一目惚れをした。
 目の前に現れた女の子は僕の婚約者だと言う。
 呪われた王子()に嫁ぐ子は天使みたいに可愛い。春の妖精かと最初見て思った。彼女は笑顔で真っ直ぐに紅の魔眼(まがん)を見てくれる。
 それだけで特別なのに。

 別に呪いなんか解かなくても君がいればいい。
 ライムグリーンの美しい髪、宝石のような常磐色(エバーグリーン)の瞳、白い肌に愛らしい顔立ち。幼い顔立ちで十二歳と言っているがもっと子供かと思った。
 珊瑚色(さんごいろ)のドレスもよく似合っている。リボンの色は僕の髪の菫色(すみれいろ)を選んだという。ちょっとしたことで僕を喜ばしてくれる愛しい婚約者。
 それなのに――。

「フレデリック殿下、私が十七歳になったときに殿下の運命の方が現れるので安心して下さい!」

 今日も彼女は生き生きと婚約破棄を宣言する。
 こんなに笑顔を保つことが辛いなんて初めて知ったよ。

「レティシア。何を安心しろと?」
「私と婚約破棄をしてその方と結ばれれば、殿下の魔眼の呪いが解けるんです。そうしたら塔で過ごさなくて済みますし、もっと外の世界が見られるのですよ。素敵じゃないですか!」
「全くもって素敵じゃない」
「どうしてですか?」
「そこに君はいないのだろう」
「はい。私は悪役令嬢としてヒロインの引き立て役ですから! でもお二人の幸せは遠い修道院で祈っておりますね!」

 意味が分からない。
 いや出会ったときから彼女の思考回路は意味不明だった。見ていて面白いけれど!
 前世の記憶だとかで、オトメゲーェームとか色々言っていたが、要約するとこの先の未来が分かっているのだとか。国王陛下(父上)にいくつか起こりうる人災の対処など説明しており、一番大きかったのは母上の病を治す薬草を言い当てたことで信用を得たと聞く。

 僕にとっては塔の中で世界は完結している。見晴らしのよい塔の頂上からは国の町並みが見えるし、森や湖、山々は季節によって色を変えていく。
 欲しいものは精々、食事と日用品と本と服。面倒な人付合いもなくて快適だ。
 調度品もかなり良いものを置いている。
 ベッドもソファもテーブルも全て高級で、年に何度か新調するので生活水準も悪くない。掃除もしているし。
 なによりレティシアがいる。
 毎日遊びに来る彼女がいるだけで充分なのに、これ以上なんていらない。王位だって弟や従兄がいるのだから僕である必要はないのだ。
 それなのに君は譲らない。