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「山内春牙さん?」

「…は?」

あぁ、なんて哀れな人間なんだ。
今まで、十分幸せな毎日を送ってきた分際。
山内春牙。歌手として大活躍し、高収入を貰って生活。
さすが高級マンションだな。
フカフカなソファに、大きなテレビ。家具一つ一つがセレブの物。

「あんた誰だよ!?なんで、家の中に?警察…」

「警察ご無用。僕は、人間じゃない」

「はぁ?なに変なこと言って…」

「きみは明日死ぬ」

…哀れな人間。
今だけだ、その幸せな時間を過ごせるのは。

「いい加減にしろよ。なにが目的だ?金か?いくら欲しい?」

「はぁ…」

ますます哀れな様だ。
僕が金のために、ここまで来るわけがない。
何度だって言う。僕は人間じゃない。
人間のようにお金が一番じゃないんだよ。

「違うよ。僕の目的は、きみの願いを一つ叶えること」

「…は?」

――ほら、願いを一つ言ってごらん。


▼*▼

「速報です。
先ほど、歌手の山内春牙(やまうちはるが)さん(25歳)が結婚を発表しました。
お相手の方は女優の鈴木美織(すずきみおり)さんとのことです。
お二人は、2017年に放送された「萌男子」で共演し、
そこから徐々に仲良くなり交際まで至ったと山内さん本人が打ち明けていました。
山内さんは俳優としても活躍しており――」

…嘘でしょう。
春牙くんが結婚?
目の前のテレビから視線を下ろし、スマホを手に持ち、SNSを開いた。
トレンドには「#春牙結婚」と載っていた。

とある記事に目が止まり、タップをして開いた。

‟歌手・山内春牙さんが結婚発表か!?相手は女優・鈴木美織さん!?”
2015年に歌手デビューをして、数々の映画の主題歌を作詞作曲した今をときめく歌手。
そんな彼は俳優としても活躍をしており、そんな中でも大ブレークした「萌男子」の主演を務めた。
そのドラマでダブル主演をしたお相手の鈴木美織さんと交際を始め、2024年6月21日に正式に結婚を発表しました。

画面をスライドする指を止める。
画面を切り、机の上に無造作にスマホを置いた。

春牙くんが結婚って…信じられない。

彼は私の好きな人。
現に言えば、好きだった人。
春牙くんと出会ったのは、高校生の時だった。
彼とは同級生で、クラスも3年間ずっと同じだった。
3年生の新学期、席も隣でお互いに「ここまできたら、もはや運命だね」と笑い合ったのを覚えている。
春牙くんとは付き合っていなかったけど、多分、お互いに好き同士だったと思う。
うんん、きっと私たちは両想いだった。

高校を卒業しても、しばらくは会っていたし、遊びに行ったり、お酒も一緒に飲んだりして、
「付き合おう」とはお互いに一つも言わなかったけど、恋人のように仲が良かった。
未だに連絡先は繋がっているし、ついこの間…とは言っても1か月前に連絡を取り合った。

どうして言ってくれなかったの?
結婚すること教えてくれてもよかったのに。
それに結婚式呼んでほしかった。

おこがましいかもしれない。
だけど、あんなに近い存在だったはずなのに。
芸能界の世界にいても、私たちはそんなの関係なしに良好な関係だった。
一般人の私でも、友達でいてもいいんだって思ってたのに。

変わったね、春牙くん。
そう言ったら、きみはどんな顔をするの?

切なそうに笑ってくれる?
それとも何も気にしてないような顔で「そうだね」と言うの?

…せめて友達として結婚のこと教えてほしかった。

電話しよう、春牙くんに。

スマホをもう一度手に取り、春牙くんの連絡先を開いて発信ボタンを押した。

プルルル――と耳元で鳴り響く。

そして、その音が途切れて、すぐに春牙くんの声が聴こえた。

『はい』

「春牙くん、ごめんね急にかけて」

『大丈夫、どうしたの?もしかして――』

「さっき、テレビで見たよ。春牙くん、結婚したんだね」

涙声にならないように、なるべく大きな声で話した。

『…うん、結婚したよ』

ほんの少しだけ期待をしていた。
あの情報が嘘だってこと。
だけど本人から聞いて、やっと真実を受け入れた。

「そっか」

『うん。言えなくてごめんね、こっちも色々と式のことで忙しかったんだ』

「うんん、そんなの全然いいの。忙しいのは十分承知してるから」

分かってる。春牙くんは普通の世界に住んでいないこと。
私とは違うこと。分かってる。
だけど、やっぱり寂しいよ。

「絵芽(えめ)、ごめんね」

…え?

「僕ずっと絵芽に言えなかったことがある」

今まで‟僕”じゃなくて、‟俺”だったのに。
些細な事も変わっちゃうんだな。

「なに?」

『ぜんぶ過去のことだから、あまり重く受け止めないでほしい』

なんだろう。
過去に謝るようなことされたっけ?
不思議と鼓動が速まっていた。

『絵芽…』

「うん」

もしも、この先の言葉が、私が期待していたことでも
全然そうじゃなかったしても、笑って受け止めよう。
そして最後は、必ず――ピリオドを打とう。


『…ずっと好きだった』


それはずっと待っていた言葉だった。
今までで一番幸せを感じた瞬間だった。
本当に本当に、幸せだった。

笑って、受け止めよう。
私の想いは伝えなくても、きっと届いてるよね。

この想いにピリオドを打つには――

「春牙くん…結婚おめでとう」

その言葉を放った時、自然と涙が流れた。

ああ、電話でよかった。
こんな顔見せられないよ。

「バイバイ、春牙くん。元気でね」

ピッ――と電話を切る。

好きだった、とあの大好きだった声で言ってくれたこと。
ただ、それだけが嬉しかった。
あの時の私たちの想いは嘘じゃなかったんだ。
想いが通じ合っていたことに変わりはない。
よかった…本当によかった。

――ありがとう、春牙くん。

▼*

「絵芽は、どうですか」

ここは山内春牙の自宅。
ソファに腰をかけている僕は、彼女の様子を透視した。

…泣いてる?いや、これは嬉し泣きの方か。

「…幸せそうに笑ってるよ」

そう伝えると、春牙はフッと微笑みに変わり「そうですか…」と呟いた。

「本当に花井絵芽さんのために願いを使ってよかったの?」

「…ああ」

本人がそう言うのなら、僕はこれ以上口出ししない、と思いつつも

「まぁ…死を回避する願いは受け入れられないと言ったのは、僕だけど、
もっと他にあったんじゃないかな?残していく奥さんの幸せのためとかさ…」

つい、彼の選んだ願いに納得できず、そのようなことを言ってしまった。

だって、わざわざ高校時代の友達の幸せを願うか?
元カノでもあるまいし。
元好きな人だろう。

「美織は…妻はきっと、僕がいなくても幸せになれます」

…やっぱり納得できない。
妻だろ?最愛の人であろう。
奥さんにとっても、春牙の存在がどれだけ大きいと思っているんだよ。

「さっきも言ったけど、きみは明日死ぬんだ。
それを奥さんに伝えるかどうかは好きにしていいが、もう少し奥さんの気持ちを大切に…」

「美織とは、好き同士で結婚したわけじゃない」

そこまで言われて、なにかが繋がった。

…あーそういうことね。
やっと納得できたよ。

「美織の父は、女優の仕事を強く反対していたんだ。
美織が結婚するまで安心して死ねない、と父に言われたそうで、そこで僕が結婚相手になったんだよ」

「ちょっと待って。どうして春牙が、結婚相手になったのさ。
もしかして困っている人は誰でも放っておけないタイプ?」

「え、いや…そういうわけじゃないです」

「じゃあ、なんで?絵芽さんと結婚する道はなかったの?」

意地悪な質問だと分かっている。
過去のことなんて簡単には変えられない。
それでも春牙の気持ちを知っておきたい。

「たしかに僕は、美織に仮でもいいから結婚相手になってくれと頼まれた時、放っておけなかった。
美織は何よりも仕事が命で、好きだと言っていた。あんなに真剣な表情見てたら、断れないよ。
それに絵芽は、僕が幸せにしてあげられるような存在じゃない。
今は優先したいことが仕事なんだ。そんな状態で、絵芽と結婚したとしても、
幸せにすることなんてできないって分かってたから」

辛そうな表情で淡々と話を進めていく春牙。
拳震えてる…何に対する怒りだ?
願い神様が言っていた。
‟人は怒りを見せる時、よく拳を強く握る癖がある。
拳が震えていることに気が付いたら、言葉選びには十分注意を払いなさい”と。

「幸福度75%」

「え?」

「花井絵芽さんの現時点での幸福度だよ」

それなりに高い数値だ。
平均は約62%だからな。

「ちなみに春牙の幸福度は…21%」

低い。
まぁ、それはそうか。
死を告げられた後だしな。
それに今までの幸福度を調べてみても、それなりに高いとは言えない数値ばかり。
高校時代がピークかな。

富豪でも幸福度は高いわけじゃないだな。

「僕の使命は、幸福度が低い者の願いを一つ叶えること。
困るんだよね、大切な人の幸せが自分の幸せだって言う人。
実際、全然そんなことないから。きみがいい例だよ」

強く言い過ぎただろうか。
でもすべて事実だ。
他人の幸せを思って願い事をしたとしても、叶ったところで本人の幸福度は上がらない。
それが現実だ。
今ままで、そういう人にたくさん出会って来たから分かる。

平均幸福度を上げることも仕事であるから、正直困る。
だけど、本人が願ったことに口出しすることは断じて許されないことだから、
本人の願いを尊重はしている。
それも仕事だから。

「彗さん。僕は明日死ぬんですよね?
だったら僕の幸せなんて、どうでもいいんですよ」

「…まぁ、そういう考え方もありだよ。
でもね、僕が春牙の目の前に現れたのは、明日きみが死ぬからなんだよ。
それに春牙の場合、生涯の幸福度が平均を達していない。
達していないまま逝っちゃうと、僕の立場に傷が入るだよね。
こんなこと春牙には関係ないかもしれないけどさ…まぁ、今言ったところでどうにかなるわけじゃないし」

こんなこと話しても、なにも理解してくれないだろうけど。
そもそも明日、彼が死ぬことを話さなければ、
幸福度がここまで下がることはなかったのでは?と、そのような考えは許せない。
この仕事をやっていくうえでの重要リストに、‟嘘をつかない、必ず真実を伝えること”ということが書かれていた。

だから必ず、担当する人間には真実を伝える。
僕が仕事をやっていくうえでのおきてだ。

「だったら…」

「え?」

「だったらどうすればよかったんですか!?」

床に膝をつけて泣き崩れる春牙。
その姿を見て、僕は深くため息をついた。

…もう遅い。今後悔しても、願いは叶えられない。

だけど、こうなってしまったのは僕の責任でもある。
少し意地悪なことを口走ってしまった。
そこは深く反省。
だけどな、後悔を死まで持って行くのは、こちらも気が引ける。

「願いは叶えることはできない。
だけど、きみにはまだ時間がある。その命がある。
山内春牙としての人生は、まだ終わっていない」

僕にできることは、もうなにもないけど、言えることはある。

この世に生きるたった一人のきみが、まだやれることはある。

「後悔は残すな。もう一度、花井絵芽さんと向き合うんだよ。
きみが今一番求めているのは、彼女だろう?」

「っ、絵芽…」

辛そうに歯を食いしばる春牙を、もう一押しする。

「最後に春牙が伝えられることを、一滴も漏らさず伝えるんだよ。
それがきみの使命じゃないのか?」


追いかけても届かない恋じゃないんだ。
手を伸ばせばフッと掴むことができる、そんな恋。
幸せな恋。
愛に満ちた恋だ。


「絵芽、本当は今もずっとずっと――」


真実を伝えた時に見える、その先にある幸せを。
今日もまた僕は彼らに教える。

幸せは、愛があれば掴むことができる。

ありがとう、と笑って受け止めてくれるだけで、幸せは感じられると思うよ。
心から愛してるのなら、それは後悔よりもきっと大きく残るものだ。

end.