☆本日の作業用BGMは、『冬の稲妻』(アリス)でした。まんま。
 締めは『WHY』(井上陽水)。なんか泣ける。
(多少、内容とリンクしてます)

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 めちゃ寒いっすよ、お母さま。まるで冬のようです(突っ込み待ち)。
 家から店まで、精々10~15分程度ですが、手袋していても手が冷たいのです。病気でしょうか。
 人混みを縫うのは御免なので、新堀通り(かっぱ橋道具街)を避け脇道を下って行きますが、なぜこうも裏道は風が強いのでしょう。
 いつも決まって耳が切なく――キンと冷えるのです。病気でしょうか。

 寺町通り(浅草通り)に出てすぐ様、コンビニに駆け込みます。今日の夕飯は、レンチンの鍋焼きうどんにでもしましょうか。
 レジのお兄さんが、「フクロドウスル?」と馴れ馴れしく問い掛けます。
 友達かよ。おのれ。相変わらず面倒臭い遣り取りです。
 要るに決まってるだろ? と思いながら顔を上げると、見慣れない色黒の外国の方。
 それじゃぶっきら棒も仕様がないか……。
 なんとなく、

「温めで」
「フクロヲ? 三円ダヨ?」
「そうそう――じゃなくて」

 袋だけ温めてどうする。
 冗談は(まだ)通じないようです。

「あ、『歌う店長さん』は?」

 いつもこの時間は、「ぇえらっしゃいまっせ~♥」と歌う濃い目の店長さんがいらっしゃるのですが。

「『歌う店長』ホリデー」
「休みか」

「歌う店長」で通じるんだな。
 まあ異動じゃなくて良かった。隠れファンですから私。
 あの名調子が聞けなくなったら、ここに来る楽しみも半減するところです。


☆☆☆


 店に辿り着き、「ソウタ(レンジ)」にうどんを入れたと同時、表がカランと鳴りました。
 開店丁度にお客さんのようです。
 仕様がないですね、うどんは後回しで。


 椅子に腰掛けたそのお人は、スーツ姿の中年男性でした。
 濃い眉を若干八の字にして、真っ黒な髪がオールバックでテカっております。
 精気が感じられない白い顔で俯き気味。
 選択したボタンは、『贈る~ことダ~』というモノでした。
 ちょっと時期が早い気も……。


【……こんにちは】
「ツイてない御苑へようこそ。……だけど~僕に~はピ○ノが~無――」
【ノンノン、それ違う人。気持ちは分かるケド違う。ほらあの人、レッド・フォックスの人だよ?】
「――レ? ……ああ、赤○きつね?」

 勘違いしちゃいました。張り切って歌いましたがな。恥ずかし。

「し、失礼いたしました。で、今日はどうされました」

 男性は手の平を擦り合わせるようにして話し始めました。
 申し訳ないですね。まだ部屋が暖まっていないようで。

【ア・リトル――ついこの前、ミーのワイフ――妻がね――】
「……奥様」
【そう、ワイフが――ああ、「フ」はfeだから、下唇に上の歯を――】
「そのワイフがどーした」
【きみドライだね、イッツドラァイだね。クール?】
「だからスタッッff()~がどうした!」
【おぅふ……そんなbullyingするなよぉ。あ、to teaseだったかな?】
「いちいち面倒ではありませんか?」
【面倒だったけど慣れたよ】

 面倒なんだ。やっぱり。
「ルー語」の遣い手は初めてですよ。
 テンションは低いですね。穏やかな感じです。

【ワイフが、そろそろバーバー――床屋に行ったらどうです? って言うから、行きつけのバーバーを訪ねたわけだよ】
「…………はい」
【そしたらそのバーバーがね、イレギュラーなホリデーだったの】
「はいはい臨時休業」
【ミーもどうしようかな、ってちょっとナーバス(?)になったわけ。隣に新しく美容院が出来ていてね。面倒だからここでいいかなと思ったんだけど、ミーは美容院がチェリー――未体験じゃない? 心の準備も無くいきなりは少々ディフカルト――難しいかなあとも思ったんだけど――】
「入ったんですね」
【そう。ワイフとマイ・ドーター――】
「娘さん?」
【イエス、一人娘ね――二人はいつも美容院なんだ。ミーも美容院デビューでトゥギャザーだなと】

 相好を崩しました。ちょっとだけ顔に赤みが差します。
 青白いと思っていたのは、髭剃り跡の所為だったようです。濃いいんですね。

【中へインするとお客さんもいなくて。店員さんがアローン――一人だけ。チャラい感じの金髪ボーイだったよ。そのボーイが担当してくれたんだ】

 鞄からミニペットボトルのお~いグリーンティー――緑茶を取り出すと、ネクタイを緩めてこくりひと口飲み込みました。
 ふーっと軽く溜息を吐くと、若干顔に影が差します。

【……滞りなくジョブ――作業も進んで、「揉み上げは普通?」てボーイが聞くから、「うん。ノーマルで」とアンサー――返したら、ボーイが揉み上げの真ん中にハサミを「チョキン」――ちょきんと入れたんだ。で、残りのジョブが進んで――】
「『チョキン』日本語だぞ」
【アハン? こりゃ失礼】
「あとは洗髪して乾かしてフィニッシュですかね」
【そうフィニッシュ――なんだけど……おかしくない?】
「? 左様ですか?」

 私も美容院は行った事がナッシングで。いつも近所の床屋さんで済ませております。
 ので、美容院のジョブ――作業内容に詳しいわけではないです。
 
 ルーは(?)言葉を切ると、無言で微かに打ち震えました。
 いつの間にか両目がジワリ潤んでらっしゃいます。

 ――どうしたルー? 

【ボーイが揉み上げにカットインしたでしょ?】
「ええ」
【その後、揉み上げを剃ったワケじゃないんだ】
「……と、申しますと?」
【揉み上げにスッとサンダー――稲妻が入ったまま、ミーは外に放り出されたんだよ】

 ルーが堪えきれず、両手で顔を覆いながら「ホワイッ?!」と号泣しました。
 

 あ然としながら、私はその光景を頭に浮かべました。
 真ん中へんにサンダー――青白い切れ込みが入って分断された揉み上げ。
 そのまま街を恥ずかし気に歩くルー……という間抜けな絵面……。

「――ぶはっ?!」

 ああ?! やっちまった! 文字通り「失笑」という名の爆笑――。
 ルーが恨めし気にこちらを見やるのに、

「ソ、ソーリィ――失礼! ごめんなルー」
【僕はルーでもラーでもないよっ!】
「今更?! いやいや、申し訳ございませんでした。お詫び申し上げます」

 ルーはハンカチで目尻をちょいちょい拭うと、

【……アン・ラッキー――ツイてなかったよ。さぞ間抜けなビジュアルだったろう。HAHAHAッ! と笑われても仕方ない。ミーは激しく動揺しながら、我が家にGoホームしたよ】

 項垂(うなだ)れたまま、

【勇みフット――】
「――勇み足」
【だったね。(あと)のカーニヴァル――後の祭りだけど】
「ボーイに言わなかったんですか? ちゃんとプリーズ、そ、剃って、く、くれろって……」

 悪いと思いながらも、身体の底から「笑」が沸き上がってきます。

【ミーはシャイボーイ――小心者だから。怖くてクレームなんて入れられなかったダよ……】

(忘れない。あ○たが残していった傷跡だけは)
 奇しくもあの歌詞が頭を過ります。ッアー……。

 ――美容院て、揉み上げをそんな風に扱う所なのでしょうか?

【僕の揉み上げを見たワイフは涙目で爆笑だったけど、娘が一所懸命ミーを慰めながら剃ってくれたんだ】
「……素敵なお嬢さんですね(棒)」

 ウンウン頷くルーに、

「ゴッド・ブレス・ユー」

 益々のご発展を祈念申し上げます。

 ハートフル――そんな心和むお話だったです?


☆☆☆


 その数日後。
 例の美容院(と(おぼ)しき)の前を通り掛かりますと。

 既に美容院は無く、「唐揚げ」のショップ――専門店に鞍替えしておりました。
 ルーの呪い、かもしれねーなあ。
 
 
 ――彼は唐揚げ好きでしょうか? 
 今度「一緒にトゥギャザー」してみるのもよいかもしれませんね、お母さま。