「ツイてない」なんて言わないで❤️

☆本話の作業用BGMは、『川の流れを抱いて眠りたい』(時任三郎)でした。
 Mr.リゲ●ンのご登場です。デビュー曲です。
 24時間闘うことを強制された(?)、良くも悪くも懐かしい時代がありました。
 今や、4時間と動けない身体になってしまいましたが(リアル)😢

(2024年10月?執筆)

ーーーーー

 月の見えない、霧雨が降りしきる夜。

 町中が肌寒く、淡い霞に覆われる中、突然黒い塊が戸口に顕れました。
 闇よりも深い(と思われる)漆黒のマントを羽織った、壮年の男性。
 丁寧に磨かれた革靴と、耳が隠れない程度に流れるサラサラの黒髪が、精気の薄い照明を吸収したように、異種な輝きを纏っております。


 男性は暫し、説明書きを凍てつかせるように視線を射りました。
 一度だけ来店されたデュークさんばりの「三白眼」です。 ※1

 不意に耳をカリカリ掻いてみせると、

『アンタ、そいつを――まっしか(馬鹿)だと思うのかい? んん?』

 というボタンを、白く長~い爪でキュッと押し込みました。
 ……耳、上を向いて尖ってます。

【遅くに悪いな】

 時刻は夜五ツ(20時)を回ったあたり。 

「とんでもない。ツイてない浄苑へようこそ」
【なにっっ?!】
「あ? とと、ツイてない『御苑』でこんばんにゃ。い、いひっ♥」

 一瞬前のめりになった男性、満足そうに頷きながら体を起こしました。
 一体、何にびっくりされたんだか。

「因みに私の声、どなたで?」
【人呼んで『牛若丸三郎太』】
「ああ、『勇気のし●し』の人」 ※2

 爪先で長い前髪をさらっと扇ぎ、

【ある組織で執行役員をしている】

 再び、ファッサー。

「その装いで?」
【この格好でだ】
「変わった企業……」
【世界征服を担う秘密結社だ】

 どうしたことでしょう。
 近頃、イレギュラーなお客さんが増えたような気がいたします(非現実的という意味で)。
 

「……」
【どうした?】
「いえ……そんなカミングアウトしてよろしいので?」
【ここの(あるじ)は口が固いと聞いたのだがな】

 口コミ、というものでしょうか。
 エゴサーチやら習慣がないので、巷間でどんな噂が立っているのか、まるで存じません。
 まあ……割り切ってまいりましょうか。

「えーと……いつも、お帰りはこんな感じですか」
【今日は出張帰りでな。早い方だろな】

 こんなトコ寄り道しないで(卑下)、真っ直ぐお帰りになればいいのに。

【まあ、さして疲れもない。成田発→羽田着だったし】
「空路で? 近すぎる。リムジンバスの方が早いのでは?」

 そんな空の便、あるのですか? お母さま。



【私は南関東方面総司令だ】

 どこか。自慢気な匂いがあります。

「ひょっとして、エリートな?」
【まあ、な。『天子南面す』と言うだろう】

『天子南面す』――中国古来の考えが由来のようで、「君子は北を背にし、南を向いて政務を執行する」という決まりがあったとのこと。

「へえ。左様で。勉強になりまーす(棒)」
【皆、世界征服を目指して一所懸命……昼も()もなく働いてくれるワケだが――】
「24時間戦ってますか」
【リゲ●ンを常備している。飲み放題だ】
「まさか――」
【誤解するな。蟹工船ほどブラックではない】
「蟹工船に乗ってたことあるんですか?」
【働き方改革に力を入れている。シフト制4週8休・有休もある。月の総労働時間は170時間前後。残業代は1分単位で出すっっ!】

 分厚い唇から力のパワーが漏れ(いで)ます。

 そんな悪の幹部・自称『T●k To●サブロー』氏、

【……こともあろうか……】

 言葉を切り、首が鳴るほど項垂れると。
 腹の底から瘴気のような黒っぽい靄を吐き出し、

【敵対関係にある、女戦闘員に……】
「あ――」
【……恋をしてしまったよう……だな?】

 自問自答のような語尾上がりに、抑えきれない照れが滲んでおりました。


☆☆


 お相手の女性、世間で言うところの、所謂「正義の味方」。
 嘘か真か、内●情報調査室が秘密裏に組織したモノだそうで。

【その娘は普段、コンビニでバイトしていてな】
「健気……」
【丁度今ぐらいのシフトだ。退勤後、毎夜その店へ寄るうち、彼女の正体に気付いてしまったのだ】

 夜勤かな?
 正義の味方、待遇はイマイチなのでしょうか。

「どこに惚れたんです?」

 顔を上げたサブロー氏、微かに瞳を揺らし、

【……明確な理由がわからん……】

 眉間の縦皺は、ノミを打ち込んだように深く……。

【有り体に言えば……今、私の心中は、組織との板挟みで――】



 お互いの組織に隠れながら密かにデートするまで、その仲は深まっているそうです。

【年齢差はかなりあるが……】
「まさかのご高齢?」
【西暦より少し上だ】

 ほう。それは誠に興味深い。

【故に念のため、自動車免許は返納した】
「お覚悟に瞠目です」
【……彼女に懇願されてな】


「二千歳オーバー」じゃ、心配にもなりますよね。
 →取り敢えず乗っかってみましょうか。

「日本史に登場するような偉人ともお会いしているのでしょうねえ」
【勿論だ】

 弘法大師と邂逅した経験もおありだとか。

【ヘッドハンティングで高野山へ向かう中途、空腹で行き倒れてな】
「……」

 偶々(たまたま)通りかかった師が、懐から握り飯を取り出すと、

【師は、優しく囁いたのだ】
「ほほう?」
【『……これ……くうかい?』と】
「ネタだろ」
【くっくっく……】

 男が控え目に机を叩き、声を殺してひとりバカウケの図。


 やおらマントを翻し、懐からペットボトルを取り出します。

「マント掛けるトコありますけど」
【魔法付与した特殊なやつでな。人間界で脱ぐと一旦、浄化されてしまうのだ】
「あ・そ」
【そも脱いだら、部下が私を認識できぬ】

 アイデンティティー?

【子供の頃……今風に言えば、両親が離婚してな】
「まあ……」
【で、私は父親について行った……その後、秘密結社を起ち上げる男に、な】
「……」
【このマントは母が拵えて、別れ際に贈られたものだ】
「ああ、着てはもらえぬセーターを――」 ※3
【ちゃんと着てるだろが】

 複雑な家庭環境が人生に暗い影を落とすのは、古今東西変わりはないのですかね。

【特別に教えてやろう。 離婚するのは大概「親」だ!】
「でしょうね」

【あれから二千年……】
「(綾●路)きみまろ?」
【まさか……人間の娘に恋い焦がれることになるとはな……】

 寂しげに笑うサブロー氏、一瞬老爺の如き枯れきった色を見せると、キツく目を閉じて瞑目したのでございます。


☆☆


 暫し、縮んだ氏を眺めおります。
 威圧感のあった体躯は――今や、雨中の軒先に吊るされた黒いてるてる坊主のような塩梅です。
 一向に、晴れる気配は感じられず……。

 氏の葛藤には、二千年の重みが…………あるのかないのか。


「……たったひとりの娘っ子も幸せに出来ないのに」
【………………】
「世界を牛耳るなんて出来ます?」

 ゆっ……くりと(おとがい)を上げたサブロー氏が、不思議そうにこちらを見詰めます。

「どういたしました」
【いや……中々キツいことを言うな。いい度胸だ】
「女性と組織、どちらも選べないから胸が痛むのでしょう?」
【…………うむ……そう…………そうだな】
「立派な悪の為政者におなり~、と……折角、ご母堂が寒さ(こら)えてマント編んだのに」 ※4
【母と暮らしたのは南の島だぞ?】
「欲しいもの全て手にしてこそ、秘密結社・執行役員の面目躍如という……」

 具体的にどう、とは、全く頭に浮かびませんけど。
 そこはそれ、悪のエリート幹部が考えればよろし。

【ふ……ふふふ……】

 青白い相貌に笑みを浮かべた氏の目尻は、何かの間違いのように淡く光って見えました。


☆☆☆
 

「ゴッド・ブレス・ユー」


 サブローさんが音もなく立ち上がると同時、灰色の霧が体躯に纏わり付きました。
 マントを翻して背を向けると、

(約束しよう。いずれ、私は彼女の(そば)で――)

 呟きを耳にした途端、時任さんのあのお歌が脳裡に流れ出し……。


 気が付けば――悪の幹部は、霧と共に消え失せておりました。

ーーーーー

※1  本編『◆追悼 永遠のG◆』より。
※2  『勇気のしるし~リゲインのテーマ~』(牛若丸三郎太=時任三郎)。「某」CMソングから誕生……「リゲイン」って言っちゃってるけど。
※3※4 『北の宿から』(都はるみ)の一節より。