『最近、性別についての悩みを抱える若者が増えているようです——』
朝。今日で高校2年生になる私は、食パンを食べながら朝のニュース番組を見ていた。
“性別”か……。
そういう悩みを持った人がいるのは、なんとなく知っていた。
けど、朝の情報番組の特集になるくらい、その悩みを抱える人が多いとは知らなかった。
『実際、悩みを相談するまでは物凄く辛かったです。生理が来る度に吐き気がしたり、女性の形をしたマネキンを見れなくなったり……カウンセラーの人に出会えてよかったです——』
トランスジェンダーの女性が、実体験を語っている。
……早朝からそんなことを語られても、困る以外の反応ができるだろうか。
「まぁ、そんな人たちもいるのねぇ」
お母さんは特集を見ても、呑気でマイペースだ。
私は、呑気な人間が嫌い。

……他人がもたらす、気持ち悪い毒を知らないから。

◇◇◇

学校に行くと、久しぶりの喧騒があった。いや、それ以上だろうか。
昇降口に貼られた新しいクラスの名簿を見て、自分の名前を探す。
私は……A組か。

振り返ってみると、そこには沢山の桜の木が咲き誇っていた。
まるで、青春恋愛小説のワンシーンみたいだ。
……ここに、人がいなければ、この景色はもっと綺麗だったのかもしれない。

教室に行くと、校庭の倍くらいの喧騒が待っていた。
慣れない声と知らない顔を前に、思わず立ち止まる。
深呼吸一回。
少し落ち着いてから、自分の席へと歩く。
「はぁ……」
ため息を吐きながら周りを見てみると、みんなは、すでにグループで固まっていたり、友達と一緒に笑い合っている。
コミュ力おばけは恐ろしい。
そう思っていると、
明崎(あけさき)〜。お前、またそんな制服着てんのかよ〜」
と、ヘラヘラした声が聞こえて、後ろの方の席を見た。
そこには、明るい茶髪の男子生徒と、長い黒髪をハーフツインにした女子生徒……いや、違う。あの子は——
「いいでしょ、別に。似合ってればいいの、似合ってれば」
「そーだよ、拓実(たくみ)くん! 玲桜(れお)はカワイイ服を着た時の方がカワイイんだよ!」
玲桜……そうだ。明崎玲桜。1年の頃から、男子生徒のくせに女子生徒の制服を着ている子。
つまり、あの子は男の子。
……こんな言い方はないかもしれないが、彼はイレギュラー。除け者だ。

私は、苦手。

なんで規則に従わないのだろうと、イライラとムカムカが合わさって、心の中で、ドロドロとした気持ち悪い物へと変化する。
だから、イレギュラーやトラブルメーカーは大嫌いだ。
……それは、きっと、私の気持ち悪いエゴでしかないだろうけれど。
「……ねぇ、明崎、またあんな格好してるよ」
「うん。男子がスカートって、なんか変だよね」
私の近くの席の女子生徒たちが、小さな声で話すのが聞こえる。
それは明らかに悪意がある言動に聞こえるけれど、正直、同感だ。
同感している時点で、私は彼と敵対する悪役になってしまっている。
けれど、きっと私は、明崎玲桜と友達になることはできないと思った。

その時、私の心の中で、何かが呟いた。

『……私も、マイノリティなくせに。』

心の中の言葉を、無理矢理引き剥がす。
“マイノリティ”って、なに……?
私も、マイノリティ? イレギュラーってこと?
しばらく考えていると、私は周りを見渡して、心の中で呟いた。

「あぁ、私のことね」って。