『輝夜の応援は自分の金でやるよ』
そう書かれた画面を眺めながら僕は『輝って呼んでください』と打ち込んで、結局送信することなくバックスペースを押した。恋人でもなんでもない、ただの学生時代の後輩からこんなことを言われるのは気持ち悪いだろう、と思ったからだ。代わりに『いつもご愛顧いただきありがとうございます』なんて冗談めかしたメッセージを送ったが、それに返信がくることはなかった。相沢先輩は僕と違って一般企業で働いているので、もしかしたらもう仕事に向かってしまったのかもしれない。
相沢先輩は、僕――夜神輝の中学時代の先輩だ。輝、なんて名前をつけられた割に根暗で友達も少なく、インドアを極めていた僕に不満を募らせた両親は僕が中学に上がると半ば無理やりテニス部に入部させた。拒否権なんてものは、少なくとも当時の僕にはなかった。学校のテニス部は所謂陽キャと呼ばれるような人ばかりで、そもそも僕には満足にラリーができるほどの体力もなくて。力尽きて倒れて、躓いて転んで、周りからは嘲笑われて――。そんな日々を送る中で、唯一僕に優しくしてくれたのが相沢先輩だったのだ。
『倒れるのも転ぶのも、輝が頑張ってる証だろ』
先輩にかけられたその言葉を、僕はきっと一生忘れないと思う。結局僕は、先輩の引退と同時に逃げるようにテニス部を辞めてしまったけれど――。でも、部活を辞めたことによって音楽に出会えた。今はアーティストとして生計も立てられているし、先輩に恥じるような生き方はしていないんじゃないか、と思う。肝心の先輩は、どうやら僕にかけた言葉を忘れてしまっているようだけれど。
「覆面アーティストが正体を明かすって、相当な好意の表現だと思うんだけどなぁ……」
相沢先輩は、やろうと思えば僕の個人情報をばら撒くことも顔写真をネットにアップすることもできるのだ。でも、僕は先輩がそんなことをしないと信じているから――知っているから、親にも告げていないこの仕事のことを先輩にだけは伝えた。それを好意の表現と言わずして、一体なんと言うのだろう。
少女漫画の鈍感キャラのような先輩は、僕が向けている敬愛とも崇拝とも呼べるような歪な愛の形に全く気付いていないようで少し心配になってしまう。けれど、それと同時に「それでこそ相沢先輩だ」と思ってしまうのも確かで。
「相変わらずだな、先輩は」
椅子の背に凭れかかりながら、僕は思わずそう呟いた。
学生時代の後輩だから、なんて理由で僕の活動を応援してくれるくらいには、相沢先輩は優しい人なのだ。
だからこそ、これからも先輩に応援してもらえるように、もっともっと頑張ろう。そんな決意を胸に、僕は大きく伸びをする。思ったような声が出せなかったり忙しさでメンタルがやられたり、この業界に入ってからも僕は転んでばかりで――。けれど、それでも一歩ずつ確実に前を向いて歩くのだ。だって、倒れたり転んだりするのは僕が頑張っている証なのだから。
そう書かれた画面を眺めながら僕は『輝って呼んでください』と打ち込んで、結局送信することなくバックスペースを押した。恋人でもなんでもない、ただの学生時代の後輩からこんなことを言われるのは気持ち悪いだろう、と思ったからだ。代わりに『いつもご愛顧いただきありがとうございます』なんて冗談めかしたメッセージを送ったが、それに返信がくることはなかった。相沢先輩は僕と違って一般企業で働いているので、もしかしたらもう仕事に向かってしまったのかもしれない。
相沢先輩は、僕――夜神輝の中学時代の先輩だ。輝、なんて名前をつけられた割に根暗で友達も少なく、インドアを極めていた僕に不満を募らせた両親は僕が中学に上がると半ば無理やりテニス部に入部させた。拒否権なんてものは、少なくとも当時の僕にはなかった。学校のテニス部は所謂陽キャと呼ばれるような人ばかりで、そもそも僕には満足にラリーができるほどの体力もなくて。力尽きて倒れて、躓いて転んで、周りからは嘲笑われて――。そんな日々を送る中で、唯一僕に優しくしてくれたのが相沢先輩だったのだ。
『倒れるのも転ぶのも、輝が頑張ってる証だろ』
先輩にかけられたその言葉を、僕はきっと一生忘れないと思う。結局僕は、先輩の引退と同時に逃げるようにテニス部を辞めてしまったけれど――。でも、部活を辞めたことによって音楽に出会えた。今はアーティストとして生計も立てられているし、先輩に恥じるような生き方はしていないんじゃないか、と思う。肝心の先輩は、どうやら僕にかけた言葉を忘れてしまっているようだけれど。
「覆面アーティストが正体を明かすって、相当な好意の表現だと思うんだけどなぁ……」
相沢先輩は、やろうと思えば僕の個人情報をばら撒くことも顔写真をネットにアップすることもできるのだ。でも、僕は先輩がそんなことをしないと信じているから――知っているから、親にも告げていないこの仕事のことを先輩にだけは伝えた。それを好意の表現と言わずして、一体なんと言うのだろう。
少女漫画の鈍感キャラのような先輩は、僕が向けている敬愛とも崇拝とも呼べるような歪な愛の形に全く気付いていないようで少し心配になってしまう。けれど、それと同時に「それでこそ相沢先輩だ」と思ってしまうのも確かで。
「相変わらずだな、先輩は」
椅子の背に凭れかかりながら、僕は思わずそう呟いた。
学生時代の後輩だから、なんて理由で僕の活動を応援してくれるくらいには、相沢先輩は優しい人なのだ。
だからこそ、これからも先輩に応援してもらえるように、もっともっと頑張ろう。そんな決意を胸に、僕は大きく伸びをする。思ったような声が出せなかったり忙しさでメンタルがやられたり、この業界に入ってからも僕は転んでばかりで――。けれど、それでも一歩ずつ確実に前を向いて歩くのだ。だって、倒れたり転んだりするのは僕が頑張っている証なのだから。