「えっと、なんでしょうか……?」
突然声をかけられ、俺は思わず敬語で返してしまう。
赤い髪を白く細いリボンでポニーテールにまとめた彼女は、その真紅の瞳でまっすぐに俺を見てきた。その視線が鋭いのは、少しツリ目気味であるという理由だけではないだろう。
入学して一度も話したことがないし、相手が委員長というだけで妙に緊張してしまう。
「授業中、あなたの周囲でずっと妙な気配がしてたんだよね。最近、変な場所に行ったりしてない? たとえば、心霊スポットとか」
「へっ? いや、特に行ってないですけど」
「そう……ならいいんだけど」
口調とは裏腹に、彼女は口元に手を当てながら、いぶかしげな顔をしている。
突然何を言い出すかと思えば、心霊スポット? まるで俺に幽霊でもついているような言い草だ。
……はっ、幽霊?
直後、先程まで好き放題に教室を歩き回っていた雨宮部長の存在を思い出した。彼女も幽霊だった。
「……まさか委員長、見えるんですか?」
「え、何が?」
ついそう口走るも、委員長はその大きな目をパチクリさせていた。
どうやら彼女も気配を感じているだけで、実際に部長の姿が見えているわけではなさそうだ。
「いえ、なんでもないです。忘れてください」
「やっぱり、怪しーなぁ……」
慌てて訂正するも、委員長はますます怪訝そうな視線を向けてくる。
これは墓穴を掘ってしまったかもしれない。
「おーい、ほのか、お待ちかねのカツサンドだぞ」
この場をどうやって切り抜けようか考えを巡らせていた時、談笑するクラスメイトたちの間を抜けて、一人の男子生徒がこっちに歩いてきた。
スラっと背が高く、銀色の短髪と黄金色の瞳が印象的だ。男の俺から見てもかなりのイケメンだ。
「翔也、ありがとー。代金、そのうち払うから」
「そう言って何度踏み倒されたことか」
翔也と呼ばれた彼は持っていたカツサンドとパックの紅茶を委員長に投げ渡す。
呆気にとられながらその様子を見ていると、彼と目が合ってしまった。
「お、確か……内川だったよな。三原翔也だ。よろしくな」
その風貌に似つかわしくない子供っぽい笑みを浮かべながら、彼は右手を上げる。俺もつられるように手を上げ返した。
「で、ほのかは内川となーに話してんだ?」
「内緒。あむっ」
素っ気なく返して、委員長は受け取ったカツサンドを口に運ぶ。
「その……怪しい気配がするって言われたんだ」
どこか人懐っこい彼の雰囲気に飲まれ、俺も言葉を崩す。
「内川、悪いことは言わねぇ。ほのかの言うことは真に受けないほうがいいぜ」
「こ、今回は本当にビビッと来たんだから!」
委員長を横目に見ながら、彼が小声で言う。どうやら丸聞こえだったようで、彼女は声を荒らげていた。
「巫女さんの力は健在ってかー? そんじゃあな」
そんな彼女の反応が楽しいのか、彼はけらけらと笑いながら自分の席へと戻っていった。
一方の委員長は特に気にする様子もなく、紅茶のパックにストローを刺している。
「すごく仲良さそうだったけど、今のって彼氏だったり……?」
「へっ? 違う違う。翔也はただの幼馴染」
俺も自分の昼食に手を出しながらなんとなく尋ねてみると、そんな答えが返ってきた。
なるほど。幼馴染というのなら、あの二人の間に流れていた独特の空気も納得だ。
「てゆーか内川君、一つ気になってたんだけどさ」
「え、なに?」
「わたしの名前、覚えてる?」
「……佐藤ほのかさん」
「ちがーう! 汐見ほのか! やーっぱり覚えてなかった!」
机を叩きそうな勢いで言い、俺を睨みつけてくる。
幼馴染の彼が言っていたので下の名前はわかっていたけど、名字は当てずっぽうだった。
「ずっと『委員長』って呼んでるから、まさかと思ったんだよね……わたしは委員長として、クラス全員の名前を覚えてるってのに……隣の席の男の子にすら名前覚えてもらえてなかったなんて」
委員長……汐見さんは机に顔を突っ伏して泣いていた。
最初に比べると、ずいぶん印象が変わった気がする。喜怒哀楽が激しくて、見ていて面白い子だった。
「あ、そうだ。さっきの話の続きだけど、もし肩が重くなったりしたら言ってね。お祓いしてあげるから」
「え、お祓い?」
これまた聞き慣れない単語に、俺は眉をひそめる。
「商店街の向こう側にある、汐見神社って知らない? わたし、そこの娘で、巫女やってるの」
なるほど。巫女さんだから、幽霊の気配に敏感なのか。
「そんな場所があるんだ。俺、春にこの街に引っ越してきたばっかりで、商店街は途中のスーパーまでしか行ったことがないんだ」
「あー、スーパーってナカマル? あそこ安いよねー。精肉店併設してるのもありがたいし。牛肉コロッケ、安くておいしいよ」
もふもふとカツサンドを頬張りながら言う。
なんでそこで精肉店? カツサンド食べてるし、委員長ってお肉が好きなのかな。
話を聞きながらぼんやりとそう考えていた時、俺は雨宮部長の発言を思い出した。
「そういえば委員長、俺も一つ気になってたことがあるんだけど」
「普通に汐見でいいよ。それで、どうしたの?」
「汐見さん、授業中に猫のイラスト描いてたよね?」
「むぐっ……どうしてそれを!?」
彼女は予想以上に驚いて、持っていたカツサンドを取り落としそうになった。
「いやその、見えちゃって……ごめん」
実際に見たのは俺じゃなく雨宮部長なのだけど、それを正直に伝えるわけにもいかない。
「あはは……内川君、目がいいんだね……恥ずかしい……」
どこか遠くを見ながらも、その両手は机の中をさまよっていた。本当にショックだったようだ。
「そ、それでさ……もし興味があったら、今日の放課後にイラスト部の部室に来てくれない?」
「イラスト部? そんな部活、うちの学校にあったっけ?」
「あった……というか、俺が作ることになったんだけどね。興味ない?」
「――ある!」
直後、汐見さんはその真紅の瞳を輝かせた。
その予想以上の食いつき具合は、俺が思わずたじろいでしまうほどだった。