崖の上に広がる牧草地帯、その先に見える小さな村。
すると遠くから声が聞こえた。
「おーい、おーい!守ー!」
どうやらアグネスが出迎えに来てくれたようだ。
「わざわざお出迎えか?」
「そうよ、神様が迎えに行ってくれって言うからさー。エルちゃんがいるから大丈夫だって言ったんだけど。それでも行ってくれっていうからさ」
「そうか、悪かったな」
そう答えると、横からノンが横やりを入れる。
「本当は主に早く会いたかったんじゃないの?」
冷やかして遊んでいるようだ。
「ふん、なによノン。そんなこと無いんだからね!」
アグネスが赤くなっている。
「そうか、アグネスは俺のことが好きなのかー」
「ふんだ!守のバーカ、バーカ!」
「冗談だよ、分かった、分かった」
コロンの街へと向かった。
空の旅はとても楽しかったし、心地良かった。
なんとも気持ちのいい時間を過ごした。
コロンの街に着いた。
牧草地は広く、雄大な景色に心が躍る。
そして同時に、牧歌的な雰囲気に心が和む。
草の匂いが鼻を衝くが、決して嫌な臭いではない。
牛の群れが草をむさぼり、その近くを犬が見守っている。
ヤギの群れも同様に草をむさぼっていた。そして、それを警護するように天使達が上空から見守っていた。
天使達に手を振ると、天使達が手を振り替えしてくれた。
「アグネス、あれが、天使達の仕事なのか?」
「あれも仕事の一つね、でも一番の仕事は街の警護なんだけどね」
警護ということは、それなりに天使達も強いってことなのかな?
「それにしても、聞いてはいたけど、牧歌的でいいな」
アグネスが胸を張って、自慢げにしてる。
「そりゃそうよ、前にも言ったかもしれないけど。コロンの街は畜産で有名な街なのよ。特に牛乳は有名でね、中には収納持ちの商人に、買いに来させる王族までいるぐらいなんだから」
王族?いるんだ。
「本当は、もっと販売を拡げたいんだけど、牛乳は足が速いからね」
消費期限が速いってことね、分かるよ。
俺も日本では牛乳を何度も駄目に仕掛けたからな。
その度に牛乳入りの料理に取り掛かったものだ。
「どれぐらい持つんだ?」
「そうね、保存状態にもよるけど、日光に当てなければ、だいたい十五日ぐらいかな?」
思いのほか長いな、というより、日本の衛生管理が厳しいってことなのかもしれない。
「なぁ、容器はどんな物なんだ」
「容器?瓶に詰めてるわよ?」
「それは、真空にしてるのか?」
首を傾げている。
「要は、腐食は空気に触れることで発生するから、出来る限り空気の入らないように工夫することで、消費できる期限が伸びたりするものなんだよ」
「それはどういうことなの?」
「簡単に言えば、容器に蓋をせずに放置するとしたら、空気が牛乳によく触れてしまうだろ?」
「うん」
「そうすると牛乳は腐りやすくなるんだ」
「そうなんだ」
「例えば、鉄は錆びるだろう?あれは、鉄が空気にふれることによって腐食する。鉄にとっての腐食が錆びるということなんだよ」
「なるほどね」
アグネスは深く頷いている。
「だから、牛乳の消費期限を延ばしたければ、瓶に蓋をする際に、少しでも空気を含まない工夫をすれば、期限が伸びると考えられる。そうすれば、ちょっとでも長く牛乳を食することができるんじゃないかな?ってことだよ」
「どんな工夫ができるかしら」
「いくつかあるけど、それはまず自分達で考えてみてくれ。何でも聞いてしまったら面白くないだろ?」
「えー、教えてよ。ケチー!」
むくれた顔でこちらを見ている。
「お前なぁ、この街の神様は畜産の神様じゃなかったのか?神様にも面子ってもんがあるだろうが、ここまでは良かれと思って俺は話しているだけであって、神様の領域に勝手に踏み込むのもどうかと思うんだがね」
しまったという顔でアグネスがこちらを見ている。
「あっ、そうでした。すいません・・・」
下を向いて反省している様子。
「お前また調子に乗ってんのか?」
ノンが凄みながら割り込んできた。
「そんなことはありません、ごめんなさい」
へこへこしているアグネス。
その様子を、他の皆が鼻で笑っていた。
やれやれこの子は、少しでも街の為にと考えてのことなんだろうけど、常々考えが浅いんだよな。
そういうところ嫌いじゃないけどさ。
「じゃあ念の為、あと一つだけ教えておく、さっき日光に当たらないようにって、話をしてたけど、常温で保存しているのか?」
アグネスは背筋を伸ばして緊張気味に話しだした。
「だいたいそうであります。日差しが良くないことは分かってますので」
おいおい、いきなり敬語になってるよ、分かりやす過ぎるだろ。
駄目天使全開だな、まぁ可愛らしいってことにしておきましょうか。
「冷やして保存した方がいいぞ、ただ凍らせちゃまずいけどな」
「凍らせちゃ不味いでありますか?」
軍隊かよ・・・ありますか?って、もはやアホだな。
敬礼でもしそうな雰囲気だ。
「牛乳は凍らせると、解凍した後に分離しちゃうからな」
「そうでありますか、理解いたしました」
本当に俺に向かって敬礼しているアグネス、これってもしかして馬鹿にしている?
いやあの子の最大級の尊敬の表現がこれなんだろう。
まさに残念天使。
しかし、地球でのごく当たり前の知識で、誰でも分かっていることを、話してみただけなんだけど、ここまで文化レベルが低いってことなのか?
そうとも考えづらいな、ただ単にアグネスの知識レベルが・・・ってこともある。
ただ純粋に、冷やして保存する技術が無い、という可能性の方が高そうだけど。
神様ならこれぐらい知っていて当然と思うが、技術が無いってことかな?
だからあえて、知らしめていないとか?
まぁ、いずれにしても俺が首を突っ込むのは憚られるな。
「とにかく一度、神様と相談してみてくれ」
「了解いたしました!」
まだ敬礼してるよ・・・
天使って皆アホなのか?
アズネスだけであることを祈ろう。
アグネスの手配で、早速、神様と会うことになった。
神様の見た目の印象としては、カールおじさん。
麦わら帽子に、口髭、農作業を行う服装に、朗らかな顔つき。
そしてふくよかな体形。
「始めまして。島野守と申します、転移者です。よろしくお願い致します」
頭を下げて挨拶した。
「おー、君がそうか、アグネス君から話は聞いてるよ。私はドラン、ここコロンの街で下級神をやっている。よろしく頼むよ、ハッハッハッ!しかし、面白いパーティーだね。転移者、フェンリル、九尾の狐、そしてうちのペガサスに、ドラゴンとは、ハッハッハッ!」
笑う度に、ドラン様のお腹が揺れている。
何とも豪快な笑い声だ、辺り一面に木霊しているよ。
俺はおもむろに『収納』からお土産を取り出した。
「こちらお近づきの標です、よかったらどうぞ」
野菜の詰め合わせと、ワインを三本差し出した。
「おー、ありがとう、遠慮なくいただくよ。おっ、これはアグネスの野菜かな?嬉しねー、これ美味しいよねー。ん?なんと!ワインじゃないか。ありがたいねー。いやー。ありがとう。ハッハッハッ!」
かなり喜んでいただけている様子。
出だしは順調っと。
本当はここでこっそり『鑑定』をしてみたいところだが、止めておいた。
というのも、前にアグネスに『鑑定』してみていいか?
と聞いたことがあったが、あの子にしては珍しく、本気で止めて欲しいと言われたことがあった。
何でも、勝手に『鑑定』をすることが、罪になる国があるとのことだった。
恐らくこれは俺の想像だが、個人の能力や体力や魔力は、秘匿すべき個人情報であり。『鑑定』の能力を持った者が、好き勝手にそれを除き見ることは、個人の尊厳を脅かす可能性があり、かつ許されざる行いであると、いうことではないかと思う。
それはそうだと思う、個人情報を覗き見ることは、日本でも犯罪だとの認識は間違っていないと思う。
俺としては、そういったことは遵守したいと思う。
「しかし、上から拝見させて頂きましたけど、大きな牧草地帯ですね。驚きましたよ」
「おー、そうか、そうか、まぁこう見えても私は、畜産の神だからね。ハッハッハッ!」
こう見えてって、まんまですけど・・・
「畜産の神様なんですね」
「そうだよ、畜産の実績が認められて、神様になったんだ、今は下級神だよ」
実績が認められて・・・
「そうなんですか?実績が認められてとうことは、その前は何を?」
馬の背を撫でながら、ドラン様が答えた。
「実は、私は元々人間でね、ただ、ちょっと特殊だったんだ」
「特殊とは?」
「私には、一部の動物とコミュニケーションがとれる、力があってね。ハッハッハッ!」
特殊能力持ちだったってことか。
「そうなんですね」
「元々、この町は畜産の街では無かったんだよ、私のこの能力で畜産を始めて、今の畜産の街コロンになったんだ。ハッハッハッ!それが評価されて、神になったんだよ」
前に創造神様が、実績が云々って言っていたような気がする。
「実績が評価されると、神様になれるんですか?」
「ああ、そこからか・・・この世界では、私の知る限り、神になるには、創造神様が造った神と、私の様に実績が評価されて神になる、この二通りだね。それ以外は聞いたことはないね。ハッハッハッ!」
良く笑う神様だ・・・嫌いじゃないけど、少々鬱陶しい。
「このコロンの街には、ドラン様が神様になる前には、神様はいらっしゃらなかったんですか?」
下級神というのは何なのか?俺がゴンから聞いた話では、氏神様のイメージなんだが。
「ああ、いたよ。私が神になった時に前の神様は中級神になって、街を出て行ったよ。ハッハッハッ!」
ゴンの知っている、中級神とは若干事情が違うようだな。こちらがオーソドックスなのかな?
「島野君はこれから街を見て周るんだってね」
「はい、その予定です」
じゃれてくる牛をあやしながら、ドラン様は言った。
「そのあとでいいから、もう一度私のところに寄ってくれないかな?ちょっと話したいことがあってね」
どうやら何かが含まれている様子。
「そうですか、分かりました。では後ほど」
ドラン様に手を振られながら、牧草地帯を後にした。
頭に鉢巻を巻き、気合満々のアグネスが、フンス!
と言わんぐらいの気合を漲らせていた。
簡単な屋台と言っていいのか、雨よけも無いテーブルに、ところ狭しと、野菜が積み上げてられていた。
すると、三白眼のアグネスが、力強く、机を叩いた。
ドンドン!ドンドン!
「さぁさぁ皆さんお立合い、私くし天使のアグネスにてございます!そして、ここにありますのが、今話題沸騰のアグネスの野菜にてございます。さぁさぁ見てっておくんなまし、よぉ、そこの兄ちゃんどうだい、どうだい、アグネスの野菜だよ。数量限定だよ!この野菜は本日限りの販売だよ。見てっておくんなまし!」
おいおい、叩き売りかよ・・・てか、なましって何だよ?
「さぁどうだい、さぁどうだい!」
道行く人々に声を掛けていくアグネス。
しかし、これが凄かった。
待ってましたと言わんばかりに集まる人々、まさに飛ぶようにアグネスの野菜は売れていった。
アグネスが意気揚々と野菜を販売していた。
正直びっくりした。
「ふう、今日も売り切ったわ、どうよ、守!」
勝ち誇った表情のアグネス。
「お疲れさん、毎回こんな感じなのか?」
「そうよ、どうよ!」
胸を叩いてふんぞり返っている。
「いや、これって、アグネスが凄いんじゃなくて、島の野菜が凄いんじゃないの?」
あらら、ギルが真っ当なこと言っちゃったよ。
「なによ、私だって頑張ってるんだからね」
「まぁ、まぁ」
エルが宥めている。
「まぁ、でもよく分かったよ、ありがとなアグネス」
お礼はちゃんとしないとね。
「ふん!もっと感謝してくれてもいいんだけどね!」
「お前、調子に乗ると、また締めるぞ!」
ノンが脅した。
「ウッ!」
急に態度が変わったアグネス。
可哀想にとエルが慰めていた。
「まぁまぁまぁ」
何はともあれ、島の野菜の価値は充分に分かった。となると、旅の資金の現地調達は、問題無さそうだ。
ただあまりに爆発的な売れ行きには、なにか理由があるようにも感じる。
この街の野菜は美味しくないとか?
とりあえず、今は気に掛けてもしょうがないのだが。
その後、街の散策に出かけた。
街の中心地では、食べ物中心の屋台が立ち並んでいて、ちょいちょい買い食いしながら、楽しく過ごした。
やはり俺の予想は正しかった。
屋台の料理は、肉系が中心ではあったが、いつくか野菜の食べ物もあった。
食べてみたのだが、美味しいとはお世辞にも言えなかった。
あと、何よりも野菜が小さくて色が薄い。
野菜の栄養が感じられなかった。
アグネスが、島の野菜をたらふく食べたがるのも、理解できるというもの。
畑の土壌が違うのかな?などと考えてはみたが、畑を見ない限り分からない。
まぁ人の畑のことを気に掛けても仕方がないのだが。
街の中心に差し掛かってくるにつれて、家の形も、木造から、石作りに変わっていく様も見ることができた。
街の中心ともなると、人の数が増え、賑わいを感じることができた。
見た感じとして、人間が四割、獣人が四割、残りニ割がそれ以外、といったところだろうか。
獣人は特にミノタウロスが多い様に感じた。おそらく牧場関係の従事者ではないかと思う。
とても平和でのどかな街だと思う。
これもあの牧歌的な神様の影響なのかもしれない。
そして、最後に教会に立ち寄った。
小さな教会だった、見たところ。老朽化が激しく雨漏りをしていても、おかしくないと思えるほどの痛みようだった。
中に入ると、思った通りの、狭くて小さい教会だった。
祭壇があり、その上には石像が置かれているが、劣化が激しいのか、石像の形が、はっきりとしていない。
何の神様なんだろうか?
周りを見渡してみたが、誰もいない。
「あのー、すいません!どなたかいますか?」
ゴンが声を掛けた。
すると、少し経ってから、
「はぁーい、ごめんなさいね。いま行きますねー」
と声が返ってきた。
俺の腰ぐらいの身長の、老齢のネズミの獣人が現れた。
法衣を纏っており、眼鏡をかけている。おそらくここのシスターなのだろう。
「お待たせしました。それで何か御用ですか?」
「突然伺ってすいません。私は島野守と申します。そして、こちらが、私の家族です」
「はぁ」
と言って、シスターが俺たちを見上げていた。
「私たちは旅の者でして、コロンの街を見学させて頂いております。今回は俺の要望で教会に寄りたいとお願いしまして、こちらに寄らせていただきました」
「私が連れて来たのよ」
アグネスが前に出てきた。
「あら天使様。お元気そうで」
どうやら知り合いのようだ。
「久しぶりね、リズ、元気してた?」
アグネスが話し掛ける。
「ええ、元気だけが取り柄ですから・・・それで・・・その・・・」
俺から話掛けた、
「リズさん、教えて欲しいんですが、こちらの石像はどの神様なのでしょうか?」
俺は石像を指さした。
「ああ、お恥ずかしい限りなんですが、こちらは、元々は創造神様の石像だったんです。今では劣化が激しくて・・・」
「島の石像の方が相当」
ゴンがギルの脇腹をつついたと同時に、俺が割って入った。
「そうなんですね。なるほど、教会では創造神様を崇拝するものなんでしょうか?」
「そうですね、教会では創造神様を祭ってるところがほとんどですが、中には上級神様を祭っている教会もありますよ」
なかなか顕現化しない神様を崇拝しているってことなのかな?
「ここでは創造神教ってことなんでしょうか?」
リズさんが何のこと?という具合に首を捻っている。
「創造神教?って何ですか?」
何ですかって?ん?
待てよ、そうか、宗教という概念が日本とは違うということか。
神様を崇拝することを、宗教という枠に捕らわれていないということなんだろう。
神様が顕現している世界なんだから、日本と違って当然ということか。
すると、リズさんの後ろから、ぞろぞろと子供たちが現れた。
「シスターどうしたの?」
「この人たち誰?」
「シスターお腹減った」
子供達が、次々に話しだす。
「あっ、ちょっと、出てきちゃ駄目でしょ。奥に行ってなさい」
リズさんが困惑していた。
「あれー!元気な子供がいっぱいだなー、お前達、お腹減ってるのかな?」
との問いかけに返事が殺到した。
「減ってるー!」
「ペコペコー!」
「何か食べたいー!」
俺はノンに合図をした。
「分かった、分かった!そこまで言うなら食べさせてあげるから。皆ついて来て」
と言って、ノンは教会の中庭に子供達を誘導した。
「お前達、飯が食いたいかー!」
「おおー!」
ギルが煽っている。
「上手い飯が、食いたいかー!」
「おおー!」
拳を上に突き出している子もいる。
「じゃあちょっと待っててね」
そういうと、ノンが俺に合図を送ってきた。
その様子をリズさんが尚も困惑しながら見ていた。
俺は『収納』からテーブルとイスを取り出した。
実はこんなこともあろうかと、昨日シチューを仕込んでおいたのだ。
俺達はシチューをとりわけ、パンをテーブルの中心に大量に置き。サラダも取り出した。
「さぁ皆、食べよう!」
「手を合わせてください」
ゴンが仕切っている。
「いただきます」
「「「「いただきます」」」」
大合唱であった。
子供達が我先にと食べ物に手を付けている。
リズさんはまだ困惑している様子。
「そんな、いただいても・・・」
「ご一緒にリズさんもどうですか?」
俺はリズさんに食事を勧めた。
「よろしいので」
「皆、遠慮なく食えよ!お代わりもあるぞ」
「「「やったー」」」
子供達が嬉しそうにしている。
すると、獣人の男の子三人組が現れた。
「お!旨そうなもん食ってんじゃんよ、俺にも食わせてくれよ」
「こら!テリーお行儀が悪い、すいません島野さん」
リズさんがテリーと呼ばれた子に近づいて、背中を叩いていた。
「痛てーな、シスター止めてくれよ!」
テリーが逃げ回っている。
見たところテリー少年はこの中では最年長なのか、顔つきは子供ではなく、少年の顔つきだった。
恐らく狼の獣人だと思う。
十二歳前後だろうか、一緒に来た二人を引き連れている印象があった。
他の二人はというと、猫耳があるところからこちらも獣人のようだ。
「テリー、あんたどこふらついてたのよ」
「どこだっていいだろってか、アグネスいるじゃん」
「なによ、いたっていいでしょ」
アグネスが返す。
「なぁ、とにかく食事にしないか?」
俺は助け舟を出してやった。
「お、話が分かる兄ちゃんだな。へへ」
俺は自分の席をテリー少年に譲ってあげた。
二人の獣人の少年にも手招きをして席に座らせた。
シチューを取り分けてやり、三人に差し出してやると、勢いよくがっつきだした。
良い食いっぷりです。
するとテリー少年が話し掛けて来た。
「で、兄ちゃんは何者?」
こらこらスプーンで人のことを指すんじゃない、本当にお行儀の悪い坊主だなぁ。
まぁ精神年齢定年の俺は、こんなことでは、腹が立つことはありませんがね。
「俺かい?俺は島野守だよ、よろしくなテリー」
「へ、そうかよ」
その態度にムッときたのか、ギルが食ってかかった。
「おいお前、僕のパパになんて態度取ってんだよ」
テリー少年はギルを一瞥するや、何だよと言わんばかりに立ち上がろうとした。
それを察知して、ゴンがテリー少年の肩を抑えて立ち上がらせなかった。
「今は食事中でしょ?止めなさい」
さすがにこれをやられると、座るしかないよね。
ナイス!ゴン。
テリー少年は観念した様子で食事を再開した。
「本当に申し訳ありません」
リズさんがまた謝っていた。
「いやいや、元気でいいじゃないですか」
その様子をアグネスはにっこりしながら、眺めていた。
「アグネス、手伝ってくれよ」
おっと、という様子で手伝いだしたアグネス。
「わかったわよ」
皆で食事を楽しんだ。
とても楽しい食事だった。
大人数の食事ってたまにはいいよね。
「それで、リズさんこの子達は・・・」
リズさんが答えた。
「この子達は、いろいろな事情で親と離れ離れになった、可哀想な子達なんです。ある子は親が魔獣に殺され。ある子は口減らしでという具合で、やむにやまれずここに預けられた子達です」
「そうですか、教会の運営状況はどうですか?」
俺はずばり聞いてみた。
「正直ぎりぎりなんとかやっていますよ、幸い援助してくれる方もちらほらいましてね」
リズさんは足元にいた、子供の頭を撫でながら話していた。
子供に良く懐かれている、信頼されているシスターだ。
「良かったらこちらをこの子達の為に使ってください。あと、雨漏りも直したほうがよいかと思います」
袋に入れた、金貨百枚を渡した。
「えっ!こんなに!良いんですか?」
リズさんがビックリしている。
「遠慮なく使ってください」
家族の皆とアグネスが、こちらを見て微笑んでいた。
「あと、もし良かったらなんですけど、教会の中にある石像なんですが、俺が手直しをしてもよろしいでしょうか?手先には自信がありまして」
周りに聞こえないようにリズさんに耳打ちした。
一瞬ためらったリズさんだったが。
「ええ、お願いします」
と快く答えてくれた。
皆が食事を取るなか、俺は一人教会の中へとやって来た。
石像の前に立ち、当たりを見渡して、誰もいないことを確認してから『加工』の能力で創造神様の石像を改修した。
改修した石像にお辞儀をしてから、俺はこの場を立ち去った。
石像は結構な自信作となった。
ドラン様のところにやってきた。
話しがあるということだったが、何だろうか?
「遅くなりました、お待たせしてすいません」
「ハッハッハッ、かまわん、かまわん。こちらこそ、呼び立ててすまなかったね」
ドラン様と一緒に三人の男性が控えていた。
「島野君、紹介させてくれ。こちらがこの町の農業組合の会長のモラン君だ」
一人の男性が、前に出た。
こちらもドラン様と同じく、カールおじさん風の体形と恰好をしていた。
髭は無かったが。
「モランと申します、よろしくお願いいたします」
続いて二人をモランさんから紹介された。
副会長らしく、二人とも獣人で、こちらも農業従事者とすぐわかる服装をしていた。
ドラン様が口を開いた。
「島野君、担当直入にお願いしたい。この町の農業にアドバイスを貰えないだろうか?」
やっぱりそう来たか。
「アドバイスですか?」
「ハッハッハッ、そうだよ。アグネスの野菜は、島野君が作ってるんだろ?その腕を見込んで、お願いできないだろうか?」
やっぱり、筒抜けだったか。
まぁ、今さらどうってこともないけどね。
「構いませんが、ひとまず今日は時間も遅いので、明日まずは一度畑を見せていただけないでしょうか?」
農業組合の三人が胸を撫で降ろしていた。
「そうか、すまないねー。ハッハッハッ」
俺たちはドラン様のもとを後にした。
コロンの街で一泊と考えていたが、手ごろな宿が見当たらなかった為、結局島に転移で戻ることにした。
「あらー、お帰りなさい。結局帰って来られたのですね」
アイリスさんが、出迎えてくれる。
皆口々に「ただいまー」と声を掛けている。
「宿が決まらなかったので、帰ってきちゃいました」
「まぁ、そうでしたの。食事は済んでますか?」
お気遣いありがとうございます。
「ええ、大丈夫です。ありがとうございます」
「皆、とりあえず風呂にして、もうだいぶ遅いけど、サウナはどうする?」
エルが片手を挙げた。
「私くしは、お風呂のみにしておきます。少々疲れましたですの」
「僕も今日はいいや」
ノンが答えた。
「じゃあ今日は風呂のみでいいな?」
「はーい」
と皆が口々に答えた。
俺は、ビールを『収納』から取り出し、一口飲んだ。
あー、旨!
風呂の準備は皆に任せて、何かつまみでもと考えていたところ、正面にアイリスさんが着席した。
「ご相伴に預かろうかと思いまして」
俺は『収納』からビールを出して、アイリスさんに渡した。
ついでに、燻製にしたベーコンも数切れ皿に盛った。
「どうぞ」
「ありがとうございます。それで、どうでしたか?」
アイリスさんが、興味深々といった具合で尋ねてくる。
そりゃあ、そうだろう。一人で留守番だからな。
気になら無い訳がない。まぁそれもあって帰って来たんだけどね。
「いろいろありましたよ、ドラン様という下級神にお会いして。街を散策したり、牧場を見学したりして、あと教会にも行きました」
教会では子供達と食事ができて楽しかったな。
あとこの世界の宗教感が把握できてよかった。
「まぁ、そうでしたか。何か守さんが興味を引くような物はありましたか?」
「たくさんあり過ぎて、困ってしまいましたよ。あっそうだ、アイリスさんにちょっと相談事があるんですが」
「相談事ですか?」
アイリスさんが喜んでいる。
頼られて嬉しいのだろう。
「ええ、実は、ドラン様から三人の農業組合員を紹介されまして、何でも農業に関するアドバイスが欲しい、ということらしいんです。明日畑を見させてもらう予定なんですが、アイリスさんの能力で、コロンの街の畑の様子って分かったりします?」
目を閉じて何やら考え込んでいる?探している?といった具合のアイリスさん。
「ええ、おそらくコロンの街でしたら、距離としては大丈夫かと思いますが、少々お時間を頂けますか?」
「もちろんです、あんまり無理はしないでくださいね」
ビールを飲み切った俺は、風呂に入ることにした。
アイリスさんは、目を閉じて集中していたので、声を掛けるのは、止めておいた。
翌日
約束通り、コロンの街の畑を見せて貰っている。
「収穫した作物を見させて貰えませんか?」
会長のモランさんにお願いすると、副会長の一人が取りに向かってくれた。
収穫物を手渡された。
これは、おそらくジャガイモだろうが、サイズがうちの作物より半分ぐらいしかなかった。
「他にはありますか?」
「こちらもどうぞ」
手渡してくれたのは、キュウリだろうか?こちらもサイズが小さく、更に色も薄く感じる。
「初めてアグネス様が野菜を販売してるところを見て、正直驚きました。何より野菜の大きさや色つや、そして実際に口にしてみたら、味がとても濃かった」
モランさんが興奮気味に話しだした。
「なるほど」
「アグネス様にどこで育てたんだ!どこで仕入れたんだって!何度も何度も聞いても、企業秘密だって、答えてくれなかったんですよ」
「それで」
「まぁ、アグネスの野菜は数量が少ないので、我々の市場や、生活を脅かすほどではありませんから、販売をやめて欲しい、ということではないのです。それに楽しみにしている街人も多いので・・・ただ我々農業従事者としては、いてもたってもいられず。ドラン様に相談したところ、この様な機会を頂けた、ということなんです」
「そういうことだったんですね」
アグネスなりには気遣ってくれてたんだと分かった。
下手に無人島産だって漏らして、注目されないようにしてくれてたみたいだ。
少し見直したよ。
言うなとは言ってないから、言ってくれてもよかったんだけどね。
でもさすがに神様には報告していたってことかな。
「ではさっそく教えて頂きたいことが一つ。普段農家の方々はどのように農作業をしておられるのでしょうか?」
モランさんが前に出てきた。
「それはまず種まき、水やり、雑草を見つけたら抜いて。後は虫が付いたら除去といったところですね、当然収穫もですが・・・」
「他には有りませんか?」
モランさんが、副会長達と話し合っている。
「特には無いかと思います」
「分かりました、では肥料を撒いたり、間引きを行うといったことはされない、ということですね?」
三人は首を傾げている。
「あの、それはなんでしょうか?肥料とは?・・・」
アイリスさんの言う通りのようだ。
「説明します。まず肥料とは土に栄養を与えるものです。豊富な栄養のある土からしか、栄養豊富な作物はできません」
三人の反応を見るといまいち理解できていない様子。
「土に栄養ですか・・・」
「はいそうです。同じ畑でも、土が肥えている土と、そうでない土とでは、作物のできが違います」
副会長の一人が、何か思い当る節があったのか、目を見開いている。
「うん分かる気がします。色の濃い土の方が、成長が良いのは何となく分かっていました」
「例えばこのコロンの街は畜産業が盛んです。牛糞が大量にあると思いますが、その牛糞が肥料になります」
三人が明らかに嫌そうな顔をした。
「それは、衛生的にどうなんでしょうか?」
「衛生的とはどういうお考えですか?」
何か固定観念があるようだ。
「いや、牛とはいっても糞ですよね」
「イメージだけが先行して。大事なことを分かってらっしゃらない、では牛は水を飲み、草を食べます、そして、糞をだす。そのどこに衛生的に悪い部分がありますか?」
三人は、考え込んでいる。
「確かに衛生意識が高いのは良いことですが、大事な面を見失っては本末転倒ですよ。あとアグネスの野菜ですが、肥料は何だと思いますか?当然牛糞を使用しておりますし、もっと言うと、人糞も一部混じっておりますよ」
三人はびっくりして目を見開いている。
「ではこれまでに、アグネスの野菜で健康トラブル等はありましたか?」
副会長の一人が、何かを思い出したようだ。
「あっ!そういえば、前に牧草から脱走した牛が、畑で糞をしてしまったことがありました。言われたように、その土から育った作物は大きくて、色も良かった。ただ・・・衛生的ではないと判断して、捨ててしまいました・・・」
ドラン様はちゃんと気づける機会は、与えていたってところかな。
なるほどね。
「もし疑う様でしたら、一部の小さな畑から試してみてください」
三人は腕を組んで、難しい顔をしていた。
「もう一つ間引きですが、これは元気のない枝や、小さい作物をあえて伐採するということです。そのほうが残った実に栄養が蓄えられて、大きく、色鮮やかになるんです」
「なるほど」
モランさんが答える。
「まぁ、あとは実際に試してみてから、考えてください」
「分かりました、貴重なアドバイスありがとうございました」
ついでに連作障害についても教えておいた。
実は、昨日の間にアイリスさんから、コロンの畑の現状とアドバイスは聞いていたから、これは受け売りでしかないんだけどね。
アイリスさんは畑のプロだから、お見通しということだ。
アイリスさん、あざっす!
ひとまずドラン様からの相談ごとは片付いたので、その報告にと、俺とギルの二人で、ドラン様の所にやってきた。
アドバイスの内容と、そのやり取りについて報告した。
「島野君ありがとう助かったよー、ハッハッハッ。何か私にできることがあったら言って欲しい、出来ることはしてみせよう」
ではお言葉に甘えさせて貰いましょうかね。
「ありがとうございます。ではさっそくですが、神様のことについて教えて貰えませんか?」
「ほう、神についてか、それはどういうことかな?」
ギルの肩に手を置いた。
「まず私にはギルがおります。親である以上知っておきたいのです。その存在や行いについて、例えば私が感じたのは今回の畑の件について、ドラン様は前から、農家の方々にヒントをお与えになっておりましたよね?」
ドラン様が一瞬ビックとして、その後考え込んでいた。
「なんだか君は勘が良いね、恐れ入ったよ。いいだろう、私が話せる範囲で話をしよう。まぁ座りたまえ」
椅子を勧められ、俺とギルは着席した。
「まず、神と言っても様々だから、全てが同じではないことを承知して欲しい。やはり例外という物が存在するのは、どこの世界でも一緒だろう?」
日本でも例外はあったような、なかったような。
まぁとりあえず合わせておこう。
「そうですね、分かります」
「私の場合は前にも話した通り、元は人間で、畜産の実績が評価されて神になった。私がやること、というかやれることは限られている。まずは私は畜産の神だから、畜産に関することは、その能力内において手出しすることは許されている」
「と言いますと?」
「そうだな、島野君、君は転移者だから『鑑定』を持っているだろう?私に使用してみてくれ」
ちょっとビックリした、ドラン様は随分オープンな性格だな。
「いいんですか?」
「ああいいとも、ただし他の神様には本人の了承が無い限り厳禁だぞ。やはりそこはプライベートなところだからな。ハッハッハッ」
「では遠慮なく」
『鑑定』
名前:ドラン
種族:下級神
職業:畜産の神
神力:640
体力:1432
魔力:0
能力:畜産動物思念伝達Lv3 畜産動物治癒Lv2 畜産食物加工Lv2 神気操作Lv3
ドラン様が話し出した。
「いいかい、私の能力として『畜産動物思念伝達』『畜産動物治癒』『畜産食物加工』『神気操作』とある、まず『畜産動物思念伝達』は前に話した通り、一部の動物とコミュニケーションが取れる力だ『畜産動物治癒』とは、畜産に関する動物であれば、どの子でもケガや病気を治癒してあげれる力、ただ畜産に関係の無い動物には及ばない力だ」
ここで一旦間を置いた。
理解できているかと俺とギルを見ている。
「次に『畜産食物加工』は牛乳やチーズやヨーグルト、ハム等、畜産からとれる食物を加工して造れる力のこと、そして最後に『神気操作』とはその名の通り神気を扱う力、ここまでいいかな?」
畜産に関係する能力内であれば行使できるということか。
「ええ、大丈夫です」
「この能力内においては、ある程度直接手出しが可能だが、それ以外においては、直接的な手出しは許されていない」
ドラン様が周りを見て、誰もいないことを確認した。
「従って今回のように農業に関して、直接的なアドバイスは許されていない、だが私も畜産の神として、牛糞が肥料になることぐらい知っている、でも・・・ということだよ」
概ね予想通りだな。
「牛に畑で糞をさせたりと、気づく切っ掛けを与えることは何とか許してもらえる、又は他の誰かに代わりを務めてもらう、ということですね」
ドラン様が頭を掻いている。
「まぁ今回の島野君の件は、ギリギリのところだけど、ハッハッハッ」
「分かりました。能力で直接手をだす時には、この神気が必要ということなのでしょうか?」
ドラン様が右手を差し出し神気を見せた。
「そう、この神気によって能力を使っている。ただね・・・最近ではちょっと都合が変わってきててね、どうにも神気が集まりづらいんだ。だから『畜産食物加工』は、今は極力控えるようにしている」
この世界の神気が薄くなってきていることと関係してそうだな。
「集まりづらいとは?」
「『鑑定』で見たとおり、私の今の神力は640、最大で877まで集めることができる」
集めるとは?
「どうやって集めるのですか?」
「うーん、自然と集まってくる感じかな」
それが集まりづらくなってきているということか。
「あと、例えばなんですけど、その能力を増やしたりすることは可能なのでしょうか?」
ドラン様が驚いている、そして急に頭を抱え込んだ。
と思ったら万遍の笑顔になった。
「なんて素晴らしい発想なんだ。島野君!君はすごいね、考えたことも無かったよ。ハッハッハッ」
「そうなんですね」
能力開発は創造神限定のことなのか?とは思えない。
いや、これまでのことを考える限り、創造神限定では無いと思われる。
ドラン様で考えるならば、能力はもっと獲得できるはずだ。
例えば『畜産動物治癒』は、畜産動物に限定しているが、治癒という能力に変わりはない。治癒の対象を広げることは可能なはず。
更に、俺の予想では、新たな能力の獲得によって、直接やれることの幅が広がる、これが下級神から中級神へと昇格するシステムだと予想している。
とりあえずこの予想は、ドラン様には話さないでおこうと思っているが。
「あと確認したいことが、ひとつあります。下級神様は土地に縛られると聞いたことがあるんですが、どうなんでしょうか?」
ドラン様は怪訝そうな顔をした。
「表現が良くないな、それでは誤解を生むね。決して土地に縛られるようなことはないよ。ただ先ほど話した通り、能力がある分その能力に見合う土地以外に行っても、出来ることがないんだよ。ほんとにただ見てるだけになる。例えば、隣街に養蜂の村のカナンがあるが、カナンは養蜂に特化した村だ。私に出来ることはカナンの街にはなんにも無いんだよ。下手すりゃ蜂に刺されて痛い思いをするだけだよ。畜産に関する能力を持っているからコロンにいるんだ。コロンは畜産の街だからね」
俺は、ギルの肩を抱いた。
ギルが、万遍の笑顔でこちらを向いた。
「よかった・・・」
ギルが小さく、呟いた。
「ちなみにギル君は、神獣だから、中級神以上だぞ」
「えっそうなの?」
思わずギルが反応した。
「ああ、私みたいに評価されて神になった訳では無いからね。ドラゴンは創造神様から生まれたと言ってもいい存在だから、創造神様が生み出した存在は、最低でも中級神以上だよ」
どうやら、ギルの不安要素は解決したようだ。嬉しそうにしている。
俺たちはドラン様のもとをあとにした。
まだまだ謎の多い神様システムだが、とりあえずは一端を掴めたと言ってもいいだろう。
ひとまず島に戻ってきた。
興奮冷めやらぬギルは、アイリスさんや兄弟達に、ことの顛末を興奮気味に話している。
しかし、これで神様システムの一部がはっきりした。この解明は大きな一歩になる。
こうなると、更なる能力の開発に力を入れる必要がある。
次は何にするか・・・
何て考えていたら、万歳三唱から、胴上げが始まっていた。
俺も混じろうかと、一歩踏み出したところで、ギルが地面に落ちた。
大人の皆さん、小さい子供にそれは辞めてあげてよー。
すると遠くから声が聞こえた。
「おーい、おーい!守ー!」
どうやらアグネスが出迎えに来てくれたようだ。
「わざわざお出迎えか?」
「そうよ、神様が迎えに行ってくれって言うからさー。エルちゃんがいるから大丈夫だって言ったんだけど。それでも行ってくれっていうからさ」
「そうか、悪かったな」
そう答えると、横からノンが横やりを入れる。
「本当は主に早く会いたかったんじゃないの?」
冷やかして遊んでいるようだ。
「ふん、なによノン。そんなこと無いんだからね!」
アグネスが赤くなっている。
「そうか、アグネスは俺のことが好きなのかー」
「ふんだ!守のバーカ、バーカ!」
「冗談だよ、分かった、分かった」
コロンの街へと向かった。
空の旅はとても楽しかったし、心地良かった。
なんとも気持ちのいい時間を過ごした。
コロンの街に着いた。
牧草地は広く、雄大な景色に心が躍る。
そして同時に、牧歌的な雰囲気に心が和む。
草の匂いが鼻を衝くが、決して嫌な臭いではない。
牛の群れが草をむさぼり、その近くを犬が見守っている。
ヤギの群れも同様に草をむさぼっていた。そして、それを警護するように天使達が上空から見守っていた。
天使達に手を振ると、天使達が手を振り替えしてくれた。
「アグネス、あれが、天使達の仕事なのか?」
「あれも仕事の一つね、でも一番の仕事は街の警護なんだけどね」
警護ということは、それなりに天使達も強いってことなのかな?
「それにしても、聞いてはいたけど、牧歌的でいいな」
アグネスが胸を張って、自慢げにしてる。
「そりゃそうよ、前にも言ったかもしれないけど。コロンの街は畜産で有名な街なのよ。特に牛乳は有名でね、中には収納持ちの商人に、買いに来させる王族までいるぐらいなんだから」
王族?いるんだ。
「本当は、もっと販売を拡げたいんだけど、牛乳は足が速いからね」
消費期限が速いってことね、分かるよ。
俺も日本では牛乳を何度も駄目に仕掛けたからな。
その度に牛乳入りの料理に取り掛かったものだ。
「どれぐらい持つんだ?」
「そうね、保存状態にもよるけど、日光に当てなければ、だいたい十五日ぐらいかな?」
思いのほか長いな、というより、日本の衛生管理が厳しいってことなのかもしれない。
「なぁ、容器はどんな物なんだ」
「容器?瓶に詰めてるわよ?」
「それは、真空にしてるのか?」
首を傾げている。
「要は、腐食は空気に触れることで発生するから、出来る限り空気の入らないように工夫することで、消費できる期限が伸びたりするものなんだよ」
「それはどういうことなの?」
「簡単に言えば、容器に蓋をせずに放置するとしたら、空気が牛乳によく触れてしまうだろ?」
「うん」
「そうすると牛乳は腐りやすくなるんだ」
「そうなんだ」
「例えば、鉄は錆びるだろう?あれは、鉄が空気にふれることによって腐食する。鉄にとっての腐食が錆びるということなんだよ」
「なるほどね」
アグネスは深く頷いている。
「だから、牛乳の消費期限を延ばしたければ、瓶に蓋をする際に、少しでも空気を含まない工夫をすれば、期限が伸びると考えられる。そうすれば、ちょっとでも長く牛乳を食することができるんじゃないかな?ってことだよ」
「どんな工夫ができるかしら」
「いくつかあるけど、それはまず自分達で考えてみてくれ。何でも聞いてしまったら面白くないだろ?」
「えー、教えてよ。ケチー!」
むくれた顔でこちらを見ている。
「お前なぁ、この街の神様は畜産の神様じゃなかったのか?神様にも面子ってもんがあるだろうが、ここまでは良かれと思って俺は話しているだけであって、神様の領域に勝手に踏み込むのもどうかと思うんだがね」
しまったという顔でアグネスがこちらを見ている。
「あっ、そうでした。すいません・・・」
下を向いて反省している様子。
「お前また調子に乗ってんのか?」
ノンが凄みながら割り込んできた。
「そんなことはありません、ごめんなさい」
へこへこしているアグネス。
その様子を、他の皆が鼻で笑っていた。
やれやれこの子は、少しでも街の為にと考えてのことなんだろうけど、常々考えが浅いんだよな。
そういうところ嫌いじゃないけどさ。
「じゃあ念の為、あと一つだけ教えておく、さっき日光に当たらないようにって、話をしてたけど、常温で保存しているのか?」
アグネスは背筋を伸ばして緊張気味に話しだした。
「だいたいそうであります。日差しが良くないことは分かってますので」
おいおい、いきなり敬語になってるよ、分かりやす過ぎるだろ。
駄目天使全開だな、まぁ可愛らしいってことにしておきましょうか。
「冷やして保存した方がいいぞ、ただ凍らせちゃまずいけどな」
「凍らせちゃ不味いでありますか?」
軍隊かよ・・・ありますか?って、もはやアホだな。
敬礼でもしそうな雰囲気だ。
「牛乳は凍らせると、解凍した後に分離しちゃうからな」
「そうでありますか、理解いたしました」
本当に俺に向かって敬礼しているアグネス、これってもしかして馬鹿にしている?
いやあの子の最大級の尊敬の表現がこれなんだろう。
まさに残念天使。
しかし、地球でのごく当たり前の知識で、誰でも分かっていることを、話してみただけなんだけど、ここまで文化レベルが低いってことなのか?
そうとも考えづらいな、ただ単にアグネスの知識レベルが・・・ってこともある。
ただ純粋に、冷やして保存する技術が無い、という可能性の方が高そうだけど。
神様ならこれぐらい知っていて当然と思うが、技術が無いってことかな?
だからあえて、知らしめていないとか?
まぁ、いずれにしても俺が首を突っ込むのは憚られるな。
「とにかく一度、神様と相談してみてくれ」
「了解いたしました!」
まだ敬礼してるよ・・・
天使って皆アホなのか?
アズネスだけであることを祈ろう。
アグネスの手配で、早速、神様と会うことになった。
神様の見た目の印象としては、カールおじさん。
麦わら帽子に、口髭、農作業を行う服装に、朗らかな顔つき。
そしてふくよかな体形。
「始めまして。島野守と申します、転移者です。よろしくお願い致します」
頭を下げて挨拶した。
「おー、君がそうか、アグネス君から話は聞いてるよ。私はドラン、ここコロンの街で下級神をやっている。よろしく頼むよ、ハッハッハッ!しかし、面白いパーティーだね。転移者、フェンリル、九尾の狐、そしてうちのペガサスに、ドラゴンとは、ハッハッハッ!」
笑う度に、ドラン様のお腹が揺れている。
何とも豪快な笑い声だ、辺り一面に木霊しているよ。
俺はおもむろに『収納』からお土産を取り出した。
「こちらお近づきの標です、よかったらどうぞ」
野菜の詰め合わせと、ワインを三本差し出した。
「おー、ありがとう、遠慮なくいただくよ。おっ、これはアグネスの野菜かな?嬉しねー、これ美味しいよねー。ん?なんと!ワインじゃないか。ありがたいねー。いやー。ありがとう。ハッハッハッ!」
かなり喜んでいただけている様子。
出だしは順調っと。
本当はここでこっそり『鑑定』をしてみたいところだが、止めておいた。
というのも、前にアグネスに『鑑定』してみていいか?
と聞いたことがあったが、あの子にしては珍しく、本気で止めて欲しいと言われたことがあった。
何でも、勝手に『鑑定』をすることが、罪になる国があるとのことだった。
恐らくこれは俺の想像だが、個人の能力や体力や魔力は、秘匿すべき個人情報であり。『鑑定』の能力を持った者が、好き勝手にそれを除き見ることは、個人の尊厳を脅かす可能性があり、かつ許されざる行いであると、いうことではないかと思う。
それはそうだと思う、個人情報を覗き見ることは、日本でも犯罪だとの認識は間違っていないと思う。
俺としては、そういったことは遵守したいと思う。
「しかし、上から拝見させて頂きましたけど、大きな牧草地帯ですね。驚きましたよ」
「おー、そうか、そうか、まぁこう見えても私は、畜産の神だからね。ハッハッハッ!」
こう見えてって、まんまですけど・・・
「畜産の神様なんですね」
「そうだよ、畜産の実績が認められて、神様になったんだ、今は下級神だよ」
実績が認められて・・・
「そうなんですか?実績が認められてとうことは、その前は何を?」
馬の背を撫でながら、ドラン様が答えた。
「実は、私は元々人間でね、ただ、ちょっと特殊だったんだ」
「特殊とは?」
「私には、一部の動物とコミュニケーションがとれる、力があってね。ハッハッハッ!」
特殊能力持ちだったってことか。
「そうなんですね」
「元々、この町は畜産の街では無かったんだよ、私のこの能力で畜産を始めて、今の畜産の街コロンになったんだ。ハッハッハッ!それが評価されて、神になったんだよ」
前に創造神様が、実績が云々って言っていたような気がする。
「実績が評価されると、神様になれるんですか?」
「ああ、そこからか・・・この世界では、私の知る限り、神になるには、創造神様が造った神と、私の様に実績が評価されて神になる、この二通りだね。それ以外は聞いたことはないね。ハッハッハッ!」
良く笑う神様だ・・・嫌いじゃないけど、少々鬱陶しい。
「このコロンの街には、ドラン様が神様になる前には、神様はいらっしゃらなかったんですか?」
下級神というのは何なのか?俺がゴンから聞いた話では、氏神様のイメージなんだが。
「ああ、いたよ。私が神になった時に前の神様は中級神になって、街を出て行ったよ。ハッハッハッ!」
ゴンの知っている、中級神とは若干事情が違うようだな。こちらがオーソドックスなのかな?
「島野君はこれから街を見て周るんだってね」
「はい、その予定です」
じゃれてくる牛をあやしながら、ドラン様は言った。
「そのあとでいいから、もう一度私のところに寄ってくれないかな?ちょっと話したいことがあってね」
どうやら何かが含まれている様子。
「そうですか、分かりました。では後ほど」
ドラン様に手を振られながら、牧草地帯を後にした。
頭に鉢巻を巻き、気合満々のアグネスが、フンス!
と言わんぐらいの気合を漲らせていた。
簡単な屋台と言っていいのか、雨よけも無いテーブルに、ところ狭しと、野菜が積み上げてられていた。
すると、三白眼のアグネスが、力強く、机を叩いた。
ドンドン!ドンドン!
「さぁさぁ皆さんお立合い、私くし天使のアグネスにてございます!そして、ここにありますのが、今話題沸騰のアグネスの野菜にてございます。さぁさぁ見てっておくんなまし、よぉ、そこの兄ちゃんどうだい、どうだい、アグネスの野菜だよ。数量限定だよ!この野菜は本日限りの販売だよ。見てっておくんなまし!」
おいおい、叩き売りかよ・・・てか、なましって何だよ?
「さぁどうだい、さぁどうだい!」
道行く人々に声を掛けていくアグネス。
しかし、これが凄かった。
待ってましたと言わんばかりに集まる人々、まさに飛ぶようにアグネスの野菜は売れていった。
アグネスが意気揚々と野菜を販売していた。
正直びっくりした。
「ふう、今日も売り切ったわ、どうよ、守!」
勝ち誇った表情のアグネス。
「お疲れさん、毎回こんな感じなのか?」
「そうよ、どうよ!」
胸を叩いてふんぞり返っている。
「いや、これって、アグネスが凄いんじゃなくて、島の野菜が凄いんじゃないの?」
あらら、ギルが真っ当なこと言っちゃったよ。
「なによ、私だって頑張ってるんだからね」
「まぁ、まぁ」
エルが宥めている。
「まぁ、でもよく分かったよ、ありがとなアグネス」
お礼はちゃんとしないとね。
「ふん!もっと感謝してくれてもいいんだけどね!」
「お前、調子に乗ると、また締めるぞ!」
ノンが脅した。
「ウッ!」
急に態度が変わったアグネス。
可哀想にとエルが慰めていた。
「まぁまぁまぁ」
何はともあれ、島の野菜の価値は充分に分かった。となると、旅の資金の現地調達は、問題無さそうだ。
ただあまりに爆発的な売れ行きには、なにか理由があるようにも感じる。
この街の野菜は美味しくないとか?
とりあえず、今は気に掛けてもしょうがないのだが。
その後、街の散策に出かけた。
街の中心地では、食べ物中心の屋台が立ち並んでいて、ちょいちょい買い食いしながら、楽しく過ごした。
やはり俺の予想は正しかった。
屋台の料理は、肉系が中心ではあったが、いつくか野菜の食べ物もあった。
食べてみたのだが、美味しいとはお世辞にも言えなかった。
あと、何よりも野菜が小さくて色が薄い。
野菜の栄養が感じられなかった。
アグネスが、島の野菜をたらふく食べたがるのも、理解できるというもの。
畑の土壌が違うのかな?などと考えてはみたが、畑を見ない限り分からない。
まぁ人の畑のことを気に掛けても仕方がないのだが。
街の中心に差し掛かってくるにつれて、家の形も、木造から、石作りに変わっていく様も見ることができた。
街の中心ともなると、人の数が増え、賑わいを感じることができた。
見た感じとして、人間が四割、獣人が四割、残りニ割がそれ以外、といったところだろうか。
獣人は特にミノタウロスが多い様に感じた。おそらく牧場関係の従事者ではないかと思う。
とても平和でのどかな街だと思う。
これもあの牧歌的な神様の影響なのかもしれない。
そして、最後に教会に立ち寄った。
小さな教会だった、見たところ。老朽化が激しく雨漏りをしていても、おかしくないと思えるほどの痛みようだった。
中に入ると、思った通りの、狭くて小さい教会だった。
祭壇があり、その上には石像が置かれているが、劣化が激しいのか、石像の形が、はっきりとしていない。
何の神様なんだろうか?
周りを見渡してみたが、誰もいない。
「あのー、すいません!どなたかいますか?」
ゴンが声を掛けた。
すると、少し経ってから、
「はぁーい、ごめんなさいね。いま行きますねー」
と声が返ってきた。
俺の腰ぐらいの身長の、老齢のネズミの獣人が現れた。
法衣を纏っており、眼鏡をかけている。おそらくここのシスターなのだろう。
「お待たせしました。それで何か御用ですか?」
「突然伺ってすいません。私は島野守と申します。そして、こちらが、私の家族です」
「はぁ」
と言って、シスターが俺たちを見上げていた。
「私たちは旅の者でして、コロンの街を見学させて頂いております。今回は俺の要望で教会に寄りたいとお願いしまして、こちらに寄らせていただきました」
「私が連れて来たのよ」
アグネスが前に出てきた。
「あら天使様。お元気そうで」
どうやら知り合いのようだ。
「久しぶりね、リズ、元気してた?」
アグネスが話し掛ける。
「ええ、元気だけが取り柄ですから・・・それで・・・その・・・」
俺から話掛けた、
「リズさん、教えて欲しいんですが、こちらの石像はどの神様なのでしょうか?」
俺は石像を指さした。
「ああ、お恥ずかしい限りなんですが、こちらは、元々は創造神様の石像だったんです。今では劣化が激しくて・・・」
「島の石像の方が相当」
ゴンがギルの脇腹をつついたと同時に、俺が割って入った。
「そうなんですね。なるほど、教会では創造神様を崇拝するものなんでしょうか?」
「そうですね、教会では創造神様を祭ってるところがほとんどですが、中には上級神様を祭っている教会もありますよ」
なかなか顕現化しない神様を崇拝しているってことなのかな?
「ここでは創造神教ってことなんでしょうか?」
リズさんが何のこと?という具合に首を捻っている。
「創造神教?って何ですか?」
何ですかって?ん?
待てよ、そうか、宗教という概念が日本とは違うということか。
神様を崇拝することを、宗教という枠に捕らわれていないということなんだろう。
神様が顕現している世界なんだから、日本と違って当然ということか。
すると、リズさんの後ろから、ぞろぞろと子供たちが現れた。
「シスターどうしたの?」
「この人たち誰?」
「シスターお腹減った」
子供達が、次々に話しだす。
「あっ、ちょっと、出てきちゃ駄目でしょ。奥に行ってなさい」
リズさんが困惑していた。
「あれー!元気な子供がいっぱいだなー、お前達、お腹減ってるのかな?」
との問いかけに返事が殺到した。
「減ってるー!」
「ペコペコー!」
「何か食べたいー!」
俺はノンに合図をした。
「分かった、分かった!そこまで言うなら食べさせてあげるから。皆ついて来て」
と言って、ノンは教会の中庭に子供達を誘導した。
「お前達、飯が食いたいかー!」
「おおー!」
ギルが煽っている。
「上手い飯が、食いたいかー!」
「おおー!」
拳を上に突き出している子もいる。
「じゃあちょっと待っててね」
そういうと、ノンが俺に合図を送ってきた。
その様子をリズさんが尚も困惑しながら見ていた。
俺は『収納』からテーブルとイスを取り出した。
実はこんなこともあろうかと、昨日シチューを仕込んでおいたのだ。
俺達はシチューをとりわけ、パンをテーブルの中心に大量に置き。サラダも取り出した。
「さぁ皆、食べよう!」
「手を合わせてください」
ゴンが仕切っている。
「いただきます」
「「「「いただきます」」」」
大合唱であった。
子供達が我先にと食べ物に手を付けている。
リズさんはまだ困惑している様子。
「そんな、いただいても・・・」
「ご一緒にリズさんもどうですか?」
俺はリズさんに食事を勧めた。
「よろしいので」
「皆、遠慮なく食えよ!お代わりもあるぞ」
「「「やったー」」」
子供達が嬉しそうにしている。
すると、獣人の男の子三人組が現れた。
「お!旨そうなもん食ってんじゃんよ、俺にも食わせてくれよ」
「こら!テリーお行儀が悪い、すいません島野さん」
リズさんがテリーと呼ばれた子に近づいて、背中を叩いていた。
「痛てーな、シスター止めてくれよ!」
テリーが逃げ回っている。
見たところテリー少年はこの中では最年長なのか、顔つきは子供ではなく、少年の顔つきだった。
恐らく狼の獣人だと思う。
十二歳前後だろうか、一緒に来た二人を引き連れている印象があった。
他の二人はというと、猫耳があるところからこちらも獣人のようだ。
「テリー、あんたどこふらついてたのよ」
「どこだっていいだろってか、アグネスいるじゃん」
「なによ、いたっていいでしょ」
アグネスが返す。
「なぁ、とにかく食事にしないか?」
俺は助け舟を出してやった。
「お、話が分かる兄ちゃんだな。へへ」
俺は自分の席をテリー少年に譲ってあげた。
二人の獣人の少年にも手招きをして席に座らせた。
シチューを取り分けてやり、三人に差し出してやると、勢いよくがっつきだした。
良い食いっぷりです。
するとテリー少年が話し掛けて来た。
「で、兄ちゃんは何者?」
こらこらスプーンで人のことを指すんじゃない、本当にお行儀の悪い坊主だなぁ。
まぁ精神年齢定年の俺は、こんなことでは、腹が立つことはありませんがね。
「俺かい?俺は島野守だよ、よろしくなテリー」
「へ、そうかよ」
その態度にムッときたのか、ギルが食ってかかった。
「おいお前、僕のパパになんて態度取ってんだよ」
テリー少年はギルを一瞥するや、何だよと言わんばかりに立ち上がろうとした。
それを察知して、ゴンがテリー少年の肩を抑えて立ち上がらせなかった。
「今は食事中でしょ?止めなさい」
さすがにこれをやられると、座るしかないよね。
ナイス!ゴン。
テリー少年は観念した様子で食事を再開した。
「本当に申し訳ありません」
リズさんがまた謝っていた。
「いやいや、元気でいいじゃないですか」
その様子をアグネスはにっこりしながら、眺めていた。
「アグネス、手伝ってくれよ」
おっと、という様子で手伝いだしたアグネス。
「わかったわよ」
皆で食事を楽しんだ。
とても楽しい食事だった。
大人数の食事ってたまにはいいよね。
「それで、リズさんこの子達は・・・」
リズさんが答えた。
「この子達は、いろいろな事情で親と離れ離れになった、可哀想な子達なんです。ある子は親が魔獣に殺され。ある子は口減らしでという具合で、やむにやまれずここに預けられた子達です」
「そうですか、教会の運営状況はどうですか?」
俺はずばり聞いてみた。
「正直ぎりぎりなんとかやっていますよ、幸い援助してくれる方もちらほらいましてね」
リズさんは足元にいた、子供の頭を撫でながら話していた。
子供に良く懐かれている、信頼されているシスターだ。
「良かったらこちらをこの子達の為に使ってください。あと、雨漏りも直したほうがよいかと思います」
袋に入れた、金貨百枚を渡した。
「えっ!こんなに!良いんですか?」
リズさんがビックリしている。
「遠慮なく使ってください」
家族の皆とアグネスが、こちらを見て微笑んでいた。
「あと、もし良かったらなんですけど、教会の中にある石像なんですが、俺が手直しをしてもよろしいでしょうか?手先には自信がありまして」
周りに聞こえないようにリズさんに耳打ちした。
一瞬ためらったリズさんだったが。
「ええ、お願いします」
と快く答えてくれた。
皆が食事を取るなか、俺は一人教会の中へとやって来た。
石像の前に立ち、当たりを見渡して、誰もいないことを確認してから『加工』の能力で創造神様の石像を改修した。
改修した石像にお辞儀をしてから、俺はこの場を立ち去った。
石像は結構な自信作となった。
ドラン様のところにやってきた。
話しがあるということだったが、何だろうか?
「遅くなりました、お待たせしてすいません」
「ハッハッハッ、かまわん、かまわん。こちらこそ、呼び立ててすまなかったね」
ドラン様と一緒に三人の男性が控えていた。
「島野君、紹介させてくれ。こちらがこの町の農業組合の会長のモラン君だ」
一人の男性が、前に出た。
こちらもドラン様と同じく、カールおじさん風の体形と恰好をしていた。
髭は無かったが。
「モランと申します、よろしくお願いいたします」
続いて二人をモランさんから紹介された。
副会長らしく、二人とも獣人で、こちらも農業従事者とすぐわかる服装をしていた。
ドラン様が口を開いた。
「島野君、担当直入にお願いしたい。この町の農業にアドバイスを貰えないだろうか?」
やっぱりそう来たか。
「アドバイスですか?」
「ハッハッハッ、そうだよ。アグネスの野菜は、島野君が作ってるんだろ?その腕を見込んで、お願いできないだろうか?」
やっぱり、筒抜けだったか。
まぁ、今さらどうってこともないけどね。
「構いませんが、ひとまず今日は時間も遅いので、明日まずは一度畑を見せていただけないでしょうか?」
農業組合の三人が胸を撫で降ろしていた。
「そうか、すまないねー。ハッハッハッ」
俺たちはドラン様のもとを後にした。
コロンの街で一泊と考えていたが、手ごろな宿が見当たらなかった為、結局島に転移で戻ることにした。
「あらー、お帰りなさい。結局帰って来られたのですね」
アイリスさんが、出迎えてくれる。
皆口々に「ただいまー」と声を掛けている。
「宿が決まらなかったので、帰ってきちゃいました」
「まぁ、そうでしたの。食事は済んでますか?」
お気遣いありがとうございます。
「ええ、大丈夫です。ありがとうございます」
「皆、とりあえず風呂にして、もうだいぶ遅いけど、サウナはどうする?」
エルが片手を挙げた。
「私くしは、お風呂のみにしておきます。少々疲れましたですの」
「僕も今日はいいや」
ノンが答えた。
「じゃあ今日は風呂のみでいいな?」
「はーい」
と皆が口々に答えた。
俺は、ビールを『収納』から取り出し、一口飲んだ。
あー、旨!
風呂の準備は皆に任せて、何かつまみでもと考えていたところ、正面にアイリスさんが着席した。
「ご相伴に預かろうかと思いまして」
俺は『収納』からビールを出して、アイリスさんに渡した。
ついでに、燻製にしたベーコンも数切れ皿に盛った。
「どうぞ」
「ありがとうございます。それで、どうでしたか?」
アイリスさんが、興味深々といった具合で尋ねてくる。
そりゃあ、そうだろう。一人で留守番だからな。
気になら無い訳がない。まぁそれもあって帰って来たんだけどね。
「いろいろありましたよ、ドラン様という下級神にお会いして。街を散策したり、牧場を見学したりして、あと教会にも行きました」
教会では子供達と食事ができて楽しかったな。
あとこの世界の宗教感が把握できてよかった。
「まぁ、そうでしたか。何か守さんが興味を引くような物はありましたか?」
「たくさんあり過ぎて、困ってしまいましたよ。あっそうだ、アイリスさんにちょっと相談事があるんですが」
「相談事ですか?」
アイリスさんが喜んでいる。
頼られて嬉しいのだろう。
「ええ、実は、ドラン様から三人の農業組合員を紹介されまして、何でも農業に関するアドバイスが欲しい、ということらしいんです。明日畑を見させてもらう予定なんですが、アイリスさんの能力で、コロンの街の畑の様子って分かったりします?」
目を閉じて何やら考え込んでいる?探している?といった具合のアイリスさん。
「ええ、おそらくコロンの街でしたら、距離としては大丈夫かと思いますが、少々お時間を頂けますか?」
「もちろんです、あんまり無理はしないでくださいね」
ビールを飲み切った俺は、風呂に入ることにした。
アイリスさんは、目を閉じて集中していたので、声を掛けるのは、止めておいた。
翌日
約束通り、コロンの街の畑を見せて貰っている。
「収穫した作物を見させて貰えませんか?」
会長のモランさんにお願いすると、副会長の一人が取りに向かってくれた。
収穫物を手渡された。
これは、おそらくジャガイモだろうが、サイズがうちの作物より半分ぐらいしかなかった。
「他にはありますか?」
「こちらもどうぞ」
手渡してくれたのは、キュウリだろうか?こちらもサイズが小さく、更に色も薄く感じる。
「初めてアグネス様が野菜を販売してるところを見て、正直驚きました。何より野菜の大きさや色つや、そして実際に口にしてみたら、味がとても濃かった」
モランさんが興奮気味に話しだした。
「なるほど」
「アグネス様にどこで育てたんだ!どこで仕入れたんだって!何度も何度も聞いても、企業秘密だって、答えてくれなかったんですよ」
「それで」
「まぁ、アグネスの野菜は数量が少ないので、我々の市場や、生活を脅かすほどではありませんから、販売をやめて欲しい、ということではないのです。それに楽しみにしている街人も多いので・・・ただ我々農業従事者としては、いてもたってもいられず。ドラン様に相談したところ、この様な機会を頂けた、ということなんです」
「そういうことだったんですね」
アグネスなりには気遣ってくれてたんだと分かった。
下手に無人島産だって漏らして、注目されないようにしてくれてたみたいだ。
少し見直したよ。
言うなとは言ってないから、言ってくれてもよかったんだけどね。
でもさすがに神様には報告していたってことかな。
「ではさっそく教えて頂きたいことが一つ。普段農家の方々はどのように農作業をしておられるのでしょうか?」
モランさんが前に出てきた。
「それはまず種まき、水やり、雑草を見つけたら抜いて。後は虫が付いたら除去といったところですね、当然収穫もですが・・・」
「他には有りませんか?」
モランさんが、副会長達と話し合っている。
「特には無いかと思います」
「分かりました、では肥料を撒いたり、間引きを行うといったことはされない、ということですね?」
三人は首を傾げている。
「あの、それはなんでしょうか?肥料とは?・・・」
アイリスさんの言う通りのようだ。
「説明します。まず肥料とは土に栄養を与えるものです。豊富な栄養のある土からしか、栄養豊富な作物はできません」
三人の反応を見るといまいち理解できていない様子。
「土に栄養ですか・・・」
「はいそうです。同じ畑でも、土が肥えている土と、そうでない土とでは、作物のできが違います」
副会長の一人が、何か思い当る節があったのか、目を見開いている。
「うん分かる気がします。色の濃い土の方が、成長が良いのは何となく分かっていました」
「例えばこのコロンの街は畜産業が盛んです。牛糞が大量にあると思いますが、その牛糞が肥料になります」
三人が明らかに嫌そうな顔をした。
「それは、衛生的にどうなんでしょうか?」
「衛生的とはどういうお考えですか?」
何か固定観念があるようだ。
「いや、牛とはいっても糞ですよね」
「イメージだけが先行して。大事なことを分かってらっしゃらない、では牛は水を飲み、草を食べます、そして、糞をだす。そのどこに衛生的に悪い部分がありますか?」
三人は、考え込んでいる。
「確かに衛生意識が高いのは良いことですが、大事な面を見失っては本末転倒ですよ。あとアグネスの野菜ですが、肥料は何だと思いますか?当然牛糞を使用しておりますし、もっと言うと、人糞も一部混じっておりますよ」
三人はびっくりして目を見開いている。
「ではこれまでに、アグネスの野菜で健康トラブル等はありましたか?」
副会長の一人が、何かを思い出したようだ。
「あっ!そういえば、前に牧草から脱走した牛が、畑で糞をしてしまったことがありました。言われたように、その土から育った作物は大きくて、色も良かった。ただ・・・衛生的ではないと判断して、捨ててしまいました・・・」
ドラン様はちゃんと気づける機会は、与えていたってところかな。
なるほどね。
「もし疑う様でしたら、一部の小さな畑から試してみてください」
三人は腕を組んで、難しい顔をしていた。
「もう一つ間引きですが、これは元気のない枝や、小さい作物をあえて伐採するということです。そのほうが残った実に栄養が蓄えられて、大きく、色鮮やかになるんです」
「なるほど」
モランさんが答える。
「まぁ、あとは実際に試してみてから、考えてください」
「分かりました、貴重なアドバイスありがとうございました」
ついでに連作障害についても教えておいた。
実は、昨日の間にアイリスさんから、コロンの畑の現状とアドバイスは聞いていたから、これは受け売りでしかないんだけどね。
アイリスさんは畑のプロだから、お見通しということだ。
アイリスさん、あざっす!
ひとまずドラン様からの相談ごとは片付いたので、その報告にと、俺とギルの二人で、ドラン様の所にやってきた。
アドバイスの内容と、そのやり取りについて報告した。
「島野君ありがとう助かったよー、ハッハッハッ。何か私にできることがあったら言って欲しい、出来ることはしてみせよう」
ではお言葉に甘えさせて貰いましょうかね。
「ありがとうございます。ではさっそくですが、神様のことについて教えて貰えませんか?」
「ほう、神についてか、それはどういうことかな?」
ギルの肩に手を置いた。
「まず私にはギルがおります。親である以上知っておきたいのです。その存在や行いについて、例えば私が感じたのは今回の畑の件について、ドラン様は前から、農家の方々にヒントをお与えになっておりましたよね?」
ドラン様が一瞬ビックとして、その後考え込んでいた。
「なんだか君は勘が良いね、恐れ入ったよ。いいだろう、私が話せる範囲で話をしよう。まぁ座りたまえ」
椅子を勧められ、俺とギルは着席した。
「まず、神と言っても様々だから、全てが同じではないことを承知して欲しい。やはり例外という物が存在するのは、どこの世界でも一緒だろう?」
日本でも例外はあったような、なかったような。
まぁとりあえず合わせておこう。
「そうですね、分かります」
「私の場合は前にも話した通り、元は人間で、畜産の実績が評価されて神になった。私がやること、というかやれることは限られている。まずは私は畜産の神だから、畜産に関することは、その能力内において手出しすることは許されている」
「と言いますと?」
「そうだな、島野君、君は転移者だから『鑑定』を持っているだろう?私に使用してみてくれ」
ちょっとビックリした、ドラン様は随分オープンな性格だな。
「いいんですか?」
「ああいいとも、ただし他の神様には本人の了承が無い限り厳禁だぞ。やはりそこはプライベートなところだからな。ハッハッハッ」
「では遠慮なく」
『鑑定』
名前:ドラン
種族:下級神
職業:畜産の神
神力:640
体力:1432
魔力:0
能力:畜産動物思念伝達Lv3 畜産動物治癒Lv2 畜産食物加工Lv2 神気操作Lv3
ドラン様が話し出した。
「いいかい、私の能力として『畜産動物思念伝達』『畜産動物治癒』『畜産食物加工』『神気操作』とある、まず『畜産動物思念伝達』は前に話した通り、一部の動物とコミュニケーションが取れる力だ『畜産動物治癒』とは、畜産に関する動物であれば、どの子でもケガや病気を治癒してあげれる力、ただ畜産に関係の無い動物には及ばない力だ」
ここで一旦間を置いた。
理解できているかと俺とギルを見ている。
「次に『畜産食物加工』は牛乳やチーズやヨーグルト、ハム等、畜産からとれる食物を加工して造れる力のこと、そして最後に『神気操作』とはその名の通り神気を扱う力、ここまでいいかな?」
畜産に関係する能力内であれば行使できるということか。
「ええ、大丈夫です」
「この能力内においては、ある程度直接手出しが可能だが、それ以外においては、直接的な手出しは許されていない」
ドラン様が周りを見て、誰もいないことを確認した。
「従って今回のように農業に関して、直接的なアドバイスは許されていない、だが私も畜産の神として、牛糞が肥料になることぐらい知っている、でも・・・ということだよ」
概ね予想通りだな。
「牛に畑で糞をさせたりと、気づく切っ掛けを与えることは何とか許してもらえる、又は他の誰かに代わりを務めてもらう、ということですね」
ドラン様が頭を掻いている。
「まぁ今回の島野君の件は、ギリギリのところだけど、ハッハッハッ」
「分かりました。能力で直接手をだす時には、この神気が必要ということなのでしょうか?」
ドラン様が右手を差し出し神気を見せた。
「そう、この神気によって能力を使っている。ただね・・・最近ではちょっと都合が変わってきててね、どうにも神気が集まりづらいんだ。だから『畜産食物加工』は、今は極力控えるようにしている」
この世界の神気が薄くなってきていることと関係してそうだな。
「集まりづらいとは?」
「『鑑定』で見たとおり、私の今の神力は640、最大で877まで集めることができる」
集めるとは?
「どうやって集めるのですか?」
「うーん、自然と集まってくる感じかな」
それが集まりづらくなってきているということか。
「あと、例えばなんですけど、その能力を増やしたりすることは可能なのでしょうか?」
ドラン様が驚いている、そして急に頭を抱え込んだ。
と思ったら万遍の笑顔になった。
「なんて素晴らしい発想なんだ。島野君!君はすごいね、考えたことも無かったよ。ハッハッハッ」
「そうなんですね」
能力開発は創造神限定のことなのか?とは思えない。
いや、これまでのことを考える限り、創造神限定では無いと思われる。
ドラン様で考えるならば、能力はもっと獲得できるはずだ。
例えば『畜産動物治癒』は、畜産動物に限定しているが、治癒という能力に変わりはない。治癒の対象を広げることは可能なはず。
更に、俺の予想では、新たな能力の獲得によって、直接やれることの幅が広がる、これが下級神から中級神へと昇格するシステムだと予想している。
とりあえずこの予想は、ドラン様には話さないでおこうと思っているが。
「あと確認したいことが、ひとつあります。下級神様は土地に縛られると聞いたことがあるんですが、どうなんでしょうか?」
ドラン様は怪訝そうな顔をした。
「表現が良くないな、それでは誤解を生むね。決して土地に縛られるようなことはないよ。ただ先ほど話した通り、能力がある分その能力に見合う土地以外に行っても、出来ることがないんだよ。ほんとにただ見てるだけになる。例えば、隣街に養蜂の村のカナンがあるが、カナンは養蜂に特化した村だ。私に出来ることはカナンの街にはなんにも無いんだよ。下手すりゃ蜂に刺されて痛い思いをするだけだよ。畜産に関する能力を持っているからコロンにいるんだ。コロンは畜産の街だからね」
俺は、ギルの肩を抱いた。
ギルが、万遍の笑顔でこちらを向いた。
「よかった・・・」
ギルが小さく、呟いた。
「ちなみにギル君は、神獣だから、中級神以上だぞ」
「えっそうなの?」
思わずギルが反応した。
「ああ、私みたいに評価されて神になった訳では無いからね。ドラゴンは創造神様から生まれたと言ってもいい存在だから、創造神様が生み出した存在は、最低でも中級神以上だよ」
どうやら、ギルの不安要素は解決したようだ。嬉しそうにしている。
俺たちはドラン様のもとをあとにした。
まだまだ謎の多い神様システムだが、とりあえずは一端を掴めたと言ってもいいだろう。
ひとまず島に戻ってきた。
興奮冷めやらぬギルは、アイリスさんや兄弟達に、ことの顛末を興奮気味に話している。
しかし、これで神様システムの一部がはっきりした。この解明は大きな一歩になる。
こうなると、更なる能力の開発に力を入れる必要がある。
次は何にするか・・・
何て考えていたら、万歳三唱から、胴上げが始まっていた。
俺も混じろうかと、一歩踏み出したところで、ギルが地面に落ちた。
大人の皆さん、小さい子供にそれは辞めてあげてよー。