☆本話の作業用BGMは、『もう一歩』(嵐)でした。
 シングル「トラルブメーカー」のB面(カップリング?)であります。
 これを聴いていると、お歌いになっているのが嵐の皆さんでよかった、という心持ちになりました。ぴったり。
 良い歌だと思います(あくまで個人の感想)。車中でよく歌っておりました。

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 めっきりお寒くなりましたよ、お母さま。
 え? 「お」は要らない? これまた失礼を。
 
 (かげ)るマジックミラーに、少しニヤ気顔の乙女が映っております。
 最近、独り言が増えたような気がいたします。「talk to oneself」でしたか。
 おっと。無意識に知性が漏れ……。

 こんな感じですお母さま。
 セルフツッコミと言うのでしょうか。
 ……某、「厚切りのヤツ」に絶叫されそうですよ。


☆☆☆


 三人ほどお客さんがいらしたこの日。まあ盛況で何よりなのですが。
 夜五ツ(午後八時頃)を廻ったあたりで、また来店客のようです。
 どうしたのでしょう、今日は。盆と盆が一緒に来たような(※正月ほどでもない、或いは単なるお盆という意)。

 
 椅子に腰かけた男性は、ぱっと見四十代半ば、といった感じでしょうか。
 寒いのにコートも無く、辛うじて首に巻かれたグレーのマフラーを解き、視線を落としてボタン群を眺めております。
 髭剃り跡を()でるよう、ブ●ウンのCM風に顎をツルツルと(さす)っております。
「朝剃ったばかりなのに。こんなに……?」

 という台詞を期待し(もう夕方ですが)、ワクワク身構えておりますと、男性が無言でボタンを押下いたしました。

『俺たちは! ●使だッ!』※1

 おおおついに来た! DH!(※でかしたハゲ) 

 でも……自分がこの声を聞けないのが悲しい。
 いやマイク使えば……。

【こんにちは】
「こんにちは、ようこそここが! ツイてない! 御苑だ!」

 テンション高め、両手を重ねて「あの」ポーズを密かに決めてみました。
 お手数ですが、オンフック&スピーカーにしていただきます。
 むふー。


☆☆☆


 男性は目尻を下げ、

【懐かしい。キャップ(※故・沖雅也氏)の声は貴重ですよね】※2

 私が喋るたび、自身の耳にも「そのお声」が届く幸せ……。
 おおそうだ、キャップといえばブーメランブーメラン……ってあるか! そんなん。※3
 一応引き出しを開けてみますが、痕跡もありません。当たり前。

「お寒い中、恐縮です。本日はどうされましたか」
【本日、と申しますか……】

 男性は目を伏せ、心なし、はにかんでいるように見えます。

【今から二十数年前……私はプー太郎でした。どの仕事も続かない、素寒貧(すかんぴん)野郎だったのです。若さしか取り柄のない、馬鹿な少年だった】

 はっきりと、苦い笑いを浮かべました。

「…………」
【やがて、ある会社に採用されました。所謂、興信所——調査会社というもので。それこそ『俺たちは――』とか『探●物語』などに感化されまして――】
「あるあるですかね。登場人物がまた素敵♥でしたし」
【そうですね……。その会社の「身上調査部門」に回されました。まだ悪法(※個人情報保護法)も施行される前で、当時は大体電話で調査して終わり、という感じだったのですが――】


 はじめは「実地で研修」ということで。
 とある企業内定者(大学生)の身上調査と称して、対象者の自宅周辺へと送り出されたそうです。
 住居や周辺環境の調査、可能ならご近所への聞き込み(軽め)など。
 私ならめちゃハードル高いですね。

【人見知りはしない(たち)でしたので、あまり不安は無かったのです。頭カラッポの少年でしたし……】


 対象者の住む賃貸アパートへ到着した彼、集合ポストを覗き込みメモなど取っていると。
 スクーターに乗った若い女性がやって来たそうです。
 バイク置き場にスクーターを並べた女性に、

【ふと閃いて、声を掛けたのです。きっと同じアパートの住人に違いない、と思い込んで――】

 エクスキューズミー、誰それ(対象者)ってご存知ですか? と尋ねると、その女性はほんの()思案ののち、「少し待ってて?」と、二階へと駆け上がっていきます。

 意外とお隣さんかも……と、彼が階下で待っていると、二階に人影が。
 腕組みをして微かに震える若い男性が、こちらを睨み付け仁王立ち——。

【……対象者だったのです】
「え? 『調査対象』?」

 まさかの鉢合わせ。

【勇み足でした……自分の勝手な思い込みで、結果、ご本人と遭遇してしまうなんて……】


 どうやら女性は、対象者の「彼女」だったようで。

 仕方なく、ひと通り事情を説明してひたすら謝ったのだとか。
 万一、本人とカチ合ったらそうするように会社からは言われていたそうです。


【会社は調査料を返したそうです。そりゃそうですよね……自分も、心がポックリ折れかけました】
「それは、ツイてない、と申しますか」
【こりゃ駄目だ、この仕事自分なんぞには向いていない、すぐ辞めよう、と……】

 然もありなん。
 机の上で組んだ両手が小刻みに震えます。

【でも、今——自分は、私立探偵を生業(なりわい)としております】
「――えっ?」


 初めての案件で、一番「やってはいけない」事をしてしまった――。
 家に帰り着き、落ち着いて考えた彼は、

【あまりに真反対な一事で、底まで落ち込みもしましたが――逆に、「縁」を感じてしまったというのか……】

 そのまま(くだん)の会社で経験を積み、十年ほど前に独立を果たしたそうです。

【ついこの間、久々にやらかしまして――】

 独立以来、殊更慎重に依頼をこなしてきた彼が珍しく失敗して、

【いやあ、思い出しちゃいましてね。当時の大きなしくじりと……その後に湧いてきた熱い想いを】

 詳細は伏せながらも、最近のしくじりを面白可笑しく語ってくださいます。

 軽い違和感を覚えました。
 失敗を愉し気に語る様子に。


 ——ひょっとして、もうお辞めになるお積りなのでしょうか。

 私は相槌を打ちながら――ミラー越しに、じっと彼の左目を見詰めていました。


☆☆☆


 ひとしきり語った彼は、軽く俯いて息を吐きます。
 そのやりきった感のあるご尊顔を拝し、

「この店も、一応守秘義務というものがございます。できればまた――面白い話をお聞かせいただきたいと存じます。是非」

 彼は顔を上げ、ほんの少しだけ目を見開いて沈黙しておりましたが。

 やがて――。

【……恐縮です。キャップがそう仰るなら……是非】
「キャップじゃないですけど」

 少年のようなお顔で、目を輝かせたのです。

「常連になっちゃっても――」
【——よろしいでしょうか?】
「ふふ」
【新しいネタを仕入れないと、ですね】

 おどける彼の微笑を目にした途端、私は安堵の息を吐きました。

「ゴッド・ブレス・ユー……」
 

 
 お仕事には向き不向きが無視できない、とは存じます。
 けれど一番大事なことは、「自分がやりたいと思うかどうか」なのかもしれませんね。
 そして、適性すら覆してしまう情熱——。


☆☆☆


 家に帰り着き、母屋の台所へと入りますと――風呂上がりなのか、首にタオルを提げた作務衣姿の兄様が、熱燗で晩酌中でした。
 ――「私の」銀杏をつまみに。
 
 折角なので、私も発砲酒で銀杏をいただきます。


 ふと本日の遣り取りを思い出し、

「兄様は……就きたい職業ってございましたか」

 ハゲはもごもご口を動かしながら、腕を組んで中空をぼんやり眺めておりましたが、

「機械弄りは好きだが、仕事にしようとまでは考えたことなかったな……」
「やっぱり、寺を継ぐ気はなかったのですよね」
「まあなあ、そこは仕様がねえ……あ、モノホンのイケメンてのはハゲでもイケメンなんだよ」
「…………?」
「スルーすんな。ぴえん! 今はあるぜ、やりたい仕事」

 僧職じゃなくて?

「不動産管理。今と変わらんけど、これ一本にすっかなあ……」
「お寺は光旭さんに?」
「よろしいでしょうか?」

 よろしいでしょうか? と言はれましてもねえ。

「……まあ、ご自由に」
「いいの?!」

 としか言えませんよ。私には。

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※1 日本テレビ系ドラマ『俺たちは天使だ!』より
※2 ドラマの舞台は探偵事務所で、キャップは「所長」
※3 元刑事のキャップが操る武器はブーメラン(大小様々)