☆本話の作業用BGMは、『Bomb A Head!』(m.c.A・T)でした(=富樫明生さん)。
 所謂「ボンバヘッ!」です。
 詳細は不明ですが、この言葉を世に広めた一因はこの曲にもあるのではないかと勝手に思ってます。
 DA PUMPのプロデュースもなさってたので、ここで無視は出来ませんでした。
 当時にしては、ラップでめちゃ頑張ってた方。
 ファンではなかったですが、日本の芸能史にギラッと存在を刻んだお一人だと思います。

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 酔いも手伝ってか、まだ少し夢現(ゆめうつつ)な心持ちであります。


 腕組みのまま、難しいお顔をキープしているミケさんをボンヤリ眺めつつ、

「結局、猫が見えるのがどうとか、加護がどうとかいうのは、どういうアレなんです?」

 もにょもにょ問いますと、

「お前。阿呆だろ」

 横の兄様が面白い顔で呟きました。
 はあ? 帰ったら覚えてろよハゲ、パロ●ペシャル検索して実験台にしてやるからな。

「まあ、そう急くな。まずは歴史からレクチャーしてやろう」

 幼女は軽く咳払いすると、

「ろーんぐ・ろーんぐ・あごー!」

 爽快なソプラノボイスで(さえず)りました。



 で、概略を掻い摘まむと――。


 太田道灌さんが開拓を進めていた頃から、この辺では(あやかし)(妖怪の(たぐい))が元気よく跋扈(ばっこ)していたそうです。
 しかし、家康公の江戸入府により人口流入が激しくなってくると、妖は迫害を受け、その数を著しく減少させます。
 生存本能の強い一部の妖は、条件が折り合った人間と(つがい)になり――生まれたのが「半妖」という半人種。
 そんな混沌に危機感を募らせたミケさんの先代は、江戸府内の一角に結界を敷設し、江戸中から妖と半妖を集めて保護したのだとか。


「……それが、現在の千代田・中央・文京・台東の4区。彼等を守るため先代が組織したのが旧会――元の名を『帝都支部』という。代書人(行政書士)を絡めたのは明治期、お(かみ)を巻き込もうとしたのじゃ。先代の後を襲ったのがワシ・天才ミケちゃん」

 フンと小さく鼻息を漏らし、満足げに煙管を嘗めます。

「半妖は妖と違い、気分(?)で微弱な妖力を発するが、発出すると自身で抑制が効かぬ。4区で行政書士登録する者には万一に備えて、妖力を遮断するスキルを持つ『眷属』をワシが付与する。そこなシロがそうじゃ。人間には眷属が視えぬ。視認出来るのは、ワシらのような妖や半妖の類か、『眷属を連れた』行政書士のみ――」
「――『ワシらのような』?」

 兄様がすかさず反応すると、

「ワシは『猫又』じゃ。齢三百を越えとるが、実年齢はもはや分からん。ちなみにトメは、稲荷神であるウカノ様の元・眷属でな、大昔から先代とワシを手伝ってくれおる、所謂『お狐さん』じゃ」

 へえぇ、猫又とお狐さん。
 ふと、ニット帽の猫耳に手が伸び、

「触ったらヒドイぞ」
「すんまそん」

 ウカノちゃんが神様……。
 私、知らぬ事とはいえ、神様に「ゴッド・ブレス・ユー」って言っちゃいましたよ。
 笑い話にもならない(笑)。

 トメさんと目が合うと、にっこり笑ってダブルピースされました。


 中々、突拍子もないお話ですが――。
 おっさんの妖精が目撃される昨今ですし……。

「……世の中には、あちこちにファンタジーが転がっているのですねぃ」

 心底感服(つかまつ)り。
 腹の底から温かいナニやら(ゲ●?)が湧いて出そう。

「マジ、お前は()しか(鹿)モンだよ」

 兄様の呟きに――私は吐き気を抑えつつ(利き腕)のフリッカージャブを飛ばしました。
 肘でブロックされます。チッ。

「美冬は普通の人間じゃが、ある種ウカノ様の加護を受けとるで、ワシの眷属が視えるらしい。お主のように直接授かったわけではないがな」

 私、丸儲けじゃないですか? いいのかなー。

「そのう、加護を受けると、どのようなメリットが」
「ふむ――」
「――風邪を引かなくなります」

 美冬ちゃんがすぱっと斬って落としました。

「はい?」
「風邪を引かなくなります」

 何故かリピート。

「え。それだけ?」
「病気になりませんよ?」
「…………」
「えっと、煙草の副流煙もバッチ来いで……す……」

 言い置いて美冬ちゃんは軽く俯くと、考え込むように目の光を失くしました。
 ――今まで気にした事が無かったのでしょうか。
 戻っておいで♥ 美冬ちゃん。

「半妖程度が相手なら、妖力も通さぬ。お主、美冬よりかは強い加護を授かったようじゃ、半妖も見分けがつくやもしれぬ」
「どんな風に?」
「輪郭がぼやあ~っと光っとる。すぐ分かるじゃろ」


 やや間を置いて、兄様が口を開きました。

「概要は理解いたしました。妖や半妖の皆さんがどれだけいらっしゃるか存じませんが……その謎の組織は、何処を目指してらっしゃるので?」

 幼女は煙管をひとつカンッと叩き、口の端を軽く持ち上げると、兄様の顔を愉し気に見詰めました。

「ふむ。ご住職が柔軟な思考の持ち主で良かったわえ。……妖は数えるほど、半妖は千人を割ったくらいじゃろうか。ワシは、いずれ半妖を『人間』にしたいと、そう思うておる」
「「人間に?」」

 被っちゃったよ。ハゲと。ゲロゲロ。

 主水さんが、

「こないだ御苑に、花やしき帰りの客が来ただろ?」
「ああ、雨の日に確か……」

 彼がミケさんをちらと見やります。
 ミケさんが小さくウインクしました。

「あの人も半妖で――あ、今日結婚式だったんだけど――政府系の機関で半妖の血を研究しているんだ」
「血の研究?」
「半妖の血中には、妖力を産み出すウィルスみたいのがいるんだって――」

 言い差した主水さんも、桜子さんにウィンクです。
 壁にもたれてほけっとしていた桜子さんが、溜息を吐いて身を起こしました。

「あたしも会社(総●省)いた頃、旧会を担当してた時期があって――研究に関わってたんだけど……」

 目が泳いでます。

「そ、そいつ……『(A)(I)つか人間(N)(N)りたーい』ウィルス――略して『AINN(アイ~ン)ウィルス』と……こ、公式に名付けられましたとさ!」

 桜子さんが「アイ~ン」の変顔付きで説明を終えると、両手でそっと顔を覆いました。
 室内が死ーーーんん……。


「総●省のセンスすげーよな!『猫男(ねこお)』といい勝負だろ?」

 主水さんが沈黙を破っておどけると、美冬さんと桜子さんが同時に掌底を叩き込みます。
「お兄様」、ガクンと「落ち」ました。TKOかな? ご愁傷様。
 猫男――もとい、シロちゃんが(おのの)いて床へダイブです。

「今、ウカノ様のご協力もいただいて、ウィルスを根絶する研究が始まったところじゃ。近い将来、ワシらの宿願も……と、そんな塩梅じゃの」

 ミケさんが満足気に再び煙管を取り出すと、いつの間にか背後に立っていたトメさんが、その小さな体に腕を廻し、きゅっと抱きついたのでございます。


☆☆☆


 暫くの間、脳内評議員と共に客観的事実をもぐもぐ咀嚼いたしました。
 ぼやっと聞いておりましたが、これは何気に――。

「こんな大事なお話、俺らなんぞにしちゃって大丈夫なんすか?」

 そうそう、それな。

「御苑にも守秘義務はあるじゃろ? 永峰家の××寺とは、嘗て結界敷設時にも協力を賜った間柄じゃし。ま、こりゃいかぬと判断したら、記憶を少々弄って――」
「アカンアカン! ダメでしょそんなん! 恐いな秘密結社!」

 ハゲが慌てて被せます。

「……あのぅ、秘密結社の秘密は秘密にいたしますので、何とじょ――」
「秘密の結社という事もないのじゃがな……」

 今頃、ことの重大さに慌てる永峰兄妹。


 ミケさんは怪しげな笑みを浮かべ、

「折角、ウカノ様が繋いだ縁じゃ。これからこれから、これからヨロシクな!」

 ご機嫌で私と兄様の頭をポンポンします。

「そうじゃ。綾女も何れ、旧会へ登録するやもしれぬ。その辺は、予め承知おきいただきたい」

 ミケさんと背後のトメさんが、しおらしくペコリ頭を垂れました。
 美冬さんと桜子さんが、多少お疲れな顔で弱々しく笑います。

 春☆主水氏は――私達が春家を辞去するまで、覚醒することはありませんでした。