩に手を置いて『神力贈呈』を発動した。
俺の中からゼノンに神力が送られる。

「おお‼おおお‼これは‼」
ゼノンは興奮していた。

「守よ!やはりお主は出鱈目じゃな!これは期待が持てるというものじゃな!ナハハハ‼」
俺から存分に神力を吸って上機嫌になったみたいだ。
肌の色艶すら良くなっている。
少し若返って見えたくらいだ。

「これは気分が良い!百年ぶりに神力に溢れておるぞ!」
どうやらこの百年近くは苦労したみたいだな。

「守よ!儂は力に満ちておるぞ!」
この爺い、調子に乗るなよ?

「じゃあ、お地蔵さんは要らないよな?」

「ああ、此処には不要じゃな」
俺は『収納』から俺の神力の込めてある神石を取り出した。
ゼノンに手渡す。

「念のため一つあげるよ」

「そうか、すまぬな」
ゼノンはニコニコしながら神石を受け取る。

「守よ、お主は慈悲深いのう。慈愛に満ちておる、やはり神の資質ありじゃな!」
よく言うよ、もうこれ以上あげる物はありませんからね。
あ!お土産セットがあったか。
しょうがないな。
『収納』からお土産を取り出し、こちらも手渡した。
ゼノンは野菜を繁々と眺めている。

「これは素晴らしい野菜じゃな」
ウンウンと頷いている。

「なんと、これはワインじゃな?儂は飲むことが大好きなんじゃ、堪らんな!」
やはりな、酒嫌いの神様なんてこれまで知らないしね。
あのデカいプーさんですら生ビールをガバガバ飲んでいるからね。
早速、ワインを飲みだしているゼノン。
おいおい!お構いなしかよ。
もういいや、食事にしよう。

「ギル食事にしようか?」

「そうだね、あれにする?」

「ああ、そうだな」
俺は『収納』からワイルドパンサーを二頭取り出し、サクッと解体を終わらせた。
その様子を眺めていたリザードマン達から歓声が挙がった。
後はギルとエルに任せることにした。
リザオたちが調理のセッティングにあたふたと動き出した。
そして案の定宴会が始まった。

ドラゴンを祭る村は大いに賑わっていた。
俺はこっそりとゴンとクモマルに浄化魔法を村全体に行う様に指示した。
我が意を得たりとゴンとクモマルは食事もほどほどに頑張ってくれた。
大変助かる。
だって、食事中に嫌な臭いはねえ?
ゼノンとリザードマン達は食事と酒を楽しんでくれたみたいだった。
そしてリザードマン達は新たな主君を得たりと、ギルから離れなかった。
それをギルは鬱陶しく感じつつも、少し誇らしげにしていたのだった。
その様にして、ドラゴンを祭る村での初日は更けていった。
時は少し遡る。
世界の悪意が今動き出そうとしていた。
その歩みは計算されつくしていた。
あの凄惨な戦争からはや百年。
頃合いと考えた首謀者一同は、これまでの計画を加速させることにしたのだった。
その計画とはいったい・・・

場所は『新興宗教国家イヤーズ』の王城の一室。
場は静まり返っていた。
ここに『五人の老師』と呼ばれる者達が集まっていた。
重い空気感が覆いかぶさっていて、息もするのがやっとというぐらいである。。
この集まりの全貌は外部には一切明かされていない。
そのメンバーも内容も完全に秘匿されているのだ。
全てはこの場でのみの出来事になる。
完全な密室での会議であった。

老師と呼ばれてはいるものの、その顔を見る限り決して老齢を感じさせる者は一人もいない。
少年の様な姿の者や、まるで女子高生の出で立ちの者、そして不気味なほどに能面の女性もいる。
そして顎髭を蓄えた壮年の男性と、まるで漫画から飛び出してきた様な美男子がいた。
その様相だけでも、全員が癖者であると認識できる。
実際、この姿は仮の姿である者もいるぐらいであった。
それぐらい秘匿性が高いということになる。
仲間内でも真の姿をさらすことはないと考える者もいるということだ。
静まり返った、会場に不意に言葉が告げられる。
それは会議の始まりの合図でもあった。

「あれから百年が経ったな」
髭面の男性が言い放った、声がよく響いている。
バリトンボイスが凛として緊張感を煽っていた。

「そうでありますわね」
今度は女子高生の様な女性が口元を隠しながら話していた。
続いて美男子が口を開く。

「そろそろ次に移ってもいいんじゃないかな?」

「そうだな」

「ですわね」

「だな」
了承を得ていた。

「では、狩りを始めようか!」
少年がニヤケながら叫んだ。
悍ましいほどの笑顔だ。
その笑顔は悪意に満ちていた。
裂けた口元が耳に達しそうなほどに。

「オクトーバー、楽しそうだわね」
能面の女性が表情を一切変えることなく口にする。
その様は返って不気味さを増長させる。

「ジュライ、これが楽しくないなんてあり得ないだろう?だって忌々しい神を狩るんだよ!最高じゃないか‼」
どこか壊れたかの如くオクトーバーは破顔していた。

「それに捉えている神も、もう青色吐息ですわね」
女子高生のなりをした女性が顎を上げて満足気にしている。
それはこの世の全てを我物にしたと言わんかの如く、全ての物を下に見た、高圧感に満ちている表情だった。
傲岸不遜とは正にこのことだった。

「セプテンバーも人が悪いよね」
オクトーバーは更に顔を歪める。
もはや悪意を通り越して恐怖すら感じるほどに。
人格が崩壊しているのが表情からも読み取れるほどだった。

「ジュライ、まさか殺してはないだろうな?」
髭面の男性が片眉を上げていた。
それは命令口調になっている。

「ディッセンバー、大丈夫だって、心配しすぎ!」
ジュライは心外だとディッセンバーを睨んでいる。

「万が一死んでしまったとしても、それはそれで良くなくて?」
あたかも同意を得ようとその表情が優雅に語っていた。
面白く無さそうにディッセンバーが口を開く。

「それは舐め過ぎだジュライ、神気が薄くなっているのは確かだが、まだ我らの動きを察知される訳にはいかんのだ、現にエンシェントドラゴンは千里眼を持っておるのだぞ!舐めるべきではない!」

「でもここまで神気が薄くなったら能力は使えないんじゃないかな?」
美少年がことも無げに言った。

「ノーベンバー、その考えが甘いのだ!」
ディッセンバーは強く主張する。
どうやらディッセンバーは慎重な性格のようだ。
その発言からもそれが良く分かる。

「現に薄くなった神気だが、あのお方に言わせれば、ここ最近盛り返しているとの話だったのだぞ!」
数名が分からないという表情を浮かべた。
意外だと感じている者もいる様だった。

「嘘でしょ!」

「なんで?」

「はぁ?」
そのことに困惑する一同。
それをディッセンバーが手を挙げて制する。

「我らとしても計画を進めねばなるまい、でも障害は取り除きたい。あの御方は慎重だ。ここで計画を踏み外す訳にはいかないのだ、まずは我々としては計画を進めつつ。情報を集めねばなるまいて」
ジュライが徐に話し出した。

「もしかしてそれは・・・最近建国した『シマーノ』が関係しているかもしれないわね・・・」
これは予想の粋を出てはいない発言だった。
ジュライ本人も確信的に話している訳ではない。
それにノーベンバーが喰い付く。

「何それ?そんな話聞いたことが無いんだけど?‼」
その反応を受けて、雄弁にジュライが話し出す。
ジュライは上から目線を崩さない。

「それわね、最近モエラの大森林に魔物の国が建国されたらしいのよ。それも急激にね、私には訳が分からないわ」

「はあ?魔物の国だと?」

「あの知能の低い魔物に国など興せる訳がないだろう?」

「あり得ん!」
鼻白む一同。
その情報は嘘であると断罪する気だ。

「でもね、本当のことらしいのよ。ルイベントでは普通に魔物達が闊歩しているみたいだし、それに人族と変わらないぐらいの知能があったっていう話よ」
驚愕する一同。

「嘘だろ?」

「人族と変わらないって・・・」

「あり得んな」

「情報部の報告だから間違いは無くってよ」
全員が考え込んでいた。
静寂が会場を包んでいる。
ディッセンバーが不意に静寂を打ち破った。

「魔物の国が建国されたことは事実としてだ、それと神気の上昇にどう関係があるというのだ?」

「それは分からないわよ、ただここ最近での北半球での大きな動きとしてはそれぐらいしかなくってよ、外にあって?」

「どうも信憑性が窺わしいな」

「ピンとこないな」
ディッセンバーが追随する。

「まあよい、今は調べるしかないだろう、情報部の者達にその魔物の国を調べさせるんだジュライ」

「もうやってますわよ!」
ジュライはむくれている、そんな指示を与えられたことが心外と言わんばかりに。
それを鼻で笑ったディッセンバーが続ける。

「話を戻そう、計画を進めるぞ、まずはどの神から狙うかだが・・・」

「それならいっそのことエンシェントドラゴンでもいっちゃう?」
オクトーバーは楽し気だ。

「馬鹿を言うな!一歩間違うと世界が滅ぶぞ‼」

「そうよ、私達は世界を手に入れたいのであって、滅ぼしたいのではなくてよ!」
攻められて小さくなるオクトーバー。

「そっか、エヘヘ」

「まあよい、狙うなら下級神からしかなかろう」

「ですわね、そうなると狙い処としては、織物の神か仕掛けの神かってところじゃないかしら?」

「細工の神もいいかもね」
全員がほくそ笑んでいる。
神を狩ることを楽しんでいるようだ。

「まあそのあたりが現実的だろうな、して、神殺しは手配出来ているのか?」

「そこは僕に任せてよ!最高のアサシンを揃えたからさ!」
オクトーバーが前のめりに言う。

「そうかそれは重畳だ」
頷く一同。

「ではまずはその三柱から狙うとしようか」

「賛成!」

「ですわね」

「よろしいかと」

「異議なし!」
こうして会議は合意を得て終了した。

一人残ったジュライは考える。
魔物の国・・・
私も行くべきかしら・・・
これが事実としたら、北半球に大きな動きが訪れるかもしれないわね、と考えを巡らせるのだった。
その考えは正解に等しいのだった。



ゼノンはそれはそれは上機嫌だった。
その表情を見る限りこれ以上の幸せがあるのか?というぐらいだ。
ワイルドパンサーのステーキに舌鼓を打ち。
野菜の炒め物や、ご飯、味噌汁を味わい。
サービスで樽ごと贈呈した日本酒を堪能し、ギルの成長ぶりに目を細めていた。
調理したのはギルだ。
ギルも誇らしげにしている。
ゼノンはまるで好々爺だ。
気が付くとギルを眼で追っており、にこやかにしている。
常に目尻が緩んでいる。

この村に住むリザードマン達も、ギルを甲斐甲斐しく世話を焼こうとしていた。
それをギルはちょっと嫌そうにしている。
それはそうだろう、自分のことは自分で出来るように俺はギルを育ててきたからだ。
ギルも自分の事は自分でやるものだと自覚している。
いきなり家政婦さんが数十名も現れても対処に困るだろう。

そもそもギルは自立心が旺盛だ。
小さい頃から何でも自分でやりたがった。
それは調理だけではなく、家事全般や狩り等を自分でやりたがった。
もっというと、自分の事だけでなく、他人にすらも手を差し伸べるのがギルなのだ。
実際テリー達のことはギルが世話を焼いたといえる。
どちらかといえば、世話を焼きたがる側なのだ。
そんな俺の自慢の息子だ。
それにしても、どうしてこんなにもリザードマン達は、ドラゴンの世話を焼きだがるのだろうか?
その意味が俺には分からない。
俺はその疑問をゼノンにぶつけてみた。

「ゼノン、どうしてリザードマン達はドラゴンの世話を焼きたがるんだ?」

「それはのう、リザードマンは進化すると竜種に到達すると本能的に感じておるんじゃよ」

「進化?」
どういうことだ?

「そうじゃ、魔物は進化するのじゃ、それはお主も知っておろう?」
それは知っている、現に俺は名づけを通じて加護を与えてきたからな。

「ああ、俺が名付けて加護を与えたら進化したからな」

「進化には実は何通りかあってのう」
はい?
どういうこと?
これ以上の進化があるということか?

「ちょっと待った!何通りかあるってどういうことだ?」
ここはちゃんと聞かないといけない気がする。

「そうか、守はまだこの世界に来てまだ数年じゃったな」

「ああ」

「なら教えておこうかのう」
これはちゃんと聞かなくてはならないな。
プルゴブ達魔物は俺の名づけだけで進化した。
それ以外にもまだ進化の余地があるということに他ならない。
より進化出来るのならば、それは高みを目指すという生物の本能にとっては重大なことになる。
常により進化したいと誰もが思うものだろう。
場合によっては俺もその対象になるのかもしれないし、ノン達聖獣もその枠に嵌るのかもしれない。
今よりもより高みの存在に慣れるのならなりたいに決まっている。
俺はそう考えるのだが、どうだろうか?

「まずは名づけによる進化じゃ、これは実は魔物達だけの話ではなく、人族にとっても同様もことなんじゃよ」
マジで?

「人族もなのか?」
じゃあ俺もか?

「そうじゃ、だが、人族は習慣的に生まれてすぐに名を与えられるから進化しておる事に気づいておらんのじゃ、それにその名づけも親からのものじゃからあまりその効果がないのじゃ」
神様からなら加護がつくということか?
ということは俺がマーク達を名付けていたら、あいつらも進化したということなのか?
上書きはできるのか?
仇名でもいいのか?

「ということはもし仮に俺が名付けたらどうなるんだ?」

「それは神が名付けたらその進化の具合は大きくなるに決まっておろう、名づけとはそれぐらい重要なことなんじゃ」
マジかよ?
確かに名は体を表すとは言うが、そこまでなのか?
姓名判断とか当てにならないかと思っていたが、そうではないんだな。
でも姓名判断は違うか?
あれは文字数とかだし。
この考えは今はいいか・・・

「名前は真名と言ってのう、その意味合いは大きいのじゃ、その子の人生を左右すると言ってもいいかもしれんのう」
なるほど、分からなくはないな。
ていうか、結構適当に名付けた魔物達がいたな・・・
ごめんね。
ゴブAとか可哀そうだよね。
許してくれよ。
悪気はなかったんだ・・・
ちょっと面倒臭くなって・・・

「そしてその他の進化じゃが、大きくは二通りあるのじゃ」

「二つもあるのか?」
おいおい、勘弁してくれよ。

「そうじゃ、まずは修業による進化じゃ」

「修業?」

「修業とは己の鍛錬に寄って、自らを突き詰めることで訪れる進化を指すのじゃ」
修業僧みたいなものか?
滝行とか山籠もりで自らを追い込むみたいな?
分からなくはないけど・・・辛過ぎないか?
それに滝行や山籠りしたぐらいで進化なんてできるのだろうか?
ちょっと眉唾ものだな。
理解に苦しむな・・・

「それはしんどくないか?」

「だのう、それはそうじゃろうて」
でしょうね。
過酷な修業なんて下手すると命に係わるしな。
悟りを開くということなんだろうが、どうにもピンとこない。
自分を極限にまで晒して進化するということだろうが、どうにも的を得ないな。

「そしてもう一つは己の中に眠る進化の魂を見極めることじゃ」
はい?それって・・・俺にとっては簡単なことなんじゃないか?
だって自分の中に向き合って、進化の魂とやらを見つけるということなんだろ?
自己催眠を得意とする俺には容易としか思えない。
・・・
やってみるか?
折角だし。

「少し時間を貰ってもいいか?」

「なんじゃいきなり」

「その理論が間違ってなければ俺はすぐにでも進化できると思ってさ」

「はあ?」
ゼノンは何を言っているのだと呆れている。
隣にいるギルも同様だ。

「いいからさ、ちょっとやってみるよ」
そういうと俺は自己催眠状態に陥った。
もはや手慣れた作業だ。
直ぐに俺は自己催眠状態に移行する。
深い催眠状態に入ると早速魂の在りかを探した。

それは不思議な世界だった。
暗闇の中で俺は一条の光を求めてさ迷っている状態。
その光に引き寄せられ俺は心地よい感覚のまま、その光に吸い寄せられるのだった。
そして光り輝く魂に俺は辿り着いた。
その魂に俺は問いかける。
進化は可能かと・・・
魂は答える、あなたは充分にその力を蓄えています。
進化は可能だと。
ならばそれに従い俺は進化することを選択する。

すると俺は不思議な光に包まれて俺を構成する肉体の変化を感じた。
そしてこれまで以上に頭がクリアになることを体感する。
そうそれはまるで脳内を最適化している様な感覚。
無駄にちりばっていた脳内の情報がどんどん整理されていく。
これまでの無数に蓄えられていた情報が纏まっていく。
自分の肉体が再構築されると共に脳内の情報が最適化されることによって、俺は生まれ変わったのが分かった。

これが進化か・・・
自分の進化を俺は堪能していた。
力が湧き出てくる感覚に充足感を感じていた。
俺は感じていた、俺は人では無くなってしまったと・・・
そもそも半人半神なんだけどね。
これはステータスを確認しなければならない。
俺は眼を空けてステータスを確認してみた。

『鑑定』

名前:島野 守
種族:半仙半神
職業:神様見習いLv68
神気:計測不能
体力:4805
魔力:0
能力:加工L8 分離Lv8 神気操作Lv9 神気放出Lv6 合成Lv8 熟成Lv7 身体強化Lv6 両替Lv3 行動予測Lv4 自然操作Lv8 結界Lv4 同調Lv2 変身Lv2 念話Lv3 探索Lv5 転移Lv7 透明化Lv3 浮遊Lv5 照明Lv3 睡眠Lv3 催眠Lv5 複写Lv6 未来予測Lv1 限定Lv4 神力贈呈Lv3 神力吸収Lv3 念動Lv3 豊穣の祈りLv2 演算Lv1 初心者パック
預金:9645万3342円

・・・
体力が倍になっている。
それに演算ってなんだ?
確かに頭はすっきりしたけども・・・
計算が早くなるってことか?
あれ?全然ステータスチェックしてなかったけど預金がそろそろ一億になりそうだな。
それはどうでもいいか。

俺は人間から仙人になったみたいだ。
この進化がこの後俺にどんな影響を与えるのだろうか?
今は何ともいえないな。
にしても半仙半神って、もう完全に人では無くなったな。
俺は皆に告げた。

「俺、完全に人間卒業しちゃったみたい」

「「「「「ええー‼」」」」」
場が凍り付いてしまっていた。


結局のところドラゴンを祭る村は『ドラゴム』と呼ばれる村だと判明した。
安易な名づけだなと思ってしまった。
ドラゴンと村をモジったのだろうか?
名づけのセンスに物申したいところだったが、自分の名付けのセンスの無さを棚に上げてはいけないという理由から、止めておいた。
名づけなんてのは、人生の上では五回も訪れるかどうかのイベントだ。
それを何千回と行う羽目になってしまうことを想像してみて欲しい。
そりゃあ適当になることもあるでしょうよ?
違うかね?
同意して貰えたら本望です。

さて、この名づけに関して少し補足をすると。
まずゴンやエルに前に俺が名づけを行ったが、大きな進化はなかったと思う。
加護は与えられなかったということだ。
その理由はまだ俺が神に目覚めていなかったからだと、ゼノンが教えてくれた。
そのことになるほどと頷いてしまった。

まめにステータスを確認しない俺がよく無いのだが、俺が神に目覚めたのはおそらくダンジョンを攻略してからだと思う。
それまではまだ人間だったはず。
多分・・・

それに仙人というものよく分からない。
変化としては体力が倍増したのと、演算という能力を得たことぐらいだろう。
あとは妙に頭がすっきりしたぐらいか。
イメージで言うとパソコンのデフラグみたいなものかな?
情報が整理されて容量が増えたみたいな感じだな。

演算に関してはよく分かっていないのだが、俺はよく自問自答を行うことがある。
先程もゼノンと会話しながら頭の中で物事を想像し、考えを巡らせてから言葉を発している。
その考えを纏める体感が時間として早くなった気がする。
思考の加速とでもいうのだろうか?
この演算を得てからというもの、自問自答のスピードが増したように感じるのだ。
時間の引き延ばしとまでは言わないが、体感的にはそう感じてしまう。
そして単純に計算も早くなったと思う。
頭の回転が速くなった気がするのだ。
今では暗算キングのノンよりも早く計算が出来る自信がある。
まあ、挑戦はしないけどね。
負けたらムカつくからね。
じゃなくて、ノンの自信を喪失させたくはないからさ。
といった具合なのだ。

そして、ゼノン曰く。
どの方向に進化するのかは人其々ということらしい。
俺は人の部分が仙人に進化したのだが、これは稀な事らしい。
ゼノンに言わせると俺は稀有な存在らしい。

人間であるならば、進化するのはハイヒューマンになることが一般的で、ハイヒューマンに進化した際に受ける恩恵としては、体力や魔力が二割増しになり、力が増す程度とのこと。
更に寿命が延びるらしいのだが、どこまで伸びるのかは人其々らしい。
後は病気に掛かりずらくなるということだった。

進化はその個人の特性や性格、個性に合わせて進化する者がいるということだった。
少々分かりずらいか?・・・
例えるならば、ゴブリンは進化するとホブゴブリンになることが多いだが、魔法の適正の高いゴブリンならゴブリンメイジに進化するし、戦闘力の高い者であれば、ゴブリンウォリヤーに進化する。
統率力の高い者であれば、ゴブリンリーダーや、中にはゴブリンキングに進化する者もいるということだ。
進化はその個性に大いに引っ張られるということらしい。
それにしても俺の何処に仙人なるという個性があるというのか?
理解に苦しむが、自分自身のことだからこそよく分からない。

だがゴンに言わせると、
「主らしいですね」
ということだった。

俺の何処にそんな達観するような要素があるというのだろうか?
仙人になる要素なんて俺には思いつかない。
まあなってしまったものは仕方が無い。
仙人である自分を受け入れるとしよう。
でも仙人って凄く爺いのイメージなのだが・・・
顎髭でも伸ばせばいいのだろうか?
それっぽく山籠もりでもしてみようかな?
直ぐに飽きるのは眼に見えている。
よくない固定概念だろうな・・・
まあ直に慣れるだろう。

そして更に補足として、神は進化しない。
だが昇格はするということだった。
これは既に分かっていることだ。
オズのように、下級神から中級神になった例があるのだから、よく分かっている。
そして昇格の際に得る恩恵は、能力を取得するということだった。
これも聞いていたことだから驚く事ではなかった。
オズは今の法律の神に成った時に、法律の制定という能力を得たと教えてくれたことがあった。
まんまではあるが、俺はそんなものだろうと受け止めていた。

そして神が神に加護を与えることは出来ない。
だが唯一それが出来るのが、創造神様らしい。
ということは俺も将来的には神に加護を与えられる様になるということだ。
それにこの世界に来た時の俺の最初から持っていた能力は、創造神様からの加護で得た物かもしれない。
『分離』と『加工』がそうだ。
ステータス上では創造神の加護とは表示されてはいないが、実際はそうなのかもしれないな。
ステータスを弄るなんて、あの爺さんにはお手の物だろう。
そもそもあの爺さんにとっては、何でも簡単に弄ることができるに決まっている。

神様システムはまだまだ謎が多いが、案外すっきりしているのかもしれない。
結局は実績と得を積むことが重要だと俺は考えている。
そこまで複雑な要素はないだろうと思う。
俺は得を積むことによってレベルがアップしているし、他の神達の話を聞く限り、実績によって神になったというのがほとんどだからだ。
もしかしたら外にも加点されるポイントがあるのかもしれないが、この二つに重きが置かれていることは紛れも無い事実だと感じている。

そしてその者の心が慈悲深くあるのかどうか?
此処が重要であると考えている。
これまでに出会ってきた神達は全員が慈悲深かった。
曲者ではあるが、漏れなく慈悲深いのだ。
逆説的に言えば、慈悲深く無い者が神にあることはあり得ない。
此処は最低限度の資質と思われるのだった。



急にゼノンからお願いされてしまった。
「守よ、ドラゴムのリザードマン達に加護を与えたいのだが、協力して貰えんかのう?」

どうやらゼノンはこの村のリザードマン達に加護を与えたいのだが、神力が膨大に必要な為、俺の神力贈呈を頼みにサポートして欲しいということだった。
勿論OK!
そんなことでよければ、協力させていただきましょう。
神力の量には自信がありますので!
なんせ計測不能なんでね。
じゃんじゃん使ってくださいな。
俺は一行に構いませんよ。

ということで、俺は神力贈呈装置と化して絶賛稼働中である。
どんどんと神力が減っていくが、俺の神力の量は相変わらずの計測不能。
結局の所、俺の神力ってどれぐらいの量があるのかさっぱり分かりません。
それなりに神力が減った気がするが、ステータスを見る限り変化無し。
相変わらずのやりたい放題である。
でも今週末は念のため、日本に帰っておでんの湯に行こうと思う。
地球の神気を大いに取り込んでこよう。
サウナ島でもいいのだが、やはり地球の神気は旨いのだ。
グルメな俺には必要なことである。

一日中かけてゼノンは二百名近いリザードマン達に名づけを終えた。
その加護は知能を得ることと、体力量と魔力量が増えることに特化していた。
だが俺の加護程知能は高くならなかったようだ。
それでも今では全員が流暢に話をしているし、屈強な戦士の面影をした者達が多かった。

リザードマン達はゼノンだけではなく、俺にもお礼を述べていた。
というのも、俺から分け与えられた神力で名づけが行われたことを理解しているからだ。
リザードマン達は敬意を払って俺に接してくれていた。
いや敬意なんて生易しい物ではないな、これはあれだ、崇拝だ。
『シマーノ』の魔物達と全く変わらない。
ここでも信者が増えてしまったみたいだ。
まぁその分、たくさんの神気をこの世界に作り出してくれれば御の字です。
早速リザードマン達は俺とゼノンに祈りを捧げている。
神気が濛々と立ち上っていた。
大変ありがたいことだ。

でもちょっと照れるから、要らないとは言われたがお地蔵さんを適当に配置した。
リザードマン達には、俺に祈りを捧げる時は、これを俺と思って祈りを捧げてくれとお願いしておいた。
リザードマン達は何故?という表情をしていたが、俺がそう言うのならと納得してくれた。
だって照れるじゃないか?
祈りを捧げられるんだよ?
メタンに背後からされた時には背筋が凍ったよ、最近はちょっと慣れてきたけど、まだまだ慣れないな。
こればっかりはどうしてもねえ?
慣れないものは慣れないのだ。

さて、ゼノン曰くギルは神である為、進化しないということだったが、能力は得られるかもしれないということだった。
聖獣達はどうかというと、分からないということになった。
というのも、名前の上書きが出来るのかが不明だったからだ。
既に魂に真名が刻まれているので、出来ないのでは?
とゼノンは言っていたが、どうなんだろうか?
実際の所では、ソバルに俺は加護を与えることができたのだから、可能では無いかと考えている。
だがソバルは魔物であって、聖獣や神獣ではない。

どうしたものかと考えていたのだが、ノンからは。
「主、僕は加護を貰えなくてもいいし、進化しなくてもいいよ。僕は今でも充分強いしさ。へへ」
ノンはへらへらしながら言っていた。

「主、興味深いですが私も不要です。今の自分が好きですし、私は自らの力で魔法を極めてみたいのです」
とてもゴンらしいコメントだった。

「私しも不要ですの、私し最速ですので!」
エルは歯茎全開で笑っていた。

ギルは、
「僕は考えさせて」
真剣に悩んでいた。

何か思う処があるみたいだ。
ギルのことだ、自分の為というより、誰かの為に強くなれるのならなりたい、とか考えていそうだな。
こうなるとギルからの申し入れが無い限り俺に出番はないみたいだ。

確かにお釣りがくるほどこいつらは強い。
これ以上極める必要があるのか?と思えてしまう。
実際こいつらに敵う者なんていないだろう。
五郎さんでは無いが、国軍を相手しても負けないだろう。
というより蹂躙してしまうに決まっている。
それぐらいの過剰戦力なのだ。
本人達が不要と言うからには、俺は余計なことはしないでおこうと思う。
不要なお節介は返って良くないということだ。

マーク達はどうなんだろうか?
あいつらもノン達と同様の事を言い出すかもしれないな。
今でも充分ですと言われかねないし、そんなことをあいつらはしょっちゅう言っているのを耳にする。

ソバル達はどうだろうか?
あいつらは進化したいと言い出しかねないな。
というのも、加護の効果で進化を体験しているのだから、更にと思っても不思議ではないだろう。
これ以上強くなると、それこそ北半球に置いての過剰戦力に成りかねないのだが・・・
各国間のパワーバランスが変わりかねないな。
加護と進化に関しては取りえず塩漬けにしておこうと思う。
今はそれがいいと本能的にも感じている。
いつでも簡単に出来るのだ、必要に迫られたらでいいのかもしれないな。
なにも強くなるばかりが良いとは限らないしね。
それに力をつけて嫉まれるのもどうかと思うし。
それ目当てに言い寄って来られても困るのだ。
これは今後の課題としておこう。



そういえばダイコクさんに連絡を取らなければいけなかった。
さっぱり忘れていた。
決して彼を軽んじている訳では無いからね。
面倒ではあるがしょうがない、約束したからね。
連絡しようか。
俺は『収納』から通信用の神具を取り出した。
ふと手が止まる。
第一声はもしもしで合っているのか?
たぶん違うよな?
これは日本の常識だし・・・
思わずもしもしと言ってしまいそうだな。
習慣って怖いよね。
俺は神具に神力を流してみた。

「ダイコクさん、聞こえますか?」
少しすると応答があった。
「島野はんか?聞こえとるで」
神具から声が返ってきた。
通信状態は良好である。
何時ものダイコクの声が返ってきているし、タイムラグも感じない。
おおー、ダイコクさんの神具も馬鹿にならないな。
それなりの高性能だ。

「ドラゴンを祭る村に着きましたよ」

「さようか、お疲れさんやったな。丁度良かったで、島野はんに連絡をしようと思っとったんや」
ん?何かあったのか?
ゴブオクンが腹を壊したとか?

「どうしたんですか?」

「ちょっときな臭くなってきたんや、ちょっと長くなるかもしれんけど時間はええか?」
はて?きな臭いとは?
どうやら些事ではなさそうだ。

「どうぞ」
俺は逸る気持ちを抑えて先を促した。

「実はな、わての手の者に暗部がおるんやがな」
暗部?裏側稼業ってことか?

「暗部ですか?」

「せや、主に情報集めをさせとるんや」
ダイコクさんならそれぐらいの組織を持っていても不思議ではないな。
それに俺も実は持っているしね。

「・・・」

「その暗部から報告があってな、どうやら『シマーノ』の事を嗅ぎ周っとる者達がおるっちゅうことなんや」
それのどこがきな臭いんだ?
注目度の高い『シマーノ』ならあり得ることなんだが?
別に物珍しとも思えんけど。

「それで」

「そいつらやがな、身元が不明なんや。どうにも怪しいんや」

「それはダイコクさんのセンサーに反応しているということですか?」
商売人の勘は見過ごせない。
商売人は独自の勘が働いているからね。

「せや、どうにも引っ掛かるんや、武装国家ドミニオンの商人を装っているようやが、儂の鼻は誤魔化されんで、動きが可笑し過ぎるんや」

「というと?」

「商人の癖に買い付けは行わんし、売りもんも真面やあらへん。その癖『シマーノ』のことばかり聞き周っとる、正直素人かと笑うてまうであんなもん」
確かにそうなると怪しさ満点だな。
それに間抜けだな。
あっさり見抜かれるなんてたかが知れている。
スパイ失格だな。

「それでどうすると?」

「どうもせん、今はな。でもマークはさせて貰うで、そいつらは『シマーノ』に向かうっちゅうことやったからな」

「まあ、そんな間抜けは放置でもいいのでは?」

「そうは言うがな島野はん、流石に放置とはいかんで、というのもな、わての知る神が消息不明なんや」
それは確かにきな臭くなってくるな。
それとこの似非スパイに結び付けるものどうかとも思うのだが。

「それはどういうことですか?」

「わての知り合いに陶芸の神ってのがおるんやがな、そいつが連絡がつかへんのや」
陶芸の神か、ゴンガスの親父さんに類似性がありそうだな。
そこはいいとして、今はその神の安否が気になるな。

「それはどれぐらいの期間なんですか?」

「もう半年近くやねん、島野はんと同様にそいつにも通信用の神具を渡してあるんやがな、ひとたび作業に入ると繋がらん奴やねん。けど流石に半年も連絡がつかんとなると心配っちゅうことやで」
それは芳しくないな。
この神具では着信履歴なんて残らないもんな。
たまたまって可能性もあるにはあるが、半年ともなるとちょっと心配にもなるよな。
それに神殺しなんて物騒な噂もあるしな。
どうしたものか・・・

「それはよく無いですね」

「せやろ?という事があってな、念のため島野はんには警戒をして欲しいということやねん」
警戒と言われてもな・・・
出来ることは限られるのだが・・・

「まぁ、しておきますよ・・・」

「いらん噂もあるし、念のためな」
確かに要らない噂はあると知ってはいるのだが・・・
遅れを取る島野一家ではないのですがね。
俺達に不意打ちを出来る者なんているのだろうか?
少々慢心が過ぎるのだろうか?

「分かりました」

「それで手が空いたら『シマーノ』に帰って来てくれんか?どうにも気になるんや」
とはいっても、実は『シマーノ』にも暗部はあるのだ。
クロマルとシロマルが街に訪れた者達の身辺調査を行っている。
クモマルとシロマルはまるで忍者だ。
裏方作業はお手のもので、アラクネ達は暗部として今は活躍しているのである。
というのも実はアラクネ達は小さな蜘蛛を操ることができ、様々な情報を集めることができるのだ。
これは種族的な特性らしいのだが、正に傍聴活動などには打って付けなのだ。
暗部は俺達が旅立つ前に設立した部署で、クロマルが首領を受け継ぐと同時にシロマル、アカマル、アオマルが任務に当たっている。
俺達の不在時に何があっても良いようにと、ソバル達と考えて創設した部署なのだ。
クロマル達はこれまでは俺に報告を上げていたが、旅を機に首領陣に怪しい者達の報告をするようにと引継ぎは済んでいる。
状況によっては念話でクモマルに通信を行う様に指示してあるのだ。
最悪の場合はこのように俺にも瞬時に情報は伝わるのである。
既に万全の対策がされているのであった。

そしてクロマルとシロマルに手落ちはない。
こいつらはかなり優秀だ。
敵意を持つ者達を見逃すことはあり得ない。
俺はアラクネ達に一定以上の信頼を置いている。
これは正当な評価だと思っている。
こいつらに掛れば、逃げ追うせることは出来ないだろう。
全幅の信頼を置いているこいつらに任せておけば問題ないだろう。

『シマーノ』に悪意の手を向けるのは、イコール俺の敵に周るということだ。
その際は全力で迎え撃ってあげよう。
なんなら島野一家の過剰戦力で迎え打ってもいいのだよ。
本音はそんなことはしたくないのだが、手を出されて黙っているほど俺もお人好しでは無い。
荒事には決してなっては欲しくないのだが、必要とあれば、武力行使も辞さない覚悟はあるのだ。
とは言っても人命第一だけどね。

「分かりました、手が空いたら一度帰ります」

「それで、エンシェントドラゴンはどないや?」
ダイコクさんは話を切り替えてきた。

「気さくで面白い爺さんですよ」

「さようか、わても一度挨拶がしたいねん」

「そうですか、ここと『シマーノ』を転移扉で繋ごうと考えてますので、そうなったら挨拶に伺いやすくなりますね」
一応その予定。
まだゼノンには話して無いのだけどね。

「ほんまか?そうか、その手があったな。にしても転移扉は便利やな。わてにも一つ貰えんか?」
ダイコクさんのテンションが上がった。

「何処と繋ぎたいんですか?」

「そりゃあ『シマーノ』やがな、馬車の移動では一日以上はかかるからな。それが一瞬なんて便利を通り越しとるやないか」
確かに、ていうか通行税を取ろうってか?これはちょっと考えもんだな。
せっかく街道を整備したのに、それが使われなくなるのはいただけないな。
通行税を主張したいのはこっちなんだけどな。
とは言っても転移扉の使用にルールを設けることはできるけど・・・そこまでお人好しにはなれないな。
てか、街道の整備はこっちがしたってのに、その上をいこうってか?
結構えげつないこと考えますね、このおっさん。
一先ず保留だな。
てか今は無しだな。

「考えてはみますよ」

「さようか?宜しゅう頼むで」
期待はしないでくださいね。
とは決して口には出さないけどね。

「じゃあ、そろそろ戻りますね」

「そうか、ほなな」

「では」
俺は通信を終了した。



一家の所に戻るとゼノンがギルと甲斐甲斐しくもじゃれ合っていた。
おい!獣スタイルでは止めてくれ!
皆の迷惑でしょうが!

「ゼノン!ギル!周りをよく見てみろ!」
戦々恐々と恐れをなしたリザードマン達が諤々と震えていた。

「おお、これは済まぬことをしたな。やれ嬉しくなってしまってのう」

「ごめん皆、楽しくなっちゃった」
悪びれることなくギルが答える。

「二人共、獣スタイルでじゃれ合うんじゃありません、特にゼノン!自分の身体のサイズを考えなさい!」
ゼノンは項垂れていた。
ゼノンを平気で叱る俺に、今度はリザードマン達から羨望の眼差しが向けられた。

「おお!」

「ゼノン様を叱るとは」

「なんと・・・」
だって俺以外言える奴居ないでしょ?
リザードマンの一人が俺の元に駆け寄ってきた。

「島野様、折り入ってご相談があるのですが・・・」
申し訳無いとその眼が語っていた。

「どうした?」

「名を頂いてからというもの、理性を得た我々はこの村の惨状に気づきまして・・・」
懐かしいな『シマーノ』でも始めはそうだったな。
ゴブリン達が知性に目覚めて、同じ様に村の有り様を恥ずかしがっていたな。
始めに大掃除したことを想い出すな。
ここでも村興しが必要かな?

「知恵を貸してくれということかな?」

「左様でございます」
そうだな、じゃあこうしよう。

「魔物同盟国『シマーノ』に全員で行ってみないか?そこで技術を学び、そこから村を発展させていくってのはどうだ?」

「一度この村を捨てろと仰るのですか?」

「いや、そうじゃないんだ。ちょっと待ってろよ」
俺は転移扉を『収納』から取り出した。
実はこんなこともあろうかと『シマーノ』にある俺達のロッジに、転移扉を既に設置済なんだよね。

「いいか、これは転移扉と言って、俺の転移の能力を付与してある扉なんだ」

「転移ですか?」
はて?とリザードマンは首を傾けている。

「そうだ、ただこれは神力を扱う者にしか開けることは出来ない」

「はぁ」

「まあいい、使えば分かるさ」
俺はゼノンに協力を申し入れた。
ならばと人型に変化したゼノンがこちらに向かってくる。
ギルも人型に変化し、ゼノンの後を追う。

「じゃあゼノン、この扉の事は分かってるよな?」

「勿論じゃ、羨ましく思っておったぞ」

「そうか魔物同盟国『シマーノ』に繋がっているから早速行ってみないか?」

「それはよいな、ほれ皆の者、集まっておくれ」
ぞろぞろとリザードマン達が集まってくる。
何事かと騒がしい。

「そうだ、剥がれた鱗があったら持参してくれ。それがお金になるから、多ければ多い程いいぞ」
俺のその言葉に血相を変えてリザードマン達が右往左往し出した。
何とも落ち着きのないことだ。
各々が我先にと鱗を取りにいった。
数分後、全員が集まったみたいだ。
両手で収まりきらない程の鱗を抱えている者もいた。
お金の効果は凄いですね。

「じゃあゼノン、扉を開けてくれ」

「あい分かった」
転移扉を開くと、俺達のロッジにでた。
俺は転移扉をロッジから、ロッジの入口前に念動で移動させる。
転移扉からリザードマン達がぞろぞろと出てくる。
皆、いきなりの転移に仰天していた。
これはあれだな、ちょっとした社会見学だな。
そしてゼノンが『シマーノ』に降り立った。
はたして魔物達の反応は如何に?