魔物同盟国『シマーノ』が建国した。
そして遂に魔物達がサウナ島にやってくることが決定していた。
魔物達は漏れ無く浮かれている。
遂にサウナ島に行く事ができるのかと。
まずは首領陣と、修業に出る者達が中心に行くことになった。
一部不満の声を漏らす者もいたが、俺が宥めると直ぐに収まった。
一気に全員という訳にはいかない。
なんといっても、サウナ島への移動には金銭が必要になる。
ここは譲れない。
こいつ等だけ特別とはいかないのだ。
要は南半球の金貨が必要ということだ。
魔物達だけ特別にすることは憚られた。
まだ全員を移動させるほどの経済力を『シマーノ』は有していない。
既に先行して、島野商事としてアラクネの糸とリザードマンの鱗を仕入れている。
その稼ぎの中から今回のメンバーが決定された。
それなりの金貨を稼ぐことは出来たが、まだまだ足りないのが現状だ。
本来であれば、アラクネの糸はリチャードさんに任せ、リザードマンの鱗はゴンガスの親父さんに任せるべきであるが、そうはいかなかった。
というのもソバルやプルゴブから、
「島野様に卸させてください」
と懇願されてしまったのだ。
気持ちはよく分かる。
恐らく商売についてまだ不安があるのだろう。
俺を咬ませることによって、その不安を解消したいと考えたに違いない。
何かしらのトラブルにあった時に責任が持てないという点と、まだ南半球を知らないのだから妥当な判断である。
俺は島野商事の社長である為、今回の件で貿易部門を設立することにした。
勿論マーク達には説明済だ。
既にマーク達からは賛同を得られている。
誰が適任かということになり、マークとロンメルに尋ねてみたところ。
フィリップとルーベンを推薦された。
そして俺はこの貿易部門をフィリップとルーベンに任せることにした。
こいつらは今ではばりばり働く島野商事の主軸となっている存在である。
もはや孤児の面影すらない。
初期メンバーの生え抜きだ。
本人達も新部門の立ち上げに誇らしそうにしていた。
かなり気合が入っている。
二人の鼻息は荒い。
「島野さん、俺達は何をすればいいのですか?」
フィリップから質問を受けた。
「お前達は今後魔物同盟国『シマーノ』から、南半球で需要があると思われる素材や物品を買い付けて、それを南半球で販売する仕事をするんだ」
「なるほど、分かりました。まずは視察させてください。あとどれぐらいの利益率にしましょうか?」
ルーベンからこんな回答があるとは・・・
俺も誇らしくなっていた。
こいつらがこんなに成長しているとは・・・
商売を分かっている。
「そうだな、捌く量にもよるが二割から三割もあれば充分だろう。将来的にはこの部門は要らないことになるのかもしれないしな」
「そうですか・・・」
二人は頷いていた。
俺の意を得たりとその表情が雄弁に語っていた。
将来的に北半球と南半球が完全に繋がれば、この部署は要らなくなるだろう。
直接買い付けが出来るようになるからだ。
そうなると島野商事を介す必要はなくなる。
要は商社は要らなくなるということだ。
ただ完全に繋がるのはまだまだ先だ。
特に南半球から北半球に渡る渡航者には制限をする必要がある。
まだまだ海千山千の商人達を北半球に迎え入れる訳にはいかない。
特に『シマーノ』はまだ建国してから間もない。
それに訪れた先で転移扉を開けるのは現在ダイコクしかいない。
南半球からエクスに開かせるという手もあるにはあるのだが。
まだダイコクにそれを許す気にはなれない。
更に魔物達は商売を学びだしたばかりだ。
今後はダイコクが中心となって商売を教えてくれるはずだ。
それには俺も手を貸さなければいけない。
まだまだそのレベルなのである。
南半球と国交を開くには時期尚早と言える。
俺は二人と仕入れ値について打ち合わせをし『シマーノ』側の窓口となるプルゴブを引き合わせた。
挨拶を終えさっそく商談となっていた。
後は二人に任せることにした。
俺の出る幕はないだろう。
それにしても子供の成長は早いと、改めて思い知らされのだった。
俺はとても心強いと感じていた。
サウナ島に訪れた魔物達の興奮は収まることがなかった。
俺は全員に、特別にお小遣いとして金貨一枚を渡しておいた。
これぐらいあれば、充分にサウナ島を堪能できるだろう。
ちゃっかり混じっていたゴブオクンが大興奮している。
「だべー!だべー!」
等と騒いでいる。
いちいち煩い奴だな。
聞いたところによると、オーガの一部はルイベントに訪れたことがあるみたいだが、他の者達は人族の街に訪れたことはないようだ。
それだけでも興奮するかもしれないのに、いきなりサウナ島だ。
興奮するのもしょうがないのかもしれない。
恐らく神様ズから何かしら聞いていたんだろう。
ここまでくると収集が付かなくなるほどだった。
俺は引率なんてしない。
後は各自に任せることにした。
受付からほぼ全員が大興奮していた。
中には感嘆の声を挙げている者もいた。
その様子をランドがにこやかに眺めている。
受付の扉を開けてサウナ島を一望した魔物の数人は、涙を流していた。
「これが噂に聞くサウナ島・・・」
「絶景!」
「ここが島野様の島か・・・」
いや俺の島ではないのだが・・・
まぁいいか。
「お前達、好きに見て周っていいぞ、何か困ったらゴン達に聞いてくれ」
今回の訪問に先駆けて、俺は初期メンバー全員にアテンドする様に話をしていたのだ。
ただし、俺はアテンドは行わない。
自分でアテンドするのは気が引けたからだ。
それに魔物達は俺に従順過ぎるし、俺と長い事いると緊張するに決まっている。
俺がアテンドすると言い出したら恐縮されてしまうからね。
そんな緊張があっては視察にならない。
それは良くないと俺は遠慮させて貰ったのだ。
まぁめんどくさいとも思ったんだけどね。
決っして口には出さないのだけれども。
そうなると俺は手持ち無沙汰になり、サウナ島を見て周ることにした。
俺は久しぶりにサウナ島を見て周っている。
ちょっと楽しくなってきた。
そろそろメンテナンスが必要な個所があるかもしれない。
長い事サウナ島から離れていたしね。
労働意欲を掻き立てられてしまう。
さてさて何があるのかな?
だが、一通り見て周ると俺は気づいてしまった。
俺が手を入れる箇所はもう無いと。
明らかに補修されている箇所が数カ所あった。
それも完璧に行われていた。
ああ・・・もう俺にはここに居場所が無いのかも・・・
そう感じてしまった。
決して悪い事ではない。
それはそれでありがたい事だし、上手く回っているという結果なのだ。
一抹の寂しさを感じつつも頼もしさも同時に感じていた。
何とも歯痒い。
どうやら本気で島野商事からの引退を考えた方がよさそうだと思った。
俺が引退すると言い出したら、マーク達はどんな反応をするのだろうか?
初期メンバーは止めるだろうな。
まず間違いなく。
考え直してくれと言われることだろう。
まあ今直ぐということではないから、今は考えなくてもいいだろう。
その日は決して遠くは無い気がするが・・・
どうなんだろうか・・・
神のみぞ知るだな。
あ!俺も神だった。
魔物達はサウナ島を大いに堪能していた。
ひと際楽しんでいたのはゴブオクンだった。
ほとんどの店を周り、既に金貨一枚が無くなりかけていた。
そうとう飲み食いしたらしい。
お腹を擦っている。
「島野様ー!、もう銀貨十枚しかないだべー!」
俺に泣きついてきた。
「お前なあ・・・もう小遣いはあげないぞ」
「そんなー!」
ゴブオクンは膝から崩れ落ちていた。
ここは甘やかす訳にはいかない。
ここでこいつに肩入れすると要らない噂が立ちかねない。
俺はゴブオクンに甘いと・・・
既にそう言われている節すらあるのだ。
まあそうなのかもしれないが・・・
「君は金銭感覚を磨きなさい‼」
ここは叱っておいた。
「だべー」
ゴブオクンは項垂れていた。
「残りの銀貨十枚でスーパー銭湯に行きなさい」
「分かっただべー」
ゴブオクンはいそいそとスーパー銭湯に入っていった。
そんなゴブオクンは外っといて、俺は事務所に向かうことにした。
事務所ではマークが書類と格闘していた。
社長室のデスクの上にはたくさんの書類が並んでいた。
お疲れさんだなこれは。
おれの時はこんなことは無かったんだけどな。
「あ!島野さん、お疲れ様です」
立ち上がろうとするマークを俺は手で制した。
「マーク、お前はアテンドしてないのか?」
「ええ、今日はちょっと立て込んでいまして、ロンメル達に任せました」
相当取り込んでいるようだ。
書類の山に囲まれていることからそれはよく分かる。
「そうか、手伝おうか?」
「いや、それには及びません」
「そうか・・・好きに寛がせて貰うぞ」
こいつも副社長としてばりばり働いている。
未来の社長かな?
「どうぞ、好きにしてください」
俺は事務所のスタッフにアイスコーヒーを頼んで、適当にソファーで寛いでいた。
するとバタバタと煩い足音がした。
「島野様、帰ってきてらしたんですね」
息を切らしながらリチャードさんが事務所に駆け込んできた。
「どうしたんですか?リチャードさん」
「はあっ、はあっ、あの、アラクネの糸の事を聞きまして。はあっ、はあっ」
リチャードさんは息も絶え絶えだ。
「ちょっと、落ち着いてください。まずは座ってください」
俺はソファーを勧めた。
ソファーに深く腰掛け、息を整えようとしているリチャードさん。
前にもこんなことがあったよね?
なんで走ってくるのかな?
俺はスタッフに何でもいいから飲み物を持ってくるように指示した。
直ぐにお茶が運ばれてきた。
優秀なスタッフで助かります。
一気にお茶を飲み干して、息が整ったリチャードさんが話し出した。
「島野様、アラクネの糸の事をゴンガス様から伺いました。現在お持ちでしょうか?」
「いや、今は貿易部門のフィリップとルーベンに任せてますので、そちらにお問い合わせください」
残念そうに下を向くリチャードさん。
「そうなんですね、して二人は何処に?」
「たぶん、ブランドショップに居ると思いますよ、そこに二人のデスクがありますので」
「分かりました、後で行ってみます。それにしてもあのゴンガス様が太鼓判を押す糸とはどんな物なのでしょうか?」
リチャードさんは期待に胸を弾ませているみたいだ。
「アラクネの糸は伸縮性がある糸で、切れにくく頑丈です。衣服のみならず、建築部材としても使える代物ですよ」
「なんと!そんな素材があるとは・・・」
リチャードさんの期待値が爆上がりしたようだ。
眼を見開いている。
「貿易部門で大量に仕入れていますので、そちらからご購入ください」
「畏まりました、それで・・・お値段の方は?」
リチャードさんはちらちらと俺を見ていた。
やっぱりこれを聞きたかったんだな。
そんな気がしましたよ。
頭を抑えに来たってことですね。
そうはいきませんよ。
舐めて貰っては困るな。
「二人に全て任せてますので、フィリップとルーベンに尋ねてください」
信頼しているリチャードさんでも、ここは譲れませんね。
後は後進に任せるのみだ。
フィリップ、ルーベン、お手柔らかに頼むぞ。
「分かりました、ではブランドショップに行って参ります」
リチャードさんは一目散に事務所を出て行った。
だから何で走るのかな?
疲れるだけだよね?
そんな様子をマークが鼻で笑っていた。
やれやれだ。
夕方になり、俺は例の如くスーパー銭湯に向かった。
どうやら魔物達もスーパー銭湯に向かっているみたいだ。
クモマルとソバルがニコニコしながら受付を行っていた。
待てよ・・・クモマルは男風呂か?女風呂か?
男風呂でいいよね?たぶん・・・
「クモマル、ソバル、スーパー銭湯は男女別々だから間違えるなよ。クモマルも男風呂に入るんだぞ」
「男女別々ですか?・・・畏まりました」
二人は不思議そうな顔をしていた。
「タオルで股間部分を隠すんだぞ」
「股間部分ですか?私には有りませんが・・・」
「だからだよ、外のお客さんからまじまじと見られるぞ」
「なるほど、では人族の股間を真似ることができますので、そうさせて頂きます」
なに?そんな事が出来るのか?
ならそうしてくださいな。
「じゃあそうしてくれ」
「は!」
俺の取り越し苦労だったみたいだ。
そうか、人化は変身みたいなものだからそうなるのか・・・
って待てよ、じゃあ女性にも変身するってか?
・・・
これは考えない様にしよう。
うん、そうしよう。
ていうか聞かなかったことにしてしまおう・・・
それが一番無難だろう・・・
俺はいつも通りのルーティーンを終え、大食堂に行くと魔物達が全員勢ぞろいしていた。
修業に出た者達も、今日は初日だからとスーパー銭湯に来たらしい。
たぶん神様ズの計らいだろう。
「お前達、やってるか?」
ソバルがジョッキを挙げて答える。
「島野様、頂いております。最高です!」
外の魔物達も始めているようだ。
皆一様に食事を楽しんでいた。
何を間違ったのかマーヤが台湾ラーメンを食べてヒーヒー言っていた。
お前は甘口派だろうが。
どうしてそんな冒険をしたんだ?
唯一ゴブオクンが暇そうにしていた。
しょうがない奴だな。
俺は生ビールを二杯注文した。
生ビールを貰い受けると、一杯をゴブオクンに差し出した。
「ほれ、飲めよ」
ゴブオクンが眼を輝かせていた。
「ありがとうだべー!流石島野様だべー!」
大袈裟に騒いでいる。
憎めない奴だ。
「飯は食ったのか?」
「お金がないだべー」
としょぼくれている。
「しょうがないな、ほれ」
俺は銀貨二十枚をゴブオクンに手渡した。
結局は俺はこいつに甘いようだ。
「島野様!感謝だべー!大好きだべー!」
と言うやいなや、注文を行いに駆けて行った。
これ、走るんじゃない!
やれやれだな。
好きに注文しなさいな。
「島野様、スーパー銭湯とはこんなに幸せな施設なのですね」
クモマルは笑顔だ。
「ほんとに、最高です!」
オクボスも喜んでいた。
「ここなら一日中居られますよ」
プルゴブも楽しそうだ。
「俺も!」
「私も!」
その声は続く。
「オクボス、ゴブロウ。お前達スーパー銭湯をシマーノでも造ってみるか?」
オクボスが頭を掻いていた。
「いやー、まだまだ腕が足りません。ランドール様に鍛えて貰ってから考えます。造りたいのはやまやまなんですが」
「でも上下水道が完備しているから出来るかも・・・」
ゴブロウは前向きだ。
ブツブツ言いながら真剣に考えだしている。
「まあ、気長に考えるといいさ。まずはサウナ島を楽しんでくれ」
「「はっ‼」」
いい返事です。
そして、魔物達はサウナ島を大いに楽しんだのだった。
よかった、よかった。
皆なのお零れに預かったゴブオクンは心地よく酔っぱらっていた。
なんとも自由人である。
サウナ島への宿泊は叶わず。
魔物達はシマーノに帰っていった。
そして翌日からも視察は続く。
流石にもうお小遣いは渡していない。
ゴブオクンはそれを察してか、一団に交じってはいなかった・・・
あの野郎・・・なんでそんなに鼻が利くんだ。
少々ムカつくな。
ゴブオクンに振り向き様に喉元に地獄衝きを喰らわしておいた。
ゴブオクンは苦悶の表情を浮かべていた。
「痛いだべー」
と言っていたが放置することにした。
視察は一週間が過ぎていた。
もはや視察は佳境を迎えていた。
各自が興味を持った施設に齧りついている状況に変わっている。
プルゴブは畑に掛りっきりだ。
ソバルは今では事務所に入り浸っている、マークとロンメルと親しくなっていた。
クモマルはカベルさんと衣服に関して打ち合わせをしており、時折訪れるマリアさんをアラクネの糸で雁字搦めにしていた。
クモマル・・・結構武闘派・・・
マリアさんには容赦が無いようだ。
でもそれでいいと思うよ俺は。
オクボスとゴブロウはランドールさんの所で働いている。
目下大工修業に明け暮れていた。
オクボスは常にゴンズ様と一緒だ。
オクボスはゴンズ様に心酔しきっており、師弟関係は盤石だった。
ゴブスケは赤レンガ工房から出てこない。
親父さんに相当鍛えられているみたいだ。
ゴブコはアンジェリっちに付いて周っている。
お洒落を学ぶには適任であろう。
マーヤはレイモンド様と交流を深めており。
何ともいえない交流を行っている。
リザオはギルの付き人になっていた。
もはやリザオはギルから離れないのかもしれない。
それほどまでにギルに尽くしていた。
ギルは嫌がっていたのだが・・・
各自がそれぞれの役割を全うしているようだった。
その様を俺は偉そうにウンウンと眺めていたのだった。
それにしても、魔物達はサウナ島に馴染んでいた。
唯一心配していた、サウナ島のお客達の反応も、相手が魔物であっても全く意に返してはいなかった。
どうやら俺の取り越し苦労だったみたいだ。
よく考えてみたらそうだろう。
そもそも南半球の人達は加護を与える前の魔物達を知らない。
見た目もほとんど人族と変わらないのだから、普通に受け入れることは出来たのだ。
俺の考えすぎでよかったと思う。
ただ間違っても、アラクネとジャイアントキラービーの人化を解く訳にはいかない。
流石にインパクトが凄すぎる。
変身の魔法だと誤魔化すにはハードルが高すぎる。
誤魔化しは利かないということだ。
クモマルとマーヤには口酸っぱく説明してあるから大丈夫だと思うが・・・
魔物達はその後も人選を変えて、サウナ島との交流が続くことになった。
今ではサウナ島への就職を望む者達も現れ、ゴンズ様の魚屋や、ドラン様のブースに就職させてくれと、直談判する者も現れた。
これは流石にストップさせた。
今はいいがこの先誰が転移扉を開くことになるのか?
今後も北半球の転移扉を俺とギルが開くとはいかないのだ。
住み込みという訳にはいかないだろう。
と思っていたが、ゴンズ様もドラン様も自分の街で住みこませると、あっさりと許可してしまった。
あれまあ。
それを聞きつけ、何人もの魔物達が自分の敬愛する神様達に熱れつにアタックしていた。
人材不足に悩んでいた神様ズにとってはここぞとばかりに受け入れていた。
ゴブコに至っては当然の様に美容室アンジェリに勤めていた。
なんとも困ったものである。
やれやれだ。
そして遂に魔物達がサウナ島にやってくることが決定していた。
魔物達は漏れ無く浮かれている。
遂にサウナ島に行く事ができるのかと。
まずは首領陣と、修業に出る者達が中心に行くことになった。
一部不満の声を漏らす者もいたが、俺が宥めると直ぐに収まった。
一気に全員という訳にはいかない。
なんといっても、サウナ島への移動には金銭が必要になる。
ここは譲れない。
こいつ等だけ特別とはいかないのだ。
要は南半球の金貨が必要ということだ。
魔物達だけ特別にすることは憚られた。
まだ全員を移動させるほどの経済力を『シマーノ』は有していない。
既に先行して、島野商事としてアラクネの糸とリザードマンの鱗を仕入れている。
その稼ぎの中から今回のメンバーが決定された。
それなりの金貨を稼ぐことは出来たが、まだまだ足りないのが現状だ。
本来であれば、アラクネの糸はリチャードさんに任せ、リザードマンの鱗はゴンガスの親父さんに任せるべきであるが、そうはいかなかった。
というのもソバルやプルゴブから、
「島野様に卸させてください」
と懇願されてしまったのだ。
気持ちはよく分かる。
恐らく商売についてまだ不安があるのだろう。
俺を咬ませることによって、その不安を解消したいと考えたに違いない。
何かしらのトラブルにあった時に責任が持てないという点と、まだ南半球を知らないのだから妥当な判断である。
俺は島野商事の社長である為、今回の件で貿易部門を設立することにした。
勿論マーク達には説明済だ。
既にマーク達からは賛同を得られている。
誰が適任かということになり、マークとロンメルに尋ねてみたところ。
フィリップとルーベンを推薦された。
そして俺はこの貿易部門をフィリップとルーベンに任せることにした。
こいつらは今ではばりばり働く島野商事の主軸となっている存在である。
もはや孤児の面影すらない。
初期メンバーの生え抜きだ。
本人達も新部門の立ち上げに誇らしそうにしていた。
かなり気合が入っている。
二人の鼻息は荒い。
「島野さん、俺達は何をすればいいのですか?」
フィリップから質問を受けた。
「お前達は今後魔物同盟国『シマーノ』から、南半球で需要があると思われる素材や物品を買い付けて、それを南半球で販売する仕事をするんだ」
「なるほど、分かりました。まずは視察させてください。あとどれぐらいの利益率にしましょうか?」
ルーベンからこんな回答があるとは・・・
俺も誇らしくなっていた。
こいつらがこんなに成長しているとは・・・
商売を分かっている。
「そうだな、捌く量にもよるが二割から三割もあれば充分だろう。将来的にはこの部門は要らないことになるのかもしれないしな」
「そうですか・・・」
二人は頷いていた。
俺の意を得たりとその表情が雄弁に語っていた。
将来的に北半球と南半球が完全に繋がれば、この部署は要らなくなるだろう。
直接買い付けが出来るようになるからだ。
そうなると島野商事を介す必要はなくなる。
要は商社は要らなくなるということだ。
ただ完全に繋がるのはまだまだ先だ。
特に南半球から北半球に渡る渡航者には制限をする必要がある。
まだまだ海千山千の商人達を北半球に迎え入れる訳にはいかない。
特に『シマーノ』はまだ建国してから間もない。
それに訪れた先で転移扉を開けるのは現在ダイコクしかいない。
南半球からエクスに開かせるという手もあるにはあるのだが。
まだダイコクにそれを許す気にはなれない。
更に魔物達は商売を学びだしたばかりだ。
今後はダイコクが中心となって商売を教えてくれるはずだ。
それには俺も手を貸さなければいけない。
まだまだそのレベルなのである。
南半球と国交を開くには時期尚早と言える。
俺は二人と仕入れ値について打ち合わせをし『シマーノ』側の窓口となるプルゴブを引き合わせた。
挨拶を終えさっそく商談となっていた。
後は二人に任せることにした。
俺の出る幕はないだろう。
それにしても子供の成長は早いと、改めて思い知らされのだった。
俺はとても心強いと感じていた。
サウナ島に訪れた魔物達の興奮は収まることがなかった。
俺は全員に、特別にお小遣いとして金貨一枚を渡しておいた。
これぐらいあれば、充分にサウナ島を堪能できるだろう。
ちゃっかり混じっていたゴブオクンが大興奮している。
「だべー!だべー!」
等と騒いでいる。
いちいち煩い奴だな。
聞いたところによると、オーガの一部はルイベントに訪れたことがあるみたいだが、他の者達は人族の街に訪れたことはないようだ。
それだけでも興奮するかもしれないのに、いきなりサウナ島だ。
興奮するのもしょうがないのかもしれない。
恐らく神様ズから何かしら聞いていたんだろう。
ここまでくると収集が付かなくなるほどだった。
俺は引率なんてしない。
後は各自に任せることにした。
受付からほぼ全員が大興奮していた。
中には感嘆の声を挙げている者もいた。
その様子をランドがにこやかに眺めている。
受付の扉を開けてサウナ島を一望した魔物の数人は、涙を流していた。
「これが噂に聞くサウナ島・・・」
「絶景!」
「ここが島野様の島か・・・」
いや俺の島ではないのだが・・・
まぁいいか。
「お前達、好きに見て周っていいぞ、何か困ったらゴン達に聞いてくれ」
今回の訪問に先駆けて、俺は初期メンバー全員にアテンドする様に話をしていたのだ。
ただし、俺はアテンドは行わない。
自分でアテンドするのは気が引けたからだ。
それに魔物達は俺に従順過ぎるし、俺と長い事いると緊張するに決まっている。
俺がアテンドすると言い出したら恐縮されてしまうからね。
そんな緊張があっては視察にならない。
それは良くないと俺は遠慮させて貰ったのだ。
まぁめんどくさいとも思ったんだけどね。
決っして口には出さないのだけれども。
そうなると俺は手持ち無沙汰になり、サウナ島を見て周ることにした。
俺は久しぶりにサウナ島を見て周っている。
ちょっと楽しくなってきた。
そろそろメンテナンスが必要な個所があるかもしれない。
長い事サウナ島から離れていたしね。
労働意欲を掻き立てられてしまう。
さてさて何があるのかな?
だが、一通り見て周ると俺は気づいてしまった。
俺が手を入れる箇所はもう無いと。
明らかに補修されている箇所が数カ所あった。
それも完璧に行われていた。
ああ・・・もう俺にはここに居場所が無いのかも・・・
そう感じてしまった。
決して悪い事ではない。
それはそれでありがたい事だし、上手く回っているという結果なのだ。
一抹の寂しさを感じつつも頼もしさも同時に感じていた。
何とも歯痒い。
どうやら本気で島野商事からの引退を考えた方がよさそうだと思った。
俺が引退すると言い出したら、マーク達はどんな反応をするのだろうか?
初期メンバーは止めるだろうな。
まず間違いなく。
考え直してくれと言われることだろう。
まあ今直ぐということではないから、今は考えなくてもいいだろう。
その日は決して遠くは無い気がするが・・・
どうなんだろうか・・・
神のみぞ知るだな。
あ!俺も神だった。
魔物達はサウナ島を大いに堪能していた。
ひと際楽しんでいたのはゴブオクンだった。
ほとんどの店を周り、既に金貨一枚が無くなりかけていた。
そうとう飲み食いしたらしい。
お腹を擦っている。
「島野様ー!、もう銀貨十枚しかないだべー!」
俺に泣きついてきた。
「お前なあ・・・もう小遣いはあげないぞ」
「そんなー!」
ゴブオクンは膝から崩れ落ちていた。
ここは甘やかす訳にはいかない。
ここでこいつに肩入れすると要らない噂が立ちかねない。
俺はゴブオクンに甘いと・・・
既にそう言われている節すらあるのだ。
まあそうなのかもしれないが・・・
「君は金銭感覚を磨きなさい‼」
ここは叱っておいた。
「だべー」
ゴブオクンは項垂れていた。
「残りの銀貨十枚でスーパー銭湯に行きなさい」
「分かっただべー」
ゴブオクンはいそいそとスーパー銭湯に入っていった。
そんなゴブオクンは外っといて、俺は事務所に向かうことにした。
事務所ではマークが書類と格闘していた。
社長室のデスクの上にはたくさんの書類が並んでいた。
お疲れさんだなこれは。
おれの時はこんなことは無かったんだけどな。
「あ!島野さん、お疲れ様です」
立ち上がろうとするマークを俺は手で制した。
「マーク、お前はアテンドしてないのか?」
「ええ、今日はちょっと立て込んでいまして、ロンメル達に任せました」
相当取り込んでいるようだ。
書類の山に囲まれていることからそれはよく分かる。
「そうか、手伝おうか?」
「いや、それには及びません」
「そうか・・・好きに寛がせて貰うぞ」
こいつも副社長としてばりばり働いている。
未来の社長かな?
「どうぞ、好きにしてください」
俺は事務所のスタッフにアイスコーヒーを頼んで、適当にソファーで寛いでいた。
するとバタバタと煩い足音がした。
「島野様、帰ってきてらしたんですね」
息を切らしながらリチャードさんが事務所に駆け込んできた。
「どうしたんですか?リチャードさん」
「はあっ、はあっ、あの、アラクネの糸の事を聞きまして。はあっ、はあっ」
リチャードさんは息も絶え絶えだ。
「ちょっと、落ち着いてください。まずは座ってください」
俺はソファーを勧めた。
ソファーに深く腰掛け、息を整えようとしているリチャードさん。
前にもこんなことがあったよね?
なんで走ってくるのかな?
俺はスタッフに何でもいいから飲み物を持ってくるように指示した。
直ぐにお茶が運ばれてきた。
優秀なスタッフで助かります。
一気にお茶を飲み干して、息が整ったリチャードさんが話し出した。
「島野様、アラクネの糸の事をゴンガス様から伺いました。現在お持ちでしょうか?」
「いや、今は貿易部門のフィリップとルーベンに任せてますので、そちらにお問い合わせください」
残念そうに下を向くリチャードさん。
「そうなんですね、して二人は何処に?」
「たぶん、ブランドショップに居ると思いますよ、そこに二人のデスクがありますので」
「分かりました、後で行ってみます。それにしてもあのゴンガス様が太鼓判を押す糸とはどんな物なのでしょうか?」
リチャードさんは期待に胸を弾ませているみたいだ。
「アラクネの糸は伸縮性がある糸で、切れにくく頑丈です。衣服のみならず、建築部材としても使える代物ですよ」
「なんと!そんな素材があるとは・・・」
リチャードさんの期待値が爆上がりしたようだ。
眼を見開いている。
「貿易部門で大量に仕入れていますので、そちらからご購入ください」
「畏まりました、それで・・・お値段の方は?」
リチャードさんはちらちらと俺を見ていた。
やっぱりこれを聞きたかったんだな。
そんな気がしましたよ。
頭を抑えに来たってことですね。
そうはいきませんよ。
舐めて貰っては困るな。
「二人に全て任せてますので、フィリップとルーベンに尋ねてください」
信頼しているリチャードさんでも、ここは譲れませんね。
後は後進に任せるのみだ。
フィリップ、ルーベン、お手柔らかに頼むぞ。
「分かりました、ではブランドショップに行って参ります」
リチャードさんは一目散に事務所を出て行った。
だから何で走るのかな?
疲れるだけだよね?
そんな様子をマークが鼻で笑っていた。
やれやれだ。
夕方になり、俺は例の如くスーパー銭湯に向かった。
どうやら魔物達もスーパー銭湯に向かっているみたいだ。
クモマルとソバルがニコニコしながら受付を行っていた。
待てよ・・・クモマルは男風呂か?女風呂か?
男風呂でいいよね?たぶん・・・
「クモマル、ソバル、スーパー銭湯は男女別々だから間違えるなよ。クモマルも男風呂に入るんだぞ」
「男女別々ですか?・・・畏まりました」
二人は不思議そうな顔をしていた。
「タオルで股間部分を隠すんだぞ」
「股間部分ですか?私には有りませんが・・・」
「だからだよ、外のお客さんからまじまじと見られるぞ」
「なるほど、では人族の股間を真似ることができますので、そうさせて頂きます」
なに?そんな事が出来るのか?
ならそうしてくださいな。
「じゃあそうしてくれ」
「は!」
俺の取り越し苦労だったみたいだ。
そうか、人化は変身みたいなものだからそうなるのか・・・
って待てよ、じゃあ女性にも変身するってか?
・・・
これは考えない様にしよう。
うん、そうしよう。
ていうか聞かなかったことにしてしまおう・・・
それが一番無難だろう・・・
俺はいつも通りのルーティーンを終え、大食堂に行くと魔物達が全員勢ぞろいしていた。
修業に出た者達も、今日は初日だからとスーパー銭湯に来たらしい。
たぶん神様ズの計らいだろう。
「お前達、やってるか?」
ソバルがジョッキを挙げて答える。
「島野様、頂いております。最高です!」
外の魔物達も始めているようだ。
皆一様に食事を楽しんでいた。
何を間違ったのかマーヤが台湾ラーメンを食べてヒーヒー言っていた。
お前は甘口派だろうが。
どうしてそんな冒険をしたんだ?
唯一ゴブオクンが暇そうにしていた。
しょうがない奴だな。
俺は生ビールを二杯注文した。
生ビールを貰い受けると、一杯をゴブオクンに差し出した。
「ほれ、飲めよ」
ゴブオクンが眼を輝かせていた。
「ありがとうだべー!流石島野様だべー!」
大袈裟に騒いでいる。
憎めない奴だ。
「飯は食ったのか?」
「お金がないだべー」
としょぼくれている。
「しょうがないな、ほれ」
俺は銀貨二十枚をゴブオクンに手渡した。
結局は俺はこいつに甘いようだ。
「島野様!感謝だべー!大好きだべー!」
と言うやいなや、注文を行いに駆けて行った。
これ、走るんじゃない!
やれやれだな。
好きに注文しなさいな。
「島野様、スーパー銭湯とはこんなに幸せな施設なのですね」
クモマルは笑顔だ。
「ほんとに、最高です!」
オクボスも喜んでいた。
「ここなら一日中居られますよ」
プルゴブも楽しそうだ。
「俺も!」
「私も!」
その声は続く。
「オクボス、ゴブロウ。お前達スーパー銭湯をシマーノでも造ってみるか?」
オクボスが頭を掻いていた。
「いやー、まだまだ腕が足りません。ランドール様に鍛えて貰ってから考えます。造りたいのはやまやまなんですが」
「でも上下水道が完備しているから出来るかも・・・」
ゴブロウは前向きだ。
ブツブツ言いながら真剣に考えだしている。
「まあ、気長に考えるといいさ。まずはサウナ島を楽しんでくれ」
「「はっ‼」」
いい返事です。
そして、魔物達はサウナ島を大いに楽しんだのだった。
よかった、よかった。
皆なのお零れに預かったゴブオクンは心地よく酔っぱらっていた。
なんとも自由人である。
サウナ島への宿泊は叶わず。
魔物達はシマーノに帰っていった。
そして翌日からも視察は続く。
流石にもうお小遣いは渡していない。
ゴブオクンはそれを察してか、一団に交じってはいなかった・・・
あの野郎・・・なんでそんなに鼻が利くんだ。
少々ムカつくな。
ゴブオクンに振り向き様に喉元に地獄衝きを喰らわしておいた。
ゴブオクンは苦悶の表情を浮かべていた。
「痛いだべー」
と言っていたが放置することにした。
視察は一週間が過ぎていた。
もはや視察は佳境を迎えていた。
各自が興味を持った施設に齧りついている状況に変わっている。
プルゴブは畑に掛りっきりだ。
ソバルは今では事務所に入り浸っている、マークとロンメルと親しくなっていた。
クモマルはカベルさんと衣服に関して打ち合わせをしており、時折訪れるマリアさんをアラクネの糸で雁字搦めにしていた。
クモマル・・・結構武闘派・・・
マリアさんには容赦が無いようだ。
でもそれでいいと思うよ俺は。
オクボスとゴブロウはランドールさんの所で働いている。
目下大工修業に明け暮れていた。
オクボスは常にゴンズ様と一緒だ。
オクボスはゴンズ様に心酔しきっており、師弟関係は盤石だった。
ゴブスケは赤レンガ工房から出てこない。
親父さんに相当鍛えられているみたいだ。
ゴブコはアンジェリっちに付いて周っている。
お洒落を学ぶには適任であろう。
マーヤはレイモンド様と交流を深めており。
何ともいえない交流を行っている。
リザオはギルの付き人になっていた。
もはやリザオはギルから離れないのかもしれない。
それほどまでにギルに尽くしていた。
ギルは嫌がっていたのだが・・・
各自がそれぞれの役割を全うしているようだった。
その様を俺は偉そうにウンウンと眺めていたのだった。
それにしても、魔物達はサウナ島に馴染んでいた。
唯一心配していた、サウナ島のお客達の反応も、相手が魔物であっても全く意に返してはいなかった。
どうやら俺の取り越し苦労だったみたいだ。
よく考えてみたらそうだろう。
そもそも南半球の人達は加護を与える前の魔物達を知らない。
見た目もほとんど人族と変わらないのだから、普通に受け入れることは出来たのだ。
俺の考えすぎでよかったと思う。
ただ間違っても、アラクネとジャイアントキラービーの人化を解く訳にはいかない。
流石にインパクトが凄すぎる。
変身の魔法だと誤魔化すにはハードルが高すぎる。
誤魔化しは利かないということだ。
クモマルとマーヤには口酸っぱく説明してあるから大丈夫だと思うが・・・
魔物達はその後も人選を変えて、サウナ島との交流が続くことになった。
今ではサウナ島への就職を望む者達も現れ、ゴンズ様の魚屋や、ドラン様のブースに就職させてくれと、直談判する者も現れた。
これは流石にストップさせた。
今はいいがこの先誰が転移扉を開くことになるのか?
今後も北半球の転移扉を俺とギルが開くとはいかないのだ。
住み込みという訳にはいかないだろう。
と思っていたが、ゴンズ様もドラン様も自分の街で住みこませると、あっさりと許可してしまった。
あれまあ。
それを聞きつけ、何人もの魔物達が自分の敬愛する神様達に熱れつにアタックしていた。
人材不足に悩んでいた神様ズにとってはここぞとばかりに受け入れていた。
ゴブコに至っては当然の様に美容室アンジェリに勤めていた。
なんとも困ったものである。
やれやれだ。