神様のサウナ ~神様修業がてらサウナ満喫生活始めました~

遂に俺は北半球に来て初めて神様に出会うことになった。
初のお客様は神様であるとノンから聞いていたのだ。
何となくそうでは無いかとの勘は働いていたのだが、案の定という程の強い物ではなかった為、少しだけ驚いた。

俺は予めソバル達に初めに俺の所に連れてくるのではなく、街を一通り案内してから連れてくるように指示していた。
その思惑は、まずは俺がここに定住する神であると誤解を招く可能性がある為だ。
特に何かしらの考えがあって、この街に訪れた者であれば、最高責任者に会いたいとなるだろう。
しかし、俺はこの街の最高責任者では無く、アドバイザーでしかない。
それを防ぐ為のことだ。

更には俺に会うにしてもこの街の価値を知った上で会いにきて欲しいからだ。
俺がこの街の良さをアピールするよりも、見て知って経験してからの方が話は早い。
それに俺がアテンドするのもどうかと思うしね。

後は魔物達が何回もおもてなしするをするシュミレーションをしていたのに、俺が出しゃばってしまっては本末転倒だろう。
あいつらの頑張りを俺は無下にはしたくない。
この街の全てを観て周るには一日以上は掛かるだろう。
掻い摘んで観るとしても半日近くは掛かるに違いない。
北半球初の神に会うのは恐らく早くて晩飯時か晩酌時だろう。

俺は特に気に掛けることも無く、日中をやり過ごすことにした。
何となく手入れをしたい箇所に梃入れをすることにした。
そして遂にその時を迎えたのだった。



俺は定食屋で晩飯を終え、最近出来た島野一家専用のロッジのリビングで寛いでいた。
本来この街で住居を構えるつもりなど無かったのだが、いつの間にか島野一家専用のロッジが造られていた。

プルゴブからは、
「島野様が我らの国に居続けることは無いと承知しておりますが、寛げる場所が無いのはどうかと思い、勝手ながらも造らせていただきました」
と頭を下げられてしまった。

正直無茶苦茶困った。
だって毎日サウナ島のスーパー銭湯に行くのが当たり前のルーティーンだったからだ。
要らないと言う訳にもいかず、島野一家のロッジとして使う事にした。
外のロッジに比べて、豪華な造りであるのが気になったのだが・・・
まあいいだろう。

一家に相談してみたところ、好意は受け取っておこうということになった。
その為、最近では寝食を魔物同盟国で過ごす日が増えた。
でもいつでもサウナ島に帰れるように、玄関の脇には転移扉も設置されている。
ノンやエル、ゴンには魔物同盟国では『黄金の整い』は行ってもいいと言ってある為、自由にサウナ島と行き来している。

俺は食後の休憩を終え、露天風呂とサウナに行こうとしていた。
不意にドアがノックされる。
ドンドン。

「島野様、よろしいでしょうか?」
ソバルの声がした。
どうやら来たようだな。

「ああ、いいぞ」
扉が開かれる。

「島野様、失礼します」
ソバルが二人の男性を引き連れてロッジに入ってきた。
俺は一目見てその者が神であると分かった。

それには理由がある。
トレードマークとも言える、丸形の頭巾を被っている。
そして特徴的な顔をしていた。
耳朶がデカかった・・・とても。
肩に付こうかという程にデカかった。
この顔は間違いない。
七福神だ。
眼にはひょうきんさが漂っている。
誰からも好かれる、そんな印象を持つ顔立ちをしていた。

まさか北半球初の神が俺の見慣れた神様であったとは・・・
もう一人の男性はお付きの者なのだろう。
控えるように神様の後ろに位置していた。

「始めまして、島野と申します」
俺は立ち上がってから名乗り、ソファーに座る様に誘った。

「わてはダイコクや、よろしゅう」
なんと!
名前まで一緒かよ。
これは偶然の一致なのか?
にしても関西弁って・・・
だからノンはウケるよと言っていたのか・・・
あいつはバラエティーが好きだからな。

ダイコクは誘われるが儘にソファーに腰をかけた。
ソバルは俺の後ろに控える。

「こいつはライルや」

「ライルっす、よろしくっす」
ライルもダイコクの後ろに控えた。
ライルと言われた男性はへこへことしていた。
小者感が漂っている。

「こちらこそ、よろしく。ソバル、一通り見て貰ったのか?」

「は!簡易的でございますが」

「そうか、もう風呂とサウナには入ったのか?」

「いえ、まだでございます」
そういうことなら。

「ダイコクさん、せっかくですので先にまずは風呂とサウナを堪能しませんか?話ならその後どれだけでも話はできますしね」
ダイコクは心得たと視線を送ってきた。

「任せるで、夜はこれからっちゅうことやな」

「そういうことです」
俺達は四人連れ立って風呂とサウナに向かうことになった。
話はいくらでも出来る。
焦る必要は全くない。
話はサウナ明けにビールを傾けながらでいいだろう。
その方が気心が知れていい。
そんなことを想いながら俺はダイコク達を風呂へと誘導した。



俺達は風呂とサウナを楽しむことにした。
まずはマナーをダイコクとライルに教えることにした。
ふたりは熱心に話を聞いていた。
郷に入れば郷に従えと心得ているのだろう。
特に反論することも無く、受け入れている。

早速身体を洗うことにした。
ダイコクはシャンプーが気になったみたいだ。

「これはええなあー」
と頷いていた。
実はシャンプーはサウナ島のアンジェリッチの物では無く。
前に俺が造っていた旧タイプの物だ。
アンジェリッチのシャンプーほどの満足感はないが、どうやら北半球は南半球程、日用品は発展していないみたいだ。

早くも商売の匂いがプンプンしてきた。
正直言って足掛かりは何でもいい。
魔物同盟国にとって認められること、それはすなわち経済力を得るということだ。
その為、国としての体制を整えるには経済に繋がる物品が必要だ。
要はお金になる物が居るということだ。
お金はお金がある所に集まってくる。

今はお金は全くといっていいほどない。
ほんの少しだけ、森で拾ったと俺にお金を持ってきたオーガがいたが。
俺は手に取ってみただけで、大事にとっておけとオーガーに返した。
鑑定してみたところ銅貨だった。
南半球の物とはデザインが違っていたし、銅の含有量も少なく感じた。
南半球での金貨の価値と、北半球での金貨の価値が一緒とは考えてはいけない。
ここはしっかりと見定める必要がある。

俺達は風呂に入ることにした。
ダイコクとライルは思わず声が漏れていた。

「おお~」

「あ~」
表情が綻んでいる。
そこにギルがやってきた。
もしかしたらプルゴブあたりから聞いたのかもしれない。
ギルもダイコクの事が気になるんだろう。

「パパ、一緒するよ」

「おおギル、紹介するよ。ダイコクさんと、ライルさんだ」
ギルは二人を見た。

「僕はギルだよ、よろしくね」

「島野はん、じぶんのご子息かいな?」

「ええ、そうです。俺の自慢の息子です。ギルは今は人化していますがドラゴンです」
ダイコクとライルはフリーズした。
暖かい風呂の中なのに・・・
あんまり上手くないな。
溶けたダイコクは名乗った。

「わてはダイコクや、よろしゅう。にしてもドラゴンってどないなっとんのや?島野はん、自分聖獣も連れとるんやろ?何者やねん」
やはり言われてしまったな。
もう慣れっこだけど。

「家にはドラゴンと、フェンリル、九尾の狐とペガサスがいますよ、北半球には連れてきてないですけど、白蛇と神剣もいます」
ライルはまだ凍ったままだ。
ダイコクは頭を抱えてしまった。
寛ぐ場所なのに、なんだかごめん。

でも嘘は言ってないからね。
それにここを乗り越えて貰わなければ話にならない。
島野一家は、南半球を代表してこの地にいるのだから。
これぐらいで驚かれては先に進めない。

「驚く気持ちはよくわかりますよ、皆さん概ね同じ反応をしますからね」

「あ、ああ・・・」

「今は風呂を楽しみましょう」

「そ、そうだな。すんまへん・・・」
何とか持ち直したダイコクは風呂を楽しんでいた。
ライルはダイコクに小突かれて我を取り戻していた。

さてと、いよいよサウナに入りましょうかね。
サウナ室に入ると八割方埋まっていた。
利用中の魔物達全員が俺とギルに目釈した。
サウナの中では極力静かにするようにとのマナーが徹底されている。

始めはサウナ室で跪く者が居たので、娯楽施設内と仕事中は俺に跪くのは厳禁とのお達しをプルゴブにさせた。
こちらとしても楽しんでいる処を邪魔したくはなし、仕事の手を止めてまですることではない。

「せめて頭を下げさせてください」

というプルゴブに、
「軽い会釈までにしてくれ、特にサウナ室では目釈程度までにしてくれ」

「ですが・・・」

「そもそも俺に跪く必要がないんだよ、もっと気軽に接してくれていいんだぞ」

「名づけ親にそうはいきません、我らにとっては名付け親というだけでは無く、大恩人でございます」
とは言ってもな・・・

「でもゴブオクンなんかは随分気軽になってきたぞ、それでいいんだよ。俺としては」

「・・・ゴブオクンは・・・はぁ・・・時間をください・・・もはやこれは我らの本能ですので・・・」

「そうか・・・好きにしてくれ」
本能って・・・
といったやり取りがあったのだ。

魔物達のこの統制の取れた動きにダイコクは感心していた。
ライルはそんなことは気にもならかなったみたいで、
「熱いっす!」
と騒いで、魔物達に睨まれていた。
マナー違反者には厳しい目線が送られる。

ライルは、
「おっと・・・怖いっすよ・・・」
とぼやいていた。

お前が悪い、反省しなさい。
ちゃんと入口に『大きな声での会話はお控えください』と書いてあったでしょうが!

俺達は下段が空いていた為、揃って座ることにした。
ダイコクが小声で話し掛けてくる。

「島野はん、このサウナちゅうのは強烈やな、どれぐらいここにおるんや?」

「そうですね、好きにして貰っていいのですが、お勧めは汗をかきだしてから三分以上をお勧めしています。入り過ぎはよくないので、ねばり過ぎは厳禁ですよ」

「分かったで」
下段だった所為か汗をかきだすまでに五分近く掛かってしまった。
たまにはこういう日もあっていい。

結局十分ほどでサウナ室から出ることにした。
いい具合に汗をかいていた。
水風呂に入る前に掛け水をすることを二人に教え、俺も掛け水をする。
その後水風呂に入る。

するとまたライルが。
「寒いっす!」
と叫んでいた。
いちいち煩い奴だ。
ライルはどうやらお調子者のようだ。

ダイコクは、
「はぁ~」
と気が抜けた表情をしていた。
どうやら水風呂がお気に召した様子。

「島野はん、これは気持ちええな~」

「この後の外気浴も気持ちいいですよ」

「ほんまかいな~、楽しみやな~」
一分ほど水風呂に浸かった。

「ではいきましょうか」
二人を外気浴場へと誘導した。
ちょうどインフィニティーチェアーが四台空いていた。
もしかしたら魔物達が気を使ってくれたのかもしれない。
ここはご厚意に甘えることにしよう。

「この椅子に腰かけましょう」

「さようか」

「了解っす」

「この椅子は結構後ろまで倒れますので、注意してくださいね」
二人はゆっくりと後ろに倒れていった。
想像以上に後ろに倒れたのだろう。

途中でライルは、
「あわわわ」
と慄いていた。

こいつはどうやら人の話を聞いていないタイプだな。
そんなライルのことは置いといて、身体の内側から感じる熱が全身を駆け巡る。
心拍数が高い。
心拍数が徐々に落ち着いてくると共に感じる解放感。

ダイコクの前では『黄金の整い』は行えない。
でもこの整ったリラックス感だけでも充分だ。
サウナトランス・・・多幸感が止まらない。
ああ、俺はサウナジャンキーだな・・・

余韻に浸っていると、ダイコクに話し掛けられた。
「島野はん・・・最高やないか・・・これはええな~」

「そうでしょ?最高ですよ。あと二セットは行いますよ」

「ほんまか・・・付き合うで・・・」
俺達はサウナを三セット行い、大いに整った。
ダイコクもライルも満足そうな顔をしていた。
よかったよかった。
その表情は解れていた。

そして大いに整った俺達は定食屋を目指した。
晩飯は済んでいるが、食事をする為ではない。
そう、サウナ明けのビールを飲むためだった。
ここまでで一セットだろう。
俺は常々そう思っている。

サウナ明けにビールが無い。
そんな悲しい出来事は俄然認められない。
俺は至福の一杯を口にした。
それに倣ってダイコクとライルもビールを口にした。
ギルはお茶を飲んでいた。
それでもギルは満足そうに麦茶を一気飲みしていた。
その気持ちは分かる。
サウナ明けの麦茶もいいよね~。

「旨ま!これなんやねん、島野はん、至極の組み合わせやないかい!最高やでー!」

「ほんと旨いっす!最高っす!」
二人は一気に飲み干す勢いでビールを飲んでいた。
今は余韻に浸っている。
幸せを噛みしめている表情をしていた。

不意にダイコクが話だした。
「島野はん、今日はいろいろあったが、最高の一日やったで、恩にきるで。それにしても魔物達がここまでの国を造り上げたんか・・・儂にはようせなんだことや、でもじぶんはやってしもうたんやな・・・まったく、敵わんわい」
眼を閉じながらダイコクは幸せそうな顔で言っていた。

「ダイコクさん、それはちょっと違いますよ。俺は確かに加護を与えたし、知恵も貸した。この国の今の繁栄は魔物達が全て造り上げたものですよ。俺はそのためのきっかけを与えたに過ぎません」

ダイコクは眼を開けると、
「さようか・・・・」
と呟いた。

この後は話し合いになるだろう。
これまで謎に包まれていた北半球の全貌が明らかになるかもしれない。
神気減少問題の原因に辿り着くことが出来るのだろうか?
俺は期待と不安に揺れていた。
今はサウナ明けのビールの余韻に浸りたい・・・
でもそうともいかないのだろうな・・・
ビールを飲み終え、まったりモードになった俺達は場所を変えて話しをすることにした。
場所は島野一家のロッジだ。

メンバーは俺とギル、ダイコクとライル、そしてソバルだ。
ソバルを加えるかどうかは悩んだが、ダイコクがソバルの名付け親と判明した今、同席を求めない訳にはいかないだろう。
揉めることは考えられないが、両方を知る者がいたほうが、話はスムーズになるだろう。

ソバルは喜んで会談に同席することを勝って出た。
会談というほどの格式ばったものでは無いが、ソバルにはそう言っておいた方が、通りが良い。
神様同士の打ち合わせなんていってしまったら、恐縮されてしまうだろう。

ライルも同席しているが、こいつが発言するとはあまり考えられない。
というもの、調子に乗って一気にビールを飲みまくったライルは既に出来上がっている。
お替りを繰り返し、二リットルぐらいは飲んでいるだろう。
こいつはゴブオクン以上のお調子者かもしれない。

そしてギルは同席しなくてはいけない。
もしかしたらエリスの事が何か分かるかもしれないからだ。
話し合いは夜更けまで及ぶだろう。
もしかしたら明け方まで続くかも?
お互い聞きたいことだらけなのだからだ。
話は尽きないに違い無い。

「さて、島野はん。そろそろやろ?」
ダイコクが口火を切った。

「ですね、お互い聞きたいことだらけだと思いますが、どちらからにしますか?」
ダイコクは分かっとるや無いかと言いたげににやける。

「ならわいからでええか?」

「どうぞ、ギルもそれでいいか?」

「僕はいいよ」
ダイコクはビールを一口舐めてから話しだした。

「まずはそうやな、じぶん何者なんや?神だということは分かっとる。でないと説明がつかんからな」

「俺はダイコクさんと同じ神ですよ。まあ同僚ですね。そして俺は転移者です」
ダイコクはゆっくりと頷いた。

「やっぱりな・・・そんな気がしたで」

「どうして分かったんですか?」
ギルが質問する。

「この街を見れば分かるがなギル、家の造り、上質な畑、それに豊富な娯楽の数々、何を取ってもこの世界の物とちゃうで。異世界人の文化や知恵を取り入れんとこうはならん。それにあのサウナや。この世界では全く聞いたことがない娯楽や、そうやろ?島野はん?ちゃうか?」

「その通りです、付け加えるなら、今では南半球ではサウナを知る者がほとんどです。俺が流行らせましたので」

「ほんまかいな・・・サウナはええな~。毎日でも入りたいがなー、気に入ったで!」
ダイコクは悦に浸りそうな表情をしている。
どうやらサウナにド嵌りしたようだ。

「分かりますよ、その気持ち」
毎日入りたいにきまっている。
それがサウナだ!

「脱線してまうな、あかんあかん。それで何の神なんや?まさかサウナの神だとでもいうんちゃうやろな?」

「アハハ!パパはそう呼ばれてるね」
ギルが面白がっている。

「まあ、南半球ではそう呼ばれてますが、通称というだけで実際にはどの神とのジャンルは俺にはないんですよ」
ダイコクはふざけるなという顔をしている。

「何ゆうてんねん?そんな神の存在は聞いたことがないで?ほんまかいな?」

「厳密に言うと、俺は神様修業中の身で、半神半人なんですよ」
創造神様の後任とは明かせない。
そこまでまだ心は許せない。

「嘘やろ?あり得んがな?そんなこと聞いたことが無いで!」
ダイコクは両手を挙げていた。
降参ということなんだろう、なんともひょうきんな神様だ。
それはよく分かる、漏れなくそんな反応だからね。

「でもそれで説明がつくなぁ、せやないと街を造り上げる指導なんて出来る訳がないがな、権能が広すぎるやないかい」

「ダイコクさん、僕のパパ凄いでしょう?」
ギル君・・・どや顔は止めなさい。

「ほんまやな、ギルのパパは凄すぎるやないかい。でなんでギルのパパやねん」
俺はずっこけそうになった。
今それ言うの?
遅いでしょ?

「それは俺が卵を孵化させたからですよ」

「ほう・・・そうかいな・・・ドラゴンと言えば、北半球にはドラゴンを祭る村があるんやで、知っとるか?」
俺はギルと顔を見合わせた。

「ドラゴンを祭る村ですか?」
ギルのテンションが一気に上がる。

「せや、儂も詳しくは知らんが、わての住む『ルイベント』王国から北に向かってゆくと、ベルル山脈と呼ばれる高度の高い山岳地帯があるんや、それを超えて二ヶ月も進むとドラゴンを祭る村があると聞いたことがある。わては行ったとはないけどな」
ギルは眼を輝かせている。
ドラゴンを祭る村か・・・そこにエリスが居るとは限らないが、何かしらの情報は手に入るのではなかろうか?
期待で胸が膨らむ。
ギルも目を輝かせていた。

「ダイコクさんはドラゴンのエリスを知っていますか?」
ギルは前のめりだ。

「ドラゴンのエリス・・・聞いたことがあるような・・・無いような・・・すまんよう分からん」

「いえ、大丈夫です」
ギルは落ち込んではいない。
ここまでドラゴンに関する情報に踏み込めたことは無かったからな。
それにドラゴンを祭る村は、これまでゴンガスの親父さんにそんな村があると聞いたことがあるだけだ。
それが実在し、場所まで知りうることができたのだ。
これでいつでもドラゴンを祭る村に行くことができる。
エリスの背中が見えてきた気がする。

「ギルはそのエリスとはどんな関係なんや?」
遠慮も無くダイコクは踏み込んできた。

「多分・・・僕のママだと思う・・・」
ギルは照れているような苦いような、何といえない笑顔を浮かべている。

「そうか、すまんな、変なことを聞いてもうたな」

「いいよ、そんなことより、そのドラゴンを祭る村に関して知っていることは何かないの?」
ギルの前のめりは止まらない。

「せやな、わては直接行ったことないから詳しくは知らんが、ルイベントは交流がまったくない訳ではないんやで」

「そうなんだ」

「わてが知る限りでは、住民のほとんどがリザードマンちゅうことや、リザードマンはドラゴンを崇拝しておるみたいやで、そしてエンシェントドラゴンがおるっちゅうことや、エンシェントドラゴンと言うたら、最長老のドラゴンや、その持つ知識は深く、この世界が出来た頃から生きていると言われてる存在なんやで、そして世界を滅ぼす力を持つとの逸話がある存在やねん」
なぜかダイコクはどや顔だ。
確かにリザードマンはドラゴンを崇拝している傾向にある。
俺は何度か、ギルに尊敬の念を持って見つめているリザードマンを見たことがある。
ある意味俺以上にギルに対して従順だ。
それを分かってか、ギルもリザードマン達の前では毅然とした態度を取っていることがある。

「そうなんだ!」
ギルは拳を握りしめていた。
相当興奮している。

「後はどうなの?」
ギルの興奮は止まらない。

「そやな・・・以上や」
これまたずっこけそうになってしまった。
いらない間はなんだったのか?
ギルは思わず椅子から滑り落ちそうになっていた。

「ダイコクさん・・・ちょいちょい放り込んできますね」

「すまん、すまん、そんな性分なんや」
まあいいけど。
関西弁を話すだけはあるな。
話を戻そう。

「ドラゴンを祭る村については思いだしたことがあったら教えてください。他に聞きたいことは何ですか?」

「そうやな、島野はん達は南半球から来たんやろ?それは間違いないか?」
それ以外に考えられないだろう。

「ええ、そうですね」

「どうやって来たんや?」

「クルーザーで来たんだよ」
ギルは何時になく饒舌だ。
それにしてもよかった、ここで転移扉と言われてしまっては止めるしかないからな。
まだそこまで心を開く訳にはいかない。
北半球と南半球を繋げるかは俺の一存では決めてはいけないと思う。

ここで転移扉の存在を明かす訳にはいかない。
今回は念のために入口の脇に設置している転移扉を隠しているぐらいだ。
流石にそれぐらいの観察眼をギルは持ってるみたいだ。
俺の方をチラリと見てきた。
分かってますよと言いたげな眼をしている。

「クルーザーってなんやねん?」

「時速百キロ以上出る船のことです、明日にでも見せますよ」

「時速百キロやと?マジかいな?」
ダイコクは呆れた顔をしていた。

「クルーザーは面白いよ、それに楽しいよ」
どうにもギルが前のめりになると脱線しそうになる。
まあいいか。

「そうかい、で、南半球でも神気不足になっとるんか?」

「実はですね・・・」
俺はこれまでの神気減少問題について行ってきたことや、その原因となること、対処方法などについて話をした。
ダイコクは何時になく真剣に話を聞いていた。
やはり彼にとっても神気減少問題は真摯に取り組まなければいけない事柄のようだ。

その対処方法についての質問が絶えなかった。
その様を見る限り、神気の減少に相当に悩まされてきたみたいだ。
ダイコクは今日この魔物同盟国に来た際に感じた神気の充足感に、涙を流しそうだったと言っていた。
その表情を見る限り大袈裟に話しているとは思えなかった。
でも俺に言わせてみれば、この魔物同盟国での神気の充足感は全く足りない。
サウナ島の半分しかないと感じる。
それに日本に帰ればサウナ島の数倍は充実している。

俺が思う以上に北半球での神気減少問題は切実になっているみたいだ。
これは北半球に住む神様全員に影響していることだろう、先ほど話に挙がったエンシェントドラゴンもその限りではないだろう。
それにエリスもそうだろう。

ダイコクはお地蔵さんを十体欲しいと懇願してきた。
勿論快く快諾した。
後はルイベントには教会があるらしく、その改修も頼まれた。
でもダイコクの表情を見る限りこれで一安心ではないのは分かる。
俺は敢えてそこに踏み込んでみた。

「お地蔵さんは明日にでも準備しましょう、でも何か言いたげですよね?」

「・・・敵わんな・・・分かるか?」

「ええ、俺は読心術は使えませんが、表情からある程度の事は分かりますよ。これでも心理カウンセラーですので」

「・・・そうかい・・・心理カウンセラーってのは知らんが、実はな、この北半球では神様離れが進んどるんや・・・」

「神様離れですか?」

「せや、百年前の大戦以降、神様離れが進んでおるんや・・・儚いことやで・・・この世界は神が顕現している世界や・・・神の能力が生活を支えておる・・・でもなあ・・・大戦以来この世界の荒廃は進んでるんや・・・この荒廃した世界を神は救う事が出来へんと神を崇拝する文化が廃れて来ておるんや・・・」

「そんな・・・」
ギルが思わず口ずさむ。

でも俺には分からなくも無かった。
人々にとって、神は崇拝するべき存在であったのは間違いない。
生活を支えてくれた存在なのだから。
でもその存在が、その権能を発揮できない状態になっていることなど、民衆は知りもしないのだ。

もしかしたらその様子は怠慢に見えたのかもしれない。
その権能を使わなくなったのだと・・・
借りにその事情を知ったとしてもどうだろうか?
神様は使いものにならないと吐き捨てることは容易に想像できる。

民衆にとっては日々の生活が最優先事項なのだから。
明日食べる食事を神様が準備してくれる訳ではないのだ。
そうなってしまえば崇拝する必要が何処にあるのだろうか?
そう考えてしまうのは手に取る様に分かる。
下手をすると邪魔な存在と感じてしまうことも考えられなくもない。
能力を持っているが故に、その存在が面倒だと感じても間違いは無いのだ。

それだけの危険の可能性があると、ここに来て俺は痛烈に感じてしまった。
そういった側面をこれまで全く考えてもみなかった。
これは良くない。
逆風と言えなくもない。
まさか風下に立つことになろうとは・・・
よくもこの状況でダイコクはこれまでやって来られたものだと、感心してしまう程だ。

そしてダイコクが不穏なことを言い出した。
「でな、これは悪まで噂や、中には神殺しを生業とする者もおるっちゅう話や、噂やけどな・・・」

神殺し?
余りに荒唐無稽とも言えなくはない・・・
なぜならば神は殺すことは出来るからだ。

前にゴンズ様が言っていた。
神力が無くなった状態で首を切られたら、消滅すると。
しかしそこまでする必要性は何処にあるのだろうか?
神を殺すなんてあまりに恐れ多い事だ。
神罰が降ることも容易に考えられる。
その神罰が末代にまで及ぶ可能性すらある。
どうしてそこまで神を恨むことが出来るのだろうか?

「でもちょっと考えられないですね。神を殺す事に何の意味があるのでしょうか?」

「そうやな、わてもそう思う。いうても噂や、気にせんでええ」
ここは話題を変えたい。

「ですね。他に聞きたいことはありますか?」
話を変えたほうがよさそうだ、現にギルが神妙な顔をしている。
決して心地いい会話では無い。

「せやな、南半球の事を知りたいで」
ここは慎重に話さなければならない、まだ転移扉の存在を明かす訳にはいかないからな。
それにまだダイコクを全面的に信用する訳にはいかない。

「南半球は至って平和ですよ、俺達はほとんどの国や街に訪れましたが、争っている国などは皆無ですよ」

「そうかい・・・それは羨ましいやないか・・・」

「やはり北半球は今でも戦争などがあるのですか?」
終息してくれていると嬉しいのだが・・・

「そうや・・・『ビランジ』国と『ポルレフ』国は、百年前の大戦以降、今だに戦争を継続中や、まあ今では小競り合いになっとるということやが、どうにもあれは止められん。どちらかが滅ぶまで続くやろうな。悲しいことやで」
ダイコクは居たたまれない表情をしていた。

「戦争の原因はそもそも何なんですか?」
これを俺は聞きたかったのだ。

「元々は領土拡大やったと思うで、でもな、それは表面的な理由や、本当の所はよく分からん、せやけど今はもう当初の目論見では無くなっておるんや、先祖の恨みを晴らそうと、復讐の連鎖になっとるんや」
そうなるんだろうな・・・それにしても百年以上も戦争が続くなんて・・・考えられない。
なにより人的な要因もそうだが資源が尽きるに決まっている。
どうなっているんだ?

今では小競り合いとなっているみたいだがそれにしても・・・
よくもそこまで恨みが続くものだな。
俺には全く分からない。

でももし俺の家族に危害を加えられたらどうなんだろうか?
ノンやゴン、ギルやエル、レケやエクスが傷つけられたら・・・
そう考えると分からなくもない。
でもそれを百年も続けられるものなんだろうか?
数年は尾を引くのは想像できる、でも・・・

どこかで俺は気持ちを切り替えるんじゃないかと思う。
前を向いて生きようとするのではないだろうか?
その当事者になっていない俺には、あくまで想像の域を超えることはできないのだが。

「その二国以外でも争いはあるんですか?」

「無くはないが、そこまででもないな。にしてもわてには気になることがあるんや・・・」

「といいますと?」

「そもそも『ビランジ』国と『ポルレフ』国は大戦以前は良好な関係やったんや、それが急に関係が悪くなってもうた。当時を知るわてとしても何であの両国が戦争に至ったのか今でも考えられんのや、それに被害がひどすぎる、なんであそこまで長期化したのかわてには不思議なんや」
ダイコクは眉間に皺を寄せていた。
それに忌避感が表情に現れている。
やはりダイコク神である、その魂の中心には慈悲があり、戦争という物が認められないのだろう。

「どれぐらいの被害がでたんですか?」

「両国共に二十万人の死者がでたんや、ケガや障害を負った者はその倍やで」

「それはひどすぎる、因みに戦力はどれぐらいだったんですか?」

「『ビランジ』国は八十万人『ポルレフ』国は九十万人や」
なるほど、ダイコクが言わんとすることは良く分かる。
戦争において、通常戦力の三割も削られれば、大敗と考えられ、その段階で何かしらの休戦協定が結ばれたりするものである。
しかし聞く限りでは七割以上の消費をしてやっと一時休戦となったようだ。
そこまで争い続けたことに疑問が残る。

それに戦争前までは良好な関係であったことからも、ここまでの消耗戦を行ったことがあまりに異質だ。
恐らくオリビアさんから聞いた大戦の模様の中で使われたであろう洗脳が関係しているのかもしれない。

「因みにその中に魔物達はいたんでしょうか?」

「いや、それは無いな、にしてもどうにも合点がいかんのや・・・」

「そうでしょうね、常識的には考えられない。これは第三者の意図があったということですかね?」
そう考えるのが妥当だろう。
第三者が両国の関係を悪化させ、戦争へと導いた。
戦争を凄惨なものにし、そして何かしらの利益を得ると・・・
もしかして死の商人でもいるのだろうか?

「・・・多分な・・・そうとしか考えられへん・・・」

「そうですか・・・」

「それにあの大戦を気に神気が薄くなりおった・・・これを偶然の一致と考えるのは愚の骨頂やろうか?」
その考えは正しいと思う。

「ですね・・・さっきも話した通り、世界樹が枯れてしまったのも百年前ですしね」

「それはどうなんやろうな?北半球と南半球では関係性がなさ過ぎるで」
確かにそうかもしれない、でも俺にはそうとも言いきれないと考えてしまう。

「考えすぎですかね?」

「答えは分からんがな・・・」

「第三者の意図とは何でしょうか?この世界に戦争を起こさせるメリットが何処にあるのか?そして近年に続く神様への崇拝離れ・・・」
ダイコクは身を乗り出した。

「そこを繋げるんかいな?」
ダイコクは嘘だろうと言いたげだ。

「ええ、そうとしか考えられないですね。第三者の意図が現在の神様離れを意図したものであったとしたならば・・・そのきっかけとして戦争を起こさせて、北半球を混乱に陥れた。としてもおかしくは無い。ただ分からないのは神気の減少をどうやって引き起こしたのかということです・・・」
ダイコクは席に付き、眼を瞑り考えを巡らせだしだ。

そして俺は一つ嫌な可能性を導きだしていた。
それはダイコクが実はその第三者の関係者、もしくは協力者であるとの可能性だ。
それも本人が意図していない上でだ。
そう考える原因はオリビアさんから聞いた大戦の様子の中で、洗脳が使われているのではないかと思ったからだ。

ダイコクが本人の知らぬ間に、洗脳を受けている可能性が否定できない。
俺は念のため『催眠』を発動させていた。
この先ダイコクの発言は潜在意識下の物となる、即ち嘘は付け無いということだ。
相当念入りな擦り込みをされていない限り、自分で思ってもいない発言は出来ない。

「つまりや・・・第三者の意図は神を陥れるということかいな?」

「そうです」
俺はダイコクの表情をこれまで以上に観察することにした。

「そう言われると、確かに辻褄が合うてまうな・・・」

「俺にはそうとしか考えられないですね」
ダイコクは眼をあけてこちらを見定めた。
その眼に曇りは無かった。

「島野はん・・・じぶん相当鋭いな・・・関心してまうで」

「それはどうも・・・」

「ちょっと待ってパパ、整理していい?」
ギルは頭の中を整理したいみたいだ。

「ああ」

「百年前に起こった大戦には第三者の介入があって、友好的な両国が戦争になってしまった。そしてそれは今にも続いている。その意図は神への崇拝を無くさせることっていうことなの?」
恐らくそうなんだろう・・・

「だぶんな・・・俺にはそうとしか考えられない。でもその理由が分からない」

「わてにも見当が付かんがな、それにその第三者はいったい誰やねん」
その発言に嘘は感じられない。
神の権能で支えられているこの世界の根底を覆そうとする行為だ。
意図がそうであったとして、その目的が見えてこない。

この世界を単純に破壊したいということなんだろうか?
それはあまりにも安直過ぎる。
そうであったとして何でこの世界を破壊したいのだろうか?
どうやらここで一旦手詰まりとなりそうだ。
今はこれ以上の考察は出来そうに無いな。
まだまだ情報が足りない。

ダイコクの反応を見る限り、彼は本心を語っているようだった。
疑ってすまないが、念には念を入れなければならない。
俺はそっとダイコクの『催眠』を解いた。
それにしても、北半球は思っている以上に不穏な空気が漂っているみたいだ。
でも俺に出来ることにはまだ限りがある。
今一度能力の開発を行うべきなんだろうか?

まずはこの情報を南半球に持ち帰るべきだろう。
神様ズとの会議が必要な段階がきたみたいだ。
五郎さんやゴンガスの親父さんと意見を戦わせてみたい。

「そんな不届き者が居ようとは・・・」
これまで黙っていたソバルが呟いた。
その眼は何かを決心した眼をしていた。



その後、いい時間になってしまった為、今回はお開きにすることにした。
ライルが完全に鼾をかいて寝だしてしまったのだ。
ダイコクさんとライルは魔物同盟国に滞在することになった。
彼らが満足するまでは帰ることはないだろう。
ダイコクさんは嬉しそうにそう宣言していた。
そうしてくれて構わない。

こちらとしてもまだまだ話したい事や聞きたい事が山ほどある。
ここからは時間も必要になるだろう。
せっかく袖振り合う隣人が出来たのだ。
じっくりと関係を深めたいものだ。
まだまだ先は長そうだ・・・

翌日。
ダイコクは案の定商売についての話を持ち出してきた。

「島野はん、魔物同盟国からわては何かと仕入れをしたいんやが、ええか?」
ひょうきんなその顔からは、何がなんでもやるとの意思を感じた。
ルイベントは物資が足りてないのだろうか?
詳細を聞くのは憚られるのだが・・・

「ダイコクさん、それは俺に言ってもどうにもなりませんよ。俺はこの国のアドバイザーでしかありませんから、ソバルや首領陣と話し合ってくださいよ」
ダイコクはそうなのか?と言う表情をしていた。

「さようか?じぶん、もっと欲張ったらどうやねん?商売人としても一流の腕を持っとんのやさかい」
お褒め頂き光栄です。
でも俺は商売人ではありませんよ。

「いえ、俺はもう充分に南半球で稼がせて貰ってますので、結構です」

「それは御大層なことやないか、ほなソバル達と話しおうてくるわ」

「お手柔らにしてやってくださいよ」

「分かってとるわ、ソバルはわての息子みたいなもんや、あいつにはちゃんと商売を教えたらなあかん。それにかつてないぐらい、神力が回復しとるんや、今やらんでどうするっちゅうねん」
ダイコクはやる気満々だ。

「よろしくお願いしますね」

「島野さん、またっす」
ダイコクはライルを連れて立ち去っていった。



俺はサウナ島に帰ることにした。
ちゃんとギルに一声かけてからね。
ギルに言っておけば、何かあった時に直ぐ転移扉が開けるからね。

俺はサウナ島に帰ってきた。
随分久しぶりに感じる。
最近は魔物同盟国で寝食を共にしていたからね。

事務所に行くと、マークとロンメルが打ち合わせを行っていた。
こいつらには面倒を掛ける。

「あれ?旦那、久しぶりじゃねえか」
ロンメルが俺を見つけて挨拶をしてきた。

「島野さん、お久しぶりです」
二人が立ち上がろうとするのを俺は手で制した。

「久しぶりだなお前達、調子はどうだ?」

「万事順調ですよ、最近ではいろいろと慣れてきましたよ」
マークは自信ありげだ。

「そうか」

「商人の追い払い方も、やっと板に付いてきましたよ」
何とも逞しいことだ。
サウナ島はこいつらに任せておけば大丈夫だろう。
いよいよ社長の座を譲っても良いのかもしれないな。
俺は名誉職の会長にでもなった方がよさそうだ。

「旦那どうしたんだい?何かあったのか?」
ロンメルが伺ってきた。

「何かあったといえばあったな。近々神様ズと会議をしたいんだが、いつなら集まりそうだ?」
それを受けてマークが答える。

「三日後が報酬の日になってますので、その時でどうでしょうか?」
スケジュールの把握もお手の物みたいだ。

「分かった、じゃあ俺は行かせて貰うぞ」

「どうぞ、あっ!そうだ、ゴンガス様が帰ってきたら寄って欲しいと言ってましたよ」

「親父さんが?じゃあよってみるか」

「旦那は今日の夜はこっちかい?」
ロンメルが呼び止める。

「いや、特に決めてないぞ」

「久しぶりに晩酌でもどうかと思ってな」

「そうか、付き合うぞ」
ロンメルとマークは嬉しげだ。

「分かったファミリーの皆に声を掛けておくよ」

「任せる」
ファミリーか・・・初期メンバーのことだな。
こいつらと飲むのも久しぶりだな。
俺はゴンガスの親父さんのところに向かった。



赤レンガ工房に行くと、親父さんがちょうど作業を終えて、休憩していたところだった。
バイトなんだろう、フレイズもいた。

「お前さん、久しぶりだの」

「島野!久しぶりだな、ナハハハ!」
フレイズは相変わらず煩い。

「どうも、親父さん何か用事がありましたか?」

「おお、まずは座れ、北半球はどうだの?」
俺はソファーに腰かける。

「ええ、いろいろとありまして、三日後の報酬の日に皆さんと会議を行おうと考えていたところです」

「そうか、何か北半球で新たな素材となる物でも見つけておらんかと思っての?」
なんちゅう鼻を持っているんだ。
怖いぞ、正直。

「なんちゅう利く鼻を持ってるんですか?呆れますよ」
親父さんはにやけている。

「そんなことだと思っておったぞ、儂の勘は鋭いからの」
今度はドヤ顔だ。

「やれやれ」

「いいからはよ出さんか」
手を差し出されてしまった。

「分かりましたよ、まったく」
俺は『収納』からリザードマンの鱗を取り出した。
親父さんに手渡すと、鱗を叩いたり、表面を撫でたりしていた。
リザードマンの鱗を余念無く確かめている。

「これは何だ?」

「これはリザードマンの鱗です」

「リザードマン?」

「はい、魔物ですよ」

「なんと魔物とな、狩ってきたということかの?」

「いえいえ、違いますよ。詳しくはまた今度話しますが、魔物の国を造りあげたんです。その魔物の仲間の一種族がリザードマンで、彼らから鱗が生え変わった時に、何かに使えるならと提供されたんです」

「魔物の国を造り上げただと?お前さん・・・相変わらず出鱈目だの。呆れるわい」
ふっ!やり返してやったぞ。

「魔物の国ではこれを皿などに加工して使ってますよ」
フレイズは暇そうにソファーに横になり出した。
遠慮も無く欠伸をしている。
リザードマンの鱗には全く関心が無いみたいだ。

「なるほどの、この素材なら軽くて頑丈だ。食器類なら落としても割れないから良いのう。防具の素材としても使えそうだの」

「魔物の鍛冶師が皮の鎧に加工して、急所をガードする部分に張ってましたよ」

「ほう、北半球にも立派な鍛冶師がおるようだの」

「ええ」

「ほう、一度会ってみたいのう」
親父さんは魔物に抵抗がないみたいだ。
そもそも魔物を知っているのか?
さっきの発言からは知らないだろうとは思うが。

「俺としては親父さんに弟子入りさせたいぐらいですよ」

「そうか・・・久しぶりに弟子を採ってみるかの」
満更でもなさそうだ。

「ちょっと待ってください、まず素材はいいとして北半球とどれぐらい交流を持つのかは他の神様達と話合うべきでしょう?」

「そうか・・・そうだの。儂の一存とはいかんのう、しかし話を振ったのはお前さんだろうが」

「でしたね・・・まあそういった点含めて三日後の会議で話し合いましょう」

「そうだの・・・」
というと親父さんは俺に手を差し出した。

「何ですか?」

「他にもあるんだろ?」
何ともあざとい・・・
どうしてこうも鼻が利くんだろう。
まさに神業だな。
俺は『収納』からアラクネの糸を取り出し、親父さんの差し出された手に渡した。

「はやりあったか」

「これ以外はもうありませんよ」

「・・・」
親父さんは俺の眼をじっと睨みつけてきた。
そんな眼で見られても無いものはないんだって。
嘘はついてないっての。

「嘘はついてないみたいだの」

「俺が嘘を付いたことがありましたか?」

「無いのう・・・」

「でしょ?」
俺の反撃も意に介さず、親父さんはアラクネの糸を捏ねくりだした。

「うーん、これもいいのう。丈夫な上に伸縮性もある。最高の素材だの」

「ですよね」

「それでお前さん、どれだけ準備出来る?」
気の早いことで。

「そこが問題なんです」

「というと?」

「北半球は南半球と金貨が違うんですよ、南半球の金貨を北半球に持ち込んでも使えないと思うんですよね。魔物達がこのサウナ島にやってきてもいいというなら話は簡単なんですけど」

「そういうことか・・・物々交換が妥当というところだの」

「そうなりますね、今はそれ以外ないと思います」

「北半球では何が求められておるんだ?」

「今は魔物の国しか知りませんが、魔物の国も衣食住には困らない状況になっています。足りないものは技術力ですね」

「技術力か・・・難しいのう」

「とは言ってもそこに拘らなくても、何かと足りてないことに変わりは無いので、どんなものでもある程度は喜ばれるとは思いますよ」

「そうか」

「一先ずリザードマンの鱗とアラクネの糸を準備させておきますよ、今は手元にあるのはこれだけです、差し上げますよ」

「元よりそのつもりだの」

「・・・」
ほんとにこの人は・・・好きにしてくれ。
全く、いい加減遠慮を覚えてくれよな。

「フレイズ、二酸化炭素ボンベのバイトは順調か?」

「おお、マークに定期的にお願いされてやっておるぞ、こちらとしても助かっ
てる」

「そうか、まだサウナビレッジに忍びこんでないだろうな?」
フレイズはしまったという顔をしていた。

「お前な・・・仮にも上級神だろ、自覚は無いのか?」

「辛くて旨い物が、何でスーパー銭湯では食べられないんだ?そのことの方が問題だろうが」
確かに・・・これまでは棲み分けとしていたからそうしていたが、そろそろ変えてもいいかのしれないな。

「しょうがないな・・・スーパー銭湯でも食べれる様に検討してみるさ」

「本当か?!」
フレイズはソファーから飛び起きた。
そうとう嬉しいみたいだ。

「お前、それほどのことなのか?」

「そうだ、我にしてみれば切実な問題だ!麻婆豆腐とスパイシーピザ、なんと言っても台湾ラーメンを食べられないなんて、我には地獄の苦しみと同じだぞ!」
地獄の苦しみって・・・大袈裟だろうが。
神が地獄とかって言うなよな。

「分かった、分かった、何とかしてやるから安心しろ」

「島野ー!恩に着るぞ!ナハハハ!」
やれやれだ。
俺は赤レンガ工房を離れることにした。
アホのフレイズに構ってはいられない。



そろそろ髪を切りたいなと思い、美容室アンジェリに向かうことにした。
でも予約は要れていないから切っては貰え無いかもしれないが・・・
美容院アンジェリに着くと店の中に入る。

「あ!島野さん、お帰りなさい」

「ほんとだ島野さん、お帰りなさい」
メグさんとカナさんが独特な挨拶をしてくれる。
身内と思ってくれるのは嬉しいが少々照れる。

「あれ守っち久しぶりじゃない、元気してた?」
珍しくアンジェリっちが奥の休憩室でゆっくりしていた。

「まあね、元気だよ」

「どうしたの?」

「予約は要れてないけど、もし可能なら髪を切って貰えないかなと思ってさ」

「いいよ、今からならね」

「そう、じゃあよろしく」
俺は適当に空いているカット台に座る。
通い慣れたお店。
気心しれた店員。
アットホームな感じに心が和む。

「いつも通りでいい?」
アンジェリッチが鏡越しに問いかけてきた。
いつも通り、要はお任せである。

「いいよ」
アンジェリッチが俺の髪に集中する。
どうしようか思案中みたいだ。
不意にハサミを持ち出して、カットを始める。

「それで、北半球はどうなの?」
ここでそれを聞くかね。
話せる訳が無いでしょうが・・・

「ここで話せる内容ではないな、三日後の報酬の日に会議をするからそのつもりでいて欲し」

「分かったわよ」

「お店は順調か?」

「まあね、何とかスタッフが育ちだしてきたから、忙しさは前ほどではないわよ」
確かに見かけないスタッフが三名ほどいた。
全員美女なのはたまたまなのだろうか?

「それは良かった」
そういえば、ゴブコはお洒落が気になるのだろうか?
気になるに決まってるよな。
年頃の女の子だもんな。
北半球に美容室はあるのだろうか?
人族の国や街にはあるんだろうな。
魔物の国にはいるのだろうか?
そりゃあ欲しいよな。

「最近はあっちで寝泊りしてるんだって?」

「ああ、俺達用の家を建ててくれたんだよ。使わない訳にはいかないだろ?」

「へえー、そうなんだ。家を建ててくれたって凄いじゃんね」

「まあね」
こんなやり取りを俺達は楽しんだ。
アンジェリっちとは話のテンポがよく合う。
たまに砕けすぎた言葉を彼女は使うが、最近では気にならなくなってきた。
俺はもはや方言だと思っている。
そうこうしていると、シャンプー台に誘導された。
どうやら髪を切り終えたようだ。

オゾンセラピーを受けるのも久しぶりだ。
そうそうこの独特な匂い、毛穴の中から汚れが落ちていくのが分かるぐらいだ。
思わず眠りそうになってしまった。
まずい、まずい。

オゾンセラピーを終え、カット台に誘導される。
魔道具のドライヤーで髪を乾かしてもらう。
地味にこの髪を乾かして貰うのが好きなんだよな。
魔道具のドライヤーを魔物の国にも持ち込むべきなんだろうな。
等と考えていると、仕上がっていた。

「はい、お終い」
アンジェリっちに肩を叩かれた。

「そう、ありがとう」
流石はアンジェリッチだ。
三十分と掛かっていない。
受付で料金を支払って、俺は美容室室アンジェリを後にした。

「じゃあ、アンジェリっちまたね」

「またね~」

「「いってらっしゃいませ~」」
メグさんとカナさんの独特な挨拶が響いていた。
やれやれだ。



俺は久しぶりにスーパー銭湯の大食堂の厨房に入った。
メルルはちょうど休憩の時間だった。

「メルル、久しぶりだな」

「島野さん、ご無沙汰じゃないですか?それでどうしたんですか?」

「いや実はな」
俺はこれまでのサウナビレッジとの食事内容の棲み分けを無くすことをメルルに告げた。

「いいですよ、造り方はここのスタッフはほとんど知ってますし、そもそも厨房のスタッフ用に裏メニューとして、こっそり作ってましたから」
マジか?!
なら話は早い。

「じゃあ明日からそうしてくれ、フレイズが連日食いに来るだろうから、よろしくな」

「フレイズ様ですか、あの人辛い物に目が無いですからね。何度かカツカレーをもっと辛くしてくれと言われましたからね」

「あいつらしいな、まったくどこが上級神だよ」

「ですね、島野さんは今日はこっちですか?」

「ああ、そのつもりだ。ロンメルからはまだ聞いてないのか?」

「聞いてないですよ」

「ファミリーで今日は晩酌をしたいって言ってたからな」
すると裏口を跨いでちょうどロンメルがやってきた。

「なんだ旦那がいるじゃねえか、メルル旦那から聞いたか?」

「今丁度ね」

「じゃあそういうことなんでよろしく」
と言うとロンメルはさっさと立ち去ってしまった。

「あいつもなんだか忙しそうだな」

「そうですか?ロンメルは前からあんな感じですよ。要件が済んだら、じゃあなって」

「そうか?」
相手によって対応を変えてるんだろう。
ロンメルは器用なところがあるからな。

「何か食べていきますか?」

「そうだな・・・じゃあ台湾ラーメンを頼む」
話してたら食べたくなってきてしまった。

「早速ですね、準備しますよ」

「よろしく」
俺は大食堂に入り、久しぶりに台湾ラーメンを食べることにした。
お客の数名からはそれを見て。

「おお!遂に解禁か?」

「ここでもサウナビレッジの食事が食べれるのか?」
と早くも評判になっていた。

「すまないが明日からだ」
と俺はお客に詫びつつも台湾ラーメンを堪能した。
にしてもこんなに辛かったっけ?
ゴブオクンがこれを食べたらどんな反応をするんだろうか?
きっと、辛くて死にそうだべ~、とでもいうのだろうな。
明日にでも料理班にレシピを教えてやろう。
それにしても汗が止まらん。
これはいかん、風呂とサウナだな。

俺は食後一度家に帰って、風呂の準備をして一目散にスーパー銭湯に駆け込んだ。
サウナ島のスーパー銭湯も久しぶりの様な気がした。
週末は日本に帰っているので、おでんの湯は久しぶりには感じないが、ここは久しぶりと感じる。

まだ昼過ぎの所為か、お客は少なかった。
客数が少ないからサウナの温度も高めだ。
体感的には百度に届くぐらいだ。
やっぱりここのサウナも気持ちがいい。
自分で造っておいてなんだが、最高のサウナだ。
良い感じで汗をかいた。

掛け水をしてから超冷水風呂に入る。
身体が一気に熱を奪われる。
そして水風呂に入る。
ゆっくりと身体から熱が去っていく。
パパとギルの部屋に入り、インフィニティーチェアーに腰かける。
『黄金の整い』の時間だ。

はやり北半球よりも神気が濃い。
充実感がある。
最高だ!
はあ~、整った~。

久しぶりのサウナ島のスーパー銭湯を、これまで以上に満喫出来た気がした。
北半球にもスーパー銭湯を造ろうかな?
魔物の国には特産品はいくつもあるが、目玉となる物は図書館となりそうだ。
特に漫画の人気は凄い。

図書館は無料だ。
直接利益には繋がらないが、それをマグネットに宿屋や、定食屋、屋台や服飾屋等でお金は落としてくれるだろう。
魔物の国にとってはそれでも意味があるが、それ以上にする必要があると思う。

スーパー銭湯の建設となると、一筋縄ではいかないが、今のあいつらなら可能だと思う。
それに俺のアドバイスで更に盤石となるだろう。
できれば、このスーパー銭湯をまずは見せて、体験させてやりたい。
特に建設を行うであろうオクボスやゴブロウには見せてやりたい。

魔物の一団がスーパー銭湯にやってくる・・・
俺にとっては違和感が無いし、別にいいじゃないかと思う。
だが他の者達はどう思うのだろうか?
まず南半球の人達は魔物の存在を知らない。

突然現れる知らない種族にどんな反応を示すのだろうか?
それもこれまでに見て来なかった生体の者達だ。
アラクネ達やジャイアントキラービー達は、獣スタイルを見せる訳にはいかないだろう。
ほどんど獣と変わらないからな。
まあ、人化が出来るから問題ないだろうけども。

オーガは唯一、魔人と変わらない、というかほぼ魔人だ。
コボルトとオークは獣人と見えるのか?
無くは無いか?
ゴブリンは肌色以外は人族と変わらないか?
よく分からん、見る人次第だろうな。

恐らく初期メンバー達は何とも感じないだろう。
俺が連れて来たとなれば猶更だ。
あいつらはそれなりに修羅場を潜っている。
種族の差なんて関係ないと受け取るだろう。
それに俺の思考に近づいているだろうからな。

神様ズはどうだろうか?
驚きはするだろうが、だから?といった具合だろう・・・だぶん。
オズ辺りは始めは警戒するかもしれないが・・・
問題は常日頃このサウナ島を利用してくれているお客達だ。
どんな反応になるのか想像もつかない。

会議を迎えるにあたって俺は考えなければならないことの多さを感じていた。
さて、どうしたものか・・・

その後、俺はマーク達初期メンバーと宴会をすることになった。
ギル達島野一家はこんなことになるだろうと、サウナ島に帰ってきていた。
テリーやフィリップ、ルーベンやリンちゃん、レケ達も加わってきた。
レケとエクスは俺達を見つけるなり、駆け寄ってきて。

「寂しかった~」
と泣いていた。
おいおい、大丈夫か?
その後、二人は調子に乗って飲んだくれていた。
宥めるのに大変だった。
やれやれだ。
報酬の日を迎えていた。
サウナ島の事務所の会議室で、毎月の報酬の授与が行われている。
今日は俺がいるので、俺から神様ズに報酬を手渡すことにした。
全員喜んで受け取ってくれた。
お礼も言ってくれている。
ありがたいのはこちらだっての。
いつもありがとうございます。
今後もサウナ島をよろしくお願いします。

本来であれば、この後宴会へと突入するのだが、今日はそうはいかない。
北半球についての話をしなければならない。
神様ズには既にそう伝えてある。

メンバーは俺の外にギルとゴン、マーク、ロンメル、ランドが同席している。
恐らく俺とギル以外の者が発言をすることはないだろう。
身を弁えているということだ。

神様ズに加えて、アースラ様も同席していた。
アースラ様は戦争のその後が気になるのだろう。
外の上級神達は居なかった。
多分、スーパー銭湯でゆっくりしているのだろう。
アースラ様はとても面倒見がいい。
大変ありがたい。

「皆さん、いつもありがとうございます。大変助かってます。今後ともよろしくお願い致します」
自然と拍手が起こった。

「さて、今日は皆さんに報告と相談があります」
全員息を飲んで俺の次の言葉を待っている。

俺がここ半年、北半球で暮らしていたことは、皆な知っている。
遂に北半球の状況が分かるとの緊張感があるのだろう。
いつもならこうはいかない。
全員好き勝手に騒いでいるからね。
纏まった試しがないよな。
あー、珍し。

「北半球に足を踏み入れてから約半年が経ちました。これまでの報告と皆さんの意見を聞きたい事柄があります」
全員が頷いた。

「島野、やっと聞かせてくれるってえことかい?」
五郎さんが場を和ませるようにお道化て見せていた。
大変ありがたい。
これで要らない緊張感が解れる。
数名の神様は顔を綻ばせていた。

「そうです、まずは報告させて貰います」
俺は北半球に降り立ってからの出来事を、詳らかに話した。
時折、ゴンズ様や、ゴンガスの親父さん、ファメラからの質問もあったが、スムーズに話をすることができた。
全員が集中して話を聞いている。
ふざけたことをする者もいない。
フレイズが居なくてよかった。
あいつがいたら場をぶち壊しかねない。
自分勝手に変な事言ったり、欠伸をかいて、寝だすに決まっている。

「ということで、俺達は魔物同盟国を建国しました。魔物達は国として認められようと必死に頑張っています」
ここまで結構な時間を有してしまっていた。
途中でギルとゴンも加わって話を重ねていた。
俺一人で話すより、こいつ等にも話して貰ったほうが、真実味があるだろう。

「守さん・・・戦争についてはどうなの?」
オリビアさんが手を挙げて言った。

「オリビアさん、それは後で話します。気になっているのは分かってますが、まずは順序という物がありますので」

「そうよね・・・ごめんね・・・」
いつになく真剣な表情のオリビアさんだ。
気持ちは分かるが、そう焦らないで欲しい。
ちゃんと話しますからね。

「島野、その魔物なんだがな、お前が加護を与えて進化した、そして知性を得たのは分かった。そうなると、人族と何が違うってんだ?食う物もほとんど同じなんだろう?俺には違いが分からねえ」
ゴンズ様のストレートな意見だ。

「儂も同意見だの、ただの種族差としか思えんのう」
ゴンガスの親父さんも同意のようだ。

「島野、一度その魔物達をサウナ島に連れてくるってのはどうでえ?その方が話がはええんじゃねえのか?」
五郎さんらしい発想だ。

「守ちゃんちょっと待って、私は少し及び腰よ。魔物はそもそも北半球にしかいないのよね?それにあの戦争には関わっているのかしら?」
マリアさんは随分と戦争が尾を引いているみたいだ。
それを否定はしないのだが。

「魔物達が戦争の話を口にしているのは見かけたことがありません、それに後で詳しく話しますが、俺は北半球で一人の神様に出会いました。その神様から当時の戦争の話を聞く事ができましたが、魔物達が戦争に関わっていたとは聞いていません」
ダイコクさんからの話ではそうなっていた。
魔物達は戦争には加担していない、そもそも知性の低い魔物が戦争に混ざることは考えづらい。
それに基本的にあいつらは温厚だ。
奴隷にでもされない限り、戦争に加わるとは想像できない。
自らの意思で戦争に関わる訳がない。

「そうなの・・・で、その神って誰なの?」
ファメラからの質問だ。

「ダイコクという神様で、商売の神様だよ」

「商売ですか?」
ランドールさんには以外みたいだ。

「そうです」

「島野さん、北半球は神気がかなり薄いという話でしたよね、それで商売を行っているとなると、その神は神力が足りているのですか?」
なるほど、商売の性質を考えてのことだったんだな、そう考えるのは理解できる。
だが聞く限りでは上手くやっているんだよな、あの神は。

「ダイコクさんが特に神力が多いとは思えませんね、商売に関しては随分上手く立ち回っているみたいです、自分では直接行わず、上手く人を使っている、そんな印象ですね」

「ほう、随分頭のきれる奴みたいだな」
ゴンズ様は関心そうに首を縦に振っている。

「島野・・・商売の神様でダイコクっていやあ・・・おめえ・・・」
五郎さんには心当たりがあるのだろう。
同じ日本人だしね、そりゃあ考えてしまうよね。

「そうです、七福神のあのダイコク様です。そっくりですよ」
あり得ないぐらい似てますよ、笑えるぐらいに。
ノンは関西弁に大うけしてしてたしね。

「ほんとうか?・・・なんでえそりゃあ?・・・」
五郎さんは頭を抱えていた。

「エンゾよ、主としては気になるところじゃないのかえ?」
アースラ様は真っすぐにエンゾさんを見つめていた。

「そうですね、類似性がありそうですね」

「島野さん、外には神はいませんでしたか?」
オズからの質問だ。

「今のところダイコクさんしか会ってないよ、でも可能性がありそうなのは、ドラゴンを祭る村があるみたいなんだ、そこではリザードマン達が住んでいて、エンシェントドラゴンも住んでいるということなんだ」

「え?嘘でしょ?エンシェントドラゴン?まさか・・・実在したんですか?」
ガードナーは眼を見開いていた。

「ギル君、もしかしてその村にエリスが居るのではないのか?」
オズは期待の眼差しをギルに向けていた。
こいつらも仲良くなったものだ。
年齢差はあるが、友人関係は継続中みたいだ。

「オズさん、それは分からないよ。でもエリスは生きている、それは間違いない。必ず僕はエリスに出会ってみせるよ、それにエンシェントドラゴンにも会ってみたいんだ。僕のどれだけ前の親戚なのか分からないけどね」
ギルは心強く宣言した。

「そうか、ギル君は相変わらず強いな」
オズは何度も頷いていた。
そんなギルの姿にオズは誇らしげにしている。

「儂もそのエンシェントドラゴンってのに会ってみてえな、ギル坊よ」
五郎さんとしては、孫と変わらないギルの親類には会ってみたいのだろう。
その発言にギルも喜んでいる。

「私も会ってみたいよ」
カインさんまで言い出した。

「守っち、ちょっと話が捕っ散らかってるわよ、まずは魔物達の取り扱いについて決めないといけないんじゃなくて?」
アンジェリッちが起動修正してくれた。
助かる。
危ない、危ない。
神達ズの勝手を許すところだった。
神様ズは気を付けないとペースを持ってかれるからね。

「そうだった、ありがとう。俺としては一度サウナ島に魔物の首領陣を連れて来てみたいと思うのと、数名の魔物を親父さんとランドールさんに弟子入りさせたいと、考えているんですよ」
そうなのだ、俺はつくづく考えていたことだった。
魔物達は優秀だ、あいつらならば今以上に魔物の国を発展させる技術を習得できるはずだと。

「私のところに弟子入りかい?」

「そうです、大工仕事に長けたオークと、ゴブリンがいます。預かって貰えませんかね?」
ランドールさんは頷いた。

「こちらとしては、ありがたいことだよ。人出は大いにこしたことはないからね」

「それにゴンズ様の処にもコボルト達を預けたいし、アンジェリッチのところにも何人か通わせたいし、詰まる所、魔物の国には技術が足りてないから修業をさせたいんですよ」
そうなのだ、技術を習得させたいのだよ。
今以上に魔物の国を発展させるには、島野一家の力だけではそろそろ限界なのだ。

「なるほどな島野、良いんじゃねえか?俺は構わねえぞ」

「儂もいいぞ」

「では私にも何人か預けて貰えるかな?」
どうやら各自修業先にはこと欠かないみたいだ。
大変ありがたい。

「島野よ、その前にまずは俺らが魔物の国に行こうじゃねえか、その方がよくねえか?」
ゴンズ様からのありがたい申し入れだ。
その発言を待っていた。

「島野君、私もその方が良いと思うわ。受け入れるのもいいけど、まずは見てみたいわね。それにダイコクさんにも会ってみたいわね」
エンゾさんからも同意見を貰った。

「では、まずは魔物の国に皆でいきましょう。どうですかね?」
賛同の声が挙がる。

「構わねえぞ」

「そうしましょう」

「だね」

「いーよー」
全員賛同してくれたみたいだ。
ありがたい。
これにて神様ズご一行が魔物の国に向かう事が決定した。



小休憩を挟む事にした。
此処から更に集中力を必要とするからだ。
この時の為に、メルルにはシュークリームと茶菓子を準備して貰っていた。
全員が好きな飲み物とお菓子を楽しんでいる。
これで頭をリセットできただろう。

そろそろ会議を進めよう。
今日はこの後宴会の為、魔物の国に行くのは後日ということになった。
まあ神達ズが宴会を延期するとは考えづらいからね。
どうせ俺の奢りだ、好きに食って飲んでくれ。

そして俺はダイコクさんから聞かされた大戦の話と、神様離れについての話をすることになった。
全員が押し黙って話を聞いていた。
アースラ様も難しい顔をしている。
相当に衝撃的だったみたいだ。

特に大戦のあまりの惨劇と、通常では考えられない出来事に空気が重たいものになっていた。
特にその犠牲者数に皆な厳しい表情をしている。
平和な南半球からは考えられないことである。
加えて神様離れだ、南半球の神様を軸とした生活模様からは想像以上の事柄なのだろう。
ドラン様は顔色が真っ青になっていた。

「というのが大戦の結末です、残念ならが今でも小競り合いは続いていて、両国は戦時中となっています」

「何て業が深いの・・・」
オリビアさんが呟いた。
全員俯き加減だ。
何とか北半球の状況を受け止めよとしているのが分かる。
呻いている神様もいた。

「それとこれは悪まで噂ですが、神殺しを生業とする者がいるとかいないとか・・・」
俺は言うべきかどうか悩んだが、ここは詳らかにしなければならないと伝えることにした。

「ちっ!ふざけやがって!」
ゴンズ様が吐き捨てた。

「何それ、喧嘩売ってんのかな?」
ファメラまで三白眼になっている。
案の定の反応だ。

「ちょっと、あくまで噂だって」
落ち着きなさいっての。

「でも島野さん、北半球では神の扱いがこちらとは随分違うみたいですね。下手すると悪者ですね」
オズが感想を述べる。

「ああ、それに大戦について俺とダイコクさんとの間で考察してみたんだが、どうにも大戦には第三者の意図を感じるんだ、オズが言った通り北半球では神様離れが進んでいる、逆風と言っても良いのかもしれない。それは神気が減ってしまい、権能を発揮できなくなってしまった事が原因なのだが、大戦の真の狙いは神様離れを起こさせる事で、大戦は単に切っ掛けなんじゃないかと思うんだ」
全員がまさかという表情をしていた。

「守ちゃん、それは何となく分かるけど、神様離れをさせる目的はなんなのよ?」
マリアさんがぐいっと前に出る。

「それが分からないんですよ、単純にこの世界の崩壊を目論んでいるなんて安易な目的とは考えられないですね、俺としては」

「そもそも神気を減少させている原因は何なんだろうか?」
カインさんが疑問をぶつけてきた。

「それが最大の疑問なんですよ、まずはそれをどうにかしたいのですがね・・・」
これさえどうにかなれば、どうとでもなる。
それぐらい神気減少は大きなファクターなのだ。
逆をいうとそれを分かっての神気減少なのだろう。
それを思うと一手先を行かれている様で歯痒い。
相手はこちらを研究しているのがよく分かる。
その対応から決して甘く見てはいけない相手だと気を引き締めざるを得ない。
先手を取られたようで苛立ちすら感じる。
神に喧嘩を売る。
そういうことなのだろう。

「そうだよな、神気の減少が無くなれば、世界の崩壊を阻止できるし、その第三者に手痛い思いをさせれるということだよな」
カインさんは頷いていた。
それが出来れば逆転の要素となる。
でもここまでの流れをみる限り、それすらも想定している可能性もある相手と考えた方がよさそうだ。
かなりの手練れだと認識しよう。
正体の見えぬ相手だが、舐めてかかる訳にはいかない。

「そうなりますね、俺の考察としては、戦争に目を向けさせている間に、何かしらの手で神気の減少を起こさせたということですね」

「ダイコクさんにその第三者の心当たりは無いのだろうか?」
ランドールさんが俺の方を見て言った。

「無いということでした」

「それはほんとうなのかしら?」
横からエンゾさんが意見を述べる。
その視線は鋭い。

「といいますと?」

「疑えば切りがないけど、北半球に住んでいて、商売の神をやっているとなると、いろいろな情報が集まってくるはずでしょ?百年も経っているのに心当たりすら無いなんて、私にはちょっと考えられないわね」
エンゾさんの意見は的を得ている。

「それは当人と話してみれば分かると思います。俺には彼が嘘を付いているとは思えませんでした、それに彼としてもこの百年間、水面下で商売を行ってきたと言っても過言では無いのですよ。そうそう情報が集まって来る状況であったとは考えられないです、それに彼も被害者なんです、神気の減少で相当制限して商売を行っていると言ってましたしね」
エンゾさんは片眉を上げた。

「確かにそうかもしれないわね・・・私は可能性の話をしたまでよ」

「おい、エンゾ、同僚を疑うなんてどうかしてるぞ?」
オズがツッコむ。

「だから可能性の話だって・・・」

「オズ、エンゾさんの考えを責めないで欲しい、実は俺もダイコクさんを疑ったのも事実なんだ」

「そうなんですか?」
オズは素っ頓狂な声を挙げた。
相当以外だったらしい。

「ああ、エンゾさんの言う通りその可能性は否定できないからな。だから俺はダイコクさんにこっそりと洗脳の可能性が無いかを確かめてみたんだ」

「洗脳って、島野君、あなた私より酷くないかしら?」

「それは言いっこ無しということで・・・前にオリビアさんから大戦の話を聞いた時に洗脳を行っている可能性が高いと思ってましたので・・・」

「まあいいじゃないか、そのダイコクとやらは白なんだろ?」
ゴンズ様が割って入ってくる。

「はい、そうです」

「それに魔物の国にいけば、そのダイコクにも会えるんだろ?」

「そうなりますね」

「なら俺達が直接乗り込んで、見極めてやろうじゃないか。なあ?」

「そうだの」

「だな」

「その方がいいね」

「そうしよう」
神様ズは魔物の国でダイコクさんと会う事になった。
ダイコクさんにしてみれば、突如十数名の神に囲まれることになる。
大丈夫なんだろうか?
まああの人なら問題ないだろうな。
それにしても魔物の国にとっては転換期を迎えることになりそうだ。
少々以外だったのは、北半球との接点を持つのはもっと先になると考えていたからだ。
こうもあっさりと乗り込むことが決まろうとは、どうにも神様ズは好奇心の旺盛な神様ばかりのようだ。
やれやれだ。



その後、恒例の宴会となり、神様ズは大いに賑わっていた。
俺は何故だかアンジェリっちとオリビアさんに捕まってしまい。
窮屈な思いをすることになってしまった。

その原因は珍しくヘベレケになったオリビアさんが、俺に絡みだしたからだ。
大戦のその後を知ったことで、何か思う処があったんだろう。
まるで鬱憤を晴らすかの如く、ガバガバとワインを飲んでいた。
そして何故だか、アンジェリっちからはその様子が気にいならなかったのか。

「守っちはオリビアに甘すぎる!」
とお叱りモード。
何故かこってりと叱られることになってしまった。

外の神様ズは流れ弾が来ない様に絶妙な距離感を保っていた。
あのマリアさんまで救援には来てくれなかった。
俺が何したってんだよ~!
許してくれ~!
やれやれだ。


神様ズご一行が魔物の国に訪れる日がやってきた。
前回の会議からちょうど一週間後だ。
魔物の国にある島野一家のロッジに繋がる転移扉の前で、神様ズは纏まることなく賑やかにしている。

俺は遠足の引率をする教員の様な気分になっていた。
一列に並んでください。
無駄口は利かないでください。
静かにしてください。
とアナウンスしたくなる。
どうせ聞いてはくれないことは分かっているので、いちいち言わないのだが・・・
もう好きにしてくれ。
やれやれだ。

俺は転移扉を開いて、先に魔物の国に移動した。
その後続々と神様ズが続く。
ロッジの扉を開いて、俺達は、魔物の国に降り立った。

「「「「「いらっしゃいませ!!!」」」」」
俺達は魔物達の歓迎を受けることになった。
なかなか見物だった。

魔物達が綺麗に整列し、列を成していた。
一糸乱れぬとはこのことだろう。
等間隔で整列している。
そして全員が片膝を付いていた。
荘厳な風景だった。
思わず背筋が伸びる。



俺は前もって首領陣に話をした。
南半球の神様の一団がこの魔物の国にやってくると。
プルゴブ始め、ソバル達首領陣はこれに大興奮していた。

「遂にこの国が認められる時が来たのですね!」

「人族よりも先に神々がこの地に訪れて頂けるとは!」

「これは最大限のおもてなしをしなくては!」

「お出迎えの練習をしよう!兄弟達よ!」
と鼻息は荒い。

そしてそれが魔物達全員に話が及ぶと、
「我々はもはや魔物と蔑まれる時代は終わるのですね!」

「島野様!愛してます!」

「こうしてはいられん!今直ぐ準備をしなければ!」

「どうやっておもてなししよう?」
と大騒ぎだ。
いいから落ち着けと言う俺の言葉も耳に入らない。
全員が浮足立っていた。
こいつら大丈夫だろうか?
ゴブオクンに至っては、だべーだべーと騒ぎながら右往左往としていた。
言葉になってないし、何で動き周るんだ?・・・

そしてダイコクは緊張しているみたいだった。
いつものひょうきんな表情は抜け落ち、顔が引き攣っている。
それはそうだろう、神様の一団がやってくると聞かされれば、身構えない訳にはいかない。
いくら同僚といえど、知らない者達であり、それも十人以上の神様が一斉に訪れるのだ。

ダイコクに教えた時には、何の冗談やねんと言っていたぐらいだ。
それが冗談では無く事実と分かると、彼は一度ルイベントに帰って準備してくる、とライルを連れて一次帰国した。

念の為、クロマルとシロマルを警護に付けておいた。
こいつらがいれば、ほとんどの魔獣を寄せ付けないだろう。
向かってきたとしてもあっさり狩ってしまうに違いない。
ダイコクは喜んで受け入れていた。
ジャイアントベアーから襲われたことが、相当堪えたみたいだ。
それにしても何を準備することがあるのだろうか?
よくわからんが、好きにしてくれ。



跪く魔物達の様子に、
「壮観だなー」

「おお!」

「これはこれは、ハハハ!」

「へえー」

「これは見物だね」
と神様ズは好きに感想を述べていた。

「お前さん、躾が成っておるのう」
髭を触りながらゴンガスの親父さんが感心していた。

「躾って・・・俺は何にもしてないですよ」

「そうか島野、でもこの様はそんじょそこらでは見ることは敵わんぞ」
ゴンズ様まで惚れ惚れしている。
これは早く止めさせないと。
この人達に照れは無いのか?
俺は照れてしょうがないのだが。

「お前ら、顔を上げて跪くのを止めるんだ!」

「「「「「は!!!」」」」」
一糸乱れることなく、まるで軍隊の様に全員が立ち上がり、一斉に右拳を心臓の前に掲げた。
おいそれも止めろ!

「休め!」
ここでやっと魔物達がふっと緊張感を解いた。

「おおー!」

「これは素晴らしい!」

「凄いじゃない」

「へえー」
神様ズは拍手をしていた。
その拍手に魔物達は頭を下げる者、照れる者、真摯に受け止める者などがいた。
どうやら練習の成果があったみたいだ。
プルゴブとソバルのどや顔が酷い。

「それで島野?どうするんでえ?」
五郎さんが先を即してきた。

「まずは記念館にいきましょう、そこに会議室がありますので、首領陣と挨拶をしましょう」

「そうかい」
俺は呼びかけた。

「首領陣、記念館に集合だ!」

「「「「「は!」」」」」

「神様の皆さん、記念館に行きますのでついて来てください」
ここからは引率の始まりだ。
神様ズは解散した魔物達に囲まれて、まるで芸能人のようだった。
特にアンジェリっちとオリビアさん、エンゾさんとランドールさんに魔物達が群がっている。

どうやら魔物達はイケメンと美女に弱いみたいだ。
久しぶりに黄色い声援を送られるランドールさんを見た。
どうせ数時間後には鼻の下が伸びまくっているのだろう。
既に一瞬ゴブコを見て、鼻の下を伸ばしていた。
ちゃんと見てたぞ俺は!
後でマリアさんにこってりと叱られてください。

ほとんどの神様達が魔物達に囲まれて、質問責めにあっている。
これは時間が掛かりそうだ。
でも止める訳にはいかないな。
魔物達にとってはそれほどまでに嬉しい事なのだ。
それに神様ズも満更でもなさそうだ。
いつになく魔物達は遠慮がないな。
俺は微笑ましくもその光景を眺めていた。
神様ズとの交流を楽しんでくれ。



どうにか記念館に入ることができた。
移動に一時間以上もかかってしまった。
記念館の会議室に神様ズと首領陣が勢ぞろいしている。
皆な笑顔だ。

「では会議を始めます、まず首領陣は挨拶をしてくれ」

「は!儂はソバルと申します。オーガの首領をしております。以後よろしくお願いいたします」
ソバルは立ち上がると恭しくお辞儀をしていた。
結構様になっている。
次にプルゴブが立ち上がった。

「ゴブリンの首領のプルゴブでございます。神様方、よろしくお願いいたします。会議後、食事の後に魔物同盟国のアテンドさせていただきます」
どうやらプルゴブがアテンドを行うみたいだ。
適任だな。
俺は前持ってアテンドする様に指示していたのだ。
詳細は任せるとしていたが予想通りの配役だ。
次にクモマルが立ち上がった。

「私はクモマルです、アラクネの代表を務めさせていただいております。私達の糸が大いに求められていると島野様から伺っています。アラクネ一同感激しております。どうぞお役立てくださいませ」
マリアさんが眼を輝かせていた。
それに鼻息も荒い。
これはどういう・・・俺には分からんな。

「お前さんがクモマルか、聞いておるぞ。アラクネの糸、あれは良いのう。是非儂の所に仕入れさせていただこう」
ゴンガスの親父さんが頷いていた。

「俺はオクボスです、オークの首領です。不躾者ですが、よろしくお願いいたします」
オクボスは立ち上がって右手を胸に当てていた。

「俺はコルボスです、神様達に会えて光栄に存じます」
コルボスは立ち上がるとゴンズ様を見つめていた。
海の男として感じ入るものがあるのだろう。

ゴンズ様は、
「良い顔をしてるじゃないか?お前海の男だな?」
とオクボスを正面から真っすぐに見ていた。

「は!ゴンズ様に会えるのを心よりお待ち申し上げておりました」
オクボスは頭を下げていた。
ゴンズ様はにやけている。
早くも師弟関係が成立しそうだ。
次にマーヤだ。

「私はマーヤです、ジャイアントキラービーの女王です」
と言うと、椅子の上に登って頭を下げていた。
マーヤは小さいから立ち上がっても顔が見えない。
本当は椅子の上に登るのは行儀が悪いのだが、大目に見ておこう。
レイモンド様が今まで見たこともない表情をしていた。
これは・・・興奮しているのか?
デカいプーさんがこんな顔をするとは・・・
正直見てられないな。
最後にリザオだ。

「リザードマンの首領のリザオです。よろしくお願いいたします」
リザオも立ち上がって頭を下げていた。

「以上が魔物同盟国の首領陣です、よろしくお願いします」
俺は神様ズに頭を下げた。
それに倣って首領陣達も頭を下げる。

今度は神様ズのターンだ。
全員自己紹介を始めた。

何を勘違いしたのか、オズが演説の様に語り出したので途中で割って入った。
いい加減にせい。
お前にTPOは無いのか?

マリアさんは獲物を前にした獣の眼になっていた。
その視線の先にはクモマルが居た。
クモマル・・・残念。
何かを感じ取ったクモマルはビクッと震えていた。

オリビアさんは一曲歌うと言い出し、止める間もなく、コンサートが始まってしまった。
これに魔物達は大喜び、ノリノリで踊りだしていた。
マーヤのヘッドバンキングはちょっと笑えた。
こんな所で権能を発揮しないでくれよな。

レイモンド様は相変わらず間延びする話方をしていた。

何故か緊張したカインさんは噛んでいた。
何をやってんだか・・・

五郎さんは少し照れていた。
五郎さんらしいな。

ドラン様は会い変わらずガハガハ笑っていた。
正直煩い。

アンジェリっちとエンゾさんと、ファメラは無難に済ませていた。

ランドールさんはイケメンオーラが全開だった。
誰にアピールしているのかは全く分からない。

ガードナーは堅苦しかった。
お前はもっと肩の力を抜け。

神様ズの自己紹介が終わると既に、昼飯時になっていた。
時間掛かり過ぎだっての、全く。
自己主張強すぎだっての!

本日の昼御飯は豪勢だった。
魔物達が頑張ってくれたのだろう。
まるで特上弁当だ。

満足しない訳がない弁当だった。
肉あり、魚介あり、野菜もふんだんに使われている。
温かい汁物まで準備されていた。
肉は豪勢にボア肉のヒレステーキだ。
魚介に関してはまさかの伊勢海老だった。
蒸し焼きにして半身が提供されている。
味付けも島野一家直伝のマヨソースが使われている。
表面が絶妙に炙られている。
神様ズは大満足だ。
全員弁当をがっついている。

「旨いなー」

「美味しい」

「やるな!」
と連呼している。
最近料理長に任命された、オクタはめきめきと腕を上げている。
その成果が現れたようだ。
オクタは神様ズの反応に、静かに涙を流して喜んでいた。
オクタ!グッジョブだ!

ひとしきり昼飯を堪能して、ティータイムとなっていた。
今では珈琲やお茶、紅茶、ジュース各種取り揃えている。
神様ズは好きな飲み物を頼んでいた。

「島野、ここは既に立派な国じゃねえか、儂は認めてやるぞ」
五郎さんがいきなり宣言した。
それに答えてソバルが立ち上がる。

「ありがとうごいます!」
ソバルが頭を下げていた。
それに倣って首領陣が立ち上がり、頭を下げる。

「嬉しいです!」

「よかった~!」

「念願が叶った!」

「遂に!」
と首領陣は大興奮。
プルゴブに至っては大号泣していた。
よほど嬉しかったみたいだ。
魔物同盟国を国として認められることを目標にしてきたのだ。
これまでの努力が認められたということだ。
それも神様に認められたのだ。
嬉しくない訳がない。

つられてソバルも号泣しだした。
仲のいい兄弟分だ。
神様ズは微笑ましくこの光景を眺めていた。

「俺も認めるぞ!」

「私もよ」

「もちろんよ」

「やったな!」
外の神様ズも健闘を讃えている。

「まさか神様達に国として認めて頂けるとは・・・儂は・・・儂は・・・」
ソバルは言葉になっていない。

「兄弟・・・やったな・・・やったんだな・・・」
プルゴブも感極まっている。
さて、興奮冷めやらぬところではあるが、先に進まなければいけない。

「ソバル、ダイコクさんはまだ来てないのか?」
涙を拭いながらソバルが答える。

「まだでございます、そろそろ来てもおかしくは無いのですが」

「そうか、さあそろそろ見学の時間だ、プルゴブ泣いてないで、始めろよ」

「は!申し訳ございません。では神様方、国の施設の見学を行いたいと存じます。よろしいでしょうか?」
それに答えて神様ズが立ち上がった。
さて、アテンドの始まりだ。
俺も同行することにした。


アテンドはスムーズに行われた。
畑の視察からはじまり、各施設の案内を行っていく。

ゴブコの服飾の店に興奮したマリアさんがいつもの如く、
「エクセレントよ!」
と大声で叫んでいた。
あー煩い!

ランドールさんは、
「島野さん、やはり街には上下水道は必須のようですね。この国は清潔感が半端ないです。見習わなければ」
と漏らしていた。

「ランドールさんなら上下水道は作れるでしょ?それにボルンには既に上下水道があるじゃないですか」

「ああ、そうなんだが、今建設している学校に必要かと思うのだが、実はパイプにする鉱石が不足していてね」
なるほど、ならば手を貸しましょうかね。

「なら俺の万能鉱石を使いますか?」

「いいのかい?」
今さら遠慮されてもねえ。

「勿論ですよ」

「ありがたい、メッサーラの学校でも上下水道が完備できる。早速ルイ君達中心メンバーと打ち合わせを行うよ」

「それか、万能鉱石を親父さんに所に持ち込んで、パイプに加工するまで造ってもらうとか?」

「いや、今回は自分の『加工』を使いたいんだ。大分板に付いてきたからさ」
なるほど、更にレベルアップさせたいんだな。

「了解です、決まったら教えてください。あとアラクネの糸が建築部材に使えますので一度検討してみてください」

「分かった、そうさせて貰うよ」
話しは纏まった。
俺のロビー活動ってか?

そしてロッジ建設の現場を視察したところ。
ランドールさんから、
「あの子達ですね?」
そんの視線の先にはゴブロウとオクボスがいた。
ちょうど二人が作業をしているところに遭遇した。
二人は指示を飛ばしながら精力的に作業を行っていた。

「ええ、そうです」
ランドールさんは顎に手を置いている。

「確かに良い腕をしている、だがまだまだ足りないな。詰めが甘い、私が預かりますよ」
と弟子入りのお達しを頂いた。
それを二人に伝えると大喜びしていた。
ランドールさんに抱きついていたぐらいだ。
ランドールさんは男に抱きつかれるのが嫌なんだろう、見たことも無いような忌避感満載の顔をしていた。
その様子をみて神様ズもほっこりしている。
まあ頑張ってくれ。

次に温泉を見に行った。
五郎さんが余念なく温泉を確認している。
『泉質鑑定』を使っているみたいだ。
五郎さんはうんうんと頷いている。

「島野、この泉質はいいぞ。これはいうならば美肌の湯だな」
その言葉にエンゾさんが食いついた。

「五郎、美肌の湯ですって?」

「ああ、エンゾ、この泉質は肌に纏わりつき、肌にうるおいを与える効果がある。儂のところにも、島野のところにもねえ泉質だ。どうやら北半球は独自の泉質を持ってるみてえだな。これは期待できるってなもんだ」
五郎さんが褒める程の泉質とは、恐れ入った。
そこまでの泉質だったとは俺は知らなかったな。
確かに入った後には肌がツルツルしていた。

「これは後で入らせて貰わないと・・・」
エンゾさんの発言に他の女神達が黙ってない。

「ちょっとエンゾ、独り占めする気?」

「そうよエンゾ、私も入るからね」
アンジェリっちとオリビアさんが続く。
ファメラはあまり関心が無いみたいだ。

「ちょっと、お三方。ここの温泉は混浴ですので水着着用ですよ。水着は持ってますか?無いでしょ?」

「えー、無いわよ」

「私も・・・」

「買えないの?」
相当美肌の湯に浸かりたいみたいだ。
この三人は美意識が高いからな。

「水着はゴブコに言えば作ってくれますが、金銭がね・・・」
考え出した三人。
特にエンゾさんは南半球の金貨がここでは使い物にならないことに、直ぐに気がついた様子。
頭を抱えていた。

「じゃあ、私は歌ってあげる」

「私は髪を切ってあげるわよ」

「私は・・・」
残念ながらエンゾさんは何もないみたいだ。
エンゾさんは悲壮感に暮れていた。

「一先ず、南半球に帰って水着を持参してきてください」
こう言うしか無かった。

「うっ・・・そうします」

「やっぱそうなるのね」

「分かったわよ・・・」
流石にエンゾさんを置いてきぼりにはしないみたいだ。
仲のいい女神達だこと。
てか大丈夫なのか?
魔物達が我先にと混浴に群がる様が見て取れるぞ。
それに鼻の下を伸ばしたランドールさんが、こちらをチラ見しているんだが。
もうどうとでもなれだ。
俺は巻き込まれなければいい。

ゴブスケの工房に入ると、親父さんが腕を組んでゴブスケの仕事を鋭い眼つきで観察していた。
どうやら仕事モードの親父さん。

「お前さん、奴のことだの?」

「ええ、そうです」
いつになく真剣な表情の親父さん。

「儂が預かろう、良い腕をしておるのう。儂がもっと磨いてやる」
ゴブスケの弟子入りが決定した。
ゴブスケがこちらに気づき駆け寄ってくる。

「ゴブスケ、こちらが前に話したゴンガスの親父さんだ」

「この方が・・・」
ゴブスケは羨望の眼差しで親父さんを見つめていた。
眼がキラキラしている。

「僕はゴブスケです、よろしくお願いします!」
元気一杯に挨拶をしていた。
好感が持てるな。

「儂はゴンガスだ。お前さん、なんで腕を止めた?まだ作業中だの?鍛冶師は納得する仕上がりになるまで腕を止めてはならん、はやく仕事に戻らんか!」
珍しく職人モードの親父さん。

「は!失礼しました!」
とゴブスケは頭を下げた後、一目散に仕事に戻った。
おー怖!
ここぞとばかりに拘りを発揮している親父さん。
鍛冶作業中は話し掛けても決して親父さんは返事をしない。
それだけ集中力が凄いと思っていたのだが、それだけでは無く、親父さんの拘りだったみたいだな。
にしても、ここも無事に弟子入りが決定したようだ。
よかった、よかった。

その後も施設の見学は続く。
娯楽場では遊んでいる子供達を、神様ズは優しい眼つきで眺めていた。

特にファメラは嬉しかったみたいで、
「島野、ここでも子供達が楽しそうにしているんだね。よかったよ」
と頷いていた。

子供達がファメラに群がる。
子供達も誰が優しいのか本能的に分かるのだろう。
ファメラは上機嫌だった。
そんなファメラを娯楽場に残して視察は続く。

次に向かったのは海岸だった。
ゴンズ様が漁船をじっくりと観察している。
ウンウンと頷いている。
そこにコルボスが駆けつける。

「ゴンズ様、コルボスでございます!」

「おう!コルボスか、この漁船はよく手入れされている。船は漁師にとっては相棒だ。大事にするんだぞ」
腕を組んでゴンズ様がアドバイスをしていた。

「は!心に留めさせて頂きます!」

「コルボス、お前今度俺の船に乗ってみるか?」

「えっ!よろしいので?」

「ああ、鍛えてやる」
ここでも師弟関係が出来上がっていた。
ていうか、こうなると魔物達が南半球に来ることは完全に決定事項になったみたいだ。
まあいいか。

一通り視察が終わり、各自が好きに活動をしだした。
こうなるともう収集が付かない。
好きにしてくれ。

俺は手持無沙汰になり、どうしたものかと考えていると、急な報告を受けることになった。
ゴブオクンが駆け寄ってくる。
なんとも慌ただしい。

「島野様ー!ダイコク様が大群を連れて現れたべー!」

「大群?」
何のことやら。

「そうだべ、兵士が何人もいるだべ!」

「兵士が何人いるんだ?」

「・・・たぶん三十人ぐらいだべ?・・・」
こいつはアホか?

「ゴブオクン・・・それのどこが大群なんだ?」

「・・・だべー・・・」
何がだべーだよ!
いい加減にしろよこいつ!

「ゴブオクン・・・君は落ち着く事を覚えなさい」

「・・・分かっただべ・・・」
ゴブオクンは項垂れていた。
何度こいつのこの様を見たことか。
反省は無いのか?全く。

「いいからプルゴブ達と一緒に、神様ズに集合する様に呼びかけてくれ」

「了解だべ!」
ゴブオクンは一目散に立ち去っていった。
やれやれだ。

数名の神様ズが記念館に集まってきていた。
クロマルとシロマルが俺の所に報告にやってきた。
二人は俺の前で跪いて報告をおこなった。
その様はまるで殿に報告を行う忍者のようだ。

「島野様、報告いたします。ダイコク様がルイベント王国の国王を伴って参上致しました。そしてその国王の配下と護衛含めて三十名も同行しております」
クロマルは目線を合わせることも無く、下を向いていた。
正に忍者だ。
何故かちょっと嬉しい。
殿様気分だな。

「そうか、良きにはからえ」
何となく言ってみた。



俺はダイコクさんに会いに行くことにした。
準備があるとルイベントに帰っていった時には、こうなるだろうなとは思っていたのだ。
これを機に国交を結ぼうという魂胆なのだろう。
それも南半球含めてだ。
でもそれはこちらにとっても願っても無い事だった。

南半球との国交を結ぶのかは置いておいて。
これで名実共に魔物同盟国が国として認められることになる。
それも北半球でだ。
既に神様ズは魔物同盟国を国として認めているが、それはあくまで南半球のことであるし、神様ズが勝手に言っていることでもある。
国家元首のルイ君や、マッチョの国王や、メリッサさんが認めた訳ではないからね。
まあ神様ズが認めたとなれば、あの人達も認めざるを得ないのだが。

そしてダイコクも馬鹿ではない。
南半球の神様達が魔物の国に大挙するということは、南半球に通じる何かしらの移動手段があると考えたに違いない。
それはイコール南半球との国交を結べる可能性が高いと踏んだのだろう。
その考えは間違っていない。
転移扉の存在はまだ北半球の誰にも明かしてはいないのだが、ソバル達も分かってはいるはずだった。

だが聞く事が憚られたのだろう。
今では俺達に移動手段の質問をする魔物は一人もいなかった。
気を使わせてしまったか?
でもこうなってしまっては、もう転移扉の存在を明かさない訳にはいかない。

遂に本当の意味で南半球と、北半球が交流を始めようとしていた。
まだ島野一家が北半球に降り立ってから一年も経っていないというのに。
転移扉の運用については、また打ち合わせが必要になるだろう。
一部慎重派の神様達もいるのだ。

ダイコクは万遍の笑顔で街の入口に陣取っていた。
国王達を従えて、当然の様にしている。

「ダイコクさん、随分時間がかかったみたいですね」

「ほんまやで、ボンがなかなか信じてくれへんかったからなぁ」
ルイベントの国王であろう白馬に跨ったイケメンの男性を顎で指し示し、ダイコクはやれやれという表情を浮かべている。

「ダイコク様・・・ここでボンはないでしょう?」
国王は嫌気がさしているみたいだ。
その顔には勘弁してくれと書かれていた。

「さようか、それで島野はん、南半球の神様達はどないしてるんや?」

「今は魔物同盟国の視察を行っています。自由な人達ですので全員集まるのは恐らく晩飯時でしょうね」

「そうかい、わてらはどないしよう?」
考え無しかよ。
ちょっとは自分で考えてくれよ。

「好きにしてくれていいですよ、でもまずはソバル達首領陣とその国王さんを引き合わせたらいかがですか?国交を結びたいんでしょ?」
それ以外考えられない。

「せや、それがお互いにとって一番大事なことやろうからな」
っていうかその国王をまず俺に紹介しろよ。

「国王さん、俺は島野です。一応神です」
俺はしょうがないから名乗ることにした。
本当はダイコクが橋渡しをすべきなのだが・・・そんな雰囲気はまったく無かった。
ダイコクも浮足立っているのかもしれない。
国王は馬上から降りると頭を下げた。
その様は堂に入っていた。

「私はルイベント国の国王スターシップです、ダイコク様から話は聞き及んでおります。あなたが島野様ですね。本当に会いたかったです。私はあなたにサウナをご教授願いたいと切望しております」
この挨拶に俺は好感が持てた。
ダイコクが俺のことをどこまで大袈裟に話したのかは知らないが、こちらに対して最大限の配慮をしようとする姿が伺えた。

それに俺にサウナを教わりたいとは、好感以外の何物でもないだろう。
これが策士的なものであったのなら許さないのだが。
スターシップにそんな雰囲気は無かった。
サウナを気に入ったダイコクからの入知恵かもしれないが・・・

「それは、それは、是非ご教授いたしましょう」
そこにソバルとプルゴブが走ってやってきた。

「お待たせしましたダイコク様、どうぞこちらへ」
ソバルが記念館にダイコクを誘導する。
スターシップとその配下もそれに続く。

「ソバル首領陣を集めてくれや、ボンを紹介させて貰うで」

「畏まりました」
俺達は連れ立って記念館に向うことにした。



記念館に着くと、会議室ではオズとガードナー、ドラン様がいた。
外の神様ズは何処かで好きにしているのだろう。
その内集まってくるに違いない。
俺達に気づき三人は立ち上がった。

「島野さん、その方がダイコクさんですね?」
オズが話かける。

「そうだ」
ダイコクがそれを受けて前にでた。

「わては商売の神をやっとるダイコクっちゅうもんや、よろしゅう」
ダイコクは軽く会釈した。

「ハハハ!私は畜産の神のドランだ。ガハハハ!」

「私は法律の神をしておりますオズワルドです」
オズは恭しくお辞儀をした。

「私は警護の神ガードナーです」
ガードナーは見極める様にダイコクさんを見つめていた。
その視線は鋭い。

「畜産に法律、それに警護かいな。なんやバラエティーに富んどるなあ」
ダイコクはマイペースだ。

「ダイコクさん、外にもまだまだいますからね」

「せやったな、それで何処におるんや?」

「多分好きに国を見学してると思いますよ」

「さようか、自由人やな。知らんけど」
そこに五郎さんとゴンガスの親父さんが呑気に帰ってきた。
緊張感がまったくない。

「お!やっとるな」

「人の数が増えたのう」

「五郎さん、親父さん、ダイコクさんです」

「ほうお前さんがそうか」

「もろだな・・・」
五郎さんは俺に視線を送ってきた。
言いたいことは分かる。
俺達の知る七福神にそっくりだからね。

「もろってなんやねん?」
どうやらダイコクさんは引っかかったらしい。

「ああ、気にしなくていいですよ。ダイコクさんが知り合いにそっくりなだけですよ」

「ほんまかいな?」

「それはいいとしてだ、儂は五郎だ。まあなんだ、温泉街の神をやっている」
五郎さんは自分で神というのが苦手なのだろう、苦い顔をしている。

「儂は鍛冶の神のゴンガスだ」

「温泉街に鍛冶とは・・・凄いやないか・・・」
ダイコクは眼を丸くしていた。
しかしそこは商売の神様だ、金の匂いを嗅ぎ取ったのだろう。
みるみるとその表情が変わっていた。

その顔はまるで、
「みつけたでー」
とでも言いたそうだった。
明らかにこの二人は商売向きの神様だからな。
反応して当然か。



首領陣が全員集まった。
国交を結ぶための会議をスターシップ始め、首領陣達が、別室で行うことになった。

ここには神様達は同席しないことになった。
魔物同盟国とルイベントの間で結ばれる国交に関して、神達が口を挟む必要はないからである。
これを機に魔物同盟国が認められ、より魔物達の生活が豊かになることを俺は祈るばかりだった。
あとはソバル達に任せるしかない。
行政に関してはソバルとプルゴブがいれば問題無いだろう。
それに最近ではクモマルも積極的に行政に参加している。
最近クモマルにも統治力があることが分かってきた。
今や魔物同盟国は万全になっているのだ。

俺は良い報告を待つばかりだ。
いよいよ俺達がこの国を離れる時が近づいてきているようだ。
俺は若干の寂しさを感じていた。
いまやこいつらの居ない生活は想像も出来ないぐらいだ。
はあ、やれやれだな。


案の定晩飯時に神様ズは勢揃いした。
俺の予想通りである。
困った事に最後にやってきたファメラは、子供達を引きつれていた。
これは思ってもみなかった。

こうなってくると出来ることは限られてくる。
格式ばった食事とはいかない。
恐らくオクタは腕によりをかけて、至極のコース料理でも準備していたと思う。
というのも、俺はオクタに相談されて、コース料理を伝授していたのだった。
オクタに無理を強いるしか無くなってしまった。
まさか子供達に帰れとは言えない。
俺はそこまで無慈悲にはなれないのだ。

「オクタ!急な変更ですまないが、バーベキューに変更は可能か?」

オクタは逡巡した後、
「島野様、問題ありません」
と心強く返事をしていた。

オクタ・・・頼りになる奴だ。
もはやこいつに出来ないおもてなしは無いのかもしれない。

「少々お時間をください」
オクタは一礼し、準備の為に部屋を出て行った。
無理を言ってすまんなオクタ。
何とかしてくれ、頼む。



ものの三十分後にオクタからの、
「準備整いました」
との返事を貰った。

オクタは頑張ってくれたみたいだ。
どうやらスタッフを総動員して、セッティングを完成させたみたいだ。
スタッフ達は急な変更にも動じることなく、職務を全うしてくれたみたいだ。
なんて頼りになるんだこいつら。

「皆さん、晩御飯はバーベキューです、場外にきてください」

その掛け声に、
「バーベキューか、いいのう」

「やった!」

「食べ放題だな」

「たくさん食べるぞ!」
と好きに言っている。
どうせ好きに飲み食いする気満々だったんでしょ?
今さら何をいってんだか・・・

記念館を出ると、ちょっとしたバーベキュー場が出来上がっていた。
これは凄いな。
オクタの采配に俺は感動すら覚えた。
オクタ・・・仕事が出来る奴だ。
なんとも心強い。
こいつにはサウナ島で働いて欲しいぐらいだ。
引き抜くか?
そうはいかないよな。

「じゃあ好きにやってください」
待ってましたと言わんばかりに、神様ズは肉や野菜を焼きだした。
ここぞとばかりにダイコクは、お酌をしながら神様ズを周り出した。
挨拶周りなんだろう。
これはちょっとした接待だな。

ダイコクは名刺こそ渡してはいないが、順番に挨拶をおこなっていた。
ダイコクは仕事をそつなくこなしている。
商売の神は伊達じゃない。
早くも馴染み出していた。
始めは警戒していた、あのマリアさんもにこやかにしていた。
マリアさんを籠絡するとは・・・やるじゃないか。
どうやら南半球との交流は順調に進んでいるみたいだ。
俺の隣にギルがやってきた。

「パパ、ダイコクさんは凄いね。もう馴染んでるよ」

「そうだな、あれは本物だな」

「だね、距離の詰め方がえげつないよ」
えげつないって・・・どこでそんな言葉を覚えたんだか。

「まぁ、商売の神ともなればこれぐらいはお手の物なんだろうな」
ギルは頷いていた。

「どうやら、彼は信用していいようですね」
何時の間にか近寄ってきたオズが、会話に交じってきた。

「私もそう思いますよ」
ガードナーも同意見のようだ。
お眼鏡にも叶ったらしい。

「でもそもそも神が信用できなくなったら世も末だよな?」
二人は笑っていた。

「確かに」

「ですね」
ダイコクはエンゾさんと話し込んでいた。
これは長くなりそうだ。
この交流は何を生み出すんだろうか。
混ぜるな危険ではなかろうか?
エンゾさんの真剣な表情に俺は少々引きそうだった。
かなり込み入った話をしているみたいだ。
俺はこれには混じりたく無い。
いや、ご遠慮願いたい。

その後、俺はこの二人を極力見ない様にした。
なぜかって?巻き込まれたくないんだよね。
どうせ経済の話をしているに決まっている。
飲んでいる時にしたい話ではない。

天晴というのか、外の神様ズも概ねダイコクを認めていた。
ダイコクは既に神様ズの心を掴んだのかもしれない。
あとはこの後、どのようにして交流を深めていくかになる。
まずはサウナ島に招待すべきなんだろうな。
それもスターシップ一同も。

でも俺としては愛着のある魔物達に、まずはサウナ島を体験させてやりたい。
正直ダイコク達を真っ先にとは考えられないのだ。
五郎さん達はどう考えているのだろうか?
たぶん何も考えていないんだろうな。
俺に一任すると言いかねない。

等と考えていると、首領陣とスターシップ一同が会議を終えて、バーベキューに交じり出した。
ライルが俺を見つけると近寄ってきた。

「島野さん、お疲れっす!」
憎めない奴だな。
小者感が半端ない。

「ライル、会議はどうだったんだ?」
一応尋ねてみた。勿論まともな回答は期待していない。

「どうっすかね?俺は護衛なんでよく分からないっす」
相変わらずのお調子者っぷりを発揮している。
普通は自分の国が新たに国交を結ぼうとする場に立ち会っていたら、気になるだろうに。
やれやれだ。

「お前なあ、自分の国の行く末が気にならないのか?」

「そうっすね・・・特には・・・あっ!そう言えば魔物同盟国の国名が決まったみたいっすよ」

「はあ?どういうことなんだ?」
国名って・・・

「俺にはよく分からないっす」
でしょうね。
これは首領陣に聞くしかないな。
俺は親交を深めているソバルとプルゴブ、スターシップのところに交じることにした。

「お前達、魔物同盟国の国名が決まったと聞いたがどういうことなんだ?」
ソバルが姿勢を正す。

「は!島野様、実は会談の中で、スターシップ殿より、国名は?と尋ねられまして、そういえば無かったなということになり、その場で国名を首領陣で決めることになったのでございます」
ソバルが説明した。
何だそれ?
神様ズが集まってきた。
どうせ面白そうな空気感を嗅ぎ取ったに違いない。
なんだ、なんだと騒がしい。

プルゴブが説明を加える。
「儂らはどうしようかとなり、満場一致で魔物同盟国シマノにすることになりました。大恩ある島野様の名前を冠することができ光栄に存じます」
何故だかプルゴブは自慢げな表情をしていた。
いや、俺としては嬉しくないんだがな・・・
そもそも認めてませんよ。
よりによって俺の苗字かよ。
勘弁してくれよ。

「アッハッハッ!魔物同盟国シマノだって?おめえ面白れえじゃねえか。こりゃあ笑えるぜ!」

「ハハハ!魔物同盟国シマノだって?良いじゃんね」

「おいおい、まんまじゃないか!」

「お前さん、遂に国名になったか!」
と神様ズは大騒ぎしている。
いい加減にしてくれよ!あんた達!
騒ぐなよ!

「ちょっと待てお前達、そんな国名で本当にいいのか?」

「はい、これが良いのです!」

「これ以外ありえません!」

「そうです!」
な!・・・
めっちゃ恥ずかしいんですけど・・・
でも語呂が悪くないか?
俺はそう思うのだが・・・

「なあ、語呂が悪くないか?シマノじゃなくてせめてシッマーノとか、シマーノとかの方が良くないか?それに俺に全く関係の無い国名でもいいんだぞ?」

「確かにその方が響きがいいかも」
俺の窮地を察したのかオズが助け船を出してきた。

「私もそう思うな」
ガードナーも追随する。
お前達、ありがとうな。
心強い援軍が現れた。
そして収集するように、クモマルから提案された。

「ではこうしましょう、明日魔物達全員で多数決を取りましょう、シマノがいいか、シッマーノがいいか、はたまたシマーノがいいかを」
この提案に他の首領陣が全員頷いていた。
ちょっと待て、その他は無いのか・・・

「では、明日多数決を行うことで、決定でいいですね?」
マーヤが話を纏めた。
なんでお前が纏めてるんだ?
まあいいか。

「おう!」

「そうしよう!」

「承知!」
明日に国名を決める多数決が行われることが決定してしまった。
この様をダイコクとスターシップはほのぼのと眺めていた。
あんた達にとってはどうでもいいことですもんね。
せめて面白がってくださいな。
やれやれだ。

結局その後、宴会は盛り上がり。
調子にのったオリビアさんが歌い出し、狂ったようにマリアさんがランドールさんを伴って躍りだした。
ノンは何処で覚えたのかヘッドバンキングをしていた。
これに魔物達とルイベントからの使者達が大興奮。
ちょっとしたフェスが始まってしまった。

こうなるんだろうなという気はしていた。
というのも、オリビアさんが自己紹介以外は、珍しくここまで大人しくしていたからだ。
この人が騒がない訳がない。
もしかしたらこの時を狙っていた可能性すらある。
あの人は案外したたかだからね。
はあ、やれやれだ。
もう好きにやってくれよ。
俺は遠巻きに突如始まったフェスを眺めることにした。



国名を決める選挙が始まろうとしていた。
多数決が何故か選挙へと早変わりしていた。
シマノ推進派オクボス。
シッマーノ推進派コルボス。
シマーノ推進派リザオ。
その他は残念ながらいなかった。
やっぱりか・・・
俺としてはその他がいいのだが・・・
この三名が各名前の党首となり、投票所の前で演説を行っていた。
各自好きに演説を行っている。
その様子を投票前の魔物達が耳を傾けている。

「この国の立役者である島野様の名前を冠すること以外、なにがあるというのか?同士達よ、良く聞いて欲しい。魔物同盟国の名前はシマノ一択である!」

「先日島野様は仰れらた、語呂が悪く無いかと。あの島野様がそう言われたのだ、これはシマノ以外にした方がいいのではないかとのご意見に他ならない、であればシマノから一番離れたシッマーノにするべきではないのだろうか!?」

「諸君!いいか?俺達は島野様に大恩がある、その島野様の名前を冠して、かつその名前から離れ過ぎないのがシマーノだ。これ以外何があるというのか?」
と演説をしていた。
魔物達は頷いたり、声を挙げたりしている。
俺は頭を抱えそうになっていた。
正直もうどうでもよくなってきてしまっていた。
もう好きにしてくれ。
俺は何でもいいよ・・・
どうせその他は無いんだしさ。

その後も演説と投票は続いた。
俺が思う以上に投票は熱気を帯びていた。
魔物達は本気で頭を悩ませて考えていた。
そこまで大事なことなんだろうか?
俺には到底分からない。
でもこいつらの真剣な眼差しを見る限り、俺もふざけることは出来ない。

投票は佳境を迎えていた。
急遽会場となっている記念館の前に設置されたボードに、投票結果がオンタイムで書き加えられていく。
それを一喜一憂しながら魔物達は眺めていた。
かなりの接戦となっていた。
三つとも僅差である。

「シッマーノ、いけー!」

「いやここはシマーノだろう!」

「なにを言う、シマノに決まってる!それ以外あり得ん!」
応援に熱が入り、魔物達は興奮している。
俺としては名前を連呼されているようで、気分が悪い。
だが水を差す訳にはいかない。

この様を神様ズはにやけながら眺めていた。
五郎さんとゴンガスの親父さん、オリビアさんは腹を抱えて笑っている。
俺の表情が面白いのだろう。
自分でもどんな表情をしているのか、もう分からない。

いよいよあと十票で投票は終了する。
会場のボルテージも最高潮に達していた。
熱に当てられたのか、にやけていた神様ズもノリノリになっている。
皆な、身体を乗り出している。

「いけー!」

「よっしゃー!シマノきたー!」

「まだシッマーノにも可能性があるぞ!」

「いや、ここはシマーノが逃げ切るぞ!」
投票所から最後の集計が挙がってきた。

全員息を飲んで結果を待っている。
ボードに最終結果が記入されていく。
シマノ六百七十四票。
シマーノ六百七十五票。
シッマーノ六百七十二票。

魔物同盟国の名前が決定した。
魔物同盟国『シマーノ』
大喝采が起こっていた。

「シマーノ!」

「魔物同盟国シマーノ!」

「遂に決まった!」
と大興奮だ。

「シマーノ‼」

「シマーノ‼」

「シマーノ‼」
とチャントが始まった。
これにノリノリのオリビアさんとマリアさん、ノンが躍り出した。
それに釣られて他の神様ズも踊りに参加しだした。
なにやってんだか・・・
だがここで終わる訳がない。
ここに魔物達も追随した。

もはや俺以外の全員が、
「「「「「シマーノ‼‼‼」」」」」
のシュプレキコールで踊り出す始末となっていた。
駄目だこりゃ・・・
もう収集がつかんな・・・
俺は茫然とこの光景を眺めていた。
結局俺の意思や考えは反映されないことが切実に感じられた。
国興しとはこういうものなんだろうか?
もはや何も考えたくは無かった。

そして、魔物同盟国『シマーノ』は、ルイベントとの友好条約結ばれることが正式に決定した。
両国間で「友好条約」が締結され、今後両国間で様々な交易がおこなわれることが約束された。
主に「シマーノ」からは食料品の提供、武具の提供。そして娯楽と建設技術の提供と共に、更に衣服の提供等様々だ。

特に魔石は重要視された。
魔石は何かと使えるからね。
ルイベントからはその技術を学ぼうと人的供給がなされることになった。
それもその数がかなり多い。
人財不足の『シマーノ』にとっては喉から手が出る程にありがたかった。

スターシップは随分と頭の柔らかい人物のようだ。
自ら頭を下げて魔同盟国に歩み寄っていた。
プライドを捨てていると言ってもいいのかもしれない。
通常ならば考えられないことだ。
ルイベントは魔物達を知能が低いと考える者達と、共存を望む者達と二分している状態だからだ。
それを真っ先に共存を望み、かつそんな魔物達から教えを請おうしたのだ。
英断とも言えるがそれは俺の立場だから言えることだった。
この青年とは俺はもっと交流を持つべきだと思い知らされた。
英雄というより、勇者と言えるほど、その決断力は測り知れないほどに凄い。
それほどまでに彼の決断は大きい。

この采配にはルイベントが分断されても可笑しくは無い側面がある。
それをものの数時間で決断してしまったのだ。
英雄と誉れ高いスターシップならではの決断に他ならない。
当の本人はこの決断に決して迷いはない。
彼が魔物達の何を信用したのかは分からないが、その瞳に迷いは全くなかった。
もしかしたらダイコクの入知恵かもしれないが、それでもこの決断は多くの意味を含んでいる。
魔物同盟国『シマーノ』と永世中立国『ルイベント』は大きな転換点を迎えていた。
そしてこの交流が今後北半球を大きく変貌させようとは誰も気づいてはいなかった。
魔物同盟国『シマーノ』が建国した。
そして遂に魔物達がサウナ島にやってくることが決定していた。
魔物達は漏れ無く浮かれている。
遂にサウナ島に行く事ができるのかと。

まずは首領陣と、修業に出る者達が中心に行くことになった。
一部不満の声を漏らす者もいたが、俺が宥めると直ぐに収まった。
一気に全員という訳にはいかない。

なんといっても、サウナ島への移動には金銭が必要になる。
ここは譲れない。
こいつ等だけ特別とはいかないのだ。
要は南半球の金貨が必要ということだ。
魔物達だけ特別にすることは憚られた。

まだ全員を移動させるほどの経済力を『シマーノ』は有していない。
既に先行して、島野商事としてアラクネの糸とリザードマンの鱗を仕入れている。
その稼ぎの中から今回のメンバーが決定された。
それなりの金貨を稼ぐことは出来たが、まだまだ足りないのが現状だ。

本来であれば、アラクネの糸はリチャードさんに任せ、リザードマンの鱗はゴンガスの親父さんに任せるべきであるが、そうはいかなかった。

というのもソバルやプルゴブから、
「島野様に卸させてください」
と懇願されてしまったのだ。

気持ちはよく分かる。
恐らく商売についてまだ不安があるのだろう。
俺を咬ませることによって、その不安を解消したいと考えたに違いない。
何かしらのトラブルにあった時に責任が持てないという点と、まだ南半球を知らないのだから妥当な判断である。

俺は島野商事の社長である為、今回の件で貿易部門を設立することにした。
勿論マーク達には説明済だ。
既にマーク達からは賛同を得られている。
誰が適任かということになり、マークとロンメルに尋ねてみたところ。
フィリップとルーベンを推薦された。
そして俺はこの貿易部門をフィリップとルーベンに任せることにした。
こいつらは今ではばりばり働く島野商事の主軸となっている存在である。
もはや孤児の面影すらない。
初期メンバーの生え抜きだ。
本人達も新部門の立ち上げに誇らしそうにしていた。
かなり気合が入っている。
二人の鼻息は荒い。

「島野さん、俺達は何をすればいいのですか?」
フィリップから質問を受けた。

「お前達は今後魔物同盟国『シマーノ』から、南半球で需要があると思われる素材や物品を買い付けて、それを南半球で販売する仕事をするんだ」

「なるほど、分かりました。まずは視察させてください。あとどれぐらいの利益率にしましょうか?」
ルーベンからこんな回答があるとは・・・
俺も誇らしくなっていた。
こいつらがこんなに成長しているとは・・・
商売を分かっている。

「そうだな、捌く量にもよるが二割から三割もあれば充分だろう。将来的にはこの部門は要らないことになるのかもしれないしな」

「そうですか・・・」
二人は頷いていた。
俺の意を得たりとその表情が雄弁に語っていた。

将来的に北半球と南半球が完全に繋がれば、この部署は要らなくなるだろう。
直接買い付けが出来るようになるからだ。
そうなると島野商事を介す必要はなくなる。
要は商社は要らなくなるということだ。
ただ完全に繋がるのはまだまだ先だ。

特に南半球から北半球に渡る渡航者には制限をする必要がある。
まだまだ海千山千の商人達を北半球に迎え入れる訳にはいかない。
特に『シマーノ』はまだ建国してから間もない。
それに訪れた先で転移扉を開けるのは現在ダイコクしかいない。
南半球からエクスに開かせるという手もあるにはあるのだが。

まだダイコクにそれを許す気にはなれない。
更に魔物達は商売を学びだしたばかりだ。
今後はダイコクが中心となって商売を教えてくれるはずだ。
それには俺も手を貸さなければいけない。
まだまだそのレベルなのである。

南半球と国交を開くには時期尚早と言える。
俺は二人と仕入れ値について打ち合わせをし『シマーノ』側の窓口となるプルゴブを引き合わせた。
挨拶を終えさっそく商談となっていた。
後は二人に任せることにした。
俺の出る幕はないだろう。
それにしても子供の成長は早いと、改めて思い知らされのだった。
俺はとても心強いと感じていた。



サウナ島に訪れた魔物達の興奮は収まることがなかった。
俺は全員に、特別にお小遣いとして金貨一枚を渡しておいた。
これぐらいあれば、充分にサウナ島を堪能できるだろう。

ちゃっかり混じっていたゴブオクンが大興奮している。
「だべー!だべー!」
等と騒いでいる。
いちいち煩い奴だな。

聞いたところによると、オーガの一部はルイベントに訪れたことがあるみたいだが、他の者達は人族の街に訪れたことはないようだ。
それだけでも興奮するかもしれないのに、いきなりサウナ島だ。
興奮するのもしょうがないのかもしれない。
恐らく神様ズから何かしら聞いていたんだろう。
ここまでくると収集が付かなくなるほどだった。

俺は引率なんてしない。
後は各自に任せることにした。

受付からほぼ全員が大興奮していた。
中には感嘆の声を挙げている者もいた。
その様子をランドがにこやかに眺めている。
受付の扉を開けてサウナ島を一望した魔物の数人は、涙を流していた。

「これが噂に聞くサウナ島・・・」

「絶景!」

「ここが島野様の島か・・・」
いや俺の島ではないのだが・・・
まぁいいか。

「お前達、好きに見て周っていいぞ、何か困ったらゴン達に聞いてくれ」
今回の訪問に先駆けて、俺は初期メンバー全員にアテンドする様に話をしていたのだ。
ただし、俺はアテンドは行わない。
自分でアテンドするのは気が引けたからだ。
それに魔物達は俺に従順過ぎるし、俺と長い事いると緊張するに決まっている。
俺がアテンドすると言い出したら恐縮されてしまうからね。
そんな緊張があっては視察にならない。
それは良くないと俺は遠慮させて貰ったのだ。
まぁめんどくさいとも思ったんだけどね。
決っして口には出さないのだけれども。



そうなると俺は手持ち無沙汰になり、サウナ島を見て周ることにした。
俺は久しぶりにサウナ島を見て周っている。
ちょっと楽しくなってきた。
そろそろメンテナンスが必要な個所があるかもしれない。
長い事サウナ島から離れていたしね。
労働意欲を掻き立てられてしまう。
さてさて何があるのかな?

だが、一通り見て周ると俺は気づいてしまった。
俺が手を入れる箇所はもう無いと。
明らかに補修されている箇所が数カ所あった。
それも完璧に行われていた。
ああ・・・もう俺にはここに居場所が無いのかも・・・
そう感じてしまった。
決して悪い事ではない。
それはそれでありがたい事だし、上手く回っているという結果なのだ。
一抹の寂しさを感じつつも頼もしさも同時に感じていた。
何とも歯痒い。

どうやら本気で島野商事からの引退を考えた方がよさそうだと思った。
俺が引退すると言い出したら、マーク達はどんな反応をするのだろうか?
初期メンバーは止めるだろうな。
まず間違いなく。
考え直してくれと言われることだろう。
まあ今直ぐということではないから、今は考えなくてもいいだろう。
その日は決して遠くは無い気がするが・・・
どうなんだろうか・・・
神のみぞ知るだな。
あ!俺も神だった。



魔物達はサウナ島を大いに堪能していた。
ひと際楽しんでいたのはゴブオクンだった。
ほとんどの店を周り、既に金貨一枚が無くなりかけていた。
そうとう飲み食いしたらしい。
お腹を擦っている。

「島野様ー!、もう銀貨十枚しかないだべー!」
俺に泣きついてきた。

「お前なあ・・・もう小遣いはあげないぞ」

「そんなー!」
ゴブオクンは膝から崩れ落ちていた。
ここは甘やかす訳にはいかない。
ここでこいつに肩入れすると要らない噂が立ちかねない。
俺はゴブオクンに甘いと・・・
既にそう言われている節すらあるのだ。
まあそうなのかもしれないが・・・

「君は金銭感覚を磨きなさい‼」
ここは叱っておいた。

「だべー」
ゴブオクンは項垂れていた。

「残りの銀貨十枚でスーパー銭湯に行きなさい」

「分かっただべー」
ゴブオクンはいそいそとスーパー銭湯に入っていった。
そんなゴブオクンは外っといて、俺は事務所に向かうことにした。



事務所ではマークが書類と格闘していた。
社長室のデスクの上にはたくさんの書類が並んでいた。
お疲れさんだなこれは。
おれの時はこんなことは無かったんだけどな。

「あ!島野さん、お疲れ様です」
立ち上がろうとするマークを俺は手で制した。

「マーク、お前はアテンドしてないのか?」

「ええ、今日はちょっと立て込んでいまして、ロンメル達に任せました」
相当取り込んでいるようだ。
書類の山に囲まれていることからそれはよく分かる。

「そうか、手伝おうか?」

「いや、それには及びません」

「そうか・・・好きに寛がせて貰うぞ」
こいつも副社長としてばりばり働いている。
未来の社長かな?

「どうぞ、好きにしてください」
俺は事務所のスタッフにアイスコーヒーを頼んで、適当にソファーで寛いでいた。
するとバタバタと煩い足音がした。

「島野様、帰ってきてらしたんですね」
息を切らしながらリチャードさんが事務所に駆け込んできた。

「どうしたんですか?リチャードさん」

「はあっ、はあっ、あの、アラクネの糸の事を聞きまして。はあっ、はあっ」
リチャードさんは息も絶え絶えだ。

「ちょっと、落ち着いてください。まずは座ってください」
俺はソファーを勧めた。
ソファーに深く腰掛け、息を整えようとしているリチャードさん。
前にもこんなことがあったよね?
なんで走ってくるのかな?
俺はスタッフに何でもいいから飲み物を持ってくるように指示した。
直ぐにお茶が運ばれてきた。
優秀なスタッフで助かります。

一気にお茶を飲み干して、息が整ったリチャードさんが話し出した。
「島野様、アラクネの糸の事をゴンガス様から伺いました。現在お持ちでしょうか?」

「いや、今は貿易部門のフィリップとルーベンに任せてますので、そちらにお問い合わせください」
残念そうに下を向くリチャードさん。

「そうなんですね、して二人は何処に?」

「たぶん、ブランドショップに居ると思いますよ、そこに二人のデスクがありますので」

「分かりました、後で行ってみます。それにしてもあのゴンガス様が太鼓判を押す糸とはどんな物なのでしょうか?」
リチャードさんは期待に胸を弾ませているみたいだ。

「アラクネの糸は伸縮性がある糸で、切れにくく頑丈です。衣服のみならず、建築部材としても使える代物ですよ」

「なんと!そんな素材があるとは・・・」
リチャードさんの期待値が爆上がりしたようだ。
眼を見開いている。

「貿易部門で大量に仕入れていますので、そちらからご購入ください」

「畏まりました、それで・・・お値段の方は?」
リチャードさんはちらちらと俺を見ていた。
やっぱりこれを聞きたかったんだな。
そんな気がしましたよ。
頭を抑えに来たってことですね。
そうはいきませんよ。
舐めて貰っては困るな。

「二人に全て任せてますので、フィリップとルーベンに尋ねてください」
信頼しているリチャードさんでも、ここは譲れませんね。
後は後進に任せるのみだ。
フィリップ、ルーベン、お手柔らかに頼むぞ。

「分かりました、ではブランドショップに行って参ります」
リチャードさんは一目散に事務所を出て行った。
だから何で走るのかな?
疲れるだけだよね?
そんな様子をマークが鼻で笑っていた。
やれやれだ。



夕方になり、俺は例の如くスーパー銭湯に向かった。
どうやら魔物達もスーパー銭湯に向かっているみたいだ。
クモマルとソバルがニコニコしながら受付を行っていた。
待てよ・・・クモマルは男風呂か?女風呂か?
男風呂でいいよね?たぶん・・・

「クモマル、ソバル、スーパー銭湯は男女別々だから間違えるなよ。クモマルも男風呂に入るんだぞ」

「男女別々ですか?・・・畏まりました」
二人は不思議そうな顔をしていた。

「タオルで股間部分を隠すんだぞ」

「股間部分ですか?私には有りませんが・・・」

「だからだよ、外のお客さんからまじまじと見られるぞ」

「なるほど、では人族の股間を真似ることができますので、そうさせて頂きます」
なに?そんな事が出来るのか?
ならそうしてくださいな。

「じゃあそうしてくれ」

「は!」
俺の取り越し苦労だったみたいだ。
そうか、人化は変身みたいなものだからそうなるのか・・・
って待てよ、じゃあ女性にも変身するってか?
・・・
これは考えない様にしよう。
うん、そうしよう。
ていうか聞かなかったことにしてしまおう・・・
それが一番無難だろう・・・



俺はいつも通りのルーティーンを終え、大食堂に行くと魔物達が全員勢ぞろいしていた。
修業に出た者達も、今日は初日だからとスーパー銭湯に来たらしい。
たぶん神様ズの計らいだろう。

「お前達、やってるか?」
ソバルがジョッキを挙げて答える。

「島野様、頂いております。最高です!」
外の魔物達も始めているようだ。
皆一様に食事を楽しんでいた。
何を間違ったのかマーヤが台湾ラーメンを食べてヒーヒー言っていた。
お前は甘口派だろうが。
どうしてそんな冒険をしたんだ?

唯一ゴブオクンが暇そうにしていた。
しょうがない奴だな。
俺は生ビールを二杯注文した。
生ビールを貰い受けると、一杯をゴブオクンに差し出した。

「ほれ、飲めよ」
ゴブオクンが眼を輝かせていた。

「ありがとうだべー!流石島野様だべー!」
大袈裟に騒いでいる。
憎めない奴だ。

「飯は食ったのか?」

「お金がないだべー」
としょぼくれている。

「しょうがないな、ほれ」
俺は銀貨二十枚をゴブオクンに手渡した。
結局は俺はこいつに甘いようだ。

「島野様!感謝だべー!大好きだべー!」
と言うやいなや、注文を行いに駆けて行った。
これ、走るんじゃない!
やれやれだな。
好きに注文しなさいな。

「島野様、スーパー銭湯とはこんなに幸せな施設なのですね」
クモマルは笑顔だ。

「ほんとに、最高です!」
オクボスも喜んでいた。

「ここなら一日中居られますよ」
プルゴブも楽しそうだ。

「俺も!」

「私も!」
その声は続く。

「オクボス、ゴブロウ。お前達スーパー銭湯をシマーノでも造ってみるか?」
オクボスが頭を掻いていた。

「いやー、まだまだ腕が足りません。ランドール様に鍛えて貰ってから考えます。造りたいのはやまやまなんですが」

「でも上下水道が完備しているから出来るかも・・・」
ゴブロウは前向きだ。
ブツブツ言いながら真剣に考えだしている。

「まあ、気長に考えるといいさ。まずはサウナ島を楽しんでくれ」

「「はっ‼」」
いい返事です。
そして、魔物達はサウナ島を大いに楽しんだのだった。
よかった、よかった。
皆なのお零れに預かったゴブオクンは心地よく酔っぱらっていた。
なんとも自由人である。



サウナ島への宿泊は叶わず。
魔物達はシマーノに帰っていった。
そして翌日からも視察は続く。

流石にもうお小遣いは渡していない。
ゴブオクンはそれを察してか、一団に交じってはいなかった・・・
あの野郎・・・なんでそんなに鼻が利くんだ。
少々ムカつくな。
ゴブオクンに振り向き様に喉元に地獄衝きを喰らわしておいた。
ゴブオクンは苦悶の表情を浮かべていた。

「痛いだべー」
と言っていたが放置することにした。

視察は一週間が過ぎていた。
もはや視察は佳境を迎えていた。
各自が興味を持った施設に齧りついている状況に変わっている。

プルゴブは畑に掛りっきりだ。
ソバルは今では事務所に入り浸っている、マークとロンメルと親しくなっていた。
クモマルはカベルさんと衣服に関して打ち合わせをしており、時折訪れるマリアさんをアラクネの糸で雁字搦めにしていた。
クモマル・・・結構武闘派・・・
マリアさんには容赦が無いようだ。
でもそれでいいと思うよ俺は。

オクボスとゴブロウはランドールさんの所で働いている。
目下大工修業に明け暮れていた。
オクボスは常にゴンズ様と一緒だ。
オクボスはゴンズ様に心酔しきっており、師弟関係は盤石だった。
ゴブスケは赤レンガ工房から出てこない。
親父さんに相当鍛えられているみたいだ。
ゴブコはアンジェリっちに付いて周っている。
お洒落を学ぶには適任であろう。
マーヤはレイモンド様と交流を深めており。
何ともいえない交流を行っている。
リザオはギルの付き人になっていた。
もはやリザオはギルから離れないのかもしれない。
それほどまでにギルに尽くしていた。
ギルは嫌がっていたのだが・・・
各自がそれぞれの役割を全うしているようだった。
その様を俺は偉そうにウンウンと眺めていたのだった。

それにしても、魔物達はサウナ島に馴染んでいた。
唯一心配していた、サウナ島のお客達の反応も、相手が魔物であっても全く意に返してはいなかった。
どうやら俺の取り越し苦労だったみたいだ。
よく考えてみたらそうだろう。
そもそも南半球の人達は加護を与える前の魔物達を知らない。
見た目もほとんど人族と変わらないのだから、普通に受け入れることは出来たのだ。
俺の考えすぎでよかったと思う。

ただ間違っても、アラクネとジャイアントキラービーの人化を解く訳にはいかない。
流石にインパクトが凄すぎる。
変身の魔法だと誤魔化すにはハードルが高すぎる。
誤魔化しは利かないということだ。
クモマルとマーヤには口酸っぱく説明してあるから大丈夫だと思うが・・・

魔物達はその後も人選を変えて、サウナ島との交流が続くことになった。
今ではサウナ島への就職を望む者達も現れ、ゴンズ様の魚屋や、ドラン様のブースに就職させてくれと、直談判する者も現れた。
これは流石にストップさせた。
今はいいがこの先誰が転移扉を開くことになるのか?
今後も北半球の転移扉を俺とギルが開くとはいかないのだ。
住み込みという訳にはいかないだろう。

と思っていたが、ゴンズ様もドラン様も自分の街で住みこませると、あっさりと許可してしまった。
あれまあ。
それを聞きつけ、何人もの魔物達が自分の敬愛する神様達に熱れつにアタックしていた。
人材不足に悩んでいた神様ズにとってはここぞとばかりに受け入れていた。
ゴブコに至っては当然の様に美容室アンジェリに勤めていた。
なんとも困ったものである。
やれやれだ。

北半球に足を踏み入れてから一年以上経過していた。
魔物同盟国『シマーノ』は、ルイベントとの交流が盛んになってきていた。
もはや『シマーノ』は国として認められたのは事実となっていた。
今では普通に『シマーノ』で人族を見かける。
それも当たり前の様に。
そこに不自然さは無かった。
もはや人族が日常の風景として溶け込んでいた。

この功績はスターシップにあるといえる。
スターシップはとても秀逸だった。
まずスターシップは『シマーノ』から帰国すると、国内に向けて魔物同盟国『シマーノ』との国交樹立をあっさりと宣言した。
余りに唐突な出来事だった。

それによりルイベントは大きく揺れた。
そもそも魔物同盟国とは何なのか?
その響きからして魔物が国を建国したのか?
そんなことがあり得るのか?
あの知能の低い魔物達にそんなことができるのか?
さらに国交を樹立するほどの国なのか?
等と疑問が後を絶たない。
それを一切問題ないとスターシップは払拭する。
今思えば、とても剛腕の所業だった。

それにより、魔物同盟国『シマーノ』が一気に脚光を浴びることになったのだ。
その注目度は測り知れない。
またスターシップの宣伝の仕方が巧であった。
ある意味、恣意的とも思われた。
上質な衣服と、頑丈で良質な防具や武器を持ち帰り、更にその文化について、王自ら語り歩いた、そして国民や出入りする商人達にそれを見せつけたのだった。

その反応は素晴らしかった。
ここまで出来の良い品物は見たことがないと、ほとんどの商人達が血気盛んになった。
その反響は留まることを知らない。
その為、商人達がここぞとばかりに魔物同盟国『シマーノ』を、虎視眈々と狙いを定めることになっていたのだった。

しかし問題となるのはモエラの大森林の危険度だった。
魔獣が跋扈する森に、簡単に訪れることは出来ない。
いつ魔獣と遭遇するのか分からないと、腰が引けてしまう者達が後を絶たなかった。

命には変えられないのである。
それはそうであろう、命と利益を天秤にかけたら命になることは当たり前のことだからだった。
その為『シマーノ』では街道整備が必要と、大工部門の棟梁達が日中夜問わず駆り出される始末となっていた。
ここを何とかしてしまえば、大きな利益に繋がることになる。
素人のこいつらにも簡単に分かることだった。

魔物達にとっては、このチャンスを放棄することは愚の骨頂だった。
街道が整備されてしまえば、旅は安全になると考えられた。
そうなれば『シマーノ』の繁栄は約束される。
魔物達も必死だ。
これを何としても完成させなければならない。
その想いは国を挙げてのものになっていた。
そうこいつらの目標は『シマーノ』を認められる国に仕上げることであることに変わりはないのだから。

それを聞きつけたランドールさんが、これは良くないと精鋭部隊を率いて一気に街道を整備しようと動いてしまったぐらいだ。
結局のところランドールさんはとても慈悲深いのだが、その行いは神の手本とも言える行動だった。
とても慈愛に満ちている。
その様を目の当たりにして、俺だけ呑気にしている訳にもいかず、全力で手伝う羽目となってしまった。
本当は面倒臭いと思っていたのだが・・・
口には出さないが。

久しぶりに能力全開での作業になってしまった。
でも正直久しぶりの全力の作業に肩を回してしまったことも事実だった。
労働って気持ちいい!
本心では俺も満更ではなかったみたいだ。
能力を発揮出来てすっきりしていたのだ。

その所為で、ものの一ヶ月で『シマーノ』と『ルイベント』を結ぶ街道が出来上がってしまっていた。
ちょっとやり過ぎたかもしれない・・・
その偉業に打ち震える者が後を絶たなかった。
俺達への感謝の言葉が絶えなかった。
俺は意地になっていただけなのだが・・・

でも実際の所はスターシップの思惑を受けた形になったと思われる。
奴は実にしたたかな奴だ。
相当に頭が切れる。
俺はサウナを享受してやったが、もしかしたらこれも恣意的なことだったのかのしれないと感じてしまったのだった。

もしかして、してやられたか?
そうとは思いたくは無いのだが・・・
まあいいだろう。
ちょっと疑問が残るな・・・
流石は英雄とここは褒めておこう。

街道には魔獣避けの鈴と柵が等間隔で設置されている。
これはダイコクが手配した。
ダイコクとしても、魔物達に頼りっきりとはいかないのだ。
一方的に街道を造って貰ったと言われてしまえば、いつ何時通行税を払ってくれと言われかねない。

少しでも手を貸したという実績を残したかったのだろう。
だがその労働力としては、こっちに分があるのは間違いがないのだ。
こっちがマウントを取ったことは覆し様がない。
この先の交渉は面白いことになるだろう。
実際ダイコクは青ざめていた。
商売の神相手に魔物達がどう動くのか?
実に見物である。

その為、安全もある程度担保されており、街道には水場も提供せれている程の、ホスピタリティーとなっていた。
この街道は万全であった。
というもの常時警備の魔物達が警護に当たっているのだ。
間違って街道に魔獣が現れても、警護兵が狩ってしまう。
中には狩りをしたいのか、街道に魔獣が現れないかと望む者もいたぐらいだ。
今では魔物達は狩りはお手の物だった。

そして今後、宿泊宿や飲食店も造る計画もある。
ルイベントからの渡航者は、安全で快適な旅を約束されたといえるだろう。
この偉業にルイベントの商人他達は沸いた。
今では『シマーノ』に行きたいという者が後を絶たなかった。

始めはルイベントの国民も及び腰であったが、街道が出来上がると我先にとシマーノに急行することになった。
街道も馬車での通行が可能である為、移動も早い。
それに安全が担保されている。
快適な旅が保証されていた。

今ではシマーノで、人族を見かけないことは無いぐらいだった。
特に宿屋、飲食店、温泉、そしてサウナが人気を博していた。
そして図書館は人数制限を毎日設けることになってしまっていた。
皆のお目当ては漫画である。
連日行列が後を絶たない始末だ。
こうなるとは思っていたが、想像を超えていた。
余りに行列の列が長い。

これは良くないと俺は漫画喫茶を造ることにした。
いくらでも『複写』は可能で増刷することは簡単だが、利益を得ない事には話にならない。
となるとこれしか思いつかなかった。

簡易的ではあるが、現在の日本での漫画喫茶をモデルに造ってみた。
まさか異世界で漫画喫茶を造る羽目になろうとは思わなかった・・・
俺もたまに休日に嗜んでいた施設だ。
実に三千冊の漫画が取り揃えられている。
時間制、食事も割かし高めの強気の値段設定にしたのだが、無茶苦茶流行ってしまったのだった。

どんだけ娯楽に飢えてるんだよ!こいつら!
まさか仕事サボって無いだろうな?
仕事しろ!仕事!

漫画を売って欲しいという者達が後を絶たなかった。
勿論販売なんてしませんよ。
俺しか作れないんだからさ。
そんな暇はありません。
絶対行いませんよ。
俺は印刷屋ではありません!

この成功を受けてサウナ島でも漫画喫茶を造ってみたが、ここでも流行ってしまった。
まさかの出来事だった・・・
だったらもっと早く造ればよかった・・・
こうも簡単に流行ってしまうとは・・・
日本の文化恐るべし!
てかもっと早く気づけよな俺・・・
久しぶりにやってしまった。
我ながらやれやれだ。

その成功を受けて、タイロンでは漫画の海賊版が出回っている始末だ。
オズすまん・・・あとは任せる・・・
ガードナーが何としても摘発すると鼻息が荒い。
大の漫画好きのガードナーとしては許しがたいのだろう。

「漫画を貶すな!」
と猛烈に怒っていた。
それに輪をかけてオズが無茶苦茶気合が入っていた。
俺の能力が汚されたと琴線に触れたらしい。
異常なぐらい二人は気合が入っていた。
何が何でも締め上げると不気味な顔をしていた。
俺が引くぐらいだ。

犯人捜しは苛烈を極めていた。
ものの数日で犯人を摘発していたのである。
もはや天晴と言わざるを得ない。
俺も海賊版の漫画を見てみたが、残念な仕上がりとなっていた。
よくこんな物を買う人がいたもんだ。
漫画としての体をなしていない。

そして驚くことに、遂にマリアさんが漫画家デビューを果たした。
前に漫画の存在を知ってから、創作活動を行っているとは聞いてはいたが、渾身の作品が出来たと何故か俺の所に持ち込んできた。
俺は出版社ではありませんが?
俺でいいのかい?

「守ちゃん、呼んでみて頂戴!」
漫画の原作を渡された。
結構な枚数となっていた。

「マリアさん、遂に書き上げたんですね。おめでとうございます」
まずはその功績を労いたい。
素晴らしい!

「私の渾身の作品よ、率直な感想をお願いね。守ちゃん!」
期待の眼差しで見つめられてしまった。
これは本気で読まなければならない。
俺はサウナ島の事務所のソファーで読むことにした。
漫画は寛ぎながら読むもんでしょ?
俺はそう思っている。

漫画のタイトルは『恋の伝道師マリたん』
内容としては、主人公のマリたんが、様々な恋を成就させていく物語だった。
恋に悩む男女が、マリたんの助言を受けて恋愛を深めていく、そんな作品だった。
マリたんの顔がオリビアさんにそっくりなのが気になったが、作品としては素晴らしいと感じた。

俺は率直に意見を述べることにした。
マリアさんは緊張した趣きだった。
珍しく顔が引き攣っている。
こんな表情も出来るんだと思ってしまった。

「マリアさん、素晴らしです。これは出版しましょう!」

「よかったー!守ちゃんありがとう!」
と抱きつかれてしまった。
嬉しくはないのだが・・・
てか腰を振るんじゃない!
殴るぞ!

「まずは俺の複写で何部か作りましょう?」

「どれぐらい売れると思う?」

「そうですね、この世界初の漫画家のデビューです。ここは景気よく一万部でどうでしょうか?価格は強気に一冊銀貨十枚でどうでしょう?」

「一万部?そんなに売れるかしら?」

「それは分かりませんが、これを機に印刷技術も学んでみたらどうでしょうか?何部かは俺が複写しますが、一万部俺が造るのは一苦労ですし、今後も創作活動を続けるのならこれは必要なことです、それに後進が出来るかもしれませんしね」
海賊版の漫画は、残念な出来上がりではあったが、何かしらの印刷技術があると俺は睨んでいた。
オズとガードナーに依頼すれば、しょっ引いた犯人から印刷技術を得ることができるはずだ。

「そうなのね、やってみるわ!」
マリアさんの闘志に火が付いた。
俺達はさっそくオズとガードナーのところに向かった。



事情を二人に説明すると快く快諾してくれた。
結局の所、印刷技術は『複写』の魔法だった。
俺からしてみれば、この世界で『複写』を思いついた犯人には輝るものがあると感じた。
俺は二人に犯人と合わせて欲しいとお願いした。
二人は始めは嫌そうだったが、俺の説得に応じることになった。
それは俺の意図を汲み取ってくれたからだ。
実の所、二人共マリアさんの作品を読みたいみたいだ。

俺は犯人を前に驚きを隠せなかった。
その犯人は何と十五歳の少女だったのだ。
そして十五歳にしてはやさぐれていた。
反抗期はまだ続いているような、そんな印象だった。
眼つきが大人全員が敵と言い出しそうな雰囲気だった。
この少女の名はハル。

俺は問答無用で『催眠』を使用し、事情を聞いてみた。
少女とはいえど犯罪者だ、容赦はしない。
ハルがあっさりとゲロった姿を見て、オズとガードナーは驚きを通り越して呆れていた。

ハルはメッサーラの魔法学園を卒業後、就職先がみつからず。
ハンターをするには生活魔法しかできない為、断念。
『照明』や『浄化』を使うことはできるが、それを職業にする気には成れず。
サウナ島にやってきた時に呼んだ漫画にインスパイアを受け。
自己修練を行い『複写魔法』取得した。
サウナ島のスーパー銭湯で呼んだ漫画を参考に『複写』して海賊版を作製。
地元のメッサーラでは足が付くからと、タイロンの裏市場で海賊版漫画の販売を行っていたらしい。

俺はその行動力に感心した。
これはいい人材だ。
是非ともスカウトしたいと思っていた。

「オズ、ガードナー、この子のその後の扱いはどうなるんだ?」
ガードナーが困った顔をして話し出す。

「そうですね、まあ個人的には私の愛して止まない漫画を冒涜されたので許しがたいのですが、軽微な犯罪ですので、直ぐに出所することになります。仮釈放ですが保釈金は掛かります」

「それはいくらだ?」

「金貨二十枚です」
オズが回答する。

「分かった、俺が支払うが条件がある」
それまで人生を放棄した様な目をしていた少女の眼つきが変わった。

「条件って何?・・・」
ハルは俺を睨んでいた。
この世界の全てを恨んでいるとでも言いたげだ。

「それは印刷工場を俺が造るから君が運営を手伝うことだ、出来るよな?君なら」

「な!・・・」
これにマリアさんが続く。

「私の作品を世に出したいのよ!協力して頂戴!」
何のことかと少女は眼をひん剥いていた。

「あなたの力が必要なのよ!お願いよ!」
マリさんの圧力に少女は気押されていた。

「う・・・訳が分からない・・・」
だろうね。
俺達はこれまでの経緯を説明した。
少女はやっと事情を理解したようだ。

「私の魔法が必要ってことね、へえー」
と急に態度を改めた。
あり得ない反応だった。
あろうことハルは上から目線になっていた。
結局のところ私の魔法がいるんでしょ?言いたげだ。
この態度に俺はカチンときてしまった。
これは流石に許しがたい。

「あ!やっぱり無し!駄目だ、自分の力を過信する君には過ぎた話みたいだったな。撤回させて貰うよ。今回の話は無しだ、失礼する」
いきなり踵を返した俺に少女は付いてこれていなかった。
唖然とし、口をパクパクとさせている。
俺は問答無用に席を立ち上がった。
この後、ハルとは一切目を合わさないことにした。
こちらの意図を悟らせてはならない。

「オズ、ガードナーすまなかったな、時間を取らせたようだ。マリアさん帰りましょう。話になりませんよ」
おれはオズとガードナーにウィンクしてサインを送った。

「いいのですか?」

「守ちゃん・・・」

「よろしいので?」
俺の急変ぶりに三人も戸惑っていたが、オズとガードナーは俺の眼をみて察してくれたみたいだ。

「ああ、いいんだ。マリアさん帰ろう。いくらでも手はあるからさ!」
俺は敢えて少女に聞こえるように話した。

「そう・・・」
マリアさんも席を立ち上がり、俺達は拘留所を後にした。
俺の発言に、察しのいいマリアさんも何かを感じ取ってくれたみたいだ。

俺は気づいたのだった。
少女がなぜあのような態度を取ったのかを。
恐らく彼女はこれまでに真剣に叱られたことがなかったのだろう、それに輪をかけて自分の才能に溺れプライドが高くなっていることを、彼女自身が分かっていないことを。
その気持ちは分からなくもない。
だがそれではこの先はやってはいけないだろう。
現に犯罪に手を染めている。

この後彼女がどういう経緯を辿るのかは知らないが、この事実を受け止めることを願うばかりだった。
せっかく貰えたチャンスを自身のプライドの高さで台無しにしてしまう愚かさに、彼女は気づけるのだろうか?
オズとガードナーのフォローに期待するしかないな。

そして実際次の手はあるのだ。
ゴンやルイ君に俺の『複写』見せれば、魔法として習得することは出来るだろう。
そこから更に生活魔法に適正がある者達に『複写』を覚えさせることは容易だ。
何もこの子に拘る必要は無いのだ。
冷たく思えるかもしれないが現実はそうなのだ。
だが今の彼女にはここまで考えることはできないだろうが・・・
自分の愚かさに気づいて欲しいものだ。

実のところ、俺は彼女に自問自答する時間を与えたかったのだ。
その答えが何なのか?
それは彼女が導き出すしかない。
俺は見守ることしか出来ない。
十五歳にして人生の転換期を迎えている彼女に、俺はこれ以上手を差し出すことは出来ない。

見守ることの歯がゆさに、俺は見悶える思いだった。
でもこれが現実。
俺は見守ることの難しさに、直面してしまっていた。
説得しても意味が無いのだ。
結局は本人が説得されるのではなく、納得しなければいけないのだから。

その後オズとガードナーが彼女を諭すことになった。
どう諭したのかは俺は知らない。
だが、数日後謝りたいとの一報を受けることになった。
真剣に頭を下げるハルの姿に俺は胸を撫で降ろすことになった。
こうしてサウナ島に印刷工場が出来ることになり、その後マリアさんの処女作が無事出版されることになった。
売れ行きは好調、この世界初の漫画家の誕生である。

この後ハルはこの世界の漫画文化を発展させるほどの、凄腕編集者へと成っていったのだが今はまだ知る由もない。
人生とは不思議なものである。
どこでいつ何時人生が変わってもおかしくないからである。
いつでもチャンスは巡ってくる、それを掴むかはその人次第なのだ。

『複写』に関しては案の定ルイ君とゴンに寄って、簡単に開発されていた。
今では生活魔法の取得すべき魔法となっていた。
『浄化』や『照明』と同様に初心者でも取得可能になっていた。
俺はこの後複写を行う必要が無くなり、嬉しく思っていた。
だって地味に大変なんだもん。
よかった、よかった。