☆本話の作業用BGMは、『マンイーター』(ダリル・ホール&ジョン・オーツ)でした。
 麻雀における、「萬子(マンズ)の一色手に走り、焦ってチー・ポンを繰り返す人」のお歌ではありません(※ 漫画『ぎゅわんぶらあ自己中心派』(片山まさゆき)より)。

 〆は、『ケアレス・ウィスパー』(ワム!)。

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(ほぼ)一週間のご無沙汰でした(玉置宏・敬称略)。
 連日、「淋しい熱帯()」が続いておりますが、皆様どうお過ごしでしょうか。
 はろぅうぇ~……。※1
 → 私はというと離れでひとり、一晩中扇風機を(首振りで)フル稼働させ、どうにか生き延びております。
 ブゥゥン……という静音と、重要文化財と言っても過言ではない、蚊取り線香が醸し出す平穏な(いにしえ)の香りが、真夏に於ける暗闇の心友です。ズッ友です。


 御苑に着けばエアコンを入れるので、例えほんの数時間でも外界の厳しさからは解放されます。
 加えて。
 とある妄想で身震いし、鳥肌を発現させるという業も習得いたしました。
 独学です。無詠唱です。汗止めの効果があります(多分)。
 さらに冷蔵庫にはガ●ガリくん、新たに白●まもラインナップに加わりました。
 つまり、万全です。
 しかしながら、アイスを食むのは仕事終わりが多いです。
 三割くらいの確率で、ちたちた(とある限定地域で下痢を指す上品な隠語)の恐れがあるので。


 本日も来客皆無のまま、終業まで小半時(※30分)程となりました。
 ちと早いかな、とは思いましたが。
 徐に冷蔵庫へと歩み寄り、今日の気分は白●ま――と扉に手を掛けた、まさにその時。
 ……表がカランと鳴ったですよ、お母さま。


☆☆


 来客は、小柄な女性でした。
 ミケさんよりは大きく、華菜ちゃんより小さい……かな。
 茶髪ロン毛、白を基調としたゴスロリ風の衣装。
 年齢……が判然としません。

 カッカッと早足でやって来ると、ストンと椅子に腰を下ろします。
 黒目がちの大きな瞳でボタン群を見やり、白魚のような指を突き入れました。

『おわった……。なにもかも……(by 力石)』※2

  む。これは……勝利宣言でしょうか。
 思案していると、少女(?)はポーチから何やら取り出し、ササッと頭に装着しました。
 猫耳、ではないですね。
 水牛の如き……角?

【こんばんはじゃ!】

 こちらをキッと睨み付けます。若干、視線が揺れ動いております。
 なんでしょう……面倒臭い……いえ、香ばしい空気が漂います。
 
「こんばんは。ツイてない御苑へようこそ。あのう、このお声は――」
【細●俊之だ!】※3

 敬称略。Oh DU●Aデー。

「お懐かしス」
【我も、こんな部下が欲しかった……】

 ――ワレ……?

「素敵なお声でしたよね……お嬢さん、実はバリキャリ?」
【我は「まぉう」じゃ!】

 ババーン。
 え、まさかの社長?

「おじ様じゃないCEO……」
【COOじゃ。……DJではないぞ?】(←そりゃkooさん)

 お見逸れです。
 可愛いらしいお鼻から、小さく空気が漏れます。

「えーと……まぉう様でもツイてない事が?」

 これは当然、全力で乗っかるべきでしょう。
 その方が楽です。
 学習しました、私も。

 まぉう様、おしょんしょんを我慢する(てい)でモジモジすると、

【……助けて欲しいのじゃ、俊之(としゆき)ぃぃ……】

 目を潤ませ、甘い声で哀願したのでございます。





【蚊を……うまく叩けんのじゃ……】
「………………ほう」

 俯き加減のまぉう様。
 白い指先で、何故かテーブルに「()」の字をカクカクと(したた)めております。
 見えませんけど。

【我、病がちの老親とシングルマザーの妹、甥と姪の六人で暮らしておってな】
「お城で?」
【し、借家(しゃっか)じゃ】
「定番の四天王は会社に?」
【四天王……ふ、二人しか居らぬな】
「……苦労されているのですね」

 きっと、その折れそうな白く細い腕で、会社とご一家を支え……ホロリ。

【そ、そんな事はいいのじゃ!】
「ばいざうぇー」
【我は蚊を叩けるようになりたいのじゃ! 叩き潰すのじゃ!】

 テーブルをバンバン叩きます。
 目尻に悔し涙(?)を浮かべて。


 蚊と遭遇すると大概、焦って両手を繰り出しては、みょーんと(ひね)って取り逃がすのだとか。

「普通に蚊取り線香とかベ●プとか――」
【駄目じゃ! 我は甥姪たちの尊敬を浴びねばならぬ、ですじゃ】
「?」
【いつも取り逃がしては笑われておる】
「……」
【我は、まぉうとしての尊厳を取り戻し……彼奴らの「ヒーロー」になるならならねば!】
「ヒーロー、ですか」

 憮然としたお顔になります。
 ずいっとにじり寄ると、小声で囁きだしました。

【例えば……子供らの世界では、足が速いとヒーローじゃろ?】
「そうゆうトコありますね」
【もしもピアノが弾けたならヒーローorヒロインじゃ】
「うんうん」
【ウチに帰るまでが遠足です】

 基本ですね。

【例えば、君がいるだけで――】
「米●クラブ……」
【勇者アモンはヒーローじゃが】
「? ええ」
【誰も知らない知られちゃいけーないー】
「デ●ルマンが誰なのか」
【そーゆーことじゃ】
「はあ」

 分からんような……分からんような?

【……蚊は嫌いになっても】
「はい?」
【まぉうは嫌いにならないでくださいッ!】
「クール!」
【できらあ!】

 おおぅ……焔を背負う不動明王の如し。
 瞳は爛々と輝いております。

 要は、蚊を叩き潰す技を、魔法付与ナシでどうしても修めたい――イコール「ヒーロー」という事のようですね。
 場所(たが)えてんじゃね? と喉まで出掛かりましたが……。

 いけないと知りつつも……真剣さを感じてしまうと、つい何かしてあげたくなるのは「ボクの悪いクセ」……なのかもしれませんね、右京さん。ふふ。

「よござんす。僭越ながら、ご教授いたしましょう」
【クールじゃ!】
「私、嘗てその道のプロに流儀を――」
【おお! N●Kじゃな! よく観とるぞ!】
宗方(ジン・ムナカタ)流です。お料理と一緒で、『さしすせそ』が大事です」
【初耳じゃ】

 両手は肩幅に開き、掌は「()」に向けます。
 来るべき一瞬に備え、両脇を締めます。
 蚊をロック・オンしたら、慌てず騒がず。
 体幹を意識しつつ、獲物へと両手を水平に移動します。

【ま、待て。「さしすせそ」は?】
「さし――なんて?」
【貴様が言ったんだぞ?】
「負ける事を恐がるのはおやめなさい!(裏声)」
【誰じゃっ?!】
「マダムバタフライです」
【ああ、お蝶()人……】

 まぉう様は釈然としないお顔で、両手を水平に動かします。

「インパクト(叩く)の瞬間、パッと手首を返します。両手で本を閉じるような感じに」
【むじゅかしいな】
(もろ)ハンドをフラットにツツーでパタン!」
【長嶋さんみたいに言われてものう】
「流派の極意です。この動きが馴染むように修練を。素振りが兎に角重要です」
【心得た!】


 険しい表情、気合いを込めて素振りを繰り返すまぉう様。

「肩に力が入り過ぎです!」
【どりゃ!】
「掛け声は不要! サイレンスで! サ()デーサイレンスで!」※4
【フンッ!】
「時には甘えるように!」
【う、ウフン?】
「時には娼婦のように!」※5
【トシオ?!】

 私は叱咤を繰り返しつつ、そのお姿をいつまでも見守ったのでございます。


☆☆


 今日のところはこれまで。
 入念にストレッチして終了です。
 私は勿論パス(チョー苦手)。

【だいぶ馴染んできたぞ。これならリベンジも――】
「一秒間に五往復出来れば連戦連勝です」
【うむ、であるか。世話になった】
「ご武運を」
【戦果を楽しみにするがよいぞ!】

 立ち上がったまぉう様、そのお姿が大きく神々しく見えます。
 立派になられて……ホロリ。

「ゴッド・ブレス・ユー。神のご加護を」

 胸を張る少女は、

【我、まぉうなのじゃが】

 少しだけ困り眉で、しかしながら愉快そうにコロコロ笑うと、柔らかい足捌きで(※ストレッチ効果)夜闇へと消えて行きました。
 角を着けたまま。


 大きな仕事を終えた心持ちです。
 達成感……ですかね。
《達成感……ですかね》

 ああ、宗方流?
 先刻、誕生させました。
 その方が説得力あるでしょう? お母さま。

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※1 『淋しい熱帯魚』(Wink)。正 : Heart on wave~
※2 『あしたのジョー』(ちばてつや)より
※3 俳優(故人)。右記のTVアニメで、力石徹の声を。素敵なお声でした
※4 近代日本競馬に革命を巻き起こした大種牡馬(アメリカ出身)。
  ディープインパクトのご尊父。青鹿毛。
※5 『時には娼婦のように』(黒沢年男版)